最近4冊のゲバラ伝が出て新事実が明らかになった ラトナーが情報公開請求で入手した情報のおかげです。米国の公式な立場は 「ボリビア軍が勝手に殺した」これは嘘です。ホワイトハウスが作戦全体を指揮していた。CIAはこの頃には準軍事組織になっていて、大筋の指令を受けるだけで、大統領には報告しない。ばれたら聞こえが悪いからホワイトハウスの指令は「ゲバラをしとめろ」でした。ゲバラ伝を書いたメキシコ外交官で歴史家のカスタネダが元CIA工作員の証言を取りました。 この画の人物です。彼は親米のボリビアの独裁者バリエントスのもとに急ぎ、「ゲバラ捕獲に全面協力する。捕らえたらすぐに殺せ」と伝えた。バリエントス大統領は必ず実行すると約束しました。ゲバラ暗殺計画は、それ以前もあり、カストロ暗殺には602回も失敗した。ルムンバを殺したのも死体を運んだのもCIAです。まさに殺人会社 体制転換がその動機です。キューバ革命では民衆が勝利し、米国に亡命した1%の特権階級は資本主義の復活を夢見ています。それがキューバ封鎖の目標です。































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『誰がチェ・ゲバラを殺したのか CIAの完全犯罪』の著者にエイミー・グッドマンが聞く 

2012年08月15日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





TBSニュースバードでの放送は以下の通り

8月13日(月)「ポール・クルーグマン『さっさと不況を終わらせろ』」
ゲスト:共同通信 杉田 弘毅 編集委員

8月14日(火)「チェ・ゲバラの処刑はCIAの完全犯罪? 」ゲスト:TBS元アメリカ総局長 金平茂紀

8月15日(水)「シリアへの軍事介入の是非を問う」
ゲスト:敬愛大学国際学部 水口 章 教授

8月16日(木)「TPPは巨大企業による世界支配の道具」
ゲスト:TBS解説委員 中西正利

◎放送時間
・月、火、水、木、初回放送は、それぞれ15時過ぎ~
・月曜日の再放送は、21時~
 火、水、木の再放送は、26時~(翌日の午前2時です)


そのうちデモクラシー・ナウの日本語版インターネット放送でもUPされると思うが、8月14日(火)放送「チェ・ゲバラの処刑はCIAの完全犯罪? は、まだ日本語訳のない著作で、面白く聞いた。

『 WHO KILLED CHE ? 』の2人の著者マイケル・ラトナーとマイケル・スチーブンス・スミスを迎え、早口のエイミー・グッドマンが聞く。以下放送の中で興味ある部分の会話・発言部分は以下の通りである。

マイケル・スチーブンス・スミス(憲法上の権利センター理事・弁護士) 以下 スミスと略記。

エイミー・グッドマン (デモクラシー・ナウの司会者)以下 エイミーと略記。

マイケル・ラトナー (米国法律家ギルド元代表) 以下 ラトナーと略記。



スミス

最近4冊のゲバラ伝が出て新事実が明らかになった
ラトナーが情報公開請求で入手した情報のおかげです。

米国の公式な立場は 「ボリビア軍が勝手に殺した」

これは嘘です。

ホワイトハウスが作戦全体を指揮していた。

CIAはこの頃には準軍事組織になっていて、大筋の指令を受けるだけで、大統領には報告しない。ばれたら聞こえが悪いからホワイトハウスの指令は「ゲバラをしとめろ」でした。

ゲバラ伝を書いたメキシコ外交官で歴史家のカスタネダが元CIA工作員の証言を取りました。 この画の人物です。

彼は親米のボリビアの独裁者バリエントスのもとに急ぎ、

「ゲバラ捕獲に全面協力する。捕らえたらすぐに殺せ」と伝えた。

バリエントス大統領は必ず実行すると約束しました。

ゲバラ暗殺計画は、それ以前もあり、カストロ暗殺には602回も失敗した。


ルムンバを殺したのも死体を運んだのもCIAです。

まさに殺人会社 体制転換がその動機です。

キューバ革命では民衆が勝利し、米国に亡命した1%の特権階級は資本主義の復活を夢見ています。それがキューバ封鎖の目標です。


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エイミー

CIA関与の証拠は?


ラトナー 

大統領補佐官だったウォルト・ロストウのメモです。

彼の情報はすべてCIAが情報源でした。

CIAが上げた情報では何もかもゲバラの仕業だった。

ロストウが表向きを否定しても 彼のメモで明らかです。

殺害は米国の希望だった。

中南米や世界の革命機運にとどめを刺そうとしたのです。


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エイミー

チェ・ゲバラの最期についてお話しください。

ラトナー

1967年10月8日 イゲラ村の近くで、捕まった時、銃撃で負傷していました。彼の銃はまだ熱かった。村に連行され、監禁されていろんな人に尋問された。CIAの現地工作員フェリス・ロドリゲスは、翌日に面会したようです。


エイミー

後にイラン・コントラ事件で有名になった人ですね?


ラトナー

ええ ニカラグアの革命政権をつぶす工作でした
今は我々の血税で楽隠居の身ですよ。

彼(フェリス・ロドリゲス)は1967年10月9日 イゲラ村でゲバラの部屋にいた。 

ことの経緯については これまで諸説がありました。

有力なのはロドリゲスの証言です。

「殺すなと指令されたが、ボリビア政府が処刑命令を出し」
「米国手出しが出来なかった」                   なんて言うのです。

こんなデタラメが何十年も通用してきたのが驚きだ。これじゃ 何でもありだ。

新たな情報開示で、ロドリゲス証言の嘘が判明した。

ゲバラ殺害の指令は受けていないと米国の関与を否定し現地の指揮官に責任を押しつけた。
大事な点は この頃の米国はまだ捕虜を殺したり、公人を暗殺しているとばれぬよう気遣っていたことです。

ルムンバをはじめ、多数の人を暗殺していたのですけどね。



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スミス

(ボリビアでは)何もかもうまくいかなかった。

ゲバラが設けたボリビアの訓練拠点は、すぐに発見され、彼は持病の薬を奪われました

隊はバラバラになってしまい、二度と合流できませんでした。半数は農民の密告で川で襲われ、タニアも殺されました。


エイミー

タニアとは誰ですか

スミス

東ドイツ出身の革命家でした。両親が共産主義者(マルクス主義者)でした。ゲバラとは東ベルリンで知り合い意気投合して、地下組織を作るためボリビアに侵入しましたが、ゲバラの意に反し野営地にジープでやってきた。

政府軍がジープを発見して車内の資料から作戦を嗅ぎつけ、米軍とCIAの介入が始まりました。

この本で公表した米政府の覚え書き によれば

「ベトナム帰りの特殊部隊を送り現地兵を訓練しよう」

「直接手を下すのはまずい」

エイミー

ジョンソン政権はベトナム戦争を拡大中だったのに

スミス

ボリビアにも干渉したのです。

ボリビアの民主政権はとても弱い立場でした。

マイケルラトナーが言ったように、チリ・アルゼンチン・キューバ支持の民主政権は次々とつぶされ、持ちこたえたのはメキシコのみ、圧倒的な圧力に抗してキューバが生き残るためには、革命の拡散しかないと思ったのですが、すべて裏目に出たのです。

本ではこの悲劇を詳述しました。

包囲・武装解除・捕縛 そして処刑されるまでの経緯です。


エイミー

『誰がチェを殺したのか CIAの完全犯罪』 の中に、

ゲバラ殺害作戦の中心人物 W・ロストウ氏の発言があります。

「ロマンチックな革命家を殺し、ゲリラの士気をくじけ」

「ゲバラを捕らえるだけで、ゲリラ撲滅作戦にはプラスだが」

「彼が死ねば効果は百倍だ」


スミス

チェを生かしておきたいと米国が思ったはずはない。

「国益」 に反するからです。 

革命運動への大打撃を期待してチェの死をマスコミに知らせた。

報道発表ではグスタボ・ビジョルドがこのようにチェの死体の後ろに立っていた白黒写真が残っています。

エイミー

本の表紙は油彩画ですね。

スミス

彼はキューバの大富豪の一族の出で、GM工場や大農園を革命ですべて失いました。

CIAに雇われ、この作戦を指揮しました。

ロドリゲスは彼の部下です。

エイミー

ボリビアで?

スミス

ええ。

チェの遺体をヘリコプターに縛り付けバジェグランデの町に運び、病院の地下にあったセメントの台に置きました

報道陣を集め写真を撮らせたが、遺体を公開したのは、大失敗でした。

誇らしげに付き添ったビジョルドは報道発表が済むと、遺体の両手を切り落としてCIAの本部に送りました。

本部は指紋を照合し、ゲバラ本人であると確認しました。

ところが結果的にはチェ・ゲバラの殺害を宣伝したのは、逆効果でした。

チェは社会変革を求める民衆の英雄になりました。

ラトナー

私ガ一番驚いたのは、(私は)若い頃から自国政府を信用したことがないので、ゲバラ
を扱う作家が、ほぼ全員ロドリゲスの説明を信じたことです。

「米国はゲバラの生存を望んだ」    なんて信じちゃだめだ。

最近のシリアなどをみても米国の説明は嘘だらけです。

この本で本当に伝えたいのは、米国が世界で何をしているのか、政府の説明はまず疑えということ

シリアでもリビアでも、1973年のチリでも、キューバ封鎖の継続についてのオバマの説明についてもです。

残念ながら米国のメディアは過去から学んでいません。

政府の発表を垂れ流すだけで、人々を誘導するだけだ。


エイミー

チェは負傷して捕らえられ、ほどなく処刑されました。

殺しに来た兵士に言った最期の言葉は

「お前は人間を殺すのだ」


ラトナー

推測でしかないのですが、その言葉の意味はたぶん

「私は他の皆と同じ人間だ」

「それをお前は殺そうとしている」

「私は人間だ」 と言いたかったのでしょう。


スミス

このボリビア人の軍曹はゲバラを殺す栄誉をクジで引き当てたものの、最初に入った時は緊張のあまり退散した。


エイミー

チェ は横になっていた?

スミス

腰掛けていましたが、「座れ」と言われて

「立ったままでいいと」 答えた。

運命を知っていたのです。

軍曹は殺意が失せて処刑が出来ませんでした。

一度外に出て酒を飲んで戻った軍曹に、ケリをつけさせるため 諭すように言いました

「いいか お前は人間を殺すのだ」

顔は撃つなと命じられていたのに、軍曹は緊張のあまり銃を乱射した。

ゲバラは肺の出血で絶命しました。


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スミス

権力を握ったゲリラたちの最初に制定した法律は首相の資格年齢の引き下げでした。

カストロは若干33歳でしたから。

ゲバラはもっと若く、次の法律でキューバ人になりました。


エイミー

(ゲバラは)もとはアルゼンチン人。


スミス


次が大農地改革法で、これで米国の虎の尾を踏んだ。

ユナイテッド・フルーツ社の資産を国有化したからです。

CIA長官 アレン・ダレス は同社(ユナイテッド・フルーツ社)の大株主でした。

アレンの兄で国務長官のジョン・F・ダレス も(同社の大株主)です。


エイミー

彼は同社(ユナイテッド・フルーツ社)の顧問弁護士でしたね。


ラトナー

ええ。ゲバラはその5年前にグアテマラを訪れています。

アルベンス政権の転覆に抵抗して戦って敗れました。

(グアテマラ)の民主的(選挙)に選ばれた政権が倒されたのは、ユナイテッド・フルーツ社の土地を接収したためです。

全部つながっている。


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エイミー

ダレス兄弟が主役となったグアテマラ政変(軍事クーデター)直前の1953年に兄弟はセオドア・ルーズベルトの孫をイランに送り込んで、民主的に選ばれたモサデク大統領を倒しました。

この「楽勝」に味をしめて、米国政府は次の標的をグアテマラに定めました。

でもルーズベルトの孫は任務の途中で降りてしまいました。


ラトナー

現在のグアテマラとイラン政府が、米国に対して抱く不審の源には、1950年代の政変(軍事クーデター)があります。

これは重要な視点です。


以上 番組 引用終わり。


ダレス兄弟/国務長官/CIA長官 ーユナイテッド・フルーツ社ー キューバGM- グスタボ・ビジョルド-CIA雇用-ロドリゲス

この頃の国防長官マクナマラ(フォード社社長)


 

アメリカのキューバ経済封鎖50年にあわせて作られた数少ない硬派番組、日本のメディアはもっとしっかり デモクラシー・ナウの志の高さに学ぶべきではないだろうか。

アメリカの大手メディアはもう、9.11報道で明らかになったように「大本営」放送。
国家の隠された意図(相当明らかなはずだが)をチェックできないメディアは、いずれメディアの御用新聞時代として、歴史の一古層として堆積していくのではないか。


TBSニュースバードさん、定時放送枠にデモクラシー・ナウを取り込むべき。  


(続く)

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/f87dfdfdf3c37d10c6c4056971a4bd3f


チェ・ゲバラ 『モーターサイクル南米旅行日記』  2004 現代企画室

2012年10月26日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ







 上の写真は 旅の友だったモーターサイクルの「ボデローサⅡ号」故障 で「いかだでアマゾン川を下るゲバラたち(右がゲバラ・左がグラナード)」 いかだの名前は「マンボ・タンゴ号」 『モーターサイクル南米旅行日記』  2004 現代企画室 巻頭写真図版より

チェ・ゲバラ 『モーターサイクル南米旅行日記』  2004 現代企画室 はゲバラが23歳のとき、ハンセン病を専攻していた医師のアルベルト・グラナードとともに彼らの愛車ボデローサⅡ号にまたがり、南米を縦断した旅行日記だ。のちの、偶像化された革命家ゲバラ像とはまったく違った、みずみずしい23歳の青年ゲバラがいる。 旅の途中、立ち寄って世話になった病院の人々が24歳のかれの誕生日を祝ってくれた。 貧乏旅行中のかれが感謝でのべたことばとは? ロバート・レッドフォード製作総指揮、ウォルター・サレス監督、ガエル・ガルシア・ベルナル主演作品「モーターサイクル・ダイアリーズ」の映画を見ていたのだが、原作は本屋で拾い読みしただけで読んでいなかった。映画は評判通り、佳作のロードムービーだった。 その映画の一シーン 彼らが旅の途中、チュキカマタのチリ銅山近くの村で出会った貧しい夫婦の描写がなぜか心に残っていた。 今年8月のデモクラシー・ナウで、ゲバラの死の真相を究明する番組があったが、これは、この8月15日のブログで紹介した通りである。 ゲバラはどんなことばで、その夫婦のことを書き記していたのだろう。 ゲバラの23歳ー24歳のことばに耳をかたむけてみたいと思うようになった。



200頁の旅日記だ 解説は いらない か

序文でゲバラの娘さんの読んだ時のエピソードが語られる。とばして本文からよんでもいいが、必ず同じことをするはずだと思うので、そのまま伝える。


「読めばわかるようなことを読者にお伝えすることが、私の目的ではない。だがきっと、この本を読み終えたときには、いくつかのくだりをもう一度読み返して、味わってみたくなるに違いない。それはその部分に書かれていることが、すばらしいからかもしれないし、あるいはそこから強い思いが伝わってくるからかもしれない。」

                          アレイダ・ゲバラ・マルチ



あらかじめ、ゲバラは序文とも似つかない、

「以下のことをご了承ください」と書いている。

それには、

「僕の口には、僕の目が語って聞かせたことだけを叙述するのだ、人間の目というものは広い視野を持ったことなどなく、いつもうつろい易くて、必ずしも平等な見方をするとはかぎらない・・・・
ここにあるメモを記した人物は、再びアルゼンチンの大地を踏んだときに死んでしまった。これらのメモはを整理し、きれいに整える「僕」とは、僕のことではない。・・
この「果てしなく広いアメリカ(南米大陸のこと)をあてどなくさまよう旅は、思った以上に僕を変えてしまった。」



1951年暮れから1952年のこと、もう60年も前の旅のことだ。

ゲバラがチュキカマタのチリ銅山近くの村で知り合った、夫婦のことが書かれてあった。映画『モーターサイクルダイアリーズ』でも出てくる。

「その村ではチリ人の労働者夫婦と友達になったが、彼らは共産主義者だった。マテ(茶)をいれて、パンとチーズを一かけら食べようと灯したロウソクに照らし出されて、労働者の夫のゆがんだ顔だちは、不思議な悲痛な雰囲気を漂わせていた。彼は意味深長な言葉でもって、牢屋で過ごした三ヶ月のこと、また、模範的な忠誠さで、彼に付き従っている腹を空かせた細君のこと、不思議にも失踪してしまった共産党仲間たちのことや、彼らは海に沈められてしまったのだと言われていることを語ってくれた。」


また別な日には


「聖ゲバラの日」と記された一節。

1952年6月14日、土曜日、医療の勉強や手伝いをしながら寄宿していたサンパブロ・ハンセン病療養所で、彼の誕生日を祝ってもらったお返しに、お礼を述べるくだり

「えー・・・先生が私にしてくださった乾杯に対し、ありきたりの態度以上の何かで、謝意を示さねばなりません。私たちは、困窮した状態で旅をしているので、その中で、親愛の情を表現する方法としては、言葉しかありません・・・・・・

わたしたちはたいした人間でないので、あなたがたの主張の代弁者となることはできませんが、はっきりしない見せかけだけの国籍によって、アメリカ(ラテンアメリカ諸国)が分けられているのは、まったくうわべだけのことだと、この旅の後では前よりもはっきりと考えています。私たちは、メキシコからマゼラン海峡にかけて顕著な民族誌的特性を示す一つの混血民族を形成しています。ですから、心貧しい地方主義の重荷など全て打ち捨てて、ペルーと、統一されたアメリカに、乾杯します。
 僕の演説に大きな拍手がわき起こった。
この地方ではパーティとはできる限りたくさんのアルコールを飲むことなのだが、僕らが降参した朝の三時まで続いた。」


この小さな200頁程の旅行記だったが、南米生まれの詩人の誕生を思わせる、繊細かつ、宇宙の深淵をのぞくような、明晰な思考の断片がいくつも見つかった。とだけ言っておこう。

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/14d0b7694d73aa9f5c8a827ac4f0738d


南北アメリカ史再入門 の入門 入り口はあるのか  その1

2013年10月04日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





  ▲ 歴史学研究会 編 『南北アメリカの500年』 全5巻 青木書店 1992~1993年刊行

下の『アメリカ史研究入門』にも参考文献として紹介されていたもの。



2009年『アメリカ史研究入門』を書店の新刊書コーナーで見かけ、退職後の世界史の再入門の参考資料にしようと買っていたのだが、ようやく、震災後の本の片付けが少し進み、バラバラだった本もまとまりができてきた。1980年代後半くらいから、90年代初頭までは、ぽつぽつアメリカ史の本とか、翻訳のあるボルヘスの小説などを読んでいたのだが、湾岸戦争以降、「怒り心頭に発した」といおうか、かくも世界の警察を自認する傲慢さはアメリカの国家形成の歴史そのものに何か起因するのか、とても気になっていた。気になるどころか、暴発の火の粉もかぶる気配すら出てきた。いやおうもなくアメリカ精神形成の不思議さと暴力に向き合わざるを得ない。



南アフリカのネルソン・マンデラ 1997年の言葉

「なぜ傲慢にも、どちらへ行くべきか、どの国と友好関係を結ぶべきか、われわれに指図できるのだろう。・・・一つの国が世界の警察としてふるまうことを、われわれは受け入れることができない。」

              ワシントン・ポスト 1997年 11月4日



このようなマンデラがきびしく非難したような、傲慢かつ行動的な 「明白な天命」 とも呼ばれていた 国家意識、世論形成はどのような道をたどったアメリカの歴史から形成されてきたのだろう。

このことがアメリカに関する一番の関心事、これが分かればこの病から抜け出る治療法も見つかると思うのだが。 







 ▲ 有賀夏紀・紀平英作・油井大三郎編 『アメリカ史研究入門』 2009年12月 山川出版社 

最近 のアメリカ研究の動向を網羅した入門書

といっても、アメリカ史の門外漢の私には、今度の第2版の巻末の参考文献の多さには、ちょっと圧倒された。ネット収集出来る資料案内は便利。

1970年代から80年代初頭までのアメリカ史入門書は、時代の潮ともいうべき「アメリカ帝国主義批判」の趣が強かった。

新版では時を経てそれぞれの研究分野が深く専門的になった分、

「で、それを通して見えたアメリカ分析を、通して見えるアメリカと私はどう向き合うか」 

「研究する私の、立ち位置は何」 というのが、かなり霞んでみえた。

その昔外務省の日米安保担当職員が、「読んでおくマニュアル」風の小冊子があったそうで、

そこには

「アメリカが日本を守ってくれるかなどという疑念をもつこと自体、アメリカに対して失礼である」

という文言が刻まれていて、かつて外務官僚時代の天木直人がそれを読んで驚いたそうである。

先入見を極力排し資料にあたることは、研究者として、基本態度であるだろう、この本はアメリカ研究者の層も格段に厚くなって、優秀な研究者がしのぎを削っている本だなと思う。 でも

「アメリカに失礼のないように、ことばと心に留意しすぎてはいないだろうか」 というのがこの本から受ける率直な私の感想だった。

ネオコンの思想と空の帝国主義批判を並列に扱い、予防戦争という(珍)概念を軍事思想にして通時的に扱うのは、すでに現実にアメリカに存在するものの記述であり、アメリカの自己理解の仕方として、別にめずらしいものではないのだろう。

さすがに自国を帝国主義として自己理解し、諸外国にも理解を求める国はないと思われるが、今や、帝国ということばを否定的にとらえてはならないような論調がアメリカや、アメリカ研究者の中にあるのであろうか。だから、これまでのアメリカ批判は「古典的帝国主義論」という名前でひとくくりにされ、過去の遺物・や遺跡のように扱われる。

アムネスティの活動家や、ネルソン・マンデラは、古典的帝国主義論者なのだろうか?

すでに1996年の段階でアムネスティ・インターナショナルは声明を発表していた。

「世界中で、毎日毎日、政府や武装政治集団の手により、男性や、女性や子供が、家を追われ、拷問を受け、殺害され、「失踪」している。多くの場合、米国はその責任の一端を担っている」  『ヒューマンライツ & US セキュリティ アシスタンス 1996,p1』

歴史を読むということは、歴史を創るということと密接不離なもの。倫理行動マニュアルを作ってくれと頼むことは無意味であろうが、専門のたこつぼに陥らない保証はどこにもない。

どうも私は、60年末・70年代から80年代初頭の頃の、清水知久や『アメリカ・インディアンの歴史』を書いた富田虎男などが呼び覚まさせた 「帝国批判としてのもうひとつのアメリカ史」の熱気にいまでも浸っているのかもしれないが・・・・

「予防攻撃」という新?発明の厳然とした史実に、軍事思想の変遷という視角で語られる雰囲気、また、「9.11の同時多発テロ」ということも、まだ検証が終わったわけでもないのだが、9.11事件が次なる軍事政策や外交の変更の根拠とされ、現代のアメリカが要約される。

アメリカの政策批判という視角では、チョムスキーや、チャルマーズ・ジョンソンらの意見を紹介しているが、批判の紹介はそこまでである。

これには不満が残る。

例えば世界外交の分析で鋭い論説をインターネットで発信している日本の田中宇は、9.11事件直前、当時パキスタンのISI(アメリカの中央情報局にあたる)長官だったマフムードと言う人物が、アメリカに行き、アメリカの国防幹部と相談していること、また彼の命によって、9.11事件の実行犯だったとされるモハメド・アッタにパキスタンから10万ドル送金している事実に触れ、9.11事件後長官職を追われたという報道を紹介していた。このような事実は、田中宇によれば、複数のメディアにより、報道されているので、事実とみてよいとしている。 田中宇 『アメリカ「超帝国主義」の正体』 2003年6月 小学館文庫 21頁~23頁



▲ 「目から鱗」 の 田中宇 『アメリカ「超帝国主義」の正体』 2003年6月 小学館文庫 当時定価 514円+税

この本は、こっそりと文庫に書き下ろされ、初版完売後はどうも増刷された気配がないようだ。

この本は平積みになって、書評も、また通常の版型で出して欲しかった。外交研究家や、アメリカ研究者は読んでいるのだろうか。陰謀論の閉架書庫にしまわれるか、大量に買い占めされ、裁断され焚書処置されてしまったのではないかと思われるほど市場には行き渡らなかったのではないか。どうもこの本の市場での消え方は尋常じゃないと見える。古本屋で見つけたらすぐ購入だ。日本人の書いた9.11以後のアメリカ現代史はこの本をおいてないのじゃないか。9.11事件はどこか海外の推理作家の「小説」「絵空事」じゃないことが、豊富な資料提示の検証から割り出す。



パキスタンのカラチニュースによると

「パキスタンのマフムード長官は911事件が起きる1週間前の9月4日からワシントンを訪問しCIAのテネット長官のほか、国防総省やホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)の要人たちと相次いで会合を持った。マフムード長官は、そのころ、3ヶ月間に2回、ワシントンを訪問しており、それまでISI長官の訪米はめったになかっただけに、大きな緊急の課題があるのではないか、という憶測がパキスタンの新聞に載った」 田中宇 『アメリカ「超帝国主義」の正体』22頁~23頁

また田中宇は同じところで、アメリカとパキスタンのことについて触れ、以下のように書いている。

「アメリカとパキスタンとは、以前からの同盟国である。パキスタンの諜報機関ISIは、アメリカの諜報機関と昔から親密な関係があった。ISIはパキスタンの国家組織の中でも特に強力な組織である。2002年5月6日に「タイム」誌の記事によると、ISIはパキスタンの「影の政府」「政府内政府」であるという。パキスタンでは、首相や大統領でさえISIが何をしているか、把握しきれていない部分がある。」 田中宇 同書 22頁



パキスタンの大手新聞 dawn ドーン」

CNNテレビ 2001年10月6日報道

タイム 2002年5月6日

ロサンゼルスタイムス 2002年1月23日報道 

などにパキスタンからのアメリカのモハメド・アタへの送金のことが報道されていた。

タイム誌がパキスタンに2002年1月の時点で「裏政府」・「政府内政府」があるとみているなら、当然、パキスタンに援助を惜しまない指導国である自国アメリカにもこのような闇の政府があるのかどうか自問すればよいし、自問しなければならないと思うのだが!?

タイム誌のこの報道の事実確認からすれば、9.11の捜査は、自爆犯人であるとされる足取りを追うだけでなく、パキスタンの「裏政府」 「政府内政府」 またそれを指導しているアメリカ政府にも問いを向けるべきであったと思うが。「裏政府」 「政府内政府」とは何?パキスタンにあって、米政府にはない?パキスタンの「裏政府」「政府内政府」があると認識しているなら、パキスタンが軍事費ひとつとっても単独で機能している国家ではない。巨大な経済援助費、軍事費をアメリカが支援している。国家との関係も「裏政府」「政府内政府」と関係がないと言えないであろう。タイム誌は、はからずも「裏政府」」「政府内政府」の存在を裏付けてしまったようである。

残念ながら、「9.11同時多発テロ」という用語・用法が『アメリカ史研究入門』の総説にあることは賛成できない。

まだ、9.11事件は謎の多い巨大な未解決事件であると私は考えている。真相の究明はこれからのはずではないだろうか。

すでにかつて『ベトナム秘密報告』 のリーク文書には、政府・国務省からの政策遂行方針からも離れて自由に動きまわる現地裏組織の活動が記録されていたではないか。

これでは、社会的地位を捨て、エルズバーグが命を賭して、「ベトナム秘密報告書を」持ち出したことの意味と価値が、全く水泡に帰すことではないだろうか。数十年間の間に、政府の報告書に隠されたものの厖大さの裏読みも一切しない研究者が誕生したということだろうか。

内田樹のいう通り、「だれも見張っていないところに歩哨をたてて見張らない」と、政府は簡単に腐る。秘密を監視しないと、いつでも腐る。





 ▲ 世界のエリア別事典 『アメリカを知る事典』 1986年 平凡社 本体4000円

随分昔買ったなぁと思っていたが、やはり、奥付の発行年は1986年。27年たっていたのか、1冊でアメリカをカバーしていたので重宝していた事典。第2版も2000年頃でているようだが買っていない。

大修館から『事典 現代のアメリカ』 2004年が出版されているので、最近はこちらの出番が多くなっているが、平凡社の事典は署名入りの小項目なので、今でも、古い時期の事項は使いやすい。インターネットのウィキペディアは、無署名で、独特のイデオロギーのフィルターがかかっているのがある。ネット右翼が操作しているらしき痕跡のもあるので、そのまま使うのは禁物。やはり署名入りの項目は安心できる。

『アメリカを知る事典』 には参考書目がなく、残念だった。新訂増補版では、文献目録がついているのだろうか。



 ▲ 『事典 現代のアメリカ』 2004年 大修館書店 価格16000円+税

価格が少し高かったが、購入。退職した今では、定価1万超の書物はタブーにちかい。事典類も10年経つと、古びるものが出てくる。事典 現代のフランスの例からすると、このアメリカ篇も、今頃、増補改訂版の企画が持ち上がっている頃かもしれない。







  ▲ 『ラテン・アメリカを知る事典』 1987年初版 平凡社 

当時 定価5500円これには参考文献がついていて、80年代後半までのものが収録されている。私の関心も仕事柄古代史に係わるものはラテンアメリカのものはぽつぽつとあるのだが、ボルヘスなどの文学は70年代半ばくらいまでの学生時代でとぎれている。その後、なかなか、趣味に時間と金をさけずに、ラテンアメリカの本は、買っても細々と新書の類になり、バブルがはじけて以降は退職近くまでほとんど空白の期間がある。この本も新版が出版されているはず。

しかし処分せず、残していたボルヘスの本が実家の庭の書庫から出てきたときは思わず、40年も捨てられずに、生き延びた本に小躍りしてしまった。



 ▲ エドゥアルド・ガレアーノ 『ラテンアメリカ500年 収奪された大地』 1986年 新評論 本体3600円 

現在は新装版が 藤原書店から出版されている。1997年 定価5040円

1980年代、ラテンアメリカで多数の軍事・開発独裁国が存在していた。このときこのガレアーノの『収奪された大地』 は発禁本の筆頭格にあげられた。発行したものならず、読んだものまで罪とされるほど、この書物の持つ力と伝播力があった。

「ラテンアメリカ南部の国々では・・・・形式的民主主義は、権力が権力を掌握している者の手から逃れたりはしないということが保証される限り、存続するであろう・・・」

ずばりスペイン帝国、植民地主義者、アメリカ帝国と多国籍企業、軍事独裁者が君臨していたたラテンアメリカで、何が起きていたか。新自由主義の実験のはるか手前から、略奪のすべての「帝国のワークショップ」であったか。この本を読むとわかる。

また今は亡きベネズエラのチャベス大統領が盛んにこの本を国連その他で、本を持って推薦していたのを想い出す。

この本ちょっと価格が高いのが難点。早く文庫本にすべし。


「OAS首脳会議で、反米左派のチャベス・ベネズエラ大統領がオバマ米大統領に『収奪された大地』を贈呈!

(19日に閉会した)トリニダード・ドバゴで開かれていた第5回米首脳会議の席上で、ベネズエラの反米強硬派チャベス大統領がオバマ米大統領に贈った『収奪された大地』が各国で話題に!売り上げが伸びているのを踏まえ、

チャベス大統領はオバマ大統領に 「これで、ひと商売しよう」 とジョークを飛ばした……。」 

なんていう情報も、現在の版元の藤原書店にあったので、掲載させて頂く。確か、私もテレビでチャベスが宣伝していたジョーク映像を見た記憶がある。、ユーチューブの動画に今でもあるのではないか。藤原書店さん、ぜひ廉価版作って一儲けしてくださいよ!

「アメリカは癌になる薬を発明したのか」 なんて、自分の病もジョークにしていた故チャベスもよろこびますよ。

儲かったお金はラテン・アメリカ・カリブ海共同体のため寄付してあげようよ!

新装版 収奪された大地

 ▲ 現在刊行されている、藤原書店版のカバー表紙





この項続く

以下掲載予定なのだが、年末まで

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/fe306a5efe9ef0a71bc3ce7559b25b7e

インターネットで読める論文  その1

2013年10月21日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





  ▲ 『立教アメリカン・スタディーズ』 2013年 表紙 目次



この夏 インターネットで読める論文 その1 南北アメリカ中心

最近のアメリカについての単独著を久しく読んでいないのが、2009年に出版された『アメリカ史研究入門』2009年 山川出版社 でわかり、今では入門書的なものを中心に読み出している。

軍産複合体に対するアイゼンハワー大統領離任演説の内容が知りたくなり、『原典アメリカ史』を探し出して、第7巻までは揃えていたのだが。

それ以後はアメリカに関する本は、チョムスキーや、土田宏の一連のケネディ研究本など、特殊分野に限られ、音楽も新宿・渋谷道玄坂界隈のジャズ喫茶通いの学生時代も終わると、音楽耳はコルトレーン止まりで、心地よいバーのジャズにはどうもなじめず、頭はずっと、「敷石を剥がすとそこは砂浜だった」

さて原典アメリカ史を編集した、アメリカ学会は健在なのは、その後の原典アメリカ史が10巻まで出したように、着々と実績をあげていてわかるのだが、そのほかに、中南米も含めた、研究雑誌や、研究会などないのか、検索したところ

立教アメリカン・スタディーズ にたどり着いた。

一部は、グーグル検索でたどりついたPDF論文もあって、中野聡の「アメリカ研究の現状」もこの研究誌の中に含まれていたのだ。

ほぼ研究誌全体がPDFファイルで読めることを発見。アメリカ・インディアン関係史料特集もあり、しばらくはダウンロードして読む楽しみが出来た。

また、『東京大学アメリカ太平洋研究 第8号』 2010 では 『シリーズ アメリカ研究の越境』2006年~2007年 6巻 ミネルヴァ書房 の全巻書評が掲載されている。

下のアドレスは、、『東京大学アメリカ太平洋研究 第8号』 2010 の書評部分

http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/23626/3/pas8_165-170.pdf





▲ 『シリーズ アメリカ研究の越境』2006年~2007年 全6巻 ミネルヴァ書房 上の巻は第2巻。 6巻のうち、私はまだこの2巻しか読んでいないが、アメリカ学会創立40周年を迎えた2006年~2007年に刊行されたもの。これは図書館で借用せず、時間をかけ、買い求めて読んでみたいシリーズ。



▼ 立教アメリカン・スタディーズ Rikkyo American Studies はここ

http://www.rikkyo.ac.jp/research/laboratory/IAS/ras/

現在では1999年以降の立教アメリカン・スタディーズはPDFファイルで読むことができる。以前のものもほぼ著作者の許諾が得られたものはダウンロードしてみることができる。

各号の特集案内を大学のアメリカン・スタディーズの案内より掲げる。詳しい内容とファイルは上のアドレスからどうぞ



No. 35
(2013)  特集 2012年大統領選挙にみるアメリカ 目次
No. 34
(2012)  特集 アメリカの社会とポピュラーカルチャー 目次
No. 33
(2011)  特集 アメリカの民主主義を支える非営利セクターと制度 目次
No. 32
(2010)  設立70周年記念企画 アメリカ研究の現状と課題 目次
No. 31
(2009)  特集 アメリカ大統領選挙 目次
No. 30
(2008)  特集 北米先住民の経済開発と文化再生 目次
No. 29
(2007)  特集 アメリカ先住民研究 目次
No. 28
(2006)  特集 視覚文化論 目次
No. 27
(2005)  特集 検証!アメリカン・ポップ・カルチャー 目次
No. 26
(2004)  シンポジウム アメリカの報道写真 目次
No. 25
(2003)  シンポジウム マイノリティと文化創造 目次
No. 24
(2002)  特集 女性と政治 目次
No. 23
(2001)  特集 アメリカの100年――政治・経済・文化 目次
No. 22
(2000)  特集 アメリカ研究所設立60周年記念講演 目次
No. 21
(1999)  シンポジウム 文化はいかに国境を超えるか
 ―人種・民族・国籍をめぐって― 目次

注記:立教大学アメリカ研究所が編集・発行する研究年報は、1997年度(1998年3月発行分)まで、日本語タイトルを『アメリカ研究シリーズ』、英語タイトルを Rikkyo American Studies としておりましたが、1998年度(1999年3月発行分)より、日本語タイトルも英語タイトルに合わせ『立教アメリカン・スタディーズ』とします。ただし、号数は前号(『アメリカ研究シリーズ Rikkyo American Studies』第20号)を引き継ぎます。

アメリカ研究シリーズ Rikkyo American Studies

No. 20
(1998)  連続公開講座「アメリカ文化の現在――映画・演劇・写真」 目次
No. 19
(1997)  公開シンポジウム「アメリカの光と影――多文化主義をめぐって」 目次
No. 18
(1996)  連続公開講演会「世界とアメリカを考える」 目次
No. 17
(1995)  1830年代のアメリカ鉄道業をめぐって
 連続公開講演会「現代の日米関係を考える」(要旨)
 創設期の立教大学アメリカ研究所―資料編― 補遺 目次
No. 16
(1994)  創設期の立教大学アメリカ研究所―資料集―
 清水博,富田虎男編 目次
No. 15
(1993)  ハーレムの黒人教会,1991-1992
 ―教会名録と地図― 目次
No. 14
(1992)  欧米諸国のアメリカ・インディアン政策
 W.E.ウォシュバーン編『インディアン・白人関係史』より 目次
No. 13
(1991)  アメリカ・インディアン史料集 目次
No. 12
(1990)  アメリカ合衆国の歴史 目次
No. 11
(1989)  アメリカ黒人史研究の現段階
 ―マーティン・ルーサー・キング,Jr.師逝去20周年に因んで― 目次
No. 10
(1988)  アメリカ・インディアン研究邦語文献目録 1945~1987 目次
No. 9
(1987)  アメリカにおける「新しい労働史」研究
 ―Paul Buhle and Alan Dawley, ed., Working for Democracy (1985)紹介― 目次
No. 8
(1986)  日本人のインディアン像
 ―その1. 徳川時代のインディアン像― 目次
No. 7
(1985)  立教大学アメリカ研究所蔵書目録Ⅲ(和書)
No. 6
(1984)  社会科教科書にあらわれたアメリカ史像 目次
No. 5
(1984)  立教大学アメリカ研究所蔵書目録Ⅱ(洋書2)
No. 4
(1983)  立教大学アメリカ研究所蔵書目録Ⅰ(洋書1)
No. 3
(1978)  日本に於けるアメリカ文学研究の先駆者たち
 ―高垣松雄を中心に― 目次
No. 2
(1976)  トランセンデンタリズム研究の近年の傾向について 目次
No. 1
(1976)  アメリカ独立革命研究の最近の動向 目次



このほか、加藤哲郎の日露歴史研究会での報告講演の記録は下のアドレスへ

「ゾルゲ・尾崎墓参会」(2007.11.11)講演記録 研究報告「ゾルゲ事件の残された謎」

一橋大学教授加藤哲郎

http://members.jcom.home.ne.jp/katote/KATOsorge.pdf

 ▲ これはアメリカの「ウィロビー報告」に触れているので、南北アメリカの史料に加えさせておく。



福島大学リポジトリ から入れる報告資料

2012年1月福島大学研究年報 第7号

《調査報告》
庭坂事件を考える―翌年の松川事件に繋がる謀略事件―
福島大学名誉教授伊部正之

伊部正之

http://ir.lib.fukushima-u.ac.jp/dspace/bitstream/10270/3842/1/21-28.pdf

 ▲ 伊部正之 の論文掲載 アドレスはここ



日本ラテンアメリカ学会 という研究団体もみつけたのだが、これは正会員が年額7000円

正会員1名の紹介がないと入会できず、年会費が高く、ハードルが高い。

シニア会員というのあって、会費が3000円と、安いのでと思って、よく案内を読むと

シニア会員 
年齢65歳以上、かつ本学会の在籍年数が20年を超える会員で、理事会が承認したもの
(会則第6条)

とあり。これは門前払いだなぁ。

これは学会なのだから仕方ないか。若手研究助成も会費から出費しているようだしね。地方じゃこの手の雑誌、財政金欠で、ほとんど県立図書館クラスでも『ラテンアメリカ研究年報』 は置いてない。大学図書館で探してみるか。最近の会報は、PDFで読めるので、会員が出版した本でも見つけることにしよう。

京都大学出版会の学術出版物は、ある年を境に一気に価格を下げた。日本人の年俸が150万近くもここ15年くらいで下落しているのだから、学問の、中・下層クラスへの下支えも考え、もう少し、学術雑誌の価格なり、閲覧できる地方基幹図書館への配慮も欲しいところだと思う。



古代アメリカ学会 もあった

『古代アメリカ』 という 研究雑誌を発行している。会員でなくても、研究雑誌は3000円で入手できるようだ。まだ入手できる号も多い。

1998年に創刊号を出し、2012年に第15号を出版している。

また会報も出していて、これは、現在34号を数える。2011年の第29号からは下記のホームページで読める。ラテンアメリカの古代遺跡は、テレビで興味本位で、紹介されることが多いが、では何をしっているのかと問うと・・・・・

世界の四大文明というのは、西欧文化が作りあげた、ねつ造の歴史であるのではないか。それにしても日本はまだまだ知らなすぎるラテンアメリカの歴史。私も入門するとしよう。

▼ 古代アメリカ学会のホームページはここ

http://jssaa.rwx.jp/

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/433277749f0306d4556cd95d74c160eb


もう一つの911 チリ・クーデターから40年 ピノチェトによるアジェンデ政権転覆と犠牲者家族の告発

2013年10月22日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





                  ▲ もうひとつの911 チリ・クーデター 

デモクラシー・ナウ ジャパン 2013年10月22日(火) 新着記事

ピノチェトによるアジェンデ政権転覆から40年。犠牲者の告発は今も続く

まだ終わらないチリの911 デモクラシー・ナウ ジャパン 新着記事

10月22日(火) 早朝 デモクラシー・ナウ ジャパンから 記事案内メールが届いたので、そのまま紹介。

デモクラシー・ナウ ジャパン 新着記事へどうぞ



 ▲ 左 ビクトル・ハラの妻 ゲストのジョアン・ハラさん 右エイミー・グッドマン 





 ▲40年前チリの911の国家テロで虐殺されたチリ歌手ビクトル・ハラ 



 

 ▲ 歌手ビクトル・ハラの妻 ゲストのジョアン・ハラさん。40年前にハラを殺害したとされる元軍人ペドロ・パブロ・バリエントスを米国で訴えています。亡き夫の追悼の著書 『ビクトル・ハラ 終わりなき歌』の著者である。



▲ ジョアン・ハラさんの著書 『ビクトル・ハラ 終わりなき歌』

番組ではこのほかアルムデナ・ベルナベウ(Almudena Bernabeu):「正義と責任協会」所属の弁護士も参加して現在の訴訟状況を伝える。





 ▲ アルムデナ・ベルナベウ :「正義と責任協会」所属の弁護士



 ▲ デモクラシー・ナウ でのインタビュー 左からジョアン・ハラ ・ 中の後ろ向きの女性 アルムデナ・ベルナベウ 右司会者エイミー・グッドマン

日本ではピノチェトの極端な政治・経済政策を経済界は歓迎の意を表したの

か、産経新聞社から、ピノチェトの著書も翻訳されているのだから驚く。

ニクソン→ キッシンジャー →CIA・軍部 → ピノチェト→ クーデター・ファシズム+極端な新自由主義政策という流れは、解禁された米国秘密文書でも一部明らかになってきている。

キッシンジャーは、ニクソンから、アジェンデ政権を倒すのにいかなる方法でもよいというメッセージを受けていたことを米国大統領ドキュメンタリー番組でカメラに向かって吐露していた。

そこではキッシンジャーは 「ピノチェトはやりすぎました」 ということばも使っていた。

はっきりと米国の関与を認めていたのである。

選挙で選ばれたチリ大統領とその経済を社会混乱を理由に投資引き上げで揺すり、さらに混乱させ、クーデター前に各地で爆破事件を起こしてインフラを破壊し、アジェンデ攻撃を煽り、クーデターを促した。チリ沖には合同演習として米海軍が待機していた。

のちにナオミ・クラインが言っていた「ショック・ドクトリン」のねらい打ち実験地であった。シカゴ・グループの活躍(暗躍)も記憶に残る。

チリ下級軍人の告白などから、ビクトル・ハラの殺害に関係したある人物が特定できたとして、米国国籍を取得したペドロ・パブロ・バリエントスを米国で告発したのである。まだ終わらない1973年に起きた南米の911。



下記のアドレスに番組動画があります。



新着ストリーミング   2013/9/9 チリ・クーデターから40年 

ビクトル・ハラの遺族が米国で容疑者を提訴 2013年9月11日はもうひとつの9.11の40年目の記念日です。40年前のこの日、米政府が支援を受けた軍事クーデターにより、民主的に選ばれたチリ人民戦線政権のサルバドール・アジェンデ大統領は命を落とし、首謀者のアウグスト・ピノチェト(本来の発音は「ピノシェ」)将軍による17年間の恐怖政治が始まりました。ピノチェトは左翼や労働運動、人権運動の活動家を徹底的に弾圧する一方、特にサッチャー英首相とニクソン・レーガン両米大統領の忠実な同盟者として極端な新自由主義「改革」を行い冷戦体制にあった西側諸国では「優等生」として称賛を得ました。クーデター直後に暗殺されたチリの伝説的な歌手ビクトル・ハラの妻でゲストのジョアン・ハラは、40年前にハラを殺害したとされる元軍人ペドロ・パブロ・バリエントスを米国で訴えています。バリエントスは在米歴約20年で米国籍を持っているため、ハラの遺族は国外で起きた人権侵害を米国の裁判所で審理することを認める連邦法に基づいて提訴しました。

つづきはこちら→ http://democracynow.jp/video/20130909-1 (動画24分)

*ジョアン・ハラ (Joan Jara):英国出身。1973年9月11日のチリ・クーデター時に夫でチリの国民的歌手だったビクトル・ハラを虐殺される。ハラは拷問されてギターが弾けないように両手を折られ、40発を超える銃弾を撃ち込まれた。1984年、亡夫を追悼して著書『ビクトル・ハラ 終わりなき歌』を出版。

*アルムデナ・ベルナベウ(Almudena Bernabeu):「正義と責任協会」所属の弁護士で、同協会の「移行期における司法」プログラム責任者。

字幕翻訳:斉木裕明 校正:桜井まり子
http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/f55eb1f864bc5d40f4ffb46006e0ff0f

ラテンアメリカ日本文献 その2

2013年11月18日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





ラテンアメリカ日本文献 その2



 

 ▲ 『ラテンアメリカを知る事典』 平凡社 第1版 1987

    

 ▲ 右端は 国本伊代 『概説ラテンアメリカ史』 新評論 第1版 1992 

現在は第2版が出版されている。中の本はラテン・アメリカ協会編『ラテンアメリカの歴史』 1964 中央公論社。私が買ったラテンアメリカ史概説の最初の本。左端はグレック・グランディン 『アメリカ帝国のワークショップ』 明石書店 2008



大井邦明・加茂雄三 『ラテンアメリカ』 朝日新聞社 1992



 ▲ 大井邦明・加茂雄三 『ラテンアメリカ』 朝日新聞社 1992

1冊で、それも小型本、252頁に ラテンアメリカ史を圧縮。133点の参考日本語文献・年表・事項・人物索引もあり便利。



国本伊代・中川文雄編著 『ラテンアメリカ研究への招待』 新評論 第1版 1997



 ▲ 国本伊代・中川文雄編著 『ラテンアメリカ研究への招待』 新評論 第1版 1997

10名のそれぞれの専門分野の執筆による共著

現在は改訂増補版が出版されているが、こちらは未見。新自由主義下のラテンアメリカ、や、軍政から民政移行後の、米国からの自立の流れが展望されていることだろう。参考文献・索引も詳細で、手元においておくと便利、私が1970年初頭の学生時代にこんな本があったらなぁとしきりに残念におもう。大学の教養科目にもラテンアメリカ史や文化の講座がなかった。ようやくぼちぼち文化人類学の講座が大学に導入される頃だった。

 

高橋均・網野徹哉  『ラテンアメリカ文明の興亡』  中央公論社 中公文庫版 2009



▲高橋均・網野徹哉 『ラテンアメリカ文明の興亡』 中央公論社 中公文庫版 2009





以上の5冊で紹介している参考文献より、雑誌論文・や年報の類を省いた比較的入手しやすく、今後私も入手して読む計画のある書籍を選択して下に掲載。地域別の文献は ラテンアメリカ日本文献 3として追加したいが。

1964年にラテンアメリカ協会の編集で発刊された『ラテン・アメリカの歴史』 中央公論社 では日本語で読める参考文献は巻末にあったのだが、そこには僅か16ほどしかなかった。アメリカ一辺倒の時代だったんだねえ。

1970年代、ラテンアメリカの手頃な日本語の概説書は『ラテン・アメリカの歴史』と、山川出版社の世界現代史のラテンアメリカ編くらいしかなかったのではないだろうか。

詩の雑誌『ユリイカ』や、中央公論社で出していた文芸誌『海』でラテンアメリカの特集がたびたびあり、アルゼンチンの作家ボルヘスを知り、ファンになったのはその頃なのだが・・・・その後長い休眠状態のラテンアメリカの無関心を覚ましたのは、1973年9月11日のチリ・クーデターや、ウォーター・ゲート事件が発覚した後の一連のアメリカ上院の調査報告「CIA秘密報告] が出版された頃である。アメリカを知るにはラテンアメリカを、ラテンアメリカを知るにはアメリカを知ることが不可欠。「見えない政府」を見るのも大切だと思うのだが。



概説・地誌・政治・社会

L.ヒューバーマン/P.Mスウィージー 『キューバ 一つの革命の解剖』  岩波書店  1960 



▲ L.ヒューバーマン/P.Mスウィージー 『キューバ 一つの革命の解剖』 岩波書店1960 



ライト・ミルズ 鶴見俊輔訳 『キューバの声』                   みすず書房 1963 



 ▲ライト・ミルズ 鶴見俊輔訳 『キューバの声』 みすず書房 1963 

カストロはライト・ミルズの『パワー・エリート』を読んで、改革の心情を大いに養ったはず。旧植民地の大農地所有の残るキューバで、差別社会から平等への希求は、自由と同じくらい大切なもの。アメリカの戦後のレッドパージは、収まったかのように見えるが、深層は別なのが分かる。アメリカの政治・経済のパワーエリートたちは、キューバの旧来の植民地経営者と資本提携・経済思想・価値観を同じくするものが多く、平等はもってのほかなのである。未だにキューバでは、米国の経済封鎖・制裁がつづく。キューバ革命直後の米国知識人の声が聞こえてくる。

 

増田義郎 『メキシコ革命 近代化の戦い』                    中央公論社 1968



 ▲増田義郎 『メキシコ革命 近代化の戦い』 中央公論社 1968

O・パス  吉田秀太郎訳  『孤独の迷路 素顔のメキシコ人』        新世界社  1976

E・ウィリアムズ 川北稔訳 『コロンブスからカストロまで カリブ海域史』  岩波書店  1978

ロランド・メジャフェ     『ラテンアメリカと奴隷制』               岩波書店  1979

O・パス 高山智博・熊谷明子訳 『孤独の迷宮 メキシコの文化と歴史』法政大出版局 1982 

国本伊代・乗浩子       『ラテンアメリカ 社会と女性』          新評論     1985

細野昭雄・恒川恵一     『ラテンアメリカ 危機の構図』          有斐閣     1986

G・グティエレス/A・マタイス編 『解放の神学』 上智大学社会正義研究所 明石書店  1986



▲G・グティエレス/A・マタイス編 『解放の神学』上智大学社会正義研究所 明石書店1986

             

エドアルド・ガレアーノ   『ラテンアメリカ五百年 収奪された大地』    新評論    1986



 ▲エドアルド・ガレアーノ 『ラテンアメリカ五百年 収奪された大地』 新評論 1986

松下洋              『ペロニズム・権威主義と従属』          有信堂     1987

染田秀藤 編          『ラテンアメリカ史 植民地時代の実像』    世界思想社  1989

アルフレッド・ステパン    『ポスト権威主義』                  同文館    1989



 ▲ フィリップ・ベリマン  後藤政子    『解放の神学とラテンアメリカ』  同文館 1989

298頁 定価2800円

フィリップ・ベリマン      『解放の神学とラテンアメリカ』          同文館     1989

石塚道子編          『カリブ海世界』                   世界思想社   1991

大井邦明・加茂雄三     『ラテンアメリカ』 「地域からの世界史」 16 朝日新聞社  1992 

国本伊代            『概説ラテンアメリカ史』              新評論     1992

三田千代子・奥山恭子編  『ラテンアメリカ 家族と社会』          新評論     1992

染田秀藤 編          『ラテンアメリカ 自立への道』          世界思想社  1993

後藤政子            『新 現代のラテンアメリカ』           時事通信社    1993

赤澤威 他編          『アメリカ大陸の自然誌』   全3巻      岩波書店    1993

松下洋・乗浩子編       『ラテンアメリカ 政治と社会』           新評論     1993

細野昭雄・畑惠子       『ラテンアメリカの国際関係』            新評論     1993

松下 冽            『現代ラテンアメリカの政治と社会』     日本経済評論社  1993 

遅野井茂雄編          『冷戦後ラテンアメリカの再編成』     アジア経済研究所  1993

大串和雄             『軍と革命 ペルー軍事政権の研究』    東京大学出版会  1993

中川文雄・三田千代子    『ラテンアメリカ 人と社会』              新評論    1995

大串和雄            『ラテンアメリカの新しい風』               同文館   1995

小林到広編   『メソアメリカ社会』                  世界思想社 1995

加茂雄三            『ラテンアメリカ』                    自由国民社  1999

小池洋一他編著       『図説ラテンアメリカ』                 日本評論社  1999

清水徹編著           『ラテンアメリカ』                    大月書店   1999

西川長夫・原毅彦編      『ラテンアメリカからの問いかけ』         人文書院   2000

歴史的記憶の回復プロジェクト編 『グアテマラ虐殺の記憶』           岩波書店   2000

神代 修            『シモン・ボリーバル ラテンアメリカ独立の父』  行路社     2001



  ▲ 神代 修  『シモン・ボリーバル ラテンアメリカ独立の父』  行路社 2001

今福龍太            『クレオール主義』                   筑摩書房   2003



 ▲ 今福龍太 『クレオール主義』 筑摩書房 2003





 ▲グレック・グランディン 松下冽 訳 『アメリカ帝国のワークショップ 米国のラテンアメリカ・中東政策と新自由主義の深層』 明石書店 2008

南米の軍事独裁・新自由主義の嵐のあと、反米から米国抜きの中南米ネットワークが進みつつある時代の鳥瞰が得られる。一方メディア総動員体制・プロパガンダ作戦の詳細なやりかたの分析には、寡頭政治の力が、ここまで及んでいるのかと・・・・。最近読んだ南米に関する、一押しの本だ。

グレック・グランディンは、いつだったか、デモクラシー・ナウにゲストとして招かれ、パラグアイのルゴ大統領の危機についてレポートをしていた。2012年10月27日に私のブログ記事あります。

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/4c93f6c6ef723467e5658ce0d7d26c0b



松下 冽      『現代メキシコの国家と政治』              御茶の水書房    2010



事典・便覧など



加茂雄三 『ラテンアメリカハンドブック』                        講談社     1985

外務省中南米局編 『中南米諸国便覧』         ときどき改訂版出しているようだ                          

『ラテン・アメリカ事典』                 ラテンアメリカ協会    これは10年ごとくらいに改訂?

『ラテンアメリカを知る事典』                        平凡社 1987 その後改訂増補叛もでた



ラテンアメリカ 古代史・スペインの征服まで





 ▲ 泉靖一 『インカ帝国』 岩波書店 岩波新書 1959 



 ▲ 増田義郎 『古代アステカ王国 征服された黄金の国』 中央公論社 中公新書  1963



増田義郎 『コロンブス』              岩波書店 岩波新書 黄版93        1979

                    

 ▲ 増田義郎 『コロンブス』 岩波書店 1979



及川博一 『コロンブスは何を「発見」したか』                       講談社  1992年 



 ▲ 及川博一 『コロンブスは何を「発見」したか』 講談社 1992年





 ▲マリアンヌ・マン=ロ 染田秀藤訳 『イスパノアメリカの征服』 白水社 文庫クセジュ 1984





 ▲関雄二 『古代アンデス 権力の考古学』 シリーズ諸文明の起源12 京都大学学術振興会 2006 





▲ カルメン・ベルナン 大貫良夫訳 『インカ帝国 太陽と黄金の民族』 創元社 1991 





▲ クロード・ボーデ/シドニー・ピカソ 落合一泰監修 阪田由美子訳 『マヤ文明』 創元社 1991





 ▲ セルジュ・グリュジンスキ 落合一泰監修 斉藤晃訳 『アステカ王国』 創元社 1992





 ▲ ラス・カサス 石原保徳訳 『インディアス破壊を弾劾する簡略なる陳述』 現代企画室 1987 

                             

経済分野 参考文献



A・G・フランク    西川潤訳 『世界資本主義とラテンアメリカ』       岩波書店    1978

A・G・フランク  大崎正治他訳 『世界資本主義と低開発』          柘植書房    1979



 ▲ A・G・フランク  大崎正治他訳 『世界資本主義と低開発』 柘植書房    1979

西向嘉昭           『ラテンアメリカ経済統合論』             有斐閣      1981

細野昭雄           『ラテンアメリカの経済』              東京大学出版会  1983

チェルトン・デーヴィス 関西ラテンアメリカ研究会訳 『奇跡の犠牲者たち』  現代企画室  1985



 ▲チェルトン・デーヴィス 関西ラテンアメリカ研究会訳 『奇跡の犠牲者たち』 現代企画室  1985

小池洋一・西島章次編   『ラテンアメリカの経済』                新評論      1993



ラテンアメリカの文化 文学・美術・音楽など



C・ワーグレイ 佐野泰彦訳 『ラテンアメリカの伝統』                新世界社   1971 

J・ジョゼ 高見英一・鼓直訳 『ラテンアメリカ文学史』               白水社     1975

『事典ラテンアメリカ音楽』                                 冬樹社     1984

野谷文昭・旦敬介編著    『ラテンアメリカ文学案内』              冬樹社     1984

 

 ▲ 野谷文昭・旦敬介編著 『ラテンアメリカ文学案内』 冬樹社 1984

田村さと子編訳        『ラテンアメリカ詩集』                  土曜美術社  1984

『ラテンアメリカの文学』 全18巻                          集英社  1983-1984

ウンベルト・エーコ/V.V.イワーノフ/モニカ・レクトール 池上・唐須訳『カーニバル』 岩波書店 1987



 ▲ ウンベルト・エーコ/ V.V.イワーノフ他 『カーニバル』 岩波書店 1987



黒田悦子 『フィエスタ 中米の祭りと芸能』                       平凡社     1988   





 ▲ 黒田悦子 『フィエスタ 中米の祭りと芸能』 平凡社     1988 

  



野谷文昭           『越境するラテンアメリカ』                パルコ出版   1989            

石塚道子 編        『カリブ海世界』                       世界思想社   1991

中島広允           『陶酔する文化 中南米の宗教と社会』       平凡社      1992

P・マニュエル   中村とうよう訳   『非西欧世界のポピュラー音楽』 ミュージックマガジン 1992      

『ラテンアメリカ文学選集』  全15巻                   現代企画室   1990ー1996

平井雅・永嶺修共編    『カリブ海の音楽』                    富山房      1995



雑誌特集 など





 ▲ 『現代思想』 16-10 青土社 「特集ラテンアメリカ 増殖するモニュメント」 1988年8月号



 ▲ 『現代思想』 36-16 青土社 「臨時増刊 総特集 カストロ」 2008年5月臨時増刊



ルポルタージュ



G.ガルシア=マルケス 後藤政子訳  『戒厳令チリ潜入記』        岩波書店         1986 



  ▲G.ガルシア=マルケス 後藤政子訳 『戒厳令チリ潜入記』 岩波書店 1986 



伊藤千尋  『燃える中南米 特派員報告』                    岩波書店          1988



 ▲伊藤千尋  『燃える中南米 特派員報告』 岩波書店 1988

長倉洋海   『フォト・ジャーナリストの眼』      岩波書店  1992 

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/5fe26b7a40915ddb5d1d66e5ad2d80d8

南北アメリカについての日本語文献 その3

2014年08月31日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





               ▲ 『ラテンアメリカ 政治と社会』 全面改訂版 2004 新評論 3200+税



南北アメリカ日本文献 その3

なかなかその気にならないと入手しないラテンアメリカについての日本語文献

国本伊代 『概説ラテンアメリカ史』 1992 新評論 や 『ラテンアメリカ研究の招待』 1997 新評論 を読んで、「ラテンアメリカシリーズ」という新評論から出版されているラテンアメリカに関する研究シリーズがあることを知り、気になっていた。

全面改訂版の『ラテンアメリカ 政治と社会』 は比較的新しいせいか、古本屋には出回っていないので、そのままになっていたのだ。

グレック・グランディンというラテンアメリカ研究者が、何年か前(2012年)、「デモクラシー・ナウ」の番組にゲストとして招かれ、そこで、エイミー・グッドマンとラテンアメリカの新自由主義が荒れ狂った20世紀後半を厳しく批判、また最近パラグアイの議会によるルーラ大統領追放を告発していた番組を見たのだ。その時のグレック・グランディンの怒りの迫力に興味が湧いた。

グランディンの著書『アメリカ帝国のワークショップ』は日本語訳になって明石書店で出版されていることが後でわかった。入手して読むと期待通りの、アメリカの新自由主義の深層とアメリカの中南米政策の悪事に迫るものだった。

デモクラシー・ナウ日本語版のブログ記事あります。ここ▼

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/4c93f6c6ef723467e5658ce0d7d26c0b



我が家には、80年代後半から90年代前半くらいまではいくつかラテンアメリカについての本はあるのだが、その後のアメリカによる新自由主義の実験と、軍事独裁が荒れ狂ったラテンアメリカを伝える本がなく、1980年代・90年代を概観できる本を探していたのだが、最近になってようやく、『ラテンアメリカ 政治と社会』 全面改訂版が古書店に出てきたので読んでみることに・・・・





▲ 『ラテンアメリカ 政治と社会』 全面改訂版 2004年 新評論  目次



2014年8月の読書は、ラテンアメリカ関係ではこの1冊。

ラテンアメリカ関係の読書は、文学・古代史関係で、学生時代にアルゼンチン作家ボルヘスの翻訳ガ盛んだったころ、面白く読んだ記憶がある。それから、はや・・・・・・0年・・・・・・・

70年代80年代のラテンアメリカは、ニクソン・キッシンジャー・レーガン・父ブッシュ等々の指導者による際限ない国家テロ支援と新自由主義の嵐。その殆どの国が、開発独裁型の軍人大統領の独裁の経験を持っている。

選挙で選ばれた国家元首が一夜にして、クー・デターで政治転覆されるのは、ラテンアメリカの伝統?とも揶揄されるほど、陰謀のシナリオが至る所で行われていた。

『ラテンアメリカ 政治と社会』 全面改訂版 2004年は2000年初頭までの、ラテンアメリカの政治・社会の動向をそれぞれ専門領域の執筆者がまとめていて、ラテン・アメリカの関心がまだまだ少ない日本では、

国本伊代・中川文雄編著 『ラテンアメリカ研究への招待』 1997 新評論

国本伊代 『概説ラテンアメリカ史』 1992 新評論

と並び、ラテンアメリカを知る上ですぐれた書だと思う。

長い間私の中で空白だった90年代以降のラテン・アメリカの政治・社会の変化の概要を見る視点がここにはあった。

例えば新自由主義・グローバリズムと南米各国の関係、経済の変化について

ブラジル共和国前大統領ルーラ、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァの周囲の左翼学生運動家の物語は特に面白く読んだ。(鈴木茂が執筆した5章「ブラジルの社会運動と民主化」で詳しく触れている(111pー128p)

1968年、ブラジルが軍事政権だった頃、非合法の学生左翼組織のメンバーが、紆余曲折、社会・労働運動の経験を経て、2000年代初頭の左派政権の中核となっていくPT(労働者党)の運動史を振り返っている。

現在のブラジル共和国の大統領の記述はこの本にはないが、ルーラ大統領の後任には、2011年ルセフが就任している。この時期以降の最新のブラジルの政治・社会の状況を伝える本は読んでいないのだが。

この本『ラテンアメリカ 政治と社会』の巻末には簡潔なラテンアメリカ政治史年表と事項・人名索引が掲載されている。やはり、このようなものが整備されていると利用価値が大いに高くなる。

1944年以降からのラテンアメリカの政治史を巻末の年表(作成睦月規子)から以下に選択して抄出。

1944年 グアテマラ革命開始

1945年 アルゼンチン、軍に監禁のペロンの釈放求め労働者のデモ

1946年 アルゼンチン、ペロン、大統領当選

1947年 米州相互援助条約 (リオ条約)調印

1948年 米州機構成立

1949年 コスタリカ、憲法により軍隊廃止

1952年~1964 民族主義革命運動によるボリビア革命

1954年 パラグアイ軍事クーデタ。 グアテマラ 米国が組織した反革命軍侵攻

 (チェ・ゲバラは、アルゼンチンの医科大学の先輩とともにロシナンテ号と名付けたぼろオートバイで南米各地を医学生として旅行を続けていた、最後に反革命のテロが相次ぐ争乱のグアテマラを訪れ、このときのグアテマラの現状を、青年の目と身体で見聞していた。このことが彼の次のステップとなっていく ブログ主 注)

1959年 キューバ、カストロが革命政権樹立

1960年~80年代 カリブ海諸国13国独立

1960年 中米共同市場発足

1961年 ラテンアメリカ自由貿易連合発足、 ケネディ政権「進歩のための同盟」政策開始

1962年 キューバ・ミサイル危機

1964年 ブラジルで軍事クーデター、以後以後ラテンアメリカ全体に軍政化の波

1968年 ラテンアメリカ司教協議会(メデジン会議)で「解放の神学」 承認される。メキシコ学生の反政府運動。メキシコでオリンピック開催

1969年 エルサルバドルとホンジュラスの間でサッカー戦争勃発

1970年 チリ、アジェンデ(人民連合)政権発足

1973年 チリ、軍事クーデターでアジェンデ政権崩壊、ピノチェト政権成立

1975年 ラテンアメリカ経済機構設立

1976年 アルゼンチン軍部、クーデターで実権掌握

1977年 パナマと米国 「新パナマ運河条約調印」

1978年~1990 ドミニカ共和国で独裁政権終焉、以後、ラテンアメリカ各国で民主化

1979年 ニカラグアで独裁政権倒壊、サンディニスタ革命政権樹立、エクアドル、民政移管

1980年 ブラジルで労働者党結成、ペルー民政移管

1980年代 中米紛争激化 (米国のレーガン・ブッシュ政権が背景か)

1982年 ホンジュラス、民政移管

1882年 アルゼンチンー英国間フォークランド(マルビナス)戦争

1983年 米国、東カイブ海諸国機構軍率いグレナダ侵攻

1983年 アルゼンチン民政移管

1984年 エルサルバドル、民政移管、

1985年 ウルグアイ、民政移管、ブラジル、民政移管

1986年 グアテマラ、民政移管

1987年 中米5ヶ国大統領、和平合意文書に署名

1989年 パラグアイの軍事政権、クーデターで崩壊、 中米5ヶ国、コントラ(反革命ゲリラ)解体で合意

1989年 米軍、パナマ侵攻しノリエガ将軍を逮捕

1990年 ニカラグア、サンディニスタが総選挙で敗北。 チリ、民政移管。エクアドル「インディヘナの反乱」(先住民蜂起)

1993年 国連、1993年を 「国際先住民年」と定める。

1994年 メキシコでサパティスタ民族解放軍蜂起

1996年 米国、対キューバ経済制裁「ヘルムズ・バートン法」成立。 グアテマラ和平合意。

1998年 元チリ大統領、ロンドンで逮捕される。 ベネズエラ大統領選でチャベス当選。パナマ運河返還

2000年 メキシコ大統領で国民行動党のフォックス当選、制度革命党の一党支配終わる。

2001年 アルゼンチン 金融不安で暴動勃発、大統領辞任。

2002年 ボリビア大統領、先住民候補エボ・モラレス躍進。 ブラジル大統領選労働者党ルーラ当選。 キューバ反体制派、民主化運動「バレラ・プロジェクト」を展開。キューバ「社会主義は不可侵」条文を憲法に挿入。

2003年 ブラジル、ルーラ(労働者党)政権発足。 

2003年 ホンジュラス、エルサルバドル、ドミニカ共和国、ニカラグアがイラク派兵。

(地球の裏側から、アジアでの、世界戦争へと駆り出されている従属国家がまだまだ存在している。スペイン帝国、大英帝国を引き継ぐアメリカ帝国の刻印はまだ終わっていない。『アメリカ帝国のワークショップ』2008年 明石書店 の著者、グラック・グランディンは、アメリカが起こしたイラク戦争で最初に死亡したアメリカの部隊の青年について記している。グアテマラ内戦で両親を亡したグティエレスは、路上生活者として投げ出され、長い旅路の末、メキシコ国境線を越え、アメリカにたどりつき、さらにアメリカの少年院を経てイラクの戦場に送り込まれていたこと。ラテンアメリカ出身の青年であったことを書いている。(前掲。『アメリカ帝国のワークショップ』2008年 明石書店265頁)なんともすさまじいラテンアメリカ520年の歴史・旅路ではないだろうか。ブログ主 注)

2004年 ハイチ、内乱でアリスティド大統領辞任

(今回はここまで、時期みて、追加、修正を加え2014年まで作成する予定)

上記のラテンアメリカ簡潔年表を確認しながら、予てから思っていたことだが ラテンアメリカを見ると 「すべてを欲しているアメリカ・帝国」 が見える、とあらためて確信する。



 ▲ グレック・グランディン 松下冽 監訳 『アメリカ帝国のワークショップ』 2008年 明石書店 3800円+税 この本少し高いが、古書店に出る時がある。すぐに入手しよう。明石書店の本、なかなかいいものが多いのだが、価格設定が高いよ。売れないのでますます、初版で出版費用を回収しようとしているのか、ますます価格が高くなり、悪循環に陥ってしまっているのだろうか。

 グレック・グランディン の 「デモクラシー・ナウ」でのインタビュー番組の記事 当ブログにあります。 ここ▼

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/4c93f6c6ef723467e5658ce0d7d26c0b

また「デモクラシー・ナウ」日本版の番組は ここ▼

http://democracynow.jp/video/20120625-1

必見番組動画です。





さて

2014年7月15日のBRICS銀行発足はブラジルで開催され、関係国ブラジル・ロシア・中国・インド・南アメリカの首脳が会合し、海外ニュースになったが、以外と日本では小さな扱いであった。

プーチンがBRICS首脳と一緒に撮られた晴れやかな記念写真の映像は、ロシアのニュースで大きく報道されている。

プーチンがロシアに帰ったその直後、7月17日マレーシア航空MH17便がウクライナ東部で墜落。ロシア非難の欧米の大合唱が開始される。

そうこうするうちにブラジルで2014年秋に実施される大統領選に向け選挙活動中の候補者の搭乗した小型飛行機が今年の8月13日に墜落、社会党候補エドゥアルド・カンポスは死亡。現職のルセフ大統領が10月に行われる大統領選、1回目の投票で過半数を越えて一気に決着をつけなければ、再度の決戦投票に持ち込まれる。現職に次いで世論調査支持率第2位につけていた候補の死亡によって、決戦投票の際の合従連衡次第では、左翼色のある改革派労働党の現職ルセフ大統領は、アメリカ・グローバル資本に支援された候補に敗北する可能性も出てきた。

また今年の3月に起きたマレーシア航空370便は北京行きで、習近平政権を揺さぶるようイスラム過激組織のハイジャックのように偽装計画された可能性もある。これは、なぜか全く、経過も結果も不明であるが。その後世界のマスメディアも固く口を閉ざしたままだ。

これについては元マレーシア首相を22年務めたマハティール(88歳・現在も元気で世界に情報を発信している)の発言が示唆的である。すでに20世紀末アジアのアジア通貨危機の際、その主たる原因として、アメリカ投機マネー・金融政策を批判していた。「日本よなぜアメリカ追従の政策ばかりしているのか、独立国なら独自の道を歩め」と警鐘を鳴らしていたなぁ。また2014年3月のマレーシア航空MH370便の失踪について、アメリカのCIAは知らないはずはないのではと自らのブログで意見を述べていた。88歳のマハティール、相変わらずアメリカに舌戦を繰り広げているなぁ。今でも彼の講演があるとアジアの国々から、心から彼を敬愛する市民が参集するのは頷けるよ。(元日本首相の中曽根康弘さん、プラザ・合意のいきさつのやりとりは記録に遺してくださいよ)

マハティールは22年もマレーシアの首相の地位を維持していた人である。アメリカ政府の東南アジア政策はマレーシアも例外ではなく、表の外交も裏の外交圧力も彼の身にふりかかり、マハティールはアメリカ政治の深層を知り尽くしているであろう。なぜ今、マレーシアとマレーシア航空機2機が狙われたのか。これは偶然とは思えない。グローバリズム投機マネーの拒否・戦後マレーシア経済の経緯、TPP参加に関わるアジアの動向もウォッチの対象としなければこの事件は解けないかもしれない。

7月17日のウクライナにマレーシア航空MH17便のウクライナ東部の墜落で、ロシアに支援された親ロシア派が撃墜したとして、ロシア非難を開始。

2014年に起きた3つの航空機不明と墜落事件は、地域も関係する国家もバラバラで、それぞれつながりは相互に全くないように見える。しかしある視点から考えると明確に共通性がある。

それは、事件の起きた国や、事件によって攻撃されている国が、世界ドル決済体制・グローバル経済システムである世界銀行・IMF体制脱却・展望として出てきたBRICS体制BRICS開発銀行発足について、出資をして、世界経済システムの再構築を模索しているBRICS5ヶ国のうちの3国であるということである。

2014年に起きたこれらの3つの事件は、

単に、偶然に、BRICS諸国に起きたことなのだろうか。それとも、ある寡頭勢力の知られざる激怒の兆候を示したものなのだろうか

本日8月31日(日)の ブログ 「マスコミに載らない海外記事」では

Wayne MADSEN
2014年8月30日| 00:00
Strategic Culture Foundation に投稿掲載された記事を翻訳してくれている。

タイトルは 「すべての要素がCIAによるブラジル大統領候補の飛行機暗殺を示唆」

原題 「 All factors point to CIA aerially assassinating Brazilian presidential candidate」

ブラジルで起きた大統領候補者エドゥアルド・カンポスが乗っていて墜落したセスナ機の詳細な情報がある。ぜひ読む価値のある記事であるとブログ主は思う。ウクライナ東部のマレーシア航空機墜落と、どこかで、何によって繋がっているかわかるのではないだろうか。

またこの記事を読むと、多くの世界各国首脳や政治的重要人物が、(疑惑の疑いがある)航空機事故に遭遇して、死亡しているのがわかる。

この記事では扱われていなかったが、ケネディ大統領暗殺事件時にCIA職員として、ダラスにいた疑いの高いハワード・ハント(ハントは1950年代日本の東京にCIA職員として工作活動に従事していたことがある)ハントの妻は、その後なぜか航空機事故で死亡している。妻が死亡した頃、ハワード・ハントはニクソン大統領に多額の金を要求(何かの大事件のもみ消し料なのか?)していたとされる。さらに、ケネディ暗殺事件の政府調査組織であるウォーレン委員会メンバーの一人であったヘイル・ボックスは、『ウォーレン委員会報告』のオズワルト単独犯行説の結論に全く満足せず、その後も疑惑追及に熱心であったが、彼の乗った航空機は遭難、未だに飛行機も発見されていないはずである。政治上重要な人物が突然航空機事故に遭い、それ以前の政治活動や政治状況が一変したとすると、これは一種のクーデターではなかったかと疑ってみる必要がある。このことだけで、戦後政治の軌道修正について 本が編めるのではないだろうか。・・・・・・・

            アドレスはここ▼ ブログ 「マスコミに載らない海外記事」

http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/ciau-y-i-87b6.html



           また、Wayne MADSEN による元記事はここ▼ にあります。

http://www.strategic-culture.org/news/2014/08/30/all-factors-point-cia-aerially-assassinating-brazilian-presidential-candidate.html

http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/881861c0cb9367c55ac2d6e405c2ddc4

グランマ号・キューバ革命・ゲバラ・カストロ など  その1-1

2015年07月04日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





▲左から ゲバラ選集4冊、ゲバラ日記みすず書房版・朝日新聞社版・太平出版社版・角川文庫版、など



グランマ号・キューバ革命・ゲバラ・カストロ など  その1-1



グランマ号でカストロら83名(82名)がキューバ革命の号令を発し、出帆の錨を揚げたのは1956年12月2日。またゲバラが、ボリビア山中のイゲラ村で銃殺されたのは、1967年10月9日。

もうすぐ出帆から60年、また、2017年にはゲバラ没後50年になる。記念年、記念日のためではないのだが、来年、そして再来年の日に向けて、これまで、古書店や、書店で目に触れた折り買い求めてきた本の再読をしながら、アメリカ・キューバの国交再開のニュースを斜め読みしていきたい。

最初に現在手元にある入手文献をぽつぽつと紹介しながら、2年後のゲバラ没後50年までに、日本語で読める本を断続的にこのブログに書誌情報を掲載する。





▲ 『ゲバラ選集 1』  1968年 青木書店 当時定価580円

▼ 『ゲバラ選集 1』  目次







▼『ゲバラ選集 1』 目次2





 

  ▲ 『ゲバラ選集 1』  目次3



    

 ▲ 『ゲバラ選集 2』 1969年2月 青木書店 定価当時580円





▲ 『ゲバラ選集 2』 目次1

▼ 『ゲバラ選集 2』 目次2



 ▲ 『ゲバラ選集 2』 目次2



続く
http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/f455635dd4d7c5dceccfdfd5e3407a30


グランマ号・キューバ革命・ゲバラ・カストロ など  その1-2

2015年07月06日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





▲ 『ゲバラ選集4』 1969年 青木書店  扉表紙画像は最後の戦闘前日の10月7日のゲバラ日記 





グランマ号・キューバ革命・ゲバラ・カストロ など  その1-2



今回はその1-2 ゲバラ選集3~4 目次構成ほか 

キューバ・ゲバラ・カストロなど、手持ちの書誌情報掲載後、コメント予定

その1ー1はここ▼

グランマ号・キューバ革命・ゲバラ・カストロ など  その1-1



  

 ▲ 『ゲバラ選集3』 1969年5月 青木書店 当時定価580円 

 ゲバラ1962年12月~1964年3月の著作の集成



 ▼ 『ゲバラ選集3』 目次1



▼『ゲバラ選集3』 目次2









▲ 『ゲバラ選集4』 1969年9月 青木書店 当時定価750円 432頁

ゲバラ1964年3月~1967年10月の著作の集成



▼ 『ゲバラ選集4』 目次





▲ 『ゲバラ選集4』 目次



以下つづく
http://blog.goo.ne.jp/jfk1122zzzya/e/1b3164b118d6bfbc6fc34571c6f76a85

グランマ号・キューバ革命・ゲバラ・カストロ など  その1-3ー1

2015年07月18日 | 中南米・カリブ海・キューバ革命・ゲバラ





  ▲レヒナルド・ウスタリス・アルセ 服部綾乃・石川隆介訳『チェ・ゲバラ最後の真実』 2011年、武田ランダムハウスジャパン 2200円+税





グランマ号・キューバ革命・ゲバラ・カストロ など  その1-3ー1

レヒナルド・ウスタリス・アルセ 服部綾乃・石川隆介 訳 『チェ・ゲバラ最後の真実』 



チェ・ゲバラに関する本は、ボリビア山中で、ゲリラ戦を記した日記が公開された1968年夏に大きなピークがあった。朝日ジャーナルに4回にわたり翻訳掲載されたのが、1968年7月。私も、最初は、ジャーナル掲載のゲバラ日記が、チェ・ゲバラとの最初の出会い。

もちろんそれ以前はキューバ革命が達成された1959年から、1960年代前半に、キューバ革命の経緯の中で語られていた。アメリカの知識人たちの間にも、ライト・ミルズなどキューバ革命に好意的な論著があった。それらの本をぽつぽつ読み始まったのは、学生時代も終わり、ニクソン・レーガン政権のあからさまな中南米政策で、右翼軍事政権が荒れ狂った時代からである。今考えれば、アメリカはナオミ・クラインの言うショック・ドクトリンを次々と実践していたということだ。

中南米では長い軍政下に置かれた国も多く、ゲバラの死の真相を知る者、ゲバラの思想に共感を持つ者は生きのびるため、その心を長い間封印したまま忍従の日々を送っていた人たちがいる。21世紀には、ようやく死の恐怖から解放され、閉ざしていた真実を語るものがあらわれた。







 ▲著者プロフィール (本書 表紙カバー裏にある紹介文)



▲ 表紙カバー裏にあるこの本の紹介文



▼ 『チェ・ゲバラ最後の真実』 目次







翻訳者が、あとがきで触れているのだが、本書は、原著の構成を変えている。また、最終章の「チェ・その神話」については割愛している。

それでもなお、この本が、従来のゲバラ伝を越えて、真相に迫っていると感じるのは、著者が、ボリビア出身の医師であり、記者でもあったこと。ゲバラの死から時間もあまりたたない身体に触れていること、ゲバラの身体に残る銃弾跡に火薬が付着しているのを確認して、法医学上の考察をしていることである。ゲバラはボリビア軍との戦闘で死亡したのではなく、至近距離から銃殺されていることを、観察所見から記者団に向かって告げていることである。著者が触れた時には、死後硬直がおきていなかったと記している。



 ▲直上の写真 ゲバラの奥に立ち、ゲバラの傷跡を指さしている人物がこの本の著者レヒナルド・ウスタリス・アルセ

1967年10月10日 『チェ・ゲバラ最後の真実』 (265頁)より

レヒナルド・ウスタリス・アルセは、この勇気ある発言で、世界に、ボリビア政府が発表した件、「ゲバラはボリビア軍との銃撃戦の中で死亡した」という嘘を曝いたのである。

この重大な見解の発表の結果、アメリカ政府に臣従していたボリビア軍国政府やアメリカに敵視され、著者は国外に脱出し、ブラジルになかば亡命的に生活空間を変えざるを得なかったのである。

中南米諸国の民主化が1990年から21世紀にかけて進み、差し迫った身の危険から解放された著者は封印していたゲバラの研究とその死の真相解明に取り組み、キューバ人、ボリビア軍人など、事件の関係者ひとりひとりに徹底取材して書き上げたのがこの本。



ボリビア軍ホアキン・センティノアナジャ大佐にゲバラ銃殺を命じられた、ウエルタ少尉は処刑を拒否、その後、チェ暗殺の経緯を記した回想録を書いていることを、複数の者に漏らし、軍に知られることとなり、

「1969年ボリビア軍はウエルタの回想録を消却し、さらにはウエルタを、ラ・パスとオルロを結ぶ幹線道路で自動車事故にみせかけて殺害した」 『チェ・ゲバラ最後の真実』 (39頁)

ウエルタ少尉は、捕らわれの身となったゲバラに強い感動を呼び覚まされ、見張りを命じられた僅かな時間の間に、ゲバラの思想に共感を示し始めていた。一度はゲバラの縄を解き、逃がそうと同僚に持ちかけている。

友人たち複数の証言取材から、22歳のウエルタ少尉の煩悶が見えてくる。





つづく
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