前田日明ブログ UWF練習生を殺した男 宮戸優光

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慟哭

Filed under: 前田日明ブログ — Maeda Akira @ am 12:37


28日午前9時45分、我が師チャールズ・イスタス(カール・ゴッチ)さんが
亡くなられた。自分が訃報を聞いたのは翌日の夕方、伊豆大島からの釣りから
帰って来てくつろいでいる時に、石川ビックマウスラウド専務より第一報を聞
いた。すぐさまイギリス在住のウェインブリッジ氏に連絡し、ゴッチさんの盟
友ビリー・ジョイス氏に連絡を取ってもらう。

ジョイス氏とは自分がイギリス在住時代当時、半年に1度、ゴッチさんがベ
ルギーに健在であった母親を訪れた行き帰り、イギリスに約一月滞在して頂き
、コーチを御願いしていたおり、ゴッチさんの盟友として紹介して頂く。
毎回、ゴッチさんを訪ねて来られ、毎夜繰り広げられる夜を徹しての会話に
、若かった自分は胸をときめかせながら2人の達人の話を聞き入ったものだ。
2002年には、ジョイス氏公認のビリーライレーのもう一人の鉄人、ジョー
ジ・ゴーディエンコ氏も世を去りジョイス氏を落胆させていた。今回最後の鉄
人も天に召され、氏の悲しみと孤独はいかばかりで有ろうか。

カール・ゴッチはいっさいの妥協を排し、ウィガンの理想卿を実現する為
に懸命の努力をその生涯に渡り続けた。
その人生は崇高で、日々を無為に過ごす事なく、日々好日を実践し、他に対
しても公平無私な立場を貫き、来るものは拒まず、去る者は追わずの立場を
貫き、常に人生を全力で駆け抜けた。

ゴッチ教室の実体は、短期間に基礎の重要性を教え、技の対応を宿題と
して完成形を示したに過ぎない。
いったい、これで我々は師の技術を本当にマスターしたと言えるのだろうか?
カール・ゴッチは教える事の限界を知るが故に、あえてそうしたのではない。
師には余裕のある時間は一度も与えられなかった。
師の最大の努力はいかにして短期間に効果を上げるか。それは精神と技術
を伝えるにはあまりにも時間が短すぎた。それでも師は諦める事はなかった
が。そんな中で師が開けてくれたドアにかろうじて入る事が出来たのは、高
名なレスラーの名を連ねてもただ一人、努力の天才藤原喜明氏のみではな
いだろうか。

師の崇高な生き方に対して我々はどうだろう?
ゴッチ教室の名の元に、その名を利用する事は有れど実を伴わない自己満
足の世界。
有る者は、一度もスパーリングの経験がなくゴッチ門下を名乗る。
有る者は、自分の不甲斐無さを師の名を辱める事によってその名を語り。
有る者は、自分の正当性を示す為に元ウィガンのレスラーを担ぎ出し、口車
に乗せキャッチコピーの如く宣伝する。
ゴッチは神ではないと。
こいつは知っているのだろうか、ゴッチ自身は自分を神と言われるのを面映
く思っていたのを。更に、ビリージョイスとゴッチの関係も知らず、彼の名
を語る。
又、この問題児が過去、有為な若者2人から未来を奪った事も忘れて、何の
咎も感じず、反省謝罪もせず、のうのうとこの業界に巣食って生活をする。そ
んなくずがウィガンをを名乗る。
こいつに関しては、不肖、私がこの業界に入れたのを我が生涯最大の恥とし
て皆様に告白しなくてはいけません。色々な人々に御詫びしても御詫び仕切
れません。残念です。
又有る者は、師より教えられた戦略に乗っ取って総合格闘技の団体を成功
させたのにも関わらず、これからという時に、油断から社内にいたスパイにも
気付かず、ぬけぬけとブッキングシートを持ち出されても調べず、お人好し
で、チンピラ共が書いた2重3重のトラップに自ら嵌って行く………….全くの
世間知らず。

閑話休題
ゴッチさんはプロレスラーと言う職業に誇りを持っていた。
誇りを持てなく成った不肖の弟子の前で言う言葉は只一つ
 Im real one !!
この言葉と共に有ったあの清烈な笑顔はもう観る事はない。

長い間有り難うございました。またどこかの時代であなたと
再びお会いするのを楽しみにしています。
安らかに御眠り下さい。

不肖の弟子より

合掌
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