チャクラムとインドのシク教徒にのみ伝わる伝統武術 トラディショナルマーシャルアーツ ガッカ

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ガッカ





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グル・ナーナクの538回目の誕生日を祝って演武する人々
ガッカ(英語 Gatka、パンジャーブ語 ਗਤਕਾ)とは、インドのシク教徒に伝わる武術。



目次 [非表示]
1 概要
2 歴史
3 武器
4 技術
5 参考文献
6 関連項目


概要[編集]

武器術である。元々は剣術だけを伝えていたが、今では槍、弓矢等の様々な武器を遣う。
シク教の寺院(グルドワーラー)やクシュティの道場で稽古を行っている。
フェアバーンとの弟子のサイクスがフェアバーン・システムを作る時に、柔術や中国拳法と共にガッカも参考にしたことで知られる。


歴史[編集]





ワールド・ガッカ・カップのシク教徒
シク教徒には、ラージプート(王族の一種)の武術があり、古くからの伝統があった。
ムガル帝国とシク教団との戦争で(詳しくはシク王国を参照)、父のグル・アルジュンが殺害された仇を討つ為にグル・ハルゴービンドは護衛兵を備え、彼らに武術を教えた。

その後、インド帝国の時代になるとインドの伝統的な武術の多くが弱められたり、禁止されていった。シク教徒の大学が出来たとき、フェンシングのルールをガッカにあてはめた。
シク教徒はセポイの乱の鎮圧を助けた。その結果として武術への規制は緩和されたが、パンジャーブの武術はかなり変化していった。
この頃からパンジャービ武術をガッカと呼ぶようになったという。ガッカという言葉の語源は、稽古に使う棒の事と言う説、サンスクリット語で槍を表す「ガッダ」から来ているという説、パンジャーブ語で希望や開放を表す「Gat」と所属を表す「Ka」から来たという説もある。ガッカはインド帝国の陸軍によって主に練習された。
1880年頃には、ラスミ(儀式中心)とケール(スポーツ中心)と呼ばれる2派に分かれた。

インドが独立すると、ガッカは復活し始めた。国際ガッカ連盟が1982年に設立されて、そしてガッカは現在、スポーツや剣舞として人気があり、シク教徒の祭りでしばしば見られるようになった。
復活以来「ガッカ」という言葉はシク教徒の武術全体に広げられるようになり、様々な武器術もガッカとして行われるようになった。
最近は、16〜18世紀の技術を復興させようとしている。

武器[編集]





タルワール




チャクラムを使うインド人
武器の性質によって技術が出来ていて、武器の正しい使用法はガッカの中心である。
刀がメインの武器だが、様々な武器を組み合わせて使用する。

ガッカで使用される主な武器
タルワール: インドで使われる曲刀
ペシュカルジ: 短剣の一種
チュリ: ナイフの一種
バルチャ: 槍
ククリナイフ
カーンダー: シク教徒やラージプートの伝統的な直刀
キルパン: 洗礼したシク教徒が身につける鋭い儀式用の剣
カタール: 鎧通しの一種。
バグ・ナック: 手かぎに似た手につける武器
ラシィ: 長さが1〜3メーターまでの竹の棒むちやチェーンなどのフレキシブルな兵器。
チャクラム: 輪っかのような武器。投げて使う。小さいものをメリケンサックのように使う事も出来る。
弓矢: 木、角、および腱質で作った弓とアシで作った矢を遣う。





ククリナイフ






カーンダー






キルパン






カタール


技術[編集]

ガッカでは棒と刀、刀と盾等、両手に武器を持つように強調する。両手で武器を遣う事は、体の左右両方を調整するためのよい訓練になると信じられており、武器の組み合わせ、および動作パターンの選択がその人らしい戦法を生み出すといわれている。
リズミカルに手足や体と武器を一斉に動かす事をよしとする。リズム感を養うために聖なる詩と太鼓のリズムに合わせて稽古を行う事がある。

参考文献[編集]
「世界のすごい武術・格闘技」 イースト・プレス
 Wikipedia英語版

関連項目[編集]

ウィキメディア・コモンズには、ガッカに関連するカテゴリがあります。
シク教
クシュティ

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チャクラム





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チャクラムを持つシク教徒(1844年画)




チャクラム
チャクラム(チャクラ)は、古代インドで用いられた投擲武器の一種。日本では戦輪、飛輪や、円月輪とも呼ばれ忍者が使用した。真ん中に穴のあいた金属製の円盤の外側に刃が付けられており、その直径は12-30cm程。投擲武器としては珍しく斬ることを目的としている。

投げ方は二通りあり、円盤の中央に指をいれて回しながら投擲する方法と、円盤を指で挟み投擲する方法がある。

ヒンドゥー教の神であるヴィシュヌも右腕にこの円盤をもつとされている。

ちなみにチャクラ(cakra चक्र)はサンスクリットで「輪」を意味する中性名詞の語幹。チャクラム(cakram चक्रम्)は、その単数主格にあたる。

参考資料[編集]

ウィキメディア・コモンズには、チャクラムに関連するカテゴリがあります。
『改訂増補 刀工総覧』川口陟・飯田一雄(校訂) 刀剣春秋新聞社・宮帯出版社(発売) ISBN 9784885830082
『金工事典』若山泡沫・飯田一雄(校訂) 刀剣春秋新聞社・宮帯出版社(発売) ISBN 9784885830174
『アイテム・コレクション』 安田均・グループSNE 富士見文庫 ISBN 9784829142271
『図説 西洋甲冑武器事典』三浦権利 柏書房 ISBN 9784760118427
『武器辞典』 市川定春 新紀元社 ISBN 9784883172795
『武器と防具・日本編』 戸田藤成 新紀元社 ISBN 9784883172313
『武器と防具・中国編』 篠田耕一 新紀元社 ISBN 9784883172115
『武器と防具・西洋編』 市川定春 新紀元社 ISBN 9784883172627
『武勲の刃』 市川定春・怪兵隊 新紀元社 ISBN 9784915146237
『魔導具事典』 山北篤・稲葉義明 新紀元社 ISBN 9784775300350
『図説・日本武器集成』決定版 歴史群像シリーズ 歴史群像シリーズ編集部 編 学習研究社 ISBN 9784056040401
『図説・中国武器集成』決定版 歴史群像シリーズ 歴史群像シリーズ編集部 編 学習研究社 ISBN 9784056044317
『刀剣甲冑手帳』 刀剣春秋編集部 編 刀剣春秋新聞社・宮帯出版社(発売) ISBN 9784863660632
『中国武術兵器法』 青木嘉教 愛隆堂 ISBN 9784750202334
『隠し武器総覧』 名和弓雄 壮神社 ISBN 9784915906367
『図解隠し武器百科』 名和弓雄 壮神社 ISBN 9784404008077
『【決定版】図説忍者と忍術 忍器・奥義・秘伝集』 歴史群像シリーズ 歴史群像シリーズ編集部 編 学研マーケティング ISBN 4056048142
『【決定版】忍者・忍術・忍器大全』 都市鉄道研究会 著 歴史群像編集部 編 学習研究社 ISBN 4054041205

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カテゴリ: 投擲武器
サンスクリット語の語句
インドの武器

http://heartland.geocities.jp/india_martial_arts/top/bujutu.htm
達磨の武術





日本武術の源流としてのインド武術



伝説によると、中国の少林寺で禅の開祖となったボーディ・ダルマ(達磨大師)は、現タミルナードゥ州のカンチープラム出身とされ、彼が南インドで学んだタミル武術(カラリパヤットの源流)を禅と共に中国に伝え、それが中国武術の一大潮流になったといわれる。中国武術が沖縄に渡って唐手になり、それが本土に渡って空手になった歴史を考えれば、空手のルーツは遠くインドにその源を発する事になる。

空手以外の相撲や伝統柔術の場合はどうだろうか。定説では古代日本における『手乞い』にそのルーツが求められる。この手乞い、蹴り技や組技、投げ技を組み合わせた総合武術だったらしく、恐らくは優れた他の文化と共に大陸からもたらされたのだろう。そしてこの手乞いが日本の伝統武術として発展していくプロセスで、重要な働きをしたのがやはり中国人渡来者だった。

仏教伝来と共に日本がようやく文明国家としての体裁を整えていく過程で、多くの大陸人が日本に移入し様々な文化を伝え、その中に優れた武術が含まれていたことは想像に難くない。その中国武術の大きな源流がインド武術である以上、相撲や柔術などにも、中国経由でインド武術の血が流れている可能性は高い。

また、仏教伝来前後の古代日本には少なくないインド人僧が渡来し、その多くが南インド出身だと記録に残されている。これは当時南インドに仏教の中心が存在した事、また南インドから東南アジアを経由して東アジアにいたる安定した海上航路がすでに確立されていたため為で、現代から想像する以上に南インドと東アジア(日本)の交流は近くて深いものだったと思われる。

インドにおいては一般に出家した修行者と在家者の間にははっきりとした境界線が引かれており、出家者は俗事に関わる事はない。そして、出家の僧侶が旅に出る場合、在家の随行者が身辺の世話、警護のため同行する事が少なくなかった。とすれば、古代の日本に仏教僧と共に南インド武術家が随行者として渡来していた可能性も否定できない。また、達磨の例を見るまでもなく、僧侶自身が武術家であった可能性ももちろんある。中国人を経由してではなく、直接インド人によってインド武術が日本に伝播した可能性も、あながち妄想とは言えないだろう(余談だが、カラリパヤットで使われる巻き締め型のふんどしカッチャは、相撲のまわしと酷似している。しかもインドには六尺に相当するランゴーリという日常タイプのふんどしもある)。

ちなみに5世紀にグプタ朝によって創立された北インドのナーランダ仏教大学では、様々な専門履修過程の中に武術が含まれていたとする中国人留学僧の報告もある。仏教における武術が、すでにインドにおいて、出家が修行すべき聖行だった可能性も高い。

以上のような様々な状況証拠を積み重ねれば、空手だけではなく、柔術や相撲などの日本古来の伝統武術の源流としても、インド武術は決して無視することはできない存在として、今後クローズアップされていくだろう。



洗髄経の謎



今回、空手雑誌JKFanからインド武術についての原稿依頼があった。参考資料として編集部からバック・ナンバーを何冊かいただいて、その中に非常に興味深い記事があったので、ここでそれに触れたいと思う。それは2005年5月号の金城昭夫氏による『空手伝真録』第2回の記述だ。

『中国古代武術の日本伝来』から始まって、中国武術が歴史的にいかに日本の武術に影響を与えてきBodhidharmaYoshitoshi1887たかを詳述するのだが、『達磨大師と易筋経・洗髄経と羅漢18手』に至って、興味深く読み進めていた筆者の目線が釘付けになった。達磨大師が少林寺に禅を伝えた時、武術のトレーニング・システムも同時に伝え、それが今日まで経本や型として残っていると言う。

易筋経。調べて見ると英語ではMuscle change classicという。訳せば、『筋肉(の質)を変える(為の)古典(的教え)になるだろうか。南インド出身の達磨さんが武術の達人であり、かつメディテーターとしても一流の修行者であった事を考えれば、それはヨガ・アサナもしくはメイパヤットやマルカムのような、動きのあるストレッチ系のエクササイズによって、筋肉の質をその根底から変えてしまう一連の方法論だったのではないだろうか。あるいは、インドでもすでに幻と言われているビャヤムVyayamと呼ばれる武術的エクササイズの可能性もある。それがやがて中国的に咀嚼、発展され、金城氏の言うように気功のシステムへと合流していったとしたら・・・

だが、問題は洗髄経だ。果たして、金城氏の言うような抽象的な身体の中心、さらには内臓の鍛錬をさすのだろうか。洗髄経は英語ではMarrow washing classicと表記される。さらにmarrow を辞書で見るとそのものずばり、『脊髄』と書いてあるではないか。脊髄を洗う。一体それは何を意味するのだろうか?

ここで筆者が思い至ったのが、カラリパヤットの根底に横たわるクンダリーニ・ヨーガの方法論だった。尾底骨周辺のムーラダーラ・チャクラに眠るクンダリーニ・シャクティが目覚めると、その稲妻のようなエネルギーの閃光は龍のように脊髄を駆け上がり、頭頂部のサハスラーラ・チャクラに至って爆発し全心身システムを革命的にリニューアルすると言う。このプロセスを、『脊髄を洗う』、と表現したとしたら・・・ さらに羅漢18手にいたってはメイパヤットの型本数と同じではないか!

どうやら、達磨伝説は単なる伝説では終わりそうにない。筆者の確信は日々深まり続けている。




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