北朝鮮と同じ「世襲政権」を黙認しているのはひとつには弾圧を異常なまでに恐れる「恐怖政治」が「粛々と」行われているせいであり、もう一つは景気が良くなるという「幻想」を国民が持ちつづけているせいでもあるだろう。

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http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/archives/4871297.html


ミサイルの噴射軌跡が怪しい?
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実は情報が把握できないのではない。たとえ潜水艦からのミサイルが合成であろうとなかろうと関係ない。

つまり

この発射実験の映像がいったい何のために発信されているのか、すこし考えてみればわかることだろう。

けっきょく、

内外に流れているこの平壌からの映像は、実は真の目的は海外にではなく、国内向けの現権力の誇示のために作られているからである。

だから

別に諸外国が平壌からの映像をどう分析しても、「そんなこと」は金政権だって全部織り込み済みなのである。

それに

念のために言っておくが、金正恩が世襲だから馬鹿だというのはなんの根拠もない。別に我が国の首相が三代目であるからといって彼がそうだとは限らないということである。

なんとなら

それぞれの内政的な事情に合わせて「偉大な?」指導者を「演じている」ところは同じでも、すくなくとも、正恩は仏蘭西語も英語も晋三よりははるかに直接理解できているはずであるからだ。それゆえ海外の情報は晋三よりストレートに把握できる分、豊富であるかもしれない。

ようは

一知半解なそれぞれ隣接した「よその」国家の国民が「どう思うか」なんて「それほど」重要でない。お互いの権力構造が、、、とくに極東においては「不安定な安定」つまり「不安定なままの現状維持」を望まざるを得ない「それぞれの事情」を抱えており、それどころではないのだから。

そしてそれは

習近平だって、朴槿恵だって(改めて今月8日、表向き南北統一に言及したが、、)事情は同じである。だれも本音で現状を変えようとは望んでいないのである。ただひたすら、互いに内政の失敗を糊塗するために「外」に向かって緊張をねつ造し、必死に自国民(それぞれの民度相応)の怒りを煽るしか手がないのである。

、、、、、そのうえで、

あらためて、北朝鮮情勢を語るならば、、、、「僕は」こう思う。

だって

北朝鮮の崩壊がちかいという話はもう20年くらいず~っと言われ続け、常に外し続けている。
、、、ということは崩壊しない強固ななんらかの理由があると考えるしかない。

もとより、

北朝鮮の外では関係諸国のどこも崩壊を望んでいないし、国内的には人民が疲弊していて強い統制に反抗することすら出来ないことはよく知られている。

また、

あえて無秩序になるのを防ぐ程度の警察力や軍事力が依然として保持され続けているからでもあろう。

しかし、

今の外部の動向を見ていると、北朝鮮が崩壊する可能性がまったくないかといえば、そうでもないと「僕は」思っている。

なぜなら、

安倍政権が進めている拉致被害者調査に「明かされていない」問題があり、北朝鮮国内に「妙な」不安定さが出現しつつがあるからだ。

そもそも

いったいなぜ日本側からのオファーに北朝鮮が応じることになったのか?その真相は依然として不明と「されている」、、、けれど、、、安倍政権側が「それ相応のシナリオとカネ」を北朝鮮側にちらつかせたと思うのが普通であろう。

ということは

その怪しげな日本側からの工作に「釣られる勢力」が北朝鮮内の権力機構内にあるということを意味している。

もとより

どうして北に「そのような勢力」があるかというと、北朝鮮の「ある勢力」が、経済的に追い詰められ、追い詰めることができるのは中国だからであり、それに対抗して北朝鮮の「ある勢力」が日本に色目を使うことができたのは独特の対中バランス「瀬戸際外交」の手腕でもあったはずだ。

ところが

それがどうもうまくいかない、、、、というのは別に安倍の失策というだけでなく、北朝鮮内の権力闘争が「想定外」の事態に陥ってしまったことも考えられる。北に「また騙された」と単純に日本国民に思わせているのはメディアのコントロールによるだけのことで、国外の情報通で「そう」思っているものはだれもいない。

いずれにしても、

北の不安定さは「今度は」顕著であると考えられる。

というのは

以前、北朝鮮に関する学術会議がオランダ南西部ライデンで開かれたが、体制内で高官を務めた脱北者7人が金正恩体制の現状などについての分析を語っている。その時、件の元高官らは、権力の中心は朝鮮労働党組織指導部だとした上で、金正恩は父の金正日ほどに権力を掌握できていないと指摘している。

それはとりもなおさず、

内部闘争の恐れや統治システムの衰退と体制崩壊を示唆している証言とみることが出来る。

事実

彼らは「張成沢氏排除で団結した人々も、もはや同じ船に乗っている必要がなくなった」といい、新たな内部闘争が起こる可能性を指摘しているし、指導部の権力闘争の中心が、金王朝への忠誠ではなく「ビジネスや貿易への影響力」の確保に変わっていると分析しているのだ。

また

彼らは「食糧の配給制度が破綻して密輸などヤミ取引が拡大し、これに伴い外部からの情報を得ようとの動きも強まっている」とも証言している。

ということは

いままで北の体制を支えてきた「物質的管理」「思考管理」という2つの柱が崩壊しつつあることをしめしているとも考えられるのだ。

それにしても、

唐突なミサイル発射デモンストレーションの「真の意味」はどこにあるのだろうか?

http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/archives/4872232.html


安保法制って一体なぁに?
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昔からよくあることだが、善良な指導者は複雑なプランをなるべくシンプルに分かりやすく伝えようとするが、邪悪なる指導者は簡単な企みをなるべく複雑にして分からないくすることに粉骨するものと決まっている。

つまり

聞いていて複雑でよくわからないということは聞いている自分に問題があるのではなく、伝えようとする「考え方」そのものに重大な瑕疵があるか、伝達者(為政者)になんらかの後ろめたい企画意図を隠そうとする意思があるからであると思ったほうがいい。

その

定型的な例が、いま知らん顔してまじめに議論しているような「ふり」をしている安保法制を巡る与党協議であり、初めから落としどころを曖昧にしたままで決着する予定調和の「儀式」(猿芝居ともいうが)のことである。

かんたんに

やりたければ「いつでも、どこでも」戦争が出来るようにしたい、、、、」と「一言」で問題提起すればいいではないか。

そして、

そのことの是非を国会で決めればいいだけのことなのに、なんで10以上の細かい法律に、それも意味不明の「なんやら」事態法等(そもそも事態ってなんじゃい!)にする必要があるのか「僕には」理解できない。(言っておくが僕は法学部であるからすくなくとも法学部以外の出身者より法律は詳しい「はず」であるが、それでも理解できないのだ)

おそらくは

国民がバカだから誤魔化してしまえと思っている官僚共の浅知恵がそうしているらしいと思われるのであるが、その浅知恵すら理解できない出来の悪い世襲議員たちが一知半解なままで強引に国会を延長してまでそれらの法案を通そうとしている。

これを

茶番、、というより「猿芝居」と言わずしてなんという。

にもかかわらず

大手マスコミはただこれらの複雑にこね回して巧みにまぶされた諸法案をただストレートになるべく一般国民にわざと分かりづらいように(意図的に)伝えているのである。

ちなみに

安保法制は、憲法改正しないままに他国の戦争に加担するという重大な問題なのに、マスコミも国民間の議論を盛り上げようとしていないのはどうしてであろうか。

ハッキリ

アメリカの「ご意向」でございますと言ってしまえばいいものを、、、、。

だから

日本は銭だけ貢ぐだけでは足りなくて血も流せと言う「ご要望」がありますので、いかがいたしましょうかと正直に言えばいいではないか。

それでも

賛成の人は賛成だろうし、反対なら反対というだけのことである。


また

「自衛隊員が死ぬかもしれない」とか「徴兵制」への危惧をあげつらう御仁もいるが、これもかえって議論をよじれさせている。

そもそも

特殊な「公務員」は死と向き合うリスクの高い職業なのだから、自衛隊員が死んだって、国民が受け入れなければならないのだから問題の立て方自体がおかしいと思わざるを得ない。

それに

自衛隊(軍)が自国民の為でけでなく他国にためや軍に準じた組織(ISとかゲリラ)にも戦うということは、高いリスクを承知の上で選択した職業なんだからどんな「命令」であっても従わざるを得ないことであろう。

だから

自衛隊員を殺したくないのなら、初めから自衛隊そのものの存在を認めるべきではなかったし、もともと「死を想定しない軍隊」という言辞矛盾を「しかたなく」容認しないで断固、徹底した非武装を貫くべきだったのだと思う。それが「現実的?」であろうとなかろうとである。

それゆえ

安保法制の問題で「いまさら」外国で他国軍と共に戦闘に参加することの是非を問うても無駄なことに思えてならない、、、、そんな気までしてくるのだ。

だって

自衛隊(軍)は素直に日本国の憲法を読むとそれ自体憲法違反であるが、憲法違反していてもどうせ「存在」しているのだから、それを認めるというのなら、どこで誰と「戦闘」しても「軍」の性格上、仕方ないと言えるだろうからである。

にもかかわらず

保守系にあってもこの種の「ぼかし」が存在していて、直接自国民の安全にかかわる以外は「 戦闘」とは言わないのだといっている。

そこまでして

曖昧なままで「事態」によって戦をして死者も想定できる自衛隊(軍)の「戦闘」をないことにしてしまうのが不思議でならない。

そもそも

自衛隊が世界の警察つまりアメリカの保安官助手になりたいのなら、またならざるを得ないというのなら、明確に「真正面から」そのことの是非を議論すればいいだろう。

ただ

今は「お飾り」にしかなっていないが、我が国憲法9条にはたしかこう書いてあったっけ、、、。

1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

いまさら

いっても詮無いが、これを無視するんなら無視するという選択だってあるのから、ちゃんと改正するならして無視するなら「ちゃんと」?こ国民に「無視していること」が分かるようにして欲しい。

そうしないと

件の九条を小学校の高学年に単なる「国語」の純粋なる「読解問題」として解読させるなら、今の安保法制議論は無意味であり、もし意義づける必要があるなら、改正するか、憲法自体を消去して、憲法を無視しますと内外に宣言するしかなくなるであろう。

小学高高学年に分からない日本語は大人の僕にだって分からないのである。

これを「あーでもない」「こーでもない」といっている奴らの下手な芝居はこれ以上見たくない!目が腐る!

http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/archives/4873760.html


「戦争法案」は稀勢の里的政治情勢次第?
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したがって戦争というものは夢想のゲームではなく残酷極まりない「現実」であるが、それはあくまで実際戦っている「兵士」にとっての現実でしかない。

そして、もちろん

非戦闘員への攻撃は禁止されているけれど、「現実には」戦場にレフリーなどいないから何が起きているのか不明なままである。、、がゆえに無辜の市民も悲惨な目に遭遇するだろう。

しかしながら、

絶対戦場に向かうことがありえない政治家や官僚トップら、(たとえ軍人であってもたとえば机上の作戦計画を練るだけの高級参謀たちなども)にとって「戦争」とは囲碁や将棋の延長にある究極のエンターテェイメントでしかない。しかも戦勝すれば彼らは褒め称えられて権力と富が保障され、たとえ敗戦してもだれも責任を取らないのである。

そのいいれいが

だれもが知っているように、戦争開始時の戦争遂行の責任者であり閣僚であった某のぶすけ氏(=現在の総理の爺さん)である。それをそっくり踏襲しているのが爺ほど「悪い」知恵こそないが、アタマと腹具合は負けじ劣らずそうとう「悪い」孫であることは言うまでもない。

したがって

「戦争」という「非日常」にたいする誘惑は為政者を麻薬常習者や再犯常習者にしてしまう危険があるのだ。自分は安全な場所にいてレスリングやボクシングよりもっとリアルで過激な、しかも合法的な無差別殺人を「リアル」に見られるのだから、これはまさしく「狂気」であるといえよう。

そして

その狂気こそが、目線の定まらない我が国の現宰相が有しているものなのだ。

それゆえ

現在行われている戦争関連法案の整備作業はいくらアタマに「平和」の文字冠したところでその「本質」が誤魔化せるとは到底思えない。

つまり

彼は勘違いしている

安倍晋三は自分がアタマが悪いから国民もアタマが悪いだろう、それだから、それがたとえ「戦争法」であっても「平和法」と名づければ簡単に騙せるであろうと勘違いしているのである。

けれど、、、、

実態はそういうことだけではないらしい。

じつは

国民は政治に倦み政治を諦めているだけ、、、というのが現状である。

もしくは

国民がこの法案に無関心というだけであろう。

そして

その間隙をぬって家康が大阪城を落城させたように外堀を埋め、邪魔な「憲法城」を落城させたいという晋三らの邪悪な意図は着々と遂行されているのである。

にもかかわらず

北朝鮮と同じ「世襲政権」を黙認しているのはひとつには弾圧を異常なまでに恐れる「恐怖政治」が「粛々と」行われているせいであり、もう一つは景気が良くなるという「幻想」を国民が持ちつづけているせいでもあるだろう。

つまり

ゼニへのあくなき欲望のなれの果てがあの悲惨な「戦争」なのである。

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馬鹿は死ななきゃ治らないが、どうやら欲の皮の突っ張った日本国民は死んでも治らないらしい。

また

「民主党」が国民に与えた「政治離れ」心理はいまも病膏肓であるといえよう。目いっぱい期待させて裏切るというのは、なにも稀勢の里だけの得意技ではないのだ。
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