ブーメラン オーストラリアのアボリジニの物が有名であるが、有名であるがゆえの誤解も多い。一般に考えられる「手元に戻ってくる」物がブーメランであり、さらに重く大きな運動エネルギーを持たせた狩猟用の「手元までは戻ってこない」物はカイリー(kylie)またはカーリ(karli)、あるいはキラースティックと呼び分けるべきなのであるが、理解されておらず、むしろ混同されているのが現状である。戻ってくるブーメランは三つ又で極めて軽量であり、有する運動エネルギーも大きくはない。アボリジニの間でも狩猟用には用いられなかったとみられている。フィクションにおいて武器として用いられる場合、敵に命中し、なおかつ手元に返ってくる描写があるものがあるが、これは全く誤りである。カイリーはカンガルーにぶつけて気絶させるほどの威力をもち、これが完全に手元まで戻ってくれば使用者が怪我をする危険さえある。




























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ブーメラン
曖昧さ回避 この項目では、狩猟やスポーツに使われる民具について説明しています。その他の用法については「ブーメラン (曖昧さ回避)」をご覧ください。
典型的な木製ブーメラン

ブーメラン(boomerang)は、狩猟やスポーツに使われる棍棒の一種。かつては飛去来器とも訳された民具である。大型のものを除けば、手で投げて飛ばすことができる。投げた後にある程度の距離を飛行した後に手元に帰ってくる種類が特に有名であり、一般にブーメランといえばこの種のものが連想される。1950年代後半から1970年代前半の日本では駄菓子屋でプラスチック製のブーメランが子供のおもちゃとして好評を博し、怪獣王子が使う大型の武器として採用されたり、小学館の子供向け雑誌などにも紙製ブーメランが付録として添付されるなど、子供を中心に日本でもなじみの深い玩具として浸透した。

目次

1 特徴
2 歴史
3 構造
4 飛行の原理
4.1 自転軸の方向が変化する仕組み
5 脚注
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク

特徴

回転して飛行する。
他の道具を使わずに手で投げられるものの中では飛行時間・飛行距離が長い。
手元に帰ってくるタイプのものは、翼面を立てて投げ、円形の軌跡を描き、水平になって戻る。この場合、回転方向と同じ向きの弧を描いて飛行する。

歴史
チャールズ·アースキンによる、ブーメランを投げるアボリジニのイラスト
多様な形状のスポーツ・ブーメラン
投槍とブーメランで鳥を狩ろうとしているアボリジニを描いたスケッチ

オーストラリアのアボリジニが狩猟や儀式などに使っていたものが有名だが、ブーメランに類したものは、アフリカやヨーロッパの岩絵や遺跡に描かれている。ブーメラン自体は木製で、古いものは土中から発見されていないが、岩絵や遺跡の年代からその歴史は紀元前まで遡れるようである。アッシリアの壁画から当時、ブーメランは兵士の標準的装備品であったことが分かる。インドにおいては近世まで使用された。

オーストラリアのアボリジニの物が有名であるが、有名であるがゆえの誤解も多い。一般に考えられる「手元に戻ってくる」物がブーメランであり、さらに重く大きな運動エネルギーを持たせた狩猟用の「手元までは戻ってこない」物はカイリー(kylie)またはカーリ(karli)、あるいはキラースティックと呼び分けるべきなのであるが、理解されておらず、むしろ混同されているのが現状である。戻ってくるブーメランは三つ又で極めて軽量であり、有する運動エネルギーも大きくはない。アボリジニの間でも狩猟用には用いられなかったとみられている。フィクションにおいて武器として用いられる場合、敵に命中し、なおかつ手元に返ってくる描写があるものがあるが、これは全く誤りである。カイリーはカンガルーにぶつけて気絶させるほどの威力をもち、これが完全に手元まで戻ってくれば使用者が怪我をする危険さえある。

鳥の群れの上空をかすめ、手前に追い立てるのが元来の使い方である。世界の他地域では弓矢の導入で廃れたが、弓矢が導入されなかったアボリジニ社会では、武具、儀礼具、拍子木、掘り棒など、用途に応じてさまざまな形に発達した。回帰型はその一部に過ぎない。220年前に入植した白人は回帰型の不思議に魅せられ、このブーメランを19世紀以降オーストラリア全体のシンボルとした。「またお越し」「安全に帰る」との意味で、ホテル・交通機関・爆撃機のシンボルにも使い始めた。現在は世界中で競技会もあるが、アボリジニは自らのアイデンティティ回復のために、汎アボリジニ・シンボルとして再活用し始めている[1]。

弓矢や銃の登場により、ブーメラン(カイリー)は姿を消し始めるが、近年において、ブーメランは原理的にプロペラと同一のものとして扱われ、装飾品あるいは玩具、または競技用として親しまれるようになった。
構造
世界スカウトジャンボリーで、自作のブーメランを作る少年たち
石でブーメランを磨くアボリジニの男性

材質は木材か、同程度の比重をもった人工素材が主である。しかし、手軽な紙コップや型紙等でも作成できる。

形状は「く」の字型になっているものがよく知られているが、これ以外にも十字型や三角形の環状のものなどがある。いずれも板状であるが、さらにその断面を見れば、片面は平らでもう一方はふくらみをもっており、飛行機などの翼に近いものである。
飛行の原理
ブーメランを投げる瞬間
ブーメランを構えるアボリジニの男性

投げ出されたブーメランは、自転しながら大きな円軌道を描いて戻ってくる。その飛行原理を理解するには、自転するブーメランに働く揚力と、飛行中のブーメランが自転軸の方向を変え続ける様子をそれぞれ考えるとよい。

ブーメランは大気中で自転すると、竹とんぼやヘリコプターのローターと同様、回転面に垂直な向きに揚力を発生させる。飛行中のブーメランは、回転面を傾けて揚力が斜め上方を向くような姿勢で自転している。この状態で、斜め上方を向いた揚力の鉛直上向き成分が自重を支え、水平方向の成分がブーメランの軌道を曲げながら飛行する。もしもこの状態のブーメランが自転軸の方向を変化させなければ、ブーメランは水平面内の放物線軌道を描きながら横方向に飛び去ってしまうことになるが、実際には後述するような歳差運動などによって自転軸の方向が変化し、揚力の水平方向の成分はブーメランが円軌道を描くように向きを変えつつ向心力として働くことになる。また、ブーメランの自転によってジャイロ剛性が生じ、安定した姿勢を保つことができる。

自転するブーメランに揚力が働くのは、その翼断面が、いわゆる一般的な翼と同様に上面が膨らんで下面が平らか、上面が凸となるように沿った形状(キャンバー、矢高)をしているからである。この構造によって、効率的に上面側に揚力が発生するようになっている。また、更に工夫されたブーメランになると、翼上面を乱流境界層で覆わせるために少し凸凹がつけられたり、独特な翼断面形状を採用しているものもある。
自転軸の方向が変化する仕組み

自転軸の方向が変化する仕組みを理解するには、剛体回転運動に生ずる歳差運動(プリセッション運動)を理解する必要がある。これは、自転する円盤に、その自転軸と直交した軸周りにトルクを加えた場合、円盤自転軸とトルク印加軸それぞれに垂直な軸周りに回転運動をするというものである。今、回転とその向きを右ネジの原理(右ネジをねじ込む際にネジが進む向きを回転の向きとする定義)で考えた場合、プリセッションによる回転の向きは、自転軸の向きをトルク軸へ合わせるように回転させた場合に一致する。別の表現をすると、右手で親指、人さし指、中指をそれぞれ直交するような状態(フレミングの右手の法則のような)にしたとき、人さし指が自転軸の向き、中指がトルク印加軸の向き、親指がプリセッションの向きとなる。

さて、ブーメランがその自転面を垂直から少し傾いた状態で飛行している場合、ブーメランの翼に当たる相対風は自転面内で異なる。すなわち、ブーメランの自転により瞬間的な翼の運動の向きが進行方向に一致している部分(翼の前進側)と、進行方向と逆行している部分(翼の後退側)が現れる。すると、翼の前進側では相対風が大きいことにより揚力が大きくなり、翼の後退側は揚力が小さくなる。ここで想定しているブーメランの飛行状態では、上半分が翼の前進側で揚力が大きくなり、下半分が翼の後退側で揚力が小さくなる。すると、ブーメラン自転面の上端を自転軸向き側に回転させようとするトルク(トルク印加軸の向きは進行の向きと逆向き)が発生する。このトルクで、自転軸の向きがトルク印加軸の向きへ向かって回転するようなプリセッション運動が誘起される。

以上より、ブーメランの剛体としての回転運動と揚力の水平成分の組合わせによる向心力により、ブーメランは旋回軌道を描くことになる。

また、ブーメラン自転面の前方半面(上流側の半面)で発生する揚力の影響で、後方半面(下流側の半面)でのブーメランの翼の迎え角は相対的に小さくなり、後方半面で発生する揚力が前方半面よりも小さくなる。これによってちょうど上記のプリセッション運動の向きのトルクが印加されることになり、このトルクによるプリセッション運動は、ちょうどブーメランの自転面が水平で自転軸が上向になるような回転運動となる。

以上のようなもう1つのプリセッション運動が、旋回して手元に戻って来たブーメランが水平ホバリングするような挙動を示す要因であるとされる。

オーストラリアのアボリジニのブーメランは、その翼端がひねってあるのが特徴である。これによって、他のブーメランにはない複雑な軌道を描くことができる。

なお、詳細な理論的分析はまだ不明であるが、2008年3月に宇宙の無重力下(微小重力下)でも地球上と同様にブーメランは手元に戻ってくる運動現象が、土井隆雄宇宙飛行士が国際宇宙ステーション米国実験棟「デスティニー」の基地内で行った実証実験により確認された[2]。本実験は土井の知人であり2006年にブーメランの競技の一つであるオーストラリアンラウンド種目で、世界1位となった栂井靖弘の提案・依頼に基づくものである。栂井は、出立前に土井に投げ方を指導の上、直径13cmと20cmの紙製ブーメラン2種類を託していた。
脚注
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^ 国立民族学博物館監修・編集 『旅・いろいろ地球人』 淡交社、2009年。ISBN 978-4-473-03581-3。
^ “ビデオライブラリ - 宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター - JAXA”. 宇宙航空研究開発機構 (2008年5月1日). 2010年12月14日閲覧。

参考文献

『ブーメランハンドブック : 生涯スポーツを楽しむために』 日本レクリエーション協会〈レクリエーションガイドブック〉、1999年。ISBN 4-931180-60-4。

関連項目
ウィキメディア・コモンズには、ブーメランに関連するメディアおよびカテゴリがあります。

ジャイロスコープ
カイリー
プロペラ
ブーメランワールドカップ(2年に1度(偶数年)に開催される世界選手権大会)
ブーメラン効果
CA-12 - ブーメランの愛称を持つ航空機。戦闘機として開発されたが、実際には対地攻撃を主任務とするな爆撃機として使われた。
キャプテン・ブーメラン - ブーメランを武器とするコミックのヴィラン。

外部リンク

“日本ブーメラン協会”. 2010年12月14日閲覧。
西山豊. “ブーメラン・国際化プロジェクト2007 (紙製ブーメランの解説書,世界70言語対応)”. 関西ブーメランネットワーク. 2010年12月17日閲覧。

カテゴリ:

投擲武器民具スポーツ競技スポーツ玩具スポーツ器具

http://ichiya.com/iruka/boomerang/history/

ブーメランの歴史

 人間の文化史の上でブーメランがどのような存在であったか、J.E.J.Lenochの論文などを参考に説明します。「スローイングウッドとブーメラン」( LENOCH(ウィーン1949年))は、投擲用の木製品が、時代・地域・文化を越えて広く分布していることを示しています。

 ブーメランのように、遠くの目標に向かって投げる木製品には、概ね3種類に分類されます。ひとつは、棍棒のように相手にぶつかる事により打撃を与えるもの、これは一方もしくは両端が極端に重い(時には皮をかぶった鉄塊)棍棒というタイプ。
 そして、エッジが鋭利で、その質量よりもその鋭利さで目的を果たすもの。
 そしてそのうちで手元に帰ってくる物です。
 このうち、3番目のものがブーメランと呼ばれます。

 これらは、その形や材質などからその用途や使用方法を元に分類されます。

 ブーメランは、ブーメランが木製であるため、実物は発見されていませんが、紀元前4000年から5000年の新石器時代にあたるヨーロッパの洞窟岩絵に描かれている事から、その頃にはすでに存在していた形跡があります。

 ブーメランは、言われているように武器としてではなくウサギや鳥などの小動物の狩のための道具が主目的で、戦いの道具としては極めて限定されたものであったと思われます。

 ヨーロッパの神話や伝説に登場する神々の武器の中には、スローイングウッドやブーメランを思い起こさせるものがいくつか存在しています。
 有名なところではヘラクレスの棍棒がありますが、これは相手に打撃を与えるためのもので、ブーメランとは系統が異なりますが、「ガリアのミサイル」と呼ばれるCateiaという武器は、手元に帰ってくるという記述からブーメランではなかったかと言われています。
 古代ギリシャでは小動物の狩にブーメランのようなものが使われていた記録がありますが、ローマではそれらしき記述はありませんが、地方では使われていたかもしれません。

 ポーランド(紀元前23000年頃のマンモスと共に発見されたもの)、ドイツで最も古いものは紀元前800-400年のMagdeburg近郊のElbschotternの岩絵に見られます。
 これらヨーロッパのブーメランやスローイングウッドはヨーロッパ起源ではなく、古代インド-オリエント地方で発明され、広まり世界中色々な地域で独自の発展を遂げていましたが、近代的な武器(弓矢や銃)が登場するにつれて急激に失われていったようです。

フランスブーメラン協会ホームページより
http://www.multimania.com/duffez/english/index.htm

 一方、北部アフリカの紀元前6000年頃の遺跡で、ブーメランらしきものの絵が発見されています。
 エジプトではTut-anch-Amunの墓の壁画にまさしくブーメランその物の絵が発見されています。これは、王家や貴族の狩猟の道具として、また王権の象徴として描かれています。

 インドでは植民地化される当時まで、スローイングウッドが使用されていたが、単なる木を切り出したものでそれが手元に帰っこなかったのではないかと、その形状から見られています。

 アジアを北上し、アメリカへ移住したモンゴロイドと共にアメリカ大陸を南下したブーメランはメキシコや南米で、時には占い師の間などで使用されていたようです。

 北アメリカ大陸では、いったん南下した後、東部へ伝承されていったようです。この地域のブーメランも、新しい武器や狩猟用具の発展と共に他の地域と同じように武器や道具としての価値は失われ、飾りとしてあるいは儀式の礼拝の対象として残っているだけです。

 セレベスやジャワ、スマトラでは最近まで鳥を茂みから追いたてるために使用されていました。

 このようなブーメランですが、新しい武器や狩猟道具(特に弓)の登場でそれ以外の地域では使われなくなったというのが真相のようです。

 ブーメランといえばオーストラリアといわれるオーストラリアでもすべての地域で使われていたわけではなく、北部やタスマニアでは使われていた痕跡はありません。その他の地域(南部や東部)では、しばしば魚を捕るためにも使われていたようです。

 オーストラリアのブーメランはユーカリやアカシアの木を火で加熱して適当なカーブをつけた後、石斧で切れ取られ、加工されて作成されました。

 キャプテン ジェームス クック(Captain James Cook (1728‐79):英国の航海家)が、オーストラリアを発見し、今のニューサウスウェールズに上陸した時、原住民(アボリジニ)達は、弓も矢も知らない石器時代の状態でした。そこで彼らが持っている奇妙な物体(投げると手元に帰ってくる木製品)を捕まえた時、Boom-My-Rowと叫んでいると聞いてBoomerangと呼ばれるようになったと言われています。
 他の説では風をあらわすBoomariから派出したという説もあります。

 ただ、オセアニアではごく最近まで、子供用のゲームとしてあるいは狩猟道具として使われていたため、ブーメランはオーストラリアの物と言われていますが、現実には上記のように、はるか古代から世界中で使われていた物のようです。
 オーストラリアのブーメランは、しばしば混乱して伝えられていますが、手元に帰ってくるタイプはゲームやスポーツに用いられるもので大きくカーブしています。一方狩猟用(大きな音を出して飛行し、待ち構えている網に鳥を追い込んだり、直接ヒットする)のものは、ほとんどまっすぐな形をしていて、こちらは手元には帰ってきません。

 現在、オーストラリアの原住民(アボリジニ)達は、実用的なブーメランを作る技術が失われ、そのブーメランに描く絵は彼らの民族芸術としてのみ継承されています。

 そして、ここ30年ブーメランはスポーツの対象として復活しました。その主流はアメリカであってスポーツとして定着した後10年以上タイトルはアメリカに独占されていました。そしてスポーツ団体が組織化されたフランスとドイツが現在強力なライバルとして登場してきました。
 オーストラリアは残念ながらブーメランの大会で目覚しい活躍はありません。
 最近は、日本、カナダ、ブラジル、または、ブルガリアのような参加国、そして、ごく新しいスイス、ベルギー、オランダ、イタリアなどのメンバーも忘れてはなりません。

 これらの内容は、J.E.J.Lenochの論文(ウィーン1949年)・フランスブーメラン協会のホームページなどを参照しました。

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/092100358/?ST=m_news


ブーメランは殺人兵器だった、13世紀の骨に痕跡
先住民間の争い示す証拠、オーストラリア研究
2016.09.22
アボリジニはこのブーメランを狩猟や穴掘りなどに使った。内側の刃が特に鋭くなったブーメランは戦いに使われた。(Photograph by Robert Haidinger, Laif/Redux)
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 2014年、オーストラリアのある川岸で、頭蓋骨に長い傷をもつ、昔のアボリジニ男性の骨が見つかった。ヨーロッパ人たちが大陸全体に勢力を広げつつあった騒乱の時代に、剣や短剣で殺されたのだろう。当初、誰もがそう思った。

 ところが分析によって、この男性は13世紀に死んでいたことがわかった。ヨーロッパからの移民がこの地域にやってくる600年前、まだここに金属製の道具がなかった時代のことだ。(参考記事:「イースター島、人殺しの武器を作らなかったと新説」)
先住民の間で争いがあった

 学術誌「Antiquity」の9月15日号に発表された研究によると、この傷は先住民アボリジニが使っていたブーメランによって付けられた可能性があるという。研究者たちは、男性は意図的に殺害されたとしており、ヨーロッパ人の入植以前にアボリジニ間で争いがあったことを示唆している。

 今回の発見は、当時のオーストラリアにおける民族間の関係について新たな解釈をもたらしてくれる。

 植民地化される前のオーストラリアに限れば、他の人間に殺害されたと思われる骨はこれまでに1体しか見つかっていなかった。その骨は紀元前1600年ごろのもので、槍による傷が複数ある。儀式における罰とみられている。

 今回の研究の共著者の1人で、オーストラリアのグリフィス大学の生物人類学者、マイケル・ウェスタウェイ氏は次のように話している。「大陸全体で争いが起きていたかどうかはわかりませんが、オーストラリアのこの一帯には、部族間で争いがあった証拠が確かに残されています」
男性が埋葬されていた場所の近くにある壁画。人々がブーメランや盾、棍棒を持っている。オレンジ色と白で塗り分けられているものもあり、部族間の対立を示していると考えられている。(Photograph Courtesy South Australian Museum)
[画像のクリックで拡大表示]
長い傷を残せる武器は

 問題の骨を見つけたのは、アボリジニの一人であるウィリアム・ベイツ氏。彼らは、この男性遺骨を「兄」という意味のカークジャと名づけた。カークジャの顔には鋭い刃を持つ武器によってつけられた長い傷があり、肋骨も何本か折れていた。(参考記事:「アイスマン その悲運の最期」)

 詳しい分析の依頼を受けたウェスタウェイ氏は当初、カークジャを殺したのはかつて英国の役人が組織した警察ではないかと考えた。この武装組織は、多くのアボリジニの殺害に関わっていたからだ。

 20代後半から30代前半で死んだカークジャには、さまざまな傷があった証拠が残されている。頭蓋骨には2つの傷跡があり、そのうち1つは鋭い刃を持つ武器によってつけられたものと思われる。一方で、カークジャの最後の食事がザリガニとポッサムだったことや、丁重に埋葬されていたこともわかっている。

 カークジャが生きていたのが金属の利用が伝わる前の時代だったことが判明すると、研究者たちは彼の死因を解明しなければならなくなった。アボリジニは、鋭い棍棒のような「リルリル」と呼ばれる武器や、戦闘用のブーメランを使っていた。20世紀初頭のある記録には、このブーメランについて「サーベルの刃を思わせる」と書かれている。ブーメランは、穴掘り、楽器、動物の解体にも使うことができた。(参考記事:「アボリジニ 祖先の道をたどる」)

 ブーメランの刃には、最大で45センチほどのものもある。カークジャの頭の傷の大きさを考えると、リルリルよりブーメランによるものであると考える方が適切だ。また、カークジャが埋められていた地点からそう遠くない場所で、2つの部族のアボリジニたちが盾と棍棒とブーメランを持つ壁画も見つかっている。

 カークジャの傷とこの壁画を合わせて考えると、「この地域に争いがあったことが考えられます」とウェスタウェイ氏は言う。他の壁画にも争いの一場面と解釈できるものがあるが、単なる踊りや儀式だと考えている研究者もいる。

 今回の研究には参加していない考古学者コリン・パードー氏は、この骨が提示する証拠から、ヨーロッパ人到達前のオーストラリアでの生活がどのようなものであったかがわかると話す。

「エデンの園だったと考える者もいれば、対立が絶えない場所だったと考える者もいます。今回の証拠から、その両方であったことがわかります」

 カークジャは「丁重に埋葬されていました」と、ウェスタウェイ氏。頭部は特別な砂の上に横たえられていたという。「間違いなく、多くの人にとって大事な人物だったのでしょう」。カークジャは伝統的な儀式にのっとって土に返された。(参考記事:「収容所から脱出し、1600キロを徒歩で逃げたアボリジニ3少女」)

http://www.jba-hp.jp/history.htm

ブーメランの歴史  <ブーメランハンドブックからの抜粋>

 なぜ「ブーメラン≒オーストラリア」なのか?
 古代の狩猟道具としてブーメランが存在していたことはよく知られています。
 オーストラリアの先住民「アボリジニ」は数千年前から狩猟および祭事の道具としてブーメランを使っていたと推定されています。同様にエジプト・中央ヨーロッパ・インド・アメリカなどでも今日のブーメランの原型といえるものが発見されています。

 後に狩猟道具は弓矢や槍に代わってしまい、大陸の影響を受けることのなかったオーストラリアだけが最近までアボリジニの生活道具として伝承されてきたからと考えられています。





歴史の詳細は
「ブーメランハンドブック」
をご覧ください。

 「ブーメラン」の言葉の起源は?

 近代に至ってアボリジニのブーメランに初めて遭遇したのが英国の探検家キャプテン・ジェームズ・クックです。1770年シドニー近くのポーター湾に上陸しアボリジニに出会った際、手にしていた「く」の字型の棒を見て「それは何か?」と尋ねたところ「ブーメラン」と答えたのが起源のようです。


 スポーツとしてのブーメランは?

 スポーツとしてのブーメランは、1965年頃ある雑誌で不思議な飛び方をすることが紹介されて以来、アメリカを中心に愛好者が増えました。
 競技としては1969年にアメリカで1973年にはオーストラリアで競技会が開催されました。しかし、この頃は競技の種目も非常に限られていました。
 その後、オランダ・ドイツ・フランスなどにも愛好者が増え、1988年にオーストラリア建国200年記念行事として、7ヵ国が参加した世界大会が開催されました。

 現在では二年に一度世界大会が開催されています。日本では1994年に神奈川県平塚市で、2006年に北海道旭川市で世界大会が開催されました。また、日本国内では年数回の競技会が各地で開催されています。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~wingwin/newpagerekisihtm.htm


BACK
古代の狩猟道具としてブーメランが存在していたことはよく知られています。 
オーストラリアの先住民「アボリジニ」は、数千年も前から狩猟および祭事の道具として、ブーメランを使っていたと推定されています。同様に世界各地(エジプト、中央ヨーロッパ、インド、アメリカなど)でも、今日のブーメランの原型ともいえるものが発見されています。中でも有名なのは、紀元前1370年頃の古代エジプトのツタンカーメン王の出土品の中から、象牙細工を施した立派なものが発見されています。
 その他の国から発見されたものも、おおよそ紀元前数千年頃のものと推定されていますが、いずれも互いに交流や伝搬により作られたものではなく。、独自にそれぞれ考案されたもののようです。一番初期のものは、まっすぐな棒の表面を、石で少しづつ削って断面を流線型のように細工し、火で熱してねじれをつけています。このタイプ(キラーステック)のものは、戻ってくる効果はなく、地上1mくらいの高さをまっすぐに100m以上も飛ぶことができるものでした。
 「く」の字に曲がった棒を用いたのは、きっと偶然だったに違いありませんが、そのブーメランは、飛んでゆく方向が変わる効果を持っていたわけです。初めて投げた古代の人や、それを見ていた人たちはきっと驚いたに違いありません。
 ブーメランは、このように世界各地で発見されていますが、一般にはオーストラリア特有のものと思われています。実は、オーストラリア以外でも、紀元前の昔に存在していましたが、それ以後、狩猟道具は弓矢や槍に代わってしまい、大陸の影響を受けることのなかったオーストラリアだけが、つい最近まで先住民「アボリジニ」の生活道具として伝承されてきたからといえます。これは、カンガルーやコアラなどの有袋動物がオーストラリアに集中していることと似ています。
 近代に至って、このアボリジニのブーメランに初めて遭遇したのが、英国の探検家、キャプテン・ジェームズ・クックです。1770年シドニー近くのボタニー湾に上陸しアボリジニと出会った際、手にしていた棒を見て、「それは何か」と尋ねたところ、アボリジニが「ブーメラン」と答えたのが起源のようです。
 スポーツとしてのブーメランは、今からおよそ37年前にある雑誌にその不思議な飛び方をすることが紹介されて依頼、アメリカを中心に愛好者が増えました。当時は、まだ、競技性は薄く、もっぱら、「自分で作ってみる」ことと「投げてキャッチする」ことが主体でした。
 競技としては1969年に年にアメリカで競技会が開かれ、また1973年にはオーストラリアで競技会が開かれています。この頃は、まだ競技の種目も非常に限られていました。その後、ヨーロッパ(オランダ、ドイツ、フランスなど)にも愛好者が増えて、1988年にはオーストラリア建国200年記念行事の一つとして、オーストラリア・バルーガで世界7ヶ国が参加した大会が開催されました。
 そして現在では、それぞれの国で競技会が開催され、また2年に1度世界大会(1994年は日本)が開催されています。競技種目も、最も基本的なオーストラリアンラウンド種目をはじめ、アキュラシー種目、ファーストキャッチ種目、MTA(滞空時)、トリック/ダブリング種目、エンデュランス種目など非常に多彩になっています       
                                     (ブーメランハンドブックより) 
http://togai.jp/history/index.html


ブーメランの歴史
●ブーメランはオーストラリアだけに存在した?

「ブーメランと言えばオーストラリア」、「オーストラリアと言えばブーメラン」とよく耳にしますが、実はブーメランはオーストラリア以外にも存在しました。
エジプト、ヨーロッパ、インド、アメリカ、コロンビアなど、ブーメランの原型と思われるものは、世界各地に存在したのです。
中でも有名なのは、イギリスの考古学者のハワードカーターが発見したブーメラン。
なんと古代エジプトのツタンカーメン王の墓から、発見されました。



エジプト考古学博物館に展示されている古代のブーメラン。
最上部に展示されているブーメランは、オーストラリア製だそうです。

●ブーメランはどれぐらい前からあったか?

世界最古のブーメランと言われているのが、南オーストラリアで見つかったもので、1万1千年から1万5千年前と推定されています。
1万年以上前と言うと、日本では「縄文時代」より前になります。

●狩猟道具としてのブーメラン

オーストラリアの先住民族「アボリジニ」は、ブーメランを数千年も前から狩猟道具として使っていたと言われています。
また、狩猟道具以外に、祭りの儀式などで2本のブーメランを使い、楽器としても用いたようです。



アボリジニのダンス
(2000年メルボルン世界大会より)

●なぜブーメランと呼ばれるようになったか?

英国の探検家、キャプテン・ジェームズ・クックは、1770年シドニー近くボタニー湾に上陸し、アボリジニと初めて出会いました。
その時、 手にしていた「く」の字型の棒を見て、「それは何か」と尋ねたところ、アボリジニが「ブーメラン」と答えたのが起源と言われています。

●ブーメランは「く」の字型しか戻らない?

いいえ、ブーメランは「く」の字型だけではありません。
スポーツブーメランでは「3枚翼」が主流で、4枚翼や5枚翼も投げられています。

簡単に説明すると、風を切る翼があれば、どんな形でも戻ります。
アルファベットで言うと「X」「Y」などはよく戻ります。
逆に「C」「O」などは、風を切る部分がないため、戻りません。

●スポーツになったブーメラン

現在、ブーメランはスポーツとして、広がりを見せています。
1969年にアメリカ・1973年にはオーストラリアで競技会が行われました。
しかし、その時はまだ競技性は薄かったようです。

その後、1988年にオーストラリア建国200年記念行事として大会が開催され、7ヶカ国が参加しました。
日本では、年3回の競技会が各地で開催され、2年に1回、世界大会も開催されています。

●レクリエーションとしてのブーメラン


ブーメランは危険というイメージがありますが、現在はスポンジ製の安全なブーメランも開発されています。
また、厚紙や牛乳パックで作れる「紙ブーメラン」もあり、老若男女を問わず、楽しまれています。

●参考文献

『ブーメランはなぜ戻ってくるのか』(著書・西山豊)  ネスコ/文芸春秋
『ブーメランガイドブック』  日本ブーメラン協会
 
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