現代柔侠伝にも出ていた万世一系皇国史観というカルト右翼宗教

裸の王様 日本書紀―日本史の教科書は嘘八百
内堀 鼎
文芸社
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http://www.gendaishicho.co.jp/news/n5010.html



万世一系皇国史観というカルトの呪縛から抜け出すに相応しい一書




小林惠子著『白村江の戦と壬申の乱』(現代思潮新社)を読んで

 朝鮮半島に百済の権益を奪還すべく、倭国九州王朝は唐・新羅の連合軍に戦いを挑んだが、壊滅的な敗北を被り実質的に崩壊した。その結果北部九州は一時期唐の軍隊に占領され大宰府に「都督府」がおかれた。残存勢力となる中大兄皇子(天智天皇)や大海人皇子(天武天皇)たちは、九州に新しい政権を樹立することは出来ず、近畿▶近江、大和に撤退し、ここを拠点に新たな政権・大和朝廷を立ち上げた。というのが本書の背後の大まかな歴史背景となる。
 その後、大和朝廷藤原政権独裁下において国家体制を内外に明らかに宜言すべく編纂されたのが『古事記』や『日本書紀』であるが、そこには日本列島に先行する王朝は消され、その事績は近畿天皇家の歴史として書き換えられ、古い時代の出雲王朝や九州王朝の事跡はほぼそのまま神話時代に押し込め、自らの祖先の物語としている。これが所謂近畿天皇家の正当性を主張するために作られた我が国の『正史』とされる『記・紀』の実像であろう。作業にあたった心ある人たちによってここには多くのダビンチコードがしくまれている。
 当時の上層部の人々は誰もがそれを知っていたが口には出せなかったその中でただ一人、《史書は嘘ばかり、真実は物語にしかない》と言ってのけたのは『源氏物語』を書いた紫式部だったといわれる。彼女がいう物語とは何を指すのかはわからないが、おそらくは『竹取物語』もその一つではないかと想像される。竹取りとは筑紫盗り。かぐや姫は九州王朝最後の血を引く姫君、三種の神器とともに輿入れしようとして結納の神器だけ奪われて血筋は絶える。倭国九州王朝はここで終焉し、新たに日本国近畿大和朝廷が「大宝」の年号をもってはじまる。これ以前の年号は全て《九州年号》。・・・と、大体こういったことあたりまでは在野の研究者によって明らかにされている。在野に限らず、聖徳太子は実在しない架空の入物であった事等は、今や研究者間ではほぼ常識となっているようである。ゆかりの法隆寺も、実は九州王朝大宰府の観世音寺にあった建造物その他を、そっくりそのまま斑鳩に移設しリホームした形跡が検証されている。

 さて、筆者小林惠子・在野にあって孤軍奮闘するその姿は、さしずめ「現代のかぐや姫ないしは紫式部」と私には映る。内外の多岐にわたる史料批判も徹底し緻密精力的で素晴らしい。『記・紀』だけを金科玉条とする「一元史観」つまり万世一系皇国史観というカルトの呪縛から抜け出すに相応しい一書だと思う。
 この「一元史観」に最初に疑問を持ち、徹底した史料批判をもとに、歴史を科学する「多元史観」に道を開いた先駆者は、やはり在野の研究者・古田武彦(古田史学の会主宰)だった。その彼さえ当時は記・紀に引きずられ、例えば「神武東征」を九州から近畿へと読み違えていた。今は、筑紫に降臨した天孫族が、同系列・先住する天神族・豊国(遠賀川流域圏)への侵攻であったことがほぼ明らかにされつつある。そのようなことで本著者自身も完全に記・紀から解脱しているとは言い切れない部分もあるように思う。しかし今の原子力村・歴史学会というマスコミも含めた巨大な利権集団を、崩壊へと導く強力な戦力になっていることに間違いはない。どうかその大事なお宝を、かぐや姫のように騙し取られることがないようにと祈るばかりである。
 そうはいっても教科書で洗脳されている一般国民は「一元皇国史観」の呪縛からまだ解き放たれてはいない。一日でも早くそこから脱け出して、「多元的な史観」に拠って我が国の歴史とその真実の姿を知り、そして、現憲法の理念をよりどころとして成り立つ現在の天皇制を、国民皆が素直に、かけがえのないものとして受け止めることができる日の来ることを期待したい。
 実は、このことを最も強く思い希求する第一人者、それは畏れ多くもわたしは今上天皇陛下ではないかと思っている。あえてマスコミは取り上げようとはしないが、陛下の言行の数々から、ご自身の後姿をもって国民にそのメッセージを発信されているように思える。私達はそれを見過ごし聞き過ごしにしてはならないように思う。
 書評を述べるつもりで、話がとんでもないところまで飛躍してしまって大変申し訳ないが、一介の読者に過ぎない私を触発して、以上のようなことまで書かせてしまうだけのインパクトとスピリッツを秘めていたのが本書の内容であった事だけは、最後にきちんと述べて、この感想文を閉じたい。
吉田耕一・熊本県

http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20120410/p1

■[歴史修正主義]皇国史観と万世一系 - それは昭和初期の問題でも現代の教科書問題でもあるCommentsAdd StardimitrygorodokGerardtabbybywardharuhiwai18morimori_68

まず、中国人に「天皇家は万世一系ではない」と言われたらどう思いますか? - 模型とかキャラ弁とか歴史とかについて。

読解できる人には読解できているでしょうが、この文は南京事件についてお気楽に「30万人はありえない」と言う人々、そのように言うことで加害国としての自国の歴史を自省するどころかむしろ中国人蔑視に用いるような人々に自らの心性の醜さを自覚してもらうための文として書きました。

無論、それは学問の問題ではありません。そのような種類の発言を行う人々自身の心のあり方を問うているわけです。

そして、そういう文が平易な文であっても理解拒否されること自体は想定内でした。しかし、理解できない人の全てがそういう人というわけでもないでしょう。現代の教科書問題に関する前提知識を共有していないがゆえにその題材がなぜ万世一系なのかを理解できない人もいただろうと思いますし、そもそもこの文の対象となる種類の人々が実在することを知らない人もいただろうと思います。

ゆえに、そういう人向けになぜ万世一系を取り上げたかを説明します。


現代、歴史教科書の記述において歴史学は主に二つの軸で攻撃されています。

一つの軸は南京事件や従軍慰安婦や沖縄住民虐殺といった大日本帝国の非道に関する歴史学的事実の記述を消しさりたい、それができないならばできるだけ矮小化したいという歴史修正主義。

もう一つの軸は神武天皇からの万世一系や神武東征など歴史学的には否定される記紀神話の記述を史実として記述したい、それができないなら史実と勘違いされるように記述したいという皇国史観の復活。

その具体例として「新しい歴史教科書をつくる会」(以降、つくる会と略します)の教科書が挙げられます。

つくる会の歴史教科書には、史実としてではなく参考としてですが、神武天皇とその東征についての記述があります。そして、参考としての記述となったのは、それらを史実として記述しては教科書検定を通らないがゆえに修正した結果でしかありません。

つくる会とその支持者の問題は歴史修正主義だけではありません。皇国史観の復活にもあるわけです。

歴史修正主義は歴史学的事実を嘘扱いする嘘。皇国史観は神武天皇からの万世一系など歴史学的事実とは認められないものを史実とする嘘。彼らはそれらの嘘により歴史教育を学問ではないものにしようとしているわけです。

産経脳という言葉について

私ははてなブックマーク - 中国人に「天皇家は万世一系ではない」と言われたらどう思いますか? - 模型とかキャラ弁とか歴史とかで産経脳という言葉を使いました。この言葉はネットスラングの一種ですが、私はこれを(産経新聞に限らず)産経的な方向性の思考という意味で使っています。産経(フジサンケイグループ)には産経的な方向性があり、歴史修正主義と皇国史観復活はその一部です。

例えば、産経とつくる会の関係。今でこそ絶縁していますが、かつてのつくる会と産経の関係は密接なものであり、それは産経の歴史修正主義と皇国史観復活へのコミットを意味します。今の(つくる会から分裂した会である)「教科書改善の会」と産経の関係を考えても、産経新聞の記事の傾向を考えても産経のそれらへのコミットは変わりないというものでしょう。

この言葉を社名によらない形で言いかえるとすれば、その一面の表現としかなりえませんが、それは現代に生き続ける大日本帝国イデオロギーというものでしょう。

皇国史観を流布する側がそれを信じているか信じていないかは重要ではない

歴史教科書に皇国史観を記述したい人々にしても本気で神武天皇からの万世一系を信じているわけではないのかもしれません。

しかし、それは重要なことではありません。

皇国史観にとって重要なのはそれ自体が支配の道具として機能するか否かです。

初期の大日本帝国は元老による寡頭政治だったわけですが、その元老は皇国史観を信じていたでしょうか?

おそらく彼らは天皇が神の子孫などと信じていなかったでしょう。彼らは国民支配の道具としてのカリスマとして天皇を持ちだしただけで、彼らにとっての天皇は替えのきく道具でしかなかったでしょう。

天皇讃歌として君が代を歌い、皇祖神であり太陽神である天照大神の象徴として日の丸を用い、記紀神話を史実として教え歴史教育を思想教育手段として用い、天皇を神の子孫である現人神として崇拝することを求めたのは、そういう天皇崇拝に立脚した国民化により日本国民を扱いやすい道具とするためだったというものでしょう。

そして、扱いやすい道具、天皇の権威に逆らえない道具として振る舞うのであれば、そのようにして支配される側が天皇を現人神と本気で信じている必要もなかったでしょう。

信じていないのに表向きは信じているようにふるまうよりは本気でそう信じこんでしまった方がそういう社会では、少なくとも精神的には、楽に生きられただろうとは思いますが。

皇国史観の結果としての昭和初期

皇国史観に基づく天皇崇拝に立脚した国民化がなされたからといって大日本帝国は最初から昭和初期の軍部ファシズム時代のような国だったわけではありません。

天皇制に関する歴史学的研究は禁止されないまでも迫害されたりしていましたが、大日本帝国は対外的には立憲君主国としてふるまっていましたし、統治能力に問題があった大正天皇の時代には結果として内閣と議会が国家意思決定の主役となりましたし、君主機関説の日本版である天皇機関説が政治の主流だった時代もありました。

しかし、その天皇機関説を排撃するような国民、軍部ファシズムを支えたような国民を育成したのは皇国史観に基づく教育というものでしょう。そういう国民の熱狂的な支持という意味では昭和初期の日本は衆愚政治的な意味でのポピュリズムの国でもあったのかもしれません。ただ、仮に昭和初期の日本をそのようなポピュリズムの国として、国民がもとから「愚か」であったわけではありません。「愚か」な国民になるように育成されたのです。

そして、そのような「愚か」な国民を育成したという意味において皇国史観と万世一系は昭和初期の日本の問題という近現代史の問題でもあるわけです。

イデオロギーを持ちこんでいるのはどちらか

つくる会と歴史教科書の問題を知れば、歴史修正主義と皇国史観を同時に唱えるような人が実在すること、私が産経脳と表現したような人が実在することはわかると思います。

そのような人、あるいはそのような人に親和的な人を対象とした文だからこそ、私は歴史修正主義と皇国史観を対置し、皇国史観の代表として神武天皇からの万世一系をとりあげたわけです。

当然、この文脈においては万世一系と南京事件を同類の宣伝としているわけはなく、万世一系と南京事件否定論・矮小化論を同類の宣伝としているのです。

説明は以上です。


現代の日本では歴史教科書採択問題において彼らのような歴史教育に大日本帝国イデオロギーを持ちこもうとしている側がそれに反対する側を「イデオロギー闘争だ」と非難し、歴史学に基づいた記述を「イデオロギー教育だ」と非難しています。

そして、つくる会やそこから分裂した会である「教科書改善の会」の教科書が実際に採択されているのを見ると、日本社会は彼らのような人々の試みの初期消火に失敗していると思います。というより消火する気がないのではないか、燃え盛ってもいいと考えているのではないかとすら思います。そのような試みに無関心というより、むしろそのような試みの消火をしようとすることが非難されることを考えれば。


http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20120408/p1

■[雑記]中国人に「天皇家は万世一系ではない」と言われたらどう思いますか?CommentsAdd StarItisangodimitrygorodokGerardriksdybednmtukriksdybednmtukharuhiwai18tabbybywardnisshiey_s1booskanoriri

単純に不快に思うか否かの質問として、タイトルの質問をします。

どう言い返すかについては聞いていません。この手の質問を不快に思う人が「○○も××だろうに」と言い返したくなる気持ちはわかりますが。

無論、この手の質問に不快に思うことなく「その通りだろう」と答えられる人も多いでしょう。

万世一系を皇祖神天照大神以来とするにしても神武天皇以来とするにしても(そのモデルとなった史実はありえたとしても)学問的にはありえないというものですから。

しかしながら、この手の質問を不快に思う人もいるでしょうし、統計をとったわけではないですが、そういう人と南京事件において「虐殺数30万人はありえない」と言いたがる人とは有意に重なるのではないだろうかと私は考えています。*1

そして、そう考えるがゆえにタイトルの質問をしました。そういう人に自らの言動の心理的効果を自覚してもらうために。

念のために注意しておきますが、天皇家万世一系と南京事件虐殺数30万人説は蓋然性が異なりますし、南京事件虐殺数30万人説の蓋然性は低いとはいっても、いくらなんでも天皇家万世一系よりは上というものです。

こういう言い回しが無神経であることは十分に自覚していますが、ある種の人々に理解しやすい表現をするために自覚したうえで行っています。


後、勘違いしている人が多いようなので説明しますが、私個人の見解としては、史実派は30万人説を擁護しているわけではありません。

多くの史実派は30万人説の蓋然性が低いことは認めるでしょう。

ただ、蓋然性が低いこととありえないこととの間には越え難い壁があるというだけの話です。

30万人説を否定するためには史料を積み上げ研究を重ね「虐殺数30万人はありえない」と言えるレベルの蓋然性の極めて高い説を立てそれを世界に認めさせる必要があります。そして、それを実施しようにも敗戦時の日本側の資料焼却や現代も続く日本政府組織の史料非公開がそういう研究を行うことを阻害していたりするのです。

30万人説を否定することが容易にできることではないことは南京事件における秦説がどういうものかを理解している人には常識のことだと思います。

にも関わらず「虐殺数30万人はありえない」とお気楽に発言する人がいるゆえに「(少なくともその程度の根拠では)ありえないなんてことはない」と言わざるをえないのです。

史料を読み込むどころか事件自体についてろくに知らないことが丸わかりな程度の発言をする人が何故お気楽に「虐殺数30万人はありえない」なんて言えるのですか、という話。

もし、本気で30万人説を否定したいなら現状での最適な手段は笠原説を支持することと日中共同研究のさらなる進展を支援することだと私は思います。

追記(2012/04/10)

この記事の内容を補足する記事を書きました。

http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20120406/p1

■[歴史修正主義]歴史修正主義と「右でも左でもない人」 - ある種の問題に思想の左右の対立を幻視する人々CommentsAdd Starcomzoo (green)chateaudif17tabbybyward

南京事件否定論、従軍慰安婦否定論、ホロコースト否定論といった歴史修正主義は歴史学的事実を嘘扱いする嘘です。

歴史修正主義とそれに対する史実派のカウンターアクションである反歴史修正主義との対立は思想の左右の問題ではありません。それは歴史学的事実に対する正誤の問題であり、史実に対する誠実さの問題であり、それを思想の左右の問題と認識する方に問題があるというものです。

この文ではそのように歴史修正主義と反歴史修正主義の対立を思想の左右の問題と認識しコメント欄などで「自分は右でも左でもありませんが、○○は××だと思います」というような種類の発言を行う人のことを括弧付きで「右でも左でもない人」とします。


ここで仮に「右でも左でもない人」の認識のように歴史修正主義と反歴史修正主義を思想で分けてみましょう。

反歴史修正主義であるところの史実派には思想的には保守からリベラルまで様々な人がいます。

それに対し、南京事件否定論を唱えるような歴史修正主義者は仮に右派としてもウルトラライト極右。なぜ重ねたし。

「右でも左でもない人」のように歴史修正主義と反歴史修正主義の間で中立を気取るということは極右とそれ以外の思想の間にいるということであり、思想的位置はこういう感じになります。

極左 左派 中道 右派 極右
           ↑
      「右でも左でもない人」



このように「右でも左でもない人」の思想的立ち位置は極右より左側の思想と極右の間となります。

この手の主張をする人は自らの思想を極右ではない程度の右派と言っているようなものなわけですね。

史実派と歴史修正主義者の間にいることを「右でも左でもない」と認識するということはこういうことです。

繰り返しになりますが、史実派であるか否かは思想の左右の問題ではありません。

歴史学的に正の主張を行うのが史実派であり、歴史学を嘘扱いする嘘の虜であり歴史学的に誤の主張を行うのが歴史修正主義者です。

そして、「右でも左でもない人」は自身がそうであり続ける限り歴史学における正誤の正に立脚することは決してできません。


日本軍最強伝説のような捏造宣伝と「右でも左でもない人」

このブログでも何度か扱っています*1が、日本軍最強伝説は「あいつらはこういうバカなことを言っているぞ」という嘘で人を騙す捏造宣伝です。それは「当時の南京の人口は20万人。人口20万人のところで30万人は殺せない」*2レベルの否定論を書きかえたものでしかありません。

日本軍最強伝説はそういう嘘を鵜呑みにしてしまうような懐疑精神の欠けた人向けの捏造宣伝であり、こういうのに乗じて人をバカにする方が本当のバカというものです。

しかしながら、こういう「当時の南京の人口は20万人。人口20万人のところで30万人は殺せない」レベルの嘘を受け売りしている「右でも左でもない人」は数多くいます。

そういう歴史修正主義者の嘘を受け売りしていながら自己認識では懐疑的なつもりの「右でも左でもない人」の姿を見ると「バカな右翼とバカな左翼の宣伝戦に惑わされず懐疑精神で事実を見極めようとする自分」というのはさぞかし気持ちのいい夢なのだろうと思わされます。

歴史修正主義者は自らの主張により「右がバカなことを言っている」と「右でも左でもない人」に思われる一方で、日本軍最強伝説のような捏造宣伝により「左もバカなことを言っている」と「右でも左でもない人」に思わせることができているわけです。

そして「右でも左でもない人」は「バカな右」と「バカな左」の間にいると思いこむことで相対的に自分を賢明だと思い込めるわけです。

そういう「右でも左でもない人」は「バカな右」が作り出した話に踊らされているだけという話。つまり「本当にバカなのはお前だ」という話です。そんなのに踊らされる程度の知識で訳知り顔というのは頭がウルトラライト(軽いという意味で)過ぎるというものでしょう。


聞く耳を持たない「右でも左でもない人」

「右でも左でもない人」はネットでの聞きかじり程度の知識と偏見で作り出した虚像(「史実派は中韓の言うことを鵜呑みにしているバカ」など)に基づいて史実派の人にからんでくることがしばしばあります。

そして、その虚像の程度があまりにも低すぎるために相手にされなかったり怒られたりすると「右も左も話が通じない」と言いだしたりします。当然のことですが、話が通じる通じないに思想の左右は関係ありません。

私としては、相手ではなく脳内の虚像に対してシャドーボクシングを続ける人が「シャドーボクシングなら他所でやれ」と怒られるとしたらそれは正当だと思いますが、「右でも左でもない人」にとって自身の意見は冴えたものに思えるのでしょう。

対話において相手が怒る場合、痛いところを突かれて怒るのと荒唐無稽な話につきあわされて怒るのとはまったく異なります。「右でも左でもない人」の場合は後者なのですが、おそらく本人の認識は前者。

「右も左も話が通じない」と思い込んでいる「右でも左でもない人」自身が相手の話にまともに向き合わず脳内の虚像に対して延々と公開シャドーボクシングするだけの話が通じない人だったりするという話。

まあ、相手にすれば相手にしたで反論に対し「右でも左でもない人」は即座に被害者意識丸出しで理解拒否モードに突入したりするんですけどね。感情的であることをもって他者を批判する人々はこういう人をこそ批判するべきだと私は思います。

当然のことですが、間違いを指摘されてもそれを認められず自己欺瞞の壁に閉じこもって理解拒否モードに入る人も思想の左右を問わずにいます。


「右でも左でもない人」は右でも左でもないことが目的となってしまっている人なのかもしれない

「右でも左でもない人」はなぜ「自分は右でも左でもありませんが」というように聞かれもしないのに自己評価での自らの思想的位置を言いたがるのでしょうか。

私は一つの仮説として「右でも左でもない人」は右とか左とかに分類されることを恐怖する人々なのではないかということを挙げます。

それはつまり普通の範疇から外れることを恐れる人々ということであり、多数派の一人であることから外れることを恐れる人々なのではないかということです。

聞かれてもいないこと、つまりその場でそのように言う状況的な理由がないのにそのように言う理由。それを心理的なものと解するならば、それは自らの言動により他者に右とか左とか判断されることに対する忌避感情であり、自らの言動の結果として他者に判断される前に予め自らの思想的位置を宣言しているのではないか。そのように思うのです。

「右でも左でもない人」が「右も左もバカ」的なことを言いたがるのを見ると、「自分は右でも左でもありませんが」と言うのは思想における右や左を蔑視の対象としている人が自らがその蔑視の対象となるのを恐れてのこととも思えます。しかし、「右も左もバカ」的なことを言いたがるのはむしろ「右も左もバカにしているから自分は右でも左でもない」つまり「自分は普通である」と思い込むためのものでもあるのかもしれないと私は思います。右でも左でもないということはバカであることから逃れられることを意味しないことを考えれば、「右も左もバカ」ということに自らがバカとして蔑視されることを避ける効果はありませんから。当然のことですが、バカであるか否かに思想の左右は関係ありません。

このような仮説を挙げることで何が言いたいかといえば、「右でも左でもない人」は、ある意味、歴史修正主義が作り出す偽の構図に嵌っている犠牲者なのではないかということです。

歴史修正主義を仕掛けている側、つまり、歴史学的知識を持ちながらあえて嘘を言っている側*3にしてみれば、人々が歴史学における正誤の正にコミットすることを防ぐことができれば、それで部分的勝利を得られます。

そういう意味では歴史修正主義者は人々に「史実派と歴史修正主義者との対立は思想の左右の問題」と思い込ませることができれば勝ち*4なのです。それだけで、普通の範疇からはみ出ることを恐れる人々、多数派の一人であることから外れることを恐れる人々が歴史学における正誤の正にコミットすることを防ぐことができますから。

「史実派と歴史修正主義者との対立は思想の左右の問題」と思い込んでいる人もそう吹聴する人も歴史修正主義の部分的勝利に貢献しているという意味で(それに自覚的であろうとなかろうと)歴史修正主義の加担者となってしまっているということです。


以上、「右でも左でもない人」は普通の範疇からはみ出ることを恐れるあまり右とか左とかに分類されてしまうことを言わない層というより言えない層であり、それゆえに歴史修正主義が作り出す構図にはまって歴史学における正誤の正にコミットできない人なのではないかという話。←なかなか書き終わらないので強引にまとめた。

裸の王様 日本書紀
https://books.google.co.jp/books?id=Ejz6_DhymVEC&printsec=frontcover&dq=%E8%A3%B8%E3%81%AE%E7%8E%8B%E6%A7%98%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwiThJzfscfJAhWj3KYKHXUdAeMQ6AEIHDAA#v=onepage&q=%E8%A3%B8%E3%81%AE%E7%8E%8B%E6%A7%98%E3%80%80%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80&f=false
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