増田俊也さんのコラムより

https://gqjapan.jp/culture/sports/20170608/the-worlds-mecca-of-martial-arts



TAKADANOBABA IS THE WORLD’S MECCA OF MARTIAL ARTS

作家・増田俊也、「高田馬場アイアンベルト地帯」を往く──世界の格闘技の、ここがルーツ
Tag: 体幹トレーニング 、 トレーニング













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東京・高田馬場には武道・格闘技の道場がなぜ多いのか? 答えをさぐっていくと、およそ100年前に早稲田で起こった”ビッグバン”が浮上する。ベストセラー本『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』の著者・増田俊也が、世界の格闘技のメッカを歩く。

文・増田俊也
写真・山下亮一


合気道養神館 本部道場 (高田馬場)
門弟に稽古をつけているのは、本部道場長で館長代行の千野進氏。隙間をすいすい歩きながら稽古を観察し、時にその場で指導が始まる。千野氏が少し動くたびに、道着を掴んでいる道場生の身体が宙を舞う。指導が終われば師と門弟が互いに礼を交わす。なんとも清々しい光景だった。

すべてはここから始まった

世界のあらゆる格闘技はすべてここから始まった。高田馬場を歩きながら、あらためて私はその感懐に浸った。ここは地球的規模の格闘技ビッグバンが起きた、世界の格闘技の聖地である。

1882(明治15)年に講道館柔道が誕生し、それが学校スポーツとして根付く過程で中心となっていったのは、野球やラグビーなどほかのスポーツと同じく、戦前の早稲田と慶應であった。その早稲田から前田光世という傑出した柔道家が生まれ、国内に自分の猛々しい魂を収める鞘のないことを知るや海外へ雄飛する。すべてはそこから始まった。高田馬場と早稲田と前田光世から─。

現在世界中で行われている柔道とは、すなわち1882年、東大卒のインテリ嘉納治五郎が22歳の若さで創始した日本伝講道館柔道という流派が広がったものである。はじめは寺の一部を借り、弟子も1人しかいなかったものが、130年余の時を経てここまで競技人口を増やした。いま五輪に出てくる他国の選手も含め、世界中のすべての柔道家は、本人が自覚しているかどうかに関わらず、みな講道館の門弟である。

五輪に採用されてからその本質が見えづらくなっているが、柔道こそ、世界の格闘技地図を塗り替えるほどの、歴史上類を見ない突出した実戦性を持つ格闘技だった。それを証明したのが前述した前田光世という早稲田出身の柔道家である。彼の海外雄飛が、その後世界のすべてを覆うことになる格闘技ビッグバンの始まりであった。彼があらゆる大陸のあらゆる格闘技と戦い、柔道の実戦性を証明したからこそ、その後の海外での講道館柔道の隆盛がある。前田光世という傑物がいなければ、柔道はアジア極東の小国に留まっていたに違いない。


キャッスル・ティンタジェル (目白)
デュエル(決闘)が始まると、思い切りぶつかり合い、斬り合い、叩き合う。激しい音が広い倉庫にこだまするが、不思議と叫び声は聞こえない。真剣勝負とは、そういうものなのだろう。右の剣士が着ている甲冑は、自らデザインして制作したもの。ここでは自分が思うような剣士になれるのだ。

「乱取り」の導入

講道館柔道が実戦性を持つに至った最大の理由は乱取りの導入にあった。ボクシングやアマレスでいうスパーリング、つまり試合形式でフルパワーでぶつかり合う練習である。かつて戦国時代や江戸時代に隆盛した古流柔術の各派は技術的には世界一の実力を宿しながら、本格的な乱取りを練習に取り入れているところは少なく、技術の流れをゆっくりと反復するだけのいわゆる形稽古のみに終始していた。

それが講道館柔道となり、競技スポーツとして修行者を一気に増やし、乱取り中心のアスリートスポーツになっていく。これほどの勢いで競技化された格闘技は世界に類をみなかった。一般的にはスポーツ化や競技化が格闘技の刃を削いでしまうと考えられがちだが、実際にはこの乱取り中心の競技化こそ、自由競争の只中に修行者を追い込み、テクニックとフィジカルの爆発的発達を促したのである。この発展の過程で、講道館という組織が創設されたときから持つ2つの貌が、互いに互いを補完しあった。

極真空手の創始者である大山倍達が生前こんな見解を示している。

「柔道はインテリと武闘派の荒くれ者たちが絶妙のバランスで在籍していたからこそ、あれだけの世界的普及をみたのだ」

インテリというのは他ならぬ創始者の嘉納治五郎や、理論派の側近たちのことだ。彼らがいたからこそ、講道館柔道は警察の制式格闘技として採用され、さらに学校体育になって競技人口を増やした。

武闘派では西郷四郎や横山作次郎といった草創期に他流派との試合を制した強豪がおり、そのあとの第二世代の前田光世たち海外雄飛組がいる。インテリだけでは戦って強さを証明することができない。しかし武闘派だけでは政治的発展が見込めない。講道館柔道の国内外での発展には、この2つの貌が、常に車の両輪としてあったのである。

西郷四郎は小説『姿三四郎』(新潮文庫)のモデルになったのでご存じの読者も多いだろう。嘉納の最初の弟子富田常次郎の次男常雄(彼も講道館の門弟)がこのプロパガンダ小説の作者であることからも、講道館という組織がいかにインテリを多く抱え、それによって組織を盤石化させていったのかがわかる


K-1 ジム 総本部 (新大久保)
「ここでは上手な子が小さな子を指導します。ミット打ちも子どもたち同士でやります」と代表の梶原龍児氏。よく面倒を見る子は、梶原氏ら大人の先生とミット打ちができる。ジュニアは憧れの眼差しで先輩と先生の稽古を見つめる。「社会も同じですよね、それをジムでも学んでほしいんです」。

異種格闘技戦の元祖

前田光世の名は1993年に米国デンバーで開かれた第1回UFC(アルティメット大会)以来世界にその名を轟かせたグレイシー一族に講道館柔道を手ほどきしていたことで有名になった。早稲田(当時は東京専門学校と呼称)出身の前田は、実力は折り紙付きであったが、性格が荒く、学校も中退している。日本に収まりきらず、アメリカ本土に渡って当地のプロレスラーやボクサーとの賞金マッチに連戦連勝、さらに欧州やメキシコ、ブラジルへと渡り、「ルール無しで戦えば、日本のジュードーという格闘技が最強である」という地位を世界中で不動のものとしていく。

レスリングなどの組技格闘技だけではなく、ボクシングなどの打撃格闘技にも、ノールール試合で前田が圧勝し続けた。この頃の講道館柔道には、まだ国内に生き残っていた古流柔術との他流試合のため、当て身(パンチやキック)の概念が強く残っていた。ために打撃系格闘技を相手にしてさえ、戦い全体をコントロールする上での技術的アドバンテージがあった。

前田光世はこんな言葉まで遺している。

「拳闘(ボクシング)は柔道の技術の一部を使っているだけで、所詮は柔道の敵ではない」

ボクシングは柔道の技術体系の一部であるパンチしか持っていないので簡単に勝てるという意味である。相手の打撃技を捌き、捕まえて投げ、寝技に持ち込んで関節技を極めるか首を絞めて失神させるのが柔道の必勝パターンであった。どうだろう。この勝ちパターン、どこかで見たことがないだろうか。そう、グレイシー柔術である。

前田光世にブラジルでこのクラシックスタイルの講道館柔道を習ったのがカーロス・グレイシーであり、その弟がエリオ・グレイシーである。彼らはそれをヒクソンやホイスら次世代に伝えた。彼らグレイシー一族が柔道ではなく現在でも「JIU-JITSU」の名を語るのは、前田が様々な理由からそう呼んでいたからではないかといわれる。その後、このグレイシー柔術を止揚するかたちで世界に総合格闘技(MMA=Mixed Martial Arts)が完成していった。私たち格闘技ファンはこの二十数年間、世界のそのダイナミックな動きをリアルタイムで見てきたのだ。今日、高田馬場をスタート地点として取材に歩きながら、これらの歴史が頭の中に映画のように繰り返し写った。

思いきってそのカメラを引き、ドローンに乗って鳥瞰してみよう。高田馬場で何かが爆発し、その熱風でドローンが上空に吹き飛ばされた。一気に10メートル、50メートル、5キロ、10キロと上がっていく。

東京が小さくなり、日本列島の姿も小さくなっていく。アジア全体が見渡せたと思ったら、さらに地球の自転が見える地点まで上がった。肩に道衣をさげた前田光世が見える。高田馬場を出て横浜港へ着き、前田青年が船に乗った。アメリカに到着した彼が道衣に着替えると、その胸には《早大》、黒帯には《講道館》と刺繍されている。北米、欧州、そして中米、南米へとまわって、あらゆる格闘技の選手と戦い、柔道の技術で倒していく。その足がブラジルで立ち止まった。グレイシー一族たちに柔道を教えている。



パラエストラ池袋 (池袋)
ストイシズムとはまったく無縁の道場だ。地下アイドル「BELLRING少女ハート」の曲が流れるなか、皆が笑顔で練習に励む。ブラジリアン柔術は、講道館柔道とブラジルの明るさの両方を自らの体系に取り込んだのだ。写真で技をかけているのは代表の朝倉孝二氏。現役の医師である。

すべてはここに戻ってきた

ここまで読めば、このアイアンベルトの歴史の奥行きが見えてきたと思う。100年以上の時を経て、ロシアから、欧州から、北米から、南米から、さまざまな格闘技がここに戻ってきた。それぞれ名称は違っていても、かつて講道館柔道の刺激を受けて発達した格闘技だ。それらはすべて、この高田馬場から雄飛した前田光世というビッグバンから始まったのだ。



高田馬場アイアンベルト地帯

4月初旬、増田氏は『GQ』取材班を伴って高田馬場に降り立った。多くの道場が集まるこの地=高田馬場アイアンベルト地帯を取材するためだ。大好物の「ダイエットコーク」を片手に訪ねた7つの道場を紹介。









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A K-1 ジム総本部
大人も子どもも多国籍。キックボクシングのスペースだけでなく、トレーニングマシンも揃っているのが良い。























































































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Toshinari Masuda
増田俊也
ますだ・としなり 1965年生まれ。小説家。北海道大学中退。中日新聞社在職中の2006年に「このミステリーがすごい!」大賞でデビュー。2012年に大著『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)で大宅賞と新潮ドキュメント賞をダブル受賞した。他著に北大時代の自伝的青春小説『七帝柔道記』(KADOKAWA)など多数。2016年、50歳を機に中日新聞社を退職し、本格的な作家生活に入った。4月21日、新聞記者の若者たちをリアルに描く『北海タイムス物語』(新潮社)が出たばかり。

INFORMATION

K-1 ジム 総本部
東京都新宿区百人町2-23-25 GENスポーツパレス 3階
http://www.k-1gym.com/
多国籍なジム。互いに教え合うアットホームな雰囲気が良い。

真正会 鈴木道場 東京支部
東京都新宿区高田馬場1-28-18 和光ビル 2階
http://shinseitokyo.com/
4月1日にリニューアルオープン、長年当地で活動する空手道場。

システマジャパン本部道場
東京都新宿区高田馬場4-14-4 第12信興ビル 1階
http://www.systemajapan.jp/
ロシア発の実戦的な武術。独自の哲学でコアなファンが多い。

合気道養神館 本部道場
東京都新宿区高田馬場4-17-15 東陽ビルディング 2階
http://www.yoshinkan.net/
レジェンド塩田剛三が創始者。道場には4才から76才までが通う。

キャッスル・ティンタジェル
東京都豊島区目白4-13-3 大和倉庫B
http://www.castletintagel.com/
実戦的な中世西洋武術の道場。甲冑格闘技の国内発祥の場。

パラエストラ池袋
東京都豊島区池袋2-14-10 ミゾタビル B1階
http://paraestra-ikebukuro.com/
増田氏と共著もある中井裕樹主宰。ブラジリアン柔術の道場。

明倫無外流 形山会 本部道場
東京都豊島区東池袋1-32-5 大熊ビル 3階A
http://www.keizankai.jp/
駅徒歩4分の常設道場。仕事でほてった頭をクールダウンできる。

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