テコンドーと極真空手 大山倍達の関係 A Killing Art : The Untold History of Tae Kwon Do

A Killing Art: The Untold History of Tae Kwon Do
Alex Gillis
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大山倍達正伝
大山倍達正伝
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小島 一志 塚本 佳子
新潮社
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http://42186467.at.webry.info/201407/article_3.html
「大山倍達正伝」を読み終えた。本書は、膨大な量の資料を参照し、多数の関係者をインタビューして、伝説の空手家大山倍達という人間の実像を検証した。実に興味深く素晴らしい書物だ。恥ずかしながら、大山が韓国人だったということは、大山を扱った韓国映画「風のファイター」をインターネットで見かけて初めてごくごく最近知った。少年の頃、「大山カラテもし戦わば」という本で感銘を受けたもので、いわゆる牛との戦いとか海外での武者修行とか山籠りとか、特攻隊志願とか、痛快な武勇伝に魅了されたものであった。これらは「伝説」で、ほとんどがでっち上げだったとというのには衝撃を受けた。また、大山が意図的に伝説を作り上げたということにも。彼は韓国人としての自分と自ら作り上げた伝説的日本人空手家としての自分を別々に使い分けていたのだ。傑作なのは、空手バカ一代やその他の著書をコピーしてテコンドー達人の韓国人としての大山を描いた韓国の漫画なども黙認していたこと。テコンドーの試合体系に大山が貢献したこと。極真をあえて韓国に進出させなかったのは、極真が来ればテコンドーなどは潰れてしまう、そういう配慮を大山がしたということだ。草創期の日本空手界においては実は在日朝鮮人がかなり深く関わっていることも興味深い話だ。韓国人がさんざん空手を利用した挙句、2000年の歴史だの嘘で練り固めたテコンドーを海外に普及させ、オリンピック競技にするに至ったわけだから、テコンドーは空手の支流だと本当のことを言っても構わないはずだ。大山倍達が嘘で塗り固めた人生を送ったからと言ってそれが空手家大山倍達を全否定する理由にならないこと、極真空手を作った功績(残念ながら大山の死後分裂してしまった由)も否定されないこと。それと同様に、テコンドーが統一ルール確立と防具使用による競技化の結果、世界中老若男女多くの人々親しみしやすい武道系スポーツになったことは、その嘘で塗り固めた歴史と国策化を超越して、揺るぎない事実であろう。

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読後感想 A Killing Art テコンドーの語られざる歴史

<< 作成日時 : 2015/07/10 10:54 >>

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読後感想 A Killing Art : The Untold History of Tae Kwon Do (殺す技術: テコンドーの語られざる歴史), Alex Gillis 2008 ECW Press

テコンドー関連の英文電子書籍をアマゾンでサーチしていたら読者レビューで評価が高かったのが本書。ゆっくり読むつもりが読み始めたら引き込まれてしまい一気に読了した。一言で言うとおそろしくブラック。去年の夏に読んだ「大山倍達正伝」に似た、暗澹たる気持ちになった。http://42186467.at.webry.info/201407/article_3.html 大山倍達こと崔倍達の二重の人生、大山死後の極真空手の分裂騒動など比べものにならないくらい、半島解放とその分断、朝鮮戦争、ベトナム戦争、朴正煕暗殺や全斗煥拉致、ソウル五輪招致やテコンドーの五輪競技化などに関わるテコンドーの歴史の闇は深い。崔総裁をはじめ実在関連人物へのインタビューや韓国語文献を含む豊富な資料を活用しており、各章ごとに出典がこれでもかとリストされている。
著者はカナダ人、テコンドーをこよなく愛すITFテコンドー歴の長い有段者で、10歳の娘さんをWTF道場に通わせている。彼は最初と最後に、このような経緯のあるテコンドーなのに何故テコンドーをつづけ、かつ自分の娘にも習わせているのかと自問し、彼なりの答えを出している。

ここは本書の内容には触れず、本書を読みつつ考えたことを少々綴りたい。
執拗に我が国を目の敵にし、昨今我が国との関係がとみに悪化した韓国という隣国の有りようについても考えさせられた。韓国が実際に国民国家として歩み始めたのは日本支配終焉による独立以後で、日本国家と日本人が明治に経験した国造り、富国強兵、国威高揚、に相当することを本来の国土人口の半分のサイズで東西冷戦下、北朝鮮との軍事対立というきわどい状況でやってきたということ。(肩を持つ訳ではないがそれは大変な困難なことだと言える) それを支える拠り所を残念ながら反共、反日というアンチ主義に求めるところが多かったということ。その状況は未だに続いており、北朝鮮の脅威は依然として存在し、徴兵制度は未だに続いている。そのような中、テコンドーはナショナリズムを支える数少ない有効重要なツールの一つとなった。
テコンドーの源流は空手だと本書も言い切っているが、この時代、空手を実戦で殺す技術として用い、磨いたのは日本人よりも韓国人だと思われるというと語弊があるだろうか。本書によれば朝鮮戦争やベトナム戦争、国内外の反体制派学生の拉致拷問にテコンドー家が多く関わっている。また、大山倍達正伝によっても日本でも終戦直後の暴力団闘争に関わった者の多くに在日朝鮮人、韓国人が関わっていて大山倍達など在日コリアン空手家も多くいたと知れる。論理の飛躍が甚だしいかもしれないが、ある意味、幕末の動乱期に日本の剣術各流派が百家争鳴、最後の華を咲かせたのと同様に、殺傷技術としての空手も動乱の半島においてより必要とされ、その面でもテコンドー創業期の人材には事欠かなかったのではないか。その殺傷技術は一般化の過程で発展した試合ルールに沿った両派テコンドーのスタイルとは全く異なって別個に存在しているはずだ。
先にも述べたように、テコンドーの普及発展は韓国ナショナリズムの発揚に強く結びついていた。そこに、巨大な野心を持ち、乱世の梟雄にもたとえられそうな二人の人物がテコンドーを大きくし、彼らの間の個人的確執がITFとWTFの間の競争と化し、南北対立も絡んで、執拗強引な五輪誘致とテコンドー五輪競技化へと繋がっていく。日本が戦後の平和を謳歌している間に、本来沖縄、日本に源流を持つ武道が韓国でテコンドーと命名され、独自の韓国礼賛神話のパッケージとともに世界各地に輸出され、空手を蹴落として五輪競技となったのはある意味、必然的だったのかもしれない。

スポーツや武道の組織は大きくなると金や縄張り争いがこれまた必然的に出てくるものであろうか。最近のFIFA騒動もそうだし、本書よりも後の出来事ではあるが、日本でも他の国々でもテコンドーを巡る内紛や金の問題が発生している。

こういった経緯が闇、スキャンダルであることは明らかではあるが、だからと言ってテコンドーの全てを否定することは必要ないし、出来ない。大山倍達の伝説の多くがハッタリであったことや極真の分裂扮装が極真空手の価値を否定することにならないのと同様である。著者が本書の終わりで述べようとしているのはその辺りであり、尊敬できる師、素晴らしい稽古仲間、ひたむきに修行して、人生を豊かにしたり、自信をつけたり、健康を向上させている人々があちこちにいる。昨今の嫌韓の中ネット上で、テコンドーを辞めようか逡巡していた自衛隊員の方に賛否両論が多々あった中「格闘技に罪はない。」と回答している人がいた。その通りだと思う。

本書は原文の英語版のみにしておくのはもったいない。日本語訳、韓国語訳、その他の言語に翻訳されより多くの国の人々に読んでもらう価値があると信ずる。多くのことについて考えさせられた。
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