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風が吹くとき 政府の言う事を妄信して死んでいく老夫婦  まさにフクシマ原発事故後の愚かな日本人そのものである



風が吹くとき
風が吹くとき
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風が吹くとき





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『風が吹くとき』(かぜがふくとき、When the Wind Blows)は、イギリスの作家、レイモンド・ブリッグズが1982年に発表した漫画。アニメーション映画化もされた。



目次 [非表示]
1 概要
2 あらすじ
3 映画版スタッフ 3.1 オリジナル版
3.2 日本語版
3.3 主題歌

4 登場人物
5 作中での核ミサイル投下後の状況
6 1987年公開時の主な上映館
7 関連項目
8 脚注
9 外部リンク


概要[編集]

核戦争に際した初老の夫婦を主人公にした作品であり、彼らの若い時までさかのぼった作品には『ジェントルマン・ジム』がある。題名は『マザー・グース』の同名の詩から[1]。彼らが参考にする政府が発行したパンフレットは、イギリス政府が実際に刊行した手引書 "Protect and Survive" (『防護と生存』)の内容を踏まえている。

1986年にアニメーション映画化され、日本では1987年に公開された。日本語版は監修を大島渚、主人公の声を森繁久彌と加藤治子が吹き替えている。音楽をピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ[2]、主題歌をデヴィッド・ボウイが担当している。

日本での劇場公開に際しては、配給はミニシアター系のヘラルド・エースが行った。興行は、首都圏ではセゾン系映画館および国内の作品提供に朝日新聞社が加わっていたことから、有楽町朝日ホールでも行われた。また、全国では各地のミニシアターで展開されていた。その後、作品の特性から非商業上映が全国の教育会館ホールなどの公共施設で多数行われた。

2008年7月26日、アット エンタテインメントによってデジタルリマスター版DVDが発売された[3]。

あらすじ[編集]

老夫婦のジムとヒルダは、イギリスの片田舎で年金生活をおくっていた。しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっていく。ある日、戦争が勃発したことを知ったジムとヒルダは、政府が発行したパンフレットに従い、保存食の用意やシェルターの作成といった準備を始める。

そして突然、ラジオから3分後に核ミサイルが飛来すると告げられる。命からがらシェルターに逃げ込んだジムとヒルダは爆発の被害をかろうじて避けられたが、互いに励まし合いながらも放射線によって蝕まれ、次第に衰弱していく。

映画版スタッフ[編集]

オリジナル版[編集]
原作・脚本:レイモンド・ブリッグズ
監督:ジミー・T・ムラカミ
音楽:ロジャー・ウォーターズ
作画監督・レイアウト:リチャード・フォードリー
背景・色彩設定:エロル・ブライアント
絵コンテ:ジミー・T・ムラカミ、Joan Ashworth、Richard Fawdry
視覚効果:Stephen Weston
編集:John Cary
音響監督:John Wood
プロデュース:ジョン・コーツ
製作総指揮:イアン・ハーヴェイ
製作協力: British Screen、Film Four International、TVC London、Penguin Books
製作:Meltdown Productions

日本語版[編集]
提供:朝日新聞社、ヘラルド・エース
配給:ヘラルド・エース、日本ヘラルド映画
製作者:大島瑛子
台詞翻訳:進藤光太
助監督:伊藤聡
音響監督:明田川進
録音:安藤邦男
音声編集:三間雅文
MA:アオイスタジオ
タイトル:日映美術
協力:株式会社大島渚プロダクション
監督:大島渚

主題歌[編集]
「When The Wind Blows」作詞・歌:デヴィッド・ボウイ / 作曲:デヴィッド・ボウイ、アーダル・キジルケイ
登場人物[編集]
ジム声 - ジョン・ミルズ(オリジナル版)、森繁久彌(日本語版)ヒルダの夫。仕事を退職して老後をヒルダと二人暮らししている。新聞やラジオで世界情勢のニュースを見聞きするのが日課。詳しい年齢は不明であるが、「ヒルダより2歳若い」と言っている。図書館からもらってきた、核戦争から生き残るためのパンフレットを参考として、室内に2人が入れる簡易の核シェルターを造る。穏やかな性格に加えてヒルダと同じく楽観的な思考の持ち主であるため、核爆発後には水が止まったことや新聞が来ないことなど、周りの状況や体調に影響が出てきても、悲観的になったヒルダを励まし続ける。ヒルダ声 - ペギー・アシュクロフト(オリジナル版)、加藤治子(日本語版)ジムの妻。政治とスポーツには興味がなく、新聞や雑誌で読むのはゴシップ誌だけと言っている。普段は楽観的でのんびりした性格だが、一方で家具や部屋が汚れることを極端に嫌がるほか、家族が汚い言葉や乱暴な態度を取ると機嫌が悪くなる。夫婦揃って「子供の頃に起きた前の戦争では家庭用の防空壕で過ごした。懐かしい。」などと、戦争の怖さより懐かしい思い出として語っている。ロン声 - 田中秀幸(日本語版、電話の声のみの出演)ジムとヒルダの息子。性格が楽観的なのか、「やられる時はみんな一緒だ」とジムが心配するのをよそに鼻歌を歌ったりしている。ヒルダによると子供の頃にカブスカウトに入っていた時は責任感が強かったが、美術大学に入った頃から悪い仲間ができて性格が変わったと嘆いている。アナウンサー声 - 高井正憲(日本語版)ラジオから聞こえるニュースを読むアナウンサー。作中ではイギリスが起こした戦争の戦況を経て、まもなく敵国から核ミサイルが発射されたことを報じる。
作中での核ミサイル投下後の状況[編集]

作中では、漫画『はだしのゲン』や原爆を題材にした他の映画などに見られるような、被爆者の皮膚が焼けただれる、大量に吐血するなどの凄惨な描写はなく、投下直後は夫妻の家から離れた場所の爆風による被害だけが描写されている。夫妻の家は田舎の一軒家で周りに建物はなく訪問者もおらず、まもなく電話やラジオも止まってしまう。そのため、夫妻が投下による被害を知り得るのは自身の体調と家の内外の変化ぐらいで、爆心地からの距離や詳しい被害状況などはまったく描かれていない。

1987年公開時の主な上映館[編集]
札幌:シネマ5
仙台:仙台シネアート
埼玉:シネセゾン所沢
東京:有楽町朝日ホール、シネセゾン渋谷、光が丘テアトル西友、キネカ錦糸町、キネカ大森
名古屋:ゴールド劇場
京都:祇園会館
大阪:SABホール、梅田コマシルバー
神戸:新アサヒ劇場
広島:広島名画座
徳島:アタック平和劇場
小倉:前田有楽劇場
福岡:ニュー大洋劇場
長崎:ゴールドセントラル劇場

関連項目[編集]
核戦争
世界大戦争(本作と同じく核戦争を題材にした日本映画)
ザ・デイ・アフター
テスタメント (映画)
はだしのゲン

脚注[編集]

[ヘルプ]

1.^ 風が吹くとき(「When The Wind Blows」)立澤史郎(1989)
2.^ ロジャー・ウォーターズ『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』発売記念特集ビルボードジャパン公式ホームページ
3.^ 風が吹くとき - シネマトゥディ

外部リンク[編集]
風が吹くとき - allcinema
風が吹くとき(デジタルリマスター版) - KINENOTE

執筆の途中です この項目は、漫画に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画/PJ漫画雑誌)。
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カテゴリ: 漫画作品 か
イギリスの児童文学
アニメ作品 か
イギリスのアニメ映画
1986年のアニメ映画
アスミック・エースのアニメ映画
反核映画
反戦運動
核戦争を題材とした映画作品
世界の終末が描かれた映画作品

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風が吹くとき





登録日:2011/01/10(月) 20:15:25
更新日:2017/10/12 Thu 23:10:52
所要時間:約 7 分で読めます



▽タグ一覧
Fallout When_the_Wind_Blows もういい…!もう、休めっ……! アニメ ジェントルマン・ジム ツッコミ我慢検定 トラウマ ブラックユーモア ポジティブ思考推奨作品 レイモンド・ブリッグズ 反核 忘れてはいけない 核戦争 皮肉 絵本 絵柄と内容のギャップ 閲覧注意 風が吹くとき 鬱アニメ 鬱展開



※注意!!
この項目ではネタバレ、鬱要素が含まれます。
ネタバレに敏感でない方、核が落ちてもポジティブに生きられる方のみ閲覧をおすすめします。







「スノーマン」などで知られるイギリスの作家レイモンド・ブリッグズが1982年に書いた漫画形式の絵本。





核戦争に巻き込まれた老夫婦を書いた物語。
と言ってもよくある核の悲劇を書いたものに対し直接的なグロ要素はほとんどない。
核爆発のシーンなど見開きで真っ白なだけ。しかし……。



【あらすじ】


イギリスの片田舎で老後を過ごすジムとヒルダの夫婦。


ジムは近々戦争が起きるというニュースを聞き、役所からもらった核兵器対策マニュアルを参考に、
家のドアを外して壁に立てかけ、周りをクッションで覆ったシェルターを作り、
役所と政府など出所でいろいろ食い違うマニュアルに四苦八苦しながら準備を始める。


そしてある日突然にラジオから流れた「核ミサイルが発射され、あと3分で到達する」というニュースを聞く。
ジムは洗濯物を取り込むために外へ出て行こうとするヒルダを慌てて抱えてシェルター(?)に転がり込む。


直後、閃光が閃き、爆風が吹いた。




町外れだったおかげでジムとヒルダは生き残り、家は熱風で半壊する程度で済んだ。
もうしばらくすれば救援が来ると生活を再開する2人。
しかし、それは死へのカウントダウンの始まりでしかなかった……。



電気も水道も止まってしまった。
ニュースを聞こうとしてもラジオもテレビも何も伝えない。
新聞配達も牛乳配達も来ない。


頭痛に悩まされる中、細々と少ない保存食で食いつなぐ2人。
妻を元気づけようと外に出てみるも、あたりの草は枯れ果て死の世界となっていた。
そこに雨が降ってくる。水が尽き喉が渇いていた2人は天からの恵みと雨水を溜めて、お茶を沸かして一息つく。


やがて2人の体はますます衰えていく。
体中に斑点が出る。
トイレにネズミがいたと泣きわめくヒルダ。そんな彼女を楽しませるためにおどけて歌うジムだが、
言われるまで口から血を流していることに気づかない。
ついにはヒルダの髪が抜ける。


それでもまだ必ず政府の救援が来ることを信じ続けるも、衰弱しきった2人は、
次の核攻撃に怯え、紙袋をかぶってシェルター(と思われるもの)に潜り込む。
ジムに神へのお祈りをせがむヒルダ。
ジムはそれに応え、たどたどしく暗記していた聖書の一節を読み上げ始める。





主は我を緑の野にふさせ、いこいの水際にともない給もう。
たとえ我死の影の谷を歩むとも禍害をおそれなじ、なんじわれとともに存せばなり、
なんじの鞭なんじの杖わが日々を慰む。
600の兵士は進む。



【登場人物】

•ジム

年金生活をしている老人。
政府の指示に非常に忠実な模範的市民。
しかし政府が今どのように戦争をしているのか等はいまひとつ理解が足りない(「コンピュータがすべて決めているのだろう」とも)。
幼少期に第2次世界大戦を経験しているが、直接被害を受けたことはないのか、戦争になっても英雄がやってきて敵をフルボッコしてくれる、
自分は空襲の中、救助活動で大活躍して美女を救出するなど刺激的な非日常くらいの感覚しかない。
戦時中については思い出補正か「あの頃はよかった」とさえ言ってしまう能天気ぶりである(これは妻のヒルダも同様)。
ちなみに作者の過去作「ジェントルマン・ジム」の主人公でもある。

•ヒルダ

ジムの妻。
家を切り盛りすることに熱心で、シェルターを作る夫に家を汚さないように注意する。
しかし目先のことしか考えられず、家事>>>>>(意識の範疇の壁)>>>>>世界情勢なくらいの認識の持ち主。戦争など完全に他人事。
どれほどかと言うと、核爆発が起きる直前、オーブンに入れていたケーキの心配をして「ケーキが焦げる!」と言い続けるほど。
ケーキどころか自分やジムも含めて全てが焦げるのだが…。
この通り核爆発への知識は全然ないが、被爆後に「地下室にいたほうが良かったんじゃない?」と言い出したりと、さり気無く察しが良いような面もある。

•ロン

夫婦の息子で、街で家族で暮らしている。直接に登場はしない。
核シェルターの作り方において60°の角度がよく分からなかったジムが彼に電話をし、「分度器を買ってくればいい」とアドバイスをした。
戦争になると聞いて、シェルターも作らずのん気に笑っていた(「ロンドンがやられたら終わりだ」というある意味前向きな考え)。もちろんその意味は……。



【備考】


タイトルは「風が吹いて枝が折れたら何もかも落ちる」という権力者の暴走が、
国民をも巻き込むことを皮肉った趣旨のマザーグースから来ている。


ラストの突如聖書の一節から変わる「600の兵士は進む」は、
1854年に詩人テニソンが発表したクリミア戦争でイギリスの軽装備旅団600人が下された命令の愚かさを知りながら、
ロシアの砲兵隊に突撃し全滅した悲劇を歌った詩の一節である。



前述のとおり、この作品ははだしのゲンのような視覚的なグロ要素はない。
そのため日本の被爆者などからは「核の被害を軽く書いてる」と批判された。
しかし、日本の著作は核爆発によるグロさのインパクトが重視されてるため、放射能に汚染された地で生きることの恐怖が薄れてしまっているようにも思える。


またこんな絶望的な極限状況下に追いつめられてなお無駄にポジティブな発言の数々が精神的に来る。


ちなみに作中に出てくる対策になってないマニュアルは、実際にあんな感じのクオリティのものが、50年代からイギリスでは配布されていた。
「ドアを壁に立てかけてシェルターとか有り得ねぇw」とは誰もが思うが、劇中にも登場するパンフレットにはマジで 書いてある のである。
さすがにこの作品の公開の後で回収されましたがね。
実際にこの作品には当時の対策マニュアルへの批判と皮肉の意味が隠されているとの評判。



1986年にはアニメ化され、実写の背景やオブジェの中にアニメキャラが動くというものになっている。
主題歌は音楽界の巨匠デヴィッド・ボウイで、非常に爽やかな名曲。それだけに余計に来るのだが。
日本では翌年に細々と公開され、吹き替えを森繁久彌と加藤治子が担当した。
分かりやすく言うと乙事主とマダム・サリマン。2人の淡々とした演技も高く評価されている。




核を過小評価してる毛唐pgr的な意味合いにも取れる作品だが、
日本人も核爆弾が落ちたらどうなるかは自体は勉強で知っていても、
実際に放射能の恐怖や核攻撃の後にどうやって生き延びればいいかは知らない人が多いのではないだろうか。
この作品で語られていることは決して他人ごとではないのである。
(ちなみに、本作には第二次大戦当時の枢軸国と連合国の中心人物である
 フランクリン・ルーズベルト、ウィンストン・チャーチル、ヨシフ・スターリン、
 アドルフ・ヒトラー、ヘルマン・ゲーリング、ベニート・ムッソリーニ
 等がジムの回想で登場しているが、枢軸国側で日本の代表であろう東条英機氏や昭和天皇が何故かいない。意図は不明である) 


核の悲劇と恐怖を書いた作品と見るか、
政府をただ信じる情弱で愚かな夫婦を書いた作品と見るか、
どんな状況においてもお互いを励まし慈しむラブストーリーと見るか、
見る人によって感想が変わる点は、火垂るの墓と似ているかもしれない。



余談だが、現実的な対策が書かれたコピペがある。
ただそれもどこまで正しいか、実際にこの通りにできるかは分からない。






本作は反核を宣伝するためでも、特別な政治的意図に基づいたものでもない。
核戦争が起こったらどうなるのか、その警告がどう取り払われるのか、人々は次に何をするのかを描きたかっただけだ。
この老夫婦はイギリスの労働階級の典型的な人々である。
誰もが彼らと同じで、私の両親がまだ生きていたら、彼らのように行動したに違いないだろう。


  ―レイモンド・ブリッグズ







もういいわ、あなた・・・




ああ・・・もう、いいのよ・・・




追記・修正お願いします。

http://d.hatena.ne.jp/T-260G/20091201/1259648836

2009-12-01



風が吹くときCommentsAdd Starkurumi85tenten-ka

アニメ, 映画 | 15:27

f:id:T-260G:20091202162116j:image

【ネタ】…アニメ 風が吹くとき(1986) 原作:レイモンド・ブリッグズ 監督:ジミー・T・ムラカミ 日本語版監修:大島渚

 

【説明】…1982年にイギリスで出版された同名のグラフィックノベルをアニメーション映画化した作品

原題『When the Wind Blows』。原作者のレイモンド・ブリッグズは映画版の脚本も行っている。

主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦。

しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっており、ある日、戦争が勃発する。2人は政府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意し「シェルター」を作るなどの準備を始める。

そして突然、ラジオから「3分後に核ミサイルが飛来する」と告げられる。命からがらシェルターに逃げ込んだ2人はなんとか難を逃れるが、放射能がじわじわと2人を蝕んでいく。救援がくると信じて止まない2人は、次第に衰弱し……。

f:id:T-260G:20091203011858j:image

 

【独断】…良質トラウマ製造作品

二次裏で評判だったアニメ作品を見ていこうツアーその9。『風が吹くとき』。

幼少期のとしあきにトラウマを植え付けまくった作品の一つ。二次裏でも昔からちょくちょく画像(コラ含む)が貼られている。

作品のテーマ上、ネタとして使うのも不謹慎な話だが、としあきもみんな作品の本質的な部分とは別離して話題にしているだけなので、許してやって下さい。

 

核の悲劇を題材にした有名な作品といえば、『はだしのゲン』がある。

どこの小学校の図書室にもなぜか必ず単行本が置いてあって、いたいけな児童が「図書室にマンガが置いてあるー♪」と思って手に取ってみると、ものの見事にマインドがブレイクされる。

核爆弾による熱線、爆風、放射能の被害が地獄絵図の如く描かれているのだ。

被曝国ならでは、生きた声を基にしたリアルな悲劇がこれでもかとページに叩き付けられていて、日本の子供はまずそこで「ヤバイ。核、マジヤバイ」と学ぶのである。

 

スプラッターでド直球に悲劇を描く『はだしのゲン』が“動”だとすれば、『風が吹くとき』は“静”の表現を以て核の恐怖を描いている。

 

本作の主人公であるイギリス人の老夫婦は、母国の片田舎で平穏に年金暮らしをしている。

仕事を引退して特にやる事はないが、テレビや新聞などを見て国際情勢に触れているしっかり者の夫。政治にも戦争にも興味はないが、ひたすら家事をこなし長年家を守ってきた妻。

変化に乏しくも、平和で幸せな家庭がそこにはある。

しかし、ラジオをつけてみると、国際情勢が悪化し戦争が勃発するとのニュースが唐突に流れてくる。

夫はとりあえず政府が発行した核兵器対策パンフレットに従い、家庭用核シェルターを作り始め、妻はそんなことはどうでもいいとばかりに家事を続ける。

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御上の言う事に素直に従う堅実な夫と、家のことを一番に考える家庭的な妻、この二人のやり取りは、まるで戦争なんて嘘なのではないかというほどに牧歌的だ。

夫が核爆弾の放射能対策のために窓をペンキで白く塗るが、そのペンキを誤ってカーテンにも付けてしまう。それを見た妻は「カーテンを汚さないで!」と怒る。ニコリと笑って誤魔化す夫。

「爆撃なんてヒトラーでコリゴリだから、“イギリスに爆弾を落とさないで”とソ連に手紙を送ったら」と、妻は冗談を言い、夫はそれに乗って軽口で返す。

パンフレットに従い、核爆弾の熱線対策に大きな紙袋をかぶってみる夫。ハロウィンのようなその格好を見て笑う妻…。

まるでちょっとした台風にでも備えているかのようだ。あまりにも日常的で、和やかな雰囲気で、そこに死の気配はない。少なくとも二人は、自分たちが本格的な命の危険に晒されるとは思っていない。ただいざというときに備えて“万全”を期しているだけである。

 

そう、二人とも核兵器がどのような威力なのか解っていないのだ。体に悪い汚れを放つ結構強い爆弾…くらいの認識だ。

ただ政府が発行したパンフレットを信じ、従い、「これで安心だ」と思っているだけである。

ドアを適当に立て掛けただけの核シェルター、なんの加工もされていない白い衣類の着用。これで熱線も放射能も耐えられると信じている。なぜならパンフレットにはそう書いてあるからだ。奥さんに至っては自分たちの住んでいるところが爆撃されるとも思っていない。戦争なんて気が付けば終わっているものだと思っている。

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しかし、ソレは無情にもやってくる。

ラジオが唐突に「3分以内に敵国の核ミサイルが到達します!」と知らせてくる。

夫は妻を抱きかかえ、急いでシェルターに避難する。ミサイルが家に直撃さえしなければ大丈夫だと思っている妻は、つけっぱなしのオーブンの心配をしている。

この核ミサイル着弾のシーンはもの凄い。

街が消し飛んでいく最中 、爆風が主人公宅に到達するまで、奥さんの「ケーキがこげる!」という脳天気なセリフが繰り返し流れているのだ。これは、あまりにも、あまりにもブラックなセンスだろう。

 

【説明】の項にあるように、二人は爆発の直撃は避け、その場は生き延びる。しかし、残留した放射能が二人を次第にむしばんでいく…。

D

 

大まかに言って、前半30分が核シェルター作り、残り40分くらいで核着弾から衰弱していく二人の様を描いている。

前半部は美しい映像に充ち満ちている。ひたすらに広く青い空、緑溢れる田舎道、可愛らしい野中の一軒家、元気で仲の良い老夫婦、全てが明るく暖かく輝いている。

そして、後半部はその全てが核によって破壊され、冒され、死んでいく。

この前半・後半の対比が凄まじく、アニメのカワイイ絵柄がより悲惨さと恐怖を際立たせる。

高濃度放射能に包まれる部屋の中で、夫婦は相変わらず脳天気に日常生活の心配をする。「物資は政府がなんとかしてくれる」「新しい家具を買わなくちゃ」。片田舎に住んでいるため、街がどうなってしまったのかもわからない。自分たちが“助かっていない”ことにも気付いていない。

乱暴な言い方をすれば、視聴者を怖がらせるための話なので、このあとはそりゃもう悲惨である。

 

興味深いのは、このアニメ、見る人によって感想がかなり違う…というか見所が多いため、食いつく場所が違うのである。

例えば、日本での劇場公開当初、広島原爆体験者の方からは「核の恐ろしさ、悲惨さはこんなものじゃない」という意見が寄せられたりした。

確かにそうなのだろうし、例えば先の『はだしのゲン』のスプラッターに比べたらグロいというほどの場面は出てこない。とはいえ、これは表現方法の違いなので、一概にそれが悪いとは言えない。『風が吹くとき』の静かで皮肉に満ちた死の描き方は、これはこれで破壊力がある。

 

また、この老夫婦の所行をどう捉えるかによっても、感想に差が出る。

政府のマニュアルを盲信する夫婦に「愚鈍である」という感想しか抱かない人もいる。一方で「良識溢れる最高の夫婦じゃないか」と言う人もいる。

これはどちらもその通りと言えるだろう。国民の義務と責任を果たしていれば国が報いてくれるというダンナさんの感覚は、その常識の下で生きてきた年輩者としては当たり前のことである。家庭を第一に考え、ひたすらに家事をこなす奥さんにも落ち度などない。慎ましやかに幸せを育んできたこの二人は、間違いなく善人だ。

ただ、御上の言う事を無条件に信じ、戦争を劇場の出来事であるかのように捉えるその感性は、ともすれば「他人任せ」「他人事」に依った価値観であるとも言える。

 

この物語を、一組の夫婦のラブストーリーとして捉える見方もある。

対核攻撃の準備をする二人のやり取りは、非常に仲むつまじく、老年を迎えた男女のあり方として完成されている。

そしてそれは彼らが被曝し、刻一刻と衰弱していく最中も変わらない。最期まで彼らは夫婦であり続ける。正に「健やかなるときも病めるときも」だ。

核ミサイル着弾時にも、二人が結婚に至るまでの幸せそうなイメージ映像が流れてくる。

こうして見ると、もの凄いラブストーリーだ。

 

当然、作品のテーマ上、核戦争そのもの、またその認識不足に対する痛烈な皮肉と批判も込められている。

この夫婦が盲信した対核攻撃パンフレット、実は1980年代初頭までイギリスに実在したのである。子供の秘密基地のような核シェルターは、本当にイギリス政府のお墨付きだったわけだ。

その他の資料を見ても、当時のイギリスの核兵器に対する認識はかなりヒドイ。まるで雷避けのような対策しか書いていない。

『風が吹くとき』の原作グラフィックノベルが発刊された直後、こういったマニュアルの類はすぐに回収されていったそうだ。

仮にも先進国イギリスでこれなのだから、世界的一般的な核兵器に対する認識って、つい最近までかなり漠然としたものだったのかも知れない(かく言う私もきちんと把握できている自信はないが…)。キューバ危機とかもあったはずなんだけどな…。

D

 

…ネタバレというか何というか、今回のエントリーはかなり具体的に本編の内容に触れてしまったが、この作品を見る人というのは、ほとんどの場合、その内容を予めある程度知っていると思われるので、多分大丈夫…だと思う。

むしろ、内容を知らずにDVDジャケットの可愛らしい絵柄に釣られてレンタル視聴とかしたら、結構なショックを受けるかも知れない。

 

ちなみにアニメそのもののデキはかなり凄い。技術的なことはわからないが、ボケーっと見ているだけでもその映像に「おおっ」と思わされる。

絵、クレイ、実写が自然に組み合わされたアニメで、カメラのアングルが回転したり、ズームアウトしたりして、「あれ? これCG?」と思わされる場面もチラホラある。人物の動きも細かく滑らかで、わかる人が見れば相当感動するのかもしれない。

 

未見の方で、興味を持たれた場合は是非御覧になって頂きたい。

人によっては、この夫婦のやり取りが好きで何度も見てしまう…ということもあるそうだ。

二次裏住人の心に永遠に残る名作『風が吹くとき』、必見の一作である。

 

おわり

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『風が吹くとき』(1986)平穏な暮らしは突然崩れ、戻ることはない。

<< 作成日時 : 2012/05/10 22:34 >>

驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 8

 日本のアニメを見慣れた目には少々物足りなく映るかもしれませんが、公開された当時はなかなかの話題作としてマスコミなどにも取り上げられていたのがこの『風が吹くとき』です。

 核爆弾が落ちようとする寸前、イギリス(チャーチルやスターリン、ヒトラーのことを語る。ロシア人が攻めてくるかもという会話をしているのでイギリスだろう。)の田舎町に住む人たちは核爆弾に備えるようにという政府発表があっても、のんびりと日常生活を続けている。


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 政府自体もいい加減で、どう考えても効力がないと思われる放射能対策をラジオやテレビで放送する。当然、民衆はさらに情報が少ないので、生き残る確率は低くなる。

 彼らは危機意識の低さが根源にあり、すぐにでも核戦争が始まるという恐怖に直面しても、きちんと効果的には動けない。これは核に限ったことではなく、天変地異すべての対応に必要とされる知識がないということがどれだけ致命的であるかをくどいほどに繰り返し思い知らせてくれます。


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 核爆弾が投下されようとしているとき、田舎のお爺ちゃんは政府の手引きを片手に素直に核シェルターを手作りすると言い出し、家中の扉を集める。

 そして出来上がるのはただ木のドアを立て掛けて置いて、いざ衝撃波による爆風が来たら、いそいそとそこへ隠れるだけという、長崎県で暮らして、平和公園の記念館で原爆被害の凄まじい記録を見てきたぼくには信じられない対策を真面目な顔で実践する。


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 この映画で語られるのは無知の恐ろしさと国家の欺瞞です。有史以来、最大の被害を生んだ第二次大戦をも凌駕する規模での殲滅戦がいざ始まってしまえば、民間人だろうが軍属だろうが、核爆弾が着弾すれば、一瞬のうちに爆心地の人びとは死に絶えてしまう。

 たとえそこから多少離れていても、爆風や黒い雨を浴びてしまえば、目には見えないが確実に身体を蝕んでいく放射能によって命を奪われてしまう。

 国家が必ず助けに来てくれると信じて、自治体や警察が必ず助けに来てくれると信じて、牛乳屋や新聞の配達が来てくれると信じながら、体力の限界を超えて神に祈りを捧げながら倒れていくさまは悲惨です。


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 日常的で淡々とした生活描写がだらだらと最初から30分以上も続いたあとに核爆弾投下後の場面が始まる。呑気に構えていた老夫婦も飲用水や食べ物が尽きるとともに一気に衰弱していく様子はリアルでした。

 彼らは電気がつかない、テレビやラジオが聴こえない、冷蔵庫の食べ物が傷んで困るとブツブツ言っている。放射能なんか見えないから、家の周りには来てないんだと決め込み、雨水を貯めて、腐っているとお腹に悪いからと念のために煮沸すれば大丈夫と思い込んで飲んでしまうという下りがあります。


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 無知を象徴する場面ではありますが、程度や現象の差はあったとしても誰も彼らを笑えない。こんな調子でずっと映画は続いていくので、どんどん陰鬱な気分に陥ってしまいます。この映画にはまったく救いはなく、ハッピーエンドには程遠い。

 むしろアメリカン・ニュー・シネマ的な話の進め方です。好き嫌いはあるでしょうが、考えさせてくれる作品ではあります。音楽はピンク・フロイドのリーダーだったロジャー・ウォータースが務め、主題歌の『風が吹くとき』を歌っているのはデヴィッド・ボウイ、挿入歌にジェネシスなども参加しています。

 日本語翻訳版では大島渚が監修を務め、吹き替えでは森繁久彌と加藤治子が声を当てていて、なかなかしっかりとした安定感があります。

http://ecol.zool.kyoto-u.ac.jp/homepage/serow/essays/windblows.html

風が吹くとき(「When The Wind Blows」)
立澤史郎(1989)


風が吹いたらゆりかごゆれた
枝が折れたらゆりかごおちた

ぼうやとゆりかご いっしょにおちた


 マザー・グースの残酷さには、子供の頃よりも、むしろ今になってぞっとします。この歌、「WHEN THE WIND BLOWS」(英国版「風が吹いたら桶屋が儲かる」)もそのひとつ。これをそのまま題名とした映画が公開されます。邦題も「風が吹くとき」で,'86年英国制作の長編アニメの日本語版です。

あらすじ

 英国の片田舎に住む老夫婦、ジムとヒルダ。ジムは定年を迎え、これからは愛し合った二人ののんびりとした時間が始まる。
食事時、ラジオは戦争勃発を知らせ、政府は三日以内に核シェルターを作れと言う。窓は白ペンキで塗り、扉を壁に立てかけマットレスをしいて水と食料をキッチンに保存すれば出来上り。でもまてよ、政府の説明書では窓の周辺から薄い、細かなものは除けとあるが、議会の出したそれでは窓には白いシーツを下げろと書いてある。どっちが正しいんだ?保存食の’公式’リストに載っているピーナツバターを忘れている!慌てるヒルダにジムは「僕はピーナツバターは好きじゃないよ、無くたって生き残れるさ」。
 先の第二次大戦の思い出話に、二人は今度も有能で勇敢な指導者が事態を切り抜けてくれると言う。けれど彼らはどの国とどの国が戦っているのかさえ知らない。家具で窓をふさいだり、爆弾を落とさないよう嘆願書を書いたりと、彼らの対策は進む。
 ジムは、大きな紙袋をかぶれば効果があるのではないかとかぶってみて妻にバカにされる。やがて彼は’ヒロシマ’を思いだし、柄のない、まっ白のシャツを着れば体を焼かれずにすむと思い至る。けれどヒルダは「それは日本人のことでしょ(?) 、第一そんな話聞いたことないわ」と取り合わず、クリスマスプレゼントの新しいシャツを着ることを許さない。「じゃあ白の古いシャツはないかな?」けれど妻の対応はそっけない。
 そこへラジオ。「敵のミサイルがわが国へ向けて発射されました。三分で到達します。」ヒルダは洗い物に行こうとしている。ジムは妻をかかえてシェルターへ飛び込んだ。 

           ー 閃 光 ー

 「ちくしょう!」信じられないが、核爆弾が炸裂したこと、そして生きていることを確認する二人。おののくヒルダに「僕たちは今でも幸せじゃないか」とジム。「僕たちの爆弾のこと、ニュースでやってるかもしれない!」何も出るはずがない。電気は?電話は?全てが働かない。街は死に絶えたんだ。
楽しみにしていたテレビ番組がみられないというヒルダ。真っ白なシャツを着たジム。廃墟の生活にも笑顔さえみられる。けれど、そんな個人の幸せも大きな力が踏みつぶしてゆく。
 数日後、ヒルダは体中が痛み、ジムはようやく放射能の影響に気付く。やがて二人の皮膚は斑点におおわれる。妻をいたわり、陽気に振舞おうと歌を唄うジム。その口から血がしたたっていることももはや妻に言われるまで気付かない。毛が抜け始めたヒルダに夫が言う。「女性は丸坊主にはならないよ、これは科学的真理だ。」しかし事実は彼らの知識を超えていた。彼らの信じるシェルターは苦しみを長引かせるものでしかなかった。
 つぎのICBM(大陸間弾道弾)におびえながら、二人は紙袋を身にまとってまたシェルターへはいる。そして再び出ることはなかった・・・  

思いつくまま

 昨年の九月、京都の書店でこの原作の絵本を見つけました。40ページにぎっしり書き込まれた原作は、言葉で反核をうたうのではなく、ただ淡々と夫婦の会話と行動を追っています。原作者は、「(この作品を創ったのは)反核運動のためでも、政治意図によるのでもない。」と言っているそうです。つまり「核」問題に対する判断は全て読者(視聴者)に託されているのですが、これが英国では50万部のベストセラーとなり、各国で話題となって、昨年はついに映画化されたわけです。今回の公開はこれを日本語吹き替えしたものです。
 原作はレイモンド・ブリッグズ。私は彼の作品「スノーマン(雪ダルマ)」が大好きなのですが、(これも昨年映画化されて成功を収め、最近は某スープのCMにこのフィルムが使われています)今回の「風が吹くとき」は、少し悲しくもファンタジーの世界に遊ぶ彼の他の作品とは一見ひどく違い、大変面食らいます。しかし彼の言葉はその疑問を氷解してくれました。
 ジムがしたように、ちょっとした工夫で核爆弾の影響をやわらげることはできる、しかし最終的に個人がその影響から逃れることはできない。そんな状況下で、多くの市民はどの様な思考と行動を取るのだろうか。それを描きたかったと作者は言っています。つまり彼の制作上の興味は社会問題ではなく、(彼の両親がそうであったように)市井の人々の瞬間瞬間の言動であるのです*。最後の最後になって、彼らがどの様な会話をするのか、今まで信じていたものに対してどの様な態度を取るのか、じっくり観てみたいと思います。そこで、ー私たちにできることは何か?ーそれを考えるか否か、それは当然私たちの問題でしょう。
 監督はG.T.ムラカミという日系人、日本語版監督は大島渚です。この監督陣も興味あるところですが、やはり捨て置けないのは音楽。主題歌をデビッド・ボウィ、サウンドトラック全体の構成を (あの)ロジャーウォータースが担当しています。言うまでもなく彼はバンド「ピンク・フロイド」で現代社会の論理や様々な意味の環境破壊を鋭く告発してきた人。その音楽がレイモンド・ブリッグズの絵とどう反応しあうのか、今回のロードショウの楽しみの一つです。     
 最後に蛇足。原作を読んでいて強く感じるのは、(子供と自然の媒体としての文学作品の重要性、早い話が)マザーグースの存在の大きさです。冒頭の歌(詩)が背景(原体験)としてあってこそ、この作品の内容が読む(観る)人に深く関わってくるのだと確信したわけです。マザーグース体験を介して染み込んでくる”恐ろしさ”、これは日本人には理解しにくいものかもしれません。
 けれど、理屈でなく子供の頃の体験を通じて直感的に膨らむ恐ろしさ、自分の大切なものが奪われることに対する恐れ、そう言うものは誰にでもあるはずです。いわゆる「自然保護」や「反核」の行動、これらもおそらくそうした感覚に裏打ちされているはずです。そうでなければ空論でおわってしまうだろう、久しぶりに原作を読んで、そう思っているところです。
 この長編アニメ、自然教室の子供さんとご家族にも、是非観てもらいたいと思います。数少ない、だれでも”気楽真面目に”行ける映画。友人、夫婦、親子孫連れ、もちろんひとりでも、この夏の思い出にしてください。
(「都市と自然」誌)(千里山生協会誌)

*:この作品は,現実と紙一重ではありながら,やはり一種のファンタジー.でも気付いてはいけない現実世界とファンタジーの関係を垣間見てしまった気にもさせられます.(2000年11月)

((C)立澤史郎)
https://blogs.yahoo.co.jp/abenojakuu/59138240.html


映画「風が吹くとき」を見て本当に凹む
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2009/11/12(木) 午後 3:56
映画と劇の落とし穴
映画レビュー
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■■■■「風が吹くとき」 簡単なあらすじ ■■■■



主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦。
世界情勢は悪化の一途で、ある日、戦争が勃発し、とうとう原爆が落とされてしまう。
原爆から逃れた二人だが・・・。







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見たのは8月なんですけれど、未だにイメージが抜けてくれない。
自分が見た中の、最大の鬱映画。
最大の破壊力で、暫く浮上できなかった。
映画に興味がないという人でも、これをみたら良くも悪くも、何かしらの感想はもつ筈。


スノーマンを書いた人の、とてもほのぼのとした絵柄で綴られるアニメ映画なんだが…何が鬱かって、原爆落ちてからの夫婦のやり取りを見ていると本当に鬱になる。



最初のほうで、「戦争が始まるらしいよ」という会話が普通に交わされているのだが、2人にはそういったことが現実とは違う別世界のような感覚の話で
「政府がパンフレットで核シェルターの作り方を紹介していたよ。原爆に備えて作らないとねえ」
と、これまたほのぼのと作り始める。



その核シェルターとやらがまた酷い。
外したドアを壁に立てかけて、釘で固定して、手前にクッションをおいて、中にマットレスを敷いてこれで終了。
原子爆弾が落ちたら、この中に入って逃れてくださいというわけだ。
当然、熱線や、熱風などから逃げられるわけない。



この夫婦は、爆心地からかなり離れた所にいたので、その時は逃れる事はできたのだけれど、放射能からは逃げられない。
でもこれまた普通に
「爆弾のせいで家の中が汚れちゃったわ、掃除しないと」
「新聞が届かないねえ」
「水も出ないからお茶が飲めなくて困るじゃない」
「政府が非常事態だから水道をとめてるんだ、そのうち来て、家も直してくれるさ」
「どこそこの店にミルクを買いにいかないと」
と、街が壊滅した事も知らぬまま、会話して生活している。
放射能という言葉は知っていても、それがどういったものかを全く知らない夫婦は、放射能が蔓延した地でいつも通り生活を続けてしまう。
放射能のたっぷり混ざった雨水を溜めて、それで嬉しそうにお茶飲んだり・・・もう映画を見ていて「あああ!」と唸ってしまった。



次第に、頭痛や、吐き気、眩暈、歯茎からの出血、血便と、あのほのぼのした絵柄で目のクマが濃くなり、頬がこけてくるのは凄い恐怖だ。
体調が悪くなる中でも、全くいつも通りの楽観的な会話がなされているのが、見ていて本当に鬱になった。
名ばかりの核シェルターに入り、聖書の詩を暗誦しながら物語は終わるが・・・これは本当にいけない。
気分が高揚している時に見ても、根こそぎ神経をもってかれるような映画。
暫く引きずってしまった。



悲惨な状況と一緒に「なんで原爆なんて酷いものを落とした!」と前面に押し出した映画なら、こちらも「ああ本当に酷いな」と素直に思う。
でも、普通の生活の中で、放射能の被害を知らされず、ゆっくりと死んでいく恐怖をここまでやられると、それから受けるダメージは生半可じゃない。
私の最大のトラウマ映画となりました。
見なきゃいけない映画だとは思うけれど、何で見ちゃったんだろうと未だに後悔しとります。
平和論とか悲惨さとかを超越して、戦争は怖いと根本に刻み込まれる映画でした。



ちなみに物語にでてきた、嘘だらけの核対応マニュアル…本当にあったらしいです。
それ知ってさらに恐ろしくなりました。

http://minotaki.hatenablog.com/entry/2015/08/07/180454


オススメアメコミ紹介番外編第二回:風が吹くとき

 コミック紹介


漫画、「はだしのゲン」を読み、心に爪あとが残った人は恐らく多いだろう。

小学校や中学校の図書室には、漫画コーナーがあったと思う。

「学校で漫画が読める!やったね!」

と、そんなことを思いながらはだしのゲンを多くの子供は手にする。

最初のうちは家族が戦時中で理不尽な目にあいつつも、家族揃って頑張っていく家族ドラマが展開され、次はどうなるんだろうとグイグイ引きこまれていく。

そこで1巻のラストシーンを見て、あの地獄絵図のページを見ることになる。

ショッキングな光景を目の当たりにしながらも、気になるところで1巻が終わり、父ちゃんや姉ちゃん、弟は助かるのかと次を手に取る。

結局救いなんてなく、憂鬱な気分で3時間目もしくは5時間目を受けなければならない。

こんなトラウマがある人は多いことだろう。



今回紹介する作品もだいたいそんな感じだ。

「風が吹くとき」だ。

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凄く仲の良さそうな夫婦と凄く不穏な背景が特徴

厳密に言えば、これはアメコミではない。

イギリスの作家、「レイモンド・ブリッグズ」氏による漫画であり、絵本のような感覚で読める作品だ。

しかし、絵本のような内容だが、はだしのゲンと同じく、中身は子供が読んだらトラウマ必至な作品だ。

僕もこれ読んで凄く落ち込んだ。

もう読むこともないだろうと思ったら10年以上の時を越え、僕の目の前に100円という超激安価格で姿を表したので、昔を懐かしむつもりで書いた。

丁度8月。平和登校日のあの日を思い出して書こう。

ぶっちゃけ忘れたままのほうが良かったってなったけど。



始める前に念の為に前置きをしておこう。

別に僕はこの記事を通して核保有がどーのこーのだの戦争はいけないこと云々なんて書くつもりは毛頭ないし、そんな意図やメッセージが込められた記事ではない。

ただ単に作品紹介をしつつ昔を懐かしんでいるだけだ。



あらすじ

時は戦争のまっただ中。

イギリスの片田舎に、ジムとヒルダという、とある老夫婦が住んでいた。

二人は年金暮らしの年寄りであり、慎ましくも穏やかで、そこそこ幸せに暮らしていた。

のんびりとした二人だったが、世界は反比例するかの如くものすごい速さで情勢が悪くなっていき、核が投下される可能性も出てきた。

そのことを重く見た国は、各家庭に核シェルターの作り方などや対処法を書いたパンフレットをおくるのだが、イギリス人得意のジョークか?と思うほど粗末な対処法だった。

それでもジムは疑うこと無くそのマニュアル通りにシェルターを作り、核に備える。

「素人がそんな簡単にシェルター作れるのか?」とこの文面では思うかもしれないが、作れたのだ。

そしてある日、運命の日はやってきた。

「3分後に敵国の核ミサイルがやってくる」とラジオで放送が流れる。三分後て…。

ジムはオーブンをほったらかしに出来ないというヒルダを引っ張り、何とかシェルターに潜り込む。

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そして、核がイギリスに着弾した。

ちなみに、ラスト2コマで二人がやたら狭そうな隙間に入っているのがわかると思う。これがシェルターだ。

資材はクッションと家のドア。

なお、資材はすべてイギリス当局が配布したパンフレットどおりである。

田舎は、一瞬で真っ白になり、廃墟と化した。

運良く生き延びたジム夫妻は、国からの救助や支援を待ち、普段通りの生活を始める。



もうあらすじどころか前半部分全て語ってしまったが、これが風が吹くときのストーリーの主なあらすじだ。



ちょっとしたネタバレと感想

遠回しに「助からないから諦めろ」といってるようにしか見えない国からのパンフレット。

核にはほぼ役に立たないシェルター。

ミサイル炸裂後すぐに表に出て生活をするジム夫妻。

このことから、はだしのゲン程度でしか核の知識がない人でもわかると思うが、この二人は助からない。

しかし、作中でははだしのゲンのような恐ろしい描写は殆ど無い。

気分が悪くなったり血を吐いたり髪の毛がごっそり抜ける程度であり、人骨や死体が出てくることは作中で一切ない。

ただ淡々と二人の生活が描かれているだけだ。

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エンディングでは、弱り切った二人が眠るところでこの話が終わり、グロ描写はついに出てこなかったが、それが逆に怖い。

いっそ無残な死体が出てきたほうが安心するくらい淡々と、静かに、穏やかに死に向かって物語は進められていく。

もっと取り乱してくれ、恐怖してくれ、自分の置かれている立場を理解してくれ。

そんなやるせない気持ちがゲロを吐くような感じで沸き上がってくる。

しかし、物語は淡々と、この二人が弱っていきながらも他愛無い会話をし続けているところを描写し続ける。

そして、最期まで喧嘩をすること無く、そして仲良く眠りに落ちる。

読み終わったあと、なんとも言えない気分になる。

悲しいような怖いような。

胸に穴が開く気分といえばわかるだろうか。あんな感じだ。



面白かったけどもう読みたくない

風を吹くときは面白いけど、もう読みたくない。

そんな作品だ。

今下書きを読み返している最中なのだが、もうこれだけでなんとも言えない気分になるのでもうこの本は恐らく本棚の奥深くに封印する。

売るか捨てるかすればいいじゃんと思うかもしれないが、それはしたくない。

そんな複雑な一冊だ。

なお、この作品はアニメ化もしている。

もちろんハッピーエンドになんかなるはずがないのでご視聴は自己責任で。



他にも調べてみると、若りし頃のジムが主役の「ジェントルマン・ジム」という作品もあるらしいが、正直読むと落ち込みそうだから読まない。

兎にも角にも、この記事は書いていると落ち込んでいる時のほうが多かった。

だが作品は面白いというか考えさせられる内容なので、少し憂鬱な気分になりたい人はどうぞ。



余談だが、雪だるまが主人公の絵本「スノーマン」の作者も同じレイモンド・ブリッグズ氏であり、こちらは子どもと雪だるまの心あたたまるお話だ。

面白いのでこちらは大人から子供にまで誰にでもおすすめできるぞ。


http://blogos.com/article/2836/

「風が吹くとき」再読












風が吹くとき 絶句した、わたしはこの老夫婦を笑えない。むしろ、いまの"わたし"そのものだ。

 イギリスの片田舎が舞台、時代から取り残されたような老夫婦を描く。絵本というよりグラフィック・ノベルやね。穏やかな二人の生活に、さいしょはジワジワと、次に割り込むよう、最後は全面的にのしかかってくる「核の恐怖」が、すべてを塗りつぶしてゆく。初読は二十ン年前、「さむがりやのサンタ」しか知らなかったわたしには、ほのぼの+おどろおどろのギャップが衝撃だった。

 しかし、当時のわたしは、「フィクションというフィルター」を通じて受け止めたがる節があった。全面核戦争が勃発すれば、日曜大工の「シェルター」や、窓ガラスに白ペンキごときで防げるワケがない。それでも政府が発行するパンフレットを、一字一句、忠実に守ろうとする彼らに、一種ほほえましさを感じ、待ちかまえる運命を案じ、微笑しながら涙ぐんだ。

 核戦争が「ラジオ」で告げられ、3分後に飛来するところまで放送される"演出"も、「フィクションというフィルター」を"演出"してくれている。おかげでカウントダウンを身構えるようにページをめくれる。だが、放射能がじわじわと二人を蝕んでゆく様子は違う。「ここ」と「あそこ」の区別がつかないのだ。つまり、どの時点で手遅れなのか、そうでないのか、最後まで分からない。最初は丸々と血色のよい初老の夫妻だったのが、だんだん白色化してゆく。そう、この絵本では、放射能の影響は「白色」に彩られる。

 救援がくる、と信じて待つ二人。既に政府のパンフレットでは「想定外」の出来事に満ち溢れているのに、明らかに「おかしい」ことが周囲にも自分の体にも起きているのに、認めようとしない。その、頑固なほど「政府」を信頼する様子は、愚かなりと嘲笑(わら)えるだろうか。かつてわたしは、愚かだと思ったが、いまのわたしは、その「愚か」そのものだ。

 なぜなら、信ずるに足る情報を元に下した判断ではなく、"信じたい"という欲求を満足させるために、信じるから。さらに、"信じてきた"結果がもたらした事態を認めたくがないために、信じるから。ほら、ここにもサンクコストが。信頼をコストで測るならば、すでに費やしたコスト(信頼)はとり返しがつかないため、投資(信頼)し続けるしかないのだ。ご破算にして撤退するということは、それまでの自分の信頼を否定することにほかならいから。

 一応、わたしの場合、夫婦の間で、「いざというとき」のデッドラインとシミュレーションは練ってある。だが、このデッドラインは政府発表を基にしている。信頼するしかないわたしはもはや、自分を除き、誰も嘲笑うことができない。

 老夫婦の運命は、ショック療法のように効く。現実への免疫をつけられるフィクションなのだが、自身の位置に愕然とするかもしれない。たいして変わらないって理由でね。

https://ameblo.jp/sizen-ikuji-damehaha/entry-11133705660.html


核の恐怖を静かに語る絵本~「風が吹くとき」 と 日本の放射能問題



2012年01月12日
テーマ:脱原発&放射能の危険!







風が吹くとき




風が吹くとき…「When The Wind Blows」

 レイモンド ブリッグズ :著 さくま ゆみこ :訳 
 絵本(グラフィックノベル)1982年
 1986年 アニメーション映画化。


題名は、マザーグースの詩から。
童謡なのに マザーグースの詩は残酷なものが多く怖いです。


 When The Wind Blows

  風が吹いたら ゆりかご揺れる

    枝が折れたら ゆりかご落ちる

      坊やもゆりかごも みな落ちる



■あらすじ by:Wikipedia


主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦のジムとヒルダ。

しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっており、ある日、戦争が勃発する。2人は政府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意しシェルターを作るなどの準備を始める。





この本、ある意味 本当に怖いです。

漫画仕立てのかわいい絵柄の絵本で、
悲惨な表現はほとんどなく、むしろのんびりとした仲の良い老夫婦の日常が描かれています。

でも、小さい子どもに読ませて良いのかどうか?
難しいし、大人が読む本かもしれません。
中高生なら十分理解できるでしょう。

こんな二人をどう思いますか?
------
ラジオから戦争が始まったことを知るジムとヒルダ。
政府は三日以内に核シェルターを作れと言うのです。
放射能対策として、窓は白ペンキで塗り、扉を壁に立てかけ水や食料を保存・・・。

政府の説明書には窓の周辺から薄い細かなものは除けとある。
でも議会は窓には白いシーツを下げろと言う。
どっちが正しいんだ?

あるとき突然のラジオ報道が。
「敵のミサイルがわが国へ向けて発射されました。三分で到達します。」
そして…
まわりの何もかもが破壊されてしまいます。

夫婦は、シェルターに逃げ込み奇跡的に難を逃れる。
汚れたクッションやカーテンの心配をする妻。
「今は、放射能が降ってるんだよ!」と言うビルに、
「何も見えないわ。どこにも放射能なんて見えない」とヒルダ。

放射線が少しずつ二人の身体を蝕んでいく。
救援がくるのを信じながら、励ましながらも衰弱していく・・・。
   (by本・映画)
-------
この夫婦はどんどん身体が放射能に蝕まれているのに、最後まで信じ、何も気付かず、知らないまま、衰えていきます。

だけど私はこの二人をバカにできません。

自分の姿を見るような気持ちになります。




風が吹くとき




1982年の作品と少し古く、物語では「核戦争」を取り上げていますが、
原発事故、放射能に振り回されている日本、そして、政府やテレビの言葉を純粋(?)に信じて疑わない人たちの姿そのものようです。

私も以前は、本当のことを知らず信じていた様々なことを思うと、この老夫婦ジムとヒルダのように、
「政府や報道で、何度も『問題はない。』と言ってるのだから、政府の出す対策を守ってるのだから大丈夫だろう」と思ったかも。

戦争とは違いますし、
それは放射能や原発に限りませんが。

 

誰にでも平等にお日さまの光は降り注ぐ。
空気も時間も与えられている。

同じように、

雨が降りそそぐ

風も吹く・・・。

風が吹くと、坊やもゆりかごも みな落ちる・・・。

戦争と比較するのは大げさかもしれません。
でも、

この 恐ろしい“風”はもう日本にも吹いてしまっているのです。





風が吹くとき デジタルリマスター版 [DVD]



風が吹くとき(「When The Wind Blows」)

レイモンド・ブリッグズ
イギリスの絵本作家・漫画家

作品:
「さむがりやのサンタ」(福音館書店刊)「ゆきだるま」(評論社刊)で
フランシス・ウィリアムズ・イラストレーション賞を受賞。
「スノーマン」「さむがりやのサンタ」など多数。
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コメント

7年も経った福島原発事故とこの作品をダブらせるのは無理がある。
それ以前に事故当時3年後に福島の人間はバタバタ死ぬとか騒いでいた連中の謝罪が先だろう。

2018年|03月|17日|00:45 |from  | URL

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