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バロン吉元『柔侠伝』シリーズ

2009年12月18日 03時36分30秒 | 自選 文学篇




       バロン吉元『柔侠伝』シリーズ

 
 昔、
 バロン吉元、
 という名の漫画家が、いた。

 他にはたいした作品を描かなかったが、
 たった一つ、
 『柔侠伝』、『昭和柔侠伝』、『現代柔侠伝』というシリーズを残し、
 やがて、
 僕たちの視界から、消えた。

 ネットで見ると、
 今、
 どっかの私大の教員らしいが、
 そんな今の姿には、僕は、興味もない。


 九州の小島の、不遇な武闘家の子、柳勘九郎、
 その息子柳勘太郎、
 そして孫柳勘一、
 天才的柔道家三代の生きざまを描いて見せた。

 やくざの男三代の生きざまを描いて若者から受けた、
 本宮ひろ志の『男樹』などとは、
 同じ男三代記であっても、
 本宮ひろ志には、悪いが、
 天と地ほどに違った。

 本宮ひろ志の作品群には、
 処女作の『男一匹ガキ大将』から、
 大評判の『サラリーマン金太郎』まで、
 必ず、
 オーバーアクションとでも言えばいいのか、
 ある種の「はったり性」が散りばめられていて、
 僕は、
 どうしても、高く評価する気になれない。
 本宮の作品には、「清涼剤」以上の意味は与えられない、
 と思う。


 世の文進歩派化人たちは、
 あの時期、
 つまり、
 1970年前後の漫画(当時は、もったいぶって、劇画、と呼んだ)というと、
 白土三平の『カムイ伝』を、ことさらに絶賛するが、
 僕は、
 『柔侠伝』シリーズは、
 それに負けない質を保持した作品である、
 と評価してきた。

 白土三平の登場人物たちが、
 理念が人の姿を借りたよう、
 であったのに対して、
 バロン吉元の登場人物たちは、
 理念が人の肉体に溶け込んだよう、
 に描かれていて、
 その点では、
 白土三平よりも、バラン吉本の方が、上質であった、
 と思っている。

 それと、
 『現代柔侠伝』での安保闘争期の世相の描き方は、秀逸だった。
 気取らず、気張らず、気後れせず、
 ただ淡々と、
 <反体制>を生きる人々の、
 情熱と、韜晦と、無念を、
 描き尽くしていた、
 ように、
 僕は思う。


 祖父の柳勘一が、文盲の柔術家、
 息子の勘太郎が、馬賊崩れの飛行士、
 孫の勘一が、三流私立大学の学生、
 といった風に、
 主人公は、
 その時代時代の、市井に生きる、体制への反逆児、
 と、設定されていて、
 バロン吉元の、生活姿勢と、
 庶民への、「山田洋次的ではない愛情」を感じさせられた。


 このシリーズを耽読していた頃の僕は、
 反体制気運衰退期の、
 地方大学の不良学生で、
 学校には行かず、
 先輩の下宿の本棚に並んでいるこの単行本を、
 何度も、何度も、読み返し、
 <自由>を生きる人生を夢想していた。

 いま、
 こんな放浪生活に身を任せていて、
 あの多情多感な主人公たちに、
 立場だけは似てきたかな、
 と、
 苦笑することがある。


 主人公の男も良かったが、
 出てくるヒロインたちが、
 これがまた、
 実に、魅力的だった。

 最初の女(柳勘九郎の女)の名は、忘れたが、
 その後は、
 麻子、
 茜、
 と続く。

 最初のヒロイン二人は、
 東北弁丸出しの女で、
 タバコは吸うし、大酒も飲む、
 といった描かれ方をしていて、
 ユニークだった。

 後の話だが、
 孫の勘一が、ヒロイン茜を、
「茜ちゃん」
 としか呼べないように設定されていて、
 別れた細君を、呼び捨てで呼んだことのない僕は、
 勘一に、一層の親近感を覚えたのであった。

 うん。
 どうせ別れるのだったら、
 一度くらい、妻を呼び捨てで呼んでおけばよかったな。
 僕も、
「ねえ、XXちゃん」
 だったもんな。


 最初二人のヒロインのような女性像は、
 理念的漫画家白土三平には、
 生涯、描きようもなかった。


 昭和50年代当初、
 『赤色エレジー』をうたったあがた森魚が、
 このシリーズのイメージソングを作って、
 緑魔子という女優と、デュオをやった。
 『昭和柔侠伝 最后のダンスステップ』
 という歌だった。


   あなたなんだかおセンチね もうすぐ外地におでましね
   私も最后のパーマネント この髪乱して踊りたい

   踊ろうか
   踊りましょ
   せめて今宵限りでも


 といった乙女チックな歌詞で、
 曲はレトロ、
 悪女の似合う緑魔子が、柄にもなくかわいい声を出していて、
 なかなか、よかったが、
 全然、流行らなかった。

 それが、
 僕には、
 とても、
 残念だった。


 この漫画の単行本は、全巻揃えていたが、
 米屋をやって、
 ある時期、貧乏になった時、
 蒲田の古本屋に、
 全巻5000円でたたき売り、
 まだ中学生の息子と、食事に行った。

 僕の息子の食事代にかわるなら、
 バロン吉元も、
 柳勘九郎、勘太郎、勘一も、
 きっと、笑って許してくれるだろう、

 と思った。

http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/post_441d.html

その後の柔侠伝




 バロン吉元「柔侠伝」シリーズは、明治から現代まで続く、柔道家・柳家四代の男たちの物語。1970年週刊漫画アクションに連載開始。「柔侠伝」「昭和柔侠伝」「現代柔侠伝」「男柔侠伝」「日本柔侠伝」と描き続けられ、1980年に連載終了。まさに1970年代を代表する名作でありました。現実の歴史と離れてからの末期の展開はちょっとアレでしたけど。

 歴史に翻弄されつつ歴史にあらがい、権力に立ち向かう、主人公たち。あがた森魚/緑魔子「昭和柔侠伝の唄」なんてのもありました。覚えてます?

 どんだけ人気があったかというと、わたしの友人(←べつにオタクじゃないです)は、自分の子どもに柔侠伝の登場人物の名前をつけちゃったくらい。

 今年になってオンデマンドで出版されるとアナウンスされましたが、「柔侠伝」と「昭和柔侠伝」は昨年発売されたコンビニ本がまだ手にはいるためか(アマゾンにもあります)、今はオンデマンド版は販売休止になってるみたいですね。

 さて、連載終了から20年。2000年になって、リイドコミックに「新柔侠伝」が連載されました。これにはもう、おおっと瞠目かつ刮目したわけですが、残念ながら、単行本二巻で終了。これがどういうお話だったかといいますと。

 主人公は大学三年生の柔道世界チャンピオン、日向遙です。宿敵は幼なじみでもある真武会空手の鳴神紫苑。鳴神のバックには日本の政財界を牛耳る暁光グループがいます。国家権力と結託し、暴力行為で業績を伸ばしてきた世界的コングロマリット。男柔侠伝、日本柔侠伝でもこいつらが悪役でした。男柔侠伝のラストで勘一に倒された斬心流空手の黛環、の息子なんてのも登場します。

 日向遙に接触したのが、「世界じゅうに散らばって地下組織として国際的破壊活動を行っている」と敵からは言われちゃってる梁山泊グループであります。柳勘一が組織した梁山泊の生き残りですね。その総裁は、ビッグエックスと名のる総髪でサングラスの男。車イスで脚が不自由。額の傷を見ると、正体は柳勘平らしい。日本柔侠伝のラストではまだ子どもだったのに、ずいぶん年とっちゃったなあ。

 日向遙は梁山泊に協力して、暁光グループやその手先の暴力と戦うことになります。ところが、さあこれからというところで、オシマイ。ライバルとの戦いにも決着はつきませんでした。

 「新柔侠伝」の連載終了は2001年の春です。その後9.11が起こりましたから、反権力を標榜する梁山泊みたいな連中を主人公にするのは、なかなかむずかしい時代になってしまいました。

http://kunyon.com/shucho/110829.html

「楯の会」も連合赤軍も夢中になった「柔侠伝」!

①初めにマンガありき、だよ。革命運動は

小林よしのりさんと(8/23) 小林よしのりさんと(8/23)

だから、何度も言ってるように、あの時代の学生運動は「マンガ」だったんです。マンガが一番、影響を与えていた。

別に馬鹿にしてるわけではない。だって、1970年3月の「よど号」ハイジャックを見たらいい。赤軍派の9人は、「我々は“あしたのジョー”である!」と言い残して、北朝鮮へ行った。又、白土三平や赤塚不二夫や手塚治虫のマンガにモロに影響を受けていた。

白土三平の『カムイ伝』『忍者武芸帳』から唯物史観を学んだ学生は多かった。さいとうたかをの『ゴルゴ13』で国際情勢を学んだ、という人も多い。「人生に必要なことは全て『ゴルゴ13』に学んだ」と言う人もいた。

又、新左翼の人達は本名を名乗らない。権力から身を守るために組織名を名乗る。コードネームというと、スパイ映画のようだからと、「ペンネーム」と言った。そのペンネームは、ほとんどがマンガの主人公だった。

高田延彦さんと(8/23) 高田延彦さんと(8/23)

乱闘も、国際情勢も、仲間のつくり方も、異性との付き合い方も、全て、マンガから学んだ。マルクスやレーニン、トロツキー、毛沢東からではない。マンガから学んだのだ。

ハイジャックの意味も知らないでハイジャックをして、人質の日野原さんに教えられたり…。

東京戦争・大阪戦争などと名前だけは日本の内戦だし、革命だが、実際はチャチなものだった。「日本のレーニン」と言われた人もいたが、今はただのお爺さんだ。マンガだ。全てはマンガだ。

勿論、右翼もマンガは読んでいた。でも、左翼と比べると、右翼の方が真面目というか、融通が利かない。ユーモア精神がない。

でも、バロン吉元の『柔侠伝』は右翼学生に人気だった。又、左翼学生にも人気だった。これは週刊『漫画アクション』に、1970年(昭和45)6月11日号から連載が始まる。

そうか。「よど号」があって、その3ヶ月後だ。僕は産経新聞に勤めていた頃だ。元「楯の会」の阿部勉氏のアパートに居候していた頃だ。右派学生運動の内ゲバがあり、私は追放され、実家の仙台で鬱屈していたが、1970年4月に産経新聞に入社し、久しぶりに上京した。

前田日明さんと(8/15) 前田日明さんと(8/15)

その時、渋谷で偶然に、阿部勉氏に会った。「これからアパートを探さなくてはならん」と言ったら、「見つかるまで僕のアパートにいて下さいよ」と言う。

高田馬場で六畳二間に、もう1人、福田俊作(やはり、「楯の会」)と住んでいた。「楯の会」の溜まり場のようになっていた。結構居心地がよくて、半年以上いた。

そしたら、1970年11月25日に三島事件が起きた。部屋には祭壇が出来、「楯の会」の人間は、連日集まって、秘密の会議をしている。マスコミも押しかける。警察は張り込んでいる。これ以上、ここにいては迷惑をかけると思い、落合にアパートを借りて、引っ越した。それ以来、ずっと落合だ。

その三島事件から、私の周りの世界も激変する。阿部勉氏や、やはり学生運動の仲間の犬塚氏、四宮氏、田原氏、田村氏…などと共に、「一水会」をつくることになるからだ。

②あの「空白時代」に衝撃を受けたマンガだ!

サスケさんと(8/15) サスケさんと(8/15)

つまり、1970年(昭和45)の5月から11月の半年間は、不思議な半年間だった。活動家にとってのエアポケットのような時代だ。もう運動に戻ることはないと思っていた。多分、一生、サラリーマンだろうと思い、新しい環境に慣れなくてはと思っていた。

そんな時代に出会った、「運命のマンガ」が、バロン吉元の「柔侠伝」だ。

居候させてくれた阿部勉氏が薦めてくれた。「これはいい!」「面白いですよ」と見せてくれた。「漫画アクション」(双葉社)の70年6月11日号から始まっている。それ以来、欠かさず読んでいた。後に、単行本になった時も、全て読んだ。

「楯の会」の人達も皆、読んでいた。かなり後で分かったが、左翼の人達も読んでいたという。連合赤軍事件の植垣康博さんは、特に好きで、後に、出所してから、静岡に「バロン」と名付けたスナックを開店したほどだ。作者のバロン吉元からとったのだ。

だだちゃ豆を食べる だだちゃ豆を食べる

今、ここに、1冊の本がある。文藝春秋編『大アンケートによる 少年少女マンガ100』(文春文庫ビジュアル版)だ。1992年発行で、580円だ。これは、歴史的な本だ。「各界有名人が選び出した史上最も面白いマンガはこれだ!」と表紙に出ている。

まずは、10位までを紹介します。
1位「あしたのジョー」 高森朝雄原作・ちばてつや漫画2位「鉄腕アトム」 手塚治虫3位「サザエさん」 長谷川町子4位「火の鳥」 手塚治虫5位「少年王者」 山川惣治6位「忍者武芸帳」 白土三平7位「猿飛佐助」 杉浦茂8位「天才バカボン」 赤塚不二夫9位「少年ケニア」 山川惣治10位「巨人の星」 梶原一騎作・川崎のぼる作画
「各界有名人」というから、平均年齢が高いのだろう。だから、昔懐かしいマンガが勢揃いしている。今の10代、20代、にアンケートを求めたら、ガラリと変わるだろう。

でも、これが、学生運動世代に影響を与えたマンガだ。山川惣治は私も小学生の時、夢中になって読んだ。「猿飛佐助」もそうだ。でも、今の若者は多分、誰も知らないだろう。

③私の人生もマンガだった

「南京!南京!」上映とトーク(8/21) 「南京!南京!」上映とトーク(8/21)

さて、バロン吉元の「柔侠伝」だ。これは全体のアンケートでは30位になっている。でも私は、これを1位に選んだ。「各人のマイベスト」も載っている。

それがこの文春文庫の楽しいところだ。「鈴木邦男(一水会代表・48歳)」の「マイベスト5」がこう紹介されている。
1位柔侠伝 バロン吉元2位少年王者 山川惣治3位矢車剣之助 堀江卓4位沈黙の艦隊 かわぐちかいじ5位へび少女 楳図かずお
「少年王者」は日本版ターザンだ。アフリカ旅行中、子供が行方不明になり、ゴリラに育てられる。たくましく育ち、ジャングルの王者になり、大冒険をする。

これは、私の人生の原点になった、学生運動、右翼運動という「ジャングル」に生き、悪い猛獣たちに襲われながら、闘ってきた。私も「少年王者」だ。

「南京!南京!」の陸川監督と 「南京!南京!」の陸川監督と

「矢車剣之助」は時代劇なのに、とびっきり、奇抜なマンガだった。こんなの、ありえない!と思われるシーンの連続だった。

地面からいきなり城が出てくる。そして、武装集団が何万と現れる。二丁拳銃で主人公は大活躍する。拳銃を撃って、壁に絵を描いたりする。そんなに弾が続くのだろうか。時代劇なのに、気球は出てくる。飛行船は出てくる。城だって、飛ぶ。

こんな奇想天外な発想は、「バカな!」「バカな!」と思いながら、大人になってから、ヒントになっているのかもしれない。「少年王者」の志と、「矢車剣之助」の発想。それが私だ!それに「柔侠伝」のロマンと武闘だよね。

『少年少女マンガ 100』には、私のコメントも出ている。「わがマンガ人生」の総括だ。

宇賀神寿一さんと 宇賀神寿一さんと

〈子供の頃から一貫してマンガは読み続けてきた。それも、かなり真面目に読み続けてきた。ほのぼのとしたマンガやナンセンスマンガは、あまり印象に残っていない。マンガによって自分の生き方を考えてきたからかもしれない。勇気、優しさ、決断…すべてマンガから学んだようだ。
 学生時代からずっと民族派の学生運動を続けてきたのも、潜在意識の中にマンガの影響があったからだと思う。だから、僕の人生そのものも、かなりマンガ的だと(いい意味でも悪い意味でも)思う。学校で学んだことはすべて忘れても、マンガから学んだことは覚えている。マンガこそが僕の教科書だったかもしれない〉

④反逆の政治マンガだ!

9月2日(金)午後7時、ネイキッドロフトでやります 9月2日(金)午後7時、ネイキッドロフトでやります

そうか。だったら、学校の教科書も全てマンガにしたらいい。そうなったら、「愛国マンガ」と「反日マンガ」の闘いになるのかな。

さて、「柔侠伝」だ。これは、長い長いマンガだ。大河マンガだ。それに、主人公は柔道家だが、正義感が強い。時の権力者とも闘う。

柔道だから体制的だろうと思うかもしれないが、それはない。時には反体制であり、左翼的だ。誰かに似ている。だから、左翼学生も熱狂的に読んだんだ。何人かが、この「柔侠伝」へのコメントを語っている。私は…。

〈この後の「昭和柔侠伝」「現代柔侠伝」を含めて、これは大河ドラマならぬ大河マンガです。柳勘九郎、勘太郎、勘三郎の三代にわたる柔道家の目を通して見た日本の激動の歴史がビシビシと伝わってきます。胸を熱くして読みました〉

鈴木、植垣さん、バロン吉元さん 鈴木、植垣さん、バロン吉元さん

明治の末から大正、昭和と続く大河マンガだ。戦争もある。敗戦の混乱もある。砂川闘争、安保闘争もある。その中で、柔道家の主人公はどう考え、どう悩み、闘ってきたか。

「『柔侠伝』の主人公は人間本来のリアルな生活臭とさまざまな煩悩をもったマンガ史上初めての“柔”のヒーローなのです」とは作者の言葉。そんな主人公の行動ひとつひとつが好ましい、と文春文庫には書かれている。

私は「親子三代」だと思ったら、今、文春文庫を見たら、何と「五代」にわたる柔道家の物語だ。

初めは明治35年(1905)だ。100年以上も続く話だ。ともかく、明治38年、柳勘九郎は柔術家だった父・秋水の志を受け継いで、講道館柔道と対決するために九州から上京する。

しかし、柔術はすでに過去のものとなり、柔道の時代になっていた。そんな時、知り合いの女性を助けようとヤクザの大親分を殺害、監獄に入る。

TBS CSの「ニュースの視点」に針谷氏と出た TBS CSの「ニュースの視点」に針谷氏と出た

大正3年、出所後、天覧試合に出場。さらに満州(現・中国東北部)に渡り馬賊となる。その後、舞台は一気に昭和11年(’36)に飛び、勘九郎の子・勘太郎を主人公にして「昭和柔侠伝」、さらにその子の勘一、勘平の「現代柔侠伝」へと続く大河マンガだ。

何と五代にわたる柔道家の物語だ。それに彼らは均(ひと)しく反逆児であり、反体制的であり、左翼の運動を助け、権力者や右翼の悪い柔道家とも闘う。柔道家が主人公だが、「政治マンガ」だ。歴史マンガだ。敵である右翼柔道家だって格好いいし、格好いい言葉を吐く。それを読んで僕らも勉強した。

⑤左右に影響を与えたマンガですよ!

バロン吉元『柔侠伝』 バロン吉元『柔侠伝』

もう随分前になるが、1976年に、前野光保という青年が右翼の児玉誉士夫邸にセスナ機で突っ込み自殺した。ロッキード事件に抗議した死だった。

この時、阿部勉氏は一水会の「レコンキスタ」に「追悼前野光保君」を書いた。その時、前野氏の写真の下に、「大義は尊皇、道は忠」と大きく書かれていた。格好いい言葉だ。

前野氏の言葉なのか、あとで阿部氏に聞いたら、「いや、『柔侠伝』に出ていた言葉だ」という。敵役の右翼柔道家が言うのだ。敵役だが、やたら格好いいし、〈思想〉がある。こんな右翼になりたいものだと思った。

私は学生時代は合気道をやり、3段だった。しかし、『柔侠伝』を読んで、やはり柔道をやらなくてはと思った。そして、かなり後になって、講道館に入門した。今、3段だ。格闘技によって教えられたことは多い。そのスタートになったのが、「柔侠伝」だと思う。

さて、9月2日(金)は、その「柔侠伝」について語ります。最も影響を受けた左右の2人。連合赤軍の植垣さんと、元右翼暴力学生の私だ。そして、「柔侠伝」の作者・バロン吉元さんを迎えて、戦後昭和史を語ります。さらにこの日は、他にもスペシャルゲストが登場いたします。お楽しみに。

〈あの全共闘時代、右も左も「柔侠伝」を読んでいた!柔侠伝で描かれる時代背景は一体何だったのか?〉

と、ロフトの案内には出ています。今週の金曜日(9月2日)夜7時からです。私も楽しみです。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%8B%E6%9C%AC%E5%8B%9D%E5%89%87

秋本勝則





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獲得メダル


日本の旗 日本


男子柔道


世界柔道選手権大会

銅 1975 ウィーン 軽中量級

秋本 勝則(あきもと かつのり)は熊本県牛深市出身、元日本代表の柔道選手である。1975年世界柔道選手権大会の軽中量級で銅メダル、1978年の嘉納治五郎杯東京国際柔道大会で優勝している。



目次 [非表示]
1 経歴・人物
2 人物
3 戦績
4 家族
5 脚注
6 外部リンク


経歴・人物[編集]

牛深市立牛深中学校卒業後、柔道の名門である鎮西高等学校、拓殖大学に進学。現役時代の階級は軽中量級(65kg級)。現在は熊本県宇城市(旧松橋町)で秋本整骨院を経営している。

人物[編集]

バロン吉元作「現代柔侠伝」の主人公柳勘一のモデルといわれており[1]、柔道の強さに反して人情味溢れる物腰の柔らかい人柄で、慕う大学の後輩も多い。

戦績[編集]
1972年 - 全国高等学校柔道大会 中量級2位
1973年 - 全日本ジュニア柔道体重別選手権大会 軽量級(65kg)優勝
1974年 - 全日本選抜柔道体重別選手権大会 軽中量級2位
1975年 - 全日本選抜柔道体重別選手権大会 軽中量級2位
1975年 - 世界柔道選手権大会(オーストリア・ウィーン) 軽中量級 3位
1978年 - 全日本選抜柔道体重別選手権大会 65kg級 3位
1978年 - 嘉納治五郎杯東京国際柔道大会 65kg級 優勝
1979年 - フランス国際柔道大会 65kg級 優勝
1980年 - 講道館杯全日本柔道体重別選手権大会 65kg級 優勝
1980年 - 全日本選抜柔道体重別選手権大会 65kg級 3位

家族[編集]

長男の秋本修平(鎮西高校・中央大学出身、元了徳寺学園職)は1999年インターハイ73kg級2位・全日本ジュニア柔道体重別選手権大会1999年73kg級優勝・2000年66kg級2位、次男の秋本啓之(桐蔭学園高等学校/筑波大学出身、了徳寺学園職)は共に柔道家で[2]、啓之は2010年世界柔道選手権大会で金メダルを獲得[3]、史上初の親子メダリストとなった[4]。

脚注[編集]

[ヘルプ]

1.^ 加藤育朗 (2006年1月17日). “親子2代で嘉納杯制覇”. 2010年9月11日閲覧。
2.^ フランス国際柔道 テレビ東京 2007年
3.^ “男子73キロ級秋本啓之、階級上げて父超え”. 産経ニュース (2010年9月11日). 2010年9月11日閲覧。
4.^ “大会3日目!秋本啓之は史上初の親子でメダル獲得を目指す!”. 新潟総合テレビ (2010年9月9日). 2010年9月11日閲覧。

外部リンク[編集]

秋本勝則 - JudoInside.comのプロフィール (英語)

執筆の途中です この項目は、柔道に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P柔道/PJ柔道)。




カテゴリ: 日本の柔道家
熊本県出身の人物
1950年代生
存命人物

http://mandanatsusin.cocolog-nifty.com/blog/2004/10/post_9.html

マンガに描かれた水俣病「現代柔侠伝」




 原爆をテーマにしたマンガから、わたしの連想は、最近判決があった水俣病に向かいます。マンガに描かれた水俣病。バロン吉元「現代柔侠伝」の話。

 「柔侠伝」シリーズは、明治から現代までを、四代にわたる柔道家である柳勘九郎、勘太郎、勘一、勘平の人生を描いた大河マンガ。1970年から10年にわたって週刊漫画アクションに連載。特に柳勘一を主人公にした「現代柔侠伝」は、戦後日本現代史をマンガで描く試みでもありました。

 「現代柔侠伝」青春期(14)〜(40)では、柳勘一は熊本の鎮西高校1年生で柔道部員。昭和31(1956)年の5月から10月までが描かれます。「夕凪の街」の翌年であるこの年は、長崎で第2回原水禁世界大会が開かれ、10月には砂川闘争で多数の負傷者が出ました。マンガはこれらの事件を背景に進みます。

 勘一と知り合う色っぽい遊子は17歳。勘一の初エッチの相手だったりします。彼女は万引きや美人局をしており、彼女の3人の兄弟も札付きのワルばかり。勘一が尋ねていくと、彼ら4人はバラックにいっしょに住んでいるのですが、そこに寝たきりの父もいる。兄弟はいやいやながら父親のシモの世話などを交代でしている。

 勘一が興奮しながら観戦している第1回世界柔道選手権大会が開催された昭和31年5月は、水俣病が「公式発見」されたときでもありました。実は3年前には遊子の一家は水俣市に住んでいました。父親はまだまだ頑健だった。しかし体調を崩して中央病院へ行ってもなんでもないと追い返される。その1年後には父親は完全に寝たきりに。近所からは、あいつらに近づいたら骨がまがる病気がうつる、とううわさされるようになります。

 熊本市に引っ越した一家ですが、母親は赤松土建の社長(ヤクザですな)の妾になって家を出て行ってしまう。兄弟4人は復讐を誓い、赤松が県会議員に出馬した選挙の当日、ダイナマイトや銃で殴りこみます。兄弟3人は死に、遊子は裁判で実刑に。

 バロン吉元の筆は寝たきりの父親を容赦なく悲惨に表現します。排便した父親を前に兄弟たちはケンカをし、遊子は泣きながら下着を洗う。描写に救いはありません。彼らのエピソードは勘一の全国大会優勝と交互に描かれ、その対比が読者をよりやりきれなくさせます。日本のマンガは娯楽作品の枠の中で、このようなものも描いてきたのです。

http://gyoyu.hamazo.tv/e13886.html

親子2代で嘉納杯制覇

 嘉納治五郎杯国際柔道大会が日本武道館で行われ、66kg級では、アテネ五輪金メダリストの内芝を破って、新鋭秋本が優勝。
第1回大会で65kg級を制した、秋本勝則さんの次男で、親子2代の優勝は素晴らしい快挙だ。
拓大で私の3年先輩の秋本さんが戦った、昭和53年秋の第1回大会で、当時拓大柔道部3年の私が、試合を終えて試合場から下りてくる先輩に、タオルを差し出した時のことを、昨日のことのように思い出す。
 怪我や不運に泣いた天才柔道家。バロン吉元作「現代柔侠伝」の主人公、柳勘一のモデルと言われた人。稽古にも生活にも厳しい人だったが、よく飲みに誘ってくれた。
 「先輩、息子さんおめでとうございます」電話の向こうの声は、嬉しさ一杯で、昔酒を飲んで酔った時の声そのものだった。「おう、優勝したよぉ。お前も元気か?また会いたいねぇ。」

http://www.shinsei8oku.com/itamadenshin0410.html

バロン吉元という漫画作家がいます。<柔侠伝>という漫画のシリーズがあるので すが私はこれがあまたある漫画の中で最高傑作だと信じています。ちばてつやの<あ したのジョー>も良くまた人気もあるので社長室に愛蔵版を全巻飾ってありますが、 手許に置いて繰り返し読みたいのは柔侠伝です。講道館柔道・嘉納治五郎と戦い敗れ た柔術起倒流・柳秋水は、九州に下り一人息子の柳勘九郎を講道館を倒すためだけに 柔術家として育てます。技、成り。父秋水を倒した勘九郎は、講道館に挑むべく明治 38年小倉を発(た)ち、おりしも日露戦争の勝利祝賀に沸き立つ東京駅に降り立つ ところから長い物語が始まります。その息子勘太郎さらにその子供勘一。三代に亘っ て講道館の頂点を極めるも、明治の終盤から大正・昭和の戦争と敗戦という時代の中 で、三代の息子たちが主人公となって波乱万丈の人生を生き抜きます。勘九郎は馬賊 になり満州の地に果て、勘太郎は陸軍航空隊。そして勘一は拓大柔道部のエースとな り初代のオリンピック候補と目されていましたが、無頼の血いかんともしがたく九州 の炭鉱の労働争議や安保闘争のような社会運動に身を投じてゆきます。漫画といえど も侮れない秀作です。柔道ファンが高じて漫画まで柔道物が良いのだと信じ込んでい る程です。

http://dictionary.sensagent.com/%E5%B2%A9%E9%87%A3%E5%85%BC%E7%94%9F/ja-ja/

definition - 岩釣兼生

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岩釣兼生update

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


岩釣 兼生(いわつり かねお、1944年3月25日 - )は、日本の柔道家。七段。全盛期182センチ105キロ。ベンチプレスのマックスは195キロ。

最近、雑誌などでは岩釣兼旺を名乗ることが多いが、本名は兼生である。



目次
1 「鬼の木村」最強の弟子
2 指導者歴
3 全日本プロレス殴り込み事件
4 エピソード
5 著書など
6 関連項目


「鬼の木村」最強の弟子

熊本県出身。熊本県立鹿本高等学校時代、柔道史上最強をうたわれる「鬼の木村政彦」にスカウトされ拓殖大学に入学。当時の木村の指導方法は、気が向いたら真夜中だろうと部員を叩き起こすというもので、1日のうち24時間が練習時間と言っても過言ではないくらい厳しいものであったとされる。

岩釣は師匠ゆずりの独特の大外刈りや腕緘(キムラロック)を身につけて、1965年の大学4年時、キャプテンとして部を率い、全日本学生柔道優勝大会決勝でそれまで4連覇していた明治大学を破って拓殖大学を戦後団体戦初優勝に導く。そのレギュラーメンバーの中には東京五輪重量級銀メダリストのロジャースらがいた。

大学卒業後は兵庫県警に入り、下宿の庭に電柱を立てて毎晩1000本の打ち込みをするなど「鬼の木村」を受け継ぐ猛練習を重ね、各種警察大会で何度も優勝、1971年には悲願の全日本選手権制覇を果たした。世界選手権チャンピオンの佐藤宣践や後のオリンピック金メダリスト二宮和弘らを退けての優勝であった。この優勝は拓大としては木村政彦以来の快挙で、その後も拓大から全日本チャンピオンは出ていない。

指導者歴

現役引退後は母校の拓殖大学でコーチや監督を歴任。1988年のソウルオリンピックではその指導力を買われ、エジプト代表チームの監督を務める。ロス五輪決勝で山下泰裕と戦ったあのラシュワンは岩釣の愛弟子にあたる。その後、講道館での指導員を経て、現在は坂口征二の主宰する坂口道場にて後進の指導に当たっている。

なお柔道修行の一環としてサンボも経験しており、1969年にモスクワで開催されたサンボ国際トーナメントでは優勝を果たしているほか、第20回世界サンボ選手権大会(女子68キロ)で優勝した武田美智子は岩釣の教え子にあたる。

全日本プロレス殴り込み事件

1976年、全日本プロレス入りが決まっていたが、契約書にサインする段階になって社長のジャイアント馬場と拓大側の要求にずれがあり決裂、全日本プロレス入りは幻に終わった。

このとき、岩釣は師匠木村政彦とともに裸でのスパーリング、空手、ボクシング、脚関節などを含めた真剣勝負(いわゆるバーリトゥード)を前提にした一日7時間に及ぶ秘密特訓を続けていた。1954年の木村政彦vs力道山の復讐をしようとしていたのだ。この木村vs力道山は、通常のプロレスルールだったが、途中、力道山が本気で殴りかかって木村が流血、失神KO負けを喫した謎の試合だ。

拓大側は「力道山にだまし討ちにあった木村政彦先生の敵を討ちたい」という考えで、馬場社長に「デビュー戦はジャイアント馬場とやり、プロレスのアングルとして岩釣を勝たせる。その要求を呑めないならばリング上で真剣勝負に持ち込み馬場を潰す」という過激な条件を突きつけた。

馬場はこの拓大側の要求に怒り、「もしそういうことになったらウチの若いレスラーたちが岩釣君をリングから降ろさないが、そういう覚悟があるのか」と応じた。それに対して岩釣に付き添っていた拓大の先輩が「この野郎っ! 拓大をなめるんじゃねえ! 貴様こそリングから降ろさんぞ!」と激怒、契約は白紙に戻された。

後に岩釣は「命をかけて木村先生の敵討ちをするつもりでした」と語っている。

この事件は「昭和の忠臣蔵」として柔道界の伝説となっている。

エピソード

「鬼の牛島辰熊」「鬼の木村政彦」の直系の弟子だけあって、その豪気なエピソードにはことかかない。

大学1年の頃、寮の前で相撲部が鍋を囲んでいた。そこに柔道部の1年生も呼ばれて「食べろ」と言われ、みんなで食べた。しかし、ひしゃくで鍋をかきまわしていると中から毛むくじゃらの犬の首が出てきた。相撲部の先輩たちのイタズラだった。他の柔道部の1年生がそれを見て吐き出したが、岩釣はその犬の首を食べ、相撲部の先輩たちを驚かせたという。

バロン吉元の「柔侠伝」は、拓殖大学柔道部での取材をもとに描かれたものである。

著書など
•「木村政彦伝 鬼の柔道」(技術解説DVD、クエスト)

関連項目
•柔道家一覧



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柔術プリースト 320

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ブラジルのカポエイラで最も実用的で実戦的なスタイル  カーウソングレイシーとも戦ったスタイルのカポエイラ デスポルチバ Capoeira Desportiva



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近代化




Modernização

異種格闘技戦、スポーツ化、様式化を経て、カポエイラは再評価され、犯罪から民俗芸能へと変身を遂げました。今や国際化が進み、日本でも多くの団体が活動しています。







目次
1 異種格闘技戦 Vale Tudo
2 スポーツ化 Esportivização
3 様式化 Estilização
4 大衆化 Popularização
5 国際化 Internacionalização
6 参考資料 Referências
7 脚注 Notas


異種格闘技戦 Vale Tudo


20世紀前半のブラジル各地で、カポエイラを交えた異種格闘技戦が行われていました。これは、カポエイラが違法だった時代にしぶとく存続していた裏付けです。特に、カポエイラを 総合格闘技に取り入れたシンニョジンニョ(Sinhozinho)が師事した選手等は、リオ・デ・ジャネイロ市のリングで活躍しました(詳しくはこちら)。[1][2][3][4]




A Tarde, "Mestre Bimba, campeão na capoeira" desafia todos os luctadores bahianos, Bahia, 1936.[5]

後述するメストリ・ビンバ(Mestre Bimba)も、1930年代にサルヴァドール市で行われていた異種格闘技戦で名声を上げたのです。このように、カポエイラがまだ違法だった時代に娯楽として民衆に受け入れられ、格闘技のイメージが浸透していきました。[5]



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Capoeira Desportiva

異種格闘技戦のリングから運動競技として体系化され、カポエイラのスポーツ化は古くから試みられてきました。今ではカポエイラのオリンピック種目入りを目指すカポエイラ連盟もあります。







目次
1 異種格闘技戦 Vale Tudo
2 Gymnástica Nacional
3 Capoeira Utilitária
4 Capoeira Estilizada
5 組織化 Institucionalização
6 参考資料 Referências
7 脚注 Notas


異種格闘技戦 Vale Tudo

1909年のリオ・デ・ジャネイロ市で、カポエイラと柔術(柔道)の試合が当時のミディアに大きく取り上げられました。海軍で柔道を指南していた三浦鑿(さく)は、挨拶を交わそうとした瞬間に不意を衝かれ、船荷の積み降ろし人足フランシスコ・ダ・シウヴァ・シリアコ(Francisco da Silva Cyríaco)が放った蹴りをまともに食らい、開始のゴング直後にノックアウトされました。ブラジルのカポエイラジェン(カポエイラ)が、未だ違法だったにもかかわらず、日本の柔術(柔道)に勝利したと大きく報道され、当時のナショナリズム感情に旋風を巻き起こしました。[1][2][3]




Careta, A capoeiragem vencedora do jiu-jítsu, 1909.

20世紀前半のブラジル各地では、異種格闘技戦が頻繁に行われ、上記のように日本人とカポエイラの対戦は他にも実現しました。1915年には、アマゾン川の河口に位置するパラー州の首都ベレン市で、柔道家の佐竹信四郎(一説にはかの有名な柔道家コンデ・コマこと前田光世)と通称ペー・ジ・ボーラ(Pé de Bola)として知られたカポエイラ使いの試合が行われました。 ペー・ジ・ボーラは負けたが、何よりもこの試合はブラジル北部でカポエイラが盛んだった証です。 [4][5]







一世紀前にシリアコの放った蹴り「エイの尾びれ」(Rabo de Arraia)が三浦鑿を倒したように、上の動画は現在の総合格闘技(MMA)のリングで同じ蹴り、別名「半月後ろ回し蹴り」(Meia Lua de Compasso)の危険性を見せ付けます。


Gymnástica Nacional

1928年にリオ・デ・ジャネイロ市で出版された「Gymnástica Nacional (Capoeiragem) Methodizada e Regrada」(仮訳:国民体操(カポエイラージェン)規定集)は、カポエイラを体技として捉え、技の図解や大会のルール解説が登載されました。著者アニバウ・ブルラマキ(Annibal Burlamaqui)は、ボクシングのルールをカポエイラに適用し、自身が考案した三つの技を含む28の攻防やトレーニング方法などを紹介したのです。




Aníbal Burlamaqui (Zuma), Gymnástica Nacional (Capoeiragem) Methodizada e Regrada,1928.

国民体操(Gymnástica Nacional)は、現在のカポエイラで見られる音楽やダンスの要素がまったくなく、運動競技として体系化する試みでした。別の観点から、これはカポエイラからアフロ文化のイメージを遠ざける取り組みでもあったと言えます。


Capoeira Utilitária

カポエイラ・ウチリタッリア(Capoeira Utilitária)、すなわち「実用的カポエイラ」は、シンニョジンニョ(Sinhôzinho)ことアジェノル・モレイラ・サンパイオ(Agenor Moreira Sampaio,1891-1962)が、20世紀半ばのリオ・デ・ジャネイロ市で師事したスタイルでです。シンニョジンニョはカポエイラを総合格闘技に取り入れ、その生徒等は異種格闘技戦のリングで活躍し、カポエイラ・ヘジョナウ(Capoeira Regional)のメストリ・ビンバ(Mestre Bimba)の弟子等とも対戦しました。[6][7]




Carlson Gracie vs. Luiz Pereira de Aguiar (Cirandinha), Rio de Janeiro, 1953.[8]



ボサノヴァの作曲家トム・ジョビン(Tom Jobim)も若かりし頃はシンニョジンニョに鍛えられたようで、当時のリオ・デ・ジャネイロ市の中~上流階級で如何にカポエイラが浸透していたかを物語ります。誤解が無いように、シンニョジンニョのカポエイラは音楽を使わなかったので、トム・ジョビンは飽くまでも体を鍛えてもらっただけでした。[9]


Capoeira Estilizada

メストリ・カルロス・セナ(Mestre Carlos Senna, 1931-2002)が創始した「様式化されたカポエイラ」を意味するカポエイラ・エスチリザーダ(Capoeira Estilizada)は、カポエイラ・アンゴラと(Capoeira Angola)とカポエイラ・ヘジョナウに次ぐ第3のカポエイラ・スタイルとして高く評価されした。[10]




Realidade, A três escolas, 1967.[10]

メストリ・カルロス・セナは、1949年にメストリ・ビンバの下で学び始め、1955年にはサルヴァドール市で「Centro de Pesquisa, Estudo e Instrução de Capoeira Senavox」(仮訳:セナボックス・カポエイラ研究センター)を創設しました。フォルクローレよりスポーツ的要素を強調するために導入した白いユニフォームのアバダー(abadá)、挨拶のサウヴぇ(salve)、段級位制と競技形式はカポエイラ・コンテンポラニア(Capoeira Contemporânea)に多大な影響を与えたのです。[11]


組織化 Institucionalização

1930年代にバイーア州、リオ・デ・ジャネイロ州、サン・パウロ州のボクシング連盟にカポエイラが登録され、1941年には国内スポーツ競技団体がすべて全国スポーツ評議会(Conselho Nacional de Desportos)の傘下に統制されました。[12][13]

20世紀後半はブラジル各地でカポエイラ連盟が設立され、段級位制の基準や大会のルールなどが定められました。1992年に結成されたブラジル・カポエイラ連盟(Confederação Brasileira de Capoeira)は、ブラジル・オリンピック委員会(Comitê Olímpico Brasileiro)にも認定され、カポエイラのオリンピック種目入りを目標としています。[14][15]

1998年には、地方体育評議会が認めた教員免許を持つ者のみに格闘技やスポーツ全般を教える許可が与えられ、カポエイラもその枠内に定められたが、スポーツとしての括りは不適切である訴えが後に受け入れたのです。(詳しくはこちら)


参考資料 Referências

•カポエイラ・ブログ -Roda de Papoeira- 「日本人カポエイリスタの大先輩 政岡勝治氏」
•国立国会図書館: ブラジル移民の100年: サンパウロ市に於て発刊する邦字週刊の日伯新聞社長三浦鑿氏
•国立国会図書館: ブラジル移民の100年: アマゾンに闘いを挑んだ無敗のコンデ・コマ
•前田光世記 薄田斬雲編 『世界横行柔道武者修業 』 東京:博文館 1912
•前山隆 『風狂の記者: ブラジルの新聞人三浦鑿の生涯』 御茶の水書房 2002 ISBN 4-275-01914-8
•A capoeiragem vencedora do jiu-jítsu. Rio de Janeiro: Careta, 29 de maio de 1909.
•Afro-Brasilian Capoeira Association, Senavox USA Brasil. www.abcapoeira.com/
•Comitê Olímpico Brasileiro (COB): Confederações Reconhecidas: Confederação Brasileira de Capoeira.
•Facebook: Capoeiragem Carioca: Carlson Gracie's Statement on Capoeiragem Carioca.
•Jornal do Capoeira. A victoria do jogo brasileiro - Capoeira "versus" Jiu-Jitsu. Edição, 2006.
•Ministério das Relações Exteriores: Revista Textos do Brasil: Edição nº 14 - Capoeira, 2008.
•Pires, A.L.C. Simoes. Movimentos da cultura afro-brasileira. UNICAMP-IFCH, 2001.
•Santos, Esdras Magalhães dos (Mestre Damião). A verdadeira história da criação da Luta Regional Bahiana do Mestre Bimba. São José dos Campos, 2002.
•Silva, Paula Cristina da Costa. A Eduacação Física na Roda de Capoeira: entre a tradição e a globalização. Campinas: UNICAMP, Faculdade de Educação Fisica, 2002.

脚注 Notas

1.前山隆 『風狂の記者: ブラジルの新聞人三浦鑿の生涯』 御茶の水書房 2002 137ページ
2.Pellegrini Filho, Américo. Capoeira: da Senzala às Olimpíadas?. Caxias do Sul: Univrsidade de Caxias do Sul, Rosa dos Ventos n.1 v.1, 2009, p.13.
3.Jornal do Capoeira. História da Capoeiragem no Brasil. Edição, 2006.
4.Cairus, José Antônio Teófilo. The Gracie Clan and the Making of Brazilian jiu-jitsu: National identity, Performance and Culture, 1801-1993. Toronto: York University, History Ph.D. thesis draft, 2009, pp.21-32.
5.Leal, Luiz Augusto Pinheiro. Capoeira, boi-bumbá e política no Pará republicano (1889-1906). Salvador: UFBA, Centro de Estudos Afro-Orientais, Revista Afro-Ásia nº 32, 2005. pp.241-269.
6.Wagner, Carlos. “Mandingas Literárias” ou: A Capoeiragem no Rio de Janeiro e as Leviandades do André Lacé. São Paulo, 2004. http://www.capoeiradobrasil.com.br/
7.Wagner, Carlos. Novas "Mandingas Literárias": Mais Leviandades do André Lacé e a Versão Fantasiosa do Prof. Rudolf Hermanny. São Paulo: 2004. http://www.capoeiradobrasil.com.br/
8.A Capoeira de Sinhozinho: Sinhozinho e Capoeira Carioca. http://rohermanny.tripod.com/
9.Vieira, Luiz Renato; Assunção, Mathias Röhrig. Os desafios contemporâneos da capoeira. Ministério das Relações Exteriores: Revista Textos do Brasil, Edição nº 14 - Capoeira, 2008.
10.Freire, Roberto; Zingg, David Drew. É luta, é dança, é Capoeira. Revista Realidade, n.11 fevereiro, 1967.
11.Afro-Brazilian Capoeira Association: Mestre Carlos Senna.
12.Vieira, Sergio Luiz de Souza. Da Capoeira: Como Patrimônio Cultural. PUC/SP, 2004.
13.山本英作 『ブラジルのスポーツ政策』 笹川スポーツ財団(SSF)サイト特集特別企画 諸外国から学ぶスポーツ基本法
14.Confederação Brasileira de Capoeira http://www.capoeiradobrasil.com.br/confederacao.htm
15.Comitê Olímpico Brasileiro: Confederações Reconhecidas.














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柔術のストリートファイト実用例動画 & ホリオン派グレイシー ヒーロングレイシー関西セミナー

柔術とかMMAも世界中に広がり認知度が高まってストリートファイトでリアネイキッドチョークで相手を眠らせるストリートファイターが出現

このように相手から身を護るためにどうすればいいか

実戦における柔術ノウハウを来月四月にセミナーで教わることが出来るそうですよ

柔術の本家グレイシー一族から

それはそうと関西ではヒクソン ホイスに続いて3人目のグレイシーセミナーですなぁ











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中国武術幻想大崩壊!  チャイニーズMMAの徐晓冬が太極拳に続いてイップマン直系の詠春拳一門を相手にフルボッコに殴りノックアウト勝ち!!ボクサー熊呈呈が片腕だけで詠春拳マスター余昌华を戦意喪失の末 試合放棄に追い込みノックアウト勝ち!









徐晓冬
中国の伝統武術は全てインチキであり詐欺であると公言し
中国政府にも影響力を持つ中国武術協会に喧嘩を売った事でも有名なプロのMMAプレイヤー
前回は政府に影響力を持つ中国武術協会の太極拳のマスターを病院送りにしたのですが

なんと

中国政府にも影響力を持つ武術協会を怒らせた事で北京の体育学校のコーチの職をクビにされてしまい
中国最大のソーシャルメディア微博のアカウントも抹消されてしまったという

中国武術は武術の技ではなく権力による圧力で徐晓冬を参らせたようですなぁ(爆)

んで

今回は中国武術協会の武術家で詠春拳の余昌华




その弟子の丁浩が

徐晓冬と中国で片手しかパンチが打てない障害を持ったボクサー熊呈呈と対戦することに

その結果は無残なもので

片手しか使わないボクサー熊呈呈相手に両手を使用していた詠春拳の余昌华は第一ラウンドにノックダウンを奪われ
しかも中国武術協会ひいきの主催者があからまさまに詠春拳の余昌华の回復を狙ってダウンをしたらストップをかけて長めに試合を中断させていましたね


その上で2ラウンド目には  有名なブルースリーの師の葉門の高弟でブルースリーの兄弟弟子の黄淳梁の弟子の中で最も武闘派の詠春拳の拳法家 余昌华 はなんと試合放棄!

戦意喪失の文字通りギブアップ負けです! 

その弟子の丁浩に至っては徐晓冬に子供扱いされてノックアウト負け

またしても中国の伝統武術はMMA ボクシングの足元にも及ばないことを証明してしまった結果に終わった今回の他流試合

今回の詠春拳一門はあの有名なブルースリーの師の葉門の高弟 黄淳梁 (佐山聡が香港で御世話になった詠春拳の道場主)





の弟子に当たり

敗戦の悪影響は中国武術界全体に及ぼすことは必至でしょうね



今回の試合は詠春拳一門からの要請なんでしょうか?

ルールは立ち技のみで倒れた相手を殴ることは一切禁止で寝技も禁止の模様

もしかしたら立ち技だけなら勝てるとでも思っていたんでしょうかね?

う~ん

ハッキリ言って甘い考えですなぁ

以下参照

https://blog.goo.ne.jp/rekisisakka/e/34e6929bb93dd9e7d5e11b6c5a65f225


ブルース・リーに功夫の魂を伝えた男 ─ イップ・マン <第2章>

2014年03月21日 | 日記


温厚で人当たりがよく、「頭胸隋和」(心身のバランスが取れた人)と評された葉問<イップマン>とは反対に、弟子のブルース・リーは短気で自己顕示欲が強い少年でした。即効性の高い技の練習には熱心だったものの、長い期間をかけてようやく効果を発揮するような練習には目もくれなかったので、しょっちゅう葉問から注意を受けていたそうです。また組手練習で負けた翌日には、自分で研究した技や他派の技を平気で使っては叱られていました。それでも彼は、暇を見つけては白鶴拳、蔡李仏家拳、北派少林拳、北派蟷螂拳、テコンドー、ボクシング、空手道など実にさまざまな格闘技を研究していました。
これらのうち蔡李仏家拳は、実は詠春拳を目の敵にしている門派でした。両派の対立の源は、日中戦争の時代に遡ります。それまで豊かな家財に頼り、悠々自適の暮らしをしていた葉問は、侵略して来た日本軍に家財道具一切を没収され、何もかも失ってしまいました。彼の生活を心配して日本軍のために働くよう勧める者もいましたが葉問は応じず、隠居のような生活を送っていました。一説には正義感から日本軍兵士を何人か殺したとも言われています。映画「イップ・マン 序章」(ドニー・イェン主演。日本公開2011年2月19日)で空手の達人である日本人将校三浦(池内博之)とイップ・マンが対決するに至るストーリー展開は、この間の経緯が背景となっています。

表立った行動を控えていた葉問のもとに周清泉<チョウチンチュン>という商人がやって来て、2人の息子を門人にするよう依頼しました。家族を養うためにそれを受けた葉問は、詠春拳を教授し始めます。そのことが佛山商会の理事李協虎の耳に入り、当時隆盛を誇っていた蔡李仏家拳の武館である鴻勝館の代表拳士温大牛との興業試合が企画されました。大観衆が見守る中、はじめは猛攻連打を放つ温大牛が優勢に見えましたが、彼の繰り出す技はことごとく葉問にかわされてしまいます。やがて葉問が反撃に転じると、温大牛はジワジワとコーナーの端へと追い詰められていきました。いよいよ危なくなってきたところで鴻勝館側の立会人がストップをかけ、試合は引き分けとなりましたが、誰の目から見ても葉問の優位が明らかだったので観客の大ブーイングが巻き起こり、試合を見ていた両陣営の者たちの間にも遺恨が残る結果となりました。
この出来事をきっかけにいろいろな問題や事件が発生したため、葉問は周清泉の息子たちに詠春拳を教えるのをやめてしまいます。それからしばらくして葉問は佛山を去り、香港へと渡りました。
やがて時が過ぎ、沈静化していた両派の確執は、ブルースの映画が世界的にヒットして詠春拳が彼の学んだ拳法として脚光を浴びることによって再燃します。一時は若い修業者たちが師に黙って頻繁に因縁試合を繰り返していましたが、それもいつの間にかやんでいったようです(川村祐三著『詠春拳入門』)。

葉問の門下生は当然のことながらブルースばかりではありません。葉問が亡くなった後も詠春拳の発展に努め、「世界詠春聯會」の代表を務める長男の葉準<イップチュン>や二男の葉正<チン>、香港ばかりでなく中国本土やアジア各国、ドイツ、オーストラリア、イギリス、スイス、ポーランドなどヨーロッパ各国でも指導を行った黄淳梁<ウォンシュンリャン>、それに張卓慶、梁相、徐尚田、洛耀、古生ら多くの優秀な拳士たちが輩出しました。彼らの中でもブルースを特に可愛がり、指導していたのが黄淳梁と張卓慶で、ブルースがアメリカに渡った後も、3人の交流は続きました。
しかし、師の教えに素直に従わず、外では詠春拳を使ってケンカを繰り返すブルースは、相弟子の誰からも好かれたというわけではありません。師から直接教わる時間ほしさに、他の道場生を「今日は休みだ」と言って追い返したという練習熱心ぶりを示す有名なエピソードも、道場仲間から見れば自己チュー以外の何物でもなかったでしょう。母がドイツ人との混血で、純粋な中国人ではなかったことも、中国武術を外国人に教えることを嫌う当時の風潮にあっては、彼に対する反感を強めるのに拍車をかけました。
自身も詠春拳の使い手で、香港で同門の人たちから話を聞いた川村祐三氏は、ブルースを直接知る兄弟弟子の多くが彼の創造した裁拳道<ジークンドー>を賞賛することはあっても、その人柄や詠春拳の技術に対してはあまりいい顔をしなかったと言っています。映画「イップ・マン 誕生」(デニス・トー主演。日本公開2012年3月17日)に、香港で梁璧<リョンピック>(葉準が演じており、90歳近い老齢ながら見事な拳法技を披露しています)から彼が工夫した新しい技を学んだ葉問が、佛山に戻って呉仲素<ウーツォンソウ>(ユン・ピョウ)からそれらを邪道であると非難されるシーンがあります。伝統を重んじる武術の世界にあっては、改革を目指す者はどうしても茨の道を歩まざるをえないのかもしれません。

ですが、たとえどんなに彼のことが嫌いであっても、32年の短い生涯で遺したものの価値は、認めるしかありません。川村氏は『詠春拳入門』で、「彼の詠春門と中国武術界における功績は多大なものであったことは、誰にも否定できない事実です」と書いています。そのことは、「詠春」の発音が世界的には北京語の「ヨン・チュン」ではなく、ブルースの師葉問の生まれ育った広東語の「ウィン・チュン」が浸透していることからも容易に窺い知ることができるでしょう。

葉問青春の日々を描いた映画「イップ・マン 誕生」

さて次回第3章では、複雑な立場に置かれながらもブルースが葉問から貪欲に学び、吸収していったことを、技術と精神の両面から具体的に見ていくことにしましょう。


【参考文献】
川村祐三著『詠春拳入門【増補改訂版】』BABジャパン、1998年
上野彰郎『ブルース・リー 駆け抜けた日々 ─急死の謎と疑惑─』愛隆堂、2005年
ポール・ボウマン著、高崎拓哉訳『ブルース・リー トレジャーズ』トレジャーパブリッシング、2014年


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Shun HaoはXu Xiaodongに負けましたか?

2018-03-20
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読書

しかし残念なことに、残念なことに、残念なことに、残念なことに、両方の攻撃と防衛、攻撃と守備の両方の問題に両方の攻撃的でなければならないと守備の効果は共通ですが、肘打撃は、シリアルパンチより強力ですが、それは攻撃に良い抵抗で徐Xiaodongをノックダウンすることはまだです。


昨年、レイギョンの太極拳で勝利した徐小男(Xu Xiaodong)が再びタイトルになり、琿春ボクサー・ディ・ハオ(Hunchun Boxer Ding Hao)と戦いの試合で出会い、2人は6ラウンドの決闘を行った。

ゲームの初めに、Hing ChunボクサーDing Haojian Xu Xiaodongは攻撃のためのイニシアチブを取らず、空のドアを明らかにした。彼は最初にQiu Chungの象徴的な攻撃方法を使用してボクシングを行い、Xuの頭を絶えず攻撃し始めた。 徐は数回ヒットした後負傷していない、すぐに反撃を行い、丁ハオは地面に落ちた。 次の5ラウンドはサスペンスが無かった.Ding Haoは一貫してノックダウンまたは落ち、徐はフェイスダウンで試合に勝った。

2017年には、丁小龍が主催するライブショーに丁ハオが登場し、琿春のテクニックは徐暁東が説明していた。丁ハオは徐暁東の頭に一連のクイックボクシングを行った。 翌日、丁ハオは友達の輪を作って、徐小東を敗北させ、伝統的な武道の尊厳を擁護したと言った。 同時に、彼はまた、彼はすでに彼の手を去っていたと言って、Xiaodong徐の下の殺人者が重傷を負うことになる場合。 Xu Xiaodongはショーに着用した鉄製のヘルメットに目の写真を傷つけ、デモンストレーションだったので火を返さなかった。 同時に、丁はまた、丁ハオが本当のゲームをしたい場合、彼が持っている通常のゲームに参加することができ、丁ハオはすぐに反応すると述べた。

試合の6ラウンドの2ラウンドのビデオは、昨年のショー後のコンベンションに基づいた試合だった。その試合はWing Chun Boxer Ding Haoで失われなかった! ゲームの過程から、徐Xiaodongの勝利は下になると言うことができるが、ビデオを注意深く見ることはまだ丁ハオの努力の一部を見ることができます。

最初の3ラウンドで丁ハオの戦術

第1ラウンドでは、Ding Haoは右前、左後向きのアラートポジションを取った 。これはWing Chunのためのユニークな右翼の前方パイルである。 一般的な戦闘警告の姿勢は、前者の強い手の弱い手であるため、左利きの人に加えて、一般に正面と右のままである。

比如这种非常典型的拳击戒备式,就是弱前强后



たとえば、この非常に典型的なボクシングアラートタイプは、



脆弱な強者の強みは明らかであり、迎撃者としての弱い手は、反対側が効果的な防衛を攻撃するのを妨げる可能性がある。前者の手が攻撃を開始すると、反対側も妨害する可能性がある。 いわゆる想像上のパンチは、しばしば手の動きであり、攻撃距離は短く、したがって速くなります。 同時に、強力なプレイヤー同士が互いに攻撃することは容易です。 攻撃後の第一手の強さは前の手よりはるかに大きいので、しばしばトリックとみなされます。 ほとんどのボクシング試合のノックアウト攻撃は、バックハンドパンチで行われました。 したがって、強力な選手はバックハンドパンチの力を発揮するのに役立ちます。ほとんどの学校の警備員は弱く強いです。

しかし、琿春のテクニックでは、強い手はオプションであり、 強い手は完全な攻撃型であると考えられる。 琿春の技術は重い打撃の殺害を強調しないので、連続的なストレートパンチを強調し、お互いの鍵を攻撃し続ける。 あなたがこれを理解していなければ、映画「Ip Man」の一連のパンチを見ることができます。これは短くて連続的な攻撃的なパンチ攻撃です。 私は、丁Haoyiの目的は、直接嵐が有利になるための準備をすることであったことを決めました。 第1ラウンドのパフォーマンスから判断すると、丁ハオは彼が一連のパンチで相手の頭を襲う前に作った戦術的配置に従ったが、残念ながら相手はノックアウトされていなかった。

第1ラウンドのパフォーマンスから判断すると、Ding Haoは自身の戦略を一歩一歩踏み出したが、 期待以上に反撃して反応する相手方の能力は不満である。 私はかつて丁ハオの状況を聞いたことがあります。この人はQichunjieの有名な有名人でもあり、武術や伝統的な武道の練習家と頻繁に話しています。 このタイプの前方攻撃は過去に有効であったことがわかります。反攻撃訓練を受けていない人は、基本的に彼の命中時に戦う能力を失いました。 懐疑的に、徐暁東は反撃訓練を受け、すぐに反撃に入り、落ちた。

第二ラウンド丁はまだ前方にパイルのアラートの位置を置くが、一連のパンチを取ってゲームを攻撃し続けていないが、接触して手を攻撃するために移動を作った後。





私はちょうど言ったように、琿春のボクシング攻撃は彼の重い手で知られていません。チェーンパンチ攻撃の目的は、相手の防御を混乱させ、手や指の攻撃方法でそれらを攻撃することです。 目標は、ゲームのルールに制限され、目の攻撃ポイントですもちろん、このテクニックを使用することはできません(それは実は、徐Xiaodongの応答率は彼よりもはるかに高い)を打つことができないので、 丁ハオは手の攻撃を受けた。

注意甄子丹的左手就是膀手



Donnie Yenの左手は右手であることに注意してください

手はウィング・チュンのテクニックで攻撃と防衛の両方のスキルであり、相手のミッドレンジ攻撃を傍受し、肘を使ってお互いを打つこともできます。 多くの琿春の師匠は、後者は琿春の攻撃能力の中で最も強い犯罪者の一つであり、ムエタイよりも攻撃的で防御的なミックスには多くの変化があると考えている。 しかし残念なことに、残念なことに、残念なことに、残念なことに、 肘打撃はシリアルパンチより強力ですが 、残念ながら、残念ながら、 両方の攻撃と守備 、 攻撃と守備の両方の問題で攻撃と守備の両方の効果が共通ですが、それは戦うために良好なXu Xiaodongをノックダウンすることはまだ困難です。 だから丁ハオの次の肘が撃たれ、打撃を受けたように見えたが、それは効果がなかった。 彼の攻撃力が肘の打撃のレベルに達することができればMuayタイ人選手は、このヒットXu Xiaodongの怪我はすばらしいはずですが、残念ながら力はあまりにも遠すぎます。

最初の2つのラウンドでDing Haoのパフォーマンスから判断して、彼は依然として物理的に強い時にXu Xiaodongの防御を破るために彼の戦術を変えた。 第3ラウンドでは、Ding Haoが再び新たな戦術を採用しました。 彼は最初にXu Xiaodongの子牛のシャンクに対するフッター攻撃を開始しました。これはWing Chunにとっても象徴的なテクニックです。 障壁とは、攻撃的で守備的な技法のようなもので、敵の脚を攻撃したり、お互いの腕や足首を攻撃したりするのを邪魔します。もちろん、欠点は同じです。

李小龙技击法中,他亲自演示的低位侧踢就是拦门脚。



ブルース・リーのテクニックでは、彼は個人的にローキックがキックであることを実証した。

丁ハオは積極的に目標を攻撃し、この位置を傷つけることが容易に頬骨を打つことを望んで、他の公開された欠陥が攻撃を続けている。 しかし、MMAプレーヤーの骨が頻繁に蹴られていることを知らなかったので、蹴りを恐れていませんでした。 同時に、彼の重心のために、Xu Xiaodongはすぐに彼が離れたときに反撃する機会を捕らえ、このラウンドはすぐに失われた。

最後の3ラウンドで丁ハオのパフォーマンス

最後の3ラウンドでは、丁ハオは体力がなかったので、新しい攻撃技術は提示されておらず、彼は徐暁東と競争することができませんでした。 もちろん、この段階で、丁ハオは実際には非常に致命的なミスを犯しました。 彼はレスリングや柔道のようなレスリングトレーニングを受けていなかったので、一度彼が不法占拠に入ったときに転倒を避ける方法の概念がなかった。 この写真から、彼のウエストは完全に弓を振り、彼の重心はシュウ・シャオドンによって落ち込んでいることがわかります。彼はまた徐の絡み合いから逃げようとします。



実際に、レスリングトレーニングを受けた者は、近接ができるだけ相手に近づくべきであり、その間に彼の姿勢を保ち、同時に他の人の重心を押し倒そうとしていることを知っている。

摔跤吧爸爸中,这样的状态是近距离纠缠中常见的,也是专业摔跤运动员的选择。



パパに格闘しているこの種の国家は、ニット・エンタングルメントでは一般的であり、プロレス選手にとっても選択肢です。

この治療は、お互いの肘や膝の攻撃を避けることができ、相手の転倒や運転を防ぐことができます。 この段階では、 丁ハオはまだ徐の別の脚の落下を避けるために注意を払ったが、彼は相手の引っ張って回って戦うことができなかったと言わなければならない。 この段階は、琿春の基本的なスキルが扱うことができる場面を超えており、丁ハオは明らかに十分なターゲットトレーニングを行っていない。

また、私は最後の3ラウンドで丁ハオの警戒感も大幅に、頭を保護するために警備員の高さを変更したことに気づいた。 最初の3ラウンドでは、 彼のガードの手の高さは、現代の男性と女性の戦いにおけるタブーであった顎の下にありました。





したがって、 この失敗の段階は、丁ハオの不十分な準備に起因する可能性があります.MMAプレーヤーの技術的な多様性と攻撃方法のコンセプトはありません。 もちろん、変化の観点から、彼はまだ頭の保護を強化するためにいくつかの調整を行いました。 身体機能不全はアマチュアの共通の問題であり、丁ハオも同じように避けられません。

丁ハオは失うのが難しいとは考えられていませんか?

慎重にこのゲームを見た後、私は翼チュンが失ったが、それは見ることはあまりにも困難ではないと思う。 DingとTai ChiがXuの試合と一致すれば、 Dingは少なくとも間違いを犯すことはありません。 例えば、最後の決闘で、Lei Leiは試合を開いた後に戦い、すぐに地面に落ちた。 対照的に、丁ハオはすべての試合を失ったが、彼はまだ攻撃の前に退くことはありません。これは基本的に戦いの原則に沿っています。 人が後退する速度は、正面ラッシュの速度より速くなることは決してありません。したがって、戦闘プロセスにおける絶対的なコントロールの利点がなければ、後退しないようにしてください。そうしないと結果は非常に深刻です。

加えて、鼎はまた、徐暁東の防衛を破るしようとして、絶え間なく戦術を変更します。 少なくとも戦術では、彼は非常に良いイニシアティブを持っていて動作しませんが、彼はまだ試しています。 2つの試合を通して、丁Haoの全体的な戦闘の意識と経験は、レイレイの上にあります。 もちろん、ルールの保護はおそらく彼が6ラウンドを開催できる理由です。 結局のところ、レイレイのゲームのルールはダウンしている、両側は攻撃を続けることができるので、徐暁東はレイレイのラウンドで一連の攻撃をノックした。 丁ハオは戦いの後に追いかけ続けることができない、または秋の間に見せた柔らかなパフォーマンスで包んで鼎ハオは、私はラウンドで敗北される戦い続けることは恐れていることが怖いです。

私は個人的には丁ハオの戦闘力がライレイよりも高いと思うし、戦う意志は以前に警告していた騎馬のそれよりはるかに良い。 デモンストレーション中の盗作は、少なくともリングでは少し重要ではありませんでしたが、彼のボクシング製品は悪くありませんでした。

Xu XiaodongはDing Haoの体力、攻撃能力、戦闘能力を完全に抑制している。反対側の負傷を避けるために、Xuは攻撃を蹴るために高いノックアウト率を使用しなかった。 したがって、短時間の丁ハオの集中的な訓練の後でさえ、徐暁東を倒すことは困難です。 したがって、この状況を取り戻すために、丁ハオはあらゆる方向への戦闘能力を向上させるために数年を費やさなければならないかもしれません。彼は人々との高強度の対面テストを実施する上でより多くの経験を吸収し続けます。 実際には、ヨーロッパのウィングチャン医師は、英国の翼の拳のような MMAのイベントに参加する可能性を探索し始めているジョシュカルダニは、繰り返しヨーロッパのMMAクラスのイベントで相手をノックダウンし、良い結果を達成している。

Josh Kaldani



ジョシュカルダニ

もちろん、多くの人々がWing ChunのテクニックをJosh Kaldaniが試合でどのくらい使っているのか疑問に思っていた。彼の朱Chunshou(Chu sau lei)は、「Josh Kaldaniには多くの基本的な訓練があるはずだ。 Wing Chunの内容から、彼の強さ、動きの構造、時間制御、位置制御および攻撃の角度はすべて琿春の結果から来る。しかし、Wing Chunはすべての中国のボクシングの後であり、MMAは混合物である。武道なので、トレーニングをゲームに取り入れたいのであれば、これを変える必要があります。それ自体が芸術です。

朱寿礼演示咏春八斩刀法



朱Shouliはチー・バ・グァ・ダオを示す

Zhu Shouliの見解は、以前のWing Chun Chuan、Li Xiaolongと同じです。伝統的な武道は、時代の変化に応じて変化するはずです。 ブルース・リーは、2004年にUFCのダナ・ホワイト会長が2004年に武道の父として栄誉を授けられました 。多数の欧州翼長の子孫は、新しいMMA部門に完全に統合されています。システム。 Ding Haoの失敗は見栄えが悪いが、これは良いスタートだと思う。ヨーロッパのパイオニアの先駆者と同じように、新しいシステムに統合しようとする限り、ある日、自分の学校を代表する挑戦者が生まれて競争に参加する。これは、軍隊と学校が追求すべき結果である。

[責任編集者:ボディナイフ]

https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=zh-CN&u=http://zjnews.zjol.com.cn/zjnews/hznews/201803/t20180320_6835725.shtml&prev=search

ファイト狂った徐Xiaodong粉砕翼チョンボクサー鼎ハオは、画面から飛んだ翼チュンファイティング


2018年3月20日、07:25:44 出典:浙江オンライン 浙江オンライン記者陳Xuedong特派員李Wenyao



浙江オンライン3月20日(浙江オンライン記者陳Xuedong特派員李Wenyao) "ファイティング狂人" 徐徐交が大きな動きをした! 昨日の4月28日の10秒後、KO太一ボクサー・レイ・レイ(昨日)の前日に、彼はローリングの利点を持つDing Hao、Wing Chun Boxerを襲った。

このシーンでは、前回とは違って、レイ・レイとレイ・レイ、レイ・レイ、そして徐暁東が敵対的な戦いを繰り広げたのが今回の琿春ボクサー・ディ・ハオ。 試合開始時に、丁ハオは連続したパンチで徐暁東を攻撃したが、ほとんど成功しなかった。 次の試合では、Xu Xiaodongは直接相手のバックハンドをノックダウンし、彼の背後にあるシーンは非常に醜いものだった。Ding Haoは頭を捨ててパンチを投げるために "ルールなし"を続けた。気性がない。

ビデオ熱伝達

金琿春は映画愛です

このビデオはインターネット上で人気があります。最初は、Wing Chunが映画のテーマです。人々は、Yen Zi Danが外国人としてプレーし、彼の国が勝利した数多くの情熱的なシーンについて興奮しています。

Tai Chiに比べて、Wing Chunは実際の戦闘をより心配していることは広く認識されています。 したがって、丁ハオの激しい敗北は言い換えられました - 「我々は多くの大きな映画を見てきましたが、現代の戦いにはまだ勝てません。

技術的および戦術的な観点から、丁ハオはどこを失うのですか? 記者は、浙江省のボクシングフィットネスクラブの創設者と地方の武術協会の陳Guoxin顧問を相談した。 彼はまた、昨日ビデオを見て、率直にコメントした: "この戦いの間、春の拳と戦うための丁ハオのトリックは、琿春の棚だけではなく、多かった。それはまっすぐなパンチです。長距離の直線ストレートパンチですが、遠く離れていますが、それは役に立たないです。チョンは近距離戦では強力なものです。丁ハオは徐暁東のタンクに押されてすぐに倒れました。彼は戦いの間に相手に殴られた。丁ハオは戦いにキックキックを持っていたと彼はまだ実用的な経験が不足していることを示す、致命的ではなかった。

試合後、Xu XiaodongとDing Haoによって形成されたLiang Xiaoliangもまたインターネット上でリリースされた。昨年6月には、Ding HaoがXu Xiaodongの生放送に参加することができた。

Xu Xiaodongと話す過程で、Ding HaoはXuanchunの速いボクシングのシリーズのXu Xiaodongの頭部を直接打った。 Ding Haoは友人の輪で披露されるだろう。彼は容易にXu Xiaodongを倒し、伝統的な武道の尊厳を擁護した。チチョンは無敗。 Xu Xiaodongはまた、彼の目の写真を鉄製のヘルメットで傷つけていたが、彼はこれがデモンストレーションだと感じていたので、後退しなかったと言いました。 両陣営は半年以上を叫んだが、ついにこの任命をした。

誰が誰を代表することができないのですか?

戦争はあまり価値がない

この戦争の時、再び川と湖の上で何千もの波を引き起こしました。すべての人生は強く反応しました。

サンダファイティングサークルでは、浙江省サンシャウチームのコーチであり、中国初のサンダとして知られています。 彼はアメリカのボクシングチャンピオンTKO(技術的にノックダウン)を打ち負かし、多くの外国のボクシングと空手の選手を打ち負かし、国際的に "クラウンキング"の称号を獲得した。サンダは横暴です。 記者は電話でバングメン氏にインタビューしようとしたが、彼は弟子を訓練しているが、すぐに言った: "徐小徳と丁ハオとの戦いは民俗舞台である。

杭州のウィングチュンアン(Wing Chunchuan)の通行人は、丁ハオの敗北ではないと記者に語った。 事実から真実を追求するには、実際の戦闘能力もあるが、サークルでの彼の評判はあまり良くない。 丁ハオは前にサンダを練習し、後にチチョンを練習した。彼は意図的に注目を集めるために意識的に作っているかもしれない。

そのような自己昇進の現状は、武道のサークルの人々は時々非常に無力感を感じる。

だから、翼チョンは平時の訓練で実際の戦闘に焦点を当てていますか? 杭州明ang堂の現在の所有者である鄭Wenjieは、記者団に語った:翼チュンは近年火災であり、市場は混在している。 全体として、Huichun博物館の実際の訓練はまれです。 しかし、彼のボクシングジムは、通常、保護装置を着て、1分の休息の3分の1ラウンド、操作のモードの合計3ラウンドを着用して、毎週壁の試合を通して実践的な経験を得るでしょう。

「丁ハオは琿春や伝統的な武術を代表することはできないし、シュウ・シャオドンも明らかに現代の戦いを表現することができないので、エンゲージメントの価値はあまり高くない」とChen Guoxinは述べた。


タグ: サンダ;ウィングチャン;ボクサー;格闘技 責任エディタ:

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ファイター狂人徐小洞3分痛いフラットウィング春 "IPA"(画像/ビデオ)

記事のソース: Freedom Times 2018-03-20 08:05:33 - ニュースは主要なニュースメディアから取られ、ニュースコンテンツはこのウェブサイトの位置を表していません!




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タイムズ)






Xu Xiaodong(左)対Ding Hao。 (youtubeからの図)

中国の「戦う狂人」徐暁東(Xu Xiaodong)は、昨年20秒で太極拳レイレイ(Tai Chi Master Lei Lei)を打ち負かし、感情を引き起こし、後に伝統的な武術との戦争宣言を邪魔した。 昨日、彼は沈黙の長い期間の後に戻りました。試合では、彼は激しく「イェWenchuan」とHing Chun Boxer Ding Haoを批判しました。

この包括的な報道は、Xiaodong Xuが昨日戻って、かつて彼を怒鳴りつけたWing ChunのボクサーDing Haoと対戦したことを指摘した。 この試合で1イニングと3分だけ、鼎ハオは繰り返し攻撃しようとしたが、徐Xiaodongは両手で頭に抵抗し、その後丁ハオ側が地面に落ちた。 Ding Haoの攻撃は常に有効ではなく、Xu Xiaodongによって繰り返し倒され、再びXu Xiaodongの右の拳に直接当たった。



丁ハオは反撃を繰り返していたが、中断している間に全員が床にとどまった。ホストは上がって「丁、もしかしてあなたができなかったら、それを取り消すことができるだろう」と尋ねた。面白い。

後に、丁ハオは試合を続けることを選んだが、彼が裁判所にいた後、徐暁東は再び柱に落ちた。 ゲームの終わりには、丁ハオは疲れて地面に座った。徐徐交は観客に喝采と拍手を与えた。

ゲームの後、丁ハオは友人のWeChatサークルにメッセージを送り、伝統的な武道の尊厳を守るために徐暁東を容易に打ち負かし、琿春は無敗であったということをもっと鈍くしたと言った。 Xu Xiaodongは、これはデモだけであると感じていたので、彼は反撃しなかった.Ding Haoが戦いたければ、彼は再び戦うことができた。

報告書によると、丁ハオ氏は、汝矣島の第4世代の子孫として自らを公表し、中国武術の5つのセクションを持ち、多くの大会でチャンピオンを獲得したと語った。 しかし、丁ハオは戦闘プログラムで戦闘指導者を攻撃して負傷したが、その時にはウィング・チョンだけを見せて、顔を蹴ったり殴ったりすることは許されなかったが、丁ハチャはコーチの顎を直接殴ってそれを引用した。熱く議論するために、これはMMAの戦いに不平を言うのを使ったDing HaoとXu Xiaodongも作る。

https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=zh-CN&u=http://cn.ntdtv.com/xtr/gb/2018/03/19/a1368028_p.html&prev=search


"ファイティングコーチ"徐Xiaodong 3レスリングウイングChun Kou Ding 6分3(ビデオ)







大きな画像を見るにはここをクリック


Ding HaoとXu Xiaodongは互いに対戦し、3月18日に再びプレーを始めた。 (ビデオキャプチャ)



[新唐朝]北京時間2018年3月19日丁ハオと丁ハオ 、 そして闘争のコーチである徐暁東との試合が近ごろ始まった。徐暁東は最近急速に丁ハオを打ち負かした。



1年後、 武術監督 徐暁東が戻った。 3月18日、活発な "ファイトシティの拳"の戦いで、徐Xiaodongは3分で6分で丁ハオをノックダウンし、鼎ハオは繰り返し地面にノックされ、徐Xiaodongが最終的に勝った。

18日の夕方、ほぼ1年間続いた試合がついに始まりました。 両チームは、次の試合の規則の下で、彼らの目を掘ることは許されないことに同意した。 試合の初めに、丁ハオは連続したパンチで徐暁東を攻撃したが、それは大きな害を及ぼさなかった。 次の試合では、Xu Xiaodongはすぐに彼の背中のパンチでDing Haoをノックアウトし、試合時間の後、Ding Haoは弓を打ち続けた。 最初のラウンドが終わって40秒が残った時、Xu XiaodongはDing Haoをノックダウンしてテクニカルノックダウンをノックアウトした。

フィールド・ゲームは、丁ハオがシュウ・シャオドンのライブ・ショーに登場した2017年6月までさかのぼることができます。徐暁東と話す過程で、丁ハオは現代チョンドンの頭に直接当たった。

翌日、丁ハオは友達のWeChatサークルを送って、彼が徐暁東を簡単に打ち負かし、伝統的な武道の尊厳を擁護したと言った。琿春は無敗だった。 Xu Xiaodongはまた、アイアンヘルメットに傷がついているという写真を掲載した。彼はこれがデモンストレーションだと感じたので、彼は後退しなかった、と言った.Ding Haoは実際のゲームでプレーしたかったし、通常のゲーム "Fight City"口頭で合意した。 その後、両当事者はオンラインでお互いを選んでいます。

Lu Yangは次のようにコメントしています:丁ハオは琿春や伝統的な武道を表すことはできません。徐暁東は明らかに現代の戦いを表現することはできません。 私はこの機会に中国の伝統的な武道を繰り広げることを望んでいます。

(レポーター李は報告/責任編集者:明明)
関連ビデオ:




投稿:2018-03-19 11:44 AM

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[ビデオ] MMA徐Xiaodong VSチーChingDingハオは、試合後、中国の翼君の協会は、彼は後者を知らなかったことを表明 92回答 / 12ライト 34461 ブラウジング



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停止しない0



0 ( 32レベル )を 止めないでください。 家主 2018-03-19 23:22

この人のみを 報告する


[ビデオ] MMA徐 Xiaodong対斉春鼎 ハオは、試合後、中国の翼春の協会は、彼は快適で後者を知らなかったと言った 0 Huppaウォーキングストリート 、 ウォーキングストリートメインロードで掲示されるhttps://bbs.hupu.com/bxj



ゲームのビデオ:



















中国のMMAで最初の人物として知られている「魔術師」であるXu Xiaodongと、ゲームの前の試合でDing HaoのマスターPKとなっています。 2017年6月頃、徐暁東のライブショーに登場した徐暁東と話す過程で、丁ハオは徐暁東 の頭に 直接 当たる。 、そして彼の目を傷つけた。








このゲームは、それが狂った人と戦っていることを知らない、または丁ハオは、スパイクがない、丁ハオのゲームが戦う狂人にも頻繁に喧嘩を始めた、幸いなことに戦うために狂人を戦って、正確さと致死率は、敵を2度以上ノックアウトした丁ハオよりもやや強く、この間両チームはより激しく戦い、レフリーは繰り返し試合を戦い止めにした。

最終的な試合の結果はレフリーのドローとして判断された。












彼の名前を明らかにしたくないインサイダーが、中国ウインチュン・アソシエーションに丁ハオのような人物がいなかったことを記者に明らかにした。丁ハオはウンチョンを代表することはできなかった。 この人は、狂った狂人が自己宣伝をしていると言って、この丁ハオと戦う狂人はダブルスプリングを歌ってギャングです。



誰がWing Chunを代表することができるのか、実際のWing Chunの巨匠は狂人と戦うつもりであり、この一連の質問は答えられていません。 武夷宜龍のマイクロブロギング認定は、2008年の佛山国際翼天拳ハンディキャップ選手権の勝者であると言った善良な人々がいます。宜蘭の寧天坤福は少林拳よりも優れているので、琿春は戦いを殺すために龍を推薦することができます。マッドマン。

========================================== =================

注:しかし、記者の調査によると、Ding Haoは Wing Chun の 主人 で ある Yu Changhua の 弟子であり、 Yuchang Hua Quan Museumは初めて説明をした。彼らはすべてが狂人と戦ってトラップすると思っている。人々は確信しています。

"六ヶ月前に締結された交換契約は 、食糧、宿泊施設、交通機関、包括的パッケージなど の合意された日々 は常に受動的であり、適切ではない という指摘を受けている 。正午には7人が2つの料理を用意していたが、 夕方8時 まで はゲームが始まり、空腹になるほどで​​はなかった。

また、湯華華泉博物館は、丁河を妨害する狂人との戦いにも砲撃しました。「結局、丁Shixiuと徐Xiaodongの 間の試合 をカットし 、丁Shixiongを怒らせて直接ホストの言葉を盗み、 徐Xiaodongと 競争するように頼む必要があります。 「泉城の戦闘都市」 の故郷であるこのトス は、心の中では非常に落ち着きがあり、丁シクオンの落ち着きに影響を受けました。特に、内野に突入して乱れを起こし 、圧力をかける人がいました。

「冬季大会は、元々広東にあり、プロシーズンは20日以下で 、大北朝鮮 に変更されまし た。承徳、南部は気候に適応しませんでした。また、 狂人 との戦い は90キロ、丁ハオは75キロ だったことも指摘された 。

PS: Yu Changhua : 1979年生まれ。 ウィング チャン ボクサー市Yewen 弟子 "スピーカー" 黄 Xiliang梁Changzi氏 黄 Yuzhong。 中国武術協会のメンバー、江西省の全国雲天定量試験、国家武術クラスI審判、国家雲天泉ランク審査官、国家翼天泉位指導者、翼天泉。


Yu Changhua は単一武装のボクサーXiong Cheng によって 殴ら れた。









[この投稿は2018-03-20 00:12に0を止めないでください]




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引用16階@ hupu神スティック公開 :
シュレーディンガーの軍事大臣:
ゲームの開始前に、あなたはChuanwuの代表者が本物の戦士であるかどうかを確認することはできません。



Schrödingerの遅い春、代表を獲得し、直接追放を失った。
Tiger Boop Androidクライアントから

.
歩行者通りのメインストリートのより重要な返信»





サフラワークラブChenjialuo



サフラワー クラブ 陳家龍 ( レベル30 ) 2018-03-19 23:24 明るい ( 94 )

私 は 1階で この人を見るためだけに 報告書 を感謝したい

心配しないで、私たちは彼を全く知らない!
Tiger Boop Androidクライアントから








タイガースシルバ



タイガース は シルバを 飛ばした ( グレード27 ) 2018-03-19 23:24 ブライト ( 79 )

私 はこの人が 2階 にいるのを見るためにだけ 報告書 に感謝したい


これらのマスターに花を咲かせる棒を与え、次の駅Shaolin Temple

虎のフラップiPhoneクライアントから








ヴァレック



ヴァレック ( 34 ) 2018-03-19 23:25 明るい ( 132 )

私 は 3階で この人を見るためだけに 報告書 を感謝したい

言い換えれば、派遣労働者でさえも指名されることはありませんか?








すぐにお父さんに電話する



すぐにお父さんに電話する ( レベル17 ) 2018-03-19 23:26 明るい ( 0 )

私は この人を見るためにだけ 報告書 を感謝したいと思い ます 4階


理解を見つけるよりも比較する方が良いですか?

虎のフラップiPhoneクライアントから








丁Yizhen、北京市知事



丁 Yizhen、Jingzhou 市長 ( レベル13 ) 2018-03-19 23:28 ブライト ( 371 )

私 はこの人を見るためにだけ 報告書 に感謝したい 5階


私はこの徐Dongdongが好きではありませんが、Chuanwuこの頬も私は提供しています

それは組織内の戦いです。

虎のフラップiPhoneクライアントから








私はバスケットボールの医師です



私はバスケットボールの医師です ( グレード10 ) 。2018-03-19 23:29 ブライト ( 2 )

6階 にいるこの人を見るためにのみ 、 報告書 を読んでいただきたいと思い ます

だから、琿春の未知の兵士の名前は太極拳の師匠の名前よりも大きいのですか?
Tiger Boop Androidクライアントから








女性jrを連れて乗る



女性jrを連れて乗る ( 29 ) 2018-03-19 23:30 明るい ( 98 )

7階 にあるこの人を見るためにのみ 、 報告書 を読んでいただきたいと思い ます



5階@ 北京市長丁Yizhenから引用 :


私はこの徐Dongdongが好きではありませんが、Chuanwuこの頬も私は提供しています

それは組織内の戦いです。


私はヤンファンの激しい牛を見たことがないのですが。
Tiger Boop Androidクライアントから








Robert12



Robert12 ( 18 ) 2018-03-19 23:38 明るい ( 0 )

私は 8階に この人を見るためだけに 報告書 を感謝したい

Xu Xiaodongあなたは中国ウイングChun協会でプレイすることをあえてしていますか?








スーパーブロワー



スーパーブロワー ( 52 ) 2018-03-19 23:40 ブライト ( 1 )

私は この人が 9階 にいるのを見るためだけに 報告書 を感謝したいと思い ます



8階からの引用@ robert12 :
Xu Xiaodongあなたは中国ウイングChun協会でプレイすることをあえてしていますか?

彼を捕まえるために警察に電話するのを恐れない?
Tiger Boop Androidクライアントから








オラジュウォン



オラジュウォン・ワン ( グレード31 ) 2018-03-19 23:46 明るい ( 126 )

私 は 10階 にいるこの人を見るためだけに 報告書 に感謝したい



8階からの引用@ robert12 :
Xu Xiaodongあなたは中国ウイングChun協会でプレイすることをあえてしていますか?

Xuが戦わなかったとき、彼は戦うことを恐れていると言われた。彼が殴られたとき、彼は容認できないと言われ、彼の家族もまた働きたいと思った。 。
携帯電話の虎フラッターm.hupu.comから








信じられない



不信仰 ( グレード24 ) 2018-03-19 23:49 明るい ( 31 )

私 は 11階に この人を見るためだけに 報告書 を感謝したい

真実を伝えるために、この2人はすべてスラグスラグです。私が戦いに行きたい場合は、パンチでビデオを撮影します。何を撮影しますか?あなたの携帯電話には使用しません!
Tiger Boop Androidクライアントから








オレンジスプリング



オレンジグリーンファウンテン ( 16レベル ) 2018-03-19 23:54 ブライト ( 5 )

私は この人が 12階 にいるのを見るためだけに 報告書 を感謝したいと思い ます


誰かが戦うことができるのですか?

何? 1つのドラゴン? あなたはそれを意味しますか? それは琿春に登録されているので、1つのドラゴンと1つの練習山田は琿春の代表となった?

虎のフラップiPhoneクライアントから








停止しない0



止まらない0 ( 32 ) 2018-03-19 23:54 家主 明るい ( 0 )

私は 13階 にいるこの人を見るためだけに 報告書 を感謝したい



11階から引用@ Unbelieveable :
真実を伝えるために、この2人はすべてスラグスラグです。私が戦いに行きたい場合は、パンチでビデオを撮影します。何を撮影しますか?あなたの携帯電話には使用しません!

確かに、携帯電話は感じることはありません
Tiger Boop Androidクライアントから








ロックキャンディーの1つ



ロックキャンディの一つ ( レベル26 ) 2018-03-19 23:58 ブライト ( 3 )

私 は 14階 にいるこの人を見るためだけに 報告書 に感謝したい


太極拳はレイレイを認識しません

虎のフラップiPhoneクライアントから








Diffeasy



Diffeasy ( 22レベル ) 2018-03-19 23:58 ブライト ( 3 )

私 は 15階で この人を見るためだけに 報告書 を鑑賞したい

それは日常的なものであり、馴染みのあるスクリプトです
携帯電話の虎フラッターm.hupu.comから








フプ神の棒



Hupu God Stick ( 20 ) 2018-03-20 00:08 ライトアップ ( 301 )

私は この人を見るためだけに 報告書 を感謝したいと思い ます .16階

シュレーディンガーの軍事大臣:
ゲームの開始前に、あなたはChuanwuの代表者が本物の戦士であるかどうかを確認することはできません。










私は時々幸せではない



不幸な時と頭なし ( レベル17 ) 2018-03-20 00:11 ブライト ( 3 )

17階 にあるこの人を見るためだけに 報告書 を読んでいただきたいと思い ます

徐(Xu)のような人々は、イデオロギーイデオロギーの新しい時代に、遅かれ早かれ薬物乱用に訴えるだろう。








ベンマグノリア



孔子 マグノリア ( 32 ) 2018-03-20 00:17 明るい ( 0 )

私は 18階 にいるこの人を見るためだけに 報告書 を感謝したい

どのように徐脂肪男はいつも、これは古いか、または痩せになるためには、あなたが体重を持っている、あなたはほぼ一度それを見ることができます。
携帯電話の虎フラッターm.hupu.comから








高オクターブX



高オクターブX ( 20レベル ) 2018-03-20 00:30 明るい ( 0 )

私 はこの人が 19階 にいるのを見るためだけに 報告書 を鑑賞したい

パワーの差は大きすぎます。
Tiger Boop Androidクライアントから








着陸点



ランディングポイント ( レベル52 ) 2018-03-20 00:34 ブライト ( 1 )

私 はこの人を見るためにだけ 報告書 を鑑賞したい 20階



@ Born Mulan : 18階から引用
どのように徐脂肪男はいつも、これは古いか、または痩せになるためには、あなたが体重を持っている、あなたはほぼ一度それを見ることができます。

私はまず、楚師師の中に徐暁東の遺体があるかどうか調べなければならないと思っています。また、暁東は40歳です。

https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=zh-CN&u=https://baike.baidu.com/item/%25E4%25BD%2599%25E6%2598%258C%25E5%258D%258E&prev=search

ゆう彰化 (江西チュンファユンチュンチンヘッドコーチ)


1979年生まれのYu Changhua。 ウィング チャンボクサー市Yiwenの弟子 "ミスター王" 黄 Xiliang梁Changziさん黄 Yuzhong。 中国武術協会のメンバー、江西省の全国雲天定量試験、国家武術クラスI審判、国家雲天泉ランク審査官、国家翼天泉位指導者、翼天泉。


中国の名前 ゆう彰化 国籍 中国 生年月日 1979年 職業 江西彰化ユンチャンタンヘッドコーチ


ディレクトリ

1 ウィングチャン専門家
公務員 2 名




翼天専門家

2010年6月に、マスターユと彼の弟Ding HaoがWing Chun Quanの最初の国家特別資格指導を受けました。

2010年6月江西省公衆チャンネル撮影シリーズ琿春教育プログラム。


2011年3月、ゆうShifuは、Wing Chun集団ボクシングチャンピオン、若い男の女性、若い男の女性、中年の人Qi Chunに勝つ、第9回Wude Cup香港国際Wushu Wing Chunコンクールに参加するためにチームを初めて奪取したチャンピオンシップ。 そして、男のサンダ特別な技術賞、呉貴族の賞や他の栄誉を受賞、優Yuは最高のコーチを獲得した。

2011年には、江西彰化流唐は、映画やテレビ関連産業に従事する才能を養成するために、北京華Zh中西fe飛映画訓練学校と契約を結んだ。

2011年10月には、中国人民軍警備隊の水力発電所の警備員の授業に招かれ、武装警察のためにWing Chunに無料の訓練を提供しました。

2012年2月には、第10回「感謝祭カップ」香港インターナショナル・ウーシュ・ウィング・チョン・コンペティションに参加し、2011年に優勝しました。また、19の金メダル、6の銀メダル、3のブロンズメダルを獲得しました。 。
ゆう彰化と外国人の友人

Yu Changhuaと外国人の友達(写真5枚)




2012年6月には、南昌デジタルチャンネルの武道のマスターであり、健康と自衛に関する2つの特別セッションが開催されました。

2012年12月、江西省の最初の武術祭で、馬鵬城のコーチがウインチョンの「リトル・アイデア」で優勝しました.Xiao LinとXiao Xiao Shengがそれぞれ青春の若いジュニア・ジュニア選手権で優勝しました。 弟子たちはまた、6つの半分の棒​​と木製の男のチャンピオンのチャンピオンシップを獲得しました。

2013年4月、第11回「ウィッシングカップ」香港国際武術祭で江西省彰化市琿春は、江西省で29個の金メダル、2個の銀メダルと4個の銅メダルを獲得しました。機器の4つの主要なプロジェクトでは、第9回 "呉杯"の第10回 "感謝祭"の第2回香港国際武術祭が2回優勝した後、江西彰化琿春は再び最も有益なチームになりました。

社会的影響

Yu ChanghuaとChanghua Qi ChuntangはJiangxi Jiangxi、JiangxiからJiangxi TVを受け取った

3セット、江西省4セット、江西省5セット、江西テレビガイドチャンネル、南昌1セット、南昌2セット、南昌デジタルチャンネル、Xingsheフィルム会社、江西朝報、南昌毎日、江西ビジネスデイリー、南昌イブニングニュース、スポーツチャイナネット、七市議会紙は、多くの主要メディア組織に注目しインタビューを行った。
Yu Changhuaは記者団に対し、南昌で琿春武術博物館を設立する目的は、中国の武道文化を広め、全員が武術の運動後に病気から離脱しないようにすることだと語った。 "中国の伝統的な武道の文化はまだ南昌では非常に少ないです。"南昌での武術の発展の現状について話すとき、Yu Changhuaは彼自身の行動を通じて、Wing Chunのような中国の武術の文化についてもっと多くの人々が学ぶことができると考えています。 [1]




市民召使

彼はHepu郡、広西チワン族自治区、Hepu郡、広西チワン族自治区のXichang町の農業基地の幹部を務めた
イ・ジュン、ユ・チャンファ

Ye ZhunとYu Changhua (2枚)



ル警察署警察官、チャンレタウン党委員会委員、ヘフ郡、広西チワン族自治区、ヘプ郡、広西チワン族自治区党委員会委員長、聯合市、ヘフ郡、広西チワン族自治区副市長、ヘプ県郡人民政府局、広西チワン族自治区郡の人民政府は、土地林業と水紛争事務所のディレクター(同時に)、Hepu郡のChangle町の党委員会の副委員長、広西チワン族自治区、Guangxi Hepu郡党委員会の副大臣(整形外科長)、および郡の草の根オフィスの局長(同時に)を仲介し、扱っている。廣州、County県、揚州市の党委員会長官。
彼は現在、広西チワン族自治区の北海市人民政府の土地取得管理局の党グループの副議長を務めています。 総合課及び土地取得課を担当する。 [2]



























https://courrier.jp/news/archives/86673/

夢の対決、開始15秒で人生が変わった男!|中国の伝統武道はほんとうに強いのか?

Text & Photographs by Yuko Mori 森裕子(編集者、翻訳者)

2017.5.28


映画やドラマでは達人たちが命をかけて美しく舞っているが……
PHOTO: CANCAN CHU / GETTY IMAGES

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中国武術界に走った衝撃

このところ中国では、太極拳が熱い。

「5月22日まで邯鄲で全国楊式太極拳サミットが開かれ、世界人民の幸福な生活に奉仕するために話し合った」というような記事があったり、5月18日の「南方週末」には「闘うだけが本当のカンフーではない――陳式太極拳村の秘密をひもとく」なんていう記事が載っていたり。この半月だけでも膨大な量の太極拳絡みの報道……。

なぜいま太極拳に注目が集まっているのか?

その理由を明らかにする動画がある。日付は2017年4月27日。言ってみればこれは、決闘である。

雷雷(レイレイ)と名乗るスキンヘッドの男性は、成都の楊式太極拳を学んで自らの流派を立ち上げた達人として国営放送「中国中央テレビ(CCTV)」にも出演していた有名人。動画に出ているもう1人の北京出身の男性、徐暁冬(シュー・シャオドン)に闘いを挑まれて受け立った。

徐暁冬はMMA(総合格闘技)コーチだという38歳だ。その2人がレフェリーも立てて互いに「何をしてもよい」という合意のもとで立ち合いをする。

ふたりの体格にはそれほど大きな違いはなさそうだ。あえていえば、徐暁冬はタイトな服装だからか、筋肉質のがっしりした体であることが見て取れた。対する雷雷は、太極拳の達人らしいゆったりとした服を着ているので細部は見えないが、丸顔のせいか少しぷよぷよした印象だ。

互いに向き合い、各々の流儀で構えの姿勢に入る……。


(現場にいた人によって撮られた動画にはいくつかのバージョンがあるが、明らかなのは徐暁冬という男性が、太極拳の使い手だという雷雷(雷公太極)という男性(スキンヘッド)と闘って、あっという間に打ち負かしてしまったということだ)

(動画のなかであいさつをしている人物は試合後、雷雷が伝統武術出身者で、周囲の反対を押し切ってやってきたということで、負けた雷雷に最大限の敬意を示し、「今回の決闘を受けて立ってくれただけで、彼はすでに勝利しているともいえる」と言っている。相手のメンツを潰さない、中国式の社交術なのだろう)

多くの観客が歓声をあげて見守るなかで、決闘はあっけなく終了した。

わずか数秒で雷雷は床に転がり、馬乗りになった徐のパンチを何発も頭に食らった。

20秒足らずでレフェリーが試合を止める。立ちあがった雷雷の額には、血が噴き出していた。レフェリーに「続けるか?」と尋ねられたが、雷雷は続けないとの意思表示をした。徐の攻撃には、彼の想像を超えるスピードとパワーがあったのだ。

負けた雷雷という人物は、太極拳の伝道師を名乗る人物だった。国営放送のCCTVの番組で、スイカに衝撃派を送って外見は損なわず一瞬で内側だけを軟らかくするとか、カンフーの力で手の上にとまった鳩を跳び立てないようにするとか、太極拳の神秘的な技とパワーについて紹介していた。太極拳の実戦での有用性について疑問を投げかけられると、公開されている実戦の記録はないが実用効果は疑いないとし、「戦場で殺傷に使われた記録がある」と述べていた。

CCTVに出演し、中国武術には何か神秘的な力があって、自分はそれを身につけているかのように振る舞っていた雷雷が、格闘家としては特に高名でもなかった男に一瞬で完膚なきまでにやられてしまったことで、ネット上は大騒ぎになった。

まず、伝統武術は現代格闘技には勝てないのではないか、という議論が巻き起こった。同時に、これまでテレビなどで武術家といわれる人々が視聴者に見せてきたスゴイ技はどれも虚偽だったのじゃないかと疑う人たちが現れたのだ。雷雷がウソだったのなら、あれもこれもウソだったのではないかと、雷雷以外の名のある達人たちへの疑念も次々とわいてきた。

一方、雷雷を打ち負かした徐暁冬は、たった20秒足らずの決闘ですっかり有名人になってしまった。ただし、いい目をみるというよりは、窮地に立たされることとなった。

元は北京市内の体育学校を卒業し、母校でコーチをしていたという徐は、格闘技の選手などを経てMMAのジムを経営しているという。だが、決闘から1週間も経たないうちに「何もかも失った!」「中国の伝統武術を一つ一つぶっ潰す!」と、罵詈雑言と泣き言が一緒くたになった動画をアップ。



徐によれば、武術協会からの圧力で学校からは除名処分となり、微博(ウェイボー)のアカウントは削除され(その後、再登録が可能になった)、過去の記録もすべて消えてしまったという。

決闘から1週間後にあるテレビ番組に出演した徐暁冬は「(決闘したことを)正直、いまは後悔している」と話している。


これは、中国武術の敗北ではない?

では、後悔するような決闘を、徐暁冬はなぜ、北京からわざわざ成都にまで出かけていってやったのだろうか。

決闘後、CCTVの著名な記者によるインタビューで、徐暁冬は、雷雷には多くのウソがあったと話した。

なぜ決闘するに至ったのか。雷雷は自分にはヘッドロックを片手で簡単に外せる技があると公言していた。格闘技に詳しい徐暁冬が、ネット上で「あり得ない」と反論すると、弟子にヘッドロックをかけさせ、それを外す実演動画をネットにアップしてきたという。

「そんなもの、弟子がやるのだからどうにでもなるじゃないですか?」と徐は言う。ウソが許せなかったのだ。

それなら、本当かどうか確認してやろうと、徐暁冬は実際に闘うために雷雷が住む成都に赴き、決闘することとなった。その結果が明らかになったのが前出の動画だ。

ヘッドロックを本当に外せるか確認したかった徐だが、結局はヘッドロックをかけるまえに、雷雷は白旗をあげてしまった。


(CCTVの著名な記者、王志安によるインタビューに応える徐暁冬。2’00あたりから徐が「やらせだ」と指摘するCCTVの番組の様子が紹介される)

徐は、雷雷が太極拳の達人として出演していたCCTVの番組にもウソがあったと主張する。制作スタッフを問いただし、じつはスイカは前もって皮に傷がつかないように外から叩いてあったし、鳩はカメラに映らないように糸で手にくくり付けられていたという証言を得ていたというのだ。

さらに徐は、中国の伝統武術はほとんどウソだと言い切った。有名な達人が試合で勝つシーンでは、たいてい闘いの相手は弟子であり、それならいくらでも不正ができると話す。

そして中国で人気の格闘番組「武林風」でも、最初から勝敗が決まっている試合があるという。看板ファイターである中国武術の使い手で武僧の劉一龍の試合などは、スポンサーの都合もあって彼が勝つように仕組まれていることが多いというのだ。

たとえば、日本人選手が負けると観客が喜ぶから、ただの留学生を連れてきて、高いファイトマネーを払っているのだと話す。徐によれば、日本人へのファイトマネーがいちばん高く、いまでは最低でも6万元(約97万円)まで上がっているという。そこは、にわかには信じがたいが……。

徐暁冬はさらに言った。

「第一、あんなの僧でもなんでもない。肉は大好きだし、彼女だっているんですよ(中国の僧侶は、肉は食べず生涯結婚もしないのが一般的)」

ほどなく、香港に拠点を持つ「フェニックステレビ」のトーク番組が、徐暁冬をゲストに呼んだ。世間ではいろいろ言われているが、実際のところどうなのか、じっくり話を聞こうというのだ。決闘から1週間ほど経って、徐はいくらか冷静になっていた。


次ページ ▶伝統武術サイドの言い分は?

徐暁冬はこう強調する。

「俺が勝った相手は太極拳でも中国武術でもなく、あくまで雷雷という個人なんです」

中国の伝統武術そのものがインチキだとはまったく思ってない。さまざまな動作は確かに理にかなっていると思うと徐は言う。

「でもね、格闘技の試合では使えないんですよ」

「映画に出てくるような美しい武術、あれはあくまで映画のなかのものであって、実戦はそんなものじゃないんです」

スピードとパワーがものを言う実戦で、悠長に構えをとることなどできない。つまり、そのままでは多くの武術は実戦には向いていないというのだ。

ただし、

https://queel.me/articles/182


中国武術に挑戦状を叩きつけた選手が「日本の留学生に大金に掴ませて噛ませ犬にしている」と暴露。ただし信憑性は…?

2017/05/08 18:46





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これまで二度に渡ってお知らせしている、MMA選手による中国武術への挑戦についての続報です。挑戦状を叩きつけたMMA選手が、「中国では単なる日本の留学生がチャンピオンとして呼ばれて噛ませ犬にされている」という内情を暴露しています。








挑戦状を叩きつけたMMA選手による暴露

現在、中国では徐暁冬というMMA選手による武術会への挑戦が大きな話題となっています。

徐暁冬(MMA選手)は「中国武術界は嘘つきばかりだ」だと主張。実際に太極拳の達人を20秒足らずでボコボコにしてしまい、怒った中国武術協会が宣戦布告したことで事態は更にヒートアップ。

結果的に中国武術協会が引き下がったことで、この騒動は集結するかのように見えましたが、MMA選手が再び「日本人は大金を掴まされて噛ませ犬にされている」と中国格闘技について暴露しているので、その内容を紹介します。

過去記事はこちら

Queelでは二度に渡ってお知らせしており、第一報はこちら↓↓



中国版「柳龍拳」が大きな話題に!?MMA選手による中国武術への挑戦についてまとめてみました。 - クイール

格闘技人気が急上昇している中国において今最も話題になっているのが、徐暁冬というMMA選手による中国武術への挑戦です。2000年代に起きた柳龍拳騒動と似た構図となっているのですが、ここにきてMMA選手の過去の政治的な発言が取りざたされるようになっています。

queel.me

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第二報はこちらになります↓↓



中国で話題の「MMA vs 中国武術」に進展が!中国武術協会が対戦を取り下げ、MMA選手は現在も相変わらず炎上中? - クイール

先日も紹介した中国版「柳龍拳事件」こと、MMA選手による中国武術への挑戦についての続報です。ボコボコにされた太極拳の達人の見解や、中国武術協会の宣戦布告の取り下げなど、その後に起こった出来事を紹介しています。

queel.me

Image 1504387813

日本の留学生がチャンピオンとして噛ませ犬に?

中国情報を日本向けに発信している「Record China」の報道よりお知らせします。



中国選手がボコボコにしていた「日本チャンピオン」、実は単... - Record China

レコードチャイナ:中国の複数のスポーツメディアによると、中国の格闘技界をめぐる「暴露」が物議を醸している。

www.recordchina.co.jp

Image 1494234610

この記事によると、中国の格闘技の試合に登場する日本人は少し鍛えているような一般人だが、彼らをチャンピオンと称してリングに立たせ、中国人選手が日本人を倒すことで盛り上がらせようとしている、とのこと。

発言しているのは渦中の人物である徐暁冬です。(※太極拳の達人をボコボコにした人)

「中国における総合格闘技(MMA)の第一人者」を自称する徐暁冬(シュー・シアオドン)氏はこのほどメディアの取材に対して、中国の格闘技の試合に登場するいわゆる「日本チャンピオン」はすべて偽物だと明かした。

「彼らが招待している選手は本当の日本人ではない。北京の日本人留学生だったり、中にはモンゴル人もいる。中国人は日本人をやっつけると聞くと喜ぶ。これはもはや自分で自分をだましている行為だ」

「現在、日本人のファイトマネーは中国の試合では最高になっている。ロシア人も米国人もブラジル人も、日本人ほど高くない。なぜだかわかるか?日本の選手は自分がやられるために来ていることを知っているからだ」

近年、中国で行われる大きな格闘技の大会には必ずと言っていいほど「日本チャンピオン」と名の付く選手が登場し、そのほとんどが中国選手に敗れている。中国人が日本人を叩きのめすという結果に観客は当然盛り上がる

これは事実なのか?

さてこの記事だけを見ると、とんでもない話のように感じますが、どこまで信憑性があるのかは少々怪しいです。

もっとも根も葉もないというわけではなく、実際に中国ではあまり実績のない日本人選手が招聘されては、噛ませ犬のようにされるということはよく見られる光景です。

ただし元記事にあるように格闘技経験のない留学生がリングに上がる、ということはこれまで見たことはなく、地方ジムの実績のない選手が呼ばれるということは何度も確認しています。

ただし実績のない選手だけが呼ばれるわけではなく、HIROYA、瑠輝也、松倉信太郎といったトライハードジム所属の選手は中国で好成績を残しています。

ファイトマネーも大げさでは?

またこの選手は、噛ませ犬にされている日本人選手が破格のファイトマネーを貰っていることを暴露しています。

「北京外国語大学でそこそこ鍛えている日本人留学生のファイトマネーは5000元(約8万円)だったが、今では6万元(約100万円)に跳ね上がっている。しかも、これは最低金額だ。彼らのレベルはとても低いが(主催者は)それだけ出す」

(実在不明の)留学生に最低でも100万円を支払うほど、ファイトマネーが高騰しているとのことですが、いくら景気の良い中国格闘界であってもこの額はかなり疑わしい数字です。

中国の大会だからといって全てが大会場というわけではなく、1000人規模の興行も多い中、誰かれ構わず100万円を最低ラインとして支払っているとみなすには根拠不足なように感じます。

中国武術に関する議論はまだ尽きない

日本ではSNSで一時話題になったのみですが、中国ではまだ掲示板サイトなどで日夜議論が繰り広げられています。

伝統武術は実戦においてほとんど役に立たないとして、中国では批判的な声が大きくなっており、中国紙では「現代太極拳の達人はタイソンに勝たねばならないのか」といった文章も掲載されています。



太極拳の達人はマイク・タイソンに勝たねばならないのか―中国紙 - Record China

レコードチャイナ:環球時報のコメンテーターである単仁平氏が、「現代太極拳の達人はタイソンに勝たねばならないのか」と題する文章を寄せた。写真は太極拳。

www.recordchina.co.jp

Image 1494236228

格闘技はこの20年余りで競技化が進んだ一方、その特性から「実戦での強さ」が議論の的にされることは多く、とりわけ実戦に近いとされているMMA選手が太極拳の達人を倒してしまったことは大きなインパクトがあったようです。

クイール編集部 ◯文 text by Queel

https://queel.me/articles/165


中国版「柳龍拳」が大きな話題に!?MMA選手による中国武術への挑戦についてまとめてみました。

2017/05/04 17:52





ツイート


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格闘技人気が急上昇している中国において今最も話題になっているのが、徐暁冬というMMA選手による中国武術への挑戦です。2000年代に起きた柳龍拳騒動と似た構図となっているのですが、ここにきてMMA選手の過去の政治的な発言が取りざたされるようになっています。








MMA選手が中国武術に宣戦布告

既にTwitterで話題になっていたのでご存じの方も多いかもしれません。

猛烈な経済成長が進んでいる中国では、かつての日本と同じように格闘技人気が急上昇しており、とりわけキックボクシングでは世界最大のマーケットとなっています。

そんな中国において、徐暁冬というMMA選手が「中国武術界は嘘つきばかりだ」として、挑戦状を叩きつけている事件が起きています。

要約するとこんな感じ

情報源となったのは以下の一連のツイートですが、少々長くなってしまうので簡単に要約を掲載しています。情報元を見たい方は以下の埋め込みツイートをご覧ください。
1.徐暁冬という中国MMAの選手が「中国武術界は嘘つきばかりだ!」と、武術会に挑戦状を叩きつける
2.太極拳の達人とのベアナックルでの決闘が実際に行われ、太極拳の人が20秒足らずでボコボコにされてしまう
3.この騒動は太極拳のみならず、武術会全体に飛び火し、中国格闘界の英雄であるイー・ロンも徐暁冬に宣戦布告している
4.しかしここに来て徐暁冬の過去の政治的な発言が拾われ、中国のネットで炎上状態になっている

(※長い埋め込みツイートの下にもまだ記事の続きがあります)















日本での「柳龍拳」事件と似てる?

かつて日本でも2006年に柳龍拳という合気道の達人を真剣勝負の舞台に引きずり込み、格闘家がたちまちボコボコにしてしまうという騒動がありました。





柳龍拳という合気道家が自身のホームページで、PRIDEを含めていかなる相手の挑戦を受けると公表しており、そこにネットメディアの「探偵ファイル」が実際に柳龍拳へ挑むという企画を発案。

結果的に岩倉豪という格闘家と対戦した末に、柳龍拳が一方的にやられてしまい、その様子を収めた動画がYouTubeにおいて当日世界で最も再生されるなど大きな話題となりました。

「伝統的な武術が真剣勝負においてやられてしまう」という構図、そして格闘技の枠を飛び越えた騒動になることは似ていますが、騒動の発端としては今回の中国の方がかなり物騒です。

というのも柳龍拳の場合は、自身がHPで挑戦を受け付けており、そこに探偵ファイルというメディアが(話題性を狙ったとは言え)正規のルートで申込んだのに対し、中国の件では徐暁冬という選手が個人的に中国武術に挑戦状を叩きつけているからです。

中国サイトでも連日話題に

中国最大のポータルサイト「バイドゥ」の掲示板でも連日この騒動について書き込まれており、クンルンファイトや武林風と言った既存団体の話題が完全に流されています。

最近では徐暁冬というMMA選手が過去に、尖閣諸島の無人島である「魚釣島は日本の領土」といった政治的な発言をSNSに残していたことが発掘され、その一部を削除したそうですが、掲示板サイトに大量のキャプチャーが貼られてしまっています。(この辺は日本の炎上に近いですね)

イー・ロンを始めとした多くの武術家が宣戦布告したものの、その後に炎上騒動になったことで、この後どうなるのかは全く不明ですが、何か進展があればお知らせすることがあるかもしれません。

程度の差は大分ありますが、キックボクシングイベントが国民的な人気を得ていることや、高いファイトマネーで世界の覇権を握ろうとしていることなど、中国は何かと一昔前の日本格闘技と似ている印象がありましたが、今回の件でそれが更に強まりました。

クイール編集部 ◯文 text by Queel


中国版「柳龍拳」が大きな話題に!?MMA選手による中国武術への挑戦についてまとめてみました。

2017/05/04 17:52





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格闘技人気が急上昇している中国において今最も話題になっているのが、徐暁冬というMMA選手による中国武術への挑戦です。2000年代に起きた柳龍拳騒動と似た構図となっているのですが、ここにきてMMA選手の過去の政治的な発言が取りざたされるようになっています。








MMA選手が中国武術に宣戦布告

既にTwitterで話題になっていたのでご存じの方も多いかもしれません。

猛烈な経済成長が進んでいる中国では、かつての日本と同じように格闘技人気が急上昇しており、とりわけキックボクシングでは世界最大のマーケットとなっています。

そんな中国において、徐暁冬というMMA選手が「中国武術界は嘘つきばかりだ」として、挑戦状を叩きつけている事件が起きています。

要約するとこんな感じ

情報源となったのは以下の一連のツイートですが、少々長くなってしまうので簡単に要約を掲載しています。情報元を見たい方は以下の埋め込みツイートをご覧ください。
1.徐暁冬という中国MMAの選手が「中国武術界は嘘つきばかりだ!」と、武術会に挑戦状を叩きつける
2.太極拳の達人とのベアナックルでの決闘が実際に行われ、太極拳の人が20秒足らずでボコボコにされてしまう
3.この騒動は太極拳のみならず、武術会全体に飛び火し、中国格闘界の英雄であるイー・ロンも徐暁冬に宣戦布告している
4.しかしここに来て徐暁冬の過去の政治的な発言が拾われ、中国のネットで炎上状態になっている

(※長い埋め込みツイートの下にもまだ記事の続きがあります)















日本での「柳龍拳」事件と似てる?

かつて日本でも2006年に柳龍拳という合気道の達人を真剣勝負の舞台に引きずり込み、格闘家がたちまちボコボコにしてしまうという騒動がありました。





柳龍拳という合気道家が自身のホームページで、PRIDEを含めていかなる相手の挑戦を受けると公表しており、そこにネットメディアの「探偵ファイル」が実際に柳龍拳へ挑むという企画を発案。

結果的に岩倉豪という格闘家と対戦した末に、柳龍拳が一方的にやられてしまい、その様子を収めた動画がYouTubeにおいて当日世界で最も再生されるなど大きな話題となりました。

「伝統的な武術が真剣勝負においてやられてしまう」という構図、そして格闘技の枠を飛び越えた騒動になることは似ていますが、騒動の発端としては今回の中国の方がかなり物騒です。

というのも柳龍拳の場合は、自身がHPで挑戦を受け付けており、そこに探偵ファイルというメディアが(話題性を狙ったとは言え)正規のルートで申込んだのに対し、中国の件では徐暁冬という選手が個人的に中国武術に挑戦状を叩きつけているからです。

中国サイトでも連日話題に

中国最大のポータルサイト「バイドゥ」の掲示板でも連日この騒動について書き込まれており、クンルンファイトや武林風と言った既存団体の話題が完全に流されています。

最近では徐暁冬というMMA選手が過去に、尖閣諸島の無人島である「魚釣島は日本の領土」といった政治的な発言をSNSに残していたことが発掘され、その一部を削除したそうですが、掲示板サイトに大量のキャプチャーが貼られてしまっています。(この辺は日本の炎上に近いですね)

イー・ロンを始めとした多くの武術家が宣戦布告したものの、その後に炎上騒動になったことで、この後どうなるのかは全く不明ですが、何か進展があればお知らせすることがあるかもしれません。

程度の差は大分ありますが、キックボクシングイベントが国民的な人気を得ていることや、高いファイトマネーで世界の覇権を握ろうとしていることなど、中国は何かと一昔前の日本格闘技と似ている印象がありましたが、今回の件でそれが更に強まりました。

クイール編集部 ◯文 text by Queel

総合格闘技
ニュース

中国で話題の「MMA vs 中国武術」に進展が!中国武術協会が対戦を取り下げ、MMA選手は現在も相変わらず炎上中?

2017/05/06 14:19





出典: https://twitter.com/wuxianob/status/860059558831472641


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先日も紹介した中国版「柳龍拳事件」こと、MMA選手による中国武術への挑戦についての続報です。ボコボコにされた太極拳の達人の見解や、中国武術協会の宣戦布告の取り下げなど、その後に起こった出来事を紹介しています。








中国での「MMA vs 中国武術」について

2日前に紹介したばかりの「中国でのMMA選手による中国武術への挑戦状」騒動。



中国版「柳龍拳」が大きな話題に!?MMA選手による中国武術への挑戦についてまとめてみました。 - クイール

格闘技人気が急上昇している中国において今最も話題になっているのが、徐暁冬というMMA選手による中国武術への挑戦です。2000年代に起きた柳龍拳騒動と似た構図となっているのですが、ここにきてMMA選手の過去の政治的な発言が取りざたされるようになっています。

queel.me

Image 1504387810

これがどのようなものか詳しくは上のリンクを読んで下さい…というのは酷なので、ここまでの経緯を簡単に表すとこのようになります。

1.徐暁冬という中国MMAの選手が「中国武術界は嘘つきばかりだ!」と、武術会に挑戦状を叩きつける
2.太極拳の達人とのベアナックルでの決闘が実際に行われ、太極拳の人が20秒足らずでボコボコにされてしまう
3.この騒動は太極拳のみならず、武術会全体に飛び火し、中国格闘界の英雄であるイー・ロンも徐暁冬に宣戦布告している
4.しかしここに来て徐暁冬の過去の政治的な発言が拾われ、中国のネットで炎上状態になっている

さてこの騒動に早速進展があったようなので、紹介していきましょう。

太極拳の達人の言い分が!?

ちなみにこの騒動、日本の「柳龍拳事件」と似ているのは前回の記事でも触れましたが、中国でも既存の格闘技イベントの話題を差し置いて連日論争になっており、現地のウェブメディアがMMA選手に敗れた太極拳の達人にインタビューを行ったそうです。



この騒動の情報源となっているこちらのツイートによると、敗れた太極宗師が「もし本気で攻撃していたら、彼は2、3日後には死んでいたので手加減をした」と取材に答えたとのこと。

この発言を直接受けてのことではありませんが、中国の掲示板でも「中国の伝統的な武術は詐欺ばかりだ」という論調の書き込みが多く見られており、おそらく今回の騒動が中国格闘技に一石を投じることになったのではないでしょうか。

中国でも柳龍拳の「糸巻き攻撃」のように、相手に触れずして倒してしまう伝統武術が残っており、改めてそのような動画に対して矛先が向けられています。

(※日本では同様の議論が既になされているので改めて言う必要が無いかもしれませんが、この記事をもって伝統武術を否定的に見るという趣旨は一切ありませんのでご了承下さい)

中国武術協会が宣戦布告を取り下げ

そして騒動の発端となった徐暁冬というMMA選手に宣戦布告をした中国武術協会ですが、こちらのツイートによると対戦要求を取り下げたとのこと。



ツイート主が武術に対して否定的に見ているのでバイアスがかかってしまうかもしれませんが、何はともあれこの騒動は終結に向かう方向のようです。

少林寺のトップが戦ったら?



ツイートに反応されている方が「では、少林寺のトップと戦ったら?どうなんでしょう?」というリプライを送信していました。

実は少林寺拳法の最高位を持つ者はとうに表舞台に出ており、その選手こそ中国キックボクシングの2大イベント「武林風」のエースであるイー・ロンです。





(出典: https://www.youtube.com/watch?v=RoifIeTS44U)

イー・ロンは「少林寺第一武僧」という肩書きを持っており、武林風でブアカーオや長島☆自演乙☆雄一郎らと数多くの国際戦を戦ってきました。

結果だけ見ればブアカーオから判定勝利するなど、武術の権威を示すものとなっているのですが、内情としてはダウンなしにも関わらず30-24という大差の判定がつくなど、地元判定に助けられている面が多いのも事実です。

K-1でいえば極真空手の挑戦など、伝統武術による現代格闘技での戦いというのは、他の国にも共通して支持されるアングルなのかもしれません。

発端となったMMA選手は現在も炎上中

徐暁冬というMMA選手が「中国武術界のウソを暴く」として始まった騒動ですが、この選手が過去にSNSで残していた政治的な発言により、現在はネットが炎上状態になっています。

中国の掲示板を見る限り、依然としてこの選手のSNSでの発言でのキャプチャーが貼られて議論されるなど、まだまだ事態は穏やかではありません。

結果的に騒動に関わった者で特をした人はいないようにも感じられますが、これもまた中国格闘界が成熟するための必要なステップだったのかもしれません。

クイール編集部 ◯文 text by Queel

http://www.recordchina.co.jp/b177377-s0-c50.html


中国選手がボコボコにしていた「日本チャンピオン」、実は単なる留学生だった!=中国格闘技界の「ウラ事情」を暴露

Record china

配信日時:2017年5月8日(月) 10時40分




中国選手がボコボコにした「日本チャンピオン」、実は単なる留学生?
画像ID 562299

中国の複数のスポーツメディアによると、中国の格闘技界をめぐる「暴露」が物議を醸している。


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中国の複数のスポーツメディアによると、中国の格闘技界をめぐる「暴露」が物議を醸している。

「中国における総合格闘技(MMA)の第一人者」を自称する徐暁冬(シュー・シアオドン)氏はこのほどメディアの取材に対して、中国の格闘技の試合に登場するいわゆる「日本チャンピオン」はすべて偽物だと明かした。

徐氏は、「彼らが招待している選手は本当の日本人ではない。北京の日本人留学生だったり、中にはモンゴル人もいる。中国人は日本人をやっつけると聞くと喜ぶ。これはもはや自分で自分をだましている行為だ」と大会の主催者に怒りをにじませながら語った。

また、「君たち(メディア)が暴露する勇気があるなら私も話そう。現在、日本人のファイトマネーは中国の試合では最高になっている。ロシア人も米国人もブラジル人も、日本人ほど高くない。なぜだかわかるか?日本の選手は自分がやられるために来ていることを知っているからだ」と明かした。

さらに、「北京外国語大学でそこそこ鍛えている日本人留学生のファイトマネーは5000元(約8万円)だったが、今では6万元(約100万円)に跳ね上がっている。しかも、これは最低金額だ。彼らのレベルはとても低いが(主催者は)それだけ出す」と格闘技界の裏事情を暴露した。

近年、中国で行われる大きな格闘技の大会には必ずと言っていいほど「日本チャンピオン」と名の付く選手が登場し、そのほとんどが中国選手に敗れている。中国人が日本人を叩きのめすという結果に観客は当然盛り上がるわけだが、徐氏の証言通りならそれはすべて演出だったということになる。

この報道に、中国のネットでは「見ていても(相手が)大した選手じゃないことがわかる」「日本チャンピオンがよく中国選手にボコボコにされているけど、国際的な団体のランキングでは日韓の選手が何人もランクインしてるのに中国選手はほとんどいない。これが原因なんだろうな」「UFC(※米総合格闘技団体)には日本や韓国の選手が何人もいるけど、中国人はゼロだ」「そんなのとっくに知ってたさ。一部の人間の自己満足のためだってね」といったコメントが多く、すでに見抜いていたユーザーも少なくないようだった。

このほか、「政府当局には、八百長で金を受け取っていた人物がいないか調べてもらいたい」といった意見も出ている。(編集/北田)

http://www.recordchina.co.jp/b177057-s12-c50.html


太極拳の達人はマイク・タイソンに勝たねばならないのか―中国紙

環球網

配信日時:2017年5月4日(木) 1時10分




太極拳の達人はマイク・タイソンに勝たねばならないのか
画像ID 561932

環球時報のコメンテーターである単仁平氏が、「現代太極拳の達人はタイソンに勝たねばならないのか」と題する文章を寄せた。写真は太極拳。


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環球時報のコメンテーターである単仁平氏が、「現代太極拳の達人はタイソンに勝たねばならないのか」と題する文章を寄せた。

中国の「格闘狂人」と呼ばれる徐暁冬さんが、「雷公太極」と名乗る太極拳の達人である雷雷さんを20秒足らずで打ち負かした動画が中国のネットで話題になった。「中国武術は無用の長物だ」とまで語る声もあり、中国武術を罵倒する掲示板スレッドまで現れた。中国武術をめぐる議論が激しさを増す中で、「中国独特の神秘主義が民族的悲哀と混ざり合った時、中国武術をめぐる想念は霍元甲やイップ・マン(葉問)などの神話を作り出した」と指摘する文章が反響を呼んだ。

「太極拳の達人はタイソンに勝てるか」という疑問にはこう答えるしかない――太極拳の選手にはタイソンのようにがっちりした体格の人が少ないから、タイソンに勝てる人はまれにしかいない。だが、もしタイソンのような体格を持った人が太極拳を修めているのなら、勝敗は分からないだろう。

中国武術は、その起源を独特の歴史的な環境に求めることができる。武器の開発が進まず、肉体が最大の武器だった「冷兵器時代」だ。中国社会は神秘主義に満ちあふれ、あらゆる武術の流派が登場した。武術は「水滸伝の世界」で重要な意義を持つ。武術の流行は中国社会が無秩序に混乱を極めていたことの裏返しでもあった。だが、あらゆる武術の流派が登場したことは、そうした世界に秩序をもたらしたとも言える。弱肉強食の秩序ではあるが、ないよりはましだからだ。

中国の武侠小説は武術を神格化する。それは武術の枠を超えて、精神性までも具備するに至る。このような事例は、世界のあらゆる文化に存在している。それらに共通するのは「忠義」と「勧善懲悪」を掲げる世界観だ。これらは科学的な現代社会にも通用する価値観だと言うことができるだろう。

しかし、現代社会は武術が盛んになった往時とは違う。武術を用いる機会が皆無になった今日では、武術の退化が起きた。武術の変化は二つの方向に分かれる。一方は格闘技へ、もう一方は心身を鍛練する修身の術だ。中国の武術愛好家たちは、後者を選ぶのが大半だ。

「試合で勝負を決める」という昔からの考え方の影響を受けて、「中国武術大師VSマイク・タイソン、武術大師が勝てるのか」という問いが出てきた。だが、荒唐無稽に思われるこの問いの中にも道理がある。

中国武術界は、今では武術の実際的な有用性が衰えるようになったことを認識した上で、流派にこだわらない「散打」という格闘技を作り出した。だが、散打はテレビコマーシャルの宣伝や長い歴史もなく、オリンピックで戦われるさまざまな格闘技に圧倒されている。そのため、必ずしも将来が明るいとは限らない。

今日のいわゆる「武術大師」には、お金をだまし取るための詐欺大師が存在する。これは武術界特有のものではなく、中国社会全体の縮図に過ぎない。武術界の詐欺師を摘発することはぜひとも進めていかなければならないが、中国武術そのものが腐敗しているわけではない。少数の詐欺師の存在を理由として、太極拳や少林寺拳法などの中国武術の全てを偽物武術だと咎めるのは行き過ぎだ。

太極拳は中国社会の隅々にまで広がっている。大衆の関心を集めるため、目立つように試合で勝負を決めるというやり方は、太極拳が持っている元来の文化にそぐわない。

今日、太極拳はラジオ体操のように心身を鍛練するためのエクササイズとして定着しつつあり、一方では伝統文化として尊重されてもいる。伝統文化の尊重は、歴史を通して今を生きる世代の自尊心と自己肯定感を満たすことにも繋がっていく。「イップ・マン」のような武術家の映画とその物語が今日に伝わっているのも悪くはないだろう。(提供/環球網・編集/インナ、黄テイ)

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/101059/051000099/


西洋格闘技に20秒で惨敗した中国伝統武術の現実

「伝統武術はどれも詐欺だ」…勝者の挑発、真の意味は






北村 豊北村 豊




北村 豊











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2017年5月12日(金)

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(Barcroft Media/Getty Images)

 4月27日に四川省“成都市”のある“武館(武術道場)”で“格闘狂人”こと“徐暁冬”と“太極大師”こと“雷雷”の“約架(決闘)”試合が公開で行われた。38歳の徐暁冬は中国伝統の格闘技“散打(さんだ)”出身で、自称「中国総合格闘技(MMA:Mixed Marshal Art)の第一人者」。これに対して雷雷は、公称42歳、本名は“魏雷”、“陳家太極拳”と共に太極拳の双璧をなす“楊氏太極拳”の継承者であると自称し、自ら興した流派“雷公太極拳”の創始者である。2人の対決は、太極拳を含む中国伝統武術と西洋格闘技の雌雄を決する一大イベントとして注目を集めた。

 成都市は雷雷の居住地で、北京市を本拠とする徐暁冬は飛行機で成都入りした。半ズボンにサンダル履きで試合会場入りした徐暁冬は、黒色で両肩に赤色を配した半袖シャツと黒色の半ズボンに着替え、赤色の運動靴を履いて入場した。一方の雷雷は、白色の“太極拳服”に黒色の“太極褲(パンツ)”を履き、伝統的な格式を備えている風情を漂わせ、右手の掌で2個の胡桃(くるみ)を擦り合わせながら威風堂々と入場した。入場した雷雷は用意した“功夫茶(中国茶道)”のお茶を決まり通りの小さな茶碗で飲み、自分が太極拳の達人であるということを所作で示そうと懸命の演出を試みていた。

 2人が入場すると、司会者が両者の名前を呼び上げて2人を観客たちに紹介し、それに続いてレフリーが紹介された。レフリーは2人を呼んでルールを説明し、それが終わると2人は握手を交わした後に離れて対峙し、レフリーの試合開始の合図を待った。会場には格闘技の試合で使われる常設のロープを張ったリングはあったが、太極拳に敬意を表した徐暁冬が譲歩してリングを使わず、リング横に格子柄のマットを敷いた床が試合場となった。

最初のジャブから血まみれKOまで、わずか10秒

 レフリーが試合開始を宣言すると、徐暁冬は両拳をボクシングスタイルに構え、雷雷は両手の5本の指を軽く開き、右手を下段、左手を上段に構えて相対した。観衆が固唾を呑んで見守る中、両者はにらみ合いながら試合場を左回りに一周した後、徐暁冬が先制の左ジャブを打ち込み、雷雷がこれを避けようとした刹那、徐暁冬の右フックが雷雷の左顔面に炸裂した。雷雷はパンチを食らって茫然自失となり、この機を捉えた徐暁冬が一気呵成にパンチを浴びせて攻め込むと、雷雷は横向きに倒れ込んだ。徐暁冬は倒れた雷雷の頭部にパンチを連打し、雷雷は身動きできず、レフリーが試合の中断を宣言した。試合開始から試合中断までわずか20秒、徐暁冬の圧勝であり、雷雷は完膚なきまでに打ち負かされた。

 試合中断により立ち上がった雷雷は血まみれの顔面をタオルで拭いながら、苦痛に顔をしかめて立ちすくんでいた。その後、レフリーから試合を再開するかと問われた雷雷は再開を断念する旨を表明し、徐暁冬の勝利が確定した。レフリーを真ん中に右に徐暁冬、左に雷雷が並び、レフリーは徐暁冬の右手を挙げて徐暁冬の勝利を宣言した。徐暁冬が最初のジャブを放ってから、レフリーが試合の中断を宣告するまではわずか10秒だった。それが中国伝統武術と西洋格闘技の雌雄を決する一大イベントの結果であった。「大山鳴動して鼠一匹」とはこのことか、実に呆気ない幕切れだった。



次ページ「西瓜を果肉を破壊、鳩を飛べなくする秘技」

さて、上記の試合はインターネットの“視頻(動画)”サイトを通じて全国に配信された。徐暁冬は従前から「太極拳を始めとする伝統武術はどれも詐欺だ」と公然と言い募り、“武術打假(武術の偽物を撲滅する)”と述べて、中国の伝統武術に対し宣戦布告を行っていた。これは伝統武術を飯の種としている武術の道場主や師範たちにとって、生活を脅かす由々しき問題である。危機感を覚えた武術家たちはネット上で徐暁冬と論戦を繰り広げたが、確固たる信念を持って発言する徐暁冬と激論を戦わせてもらちが明く話ではない。そうこうするうちに、徐暁冬に戦いを挑む者が現れた。これは徐暁冬にとって「飛んで火にいる夏の虫」であり、望む所であった。挑戦者として名乗りを上げたのが、成都市で雷公太極拳の道場を営む太極大師こと雷雷であった。雷雷が徐暁冬の挑戦者として名乗りを上げ、4月27日に成都市で“約架(決闘)”試合が行われることはネットを通じて全国に広く知れ渡っていたのだった。

西瓜を果肉を破壊、鳩を飛べなくする秘技

 「伝統武術はどれも詐欺だ」と断言した徐暁冬が、決闘試合では雷雷をわずか20秒でKOした。徐暁冬は試合前に「“太極拳不堪一撃(太極拳はひとたまりもない)”」と豪語していたから、言葉通りの結果になった。徐暁冬が雷雷を挑戦者に選んだのには理由があった。それは2015年11月24日に国営テレビ局“中央電視台(中央テレビ)”のチャンネル4「体育在線」の特別番組「“体験真功夫(本当のカンフー体験)”」の楊氏太極拳特集に成都市在住の武術家として雷雷がゲスト出演したことに起因する。

 同番組の中で、雷雷は中国の十大武術師範の1人と位置付けられ、「雷雷は北京出身で、タイの格闘技“泰拳(ムエタイ)”と朝鮮の“跆拳道(テコンドー)”を学んだ後に楊氏太極拳に転向した。ムエタイとテコンドーの段位は低かったものの、実戦に長けていたため、その経験を活かして太極拳で格段の進歩を遂げ、今では楊氏太極拳の創始者“楊露禅”の継承者になった」と紹介された。番組では雷雷の道場の練習風景を紹介した後に、雷雷が中国武道の“形意拳”を学んだ外国人エリックと練習試合を行い、雷雷がエリックを圧倒して勝利した。次に雷雷が丹田に集めた気を西瓜に向けて吐き出しながら軽く西瓜の表面を押さえると、表面には何ら変化がないのに、中身の果肉は破壊されていた。その次に雷雷は“雀不飛”という秘伝の技に挑戦する。これはハトが飛ぼうとして脚を踏ん張る瞬間に、その力を消失させて飛ばせなくするという秘技で、雷雷はいとも容易にハトが飛翔するのを抑制してみせた。

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この530シーベルトという放射線量は絶句するほど とんでもなく高いレベルだ。最近の朝日新聞などの報道では530シーベルトどころか700シーベルトだったということだからなおさらである。 人間は国際放射能防護委員会の基準によれば『人は4シーベルで死に至る。7シーベルトで全員即死となる。』それ の100倍の放射線量である。 とても人知が考えうるレベルではない。 これからこの燃料をロボットでと出すというがこれは全く危険な、無茶な妄想である。 仮にロボットで外部にうまく取り出してもそれをどう処理するのか?とりだした燃料は周辺の機器、装置と合体しておりこれをロボットがはがして持ち出すなど不可能であるが、もしそれが成功しても外部に持ち出された燃料は半径50キロ以内に近づくことも出来ない。 したがってロボットの操作を東京の東電本社からでも行うつもりか?福島県の避難民がせっかく帰還できたのに再び避難させるのか?したがってこの溶け落ちた核燃料は元々『とりだしてはいけないもの』だったのだ。 つまり『廃炉作業はナンセンスだった』わけだ。 したがって危険きわまりない燃料取り出しなどお手上げなのだからこのまま何百年も『放置』する以外にないのだ。 すでにこのような放置はチェルノブイリで原発事故でとられた方法だ。 『方法』というより『野放し』『垂れ流し』である。 分厚いコンクリート壁で何重にも遮断する。 しかしこの遮断の恐ろしさは地面下部の処理だ。メルトダウンした燃料はやがて容器下部を突き抜け、建屋下部の割れ目から地面の中に浸透する。もちろん地下水の汚染だ。周辺の地下水は氷土壁によってある深さまで遮断できてもその氷土壁の高さ以下に侵入するとこれもお手上げなのだ。 何百年もの間、日本人は東日本にとんでもない『死の墓場』のお荷物をかかえることになる。 人間の科学文明の末路の墓場を見てそのころの人類は何を想うか、何を笑うか。


































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https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/c23f3662f701117bdb657887554258bd


「日本人はみんな馬鹿だ」 !

2017年01月02日 | 放射能と情報操作




木下黄太のブログ(nagaikenji20070929)で見つけた4コマ漫画ですが余りにも楽観的。日本国の腐敗が止まらない。
たぶん残念ですが既に終わっているのです。到底10年とか20年も今のままの日本が持つとは思えない。フクシマのレベル7の核事故発生から5年半以上が経過して、とっくの昔に自分が死んでいる事実に気がつかず徘徊するゾンビそのもの。

『醜いし怖ろしい真実よりも安っぽいが美しい嘘が良い』

2016年12月30日『福島県検討委二順目(2014年度、2015年度)7割を調べて68人の小児甲状腺がん』(放射能と情報操作)記事の最後に、
『類似記事が何処にも無いだけではなくて、なんと、福島県検討委の疑似『玉音放送』を取り上げたこのブログ自体のアクセス数も急減しているのですから呆れ果てる。
悪い事実を『知りたくない』のである。
(破壊的カルト宗教の創価学会信者は『聖教新聞に書いていない→だから真実ではない』と思うらしい。ところが、日本の場合には左翼護憲派の知識人でも五十歩百歩であり何ら変わりがない。困ったことに極度に愛国的な日本共産党機関紙赤旗がフクシマの放射能被害を決して取り上げないのである。この結果は恐ろしい。ほぼカルト信者と同じ非科学的な発想である『赤旗に書いていない。→だから事実ではない』と信じたい)
逝きし世の面影の12月29日のアクセス数『アクセス・ランキング』を見ると閲覧数6,757 訪問者数1,881 順位:74位 / 2,650,391ブログ中 (前日比↓)
gooの『政治』 ジャンルのランキング 集計 : 2016年12月29日 10位 健康な子供68人が2年で小児甲状腺がんに!「逝きし世の面影」訪問者164』
と書いたら、年が改まって2017年になったら、もっと悪くなっていた。
「逝きし世の面影」2017.01.01(日) アクセスランキングは閲覧数4,674 訪問者数1,366 順位:120位 / 2,651,597ブログ中 (前日比↓)
gooの『政治』 ジャンルのランキング 集計 : 2017年01月01日 14位 健康な子供68人が2年で小児甲状腺がんに!「逝きし世の面影」訪問者84
此処までアクセス数が減ると、おもわず『え!エー!』と驚き呆れるよりも最早爽快でさえある。



『反原発とか放射能被害に特化した政治ブログ投稿者の全員が原子力ムラの極悪「工作員」だった!』

江戸時代にはヤクザの親分が十手を預かり警察組織に組み込まれて治安維持に当たっていた不思議の国『日本国』だが、今の原子力規制委員会の田中俊一初代委員長(71歳)の経歴から分かるように日本の原子力ムラの有力村民(原子力学会会長)で(江戸の地回りが岡っ引きだったように)『二足のわらじ』を履いている程度の話は誰でも知っている。
インターネット世界でも事情は同じで、『反原発』とか『放射能被害』に特化した政治ブログ投稿者の全員が『二足のわらじ』を密かに履いた原子力ムラの極悪『工作員』だったのです。何と!、一人の例外も無いのですから最早笑うしかない。
去年の12月28日のあのインチキくさいオバマ大統領と安倍晋三による真珠湾訪問の茶番劇(マスコミでは当初『現職総理として初めて』と大宣伝したが4回目だった)を大々的に報道するドサクサに紛れて出された福島検討委による第25回(二順目だけで68人の小児甲状腺がん)発表を完璧に無視しているのである。(当たり前ですが去年九月の第24回発表は書いていた。今回だけ無視しているのですから、突然今回の25回発表で君子豹変したことは明らか)

Yuri Hiranuma@YuriHiranuma
なにこれ
B判定とC判定が自動的に甲状腺がん「疑い」なのではないですよ?

『正しい日本語を知らないで日本語で発信する日本人知識層の存在とは、・・・』

『B判定とC判定が自動的に甲状腺がん「疑い」なのではないですよ?』
たった33年程度の外国暮らしで『正しい日本語』を完璧に忘れているとすれば驚きである。
この大馬鹿者は、『疑い』という小学校で誰でも習う簡単な日本語の単語を知らないのだろうか。ものを知らないにしても酷すぎる。
B判定とは甲状腺がんの『疑い』があるので細胞診断などの精密な二次検査が必要な状態であり、B判定より悪いC判定とは『自動的にがん』と判定された訳ではないが、甲状腺の状態から『がんの疑い』が非常に高い状態を意味している。
『C判定』がほぼ小児甲状腺がんの発症を指していることは我が日本国ではもはや一般常識である。(福島県検討委は何十万人もの子供の甲状腺を検査したが今まで最初の一人しかC判定を出さない)
そもそも、この『逝きし世の面影』ブログの記事ですが、書いている内容の8割から9割は単なる客観的事実の羅列程度でありオリジナリティは無い。誰が書いても同じなのです。(正しい客観的事実は常に普遍的であり、違いが無い)
1~2割程度あるブログ独自の見解なるものも、実はその客観的な科学的事実から自動的に導かれる程度の代物でありオリジナリティは限りなく低い。誰が書いても五十歩百歩なのである。(2015年茨城県柏市の甲状腺検査の記事に噛みついた、この愚かな人物ですが、工作員というよりも単に『赤旗が書いていない→だから嘘だ』と思う哀れな日本人左翼知識人の一人だと思われるが、ネット等でデマを公開すれば批判は免れないであろう)

『小児甲状腺がんの発症を「疑い」に偽装する極悪日本政府(安倍晋三)を弁護する日本人有識者の不思議』

『戦争は違法』とした100年前のパリ不戦条約(大日本帝国も批准)の影響で、日中戦争を満州事変と言い換えて戦争を行った日本ですが、第二次世界大戦で負けだすと敗走を転進に全滅を玉砕と誤魔化して貴重な時間を浪費。日本は負け戦を続けて損害を天文学的に膨らました。無条件降服後も悪癖は少しも改善されず、敗戦は終戦に占領軍を進駐軍に『言葉』を変える、
フクシマの放射能被害の小児甲状腺がんも、全ての癌検査が陽性(がんと確定)でも福島県検討委(自民党政府安倍晋三)は『疑い』だと言い出した。
少しでもマイナスイメージを弱めたい。
『がん疑い』なら、何も知らない善良な一般市民の普通のイメージでは『これから癌の精密検査が行われる』と勘違いするが、実は全ての検査は終わっている。後は全摘出手術での甲状腺の病理検査を行うだけなのである。
ところが『疑い』の後に何かの医学検査とか経過観察があるかのごとく装う、悪質なデマをブログで流す医療関係者まで現れた。(これでは『踊る医者』で無くて、『踊る死神』である)
放射能被害の場合には進行が早いので早期の全摘出は避けれないことは常識で、甲状腺検査の責任者(福島県立医大教授の鈴木真一)は、摘出した甲状腺を病理検査したものだけが『がん確定』である恐ろしい事実を、初回発表『3人確定、7人疑い』(2013年2月)で明らかにしている。
ところがマスコミが検討委(日本政府)の『疑い』の本当の恐ろしい意味を報道しないので、今でも大部分の日本人の善良な一般市民は誰も知らないのが現状である。
もちろん逆に医学関係者もマスコミも全員が子供騙しの低級な日本政府の姑息な印象操作(インチキ)を知っている。ところが、『知らないふり』で誤魔化して善良な一般市民を間違いの迷宮に誘い込んでいるのである。



『ネズミ講とか振り込め詐欺の哀れな被害者を対象にして、もう一度騙す余りにも悪質な詐欺の手口』

日本国のインターネットで数多い『反原発』とか『放射能被害』に特化した政治ブログに偽装した原子力ムラの悪質な『工作員』の中でも極めて悪質なのが元テレビ局幹部の木下横太である。
何しろこの悪党は『ネズミ講』とか『振り込め詐欺』の被害者を対象にして、甘言で言い寄ってもう一度騙すという、余りにも悪質な『詐欺の手口』をフクシマの放射能被害者を相手に商売を行ている。まさに悪党工作員中の悪党『極悪人』であると思われる。
火山学者の早川由紀夫群馬大教授は5年前の3・11で政府やマスコミが3時間後にはメルトダウンして大量の放射能を撒き散らしている時にいち早く火山灰の被害予測の手法を用いてフクシマの放射能汚染予測図を公開して、その科学的な手法は絶賛されている。
ところがその後勇み足?で『福島県での農産物の生産流通はオウム真理教がサリンを撒き散らした無差別テロと同じ』と発信して、大論争を巻き起こす。ネット世界でも放射能被害で数多くの論争を繰り返していた。
ところが、相手は福島医大副学長の山下俊一が憑依したらしい現職医師か医学関係者とおぼしき御用学者(ネット工作員)である。早川由紀夫は火山には詳しくても医学では素人だった。
心配していた通り、その後あの早川由紀夫は丸め込まれて『安全・安心。放射能は何の心配も無い』と言い出して現在に至っている。(転向して『放射能は怖くない』と言いながら、2013年の中頃には徐々に疑いだして、ガッツ石松的に360度、ブーメランのように元々の位置に戻ってきそうである)
初期の火山学者の早川由紀夫をもっと過激にしたのが元テレビ局幹部の木下横太の悪質な言動なのである。『東京から逃げないものは全員馬鹿だ』と言い続けて被害者から金を巻き上げているのですから呆れるばかりの悪質さ。(小出裕章元助教が指摘したように放射能汚染地域から逃げなければ体が壊れる。ところが逃げれば生活が壊れるので結果的に心が壊れる)

『不真面目で横柄な放射能詐欺師の筆頭、木下横太』

不真面目の見本のようなこの木下横太ですが、テレビ局の現場責任者として民主党管直人政権が3・11核事故で、彼らがどれほど愚かでありどれほど無能だったかの目撃情報が売りであるが、そもそも所属していった日本テレビとは読売新聞直系の右翼サイトである。
何のことは無い読売産経など右翼メディアとタッグを組んで『場外乱闘』もどきのインチキを行っていた。腹立たしいフクシマ核事故の偽装プロレスであり、基本的にその構造が善良な観客を騙す八百長なのである。(真偽は不明だが現在失業中のはずがアメリカに個人事務所を設けているとの情報がある。これが真実なら今でも昔と同じ政府系のテレビ局幹部なのでしょう)
現在は交通事故を口実にしてブログ更新が行われないと言い訳しているが、フクシマ核事故から5年10か月を目前にして、いよいよ旗色が悪くなったので逃亡する可能性が一番高いと思われる。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/25aaa05b75f99bd4e6a9e30d367a7057


原子力ムラのネット工作員列伝!「日本人はみんな馬鹿だ」

2017年01月03日 | 放射能と情報操作




『病的な執念深さで福島第一原発の放射能をネットで取り上げ続けた商売熱心な詐欺師もどきの飯山一郎』

玄米乳酸菌で放射能を無害化(除染)するとの余りにもお粗末で馬鹿馬鹿しい飯山一郎の場合は原子力ムラのネット工作員列伝の番外である。
たぶん、単に『日本人はみんな馬鹿だ!』と思っている詐欺師(商売人)である。余り真面目に考えない方が良いでしょう。(フクシマに関して、他が取り上げないようなことでも取り上げる部分だけは評価できる)
環境に放出されたフクシマの膨大な放射能の『除染』ですが、そもそも放射性物質自体が持つ自然崩壊を待つ以外の方法が無い。放射性ウランも時間が経てば最後には無害な鉛になるが、短時間に行うと膨大なエネルギーが問題であり今の人類の科学力を遥かに超えている。
放射能の除染(無毒化)は人間でもまったく無理なのですから、ましてエネルギー量が極小な細菌類ではもっと無理。
現在『除染』と呼んでいる行為は汚染物質を一方からもう一方に移動させているだけである。放射性汚染の総量の変化は一切無いので基本的に無意味。東電が誇る汚染水の除染装置アルプスですが、稼働させると膨大な量の放射能に汚染したフィルター類が発生する仕組み。インチキ『除染』(実は単なる『汚染の移動』なので移染)と同じように飯山一郎が言うことが正しくて玄米乳酸菌が放射能を吸収したとすれば、科学法則では今度は膨大な量の放射能に汚染した乳酸菌が生まれることになる。
ところが元極左系とかキリスト教系、人道主義などの真面目な護憲左派のブログ主が軒並みこのお粗末極まる詐欺に嵌っている様は哀れである。(いくら若い時に高等教育を受けても今のように科学の基礎をおろそかにする態度は不真面目の極み)

『3・11フクシマ核事故後に熱心に放射能被害を取り上げた売れないお笑い芸人おしどり・マコ』

ネット世界では飯山一郎と同じように思われているが、『不倫は日本の文化』の明言で有名な東京都知事選の俳優の石田純一(62)の顛末が証明しているように、政治的な発言は芸人にとってはタブーである。その日本国の怖ろしい禁忌(タブー)を恐れずにネットでフクシマの放射能被害を発信し続けた勇気は高く評価できるでしょう。
ところがである。去年末の第25回検討委発表後では唐突に無口になる不思議。(実は検討委発表の現場に本人が参加してして熱心に発信していた。ところが、発表後になぜか態度が急変、何かが可笑しいのである)
と思って最新のツイッターおしどり マコリーヌ (@makomelo) | Twitter を見ると疑問が氷解。
33年の外国暮らしですっかり『正しい日本語』を忘れたらしい可哀想な日本人の進歩的知識人@YuriHiranumaの同類項だった。
この愚かにも『疑うことを知らない知識人』というパラドクス人間ですが、何かの工作員というよりも単に『赤旗が書いていない→だから嘘だ』と思ってしまう(うっかり勘違いする)哀れな日本人的過ぎる(あまりにも善良すぎる)左翼知識人の一人だと思われるが、これ等の『疑うことを知らない大人』の存在ほど不思議なものは無い。この人たちですが余程幸福な子供時代を過ごしたので『自分の周りの大人は、悪い人はいない』と信じている幸せな幼稚園児と同じ思考なのでしょう。(中学生以上なら責任ある大人が真っ赤な嘘を平気でつく怖ろしい事実を誰でも知っている)

『誰よりも多く発信していたのに、…一番肝心な時になぜか唐突に止まっている「みんな楽しくHappy♡がいい♪」ブログ』

ブログ冒頭のロゴに『ブログ内の内容の転記はご自由にどうぞ❤』と書いている摩訶不思議な『みんな楽しくHappy♡がいい♪』の現在ですが、1ヶ月以上更新のないブログに表示されるスポンサーサイト(広告)になっている。
個人ブログとしては非常に珍しい『転記はご自由に、』にも驚くが、この『みんな楽しくHappy♡がいい♪』ブログの最大の特徴とは何と言ってもその驚くべき膨大な記事の量と質の確かさであろう。
福島県検討委の公式ホームページにも無い検討委委員と記者との一問一答のような超専門的なレアものが文字起こしされているのですから、普通に考えれば単なる個人ブログではなくて検討委の裏ページ(部外者ではなくて組織内部の者が書いている)のである。
しかも、これはスノーデンのような内部告発ではなくて、検討委職員が仕事として作成されている可能性が一番高い。
検討委発表ですが、大きな節目だったのが甲状腺検査が県内を一巡した、2014年(平成26年)8月24日の第16 回。
この時に初めて小児甲状腺がんが三桁(104人)になったが、県内で地域差が無い(だから放射能の影響ではない)と発表されている。
ところが、この第16回時の検討委公式ホームページにさりげなく添付されていた驚くべきグラフが今回のブログ記事冒頭に掲載した『図2、実施対象年度別市町村』との摩訶不思議な、トンデモナイ『図』だった。
上記↑のグラフをもう一度よく見てほしい。

詐欺か手品のような仕掛けの腹立たしい『図2、実施対象年度別市町村』

白枠の、平成23年度検査実施市町村(13市町村)とは、一般人が立ち入り禁止になっている双葉町や大熊町、浪江町、飯館村など福島県内で最も放射能汚染が酷い地域だった。
一番最初に検査した理由は、一番放射能汚染が酷いので時間が経って患者が増える前に早々と済ましたのである。(平成23年とは、あのレベル7の未曾有の核事故が発生した2011年のこと)
緑枠の検査の順番が2番目の、平成24年度検査実施市町村(12市町村)とは、中通り地域の福島市や郡山市などの福島県内で二番目に汚染が酷い地域である。
残りの一番最後に検査した、平成25年度の34市とは、会津若松市やいわき市などの比較的汚染度が低い地域である。
なんと、福島県内を放射能汚染のひどい順番で、原発周辺の13市町村と沿岸部と中部と会津若松地域とに3分割して時間差を使って、深刻な放射能被害の発生を誤魔化していた。
他の毒物とは大きく違い、そもそも生命の基本となるDNAを傷つける放射能の被害は直ぐに出ない。被曝しても必ず一定の時間が必要なのである。
第16回発表で『地域差が無い』とは星座長が言うように『放射能の影響がない』ことを証明しているのではなくて180度逆さま。
検討委は第16回発表で『地域差が無い』ことで放射能の影響で小児甲状腺がんが発症していることを完璧に証明する目的で、この時にわざわざ『図2、実施対象年度別市町村』を公開したのである。
ただし、あまりに手口がさりげないので誰も気が付かない。私も発表から何カ月も存在に気が付かなかったが、この『みんな楽しくHappy♡がいい♪』で、初めて発見して驚いた。
何と、検討委(日本政府)ですが、2年半も前の2014年(平成26年)8月24日に極限まで劣化した第二次『玉音放送』を行っていた。ところが、もっと劣化していたのは日本人の方で誰も気が付かない。

元東電原子力技術者、現医師の独り言『院長の独り言』

この東京電力の元原子力技術者でしかも現役医師でもあるとの(原発事故や放射能被害で)最高のキャラクターの『院長の独り言』も矢張り原子力ムラの工作員(良い警官)である可能性が一番高いのである。
そもそも医者や原発技術者でなくても一定の大人の注意力とか常人の観察眼さえあれば2年半前の2014年(平成26年)8月24日に極限まで劣化した第二次『玉音放送』を検討委(日本政府)が行っていたことは(『図2、実施対象年度別市町村』さえ見れば)簡単に気が付く。
ところがいまだに気が付かないふりでふりで誤魔化す態度が不真面目で腹立たしい。一巡目終了時点では何の反応も無かったが、やはり今回の二順目終了の第25回発表に対しても何の反応も無い。丸ごと無視しているがこれは駄目ですね。(知らないから、自分でわからないから無視しているのではなくて、話は逆で、余りにも中身を知っているので仕方なく無視しているのであろう)
良い警官を演じるあの『福島県は他県の数十倍』との岡山大学の津田教授とこの『院長の独り言』(小野俊一医師)とは同じ役回りを演じているのでしょう。(あるいは本当に本人がうっかりしていて気が付いていない可能性もあるにはあるが、普通に考えれば可能性は非常に低い)
極悪検討委(悪い警官)とぐるの詐欺師(よい警官)の津田教授にも言えるが、『院長の独り言』(小野俊一医師)では一定程度は非常に良いことも言っているのである。(2016年10月13日1401.『東電テレビ会議の非公開部分で、いったい何が起きていたのか』では、爆発した1号基と3号基のビデオ映像を並べて、この二つの噴煙の色が大きく違っていることを指摘している)

『日本が敗北した明らかな事実を密かにほのめかすだけ、腹立たしい日本のエスタブリッシュメント(マスコミとか知識人とか)』

72年前の1945年、ソ連軍の侵攻を見た日本は即座に御前会議を開いて今まで拒否していたポツダム宣言受諾を決定し、1945年8月10日には連合国軍に日本軍の無条件降伏を通告している。
ところが、国民に対しては降伏は伏せたままで日本政府(内務省)はマスコミに対して11日から『玉音放送』の8月15日の間、それとなく日本の降伏をほのめかすとの摩訶不思議な鵺のような通達を密かに出していた。
今から読み返してみれば新聞社は内務省通達に忠実で確かに以前とは新聞の書き方が微妙に違っていた。
玉音放送の前に、日本のマスコミは密かに敗戦した事実を伝えていたのです。
ところが、困ったことに『日本は無条件降伏した』とはっきり言わないので昔の日本人は8月15日(玉音放送)まで誰も気が付かなかった。
実は本物の8月15日の玉音放送にも無条件降伏の文字が無かったが当時の日本人は即座に敗戦を理解した、ところが70年ぶり2回目の『玉音放送』にも矢張り『日本が負けた』との言葉が無いので今の平和ボケの日本人はさっぱり気が付かない。阿呆でも分かるようにはっきり書かないと駄目なのです。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/c9f327545f62c101dee5f323e4e578fd


福島第一原発事故「後の真実」雪のように降った「死の灰」を初めて報道

2017年01月17日 | 放射能と情報操作




1954年3月第五福竜丸はマーシャル諸島近海において操業中にビキニ環礁でアメリカ軍により行われた水爆実験キャッスル作戦・ブラボー (BRAVO)に遭遇。第五福竜丸はアメリカ合衆国が設定した危険水域の外で操業していたが放射性降下物『死の灰』により23名の乗員が全員被爆した。この水爆実験で放射性降下物を浴びた漁船は数百隻にのぼるとみられ、被爆者は2万人を越える。第五福竜丸の久保山愛吉無線長は半年後の9月23日に死亡する。
日本人医師団は死因を『放射能症』と発表したが、アメリカ政府は現在まで『放射線が直接の原因ではない』との見解を取り続けており、またこの件に対する明確な謝罪も行っていない。



『5年後に、やっと公開された1号基のドライベント(高濃度の放射性物質の外気への放出)映像』

東日本大震災発生から3時間後にはメルトダウンしていた1号基が大爆発する1時間前の東電の福島第一原発の空撮写真。ドライベントで高濃度の放射性汚染物質が排気塔から北側の飯館村などに流れている様子がはっきり写っている。
2011年3月12日午後2時40分に職業写真家の石川梵さんが宮城県気仙沼市を小型機をチャーターして取材で空撮したあと、首都圏への帰りに『排気筒から煙が出ているのを見て、とんでもないことが起きているのではと思い、シャッターを切った』と当該写真を写している。ところが、マスコミに公開されたのは5年後の2016年2月19日だった。(あまりにも貴重なトンデモナク大事な意味を持っている『特ダネ映像』をマスコミが挙国一致で5年間も隠し続けていた限りなく『大本営発表』的な犯罪行為である)

『福島第一原発が大爆発した2011年3月、いわき市に白い雪のように降り注いだ放射性微粒子を含む死の灰』

現在3年ぶりの党大会を開催中の日本共産党ですが、今回は初めて民進党、社民党、自由党、オール沖縄など野党各派が全員来賓として登場する。共産党(志位和夫委員長)は世の中が変わったと自画自賛するが、実は一番変わったのは共産党の政治姿勢である。
福島第一原発が大爆発した2011年3月以降、左の共産党も右の自民党も(もちろんその他の野党各党も)同じ『除染して全員帰還』との愛国的ではあるが実現不能の公約を掲げていた。日本共産党ですが結党以来一貫して同一の党名を使用しているが、中身が大変身。今では愛国路線まっしぐらであり、これでは日本共産党ではなくて日本愛国党とか愛国共産党と名乗るべきであろう。
ところが、レベル7の核事故発生から6年目を前にして、アメリカ(アップル)のバッテリー火災を報じたBusiness Newslineのように、今まで決して書かなかった2011年3月当時の福島第一原発の大爆発を日本共産党機関紙赤旗が報じ出した。フクシマから5年が経過して、確実に世の中が大きく変わっているのである。



『1月16日「赤旗」福島に生きる 「動かないと変わらない」の驚愕的な「後で分かった真実」(post-truth)』

2017年1月16日(月)日本共産党機関紙「しんぶん赤旗」. 震災・原発. に毎週連載されている『福島に生きる』で、いわき市民訴訟原告の氏家 照美さん(73歳)の記述が凄まじい。まさにpost-truth(後で分かった真実)なのである。(赤旗としては珍しい書いた記者『菅野尚夫』の署名入り記事)
福島県いわき市に住んで地元の魚介類で新鮮で安い和食店を営んでいた元消防士の氏家 照美さんの夫はレベル7の原発事故から4年目の2015年に癌が見つかり東大病院で手術を受けたが同年11月には死亡する。
原発事故でそれまで繁盛していた和食店の客が激減、『不運が重なって』夫ががんで死亡したとあるが、いずれも原発事故が原因である可能性が一番高い。



『ビキニ水爆の第五福竜丸の「死の灰」ように、雪のように爆発した原発建屋の破片が降ってくる』

(Web上に無いので)5年前のレベル7のフクシマ核事故当時の様子を書いた当該の1月16日付け『赤旗』記事を文字起こしすると、
『長女は「3・11」の日が出産予定日でしたが、3月13日に無事出産。すぐ実家に帰されました。
夜中に爆発音が聞こえ、翌朝外に出てみると、白いものがパラパラ。最初雪かと思い、手で受け止めたら、ビックリ。原発の建屋の塗料のはがれた物でした。
直ちに娘家族を栃木県へ避難させました。』とあるが、『放射線低線量地域での健康被害を考えると避難せざるを得ず、不安な門出になりました。』どころの話ではない。
丸っきりのビキニ水爆の第五福竜丸乗員の死の灰の証言の再来である。しかも避難した先が福島県のすぐ隣で放射能の高濃度汚染地域の栃木県だったのですから目も当てられない。医者の往診と同じで、わざわざ悪い方に悪い方に回っている。
『照美さんと夫妻と次男家族は、長男のいる水戸市に異動。』とあるが福島県に隣接する茨城県が放射能に汚染しているのは今では常識である。まさに『不運が重なって』いるのですから怖ろしい。





『腹立たしい自民党広報本部長小池百合子と政府マスコミの二人三脚の猿芝居』

63年前のビキニ水爆の第五福竜丸の『死の灰』ように、雪のように爆発した福島第一原発の建屋の破片が降ってくるとの驚くべき事実が初めて報道された翌日の1月17日の毎日新聞コラム『余禄』では、1回~7回までは一切環境基準値を超えていなかった(安全・安心。何の心配も無い)豊洲のモニタリング検査が、豊洲移転の一時延期を小池百合子東京都知事が発表した後の、9回目検査では驚き79倍超え。
毎日新聞の余禄は、『専門家が「理解できない」「ショッキングな状況」と絶句する・・』とあるが、まさに『想定外』の理解出来ないショック状態。これ、6年前の2011年3月の福島第一原発の爆発当時の報道と同じですよ。権威と権限を持っている『専門家』なるものが、実は素人以下の判断力(180度真実を逆に捻じ曲げる原子力ムラの御用学者)だったことが発覚したのである。
余禄が指摘するように、
『▲小池百合子(こいけゆりこ)都知事が昨秋の築地市場からの移転を延期したのは、9回目のこの地下水調査で安全を最終確認するというのが理由だった。』
のですよ。ところが、なんと9回目の調査だけ、『暫定値だ』(3月に改めて再検査する)と言い出した。まさに3歩あるくと忘れる鳥頭である。
一発アウトのシアンまで見つかったのですから、去年末の『移転延期』(結論の先延ばし)ではなく、最早、はっきりと『移転中止』を発表する時期なのは明らか。何故小池百合は去年に自分が言ったこと(9回目のモニタリング検査で移転の判断の最終結論を出す)を実行しないのか。

『少しだけ時間を稼いだ(最終結論を3月まで先送りした)小池百合子東京都知事の思惑とは、』

誰にでも分かる豊洲市場の移転『中止』を言わないで、またまた3月まで『結論』を先延ばしした小池百合子ですが、『何か』を待っているのである。
小池百合子は『私も驚いた。(一切基準値以下で安全・安心。心配ないとの)今までが何だったのかと思ってしまう・・・』と語るがあまりにも白々しい嘘八百。9回目の爆発的な汚染数値の検査結果を事前に知っていたから、→去年末の豊洲移転を延期したことは明らか。
この『移転の延期』では『最終的に中止』の結論しか、そもそも『落としどころ』がないのである。(もしも延期後に『やっぱり最初の計画通りに移転する』となったら、賛成反対の双方とマスコミ全員からバッシングされる)
小池百合子ですが、福島第一原発事故での放射能汚染の『安全・安心。心配ない』との嘘八百のプロパガンダの、コペルニクス的転換を行る予行演習を、今の東京瓦斯の跡地で猛毒のシアンに汚染した豊洲市場で行っているのでしょう。
6年目を目前にして、本番である3・11フクシマの放射能汚染が今までの『安全・安心。心配ない』から突然基準値の79倍超えになるのは単に遅いか早いかの『時間の問題』なのである。決して避けれない。
それにしても管理売春業者の顧問弁護士だった橋下徹と言い、学歴詐称が明らかな小池百合子と言い、マスコミが知事どころか一切の公職の資格が無い不真面目な人物を、見ざる言わざる聞かざるで天まで持ち上げる様は異様すぎる。
我が日本国のマスコミですが、とっくの昔に社会の木鐸としての役目を放棄しているのでしょうか。これでは日本人の苦難が続くのは当然だった。

『日本中のマスコミが誰も触れなかった4号基建屋の大爆発を6年近く経過したあとで今回赤旗が初めて報じていた』

1月16日付け赤旗の署名入り記事『福島に生きる』で、いわき市民訴訟原告の氏家 照美さん(73歳)の記述がまさにpost-truth(後で分かった真実)なのですから恐ろしい。
建屋の大爆発ですが、東日本大震災の翌日3月12日の1号基にしても、その2日後の3号基にしても、いずれも昼過ぎの時間帯に起きている。
それなら、氏家 照美さん(73歳)の記憶(赤旗)の、『夜中に爆発音が聞こえ』、『翌朝外に出てみると、白いものがパラパラ。最初雪かと思』った『原発の建屋』とは日本国のマスコミが沢山報道した1号基でも3号基でもない。2号基は環境に最大の放射性汚染物質を排出したが建屋は爆発していない。
いわき市街に『パラパラと雪のように』怖ろしい死の灰をまき散らした『爆発した原発建屋』とは1~3号基でないなら、消去法で定期検査で稼働していない4号基しか存在しないのである。
4号基とは、稼働中だった他の1~3号基とは大きく違い、核燃料の全量が比較的丈夫で安全な原子炉圧力容器では無く、むき出しの危険な(青天井で蓋が無い)燃料プールに保管されていた。
しかも、4号基の爆発は映像が無いだけではなくて、何故かマスコミが一切報じなかったのである。(爆発した当初のマスコミは小さなボヤ程度と間違って報じていた)

『もう一度6年前の3・11福島第一原発の4号基爆発当時のマスコミ報道を時系列的に振り返ると、』 

『1~3号基の爆発した映像公開の方が不思議』
テレビで公開された爆発する驚愕の生映像ですが、私としては此方の方が、不自然過ぎると思っているのです。日本政府(管直人首相)ですが早々と航空機の高度の表示が無い半径30キロ圏内の飛行制限(例外なしの飛行禁止処置)をかけているしマスメディアも40~50キロ圏内立ち入り禁止を決めている。
意味するところは、原発事故の発生直後に『絶対に国民には生の現場を見せない』と、政府やマスコミが決めたという事でしょう。
ところが上手の手から水が漏れるの例えの通りで、テレビの生放送で1号基の爆発が流れてしまうのですから、東大教授のモロクズなど原子力ムラの御用学者が茫然自失。
想定外ではなくて、あれはまさに予定外の大事件だった。人の手が加わらない自動撮影のライブ映像(お天気カメラ)だったので政府の報道統制の網をかいくぐって全国放送されてしまう。
気がついた政府は即座に全国放送を禁止する処置をとるが、時すでに遅しで、インターネットなどで大量コピーされ日本中に広く閲覧されている。
ところがネットとは違いテレビでは禁止されていたので突然流れなくなったのですね。被災者の『気持ち』を口実にした口封じ、テレビの自主規制(報道管制)を行ったのです。
大々的に報じられた、あの1号基3号基の爆発映像のテレビ放映とは、日本の敗戦で一時的に権力の空白が生まれて憲法九条が成立した不思議と同じで、ごく短い間の歴史的な偶然の狭間から、貴重な極秘の真理が我々のような権力がない普通の一般市民が垣間見えた瞬間だったのですよ。
通常なら起きない種類のチャンスであり、奇跡的な幸運であった。


解明されない謎 福島第1原発の1号機SR弁、4号機爆発映像 2013年03月11日 (放射能と情報操作)(抜粋、短く要約) 

『原子炉のベントは報じたが、何も報じなかった主蒸気逃がし安全弁(SRV)』
国会事故調査委員会の田中三彦『東電の発表でも津波到達2分前に電源喪失』、津波到達以前に、最初の地震の揺れで原発の全電源は喪失していた。
運転員が『1号基非常用復水器(IC)をなぜ止めたのか』の謎は、地震の直撃(揺れ)で既に配管が破断。運転員が『止めた』のではなく『作動しなかった』。

『作動しなかった1号基のSR弁』
原発事故で原子炉が自動停止すればメインパイプの主蒸気隔離弁(MSIV)が閉じて、原子炉プラントから発電機能が隔離される。
停止した原子炉内の燃料棒は崩壊熱の余熱で徐々に温度が上昇して圧力が高まって、お釜が一定の圧力以上になると主蒸気逃がし安全弁(SRV)が自動的に作動。圧力容器内からの高温高圧の蒸気が、SR弁によって巨大なドーナツ型のサプレッションチェンバー内に送り込まれ、間欠的に激しい音と振動が連続して起きる。
2号基3号基の中央制御室はズドーン!ズドーン!と地鳴りのようなSRVの作動音を開いている。ところが1号基では『何にも音がしてない』。1号基のSR弁は作動しなかった。

『自動的に作動するSR弁が作動しなかった謎』
密閉状態でSR弁が開かないと短時間で圧力容器が必ず爆発するが1号基が爆発するのは翌日昼過ぎ(まる1日後)で、田中元委員は『SR弁が開くまで圧力が上がらなかった』、『圧力が上がらないのは、どこかで漏れてる』。
地震の直撃で、老朽原発の配管は致命的な損傷を受けて放射能で汚染された一次冷却水がダダ漏れ状態で、ベントと同じ状態だったが、菅直人首相は12日の朝7時にベント作業の督促に福島第一原発に直々に出向いている。

『大事なもの程「なぜか過失で、ゴミとして捨てられる」恐怖の裏法則』
超世界遺産のアポロ11号の人類最初の月着陸の第一歩のビデオテープが、NASAが上からダビングして永久に失われる。アメリカのアポロ計画では11号だけでは無くて全てのマスターテープは職員の過失で、ことごとく無くなっている。
日本国でも事情は同じで、1号基が爆発する直前の2011年3月12日朝、福島県が福島第一原発原発から5キロ地点にモニタリングポストを設置、9月に回収したがNASAと同じで『職員の過失で』データーは消去され、初期被曝の実態が失われる。
3月12日朝には、すでにメルトダウンしていた1号基からは大量の放射能が漏洩していて、水素爆発する5時間も前から原発から半径10キロ地点でも通常の数百倍の数値が観測されていたことが発覚している。
原発から5キロ地点の爆発直前のデーターは福島県民にとって貴重な記録だったが『職員の過失で』ゴミと間違われ捨てられる。

『ピンボケ写真一枚無い、4号基爆発の怪』
12日昼に1号基が爆発する驚愕的な映像が全国放送される。
14日昼には3号基がもっと大きく爆発して、原発安全神話を吹き飛ばしている。
翌15日の夜明け前に4号基が1号基3号基に続き大爆発して、建屋ビルを吹き飛ばしたが残骸しか公開されない。
爆発映像が無い、4号基が爆発した当時の東電発表は、『4号基の建屋の上の4階部分の壁がちょっと崩れた』とか『5階からちょっと火が出てる』程度の話だった。
数日後に大爆発で上部が完全に吹き飛び建屋ビルがボロボロに。15日の早朝うす暗いうちのに誰にも知られず密かに4号機が大爆発していた。
話は逆さまで、読売(日本テレビ)系列の地元福島中央テレビ(FCT)が原発から17キロに設置していた自動撮影のライブ映像だった1~3号基の爆発映像は『人のチェックが入らない自動撮影』だったから偶然外部(マスコミ)に流出して仕舞ったのである。
早い段階から現場の一番の不安材料だったのが4号基の燃料プールで、菅直人総理も『最悪の場合数千万人が被曝し東日本が壊滅する』と日本政府も懸念していた。福島第一原発では一番問題の場所が4号基だった。

『関係者全員が、事前に4号基の爆発時間を知っていた?』
4号基の爆発当時、吉田昌郎所長や部下の運転員がそれまで着用していなかったヘルメットを全員かぶっていた事実を地元の河北新報が1年半後の2012年08月10日に報じる。
4号基使用済み燃料プールの冷却の為の非常処置、建屋の爆破『解体』は誰も認めていないが、関係者全員が4号機の爆破を予測していた可能性が高い。
4号基爆発で15日いっぱい、マスコミ報道は各社例外なく『小さな損壊』との真っ赤な嘘、恥ずかしい偽情報を流し続けていた、4号基の大爆発の真実が分かるのは何日も過ぎた後だった。

『自主規制という名の報道管制』
読売系列の福島中央テレビに(FCT)よると、4号基の爆発映像は夜明け前の時間帯で暗かった。FCTは、『よく調べたけども映ってない。もう画像は存在しません。Over write(上書き)されてしまった』と答えている。
福島中央テレビですが、超国宝級の貴重なアポロ計画のテープを消去したNASA職員や初期被曝の証拠を消去した福島県職員と全く同じで『とんでのなく大事なものを過失でゴミとして捨てる』症候群である。
価値感の根本が違うので、他の人々にとって非常に大事なものでも邪魔なゴミに見える。過失であるとして『間違えて捨てて仕舞う』のは悪意ある故意犯である可能性が高い。(抜粋)

『3・11フクシマの6年後に分かったpost-truth(後で分かった真実)』

4年前(フクシマの核事故の発生から2年後)の2013年03月11日『逝きし世の面影』ブログの『放射能と情報操作』のカテゴリーの『解明されない謎 福島第1原発の1号機SR弁、4号機爆発映像』の要約ですが、新しく今回分かった驚愕の真実post-truth(後で分かった真実)と合わせると別の怖ろしい可能性が浮かんでくる。
政府や東電、マスコミ全員で隠していたのは何処にも無い4号基の爆発映像のような些細な問題ではなくて、遠く何十キロも離れたいわき市内でも聞こえる程の大爆発した建屋の放射性汚染物質の死の灰が『パラパラ』と、『白い雪か』と見まごうように降っていた15日早朝の真実だったのである。
15日夕方には自衛隊は『原発が爆発する。100キロまで逃げて』と言い残して全員が逃亡していた。
この事実を知っている軍事オタクの政治家石破茂は自民党の政権復帰直後に『命令拒否は死刑か懲役300年』との元防衛大臣として、あまりにも当然の主張をした。
ところが、意識的にフクシマの文言を抜いたために意味不明となりマスコミの全員からバッシングされているのです。(フクシマの言葉を意識的に抜いたのは石破茂当人なのか、それとも当該『石破発言』を報じたマスコミの方なのかは不明)
この驚愕的な石破茂『命令拒否は死刑か懲役300年』を最初に報じたマスコミは2013年7月の参議院選挙終盤(投票日直前)の東京新聞で、その2日後には赤旗も後追い記事を書いている。
その反響は凄まじい。東京選挙区では前回参院選では次点で落選した共産党が得票を倍増するは無所属の山本太郎も当選するは、選挙結果に大きく影響した。
ただし当該石破発言は参議院選の何カ月も前の自民党が政権復帰した直後の話であり、東京新聞としては(事前に予想されていた)2012年年末の衆議院に続き参議院選挙での安倍自民党大勝の流れに少しだけ抵抗したと思われる。



関連記事

石破茂閣下発言「命令拒否は死刑か懲役300年」を断固支持
2013年07月20日 | 政

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/93a6ae6fe8efa8a99e5674e713d78777


放射能汚染水が「冷却水だった」と初めて認めた東京電力(日本政府)

2017年01月31日 | 放射能と情報操作




(東京新聞が掲載していた福島第一原発のイラスト)

『post-truth 後で分かった「一言」のあまりにも深刻で重大な意味』

ネットメディアのHuffington Postですが、誰にも気が付かない様に密かに今までの欧米メディアと同じアメリカ新大統領のトランプに対するネガティブキャンペーンを軌道修正しているらしいのですが、日本共産党機関紙しんぶん『赤旗』の密かな大変身が真冬の怪談以上に恐ろしい。
1月30日月曜日の赤旗では『原子炉直下を撮影へ 今日にもカメラ投入』とのタイトルで『ロボット調査のイメージ』とのカラー印刷のイラストを掲載しているのですが、『注水毎時4・5トン』とはっきり書いてある。対照的に『デブリは圧容器内に』とか『一部は落下』の方にはクエスチョンマーク(?)の疑問符をつけている。
基本的に核燃料デブリは行方不明であり?以外の表現方法が無い。
月曜日の赤旗には『東電福島第一原発 この1週間』との東京電力が発表する1週間分のフクシマ関連の記事を掲載しているのですが、今回は『注水毎時4・5トン』のイラストと同一ページに、横に並べて掲載されているが、その、『24日』の欄には、今回はっきりと、

『汚染水発生量の抑制を目的に、毎時4・5トンだった注水量を昨年12月から段階的に低減。2,3号機でも順次実施します。』と書いている。
今までも不十分ながら一応は原子炉圧力容器への冷却水の注入を東電(マスコミ)は報じている。
同じく、汚染水の発生も東電(マスコミ)は報じている。
しかし、今回(1月30日)のように、フクシマの『冷却水』と『汚染水』が同時に関連付けて発表されたのは2011年3月11日以後6年近く経っているが、一切行っていなかった。
フクシマの1日当たり400トン抽入している『冷却水』と、同じく1日当たり400トン発生している『汚染水』とを、『別々のものだ』とは一回も言わなかった。
ところが、絶対に同時に『冷却水』と『汚染水』を言わないことで善良だが愚かな一般市民層に対して『たぶん、別々のものだろう』と勘違いさせていた。一種の手品である。
『冷却水=汚染水』との1月24日の東電発表ですが、前代未聞、空前絶後、驚天動地の驚きで、まったく初めての出来事だった。

『もしも本当に「知らなかった」とすれば愚かすぎる。知っていて「隠していた」なら悪質すぎる』

この『逝きし世の面影』ブログでは以前から一貫して、1日当たり400トンの冷却水注入と、同じく1日当たり400トンの汚染水の発生とは『同じ出来事だ』、『別々だと勘違いさせている』(東電や政府が日本人を間違いに誘導している)と主張していた。
ところが、普通の大人の知性とか思考力があれば誰でも気が付く筈の当然の疑問や推測が、なぜか反原発とか放射能被害に特化したブログでは気がつかないらしい。知らないとすれば愚かすぎるし、知っていて黙っているとしたら悪魔に魂を売っているのである。
反原発とか放射能被害に特化したブログですが、これ等はわざと厳しい現実に目をつぶっている(わからないふりをしている)、あの良い警官を演じる岡山大学の津田教授と同じで、腹立たしい詐欺か手品の類だった。

レベル7の未曾有の核事故から6年目を目前にして、とうとう東電(日本政府)が『溜まり続える汚染水とは原子炉圧力容器への冷却水の事だった』と認めた意味は限りなく大きいでしょう。フクシマの深刻化で、もう、これ以上は今までのように日本人全体を騙し続けることが不可能になったのですから怖ろしい。

今のように冷却水を注入し続ければ2日半で1基づつ1000トンの巨大なタンクが増えていく。2年前でも福島第一原発の敷地いっぱいに汚染水のタンクが林立していたが、現在ではもう敷地内には新しく建設する場所が亡くなった危機的状態だった
『核燃料の「崩壊熱」では説明不能のフクシマの現在』

原発は臨界が止まっても少しも安全とはならず、核燃料が膨大な崩壊熱を出し続けて冷却を怠れば爆発することは2011年3月のフクシマで証明済みである。
臨界が止まっても、核燃料は運転(臨界)時の6%の崩壊熱を出す。
崩壊熱の低下は一定では無く1時間後には最初の4分の1の1.5%になり、3日後では15分の1の0.4%に、1ヶ月後では30分の1の0.2%程度へと最初は急激に低下してから、あとは少しずつ低下していく。
ところが、もしも核燃料の崩壊熱の説明だけなら1年間後で1000分の1にまで低下している。6年近く経った今頃は数万分の1以下になっている筈が、今でも東京電力は爆発事故の当時と同じ量の冷却水を原子炉に注入し続けていて、2日半で1000トンの放射能汚染水が貯まり続けている不思議。去年末まで東電は1基当たり1時間4・5トン(総量では1日400トン)の冷却水をメルトスルーでダダ漏れ状態の圧力容器に注入して溶け落ちた核燃料(核燃デブリ)を冷やし続けていた。

『核燃料の臨界が止まらないのか?それとも、誰も彼も「何も分からない」ので惰性で「とりあえず」冷やし続けているのか?』

『答えは何れか「一つ」だが、いずれにしろ日本は終わっている』
6年近く経った現在でもメルトダウン当時と同量の冷却水を、釜の底が抜けた原子炉に注入して今でも冷やし続けている。
摩訶不思議なこの事実から分かることは、①溶解した100トン超の核燃料の発熱量が少しも減っていないことになる。(原子炉地下に落下した核燃料デブリがブスブスと間欠的に再臨界を繰り返している)
もしも再臨界していないとすれば、②核燃料の行方がまったく不明で、安全であるか危険であるかの判断が出来ない無能な東電や原子力規制委、日本政府が6年前のようなフクシマの大爆発を極度に恐れるあまり、今までの惰性で意味なく『とりあえず冷やし続けている』ことになる。原子力の専門家集団(原発ムラ)がど素人以下の能力しかなくて、今後、何が起きるかまったく予測出来ない手探り状態なのである。
正解はこの二つのうちの『どちらか一つだけ』だが、何れが正しくとも末期症状(終わり)であることだけは間違いない。
今の状態ですが、これはマスコミ発表の『核燃料の崩壊熱』だけでは絶対に説明がつかないが、東電(政府)は毎日注入している冷却水と、毎日発生する同量の汚染水を別々に発表するという姑息な手口で今までなんとか誤魔化していた。(国家とマスコミが二人三脚で延々と6年近く続けている不真面目で無責任で腹立たしい詐欺か手品の類)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/f8b5240c3a3d22564d654240004c431c


致死量の100倍(650シーベル)ほぼ「玉音放送」

2017年02月11日 | 放射能と情報操作




『首都圏の東京や千葉でも地震速報が無いのに…』

携帯への地震速報が行われたのは福島県宮城県と茨城県の北部だけなのに、テレビでは全国規模で『今すく逃げて』絶叫するTVアナとか、マグニチュードを大きめに修正する気象庁等の到底『有り得ない』摩訶不思議な現象が起きていた。
11月22日午前5時59分ごろ、福島県沖を震源とするマグニチュードM7.4の地震が発生し福島県などで震度5弱を観測した。
震源地は福島県いわき市の東北東約60キロ沖で、震源の深さは約25キロだった。
もっと正確に言うと福島第一発電所や福島第二発電所などの東京電力の原発から東に50キロ程度沖合いの地点だったのである。
ところがマスコミは『震源の深さは約25キロ』とだけ繰り返すが、肝心の震源の位置は曖昧に『福島沖』とだけ言って、震源との距離や正確な場所を絶対に言わない不思議。地震報道として本来これは『有り得ない』のである。

東京都豊洲新市場公式ホームページの遮水壁



『豊洲と連動している?フクシマの汚染数値の怪』

東京瓦斯の工場跡地で深刻な汚染が問題だとされていた東京都の豊洲新市場ですが、摩訶不思議なことに長い間、何回も検査されたが全てが環境基準値以下であり『安全・安心。何の心配も無い』(築地市場を閉鎖して豊洲に移転する)との計画の変更は無いとされていた。
ところ、去年の東京知事選(7月31日投票)で学歴詐称の小池百合子自民党宣伝部長兼東京都連副会長(第一次安倍内閣の安全保障補佐官)が豊洲移転を『立ち止まって考える』と言い出したら、なんと2016年9月発表の8回目の検査では一部で微量の基準値超えが発表されて、本当に11月8日予定の豊洲移転が延期(判断の先送り)される。
東京・築地市場の移転先となる豊洲市場の地下水モニタリング調査の最終結果(第9回目)が1月14日に発表され、環境基準の79倍の猛烈なベンゼン、同3・8倍のヒ素も汚染値が出る。検出されないことが環境基準の猛毒の有害物質「シアン」までが初めて検出され、さすがにこの数値では『今までの(安全・安心。何の心配も無い)との検査は何だったのか』とマスコミや有識者、小池百合子都知事からも出ている。
前回までは、明らかに数値が改竄されていた疑いがあるのだ。
『安全・安心。何の心配も無い』との1~7回目と少しだけ基準値を超えた8回目までは豊洲市場を建設した当事者であるゼネコンの検査結果であり、驚愕的な『基準値79倍超え』の最後の9回目だけが豊洲市場の造成工事とは無関係な第三者の検査機関が担当していたのである。
基準値以下の1~7回目と基準値を若干超えていた8回目は、同じゼネコン系でも検査主体が別だった。
嘆かわしいことに清水建設、大成建設、 鹿島建設など日本を代表する大手ゼネコンの全部が豊洲新市場の手抜き造成や偽装モリタリング検査にかかわっていたのである。
日本を代表する責任や信用力がある大企業が『赤信号みんなで渡れば怖くない』とばかりに全員で不正行為を平然と行っていたのですから、ほぼ日本は終わっている。というか、最初から豊洲新市場が『使われない』事実を、関係する全員が事前に知っていた。だから悪質な『手抜き』をみんなで仲良く徹底的に行ったのである。(71年前の『玉音放送』直前の日本でも、今回と全く同じ現象が起きていた)

『半数致死量が3~4シーベルトなのに、・・・過去最高値の650シーベルトが出た福島第一原発2号基格納容器』

99%が死ぬ放射線量(いわゆる致死量)は6~7シーベルトであり、2名が死亡した1999年9月に起きた茨城県東海村のJOC臨界事故では5~20シーベルトを浴びたという。(二人がバケツでウラン溶液を注ぎ入れた時に目の前で臨界が始った)
2017年2月10日付け読売新聞は、『2号機格納容器推定650シーベルト…過去最高』と題して、東京電力は9日、福島第一原子力発電所2号機の原子炉格納容器内で、毎時650シーベルト(速報値)の高い放射線量が推定される場所が見つかったと発表した。
カメラの映像のノイズから分析した。
1月30日の映像から推定した530シーベルトを上回り、今回過去最高の線量を更新した。東電は今後の調査方法を慎重に検討する。(推定値は、30%程度の誤差がある)
東電によるこれまでの最高値はレベル7の核事故の翌年の2012年に同じ2号基格納容器内で観測された毎時73シーベルトが最高だった。
10日前の1月30日には、毎時530シーベルトの運転中の原子炉圧力容器内と同程度の放射線量(ただしノイズからの推定値)が観測されたばかりだった。
しかも高数値が予想された圧力容器の下部ではなく離れている場所なので、核燃料デブリが広範囲に飛び散っているのか、それとも圧力容器下部はもっと高数値である可能性がある。
ところが、今回は臨界中(運転中)の原子炉圧力容器内よりも高い650シーベルトが圧力容器の外側の格納容器内で観測されているのです。
しかも原発事故の当事者である東電の発表なので、豊洲の汚染値と同じ仕組みなら、たぶん改竄された『安全・安心。何の心配も無い、最小の数値』である疑いがあるのですから怖ろしい。
本来なら新聞社は日本の一大事として第一面に大きく掲載すべき重大ニュースなのだが、三面記事の片隅に誰にも気が付かれない様に小さく書いている。世論形成に一番大きな影響力がある映像メディア(テレビ)では運転中の原子炉圧力容器内と同程度の530シーベルトは報じたが、もっと高い今回の650シーベルトは報じていない。

元東電原子力技術者、現医師の独り言『院長の独り言』

この東京電力の元原子力技術者でしかも現役医師でもあるとの(原発事故や放射能被害で)最高のキャラクターの『院長の独り言』は、矢張り原子力ムラの工作員(良い警官)である可能性が一番高い。『良い警官』を演じるあの『福島県は他県の50倍』との岡山大学の津田教授とこの『院長の独り言』(小野俊一医師)とは同じ役回りを演じているのでしょう。(あるいは本当に本人がうっかりしていて気が付いていない可能性もあるにはあるが、普通に考えれば可能性は非常に低い)
しかし、極悪検討委(悪い警官)とぐるの詐欺師(よい警官)の津田教授にも言えるが、『院長の独り言』(小野俊一医師)では一定程度は非常に良いことも言っているのである。
驚愕的な当時としては最高値の毎時530シーベルトの高い放射線量のマスコミ発表から1週間後の2017年02月06日『1422.2号機格納容器下部で検出された毎時530Svの放射能とは』の記述が何とも不思議なのである。
そもそも、この『院長の独り言』(小野俊一医師)は現役医師のはずが福島県検討が2順目終了時(ただし全体の7割)で小児甲状腺がんが爆発的に発症している事実には一切沈黙している。知らないふりで通しているのですから、詐欺か手品の類。基本的にインチキなのです。
(今後もしも現役医師のくせに小児甲状腺がんに何も喋らないのと同じで、650シーベルトに対して何も反応しないなら原子力ムラの工作員であることが完璧に証明される)、
津田教授と同じ『よい警官』(原子力ムラ)の元東電原子力技術者で現医師の独り言は、津田教授とまったく同じ意味で非常に参考になる。(他のものが怖がって指摘しない、避けれない恐ろしい真実を一部語っている)

『原子炉圧力容器外に溶融燃料が多量に漏出した史上最大の原子力事故であることが裏付けられた』
『530Sv/hrの線量とは・・・、少なくとも我々が生きている限り福島の収束は不可能であると証明された。』
『実質的にいかなる作業をも不可能』
『いくら、「福島は安全だ」と主張したところで、原子炉建屋の中には致死量の放射能が未だにコントロールされないまま放置されているわけで、信じる方がおかしい。』と、何とも正直である。

ところが、この後に続くのが炭鉱のカナリアでもあるまいし、ケージに入った小鳥の映像であり、何ともインチキくさい。(多分日本人が衝撃を受けてパニックになることを恐れているのである)同じ致死量の被曝映像なら、わが日本国では1999年に起きたJOC臨界事故の貴重な映像が存在しているのですよ。人間が致死量の放射線を浴びればその後どうなるかは明らかで、何とか恐ろしい真実を隠そうとして、小鳥の映像などで誤魔化す態度が不真面目。まさに岡山大学の津田教授とまったく同じ態度であり、まるっきり『別々に生まれた双生児』状態なのである。



『原発廃炉作業に絶望、もはやお手上げ、死の墓場への道 』2017/2/11(土) 大槻義彦の叫び、カラ騒ぎ 科学に限らず何でも叫ぶぞ

これで万事休す、です。
もはや東電と政府が行っている、これから40年もかかるとされた廃炉作業はほとんど不可能となりました。まず、地元河北新報の記事を引用しましょう。
   (以下引用)
2日、福島第1原発2号機の原子炉格納容器の内部調査で撮影した映像を解析した結果、推定で毎時530シーベルト(Sv)と極めて高い空間放射線量を格納容器内で測定したと発表した。福島第1原発で測定した値としては過去最大という。実際の放射線量を測定できるロボットなどを投入してさらに詳しく調べる。
内部調査は1月26、30の両日、先端にカメラが付いたパイプを挿入して実施。30日の調査で、圧力容器真下の作業台で溶融燃料(燃料デブリ)の可能性がある堆積物を初めて確認した。映像を分析した結果、圧力容器から下
に延びる筒状の構造物に堆積物が付着していることを新たに確認。半径約5メートルの作業台のうち、約1平方メートルが脱落しかかっている状況も分かった。高線量は格納容器の貫通部と圧力容器を支える筒状の台座(ペデスタル)
の間で観測された。映像のノイズから解析して評価した。
線量計による測定との誤差の範囲は30%程度という。2012年3月に線量計を使って別の場所で測定した際は最大毎時73シーベルトだった。東電は「ロボットの投入の可否も含め、引き続き調査方法を検討する」と説明した。
      (引用終わり)
この530シーベルトという放射線量は絶句するほど とんでもなく高いレベルだ。最近の朝日新聞などの報道では530シーベルトどころか700シーベルトだったということだからなおさらである。
人間は国際放射能防護委員会の基準によれば『人は4シーベルで死に至る。7シーベルトで全員即死となる。』それ の100倍の放射線量である。
とても人知が考えうるレベルではない。
これからこの燃料をロボットでと出すというがこれは全く危険な、無茶な妄想である。
仮にロボットで外部にうまく取り出してもそれをどう処理するのか?とりだした燃料は周辺の機器、装置と合体しておりこれをロボットがはがして持ち出すなど不可能であるが、もしそれが成功しても外部に持ち出された燃料は半径50キロ以内に近づくことも出来ない。
したがってロボットの操作を東京の東電本社からでも行うつもりか?福島県の避難民がせっかく帰還できたのに再び避難させるのか?したがってこの溶け落ちた核燃料は元々『とりだしてはいけないもの』だったのだ。
つまり『廃炉作業はナンセンスだった』わけだ。
したがって危険きわまりない燃料取り出しなどお手上げなのだからこのまま何百年も『放置』する以外にないのだ。
すでにこのような放置はチェルノブイリで原発事故でとられた方法だ。
『方法』というより『野放し』『垂れ流し』である。
分厚いコンクリート壁で何重にも遮断する。
しかしこの遮断の恐ろしさは地面下部の処理だ。メルトダウンした燃料はやがて容器下部を突き抜け、建屋下部の割れ目から地面の中に浸透する。もちろん地下水の汚染だ。周辺の地下水は氷土壁によってある深さまで遮断できてもその氷土壁の高さ以下に侵入するとこれもお手上げなのだ。
何百年もの間、日本人は東日本にとんでもない『死の墓場』のお荷物をかかえることになる。
人間の科学文明の末路の墓場を見てそのころの人類は何を想うか、何を笑うか。
2/11(土) 大槻義彦

『71年ぶり二回目の「玉音放送」に茫然自失、思考停止に追い込まれたマスメディアや有識者、ネットの政治ブログの無残』

自分が直接調べた『アポロの月の石』が、『地球上の玄武岩と同じだった』と馬鹿正直に語って、世間から袋叩きにあった過去がある物理学者の大槻義彦早大名誉教授ですが、現在は小泉純一郎や竹中平蔵が推し進めた悪魔の碾き臼『新自由主義』を真っ向から批判して(絶対に踏んではいけないトラの尻尾を心ならずもうっかり踏んで)破廉恥罪で口封じされたらしい経済学者の植草一秀以外では唯一アメリカのトランプ新大統領に対する欧米や日本のメディアによる過激なネガティブキャンペーンに異議を唱えている。
今回の致死量の100倍(650シーベル)との、ほぼ日本の『玉音放送』を聞いたマスメディアや有識者、ネットの政治ブログが茫然自失、思考停止に追い込まれた中で、唯一敢然とタブーに挑戦した大槻義彦の勇気は大いに評価出来るでしょう。
基本的にメディアも有識者もネットも同じで全員が沈黙する中では、共産党機関紙赤旗2/11(土)が前日に続き三面記事(社会面)ではあるが取り上げている。
それによると1月30日の毎時530シーベルトは圧力容器を防護する壁から2・3メートル離れた地点で、2月9日の650シーベルトの方は侵入口から3メートルの地点だった。高圧水で走行レール上を5メートル清掃する予定が1メートで諦めている。1000シーベルトの耐久性のカメラが2時間でダウン(500シーベルト×2時間)するが、格納容器内では毎時20シーベルトの地点もあり放射能の汚染濃度に大きなばらつきがあり一定ではないらしい。(この事実からは、今回発表の数値よりも遥かに高線量の場所の存在が考えられる)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/891e07adee11cfb5e745b8e2cb05c6b2


「自分だけ逃げた」と避難者イジメをする狂気

2017年03月10日 | 放射能と情報操作




へぇ!(post-truth)原発事故の避難者イジメの本家本元は福島県(日本政府)だった

『post-truth』の解釈ですが『後の真実』でも、『後から分かった真実』でも、『次の真実』でも、『もう一つの真実』でも、何でもよいが、フクシマから6年目を向かえる今の時期になって、(6年間挙国一致で隠していたが、)とうとう怖ろしい『post-truth』がネット世界だけではなくて、大手マスコミでもほんの少しだけだが真実の断片が語られ出した。

毎日新聞2017年3月10日『記者の目 』. 東日本大震災6年 福島に戻った母親=杉直樹(前橋支局)

自主避難していたことが周囲にばれて、子どもがいじめに遭うのが怖い--。
東京電力福島第1原発事故で避難指示区域でない地区から自主避難し、約2年前に福島に戻った女性の言葉が耳から離れない。
あすで事故から6年。福島県による自主避難者への住宅無償支援が3月末で打ち切られる中、企画記事「安住を探して 原発事故からの自主避難」(7日から3回連載)の取材で、福島に戻った母親たちに話を聞いた。
そこで分かったのは冒頭の女性のように、福島にとどまった人との間を隔てる「見えない壁」に悩みながら、息を潜めて生活している人が少なくないということだ。
帰還という「見た目の復興」だけでなく、人とのつながりを促す「目に見えない復興」が求められていると現地で強く感じた。
(この大馬鹿者が。!!悪い冗談はいい加減に止めてほしい。大都会とは違い、人と人のつながり、いわゆる『絆』が地方では強すぎるから自主避難した人が福島県内では顔を隠して細々と生活しているのですよ。日本で起きている事実は正反対である)
「自主避難者が帰還後に感じた本音を聞きたい」。
地元に戻った人を支援する市民団体を通して取材を申し込むと、返ってきた答えは「ノー」の連続だった。
主な理由は「帰還者の保護」。
ある団体は「匿名でも家族構成や生活状況から本人が特定される可能性がある」とした。戻った人に話を直接聞こうと、2月上旬、帰還者向けの講演会やイベントに足を運んだが、記者と名乗った瞬間、拒まれることもあった。(それほど、福島県民による避難者バッシング『避難民イジメ』が恐ろしいのである)
残った人との「見えない壁」
当初は、なぜ、これほど神経をとがらせているのか分からず戸惑った。匿名を条件に取材に応じてくれた人の話を聞いていくうちに、その理由が少しずつ分かってきた。
(陰湿な避難者イジメの横行を今まで挙国一致で隠していた政府やマスコミの悪事)
2年前に避難先の山形市から戻った4児の母親は「自分から避難歴を明かす勇気はない」と答えた。「避難歴を明かせば『神経質な変わり者』と思われて、嫌がらせを受ける かもしれない」というのが理由だ。
原発事故直後、子どもの健康被害を心配し、自主避難した。今も不安は消えないが、夫に「同僚の家族はみな戻ってきている。そんなことを言っている人はいない」と説得され、やむなく従った。
子どもが通う小学校の母親との間で、放射性物質や原発事故の影響が話題に上ることはない。
自分から口にすることもない。「なぜって、子どもが学校で変な目で見られたら怖いから……」
約1年半前に静岡県から福島県伊達市に戻った女性も安全面への不安は消えないが、近所や知り合いの母親に打ち明けられないでいる。「当初は福島にとどまる選択をした人も放射性物質を気にしていた。
みんな我慢したのに、私は逃げたという負い目がある」と明かす。
(健康不安は、風評被害を助長する)
一方、福島にとどまった人を取材すると、「過剰反応じゃないか」「風評被害を助長している」などとして、不安を口にする自主避難者を非難する意見が少なくなかった。
本音が話せる居場所作りを
帰還者の支援団体によると、福島に戻った後、再び県外へ転出するケースが相次いでいる。ある支援団体の担当者は「健康面の不安を抱えていても、とどまった人に遠慮して誰にも悩みを打ち明けられない人が多い」と分析する。
復興庁が昨年度から行う「心の復興」事業は県内の施設で実施されているが参加者が数人にとどまる時も珍しくない。
現在も約1万世帯いる自主避難者。昨年6月福島県調査によると、県外の自主避難者で帰還「しないと決めた」が6割以上を占めたが、住宅の無償提供を打ち切る。
3月10日毎日新聞(抜粋)

★注、
新聞記者としては何とかして真実を書きたい(読者に隠された真相を伝えたい)のである。
ところが、最初から腰が引けているへタレの毎日新聞らしいと言えばそれまでだが、自民党政府(安倍晋三)が怖いので思いっきり水で薄めている(デマに近い妄想というか『はかない願望』を書いている)が、それでも今回真実の断片を書いた勇気を大いに褒めるべきであろう。
フクシマの放射能被害を隠蔽するために全員で『自分だけ逃げた』と避難民をバッシングしていたのですが、この事実がとうとう明らかになった意味は大きい。
横浜に自主避難した子供が学校でイジメにあった事実はマスコミが大きく報じたが、実は福島県(日本政府)は自主避難した人々を全員でバッシングしていた。
これこそが全員で隠していた日本の『post-truth』だったのである。


一時は漫画『美味しいんぼ』の鼻血が風評被害だと挙国一致で叩く狂気が日本中に吹き荒れていた

『風評被害が無くなるとは、→「風化すること」と同じ意味だったと6年もかけてやっと気が付くマヌケぶり』

毎日新聞ですが福島県では『自分だけ逃げた』と避難者をバッシングする狂気の風評被害対策を行っている事実を報じた『記者の目』と同じ見開きページにあるのがオピニオン記事の『論点』 . 『福島原発事故6年』である。
『自己責任は避難者切り捨て 市村高志・NPO「とみおか子ども未来ネットワーク」理事長』
いちむら・たかし
1970年横浜市生まれ。93年に家族と福島県富岡町に移住し会社員生活などを送る。原発事故後に避難、2012年に同ネットを創設した。共著に「人間なき復興」(ちくま文庫)。
『原発事故について「風評被害」「風化」という言葉をよく聞くが、風評被害をなくすことと、風化を防ぐことは両立しない。風評被害がなくなることは、風化することと同義語だからだ。 』
との、あまりにも当たり前の常識がマスコミで初めて語られた。
(同じ日付の毎日新聞では被災自治体首長アンケートとして95%が『風化を感じる』と報じている)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/97ad0f460fc18cc31c6198ea38839570


NHK 冷却水だった膨大な“汚染水”

2017年04月16日 | 放射能と情報操作




NHKスペシャル
廃炉への道2017
核燃料デブリ 見えてきた“壁”

初回放送

総合 2017年4月15日(土)
午後9時00分~9時49分

福島第一原発事故から6年。メルトダウンした3つの原子炉を「廃炉」にする闘いが続いている。40年とも言われる長き道のり、その最新リポート。
1号機から3号機、合わせて880㌧が存在するとみられる溶けた核燃料“デブリ”。その取り出しは、廃炉作業の最大の難関だ。どこに、どのような状態で存在するか分かっていないデブリの状況を見極めるため、1月末からの2号機の格納容器内部調査に続いて、3月には1号機で調査が行われる。調査結果を詳しく分析し、炉内の状態に迫る。さらにデブリ取り出しに向けた技術開発はどこまで進んでいるのか?実際のスケールで行われる大規模実験や、放射線に極めて強い専用ロボットの試験に密着する。
また、デブリを冷却するために注がれる水は膨大な“汚染水”となり、もう一つの大きな課題となっている。
その量は100万㌧に達し、敷地には1000基もの巨大タンクが並ぶ。デブリ取り出しの先行きは見通せるのか?そして、汚染水は制御できるのか?数々の障壁を、模型などを駆使して可視化・検証し、大きな節目に立つ廃炉の「全体像」に迫る。
(番組案内)

★注、
今年に入ってから汚染水の増加には原子炉の冷却水が関係していると示唆するような婉曲表現になったが、今回のNHKスペシャルのようにズバリ『冷却するために注がれる水は膨大な“汚染水”となり、』と冷却水=汚染水である事実を初めて報道する。(今までの汚染水を報道するときには必ず地下水も併記して善良な読者を間違いの迷宮に誘い込んでいた)

『とうとう限界にきた政府とマスコミが挙国一致で流していた姑息で腹立たしい手品(詐欺的なフェイクニュース)』

6年前のレベル7の史上最悪のフクシマの核事故の発生から現在まで1日当たらい400トンもメルトスルーして(お釜の底が抜けた)ダダ漏れ状態の原子炉圧力容器に注水していた冷却水と、同じく1日当たり400トンも発生していた高濃度放射能汚染水ですが、別々にマスコミに発表することで善良だが愚かな一般市民とか有識者に対して『溜まり続ける汚染水と、原子炉の冷却水は、たぶん、別々の話だろう』と勘違いさせる作戦ですが、今までは大成功していた。
しかし、6年も続けると福島第一原発の敷地いっぱいに汚染水のタンクが林立して仕舞い、とうとう政府とマスコミが挙国一致で流していた姑息で腹立たしい手品(詐欺)も限界がきたのである。(今までは1日400トンだった冷却水=汚染水ですが、3月から徐々に減らして1日150トン近くにまで縮小する計画が現在進行中)

『海側(下流側)は二重の壁で厳重に閉鎖、山側(上流側)だけ開口部がある遮水壁』★福島第一原発の地下部分を丸ごと水没させる?

東電が原子炉への冷却水を半減した影響は如何出るのか不明だが、福島第一原発では鋼管矢板による陸側遮水壁と凍土遮水壁の二重の壁で海側は閉鎖しているが、山側の凍土遮水壁は一部が計画的に未凍結になっている。
地下水の流れですが、これは通常なら河川と同じで上流(山側)から下流(海側)に流れているのですから東電とか経産省(エネルギー庁)は意識的に阿武隈山塊の豊富な地下水が原発敷地に溢れるように仕組んでいるのである。ところが東電は地下水の水位には変化が無いと言い張っている。(地下水の水位をわざと上げて核燃料デブリを冷やす心算なのだろうが、今までは汚染水が流れ出さないように原発建屋の周囲の水位を低くしていると逆の説明をしていた)

『長い間善良な一般市民を騙し続けていた悪党が、少しだけだが真実を語りだしたが・・・』

今の日本では共産党機関紙の赤旗を含めすべてのメディアが東京電力とか日本政府の『地下水が汚染水になる』との白々しいデマを挙国一致で延々と流し続けた。その関係で、今の日本ではほぼ100%近い人々が洗脳されていて『放射能汚染水とは地下水に由来する』と信じて安心しているのですから、今更NHKが『寝た子を起こす』(真実を語る)必要が無いのである。NHK会長が安倍晋三のお友達から変わったから、心を入れ替えたとは到底思えない。
長い間善良な一般市民を騙し続けていた悪党が、少しだけだが真実を語りだした意味ですが、良心に目覚めたからではなくて、たぶん、もっと悪いニュースの予行演習である可能性の方が遥かに高いのである。


福島第一原発3号機(中央)2011年3月21日 東電の写真・映像ライブラリーより

『2011年3月11日の「原子力緊急事態宣言」(原子力災害対策特別措置法)が未解除のまま、避難区域だけ縮小』2017年2月21日(安倍内閣の答弁書)

原子力災害対策特別措置法で緊急事態宣言の『概要』や『区域』は公示するよう定めている。
①・「原子力緊急事態の概要」
「原子力緊急事態の概要」は現在まで一切変更がない。
つまり発生日時(2011年3月11日16時36分)と発生場所(東電福島第一原発)だけが記され、他には何も書いていない。
②・原子力緊急事態の解除宣言までの間、原子力災害の拡大の防止を図るため実施すべき応急の対策を実施すべき『区域』は、現在までに縮小、大幅に変化した。
③・「緊急事態応急対策を実施すべき区域」内の「居住者、滞在者その他の者及び公私の団体に対し周知させるべき事項」
関係自治体や一般市民に周知させるべき『事項』とは、避難指示が解除された地域と避難指示が維持されている、それ以外の地域のことだとしている。
「原子力緊急事態宣言の概要」は変化なし。一方、避難指示の解除で「緊急事態応急対策を実施すべき区域」だけが縮小中だ。
『原子力緊急事態の概要』は発生した事故と日時だけなので、対象は福島第一原発内だけで、原発の外側は一切含まれていない。
一般市民が住む原発以外の区域が、必要な応急対策を受けることなく放置されていた。
ところが原発の外側に、除染基準や農水産物の放射能汚染基準が定めているが、これこそ原子力災害対策特別措置法が定めた『原子力緊急事態の概要』である。
本来なら『概要』が変化するから『区域』が変化する。
いま『緊急事態応急対策を実施すべき区域』がドンドン縮小しているが、除染基準も農水産物の基準は残っていて、汚染状況とは無関係であり、何処にも法律根拠が無い無法状態だった。

『必ず適用範囲とか期間が明記されている戒厳令(非常事態宣言)の世界の常識』
★注、
原子力緊急事態宣言で既存の法令を一時的に停止して内閣総理大臣に全権を集中し、電力会社を直接指揮したり住民の強制疎開を命令出来るとの原子力災害対策特別措置法は1999年の東海村JCO臨界事故によって、原子力災害の放射能から国民の生命、財産を守るために特別に作られた法律。
原子力緊急事態宣言の発令では、
一 緊急事態応急対策を実施すべき区域
二 原子力緊急事態の概要
三 前二号に掲げるもののほか、第一号に掲げる区域内の居住者、滞在者その他の者及び公私の団体(以下「居住者等」という。)に対し周知させるべき事項
とあるが原子力緊急事態宣言は今までの既存の法律や秩序を無視して(一時的に無効にして)首相が全権を握る非常事態宣言(準戒厳令)なのですから、本来ならこの1と2と3は対象や範囲が『同一』のはずなのですが、政府答弁書では無関係になっている。
原子力緊急事態宣言の『概要』には東京電力の福島第一原発としか書いていないのなら、本来なら原発敷地の外側は適応外であり一般市民は今までの法令(年間1ミリシーベルト)が適用される。



『日本国で6年も続いている静かな戒厳令「原子力緊急事態宣言」の意味』

それでは何故政府はレベル7の未曾有のフクシマの核事故で2011年3月に出された『原子力緊急事態宣言』を解除せず、未だに『出しっぱなし』のままなのか謎ですが、答えは極簡単で、国連の国際放射線防護委員会(ICRP)の『年間被曝量1~20ミリシーベルト』とは、原発がレベル7の過酷事故を起こした時の緊急避難時限定の高過ぎる数値だったのである。
年間1ミリシーベルト以下の平時の安全基準の値を守るなら、政府は避難指示の解除ではなくて、180度正反対の、全住民の速やかな緊急避難こそ宣言するべき義務が生じる。
『20ミリシーベルト以下』とのICRP勧告には、『緊急事態宣言』(原子力の戒厳令下)状態では無い、平常時に一般市民が普通に生活する数値では無い事実をはっきり書いてある。
しかし平時の基準では東北や北関東の8県だけではなくて首都圏の千葉や東京でもホットスポットが存在していて年間1ミリシーベルトの基準値をオーバーしてしまう地域が出てくる。仕方なく日本国では6年間も『原子力緊急事態宣言』(静かな戒厳令)が続いているのである。


『日本外国特派員協会での小出裕章の渾身の訴え<福島原発事故>今も緊急事態宣言は解除されていない〜「もし、私が安倍さんであれば、まず真っ先にやることは子供たちを汚染地帯から避難させる!2015年4月25日』



『福島第一原子力発電所が撒き散らしたセシウム137は、全量でも、0.7kg』 

日本の東北地方関東地方を中心に、広大な地域を放射線管理区域にしなければいけないほど汚染したセシウム137はわずか750g。放射能は人間の五感で感じられないと言われるが、当たり前で、感じられるほどの放射能があれば人間なんて簡単に死んでしまう。
そういう汚染の中で今、福島を中心にして、人々が被曝をし続けている。 被曝を少しでも少なくしたいと家の周り、学校の校庭から土を剥いで袋に詰めて何千万袋というような袋が積み上げられどんどん増える。しかし袋なのでどんどん破れる。一体どうやって管理をしていくのか。これから何十年も何百年も放射能被害に向き合わされる。

『放射能に関する日本の既存の法律では、』

放射能を取り扱う場所は、放射線管理区域に指定し、厳密に取り扱うよう、放射線管理区域から物を持ち出す時には、1平方メートルあたり4万ベクレルを超えているようなものは『どんなものでも持ち出してはいけない』が日本の法律だった。
年間被曝量が1ミリシーベルト以上の放射線管理区域は立ち入ることすら禁じられる場所で、原発作業員とかレントゲン技師など職業であっても、中に入ったら最後水すら飲めないと法律で明記されている。
日本の法律では放射線管理区域の外側には1平方メートルあたり4万ベクレルを超えるものは『どんなものでも存在してはいけない』が、この青い場所は1平方メートルあたり6万ベクレルを超え、くすんだ緑の場所も3万ベクレルから6万ベクレル汚染している。
日本国の法律を守るなら、およそ1万4000km2が放射線管理区域(全住民の強制移住)だと、政府自身が地図に示している。
(ちなみに放射線管理区域以上に汚染した1万4000km2とは東京大阪沖縄香川など小さな都府県7個分もの面積に匹敵し、福島は北海道岩手県に次ぐ日本で3番目に大きい県だった)
しかし、日本国政府は原子力緊急事態宣言を出し『今は緊急事態だから法律を守らなくてもいい』と、人々を汚染地に捨ててしまった。


中国・北京で記者会見を行う王毅外相(2017年4月14日撮影)AFP

『北朝鮮をめぐる衝突は「いつでも起こり得る」 中国外相』2017年04月14日 AFP

中国の王毅(Wang Yi)外相は14日、米国との間で緊張が高まる北朝鮮について、衝突は「いつでも」起こり得る との見解を示しつつ、どんな戦争にも「勝者はいない」と警告した。
北朝鮮が15日に核実験かミサイル発射実験を行うとの観測が広がる中、ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は北朝鮮問題について「対応する用意がある」と発言したが、王外相の発言はこれを受けたものとみられる。
王氏は北朝鮮をめぐる緊張が高まっていることを認めた上で「衝突はいつでも起こり得るという感じがする」と語った。さらに「戦争が起きれば、その結果は全員が負けるという状況で、誰も勝者にはなれない」と述べた。
また、衝突を誘発する側がどちらであっても「歴史的責任を負うことになり、相応の代償を払うことになるだろう」と述べ、「対話こそが唯一可能な解決策だ」と訴えた。(



『北朝鮮ナンバー2、「核攻撃には核攻撃で反撃」』2017年04月15日 AFP

北朝鮮のナンバー2、崔竜海(チェ・リョンヘ、Choe Ryong-Hae)朝鮮労働党副委員長は15日、米国から核攻撃を受けた場合、北朝鮮も核攻撃で反撃する用意があると述べた。
崔副委員長は、朝鮮中央テレビ(KCTV)で放映された大規模軍事パレードの開会式で「わが国には全面戦争には全面戦争で応じる用意があり、核攻撃を受けた場合、わが国流の核攻撃で反撃する用意がある」と述べた。
 4月15日 AFP



『パク・クネ大統領弾劾での政権の「代替わり」の真っ最中で、何かを交渉出来る体制ではない韓国の国内事情』

トランプ政権の閣僚として初めての外国出張がマティス国防長官の韓国訪問だった。ところティラーソン国務長官に続き、何と、副大統領のペンスが現在正式な大統領が弾劾で不在の(肝心の交渉すべき主がいない)韓国を訪問中。今の韓国ですが次期大統領を決める熾烈を極める大統領選挙の真っ最中であり何かを決めれる余裕など何処にも無い状態だった。(アメリカは今の韓国に何を期待しているのだろうか?)

『今月28日に迫った米予算案の期限の議会対策の可能性が一番高いが、・・・』それにしても米国の韓国への圧力が尋常ではない

日本国自体が2011年3月11日以来、事故後6年経った現在でも『原子力緊急事態宣言』は未解除のまま継続中であるが、韓国は放射能に汚染しているとして東北北関東の8県の農林水産物の輸入を禁止しているし中国は首都東京を含む10都県からの輸入を禁止している。もちろんそれ以外のロシアや台湾など周辺諸国や世界の国々も事情はほぼ同じである。にわかに起きた北朝鮮の核兵器の危機ですが、何も中国の王毅外相が言わなくとも誰にとっても一切の得が無い(全員が大迷惑するだけではなく、もしも全面戦争が起きれば全員が敗者になる)ことは明らかである。
今回なぜか意味なくわざと騒動を煽っているのですが、唐突なシリア空爆と同じで今月28日に迫ったアメリカ議会での予算承認の期限での『毅然と決断する愛国的な大統領』を演出してマケインなど共和党右派議員の支持を取り付けようと画策するトランプの議会対策が一番の原因だとは思われる。

『フクシマの猫だまし(予測不能、想定外の危機の隠蔽工作)の可能性もある』

4月28日の期限までに予算案が議会を無事通過しないと政府職員に給料が払えず連邦政府が自動的にシットダウンするので、共和党右派(軍産複合体)にすり寄るトランプの今の姑息な戦術は何とも『仕方がない』成り行きなのである。
ところが、それ以外にもひょっとしたら、日本のフクシマが限界に来ていて、その煙幕(猫だまし)として意識的に北朝鮮危機が演出されている可能性がある。
今年3月末から始まった、6年前から今まで一貫して1日当たり400トンだった冷却水=汚染水を1日150トン近くにまで縮小する計画が現在進行中ですが、何らかの科学的な確かな根拠による行動ではない。それなら一応は科学者の集団である田中 俊一委員長や更田委員長代理など原子力規制委が心配しているような不測の事態が起きる可能性は十分にあることになる。
(規制委は『何が起きるか予測できない』として大反対していた前代未聞、空前絶後の謎の凍土遮水壁を東電とか経産省(エネルギー庁)は強引に押し切って建設した経緯がある)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/03b84720ca0d2dc00f65a691bd69582a


「除染」を否定して門前払いした司法の判断

2017年04月18日 | 放射能と情報操作




『原発事故の農地汚染回復訴え却下 地裁郡山支部、原告控訴へ』4/15(土)福島民友新聞

東京電力福島第1原発事故により、放射性物質で農地を汚染されたとして、県内のコメ農家ら8人と農業法人1社が東電に土壌の放射性物質濃度を事故前の水準に戻すよう求めた訴訟で、地裁郡山支部(上払大作裁判長)は14日、「放射性物質の除去方法が技術的に確立されていない」として、訴えを却下した。
原告側は控訴する方針。原告側によると、原発事故を巡る農地の原状回復を求めた訴訟の判決は全国で初めて。
判決理由で上払裁判長は「原告側は農地の放射性物質を除く方法を具体的に明示しておらず、訴えが認められた場合に東電が取るべき行為を特定できていない」と却下の理由を示した。放射性物質の飛散で農地の所有権が侵害されたか否かについては判断を示さなかった。
原告側は、事故でコメや野菜を作っていた計約30ヘクタールの農地の放射性物質濃度が上がり「安全、安心な農産物を生産、販売することができなくなった」と主張。事故前に県内で測定されたのと同程度まで放射性物質濃度を回復させるよう求めた。
東電側は「原告の農地は作付け制限や出荷制限もなく、使用は妨げられていない」と主張した。
原告団の鈴木博之団長は判決後の記者会見で「原発事故の後始末をしなくてもいいと、司法がお墨付きを与えてしまった」と、憤りをあらわにした。原告側の花沢俊之弁護士は「『却下』という結論だけで、内容に関する議論がなかった」とした。
東電は判決を受け「訴訟の内容については回答を差し控える」とした。
4/15. 福島民友新聞

菅野完、@noiehoie
「殺人事件の被害者を蘇生できる方法が技術的に確立されていない」という理屈で、殺人事件も門前払いしてしまえばいいのではないか



『科学的な知見としては「正論」で少しも間違っていないのだが、・・・』

『放射性物質の除去方法が技術的に確立されていない』として6年前の福島第一原発事故以前への原状回復を求めていた福島県の農民の訴えを却下した福島地裁郡山支部(上払大作裁判長)ですが、『政府とか東電の言っている「除染」は科学技術的に無理だ』と、今回判断した意味は大きいでしょう。
何やら、知識とか世間体を気にする常識ある賢い大人は全員同じで、誰一人として目の前で行われている滑稽な茶番劇に対して何も言わなかった。ところが、頑是ない愚かな子供だけが『王さまは裸だ!!』と真実を叫んだというアンデルセンの『裸の王様』の裁判所版である。
放射能の無毒化は今の人類の科学技術では無理で、放射性汚染物質自身が持つ数十年とか数百年の半減期を待つ以外の方法が無い。フィンランドのオンカロでは原子炉の放射能汚染物を5万年後まで安定した岩盤をくりぬいた地下数百メートルに保管する計画を立てている。

『未曾有のレベル7の核事故後の「意味のない除染の継続」VS「全住民の強制疎開」の二者択一?』

政府やマスメディア言う『除染』とは漫画『美味しんぼ』が指摘しているように『まやかし』(気休め?)以外のなにものでもないのである。
除染に意味が無いことは1986年のチェルノブイリ事故で証明済み。放射能の除去技術は確立しておらず科学的にも現実問題としても実施は不可能なのです。
何の意味も無いことがすでに分かっている(不必要な除染作業員の深刻な被曝を伴う)『除染』を日本政府が何兆円も使って行っている理由ですが、チェルノブイリと同じで『除染』を止めれば原発の放射能汚染地域からの全住民の強制疎開を始めなければならないが、過疎地で広大な国土の旧ソ連とは大違いで日本は人口過密で国土が狭い。
チェルノブイリでは核事故の発生から3年間は除染を行って誤魔化そうとした。ところが放射能による住民の健康被害の深刻化が明らかになり3年過ぎから1ミリシーベル以上の放射能汚染地域からの全住民の疎開を実施している。
しかし、原発立地の人口密度が高い日本は強制疎開の対象者が多すぎるし、疎開させるべき土地も無いので6年が過ぎた今でも汚染地域に人々が放置され小児甲状腺がんなどの健康被害が進行している。


男泣きしているのは事実だが、何故かあの産経新聞だけが悪意をもって『号泣した』と報じた辞任会見時に思わず涙ぐむ中谷元防衛大臣。欧米世界ではこの様な政治家の涙を『ワニは涙を流しながら獲物を食べる』という伝説からcrocodile tears(そら涙)と呼ぶが、1974年のニクソン大統領の辞任時のクロコダイルティアーは空涙, 嘘泣き, 泣き真似など評判がすこぶる悪い。(ニクソンは病死や暗殺ではなく自ら辞任した唯一のアメリカ大統領)


普通のセミは1週間後の8日目には全員が死んでいるが、自分自身を『八日目の蝉』に例え泣き出した馳浩文部科学大臣の無残。それにしても同じ日に安倍内閣の閣僚経験者が相次いで人前もはばからず男泣きする姿は異様すぎる

『日本でも「最後の決断」の時が目の前に迫っている!』

あの民主党政権(枝野幸男)が何度も言っていた『放射能は食べても直ぐに健康に影響しない』ことは科学的事実だが、原発事故後の時間的な猶予期間が日本ではとっくの昔に終わっていた。
マスコミは外国特派員協会で『福島は他県の数十倍多い』との岡山大の津田教授の爆弾発言を取り上げているが、実は福島県検討委(日本政府)自身が小児甲状腺がんが『他県の数十倍多い』と認めていた。(津田教授と検討委のインチキな八百長プロレスだった)
ところが、事実はがもっともっと深刻だったのです。
少しでも冷静に数値を見れば誰にでも分かるが、日本の福島県では同時期のベラルーシよりも小児甲状腺がんが『数十倍多い』のである。
フクシマの放射能被害の方がチェルノブイリよりも遥かに深刻なのですから、いよいよ原発の放射能被害が本格化する6年後の今後は、幾ら挙国一致の大政翼賛会の日本でも今までのようには隠しきれなくなるのは明らか。
放射能汚染地域の住民の疎開が日本では困難だからとの理由で、仕方なく何の効果も無いことが分かっていても(住民の安心対策として)気休めに『除染』をダラダラと行うしかない。
しかし幾ら嫌がっても科学では原因が同じなら結果も『同じ』にしかならない。1986年のチェルノブイリでも2011年のフクシマでも同じで未曾有のレベル7の核事故が起きてしまった後では、遅かれ早かれ今後の日本でも『除染の中止』と『全住民の強制疎開』の二つは必然であり避けられないのである。
原発の過酷事故の発生では『除染』と『疎開』は裏表の関係にあるというか、そもそも絶対に必要な汚染地域からの全住民の強制疎開を行わない政府のその場しのぎの口実(真っ赤な嘘)こそが、実は『除染』であった。
それなら今回の『除染』を否定して門前払いした司法判断とは、やっと日本政府も『もう限界で、日本国も強制疎開しかない』と(先祖代々住み続けた土地を離れたくない普通の一般市民に対して)暗に示唆していることになる。今の日本ですが、もう『時間切れ』なのである。



2017年4月18日 毎日新聞オピニオン記事

『発言』 . 改めてチェルノブイリに学べ=尾松亮・ロシア研究者
4月26日でチェルノブイリ原発事故から31年。日本でも福島第1原発事故から6年が過ぎた。筆者はチェルノブイリ被害者保護法(1991年成立、通称チェルノブイリ法)を一つの参考に、日本における被害者補償法の提案をしてきた。・・・・・
この毎日新聞の4月18日のオピニオン欄の『発言』ですが、意味不明のフェイクニュースの類なのですから不気味である。
読めば読むほど意味が不明になる摩訶不思議な真実の一部と願望と、政府とマスコミの悪質な嘘八百のプロパガンダが混然一体となっている。
読み方によっては、その意味が正反対になる騙し絵のような記事なのです。
やはり政府やマスコミは時間切れで福島第一原発事故の放射能被害が隠しきれなくなって、とうとう大転換(玉音放送)を行う心算なのでしょう。72年前にも今とまったく同じ態度だったのである。
日本政府は連合国にはポツダム宣言受諾(無条件降伏)を通告した。この時に政府の指示でマスコミは玉音放送までの1週間近くも国民には隠して『無条件降伏した事実を言わない。ところが(はっきり誰にも分かるようには書かないが)事情を知っている一部の有識者に対して日本の敗戦を密かにほのめかす』との腹立たしい態度をとっていた。



『遅れてやってきた毎日新聞の津田教授(隠れ原子力ムラの村民『改めてチェルノブイリ』の尾松亮)』

マスコミや岡山大の津田教授ですが、『福島県の小児甲状腺がんが他県の数十倍多い』と主張したと大宣伝したが、事実は福島県検討委自身が、『福島県の小児甲状腺がんが他県の数十倍多い』と認めていることが議事録を見れば誰にでも分かる事実だが、普通の善良だが愚かな一般読者は調べない。


毎日新聞などマスコミは津田教授だけが『福島県の小児甲状腺がんが他県の数十倍多い』と主張していると読者が間違って判断するよな偽装記事を書いている。ほぼ手品か詐欺である。


津田教授が外国特派員協会で示したチェルノブイリ事故後のベラルーシの小児甲状腺がんの発症数の棒グラフ

外国特派員協会で津田教授が示した棒グラフの元ネタのチェルノブイリ事故後のベラルーシの小児甲状腺がんの発症数のグラフ。
二つのグラフの全く数字は同じだ(同一の客観的事実を書いている)が、元ネタの方はチェルノブイリ事故以前の発症数が省略されている。(チェルノブイリ事故以前では人口1000万人のベラルーシで年間0から2人、平均では年間0・6人)
ところが、これとは対照的に津田教授の方はベラルーシの小児甲状腺がんのピークだった過酷事故後9年目(1995年)の数字が意識的に消されているのですら、津田教授ですが科学者ではなくて詐欺師ですね。現在人口200万(ベラルーシの5分の1)の福島県の発症数は200人近い(5倍すると千人近い)凄まじい数字になるが、いま発表されている検査日時はフクシマの核事故後4年後(平成27年度)までの数字ですよ。(福島県検討委の二順目検査は2014年度と、2015年度)
ちなみにベラルーシではチェルノブイリ事故から4年後の1990年は29人だった。(人口が200万人なら6人程度)
福島県検討委とか岡山大の津田教授が言う『福島県の小児甲状腺がんが他県の数十倍多い』ですが、科学的な客観的事実は『福島県の小児甲状腺がんはチェルノブイリ事故後の同時期のベラルーシの数十倍多い』ことは明らか。
子供たちだけではなく全ての住民の一刻も早い退避は最優先事項なのである。
毎日新聞の津田教授もどきの今回の極悪詐欺師の尾松亮・ロシア研究者ですが、年間1ミリシーベルトの被曝基準はICRA(国際放射線防護委員会)が定めた国際基準であるばかりか、当たり前ですが日本の基準でもある。
『日本は年間20ミリシーベルト』の意味とは、今の日本ですが2011年3月11日に出された非常事態宣言(原子力緊急事態宣言)が6年経った今でも未解除のままで、延々と続いているからに過ぎない。
今の日本は平時の民主主義とか基本的人権を定めた法律が一時的に停止されている過酷で理不尽で、極限的な準戒厳令下の世界だったのである。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/0517726077e21ea44f30bfbd37ffe75b


たった380m3の高放射性廃液の処理が70年、8000億円?

2017年04月24日 | 放射能と情報操作




『核燃工場廃止に8千億円 原発廃炉の10倍、国民負担』2017年4月23日 共同通信

原発の使用済み核燃料からプルトニウムを取り出す国内初の再処理工場「東海再処理施設」(茨城県東海村)の設備や建物を解体撤去する総費用について、作業終了までの70年間で約8千億円に上るとみられることが22日、運営主体の日本原子力研究開発機構への取材で判明した。機構は国の交付金で運営されており、廃止費用は国民負担となる。
使用済み燃料を細断し、むき出しになった放射性物質を扱うことから、「廃止措置」では核燃料が原子炉内に集中している原発に比べて汚染が広範囲に及ぶ。このため廃止の総費用は数百億円とされる原発廃炉の10倍以上となる。

『東海再処理施設 ガラス固化 規制委が視察』2017年4月1日東京新聞

「核のごみ」高レベル放射性廃棄物をガラス固化体する日本原子力研究開発機構(原子力機構)東海再処理施設(東海村)。施設は新規制基準に適合していないが、原子力規制委員会は『高放射性廃液は固体にした方が管理上安全』として昨年1月、9年ぶりに作業を再開後、機器のトラブルで計3回、中断。相次ぐトラブルで3月30日規制委の田中知(さとる)委員は「しっかりやっていただきたい」。
「古くなったり、長く使っていなかった機器もある。俯瞰(ふかん)的、長期的視点での対応が必要」。
「応急措置はしているが、引き続きの改善を」、「クレーンや溶接設備など電気的、機械的な機器が原子力を支えている部分も大きい。それも含めて総合的に見ないといけない」。
施設では、原発の使用済み燃料からウランやプルトニウムを抽出して再利用する「核燃料サイクル」を研究してきたが、残った高放射性廃液はガラスと混ぜてステンレスで固め、地下深くに埋めるための「ガラス固化体」する。
機構は昨年秋、再処理施設を約七十年かけて廃止する「廃止措置計画」を公表。施設内には約380立方メートルの高放射性廃液が残っている。
原子力機構は六月を目標に、廃止措置計画を規制委に申請し、審査と認可を求める。
4月1日東京新聞(抜粋)

★注、
核燃料サイクルとは完成した技術体系ではなくて、本格的な再処理工場としての青森県六ヶ所再処理工場は1993年から約2兆1,900億円超を注ぎ込んだが試運転終了は23回も延期していて現在も稼働していない。
今回廃止が決まった東海村の再処理工場の名称が、東海研究開発センター核燃料サイクル工学研究所とあるように、実用目的ではなくて研究施設であり、扱っていた放射性廃棄物も極少量(未処理で残っている汚染廃液は400トン程度)にとどまっている。それでも70年間、8000億円ですよ。100万トンを超えて今も毎日数百トンづつ増え続ける福島第一原発の高濃度汚染水の処理は天文学的な数字になる。

『2012年12月26日(民主党野田内閣の冷温停止宣言1周年目)の成立以来、延々と「猫だまし」を続ける安倍晋三政権の無残』

今の安倍政権とかマスコミですが、本当に北朝鮮危機があると思っている訳ではなくて、何かを隠そうとしているのでしょう。(あるいは2010年の韓国の李明博大統領と同じで、愚かにも目先の選挙を有利にしようと画策している)
年金資金まで注ぎ込むアベノミクスで株価を上げることで好景気を偽装することも限界にきているが、それ以上にレベル7の未曾有のフクシマの核事故から6年目。もう日本に残された時間が尽きたのである。(今後は今まで以上に子供だましの愚かしいし意味不明の『猫だまし』が 執拗に繰り返されると予想される)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/92e420b03301595a2bb7f29df38b6e01


立ち入り禁止の放射能汚染地域で8日間も燃え続ける山火事

2017年05月06日 | 放射能と情報操作




『帰還困難区域の山林火災7日目に、焼失面積拡大』 2017年05月05日 読売新聞

東京電力福島第一原発事故で帰還困難区域となった福島県浪江町井手の国有林で4月29日に発生した火災は、7日目となる5日も燃え続けている。
県災害対策課によると、4日は午前5時過ぎから自衛隊ヘリ10機を含む最大12機態勢で上空から消火剤をまき、地上からも約240人が消火にあたったが、鎮火のめどは立っていない。
1日時点で20ヘクタールだった焼失面積は、隣接する双葉町まで拡大したが詳細は不明だ。
吉野復興相は4日、浪江町の対策本部を訪れて状況を視察、「体に気をつけ、消火に奮闘してほしい」と職員らを激励した。
この火災で、インターネット上には「放射性物質が飛散する」などの風評が流れているが、県によると、現場周辺の放射線量に大きな変動はない。(全文掲載)

『7日めも燃え盛る福島山林火災 放射能拡散の危険性はありうる』2017年05月05日 スプートニク日本

福島第一原発事故による帰還困難区域の山林火災は発生から7日めとなった5日も燃えている。
福島県浪江町井手の国有林では消防、自衛隊による消火活動が続けられている。4日には自衛隊ヘリコプターなど12機が空から消火剤をまき、地上でも消防、自衛隊のおよそ240人が放射性物質からの防護服を着用して消火にあたったが、鎮火のめどはたっていない。
チェルノブイリの森林火災の消火にあたったグリーンピースロシアの消防士、アントン・ベネスラフスキー氏は、次のように断言する。
「火災中、セシウム137やストロンチウム90、プルトニウムのような放射性核種が空中に上がり、風によって運ばれる。これは動揺を掻き立てずにはいられない。それは、この不安定な原子を人々が吸い込み、内部被爆を被るためだ。」(全文掲載)



『福島 浪江町の山火事 3日以上燃え続ける あすも消火活動』5月2日 NHK

東京電力福島第一原子力発電所の事故による帰還困難区域となっている、福島県浪江町で発生した山火事は、出火から3日以上がたっても燃え続け、自治体や自衛隊は3日も、ヘリコプターなどで消火活動を続けることにしています。
先月29日の午後4時半ごろ、福島県浪江町井手の山林で山火事が発生し、出火から3日以上がたった今も燃え続けています。
福島県などのほか、災害派遣の要請を受けた自衛隊のヘリコプターが上空から放水に当たり、2日は地上でも一時、消防と自衛隊の350人ほどが放射性物質の付着を防ぐ防護服を着て消火活動を行いました。
福島県によりますと、火は主に西側に燃え広がり、これまでに、およそ20ヘクタール以上が燃えたと見られますが、人や建物への被害はないということです。
現場は原発事故の影響で放射線量が比較的高く、立ち入りが厳しく制限されている帰還困難区域ですが、福島県によりますと、周辺の放射線量に目立った変化はないということです。
自治体や自衛隊は大型ヘリコプターを増やして3日も、早朝から消火活動に当たることにしています。(全文掲載)



『浪江・十万山の山火事・5日目...鎮火せず ヘリ13機で消火も』2017年05月04日 福島民友ニュース    
東京電力福島第1原発事故で帰還困難区域となっている浪江町井手の十万山で4月29日に発生した山林火災で、県や陸上自衛隊、双葉地方消防本部は3日、上空と地上から消火活動を続けたが鎮火せず、午後5時すぎに活動を打ち切った。4日早朝に再開する。県によると、現場周辺の放射線監視装置(モニタリングポスト)や、大気中のちりが含む放射線量の値に大きな変動はなかった。
同消防本部などによると3日は午前5時ごろから消火活動を開始した。陸自からは一度に7トン放水できる大型ヘリコプター7機と別のヘリ3機が出動。栃木、群馬、埼玉各県の消防防災ヘリと計13機で消火に当たった。陸自と派遣要請を受けた県内各消防本部でつくる地上部隊が約550人態勢で消火活動を展開した。
延焼範囲は同山の西側から南側にかけて拡大しているとみられる。同消防本部などは4日に上空からの消火剤散布を検討しているほか、地上部隊のホースを延長するなどして引き続き消火に当たる。
本県の消防防災ヘリは点検のため運航しなかった。県によると4日早朝から消火作業に復帰する。(全文掲載)

『フクシマの山火事を出来る限り小さく報道するマスコミの怪』

★注、
何時も短いロシアのスプートニク記事と、日本のマスコミの報道が同じ程度の短さなので、今回の『逝きし世の面影』ブログでは記事の抜粋ではなくて、全文を公開している。
放射能汚染で一般人が立ち入れない福島県浪江町で4月29日に発生した山林火災ですが、鎮火のめどが立たず今も延焼中である。
延焼面積は1週間前に20ヘクタール(20万平方メートル)だと発表されたが、それ以後山林火災が拡大したにも関わらず、今でも公式発表が一切ないのでマスコミの報道も発火当初の『20ヘクタール』のまま。
時間が経過して、福島県での山林火災の被害が拡大しているのと反比例して、マスコミの報道量が地元の福島県で逆に減っているし、全国紙では最初から小さくしか報道していない。

大学の友人らとゴルフを楽しむ安倍晋三首相=5日午前、山梨県山中湖村

金子勝‏ @masaru_kaneko · 16 時間前
【ミサイルなんか怖くない】
加計学園御曹司はいなかったらしいが、アベはゴルフ三昧。北朝鮮ミサイル危機なんですよね?
弾道ミサイルが飛んできても、フェアウェイなら、伏せれば大丈夫か?

『安倍首相、友人と気分転換のゴルフ 前夜は夫人とBBQ』2017年5月5日朝日新聞
 
大型連休を山梨県鳴沢村の別荘で過ごしている安倍晋三首相は5日、同県山中湖村のゴルフ場で成蹊大時代の友人らとゴルフを楽しんだ。4日に続いて2日連続のプレー。緊迫する北朝鮮情勢など内外に課題が山積する中、気分転換を心がけているようだ。
青空が広がる中、安倍首相は午前7時過ぎから昼ごろまでコースを回った。白い帽子に紺色のズボン姿で、リラックスした表情。パットを決め、ガッツポーズで喜ぶ場面もあった。
首相は3日夕から別荘に滞在。4日午前は鉄鋼ビルディングの増岡聡一郎専務らとゴルフをし、夜には秘書官や昭恵夫人らとバーベキューを楽しんだ。
北朝鮮が軍事的挑発を繰り返す中での大型連休となったが、首相は先月末に訪問先のロンドンで記者会見した際、「仕事の生産性をあげるためにもメリハリをつけて、ワーク・ライフ・バランスを確保することが極めて重要だ」と説明。「政府も常に課題山積だが、しっかりと対処していくためにも、この連休は私も十分に英気を養いたい」と語っていた。

アンダーコントロールの安倍晋三首相
『鼻血』の描写は風評被害だと政府やマスコミが挙国一致でバッシングした漫画『美味しんぼ』
東電による東電のための東電御用達漫画『いちえふ』

『最も恐ろしい被害を出すのは「放射線」(ガンマ線による外部被曝)ではない』

『全面ゴーグルと防護服で防いでいるのは、呼吸で吸い込むホット・パーティクル(高放射能 微粒子)のβ線による内部被曝』
今回の山火事での消火作業では全員が全面ゴーグルと防護服着用で作業は難航しているが、政府マスコミ等は『放射線量には大きな変化が無い』云々で誤魔化している。ところが放射線(電磁波であるガンマ線)の防護なら、薄い布で出来た防護服程度の防御では無理で、重い鉛の厚板でしか防げないのである。
今回の山火事での消火作業とか、福島第一原発の事故現場で全面ゴーグルと防護服着用で防いでいるのは漫画『美味しんぼ』の鼻血の原因だと思われる放射性微粒子(ホット・パーティクル)だった。
今回の消火作業でも最も恐ろしいのは放射線(ガンマ線)ではなく、放射性微粒子(α線やβ線)だと知っているから全員防護服と全面ゴーグルの重装備で防いでいる。
チェルノブイリ原発事故でも、発生した山火事の火炎で舞いあがった放射性微粒子(ホット・パーティクル)による深刻な二次被害が起きているのですから、日本でも十分な対策が必要だと思われるが現在は一切何もしていない。
一般市民に対して危険性を知らせるどころか、逆に
『この火災で、インターネット上には「放射性物質が飛散する」などの風評が流れているが、県によると、現場周辺の放射線量に大きな変動はない』とのフェイクニュースを流して『安全・安心。心配ない』と繰り返している。

何の放射能防護も無い作業服姿でメルトダウンしている東京電力福島第一原発に駆け付けた日本国首相の管直人の暴走?。ほぼO157の食中毒騒動の発生で当時厚生大臣だった管直人がマスコミのカメラの前でカイワレを食べて見せるパフォーマンと同じレベル。

稼働から40年が経過した老朽化が著しい福島第一原発の1号基は東日本大震災発生から3時間後にはメルトダウンして大量の放射能を外部にまき散らしていた。ところが、何も知らない愚かな日本国首相の管直人と原子力安全委の斑目委員長の二人揃って翌日(2011年3月12日)早朝に東京電力にベントを督促するため、防護服に全面ゴーグルどころか帽子もかぶらず直接、福島第一原発構内に乗り込んでいる。
防災服脱ぎスーツ姿で官邸に入る菅直人首相=1日午前、首相官邸 2011.4.1 産経

6年前の4月馬鹿(エイプリルフール)の笑えない悪い冗談『原発圧力容器損傷でも平常時』

3時間でメルトダウンしていた事実を隠し続けて、レベル3だの4だと誤魔化いていたが、4月30日やっと日本政府(管直人首相)も圧力容器だけではなく原発事故で放射能汚染物質を閉じ込める最後の砦であった格納容器の損傷を認めている。
第一原発事故の深刻化の動きとは正反対に、レベル7だった悲惨な実体が明らかになった30日以降には、菅直人首相は防災服からスーツ姿に変わり、新聞から原発関連ニュースが減って4月2日から、とうとう第一面から完全に姿を消す。
6年前の4月1日(エイプリルフール)から、管直人首相はそれまでの非常時の作業服姿から(もう、『無事終わった』として)平時のスーツ姿に変えている。

『フクシマがレベル3(小さい災害)の時は大きく報じるマスコミ』

ところが、二カ月後にとうとうレベル7の未曾有の核災害だと公式に認めたら、マスコミも全員が政府の動きに合わせて、『もう、無事に終わった』としてフクシマ関連の報道を自粛、報道しなくなった。
コメディアンの池野めだかがボコボコに叩きのめされて倒れた後で、何事も無かったかの様にすっくと立ち上がり『今日はこれくらいで、勘弁しといてやる』と言いつつ舞台を下がるお笑ネタとそっくり同じ。あまりの場違いな常識外れの言動に対して周りの俳優や観客は唖然として、これはもう笑うしかない。
『すべて世は 事もなし』友人と楽しそうにゴルフに興じるお気楽な安倍晋三首相ですが、この吉本新喜劇の定番ギャグの民主党政権(管直人首相)の劣化コピーの6年ぶりの再演(吉本のギャグのコピーのコピー)である。



1年半前の2015年10月12日付け産経新聞は『チェルノブイリで第2の放射能汚染の危険 森林火災で大気中に拡散し』との長文の記事で、チェルノブイリ原発事故の放射能汚染地域で1週間続いた森林火災の影響を報じていた。
この時の産経新聞ですが、
『原発周辺の森林や野原で大規模火災が相次ぎ、一部で大気中に基準値を超える放射性物質が検出されたためだ。周辺地域の除染が徹底されておらず、土壌や草木に残る放射性物質が火災の際の強風にあおられ、大気中に拡散したものとみられる。』
と真実と真っ赤な嘘の禍々しい混合物。確かに旧ソ連でも今の日本と同じでチェルノブイリ事故から3年間は除染と称して大量の兵士を動員して家屋の破壊撤去を行ったが、基本的に森林原野は全くの手つかず。『除染が徹底されておらず』ではなくて日本と同じで、一切山林の放射能汚染に対しては何もしていない。
また比較的危険性が低い放射線量(ガンマ線による外部被曝)だけに言及していて最も恐ろしい呼吸で吸い込むホット・パーティクル(高放射能 微粒子によるα線やβ線の内部被曝)に対しては一切無視している。
記事では最後に、『山火事は福島第一原発周辺でも発生する恐れがあり、今回の出来事は、日本政府に対しても大きな教訓を与えそうだ』と結んでいるが今回現実になっている。


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水にも熱にも酸にも溶けない恐怖のガラス化した不溶性の放射性セシウム

2016年06月27日 | 放射能と情報操作

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逆神の権化、産経新聞は恐ろしい!フクシマの山火事セシウム9倍

2017年05月11日 | 放射能と情報操作




『福島ようやく火災が鎮火 放射性セシウムはところにより9倍に上昇』2017年05月10日 スプートニク日本

福島第1原発事故で帰還困難区域になっている福島県浪江、双葉両町の山林で起きた火災は今日、10日、鎮火された。共同通信が地元の災害対策本部の発表として報じた。
4月29日の発生から12日目にようやく火は消し止められた。
山林火災による放射性セシウム137の拡散は、毎日新聞が福島県の放射線監視室の発表を引用して報じたところによれば、前々日の8日の測定で大気を浮遊するちりの放射性セシウム137の濃度は大熊町野上の野上一区地区集会所が同1・35ミリベクレルで3・86倍、双葉町石熊の石熊公民館が同7・63ミリベクレルで8・98倍などと、ところによって前日​の​およそ3~9倍に達している。同測定室は「健康には問題ない数値」としている​が、今後、林野庁が放射性物質の状況などを現地調査する。​毎日新聞が報じた。​
これにより5日前の5月5日の時点のスプートニクの報道では​、 チェルノブイリの森林火災の消火にあたったグリーンピースロシアの消防士、アントン・ベネスラフスキー氏の見解として、除染の行われていない森林の火災では放射性物質が空中に舞い上がり、風によって運ばれる危険性があることが指摘されていた。ベネスラフスキー氏は舞い上がった放射性物質による内部被爆の危険性を憂慮していた。

『福島の山火事が鎮火 放射性物質濃度上昇も』2017年5月10日 日テレNEWS24

福島県浪江町の山林火災は発生から12日目の10日、ようやく鎮火した。一方、県の検査で周辺の大気中の塵に含まれる放射性物質の濃度が上昇していることが分かった。
先月29日に浪江町の帰還困難区域内にある十万山で発生した火災は、10日午後3時すぎに「鎮火」が確認された。合同災害対策本部によると、隣接する双葉町側の山にも延焼が拡大し、浪江町22ヘクタール、双葉町53ヘクタールの、計約75ヘクタールを焼失したという。
一方、火災の後に県が設置した大気中の塵(ちり)に含まれる放射性物質の測定器で今月8日の放射性セシウムの値が浪江町では前日の約3倍、双葉町では前日の約9倍に上昇していた。
山林火災との因果関係について県は、「現時点では判断できないが、強風で燃えた灰が舞い上がった影響も否定できない」としている。空間の放射線量には大きな変動はなく、県は専門家の意見を参考にしながら影響を評価するとしている。

『恐るべき日本国の「逆神」産経新聞、福島県の山火事は鎮火して放射能値の上昇も無いと書いたら、』

5月6日に産経新聞は放射能汚染で一般人が立ち入り禁止になっている福島県浪江町の山林火災が無事鎮火して放射能の上昇も無いのに地方紙がデマを流しているとの長文の記事(デマ)を書き、翌7日にも『福島県・浪江町の山火事 「放射性物質が舞う」デマを地元消防が否定』とのフェイクニュースを流している。うっかり魚拓を取るのを忘れた5月6日付けデマ記事は産経新聞が炎上を恐れて削除したのか、いくら探しても現在は見つからない。。(教訓!何時までも あると思うな。年老いた親とカネとネット記事)

『それにしても「逆神」の権化、産経新聞は恐ろしい。!!』

わざとやったとしか思えない素晴らしい外しっぷりである。ことごとく産経の記事と客観的事実が正反対になっていた。
マスコミの全員が『延焼中と』と書いていて、産経以外の他紙は誰一人も鎮火したと書いていないのに、・・・
産経新聞だけが何故か『福島県浪江町の山火事鎮火、放射能はデマ』と書いたら、途端に、福島県浪江町の山火事だけではなくて東北各地で次々と山火事が発生して岩手県釜石市では400ヘクタールの山林が大炎上する。(広範囲に同時多発的山火事が連続して発生)
しかもの6年前のレベル7の核事故発生以来、初めて放射能の測定値が9倍にも跳ね上がるのですから怖ろしい。
毎日新聞5月9日(火)『<東北・山火事>福島浪江 消火活動難航、鎮火の見通しなく』宮城、岩手、福島3県で発生した山火事は9日、延焼中の岩手県釜石市と福島県浪江町で空と陸からの消火活動が日没まで続いたと報じている。
乾燥した大陸とは大違いで、そもそも島国で多雨で多湿な日本国では山火事自体が少なく珍しい。もしも山火事が起きても今回のように2週間近くも燃え続けることは無かった。
今回は5月10日の低気圧の前線に伴う雨で、ようやく消火に成功した模様である。(毎日新聞などは10日には移動性低気圧による雨が降るので、山火事の鎮火を正しく予測していた)

『逆神とは、ネットスラングの一つ』ニコニコ大百科
概要
立てた予想がことごとく外れる人の事を指す。
災いをもたらす神のことを逆神と呼んでいた事がそのまま転用されたらしい。逆神と呼ばれる人の多くは評論家、コメンテーターと呼ばれる予想が商売の人に多いが、全てのジャンルの人にも当てはまるといえよう。
単に言ったことが外れるだけでは逆神とは言わない。
「逆神の逆をいけばことごとく当たる」ようなわざとやったとしか思えない素晴らしい外しっぷりを、それも一度ではなく何度も やり遂げることで神(ある意味“ネ申”)の如き境地に到らねば逆心とは言えないのである。
なお、逆神の共通項として、専門家であるはずが実はその分野のことをよく理解していないという傾向もあるようだ。
また、単に神回の反対の意味ではなく、逆神的な意味で「逆神回」「逆神回避」というタグが使われることも。

『ニコニコ大百科の「逆神の逆をいけばことごとく当たる」なら、トランプ大統領のピョンヤン訪問で米朝首脳会談(最終的な朝鮮戦争の平和解決)は間近に迫っている』

最近の産経新聞だけを読んでいると、今にもアメリカ(トランプ政権)が北朝鮮が続ける核とかミサイル実験の懲罰として、最新鋭のB1爆撃機とかカールビンソン原子力空母打撃軍が奇襲攻撃するのはほぼ既定路線であり、報復の北のミサイル着弾は時間の問題だと思われる剣呑な記事が連日満載されているが、何しろ相手が『逆神』の権化、産経新聞である。(昔に産経新聞は中曽根康弘首相の当時に『ソ連が北海道に攻めてくる』との摩訶不思議なキャンペーンを一人で行っていた過去がある)
それなら半世紀前のニクソン大統領の電撃的な北京訪問での米朝和解(ニクソン・ショック)が成立したように、今回はトランプ大統領のピョンヤン訪問(トランプ・ショック)で米朝首脳会談(最終的な朝鮮戦争の平和解決)は間近に迫っていることになる。

『お笑い、フリー百科事典アンサイクロペディアによると、』

産経新聞(さんけいしんぶん)とは、日本の永田町に所在する産業経済新聞社が製造している新聞風の梱包材である。軍国主義者・右翼団体や自由民主党から機関紙に指定されている。正式名称は「産業廃棄物経済的処理促進新聞」。

梱包材ではあるが、その特異なデザイン性を重視して愛用する人が多い。そのデザインは思想的に親米反中右翼なのが特徴であり、40年前まで親中反米左翼だった朝日新聞とは、一見して正反対の思想のマスコミに見えた。しかし、朝日が渡邉恒雄と船橋洋一に洗脳されて親米右翼、新自由主義路線をとるようになったことから、産経新聞は差異をつけるために、より右方向へに先鋭化する道をたどるようになった。その結果、読売・朝日・毎日などのいわゆるマスゴミ新聞は、紙面をめくるたびに手が新聞のインクで黒く汚れるのに対し、産経新聞の場合は手のにおいを嗅ぐと血なまぐさかったり死臭のにおいがすることが現在の大きな特徴となっている。

【74カ月目の浪江町はいま】

放射性物質の飛散を全否定していた福島県が一転、「舞い上がりの影響も否定できず」。山林火災のモニタリングで数値上昇受け
2017/5/10(水) 日刊ゲンダイ

福島県浪江町の帰還困難区域で4月29日に発生した十万山の山林火災で、福島県放射線監視室が始めた大気浮遊じん(ダスト)の測定数値が上昇。
それまで放射性物質の飛散を全否定していた福島県も、9日夜にホームページで『測定地点の周辺の土ぼこりや焼却灰の舞い上がりの影響も否定できません』と改めた。
『今後も数値の動きを注視していく』が、県民への注意喚起は無い
『周辺環境に影響が及んでいる事実は一切ありません』も残されたまま。危機管理がボロボロ。
発表文言の調整に時間
県庁内は混乱。測定結果がなかなか公表されない。
福島県庁は、4月29日山林火災発生以降、一貫して放射性物質の二次拡散を否定してきた。
消極的な福島県庁としては、時間をかけて練りに練った末に『舞い上がりの影響も否定できません』。
福島県放射線監視室は、『今後も測定を継続し、結果を注視していく。』と発生から11日目に少しだけ改善される。
「正確な情報発信」とは何か
依然として完全鎮火には至っていない。 山林火災は現在進行形だ。
しかし、福島県庁は『火災前と比較して大きな変動はありません』の発表に終始。
地元紙の福島民友も9日付の紙面で「正確な情報発信」、「空間線量、大きな変動なし」などの見出しを立てた。行政もメディアも2011年3月から進歩していない。
紀伊民報(和歌山県田辺市)
今月2日コラム「水鉄砲」で『放射能汚染の激しい地域で山火事が起きると、高濃度の放射線物質が飛散し、被ばくの懸念がある』、『原子炉爆発から6年が過ぎても、収束がままならない事故のこれが現実だろう。政府も全国紙も、この現実にあまりにも鈍感過ぎるのではないか』に、風評被害とやり玉に。
抗議が殺到
『火災は8日目に鎮圧され、新たな拡散は心配するほどではなかったというのだ。そうなると、僕の不安は杞憂であり、それによって多くの方に心配をかけ、迷惑を与えたことになる。まことに申し訳ない』と謝罪。(この『8日目に鎮火』とは産経新聞だけが報じた全くのデマ)
しかし数値上昇で、それまで放射性物質の二次拡散を完全否定していた福島県庁は『測定地点の周辺の土ぼこりや焼却灰の舞い上がりの影響も否定できません』と改めた。
林野庁「森外へ飛散しない」
データが少ないが大気浮遊じん(ダスト)の測定結果と風速はほぼ比例。強い風が吹けば、今後も放射性物質の二次拡散が懸念される。
林野庁「Q&A 森林・林業と放射性物質の現状と今後」で
『原発事故後の林野火災で空間線量率など、森林から外への飛散は確認されない』、『森林から生活圏へ放射性セシウムが流出する危険性は低い』と安心をアピール。
福島県ホームページも『現在、周辺環境に影響が及んでいる事実は一切ありません』のまま。
5/10(水) 日刊ゲンダイ(抜粋)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/af7faeb3c132f16d440de0da0167a53a


東京東部で放射能汚染ー32カ所が基準超え「赤旗」

2017年05月21日 | 放射能と情報操作




『放射能汚染ー32カ所が基準超えー』2016年1月29日「しんぶん赤旗」

東京東部で市民団体調査
放射線量 2011年3月の福島第一原発事故で放出された放射性物質による土壌汚染が、東京都東部3区の都有地で、国の指定基準(1キログラム当り8000ベクレル)を大幅に越える高濃度で残っていることが28日、市民団体の調査で分かりました。
測定したのは東京公害患者と家族の会、東京あおぞら連絡会、放射能汚染から子どもの健康を守る会など8団体。14年から15年にかけ、足立、葛飾、江戸川の各区の都営アパートの雨どいの下や雨水ますなどの土壌の49カ所で放射性物質を検出し、32カ所で国の指定基準を超える高放射能汚染箇所(ホットスポット)を発見しました。葛飾区では、4万ベクレルを超える箇所もありました。
8団体は同日、東京都に対し測定結果を説明。民有地を含めた空間放射線量や土壌の汚染調査を行い、基準値を超えた地点の除染処理に取り組むよう要請しました。
要請後の会見で、あおぞら連絡会の吉川方章(のりあき)理事長は、事故から5年近くがたっても都心部の汚染が残っていると説明。「都は空間放射線量や土壌の調査を行い、高い放射能汚染箇所の除染に取り組むべきだ」と語りました。
東京公害患者会の大越稔秋副会長は「足立区で高濃度の汚染がみつかった調査地点は子どもたちが歩く道の隣の植込みだった。都は早急に除染すべきだ」と訴えました。
2016年2月1日 日本共産党東京都委員会



東京都のホームページ(豊洲中央卸売市場)から

『福島第一原発 この一週間』5月21日赤旗

18日 放射能汚染水対策として1~4号機周囲の地盤を凍らせる「凍土壁」(陸側遮水壁)計画で、全体の約3割に当たる北側と南側の約480メートルについて、22日から「維持管理運転」に移行すると東電が発表しました。冷媒供給の停止と循環を繰り返し、温度を零下10~零下5度で維持、≪氷の壁≫の成長を抑制するといいます。

★注、
この赤旗『福島第一原発 この一週間』(5月21日)の下段には『1時間当たりの大気中の放射線量』(5月19日)があり、福島市0・16郡山市0・10群馬県宇都宮市0・077群馬県前橋氏・068宮城県仙台市0・039とあるが、東京都新宿区は空欄になっていて数字の記載が無い。そもそもチェルノブイリ原発事故での住民疎開の基準数値の測定方法ですが、風が吹いただけでも数値が違う不安定な放射線量ではなくて、簡単には変化しない土壌汚染の数値である。(一時中止されていた赤旗の放射線量の記載欄ですが、残念ながらいつから再開されたのかは不明。)



『馬鹿馬鹿しい共謀罪とか安倍お友達幼稚園騒動の陰で、密かに致命的な不都合がフクシマで起きているようなのだが・・・』

いつの世も同じで『負け戦』は悲惨である。
フクシマの遮水壁建設では一応は科学者の集まりである原子力規制員会の田中俊一委員長や更 田豊志(ふけたとよし)委員長代理が『何が起きるか予想できない。』(安全が担保されていない)として強硬に反対していた。ところが東京電力や経済産業省(エネルギー庁)が『大丈夫、安全だ』と強引に押し切って建設した経緯がある。
ところが、そもそもの話、このフクシマの遮水壁建設の目的が『汚染水対策』の口実は、その後NHKなどマスコミが『原子炉冷却水が高濃度汚染水になる』との長い間隠していたフクシマの真実を暴露していた。
普通に汚染水対策なら誰が考えても東京瓦斯跡地で高濃度で汚染している東京都の豊洲新市場のような鋼矢板とコンクリートによる遮水壁の建設が一般的、凍土壁の意味とは可塑性(仮設性)で、いつでも危険があれば撤退できるところに唯一メリットがあった。
今回の何とも聞きなれない陸側凍土遮水壁の『維持管理運転』の意味とは、何か。
原子力規制委の田中俊一委員長や更田豊志委員長代理(現委員長)が危惧していた通りにフクシマが危険に陥って仕舞い、東電は大慌てで撤退を考えているのです。最大贔屓目に見ても『部分撤退』ですね。(多分ボロ負けでの『敗走』、旧日本軍の『転進』である)一切発表されていないが、何かの予測不能の不都合がフクシマで起きているのである。



『原発事故:韓国で起きたら「日本は最大2830万人避難」』2017.3.7朝日新聞

韓国の原発銀座で惨事なら 「西日本の大半避難」の推定
カン博士らがシミュレーションの舞台に選んだのは、韓国南東部、釜山市の海沿いにある古里(コリ)原発。朴正熙(パク・チョンヒ)独裁政権時代の1978年に1号機が完成した韓国最古の原発。韓国内で商業運転する25基のうち7基が海沿いに並ぶ、韓国最大規模の「原発銀座」だ。
事故発生から1週間の実際の天候状況や風向き、風速などをもとにセシウム137がどのように拡散し、地表に降下するかをコンピューターで計算。放射線防護に関する国際基準などをもとに、避難を余儀なくされる地域の面積と人口、さらにセシウム137の半減期にあたる30年を超えても避難し続けなければならなくなる地域を算定した。
その結果、明らかになったのは、最も大きな被害が予想されるのは、原発事故の当事国である韓国ではなく、日本になるということだ。
韓国では最大54000平方キロメートルが避難対象地域になり、最大2430万人が避難を余儀なくされる。
これに対し、日本では最大67000平方キロメートルが避難対象地域になり、最大2830万人が避難を迫られる、というシミュレーション結果が出た。被害は南北軍事境界線を挟んだ北朝鮮や中国など広範囲に及ぶ。セシウム137の半減期である30年が過ぎても引き続き避難したままとなるのは最悪の場合、韓国では1900万人、日本は1840万人、との計算結果が出た。
2017.3.7朝日新聞(抜粋)



『[寄稿]文在寅大統領への期待』2017-05-14山口二郎・法政大学法学科教授 //ハンギョレ新聞社

5月9日文在寅(ムン・ジェイン)新大統領で、朴槿恵(パク・クネ)前大統領弾劾に終止符を打った。
文氏に日本の新聞は、「親北、反日」という偏見に満ちた下品な表現だ。北と武力衝突を起こせば巨大な犠牲が出ることが必至で、話し合いで解決は大前提。また、国家間の利害対立は当然で、日本と異なる主張の国を反日と称するなら、反日国は1つや2つではない。
こうした表現は自己中心的な世界認識の表れで、歴史認識に関して、安倍政権は世界に背を向け、日本人は常に正しかったという天動説的な主張を臆面もなく繰り返している。
これは、精神的な幼稚化というしかない。
安倍首相はことあるごとに民主主義の基本的価値を外に向かって宣伝している。安倍首相の発言を逆手に取って、元慰安婦の人々の尊厳を擁護し、さらに在日コリアンの尊厳と人権を擁護するために明確な政治的メッセージを新大統領には働きかけてほしい。
日韓協力は朝鮮半島の危機を収束させ、両国の安全を確保するために不可欠である。
大都市への過度な集中と日本海側に多数の原発を置く日本は、国境線近くに首都を置く韓国と同じく、戦争のできない国なのだ。
北朝鮮の攻撃で国土の被害がないアメリカと、戦争になれば通常兵器による攻撃だけで国が壊滅的打撃を受ける日韓両国とでは、立場が全く異なる。
思えば、金大中政権時代には日韓が未来志向的な友好関係を築くことができた。見解の相違はそれとして認めつつ、たがいに共有している利害関係を的確に認識し、東アジアの平和と繁栄のために協力する成熟した関係を作り出していきたいと願う。新大統領の構想力と情報発信を期待したい。
2017-05-14ハンギョレ新聞社(抜粋)


もはや狂気! 昨年2月に北朝鮮がミサイルを発射した際のJアラートの画面

4月29日北朝鮮が首都近郊からミサイルを北東方向に発射、60キロ飛んだところが爆発しているが、それから1時間近くたってから日本の首都東京の地下鉄などが、『北朝鮮のミサイル情報』を口実にして運航を突然停止しているし、2017年5月9日 東京新聞によれば今後北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、 飛来の恐れがあるとして、全国瞬時警報システム(Jアラート)があれば『運行 見合わせ」 主要鉄道の9割』だと言い出した。目いっぱい北朝鮮危機を煽っているのである。ところが安全面から見て脆弱な日本海側の原発を再稼働しているのですから辻褄がまったく合っていない。(本当に北朝鮮危機が迫っているのであれば原発再稼働ではなくて、逆に大急ぎで廃炉にしている)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/121e34270b8c0428261ca1e8886e0b7a


被曝の影響を見るため子供たちの喉を切るフクシマの切り裂き魔(^_^;)

2017年05月30日 | 放射能と情報操作




日本超音波医学会 ・第90回学術集会(2017年5月28日)抄録

『被ばくの影響を見るため子供たちののどを切る。生存率向上のためではない。』

生存率の向上を目的とせず、被ばくの影響を見るために子供たちののどにメスを入れてよいと思っている。信じがたい倫理観の欠如だ。被ばくの影響は出てないのに100人以上の子供ののどを切って平気なのか。この記述を、のどを切られた子供たちが長じて知ったらいったいどう思うだろうか。
鈴木真一教授は、過剰診断の概念をまだ理解できていない。
2017/05/29(月) 06:20:54早川由紀夫の火山ブログ

『過剰診療「フクシマの切り裂き魔」(^_^;)か、それともフクシマの「深刻な放射能被害」かの二者択一』それ以外の他の選択肢は何処にも無い
★注、
福島県検討委はフクシマの放射能の影響を頭から全面否定するばかりか『小児甲状腺がんは他の悪性新生物(がん)とは違い、予後が良好で死亡率は低く何の心配も無い』と言い張るが、それなら今まで福島県検討委は小児甲状腺がんを見つけ次第、全摘出しているのですから辻褄がまったく合わない。
『過剰診療である』との当然の非難に対して甲状腺検査の責任者である鈴木真一福島県立医大教授は、『小児甲状腺がんは見つかった段階で既にリンパ節に転移するなど進行が非常に早く、甲状腺の全摘出は決して過剰診療ではない』と事実上福島第一原発事故の放射能被害である事実を認めている。
甲状腺は小さな臓器だが成長ホルモンを分泌するので成長期の子供では非常に大事だし、全摘出するとホルモン剤等の薬を一生涯飲み続ける必要がある。

『思考方法や発想があまりにも科学的すぎるガリレオ・ガリレイ的な早川由紀夫の不幸』

火山学者の早川由紀夫群馬大教授は2011年のの3・11で政府やマスコミが隠蔽する中で、福島第一原発が3時間後にはメルトダウンして大量の放射能を撒き散らしている事実を、いち早く火山灰の被害予測の手法を用いてフクシマの放射能汚染予測図を公開、その科学的な手法は絶賛されている。
ところがその後は(勇み足?)『福島県での農産物の生産流通はオウム真理教がサリンを撒き散らした無差別テロと同じ』と発信して、大論争を巻き起こす。ネット世界でも放射能被害で数多くの論争を繰り返していたが、相手は福島医大副学長の山下俊一が憑依した現職の医師か医学関係者とおぼしき御用学者のネット工作員である。ところが早川由紀夫は火山には詳しくても医学では素人だった。
プロ棋士を相手にして平手で囲碁が勝てる素人がいないように、医学者と医学論争をして勝てる素人は普通はいないのである。部分部分では勝てても、最後には絶対に必ず負ける。
心配していた通り、その後あの早川由紀夫は丸め込まれて『安全・安心。放射能は何の心配も無い』と言い出して現在に至っている。

『多発する福島県の小児甲状腺がんの原因はスクリーニング検査時の超音波だ!!?(^_^;) 素晴らしき早川由紀夫語録の世界』

多くの人々は根本的な誤解をしているが、そもそも科学研究には間違いは付きものであり、ノーベル賞学者の山中伸弥でも9割は間違う。科学の間違いは何ら恥ではないし論争して負ければ、その後にあっさりと反対側の『放射能は安全』に転向した火山学者の早川由紀は科学者の手本で、天晴れな態度である
転向して『放射能は怖くない』と言いながら、何しろ科学者なので早川由紀夫の発想や思考方法が徹底的に科学的である。福島県検討委の超音波による甲状腺検査(2011~2013年度)で100人を超す大勢が小児甲状腺がんが発覚したが全て『スクリーニング検査だから』と押し通す。(最初から放射能の影響を全面否定する)
ところが、2順目検査でも1順目と同程度のとんでもない人数の小児甲状腺がんが検査で発見されるに及び、科学者の早川由紀夫先生は甲状腺がん検査に使った超音波(エコー検査)こそが福島県の甲状腺がんの原因だと言い出した。
福島県検討委の甲状腺検査(2011~2013年度)で100人を超す大勢が小児甲状腺がんが発覚した時に、全て『スクリーニング検査だから』と言って逃げたが、本来なら発見されない小さな癌がスクリーニング検査でいち早く見つかった(数年分か~十年分を先取りして見つけた)とすれば、今のように2順目検査でも大勢見つかっては絶対に駄目なのです。
しかも1順目で健康だった子供が2順目では発症している。それなら、→早川由紀夫の恐怖の仮説『超音波検査で甲状腺がんが発症した』が正しいのである。(一番最初に『放射能の影響』を否定し、→次に『過剰診療』も否定すれば、→後は『エコー検査での癌の発症』しか残らないとの早川由紀夫の発想は典型的な科学的推論の見本のような話)

『だからそう言ったろう!ロボット廃炉作業ももはや無理 』2017/2/27(月) 大槻義彦の叫び、カラ騒ぎ 科学に限らず何でも叫ぶぞ

だから言わないことじゃない。廃炉の唯一の頼みの綱、ロボットでの作業も不可能になりつつあるのだ。
朝日新聞2月19日より引用
9日に投入されたロボットのカメラは、約2時間で視野の半分ほどが映らなくなった。放射線が強いと、電子部品はどんどん劣化して壊れていく。それに伴って現れる画像のノイズの量から、線量が推定できる。東電は最大で毎時650シーベルトの線量と推定。1分弱で致死量に達する値だ。16日には前後に2台のカメラを搭載した調査ロボットが投入された。後部カメラを持ち上げる姿から通称「サソリ」。14年から開発が進められてきた調査の切り札だ。
線量計も搭載しており実測できる。サソリは格納容器の中心部まで進み、線量を計測したり、高温の核燃料によって溶かされて穴が開いた圧力容器の下部を撮影したりする計画だった。溶け落ちた核燃料が原子炉最下部に積もる様子も確認できるのではないか。そんな期待もあった。だが、圧力容器に近づく前に、駆動部に堆積(たいせき)物が入り込むなどして動けなくなった。
    (引用終わり)
 もはや万事窮す。700シーベルトでカメラすら壊れ、頼みの綱、ロボットも壊れるのだ。もう悪あがきはやめよう。チェルノブイリの方法しかないのだ。つまり『石棺放 置』だ。
 もちろん、すぐやってくる各地の原発の廃炉のためのロボット作業の研究開発は必要だから、石棺放置の処理過程でもロボット開発の実証はできるし、やるべきだ。だから現状のロボット作業は継続して行い、同時に石棺放置の作業を始めるべきだ。
 もちろん、前回書いたように石棺も完璧ではない。しかし、それしかやりようがないのだ。もちろんこれによって福島東部はまったく近寄れない『陸の無人島』となり日本地図から事実上抹消される。
 尖閣諸島も竹島も『失いたくない日本固有の領土』なのだから肥沃な福島東部が陸の無人島となって事実上日本から消されてしまうのは無念至極だろうが、みずから犯した罪と罰なのだ。
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『原発廃炉作業に絶望、もはやお手上げ、死の墓場への道 』2017/2/11(土) 大槻義彦の叫び、カラ騒ぎ 科学に限らず何でも叫ぶぞ

これで万事休す、です。もはや東電と政府が行っている、これから40年もかかるとされた廃炉作業はほとんど不可能となりました。まず、地元河北新報の記事を引用しましょう。
     (以下引用)
2日、福島第1原発2号機の原子炉格納容器の内部調査で撮影した映像を解析した結果、推定で毎時530シーベルト(Sv)と極めて高い空間放射線量を格納容器内で測定したと発表した。福島第1原発で測定した値としては過去最大という。実際の放射線量を測定できるロボットなどを投入してさらに詳しく調べる。
 内部調査は1月26、30の両日、先端にカメラが付いたパイプを挿入して実施。30日の調査で、圧力容器真下の作業台で溶融燃料(燃料デブリ)の可能性がある堆積物を初めて確認した。映像を分析した結果、圧力容器から下に延びる筒状の構造物に堆積物が付着していることを新たに確認。半径約5メートルの作業台のうち、約1平方メートルが脱落しかかっている状況も分かった。高線量は格納容器の貫通部と圧力容器を支える筒状の台座(ペデスタル)の間で観測された。映像のノイズから解析して評価した。 線量計による測定との誤差の範囲は30%程度という。2012年3月に線量計を使って別の場所で測定した際は最大毎時73シーベルトだった。東電は「ロボットの投入の可否も含め、引き続き調査方法を検討する」と説明した。
      (引用終わり)
 この530シーベルトという放射線量は絶句するほどとんでもなく高いレベルだ。最近の朝日新聞などの報道では530シーベルトどころか700シーベルトだったということだからなおさらである。
 人間は国際放射能防護委員会の基準によれば『人は4シーベルで死に至る。7シーベルトで全員即死となる。』それの100倍の放射線量である。とても人知が考えうるレベルではない。
 これからこの燃料をロボットでと出すというがこれは全く危険な、無茶な妄想である。仮にロボットで外部にうまく取り出してもそれをどう処理するのか?とりだした燃料は周辺の機器、装置と合体しておりこれをロボットがはがして持ち出すなど不可能であるが、もしそれが成功しても外部に持ち出された燃料は半径50キロ以内に近づくことも出来ない。
 したがってロボットの操作を東京の東電本社からでも行うつもりか?福島県の避難民がせっかく帰還できたのに再び避難させるのか?したがってこの溶け落ちた核燃料は元々『とりだしてはいけないもの』だったのだ。つまり『廃炉作業はナンセンスだった』わけだ。
 したがって危険きわまりない燃料取り出しなどお手上げなのだからこのまま何百年も『放置』する以外にないのだ。すでにこのような放置はチェルノブイリで原発事故でとられた方法だ。『方法』というより『野放し』『垂れ流し』である。
 分厚いコンクリート壁で何重にも遮断する。しかしこの遮断の恐ろしさは地面下部の処理だ。メルトダウンした燃料はやがて容器下部を突き抜け、建屋下部の割れ目から地面の中に浸透する。もちろん地下水の汚染だ。周辺の地下水は氷土壁によってある深さまで遮断できてもその氷土壁の高さ以下に侵入するとこれもお手上げなのだ。
 何百年もの間、日本人は東日本にとんでもない『死の墓場』のお荷物をかかえることになる。人間の科学文明の末路の墓場を見てそのころの人類は何を想うか、何を笑うか。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/c567e6dbc0b632f514761cb0f7f7b8ab


人命より金「社会の安寧」5時間監禁で致死量を強制被曝

2017年06月10日 | 放射能と情報操作




作業員が装着していたものと同型の半面マスク。フィルター付きで口と鼻を覆うタイプだった(日本原子力研究開発機構提供)

『マスコミと警察による組織ぐるみの隠蔽工作(権力と報道機関が癒着した組織犯罪)の痕跡がある福岡県母子3人殺害事件の顛末』

被害者が死んだ段階で個人のプライバシーは自動的に消滅するので、氏名不詳の被害者等は何かの『裏事情』があると考えるべきであろう。しかも事件発覚から警察は4時間以上も経ってから自殺説(無理心中)と発表する。ところが→、被害者(母親)が絞殺されているのが明らかになり翌日に他殺説(殺人事件)へと変遷する。
この容疑者の男は通信指令課勤務の現職警察官とだけ発表されているが、殺害犯は110番を受け付けるのが仕事だった。(普通なら体力が衰える定年近い高齢の警察官の役職)
今回は首の骨が折れるほど強く締めたので殺人事件が発覚したが、マスコミの報道とか警察の態度は明らかに『無理心中』で現職警察官による完全犯罪計画というトンデモナイ凶悪事件を、全員で揉み消す心算だったのである。(木炭が延焼して家が全焼していれば事件は発覚しなかった)
新聞などメディアは『朝九時すぎに発見して110番通報した』と書かれているので、普通に読めば『発見時間と通報時間がほぼ同じ』だと誰でもが思う。時間的な間隔が小さいなら何の問題も無い。
マスコミの報道した『朝九時すぎに発見した』のも、その後『110番通報した』のも客観的事実である。
ところがだ、この両者の間には予想外に大きい間隔(大きな時間の隔たり)が存在していたである。ほぼ詐欺か手品の類。
実は、メディアの報道では『110番に通報した』と書いてあるだけで、何処にも『通報した時間』が無い。(マスコミは読者を両者が『同時だった』と『勘違いする』ように意識的に誘導していた)
ところが、110番通報が10時過ぎだったのですから通信指令課勤務の父親(現職警察官)の犯罪であった可能性が最初から警察もマスコミも全員が知っていたのである。だから、氏名不詳の無理心中との摩訶不思議な腰が引けた報道になった。(日本のメディアでは毎日新聞だけは110番通報が10時過ぎまで遅れた事実を報じている。ところが、一番良心的ではあるが何しろ根性なしのヘタレ。叩かれたくないので記事の最後の方に誰にも分からなように小さく書いていた)

日本原子力機構の核事故『マスコミの報道内容の重大な変遷の怪しさ』基本的に無茶苦茶

事故当日の報道では、
6/6『微量とは言えないが、ただちに健康に影響はない。』

1日後の報道では
6/7『2万2000ベクレル 聞いたことがなく大きな値。』(50年間で12シーベルト被曝、最初の1年間では1・2シーベルトの被曝推定量)

事故から2日目の報道では、
6/8『体内に取り込んだ放射性物質の総量を36万ベクレルと推計した。』
★注、
この『体内に取り込んだ放射性物質』の意味ですが洗浄することが可能な鼻の穴とか咽喉部分ではないし体表部分ではもっと無い。
それなら肺の奥深くに吸い込んだので洗浄が不可能な放射性物質だと思われる。というか、『体内に取り込んだ放射性物質』とは肺に吸い込んだので体外に排出することが出来ない放射性物質との意味しか存在しない。
肺胞以外なら、すべて洗浄が可能なのです。(洗浄出来れば放射性物質の総量は一気にゼロ近くまで下がる)
ところが困ったことに、1日前の『肺に吸い込んだ2万2000ベクレル』を取り消さない。1日で被曝量が一気に15倍し致死量を超えた驚愕的事実を認めたくないのである。
チェルノブイリや東海村臨界事故が証明しているように放射能被曝では他の毒物被害とは大きく違い、(両者には時間的な間隔があり)遅れて致命的な被害が現れる。致死量の放射線を浴びて細胞内のDNAがズタズタになっても1週間程度は何の症状も出ない。東海村臨界事故で死ぬのは半年後である。

事故から3日目の報道では、
6/9『被曝の5人、汚染室内に3時間待機 原子力機構の事故』
★注、
危険な薬品とか化学工場で爆発事故が起きて、其処に人間がいれば一刻も早く生存者を救助するのが大原則である。(時間が経てば経つほど汚染する危険性が大きくなる)
今回の茨城県の原子力機構では、核事故の発生と生存者の救助までに、時間的なトンデモナイ大きな隔たりが存在していた。(9日時点で、この恐ろしい事実を報じたのは朝日新聞だけだった)
朝日新聞は『5人は3時間待機』させたと書いている原子力機構の核事故ですが、これが『待機』ではなくて事実上の『監禁』である。しかも『3時間待機』の意味とは作業員5人の最短時間であり、丸々間違いとも言えないが、決して真実でも無い。(最大の被曝をした人は5時間)

事故から4日目(6月10日)の報道では、
『大洗被ばく、プルトニウム飛散か 床に複数の黒い塊』
プルトニウムが出す放射線の影響で水素ガスが発生し、ビニールバッグ内の圧力が上昇して破裂した可能性が高い。

もはや狂気『プルトニウムに汚染した密室に5時間も監禁されていた作業員、・・・』

6月10日付け毎日新聞だけが報道しているが、2万2000ベクレルの最大の被曝量だった50代の作業員ですが、なんと、爆発事故が起きた猛烈な放射能汚染の部屋から出たのは5時間後だったと、(誰にも分からない様に)最後の一行でさりげなく触れている。一番良心的ではあるが何しろ根性なし。ヘタレの毎日新聞は死ぬほど叩かれるのが怖いのである
(ところが、他の日本のメディアは1日前の朝日新聞が『爆発した室内に3時間待機していた』と書いた以外、原子力機構の5人の作業員が放射能に汚染した室内にいた『時間』を一切報じていない)

『被曝の5人、汚染室内に3時間待機 原子力機構の事故』6/9(金) 朝日新聞

茨城県大洗町の日本原子力研究開発機構大洗研究開発センターで作業員5人が被曝した事故で、室内に飛散したプルトニウムを室外に出さないため、5人は室内で3時間にわたって待機。その間に体内に放射性物質が入り、最も多い人で肺から2万2千ベクレルのプルトニウムが検出、国内最悪の内部被曝である。
放射性物質が飛散した事故は6日午前11時15分燃料研究棟の分析室で発生。放射性物質が入ったポリ容器はステンレス製保管容器に入っていた。
50代の男性職員がフタを留める6本のボルトを緩めるとフタが浮き上がってきたが、押さえつけてボルトを外しフタを取ったら破裂した。
6月9日 朝日新聞(抜粋)

『ほぼ大日本帝国の発想』軽すぎる人間の命とか健康

放射能被曝での人間の致死量は4シーベルなのですが、今回起きた茨城県大洗町の事故は、26年も放置されていたビニール袋の破裂は『突然』ではなくて必然であろう。
しかも5時間もプルトニウムに汚染した危機的状況の部屋に(他の施設への放射能汚染の拡大を恐れて)5人の作業員を閉じ込めたのですから、ほぼ未必の故意の殺人(まだ現時点では死んでいないので未遂?)事件である。
我が日本国の放射能事故の特徴ですが、他の放射能以外の事故とは大違いで人命優先(日本国の憲法の基本精神である民主主義とか基本的人権)にはなってない。
原子力機構は人間の命よりも、先ず、社会の安寧(治安の維持)が優先される禍々しい大日本帝国に突然『先祖がえり』しているのである。(人類が創りだした最強の毒物であるプルトニウムに汚染した密室に5人を閉じ込めるなど言語道断な非道ですが、作業員の被曝リスクよりも、施設の放射能汚染を回避するとの判断が行われたが、これは言葉を変えれば『命よりカネが大事』だと思ったのです)



『人命よりも「社会の安寧」を優先する日本国の不幸』

フクシマの放射能汚染地域に6年間も大勢の一般市民を放置する極悪非道、・・・小児甲状腺がんが発症して全摘出しているのにカウントさえしていなかった福島県検討委(日本政府)

『甲状腺がん診断7人増=18歳以下検査-福島県』2017/06/05-時事通信
福島県は5日、東京電力福島第1原発事故の発生時に18歳以下だった県民を対象とする甲状腺がん検査で、新たに7人ががんと診断され、合計152人となったと発表した。県が設置した有識者会議で報告した。星北斗座長(県医師会副会長)は、「放射線の影響とは考えにくい」との見方を改めて示した。
 県は、県外への避難者も含めた調査を3回実施。2014年からの2巡目の検査で新たに5人、16年5月に開始した3巡目検査では新たに2人ががんと診断された。
 有識者会議では、県の検査以外の通常の診療でがんが見つかるケースもあるとして、集計方法の改善を検討することを決めた。 

『福島・県民健康調査:新たに7人が甲状腺がん 計152人』2017/06/05 毎日新聞
東京電力福島第1原発事故の影響を調べる福島県の「県民健康調査」検討委員会は5日福島市内であり、3月末までに新たに7人が甲状腺がんと診断されたことが明らかになった。2014年度から実施した2巡目の検査で5人、16年度からの3巡目で2人が加わり、がんの確定は1〜3巡目で計152人となった。
県は、原発事故時に18歳以下だった全ての子どもを対象に甲状腺検査を実施。11年度から1巡目を実施している。検討委では、放射線の影響についての議論はなく、星北斗座長(福島県医師会副会長)は「事故の影響は考えにくい、というこれまでの考えは変わっていない」と説明した。
甲状腺検査で経過観察になった人が、その後、医療機関で甲状腺がんを見つけても県が把握できず、「がん患者」の数に反映されない仕組みになっている問題も議題に上がった。星座長は「可能な限り把握する方法がないか、継続的に議論したい」との見解を示した。

『甲状腺がんの子、経過観察症例も把握へ 福島県が方針』2017年6月5日朝日新聞
東京電力福島第一原発事故当時18歳以下だった約38万人を対象にした福島県の甲状腺調査で、同県検討委員会は5日、「経過観察」と判断した症例にがんが見つかっていないかを把握していく方針を決めた。県の調査で経過観察とされた事故当時4歳の男児が、その後、甲状腺がんと診断されていたことが市民団体の調査で判明したため。
これまで、経過観察中はフォローアップの対象から外れていた。検討委員会の星北斗座長は「委員からは調査の信用に関わるとの意見もあった。今後は不可欠な情報として扱う」と話した。
また県は同日、甲状腺検査で今年1~3月に新たに7人ががんと診断され、計152人になったと発表した。検討委は「これまでのところ被曝(ひばく)の影響は考えにくい」としている。
甲状腺検査は、2011年秋から13年度までの1巡目(先行検査)、14~15年度の2巡目(本格調査)が終わり、16年度からは3巡目(本格調査の2回目)に入っている。
今年3月末現在、がんまたはがんの疑いがあるとされたのは191人。うち1巡目は116人、2巡目は71人、3巡目は4人だった。手術を受けたのは1巡目が102人。101人ががんと確定し、1人は良性腫瘍(しゅよう)だった。2巡目では49人、3巡目では2人が手術を受けてがんが確定した。
県は約3カ月おきに最新の検査結果を発表している。

福島原発事故当時4歳の男児、甲状腺がんと診断2017年3月31日朝日新聞
甲状腺がん患者を支援する民間基金「3・11甲状腺がん子ども基金」は、原発事故当時4歳の男児が2014年の甲状腺検査2次検査で『経過観察』とされたが、福島県立医大で15年に『がん疑い』、16年前半に甲状腺の摘出(がん確定)したが、なんと福島検討委発表の小児甲状腺がん数にはカウントされていない。
(抜粋)

★注、
福島県検討委のマスコミ発表の『がん疑い』とは甲状腺に直接注射針を刺して細胞を調べる穿刺吸引細胞診など、全ての医学検査が終了して全部が陽性だったことを意味しており、普通の日本語表現なら『がんと確定した』である。
検討委のいう『がん確定』の意味とは、甲状腺がんを摘出して直接癌細胞を調べることを意味しているのですから怖ろしい。(摘出しないと医学的に『確定とは言えない』というのが福島県検討委の言い分だった)
ですから検討委発表の『がん疑い』と『がん確定』の合計数字が正しい発症数であると思われていたが、なんと、福島県で子供たちの甲状腺検査を行っている主体である福島県立医大で『がん疑い』と診断し摘出手術を行っていても、一旦『経過観察』とされた子供たちは小児甲状腺がんの人数から除外してた。
根本的に検討委の信用が完璧に崩壊しているのである。日本政府(福島県検討委)は最初から子供たちの健康や命ではなくて、社会の安寧(治安の維持)だけを守っていた。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/e85a7f4261336014d7f541e04a1b031e


ウソだもん、これ。東電説明に原子力規制委が激怒💢

2017年06月30日 | 放射能と情報操作




『東電説明に「ウソだもん、これ」規制委激怒』巨額の税金を投じた福島第一原発の「凍土遮水壁」。その効果を説明する東京電力に原子力規制委員が激怒している。

読売新聞系列の 6月28日(水曜日) 日本テレビ(NNN)の画像が凄まじい。 赤字で強調した『激怒』、『原子力規制委が東電に・・・』、『人を欺こうとしている』 の文字が目につくが、
原子力規制委・更田委員長代理59歳(原子力規制委員会初代委員長の田中俊一72歳は退任し、3か月後の今年9月から更田(ふけた)豊志委員長代理が昇格する)の凄まじい『怒りぶり』がテレビの画面からも伝わってくる。

テレビ画面の下段には、
『(東京電力は)人を欺こうとしているとしか思えない。』
『ウソだもん、これ(遮水壁の効果図)。』
『陸側遮水壁、何も関係ないじゃん。』
『そんな説明が後から後から出てくるような図を描く限り、東京電力はいつまでたっても信用されませんよ。』
とテロップが入っているのですから驚く。
 
NNNニュース(日本テレビ)では続けて、
『メルトダウンした原子炉建屋に流れ込み汚染水となってしまう地下水は、主に周辺に増設した井戸でくみ上げて減らしているのが実態。
しかし東電は28日、あたかも主に凍土遮水壁の効果で流入が減ったかのような説明をし、原子力規制委員会の更田委員長代理が激しく怒った。
東電は近く、遮水壁の凍結作業を完了する予定だが、350億円の国費を投入し期待した効果があったのか、検証する必要がある。』
と書いているが、これが全部口から出まかせの嘘八百。
本当の事実は、高濃度の放射能汚染水の大量発生の原因とは6年前からメルトダウンした原子炉圧力容器に注入している冷却水(1基当たり1時間に4・5トン)の事だと、既に東京電力や規制委が発表しているのです。地下水云々は何の関係も無い煙幕だった。

『フクシマが大爆発し東電本社に怒鳴り込んだ6年前の管直人よりも、今回の更田(ふけた)豊志の方が数段激しく怒っている』

原子力規制委と東京電力が福島第一原発の放射能汚染水(実は原子炉の冷却水)で公開の場所で、人目もはばからず大喧嘩(東電を頭ごなしに面罵)しているのですから驚くやら呆れるやら。(大爆発当時、直に東電本社に乗り込んだ管直人首相でも、ここまで言わなかった)
メルトダウンした核燃料デブリは原子炉を突き抜けて地下深くに落下したと思われる。ところが、今でも6年前の爆発時と同じで空っぽだと分かっている圧力容器を大量の冷却水で冷やし続けている。
今フクシマで何が起きているのか、規制委も東電も全員同じで、誰も彼もまったく分からない。仕方がないのでとりあえず安全のために(薄々無駄だと分かっているが)冷却水を抽入して冷やし続けるしか方法が無いのである。
これが本当に日本国の地上波テレビで放送された内容なのかと疑うような驚きのトンデモナイ内容であるが、政府与党(安倍自民党)に最も近い読売新聞系列のNNNニュース(日本テレビ)のWeb記事なのですから絶句するしかない。

★注、
東電(経産省エネルギー庁)の凍土遮水壁の説明を、『ウソだもん、これ。』と言い切った天晴れな原子力規制委員会の更田委員長代理ですが、・・・
本来の真っ当な科学者なら『ウソだもん、これ。』の続きは、→必ず『真実はこれこれだ』になる。(正しい『真実』を知っているものだけが断定的に『嘘だ』と言うことが出来る)
更田(ふけた)豊志ですが、素人の一般市民とか原子力に疎い第三者の記者ではない。
日本国では原子力の第一人者(トップ)なのですよ。
凍土壁を説明した東電を『ウソだもん、これ。』と言い切ったのなら、→その続きが『激しく怒った。』では辻褄がまったく合っていないのである。
フクシマの現状をまったく知らない素人(東電の説明を嘘くさいと思っている一般市民)と同じ態度を装う不真面目な原子力規制委員会ですが、全員で『何か』(たぶん、致命的な怖ろしすぎる真実)を必死で隠しているのである。(あるいは、本当に何も知らない可能性も十分にあるが、真実は二つに一つ。いずれにしろ恐ろしい)


東京電力の勝俣恒久元会長(左)、武黒一郎元副社長(中)、武藤栄元副社長(右)

『 元東電会長ら3人、きょう初公判 大津波予見可能性が争点 』2017/6/30 共同通信

津波対策を怠り、福島第1原発事故を防げなかったとして、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東京電力の勝俣恒久元会長(77)ら3被告の初公判が30日、東京地裁(永渕健一裁判長)で開かれる。
未曽有の原発事故の責任を刑事裁判で審理するのは初めて。最大の争点は、大津波襲来の危険性を具体的に予見でき、事故の回避が可能だったかどうかで、検察官役指定弁護士と弁護側との全面対決となる見通しだ。
他の2被告は武黒一郎元副社長(71)と武藤栄元副社長(67)。
指定弁護士が大津波を予見できたと立証する上で、鍵となるのは東電子会社が2008年に試算した津波予測データだ。
6/30 共同通信

『原発の遮水壁、全面凍結を了承』福島第1の汚染水対策2017/6/28 共同通信

原子力規制委員会は28日、東京電力福島第1原発の廃炉作業に関する検討会を開き、1~4号機の周囲の地盤約1.5キロを凍らせる汚染水対策「凍土遮水壁」で、残っていた約7メートルの未凍結部分の凍結開始を了承した。凍土壁は今後、東電が変更申請している実施計画の認可を経て全面稼働する。
第1原発では、原子炉建屋内に地下水が流入して事故で溶け落ちた核燃料などに接触し、汚染水が発生。これを食い止めるために地中に氷の壁を作って、建屋に流入する地下水を減らして汚染水の増加を抑える。
凍土壁は建屋周囲に深さ約30メートルの凍結管を約1500本埋め込んで地盤を凍らせる。
6/28 共同通信

『ウソだもん、これ。💢???基本的に意味不明の共同通信の28日記事』
★注、
6月28日配信の共同通信の、原子力規制委員会は28日、東京電力福島第1原発の汚染水対策「凍土遮水壁」を了承し全面稼働するとのニュースと、同じ28日に読売新聞系列のNNNニュース(日本テレビ)のテレビ放送とは明らかに矛盾している。(特にテレビ画像下の、過激なテロップの文字は真っ向から相反する)
読売新聞系列のNNNニュース(日本テレビ)か、それとも共同通信か、何れかが真っ赤な嘘を(意識的に)垂れ流しているのですから恐ろしい。
そもそも汚染水対策とのふれこみの東京電力福島第1原発の陸側『凍土遮水壁』にしても海側遮水壁(鋼管)にしても推進したのは東電や経産省(エネルギー庁)であり、一応は科学者の集団である原子力規制委員会の方は一貫して『安全が担保されていない』(何が起きるか予測できない)と大反対していたが、政府や電力会社が押し切って無理やり実施した経緯がある。
それにしても日本の原子力規制委のトップである更田(ふけた)豊志委員長代理がテレビカメラの前で、東電の凍土遮水壁について『ウソだもん、これ。』と喋る姿は呆れるというか驚くというか、これは駄目ですね。もう、完全に終わっています。

『アメリカの原発を狙ったサイバー攻撃が発生』2017年06月29日Pars Today

アメリカの政府当局が、同国内の原子力発電所に対するハッカーの攻撃に関する調査について明らかにしています。
アメリカのニュースチャンネルABCによりますと、アメリカの政府関係者は、同国のある原発での正体不明の複数のハッカーによるサイバー攻撃について調査を行っていると発表しました。
報道によりますと、原発の商務部のコンピュターシステムがハッキングされているということです。
アメリカの当局は、ハッキングされた原発の名前を明らかにしていません。
アメリカの当局は、今回のハッキングに加担した人物やグループについて公式なコメントを出していません。
また、28日火曜には世界各地で、複数の多国籍企業が新たなサイバー攻撃の対象となりました。この攻撃の事例は、初めて、ロシアとウクライナで報告されています。
6月29日Pars Today

★注、
今回明らかになった東電と規制委の内輪の醜い口喧嘩『ウソだもん、これ。!!💢』とは無関係だとは思うが、イラン国営の6月29日のPars Todayの記事が時期的にピッタリで不気味である。
今回世界各国で大規模に発生しているサイバー攻撃に使用されているマルウェア (malware) ですが、これはアメリカ国家安全保障局(NSA)が開発した盗聴システムを転用したハッキングシステムだと言われている。(使い勝手が悪くユーザーの評判が最悪のマイクロソフトの最新のOS、Windows10は感染しないと言われていて、マイクロソフトの自作自演?!まで疑われている)

(おまけ)
『大洗研被ばく 除染シャワー故障、過大計測の原因か』7/1(土) 茨城新聞

日本原子力研究開発機構の被曝事故で、原子力規制委員会は30日、原子炉等規制法に基づく3回目の立ち入り検査を行った結果、事故後、除染用シャワーが故障して使えなかったことが判明した。除染が不十分となり、作業員1人の肺で2万2千ベクレルのプルトニウムを検出。
少なくとも2年前から故障していたという。(抜粋)

『廃止作業に国費1兆円=70年で、東海再処理施設-原子力機構』2017/06/30 時事通信社

日本原子力研究開発機構は30日、原発から出た使用済み核燃料の再処理施設(茨城県東海村)の廃止作業に70年で約1兆円掛かるとの試算を発表した。費用は大半が国費で賄われるため、巨額の国民負担が発生する。(以下省略)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/6b839ba74bba15f2268b4e84243cbff2


問答無用!いきなり無警告で永久凍結

2017年09月19日 | 放射能と情報操作




『凍結済みアカウント』

安冨歩(やすとみ あゆみ)さんがリツイート
@_gl_hf ·
日本会議の研究 (扶桑社新書)などの著者・菅野完さん @noiehoie のツイッターアカウントが凍結されたもようです。さきほど、本人に取材したところ、「なんの経緯もなくいきなりだった」「以前表示された警告メッセージは一切表示されなかった」とのこと。
菅野完氏のアカウントが凍結された。一方、差別ツィートが野放しにされている。納得がいかない。
(過去にさかのぼって全ての菅野完氏のツイートが閲覧不能)


8/31(木) BBC Newsが報じた『何カ所も刺されて蚊に「死ね!」とツイート→アカウント凍結』(2017年09月13日 | 社会)と同じ種類のAI的なバカ話。
ポリティカル・コレクトネス(PC)「政治的正しさ」の悪しき典型例であろう。
元解同活動家で『しばき隊』を早々と卒業した菅野完は、自分では左翼ではなくて極右を標榜する毒舌王。ポリティカル・コレクトネス(PC)に真っ向から挑戦するアメリカのオルタナ右翼のバノンの日本版である。
ところが、失言も多いが、逆の場合(菅野完一人だけ正しい)がもっと多いのですから残念である。(何やら、世の中の動きが尋常ではない。今まで止まっていた全てのものが突然暴走しだしている)

一方安倍首相はニューヨーク・タイムズに寄稿し「対話を呼び掛けても無駄骨に終わる に違いない。北朝鮮の目には諸外国が屈したとさえ映りかねない」と主張した。何とも恐ろしいことです。
(菅野完よりも、安倍晋三こそ永久凍結するべきであろう)
共同通信の田崎スシローは『(安倍政権は)ミサイル撃つ数日前にはこの辺りに撃ちそうだという情報は取れている』と朝日テレビで堂々と発言している。
安倍は余裕で公邸泊。発射後すぐ会見して危機管理能力アピール。
何も知らない国民だけが早朝にJアラートで叩き起こされ右往左往。その内にJアラートで避難しようとして事故死する国民も出てくる。

『大きな声では言えないけれど実は官邸はミサイルの発射情報を2、3日前から把握してるんですよ』

この田崎史郎の発言が正しいなら、じゃあ何で事前に国民に知らせないんだ。Jアラートを鳴らす必要は一切ない。
実はカナダのバンクーバーから日本(東京)に向かっていた大槻義彦も田崎史郎の発言を裏付けるように『この日に(北朝鮮のミサイル発射が)あるとの情報が気になっていた』と書いていたのですから驚く。
日本国内に住む我々のような一般市民だけが知らされていないだけで、それ以外の偉い人達は(インサイダー情報で)数日前に知っていた可能性がある。

金子勝‏ @masaru_kaneko · 9月16日
【やっていることがデタラメだ】
アベアラートで日本中のテレビを止め、ミサイルが太平洋遠く(なんで襟裳岬沖なのか???)に着水した後に電車を止める。
だったら、避難計画もないまま再稼働した原発を真っ先に止めるべきだろう。
国民の安全なんか二の次。ひたすら戦争を煽り改憲へ向かうだけ。


『火山灰で原子炉冷却不能か』2017年9月18日 共同通信 ロイター

原子力規制委員会の審査に合格した九州電力川内1、2号機(鹿児島県)など5原発8基で周辺の火山が大規模噴火して原発の外部電源が失われた場合、非常用ディーゼル発電機が使えなくなる可能性があることが18日、規制委などへの取材で分かった。
最悪のケースでは原子炉が冷却できなくなる恐れがある。
噴火時に想定される火山灰濃度が従来に比べ最大100倍程度高くなることが審査後に判明。電気事業連合会によると、5原発では、発電機の吸気フィルターが目詰まりせずに機能を維持できるとされる濃度の上限を超えている。
9月18日 共同 ロイター

『原発のミサイル対策は?「大量の放射性物質出ない」』2017/09/15 ANN NEWS

電事連、ミサイルが原発に撃ち込まれても「大量の放射性物質は出ない」。
電気事業連合会・勝野哲会長:「ミサイルが(原発に)着弾して建物等に大きな被害が出たとしても、(放射性物質を)冷やす、閉じ込めるという措置はできる限りできるのではないかと」、原発の新規制基準を引き合いに、ミサイルが撃ち込まれても「放射性物質が大量に放出されない」と述べた。
しかし、電事連によると、原発にはミサイルに特化した対策はされていないという。
(抜粋)



『たった2週間で格段に進歩していた北朝鮮の弾道ミサイル技術』

9月15日金曜午前7時、 ピョンヤン国際空港の滑走路から発射された中距離型の「火星(ファソン)12」ミサイルについて、韓国紙や欧米の主要メディアでは、前回8月末のミサイル発射では移動式発射台を切り離していたのに、2週間後には切り離さずミサイルを発射している事実から、北朝鮮は短時間に3000度の高熱に耐える技術を手に入れたと報じています。(移動式発射台を切り離す時間が省略できるので、それだけミサイル発射の把握が困難になる)
北朝鮮のミサイルに使われているロケットエンジンが『ウクライナから調達している』とアメリカの有力紙ニューヨーク・タイムスが書いたら、ウクライナ政府が『いや、ロシアからだ』と言い出した。
ところが、今のアメリカ政府の宇宙開発では自前のロケットエンジンを開発するのではなくて、ロシアから輸入してロケットを打ち上げているのですよ。米議会がこの事実に『安全保障上問題だ』と噛みついたが、アメリカが自力開発するのは10年以上先らしい。(北朝鮮に高性能ロケットエンジンを供給したのはウクライナでもロシアでもなくてアメリカ「トランプ政権」だった可能性も十分にあるのですから怖ろしい)



前原誠司『問答無用!民進党、自由、社民との3党主会談をいきなり無警告で永久凍結』か、

孫崎 享 ‏ @magosaki_ukeru
馬鹿さ加減、読売報道が正しいとして「前原氏”連立組めぬ”共産との選挙協力に否定的」。
単独でどれだけ勝てると思っているのだ、この人は。都議会選挙、自民23、公明23、共産19、民進5.これが民進の実力。自民党勝たせることを優先してるんじゃないでしょうね。
だが結果はそう。民進惨敗

孫崎 享‏ @magosaki_ukeru · 9月18日
共闘どうなる?「前原氏は、かつて共産党をシロアリの様な物と批判、党代表選では民共共闘を是非も含め見直すと明言。ところが、地域の事情を踏まえると共闘に含みを持たせる発言する様になり、代表選後に共闘を批判する衆院議員3人が離党届を提出」(産経)。小沢氏の出番かな?

★注、
16日にロイターが報じた民進党、自由党、社民党の3党主会談(17日)が前原誠司民進党代表によってドタキャンされたことが、共産党機関紙赤旗が報じている。
予定されていた3党首会談が突然中止された原因とは、にわかに起きた安倍晋三首相による解散風であるが、もしも衆議院解散・総選挙なら、なおさら党首会談は必要でしょう。前原誠司の馬鹿さ加減には呆れるばかり。開いた口が塞がらない。
愚かにも政治のなんたるかを知らない前原は以前に、共産党との選挙協力を拒否する口実として政治理念や政策の違いをあげたが、そもそも政策や政治理念が一致していれば、今のように別々ではなくて一つの政党になる。政策や理念が別々だから選挙協力して戦う必要性が生まれたのである。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/ca3c45e5f14629dbcbf3a3964da92f7d


規制委の田中俊一 予定どうり戦況悪化で敵前逃亡

2017年09月21日 | 放射能と情報操作




『後は野となれ山となれ』

9月20日、田中 俊一原子力規制委員会委員長は22日に退任する前に記者会見し「原子力のあり方についてもっと国会に議論していただきたい」と述べた。



NHKによる世紀の大スクープ? 『とうとう出てきた大震災3日後の14日11時に爆発した3号基の至近距離からの映像か?』(原子炉建屋ビルの高さは約60メートル、排気塔は120メートル)

2011年(平成23年)3月11日の東北地方太平洋沖地震が発生、老朽化が激しい福島第一原子力発電所1号基は3時間後にはメルトダウンし翌日の12日昼には建屋ビルが大爆発している。
比較的新しい3号基も大震災から3日後の14日11時に大爆発して高度数百mまで噴煙を巻き上げる。この3号基の大爆発でとうとう東電は作業をすべて中断。自衛隊が組織的に逃亡する大騒ぎに発展した。
ところが、今まで東電も自衛隊も大爆発時の写真を公開していない。爆発現場にいた数千人の証言も一切公開されていない。
マスコミが公開した爆発写真(動画)とは、数十キロも離れた福島中央テレビの(自動撮影の)お天気カメラのライブ映像である。
その後、3号基にに続き翌日16日早朝には4号基も同じように大爆発したが、この時は吉田所長も管直人首相も東電も口裏を合わせて誤魔化したので映像が公開されなかった。自動撮影の民間テレビ局のお天気カメラも4号基爆発時だけ映像が無い始末。(4号基の爆発当時、免震棟にいた吉田所長は何時もはかぶっていないヘルメット姿で東電本社とのテレビ会議に参加したが、4号基建屋ビルが吹き飛ぶことを事前に知っていたのである)
4号基建屋上部にある核燃料を貯蔵する燃料プールが沸騰していると推測され、17日からは自衛隊ヘリコプターとか消防車で燃料プールをめがけて放水を行なった。

事故から5年半が経って分かった   『福島原発事故、原子炉に届いた冷却水は「ほぼゼロ」だったと判明』 NHKスペシャル『メルトダウン』取材班2017年9月20日現代ビジネス

吉田昌郎福島第一原発所長に日本中が喝采を送った海水注入だが、事故から5年半経って原子炉にほとんど水が入っていなかった衝撃の事実が、とうとう判明した。

ほとんど注水はされてなかった
2016年9月7日国際廃炉研究開発機構(IRID)によるテーマは「過酷事故解析コードMAAPによる炉内状況把握に関する研究」。福島第一原発事故がどのように進展したのか。
なんとも楽観的な発表を続けた東京電力(日本政府)が初めてメルトダウンを公式に認めたのは、事故から2ヵ月以上経った2011年5月15日だった。
炉心溶融を認めても、「炉心は大幅に損傷しているが、大部分はその位置付近で安定的に冷却できている」。
「1号機はメルトダウン(炉心溶融)を起こしたものの、圧力容器の底が溶かされて燃料が容器の底を突き抜けるメルトスルーはごく限定的で、核燃料デブリは原子炉内にほとんどとどまっている」と、相変わらず楽観的だった。

しかし、いまやそのように考えている専門家はいない。
大量のメルトスルーが起きたことは専門家の共通の認識で、デブリが、格納容器そのものを溶かしている。
今回の発表の特徴は、どれだけ核燃料が溶けたか”ではなく、“どれだけ原子炉に水が入っていたか”は、関係者に衝撃を与えた。

「3月23日まで1号機の原子炉に対して冷却に寄与する注水は、ほぼゼロだった」
事故当時の解析で原子炉内への注水量は“ほぼゼロ”。
東京電力が気づいたのが事故発生から12日経った3月23日。それまで冷却水はゼロだった。
全国の電力会社の原子力分野の安全対策を監視・指導する立場にある原子力安全推進協会(JANSI)の幹部さえ初めて聞くく衝撃情報だった。

「事故から5年以上たって、初めて聞いた話だ。いまだにこんな話が出てくるなんて……」
事故から5年以上経過しても次々と出てくる新たな事実。最
新の解析結果の発表は、事故の真相の検証自体がほぼゼロであることを物語っていた。

浮かび上がった注水の「抜け道」
“切り札”とされた消防車による外部からの注水。それが原子炉へ向かう途中で抜け、届いていなかった。
それを最初に指摘したのは、NHKメルトダウン取材班だった。
取材班は2011年の事故発生直後から消防車による注水に疑問を持っていた。
2011年9月9日に発表された消防車からの吐出流量と原子炉近傍の流量が異なるという矛盾。さらに、本来空っぽであるはずの3号機の復水器が満水であるという東京電力からの不可思議な発表。
消防車注水を本格的な検証を始めたのは2012年秋頃。取材班は、事故当時に公開されていたテレビ会議を詳細に読み解くことを試みる。
海水注入が始まった後の3月14日午前3時36分、原子力部門の最高責任者で副社長だった武藤栄と吉田が消防注水を疑っていた。
武藤「400t近くもうぶち込んでいるってことかな?」
吉田「ええ、まぁ途中で1時間位止まってますから」
武藤「ということは、あれだな、ベッセル〔原子炉圧力容器〕、満水になってもいいくらいの量入れてるってことだね」
吉田「そうなんですよ」
武藤「ちゅうことは何なの。何が起きてんだ。その溢水しているってことか 、どっかから」

写真:東京電力

吉田「うん、だからこれやっぱ、1号機と同じように炉水位が上がってませんから、注入してもね。ということは、どっかでバイパスフローがある可能性が高いということですね」
武藤「バイパスフローって、どっか横抜けてってるってこと?」
吉田「そう、そう、そう、そう、そう。うん」
取材班は独自に入手した配管計装図で見れば消防車から原子炉につながる注水の抜け道とは、満水だった復水器だった。

注水漏れを知っていた東京電力
2013年12月東京電力の技術的「未解明事項」報告によると、1号機には10本、2号機・3号機にはそれぞれ4本の「抜け道」が存在。2011年3月23日までほぼゼロだった注水量の原因は抜け道にあった。
福島第一原発の1号機、2号機、3号機にいつどれだけ水が入り、どのように核燃料はメルトダウンしていったのか。
2017年2月NHKは専門家を交え、“現時点で最も確からしい”としている最新の注水量を告げた。
「1秒あたり、0・07~0・075リットル。ほとんど炉心に入っていないことと同じ」
国際機関が検証した最新の注水量。多く見積もっても、1分当たり1・5リットル 注水量に専門家たちも衝撃を受けた。

生み出された大量の核燃料デブリ
注水ルートに「抜け道」がなければメルトダウンを防ぐことができたのか? 
答えはNOだ。
吉田が武黒の指示を拒否し、注水を継続した3月12日午後7時過ぎ。しかし最新の解析SAMPSONではメルトダウンはこの24時間前から始まっており、消防車による注水が始まった時点では、核燃料はすべて溶け落ち、原子炉の中には核燃料は全く残っていない。。

注水の遅れはメルトダウンではなく「MCCIの進展」に注水量が非常に重要
MCCI(Molten Core Concrete Interaction)は“溶融炉心コンクリート相互作用”と呼ばれ、溶け落ちた核燃料が原子炉の底を突き破り格納容器の床に達した後、崩壊熱による高温状態が維持されることで床のコンクリートを溶かし続ける事態を指す。
MCCIが始まったのは3月12日午前2時。1号機の原子炉の真下の格納容器の床の深さ1・2メートルのくぼみ(サンプピット)に溶け落ちた高温の核燃料が流れ込むことで、MCCIが始まった。
13時間後。吉田が注水継続を判断した3月12日の午後7時過ぎに侵食はおよそ2・1メートルまで達していた。
消防車からの吐出量は1時間60トン。東京電力によれば、この時点での崩壊熱に対して必要な注水量は15トン。つまり消防車は必要量の4倍の水を配管に注ぎ込んでいた。
しかし、消防車から注ぎ込まれた大量の水は、途中で「抜け道」に流れ込んで、原子炉にたどり着いた水は“ゼロ”。コンクリートの侵食は止まることはなかった。

写真: 東京電力

もともとあった核燃料と原子炉の構造物、コンクリートが混ざり合った「デブリ」量(1号機)はおよそ279トン。もともとのウランの量69トンに比べ4倍以上の量に増える。
宮野廃炉検討委員会委員長「279トンってもの凄い量ですよ。・・・本当に削り出して保管するのがいいのか、それとも、削らずこのまま塊で保管するのがいいのかって、そういう問題になっていく。」
もっと早く対応ができなかったのかと悔やまれる。
2011年3月23日、1号機の注水ルートを変えたことで原子炉に十分に水が入るようになり、1号機のMCCIは止まる。
早く対応していれば、コリウム(溶け落ちた核燃料などの炉心溶融物)によるMCCIの侵食の量は少なくて済んだ。少ないです、ものすごい……」
消防注水の抜け道でのMCCIの侵食は、今後長く続く廃炉への道の厳しい状況を生み出したのだ。
(抜粋)



NHKスペシャル『メルトダウン』取材班 は、相変わらずの超楽観的『気休め』で誤魔化しているが、
★注、1
3000度を超える超高温の核燃料デブリは数百トンもの膨大な量である、
それが10日以上も注水が止まっていて、冷やされる事無く放置され(温度がますます上昇していて)たった90センチしかコンクリートを侵食しなかったなど、ブラックジョークにしても酷すぎて話にもならない。
記事では、『3月12日の午後7時過ぎには、侵食はおよそ2・1メートルまで達していた』とはっきりと書いている。
それから11日後に、
『消防車から注ぎ込まれた大量の水は、途中で「抜け道」などに流れ込んだことで、原子炉にたどり着いた水は“ほぼゼロ”。コンクリートの侵食は止まることなく、3月23日午前2時半には深さは3・0メートルに達した。』
なと、馬鹿馬鹿しくて怒る気にもなれない。
たぶん桁数(ゼロの数)が大きく間違っているのである。

『鉄板に比べて、極端に熱に弱いコンクリートの特性』
★注、2
原子炉格納容器下のコンクリートの厚みは5メートルから7,6mぐらいの厚みがある。
『コンクリートの融点が高いので数十cm穴が開いたがまだそこにとどまってるらしい』との解析なのですが、融点が1200~1500度程度の鉄に対してセメントの原料の主成分の二酸化ケイ素(石英)は融点1650 °Cと若干高めだが核燃料デブリは3000度なので十分に溶ける。
ところが、溶融以上に問題なのは基本的にコンクリートは鉄とは違い非常に熱に弱い特性がある。
セメントと砂利と水を混ぜてつくるコンクリートですが、ある程度熱せられると内部に必ず残っている水分が気化し膨張して爆発的に破壊されることはトンネルでの車両火災では、よく知られている現象である。(短時間でコンクリートの壁面がボロボロになる)
そして水分無しのコンクリートは存在しない。
鋼鉄製の厚さ15cmの原子炉圧力容器(炉心)を突き抜けたメルトダウンした3000度の核燃料デブリですが、原子炉圧力容器の外側にある厚さ3cmの鋼鉄でできた原子炉格納容器など簡単に突き抜ける。
ましてや、その下にあるコンクリートの床など、即座に突き抜けている。
人類が管理できるのは圧力容器内に留まっている場合だけで、外に飛び出した後は制御不能なのである。(だから、効果が不明だが事故以来東電は冷却水を抽入し続けていて、結果的に膨大な放射能汚染水を貯めこんでる)



『水にも熱にも酸にも溶けない恐怖のガラス化した不溶性の放射性セシウム』2016年06月27日 | 放射能と情報操作

★注、
福島第一原発事故後に、世界で初めて発見された『水にも熱にも酸にも溶けない』恐怖のガラス化した不溶性の放射性セシウムの不思議ですが、これはメルトダウンした原子炉に対して、何週間もペットボトル1本分程度の極少量の水を供給し続けるという特殊な状態でしか起きない。なんと、長期間の東電の不作為が原因した人為的なものだったことが明らかになる。



『福島第一のセシウム、コンクリと反応か 九大など研究 』 2016年6月27日(月) 朝日新聞デジタル

東京電力福島第一原発事故から4日後に東京都へ降下した放射性セシウムの大半が、ガラス状の微粒子に取り込まれた状態になっていたことが九州大など日米仏の国際チームの研究でわかった。
溶け落ちた核燃料が高温で格納容器の底のコンクリートと反応してできたとみられる。
事故発生4日後の2011年3月15日に都内でフィルターによって採取された放射性降下物を電子顕微鏡などで詳細に分析。
セシウムの80~89%はガラス状微粒子に取り込まれ、大きさは1マイクロメートル未満で、放射性物質の濃度は1グラムあたり4400億ベクレル。
2200度以上になった溶融燃料と触れたコンクリート由来のケイ素などが、熱せられた後に冷えてガラス状になったとみられる。
(抜粋)



NHKが描く『ロスト・ワールド』

未曾有の福島第一原発のレベル7の核事故から3年9ヵ月後(2014年12月) 『NHKサイエンスゼロ シリーズ 原発事故(13)謎の放射性粒子を追え!』
安倍晋三のお友達の籾井会長が介入して放送中止にしたNHKのサイエンスZEROが3ヶ月遅れで2014年12月21日に放送されている。(当時は『アベノミクスの信を問う』との、なんとも不思議な解散・総選挙の直後でマスコミは大騒ぎしていた)
最初の2014年9月21日(土)放送予定時点のNHKの内容説明では、
「セシウム内部被ばくに迫る」サイエンスZERO シリーズ 原発事故(13)
『福島第一原発の事故で大量に放出された放射性物質・セシウム。これまでは放射線量などをもとに調査されていたが、その実際の形態はよく分かっていなかった。しかし、電子顕微鏡を用いた巧みな調査で、セシウムは不溶性の球形粒子として存在するものも多いことが明らかになった。この粒子が肺に入ると、従来想定されていた水溶性粒子に比べて長くとどまるために、内部被ばくの影響が強くなるのではないかと危惧されている。』だった。
ところが、現実のNHKの放送内容(2014年9月21日)は、もっともっと凄まじい。
なるほど!放送中止もむべなるかなと納得する、驚くべき内容だった。
今まで知られていた、水溶性の放射能汚染物質が生体内に入っても、100日程度で半減してしまいセシウムの被曝の影響は比較的小さい。
ところが12月21日の『3ヶ月遅れサイエンスZERO』が存在を証明した、水にも熱にも酸にも溶けないガラス化した不溶性セシウムは(食べた場合には排泄されるが)肺胞に入った場合には半永久的に出て行かず、極めて有害なベータ線を出し続けるのである。
東京電力福島第一原発事故の発生から4日後(2011年3月15日)に東京都へ降下した放射性セシウムの大半が、ガラス状の微粒子に取り込まれた状態になっていた。
何の害も無い安定した鉱物であるアスベストでも30年後には悪性のがん『中皮腫』になるなら、強力なベータ線を出すガラス化した不溶性放射性セシウムの被害は計り知れない。(波長が非常に短い電磁波であるガンマ線には電離作用があり細胞のDNAを傷つけるが、電荷をもった高速の電子の流れであるベータ線と電磁波では危険性がけた違い)

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/e38d1de080d17bb051b5cd1dfdc3c3fa


ドキュメント「放射能とトモダチ作戦」米軍兵士が証言するフクシマの闇

2017年10月08日 | 放射能と情報操作




2017年10月8日(日) 25:00(今晩の深夜1時放送)NNNドキュメント 製作日本テレビ

9人も死んでしまった...
トモダチ作戦で頑張ってくれた若き米兵らが..
原発事故の放射能で被曝し健康を害したとして..
400人超が裁判を起こしている事を
あなたは知っていますか?

福島第一原発の事故。汚染されたのは東日本の陸上だけではなかった。
実は、放射性物質の約8割は太平洋上に流れ込んでいたという。
そして東北沖で"トモダチ作戦"として支援活動していたのが米空母ロナルドレーガン。
当時、艦内では放射能アラームが鳴り響いていた。
乗組員の兵士らは今、続々と放射能による健康被害を訴え死者は9人に。
そして米兵ら400人以上が東電などを訴えている。
空母で一体何があったのか?
海の上を漂う放射能プルーム、
そこを通過したのがトモダチ作戦で日本の被災地支援を行った米空母ロナルド・レーガンです。
乗組員は今、ガン、体の痛み、大量出血、抜け毛など様々な健康被害を訴えています。
そして希望に満ちあふれていた生活も一変してしました。
いったい空母で何があったのか?
どんな症状に苦しんでいるのか?
米兵らに話を伺いました。
(読売新聞系列の『日本テレビ』公式ホームページから)



試写室『ドキュメント17「放射能とトモダチ作戦」米軍兵士が証言する原発の闇』2017年10月8日(日)しんぶん赤旗

2011年の東日本大震災で東京電力福島第1原発のメルトダウンで放射能が日本を汚染しました。
いわゆる「トモダチ作戦」と称して被災地に向かっていた米空母「ロナルド ・レーガン」も汚染しました。
同艦内で被曝し、東電や原発メーカーを訴えた元兵士たちをインタビューし、被曝の実態を明らかにしていきます。55分枠に拡大。
兵士たちは5000人、艦上勤務兵士らに健康被害が続出、すでに9人が亡くなりました。
8人から始まった訴訟原告は400人に。白血病、生殖能力喪失、下肢切断など被害は深刻ですが、米政府や軍は放射能被害を認めず、彼らには保証はありません。
スマホで撮られた動画は放射能測定装置が鳴り『核のホロコーストだ』の声。艦の緊迫を伝えます。
東電はメルトダウンを隠し、艦は正確な情報を知らず、兵士は空気被曝に加え汚染した海水から作られる水を飲み、料理を食べ続けました。
米国はなぜ被害を認めないのか、原発の深刻な闇と事故の異質さが浮かびます。
日本の被曝の実態はどうか。
知れれざる被曝に光を当てる、これぞジャーナリズムの仕事です。
(荻野谷正博 ライター)

2017年8月24日、ロイター通信は『「トモダチ作戦」157人が米で東電を提訴、50億ドル基金要求』と題して、トモダチ作戦に従事したという米国居住の157人が、放射能被ばくによる被害を受けたとして、50億ドル(約5450億円)の基金の創設や損害賠償を求めて米国の裁判所に提訴したと発表した。

『ジャーナリストの使命として、何とか市民に怖ろしい真実を知らせたい、・・・(とは思っているのだが、)・・・、

しかし、パニックが起きても困るので「誰にも分からない」ようにと、必死で気をつかうマスメディア』
新聞の裏面にある番組欄で確かめてみると、毎日新聞(大阪本社版)では確かに10月8日日曜日の深夜1時(翌9日の1時)に、□の中に『字』とあり、ドキュ 空母の放射能被曝の文字が続いている。
ところがである。社会総合欄の番組案内『試写室』で『ドキュメント17「放射能とトモダチ作戦」米軍兵士が証言する原発の闇』を紹介していた赤旗の番組欄ですが、深夜1時の当該箇所では、二つの□の中に『解』と『字』とあるだけで肝心の番組は『ドキュ』だけだった。『放射能』の文字も『米空母』の文字も意識的に抜いているのである。(そもそも赤旗紙面にはあるがWeb上には無いので、ネットでは検索できない仕組み)

『ヘタレ(愚劣で小心で、根性がない)マスコミの悪質さ』 

そもそもの話、このドキュメンタリー番組を作った日本テレビ(読売新聞系列)ですが、普通の人は眠っている時間帯の深夜の1時から2時の時間帯の放送なのですから、アリバイ作りで、本当(本心では)は放送したくないのである。赤旗(志位和夫)も同じで番組欄では『ドキュ』だけですよ。本心では赤旗読者に対して『知らせたくない』(隠したいと思っている)と悪く勘ぐられて仕方がない(当然な)行いをしている。(心底から根性なしの、ヘタレの極み。自分が叩かれるのが死ぬほど怖いのか)
ちなみに、日本国で一番腐敗した売国的な右翼メディアのフジ・サンケイグループでは10月8日(日曜日)の9時から2時間以上かけて。韓国のパク・クネ大統領の弾劾騒動が吹き荒れた2月にマレーシアで起きた北朝鮮トップの異母兄の暗殺事件の特集番組を放送する。
まさに子供だまし(猫だまし?)の偽装である。(普通の大人の常識があれば、マスコミが大宣伝した北朝鮮ではなく韓国CIAの犯行が濃厚だった)
確かに日本の今年2月時点の報道では『北朝鮮が』一色だったが、なんと裁判ではマレーシア検察当局は逆に北朝鮮のキも言わない徹底ぶり。(完全に風向き180度変わっていたのですから怖ろしい)

『安倍晋三のお友達の産経新聞の番組欄で、驚きの今回のNNN(日本テレビ)ドキュメンタリーを、如何紹介しているのだろうか。?』

日本政府や自民党政権に一番近い論調なのが読売新聞の特徴なのですが、・・・本当にNNNのドキュメンタリー番組が真実であった(トモダチ作戦の原子力空母で放射能被害が出ていた)としたら(100分の1でも真実なら)もう、残念ですがとっくの昔に日本は終わっています。
そもそも米軍の艦船はメルトダウンした原発から半径50海里(93キロ)内には絶対に入ってはいけないとの決まり事があり、トモダチ作戦の時も米海軍原子力空母ロナルド・レーガンは福島第一原発の東方の2百数十キロ以上も大きく離れた太平洋上を数十分間程度通過しただけだった。
その程度の短時間でも、海の上を漂う放射能プルームに遭遇して、原子力空母の艦内では放射能アラームが鳴り響いて乗組員の兵士らはパニックに陥っていたし、その後甚大な健康被害が起きていた。
(今回、元米兵が要求している補償額は一人当たり2億から3億円なので、もしも5000人のロナルド・レーガン乗員全員なら十兆円以上だが、日本人は6年間ももっと近くで被曝し続けているし人数も最低でも数百万人、最大なら数千万人なので到底賠償できる額ではない天文学的な数字になる)

可憐な少女の後ろ姿にも、醜い老婆の横顔にも見える『騙し絵』

『すでに確定している「日本の敗戦」(ポツダム宣言受諾)をはっきり言わず、何となく曖昧にほのめかすだけ』 

1945年8月9日の御前会議で日本はボツダム宣言受諾(無条件降服)を決定し、8月10日には連合国に伝えている。
ところが、国民に対しては『受諾』は機密扱いで、8月15日の『玉音放送』まで新聞は(表面的には)以前徹底抗戦の声しか報じていなかったのである。
72年前の8月11日の毎日紙面は、大混乱に陥っていた。
8月11日の一面には『今や真に最悪の状態に立ち至った』とポツダム宣言受諾による無条件降服を示唆する(それとなく匂わせる)情報局総裁の談話が掲載されている。
ところが毎日新聞の紙面編集で、その右下に降服記事の影響を打ち消す正反対の『聖戦を戦い抜かんのみ』との阿南陸相の徹底抗戦の布告を掲載する矛盾。
11日に掲載された下村宏情報局総裁談話は、陸相、海相、外相の全員の合意で10日午後に公式に発表されていたもの。
ところが、阿南惟幾陸相の名前で出された『全軍将兵に告ぐ』との勇ましい布告は当の陸相自身が知らない出所不明の怪文章だった。
情報局が阿南陸相の『偽布告』の掲載を止めるように指示したが既に新聞は印刷しているとして、毎日新聞はそのまま発行を強行する。
マスコミを検閲する内務省は8月12日『新情勢に対応する言論出版取締り標準』を発表し、毎日新聞は12日~15日の三日間内務省の方針に忠実に従って、日本の敗戦を国民に隠しつつ、同時に『終戦をほのめかす』との摩訶不思議なキメラ獣かヤヌス神の様な態度(二面作戦?)をとっていた。



『どうか、敗戦をそれとなく察してくれ。』、『最後の最後まで敗北を隠し続けていた政府やマスコミの愚劣』

72年前の毎日新聞8月12日朝刊の一面トップにある6段抜きの大きな写真は皇居に向かって深々と頭を下げる国民を後から撮った構図で、見出しは『悠久の大義に生きん』。
記事は皇居前の様子を描き、書き出しは『最悪の状態に面した祖国!』。
記事は(善良だが無知な一般大衆が読めば)徹底抗戦を訴えているようでもあり、(戦況を熟知している一部の知識層が読めば)ポツダム宣言での無条件降服を示唆している風にも、どちらでも解釈が可能なヌエの様な不気味なもの。
13日の毎日新聞社説『対国民の態度』では、『政府は明らかに「最悪の状態」といっている』とか、『政府は敢えて、・・・明日のために努力する意味を無関心に見ていることはあるまいと信じる』。
と、今から読めば日本の敗戦(ポツダム宣言受諾)を暗に言っているのである。
この社説の横には11日に掲載した情報局総裁談話の解説も添えらていて、読者に対して『どうか、敗戦をそれとなく察してくれ。』との内容になっている。
14日には再び総裁談話を引用した記事『国難打開へ結束、最後まで敢闘せん』とのキメラ記事が掲載されていた。
表面的には徹底抗戦に見えるが、実は敗北宣言になっている政治的『騙し絵』の世界である。
日本の敗戦が決定している(ボツダム宣言受諾を連合国に通告している)事実を全員が知っているにもかかわらず、マスコミは最後の最後の瞬間まで国民に対し真実を隠し続けていた。
72年後の今もまったく同じで、福島第一原発事故で放射能被害が甚大で、到底除染で誤魔化せる段階で無いことを全員が熟知しているのだが、爆発的に発症数が増える小児甲状腺がんの被害は曖昧にほのめかすだけ。
公の報道では逆に不可能であることが分かりきっている『除染して全員帰還』とか『2020年東京オリンピック開催』の夢物語を真面目な顔で語っているのである。



(資料)
福島第一原発事故の小児甲状腺がんの一巡目終了時に毎日新聞が書いた『日本の敗戦を、、みなさん、それとなく察してくれ』との意味深長な腹立たしいトンデモナイ記事

『<毎日新聞1945>ポツダム宣言受諾へ 国の混乱示す紙面』2015年8月31日.毎日新聞

15年に及んだ戦争は1945年8月10日未明、昭和天皇の「聖断」で終結の方針が決まった。国体護持(天皇制存続)の条件付きで、ポツダム宣言受諾を連合国側に伝えた。しかし、受諾方針は国民に秘せられ、徹底抗戦を主張する軍の声は依然として大きかった。翌11日の毎日新聞朝刊は、国中枢の混乱ぶりを象徴的に示している。


 1面に「今や真に最悪の状態に立ち至った」と降伏をにおわせる情報局総裁談話。その右下には「聖戦を戦い抜かんのみ」と徹底抗戦を説く陸相の布告。終戦工作を進めながら、国民にはなお戦争継続を訴えていた国の矛盾が、1枚の新聞という形で歴史に残された。

 11日朝刊に載った下村宏情報局総裁談話は陸相、海相、外相との合意の上で、10日午後に発表された。戦況悪化を伝え、あらゆる困難を克服するよう呼びかける内容だ。下村氏の著書「終戦記」によれば、「ジリジリと終戦の空気へ方向転換の足取りを進める」意図があった。

 ところが夕方になって、阿南惟幾(あなみこれちか)陸相の名で「全軍将兵に告ぐ」との布告が出された。紙面に内容が全く逆の記事が並べば、国民は混乱する。毎日新聞の高田元三郎編集総長は「その日の夕方下村総裁の所在をつきとめ、面会して一体これでいいのかと聞いてみた。ところが総裁はこの陸軍の発表をまったく知らなかったので、大いに驚きすぐ阿南陸相に電話したところが、さらに驚くべきことは、陸相自身まったくこれを関知しなかった」と著書「記者の手帖から」で記す。大騒ぎの末、情報局から布告掲載の取りやめを求められた時には、新聞は既に印刷されていたという。

 政府が受諾方針を国民に公表しなかったのは、ポツダム宣言での天皇制の位置づけがあいまいで、詰めの交渉にさらに時間を要したためだ。内務省は12日、この時期の報道対策として「新情勢に対応する言論出版取締標準」を発表する。根本方針を「国体護持」「国民の一致結束」とした上で戦争責任の追及、政府や軍への非難、共産主義的論調などを検閲対象とした。終戦後に湧き起こるだろう批判を未然に封じるものだった。毎日新聞は12〜14日の3日間、この方針に忠実に従って国体護持を訴えながら、終戦をほのめかし続けた。

 12日朝刊は1面トップに6段の写真を掲載した。皇居に向かって深々と頭を下げる国民を後ろから撮った構図で、見出しは「悠久の大義に生きん」。記事は皇居前の様子を描き、書き出しは「最悪の状態に面した祖国!」。写真の効果を考えると、いかにも暗示的だ。

 13日朝刊の社説「大国民の態度」は「政府は明らかに『最悪の状態』といっている。日本国民の英知は決して低いものではないと思う。政府が敢(あ)えて、国体の護持と民族名誉の保持とを挙げて明日のために努力する意味を無関心に見ていることはあるまいと信ずる」と書く。今読めば、察してくれと言わんばかりの論調。隣には、情報局総裁談話を解説した記事も添えられた。

 14日朝刊には、再び総裁談話を引用した記事「国難打開へ結束 最後まで敢闘せん」が掲載されている。戦争の失敗が明白になった終戦秒読みの段階でも、新聞は周到に張り巡らされた検閲の網の中にとどまり続けた。【伊藤絵理子】


 ■ことば

ポツダム宣言

 1945年7月26日、米英中3カ国が発した対日降伏勧告。独ポツダムで行われたトルーマン(米国)、チャーチル(英国)、スターリン(ソ連)の3首脳会談で米英両首脳が合意し、中華民国の蒋介石の同意を得た。日本の軍国主義の除去、領土占領など13条。鈴木貫太郎内閣は宣言を黙殺したため連合国側は拒否と受け取り原爆投下、ソ連参戦に至る。ソ連は参戦後に宣言に署名した。8月10日、政府は天皇の「聖断」により国体護持の条件付きで受諾を決めたが、連合国側の回答解釈を巡り議論が紛糾。14日、2度目の聖断で宣言受諾が決定した。


小児甲状腺がんの爆発的発症で一億総現実逃避に走る日本
2015年09月01日 | 政治

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/14a10b5bd54268f92d2720205d681767


放出された総量に差がなかったフクシマとチェルノブイリ

2017年10月19日 | 放射能と情報操作




『霞が関「かけかくし」 加計文書の開示は選挙翌日の23日』2017年10月17日 田中龍作ジャーナル
政府に対して行った加計文書開示請求で、内閣府と文科省が「10月23日に開示する」と回答した。10月23日は衆院選投票日の翌日である。
23日は文科省の大学設置・学校法人審議会が今治・加計獣医学部の認可答申を行うのではないかと目されている日でもある。ドサクサに紛れての情報開示だろうか。
安倍政権にとっては都合の悪い情報がどこまで開示されるだろうか。
(抜粋)

【速報】加計学園獣医学部、23日にも認可 同日に孝太郎理事長が記者会見2017年10月16日 田中龍作ジャーナル
政府関係者によると、文科省の大学設置審は衆院選投票日翌日の23日にも加計学園・岡山理科大学獣医学部の設置を認可する方向で最終調整に入った。
同日中に加計孝太郎理事長が記者会見を開く。
獣医学部をめぐっては、建設費の水増し請求やバイオハザードの危険性が指摘されているが、衆院選の圧勝を受けて安倍官邸が力でウヤムヤにすることになる。
加計学園は経営悪化で極度の自転車操業となっており、もし獣医学部が認可されなければ倒産するものと見られ、加計理事長から真相を喋ることを恐れた安倍官邸が文科省に圧力をかけて設置を認可させた。
(抜粋)



『ダブル猫だまし』

猫だまし的『国難突破』総選挙の投票日の翌日の10月23日の加計学園の認可ですが、これ自体が多分『猫だまし』、赤いニシン(間違いに誘導する偽の手がかり)だったのである。
まったく同じ日付(10月23日)で、フクシマの小児甲状腺がんの福島検討委発表も行われるが、これの煙幕でしょう。隠したいのは安倍晋三首相のモリ加計疑惑ではなくて、日本国にとってもっともっと重大な問題である福島第一原発事故による放射能の深刻すぎる被害なのです。
日本医師会が会員の現役医師には無料で配布する(定価5500円で販売もされる)『環境による健康リスク』2017年10月15日 第146巻・特別号(2) 生涯教育シリーズ93
では初めて放射能が取り上げられ、なんと、6年前の福島第一原発事故で放出された放射能の総量は深刻な健康被害が出たチェルノブイリ事故とほぼ同量だった。
皆さんよくご存じのように2011年のフクシマの汚染範囲は1986年のチェルノブイリよりも桁違いに狭いのですから、汚染物質の総量が同じなら汚染濃度は自動的に跳ね上がり、致命的な甚大な被害が出る。


2011年3月11日に発生したレベル7の福島第一原発の核事故で東京電力が公開した環境に放出した放射性汚染物質のチェルノブイリとの比較図

(東電発表の数値)

すでにキセノンやクリプトンなど希ガス類では原子炉4基が暴走したフクシマの方が原子炉1基が大爆発した1986年のチェルノブイリよりも多い事実は発表されていた。
ところが今回の日本医師会が会員の現役医師に配布した、生涯教育シリーズ93『環境による健康リスク』2017年10月15日 第146巻・特別号では、ヨウ素が若干少ない程度でセシウム134/137では差が無い、ほぼ同量が狭い日本列島に放出された事実が書かれていた。(フクシマとチェルノブイリでは汚染範囲がけた違いに小さいのですから、逆に汚染濃度はフクシマの方がけた違いに高い事になる)



福島県の小児甲状腺がん検診の責任者だった県立医大の鈴木真一教授が去年(2016年)開かれた海外の講演会で示した図。
『赤』が日本の福島県で、『オレンジ』がウクライナだが、ウクライナの5年間の潜伏期間(青)と福島(赤)のパターンが酷似している。
(今まで日本は挙国一致、大政翼賛会の大本営発表で恐ろしい放射能被害を必死で誤魔化していたが、とうとう時間切れ。お終いなのである)



今年のノーベル文学賞は『信頼できない語り手』(Unreliable narrator)のカズオ・イシグロ(石黒一雄)だったが、生まれた場所は原爆投下から9年後の長崎市であり、イシグロの母親はナガサキ原爆の爆風を体験していた。
一昨年(2015年10月)に受賞したのは到底文学とは言えないチェルノブイリ原発事故のドキュメント『チェルノブイリの祈り』のアレクシエービッチ(ジャーナリスト)だったのである。



産経新聞が『号泣した』と書いた中谷元防衛大臣の不思議な姿

チェルノブイリ原発事故のドキュメント『チェルノブイリの祈り』のアレクシエービッチ(ジャーナリスト)がノーベル文学賞を受賞した翌年の2016年には安倍晋三首相の内閣改造で辞任する閣僚たちが、記者会見の席上で人目もはばからず男泣きする珍事も発生しているが、いずれも日本のフクシマのレベル7の核事故による放射能汚染の深刻化が原因していたと思われる。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/29c9895f90fb397a1fb94a9bd3ee952f


福島第一原発の凍土遮水壁の完全凍結

2017年11月04日 | 放射能と情報操作




『遮水壁が完全凍結すると、今までの「地下水の流入が云々」の言い訳が効かなくなるに、・・・』

11月4日付け毎日新聞朝刊(西日本担当の大阪本社版)では、東京電力の福島第一原発の凍土遮水壁の完全凍結が書かれているのですが、Web上には何もなし。他のメディアの関連記事を探しても矢張り何も無し。
活字の新聞記事としては存在するが、インターネット上には何もない奇怪なことが起きていた。
そもそも、この東電とか経産省(エネルギー庁)が推進した福島第一原発の凍土遮水壁ですが、肝心の科学的な審査を担当する原子力規制委員会の猛反対を押し切って強引に進められたもので、いわく因縁言い難い代物だった。
そもそもの話、『何の目的なのか』との、初歩的で基本的な部分の『意味』が全く不明なのである。
規制庁の田中俊一前委員長(72)にしろ、現委員長の更田(ふけた)豊志(59)にしろ同じで、一貫して『放射能汚染水は海洋投棄するしかない』と言い続けている。(ただ、海洋投棄だと、今までの政府や言い続けていた『福島復興』のスローガンもくそも無くなるので仕方なく1000トンの巨大タンクで汚染水を貯め続けて現在に至っている)

『今の原発の敷地は、汚染水タンクが林立していて、もう新たに設置する余裕が何処にもない』

この高濃度放射能汚染水とは、今までは東電(政府やマスコミ)は原子炉建屋の地下に流れこむ地下水だと、善良な市民が勘違いするよう、わざと曖昧(意味が分からない様に)に発表しているのです。
ところが、これが全部口から出まかせの嘘八百。真っ赤な嘘であることは、既に東京電力や規制委が発表しているのです。地下水云々は何の関係も無い煙幕だった。
本当の事実は、高濃度の放射能汚染水の大量発生の原因とは6年前からメルトダウンした原子炉圧力容器に注入している冷却水(1基当たり1時間に4・5トン)の事だと、真実を小出しにして報じたり、逆に11月4日付け毎日新聞記事のように、元の黙阿弥『地下水が~汚染水云々』と先祖かえりするなど、真実を嘘とを行きつ戻りつを繰り返す。
この不思議なマスコミの報道姿勢の原因は、案外簡単で、大爆発した6年前と今と『同じ量の冷却水』を原子炉圧力容器に抽入し続けている事実は不味過ぎるのである。

『6年間も続いている福島第一原発の不都合な事実』
★注、
この『6年前と同じ量の冷却水』の注入の事実は、核燃料の崩壊熱では説明がまったく不可能で、今もフクシマの臨界が止まっていないとの証明になって仕舞うので、政府やマスコミは誰にでも分かる『明らかな事実』を挙国一致で必死で隠している。
(フクシマの核燃料デブリが今も臨界しているから『冷却している』のか、それとも臨界する危険性があるので冷却しているのかは不明だが、何れが真実でも、極限的にトンデモナク危険であることだけは間違いない)



NNNニュース(日本テレビ)『ウソだもん、これ。東電説明に原子力規制委が激怒 💢』

6月28日(水曜日) 読売新聞系列の 日本テレビ(NNN)の画像が凄まじい。
『東電説明に「ウソだもん、これ」規制委激怒』巨額の税金を投じた福島第一原発の「凍土遮水壁」。その効果を説明する東京電力に原子力規制委員が激怒している。
赤字で強調した『激怒』、『原子力規制委が東電に・・・』、『人を欺こうとしている』 の文字が目につくが、原子力規制委・更田委員長代理59歳(原子力規制委員会初代委員長の田中俊一72歳は退任し、3か月後の今年9月から更田(ふけた)豊志委員長代理が昇格する)の凄まじい『怒りぶり』がテレビの画面からも伝わってくる。
テレビ画面の下段には、
『(東京電力は)人を欺こうとしている としか思えない。』
『ウソだもん、これ(遮水壁の効果図)。』
『陸側遮水壁、何も関係ないじゃん。』
『そんな説明が後から後から出てくるような図を描く限り、東京電力はいつまでたっても信用されませんよ。』
とテロップが入っているのですから驚く。



『歴代のアメリカ国防長官が必ず運用停止を考えていたオスプレイが日本に配備された謎』

オスプレイですが、下降気流が通常のヘリに比べて激しすぎてネパール大地震では家屋を吹き飛ばすなど二次被害を起こしているし、対空ミサイルに対して脆弱なのでアフガニスタンのような戦場でも使えない。
舗装していない場所では砂を巻き上げてエンジンを損傷する危険が大きくて、オスプレイの運用は、空母の艦載機として考えられている。
ヘリコプターなど回転翼機の特徴は、自機の起こす下降気流に入ってしまうとセットリングウィズパワー( ボルテックスリングステート)に 陥って揚力を失って墜落するが、オスプレイでは急降下は非常に危険なのである。(軍用機として急降下が出来ないオスプレイの特徴は致命的欠陥)
人命救助でも戦場でも使い難いし、しかも高価で操縦が非常に難しいので歴代のアメリカ国防長官が必ず運用停止を考えていたのがオスプレイである。
この欠陥が大きいオスプレイが日本に配備された謎ですが、運用され続けられた最大の原因とは米軍では無くて特務機関からの要請だった。特殊な役目のオスプレイを必要としているのはアメリカ軍では無くて、アメリカのNSAやCIAなどの諜報機関だったのである。



『日本列島周辺に3艘ものアメリカの巨大な原子力空母が集結する』

100年前の日露戦争当時は巨大な戦艦が戦争の帰趨を決める大事な切り札だった。ところが、それから30年も経たない第二次世界大戦当時は軍事技術の飛躍的な進歩で巨大な戦艦は格好の標的になるだけの存在になっている。
対艦ミサイルの発達したフォークランド紛争では英国軍の空母はアルゼンチンの反撃が危なくて前方に展開できない。アルゼンチン以上に戦争に特化して軍事要塞化した北朝鮮相手では米軍の巨大な空母は対艦ミサイルの標的になるので、使い物にはならないでしょう。安全な日本列島のはるか後方に配備される。
アメリカ軍の空母が大活躍したのは、ベトナム戦争敗北で傀儡南ベトナム要人の亡命用とか駐留米人の救助用に使われたのが最後なのです。(安全な洋上に待機したアメリカ軍の空母にヘリで逃亡した)今回の日本列島周辺海域への米軍空母の3艘そろい踏みも、まったく同じ目的が考えられる。たぶん、この為にアメリカは事前に(地元日本の反対を押し切って)危険を承知でオスプレイを沖縄に配備したのでしょう。

(おまけ)

『朝鮮半島有事、邦人退避策をトランプ氏と協議へ』11/5(日) 読売新聞

安倍首相が、5日に初来日するトランプ米大統領と、朝鮮半島有事が発生した際の在韓邦人退避の方策について協議する方向で調整していることがわかった。

 約6万人の在韓邦人や、20万人以上と推定される在韓米国人の退避は、有事対応の最大の焦点で、日本政府は在韓米軍による陸路・海路などでの輸送を、退避計画の基本に据えたい考えだ。

 トランプ氏は核・ミサイル開発を続ける北朝鮮への対応として、軍事措置を排除していない。マクマスター米国家安全保障担当大統領補佐官は2日のインタビューで、「(アジア歴訪で)軍事措置の可能性について話さなければ無責任なことになる」と述べており、日米首脳会談などでは朝鮮半島有事への対応が議題となる見通しだ。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/9552fb78f5a9524a156a73d9bd2f3e0b


順序が 違うだろぉぉー!!福島最終処分場 

2017年11月18日 | 放射能と情報操作






中間貯蔵施設とは別に????

<福島・廃棄物最終処分場稼働>11月17日 毎日新聞夕刊

環境省は17日、東京電力福島第1原発事故で発生した福島県内の指定廃棄物(1キロ当たりの放射性セシウム濃度が8000ベクレル超10万ベクレル以下)などを埋め立てる同県富岡町の最終処分場に、廃棄物の搬入を始めた。
指定廃棄物の最終処分場稼働は全国で初めて。
フレコンバッグに包まれた放射性廃棄物を積んだトラックは17日午前、楢葉町北部の田園地帯に設けられた新たな搬入路を通り、最終処分場に到着。1キロ当たり10万ベクレル以下であることを確認した後、露天掘りの埋め立て地に下ろしていった。
環境省は2013年12月に富岡、楢葉両町に処分場受け入れを要請。福島県や両町から了承を得たが、処分場隣接の両町の4行政区のうち、楢葉町の1行政区とは一部住民の反対で安全協定が未締結になっている。



一方、県内の除染で出た汚染度や1キロ当たり10万ベクレルを超える廃棄物は、福島第一原発の周辺に建設中の中間貯蔵施設に保管される。
指定廃棄物をめぐっては、11都県のうち福島以外で保管量が多い栃木、千葉、茨城、宮城、群馬の5県でも処分場の建設が検討されたが、栃木と千葉は、地元の反対で調査入りすらできなかった。
茨城や群馬では現状のまま保管を続ける。宮城、栃木、千葉では同省と地元自治体の協議が続き、見通しは立っていない。
【乾達】11月17日 毎日新聞夕刊

『物事の順番が完璧に狂っている日本』
★注、
2011年、レベル7のフクシマの核事故の発生で民主党の管直人首相は日本で一番危ない原発だと言われている中部電力の浜岡県発の稼働停止を行ったのですが、これが与野党やマスコミ総がかり、挙国一致の『管おろし』の原因だったらしい。
その管直人首相が辞任する当日(フクシマの核事故発生から半年後)に福島県を訪れ、放射能汚染で『しばらく、帰れない』と真実の断片をやっと語った。
ところが今まで政府に『除染して全員帰還』と聞かされていた地元が『約束が違う』と猛反発。有耶無耶になる。それ以後の日本国では『放射能汚染で、帰りたくても帰れない』(疎開する必要がある)はタブーとして封印して現在に至っている。
本来は、まず高濃度放射能汚染地域からの『全住民の疎開』が先であるが、人口過密で狭い日本列島はこれが絶対に不可能なのである。仕方なく、その次が汚染地域への永久処分地なる摩訶不思議な話が先になって仕舞った。
今回の最終処分地の近くでは今でも普通に住民が生活しているなど基本的に無茶苦茶で支離滅裂。日本政府が何を目指しているのかが不明なのである。

『汚染水を希釈して廃棄する方針の原子力規制委員会とは真逆の日本政府(環境省)の発想』

そもそも『最終処分場』なら放射能汚染物質は今の場所から永久に動かない。今回の福島県内の廃棄物最終処分場稼働ではもう永久的に人間は住めないのである。(キロ当たり10万ベクレル以下でも大量に集めれば放射能の総量が危険レベルを超えるのは明らか)
この毎日新聞社の【乾達】の署名入り記事ですが複数存在し、しかもWeb上の記事と紙の記事とが微妙に齟齬かあるなど、なんとも怪しい書き方になっているが、実は何故か、毎日新聞以外の他の全国紙が報じていないらしいのである。
調べた限りでは毎日新聞の【乾達】の署名入り記事以外で見つけたのはNHKニュース&スポーツだけだった。



(資料)

原発事故の指定廃棄物 最終処分場へ搬入始まる 福島 富岡町11月17日 17:38NHKニュース&スポーツ

東京電力福島第一原発事故により出た放射性物質を含む指定廃棄物などの最終処分場が、全国で唯一設けられている福島県富岡町で、17日、指定廃棄物を埋め立てるための搬入作業が始まりました。
搬入作業は17日朝から始まり、原発周辺で出たがれきなどを燃やした焼却灰を積んだトラックが富岡町の処分場へ入りました。
ここで最終処分されるのは、放射性物質の濃度が1キロ当たり8000ベクレルより高く10万ベクレル以下の廃棄物で、17日は廃棄物の入った容器がクレーンで埋め立て地に置かれていきました。
環境省は、放射性物質の流出を防ぐため専用の容器に入れたりセメントで固めたりして埋め立てる計画で、その後も地下水や周辺の河川などの調査を続けることにしています。
原発事故に伴って東北や関東で出た指定廃棄物は、国の方針でそれぞれの県で処分されることになっていますが、地元の反発から最終処分場が設けられているのは福島県だけです。
また、福島県内でも根強い反対があり、処分場への搬入路がある楢葉町の2つの行政区のうち1つでは国と地元の安全協定が結べていません。
環境省福島環境再生本部の小沢晴司本部長は「福島の復興再生のために地元自治体や県に事業を受け入れてもらい、搬入を始めることができた。引き続き地元の住民にしっかり向き合い、説明をしたい」と話しています。
【環境相「信頼関係構築に全力」】
東京電力福島第一原発事故に伴って出た放射性物質を含む指定廃棄物などの最終処分場への搬入が、福島県富岡町で始まったことを受けて、中川環境大臣は、17日の閣議のあとの記者会見で「福島県と、富岡町、楢葉町の思いを真摯(しんし)に受け止め、今後も安全確保を大前提に適切に事業を進めるとともに、地元住民の皆様との信頼関係の構築に全力で取り組んでいきたい」と述べました。
そのうえで、処分場への搬入路がある楢葉町の2つの行政区のうち1つでは、国と地元の安全協定が結べていないことについて、「今後も引き続き、事業の必要性や安全対策、環境対策のほか、進捗(しんちょく)状況などについて説明していく。そのうえで協定の締結について機会をいただけるのであれば適切に対応させていただきたい」と述べました。
11月17日 NHK

参院本会議で所信表明演説をする安倍晋三首相=17日午後

ほぼ半年ぶりの国会だったのに、・・・『首相「高等教育の無償化」読み飛ばし 所信表明演説』2017年11月17日 朝日新聞デジタル

安倍晋三首相が17日の参院本会議で行った所信表明演説で、「高等教育の無償化」に関するくだりを読み飛ばす一幕があった。議場の拍手に気を取られたとみられる。参院に先立つ衆院本会議では原稿通り読んでいた。演説は閣議決定されており、読み飛ばしても内容に変更はない。
首相は参院本会議で、貧しくても進学できる環境づくりの重要性に触れ、「そういう日本に、皆さん、していこうではありませんか」と呼びかけた。議場から拍手が送られると「真に必要な子どもたちには高等教育を無償化します」とのくだりを読み忘れ、次の話題に移った。
安倍首相は第1次政権の2007年にも、参院の演説で、翌年の洞爺湖サミットへ向けて「引き続きリーダーシップを発揮していく」とのくだりを読み飛ばしたことがある。
首相が演説を読み飛ばすことは過去にもたびたびあった。議事録では実際の発言通りになる。参院事務局によると、読み飛ばした部分を後から議事録に追加することもできるが、実際に追加したのは1980年の鈴木善幸首相以来ないという。
(山岸一生)11月17日 朝日新聞



『2005年郵政選挙大勝後の小泉純一郎以来の短さだった「国難突破』総選挙大勝後の安倍晋三の所信表明演説』

安倍晋三首相にとっては、ほぼ半年ぶりの国会での公式発言だったのに、・・・総選挙で大勝した晴れ舞台の『所信表明演説』は記録的な短さだった。そればかりか『高等教育の無償化』を読み飛ばす。(11月17日 朝日新聞Web)幾らやる気がないにしても、『手抜き』が過ぎるでしょう。
しかも、『手抜き』をしたのは不真面目な安倍晋三首相だけではなくて、報じるマスメディアの方も丸っきりの超ウルトラ『手抜き』だったのである。毎日新聞(大阪本社版)の18日朝刊を開いて驚いた。
3日前の毎日新聞(15日朝刊)と18日朝刊の第一面の見出しが同じ『日馬富士関が暴行』と丸々同一コピペだったのである。
しかも、見出しに使った活字の大きささえ二日前と同じなのですから『手抜き』が徹底している。(唯一の違いは、二日後の記事に『認める』と付け加えてあるが、そもそも日馬富士は一番最初から『暴行』した事実を認めて謝罪していた)本当に心底腹が立つ。
違うだろぉぉー!!違うだろぉぉー!! 鉄パイプで頭を砕いてやろうか。!!💢
巨大なムラ社会(運命共同体?)である我が日本国の場合には、脳みそが腐って極限まで劣化しているのは安倍晋三首相一人ではないのである。みんな仲良く挙国一致で極限まで劣化していた。これでは一般市民は助からない。


東日本大震災の翌日に写真家の石川梵さんが空撮した福島第一原発。 鮮明な画像から、1号機の排気筒から猛烈な放射性物質を含むベントの白煙が確認できる。この約1時間後に1号機建屋は爆発した=2011年3月12日午後2時40分ごろ

『放射能汚染地域から逃げなければ体が壊れる。ところが逃げれば生活が壊れるので結果的に心が壊れる』小出裕章元助教

火山学者の早川由紀夫群馬大教授は2011年の3・11で政府やマスコミが3時間後にはメルトダウンして大量の放射能を撒き散らしている時に、いち早く火山灰の被害予測の手法を用いてフクシマの放射能汚染予測図を公開して、その科学的な手法は絶賛されている。
ところが、その後勇み足?で『福島県での農産物の生産流通はオウム真理教がサリンを撒き散らした無差別テロと同じ』と発信して、大論争を巻き起こす。ネット世界でも放射能被害で数多くの論争を繰り返していた。
ところが、相手は福島医大副学長の山下俊一が憑依したらしい現職医師か医学関係者とおぼしき御用学者(ネット工作員)である。早川由紀夫は火山には詳しくても医学では素人だった。
心配していた通り、その後あの早川由紀夫は丸め込まれて『安全・安心。放射能は何の心配も無い』と言い出して現在に至っている。(転向して『放射能は怖くない』と言いながら、その後徐々に疑いだして、ガッツ石松的に360度、ブーメランのように元々の位置に戻ってきそうである)

『早川由紀夫の火山ブログ』ふくしま放射能汚染の誤解2017/11/18(土)

誤解1
× ふくしまの放射能汚染はチェルノブイリほどひどくない。ふくしまはチェルノブイリと違う。
○ ふくしまの放射能汚染はチェルノブイリと同じだけひどい。ふくしまはチェルノブイリと同じ。

ふくしま原発事故で出た放射性物質はチェルノブイリの10分の1だが、人口密度が10倍なので集団被ばく線量は同じになる(2016年12月7日エントリ)。したがって、放射能による人体への健康被害の出現率は同じになるはず。日本に伝えられるチェルノブイリの健康被害は再評価が必要。

誤解2
× 3月12日と14日の水素爆発のときに放射性物質が出た。
× 放射性物質は事故後3月末までの2週のあいだずっと出続けた。
○ 放射性物質は、東電のベント操作のたびに出た。1回の放出時間は30分程度だった。

放射性物質がずっと出続けたわけではなかったことを示す最もわかりやすい観察事実は汚染軸が原発を通らないことだ。放出時に風向きが大きく変化したことを反映して南に4キロずれる(2013年10月15日エントリ)。ずっと出続けたとして計算したSPEEDIの結果が実際と大きく違う(2013年10月26日エントリ)。

★注、
『ふくしま原発事故で出た放射性物質はチェルノブイリの10分の1』とは長い間信じられていた話だが、人口密度や汚染した範囲が大きく違っているのですから日本のフクシマの方が人的な被害は大きいが、最近になって、なんと日本医師会はフクシマとチェルノブイリと外部環境に放出された放射性汚染物質の総量が『同じ』だったとの驚愕的な事実を『環境による健康リスク』2017年10月15日 第146巻・特別号(2) で会員の現役医師向けに通達している。


(資料)
放出された総量に差がなかったフクシマとチェルノブイリ

2017年10月19日 | 放射能と情報操作

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/3e90adf72cd708b52ed037b31fd61213


水素爆発ではなくベントで出ていた放射性汚染物質

2017年11月29日 | 放射能と情報操作




『ふくしま放射能汚染の誤解』     2017/11/18(土)早川由紀夫の火山ブログから、

(放射性物質の放出時間を完璧に管理していた東京電力や日本政府)

マスコミで報道された1号基の大爆発(3月12日)やその二日後の3号基の大爆発(14日)の時に放射性物質が大量に出て、事故後3月末までの2週のあいだずっと出続けたは大きな間違いか勘違いである。

もしもマスコミとか有識者の言うように、フクシマの放射性物質は、福島第一原発の水素爆発のときに出たのなら予測不能(東電は管理できない)が、放射性物質は、東電が制御可能な(故意の)ベント操作をするたびに出ていた。1回の放出時間は30分程度だった。
ベント作業の結果なら、東京電力(日本政府)の完全な管理下で、放射性汚染物質は大量に外部に流出していたことになる。(これは不味過ぎるのでマスコミや識者が全員で黙っていたのである。喋るのは空気が読めない早川由紀夫程度)

放射性物質がずっと出続けたわけではなかったのが最もわかりやすい観察事実は、汚染軸が原発を通らないことだ。短い放出時間内に風向きが大きく変化したことを反映して南に4キロずれている(2013年10月15日エントリ)。2週間ずっと出続けたとして計算したSPEEDIの結果は、実際の汚染分布と大きく違う(2013年10月26日エントリ)。

『灯台もと暗し状態になっている、福島第一原発の汚染濃度』

水素爆発の結果、放射性汚染物質が外部に漏洩したのなら、一番放射能に汚染しているのは福島第一原発の構内であり、汚染濃度は原発からの同心円(等距離)になるが、120メートルの排気塔からのベント作業での汚染では原発の敷地内は比較的低い汚染で済むが、逆に少し離れた場所がその分だけ大きく汚染することになる。

福島第一原発から半径5~10キロ以内の正確な放射能汚染地図を作れば、誰の目にも明らかになる事実だが、『水素爆発で汚染物質が出た』なら不可抗力とか予想外など言い訳出来るが、逆にベント作業は言い訳が一切できない。東電や政府による故意の汚染なので事実を明らかにすることが出来ないのである。


「県民健康調査」検討委員会 - 福島県ホームページ

第21回福島県「県民健康調査」検討委員会(平成27年11月30日)なので、明日の11月30日に最新の小児甲状腺がんの発表が行われる。
★注、
今回北朝鮮の大陸間弾道弾がロフテッド軌道で打ち上げられたが、2012年12月末の第二次安倍内閣の成立以後のフクシマの小児甲状腺がんの発表は常に北朝鮮の核実験とかミサイル実験の記事とぴったり符合していた。


ベントによって50~60メートルの高さまで大量の水蒸気を放出するノースアナ原発

3・11フクシマから半年後『加圧水型米ノースアナ原発のベント』

2011年8月23日首都ワシントンに近い米バージニア州のM5・8の地震で、震源から20キロのノースアナ原子力発電所(2基)で外部電源が全て喪失。自動停止した原発の非常用ディーゼル発電機4基のうち1基が故障で起動後に停止する。
米原子力規制委員会(NRC)は、メリーランド州からメーン州に至る8ヶ所の全ての原発に『異常事象』を宣言。 ノースアナ原発に対しNRCは1段階上の『警戒』を宣言する。
米地質調査所(USGS)によると、東海岸で起きた地震としては67年前の1944年のM5.8、114年前の1897年のM5.9と並び過去最大級。
ノースアンナ原発は冷却水用に人工湖を持つウェスチング・ハウス社製の加圧水型原子炉。1号基は1978年2号基が1980年で臨界後30年以上の老朽原発だが、1979年のスリーマイル島原発事故後の建設は無いので、アメリカでは最も最新型である。
高さ120メートルの排気塔の日本の福島原発とは違い、格納容器の圧力を逃がすベントは格納容器本体から直接行う仕組み。
水蒸気を放出するドーム様のものは原子炉格納容器の本体で、沸騰水型原子炉 (BWR) のように建屋が無い。
炉心停止後の緊急冷却装置が正常ではなくて原子炉圧力容器が加熱して圧力が急上昇、通常なら1気圧の格納容器内が圧力限界に近づく異常事態なので、水素爆発を避けることと減圧の為にベントしている。
米ノースアナ原子力発電所側は水蒸気を放出してもベントのフィルター機能が完備している『現在放射性物質が漏れていないので安全である』としている。


福島第一原発1号基が大爆発する1時間前のベントで排出される白い煙(猛烈な放射性汚染物質)が飯館村など北方に流れるいる様子がはっきりと分かる航空写真だが公開されるのは5年以上経ってからだった。この画像を握りつぶして、すぐさま原発から半径30キロ内で高度無制限の飛行禁止にした日本政府の思惑が何であったか。悪意があまりにも明瞭すぎる!

日本の福島第一原発のアメリカGE(ゼネラル・エレクトリック)社製マーク1型原発は格納容器が小さすぎて、漏れた水素などを溜めておく余裕がまったく無い致命的な脆弱性がある。
GE社は水素爆発を避けるため基本設計を変更しベントを新たに付け加えるが東電は、高温高圧に耐えうる放射能フィルターが高価なのと大きいので場所を食う(目立つ)との理由でベントの配管を設置しただけでフィルター装置の設置を省略して誤魔化す。
フィルター無しでベントすると放射能が外部にダダ漏れ状態で大変なことになることを原発関係者は知っていた。

『三歩あるけば 過去を忘れるトリ頭』悪い過去を書き換える低能ネットウヨの歴史修正主義よりもっと無理な悪い目の前の現実を書き換える低能のマスコミとか有識者+一般市民

東日本大震災の発生から福島第一原発1号基がメルトダウンするまでにはたったの3時間しかかからなかったが、東京電力や日本政府がメルトダウンしている事実を認めるまでには2ヶ月以上の長い長い時間が必要だったのである。
福島第一原発事故を検証した東電や政府や国会の事故調査委員会によると、ベントの目的とは
メルトダウンした原子炉圧力容器から大量の高温蒸気が発生し、格納容器の圧力も上昇する。→しかし格納容器の耐圧は4気圧なので、何もしないと、格納容器が破損して放射能が原子炉外へ無制御に出て行ってしまう。
つまり、ベントをしてもしなくても放射能災害は避けれないが、ベントで放出すれば格納容器が破壊されないメリットがあった。
ところが、実際にフクシマでベントをして外部環境に大量の放射能をばらまいていた時(2011年3月)の東電(政府)やマスコミ(有識者)に説明は全く違っていたのである。
マスコミでは政府御用達の有識者は口をそろえて、『消防車のポンプによる圧力容器への冷却水注入が出来なければメルトダウンが起きる』→『メルトダウンを防ぐには冷却水抽入しかない。』→そのために、『高温の圧力容器内の圧力を下げる目的でベントが絶対に必要だ』だったのですよ。
事故後の事故調の検証のように、『格納容器を守るため』では絶対に無かった。
『圧力容器を守る』(メルトダウンを防ぐ)との大義名分の下で、ベント作業が決行され、膨大な放射性汚染物質が外部に放出されたのである。
政府や国会の事故調ですが、まさに『三歩あるけば 過去を忘れるトリ頭』のマスコミとか有識者+一般市民の絶望的な構図が生んだ集団痴呆状態と言うか、一億総健忘症であろう。


(おまけ)

『何故か大相撲の八百長不祥事の大騒動と連動していた未曾有の日本の国難中の国難フクシマの核事故』



幕下力士が携帯で星のやり取り(八百長)を行っていた騒動では大相撲の本場所が中止する騒ぎにまで発展するが、東日本大震災直後に起きた世界で唯一原子炉4基が同時に暴走する未曾有の福島第一原発事故と時期的に一致していたのである。
2011年2月に、2010年の野球賭博問題を捜査していた警視庁から力士の携帯電話情報が流出、数十万円で白星を勝っていたことが発覚するが、そもそも競技スポーツの八百長自体は少しも違法ではない。(賭博の勝敗に関連するから問題なだけで、本来なら『勝ちを譲る』行為は美談ですよ)相撲協会は急遽3月13日開催予定の春場所を中止するが、過去の本場所中止は、1946年(昭和21年)に第二次世界大戦の影響で中止して以来だった。この八百長騒動で処分されたのは幕下力士が中心で幕内力士の蒼国来は相撲協会に対し不当解雇で裁判に訴え勝訴している。竜頭蛇尾というか、大騒動の割には中身が無い。今回の貴乃花親方の大騒動と同じで、相撲協会がわざと騒動を大きくしてマスコミの目を逸らしている風に見えるのですから困ったものです。

 (おまけのおまけ)

『怪行動の貴乃花親方と“援護”の元旭鷲山を結ぶ黒幕の正体』2017年11月28日 日刊ゲンダイ

「昨年1月下旬、相撲協会を解雇された裏金顧問ですよ。彼が今回、九州場所の最中、福岡に現れたという目撃情報があるのです。裏金顧問が今回の騒動に関係しているとすれば、一連の騒動も納得です」とは、別の親方だ。
「裏金顧問」とは、かつて相撲協会とパチンコ業者との契約の際、間に入った代理店関係者から500万円の裏金をフトコロに入れた人物のこと。
「絶対、これ、バレんようにしてくれる? 北の湖に……。中止せな、つぶさなアカンようになるので」と、札束をわしづかみにしてバッグにしまう現場を動画に撮られて明らかにされながら、「カネは返したから問題ない」と訳の分からない理屈でおとがめなしになった。この代理店関係者が「カネは返してもらっていない」と言っているにもかかわらずだ。親方がこう続ける。
「裏金顧問は前回の理事長選で、貴乃花親方を理事長にしようともくろんで暗躍。代理店関係者から裏金を受け取ったばかりか、ウソまでついてある会社の債券を70億円分も購入しようとしていたことなどが露見して協会を追われた。
(一部抜粋)

『警察官僚で、安倍内閣の内閣官房参与(国民生活の安心安全)の宗像紀夫。(恐怖の安倍アンダーコントロールの実態)』

日刊ゲンダイの記事にある去年相撲協会を解雇された貴乃花親方と親しい『裏金顧問』ですが、何故か実名が書けないが同じように、「カネは返したから問題ない」とした危機管理委員長も実名が出ていない。(日刊ゲンダイも安倍アンダーコントロールで真実を誤魔化していた)
親しい『裏金顧問』とは小林慶彦元顧問のことだが、実名が書けない理由は簡単で相撲協会を牛耳っていた外部理事の宗像紀夫(元名古屋高検検事長)の存在である。
単なるコソ泥の小林の悪事よりも、取り締まる役職でありながら結託して悪事を行っていた宗像危機管理委員長の罪が重いが、この宗像紀夫とは司法警察官僚で、安倍内閣の内閣官房参与(国民生活の安心安全)である。(時代劇に出てくるお上から十手取り縄を預かる二足のわらじのヤクザそのもの)
★注、
国政壟断で弾劾されたお隣の韓国大統領パク・クネが聖人君子か清らかな白雪姫に見える程で、あきれ果てた安倍晋三の取り巻き(お友達)の腐敗堕落は凄まじい水準だった。

宗像紀夫 相関図 - あのひと検索スパイシー

宗像紀夫の相関図。相関図でつながっている人には、郷原信郎、上杉隆、堀江貴文、平沢勝栄、藤井聡、篠原寿、魚住昭、保坂展人、田原総一郎、岩上安身、原口一博、田原総一朗、上杉隆氏、町山智浩、知花くらら、石原慎太郎など ...

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/c5bd1b3bef6f0d092a94a784e742032a


3・11フクシマ 7年目前夜の憂鬱

2018年03月03日 | 放射能と情報操作




思えば遠くに来たものだ・・・  『愛とは被曝し合うこと』 

レベル7の核事故(フクシマ)から7年目目前の3月3日、我が日本国を代表するマスメディである毎日新聞社の編集委員伊藤智永のコラム『時の在りか』のタイトルが凄まじい。 ズバリ、『愛とは被曝し合うこと』だったのですから、我々日本人は全員呆れ果てて、絶句するしかない。
あまりにも、いさぎよく『愛とは被曝し合うこと』と開き直られては、もはや批判する言葉が一切見つからないのである。(ほぼ仏教の悟りの境地に近い?)


毎日新聞『愛とは被曝し合うこと』で、上から玄侑宗久(芥川賞作家、臨済宗僧侶、東日本大震災復興構想会議委員)、田中俊一(元原子力規制委委員長)73歳、菅野典雄(飯館村村長)71歳

『時の在りか』伊藤智永 『愛とは被曝し合うこと』2018年3月3日 毎日新聞
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先週、放射能汚染土の袋があちこちに積まれる福島県の原発被災地を訪ねた。国内の新聞・通信・放送記者らによる日本記者クラブ取材団に参加した。現地で暮らす3人の話を紹介したい。
昨年3月、1地区を除いて避難指示が解除された飯舘村(福島第1原発から北西40キロ)の菅野典雄村長(71)。在任6期目のやり手だが、帰還と復興の進め方に「強引」「国や東京電力とべったり」などの批判も多い。
(以下省略)

『科学はあいまい(曖昧)!!!、(WHOの安全基準は)政治に影響される・・・』

昔から病気が手遅れで、医者が匙を投げれば後は坊主の仕事だとは知っていたが、・・・フクシマの汚染地域(福島県東部?東日本?)がもう駄目らしいのである。
何度読み返しても、プロフェッショナルで超ベテラン記者であるはずの毎日新聞編集委員の伊藤智永が書いた『愛とは被曝し合うこと』の意味が分からない。(伊藤智永の思惑が曖昧で意味不明)
(伊藤智永がいうところの)反原発派にとっては大悪人(天敵?)ともいえる玄侑宗久と、田中俊一、菅野典雄の3人ですが福島県出身で自ら進んで今も放射能汚染地域に住み続けている(田中俊一の場合は定年退職後にわざわざ移住)以外の共通点が無い。
ところが、→今回の毎日新聞社幹部の伊藤智永のコラム記事の意味は(今まで政府やマスコミが強調していた)『放射能は安全。安心。何の心配もない』でもないらしいのである。(ただし、田中俊一ら3人の主張が正しいと少しも言っていないだけ。態度が何とも曖昧模糊として意味不明。賛成反対どちらにも取れる騙し絵のような構造)

『21世紀科学万能の現代において、あえて科学的知見(政府やWHOの安全基準)を頭から否定するアッと驚く毎日新聞編集委員の伊藤智永語録のすさまじさ』

本当に『放射能は安全。安心。何の心配もない』と宣伝したいなら、絶対にレベル7のフクシマの核事故から7年目直前に、わざわざ『愛とは被曝し合うこと』などとは言わない。
話は今までとは逆さまで『放射能は危険』なのですから怖ろしい。(しかし、田中俊一ら3悪人を批判することも一切ない)
何んと、毎日新聞の編集委員である伊藤智永ですが、今回『科学はあいまいだ』(頭から信用してはいけない)と言い出したのである。
伊藤智永は『科学はあいまいだ』に続けて、国連のWHO(世界保健機構)の放射能の安全基準が『政治に影響される』(あやふやで信頼できない、不正確なものだ)と言い出した。
放射能は『安全安心。何の心配もない』どころか、毎日新聞編集委員伊藤智永のコラム『時の在りか』の『愛とは被曝し合うこと』は、その正反対だったのでる。

『放射性物質に不安、66%「感じる」 福島県民世論調査』2018年3月3日01 朝日新聞

東京電力福島第一原発事故から7年になるのを前に、朝日新聞社と福島放送は、福島県民を対象に世論調査(電話)をした。事故による放射性物質が自身や家族に与える影響への不安について聞くと、「大いに」21%、「ある程度」45%を合わせて66%が「感じている」と答えた。
★注、
放射能に不安が66%ですが、実はフクシマの核事故直後の2012年に福島県は8割が不安だと回答していた。現在でも県庁所在地である福島市の市街地でも除染作業で出た汚染土が野積みされたまま。子供たちが通う学校の校庭横にも汚染土のフレコンパックが野積みされているのですよ。
正常な感覚なら全員が不安になる筈なのである。
日々続く非常事態に対して『慣れ』てきたのでしょうが、それでも3分の2が不安だった。政府やマスコミの『放射能は安全・安心。何の心配もない』と言い続けて7年が経ったが。誰も政府やマスコミの嘘八百の出鱈目に対して、少しも納得していないのである。
一方、『元のような暮らしができるのは、どのくらい先か』では5年が4%、10年が16%と直ぐ帰れると思っているのは少数派。
40代の67%が20年より先だった。(福島県全体では54%。)20年ぐらい(19%)を含めれば圧倒的多数が元の暮らしが戻るのは遠い先だと思っている。


73年前の1945年8月12日の毎日新聞の第一面は、皇居に向かって深々と頭を下げる国民を後から撮った6段抜きの大きな写真と『悠久の大義に生きん』、『最悪の状態に面した祖国!』とあり、善良だが無知な一般大衆が読めば徹底抗戦を訴えているようでもあり、戦況を熟知している一部知識層が読めばポツダム宣言での無条件降服を示唆している風にも、どちらでも解釈が可能な不気味なものだった。

『歴史は繰り返す。一回目は悲劇として、二回目は喜劇として、』

1945年4月28日イタリアのムッソリーニはパルチザンに捕まり愛人とともに処刑され逆さに吊るされる。ヒトラーは首都ベルリンの地下壕で4月30日に自殺。ドイツは5月9日ベルリンでドイツ軍最高司令官が降伏文書に署名して欧州での戦争は終結する。
ドイツ降服から3ヵ月後の8月9日未明ソ連軍がヤルタ会談で決まっていた対日参戦を決行して、日本は即座にソ連参戦のその日の内に御前会議を開催しポツダム宣言受諾(無条件降伏)を決定する。
8月10日に日本はボツダム宣言受諾(無条件降服)を連合国に伝えた。
ところが、国民に対しては『受諾』は依然として機密扱いで、『玉音放送』の8月15日まで新聞は表面的には徹底抗戦に見えるが、実は読者に対して『どうか、敗戦をそれとなく察してくれ。』との腹立たしい内容の記事を書いて誤魔化していたのである。



阿南陸相が知らなかった?阿南惟幾陸相名義で出された『全軍将兵に告ぐ』、『聖戦を戦い抜かんのみ』との勇ましい布告

8月9日の御前会議で無条件降伏に最後まで反対した阿南 惟幾(あなみ これちか)陸軍大臣ですが、10日午後には阿南陸相と海相、外相の合意で『今や真に最悪の状態に立ち至った』とポツダム宣言受諾(無条件降服)を示唆する下村宏情報局総裁談話を決定。8月11日には各新聞社が掲載する。
日本の敗戦を国民に隠しつつ、同時に『終戦をほのめかす』との摩訶不思議なキメラ獣かヤヌス神の様な態度(二面作戦?)をとっていた新聞の8月11日の一面には(それとなく敗戦を匂わせる)情報局総裁談話を載せるが、その側には逆に降服記事の影響を打ち消す『聖戦を戦い抜かんのみ』との阿南陸相の徹底抗戦の布告を掲載する。
ところが、阿南惟幾陸相の名前で出された『全軍将兵に告ぐ』との勇ましい布告は、当の陸相自身が知らない出所不明の怪文章だったので、情報局が陸相の『偽布告』の掲載を止めるように指示したが既に新聞は印刷しているとして、毎日新聞はそのまま発行を強行する。
自分が作った『生きて虜囚の辱めを受けず』の戦陣訓に背いて米軍の捕虜になった東条英機とは大違いで、8月15日の玉音放送で自決した数少ない日本軍幹部の一人が、この阿南 惟幾(あなみ これちか)陸軍大将だった。

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/6605f78d86891a1a7dc6ffc9e4d6fc9b


フクシマの除染作業に外国人技能実習生

2018年03月06日 | 放射能と情報操作




『2015年(3年前)漢字のすべてに振り仮名がある東電が実施した作業員のアンケート用紙』

フクシマの現場では、「用紙」の様な簡単な漢字にも「ようし」と振り仮名が書いてある徹底ぶりには呆れるやら驚くやら。ほぼ100%近い識字率の日本国で漢字が読めず平仮名しか理解出来ない労働者の人数は限定的。極少数である。もしも業者が知的障碍者を騙して危険な作業を行っていたとしたら詐欺どころが、人道上も大問題である。
今の原発作業員の大部分が日本語が苦手な外国人の不法就労で無いとしたら、レベル7の核事故から7年が経過して極限まで人材が枯渇している末期症状である。最早フクシマが絶体絶命の『限界』まで達している極限状態であることは明らか)

『除染作業に技能実習生 ベトナム男性「説明なかった」 』2018/3/5 日本経済新聞

技能実習生として来日したベトナム人男性(24)が、東京電力福島第1原子力発電所事故に伴う除染作業に従事していたことが5日、関係者への取材で分かった。
実習先の建設会社の指示で、男性は「除染作業との説明はなかった」と話している。
専門家は「日本で技能を学び、途上国の経済発展に生かすという制度の趣旨を完全に逸脱している」と批判している。
外国人労働者問題に取り組む全統一労働組合(東京・台東)によると、実習生が除染作業に携わっていたことが明らかになったのは初めて。
技能実習制度では、相手国の要望などを踏まえて、建設、食品製造、繊維・衣服など77職種の139作業を定めており、除染は含まれていない。
同組合などによると、男性は2015年9月に来日。実習先である岩手県の建設会社と契約した業務内容は「建設機械・解体・土木」だった。
法務省の担当者は「実態を調査しないと判断できないが、入国管理局に提出している実習計画と全く違う仕事をさせていたならば不正行為として処分対象になりうる」と話している。
男性は1カ月の研修を終えた15年10月から16年3月まで同社が請け負った福島県郡山市の住宅地などの除染に数十回にわたり従事した。側溝の泥をかき出したり、庭の除草をしたりしたという。
16年3月以降は被災した建物の解体などをした。避難指示が解除される前の福島県川俣町での作業もあった。
建設会社は「除染も土木工事の一種で、実習生がやるのは問題ない」と主張している。外国人技能実習生権利ネットワークの指宿昭一弁護士は「除染は重要な仕事だが『途上国への技能移転』という制度の趣旨に明らかに反する」と批判する。
技能実習制度は日本の企業や農家などで働き、技能や技術、知識を習得したうえ、途上国の経済発展に生かしてもらうことを目的としている。人手不足のなかで実習生が安価な労働力として酷使されているとも指摘されており、賃金の不払いや長時間労働、職場での暴力などのトラブルが相次いでいる。
3/5 日本経済新聞

『誰も気が付かない間に(もう数年前に)大都市のホームレスのテント村が完全に消えていた』

2004年、悪魔の碾き臼新自由主義の小泉純一郎首相の派遣労働の全面解禁で、今までの安定した年功序列型賃金と終身雇用制度は崩壊して日本の労働環境はとんでもないことになった。2008年のリーマンショックの影響で大都市の河川敷とか公園には解雇された派遣労働者のブルーシートのテント村が大量に出現する。
ところが現在、一時あれ程あった東京や大阪など大都市に林立していたテント村が完璧に消滅している。(そもそも自分に興味が無いことには無関心だが)全てのメディアがまったく報道しないので、誰も気が付かないが日本社会は短い間に大きく変質しているのである。
ブルーシートのテント村の住民たちが全員消えていた。
最後の年金資金までつぎ込むアベノミクスで株価は急上昇して内閣支持率も上昇したが、肝心の景気回復は幻想であり雇用は少しも改善していない。
小学校低学年で学ぶ簡略な漢字が読めないような低質の労働力は、よほどのことがない限り企業は雇いたくない。住民票が無いホームレスは余計に雇いたくない。
東京電力福島第一原発事故での除染や収束作業ですが被曝量の上限値があり、その関係で必然的に『人間の使い捨て』が行われている厳しい現実がある。福島第一原発では稼働時には1日当たり3000人程度だった原発作業員の人数が、今では1日当たり10000人程度は必要だし、除染作業員も1日当たり数万人以上が福島県内で働いているのである。
(必要人数は増えている。ところが一般土木作業とは違い被曝上限に近いベテランの熟練技能者は基本的に作業が出来ない)
フクシマのような放射能汚染の現場では、新たな人手がいくらあっても足りないのである。(大阪府寝屋川市で男女の中学生を殺したトンデモナク悪質な変質者は刑務所から真っ直ぐにフクシマの除染現場に直行していた)
大都市の河川敷とか公園にあったブルーシートのテント村の解雇された派遣労働者(ホームレス)、人生のほとんどが刑務所暮らしの変質者までも雇用するフクシマの現場では、すべての漢字に『ひらがな』でふり仮名(ルビ)をつけるのは当然の処置だったのである。(この事実が発覚したのは3年前の2015年であり現在はもっと悪化していて、とうとう違法に外国人技能実習生を働かせるまでにフクシマの事態は深刻化していた)

| 未分類 | コメント(1)

~放射能を浴びた~X年後 白血病患者激増~患者数が、昨年の約7倍~福島、茨城、栃木、東京



20140616091401f21.png


http://www.asyura2.com/15/genpatu43/msg/341.html


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白血病患者激増~患者数が、昨年の約7倍~福島、茨城、栃木、東京(wantonのブログ)
http://www.asyura2.com/15/genpatu43/msg/341.html
投稿者 赤かぶ 日時 2015 年 7 月 02 日 01:09:05: igsppGRN/E9PQ
 

 





白血病患者激増~患者数が、昨年の約7倍~福島、茨城、栃木、東京
http://ameblo.jp/64152966/entry-12045183016.html
2015-07-01 09:35:50NEW ! wantonのブログ


模型飛機さんのサイトより一部転載

白血病患者急増 医学界で高まる不安
「白血病」と診断された患者数が、昨年の約7倍
http://blogs.yahoo.co.jp/kawachikakekomian/13334773.html

各都道府県の国公立医師会病院の統計によると、
今年の4月から10月にかけて、
「白血病」と診断された患者数が、昨年の約7倍にのぼったことが
21日に判明した。
これを受けて、日本医師会会長原中勝征は、原発事故との因果関係は
不明として、原因が判明次第発表するとした。


白血病と診断された患者の約60%以上が急性白血病で、
統計をとりはじめた1978年以来、このような比率は例が無いという。 


また、患者の約80%が東北・関東地方で、福島県が最も多く、
次に茨城、栃木、東京の順に多かった。


白血病><!


白血病の前兆現象は鼻血が出ること。
その後微熱が続き体がだるくて仕方ない。
あざが出たら発病。
急性なのであざが出てから数日で命を落とすことがある。
しかし白血病と診断されると医師は癌専門の病院に紹介状を
書かねばなりません。
そのまま診察を続けることは出来ません。
だから診断しないのが現状。


今の医学では放射線治療以外に方法は無く、まず治らない。
ラジウム温泉が厚生省が認めた唯一の治療法です。
(戦後、厚生省も被爆対策に認めた)


原因となるのはストロンチウム90.
それを排出するのは同じ安全なストロンチウム87を摂取すること。つくしなどに含まれる。しかし汚染地では逆につくしがストロンチウム90を含んでしまう。あとストロンチウムと同じ構造のカルシウムも良い。


東北関東の人は、汚染空気を吸ったためで肺からストロンチウムを体内に入れた。カルシウムと同じ構造なので骨や脳に蓄えられます。症状が出るまで2-3年かかる。


食品では牛乳が第一で、魚、肉にも含まれる。
(カルシウムを含むものが汚染される)
絶対に食べないように。牛乳は絶対に飲んではいけません。
必ず後で後悔します。


今福島の牛はほとんど白血病。
その乳が平気で出荷されているのだ。
これを飲んで人間が白血病にならないほうがおかしい。
しかも飲んでいるのは小学生だ。
今の牛乳を飲んでおなかを壊すのは、ストロンチウムが腸内の細菌を
全て殺してしまうからです。腸内炎は放射能が原因。  
政府主導で被爆が進んでいるのです。。


なぜこうなったのでしょうか><!


千葉県柏市で57、5マイクロシーベルト毎時、NHKテレビ





1シーベルト(Sv)=1000ミリシーベルト(mSv)  
1ミリシーベルト(mSv)=1000μSv(マイクロシーベルト)です。


・1シーベルト(Sv)は即死の単位です。
正確には、2シーベルト(Sv)で5%即死、4シーベルト(Sv)で50%、
8シーベルト(Sv)で100%即死です。 


・1ミリシーベルト(mSv)は一般人の被ばく年間許容線量です。これは安全な数値ではありません。それが1ミリシーベルト(mSv)浴びると、1万人に1人~4人のがん死が増えるレベルです。  
■ 0.16マイクロシーベルト毎時(μSv/h)を超えると
年間被ばくが1ミリシーベルト(mSv)を超える


 1時間あたりの空間放射線量(マイクロシーベルト毎時 μSv/h)から、
年間の被ばく線量(ミリシーベルトmSv)を計算する方法は、
×24時間×365日=×8760です。
8、7、6と1ずつ数字が下がっていき最後に0をつける、
という覚え方もあります。概算として、簡単に「9000倍する」という方が
わかりやすいと思います。 放射能被爆は積算計算です、
浴びれば浴びるほどに加算されるのです。


もともとある自然放射線を0.05マイクロシーベルト毎時(μSv/h)とすると、0.16マイクロシーベルト毎時(μSv/h)を1年間浴びると、もう一般人の年間被ばく許容線量の1ミリシーベルト(mSv)に達します。
    0.16-0.05(自然放射線 バック・グラウンドと言います)=0.11
    0.11×9000=990 マイクロシーベルト(μSv) 
    ⇒0.99ミリシーベルト(mSv)≒1ミリシーベルト(mSv)


 もし、あなたの街の空間放射線量が
0.27マイクロシーベルト毎時(μSv/h)だったら、年間の被ばく放射線量は
2ミリシーベルト(mSv)になります。
0.38マイクロシーベルト毎時(μSv/h)なら、3ミリシーベルト(mSv)に、
0.49マイクロシーベルト毎時(μSv/h)なら、4ミリシーベルト(mSv)に、
0.60マイクロシーベルト毎時(μSv/h)なら、年間被ばく放射線量は
5ミリシーベルト(mSv)になります。


 フランスの民間団体IRSNは、「年間被ばく放射線量が5ミリシーベルト(mSv)の地域である、福島県全域・宮城県南部・茨城県北部の人々を
避難させよ」と呼びかけています。


日本風評放送協会+NHK





放射能被爆地帯には人は住んではいけない、だからロシアでは
国の主導ですぐに避難や強制避難が行われた。。
放射能被爆は積算です。放射能はどんどん蓄積される、
そしてどんどん悪化していくのです。。
日本政府の国民に対する対応がこの犬HKのこの一コマで判るでしょう><」


ベラルーシ、ウクライナ、ロシアの小児甲状腺癌年間発生数の推移
甲状腺がんは内部被曝





「チェルノブイリ原子力発電所事故」. 1986年4月26日に4号 炉が爆発する
チェルノブイリ原子力発電所事故が発生した。
ベラルーシでは事故後4年目で、15倍近く跳ね上がっている・・! 
5年目では30倍近く・・!


「致死量の放射能を放出しました。」2011年3月18日の会見で
東電の小森常務は、こう発言したあと泣き崩れた。





この事実を日本国民の何%が知っているだろうか?? 
致死量だとーーぅ でも、逮捕者ゼロ><!
サリンの毒・放射能の致死量。。 
同じ死 でも原発村の日本政府は東京電力には手が出せない。。


<転載終わり>
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

管理人


補足説明
「白血病」と診断された患者数が、昨年の約7倍というのは、
2010年から2011年にかけてのものです。
最近のものは、以下より見ることが出来ます。
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-4254.html
ただ、実情は表れた数字よりもかなり深刻なようです。
明日、この件で、新たな記事を出す予定にしています。

私は、過去数年内に、白血病に関する記事を幾つか書きました。
それを参考にしようと検索してみました。
⇒ ワントンのブログ 白血病

皆さんも一度検索して確かめて見て下さい。
当然、最新の記事が真っ先に出て来るだろうと思っていたところ、
それが、全く検索サイトに出て来ないのです。
私のサイトは、それなりのアクセスがあるので、大抵の場合、
必ず出て来るはずなのですが・・・。

闇の権力者にとって、相当都合が悪かった可能性が大です。
皆さん、これだけは是非、覚えておいて下さい。
拡散された記事だからいいって訳じゃないんです。
本当に真相究明した重要記事には、アクセス規制がかかります。
大拡散された記事よりも寧ろ、重要な場合が大変多いです。

ここ最近の記事をもう一度、見直す必要が出て来ました。

多分コレ ↓ 2015-06-23

◎白血病に関する重要記事
~ガン細胞になってしまったら、
  効くのはアレだけ!
http://ameblo.jp/64152966/entry-12042098349.html

サルベストロールにも注目する必要がありますが、
それよりも何よりも、ガンの正体がカビ菌だとしたら、
カビ菌が、最も嫌がる環境って一体何だろうと考える訳です。
カビ菌の嫌うものと言い換えることも出来ます。
少し調べたら、非常に面白いものが出て来ました。
近い内に、記事にしたいと思います。
今や、放射能の汚染された悲惨な状況を記事にするだけでは
何の解決にもならない事だけは、皆さんにもご理解いただけると
思いますし、私もそのように確信しています。

以下の画像に一つのヒントがあります。
あくまでも幾つかあるものの一つに過ぎませんが、
皆さんで、想像して考えて見て下さい。


http://www.asyura2.com/14/genpatu40/msg/368.html


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ドキュメンタリー映画 「~放射能を浴びた~X年後」 が訴える真実(高橋敏男のブログ)
http://www.asyura2.com/14/genpatu40/msg/368.html
投稿者 赤かぶ 日時 2014 年 9 月 18 日 21:54:05: igsppGRN/E9PQ
 

 







ドキュメンタリー映画 「~放射能を浴びた~X年後」 が訴える真実
http://3620065.at.webry.info/201409/article_19.html
2014/09/18 20:19 高橋敏男のブログ


放射能を浴びたX年後

放射能を浴びたX年後 投稿者 suisinjya





本当に厳しいご意見が届いた・・・。
しかし、日本人の多くの方が、
このご意見に近い思いを抱いているのではあるまいか?


私もまったく同感なので転載します。


この記事にある通り、第五福竜丸の被曝は知らされてはいたが、
まだまだ多くの被曝された漁船があったことは全く知らなかった。


マスコミ報道は、伝えたいことだけを流すのである・・・。
こうした世の中にするぞ!・・・と先回りしたり、
社会の動向を観て、囲いを取り払ったり、囲いを作ったりと、
人々の進んでいく方向を制御している。


政府とマスコミは一体に動いており、
まるで牧場の羊飼いの役割を演じているだけである。
それはあたかも日本列島が動物園のように扱っている。


過去に野生の王国という番組があったのを憶えているが、
それが現在の弱肉強食社会を目論んだ番組だったと思うと、
ズバリ当たっていたということだ。
現在の社会は、野生の王国そのままの世界になっているではないか。
新自由主義そのものとそっくりではないか?


こうなると怖い話は聞きたくない。
知らないほうがいいという諦めの言葉が聞こえてきそうだが、
それでは益々敵の思うつぼに嵌ってしまう。


絶対に諦めてはならないのである。


先日の脱原発集会で、
ドキュメンタリー映画「チェルノブイリの28年目の子どもたち」を観た。
その後の印象を述べ合ったところ、
元教師の老婦人が仰った言葉も厳しいものだった。


それは毎日が戦いの連続なのですよ。
あれだけの事故を起こしておきながら、
まだ原発再稼働しようとする者がいる。
異常としか言いようがないけれどもこれが現実なのです。
原発再稼働を絶対に認めるわけにはいきません!・・・と仰ったのだ。


このように強欲だけのバカな人たちに操られた、
原発再稼働を認めるわけにはゆくまい・・・。
新技術を認めたくない既得権益層が権力の取り巻きを牛耳っている。
それを徐々に革新の渦に引き入れていくしか道はないようである。


(転載)
「~放射能を浴びた~X年後」
第5福竜丸については、
報道もされたりして不十分であっても知っていた。
併し、昨日で見た映画は大変ショックだった。
「放射能を浴びたX年後」1954年ビキニで水爆実験。
被曝したのは、第5福竜丸の人たちだけでなかった。
完全にマスコミは沈黙し、政府は隠蔽した。
「機密文書」がアメリカの国立公文書館で見つかった。
亡くなった人の遺骨は放射能の影響で脆くも砕け散った。


このドキュメンタリーを作ったのは、東京のテレビ局ではない。
東京の新聞ではない。南海放送局だ。
「大きいことは良いことだ」と言われたが、「小さいことは良いことだ」。
アメリカは日本政府に200万ドル(7億2千万円)。
政府もマスコミも黙らせた。


見舞金を200万円受け取ったのは、第5福竜丸の人たちだけだ。
9百艘に登る他の日本の漁船及び漁民と乗組員は、
何一つ保障されず、次から次に放射能の影響で癌で亡くなって逝った。
社会的に捨てられた。船主、網元は少し補償金を得たようだ。


併し、その詳細すらわからない。
高知の高校の先生が、一人ひとり訪ね歩き告発している。
政府は何もしようとしない。
政府高官は何も知らぬ存ぜぬの一点張り。


私も実は何も知らなかった。無知だった。無知だった。
50年以上になる。
ほとんどすべて癌で亡くなったが、
生き残った数人の人が山下教諭に協力している。
私が中学生の時の事件だ。
あまりにも政府も酷いが、
アメリカ政府は日本人を馬鹿にしている。アメリカの犯罪だ。


この国は、良いものはすべて、
世の中の片隅に、隅の方に追いやられてしまっています。


こんな恥ずかしい国はありません。
朝日新聞をつぶそうと総がかりで
資本家たちと自民党が牙をむき出しています。


やくざが売り、インテリがつくる新聞と言われたが、
新聞を支配して居るインテリが本物ではなかった。


恥ずべき自民党と資本家たちが優れた映画をつぶそうとしている。
細々と自主上映されている。バカな国だ。

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From Vale Tudo to MMA  マルセロアロンソ 長尾迪の名著 写真集がキンドルで発売



http://www.houyhnhnm.jp/blog/uno/2013/06/from-vale-tudo-to-mma-vtj2.html
From Vale Tudo to MMA / VTJ2

2013.06.21




From Vale Tudo to MMA.jpg

キタ━(゚∀゚)━!!!
ついに、あの写真集を手にすることが出来る!!
長尾迪氏の"From Vale Tudo to MMA"をVTJ2の会場内ONEHUNDRED ATHLETICのブースで販売します。

【ONEHUNDRED ATHLTICオフィシャルサイトより】
いよいよ明日に迫った宇野薫が参戦する『VTJ 2nd』。
会場内の「ONEHUNDRED ATHLETIC」ブースでは、アーティストの高木耕一郎が宇野薫のために書き下ろしたオリジナルTシャツやスペシャルセットを限定販売します。またブース内では今大会でもオフィシャルカメラマンとして来場する"Legend of MMA Photographer" 長尾迪さんの写真を展示し、近書『From Vale Tudo to MMA』を販売します。黎明期のUFC、そして修斗やPRIDEなどで活躍してきたブラジル人選手を網羅したこの写真集は、他では手に入らない貴重な一冊。観戦前に是非お立ち寄りください!

http://mmaplanet.jp/5992

日本からも格闘技写真家の長尾迪氏と、ブラジルのMMAジャーナリストのマルセロ・アロンソによる写真展も開かれ好評を博した。長尾氏とアロンソの共著で “FROM VALE TUDO TO MMA, 100 YEARS OF HISTORY” (「ヴァーリ・トゥードからMMAへ。その100年史)をお買い求めの方は、UCS ONLINE STOREから。

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ヒクソングレイシー直伝のストライク&クリンチノウハウ

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風が吹くとき 政府の言う事を妄信して死んでいく老夫婦  まさにフクシマ原発事故後の愚かな日本人そのものである



風が吹くとき
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風が吹くとき





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『風が吹くとき』(かぜがふくとき、When the Wind Blows)は、イギリスの作家、レイモンド・ブリッグズが1982年に発表した漫画。アニメーション映画化もされた。



目次 [非表示]
1 概要
2 あらすじ
3 映画版スタッフ 3.1 オリジナル版
3.2 日本語版
3.3 主題歌

4 登場人物
5 作中での核ミサイル投下後の状況
6 1987年公開時の主な上映館
7 関連項目
8 脚注
9 外部リンク


概要[編集]

核戦争に際した初老の夫婦を主人公にした作品であり、彼らの若い時までさかのぼった作品には『ジェントルマン・ジム』がある。題名は『マザー・グース』の同名の詩から[1]。彼らが参考にする政府が発行したパンフレットは、イギリス政府が実際に刊行した手引書 "Protect and Survive" (『防護と生存』)の内容を踏まえている。

1986年にアニメーション映画化され、日本では1987年に公開された。日本語版は監修を大島渚、主人公の声を森繁久彌と加藤治子が吹き替えている。音楽をピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズ[2]、主題歌をデヴィッド・ボウイが担当している。

日本での劇場公開に際しては、配給はミニシアター系のヘラルド・エースが行った。興行は、首都圏ではセゾン系映画館および国内の作品提供に朝日新聞社が加わっていたことから、有楽町朝日ホールでも行われた。また、全国では各地のミニシアターで展開されていた。その後、作品の特性から非商業上映が全国の教育会館ホールなどの公共施設で多数行われた。

2008年7月26日、アット エンタテインメントによってデジタルリマスター版DVDが発売された[3]。

あらすじ[編集]

老夫婦のジムとヒルダは、イギリスの片田舎で年金生活をおくっていた。しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっていく。ある日、戦争が勃発したことを知ったジムとヒルダは、政府が発行したパンフレットに従い、保存食の用意やシェルターの作成といった準備を始める。

そして突然、ラジオから3分後に核ミサイルが飛来すると告げられる。命からがらシェルターに逃げ込んだジムとヒルダは爆発の被害をかろうじて避けられたが、互いに励まし合いながらも放射線によって蝕まれ、次第に衰弱していく。

映画版スタッフ[編集]

オリジナル版[編集]
原作・脚本:レイモンド・ブリッグズ
監督:ジミー・T・ムラカミ
音楽:ロジャー・ウォーターズ
作画監督・レイアウト:リチャード・フォードリー
背景・色彩設定:エロル・ブライアント
絵コンテ:ジミー・T・ムラカミ、Joan Ashworth、Richard Fawdry
視覚効果:Stephen Weston
編集:John Cary
音響監督:John Wood
プロデュース:ジョン・コーツ
製作総指揮:イアン・ハーヴェイ
製作協力: British Screen、Film Four International、TVC London、Penguin Books
製作:Meltdown Productions

日本語版[編集]
提供:朝日新聞社、ヘラルド・エース
配給:ヘラルド・エース、日本ヘラルド映画
製作者:大島瑛子
台詞翻訳:進藤光太
助監督:伊藤聡
音響監督:明田川進
録音:安藤邦男
音声編集:三間雅文
MA:アオイスタジオ
タイトル:日映美術
協力:株式会社大島渚プロダクション
監督:大島渚

主題歌[編集]
「When The Wind Blows」作詞・歌:デヴィッド・ボウイ / 作曲:デヴィッド・ボウイ、アーダル・キジルケイ
登場人物[編集]
ジム声 - ジョン・ミルズ(オリジナル版)、森繁久彌(日本語版)ヒルダの夫。仕事を退職して老後をヒルダと二人暮らししている。新聞やラジオで世界情勢のニュースを見聞きするのが日課。詳しい年齢は不明であるが、「ヒルダより2歳若い」と言っている。図書館からもらってきた、核戦争から生き残るためのパンフレットを参考として、室内に2人が入れる簡易の核シェルターを造る。穏やかな性格に加えてヒルダと同じく楽観的な思考の持ち主であるため、核爆発後には水が止まったことや新聞が来ないことなど、周りの状況や体調に影響が出てきても、悲観的になったヒルダを励まし続ける。ヒルダ声 - ペギー・アシュクロフト(オリジナル版)、加藤治子(日本語版)ジムの妻。政治とスポーツには興味がなく、新聞や雑誌で読むのはゴシップ誌だけと言っている。普段は楽観的でのんびりした性格だが、一方で家具や部屋が汚れることを極端に嫌がるほか、家族が汚い言葉や乱暴な態度を取ると機嫌が悪くなる。夫婦揃って「子供の頃に起きた前の戦争では家庭用の防空壕で過ごした。懐かしい。」などと、戦争の怖さより懐かしい思い出として語っている。ロン声 - 田中秀幸(日本語版、電話の声のみの出演)ジムとヒルダの息子。性格が楽観的なのか、「やられる時はみんな一緒だ」とジムが心配するのをよそに鼻歌を歌ったりしている。ヒルダによると子供の頃にカブスカウトに入っていた時は責任感が強かったが、美術大学に入った頃から悪い仲間ができて性格が変わったと嘆いている。アナウンサー声 - 高井正憲(日本語版)ラジオから聞こえるニュースを読むアナウンサー。作中ではイギリスが起こした戦争の戦況を経て、まもなく敵国から核ミサイルが発射されたことを報じる。
作中での核ミサイル投下後の状況[編集]

作中では、漫画『はだしのゲン』や原爆を題材にした他の映画などに見られるような、被爆者の皮膚が焼けただれる、大量に吐血するなどの凄惨な描写はなく、投下直後は夫妻の家から離れた場所の爆風による被害だけが描写されている。夫妻の家は田舎の一軒家で周りに建物はなく訪問者もおらず、まもなく電話やラジオも止まってしまう。そのため、夫妻が投下による被害を知り得るのは自身の体調と家の内外の変化ぐらいで、爆心地からの距離や詳しい被害状況などはまったく描かれていない。

1987年公開時の主な上映館[編集]
札幌:シネマ5
仙台:仙台シネアート
埼玉:シネセゾン所沢
東京:有楽町朝日ホール、シネセゾン渋谷、光が丘テアトル西友、キネカ錦糸町、キネカ大森
名古屋:ゴールド劇場
京都:祇園会館
大阪:SABホール、梅田コマシルバー
神戸:新アサヒ劇場
広島:広島名画座
徳島:アタック平和劇場
小倉:前田有楽劇場
福岡:ニュー大洋劇場
長崎:ゴールドセントラル劇場

関連項目[編集]
核戦争
世界大戦争(本作と同じく核戦争を題材にした日本映画)
ザ・デイ・アフター
テスタメント (映画)
はだしのゲン

脚注[編集]

[ヘルプ]

1.^ 風が吹くとき(「When The Wind Blows」)立澤史郎(1989)
2.^ ロジャー・ウォーターズ『イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?』発売記念特集ビルボードジャパン公式ホームページ
3.^ 風が吹くとき - シネマトゥディ

外部リンク[編集]
風が吹くとき - allcinema
風が吹くとき(デジタルリマスター版) - KINENOTE

執筆の途中です この項目は、漫画に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:漫画/PJ漫画/PJ漫画雑誌)。
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カテゴリ: 漫画作品 か
イギリスの児童文学
アニメ作品 か
イギリスのアニメ映画
1986年のアニメ映画
アスミック・エースのアニメ映画
反核映画
反戦運動
核戦争を題材とした映画作品
世界の終末が描かれた映画作品

https://www49.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/9282.html

風が吹くとき





登録日:2011/01/10(月) 20:15:25
更新日:2017/10/12 Thu 23:10:52
所要時間:約 7 分で読めます



▽タグ一覧
Fallout When_the_Wind_Blows もういい…!もう、休めっ……! アニメ ジェントルマン・ジム ツッコミ我慢検定 トラウマ ブラックユーモア ポジティブ思考推奨作品 レイモンド・ブリッグズ 反核 忘れてはいけない 核戦争 皮肉 絵本 絵柄と内容のギャップ 閲覧注意 風が吹くとき 鬱アニメ 鬱展開



※注意!!
この項目ではネタバレ、鬱要素が含まれます。
ネタバレに敏感でない方、核が落ちてもポジティブに生きられる方のみ閲覧をおすすめします。







「スノーマン」などで知られるイギリスの作家レイモンド・ブリッグズが1982年に書いた漫画形式の絵本。





核戦争に巻き込まれた老夫婦を書いた物語。
と言ってもよくある核の悲劇を書いたものに対し直接的なグロ要素はほとんどない。
核爆発のシーンなど見開きで真っ白なだけ。しかし……。



【あらすじ】


イギリスの片田舎で老後を過ごすジムとヒルダの夫婦。


ジムは近々戦争が起きるというニュースを聞き、役所からもらった核兵器対策マニュアルを参考に、
家のドアを外して壁に立てかけ、周りをクッションで覆ったシェルターを作り、
役所と政府など出所でいろいろ食い違うマニュアルに四苦八苦しながら準備を始める。


そしてある日突然にラジオから流れた「核ミサイルが発射され、あと3分で到達する」というニュースを聞く。
ジムは洗濯物を取り込むために外へ出て行こうとするヒルダを慌てて抱えてシェルター(?)に転がり込む。


直後、閃光が閃き、爆風が吹いた。




町外れだったおかげでジムとヒルダは生き残り、家は熱風で半壊する程度で済んだ。
もうしばらくすれば救援が来ると生活を再開する2人。
しかし、それは死へのカウントダウンの始まりでしかなかった……。



電気も水道も止まってしまった。
ニュースを聞こうとしてもラジオもテレビも何も伝えない。
新聞配達も牛乳配達も来ない。


頭痛に悩まされる中、細々と少ない保存食で食いつなぐ2人。
妻を元気づけようと外に出てみるも、あたりの草は枯れ果て死の世界となっていた。
そこに雨が降ってくる。水が尽き喉が渇いていた2人は天からの恵みと雨水を溜めて、お茶を沸かして一息つく。


やがて2人の体はますます衰えていく。
体中に斑点が出る。
トイレにネズミがいたと泣きわめくヒルダ。そんな彼女を楽しませるためにおどけて歌うジムだが、
言われるまで口から血を流していることに気づかない。
ついにはヒルダの髪が抜ける。


それでもまだ必ず政府の救援が来ることを信じ続けるも、衰弱しきった2人は、
次の核攻撃に怯え、紙袋をかぶってシェルター(と思われるもの)に潜り込む。
ジムに神へのお祈りをせがむヒルダ。
ジムはそれに応え、たどたどしく暗記していた聖書の一節を読み上げ始める。





主は我を緑の野にふさせ、いこいの水際にともない給もう。
たとえ我死の影の谷を歩むとも禍害をおそれなじ、なんじわれとともに存せばなり、
なんじの鞭なんじの杖わが日々を慰む。
600の兵士は進む。



【登場人物】

•ジム

年金生活をしている老人。
政府の指示に非常に忠実な模範的市民。
しかし政府が今どのように戦争をしているのか等はいまひとつ理解が足りない(「コンピュータがすべて決めているのだろう」とも)。
幼少期に第2次世界大戦を経験しているが、直接被害を受けたことはないのか、戦争になっても英雄がやってきて敵をフルボッコしてくれる、
自分は空襲の中、救助活動で大活躍して美女を救出するなど刺激的な非日常くらいの感覚しかない。
戦時中については思い出補正か「あの頃はよかった」とさえ言ってしまう能天気ぶりである(これは妻のヒルダも同様)。
ちなみに作者の過去作「ジェントルマン・ジム」の主人公でもある。

•ヒルダ

ジムの妻。
家を切り盛りすることに熱心で、シェルターを作る夫に家を汚さないように注意する。
しかし目先のことしか考えられず、家事>>>>>(意識の範疇の壁)>>>>>世界情勢なくらいの認識の持ち主。戦争など完全に他人事。
どれほどかと言うと、核爆発が起きる直前、オーブンに入れていたケーキの心配をして「ケーキが焦げる!」と言い続けるほど。
ケーキどころか自分やジムも含めて全てが焦げるのだが…。
この通り核爆発への知識は全然ないが、被爆後に「地下室にいたほうが良かったんじゃない?」と言い出したりと、さり気無く察しが良いような面もある。

•ロン

夫婦の息子で、街で家族で暮らしている。直接に登場はしない。
核シェルターの作り方において60°の角度がよく分からなかったジムが彼に電話をし、「分度器を買ってくればいい」とアドバイスをした。
戦争になると聞いて、シェルターも作らずのん気に笑っていた(「ロンドンがやられたら終わりだ」というある意味前向きな考え)。もちろんその意味は……。



【備考】


タイトルは「風が吹いて枝が折れたら何もかも落ちる」という権力者の暴走が、
国民をも巻き込むことを皮肉った趣旨のマザーグースから来ている。


ラストの突如聖書の一節から変わる「600の兵士は進む」は、
1854年に詩人テニソンが発表したクリミア戦争でイギリスの軽装備旅団600人が下された命令の愚かさを知りながら、
ロシアの砲兵隊に突撃し全滅した悲劇を歌った詩の一節である。



前述のとおり、この作品ははだしのゲンのような視覚的なグロ要素はない。
そのため日本の被爆者などからは「核の被害を軽く書いてる」と批判された。
しかし、日本の著作は核爆発によるグロさのインパクトが重視されてるため、放射能に汚染された地で生きることの恐怖が薄れてしまっているようにも思える。


またこんな絶望的な極限状況下に追いつめられてなお無駄にポジティブな発言の数々が精神的に来る。


ちなみに作中に出てくる対策になってないマニュアルは、実際にあんな感じのクオリティのものが、50年代からイギリスでは配布されていた。
「ドアを壁に立てかけてシェルターとか有り得ねぇw」とは誰もが思うが、劇中にも登場するパンフレットにはマジで 書いてある のである。
さすがにこの作品の公開の後で回収されましたがね。
実際にこの作品には当時の対策マニュアルへの批判と皮肉の意味が隠されているとの評判。



1986年にはアニメ化され、実写の背景やオブジェの中にアニメキャラが動くというものになっている。
主題歌は音楽界の巨匠デヴィッド・ボウイで、非常に爽やかな名曲。それだけに余計に来るのだが。
日本では翌年に細々と公開され、吹き替えを森繁久彌と加藤治子が担当した。
分かりやすく言うと乙事主とマダム・サリマン。2人の淡々とした演技も高く評価されている。




核を過小評価してる毛唐pgr的な意味合いにも取れる作品だが、
日本人も核爆弾が落ちたらどうなるかは自体は勉強で知っていても、
実際に放射能の恐怖や核攻撃の後にどうやって生き延びればいいかは知らない人が多いのではないだろうか。
この作品で語られていることは決して他人ごとではないのである。
(ちなみに、本作には第二次大戦当時の枢軸国と連合国の中心人物である
 フランクリン・ルーズベルト、ウィンストン・チャーチル、ヨシフ・スターリン、
 アドルフ・ヒトラー、ヘルマン・ゲーリング、ベニート・ムッソリーニ
 等がジムの回想で登場しているが、枢軸国側で日本の代表であろう東条英機氏や昭和天皇が何故かいない。意図は不明である) 


核の悲劇と恐怖を書いた作品と見るか、
政府をただ信じる情弱で愚かな夫婦を書いた作品と見るか、
どんな状況においてもお互いを励まし慈しむラブストーリーと見るか、
見る人によって感想が変わる点は、火垂るの墓と似ているかもしれない。



余談だが、現実的な対策が書かれたコピペがある。
ただそれもどこまで正しいか、実際にこの通りにできるかは分からない。






本作は反核を宣伝するためでも、特別な政治的意図に基づいたものでもない。
核戦争が起こったらどうなるのか、その警告がどう取り払われるのか、人々は次に何をするのかを描きたかっただけだ。
この老夫婦はイギリスの労働階級の典型的な人々である。
誰もが彼らと同じで、私の両親がまだ生きていたら、彼らのように行動したに違いないだろう。


  ―レイモンド・ブリッグズ







もういいわ、あなた・・・




ああ・・・もう、いいのよ・・・




追記・修正お願いします。

http://d.hatena.ne.jp/T-260G/20091201/1259648836

2009-12-01



風が吹くときCommentsAdd Starkurumi85tenten-ka

アニメ, 映画 | 15:27

f:id:T-260G:20091202162116j:image

【ネタ】…アニメ 風が吹くとき(1986) 原作:レイモンド・ブリッグズ 監督:ジミー・T・ムラカミ 日本語版監修:大島渚

 

【説明】…1982年にイギリスで出版された同名のグラフィックノベルをアニメーション映画化した作品

原題『When the Wind Blows』。原作者のレイモンド・ブリッグズは映画版の脚本も行っている。

主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦。

しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっており、ある日、戦争が勃発する。2人は政府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意し「シェルター」を作るなどの準備を始める。

そして突然、ラジオから「3分後に核ミサイルが飛来する」と告げられる。命からがらシェルターに逃げ込んだ2人はなんとか難を逃れるが、放射能がじわじわと2人を蝕んでいく。救援がくると信じて止まない2人は、次第に衰弱し……。

f:id:T-260G:20091203011858j:image

 

【独断】…良質トラウマ製造作品

二次裏で評判だったアニメ作品を見ていこうツアーその9。『風が吹くとき』。

幼少期のとしあきにトラウマを植え付けまくった作品の一つ。二次裏でも昔からちょくちょく画像(コラ含む)が貼られている。

作品のテーマ上、ネタとして使うのも不謹慎な話だが、としあきもみんな作品の本質的な部分とは別離して話題にしているだけなので、許してやって下さい。

 

核の悲劇を題材にした有名な作品といえば、『はだしのゲン』がある。

どこの小学校の図書室にもなぜか必ず単行本が置いてあって、いたいけな児童が「図書室にマンガが置いてあるー♪」と思って手に取ってみると、ものの見事にマインドがブレイクされる。

核爆弾による熱線、爆風、放射能の被害が地獄絵図の如く描かれているのだ。

被曝国ならでは、生きた声を基にしたリアルな悲劇がこれでもかとページに叩き付けられていて、日本の子供はまずそこで「ヤバイ。核、マジヤバイ」と学ぶのである。

 

スプラッターでド直球に悲劇を描く『はだしのゲン』が“動”だとすれば、『風が吹くとき』は“静”の表現を以て核の恐怖を描いている。

 

本作の主人公であるイギリス人の老夫婦は、母国の片田舎で平穏に年金暮らしをしている。

仕事を引退して特にやる事はないが、テレビや新聞などを見て国際情勢に触れているしっかり者の夫。政治にも戦争にも興味はないが、ひたすら家事をこなし長年家を守ってきた妻。

変化に乏しくも、平和で幸せな家庭がそこにはある。

しかし、ラジオをつけてみると、国際情勢が悪化し戦争が勃発するとのニュースが唐突に流れてくる。

夫はとりあえず政府が発行した核兵器対策パンフレットに従い、家庭用核シェルターを作り始め、妻はそんなことはどうでもいいとばかりに家事を続ける。

f:id:T-260G:20091203011957j:image f:id:T-260G:20091203011956j:image f:id:T-260G:20091203011948j:image

 

御上の言う事に素直に従う堅実な夫と、家のことを一番に考える家庭的な妻、この二人のやり取りは、まるで戦争なんて嘘なのではないかというほどに牧歌的だ。

夫が核爆弾の放射能対策のために窓をペンキで白く塗るが、そのペンキを誤ってカーテンにも付けてしまう。それを見た妻は「カーテンを汚さないで!」と怒る。ニコリと笑って誤魔化す夫。

「爆撃なんてヒトラーでコリゴリだから、“イギリスに爆弾を落とさないで”とソ連に手紙を送ったら」と、妻は冗談を言い、夫はそれに乗って軽口で返す。

パンフレットに従い、核爆弾の熱線対策に大きな紙袋をかぶってみる夫。ハロウィンのようなその格好を見て笑う妻…。

まるでちょっとした台風にでも備えているかのようだ。あまりにも日常的で、和やかな雰囲気で、そこに死の気配はない。少なくとも二人は、自分たちが本格的な命の危険に晒されるとは思っていない。ただいざというときに備えて“万全”を期しているだけである。

 

そう、二人とも核兵器がどのような威力なのか解っていないのだ。体に悪い汚れを放つ結構強い爆弾…くらいの認識だ。

ただ政府が発行したパンフレットを信じ、従い、「これで安心だ」と思っているだけである。

ドアを適当に立て掛けただけの核シェルター、なんの加工もされていない白い衣類の着用。これで熱線も放射能も耐えられると信じている。なぜならパンフレットにはそう書いてあるからだ。奥さんに至っては自分たちの住んでいるところが爆撃されるとも思っていない。戦争なんて気が付けば終わっているものだと思っている。

f:id:T-260G:20091203010011g:image f:id:T-260G:20091203010010j:image

 

しかし、ソレは無情にもやってくる。

ラジオが唐突に「3分以内に敵国の核ミサイルが到達します!」と知らせてくる。

夫は妻を抱きかかえ、急いでシェルターに避難する。ミサイルが家に直撃さえしなければ大丈夫だと思っている妻は、つけっぱなしのオーブンの心配をしている。

この核ミサイル着弾のシーンはもの凄い。

街が消し飛んでいく最中 、爆風が主人公宅に到達するまで、奥さんの「ケーキがこげる!」という脳天気なセリフが繰り返し流れているのだ。これは、あまりにも、あまりにもブラックなセンスだろう。

 

【説明】の項にあるように、二人は爆発の直撃は避け、その場は生き延びる。しかし、残留した放射能が二人を次第にむしばんでいく…。

D

 

大まかに言って、前半30分が核シェルター作り、残り40分くらいで核着弾から衰弱していく二人の様を描いている。

前半部は美しい映像に充ち満ちている。ひたすらに広く青い空、緑溢れる田舎道、可愛らしい野中の一軒家、元気で仲の良い老夫婦、全てが明るく暖かく輝いている。

そして、後半部はその全てが核によって破壊され、冒され、死んでいく。

この前半・後半の対比が凄まじく、アニメのカワイイ絵柄がより悲惨さと恐怖を際立たせる。

高濃度放射能に包まれる部屋の中で、夫婦は相変わらず脳天気に日常生活の心配をする。「物資は政府がなんとかしてくれる」「新しい家具を買わなくちゃ」。片田舎に住んでいるため、街がどうなってしまったのかもわからない。自分たちが“助かっていない”ことにも気付いていない。

乱暴な言い方をすれば、視聴者を怖がらせるための話なので、このあとはそりゃもう悲惨である。

 

興味深いのは、このアニメ、見る人によって感想がかなり違う…というか見所が多いため、食いつく場所が違うのである。

例えば、日本での劇場公開当初、広島原爆体験者の方からは「核の恐ろしさ、悲惨さはこんなものじゃない」という意見が寄せられたりした。

確かにそうなのだろうし、例えば先の『はだしのゲン』のスプラッターに比べたらグロいというほどの場面は出てこない。とはいえ、これは表現方法の違いなので、一概にそれが悪いとは言えない。『風が吹くとき』の静かで皮肉に満ちた死の描き方は、これはこれで破壊力がある。

 

また、この老夫婦の所行をどう捉えるかによっても、感想に差が出る。

政府のマニュアルを盲信する夫婦に「愚鈍である」という感想しか抱かない人もいる。一方で「良識溢れる最高の夫婦じゃないか」と言う人もいる。

これはどちらもその通りと言えるだろう。国民の義務と責任を果たしていれば国が報いてくれるというダンナさんの感覚は、その常識の下で生きてきた年輩者としては当たり前のことである。家庭を第一に考え、ひたすらに家事をこなす奥さんにも落ち度などない。慎ましやかに幸せを育んできたこの二人は、間違いなく善人だ。

ただ、御上の言う事を無条件に信じ、戦争を劇場の出来事であるかのように捉えるその感性は、ともすれば「他人任せ」「他人事」に依った価値観であるとも言える。

 

この物語を、一組の夫婦のラブストーリーとして捉える見方もある。

対核攻撃の準備をする二人のやり取りは、非常に仲むつまじく、老年を迎えた男女のあり方として完成されている。

そしてそれは彼らが被曝し、刻一刻と衰弱していく最中も変わらない。最期まで彼らは夫婦であり続ける。正に「健やかなるときも病めるときも」だ。

核ミサイル着弾時にも、二人が結婚に至るまでの幸せそうなイメージ映像が流れてくる。

こうして見ると、もの凄いラブストーリーだ。

 

当然、作品のテーマ上、核戦争そのもの、またその認識不足に対する痛烈な皮肉と批判も込められている。

この夫婦が盲信した対核攻撃パンフレット、実は1980年代初頭までイギリスに実在したのである。子供の秘密基地のような核シェルターは、本当にイギリス政府のお墨付きだったわけだ。

その他の資料を見ても、当時のイギリスの核兵器に対する認識はかなりヒドイ。まるで雷避けのような対策しか書いていない。

『風が吹くとき』の原作グラフィックノベルが発刊された直後、こういったマニュアルの類はすぐに回収されていったそうだ。

仮にも先進国イギリスでこれなのだから、世界的一般的な核兵器に対する認識って、つい最近までかなり漠然としたものだったのかも知れない(かく言う私もきちんと把握できている自信はないが…)。キューバ危機とかもあったはずなんだけどな…。

D

 

…ネタバレというか何というか、今回のエントリーはかなり具体的に本編の内容に触れてしまったが、この作品を見る人というのは、ほとんどの場合、その内容を予めある程度知っていると思われるので、多分大丈夫…だと思う。

むしろ、内容を知らずにDVDジャケットの可愛らしい絵柄に釣られてレンタル視聴とかしたら、結構なショックを受けるかも知れない。

 

ちなみにアニメそのもののデキはかなり凄い。技術的なことはわからないが、ボケーっと見ているだけでもその映像に「おおっ」と思わされる。

絵、クレイ、実写が自然に組み合わされたアニメで、カメラのアングルが回転したり、ズームアウトしたりして、「あれ? これCG?」と思わされる場面もチラホラある。人物の動きも細かく滑らかで、わかる人が見れば相当感動するのかもしれない。

 

未見の方で、興味を持たれた場合は是非御覧になって頂きたい。

人によっては、この夫婦のやり取りが好きで何度も見てしまう…ということもあるそうだ。

二次裏住人の心に永遠に残る名作『風が吹くとき』、必見の一作である。

 

おわり

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http://yojimbonoyoieiga.at.webry.info/201205/article_3.html


『風が吹くとき』(1986)平穏な暮らしは突然崩れ、戻ることはない。

<< 作成日時 : 2012/05/10 22:34 >>

驚いた ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 8

 日本のアニメを見慣れた目には少々物足りなく映るかもしれませんが、公開された当時はなかなかの話題作としてマスコミなどにも取り上げられていたのがこの『風が吹くとき』です。

 核爆弾が落ちようとする寸前、イギリス(チャーチルやスターリン、ヒトラーのことを語る。ロシア人が攻めてくるかもという会話をしているのでイギリスだろう。)の田舎町に住む人たちは核爆弾に備えるようにという政府発表があっても、のんびりと日常生活を続けている。


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 政府自体もいい加減で、どう考えても効力がないと思われる放射能対策をラジオやテレビで放送する。当然、民衆はさらに情報が少ないので、生き残る確率は低くなる。

 彼らは危機意識の低さが根源にあり、すぐにでも核戦争が始まるという恐怖に直面しても、きちんと効果的には動けない。これは核に限ったことではなく、天変地異すべての対応に必要とされる知識がないということがどれだけ致命的であるかをくどいほどに繰り返し思い知らせてくれます。


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 核爆弾が投下されようとしているとき、田舎のお爺ちゃんは政府の手引きを片手に素直に核シェルターを手作りすると言い出し、家中の扉を集める。

 そして出来上がるのはただ木のドアを立て掛けて置いて、いざ衝撃波による爆風が来たら、いそいそとそこへ隠れるだけという、長崎県で暮らして、平和公園の記念館で原爆被害の凄まじい記録を見てきたぼくには信じられない対策を真面目な顔で実践する。


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 この映画で語られるのは無知の恐ろしさと国家の欺瞞です。有史以来、最大の被害を生んだ第二次大戦をも凌駕する規模での殲滅戦がいざ始まってしまえば、民間人だろうが軍属だろうが、核爆弾が着弾すれば、一瞬のうちに爆心地の人びとは死に絶えてしまう。

 たとえそこから多少離れていても、爆風や黒い雨を浴びてしまえば、目には見えないが確実に身体を蝕んでいく放射能によって命を奪われてしまう。

 国家が必ず助けに来てくれると信じて、自治体や警察が必ず助けに来てくれると信じて、牛乳屋や新聞の配達が来てくれると信じながら、体力の限界を超えて神に祈りを捧げながら倒れていくさまは悲惨です。


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 日常的で淡々とした生活描写がだらだらと最初から30分以上も続いたあとに核爆弾投下後の場面が始まる。呑気に構えていた老夫婦も飲用水や食べ物が尽きるとともに一気に衰弱していく様子はリアルでした。

 彼らは電気がつかない、テレビやラジオが聴こえない、冷蔵庫の食べ物が傷んで困るとブツブツ言っている。放射能なんか見えないから、家の周りには来てないんだと決め込み、雨水を貯めて、腐っているとお腹に悪いからと念のために煮沸すれば大丈夫と思い込んで飲んでしまうという下りがあります。


画像


 無知を象徴する場面ではありますが、程度や現象の差はあったとしても誰も彼らを笑えない。こんな調子でずっと映画は続いていくので、どんどん陰鬱な気分に陥ってしまいます。この映画にはまったく救いはなく、ハッピーエンドには程遠い。

 むしろアメリカン・ニュー・シネマ的な話の進め方です。好き嫌いはあるでしょうが、考えさせてくれる作品ではあります。音楽はピンク・フロイドのリーダーだったロジャー・ウォータースが務め、主題歌の『風が吹くとき』を歌っているのはデヴィッド・ボウイ、挿入歌にジェネシスなども参加しています。

 日本語翻訳版では大島渚が監修を務め、吹き替えでは森繁久彌と加藤治子が声を当てていて、なかなかしっかりとした安定感があります。

http://ecol.zool.kyoto-u.ac.jp/homepage/serow/essays/windblows.html

風が吹くとき(「When The Wind Blows」)
立澤史郎(1989)


風が吹いたらゆりかごゆれた
枝が折れたらゆりかごおちた

ぼうやとゆりかご いっしょにおちた


 マザー・グースの残酷さには、子供の頃よりも、むしろ今になってぞっとします。この歌、「WHEN THE WIND BLOWS」(英国版「風が吹いたら桶屋が儲かる」)もそのひとつ。これをそのまま題名とした映画が公開されます。邦題も「風が吹くとき」で,'86年英国制作の長編アニメの日本語版です。

あらすじ

 英国の片田舎に住む老夫婦、ジムとヒルダ。ジムは定年を迎え、これからは愛し合った二人ののんびりとした時間が始まる。
食事時、ラジオは戦争勃発を知らせ、政府は三日以内に核シェルターを作れと言う。窓は白ペンキで塗り、扉を壁に立てかけマットレスをしいて水と食料をキッチンに保存すれば出来上り。でもまてよ、政府の説明書では窓の周辺から薄い、細かなものは除けとあるが、議会の出したそれでは窓には白いシーツを下げろと書いてある。どっちが正しいんだ?保存食の’公式’リストに載っているピーナツバターを忘れている!慌てるヒルダにジムは「僕はピーナツバターは好きじゃないよ、無くたって生き残れるさ」。
 先の第二次大戦の思い出話に、二人は今度も有能で勇敢な指導者が事態を切り抜けてくれると言う。けれど彼らはどの国とどの国が戦っているのかさえ知らない。家具で窓をふさいだり、爆弾を落とさないよう嘆願書を書いたりと、彼らの対策は進む。
 ジムは、大きな紙袋をかぶれば効果があるのではないかとかぶってみて妻にバカにされる。やがて彼は’ヒロシマ’を思いだし、柄のない、まっ白のシャツを着れば体を焼かれずにすむと思い至る。けれどヒルダは「それは日本人のことでしょ(?) 、第一そんな話聞いたことないわ」と取り合わず、クリスマスプレゼントの新しいシャツを着ることを許さない。「じゃあ白の古いシャツはないかな?」けれど妻の対応はそっけない。
 そこへラジオ。「敵のミサイルがわが国へ向けて発射されました。三分で到達します。」ヒルダは洗い物に行こうとしている。ジムは妻をかかえてシェルターへ飛び込んだ。 

           ー 閃 光 ー

 「ちくしょう!」信じられないが、核爆弾が炸裂したこと、そして生きていることを確認する二人。おののくヒルダに「僕たちは今でも幸せじゃないか」とジム。「僕たちの爆弾のこと、ニュースでやってるかもしれない!」何も出るはずがない。電気は?電話は?全てが働かない。街は死に絶えたんだ。
楽しみにしていたテレビ番組がみられないというヒルダ。真っ白なシャツを着たジム。廃墟の生活にも笑顔さえみられる。けれど、そんな個人の幸せも大きな力が踏みつぶしてゆく。
 数日後、ヒルダは体中が痛み、ジムはようやく放射能の影響に気付く。やがて二人の皮膚は斑点におおわれる。妻をいたわり、陽気に振舞おうと歌を唄うジム。その口から血がしたたっていることももはや妻に言われるまで気付かない。毛が抜け始めたヒルダに夫が言う。「女性は丸坊主にはならないよ、これは科学的真理だ。」しかし事実は彼らの知識を超えていた。彼らの信じるシェルターは苦しみを長引かせるものでしかなかった。
 つぎのICBM(大陸間弾道弾)におびえながら、二人は紙袋を身にまとってまたシェルターへはいる。そして再び出ることはなかった・・・  

思いつくまま

 昨年の九月、京都の書店でこの原作の絵本を見つけました。40ページにぎっしり書き込まれた原作は、言葉で反核をうたうのではなく、ただ淡々と夫婦の会話と行動を追っています。原作者は、「(この作品を創ったのは)反核運動のためでも、政治意図によるのでもない。」と言っているそうです。つまり「核」問題に対する判断は全て読者(視聴者)に託されているのですが、これが英国では50万部のベストセラーとなり、各国で話題となって、昨年はついに映画化されたわけです。今回の公開はこれを日本語吹き替えしたものです。
 原作はレイモンド・ブリッグズ。私は彼の作品「スノーマン(雪ダルマ)」が大好きなのですが、(これも昨年映画化されて成功を収め、最近は某スープのCMにこのフィルムが使われています)今回の「風が吹くとき」は、少し悲しくもファンタジーの世界に遊ぶ彼の他の作品とは一見ひどく違い、大変面食らいます。しかし彼の言葉はその疑問を氷解してくれました。
 ジムがしたように、ちょっとした工夫で核爆弾の影響をやわらげることはできる、しかし最終的に個人がその影響から逃れることはできない。そんな状況下で、多くの市民はどの様な思考と行動を取るのだろうか。それを描きたかったと作者は言っています。つまり彼の制作上の興味は社会問題ではなく、(彼の両親がそうであったように)市井の人々の瞬間瞬間の言動であるのです*。最後の最後になって、彼らがどの様な会話をするのか、今まで信じていたものに対してどの様な態度を取るのか、じっくり観てみたいと思います。そこで、ー私たちにできることは何か?ーそれを考えるか否か、それは当然私たちの問題でしょう。
 監督はG.T.ムラカミという日系人、日本語版監督は大島渚です。この監督陣も興味あるところですが、やはり捨て置けないのは音楽。主題歌をデビッド・ボウィ、サウンドトラック全体の構成を (あの)ロジャーウォータースが担当しています。言うまでもなく彼はバンド「ピンク・フロイド」で現代社会の論理や様々な意味の環境破壊を鋭く告発してきた人。その音楽がレイモンド・ブリッグズの絵とどう反応しあうのか、今回のロードショウの楽しみの一つです。     
 最後に蛇足。原作を読んでいて強く感じるのは、(子供と自然の媒体としての文学作品の重要性、早い話が)マザーグースの存在の大きさです。冒頭の歌(詩)が背景(原体験)としてあってこそ、この作品の内容が読む(観る)人に深く関わってくるのだと確信したわけです。マザーグース体験を介して染み込んでくる”恐ろしさ”、これは日本人には理解しにくいものかもしれません。
 けれど、理屈でなく子供の頃の体験を通じて直感的に膨らむ恐ろしさ、自分の大切なものが奪われることに対する恐れ、そう言うものは誰にでもあるはずです。いわゆる「自然保護」や「反核」の行動、これらもおそらくそうした感覚に裏打ちされているはずです。そうでなければ空論でおわってしまうだろう、久しぶりに原作を読んで、そう思っているところです。
 この長編アニメ、自然教室の子供さんとご家族にも、是非観てもらいたいと思います。数少ない、だれでも”気楽真面目に”行ける映画。友人、夫婦、親子孫連れ、もちろんひとりでも、この夏の思い出にしてください。
(「都市と自然」誌)(千里山生協会誌)

*:この作品は,現実と紙一重ではありながら,やはり一種のファンタジー.でも気付いてはいけない現実世界とファンタジーの関係を垣間見てしまった気にもさせられます.(2000年11月)

((C)立澤史郎)
https://blogs.yahoo.co.jp/abenojakuu/59138240.html


映画「風が吹くとき」を見て本当に凹む
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2009/11/12(木) 午後 3:56
映画と劇の落とし穴
映画レビュー
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■■■■「風が吹くとき」 簡単なあらすじ ■■■■



主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦。
世界情勢は悪化の一途で、ある日、戦争が勃発し、とうとう原爆が落とされてしまう。
原爆から逃れた二人だが・・・。







イメージ 1




見たのは8月なんですけれど、未だにイメージが抜けてくれない。
自分が見た中の、最大の鬱映画。
最大の破壊力で、暫く浮上できなかった。
映画に興味がないという人でも、これをみたら良くも悪くも、何かしらの感想はもつ筈。


スノーマンを書いた人の、とてもほのぼのとした絵柄で綴られるアニメ映画なんだが…何が鬱かって、原爆落ちてからの夫婦のやり取りを見ていると本当に鬱になる。



最初のほうで、「戦争が始まるらしいよ」という会話が普通に交わされているのだが、2人にはそういったことが現実とは違う別世界のような感覚の話で
「政府がパンフレットで核シェルターの作り方を紹介していたよ。原爆に備えて作らないとねえ」
と、これまたほのぼのと作り始める。



その核シェルターとやらがまた酷い。
外したドアを壁に立てかけて、釘で固定して、手前にクッションをおいて、中にマットレスを敷いてこれで終了。
原子爆弾が落ちたら、この中に入って逃れてくださいというわけだ。
当然、熱線や、熱風などから逃げられるわけない。



この夫婦は、爆心地からかなり離れた所にいたので、その時は逃れる事はできたのだけれど、放射能からは逃げられない。
でもこれまた普通に
「爆弾のせいで家の中が汚れちゃったわ、掃除しないと」
「新聞が届かないねえ」
「水も出ないからお茶が飲めなくて困るじゃない」
「政府が非常事態だから水道をとめてるんだ、そのうち来て、家も直してくれるさ」
「どこそこの店にミルクを買いにいかないと」
と、街が壊滅した事も知らぬまま、会話して生活している。
放射能という言葉は知っていても、それがどういったものかを全く知らない夫婦は、放射能が蔓延した地でいつも通り生活を続けてしまう。
放射能のたっぷり混ざった雨水を溜めて、それで嬉しそうにお茶飲んだり・・・もう映画を見ていて「あああ!」と唸ってしまった。



次第に、頭痛や、吐き気、眩暈、歯茎からの出血、血便と、あのほのぼのした絵柄で目のクマが濃くなり、頬がこけてくるのは凄い恐怖だ。
体調が悪くなる中でも、全くいつも通りの楽観的な会話がなされているのが、見ていて本当に鬱になった。
名ばかりの核シェルターに入り、聖書の詩を暗誦しながら物語は終わるが・・・これは本当にいけない。
気分が高揚している時に見ても、根こそぎ神経をもってかれるような映画。
暫く引きずってしまった。



悲惨な状況と一緒に「なんで原爆なんて酷いものを落とした!」と前面に押し出した映画なら、こちらも「ああ本当に酷いな」と素直に思う。
でも、普通の生活の中で、放射能の被害を知らされず、ゆっくりと死んでいく恐怖をここまでやられると、それから受けるダメージは生半可じゃない。
私の最大のトラウマ映画となりました。
見なきゃいけない映画だとは思うけれど、何で見ちゃったんだろうと未だに後悔しとります。
平和論とか悲惨さとかを超越して、戦争は怖いと根本に刻み込まれる映画でした。



ちなみに物語にでてきた、嘘だらけの核対応マニュアル…本当にあったらしいです。
それ知ってさらに恐ろしくなりました。

http://minotaki.hatenablog.com/entry/2015/08/07/180454


オススメアメコミ紹介番外編第二回:風が吹くとき

 コミック紹介


漫画、「はだしのゲン」を読み、心に爪あとが残った人は恐らく多いだろう。

小学校や中学校の図書室には、漫画コーナーがあったと思う。

「学校で漫画が読める!やったね!」

と、そんなことを思いながらはだしのゲンを多くの子供は手にする。

最初のうちは家族が戦時中で理不尽な目にあいつつも、家族揃って頑張っていく家族ドラマが展開され、次はどうなるんだろうとグイグイ引きこまれていく。

そこで1巻のラストシーンを見て、あの地獄絵図のページを見ることになる。

ショッキングな光景を目の当たりにしながらも、気になるところで1巻が終わり、父ちゃんや姉ちゃん、弟は助かるのかと次を手に取る。

結局救いなんてなく、憂鬱な気分で3時間目もしくは5時間目を受けなければならない。

こんなトラウマがある人は多いことだろう。



今回紹介する作品もだいたいそんな感じだ。

「風が吹くとき」だ。

f:id:minotaki:20150807103808j:plain

凄く仲の良さそうな夫婦と凄く不穏な背景が特徴

厳密に言えば、これはアメコミではない。

イギリスの作家、「レイモンド・ブリッグズ」氏による漫画であり、絵本のような感覚で読める作品だ。

しかし、絵本のような内容だが、はだしのゲンと同じく、中身は子供が読んだらトラウマ必至な作品だ。

僕もこれ読んで凄く落ち込んだ。

もう読むこともないだろうと思ったら10年以上の時を越え、僕の目の前に100円という超激安価格で姿を表したので、昔を懐かしむつもりで書いた。

丁度8月。平和登校日のあの日を思い出して書こう。

ぶっちゃけ忘れたままのほうが良かったってなったけど。



始める前に念の為に前置きをしておこう。

別に僕はこの記事を通して核保有がどーのこーのだの戦争はいけないこと云々なんて書くつもりは毛頭ないし、そんな意図やメッセージが込められた記事ではない。

ただ単に作品紹介をしつつ昔を懐かしんでいるだけだ。



あらすじ

時は戦争のまっただ中。

イギリスの片田舎に、ジムとヒルダという、とある老夫婦が住んでいた。

二人は年金暮らしの年寄りであり、慎ましくも穏やかで、そこそこ幸せに暮らしていた。

のんびりとした二人だったが、世界は反比例するかの如くものすごい速さで情勢が悪くなっていき、核が投下される可能性も出てきた。

そのことを重く見た国は、各家庭に核シェルターの作り方などや対処法を書いたパンフレットをおくるのだが、イギリス人得意のジョークか?と思うほど粗末な対処法だった。

それでもジムは疑うこと無くそのマニュアル通りにシェルターを作り、核に備える。

「素人がそんな簡単にシェルター作れるのか?」とこの文面では思うかもしれないが、作れたのだ。

そしてある日、運命の日はやってきた。

「3分後に敵国の核ミサイルがやってくる」とラジオで放送が流れる。三分後て…。

ジムはオーブンをほったらかしに出来ないというヒルダを引っ張り、何とかシェルターに潜り込む。

f:id:minotaki:20150807114133j:plain

そして、核がイギリスに着弾した。

ちなみに、ラスト2コマで二人がやたら狭そうな隙間に入っているのがわかると思う。これがシェルターだ。

資材はクッションと家のドア。

なお、資材はすべてイギリス当局が配布したパンフレットどおりである。

田舎は、一瞬で真っ白になり、廃墟と化した。

運良く生き延びたジム夫妻は、国からの救助や支援を待ち、普段通りの生活を始める。



もうあらすじどころか前半部分全て語ってしまったが、これが風が吹くときのストーリーの主なあらすじだ。



ちょっとしたネタバレと感想

遠回しに「助からないから諦めろ」といってるようにしか見えない国からのパンフレット。

核にはほぼ役に立たないシェルター。

ミサイル炸裂後すぐに表に出て生活をするジム夫妻。

このことから、はだしのゲン程度でしか核の知識がない人でもわかると思うが、この二人は助からない。

しかし、作中でははだしのゲンのような恐ろしい描写は殆ど無い。

気分が悪くなったり血を吐いたり髪の毛がごっそり抜ける程度であり、人骨や死体が出てくることは作中で一切ない。

ただ淡々と二人の生活が描かれているだけだ。

f:id:minotaki:20150807115637j:plain

エンディングでは、弱り切った二人が眠るところでこの話が終わり、グロ描写はついに出てこなかったが、それが逆に怖い。

いっそ無残な死体が出てきたほうが安心するくらい淡々と、静かに、穏やかに死に向かって物語は進められていく。

もっと取り乱してくれ、恐怖してくれ、自分の置かれている立場を理解してくれ。

そんなやるせない気持ちがゲロを吐くような感じで沸き上がってくる。

しかし、物語は淡々と、この二人が弱っていきながらも他愛無い会話をし続けているところを描写し続ける。

そして、最期まで喧嘩をすること無く、そして仲良く眠りに落ちる。

読み終わったあと、なんとも言えない気分になる。

悲しいような怖いような。

胸に穴が開く気分といえばわかるだろうか。あんな感じだ。



面白かったけどもう読みたくない

風を吹くときは面白いけど、もう読みたくない。

そんな作品だ。

今下書きを読み返している最中なのだが、もうこれだけでなんとも言えない気分になるのでもうこの本は恐らく本棚の奥深くに封印する。

売るか捨てるかすればいいじゃんと思うかもしれないが、それはしたくない。

そんな複雑な一冊だ。

なお、この作品はアニメ化もしている。

もちろんハッピーエンドになんかなるはずがないのでご視聴は自己責任で。



他にも調べてみると、若りし頃のジムが主役の「ジェントルマン・ジム」という作品もあるらしいが、正直読むと落ち込みそうだから読まない。

兎にも角にも、この記事は書いていると落ち込んでいる時のほうが多かった。

だが作品は面白いというか考えさせられる内容なので、少し憂鬱な気分になりたい人はどうぞ。



余談だが、雪だるまが主人公の絵本「スノーマン」の作者も同じレイモンド・ブリッグズ氏であり、こちらは子どもと雪だるまの心あたたまるお話だ。

面白いのでこちらは大人から子供にまで誰にでもおすすめできるぞ。


http://blogos.com/article/2836/

「風が吹くとき」再読












風が吹くとき 絶句した、わたしはこの老夫婦を笑えない。むしろ、いまの"わたし"そのものだ。

 イギリスの片田舎が舞台、時代から取り残されたような老夫婦を描く。絵本というよりグラフィック・ノベルやね。穏やかな二人の生活に、さいしょはジワジワと、次に割り込むよう、最後は全面的にのしかかってくる「核の恐怖」が、すべてを塗りつぶしてゆく。初読は二十ン年前、「さむがりやのサンタ」しか知らなかったわたしには、ほのぼの+おどろおどろのギャップが衝撃だった。

 しかし、当時のわたしは、「フィクションというフィルター」を通じて受け止めたがる節があった。全面核戦争が勃発すれば、日曜大工の「シェルター」や、窓ガラスに白ペンキごときで防げるワケがない。それでも政府が発行するパンフレットを、一字一句、忠実に守ろうとする彼らに、一種ほほえましさを感じ、待ちかまえる運命を案じ、微笑しながら涙ぐんだ。

 核戦争が「ラジオ」で告げられ、3分後に飛来するところまで放送される"演出"も、「フィクションというフィルター」を"演出"してくれている。おかげでカウントダウンを身構えるようにページをめくれる。だが、放射能がじわじわと二人を蝕んでゆく様子は違う。「ここ」と「あそこ」の区別がつかないのだ。つまり、どの時点で手遅れなのか、そうでないのか、最後まで分からない。最初は丸々と血色のよい初老の夫妻だったのが、だんだん白色化してゆく。そう、この絵本では、放射能の影響は「白色」に彩られる。

 救援がくる、と信じて待つ二人。既に政府のパンフレットでは「想定外」の出来事に満ち溢れているのに、明らかに「おかしい」ことが周囲にも自分の体にも起きているのに、認めようとしない。その、頑固なほど「政府」を信頼する様子は、愚かなりと嘲笑(わら)えるだろうか。かつてわたしは、愚かだと思ったが、いまのわたしは、その「愚か」そのものだ。

 なぜなら、信ずるに足る情報を元に下した判断ではなく、"信じたい"という欲求を満足させるために、信じるから。さらに、"信じてきた"結果がもたらした事態を認めたくがないために、信じるから。ほら、ここにもサンクコストが。信頼をコストで測るならば、すでに費やしたコスト(信頼)はとり返しがつかないため、投資(信頼)し続けるしかないのだ。ご破算にして撤退するということは、それまでの自分の信頼を否定することにほかならいから。

 一応、わたしの場合、夫婦の間で、「いざというとき」のデッドラインとシミュレーションは練ってある。だが、このデッドラインは政府発表を基にしている。信頼するしかないわたしはもはや、自分を除き、誰も嘲笑うことができない。

 老夫婦の運命は、ショック療法のように効く。現実への免疫をつけられるフィクションなのだが、自身の位置に愕然とするかもしれない。たいして変わらないって理由でね。

https://ameblo.jp/sizen-ikuji-damehaha/entry-11133705660.html


核の恐怖を静かに語る絵本~「風が吹くとき」 と 日本の放射能問題



2012年01月12日
テーマ:脱原発&放射能の危険!







風が吹くとき




風が吹くとき…「When The Wind Blows」

 レイモンド ブリッグズ :著 さくま ゆみこ :訳 
 絵本(グラフィックノベル)1982年
 1986年 アニメーション映画化。


題名は、マザーグースの詩から。
童謡なのに マザーグースの詩は残酷なものが多く怖いです。


 When The Wind Blows

  風が吹いたら ゆりかご揺れる

    枝が折れたら ゆりかご落ちる

      坊やもゆりかごも みな落ちる



■あらすじ by:Wikipedia


主人公は、イギリスの片田舎で静かな年金生活をおくっている老夫婦のジムとヒルダ。

しかし、世界情勢は日に日に悪化の一途をたどっており、ある日、戦争が勃発する。2人は政府が発行したパンフレットに従って、保存食を用意しシェルターを作るなどの準備を始める。





この本、ある意味 本当に怖いです。

漫画仕立てのかわいい絵柄の絵本で、
悲惨な表現はほとんどなく、むしろのんびりとした仲の良い老夫婦の日常が描かれています。

でも、小さい子どもに読ませて良いのかどうか?
難しいし、大人が読む本かもしれません。
中高生なら十分理解できるでしょう。

こんな二人をどう思いますか?
------
ラジオから戦争が始まったことを知るジムとヒルダ。
政府は三日以内に核シェルターを作れと言うのです。
放射能対策として、窓は白ペンキで塗り、扉を壁に立てかけ水や食料を保存・・・。

政府の説明書には窓の周辺から薄い細かなものは除けとある。
でも議会は窓には白いシーツを下げろと言う。
どっちが正しいんだ?

あるとき突然のラジオ報道が。
「敵のミサイルがわが国へ向けて発射されました。三分で到達します。」
そして…
まわりの何もかもが破壊されてしまいます。

夫婦は、シェルターに逃げ込み奇跡的に難を逃れる。
汚れたクッションやカーテンの心配をする妻。
「今は、放射能が降ってるんだよ!」と言うビルに、
「何も見えないわ。どこにも放射能なんて見えない」とヒルダ。

放射線が少しずつ二人の身体を蝕んでいく。
救援がくるのを信じながら、励ましながらも衰弱していく・・・。
   (by本・映画)
-------
この夫婦はどんどん身体が放射能に蝕まれているのに、最後まで信じ、何も気付かず、知らないまま、衰えていきます。

だけど私はこの二人をバカにできません。

自分の姿を見るような気持ちになります。




風が吹くとき




1982年の作品と少し古く、物語では「核戦争」を取り上げていますが、
原発事故、放射能に振り回されている日本、そして、政府やテレビの言葉を純粋(?)に信じて疑わない人たちの姿そのものようです。

私も以前は、本当のことを知らず信じていた様々なことを思うと、この老夫婦ジムとヒルダのように、
「政府や報道で、何度も『問題はない。』と言ってるのだから、政府の出す対策を守ってるのだから大丈夫だろう」と思ったかも。

戦争とは違いますし、
それは放射能や原発に限りませんが。

 

誰にでも平等にお日さまの光は降り注ぐ。
空気も時間も与えられている。

同じように、

雨が降りそそぐ

風も吹く・・・。

風が吹くと、坊やもゆりかごも みな落ちる・・・。

戦争と比較するのは大げさかもしれません。
でも、

この 恐ろしい“風”はもう日本にも吹いてしまっているのです。





風が吹くとき デジタルリマスター版 [DVD]



風が吹くとき(「When The Wind Blows」)

レイモンド・ブリッグズ
イギリスの絵本作家・漫画家

作品:
「さむがりやのサンタ」(福音館書店刊)「ゆきだるま」(評論社刊)で
フランシス・ウィリアムズ・イラストレーション賞を受賞。
「スノーマン」「さむがりやのサンタ」など多数。

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マッケンジーダーンのメジャーMMAデビュー

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ホリオングレイシー派ヒーロンヘナーグレイシー柔術門下黒帯の常勝無敗のイケメンメジャーMMAプロプレイヤーにしてミクストマーシャルアーティスト ブライアンオルテガ

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https://www.mma-core.com/videos/Corner_Audio_of_Brian_Ortega_vs_Frankie_Edgar_UFC_222_Full_Fight/10211189

https://www.mma-core.com/videos/Brian_Ortega_vs_Renato_Moicano_Full_Fight_UFC_214_Part_1/10186595

https://www.mma-core.com/videos/Renato_Moicano_vs_Brian_Ortega_Full_Fight_UFC_214_Part_2/10186596

https://www.mma-core.com/videos/Ortega_vs_Moicano_Full_Fight_UFC_214_Part_3/10186597

https://www.mma-core.com/videos/Cub_Swanson_vs_Brian_Ortega_Full_Fight_UFC_Fight_Night_123_Part_1/10203468

https://www.mma-core.com/videos/Swanson_vs_Ortega_Full_Fight_UFC_Fight_Night_123_Part_2/10203469

https://www.mma-core.com/videos/Brian_Ortega_vs_Cub_Swanson_Full_Fight_UFC_Fight_Night_123_Part_3/10203470

https://www.mma-core.com/videos/Ortega_vs_Swanson_Full_Fight_UFC_Fight_Night_123_Part_4/10203471

https://www.mma-core.com/videos/Brian_Ortega_vs_Clay_Guida_UFC_199_Full_Fight_Part_1/10131381

https://www.mma-core.com/videos/Brian_Ortega_vs_Clay_Guida_UFC_199_Full_Fight_Part_2/10131382

https://www.mma-core.com/videos/Brian_Ortega_vs_Clay_Guida_UFC_199_Full_Fight_Part_3/10131383

https://www.mma-core.com/videos/Diego_Brandao_vs_Brian_Ortega_Full_Fight_UFC_195_Part_1/10119173

https://www.mma-core.com/videos/Diego_Brandao_vs_Brian_Ortega_Full_Fight_UFC_195_Part_2/10119174

https://www.mma-core.com/videos/Diego_Brandao_vs_Brian_Ortega_Full_Fight_UFC_195_Part_3/10119175

https://www.mma-core.com/videos/Thiago_Tavares_vs_Brian_Ortega_UFC_Fight_Night_68_Full_Fight_Part_1/10103726

https://www.mma-core.com/videos/Thiago_Tavares_vs_Brian_Ortega_UFC_Fight_Night_68_Full_Fight_Part_2/10103727

https://www.mma-core.com/videos/Thiago_Tavares_vs_Brian_Ortega_UFC_Fight_Night_68_Full_Fight_Part_3/10103728











https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%AC

ブライアン・オルテガ





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ブライアン・オルテガ


基本情報


本名
ブライアン・マーティン・オルテガ
(Brian Martin Ortega)

通称
Tシティ (T-City)

国籍
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

生年月日
1991年2月21日(27歳)[1]

出身地
カリフォルニア州ロサンゼルス[1]

所属
グレイシー柔術アカデミー
ブラック・ハウス
ブラックベルト・サーフィン

身長
172cm

体重
65kg

リーチ
175cm

階級
フェザー級

バックボーン
ブラジリアン柔術
テンプレートを表示

ブライアン・オルテガ(Brian Ortega、1991年2月21日 - )は、アメリカ合衆国の男性総合格闘家。カリフォルニア州ロサンゼルス出身。グレイシー柔術アカデミー/ブラック・ハウス/ブラックベルト・サーフィン所属。UFC世界フェザー級ランキング3位。元RFAフェザー級王者。



目次 [非表示]
1 来歴 1.1 UFC

2 ファイトスタイル
3 人物・エピソード
4 戦績
5 獲得タイトル
6 表彰
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク


来歴[編集]

13歳の時からカリフォルニア州トーランスのグレイシー柔術アカデミーに通い、ホリオン・グレイシーの息子であるヘナー・グレイシーの指導を受けた[2]。15歳になるとアマチュア総合格闘技の試合に出場するようになり、2010年にプロデビューを果たした[1][2]。

2013年12月、ヘナーよりグレイシー柔術黒帯を授与された[3]。

2014年1月24日、RFAフェザー級王座決定戦でキオニ・コクと対戦し、2-1の判定勝ちを収め王座獲得に成功した[4]。

UFC[編集]

2014年7月26日、UFC初参戦となったUFC on FOX 12でマイク・デ・ラ・トーレと対戦し、リアネイキドチョークで一本勝ち。試合後の薬物検査でドロスタノロンの陽性反応が検出されたため、カリフォルニア州アスレチック・コミッションから9か月間の出場停止処分を受け、試合結果もノーコンテストに変更された[5]。

2015年6月6日、UFC Fight Night: Boetsch vs. Hendersonでチアゴ・タバレスと対戦し、マウントパンチでTKO勝ち。ファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

2016年6月4日、UFC 199でクレイ・グイダと対戦し、右膝蹴りでKO勝ちを収めた。

2017年7月29日、UFC 214にてフェザー級ランキング9位で同じく無敗のヘナート・モイカノと対戦。3Rギロチンチョークで一本勝ち。ファイト・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

2017年12月9日、UFC Fight Night 123: Swanson vs. Ortegaでフェザー級ランキング4位のカブ・スワンソンと対戦し、ギロチンチョークで一本勝ち。ファイト・オブ・ザ・ナイトとパフォーマンス・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

2018年3月3日、UFC 222でフェザー級ランキング2位のフランキー・エドガーと対戦し、右アッパーでKO勝ち。パフォーマンス・オブ・ザ・ナイトを受賞した。

ファイトスタイル[編集]

『Tシティ』というニックネームの由来となった三角絞めをはじめ、多彩な柔術の技術を駆使して一本勝ちを狙うスタイルのファイターである[2]。「サイドマウントを取られても、アームロックを取られなければいい」「僕はポイントでなくサブミットを狙う。それが本当の柔術なんだ」と本人が語っているように、現代MMAでは珍しくグラウンドの攻防で相手の下になることも厭わない[2]。一方で柔術を活かすために打撃のトレーニングも積んでおり、巧みなボクシングテクニックで相手を追い詰め、ダメージを蓄積させてからフィニッシュに持ち込む展開を得意としている[2][6]。

人物・エピソード[編集]
もとはとてもシャイな性格で柔術を始めてから最初の5年間は、ほとんど誰とも喋らなかった(現在はそうでもない)[7]。

戦績[編集]



総合格闘技 戦績

15 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
14 勝 3 7 4 0 0 1
0 敗 0 0 0 0

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
○ フランキー・エドガー 1R 4:44 KO(右アッパー→パウンド) UFC 222: Cyborg vs. Kunitskaya 2018年3月3日
○ カブ・スワンソン 2R 3:22 ギロチンチョーク UFC Fight Night 123: Swanson vs. Ortega 2017年12月9日
○ ヘナート・モイカノ 3R 2:59 ギロチンチョーク UFC 214: Cormier vs. Jones 2 2017年7月29日
○ クレイ・グイダ 3R 4:40 KO(右膝蹴り) UFC 199: Rockhold vs. Bisping 2 2016年6月4日
○ ディエゴ・ブランダオン 3R 1:37 三角絞め UFC 195: Lawler vs. Condit 2016年1月2日
○ チアゴ・タバレス 3R 4:10 TKO(マウントパンチ) UFC Fight Night: Boetsch vs. Henderson 2015年6月6日
- マイク・デ・ラ・トーレ ノーコンテスト(薬物検査失格) UFC on FOX 12: Lawler vs. Brown 2014年7月26日
○ キオニ・コク 5分5R終了 判定2-1 RFA 12: Oretga vs. Koch
【RFAフェザー級王座決定戦】 2014年1月24日
○ ジョーダン・リナルディ 3R 2:29 三角絞め RFA 9: Munhoz vs. Curran 2013年8月16日
○ トーマス・ギーモン 1R 4:02 三角絞め Respect in the Cage
【RTCフェザー級タイトルマッチ】 2013年5月4日
○ カルロス・ガルセス 5分5R終了 判定3-0 Respect in the Cage
【RTCフェザー級王座決定戦】 2011年3月12日
○ クリス・メルカド 5分3R終了 判定3-0 Respect in the Cage 2011年1月15日
○ ヴィンセント・マルティネス 1R 1:54 リアネイキドチョーク Respect in the Cage 2010年7月24日
○ ブレイディ・ハリソン 3分3R終了 判定3-0 Gladiator Challenge: Bad Behavior 2010年6月27日
○ ジョン・サクソン 1R 1:48 三角絞め Gladiator Challenge: Maximum Force 2010年4月25日

獲得タイトル[編集]
RTCフェザー級王座(2011年)
第3代RFAフェザー級王座(2014年)

表彰[編集]
グレイシー柔術 黒帯
UFC ファイト・オブ・ザ・ナイト(3回)
UFC パフォーマンス・オブ・ザ・ナイト(2回)

脚注[編集]

1.^ a b c ブライアン・オルテガ UFC公式サイト
2.^ a b c d e 【Gray-hairchives】─04─Aug 23th 2013 Brian Ortega 2017年12月13日
3.^ Certified Belt Holders - List by Training Center Gracie Academy公式サイト
4.^ 【RFA12】オルテガ、トップより極め。my way貫きベルト奪取 MMAPLANET 2014年1月25日
5.^ ブライアン・オルテガに関するズッファの公式声明 UFC公式サイト 2014年8月24日
6.^ 【UFN123】護身MMA=ブライアン・オルテガが、ファザー級の生き字引=カブ・スワンソンと対戦 MMAPLANET 2017年12月8日
7.^ グレイシー柔術のブライアン・オルテガ Acai Cafe アサイーと柔術のある暮らし 2013年8月23日

関連項目[編集]
男子総合格闘家一覧
RFA王者一覧
UFC選手一覧

外部リンク[編集]
Brian Ortega - Facebook
Brian Ortega (@BrianTcity) - Twitter
Brian Ortega (briantcity) - Instagram
UFC 選手データ
MMAjunkie 選手データ

ブライアン・オルテガ - SHERDOGのプロフィール (英語) ウィキデータを編集




カテゴリ: アメリカ合衆国の総合格闘家
アメリカ合衆国のドーピング違反選手
メキシコ系アメリカ人
ロサンゼルス出身の人物
1991年生
存命人物

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871289

2013.08.23 Friday

グレイシー柔術のブライアン・オルテガ


この間の8月16日、うちの近くでRFAというMMAの大会が行われたのですが、家の近所やら出かける先の電柱なんかにこの(↓)ポスターがたくさん貼ってあって、「あ、ケビン・ケーシーだ」みたいな(笑)



ケビン・ケーシーはご存知ヒクソンの黒帯で、何かと悪名高いですが(笑)、TUF(The Ultimate Fighter リアリティショー)にも出ました(試合はひどかったですが)

このRFA9では判定勝ちしたそうです。

まあケビン・ケーシーはどうでもよかったのですが(笑)、もう一人出た人を見に行きたかった!

それはブライアン・オルテガ。


(↑体といい、構えといい、ニック・ディアスみたい)

MMAに出場する時はBlack House MMAで出場ですが、グレイシー柔術の茶帯でヘナーやヒーロンとトレーニングしており、彼自身もグレイシーアカデミーの指導者でもあります。

ブライアンは12歳の時に、自分より体が大きく強健な相手と喧嘩になり負けてしまいました。

UFCでホイス・グレイシーの活躍を見たブライアンの父親は、ブライアンが自分に自信が持てるよう、そしてセルフディフェンスの技術を習得させるために、グレイシーアカデミーに入会させました。

が、ブライアンはもともととてもシャイで、グレイシーアカデミーで練習を始めてからも、最初の5年間(!)はほとんど口を利くことがなく・・・

それが今日では性格も大きく変わって社交的。グレイシーアカデミーのいい先生である上、無敗(MMAの戦績は7勝0敗)のMMAファイターでもあります。

今回のRFAではトライアングルで勝利。

ブライアンの今後の活躍に期待するとともに、ブライアンの人生を変えた子供のクラスにも更に興味が出てきます。

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871357

2014.01.11 Saturday

ホリオン様&ブライアン・オルテガ


本日1月10日(アメリカは10日です)はホリオン・グレイシーの62歳の誕生日だそうです。

写真がアップされてたのですが、これ↓


子供達、あまりに今と同じ顔でびっくりしちゃいました!(笑)

それにしてもホリオン様は62歳であの体かぁ・・・すごいわ~。


そして同じくグレイシーアカデミーで柔術トレーニング&指導しているMMAファイターのブライアン・オルテガ。

黒帯になったそうです!



私が去年エリオ・グレイシー生誕100周年100分スパーに行ったとき、一番最初にスパーに声かけてくれたのがブライアン・オルテガでしたが(スパーしてる相手が誰か気づいてなかった私、爆)、この人は「普段シャイで無口だけど、時々はにかんで笑う」というのが、女心をくすぐるタイプだろうな~と思いました(って、そんなこと全く誰も聞いてないし! グレイシー柔術でMMAを戦ってる選手のテクニックとかの話はないのか!? ま、アサイーカフェだからということで、笑)

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871777

2016.09.20 Tuesday

ブライアン・オルテガ ヒーロンにやられた!


数日前、グレイシーアカデミー所属のUFCファイター、ブライアン・オルテガがトレーニング中に怪我をし、9か月~12か月欠場ということになってしまいました。



ブライアン・オルテガはいつもヘナーと練習しているそうなのですが、その時はヒーロンと練習。

顔面を殴りあう激しいスパーだったらしく、ブライアン・オルテガが下、ヒーロンが上という状況で、お互い殴りあっていました。

それがだんだんヒートアップし、見ていた人は「これはもうトレーニングではない」と思ったそうな。

そして4ラウンド目、ヒーロンがオルテガの腕を取りました。

キムラのようなダブルジョイントのアームロックのような技からオルテガは逃げようとしたのですが、逃げられずに腕が壊れてしまいました。

スパーを即中止し、外れた関節はすぐに戻ったらしいのですが、怪我は怪我。

同じくそこにいた人の話によると、「いつものヘナーとブライアンのスパーとは違い、ヒーロンとブライアンはとてもヒートアップしていた」そうで、その人が止めに入ろうとした瞬間にオルテガの腕の関節が外れてしまったそうです。

オルテガは10月1日にUFC Fight Night 96に出場することが決まっていましたが、残念ながら欠場する羽目に。

なんたって復帰まで9か月~12か月ということですからね。

それにしてもヒーロン、「Keep it Playful」じゃなくて、そのコインの裏面(か表面かわかりませんが)である「Keep it Real」が出たんですね~!

http://cafe.quietwarriors.com/?cid=113132018.03.08 Thursday

フランキー・エドガーをKOしたブライアン・オルテガが子供達に柔術を・・・



UFC222はメガチンことマッケンジー・ダーンのUFCデビューということで必見だったのですが、メインはサイボーグのタイトル防衛戦。



でもサイボーグなんて勝つに決まってるし、メインといっても注目するようなものではない(ですよね?)



何よりも見たいのは、準メインであるブライアン・オルテガの試合。



前回のUFCであのカブ・スワンソンからタップを奪ったことで衝撃を受けましたが、今回の相手はフランキー・エドガー!



カブ・スワンソンの時でも、いや、ブライアン応援してるけどさすがに無理でしょ、と思っていたらあんな結果。



でも今回はフランキー・エドガー。



カブ・スワンソンの比じゃない。 と思っていたのに、なんと柔術技すら使わず、グランドに行かず、肘が完璧に入ったと思ったら最後はアッパーでKOしてしまった!













試合動画はこちら↓







ブライアン・オルテガって、まだ20代なのにノッてるMMA選手のイケイケ感(←死語連発w)とかまったくなくて、試合運びも冷静沈着で、見ているこちらが「どうしてそんなに落ち着いてるの?」と言いたくなるような。



メンタルのトレーニングも相当やってるんでしょうかね。



いずれにしても、昔はとてもナイスな人なんだけどカッコよくないのが問題だなーと勝手に自分の好みで判断しておりましたが、ここまで登りつめてくると見た目までやっぱりカッコよくなっていきますね。アイドルの進化を見ているようだ(笑)



髪型だって、こんな編み込みにしちゃって、サイボーグの編み込みよりも全然カッコ良かったわ!w



↓試合時の髪





(mmaweekly.com)



↓計量時の髪



(cetusnews.com)



↓ついでに計量時のサイボーグ



(cetusnews.com)



なんだか比べるものじゃないという気がしないでもないですが(笑)





さて、そんなブライアン・オルテガですが(前置き長すぎ!)、



子供達に奨学金を渡して1年間柔術を受けさせる財団、ブライアン・オルテガ・ファンデーションを設立しました!



こちら(グレイシー柔術のブライアン・オルテガ)に昔書いてますが、 ブライアン・オルテガは12歳の時に喧嘩に負けたのがきっかけで、父親が息子がが自分に自信が持てるよう、そしてセルフディフェンスの技術を習得させるために、グレイシーアカデミーに入会させました。



が、ブライアンはもともととてもシャイで、グレイシーアカデミーで練習を始めてからも、最初の5年間(!)はほとんど口を利くことがなかったそうです。



5年間ほとんど口利かないぐらいシャイってすごいですよね。



そんな彼が今やもうUFCフェザー級の王者に手が届こうとしている・・・



すごいことです。



グレイシー柔術の子供クラスで救われた彼だからこそ、こういう基金を作ったのでしょうね。



それにしてもいろいろやっていろいろ成し遂げた後にそういうことをやろうと思うならわかるのですが、今これから有名になっていくという時、まだ20代なのにそういうことを考えてるのが、本当に尊敬。



ということで、なんだか長くなってしまったので、Brigan Ortega Foundationについて詳しくは次回!

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871462

2014.08.27 Wednesday

柔術家達がUFCで続々と薬物検査陽性


グレイシー・アカデミー所属のMMAファイター、ブライアン・オルテガがこの間UFCデビューを果たし、スタンディングRNCで勝利を飾ったのですが、その後の薬物検査で陽性という結果が出ました。

そのニュースが出た時、アンチ・グレイシーがここぞとばかりいろんなことを言ったのですが、(「これぞグレイシーダイエット!」とか「次回のGracie Breakdownが楽しみだな~」とか、笑)、ブライアン・オルテガは潔く過ちを認めました。

そのコメントがこちら↓

「UFCデビューに際し、僕は禁止されいてる薬物Drostanoloneを使用しました。それは無責任な行動であり、一生後悔するでしょう。僕の家族、友人、ファンの皆様、UFC、そして僕の自分本位な行為に悪影響を受けたすべての方々にお詫びします。僕のコーチたちはこれに関して一切関知していませんでした。そして僕が自分を信じている以上に僕を信じてくれていた人達の信頼を裏切ってしまったことを恥ずかしく思います。今後は僕がしたような方法で自分自身に負けるより、フェアな試合で対戦相手に負けることを選びます」

このブライアン・オルテガの発言に対し、コーチの一人であるヘナー・グレイシーはこうコメントしています。

「僕のベストフレンドであり、熱心な生徒であるブライアン・オルテガのニュースを聞いて、とても悲しく思います。彼は間違った決定をし、その結果に苦しむことになるでしょう。ひとつわかっているのは、我々は皆間違いをおかします。しかしその後にどう行動するかでその人の本質がわかるのです」



アメリカは間違いを認めて反省し、そこから這い上がる人が大好きなので、このブライアン・オルテガのコメントに対して熱い声援がたくさん。

私も個人的にブライアン・オルテガが結構好きだったので、この薬物使用のニュースはショックでしたが、これだけみんながみんな使用しているのに使用せずにどうやって勝つ?ぐらいになっているから、それを潔く認めてあのようなコメントを出したブライアン・オルテガ、やっぱり好きだなぁ~。ブライアン・オルテガはグレイシーアカデミーでキッズクラスを教えたりしているらしいので、薬物使用の責任は重大。今後のブライアン・オルテガに期待したいですね!

ちなみにブライアン・オルテガは罰金2500ドル、9か月の出場停止、99秒のサブミッション勝利はノーコンテストとなりました。

ちなみにちなみにこの物質drostanoloneは、同じくこの間UFC175に出場したヒクソンの黒帯、ケビン・ケーシーからも検出されています。ケビン・ケーシーもそのUFC175の後、謝罪の声明を出していますが、まったく興味のない選手なので書いてませんでした(爆)

ちなみにちなみにちなみに、ロバート・ドライズデールもUFCの後の薬物検査で2度までも陽性になり、その後はどうなったんでしたっけ?

ということで、秒殺したり、ばっちり一本勝ちしても、その後のテストで陽性になってしまう柔術家達。悲し~。。。


●アサイーカフェでブライアン・オルテガについて書いたのは以下です。

グレイシー柔術のブライアン・オルテガ
エリオ生誕100周年100分スパーリング
ホリオン様&ブライアン・オルテガ

今見返してみて、私のこの時の怪我、まだ治ってない~!そして、この時も「ケビン・ケーシーはどうでもいい」とか失礼なこと書いてる~!(爆)

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=872085

2018.03.09 Friday

ブライアン・オルテガ財団とは & ヘナー・グレイシーとの美しき師弟関係



昨日書いた「ブライアン・オルテガ財団」について。



13歳の時にグレイシーアカデミーで柔術を始めたブライアン・オルテガ。







セルフディフェンスを学んで面倒なことに巻き込まれないようにと、父親が息子をグレイシーアカデミーに入れました。



ブライアンは柔術が大好きになったのですが(←5年間ほとんど喋らなかったにしても、笑)、1年後、なんと月謝が払えないことになってしまいました。



払えないから息子をやめさせなければならなくなったと、父親がインストラクターであったヘナー・グレイシーに話しました。



するとヘナーは、、、





「心配しなくてもいい」





と言ったのです!







それでブライアン・オルテガの人生が変わりました。



その時からブライアンはアカデミーのためにできるだけのことをしました。



マットの掃除はもちろん、ヘナーのクラスも手伝ったりと、ありとあらゆることをしました。



ブライアンが育ったのはあまりよくないエリアで、ネガティブなエネルギーが充満しており、何年もの間グレイシーアカデミーだけが安全な場所でした。



グレイシーアカデミーというポジティブな避難場所がなかったら、きっと今頃死んでいるか刑務所の中だった、と本人は言っています。



「僕自身は柔術の旅を通してUFCに行くことになりましたが、柔術の美点を享受するためにプロにならなければならないわけではありません。



柔術がもたらす規律、尊敬、自信、倫理、ポジティブなロールモデルは成功への基礎となりますが、それは十分なものを得られていない所に属する子供達にとっては手が届かないものなのです。



そういった子供達の可能性を最大限にして、この世界をより良いところにするために、ブライアン・オルテガ財団を作りました」



とのこと。



ということで、ヘナーとブライアンの美しき師弟関係(涙)なのですが、、、









「ブライアン・オルテガ財団」とは実際どんなものなのでしょうか?



それは、子供たちが、ブライアン・オルテガが指導するグレイシーユニバーシティ本部を含め、世界中のどこの認可グレイシー柔術トレーニングセンターでも1年間トレーニングできる奨学金制度のこと。



将来的には奨学金の範囲を広げていくつもりだそうですが、現在のところ奨学金を受けるためには、以下に当てはまっていることが条件。



・6歳から16歳であること

・CTC(認可トレーニングセンター)の近くに住んでいること

・CTCに通える交通手段があること(車、バス、自転車など)



ということで、柔術に人生を救われたブライアン・オルテガが、自分と同じように難しい境遇にいる子供たちを助けたいとの思いで作った財団なのでした。











ブライアン・オルテガ、かっこよすぎるわ!!!







今日の記事、自分で書いて勝手に感動している私でしたw

http://mmaplanet.jp/74416

【Gray-hairchives】─04─Aug 23th 2013 Brian Ortega


2017.12.13
Gray-hairchives
Interview
.ブライアン・オルテガ
..



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Brian Ortega【写真】RFAで活躍中、キャリア7連勝中でグレイシー柔術茶帯だった頃のブライアン・オルテガ。彼自身はキッズクラスの指導をしていた。この約4カ月後に黒帯になっている(C)MMAPLANET

1995年1月にスタートを切った記者生活。基礎を作ってくれた格闘技通信、足枷を外してくらたゴング格闘技──両誌ともなくなった。そこで、海外取材のうち半分以上の経費は自分が支払っていたような取材(いってみれば問題なく権利は自分にあるだろうという記事)から、最近の時事に登場してくるファイターの過去を遡ってみようかと思う。

題してGray-hairchives。第4弾はGONG格闘技258号より、ブライアン・オルテガのインタビューを、まず後記から振り返りたい。

【後記】
9日のUFN123でカブ・スワンソンをギロチンチョークで下したブライアン・オルテガ。グレイシー柔術アカデミー所属のMMAファイターは実は相当少なく、UFCへの登竜門で練習帳だった彼のインタビューをヘナー・グレイシーにお願いしてトーランスのグレイシー柔術アカデミーで行った。現代MMAには勝利のセオリーが存在している。そして柔術を駆使してサブミッションでの一本という戦い方の需要は多くない。ガードワーク、判定負けを恐れず打撃戦を経て一本を狙うオルテガが、そのファイターとして──いや、柔術家としてのアイデンティティはこの頃から既に確立していた。

T-city、飛びつき三角を得意としているオルテガにつけられた愛称も、今やSubmissionのSを取ってS-cityと名乗っても良いほどに。オクタゴン切ってのフィニッシャーが22歳の時に語っていた柔術&MMA観とは。








■『皆、「柔術は必要ない」と言いながら、柔術の練習をしている』

──MMAもしくは柔術を始めたきっかけを教えてもらえますか。

「僕が柔術を始めたのは13歳のとき、15歳で初めてケージファイトを経験した。柔術を始めた理由は、ストリートファイトばかりやって、顔が傷だらけになっている僕を見て、父が柔術のトレーニングをすることを勧めたんだ。僕は体が小さかったからね。ホイス・グレイシーが大きな相手をチョークで仕留めている試合の映像を見て、『これだ。これをやればボコボコにされることはない』って言って、僕をグレイシー・アカデミーに連れてきたんだよ」

──お父さんは、喧嘩をすることを辞めるようにいうのではなくて、柔術を習って勝てという考えだったのですか。

「ノーノー。セルフディフェンスを学べってことだったんだよ。中学生の僕がハイスクールに通っている大きな連中に喧嘩を吹っかけられ、青タンができるまで殴られるのを見てしまったんだ。16歳を相手にして、僕は殴ることができたけど、掴まれて倒され、そこから殴られ続けてしまってね。喧嘩はすべきじゃない。でも、避けられないなら自分の身を守る術を習おうというのが父の考えだった」

──もともとグレイシー・アカデミーの近くに住んでいたのですか。

「サンペドロに住んでいたけど、あの頃はもうトーランスに引っ越していた。カーソン通りにね。父はファイトに興味を持っているわけではなかったから、柔術もMMAも知らなかった。たまたま第1回UFCの映像を見たそうなんだ。父もメキシコで、若い頃は相当鳴らしたようで、ボコられないように僕には何かを狙う必要があると考えていたようだ。ちょうど、そのタイミングでホイス×シャムロックの映像を見たんだ。そして、2005年1月4日、僕は初めて柔術の練習をした」

──正確な日付まで覚えているとは驚きです。

「怖くて、好きじゃなかったからね。僕はもうムエタイの練習をしていたから、打撃が好きだったんだ。柔術は2人ともグラウンドにいて、何をやっているのか分からなかった。ヘナーがトップを取って、僕に『立ち上がれ』って言うんだ。どうすれば立ち上がることができるかなんて分かるわけがない。

そうしたらヘナーは『抑え込んで、俺を立たせないようにして』というけど、あっという間にひっくり返された(笑)。何が起ったか分からなかった。そうしたら、ヘナーは『これが柔術だ』って。あれから、今日まで毎日、少しずつ色んなことを学んできた。色んなことが分かってきて、感じたことは、柔術は美しいってことなんだ。ムエタイは大きな方が勝つ。柔術はテクニックのある方が勝つ。僕はとても小さかったから、柔術に夢中になったよ」

──ブライアンは、そんなに小さいようには見えないですよ。

「今はね。高校に入ったときは43キロしかなかったんだ。高校の間に何とか59キロぐらいまで大きくなったったけどね、高校の中でも本当に小さかったよ」

──ところで柔術を始めた2005年はTUFが始まった年ですね。

「全くUFCのことは知らなかったよ。僕がUFCを知ったのは、2006年にホイスとマット・ヒューズの試合を友人に誘われて観戦したからなんだ。そこでUFC、そしてケージファイティングが、どれだけ注目を集めているか知ったんだ。この年に初めてケージで戦った。素手、オープンハンドだったけどね。僕は15歳で体重は56キロぐらい。相手は71キロもあったよ(笑)」

──15歳で、アカデミーの指導者はケージファイトに出ることには、どのような反応でしたか。

「何も(笑)。ヘナーがコーナーについてくれて、2Rに寝技に持ち込んで三角絞めで勝った。もの凄く嬉しくて、あの試合から本格的にファイターになろうと思ったんだ」

──ホイスの時代はグレイシー柔術を知っていればMMAで勝てました。今ではガードを取ることがマイナス材料になります。それでもグレイシー柔術を武器にMMAで戦いたいと思ったのですか。

「自分への挑戦だった。MMAを戦う人間の多くが、柔術を忘れてしまっている。何よりも柔術への尊敬心を失ってしまっている。皆、『柔術は必要ない』と言いながら、柔術の練習をしている。嘘っぱちだよ。僕はグレイシー一族、そしてすべての柔術界を代表して戦っているつもりだ。柔術は僕のホームだ。ホームを代表して戦うのは、当然の話だよ」

■『必要なガードワークは、ビギナークラスから習うことができる』

──ブライアンの柔術を思う気持ちは本当に伝わってきます。ブライアンにとって柔術は、アカデミーで練習する柔術なのでしょうか。それともIBJJFの試合で見られる柔術、あるいはノーギ、MMA、メタモリスも柔術です。どの柔術がブライアンの愛する柔術なのですか。

「以前はよくトーナメントに出ていた。グレイシー・ナショナル、グレイシー・ワールドでも優勝したし、ゴールドメダルもたくさん手にしている。パンナム、ワールドにも出場しているけど、僕はやっぱりMMAが好きなんだ。よりリアルだからね。サイドマウントを取られても、アームロックを取られなければいい。そして、僕はポイントでなくサブミットを狙う。それが本当の柔術なんだ」

──サブミットをするためにはリバーサルやパスガード、トランジッションは必要だし、そこにポイントがつくのもまた一理あると思いますが。

「その通りだよ。ただ、そのポジションを取って、そこからフィニッシュを狙わない人間が多いってことなんだ。柔術の練習をしているのに、テイクダウンのポイントだけで勝とうとしている。MMAで勝てない試合をしてもしょうがないんだ。僕はフルガードからでも、MMAで勝てる。

だから、柔術でもフルガードを取る。パンチを打たれるポジションでも戦える。それがリアルな柔術だよ。今、柔術の試合に出るならメタモリス柔術が良いかな。MMAだって、本当はオールドUFCルールが最高さ。ノータイム、ノータイムリミッツ、ノーウェイト、ノールールの方がね」

──MMAもビジネスとして、生き残りを図るためにルールが設けられ、視聴者に分かりやすい戦い、そしてエキサイトしやすいファイトが必要となりました。

「エキサイティングさが欠かせないことは認めるよ。ただし、僕は柔術でアグレッシブな試合を見せたい。ガードはサバイブのためにじゃない。トップを取った相手が頭をつけて守りに入ると、僕は思い切りにエルボーを入れる。嫌がって頭を上げると、そこでサブミッションを狙う。KO勝ちは素晴らしいけど、ガードポジションの有効性だって認めさせたいんだ」

──そのMMAは10点法が採用されていますが、柔術のポイント制の戦い方のようにスコアリングを重視する向きもあります。

「ラスト10秒でテイクダウンしたものが、ポイントを取る。ジャッジがボトムポジションの有効性を理解していれば、話は違ってくるのかもしれない。でも、彼らは『あっ、背中をつけたな。これは不利なポジションだ』と今も思っている。ジャッジの技量が、MMAに適していない。結果、裁定について色々と論議が起こる。

だから、僕はジャッジに勝敗の行方を委ねたくない。結果的に委ねることになっても、最初から判定勝ちを狙った戦いなんてしたくないんだ。僕はフィニッシュを狙う。柔術のテクニックを使って」

──その柔術のテクニックだけでは、勝てないのも今のMMAです。柔術をいかすためにブライアンは、どのような技術を使い、またトレーニングをしているのですか。

「打撃は大切だ。ジェイムス・ラーセンにボクシングを習っている。僕は柔術家だから、対戦相手はグラウンドへいかずに打撃で決着をつけたいと思っている。僕はボクシングもやっているし、打撃戦でも負けない。逆に柔術家の僕から打撃を貰った相手は、毒を差されたみたいにダメージが、精神面も含め体に染み渡るんだ。

打撃で優位に立てば、柔術も楽に使えるようになる。テイクダウンが簡単になるからね。8月のRFAでは、元TUFファイター、レスリングがベースのジョーダン・リナルディと戦い、打撃で流血に追い込んだ。すると彼はテイクダウンを狙い、僕の庭のグラウンドに持ちこもうとした」

──ただし、そのテイクダウンを決められたことでジャッジはリナルディを支持していたと思われます。最後に三角絞めを極めなければ、判定負けという展開でした。

「その通りだ。彼のレスリングは僕よりずっと上だ。テイクダウンを止めることは困難を伴う。10年間、レスリングの練習を続けていた人間のテイクダウンを6週間の練習で止めることはできない。相手が自分より優っていることを認めることは簡単じゃない。でも、必要なんだ。倒して、ホールドして、細かいパンチを入れれば彼にポイントがつくことは承知している」

──そのリスクを覚悟の上で、下から狙いにいったのですか。

「今のMMAの判定基準を考えると、誰もボトムにはなりたくはない。ただ、2Rに熱くなりすぎて打撃に逸り、テイクダウンを取られてしまった。僕の打撃は大したことない、殴り負けないって試合前に言っていたから、じゃぁボクシングで勝負をつけようじゃないかって思ってしまった。結果的に柔術に救われたよ」

──見事な一本でしたが、あのままだとポイント的に不利だと思っていたのですか。

「2Rまでイーブンだけど、下にいるんだから3Rは失うと思っていたよ。起き上がりたかったけど、本当に抑えが強かった。MMAは色んなモノを摂取して、腹筋がバキバキに割れているファイターが揃っている。その点、僕は普通の体だ(笑)。ああいう風に抑えられると厳しい。ただし、そういうモノを頼って強さを手に入れたファイターは疲れるのが早い。毎日走って、ハードトレーニングをしている僕は、あの試合でも疲れていなかった。僕の方が仕込んだ弾の数が多いから、最後まで極めに行く姿勢を保てたんだ」

──仕込んだ弾が多い、良い表現ですね。これでMMAレコードが7勝0敗になりました。

「アマチュアでは11勝0敗だったんだ。ヘナー・グレイシーが、常にコーナーに控えてくれている。ヘナーは僕の兄貴のような存在さ」

──MMAを戦ううえでヘナーから学んだグレイシー柔術とブラジリアン柔術は別モノだという認識はありますか。

「ヘナーもヒーロンもバックを取られても、サイドマウントを許してもへっちゃらだ。エリオ・グレイシーからホリオン、ホリオンからヒーロン、ハレック、ヘナーに受け継がれたサバイブするという哲学が、僕を助けてくれるんだ。ボトムにいても、僕より顔を腫らし、流血に見舞われるのは対戦相手のほうだ。ジャッジは評価しないかもしれないけど、僕がボトムにいて戦いに負けることはない」

──そこはグレイシー・アカデミーの柔術家だからだと。

「柔術トーナメントで優勝している柔術家たちの柔術は、MMAでは役に立っていない。黒帯柔術家がMMAで勝てていない。パンチを視野に入れないでトレーニングをやっていれば、しょうがないよ。僕らはずっとパンチを意識して、柔術の稽古をしてきた。大きくて、重くて、強い相手があらゆる位置からパンチを狙ってくるんだ。そこで必要なガードワークは、ビギナークラスから習うことができる。僕がケージで使っている三角絞めは、ビギナークラスで習ったものだよ」

──なるほどッ。

■『僕らはストリートファイトに強いけど、トーナメントに出ると負けてしまう』

「特別な技術じゃないんだ。まずはサバイブ、ガードを開けてパンチを打たせて、トライアングルだ。仕掛けるのに適したタイミングを探ることができれば、フィニッシュ。だからエルボーを集中的に入れたんだ。頭を起こして、パンチを狙ってくるようにね。ただ、残り時間だけは気にしていたけどね」

──今、柔術をMMAで最高にうまく使いこなしているファイターは誰だと思いますか。

「グッドクエスチョン。でも、分からない。そんなファイターがいるのか。デミアン・マイア、ジャカレかな。彼らはブラジリアン柔術家だけど、パンチを意識してトレーニングしているはずだ。トーナメント柔術とファイト柔術をスイッチしないと。そして、彼らはサバイバルという面も意識している……というよりも、あのレベルの戦うのにボトムになったときに自分の身を守れないファイターが勝ち残ることはできないはずだから」

──ホジャー・グレイシーの敗北により、グレイシー性を持つファイターは、18年間オクタゴンで勝ち名乗りを受けていません。

「僕はグレイシー一族が大好きだし、ブラックハウスではホジャーとも顔を合わせている。でも、あの試合は打撃ができないと、どうなるかという典型的なパターンだった。ホジャーの敗北は僕も見たくなかった。でも、彼なら少しでも打撃が上達すれば、テイクダウンも簡単になりチョークを極めることができると思っている」

──グレイシー・アカデミー所属のブライアンですが、グレイシーバッハのグレイシーにも敬意を払っているのですね。

「ホジャーは人間的にも本当に素晴らしいし、ヘンゾは心の底から会ってみたい人物なんだ。ただ、グレイシー・アカデミーはセルフディフェンス・スクールで、グレイシーバッハはトーナメント・スクール。種類が違うんだ。ベストのトーナメント・スクールで学ぶ柔術は、MMAでは有効じゃない。僕らはストリートファイトに強いけど、トーナメントに出ると負けてしまう。チョークは取られないけど、サイドマウントは取られる(笑)。だから、どちらが良いかは人それぞれの好みだよね」

──今は確か茶帯ですよね。メタモリスには茶帯では出場できないのでしょうか。

「メタモリスには僕も出たいと思っている。そして、世界柔術の茶帯アブソルートで優勝した、あのプルーマ級の選手、名前は覚えていないけど、彼と試合がしたいんだ」

──パウロ・ミヤオですね。彼は一足先には黒帯になってしまいました。

「そうなんだ……。ヘナーには『いつになったら、黒帯を巻かせてくれる?』って尋ねたことがある。アカデミーでも、出稽古でも黒帯から幾らでもタップを奪っているからね。でも、ヘナーには『ベルトを追い求めるな。若いから、そういう気持ちになるのも理解できる。ただ、ベルトよりも柔術にフォーカスするんだ。全ては時が解決する』って言われているんだ」

──ヘナーらしい言葉ですね。

「ヘナーはこれまでも本当に僕のことを考えて助言し続けてくれた。ハイスクールのとき、何度も学校を代わらされた。喧嘩ばかりやっていたから。そうしたら、ヘナーにアカデミーを追い出されたんだ。『もう練習に来なくていい』って言われたんだ。

どうしたら良いか分からない僕に彼は『ハイスクールにちゃんと通え。卒業したら、またアカデミーに来て練習することを許す』と言葉を続けた」

──凄い、それは凄いです。

「喧嘩も悪さも全て止めたよ。僕から柔術を取ると何も残らない。ちゃんと学校に通って、授業も真面目に受けた。そうしたらテストが全てAで、スチューデント・オブ・ジ・イヤーをもらい受けた。結果、ヘナーからアカデミーに通うことを許されることになった……。ヘナーがいなければ、どうなっていたか分からない。彼は僕に違う世界を見せてくれた。そして、指導者という仕事まで与えてくれたんだ。僕の人生は柔術を学び、教えること。グレイシー柔術は僕の全て、人生だ」

──では、MMAは?

「成功を掴むためにMMAを戦っている。自分がベストファイターだと世界に証明したい。そのためにUFCでチャンピオンになる。簡単なことじゃないことは分かっている。でも、ヘナーたちとグレイシー・トレインを組んで、オクタゴンに向かいたいんだ。そのためには、どんなハードなトレーニングだって続けるよ」

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柔術黒帯世界無差別級王者ホドウフォ ヴィエイラのMMA動画






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BJJ-WAVE特別編 メンデス兄弟の道場のトップ選手だった石井拓 が語るヒクソングレイシー ヘンリーエイキンス のマーシャルアーツとしての柔術

BJJ-WAVE特別編 石井拓

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 BJJ-WAVE特別編日本で現在 現役最高峰にして世界の頂点に最も近い柔術家岩崎正寛

BJJ-WAVE特別編  岩崎正寛


サトシが世界トップに勝った時は盛り上がらなかったけど
岩崎選手が勝った今は超盛り上がっている



そら
そーでしょ

だって

サトシは日系ブラジル人であって日本人じゃない

皆 日本人が勝ったから喜んでんでしょ(汗)

けた外れに強いサトシが勝っても日本人じゃないからスルーされていたんだよ

その辺を橋本欣也さんは勘違いしているよ

俺はその辺冷静に見てしまいますね

オリンピックで日本人が勝って喜んでるアレと一緒ですよ

まぁ

俺も凄いと思うしフツーに応援はしてましたけど

ネットでのサトシとの差別待遇が見えてしまって何とも…

以下参照↓

http://datoukyoku.blog.jp/archives/23879536.html


日本人柔術家 岩崎正寛がむちゃくちゃ強い件



2018年01月24日
ブラジリアン柔術みんなの反応
. .


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469: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 0bad-resU) 2018/01/21(日) 21:40:24.46 ID:MVarU48X0

岩崎選手ナジミ撃破とかやべーな




471: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイW a33f-Su6B) 2018/01/21(日) 22:15:43.84 ID:hHjbZR250

ヨーロピアンの岩崎強すぎる




473: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイW d5b8-QV1c) 2018/01/21(日) 23:10:13.68 ID:z5u/s1Xv0

岩崎神だな



474: 名無しさん@一本勝ち (アウアウウー Sad9-sTy5) 2018/01/21(日) 23:24:48.14 ID:bHzr4IzBa

岩崎さん強すぎますわ。
仕上がってる。この勢いで
ムンジでレプリをボコッて欲しいわ。



475: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 3db8-Qbx4) 2018/01/21(日) 23:32:29.39 ID:B9rBCSFm0

本当にBJJのトップ選手ってステロイドだらけってまじなのかな?
カイオテハが言ってたよね



477: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 0bad-resU) 2018/01/21(日) 23:39:47.84 ID:MVarU48X0

>>475
ミヤオやジェフもやってたこと考えるとかなりステロイド使用者は多そうだよね・・・
ホドウフォは海外ではクロ認定だし、重量級とかはステやらないと勝ってけないんじゃね?

個人的にヒベイロ兄弟はやっていないと信じたい
Miyao-Bros



476: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 3db8-Qbx4) 2018/01/21(日) 23:39:08.59 ID:B9rBCSFm0

そんな中で勝つなて岩崎選手すごいな






478: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイW 0ba6-mp8b) 2018/01/22(月) 04:43:56.15 ID:ePwk6yYB0

岩崎さんは金払ってでも今のうちにスパー頼んだ方がいい
こっちのレベル低くても人外というのは組んだ瞬間に伝わるわ
Iwasaki3




480: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイWW c549-NRYO) 2018/01/22(月) 08:03:09.94 ID:Mo3UrmTQ0

さすがにランギには勝てなかったか




483: 名無しさん@一本勝ち (エムゾネWW FF43-mKnK) 2018/01/22(月) 10:55:30.60 ID:yGczu0XvF

岩崎を下げるつもりはないし
今回の勝利はたたえるけど
日本のトップが世界のトップに
たまに1回勝っても2回続けては勝てない
佐々もそうだったし
これが近年の日本のトップの現状




490: 名無しさん@一本勝ち (ササクッテロレ Spb1-QV1c) 2018/01/22(月) 15:54:23.72 ID:UH6cIsznp

俺は今日から、カルペリアン




492: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 0bad-resU) 2018/01/22(月) 17:37:21.53 ID:Y1YplhmU0

岩崎選手ランギにアドバン1差か・・・。ランギは余裕でボコると思ってたがベテランは強いな
しかし、もはや岩崎選手は国内最強レベルだね
レプリも少し弱くなっているし、ムンジアル優勝もいけるんじゃね?

スパーちょっとしてみたくはあるけど、質問箱見たらカルペでも一般はスパーできないみたいだから残念だわー
まぁスパーしたら秒殺されるがw



496: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 3db8-Qbx4) 2018/01/22(月) 19:23:11.23 ID:6s3QkfuE0

>>492
欄着って何歳なの?



497: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 0bad-resU) 2018/01/22(月) 19:28:46.54 ID:Y1YplhmU0

>>496
今調べたらランギ先輩は32歳でした。もっと年取ってるかと思ったw
2009~2015年あたりはガチで強かったけど、最近陰りが出てたから岩崎選手が有利と思ってた

多分、スパイダー使いかつ、担ぎパスのディフェンスに秀でるランギ先輩には相性悪いのかも。youtubeのハイライトでも担ぎを防ぎまくってるしね
ランギはThe 柔術家って感じだから好きだし応援してる



500: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイW 0ba6-mp8b) 2018/01/22(月) 23:09:12.00 ID:ePwk6yYB0

>>492
プライベートレッスン頼んでみたら??




498: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 5b6b-GP+B) 2018/01/22(月) 22:04:23.03 ID:Lsnwyh0z0

さっそくみんな岩崎のスウィープ道場でやってみるだろうけど
凡人がやると腰イワすぞあれw



499: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ eb6b-3Ttg) 2018/01/22(月) 22:07:32.29 ID:SaC91PvY0

やったけど倒立が絶対無理だったわw



501: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイW 0ba6-mp8b) 2018/01/22(月) 23:11:10.99 ID:ePwk6yYB0

俺はもっと国内の強豪に金稼いで欲しいわ
もっというとお前らも憧れの選手に金どんどん使うべき
結果的にコミュニティが活性化する

憧れの選手がいないなら別にしなくていいけどな



503: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイW 6390-G52b) 2018/01/23(火) 02:16:45.35 ID:48DbfxYs0

スーパーマッチ、サトシvs岩崎だな。
グランドインパクトさん組んでくれよ
Sekine-Satoshi





510: 名無しさん@一本勝ち (アウアウウー Sad9-vXAe) 2018/01/23(火) 12:28:56.10 ID:bXo5Sp7pa

ハーフからのスイープというか何だこれ


511: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 2395-Qbx4) 2018/01/23(火) 12:31:16.64 ID:MaoAM52x0

>>510
ワラタ
なんやこれ





513: 名無しさん@一本勝ち (ワッチョイ 5bb8-1pyd) 2018/01/23(火) 17:20:41.26 ID:XcbDxbe00

リバースからブリッジ→わかる
リバースからブリッジして後転ぽくする→わかる
リバースから側転→!!?
そもそもリバースから裾取って走って相手グシャグシャにできるからなあの人
無理やん

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サンディエゴで柔術修行したMMAプロ飯嶋貴幸のBJJ-WAVE 特別編

BJJ-WAVE 特別編 飯嶋貴幸

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ワールドキモノコレクション 柔術オンリーマガジン「Jiu Jitsu NERD」10号

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ワールドキモノコレクション World Kimono Collection
KINYA HASHIMOTO
株式会社ムンディネロ


Jiu Jitsu NERDvol.10
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橋本欽也
Jiu Jitsu NERD編集部
売り上げランキング: 45,133






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ワールドキモノコレクション




商品名:ワールドキモノコレクション World Kimono Collection

出版社: 株式会社ムンディネロ

種類:A5サイズ柔術衣コレクター本

言語:日本語

フルカラー:50ページ

価格:1,000円

商品内容:ブルテリアが15周年を記念して製作した柔術衣コレクター本。

世界一のブラジリアン柔術衣コレクター吉田氏協力の元、1990年代から2017年までに発売されたブラジリアン柔術衣の中から厳選したレアな柔術衣を159着を説明入りで収録。

商品詳細説明:

柔術プリーストにも度々登場している超絶キモノコレクターの吉田さんが集めに集めた「2000万円は下らない!」といわれるコレクションを中心に、159着のキモノを厳選して紹介したコレクター本です。

紹介されているキモノはブルテリアの1stモデルに始まり、90年代の柔術黎明期に登場したブランドの数々、ミズノが手がけたヒクソングレイシーのシグネイチャーモデルに代表される選手モノ、

現在の柔術界を牽引するビッグブランド、フィリピン、中国、ロシアといった各国のレアキモノ……と多種多彩! 

橋本欽也氏による解説付きで、リリースのタイミングやブランドの創生秘話、着用した選手の豆知識、キモノの売れ行きなど、コアな情報が詰まりに詰まっています。

昔から柔術に携わられている方には懐かしさ満載、柔術歴が浅い方でも、キモノを通して柔術の歴史や変遷にも触れられ楽しめる内容となっております。

本書で紹介されているコレクションは吉田氏のコレクションの氷山の一角。本書の売れ行き次第では続編の刊行もあるかもしれません。

着物コレクター吉田氏、橋本欽也氏、そしてムンディネロ代表の坂本氏による、キモノ愛が語られたコラムも必読です!


ワールドキモノコレクション
ワールドキモノコレクション





商品番号 bj-999
商品名 ワールドキモノコレクション
定価 1,000円
販売価格 1,000円
税別価格 926円
メーカー
送料区分 送料別
配送タイプ 指定なし
在庫

http://www.b-j-j.com/143_15603.html




100% 柔術オンリーマガジン「Jiu Jitsu NERD」10号




『Jiu Jitsu NERD Vol.10』



出版社: JIU-JITSU NERD 編集部

種類:小冊子

言語:日本語

フルカラー:64ページ

価格:700円

コンテンツ:

<インタビュー>

アンドレ・ガウヴァオン

ゴードン・ライアン

JTトーレス

パウロ・ミヤオ

<大会レポート>

ムンジアル

ワールドマスター

SJJIFワールド

その他国内外大会多数

<特集>

2017年10大ニュース&BJJ AWARD選考座談会

柔術ナードVOL10紹介映像はこちら




100% 柔術オンリーマガジン「Jiu Jitsu NERD」10号
100% 柔術オンリーマガジン「Jiu Jitsu NERD」10号





商品番号 vb-810
商品名 100% 柔術オンリーマガジン「Jiu Jitsu NERD」10号
定価 700円
販売価格 700円
税別価格 648円
メーカー
送料区分 送料別
配送タイプ 指定なし
在庫

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柔術プリースト 319

Jiu Jitsu Priest #319

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柔術プリースト 318

Jiu Jitsu Priest #318

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桜庭和志 ビルロビンソン 木村政彦 のキムラロック ダブルリストロックについて語る

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http://spice.eplus.jp/articles/177138


桜庭和志インタビュー 打撃禁止の組み技限定イベント「QUINTET」を始動した目的 そしてUFC殿堂入りと木村政彦を語る



インタビュー

スポーツ


2018.3.8

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桜庭和志
桜庭和志

画像を全て表示(16件)


4月11日、両国国技館大会より始動する、桜庭和志プロデュースの新格闘技イベント『QUINTET』(クインテット)。打撃を禁止した組み技限定のグラップリングルールで争われ、4月の大会では4チーム参加の1DAYトーナメントが開催される。大会方式は5vs5の勝ち抜き戦で、1チームの総体重は420kg以内。桜庭率いる「HALEO Dream Team」には元UFC王者のジョシュ・バーネットや所英男らが所属し、他チームからは柔道金メダリストの石井慧や宇野薫、ユン・ドンシクも参戦する。同イベントの始動を目前に控え、今回はプロデューサー兼選手を務める桜庭和志にインタビューを敢行した。……が、貴重な機会だ。イベントについてだけでなく、昨年のUFC殿堂入り、UWF、昨年のフランク・シャムロック戦、はたまた最近の趣味についてなど聞きたいことを根こそぎ掘り起こしてみた。脱線しまくり、1万字超えのロングインタビューである。


桜庭和志
桜庭和志



――「QUINTET(クインテット)」というグラップリングのみのイベントを立ち上げたきっかけを教えてください。

2014年にアメリカの「Metamoris(メタモリス)」という柔術の大会でヘンゾ(・グレイシー)と闘ったんですけど、盛り上がりが凄かったんです。ちょっと前は寝技になると伝わらなかったのが、今はみんな少しずつ分かり始めているというか。ちょっと横のポジション取ると「オーッ!」って盛り上がったりしたんで「これは、そろそろグラップリングだけの大会できるかな?」と思って。

――UFCがお客さんを育てた部分もあるんでしょうか?

そうですね。でも、金網とか“壁” (金網やロープなど)があるとテイクダウンするのって難しいんですよ。レスリングとか柔道は“壁”がないじゃないですか。“壁”があると足2本だけじゃなく背中でもバランスが取れるから、壁際でタックルが入ってもなかなか倒れないんです。でも、Metamorisは柔道とかレスリングみたいに壁無しでやってて。

――QUINTETは、どういうシチュエーションで闘うことになるんでしょうか?

QUINTETも壁無しです。「”壁”が存在するとテイクダウンが違う技術になっちゃう」と思ってて、実際に”壁”が無いMetamorisを経験したら「やっぱりそうだよな」と思ったので。

――今、思い出しました。壁のある試合といえば、「桜庭和志vsレネ・ローゼ」というのが過去にありましたね(笑)。

あぁ~、もう! あれはひどかったっすね。倒しても倒しても、相手は2メートルもあるから寝たら手がロープに届いて。「これ、どうしたらいいんだろう!」と思って(苦笑)。


桜庭和志
桜庭和志

――そういった歴史もありつつ、そろそろ日本の格闘技も変革期に来ている感があります。あと、QUINTETは日本だけじゃなく世界も視野に入れていると伺いました。

そうですね。元々、最初はアメリカでやろうと思ってたんですけど。

――旗揚げ戦からですか?

そうですね。アメリカのUFCも協力してくれる感じで。

――協力というのは選手の派遣とか?

はい。あと、会場の抑えとかも。そういうのがあって、まずはアメリカの寝技を分かっている人たちの前でやろうということも考えていました。あと、イギリスにはポラリスという柔術の大会があって柔術の競技者人口が多いので、向こうでもやろうと考えています。

――ちなみに、「QUINTET」ってどういう意味なんですか?

5人組とか、そういう意味です。

――1チーム5人の対抗戦ということでゲーム性があってすごくワクワクするんですけども、このシステムは桜庭さんが考案されたんですか?

いっ、一応……(笑)。


桜庭和志
桜庭和志

――そんな、恐縮しないでも(笑)。

ワンマッチって、普通にどこでもあるじゃないですか。僕はレスリングで団体戦もやってたんですけど、団体戦と個人競技には違う意味があって。団体で勝った方が嬉しさも全然違いますし、負けた悔しさも全然違うんで。

――団体戦の方が喜びも悔しさも大きいですか?

はい、全然違いますね。高校時代、秋田商業でインターハイの団体戦決勝に行って、僕が負けてウチのチームの敗退が決定しました。その時はボロ泣きですよ(笑)。

――そんなことがありましたか。

僕一人の負けじゃなくて、チームの負けなんですよ。あの時は7階級制で、4人負けちゃったらダメで。僕が出るまで、ウチが2人勝って3人負けてたんです。僕が勝てば3対3になって面白くなるはずだったんですけど、負けちゃって。

――おいしいところで、みたいな(苦笑)。そこで負けてしまい、悔いは残りましたか?

まあね(笑)。


桜庭和志
桜庭和志

――ちなみに、団体戦とワンマッチでは闘い方が変わってきますか?

QUINTETのシステムだとちょっとだけ変わってきますね。今回は先鋒とか次鋒とかを決めて、勝ったらそのまま試合し続ける“勝ち抜き戦”になるので。

――QUINTETのルールは1チームの合計が420kg以内と定められています。ということは極端な話、70kgの選手と110kgの選手が戦う可能性も出てくるという。

体重制限を設けない無差別にしちゃうと大きい選手ばかりになっちゃうんで、そうなると所(英男)くんみたいな面白い試合する子でも軽いとチームから外されちゃうじゃないですか。だから、総体重決めちゃった方がいいかなと思って。

――そうすると、組み合わせの妙も出てきますよね。

例えば100kgの奴が2人いてもいいけど、残りは60~70kgの選手になるから「お前ら、アホか」って感じで(笑)。

――100kg頼みのチーム、あり得ますね(笑)。昨年のUFC殿堂入りスピーチで「プロレスで育った僕にとって体重差は当たり前で、大きい選手と小さい選手が闘うのはお客さんを楽しませるギミックとしか考えていませんでした」と桜庭さんは仰っていましたが、その考えもQUINTETのルールに影響していますか?

それもありますね。レスリング時代は階級制をやってたんですけど、その後にプロレスラーになって。プロレスは、ヘビーとジュニアしかないじゃないですか。僕は全然重い方じゃないですけど「重い奴とやるのなんか当たり前だ」という気持ちでやってたんで、そういう考えも入れ込みました。

――プロレスラーならではの感覚ですよね。Uインター時代は、練習でも体重差を気にせずスパーリングされていたんですか?

Uインターは体重差関係ないです。あと、軽い階級とやったら動きが速いんで技がかからなかったり。片足タックル取って軸足を足払いするんですけど、2個下くらいの階級だと“ピョン!”ってかわすんですよ。「ムカつくなあ~」って(笑)。

――あのタックルをかわすなんて想像できないです! そう考えると、体重の軽い所選手も持ち味を発揮できる目がありますね。

もしも、所くんが100kgの相手とやったらキツいだろうけども。彼には「2回勝てばいいよ、2回!」って言ってあります。

――所選手が舞の海みたいに思えてきましたよ(笑)。

格闘技は「小さい奴が大きい奴を倒す」というのが面白いと思うし、関節技って元々は小っちゃい日本人が大っきい外国人を倒すためにできたものだと思うんですよ。柔道とかもそうですし。そういう意味で、わざと体重差を作っちゃった方が。

――なるほど、わざとミスマッチを作るためのシステムなんですね。

そうですね。僕が85kgくらいあるんで、それを基本にして5人分で総体重420kgにしたんですよ。

――標準的な体重が桜庭さんのサイズで。

そう、僕が勝手に(笑)。「俺がやるから俺を平均に」って。

――「小さい者が大きい者を倒すのが格闘技の醍醐味だ」と桜庭さんは一貫して仰られていますけど、かつて、桜庭さんに「ヒョードルとやってくれ」というオファーが来たと伺いました(笑)。

あぁ~、あります!

――ムチャクチャな話ですよね(笑)。

さすがに、打撃ありだとキツいっすね~。打撃ありだとセーム・シュルトに勝てねえよって思うし(笑)。あんな懐深い奴に、どうやって入っていくんだよ!? って話ですよね。打撃をポンポンポンって出して前蹴りをチョンチョンチョンって出して、離れてれば。身長も2m10cmくらいあるんですよね? そんな手の長い奴に入り込めるわけないじゃないですか。でも、グラップリングだったらまだ可能性はあるから。


桜庭和志
桜庭和志

――打撃ありのMMAで技術を見せられなかった選手がQUINTETだと本領を発揮できる……という場面も期待しています。

はい。柔道とかレスリングでオリンピックに出てる選手の中でも、総合に来るのはごく一部じゃないですか。選手人口はもっといますんで、そういう人たちがこっちの試合に出たら底辺の層が濃くなってレベルも上がると思いますし。

――アマチュアがQUINTETを目指すという流れもできますよね。

あと、みんな、打撃があるという点で一歩引くところがあるんですよね。

――レスリングの選手でも打撃に免疫がない分、びびってしまうこともあるでしょうし。ところで、桜庭さんが「この人はQUINTETのルールに打ってつけじゃないか?」と考える選手っていらっしゃいますか?

……(熟考)、あんまり分かんないなあ。選手の名前も分からないし……。

――勝手な僕の思いなんですけど、引退していなかったら安生洋二選手なんか面白かったのになあと思いました。

ああ、はい! 僕、1年くらい前に安生さんに「ゴールデン・カップス、復活しましょうよ」って言って「もう、やらねえよ」って言われました(笑)。

――もう、引退されてますしね(笑)。安生選手って変な箇所を極めにいくし、そういう技術をQUINTETだったら見せられたのになぁと、妄想してしまいました。ちなみに、桜庭選手が所属する「HALEO Dream Team」には所選手、ジョシュ・バーネット選手、中村大介選手、マルコス・ソウザ選手がいますが、この4人は桜庭さんが声を掛けたんですか?

そうです、一応(笑)。

――この人選は、適正を見て?

あのねえ、なんとなく色的にUWFを出したんですよ。


桜庭和志
桜庭和志

――確かに!

HALEOがスポンサーのチームだから、マルコスだけはHALEOで柔術を教えている流れから入ったんですけど、それ以外の4人は意識してます。

――マルコス以外の4選手にはUの匂いがしますね! 桜庭さんのチームは、毎回このメンバーになるんですか?

いや、その都度で違うメンバーになるかもしれないし、チームのスポンサーによって変わってくるかもしれません。要は、F-1みたいな感じ。

――スポンサーからの要望を聞きつつ。

で、プロストとセナが揉めるっていうね。あんな感じで、僕とジョシュが揉めて(笑)。

――「プロストとセナ」が、イコール「桜庭とジョシュ」(笑)。

はい(笑)。揉めて、どちらかが他のチームに行って嫌がらせする!

――ライバルになっちゃって(笑)。ジョシュ・バーネットって、桜庭さんより結構年下ですよね?

そうですね。8個かな? 所くんと同い年だって言ってました。(桜庭が1969年生まれでジョシュと所は1977年生まれ)

――桜庭さんとジョシュの2人がリーダー格のツートップという感じでしょうか。

あと、マルコスは使いっ走りなんで。こいつ、一番若いから(笑)。(マルコスは1984年生まれ) 「マルコス、ちょっと喉乾いたからスポーツドリンク買ってきて~」「肩こったから揉んで~」って(笑)。

●最年長・桜庭和志のスタミナ問題

――QUINTETは勝ち抜き戦なので1人で2~3試合やるケースもあり得ますよね。あの、唐突な質問なんですが、桜庭さんは今もタバコを吸っていらっしゃいますか(笑)?

吸ってますよ!


桜庭和志
桜庭和志

――スタミナには全く影響はないですか?

全くではないですけど、陸上とか水泳みたいにずっと動いてるわけじゃないじゃないですか。何気に、寝技って休んでるんですよね。

――特に、桜庭さんは休みどころを分かっていらっしゃるでしょうしね。ということは、勝ち抜いたとしてもスタミナには不安はない?

いやぁ、勝ち抜いてもせいぜい2人じゃないですか。 でも、そんなに抜けないだろうという気もします。高校生くらいのレベルだったらダーッて抜くこともあり得ますけど、なんだかんだ言ってどっこいどっこいのチームばかりなので。

――もしも、連続の勝ち抜きが実現したら、会場は沸くでしょうね!

2人抜いたくらいで、もう大盛り上がりじゃないですか(笑)?

――かつて、桜庭さんはホイスと90分やったわけですから「あのスタミナがあれば大丈夫じゃないか?」という幻想が我々にはあります。歳を重ね、スタミナに関してはいかがでしょうか?

歳とともに落ちてはいます。

――我々は、桜庭さんの勝ち抜きを勝手に期待しています。

僕はもう、一番年上なんで無理ですよ~。他の選手には「俺にケガさすなよ」って言います(笑)。そういう意味で、ヒールホールドは禁止にしているんで。あれは簡単な力で膝をぶっ壊しちゃうんで。練習だとゆっくりやるけど、試合になるとどうしても興奮して“ガツン!”ってやるんで壊れるし。トーナメントだから、勝ってもケガ人が出ちゃったら「次は1人減らすの?」って話じゃないですか。壊し合いじゃなく、「関節技って面白いものだよ」って見せるためにやるので、そこは気を付けてくださいって言おうと思ってるんですけど。

――安全性に留意してということですよね。ただ、何が起こるかわからないので、勝ったチームにケガ人が出てしまったら、次は5人 vs 4人ということになるんですか?

そうです、そうです。補欠がいるわけでもないし。

●QUINTETに往年のグレイシーが参戦する可能性は……?

――グラップリングのルールなので、QUINTETは年長の選手も出やすいイベントだと思います。2月1日の記者会見で、ポラリスのマット・ベイヨン代表は「桜庭と戦うならグレイシーは絶対だ」とグレコー・グレイシーの出場を発表しましたが、ファンの勝手な期待で往年のグレイシー、要するにホイスやヘンゾが上がったら面白いなぁと思っています。可能性はいかがでしょうか?

言えば出るんじゃないですか。試合数は減ってますけど、まだ現役ですしね。たぶん、やるんじゃないですかね?

――それ、観たいですよねぇ。昨年のRIZINでも、フランク・シャムロックとのグラップリングマッチがありましたが……

あれ、ひどかったですねえ……(苦笑)。だから、壁ありだとああいう風になるんですよ! 押しても押しても来ないんすよ、適当にかわして! 柔道とかレスリングだと、消極的過ぎてあんなの失格負けですよ!? そういう問題も、壁ありにはあるんですよ。壁が無いと、向こうは枠から押し出されてるだけで何も攻撃してないんで失格負けになるんです。

――「桜庭vsフランク」は、僕もメチャクチャ楽しみにしていました。

ひっどいですよ。経験者からは「わかるよ。あんな感じで来られたらどうしようもないよね」と言われました。

――どうでしょう、QUINTETでフランクとの決着戦は……

(遮って)いや、もういいですよ。もう、絡みたくない! そういう奴とは絡みたくないんで。


桜庭和志
桜庭和志

――このカードは長年の夢だったんですけど、残念ですね……。

昔やったら良かったんじゃないですか。パンクラスの頃とかに。もう、いいんです。夢は夢でしたって感じです(苦笑)。相手にやる気が無いんだもん。QUINTETでは、サークリングやる奴には速攻で注意を与えます。

――確かに、あの試合を観ると「フランク、そう来るか……」という感じでした。QUINTETではホイス戦やヘンゾ戦など、かつて桜庭さんと名試合を繰り広げた選手と数年後に再び相まみえるという展開にも期待大なんですが、極端な話、田村潔司選手の参戦もあり得るのでは? と、妄想してしまいます。

まあ、別にいいですけど、どのチームに入るんですかね。

――「孤高の天才」ですし、デリケートな問題ですね(笑)。そうか、仲間がいないと難しいのか……。

●桜庭和志と木村政彦とビル・ロビンソン

――桜庭さんのグラップリング技術についてお伺いしたいと思います。レスリングをやって、Uインターに入って……と様々な変遷がありますが、ご自身で何がベースだと思いますか?

ベースはレスリングだと思います。レスリングからプロレスに入って、プロレスになるとレスリングじゃやっちゃいけない技もやってよくなって。だから、結局はレスリングに繋がるんですよね。

――極めを覚えても、そこに行くまでの過程はレスリングの技術で。

そうですね。だから、僕はできれば下にはなりたくないですし。練習では下のポジションにもなりますけど、レスリングの考えだとやっぱり上になりたいですし。

――引き込んでる桜庭さんって見たことないですもんね。桜庭さんはUインターの若手時代から「極めっこなら負けねえ」という思いがあったとのことなんですが、その思いは今も持ち続けているわけですか?

いや、もう歳だし、負けるかもしんないです。

――いや、いや(苦笑)。ただ、日々練習していて「進化しているな」という実感はあるわけですよね?

それはあります。「あっ、こんな形でもできるんだ」というのもありますし。

――桜庭さんの中で「俺はUインターで技術を覚えた」という思いはありますか?

基本、アームロックとかはレスリングから繋がってのUインターで覚えたものなんですけど……。う~ん、どうだろう。シュートボクセ行ったりもしましたんで、特になんか……。


桜庭和志
桜庭和志

――色々なものを吸収して……という感じでしょうか?

そうですね。色んなものをやって今があるみたいな感じなんで。

――例えば、エンセン井上さんとの交流とか。

そうです、そうです。エンセンさんとやって、いきなり下になって寝たりするから。下になっても、別に不利じゃないわけですよね。柔術の練習に行くと「こうやって足を使うんだ」という発見もあったんで。UWFではシューズとレガースを着けているんで、あんまりそういうのはないんですよ。だけど、足関節はUWF系で覚えたこともありますし。船木(誠勝)さんと練習したら、足技は凄かったですし。

――へぇー! それは、Uインターの道場には無い技術でしたか?

どっちかって言うと、船木さんの方が強いです。船木さんに足を持たれたら引っこ抜かれそうになりますし。アキレス腱固めとか、足ごと持って行かれそうな感じですね。

――パワーなんですか?

パワーじゃなくて、コツっていうか。

――へぇーっ! じゃあ、一つの道場に思い入れがあるんじゃなくて、レスリングというベースがあり、その他に色々なものを吸収して出来上がったという感じでしょうか。

そうですね。

――桜庭さんとチームメイトのジョシュ・バーネットは自分の技術を「キャッチ・レスリング」とアピールしています。ビル・ロビンソンさんも桜庭さんのことを「キャッチだ」と仰っていましたが、桜庭さんはご自分のことをキャッチだと思いますか?

僕はキャッチではないですよね。シューズ履かないですし。でも、どこかで観たんですけど、昔のビル・ロビンソンさんの試合映像で僕と同じ動きしてたんですよ。「これ、同じ取り方だ!」と思って。何の技か忘れちゃったんですけど。それは、別に教わったわけじゃないんですよ。

――行き着くところは一緒だったということなんでしょうか。桜庭さんのサクラバロックとキムラロックが、まさにそうですよね。

はい。昔の昭和初期くらいの映像がYouTubeにあるんですけど、それ観たら、木村(政彦)さんにアームロックの取り方を教わったわけでもないのに、同じ取り方してたんですよ。

(ここでマネージャーさんが、乱入)

YouTubeの動画を観て「全部、俺のマネしてる!」って言ってるんですよ。いや、映像も白黒だし、向こうが先だから(笑)!

ワハハハハッ、いや、俺のマネしてた(笑)!


桜庭和志
桜庭和志

――「木村政彦が俺のマネしてる!」って(笑)。木村さんやロビンソンさんの取り方の些細な部分が桜庭さんに似ているということだと思うんですけども……

(遮って)ロビンソンさんは僕のマネしてたんですよ(笑)!

――違いますよ(笑)!

なんだよ~、セミナー代取るぞって(笑)。要は、マネって言うよりかは考えることはみんな一緒だと思うんですよね。

――桜庭さんや木村さんやロビンソンさんと同じ取り方をする現役選手はいないんですか?

やっぱり、人それぞれ違いますよね。木村さんと同じ取り方をしていたのはアームロックだってすごい覚えてるんですけど、ロビンソンさんと同じだったのは何だったけなあ……? アームロックについては、こうですよ。(以下、アームロックの取り方の秘密を説明してくれる桜庭選手だが、門外不出のため割愛)

――おわ~っ、さすがはIQレスラー! この取り方を、桜庭と木村がやっていたという。

他の人はやらないですもん。マネされてましたよ……。

――マネじゃないですから(笑)。ちなみに桜庭さんは、ロビンソンさんから指導を受けたことはないんですか?

ロビンソンさんがいた頃は僕は入ったばっかりで、どっちかって言うと実験役です。ロビンソンさんが教えたものを他の人たちが試す時の実験役。アームロックの時とか「勘弁してよ……」って感じでした。「余計なこと教えないでくれ!」って感じ。Uインターでロビンソンさんから指導を受けたのは、田村さんとか垣原さんまでじゃないですかね。金原さんがギリギリかな? 高山さんと僕は実験台のやられ役で。

――今、お名前が出ましたが、現在、高山さんがケガと闘っていらっしゃいます。桜庭さんもお見舞いには行かれましたか?

行きました。昔のプロレスの話とかして。「今、ニンジャチョークって流行ってるんすよ」って話をしたら、高山さんが「俺、それ、ロビンソンさんに教わって昔やってたよ!」って。

――高山さん、使ってたんですか! やっぱり、そこでもロビンソンさんが関わってくるんですね。ロビンソンさんがパクったのではなく(笑)。

僕はニンジャチョークっていうのは分からないんで、パクられてはいないです。

――ハハハハハハ!

●人喰いシャチとブアカーオとBOØWYにハマる桜庭和志

――YouTubeと言えば、以前、桜庭さんがラジオに出演された際に「シャチが人を食べてる動画にハマってる」と仰ってましたよね(笑)。

そうそう。ひっどいすよ、あの動画。もう、どうしようもないですからね。パトカーとか救急車って話じゃないじゃないですか?

――海辺歩いてる人が急に襲われちゃうっていう(笑)。それ、本物の映像なんですか?

わかんないんですよ。観てみてください、「えっ!?」って感じですから。「シャチ 人 襲う」で検索すれば、たぶん出てきますよ。……あーっ、あった、あった! これだ、これだ!!(と、スマホで再生してもらう)


桜庭和志
桜庭和志

「ハーイ!」って挨拶してたら、いきなり“ガブッ”って。これ、ニセモノなわけないですよね!? シャチってこういう襲い方するじゃないですか? アザラシとか襲う時、バーって隠れて行って、アザラシの足を“ガバッ”ってすくっていって。

――そうなんですか(笑)。

これは、K-1の動画かサーフィンの動画を観てたら関連動画に出てきたんですよね。「なんだ、これ!?」と思って。

――桜庭さん、サーフィンやられるんでしたっけ?

いや、やらないです。ラッシュガードを着るっていうから、いいのないかなあと思って。飲みながらYouTubeで昔のK-1とかを観てて、最近のどハマりはマーク・ハントvs西島洋介でしたね。

――あれ、いい試合でしたね!

も~う、あれは! 西島はかわしながらパンパンパンパンって打つけど、体重差あるから効かなくて、最後に“ドッカ~ン!”じゃないですか!

――マーク・ハントも男気を見せて。

はいはいはいはい! あ~れは面白くて、何度も何度も観ましたね。あと、K-1の昔の試合は倒し合いが多いので、好きで観てます。あと、ブアカーオの試合もよく観てます。ブアカーオは天才ですよ。

――今、気付きましたか(笑)。

みんなより10年くらい遅れて気付くっていう(笑)。

――桜庭さんって、急に数年前のトピックにハマることがありますよね。昔、急にBOØWYにハマってましたし(笑)。

ああ、そうですね! 高校とか大学の頃は練習で疲れてて、時間があると寝たかったんですよ。今みたいにiPhoneで曲を買ったりできなかったし、レコードやカセットテープを聴く機械も持ってなかったし。でも、30歳過ぎくらいになって「LAST GIGS」のDVDでいきなりBOØWYにハマって、ブラジルでずーっと観てました。

――僕もBOØWY好きなんですよ。いいっすよねえ。

いいっすよねえ。いくつですか、歳?


桜庭和志
桜庭和志

――僕は今年で40歳です。

じゃあ、リアルタイムの時は小学生とかですよね。

――解散したくらいの時に知りました。

あぁ~。でも、お店に入ったりすると、何か知らないけど耳に入ってるんですよね。

――はい、「Marionette」は発売当時から知ってました。あと桜庭さん、Dead or Aliveにもハマっていらっしゃいましたよね?

あーっ、Dead or Aliveは大学の頃から大好きでした! Dead or AliveのDVD持ってましたもん。あと、今は五木ひろし。「倖せさがして」っていう曲が。

――すみません、知らないです(笑)。

マジ? 最近は阿久悠のベストを買って、阿久悠系の曲を聴いてます。

●出不精の桜庭がUFC殿堂入りでアメリカまで出向く

――UFC殿堂入りについてお伺いしたいと思います。出不精で遠いところへ行くのを嫌がるイメージが桜庭さんにはあるんですが、昨年はアメリカまで行かれました。日本とは違ったリアクションの中で受賞されたわけですが、ご感想を教えてください。

感想なあ……。とてもありがたいことです(笑)。

――(笑)。実際、UFCの金網の中では1回しか試合をしていないわけですけども。

そうですね。UFCと言っても「UFCジャパン」という日本国内のイベントだったんで。でも、UFCの人たち曰く「ガッチリと総合のルールが決まってない時に盛り上げてくれたから、殿堂入りお願いします」という感じで来たんです。

――それは、唐突に来たんですか?

始めは「イベントに出てくれ」って言われたんで「やだよ、そんなの。遠いから」って断ってたんです。「なんで今さらUFC行かなきゃいけないの? アメリカなんか遠くてイヤだ」って。そしたら「いや、実は殿堂入りなんです」って。

――もちろん日本でもレジェンドですが、アメリカでの桜庭さんの存在はまた違った意味合いがある印象です。その辺、肌で感じるものはありましたか?

表彰式のスピーチでボケたりしようと思ったんですけど「この人たち、どこで笑うんだろう……?」って。


桜庭和志
桜庭和志

――スピーチで!? あんな泣けるスピーチをしていた裏で!

えっ、ちょっとボケも入ってなかったですか(笑)? 最初に考えていたボケの部分は、みんなに「これ、日本人だから通用するんであって外国人には通用しないよ」ってカットされて。言いたかったのに……。あと、右手と右足が同時に動く緊張した人の歩き方をやったんですけど、後で「あれ、サクマシンの踊りなのか?」って。違う、違う、手足を同時に出して緊張しているって意味でやったんだよ(笑)!

――ハハハ! でも、あれって歴史に残るくらいの名スピーチだと思いますよ。もちろん、全部桜庭さんが考えたんですよね。

なんとなくイメージを言って、それをまとめてもらいました。みんな、こんなこと(大きく拍手する動作)やってましたね。「えーっ、ここで反応するの!?」みたいなところもありながら。

――アジア人初の殿堂入りだと伺いました。やっぱり桜庭さん、凄いです!

●日本で開催されるQUINTETは今年1回だけ!?

――QUINTETは打撃がないので、アマチュアの選手にとっても恐怖心なく出られると思います。そういう意味で、QUINTETに対応できるように桜庭さんがアマチュアの選手を指導するなんてことはありますか?

いや、特にはやる予定はないですけど、アマチュアの試合もできればやろうかなと思っています。あと、血とかも出ないので子どももできると思います。

――そういう展開もあるわけですか!

はい。柔道をやってもなかなか合わない、強くならないっていう子がいたら、こっちに来てやったり。

――キッズQUINTET、いいですね! アマチュアの裾野が広がります。で、4月11日に両国国技館で開催される「QUINTET.1」。この日は、4チームによるトーナメントが行われます。

今回は4チームですけど、いつかは6チームくらいに増えればいいだろうし。ただ、なかなか難しいので田村さんは1人のチームで。


桜庭和志
桜庭和志

――それは、観たいです(笑)。どうでしょう、他の選手から「俺もQUINTETに上がりたい」という声は寄せられていますか?

ああ、そういうのはありますね。打撃がないですし。Facebookもあるので、海外の柔道代表みたいな人からの売り込みが結構来てます。

――気が早いですが、4月の大会以降の予定も教えてください。

今年中にもう1回、アメリカかイギリスでもQUINTETをできればと思ってます。タイミングが合えばですけど。

――ということは、日本国内での開催はもしかしたら4月の一度のみかもしれない?

もしかしたら、はい。

――そうですか! それは、観に行かなきゃダメですね。

QUINTETではグラップリングのイメージを変えようと思ってます。“やる側”だけじゃない。グラップリングを“観る側”にも楽しんでもらえるようなものにしたいんです。


桜庭和志
桜庭和志


取材・文・撮影=寺西ジャジューカ


イベント情報


QUINTET.1

2018年4月11日(水)両国国技館

OPEN 17:30(予定) / START 18:30(予定)

マスVIP席 39,000円(サンキュー39シート:特典付)

マスSS席 15,000円

マスS席 12,000円

マスA席 10,000円

マスB席 7,000円

2階指定A席 6,000円

2階自由席 4,000円

一般発売・受付期間中

チケット情報はこちら

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体重無差別のリアル

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いわゆる小さな人間が大きな人間相手を制圧する
というたぐいのおとぎ話は格闘技にしろ武道武術にしろ今昔東西を問わずにたくさんありますね


もって実際にいわゆる武術や武道の小さな達人が大きな相手を制圧するかといえば
いささか疑問である

というのも洗脳されたカルトのお弟子さんたちならいざ知らず
洗脳されていない相手だと抵抗もしますし

実際にリアルファイトでは大きな相手にのされるのも見ました

よって武道や武術の武勇伝は眉唾物だと見ていいでしょう

では格闘技の記録で大きなゴリアテを小さなダビデが制圧したという記録があるかといえば

あります

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ボクシングでは19世紀から1920年代まで

ライト級からミドル級の選手がヘビー級のトップに勝った記録があります

まず本来の体格はライト級のサムラングフォードはヘビー級の王者ジャックジョンソン相手にいい勝負をして
後にジョンソンも対戦を避けた無冠の帝王と呼ばれるほどの古豪がいたり

ミドル級王者のハリーグレブはヘビー級王者にもなったジーンタニ―に勝利しています

ウェルター級王者の元祖バルバドスジョーウォルコットや本来ミドル級のチャールズキッドマッコイはヘビー級のトップ ジョーチョインスキーに勝利しています

ですがそれも20年代までで

第2次世界大戦前後の時代になると小さな選手がヘビー級トップと戦うというか勝利するような一切無く

せーぜ同じ重量級のライトヘビー級やクルーザー級王者がヘビー級に挑戦するくらいでしょうか
ですがそれも肉体改造してヘビー級の身体になっただけという見方もあります



ムエタイではライト級王者のプットローレックが日本のミドル級王者猪狩元秀相手にハイキック一発でノックアウトしています

ですがムエタイのウェルター級王者ランカーはオランダのライトヘビー級王者ロビカーマン相手に地元タイでノックアウト負けされまくりです





そんじゃグラップリング 組み技はどうかというと

中菱級の岡野功が全日本の無差別級で優勝していますが




その後は重量級の天下です

柔術でも最軽量扱のカイオテハやミヤオ兄弟がローカルイベントの無差別級に出て優勝していますが

メジャーなムンジアルでは無差別級はずっと重量級の天下です
せーぜブラジレイㇿで無差別級世界王者にして最重量級世界王者ペジパーノにミドル級世界王者のフェルナンドテレㇾが勝利したことくらいでしょうか


それ以降は無差別級王者が中量級 軽量級に敗れたって話は一切聞きません
中量扱のレアンドロロは肉体改造して重量級になったんで小さい体のまま大きな相手に勝ったというわけではないですね

要は打撃で大きな相手に勝つのはよほどの力量差が無いと不可能で
小さな選手が大きな相手に勝ったのは昔話で
組み技もご同様だという事です

特に素面の顔面アリの打撃では無差別級は存在しませんし

組み技でもメジャーな大会の無差別級王者は重量級の天下

日本では無差別級で一本の山を築いた中量級のクロングレイシーですら無差別級世界王者にして最重量級世界王者のブシェシャに一本負けしているわけですから↓



結論として優れたダビデ(小)はゴリアテ(大)を倒すことは可能ですが
優れたダビデ(小)が優れたゴリアテ(技術も体力も優れた大きな)に勝つのは不可能といっていいほど不利だということです

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はだしのゲン





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はだしのゲン


ジャンル
原爆・平和・戦争漫画

漫画


作者
中沢啓治

出版社
汐文社
集英社
ほるぷ出版社
中央公論新社 他

掲載誌
週刊少年ジャンプ
市民
文化評論
教育評論

発表期間
1973年 - 1985年

巻数
汐文社版全10巻
汐文社愛蔵版全10巻
ほるぷ版全10巻
中公愛蔵版全3巻
中公文庫コミック版全7巻
英語版全10巻 他
テンプレート - ノート

『はだしのゲン』は、中沢啓治による、自身の原爆の被爆体験を元にした自伝的漫画。同漫画を原作として実写映画やアニメ映画・テレビドラマも製作されている。戦中戦後の激動の時代を必死に生き抜こうとする主人公中岡ゲンの姿が描かれている。



目次 [非表示]
1 概要
2 作品史 2.1 『週刊少年ジャンプ』
2.2 『市民』
2.3 『文化評論』
2.4 『教育評論』

3 連載誌
4 あらすじ 4.1 第一部 4.1.1 ジャンプ掲載期(第一部) 4.1.1.1 原爆投下前後
4.1.1.2 戦後

4.1.2 市民以後掲載期(第二部)

4.2 第二部『東京編』

5 登場人物
6 実写映画 6.1 はだしのゲン(1976年)
6.2 はだしのゲン 涙の爆発(1977年)
6.3 はだしのゲン PART3 ヒロシマのたたかい(1980年)

7 アニメ映画 7.1 スタッフ
7.2 キャスト

8 テレビドラマ 8.1 キャスト
8.2 主題歌
8.3 スタッフ
8.4 視聴率

9 記録映画 9.1 出演

10 作品に対する評価 10.1 単行本の出版
10.2 「平和学習」

11 閲覧制限問題 11.1 松江市教育委員会による閉架措置問題
11.2 鳥取市立中央図書館における閉架措置
11.3 泉佐野市における回収措置

12 翻訳
13 書誌情報 13.1 汐文社版
13.2 汐文社ホーム・コミックス版
13.3 汐文社愛蔵版
13.4 市民社版
13.5 集英社漫画文庫版
13.6 SHUEISHA JUMP REMIX版
13.7 文民社版
13.8 翠楊社版
13.9 ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(旧版)
13.10 ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(改訂版)
13.11 中公愛蔵版
13.12 中公文庫コミック版
13.13 ChukoコミックLite Special版
13.14 絵本版
13.15 小説版
13.16 シナリオ版
13.17 インドネシア語版
13.18 英語版
13.19 イタリア語版
13.20 韓国語版

14 脚注
15 参考文献
16 関連文献 16.1 汐文社版 中沢啓治平和マンガシリーズ

17 関連項目
18 外部リンク


概要[編集]





原爆ドーム(2012年11月撮影)
自伝的な作品で、作中のエピソードの多くも中沢が実際に体験したことである。ただし、作中のエピソードの中には実際の体験と差異があるものもある。例えば原爆が投下されたときゲンは小学2年生だが、中沢自身は1年生の時である。他にも原爆投下直後の父や姉、弟の死を中沢自身は直接には見ていない(後に実際に立ち会った母から聞かされている)ことや、母の死に中沢は立ち会っていなかった(作中の戦後すぐの死去ではなく、終戦から20年後のことであり、中沢は当時東京にいた)ことなどが異なる。

母親を火葬した際に骨が残らなかった、という作中にもあるエピソードが、中沢に広島原爆の被爆を題材とした漫画を描かせるきっかけとなった。

発表分の末期は終戦から何年も過ぎた戦後の内容となっており、昭和天皇に対する批判やアメリカ軍およびアメリカ合衆国に対する批判、警察予備隊(後の陸上自衛隊)発足に対する批判する内容も含んでいる。ただし、その時期の話にも原爆の傷痕は根強く描かれている。

時代考証の間違いや左派的な主張をはじめ、作品の内容、表現などについて様々な意見があるが、作者の中沢の実体験に基づく原爆の惨禍や当時の時代背景・世相風俗を表現していながら、エンターテインメントとしても読ませる作品として国内外での評価は高く、映画・ドラマ・アニメ・ミュージカル・絵本・講談化もされている。2010年6月調査のgooランキング「読んでおきたい日本史モノマンガランキング」の第1位に選ばれた[1]。

単行本、文庫本などを含めた累計発行部数は650万部を超える[2]。2007年5月30日からウィーンで開催された核拡散防止条約(NPT)運用検討会議の第1回準備委員会で、日本政府代表団は、本作の英訳版を加盟国に配布することになった。外務省が英語版30冊を出版社から譲り受け、今後も「漫画外交」を活発に展開させる予定と報じられた[3]。

作品史[編集]

『週刊少年ジャンプ』[編集]

1972年10月号に『別冊少年ジャンプ』(集英社)の漫画家自伝企画の第2弾として掲載された、中沢の自伝的漫画『おれは見た』[4]を元に、脚色を交えて『週刊少年ジャンプ』(集英社)1973年25号から連載が始まった。中沢は自分の思いを完全に伝えるため、妻を除いて専属のアシスタントを一切使わずに描き上げた。

『週刊少年ジャンプ』は当時既にアンケート至上主義、すなわち読者アンケートの結果による人気番付を重視しており、アンケートによる人気番付が低い状態が続けば即打ち切りのスタイルを取っていた。人気作品が連載されている中で『はだしのゲン』は一定の人気は保っていたものの、当時の子どもへの受けはあまりよいものとは言えなかった。しかし当時のジャンプ編集長であった長野規は自らアンケート至上主義を打ち立てながらも中沢が望めば紙面を割くなどして全面的にバックアップし、1年以上の連載を続けることができていた。しかし、折しもオイルショックの紙不足によって『ジャンプ』の全体のページ数が減らされ、連載後期はたびたび休載を余儀なくされる。その後、それまで『ゲン』のサポートを続けてきた長野の栄転により、1974年39号にて連載は終了。この連載終了について、担当編集者だった山路則隆は「中沢は連載当初に予定していた所期の目的を達成できたため、一度連載を終了させた」と証言しており、中沢は『ゲン』の後はまったく路線の違うエンターテインメント作品の連載を希望していたという[5]。中沢自身は前記のページ数減少により、描きたいことが十分描けなくなったことを連載終了の要因として挙げている[6]。

なお、巻頭カラーは第1話のみで、アンケートで選ばれた上位10人が読み切り掲載権を獲得する1974年度のジャンプ愛読者賞では20人中13位と選に漏れた。

当初、集英社は単行本の発刊を見送った。この背景について前記の山路則隆はその当時は連載漫画はよほど人気がなければ単行本化する状況にはなく、本作は連載時の人気が非常に高いとはいえなかった(ので単行本化の対象とならなかった)と述べている[7]。中沢自身は(伝聞として)単行本化の話はあったが、上層部が「連載ならよいが単行本になると社名に傷がつく」という理由で出なかったと記している[6]。

作品として続く可能性が絶たれたかに見えた本作に、朝日新聞記者だった横田喬が「原爆について知りたい」と興味を示して中沢の自宅を訪れ、生原稿にすべて目を通した上で、記事として取り上げることになった[8]。だが、本がなければ新聞に載せても読まれないという理由から、横田が探し出して紹介した汐文社による単行本の刊行が決まる[8]。中沢自身は汐文社は漫画評論家の石子順からの紹介だったと記している[9]。

1975年3月18日付の朝日新聞夕刊社会面に「原爆劇画、単行本に」と題した横田の記事が掲載され、2カ月後の5月に汐文社版全4巻の単行本が刊行された[8]。この記事と単行本により、本作は大きく注目を集めることとなる。当時「漫画は低俗なもの」とされていたにもかかわらず大江健三郎の激賞を浴び[10]、その後『ジャンプ』の主な読者層である少年のみならず大人の間においても浸透し、ベストセラーとなる。また、これも横田の紹介により『市民』誌にて続編が連載されることとなる[8]。

なお、ジャンプ掲載分では、一時期のみ「麦っ子たち はだしのゲン戦後編」(むぎっこたち はだしのゲンせんごへん)のタイトルで掲載されていた[11]。

『市民』[編集]

『市民』誌は支持基盤が磐石ではなく、1976年8月号をもって休刊。その後、日本共産党系の論壇誌である『文化評論』に連載の場を移す。

『文化評論』[編集]

日本共産党はそれまで「核均衡理論」に基づいて、政治的主張が異なるアメリカ合衆国やイギリスによる核兵器の所持、開発には反対するものの、社会主義国家で政治的主張が近い中華人民共和国やソビエト連邦の核兵器は認めるという矛盾に満ちた立場を取っていた。ところが、今度は中・ソとも対立したことにより、打って変わって核兵器の全面的な禁止を訴える論調をとることとなり、「はだしのゲン」の連載はその格好の宣伝材料となった。しかしその後「ゲン」は打ち切りとなる。

『教育評論』[編集]

その後、日教組の機関紙『教育評論』で連載を続行する。学校への漫画持ち込みを厳禁とする教師が多い中、「はだしのゲン」だけは校内で堂々と読める唯一の漫画となった結果、1980年代の子供達の間に「ゲン」が広く浸透することとなる。1985年に「第一部 完」をもって、連載は終了した。

なお、読売新聞系列の出版社・中央公論新社発行の中公文庫コミック版(全7巻)では、『週刊少年ジャンプ』掲載分を第一部、以降のシリーズを第二部に区分している。汐文社では愛蔵版を10巻まで発行している。汐文社愛蔵版では区別はされていないが、第1巻 - 第4巻が第一部、第5巻 - 第10巻までが第二部である。これらの違いは以下の通り。
第一部は掲載当時の各回ごとの扉絵を掲載せず、そのまま話を一つにつなげていたため、同じシーンの繰り返しが多い。またジャンプ・コミックスではお約束の、単行本各巻ごとのサブタイトルも、汐文社版の第一部の分にはある。
第二部は第一部から年月が経っているため作風が変わり、セリフの活字が大きめになっており、また描き下ろしであるため、同じシーンの繰り返しがない。

第10巻の最終ページには「第一部 完」と書かれており[12]、東京を舞台とした「第二部」も予定されていた。しかし2000年代に入ってから患っていた糖尿病からくる白内障が悪化、2009年9月15日「視力が低下し、細かいコマが書けなくなった」として続編執筆の断念を正式に発表した[13]。中沢は闘病中も執筆への意欲は失わず、2話分の下描きまで完了させており出版の具体的な予定も決まっていたという。第二部のメインテーマは被爆者差別だった[14]。

「はだしのゲン」の原画は1994年に広島平和記念資料館の東館開館を機に市に寄託されていたが、2009年12月8日、中沢は所有するすべての漫画の原画なども資料館に寄贈し、合わせて所有権を市に移すと発表した。その中には幻となった第二部の原画も含まれている[15]。

現存する第二部の原画全32ページ分は、2013年に刊行された『「はだしのゲン」創作の真実』(中央公論新社)に、すべて写真で掲載された。

連載誌[編集]

連載誌の情報は『デジタル大辞泉プラス』を参照[16]。
1973年第25号 - 1974年第39号 - 『週刊少年ジャンプ』
1975年9月号 - 1976年8月号 - 『市民』(左派系オピニオン雑誌)
1977年7月 - 1980年 - 『文化評論』(日本共産党機関誌)
1982年4月 - 1985年 - 『教育評論』(日教組機関紙)

あらすじ[編集]

物語は、広島県広島市舟入本町(現在の広島市中区舟入本町)に住む国民学校2年生の主人公・中岡元(なかおか げん “以下、ゲン”)が、当時日本と交戦していたアメリカ軍により1945年8月6日に投下された原爆で、父・大吉(だいきち)、姉・英子(えいこ)、弟・進次(しんじ)の3人を亡くしながらも、たくましく生きる姿を描く。

第一部[編集]

ジャンプ掲載期(第一部)[編集]

原爆投下前後[編集]

舞台は1945年の広島市。戦況の悪化で市民生活が窮乏する中でも、ゲンの一家は家庭菜園の手入れに勤しみ、麦の実りを期待しつつたくましく暮らしていた。だがゲンの父で下駄の絵付け職人である大吉は隣組の竹槍訓練を冷笑するなど、時節柄はばかられる反戦思想を隠そうともしない。そのため中岡家の家族は、町内会長の鮫島や近所から「非国民」扱いされ、納品する下駄を川に投げ込まれたり、麦畑を荒らされるなど様々な嫌がらせを受けた。ゲンの長兄の浩二(こうじ)は周囲の冷たい視線をはね返すため海軍の予科練に志願し、ゲンの次兄の昭(あきら)は、広島市郊外の山間部に疎開に行っていた。昭和20年8月初頭、広島の家に残っていたのは大吉、ゲンの母・君江(きみえ)、ゲンの姉・英子、ゲンの弟・進次、そしてゲンの5人。英子は昭より年上だったが、体が弱かったため疎開できなかった。

昭和20年8月6日朝。小学校の門の前にいたゲンは突然の閃光と爆風で気を失う。偶然にも門の影にいたことで無傷だったが、気が付いてみると町は一面に押しつぶされ、人々は全身の皮が焼け剥がれた姿で呻いている。状況が解らぬまま自宅へもどってみると、自宅も同様に押しつぶされて大吉・英子・伸次が木材の下敷きになっている。偶然にも無傷だった君江と再会したゲンは協力して家族を助け出そうとするも果たせず、大吉はゲンに強く生きることを願いつつ、英子や進次とともに火災に巻き込まれ焼け死んでいく。半狂乱となったところを朝鮮人の朴に諭されて避難した君江は、ショックで女児を出産。名前は、友達がたくさんできることを願って「友子(ともこ)」と名づけられた。焼け跡で食料を探すゲンは熱中症で倒れたところを死体と間違われ、救護に訪れた兵隊によって火葬の炎に投げ込まれる。悲鳴を上げたゲンを火中から救い出した兵隊は、誤りを詫びてゲンを救護所へ連れて行こうとするが、途中で血便を垂れ、頭髪が急に抜けるなどの症状の末に急死してしまう。兵士は入市被爆で原爆症を発症していたのだ。やがてゲンの髪も抜け始め、彼は自分も「ピカの毒」で死ぬのではないかと恐怖する。髪の毛が全て抜け落ち坊主頭になったゲンは、道端で拾った消防団の帽子で頭を隠し、友子のための米を調達すべく奔走した。

ゲン達は江波(えば)在住で君江の友人のキヨの家に身を寄せ新たな生活を始める。しかしそこでは、キヨの姑や子供達からの迫害に甘んじる。そんな折、ゲンは死んだ弟の進次に瓜二つの少年と出会う。その少年、近藤隆太(こんどう りゅうた)は原爆で両親を失い、原爆孤児の仲間と共に、農家から食糧を盗み飢えをしのいでいた。隆太と初めて会ったゲンは、進次が生きていたのではないかと錯覚する。2回目に会った時、隆太は食糧を盗もうとしていたところを百姓に追い回されていた。ゲンは隆太を助け、君江が隆太を育てることになった。それ以降、隆太はゲンや君江を自分の兄や母のように慕い続ける。

ゲンは江波で仕事を探していたところ、地元の資産家・吉田英造に声をかけられる。連れて行かれた家では、全身大やけどの青年が血を吐き血便を垂らし、大量のウジにたかられていた。その青年・吉田政二(よしだ せいじ)は英造の弟で画家志望生だったが、勤労奉仕に出た広島市内で被爆したのである。英造の妻と娘たちは「ピカドンの毒がうつる」という噂を信じて隔離し、ろくに看病もしない。そこでゲンが政二の世話をまかされることになる。両腕は焼けただれて絵も描けず、家族に見捨てられた政二は自暴自棄に陥っていたが、ゲンの叱咤に心を開き、口で筆をくわえて絵を描くようになる。

政二はゲンに絵画を教える約束をするが、ほどなく原爆症の悪化で死に至る。だが、通夜の後に急に蘇生し、棺桶からはいずり出て「おかゆが食べたい」と兄家族に迫る。しかし、政二の兄家族は恐れおののいて箒で突き飛ばすなど、生前同様に邪険に扱うのだった。夢で虫の知らせを察知したゲンは政二の家に駆けつけたが、正にその時、政二は死んでいた。 被爆した政二を受け入れられず、都合良く世間体ばかり取り繕う家族にゲンの怒りは頂点に達する。政二の火葬はゲンと隆太の二人で明るく行い、天国へ見送った。

戦後[編集]

8月15日に終戦を迎えた後、疎開先の昭と予科練に出た浩二が広島の焼け跡に戻り、中岡家は隆太を含めて6人で暮らすようになった。しかし、キヨの姑は息子(キヨの夫)が戦死した悔しさから息子を抱えた君江に一層つらく当たり「家賃を高く払ってくれる人がきた」との理由をつけて一家を追い出してしまう。一家は防空壕跡の洞穴で生活し、その後は、家族で建てたバラックに移り住んだ。ゲンと隆太は食料調達の奔走中、謎の復員兵と出会い、進駐軍駐屯地から死ぬ覚悟でミルクを盗んでくるが、実は復員兵はヤクザで、ミルクは闇市で叩き売りされてしまう。

騙されたことに気がつき怒ったゲンと隆太はヤクザの男2人に鉄パイプで食ってかかるも、返り討ちにあってしまう。隆太は以前にゲンと共に入手した陸軍の武装解除により廃棄されていた拳銃を持ち出してきて2人を殺害。警察に捕まりそうになった隆太は別のヤクザに助けられ、自分が中岡家に戻れば、中岡家まで白い目で見られることを知らされ、ヤクザの道に入る決意をした隆太は、迷惑をかけないようゲンたちの前から姿を消し、ヤクザの子分(鉄砲玉)として仕立て上げられることになる。

隆太との別れから数か月後、ゲンは次兄・昭と久しぶりに学校へ行くようになった。栄養失調に苦しんでいた友子は、ゲンの友人の雨森頑吉(あまもり がんきち、通称・クソ森)の住む集落で暮らす、原爆で孫を失った男性とその仲間達に連れ去られた。男性たちは友子を「お姫さま」と慕い、孤独な自分たちの心の支えとしていた。ゲンは友子を奪い返そうと男性たちと押し問答となる。だが友子も原爆症が発症し、病院で診てもらうが、適切な治療を受けられなければ手遅れと宣告される。ゲンは治療費の10万円を稼ごうと、雨森と共に近所の原爆症で亡くなった人々の家を訪ねて、お経を唱えるアルバイトを始める。しかし目標の金額には達しなかった。

そんな中、原爆投下前に中岡家の近所に住んでいた朝鮮人の朴(ぼく)と偶然に再会する。戦後、不法な闇市で財を成して資産家になっていた朴は、かつて中岡家から受けた恩義(大吉が朴を差別しなかった)から10万円と缶のミルクをゲンに気前よく渡した。大喜びで帰宅するゲンだったが時すでに遅く、ゲンは昭から友子の死を告げられる。ゲンは死を受け入れることができず、友子にミルクを飲ませようとする。しかしミルクは友子の口元からあふれ出し、友子の死を認めざるを得なくなる。友子の火葬は、ゲン、君江、浩二、昭と朴、雨森に友子を「お姫さま」と慕った男性たちが見守る中で営まれた。火葬の際、ゲンは死んだ友子のために、お経(正信偈、白骨の御文章)を唱えて友子を浄土へ還した。

友子に生を与えた一人者は産婆ではなく、ゲンだった。そして、ゲンは三人兄弟の中で最も友子をかわいがっていた。それだけに友子の死は、母・君江とともにゲンにも大きな精神的ショックをもたらした。友子の死後、丸ハゲだったゲンの頭にも毛が生えはじめ(友子の看病に躍起で頭髪が生え始めていたことに気が付いていなかった)、家の焼け跡に植えた麦も芽を出しはじめ、改めて父の言葉を思い出し、妹の死という失望と絶望の淵から生きる希望へ繋がって行く。

市民以後掲載期(第二部)[編集]

その後、ゲンは別れた隆太と学校で再会する。ヤクザの岡内組の鉄砲玉として働いていた隆太には、かつての仲間だったムスビ、ドングリと、勝子(かつこ)が一緒にいた。ヤクザの幹部を夢見ていた隆太だったが、ドングリの死をきっかけにヤクザの世界から足抜けし、絶縁をした。その頃知り合った老人、平山松吉と共に新しい生活を始め、松吉は両親のいない隆太達の父親代わりになる。同年に昭和天皇が広島に訪問しており、それ以降ゲンは天皇の戦争責任を言及するようになる。

そんな折、君江の体も原爆症に蝕まれた。浩二は君江を助けるため、福岡県の炭鉱に出稼ぎに行ったが、浩二は働いて得た金で酒びたりとなり、仕送りが全く出来ていなかった。入院させようにも金がなく、どこの病院も断られてしまう。状況打開のため隆太はヤクザの賭場荒らしをして大金を手に入れ、君江は入院することができた。しかし胴元である打山組の組長は激昴、隆太を殺すべく広島市内に包囲網を敷く。逃げ道がないと知ったゲンは病気の身体を圧して現れた君江と共に警察へ行くよう説得して隆太は自首した。

1948年、原爆投下直後に米をもらいに行った際に出会った、英子そっくりの女性・大原夏江(おおはら なつえ)に再会する。もともと芸妓志望だった夏江は顔に大火傷を負い、それを苦にして何度も死を考えていたが、ゲンの発奮により、勝子と洋裁店を開くという夢を持つようになる。そんな折、松吉が原爆症で死の床に倒れる。隆太は共に脱獄したノロの自分を感化院に入れさせた叔父へ対する復讐に協力し、叔父に奪われた50万円相当の財産を取り返すことに成功する。ノロから分けてもらった財産の一部で朴に頼み(朴はお金は要らないと断った)、松吉の小説『夏のおわり』を自費出版するが、ゲンや隆太達に看取られながらこの世を去った。

ゲン・隆太・ムスビの3人は、松吉の遺作『夏のおわり』を頒布している所をアメリカ軍の兵士に連行され、アメリカ軍基地で日系アメリカ人のマイク・ヒロタ少尉に取り調べられ、ここでゲンは初めてアメリカ人に原爆投下の怒りをぶつけたが、ヒロタ少尉は真珠湾攻撃のことを持ち出し正当化するだけだった(なお実際は、当時広島県を含めた中国及び四国地方を占領下に置いていたのはアメリカ軍ではなくイギリス軍であった)。

ゲン達はアメリカ軍基地の牢屋に監禁されたが、3人が拷問を受けるダメージを少しでも軽減するための訓練をしている所を見たヒロタ少尉に、精神に異常を来たしていると勘違いしたために不必要と判断されたゲン達は、監禁されていた米軍基地から外に連れ出され、置き去りにされる。そのまま広島に戻った3人は、朴の協力で先ほどのアメリカ軍のやり方による反発と自分達の腹癒せにアメリカ軍のジープやトラックを片っ端から破壊する。

アメリカ軍基地から連れ出され、アメリカ軍のジープやトラックを破壊して数日振りに家に帰ったゲンは、母・君江が退院したことに喜びを隠せなかった。しかし、胃癌で、家族には4か月の命と宣告されていた。ゲンは、生前最後の楽しい思い出を作ろうと母・君江の思い出の場所、京都へ旅行させるため、肥え汲みをして金を稼ぐ。京都旅行ができる金額に達した頃、浩二が九州から帰ってくるが、無為に日々を過ごしていた浩二は家に入りづらく、ゲンは自分が稼いだ金を浩二が稼いだものということにして、京都旅行に出発する。しかし旅行中に容態が急変し吐血。君江はゲンたちに看取られながら息を引き取った。火葬の際、君江の遺骨は放射能障害のためか、ほとんどが焼け崩れて残らなかった。君江の死に落ち込んでいたゲンだったが、大吉と君江の幻影に励まされ立ち直った。

中学生になったゲンは、戦争を肯定する同級生・相原と最初は衝突するが、実は相原は自分が原爆症で自身の生命がそう長くないことを悟って生きることに対する虚無感を抱いたためで、本心では戦争を憎んでいた。その後、ゲン達と共に戦争反対の行進の列に加わる。

また洋裁店を開こうと話が順調に進む中、急に夏江が腹痛を訴える。夏江は盲腸で入院となったが、入院した後体調が芳しくなく、手術しても原爆症による白血球の減少で傷口が塞がらなかった。死期を悟った夏江は生きる希望を失っていくが、ゲン達に叱咤激励され、励まされる。

ゲンの担任の教師・太田は、レッドパージで教師を辞めさせられ、覚醒剤に手を出すまでに絶望していたが、ゲンや隆太や雨森達クラスメート達のお陰で立ち直り、自分の学校を作ることを決意する。

瓦礫の中から材料を集めて建てた家も、広島市の復興計画による道路拡張工事のために、ゲンと隆太の必死の抵抗も空しく取り壊されることになった。そのため、浩二は婚約者の広子と広島市内のアパートで暮らすことになり、昭は繊維問屋の商人になるために大阪へと旅立った。

1950年12月31日、夏江は直腸癌と急性心臓麻痺が原因でこの世を去った。夏江の遺骨をゲンの家の墓に納める過程で、父・大吉の遺志を継ごうと絵付け職人になることを決意、夏江の遺骨の件で知り合った画家の天野の教えを受ける。しばらくしてゲンは納品間近の看板を壊してしまい、それがきっかけで職人の大月や部下の黒崎と乱闘騒ぎを起こしてしまう。弁償をするため看板屋で働くことになったが、外で仕事をしている姿を天野が見つけ、天野は代わりにゲンが壊してしまった看板へ絵を描く作業をやったのである。看板屋の仕事を手伝うようになった天野は、看板屋の社長に絵の腕を認められ、ゲンが負傷を負わせた社員・大月の代理として雇われる[17]。しかしそれを面白く思わない黒崎が雇ったチンピラの二人組に襲撃されるが、返り討ちにして卑劣な振る舞いをした黒崎を叱りつける。黒崎には原爆孤児になって僧侶に拾われるも奴隷同然にこき使われ、理不尽な暴力を受け続けた過去があり性格がいつの間にか歪んでしまったとゲンに語る。一方、隆太は設立されたばかりの広島カープの応援に熱中する。

1953年、ゲンは中学を卒業。ゲンはこの頃から髪を長く伸ばし、勝子が仕立てたジャンパーを身に着けたスタイルに一変する。波川中学校の卒業式に出席したゲンは、「君が代」の斉唱が始まる際にと「君が代」を歌うのを止めようとする。ゲンが「君が代」を歌わない理由は、「君が代の『君』は(昭和)天皇のことで、天皇を褒め称える歌であると』指摘し、昭和天皇が戦争犯罪者であることを恐れていた為であった。卒業式では「君が代」に代わる形でゲンの指揮により「青い山脈」を波川中の卒業生全員で合唱した。

式が終わり横道を筆頭とした不良グループからリンチされる教師達をゲンは雨森と救出し、教師達の横暴を叱責する。そして、ゲンは女学生(中学生)の中尾光子(なかお みつこ)に一目惚れをする。しかし、光子は弁償のために働いた看板屋の社長、中尾重蔵の娘だった。ゲンは重蔵と犬猿の仲であり、光子も当初は父親に叱られるのを恐れてゲンと交際するのをためらっていたが、隆太の一喝とゲンの想いを受けて交際を承諾、ゲンは光子との交際を始めた。だが、まもなく光子は原爆による急性白血病で死亡した。これにより軍国主義者の重蔵は自分の愚かさを知り、平和主義者へと転向、漸くゲンと和解する。

ゲンの仲間の1人、ムスビは洋裁店を開くために働いていたが、ふとした夜遊びがきっかけで麻薬中毒となってしまう[18]。麻薬中毒となったムスビは麻薬を買うために、申し訳ないと思いつつも皆で貯めたお金に手を出し、挙げ句使い果たしてしまう。お金が無くなっても(体が)麻薬を欲しがるムスビは、麻薬の売人であるバー「マドンナ」のマスターの自宅に侵入して麻薬を探しているところを見つかり、リンチに遭い死亡する[19]。原爆で孤児となり苦難を共にしてきた大切な親友であるムスビが麻薬中毒そして金儲けの道具にされて殺されたことに隆太は怒り心頭となる。隆太は、バー「マドンナ」に乗り込み、首謀者であるマスターを射殺し、愛人である女給に重傷を負わせ、さらに麻薬売買の胴元であるヤクザを2人射殺した。そして、敵討ちを終えた隆太は自首することを決意するが、刑務所に入るのは間違いで戦争を起こした者たちこそ裁かれるべきだと叫んだゲンと勝子により反対され、東京へと向かう貨物トラックで勝子と共に逃亡する。

ムスビの遺骨を自分の家の墓に納めたゲンは、その後、社長や天野と天野の孫の達郎に見送られ、未来に挑戦するために東京へ旅立った。

第二部『東京編』[編集]

東京移住後を描く予定だった。2013年8月時点で、32ページ分の下書きなどが確認されている[20]。

主なテーマは、被爆者差別や、東京の戦災孤児と戦争の廃絶を目指すなどを予定していた[21]。

『「はだしのゲン」創作の真実』掲載の草稿は、冒頭2ページには絵があるが、以下はコマとネームのみである。内容は東京に着いたゲンが、被爆者と知られて「放射能がうつる」と言われたあと、上野で東京大空襲の被災談を語るコソ泥に全財産を盗み取られるところで終わっている。

ラストでは、絵の修行のため貨物船でフランスに旅立つとされていた[21]。

登場人物[編集]

詳細は「はだしのゲンの登場人物」を参照

ゲンの家族の「中岡」の姓は、ゲンの父親大吉(中沢の父親がモデル)と同様に「生まれ変わった日本」を見ないまま坂本龍馬とともに暗殺された中岡慎太郎に因んでいる[22]。

実写映画[編集]

『はだしのゲン』が初めて実写映像化された作品である。製作・脚本・監督は3作品とも現代ぷろだくしょんの代表だった山田典吾。原作に添った形で脚本が書かれているが、主要な登場人物を演じる俳優やスタッフが各作品ごとに大幅に入れ替わっており、シリーズ物としては共通性を欠いている。

シリアスで真面目なシーンに突然意味不明なギャグやコメディが挿入されたり(ゲンと隆太が、政二の絵のモデルになった際、『おそ松くん』のイヤミのギャグである『シェー!』のポーズを取る。3作目では、オープニングをミュージカル風にするなど)、監督の遊び心が感じられる作品になっている。

またタモリや赤塚不二夫・公開当時人気があったクシャおじさんなど多くの著名人・話題を集めた人物がカメオ出演していることなどでも評判になった。

はだしのゲン(1976年)[編集]
スタッフ製作:山田典吾
監督:山田典吾
脚本:山田典吾
撮影:安承王文
美術:育野重一
音楽:渋谷毅
出演父・大吉:三國連太郎
母・君江:左幸子
ゲン(元):佐藤健太
弟・進次:石松宏和
姉・美子(英子):岩原千寿子
長兄・浩二:小松陽太郎
次兄・昭三(昭):箕島雪弥
町内会長(鮫島伝次郎):曾我廼家一二三
町内会長夫人:松井康子
朴さん:島田順司
岸先生:坂本新兵
大里先生:大関優子(現・佳那晃子)
広瀬先生:梅津栄
沼田先生:大泉滉
堀川(ガラス屋主人):牧伸二
堀川の妻:堀井永子
大西:陶隆司
校長:野々浩介
特高:草薙幸二郎、江角英明
屋敷の主人:吉田義夫

はだしのゲン 涙の爆発(1977年)[編集]
スタッフ製作:山田典吾・山田火砂子
監督:山田典吾
脚本:山田典吾
撮影:小林節雄
美術:木村威夫
音楽:いずみたく
出演母・君江:宮城まり子
ゲン(元):春田和秀
隆太:上野郁巳
姉・英子:岩原千寿子
妹・友子:阿部文子
父・大吉:田中浩
吉田政二:石橋正次
吉田英造:石山雄大
吉田ハナ:横山リエ
林キヨ:市原悦子
林ヨネ:三戸部スエ
林松子:横田知子
林辰夫:木村陽司
美樹子:竹下景子
江波の町内会長:ケーシー高峰
ドングリ:鈴木将之
ラッキョ:大栗清
ムスビ:八幡洋文
タヌキ:長谷川誉
信平:加藤淳也
カッチン:小橋学
船頭:藤原釜足
ダビの母親:岩本多代
ダビの母親の男の子:増田壮太郎
鉄男:上田正雄
さち子:坂口ひろ子
さち子の母:田尻晶子
国防婦人会員:星野晶子、宮本圭子
巡査:福田豊土
江波の貸し間の主人:里木佐甫良
農家のおかみ:相生千恵子
阿藤海
クシャおじさん

はだしのゲン PART3 ヒロシマのたたかい(1980年)[編集]
スタッフ製作:山田典吾・山田火砂子・内田有作
監督:山田典吾
脚本:山田典吾
撮影:佐藤昌道
美術:木村威夫
音楽:平尾昌晃
出演ゲン(元):原田潤
母・君江:丘さとみ
隆太:林泰文
長兄・浩二:桜木健一
父・大吉:鈴木瑞穂
妹・友子:奥山文史
野村スミ子:風吹ジュン
大場:草野大悟
岡内組長:山本麟一
朴さん:財津一郎
中山少尉:小野進也
熊井少尉:にしきのあきら
民吉:東野英心
ホワイトの政:辻萬長
鉄:丹古母鬼馬二
銀:大泉滉
杉作:横山あきお
中尾医師:沼田曜一
西谷先生:奥忠義
内儀:田尻晶子
おんばあ:麻里千亜子(山田火砂子)
三次:深見博(現・深見亮介)
文太:玉川長太
ゴン:梅津栄
春:入江若葉
ドングリ:加藤貴寿
シンペイ:間崇史
ムスビ:伊藤巧美
タヌキ:玉木潤
カッチン:山越正樹
雨森:剣弘紀
和尚:ケーシー高峰
軍医:平野稔
巡査:江戸家子猫
男:村上不二夫
青塚:赤塚不二夫(特別出演)
森田:タモリ(特別出演)
楽曲オープニングテーマ「ぼくはハト」 作詞:山田典吾
作曲:平尾昌晃
編曲:若草恵
歌:原田潤

エンディングテーマ「星になった」 作詞:山田典吾
作曲:平尾昌晃
編曲:若草恵
歌:原田潤


アニメ映画[編集]

本作を原作としたアニメ作品は1983年7月に「はだしのゲン」が、1986年6月に「はだしのゲン2」が公開され、1995年8月5日・6日には原爆投下50年にRCCテレビの昼間のローカル枠で広島県向けの原爆特別番組として「はだしのゲン」・「はだしのゲン2」が放送された。製作はゲンプロダクション、アニメーション制作はマッドハウス。原作者中沢啓治が、漫画や実写映画では描ききれない原爆の実情を表現したいとの意図で一部私財を投じて製作され、一般公開された際には大きな反響を呼んだ。

主人公の中岡元役はオーディションによって選ばれ、当時、主人公の中岡元とほぼ同じ年齢の小学生だった広島市出身の宮崎一成が演じた。本作品が宮崎の声優初出演作である。宮崎は「はだしのゲン」では変声期前の幼い声を生かして少年期の、「はだしのゲン2」では変声期中の声で思春期の中岡元役を演じた。また、1作目のみ城達也がナレーションを担当した。

「はだしのゲン」は汐文社単行本版第1 - 4巻(少年ジャンプ連載分)、「はだしのゲン2」は第5 - 7巻(母の死まで)を映像化しているが、ともに約90分という尺に収めるためにエピソード・キャラクターの省略、設定の変更が多くなされている。アニメ版では、原爆投下前のエピソードは大幅にカットされ、長男の浩二、次男の昭、町内会長であった鮫島伝次郎や息子である竜吉等が登場していない。その為浩二の予科練への赴任、昭の疎開先のエピソードなどそれらの人物に関係したエピソードは描写されず、大吉が特高警察に連行され激しい暴行を受けたり、ゲンや英子が学校で職員室に呼び出されるシーンも無く、大吉が周りから当時非国民扱いされる思想を持っていることをゲンが少し語っているくらいである。また、「はだしのゲン2」はアニメオリジナルキャラクターが登場するなど原作から大幅なストーリーが改変されている。原作に登場する悪役的な人物が全く登場しない(上記の鮫島親子や特高警察、国民学校の教師、予科練の少佐や教班長など)。

アニメ作品で描かれた原爆投下による表現描写は、1989年に公開された東映映画「黒い雨」(監督今村昌平)での参考とされた。当初はVHSやベータで映像ソフト化され発売していたものの長らく廃盤となっていたが「はだしのゲン」、「はだしのゲン2」ともに、広島への原爆投下60年忌にあたる2005年8月6日にジェネオンエンタテインメントよりDVD化して発売された。アメリカでもDVDが発売されている。

スタッフ[編集]
はだしのゲン原作・脚本・製作者:中沢啓治
監督:真崎守
設定:丸山正雄
作画監督・キャラクター設計:富沢和雄
美術監督:男鹿和雄
色彩設計:西表美智代
撮影監督:石川欽一
編集;尾形治敏
音響監督:明田川進
効果:倉橋静男(東洋音響)
音楽:羽田健太郎
主題歌:HARRY 「今すぐ愛がほしい」 エンディング:「どこから来てどこへ行くのか」
録音:アオイスタジオ
キャスティング:青二プロダクション
現像:東京現像所
プロデューサー:吉元尊則(汐文社)・岩瀬安輝(マッドハウス)
協力:中国放送
はだしのゲン2原作:中沢啓治
監督:平田敏夫
脚本:高屋敷英夫
設定:丸山正雄
作画監督・キャラクター設計:さかいあきお
美術監督:番野雅好
色彩設計:西表美智代
撮影監督:石川欽一
編集:尾形治敏
音響監督:明田川進
効果:倉橋静男(東洋音響)
音楽:羽田健太郎
主題歌:高橋伸明
録音:アオイスタジオ
キャスティング:青二プロダクション
現像:東京現像所
プロデューサー:吉元尊則・岩瀬安輝・田辺昭太郎(広島映画センター)
協力:広島映画センター
配給:映画センター全国連絡会議

キャスト[編集]
はだしのゲン、はだしのゲン2共通キャスト元:宮崎一成
進次・隆太:甲田将樹
大吉:井上孝雄
君江:島村佳江
はだしのゲンキャスト英子:中野聖子
朴:西村淳二
政二:森功至
英造:青野武
ハナ:中西妙子
主人:北村弘一
その他:矢田耕司、田中康郎、田中亮一、佐藤正治、頓宮恭子、塩屋浩三、佐久間あい、戸谷公次、安田あきえ、渡辺菜生子ほか
はだしのゲン2キャスト政:中村啓
アニメオリジナルキャラクター。アニメ版の隆太は不良化していないため空いた原作の隆太に相当するポジションのキャラクターとして設定された。浮浪孤児のリーダーで元・隆太義兄弟と初めは対立していたが、彼らの優しさに触れて互いに支え合う友人となる。 勝子:青山貴美
松吾:北村弘一
ドングリ:山本真人
カッチン:高木宏司
ムスビ:佐藤真澄
医者:西村淳二
先生:青野武
警官:大竹宏
その他:中野聖子、鈴木れい子、頓宮恭子、戸谷公次、田中亮一、堀川亮、松井摩味

テレビドラマ[編集]

2007年、フジテレビが『千の風になって ドラマスペシャル』の第3弾として企画・制作し、同年8月10日の「金曜プレステージ」と8月11日の「土曜プレミアム」で2夜連続で放映された。『はだしのゲン』のテレビドラマ化は本作品が初めてである。テレビ大分では前編は同時ネットで放送されたが、後編は編成の都合上、11日深夜(12日未明)0:55(3時間55分遅れ)から放送された。またテレビ宮崎でも前編は編成の都合上、11日13:00 - 14:52に放送し、後編は同時ネットで放送された。

原爆投下前の広島市街地を広島県福山市と佐賀県武雄市にオープンセットを作って撮影が行われた。また、茨城県高萩市の工場跡地にオープンセットを建て、原爆投下後に廃墟となった広島市街地を再現した。また、浩二が海軍に出征する時の蒸気機関車のシーンは静岡県の大井川鐵道で行われた。駅舎全景はJR九州鹿児島本線門司港駅を使用。原爆爆発直後の爆風による破壊シーンはCGで表現されている。

物語は浩二の帰還までのストーリーをベースに、エピソードの大幅な整理をしつつ原作の流れにほぼ忠実に展開されたが、時間の都合により次兄の昭や隆太軍団などの一部登場人物の省略や、中岡英子の描写など中沢の自叙伝からの一部引用が行われた。原爆投下時の惨状は原作者である中沢から「アニメ映画版のように凄惨な表現にして欲しい」旨の要望があったが、全国放送でのゴールデンタイムでの放送のため、全年齢の視聴者が鑑賞出来るように配慮され、目を背けない程度の描写に留める形で製作された。

本作品では、冒頭とラストには現代の広島平和記念公園を舞台に老年期になった中岡元が登場し、年老いた元が平和公園を訪れ、自らの過去を回想する形で物語が進行していくように表現がなされている。老年期の中岡元が登場するのは原作・映画・アニメを含めて本作品が最初である。

視聴率は関東地域で前半18.2%、後半20.5%を記録した。2008年1月25日にDVDが発売された。

キャスト[編集]
中岡元:小林廉
中岡大吉:中井貴一
中岡君江:石田ゆり子
中岡浩二:中尾明慶
中岡英子:小野明日香
中岡進次/近藤隆太 二役:今井悠貴
警察署長:矢島健一
ウメ:中島ひろ子
浜田警察官:市川勇
佐伯司令官:升毅
田中校長:鶴田忍
沼田先生:大河内浩
菊代:さくら
医師:小林すすむ
豪邸の主人:ト字たかお
特高刑事:田中要次
林辰夫:山下タクロー
林竹子:松浦寿來
吉田政二:成宮寛貴(友情出演)
林清子:りょう
倉田伸介:村田雄浩
矢部医師:平田満
吉田英造:佐藤B作
吉田花子(英造の妻):深浦加奈子
林セツ:左時枝
耕作:杉本哲太
朴永甫:勝村政信 - 原作と異なり、韓国 (朝鮮)語読みの「パク」と変更され、『永甫』という名前が付けられた。
鮫島伝次郎(町内会長):小野武彦
中岡元(現代)/ナレーション:山本學

主題歌[編集]
秋川雅史「千の風になって」(テイチクエンタテインメント)

スタッフ[編集]
原作:中沢啓治
脚本:君塚良一
音楽:佐藤直紀
編成:立松嗣章
協力プロデューサー:高井一郎(フジテレビ)
プロデューサー:増本淳(フジテレビ)・小椋久雄(共同テレビ)
演出:西浦正記(FCC)・村上正典(共同テレビ)
特殊メイクコーディネイト:原口智生
造型コーディネイト:若狭新一
ロケ協力:広島フィルムコミッション、佐賀県フィルムコミッション、いばらきフィルムコミッション、香川フィルムコミッション、武雄市、みろくの里、常総市、高萩市、石岡市、三豊市、丸亀市観光協会、AP&PP高萩事業所、テレビ新広島、サガテレビほか
技術協力:ビデオスタッフ、バスク
美術協力:フジアール
照明協力:東新、AND FILM STUDIO
スタジオ:渋谷ビデオスタジオ、日活撮影所、府中多摩スタジオ
制作協力:共同テレビ
制作:フジテレビドラマ制作センター

視聴率[編集]



放送日

放送時間

視聴率

前編 2007年8月10日 21:00 - 22:52(JST) 18.2%
後編 2007年8月11日 21:00 - 23:10(JST) 20.5%
平均視聴率19.3% 視聴率は関東地区・ビデオリサーチ社調べ

記録映画[編集]


はだしのゲンが見たヒロシマ


監督
石田優子

出演者
中沢啓治(本人役)

音楽
小川洋

撮影
大津幸四郎

編集
大重裕二

公開
日本の旗 2011年8月6日

上映時間
77分

製作国
日本の旗 日本

言語
日本語
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2011年、原作者・中沢の生涯を取り上げた記録映画として「はだしのゲンがみたヒロシマ」(石田優子監督)が公開された。この作品は中沢自身の被爆体験のインタビューや、広島市内を実際に訪れたドキュメンタリーと、マンガの原画などを通して核戦争・核兵器の恐ろしさと平和を訴える内容である[23]。

出演[編集]
中沢啓治(本人)
聞き手:渡部朋子
ナレーション:小林さやか

作品に対する評価[編集]

Unbalanced scales.svg この節は中立的な観点に基づく疑問が提出されているか、議論中です。そのため偏った観点から記事が構成されているおそれがあります。議論はノートを参照してください。(2013年8月)

概要に記した経緯の通り、1980年代から多くの図書館や、小中学校の図書室に置かれた漫画であり、少年少女に広く読まれている。「原子爆弾投下」という現実を学ぶことが出来る、参考書としての側面を持つ漫画作品だという声がある。また、戦争漫画としてだけでなく、戦中戦後の風俗・社会情勢を捉えており、土俗的な描写の巧さについて、呉智英は「作者の中沢啓治が自ら体験したか、間近で見聞きしたのだろう」と推測している[24]。また、呉は中沢の左派的な作品のスタンスについて「稚拙な政治的言葉しか持ちえなくとも、それでも運命に抗う人々の軌跡」だとしている[24]。

単行本の出版[編集]

単行本の出版にも紆余曲折があり、当初の連載元である集英社からは、長い間単行本化されなかった。作者の中沢は「週刊誌は1週間で店頭から消えるが、単行本化すれば後まで残る」として、後々の抗議を恐れたため[25]と生前に述べている。ただし、担当編集者だった山路則隆は前記の通り、(連載終了当時は)単行本化するだけの人気がなかったためとしている[7]。『ジャンプ』連載にもかかわらず、ジャンプ・コミックス版がないのはそのためである。ただし『ジャンプ』掲載分は、まず1977年に集英社漫画文庫に収録され(集英社漫画文庫版)、さらに2005年にはコンビニ向けの集英社ジャンプリミックスシリーズでも発売されており(SHUEISHA JUMP REMIX版[26]。2005年以降も、複数回にわたり再刊されている)、2014年にはJUMP REMIX版の再刊に合わせ、この続きにあたる部分が中央公論新社より、ChukoコミックLite Special版として『はだしのゲン 第二部』のタイトルで刊行された[27]。全編を収録対象とした単行本は、1975年に汐文社より刊行が開始された(汐文社版)。他に市民社版、翠楊社版、ほるぷ出版版、中公文庫コミック版もある。2013年現在、汐文社版、汐文社愛蔵版、ほるぷ出版版、中公愛蔵版、中公文庫コミック版が発売中である。さらに中公文庫コミック版を元にした電子書籍版もある。上記の通り、集英社漫画文庫版、およびSHUEISHA JUMP REMIX版は『ジャンプ』連載時の内容のみ、ChukoコミックLite Special版はそれ以降の内容のみで構成されており、汐文社版以外は一部の差別用語とされる単語を削除している。

「平和学習」[編集]

全国各地の小学校・中学校では、夏休みの登校日などに「平和学習教育時間」が設けられているところもあるが、アニメ版「ゲン」はその時に鑑賞する原爆アニメの定番となっていた。特に、「平和教育」の盛んな広島市では、他機関からのフィルムのレンタルによる上映を含めると実に多くの小中学校でゲンが上映されていた。しかし、原爆投下時の熱線や爆風で老人や乳児を含む市民が犠牲となる描写が余りにも残虐なため、トラウマになったという者も多い[28]。そもそも児童にグロテスクな表現を見せることが教育上よいものかとも懸念されており、児童が「平和教育」自体に拒否感を持つに至った事例も報告されている。そのためこのアニメを学校で強制的に鑑賞させることに否定的な意見を持つも多い[29]。現在では描写がよりソフトな「トビウオのぼうやはびょうきです」などの方が好まれる傾向にある(教育現場における「ゲン」の受容に関しては『「はだしのゲン」がいた風景』第五章に詳しい[30])。

中沢啓治本人は「はだしのゲンのアニメ映画を見たことでトラウマを植え付け、それによって原爆に対して嫌悪感を持ってくれればいい」という旨を語っている[31]ほか、自伝でも「泣き叫んだ子供達、ありがとう 君たちは原爆の本当の真実を知ってくれたのだ!」と語っており[32]、原爆によるショックを受けることが原爆の悲惨さ、真実を知ることになるというスタンスである[33]。また、この意見に対しては映画監督のジェームズ・キャメロンも、本作に影響を受け2009年から企画が進行中の広島・長崎の原爆をテーマとした映画『JIGOKU』(仮題)での被爆による殺戮表現を、たとえ目を覆いたくなる映像になろうと、真実から目を背けずに描きたい旨を語っている[34]。

閲覧制限問題[編集]

松江市教育委員会による閉架措置問題[編集]

2012年8月、高知県在住の在日特権を許さない市民の会のメンバーより、本作品の後半に旧日本軍が「中国人の首を面白がって切り落とした」「妊婦の腹を切りさいて中の赤ん坊を引っ張り出した」「女性器の中に一升ビンがどれだけ入るかたたきこんで骨盤をくだいて殺した」といった記述が証拠資料もなしに羅列してあり、「子供たちに間違った歴史認識を植え付ける」として、学校図書室から本作品を撤去する陳情が出された。この陳情は市議会において不採択とされたが[35]、議員の中には陳情内容に同調する意見もあったことから、松江市教育委員会は教育的見地に基づく再検討を行い、2012年12月、『はだしのゲン愛蔵版』(汐文社発行)全10巻を「描写が過激」として、本棚に置かず倉庫に収める閉架措置にするように求め、市内で本作品を保有する39の小中学校全校がこれに応じた[36]。

汐文社の政門一芳社長や京都精華大学マンガ学部の吉村和真教授は、今回の閉架措置による戦争体験の継承の喪失・風化を危惧している[35]。下村博文文部科学大臣は松山市の閉架措置について、子供の発達段階に応じた教育的配慮は必要として、「学校図書の取り扱いについて学校に指示するのは、教育委員会の通常の権限の範囲内」として問題が無いことを述べている[37]。

2013年8月22日、日本図書館協会は『中沢啓治著「はだしのゲン」の利用制限について(要望)』を発表した。同協会は松江市教育委員会による閉架措置が、「図書館の自由に関する宣言」(1979年、総会決議)に違反していると指摘。同宣言では国民の知る自由を保障することを、図書館の最も基本的な任務と位置づけ、図書館利用の公平な権利を年齢等の条件によって差別してはならないこと。また、ある種の資料を特別扱いしたり、書架から撤去するなどの処置の禁止されていることが、同宣言に明記されていると指摘した。さらにアメリカ合衆国の図書館協会が、今回のような閉架措置を「目立たない形の検閲」として定義していることを挙げ、松江市教育委員会による閉架措置を批判すると同時に、開架図書として戻すよう求めた[38]。

2013年8月26日に開かれた松江市教育委員による臨時会議の結果、「教育委員会が学校に閲覧制限を一律に求めたことに問題があり、子供に見せるか見せないかは現場の判断に任せるべきだ」との意見から、全会一致で閲覧制限の撤回が決定された[39]。

2013年10月に行われた調査では、松江市内の分校を除く49校のうち、はだしのゲンを所蔵する43校中、41校で生徒が自由に閲覧できるようになり、1校が検討中、1校が原則閉架で、所蔵しない学校のうち2学校が生徒の希望であらたに購入を検討していることが明らかになっている[40]。

鳥取市立中央図書館における閉架措置[編集]

2011年夏、鳥取市立中央図書館において本作を読んだ小学校低学年児童の保護者から、「強姦などの性的描写がある本作を小さな子でも手に取れる場所に置くのはどうなのか」とクレームがあったため、事務室内に別置きする措置を行い、閲覧・貸出は要望があった時のみに制限していた[41]。2013年8月、松江市の閉架問題に関連してこの件が広く報道され、市民から問い合わせが相次いだため、8月21日に緊急に職員会議を開き、「市民の自由な論議の基になる材料を提供するのが図書館の役目である」との理由から閉架措置を撤回し、本作を一般書のコミックコーナーに移した[39]。

泉佐野市における回収措置[編集]

2013年11月、大阪府泉佐野市の千代松大耕市長および泉佐野市教育委員会は作品において「きちがい」「乞食」「ルンペン」などの差別的表現が多く何らかの対応が必要として市立小中学校全18校の所蔵を調査し、図書室から校長室に移すよう口頭で要請[42][43]。2014年1月、市立小中学校18校のうち蔵書として所有する13校から128冊を回収・保管した[42][43]。2014年1月23日、市立校長会は「特定の価値観や思想に基づき、読むことさえできなくするのは子どもたちへの著しい人権侵害」として、回収指示の撤回と返却を求める要望書を教育長に提出[42][43]。これを受け、3月20日、泉佐野市教委は児童生徒に同じ言葉を使わないよう指導する方針を決定し各校に図書を返却した[42][43]。

翻訳[編集]

本作品が表現するテーマ性から世界各国でも高い評価を受けており、初期からボランティアの手によって多くの言語に翻訳されている。一説によれば、1977年から大学生のグループによって翻訳された英語版(英題:Barefoot Gen)は、全編が英訳された初の日本漫画である[44][45]。2005年現在、少なくとも英語版、フランス語版、ドイツ語版、イタリア語版、韓国語版、ロシア語版、スペイン語版、インドネシア語版、タイ語版、エスペラント版、ノルウェー語版、ポーランド語版が既に刊行されている。

一方、金沢市の浅妻南海江は外国人女性が日本語版を読み涙したのを見て、外国人にも理解できるならと翻訳を思い立ち、後に加わったら8人と共にボランティアで1995年からロシア語[45]、2000年から英語への翻訳を行い2004年に全巻の翻訳を完了し、2004年9月に第1巻が発行され2007年4月までに第4巻まで、2008年4月-2009年4月までに第8巻までが発行されている。英語版はページの開きが逆であり齣(コマ)の左右並び替え、台詞を横書き化、吹き出しの大きさ変更などを経て、第9巻、第10巻は2009年10月に発行される。これら全10巻を中沢はバラク・オバマ大統領に贈呈すること考えており「大統領の核兵器をなくそうとの意思が伝わってくる。これを読んで、争いのない地球にしてほしい」と期待感を表明した[46][47][48]。

中沢は常に「真珠湾を忘れるな」と原爆投下を正当化するアメリカに対して戦争と核兵器の恐ろしさを知って欲しいと訴えており、「まずはアメリカでしっかり読まれてほしい。オバマ大統領にも娘さんたちと一緒にぜひ読んでもらいたい」と述べている。




書誌情報[編集]

汐文社版[編集]
1.『はだしのゲン』第1巻 青麦ゲン登場の巻、汐文社、1983年10月(原著1975年5月)。ISBN 978-4-8113-0030-6。
2.『はだしのゲン』第2巻 麦はふまれるの巻、汐文社、1983年7月(原著1975年)。ISBN 978-4-8113-0031-3。
3.『はだしのゲン』第3巻 麦よ出よの巻、汐文社、1980年7月(原著1975年)。ISBN 978-4-8113-0032-0。
4.『はだしのゲン』第4巻 まっすぐ伸びよ青い麦の巻、汐文社、1983年8月(原著1975年)。ISBN 978-4-8113-0033-7。
5.『はだしのゲン』第5巻、汐文社、1983年1月。ISBN 978-4-8113-0034-4。
6.『はだしのゲン』第6巻、汐文社、1983年8月。ISBN 978-4-8113-0035-1。
7.『はだしのゲン』第7巻、汐文社、1982年5月。ISBN 978-4-8113-0036-8。
8.『はだしのゲン』第8巻、汐文社、1983年8月。ISBN 978-4-8113-0037-5。
9.『はだしのゲン』第9巻、汐文社、1984年12月。ISBN 978-4-8113-0038-2。
10.『はだしのゲン』第10巻、汐文社、1987年3月。ISBN 978-4-8113-0039-9。 『はだしのゲン』全10巻、汐文社、1987年3月。ISBN 978-4-8113-0400-7。 - 全10巻セット。


汐文社ホーム・コミックス版[編集]
1.『はだしのゲン』1、汐文社〈ホーム・コミックス〉、1976年6月。
2.『はだしのゲン』2、汐文社〈ホーム・コミックス〉、1976年6月。
3.『はだしのゲン』3、汐文社〈ホーム・コミックス〉、1976年6月。
4.『はだしのゲン』4、汐文社〈ホーム・コミックス〉、1976年6月。
5.『はだしのゲン』5、汐文社〈ホーム・コミックス〉、1976年6月。

汐文社愛蔵版[編集]
1.『はだしのゲン』第1巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0040-5。 - 愛蔵版。
2.『はだしのゲン』第2巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0041-2。 - 愛蔵版。
3.『はだしのゲン』第3巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0042-9。 - 愛蔵版。
4.『はだしのゲン』第4巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0043-6。 - 愛蔵版。
5.『はだしのゲン』第5巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0044-3。 - 愛蔵版。
6.『はだしのゲン』第6巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0045-0。 - 愛蔵版。
7.『はだしのゲン』第7巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0046-7。 - 愛蔵版。
8.『はだしのゲン』第8巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0047-4。 - 愛蔵版。
9.『はだしのゲン』第9巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0048-1。 - 愛蔵版。
10.『はだしのゲン』第10巻、汐文社、1988年1月。ISBN 978-4-8113-0049-8。 - 愛蔵版。 『はだしのゲン』全10巻、汐文社、1988年9月。ISBN 978-4-8113-0408-3。 - 愛蔵版10巻セット。


市民社版[編集]
『はだしのゲン』戦後編、市民社、1976年7月。 - 発売:すずさわ書店。

集英社漫画文庫版[編集]
1.『はだしのゲン』1、集英社〈集英社漫画文庫 621〉、1977年10月。ISBN 978-4-08-612621-2。
2.『はだしのゲン』2、集英社〈集英社漫画文庫 622〉、1977年11月。ISBN 978-4-08-612622-9。
3.『はだしのゲン』3、集英社〈集英社漫画文庫 623〉、1977年12月。ISBN 978-4-08-612623-6。
4.『はだしのゲン』4、集英社〈集英社漫画文庫 624〉、1978年1月。ISBN 978-4-08-612624-3。
5.『はだしのゲン』5、集英社〈集英社漫画文庫 625〉、1978年2月。ISBN 978-4-08-612625-0。

SHUEISHA JUMP REMIX版[編集]
1.『はだしのゲン 非国民じゃないぞ編』 集英社、2005年7月。ISBN 978-4-08-109008-2。
2.『はだしのゲン ピカドン地獄編』 集英社、2005年8月。ISBN 978-4-08-109018-1。

文民社版[編集]
1.『はだしのゲン』1、文民社〈中沢啓治選集 第4巻〉、1977年2月。
2.『はだしのゲン』2、文民社〈中沢啓治選集 第5巻〉、1977年2月。

翠楊社版[編集]
1.『はだしのゲン』苦闘編、翠楊社〈ベストコミックス〉、1977年5月。
2.『はだしのゲン』激動編、翠楊社〈ベストコミックス〉、1978年8月。 - 巻末に『おれは見た』『永遠のアンカー』『いいタマ一本』を収録。

ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(旧版)[編集]

1995年に出版された「ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(改訂版)」と区別するため、(旧版)と記す。「ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(旧版)」では、第1巻から第7巻までと第20巻から第22巻までが『はだしのゲン』全10巻になる[49]。また、第18巻と第19巻が『はだしのゲン』の英語版全2巻になる[49]。
1.『はだしのゲン 1』第1巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 1〉、1982年7月。
2.『はだしのゲン 2』第2巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 2〉、1982年7月。
3.『はだしのゲン 3』第3巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 3〉、1982年7月。
4.『はだしのゲン 4』第4巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 4〉、1982年7月。
5.『はだしのゲン 5』第5巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 5〉、1982年7月。
6.『はだしのゲン 6』第6巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 6〉、1982年7月。
7.『はだしのゲン 7』第7巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 7〉、1982年7月。
8.『ユーカリの木の下で』第8巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 8〉、1982年7月。
9.『いつか見た青い空 上』第9巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 9〉、1982年7月。
10.『いつか見た青い空 下』第10巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 10〉、1982年7月。
11.『黒い雨にうたれて』第11巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 11〉、1982年7月。
12.『ゲキの河 上』第12巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 12〉、1982年7月。
13.『ゲキの河 下』第13巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 13〉、1982年7月。
14.『チンチン電車の詩』第14巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 14〉、1982年7月。
15.『あの街この街』第15巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 15〉、1982年7月。
16.『オキナワ』第16巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 16〉、1982年7月。
17.『平和の鐘シリーズ』第17巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 17〉、1982年7月。
18.『英語版はだしのゲン 上』第18巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 18〉、1982年7月。 - 企画・共同刊行:汐文社。
19.『英語版はだしのゲン 下』第19巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 19〉、1982年7月。 - 企画・共同刊行:汐文社。
20.『はだしのゲン 8』第20巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 20〉、1988年8月。
21.『はだしのゲン 9』第21巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 21〉、1988年8月。
22.『はだしのゲン 10』第22巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 22〉、1988年8月。
23.『拝啓青空さん』第23巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 23〉、1988年8月。
24.『お好み八ちゃん』第24巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 24〉、1988年8月。
25.『野球バカ』第25巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 25〉、1988年8月。
26.『悪太郎』第26巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 26〉、1988年8月。
27.『男なら勝利の歌を』第27巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 27〉、1988年8月。
28.『グズ六行進曲 上』第28巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 28〉、1988年8月。
29.『グズ六行進曲 中』第29巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 29〉、1988年8月。
30.『グズ六行進曲 下』第30巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 30〉、1988年8月。
31.『進め!! ドンガンデン 上』第31巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 31〉、1988年8月。
32.『進め!! ドンガンデン 下』第32巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 32〉、1988年8月。
33.『げんこつ岩太』第33巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2集 33〉、1988年8月。

ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(改訂版)[編集]

「ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(旧版)」および「汐文社版 中沢啓治平和マンガシリーズ」とは収録作品が異なるので区別する必要がある。「ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(改訂版)」では、第1巻から第10巻までの第1期全10巻が『はだしのゲン』になる[49]。
1.『はだしのゲン 1』第1巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 1〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89701-8。
2.『はだしのゲン 2』第2巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 2〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89702-5。
3.『はだしのゲン 3』第3巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 3〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89703-2。
4.『はだしのゲン 4』第4巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 4〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89704-9。
5.『はだしのゲン 5』第5巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 5〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89705-6。
6.『はだしのゲン 6』第6巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 6〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89706-3。
7.『はだしのゲン 7』第7巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 7〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89707-0。
8.『はだしのゲン 8』第8巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 8〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89708-7。
9.『はだしのゲン 9』第9巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 9〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89709-4。
10.『はだしのゲン 10』第10巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第1期 10〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89710-0。 『中沢啓治平和マンガ作品集 第1期』全10巻、ほるぷ出版、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-09966-5。 - 全10巻セット。

11.『ユーカリの木の下で』第11巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 11〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89711-7。
12.『いつか見た青い空(上)』第12巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 12〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89712-4。
13.『いつか見た青い空(下)』第13巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 13〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89713-1。
14.『黒い雨にうたれて』第14巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 14〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89714-8。
15.『ゲキの河(上)』第15巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 15〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89715-5。
16.『ゲキの河(下)』第16巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 16〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89716-2。
17.『チンチン電車の詩』第17巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 17〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89717-9。
18.『あの街この街』第18巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 18〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89718-6。
19.『オキナワ』第19巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 19〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89719-3。
20.『平和の鐘シリーズ』第20巻、ほるぷ出版〈中沢啓治平和マンガ作品集 第2期 20〉、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-89720-9。 『中沢啓治平和マンガ作品集 第2期』全10巻、ほるぷ出版、1995年1月、改訂版。ISBN 978-4-593-09967-2。 - 全10巻セット。
『中沢啓治平和マンガ作品集』全20巻、ほるぷ出版、2001年7月。ISBN 978-4-593-09475-2。 - 全20巻セット。


中公愛蔵版[編集]
1.『はだしのゲン』第1巻、中央公論社〈Chuko comics〉、1996年6月25日。ISBN 4-12-002581-0。 - 中公愛蔵版。
2.『はだしのゲン』第2巻、中央公論社〈Chuko comics〉、1996年7月25日。ISBN 4-12-002582-9。 - 中公愛蔵版。
3.『はだしのゲン』第3巻、中央公論社〈Chuko comics〉、1996年8月25日。ISBN 4-12-002583-7。 - 中公愛蔵版。

中公文庫コミック版[編集]
1.『はだしのゲン』1、中央公論社〈中公文庫コミック版〉、1998年5月18日。ISBN 4-12-203156-7。
2.『はだしのゲン』2、中央公論社〈中公文庫コミック版〉、1998年6月18日。ISBN 4-12-203180-X。
3.『はだしのゲン』3、中央公論社〈中公文庫コミック版〉、1998年6月18日。ISBN 4-12-203181-8。
4.『はだしのゲン』4、中央公論社〈中公文庫コミック版〉、1998年7月18日。ISBN 4-12-203205-9。
5.『はだしのゲン』5、中央公論社〈中公文庫コミック版〉、1998年7月18日。ISBN 4-12-203206-7。
6.『はだしのゲン』6、中央公論社〈中公文庫コミック版〉、1998年8月18日。ISBN 4-12-203229-6。
7.『はだしのゲン』7、中央公論社〈中公文庫コミック版〉、1998年8月18日。ISBN 4-12-203230-X。 『はだしのゲン』全7巻、中央公論社〈中公文庫コミック版〉、2010年11月1日。ASIN B002DELAOG。 - 全7巻セット。


ChukoコミックLite Special版[編集]
1.『はだしのゲン 第二部 原爆症なんかに負けるな編』1、中央公論新社〈ChukoコミックLite Special版〉、2014年8月5日。ISBN 978-4-12-410647-3。
2.『はだしのゲン 第二部 ゲン十三歳自立編』2、中央公論新社〈ChukoコミックLite Special版〉、2014年8月5日。ISBN 978-4-12-410648-0。
3.『はだしのゲン 第二部 たくましい麦になれ編』3、中央公論新社〈ChukoコミックLite Special版〉、2014年8月5日。ISBN 978-4-12-410649-7。

絵本版[編集]
『はだしのゲン 絵本』 中沢啓治 作・絵、汐文社、1980年8月。ISBN 978-4-8113-0050-4。
中沢啓治 『はだしのゲン =BAREFOOT GEN 絵本』 DINO BOX(出版) 垣内出版(発売)、2013年8月、新装・英日版。ISBN 978-4-9902850-5-0。 - 英語併記。

小説版[編集]
1.『はだしのゲン 児童文学版』上巻、中沢啓治 原作、深沢一夫 作、汐文社、1980年7月。ISBN 978-4-8113-0051-1。
2.『はだしのゲン 児童文学版』中巻、中沢啓治 原作、深沢一夫 作、汐文社、1980年7月。ISBN 978-4-8113-0052-8。
3.『はだしのゲン 児童文学版』下巻、中沢啓治 原作、深沢一夫 作、汐文社、1981年8月。ISBN 978-4-8113-0053-5。
『物語・はだしのゲン』 アン・ヘリング・尾田長 編訳、中沢啓治 原作、三友社出版〈Sanyusha new English course〉、1983年7月。

シナリオ版[編集]
『ゲンinヒロシマ 物語「はだしのゲン」』 中沢啓治 原作、木島恭 脚本・詞、講談社、1999年7月。ISBN 4-06-209537-8。
『はだしのゲン テレビドラマ版』 中沢啓治 原作、君塚良一 脚本、田中舘哲彦 構成、ワイズ(出版) 汐文社(発売)、2007年7月。ISBN 978-4-8113-8420-7。
『はだしのゲン誕生 母のゴンドラの唄が聞こえる 舞台シナリオ』 ゲン・クリエイティブ 編、中沢啓治 原作、星功一 脚本、柘植書房、1995年8月。ISBN 4-8068-0367-7。 - 「はだしのゲン誕生」関連年表:pp.178-179。

インドネシア語版[編集]
1.Keiji Nakazawa (1996). Gen Si Kaki Ayam: Hadashi no Gen: Sebuah Komik Tentang Hiroshima. Buku Obor. diterjemahkan ke bahasa Inggris oleh Project Gen; alih bahasa Indonesia oleh A. Setiawan Abadi. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612332.
2.Keiji Nakazawa (1996). Gen Si Kaki Ayam: Setelah Pemboman, Sebuah Komik tentang Hiroshima. Buku Obor 2. penerjemah, Antje Budiana. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612499.
3.Keiji Nakazawa (1997). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima, Setelah Bom Atom Dijatuhkan. Buku Obor 3. penerjemah, Antje Budiana. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612537.
4.Keiji Nakazawa (1997). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima, Tumbuhlah Gandum. Buku Obor 4. penerjemah, Antje Budiana. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia.
5.Keiji Nakazawa (1997). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima, Tumbuhlah Gandum. Buku Obor 5. penerjemah, Antje Budiana. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612774.
6.Keiji Nakazawa (2001). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima, Tumbuhlah Terus Tunas Gandum. Buku Obor 6. penerjemah, Antje Budiana. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612561.
7.Keiji Nakazawa (2001). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima, Tumbuhlah Terus Tunas Gandum. Buku Obor 7. penerjemah, Antje Budiana. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 979461257X.
8.Keiji Nakazawa (2001). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima, Tumbuhlah Terus Tunas Gandum. Buku Obor 8. penerjemah, Papsiana T.Sofyan. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612588. - 翻訳者の名前は「Patsiana T.Sofyan」のミスプリント
9.Keiji Nakazawa (2001). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima. Buku Obor 9. penerjemah, Papsiana T.Sofyan. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612596.
10.Keiji Nakazawa (2001). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima. Buku Obor 10. penerjemah, Papsiana T.Sofyan. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 979461260X.
11.Keiji Nakazawa (2001). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima. Buku Obor 11. penerjemah, Papsiana T.Sofyan. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612618.
12.Keiji Nakazawa (2001). Gen Si Kaki Ayam: Kisah Hancurnya Hiroshima. Buku Obor. penerjemah, Papsiana T.Sofyan. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612626.
13.Keiji Nakazawa (2001). Gen si kaki ayam: kisah hancurnya Hiroshima. Buku Obor. penerjemah, Papsiana T.Sofyan. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612634.
14.Keiji Nakazawa (2001). Gen si kaki ayam: kisah hancurnya Hiroshima. Buku Obor. penerjemah, Papsiana T.Sofyan. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612642.
15.Keiji Nakazawa (2001). Gen si kaki ayam: kisah hancurnya Hiroshima. Buku Obor. penerjemah, Papsiana T.Sofyan. Jakarta: Yayasan Obor Indonesia. ISBN 9794612650.

英語版[編集]
Keiji Nakazawa (Jul 27, 1995). Barefoot Gen: A Cartoon Story of Hiroshima: Vol. 1. Penguin Books Ltd.. ISBN 0-14-025125-1.
Keiji Nakazawa (August 1, 1990). Barefoot Gen: The Day After: Vol.2. Penguin Originals. translated by Dadakai and Project Gen. Penguin Books Ltd.. ISBN 0-14-011809-8.
1.Keiji Nakazawa (2004-09-01). Barefoot Gen. Vol. 1: a cartoon story of Hiroshima. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-602-3.
2.Keiji Nakazawa (2004-09-01). Barefoot Gen. Vol. 2: The Day After. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-619-1.
3.Keiji Nakazawa (2005-05-01). Barefoot Gen. Vol. 3: Life After the Bomb. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-594-1.
4.Keiji Nakazawa (2005-10-30). Barefoot Gen. Vol. 4: Out of the Ashes. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-595-8.
5.Keiji Nakazawa (2008-02-22). Barefoot Gen. Vol. 5: The Never-Ending War. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-596-5.
6.Keiji Nakazawa (2008-02-22). Barefoot Gen. Vol. 6: Writing the Truth. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-597-2.
7.Keiji Nakazawa (2009-03-01). Barefoot Gen. Vol. 7: Bones into Dust. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-597-2.
8.Keiji Nakazawa (2009-03-01). Barefoot Gen. Vol. 8: Merchants of Death. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-599-6.
9.Keiji Nakazawa (2010-02-01). Barefoot Gen. Vol. 9: Breaking Down Borders. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-600-9.
10.Keiji Nakazawa (2010-02-01). Barefoot Gen. Vol. 10: Never Give Up. translated by Project Gen. San Francisco: Last Gasp. ISBN 978-0-86719-601-6.

イタリア語版[編集]
Keiji Nakazawa (2014). マルチェッラ マリオッティ編 Marcella Mariotti. ed. Gen di Hiroshima: Vol. 1 (日本語版の1,2,3,4巻). Hikari. ISBN 978-8897846635.
Keiji Nakazawa (2015). マルチェッラ マリオッティ訳 edited and translated by Marcella Mariotti. ed. Gen di Hiroshima: Vol. 2 (日本語版の5,6,7巻). Hikari. ISBN 978-8899086312.

韓国語版[編集]
1.나카자와 케이지 (2011-04-30). 맨발의 겐 1. 김송이・이종욱. 아름드리미디어. ISBN 9788988404607.
2.나카자와 케이지 (2000-08-25). 맨발의 겐 2. 김송이・이종욱. 아름드리미디어. ISBN 9788988404614.
3.나카자와 케이지 (2001-03-10). 맨발의 겐 3. 김송이・이종욱. 아름드리미디어. ISBN 9788988404621.
4.나카자와 케이지 (2010-11-25). 맨발의 겐 4. 김송이・이종욱. 아름드리미디어. ISBN 9788988404638.
5.나카자와 케이지 (2002-04-01). 맨발의 겐 5. 김송이・이종욱. 아름드리미디어. ISBN 9788988404645.
6.나카자와 케이지 (2002-04-01). 맨발의 겐 6. 김송이・이종욱. 아름드리미디어. ISBN 9788988404652.
7.나카자와 케이지 (2002-06-20). 맨발의 겐 7. 김송이・익선. 아름드리미디어. ISBN 9788988404669.
8.나카자와 케이지 (2002-06-20). 맨발의 겐 8. 김송이・익선. 아름드리미디어. ISBN 9788988404676.
9.나카자와 케이지 (2002-07-27). 맨발의 겐 9. 김송이・익선. 아름드리미디어. ISBN 9788988404683.
10.나카자와 케이지 (2002-07-27). 맨발의 겐 10 - 완결. 김송이・익선. 아름드리미디어. ISBN 9788988404690.

脚注[編集]

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1.^ “読んでおきたい日本史モノマンガランキング - アニメランキング - goo ランキング”. NTTレゾナント (2013年8月18日). 2013年8月18日閲覧。
2.^ コトバンク:朝日新聞掲載「キーワード」
3.^ 共同通信 (2007年4月29日). “はだしのゲンで核軍縮訴え 外務省、NPT会議で配布”. 47NEWS (全国新聞ネット) 2013年8月24日閲覧。[リンク切れ]
4.^ 『おれは見た』は「平和の鐘シリーズ」に収録。(中沢 1982r、中沢 1995u、中沢ほか & 中野 2013)中沢 1994も参照。
5.^ (大村 2013, p. 20 - 21)。中沢はその後エンターテインメント系の読み切り作品を何編か『週刊少年ジャンプ』に掲載したが、『ゲン』ほどの人気は得られなかったという。
6.^ a b (中沢 2012, p. 185 - 186)
7.^ a b (大村 2013, p. 29 - 30)
8.^ a b c d (大村 2013, p. 62 - 65)。この内容は中沢の妻による証言である。
9.^ (中沢 2012, p. 187)
10.^ 岩波書店『図書』1975年9月号
11.^ 汐文社版単行本第3巻の後半部分(昭たちが疎開先で玉音放送を聴く場面から巻末まで)がそれに該当する。
12.^ 中央公論新社からの刊行分には「第二部 完」と記されている(『ジャンプ』掲載分の最終ページには「第一部 完」とある)。
13.^ “「はだしのゲン」の作者、視力の衰えで引退”. 読売新聞 (読売新聞社). (2009年9月15日). オリジナルの2009年9月23日時点によるアーカイブ。 2013年8月25日閲覧。
14.^ ふるさと発スペシャル「はだしのゲンは終わらない 幻の続編からのメッセージ」日本放送協会広島放送局制作、2010年7月30日放送より。本番組内で、『幻の第二部』の原稿も紹介されている。
15.^ “「ゲン」作者が資料など寄贈”. 中国新聞 (中国新聞社). (2009年12月9日). オリジナルの2009年12月14日時点によるアーカイブ。 2013年8月25日閲覧。
16.^ デジタル大辞泉プラス
17.^ 人件費削減も兼ねている。天野は社長から大月の半分の給料で雇われた。
18.^ 1951年までには麻薬や覚醒剤を取り締まる法律が制定されていたが、長年覚せい剤のヒロポンなどが薬局でも堂々と販売されていたため、中毒者が社会問題となっていた。
19.^ リンチに遭い、河原に放り投げられるまでは生きていた。最後の力を振り絞って、ゲンと隆太そして勝子のいる家にたどり着き、実情を話して力尽きて死亡した。
20.^ 後藤洋平・小玉重隆 (2013年2月15日). “「はだしのゲン」続きあった 中沢さん自宅に新たな遺稿”. ブック・アサヒ・コム (朝日新聞社). オリジナルの2013年8月27日時点によるアーカイブ。 2013年8月27日閲覧。
21.^ a b 肥沼和之 (2011年6月30日). “「はだしのゲン」の中沢啓治、幻の第2部の構想を明らかに!ゲンが被爆者として差別されるという衝撃の展開”. シネマトゥデイ. 2013年8月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月27日閲覧。
22.^ 朝日新聞 2010年9月5日朝刊 教育面
23.^ “「はだしのゲン」作者「核兵器ない世に」”. 日刊スポーツ新聞 (日刊スポーツ新聞社). (2011年6月30日). オリジナルの2011年11月20日時点によるアーカイブ。 2013年8月25日閲覧。
24.^ a b (中沢 1998g, 中公文庫版第7巻の解説)
25.^ (中沢 1994, 作者の記述)
26.^ SHUEISHA JUMP REMIX版は、中公文庫コミック版を底本としている。
27.^ 中央公論新社版の区分に基づき、『第二部』と題されている(生前、中沢が構想を抱きながら執筆を断念した“第二部”とは異なる)。なお、2014年刊行のSHUEISHA JUMP REMIX版(表紙等に“第一部”の表記あり)とChukoコミックLite Special版の巻末には、連動する形で相互に広告が掲載されている。
28.^ 梓出版社刊『「はだしのゲン」がいた風景』p190~200記述より
29.^ (吉村 & 福間 2006, p. 196)
30.^ (吉村 & 福間 2006, 第五章)
31.^ 『クイックジャパン』Vol.12に掲載されたインタビューにて語っている。(中沢, アイカワ & BUDO 1997)
32.^ (中沢 1994)
33.^ 中沢啓治『はだしのゲン自伝』教育史料出版会(1994年)P211~213
34.^ フジテレビ『情報プレゼンター とくダネ!』2009年
35.^ a b 宮川佐知子・山田奈緒 (2013年8月16日). “はだしのゲン:松江市教委、貸し出し禁止要請「描写過激」”. 毎日jp (毎日新聞社). オリジナルの2013年8月17日時点によるアーカイブ。 2013年8月25日閲覧。
36.^ “「はだしのゲン」を閲覧制限”. 中国新聞 (中国新聞社). (2013年8月17日). オリジナルの2013年8月17日時点によるアーカイブ。 2013年8月19日閲覧。
37.^ “松江市教委の「はだしのゲン」閲覧制限要請 文科相「問題ない」”. MSN産経ニュース (産経新聞社). (2013年8月21日). オリジナルの2013年8月21日時点によるアーカイブ。 2013年8月25日閲覧。
38.^ 西河内靖泰 (2013年8月22日). “中沢啓治著「はだしのゲン」の利用制限について(要望) (PDF)”. 日本図書館協会. 2013年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年8月27日閲覧。
39.^ a b 川瀬慎一朗 (2013年8月23日). “はだしのゲン:鳥取市立中央図書館が閲覧制限を撤回”. 毎日jp (毎日新聞社). オリジナルの2013年8月23日時点によるアーカイブ。 2013年8月25日閲覧。
40.^ 朝日新聞2013年10月17日社会面
41.^ 川瀬慎一朗 (2013年8月19日). “はだしのゲン:鳥取市立中央図書館でも事務室に別置き”. 毎日jp (毎日新聞社). オリジナルの2013年8月19日時点によるアーカイブ。 2013年8月25日閲覧。
42.^ a b c d “泉佐野市教委、小中学校の「はだしのゲン」回収”. 読売新聞 (読売新聞社). (2014年3月21日) 2014年3月21日閲覧。
43.^ a b c d “「はだしのゲン」回収 泉佐野の市立小中の図書室”. 朝日新聞 (朝日新聞社]]). (2014年3月20日) 2014年3月21日閲覧。
44.^ (Gleason & Nakazawa 2003, p. 51)
45.^ a b プロジェクト・ゲン. “プロジェクト・ゲンについて”. プロジェクト・ゲンの沿革、1976年. プロジェクト・ゲン. 2013年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年7月26日閲覧。
46.^ 『読売新聞』、2009年7月26日、13S版38面
47.^ “オバマ大統領も読んで…「はだしのゲン」英語版完成”. ZAKZAK (産業経済新聞社). (2009年4月24日). オリジナルの2013年8月25日時点によるアーカイブ。 2013年9月1日閲覧。
48.^ “クローズアップ現代”. マンガ家たちの“戦争”. NHK (2009年8月6日). 2013年8月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月9日閲覧。
49.^ a b c (CiNii 2013)

参考文献[編集]
Gleason, Alan; Nakazawa, Keiji (October 2003), “Keiji Nakazawa Interview”, The Comics Journal (FANTAGRAPHICS BOOKS) (256): 38-73
アイカワタケシ・BIG THE BUDO インタビュア「「はだしのゲン」を図書館から取り戻せ!!-著者・中沢啓治インタビュー」、『クイック・ジャパン』第12号、太田出版、1997年2月。
大村克巳 『「はだしのゲン」創作の真実』 中央公論新社、2013年11月25日。ISBN 978-4-12-004566-0。 - 特別付録:『黒い雨にうたれて』・『はだしのゲン』第二部草稿を収録。
長岡義幸「『はだしのゲン』閲覧制限大論争の今後の行方」、『創』第43巻(9号)479(2013年11月号)、創出版、2013年10月7日、 32-43頁。
中沢啓治 『「はだしのゲン」自伝』 教育史料出版会、1994年7月。ISBN 4-87652-263-4。 - 中沢啓治・略年譜と主な作品:pp.221-226。
中沢啓治 『はだしのゲン わたしの遺書』 朝日学生新聞社、2012年12月20日。ISBN 978-4-904826-79-9。 - 著作目録・年譜あり。
中沢啓治 ほか 「おれは見た」『原爆といのち』 中野晴行 監修、金の星社〈漫画家たちの戦争〉、2013年2月。ISBN 978-4-323-06401-7。
吉村和真、福間良明 編著 『「はだしのゲン」がいた風景 マンガ・戦争・記憶』 梓出版社、2006年7月。ISBN 4-87262-221-9。

関連文献[編集]
後藤寿一 『『はだしのゲン』を読んでみた』 コスミック出版〈コスミック新書〉、2013年11月。ISBN 978-4-7747-9098-5。
中沢啓治 『はだしのゲンはピカドンを忘れない』 岩波書店〈岩波ブックレット no.7〉、1982年7月23日。ISBN 4-00-004947-X。
『「はだしのゲン」への手紙』 中沢啓治 編、教育史料出版会、1991年9月。ISBN 4-87652-211-1。
中沢啓治 『黒い雨にうたれて』 呉智英 解説、DINO BOX、2005年8月6日。ISBN 4-902671-52-2。 - 初期漫画短編集
中沢啓治 『はだしのゲンはヒロシマを忘れない』 岩波書店〈岩波ブックレット no.735〉、2008年8月6日。ISBN 978-4-00-009435-1。
中沢啓治 作・絵 『絵本 クロがいた夏』 DINO BOX、2011年8月6日、新装版。ISBN 978-4-9902850-4-3。
『『はだしのゲン』を英語で読む』 毎日文化センター広島 編、毎日新聞社、2013年8月。ISBN 978-4-620-32218-6。
『世界のコミックスとコミックスの世界 グローバルなマンガ研究の可能性を開くために』(PDF) ジャクリーヌ・ベルント 編、京都精華大学国際マンガ研究センター〈国際マンガ研究 1〉、2010年9月30日。ISBN 978-4-905187-02-8。 - 文献あり。 1.川口隆行「16 「はだしのゲン」と「原爆文学」――原爆体験の再記憶化をめぐって」、229-240頁。
2.加治屋健司「17 情動はいかに作動するか――「はだしのゲン」における視覚のポリティクス」、241-258頁。
3.トマス・ラマール、大崎晴美 訳「18 マンガ爆弾――「はだしのゲン」の行間」、259-312頁。
4.吉村和真「あとがき――「『はだしのゲン』のリメイク版を海外で刊行する」ことの意図と方法」、313-322頁。


汐文社版 中沢啓治平和マンガシリーズ[編集]

このシリーズは『はだしのゲン』を収録していないため、「ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(旧版)」および「ほるぷ版 中沢啓治平和マンガ作品集(改訂版)」とは区別する必要がある。
1.『いつか見た青い空 上』第1巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 1〉、1986年1月。ISBN 978-4-8113-7856-5。
2.『いつか見た青い空 下』第2巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 2〉、1986年2月。ISBN 978-4-8113-7857-2。
3.『ユーカリの木の下で』第3巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 3〉、1986年3月。ISBN 978-4-8113-7858-9。
4.『ゲキの河 上』第4巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 4〉、1986年4月。ISBN 978-4-8113-7859-6。
5.『ゲキの河 下』第5巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 5〉、1986年12月。ISBN 978-4-8113-7860-2。
6.『おはよう』第6巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 6〉、1986年6月。ISBN 978-4-8113-7861-9。
7.『お好み八ちゃん』第7巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 7〉、1986年8月。ISBN 978-4-8113-7862-6。
8.『野球バカ』第8巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 8〉、1986年5月。ISBN 978-4-8113-7863-3。
9.『悪太郎』第9巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 9〉、1986年5月。ISBN 978-4-8113-7864-0。
10.『男なら勝利の歌を』第10巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 10〉、1986年10月。ISBN 978-4-8113-7865-7。
11.『グズ六行進曲 上』第11巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 11〉、1987年5月。ISBN 978-4-8113-7866-4。
12.『グズ六行進曲 中』第12巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 12〉、1987年5月。ISBN 978-4-8113-7867-1。
13.『グズ六行進曲 下』第13巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 13〉、1987年5月。ISBN 978-4-8113-7868-8。
14.『進め!! ドンガンデン 上』第14巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 14〉、1987年8月。ISBN 978-4-8113-7869-5。
15.『進め!! ドンガンデン 下』第14巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 15〉、1987年9月。ISBN 978-4-8113-7870-1。
16.『げんこつ岩太』第16巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 16〉、1987年10月。ISBN 978-4-8113-7871-8。
17.『ある日突然に』第17巻、汐文社〈中沢啓治平和マンガシリーズ 17〉、1987年12月。ISBN 978-4-8113-7872-5。 『中沢啓治平和マンガシリーズ』全17巻、汐文社、2004年4月。ISBN 978-4-8113-7971-5。 - 全17巻セット。


関連項目[編集]
エノラ・ゲイ
核兵器
黒い雨
原子爆弾
原爆症
ザ・デイ・アフター
昭和天皇の戦争責任論
中沢啓治
被爆者
広島東洋カープ - 球団創設時のエピソードが、作品中に登場する。また石本監督や白石勝巳などの主力選手についても言及されている。
広島市への原子爆弾投下
表現規制
マンハッタン計画
リトルボーイ

外部リンク[編集]
デジタル大辞泉プラス『はだしのゲン』 - コトバンク
フジテレビ「千の風になってドラマスペシャル はだしのゲン」
1995 GEN PRODUCTION - 熱狂的なファンによるサイト。ジョークに寛容な中沢啓治本人の許諾を得ている。
はだしのゲンデザイナーズ・リパブリック - はだしのゲンをテーマしたTシャツブランド。
プロジェクト・ゲン - 各言語版への翻訳出版グループ。
「はだしのゲンが見たヒロシマ」ホームページ - 原作者・中沢啓治が自身の生い立ちを語ったドキュメンタリー映画。
はだしのゲンが見たヒロシマ - KINENOTE
はだしのゲンシリーズ | 株式会社汐文社(ちょうぶんしゃ)
2012年図書館ブックガイド ほるぷ出版図書目録 (PDF)
“CiNii”. National Institute of Informatics. 2013年9月16日閲覧。



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マッドハウス





































































































































































































































































































カテゴリ: 占領下の日本
広島原爆を扱った作品
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週刊少年ジャンプの漫画作品
雑誌掲載漫画作品
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漫画を原作とする映画作品
1976年の映画
1977年の映画
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アニメ作品 は
1983年のアニメ映画
1986年のアニメ映画
日本の戦争映画
広島原爆を扱った映画作品
日本の反核映画
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共同テレビのテレビドラマ
漫画を原作とするテレビドラマ
2007年のテレビドラマ
マッドハウス
広島県を舞台とした作品
戦時中・終戦直後の日本を舞台とした作品
アメリカ兵を扱った作品
闇市を扱った作品

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ヒクソン・グレイシー・セミナー in 自衛隊


















http://www.mmajournal.net/exclusive/ricson-gracie-seminar-in-self-defense-forces-1/


【独占取材】ヒクソン・グレイシー・セミナー in 自衛隊 ー前編ー


2018年2月12日(月)、我々取材班は陸上自衛隊・朝霞駐屯地で開催された「ヒクソン・グレイシー・セミナー」という歴史的瞬間に立会った。

「ヒクソン・グレイシー」。格闘技にあまり詳しくはなくとも、この名前を耳にした人は多いはずだ。
ブラジルに移民した日本人柔道家・前田光世(コンデ・コマ)が他流試合で修得した技術や柔道の技術をグレイシー一族に伝え、中でも小柄だったエリオ・グレイシーが護身術(Self-Defense)の要素を取り入れ考案したのがグレイシー柔術とされている。「ヒクソン・グレイシー」は、このグレイシー柔術創始者エリオ・グレイシーの三男であり、第一回の「UFC®(The Ultimete Fighting Championship」で王者となった四男ホイス・グレイシーが「兄ヒクソンは私の十倍強い」と語ったことで一躍時の人となり、写真家Bruce Weberの写真集「O Rio De Janeiro」でモデルを勤めたことで世界中にその名が響き渡った。1994年に「400戦無敗の男」として来日したヒクソンは「ヴァーリトゥード・ジャパン(現VTJ)」で優勝すると、1997年・1998年「PRIDE」で高田延彦を2度に渡り腕十字固めで極め、2000年「コロシアム2000」で船木誠勝をリアネイキッド・チョークで沈めた。総合格闘技引退後は柔術の普及に専念し、2008年2月、全日本柔術連盟(JJFJ)を設立。初代会長に就任し同年5月より「ヒクソン・グレイシー杯国際柔術大会」を開催している。



今回「ヒクソン・グレイシー杯国際柔術大会2018」のために来日したヒクソン氏が、陸上自衛隊・朝霞駐屯地でセミナーを開催するという情報を入手し、その模様を独占取材した。

自衛隊(Japan Self-Defense Forces)で行われた、護身術(Self-Defense)をベースとしたこのセミナーには、ヒクソン氏から日本人で唯一黒帯を授かったAXIS柔術アカデミー代表の渡辺孝真氏(柔術黒帯4段)と、AXIS柔術アカデミー所属でありアメリカ合衆国国防総省 特別捜査局の想流士・ポール氏(柔術茶帯)が帯同し、全国各地より集結した自衛官およそ150名が、熱弁をふるい解説するヒクソン氏の「本物」の一挙手一投足に真剣な眼差しを送っていた。


左からAXIS柔術アカデミー代表の渡辺孝真氏/ヒクソン・グレイシー氏/想流士・ポール氏


この歴史的なセミナーの模様をHIROKOさん (A-bonD Japan)のリポートでお送りします。
© Photo by Xesanat Text by Hiroko (A-bonD Japan)
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「ヒクソン・グレイシー・セミナーin自衛隊」
2018年2月12日(月) 陸上自衛隊・朝霞駐屯地

MMA Journal格闘班、2018年のビッグイベントがいきなりやってきました!!
格闘技界の世界的レジェンド、ヒクソン・グレイシーさんのセミナーになんと独占取材。しかも、陸上自衛隊の方々が企画したもので、これは正に“門外不出”のセミナー。この話が決まった時「そんな凄いセミナーを取材させて頂くなんて、年早々からなんてラッキーなんだ!」って、浮かれ気分だったワタシでしたが、当日は朝から早くもド緊張。だって、会場は朝霞にある陸上自衛隊の駐屯地。一般人のワタシは、そうそう入れる場所ではありません。取材メンバーとワタシが運転する車で駐屯地に到着。入口で車体ナンバー訊かれ、入館証カードを渡され、入口の隊員の方が敬礼。(ワタシも思わず、敬礼をやり返しそうに。汗)これまでに経験したことのない緊張がお腹の底からどっと押し寄せる。

車で駐屯地の広い敷地内を少し走ると、会場前で広報班の宮ヶ原浩氏が私達を待ってくれていました。宮ヶ原さんの柔和な笑顔に少しほっとしたワタシ。近代五種目の競技でオリンピック出場経験を持つ宮ヶ原さんの後ろを歩きながら、会場である自衛隊体育館(一般の体育館の2~3倍位のビッグサイズ!!)に一歩踏み入れたら、そこには大勢の迷彩服姿の方々がズラリ。明らかに部外者な私達に対し屈強な人達が向ける鋭い視線に「おわ!」っと、思わず声が出そうになっちゃいました。すると、皆すぐに「違う。アレじゃない」って表情。「あー、もしかして私達を一瞬、ヒクソン・グレイシーの一団と勘違いしたのかも」と理解していたら、再び大勢の鋭い視線。「だから、違うって」と、心の中でツッコミを入れたワタシの後ろから、今度は本物が!! おー、雰囲気ヤバイ! 存在感がハンパない! もう目が釘付け。それまでの緊張感が一瞬で逆転し、今度はアドレナリン全開の大興奮状態。鼻血出そうになるくらいって、こういうことを言うのよね。




一団が到着してからすぐに、今回のセミナーを企画された自衛隊体育学校 第1教育課 格闘班助教の森江弘幸氏が、ヒクソンさんと全日本柔術連盟(JJFJ)理事長兼AXIS柔術アカデミー代表の渡辺孝真先生と、同じくAXIS柔術アカデミー所属でアメリカ合衆国国防総省 特別捜査局の想流士・ポールさんを紹介。



皆、フムフムと頷きながら真剣にその内容を聴く。最初の自己紹介が始まったばかりなのに会場内の空気が一瞬で変化。白い道着を身にまとった一人の精悍なブラジル人を中心に高い集中と静けさがこの空間を支配する。



ヒクソンさんの話すコトバは、通訳をされた渡辺先生の凛とした声を通しこの場所にいる全ての人に届けられる。


ヒクソンさんがセミナー中、度々、参加者の中から一人を選び出し、一緒に身体を使って教えるが、選ばれた隊員の方々はこの“生ける伝説”に声を掛けられたことの驚きや嬉しさからか、明らかに目がキョロキョロ。




彼らの名誉の為に言うけど、あんなに屈強な人でもそうなるのは、ヒクソンさんの存在感が大き過ぎるから。



見てるだけのワタシですらも、自分の気持ちがありえない位に高揚しているのが分るし、ヒクソンさんの一つ一つの動きに視線を外すことが出来ない。



【独占取材】ヒクソン・グレイシー・セミナー in 自衛隊 —中編—へと続く


http://www.mmajournal.net/exclusive/ricson-gracie-seminar-in-self-defense-forces-2/


【独占取材】ヒクソン・グレイシー・セミナー in 自衛隊 ー中編ー


2018年2月12日(月)陸上自衛隊・朝霞駐屯地で開催された歴史的な講習会「ヒクソン・グレイシー・セミナー」。
いよいよその全貌が明らかに!

反響の大きかった前編に引き続き、HIROKOさん (A-bonD Japan)のリポートでお送りします。
© Photo by Xesanat Text by Hiroko (A-bonD Japan)
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「ヒクソン・グレイシー・セミナーin自衛隊」
2018年2月12日(月) 陸上自衛隊・朝霞駐屯地

ヒクソンさんは、とてもシンプルなコトバで話をする。私達が日常的に使う様な表現だけど、一つ一つのコトバのその意味は深く、ワタシの心に突き刺さる。



ヒクソンさんは開口一番、グレイシー柔術とはセルフディフェンス(護身術)だと説明した。



セルフディフェンスとは、自分の目の前にある問題を解決し、自分の身を護ることだという。そして、その技術や哲学は、戦いや格闘の場面だけでなく、生きていく上でのあらゆる状況に応じるものだと語った。



最も重要だとして、最初に教えてくれたことは呼吸法。 息を吸い、吐く―。私達が生まれてから死ぬまで、絶えず行い続ける身体操作。息を吐く時は横隔膜を動かす事を意識し、力強く吐き出す。吸う時は逆に力を抜いてリラックスする。



ヒクソンさんはいう。「呼吸は自分の感情をコントロールする一番の方法」だと。この呼吸法の目的は、こころの平穏を得ること。「不動の心」から物事をシンプルに考えられるようになり、そのことが正しい判断力を生み出す。その結果、問題は解決される。



ベース(基本姿勢)の重要性についても語ってくれた。



大切なポイントは、常に動き(身体的にも、精神的にも)、周囲(環境)のプレッシャーに負けない、影響され過ぎない基本姿勢(状態)を作る。




これは格闘技だけでなく、生きていく上でとても大切なことだと思った。

ヒクソンさんは「見えない力(invisible power)」と言うコトバをよく使う。論理的かつ実証的に裏付けされたグレイシー柔術の技術を言葉で事細かく説明するのではなく、「見えない力」という幻想的で魅惑的なキーワードを使い、高技術な動きを実演し、それを参加者に体感させる。

自分の心や身体で感じ、理解していくことが“正しい方法”を身につける最善の道だと。「Don’t think, feel」―頭で理解しようとする「見えなくなり」、心で感じると「見えてくる」のかな~♪



ヒクソンさんは「グレイシー柔術はセルフディフェンスである」というコンセプトを軸に、教える内容を実にロジックに説明してくれる。そのコトバの一つ一つは重く簡単には理解できないけど、決して忘れることができない。(もうヒクソンさんの虜になったのかも。笑)



最後にこんな話もしてくれた。人生を海で航海する事に例えて「もしあなたの乗っている船がジェットエンジン付きの船ならば、パワフルなエンジンに頼り自力だけで進めばよい。でも、ほとんどの人が乗っている船は帆とオールだけで進むシンプルなボート。「グレイシー柔術」の知恵はそんな船に乗っているあなたの役に立つ」と。



自然災害、救助活動、戦場など、有事の際に体を張って活動する自衛隊の方々。私達の想像が及ばないくらい程のストレスがかかる環境で頑張っている彼らにとって、今日のヒクソンさんが伝えたコトバは心の支えになるんだと思う。そして、主婦のワタシにとっても毎日の生活は戦い。ヒクソンさんのコトバは心の奥底まで響いた。

【独占取材】ヒクソン・グレイシー・セミナー in 自衛隊 ー後編へ続くー

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無差別と体重別:階級制の歴史的誤解 日本伝統の無差別級を国際舞台で廃止に追い込み、体重別の階級制を導入したのは欧米諸国だと思い込んでいる人が今でも非常に多くおられます。「日本は『柔よく剛を制す』柔道の技術的理念に基づいて体重無差別に固執したが、欧米諸国は体格差による不利を唱えて、『スポーツの公平性』の見地からレスリングやボクシングのように階級制実施を主張し、遂に1964年の東京五輪で日本が欧米の外圧に屈して階級制が導入された」というステレオタイプの図式が半ば常識です。日本柔道界の重鎮の多くがこのように「階級制導入・外圧論」を喧伝していたのですから、一般の方々がそう思われるのは無理もありません。しかし、これはハッキリ言って嘘です。むしろ日本は階級制導入推進派の一員なのです。



















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https://nikkan-spa.jp/1170380


五輪柔道の「無差別級廃止は欧米の外圧」はウソ ヘーシンクに勝てない日本が階級制を推進した!?



磯部晃人






写真/Nationaal Archief
 いよいよ開幕を迎えたリオデジャネイロ五輪。開幕直後の日本の金メダル最有望種目は柔道です。そこで、今注目を集めるオリンピック柔道にちなんだ面白雑学を3回に分けてご紹介します。第1回は何故、オリンピックに階級制が採用され、当初は実施されていた無差別級がその後廃止されたのか? 目から鱗が落ちる史実の数々をお楽しみください。


無差別と体重別:階級制の歴史的誤解

 日本伝統の無差別級を国際舞台で廃止に追い込み、体重別の階級制を導入したのは欧米諸国だと思い込んでいる人が今でも非常に多くおられます。

「日本は『柔よく剛を制す』柔道の技術的理念に基づいて体重無差別に固執したが、欧米諸国は体格差による不利を唱えて、『スポーツの公平性』の見地からレスリングやボクシングのように階級制実施を主張し、遂に1964年の東京五輪で日本が欧米の外圧に屈して階級制が導入された」というステレオタイプの図式が半ば常識です。

 日本柔道界の重鎮の多くがこのように「階級制導入・外圧論」を喧伝していたのですから、一般の方々がそう思われるのは無理もありません。しかし、これはハッキリ言って嘘です。むしろ日本は階級制導入推進派の一員なのです。


「階級制導入・外圧論」歴史が歪曲されている理由

 それでは何故、歴史が歪曲されているのでしょうか? 柔道関係者、ジャーナリスト、アカデミシャンに「階級制導入・外圧論」を信じている人が多いことが主な理由です。

 ある大学の著名な研究者は前回の東京五輪での階級制採用について「日本は『柔よく剛を制す』の基本理念に反するとして反対したが…」と史実と真逆のことを堂々と論文に書いています。ご本人の名誉のためにお名前は敢えて書きませんが、階級制導入・外圧論者には名のある方々も数多く含まれています。

 それでは、謎に満ちた「無差別と階級制」の歴史を紐解いていきたいと思います。


国際舞台での体重別採用の歴史的経緯

 1961年12月に国際柔道連盟(IJF)総会で決定される東京五輪柔道競技の種目について、イタリア、ドイツ、アメリカなどは当初から体重別の階級制導入を主張し、フランス、イギリス、ベルギーは従来通りの体重無差別での実施を主張しました。

 では、柔道の創始国である日本はどうしたのでしょう? 当然ながら伝統護持の立場から体重無差別を主張すると思いきや、日本は何と「無差別を含まない」3~4種目の階級制3案をIJFへ提唱したのです。

 61年12月のパリIJF総会では、IJFが総会前のロビー活動で各国への根回しを行ない、総会では「無差別を含む」4種目、すなわち軽量級、中量級、重量級、無差別級の4階級というIJF原案を日本などの各国が支持して可決されました。

 しかし、当初日本が「無差別を含まない」3~4種目を主張したのは、決して消し去ることのできない歴史上の事実なのです。



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日本の階級制提案の真意




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日本の階級制提案の真意はヘーシンクに勝てないから!?

 実は嘉納履正講道館館長(IJF会長)は1960年5月にIOCなどに64年東京五輪での柔道競技採用の請願書を送り、組織委員会が実施の方針を示したことを受け、「柔道の試合は本質的にいって体重別を設けず無差別で行うのが本則と信じているが、(中略)オリンピックについては、広く弱小国からも参加できること、正式種目として各国委員の賛成を得ることなどの点から、体重別を採用しても止むを得ないのではないか」(雑誌柔道 1960年8月号)と消極的な理由ながらも階級制導入を示唆する発言をしています。

 しかし日本が翌61年12月のパリIJF総会で階級制実施を提案した本音は「オランダの強豪アントン・ヘーシンクに日本が勝てないから」に他ならないでしょう。東京五輪の柔道を体重無差別で実施すると、金メダルはヘーシンクに持っていかれ、日本柔道界は金メダルゼロで面目丸潰れになります。階級制であれば、少なくとも重量級以外の残りの階級は金メダル獲得が計算できるからです。2010年にヘーシンクが亡くなった際の海外の追悼記事(米誌レスリング・オブザーバ 2010年9月8日号)に、「日本はヘーシンクに勝てないから階級制を主張した」とする記事があり、私の推測はあながち外れてはいないでしょう。

 なぜヘーシンクに勝てないと断言するのかには根拠があります。実際にこのパリIJF総会直後に当地で行われた第3回世界選手権ではヘーシンクは日本人3選手(神永昭夫、古賀武、曽根康治)を連破して圧勝しているのです。


「無差別を含まない」ことの姑息な意図

 では、日本の提示した「無差別を含まない」3~4階級案の真意は何でしょう。日本案を決めた競技委員会は竹村茂孝委員長以下11名の委員からなる密室会議であり、議事録は残されておらず真相は藪の中ですが、可能な限り推測してみます。

 そもそも「体重無差別こそ柔よく剛を制す柔道の本質」と言い続けてきた日本が、「無差別を含む」階級制を主張するならともかく、「無差別を含まない」階級制を提案したというのは全く不可解です。「無差別を含む」体重別というのは当時のヨーロッパ選手権などで既に国際的に馴染みのある試合方式ですし、日本がそれを知らなかったということはあり得ません。日本が体重無差別の権威を維持したいのなら、この「無差別を含む」体重別を主張すれば丸く収まったはずなのです。

 日本が「無差別を含まない」階級制を提案したのは、極めて姑息な手段だと思います。最強を決める象徴的な階級である無差別級を設けると、おそらくヘーシンクにその王座を奪われることになりますが、無差別級さえ作らなければ、ヘーシンクは3つ(または4つ)の階級の内の1階級である重量級王者ということになります。そうすれば「3分の1(4分の1)のチャンピオン」という格付けができるので、真の王者ではないと主張できると踏んだのでしょう。子供だましのような詭弁ですが、当時の無差別級はそれほど別格の権威を持っていましたので、さもありなんです。

 さらにはヘーシンクが重量級と無差別級の2階級を制することも日本は恐れたと思います。そうなってしまえば日本のプライドはズタズタです。この「無差別を含まない」3~4階級案というのは、一言で言うと、ヘーシンク対策で一時逃れにとりつくろって間に合わせるための弥縫策(びほうさく)ということなのです。

 ヘーシンクはビジネスで道場経営をするプロ選手と見做されており、東京五輪の柔道競技に出場を認められるかかどうかは微妙な状況でした。そのため当時は仮に東京五輪に出れたとしても「東京五輪後に引退」という見方が圧倒的でしたので、日本の首脳陣にはヘーシンク引退までの弥縫策で十分という計算があったのではないかと思います。



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無差別級を不要と言った日本が急に無差別級の尊重発言

無差別級を不要と言った日本が急に無差別級の尊重発言を行った怪

 ところが、「無差別を含まない」階級案をIJFに提出した日本ですが、1961年12月のパリIJF総会で「無差別を含む」4階級案が可決されると、急に無差別級尊重へと態度を変えます。

 62年に入って、IOCの意向で東京五輪柔道競技には「同一選手が2つの階級に出ることは認められない」ということとなり、重量級選手は、無差別級と重量級のどちらに出るか二者択一を迫られることとなりました。

 この時に嘉納履正講道館館長(IJF会長)はこのように発言しています。「無差別に出場する意志のないものはそれだけの実力がないと判断してよい。だから無差別級の優勝者は世界NO.1」(柔道新聞274号1962年3月20日)だと。

 つまり、嘉納館長は無差別級に出ずに重量級に出る者は、世界最強を決める無差別級の舞台に出てこないのだから、その時点で「不戦敗」だと言っているのです。


ヘーシンクが五輪に出場できないと読んで日本の発言が変化?

 東京五輪無差別級はヘーシンクが出場すれば優勝することが濃厚でしたから、嘉納館長が「無差別級の優勝者は世界NO.1」と敢えて宣言することは、当時の日本柔道界にとっては広報戦略的にはマイナスでしかありません。にもかかわらず、何故このような発言をしたのでしょうか?

 これは非常に深読みになります。

 ヘーシンクは1960年のローマ五輪でレスリング・グレコローマンスタイル・ヘビー級に出場しようとしましたが、オランダ五輪委にプロと見なされエントリーを認められませんでした。

 日本は「アマ規定は五輪全種目に適用されるので、レスリングだけでなく当然柔道においてもヘーシンクは五輪に出場できない」という確信を遅くとも嘉納発言の前までに掴んでいたのだと推測します。

 ヘーシンクは62年5月に行われた欧州柔道選手権では「プロの部」なるヘーシンク用としか思えない奇妙な「お手盛り」のカテゴリーで2階級制覇(重量級・無差別級)していますので、前述の嘉納発言(62年3月)の際には既に「プロ認定」されており、東京五輪出場は風前の灯火であったと思われます。

 さらにヘーシンクは63年5月の欧州選手権プロの部2冠達成後には「これを花道に選手生活から離れる。東京五輪に出ることはないだろう」(近代柔道 1982年11月号)と引退を表明しています(後日撤回)ので、彼自身がオリンピックに出場できない可能性が高いことを自覚していたのです。


結果的にヘーシンクの東京五輪出場を助けた形となった日本

 ヘーシンクさえ東京五輪に出られなければ、日本は無差別級の王座を獲れるという目算を立てていたでしょうから、嘉納館長の「無差別級の優勝者は世界NO.1」という強気の発言も辻褄が合います。

 最終的にヘーシンクが東京五輪に出場できたのは、彼のアマ規定違反問題が、63年12月に日本の国会で取り上げられるなど国民的な関心事となり、「ヘーシンクの出場しない五輪柔道は意味がない」という日本の世論が噴出し、そういう声を受けてオランダ五輪委などが「ヘーシンクはアマチュア」と声明を出したことによります(ヘーシンクを育てた男 眞神博 文藝春秋 2002年12月)。日本は思わぬ形で「敵に塩を送った」ことになります。

 1964年東京五輪の階級制導入は以上のように大変策略的なものであったと思います。

 結果的に東京五輪では無差別級決勝でヘーシンクが神永昭夫を抑え込んで金メダルに輝いたのは皆さんもご存じの通りです。


東京五輪後も迷走する日本、ご都合主義の発言を繰り返す

 翌1965年10月にはブラジル・リオデジャネイロで第4回世界柔道選手権が行われ、大会直前のIJF総会ではまたひと悶着ありました。無差別級廃止論が出され決定しそうな情勢となったのですが、日本が「無差別の廃止は柔道の本質に反する」と反対に回ったのです(雑誌柔道 65年11月号)。

 しかし、これは奇妙です。日本は東京五輪実施種目を決める61年12月のパリIJF総会では「無差別を含まない」3~4階級を提案したはずです。つまり4年前には日本は「無差別級はいらない」と言っていたのです。舌の根の乾かぬ内に前言を翻すご都合主義とはこのことです。

 東京五輪ではおそらくヘーシンクに無差別級優勝を奪われるであろうことを恐れて無差別級不要を唱えた日本が、ヘーシンク引退後に無差別級で勝てると踏んだ途端に無差別級存続へと手のひらを返したわけです。

 結局、日本の主張が通り、2回の投票の結果、次回大会以降も無差別級の継続が可決されましたが、この時はまだヘーシンクに続く、オランダの第二の黒船、ウィレム・ルスカ(72年ミュンヘン五輪重量級・無差別級2階級金メダリスト)の脅威が目前に迫っていることを日本は知る由もありませんでした。



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ヘーシンクに勝ち逃げを許した日本




日本はヘーシンクに「勝ち逃げ」を許し、手痛いしっぺ返しを食う

 65年第4回リオ世界大会は、前年の東京五輪同様「無差別を含む」4階級で実施されました。東京五輪後に引退すると思われたヘーシンクは、結局この大会にも出場します。この大会で日本はヘーシンクに手痛いしっぺ返しを食うことになります。

 この大会は東京五輪と異なり、「無差別級を含む2階級に重複して出場可能」という規定でした。日本は大会初日の重量級、最終日の無差別級に誰を出して、2階級出場と目されたヘーシンクを倒すのかが最大のテーマとなりました(各階級2名出場)。日本はその年の全日本王者・坂口征二(後にプロレスへ転向)を重量級、東京五輪重量級王者の猪熊功を無差別級に配するという布陣を敷きました。

 ヘーシンクは31歳という年齢による不安、さらには東京五輪後の稽古不足による肥満や左膝の故障もありコンディションは悪く、大会初日の重量級では3回戦で坂口、決勝戦で松永満雄をようやく判定で降し、よろめきながらも優勝を飾ります。日本は最終日の無差別級では「打倒ヘーシンク」へ腕を撫して雪辱の機会を伺っていました。

 ところが、ヘーシンクは意外や意外、重量級優勝の翌日、突如無差別級欠場と引退を表明してしまうのです。曰く、「私は重量級の試合で全日本王者の坂口を破って満足している。もう無差別級には出場しない。今が引退の時期だろう」(近代柔道 1982年4月号)と。本音を斟酌すれば、「俺は全日本王者に勝ったんだから当然世界一だ。何でリスクを冒して無差別級に出なきゃなんないんだ」ということでしょう。


「勝ち逃げ」したヘーシンクの言い分こそが正論

 この突然の引退劇に、日本柔道界は激怒し、日本選手団・浜野正平団長は「ヘーシンクは逃げた」と非難しました(柔道新聞373号 1965年11月1日)が後の祭りです。そもそもヘーシンクの言っている事こそが正論です。日本最強の象徴であるその年の全日本王者の坂口を世界最強を決める無差別級に出さなかった日本の単純なミスだと思います。

 日本柔道界はおそらく「1965年4月末の全日本選手権の優勝者は坂口だが、その後の7月末に講道館で行われた世界選手権選考試合では猪熊が優勝しており(2位松永、3位坂口)、日本最強の猪熊を無差別級に出した」というロジックなのですが、そんな選考試合が行われていたこと自体、海外のほとんど誰も知りません。何せこの選考試合は「全日本柔道連盟50年誌」にすら記録が載っていない日本国内ですら存在を無視された大会なのですから…。


無差別級の存在意義を理解していない日本柔道界

 無差別級の存在意義は2つあります。一つ目は「柔よく剛を制す」という技術的理念の象徴としての無差別級、二つ目は「世界一強い柔道家を決める」という最強の象徴としての無差別級です。

 一つ目の意義は、67年国際ルール導入以降の度重なるルール変更により「柔よく剛を制す」ことが困難になり、今日では事実上形骸化しました。

 二つ目の意義は、日本が無差別級を「世界一強い男を決める」舞台として尊重し続ける姿勢さえあれば、守り続けることが可能でした。しかし、柔道史上、世界中で最も無差別級の権威を無視し続けてきた国こそが柔道の宗主国・日本なのです。

 日本が無差別級を尊重したのは東京五輪の時だけです。この時は最強のプライドを賭けて無差別級で誰をヘーシンクにぶつけるかが喧々諤々の議論となりました。ところがそれ以降は、日本は無差別級を「単なる重量級の2つの階級の内の1つ」としか思っておらず、無差別級と重量級は同格という態度を常に取り続けたのです。


世界5大会連続で日本は無差別級代表に全日本王者を派遣せず

 何と日本は1965年以降、67年、69年、71年世界選手権、そして72年のミュンヘン五輪と5大会連続で、無差別級代表にその年の全日本選手権者を派遣しないという愚挙を犯してしまいます。全日本王者は65年坂口征二、67・69年岡野功、71年岩釣兼生、72年関根忍ですが、誰もその年の世界大会では無差別級に出場していないのです。

 こんな出鱈目なことをする一方、日本柔道界は表向きは「無差別級こそが柔道の本質」と言い続けてきたわけですから、厚顔無恥にもほどがあります。69年に岡野を無差別級に出さなかった時(岡野は全日本大会後に引退)には、ヨーロッパの役員からは「日本は無差別級を諦めた」と揶揄する声すら挙がりました(近代柔道 1982年4月号)。

 日本柔道界の言い分では、5大会ともたまたまその年の全日本王者にはならなかったがエース級の選手(全日本選手権優勝経験者もしくは同等の実力者)を無差別級代表に派遣しており、無差別級を軽視している訳ではない、ということなのでしょうが、国際的には何の説得力もありません。


学閥的思慮を感じるモントリオール五輪。上村・無差別級、遠藤・重量級起用

 その後も、1976年モントリオール五輪でその年の全日本王者・遠藤純男を無差別級に起用せずに、重量級に回しました(3位)。無差別級には上村春樹が出場し、金メダルを獲得しましたが、釈然としない思いを抱きました。上村・遠藤の実力は甲乙付けがたいものでしたが、五輪当年に限った実績では遠藤が明らかに上回っており(全日本選抜体重別選手権も遠藤が優勝)、遠藤を無差別級に起用するのが筋だったのではないかと思います。この上村の無差別級起用には明治大学の学閥的思慮を感じます(上村は明大出身、遠藤は日大出身)。東京五輪・神永昭夫、ミュンヘン五輪・篠巻政利と明治大学出身者が無差別級で連敗を喫しており、当時最大最強の派閥であった明大閥は「無差別級の雪辱は無差別級でしか果たせない」と上村の無差別級起用に固執したのは想像に難くないからです。


絶対王者・山下泰裕を無差別級に出さないという柔道史上最大のタブー

「無差別級こそが柔道の本質」と言い続けながら、相変わらずの言動不一致を続けた日本ですが、79年パリ世界選手権で遂に柔道史上最大のタブーを犯します。

 この年まで3年連続全日本選手権優勝で絶対的な王者であった山下泰裕を最終日の無差別級ではなく、大会初日の95㎏超級に起用したのです(無差別級代表は全日本2位の遠藤純男)。大会では、山下・遠藤は共に優勝して日本は面目を施しましたが、誰が見ても最強の山下を無差別級に派遣しないという日本柔道首脳陣の論理的思考力のなさには呆れ果てました。

 当時の醍醐敏郎強化委員長は「金メダル確実の山下を一番手に据えて一気にムードを盛り上げたい」(読売新聞 1979年12月4日付)とコメントを発し、当時東海大学の学生であった山下本人は異議を申し出る立場になく、この決定を受け入れる発言をしていますが、こんな馬鹿げた話はありません。


松前重義IJF会長が「無差別級本質論」で針のむしろに座る思い

 折しも、IOCの圧力でオリンピックでの無差別級実施は存亡の危機に瀕していました。その渦中の79年12月のパリIJF総会で国際柔道連盟会長に就任したのが日本の松前重義(東海大学総長)でした。松前は立候補の際には無差別級存続の姿勢を明確にしていました。

 それにもかかわらず、79年IJF総会直後に行われた世界選手権で、日本は松前の東海大学の愛弟子に当たる山下泰裕を無差別級に起用しませんでした。

 松前会長は世界最強の選手(しかも愛弟子)が無差別級に出なかったのに、IJF会長の立場上、IOCに対して「無差別級こそが柔道の本質」と二枚舌を使って無差別級の存続を説得し続けた訳ですから、これはもう針のむしろに座る思いだったのではないかと思います。

 松前会長らの努力もあって、84年のロサンゼルス五輪で無差別級はどうにか実施されることになりました。その後IJFは女子種目五輪採用との兼ね合いもあって無差別級の存続を断念、結果的には女子種目採用と無差別級廃止がバーターのような形になりました。88年ソウル五輪からは無差別級が廃止となったのはご存じの通りです。


無差別級に理念に基づいた存在価値を!

 階級制採用と無差別級廃止には以上のような紆余曲折があり、まだまだ複雑怪奇な詳細については書き足りないのですが、その歴史の輪郭だけはご理解いただけたものと思います。

 特に無差別級については、歴史的な視座で俯瞰すると、日本はほとんどの言動が場当たり的で一貫性がないということが分かります。これは「理念がない」、という言葉に置き換えても良いと思います。

 今後、日本柔道界はお題目のようにただ単に「無差別級こそが柔道の本質」という台詞を乱用するのではなく、理念に基づいた真の価値を創造していかない限りは、貴重な身体文化としての柔道の命脈を絶たれる危機にあることを自覚すべきでしょう。

 タックル禁止の現在の国際ルールでは、小よく大を制することは術理的にほぼ不可能なので、もはや国際舞台での無差別級は消滅したも同然ですが、少なくとも日本国内では未来永劫保存していく手立てを考えていただきたいものです。

<文/磯部晃人 写真/Nationaal Archief>

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打撃で軽量級が重量級 無差別級とやりあえるか?  格闘のリアル


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https://jp.rbth.com/lifestyle/79739-eizou-de-miru-roshiajin-boxers-ko

4.ニコライ・ヴァルーエフ



Getty Images
 この殺人兵器が人間であることを疑う人もいる。ヴァルーエフの異常な体格は、ヘビー級の他の選手をまるで巨大な岩から逃げる小人のように見せてしまう。身長2㍍14㌢(7.0フィート)、体重149キログラム(328ポンド)の彼は、ボクシング史の中で最大の世界チャンピオンだ。

 彼のテクニックは他のボクサーほど巧妙とは言えず、パンチもさほど正確ではないが、いやいや、体重が328ポンドもあればそんなものは必要ない。

ヴァルーエフ対ニール・カークウッド




ヴァルーエフ対オーティス・ティスデール




ヴァルーエフ対ディック・ライアン




ヴァルーエフ対クリフォード・エティアン




人々にヴァルーエフ以上に恐れられた人物は、彼の豪快で感情豊かなトレーナー、マンウェル・ガブリエリャンだけだ。彼の動画はこちら。

※ロシア人のボクシング世界王者ニコライ・ヴァルーエフ身長2㍍14㌢(7.0フィート)、体重149キログラム(328ポンド)

いわゆるウドの大木ならぬアスリートがこの体格ですと
体格自体が凶器になります
実際 このロシア人の連勝記録はロッキーマルシアノの連勝記録に迫ったほどです
スピードとか技術は専門家から酷評されても何せ規格外の身体です
同じヘビー級の相手が小男に思えるほどです

んで
思ったんですがパンチやキックでは無差別級で勝てないんではないかと
いわゆる素面ではなく顔面セーフとか顔面を守る防具(脳の衝撃を防ぐではない)で空道とかありますが

素面 ようするに顔面に喰らうと痛みが生じる

そういった競技 ボクシングとかムエタイ キックボクシングではほぼ不可能だと思うんです
何せドンフライもよく言及していたんですがリーチの長い大男とリーチの短い小男が殴り合いをやればフツーに大男が一方的に打ちのめします

これは訓練されたダビデ(小男)でもゴリアテ(大男)に勝つのは容易ではないとハッキリ断言していた

人はなぜ格闘に魅せられるのか
人はなぜ格闘に魅せられるのか――大学教師がリングに上がって考える
ジョナサン・ゴットシャル
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の作者ゴットシャルも
自身のジムでは女性格闘家のジェナの柔術には同じジムの男どもが誰も敵わない
と言っていたので

体格差のある相手と渡り合えるノウハウはグラップリングだという事になるんではないかと

んでもって拳法とか空手の達人の小男 老人がウドの大木ではない力のある大男(運動能力の高い)に勝つってのは不可能だといえます
実際打撃の間合いに近づいただけで殴り殺されるでしょうし
その手の達人が

ブロッキング
ウィービング
ダッキング
パーリング
スウェーバック
バックステップ
ヘッドスリップ
スリッピングアウェー

をやれるとは到底思えません
実際その手のノウハウなんて知りもせんでしょう


少なくともグレイシー道場の色帯少年がクラブの用心棒の大人に勝つみたいにはいかないでしょうね

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筆者は今回の事件について、実行犯は右翼だったが、「共犯」「教唆犯」はむしろ左の側にもたくさんいたと思う。個人的な体験で言わせてもらうと「金正日(金正恩)政権打倒! 北朝鮮の人民を解放せよ! 日朝人民の連帯を!」などという、それこそそこらの街宣右翼と何一つ違わない寝言をほざいていた左翼や労働運動家や平和運動家や日韓友好派の日本人を、筆者はこれまで実際に市民運動の現場などで嫌というほど見て来たからだ(もちろんそんなクズが100%全てという訳ではないが)。












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https://blog.goo.ne.jp/ibuffalo3510/e/2acaff4bf3c62ba9f2c779664d32073c



 















総連銃撃事件について

2018-02-25 | 記事



起こるべくして起こった事件だとは思ったが、意外性は感じなかった。昔から日本におけるレイシズムの酷さは身に染みて知っていたし、最近の日本はそれがますます凶悪の度を増している。さらに先日には三浦瑠麗(笑)の差別扇動妄言があり、犯人どもにしてみればまさに時宜を見計らっての行動であったろう。

ただし筆者は今回の事件について、実行犯は右翼だったが、「共犯」「教唆犯」はむしろ左の側にもたくさんいたと思う。個人的な体験で言わせてもらうと「金正日(金正恩)政権打倒! 北朝鮮の人民を解放せよ! 日朝人民の連帯を!」などという、それこそそこらの街宣右翼と何一つ違わない寝言をほざいていた左翼や労働運動家や平和運動家や日韓友好派の日本人を、筆者はこれまで実際に市民運動の現場などで嫌というほど見て来たからだ(もちろんそんなクズが100%全てという訳ではないが)。

例えば立川反戦ビラ事件被告人の一人である大洞某とかいう人間も同様の北朝鮮敵視・蔑視発言を過去に何度かツイッターで(あるいは好意的リツイートだったか? スクリーンショットなどの証拠を保存してないのが悔やまれる)していたと記憶している。大洞は他にもブログなどで石丸次郎や梁英姫などの典型的な反北朝鮮商売人を好意的に取り上げるなど、朝鮮人や朝鮮民主主義人民共和国に対する認識においてはどう見てもそこらのネット右翼と違わない水準だ。反戦ビラ事件の被告が聞いて呆れる。大洞のような輩は普段いかにも「反戦左翼」のような顔をしているが、いざ本当に戦争になったら「保護する責任ッッッッッ! 人道的介入ッッッッッ! 北朝鮮人民解放ッッッッッ!」とか言って真っ先に戦争バンザイを叫び出すであろう。NATOのリビア侵略を支持したヨーロッパの左派リベラルや韓国の進歩派達(参与連帯、労働党など)のように。実際大洞は自分のツイッターで、シリア政府やロシア軍だけを一方的に悪者にしているアジアプレスやアムネスティの発言を毎日のように好意的リツイートしている。




作家の中沢けいもそうであろう。この者は今回の銃撃事件を自身のツイッターで何度も取り上げて良識派ぶっているが、中沢がこれまで特に力を入れて好意的に取り上げて来た「ツイッター友達」がアジアプレスと石丸次郎であるのは一目瞭然ではないか。



アジアプレスと石丸次郎はこれまで嘘八百の反北朝鮮報道を無数に繰り返してきた、日本の反北朝鮮勢力の中では最悪のデマゴーグである。曰く「北朝鮮ではシャブが大流行」「今でも飢饉で人肉食ってる」「国際社会からの援助物資を軍が横領」「拉致問題が解決しないのは北朝鮮だけが何もかも一方的に悪い」などなど…。日本において朝鮮共和国や総連に対する悪魔化・差別扇動に最も貢献してきたのがアジアプレスと石丸次郎である。下手な右翼団体など足元にも及ばないほどだ。いわばアジアプレス&石丸次郎は、今回の事件を生む社会的バックボーンを長い時間かけて作り出した「A級戦犯」なのである。
何より忘れてはならないのは、中沢は「帝国の慰安婦」の朴裕河を特に熱心に支持してきた日本人であるという事だ(もちろん石丸次郎も朴裕河の発言をこれまで無数に好意的かつ積極的にリツイートしてきた)。すなわち中沢は「従軍慰安婦は自発的売春婦で日本軍の同志。慰安婦をさらって行ったのも朝鮮人業者であって、日本軍は悪くない」という朴裕河の主張を支持しているのである(でなきゃあんな声明に賛同しないよね?)。もちろん朴裕河は親日発言だけでなく、韓国において反北発言も無数に繰り返してきた。
アジアプレス、石丸次郎、朴裕河。こいつら今回の銃撃犯ならびにその「背後組織」である在特会と一体何が違う訳? そういうのを今までさんざん持ち上げて、今も好意的にリツイートし続けている輩に、どうして今回の事件を批判したり「憂うる良識派」ぶったツラをする資格があるというのか? 
「在特会のヘイトは悪いヘイト。C.R.A.Cやアジアプレスや石丸次郎や朴裕河のヘイトは良いヘイト」
とでも言いたいのであろう。筆者のような在日にとって、中沢のような人間が良識派ぶっているなど迷惑極まりないし、中沢に対しては怒りと軽蔑しか感じない。

また、今回の事件の「地ならし」とも言うべき三浦瑠麗の妄言は佐藤優の発言が元ネタとも言われている。その三浦はこれまで何度も朝日新聞で重用されてきたし、佐藤もまた岩波書店や金曜日といった進歩派メディアで破格の待遇だったではないか。もちろん石丸次郎や綿井健陽といったアジアプレス関係者も金曜日では常連である。反北朝鮮論者や差別扇動者を重用してきたという点では、マスコミに左派右派の違いはない。むしろ「良識派」のような顔をしてこのような差別扇動に加担している左派の方が罪は重いであろう。

このような日本人左派達にどうして今回の事件を批判する資格があるのか? この者達は「北朝鮮に対する悪魔化と敵視」「在日朝鮮人差別」「歴史修正主義」を反対するどころか賛同・加担・助長してきたし、その点では在特会や救う会などと何ら違いはない。全くもって同じ穴の狢である。今回の事件を内心最も喜んでいるのは大洞某、中沢けい、石丸次郎、C.R.A.C、梁英姫らではないのか。

こうして見ると、日本における総連や朝鮮共和国・在日朝鮮人に対するテロについては、ある種の「分業体制」が確立したと思える。

1)まずは左派や進歩派勢力が朝鮮共和国や総連・在日朝鮮人への敵対感情や差別感情を直接・間接的に煽る。フジ産経や読売・文春のような右派メディア(及びその系統のライターなど)が北朝鮮攻撃や差別扇動をした所で当たり前なのでそれほどの影響も意外性もないが、朝日・毎日・東京・岩波書店・金曜日といった左派・進歩派メディア(及びその系統のライターなど)が同じ事をやった場合の方がはるかに悪影響が大きい。普段はそうしたタカ派差別主義的発言と縁遠そうなメディアだけに「あんな左がかった新聞や雑誌までああいう事を言ってる。やっぱ北朝鮮は悪い国で、チョーセン人どもは悪い奴らなんだ。奴ら相手に戦争したり差別しても全然オッケーなんだ」と読者は思うであろう。

2)それによって醸成された社会的空気に動かされて日本政府が「北朝鮮の脅威」を口実に軍拡化を推進したり、在日朝鮮人に対する差別・弾圧政策を激化させる。あるいは右翼が暴力的なデモやテロをやる。

3)そうした国の政策や右翼のテロなどに対し、左派・進歩勢力はとりあえず非難の声を上げて良識派ぶった顔をしてみせる。「今回の犯人は在特会や山口組の関係者だ」「警察は真相を徹底究明しろ」「アベ政治を許さない(でも明仁ヘーカは大好き by 金子兜太)」などと言って。そして自分らが今まで右翼と何ら違わない北朝鮮悪魔化と在日朝鮮人差別に賛同したり煽った事は、完全無視の反省ゼロ! まさに民族差別を利用した往復ビンタ商法またはマッチポンプ!

「左派・進歩派が教唆犯、右翼が実行犯」
という社会的構図が見えてくるではないか。「インテリが作ってヤクザが売る」という某業界の言い草にも通底するものがある。今の日本は左翼(インテリ)と右翼(ヤクザ)が車輪の両輪となって在日朝鮮人を差別・弾圧し、朝鮮共和国に対する戦争準備政策を推進しているという事だ。今回の事件についてもそうした視点が必要不可欠である。


ついでに言うと、在日の側も日本社会の酷い実態に目を背けず直視する必要がある。どういう事かと言うと、コリアNGOセンターのように煮え切らないふらついた態度を執る者が少なからずいるからだ。

http://korea-ngo.org/kyosei/kyosei01.html#180223_1
朝鮮総聯中央本部への銃撃事件に対し、日本政府に厳正な対応を求める声明

上記リンク先にあるコリアNGOセンターの声明は一見御説ごもっともに見える。しかしながらこの声明には日本政府や右翼に対する批判はあっても、それと同じ穴の狢に過ぎない差別扇動に加担してきた左派・進歩派に対する批判が全くない。日本の左派・進歩派が「友軍」だとでも思っているのであろうか? これまで見てきたように、「北朝鮮は人民を飢えさせている独裁国家だ」と言って朝鮮共和国への敵視と在日朝鮮人への差別に同調して煽ってきた者など、日本の左派・進歩派の中には腐るほどいる。それこそそこらの右翼と全く違わない水準の輩が! そういう連中が「俺様は自衛隊の宿舎にビラ撒いて逮捕された「勲章」持っとるんやでえええええッ!」「石丸次郎さんは北朝鮮問題のエキスパートなんやあああああッ!」と粋がっているのが現実ではないか。この手の者達はどの口で反戦平和だの改憲阻止だのと言えるのかと思う。この手の連中は「要件」さえ整えばいつでも「悪いチョーセン人も良いチョーセン人も皆殺せ」へと簡単に豹変する。今の日本で民族差別に反対するにしても、安倍政権や右翼だけを批判した所であまり意味はない。「実行犯」だけを槍玉に上げて「教唆犯」を見逃してやるようなものだから。

さらに上記声明には次のような一文もあった。

 私たちは今回の事件は、在日コリアンはもちろん南北を問わず朝鮮半島に関わる者すべてに対するヘイト・クライム(テロ)であり、決して許してはならない凶悪犯罪であるとの認識のもと、日本政府に対する厳正な対応を強く求めるものである。

本当にそうか? これが「在日コリアンはもちろん南北を問わず朝鮮半島に関わる者すべてに対するヘイト・クライム」であると? ならなぜ民団は狙われなかったのか? 韓国大使館や領事館は? 声明では「平昌オリンピックを契機とした南北対話・融和の流れが急激に進み、国際社会もそれを一様に歓迎し、朝鮮半島の平和共存に向けた新しい動きが進み始めたこの時期に、まさに今回の事件はおこされた」とし、日本の右翼・保守勢力が平昌五輪を契機とした南北対話を不都合に思っている事に事件の原因を求めている。だが本当に南北対話を否定するという政治的メッセージを込めたテロを起こすならば、南北双方の関係先をどちらも攻撃するのが定石であろう。なぜ総連だけ攻撃されて、民団などの南側関係先は攻撃されなかったのか? もちろん実行犯が頭の足りない奴らで、そこまで考えられなかった可能性も高い(笑)。だが根本的な理由は朝鮮共和国や総連や「朝鮮籍の在日」が「悪いチョーセン人」で、韓国や民団や「韓国籍の在日」が「良いチョーセン人」として、日本の国家や右翼から扱われているからであろう(少なくとも今の所は)。言うまでもなく民団は「教育体制を(日本政府の都合に合うよう)変えない限り、朝鮮学校への無償化を認めるな」という立場であり、日韓合意の肯定や慰安婦像の撤去など日本右翼の喜びそうな事ばかり主張してきた組織である。いかに日本が「1億総嫌韓化」した社会と言われていても、1965年以降の日韓協定体制下における日韓の悪しき癒着関係は依然として継続中だ。むしろ慰安婦合意や軍事情報保護協定、韓米合同軍事訓練への自衛隊参加などによってそれはますます強化されたと言って良い。韓国と日本はまだ正式に「軍事同盟」を結んではいないが、その安保協力の実態は「事実上の同盟」と言っても過言でない水準である。市民運動を弾圧する為の公安情報も、日韓双方で活発にやり取りして共有され続けてきた。日本の反原発運動家が韓国に入ろうとしても、日本の公安からの情報に基づいて韓国側が入国拒否するのだ(逆もまた同じ)。一部(主流?)のエセ反差別運動体の言う「日韓仲良くしようぜ」は間違いであり、まさに「日韓仲良くし続けてきたぜ」が正しいのである! 韓米日軍事同盟体制の下、韓国と日本はアメリカ親分の子分として利害も理念も共有する関係なのだ。安倍政権は事ある毎に「北朝鮮の脅威」を口走るが、「韓国の脅威」を一度でも言った事があるであろうか? 韓国と日本の間に対立らしきものがあるとしたら、それは親分アメリカに対する忠誠競争としてのライバル関係があるに過ぎない。先日トランプがアジアを歴訪した際における日本政府と韓国政府の振る舞いを思い起こせば一目瞭然ではないか。安倍も文在寅も先を争ってアメリカの要求に応え、米本土や娘のイバンカのやってる事業への投資を約束していた。
もちろん日本のエスタブリッシュメントや右翼が朝鮮半島の北側だけでなく南側も内心蔑視して軽んじているのは確かだが、北と違って南は飽くまで冷戦時代からの(下位)パートナーであり、理念・利害も多く共有する。日韓協定や慰安婦合意で植民地時代の賠償や法的責任を取らせる事も事実上放棄しているではないか。日本にとって南は「軽蔑しているが、便利で関係を切れないパートナー」なのである。
対して北側はどうか? 平壌宣言という非常に問題の大きい代物があるが、それは事実上凍結状態であり、依然として日本に対する賠償や法的責任を取らせる可能性は(平壌宣言が覆されれば、南に比べて理論上わずかなりとも)残っている。さらに70年以上に亘ってアメリカや日本の圧力に屈せず抵抗を続けており、日本にしてみれば極めて邪魔な存在であろう。
こういう状況で、日本右翼がテロをやるとしたら北側の関係先や朝鮮籍在日を狙うのが当然なのだ。南側関係先が狙われる可能性ははるかに低い。「日本の政府も右翼も(左翼も)チョーセン人を毛嫌いして蔑視しているが、やる時は基本的に南側でなく北側を狙う」構造にこそ注目しなければならず、そこに問題の深刻さがあるのだ。
コリアNGOセンターが「在日コリアンはもちろん南北を問わず朝鮮半島に関わる者すべてに対するヘイト・クライム」と言ってしまったのは、筆者の目には極めて日和見的な弱腰に映る。すなわち「朝鮮共和国や総連に対する明確な擁護」をしたくなかった、出来なかったという事であろう。

北韓や総連など大嫌いだし、仲間扱いされるなどまっぴら御免だ。同じ在日であっても、いつまでも古臭い「朝鮮籍」にこだわる奴らの事など知った事か。でも「コリアNGOセンター」などという仰々しい看板を掲げている以上、今回の問題に対して反対声明の一つも出さなきゃカッコがつかない。

…その結果の逃げと言うか妥協案がアレだったのではないか。「朝鮮半島に関わる者すべてに対するヘイト」という事にしておけば、朝鮮共和国や総連だけを明確に擁護する事もなく、「反差別」の体面を保てる、と。
しかしながら、いくら日本当局や右翼が本国の南北対話を不都合に思っていても、日本国家に従順な南側の関係先が襲われる可能性は極めて低いし、実際に攻撃されなかった。韓米日にしてみれば、今はこの「仲良し三国」が一致協力して朝鮮共和国に対する圧力と制裁を加えねばならない情勢なのだから。その為に韓国は慰安婦合意の破棄も再交渉も放棄して、日韓安保協力にヒビを入れる事を避けた。日本が国内の韓国関係先へのテロを容認してしまったら、それこそ自分から日韓安保協力の「信義」を崩すことになりかねない。反面、連中は北側をこそより嫌って攻撃対象にしていて、明らかに偏向している。北側関係先に対しては安心してテロがやれる(黙認出来る)のだ。
今回の事件は在日に対する民族差別に加えて、韓米日の朝鮮共和国に対する「過去最大の制裁」に歩調を合わせたテロである。飽くまで「北側」が主敵であり、「在日コリアンはもちろん南北を問わず朝鮮半島に関わる者すべてに対するヘイト・クライム」というのは、実は現実に符合しないのである。

在日の民族団体が本当に今回の件を問題視するならば明確に問題の根源、すなわち韓米日軍事同盟体制下の日本で南側(韓国系)を「良いチョーセン人」の手駒として悪用し、「悪いチョーセン人」である北側(共和国系及び朝鮮籍)を叩くという二重三重の差別政策と侵略戦争遂行政策に向き合う事。加えて、朝鮮民主主義人民共和国並びに総連に対する偏見(「あの国の体制は擁護しないが」とか「北朝鮮の核開発は認められないが」とか「独裁政権と民衆は別」とか、あるいは今回のコリアNGOセンターのような醜悪な言い訳)なき擁護を伴う抗議を行わねばならない。朝鮮共和国や総連に対するストレートな擁護すらためらうようでは、決して日本当局や右翼に対する脅威足り得ず、民族差別に対する抵抗になり得ないのである。

コリアNGOセンターは朝鮮共和国が核実験をした時も、日本側(に限らず、朝鮮半島を取り巻く米中露といった大国達の立場)に媚びるような態度の非難声明を出していたし、どこまで行っても「アンクル・トム臭」が付きまとう。関連団体のワンコリアフェスティバルもあまりに露骨な、オリンピックを思わせる悪しき商業主義が鼻につく。そんな所に何か言っても、それこそ糠に釘かもしれない。だが、「駄目な在日の運動」のサンプルとして提示するのは意味があるであろう。反面教師という事である。

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