ジークンドーコンセプトとオリジナルの対立の発端 ポール・バックスというブルース・リー研究家が1993年にインサイド・カラテ誌に書いた"THE RETURN OF BRUCE LEE'S JEET KUNE DO"というジークンドー・コンセプトを批判する記事が問題になったらしい。担当編集者のジョン・ソエトはダン・イノサントの妹の旦那だった。そこからダン・イノサントの嫁のポーラが反撃するという流れになり、騒ぎが大きくなっていく。









http://blogcomic.cocolog-nifty.com/blog/2013/09/post-0a10.html


ジークンドーが分裂していたのだ




ジークンドーはどうなっているか

夏休みに久しぶりに会った友達が立派な空手家になっていて、彼とじっくりブルース・リーの話をしたおかげで、また昔のブルース・リー熱がわいてきた。最近の日本でのブルース・リーの盛り上がりはどうなっているかアマゾンで調べてみると、何年か前に脚光を浴びた中村頼永の本が品切れになっているなかで『ストレートリード 』という本が出ていて、どことなく妙なムードになっている。コンセプト派とオリジナル派が論争?



ジークンドー・コンセプト

かつてブルース・リーのファンにとって截拳道――広東語でジークンドーと呼ばれる武術は夢のように手の届かないものだった。それが突然、中村頼永という青年によって日本に伝えられるという出来事にずいぶん驚かされたものだった。彼がサミー・リーこと佐山聡の弟子であったというのも素敵な物語だった。死亡遊戯のやられ役のダン・イノサントに習ってくることでそれを実現したというのも意表をついた。

ダニー・イノサントとも呼ばれていたこの男は、死亡遊戯公開当時はフィリピン棒術をやっているブルース・リーの親友と紹介されていたのだった。実際はブルース・リーの道場経営の仕事を一緒に手伝っている仲間だったのだ。アメリカ全土に道場を作ることを目標にしていたブルース・リーは、3つの道場を作ったところで資金難になり、チャーリー・フィッチモンズというテレビ業界の人間の助言に従って個人レッスンのビジネスに切り替えたが、その3つめの道場の師範代がダン・イノサントだ。

型にはまった旧来の武術を批判したブルース・リーの武術。ただブルース・リーを模倣するなんて月をさしてる指のようなもんで、そのコンセプトにこそ意味がある。イノサント・中村頼永の指導のもとに型にはまらないというコンセプトを持って武術の修行することでジークンドーは未来に向かって羽ばたいてゆく、めでたしめでたしと思われたものだった。


オリジナル派のカウンターアタック

オリジナル・ジークンドーというものを追求するグループが登場する。コンセプト派が型にはまらないためにフィリピン武術などを練習することをオリジナル派は批判する。ブルース・リーが生み出した武術があるのだからそれを練習すべきということだ。

テリー・トムの『ストレートリード 』を読まねばならない。オリジナル派の総帥テッド・ウォンの弟子だったこの男のような名前を持つアジア風の顔の女性は大学院を出てるような高学歴なひとで、そのためかこの本は格闘技あるいはスポーツについて書かれた本には珍しいことに学術論文のように徹底的に客観的に書かれている。これはいいことだろう。一定の評価の定まったジークンドー・コンセプトに対する批判でもあるのだから言いがかりのようなものであってはならない。

大学はUCLAを出ていて、コミュニケーション学をやっていたらしい。そんなわけで彼女のブログを見るとジャック・デリダなんていう知的な名前が出てきたりする。修士課程はカリフォルニア州立大のほうに移って、そちらでは栄養学をやった。ということで職業は栄養士だ。栄養士というとどうも日本では食事のデザートにゼリーを付ける人みたいなイメージを持つかもしれないが、彼女のはもっと専門的な仕事のようだ。RD(Registered Dietitian)という肩書は日本では管理栄養士の英語名として使われているが、アメリカではもっと厳しい資格のようで、毎年更新が必要だったりするそうだ。イノサントのインストラクターライセンスのように。

バンドをやっていたこともあるようで、動画が残っている。Whistle bait というロカビリーバンドでギターを弾いている。よく見るとチャーミングな顔だ。




ということで、しっかりした文章で本を書いてくれたことに感謝したい。『ブルース・リー格闘術』や『截拳道(ジークンドー)への道 』を読んだだけではとても理解できなかったブルース・リーのアートについて、少なくとも練習する気にはさせてくれる。ただし、物理の公式を用いた部分はあまりいいとは思えない。これについては別途何か書こうと思う。

コンセプト派とオリジナル派の論争

コンセプトとオリジナル。こういう二項対立を見るとすぐさまジークンドーのロゴにも使われている陰陽のマークを連想せずに入られない。



このエッシャーのだまし絵を抽象化したような図像は魚がはねているようにも見えるが、陰のほうと陽のほうのどちらが図でどちらが地なのかが決定不能だ。陽の定義は陰でないこととしか言いようがなく、相手がいなければ自己の定義ができない。武術をこの図像にたとえるなら、攻撃と防御が一体になっていること――敵が体重を乗せて打ち込んできてくれることでこちらも有効なカウンターを決められるというような状態のことになるだろう。コンセプト派とオリジナル派も一体になった何者かであり得るだろうか。

うまくことをまとめられそうな力を持っているかもしれない組織としてブルース・リーの遺族が理事会に名を連ねるブルース・リー財団というものがある。リンダ夫人が理事長(Chairperson)、シャノンちゃんが会長(President)という組織だ。シャノン会長はテリー・トムの『ストレートリード 』に序文を書いていて、まるでオリジナル派の側に立っているように見えもする。だが財団の諮問委員会の名前にはイノサントの娘や中村頼永もある。中村頼永は財団の日本支部を任されてもいるのだ。陰中の陽、陽中の陰のようなことであろうか。

批判にさらされているイノサントはどう考えているのだろう。インタビューの動画があるので見てみよう。



ジークンドー・コンセプトを理解するにはオリジナルやジュンファン・クンフーを学ぶ必要があるという考えのようだ。というか、この人はオリジナル=ジュンファン・クンフーだと認識してるように聞こえるな。

また単純ではないことに、テッド・ウォンがコンセプト派のリチャード・バスティロと仲良く教則DVDに出ていたりもする。そもそもバスティロのIMBアカデミーがブルース・リーの仕事を引き継いでいるとリンダ夫人が『ブルース・リー・ストーリー』の中に書いているのだ。

コンセプト派とオリジナル派がどう論争しているのかを把握するのも難しいわ。

ティム・タケットが問題を整理しているので参考にしてみよう。彼は振藩国術館が閉鎖されてすぐにイノサントに弟子入りした人物で、ウェンズデイ・ナイト・グループというジークンドーのサークルを率いている。Jeet Kune Do Talk への書き込みによると、彼はブルース・リーが教えたことだけがジークンドーであり、そこに付け加えた部分はジークンドーではないとしている。単純でいいじゃないか。ジークンドーの最終形態かどうかはとりあえず問わなくてよいと。彼自身は最終形態の技術はテッド・ウォンではなくボブ・ブレマーから多くを学んでいる。テッド・ウォンについてはフットワークしか評価してないからひどいな。

そのボブ・ブレマーはインタビューでジュンファン・クンフーもジークンドーも同じで、ブルース・リーもそんな分類はしてないように言ってるな。このへんはイノサントと共通するけど、あれこれ新しいことをやるんじゃなくてブルース・リーのものを正確に教えるべきというのがボブ・ブレマーの考えだ。

そもそも発端はなんだったのか

ポール・バックスというブルース・リー研究家が1993年にインサイド・カラテ誌に書いた"THE RETURN OF BRUCE LEE'S JEET KUNE DO"というジークンドー・コンセプトを批判する記事が問題になったらしい。担当編集者のジョン・ソエトはダン・イノサントの妹の旦那だった。そこからダン・イノサントの嫁のポーラが反撃するという流れになり、騒ぎが大きくなっていく。

ブルース・リー自身は何を考えていたのか

弟子のダン・リーとの会話の録音記録が残っていて、その内容は ブルース・リー財団のサイトで読むことができる。映画の仕事に比べるとテレビの仕事は安易であるという文脈の中で、なぜジークンドーの道場を閉鎖したかを語っている。ジークンドーをテレビのようにしたくないということだろう。

Money comes second. That’s why I’ve disbanded all the schools of Jeet Kune Do; because it is very easy for a member to come in and take the agenda as “the truth” and the schedule as “the Way,” you know what I mean?

持って回った言い方だが、ダン・リーがもっと具体的にパラフレーズし、ブルース・リーがそれを肯定している。ロサンゼルス支部以外もジークンドー道場という認識のようだな。

ダン Well, I think you have to pick a few of the true die-hard followers who don’t go out and say “This is JKD!” You know?

ブルース Yeah, that’s why I tell Dan to be careful in selecting more students. And so you should help him in that area …

ダンが二人いてややこしいが、生徒を選ぶときは気をつけろと言ったのはダン・イノサントに対してだ。

※参照終了
日本で最初にジークンドーを広めたのはヒクソンのマブダチとしても知られる中村頼永さんだと描かれていますが
正確には違います
確か日本で最初にジークンドーを広めたのはダンイノサント門下の御舘透さんだったはず

その御舘透さんはダンイノサントによれば稽古をさぼっていたからという理由で破門(あくまでイノサント側の言い分)
中村頼永さんがメディアで活躍するようになったわけです
現在 御舘透さんはイノサント派ではなくブルースリーの高弟リチャードバステロの弟子だそうです(ぶっちゃけジークンドーと言ってもブルースリーの直弟子はイノサントやテッドウォンだけではなくバステロ含めて何人もいます 多くの武術同様 ジークンドーにも流派 分派がうまれているということでしょう)

現在はテッドウォン派のヒロ渡邉さんという人も出てきていてジークンドーもカオス 混沌のありさまです

どっちにしろちゃんとスパーリングやってくれる先生でないなら入門しても無意味でしょうな
スポンサーサイト

| 未分類 | コメント(0)

コメント

非公開コメント

トラックバック

http://kimuramasahiko.blog.fc2.com/tb.php/2791-aa9fed4e