ブラジル カポエイラのナイフ武術 その2

※以前にもブラジルの武器術でカポエイラのナイフ術を紹介しましたが
現在のカポエイラはやはり民族舞踊としての側面が強く

かつての危険な武術 マーシャルアーツとしての側面を残したカポエイラを残しているところは少ないようですね
そんな武術としてのカポエイラはナイフなど危険な武器術としての側面も残していますね







http://ameblo.jp/odohiroyuki/entry-11266917311.html

maculele =マクレレ 

というのは、ブラジルの伝統的な身体文化で、roda(円)を作り、円の中の2人が、リズムに合わせて、木の棒で叩き合う踊りです。

本来の起源は、ファカと呼ばれるナイフで叩き合うそうです。

が、危険なので、練習では木の棒を代わりに使います。

僕自身、はっきり起源については、分からないので、解説はコレくらいで。

http://sky.geocities.jp/gaha_space/Praticando03_history.htm


マクレレ 棒の踊り











 『プラチカンド・カポエイラ 3号』に記載されている歴史の拙訳です。


 マクレレ(Maculelê)はバイーア州サント・アマーロ・ダ・プリフィカッサォン(Santo Amaro da Purificação;現在のSanto Amaro)の町の守護聖人である、聖母マリア(Nossa Senhora)の清めの祝日(2月2日)のお祭りで行なわれる、一般的な踊りであった。

 マクレレの起源に関する多くのことが議論されている。ある研究者はアフリカの黒人によってもたらされ、インディオの文化的要素と融合したと断言している。奴隷小屋では、管理人の鞭打ちから自らを守るために、黒人は踊りのように体を避けさせながら、棒切れやナイフで身を守った。

 マノエル・ケリーノ(Manoel Querino;1851-1923)の研究では、マクレレは歌声に合わせて、黒人たちが円筒形の木片を叩く踊りであるククンビ(Cucumbi)から生じたと指摘している。

 マクレレが、18世紀にサント・アマーロのサトウキビ畑で発展したアフリカ起源の民衆の表明だと言う、他の解釈も存在している。カポエイラのように格闘技を偽装させたもので、 武器やナイフの代わりにサトウキビの葉鞘(ようしょう;サトウキビを刈った後に残る茎にような部分)を手に持って、黒人がする踊りであった。

 時間の経過とマクレレを練習していた人の死に伴って、サント・アマーロの祭りのお祝いの席で、この踊りは何年もの間忘れ去られるようになった。「ポポ・ド・マクレレ(Popó do Maculelê)」として知られるパウリーニオ・アルイージオ・デ・アンドラーデ(Paulínio Aluísio de Andrade)が親戚や友人に会って、マクレレをみんなに教えたのは、1943年のことであった。1つのグループが結成され、それは「コンジュント・デ・マクレレ・デ・サント・アマーロ(Conjunto de Maculelê de Santo Amaro)」として知られるようになった。

 60年代になると、ビンバの多くの生徒がマクレレのを踊ることを覚えて、ブラジル中にマクレレが広まるように尽力した。

 今日、マクレレはカポエイラの一部である。殆ど全てのバチザード(Batizado;昇段式)で、私たちはマクレレの披露を楽しむことが出来る。腰みのを身につけ、体に化粧を施した男女が、アタバキのリズムや民謡と一緒に、自分のグリマ(grima;棒)を叩いている。伝染する包み込むような踊りで、輪を形作って活気が溢れる。ある披露では、グリマの代わりにナイフを使わせる他、踊り手が口で火を放ったりする。


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