ゴジラ 本多猪四郎監督は、「真正面から戦争、核兵器の恐ろしさ、愚かさを訴える」と語りました。



http://www.museum.tokushima-ec.ed.jp/hasegawa/manyu/godzilla.htm


思想としてのゴジラ

(2000.11.11 徳島県立博物館土曜講座「ゴジラとウルトラマン-大衆文化の現代史-」のうち、ゴジラ関係部分の要旨に加筆)

 

世紀末大博覧会とゴジラ

 2000年秋、文化の森総合公園開園10周年記念企画展「世紀末大博覧会」が開催された。会場の入口に展示されたのは、ゴジラの着ぐるみ(vsビオランテバージョン)、第1作関係資料などである(写真参照)。ゴジラを展示したのは、そのキャラクター自体が現代史の所産であることに注目し、20世紀の象徴としての意味を込めていたのだが、その意図がどれほど認識されたかはわからない。



 

ゴジラ誕生

 怪獣ゴジラの誕生というべき映画「ゴジラ」が公開されたのは、1954年11月のことだった。

 ゴジラはもともと、深海で生き延びていた約1億4000万年前の恐竜だった。それが度重なる水爆実験によって眠りからさめ、水爆エネルギーを全身に充満させた巨大怪獣となって人類に襲いかかるのであった。この怪獣は、最初に姿を現した大戸島の伝説によって「ゴジラ」と呼ばれた。

 いまさらいうまでもないが、第2次世界大戦は核兵器という怪物を生み出した。戦後世界は、アメリカとソ連(いずれこの国が存在したことも忘却されるであろう)の対抗関係を基軸に動いた。いわゆる冷戦だが、そのもとで両勢力は相互に恫喝しあうかのように核兵器開発を推進した。こうした中で起こった悲劇が1954年3月の第5福竜丸被爆事件である。アメリカが太平洋のビキニ環礁で行った水爆実験により、日本のマグロ漁船第五福竜丸が被爆し、日本中に衝撃が走ったのである。日本にとってはヒロシマ・ナガサキに続く、3度目の核兵器による被害であり、これをきっかけに原水爆禁止運動が高まっていった。

 さながら核爆弾を体現したかのようなゴジラは、こうした核開発と反核のうねりのなかで登場したのである。「ゴジラ」のポスターには「水爆大怪獣」と銘打たれている。

 

ゴジラのリアリズム

 「ゴジラ」は怪獣映画だが、なかなか興味深い要素が多い。子ども向けの怪獣大暴れものと思うと、それは大きな勘違いとなる。試しに一度、「ゴジラ」を全編見ればよい。

 ゴジラに蹂躙された東京で、人はこんな台詞を口にする。

  「また疎開か」

 「また」には注目すべきである。1945年の敗戦から10年もたたないだけに戦争の記憶はまだ生々しかったはずだ。暴れるゴジラはアメリカ軍による空襲と対比されるに足るものだったと思われる。まさに生命を持って暴走する兵器ともいえる。

 女性がいうこんなことばもある。

  「早くおとうちゃんのところへ」

 夫はなぜ死んだのか。先に見たように、この映画がつくられた時代からすれば「戦死」かと思われる。

 さらに圧巻に感じるのは避難所の場面だ。荘重な音楽をバックに描かれ、戦争映画に出てくる野戦病院を彷彿させる。そこに集まった人たちのうめき、暗い表情。とても重い演出である。

 いくつか例示したことを通じていいたいのは、「ゴジラ」の背景としての戦争の影である。敗戦からほどない時期であるということはもちろんだが、冷戦と核開発競争、朝鮮戦争、すでに始まった日本の再軍備など、当時の日本を取り巻く状況は戦争への危機感を募らせるに足るもので、それが反映されているといえるだろう。「ゴジラ」が核批判を底流にした作品であるという評価は定着しているが、核をも含む「反戦」の思想を見出すべきであろう。

 なお、ゴジラはオキシジェンデストロイヤーという秘密兵器によって最期を遂げる。「水爆大怪獣」を超越する兵器の登場は、あたかも核抑止論のような発想である。その後の世界の流れを予見していたかのように思えてならない。

 

ゴジラのその後

 第1作公開の翌年、「ゴジラの逆襲」が公開され、1962年から1975年までシリーズとして13作が制作された。私が子どもの頃、夏休みには決まってゴジラ映画を柱とした「東宝チャンピオンまつり」があったことを覚えている。

 シリーズ化したゴジラは社会的リアリズムを失っていった。他の怪獣と戦う形態が定着し、「怪獣プロレス」と揶揄されるようなストーリーが定着した。息子ミニラが登場したり、地球の守護者として立ち回ったり・・・。

 それでも例外的に、社会性をもつ作品があることも事実である。「ゴジラ対ヘドラ」(1971年)は、当時深刻化してきた公害問題を背景としている。

 こうしてゴジラ映画は、1975年を最後に制作が途絶える。いったん、1984年に先祖帰りするかのように人類を襲う「ゴジラ」が公開され、1989年の「ゴジラVSビオランテ」以後、「平成ゴジラシリーズ」が始まる。怪獣同士の格闘はあるが、ここには批判精神が散見され、明らかにかつてのシリーズとは異なる。

 例を挙げると、生命倫理の重要性や行きすぎたバイオテクノロジーを批判する「ゴジラVSビオランテ」、バブル経済に驕り高ぶった日本を批判する「ゴジラVSキングギドラ」(1991年)、環境への関心の高まりを背景として環境破壊を批判する「ゴジラVSモスラ」(1992年)などがある。

 このシリーズも1995年でいったん終わり、期待はずれだったハリウッド版「GODZILLA」をはさみ、1999年から再びシリーズ化している。

 

おわりに

 ゴジラの登場から、平成ゴジラシリーズまでを通観したが、シリアスさとメッセージ性の明確さからいえば、原点というべき第1作を越えるものはない。不況と閉塞感に悩みながらも、すこしずつ軍靴の音が近づきつつあるように感じられる現代日本。それだけに「ゴジラ」が放つ輝きは今も褪せていないといってよかろう。

 

 


表1 関係年表







事項


1945

7

アメリカ、初の原爆実験に成功


8

広島に原爆投下


長崎に原爆投下


ポツダム宣言受諾


1948

5

ベルリン封鎖(~49.5)


1949

4

北大西洋条約機構(NATO)発足


8

ソ連、初の原爆実験


1950

6

朝鮮戦争(~53.7)


8

警察予備隊発足


1951

9

サンフランシスコ平和条約・日米安全保障条約調印


1952

10

イギリス、初の原爆実験


保安隊発足


11

アメリカ、初の水爆実験


1953

8

ソ連、初の水爆実験


1954

3

アメリカがビキニ環礁で水爆実験、第5福竜丸被爆


7

自衛隊発足


1955

5

ソ連・東欧7か国、ワルシャワ条約調印


8

第1回原水爆禁止世界大会


1957

5

イギリス、初の水爆実験


8

ソ連、大陸間弾道弾(ICBM)実験


12

アメリカ、大陸間弾道弾(ICBM)実験


1959

3

安保改定阻止国民会議結成→安保闘争


1960

1

日米新安保条約調印


2

フランス、初の原爆実験


5

新安保条約、衆議院通過→安保闘争高揚


12

南ベトナム民族解放戦線結成→ベトナム戦争本格化(~75)


1962

10

キューバ危機


1963

8

米・英・ソ3国が部分的核実験禁止条約に調印


-

四日市ぜんそく被害広がり、問題化


1964

10

中国、初の原爆実験


11

アメリカの原子力潜水艦シードラゴン、佐世保入港


1967

4

イタイイタイ病問題化


6

中国、初の水爆実験


8

公害対策基本法公布施行


1968

1

アメリカの原子力空母エンタープライズ、佐世保入港


8

フランス、初の水爆実験


-

大学紛争多発


1969

2

B52撤去要求沖縄県民統一行動


1970

6

日米安保条約自動延長←70年安保闘争



表2 ゴジラ映画一覧



No.

公開年

タイトル


1

1954

ゴジラ


2

1955

ゴジラの逆襲


3

1962

キングコング対ゴジラ


4

1964

モスラ対ゴジラ


5

1964

三大怪獣 地球最大の決戦


6

1965

怪獣大戦争


7

1966

ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘


8

1967

怪獣島の決戦 ゴジラの息子


9

1968

怪獣総進撃


10

1969

ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃


11

1971

ゴジラ対ヘドラ


12

1972

地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン


13

1973

ゴジラ対メガロ


14

1974

ゴジラ対メカゴジラ


15

1975

メカゴジラの逆襲


16

1984

ゴジラ


17

1989

ゴジラVSビオランテ


18

1991

ゴジラVSキングギドラ


19

1992

ゴジラVSモスラ


20

1993

ゴジラVSメカゴジラ


21

1994

ゴジラVSスペースゴジラ


22

1995

ゴジラVSデストロイア


23

1999

ゴジラ2000ミレニアム


24

2000

ゴジラ×メガギラス G消滅作戦

http://www.jicl.jp/now/jiji/backnumber/1954.html

1954年


 



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ビキニとゴジラ

H.T.記


Ⅰ ビキニ・スタイル

 1946年、アメリカは、信託統治地域である太平洋マーシャル諸島のビキニ環礁で、第2次世界大戦後初めての原爆実験を行いました。その報道直後の同年7月5日、フランスのデザイナーであるレアールがその大胆さが周囲に与える破壊的な威力を原爆にたとえ、ビキニと命名してこの水着を発表したと言われます。日本では、その後キャンペーンガールのアグネス・ラムのビキニ姿のポスターで人気が広がりました。

Ⅱ ビキニ環礁での被爆

 1946年から67年まで、アメリカ軍はビキニ環礁とエニウエトク環礁で67回の原水爆実験を行いました。中でも54年3月1日の広島型原爆のおよそ1000倍といわれる史上最大規模の水爆実験は、広い太平洋や大気圏を強力な放射能で汚染しました。同日、静岡県焼津漁港の乗組員23名の遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」は危険地域外とされ事前の移動の対象とならなかった地域で操業中に被爆しました。無線長の久保山愛吉さんが同年9月に放射能障害で亡くなったことは有名です。しかし、その後も同乗組員の半数の12人がガンなどを発病して亡くなり、あるいは奇形児を出産したり、周囲の目を気にしてひそかに暮らして来た事実はほとんど知られていません(大石又七さんのコメント日本全国憲法MAP静岡編2)。被爆した船は第五福竜丸だけではなく、厚生省が認めただけでも856隻、およそ1000隻に及び2万人近くが被爆したと言われます。

 久保山さんは、アメリカによる核実験だと気づいたとき、軍事機密を知った故に証拠隠滅のために米軍に撃沈されることを恐れ、SOSを打電することなく逃げるように帰国したと語っていました。以前にも同海域で消息不明になった漁船があったことを知っていたからです。

 ヒロシマ・ナガサキに続いたビキニ環礁における3回目の被爆、とりわけ久保山さんの死は大きな衝撃を与え、世界的に原水爆反対の声が高まりました。翌1955年8月には、日本で原水爆禁止第1回世界大会が開催されました。現在、第五福竜丸は修復され、東京・夢の島公園にある「第五福竜丸展示館」で訪れる人を待っています。

Ⅲ ゴジラの出現
 
 かつては、お正月映画の定番とまで言われた怪獣「ゴジラ」の映画。今までに28作制作されました。「ゴジラ」を誕生させたのはビキニ環礁の水爆実験でした。1954年の末に第1作が公開されました。ゴジラは、大昔生息していた生物が、水爆実験の影響で住んでいた環境を破壊されて地上に現れた「核の落とし子」です。太平洋上で船舶を襲った後、東京を襲撃します。本多猪四郎監督は、「真正面から戦争、核兵器の恐ろしさ、愚かさを訴える」と語りました。人間の身勝手で現れたゴジラに人間がおびえるという設定も人気となり、961万人もの観客を集めました。円谷英二さんの特殊撮影技術も脚光を浴びました。
 ゴジラが国会議事堂を破壊すると、観客は立ち上がって拍手したという逸話があります。当時の政界では造船疑獄事件などで政治に対する不信が国民の間に高まっていました。

 この初代ゴジラは、最後には芹沢博士が発明したオキシジェン・デストロイヤーによって殺されます。当時のアメリカの原子怪獣映画のように軍隊によって殺す方法を採らなかったこと、芹沢博士が科学者の良心としてオキシジェン・デストロイヤーを使用することに煩悶したことなど、現在にも通じる深い問題も提起しています。


http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2014/2014godzilla.html
ビキニ事件60年企画 第五福竜丸/ゴジラ 1954→2014 2014/9/13-11/15


 2014年は、太平洋ビキニ環礁における米軍の水爆実験によって、日本のマグロ漁船・第五福竜丸が被ばくしてから60年という節目の年に当たります。
 1954年3月1日未明、マーシャル諸島近海で操業中だった第五福竜丸は、米軍の水爆実験キャッスル作戦(ブラボー実験)に遭遇しました。降り注いだ放射性降下物「死の灰」を浴びた23名の乗組員は全員被ばくし、半年後の9月23日には、当時40歳だった無線長の久保山愛吉が死去。核実験による放射能汚染は広域に及び、多くの住民が居住していたロンゲラップ環礁に深刻な被害をもたらし、第五福竜丸以外にも1000隻近い漁船が被ばくしました。
 この事件をきっかけに、東京・杉並の主婦からはじまったと言われる原水爆反対の署名運動は全国に広がり、翌1955年8月には、広島で第1回原水爆禁止世界大会が開かれました。また、ビキニ事件を受けて制作された映画『ゴジラ』は“水爆大怪獣映画”と銘打たれ、社会に大きな反響をもたらしました。
 ゴジラは米軍の水爆実験によって突然変異して目覚め、日本を襲撃するという設定で、可視化された核の象徴と見ることもできます。

 今展は、2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原発事故を経た私たちの現在と未来が、60年前の被ばく事件とどのように接続していくのか、3つの章に分けて展示された芸術作品によって、想像力を拡げる試みです。
 原水爆禁止世界大会のポスターをはじめ、核や戦争に対峙する問題意識をテーマにしたデザインを数多く手がけたグラフィック・デザイナー粟津潔の仕事。
 今も精力的に原爆や第五福竜丸、福島原発事故など核被害の歴史を主題にした作品を描き続ける画家・イラストレーターの黒田征太郎が《原爆の図》に触発されて描き下ろした新作絵画群。
 そして1954年の映画のゴジラを「大きいゴジラ」、2011年3月の東日本大震災・福島原発事故で生まれたゴジラを「小さいゴジラ」と設定することで、ゴジラを現実につながる想像力として捉えた画家・長沢秀之のディレクションによる展示「大きいゴジラ、小さいゴジラ」。
 それぞれの想像力の連鎖によって、目に見えない核の脅威に、2014年という地点からどのように迫ることができるのか。
 この物語は、今も私たちの日常につながり、続いているのです。


http://www.highschooltimes.jp/news/cat13/000225.html
ビキニ水爆実験から60年 第五福竜丸事件を知っていますか【歴史】

ビキニ水爆実験から60年 第五福竜丸事件を知っていますか
【原水爆禁止運動のきっかけに】
ちょうど60年前の日本を揺るがした大事件、それはマグロ漁船・第五福竜丸が南太平洋でアメリカが行った水爆実験に巻き込まれ、乗組員の久保山愛吉さんが亡くなったことでした。第五福竜丸事件として知られるこの事件は、食品や水の安全といった問題に人々が関心を抱くきっかけとなったうえ、原爆・水爆などの核兵器の使用に反対する原水爆禁止運動に取り組む大きな力となりました。木造の小さなマグロ漁船が日本の歴史に残した大きな足跡をたどってみませんか。


ビキニ水爆実験から60年 第五福竜丸事件を知っていますか - アメリカとソ連の水爆開発競争 -
 アメリカが太平洋戦争末期の1945年8月6日に広島、9日に長崎に原爆を投下して、世界は核の時代に入りました。アメリカと激しく対立していたソ連も急ピッチで原爆開発を進め、1949年8月には原爆実験に成功します。
 ソ連に追いつかれたアメリカは、原爆より破壊力の大きい水爆の開発に着手し、ソ連もこれに続いて、アメリカとソ連の熾烈な水爆開発競争がはじまりました。そして、1954年3月1日、アメリカは、南太平洋・マーシャル諸島に浮かぶビキニ環礁(珊瑚礁でできた島)で、水爆「ブラボー」の核爆発実験を行ったのです。

- 爆発の瞬間「西から太陽が昇った」 -
 静岡県の焼津港から出港したマグロ漁船・第五福竜丸は、3月1日朝にはビキニ環礁の東160キロの海上でマグロ漁を行っていました。はえ縄を海に投げ入れて休憩していたその時、西の空で「ブラボー」が爆発しました。
 「ブラボー」の威力は、広島に投下された原爆のおよそ1000発分であったといわれ、第五福竜丸の乗組員は爆発の瞬間を「西から太陽が昇ったようだった」と振り返っています。そして、爆発から1時間後に空から降り注いできた「死の灰」(爆発により生じた放射能を含む塵)を5時間にわたって浴びた第五福竜丸の乗組員は、23人全員が被ばくしてしまったのです。

- 第五福竜丸のほかにもたくさんの漁船が被災した -
 アメリカはビキニ環礁周辺の海域を立ち入り禁止区域に指定していました。しかし、「死の灰」は、立ち入り禁止区域の外で操業していた第五福竜丸のほか多くの漁船の上に降り注いだのです。このとき、ビキニ環礁周辺では1000隻の日本の漁船(その3分の1が高知県から出漁していました)が操業していましたが、第五福竜丸以外の漁船の被害はまったく調査されてきませんでした。高知県では高校の先生と生徒が、被ばくした漁船の調査を独自に行い、多くの乗組員が今も健康被害に苦しんでいることを明らかにしました。

- 久保山愛吉さんの死 -
 乗組員のなかで最年長の久保山愛吉さん(当時39歳)は、アメリカの水爆実験に遭遇したと直感して身の危険を感じ、すぐにビキニ環礁を離れて3月14日に焼津港に戻りました。上陸した乗組員の顔はみな焼けただれて黒くなっており、彼らは焼津の病院で「急性放射能症」(放射能を多量に浴びたことが原因の病気)と診断され、すぐに東京の病院に移送されました。
 最も重症だった久保山さんは、半年にわたる闘病もかなわず、9月23日夕方、「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」という遺言をのこして、急性放射能障害に起因する多臓器不全で亡くなりました。ほかの乗組員は1年以上にわたる入院ののち退院しましたが、現在までに半数以上の乗組員が被ばくに起因する肝臓障害などで亡くなっています。
 しかも、多くの乗組員が「放射能はうつる」「障害が遺伝する」などの根も葉もない噂により激しい差別にさらされたのです。

ビキニ水爆実験から60年 第五福竜丸事件を知っていますか - 捨てられた「原爆マグロ」 -
 帰港から2日後、第五福竜丸の被ばくが報道され、第五福竜丸のとってきたマグロも放射能に汚染されていることがわかりました。第五福竜丸以外の漁船が南太平洋でとったマグロも放射能に汚染されていたため、東京や大阪の卸売市場では、放射能に汚染されたマグロ(「原子マグロ」「原爆マグロ」と呼ばれました)の廃棄作業が続きました。
 廃棄されたマグロは、お寿司にして250万人分というばく大な量にのぼり、マグロ以外の魚も「放射能に汚染されている」といううわさがひろまったために、日本中で魚の売れ行きが落ち込み、魚屋さんやお寿司屋さんは大きな経済的打撃を受けました。

- 日本中に降り注いだ「放射能雨」 -
 水爆「ブラボー」による被害は、第五福竜丸をはじめとする多くの漁船を被ばくさせ、たくさんのマグロを廃棄させたにとどまりませんでした。「ブラボー」の爆発から2カ月が過ぎた5月16日から、日本のあちこちで強い放射能を含んだ雨が降るようになりました。
 「ブラボー」の爆発により飛び散った放射性物質が、雨にまじっていたのです。雨に含まれる放射性物質の濃度は、現在の飲料水の基準値の1000倍から4000倍に達しており、日本中で飲み水や農作物の安全についての不安が高まりました。さらに秋以降は、ソ連の水爆実験により飛び散った放射性物質を含む雨が降るようになったのです。

ビキニ水爆実験から60年 第五福竜丸事件を知っていますか - 「原水爆禁止」の世論の高まり -
 広島・長崎への原爆投下による被害の実態は、1945年の敗戦とともに日本を占領した連合国軍(事実上はアメリカ軍)が厳重な報道規制(プレス・コード)を行っていたため、ほとんど報道されることはありませんでした。1952年に占領が終わって報道規制が解かれたことで、広島・長崎の被害がはじめて一般国民に知らされ、核の恐怖が高まっていきました。
 久保山さんの死、マグロの廃棄、そして「放射能雨」への不安は、原爆・水爆などの核兵器の実験や使用に反対する大きな世論のうねりを呼び起こしました。日本の各地で「原水爆禁止」を呼びかける署名運動がはじまり、広島への原爆投下から10年目の1955年8月6日、広島で原水爆禁止世界大会がはじめて開催され、全国から寄せられた3200万人の署名とともに、世界に「原水爆禁止」の願いを発信することになったのです。

- 水爆実験を題材とした映画「ゴジラ」 -
 久保山さんの死から2ヶ月後の1954年11月に公開された映画「ゴジラ」は、日本の怪獣映画の元祖として知られる作品です。
 「ゴジラ」は、水爆実験の衝撃により長い眠りから覚めて、ビキニ環礁の海底から姿を現した太古の怪獣とされ、放射能をまき散らしながら東京の街を破壊し尽くすその姿は、わずか9年前の東京大空襲の記憶を人々に思い出させただけではなく、東京が水爆により壊滅するさまを想像させてあまりあるものでした。映画のなかでは、多くの人々がゴジラの攻撃によって被災するさまが描かれており、広島・長崎そして第五福竜丸の被災は、当時においては「次は自分かもしれない」と感じさせるほど身近な問題だったことがわかるでしょう。
 映画「ゴジラ」のラストシーンでは、「もし水爆実験が続けて行われるとしたら、ゴジラの同類がまた世界のどこかに現れるだろう」という警告が発せられますが、水爆実験はその後も続けられ、実験場となった地域に大きな被害を残したのです。


ビキニ水爆実験から60年 第五福竜丸事件を知っていますか - 実験場にされたマーシャル諸島の住民も被災した -
 アメリカは、その後もマーシャル諸島で水爆実験を続けました。1914年から1945年まで日本の事実上の統治下(1920年からは国際連盟委任統治領)にあったマーシャル諸島がアメリカの核実験場とされたのは、日本が戦争に負けてアメリカがマーシャル諸島を占領していた1946年のことでした。
 以来、1962年に核実験が地下での実験に移行するまで、マーシャル諸島では100回以上の原爆・水爆実験が行われ、爆発の衝撃によっていくつもの島が消滅しました。とりわけ、住民に大きな被害をおよぼしたのが、第五福竜丸を被ばくさせた水爆「ブラボー」の核実験でした。実験の危険性を知らされないまま日常通りの生活を送っていた住民は、第五福竜丸の乗組員と同じように「死の灰」を全身に浴びたのです。
 住民のなかには、危険性を知らないまま「死の灰」をなめた人もいました。「死の灰」は「腕につくと熱く、なめたら苦い味」だったといいます。アメリカはあわてて住民を避難させましたが、多くの住民が今も被ばくによる病気や障害に苦しんでいます。

- なお終わらない世界の核被害 -
 原爆・水爆などの核実験によって被ばくしたのは、第五福竜丸などの漁船の乗組員やマーシャル諸島の住民だけではありませんでした。アメリカやソ連をはじめとする核保有国の熾烈な核開発競争は、世界中に多くの被ばく者を生んだのです。
 アメリカは、マーシャル諸島のほかアメリカ本土のネバダ州などで核実験を行い、実験に参加したアメリカ軍の兵士や実験場で働く人たち、実験場近くの住民あわせて70万人近くが被ばくしたといわれます。
 ソ連は、日本に近いシベリアや中央アジアのカザフスタンで核実験を続けましたが、核実験により被ばくした人の総数は今もわかっていません。イギリスもオーストラリアや南太平洋で、フランスもアフリカのサハラ砂漠で核実験を行っていました。
 このように、世界中には多くの核実験による被ばく者が残され、今も続く病気に苦しんでいます。

ビキニ水爆実験から60年 第五福竜丸事件を知っていますか - ゴミ埋め立て地に放置された第五福竜丸 -
 焼津に帰港した第五福竜丸は、放射能の除去作業が行われたのち、東京水産大学の練習船として使用されました。 しかし、1967年に廃船となり、船体は東京湾のゴミ埋め立て地「夢の島」に放置されていました。ゴミ埋め立て地の片隅で朽ちようとしていた第五福竜丸にふたたび光をあてたのは、1968年にひとりの会社員が新聞社に送った「沈めてよいか第五福竜丸」と題する投書でした。これをきっかけに、放置されボロボロになっていた第五福竜丸の修理に、多くの人々がボランティアで取り組み、元の姿によみがえらせたのです。
 そして、1976年には、東京都立第五福竜丸展示館が開館して、第五福竜丸は水爆実験の生き証人として、来館者に無言で被ばくの実態を訴える役割を担っていくことになりました。第五福竜丸展示館の敷地内には、マグロのふるさと・南太平洋の海を思い起こさせる青い石でできた「マグロ塚」もあります。
 第五福竜丸の乗組員だった大石又七さんが、「原爆マグロ」と呼ばれて捨てられたマグロのことを後世に伝えようと、全国の人から1人10円ずつの募金を集めて建てたものです。「マグロ塚」は、多くの「原爆マグロ」が地中深くに埋められた東京・築地市場への移転を目指しています。
 2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故以来、ふたたび第五福竜丸の被ばくがクローズアップされるようになりました。核実験であっても原発事故であっても、人々が被ばくすることに変わりないのです。かつて第五福竜丸が放置された夢の島は、2020年に開催される東京オリンピックの会場として利用されることになっています。 未来につながる夢の島の片隅で、静かに核実験の悲劇を訴え続けている第五福竜丸に、会いに行ってみてください。

http://chinobouken.com/daigohukuryuumaru/
第五福竜丸事件を忘れないために、夢の島の「第五福竜丸展示館」を訪ねた!

2016/2/20 2016/6/19 学びスポット



1945年に広島と長崎に原爆が落とされてから、約70年。

学校で日本の歴史を学ぶ中でも、原爆の恐ろしさは日本人の誰もが教わったはず。


そんな中、1954年におこった「第五福竜丸事件」に関してはあまり取り上げられることが少ないように思います。

ハワイのビキニ沖で行われていた水爆実験。

その実験で生じた「死の灰」と言われる灰を浴びてしまった第五福竜丸の乗組員達。


現在、その第五福竜丸は東京の江東区にある夢の島に保存されています。

あの事件を忘れないよう、再認識するために、その展示館に行ってきました!!


第五福竜丸展示館

東京の新木場駅から10分近くと、その展示館である「第五福竜丸展示館」は現れます。

はたから見ると、異様な建物だ!!


第五福竜丸展示館

ここが入口だ!!


第五福竜丸展示館

どでーーん!

入ると、いきなり第五福竜丸が姿を現した!!


そして、この船は当時の物そのまま、つまり本物が展示してあるのです。

この第五福竜丸は1947年に和歌山県で建造されました。

当初は、かつお漁船として活躍をして、その後マグロ漁船用に改造されました。

遠洋まで出れるように、ということのようです。


そして、時は1954年3月1日。

第五福竜丸が太平洋のマーシャル諸島にあるビキニ環礁で、アメリカが行った水爆実験によって被害を受けました。


第五福竜丸展示館

入ってすぐ右側には、多数の千羽鶴が!!


第五福竜丸展示館

小学生や中学生がおった多数の折り鶴。

その学校名を見ると、山梨県、三重県と日本全国から寄せられたもの!


第五福竜丸展示館

第五福竜丸の脇では、パネルが展示してあって、第五福竜丸事件を学ぶことが出来ます。


第五福竜丸展示館


第五福竜丸展示館

入口の反対側には、先端部分の勇ましい姿が見られます。


第五福竜丸展示館

2Fに上がって船上を見ることもできます。

しかし、木造の船は本当に珍しい。


船の素材としては、主に4種類あるそうです。

それは、「鋼船」「軽合金(アルミニウム)船」「FRP(繊維強化プラスチック)船」「木船」です。

それぞれ特徴がありますが、木船はほとんど作られていないそうです。


第五福竜丸展示館


第五福竜丸展示館

モールス信号も展示してありました。


モースル符号は、1835年にS.モールスによって考案され、短点(・)と長音(-)で構成されます。

日本では1901年に海上の無線通信に実用化され、船舶航行の通信手段として20世紀末まで活用されました。

1912年のタイタニック号遭難事件を契機にモールス通信を主体とした国際的な海上遭難、安全通信制度が出来、海上の航行の安全に大きく貢献しました。


漁業通信は、漁労の効率化のため大きな役割を果たしました。

特に遠洋マグロ漁の場合、当番船を中心に同一漁場で操業中の船が「自船の位置、投縄数、コース、水温、漁獲の種類、量」の位置を報告しあい、漁場における秩序と漁獲量の増加を計りました。


第五福竜丸展示館


第五福竜丸展示館

1954年3月1日午前6時45分。

マグロ漁船である第五福竜丸の乗組員は、西の空が突然明るくなり、火の塊を見ました。

数分後大きな爆発音がとどろきました。

3,4時間が経つと、空良から白い灰が雪のように降り注ぎ、看板に足跡がつくほどに積もったそうです。


第五福竜丸展示館

その場所は、マーシャル諸島ビキニ環礁から東へ160km離れた場所でした。

乗組員が見た火の塊は、アメリカがビキニ環礁で行った世界で最初の実用可能な水爆(水素爆弾)「ブラボー」の実験でした。


当時、アメリカはビキニ環礁とエニウエトク環礁で核実験をしていました。

しかし、第五福竜丸が操業していた所は、自由に通行・操業できる公海上で、アメリカが定めた危険区域の外側(東へ30km)でした。


第五福竜丸展示館

第五福竜丸に降り注いだ白い灰は、放射能を大量に含んだ珊瑚礁の細かいちりでした。

これが、「死の灰」と呼ばれているものです。


「死の灰」は、23人の乗組員の顔、手、足、髪の毛、お腹に付着しました。

鼻や体内に吸い込まれたり、この灰がついた箇所は火傷の状態になりました。

皆が頭痛、吐き気、目の痛みを感じ、歯茎から出血、髪の毛を引っ張ると、根元から抜けてしまったそうです。


上記の写真は、死の灰の実物!!

これも、この展示館に展示してありました。

この灰は、東京大学、静岡大学、金沢大学、大阪市立大学などの研究室で科学者が総力を挙げて取り組んだそうです。

なんせ、アメリカ側が必要な資料の問い合わせに応じないため、日本で調べるしかなかったのです。


第五福竜丸展示館

第五福竜丸は、マグロを取る延縄(はえなわ)を引き揚げて全速力で日本に向かい、2週間後に焼津港に帰り着きました。


その最初の報道は3月16日の読売新聞の記事。

この記事により、日本中に衝撃が走りました。

上の写真は、乗組員の方が病院にいるときの写真。


乗組員は3月下旬、地元の病院から全員東京に移され、東大病院と国立第一病院に入院しました。

そして、1年2ヶ月にわたり治療が行われました。


第五福竜丸展示館

治療のためには水爆「ブラボー」の資料が必要でしたが、アメリカ政府はその問い合わせに回答しませんでした。

そこで東大などの大学が総力を挙げて「死の灰」を分析し、医師団による熱心な治療が行われました。


しかし、懸命な治療にもかかわらず、第五福竜丸の無線長であった「久保山愛吉」さんが9月23日に亡くなりました。

久保山さんは、亡くなる前にある言葉を発したそうです。

「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」と。


第五福竜丸展示館

その久保山さんの碑が、展示館の外にありました。

この碑にも、先ほどの言葉が刻まれていました。


この言葉は、非常に重い!

この言葉が事実になってほしいものです。

これ以上、被害が出ないことを願っております。


第五福竜丸展示館

そして、被害は魚の汚染へと広がっていきます。

第五福竜丸が捕ってきた魚をガイガー・カウンターで検査すると、汚染がひどくなっていることに。


そして、これらのマグロは東京の築地市場内の地中に埋められたのです。


第五福竜丸展示館

築地の一角にはこのようなプレートが見られます。


水爆実験の被害は856隻の船舶に影響を与えました。

水揚げされたマグロは「原爆マグロ」といわれ485トンが捨てられました。

全国の漁業関係者、魚屋さん、すし屋さんなどは商売にならず怒りの声を上げたそうです。


第五福竜丸展示館

展示館の外には、「マグロ塚」がありました。


第五福竜丸展示館

1Fには、写真の様に多数の第五福竜丸事件に関する書籍を見ることが出来ます。

スタッフの方もいらっしゃいました。


第五福竜丸展示館

その棚の上には、「ゴジラ」の模型が!!


そう、実は第五福竜丸事件はゴジラと深い関わりがあるのです。

実はゴジラは水爆実験を題材にした作品だったのです。


ゴジラが初めて公開されたのは、久保山さんの死から2ヶ月後の1954年11月でした。

「ゴジラ」は、水爆実験の衝撃により長い眠りから覚めて、ビキニ環礁の海底から姿を現した太古の怪獣とされています。

放射能をまき散らしながら東京を破壊し尽くすその姿は、東京が水爆によって壊滅させられる様を表しているように感じます。


そう、原爆のようなものを人類が開発したことにより、街がこのように壊滅することも十分にありうるのだという象徴として、「ゴジラ」は現れたのです。

ゴジラにそんな背景があったとは、私も最近まで知りませんでした・・。


第五福竜丸展示館

第五福竜丸事件から約60年。

この事件だけでなく、太平洋戦争、日本航空123便墜落事件、地下鉄サリン事件、東日本大震災などなど日本には忘れてはいけない出来事が多々存在する。

しかし、人は忘れていくもの。


あの千羽鶴を折っていた中学生たちは、どのような気持ちで折っていたのか。

風化されずに、語り継がれることを心から祈っています。


ここは、新木場駅から徒歩10分の場所にあるため、首都圏に住んでいればアクセスは容易です。

ぜひ足を運んで見てください!

http://www.intl.hiroshima-cu.ac.jp/~hyoshida/2005/2005-1/050608.pdf

1
ゴジラの平和学:日米ゴジラ映画の比較分析
講義概要 広島平和研究所 田中利幸
1) 「怪獣」の出自と移動の違い
第1作『ゴジラ』製作―1954年(同年11月3日封切)
1~22作まで同じスタッフ・チームで製作
田中友幸・プロデューサー、本多猪四郎・監督、香山滋・原作、円谷英二・特撮
(本多は黒沢明の助監督を務めたことがあり、香山は怪奇・幻想ものを得意としていた探
偵小説家)
怪獣プランを思いついたのは田中友幸:
映画を制作の新構想を練っていた田中は、当時ビキニ環礁でのアメリカの水爆実験が社会
問題化していることに着目。また、アメリカで、原子怪獣を主人公とする映画が評判にな
っていることを知り、太古の恐竜が水爆実験で日本近海に現れ東京を襲うというストーリ
ーを考えつく。
『The Beast From 20,000 Fathoms』 produced in 1953
北極圏の秘密基地(ソ連を想定)で核実験が行われ、この実験によって氷山が崩れ、そこ
から氷河期に冬眠状態となった巨大恐竜が出現(全長30メートル、体重500トン)
。こ
れはあくまでも「恐竜」であって「怪獣」ではない。この恐竜に固有名詞はなく、beast,
monster, dinosaur と呼ばれる。怪獣を目撃した人間の証言に対する科学的疑念や目撃者
の精神錯乱と見る心理学者の判断など、科学的見地が最初は優先され、その科学的常識を
崩すために映画は延々と時間を費やす。最終的に怪獣を認識するのは「核実験の影響」に
関して新しく獲得された科学知識であり、怪獣を倒すのもまた新しい科学である放射能と
いう、極めて科学合理主義的な論理展開となっている。
「ゴジラ」は200万年前の白亜紀にいた恐竜が大戸島付近に生きながらえていた。ゴジ
ラの存在は島民には代々言い伝えられており、神楽まである「伝説の怪獣」
。身長50メー
トル以上、長く太い尻尾を入れると100メートルを超える。体重2万トン。ゴジラは超
恐竜。眠っていた恐竜が核実験の被爆によって目覚め、すさまじい暴風雨とともに出現。
ゴジラには日本古来の「神」
、すなわち「海神」

「魔神」

「獣神」といったイメージがあり、
極めて日本的で、反近代的な特徴が見られる。アメリカ人にとって Godzilla は、
God+Lizard+Gorilla を想起させる。
2
人間が科学力で作った水爆という史上最も強力な兵器がもたらす間接的影響によって、こ
れまた人間が作り上げた近代都市である東京が破壊される、すなわち、人間が自分たちの
作り上げた科学技術によって復讐されるという設定になっている。
2) 都市破壊の様式の違い
アメリカ映画の beast 場合:
ニューヨークに上陸した怪獣は道路を歩く。自分の歩行に邪魔になる車を踏みつぶしたり
くわえ上げたりするが、建物の大がかりな破壊は1回限り。しかもその建物の破壊も故意
に行われたのではなく、警官隊のライフル攻撃を嫌って偶然横にあった古い建物に体重を
かけたため壊してしまった。都市全体が破壊されることがないため、逃げていく市民は身
軽。生活の場が破壊されることがないため、生活必需品を持って逃げる人間はいない。
「こ
れはまさに戦争だ」

「戦場は市街地」と繰り返し述べられ、怪獣対都市の全面戦争という
想定になっているが、空襲経験のないアメリカ人の都市における「全面戦争」観がいかに
現実離れしていたかが伺える内容の作品。
(1998年製作の『Godzilla』でも、建物より
は特定の人間を襲うシーンが多い。とりわけゴジラの子供たちは人間を襲いその肉体を喰
いちぎる。このアメリカ版ゴジラはゴジラというよりは、やはり肉食恐竜である。

ゴジラの場合:
ゴジラは人を追っかけたり喰ったりはせず、都市とそこに居住する市民を徹底的に破壊・
殺戮する「無差別攻撃」を夜間攻撃で行う。都市は破壊されると同時に大火災を起こして
火の海と化す。そのため、逃げていく人間はできるだけ多くの生活必需品を持ってできる
だけ遠くへ逃げようとする。こうしたシーンは明らかに太平洋戦争末期の米空軍 B29 の編
隊による都市空襲、とりわけ東京大空襲や、ひいては広島・長崎原爆投下を想起させる。
家財道具を抱えて逃げ惑う人々、炎に包まれて焦土と化す市街地、野戦病院を彷彿させる
避難所と次々と運び込まれる怪我人、泣き叫ぶ子供たち等々、これはまさに、太平洋戦争
の最終段階の1945年、空襲を受けた日本各地の都市で見られた悲惨な光景を再現した
ものであった。松坂屋デパートの下にいる子連れのホームレスの母親が、
「もうすぐお父ち
ゃまのところにいくのよ」と叫ぶシーンは、この婦人が「戦争未亡人」であることを暗示
している。
しかし、空襲の記憶を呼び起こすゴジラの都市破壊が、同時に、なぜか観客を「おお、す
かっとした!」

「すごい、やるじゃないか!」という気分にさせたことも確かであった。
3
ゴジラが破壊する主な建物は:

松坂屋デパート

銀座和光ビルの服部時計塔

日劇ビル

有楽町の高架線

警視庁ビル

テレビ塔

国会議事堂

勝鬨橋(かちどきばし)
不思議なことに皇居は破壊されない(米軍も空爆の攻撃目標とはしなかった)
。やはり皇居
破壊はどこまでもタブーなのである。都市破壊の結果、たくさんの人間が殺されているは
ずだが、それも映像としては現れない。観客が目にする「死」は、破壊された巨大建築物
の下敷きになって命を落とす人たちである。これらの巨大建築物は、戦後の復興を象徴す
る代表的なものばかりである。なぜこれらの破壊に観客は一種の「快感」を覚えたのであ
ろうか?国会議事堂が破壊されるシーンでは多くの映画館で拍手が起きた。一つにはこれ
らの建物が、
当時の庶民の日常生活とはかけ離れた手の届かない、
銀座に存在する建物や、
いまだ高級電化商品であったテレビをシンボリックに表すテレビ塔といったものが多かっ
たという要素があったのではなかろうか。
3) 核の加害者と被害者という二重性を背負うゴジラ
第5福竜丸事件の影響
1954年3月1日、静岡県焼津市のマグロ漁船「第5福竜丸」はマーシャル群島ビキニ
環礁付近で操業中に、アメリカの水爆「ブラボー・ショット」実験による死の灰を浴び、
乗組員が被爆。
『ゴジラ』はこの事件を重要なモチーフとして製作された。したがって『ゴ
ジラ』は当然この第5福竜丸事件を連想させるような「反核」テーマを含むようなもので
なければならなかった。原作者香山滋の検討用台本の導入シーンからもこのことが明らか
となる。

第5福竜丸、焼津入港

原子マグロの廃棄

病院へ運ばれる重症患者
4

『当店では原子マグロ売りません』の貼紙を出す魚屋の店

メーデーにおける『水爆は御免だ』のプラカード

渡って来なくなった燕の空巣をみあげる淋しそうな子供

降ってくる死の灰をおそれて、好天にコウモリをさして歩く被害妄想の男
しかし、時代を特定しすぎるという懸念から、完成映画ではこれらの第5福竜丸事件関連
シーンはカットされた。それでもなお、
「原子マグロ」

「放射能」という言葉は使われてい
るし、
「放射能の脅威」に脅える当時の日本社会の状況が様々なシーンに反映さ
れている。
実際の作品では、
「反核メッセージ」が明確に込められているにもかかわらず、
「原水爆実
験の脅威」

「放射能の脅威」がなぜかいまひとつ浮き彫りになってこない。東京に上陸し
たゴジラは「放射能
...
火炎」で市街地を焼き尽くし、建物を破壊し、市民を追い散らすので
あるが、放射能の影響についてはほとんど描写されないままに映画は進行する。
ゴジラは1954年の公開映画のオリジナル・ポスターでも「水爆大怪獣」

「放射能を吐
く大怪獣」であったはずにもかかわらず、なぜゆえに放射能問題が重要視されなかったの
か?ゴジラ=水爆、すなわち「核実験の加害者」としてゴジラを表現するようなシーンは、
「核実験の被害者」として認識されたゴジラに、映画全体としては、打ち消されていると
ころに問題がある。古生物学者である山根博士は、国会での調査報告で以下のように述べ
る。ゴジラは「おそらく海底の洞窟にでも潜んでいて、彼らだけの生存をまっとうして今
日まで生きながらえておった、それが度重なる水爆実験によって彼らの生活環境を完全に
破壊された、もっとくだいて言えば、あの水爆の被害を受けたため
...........
に安住の地を追い出さ
れた、とみられるのであります。

(強調―田中)
かくしてゴジラは核の被害者であると同時に加害者でもあるという二重性を背負わされた
存在として描かれている。これは核兵器を生み出し、それを実験し使用することで他者へ
の「加害者」であると同時に、その「被害者」ともなっている我々人間そのものの存在を
そのまま反映している悲しい存在の怪獣
........
なのである。しかし、やはりゴジラには、日本人
の一般的な意識を反映して、核実験の「加害者」よりは「被害者」としての表象が暗によ
り強く込められているのであろうか、ゴジラは持っているはずの「放射能汚染」機能を前
面には出さない怪獣なのである。ゴジラはこの二重性という矛盾を背負っているからこそ、
単なる恐竜ではなく、人間的要素を持っている愛すべき異端児であり、矛盾をなんとか解
決しようともがき暴れ回る反逆児である。
5
しかし一方でまた、人間は究極的に原水爆の製造者としてゴジラに対しては加害者である
と結論づけられる。上述の山根博士のゴジラ論がまさにそれであるが、ここには核によっ
て自然破壊を行っている人間の醜い姿がゴジラを介して表現されている。つまり、プロデ
ューサー・田中友幸の言葉、
「人間が造り上げた水爆という文明の利器のために、人間が復
讐されるという理念」が、ゴジラ映画の原理念であった。
かくして第1作の『ゴジラ』には、当時の冷戦と核開発競争、1950年から始まった朝
鮮戦争、日本の再軍備の開始など、当時の日本を取り巻く状況と、再び戦争に巻き込まれ
るのではないかという国民の危機感が映画の中の様々なシーンやシナリオに反映されてい
た。したがってオリジナル映画『ゴジラ』は一般的に言われているような「核批判」を含
んだ作品のみにとどまらず、核問題を含む「反戦」思想が深く込められた作品であった。
4)骨抜きにされたアメリカ版ゴジラの問題点
一方、アメリカ製作のゴジラ映画=リメイク版はアメリカの「お家の事情」をもろに表し
ている。第1作『Godzilla: King of the Monsters! 』
(監督・総編集テリー・モース)
(日
本語タイトル『怪獣王ゴジラ』
)は、ほとんどのシーンをオリジナルの『ゴジラ』をそっく
りそのまま利用しながら、放射能を吐く怪獣ゴジラがどこから、なぜゆえに誕生したのか
を説明するようなシーンは全部抹消してしまっている。細部にわたって、原爆使用国であ
り原水爆実験国であるアメリカにとって都合の悪い部分は全てに修正が加えられている。
例1:山根博士は、ゴジラがなぜ被爆の経験を持つ日本を選んでやってきたのかと考え、
水爆実験にも生き延びられるこの怪獣の能力の秘密に深い興味を抱く。しかし、アメリカ
版での山根博士は、単にゴジラが珍しい動物という理由から調査しようと試みる。
例2:病院でガイガー・カウンターを使用する場面は、日本の観客にとっては広島・長崎
の悲劇を連想させる痛ましいシーン。アメリカ版では、ゴジラの犠牲者たちの傷は「単な
るやけどである」というナレーションがつけられている。
例3:アメリカ版では、日本の調査団は怪獣の探査にガイガー・カウンターではなくソナ
ーを使っているという設定になっている。また、
最後の探索
シーンでは明らかにガイガー・
カウンターが使われている場面があるが、これをカットしている。
例4:混雑した満員電車の中での女性会社員のせりふ「せっかく長崎の原爆から命拾いし
て来た大切な身体なんだもの」もアメリカ版ではカット。
例5:山根博士の最後の言葉「ゴジラはこれが最後の一匹だとは、とても信じられません。
もし水爆実験が続けられるならば、ゴジラの仲間はまた現れるでありましょう。世界のど
6
こかに」というせりふは、アメリカ版では主人公である新聞記者スティーブ・マーティン
の「脅威は去った。全世界は目覚め、また生気をとりもどすだろう」という言葉に置き換
えられた。
かくして監督テリー・モースは核の問題を直接取り上げることをどこまでも拒否する。ゴ
ジラはあくまでも「なぜ生まれてきたのか誰も分からない未知のもの」とされ、結末では、
その未知の怪獣が死んだのであるから、そのことはできるだけ早く忘れた方がよいとされ
ている。
さらにまた、アメリカ版映画は、当時のアメリカ人がいだいていた日本への文化的優越意
識が露骨に表現されており、オリジナル映画はバラバラに切り裂かれ、全く無意味なもの
にされてしまった。
第2作(厳密な意味では第1作)
『Godzilla』(1998 年製作)では、ゴジラはムロルワ環礁に
おけるフランスの核実験によって放射能を浴びたイグアナがゴジラとなって出現し、それ
がニューヨークに上陸するという設定になっている。アメリカ人たちにとっては超怪獣が
自国の核実験で誕生することはありえないことなのである!しかしすでに述べたように、
日本のゴジラとは全く異なり、このアメリカ版ゴジラはその姿も爬虫類にそっくりの恐竜
であり、大量の卵を産み、大量の魚を食べ、その子供が多数現れる。ある特定の人間を攻
撃するために彼らが乗った車を追跡してニューヨーク市内の街路を疾走する。
『怪獣王ゴジラ』同様、このアメリカ映画もまた、最初のイントロ部分であるフランス核
実験をのぞいて、核の問題には最後まで全く触れない。したがって、基本的には『The
Beast
From 20,000 Fathoms』や『怪獣王ゴジラ』を巨額の金をかけて作り直しただけであり、観
客の神経にさわらないように、ゴジラの脱日本化、脱政治化をはかって、日米両国の観客
に政治的緊張を強いるような設定は一切避け、どこまでも気楽な娯楽映画にグローバル化
してしまっただけである。それだけではない、ゴジラが持っていた反逆、自由、異端、社
会批判、さらには人間的要素を全部抜き取ってしまい、単なる動物的本能で動き回る巨大
トカゲに堕落させてしまった。
日本のゴジラは芹沢博士が考案した新兵器、水中の酸素を一瞬で破壊して、あらゆる生物
を窒息死させた後で液化してしまう、つまりあらゆる物質を水にしてしまう「オキシジェ
ン・デストロイヤー」という水中酸素破壊剤で殺される。
「オキシジェン・デストロイヤー」
7
は、わずかの量で東京湾全域を死の世界に変えてしまうことができる「第二の水爆」とも
言える強力な「最終兵器」である。この兵器が核兵器のように悪用されることがないよう
に、ゴジラをこれで葬り去った後で、芹沢博士は自分も海の中で自殺を選ぶと言う設定に
なっている。こうして『ゴジラ』の結末は、原爆や水爆という大量破壊兵器を生み出した
現代科学とアメリカへの深い批判が込められた、人間的な内容のものとなっている点で、
アメリカの恐竜まがいのゴジラとは極めて異なっている。ゴジラを倒したのはアメリカの
場合のような軍隊、特に空軍や、日本の防衛隊すなわち「国土防衛」を名目に華々しく登
場する自衛隊でもなかったことは注目すべき点である。
5)未来性を失ったその後のゴジラ
1960年代になってゴジラはペット怪獣に堕落してしまい、社会的リアリズムを失って
いった。1964年の『三大怪獣 地球最大の決戦』から1969年の『ゴジラ・ミニラ・
ガバラ オール怪獣大進撃』までの6作品では、ゴジラは地球を守り、他の怪獣とプロレ
スまがいの格闘を行って常に勝つ「善玉ゴジラ」になってしまった。ペット・ゴジラは人
間に飼いならされた従順なゴジラであって、そこには「恐怖のゴジラ」が持つ予測不可能
性(何をするかわからない)
、すなわち我々の想像の限界を次々に破壊していく「未来性を
もった怪獣」という性格を失ってしまっている。ペット・ゴジラの誕生は、それを見る子
供たちを親に従順な飼いならされた子供、親にとってペット的存在である子供、いわゆる
「いい子」にさせようという小賢しい大人の意図が含まれている。未来を失ったゴジラは
もはやゴジラではない。それは、想像力を失った子供が子供でなくなってしまうというこ
とと同じことを意味している。
しかし1980年代に入り、かつて少年期にゴジラ映画を見て育った大人たちの中に「ゴ
ジラ懐古ブーム」が起き、1984年には再び米ソ対立を題材にした「ゴジラ」が制作さ
れた。続いて1989年には『ゴジラ VS ビオランテ』が制作され、
「平成ゴジラシリーズ」
が始まった。これら「平成ゴジラシリーズ」には、バイオテクノロジーや環境破壊といっ
た現代の問題が多少反映されているという点では、60年代のゴジラ映画とは確かに異な
っている。
しかし、最近のゴジラ映画作品の問題点は、
「自衛隊」がどんどん強くなっていき、ゴジラ
映画というよりは自衛隊映画と称した方がよいくらいに内容が変化してきていることであ
る。しかもその「自衛隊」は防衛するより攻撃する自衛隊となっている。次々と新兵器を
開発し、情報操作を行い、若いエリート制服組が大活躍する。
『ゴジラ VS メカゴジラ』

『ゴ
8
ジラ VS スペースゴジラ』

『ゴジラ VS デストロイヤー』では、
「G フォース」すなわち自衛
隊が物語の展開をほとんど支配している。それもそのはず、最近の怪獣映画にはほとんど
の場合、防衛庁と自衛隊が映画製作に協力している。例えば1996年製作の『ガメラ2
レギオン襲来』は、
「陸・海・空各自衛隊が戦闘や避難シーンはもちろん、シナリオ段階で
もアドバイスするなど全面協力した異例の作品だ。政治課題の有事への対処行動のリアル
な描写も盛り込み、スクリーンの裏からは『国民の理解』を求める防衛庁・自衛隊のした
たかな広報戦略も見えてくる」
(毎日新聞1996年6月13日)のである。自衛隊が怪獣
化してきている今日、本物の怪獣であるゴジラには制御装置が打ち込まれ、人間に支配さ
れるようになり、ますます未来がなくなってきたのも当然と言える。
アメリカのゴジラは言うまでもなく、日本のゴジラにも未来の夢を託せなくなってきた現
在の私たちにとっては、自分たち自身の未来そのものが暗くなってきた。私たちは、私た
ちの心の中に残っている、反逆、自由、異端、社会批判、人間的要素を持った革新的ゴジ
.....


を今こそ復活させなくてはならない。なぜなら戦争を防止し平和を構築するためには、
社会変革が必須の条件だからである。ヤンキーズの松井のように単なるニック・ネームで
はなく、私たち自身が皆本当のゴジラにならなくてはならない!ゴジラ映画を本来のゴジ
ラ映画に戻すことができるのは、映画制作会社や映画監督ではなく、私たち観客である市
民である。しかし、そのためには私たちは平和構築へ向けて私たち自身の想像力を豊かに
しなければならない。
参考文献
高橋敏夫著『ゴジラが来る夜に』
(集英社)
東雅夫編『怪獣文学大全』
(河出文庫)
ピーター・ミュソッフ著『ゴジラとは何か』
(講談社インターナショナル、1998年)
『特撮映画大全集・東宝怪獣映画編・傑作選1』
(株式会社セプト、2003年)
『ゴジラ画報・第3版』
(竹書房、1999年)
『超最新ゴジラ大図鑑・増補改訂新版』
(株式会社バンダイ、1992年)
坂井由人・秋田英夫著『ゴジラ来襲・東宝怪獣・SF 特撮映画再入門』
(KK ロングセラーズ、
1998年)

http://d.hatena.ne.jp/susahadeth52623/20140613/1402658816


ゴジラ それは今なお色褪せず我々にのしかかる CommentsAdd Star

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 今年は記念すべき初代「ゴジラ」の公開された1954年から60周年。7月には新しいハリウッド版の「GDZILLA」も日本公開!すでにアメリカ本国含む世界中で大ヒット高評価を受けているようで僕も楽しみである。日本でも新作こそないがイベントはたくさんあるようでCSなどではシリーズ一挙放送だとかをやっている。そして最新作の前にまずはその原点、ということでリマスターされた初代ゴジラがリバイバル公開され、僕も早速観に行ったのだだった。通常千円のところ「GODZILLA」の前売り券提示で500円!「ゴジラ」を鑑賞。

f:id:susahadeth52623:20140613025240j:image

 とはいっても、僕はもちろんこの作品は鑑賞済み。怪獣映画はシリーズで馴染みが深いのはTV放送が多かった「ガメラ」シリーズの方なのだが*1、やはり初代は特別で僕はこれだけは初見を劇場で!と決めていた。それが叶うのは高校の時だったのだが(「ゴジラVSメカゴジラ」あたりの時に地元の映画館が上映していくれた)、その衝撃に打ちひしがれたことはいまでも鮮明に覚えている。その後も何だかんだで何処かの劇場で上映している、と聞けば足を運び、さらにソフトも購入していつでも見れる様になっているのだが、やはりまた観に行ってしまうそんな作品だ。

 僕はこの「ゴジラ」こそ削るところもなければ加えるところもないある種完璧な映画の見本、みたいに思っているのだが、今回も全く飽きること無く観ることができた。正直4Kリマスターだとかはあんまり関係なくて(Blu-rayとかにになって一番画質にびっくりするのは60年代後半から70年代の作品が多い気がする)単純に作品に没入できる。

 ところで少し前に「ゴジラには反核・反戦のテーマは込められていない」という記事が話題になった。


【産経抄】ゴジラの復活 5月26日+(1/2ページ) - MSN産経ニュース

 先日コラムに取り上げた黒澤明監督の『七人の侍』が公開されたのは、昭和29(1954)年だった。同じ年に、黒澤監督の親友だった本多猪四郎監督が『ゴジラ』を世に送り出し、怪獣ブームを巻き起こす。

 ▼それから60年たった今、米国の特撮怪獣映画「GODZILLA(ゴジラ)」が、大ヒットしている。日本でも7月に公開される予定だ。

 ▼米国版ゴジラは、16年前にも製作されている。ただしこのゴジラは、日本の元祖ゴジラには似ても似つかぬ、巨大化したトカゲのような姿をしていた。ゴジラファンをがっかりさせて、興行的にも失敗する。今回のゴジラは、元祖のイメージに忠実に作られている。それがヒットの要因のひとつのようだ。

 ▼米国版ゴジラでは、原発事故が描かれているという。元祖ゴジラは水爆実験で目覚めたことになっている。東京が火の海となり、観客にかつての空襲の恐怖を思い出させるようなシーンもある。ということは、新旧のゴジラは、戦争や原発について日本人に警告している。まして、集団的自衛権の行使容認などもってのほかだ。

 

 ▼きのうの朝日新聞が、こんな趣旨の記事を載せていた。しかし映画評論家の樋口尚文さんによれば、少なくとも元祖ゴジラは、反戦や反核をテーマにした映画ではなかった。8年間もの軍隊生活を送っている本多監督から、直接聞いた話だという。「監督が作りたかったのは戦後の暗い気分をアナーキーに壊しまくってくれる和製『キングコング』のような大怪獣映画」だった(『グッドモーニング、ゴジラ』国書刊行会)。

 ▼なんでもかんでも、反戦、反原発に結びつけなくてもよかろうに。ひとりごちつつ、昨夜久しぶりにDVDで、娯楽映画の傑作を堪能した。

 ニュース記事はいずれ削除されてしまうので全文引用した。やはりまあ、案の定産経新聞の朝日新聞の記事に対する反論である。僕は朝日新聞が絶対正しいなどとは露ほども思っていなくて大手の全国新聞と同程度の信用しか置いていない(もちろん産経に比べれば天と地ほどの差はある)。それこそ「ゴジラ」を反核・反戦の方面で語ることは公開以来幾度と無くされてきたことで別段目新しい話題ではない。朝日新聞でなくてもごくごく普通の意見だ。それでもこの産経抄の記事はかなり頭が悪いと言っていい。記事で挙げられている樋口尚文氏の「グッドモーニング・ゴジラ」は以前読んだとは思うのだが、覚えていないので確認しようがないが、少なくとも初代ゴジラに「反核・反戦テーマが込められていない」なんてことはまずありえない。もちろんシリーズが続く中ではそういうテーマから外れた純粋娯楽作もあるけれど(代わりに公害など当時としてはタイムリーな新しいテーマもある)、初代ゴジラほどシリーズの中でもこれほどテーマ性が強烈に押し出された作品もあるまい。別に深読みしなければ分からないといううレベルではなく、登場人物の台詞を抜き出すだけでも明らかである。


「いやね。原子マグロだ、放射能雨だ。そのうえ今度はゴジラと来たわ。もし東京湾へでも上がり込んできたら一体どうなるの?」

「まず真っ先に君なんか狙われる口だね」

「いやなこった。せっかく長崎の原爆から命拾いしてきた大切な身体なんだもの」

「そろそろ疎開先でも探すとするかな」

「私にもどっか探しといてよ」

「あーあ、また疎開か。全く嫌だな」


あの凶暴な怪物をあのまま放っておくわけにはいきません。

ゴジラこそ我々日本人の上に今なお覆いかぶさっている水爆そのものではありませんか。


もしもいったんこのオキシジェン・デストロイヤーを使ったら最後、世界の為政者たちが黙ってみているはずはないんだ。

必ずこれを武器として使用するに決まっている。

原爆対原爆、水爆対水爆、そのうえ更にこの新しい恐怖の武器を人類の上に加える事は科学者として、いや一個の人間として許すわけにはいかない。


あのゴジラが最後の一匹だとは思えない。

もし水爆実験が続けて行われるとしたら、あのゴジラの同類がまた世界の何処かへ現れて来るかもしれない。

 いずれも有名な台詞だ。さらに劇中でもゴジラの襲撃で今まさに最後を迎えようとする親子の「お父ちゃまのところに行くのよ」という台詞や避難所で幼児にガイガーカウンターを向けて機器が反応するところなど、これでもか、という描写がたんまりである。さらに言うならゴジラの2回目の東京襲撃は東京大空襲のB29編隊の爆撃ルートをなぞっていたりする。時代的にもまだ敗戦後9年と戦争の記憶が色濃い時期というのもあるだろうが純粋娯楽だけを志向していたら決してこんな作りにはなっていないはずだ。もちろん今と違って原発にまでテーマを広げられるかどうかは分からないが、少なくとも戦争と核兵器に対しての強いアンチテーゼは感じられる。

 軍隊生活を8年を送った本多猪四郎監督がまるで反戦反核意識が無かったかのように書いているのもおかしくて(まるで軍隊生活を送ったからこそ反戦ではない、とミスリードしている)山本嘉次郎門下の本多監督が3回の徴兵で同門で年下である黒澤明や谷口千吉に比べて監督としてのキャリアに大きく差を付けられてしまったことや(この徴兵期間には二・二六事件に巻き込まれたりしている)戦後復員するときに原爆で壊滅状態にあった広島の惨状を汽車から見て強い衝撃を受けた、というエピソードなどは有名である。少なくとも本多監督のインタビューで反戦・反核テーマを込めた、という記事はたくさん読んだことがある。さらにそこに音楽の伊福部昭、製作の田中友幸、原作を担当した香山滋などの意見も加えればテーマ性は明らかだ。

 もちろん「痛快な娯楽作」として制作したこともまた事実だろう。僕がこの産経新聞の記事をツイートした際に「そういう矮小な社会性に囚われて観るのはおかしい。怪獣の破壊が素晴らしいんだろう」というような意見も見かけた。もちろん「ゴジラ」は「反核・反戦」だけの映画ではない。破壊のスペクタクルや快感に浸る見方ももちろん有りだ。ただ「ゴジラ」の場合普通に見ればただボーっと見てたってその強いテーマ性は分かるはずだし、「社会的なテーマが薄い物(あるいは囚われない物)が真の娯楽作」的な見方にも僕は与しない。というかそういうテーマ性まで含めて娯楽だと僕は思う。初代「ゴジラ」から上記の台詞や描写を削除して見たらそれでも面白いとは思うが現在まで語り継がれるような作品にはならなかっただろう*2。「キングコング」でさえ大恐慌という現実が確かに影を及ぼしているのである。

D

 まあ産経新聞の場合反射的に朝日新聞に噛み付いたというところなのだろう。多分朝日が「太陽が東から昇るのは常識であるが…」などと書いたら「いや、西から昇る太陽もある!」と書きかねない*3。

f:id:susahadeth52623:20140613025249j:image

 ゴジラが国会議事堂を破壊した時に観客から拍手と歓声が起きた、というエピソードも有名だけど、その辺は制作時から見込んだ反応なのだろうか。

 さて、劇中ではゴジラは「200万年前、ジュラ紀から白亜紀にかけて極めてまれに生息していた海棲爬虫類から陸上獣類に進化しようとする中間型の生物」と山根博士によって説明される。この200万年前というのは当時の古生物学からみても明らかな誤りであるが、これはおそらく意図的なものであろうと言われている。200万年前は最初の人類であるアウストラロピテクスが発生した時期である(現在はもう少し遡れると言われている)。つまりゴジラと人類を意図的に被らせることでゴジラを単なる古代の生き残りではなく、人類の科学の結果(あるいは犠牲)として描かれている。

 ゴジラというネーミングはゴリラとクジラの合成であるとも、スタッフにグジラと呼ばれる人物がいてそこから取ったとも諸説あるが、これが抜群のネーミングで以降、怪獣のネーミングは基本3文字で「~ラ」で終わるのが基本となった。おそらく仏教の天部に同様の語感の名前が多いのも馴染んだ結果だろう。その次ぐらいに主流なのがラドン、バランなどやはり3文字(+α)でラ行を入れつつ「~ン」で止めるネーミングだろう。これがアメリカだと「~トー」で終わる名前が多い気がするなあ(怪獣じゃないけどマグニートーとか)。今度の「GODZILLA」でも「ムートー(ムトー?)」という新怪獣が登場するそうである。

 ゴジラの英語名「GODZILLA」も秀逸で東宝側が考えたのか、アメリカ側が考えたのか分からないけれど「GOZILLA」でも「GOJIRA」でもなく「GOD」と「神」という単語を組み入れたのは素晴らしいアイデアだったと思う。発音的に「ガッジラ(ゴッドジーラ)」なのか「ゴジラ」なのかは置いておいて(日本語でも必ずしも英語固有名詞を英語発音に忠実に発音するわけではないのでその辺「ゴジラが正しい!」と目くじら建てるのも大人気ない気がする)単なる巨大生物ではなく「神」であるという意味合いが強くなる。もちろん先述している通り、ゴジラは巨大生物でもあり、自然災害でもあり、核兵器や戦争のメタファー(同時に犠牲者)でもあり更に現代に生きる人間そのものでもある、と様々なメタファーである。


「ガッジラじゃなくてゴジラだよ!このクソ上司!」

これはエメリッヒ版でも合った台詞ですね。新しい「GODZILLA」でも予告編の中で渡辺謙が英語のセリフで、だけどゴジラの部分は日本語発音で発しているところがあって一部で喝采を浴びていたが、まあ劇中どういう経緯でこの台詞が出てくるのか、他のキャストがどういう発音をするかは分からないけれど、僕はそんなに拘る部分ではない気がする。

 ところで劇中でのゴジラの名前の由来である大戸島の伝説に残るゴジラ(呉爾羅)は島の娘を生贄に取るという意味で実はキングコングの同類だったのではないか、などと思ったりした。キングコングは外見はゴリラがそのまま巨大化したような風貌だけどもちろんゴリラと同一ではなくそもそもスカルアイランドはアフリカではなくインドネシアにある。おなじアジアの生物ということで実は「呉爾羅=キングコング説」などを唱えてみたりした。

f:id:susahadeth52623:20140613025303j:image

 キャストは今でも活躍するスター、宝田明にその後も特撮作品でその美貌とミステリアスな雰囲気を活かした平田昭彦、永遠のヒロイン河内桃子の新人3人にすでに大ベテランの大スターで同時期にはやはり不朽の名作「七人の侍」で勘兵衛も演じていた志村喬の4人を中心とする。若手3人は本当にいま見ても美男美女でうっとりするぐらいである。彼らの三角関係が見事にドラマの中に溶け込んでいるのもこの初代「ゴジラ」の特徴で当時特撮とドラマがここまで一体となった作品は世界を見回しても中々無かったのではないか。このへんは細やかな演出で知られる本多監督の手腕であろう。「キングコング」の場合キングコングまで含めた三角関係を形成したが、ゴジラの場合超然としすぎてそういう人間ドラマに直接関わってくるわけではない。キングコングではコングと対比されるのは恋のライバル、ドリスコルであったが、「ゴジラ」でドリスコルの立場である宝田明演じる尾形はゴジラとの対比によって成り立っているキャラクターではない。ゴジラと対比になっているのは志村喬演じる山根博士だったり、平田昭彦演じる芹沢大助博士だったりする(しかしこの師弟は古生物学と化学というぜんぜん違う学問の分野であるのだがどうやって師弟の関係を結んだのだろう?)。山根博士はゴジラを殺すべきではない、という立場で少しカール・デナムとも重なる。最もゴジラと重なっているのは戦争で傷を負い戦後は世捨て人のように研究室に閉じこもっている芹沢博士だろう。ゴジラは核実験の犠牲者であり核を体現する生物兵器でもあるが芹沢博士も戦争によって傷つきながら核兵器を越える発見をしてしまう。芹沢博士は眼帯をしたそのスタイルと発明品からマッドサイエンティストのように思われている時もあるが実は科学者としては極めてまれな正しい倫理観の持ち主である。劇中であまり共感できないゴジラ生け捕り論を展開する山根博士のほうがむしろマッドサイエンティストっぽくあったりする。演じた平田昭彦の(それこそ宝田明の長身でたくましい海の男と比べて)繊細で細い美貌がこの芹沢博士の印象を決定づけている。同時期だとアンソニー・パーキンスと似たタイプの役者か。

 そして河内桃子さん!実は東宝特撮映画への出演はそんなに多くないのだけれど、この一作で永遠のヒロインとなった。やはり1984年版の「ゴジラ」でヒロインとなった沢口靖子にも受け継がれているその清楚さは特筆すべきである。宝田明は現在だとミュージカルのイメージも強いんだけど健康的な海の男として陰鬱な芹沢博士との対比が見事なんだなあ。

 その他、例えば菅井きんが出ている(あんなハッスルする女性議員は1954年当時でも珍しいかったのじゃないか)とか堺左千夫の新聞記者萩原が前半は意外と主役級であるとか。ちなみに信吉少年がその童顔に反して低い大人の声を出すので毎回第一声にびっくりしてしまう。

f:id:susahadeth52623:20140613200453j:image

ゴジラと河内桃子さんのツーショット。撮影時のオフショット?それとも宣伝?あの凶悪な初代ゴジラも河内桃子の魅力にメロメロです(中には中島春雄さんが入っているのかしら)。

 ちなみに画像が鮮明になって新発見としては劇中の新聞のアップで見出しが「各国の調査団 続々と到着」とあるその新聞の記事本文の書き出しが「エロ本の題名をあげる事自体と~」となっているのですな。DVDで確認したところ明らかに関係ない記事でした。まあ見出しだけ注目すれば良いわけで、半世紀以降も後になってじっくり確認されるとは思っていなかったのでしょう。

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 とにかく傑作であることは間違いないです。図らずも60年経って尚色褪せない社会問題まで描いていることはそれこそ産経新聞があんな反応をしてしまったことからも明らか。もちろん特殊撮影によるゴジラの破壊描写も素晴らしい(このへんはむしろ白黒だからこそ今でも遜色なく見れるのではないかと思う)。「ゴジラ」は永遠のマスターピースだ。

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 ちなみに僕はここ最近のアメリカ産怪獣映画は「パシフィック・リム」もギャレス・エドワーズ監督の前作「モンスターズ」もどうにもイマイチだった人間なのだけれど、この「GODZILLA」には本当に期待しているし、実際予告編を観る限りその期待は間違いないと思ってます。こころして7月を待つ!

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*1:「キングコング対ゴジラ」「モスラ対ゴジラ」「三大怪獣地球最大の決戦」あたりはそれなりに放送していた気がするが全体としてはガメラのほうが馴染み深かった

*2:「ゴジラの」海外版である「怪獣王ゴジラ」はかなり本編をカットし、さらにレイモンド・バーの新規シーンを加える事でかなり改変してある。ゴジラを水爆大怪獣というより台風や地震同様の自然災害の一種という意味合いが強い。上記の山根博士のセリフもカットされている。それでも全体として「お父ちゃま」の親子のシーンは残っていたり反戦的な色合いは濃い

*3:産経は記事の内容以前に普通に日本語の文として怪しい記事も多い。前々から疑問だっただが産経の記者はそういう輩が集まってくるのか、入社してから染められていくのかどっちなんだろう?もちろんあくまでビジネスとして書いているという人もいるのだろうけど


http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:75nSuhJi7X0J:is-factory.com/post-7107/&num=1&client=firefox-b&hl=ja&gl=jp&strip=1&vwsrc=0

ゴジラ2014 ハリウッドは核爆弾をナメてるし 設定はガメラ

公開日: 2014/08/03/ am 01:15 レビュー
この記事の所要時間: 約 4分23秒

GODZILLA ゴジラ2014GODZILLA ゴジラ2014

ネタバレ有りです。

GODZILLA ゴジラを3D吹替で観てきました。

う〜ん、監督のゴジラや怪獣映画への敬愛は感じるけど、、、

◯と×を箇条書きにしてみました。

公式サイト

前記事:ハリウッド版ゴジラ 日本で無事に公開されるか? その不安とは?


ゴジラ2014の良かったところ

・原発事故で強制避難させられ廃墟になった都市は身につまされる

・その原発事故と津波のシーンを日本版予告編に入れなかったのは正解。入れてたらイチャモンがついたかもしれない。

・ゴジラの鳴き声がオリジナルに近かった。特に最後の余韻の部分。

・ちゃんと背びれが光って火を噴いた。最後のムートーママをやっつける時は、ゲ◯を流し込んでる風にも見えたけどw

・監督のゴジラと怪獣映画への敬愛が感じられた。

・イグアナじゃなかった マグロを食べなかった

GODZILLA ゴジラ2014GODZILLA ゴジラ2014
ツッコミどころ1・核爆弾の威力をナメている

GODZILLA ゴジラ2014GODZILLA ゴジラ2014

タイマーの残り時間から考えると、爆発したのは、ゴールデンゲートブリッジを過ぎた辺り。

劇中で「ビキニ環礁の頃のキロトン級とは桁違いのメガトン核爆弾」と言ってたので、それがゴールデンゲートブリッジで爆発すると、サンフランシスコは蒸発してしまうはず。

それが、ただ眩しいだけで終わりだなんてアホですか?

おい、ハリウッド聞いてるか?!

そもそも、おまえらは核爆弾の威力をナメてる!


シュワちゃんの「トゥルーライズ」も、爆発の瞬間「みんな、目をつぶれー!」だったよね。

閃光さえ見なければ大丈夫とでも思ってんの?


「インディージョーンズ・クリスタルスカルの王国」では、街並を再現した原爆の実験場に迷い込んだハリソン・フォードが、爆発寸前に家庭用の冷蔵庫の中に避難。

すると、冷蔵庫が爆風でヒューンと飛んで行って助かるなんて。

間、あれはアメリカンジョークなんでしょうが。


80年代のTV連続ドラマで、当時、かなり話題になった「デイアフター」。

ソ連との全面核戦争で、アメリカ本土にも、数百発の核ミサイルが落ちる。

その被爆した人たちのダメージがなまぬるい。

ちょっとした火傷しかしていない。

広島や長崎の被爆者の写真も見ずに作ったのかと。


ま、そもそもアメリカ人は、核爆弾に対する立ち位置が日本とは全く違うので、原爆の被害を詳しく知らなくても仕方がないかな。

日本本土上陸作戦をせずに終戦したのは原爆の効果であり、アメリカ兵はもちろんのこと、日本人も数百万人が死なずに済んだと信じて疑わないし、

「自分から殴り掛かってきたくせに、少し強く殴り返されたからといって被害者面するなよ」というのが根底にありますから。

だからハリウッドは、核爆弾をポンポンとお気楽に爆発させるのでしょう。


ツッコミどころ2・時間経過がおかしい

GODZILLA ゴジラ2014GODZILLA ゴジラ2014 GODZILLA ゴジラ2014GODZILLA ゴジラ2014

そもそも、上記の核爆発に至るまでの時間経過がおかしい。

米陸軍の部隊が、ラドンじゃなくてムートーがかっさらったミサイルにたどり着いた時、タイマーの残り時間は27分位。(正確な残り時間は覚えていません。以降同じです。1〜2分違ってても大差はないので、突っ込まないでくださいね)

すぐに脚立が2個用意されたのにも驚いたけど(あんたら、スカイダイブした時に脚立は持ってなかったよね?)、外した核弾頭を数人でかかえて、深さが50mはあろうかという足場の悪い穴から出て埠頭(多分フィッシャーマンズ・ワーフ)まで運び、怒り狂ったムートーママに襲われながらボートに積んだ時に、残り13分。

あんたら14分でそれらをやってのけたの? 無理だろ?

あの作業環境では、宙吊りのミサイルから核弾頭を外すだけでそれくらい掛かりそう。
重いんだから。

主人公がボートに乗り込み、気を失いながらもオートクルーズで出航し、残り5分のところで、埠頭から直線で約6kmのゴールデンゲートブリッジ下を通過。

その残り5分で、ヘリからレスキューが降りて来てボートから引き上げられるという驚速の仕事ぶりの後、メガトン核が爆発。

よくぞご無事でw 被曝もしてないようだし。

時間と言えば、芹沢博士(渡辺謙)が形見の壊れた懐中時計を見せ、父親は広島で爆死(1945.8.6)したという設定。

当時0歳だとしても、芹沢博士は69歳ということに。

とてもお若く見えますw

それから、芹沢博士って、日本語発音で「ゴジラ」って言う以外に、何か役に立ちましたっけ?

博士というより、ゴジラに詳しいオタク程度だったような。
(オキシジェン・デストロイヤーはどうした?!)


ツッコミどころ3・ガメラのパクリでしょ

GODZILLA ゴジラ2014GODZILLA ゴジラ2014

長い眠りから覚めた、飛翔する邪悪な怪獣が暴れたら出現し、やっつけるたら去って行く「地球の守護神」って設定。

それは平成ガメラとギャオス、レギオンでしょ。

ゴジラが廃墟の都市に横たわって灰をかぶっているところは、仙台のガメラだし。

ちなみに平成ガメラは、監督:金子修介、特技監督:樋口真嗣、脚本:伊藤和典という豪華な布陣の傑作で、特に2作目のレギオン襲来が大好きです。


ツッコミどころ4・その他イロイロ

GODZILLA ゴジラ2014GODZILLA ゴジラ2014
・主人公の妻の吹替がヘタ。

主人公の妻の登場シーンは、吹替のヘタさが気になって気になって気になって。

観た後に、ググッたら、波瑠でした。

ま、プロメテウスの剛力彩,アベンジャーズの米倉涼子,TIMEの篠田麻里子,スノー・ホワイトの小雪,ウォンテッドのDAIGOより、1メガ倍はマシだけどねw


・ゴジラの登場まで引っ張り過ぎで、全身が見えるシーンが少なかった。


・ムートーの2頭が久しぶりの再会を果たした時、♀は既に産卵直前。
産卵後に♂が精子を振り掛けた風でもなかったので、別に必死こいて再会しなくてもよかったのでは?プラトニック?


・これって3Dだったよね?と思うくらい3D効果が無かった。

ゴジラやゴジラの火炎やムートーやミサイルや倒れるビルや爆発が飛び出して来ると思っていたのに。


・日本の原発の幹部がガイジンなのは違和感。


・アメリカ軍の攻撃って、ゴジラに当たったっけ?

銃は当たってたと思うけど、戦車の砲撃や艦船からのミサイルはほとんど外れていたような。
ゴジラも潜りながら艦船をよけてくれてたので、相身互い(あいみたがい)かな。


・橋の上のスクールバスの窓から子供達がゴジラを見るシーンって、ダークナイトライジングそのもの。製作が同じだから、パクリでは無いのでしょうが。

ゴジラのシーンとダークナイトライジングのシーン
GODZILLA ゴジラ2014GODZILLA ゴジラ2014 ダークナイトライジングダークナイトライジング
そういえば、ダークナイトライジングも、最後に少ない時間で海上まで核爆弾(中性子爆弾)を運んで爆発させましたね。

http://ch.nicovideo.jp/muratanp/blomaga/ar497942



【ネタバレ注意】めんどくさい人が観た「ゴジラ(2014)」感想



2014-07-26 15:5432
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はい、観てきました。
という事で感想を綴ろうと思うのですが、一問一答っぽい形式で褒めた後、めんどくさい人モードでの感想を書きたいと思います。

ではまず褒めるフェイズから。

●面白かった?
面白かったかと問われたら、今回のゴジラはまず間違いなく面白いです。
皮肉とかではなく素直に。

●ちゃんと怪獣映画だった?
自分が思う「怪獣映画」は
・登場怪獣が人類を圧倒しているか
・都市を舞台に暴れ回り破壊の限りを尽くすか
・怪獣に対して人類がどう立ち向かうかという描写があるか
という点が描かれているかどうかと考えているのですが
今回のゴジラはこれを全て満たしていたので、まさしく我々の想像する「怪獣映画」だったと思います。

●「ゴジラ映画」としてはどうだった?
これは胸を張って「ゴジラ映画だった」と言えます。が、これに関しては後述のめんどくさいモードの際にまた書きます。

●新怪獣ムートーってどうよ?
放射性物質を食べて成長し、電磁パルスを発生させて電子機器をストップさせてしまう、
さらに無数の卵を産んで繁殖までするというとんでもないヤツでした。
特に電磁パルスは戦闘機や軍艦を完全に無力化してしまうので、米軍がまるで歯が立たず
「効くかどうか分からないがとりあえず核ミサイルでぶっ飛ばすしかねぇ…」という状況まで追い込みます。
挙句その核ミサイルまで食われてさあ大変!って事にもなるので、人類に対して無慈悲なまでに暴れ回ってくれます。
これ、これですよ。やっぱり怪獣はこれくらい無慈悲で暴力的でないと。
そういった点では、ムートーは「モンスター」ではなく、れっきとした「怪獣」でした。

●ゴジラはどうだったの?
今回のゴジラは「地球の生態系の頂点に君臨する存在」として登場しており、
核エネルギー(と、同じくそれをエネルギーとする生物)をエサとしていて、それがムートーを追う理由の一つとして描かれています。
さらに、ミサイルや大砲をものともしない頑丈さを持ち、背ビレを光らせて放射熱線も放ちます。
特に放射熱線は最初の一発目を放つ際、尻尾の先の背ビレから徐々に上の背ビレが光っていき、全て光った後に発射するというメチャクチャカッコいい演出でやってくれます。
ここは正直鳥肌が立ちました。マグロ食ってる方ではやってくれなかったけど、今回はちゃんとやってくれました。
頑丈で、重厚で、核をエネルギーとして、放射熱線を吐く…
我々のイメージする怪獣王「ゴジラ」が、今回の映画には、確かに存在しました。

●そろそろまとめて?
「ゴジラ映画が帰ってきた」
今作を観て、私は間違いなくこれを感じました。
パシフィック・リムの時も思いましたが、海の向こうにも怪獣映画の何たるかを理解する人が存在し、そしてそれを制作出来る時代になったんだなとも思い、同時に日本でそういうモノが作られない、あるいは作りづらいという事に悔しさも感じました。
ですが、今はただ、怪獣王の帰還を大いに喜びたい。そういった気分です。










……さて、褒めるのはこの辺まで。
ここからはめんどくさいモードに入ります。

先程あれだけ褒めちぎりましたが、実は今回のゴジラで「えっ、これはちょっとなあ……」と思ってしまった所が二点ほどあります。

まず一点。

●ゴジラをヒーローにしてしまった
今回のゴジラですが、これは私が勝手に期待してしまっていた事なのですが、
今作は初代ゴジラのように、ゴジラ「のみ」が人類の脅威として立ちはだかり、
米軍がいかにゴジラを撃退するのかを描く内容になるだろうと想像していました。
しかし実際はムートーという新怪獣が登場し、人類の脅威として立ちはだかるのは
ゴジラよりもむしろムートーの方であり、ゴジラは人類の脅威ではありますが、
ムートーを倒す為に現れたという趣きの方が強く、結果的に人類を救ったような結果となってしまっています。
(ラスト近辺の、海へ帰るゴジラを中継するTV映像に「怪獣王は救世主か!?」というテロップが出ている所にも、今作のゴジラのヒーロー性が現れていると感じました)

そういう意味では、今作のゴジラは初期やVSシリーズの
「人類の脅威」としてのゴジラではなく、昭和シリーズ中期~末期の
「人類に(比較的)友好的なゴジラ」を目指したのかなと、そう思いました。

前述の「ゴジラ映画としてはどうだった?」という項目について後述すると書いたのは
ここが絡んでおり、今作は確かにゴジラ映画ではありますが、自分の想像していた
「初代のような重々しい内容のゴジラ映画」ではなく、
「昭和期(三大怪獣~チャンピオンまつり期)のゴジラ映画」だった、というのが私の見解です。

こういった点から、今作のタイトルも「GODZILLA」ではなく
「ワーナーチャンピオンまつり サンフランシスコ大決戦 ゴジラ対ムートー」
としてくれた方が、もしかしたらしっくり来たかもしれません……。
(※VSでも×でもなく「対」な所がミソ)

ついでに、空を飛び回り強い繁殖力を持つ怪獣……

…ん?


破壊者ではなく、大自然の均衡を保ち、調停者として君臨する怪獣……

……うん?


あっ、この映画、ゴジラの皮を被った平成ガm……ゲフンゲフン!!!!



……では次に二点目。

●米ソの核実験を正当化している(と思えても仕方の無い)シーンがある
史実では太平洋戦争後、米ソは幾度も太平洋上で原水爆実験を繰り返していましたが
今作のゴジラでは、実はこれは原水爆実験ではなく、
その頃に現れたゴジラを倒す為に行われていた物だという説明が劇中でされます。

……この説明を聞いて私は思いました。「ふざけんじゃねぇぞ」と。
いくらアメリカ側が作った映画とはいえ、ゴジラをダシにして自分達のしてきた事を正当化してんじゃねえぞ、と……。

ゴジラは皆さんもご存知の通り、核の脅威を怪獣に投影させた存在であり
その後も一貫して反戦、反核を訴える存在であり続けました。
(忘れられてたっぽい時期はありますが……)

ただ、今作のゴジラは、前述した通り、そういった願いの込められた
重々しい内容の時期のゴジラではなく、それはひとまず置いといてゴジラのヒーロー性を
高めていた時期の内容に近いので、今回もおそらくそうしたのでしょう。

製作国がアメリカという事情というのがあるのか、
それとも初代と同じような物は作れないから思い切ってそういう方向に舵を切ったのか、
作り手側の意図は分からないにせよ、土下座して「私達が悪う御座いました!!」とまでやれとは言わないので、ちょっとくらい反省や贖罪を匂わせる内容にはして欲しかったと思いました。
(芹沢博士が広島の原爆で亡くなった父の形見の懐中時計を米軍のステンツ提督に見せて、提督が複雑な表情をする、というシーンはありましたが……)


私が今作を観て不満に思ったのは、大きくは以上の二点のような内容です。
細かい事については今回は割愛します。(芹沢博士があんまり役に立ってない、とか)

まあ何にせよ、今回のゴジラは「想像してたのとは違ったけど、間違いなくゴジラ映画」
と言えるので、マグロ食ってる方のリベンジは十二分に果たせたと判断していいでしょう。
次回作、あるなら期待してます。

http://ch.nicovideo.jp/taihouya/blomaga/ar586369



【ゴジラ2014】(シリーズ全部見てないけど)あえて言おう!(ゴジラ映画としては)カスであると!!【暴言感想】



2014-07-27 07:02
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にわかのくせにタイトルで暴言言ってますが、怪獣映画としては面白かったんですよ!

でも、ゴジラ映画って言うとちょっと、ねえ…。



暴言の理由とネタバレ感想に入る前に、私が見たゴジラ映画とその初見(一部推定)をリストアップしておきます。

ゴジラ('84) (10代前半・テレビ)
ゴジラvsビオランテ (10代後半・テレビ)
ゴジラvsキングギドラ (10代後半・テレビ)
ゴジラvsモスラ (10代後半・テレビ)
ゴジラvsメカゴジラ (10代後半・テレビ)
ゴジラvsスペースゴジラ (10代後半・劇場)
ゴジラysデストロイア (20代前半・劇場)
ゴジラ(初代) (20代前半・劇場)
GODZILLA(エメリッヒ版) (20代前半・劇場)
ゴジラ FAINAL WARS (30代後半・テレビ)
モスラ対ゴジラ (30代後半・テレビ)
ゴジラ対ガイガン (30代後半・テレビ)
ゴジラ×メカゴジラ (30代後半・テレビ)
ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS (30代後半・テレビ)
GODZILLA(2014) (30代後半・劇場)
(参考:平成ガメラシリーズは全部劇場で。)

…うむ、ゴジラシリーズ半分しか見てないな。(あと齢がバry・・・w)
あ、念のため。
私はエメリッヒ版も楽しめました。(マグロ喰ってるのとハープーンにやられる以外)



さて。本題の今回のゴジラについてですが、視聴後の感想は、
・これ、ゴジラじゃなくて平成版ガメラのリメイクだろw(又は私の見てない"対"シリーズのリスペクト)
・エメリッヒ版はクソだけどコレは良作、と言う方にはその理由を聞きたい。マグロとハープーン以外で。
ってとこでしょうか。(場面ごとの細かいツッコミどころはありますが、そこはまぁ…。)


そしてガメラ云々はさすがにネタバレになると思ってたのですが、
http://ch.nicovideo.jp/muratanp/blomaga/ar497942
こちらのむらたんPのブロマガを拝見したところ、ガメラさんとギャオスさんは目線入りで紹介されてましたw

そして、このむらたんPのブロマガに「米ソの核実験を正当化している(と思えても仕方の無い)シーンが」という記事があり、「そうか、そう言う見方に取れるな」と思い、そこで重要なことに気づきました。

今回のゴジラ「核兵器を否定して無い」んです。
初代ゴジラは水爆実験で誕生した脅威として明確に反核エネルギーが描写され、その後の日本の27作品はすべてそれをベースにしている以上、(昭和ゴジラ末期は忘れかけていた時期もあったようですが)反核エネルギーをアピールしてたはずなんです。そして、あの評判の悪いエメリッヒ版でも「放射能のせいで異常進化」した存在としてゴジラは描写されていました。

なのに、今回のゴジラは(体内に原子炉を内蔵するという設定はあるものの)言ってしまえばただの古代生物であり、深海で棲息していたところを原潜(ノーチラス号?)の放射能を察知して出て来たわけで、「人類はゴジラの誕生に寄与していない」のです。

もちろん、ライバルであるムートーも「核エネルギーをエサ」にし、人類が目覚めさせたとはいうもののその誕生は遥かに古代であり、やはり「人類はその誕生に寄与して無い」のです。

あげく、むらたんPの指摘通り「水爆実験を正当化」した上に、一人の提督の決断でメガトン級の核を何発も移動させてためらいなく使用させます。そしてそこに大統領もホワイトハウスも関与がまったく描写されていないのです。(また使用を提言した作戦参謀も「当時のキロトン級では無理でも現代のメガトン級なら…」と発言し、「只の爆発力の強い爆弾」としか認識していないことがわかります。)

トドメはラストシーンで、「60秒で解除して見せる」と豪語した主人公に核のタイマーを停止させるのではなく、港外に向けて核を積んだボートを発進させて港外で核を炸裂させてしまいます、なんの目標も無しに。(ボートでたった5分でメガトン級の核の被害半径をサンフランシスコの外にまで持っていけるのかねぇ…?)

一応、芹沢博士が核の使用に反対するものの、提督は一蹴していますし…。
ってあれ。「父親を広島の原爆で亡くした」芹沢博士って何歳なんだ…?(いやま、父親は被爆者としてその後何年も生きてた、って事なんだろうけど、あの会話だと父親は8/6に死んだように感じるよなぁ…。)


と言うことでまとめますと、
反核をアピールしていない、むしろ正当化しているというただ一点においてゴジラ映画としては糞、というか「ゴジラ映画ではない」。むしろ、平成版ガメラのリスペクトと言った方がしっくりきます。(視聴直後の感想から「w」が取れているのがミソ。)

「ゴジラを人類を助ける側」として描写したのは"対"シリーズのリスペクトであるのかもしれないけれど、「大自然の均衡を保つ調停者」という怪獣と、その敵が「繁殖力が強くその繁殖が目的」というのはやっぱり平成版ガメラですよね…。





オマケ
本編を見ただけではわからない細かい設定等を確認しにWikipediaを見ていたところ、そこに燦然と「全3部作予定」の文字が…。今回のゴジラは続編の発表があったのは知っていたのですが。

「やっぱり平成版ガメラじゃねーか!」

2では軍を退役し家族と田舎町で隠棲するフォード大尉が、新たな宇宙から来た怪獣の第一報告者となりゴジラと米軍が共同して宇宙怪獣を撃退。
3ではアルコールに溺れ家族に捨てられたフォード大尉が、ムートーの王とでもいうべき存在の第一報告者になり、親を殺したゴジラを憎む子供が出てくる…。
という内容になるんですね、わかります!!

…当たって欲しいような、欲しくないような予想だなぁ。
もうさ、いっその事「ゴジラ対ガメラ」やってくんねーかな・・・。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49434


『シン・ゴジラ』に覚えた“違和感”の正体〜繰り返し発露する日本人の「儚い願望」

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日本の政治家や官僚は非常事態でも都合よく「覚醒」しない…(『シン・ゴジラ』予告より)


文/辻田真佐憲(近現代史研究者)

バブル時代とゴジラ映画

経済大国日本は、21世紀にその財力で赤字国の領土を買いあさり、22世紀に世界最大の面積を誇る大国になり、23世紀に唯一の超大国として世界に君臨するにいたる。この事態を憂慮した未来人の一部は、タイムマシンを使って20世紀末の日本に怪獣を送り込み、日本を徹底的に破壊して、歴史を改変しようと試みる――。

これは、1991年12月に公開された『ゴジラ対キングギドラ』(大森一樹監督)のストーリーである。衰退する一方の現代日本では、このストーリーはいまやまったく現実味のないものになってしまった。

しかし、この脚本が書かれたころの日本では、必ずしもそうではなかった。

当時の日本はバブル景気の真っ直中であり、世界中の企業を買いあさるなど、まさに我が世の春を謳歌していた。いわゆる「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代だ。それゆえ、日本がこのまま世界を支配するという荒唐無稽なストーリーにも、一定の説得力があったのである。

ただの怪獣映画と侮ってはならない。娯楽映画であったとしても、その内容や消費のされ方には、時代や政治の動きが反映される。ましてゴジラ映画は、太平洋戦争や水爆実験など、時に現実世界のできごとと密接に関係してきたのだから、なおさらそうである。

失われた20余年と『シン・ゴジラ』

ひるがえって、今年7月末に公開された新作(日本製作では約12年ぶり)の『シン・ゴジラ』(庵野秀明総監督)はどうだろうか。




『シン・ゴジラ』では、ゴジラはこの21世紀のうらぶれた日本にやってくる。決断力に欠ける政治家や、省庁間の縦割りにこだわる官僚たちは当初、この非常事態にうまく対処できず、いたずらに被害を拡大させてしまう。

ところが、日本存亡の危機がせまるに及んで、政治家や官僚たちは「覚醒」する。眼の色や表情は明らかに変化し、従来のしがらみを捨てて結束し、ゴジラと対するようになるのだ。「現場」の公務員や民間人たちも、身命をなげうってこの動きに呼応する。

かくて挙国一致した日本は、東京に核ミサイルを打ち込んでゴジラを抹殺しようとする米国の動きを牽制しつつ、日本の科学技術力を総動員して、ついにゴジラの動きを自力で止めることに成功するのである。

なんとも劇的なストーリーであるが、実はこの展開はさほど珍しいものではない。

日本はたしかに衰退している。だが、われわれには秘められた力がある。立派な指導者さえ出てくれば、この国はまだまだやれる。対米従属だって打破できるし、科学技術力を世界に見せつけることだってできる――いわゆる「失われた20余年」の日本人は、こうしたストーリーを愛好してきた。

たとえば、かわぐちかいじの漫画『沈黙の艦隊』(1988〜1996年)では、日本の政治家や官僚たちが、非常時に出くわしてたくましく成長し、団結する姿が描き出されている。対米従属を打破し、科学技術の底力を顕示するところも同じだ。

時代背景が異なるものの、荒巻義雄の仮想戦記小説『紺碧の艦隊』シリーズ(1990〜2000年)もまた、日本の政治家や官僚(軍人)たちが著しい指導力や先見の明を発揮して、主体的かつ独創的な政治や外交を展開する話となっている。

『沈黙の艦隊』も『紺碧の艦隊』シリーズも、一世を風靡した人気コンテンツだ。「失われた20余年」の日本人は、以上のようなストーリーを好意的に受け入れてきたわけである。『シン・ゴジラ』もまたそのひとつということができよう。

政治家と官僚の「覚醒」にリアリティはない

こうした政治家と官僚の「覚醒」ストーリーは、現実の日本の不能ぶりをむしろ露わにしている。

実際のところ、日本の政治家や官僚は(東日本大震災のような)非常事態にあってもみながみな都合よく「覚醒」するわけではない。不必要な決断などで、かえって混乱をまねくこともしばしばだ。また対米従属は相変わらずで、科学技術はどんどん世界に追い抜かされつつある。

その一方「現場」は、ブラック企業、非正規雇用、様々なハラスメントなどで疲弊している。ひとびとは格差やイデオロギーで分断され、とても一致団結できるような状態ではない。グローバル化が進んだ現代では、ゴジラのごときものが襲ってきても、富裕層などはさっさと海外に逃げてしまうだろう。

このなかでも、政治家や官僚の問題は宿痾のように根深い。というのも、直近では最大の国難ともいうべきアジア太平洋戦争(1931〜1945年)においてさえ、彼らは決して目覚めもしなければ、一致団結もしなかったからである。

よく知られるように、戦時下に本来ならば協力すべき陸海軍は、常にいがみ合い、情報を共有せず、資源を奪い合った。それだけではない。同じ陸軍のなかでも、陸軍省と参謀本部が対立し、参謀本部のなかでも作戦部と情報部が対立した。もちろん、海軍のなかにも同じような対立構造があった。

陸海軍は、まさに四分五裂の状態だった。一例をあげれば、1944年10月、陸海軍は、大本営発表に「陸海軍」と書くか「海陸軍」と書くか、その順序をめぐって5時間近くも揉め続けたといわれる。米軍が日本本土に迫る危機的な状態で片言隻句にこだわっていたのである。こうしたつまらない対立の事例は枚挙にいとまがない。

つまり、この国にあって、政治家や官僚は非常時にあっても都合よく「覚醒」しないし、一致団結もしない。これは現在だけではなく歴史的にもそうである。だからこそ、『沈黙の艦隊』や『紺碧の艦隊』のような虚構の作品が受け入れられ続けてきたのだ。

『シン・ゴジラ』では、政治家や官僚の肩書、服装、しゃべり方などがかなりリアルだっただけに、一層その「覚醒」の異様さが浮き立って見える。それは、現実社会における不能ぶりとのギャップを想起させないではおかず、痛ましくもあった。

劇中最後の、核ミサイル攻撃の回避においてもそうだ。かつて帝国日本は、なかなか終戦の決断をできず、みだりに戦争を長引かせ、ふたつの原爆投下を招くにいたった。これに対し本作では、「覚醒」した政治家や官僚と、「現場」の公務員や民間人によって核ミサイル攻撃が防がれる。

なんという「美しい」物語だろう。ただしそれは、われわれがいまだかつて一度も手にしなかった歴史でもあるのである

「現実対虚構」ではなく「願望対虚構」

劇場などに貼りだされている『シン・ゴジラ』のポスターには、「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)。」という印象的なキャッチコピーが書かれている。

実際には、ゴジラのような生命体が日本を襲うことなどありえない。たしかにこれは、まったくの虚構だ。だが、それと同じくらい、挙国一致し世界に実力を見せつける日本というのもまた虚構なのではないか。願望の発露といってもよい。

それゆえ、本作の内容を正確に反映するならば、「願望(ニッポン)対虚構(ゴジラ)。」とでもいうべきであろう。

『シン・ゴジラ』は、昨今の映画にありがちな無駄なシーンを削りに削ったとも評価される。たしかに、定番のお涙頂戴シーンや恋愛描写などはなく、たいへんテンポがよい。本作の秀逸さは散々語られているので改めていうまでもあるまい。

ただ、これはまた、われわれが「立派な指導者が出てくれば、日本はまだまだやれる」というストーリーを「無駄」と考えず、あまりにも自然に、快楽として受容しているということでもある。

「失われた20余年」にも似たようなストーリーはあまりにも繰り返されてきた。「決断できる政治家」に対する待望は久しい。「日本の底力」や「日本の実力」を謳歌するコンテンツも増え続けるばかりである。

だからこそ、野暮なことを承知のうえで、あえていわなければならない。知らず知らずのうちに、われわれはこのようなストーリーに影響されてはいないだろうか、と。

もし、『シン・ゴジラ』を観て、「立派な指導者が出てくれば、日本はまだまだやれる」と本当に思ったとすれば、そんなものは虚構のなかにとどめておかなければならない。「失われた20余年」に繰り返されてきたこうした願望の発露は、その実現可能性ではなく、その徹底的な不可能性を示していると考えるべきだ。

劇中に描かれる美しき挙国一致の「ニッポン」は、極彩色のキノコである。鑑賞する分には美しいかもしれないが、それを実際に口にすればひとは死ぬ。ありもしない「底力」とやらを信じて、身の丈に合わない行動を起こし、かえって損害を被るのはもうやめたいものである。

まもなく今年も8月15日の終戦記念日がおとずれる。

本当の非常時における政治家や官僚の言動は、そのなかにたくさん事例がある。『シン・ゴジラ』は名作ゆえに、様々な影響をわれわれに残すだろうが、その中和のためにも、実際の戦史について調べてみるのも悪くないのではないだろうか。

辻田 真佐憲(つじた・まさのり)
1984年大阪府生まれ。文筆家、近現代史研究者。慶應義塾大学文学部卒業。同大学大学院文学研究科を経て、現在、政治と文化・娯楽の関係を中心に執筆活動を行う。近刊『大本営発表』(幻冬舎新書)、そのほか単著に『たのしいプロパガンダ』(イースト新書Q)、『ふしぎな君が代』(幻冬舎新書)、『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』(幻冬舎新書)、『愛国とレコード 幻の大名古屋軍歌とアサヒ蓄音器商会』(えにし書房)などがある。監修CDに『日本の軍歌アーカイブス』(ビクターエンタテインメント)、『出征兵士を送る歌 これが軍歌だ!』(キングレコード)、『みんな輪になれ 軍国音頭の世界』(ぐらもくらぶ)などがある。
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