リアルファイトの世界で年齢の衰えを感じさせない老いてなお強し怪物 達人たち 44歳でMMAメジャー王者に君臨したランディ・クートゥア 剣道日本選手権の最高齢優勝者は45歳ですがそれを上回るボクシングの怪物アーチー・ムーア 39歳で世界王座獲得 48歳まで王座君臨 50歳まで現役 同じく49歳で世界王座獲得防衛しムーアの記録を塗り替えた怪物にして達人バーナード・ホプキンス

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http://www2u.biglobe.ne.jp/~kumekawa/moore.htm
アーチー・ムーア Archie Moore

mario kumekawa

アーチー・ムーアがいなければ、ジョージ・フォアマンの奇跡もなかっただろう。

1952年、ジョーイ・マキシムを判定に下して世界L・ヘビー級王者になった時、ムーアはすでに39歳。しかも、その後10年間にわたってこのタイトルを保持した。48歳2ヶ月まで世界王座に君臨したのは今なお史上最高齢記録だ。

50歳で引退したムーアは、ジョージ・フォアマンが若い時からセコンドをつとめていた。とりわけフォアマンが39歳でリング復帰してからは、最も重要な参謀役をつとめて続けている。両腕を胸の前で交差させる“アルマジロ・スタイル”でじわじわとフェイントをかけながら前進、少ない手数で強打を爆発させる戦術は、まさにフォアマンがムーアから継承したものにほかならない。

パンチの数を犠牲にしても固いガードでスピードの不足を補い、高齢でも衰えの少ないパワー、そして頭脳による駆け引きに勝負を賭ける。超晩成型ボクサーのファイト・スタイルのひとつの完成形がそこにある。

もっとも、ムーアの「最高齢記録」には、いささかあやふやな点がある。ムーアの誕生日はどうやら12月13日であるらしいのだが、それが1913年であったのか、1916年であったのか、ムーア本人と母親とで証言が食い違うのだ。「どういうことなのか、ずっと考えてたんだが、やっと分かった。ワシは生まれたとき3歳だったんだ」(ムーア)

ムーアやジャーシー・ジョー・ウォルコットのような「大器晩成」ボクサーをフィルム等で見ると、当時を知らない人は不思議に思うかもしれない。「こんなブリリアントでパワフルなファイターが、40歳近くなるまでどこで何をしていたのだろう? 」と。

もちろん、ムーアやウォルコットは人生も半ばを過ぎてから突然狂い咲きのように強くなったわけではない。ただ、当時は今よりもボクサーの数が多く、しかもタイトルの数は少なかった。加えて人種差別は今よりも激しかった。多くの黒人ファイターたちは白人たちの単なる負け役として使い捨てられていたのだ。ムーア自身、キャリア初期には白人ボクサー相手に何度も「判定イコール負け」の憂き目を味わっている。

110人をマットに沈めた時、ようやく世界L・ヘビー級王者マキシムが対戦を受諾した。試合報酬はマキシムの10万ドルに対し、ムーアは驚くなかれわずか800ドル。しかもムーアが勝った場合、マキシムのマネジャーであるジャック・カーンズと契約をするというオプションつきである。

マキシムは半年前にはミドル級王者シュガー・レイ・ロビンソンの挑戦を受け、一方的にやられながらも、挑戦者が真夏のリング上の酷暑に耐え切れなくなったため棄権勝ちしたというタフネスと強運の持ち主だった。

ロビンソンより8歳年上のムーアも巨漢マキシムに意外に手を焼いたが、さいわい試合は真冬に行なわれたため(?)、無事判定勝ち。タイトルと辣腕マネジャーを手に入れた。

だがいずれにせよ、「高齢チャンプ」はムーアの偉大さの証明の一端に過ぎない。ムーアが記録した141個のKO勝ちこそ、この怪物の本質を物語る数字だ。レイ・ロビンソンの116、サンディ・サドラーの103、あるいは草試合等でやたらとKO数をかせいだB級強豪たちをも抑えて堂々の史上最多KO記録である。ジョー・ルイスの世界王座25度防衛と並んで、アンタッチャブル(不可侵)の記録と言えるだろう。

英国のボクシング史家ギルバート・オッドは、その大著「エンサイクロペディア・オブ・ボクシング」でムーアの圧倒的な攻撃力を評し、「ジョー・ルイスのジャブ、ジャック・デンプシーのフック、ジャック・ジョンソンのアッパー」という表現をした。その通り、恐ろしく重いジャブはそれだけで相手をグロッギーにしたし、絶妙の間合いで放たれるフックとアッパーはしばしば鮮やかなワンパンチ・フィニッシュを生んだものだ。

これらのブローをムーアが得意としたのも偶然ではない。この3種のパンチこそが、パワーパンチャーの真価を示す攻撃手段と言って良いだろう。ジャブとショートフックは、最も速く相手に届くパンチであり、アッパーは最もタイミングを読みにくいパンチだ。ムーアはこれを、ベストのタイミングで強く打ち込む方法を熟知していた。

20歳も若い世界のトップボクサーたちが、ムーアのワンパンチにことごとく沈められたシーンは、まさしく老獪なマングースの小さな牙が巨大な毒蛇をいとも簡単にしとめてしまう様に似ていた。

そんなムーアのL・ヘビー級王座防衛戦として最も有名なのは1958年のイボン・デュレル戦だ。下馬評では有利と見られていたムーアだが、初回にいきなりデュレルの出会い頭の右を受けて痛烈なダウン。ダメージは大きく、立て続けに3度のダウンを奪われた。

だが、ムーアは徹底的にガードを固め、耐えに耐え、7回の倒し合いにも生き残ると形勢逆転。11回、とうとうデュレルをマットに沈めてしまった。

破格の男ムーアはL・ヘビー級王座を保持したままヘビー級の世界王座にも挑んでいる。55年9月ロッキー・マルシアノに挑んだムーアは2回、右アッパーを決めて無敗の王者をマットに這わせた。ここで倒し切れなかったのが命取りになり、結局9回逆転KO負けを喫したが、この試合もまたムーアの怪物性を証明するものとしての価値の方が大きいだろう。

●アーチー・ムーア 1913年12月13日ミシシッピ州ベノイト生まれ。貧しい黒人家庭に育ち、感化院でボクシングを覚える。30年代中頃にプロボクサーとして戦い始める。KO勝ちの山を築くもタイトル戦の機会には恵まれなかった。プロデビュー17年目の1952年12月17日、ジョーイ・マキシムに15回判定勝ちで世界L・ヘビー級王座獲得。10年後に剥奪されるまでこれを守り、並行してヘビー級でも活躍した。98年12月9日、サンディエゴで心臓病のため死去。199勝145KO26敗8分1無効試合。


アーチー・ムーア
BOXING ARCHIVES

f:id:duran3616:20130310180928j:image

48歳のバーナード・ホプキンスがタボリス・クラウドに判定勝ちし自身の持つメジャータイトル獲得最年長レコードを更新しました。
ニュースを聞いても驚きを与えてくれないところが逆にホプキンスの凄さなのでしょうか。
普通に勝ってしまった。そんな感じ。
この試合を観たいか?
ま、特に観たいとは...

年寄りでも強いぞの代名詞は僕の中ではアーチー・ムーアだったのですが、今ではホプキンスに取って代わってます。
ただボクシングスタイルはアーチー・ムーアの方が好きです。
ミスターヘッドスリップ。
ボディワークの滑らかさ、中間距離でのパンチの見切りの良さはホセ・ナポレスとアーチー・ムーアが僕の中で双璧です。
トリビュート動画を張ってますが、まるでBGMに合わせて踊っているかのようなリズミカルで滑らかな動きに目が釘付けになりますからね。
カウンターのタイミング合わせも抜群。
スピード感は感じませんが力まずスムーズに軽く出しているように見えるパンチで倒しまくっています。
晩年はクロスアームブロックを使うようになり彼を決定付けるスタイルとみなされてますが、本来は目で避けるタイプ。
スピードのないフロイド・メイウェザーJrって感じでしょうか。
そういえばちょっと似ているかもしれませんね。
ムーアの方が攻撃的ですが。

f:id:duran3616:20130310185020j:image:w520

タフなロッキー・マルシアノからダウンを奪ってますが試合はKO負け。
決してハードヒッターではないですが攻防連動型の倒し屋です。
一般的に攻防分離型より攻防連動型のボクサーの方が長持ち(キャリアが長く続く)する傾向がありますよね。
ムーアはその代表格。

http://boxrec.com/list_bouts.php?human_id=008995&cat=boxer

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/5026798.html

高年齢(45歳)でチャンピオンになれる格闘技はボクシングくらいですか?

質問者:Taka0maru
質問日時:2009/06/08 13:30
気になる
0


ジョージ・フォアマンは45歳でヘビー級チャンピオンになりました。

他の格闘技、例えば、柔道で45歳でオリンピック金メダルを取ったなど聞いたことがありません。
45歳で相撲で優勝なども聞いたことがありません。

高年齢(45歳)でチャンピオンになれる格闘技はボクシングくらいですか?
他に高年齢でトップになれる格闘技があれば教えて下さい。

※プロレスは除く(プロレスはエンターテイメントショーだから。)
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回答 (3件)

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No.3ベストアンサー

回答者:boikof 回答日時:2009/06/11 00:41

ボクシングでもヘビー級だけだと思いますね。

ジョージ・フォアマンとて奇跡的にタイトルを奪取しましたから、普通に考えてもボクシングでさえ45歳でタイトルを獲得する事は今後無いんじゃないかなと思います。

フォアマンは当時のWBOヘビー級チャンピオンのマイケル・モーラーに9Rまで一方的に試合を進められていましたが、10Rに左フック一発で仕留めてしまいました。フォアマンのように頑丈な体付きをすればパンチにも耐えられるので可能性があるという意味でボクシングだけですが、あくまでも異例中の異例だと思います。俊敏性を同時に求められるクルーザー級以下の階級では不可能でしょうね。アトランタ五輪の聖火ランナーを務めたイベンダー・ホリフィールドが最近46歳でヘビー級に挑戦しましたが惨敗でした。また、昔にはアーチー・ムーアが48歳まで世界王者だったと思います。

その他で可能性があるのは女子ボクシングだと思います。選手層が薄いので一番可能性が高いと思います。まあ結論はボクシングという事になりますかね。でも体重が柔道でいう無差別級に該当するヘビー級限定です。
この回答へのお礼

ヘビー級は減量がないですしね。
フォアマンのような体格だからこそ45歳でチャンピオンになれたのであって、
タイソンみたいな小柄でスピードで勝ってた選手なら45歳では無理でしょうね。
やっぱり結論はボクシングですか。
回答ありがとうございます。
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お礼日時:2009/06/16 18:38

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No.2ベストアンサー

回答者:noname#116198 回答日時:2009/06/08 14:40

MMAでランティクートゥア。
2007年3月3日、UFC 68でティム・シルビアとのタイトルマッチに判定3-0で勝利し、43歳にしてUFC世界ヘビー級王座を戴冠。

2007年8月25日、UFC 74で、4月にミルコにKO勝ちしている16歳年下の挑戦者ガブリエル・ゴンザーガをTKOで降し、王座防衛に成功。44歳にして王座を防衛したが、3Rにゴンザーガのハイキックをブロックした際に左前腕を骨折。全治6週間の重傷となった。
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
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お礼日時:2009/06/08 20:00
この回答への補足

ランディ・クートゥア(Randy Couture )のことでしょうか?
金網の鉄人ですよね。
元グレコローマンの選手は体が強いですね。
これで、グレコローマンに復帰してオリンピックで金メダルなら、ジョージ・フォアマンに並ぶくらい偉大だと思います。
補足日時:2009/06/08 19:57
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No.1

回答者:k_ort 回答日時:2009/06/08 14:34

剣道日本選手権の最高齢優勝者は45歳だったようです。

全日本ですが、実質世界一ですよね。

だめですか。
この回答へのお礼

ダメなことないですが、竹刀だとちょっと印象が弱い気が・・・。
わがまま言ってすみません。
上泉信綱は45歳でもかなり強かったでしょうね。
回答ありがとうございます。



http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%97%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B9
バーナード・ホプキンス
バーナード・ホプキンス Bernard Hopkins making a speech at the United States Capitol, Feb. 2014.jpg
2014年2月、ワシントンD.C.で講演会で演説するホプキンス
基本情報
本名 バーナード・ハンフリー・ホプキンス・ジュニア
通称 The Executioner(死刑執行人)[1]
B-Hop
The Alien(宇宙人)[2]
階級 ライトヘビー級
身長 185cm
リーチ 191cm
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
誕生日 1965年1月15日(50歳)
出身地 ペンシルベニア州フィラデルフィア
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 66
勝ち 55
KO勝ち 32
敗け 7
引き分け 2
無効試合 2
テンプレートを表示

バーナード・ホプキンス(Bernard Hopkins、男性、1965年1月15日 - )は、アメリカ合衆国のプロボクサー。ペンシルベニア州フィラデルフィア出身。元WBAスーパー・WBC・IBF・WBO世界ミドル級王者。第34代WBC世界ライトヘビー級王者。元WBAスーパー・IBF世界ライトヘビー級王者。ニックネームは「The Executioner(死刑執行人)」と2013年10月26日からは「The Alien(宇宙人)」。

2004年9月に3団体統一王者となっていたホプキンスはWBO世界ミドル級王者オスカー・デ・ラ・ホーヤに勝利し、史上初めて主要4団体(WBA・WBC・IBF・WBO)の王座を統一した。2011年5月には46歳4ヵ月でWBC世界ライトヘビー級タイトルマッチに勝利しジョージ・フォアマンの持つ最年長王座獲得記録(45歳9ヵ月)を塗り替えた。2013年3月には48歳2ヵ月でIBF世界ライトヘビー級王座獲得に成功し、自身の最年長王座獲得記録を更新、2014年4月には49歳3ヵ月でWBA世界ライトヘビー級スーパー王座獲得に成功し、自身の持つ最年長王座獲得記録を更に更新すると共に最年長防衛記録も更新した。ゴールデンボーイプロモーションズのアメリカ東部地区マネージングパートナーに就任しており、ショウタイムのボクシング中継でゲスト解説としても度々登場している。

目次

1 来歴
2 戦績
3 人物
4 獲得タイトル
5 関連項目
6 ペイ・パー・ビュー売上げ
7 脚注
8 外部リンク

来歴

10歳でボクシングを始め、アマチュアでは99戦95勝4敗という戦績を残しているが、17歳の時に9つの罪で懲役18年を宣告され約5年間服役する。

1988年、仮出所。キリスト教からイスラム教へ改宗する。

1988年10月11日、23歳の時にライトヘビー級でデビューするが、黒星でプロのキャリアをスタートした。デビュー戦後は1年以上リングへは上がらなかった。2戦目以降は徐々に身体を絞り、ミドル級前後の体重で経験を重ねる。

1992年12月4日、USBA全米ミドル級王座を獲得。その後4度の防衛に成功。

1993年5月22日、ロイ・ジョーンズ・ジュニア(アメリカ)と空位のIBF世界ミドル級王座を争うが0-3の判定負け。

1994年12月17日、セグンド・メルガド(エクアドル)とのIBF世界ミドル級王座決定戦で引き分けるが、1995年4月29日の再戦で7回TKOでメルカドを破り、IBF世界ミドル級王座を獲得した。1996年1月27日、スティーブ・フランク(ガイアナ)をミドル級世界戦最速KO記録となる1回24秒TKOで沈め初防衛。以後、同級で12回の王座防衛に成功。

2001年には主要3団体の王者と1階級上げたフェリックス・トリニダード(プエルトリコ)の4人で王座統一トーナメントが行われ、2001年4月14日にはキース・ホームズ(アメリカ)に3-0の判定勝ちを収めWBC王座を獲得。続いて2001年9月29日にはフェリックス・トリニダードに12回1分18秒TKO勝ちを収めWBA王座を獲得し、マービン・ハグラー以来の3団体統一王者となった。

2003年3月29日、モラード・アッカール(フランス)と対戦し、8回TKO勝ちを収めWBAは2度目、WBCは3度目、IBFは16度目の防衛に成功した[3]。

2003年12月13日、ボードウォーク・ホールでWBA世界ミドル級正規王者ウィリアム・ジョッピーと対戦し、3-0(119-109、119-108、118-109)の判定勝ちを収めWBAは王座統一による3度目、WBCは4度目、IBFは17度目の防衛に成功した。

2004年9月18日、オスカー・デ・ラ・ホーヤ(アメリカ)とミドル級の規定体重を2ポンド下回る158ポンドのキャッチウェイトで対戦。それまでKO負けがなったデ・ラ・ホーヤを左ボディ一発で初のカウントアウトし9回1分38秒KO勝ちを収めWBO世界ミドル級王座を獲得し、初の主要4団体の王座統一に成功した[4]。

2005年7月16日、ジャーメイン・テイラー(アメリカ)と対戦し、ホプキンスにとってロイ・ジョーンズ・ジュニアに敗れて以来12年ぶりの敗戦となる1-2の判定負けを喫し、WBAは7度目、WBCは8度目、IBFは21度目、WBOは2度目の防衛に失敗、10年間に渡り守り続けた世界王座をテイラーに明け渡す結果になった[5]。2005年12月3日にはジャーメイン・テイラーとWBA・WBC・WBO世界ミドル級タイトルマッチで再戦したが、初戦以上の力量差を見せつけられ0-3の判定負けを喫し7か月ぶりの王座返り咲きに失敗した。

翌2006年6月10日、ライトヘビー級まで一気に2つ階級を上げ、IBO・NBAライトヘビー級王者アントニオ・ターバー(アメリカ)と対戦、ライトヘビー級のターバーに対し一方的な内容で3-0の判定勝ちを収めた。この試合がラストファイトと宣言していたホプキンスだが、2007年7月21日、元スーパーウェルター級3団体統一王者ロナルド・ライト(アメリカ)と170ポンドのキャッチウェイトで対戦、3-0の判定勝ちを収めた[6]。

2008年4月19日にラスベガス・トーマス&マック・センターで、ジョー・カルザゲ戦がライトヘビー級のウェイトにて行われた。1Rに右のショートストレートダウンを奪ったが中盤以降盛り返され10Rにはローブローを受けて中断もあった中12Rを戦い抜き、判定1-2(114-113, 112-115, 111-116)にて辛くも敗北した[7]。お互いにクリンチが多く、決定打にかける試合であり、手数とスタミナが勝敗の分かれ目になった。

2008年10月18日、34戦全勝(30KO)のホープであり、WBC・WBO世界ミドル級統一王者のケリー・パブリク(アメリカ)とノンタイトル12回戦、170ポンドのキャッチウェイトで対戦。試合前の予想ではパブリクが有利といわれていたが、ホプキンスは若いパブリクを完全に翻弄し切って3-0(117-109、119-106、118-108)の判定勝ちを収め、パブリクに初黒星をつけた[8]。

2009年12月2日、エンリケ・オルネラス(メキシコ)とノンタイトル12回戦で対戦し、3-0の判定勝ちを収めた[9]。

2010年4月3日、ロイ・ジョーンズ・ジュニアとおよそ17年ぶりに再戦し、3-0の判定勝ちを収めた[10]。

2010年12月18日、ジャン・パスカル(カナダ)の持つWBC世界ライトヘビー級王座とIBO世界ライトヘビー級王座に挑戦。1、3回にダウンを奪われたものの盛り返し、1-0(114-112、114-114、113-113)の判定で引き分けた為、WBC王座とIBO王座の獲得に失敗した[11]。この試合はWBCの年間最高試合に選出された[12]。

2011年5月21日、前回引き分け終わったジャン・パスカルとダイレクトリマッチ。試合は3-0の判定勝ちでWBC世界ライトヘビー級王座の獲得に成功し、WBC世界ライトヘビー級ダイヤモンド王座の獲得にも成功し、ジョージ・フォアマンの持つ45歳9ヵ月での最年長世界王座獲得記録を更新する、46歳4ヵ月での世界王座獲得を達成した[13]。IBO世界ライトヘビー級王座はホプキンスがIBOへの認定料の支払いを拒否した為、試合後に空位となった。

2011年10月15日、チャド・ドーソンと防衛戦を行う。2ラウンド途中にドーソンに投げられるような形でキャンバスに転倒した際に左肩を強打、試合続行不可能となり無効試合となった。しかしWBCは試合後にビデオ検証の結果引き分けと判断したため、ホプキンスに王座が返還され初防衛に成功した。[14]。なおWBCの判断は引き分けとなったが、公式記録は無効試合と記録されている。

2012年4月28日、ロサンゼルスのステイプルズ・センターからアトランティックシティのボードウォーク・ホールに舞台を移して行われたチャド・ドーソンとの再戦は0-2(114-114、111-117が2者)の判定負けで2度目の防衛に失敗し、王座から陥落した[15]。

2013年3月9日、IBF世界ライトヘビー級王者タボリス・クラウドに挑戦し、3-0(117-111、116-112が2者)の判定勝ちで王座獲得に成功。自身の持つ46歳4ヵ月での世界王座獲得を更新する、48歳2ヵ月での世界王座獲得を達成した[16]。

2013年10月26日、当初は2013年7月13日にニューヨークのバークレイズ・センターでカロ・ムラトと対戦予定であったが、理由は明らかになっていないがムラトにアメリカ入国ビザが発給されず一旦は中止となった[17]。ムラトの代役にセルゲイ・コバレフ[18]と交渉していたが、コバレフはWBO王者ネイサン・クレバリーに挑戦することになった為コバレフ戦は実現しなかった[19]。しかしその間にムラトにアメリカ入国ビザが発給されることになり、アトランティックシティのボードウォーク・ホールでカロ・ムラトとの対戦が決定した[20]。試合は中盤以降ホプキンスがペースを握り、9回にムラトが左目をカットする、ホプキンスにしては珍しくKO狙いが伺える攻撃的な試合を展開するが、デ・ラ・ホーヤ戦以来9年ぶりのKO勝ちはならず、3-0(117-110、119-108、119-108)の判定勝ちを収め初防衛に成功した[21]。

2014年4月19日、ワシントンD.C.のDCアーモリーでベイブット・シュメノフ(カザフスタン)の持つWBA世界ライトヘビー級スーパー王座と自身の持つIBF世界ライトヘビー級王座を懸けた王座統一戦を行い、2-1(113-114、116-111、116-111)の判定勝ちを収めIBF王座2度目の防衛に成功、WBAスーパー王座の獲得にも成功、王座統一を果たすと共に自身の持つ世界王座最年長獲得記録と世界王座最年長防衛記録を49歳3ヵ月に更新し、統一世界王者としての最年長記録も塗り替えた[22]。シュメノフが持っていたIBA世界ライトヘビー級王座はホプキンスがIBAへの認定料の支払いを拒否した為、空位となった。

2014年5月9日、WBAは最新ランキングを発表し、上述のシュメノフとの王座統一戦の勝利を評価し、ホプキンスはWBAの4月度の月間MVPに選ばれた[23][24][25]。

2014年11月8日、アトランティックシティのボードウォーク・ホールでWBO世界ライトヘビー級王者セルゲイ・コバレフ(ロシア)とWBA・IBF・WBO世界ライトヘビー級王座統一戦を行うが、0-3(107-120が2者、106-120が1者)の判定負けを喫しWBA王座の初防衛に失敗、IBF王座の3度目の防衛にも失敗、WBO王座獲得にも失敗しミドル級に続きライトヘビー級での3団体統一に失敗すると共に自身の持つ世界王座最年長獲得記録と世界王座最年長防衛記録を49歳10ヵ月に更新することにも失敗した[26]。

2014年11月12日、WBAは最新ランキングを発表し、上述のコバレフ戦に敗れ王座から陥落したホプキンスはWBA世界ライトヘビー級5位にランクインした[27]。
戦績

アマチュアボクシング:99戦 95勝 4敗
プロボクシング:66戦 55勝 (32KO) 7敗 2分 2無効試合

戦 日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1988年10月11日 ★ 4R 判定0-2 クリントン・ミッチェル アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 プロデビュー戦
2 1990年2月22日 ☆ 4R 判定3-0 グレグ・パイジ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
3 1990年4月26日 ☆ 1R TKO キース・グレイ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
4 1990年5月18日 ☆ 1R TKO エド・テーラー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
5 1990年5月31日 ☆ 2R 0:43 TKO ヨウビン・メルカド アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
6 1990年6月30日 ☆ 1R 0:36 KO カリフ・シャバス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
7 1990年8月5日 ☆ 6R 判定3-0 パーシー・ハリス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
8 1990年10月20日 ☆ 1R TKO ダーリン・オリバー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
9 1990年11月17日 ☆ 1R 0:35 TKO マイク・サップ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
10 1991年2月26日 ☆ 1R KO リチャード・キレス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
11 1991年3月18日 ☆ 3R 1:10 TKO スチーブ・ラングレー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
12 1991年6月20日 ☆ 1R 0:56 TKO ペドロ・マルケス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
13 1991年7月9日 ☆ 1R KO ダン・ミッチェル アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
14 1991年9月23日 ☆ 1R 1:28 TKO ラルフ・モンクリーフ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
15 1991年11月26日 ☆ 7R TKO デビッド・マクラスキー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
16 1991年12月13日 ☆ 10R 判定3-0 ウィリー・ケンプ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
17 1992年1月31日 ☆ 4R終了 TKO デニス・ミルトン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
18 1992年4月3日 ☆ 10R 判定3-0 ランディ・スミス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
19 1992年5月21日 ☆ 10R 判定 アニバル・ミランダ コロンビアの旗 コロンビア
20 1992年8月28日 ☆ 1R 1:44 KO ジェームス・ストークス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
21 1992年9月14日 ☆ 1R 1:47 KO エリック・ラヒネハート アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
22 1992年12月4日 ☆ 1R 0:21 TKO ウェイン・パウエル アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 USBA全米ミドル級王座決定戦
23 1993年2月16日 ☆ 12R 判定3-0 ギルベルト・バプチスト アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 USBA防衛1
24 1993年5月22日 ★ 12R 判定0-3 ロイ・ジョーンズ・ジュニア アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF世界ミドル級王座決定戦
25 1993年8月3日 ☆ 7R 1:41 TKO ロイ・リッチー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 USBA防衛2
26 1993年11月23日 ☆ 3R 0:28 TKO ウェンドール・ホール アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 USBA防衛3
27 1994年2月26日 ☆ 3R 0:48 TKO メルビン・ワイン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
28 1994年5月17日 ☆ 12R 判定3-0 ルペ・アキノ メキシコの旗 メキシコ USBA防衛4
29 1994年12月17日 △ 12R 判定1-1 セグンド・メルガド エクアドルの旗 エクアドル IBF世界ミドル級王座決定戦
30 1995年4月29日 ☆ 7R 1:10 TKO セグンド・メルガド エクアドルの旗 エクアドル IBF世界ミドル級王座決定戦
31 1996年1月27日 ☆ 1R 0:24 TKO スティーブ・フランク アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛1
32 1996年3月16日 ☆ 4R 2:50 KO ジョー・リプシー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛2
33 1996年7月16日 ☆ 11R 2:02 TKO ボー・ジェームス アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛3
34 1997年4月19日 ☆ 7R 2:22 TKO ジョン・デビッド・ジャクソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛4
35 1997年7月20日 ☆ 11R 1:23 TKO グレンコフ・ジョンソン ジャマイカの旗 ジャマイカ IBF防衛5
36 1997年11月18日 ☆ 12R 判定3-0 アンドリュー・カウンシル アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛6
37 1998年1月31日 ☆ 6R 1:00 TKO サイモン・ブラウン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛7
38 1998年8月28日 - 4R NC ロバート・アレン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛8
39 1999年2月6日 ☆ 7R 1:18 TKO ロバート・アレン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF世界ミドル級王座統一戦
IBF防衛9
40 1999年12月12日 ☆ 12R 判定3-0 アントワン・エコーズ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛10
41 2000年5月13日 ☆ 12R 判定3-0 シド・バンダープール カナダの旗 カナダ IBF防衛11
42 2000年12月1日 ☆ 10R 1:42 TKO アントワン・エコーズ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF防衛12
43 2001年4月14日 ☆ 12R 判定3-0 キース・ホームズ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBC・IBF世界ミドル級王座統一戦
WBC獲得・IBF防衛13
44 2001年9月29日 ☆ 12R 1:18 TKO フェリックス・トリニダード プエルトリコの旗 プエルトリコ WBA・WBC・IBF世界ミドル級王座統一戦
WBA獲得・WBC防衛1・IBF防衛14
45 2002年2月2日 ☆ 10R終了 TKO カール・ダニエルズ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBA防衛1・WBC防衛2・IBF防衛15
46 2003年3月29日 ☆ 8R終了 TKO モラード・アッカール フランスの旗 フランス WBA防衛2・WBC防衛3・IBF防衛16
47 2003年12月13日 ☆ 12R 判定3-0 ウィリアム・ジョッピー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBA・WBC・IBF世界ミドル級王座統一戦
WBA防衛3・WBC防衛4・IBF防衛17
48 2004年6月5日 ☆ 12R 判定3-0 ロバート・アレン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBA防衛4・WBC防衛5・IBF防衛18
49 2004年9月18日 ☆ 9R 1:38 KO オスカー・デ・ラ・ホーヤ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBA・WBC・IBF・WBO世界ミドル級王座統一戦
WBA防衛5・WBC防衛6・IBF防衛19・WBO獲得
50 2005年2月19日 ☆ 12R 判定3-0 ハワード・イーストマン イギリスの旗 イギリス WBA防衛6・WBC防衛7・IBF防衛20・WBO防衛1
51 2005年7月16日 ★ 12R 判定1-2 ジャーメイン・テイラー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBA・WBC・IBF・WBO王座陥落
52 2005年12月3日 ★ 12R 判定0-3 ジャーメイン・テイラー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBA・WBC・WBO世界ミドル級タイトルマッチ
53 2006年6月10日 ☆ 12R 判定3-0 アントニオ・ターバー アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBO・NBAライトヘビー級タイトルマッチ
54 2007年7月21日 ☆ 12R 判定3-0 ロナルド・ライト アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
55 2008年4月19日 ★ 12R 判定1-2 ジョー・カルザゲ イギリスの旗 イギリス
56 2008年10月18日 ☆ 12R 判定3-0 ケリー・パブリク アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
57 2009年12月2日 ☆ 12R 判定3-0 エンリケ・オルネラス メキシコの旗 メキシコ
58 2010年4月3日 ☆ 12R 判定3-0 ロイ・ジョーンズ・ジュニア アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
59 2010年12月18日 △ 12R 判定1-0 ジャン・パスカル カナダの旗 カナダ WBC・IBO世界ライトヘビー級タイトルマッチ
60 2011年5月21日 ☆ 12R 判定3-0 ジャン・パスカル カナダの旗 カナダ WBC世界ライトヘビー級タイトルマッチ
61 2011年10月15日 - 2R NC チャド・ドーソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBC防衛1
62 2012年4月28日 ★ 12R 判定0-2 チャド・ドーソン アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 WBC王座陥落
63 2013年3月9日 ☆ 12R 判定3-0 タボリス・クラウド アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 IBF世界ライトヘビー級タイトルマッチ
64 2013年10月26日 ☆ 12R 判定3-0 カロ・ムラト ドイツの旗 ドイツ IBF防衛1
65 2014年4月19日 ☆ 12R 判定2-1 ベイブット・シュメノフ カザフスタンの旗 カザフスタン WBA・IBF世界ライトヘビー級王座統一戦
WBA獲得・IBF防衛2
66 2014年11月8日 ★ 12R 判定0-3 セルゲイ・コバレフ ロシアの旗 ロシア WBA・IBF・WBO世界ライトヘビー級王座統一戦
WBA・IBF王座陥落
人物
このプロボクサーの人物像に関する文献や情報源が必要です。出典を明記するためにご協力をお願いします。(2013年3月)

戦術に長けた万能型であり、優れた防御感とテクニックで相手の長所を消す戦法を得意とし、またレスリングの練習に裏打ちされたクリンチワークの巧さも持ち合わせている。ボディーワークをベースにしたディフェンスで相手の攻撃を空に切らせ、オフェンスにおいてはダイレクトライトとカウンターを得意とする。全盛期はそのリングネームがそのまま通用するほどの凄みとキレを誇った。また、パンチの次に飛んでくる頭、相手を巧妙にホールドしながらのパンチ、相手のローブローを大げさにアピールしての時間稼ぎ、レフェリーが見ていない隙の加撃などで、悪い流れも自分のほうに引き寄せてしまう。

そのファイトスタイルでフェリックス・トリニダード、オスカー・デ・ラ・ホーヤといった人気者をことごとく打ち倒してきたため、ヒール(悪役)が彼のキャラクターとなっている。なお、試合の際のリング入場時にはニックネーム通りの死刑執行人の衣装で登場したり、棺桶に入って登場して来たり、宇宙人のマスクをかぶって登場したりした。現在でこそ当世きっての狡智に長けた完成度の高いボクサーと目されるが、キャリア前半期は死刑執行人の名にふさわしい荒々しい倒し屋というイメージが付き纏っており、好戦的なハードパンチャーだった。世界戦も含め1RKOが13度ある。キャリアのハイライトの一つとなったフェリックス・トリニダード戦では荒々しさを封印して高度なテクニックと狡猾な戦術でスーパースターであったトリニダードを圧倒し、驚きを持って迎えられた。
獲得タイトル

USBA全米ミドル級王座(防衛4)
IBO世界ライトヘビー級王座
NBA全米ライトヘビー級王座
第6代IBF世界ミドル級王座(防衛20=陥落)
第27代WBC世界ミドル級王座(防衛7=陥落)
WBA世界ミドル級スーパー王座(防衛6=陥落)
第16代WBO世界ミドル級王座(防衛1=陥落)
第34代WBC世界ライトヘビー級王座(防衛1=陥落)
第17代IBF世界ライトヘビー級王座(防衛2=陥落)
WBA世界ライトヘビー級スーパー王座(防衛0=陥落)
WBC世界ライトヘビー級ダイヤモンド王座

関連項目

男子ボクサー一覧
世界ボクシング協会(WBA)世界王者一覧
世界ボクシング評議会(WBC)世界王者一覧
国際ボクシング連盟(IBF)世界王者一覧
世界ボクシング機構(WBO)世界王者一覧
統一世界王者

ペイ・パー・ビュー売上げ
日付 イベント 売上げ テレビ局
2011年10月15日 バーナード・ホプキンス vs. チャド・ドーソン 1 4万件 HBO
2010年4月3日 バーナード・ホプキンス vs. ロイ・ジョーンズ・ジュニア 2 14万件 HBO
2008年10月18日 バーナード・ホプキンス vs. ケリー・パブリク 19万件 HBO
2007年7月21日 バーナード・ホプキンス vs. ロナルド・ライト 31万件 HBO
2006年6月10日 バーナード・ホプキンス vs. アントニオ・ターバー 33万件 HBO
2005年12月13日 バーナード・ホプキンス vs. ジャーメイン・テイラー 2 41万件 HBO
2005年7月16日 バーナード・ホプキンス vs. ジャーメイン・テイラー 1 37万件 HBO
2004年9月18日 バーナード・ホプキンス vs. オスカー・デ・ラ・ホーヤ 100万件 HBO
2001年9月29日 バーナード・ホプキンス vs. フェリックス・トリニダード 48万件 HBO
脚注

^ “「現代スーパーボクサー」【21】バーナード・ホプキンス(米国)”. 時事通信 (2012年5月1日). 2011年11月14日閲覧。
^ ホプキンスが“エイリアン”を襲名 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年10月19日
^ ホプキンスが防衛 ボクシング世界ミドル級 47NEWS 2003年3月30日
^ デラホーヤ初のKO負け 統一世界ミドル級戦 47NEWS 2004年9月19日
^ ホプキンス敗れる 統一世界ミドル級戦 47NEWS 2005年7月17日
^ ホプキンス ライトヘビー級再転向後2連勝 AFPBB News 2007年7月22日
^ カルザゲ ホプキンス下し無敗記録を伸ばす AFPBB News 2008年4月20日
^ 43歳ホプキンス、26歳王者に勝利 ロイター 2008年10月20日
^ ホプキンス、復帰戦で判定勝利 ロイター 2009年12月4日
^ ホプキンスがジョーンズに勝利、17年ぶり雪辱 ロイター 2010年4月5日
^ パスカルが論議呼ぶ引き分け ホプキンス抗議 WBC世界L・ヘビー級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月22日
^ 2010年最優秀はマルティネス パッキアオは過去10年のMVP WBCが発表 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年1月4日
^ ホプキンス46歳4ヵ月の王者 日刊スポーツ 2011年5月23日
^ ホプキンス王座返還 ビデオ検証でドロー 日刊スポーツ 2011年10月22日
^ 47歳ホプキンス判定で王座防衛に失敗 デイリースポーツオンライン 2012年4月29日
^ ホプキンス最年長王座奪取/ボクシング 日刊スポーツ 2013年3月10日
^ “ホプキンス×ムラト戦中止に”. ボクシングニュース「Box-on!」 (2013年6月15日). 2013年6月15日閲覧。
^ “コバレフまた爆発 IBF1位決定戦”. ボクシングニュース「Box-on!」 (2013年6月15日). 2013年6月15日閲覧。
^ Nathan Cleverly-Sergey Kovalev set ESPN.com(英語) 2013年6月22日
^ “ホプキンスは結局ムラトと初防衛戦 10.19アトランティックシティ”. ボクシングニュース「Box-on!」 (2013年7月22日). 2013年7月22日閲覧。
^ 48歳ホプキンスが初防衛に成功 Boxing News(ボクシングニュース) 2013年10月27日
^ ホプキンス49歳3ヵ月で王座統一、最年長記録更新 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年4月20日
^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト 2014年5月9日
^ Bernard Hopkins and Floyd Mayweather Jr with the honors of the month WBA公式サイト 2014年5月9日
^ WBA最新ランキング、月間MVPはホプキンス Boxing News(ボクシングニュース) 2014年5月10日
^ コバレフ大差勝ちで3団体統一、ホプキンス敗れる Boxing News(ボクシングニュース) 2014年11月9日
^ World Boxing Association Ranking WBA公式サイト 2014年11月12日

外部リンク

バーナード・ホプキンス - Facebook
バーナード・ホプキンス (@THEREALBHOP) - Twitter
バーナード・ホプキンスの戦績 by BoxRec

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