柔術BJJ=江戸 戦国時代の捕手術をルーツに持つ! アメリカ シカゴ警察官が柔術を使って逮捕!





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捕手術

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捕手術

Rooftop battle.jpg

使用武器
三道具、十手

発生国
日本の旗 日本

発生年
室町時代以前

派生種目
逮捕術
表・話・編・歴


捕手術(とりてじゅつ)は、素手で敵を殺さずに捕り抑える武術。取手とも書いた。

流派によっては補助武器として三道具や十手・捕縄などの捕具が使われ、こちらから先に掛かり、相手を殺さずに捕らえる事を目的とした武術である。江戸時代中期以降は下級役人が学ぶものと考えられる傾向があった。貝原益軒『武藝十四事』中の武芸十八般に独立した武術として含まれる。現代の警察官の必修科目である逮捕術に相当する。

歴史[編集]

捕手術という名称自体の起こりは柔術より古く、室町時代頃から用いられている。また後世の柔術を謳う流派にも、捕手術に分類される技法が含まれている場合が多い。捕手術は多くの流派で不意をついて、あるいは当身を入れつつこちらから攻撃を仕掛け取り押さえる技法となっている。極意として様々な隠し武器を使用する事を教える流派もあった。

主な流派は1500年代に成立した、竹内流捕手腰之廻小具足、天下無雙流捕手、一日城無双一覚流捕手、荒木流捕手などである。

捕手は、江戸期に入り組討、小具足、和、拳法などと共に柔術という語に総括された。

そのような経緯から、柔術と言う名称を用いた流派でも楊心流系のように本質は捕手のものが存在する。

制剛流、竹内流など古い流派には小具足術、組討以外に捕手術の体系が含まれ、重要視されていた。制剛流ではまず捕手術より学びはじめ、その後に小具足術やヤワラを学ぶ事となっていた。また竹内流では、流祖が編み出した技法が神伝捕手と言われ、奥義として重要視されていた。

流派[編集]
竹内流捕手腰之廻小具足 至心流

天下無雙流捕手
一日城無双一覚流捕手
荒木流捕手(荒木流拳法) 三神荒木流捕手

制剛流
一角流
一達流
天下二無双流
警視流
楊心流柔術 西法院武安流武者捕
無双直傳楊心輭殺流捕手

甲州陣屋伝捕手術

他にも多くの流派が存在するが、柔術流派が地域によって捕手術と呼ばれたものが多い。

関連項目[編集]
神道夢想流杖術/棒術/半棒術
逮捕術
捕具
武芸一覧


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表・話・編・歴
武道・武術
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柔術と捕手術の違いは?
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科戸の風 @sinatonokaze 2013-04-16 11:21:18
柔術と捕手術の境界がイマイチ不明確で。 RT @inuchochin: お国によりけりみたいですよ。たしかに捕手流儀は格下とか下級武士や捕方が学ぶものとされる藩もありましたが、柔術流派は藩主自ら学んだ流派もあります。 RT @科戸の風
江戸時代は柔術が剣術より格下とされていたと






みんみんぜみ @inuchochin 2013-04-16 12:30:19
柔や組討や捕手の定義、これまた人や国や時期で違うので。ただ柔術という言葉は捕手や小具足より後に出来たのでそれらとは違うものである、と当初は意識されていたようですRT @sinatonokaze: 柔術と捕手術の境界がイマイチ不明確で。






みんみんぜみ @inuchochin 2013-04-16 12:34:55
@sinatonokaze 言ってみれば植芝盛平が自分の武道に柔術や柔道と違う意味合いをもって合気道や合気柔術と名付けたのと同じように、関口氏心や寺田正重なんかが組討や捕手と我が武術は違う、という認識で柔術なり柔道なりと名乗ったようです。






みんみんぜみ @inuchochin 2013-04-16 12:38:06
@sinatonokaze なので、組討や捕手を下級武士や不浄役人の武芸と考えていた位の高い武士も単なる逮捕術や格闘技術ではない、哲学を持った武芸である関口新心流や起倒流のような柔術柔道の流派は抵抗なく、むしろ積極的に学んだ形跡があります。






NT @dainihonhistory 2013-04-16 13:06:50
@inuchochin @sinatonokaze なんとなくの仮説ですけど、柔という文字は新陰流の転と似たような意図が含まれていたのかもしれませんね。江戸時代でも柔術というかたちで、術をくっつけることが盛んになるのは元禄時代位だったと記憶しております。






剣 @kentarou_yokota 2013-04-16 13:28:24
竹内流は柔術の源流と言われるけど、今の所柔術やってる感はあまり無いなあ。男女体術あたりから柔術っぽさが出てくる気が。やはり流儀の本体は小具足と捕手になるよな。棒術はやってて楽しいから好きなんだが。






喜多野土竜(心機一転二転三転) @mogura2001 2013-04-16 14:54:46
あと、武術の見方の根底に、日本の穢れの思想があるかな。江戸時代の与力や同心は町人に頼りにされていたけれど、同時に不浄役人とも呼ばれた。犯罪者という穢れと接する役職だから。小具足は鎧組討の武術だけれど、捕手術やもじり術は捕縛系の技術。技術の重要度とは別の、貴賤の感覚はあったのかな。






喜多野土竜(心機一転二転三転) @mogura2001 2013-04-16 15:02:52
穢れは接触によって伝播するという考えがあるので、日本人は本質的に接触を嫌う傾向が。踊りでも西洋のような手をつなぐ動作がほぼない。弓術・槍術・薙刀術・棒術・剣術・十手術・柔術・捕手術と間合いが近づくけれど、そこに習得期間と穢れ観を加えると、貴賤のなんとなくの基準は見えてきそうな…。






武心インデックス @g369 2013-04-16 19:05:01
日本では「自然の汚れは穢れにあらず」みたいな法則性が何となく思想の底にある気がする。不浄の浄とでも表現すべきか






ちていのき @baritsu 2013-04-16 19:19:21
汚れと穢れは違いますもんね RT @g369: 日本では「自然の汚れは穢れにあらず」みたいな法則性が何となく思想の底にある気がする。不浄の浄とでも表現すべきか






ちていのき @baritsu 2013-04-16 17:30:51
体、車、請なんてのも柔と言ってしまえば一文字で済みますねw RT @dainihonhistory: @inuchochin @sinatonokaze なんとなくの仮説ですけど、柔という文字は新陰流の転と似たような意図が含まれていたのかもしれませんね。






ちていのき @baritsu 2013-04-16 17:49:50
簡単に言えば捕り手(逮捕術)は自分から仕掛ける、不意打ちしても相手を取り押さえる術です。相手は悪者や下賤の者の場合も多し。柔は受けて護り勝つ術で武士同士の技。あくまで理念的にですw RT @sinatonokaze: 柔術と捕手術の境界 RT @inuchochin:






ちていのき @baritsu 2013-04-16 18:20:01
捕り手と柔らは違う、と力説してる伝書ってどこだったっけ。渋川流か不遷流か制剛流かその辺だったと思うんだが出て来ない…






みんみんぜみ @inuchochin 2013-04-16 19:08:27
確かにまろばしと似てるのかも知れません。まろばしはよくわかりませんが個人的にはヤワラの方が大東流のやった時に感じたものを表してる気がするのでわかりやすいです。 RT @baritsu: 一文字で済みますねw RT @dainihonhistory:@sinatonokaze






みんみんぜみ @inuchochin 2013-04-16 19:10:58
やはりそうですか。たしか起倒流にしろ製剛流にしろ初期の伝書は柔とかイ和とか術抜きでヤワラと書いてあるイメージです。 RT @dainihonhistory:@sinatonokaze 柔術というかたちで、術をくっつけることが盛んになるのは元禄時代位だったと記憶しております。






科戸の風 @sinatonokaze 2013-04-16 19:36:58
大東流と合気道の違いみたい(^^;; RT @baritsu: 簡単に言えば捕り手(逮捕術)は自分から仕掛ける、不意打ちしても相手を取り押さえる術です。相手は悪者や下賤の者の場合も多し。柔は受けて護り勝つ術で武士同士の技。あくまで理念的にですw @inuchochin:”






科戸の風 @sinatonokaze 2013-04-16 20:18:41
これですね。竹内流。
http://t.co/N23cVeAbA0
RT @hiyoMk2: 既に答えは得られたようですが、「羽手 捕手」で検索すると参考情報が。”






剣 @kentarou_yokota 2013-04-16 21:05:31
@baritsu 竹内流の免許者、池内雅門太は竹内流とは別に関口流もおさめていたそうなので、やはり小具足、捕手と柔は別という認識だったかもしれませんね。






ちていのき @baritsu 2013-04-16 21:12:49
それ知らなかった。面白いですね。やはりどこか補完しあう点を見出したんでしょうね。 RT @kentarou_yokota: 竹内流の免許者、池内雅門太は竹内流とは別に関口流もおさめていたそうなので、やはり小具足、捕手と柔は別という認識だったかもしれませんね。






剣 @kentarou_yokota 2013-04-16 21:23:03
@nuigurumirobo 柔道は様々な捕手、柔術流派の方々を集めて議論を重ね作り上げた一面もあるそうなので、確かに柔術の一派にあたると思いますし、合気道も柔ありきだと思います。ただ、技術の使い方によっては別物に見うけられる物もあるなぁと。






剣 @kentarou_yokota 2013-04-16 21:32:21
@baritsu で、その池内雅門太は八代目が幼子二人を残し亡くなった事を知り、淡路島での仕官を断り二人に流儀の技を伝え、その功績から九代目竹内藤一郎久居となります。二人の子の兄が藤一郎、弟が藤十郎を名乗り、現在まで続いています。






ちていのき @baritsu 2013-04-17 03:05:18
ありがとうこざいます。竹内流は三代、久吉でほぼ体系が完成したと聞きますが、この池内雅門太でなにかの工夫があったら、これもまた面白かったでしょうね。立場上「伝える」に徹したとは思いますがRT @kentarou_yokota: で、その池内雅門太






ちていのき @baritsu 2013-04-17 03:43:32
「或人、相當に稽古して漸くトリデ(捕手)とやはらの差がわかつたといふ、澁川も末になつて斯ういふことを知る人が少くなり、つまらないものをもてはやすやうになつたのは殘念で、今の人はトリデを知つてやはらを知らない。」






ちていのき @baritsu 2013-04-17 03:45:40
やはり渋川流だったか。確か何某が戦で首級をいくつも挙げたのは柔を知っていたからだ、みたいに書いてあったんだよな






みんみんぜみ @inuchochin 2013-04-17 05:28:08
なんか一時期はやった柔術と合気柔術の違いみたいですね RT @baritsu: 「或人、相當に稽古して漸くトリデ(捕手)とやはらの差がわかつたといふ、澁川も末になつて斯ういふことを知る人が少くなり、つまらないものをもてはやすやうになつたのは殘念で、今の人はトリデを知つてやはらを知






みんみんぜみ @inuchochin 2013-04-24 12:11:18
どうも私の印象では、戦場の武芸(例えば鎧組討とか)より捕手(逮捕術)や小具足の方が先に流派として成立した気がする。小具足は戦場の短刀組打とされる事もあるけど実体は室内での護身中心だし。小具足は室町ヒャッハー的なイザコザ刃傷沙汰から身を守る武術にしか見えないです。
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