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同性愛者お断りの道場 同性愛差別 ホモフォビア

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アメリカの柔術界隈、例えばゲイの多いカリフォルニアでは柔術家がおおっぴらにチームメイトに言うのはオープンなんでしょうか?
日本だと堂々と同性愛者の出入り禁止って宣言する道場主がいたりしますけれど。。。
そういえば、グレイシーはゲイ嫌いの人々でしたね(笑)

| 種助 | 2018/05/16 12:52 PM |


>種助さん
女のゲイは私の知る限り普通に公言してる気がしますが、男のゲイは嫌がられるようで、公言しにくいのではないかと思います。

「同性愛者の出入り禁止」って道場主が宣言!? ええええーーーー!! そんなこと言って大丈夫なんですか!? アメリカだったら確実に法律で裁かれますが・・・

| maria | 2018/05/17 9:13 AM |

※そういえば確かにグレイシー一族はLGBTに対する差別を公言
もしくは直接迫害していた事例があります

ハイアンのLGBT差別を非難した至極まともな柔術家マウリシオリマがハイアンに襲われた事件

ホジャーグレイシーがオネェの集団を襲撃した事件

ホイスやエリオのLGBTに関する差別の公言の数々など

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871609

2015.11.06 Friday

グレイシーファミリーにまつわる騒動 その1


おもしろい記事があったので紹介したいと思います。

グレイシーファミリーにまつわる騒動、というかグレイシーが起こした騒動ということで、全部で10個あるので2回に分けて(アサイーカフェはPart.1をやってそのまま立ち消えというパターンが多いですが、今回はちゃんとやるぞっと!笑)

というか今グレイシーファミリーのメンバーって500人ぐらいいるそうですね。びっくり。

もちろんここで取り上げるのは、ファイターとして知られているグレイシーの騒動です。

1.カーロス、エリオ、ジョルジ・グレイシー兄弟が刑務所に


(この写真、まるでマフィアみたい!)

1934年、カーロス、ジョルジ、エリオの兄弟達が1週間刑務所に入れられました。ストリートでグレイシーにチャレンジしたManuel Rufinoは、自分がぶちのめされたことで3人を告訴したんだとか。

裁判所は証拠・目撃者不足で3人を釈放。


2.PRIDEでヘンゾ・グレイシーが大山峻護に唾を吐きかける



ヘンゾがトラブルを起こすのはこれが最初ではありませんが、2002年6月のPRIDE22で大山峻護に負けたヘンゾ。大山のヘンゾ対策、つまりイライラさせることに徹した大山に対し、試合中に唾を吐きかける行為に。これによりファンが激怒。


3.ヘンゾ・グレイシー、対戦相手の頭踏みつけ

1995年ヘンゾのプロ試合2戦目、対戦相手の柔道家であるBen Spikijersに一本勝ちした上で、頭を踏みつけました。が、レフリーから警告が出ただけで、この日はその後も二人と対戦して勝ったんだとか。




4.ハイアン・グレイシーの暴力的行為



ヘンゾの弟であるハイアン・グレイシーもトラブルの常連。特にクラブやバー、レストランでの喧嘩が有名です。ハイアンは有名になる前からブラジル人の間で大人気でした。喧嘩が絶えず、リングの外でもヴァリッジ・イズマイウやジョルジ・パチーユ・マカコといった敵を作りました。

その他にも多くの問題がありました。リオデジャネイロ柔術リーグの総裁であるマウリシオ・リマは、彼が柔術雑誌に寄稿した手紙がもとでハイアンに襲われました。その手紙というのは、ハイアンの父であるホブソン・グレイシーがホモセクシュアルに対して偏見を持っていることについて非難したものでした。その手紙のおかげで、マウリシオはゲイ・マガジンのSUI GENERISから敬意を表され、そのことがハイアンを激怒させました。

「私は彼の父親を非難したが、当のホブソンは応酬しなかった。だから意味がわからない。ナイトクラブでハイアンは私が彼の父親の悪口を言ったといい、顎を殴ってきたんだ。私はやり返さなかった」とマウリシオ。

マウリシオが警察に語ったことを聞き、ハイアンは言いました。
「サダム(マウリシオのニックネーム)はアメーバだ。バカだ。俺はゲイについて何も言ったことはない。唯一言ったのは、俺のテレビ番組(Ring Heroes)で出演者が、マーク・ケアが女っぽいと言った時にジョークを言っただけだ。誰かがゲイかどうかなんて俺には関係ない。個人的には、ホモセクシュアルってのは不快なもんだと思うけどな。毛深い男二人が触り合ってんだろ? ウゲッ! 女二人がセックスしてるのはいいけどな!」

ハイアンが最後に問題に巻き込まれたのは2007年、車の強盗事件で逮捕された時です。逮捕時、彼はショック状態で、ドラッグの影響下にありました。そして精神科医から間違って与えられた薬により、翌日拘置所内で死亡。医師はその後有罪となりました。

5.ホジャー・グレイシー 服装倒錯者を撃つ



2000年8月、ホジャー・グレイシーがまだ青帯だった頃、柔術の仲間3人と共に、3人のトランスベスタイト(服装倒錯者)をペイントボール用の銃とゴムの弾丸を使って撃ったことで逮捕されました。ホジャーはその時19歳で有罪にはなりませんでしたが、彼の母親が、悪友から遠ざけるためにホジャーをイギリスに送りました。そこでホジャーは正しい道を歩み、現在我々が知る、チャンピオンであるホジャーになったのです。

ホジャーの母親であるヘイラ・グレイシー
「ホジャーに、私はとても悲しんでいると言いました。その行為は趣味の悪いジョークであり、非難されるべきことです。ホジャーの代わりに謝罪したいと思います。私にとって驚きであり、ショックでした。こんなことを認めることはできません。それでも私はホジャーの味方です。なぜなら彼はまだ人生を組み立てている途中の少年なのですから。」


ってことで、その②に続きますが、あのクールで正しいことしかしない、みたいなホジャーにそんな過去があったとは知りませんでした! イギリスに行ったのもそういう理由だったなんて(笑)

※なんと日本の柔術道場にも同性愛差別を行っている道場が!

俺自身も無自覚に鈍感な差別発言を行って叱咤された経験があるので
決して他人の事は言えないのでしょうが

やっぱこの手の差別は
無くなって欲しいものですね

杉田水脈みたいな差別主義者とは同じにはなりたくないものです

んでもって以下参照

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A2%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%93%E3%82%A2

ホモフォビア






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ホモフォビア
ホモフォビア(Homophobia)とは、同性愛、または同性愛者に対する恐怖感・嫌悪感・拒絶・偏見、または宗教的教義などに基づいて否定的な価値観を持つこと。日本語では同性愛嫌悪や同性愛恐怖とも訳される[1]。キリスト教・イスラム教などの同性愛嫌悪宗教が強い影響力を持つ国や共産主義国家では同性愛は長い間犯罪とされてきた[2]。「異性装・心身の性の不一致に対する恐怖感・嫌悪感・拒絶」はホモフォビアの定義に該当しない。ホモフォビック (Homophobic) とは「同性愛者に対する偏見のある」という意味。「同性愛者に対する恐怖感・嫌悪感を持つが同性愛者を客観的に把握している」は含まれない。ホモフォビックな人物はホモフォーブ (Homophobe) と呼ばれる。


目次 [非表示]
1 語源
2 同性愛者の反応 2.1 抗議
2.2 パレード
2.3 同性愛が犯罪としてきた国家での対応

3 脚注
4 関連項目

語源[編集]

元々は「人間に対する嫌悪や恐怖」(ラテン語で人間を意味する homo + ギリシア語で「恐怖」を意味する接尾辞 -phobia)を意味する語であったが、ほとんど使用されていない。「同性愛者と同性愛に対する嫌悪や恐怖」という意味では、1969年のタイム誌において、心理学者のジョージ・ヴァインベルクが最初に使用した。現在の意味では、「ホモ」の部分はラテン語の homo (人間)ではなく、ホモセクシャルの homo- (ギリシア語で「同じ」の意)である。

同性愛者の反応[編集]

抗議[編集]

1990年5月17日に WHO が同性愛を疾病及び関連保健問題の国際統計分類 (ICD-10) から削除することを決議したことから、5月17日は国際反同性愛嫌悪の日 (International Day Against Homophobia, IDAHO) とされている。呼びかけ人はルイ=ジョルジュ・タン (Louis-Georges Tin) であり、現在では世界の約 50 カ国で実施されている。日本においては、2006年に世界の同性愛者を厳罰に処罰している国へ同性愛嫌悪へ抗議のための企画が実施された。主な活動としてレインボーバンドの販売や同性愛が極刑となる国の大使館への要望書を提出した。

同性愛が極刑となる国の大使館は以下の通り。
中東 イラン
サウジアラビア
アラブ首長国連邦
イエメン

南アジア アフガニスタン
パキスタン

アフリカ ナイジェリア
モーリタニア
スーダン


パレード[編集]

同性愛嫌悪やそれに基づく同性愛を刑事罰対象とするような差別をなくすため、世界各地でパレードが行われる。詳しくはゲイ・パレードを参照のこと。

同性愛が犯罪としてきた国家での対応[編集]

中華人民共和国では同性愛が刑事罰対象としての罪とはされなくなった後も同性愛を取り締まろうとする世論があるほど同性愛嫌悪が根強い。2001年まで中華人民共和国では同性愛者は精神疾患として扱われ、1997年までは犯罪として取り締まりの対象として弾圧されていた。その間、中国当局は同性愛者の権利向上を求める同性愛者や活動家らを何人も逮捕して刑務所など施設送りにしてきた。そのため、同性愛者が同性愛であることを当局に知られることの忌避など不信感が根強い[3]。

ガンビア・イスラム共和国[4]では第2代大統領であったヤヒヤ・ジャメが同性愛者を国外退去か死刑の処罰をしたことや国内で魔女狩りを行っていたことが報道された[5]。

同性愛行為をする者に刑事罰与えるなど、特に男性同士で性行為した場合に最長で終身刑となるタンザニアでは2017年に同性愛者が一斉に逮捕されている。アフリカにある54カ国のうち、タンザニアのように38カ国が同性愛行為する者を終身刑や死罪にするなど厳しく処罰している国である[6]。イランでは同性間の性交渉が発覚した場合は極刑になり、サウジアラビアも同様に同性間での性交渉が発覚した場合は死刑、鞭打ちなどの処罰としてくださすような宗教的同性愛嫌悪国家である。北朝鮮やマレーシアも同性愛を違法として処罰している国家である[7]。

脚注[編集]

1.^ https://ejje.weblio.jp/content/homophobia
2.^ 偽装結婚に隠れる中国の同性カップル
3.^ 偽装結婚に隠れる中国の同性カップル2017年12月31日
4.^ 2017年2月にガンビア共和国になる。
5.^ 世界に君臨する独裁者──同性愛者を死刑にする大統領もいた2016年12月20日
6.^ [1]同性愛活動で20人逮捕 タンザニア、締め付け強化 2017.9.17
7.^ 理解が進む一方で… LGBTであるというだけで、死刑になる国も

関連項目[編集]

Portal LGBT.svg LGBTポータル
プロジェクト LGBT
イスラーム教徒による性的マイノリティー迫害
ソドミー法
ウエストボロ・バプティスト教会(反同性愛主義を信奉するカルト教団)
フロリダ銃乱射事件
マシュー・シェパード(1998年、米国で宗教的同性愛嫌悪により二人組の男性に殺害された犠牲者)
ジョグジャカルタ原則
モントリオール宣言




カテゴリ: LGBTの権利
恐怖症
性差別
社会心理学
憎悪
性的指向と社会

https://www.sbbit.jp/article/cont1/34965

ホモフォビア(同性愛嫌悪)とは何か? LGBT対応の「本音」と「建前」





ダイバーシティ経営におけるLGBT対応


5月17日は「LGBT嫌悪に反対する国際デー(International Day Against Homophobia, Transphobia and Biphobia)」、通称IDAHOTB(アイダホ)だった。毎年、世界中でこの日を記念してキャンペーンや集会、文化イベントなどが開催されている。さまざまな場面でダイバーシティ&インクルージョン(多様性と多様な人を受け入れること)が推進される中、「LGBT嫌悪」は言語化されないまま、ダイバーシティ&インクルージョンの足かせになっていることがある。今回は「LGBT嫌悪」の中でも「ホモフォビア(同性愛嫌悪)」を解説。この問題を職場の課題としてとらえ、乗り越える方法を考える。




LGBTコンサルタント 増原 裕子
























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ホモフォビア(同性愛嫌悪)とは何か? ダイバーシティ施策の足かせになっていないだろうか?

(© Rawpixel.com - Fotolia)

<目次> 1. ホモフォビア(同性愛嫌悪)とは何か
2. 最近ネットでよく見かける「ポリコレ」の議論
3. ダイバーシティ=マジョリティ/マイノリティのパワーゲームをなくすこと
4. 日本の職場は「ホモフォビア」と「女性蔑視」でできている
5. 同性愛者を「理解」する必要はあるのか?
6. ホモフォビアがなくなる日は来るのか?

ホモフォビア(同性愛嫌悪)とは何か

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 IDAHOTB(アイダホ)は、1990年5月17日に世界保健機関が同性愛を精神疾患のリストから外したことを記念して定められた。同性愛を病理ではなく、人が持つ特性の1つととらえなおし、人権の重要な課題として位置づけたことは、同性愛者の権利獲得運動における大きな一歩となった。

 アイダホはもともとホモフォビア(同性愛嫌悪)に抵抗するためスタートした運動だが、近年はトランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)とバイフォビア(バイセクシュアル嫌悪)への対抗という意味も含まれ、広くLGBT嫌悪に反対する運動となっている。

The IDAHOTB Committeeによる2018年のIDAHOTBのポスター。
 今回はホモフォビアに焦点をあてて、この課題について考えていこう。

 ホモフォビア(同性愛嫌悪)とは、ギリシア語で「同一」を意味する「homo(ホモ)」と、「恐怖症」という意味の「phobia(フォビア)」からできている。そこから全体として、「同性愛や同性愛者に対する嫌悪感や恐怖感など、否定的な感情や価値観」を意味する。

 ホモフォビアが引きおこした歴史的な悲劇として有名なものには、ナチス・ドイツにおける同性愛者の迫害と虐殺がある。ホロコーストにおける同性愛者の死者数は5000人を超えるとも推計されている。残念ながら、ホモフォビアは現在進行形のもので、いまも世界中で同性愛者をターゲットとした暴力や殺人が後をたたない。

 2016年にはアメリカ、フロリダ州オーランドにあるゲイクラブでアメリカ史上最悪の銃撃事件が起き、49人が犠牲になった。

 2017年にはロシア南部のチェチェン共和国で、数百人の男性同性愛者が当局に拘束され、少なくとも3人が死亡したと報じられている。

 日本社会ではどうかというと、殺人にいたる事件はあまり聞かない。しかし、日常の中にホモフォビアがまん延している。

 たとえば、「しぐさが女子みたいだ」と言われ学校でいじめられてしまう、「気持ち悪い」と言われ仲間はずれにされる。あるいは、ゲイやレズビアンという存在が、日常的に笑いのネタとされ、嘲笑やからかいの中に頻繁に出てくる。そんな空気の中で、多くのLGBT当事者は「言い出せない」雰囲気やプレッシャーを感じ、息をひそめるようにして生きている。

 テレビの中のホモフォビアという観点では、昨年9月にフジテレビがバラエティ番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」で、「保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)」というキャラクターを約30年ぶりに復活させた。これがゲイを揶揄し差別を助長するとして抗議にあい、フジテレビ社長が謝罪する事態となった。


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保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)は何が問題なのか、専門家が時系列にまとめて解説

 職場においても、いわゆるホモネタが一種「会話の潤滑油」として日常会話の中に潜んでいることは否めない。最近も警察官がゲイであることで上司や同僚から疎外され、結局仕事を続けられなくなった事例が報道された。

 こういう光景や状況に思い当たるふしはないだろうか? これらはホモフォビアが日常的に姿を現している代表的な例だ。


最近ネットでよく見かける「ポリコレ」の議論
 日本ではまだホモフォビアの文化が強いが、2015年に東京都渋谷区と世田谷区で同性カップルを「結婚に相当する関係」と認め、公的なパートナーシップの書類を発行する取り組みがスタートした。この動きは全国的に広がっている。ホモフォビアを乗り越えていこうとする試みが自治体、企業、教育などさまざまな分野で確実に進みつつある。

 このように、人を属性によっておとしめたり、差別したりするのはよくないことだ、という考えは社会の前提になりつつある。これまでひどい差別や偏見にあいやすかった同性愛者のことも含めて、差別をなくしていこうという変化が起きている。

 こういう空気の変化の中で、しばしばポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)をめぐる議論が起きる。具体的には、下記のような声だ。

 「また言ってはいけないことが増えてしまって、窮屈だ」 「ポリコレ(ポリティカル・コレクトネスの略)ばかりで正直疲れる」 「笑いがつまらなくなる」 「SOGIハラ(注)? またハラスメントの種類が増えたの? 発言を取り締まられるようで面倒だ」 「ポリコレ棒で殴られるようで怖い」



注:SOGIハラ(ソジハラ)。性的指向・性自認に関するハラスメント。いわゆる「ホモネタ」なども含まれる

 これらの反応に共通するのは、差別によって苦しんでいる背景についての想像力の欠如ではないだろうか。「差別をなくして誰もが安心して生きられる社会にしよう」という声を、「言葉狩りだ」と極端に矮小化し、そもそもなぜLGBTが声を上げなければいけないのか、というところまで想像が及ばないのだ。


ダイバーシティ=マジョリティ/マイノリティのパワーゲームをなくすこと
 そもそも今の時代、マジョリティ(多数派、強い立場の人間)/マイノリティ(少数派、弱い立場の人間)という線引きや意識自体にあまり意味がない。すべての人がなにかしらマイノリティ要素を持っているし、たとえ健康で日ごろ自分を「マイノリティ」と認識していない人でも、明日交通事故にあって、社会の中で人数の少ない車椅子ユーザーになるかもしれない。

 それを考えれば、「自分はマジョリティに属していて、マイノリティのことを考える必要などない」という意識は、ダイバーシティ時代のビジネスパーソンの感覚としては時代錯誤だ。

 多様性が受け入れられる職場を目指すことは、ダイバーシティの考えになじまないからといって、これまでマジョリティでいられた人を立場の弱い人(=マイノリティ)にしてしまうような話ではない。

 ダイバーシティとは、マジョリティがマイノリティを抑圧するパワーゲームを解体して、属性にかかわらず1人ひとりが尊重される社会へシフトすることだ。

 ダイバーシティ推進は、マジョリティが「マイノリティのため」に進める施策ではない。組織の風土そのものを、1人ひとりが心理的安全性を感じながら力を発揮できるように整えていくことなのだ。ホモフォビアをなくしていくことも、このベクトルの上にある。







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