戦時経済状態に陥り始めた日本。 今週も、大本営発表のメディア報道が繰り返されるが、戦況悪化がどんどん進んでいます。事実を拾えば拾うほど、この国は敗戦に向かい、未来が失われていくのが分かる。 銀行で使い込みをした従業員は、当面は楽めるが、やがてバレた時、すべては終わるのです。

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/d851a3a5bd1e91a56d78d321a551e1f4


一流の小説家は新聞記者と同じ仕事をしていた 

2015年05月08日 | 社会


『正しい綿密なリサーチ(調査、情報収集)こそ作品の命』

日本で一番ノーベル文学賞に近い作家として知られる村上春樹ですが、4月27日にインタビューに応じて毎日新聞紙上で語っているのですが、世界的な一流の流行作家の眼力は鋭い。
色々な話題に対して答えているのですが、村上ワールドが個人の脳内での自由気ままな創作物と言うよりも、綿密で正確な並外れたリサーチ力の賜物である事実が浮かび上がる。
作家が一つの小説を書く前には、新聞記事を書く記者と同じで作品に関連する情報収集が必須要件だった。リサーチに膨大な量の時間と労力を費やしていたのである。
良い作家とは、良い新聞記者と同じ種類の仕事をしていたのである。
二つの『違い』とは、作家は自分の作品を『フィクション』であるとして世に出すが、新聞記者は『フィクションではない』と世間に喧伝する程度の些細な違い(中身の『内容の違い』では無くて、外側の『包装紙の違い』)なのです。
ただし新聞社の場合には『何を書いたか』との個々の記者の記事よりも、『何を掲載するか』、『何を載せないか』(隠蔽するか)の編集局独自の取捨選択の判断とか、何が大事で何が些細かとの優先順位の方針『価値観』が全ての問題に優先する。(報道枠には最初から限界があり、現実問題としてもニュースの全部は掲載出来ない)
マスコミが報道しない限り、今の近代社会ではどれ程重要問題でも自動的に『なかったことになる』のである)

『記者の仕事は小説家と同じだった』

多くの善良な日本人が誤解しているのだが、既存の新聞の記者(いわゆるジャーナリスト)と一匹狼のフリージャーナリストとは別の役割を持っていて、別々のカテゴリーに分類される。
田中龍作ジャーナルを読めば明らかなように、大手新聞や記者クラブに対する激しい怒りは、もはや隠しようの無いレベルになっている。
フリージャーナリストの田中龍作は多分自分が事実を正しく正確に伝えるルポライターに徹しようと努力している。あるいは物事を正しく客観的に解説しようとしている。だから記者クラブからは相手にされず頭から馬鹿にされるのである。
(この田中龍作の根本的な勘違いですが、困ったことに日本では普通の一般市民も全員が同じ勘違いをしている)
致命的な勘違いの原因ですが、新聞記者というのは取材によって事実を集めて、それをもとに記事を書くのではない。(それは田中龍作の様なルポライターの仕事である)
そもそも商業新聞の記者の仕事に一番近いのは小説家であり、記者がある事件について記事を書くということは、司馬遼太郎が桶狭間の戦いについて生き生きと描写するのと同種の仕事(創作活動)だったのである。
あえて明確な新聞記者と小説家の違いを上げれば、
記者の方は取材した『出来事』を読者が注目するように出来る限り誇張して記事として書く。ところが、小説家はリアル感を出すために多少抑え目にして書く程度。
STAP騒動で科学論文の著作権云々がマスコミで議論されていたが勘違いも甚だしい。客観的な正しい科学的事実とは常に普遍的であり誰が書いても100%同一になる。(普遍的事実と少しでも違っている場合には、それは自動的に『間違い』であると証明される)
昨今新聞記事での著作権云々(コピペ)が大問題となっているが、これは新聞記事が『記者の創作物である』から著作権が発生するのである。(科学法則や客観的事実は常に普遍的であり同一。他と『違い』が無ければ著作権の主張は無理)
全て同一であるべき普遍的真実と、他との違いこそ命である著作権とは、原理的に二つ同時には絶対に成り立たないのである。
新聞記事の著作権ですが、これは表現を変えれば新聞社自身が、自分で『客観的事実とは無関係で、新聞記事は小説と同じ』と言っているのであリ、これは『真実を報じている』との建前の報道機関として自殺行為なのである。

『村上春樹さん:時代と歴史と物語を語る みんな一生懸命生きている』2015年04月27日毎日新聞(抜粋、要約)

今や世界を代表する作家となった村上春樹が読者とのメール応答サイト『村上さんのところ』を開設。質問は締め切られたが、4万通近いメールへの返信に日々取り組んでいる。
その合間を縫ってインタビューに応じた。地下鉄サリン事件20年やテロリズム、東アジアの国々との関係、原発問題、自作の世界について。時代と歴史と物語をめぐって、話は展開した。
◇核発電所
Q,【聞き手は共同通信編集委員・小山鉄郎】
−−村上さんは1997年刊行のエッセー本で「原子力発電に代わる安全でクリーンな新しいエネルギー源を開発実現化すること」について既に書いている。「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(1985年)などの作品に出てくる発電所も風力発電です。
A,村上春樹 
『地震も火山もないドイツで原発を撤廃することが決まっているわけです。
危険だからという理由で。原発が効率的でいいなんて、ドイツ人は誰も言っていません。』
Q, −−読者との交流サイトで「原子力発電所」ではなく「核発電所」と呼ぼうと提案していますね。
A, 村上春樹 
『「ニュークリアプラント(nuclear plant)」は本来「原子力発電所」ではなく「核発電所」です。
ニュークリア=核だから。原子力はアトミックパワー(atomic power)です。
核が核爆弾を連想させ、原子力が平和利用を連想させるので「原子力発電所」と言いかえているのでしょう。
今後はちゃんと「核発電所」「核発」と呼んだらどうかというのが僕からの提案です。

村上春樹氏はインタビューで、地下鉄サリン事件から20年にあたり、オウム真理教事件に関連して『約束された場所で』や『アンダーグラウンド』ではオウム真理教の多数の元信者を取材して、マスコミが面白おかしく大宣伝した1999年に地球は滅びるとの『ノストラダムスの予言』や『スプーン曲げ』に代表される超能力信仰の関連性を論じている。
『被害者たちは、みんな物語を持っている・・・それらが集まるとすごい説得力を持ってくる。でもオウム真理教の人の語る物語は、本当の自分の物語というよりは、借り物っぽい、深みを欠いた物語であることが多い。』

◇善と悪、瞬時に動く時代
Q, −−村上春樹作品が欧米に初めて紹介されたのは1989年の『羊をめぐる冒険』の米国訳。
この年、ベルリンの壁が崩壊、日本も昭和から平成に変わった。その後の世界の変化は予想を超えるものでした。
A,村上春樹 
『先日「アルジェの戦い」という1960年代に作られた映画を久しぶりに見ました。この映画では植民地の宗主国フランスは悪で、独立のために闘うアルジェリアの人たちは善です。
僕らはこの映画に喝采を送りました。
でも今、これを見ると、行われていること自体は、現在起きているテロとほとんど同じなんですよね。
それに気づくと、ずいぶん複雑な気持ちになります。
60年代は反植民地闘争は善でした。
その価値観で映画を見ているから、その行為に納得できるのです。
でも今、善と悪が瞬時にして動いてしまう善悪不分明の時代に、この映画を見るととても混乱してしまう。』
Q,−−「この世には絶対的な善もなければ、絶対的な悪もない」「善悪とは静止し固定されたものではなく、常に場所や立場を入れ替え続けるものだ」。「1Q84」に善悪をめぐるそんな会話があります。動き続ける善悪の世界が描かれるのは村上作品の特徴ですね。
A、 村上春樹 
『今いちばん問題になっているのは、国境線が無くなってきていることです。テロリズムという、国境を越えた総合生命体みたいなものが出来てしまっている。これは西欧的なロジックと戦略では解決のつかない問題です。「テロリスト国家」をつぶすんだと言って、それを力でつぶしたところで、テロリストが拡散するだけです。
僕はイラク戦争のときにアメリカに住んでいたんですが、とくにメディアの論調の浅さに愕然(がくぜん)としました。
「アメリカの正義」の危うさというか。』
『長い目で見て、欧米に今起きているのは、そのロジックの消滅、拡散、メルトダウンです。それはベルリンの壁が壊れたころから始まっている。』

世界的に流行する人気作家の村上春樹ですが、
『ニュークリアプラント(nuclear plant)」は本来「原子力発電所」ではなく「核発電所」です。ニュークリア=核だから。原子力はアトミックパワー(atomic power)です』との指摘は秀逸であり物事の核心部分を正確に突いている。
他の部分でも矢張り正確に理解しているようなのだが、世間受けを狙ったモノ書きの悲しさで、今ひとつ歯切れが悪い。ものごとの正誤や善悪について知っているのだが断定するまでには至らず躊躇している様は歯がゆいと言うか情けないと言うか。もう少し一般大衆にも分かるようにはっきりと書けばもっと人気が出るのにもったいない。(あるいはメジャーなマスコミから完全に閉め出されるか、それとも性犯罪など破廉恥罪で逮捕されるか、何れにしろ主要マスコミから抹殺される)

『新聞記者はえらい、という話』(記者の仕事は小説家と同じだった)June 29, 2006 H-Yamaguchi.net 

目からウロコの落ちる瞬間、というのはうれしいものだ。今日もまた新しい「大発見」をして、ちょっと興奮ぎみなので、あまり時間はないが手短に書いてみる。たぶん、皆さんには先刻ご承知のことなんだろうが、私には新しい、そして大きな発見だった。

新聞記者はなぜえらいのか、についてだ。

新聞記者がえらい、という点について、疑問をもつ方はそう多くないのではないかと思う。新聞記者はえらい。えらくなければ旗を立てた黒塗りの車でどこへでも乗り付けたりできるわけないし、記者会見という公の場で人をつるし上げ、なんて大それたこともできようはずがない。もちろん全員がそういう人ではないのは重々承知した上で書いているのだが、「この人はえらい」と考えるしか納得のしようがない人、というのは確実に、それもけっこうたくさんいるように思われる。

私がわからなかったのは、それがなぜか、ということだ。なんでこんなにえらそうにふるまえるんだろう、と。その長年のなぞが今日、一気に氷解したのだ。こんなうれしいことはめったにない。

なぞを解いてくれたのは、某大手新聞社の現役役員の方。私はその方に、「新聞記者というのはなぜ予断をもって記事を書こうとするんでしょうか」と質問したのだった。個人的に新聞記者の方に取材らしきものをされたことが何回かあって、そのうち全部ではないが一部の方がそうだったような記憶がある。新聞記者は取材テーマについて必ずしも専門家であるとは限らない。むしろ専門家ではないからこそ取材に来るわけだが、それでも、書こうとする記事について、あらかじめ結論までの明確なイメージをもってやってくることがある。そういうケースを念頭において、なぜなんでしょうかと聞いたわけだ。

役員氏の答えは明快だった。記者というのはそういうものだと。あらかじめ何を書きたいかは決まっていて、それに添わなければあなたが何時間しゃべろうとも記事には反映されないのだ、と。

あまりのあっけなさに、一瞬ぽかんと口をあけてしまったのだが、考え直して、そうかそうだったんだ!と納得した。いやそうかそんなに簡単なことだったのか。

つまりだ。私は、とんでもない思い違いをしていたのだった。

私は、新聞記者というのは取材によって事実を集めて、それをもとに記事を書くのだとばかり思っていた。それが大きなまちがいだったわけだ。役員氏のいうところを斟酌すれば、新聞記者が書くのは事実ではなく、解釈された事実でもなく、その記者自身の主張なのだ。書かれるべき内容の主要部分は取材対象にではなく、記者自身の脳内にある。記者が取材に行くのは、事実を積み重ねるためではなく、自己の主張に沿った情報をネタとして仕入れるためだったのだ。

これで、新聞記者がなぜえらいかがわかってくる。新聞記者の仕事というのは、事実を伝えるルポライターの仕事とも、事実を解釈する学者の仕事ともちがう。より近いのは、小説家だ。新聞記者がある事件について記事を書くということは、いってみれば、司馬遼太郎が桶狭間の戦いについて生き生きと描写するのと同種の仕事、ということだ。

つまり、「先生」なのだ、彼らは。アーティストなのだ、その意味で。だからえらいのだ。

この理屈なら、なぜ新聞で署名記事が尊ばれるかもわかる。署名のない記事を書いている記者は、つまりはゴーストライターのような立場なのだ。早く自分の名前の入った記事を書きたい。そう記者の皆さんが思うのも当然だろう。小説家なら、自分の名の入った作品を残さずしてなんとする。めざせ論説委員!というわけだ。

そういえば、同じ場で、新聞社の元役員だった別の方が、「メディアとは『真ん中』。取材対象と読者との間に立って情報を伝えるのが役割」と説明していたっけ。その定義からすると、新聞はメディアではないということになるんだが、まあそんな細かいことはどうでもいいや。なにせえらいんだから。メディアであるかどうかなんてことより、自らの「作品」を残すことのほうがはるかに大事なことのはずだ。

日本新聞協会のサイトにある「新聞倫理綱領」というのをみると「報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない。」なんて書いてあるが、まあ問題ないんだろう。なにせえらいんだから。たとえ100%記者の脳内から生まれたとしても、それは個人の立場や信条に左右されているのではなく、客観的な論述になっている、はずだ。

いやほんと、わかるってのは気持ちがいい。
…あれ?じゃあいったいなんで取材なんてものをするんだ?取材って本当に必要なのか?

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/8dae7dab080dc206752cb5a8d524974c


「人は人混みに隠しニュースはニュースの海に隠す」プロパガンダの大原則

2015年05月07日 | 社会




『麻原彰晃 死刑執行のXデーとして逮捕日の5月16日説も浮上』

今年は地下鉄サリン事件発生から20年目の節目である2015年でマスコミ各社は競ったようにオウム真理教やサリンに関連する特集報道を行っている。
その中でも特筆すべきは週刊ポスト2015年4月3日号であろう。
週刊ポストによれば一部の法務省関係者からの情報として『死刑執行のXデー』として今年の『5月16日執行』との説が飛び出したという。
1995年3月20日の地下鉄サリン事件の発生では、オウムの山梨県上九一色村の教団施設を強制捜査して教祖の麻原彰晃を逮捕したのが事件から二ヶ月も経った5月16日だった。その節目に死刑執行の可能性があるとの情報だ。
凶悪犯罪では共犯者の刑がすべて確定するまで死刑を執行しないとの司法の慣習があり、オウム事件では20年以上も経っているのに麻原を含めて今まで一人の死刑執行も無かった『異様なモラトリアム状態』なのである。
ところが、2011年末に17年間逃亡していた平田信が、翌2012年には菊地直子と高橋克也などの特別指名手配の容疑者全員が警察に出頭するなど逮捕され刑が次々確定している。
オウム事件での死刑の執行の条件は、20年経った今では全てクリアしている状態なのである。
大手紙政治部記者は、『閣僚スキャンダルやアベノミクスの低迷で、政権の求心力低下は時間の問題。・・・
だが、麻原の死刑を断行すれば“決断する内閣”という印象を国民に与えられる。』として、『麻原彰晃 死刑執行のXデー近し』と感じているらしいが、説得力が有るもっともな話である。
オウム事件の場合には『物事の順番として』一番責任が重いと看做される教祖だった麻原を先ず死刑にしないと、一連のオウム事件の13人もの大量の死刑囚の誰一人も死刑に出来ないのである。
しかも同じ論理で、時間が経つほどオウム以後に死刑が確定した死刑囚の執行もやり難くなる。
麻原彰晃の死刑執行のXデーを何時までも先延ばしすると、ものごとの順番が逆転してしまうので、ある意味でもう『待ったなし』なのである。

『凶悪事件の劇的な減少傾向に逆行するマスコミの一大「死刑」キャンペーンと極端な厳罰化』

無責任なテレビタレントの橋下徹などマスコミが何故か挙国一致で煽りに煽った光市母子殺害事件では、差し戻し審で18歳1ヶ月の少年の死刑確定という前代未聞の出来事が発生する。
死刑のハードルを極端に引き下げられた差し戻し審後の日本国ではベルトコンベアーでの流れ作業的に『死刑判決の大量生産』が行われるのである。
(それ以前の日本は19歳の少年の別々の4件の事件での4人殺害で死刑確定と言う1968年の永山則夫連続射殺事件『永田判例』に従っていた)
このときマスコミは『少年の凶悪犯罪が増え続けている』とか『日本には終身刑が無いので凶悪犯が短時間で釈放される』などの意識的な誤報を流して世論を間違った方向に誘導する。
マスコミ総がかりでの『殺せ』『殺せ』の大合唱の『死刑キャンペーン』の結果は恐ろしい。
今の日本ですが既決死刑囚の数は三桁に達していて、しかも今でも増え続けている(先進国ではアメリカに次ぐ)世界に冠たる死刑大国なのである。
既決死刑囚を収容している拘置所など施設や職員の不足などで、速やかな処刑は止むを得ない『待ったなし』の状態なのである。
しかも、福島第一原発の冷温停止状態宣言の1週年目の2012年12月16日総選挙で成立した第二次安倍内閣にとって、『麻原彰晃 死刑執行のXデー』の大ニュースで誤魔化したい最大のスキャンダルとはと考えれば、それはニホン国の命運を握る『フクシマ』しかないが、これも『待ったなし』(時間切れ)なのである。

『マスコミ総がかりの猫だましとしての赤いニシン(間違いに誘導する偽の手がかり)としての大本営発表』

日本人の全員を、あっと言わせる大ニュースは、世間ではそれ程多く無い。
それなら『麻原彰晃 死刑執行のXデー』と同時に行われる可能性があるのは、矢張りフクシマである可能性が高い。(大手紙政治部記者の『閣僚スキャンダルやアベノミクスの低迷』程度で済めば、日本国にとっては一番幸いである)
民主党菅直人政権ではメルトダウンの事実を認めるのに何ヶ月もかかっている。
今後マスコミが麻原彰晃死刑執行の馬鹿騒ぎのドサクサに紛れて自民党安倍晋三内閣が認める『悪過ぎる事実』ですが、多分4年ぶりのフクシマの再臨界であろう。
CTBT(包括的核実験禁止条約)に基づき日本原子力開発機構が群馬県高崎市の放射性核種監視観測システムでは、昨年12月に一旦は福島第一原発の再臨界の証拠である極めて半減期が短いヨウ素131、テルル132、バリウム140が検出限界ぎりぎりの小量検出され続けている数値表を公表していた。
(ところが半年後の今年4月に『テルルの検出は再臨界の動かぬ証拠である』との週間紙の報道が流れた後で、何故か日本原子力開発機構は『間違いだった』として公開していた表を削除・訂正して、現在では以前の状態に戻っている)
フクシマでは核燃料デブリの再臨界以外にも、貯まりに貯まって処分に困った大量の放射能汚染水の海洋投棄とか、福島県以外の東北や関東地方での小児甲状腺がんの大量発症を認めるとか、何か異次元の『とんでもなく悪いこと』が発表されることは間違いない。

『北朝鮮の核実験の新聞号外のドサクサに紛れて発表された小児甲状腺がん10人発症の大ニュース』

福島第一原発事故から丁度半年後の2011年9月11日に民主党の野田佳彦内閣下で福島県当局は初めての小児甲状腺がんの発症を発表するが、超強気に原発事故の放射能との無関係を強調する。
日本中の与野党やマスコミ総がかりで菅直人を首相から引き摺り下ろして、野田佳彦が日本国首相に就任したのは、最初の小児甲状腺がん発表の9日前の9月2日である。
ところが2ヶ月後の11月には、小児甲状腺がん二人目が発症と福島検討委がマスコミに公表する。
ところがである。野田義彦総理は『嘘つきとは呼ばれたくない』『自民党(安倍晋三)との約束だから』との、到底一人前の大人とは思えない『中学生並の論理』で衆議院を突然解散して自民党に政権を禅譲して世間をあっと言わせる。
何と驚くことに、このとき福島県の地元紙以外の日本中のマスメディアは、小児甲状腺がんの二人目発症を、『一人目である』と真っ赤な嘘の大本営発表を挙国一致で行うと言う、悪質極まるプロパガンダを繰り広げていた。
流石に地元紙は(読者の福島県民が覚えているので)2ヶ月前の最初の小児甲状腺がんを誤魔化せない。仕方が無いので、正しく二人目発症と報じていた。
ところがである。
全国紙は共産党機関紙『しんぶん赤旗』を含めて、一つの例外も無く挙国一致で亡国の大本営発表を行っていたのである。(この挙国一致での極悪非道な情報操作・世論誘導は現在でも微動だにしていない)
このとき民主党から政権を禅譲された安倍晋三ですが、翌2013年2月の北朝鮮の核実験の新聞号外のドサクサに紛れて発表された小児甲状腺がん10人発症の大ニュースを『3人確定、7人疑い』と誤魔化して発表した。
何とも子供騙しの低級で姑息なインチキなのだが、なにしろ世間は北朝鮮の核実験の一大ニュースの海で溢れていて、誰一人も気が付かない。
まんまとお粗末で悪質な情報操作が成功してしまったのであるから情けないにも程がある。(このときにも日本国のマスコミは挙国一致での全てが同一の金太郎飴のような大本営発表を繰り返していた)

『麻原彰晃死刑執行のXデー以外にも北朝鮮の再度の核実験の可能性も』

2006年10月に北アルプス白馬岳(2932メートル)で福岡、熊本両県の登山ツアー客4人が悪天候の中で遭難、死亡した事故で、長野地裁松本支部は20日、ツアーを引率し、業務上過失致死罪に問われた福岡県大牟田市の山岳ガイド、田上和弘被告(57)に禁錮3年、執行猶予5年(求刑禁錮3年)の判決を言い渡した。
事故は9年前の2006年10月7日に発生。富山県黒部市の祖母谷温泉を出発し白馬岳の山小屋に向かう途中、熊本県の当時61歳と53歳、福岡市の66歳と61歳の女性4人を強風や吹雪のため凍死させている。
山岳ガイドに引率された登山客5人中4人が死亡したとんでもない大事件なのですが、何故か人々の記憶に無い。
この理由は簡単で、事故直後に北朝鮮が最初の核実験を強行し、マスコミは北朝鮮関連の後追い報道に手一杯で日本国内の4人死亡を正しく伝えていない。(初期の報道では1人死亡で他は行方不明だった)
『記憶に無い』(忘れた)では無く、最初から『知らない』のである。
何かの特別大きなニュースがあれば、同時期に起きたその他のニュースは簡単に吹っ飛び、事実上『無かったことになる』のがマスコミ報道の仕組みだった。
このツアー客4人が白馬岳で疲労凍死した2006年の遭難事故についてもう少し速く決着していたら2009年の北海道のトムラウシ山の8人遭難も避けれていた可能性が高い。(基本的に山岳遭難で刑事事件になることは稀で、白馬岳での4人死亡は事件発生から書類送検まで7年もの長時間を要している)
4000メートル級の本場欧州のアルプスでは真夏でも悪天候になれば雪が降り真冬の状態になり遭難する。3000メートルの標高の日本アルプスでは5月とか10月になれば悪天候では吹雪になり遭難する。
山での遭難自体は避けれないが今回のルートの富山県祖母谷温泉から白馬岳は標高差が2200メートルで全行程が20キロ近い長丁場。森林限界を出た山稜は広い尾根なので目印が無いのでホワイトアウトになりやすい危険な個所で、遭難死した4人は何れも白馬山頂の小屋から数百メートルの地点で力尽きている。今回の山岳ガイドの有罪判決は当然で責任は限りなく重いといわざるを得ない。

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/d654292388bbb23f025dbe9e356af53b

アベの従属ナショナリズムの無残

挙国一致で安倍首相をヨイショする日本のマスコミ報道とは大違いで、アメリカに嘲笑されていた無様な安倍晋三「日本国首相」の無残な映像と、公式には唯一の同盟国といいながら日本国首相の安倍晋三の低脳ぶりを世界中に大宣伝する英米メディアの愚劣さ。
カンニングペーパーの文字が余りにも大きいのでIt isで一行、改行して赤ペンで強調するようにとの書き込みがあるbecauseでまた一行と不自然に改行されてしまい、これでは英文の文章として成り立たない。
まさに幼稚園児以下の小さな子供が話す『Children's English』そのものになっている。
今回の安倍晋三の英語での演説ですが第一言語(母語である日本語)の能力が不十分なら、当然第二言語(英語)はもっと不十分でお粗末だったのである。

『安倍首相の演説、海外でカンペ画像が報じられる「顔を上げ拍手促す」』The Huffington Post2015年04月30日

安倍晋三首相が4月29日、アメリカ議会上下両院合同会議で演説した。この様子を報じた海外の記事が話題になっている。
この日、安倍首相は英語で演説を行ったが、ウォール・ストリート・ジャーナルは安倍首相が手に持った原稿を、大きな写真で紹介した。
原稿には、「次を強く」など抑揚をつける位置や、息継ぎの箇所が赤ペンで書き込まれていた。
カナダ版のYahoo!ニュースに掲載されたロイターの記事には、「顔を上げ拍手促す」などの書き込みも見られる。


民主党の小西洋之参議院議員は安倍首相の演説に「ひどい棒読みだな。単語を読み上げているだけ。日本の高校生よりひどい」と批判したが、ネットからは「カタカナやひらがなで書いてないだけマシ」「“仕事は準備が8割”って教えをこの画像は語ってる」など、様々な意見が出た。
安倍首相はこの演説に向けて、昭恵夫人の前でも練習していた。
45分間にわたる演説となったが、会場からは評価され、10回のスタンディング・オベーションを受けたという。
スティーブ・コーエン下院議員(民主)は「傑出した演説。第2次大戦がもたらした死と悲しみを認めたこと、女性(の活躍)に言及したことは適切だった」と指摘した。レーガン元大統領のスピーチライターだったダナ・ローラバッカー下院議員(共和)は「Aプラスの演説だった」とたたえた。
 (時事ドットコム:安倍首相演説に評価の声=「謝罪なし」に批判も-米政府・議会より 2015/04/30 08:33)

『日米両国で推敲に推敲を重ねた末の、対日勝利70周年のアベ首相演説の原稿』

肝心の閣議決定も無い。ニホン議会にも何の相談もなく、アメリカ議会(上下両院総会)で歴史的な日米軍事協力を『今年の夏までに成立させる』と何回も強調した安倍晋三首相と、それを十回のスタンディング・オベーションで大歓迎したアメリカ側の民主共和の両党議員たち。
日付変更線の向こう側のアメリカは4月29日だがアジアに位置する日本国は30日だった上下両院総会のアベ演説の日付けはベトナム戦争敗北40周年のとんでもなく大事な『記念日』でもあった。
日本のマスコミでは、ほとんど報道されなかったが『日米ガイドラインの改定』はすでにアベ演説の2日前の4月27日に日米2プラス2会合で決定されていた。
あの歴史的なアベ演説とは、すでに決定されていた新日米外ガイドライン(日米防衛協力の指針)の内容を鸚鵡返しで、もう一度語っていた(追認していた)だけのです。その意味では余り大きな意味はない。
(この新しい日米ガイドラインとはアーミテージ元国務副長官やジョセフ・ナイ元国務次官補など超党派のジャパンハンドラーたちの『長年の言い分』を文章化したもの)
イト イズ ビコ~~~ズ オブ、、との何とも超スローモーな幼稚園児並のつたないアベ首相の英語の『言葉』を聞いたアメリカの民主共和の両党議員たちがスタンディング・オベーション(総立ち)で大歓迎したのは当然だったのである。何の不思議もない。
元マスコミ人の岩下俊三さんは、『実はこの原稿は谷口智彦という内閣官房参与が事前に訪米して、議会関係者にヒアリングしてまとめたものです。
また谷内正太郎・国家安全保障局長もワシントンを急遽訪問し、スーザン・ライス大統領補佐官と綿密な推敲を重ねた文章なんです。』(この谷口はトリッキーな英語を得意とし例のオリンピック招致演説も書いていた)との、なんとも身も蓋もない『史上初めての上下両院総会での世紀のアベの大演説』の舞台裏の『ネタばらし』を行っている。
どれ程素晴らしい手品でも大観衆をあっと驚ろかせる大奇術師の世紀のイリュージョンでも同じで『手品のネタ』を知ってしまうと余りにお粗末で子供だましな内容に興ざめする。

『准戦時下のピョンヤン放送と化す、日本のマスメディアの無残』

北朝鮮の世襲の3代目のトップの金正恩を天まで持ち上げるピョンヤン放送は滑稽ではあるが、朝鮮戦争は現在『休戦中』であり、建前上は戦争そのものが終わっていない危険極まりない状態である。
准戦時下で軍事独裁政権である北朝鮮のマスメディアの『政権べったり』のおぞましい報道姿勢を、我が日本国では繰り返し繰り返し、飽きるほど何回も『これでもか』と面白おかしく、マスコミが報道しているのは誰でも知っている。
ところがである。
そのピョンヤン放送とそっくり同じことをA級戦犯である岸信介の孫以外の特徴が無い安倍晋三(世襲の三代目)に対して、今の日本のマスメディアが全員で行っているのである。
しかし、北朝鮮は准戦時下の軍事独裁国家なので、今の様な『絶対権力へのマスコミ報道の屈服』はある意味では当然であり『仕方が無い』側面がある。(だれでも命は惜しいし、『真実』よりも自分が一番か可愛いのは古今東西少しも変わらない世界共通の真実だった)
ところが北朝鮮とは大違いで、我が日本国は平和そのものであり報道の自由は憲法で保障されているにも拘らず、大手のマスコミは憲兵や秘密警察に命令されたわけでも無いのに、先回りして自主規制している様は驚き呆れる。

『丸っきりの虚構だった日本国のマスコミの「報道の自由」の美しい神話』

日本の敗戦以前の朝日新聞などマスコミの戦争協力の恥辱の歴史ですが、敗戦後の今までの公式な歴史解釈では、
『日本は民主主義」が十分に育っていなかった』とか
『天皇制や軍部の力が強すぎた』とか、
軍部の2・26事件などクーデターや右翼による政財界人の暗殺の恐怖などで
『旧憲法下の政府によってメディアが沈黙させられた』など、色々と説明されているがすべて大嘘ですよ。
現在は戦時中では無くて、一見平和そのもの。
今の自衛隊は政治には一切口出ししない。
もちろん憲兵も特高も治安維持法もない。
右翼の暗殺も半世紀前の浅沼社会党委員長刺殺以来絶えて久しい。
しかもボロボロでは有るが民主主義を保障する憲法もまだ残っている。
もちろんマスコミの自由を定めた数々の人権を守る仕組みも健在である。
平時における今の状況を見ると、どうも今までの説明が全部真っ赤な嘘だったとしか思われません。
マスコミの戦争協力ですが、権力に命令されたから(悪いと知りながらも、仕方なく)嫌々従ったのではなくて、命令がなくても忖度して情報の隠蔽を行っていたのである。
全員が一致団結、先回りして『周りの空気を読むことを最優先』して、(これは不都合だと勝手に判断して)真実の報道を自主規制しているのですから日本は心底恐ろしい。

『70年遅れの大本営発表で、一億総情報難民化する日本人の悲劇』

米議会でアベがカンニングペーパーの振り付けのまま演説していた恥ずかしい事実を世界の市民が知っているのに、(大手新聞やテレビなどのマスコミが一切報道しないので)肝心の日本国の大多数の一般市民が知らないのである。
日本国内のテレビ放送の範囲では一番リベラルな知識人を出演させていると思えるサンデーモーニングでは1997年以来18年ぶりの『日米ガイドライン改定』が、日本にとって60年安保以上の重大な大転換になる事実を指摘している。
史上初めての米上下両院総会のアベ演説を推進した主体が、『日本側か、それともアメリカ側か』との疑問を提示していた。(日本側が米側に頼んだとしたら今回の様なアメリカをヨイショする内容になる)説明を求められた毎日新聞特別編集委員の岸井成格は、『阿吽の呼吸だった』と誤魔化している。
安倍政権に一番近い政治記者として有名な毎日新聞の山田孝男は『人間は見たいものしか見ない。安倍晋三首相の米議会演説の評価が割れたのはそのせいだろう。』と無責任極まる発言を行っているが、そのコラムのタイトルが『踊り場の蜜月』である。
政府の諮問会議に積極的に参加し安倍首相と私的に会食まで行う、あの山田孝男でも、今回の安倍晋三米議会上下両院総会の演説が分岐点と言うか分水嶺と言うかレッドラインを踏み越えると言うか、日本が今『戦後政治の分岐点』に立つ、歴史的意味を理解している。
ただし、権力の監視が一番厳しいテレビは当然として、毎日新聞など大手新聞は何れも挙国一致で、ロイターやウォール・ストリート・ジャーナルが安倍晋三を笑いものにしている不都合すぎる事実を一切伝えない。
まさに、70年遅れの挙国一致の『大本営発表』なのである。

『挙国一致の亡国の自主規制の中で、一人孤軍奮闘する日刊ゲンダイ』

(安倍晋三の下手糞な英語の演説にうんざりしている様子の米議会議長らの姿を写したAP通信の映像)
2011年3月14日夜に『原発が爆発する。100キロまで逃げて下さい。』と言い放ち、保護すべき一般市民を放置して全員逃げた自衛隊の破廉恥極まる有様を唯一報道したのが、日本でも世界でもエロ系の日刊ゲンダイだけだった。
70年前の敗戦時の関東軍と同じで、一般市民を見捨てて真っ先に自分たちだけ逃げた自衛隊ですが、避難所の多数の市民とか南相馬町役場職員などの確実な目撃証言がある。
(日本のタブーである、この自衛隊が逃亡した事実は半年も経ってからTBSが恐々放送しているが基本的に意味不明で視聴者は理解出来なかった)
今回もネットメディア以外では唯一アベの恥さらし映像を紹介しているが何故か言葉(新聞の活字)だけ。圧倒的に『訴える力』が大きい肝心のカンペ写真が無い。(記事にあるのは↑上にあるAPの映像)

『安倍首相の演説が笑いモノに「8割の米議員わからず」の声も』日刊ゲンダイ
(あんちょこペーパーも米メディアに報じられた)
米上下両院合同会議で演説した安倍首相。
日本のメディアは安倍首相の訪米を“大成功”と絶賛しているが、残念ながら、米メディアは、ほとんど関心を示していない。
日米首脳会談が行われたのに、米主要紙の1面は、警察に拘束された黒人男性が死亡したボルティモア問題に充てられた。
オバマ大統領との共同会見も、記者の質問はボルティモア情勢に集中。会見の約4分の1の時間が割かれ、オバマ大統領が「重要な問題なので」と安倍首相に釈明する場面もあった。
日本メディアが「10回以上のスタンディングオベーションが起きた」と持ち上げている米上下両院での演説も、失笑の対象になっている。

米メディアが安倍首相を笑いモノにしているのは、安倍首相が英語で書かれた原稿をひたすら棒読みしただけでなく、原稿に日本語で「顔を上げ、拍手促す」「次を強く」などと、あんちょこが書かれていたからだ。
「ウォールストリート・ジャーナル」などが、あんちょこペーパーを大きく報じている。
アメリカ人記者たちは、「まるで中学生の英語スピーチ大会だ」と笑い合っているそうだ。
素直に日本語でやればよかったのだ。
国際ジャーナリストの堀田佳男氏は言う。
「テレビで見ていましたが、リズムが悪すぎて意味がわかりませんでした。米議員の半分以上がスピーチを聞かずに、紙を見ていた。文節の切り方がおかしいし、リズムもない。単語ひとつひとつを明確にしようということなんでしょうが、8割の議員がわからなかったでしょう。安倍首相は演説で自らの留学のエピソードも入れていましたが、ただ恥ずかしいだけです」
議員の中には途中退席する者もいたという。
米議会では、スタンディングオベーションは習慣で、タイミングもあらかじめ決まっている。
ありがたがっているのは、何も知らない日本のメディアと、おめでたい安倍首相だけだ。
税金約1億円も使って、一体何をしに行ったのか。まだ、日本でおとなしくしてくれていたほうが、よっぽど国益のためになったのではないか。
2015年5月1日 日刊ゲンダイ

『訪米で浮き彫りに 安倍首相は誰のために政治をやっているか』
ゴールデンウイークを利用して、8日間という長期のアメリカ滞在を楽しんでいる安倍首相。
国内の煩わしい公務から解放される外遊は、何よりのリフレッシュ法だそうだ。
加えて、今回の訪米では、日本の総理大臣として初めて、米議会上下両院合同会議で演説をした。
そのハシャギ方、ハイテンションは、勉強のできない子供が初めてテストで100点を取ったようだった。
この訪米でハッキリ分かったのは、安倍首相が誰のために政治をやっているのか、ということだ。
本来、政治は国民のためにあるものだが、安倍首相の場合は違う。
すべて自分のためだ。そのためには国民だって差し出すのだ。
「安倍首相の政治行動は、他人から称賛されたいという虚栄心、手柄を上げたいという功名心、あるいは“A級戦犯”容疑者だった祖父・岸信介の名誉を回復したいという執念に尽きると思う。
一国のリーダーは、国益のために己をむなしくする必要があるのに、安倍首相には国民のためという発想が欠けている。今回の訪米も酷かった。オバマ大統領の歓心を買うために、国益を度外視し、アメリカのために日米ガイドラインを見直し、自衛隊を差し出し、しかも国会での審議はこれからなのに、米国には勝手に成就を約束してしまう。
TPP交渉も拙速に進めているし、ここまで自分本位の総理は戦後、初めてでしょう」(政治評論家・森田実氏)
しかし、安倍政権に去勢されたような大メディアは訪米大成功と持ち上げることしかしない。その一方で、国民が強く望む「年金」や「医療」といった社会保障が置き去りにされていることも知るべきだ。
国民生活に関心がない安倍首相は、ゴールデンウイーク後「安保法制」を成立させて、戦後70年つづいた日本の形をガラリと変えるつもりだ。
今年のゴールデンウイーク、国内旅行者数は過去最高だそうだが、国民は浮かれている場合ではないはずだ。
2015年5月3日 日刊ゲンダイ

『アベのグロテスクすぎる従属ナショナリズムの最後に行き着いた先とは、』

安倍晋三らの『日本は悪くない』との歴史修正主義(靖国史観)の対米従属ナショナリズムですが、これは『黒いシロクマ』とか『白いカラス』と同じで、論理矛盾(パラドクス)であり存在自体が自己矛盾の塊なのである。
(本来『国粋主義』と『対米従属』は正反対の概念であり、原理的にも論理的にも二つが同時には成り立たない。どちらか一方が真っ赤な嘘。あるいは大勢の観客を間違いに誘導する手品かイリュージョン)
安倍の英語の45分間にも及ぶアメリカ議会上下両院総会での演説ですが、一言で簡単に説明すると、『女郎の身売り証文だった』と言うことでしょう。
これで日本国は今までの様な日陰の身の属国(めかけ)扱いを脱して、これからは晴れてアメリカ合衆国の51番目のジャパン州に昇格できることになる。
ジャパン州民(旧日本人)には勤労と納税と兵役の義務が有るが、民主主義に疎い旧土人(いわゆる日本人)には知的負荷が大きいのでアメリカ大統領選挙の投票権の免除という『特権』が付与される。
そもそもアメリカの州(ステーツ)は普通の独立国並みに主権を持っていて、知事を首長とする州政府や、上下両院の議会・最高裁判所と、司法権行政権立法権の三権を持っているし、州知事を最高司令官とする軍隊(州兵)も持っている。
州政府は外交や軍事での独自の判断が制限されるが(連邦政府の専権事項)これは今の日本国の状態と同じである。(アメリカ憲法には州が外国と条約を結ぶなとか勝手に戦争をするなと書いているが、昔は州が独自に行った例があったからなのです)
日本がジャパン州に昇格しても以前と同じで、何も変化が無い。自衛隊の名称がナショナル・ガード(州兵)と変わる程度である。
旧自衛隊のNational Guard(州兵)はアメリカ軍の予備部隊として、兵員・部隊・サービスを連邦軍に提供することと、 ジャパン州内における災害救援、暴動鎮圧などの治安維持を行うことになるが、丸っきり現状の自衛隊のまま。
(ジャパンで流通する主要通貨はドルになり標準語が英語になる。ただし、旧日本人用に日本円は補助通貨として、日本語はローカルな第二言語として認められるので何の不便もない)

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/a5b9f758da63fb34772d4eb1d181f825


橋下維新の「大阪都」ゴッコvs自由共産党

2015年05月02日 | 地方自治


『都構想反対で共産党とタッグ 自民大阪の本音とふがいなさ』2015年5月1日日刊ゲンダイ


5月17日に投開票される「大阪都構想」の賛否を問う住民投票。橋下徹・大阪市長率いる「大阪維新の会」VS「自公民共」のバトルが激化する中、自民大阪府連の“フヌケぶり”が目立っているという。
「大阪都構想」に反対する自民、公明、民主、共産は、市選管の公報を共同作成。
共同戦線で橋下維新を“狙い撃ち”する作戦だ。
28日に府立体育会館で開かれた反対集会では、大阪府選出の柳本卓治(自民党)、山下芳生(共産党)の両参院議員が壇上でガッチリと握手。国政の場でガチンコ勝負している両党が「二人三脚」で都構想に反対しているという姿勢をアピールした。
「敵の敵は味方というワケでしょうが、とにかく、今の自民党大阪府連にマトモな議員がいない。だからリーダーシップを取れず、他党の力に頼らざるを得ないのです。
府連会長の竹本直一衆院議員は4月の府議選で、党推薦候補がいる選挙区にもかかわらず、公明党候補の集会に参加。
自民党員から『それでも大阪のトップか』と批判が殺到しました。
中山泰秀外務副大臣は『都構想のアイデアは私が橋下さんに教えた』とハチャメチャなことを言い、落選中に代表補佐を務めた人材派遣のパソナが進出した淡路島を『都構想に含めるべき』とも言っている。ワケが分かりません」
(大阪市政担当記者)
対する維新は4億円を投じて連日、CMをガンガン流し、ホームページにも特設サイトを開設するなど攻勢を強めている。その上、政権与党の自民がこれじゃあ、橋下維新も高笑いしているだろう。
「安倍首相や菅官房長官が都構想に『賛成』だから党本部も腰が重い。結局、頼りになるのは共産党だけ。こうなったら『自由共産党』で戦うしかない」(自民党府連関係者)
ブラックジョークだ。
2015年5月1日 日刊ゲンダイ

『地方自治の崩壊が止まらない』

平成の大合併の結果、地方議員の定数はほぼ半減しているが、『西宮維新の会』の号泣兵庫県議に代表されるように議員の質の劣化は定数減に比例して益々加速している。(万年落選の泡沫候補がたまたま『西宮維新の会』を名乗ったら、有権者が勘違いして当選した)
ところが、売国右翼の産経新聞や橋下徹の維新の会を筆頭にして自民党民主党などは『議員定数削減での身を切る改革を進める』と、我が日本国ではほぼ挙国一致で「今よりもっと議員定数を減らす」と公言している。
確かに現在のニホン国の議員の質の低さは目を覆うばかりの酷さだが、本来質の低さを補う心算なら話は逆さまで、質を数でカバーする方法しかないのである。
産経新聞や橋下徹(維新の会)の主張するように、元々質の低い議員定数を削減すれば、もっと地方自治は崩壊が進むでしょう。
栄養価の低い草を食う草食動物と同じ原理で『質より量』で行くしか仕方が無い。本当なら議員定数を今の倍以上に増やして、個々の議員の質の低さをカバーする必要があるでしょう。
ところが議員定数削減は、今の日本ではほぼ挙国一致の国是の様な状態なので、選挙の度に議員定数が削減されているのが現状なのです。(定数削減と諸外国に比べて無闇に高い供託金により一般市民の政治参加は益々困難になっている)

『記録更新を続ける投票率の低さ(崩壊する民主主義)』

統一地方選前半(府県議選)の結果は投票率が5割を切り45%程度の戦後最低を更新するが、全国平均が3ポイント程度低下した中では維新と反維新が激突した大阪は1ポイント減で踏み止まる。
統一地方選挙の後半戦では市長選でも無投票が目立ったが、特に問題なのは5割近い町村長が無投票、町村議選でも4分の1が無投票で末端レベルの地方自治が崩壊状態なのです。
選挙結果は、前半戦と同様、この後半戦でも目立ったのは民主党の不振と共産党の躍進です。ところが自民党と組んで橋下徹の維新の会と対立した大阪の共産党が今ひとつぱっとしない。何故か大躍進とはいえないのである。
日刊ゲンダイが言うように、反維新の勢力では共産党しか頼りにならない(その他の政党は橋下徹の維新を怖がっていて最初から腰が引けている)のが現状で、統一地方選後半の大阪市周辺の吹田市八尾市寝屋川市の3市長選での維新の全敗に果たした共産党の貢献度は一番高いのである。(この3市長選では共産党は自民党系を応援して勝たしている)
現在大阪市では、橋下徹の維新の会の『大阪都』(大阪市の廃止)の住民投票を17日に控えて賛否が拮抗している。
しかしポピュリズムと反知性主義の権化の橋下徹の元々の主張は道州制であり、大阪市を廃止する『大阪都構想』は意味不明の思いつき程度の代物で、中身が何もない。
橋下徹の『道州制』では、市域が狭い現在の大阪市は周辺の堺市や八尾市、吹田市を加えたスーパーグレート大阪市(大「大阪市」)にする心算だったが、何時の間にか逆の大阪市の解体に走っているのですから困ったものです。
(ブラックジョークにしか見えないインチキ臭い橋下徹が何時までもしつこく蔓延る原因ですが、安定したDNAでなく不安定なRNAのヒト免疫不全ウイルスの有効なワクチンが未だに出来ないのと同じで、常に主張が風向きによって変幻自在にくるくる変わるので普通の常識有る知識人では『橋下が悪い』とは分かっていても叩きようが無いのである)

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/5a2c9ec249da7db89707063d7854d77f


今頃「凍土壁」の試験凍結といわれても・・・

2015年05月01日 | 放射能と情報操作


『なんじゃ、こりゃ???』

『NHKニュース 「凍土壁」の試験凍結作業始まる 福島』
東京電力福島第一原子力発電所の汚染水対策の柱として建設が進められてきた「凍土壁」について、国と東京電力は、30日正午から、試験的に地盤を凍らせる作業を始めました。
福島第一原発で増え続ける汚染水の対策として、国と東京電力は、1号機から4号機までの周囲の地盤を凍らせ、全長1.5キロの氷の壁、「凍土壁」で取り囲み、建屋に流れ込む地下水を遮断する計画です。
現場では去年6月から「凍結管」と呼ばれるパイプを地中に打ち込むなどの建設工事が進められていました。
この計画について、原子力規制委員会が、建屋の山側の18か所で試験的な凍結を行う計画を認可したことを受けて、国と東京電力は、30日正午から、「凍結管」にマイナス30度の液体を送り込む装置、合わせて30台を稼働させました。
東京電力によりますと、これまでのところトラブルなどは起きていないということで、順調に氷が成長すればそのまま凍結を維持するとしています。
そのうえで、規制委員会の認可が得られれば、ほかの部分も段階的に凍らせ、氷の壁を実現したいとしています。
しかし、「凍土壁」を巡っては、建屋の海側では地下のトンネルにたまった汚染水対策の遅れから、工事が進んでいないほか、ここまで大規模な氷の壁を作るのは前例がなく、工事の行方が注目されます。
4月30日 NHK

『平成の万里の長城か 沈没する戦艦大和か』

『縁起でもない一月遅れのエイプリルフール』
去年三月から延々と1年間も凍結を試みたが大失敗した『いわく因縁』言いがたい東京電力の凍土壁計画は、『平成の万里の長城』との異名があるとか、『沈没する戦艦大和』の再来とか揶揄されている始末。
政府が『白』といえば『黒』といえないNHKまでが『今までの工事が進んでいない』事実や、『まったく前例が無い』前代未聞の難工事であると心配しているフクシマの『凍土壁』を、少しも反省することも改善することも懲りることなく続けるという一月遅れの四月馬鹿(エイプリルフール)なのか。
本物の『万里の長城』も、本来の目的である北方の遊牧騎馬民族の侵入を一度も止められなかったが、何故か中国は2000年も延々と無駄に造り続けていた、(表向きの北方の騎馬民族の進入阻止は真っ赤な嘘で、本当は長城の南に住む農民の逃亡阻止が目的だったのだろう)
政府や東電の悪い冗談を聞かされるほうは少しも面白くない。
(凍土壁の試験凍結は去年1月から始めていた)たった数メートルのトレンチの凍土壁が凍らないのである。
幾ら大量の氷をぶち込んでもドライアイスをぶち込んでも矢張り凍らない。最後にはセメントを注ぎ込んだが矢張り止水に失敗している。
たった数メートルでも失敗していたのに今回は1・5キロの凍土壁の凍結を目指す『壮大な夢の計画』ですが実現性では、夢のまた夢と言うか、何十年間もの長時間継続する原発事故対策(コンクリートの地下ダム)を、素早く目先の超短時間の単発的な手抜きの事故対策(凍土壁)に置き換えて『誤魔化す』との、手品か詐欺の様な不思議な代物である。
メルトダウンしたレベル7のチェルノブイリでもフクシマでも同じで、原発事故の放射能の封じ込めは『長期間、安定していて、堅牢である』が絶対条件なのです。
それを『安上がりだから』と短期の簡易型の凍土壁に置き換えた東電や政府は、何を目的にして行動しているのだろうか。
今のフクシマですが到底常人の理解を超えていて、もはや『異次元』の世界に迷い込んでいる。

『金子勝慶應義塾大学経済学部教授の最新ツイート』

金子勝 @masaru_kaneko
【沈没する戦艦大和】
凍土遮水壁の壮大な無駄の背後で、またタンクから汚染水漏洩。約0.04リットルだが、ストロンチウムなどベータ線を出す放射性物質の濃度は2100万Bq/l。作戦失敗でも原発比率22%維持で、日本経済滅びの道へ突き進む。
金子勝 @masaru_kaneko
【沈没する戦艦大和2】
沈みゆく戦艦大和=福島第1原発は、もはや戦闘員がおらず、素人ばかり集めての作業。結果、昨年度、死亡やけがする作業員は64人(1人死亡)と前年度から倍増。40年ですまない廃炉作業中、何人被曝者を増やすつもりなのか。
金子勝 @masaru_kaneko
戦時経済状態に陥り始めた日本。
今週も、大本営発表のメディア報道が繰り返されるが、戦況悪化がどんどん進んでいます。事実を拾えば拾うほど、この国は敗戦に向かい、未来が失われていくのが分かる。
銀行で使い込みをした従業員は、当面は楽めるが、やがてバレた時、すべては終わるのです。
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