つまり 彼はホン(台本)通りの台詞を小学校での作文朗読のように読み上げていただけなのだ。(老眼なので字は若干大きいが、、、、)

http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/archives/4866128.html



安倍晋三の演技力


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僕は個人的にアングレ(英語?)もあのサーカスチックな性格も嫌いでかつ軽蔑しているので、安倍晋三の米議会での演説には何の批評も加える資格はないが、普通の人間がしゃべる速度の二倍以上かけて文章の妙なとところで息継ぎをしていたり、へんてこりんに大げさな動作をしていた謎がようやく分かった。

つまり

彼はホン(台本)通りの台詞を小学校での作文朗読のように読み上げていただけなのだ。(老眼なので字は若干大きいが、、、、)

しかも

ホンのト書きのような細かい動作の指示とタイミングもいちいち示されこまかくかこまれている。

これには

霞が関の僕とおんなじ商売のディレクター諸君も、義理や上から命令で仕方なく「大根」を使わなければならないことにさぞ苦労したことだろうと同情し、心中お察しするしかない。

それにもまして

辛いのはその「大根」のくさい演技の後に心にもないお追従をいって褒めそやさなければならないことだろう。

そして

それは、まさにアンデルセンの童話を地で行く洋服屋の心境であったに違いないだろうと思われる。

しかし

この「皇帝の新しい服」を仕立てた詐欺師の親玉はいったい誰であろうか。

しかし

僕個人としてはこの国会無視のスピーチ自体には大反対ではあるが、文章そのものは可もなく不可もなく、よく練られた、しかも文法的な祖語もない見事な文章であったと思う。

だからこそ

この(偉大な?)祖父の存在にしか正当性を見いだせない正恩や晋三の大きな思い違いを誰かが糾す以外にないのではないかと痛感する。

しかし

晋三の周りには自ら張成沢にまでなりたいというひとはいないだろうな。

それにしても

こんな「大根」の前時代的なくさい演技に拍手を送る国民がいるのだから、世の中さっぱり分からない。

http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/archives/4868182.html



新情報のないブログテーマ:「水爆マグロ話」その①


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僕には関係ないけれど大型連休のために、公的機関だけでなく「ちゃんとしたところ」は全部休みとなり、個人的な知己ですら連絡が取れずし、残念ながら取材も検証もできず、

したがって

新しい情報はいつかまた改めて書くことにするが、取りあえず、「水爆マグロ」のテーマの基礎的な話で誤魔化したいと思う。ゆえに今回は凡百のブログと変わらないから恥ずかしく、内心あまり読んでほしくない。(笑)

ご存知のように

日本人が直接核の被害に遭ったのはこれで三回目であり、広島長崎への原爆投下、第五福竜丸被爆、福島原発被曝であるが、いずれもいまだにその影響が残っていると考える。

そのひとつ

すでに忘れかけていた(恣意的に?)第五福竜丸の当時収穫した「水爆マグロ」が東京築地市場の移転問題で一部の情報通のあいだで、にわかに寝た子を起こす結果となっていた。

しかし

マスコミの「ほんの」一部ではそうなってはいたけれど、、、、、、、

映画「ゴジラ」の発想の原点である第五福竜丸のビキニ環礁での水爆被曝についてすでに日本人が得意の忘却のなかにあったが、中には「考えてみればあの時被爆したマグロはたしか築地市場の下にうめたんだよね~」と昔の新聞記事を確認した記者もいないではなかった、、、、、、、(マスコミにはたいてい図書室には過去の新聞記事すべてのコピーが揃っている)

ような、、、記憶が「うっすらと」ある。(情けないけれど)

で、でも都庁クラブ担当にも義理があるし、、、な~んて奴もいたかもしれない。

しかも

このような記事やニュースは新聞の売り上げや視聴率UPにもならず、しかも日頃「さる筋」のゴチになっているデスクから睨まれるようなのことはしたくないからだれも取り上げなかったままで今日まできているのが事実であろう。

そもそも

第五福竜丸乗組員23人が死の灰を浴びたのだが、しかし、その時彼等が心配したのは放射能ではなく、アメリカ軍に拿捕されることであったという。何しろ当時は「日本を5~6キロ離れたら、すべてアメリカの領海という感じ」で、原水爆の実験場に無断で入り込んだと知れたら、どんな目に遭わされるかわからないとみんな怯えていたのだ。

それゆえ、

彼らが「頭がズ~ンと重い、吐き気がする、メシが全然美味くない」、と言い出したのは死の灰を浴びた日の夕方からだったが、それよりなにより捕まらずに脱出することしか彼らは考えななかったと言っている。だから「何にもか考えずに」ひたすら進路を北にとり日本に戻ってきたのであった。

案の定

当時のアメリカは「死の灰を浴びたのなら、なぜ救助を求めなかったのだ。スパイ工作をしていたのではないのか?」と疑っていたと伝えられているのだ。

一方、

第五福竜丸のマグロが港に水揚げされた翌日静岡大学の某教授が、船からとんでもない数値の放射能を検出した。ところが鮮度優先で一部のマグロはすでに市場へ出てしまっていたのである。そこで日本中が「原爆マグロ」大パニックに陥ったことは当時の新聞をみればよくわかる。

さらに

その汚染マグロを食べた人たちが、近くの保健所に駆け込むやら、ガイガー計数管を腹に当ててもらうやらの、てんやわんやの大騒動出会った。また葉山の御用邸からも「三崎港で仕入れたマグロを、天皇・皇后に供したが大丈夫なのか?」と、警察に電話がかかってきたと書かれている。

また

「マグロだけでなく、カツオも危ない」と言い出す人も出てきて、マグロなどのセリの価格は大暴落しているのだ。当時のの東京築地の魚市場では、とうとう買い手がつかずセリは不成立だったから厚生省(今の厚労省)などは「計数100未満なら安全」、と保証しているが、昔から役人の言うことなど人々は信じないから大量のマグロが売れ残ってしまったらしい。

それに

築地市場関係者の、「水爆被害対策準備会」も盛んに「風評被害」だとして仕方なく「土方」の常套句を持ち出してきたということらしい。

「魚屋殺すにゃ刃物は要らぬ。ビキニの灰降りゃお陀仏だ 」

それから

ひそかに売れ残った大量のマグロが築地に穴を掘って埋められたのだが、とうぜん、当時は緊急的措置であったから他が埋めただけで、その後どうなったかは、、、、「僕は」知らない。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

冒頭述べたように 連休で関係者やその件で詳しい者との連絡がとれないので、このような取材不足のまったく恥ずべき記事となったことをお詫びしたい。したがって「水爆マグロ話」その②に期待されたい。 

http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/archives/4869138.html



ぽんぽこ狸の宴


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様々な見方や考え方もあろうとは思う。しかしながらどう考えても今のアベクロ(安倍・黒田)の政策は気が狂っているとしか考えられない。

というのは

大型連休でロイヤルベイビー・シャーロットとか箱根の火山活動ぐらいしかニュースがなく、政治的なニュースはネタもソースも枯渇しているから言っているのではない。

とくに

大騒ぎしたのは日本のマスコミだけで、欧米ではほとんど英語が理解できなかったから話題にもなっていない米議会演説でも、晋三の表情から「そう(気が狂ってる?)」と直感したのだが、「やはり」かれは異様な高揚感からか完全に「いっちゃった??」ことをいまさらながらあらためて「確信」したのである。

なぜなら

晋三らの思想の根源には強いものがますます強くなるいわば弱肉強食の「新自由主義」にあることは言を待たない。その証拠に新自由主義そのもののような鉄の女サッチャーのThere is no alternative云々、、を晋三がパクって曲解し「この道しかない」と常に言っているが、実際やっていることはその反対で本来「自由」であるはずの経済活動を共産国家なみに国家がコントロールしているからである。

どうせ

コントロールするのなら「明らかな嘘」でなくほんとに「フクイチ」をコントロールしてほしいものである。

さはさりながら

一方で弱肉強食新自由主義資本主義を実行し、もう一方で市場や中央銀行(日銀)それにマスコミまで政府が管理する国家社会主義的な体制を構築している、、、

、、、ということは

ブレーキとアクセルを同時に強く踏み込んでいるようなものであり、これは「バカ」か「狂人」の仕業以外の何物でもない。どうしても、笑って看過するわけにはならないのだ。(あえて「低能児」といわないのは差別語だという読者からのクレームがあったからだ)

たとえば

それを金融緩和だとかQEだととかいっても、やってることは日銀の印刷機で際限なくお札を刷ってるだけのことである。これを狂人の仕業と言わずしてなんといおう。

じっさい

アベクロがやっていること、つまり通貨発行権のある中央銀行(日銀)が自ら発行した借用証書(国債)を自ら新札を印刷して買い戻すというのはもともとおかしいし、明らかな法律違反でもある。なぜならおもちゃの子供銀行じゃあるまいし札束をいくら重ねても現実世界では「豊か」にはならないからである。

しかし

狂人たちが豪語していた物価目標2%UP景気回復実現も儚く敗れ、今度は16年までには、、、とか何とか言ってずるずる先延ばし、上がったのは政府資金(税金)をつぎ込んでまで行った「官制相場」で博徒の盆(株式市場)だけであるにもかかわらず、また大幅な金融緩和の花火を打ちあげる用意があると脅している黒田東彦の微笑はまことに薄気味悪い。

これこそ

狂気しか感じられないのだ。


そこで

繰り返し、猿にもわかるようにいうならば、たとえば、、、、、

銀行が国債(木の葉①)をかうとき、仮に額面100万円の木の葉①があったとするならば、普通はこれを99万円で売り出されているからそれが償還されれば100万の額面どおりの現金(木の葉②)が貰え、金利が1%もうかるということになる。

ところが

現在のマイナス金利下では、銀行が額面100万円の国債(木の葉①)を101万円で買っているようなものだから1%の損になるはずだ。

しかしそれなのに

銀行はなぜその儲からない木の葉①を買っているのかというと、仮に101万円で買っても日銀が102万円の現金(木の葉②)で買い取ってくれるからなのだ。

つまり

要するに、損するのは日銀で、「マイナス金利」を別の言い方にすれば「日銀が損失覚悟で国債(木の葉①)を現金(木の葉②)で買い取っている」のである。

で、

その買い取るための木の葉②は自分ちの印刷機でいくらでも刷ればいいわけだから黒田や安倍は全然困らないのである。

ただ、、、、

困るのは国民だけなのだ!

いうまでもなく

日銀の「損失」というのは国民の出した「税金」の損失である。

ということは
 
いくら現金(木の葉②)が増えても「豊かに」なるどころか、いずれ国債(木の葉①)の金利が急騰し(つまりそうしないと売れないから)おなじく現金(木の葉②)の価値が下がり、国債(木の葉①)が一切売れなくなると国家財政が破綻し、当然福祉・年金はなくなるし、治安も悪く、ゴミ収集もできなくなる。また庶民は食い物が現金(木の葉②)では手に入らないし、塗炭の苦しみを味わうことになるのだ。

これをいうと

ネトウヨとか地上波信奉者はハイパーインフレなんて杞憂に過ぎないと一笑するであろうが、経済の原則に無知であることがいかに不幸であるかとつくづく悲しくなる。

断っておくが

僕は田中貴金属の回し者ではない。(笑)

http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/archives/4870149.html



火山噴火と日本の政治(女心と秋の空?)


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個人的なことでちょうど気分が陰隠滅滅としていたところに桜島の爆発的噴火が今年になってすでに500回を超えていると聞き、訳もなく「やったあ」とつぶやいて、箱根のちょろちょろした薬缶の湯気が「何ぼのもんじゃい」と思わず口走っていまった。

だって

桜島なんかレベル3など異常ではなくて「日常」の風景なんなんだから、箱根がレベル2になったぐらいでガタガタ騒ぐのはおかしいと思う。

そのうえ

芦ノ湖よりもっと巨大な桜島直下の湾自体が姶良カルデラとよばれ、こいつが吹き出せば近くの川内原発がどうなるか想像すらつかないのである。

つまり

人間なんてどうせ死ぬまでの一瞬をさまよっているだけで、いずれはいなくなるのだし、とくに日本列島に棲んでる以上至る所に温泉があり、ということは地下のマグマがいつ暴れだすか分からないのだから、それを覚悟の上で生きていることを認識しなければならないのである。

だからこそ

桜の花は美しく、その数日咲いてパッと散る潔さが日本の武士の理想像であるとされてきたのだ。

なにがなんでも

生きてるうちが「花」であり、死んでしまえばおしまいなんだから、なにをどうあがこうといくら用心深く準備しても
、人生、一瞬さきのことなど結局だ~れも分からないのだから、江戸っ子が宵越しのゼニはもたねぇというのはとてもよくわかる。

にもかかわらず

健康には何がいいとか悪いとか、はたまた墓場に持っていけないと知ってるくせにせっせと銭を貯める日本人が最近増えているらしい。

だから

いくら晋三が発狂しても東彦がいくらでたらめやっても、所詮は木の葉のようなゼニを後生大事に抱きかかえ、金属疲労で使えなくなった己の身體以外には決して浪費しない状態が続くのであるから「好景気」なんぞ訪れるはずもないのだろう。

さはさりながら

「それでも」とりあえず生きているから娑婆苦から遁れられない。老化と共に煩悩からはなんとか遁れるようなきがしているけれど、考え出したらきりがないほど、いつまでたっても「運命」が我が人生を翻弄し続けるのである。

ならば

今日は今日で出来るだけ今日の決着をつける「だけ」にして、あとはもう何も考えないことにするしかない。

それでも

つねに何も考えないことが出来ないように「運命」は突然、いつでも襲ってきてなにかを考えざるを得なくさせるのだ。天変地異、事故だけでなく日常に潜む「悪いこと」の種子が嫌になるほどたくさんそこいらに散らばっているのである。

それだからこそ

桜島が自分を含めて「すべてを」吹っ飛ばして、はやく「おしまい」にしてくれないかなと想ったりするのである。

だって

この先どんな「いいこと」が待っていると思われます?

むしろ、

どんな災難が降りかかってくるのだろうと思うことが多いのではないか?



、、、、とかなんとかいって

為政者の暴走を何度も婉曲に語るのはほんとにつかれる。(笑)
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