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七帝柔道のノウハウ 特に亀のノウハウは打撃のあるMMAでは全く使えない!? 増田 ちなみに、中井は僕と同じく、北大(北海道大学)で七帝柔道をやっていたわけだけど、七帝柔道の技術はMMA(総合格闘技)に通用するものだった? 中井 それは……似ているようですけど、MMAでは使えなかったと思います。実際エンセンと練習しながら「俺は今まで何をやっていたんだ」と愕然としたことが何度もありました。ただ誤解してほしくないのは、決して七帝柔道が劣っているという意味ではないんです。総合で使えるかどうかということであって、やはり七帝柔道と総合格闘技は、競技としては別ですから。





















http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49520





【特別対談】ニッポンにはいま、格闘技が足りない!
増田俊也と中井祐樹が出した「結論」


細田 マサシ




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神楽坂「la kagu」で行われた、最強を求める二人のトークライブ(写真提供/新潮社)

伝説のトーナメントを振り返る

『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』で大宅壮一ノンフィクション賞、新潮ドキュメント賞を受賞した作家・増田俊也氏と、柔道とブラジリアン柔術を極め、現在は「パラエストラ東京」の代表として柔術の普及に力を注ぐ伝説の格闘家・中井祐樹氏。北海道大学柔道部の先輩・後輩である二人が、このたび、『本当の強さとは何か』(新潮社)という対談書を出版した。

本書には、心の弱さや、体の弱さに悩む人の助けとなるような、強くなるための思想や思考法がふんだんに詰め込まれている。格闘技ファンはもちろんのこと、すべてのスポーツマンやビジネスマン、あるいは主婦まで、誰もが参考にすべき、そして心を震わされる言葉が満載だ。

この対談書の発売を記念して、去る7月28日、神楽坂の「la kagu」にて、増田氏と中井氏のトークイベント「本当の強さとは何か?」が開催された。平日にもかかわらず満員盛況となったこのイベントの一部をここに特別公開!

増田 中井祐樹は、現代の格闘技界においてレジェンドになりうる存在だ、と僕は思っている。「柔道の鬼」の木村政彦、極真空手創始者の大山倍達に並ぶと言ってもいいかな。

中井 いやいやいや、よくないですって!(笑)

増田 でも海外に行くと、格闘技関係者で「ユーキ・ナカイ」の名前を知らない人がいないんだから。

その中井のすごさや強さを一人でも多くの人に知ってもらいたくて、今回はこの対談本を作ったわけだけれど、やはり中井の伝説を語るうえで、VTJ95(バーリトゥード・ジャパン・オープン95)は外せないよね。

中井 自分の口から「伝説」とは言えませんが、広く知られるようになったきっかけは間違いなくVTJ95ですね。

増田 総合格闘技の黎明期といえる1995年4月20日、日本武道館で行われた「VTJ 95」。世界中から格闘家が集結する中、中井は過酷なワンディトーナメントにエントリーされたわけだけど、あれは壮絶だったよね。1回戦で「喧嘩屋」の異名をとるオランダの空手家、ジェラルド・ゴルドーとぶつけられて、いきなり右目負傷でしょう(※筆者註・その後失明していたことが判明)。それなのに、あれよあれよと勝ち進んでさ。決勝ではあのヒクソン・グレイシーと闘うって……凄い経験だったと思う。

中井 北大の先輩である増田さんに、そこまで言っていただけると本当に嬉しいですね

増田 中井は謙虚だから自分ではそう言わない。だから、僕が言わなきゃ仕方がないんだよ(笑)。さて、VTJ95について振り返ってほしいんだけれど、その大会の「源流」ともいうべき、第1回のUFCが1993年にアメリカ・コロラド州で開かれた。ヒクソンの弟、ホイス・グレイシーが優勝して、「僕の兄は僕の10倍強い」という有名な言葉を残して、グレイシー柔術の強さを見せつけた大会だった。

当時は「アルティメット大会」と呼ばれていたけれど、あれから早いもので23年が経った。この当時、中井はすでにプロ修斗の選手だったでしょう。現役格闘家の眼から、あの大会はどう映っていたの?

中井 僕がプロ格闘家になったのは1993年でしたが、当時はグレイシー柔術なんて誰も知らない時代でした。UFCも、今でこそ世界で最も人気のある格闘技イベントとなっていますが、最初は雑誌の記事を読むくらいで、「へえ、こんなのやったんだ」というぐらいでしたね。第一回大会をビデオで観たのは、随分後になってからでした。

増田 じゃあ、そんなに関心あったわけではなかったと。

中井 日本でも活躍していたアメリカ出身の格闘家、ケン・シャムロックがホイスに準決勝で負けたと知って「ああ、シャムロックが負けたのか」とか思ったくらいですね。ただ、僕の師である佐山(聡)先生から「中井はいつか、グレイシーとやることになるかもしれないよ」とは言われていたので、どういうものかなという興味はありましたが。

増田 最初のVTJが行われたのが94年でしょう。そこでヒクソン・グレイシーという選手が日本に来た。そして、いともあっさり勝ち進んで行った。俺はそのときの様子が本当に不思議でね。戦って呆気なく敗れた選手が「いやいや、次やれば俺が勝つ」とか口々に言うんだけど、結果誰一人として勝てない。「これは一体何なんだ」と。

中井 ヒクソンの戦い方は、「相手の力を出させずに勝つ」、そんな感じでしたよね。僕も正直、あの試合を見ていても、グレイシーの凄さというものがなんなのかわかりませんでした。
ヒクソンの強さの秘密

中井 ただ、ちょうどその頃に、グレイシー柔術の使い手であるエンセン井上が修斗に入ってくるんです。あれが本当に大きかった。

増田 エンセン井上がグレイシー柔術を修得しているというのは、最初から言われてはいたんだよね。

中井 彼はハワイに住んでいて、ヒクソンの兄であるヘウソン・グレイシーの自宅で家族同然に生活していた時期があった。あまり知られていないんですが、実は相当深いところまで柔術を修得しているはずなんです。そういった存在は、それまで日本にはいなかった。彼が修斗に来たことは、日本の総合格闘技の歴史を語る上で大きな意味があったと思うんですよ。

(※筆者註:その後、エンセン井上はUWFインターナショナルの道場に出稽古に行って、桜庭和志とも練習に励む。桜庭のその後の快進撃にも大いに影響を与えている)

彼は「ホントはこれ教えちゃいけないんだけど…」なんて言いながら、僕にいろいろグレイシー柔術のテクニックを教えてくれました。そういう意味では、僕にもグレイシーのエッセンスは入っているということになるのかなと思いますね。

増田 ちなみに、中井は僕と同じく、北大(北海道大学)で七帝柔道をやっていたわけだけど、七帝柔道の技術はMMA(総合格闘技)に通用するものだった?

中井 それは……似ているようですけど、MMAでは使えなかったと思います。実際エンセンと練習しながら「俺は今まで何をやっていたんだ」と愕然としたことが何度もありました。ただ誤解してほしくないのは、決して七帝柔道が劣っているという意味ではないんです。総合で使えるかどうかということであって、やはり七帝柔道と総合格闘技は、競技としては別ですから。

増田 なるほどね。それで、VTJ94で日本人格闘家が軒並み敗れて、翌年のVTJ95にいよいよ「日本最後の切り札」として中井が出場することになるんだけど、やっぱり、この大会に合わせていつもとは違う練習をしていたの?

中井 自分よりも身体の大きい選手とやるんで、とにかく下にならないことを念頭に練習をしました。フットワーク1時間とか、倒れてもすぐ立ってとか……ただ、基本的にはそう特別なことをしたわけではなかったように思います。

増田 あの日のことは僕も色んなところで書いているからここでは割愛するけど……とにかく、ジェラルド・ゴルドーに勝ち、グレイグ・ピットマンに勝ち、ヒクソンまで到達する。中井にとってもそうだけど、日本のMMAにとっても記念碑的な大会だったと思う。実際に彼らと戦ってみてどうだった?

中井 当たり前の話ですけど、みんなデカイんですよ。それを承知で出たわけですが。もちろん、ゴルドー戦で眼をケガしたことがクローズアップされがちなんですけど、あの日の僕はとにかく楽しかった。それは間違いないんです。

増田 それで、勝ち進んでヒクソンと戦うわけだよね。ヒクソンには、実際どんな印象を持った?

中井 印象は……僕は寝技で勝負してやろうと思って早々に寝技に引き込むんですけど、やっぱり力の差はありました。技術の高さ、これほどまで差があるのかと痛感しましたね。

グレイシー一族の、なにがスゴイのか

増田 俺ね、グレイシーって本当に凄いって思っている。批判する人も多いし、今でこそPRIDEの後期に、ホイラーやホイスが敗れたことで評価を下げたように見えるかもしれないけど、でもそれまでの十年間、彼らの戦法や攻略法というのは、まったく解けなかったんだよ。「フェルマーの最終定理」みたいなもんで(笑)。


昨年末、息子・クロンの勝利を祝うヒクソン・グレイシー(中央後ろ)

中井 ホントそうですよね。今の時代に彼らを批判するなんて容易いことです。かつては、あの技術体系を超えられなかし、解読すらできなかったんですから。

増田 グレイシー一族って、たった10年、20年であのシステムを創り上げた。それだけでも特筆に値するのに、彼らが決してフィジカルエリートでもなんでもないというのも凄いわけでね。たとえば室伏広治みたいにトップエリートの血が入って、その上で英才教育を受けて、さらに血のにじむような努力を重ねたというのなら話は別だよ。

日本の柔道五輪代表でもプロ野球選手でも、みんなフィジカルエリートのトップで、とんでもない競技人口のトーナメントを勝ち上がったフィジカルヒエラルキーのトップ中のトップ。でも、ヒクソンもホイスも体格はそんなに素晴らしいわけでもない。つまり、技術だけでトップに立ったわけでしょう。

中井 凄いことなんですよ、本当に。

二人の北大での出会いから、グレイシー柔術その他の格闘技の魅力について、そして、強くなるための思考法、鍛錬法を記した、まさに「最強」を求めた一冊(amazonはこちらから)

増田 だから、今のMMAを見て、それを基準にグレイシーを「遅れている」って批判するのはどうなのかなって思うよ。そりゃあ今のMMAを基準にしたら原始的なものだよ。でもMMA、バーリトゥードに使える技術を開発したのは、間違いなくグレイシー一族で、世界中のフィジカルエリートの格闘家たちが挑んでも10年間も退け続けた。いかに彼らの技術が突出していたかという証左だよ。

まずは敬意を表するのが先でしょう。第1回UFCで、ホイスが旋風を起こさなかったら、今は何も始まってないんだからさ。

中井 もともとブラジリアン柔術の始祖で、ヒクソンやホイスの父であるエリオ・グレイシーが、細くて体力がない人でした。「それでも勝つにはどうすればいいか」を突き詰めて、寝技を徹底的に鍛えれば簡単には負けない、というところに辿り着いた。総合格闘技でもノールールでも負けない格闘技、というところからスタートしているんですよね。もともと強くはない人間を、「負けない格闘家にする」という発想には、それだけで敬意を払いたくなります。

増田 そんなヒクソンとの試合が、中井にとってMMA最後の試合ってことになったわけで、そこから柔術に転向するわけだけど……それはどこかのタイミングで決めていたの?

中井 いえ、そういうわけでもなかったです。VTJ95の半年後に「ジアン・マチャドと柔術マッチをやってくれ」っていう依頼があって、最初は「なんで道着に戻んなきゃいけないんだ」って抵抗がありました。

増田 じゃあ「柔術でやろう」という決意はどこで固まったの?

中井 96年に朝日(昇。修斗四天王の一人)さんが、ホイラーとやって負けるんですよ。そのときですね、はっきり意識が変わったのは。柔術って、こんなにすごいのかと。

増田 あの試合というのは、朝日選手という日本のトップの選手が、何もさせてもらえないで敗れてしまうわけだよね。

中井 そうです。そこで自分が柔術の黒帯になって、ホイラーと戦えるくらいのレベルになれば、他の選手の刺激にもなるし、みんなに柔術のテクニックも教えられるだろうと思ったんです。

増田 そうすることで、日本の総合のレベルも勝率も確実にアップするわけだからと。

中井 ブラジリアン柔術の動きも技術も、まだ日本には知れ渡っていなかったですから。それで柔術人口も増えれば、日本のレベルの底上げにもつながりますし。
強くなるための心の持ち方、教えます

増田 実際、中井は引退後「パラエストラ東京」を創設して、「柔術を伝える、教える」ことを中心に活動を始めた。日本の格闘技のレベルは確実に底上げされたと思う。会社員や主婦までが、柔術を習うようになったわけで、それはひと昔前では考えられないことだよね。

ところで、柔術を習う一般の会員さんとの関わりとか、どこまで続けられるのかといった年齢的な悩みとか、そのあたりどう考えているの?(会場に柔術を習っている40代の男性がおり、「40を過ぎてくると体が動かなくなる。加齢との向き合い方を教えてほしい」との質問が出たことを踏まえて)

中井 まあ、僕自身の気持ちでいえば、確かに30すぎると、疲れがとれないとか、ケガが治りにくいとかいろいろあるんですけど、ただ、ある程度の年齢に達することでわかることもあるんですよね。今、自分は46ですけど、現役選手のようなペースでは無理だけど、自分のペースというものを掴めてきました。そういうペースを掴めるようになるかどうかが、物事を続けられるコツだと思うんです。

増田 そのコツをつかむには、やっぱり経験が必要なんだよね、

中井 で、自分の場合、どうやって強さを維持するかということですが、自分のペースを保ちつつ、誰の相手もする、ということです。例えばUFCファイターの相手もするし、大学生とも相手をする。はたまた、今日見学に来た人とも相手をする。そこで一本取られてもいい。

取られたら悔しいんですけど、僕は現役の選手ではないので、負けることにそこまで臆病にならなくていい。だから、負けて学ぶことが増えるから、さらに強くなれる、という考え方でいますね。

増田 何事もそうなんだけど、続けるということは難しい。特に自分が強くなっていることを実感できないと、格闘技の場合は続ける意欲がなくなってしまう。

中井 一般の会員さんは、忙しい仕事をやりくりしながら、夜遅くに道場に来たりしている。「すごく頑張っているな」ってつくづく思いますね。だから強くなってほしい。こちらの指導にも熱が入ります。「続けるモチベーション」ということを改めて考えると、やっぱり帯制度というのは偉大なんですよね。あれは凄い。誰にでも身近な目標を与えられるから、続ける意欲につながる。

増田 帯制度を発明した、講道館の慧眼なんだよね、そこは。

中井 例えば青帯の人がいるとしますね。UFCに出ていた吉田善行も青帯。上田将勝も青帯。「黒じゃなくて青帯かよ!」って揶揄する人もいますけど、一般の会員の方にすれば、青帯を取れば彼ら一流選手と並べられる!という意欲につながりますからね。あのブロック・レスナーも青帯ですから(笑)。

増田 やっぱり、精進しようと考えるんだよね。帯の色で進級するシステムっていうのは向上意欲と非常にリンクする。「自分より下の帯の人に負けたくない」とか。

中井 柔術をやりはじめると基本「足りないことだらけ」であることに気づくんですよね。だから、技も覚えたい。体力もつけたい。やることがいっぱいあって大変なんですよ。だから面白いし、続けたくなる。一本取られて悔しいと思うようになれば、それは強くなっているということ、心が生きている証拠です。
増田 強くなりたいとは誰もが思うけれど、それを突き詰めて「腕の一本なくしてもいいから、相手に勝ちたい」とまで考えている人もいるよね。真剣にやればそうなる。俺だって北大柔道部のときは「腕の一本ぐらいなくなってもいい。それでも勝ちたい」って思ってた。そんな思いで試合をしてケガをしたときに、主治医の先生が「人生は長いんだよ」って言うんだけど、そんなこといくら言われても、その時はわからないんだよ(笑)。

中井 そうなんですよね。「人生って長い」というのが、若い時は実感としてわからない。

増田 わからないんだよ。でもね、そうやってケガしながら打ち込んできて、後悔はないわけ。まったくない。周りから見たらちっぽけな世界の些細な出来事なんだろうけど、でも自分にとってはすごく大切な時間でね。だから、柔術をやっている人、格闘技をやっている人、いろいろいるけど、その時の自分の気持ちを一番大事にしてほしいと俺は思う。

中井 わかります、それはよく分かりますね。

増田 だって、中井はMMAを続けたかったけど、ゴルドー戦のケガもあって、総合格闘技で戦うためのライセンスが下りなかったわけでしょう。やりたくてもやれないっていうのは、これはきついよな。

中井 あのときは……きついですよね。「なんで俺だけ」という気持ちにもなるし。

増田 そんな、まさに「死闘」ともいうべき戦いを続ける中で、「死の恐怖」を覚えたことはあった?

中井 柔道や柔術をやるなかでは、ないですね。受け身さえとれたら死なないっていうのがありますから。ただ、総合格闘技には打撃があるんで、死と隣り合わせなのは間違いないとは思いました。

増田 それはVTJのときに思った?

中井 あのときはさすがに死ぬかもしれないと思いました。でも、通常の修斗の公式戦でも思うことはありました。打撃がある試合は当たり所が悪ければ死んでしまいますからね。

増田 そうだよなあ。

中井 だから僕は、総合格闘技のリングに選手を送り出すときは、「自分の教え子が死ぬかもしれないんだ」という覚悟を持って送りだしています。だからこそ、こちらも「死なないための技術」を必死で教えなければならないんですよ。

増田 ちなみに、会員さんのなかで、実際に総合格闘技や柔術の大会で試合をするまでになる人の割合ってどれくらい?

中井 試合するのは10人に1人くらいかな…。でも、特に試合を勧めることはないです。試合が全てではないですし、事実、「体を丈夫にしたい」という思いで柔術を習っている人も、必死に練習していますから。そこに分け隔てはありません。とにかく、少しでも興味を持たれたなら、一度道場覗いてみてほしいですね。僕がやさしく、相手をしますから(笑)。
なぜ、いまの格闘技は面白くないのか

増田 MMAの歴史を紐解いてみると、さっきも言ったように、93年の第1回UFCから23年が経ったわけでしょう。今は格闘技が競技化、スポーツ化したといわれたりもしている。ある人は「格闘技として、重要な何かが無くなっている」と言ったりもする。はたしてどうなんだろう?

中井 「異種格闘技戦」とか「アルティメット」とか「VTJ」とか、競技化していない時代の他流試合って、やっぱり刺激的で面白いんですよ。違う格闘技がぶつかり合ったときの化学反応を見るのもそうだし、そもそも、今までやったことも見たこともないものだから。その方が面白かったという意見はわかります。事実「最近の総合格闘技はあんまり面白くない」という意見も聞きますよ。

増田 やっぱりよく聞くんだ。

中井 聞きます。技術に特化するようになると、専門家は面白くても、ふらっと見た人が楽しめるものになるかといったら微妙ですよね。だから「UFCが全米で大人気!」って聞いても、本当にそうなのかなあって疑問に思うんですよ。本当にああいう試合を、アメリカのお母さんたちは楽しんでいるんだろうかと(笑)。

増田 確かにアメリカのお母さんは楽しめていないかもしれないね(笑)。

中井 そんな中で、ファンタジー満載な選手が華麗な一本勝ちを決めたり、強烈なダウンシーンを見せたりすると、「ああ、面白いな」となるわけでね。そういう試合は一般の人でも喜ぶ。でも皮肉なことに、積極的な一本狙いの選手は必ずしもチャンピオンになれなかったりしますからね。

増田 難しい問題だよなあ。

中井 ですから、一見分かりづらい技術のことや、画面では伝わらない選手のマインドなんかを、テレビや雑誌などの媒体でわかりやすく伝えていくのも、自分の役割かなと思っています。自分は格闘技ってそんなに難しいものではないって思っているんですよ。例えば、ツイッターをやっているんですけど、なんでも答えてますよ、僕は。140字でほとんどのことは答えられると思っています。

増田 ツイッターでQ&A、やってるよね(笑)。

中井 石原裕次郎から美空ひばりから格闘技まで、わかりやすく伝えられますよ(笑)。

増田 なるほど(笑)。

中井 格闘技……これは持論ですけど、国民全員がやるべきでしょう!と思っています。自分に自信をつけるのは格闘技が一番いいんですよ。あんまりしょっちゅうは言わないけれど、絶対そう思っています。それができないなら、すべての小中学校の体育館に綱を吊るすぐらいはしてほしいですよ。腕を鍛えるための綱をね。ねえ。増田さん、増田さんからも「綱行政」を広めるように訴えてくださいよ。お願いします(笑)。

増田 中井も今後は嘉納先生(嘉納治五郎=講道館柔道の創始者)みたいに、本をたくさん出して、いろんなことを伝えていかなきゃいけない。技術書もそうだけど、格闘技の根幹にある思想もね……嘉納先生はそういう思想書もいっぱい残している。中井もその必要はあると思う。この本が、そのきっかけになればとも思っているんだけど。

中井 綱行政を広めるきっかけに(笑)。

増田 それも含めてね(笑)。

中井 卒業論文が書けないと思って、大学を中退したクチですから、書くのは苦手ですけどね。でも、自分の考えは今後、どんどん発信していけたらいいな、と思います!

増田 中井の言葉は、格闘家だけでなく、サラリーマンを筆頭に「日々を闘う人たち」にも刺激になると思うんだ。だから俺も中井が言葉を広めていくための手伝いができればと思ってる。

(協力・新潮社)
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