贅を尽くした私邸もなく、カストロ自ら二十年近く前に寄贈されたオンボロのベンツに乗り(ちなみにカストロの年間給料は、いかに貧乏国とはいえ僅か4万円!、平均的な国民給料の倍ほどしかない)、銃を持った警備の人間もいない大衆の中に平気で入っていき、演説をして帰っていくそうだ。キューバは米国による四十年にわたる経済封鎖により厳しい状況にあるが、ただの一人の餓死者も出さず、教育、医療に力を注いでいる。











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キューバの善政 記事をクリップするクリップ追加 2009/2/6(金) 午前 8:27 政治 その他政界と政治活動 02009.01.19 Monday  [カテゴリ:裏・闇を照らす目]
世界一心豊かな国!?メディアが伝えない本当のキューバの姿
ではなぜ米国がキューバに対して、このような嫌がらせ工作ばかりしているのか?

一つには、以下に書くように、自国の支配下に置き金儲けの場にしたいという思いを、カストロらによって打ち砕かれてしまったので、メディア等を使ってウソ情報を流しさんざん悪のイメージを植え付け、再度支配を目指そうということ。

それともう一つは(単に私がそういう気がするというだけですが)、他国で本当に幸せそうに暮らしてる人たちを見るのががまんならないんじゃないだろうか・・・
(つまり米国の支配層は、世界一心の貧しい人間)

キューバ革命と、カストロ、ゲバラ等についてはすでに多くの人たちがご存知だろうとは思うけど、独裁とか悪・テロとかいってメディア報道してる米国発のウソ情報を鵜呑みにしてる人たちのためにはじめに、今一度簡単に書いておきます。

1950年代のキューバは米国の属国同然で、土地、電話、電力、鉄道すべての利権がアメリカ資本の手に渡り、首都ハバナはマフィアが横行する無法の歓楽街となっていた。しかもキューバ政府の要人は独裁者バティスタ将軍を筆頭に米国にゴマをする者ばかり。巨額の黒い金が支配層間で動いていた。

キューバに限らず、ボリビア、ペルー、グアテマラ等当時の中南米の各国では米国による経済的植民地支配が広く行われており、各国の農民たちがそれに抵抗、小規模の革命があちこちで起こっていたけど強大なバックの控えてる相手にはいずれも成功しなかった。

たとえばグアテマラでは、ハコボ・アルベンス首相を中心に農地改革を中心とした社会主義的な革命が進行中だったが、貧富の差をなくそうとする政府の試みは、必然的に米国系企業の植民地支配と対立することになり、ついにはアメリカによる介入を導くことになり、1954年6月、CIAや米国系企業の後押しを受けたカスティージョ・アルマスを中心とした軍部によるクーデターが起き、グアテマラの短い「春」は終わりを告げてしまった。

カストロ、ゲバラらもその例外でなく、逃げ延びていたメキシコで運命の出会いを果たしたのだ。

バティスタ軍事政権を打倒する為に、カストロは武装した同志82人と今まさに祖国に戻らんとしていた。情熱的に巨悪と立ち向かうカストロの生き方に感銘を受けたゲバラは、軍医として彼らに同行することを決意し、1956年12月、キューバへの密航船に同乗した。

ゲバラの闘い方はアメリカ軍や戦前の天皇の軍隊とは全然違ったものだった。農民を尊敬しろと徹底し、自ら山中で出会った農民と握手を交わし、相手の名前を聞き自己紹介をする。人民の財産を盗んだり、レイプするなどはもってのほか。彼ら革命軍は農村で食料や物資を調達する際、必ず農民に代金を支払った。イラクやアフガニスタンの市民を殺しまくり、虐待しているアメリカ軍とは大違いで、ゲバラは不正な行いには味方の兵であっても容赦はせず、脱走した兵が密告しその結果農民が惨殺されたり、女性のレイプには死刑を持って臨んだ。
また、負傷兵は戦場に置き去りにしない。敵兵であっても負傷し捕虜となれば丁重に扱い治療をしてやる。
こうした仁義話はキューバ全土にすぐに広まり、政府軍の中からもゲバラたちの仲間に加わる者が出た。

1959年1月2日、民衆の大歓声に迎えられ革命軍はついに首都ハバナへ入城し新政権を樹立させた。首相に就いたカストロは若干31歳、国銀総裁のゲバラは30歳という、若者たちの政府が誕生した。

ゲバラとカストロはすぐさま新生キューバの建設にとりかかる。
まず国民全員が文字を読めるよう教育を無償化すると共に、政府軍が使っていた全ての兵舎を学校に変え、文盲一掃運動に取り組んだ。続けて医療の無料化を実現した後、少数の大地主が独占していた土地を国有化、米国資本が牛耳っていた企業の国営化などをすすめ旧勢力の激しい抵抗を受けつつも独自の国家作りに挑戦した。
国民全員の家賃を半額にするなど、過激な政策をどんどん実行していった。

なお、キューバのどの街を訪れてもカストロの肖像画などはない!
街のどこを探しても、彼を賛美するポスターも銅像もない。国民に個人崇拝をこれっぽっちも求めていないのだ!社会主義国から連想する、笑ってしまうほど巨大な国家元首のモニュメントは、キューバでは見られない。
贅を尽くした私邸もなく、カストロ自ら二十年近く前に寄贈されたオンボロのベンツに乗り(ちなみにカストロの年間給料は、いかに貧乏国とはいえ僅か4万円!、平均的な国民給料の倍ほどしかない)、銃を持った警備の人間もいない大衆の中に平気で入っていき、演説をして帰っていくそうだ。キューバは米国による四十年にわたる経済封鎖により厳しい状況にあるが、ただの一人の餓死者も出さず、教育、医療に力を注いでいる。

キューバ革命で最も煮え湯を飲まされたのが隣国アメリカだ。
キューバ全土の土地や電力、鉄道などの巨大な利権と、ハバナ歓楽街のブラックマネーを一度に失った米国は、革命政府に憎悪をたぎらしCIAを暗躍させ、爆弾テロ、米軍傭兵部隊の上陸作戦など様々な方法でゲバラたちを倒そうとした。
(これは当時のケネディ大統領には知らされておらず内緒の行動)

ゲバラが国立銀行総裁になって一番最初にしたことは、自分の給料を半分以下にカットすることだった。工業相になってからは自ら建設現場で働いたり、工場のラインに立って作業を手伝った。サトウキビの収穫期には農園で汗を流し、とにかく人々の中へ自ら飛び込んでいった。これは彼にとって美談でも一過性のパフォーマンスでもなく、いつもの“ごく普通の光景”であった。
仕事場には誰よりも早くきて、帰りは誰よりも遅く、労働者に交じって食事をするゲバラ。国民の間でどんどん彼の人気は高まっていった。

ゲバラは1965年、アルジェリアで行われた「アジア・アフリカ経済セミナー」において演説を行い、それまで友好国と信じていたソ連もまた、キューバを世界戦略の為に利用しようとしていたにことに失望し、「我々のような後進諸国の、多くの汗と努力を費やして生産した原材料を安く買い、それを国際市場で売った利益で先端の機械を買う国に対して、“相互発展”という言葉は当てはまらない。 もし両国の間にこのようは不平等があるのなら、貴国が我々と同じ社会主義国家といえども、見方によっては帝国主義的収奪の共犯者だと言わねばならない。」 と非難し、論争を巻き起こした。(反米の後ろ盾になってくれるべきソビエトに対しても間違ったことは堂々と口にするゲバラはまさに正義感の塊のような人間!) 

これで、なぜ米国がキューバを目の敵にしてるかということもだいたいわかったと思う。
また、今米国支配下にある世界中の国々や今後支配下に納めようとしている国々に対して、キューバやベネズエラ等が本当はすばらしい国なんだということを知られては困るわけで、そのため各国に圧力・脅しをかけて経済封鎖して貧困にあえいでいる国だとか、いろんなことをでっちあげて独裁者だとかテロ国家だとかいって悪いイメージを植え付けているのです!
そして、米国がキューバに対して実際にしてきた仕打ちは、単に経済封鎖する等以外に、こないだっから書いてきたように、キューバ上空に病害虫をバラ撒き、キューバ農業に壊滅的打撃を与えたり、テング熱を蝶介する「ネッタイシマカ」をキューバに放ち、テング熱を大発生させたりといったキチガイ的なことを平然と繰り返しているのだ!
もちろん、カストロの暗殺もこれまで何度も試みている。

キューバでは医者の給料というのは他の職業よりもはるかに少ないのだ!
にもかかわらず、将来は医者になりたいという若者が非常に多いようで、給料よりも世の中のためになる仕事をしたいということです。

http://310inkyo.jugem.jp/

(共産党は嫌いだけれど、このような善政をやってくれれば共産主義でも自由主義でも構わない)
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