中国武術幻想の実態 鉄砂掌 “危険性”を心配する相手に宮平先生は「ならば防具の上から・・・」と散打競技で使われる胴当てを2、3枚重ねると、渋々ながら相手は打つことを了解され、実際打ってもらったそうです。結果はどうであったか?・・・実際に当てる空手の組手経験や巻きワラ訓練も長かった宮平先生の想像通りだったそうです(ニュアンスは伝わってますよね)。結局は胴当てを1枚減らし、2枚減らし・・・最終的には胴当て無しで全力で打ってもらったそうですが、宮平先生が顔色一つ変えなかったこの結果には・・・宮平先生よりも、むしろ思い切り打った相手の方が意外だったようです。











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創設者の宮平保先生は幼少時より沖縄伝統の空手を学ばれていましたが、多くの沖縄空手のスタイルである型主体の稽古を実験する意味で、学生時の頃からフルコンタクト空手選手たちと組手中心の交流をされ、並行してウェイトトレーニングにも励んでいました。

しかし、練習するほどに湧きあがる疑問は消えず、後に古伝武術に答えを求めるようになり、その後、中国武術というものに感ずるところがあって中国の武漢体育学院(北京、上海の体育学院と並ぶ中国の三大名門体育大学として知られる)に正式な武術専門生として長期にわたって武術留学されました。そこで戦後の中国武術界を支えてこられた重鎮・温敬銘老師・劉玉華老師一門(お二人はご夫婦で戦前の中央国術館時代から中国を代表される武術家として多大な功績を残されている)に入門し、マンツーマンの指導を受けてこられました。

温老師、劉老師にさまざまな武術を学ばれてきた宮平先生は、中国滞在中に数多くの民間伝統武術家とも技術交流を行ない、1990年に帰国されてから沖縄に天行健中国武術館を設立されました。この《天行健》とは中国古代の書物『周易』の中の一文「天行健、君子以自彊不息・・・」から取ったもので、武術館設立にあたって温敬銘老師のご子息である温力老師(現・武漢体育学院武術教授)によって命名されました。

空手発祥の地であるここ沖縄で、宮平先生は空手、他武道指導者の方々と交流が始まり、また招かれて数多くの武道大会(世界空手道選手権大会、世界武道祭、沖縄空手古武道演武大会、日本刀道連盟抜刀術大会、実戦空手世界大会・・・etc)で模範演武を行なってその技術を紹介し、着実に中国武術普及の基盤を作ってこられました。私たちは宮平先生について武術を学び、また未熟ながらも様々な武道修行者の方々と手を交えた交流をさせていただきましたが、経験を積むほどに中国武術の有効性、奥深さを実感し、いつか機会があれば修行する過程で気付いたことを何らかの形でまとめたいと考えていました。

話しを戻しますが、中国に渡った当初の宮平先生の武術に対するスタンスは独特で、すでに十年程の空手経験があり、加えて空手に対しても様々な疑問を持っていたこともあって、よく聞かれる中国武術の“神秘伝説”といったものには全く興味を示さず、また周囲の中国人学生たちが熱く語る武術名人伝さえ鵜呑みにはできなかったそうです。

幸い師事された温敬銘老師や劉玉華老師は近代中国が誇る最高峰に数えられた人物であり、性格的にも武術の神秘伝説の類いを好まれるようなタイプではなく、ご自身の武勇伝など一切語らなかったということです。

武術に対するスタンス・・・要するに中国武術は体力で圧倒的に勝るような条件の相手にも「使えるのか、使えないのか?・・・」、「年齢を重ねても衰えることなく、更に鋭くなりえる技術が果たして存在するのか・・・」といったことを判断基準としていたそうです。

“鵜呑みにしない”といえば、我々が印象に残っている宮平先生の留学時代のエピソードがあります。

それは鉄沙掌を得意としている某武術家のお宅へ宮平先生が友人に案内されて行った時のことですが、その鉄沙掌の武術家は威力を示すため、目の前で木製テーブルを叩き壊したり、何個か積んだレンガを砕いて見せたそうです。しかし表演を見た宮平先生は「ぜひ私の身体に直接打ってみてほしい。実際に体感したい」と話しましたが、相手は呆れた表情で「なにっ、直接身体に!?・・・あなたは鉄沙掌の伝説を聞いたことがないのか・・・」と断られたそうです。

“危険性”を心配する相手に宮平先生は「ならば防具の上から・・・」と散打競技で使われる胴当てを2、3枚重ねると、渋々ながら相手は打つことを了解され、実際打ってもらったそうです。結果はどうであったか?・・・実際に当てる空手の組手経験や巻きワラ訓練も長かった宮平先生の想像通りだったそうです(ニュアンスは伝わってますよね)。結局は胴当てを1枚減らし、2枚減らし・・・最終的には胴当て無しで全力で打ってもらったそうですが、宮平先生が顔色一つ変えなかったこの結果には・・・宮平先生よりも、むしろ思い切り打った相手の方が意外だったようです。

ここで誤解してほしくないのですが、決して“鉄沙掌”という功法を否定しているわけではありません。これは鉄沙掌、或いは沖縄空手の巻きワラ訓練でも同じですが、如何なる練功法であれ有効かどうかは、結局本人の研究の程度であり、どんなに権威や歴史があっても、実際の証明なくしては鵜呑みにすべきでないということです。

結論からいえば鉄沙掌、巻きワラなどの“補助鍛練”は、実際の攻防技術がしっかりされた上で、且つ人体を対象としたそれだけの研究と経験を踏んでこられたのであれば有効でしょうし、逆にいかに凄まじい演武を見せようとも・・・というだけのことです(人間の手は――例えば面積の広いコンクリートの表面は叩けても“角”を思いきり殴れないように――やはり脆いものです。仮に百歩譲って手がハンマーと化した(!?)としても、攻防能力がなければ“素人がハンマーを持って振り回す状態”であるのはいうまでもありません)。

ちなみに古くは沖縄空手界でも実戦から離れて巻きワラ突きや試し割りだけを得意としている者を“チチブシ(突き武士)”と呼んで蔑まされていたようです。

私個人(下地)の経験でいえば4年程前に中国四川省で鉄沙掌を練る伝統武術家(四川南拳)の方と立ち合いをさせてもらいましたが、その鉄沙掌による打撃力は沖縄で交流させてもらった他武道、格闘技の選手たちが繰り出す攻撃の威力との違いはほとんど感じられませんでした。

ちなみに私も立ち合いの前に、その鉄沙掌の方に背中を思い切り打ってもらいましたが、やはり留学時代の宮平先生が経験されたように、「危険だよ、どうなっても責任持てませんよ・・・」と相手が本気で心配していたのが印象的でした。このエピソードに限らず、何事も鵜呑みにすることは武術修行にはマイナスであるということを、我々なりの経験を通じて感じています。多くの武術家の方々が実践されてきた“鉄沙掌”という功法に対して決して他意があるわけではありませんが、このホームページの方向性を示すエピソードとしてあえて紹介させていただきました(しかし、宮平先生によれば武漢時代より親交のある劈掛掌や梅花拳の指導者は鉄沙掌練功を実戦において有効に活かされていた・・・という話しも聞かされていますので、いつの日かお会いしたいと思っています)。

私を含め、天行健中国武術館の門下生の多くは「この武術は著名な誰々老師の伝承・・・」といった類いのことにはあまり興味を持っていません。しかし、それは先人たちの歴史や伝承系統を尊ばないという意味ではありません。長い歴史によって完成されてきたすばらしい伝統文化に触れることができた私も愛好者の一人として――実際に他武道や格闘技との交流を通じて中国武術というもの有効性を実感しているからこそ――“必要以上な装飾”は逆に中国武術の評価を下げて(素人化して)しまうと考えています。

大切なのは常に“現実の戦い”“最悪な状況”を想定し、経験を積むこと――即ち、本質を追求し、体現すること。また外に向けては中国武術の範囲のみでしか通じない閉鎖的な考え方ではなく、他の武道、格闘技、及び異なる芸術分野の方々との共通項を積極的に考えながら中国武術の素晴らしさを示していくことこそ偉大なる先人たちへの尊敬を表していると信じているからです。ホームページのホームにある《交手を以って友と会する》・・・つまり実際に手を交えることによって友人となる・・・としたのは、こんな私たちの考えを表現したものです。

手を交える・・・といえば、私たちは宮平先生の薦めもあって平成11年、12年と二回にわたって中国四川省にて民間伝統武術家の方々と某公園内に場を設け、伝統方式に則った頭突き、目突きや金的を含む立ち合いを経験させていただきましたが(天行健中国武術館で行なわれている散手も基本的には制限なしなので初めての体験ということではありませんが)、同時に散打競技団体とも交流させてもらいました(スポーツ格闘技の散打競技団体と交流した理由は、現在、広く普及している散打競技とはいかなるものなのか・・・を体験するためであり、逆に言えば体験なくしては散打競技に対してあれこれ語る権利はないと思いましたので・・・)。

散打競技チームとの交流は二つの方法で行ない、一つは現行の散打競技ルールで、もう一つは完全に自分たちが普段行なっているやり方での打ち合いを通じ、異なる角度から伝統武術というものを実験させていただきました。詳しい内容は序々に紹介していくつもりですが、私たちのこうした考え方に少しでも賛同していただける方、団体があれば交流することを希望しており、受け入れていただけるならば、我々も視野を広げ、学ぶべきものは大いに学ばせていただきたく思っています。

もちろん中国武術に限らず「武」に対して強い志を持たれる武道、格闘技全般の方々との交流を持ちたいと希望しており、日本における中国武術の質の向上に微力ながら参加できればと思っています。

真に中国武術を求めている方、武に対して強い志を持っている方は是非、天行健中国武術館に問い合わせてみてください。“我田引水”に聞こえるかもしれませんが、絶対に無駄にはならないと思います。

天行健中国武術館はここ沖縄という土地柄のせいか、他武道の高段者(特に空手高段者)の見学がかなりありますが、体験された方々は例外なく強いショックを受けられているようです――特に武道経験のある見学者には宮平先生は見たり説明を受けたりするだけでは納得しにくいでしょうから実際に触れて体験するようにと勧められています。

入門された方の中にはバリバリの現役選手だけでなく、空手、古武道の道場を構えられる指導者の方々、また県外、海外からも武道経験者が練習に参加し、そのまま沖縄に移住して練習を続けられている方々もおられます(交流記録参照)。

天行健中国武術館と沖縄空手の関わりも少し紹介しておきますと――沖縄空手界の重鎮・上原恒先生が宮平先生に中国武術の指導を要請されてスタートした武術研究会があります(近年に至って空手道は競技化、大衆化・・・をはじめ武道性の消失など様々な問題が聞かれ久しいですが、それは本場・沖縄でも言われています。空手の武術性の回復、問題提起されるその最もたる人物が上原先生であり、空手の可能性を源流的存在である中国武術を通じて研究するために設立された会)。宮平先生はその武術研究会で約13年にわたり指導されています。

この週一回開かれている武術研究会には我々、天行健中国武術館門下生の一部も大切な修行の場だと捉えて参加させてもらっていますが、そこで行なわれる様々な実験(主宰される空手界の重鎮・上原恒先生も妥協やタブーが全くない方です!)、或いは様々な流派の現役空手選手たちとの手を交えた交流も、同門同士だけでは決して味わうことができない有意義な体験になっています。

また沖縄空手の長い発展の歴史を、実際に携わってこられた空手界指導者の方々から直接聞かせてもらっていることも、我々の中国武術に対する見方に影響を与えていると思います(例えば、空手もかつては型そのものが神秘ともてはやされていた時期があり・・・、名のある空手指導者の言葉だと根拠なく絶対視されたり・・・、日本本土では沖縄出身の空手経験者というだけで通用したり・・・といった時代もあったそうで、戦後は日本本土で発達した組手競技のテクニックが沖縄への逆輸入されたことによる影響・・・、組手競技の技術がある意味で爛熟期を迎えたといわれる近年、逆に古伝沖縄空手の技術に注目が集まってきた・・・といった経緯etc)。
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