es[エス] スタンフォード監獄実験


https://ja.wikipedia.org/wiki/Es_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

es (映画)





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es[エス]

Das Experiment

監督
オリヴァー・ヒルシュビーゲル

脚本
ドン・ボーリンガー
クリストフ・ダルンスタット
マリオ・ジョルダーノ

原作
マリオ・ジョルダーノ

製作
マーク・コンラド

製作総指揮
オリヴァー・ヒルシュビーゲル

出演者
モーリッツ・ブライブトロイ
クリスチャン・ベルケル
オリヴァー・ストコウスキ

音楽
アレクサンダー・フォン・ブーベンハイム

撮影
ライナー・クラウスマン

編集
ハンス・ファンク

配給
日本の旗 ギャガ

公開
ドイツの旗 2001年3月7日
日本の旗 2002年6月22日

上映時間
119分

製作国
ドイツの旗 ドイツ

言語
ドイツ語
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『es[エス]』 (原題:Das Experiment、国際向け題:The Experiment)は、オリヴァー・ヒルシュビーゲルが監督し、日本では2002年に公開されたドイツ映画。

原題は「実験」の意。日本語版映画名の「es」とは、通常ドイツ語では「これ」または「それ」の意(英語ではit)であるが、心理学・精神分析学の用語で、「無意識層の中心の機能」という概念を意味する語である(この語もドイツ語起源で、語源は前者のesから来ている)。詳しくは自我を参照されたい。






目次 [非表示]
1 概要
2 ストーリー
3 キャスト
4 リメイク
5 関連項目
6 外部リンク


概要[編集]

この映画は1971年にアメリカのスタンフォード大学で実際に行われたスタンフォード監獄実験を元にしたマリオ・ジョルダーノの小説『Black Box』を原作とし、ジョルダーノ本人が脚本作成に加わっている。

映画では、新聞広告によって募集された男たちが、ドイツの大学地下に設置された擬似刑務所で、囚人と看守の役を2週間演じ続ける実験が行われる。この実験の存在を知った主人公の男(モーリッツ・ブライブトロイ)は、取材と報酬目当てで囚人としてこの実験に参加する。

2001年度ヨーロッパ映画賞作品賞、ノミネート作品。

ストーリー[編集]

タクシー運転手兼記者の男タレク(モーリッツ・ブライプトロイ)はある日、こんな実験者募集の新聞広告を目にする。
被験者求む。
・拘束時間:2週間
・報酬:4000マルク
・応募資格:不問
・実施場所:大学内模擬刑務所

その実験とは大学の地下に作られた擬似刑務所で20人の男を「看守」と「囚人」に分け、それぞれ与えられた役になり切り2週間生活するというものであった。 タレクは、2週間で4000マルク(約2000ユーロ、25万円)という高報酬と、刑務所の囚人の疑似体験という実験の特殊性が良い記事になると思い実験の様子を秘密裏に取材し、録画する為の超小型カメラを眼鏡に仕込み実験に参加する。

始めの日は両サイド共に何の問題も無く和やかな雰囲気で過ごす。しかしその後、些細ないざこざから端を発した看守側と囚人側の対立は、徐々に深くなってゆく。実験の主催者であるトーン教授に対し助手のグリム博士たちは、実験の続行は危険だと判断し実験中止の要請を再三に渡り行う。だが、これらの要請をトーン教授はすべて拒否、実験は続けられた。グリム博士は看守役のあまりの暴走に、トーン教授の留守中に実験の強制中止を申し出る。しかし看守役の男たちは実験を続ける為、グリム博士から衣服を没収し地下の疑似刑務所へ連行。この実験は最終的に2名の死者を含む多数の死傷者を出す惨劇へと変貌していく。

キャスト[編集]


役名

俳優

日本語吹き替え


DVD版

テレビ東京版

囚人番号77/タレク モーリッツ・ブライブトロイ 森川智之 平田広明
囚人番号38/シュタインホフ クリスチャン・ベルケル 小杉十郎太 磯部勉
囚人番号82/シュッテ オリヴァー・ストコウスキ 水内清光 内田直哉
囚人番号69/ジョー ヴォータン・ヴィルケ・メーリング 川村拓央 堀内賢雄
看守/ベルス ユストゥス・フォン・ドホナーニ 井上倫宏 森田順平
看守/エッカート ティモ・ディールケス 花田光 江原正士
看守/カンプス ニッキ・フォン・テンペルホフ 諸角憲一 家中宏
看守/ボッシュ アントニオ・モノー・ジュニア 石住昭彦 星野充昭
ドラ マレン・エッゲルト 高橋理恵子 岡本麻弥
トーン教授 エトガー・ゼルゲ 世古陽丸 牛山茂
ユッタ・グリム博士 アンドレア・サバスキ 宮寺智子 塩田朋子
ジグラー アンドレ・ユング 稲葉実
ラース フィリップ・ホフマイヤー 伊藤栄次
レンツェル ラース・ガルトナー 上田陽司
ニュースアナ クリスティアン・ゲルボス 牧薫子 加藤ゆう子

TV版役不明:楠大典、中村秀利、仲野裕、中村大樹、加藤亮夫、小森創介、 奥田啓人、野島裕史、土田大、高瀬右光、河本邦弘

リメイク[編集]

2010年にアメリカ合衆国でリメイクされた。

詳細は「エクスペリメント (2010年の映画)」を参照

関連項目[編集]
スタンフォード大学
スタンフォード監獄実験
ウェイヴ(映画)1967年にアメリカ、カリフォルニア州パル・アルトの高校で行なわれた独裁政治の体験授業を題材にしたドイツ映画。舞台となる高校はドイツのものに置き換えられている。
社会実験

外部リンク[編集]
スタンフォード監獄実験の公式サイト(英語)
es[エス] - allcinema
es[エス] - KINENOTE
Das Experiment - AllMovie(英語)
Das Experiment - インターネット・ムービー・データベース(英語)

http://www5d.biglobe.ne.jp/~KnightMD/movie/es.html

長らく観たいと思っていた『es(エス)』を、やっと観てきました。
1971年に、アメリカのスタンフォード大学で実際に行われた
心理学実験を基にしたフィクションです。





warning:

私は心理学についての知識をほとんど持っていません。
これは、そんな私がこの映画を観てどう思ったかを率直に述べたものです。
この記述に対して「そりゃ違うだろ」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、
飽くまで個人的な意見である事をご了承ください。











「被験者求む ─── 学内の模擬刑務所において2週間の実験を行います。報酬は4000マルク」


新聞に掲載されていた広告を見て集まった20名の一般人が、看守役と囚人役に振り分けられ、大学内に作られた模擬刑務所で過ごすという実験が行われる事になった。被験者は、この実験を取り仕切る教授から「看守役は看守らしく、囚人役は囚人らしく振る舞うように」と言い渡される。また、囚人には以下の6つのルールが課せられた。

・囚人は、互いに受刑番号で呼び合うこと
・囚人は、看守に対して敬語を使うこと
・囚人は、必ず看守の指示に従うこと
・囚人は消灯後、会話を交わしてはならない
・囚人は、出された食事を全て残さずに食べること
・ルールを違反した場合、囚人には罰が与えられる

このような環境下に置かれた看守役・囚人役の人格が、2週間の間にそれぞれどのように変化していくのかを観察するための実験だったのだが、それはわずか7日間で中止せざるを得なくなるという結果に終わった。この実験に関する訴訟は今もなお続行しているらしく、現在、この類の実験は倫理的に禁止されている。












<遊びが遊びでなくなる瞬間>

「ただの好奇心だよ。刑務所生活を体験できるんだろ?」と、面白半分で実験に飛びついた者。「4000マルクという大金が魅力だった」という金目当ての者。「これをネタに記事を書けば絶対にイケる!!」と、出版社にかけあって応募した者。動機は様々だが、広告を見て集まった人々はみんな、温厚なフツーの人達。看守役を与えられた者達は、警棒や制服を与えられてゴキゲン。一方、囚人役に回った者達は、お粗末な囚人服や殺風景な囚人房など、これまでとは無縁の世界を面白がっていた。

軽いノリで始まった実験だったが、「囚人は自分達の言いなりなんだ」と分かった瞬間から、看守役は次第に凶暴な人格へと変化していく。囚人を丸裸にして、立ったまま一夜を過ごすように言いつけたり、バリカンで丸刈りにし、土足で踏みつけた囚人の頭の上から放尿したりという卑劣な行為を重ねる看守達。「俺の事を『看守さん』と呼べ!! さもなければどんな目にあうか分かってるんだろうな?」....囚人は看守に絶対服従....看守だけが持つ特別な権力を振りかざすその顔に浮かぶ、不気味なほど歪んだ薄ら笑い。

精神的に追い詰められていく囚人
同時に、看守によって非情なまでの拘束・暴力にあう囚人達の精神は、次第に病んでいく。「看守は恐い」というイメージを植え付けられ、日に日に自分の殻に閉じこもって卑屈になっていく囚人達。実験が開始されてわずか数日後には、看守を見るだけで恐怖のあまりに暴れ回る者も現れる。

ホンモノの看守のように、次第に高圧的な人格へと変わっていく看守役。それとは反対に、ホンモノの囚人のように没個性化し、無気力になっていく囚人役。実験を試みた教授陣が、もはや実験どころではないという危機を感じた時、既に事態は想像を絶する恐ろしいものとなっていた....。














<「状況」が持つチカラ>

この映画のタイトル「エス」というのは、心理学用語で「無意識下の欲求」を意味するらしい。体育や、スポーツ心理学の講義でフロイトの事をチラッと習った事があるけど、「エス」は、自己を形成する3要素のうちの一つで、「エゴ」「スーパーエゴ」に続く最も深い部分に位置するそうな(懐かしい響きですね。学校で「エゴ」を習った方、多いのでは?)

この心理学実験では、「状況の力」についてがテーマとなっている。人間がある状況下に置かれた場合、その人間の人格がどう変化(順応)していくのか。模擬刑務所という環境下で、看守・囚人という「状況」を与えられた人々は、わずか数日でその環境に順応し、いつの間にか看守らしさ・囚人らしさを身につける。刑務所とは無縁の善良な人間であるにも関わらず、だ。彼らは自分自身をコントロールする力を失い、看守・囚人という「状況」にコントロールされてしまうのである。

そう考えてみれば、私達は常に「状況」にコントロールされているとも言える。私自身を例にとれば、「私」という人格は、以下のような状況に支配されている一人の人間なのだ。

・家族の一員
・企業に務める社員
・スポーツインストラクター

もちろん、社会における私の役割はこれだけではない。友人、先輩と後輩、先生と生徒、上司と部下、同僚、ただの通りすがり....人に接する際、私に要求される役割は、挙げればキリがないほど多種にのぼる。私は相手によって自分の役割を変え、それ相応の接し方をする。無意識に行っている事ではあるが、これも「状況の力」によってコントロールされた上での行動に他ならない。

実験の経過をモニターで見守る教授達また、「私」という人格は、これまでに置かれてきた状況の中で得た人生経験によって形成されており、これはいわゆる「積み重ねの結果」とも言える。もしスポーツインストラクターをしていなければ、おそらくもっと違った人格になっていただろうし(←これは明白。前よりふてぶてしくなったもん・笑)、一日違いで内定をもらった某銀行に入社していれば、今とは全く異なる人格が形成されていたハズ。

人格は状況によって形成・変化するものである....この映画は、いかに人間が影響を受けやすい生物であるのかを改めて示唆しているように思える。

過去にファシズムへの道を歩んでしまったドイツが、奇しくもこのような映画を作ったという事も興味深い。アドルフ・ヒトラーによる独裁政権下で、なぜユダヤ人の大量虐殺というおぞましい事件が起こったのか。この映画は、その答えのヒントを垣間見せてくれるような気もする。


固い文体になってしまった....


ちなみにこの映画のクライマックスは....どっひゃー!!!!!! なんてマヌケな雄叫びどころじゃござんせん。フィクションと分かっていても、見るに堪えないぐらいでした。あまりのスゴさに、隣りに座ってたオンナの人なんて、のけぞって顔を手で覆ってたもん。それぐらい生々しかったの、ホントに。終わってからお手洗いに行ったんだけど、個室に入るのが恐かった。小さな空間に対して、なぜかすごく恐怖を感じたんです。映画を観ている間は、この実験の経過を観察する教授達のような心境だったけど、心のどこかで自分自身を囚人役の立場に置いてたのかな、なんて思ってしまいました。

もしかしたら....この映画に興味を持って、わざわざ自発的に劇場まで観に行った私って、実は、自ら進んで被験者になる事を望んだこの映画の登場人物達と同類なのかもしれない。そう思いません?


この映画のもとになった、スタンフォード大の「監獄実験」(Stanford Prison Experiment)に関するHPもあります。全て英語ですが、画像もたくさん掲載されているので、興味のある方はコチラへどうぞ。

http://enmi19.seesaa.net/article/440462389.html
2016年07月27日


スタンフォード監獄実験(NHK BSプレミアム「フランケンシュタインの誘惑」放送内容)

明日(2016年7月28日〈木〉)21:00より、BSプレミアムの、科学史の闇を描いたシリーズ「フランケンシュタインの誘惑」で「スタンフォード監獄実験」が紹介されます。(公式情報はコチラ)
(再放送7月30日午後6時00分~ 午後7時00分、8月25日午後5時00分~ 午後6時00分)

「スタンフォード監獄実験」
「与えられた役割や立場が人間の行動に与える変化」を調べるため、1971年、アメリカの名門、スタンフォード大学の、架空監獄施設で行われた実験です。

その実験環境の過酷さ、その後の被験者への深刻な影響などから、史上最も残酷な心理実験といわれ、その後、繰り返し映画の題材になりました。

(ドイツ映画「es」、「es」のアメリカ版リメイク「エクスペリメント」、2015年に再び「The Stanford Prison Experiment」として映画化されたそうです)

「The Stanford Prison Experiment」の予告動画



「es」(※実際の事件以上に残虐性が強い内容となっています。)
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この実験は、「囚人役」「看守役」に分けられた一般人たちが、ごく短期間のうちに激変、看守役が囚人役を虐待しはじめ、実験を観察していたはずの学者すらも状況にひきずられて判断力が欠如、実験を中止できなくなるという事態を引き起こしました。

監獄環境の過酷さと看守役からの虐待により、精神に変調をきたす被験者が出ても実験は継続され、危険性に気づいた牧師(実際の刑務所カウンセラーを担当、学者に招かれて実験を見に来た)と被験者の家族により実験開始より六日目で急きょ中止となりましたが、(当初2週間の予定で実施)その際も看守役の被験者は中止に抗議したそうです。
(詳しくはウィキペディア記事をご参照ください。非常に詳しく書かれています。)

人間が普段持ち合わせていると自分でも思っている倫理観や判断力は、環境と立場の変化により(それが架空のものであってすら)たった数日で崩壊する、そしてそれを外部から観察しているだけのつもりだった人間さえも、いつのまにか巻き込まれて、目の前で被害に遭っている人間を見ても(本来自分はそれをやめさせられる立場のはずなのに)事態を変えられなくなる。

実験は、こうした、当初の想定をはるかに超えた人間の心のあやうさをあぶり出し、しかも後遺症をおった被験者たちの心を癒すためには10年の月日を要しました。
(実験を実施した心理学者ジンバルドー本人がカウンセリングを担当、今回の番組でご本人が登場するそうです。)

心理学上の大スキャンダルとなったこの実験は、しかし、「人間は立場と集団によって、一瞬で変貌してしまう」という重要な警告を残しました。

「正義を信じて組織に加わったはずの人間が残虐行為に加担してしまう」
「自分は相手を嫌っていないのに、周囲がその人をいじめているからと、それを止めずに逆に参加してしまう」
など、外部からみたら、なぜそのようなことがおこってしまったのかと思わせる事態も、この人間のあやうさに起因しているのではないでしょうか。
(番組では、併せてその後アメリカ心理学会が「テロとの戦争」の中で犯したスキャンダルについても触れられるそうです。)

実験がもたらした事態の異常性に目がいきがちですが、自分を含めた人間という生き物、そして集団の怖さを思い知らされる、もっと多くの人に警告として広められるべき事件だと思います。

よろしければ、番組をご覧になってみてください。

読んでくださってありがとうございました。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E7%9B%A3%E7%8D%84%E5%AE%9F%E9%A8%93

スタンフォード監獄実験





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スタンフォード監獄実験(スタンフォードかんごくじっけん、英語: Stanford prison experiment)とは、アメリカ合衆国のスタンフォード大学で行われた、心理学の実験である。心理学研究史の観点からは、ミルグラム実験(アイヒマン実験)のバリエーションとも考えられている。



目次 [非表示]
1 概要
2 実験 2.1 実験への準備 2.1.1 実験者

2.2 実験の経過
2.3 実験の中止
2.4 実験の結果

3 関連文献
4 関連項目
5 外部リンク


概要[編集]

1971年8月14日から1971年8月20日まで、アメリカ・スタンフォード大学心理学部で、心理学者フィリップ・ジンバルドー (Philip Zimbardo) の指導の下に、刑務所を舞台にして、普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明しようとした実験が行われた。模型の刑務所(実験監獄)はスタンフォード大学地下実験室を改造したもので、実験期間は2週間の予定だった。

新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた被験者21人の内、11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせた。その結果、時間が経つに連れ、看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるという事が証明された。

実験[編集]

実験への準備[編集]

実験者[編集]

ジンバルドーは囚人達には屈辱感を与え、囚人役をよりリアルに演じてもらう為、パトカーを用いて逮捕し、囚人役を指紋採取し、看守達の前で脱衣させ、シラミ駆除剤を彼らに散布した。背中と胸に黒色でそれぞれのID番号が記された白色の女性用の上っ張り (smock)、もしくはワンピースを下着なしで着用させ、頭には女性用のナイロンストッキングから作ったキャップ帽を被せた。そして歩行時に不快感を与えるため彼らの片足には常時南京錠が付いた金属製の鎖が巻かれた。更にトイレへ行くときは目隠しをさせ、看守役には表情が読まれないようサングラスを着用させたりした。囚人を午前2時に起床させる事もあった。但し、これらの服装や待遇等は、現在ほとんどの国の本物の刑務所では見受けられず、実際の囚人待遇より非人道的であり、囚人待遇の再現性は必ずしも高くはなかった。

実験の経過[編集]

次第に、看守役は誰かに指示されるわけでもなく、自ら囚人役に罰則を与え始める。反抗した囚人の主犯格は、独房へ見立てた倉庫へ監禁し、その囚人役のグループにはバケツへ排便するように強制され、耐えかねた囚人役の一人は実験の中止を求めるが、ジンバルドーはリアリティを追求し「仮釈放の審査」を囚人役に受けさせ、そのまま実験は継続された。

精神を錯乱させた囚人役が、1人実験から離脱。さらに、精神的に追い詰められたもう一人の囚人役を、看守役は独房に見立てた倉庫へうつし、他の囚人役にその囚人に対しての非難を強制し、まもなく離脱。

離脱した囚人役が、仲間を連れて襲撃するという情報が入り、一度地下1階の実験室から5階へ移動されるが、実験中の囚人役のただの願望だったと判明。また、実験中に常時着用していた女性用の衣服のせいかは不明だが、実験の日数が経過するにつれ日常行動が徐々に女性らしい行動へ変化した囚人も数人いたという。

実験の中止[編集]

ジンバルドーは、実際の監獄でカウンセリングをしている牧師に、監獄実験の囚人役を診てもらい、監獄実験と実際の監獄を比較させた。牧師は、監獄へいれられた囚人の初期症状と全く同じで、実験にしては出来すぎていると非難。

看守役は、囚人役にさらに屈辱感を与えるため、素手でトイレ掃除(実際にはトイレットペーパの切れ端だけ)や靴磨きをさせ、ついには禁止されていた暴力が開始された。

ジンバルドーは、それを止めるどころか実験のリアリティに飲まれ実験を続行するが、牧師がこの危険な状況を家族へ連絡、家族達は弁護士を連れて中止を訴え協議の末、6日間で中止された。しかし看守役は「話が違う」と続行を希望したという。

後のジンバルドーの会見で、自分自身がその状況に飲まれてしまい、危険な状態であると認識できなかったと説明した。ジンバルドーは、実験終了から約10年間、それぞれの被験者をカウンセリングし続け、今は後遺症が残っている者はいない。

実験の結果[編集]
権力への服従強い権力を与えられた人間と力を持たない人間が、狭い空間で常に一緒にいると、次第に理性の歯止めが利かなくなり、暴走してしまう。非個人化しかも、元々の性格とは関係なく、役割を与えられただけでそのような状態に陥ってしまう。
関連文献[編集]
岡本浩一『社会心理学ショートショート』(新曜社 「模擬監獄の人間模様―役割は人をこんなにも変える」という項でこの実験について概説している。)
エーリヒ・フロム『破壊 上―人間性の解剖』作田啓一・佐野哲郎共訳、紀伊国屋書店、1975年(ジンバルドーから著者エーリヒ・フロムに渡されたレポートを記載。なおフロムは、本書において、この実験の実験方法とジンバルドーによる実験結果の解釈について批判を加え、この実験を一般化することに異議を唱えている)
フィリップ・ジンバルドー『ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』鬼澤忍訳 海と月社 2015年(ジンバルドー本人による「スタンフォード監獄実験」の全貌)

関連項目[編集]
アドルフ・アイヒマン イエルサレムのアイヒマン
ミルグラム実験 - アイヒマン実験とも

社会心理学
格差社会の影響
ドキュメンタリー『本当にあった奇妙な科学実験史』シリーズ シーズン1 第6回(ディスカバリーチャンネル)
映画『es』(エス)- 原題はDas Experiment(ドイツ語で「実験」の意)。スタンフォード監獄実験の設定を元にした映画。監督オリヴァー・ヒルシュビーゲル。
映画『エクスペリメント』
フランケンシュタインの誘惑 - 科学史 闇の事件簿 第4回 「人が悪魔に変わる時 史上最悪の心理学実験」(NHKのドキュメンタリー番組 2016年)
アブグレイブ刑務所における捕虜虐待 - 実例として取り上げられる事件

外部リンク[編集]
スタンフォード監獄実験公式サイト(英語)
Stanford University News Service(英語)
情況の囚人 - 1971年“スタンフォード監獄実験”とは
奇跡体験!アンビリバボー:06.5.18放送分
人が悪魔になる時 - アブグレイブ虐待とスタンフォード監獄実験(1) WIRED.jp

http://www.prisonexp.org/

http://x51.org/x/06/04/2439.php
情況の囚人 ― 1971年”スタンフォード監獄実験”とは




das_experiment.jpg【SPE】1971年、米海軍は海兵隊刑務所で相次ぐ問題解決の為に、ある実験を準備し、資金を調達した。実験はスタンフォード大学の心理学者フィリップ・G・ジンバルド博士を中心に組織され、同大学の講堂を刑務所に仕立て、模擬的な刑務所シュミレーションを行うというものだった。新聞広告によって集められた心身共に健全な被験者らは、無作為に囚人と看守に分けられ、実際の刑務所とほぼ同じ環境の中で、二週間を過ごすことが予定された。しかしこのとき、まさかこの実験が後々まで問題となる大きな事件になろうとは、その時、被験者も研究者も、誰一人想像だにしなかったのである。(写真上はこの事件をモチーフにした映画「es[エス]DAS EXPERIMENT」より。以下は当時撮影された実際の写真)




実験

prison_exp9.jpg実験に参加した被験者は皆楽観的な気分だった。単に囚人、看守の服に着替えて刑務所風の質素な生活をし、報酬までもらえるユニークな実験といった程度の認識だったのである。そして研究者もまた、幾らかの騒動さえ期待したにせよ、さほど大きな問題は起こらないだろうことを予想していたのだ。しかし実験を開始して間もなく、事態は一変した。囚人役の被験者らは心理的に追い込まれて服従的になり、看守役の被験者もまた支配者として、虐待行為を開始した。講堂内では暴動やハンガーストライキ(絶食などによる抗議行動)、虐待行為が相次ぎ、スタンフォード大学の講堂は実験開始からたった一週間足らずで、あたかも本物の刑務所と化してしまったのである。そしてこれら問題により、実験は予定期間の半分にも満たぬまま中止され、研究者らの間には大きな疑問だけが残された。それは一体何故、単なる模擬的刑務所環境が、かくも短期間で、本物の刑務所さながらの情況へと変貌してしまったのかということである。

実験を終えた研究者らはこの事件を分析し、まず一連の問題の原因が、少なくとも集められた被験者の性質によるものである可能性を除外した。何故ならば、そもそも実験に参加した24人の被験者は、新聞広告の募集によって集められ、選りすぐられた70名の被験者候補者の中から、更に情緒的安定性を基準にして選考された心身共に健全な人々だったからである。更にまた、囚人と看守役はそれぞれ全く無作為に、コイントスによって決定された。つまり役割の選考においても何らかのバイアスがかかっていたとは考えにくかった。

prison_exp3.jpgジンバルド博士が実験に際し、より刑務所に近づける為に、様々な”工夫”を凝らしたことは事実である。例えば囚人側の人々にはそれぞれID番号が与えられ、実験期間中、互いに番号で呼び合うことが義務づけられた。囚人に与えられた衣服も質素なもので、それは着心地の悪い綿の一張羅に、ゴム草履、そして頭にかぶる為のストッキング(かぶることで頭を剃髪したように見せるため)といったものだった。また一部の囚人は、更に手足を鎖で繋がれた者もいた。一方、看守役の人々にはカーキ色の制服と木製の警棒が与えられ、囚人を威嚇することが許可されていたが、暴力はもちろん禁止されていた。更に大きな反射型のサングラスをかけることで、匿名性を確保し、囚人と目が合わないようにするといった工夫もなされていた。

暴動

prison_exp2.jpg実験初日はまず囚人役の人々が自宅から刑務所へと連行されるところから始められた。この連行には実際にパロ・アルト市警が協力し、囚人役の人々は強盗容疑の罪を負った犯罪者という設定で、パトカーに乗せられ、刑務所へと連行されたのである。そして彼等が刑務所に到着すると、通常の刑務所と同様に、まず衣服を強制的に脱がしてシラミ除去の消毒を受けさせ、囚人服とID番号を与えた。

そして一日目はまるで穏やかにすぎたが、実験二日目、早くも事件が発生した。囚人らは監獄内で看守に対して些細なことで苛立ちはじめ、やがて暴動を起こしたのである。彼等はストッキングと張られた番号をはぎ取り、ベッドを立てて監房の内側からバリケードを作った。そして看守らはこの事態を重く見、補強人員を呼んで、問題解決にあたった。しかし暴動は一向に収まらず、最後には囚人に向けて消火器を発射して怯ませ、その隙に監獄内に突入、全員を裸にした上で、暴動を主導した人物らを独房へと送ったのである。

更に看守らは今後の暴動を抑止するために心理的攪乱作戦を開始した。まず暴動に関与していない囚人のグループを”良い”監房へ収容して彼等を丁重に扱い、そして関与した囚人のグループを”悪い”監房へと送り、過酷な扱いを行うことにしたのである。そして半日程が経過すると、今度は一部の囚人を、理由を教えずにそれぞれ交代させ、囚人らを混乱に陥れた。つまりこの交代によって悪い監房に残された囚人らは、良い監房に移動した囚人が看守に何らかの密告を行い、その褒美で良い監房へと格上げされたのではないかと推測したのだ。そしてこの巧妙な看守側の作戦は見事に功を奏し、たった二日目にして、看守と囚人の間のみならず、囚人内部でさえ、対立が発生した。

prison_exp4.jpgしかしこれも、その後に続く事件へのほんの始まりにすぎなかった。看守らははじめの暴動に肝を冷やし、囚人の反抗を恐れた余り、それ以降、必要以上に加虐的になったのである。一時間ごとに全員を整列させて員数調査を行うことを決定し、その都度、態度の悪い者に体罰(腕立て伏せなど)を課した。また一部の囚人の入浴を禁止し、トイレを監房内のバケツにさせるといった嫌がらせも行われた(看守らはそれを捨てることを拒否し、囚人らに一層のストレスを与えた)。また時には全員の前である囚人を裸にし、滑稽な真似をする命令を与えて恥をかかせたり、夜には監視カメラを切って(実際には研究者によって別の隠しカメラで監視されていた)虐待を加えたりといったように、看守側の行動は徐々にエスカレートした。

服従と支配

そして実験二日目にして、とうとう一人の囚人が精神的に衰弱し、実験からの途中離脱を求めた。しかし驚くべきことに、この段階で既に、看守らは自分達の役割を極めて真剣に自認しはじめていた。彼等はその囚人を解放させまいとして”男は衰弱したように見せかけて、ウソをついているに違いない”と、研究者らに話して男を離脱させることに反対したのである。そしてこの事態を知った囚人らは、いよいよ看守側に憤慨した。彼等はもはやこの”刑務所”から逃げ出すことが出来ないと確信し、再び大きな暴動を引き起こしたのである。この暴動を危険視した研究者らはようやくその男性を解放することを決定したが、しかし残された者達もひどく精神的に不安定になり、自己制御不能に陥いって泣き叫ぶ者も現れはじめた。そして他にも多くの囚人が途中離脱を申し出たが、それらはやはり看守によって拒絶された。もはや囚人側の被験者が、実験に協力する意志がなく、実験参加による報酬も要らない、と研究者らに申し出たにも関わらずである。

prison_exp5.jpgこれらの事件が起きる最中、独房においても幾度かの単発的な反抗が発生したが、それは最初の暴動のような、組織的なものには発展しなかった。また途中から入獄したある被験者(彼は途中まで予備の囚人として待機していた)は、看守の態度を知るなりすぐにハンガーストライキを行ったが、逆に罰として真っ暗な独房へと押し込められ、数時間をそこで過ごすことを強要された。そして看守らは他の囚人らに対して、彼を独房から出す交換条件として毛布を渡すこと、より粗末な囚人服に着替えることなどを要求したが、囚人らはそれを拒否し、結果、更なる囚人間の対立を生んだ。そして最終的には、ジンバルド博士自身が仲裁に入り、看守らの反対を押し切って彼を独房から救出したのである(実験のルールとして独房内に押し込められるのは一時間を限度とすることが定められていた)。

しかしこれら実験において不可解であったのは、時折、実験中の施設を被験者の家族や友人といった見学者が訪れて、実験の様子を見学していたにも関わらず、彼ら訪問者の誰もひとりとして、刑務所内で起きている問題に気づかなかったということである。ある時には牧師が施設を訪れ、監房を回って一人一人面会を行ったが、やはり目立った苦情はなかった。

prison_exp6.jpgこれが一体いかなる為か、真相は定かではない。つまり囚人側は、実験と関係のない外部の人間に対しては、本音を漏らすことや助けを求めることは恐らく可能であったにも関わらず、そうしなかったのだ。また例えば、看守側の人間が決してそうした苦情をもらさないよう、囚人側に命令していた(例えば苦情を漏らした場合は、面会後に体罰を加えるといったように)としても、何も囚人側はそれに盲目的に従う必要はなかったはずである(何故ならば彼等は涙を流してさえ、途中離脱を訴えたのだ)。しかし彼等がそうしなかったのは、恐らく看守の仕打ちを恐れたためであり、それは即ち、彼等の間で実験という枠組みを超えて、看守と囚人という主従関係が、強固に成立していた事を示唆していると言える。つまりこの段階で、既に囚人側の被験者はあたかも本物の囚人のように従順な服従者へと変貌し、そして看守側もまた、日を追うごとに自分たちの”責任”に対して真摯になり、彼等囚人を決して釈放(=途中離脱)させまいと、支配的に、さながら本物の看守へと変貌していたのである。

情況の囚人

しかし実験開始から六日目、当時ジンバルド博士の恋人であった大学院生、クリスティーナ・マスラシュが刑務所を訪れたとき、実験は突然の結末を迎えた。彼女は監房を見て回るなり、その悲惨な実態を敏感に察知して博士に強く抗議したのである。彼女の抗議に対し、ジンバルド博士がすぐに対処したのは、彼女の主張が理にかなったものであると判断したからなのか、あるいはまた彼女が博士にとって恋人であった為であるのか、定かではない(彼女は現在ジンバルド博士の妻である)。しかしいずれにせよ、博士によれば”訪問者のうち唯一、そしてはじめて中止を求めた”彼女の要請により、実験は遂に中止されたのである。

prison_exp7.jpg後にこの実験は”残酷な人体実験”とさえ呼ばれ、その倫理性 ― 看守の暴力を研究者は何故放置したのか ― 、そして実験方法の根本的欠陥 ― 研究団は完全に公平な立場であったのか、被験者は本当に”正常”であったのか、人選にバイアスがかかっていたのではないかといった ― を巡って、博士らは多くの批判を浴び、参加者の間にも大きな遺恨が残された。それ故、この実験が人間の行動モデルを研究する科学的研究成果として、果たして一般化しうるものであるのかどうか、今なおその評価は分かれている。例えば近年にも、米軍のアビ・グライブ基地において発生したイラク人捕虜虐待(写真上、下)の問題を巡って、擁護側が集団内で発生する暴虐の事例としてこの実験結果を提示し、物議を醸した事は記憶に新しい(つまり兵士等の暴虐行為は、情況が生んだものだったという主張である)。

abu_grhaib.jpgしかしいずれにせよ、これら実験の結果がその倫理性をよそに、確かに興味深いものだったことは、また否定しがたい事実である。博士らが実験から得たひとつの結論とは、即ち、人はある集団や、環境、社会的情況下において、”驚くべき迅速さ”でその中に適応しようとし ― あたかも情況の囚人として ― その役割を自ら演じてしまうということであった。事実、実験開始前、全く”正常”であった囚人側被験者達は、精神的に衰弱すると、すぐに卑屈に、服従的になり、心身共に監獄の中に捕らえられてしまった。そして同じく”正常”な看守側の人々もまた、囚人達の暴動を警戒するあまり、権力を必要以上に誇示し、囚人の衰弱ぶりにも気を留めず、支配者として加虐的にエスカレートしていったのだ。

つまりこれら実験が提示したひとつの事実とは、ある集団の中の個人が、その個人的性質、行動傾向よりなお、情況下における命ぜられた(または自任した)集団内の役割を ― 意識的にせよ、無意識的にせよ ― 優先し、時にそれが恐ろしい結果を引き起こすことさえままありうるということである。そしてまた、これが刑務所や戦争という特殊な情況下に限られた出来事であり、我々の日常生活にはまるで無関係な話であると、一体誰に断言することができるだろうか。



【参考1】ミルグラム実験(アイヒマン実験)

milgram_exp2.jpgミルグラム実験とは、1962年、米イエール大学の心理学者、スタンリー・ミルグラムによって行われた人間の服従性を研究するための実験である。実験は第二次世界大戦におけるホロコースト研究の一環として、1961年に逮捕されたナチス高官のアドルフ・アイヒマンの裁判を受け、「アドルフ・アイヒマンとその多くの部下達は、単に上官の命令によって虐殺をおこなったのか。彼等を共犯者と呼ぶことが出来るのか」という疑問に応えるべくして行われた(それ故に通称「アイヒマン実験」とも呼ばれる)。実験は「記憶能力についての調査(罰と学習能力に関する調査)」という名目で、一般人が被験者として集められたが、その本当の研究目的は「人間の権威への服従性」、また「人間はどの段階まで権威者の命令を聞き続けるのか」というものであった。

被験者はまずそれぞれ「生徒役」と「教師役」に分けられ、ひとりづつ対になるようにペアを組まされた。しかし実際には集められた被験者は全員「教師役」にあてられ、「生徒役」は全員、研究者が予め仕込んだ役者だったのである。

milgram_exp.jpgそして実験は次のような手順で行われた。まず生徒役と教師役はそれぞれ別々の部屋に入り、教師役が生徒役の被験者に対して簡単な単語テストを行う。そして生徒役が正解すれば罰はなく、間違えた場合、教師役は手元にあるボタンを押さなければならない。すると生徒役の人には罰として電流が流れるという仕組みである(図はE=研究者 / S=教師役=被験者 / A=生徒役=役者)。

電流は15Vからスタートし、一問間違えるごとに電圧を15Vづつ増していくことが予め知らされていたが、実際には、電流は流されていなかった。教師役がボタンを押す度、生徒役の部屋からは事前に録音された「うめき声」のテープが流されただけだったのである。生徒のうめき声は問題を間違える度=電圧が上がる度に、次のようにエスカレートする。

120V.大声で苦痛を訴える
135V.うめき声
150V.絶叫
300V.壁を叩いて実験中止を求める
315V.強硬な態度で実験を降りると叫ぶ
330V.無反応になる 

また、もし教師役が実験の中止を研究者に申し出た場合、彼等は「(実験の結果に)責任を持つ必要はない」として、次のように段階的に説得された。

1.とにかく続けてください。
2.実験はあなたを必要としています。とにかく続けてください。
3.あなたが続けることが重要なのです。
4.選択の余地はありません。続けなければなりません。

これら全ての段階の説得に対し、被験者(=教師役)が反論し続けた場合にのみ、実験は途中で中止されたのである。

そして実験の結果、被験者40人全員が300Vまでは送電を継続し(この時点で5人が離脱)、65パーセントの27人が、研究者に不快を表明しながらも、最終的な450Vまで送電を続けたという。またこの実験はその後、ミルグラム博士自身、そして世界中の研究所で幾度か行われたが、やはり結果はほぼ同様であったと言われている。またその結果は、後にベトナム戦争における米軍の虐殺事件(ソンミの虐殺)の研究にも援用された。

- Milgram experiment - Wikipedia, the free encyclopedia
- AS Psychology

※ミルグラム自身によって撮影された実験のドキュメンタリ



【参考2】es[エス]DAS EXPERIMENT:実験をモチーフにした映画
- 権威主義の正体 / 認知的不協和の理論―社会心理学序説 / A / A2

【関連】X51.ORG : 1828年独、闇の中から現れた少年カスパー・ハウザーの謎
- X51.ORG : 前部前頭葉切截 ― ロボトミーは"悪魔の手術"か
- X51.ORG : カニバリズム - 人間は如何にして人間を食べてきたか




2006.04.24

http://wired.jp/2008/03/13/%e4%ba%ba%e3%81%8c%e6%82%aa%e9%ad%94%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%82%8b%e6%99%82%e2%80%95%e2%80%95%e3%82%a2%e3%83%96%e3%82%b0%e3%83%ac%e3%82%a4%e3%83%96%e8%99%90%e5%be%85%e3%81%a8%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%b3/

人が悪魔になる時――アブグレイブ虐待とスタンフォード監獄実験(1)

看守役が囚人役を虐待し始めたことで有名なスタンフォード監獄実験を行なった心理学者Philip Zimbardo氏が、イラクのアブグレイブ刑務所で起こった米兵による虐待事件の新しい画像を公開した。普通の人々が邪悪に変わる仕組みについて、Zimbardo氏に話を聞く。




Kim Zetter

カリフォルニア州モントレー発――善良な人々が一転して悪魔になるのを見てきた心理学者のPhilip Zimbardo氏は、その理由がわかるという。

Zimbardo氏が2月28日(米国時間)の午後、『TED会議』(TEDはテクノロジー、エンターテインメント、デザインの略)で公開した約3分間の動画を、Wired.comは入手した。動画には、イラクのアブグレイブ刑務所で撮影された、これまで公開されていなかった写真(英文の画像ギャラリー、残虐な内容につき閲覧注意)が多数取り上げられている。

2004年、米軍関係者によるイラク人収容者虐待の写真が世界各地で公開され、アブグレイブ刑務所は国際ニュースの見出しを飾った。軍法会議で兵士7人が有罪になり、技術兵のLynndie Englandを含む2人が刑務所に送られた。

2006年3月、Salon.comが、アブグレイブ刑務所で撮影された写真279枚と動画19本を掲載した。これは今のところ、悪名高いアブグレイブ刑務所の虐待を裏付ける証拠資料として最も大規模なものの1つだとされている[Wikimedia Commonsにも画像集がある]。

しかしZimbardo氏によると、同氏が今回紹介した動画に含まれる画像の多くは、虐待に関する裁判で同氏が被告側の専門家証人になったときに入手したもので、これまで公開されてこなかったものだという。



(アブグレイブ刑務所看守の虐待に関する裁判で弁護側の専門家証人となったPhilip Zimbardo氏は、看守たちが撮影した虐待の画像を多数入手した。Zimbardo氏は『TED』会議の発表の場で、これまで公開されてこなかった写真の一部を盛り込み、自ら効果音を付けた短い動画を披露した。画像の大部分は陰惨かつあからさまで、裸体、辱め、性行為のまねごと、死体のそばでポーズを取る看守の姿などが写っている。閲覧には注意が必要。
Photo Credit: Philip Zimbardo)

Zimbardo氏は、いまでは広く知られているスタンフォード監獄実験を1972年に行なった心理学者だ。この実験には、学生たちが囚人役や看守役として参加した。実験に入って5日で、看守役の学生が囚人役の虐待を始め、全裸になることや性行為をするふりなどを強要したため、Zimbardo氏は調査を中止することになった。

Zimbardo氏の著書『The Lucifer Effect: Understanding How Good People Turn Evil』(ルシファー効果:善良な人々がどのように邪悪になるのか)では、普通の人が、条件がそろったとき恐るべき行動を取るようになる仕組みを探っている。

Zimbardo氏はWired.comとのインタビューで、アブグレイブ刑務所の事件と自らの研究から、悪についてどのようなことを学び取れるかということや、英雄が本質的に社会的異端者である理由などについて語ってくれた。

ワイアード・ニュース(以下WN):あなたの研究は、悪を行なう能力が誰にもあること、環境の影響だけで善から悪へとバランスが簡単に変わることを示しています。これは、個人が自分で行なう選択についての責任を免除することにはなりませんか?

Philip Zimbardo氏(以下敬称略):それは違います。人は自分の行為について必ず個人の責任があります。人を殺せばその責任を負うのです。

ただ、その殺人が、強力な体制の内部における強力な状況の産物であることが証明されるならば、殺した人は責任能力が減退したような状態にあり、自由意思または十分な論理的思考能力を失っているということになるのではないかと、私は言っているのです。

状況の力はときとしてきわめて強大となり、感情移入、利他主義、道徳性が機能しなくなり、普通の人どころか善良な人までもが悪に手を染めてしまうということが起こります。その状況下でのみ、起きるのです。

人が行なった行為の理由を理解することは、それを免責することと同じではありません。なぜそうしたかを理解することは、その理由が状況による影響と関係している場合、まったく別のやり方で悪を扱うことへとつながっていきます。現在の悪に対する戦略は人を変えようとするものですが、これとは違う、「悪を生み出す状況」を変える、という予防的な戦略の開発につながるのです。

WN:あなたは、アブグレイブ刑務所の看守だったChip Frederick軍曹に対する軍法会議で、弁護側の専門家証人を務められましたね。Frederick軍曹の場合、状況からの影響はどのようなものだったのでしょうか?

Zimbardo:アブグレイブでは砲撃戦が続いていました。刑務所では、兵士5人とイラク人収容者20人が殺されています。これはつまり、そこで働く兵士がみな、強い恐怖とストレスにさらされていたということです。

2003年に暴動が始まると、手当たりしだいの拘束が始まりました。Frederick軍曹が(アブグレイブに)赴任した9月、刑務所の収容者数は約200人でしたが、それが3カ月と経たないうちに1000人を突破し、わずかな人数で管理をしていた看守たちは悲鳴を上げました。

Frederick軍曹らは12時間交代で働きました。週に7日、休日なしで40日間です。このようなストレス下では、意思決定能力と批判的思考と良識が減退します。しかし、それもまだ始まりに過ぎません。

記録によると、Frederick軍曹は上官に訴えています。「精神に異常をきたして(排泄物を)自分の身体に塗りたくる者がいます。このような監獄に本来入れるべきではない、結核にかかった者も収監されています。子供も大人もごた混ぜです」

上官はFrederick軍曹に、「ここは戦地だ。自分の任務を果たせ。必要なことは何でもやれ」と命じました。

(2に続く)

[日本語版:ガリレオ-緒方 亮/福岡洋一]

WIRED NEWS 原文(English)
http://wired.jp/2008/03/14/%e4%ba%ba%e3%81%8c%e6%82%aa%e9%ad%94%e3%81%ab%e3%81%aa%e3%82%8b%e6%99%82%e2%80%95%e2%80%95%e3%82%a2%e3%83%96%e3%82%b0%e3%83%ac%e3%82%a4%e3%83%96%e8%99%90%e5%be%85%e3%81%a8%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%b3-2/

人が悪魔になる時――アブグレイブ虐待とスタンフォード監獄実験(2)

看守役が囚人役を虐待し始めたことで有名なスタンフォード監獄実験を行なった心理学者Philip Zimbardo氏が、イラクのアブグレイブ虐待事件について語る、「邪悪の発生を防ぐには何が必要か」。




Kim Zetter

(1から続く)

WN:アブグレイブ刑務所で起きたことと、あなたのスタンフォード監獄実験とを比較してみてください。

Zimbardo:軍事情報部、中央情報局(CIA)、そして民間企業として尋問を請け負っていた旧米Titan社は、(アブグレイブの)憲兵たちに対し、「収容者の抵抗を打ち砕くのが諸君の任務だ。気力をくじき、おとなしくさせ、取り調べに応じさせるために、通常は憲兵には許されていないことを実行する許可を与える」と言明していました。

通常は制限されている行為から無制限に行なえる行為へと、一線を踏み越えることが是認されたのです。

スタンフォード監獄実験でも同様に、「[囚人役からの反抗が起きていたので]さらなる暴動が起きるのを防ぐために、強い態度を示すように」と、私が(看守役の学生に)告げました。「ただし、暴力を用いることは許されていない」と伝えました。間接的に、心理的な力を使うことを許可したのです。5日間のうちに、囚人役のうち5人が情緒的な衰弱状態に陥りました。

(アブグレイブで)蔓延した、状況が及ぼす影響力――人間性の喪失、個人の責任の欠如、監視体制の不備、反社会的行為の容認といったものは、スタンフォード監獄実験の場合と類似しています。極端な所まで行ってしまったという程度の差はありますが。

ルワンダでも、ナチ時代のドイツでも、クメール・ルージュでも、悪の状況が実際に生じている現場では、いつもこうしたことが起こります。

WN:しかしアブグレイブでは、誰もがその状況に同じような反応を示したわけではありませんね。同じ状況下で、邪悪な行為に手を染める人と、内部から告発する人がいるわけですが、何が違いを生むのでしょうか?

Zimbardo:その人について知っていることに基づいて、勇敢な内部告発者になるか残忍な看守になるかを予測できるような答えが出せるわけではありません。(あのような)状況下に置かれたとしても、自分ならいつもの思いやりと共感をもって対処する、と人は思いたいのですが、どうなるかはわかりません。

スタンフォード監獄実験を指揮したとき、私は囚人役たちの苦しみにまったく無関心でした。監獄長としての私の仕事は、看守に焦点を合わせることだったからです。

(実験の)中心となって(科学的に)研究する立場にいた私の仕事は、すべての被験者に何が起きているか気を配ることでした。被験者全員が、実験をコントロールする私の手の中にいたからです。しかし、いったん監獄長としての役割に意識が切り替わると、私は別人のようになりました。信じがたいことですが、私は変容したのです。[精神錯乱状態に陥る者が発生、禁止されていた暴力も開始など危険な状態になったが、状況に飲まれて実験が続行された詳細はこちらなど]

WN:アブグレイブ刑務所の看守が、現役の兵士ではなく予備兵だったことは、何らかの違いをもたらしたと思いますか?

Zimbardo:2つの点で大きな違いを生み出しました。まず、看守は任務のための特別な訓練を受けておらず、戦闘区域に行く訓練も受けていませんでした。次に、戦闘区域の陸軍予備兵は、軍隊の階級組織の中でいちばん下位の集団として扱われます。彼らは本物の兵士ではなく、そのことを自覚しています。アブグレイブ刑務所において、陸軍予備兵の憲兵より下に位置するのは収容者だけでした。

WN:それはつまり、無力感を抱いている人が、ほかの誰かを支配する力を握った、ということなのでしょうか?

Zimbardo:そうです。苦痛を受けた者が苦痛を与える側になるわけです。ナチの強制収容所で、囚人長を務めるユダヤ人がナチ以上に残虐だったのは、自分が現在の地位に値する人間だと証明する必要があったからです。

WN:あなたは、邪悪な行為を予防する方法は「ありふれた親切」を教えることだと言っておられますね。つまり、普通の人々がすばらしい道徳的行為を行ない、模範を示すような社会にするという話ですね。どうすればそれは可能なのでしょうか?

Zimbardo:ある種の事柄について、それは道徳的に間違っていると同意が形成できるのであれば、ひとつの対抗手段は子供たちを教育することです。子供たちに英雄的な精神や英雄的な想像力について考えさせる、5年生から始めるプログラムがいくつかあります。

英雄というものは、ほかの誰かのため、あるいは何らかの原則のために行動するものですが、一方で、社会の流れから逸脱することにもなります。集団というものは常に、「そうしてはいけない」「勝手なことはするな」と言い続けているものだからです。もしあなたが[エンロン社の不正に関与した会計事務所]米Arthur Andersen社の会計士だとしたら、不正に手を染めている連中がみな、「おい、仲間らしくしろよ」と言ってくるのです。

いつの時代も英雄は、英雄的に振る舞うべき決定的な瞬間に、群衆から離れて異なったことをするのです。しかし、英雄的行為にはリスクがついてまわります。内部告発者は、解雇されたり、昇進をふいにしたり、つまはじきにされたりします。英雄は、そんなことは問題ではない、と言わなければなりません。

英雄は孤立しているより、何人か集まったほうが効果的です。1人や2人だと体制から追放される恐れがあります。しかし3人集まると、抵抗を始めることが可能です。

個々が「自分は英雄だ」と考えて、他の人やなんらかの原則のために行動する適切な状況がやってくることを待つことも重要ですが、それだけではなく、「ともに英雄的行為に加わってくれるよう、ほかの人たちにも影響を与えるスキルを学ぼう」としてくれることを、私は奨励しようとしているのです。

[日本語版:ガリレオ-緒方 亮/福岡洋一]

WIRED NEWS 原文(English)
http://matome.naver.jp/odai/2142228869136779201

【心理学】権力が人格を破壊する!?【閲覧注意・スタンフォード監獄実験】
スタンフォード大学で行われた心理学の実験、スタンフォード監獄実験についてまとめました。被験者のみならず監獄長であったシンバルド博士でさえも徐々に変容し、実験に飲み込まれていく様が恐ろしいです。

更新日: 2015年02月25日


nickeltankさん









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スタンフォード監獄実験って何?










GettyImages







スタンフォード大学心理学部で、心理学者フィリップ・ジンバルドの指導の下、地位や権力を与えられることで、普通の人間でもその役割によって行動が変化することを証明しようとした実験。
スタンフォード大学地下実験室を改造した監獄で2週間にわたって実験が行われる予定だったが、6日で中止となってしまった。







新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた被験者21人の内、11人を看守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を作って演じさせた。



出典
スタンフォード監獄実験 - Wikipedia



















その結果、時間が経つに連れ、看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるという事が証明された。



出典
スタンフォード監獄実験 - Wikipedia



















監獄実験の準備









出典
enigma-calender.blogspot.jp







実験をより効果的なものにするために、ジンバルドーが凝らした工夫です。







(囚人役の)被験者には知らせずに、本物のパトロールカーで実際の警察官が、被験者を自宅逮捕して実験室に送り込むと言う方法を使う。



出典
スタンフォード監獄実験(1971年)|いつかどこかで



















看守役の被験者には(軍事色の)制服と、「権威」を表す棍棒を与える。
看守役の被験者の非個人化を図るため、ミラー式のサングラス着用を支持。



出典
スタンフォード監獄実験(1971年)|いつかどこかで



















監獄実験中に何が起こったのか?









出典
blog.goo.ne.jp







時間が経つにつれて、看守役の受刑者に対する暴力が見られるようになってきた。







例えば、初日の夜から囚人を午前2時半に起こして腕立て伏せを命じたり、2日目の朝に囚人が反抗したときに看守は消火器を噴射してそれに対抗したりしました。



出典
「スタンフォード監獄実験」はかなりヤバイ!!|MBAによるキャリアチェンジへの挑戦











誰かの指示ではなく自ら罰則を与え始めたそうです。







実験が進むにつれて、より看守たちは残酷になり、頭から紙袋をかぶって行進させたり、トイレを素手で掃除させたりしていきました。



出典
「スタンフォード監獄実験」はかなりヤバイ!!|MBAによるキャリアチェンジへの挑戦



















反抗した囚人の主犯格は、独房へ見立てた倉庫へ監禁し、その囚人役のグループにはバケツへ排便するように強制され、耐えかねた囚人役の一人は実験の中止を求めるが、ジンバルドはリアリティを追求し「仮釈放の審査」を囚人役に受けさせ、そのまま実験は継続された。



出典
スタンフォード監獄実験 - Wikipedia






















29:01




YouTube


The Stanford Prison Experiment Zimbardo ...


スタンフォード監獄実験のドキュメンタリーです。実際の映像もあります。(英語)







最終的には禁止事項とされていた暴力が開始されるまでになってしまったのです。
そして2名の囚人役が精神に異常を来したため離脱する事態となります。



出典
世界の未解決問題 – スタンフォード監獄実験



















この間、不可解であったのが、参加者の家族や友人が自由に刑務所を訪れて実験の様子を見学し、参加者と接見する機会があったにもかかわらず、参加者のうちの誰も外部の人間に本音や助けを求めることをしなかったという事実です。



出典
世界の未解決問題 – スタンフォード監獄実験



















監獄実験は6日で中止に









出典
www.geocities.co.jp















当時ジンバルド博士の恋人であった大学院生、クリスティーナ・マスラシュが刑務所を訪れたとき、実験は突然の結末を迎えた。彼女は監房を見て回るなり、その悲惨な実態を敏感に察知して博士に強く抗議したのである。



出典
X51.ORG : 情況の囚人 ― 1971年”スタンフォード監獄実験”とは











これが理にかなったものだったからなのか、ただ単に彼女の申し出だったからなのかは分かりませんが、ジンバルド曰く”訪問者のうち唯一、そしてはじめて中止を求めた”ということで中止としたそう。







牧師がこの危険な状況を家族へ連絡、家族達は弁護士を連れて中止を訴え協議のすえ6日間で中止された。しかし看守役は「話が違う」と続行を希望したという。



出典
村野瀬玲奈の秘書課広報室 人に権力を持たせる時に気をつけなければいけないこと (スタンフォード大学の社会心理学実験から)



















後のジンバルドの会見で、自分自身がその状況に飲まれてしまい、危険な状態であると認識できなかったと説明した。ジンバルドは、実験終了から約10年間、それぞれの被験者をカウンセリングし続け、今は後遺症が残っている者はいない。



出典
スタンフォード監獄実験 - Wikipedia











10年間もカウンセリングをしなければならないほど、囚人役は精神が衰弱していたのですね。この実験はひどく批判を浴びたようです。







スタンフォード監獄実験から得られたもの









出典
blogs.yahoo.co.jp















これら実験の結果がその倫理性をよそに、確かに興味深いものだったことは、また否定しがたい事実である。博士らが実験から得たひとつの結論とは、即ち、人はある集団や、環境、社会的情況下において、”驚くべき迅速さ”でその中に適応しようとし ― あたかも情況の囚人として ― その役割を自ら演じてしまうということであった。



出典
X51.ORG : 情況の囚人 ― 1971年”スタンフォード監獄実験”とは



















これら実験が提示したひとつの事実とは、ある集団の中の個人が、その個人的性質、行動傾向よりなお、情況下における命ぜられた(または自任した)集団内の役割を ― 意識的にせよ、無意識的にせよ ― 優先し、時にそれが恐ろしい結果を引き起こすことさえままありうるということである。



出典
X51.ORG : 情況の囚人 ― 1971年”スタンフォード監獄実験”とは











もちろん日常生活でも起こり得ることで、「いじめの構造」とも似ているところがあります。







悪しきシステムはいつも、善良な人間を打ち負かす



出典
「スタンフォード監獄実験」の逆は実行できるか | グレッグ・マキューン/HBRブログ|DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー











この実験の教訓ともいえるでしょう。







ジンバルド博士も人格が変貌していっていた









出典
plaza.rakuten.co.jp







この方がジンバルド博士。







スタンフォード監獄実験を指揮したとき、私は囚人役たちの苦しみにまったく無関心でした。監獄長としての私の仕事は、看守に焦点を合わせることだったからです。



出典
人が悪魔になる時――アブグレイブ虐待とスタンフォード監獄実験(2) « WIRED.jp



















(実験の)中心となって(科学的に)研究する立場にいた私の仕事は、すべての被験者に何が起きているか気を配ることでした。被験者全員が、実験をコントロールする私の手の中にいたからです。



出典
人が悪魔になる時――アブグレイブ虐待とスタンフォード監獄実験(2) « WIRED.jp


しかし、いったん監獄長としての役割に意識が切り替わると、私は別人のようになりました。信じがたいことですが、私は変容したのです。



出典
人が悪魔になる時――アブグレイブ虐待とスタンフォード監獄実験(2) « WIRED.jp











精神が衰弱する者や、禁止されていた暴力が見られるようになっても、状況にのまれて実験は続行されました。

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被験者のインタビュー








6:48




YouTube


Zimbardo shows how most evil comes from hierarchy ...


囚人役、看守役の会話が印象的です。










9:38




YouTube


フィリップ・ジンバルド -普通の人がどうやって怪物や英雄に変貌するか1 - YouTube


ジンバルド博士のTED講演です。日本語訳付き。







The Stanford Prison Experiment: A Simulation Study of the ...


http://www.prisonexp.org/


Welcome to the Stanford Prison Experiment web site, which features an extensive slide show and information about this classic psychology experiment, including parallels with the abuse of pri...










X51.ORG : 情況の囚人 ― 1971年”スタンフォード監獄実験”とは


http://x51.org/x/06/04/2439.php


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プリズンブレイク番外

スタンフォード監獄実験とは?


X51.ORGより引用


発端
1971年、米海軍は海兵隊刑務所で相次ぐ問題解決の為に、ある実験を準備し、資金を調達した。
実験はスタンフォード大学の心理学者フィリップ・G・ジンバルド博士を中心に組織され、同大学の講堂を刑務所に仕立て、模擬的な刑務所シュミレーションを行うというものだった。
新聞広告によって集められた心身共に健全な被験者らは、無作為に囚人と看守に分けられ、実際の刑務所とほぼ同じ環境の中で、二週間を過ごすことが予定された。
しかしこのとき、まさかこの実験が後々まで問題となる大きな事件になろうとは、その時、被験者も研究者も、誰一人想像だにしなかったのである。

実験
実験に参加した被験者は皆楽観的な気分だった。単に囚人、看守の服に着替えて刑務所風の質素な生活をし、報酬までもらえるユニークな実験といった程度の認識だったのである。
そして研究者もまた、幾らかの騒動さえ期待したにせよ、さほど大きな問題は起こらないだろうことを予想していたのだ。
しかし実験を開始して間もなく、事態は一変した。囚人役の被験者らは心理的に追い込まれて服従的になり、看守役の被験者もまた支配者として、虐待行為を開始した。
講堂内では暴動やハンガーストライキ(絶食などによる抗議行動)、虐待行為が相次ぎ、スタンフォード大学の講堂は実験開始からたった一週間足らずで、あたかも本物の刑務所と化してしまったのである。そしてこれら問題により、実験は予定期間の半分にも満たぬまま中止され、研究者らの間には大きな疑問だけが残された。
それは一体何故、単なる模擬的刑務所環境が、かくも短期間で、本物の刑務所さながらの情況へと変貌してしまったのかということである。

実験を終えた研究者らはこの事件を分析し、まず一連の問題の原因が、少なくとも集められた被験者の性質によるものである可能性を除外した。
何故ならば、そもそも実験に参加した24人の被験者は、新聞広告の募集によって集められ、選りすぐられた70名の被験者候補者の中から、更に情緒的安定性を基準にして選考された心身共に健全な人々だったからである。
更にまた、囚人と看守役はそれぞれ全く無作為に、コイントスによって決定された。
つまり役割の選考においても何らかのバイアスがかかっていたとは考えにくかった。

ジンバルド博士が実験に際し、より刑務所に近づける為に、様々な”工夫”を凝らしたことは事実である。
例えば囚人側の人々にはそれぞれID番号が与えられ、実験期間中、互いに番号で呼び合うことが義務づけられた。
囚人に与えられた衣服も質素なもので、それは着心地の悪い綿の一張羅に、ゴム草履、そして頭にかぶる為のストッキング(かぶることで頭を剃髪したように見せるため)といったものだった。
また一部の囚人は、更に手足を鎖で繋がれた者もいた。一方、看守役の人々にはカーキ色の制服と木製の警棒が与えられ、囚人を威嚇することが許可されていたが、暴力はもちろん禁止されていた。
更に大きな反射型のサングラスをかけることで、匿名性を確保し、囚人と目が合わないようにするといった工夫もなされていた。

暴動
実験初日はまず囚人役の人々が自宅から刑務所へと連行されるところから始められた。
この連行には実際にパロ・アルト市警が協力し、囚人役の人々は強盗容疑の罪を負った犯罪者という設定で、パトカーに乗せられ、刑務所へと連行されたのである。
そして彼等が刑務所に到着すると、通常の刑務所と同様に、まず衣服を強制的に脱がしてシラミ除去の消毒を受けさせ、囚人服とID番号を与えた。

そして一日目はまるで穏やかにすぎたが、実験二日目、早くも事件が発生した。
囚人らは監獄内で看守に対して些細なことで苛立ちはじめ、やがて暴動を起こしたのである。彼等はストッキングと張られた番号をはぎ取り、ベッドを立てて監房の内側からバリケードを作った。
そして看守らはこの事態を重く見、補強人員を呼んで、問題解決にあたった。
しかし暴動は一向に収まらず、最後には囚人に向けて消火器を発射して怯ませ、その隙に監獄内に突入、全員を裸にした上で、暴動を主導した人物らを独房へと送ったのである。

更に看守らは今後の暴動を抑止するために心理的攪乱作戦を開始した。
まず暴動に関与していない囚人のグループを”良い”監房へ収容して彼等を丁重に扱い、そして関与した囚人のグループを”悪い”監房へと送り、過酷な扱いを行うことにしたのである。
そして半日程が経過すると、今度は一部の囚人を、理由を教えずにそれぞれ交代させ、囚人らを混乱に陥れた。
つまりこの交代によって悪い監房に残された囚人らは、良い監房に移動した囚人が看守に何らかの密告を行い、その褒美で良い監房へと格上げされたのではないかと推測したのだ。
そしてこの巧妙な看守側の作戦は見事に功を奏し、たった二日目にして、看守と囚人の間のみならず、囚人内部でさえ、対立が発生した。

しかしこれも、その後に続く事件へのほんの始まりにすぎなかった。
看守らははじめの暴動に肝を冷やし、囚人の反抗を恐れた余り、それ以降、必要以上に加虐的になったのである。
一時間ごとに全員を整列させて員数調査を行うことを決定し、その都度、態度の悪い者に体罰(腕立て伏せなど)を課した。
また一部の囚人の入浴を禁止し、トイレを監房内のバケツにさせるといった嫌がらせも行われた(看守らはそれを捨てることを拒否し、囚人らに一層のストレスを与えた)。
また時には全員の前である囚人を裸にし、滑稽な真似をする命令を与えて恥をかかせたり、夜には監視カメラを切って(実際には研究者によって別の隠しカメラで監視されていた)虐待を加えたりといったように、看守側の行動は徐々にエスカレートした。

X51.ORGより引用
-続き-


服従と支配
そして実験二日目にして、とうとう一人の囚人が精神的に衰弱し、実験からの途中離脱を求めた。
しかし驚くべきことに、この段階で既に、看守らは自分達の役割を極めて真剣に自認しはじめていた。
彼等はその囚人を解放させまいとして”男は衰弱したように見せかけて、ウソをついているに違いない”と、研究者らに話して男を離脱させることに反対したのである。
そしてこの事態を知った囚人らは、いよいよ看守側に憤慨した。
彼等はもはやこの”刑務所”から逃げ出すことが出来ないと確信し、再び大きな暴動を引き起こしたのである。
この暴動を危険視した研究者らはようやくその男性を解放することを決定したが、しかし残された者達もひどく精神的に不安定になり、自己制御不能に陥いって泣き叫ぶ者も現れはじめた。
そして他にも多くの囚人が途中離脱を申し出たが、それらはやはり看守によって拒絶された。
もはや囚人側の被験者が、実験に協力する意志がなく、実験参加による報酬も要らない、と研究者らに申し出たにも関わらずである。

これらの事件が起きる最中、独房においても幾度かの単発的な反抗が発生したが、それは最初の暴動のような、組織的なものには発展しなかった。
また途中から入獄したある被験者(彼は途中まで予備の囚人として待機していた)は、看守の態度を知るなりすぐにハンガーストライキを行ったが、逆に罰として真っ暗な独房へと押し込められ、数時間をそこで過ごすことを強要された。
そして看守らは他の囚人らに対して、彼を独房から出す交換条件として毛布を渡すこと、より粗末な囚人服に着替えることなどを要求したが、囚人らはそれを拒否し、結果、更なる囚人間の対立を生んだ。
そして最終的には、ジンバルド博士自身が仲裁に入り、看守らの反対を押し切って彼を独房から救出したのである(実験のルールとして独房内に押し込められるのは一時間を限度とすることが定められていた)。

しかしこれら実験において不可解であったのは、時折、実験中の施設を被験者の家族や友人といった見学者が訪れて、実験の様子を見学していたにも関わらず、彼ら訪問者の誰もひとりとして、刑務所内で起きている問題に気づかなかったということである。
ある時には牧師が施設を訪れ、監房を回って一人一人面会を行ったが、やはり目立った苦情はなかった。

これが一体いかなる為か、真相は定かではない。
つまり囚人側は、実験と関係のない外部の人間に対しては、本音を漏らすことや助けを求めることは恐らく可能であったにも関わらず、そうしなかったのだ。
また例えば、看守側の人間が決してそうした苦情をもらさないよう、囚人側に命令していた(例えば苦情を漏らした場合は、面会後に体罰を加えるといったように)としても、何も囚人側はそれに盲目的に従う必要はなかったはずである(何故ならば彼等は涙を流してさえ、途中離脱を訴えたのだ)。
しかし彼等がそうしなかったのは、恐らく看守の仕打ちを恐れたためであり、それは即ち、彼等の間で実験という枠組みを超えて、看守と囚人という主従関係が、強固に成立していた事を示唆していると言える。
つまりこの段階で、既に囚人側の被験者はあたかも本物の囚人のように従順な服従者へと変貌し、そして看守側もまた、日を追うごとに自分たちの”責任”に対して真摯になり、彼等囚人を決して釈放(=途中離脱)させまいと、支配的に、さながら本物の看守へと変貌していたのである。

情況の囚人
しかし実験開始から六日目、当時ジンバルド博士の恋人であった大学院生、クリスティーナ・マスラシュが刑務所を訪れたとき、実験は突然の結末を迎えた。
彼女は監房を見て回るなり、その悲惨な実態を敏感に察知して博士に強く抗議したのである。
彼女の抗議に対し、ジンバルド博士がすぐに対処したのは、彼女の主張が理にかなったものであると判断したからなのか、あるいはまた彼女が博士にとって恋人であった為であるのか、定かではない(彼女は現在ジンバルド博士の妻である)。
しかしいずれにせよ、博士によれば”訪問者のうち唯一、そしてはじめて中止を求めた”彼女の要請により、実験は遂に中止されたのである。

後にこの実験は”残酷な人体実験”とさえ呼ばれ、その倫理性 ― 看守の暴力を研究者は何故放置したのか ― 、そして実験方法の根本的欠陥 ― 研究団は完全に公平な立場であったのか、被験者は本当に”正常”であったのか、人選にバイアスがかかっていたのではないかといった ― を巡って、博士らは多くの批判を浴び、参加者の間にも大きな遺恨が残された。
それ故、この実験が人間の行動モデルを研究する科学的研究成果として、果たして一般化しうるものであるのかどうか、今なおその評価は分かれている。
例えば近年にも、米軍のアビ・グライブ基地において発生したイラク人捕虜虐待の問題を巡って、擁護側が集団内で発生する暴虐の事例としてこの実験結果を提示し、物議を醸した事は記憶に新しい(つまり兵士等の暴虐行為は、情況が生んだものだったという主張である)。

しかしいずれにせよ、これら実験の結果がその倫理性をよそに、確かに興味深いものだったことは、また否定しがたい事実である。
博士らが実験から得たひとつの結論とは、即ち、人はある集団や、環境、社会的情況下において、”驚くべき迅速さ”でその中に適応しようとし ― あたかも情況の囚人として ― その役割を自ら演じてしまうということであった。
事実、実験開始前、全く”正常”であった囚人側被験者達は、精神的に衰弱すると、すぐに卑屈に、服従的になり、心身共に監獄の中に捕らえられてしまった。
そして同じく”正常”な看守側の人々もまた、囚人達の暴動を警戒するあまり、権力を必要以上に誇示し、囚人の衰弱ぶりにも気を留めず、支配者として加虐的にエスカレートしていったのだ。

つまりこれら実験が提示したひとつの事実とは、ある集団の中の個人が、その個人的性質、行動傾向よりなお、情況下における命ぜられた(または自任した)集団内の役割を ― 意識的にせよ、無意識的にせよ ― 優先し、時にそれが恐ろしい結果を引き起こすことさえままありうるということである。
そしてまた、これが刑務所や戦争という特殊な情況下に限られた出来事であり、我々の日常生活にはまるで無関係な話であると、一体誰に断言することができるだろうか。


-終わり-
当記事はX51.ORGより引用させて頂いております。
記事内に着色した他はほぼ原文のままです。素晴らしいレポートを作成して下さった[X51.ORG]様に感謝とお礼をこの場をお借りしてお礼申し上げます。

http://www.crow404.com/2015/07/StanfordPrisonExperiment.html

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『スタンフォード監獄実験』再び映画化、3作のトレイラーを見比べてみる

公開日: 7/18/2015 映画 心理学
心理学史上もっとも有名な実験の一つである「スタンフォード監獄実験」が再び映画化された。三作のトレイラーを見比べて、「悪の心理学」を学ぶ。被験者へのその後の影響は?

スタンフォード監獄実験
「スタンフォード監獄実験」とは、スタンフォード大学で1971年にフィリップ・ジンバルドーの指揮のもとに行なわれた心理学実験である。普通の人々が、ある役割を与えられると、それに合わせて行動も変化するということを証明しようとして実施された。スタンフォード大学の地下実験室が監獄に改造され、新聞広告等で21人の被験者が集められた。そして、11人を看守役に、10人を受刑者役に分け、2週間に渡って、それぞれの役割を演じてもらおうという計画だった。実験が始まると、ジンバルドーが当初想定していたこと以上のことが起こったのだった。いったい何が起こったのだろう?





ジンバルドーはよりリアルな状況で実験を行なうために、パトカーを用いて囚人を逮捕して指紋を採取し、脱衣させてシラミ駆除剤まで散布したという。そして、番号のついたスモックを着用させた。囚人役はこれ以降、名前ではなく番号で呼ばれることになる。足首には鎖まで巻かれていた。

看守役は警棒を持ち、表情が読まれないようにサングラスを着用した。

時間が経過すると、ジンバルドーが期待したように、看守役はより看守らしく、囚人役はより囚人らしくふるまうようになっていった。看守役は自ら囚人役に罰則を与えはじめ、反抗的な囚人を独房に監禁したり、バケツへの排便を強要するようになった。

これはかなわないと囚人役のひとりが実験の中止を求めたが、ジンバルドーは実験を続行した。精神的に錯乱する囚人が出たり、看守が囚人に暴力をふるうようなことまで起こってきたため、経過を目撃した牧師が家族に連絡し、弁護士を通じて実験の中止が要求された。当初2週間の予定だった実験は6日間で中止されたという。

ジンバルドー自身が、実験がつくり出した異様な雰囲気に飲み込まれてしまい、冷静に状況を判断することができなかったのだと後に語っている。

この実験は、人間の良心や道徳心というものが、状況によって容易く変質してしまうということを証明したという意味で、人々に大きな衝撃を与えた。


映画になった心理学実験
これまで『es[エス]』 (2001)、『エクスペリメント』(2010)などの映画が製作されている。後者は、esのリメイク版だったと思う。

今回で、たぶん3度目の映画化だ。


The Stanford Prison Experiment Trailer 1 (2015) Ezra Miller Thriller Movie HD [Official Trailer]
公式サイト

ついでにこれまでの2作のトレイラーも観てみよう。

一つ目は、『es[エス]』(原題は、"Das Experiment")。『エス』というのは日本語のタイトルだが、これは精神分析用語で、無意識下の欲求や本能的エネルギーを表す言葉だ。



続いては、2010年にリメイクされた『The Experiment』。


悪の心理学
次の動画はTEDでジンバルドー自身がスタンフォード監獄実験と「ルシファー効果」と彼が名づけた現象について語っている。「悪の心理学」というタイトル。イラクのアブグレイブ刑務所で行われていたという虐待などにも触れられている。




スタンフォード監獄実験:40年後
追記。
映画公開に伴って、特集記事などがちらほら目に入ってくる。

The Stanford Prison Experiment A Closer Look at Zimbardo's Infamous Prison Study

こちらには、実験から40年経ってのふりかえりが。

2011年に「Stanford Alumni Magazine」がスタンフォード監獄実験の40周年特集を組んだそうで、ジンバルドーや、実験への参加者へのインタビューが行なわれた。

囚人役として参加していたリチャード・ヤッコさんは、現在、公立校の教師をしている。彼は実験についてこのような洞察を述べた。

この実験で興味深いと思うのは、もし社会があなたに何かの役割を割り振ったとしたら、その役割性格を当たり前のものと思い込むのかどうかってことなんだ。私はオークランド市内の高校で教えている。子どもたちはこのような実験に行って恐ろしい出来事を見る必要なんてない。けれど、同僚や私をがっかりさせるのは、せっかく子どもたちにたくさんの素晴らしい機会があるのに、私たちがサポートしているのに、なぜ彼らはそれを利用しないんだろうってことだ。どうして学校を中退するんだろう? 準備もせずに学校に来るんだろう? 監獄実験がその理由を示してくれていると思う。彼らは、社会によって与えられた役割に落っこちてしまったんだ。
スタンフォード監獄実験に参加したことは、私が生徒たちと共有できることだ。この実験は私が10代のころの人生の中の一週間にすぎないけれど、今でもここにある。40年経った今でも、この実験は社会に十分なインパクトを与える何かを持っているし、興味深い物だ。人生を決めるような決定的な瞬間になるようなことに踏み込もうとしているってことは、そのときには決して分からないものなんだ。
http://toyokeizai.net/articles/-/85106



あなたの隣にいる「普通の人」が悪魔に変わる

「ルシファー・エフェクト」から分かること

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仲野 徹 :HONZ





2015年09月19日
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あなたの隣の普通の人だって悪人になる(写真:Graphs / PIXTA)

「あなたも悪魔になってしまう可能性がある」と言われても、自分は大丈夫だ、と思う人がほとんどだろう。しかし、この本を読めば考えが変わるに違いない。いや、この本を読んで考えを変えたほうがいい。

1971年に行われた「スタンフォード監獄実験」の責任者フィリップ・ジンバルドーが、その全貌とその後の展開を著した本『ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき』だ。きわめてシンプルな実験である。夏休みに大学生のアルバイトを募り、くじ引きで看守役と囚人役に振り分ける。そして、2週間にわたってスタンフォード大学心理学部の地下に設けられた模擬監獄に閉じ込める。目的は、刑務所における囚人と看守の心理状態の観察。

正常な学生が集められ、始まった実験


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参加したのは、専門家によって心理的・精神的に正常であると認められた大学生。くじ引きで囚人に9名が、看守に9名が割り振られた。看守は3名ずつが3交代で「勤務」にあたる。かなり高度とはいえ、いわば「監獄ごっこ」である。なんだそんな実験か、と思われるかもしれない。しかし、この実験は責任者のジンバルドーでさえ予想もしなかった展開を見せる。

運営はかなりリアルで、逮捕は本職の警察官に依頼された。日曜日、囚人になる学生の住居までパトカーがやってきて、ほんとうに手錠をかけられ、監獄へと移送される。そこで全裸で身体検査をうけ、囚人服を着せられる。そして、囚人たちは名前でなく番号で呼ばれることになる。人間としての尊厳が奪われ、名前も消し去られるのだ。一方の看守役学生にも匿名性をあたえるため、サングラスの着用が義務づけられる。学生たちは広告で集められているので、お互いに面識はない。

恐ろしいことに、2日目には早くも、囚人には囚人らしさが、看守には看守らしさが身についてしまう。囚人は従順に、看守は強権的になったのだ。監獄の運営には、看守のシフトや食事の与え方など、いくつかのルールが決められているが、細かなことまでは決められていない。ただし、ひとつだけ重要なルールがあった。当然であるが、看守は囚人に暴力はふるってならない、というルールだ。


音量にご注意下さい

もちろんそのルールは守られた。しかし、暴力以外の嫌がらせが始まり、それが、あっという間に虐待といっていいレベルになっていった。点呼の際などに、ばかばかしいと思われるような命令をする。それに従わない、あるいは、うまくできなかった場合には腕立て伏せなどの体罰に処す。さらに、施設のスペースを利用して独房を作り、そこに放り込む。食事を与えない、などのルールを看守たちが自主的に決めて実施していく。

囚人役の学生たちは、あっという間に囚人らしく従順になってしまったが、軽い気持ちで参加したアルバイトなのに過酷すぎるという苦情が出る。そこで、「仮釈放」のためのインタビューが行われた。しかし、アルバイトから離脱する権利は与えられていたにもかかわらず、誰もそれを申し出ない。それどころか、インタビューが終わると、命じられずとも、手錠をかけてもらうように自ら手を差し出すような従順さが身についてしまっていた。

看守役もエスカレート

囚人役が囚人らしくなっただけではない、看守役もどんどんエスカレートしていく。ハンガーストライキをする囚人が現れ、それを改めさせるため、ほかの囚人に過酷な連帯責任を命じ、囚人たちに性的な行為を真似させるようにまでなっていく。

面会に来た家族まで、頼まれもしないのに、きちんと囚人の家族を演じる。心理的に不安定になって4日目にドロップアウトした囚人役学生の代わりに、あらたな囚人として監獄の様子をさぐるためのスパイが送り込まれた。しかし、そのスパイも役割を忘れて、あっという間に囚人たちに同化していく。それどころではない。ジンバルドーさえも実験に内在化されていく。

監獄の様子はモニターされていたので、ジンバルドーは状況のほとんどを把握していた。通常ならば、ドロップアウトするような心理状況を呈する囚人が出現し、ほかの囚人たちのストレスが極限まで高まったのであるから、即刻中止すべきであったと述懐する。しかし、研究の進捗を優先し、そのような行為はとらなかった。心理学の専門家である責任者までが、監獄という状況に飲み込まれてしまったのだ。

結局、実験は6日目に中止されることになった。そのきっかけは、ある程度実験が進んだ時点で初めて見学にきた、ジンバルドーの恋人である女性心理学者だった。あまりにひどい状況に大いなるショックをうけ、即刻実験を中止すべきだと進言する。それがなければ、もっと継続され、大きな問題になっていたかもしれない。

うまく仕組んであったとはいえ、たかが模擬監獄である。囚人役とはいえ、罪など犯してはいないのだから我慢を重ねるような必要はなかった。虐待の首謀者であった看守役の学生は、監獄実験の最中でさえ、その役を離れたらごく普通の若者であった。客観的にはおかしいとしか思えないのだが、監獄というシステムに割り振られ、状況が徐々に悪化し続けていくと、このような信じがたい状態になってしまうのだ。
ジンバルドーは、自戒を込めながらも、一部の腐ったリンゴが周りを腐らせて、全体が悪くなっていくのではない、と力説する。腐ったリンゴを作りうる入れ物があって、その入れ物にある状況がもたらされれば、中にあるどのリンゴだって腐りうる。すなわち、誰であっても、システムと状況次第で悪魔になりうるのだと結論する。

監獄実験に続いて、これに似たような心理実験がいくつか紹介される。すぐにミルグラムの「服従実験」が思い浮かぶかもしれない。しかし、服従実験よりも監獄実験の方がたちが悪い。服従実験では、被験者が命じられた残酷な命令に従っただけだが、監獄実験では、看守役を割り振られた被験者自らが過酷な命令を作り上げていったのだから。

ついで、監獄実験と同じようなことが現実の世界で繰り広げられた例として、イラクのアブグレイブ刑務所で起こった米兵による捕虜虐待事件が紹介される。全裸の囚人が積み重ねられたピラミッドの横で明るくほほえむ女性兵士の写真など、おぞましい出来事の報道を覚えておられる人も多いだろう。

自分がその状況に置かれたら……

この事件は、ごく一部の異常な兵士が行った倒錯した行為であると報道され、多くの人もそう判断しているだろう。しかし、ジンバルドーの解釈は違う。アブグレイブで起きたことは監獄実験と同じである。すなわち、普通の兵士たちが、腐ったリンゴをつくってしまうような入れ物のなかで、望ましくない状況に置かれたためであると考える。そして、そう判断できる論拠を次々とあげていく。

あらすじを聞いただけでは半信半疑かもしれない。私だってそうだった。しかし、この本で細かく紹介されるそれぞれの学生や兵士たちのエピソードを読むと、自分だってそのような状況に置かれたらどうなることやらわからない、と、間違いなく納得させられるはずだ。

どうすれば、腐ったリンゴにならずにすむか、そして、どうすれば、腐ったリンゴを作り出すシステムや状況を改善させることができるかが最後に論じられる。その結論はハンナ・アーレントが考察した結果と同じだ。自分の頭で考えること。囚人たちは、思考が停止したかのように、外部のことが考えられなくなり、監獄、すなわち、自分たちが閉じ込められたシステムばかりにしか注意を払うことができなくなり、深みにはまっていったのだ。

考えてみると、われわれはすべて、国家や職場、家庭、その他いろいろなシステムに属している。慣れすぎていて気づかないが、はたしてシステムにリンゴを腐らせるような潜在的な要素はないだろうか。そしてそこに、何らかの拍子に、腐ったリンゴがうまれうる状況が訪れることはないだろうか。システムから一歩離れて、それぞれのシステムはおかしくないか、状況は大丈夫かを、つねに自分の頭で考えること、そして、おかしければ勇気を持って声を上げて行動することが必要なのだ。もちろん、決してたやすいことではないのであるが。

緊張感在る内容に引き込まれる


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この本、あちこちの本屋さんで平積みにされているが、買うには少し勇気がいるかもしれない。なにしろ分厚くて重い。800ページ超、厚さは普通の本に比して優に2倍はある。私とて、手にして一瞬たじろいだ。これだけ分厚いと持ち歩きもできないし、寝転んで読むこともできないではないかと。しかし杞憂であった。読み終わるまでの3日間、あまりのおもしろさに通勤中も手放すことができず、緊張感あふれる内容は寝転んだまま読むことなど許さなかったのだから。
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