昨年の日本アカデミー賞最優秀作品賞は、アベ首相のお友達である百田尚樹氏の原作による『永遠のゼロ』だった。今年は『海難1890』がノミネートされている。

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http://sthomas.otaden.jp/e430996.html

ネトウヨのファンタジー『海難1890』


 日本は世界中の人々からすごいと言われている、とかいうことを思想として右翼的な人が口にする時、定番として出てくるのが1890年に起きたオスマン・トルコの船エルトゥールル号遭難事件において和歌山県大島村樫野(現在の串本町)の村民たちが嵐に荒れ狂う海岸で必死に遭難者を救助した一件。
 漁が出来なければその日の食事すらおぼつかない小さな漁村だった樫野の住民はわずかな蓄えから食事、衣類を提供しオスマン・トルコの人々は遠い異国の日本人に大変感謝をしたという。事実この一件をきっかけにトルコ・日本両国間で友好関係が築かれるようになったという友好125周年記念作品がこの『海難1890』である。


 大日本帝国への親善使節団を乗せたオスマン・トルコ帝国の軍艦エルトゥールル号は明治天皇へ越権を済ませ、帰国のため横浜港を出港する。だが台風に荒れ狂う中で船は座礁、機関部が水蒸気爆発を起こし沈没。海岸での爆発音を聞いた大島村樫野の住民たちは打ち上げられた船の残骸と船員の遺体を発見。生存者を樫野の住民たちは総出で救助にあたり、貧しいものにも分け隔てなく治療を施すことで村民の信頼を得ている医師・田村(内野聖陽)の診療所は生存者で溢れかえる。
 かつて海難事故で婚約者を失い、ショックで口が聞けなくなった助手のハル(忽那汐里)の懸命の治療で息を吹き返す機関大尉のムスタファ(ケナン・エジェ)はべキール兵曹ら500人以上の犠牲が出たことを知り愕然とする。ムスタファは生存者の治療や、彼らのために村民がわずかな蓄えを供出し船員の遺族に返還する遺品の血や汚れを女子供たちが丁寧に拭いている姿に深く感謝し帰国する。

 95年後のイラン。イラク大統領サダム・フセインの停戦合意破棄によってイラン・イラク戦争は激化しイランの都市テヘランは攻撃にさらされる。日本人学校の教師春海(忽那汐里・二役)は地下壕でトルコ大使館の職員・ムラト(ケナン・エジェ・二役)と出会い、彼からトルコのお守りを託される。
 フセイン大統領による「48時間後にイラン上空を飛ぶ飛行機に軍籍・民間の区別なく攻撃をする」という無差別攻撃が宣言され、在留邦人らは脱出を図るが日本航空が「空路の安全が保証されなければ飛行機は出せない」と拒否、自衛隊も当時海外での民間救助のための法律が成立していないこともあって「国会での承認に時間がかかる」と拒否。外国の飛行機は自国の人間を救助するのが優先と断られ、在留邦人らは取り残されてしまう。
 春海はムラトから渡されたお守りを思い出し、日本の大使にトルコに救助を頼めないかと伝えトルコ政府に救援を依頼。トルコのオザル首相は閣僚の反対を押し切って救援機を飛ばす。邦人らは空港に向かうがそこには救援機に乗ろうとするトルコ人たちでごった返していた。立ち尽くす邦人たち。そんな時ムラトがトルコ人の前に立ち「我々はかつて日本人の善意に救われた。今度は私達が彼らを救う番だ」と演説。トルコ人らは陸路でトルコへ向かうと告げ、邦人らは無事トルコの飛行機で脱出できた…


 という感動的な作品なのだが後半のテヘラン邦人救出話は創作の部分が多く、しかも改悪といっていいレベルの話になっている。実際は日本の野村大使(当時)がトルコのビルセル大使と友人関係で彼に救援を依頼、ビルセル大使は友人のために本国に救援を要請。さらにオザル首相の元に伊藤忠商事のトルコ駐在員、森永尭から救援を求める電話がかかってくる。オザル首相は森永と10年来の友人であった。オザルは日本人救出のための飛行機を飛ばすと告げる。
 このトップダウンによって邦人救出となったのだが、映画では伊藤忠の伊の字も出てこない(だが伊藤忠商事はこの映画に協賛している)。この一件はNHKのプロジェクトXで『撃墜予告 テヘラン発最終フライトに急げ』という回で紹介されたぐらいなんだけどなあ…
 エルトゥールル号事件との結びつきを強調するために忽那汐里とケナン・エジェ二人の時空を超えたラブロマンスまで強引にひねり出した(テヘランでの二人の別れの際、「僕らは初めて会った気がしない」というわざとらしいセリフまで入れて!そんなの言わなくたって分かるよ!)けれどそんなラブロマンス話にしなくても事実の方が十二分に感動できる話なんだけどなあ…

 それにこの映画、構成が間違ってると思う。映画としての見せ場はむしろ前半のエルトゥールル号遭難事件なんだからこっちをメインにすべきでは?テヘラン邦人救出を先に描いて「なぜトルコ人が日本人を助けるのだ?」という疑問を持たせて1890年のエルトゥールル号事件の顛末を描くのが普通じゃない?あっちには水蒸気爆発による船体破壊とか見どころもあるのに。ハリウッド映画ならふんだんに予算を使って爆破シーンをド迫力で描く所が邦画の予算レベルの限界を見せつけられるしょぼくれた爆発場面(なぜかカメラも斜めに傾いている)はまるで盛り上がらず、小さな漁村なのになぜか遊郭みたいな場所があって遊女の夏川結衣を相手に貧乏人に冷たい医師の竹中直人が遊んでいたりとどこが小さな漁村だよ!

 映画の作り方が根本的に間違ってる上に創作の部分がまったくつまらない。「日本人は世界の中心で咲き誇っている」というチンケな自尊心だけは目一杯伝わってくるのでネトウヨのみなさんのファンタジー映画としては素晴らしいんじゃないですかね。

http://tanakaryusaku.jp/2016/01/00012816

自衛隊の海外派兵を美化するアベノプロパガンダ映画


2016年1月20日 22:32



映画の冒頭にはエルドアン大統領が登場し日本との友好関係を賛美する。=20日、都内の映画館 撮影:筆者=
映画の冒頭にはエルドアン大統領が登場し日本との友好関係を賛美する。=20日、都内の映画館 撮影:筆者=

 映画『海難1890』は、じつに安直なプロパガンダ・ムービーだ。AKBとEXILEをこよなく愛する安倍首相のキモ煎りで製作された映画だけのことはある。

 映画のストーリーはこうだ ―

 1890年、和歌山県紀伊大島沖でトルコの軍艦「エルトゥールル号」が台風のため座礁、大破した。

 遭難を知って駆け付けた島民たちが海に投げ出された乗組員を懸命に救出する。日本政府は戦艦2隻を出し、生存者をトルコまで送り届けた。トルコ国民の対日感情の良さは、この海難事故の救出劇に由来すると言われている。

 それから90年、イラン‐イラク戦争が勃発(1980年)。両国ともトルコの隣国である。

 85年、サダム・フセインが恐怖の宣言をする。「48時間後に無差別爆撃を開始する。テヘラン上空を飛ぶ航空機は軍用機、民間機を問わず撃ち落とす」と。しかしイランの首都テヘランには多くの邦人が取り残されたままだ。

 日航は「帰りの安全が保証されない限り飛べない」と日本政府に回答。自衛隊機は国会の承認が必要なため、すぐには飛べない。
 
 日本人学校の女性教師が大使館員を前に絶叫する。「このままじゃ、日本人だけが戦火に取り残されてしまいます。どうして日本が日本人を助けられないんです?」

 このロジックは、自衛隊の戦地派遣→集団的自衛権の行使容認に用いられてきた。映画の製作意図はすべてここに集約されているようだ。

エルドアン独裁に抗議するデモ。機動隊が放つ催涙ガスで目をやられた時、トルコの青年が「私は日本人が好きだから」と言ってレモン水で田中の目を洗浄してくれた。映画は対日感情の良さを政治利用したものだ。=2013年、イスタンブール 撮影:筆者=
エルドアン独裁に抗議するデモ。機動隊が放つ催涙ガスで目をやられた時、トルコの青年が「私は日本人が好きだから」と言ってレモン水で田中の目を洗浄してくれた。映画は対日感情の良さを政治利用したものだ。=2013年、イスタンブール 撮影:筆者=

 人々の善意を美談に、そして美談をプロパガンダに仕立てあげる アザトさ が ありあり とうかがえる。

 実際にはトルコ航空が救援機を飛ばすまでには、日本側から幾つかのルートで要請があったようだ。それでも自国民より優先して日本人を救援機で運んだことは大英断だったに違いない。

 問題は政治臭が漂ったことにある。エルドアン大統領と安倍首相による「両国の合作映画」とされ、両首脳はそろってイスタンブールでの上映会に出席した。

 安倍首相は昨年、「『海難1890』を成功させる会」の最高顧問に就任している。

 イラン‐イラク戦争時の外相は安倍晋太郎氏。安倍首相の父である。安倍首相は当時外相秘書官だった。

 昨年の日本アカデミー賞最優秀作品賞は、アベ首相のお友達である百田尚樹氏の原作による『永遠のゼロ』だった。今年は『海難1890』がノミネートされている。

  ~終わり~
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