中高年から始めらる敷居の低い格闘技は柔術BJJだけにあらず? 50代からのレスリング

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運動経験ゼロでも51歳でアマレスを始めたワケ

入不二基義・青山学院大学教授インタビュー






上木 貴博上木 貴博




上木 貴博











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2016年8月19日(金)

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 日経ビジネスの8月8・15日号の特集「どうした50代! 君たちはゆでガエルだ」では、元気をなくした50代男性の実像を浮き彫りにした。そんなゆでガエル世代において、「57歳の今が人生で一番強い」と言い切る人がいる。入不二基義・青山学院大学教育人間科学部教授だ。51歳から突然アマチュアレスリングを始めて、6年目の今年ついに公式戦で初勝利を挙げた。激しい鍛錬の末に、従来のメタボ体型は、体脂肪率8%という鋼の肉体に変化した。家族も安定した職もある男が、骨折や靭帯損傷に負けず戦い続ける理由とは――。

――競技を始めたきっかけを教えていただけますか。




入不二基義(いりふじ・もとよし)
1958年生まれ。東京大学大学院博士課程単位取得。専攻は哲学。青山学院大学教育人間科学部教授。主な著書に『あるようにあり、なるようになる 運命論の運命』(講談社)、『時間は実在するか』(講談社現代新書)、『相対主義の極北』(ちくま学芸文庫)、『哲学の誤読』(ちくま新書)など。青山学院大学レスリング部部長、全日本マスターズレスリング連盟理事も務める。(撮影:的野 弘路)

 50歳になった頃、太り気味だったので、自宅付近を走ってみたところ、5分で息が上がるような有様でした。そこで、ジムに週2回ほど通い始めました。半年後には1時間で10kmは走れるようになり、筋力もアップしました。そんな風に「まだまだやれるぞ」と思い始めていた時期に、当時高校2年生だった三男のキックボクシングの試合を妻と一緒に観戦に行ったんです。

 リング上で戦う息子を見ているうちに、血が騒いだというか、心に火が付きました。息子の勝利に歓喜しながらも、「私自身があそこに立ちたい」と強く思っていました。通っていたジムで、格闘技の動きを取り入れたエクササイズ(ボクササイズ)もやっていましたが、それでは物足りなかったのです。実際に相手とコンタクトしてリアルに戦ってみたいと思ったわけです。ただ、50代で始めるのにボクシングのような「打撃系」は危険かなと考え、最も基本的な組み技系の格闘技ということで、レスリングを選びました。子どもの頃から(テレビや会場での)プロレス観戦が趣味だったことも背景にあります。

――これまでにスポーツ経験はなかったのですか?

 ほぼ皆無です。中学・高校・大学を通じて運動部で活動した経験がなく、文芸部や演劇部に所属していた「文化系」の学生でした。ただ短距離走が得意で、中学では陸上部の選手よりも速かったですし、高校では100m走が12秒くらいでした。中学の時には相撲の県大会に駆り出されたこともあります。大相撲関係者が私の体をポンポンとたたきながら、「もっと大きかったら良かったのになぁ」と褒めてくれたことがありました。

 そんなわけで、本格的なスポーツ経験は皆無のままなのに「運動神経は悪くないだろう」という自己認識、もっと言えば「俺はやっていないだけで、やればかなりできるはず」という思い込みがありました。きちんと試していないからこそ、思い込みのまま残り続けたのでしょう。レスリングを「大人の部活」としてやることで、「思い込み」からようやく解放されました。

――レスリング道場の数自体はそもそも多くないし、中高年の初心者を受け入れてくれるところなんてよく見つけましたね。

 確かに調べてみたら、私が通えそうな道場・クラブは都内で3~4つしかありませんでした。五輪でもメダルを期待されるような裾野が広い競技なのに、「大人になってからやる競技」としてはマイナーだということでしょう。ただ、私が入会したクラブのコーチが「生涯スポーツとしてのレスリング」の普及に努めている方だったので、意外にも歓迎されました。運動経験が全くなく50代で始めたのは私だけでしたが。大人になってから始める人は、他の競技(ラグビーや体操など)や格闘技(柔道や総合格闘技など)を経験している場合が多いです。

――最初からこの競技を長く続けようと思っていたのですか?

 いやいや、挑戦してダメだったらすぐやめればいいと思っていました。ここまでハマったのは、初めて練習に参加した時に、いきなりスパーリングをやらせてもらえたことが大きかったです。最初は受け身や「型」の練習で終わってもおかしくないのに、ルールも理解していない私に、マジで取っ組み合うことの面白さを、教えてくれました。レスリングの快楽を最初に刷り込まれたわけです。

 後になって分かってくるのですが、初心者同士がガチガチになってスパーリングをやるのは危険でも、相手をするのが上級者ならば、初心者にスパーリングの面白さを体験させられます。レスリングは相手との密着度が高い格闘技ですから、その「皮膚接触」を通して、上級者が相手の力量を把握しつつ、その範囲内でレスリングをそれなりに成立させたり、その面白みを伝えたりすることが、比較的やりやすいのです。

――それにしても運動経験ゼロの51歳で、よくレスリングの練習をこなせましたね。

 最初の何カ月かは、週1回通うのが精一杯で、疲労回復に中6日が必要でした。上達すること以前に「練習についていけるようになる」が目標になりました。レスリングを始めて6年程経ちますが、30~40代の頃より57歳の今の方がスタミナもありますし、力も強くなっています。今ではレスリングに加えてブラジリアン柔術を含めて週3~4回、格闘技を練習しています。肉体がこの年齢でも進歩するなんて、想像もできませんでした。50代に入ってジム通いを始めた頃は、体重が約70キロ近くまで増えて腹部が醜くなり、体脂肪率も20%を越えていたと思います。それが今では、試合前だと(減量をするので)体重54.9kg、体脂肪率7~8%ですね。

 レスリングの練習に少々慣れてきた3年目に、私の勤務校である青山学院大学のレスリング部の太田浩史監督から、部の練習に誘ってもらいました。青学レスリング部は、学生チャンピオンやオリンピック選手を輩出している名門です。部員は中高生の頃からレスリングで活躍してきたエリートたちで、レスリング部OBでありヘッドコーチを務めている長谷川恒平さんは、全日本選手権5連覇を果たした、ロンドン五輪の日本代表選手です。いわば、アマレスの「プロ集団」なわけです。

 そんなハイレベルな世界に飛び込むのは恐怖でしたし、「レベルが違いすぎて迷惑なのでは」という気持ちもありました。それでもレスリングの魅力には勝てず、週に1~2回お邪魔するようになりました。私がこの大学の教授だからこそ可能になった幸運だったのです。私にとってはもちろんですが、学生にも新鮮な体験だったのではないでしょうか。

 彼らから見れば「素人」同然のおじさんが、大学のトップチームに混じって練習するわけです。ある学生は「見学か体験入部と思っていたら、一緒に同じ練習メニューを続けるのでびっくりしました」と話していました。彼らにとって私は完全に「異物」だったでしょうが、そんな異物に対して好奇心を持つ寛容な若者もいて、アドバイスをくれたり、スパーリングの相手を務めてくれたりします。今では部長職も引き受けていますし、「私がこの大学に来たのは、このためだったのだ!」とまで思っています。





2016年の全日本マスターズレスリング選手権で試合に臨む入不二基義氏

――レスリング経験は研究者、教育者としての本業にどのような影響を与えていますか?

 この6年間のレスリング体験とその考察を一冊の本にまとめているところです(ぷねうま舎から刊行予定)。研究者としての思考実践フィールドは拡大していると思いますが、書き終わってみないと分かりません。

 教員としては「専門領域から離れて新たな分野をゼロから学ぶ」という貴重な体験を積めました。考えてみれば、「教える側」に回って20年以上が経ちます。再び「教わる側」の視点にも立てることに意味があります。普段は講義などで教えている学生たちに、レスリング場では逆に教わりつつ投げ飛ばされたり抑え込まれたりしているわけで、「異分野間の双方向的な交流」が生まれているとも言えます。大学という場に相応しいコミュニケーションではないでしょうか(笑)。

――そこまで楽しいと、「30~40代で始めておけば」もしくは「学生時代にレスリング部に入っておけば」と後悔することはありませんか?

 レスリングを始めた当初、確かにそんな可能性について考えました。私の出身校である東京大学のレスリング部は一部リーグの強豪ではありません。ほぼ全員初心者からのスタートですから、ハードルは低い。運動部の経験はなかったとはいえ、私は大学時代にはジムで筋トレをしていましたし、先ほど話したように自分の運動能力に「思い込み」も持っていました。もともとプロレスファンだったから、始めていてもおかしくなかった。「もっと早くこの競技に出会いたかった」という後悔に近い感情も湧きました。

 しかし、今は少々違った考え方をしています。むしろ、大学時代ではなくて50代になって始めたからこそ、楽しめているのだと考えるようになりました。それは、先ほど述べた「思い込み」に関係しています。大学時代に始めていたら、強豪校の選手たちに同じ若さで出会い、その身体能力の圧倒的な凄さに直面して、思い込みは木っ端微塵に砕かれていたでしょう。

 自分が夢中になれる分野なのに、圧倒的にその才能が欠けていることを思い知らされたら、若いからこそプライドが傷つき、競技を辞めていたかもしれません。しかし、50代の私は強さや能力に関わる劣等という事実も冷静に受け入れられます。何より「楽しい」だけで続けられてしまうのです。「年齢ゆえの諦め」こそが、むしろ楽しむ自由をもたらしてくれます。

――怪我や減量は辛くありませんか?

 この6年間で骨折や靭帯損傷を複数回経験していますが、競技を辞めようと思うことは一度もありませんでした。「復帰できないかもしれない」と思ったのは、相手の技を防ごうとして腕が巻き込まれてしまって、靱帯を損傷したときです 。あらぬ方向に曲がった自分の左肘の映像が、回復後も脳裏から離れませんでした。その怖さからくるのか、もうレスリングはできないかもしれないと悲観的になりました。しかし、時間が経つと恐怖心は消えました。結局、レスリングをする快楽の方が勝ってしまうのですね。

 怪我はしない方がいいのはもちろんですが、それでもいろいろ学べる機会にもなります。どういうときにケガをしやすいのかを知ると、次に怪我をしないための実用知を蓄えられます。また、回復期のリハビリの「マイナスをゼロまで持っていく」と、普段のトレーニングの「ゼロをプラスに持っていく」の同型性は興味深いものがあります。右足首を骨折したときに松葉杖を使用していましたが、松葉杖は一種のトレーニング器具のようでもあり、大胸筋や上腕三頭筋が鍛えられました。

 レスリングは体重別の競技ですから、試合前の減量では、普段の61kgから55kg未満まで、1カ月かけて6kg以上落とします。これはデトックス(解毒)効果があるかなとも思いますし、試合と合わせて「イベント」「祭り」として楽しんでいます。しかし、体を絞りながら試合に向けて集中力を高めていく期間は、思考が哲学に向けにくくなって仕事に支障が出ます。試合参加は年2回くらいが限度かなと思います。

――奥さまは反対されないのですか?

 妻とは小学校1年生からの同級生で、19歳の頃に2人で一緒に住み始めていますから、とても長い付き合いです。小学生の頃の私がやっていた「プロレスごっこ」を大人バージョンで再開したと理解しているのではないでしょうか。レスリングを始めてから指の関節が太くなったために、結婚指輪が入らなくなってしまいました(笑)。

――何歳までレスリングを続けられそうですか?

 当初は「60歳までやれたら」と考えていましたが、どうやらこの目標は達成できそうです(今年11月に58歳)。だから、目標を上方修正しました。うちの大学の定年は68歳なので、そこまでは「現役のレスラー」でいたいですね。レスリングより寝技に制限がないブラジリアン柔術も1年ほど前から始めていますが、柔術の方が高齢になっても続けられそうな気がしています。今年1月、主に30代以上の男女が参加する全日本マスターズレスリング選手権大会のフレッシュマンズのクラス(社会人になって競技を始めた人が対象)で公式戦の初勝利を挙げることができて、銀メダルを獲得しました。次は優勝を狙いたいです。

――日経ビジネス8月8・15日号の特集「どうした50代!君たちはゆでガエルだ」では、入不二教授を含む現在の50代を「ゆでガエル世代」と捉え、多角的に分析しました。

 大学の教員という立場上、「最近の学生と20年前の学生はどう違いますか?」といった質問を受けることがあります。この質問に世代論の問題点が表れている気がします。違いを語ろうとする「私」の視点を棚上げしているからです。学生ではなく「私」が変わったから、「学生が変わった」ように見えているのかもしれないし、学生は変化しているのに、「私」が変わっていないから、「学生は変わっていない」と見えているだけなのかもしれません。語る側の視点やその動きなどを考慮に入れずに、対象の「世代」を固定的に語っても、あらかじめ自分の見たいものだけを見るために、世代論を利用していることにしかならならないでしょう。

 そもそも「世代(generation)」は、「生み出す(generate)」という産出的な言葉に由来しているのに、「世代論」における「世代」は固定化してステレオタイプ化してしまい、何かを生み出しつつある感じがしません。ある年齢や時代が切り取られて、一時的に固定化した名称が与えられたとしても、時の推移の中でその名称を裏切るような方向に変化していったり、別の新たな世代を生み出す動因になったりするからこそ、「ジェネレーション」なのではないでしょうか。

 「ゆでガエル世代」もまた、命名者である編集部の視線を裏切って、温泉に入ってリラックスした後の活力回復状態へと意味を変えるかもしれないです。「ゆでガエル」とは「急激な変化には対応できても、微細な常温変化には気づかずに死に至る」状態ですよね。たとえ変化にうまく対応できたところで、誰もが最後は死に至るのですから、「ゆっくりとそれと気づかずに死んでいく」ことは、それほど悪くないような気もします。
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