ブルースリーとダンイノサントに最も影響を与えた武術家 マーシャルアーティスト エドパーカー







https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC

エド・パーカー





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エドモンド・ケアロハ・“エド”・パーカー(Edmund Kealoha "Ed" Parker、1931年3月19日 - 1990年12月15日)は、アメリカ合衆国の武術家。アメリカン・ケンポー(ケンポー・カラテ)の創始者。戦後アメリカで最も成功した武術家の一人である。

概要[編集]

エド・パーカーは、1931年、ハワイ州ホノルルに生まれた。12歳の時にまず柔道を、後にボクシングを習った。1940年代、最初フランク・チョウに、後にウィリアム・チョウに師事して、ケンポー(空手、中国武術、日本武術などを起源とするハワイの格闘技。日本語の拳法が語源。)を修めた。その間、アメリカ沿岸警備隊で働き、ブリガムヤング大学に通った。1953年、黒帯を取得した。

1954年、ユタ州プロボに最初の道場を開設。その後1956年までに、カリフォルニア州パサデナにも道場を開いた。パーカーは、商業センスに優れ、多くの武術家と交流をもち、彼らが自分たちの道場を開設できるように手助けした。1960年、著書『ケンポー・カラテ(Kenpo Karate)』を出版した。

パーカーは、ハリウッドにも多くの知己をもち、エルヴィス・プレスリー(黒帯取得)をはじめ、多数の著名人やスタントマンを弟子にもった。また、デビュー前のブルース・リーもパーカーの招きで「ロングビーチ国際空手選手権大会」に出演し、この時の演武フィルムがTVプロデューサーの目にとまり、その後のデビューのきっかけになった。

プレスリーの晩年には、ボディガードをつとめ、いくつかの映画にスタントマン並びに俳優としても出演している。パーカーはアメリカン・ケンポーの創始者であり、しばしば「アメリカン・カラテの父」と称されるなど、戦後アメリカで最も成功した武術家の一人と目されている。1990年、ホノルルで心臓病のために死去した。

エド・パーカーの弟子には、他にジェフ・スピークマン、ダン・イノサント、アル&ジム・トレイシー兄弟(トレイシー・ケンポー創始者)などがいる。

参考文献[編集]
Ed Parker, Kenpo Karate: Law of the Fist and the Empty Hand. Delsby Publications, 1960 ISBN 0-910293-47-3
Ed Parker, Secrets of Chinese Karate. Prentice-Hall, 1963 ISBN 0-13-797845-6
Ed Parker, Ed Parker's Guide to the Nunchaku, 1975 ISBN 0-86568-104-X
Ed Parker, Ed Parker's Kenpo Karate Accumulative Journal. International Kenpo Karate Association.
Ed Parker, Inside Elvis. Rampart House, 1978 ISBN 0-89773-000-3
Ed Parker, Ed Parker's Infinite Insights into Kenpo, Vol. 1: Mental Stimulation. Delsby Publications, 1982 ISBN 0-910293-00-7
Ed Parker, Ed Parker's Infinite Insights into Kenpo, Vol. 2: Physical Analyzation I. Delsby Publications, 1983 ISBN 0-910293-02-3
Ed Parker, Ed Parker's Infinite Insights into Kenpo, Vol. 3: Physical Analyzation II. Delsby Publications, 1985 ISBN 0-910293-04-X
Ed Parker, Ed Parker's Infinite Insights Into Kenpo, Vol. 4: Mental and Physical Constituents. Delsby Publications, 1986 ISBN 0-910293-06-6
Ed Parker, Ed Parker's Infinite Insights Into Kenpo: Vol. 5: Mental and Physical Applications. Delsby Publications, 1987 ISBN 0-910293-08-2
Ed Parker, The Woman's Guide to Self Defense, 1988
Ed Parker, The Zen of Kenpo. Delsby Publications, 1988 ISBN 0-910293-10-4
Ed Parker, Ed Parker's Encyclopedia of Kenpo. Delsby Publications, 1992 ISBN 0-910293-12-0

外部リンク[編集]
エド・パーカー - インターネット・ムービー・データベース(英語)

http://traumerai.kan-suke.com/saidomidokoro.html


多士済々の達人同士による激しい立ち回りを見どころのひとつに掲げている
〈トロイメライ〉に驚愕の新展開!
シーズン2からはアメリカ拳法をフィーチャーしたサイドストーリーが開幕します。
そもそも、アメリカ拳法とは何なのか? サイドストーリーに託されたものとは何か?
間近に迫っているという新たな戦いに先駆けて、その見どころを一挙解析!


●アメリカ拳法が生まれた時代、その点描――
本編第18回にて初登場したアメリカ発祥の格闘技、『トレイシーケンポー(Tracy kenpo)』。
続く本編第19回では、アルフレッドが身に付けた『ジークンドー(截拳道)』と
『トレイシーケンポー』の浅からぬ縁が描かれました。
今までは『軍師(あるいは戦略家)』としての知謀が中心であったアルフレッドに
『武術家』としての戦いが加わることになったのです。
ご存知のように『ジークンドー』は香港最高のスーパースター、
ブルース・リーが編み出したハイブリッドな武術です(リーは優れた武術家でもありました)。
しかし、その『ジークンドー』の発祥の地が香港ではなくアメリカであることは、
実はあまり知られていません。
武術・格闘技ファンの間では常識かも知れませんが、
一般的にはまだまだ馴染みが薄いのでしょう。
『ジークンドー』が誕生した頃、ブルース・リーは活動の拠点を
アメリカに移していましたが、当時のアメリカは武術交流が非常に盛ん。
いくつもの優れた武術が流れ込んでいた時期でもあります。
アメリカ本土はもちろんハワイなどでも様々な人々が修行に励んでおりました。
さらに時代を遡ると日本柔道界の精鋭たちも柔道普及に訪米しており、
その中には後に『グレイシー柔術』の祖となるコンデ・コマ(※1)の姿も…。
ブルース・リー、そして『ジークンドー』は、格闘技維新の時代とも言うべきアメリカで
飛躍を遂げたのです。
『ジークンドー』と時を同じくして『トレイシーケンポー』、
その本家である『ケンポーカラテ(American kenpo karate)』など様々な新武術が誕生。
『ケンポーカラテ』の創始者にしてアメリカの伝説的な武術家、エド・パーカーは
ブルース・リーと親しく(パーカーはリーを世界最高の武術家と絶賛!)、
技術交流も深めていきました。


●アメリカ拳法の祖とは――
アメリカ拳法界の礎を築いたのが日本の古武術であることも
一般には馴染みが薄いのではないでしょうか。
『ケンポーカラテ』の歴史を遡ると、その祖は日本からハワイに渡ったとされる
『kosho‐ryu』なる武術に辿り着きます。
吉田家という一族に伝わってきたとされる『kosho‐ryu』は、
ジェームズ・ミトセなる人物の代でアメリカ武術界と結びつきを強め、
優れた武術家を何人も育てます。
ミトセの弟子であり、『Kara‐Ho Kempo』なる流派を開いたウィリアム・チョウは、
エド・パーカーの師匠に当たり、『ケンポーカラテ』の骨子を作り上げたとも
言われています。
そのケンポーカラテから分かれた『トレイシーケンポー』、
エド・パーカーに見出され、チャンスを獲得した(※2)ブルース・リー。
ジェームズ・ミトセなくしてこれらの武術の誕生はなく、
ミトセは「アメリカ拳法の祖」と言うべき存在でした。
また、『トレイシーケンポー』創始者、アル・トレイシーの兄弟は、
ジェームズ・ミトセの妹にして『kosho‐ryu』の担い手でもあるフサエ氏から
直接教えを授かったと伝えられています。



ジェームズ・ミトセ James masayoshi mitose

ハワイ出身。日系アメリカ人。『kosho‐ryu』の第21代グランドマスター。
幼い頃に日本(熊本と思われる)へと渡り、家伝の武術を修行した。
また、彼の祖先にあたる「吉田家」は神道の家柄と伝えられており、
吉田神社の血筋とも考えられる。
帰国後、アメリカ拳法界を背負って立つ多くの武術家を育てた。
晩年を獄中で過ごし、64歳で没する(1916~1981)。
その来歴から宗教への造詣も深く、幼少期から日本の文化に触れて育ったこともあり、
哲学的な人物であったことが窺える。
『Kenpo sai(拳法斎か?)』という異称を名乗ったとされている。




●「武術家・アルフレッド」の進む先には――
『ジークンドー』と『トレイシーケンポー』の手合わせは
第19回で描かれましたが、完全に決着したわけではありません。
制作総指揮の天河曰く、第19回だけでは『トレイシーケンポー』のテクニックは
二割も描けていないとのこと。つまり、再戦も多いに考えられます。




シーズン2からは武術家集団のスカッド・フリーダムが本編に深く関わるのですが、
武術家集団という題材を活かさず勢力相関に終始するのは勿体ないと思ったんです。
しかも、アルフレッドはれっきとした武術家。
そのキャラクタリスティックを武術家集団と絡めて
サイドストーリーを作りたいと考えたのがスタートです。
アメリカ武術界は小さな頃に映画『ベストキッド』(※3)を観てから関心が強く、
またアメリカ拳法そのものも以前から研究しておりましたので、
エド・パーカーを一本の軸として、『ジークンドー』と『トレイシーケンポー』の因縁を
設定し、武術家たちの腕比べというシチュエーションを作っていきました。
構想を進める中、アメリカ拳法のヒストリーをサイドストーリーの核にしてみようと
思い至り、その祖に当たる『kosho‐ryu』の網羅にまで発展した次第です。
そうは言っても、トロイメライは格闘作品ではありませんから、
果たしてどこまで掘り下げられるかは分かりませんが、
可能な限り、アメリカ拳法のドラマをクローズアップしたいと思います。
資料に基づき、『kosho‐ryu』をトロイメライでは『古松奨励流』と表記しますが、
この知られざる武術もトロイメライで紹介できればいいな、と。
日本の古武術が海を渡って他国の武術を興したなんて、
それだけで浪漫を感じるじゃありませんか。
スモール・タニ(※4)やタイガー・モリ(※5)といった例を挙げるまでもなく、
日本武術の海外雄飛には血が騒ぎますね。
アメリカ拳法の祖となった古武術と、
近代総合格闘の先駆けとも言うべきハイブリッドな武術。
つまり、『古松奨励流』と『ジークンドー』。
伝承と共に磨かれてきたミトセの技と、古流から新時代の哲学を完成させたリーの技。
いずれ両武術を対決させたいものです(アルフレッドはサバット等も混ぜていますが)。
その流れの中で、ジークンドーの原型(これもブルース・リーが創始)になった
『ジュンファン・グンフー(振藩功夫)』や、
カナダに伝わる北米先住民の武術、『オキチタウ』なども取り上げられたら……。
いずれにしても、手垢がついたお話を作りたくないという思いは強いです(天河談)



『トレイシーケンポー』との初対決を終えたアルフレッドと『ジークンドー』ですが、
アメリカ拳法をクローズアップするサイドストーリーに於いては、
『ケンポーカラテ』との手合わせも間近に迫っていると天河は続けました。
何しろブルース・リーの恩人が開いた流派との直接対決ですから、
今までになく激しい戦いが予想されます。
この武術の使い手としては第17回(シーズン1最終回)にビクトーなるキャラクターが
登場しています。ビクトーはヒロインのひとりであるジャーメインの義兄を名乗っており、
人間関係の上でもアルフレッドに肉薄するのは間違いありません。




さらに付け加えると、『トレイシーケンポー』のシルヴィオは、
スカッド・フリーダム内部のドラマを描く上で中心となるキャラクター。
一武術家としての思いだけでなく、それぞれが担う立場を踏まえながら
両者は拳を交えていきます(天河談)




ブルース・リーへのオマージュから『龍の魂』という仮タイトルを与えられた
サイドストーリー(アメリカ拳法編とも言えそうです)からも目が離せません。





(注釈)

※1 本名、前田光世。講道館に学ぶ。柔道振興の為に欧米で他流試合を繰り広げる。
   道衣を着用した試合で無敗を誇ったとされる日本武道界の伝説。
   グレイシー柔術の祖としても知られる。ブラジルにて没(1878~1941)。
   「コンデ・コマ」はブラジル帰化後の名前。
※2 エド・パーカーに招かれて参加したロングビーチ国際空手選手権がきっかけとなり、
   ブルース・リーはテレビ業界から注目され、後にデビュー果たす。
※3 1984年公開。原題は「The Karate Kid」。ジョン・G・アヴィルドセン監督。
   後年、ジャッキー・チェン主演でリメイクされた。
※4 本名、谷幸雄。講道館に学ぶ。欧州に渡り、イギリスにて他流試合を繰り広げる。
   イギリスの柔道普及に努めた。同地にて没(1880~1950)。
※5 本名、森寅雄。剣道家。アメリカにてフェンシングを学び、
   僅かな練習期間にも関わらず、全米選手権で輝かしい実績を築く。
   世界大戦の影響に翻弄されながらも国際的な剣道の普及に努めたが、
   稽古の最中に病で急逝する(1914~1969)。

http://blog.livedoor.jp/lctp/archives/182399.html

BL007 「カジュケンボ」

2015年11月22日 15:58


仕事の整理で5時からバタバタ。

20151017
カジュケンボのフォルダを整理していたら、解らずにそのままにしておいた画像を調べたくなって。
00018a
カジュケンボでカラテ軽量級トーナメントで活躍されたカルロス・バンダさんでしょうか。
背中向けての68年チャックさんと戦ってる画像しか古いものは無く断定できませんが。
弟さんのDouglas Bundaダグさんもカジュケンボマスター。


2015-01-18 00:54 今回はカジュケンボ、それから・・・。

シジョ・アドリアーノ・エンペラードはエスクリマ(フィリピン伝統武術)
と拳法(古松奨励流)で「BlackBeltSociety」の(韓国)空手、柔術、柔道、拳法、ボクシングの
お互いの弱点を補い、武術を高め、市民の自衛としてカジュケンボを作り上げた。

古松奨励流のシンボルがクローバーになったのかな?日本なら巴なんだろうけど。

wiki---------------------------------------------------------

・Adriano Directo Emperado : Kenpo (Kosho Ryu) and Eskrima
・Joseph Holck : Judo and Danzan Ryu Jujutsu
・Peter Young Yil Choo : Tang Soo Do Korean Karate and Boxing
・Frank F. Ordonez : Danzan Ryu Jujutsu
・Clarence Chang : Sil-Lum Pai Kung Fu

-----------------------------------------------------wiki

アルバート・ダカスコス :
柔道、柔術→カジュケンボ→Tum Pai→詠春拳→Wun Hop Kuen Do Kung Fu→
Wu shu
ロバート・ベイカーのジェームズ・リー以前のお師匠さんですね。

トニー・ラモス : カジュケンボ
チャールズ・ゲイロード : カジュケンボ
アレユ・レイエス : カジュケンボ
00018
60年代に入ってジェームズ・リー、エド・パーカー、ラルフ・カストロとリーさん
4人での交流の写真があります。ケンポーカラテ系と考えが近かったのかも知れません。
エド・パーカーの弟子のイノサントはリーさんの弟子に。

同じくエド・パーカーの弟子のボブ・クックはリーさんと詠春拳に
強い影響を受けたそうです。彼のシンボルマークには詠春拳をあらわす鶴と蛇が
入っています。その後は太極拳系の健康術へ。

リーさん、トニー・ラモスとストリートファイトの戦い方をよくトレーニングしたとか。
やはりジークンドーでいう6秒以内での決着という感じだったのでしょうかね。
「セルフ・ディフェンスとは何ぞや」と考える今日この頃・・・

犯罪に巻き込まれないための短期決戦型自衛格闘術なのかな。

画像下段ラモスさんはいろいろですが、64年のロングビーチ大会時ですね。
ハワイ系のエド・パーカーさんの大会にハワイ系のカジュケンボの方が参加・見学
されるのはジューン・リーさんの大会を見ればよく解ります。

結果、大会上位にジョー・ルイスしか「空手」の選手がいないことも。

当時の誰の考えでもなく、現在の私がこう思っているだけですが・・・
極論を言えば「テコンドー&タンスドー(韓国空手)」の大会ではないのかと。
ちょっとやり切れない感じは日本人なら出てくるんじゃないでしょうかね。

「KARATE」の大会として開催されているのにマス大山さんは疑問を抱いたのかも
知れません。西海岸を拠点とするこの勢力に対してか、東海岸中心に弟子を派遣
されるのが66年に入ってから。1968年のブラックベルト誌の懇談会を欠席し、
1969年にオープントーナメント全日本空手道選手権大会を初開催。

ブラックベルト誌はこの懇談会への欠席にかなり不満だったみたいです。
「韓国人先生のマス大山は・・・」と書き出してるのを見て大人げないなぁと
思ってしまいました。まぁ50年近く前のことですから仕方ないのか。

残念なことにリーさんとマス大山は接点が(漫画の中以外)見つかりません。
大山さんから見れば敬遠したい西海岸系の中心人物の1人ということでしょう。
「同族嫌悪」なとこもあったのかもしれません。性格が似ているような気がします。

69年の極真の大会にリーさんが来日していれば、71年の『危機一発』も
スルーされずに日本公開したかもしれませんね。
『燃えよドラゴン』を見た後だから『危機一発』も受け入れられたのか、
製作年から順当に見てもヒットしたのか。神のみぞ知る。

日本へ呼ぶとなるとリーさんへは渡航・諸経費+1時間200ドル以上のギャラが必要
だったかも知れません・・・当時の物価は・・・69年のサラリーマン年収721,700円だとか。
仙骨を痛める前の演舞や実演なら相当に安かったのではないでしょうか。

では。

http://blog.livedoor.jp/lctp/archives/233245.html

BL047 「リマラマ」

2015年11月24日 21:32


こんばんは。「その7」のカジュケンボを少し遡って、
今回はウィリアム・KS・チョウさんの系統をざっくり整理。

古松奨励流拳法のジェームス・ミトスさんのお弟子さんがウィリアム・チョウさん。
ウィリアムさんのお弟子さんが、エド・パーカー(アメリカン・ケンポー)、
アドリアーノ・エンペラード(カジュケンボ)、ラルフ・カストロ(ショーリン・ケンポー)、
ジョン・レオニング等。とWikiにあります。
00059b
レオニングさんはカジュケンボ創始者エンペラードさんから黒帯を取得。
メインランド初のカジュケンボ・インストラクターに。俳優業もされてます。

この辺からややこしいのですが、
ビル・リューサキさんはエド・パーカーのお弟子さんだったのが、
同時期に訓練していたカジュケンボのジョン・レオニングさんから黒帯を取得。
ダン・グズマンさんはリューサキさんから黒帯を取得。

軽量級のカルロス・ブンダさんも初めエド・パーカーのお弟子さんだったのが、
紹介されて6年かかってカジュケンボのジョン・レオニングさんから黒帯を取得。

リマラマ創始者のティーノ・ツゥラワセガさんはエド・パーカーから黒帯を取得。
リマラマ創設者6人中お2人、リチャード・ヌーニェスさんとサル・エスキベルさん
はカジュケンボのダン・グズマンさんから黒帯を取得。
00059a
中段の画像はグズマンさんのロスのクルランドハウス道場。

「その7」のカジュケンボで取り上げた
アル・ダカスコスさんやアル・レイエスさんはカジュケンボ創始者エンペラードさんの
別系統の孫弟子にあたるようです。



2015-08-19 01:54
今回は「リマラマ」です。
「70th Anniversary In Celebration Of Bruce Lee」は情報が豊富で、
私の大好きなサイトの1つです。
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COMING HOME: 70th Anniversary In Celebration Of Bruce Lee
https://m.facebook.com/ComingHomeBruceLee/photos/a.107654912603971.5622.107651409270988/856941407675314/?type=1&source=46&refid=17

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ブルース・リーとグランドマスター・リチャード・ヌーニェスの古い写真。
ヌーニェス氏は最初のリマラマ・アソシエーションの6人の創設者のうちの1人。
もう1人は彼の前妻のジーン・ヌーニェス。
彼らの毎年恒例の大会「ワー・オブ・ウォリアー」にて。
1968年9月13日、ドロレスイダルゴ、グアナファト、メキシコ。

リマラマはアメリカのポリネシアの自衛術です。
ボクシング、柔道、合気道、カンフー、キックボクシングの要素を
備えている素手による術です。

ヌーニェスに加えて、最初のリマラマ・アソシエーションのメンバーは、
「ティーノTuiolosegaツゥラワセガ」、「ソロモンKaihewaluカイヘワル」、
「ジョンMaroltマロルト」、「サル・エスキベル」と
「ハウメア「タイニー」Lefitiレフェティ」です。

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---------------------------------------------
お名前の読みが難しいです。読みが合っているかわかりません。

00059

以下は米wikiやらブラックベルト誌やらオフィシャルサイトやらの抜粋の訳です。
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リマラマは、ダンス的な動きが特徴で、そのカリキュラムのおよそ60%は、
手技に基づきます。その他、テイクダウン、ナイフや棒も使います。

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創設者Tu'umamao「ティーノ」Tuiolosegaは、
サモアの王室(Ofu-Olosegaの国王の息子)の一員でした。
青年時代に彼は合気道、少林功夫、柔道、ボクシング、洪家拳、その他の格闘技を
学び、父とおじによって伝統的なポリネシアの戦闘法を訓練されました。
彼はアマチュア・ボクサーとして100戦以上を戦いました。
1950年代は米軍で仁川上陸作戦に参加、白兵戦インストラクターを勤めました。

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リマラマは南太平洋の島サモアで始まった武術です。
「lima」と「malamalama」2つの言葉に由来し「理解と知能の5本指」を意味する。
象徴は「知恵の手」を意味します。

創設者の一人Tu'umamao「ティーノ」Tuiolosegaは
幼少から合気道、少林功夫、蔡李仏拳と洪家拳を練習し、サモア王室の息子として、
伝統的なポリネシア武術の様々な自己防衛術を習得する必要がありました。

リマラマはポリネシアダンサーの伝統的な動きと昔の激しいサモア戦士の戦いで
実証済みの戦術とをミックスすることによって完成しました。

リマラマは戦士の伝統(具体的には踊り)に焦点を当てています。
シフティングとスウェイングで敵を意図的にバランスを崩させる駆け引き、
レスリング(組みつき、テイクダウンを含む)、ボクシングとケンカ、プレッシャー・ポイント、
ナイフでの戦術、トラッピング、蹴りと棒術。

Tu'umamao「ティーノ」Tuiolosegaは1964年にカリフォルニアにリマラマを紹介しました。

米国の最も有名なリマラマの専門家の一人はハワイアンネイティブのテッド・タブラです。
彼は世界中にポリネシア芸術を広める運動を続けています。

-----------------------------------------以上
---------------------------------------------
こんな感じですかね。

ブラックベルト誌にはティーノさんとエド・パーカーは血縁関係にあったとか。
パーカーは才能だけではなく家柄も良かったんですね。信用があったのでしょう。
血は薄いかもしれませんが王族ですもんね。

画像真中あたりでも仲が良さそうです。山下タダシさんとティーノさんの画像の
別ショット(最下段左)にはボン・スーハンさんも。

右下の写真のリーさんとティーノさんの写真のパーカーさんの
右隣はケンポーカラテのダン・グズマンさんですかね。
最下段右、グズマンさん、イノサントさん、パーカーさん、リーさん。

では。 .
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