今の日本人の多くが誤解しているが、核兵器とは『使えない兵器』ではない。 実戦に使う目的で開発されていて、アメリカ軍では実際の核戦争を真剣に準備していた。 日本の唯一の同盟国アメリカは終始一貫して核の先制使用を公言していて、真面目に『人類滅亡』までを考えていたのですが、これは矢張りキリスト教が持つ終末論(新約聖書のヨハネ黙示録)を抜きにしては理解出来ないでしょう。 合理的な日本人的な発想では、このアメリカの『核の先制使用』は到底まともでもないし、理解も出来ない『狂気』そのものである。












http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/d7f7d222c4cbab9a44c1612fd3f52fce


ずっと地獄の釜の蓋の上で踊っていた日本人

2015年03月16日 | 軍事、外交


『冷戦下、米沖縄部隊に核攻撃命令 元米軍技師ら証言』もしかしたら1962年で終わっていた日本と世界

冷戦下の1962年、米ソが全面戦争の瀬戸際に至ったキューバ危機の際、米軍内でソ連極東地域などを標的とする沖縄のミサイル部隊に核攻撃命令が誤って出され、現場の発射指揮官の判断で発射が回避されていたことが14日、同部隊の元技師らの証言で分かった。
キューバ危機で、核戦争寸前の事態が沖縄でもあったことが明らかになったのは初めて。
ミサイルは、核搭載の地対地巡航ミサイル「メースB」で、62年初めに米国施政下の沖縄に配備された。運用した米空軍第873戦術ミサイル中隊の元技師ジョン・ボードン氏(73)=ペンシルベニア州ブレイクスリー=が証言した。
(2015/03/14) 【共同通信】

もしも沖縄米軍のミサイル部隊による核攻撃命令が実行されていれば、即座にソ連からの報復の核攻撃があり米軍基地が集中する沖縄や極東米軍司令部がある座間や横須賀に近い首都東京が壊滅、日本の大部分が消滅している。
ウクライナ危機(クリミヤ併合)に関連してロシアのプーチン大統領は、『クリミア情勢(アメリカの対応)如何ではロシアの核戦力が臨戦態勢に入ったかも知れない』と語っている。
プーチンは、『ロシアはクリミア情勢が思わしくない方向に推移した場合に備えており、核戦力に臨戦体制を取らせることも検討していた。しかし、それは起こらないだろう、とは考えていた。』と説明している。
3・11の現実を見た日本人全員が、今まで地獄の釜の蓋の上で踊っている状態だったことに気が付いた。
突然自分たちが乗っている蓋が裏返れば、全員が否応無く地獄に真っ逆さまに墜落する。
(日本でのマグニチュード9クラスの大地震や大津波は1000年毎に必ず繰り返されていて、次の大震災は1000年後かも知れないし明日かも知れない)

『現場判断(疑問点)で危うく人類滅亡を回避する』

3月15日付け毎日新聞の西日本版(大阪本社)の報道では、当時の戦争警戒警報が最高ランクでは無く一段下だったことや、ソ連の極東地域以外にも攻撃対象が広がっていた(多分他の攻撃目標は中国や北朝鮮)ことから『不必要に戦争を拡大している』との疑問から、沖縄米軍の『現場判断で回避』して危機一髪で人類が滅亡する第三次世界大戦(全面核戦争によるハルマゲドン)が回避されたようなのです。
14日共同記事の続きとして毎日新聞では、
『別の元米兵も取材に応じ、誤った発射命令が出たことを認めた。
ボードン氏によると、メースBは配備以降、読谷村の発射基地で、同氏らが連日検査して24時間体制で発射命令に備えた。62年10月28日未明、嘉手納基地ミサイル運用センターからボードン氏が担当するミサイル4基の発射命令が無線で届いた。
しかし、4基の標的情報のうち「ソ連向けは1基だけだった」ため、「なぜ関係ない国を巻き込むのか」と疑問の声が上がった。別の標的国を同氏は明らかにしていないが、2200キロ超のミサイルの射程から中国とみられる。
また米軍の5段階の「デフコン(防衛準備態勢)」が1(戦争突入)でなく2(準戦時)のままだった。
不審に思った発射指揮官が、発射作業を停止させた。後に命令は誤りと分かったという。
誤った命令が出た経緯は不明だが、28日(米東部時間27日)はキューバ上空で米軍偵察機が撃墜され、緊張が最も高まった時期で、米軍内に混乱があったとみられる。』3月15日毎日新聞

『ずっと地獄の釜の蓋の上で、陽気に踊っていたアメリカの狂気』人類を救った1991年の冷戦崩壊

1963年制作・1964年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』は、限りなく実話に近い映画であったらしい。
グリーンランドのB52の墜落事故ではアメリカ軍基地の極近くの海氷上に墜落したのですが、基地に落下していたら自動的に第三次世界大戦が勃発していた。
頻発したこれ等の核事故ですが、歴史の年表と比べれば完全に朝鮮戦争とかキューバ危機などの政治や外交と連動している。
今の日本人の多くが誤解しているが、核兵器とは『使えない兵器』ではない。
実戦に使う目的で開発されていて、アメリカ軍では実際の核戦争を真剣に準備していた。
日本の唯一の同盟国アメリカは終始一貫して核の先制使用を公言していて、真面目に『人類滅亡』までを考えていたのですが、これは矢張りキリスト教が持つ終末論(新約聖書のヨハネ黙示録)を抜きにしては理解出来ないでしょう。
合理的な日本人的な発想では、このアメリカの『核の先制使用』は到底まともでもないし、理解も出来ない『狂気』そのものである。
冷戦構造の崩壊で、24年前の1991年に中止されるまで、アメリカ軍は1年中365日24時間10000メートル以上の高空に12機以上の水爆搭載のB52を待機させていて、人類滅亡の核戦争勃発をじっと待っていた。
海でも戦略核ミサイルを搭載して原子力潜水艦が一年中浮上すことなく深海に潜んで、じっと第三次世界大戦を待っていた。
現在はB52による空の常時待機は中止したが、海の核ミサイル搭載の戦略原潜の待機は今でも続いている。
昔に核搭載の飛行機が時々落ちていたのは実は当たり前であったのですが、核兵器を弾薬庫ではなくて、不安定な飛行機とか潜水艦に常時積んでいた意味は、考えたら恐ろしい。
特に問題は沖縄近海沖永良部島沖での核事故で、これは爆撃機ではなくて、ごく小さい対地攻撃機A-4スカイホークですよ。(たった一人のパイロットがジハードを決意すれば自働的に人類は核戦争に突入する)
大きなB52戦略爆撃機ではなくて、こんなものにメガトン水爆を常時搭載していた事実は、狂気以外の何ものでもないが、日本のマスコミでは取り上げない。
グリーンランドのデンマークも住民が住んでいた地域まで汚染したスペインでも、問題が本格的に議論されだしたのは極最近で冷戦崩壊後。
ところが我が日本国ですが普天間基地問題でも判るように冷戦が終わっていないのですから、沖永良部島沖の核事故が解明されないのでしょう。
米軍の核撤去を妨害しているのはアメリカ軍ではなくて、対米従属命の日本国の外務省らしい。
09年の初めての日本公式訪問のオバマ大統領の広島訪問を妨害したのは藪中外務事務次官など日本外務省であったと報道されています。


関連資料
『水爆搭載の米軍機、沖縄近海に水没』

(1989年05月米ニューズウィーク誌)1965年(昭和40年)に米海軍艦載機が水爆を搭載したまま沖縄近海に水没し、米海軍はこの事故をもみ消したと報じた。
この海軍機は1メガtの水爆B43を1個搭載したA4Eスカイホークで、空母タイコンデロガから転落、水没した。
ベトナムでの任務を終え、横須賀に向かう途中。当時は非核三原則はまだなかったものの、日本政府の核持ち込み禁止政策に反して、核搭載艦が日本に寄港していたことになる。
落下時に核兵器は機体を外れ、灰色の煙を噴きながら沈んだ。
沖永良部島の東約300kmの水深4800mの海域で、艦は速度を緩めることなく現場を去っている。
同空母は30個以上の核を積載していたとの乗組員証言も。流出したプルトニウムでの魚介類の汚染も心配され、平和団体や被爆者が日米両政府に抗議電を打つなど反核運動に広まった。なお、7月7日に『海域からの異常放射能は検出されず』と発表された。

『水爆搭載の米軍爆撃機B52がスペイン沖で墜落』

(パロマレス米軍機墜落事故)1966年(昭和41年)1月17日、スペイン南部パロマレス上空で哨戒警戒中の米軍爆撃機B52が空中給油機と衝突して墜落。
搭載していた水素爆弾(B281・45メガトン)4個のうち1個は海上に落ち、3個が地上に落下した。
核爆発はなかったが、2個は起爆用の通常火薬が爆発してプルトニウムとウランが飛散した。住民に犠牲者はなかったとされている。米軍は兵士を大量投入して周囲の土約2000トンを除去。事故から80日目に海底から残る1個を回収。
これだけの大事故であったにもかかわらず、これまで放射能汚染に関する調査はろくに行なわれておらず、41年後の2007年になって、やっと本格的調査が行われる。
スペイン政府は事故から38年後の2004年に、地表に放射性物質が漏れた9ヘクタールの土地の買収を決定、2007年初めまでにフェンスで封鎖を終えた。
『過疎の村であったが経済開発が進み、農地整地や造成に伴う土壌の移動で住民が放射能のさらされる可能性が出てきたから』とスペイン政府関係者は述べている。

『B52が北極圏のグリーンランド沖でも墜落して水爆が未回収』

(チューレ空軍基地米軍機墜落事故)1968年(昭和43年)1月21日、水爆搭載のアメリカ空軍のB-52爆撃機が起こした墜落事故。
4発の水爆(1.1メガトンB28FI)を搭載していたB52は、バフィン湾上空を飛行中に機内で火災が発生し、機体はデンマーク領グリーンランドのチューレ米空軍基地付近、ノーススター湾に墜落、核弾頭が破裂・飛散し、大規模な放射能汚染を引き起こした。
1995年、デンマークにおいて、政府が1957年の非核化方針に反し、グリーンランドへの核兵器の持ち込みを黙認していたという報告書が公開される。
アメリカ空軍は1960年代に、来るべき人類滅亡の最終戦争(第三次世界大戦)の為に核武装したB52戦略爆撃機をソ連国境沿いに常時12機以上を飛行(24時間10000メートル高空での空中待機)させていたが冷戦崩壊後の1991年に中止したとされている。
2007年、米空軍のB52戦略爆撃機が8月末、 誤って核弾頭6個を搭載したまま米本土上空を飛行していたとCNNが報道して大問題になる。
国防総省は、核兵器管理上の深刻なミスとして、事実関係の調査に乗り出した。
ブッシュ米大統領にもこの事実は伝えられたという。
CNNによると、このB52は8月30日、ノースダコタ州の空軍基地を出発、 数時間飛行してルイジアナ州にあるバークスデール空軍基地に着陸した。 核弾頭を誤って搭載していたことは着陸するまで気付かなかったという。〔共同〕

『繰り返される核事故の不の連鎖』

1986年9月の米連邦議会会計検査院の報告による核兵器生産工場の放射能汚染の発覚までの37年間(1950年から1986年)に、61件の核関連の事故(商業用をのぞく)が起きていた。
これは米軍関連だけでも少なくとも年間1・65件の高確率で毎年毎年必ず核事故が発生していたことになる。
我々人類は何も知らずに(何も知らされずに)、ずっと地獄の釜の蓋の上で踊っているような存在だったのです。
内訳は、爆撃機、攻撃機、輸送機など航空機関連が最大で33件。
次いで母艦をふくむ(原子力)潜水艦がらみで14件だが、アメリカ合衆国をはじめとする他の国家での原潜や核事故は、各国がその動き自体を第一級の軍事機密としているために、ほとんど明るみに出ていない。
このため実際に発生した核事故は米連邦議会会計検査院報告よりもっと多数で深刻であった可能性もある。
上記以外の主だったものを挙げると、
1950年米B-36 爆撃機 カナダ沖太平洋上で故障3,000m上空から核兵器を投棄。
1957年米B-36 爆撃機 ニューメキシコ州カートランド基地近郊核兵器を誤投下。
1957年米C-124 輸送機 大西洋上でエンジン故障,核兵器の輸送中核兵器を投棄2個は発見できず。
1957年米B-47 爆撃機フロリダ州(核兵器搭載)墜落。
1957年米B-52 爆撃機ワシントン州フェアチャイルド基地(核兵器搭載)墜落。
1958年米B-47 爆撃機ジョージア州ハンター基地上空で空中接触事故、2,400mより海中投棄,核兵器は発見できず。
1958年米B-47 爆撃機 サウスカロライナ州フロレンス核兵器を誤投下。
1959年米B-52 爆撃機ケンタッキー州ハーディンスバーグ上空,KC-135 空中給油機と衝突墜落核兵器2個は回収された。
1960年米B-47 爆撃機アイルランド付近の大西洋上,2機が空中衝突(核兵器搭載)墜落。
1961年米B-52 爆撃機(核兵器搭載)空中爆発。(ユタ州モンティセロ上空)
1961年米B-52 爆撃機ノースカロライナ州ゴールズボロ上空で空中分解。(墜落直前に搭載核兵器投下,24Mt 2個,1個の核兵器は 6重の安全装置の最後の 1個で危険を免れる,その後暗号電波による電子ロックが追加される)
1961年米B-52 爆撃機(核兵器搭載)カリフォルニア州ユバ上空墜落(2個の核兵器は落下時に機体から外れたが爆発せず)
1964年米B-52 爆撃機メリーランド州アパラチア山脈カバーランド墜落(核兵器 2個は無傷で回収)
1964年米B-58 爆撃機インディアナ州バンカーヒル基地戦略空軍指令センター付近の滑走路上で炎上(核兵器 5発の 1部が炎上,放射能汚染発生)

『水没した原子炉』(核兵器装備の原子力潜水艦の沈没)

空以上に見え難い海底の核事故は厳しい軍事機密の壁により不完全な報道しかないが、今までに恐るべき数の原子力潜水艦の事故が起きている。
1963年年米原子力潜水艦スレッシャー号ボストン東方350Kmの海底25,00mに沈没129名死亡。(沈没原因は不明だがオーバーホール後の潜航試験中に復水器用海水取入れパイプが破損するなど原子炉事故が続発していた)
1968年米原子力潜水艦スコーピオン号大西洋アゾレス群島沖沈没99名死亡。(原因不明,10月に海底3,000mで発見)
1968年ソ連原子力潜水艦K-27バレンツ海で炉心溶融事故で沈没、9人死亡。
1969年米原子力潜水艦ガトー号白海入口のバレンツ海でK-19ソ連潜水艦と衝突大破。(原子炉据付部で衝突)ガトー号側は対潜ミサイルサブロックと3発の小型核魚雷の発射用意を命令。
1970年ソ連ノベンバー級K-8原子力潜水艦ビスケー湾4,700 mに沈没、52名死亡。
1970年ソ連エコー2型原子力潜水艦が米原子力潜水艦トートグ号と衝突、ソ連側が沈没。
1971米原子力潜水艦ウッドロー・ウィルソン号グアム島アブラ湾でメルトダウン寸前事故。(冷却システムの急激な圧力低下)
1971年3月 ソ連沿岸で米ソ原潜が衝突、詳細不明。
1974年米原子力潜水艦ピンタード号ペトロパブロフスク付近でソ連原子力潜水艦と潜航中に正面衝突。
1974年米原子力潜水艦マジソン号が北海でソ連原子力潜水艦と潜航中に衝突。(マジソン号は 3mの損傷,両艦とも沈没寸前)
1986年旧ソ連ゴルフ型原子力潜水艦K-219西大西洋ハワイ沖で原子炉の一部が爆発、その後沈没。乗員4人死亡、116人は米艦に救助される。
1989年ソ連マイク級原子力潜水艦K-278コムソモレッツがノルウェー沖で火災1,685mに沈没42人死亡核兵器2個が海没。
2000年ロシア北方艦隊のオスカーII型原子力潜水艦のクルスク K-141(18,000t) が、炉心に約2トンの核燃料を搭載したままバレンツ海の110mに沈没118名死亡。
旧ソ連(ロシア)の原子力潜水艦の外国軍艦との衝突事故は15件で多くは米国の軍艦、特に原子力潜水艦との衝突が多いとみられる。
1986年米連邦議会会計検査院報告、1992年に米は水上艦船,攻撃潜水艦等の海外核の撤去するとの新核政策を発表している以来、軍事的核事故は報告されていない。

注、
A-4スカイホークは主翼を折り畳まずに航空母艦のエレベーターに積載できる軽量小型の機体規模で、折り畳み機構や爆弾倉を省略した単座の艦上攻撃機。
搭載されていた1メガトン水爆B43はデルタ翼下パイロンに外部兵装されていた。
B-52戦略爆撃機ストラトフォートレス(成層圏の要塞の意味)1952年初飛行1955年運用開始だが、半世紀以上経った現在も現役である。これほどの長寿は極めて異例だが当面は2045年まで就航予定で、それ以降もさらに延長される可能性もある。
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