いぬやしき







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いぬやしき





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いぬやしき


ジャンル
青年漫画、SF

漫画


作者
奥浩哉

出版社
講談社

掲載誌
イブニング

レーベル
イブニングKC

発表号
2014年4号 - 2017年16号

発表期間
2014年1月28日 - 2017年7月25日

巻数
全10巻

話数
全85話

アニメ


原作
奥浩哉

総監督
さとうけいいち

監督
籔田修平

シリーズ構成
瀬古浩司

脚本
瀬古浩司

キャラクターデザイン
恩田尚之

音楽
池頼広

アニメーション制作
MAPPA

製作
アニメ『いぬやしき』制作委員会

放送局
フジテレビほか

放送期間
2017年10月 -
テンプレート - ノート

プロジェクト
漫画・アニメ

ポータル
漫画・アニメ


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関連項目[表示]



『いぬやしき』は、奥浩哉による日本の漫画。講談社の漫画雑誌『イブニング』にて、2014年4号から2017年16号まで連載された。2015年4月22日発売の『週刊少年マガジン』第21・22合併号には、作者初の少年誌掲載となる出張掲載もされている[1]。

宇宙人の手によって機械の身体となった初老の男性と高校生の活躍や苦悩、救済される人々や殺害される人々を描く。



目次 [非表示]
1 あらすじ
2 登場人物 2.1 主人公
2.2 犬屋敷の家族
2.3 獅子神の近親者
2.4 その他

3 兵器ユニット
4 書誌情報
5 テレビアニメ 5.1 原作からの変更点
5.2 スタッフ
5.3 主題歌
5.4 各話リスト
5.5 放送局
5.6 Blu-ray & DVD

6 実写映画 6.1 キャスト
6.2 スタッフ(映画)

7 脚注 7.1 注釈
7.2 出典

8 関連項目
9 外部リンク


あらすじ[編集]

老年を迎える冴えないサラリーマン・犬屋敷壱郎は、会社や家庭からも疎外された生活を送っており、ようやく購入した一戸建てすらも、家族の歓心を得ることができなかった。追い打ちをかけるように胃ガンだと診断され、余命3か月を宣告される。ガンのことを家族に打ち明けるタイミングが見つからず、打ち明けたとして家族が悲しんでくれるか思い悩む犬屋敷だったが、犬の散歩中に、高校生・獅子神皓と共に非常に小さな宇宙人による事故に巻き込まれ死亡してしまう。事故を隠蔽したい宇宙人によって、生前の記憶や精神を持った機械の身体となって蘇る。

日常における肉体との相違から身体が機械となり本当の自分は死んだことを自覚した犬屋敷は、人でもなく犬屋敷壱郎でもない自分の存在意義を問い始める。そんな折、少年達からリンチされているホームレスを助けて感謝されたことをきっかけとして、人助けに存在意義を見出すようになる。さらに生物の命を助けることもできることに気付いた犬屋敷は、現代医療では助からない重病人の治癒も始め、ますますその力を他人のために使おうと考える。

犬屋敷と同じく機械の身体となったことを自覚した獅子神は、イジメを受け引きこもりとなっていた幼馴染・安堂直行に自らの能力を見せ、再び登校するよう説得する。獅子神は自分の身内や近い者には有用に能力を使う一方で、民家に押し入って殺戮を繰り返すなど平然と凶悪な犯罪行為を繰り返していた。しかし、ついにその犯罪行為が世間に明るみになり追われる身となると、追い詰められた獅子神は敵対する総ての人間を殲滅するため動き出す。

そのころ、直径50キロメートル以上の巨大な小惑星が地球に接近しつつあることが報道番組で発表された。

獅子神の無差別大量虐殺から人々を守るために犬屋敷は安堂と協力して阻止すべく活躍、そして獅子神との直接対決に突入する。都内上空で激しい攻防が繰り広げられ、互いに自動モードでの戦闘となり、先にエネルギー切れになった獅子神の隙をついて犬屋敷が勝利する。その後、犬屋敷は事故に巻き込まれていた娘・麻理の救出に向かい、さらに大勢の人々を救出。その様子がテレビやインターネットに公開されたことで、犬屋敷の存在は全国中に知れ渡る。

翌朝、自宅に帰った犬屋敷は機械の身体であることを家族に明かした。本当の自分は死んで、ここにいる自分は偽物かもしれないと告げ、家から去ろうとする犬屋敷だったが、妻・万理江や麻理が受け入れてくれたことで涙ながらに喜ぶ。当初は困惑していた息子・剛史も後に受け入れ和解し、犬屋敷は大切な家族として扱われるようになった幸せな生活を過ごす。一方、犬屋敷との戦いの後、意識を取り戻した獅子神は後頭部と両腕を失った状態で安堂の前に現れる。獅子神は再会の理由を説明したが、安堂には全く信用してもらえず涙を流す。安堂との友情が無くなったことを実感した獅子神は虚ろな表情で自分に関するニュースを見ながら町を彷徨う。今の獅子神には匿ってくれていた渡辺しおんにも合わせる顔がなくなっていた。

犬屋敷は家族揃って休日にファミレスや河原を訪れ、一家団欒を過ごしていたその矢先、テレビの速報で以前より危惧されていた巨大隕石が3日後に地球に衝突する危機を知る。自身の能力で出来ることはないかと諦めきれない犬屋敷は引き留める安堂や麻理を逆に諭すと、一人で巨大隕石の破壊へ向かう。

登場人物[編集]

主人公[編集]
犬屋敷 壱郎(いぬやしき いちろう)声 - 小日向文世本作の主人公。妻と高校生の娘、中学生の息子がいる58歳だが、娘の友達に「おじいちゃん?」と聞かれるほど、白髪に皺だらけの老け顔の冴えないサラリーマン。なぜかほぼ常に小刻みに震えている。正義感は強いが温厚かつ内向的な性格で、やや卑屈な面もある。社会から疎外されたような人生を歩み、最愛の家族からも疎まれ、やるせない日々を過ごす。理不尽な目に遭っている人を見ると怒りに燃えるが、それと同時に自分が無力という現実に耐えるしかなかった。追い打ちをかけるかのように健康診断で胃ガンが発覚、余命3か月と宣告され絶望する。愛犬・はな子との散歩中に非常に小さな宇宙人の事故に巻き込まれて死亡、兵器ユニットを搭載された機械の身体として蘇る。日常の中で自身の異常に気付き、機械の身体となったことを知ると自分の存在意義に悩むが、ホームレス狩りを行う少年達を撃退、ホームレスに感謝され自分が生きている人間であることを実感する。そうして人助けに自分の存在意義を見出す。現代医療では助からない重病人や怪我人を完治させる能力に気付いてからは、休日の病院に潜入して重病人を治して周り、ネットで「謎の奇跡の人」として評判になる。そのニュースを安堂が偶然知ることで彼と知り合う切っ掛けとなり、意気投合し安堂の友人となる。機械としての自身の能力については、獅子神と比べてまだ未知の部分が多い[注釈 1]。安堂と知り合ってからは、安堂が獅子神から知り得た情報をたよりに機能について特訓中。しかし機能を使いこなす獅子神の行動を追尾捕捉することができず、獅子神の暴走を許してしまう形となっている。愛車はマツダ・デミオ。獅子神 皓(ししがみ ひろ)声 - 村上虹郎、藤田奈央(小学生)犬屋敷と同じく非常に小さな宇宙人の事故に巻き込まれ、兵器ユニットを搭載する機械の身体にされた高校生。家族や友人には気の優しい好青年だが、それ以外の人間には全くの無関心という極端な二面性を持つ。機械の身体であることを自覚すると、イジメられて引きこもりとなっていた親友・安堂を救うために能力を使う。徐々にイタズラの限度を超え、安堂をイジメていた同級生を射殺、ATMの不正操作で大金を引き出すといった過激な行動をとりはじめる。さらには、駅のホームで目撃した飛び込み自殺をきっかけに、自分が生きている人間であることを実感するため、無関係の一家を惨殺する連続事件を起こすなど、犬屋敷とは対照的な手段で自分の存在意義を見出す。母親が末期の膵臓ガンと知らされると母を失いたくない一心で能力によってガンを治し、殺人をやめようと思い直した矢先、連続殺人事件の犯人であることが警察に発覚。その結果として母親を自殺に追い込んでしまう。連続殺人事件の犯人として追われるようになってからは好意を持たれていた渡辺の家に身を寄せる。渡辺に胸中を吐露した際には逆に渡辺に説得され、今まで殺してきた人数分人助けをしていくことを約束する。数か月間は約束に従い、SNSを通して募った重病人の治癒を行い平穏な日々を過ごしていたが、渡辺の家にSATが投入され渡辺と渡辺の祖母が撃たれてしまう。これをきっかけに警察署を襲撃、さらに新宿で集団殺戮を行い、旅客機を市街地へ大量に墜落させる。その際に犬屋敷と再び対面し、犬屋敷も自分と同じ兵器ユニットだと知る。犬屋敷との激闘の末に敗北し後頭部と両腕を失い、その後は安堂や渡辺とも疎遠になっていく。巨大隕石衝突の際には犬屋敷と同時期に隕石上に現れ、犬屋敷に自らの本心を打ち明けると、身を挺して隕石を破壊した。
犬屋敷の家族[編集]
犬屋敷 万理江(いぬやしき まりえ)[2]声 - 西宏子犬屋敷の妻。外見は典型的な中年女性。スーパーでパートをしている。気だるく風情で、夫婦仲は冷め気味なため非協力的である。何かと歯切れが悪い夫の性格もあり小言が多い。しかし、帰ってこない夫に対して「殺されてるんじゃないの?」という不謹慎な発言をした息子をたしなめる程度には気にかけている様子をみせている。夫が機械であることを打ち明けた際には麻理と共に涙ながらに大切な家族として受け入れた。犬屋敷 麻理(いぬやしき まり)声 - 上坂すみれ犬屋敷の娘。容姿は両親に似ておらず美少女で友人も多く、典型的な今時の女子高生。獅子神と安堂のクラスメイトだが、特に接点はない。幼少期は父を慕っていたが、老けて冴えない外見になった父を疎ましく思っている。団地から一戸建てに引っ越した際に新居を見ても隣の有名漫画家の豪邸と比べて「こんなもんか」と不満を漏らし、犬を飼う際にも希望と違うはな子を見て「かわいくない」と文句を言うなど、ワガママな面を見せる。漫画家を志望しており、父のような平凡な人間には絶対になりたくないという思いと隣家の有名漫画家への敵愾心を密かに燃やしている。ある日の帰宅時、父がクラスメイトの安堂と一緒にいるところを偶然目撃し尾行したことから父の秘密を知る。さらに進路相談でのやりとりをきっかけに父への態度が徐々に軟化し、父が機械であることを打ち明けた際には涙ながらに大切な家族として受け入れた。作品中では数少ない美少女キャラであり、2016年8月23日発売の『イブニング』18号で表紙を飾った[3]。犬屋敷 剛史声 - 朝井彩加犬屋敷の息子。中学生。外見は父親似であり、父親以上に内向的で卑屈な性格をしている。友人と下校途中に牛丼店で一人で食事をしている父を見かけた際に友人から「ああいう親父って何が楽しくて生きてるんだろう。家族とかいないのかな」と言われてショックを受ける。弱者が不良達に絡まれ虐げられている現場を目撃した際には、警察を呼ぼうとする父に対して、「(自分達のような人間は)隠れて怯えてやり過ごすべき」と言って愕然とさせる。父が機械であることを打ち明けた際には家族の中で唯一困惑していたが、父が交通事故に巻き込まれた負傷者を治療能力で救う様子を目の当たりにし、ようやく父を受け入れ、親子としても和解した。はな子犬屋敷が新居購入を機に動物愛護センターから譲り受けた柴犬系の犬。すでに成犬だが機械の身体になった犬屋敷にも懐いており、犬屋敷の唯一の心の支え。犬屋敷と獅子神と共に宇宙人の事故に巻き込まれそうになったが、直前に逃げたためことなきを得る。本作で宇宙人の姿と犬屋敷と獅子神が宇宙人によって機械にされる過程を目撃した唯一の存在である。
獅子神の近親者[編集]
安堂 直行(あんどう なおゆき)声 - 本郷奏多、北川里奈(小学生)獅子神の幼馴染。あだ名は名前を音読みした「チョッコー」。同級生にイジメられて引きこもっていたところ、獅子神に助けられる。当初は獅子神の超常的な力を目の当たりにしても興味本位から信頼感を持っていたが、やがて彼の異常性に困惑、彼が自分をイジメていた同級生たちを射殺したのを見せられるにいたり、連続一家惨殺事件の犯人であることも察知し、絶交する。ネットで静かな話題になっていた「病院に潜入しては重病人を救う謎の奇跡の人」の記事を見つけたことが切っ掛けで、獅子神と同じ能力を持つ犬屋敷の存在に気付き、嘘の助けを求める叫びで彼を呼び出すと獅子神を止めるよう依頼。涙脆い性格で犬屋敷が獅子神と正反対の理由で生きている意義を見出していることに感動し、また能力を使いこなせていないことを知ると、獅子神の能力から知りえた情報を頼りに犬屋敷のアシスタント役を買って出るようになり、犬屋敷の友人となった。上記の同級生からのイジメと獅子神に対する失望から、犬屋敷の事を「自分が会った中で誰よりも人間らしい人間」と彼に涙ながらに告げている。渡辺 しおん(わたなべ しおん)声 - 諸星すみれ獅子神のクラスメイトの女子。クセ毛の髪の特徴から獅子神を含む男子生徒から「チンゲ」とあだ名されている。内向的だが優しい性格。両親はガンで他界しており、祖母と二人暮らし。イジメにあっていた安堂を助けた姿に惚れて獅子神に告白した。獅子神が連続一家惨殺事件の犯人として追われているとは思っていなかったため自宅に匿う。獅子神に真実を明かされ、機械の身体と能力を見せつけられて激しく動揺するが、それ以上に彼がいなくなることに耐えられず傍にいてほしいと懇願。獅子神を説得して今まで殺してきた人数分人助けをしていくことを約束させる。数か月間は獅子神と共に平穏な日々を過ごすが、自宅にSATが投入され撃たれてしまう。獅子神によって祖母と共に救出され治癒能力によって一命をとりとめる。その後も獅子神がお金を振り込んだり、渡辺に会いに来ては三人(獅子神、渡辺、渡辺の祖母)で一緒に暮らそうと誘われ続けている。獅子神 優子獅子神の母。夫とは離婚しており皓との二人暮し。皓の心の支え。一般的な道徳観を持っており、皓に自分が犯人ならどうするかという問いに対し、一緒に死ぬと答えた。その言葉が皓の人格に多少の変化をもたらすこととなる。末期の膵臓ガンと診断されるが、皓の治癒能力によってガン細胞は消滅する。その後、束の間の幸せを手にするが、彼を追う警察が自宅に詰め寄せたことにより、自分の息子が連続一家惨殺事件の犯人であったことを知ってしまう。皓が逃亡した後はネット上での誹謗中傷や連日マスコミによる取材、そして何よりも凶悪犯の母となってしまった良心の呵責に耐えきれず、前述の発言通り自ら命を絶った。獅子神の父名前は不明。離婚後は別の女性と再婚、2人の子供がいる。釣りへ行く約束や自宅に招くなど離婚後も皓とは親子水入らずの関係にある。実の息子が連続一家惨殺事件の犯人であると発覚し元妻の自殺に関して取材を受けていた最中、皓が取材をしていたマスコミを襲撃。その場で撃たないよう懇願し一命をとりとめる。渡辺の祖母名前は不明。孫娘であるしおんと二人暮ししている。テレビをほとんど見ていないこともあり、獅子神がただの家出した少年だと思い、連続一家惨殺事件の犯人であったことを知らなかった。自宅にSATが獅子神を捕えるため投入された際に撃たれて重体となるが、獅子神によって孫娘のしおんと共に安全な場所に連れ出され治癒能力によって一命をとりとめる。
その他[編集]
井上 ふみの(いのうえ ふみの)弁当屋で働く美女。背が低いことを気にしている。鮫島に気に入られたことで拉致されてしまい、覚醒剤を注射された上に強姦されそうになるが、日本刀で鮫島の手を斬りつけ逃走。悟の待つ自宅に帰るが再び鮫島に拉致されてしまう。鮫島含め暴力団を壊滅させた犬屋敷に助けられ、無事に悟の元へ帰る。悟(さとる)ふみのの彼氏。美人のふみのとは対照的に冴えない見かけだが、誠実な性格。ふみのが拉致されそうになった際には非力ながらも逃げずに何とか活路を見出そうとするが、苛立った鮫島に首を絞められ心肺停止に陥る。その後、駆け付けた犬屋敷によって蘇生、無事に助けられたふみのを迎え入れる。鮫島(さめじま)指定危険暴力団「講談組」幹部。残忍非道な性格で、自らの欲求を満たすためなら手段を選ばない。目をつけた女性を拉致し薬漬けにし強姦、死亡したら遺棄を繰り返していた悪党。ふみのに日本刀で事故で手首を斬られ大量出血を起こしても問題なく活動が可能なほど屈強な肉体を持つ。逃げられたふみのに執着して再び拉致、悟を殺害した上、犬屋敷を銃で撃ち停止させる。その後、復帰し暴力団の会合に乗り込んできた犬屋敷を迎え撃つが、今度は銃でも刃が立たず、殴られて倒れる。さらに犬屋敷によって眼球と頸椎を破壊され、今までの非道を悔いながら生きるよう宣告される[注釈 2]。しかしそのような状態でもなぜ犬屋敷に自分が闘って負けたかを理解できず、自分のした悪事を反省したそぶりは一切ない。仲尾(なかお)ガンを患っている女性会社員。痛み止めの薬を飲みながら、生きることを渇望する日々を送っていた。SNSで治療希望者を募っていた獅子神のアカウントを見つけ、半信半疑ながらもメッセージを送る。ミヤノニュースキャスター。獅子神が乱射事件を起こした際にテレビ番組を通して避難を促していたが、生放送中に獅子神からの電話に出たことによって殺されてしまう。大統領合衆国大統領。獅子神を凶悪なテロリストとして名指しで批判し、破壊を宣言。その後、目前に迫った巨大隕石の衝突を阻止することができず、緊急会見を開き非常事態宣言を行う。
兵器ユニット[編集]

犬屋敷と獅子神を復元する際に流用された機械兵器。素材や原理については不明だが、エネルギー源は水であることが示唆されている。ビールや缶ジュース、さらには雨水や川の水など、飲料であれば成分に関わらず補給が可能。全身の表面は本物の人間との識別が非常に難しい物質で覆われており、レントゲン撮影では内部を可視化できない。注射針やカッターナイフの刃、空中からの落下、被弾や殴打による衝撃は伝わるものの対物ライフルにすら耐える耐久力を持つ。
銃撃能力人差し指を向けた状態で「ばんっ」と叫ぶと、銃のような不可視攻撃が可能。更に同じ状態で「だだだだだっ」と叫ぶとマシンガンのように連続発射することもできる。狙撃も可能で射程距離は10km以上に及ぶ。後述の能力と併用することで、体内に埋め込まれたカメラとあらゆる電子機器のディスプレイを経由して遠隔地にいる対象への攻撃も可能。爆撃能力両腕内部および背中に搭載された兵器から無数の光線を射出して攻撃する。照準は目視(内蔵カメラ)で行われ、自動モードの場合は威力が補正されピンポイントで着弾するものの、任意の場合は精度が落ちるうえに破壊規模が大きくなりがちである。腕からの射出の際は直前にプラズマが発生する。ハッキング能力テレビ放送や警察無線の傍受、ATMやSNSや監視カメラへのクラッキング、放送周波数帯を掌握することで街頭ビジョンや家庭用テレビやスマートフォンへの電波ジャックが可能。遠隔操作能力手をかざすだけで思いのままに機械を遠隔操作することが可能。テレビのチャンネル切り替えから、自動車の運転や大型旅客機の操縦、さらには宇宙ステーションの操作まで行える。飛行能力背中に内蔵されたロケットエンジンの噴射による飛行が可能。地球上での飛行はもちろん大気圏突入や宇宙空間での移動も可能。離陸時に大きな運動エネルギーが生じるため、離陸地点の箇所はクレーター状に減り込む。服を着用したまま飛ぶと服が破けてしまう欠点がある。治癒能力手をかざすだけで軽度の創傷から現代医学では治療が困難な病気まで治すことができる。ただし心肺停止からの蘇生はできないため、心臓マッサージが必要。通話能力人差し指の爪が開くようになっており、指先からスキャンすることでUSBポートを搭載できる。そこへ接続するとスマートフォンの全機能を体内へ移し替えることも可能で着信時には着信音が頭の中で流れ視界内に連絡相手の顔と電話番号が表示される。通話は体内通信で行う。自動モード意識を失うと体内の兵器ユニットマークが光り自動操縦状態に切り替わり、頭部から出現するカメラで視認した対象が無力化することと自身がエネルギー切れになるまで徹底的に攻撃を継続する[注釈 3]。同じ自動モードでも、犬屋敷の場合は対象を戦意喪失に留めるのに対し、獅子神の場合は対象を全滅するまで攻撃し続けるなど、自動モード時の行動が当人の性格や行動パターンに左右されている。自爆能力両目がスイッチになっており、両目を同時に押すとカウントが入り自爆する。
書誌情報[編集]
奥浩哉 『いぬやしき』 講談社〈イブニングKC〉、全10巻 1.2014年5月23日発売[5]、ISBN 978-4-06-354517-3
2.2014年10月23日発売[6]、ISBN 978-4-06-354541-8
3.2015年2月23日発売[7]、ISBN 978-4-06-354556-2
4.2015年7月23日発売[8]、ISBN 978-4-06-354580-7
5.2015年11月20日発売[9]、ISBN 978-4-06-354596-8
6.2016年4月22日発売[10]、ISBN 978-4-06-354616-3
7.2016年8月23日発売[11]、ISBN 978-4-06-354633-0
8.2017年1月23日発売[12]、ISBN 978-4-06-354655-2
9.2017年5月23日発売[13]、ISBN 978-4-06-354668-2 『カラーコミック付き特装版』 同日発売[14]、ISBN 978-4-06-362362-8

10.2017年9月22日発売[15]、ISBN 978-4-06-354688-0


テレビアニメ[編集]

2017年10月よりフジテレビ「ノイタミナ」ほかにて放送中[16]。
TVアニメ「いぬやしき」第1弾アニメーションPV - YouTubeTVアニメ「いぬやしき」第2弾アニメーションPV - YouTubeTVアニメ「いぬやしき」本予告PV - YouTube
原作からの変更点[編集]
はな子は動物愛護センターからの引き取りではなく、捨て犬として放置されていたところを河川敷で拾われたことになっている。
渡辺しおんの髪色が明るい色から黒髪に変更されている。

スタッフ[編集]


原作 - 奥浩哉[17]
総監督 - さとうけいいち[17]
監督 - 籔田修平[17]
シリーズ構成・脚本 - 瀬古浩司[17]
キャラクターデザイン - 恩田尚之[17]
美術設計 - 中村豪希
色彩設計 - 三笠修
CG監督 - 岩﨑浩平
撮影監督 - 淡輪雄介
編集 - 廣瀨清志
音楽プロデューサー - 佐野弘明、舩橋宗寛
音楽 - 池頼広
音楽製作 - フジパシフィックミュージック
音響監督 - 田中亮
音響効果 - 倉橋裕宗
チーフプロデューサー - 高瀬透子、三宅将典
プロデューサー - 松尾祐、松本美穂
クリエイティブプロデューサー - 大塚学
アニメーションプロデューサー - 増田克人

アニメーション制作 - MAPPA[17]
製作 - アニメ『いぬやしき』制作委員会(フジテレビ、アニプレックス、講談社、DMM Pictures、電通)[17]

主題歌[編集]
オープニングテーマ「My Hero」作詞 - Kamikaze Boy, Jean-Ken Johhny / 作曲 - Kamikaze Boy / 編曲 - MAN WITH A MISSION, Kohsuke Oshima / 歌 - MAN WITH A MISSION「MAN WITH A MISSION『My Hero』 TVアニメ『いぬやしき』スペシャルコラボPV」 - YouTube[18][19]エンディングテーマ「愛を教えてくれた君へ」作詞 - 内田旭彦、森彩乃 / 作曲 - 内田旭彦 / 編曲 - 岸利至、クアイフ / 歌 - クアイフ「クアイフ 『愛を教えてくれた君へ』リリックビデオ」 - YouTube[20]
各話リスト[編集]


話数

サブタイトル

絵コンテ

演出

作画監督

総作画監督

#01 犬屋敷壱郎 籔田修平 鎌田晋平、近藤圭一 鎌田晋平
#02 獅子神皓 宍戸淳 山田弘和 青野厚司、杉野信子、長岡康史
児玉健二、奥田哲平 羽田浩二
#03 安堂直行 山川ふかし 相浦和也 村山公輔、北山修一、杉野信子
恩田尚之 羽山賢二

放送局[編集]

フジテレビ系列 / 放送期間および放送時間[21]


放送期間

放送時間

放送局

対象地域 [22]

備考

2017年10月13日 - 金曜 0:55 - 1:25(木曜深夜) フジテレビ 関東広域圏 製作参加
岩手めんこいテレビ 岩手県
さくらんぼテレビ 山形県
金曜 1:20 - 1:50(木曜深夜) 秋田テレビ 秋田県
金曜 1:30 - 2:00(木曜深夜) テレビ愛媛 愛媛県
長野放送 長野県
金曜 1:35 - 2:05(木曜深夜) テレビ静岡 静岡県
金曜 1:45 - 2:15(木曜深夜) 新潟総合テレビ 新潟県
テレビ熊本 熊本県
金曜 1:55 - 2:25(木曜深夜) 福島テレビ 福島県
関西テレビ 近畿広域圏
テレビ新広島 広島県
テレビ西日本 福岡県
金曜 2:00 - 2:30(木曜深夜) 鹿児島テレビ 鹿児島県
仙台放送 宮城県
金曜 2:10 - 2:40(木曜深夜) 東海テレビ 中京広域圏
2017年10月14日 - 土曜 0:55 - 1:25(金曜深夜) サガテレビ 佐賀県
2017年10月16日 - 月曜 1:15 - 1:45(日曜深夜) 北海道文化放送 北海道
2017年11月21日 - 火曜 1:25 - 1:55(月曜深夜) 山陰中央テレビ 鳥取県・島根県

日本国内 インターネット配信 / 放送期間および放送時間[21]


配信期間

配信時間

配信サイト

備考

2017年10月13日 - 金曜 1:55(木曜深夜)更新 Amazonプライム・ビデオ 第1話は10月12日(木)0:00から先行配信


フジテレビ ノイタミナ


前番組

番組名

次番組


DIVE!!

いぬやしき

恋は雨上がりのように


Blu-ray & DVD[編集]
TVアニメ『いぬやしき』上巻 2018年1月24日(水)発売予定[23]。
TVアニメ『いぬやしき』下巻 2018年4月25日(水)発売予定[23]。

実写映画[編集]

TV Future Icon.svg この節には放送開始前の番組に関する記述があるため、方針に従い独自研究の予測などは載せず、出典に基づいて正確な記述を心がけてください。(2016年12月)


いぬやしき


監督
佐藤信介

原作
奥浩哉

出演者
木梨憲武
佐藤健
本郷奏多
二階堂ふみ
三吉彩花
福崎那由他
濱田マリ
斉藤由貴
伊勢谷友介

配給
東宝

公開
2018年予定

製作国
日本の旗 日本

言語
日本語
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2018年に公開予定[16][24]。

キャスト[編集]
犬屋敷壱郎 - 木梨憲武(とんねるず)
獅子神皓 - 佐藤健
安堂直行 - 本郷奏多
渡辺しおん - 二階堂ふみ
犬屋敷麻理 - 三吉彩花
犬屋敷剛史 - 福崎那由他
犬屋敷万理江 - 濱田マリ
獅子神優子 - 斉藤由貴
萩原刑事 - 伊勢谷友介

スタッフ(映画)[編集]
原作 - 奥浩哉「いぬやしき」
監督 - 佐藤信介
配給 - 東宝

脚注[編集]

注釈[編集]

1.^ ホームレス狩りの少年やヤクザたちと戦闘した際には、途中で意識を失った後に兵器ユニットの自動モードのような状態に入り、気付いた際には全てが終わっていたといった具合であるが、対象を不殺で対処しながら相応の悪行の報いを受ける状態にしている。
2.^ 組のトップをはじめ200人以上の構成員も一人残らず眼球と頸椎を破壊された。
3.^ 犬屋敷の気絶後すぐに鮫島たちが立ち去った時のように、反撃対象がその場で視認できない場合は何も起こらず元の状態に切り替わる[4]。

出典[編集]

1.^ “「GANTZ」の奥浩哉、少年誌に初登場!「いぬやしき」がマガジンに出張”. マイナビニュース (2015年4月22日). 2015年7月28日閲覧。
2.^ 『いぬやしき』8巻68話
3.^ 本日発売のイブニング18号表紙をチェック! イブニング公式サイト 2016年8月23日。
4.^ 『いぬやしき』3巻23話
5.^ “『いぬやしき(1)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2016年5月8日閲覧。
6.^ “『いぬやしき(2)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2016年5月8日閲覧。
7.^ “『いぬやしき(3)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2016年5月8日閲覧。
8.^ “『いぬやしき(4)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2016年5月8日閲覧。
9.^ “『いぬやしき(5)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2016年5月8日閲覧。
10.^ “『いぬやしき(6)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2016年5月8日閲覧。
11.^ “『いぬやしき(7)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2016年8月23日閲覧。
12.^ “『いぬやしき(8)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2017年1月23日閲覧。
13.^ “『いぬやしき(9)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2017年5月23日閲覧。
14.^ “『カラーコミック付き いぬやしき(9)特装版』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2017年5月23日閲覧。
15.^ “『いぬやしき(10)』(奥浩哉)”. 講談社コミックプラス. 講談社. 2017年9月22日閲覧。
16.^ a b “奥浩哉の「いぬやしき」がTVアニメ化&実写映画化!アニメ制作はMAPPA”. コミックナタリー (株式会社ナターシャ). (2016年12月15日) 2016年12月16日閲覧。
17.^ a b c d e f g “TVアニメ『いぬやしき』の主人公・犬屋敷壱郎、獅子神皓のアニメビジュアルが初公開! 豪華スタッフ陣からは熱い意気込みコメントが到着!”. アニメイトタイムズ (アニメイト). (2017年5月23日) 2017年5月23日閲覧。
18.^ “MAN WITH A MISSION、「いぬやしき」OPテーマのパフォーマンス映像公開”. 音楽ナタリー (2017年10月12日). 2017年10月13日閲覧。
19.^ “いぬやしき×MAN WITH A MISSION、マッシュアップ動画公開”. コミックナタリー (2017年10月12日). 2017年10月13日閲覧。
20.^ “クアイフ、メジャーデビュー後初のワンマンツアー開催” (2017年10月12日). 2017年10月13日閲覧。
21.^ a b “オンエア”. いぬやしきニュース. ノイタミナニュース. 2017年10月5日閲覧。
22.^ テレビ放送対象地域の出典: “放送分野の動向及び規制・制度(資料2)”. 政府規制等と競争政策に関する研究会「通信・放送の融合の進展下における放送分野の競争政策の在り方」. 公正取引委員会. p. 2 (2009年10月9日). 2016年8月12日閲覧。 “基幹放送普及計画”. 郵政省告示第六百六十号 (1988年10月1日). 2016年8月12日閲覧。 “地デジ放送局情報”. 一般社団法人デジタル放送推進協会. 2016年8月12日閲覧。
23.^ a b “TVアニメ「いぬやしき」Blu-ray & DVD” (2017年10月13日). 2017年10月13日閲覧。
24.^ “実写版「いぬやしき」木梨憲武&佐藤健が出演!本郷奏多や二階堂ふみ、伊勢谷友介も”. 映画ナタリー (株式会社ナターシャ). (2017年3月17日) 2016年4月27日閲覧。

関連項目[編集]
GANTZ - 奥浩哉が連載していた漫画。登場人物の安堂直行が大ファンで、部屋にポスターを多数飾っている。

外部リンク[編集]
いぬやしき / 奥浩哉 - イブニング公式ページ
いぬやしき@奥浩哉 (@inuyashiki_tan) - Twitter
TVアニメ「いぬやしき」 | 公式サイト
アニメ「いぬやしき」公式 (@inu_noitamina) - Twitter



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いぬやしきネタバレ最終回結末まで!ラスト犬屋敷&獅子神の悲しくも勇敢な姿に号泣…

投稿日:10月 12, 2017

人気漫画「いぬやしき」がフジテレビノイタミナ枠でアニメ化され、2018年には木梨憲武さん主演で映画化も決定!

原作は「GANTZ」で知られる奥浩哉さんの同名漫画です。

50代にして、初老のような容姿の冴えないサラリーマン・犬屋敷壱郎。

家族や会社からも相手にされず、寂しい日々と送っていたある日、宇宙人が起こした事故に巻き込まれ、機械の身体となってしまう。

機械化された人間は犬屋敷壱郎ともう一人、獅子神という青年。

犬屋敷は人々を救済することに力を使い、獅子神は人々を破滅させるために力を使っていく。

最後二人に訪れる待ち受ける衝撃のラストとは…!?

アニメ化にあたり原作漫画を読んでみたところ、面白くて、一気に読んでしまいました。

またラストの展開に号泣…。見ごたえたっぷりの漫画です!

今回は、アニメ化にあたり、いぬやしきネタバレを最終回結末までまとめてみました。

ラストまでネタバレしていますので、結末を知りたくない方はご注意下さい。

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いぬやしきネタバレあらすじ【機械化された犬屋敷と獅子神】

犬屋敷壱郎はまだ50代にも関わらず、初老のような容姿。小柄で、自分の意見を強く言えず、会社でも家族からも疎まれ、孤独な日々を送っていた。

壱郎は、妻、高校生の娘・麻里、中学生の息子・剛史の4人家族。

家族のために頑張って一軒家を購入するものの、胃がんが発覚。余命3ヶ月と宣告される。家族に打ち明けようとするが、誰も壱郎の話しを聞こうとしない。

ある夜、唯一の話し相手である愛犬・はな子の散歩に出かけた壱郎。

末期がんであることを家族に言えず、打ち明けても誰も泣いてもくれないのでは…と悲しみに暮れていると、突然空に強い光が現れ、次の瞬間爆発に巻き込まれてしまった。

しばらくして意識を取り戻すと、朝になっており花子と共に帰宅。

身体に異変を感じ、病院で再検査してもらうが何度やってもレントゲン写真は真っ白になり骨も何も映らない。血圧測定の機械もエラーとなってしまった。

自宅に帰った壱郎は手から湯気が出始め、腕から銃のような機械が飛び出し、頭が割れ、機械が出てくる。

壱郎の身体は、機械となってしまったのだった。機械化され、もはや人間ですらなくなってしまったと絶望感を抱き、昨夜の公園へと向かう。

そこで、ホームレスの男が若者に襲撃されているのを発見。壱郎は機械を使って、若者たちを撃退し、ホームレスの男を助けたのだった。

「人の命を救った…」

この瞬間、壱郎は「生きている」と実感した。
【機械化された獅子神皓】

獅子神皓は幼馴染の安堂直行の自宅を訪ねていた。安堂は、いじめにあったことがきっかけで不登校になっていた。

安堂の元を訪ねた獅子神は、サイボーグ化された身体、そして自分に宿った力を見せる。獅子神も、あの夜犬屋敷と同じく公園で機械化されてしまったのだった。

獅子神は人差し指を銃のように立てて、「バン」と言うだけで撃つことができる力を持ち、手を振るだけでも多くの人の命を奪える不思議な力がついてしまったことを安堂に見せた。

安堂はその不思議な力を人助けに使うように提案するが、獅子神は受け入れない。獅子神は人の命を奪うことで、自分が生きていると実感できるのだった。

そして次々と見ず知らずの家に入り、容赦なく人の命を奪っていく。

人の声が聞こえるようになっていた壱郎は、獅子神に脅され必死に助けを求める女性の声が聞こえ、救出に向かう。

しかし、すでに獅子神から命を奪われており、壱郎は獅子神と遭遇。獅子神から撃たれ、壱郎は倒れ意識を失った。

その後、壱郎はすぐに起き上がったが自分と同じような人間がもう一人いると気づいたのだった。

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【ヒーロー】

壱郎は獅子神の正体を知り、彼はこれからも人の命を奪うなんとかしなければ…と思いつつもどうすればいいのかわからずにいた。

そんな中でも壱郎は日々特殊な力を駆使し、次々と人々を助けに回っていた。

安堂は学校に行けるようになったものの、すぐにまたいじめられてしまう。獅子神は安堂を庇い、安堂をいじめた同級生の命を奪う。

驚いた安堂は、人の命を奪うやつとは友達でいれない、自首しようと言う。しかし、獅子神は拒否。安堂は友達の縁を切ったのだった。

その頃、壱郎は手をかざすと、不治の病も治せることがわかり、病院にこっそり入っては、病気で苦しんでいる人の命を救っていた。

背中からジェット機のエンジンような機械が飛び出してくることがわかり、助けの声が聞こえれば飛んで駆けつけていた。

ある日、ごく平凡なカップルの女性が闇社会の男に連れ去られ暴行されそうになる。

女性は、逃げ出したものの婚約者のアパートを突き止められ、男たちに婚約者は命を奪われそうになる。

助けの声を聞いた壱郎が駆けつけ、立ち向かっていくが、銃で何度も撃たれ倒れてしまう。組織の男たちは女性を連れて行ってしまった。

しばらくして壱郎は目を覚まし、隣で既に亡くなっている婚約者の男性に胸に手をあて生き返らせようとする。

ところが何度やっても男性は息を吹き返さない。

「亡くなった人はダメなのか…」

壱郎は無力を感じ、助けられなかったと後悔しながら部屋を出ようとした。しかし、まだ諦めてはいけないと再び男性の胸に手を当て何度も念を送る。

「頼むから…戻って来て」

すると、男性は息を吹き返したのだった。

壱郎は彼女を取り戻すべく、闇社会の男たちの会合が行われている料亭に一人で乗り込んだ。何度も銃で撃たれるが立ち上がり、組織のボスに立ち向かっていく。

やがてボスを倒した壱郎は組織の仲間たちも絶滅させ女性を救ったのだった。

壱郎が人助けをしている中、獅子神は週1のペースで民家を襲撃し大きくニュースにもなっていた。安堂は獅子神を止めたい考えていたがどうすればいいのかわからない。

ある日、不治の病に侵された人の命が奇跡的に次々と何者かによって助けられているとニュースを見た安堂は、もしかして獅子神と同じ力をもつ人物がもう一人いるのではと考える。

しかし、一体誰なのか調べようがないと諦めようとした時、獅子神が色んな人の声が聞くことができると言っていたことを思い出し、「助けて!!」と強く何度も声に出してみた。

すると自宅に壱郎がやってきて、獅子神と同じ力を持つ人間がもう一人いると知ったのだった。

これまでニュースになっていた人の命を助けていたのは壱郎だと知り「ヒーローだ!」と感激。

こうして、二人は獅子神を止めるために手を組むことにしたのだった。

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【獅子神の素顔】

それから安堂がアシストし、壱郎は力を自由に操れるように訓練を始めた。

獅子神はあいからわず、民家襲撃を続けていた。高校のクラスでも民家襲撃の犯人は獅子神ではないか噂され始めていた。

獅子神は母と小さいアパートに2人で暮らしていた。

両親は離婚し、父は再婚して新しい家庭を築いていた。獅子神も時々新しい家庭に遊びに行き、良好な関係を築いていた。

そんな中、獅子神の母が末期がんで余命1ヶ月であることを知らされる。獅子神は泣きながら「死なせない…!」と必死に母の背中に手をやり強く抱きしめた。

翌日、病院で検査を受けた母はがんが全て無くなっていたと喜んだのだった。

獅子神は、スキャンできる能力を使って、銀行から多額の現金を引き出し、母を高級レストランに連れ出し、高級マンションに引っ越しをすることにした。

ある日、獅子神が自宅で母と一緒に家でテレビを見ていると、民家襲撃の事件について取り上げられていた。

獅子神は母に、犯人が俺だったらどうする?と聞くと、母は命を絶つと答えた。その夜、獅子神はもう人の命を奪うのは止めようと考え眠りにつこうとしていた。

しかし、獅子神が犯人であるとついに突き止められ警察が自宅に突入。獅子神は警察を振り切り逃走。

逃げ切った後、獅子神の前に高校の同級生・しおんが現れた。獅子神に好意を寄せているしおんは、獅子神を実家に連れて行き匿った。

しおんの両親は既に亡くなっており老いた祖母と二人暮らし。

獅子神が犯人であることはニュースでも大々的に報じられ学校でも獅子神の話題で持ち切りだった。しおんの祖母は、テレビを見ないらしく事件のことは知らない様子。

夜、しおんと祖母が寝静まった頃、獅子神は彼女たちの寝室に行き、命を奪おうとしたが止めた。

翌日、テレビで母が泣きながら謝る姿を見た獅子神は泣き崩れた。獅子神はテレビは見ていなくとも特殊な能力のせいで頭の中にテレビの放送が流れてくる。

さらにネットでの誹謗中傷も次々と読むことができたのだった。

そして、母は自ら命を絶ってしまう。

母の死を知った獅子神は激しく混乱し、実の父親の元へ向かう。父は多くの報道陣に囲まれていた。獅子神は、報道陣たちを次々と襲い全滅させる。

さらにネット内で獅子神の誹謗中傷を書き込んだものも特定し、容赦なく命を奪っていく。

しおんの自宅に戻った獅子神は自分が民家襲撃の犯人であること、そして機械になってしまったことを告げる。

獅子神の話しを信用しないしおん。すると獅子神はしおんを連れて空へと舞い上がった。しおんを連れて空を飛びながら、これからもっと多くの人の命を奪うとつぶやく。

しおんは「わたしとおばあちゃんを置いて行かないで!!家にいて…大事な人の将来はもう戻ってこないんだ…」と悲しみのあまり泣きじゃくった。

はっとした獅子神は、命を奪った数だけこれから救っていくと言い、しおんを抱きしめたのだった。

その日から獅子神は、しおんと協力し顔を隠しながら不治の病で苦しむ人の命を救っていった。獅子神はしおんをずっと大事にすると決意を新たにしていた。

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【悪魔降臨】

しばらくしたある日の夜。

獅子神はSAT(特殊襲撃部隊)に居場所を突き止められ、夜中に襲撃される。しおんや祖母も巻き込まれてしまった。

獅子神はしおんたちを連れて逃亡。

翌日の夜、頭にきた獅子神は警察に侵入し、次々と命を奪っていく。獅子神も激しく襲撃されるが、何度やられても立ち上がる。

獅子神は、どうせ追われるのであれば警察事態を機能させないようになくしてしまうことを考えていた。

署内の警察を全滅させた獅子神が外に出ると、特殊急襲部隊が待ち構えており、激しく撃たれる。獅子神はその場に倒れて意識を失ったものの、すぐに立ち上がり、特殊部隊も全滅させてしまった。

その頃、しおんと祖母は、獅子神の力により命を吹き返し別のところで暮らしていた。獅子神は二人のために多額の送金をしていた。

日本中が獅子神の話題で持ち切りになり、獅子神は街のモニターを乗っ取り、この国の国民を滅ぼしていくことを宣言する。

そして次々と見ず知らずの人の命を容赦なく奪っていった。街は大パニックになり、獅子神を強く批判した生放送の司会者も襲撃される。

壱郎と安堂は獅子神を止めること考えていたがまだどうすればいいのかわからなかった。

一方で、獅子神は親友の安堂が自分を止めさせようとしていることを知り、敵になったのか…とどこか淋しげだった。

そして翌日はもっと多くの命を奪おうと、飛行機を次々と街に墜落させていく。

壱郎の耳には助けを呼ぶ人の声が次々と聞こえてくる。

壱郎はいてもたってもいられなくなり、空に飛び立った。そして、獅子神が落とす飛行機にしがみつき、墜落させぬよう必死に支え、次々と飛行機を無事に着陸させていったのだった。

すると娘・麻里が飛行機事故の影響で火災が起きた展望台に閉じ込められたと助けを呼ぶ連絡が入る。

壱郎が麻里の元に駆けつけようとしたところ、獅子神が現れた。壱郎が自分と同じであることを知った獅子神はなぜ自分の邪魔をするのかと壱郎に聞く。

「人の命を救った時だけ自分が人間だと実感できる」

壱郎のその言葉にはっとした獅子神は「俺が悪役でじじいがヒーローか…」と涙を流す。

麻里の元へ行こうとする壱郎だが獅子神が妨害を始める。

獅子神は激しく壱郎を攻撃し、壱郎も負けじと反撃。壱郎はなんとか獅子神を振り切り、麻里の元へと急ぐ。

しかし、麻里と電話が途絶えてしまった。何度か掛け直し、ようやく麻里が応答。

「みんな愛している…。お父さんもすごい愛しているよ…」

そう言って麻里の声は途切れてしまった。

壱郎は必死に麻里の元へ飛んで向かう。しかし、追いかけてきた獅子神にまたもや激しく攻撃される。二人は激しく争うがあまり、街のビルを次々と破壊。

壱郎は必死に闘い、獅子神の頭部にある機械を破壊させ、獅子神は意識を失い落ちていった。

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【家族】

ようやく麻里のいる展望台に到着した壱郎。しかし、麻里はすでに息絶えていた。壱郎は麻里の赤ん坊の頃から大人になるまでを思い出しながら、必死に麻里に念を送る。

しかし何度やっても麻里は戻ってこない…。もうだめなのか…諦めかけたその時、麻里は息を吹き返した。

助けられた麻里は壱郎に連れられ、展望台の外へと連れ出される。

そして壱郎は、展望台の中にまだ残る人を助けに戻り、次々と亡くなった人を蘇らせたのだった。

壱郎は自分の人生を振り返っていた。

「人を助けるため、今のこの時のために自分は生まれてきた。そして、この時のために機械になったんだ…」

壱郎が人々を助ける様子はテレビやユーチューブに流され神と言われるようになっていた。

そして一段落した壱郎はようやく自宅に帰宅すると、家族が待っていた。テレビでは壱郎が人々を助ける様子が放送されており、妻が「あなたなの?」と問いかける。

壱郎は機械化された身体を見せ、自分は偽物で犬屋敷壱郎そっくりに作られた機械なんだ…と話す。

家族は動揺し、何も言わない。

壱郎は、黙っていてごめん…と部屋を後にしようとする。

すると妻が「うちに居て」と引き止め、麻里も泣きながら「どう見てもお父さんだよ!」と抱きついたのだった。

翌日、学校から自宅に返った安堂。

部屋のドアを開けると、そこには獅子神が立っていた。安堂はドキドキしながら以前のように「ジャンプあるけど読む…?」と問いかける。

獅子神は「読む!」と言って楽しそうにジャンプを読み始めた。

安堂は自分がやられるのではないかと、手が震えていた。トイレに行き、壱郎に獅子神が来ていること報告する。

そして部屋に戻り、壱郎がもうすぐ来ること、そして自分の命を奪っても壱郎が獅子神を破滅させると言い放った。

獅子神は前みたいにジャンプ読みたいなと思って…と言うが、安堂は「お前はもうヒロじゃない、心がない偽物の機械だ」と強く言う。

安堂を見つめる獅子神の目は涙でいっぱいだった。獅子神は安堂の元から姿を消した。

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【地球滅亡の危機!二人に訪れるラストとは!?】

壱郎は家族と出かけたり楽しいひとときを過ごしていた。

そんな中、3日後に巨大隕石が地球に衝突するとニュースが流れ、人類滅亡の危機が訪れていた。

いつも通り会社に行く壱郎だが、人類に残された時間は3日間しかないということもあり、仕事も学校も放棄され、街には好き放題やっている人で溢れ機能していなかった。

壱郎は隕石を止める決意をしていた。

壱郎は家族や安堂に止められながらも、地球のため人々のために一人宇宙に向けて飛び立った。

隕石を発見し、上陸した壱郎。それは想像していた以上に大きなものだった。

安堂に隕石の画像を送るが、安堂にもこんなに大きいと無理なのでは…と言われる。

しかしやってみるという壱郎。

安堂は映画アルマゲドンだと、地面を掘削して爆破させていたと話す。

壱郎は同じように、隕石に穴を堀り、穴に背中から発射する爆破物を使って、隕石を破壊させようと試みる。

しかし、隕石はびくともしない。

やがて大きな穴を見つけたと安堂に報告すると、アメリカ連合チームが試みた跡だと知らされる。国家の試みでも破壊することができなかった隕石。

安堂は、もう諦め最後の時を家族と過ごしてほしいと電話を切るが、壱郎は諦めずに何度も何度も、隕石を破壊させようとする。

しかし、何度やってもびくともしない。

やはりダメなのか…。

そう思いかけた時、なんと獅子神が現れたのだった。

「なんで君がここに…?」

「俺にだって死んでほしくない人間がいる…」

獅子神はしおんと安堂の命を守りたいと思い駆けつけたのだった。しかし、壱郎はもうやるべきことは手をつくしたと話す。

獅子神はひとつだけあると話す。

それは「自爆して隕石の起動を変える」だった。獅子神は自分がやるから壱郎には帰るように言う。

獅子神の自爆ボタンは目だった。しかし獅子神にはもう手がない。そのため壱郎にボタンを押して逃げ出すように言う。

そこに安堂から壱郎に電話がかかってくる。

壱郎は安堂に、獅子神が目の前にいること、自爆で地球を救おうとしていること、そして獅子神が安堂には死んでほしくないと思っていることを伝えた。

安堂は、獅子神に冷たく言ったことを激しく後悔し空に向かって泣きながら謝った。

そして、壱郎は獅子神のスイッチを押し、獅子神は自爆したのだった。隕石は粉々に破壊された…壱郎はこれで安心だと地球に戻ろうとした。

しかし、隕石は破壊しきれず地球に向かって突き進んでいた。

このままだとやはりダメだ…

壱郎は覚悟を決めた。家族の顔を一人ひとり思い浮かべた。そして、隕石に座り地球に近づいたその瞬間。

壱郎は自分自身の自爆スイッチを押し、隕石を破壊させたのだった。

こうして地球は救われたのだった。

地球では、アメリカが仕掛けた爆破物で隕石は地球にくる前に割れたと言われており、麻里の学校でもその話しで持ちきりだった。

父がいなくなった麻里は悲しみに暮れていた。

しかし、漫画家を目指して壱郎を題材にした漫画が賞を取ったのだった。

息子・剛史はいじめられっ子にカツアゲをされていた。いつもなら反論できない剛史だが、今回は立ち向かっていく。結果ボコボコにされてしまったが、空を見上げて言った。

「父さん…見てた?」

安堂は学校に行き、しおんに獅子神が自分たちを救ってくれたと話した。二人は涙を流しながら空を見上げた。

(おわり)

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いぬやしきネタバレあらすじ【感想&映画版キャスト】

若干ベタな展開だったので、地球に隕石が近づいているあたりから結末が読めてしまいましたが、それでも地球を救った壱郎、獅子神の姿に感動しました。

「いぬやしき」というタイトル名で、家を購入するところから始まったので、この屋敷で何かが繰り広げられるストーリーなのかと思っていましたが、壱郎が機械化されたシーンでは「えっ?こんな展開なの?」と驚きました。

しかし、ひ弱なおじいさんがヒーローとなっていくストーリーは、結構新鮮でしたね。

機械化されてしまった、壱郎と獅子神は、心を失い生きている実感を失い、どん底へと突き落とされます。

壱郎は人を助けることで生きていることを実感し、獅子神は人の命を奪うことで生きていることを実感するという全く対象的。

人は、失われた心をどのように取り戻していくのかというテーマが壮大に描かれていたように思います。

途中、GANTZが何気なく登場していたり、誰もが知っている某有名司会者っぽい人が登場したりと、小ネタ感満載の部分も面白かったですね。

また2018年木梨憲武さん主演で、映画化されることが決定しています。

気になるキャストはこちら!

■犬屋敷壱郎(木梨憲武)

■獅子神皓(佐藤健)

■安堂直行(本郷奏多)

■渡辺しおん(二階堂ふみ)

■犬屋敷麻里(三吉彩花)

■犬屋敷剛史(福崎那由他)

■犬屋敷万理江(濱田マリ)

■獅子神優子(斉藤由貴)

■荻原刑事(伊勢谷友介)

犬屋敷壱郎を演じるのは木梨憲武さん。

映画の主演を務めるのは16年ぶりだそうで、特殊メイクで初老の容姿を再現するとのこと。どことなく顔の作りが似てるかも?

アニメ版では俳優の小日向文世さんが壱郎の声を演じます。どちらかというと木梨憲武さんよりも小日向さんの方が壱郎に近い印象なので、映画版でも小日向さんがよかったのでは…?

木梨憲武さんの演技ってあまり見たことがないので未知数ですが、役の印象がない方が、逆に先入観なく見れそうなので、どのような壱郎を演じるのか楽しみです。

そして、獅子神には佐藤健さん。

いぬやしきで初の悪役とのこと。イケメンな顔立ちや、きりりとした目元なんか獅子神っぽくてこれは期待できそうです。

その他、漫画にはない映画オリジナルキャラクターとして伊勢谷友介さん演じる荻原刑事が登場。獅子神を倒すために警察を仕切る刑事という役どころのようです。

獅子神が次々と人の命を奪い街を崩壊させていくシーン、壱郎との闘い、ラスト隕石が地球接近し壱郎たちが立ち向かうシーンなど、実写化するにはハードルが高いように思いますが、どこまで再現されるのかも楽しみです。

もしかしたら、漫画とは違った映画オリジナルの展開になるのかもしれませんね。

ぜひ、原作漫画、アニメ、映画もセットで楽しむことをおすすめします。

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海と毒薬





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『海と毒薬』(うみとどくやく)は、遠藤周作の小説。1957年に発表された。

太平洋戦争中に、捕虜となった米兵が臨床実験の被験者として使用された事件(九州大学生体解剖事件)を題材とした小説。テーマは「神なき日本人の罪意識」。第5回新潮社文学賞、第12回毎日出版文化賞受賞作。熊井啓監督で同名の映画が製作された。

作中では九州帝国大学ではなく「F市の大学病院」とのみあり、登場人物も同事件に関わった特定の実在人物をモデルにしたものでない。ストーリーの構成においても創作性の強い作品である。

遠藤が九州大学病院の建物に見舞い客を装って潜り込んだ際、屋上で手すりにもたれて雨にけぶる町と海とを見つめ、「海と毒薬」という題がうかんだという。評論家の山本健吉は、「運命とは黒い海であり、自分を破片のように押し流すもの。そして人間の意志や良心を麻痺させてしまうような状況を毒薬と名づけたのだろう」としている。



目次 [非表示]
1 あらすじ
2 テーマ
3 批判・評価
4 出版
5 脚注
6 映画
7 関連項目


あらすじ[編集]

引っ越した家の近くにある医院へ、持病を治療しに通う男。男はやがて、その医院の医師・勝呂(すぐろ)が、かつての解剖実験事件に参加していた人物であることを知る。

F市の大学病院の医師である勝呂。彼は、助かる見込みのない患者である「おばはん」が実験材料として使われようとすることに憤りを感じるが、教授たちに反対することが出来なかった。当時、橋本教授と権藤教授は医学部長を争っていたが、橋本は前部長の姪である田部夫人の手術に失敗し、死亡させてしまう。名誉挽回するために、B29の搭乗員の生体解剖を行い、勝呂と戸田も参加することになる。

テーマ[編集]

成文的な倫理規範を有するキリスト教と異なり、日本人には確とした行動を規律する成文原理が無く、集団心理と現世利益で動く傾向があるのではないか。小説に登場する勝呂医師や看護婦らは、どこにでもいるような標準的日本人である。彼らは誰にでも起き得る人生の挫折の中にいて、たまたま人体実験に呼びかけられて参加することになる。クリスチャンであれば原理に基づき強い拒否を行うはずだが、そうではない日本人は同調圧力に負けてしてしまう場合があるのではないか──自身もクリスチャンであった遠藤がこのように考えたことがモチーフとなっている。

批判・評価[編集]

Question book-4.svg この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2008年1月)
『海と毒薬』発表後、遠藤は、この作品の第2部を執筆することを随所で示唆していた。小説発表後は評価が分かれ、事件関係者の中には、遠藤が彼らの行為を断罪しようとしたのだと考え、抗議の手紙を送った者もいた。遠藤は大変なショックを受け、その心中を実際に随筆等で吐露している。第2部を断念したのは、こうした抗議とは無関係ではないだろうと考えられている[1]。ただし、実質的な続編にあたるものとして『悲しみの歌』が発表され、主人公勝呂医師は新宿の開業医として登場している。

出版[編集]
新潮文庫 - ISBN 4101123020
講談社文庫 - ISBN 4061310232
角川文庫 - ISBN 4041245257

[icon] この節の加筆が望まれています。

脚注[編集]

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1.^ 『海と毒薬』新潮文庫版・佐伯彰一による「解説」 1971年10月

映画[編集]

詳細は「海と毒薬 (映画)」を参照

映画監督の熊井啓によって1969年に脚本化されていたが、その内容のためスポンサー探しに苦戦し、実際に映画化されたのは17年後の1986年のことであった。前評判を覆し、ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した。

関連項目[編集]
悲しみの歌
日本人論
レイシズム
エスノセントリズム
九州大学生体解剖事件




カテゴリ: 遠藤周作の小説
1958年の小説
医療機関を舞台とした小説

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E3%81%A8%E6%AF%92%E8%96%AC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

海と毒薬 (映画)





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海と毒薬


監督
熊井啓

脚本
熊井啓

製作
大塚和
宮川孝至

出演者
奥田瑛二

音楽
松村禎三

撮影
栃沢正夫

編集
井上治

配給
日本ヘラルド

公開
日本の旗 1986年10月17日

上映時間
123分

製作国
日本の旗 日本

言語
日本語
テンプレートを表示

『海と毒薬』(うみとどくやく)は、1986年制作の日本映画。原作は遠藤周作の同名小説。全編白黒作品。1987年の第37回ベルリン国際映画祭・銀熊賞審査員グランプリ部門受賞作。1986年度の第60回キネマ旬報ベストテン日本映画第1位及び日本映画監督賞受賞作。

太平洋戦争末期の1945年に行われた米軍捕虜への臨床実験における若き医師の葛藤を通して、生命の尊厳を問う小説の内容に、監督の熊井は衝撃を受けて映画化を決意する。原作者の遠藤から映画化の承諾を得て、1969年には脚本が完成したが、その作品性ゆえ出資者探しが難航し、実際に映画化されたのは17年後の1986年のことであった。舞台は架空の大学の医療機関「九州のF帝大」と設定されている。



目次 [非表示]
1 ストーリー
2 キャスト
3 スタッフ
4 備考
5 脚注
6 外部リンク


ストーリー[編集]

撃墜されたB29搭乗員8名が帝大医学部に連れてこられた。軍の命令により、生きたまま米軍捕虜を解剖する実験を行うためである。人間の内臓が摘出されても生きていられるのか…尋常ではない非道な実験に参加せざるを得ない医学部研究生・勝呂は、良心の呵責にさいなまれる。そんな勝呂の様子をせせら笑う同期生・戸田も、極限状態で何も感情が湧かない自分自身を疑い始める。学部内での権力闘争も相まって、若き研究生らは翻弄されていく。

キャスト[編集]
勝呂:奥田瑛二
戸田:渡辺謙
橋本教授:田村高廣
大場看護婦長:岸田今日子
上田看護婦:根岸季衣
柴田助教授:成田三樹夫
浅井助手:西田健
ハットリ調査官:岡田眞澄
権藤教授:神山繁
田中軍医:草野裕
村井大尉:辻萬長
宮坂中尉:津嘉山正種
おばはん:千石規子
田部夫人:黒木優美
田部の母:戸川暁子
田部の姉:大石真理子
ヒルダ(橋本夫人):ワタナベ・マリア
米軍捕虜:ギャリー・イーグル
ナレーター:平光淳之助

スタッフ[編集]
監督・脚本:熊井啓
撮影:栃沢正夫
美術:木村威夫
音楽:松村禎三
監督補:原一男

備考[編集]
劇中の血液は、スタッフから採取した実物が使用された[1]。
熊井啓の自伝『映画と毒薬』(1987年 キネマ旬報社)に、捕虜の人体実験の場面(鼓動する心臓を鷲掴みにするショッキングなシーン)は保健所に保護された犬を開胸し撮影したという。

脚注[編集]
1.^ 公開当時の劇場用ロビーカードの説明文より

外部リンク[編集]
海と毒薬 - allcinema
海と毒薬 - インターネット・ムービー・データベース(英語)



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熊井啓監督作品

































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キネマ旬報ベスト・テン 日本映画ベスト・ワン


























































































































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毎日映画コンクール 日本映画大賞


































































































執筆の途中です この項目は、映画に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。




カテゴリ: 1986年の映画
日本のサスペンス映画
日本の戦争映画
太平洋戦争の映画
熊井啓の監督作品
遠藤周作原作の映画作品
実際の出来事に基づいた映画作品
医療機関を舞台とした映画作品
九州地方を舞台とした映画作品
渡辺謙

http://www.shinchosha.co.jp/book/112302/



アメリカと闘った戦争が、医学も、日本人のこころも汚してしまった。



















海と毒薬

遠藤周作/著


400円(税込)


本の仕様

発売日:1960/07/19





































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戦争末期の恐るべき出来事――九州の大学付属病院における米軍捕虜の生体解剖事件を小説化、著者の念頭から絶えて離れることのない問い「日本人とはいかなる人間か」を追究する。解剖に参加した者は単なる異常者だったのか? どんな倫理的真空がこのような残虐行為に駆りたてたのか? 神なき日本人の“罪の意識”の不在の無気味さを描き、今なお背筋を凍らせる問題作。



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著者プロフィール







遠藤周作 エンドウ・シュウサク

(1923-1996)東京生まれ。幼年期を旧満州大連で過ごす。神戸に帰国後、12歳でカトリックの洗礼を受ける。慶応大学仏文科卒。フランス留学を経て1955年「白い人」で芥川賞を受賞。結核を患い何度も手術を受けながらも、旺盛な執筆活動を続けた。一貫して日本の精神風土とキリスト教の問題を追究する一方、ユーモア作品や歴史小説、戯曲、映画脚本、〈狐狸庵もの〉と称されるエッセイなど作品世界は多岐にわたる。『海と毒薬』(新潮社文学賞/毎日出版文化賞)『わたしが・棄てた・女』『沈黙』(谷崎潤一郎賞)『死海のほとり』『イエスの生涯』『キリストの誕生』(読売文学賞)『侍』(野間文芸賞)『女の一生』『スキャンダル』『深い河(ディープ・リバー)』(毎日芸術賞)『夫婦の一日』等。1995年には文化勲章を受章した。

https://ameblo.jp/kotonohakokoro/entry-11582024376.html


【海と毒薬 遠藤周作】 俺が怖ろしいのは、なにも苦しまないこの不気味な心なのだ



August 24, 2013
テーマ:小説(伊坂幸太郎、重松清、などなど)


夏休みの読書感想文のシーズン。

遠藤周作の「海と毒薬」を選んでみました。

医学部では、この「海と毒薬」が課題図書になったりもするみたいですね。
医学生の方々にも、ぜひ読んでほしい一冊です。


■海と毒薬 遠藤周作



【簡単なあらすじ】

F市の大学病院の医師であった勝呂(すぐろ)と戸田。
当時の教授らが、
戦争相手(捕虜)であるB-29の搭乗員の生体解剖を行うことになり、
勝呂と戸田の二人も参加することになった。
そして、アメリカ人捕虜に対し、以下3例の人体実験が行われました。

1. 第一捕虜に対して血液に生理的食塩水を注入し、
 その死亡までの極限可能量を調査す。

2. 第二捕虜に対しては血管に空気を注入し、
 その死亡までの空気量を調査す。

3. 第三捕虜に対しては肺を切除し、
 その死亡までの気管支断端の限界を調査す。


戦時中の実話をモチーフに、遠藤周作が創作した話です。

さら~っと流して読むと、
「なんて恐ろしいことを。人間の仕業とは思えない」
と、なんだか非現実的な、医者のおかしな世界の話、
のように感じましたが、
何回か繰り返し読むうちに、決して他人事ではない、
生々しい人間の姿が描かれていることに気付きます。


主人公たちも、生体解剖を行う前は、
「そんな恐ろしいこと、とてもできない」
「人を殺したら、自分はどんな罪悪感に苛まれるのだろう」と
いわゆる「普通」の感覚をもっていました。

が、実際に生体解剖に立ち会って、その後に感じたことは、
本人たちの予想通りでもあり、
予想外の「不気味な心」に驚くことになりました。

医学生二人の、そんな心理描写が「海と毒薬」で見事に描かれています。

「医学生」という立場は、
まだ医者ではないが、一般人でもない、
医者の世界に進むことにはなっているが、まだ素人さが抜けない、
権力や名誉の世界に染まっていない、そんな立場じゃないかと思います。


キーワードは

「無感動」 と 「不気味な心」。


心に残る名言は

「醜悪だと思うことと苦しむことは別の問題だ」。


海と毒薬 (新潮文庫)/新潮社

¥380
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以下は、戸田が昔を振り返って、自分自身のことを語っているところです。
結構な悪ガキだったようですが、自己分析が深いです。


-----------------
断っておくが、ぼくはこれらの経験を決して今だって
呵責を感じて書いているのではないのだ。
あの作文の時間も、蝶を盗んだことも、
その罰を山口になすりつけたことも、従姉と姦通したことも、
そしてミツとの出来事も醜悪だとは思っている。
だが醜悪だと思うことと苦しむことは別の問題だ。

それならば、なぜこんな手記を今日、ぼくは書いたのだろう。
不気味だからだ。
他人の眼や社会の罰だけにしか恐れを感ぜず、
それが除かれれば恐れも消える自分が不気味になってきたからだ。
不気味といえば誇張がある。
ふしぎのほうがまだピッタリとする。
ぼくはあなた達にもききたい。
あなた達もやはり、ぼくと同じように一皮むけば、
他人の死、他人の苦しみに無感動なのだろうか。
多少の悪ならば社会から罰せられない以上は
それほどの後ろめたさ、恥ずかしさもなく今日まで通してきたのだろうか。
そしてある日、そんな自分がふしぎだと感じたことがあるだろうか。
-----------------


「無感動」は、多くの場合、
「言いわけ」や「開き直り」というヴェールにつつまれて、
あまり表面には現れない気がします。

他人の苦しみに心が動かない、反省していないから、
相手の苦しみよりも、我が身の保身を第一に考えてしまう。
自分を正当化して、それで終わり。

不気味な心に気付き、恐れていた戸田は、ある意味「真面目」な人です。

・・・。

場面は変わって、勝呂の担当する患者さんのお話し。

ある病室のおばあさんが、同室の患者さんたちに、
仏教の話を読み聞かせています。

親鸞聖人の言葉と、お釈迦さまの説話です。

キリスト教を信じていたという遠藤周作氏が、
なぜ仏教の話を引用したのかは分かりませんが、
「心」の文字が繰り返されるのが、印象的です。


-----------------
「五十六億七千万 弥勒菩薩はとしを経ん
 まことの信心うる人は このたび燈をひらくべし」
         (親鸞聖人ご和讃)

「お釈迦さまはある日、一人の弟子をお見舞いになりました。
 弟子は自分の小便も糞も始末できぬほど苦しんでいました。
 お釈迦さまはねんごろに見舞い、
 ――お前は達者な時に友だちを看病したことがあるか…と言われました。
 このように一人ぽっちで苦しまねばならなぬのは、
 お前が平生、他人を看病しなかった為である。
 お前は今、体の病に苦しんでいるが、
 三世にわたって尽きることのない心の病がある。」
-----------------


この「三世にわたって尽きることのない心の病」、
とても気になる表現です。

「世間」「社会」(生きている間)の枠を超えて続く、
心の病、罪・・・。

「他人の眼や社会の罰だけにしか恐れを感ぜず、
 それが除かれれば恐れも消える自分が不気味になってきた」

という戸田の心境と、何か対照的です。


戸田は、生体解剖という恐ろしい手術に立ち会うことになったら、
無感動な自分も、さすがに、
きっとものすごい罪悪感に悩まされるだろうと、どこかで期待していました。

しかし、その期待は外れます。


-----------------
(変わったことはないのや。
 どや、俺の心はこんなに平気やし、
 ながい間、求めてきたあの良心の痛みも罪の呵責も
 一向に起こってこやへん。
 一つの命を奪ったという恐怖さえ感じられん。
 なぜや。
 なぜ俺の心はこんなに無感動なんや)
-----------------


感動がないということは、心が動かないということです。
心が動かなければ、行動も変わらない。
行動が怒らなければ、自分は変われません。

そうやって、他人の苦しみに対しても、
自分自身に対しても、
いつも一時的で、
感動したつもりにはなっても、本当は何も変わらないまま、
ただ時間だけが過ぎていきます。

そうやって、無感動で、退屈で、虚しい人生になってしまう・・・。

自分でも分かっているのです。
もっと感動したい、人間らしくありたい。
苦しみには、同情したい、何か手を差し伸べたい、
幸せを心から喜びたい・・・。


でも、どこか冷めた自分がいることに、気づいてしまいます。

「どうせ、何をやっても変わらない」
「どうせ、人間最後はみんな死ぬんだ・・・」

それでいいと思っているわけじゃない。
でも、どうしたらいいか分からない。

同じような後悔をくり返し、迷い続ける、
「三世に尽きせぬ心の病」。

そんな心が自分にもあるような気もします。



こんな描写もあります。

取りだされた臓器を目の前にしても、


-----------------
赤黒くよどんだ水に漬けられたこの褐色の暗い塊。
俺が怖ろしいのはこれではない。
自分の殺した人間の一部分を見ても、ほとんどなにも感ぜず、
なにも苦しまないこの不気味な心なのだ。
-----------------



苦しまない心に、苦しむことがあります。

恐れを感じない心に、恐れを抱くことがあります。

自己の心の罪悪を深く見つめれば見つめるほどに。


バレなければいいのか。

心の中で思うだけなら、誰にも迷惑はかけないし、

みんな似たような事を思ってるんだろうし、

自分だけじゃないから、と言い訳をして、見て見ぬふりをして流してきたけれど、

冷静に考えてみると、自分ってこんな人間なのか、と、

我ながら恐ろしく、悲しくなることがあります。


そして、隠し続けていると、
隠していること自体が苦しくなったりもします。

ツケが貯まってくると、だんだん精神的に辛くなってくる。

精神的な負担に苦しむくらいならば、いっそ清算したくなることがあります。


-----------------
今、戸田のほしいものは呵責だった。
胸の烈しい痛みだった。
心を引き裂くような後悔の念だった。

(俺には良心がないのだろうか。
 俺だけではなくほかの連中もみな、
 このように自分の犯した行為に無感動なのだろうか)
堕ちる所まで堕ちたいという気持ちだけが彼の胸をしめつけた。
-----------------


坂口安吾の「堕落論」にもあります。

 「堕ちる道を堕ちきることによって、
  自分自身を発見し、救わなければならない」

そして、親鸞の語録と言われる歎異抄にも。

 「いずれの行も及び難き身なれば、地獄は一定すみかぞかし」
 「善人なお以て往生を遂ぐ、いわんや悪人をや」

上述の親鸞聖人の「まことの信心」は、
こうやって繋がってくるのかもしれません。


最後に、戸田と勝呂が、海を眺めながら語り合います。

未だ“罰せられない罪”への“不気味な不安”を。



-----------------
「どうなるやろなあ」と彼はひくい声で言った。「俺たちはどうなるやろ」
「どうもなりはせん。同じこっちゃ。なにも変わらん」
「でも今日のこと、お前、苦しゅうはないのか」
「苦しい? なんで苦しいんや」戸田は皮肉な調子で
「なにも苦しむようなことないやないか」
勝呂は黙り込んだ。
やがて彼は自分に言いきかせでもするように、弱々しい声で、
「お前は強いなあ。
 俺あ…今日、手術室で眼をつむっておった。
 どう考えてよいんか、俺にはさっぱり今でも、わからん」
「何が苦しいんや」
戸田は苦いものが咽喉もとにこみあげてくるのを感じながら言った。
「あの捕虜を殺したことか。
 だが、あの捕虜のおかげで何千人の結核患者の治療法が分かるとすれば、
 あれは殺したんやないぜ。生かしたんや。
 人間の良心なんて、考えよう一つで、どうにも変るもんやわ」

「でも俺たち、いつか罰をうけるやろ」勝呂は急に体を近づけて囁いた。
「え、そやないか。罰をうけても当たり前やけんど」
「罰って世間の罰か。世間の罰だけじゃ、なにも変わらんぜ」
戸田はまた大きな欠伸をみせながら
「俺もお前もこんな時代のこんな医学部にいたから捕虜を解剖しただけや。
 俺たちを罰する連中かて同じ立場におかれたら、どうなったかわからんぜ。
 世間の罰など、まずまず、そんなもんや」
だが言いようのない疲労感をおぼえて戸田は口をつぐんだ。
-----------------



世間の罪“だけ”ではない、
やがてくる報いへの不安が、拭い去れません。

自分だけじゃない。
どうせ、みんなも同じようことをやるから。やっているから。
だから、罰せられることはない。
法律には引っかからない(だろう)。

・・・でも、不安は消えない。「不気味な心」が離れません。

自分の犯した罪は消えない。
たとえ、世間の罰は受けなくても。

世間の法律は、人間が作ったもの。
人にバレなければ、罰せられることはないし、抜け穴もあります。

でも、自分で自分を誤魔化すことはできないし、
自分がやったことを、なかったことにすることはできません。


他人の眼、世間の罰、肉体の病、この世の苦しみは、
いつかは終わるんだろうけど、
それだけでは終わらない「不気味な何か」があるような気がしてならない・・・。

お釈迦様は、そういうことを言われている気がします。

「お前は今、体の病に苦しんでいるが、
 三世にわたって尽きることのない心の病がある。」



最後に、キルケゴールの名言を。

 「不安は罪に先行するところの心理的状態である」


長文、失礼しました。




「海と毒薬」の続編!

 ↓↓↓

【悲しみの歌 遠藤周作】
 善意や親切や思いやりは、時に罪悪をつくることさえあるのだ

http://hm-hm.net/suspense/%E6%B5%B7%E3%81%A8%E6%AF%92%E8%96%AC



「海と毒薬」のネタバレあらすじ結末


更新日:2017年02月18日 17:48

サスペンス映画原作マンガ/小説実話/ノンフィクション戦争



海と毒薬の紹介:1986年公開の日本映画。遠藤周作の同名小説を映画化。太平洋戦争末期に実際にあった、米軍捕虜への臨床実験(生体実験)「九州大学生体解剖事件」における若き医師の葛藤を描いた作品。その作品の内容が原因で出資者探しが難航し、映画化したのは17年後。舞台は架空の大学の医療機関「九州のF帝大」と設定、モノクロで撮られている。



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予告動画




海と毒薬の主な出演者

勝呂(奥田瑛二)、戸田(渡辺謙)、橋本教授(田村高廣)、大場看護婦長(岸田今日子)、上田看護婦(根岸季衣)、柴田助教授(成田三樹夫)、浅井助手(西田健)、ハットリ調査官(岡田眞澄)、権藤教授(神山繁)、田中軍医(草野裕)、村井大尉(辻萬長)、宮坂中尉(津嘉山正種)、おばはん(千石規子)、田部夫人(黒木優美)、田部の母(戸川暁子)、田部の姉(大石真理子)、ヒルダ〔橋本夫人〕(ワタナベ・マリア)、米軍捕虜(ギャリー・イーグル)、ナレーター(平光淳之助)









海と毒薬のネタバレあらすじ

簡単なあらすじ

①太平洋戦争末期、F帝大医学部に米軍捕虜8名の人体実験の話が持ち込まれる。当時の政府軍の命令は絶対で、拒否できなかった。医学部の研究生・勝呂(すぐろ)は同僚の戸田の言葉「病院で死なない奴は空襲で死ぬ」や、目の前で次々に死ぬ患者を見て死に無感覚になっていく。 ②人体実験がおこなわれた。勝呂はおじけづいて何もすることなくオペ室で棒立ち、他のメンバーで右肺全摘、左肺上葉切除の後、心停止後のマッサージによる蘇生措置も実験された。

【起】- 海と毒薬のあらすじ1

第二次世界大戦後、留置所に入れられた勝呂(すぐろ)医師を取り調べるハットリ調査官は、事件があった当時のことを詳しく話せと要求します。
勝呂は促されて、少しずつ当時のことを話します…。
…昭和20年5月、日本は敗戦の色が濃く漂っていました。
勝呂は九州のF帝大の医学部第1外科研究生として病室に詰めながら、短期現役(陸軍懲兵制度の特例。現役期間を2年に限り懲兵する制度のこと。本来は医者は貴重なので前線に立つことはなかったのだが、敗戦間際は医者の数も足らず、期間限定で徴兵された)を待つ身でした。
その頃になると九州のF市には、毎夜のように空襲が繰り返されています。病院には物資も薬品も少なく、できることは限られていました。
F帝大医学部には勝呂と戸田という対照的な研究生がいました。勝呂は医療に対して真摯で、できるだけ患者のために尽力しようという気持ちです。対照的に戸田は敗戦の色が濃い大衆の多くの意見「病院で死なない奴は、空襲で死ぬ」という、諦観の入った気持ちでいました。
F帝大医学部では1か月前に大杉医学部長が亡くなり、「医学部長」の椅子の取り合いが始まります。
候補として挙がっているのは第1外科の橋本教授と、第2外科の権藤教授でした。
権藤教授はもし自分が医学部長になったら、傷痍軍人(戦傷を負った軍人)を病院に連れてきて手厚く治療をすると政府軍に言い、点数を稼いでいます。
橋本教授は焦りました。医学部長になれるような大きな功績を上げたいと考えます。
勝呂と戸田も所属する橋本教授の第1外科では、肺結核の治療が本分でした。当時は結核で死ぬ者が大勢いました(結核が治る病気になったのは昭和30年代以降で、それまではかかると致死率が高かった)。
肺結核の重度の患者・おばはんは「手術ばすると、うちは助かりますじゃろか」と手術を頼んでおり、柴田助教授が執刀する予定でした。
おばはんは手術しても両肺摘出で95%の確率で殺してしまい、オペをしなくても半年以内に衰弱死すると決まっています。
どうせ死ぬのなら、後学のためにいわば人体実験もかねて…というもくろみで手術が決まっていたのですが、医学部長の椅子取り合戦で、おばはんの手術は取りやめになります。「オペして死者を出す」とまずいからです。
柴田助教授は「心臓が弱っているので、オペを中止したい」と言いました。
そして代わりにまだ病気が進んでおらず、手術すれば確実に治りそうな患者・田部夫人を手術に選びました。田部夫人は有力人物の親戚で、手術で成功させるとその一族に恩も売れるし、第1外科の成績も上げられるというわけです。


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【承】- 海と毒薬のあらすじ2

おばはんは見捨てられ、田部夫人の手術が決定しました。
研究生になって初めて間近に接した患者がおばはんだったこともあり、勝呂(すぐろ)はおばはんにひとかたならぬ情を抱いていました。
手術が中止になったと聞いて嘆くおばはんを、勝呂は慰めます。
田部夫人の手術は、念入りな予備検査の後に行なわれました。成績稼ぎのため、橋本教授自らが執刀します。
ところが成功率が高い筈の手術が、失敗してしまいます。オペの序盤は順調だったのですが、途中で大量出血を起こしてしまいました。ガーゼで拭い、輸血もおこないますが、患者・田部夫人は亡くなります。
橋本教授は考えました。オペは成功した振りをして、明朝6時に容体が急変して死んだということにしようと言います。手術中の死亡ではなく手術後の死亡にするということで、隠蔽工作です。
既に死んでいる田部夫人の家族には「手術は無事に終わった」と説明し、しかしまだ容体は楽観視できないので明後日まで面会は禁止だと言い渡しました。
胸中複雑な勝呂に対し、戸田は「コメディやった」と関西弁で語ります。オペ中に死んだら先生のせいで、オペ後は先生のせいにはならず、選挙でも言い訳が立つというわけです。
病院の汚い部分を見ながら、勝呂は「これが医者というものか、これが医学というものか」と悩みました。しかし勝呂自身も続く戦争で疲れており、考えても答えが出そうにないことを考えるのが嫌になります。
勝呂は徐々に、考えることをやめました。言われたまま、病院での業務をこなすことだけに専念します。
その頃、アメリカ軍が沖縄全土を支配したというニュースが入ってきました。勝呂はおばはんのために、薬用ブドウ糖(角砂糖に似ていて甘い)のかけらを削って差し入れします。
その日の夜、空襲で避難するためにおばはんを迎えに行った勝呂は、おばはんがブドウ糖を握ったまま息絶えているのを見て、やりきれない思いを抱きます。おばはんの死に顔は安らかでした。
おばはんの遺体は、翌日、棺に入れられてリヤカーで運ばれていきます。どんどん死んでいく人の中で、死なせまいとした唯一の人物・おばはんが亡くなったことで、勝呂はもうどうでもいい気分になりました。
橋本教授の医学部長推薦の道はなくなり、敗北は決定的になります。
そんな頃、橋本教授が呼ばれてある極秘の計画を耳打ちされました。橋本教授はそれを受けると、柴田助教授、浅井助手、勝呂と戸田を呼びます。
第2外科では既にその計画に参加が決まっており、第1外科も参加します。その内容とは、アメリカ人の捕虜8名を生体解剖するというものでした。






【転】- 海と毒薬のあらすじ3

アメリカのB-29戦闘機が撃墜され、生き残った9名のうち取り調べに必要な機長1名を除く8名は、現地で処分(実質的には処刑)しろという知らせが東京の司令部から入ります。
本来は銃殺刑なのですが、どうせ殺すのなら医学の情報収集措置として有用に利用しろという思惑もありました。「エーテル(麻酔)かけるから安らかに眠れていい」と、上部は圧力をかけました。
当時、政府軍の命令は絶対でした。
それでも健康な人間にメスを入れて人体実験するなどということが許されるのかと、勝呂(すぐろ)は苦悩します。抵抗も感じます。ただ、それ以上考えることに疲れていました。
戸田はというと、自分の出世と上司の顔色を窺うのが上手で、「みんな死ぬ世の中だから」と死に慣れ過ぎており、全く抵抗はありません。むしろ悩む勝呂に発破をかけます。
悩んでも仕方のないことでした。勝呂も戸田も手術に参加させられます。
ただ極秘裏に行なわないとならない手術ですので、メンバーも限られます。看護婦として白羽の矢が立ったのは、橋本教授に献身的に尽くす大場看護婦長と、上田看護婦でした。
実は上田看護婦は田部夫人の手術の失敗を知ってしまい、口止めも兼ねて浅井助手と肉体関係を持った女性でした。上田看護婦は夫に満州で捨てられ、その時に妊娠していた子は腹の中で死に、子宮も摘出しています。
その後都合が悪いからと休職扱いにされていた上田看護婦でしたが、今回の計画のために呼ばれました。半ば自暴自棄になっている上田看護婦は引き受けます。
上田看護婦が引き受けたのは浅井助手のためではなく、ヒルダこと橋本夫人への対抗心からでした。
ある時上田看護婦は指示されて、苦しむ患者を安楽死させようとして、ヒルダに咎められたことがあったのです。「死ぬことがきまっても、殺す権利はだれもありませんよ。神さまがこわくないのですか。あなたは神さまの罰を信じないのですか」と言われた上田看護婦は、ヒルダの言い分が正論だと分かっていながらも、割り切れない思いを抱いていたのです。
「橋本教授は人体実験のことを妻に話したのだろうか、白人の肌は切りにくいだろうか」などと考えながら、上田看護婦は引き受けました。
手術は前日に知らされました。初日は第1外科が行ないます。
当日の午後2時半過ぎ、軍部の人たちは軽い感じで写真を撮ろうかと言ったり、その後に開かれる宴会の話題で盛り上がっていました。捕虜には「大分の病院へ連れる前の体格検査」という名目にしてあります。
カリフォルニア出身の米軍捕虜が入ってきた折に、心臓も調べるので横になってと指示し、不穏な空気を察して暴れ出した米軍捕虜に、4人がかりで無理やり酸素マスクを鼻と口にかぶせます。






【結】- 海と毒薬のあらすじ4

勝呂(すぐろ)はここへきておじけづきました。「断るならもっと前にチャンスがあった筈。ここまできたらもう半分通り過ぎてる」と戸田が言いますが、以後も手術の間、勝呂はオペ室で突っ立ったきりで、何も手伝いません。
第1外科の生体解剖の主たる目的は「肺の切除がどの程度まで可能なのか」「心肺停止後の蘇生措置は可能か」でした。右肺を全摘した後、左肺の上葉部を切除することと、心臓を停止した後、マッサージで生き返るかという内容です。
手術は午後3時8分から開始されました。軍部が写真撮影を開始します。
右肺を摘出した後、少しだけ捕虜がうめきます。コカインを使うか否かで論議がなされますが「使わなくていい。こいつは患者じゃない」という橋本教授の決断で、見送られました。
左肺の上葉の摘出も済みますが、捕虜は生きていました。続いて、心臓を停止させた後に蘇生措置をおこなう実験が始まります。
心臓へのびる血管をつまみ、血流をとめて心停止の状態に追いやりました。その後、心臓を直接マッサージする方法で蘇生措置をおこないます。
結果、蘇生は成功し、自発呼吸も戻りました。捕虜のうめき声が聞こえ、おぞましさに勝呂は頭を抱えます。
再び左肺の切除が始まりました。今までの医学では、左肺を半分以上摘出すれば即死と言われています。
その通りで、半分まで切ったところで捕虜の瞳孔反応がなくなりました。午後4時28分、手術を開始して1時間20分で捕虜は死亡しました。
手術室を真っ先に出た勝呂は廊下を走り、やがてよたよたと部屋に戻って空を見ます。
会議室では軍部が盛り上がっていました。この後に宴会をするのですが、田中軍医は橋本教授に「捕虜の肝臓をくれ」と頼みます。要望通り肝臓は切除され、戸田が軍部に持っていきました。
(注:肝臓の行方は劇中では明らかにされていない。原作では「アルコール漬けにして記念にとっておく」というセリフでのみ語られ、戦後の風評では「軍部が宴会で食べた」とセンセーショナルに書きたてられたが、のちに冤罪だと判明している)
戸田は勝呂に「捕虜の命のおかげで、何千人もの命を救える」と言いますが、勝呂は「いつか罰を受ける」と返します。
「罰って、世間の罰か」と戸田は聞きますが、勝呂が考えていたのはもっと別なこと(人間が他者の命を勝手に左右していいのか)でした。勝呂と戸田では、考えの根本から違っていました。
翌日は第2外科が執刀し、8人の捕虜は全員生体解剖に処されました。
した。
〝極東国際軍事裁判において、生体解剖関係者25名は絞首刑5名を含む有罪判決を受けた。しかしその後彼らは朝鮮戦争をはじめとする、国際情勢の急激な変化にともない、全て釈放された。〟


関連する映画

サスペンス映画原作マンガ/小説実話/ノンフィクション戦争

http://blog.goo.ne.jp/raffaell0/e/d93f8c8d643c2c4fc320f6bc3be42fc8


映画「海と毒薬」と九大「生体解剖」事件
2013-09-04 | 日本のこと

1987年作品です。
デイブ・スペクター氏が深夜再放送されていたこの映画を観て、
「日本はお金が無いときの方がいい映画を作っていたみたいだ」
書いているのを読んで、思わず
「渡辺謙と奥田瑛二もわからんのかこの埼玉県出身のアメリカ人はっ!」
と突っ込んでしまったわけですが、デイブ・スペクターは、
この映画を戦後すぐの白黒作品だと思い込んでしまい、
日本人俳優を見分けられなかったのかもしれません。
お金がないどころか、日本がバブル経済に突入したころに
この映画は製作されたわけですが。


手術シーンにはスタッフの献血によって集められた血を実際に使い、
それだけではなく心マッサージのシーンに、
保険所から譲り受けた屠殺予定の犬を使い、それがため、
動物愛護団体その他から抗議が殺到したというこの映画。

アメリカであの写実医療ドラマ「ER」が撮られる前に、
医療シーンの映像リアリズムにおいてこ世界の先端をを行っていたわけですが、
つまりそのシーンがあるために、
カラー映像の生々しさを避けたのかとも思われます。

原作は遠藤周作の「海と毒薬」。

ある男が自然気胸の治療のため寂れた医院を訪れる。
腕はいいが、なぜか虚無的な医師の様子に、男は興味を持つ。
ある日、男は、医師が街の紳士服店のウィンドウの前に佇んでいるのを見かける。

医師が凝視していたのは、外国人男性を模した、マネキンだった・・・・。


こんな出だしで始まる小説は、大戦中、本土を攻撃し撃墜されたB29の搭乗員が、
九州大学の医学部において「生体解剖」された、
という実際の事件をモチーフにしています。

東京裁判についての本を読んでいると
「巣鴨にはこの生体解剖の手術に立ち会った看護婦が、
唯一の女性戦犯として収監されており、戦犯たちは興味しんしんで、
中には塀越しにからかう者もあった」
などという記述があったりして、派生的にこの事件に興味を持ちました。
上坂冬子の「生体解剖 九州大学医学部事件」を読んだのも、この流れです。

勿論、この映画は文学作品がベースになっていますから、
ノンフィクション的な手術の経過や
軍と大学の間にどのようなやり取りがあったかについては触れられません。

医学部の学生であった二人の青年が、この事件となる実験に立ち会い、
戦後、戦犯容疑でGHQの取調官から尋問を受ける過程で、生と死、
そして罪と罰について考える、
その煩悶のさまがストーリーの焦点となっている文学作品です。

今や世界のナイス・ガイ、ケン・ワタナベも、このころは神経質そうな優男。
奥田瑛二は、本人いわく
「遅れてきた新人といわれ、当時、女の子にキャーキャー言われていた僕の、
俳優としての転換点ともなる作品だった」
つまり、かれが今日第一線の俳優として活躍している原点がここにあったと。
確かにここでの奥田は、さらさらの長髪をしょっちゅうかきあげ
悩ましげに海を見たりする、いかにも女の子受けしそうな甘いマスクの二枚目ですが、
この立場に慢心しなかったのが、この人の賢明さではなかったでしょうか。

ちなみにわたしは、俳優、奥田瑛二のファンです。


この事件が世間の耳目を集めたのは「生体解剖」という言葉の衝撃的な響きでしょう。
文字通りそれを解釈すれば
「人体を、その生命がまだあるうちに、つまり生きながら解剖した」
という、猟奇事件のようなまがまがしさを感じさせます。

世間には「生体解剖事件」として知られ、上坂氏の著書の題にもなっているのですが、
事件当時、医学生として九大におり、
手術を目撃していたためGHQの尋問を受けたという、医師で作家の東野利夫氏は、
「汚名 九大生体解剖事件の真相」
という著書で、その「生体解剖」という言葉そのものに真っ向から異論を唱えています。

無差別攻撃を行い、軍事裁判にかければ死刑になるのが確実、
とされたB29の搭乗員6人の捕虜は、陸軍の命を受けて九大に送られ、
実験的治療を施されて死亡に至った。

これが事件の概要です。
つまり、実際に行われたのは「生体解剖」(ヴィヴァセクション)ではなく
「人体実験」です。
実際には研究途中であった代用血液としての海水の注入、肺の切除、
心臓を停止させるなどの「生還の不可能と思われる治療」がなされ、
被験者は全員死亡したわけですが、
生身を切り刻んで「生体」解剖をした、という事実は全くありません。

東野氏は事の真相そのものを遥かに凌駕する誹謗や、
はては「捕虜の肝臓を食った」などという冤罪を投げかけられ、
戦後の長きに亘って着せられた彼らの「汚名」を濯ぐためにこの本を書いた、
とその前書きで語っています。


この件は「BC級戦犯裁判」でその罪が問われました。
つまり、裁いたのは戦勝国側です。
アメリカ人の捕虜が軍事裁判を受けずに実験的手術の末死亡した。
東京裁判そのものが「戦勝国側の報復」であったという定義の上で語れば、
この件は「報復に値する犯罪」でしょう。
しかしながら、その東京裁判の定義そのものに果たして「正義」はあったのか。

死亡した搭乗員たちが、その前に本土爆撃を何度も行い、
無辜の市民がそれによって何万人も死亡していたという事実をどう考えるのか。

正式な裁判を経ずに殺したのが犯罪なのだとしたら、裁判どころか、
無抵抗の日本兵を捕虜にもせずその場で殺戮した連合国の兵士の行為はどうなのか。

米軍飛行士たちの死体を、臓器の収集のために解剖したということが犯罪なのならば、
沖縄で日本人の頭部を切断し、釜でゆでて骸骨を作成し、
「記念」として自分の恋人に送ったアメリカ兵たちの行為は
なぜ人道的な犯罪として問われないのか。

同じ戦争を戦ったのですから、叩けば埃の出るのは自分たちも同じなのです。

そこでアメリカと言う国が日本の戦争行為を糾弾するときの常套手段ですが、
自分たちの戦争犯罪を僅少なものにし日本のそれの方が悪質であったと主張するために、
事件に色をつけたり、数を捏造したり、という脚色を行うわけです。

この事件におけるそれが
「被告たちは捕虜の肝臓を料理し、それを宴会で食べた」というものでした。

この手術に携わった大森卓という陸軍の見習軍医が、捕虜の血を持って帰り、
「シラミ退治の薬に混ぜる」と言ったこと、
そして遺体からなぜか肝臓を切り取って持ち帰ったこと。
大森軍医はその後無差別爆撃によって死亡するのですが、この行為からGHQが

「偕行社病院での宴会で皆が肝臓を食った」

という仮定を導き出し、尋問においてそれが厳しく各被告に問われたのです。

この検事の論告は「生体解剖」そして「人体嗜食」という、
まるで猟奇事件のようなイメージをマスコミに報道させることになり、
案の定世間はこの誘導にまんまと引っ掛かります。

「悪魔の科学者」

これは、この事件で裁かれた人々に向けられたものではありません。
松本サリン事件直後、確証もなくマスコミが一個人を犯人だと決めつけていた頃に
あるスポーツ紙の見出しになったアオリです。
ムードと状況で結論ありきのマスゴミのセンセーショナルな報道によって、
一つの事件は時として推定有罪となることがありますが、この事件がまさにそうでした。

独立国となった平成の世においてもそうなのですから、
進駐軍占領下のジャーナリズムにこの件を公平かつ冷静な「裁判」として
報じることなど全く不可能であったでしょう。
果たせるかな、占領軍が、自国の犯罪の数々は棚に上げて捏造したとも言える
この食肉事件を、その占領軍の意を受けた当時のマスコミは
大げさにリードしヒステリックに言い立てたのです。

この件で最初容疑をかけられた人々の供述書には、

「二つの皿があり、一つはご飯、一つには野菜、
そして人間の肝の入っている皿があった。
看護婦が人間の肝臓を回した。肝臓は薄く切って醤油で煮てあった」

などという、実に真に迫った描写ががなされています。

しかし、このGHQの尋問を受けた者の証言によると、このやり方とは、

「脅迫的な自白を強要され『人間の肝など食べさせられていたら吐き出していただろう』
と言ったことを、本当に食べたように調書を作成させられた」
「肝を食ったとしても大した罪にはならないが、偽証するともっと長い重労働の刑になる
といわれて家族のことを考え口述書に署名した」
「肉体的脅迫の結果、精神的苦痛に耐えかねて虚偽のことを述べた。
後から撤回しようとしても聞き入れられなかった」

精神的な拷問による自白の強要の末、その証言を都合良くつなぎ合わせて調書を作成し、
それに強制的にサインさせる、というものでした。

この訴えは弁護人によって裁判に提出され、
結局食肉事件の容疑者は全員無罪となったのです。
連合国による裁判がちゃんと法に則って機能していた、
というのが唯一の救いといえます。

しかし、センセーショナルに騒ぎたてられ、
世間に刷り込まれた猟奇事件としてのイメージはいつまでも消えることなく、
関係者はその残りの人生を懊悩と煩悶のうちにすごし、
人目を避け世間から身を隠すように生きなくてはいけませんでした。



この映画は、大学病院内の権力闘争を絡ませ、地位と今後の権力掌握を狙う教授が、
重要なオペに失敗した失点を挽回するために軍の要請を受ける、
という設定になっています。
ここで大学関係者の関心は権力闘争の一点にしかありません。
食肉に関しては陸軍の野卑な軍人たちが冗談で
「肝を食ってみようかい」
と手術前に笑ったのを、まるであてこするように、
医学生の渡辺謙が膿盆に乗せた肝臓を
「ご所望のものです」
と彼らの前に差し出し、軍人たちは鼻白む、という表現がされていました。


元をたどれば、この「生体解剖事件」は、陸軍軍令部の某が
「どうせ有罪で銃殺刑になる予定の捕虜たちだから、それなら、
戦時下に必要とされる研究の実験台にすれば、一挙両得、
捕虜にとっても銃殺されるより安楽な死に方ではないか」
と考えたことに端を発しています。

そうして陸軍がその話を大学病院に持ち込み、持ち込まれた医学者たちは
「どうせ処刑になるのだから」という言葉を免罪符に
かねがねやりたかった人体実験を行い、医学者なら普通にそうするように、
遺体から標本のための臓器等を切除したのでした。

当時のジャーナリズムが猟奇的、野蛮、非人道的、残虐非道といった、
非道徳性の弾劾の側に立ってそれを報じた事件の裏には、しかしながら、
今日、どこをどう見ても個人的に裁かれなければいけないほどの悪人は存在しません。

この事件においては、確かに当初から科学者の良心が厳しく問われました。
しかし、裁く側のアメリカはさておいて、彼ら関係者が
当時戦争の狂気のもとにあったことがまず、糾弾するジャーナリズムの論旨から
全く抜け落ちていたことを、我々は考慮するべきでしょう。

あの時代、あの切迫した状況で、
例えばあのB29の搭乗員の手によって日本人が毎日のように死んでいく中で
取捨選択の余地もなく、ただ目の前に突き付けられた出来事に対し、
それでも科学者としての良心そして倫理を屹立することは、果たして可能なのか。

そこにあるのは、ただ戦争の悲惨と、愚劣と、不条理。
そして、その不条理の中に在った者を、
そこに無かった者が断罪することの虚しさに尽きます。

このB29の搭乗員に、たった一人生存者がいます。
そのマービン・ワトキンス氏(B29機長)に、東野利夫氏がインタビューをしています。
ワトキンス氏が語った最後の言葉は次のようなものでした。

「この事件の関係者の中で、まだ胸を痛めている方がおられたら伝えてください。
わたしは決してその方たちに悪い感情など持っていないということを。
死んでいった部下は可哀そうだったが、ナチスがやったような残虐な殺され方でなく、
麻酔をかけられて分からないようになって死んでいったのがせめてもの私の救いです」


虚無的な医学生戸田(渡辺)が、勝呂(奥田)が親身になって診ている学用患者の
「おばはん」について、こんなことを言います。

「おばはんが空襲で死んでもせいぜい那珂川に骨なげこまれるだけやろ?
けど、オペで殺されるんなら本当に医学の生き柱や。
おばはんもいずれは仰山の両肺空洞患者を救う道と思えば以て瞑すべしや」

「新しい実験するのに猿や犬ばかり使うてられへんよ。
そういう世界をもうちょいおまえも眺めてみいや」

ここで戸田の言う

「どうせ死ぬ命なら、医学の礎として利用すべきである」

という論理は、ドストエフスキーが「罪と罰」で問うた
強者の倫理とも言うべき合理主義です。

生命をその手で扱う医師が、ともすればそれを無機的に見ることは
仕方の無いことかもしれません。
だからこそ医師とは、生命への畏れを人一倍持たずには
携わるべきでない職業であるとも言えます。
しかしひとたび戦争のような異常な世界に置かれたとき、
ただでさえ摩耗しがちなその畏れをそれでも堅持し続けることは
やはり誰にとっても容易なことではないでしょう。



ところで、この映画について調べてから、
わたしはあることがずっと気になっています。
この映画の手術シーンで、保険所から譲り受けた犬が解剖された、
という事実です。

映画の製作者は

「どうせ保険所で殺処分される犬だから」

という理由を言い訳にしたのでしょう。

「どうせ処刑される捕虜だから」

この事件の関係者たちの弁明と全く同じであることに、
スタッフの何人が気づいたでしょうか。



http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20120826/1345957386

2012-08-26 橋下よ、安倍晋三は総理大臣時代「河野談話の継承」を明言したんだぜ
「九大生体解剖事件」で「人肉試食」の事実はなかった。しかし「生体解剖」は間違いなく行われた。そして……Add Startk_kappa19yuri_donovic

読書, 戦争, 九大生体解剖事件

8月15日付の毎日新聞のサイトに下記記事が掲載された。

http://mainichi.jp/select/news/20120816k0000m040050000c.html

九大生体解剖事件:「戦争は人を狂わす」最後の目撃者語る

 1945年5月、大分、熊本両県境に墜落したB29搭乗の米兵8人が次々と旧九州帝国大(現九州大)医学部に運ばれ、やがて死亡した。連合国軍総司令部(GHQ)が「類例ない野蛮さ」と表現した「九大生体解剖事件」。医学生として立ち会った福岡市の医師、東野利夫さん(86)は何を目撃し、何を思ったのか。「戦争は人を狂わせる。悲惨と愚劣しか残らない」。67年後の今、東野さんは改めて平和の尊さを訴える。

 東野さんは1945年、同大医学部に入学。約1カ月後、配属された解剖学教室で、事件は起きた。「手術する場所を貸してほしい」。外科医から解剖学教室の教授に連絡があった。数日後、米兵の捕虜2人が運ばれてきた。麻酔がかけられ、肺の手術が始まった。透明の液体が体内に入れられたが、その液体が代用血液として試された海水だったことは後に知った。

 実験手術だった。軍の立ち会いの下、4回にわたって8人に上り、うち2回を目撃。無傷の捕虜にも施され、終わると血液は抜かれ、息絶えた。「ただ不思議で怖くて、緊張して体が固まった」。

 東野さんはGHQの調べを受け、裁判の証言台にも立った。主導していたとされる軍医は空襲で死亡、執刀した外科医も拘置所で自殺した。

 「軍人と医者が残虐非道なことをしたが、これは事件の本質ではない」。東野さんは独自に調査中、気が付いた。「当時の心理状態は平和な時代には考えられないほど、おかしな状態だった」。戦争末期の空気と混乱は医者をも狂わせた。

 事件の目撃者が東野さんだけとなり、講演にも力を入れたが、体力の衰えで数年前から休止した。時代は移りゆくが、平和への思い、願いに変わりはない。「非戦を誓った憲法9条は必ず守ること。そして捕虜に対し学内の医師がメスを持ったという事実を正面から受け止め、母校の敷地に8人の慰霊碑を造ってほしい」【金秀蓮】

【ことば】九大生体解剖事件

 1945年5~6月、墜落したB29に乗っていた米軍捕虜計8人が、旧九州帝国大医学部で実験手術を受け死亡した。西部軍司令部は8人について、広島へ移送後に被爆し死亡したとしたが、GHQの調査などで発覚。計28人が起訴され、5人の絞首刑を含む計23人が有罪判決を受けた。

毎日新聞 2012年08月15日 21時02分(最終更新 08月15日 22時56分)

この記事について、2ちゃんねるでは「金秀蓮」という記者の名前に条件反射したヒステリックな反応が起き、生体解剖事件は捏造だったと証明されたんだろ、などと息巻く向きもあった。しかし、捏造であることが明らかになったのは、この事件に絡んでセンセーショナルに取り沙汰され、遠藤周作の小説『海と毒薬』の終わり近くにも取り入れられた「人肉試食」(生体解剖された米軍飛行士の肝臓を摘出してそれを西部軍関係者が試食した疑惑)だけだ。生体解剖事件はれっきとした歴史的事実である。

この記事はさほど長くないためか、論点が明確ではないのだが、記事に取り上げられている東野利夫さんは1979年に『汚名 「九大生体解剖事件」の真相』を出版している。この本は1985年に文庫化されているが、現在は絶版になっている。

汚名「九大生体解剖事件」の真相 (文春文庫 (376‐1))

汚名「九大生体解剖事件」の真相 (文春文庫 (376‐1))

作者: 東野利夫
出版社/メーカー: 文藝春秋
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最近では、2005年10月に九州朝日放送(福岡)が放送した『テレメンタリー2005・許されざるメス~九州大学生体解剖事件』で東野さんの証言が取り上げられ、それが同年度のテレビ朝日系列「テレメンタリー」の優秀作品賞をとって、翌2006年8月6日放送のテレビ朝日『ザ・スクープ』で上記番組のダイジェストとともに東野さんと『ザ・スクープ』のキャスター・鳥越俊太郎の対談が放送された。現在でもテレビ朝日のサイトから動画を見ることができる。

http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/toppage/060806_010.html

このテレビ番組の影響もあってか、この件は2006年8月、一部でそれなりに注目された。翌年になって、上記東野さんの著書がネットオークションにかけられているのを見た私はこの本を入手した。しかし、なぜか本を読まずに今まできてしまった。私がネットオークションで本を入手したのは、記憶が正しければ2007年夏で、安倍晋三が参院選に惨敗して、その一月あまり後に突然の辞任をする前の頃だったので、ネットで安倍晋三をdisることに熱中するあまり、本を読む機を逸してしまった。その後、本は押し入れに眠っていた。

最初に引用した毎日新聞の記事は、その眠りを覚まし、長年放置していた宿題をやれと私に命じているように思われた。そんなきっかけで、本を読み始めた。東野さんが単行本を出版してから33年になる。

東野利夫さんは、九州帝国大学医学部解剖学教室の平光吾一教授(1887-1967)の下で学ぶ新入医学生だった(1945年4月入学)。平光教授は、生体解剖事件で手を下した人ではないが、手術を実行した同大第一外科の石山福二郎教授に解剖実習室を貸し、4日に分けて計8人に対して行われた生体解剖(実験手術)の第3回目に立ち会ったことなどから罪に問われて逮捕され、重労働25年の刑を受けている(1955年出所、東京で開業したのち、1967年5月12日死去)。東野さんが本を著した動機は、師である平光教授の無念を晴らしたい、というものだった。

東野さんは最初と2回目の実験手術の場に居合わせたが、初回の手術を目撃していたら、背後に平光教授がいた。教授は東野さんと目が合うと室外に出て行き、東野さんはその後を追ったが、研究室の前まで来た時、教授は東野さんを振り返り、「君、君はよくあんな手術を平気で見れるね」と言った*1。

3度目の実験手術の場に、東野さんは居合わせていない。3度目は、また捕虜が来ているという知らせを受けた平光教授が解剖実習室に行くと、開頭手術に手こずっていた実行犯の第一外科教授・石山福二郎から質問を受けた。脳神経の部位がどこにあるかも理解していないままに手術を行っていた石山は平光教授の説明を理解できなかったため、平光教授は自らの研究室から脳の標本を取りに行き、解剖実習室に戻ってきたら、脳の術野からかなりひどく出血していた。平光教授は標本で切開の場所が間違っていることを説明し、「ちょっと無理だよ、その手術は」と言ったが、出術は続行された。平光教授は部屋を出て行き、その後ほどなく、捕虜は死亡した*2。

この件以外にも訴因はあるが、解剖実習室を石山教授に貸し、手術への助言を行ったことが平光教授が重い罪に問われる原因になった。

ここで事件の背景に触れておく。ネットで見つけた下記記事がよくまとまっているのでこれを借用して引用する。

http://www.ahni.co.jp/kitazawa/sei/kantougen0601.htm

 事件は、(1945年)5月5日にマリアナ基地から出撃したB29爆撃機の1機が、九州・久留米市郊外の太刀洗飛行場を爆撃して帰投中に日本軍戦闘機によって被爆。搭乗員11名がパラシュートで投下したことから始まる。村人たちは猟銃、竹槍はもとより、草刈鎌や鍬まで持ち出し、復讐しようと殺気立った。こうしてアメリカ搭乗員1名は自決、1名は警防団の銃撃で死亡、1名は樹に引っ掛かって大怪我を負ったものの、9名が福岡市西部軍司令部に護送された。

 東野利夫著『汚名──九大生体解剖事件の真相(文春文庫)』によると、9名の捕虜の処遇について、俘虜管理責任者である防空担当加藤直吉参謀のもとに、東京の本部から暗号電報が入った。「1.東京の俘虜収容所はすでに一杯である/1.従って敵機搭乗員全員を送る必要はない/1.情報価値のある機長だけ東京に送れ/1.あとは、各軍司令部で適当に処置せよ」との内容であった。数日後、大森卓軍医(九大医学部外科出身)は加藤参謀から、こう相談を持ちかけられた。「いずれにせよ、捕虜の奴らが銃殺になるのは時間の問題。医学のほうで何か役に立てる方法はないかね」と。こうしてワトキンズ機長だけが東京に送られ、あとの8名は九州大学平光(ひらこう)吾一教授の解剖実習室で5月17日から6月3日の間に、2名、2名、1名、3名の順に生体解剖され、肺、心臓、肝臓などを切除、他の諸器官も標本として切り取られ、死亡した。

ここで「加藤直吉参謀」、「大森卓軍医」とあるのはいずれも仮名であり、実名はそれぞれ「佐藤吉直」、「小森卓」である。現在では西部軍参謀の佐藤直吉、九州帝大医学部出身で陸軍系の偕行者病院の軍医・小森卓、九州帝大医学部教授・石山福二郎の3人の共同謀議による犯行だったというのが定説のようだ。うち小森軍医は1945年7月に空襲で受けた傷が原因で死亡、石山教授は逮捕されて事件の取り調べを受けた直後に自殺したが、佐藤参謀は裁判で絞首刑の判決を受けたものの、その後減刑され、釈放されて悠々自適の晩年を送った。

東野さんは捕虜の処理に困った佐藤吉直大佐が小森卓軍医に相談し、石山福二郎教授に持ちかけて実行されたと見ているようだが、1979年にこの事件に関する本を出版した故上坂冬子は小森軍医側からの佐藤大佐への働きかけを重視しているようだ。実行犯の石山福二郎は、最初話を聞いた時は普通の手術かと思っていた可能性もあるが、手術の時点では「生体解剖」を自覚していたことは間違いない。実習室を貸した平光教授も、そこで何が行われているかに気づいていたことは、東野さんに言ったという「君はよくあんな手術を平気で見れるね」という言葉から明らかだろう。

東野さんの本を読んでいてやり切れなくなるのは、戦後、事件の発覚を恐れた西部軍参謀の佐藤吉直やその上司である軍司令官の中将・横山勇らによる隠蔽工作や取り調べの過程における責任逃れである。彼らは当初、捕虜たちを西部軍の本拠である広島に送り、広島で原爆投下にあって全員死亡したというでっち上げを行った。しかし、全員の遺骨があったりしたことがかえって怪しまれ(広島の犠牲者の多くは身元不明だった)、内部告発もあって事件は発覚した。そして取り調べの過程において佐藤と横山は互いに責任をなすり合っていたのだった。事件の責任も大半は空襲で死んだ小森軍医と自殺した石山教授になすりつけられたが、この事件においてもっとも責任が重いのは西部軍、ひいては「1.東京の俘虜収容所はすでに一杯である/1.従って敵機搭乗員全員を送る必要はない/1.情報価値のある機長だけ東京に送れ/1.あとは、各軍司令部で適当に処置せよ」などという暗号電報を送りつけてきた大本営であることは当然だろう。

なお、戦後事件が発覚した当時、新聞でセンセーショナルに報じられたという「人肉(米軍捕虜の肝臓)試食」は米軍によるでっち上げだった。1948年8月27日に言い渡された判決で、人肉試食の罪で起訴された5人の被告は全員無罪判決を受けている。

遠藤周作の代表作といわれる小説『海と毒薬』(1957年)には、その末尾に「人肉試食」の場面が出てくるが、それは史実とは異なるわけである。

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東野利夫さんは講演で「遠藤周作氏の『海と毒薬』はこの事件とは関係ありません」と言うのだそうだ。確かに人肉試食の事実はなかった。そして遠藤周作自身が1962年に下記のように書いているという*3。

 青春のころ、九州のその街にいき、西日本新聞の草葉氏に協力していただいてこの事件の細かい内容をメモに取りつづけた。大学病院のなかもうろつきまわった。生体解剖が行われたという建物はまだ残っていたが、その屋上にのぼると黒い街と黒い海とがみえた。しかしこうして集めた事件の内容メモをぼくはその後小説にとってそんなものは必要じゃない。捨ててしまった。生体解剖が行われたという現実の行為以外は登場人物もそこに至る過程もぼくは勝手に考え、自分で勝手に創っていかねばならぬ。……もちろんこんな医師(勝呂と戸田)は現実のあの事件のなかにはいない。

 しかしあの小説を書いてから、ぼくは実際に事件に参加した人たちから手紙をもらった。そのなかのある人たちは、ぼくがあの小説によって彼等を裁断し非難したのだと考えたようである。だが、とんでもない。小説家には人間を裁く権利などないのである。ぼくはその人たちに返事を書いたが、この誤解はぼくにとって大変つらい経験だった。

東野利夫さんの『汚名 「九大生体解剖事件」の真相』を読んだあと、遠藤周作の『海と毒薬』を再読して、遠藤氏の言葉が真実であることを実感した。『海と毒薬』には九州帝大医学部解剖学教室の平光吾一教授に相当する役柄の登場人物は出てこないことはもちろん、手術を実行した石山福二郎に相当する登場人物に関しても設定が大きく変えられている。小説では、軍部と癒着していたライバルの外科教授に対抗しようと焦った橋本教授が、前医学部長の親類に当たる田部夫人の手術で点数稼ぎをしようとしたものの手術に失敗して患者を殺してしまい、追い詰められた揚げ句に生体解剖に手を出したというストーリーで、生体解剖を行った教授も橋本教授だけではなく、ライバルの権藤教授も別の日に手術を行うことになっていた。しかし、史実では石山福二郎自身が軍部と強く癒着して権勢を誇った医者であり、もちろん生体解剖の直前に前医学部長の近親者を手術のミスで殺してしまった事実もない。4度の実験手術(生体解剖)は全て石山教授が執刀し、小森卓軍医が立ち会った。小説で強い印象を残す看護婦に相当する人物も存在しないし、捕虜を殺しても良心の呵責を感じない戸田医師にいたっては神戸の六甲小学校とN中学を卒業したという設定だが、これは遠藤周作自身の経歴と一致する。

遠藤周作の『海と毒薬』は、今年1~3月に話題になり、当ダイアリーでも何度も取り上げた山崎豊子の『運命の人』などとは全く異なる。『運命の人』は最後の第4巻を除いて現実に起きた「西山事件」(外務省機密漏洩事件、1972年)を、細部の一部を変えながらなぞっていて、だからこそナベツネ(渡邉恒雄)に批判を受けることになったが、遠藤周作の『海と毒薬』は創作の度合いがきわめて高い、第一級の文学作品である。「人肉試食」の部分はむしろこの小説にとってはなくもがなの部分であって、あの部分がなくとも完成度の高い名作になったといえるのではないか。当該部分があるために、「この人肉試食の件は史実とは異なる」という注釈をつけざるを得ないのが惜しまれる。

ただ、東野さんが『海と毒薬』に強くこだわるのには理由がある。『海と毒薬』が『文学界』の1957年6月号、8月号、10月号の3回に分けて発表された直後、『文藝春秋』の1957年12月号に、ほかならぬ東野さんの恩師・平光吾一元九州帝大教授が「戦争医学の汚辱にふれて -生体解剖事件始末記-」と題した寄稿文を発表したのである。この小論は文春文庫で読めるらしいが未読。だが、ネット検索でこの小論に書かれている平光氏の主張に対する批判を見つけた。それは、『社会医学研究』2009年2月号に掲載された滋賀医科大学の西山勝夫教授の総説「『15年戦争』への日本の医学医療の荷担の解明について」である*4。以下引用する。

 戦後7年経った平光吾一(元九州帝国大学医学部解剖学教授、重労働25年の量刑)の「医学の進歩はこのような戦争中の機会を利用してなされることが多い。その許されざる手術を敢えて犯した勇気ある石山教授が、自殺前せめて一片の研究記録なりとも残しておいてくれたら、医学の進歩にどれ程役立ったことだろうか」という見解には、ニュルンベルク医師裁判にみられるような人間・生命の尊厳、人権や医の倫理についての認識や検証の跡は見られない。

私は残念ながら東野さんの意には沿えず、上記の平光元教授の主張に賛成することは到底できない。西山教授による手厳しい平光教授批判は妥当と考える。平光教授が受けた量刑は過重だったとは思うが、同教授に責任なしとはいえないというのが私の結論だ。

東野さんの本の末尾には、東京に移送されたために生体解剖を免れたB29のワトキンズ機長と東野さんが1980年に行った対談が掲載されている。これは、1979年発行の単行本には掲載されておらず、1985年発行の文春文庫版でしか読めない。この対談でワトキンズ機長は次のように述べている。

 死んでいった部下たちは可哀そうだったが、ナチスがやったような残虐な殺され方ではなく、麻酔をかけられてわからないようになって死んでいったのがせめてもの私の救いです。

そうだろうか。私だったらそんな死に方は真っ平御免だ。このワトキンズ機長の言葉を、当時大学に入りたてだったとはいえ、事件に関わった人が注釈なしで載せることは果たして妥当といえるのだろうか。そう思った。

この記事の最初の方で2006年のテレビ朝日で放送された『ザ・スクープ』の動画を私は見たが、ここにも気になる言葉があった。平光教授は下記のように述懐していた。

 日本国土を無差別爆撃し、無辜の市民を殺害した敵国軍人が殺されるのは当然だと思った。ましてただ一人の倅をレイテ島で失った私にすればそれが戦争であり自然のなりゆきだと信じていた。

この平光元教授の言葉を受けて、2006年、80歳に達していた東野さんはこう語った。

その頃日本人はアメリカに強い激高心を持っていた。医者が人命にかかわる人体実験をしたことは悪い、絶対に悪いけれども、それを間違えさせるほど戦争は人間を狂わせた。

だから「戦争はいけない、憲法9条を守りましょう」という東野さんの主張につながるのだろう。だが、そんな結論で良いのだろうか。

私には、1979年に上坂冬子の取材に答えた、この事件の被告にして絞首刑の判決を受けた鳥巣太郎助教授(のち減刑され釈放)の言葉の方が重く響く。

九州大学生体解剖事件:上坂冬子『生体解剖』(中公文庫)|灰色の脳細胞:JAZZよりほかに聴くものもなし より引用する。

遠藤周作の小説『海と毒薬』のモデルとなった九州帝国大学生体解剖事件を、アメリカ国立公文書館に眠る資料をもとに再構成した一編。

‘Record of Trial in the Case of United States vs K. Aihara, et 29, Part 1, 1940 - 1948’及び‘Exhibits in the Case of United States vs K. Aihara, et 29, Part 1, 1940 - 1948’なる上坂が依拠したと思しき資料はいまでも現地で閲覧可能だが、この先の電子化もまずないであろうことから、この事件に関しては本書がいまでも基本資料となるはずだ(ただし中公文庫版では仮名を用いている)。

周知のように米軍捕虜8名が生きながらにして臨床実験のために解剖され殺害された九州大学が舞台の事件で、大本営から価値ある「捕虜」以外は「適当に処置せよ」と通達され対応に困っていた軍に対し、偕行社病院副院長格であった小森卓軍医が言外に人体実験に使用したいと希望し受け入れられたところからこの事件は幕をあける。

当時「搭乗員」は国際法における「捕虜」とみなされないがゆえ(「空襲時ノ敵航空機搭乗員ニ關スル件」)、捕虜以下の取扱いを受け多数が無残に処刑されており、また搭乗員ではないが捕虜に対する生体実験も行われたという日本軍の性格を見るならば(立川 2007:116-119,113)*5、この事件もその一環として考えることもできそうだが、重要なのは研究者もしくは医者の側からのアプローチと、それを助長するかのような怨嗟の雰囲気、つまりB29による爆撃の被害への怨恨がこの事件を比較的抵抗なく惹起せしめたということだ。

確かに一般的なイメージとは異なり九州大学教授石山福二郎が自身の研究のために積極的に捕虜獲得に尽力したという事実はない。むしろ石山は小森から話をもちかけられた際、単純に医療手術だと誤解していた節があったくらいなのだが、とはいえ「生体解剖」なる小森の意図を実行に移すわけだから弁護のしようがない。とにかくこれが医学と研究者の問題であることは注意する必要がある。そして捕虜への私刑じみた行為がままあり、それが許容されていたということも。

このあたりは丹念な上坂の叙述を追ってもらえばよいのだが、実は本書は「生体解剖」の実態もさることながら、取り調べおよび裁判の様子、また死ぬまでこの事件に対し思いを馳せてきた弟子たちの様子など、事件のその後にも読みどころがある。

作者が、個人として組織にあらがうことは無意味なのではないかと、生体解剖に一貫して消極的な反抗を示していた鳥巣太郎に問うている。昭和54年のことである。「それをいうてはいかんのです」と、彼は声を荒げて反論した。

「どんなことでも自分さえしっかりしとれば阻止できるのです。[…]言い訳は許されんとです。[…]とにかくどんな事情があろうと、仕方がなかったなどというてはいかんのです」

事件から約35年。彼がいうのはきわめて真っ当で、それでいて時として困難な身の処し方である。生体解剖であろうとよくある日常であろうと、取るべき道にさほどの差はないようだ。

生体解剖を阻止したかったけれどもできなかった鳥巣元助教授の悲憤と痛恨がにじみ出た言葉だ。『ザ・スクープ』には鳥巣元助教授のご子息で自らも医者の鳥巣要道さんが、父は事件について何も語らなかったと述懐するシーンが出てくる。記事が指摘する「医者の側からのアプローチ」は必ずやあったに違いないと想像させるのは、平光教授が『文藝春秋』に書いた「医学の進歩はこのような戦争中の機会を利用してなされることが多い」という文章である。

長いこの記事の最初に紹介した、この件を取り上げた毎日新聞の記事を論評した下記ブログ記事から引用する。

「戦争の狂気」だけでなく - Apes! Not Monkeys! はてな別館

(前略)記事中に次のような一節があります。

 「軍人と医者が残虐非道なことをしたが、これは事件の本質ではない」。東野さんは独自に調査中、気が付いた。「当時の心理状態は平和な時代には考えられないほど、おかしな状態だった」。戦争末期の空気と混乱は医者をも狂わせた。

かなり短くまとめられているため、証言者の言わんとすることがかなりわかりにくくなっています。ただ、記事のタイトルとあわせ、「戦争末期の空気と混乱は医者をも狂わせた」が記者の伝えようとするメッセージであることは明らかです。

生体解剖を目撃した証言者が長年の思索の果てにたどり着いた結論であるのならば、それには相応の敬意が払われねばなりませんが、他方で戦後世代が簡単に「戦争の狂気」と総括するのには問題があります。(後略)

残念ながら、「戦争末期の空気と混乱は医者をも狂わせた」というのは東野さんのメッセージであり、それを毎日新聞の金秀蓮記者はもちろん、6年前に『ザ・スクープ』のキャスターを務めた毎日新聞OBの鳥越俊太郎氏もそのまま受け売りしている。これが私の理解である。

最初に東野利夫さんの本を読み始めた時の動機からは残念ながらかなり離れた結論にたどり着いてしまったが、自分を偽るのは信条に反するので、感じ考えたことを記事にした次第。

最後に、東野利夫さんの著書も、故上坂冬子氏の著書もともに絶版になっているのは残念なことだ。版元からの再版を期待したい。

http://zip2000.server-shared.com/seapoison.htm



「海と毒薬」

- 遠藤周作 Shusaku Endo -

<世界に衝撃を与えた問題作>
 1986年、原作が発表されてから30年近い時を経て映画化された本書「海と毒薬」は、ベルリン国際映画祭において見事、銀熊賞を受賞しました。監督の熊井啓が長きに渡り映画化を希望しながら、重すぎる内容のために映画化のための資金が集まらずに苦労していたものがついに完成。この小説の物語が、ついに世界中に衝撃を与えることになりました。
 第二次世界大戦末期、九州大学の医学部で起きた捕虜の兵士を使っての生体解剖実験はいかにして行なわれたのか?実際に起きた事件を題材にしたこの小説は、かなり著者の創作部分も多く、ショッキングな内容を詳細に再現したノンフィクション作品ではありません。というよりも、そうした事件を生み出す背景となった当時の日本人の「生命観」「戦争観」について描き出した小説というべきでしょう。

<相川事件>
 太平洋戦争末期の1945年、5月から6月にかけて、九州大学の医学部において秘密裏に渡る手術が行なわれました。
(1)人間の血液は、どこまで生理食塩水によって薄めることが可能なのか?(これは戦闘中に負傷した兵士に対し、どこまで輸血せずに生理食塩水でごまかせるかを知るためのもの)
(2)人間はの肺は、どこまで切除することが可能なのか?(当時はまだ不治の病だった結核を治療するために肺を部分切除する際、どこまで切除可能かを知るためのもの)
 その他、血液中にどれだけ空気が混じると死に至るのか?など、人の「死」によって初めて確認可能になる人体実験を行なう。これが実験の目的でした。そして、その被験者すなわち犠牲者となったのが、日本本土の空爆の際、撃墜され捕虜になったアメリカ人兵士でした。
 どうやら、この実験のアイデアは、最初軍内部の医師から出されたものだったようです。しかし、その当人は戦時中に亡くなったため、その経緯は謎のままになりました。当初、このアイデアは具体化されることはなく、依頼を受けた民間病院はそれを断ったといいます。ところが、終戦間近の混乱の中、九州大学の第一外科部長だった石山教授が実現に動き、自ら執刀を担当しました。こうして、秘密裏にアメリカ兵8名の命が失われることになり、戦後になってその事実が明るみに出されました。ところが、ここでもまた執刀医の石山教授が刑務所内で自ら命を絶ってしまいます。彼は遺書の中で「すべては自分の責任で行なったことである」と罪をかぶり、事件の詳細は明らかにならないまま裁判は終結してしまったのでした。(こうして、一人の人間が罪を自らかぶることで事件を終わらせるというのもまた実に日本人的なやり方といえます)
 戦時下には他にも様々な事件が起きていますが、この事件は人の命を守るべき医師による病院内殺人という点で大きく社会を揺るがすことになりました。アメリカの検察も当然、この事件を重要視、徹底的に追求。軍部と大学関係者が30名以上起訴されることになり、その内5名が絞首刑に、4名が終身刑となりました。

<小説化>
 さて、この衝撃的な重い事件をいかにして小説化するのか?この事件について知っている人にも読ませるには、どうすればよいのか?たぶん著者の遠藤周作は、そのことについて悩んだと思われます。江戸時代の隠れキリシタンを描いた名作「沈黙」でも知られる彼は敬虔なクリスチャン作家としても有名ですが、かつてはテレビにもよく出演し、今で言うバラエティー番組の常連的な芸能人としても知られており、楽しいエッセイを得意とする作家でもありました。それだけに彼の作品には常にエンターテイメントの要素が織り込まれていて、多くの作品をベストセラーにしていました。そして、この「海と毒薬」もまたしっかりと読者に読ませる工夫が凝らされています。特に、医師が殺人を行なってしまうまでの過程を一般の読者に追体験させようという本書の試みは、かなりの効果を上げています。そのために、筆者はわずか150ページの小説を複雑な構成に分けて書いています。

<「私」と勝呂医師との出会い>
 この小説のプロローグともいえる最初の章は、終戦後の東京が舞台になっています。そこで胸に病をもつ普通のサラリーマンである「私」が、その治療のためにある一人の医師と出会うところから物語が始まります。腕は確かだが異常に暗いその医師のことが気になっていた「私」は、偶然、彼が有名な生体解剖実験に関っていたことを知ります。病のために兵士として戦場に向かうことがなかった「私」は、自分のすぐ近くに「殺人医師」がいたことに衝撃を受けます。しかし、よく考えると、自分の周りには他にも兵士として中国で殺人を体験してきた人物が数多くいることに気づいた「私」は、戦争の恐ろしさを今さらながら感じます。

「私はなにがなんだかわからなかった。今日までそうした事実をほとんど気にもとめなかったことが非常にふしぎに思われた。今、戸をあけてはいってきた父親もやはり戦争中には人間の一人や二人は殺したのかもしれない。けれども珈琲をすすったり、子供を叱ったりしているその顔はもう人殺しの新鮮な顔ではないのだ。・・・・・」

 こうして、読書と同じ立場に立つ「私」は、この事件の当事者のひとりである勝呂という医師と出会い、同時に読者もまた事件の真相に迫るための第一歩を踏み出すことになるわけです。

<勝呂医師>
 ここから物語りは終戦末期の九州に舞台を移します。そして、主人公はかつての勝呂医師となり、彼の視点から事件の経緯が語られることになります。医者として人の命を救うことを生きがいにしていた彼は、大学病院内の権力闘争や貧しい人々を切り捨てる医療現場の現実、そして次々に戦争や空襲によって命が失われてゆく敗戦が近い日本の未来を考えるうちに、生きる目標を失いつつありました。

「海は今日、ひどくくろずんでいた。黄いろい埃がまたF市の街からまいのぼり、古綿色の雲や太陽をうす汚くよごしている。戦争が勝とうが負けようが勝呂にはもう、どうでも良いような気がした。それを思うには身体も心もひどくけだるかったのである。」

 そんな状況の中、自分の母親と重ね合わせていた一人の女性が結核で命を落としてしまいます。彼女を救えなかった無力感もあり、彼は生体解剖手術への参加を断ることができませんでした。なぜ、断らなかったのか?と友人からきかれた彼はこう話しています。

「神というものはあるのかなあ」
「神?」
「なんや、まあヘンな話やけど、こう、人間は自分を押しながすものから - 運命という人やろうが、どうしても逃れられんやろ。そういうものから自由にしてくれるものを神とよぶならばや」
「さあ、俺にはわからん」火口の消えた煙を机の上にのせて勝呂は答えた。
「俺にはもう神があっても、なくてもどうでもいいんや」
「そやけど、おばはんも一種、お前の神みたいなものやったのかもしれんなあ」
「ああ」
 こうして、心優しき医師だったはずの勝呂もまた恐るべき実験にいつの間にか参加することになっていたのです。

<裁かれる人々>
 第二章では、この事件に関与したその他の人々が自らの視点で事件に関ることになった経緯を語っています。
 一人は、満州での結婚生活に破れ、傷心のまま帰国した看護師の女性です。子供もなく一人寂しく暮らす彼女は実験を担当する教授を密かに愛していました。教授の妻も知らない極秘の手術に関ることは彼女にとって教授との秘密の共有というあまりに暗い愛情の表現でもありました。
 もう一人、勝呂の同僚、戸田医師もまた自らが参加するに至るまでを少年時代にまでさかのぼって語ります。

 ただし、この生体解剖手術を実際に行なった責任者でもある教授については、客観的な事実を記すにとどめられています。それは実際の事件における石山教授が自らの心を明かさないまま自ら命を絶ったことから、あえて書かなかったのかもしれません。
 それとも、この異常な事件の中に読者が感情移入してゆくためには、勝呂医師のように当時、客観的に物事を見られていた人の立場に立つ方が有効と考えたからかもしれません。実際に執刀を担当した医師の中には、何の疑いももたない人物もいたかもしれません。そんな人物に読者が感情移入することは可能なのか?そして、それは意味のあることなのか?
 ここまでくると、この小説はあのノンフィクション・ノベルの歴史的傑作「冷血」との類似性を感じさせることにもなります。読者を「殺人を犯す側の心理」へと追い込みかねないその作品を書いた後、著者のトルーマン・カポーティはまったく作品をかけなくなってしまいました。この小説もまた人が人を殺すに至る心理を緻密に積み上げたノンフィクション・ノベルであり、主人公たちがダークサイドへと引き込まれるにk至った過程を見事に描写しきっています。当時、この小説を読んだ九州大学の平光吾一教授は、1957年に自らの意識で「文芸春秋」に「戦争医学の汚辱にふれて」という題の文章を発表しました。その中で彼は、当時の出来事を詳しく書き、それまで明らかになっていなかった事実を公表しました。
 ただし、この手記は「海と毒薬」を読んで自らの行動を悔い改めて書かれた反省の書というわけではなかったようです。というよりも、米軍による「軍事裁判」に対する不満の表明であり事実関係を明確化することが目的だったようなのです。
 勝呂の同僚が人を殺したことに対して自責の念がまったくわかないことに苦しむように、人によっては「人を殺す」という行為にまったく何の感情もわかないという人もいるでしょう。これもまた現実だと思います。そう考えると「人を殺す」という行為に迫ることは、それなりの覚悟を必要とすることなのだと気づかされます。今や映画でもゲームでもマンガでも「人を殺す」という行為に思い悩む人などいなくなりました。
 人はけっしてそう簡単に人を殺せるものではないが、だからといって、状況によってはいとも容易く人は「殺人を犯しうる」。そのことを証明してみせたこの小説は、人間の本当の怖さを描き出した恐怖小説の傑作ともいえるかもしれません。

<映画撮影秘話>
 この映画の撮影の際、熊井監督のこだわりは半端ではなかったようで、こんな逸話も残っています。

「熊井啓さんの映画で手術のシーンがあって、初めは豚の内臓やなんか使ってた。だけど、本物の血を使いたいって監督が言い出して、助監督から何からみんな献血させられたって。五日間、献血したって言ってたよ。・・・」
「頂上対談」ビートたけしと今村昌平との対談より

小説「海と毒薬」 1958年
(著)遠藤周作
角川文庫

映画「海と毒薬」 1986年
(監)(脚)熊井啓
(製)滝島恵一郎
(撮)柳沢正夫
(美)木村威夫
(編)井上治
(音)松村禎三
(出)奥田瑛二、渡辺謙、岡田真澄、成田三樹夫、岸田今日子、根岸季衣、神山繁、田村高広
ベルリン国際映画祭銀熊賞


http://bookloid.com/sea-and-poison/


異常の中の正常―遠藤周作『海と毒薬』【読書感想文】あらすじ付

2015/4/20 2015/10/26 読書感想文

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『海と毒薬』あらすじ
【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)
関連リンク

『海と毒薬』あらすじ

 「私」が出会った医者・勝呂は戦争中に生体解剖事件に関わっていた。

 次に物語は勝呂とその同僚・戸田、そして看護婦の上田の視点から語られる。

 彼らは何を考え生体解剖に参加したのか。


海と毒薬 角川文庫 緑 245-1
遠藤 周作
【カバーの手触り良し。さらに詳細なあらすじ付】




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【読書感想文】原稿用紙3枚(1200字,60行)


KKc
「異常の中の正常」



 『海と毒薬』で行われた生体解剖実験の目的は3つです。



 「血の代わりに塩水を入れても大丈夫なのはどこまでか?」はたぶん輸血用の血液が足りない中で、どれくらい節約できるかということを知るためにやったのだろうなと思いました。



 「肺を切り取ったとき、死なない量はどこまでか?」は肺の病気を治療しようとしたとき、手術でとり除いていたことに関わるものです。切り取っても大丈夫な境目がわかれば、大きく肺がおかされていた人も助かるようになるかもしれません。



 「空気を注射したとき、どのくらいまで人は耐えられるのか?」はたぶん医療とか人命救助には関係のないことだと思います。犯罪者や敵国の兵士を殺すときに、銃弾以外でできるのかを確かめたかったのだと私は思います。ほんの少しで死ぬのであれば、弾丸を持ち運ぶより注射器ひとつを携帯したほうが軽いしスペースもとらないし、なにより「治療だ」とか「栄養剤だ」とか言い訳をして殺すことができます。ピストルやナイフだったら、出した瞬間に相手が警戒してしまうかもしれません。



 さて、ふつうの人だったら「生きた人間で実験をしろ」と言われたら断ります。少なくとも私が医師であったならノーと言います。ということは『海と毒薬』に登場する生体解剖参加者たちは、「ふつう」の状況になかったのだと思われます。



 『海と毒薬』の場面は戦争中です。これは「異常」な状況です。人間を殺すことが「ふつう」なのですから異常な状況です。戦争中は相手国の人のことを「人ではない」と見なしていたそうです。「人じゃないのだから殺しても平気」という乱暴な理屈でした。そういう「人の命が軽んじられるとき」にアメリカ人という「人でないもの」で実験をするというのが、この小説での理屈です。私はいやな気持ちになりました。どう考えたってアメリカ人も人間ですから、だまして実験をして殺してしまうことがよいはずがありません。



 「あの時だってどうにも仕方がなかったのだが、これからだって自信がない」と勝呂は言います。戸田は「俺もお前もこんな時代のこんな医学部にいたから捕虜を解剖しただけや」と語ります。彼らは生体解剖の現場にいるとき、特別何の感情も持ちませんでした。心の苦しみや生々しい恐怖、自分を責める気持ちはぜんぜんなかったと『海と毒薬』の中にはそう書かれています。



 人間は戦争中のような「異常な状況」に置かれると「ふつうの思考」で「ふつうの行動」がとれなくなってしまう。こう書くと当然すぎることですが、『海と毒薬』はそのことを強く私に突きつけてくる小説でした。

 (57行,原稿用紙2枚と17行)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E7%94%9F%E4%BD%93%E8%A7%A3%E5%89%96%E4%BA%8B%E4%BB%B6

九州大学生体解剖事件





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九州大学生体解剖事件(きゅうしゅうだいがくせいたいかいぼうじけん)は、1945年に福岡県福岡市の九州帝国大学(現九州大学)医学部の解剖実習室において死刑予定であったアメリカ軍捕虜に生体解剖(被験者が生存状態での解剖)が施術された事件。ただし九州帝国大学が組織として関わったものではない(#九州帝国大学の組織的関与についてを参照)。相川事件ともいわれる。



目次 [非表示]
1 経緯
2 生体解剖 2.1 概要
2.2 実験目的と方法

3 関係者の証言記録 3.1 取調べの調書録
3.2 戦後の手記・回想録

4 事件の問題性
5 インフォームドコンセントについて
6 上坂冬子による人肉試食疑惑の否定論
7 九州帝国大学の組織的関与について
8 関連作品
9 関連項目
10 脚注
11 参考文献
12 外部リンク


経緯[編集]

太平洋戦争末期の1945年5月、福岡市を始めとする九州方面を爆撃[1]するために飛来したアメリカ陸軍航空軍のB-29が、熊本県・大分県境で第三四三海軍航空隊所属の19歳、粕谷欣三一等飛行兵曹が操縦する戦闘機紫電改の体当たりによって撃墜された。機長のマーヴィン・S・ワトキンス(Marvin S. Watkins)中尉以下、搭乗員12名が阿蘇山中に落下傘降下した。3名は現地で死亡[2]。生き残ったのは9名であったが、東京からの暗号命令で「東京の捕虜収容所は満員で、情報価値のある機長だけ東京に送れ。後は各軍司令部で処理しろ」とする命令により、機長のみが東京へ移送された。残り8名の捕虜の処遇に困った西部軍司令部は裁判をせずに8名を死刑とすることにした。このことを知った九州帝国大学卒で病院詰見習士官の小森卓軍医は、石山福二郎主任外科部長(教授)と共に、8名を生体解剖に供することを軍に提案した。これを軍が認めたため、8名は九州帝国大学へ引き渡された。8名の捕虜は収容先が病院であったため健康診断を受けられると思い、「サンキュー」と言って医師に感謝したという。

生体解剖は1945年5月17日から6月2日にかけて行われた。指揮および執刀は石山教授が行ったが、軍から監視要員が派遣されており、医学生として解剖の補助を行った東野利夫は実験対象者について「名古屋で無差別爆撃を繰り返し銃殺刑になる」との説明を受け、手術室の入り口には2名の歩哨が立っていたという[3]。

その後GHQがこの事件について詳しく調査し、最終的に九州大学関係者14人、西部軍関係者11人が逮捕された。なお、企画者の一人とされた石山教授は「手術は実験的な手術ではないのでその質問には答えられません、私が行った手術のすべては捕虜の命を救う為だったと理解していただきたい」と生体解剖については否認し続け、独房で遺書を書き記し自殺した。

最終的なGHQの調査で、捕虜の処理に困った佐藤吉直大佐が小森軍医に相談し、石山教授に持ちかけ実行されたことが判明したが、企画者のうち小森は空襲で死亡、石山は自殺したため、1948年8月に横浜軍事法廷で以下の5名が絞首刑とされ、立ち会った医師18人が有罪となった。
西部軍関係者 佐藤吉直大佐
横山勇中将

九大関係者 鳥巣太郎助教授
平尾健一助教授
森好良雄講師


その後、朝鮮戦争が勃発し、アメリカは対日感情を配慮したことから獄中自殺した1名を除き、恩赦によって減刑されその多くが釈放された。ただし、人肉食事件など自白の一部は強要によって捏造されたという見解もある(後述)。

自殺した石山の遺書には「一切は軍の命令なり、すべての責任は余にあり」としている。また九大医学部卒の外科医山内昌一郎は、「手術はすべて石山の専門分野に及んでおり、彼の業績に対する野心が明らかである」と指摘している。

犠牲となった搭乗員たちの乗っていたB-29が墜落した現場である大分県竹田市には慰霊碑が建立されている。

生体解剖[編集]

概要[編集]

銃殺刑の代わりに行われた、生存を考慮しない臨床実験手術だった。医学会の権威だった石山教授をはじめ、15人の医学部関係者・西部軍参謀の立会いのもと行われた。この手術は当時としては先進的なもので、ほぼ目的を達成し手術は成功したとされる[4]。
企画者 : 佐藤吉直大佐(西部軍)、小森卓軍医(西部軍)、石山福二郎(九州大学教授)
実験場所 : 九州大学 解剖実習室
実験期間 : 1945年5月17日から6月2日
実験対象者 ウィリアム・F・フレドリック少尉
デール・プランベック少尉
ジョージ・M・ベーリィ少尉
ビリー・J・ブラウン軍曹
テッディ・デングラー軍曹
チャールズ・パーマー軍曹
ロバート・B・ウィリアム軍曹
ジョン・C・コールハウエル軍曹


実験目的と方法[編集]

実験手術の目的は、主に次のようなものであった。
不足する代用血液の開発のための実験
結核の治療法の確立のための実験
人間の生存に関する探求
新しい手術方法の確立のための実験

手術方法は、主に次のとおりであった。
血管へ薄めた海水を注入する実験
肺の切除実験
心臓の停止実験
その他の脳や肝臓などの臓器等の切除実験
どれだけ出血すれば人間が死ぬかを見るための実験

関係者の証言記録[編集]

取調べの調書録[編集]



私は手術の目的について、捕虜の肺から銃弾を取り除くためと聞いていました。ところが肺全体が切り取られました。捕虜の右の肺を取り除くと、大量出血が始まり捕虜は10分後に死亡しました。
GHQ取調官:なぜ肺を切除したのか?
石山先生の手術の狙いは新しい手術方法を試すことだったと思います。

— 鳥巣太郎助教授



捕虜の腕に海水が500ccほど注入されました。この時捕虜はまだ生きていましたが10分ほどして捕虜は死にました。
GHQ取調官:その手術は必要だったのですか?
この手術はどれだけ出血すれば人間が死ぬかを見るためのものだったので必要なかったと思います。

— 筒井シズ子看護婦長


先生に反対するなんてことは考えられません。私達は大学を辞めたあとも一生医者として石山先生との関係が続くのです。また当時軍がやることに口を挟むことなんて出来ませんでした。
— 平尾健一助教授



GHQ取調官:手術は軍の命令で行ったのですか?
その質問には答えられません。
GHQ取調官:あなたが実験手術をしようと決めたんじゃないですか?
手術は実験的な手術ではないのでその質問には答えられません、私が行った手術のすべては捕虜の命を救う為だったと理解していただきたい。
GHQ取調官:私達は手術がなぜ行われたのかすべて知っています。
あなたは私からありもしない答えを聞き出そうとしている。

— 石山福二郎教授

戦後の手記・回想録[編集]


日本国土を無差別爆撃し無辜の市民を殺害した敵国軍人が殺されるのは当然だと思った。ましてたった一人の倅をレイテ島で失った私にすれば、それが戦争であり自然のなりゆきだと信じていた。
— 平光吾一教授(当時の解剖実習室管理者)の手記より


そのころの日本人は激高心をアメリカに対して持っていた。もちろん医者が人命にかかわる人体実験をしたことは悪いが、そこを間違わせるのが戦争であり、いかに戦争というものが人命を預かる人間でもここまで狂ったというか、そういうことが二度とあってはならないが、戦争時代にあったという事実、軍が良いと言ったからとやったという言い訳はもう今後は二度と出来ない。
— 東野利夫(医学生として解剖に立ち会った医師)の談話

事件の問題性[編集]

当時、法理論および倫理的に本事件が問題とされたのは
捕獲した爆撃機の搭乗員への戦犯の規定が日本側の軍法会議の判決を経ずに行われたこと。
実験内容が被験者に対し回復の可能性への考慮が極めて低い水準のものであったこと。
死亡に至った被験者の埋葬を怠ったこと。

などが挙げられ、実際に上記の内容についてGHQ側より起訴を受けている。

インフォームドコンセントについて[編集]

「インフォームド・コンセント」を参照

インフォームドコンセントを経ない臨床実験は当時、アメリカを含め世界中で一般に行われており、臨床実験における患者への説明と合意の取り付けの原則が医学界で確認されたのは、事件の2年後にニュルンベルク綱領が発表された1947年においてである。

上坂冬子による人肉試食疑惑の否定論[編集]

軍人5名が肝臓を試食したとする容疑については、GHQ捜査官による全くのでっち上げで、当時においても死刑求刑後11日目に被疑者全員がGHQによって無罪放免にされていると上坂は著書で述べている[5]。

九州帝国大学の組織的関与について[編集]

本事件に大学が組織として関わったという事実はない。

大学は事件が発覚した直後に、組織的関与を否定している[6]。米軍側においても(軍事法廷でのフォン・バーゲン主任検事による最終論告において)九州大学の組織的関与については明確に否定している。この事件についてノンフィクション作家の上坂冬子は、いわば九州大学を現場として起こった「一握りの個人のアイデアに基づく行動」と言える性格のものとしている[7]。もし組織的関与があったならば当時において学部長・総長[8]の責任が問われてしかるべきであるが、GHQから嫌疑をかけられておらず、起訴もされていない。

このように、この事件は大学組織とは無関係な出来事であったことから、学内およびOBによって関心が向けられる機会は少なく、近年まで話題に上ることはあまりなかった。しかしながら今日、九州大学はたとえ本事件に対し直接的な関わりはないとしても、過去の歴史上の事件に対する医療倫理および医学史的関心から、医療者として真摯な姿勢で向き合う姿勢を示している。2008年11月29日には医学部構内[9]において日本生命倫理学会第20回年次大会[10]が開催され、九州大学医学部OBの東野利夫博士により基調講演「いわゆる『九大生体解剖事件』の真相と歴史的教訓」が行われた。

また、2015年4月4日に開館した九州大医学部医学歴史館では解剖事件を解説する説明パネルが設置されている[11]。

関連作品[編集]
遠藤周作『海と毒薬』 - この事件をモデルにした小説。映画化もされている。
小林信彦『オヨヨ大統領の悪夢』 - 小林の遠縁に当たる人物がこの事件の関係者である[要出典]。

関連項目[編集]
人体実験
海軍生体解剖事件
広島原爆で被爆したアメリカ人

脚注[編集]

1.^ 上坂冬子『生体解剖 九州大学医学部事件』1982年、34頁
2.^ dailymail.co.uk
3.^ 目撃の医師「狂気伝えたい」=戦後70年で資料展-米捕虜生体解剖事件・福岡 - 時事通信社
4.^ 東野利夫談(当時19歳)。
5.^ 上坂(1982)、147頁。
6.^ 「基礎臨床委員会(KRI)」(昭和21年7月16日)での会合での発言か
7.^ 上坂冬子『生体解剖---九州大学医学部事件』(中公文書)の230-1頁において上坂が大学の組織的関与がないと判断した理由は 1.生体解剖が組織的に行われたものであるならば、軍が大学総長を通して命令を出したはずであるが、これに関する資料が存在しない。
2.万が一、大学総長を飛ばして命令が伝達されたとしても、組織上総長に上申して大学としての判断が下されているはずであるが、その証拠が存在しない。
3.死体解剖の許可を下す責任者は大野医学部長であるが、生体解剖の関係者がこの許可を申請した証拠が存在しない。
という、3つの理由を挙げている。
8.^ 当時九州帝国大学の総長は海軍軍人出身であったが、本件に関して起訴されていない。
9.^ 医学部百年講堂
10.^ 日本生命倫理学会第20回年次大会
11.^ 47news

参考文献[編集]
テレビ朝日 『ザ・スクープ』「終戦61年目の真実"タブーに迫る"第2部 許さざるメス~九州大学生体解剖事件~」、2006年。
上坂冬子 『生体解剖 九州大学医学部事件』 中央公論社〈中公文庫〉、1982年。
東野利夫 『汚名 「九大生体解剖事件」の真相』 文藝春秋〈文庫〉、1985年、ISBN 4167376016。
平光吾一 「戦争医学の汚辱にふれて -生体解剖事件始末記-」、『文藝春秋』昭和32年12月号
上野文雄 『終戦秘録 九州8月15日』 白川書院、1975年
神奈川新聞 昭和23年3月12日(金)1面
デイリー・メール 『US bomber crew shot down over Japan were dissected while ALIVE in horrific WW2 experiments: Japanese university acknowledges full details of atrocity 70 years』

外部リンク[編集]
テレビ朝日『ザ・スクープ』動画配信サイト



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海軍生体解剖事件





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海軍生体解剖事件(かいぐんせいたいかいぼうじけん)は、1944年1月末から7月末にかけて、旧日本海軍の拠点が置かれていた西太平洋の トラック島(当時は日本の委任統治下)で、海軍所属の病院・警備隊の軍医らが、捕虜(俘虜)となったアメリカ軍関係者を「生体解剖」するなどした後に殺害した事件。トラック島事件とも呼ばれる。1947年にBC級戦争犯罪裁判(アメリカ軍グアム裁判17号)で裁かれた[1][2]。



目次 [非表示]
1 背景
2 事件 2.1 1月事件
2.2 3月の生体実験
2.3 6月事件
2.4 7月事件
2.5 8月の部隊長会報
2.6 事後工作

3 容疑者の逮捕
4 裁判 4.1 第4病院事件(1月事件・7月事件)
4.2 第41警備隊事件(6月事件)

5 脚注 5.1 注釈
5.2 出典

6 参考文献
7 関連項目


背景[編集]

1943年末、トラック環礁付近で米軍潜水艦が拿捕され、海軍第4艦隊所属の第41警備隊で約50名の俘虜を管理することになった。このことが、1944年の年明け以降、トラック島で捕虜を使った人体実験が企図される契機となった[注釈 1]。

1944年初頃、関東軍防疫給水部(731部隊)石井四郎軍医少将らは人体実験に基づく研究成果を発表し、多数の博士号取得者も出していた。これに触発されて、海軍でも医務局・軍医官の指揮系統を通じて、捕虜を使った人体実験による医学上の研究が試みられていたとされる[5]。

また1944年2月以降は、トラック島はアメリカ軍の大規模な空襲を受け、多数の死傷者を出したため、捕虜への報復感情が高まっていたとされる[6]。

事件[編集]

1月事件[編集]

1944年1月下旬、トラック島にある海軍第4艦隊所属の第4病院の軍医官らが、同艦隊所属の第41警備隊の診療所の病棟で[注釈 2]、同警備隊に拘禁されていた捕虜8人を譲り受け、8人を4人2組に分けて、止血帯を長時間充てる実験と、ブドウ球菌を注射して敗血症を発症させる「生体実験」を行った。止血帯を長時間充てられた捕虜4人のうち2人は実験中に死亡、ブドウ球菌を注射された捕虜4人は全員死亡、止血帯の実験で生き残った2人の捕虜は、診療所の裏の丘へ運ばれ、ダイナマイトの爆風をあてる「爆風実験」が行われた。2人は四肢がもげるなどしたが死亡せず苦しんでいたため、絞殺[注釈 3]。死亡した捕虜の遺体は第4病院に運ばれて解剖、うち4人の頭部は切断され、頭蓋骨は標本として軍医学校に送られた。[9][2]

3月の生体実験[編集]

1944年3月に、1月事件に関わった第4病院の軍医官が、別の4名の捕虜を生体解剖し殺害したとされる[10]。

6月事件[編集]

1944年6月20日頃、同島の第41警備隊の警備隊病室で、同警備隊の軍医官らが、医学実験としてアメリカ人捕虜1人の胸部、腹部、陰嚢などを切開した後、下士官に殺害を指示、まだ絶命していなかった捕虜を病室裏へ連行、斬首殺害し、遺骸を穴に埋めた。同時に、別のアメリカ人捕虜1人を銃剣により殺害。[11][2]

7月事件[編集]

1944年7月20日頃、1月事件と同じ第4病院の軍医官らが、第41警備隊から引き渡された捕虜2人を病院裏の丘へ連行、下士官らが槍や銃剣で殺害、斬首[2][12]。

また事件とは別に、この頃残っていた6名ほどの捕虜が、事件と前後して殺害されたとされる[13]。

8月の部隊長会報[編集]

1944年8月第1週に、第4艦隊司令部庁舎内の幕僚室で開催された「部隊長会報(部隊長会同報告;第4艦隊の首脳の定例会合)」の席上、第4病院の岩波院長は、7月の俘虜刺殺および1月から2月にかけての「生体実験」について報告し、海軍でも人体実験を推進していかないと陸軍に遅れをとると話して、第四艦隊司令官の原忠一中将ら出席者を絶句させ、公言を控えるよう諌められたとされる[14]。

事後工作[編集]

終戦後、アメリカ軍から生体実験や捕虜殺害の責任を追及されることをおそれた第四艦隊司令部や第4病院、第41警備隊の関係者は、捕虜殺害や生体解剖の事実が露見しないよう捕虜の死体を掘り返して海に捨てるなどして隠し、関係者に口止めをした[注釈 4][16]。

また事実が露見した場合には、艦隊司令部に追及が及ばないよう、既に死亡していた第4病院の軍医官を生体解剖の首謀者とし、第4病院の岩波院長が責任を取ることを相談していたとされる[注釈 5][16]。

容疑者の逮捕[編集]

トラック島で日本軍の降伏を受け入れたアメリカ海兵隊は、捕虜の所在に関して日本軍将兵への尋問を行ったが、情報を得られなかったため、朝鮮系の隊員が同島で使役されていた朝鮮人労務者を通じて捕虜処刑の情報を入手し、戦争犯罪の立件につなげたとされる[注釈 6]。

また第四艦隊の参謀長だった澄川道男少将が、アメリカ軍との司法取引に応じ生体解剖事件や捕虜刺殺事件を知らせたとされる[19]。

戦犯容疑者は逮捕され、トラック諸島春島の収容所に収容された後、戦犯裁判を受けるためグアム島の収容所に移された。日本に帰国していた容疑者・参考人も東京に呼び出され、必要に応じてトラック島ないしグアム島へ送致された岩川 1982, pp. 323-331, 4月号。

グアム収容所では収容されている容疑者が様々な虐待を受けたとされる。第4病院の岩波院長は、米軍の番兵から虐待されたり、「岩波院長が『自分は何も知らない、責任をとれない』と言っているぞ」と番兵から伝えられて怒った元下士官の容疑者達に殴打されたりした。また6月事件で米軍捕虜の足の爪を切り取ったとされる第41警備隊の軍医官は、ペンチで生爪を剥がれた[20]。

裁判では、澄川参謀長のほか、第4病院外科部長・外科科長、第4根拠地部隊の軍医長、第41警備隊の軍医官らがアメリカ軍との司法取引に応じ、検察側の証人として証言した[注釈 7]。

裁判[編集]

アメリカ海軍によるグアム裁判で、1947年6月10日から同年9月5日までの裁判で1月事件及び7月事件が、同年9月22日から10月24日までの裁判で6月事件が裁かれた[2][23]。

第4病院事件(1月事件・7月事件)[編集]

事件に関与したとして、第4病院の岩波院長をはじめ病院の軍医官、衛生兵、警備隊長ら19人が起訴され、被告19人のうち、岩波院長に絞首刑、他の18人全員に終身刑・有期刑の判決が下された[2][24]。

1月事件で「生体実験」を行ったとされた軍医官4人のうち1人は戦死しており、1人は裁判への出頭要請を受けた後に自宅で自殺、1人は司法取引に応じて裁判で検察側の証人として証言し、3日にわたり弁護側の反対尋問を受け退廷した後、自殺した[25]。

残る1人となった岩波院長は、第41警備隊の診療所の病棟で行った「生体実験」は死亡した軍医官3人が独断で行ったもので、自分は同行し、検査方法について助言した後、別の用事がありその場を離れた、第4病院での死体の解剖を手伝い、1人の頭部を切断して他の3つの頭蓋骨とあわせて日本の軍医学校へ送ったが死因は知らなかった、として「生体実験」への関与を否定した。また「爆風実験」についても関知しなかった、とした。他方で7月事件については自らの責任を全面的に認めた[26]。

判決では、1月事件の「爆風実験」への岩波院長の関与について検察側の立証不十分とされたが、その他の「生体実験」および7月事件については有罪とされ、岩波院長に絞首刑、他の被告18人全員に10 - 20年の量刑が言い渡された[22]。

岩波院長が事件の首謀者として責任を負ったため、第四艦隊司令部が病院の「生体実験」や捕虜の処断を承認した責任が裁判で追及されることはなかった[注釈 8]。

裁判後に作成された裁判報告記録も、岩波院長が積極的に事件の責任を負ったため、死刑を1名に抑えることができた、と評価している[28]。

第41警備隊事件(6月事件)[編集]

事件に関与したとして第41警備隊の浅野司令、上野警備隊軍医長ら10人が起訴され、このうち浅野司令と上野軍医長に絞首刑、他4人の被告に終身刑の判決が下された。初審判決では捕虜の斬首・刺突殺害を実行した下士官2名も絞首刑とされたが、再審後、終身刑に減刑された[2][29]。

裁判で浅野司令と上野軍医長が互いに相手が事件を主導したと主張した。初審判決後、浅野司令は初審判決は事実誤認に基づくとして控訴理由書を提出し、再審が行われたが、結局主張は認められず、再審で両被告の死刑が確定した[30]。

脚注[編集]

注釈[編集]

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1.^ 岩川(1982, p.94-95, 3月号)、岩川 (1995, p. 155)。俘虜約50名のうち、2,30名は日本の輸送船に載せられ日本に向かう途中で米潜水艦に撃沈され、残る数十名はトラック島の第41警備隊、第4病院、第4艦隊司令部において殺害されたとされる[3]。アメリカ軍は、潜水艦に撃沈された輸送船の捕虜の生き残りからトラック島に捕虜が残っているとの情報を得て調査にあたり、トラック島の事件が露見したとされる[4]。
2.^ 戦後の関係者への聴取調査では、第4病院で行われたとの証言もある[7]。
3.^ 戦後のインタビューで、戦犯裁判で捕虜を絞殺したとして有罪になった衛生中尉は、ダイナマイトの実験では捕虜は軽傷を負った程度で四肢も残っており、実験後に軍医官2人がモルヒネや硝酸ストリキニーネを大量に注射して殺害したのであり、絞殺はしていない、としている[8]。
4.^ 第41警備隊事件で捕虜の斬首を実行した歯科医中尉は、トラック島から復員する前日の1945年12月17日に、第4病院の岩波院長に呼び出されて捕虜のことを口外しないよう口止めされ、その際に第4病院でも捕虜の件で何かあったと知った、と証言している[15]。
5.^ 原忠一は、岩波院長が裁判の中で「生体実験」に関する上層部との密約・連絡について口外しなかったことを評価している[17]。
6.^ 終戦時、朝鮮人労務者達も日本軍から米軍に捕虜について口外しないよう口止めされていた[18]。
7.^ 岩川 (1995, pp. 158-159)。事件の当事者が証人となり、自分がしたことを他の関係者がしたかのように証言したため、全員有罪とされた被告の中には、無実の者も含まれていたとされる[21]。他方で、証言の中に悪意のものはなかった、との事件関係者の評価もある[22]。
8.^ 第四艦隊司令長官の原忠一は、同事件に関する統括的な責任を問われ、別の裁判で懲役6年の判決を受けたが、「生体実験」について「自分は報告を受けていなかった」として関与を否定した[27]。

出典[編集]

1.^ 岩川 1982, p. 52-74, 2月号、岩川 1982, p. 90-119, 3月号、岩川 1982, p. 314-343, 4月号、岩川 1995, pp. 147-162、井上 et al. 2010, pp. 268-282, 306-312。
2.^ a b c d e f g 東京裁判ハンドブック編集委員会 1989, p. 113
3.^ 岩川 1982, p. 104, 3月号.
4.^ 岩川 1982, p. 323, 4月号.
5.^ 岩川 1982, p. 105, 3月号、岩川 1995, pp. 153-158、井上 et al. 2010, pp. 271-273, 281-282
6.^ 岩川 1982, pp. 102-103, 3月号、井上 et al. 2010, pp. 271, 308-309
7.^ 岩川 1982, pp. 94-95, 3月号.
8.^ 岩川 1982, pp. 97-99, 3月号.
9.^ 岩川 1982, pp. 61-69, 2月号、岩川 1995, pp. 148-152、井上 et al. 2010, p. 269
10.^ 岩川 1982, p. 106, 3月号、岩川 1995, pp. 156-157
11.^ 岩川 1982, pp. 108-114, 3月号、岩川 1995, p. 158、井上 et al. 2010, pp. 275-277
12.^ 岩川 1995, p. 157、井上 et al. 2010, pp. 269-270, 273-274
13.^ 井上 et al. 2010, p. 272.
14.^ 岩川 1982, p. 107-108, 3月号、岩川 1995, pp. 157-158
15.^ 井上 et al. 2010, pp. 277.
16.^ a b 岩川 1982, pp. 322-323, 4月号.
17.^ 岩川 1995, p. 161、井上 et al. 2010, pp. 281-282
18.^ 林 2005, pp. 160-161.
19.^ 岩川 1982, pp. 323, 332-337, 4月号.
20.^ 岩川 1982, pp. 328-332, 4月号.
21.^ 岩川 1995, pp. 158-159、井上 et al. 2010, p. 281
22.^ a b 井上 et al. 2010, pp. 274.
23.^ 岩川 1995, pp. 158-162、井上 et al. 2010, pp. 270-271, 274
24.^ 岩川 1995, p. 161、井上 et al. 2010, p. 270
25.^ 岩川 1982, pp. 64-68, 2月号、岩川 1995, p. 158、井上 et al. 2010, pp. 270, 274
26.^ 岩川 1982, pp. 69-73, 2月号、岩川 1982, pp. 336-337, 4月号、井上 et al. 2010, p. 270
27.^ 井上 et al. 2010, pp. 271, 274.
28.^ 井上 et al. 2010, pp. 274-275.
29.^ 岩川 1995, p. 169.
30.^ 井上 et al. 2010, pp. 277-278.

参考文献[編集]
井上亮; 半藤一利; 秦郁彦; 保坂正康、「第4章 この罪、天地に愧ずべし」 『「BC級裁判」を読む』 日本経済新聞出版社、2010年。ISBN 9784532197711。
博史林 『BC級戦犯裁判』 岩波書店〈岩波新書〉、2005年。ISBN 4004309522。
岩川隆 『孤島の土となるとも : BC級戦犯裁判』 講談社、1995年。ISBN 4062074915。
東京裁判ハンドブック編集委員会編 『東京裁判ハンドブック』 青木書店、1989年。ISBN 4250890139。
雑誌岩川隆、「〈独占スクープ〉 海軍生体解剖事件」 『現代2月号』 講談社、1982年、52-74頁。
岩川隆、「海軍生体解剖事件(2)―陰の首謀者を追う―生存者の衝撃的な証言をもとに事件の核心に迫る!」 『現代3月号』 講談社、1982年、90-118頁。
岩川隆、「海軍生体解剖事件(3)―首謀者たちの戦後秘史」 『現代4月号』 講談社、1982年、314-343頁。

関連項目[編集]
日本の戦争犯罪一覧
BC級戦犯
九州大学生体解剖事件




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生きた人間を解剖した「九大事件」の全容が明らかに 『九州大学生体解剖事件 七〇年目の真実』


生きた人間を解剖した「九大事件」の全容が明らかに 『九州大学生体解剖事件 七〇年目の真実』


社会

2015/7/22




『九州大学生体解剖事件 七0年目の真実』(熊野以素/岩波書店)

『九州大学生体解剖事件 七0年目の真実』(熊野以素/岩波書店)

 今年は戦後70年。戦争関連の講演会やイベントが多い年となっており、関連本も多数出版されている。その中で、戦場や空襲、食糧難を描いた多くの戦争本とは一線を画す、異色の1冊がある。太平洋戦争末期に、九州大学医学部で行われた生体解剖実験についてのノンフィクション、『九州大学生体解剖事件 七0年目の真実』(熊野以素/岩波書店)だ。「九大事件」と呼ばれるこの実験は、行われた当時は一般人の間で知られることはなく、戦後になってから関係者が戦犯として裁かれたことで、世間の目に晒された。本書は、実験の責任者として刑を受けた鳥巣太郎医師を中心に、その真実を追ったドキュメントだ。

 事は昭和20年(1945年)4月、軍から九州大学医学部に「捕虜を適当に処分せよ」という指令が届いたことに始まる。実は、この指令は、小森という医師が捕虜への生体実験を念頭に、軍に対して捕虜引き渡しの話を持ちかけたのがきっかけだったようだ。小森は、かつて九大で学んだ医師だったが、福岡大空襲で亡くなったため、詳細な人物像は不明な点が多い。しかし、たとえ発案は医師によるものだったとしても、軍からの指令となれば、受け取った側にとっては、絶対に従わねばならない命令である。

 実験現場の指揮をとったのは、第一外科トップの石山教授。軍からの指令が届く前から小森と通じており、生体実験に同意した上で、捕虜の受け入れを承諾した人物だ。彼は、休暇明けの鳥巣医師を呼び出し、こう告げた。「今から軍に頼まれた手術をやる。(中略)手伝いをしてもらう」。当時は、医師も軍医として強制的に招集され、上官への絶対服従を叩きこまれていた時代。大学内も軍隊と同様の空気で、異議を唱えることは厳禁、一糸乱れぬ統帥のもと上の者に従う態度が医師にも染み付いていた。直前まで故郷にいて、学内の噂を知らなかった鳥巣は、この時点では“手術”に何の不信感も持っておらず、素直に石山に従う。もっとも、実験に携わったほとんどの医師が、これから生体実験を行うことを、明確に告げられてはいなかった。

 第一外科の医師が勢ぞろいし、加えて他学科や他大学からの見学者、2人の軍人が立ち会う中、石山はこう宣言する。「弾丸が貫通した際に肺に損傷を受けているかもしれないので、肺を見るため手術を行なう」。レントゲンをかけていないので貫通したかどうかわからないはずではと、部屋中に緊張と動揺が広がるが、上司に意見するなどとんでもないこと。医師たちは気持ちを切り替え、石山の手元に視線を集中させる。

 石山は、捕虜の右肺をすべて摘出。外傷の形跡は見当たらない。捕虜が衰弱すると、輸血の代わりに、開発途中の海水から作られた代用血液を注射。まもなく捕虜は死亡した。そこに、解剖学科の医師たちが入室し、通常の死体解剖と同じ作業を行った。鳥巣は、今自分が携わった手術が、生きた人間を使った実験手術であること、それを疑う余地がどこにもないことに気付いて愕然とする。

 このような捕虜への生体実験は計4回、計8名の命を奪って終了、つまりは終戦となった。参加した講師の1人は、後に回想録に次のように記す。「そこにあるものはただ如何にこの“患者”の手術を終了せしめるかの意識だけであった。これは実に奇妙な錯覚と云われるかもしれないが、少くとも外科医たる人には誰にも理解され得るものだと思う」。これは、“医師は手術に際して、患者を治そうという意識よりも、完成された手術をまっとうしたいと思う意識が先に立ってしまう。不謹慎なのはわかっているが、否定できない”という正直な告白だろう。まして、当時はMRIもCTスキャンもない時代。生体実験は外科医だけでなく、すべての医師にとって悪魔の誘惑だったのかもしれない。

 戦後の東京裁判にて、鳥巣は非道な人体実験を行った戦犯として、極刑を言い渡される。実験の指揮を取った石山は裁判が始まる前に自殺。捕虜の処分指令を出した軍は、責任逃れの証言に徹する。結果として、鳥巣の役職が石山に次ぐ順位だったというだけの理由で、鳥巣は実験すべての責任を押し付けられた。妻の再審請求のおかげで、刑は懲役10年に減刑されたが、終戦から昭和29年(1954年)まで、鳥巣は巣鴨刑務所で過ごすことになったのだ。

 鳥巣も、生きたまま実験台にされた米軍の捕虜も、悪魔の誘惑に従ってしまった医師たちも、すべてが戦争被害者だ。では加害者は誰なのか? 誰か1人の独裁者のせいにはできない、不気味な戦争中の一事件だ。自分がいつの間にか他人の死にかかわり、死刑を下されることもまた、怖ろしい。

文=奥みんす

http://j.people.com.cn/n/2015/0407/c94475-8874665.html

旧日本軍の米軍捕虜に対する生体解剖実験の証拠が一般公開
九大医学歴史館「暗黒の歴史の証拠を隠し続けるべきではない」
人民網日本語版 2015年04月07日14:294日、福岡県にある九州大学・医学歴史館の一般公開が始まった。同館の展示品の中に、日本の大学教員が1945年、捕虜となった米空軍パイロットに対して生体解剖実験を実施した証拠品が含まれていることは、注目に値する。新華網が伝えた。

九州大学は長年の間、第二次世界大戦中に行われたこの蛮行の証拠を隠し続け、一般に公開することを拒んできた。だが、同校の教授会で、多くの教員が、「大学が歴史に残した『暗黒のページ』を正視しなければならない」との共通認識に達したのだ。

【暴かれた非人道的犯罪】

九州大学の構内にある医学歴史館には、100年以上にのぼる同校医学部の発展史が展示されている。

共同通信社の報道によると、同館には、カルテや医療機器など、計63点の展示品が展示されている。このうち2点は、同校医学部の教員らが第二次大戦中、捕虜となった米国人パイロット8人に対して生体解剖実験を実施した証拠品だ。

1945年、1機の米軍B29爆撃機が福岡上空で撃墜され、数人の米国人パイロットが捕虜となった。当時、何人の米国人パイロットが日本の捕虜となったのかはまだ謎であるが、そのうち8人が、九州大学医学部の教員による生体解剖実験の対象となったことが確認されている。

この生体実験に関わったある教授は、当時のことを回想し、「米軍の捕虜は、白い長い服を身に着けていた。我々が医師であることを認識していたようだった。自分たちの怪我を治療してくれるのだと思い込み、警戒心を解いて抵抗することはなかった。自分たちが解剖実験の生贄になろうとは、思いもしなかったであろう」と話した。

複数の資料によると、ある米軍パイロットは、微笑みながら、「ありがとうございます」と看護婦にお礼の言葉を述べたという。

医学実験では、複数の九州大学医学部教授が、米軍パイロットに海水を希釈したものを注射し、彼らの肺や他の臓器を切除し、その後どれくらいの間生き続けられるのかを観察した。同時に、学生に対し「注意事項」や「要点」を解説した。その後、8人の米軍パイロットは全員死亡した。

旧日本軍の米軍捕虜に対する生体解剖実験の証拠が一般公開 (2)
九大医学歴史館「暗黒の歴史の証拠を隠し続けるべきではない」
人民網日本語版 2015年04月07日14:29【180度変わった米国の態度】

第二次世界大戦が終わった後、連合国は、東京、横浜、マニラの各地で、戦犯に対する軍事裁判を行った。1948年3月11日、日本人30人が、米軍捕虜に対する生体解剖実験に参与し、不法に彼らの内臓を切除・内臓を試食した罪で、横浜軍事法廷で裁判にかけられた。

米ボルチモア・サン紙の報道によると、容疑者30人のうち23人に罪状が言い渡された。うち5人の罪名は死刑、4人は無期懲役だった。

だが、「1950年6月に朝鮮戦争が勃発すると、日本を同盟国と認定した米国は、第二次世界大戦中の日本が犯した犯罪に対するスタンスを変えた」と同紙は報じている。

1950年9月、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥は、これら日本人戦犯の罪を減免することを推進した。1958年の時点で、彼らは全員釈放され、死刑囚に対する死刑が執行されたケースは皆無だった。

旧日本軍の米軍捕虜に対する生体解剖実験の証拠が一般公開 (3)
九大医学歴史館「暗黒の歴史の証拠を隠し続けるべきではない」
人民網日本語版 2015年04月07日14:29【歴史を正視するよう警告】

九州大学は長い間、この生体解剖実験の内容を隠し続け、公の場でこのことを話題にすることを避けてきた。日本人の多くは、このような態度に反発を感じ、彼らが歴史を正視すべきだと感じていた。

終戦後、生体解剖実験に関わったある教授が自殺した。九州大学の教職員14人は、終身刑または死刑の判決を言い渡された。

日本の作家、故遠藤周作氏は、この「暗黒の歴史」を題材に、1967年、小説「海と毒薬」を発表、新潮社文学賞と毎日出版文化賞受賞を受賞した。1986年、同小説が映画化され、日本で上映された。

九州大学医学部の複数の教授が今年3月、教授会において、「本学が今後も、この暗黒の歴史に蓋をし続けることは避けなければならない」との共通認識に達した。そして、同校はこの一連の犯罪の証拠品を展示することを決定、新しくオープンした医学歴史館で一般公開する運びとなった。(編集KM)

「人民網日本語版」2015年4月7日

http://jin115.com/archives/52075139.html


【ひでぇ】 九州大学が米捕虜への「生体解剖事件」を公表! エグイ事やりすぎて外国人ドン引き

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2015年04月09日11:00|
コメント( 1129 )|
酷い話・事件 |



第二次世界大戦 生体解剖実験に関連した画像-01











【海外の反応】九州大学、ついに米捕虜への「生体解剖事件」を公表 : ユルクヤル、外国人から見た世界 

第二次世界大戦 生体解剖実験に関連した画像-02

九州大医学部の110年余りに及ぶ歩みを伝える医学歴史館が4日、福岡市東区のキャンパスで開館。太平洋戦争末期の米軍捕虜生体解剖事件の経緯を説明するパネルなども展示

九州大学生体解剖事件は、1945年に九州帝国大学(現・九州大学)医学部の敷地内においてアメリカ軍捕虜8名に対する生体解剖実験が行われた事件

以下のような手術が行われた。
・血管へ薄めた海水を注入する実験
・肺の切除実験
・心臓の停止実験
・脳や肝臓など、臓器等の切除実験
・どれだけ出血すれば人間が死ぬかを見るための実験

第二次世界大戦 生体解剖実験に関連した画像-03

以下全文を読む


<海外の反応>

本当、被害者の方々が可哀想・・。

なぜこんな惨たらしいことが出来るの?病気だわ。

かなりショックなんだけど!旧ドイツ軍のことはよく話題に出るけど、旧日本軍がこんなことしてたの知ったのは初めてだわ・・。こんな残酷なこと出来る人は、地獄で同じ苦しみを味わうといいわ!

ドイツ人とは違って、これに関わった日本人の多くは恩赦。米軍による酷い隠蔽行為だよな!どうせアメリカはこの人体実験の研究結果や医療ファイルを手にいれるために、見て見ぬ振りしたんだろ!!

↑え?米軍捕虜への人体実験って記事なんだけど、どう捻じ曲げて読んだら、被害者を責める結果になるわけ?この事件を隠そうとしたのは日本側でしょ・・あなた大丈夫?

何が皮肉かって、アメリカはドイツや日本に対して国家再建のために経済支援を行ったんだよな。借金を抱えたイギリスは無視して。しかもなぜか、日本の戦争犯罪者を全員死刑にしないという。これで一気に問題が複雑になったよな。

戦争犯罪者への罰は軽すぎたね。

「米軍はドイツに原爆を落とさなかったのに日本にだけ落としたから差別だ」って信じてる日本人が多くいる、という話をある日本人から聞いたな。1945年8月になって初めて実用可能になった技術なのに・・。日本人はいつまでたっても自分たちの祖先が行ったことから目を背けてる証拠だと思った。

旧日本軍の蛮行はドイツ軍のものほど悪かったと思うが、なぜか歴史からその事実が消されようとしてるんだよね。

南京事件もそうだけど、昔の日本人は自分達こそが支配民族だとでも考えていたんだろうな。

人間の底知れぬ闇の深さには驚かされるな。

あいつら、第二次世界大戦中にした蛮行への謝罪は絶対しないよな。

↑こうやって歴史館を開いて、しっかり過去の間違いを直視しようとしてるじゃないか。今の日本人は過去の人たちとは違うんだぞ?過去にばかりとらわれず、今の新しい敵を心配すべきだと思うが・・。

国を守るために命を懸けて戦った人たちのことは、ずっと忘れないでいたい。この記事を読んで、そう思った。もっと良い世界に出来るように俺たちも考えようや。







うわぁあああああああああああああああああ
まじかよ!これはあまりにも酷すぎんだろ!!!なにやってんの!!
a7-1




ガチなのコレ?一部の人達がすごい反応しそうな内容だけど・・・
a2-2

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14107416324



広島大学で 米軍捕虜を人体実験したといった記録があります。 主犯は最後ま...




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知恵コレ

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fg888gfさん

2013/5/1811:32:43
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広島大学で

米軍捕虜を人体実験したといった記録があります。

主犯は最後まで否認にしていたそうですが(獄中自殺)

このような場合は司法取引などで回りは崩すされていると思うのですが

日本人の感覚では自殺してでも否認するのが普通ですか??

特殊な人ですか??

なんのためですか??

慰安婦もおなじですか??

気持ち悪くないですか??


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閲覧数:1,455 回答数:4 お礼:100枚
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ベストアンサーに選ばれた回答



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kouyouchinbutaiさん
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2013/5/1812:03:22
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これは事実ですね。獄中で自殺した主犯の石山教授は裁判ではウソをつきましたが、結局は否定していませんよ。「軍の命令でやった」と遺書に書きました。

ウィキにこういうのがあります。ナチの人体実験といい勝負ですね。

太平洋戦争末期の1945年5月、福岡市を始めとする九州方面を爆撃するために飛来したアメリカ陸軍航空隊のB-29が、熊本県・大分県境で19歳の学徒兵が操縦する戦闘機の空中特攻によって撃墜され、搭乗員のウイリアム・フレドリック少佐ら12名が捕らえられた。東京からの暗号命令で、「東京の捕虜収容所は満員で、情報価値のある機長だけ東京に送れ。後は各軍司令部で処理しろ」により、捕虜の処遇に困った西部軍司令部は、裁判をせずに12名の搭乗員の内8名を死刑とすることにした。このことを知った九州帝国大学卒で病院詰見習士官の小森卓軍医は、石山福二郎主任外科部長(教授)と共に、8名を生体解剖に供することを軍に提案した。これを軍が認めたため、8名は九州帝国大学へ引き渡された。8名の捕虜は収容先が病院であったため健康診断を受けられると思い、「サンキュー」と言って医師に感謝したという。

生体解剖は1945年5月17日から6月2日にかけて行われた。指揮および執刀は石山教授が行った。軍部は実験対象者の情報について広島への原爆投下で死亡したと嘘の報告書を提出したが矛盾をつかれ、事件が露呈した。その後GHQがこの事件について詳しく調査し、最終的に九州大学関係者14人、西部軍関係者11人が逮捕された。なお、企画者の一人とされた石山教授は「手術は実験的な手術ではないのでその質問には答えられません、私が行った手術のすべては捕虜の命を救う為だったと理解していただきたい」とし、生体解剖については否認し続け、最終的に独房で遺書を書き記し自殺した。

最終的なGHQの調査で捕虜の処理に困った佐藤吉直大佐が小森軍医に相談し、石山教授に持ちかけ実行されたことが判明したが、企画者のうち小森は空襲で死亡、石山は自殺したため、1948年8月横浜軍事法廷において、以下の5名が絞首刑とされ、立ち会った医師18人が有罪となった。

その後、朝鮮戦争が勃発し、アメリカは対日感情を配慮したことから獄中自殺した1名を除き、恩赦によって減刑されその多くが釈放された。

自殺した石山の遺書には「一切は軍の命令なり、すべての責任は余にあり」としている。また九大医学部卒の外科医山内昌一郎は、「手術はすべて石山の専門分野に及んでおり、彼の業績に対する野心が明らかである」と指摘している。 また当時、医学生として解剖実習室に出入りしていた東野利夫医師は、「いかに戦争というものが人命を預かる人間でもここまで狂ったというか、そういうことが二度とあってはならないが、戦争時代にあったという事実、軍が良いと言ったからとやったという言い訳はもう今後は二度と出来ない」と語っている。

犠牲となった搭乗員たちの乗っていたB29が墜落した現場である大分県竹田市には慰霊碑が建立されている。

生体解剖 [編集]概要 [編集]銃殺刑の代わりに行われた、生存を考慮しない臨床実験手術だった。医学会の権威だった石山教授をはじめ、15人の医学部関係者・西部軍参謀の立会いのもと行われた。この手術は当時としては先進的なもので、ほぼ目的を達成し手術は成功したとされる[。

企画者 : 佐藤吉直大佐(西部軍)、小森卓軍医(西部軍)、石山福二郎(九州大学教授)
実験場所 : 九州大学 解剖実習室
実験期間 : 1945年5月17日から6月2日
実験対象者
ウィリアム・F・フレドリック少尉
デール・プランベック少尉
ジョージ・M・ベーリィ少尉
ビリー・J・ブラウン軍曹
テッディ・デングラー軍曹
チャールズ・パーマー軍曹
ロバート・B・ウィリアム軍曹
ジョン・C・コールハウエル軍曹

実験目的と方法 [編集]実験手術の目的は、主に次のようなものであった。

不足する代用血液の開発のための実験
結核の治療法の確立のための実験
人間の生存に関する探求
新しい手術方法の確立のための実験

手術方法は、主に次のとおりであった。

血管へ薄めた海水を注入する実験
肺の切除実験
心臓の停止実験
その他の脳や肝臓などの臓器等の切除実験
どれだけ出血すれば人間が死ぬかを見るための実験

http://yurukuyaru.com/archives/26659860.html










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【海外の反応】九州大学、ついに米捕虜への「生体解剖事件」を公表



2015年04月08日
外国人から見た日本海外の反応
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九州大学生体解剖事件に関連した画像-01

九州大医学部の110年余りに及ぶ歩みを伝える医学歴史館が4日、福岡市東区のキャンパスで開館。太平洋戦争末期の米軍捕虜生体解剖事件の経緯を説明するパネルなども展示される。








九州大学生体解剖事件は、1945年に九州帝国大学(現・九州大学)医学部の敷地内においてアメリカ軍捕虜8名に対する生体解剖実験が行われた事件。

九州大学生体解剖事件に関連した画像-02


以下のような手術が行われた。
・血管へ薄めた海水を注入する実験
・肺の切除実験
・心臓の停止実験
・脳や肝臓など、臓器等の切除実験
・どれだけ出血すれば人間が死ぬかを見るための実験

大学側の組織的関与は事実上なく、大学内でこの事件への関心が向けられる機会は少なかった。しかし「開館を機に、負の歴史を公表するべきだ」との意見が出て、展示に踏み切ったという。

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“<海外の反応>

本当、被害者の方々が可哀想・・。

なぜこんな惨たらしいことが出来るの?病気だわ。

かなりショックなんだけど!旧ドイツ軍のことはよく話題に出るけど、旧日本軍がこんなことしてたの知ったのは初めてだわ・・。こんな残酷なこと出来る人は、地獄で同じ苦しみを味わうといいわ!

ドイツ人とは違って、これに関わった日本人の多くは恩赦。米軍による酷い隠蔽行為だよな!どうせアメリカはこの人体実験の研究結果や医療ファイルを手にいれるために、見て見ぬ振りしたんだろ!!

↑え?米軍捕虜への人体実験って記事なんだけど、どう捻じ曲げて読んだら、被害者を責める結果になるわけ?この事件を隠そうとしたのは日本側でしょ・・あなた大丈夫?

何が皮肉かって、アメリカはドイツや日本に対して国家再建のために経済支援を行ったんだよな。借金を抱えたイギリスは無視して。しかもなぜか、日本の戦争犯罪者を全員死刑にしないという。これで一気に問題が複雑になったよな。

戦争犯罪者への罰は軽すぎたね。




開館式で住本英樹医学部長は「医学、医療の歴史で医学部が果たしてきた役割や功績、反省すべき過去を振り返り、次に進むべき道を思索する場にしたい」と述べた。

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英紙デイリーメールは「書籍などでは広く伝えられている事件ではあるが、戦争犯罪についての議論がタブーとされている社会で、このような動きがあったのは驚きだ」としている。

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捕虜は九州方面の爆撃のため、B-29に搭乗していた


“<海外の反応>

「米軍はドイツに原爆を落とさなかったのに日本にだけ落としたから差別だ」って信じてる日本人が多くいる、という話をある日本人から聞いたな。1945年8月になって初めて実用可能になった技術なのに・・。日本人はいつまでたっても自分たちの祖先が行ったことから目を背けてる証拠だと思った。

旧日本軍の蛮行はドイツ軍のものほど悪かったと思うが、なぜか歴史からその事実が消されようとしてるんだよね。

南京事件もそうだけど、昔の日本人は自分達こそが支配民族だとでも考えていたんだろうな。

人間の底知れぬ闇の深さには驚かされるな。

あいつら、第二次世界大戦中にした蛮行への謝罪は絶対しないよな。

↑こうやって歴史館を開いて、しっかり過去の間違いを直視しようとしてるじゃないか。今の日本人は過去の人たちとは違うんだぞ?過去にばかりとらわれず、今の新しい敵を心配すべきだと思うが・・。

国を守るために命を懸けて戦った人たちのことは、ずっと忘れないでいたい。この記事を読んで、そう思った。もっと良い世界に出来るように俺たちも考えようや。

Daily Mail

去年は京大医学部が展示した、731部隊(中国人に対する細菌・化学兵器の人体実験)に関する資料が「不適切だ」という理由で撤去されたニュースがありましたが・・九大は大丈夫でしょうかね。

一度九大には足を運んでみたいと思います。

https://tvmatome.net/archives/2783


九州大学生体解剖事件 ~医師の罪を背負いて~ |ETV特集

2015/12/13 0



NHK・Eテレの「ETV特集」で医師の罪を背負いて~九大生体解剖事件~が放送されました。産婦人科医の東野利夫さん(89歳)は自らの償いきれない過ちに70年間向き合ってきました。それは昭和20年、九州帝国大学医学部で起きた事件です。アメリカ人の捕虜8人が解剖実習室で生きたまま手術の実験台となりました。肺を片方取り去っても人は生きられるのか、血液の代わりとして海水の輸液を使ったらどうなるのか捕虜たちの命と引き換えに様々なことが試されました。東野さんはその現場にいました。終戦後、手術を指揮した教授は獄中で自殺。有罪となった大学関係者14人は今はもうこの世にはいません。現場を知る唯一の証人となった東野利夫さんは、事件を風化させてはならないと当時の資料と関係者の証言を集めてきました。



東野さんは昭和35年に福岡市内で開院。産婦人科の最前線に立ち続け5年前に現役から退きました。これまで1万3000人もの命の誕生に関わってきた東野さんですが、医師としての原点は戦時中に巻き込まれたあの事件にありました。



それは昭和20年の春、日本の戦況は悪化の一途をたどりアメリカ軍が沖縄に上陸。本土ではB29による無差別爆撃が激しくなっていました。東京大空襲では100万人が被災し、10万人が命を落としました。その年の4月、19歳だった東野さんは九州帝国大学医学専門部に入学しました。不足していた医師を早急に育てるためのコースでした。九大医学部は軍への積極的な協力を求められていました。軍との関わりが特に深かったのは第一外科を率いる石山福二郎教授。石山教授は海水を使った代用血液の研究を進めていました。本土決戦が始まれば大量の負傷者が出て輸血用の血液が足りなくなると懸念されていたからです。



昭和20年5月5日、一機のB29が日本軍戦闘機の体当たりをうけ大分県の山中に墜落。生き残ったアメリカ兵は捕えられ福岡へと連行されました。B29の機長は情報価値があるとして東京へ送られました。軍の内部では残りの捕虜の扱いを巡って議論が交わされ、最終的にもちあがったのは捕虜の体を使った人体実験でした。計画の中心にいたのは九大医学部出身の小森拓軍医でした。小森軍医は第一外科の石山教授と相談。軍の嘱託医でもあった石山教授は計画を受け入れました。手術を行う場所は解剖学教室でした。人目につきにくい場所だったからです。



昭和20年5月17日、生体実験手術が行われました。その日、東野さんは一人で論文の整理をしていました。用を足しに席を立った時、中庭で2人のアメリカ兵が連れてこられるのを見ました。東野さんは小森軍医に聞かれ教室の入り口を教えました。尋常ではない雰囲気に東野さんは後を追いました。張り詰めた空気の中、将校はこれから始まる手術の正当性を伝えました。捕虜は名古屋を無差別爆撃したと言います。エーテル麻酔で眠らされていたアメリカ兵は右肩には銃弾をうけたような傷跡がありました。しかし教授がメスを入れたのは右肩ではなく胸でした。東野さんの目の前で捕虜の右肺が摘出されました。石山教授は「人間は片肺だけで生きられるぞ」と言いました。続けて行われたのは代用血液の実験でした。手術で出血した分、代わりに海水を使った輸液を血管に注入していきました。東野さんは輸液の瓶を持つように命じられました。実験の末、この日は2人のアメリカ兵が死亡しました。生体実験は4日に渡って行われました。実験されたのは肺だけでなく心臓、脳、代用血液。合計8人の捕虜の命が奪われました。



8月15日に終戦をむかえGHQはアメリカ兵捕虜の行方に重大な関心を寄せていました。九州を管轄していた軍幹部はただちに隠ぺい工作を始めました。実験手術の中心となった小森拓軍医は福岡での空襲で死亡していました。実験手術で亡くなった捕虜8人は終戦間際に広島に送られ原爆で死亡したことにされました。しかしGHQは隠ぺい工作を見破り九州大学医学部への調査を始めました。そして昭和21年7月、捕虜虐殺の容疑で石山教授に逮捕命令が下されました。事件の核心を知る石山教授に対して厳しい尋問が続きました。逮捕から4日、石山教授は拘置所内で自ら命を絶ちました。独房には遺書が残されていました。石山教授の死によって事件の真相追及は困難に直面しました。手術に関わった医師たちに次々と出頭命令が下りました。東野さんにも追及の手が及びましたが、事件当時医学生だった東野さんは起訴を免れました。



昭和23年3月11日、手術に関わった九大の医師・看護婦14人と軍人16人が法廷に立たされました。事件は戦後の社会に大きな衝撃を与えました。生体実験を行った上、捕虜の肝臓を食べたのではないかという疑いがかけられたのです。後に事実無根と判明しますが、世間は好奇のまなざしを向けました。医師たちはなぜあの手術に加わったのか追及されました。裁判の結果、医師と看護婦14人全員が有罪に。絞首刑3人、終身刑2人、それ以外は3年~25年の重労働の刑が言い渡されました。裁判が終わると九大医学部は医師や看護婦、学生を集め「反省と決議の会」を開きました。九州大学はこの決議文をもって事件に一区切りをつけました。その後、九大生体解剖事件は人々の記憶から徐々に消えていきました。



東野さんは大学卒業後、医師になるべきかならざるべきか葛藤の日々が続きました。よみがえってくるのは、ぬくもりの残る捕虜の体から臓器を取り出す手伝いをした時のことばかりでした。迷ったあげく東野さんが選んだのは命の誕生を助けることができる産婦人科医への道でした。35歳で福岡市内に医院を開業。ところが事件で受けた心の傷は想像以上に深く開業から7年、心療内科に2か月入院しました。事件後、東野さんがずっと気にかけていたのは9年半の服役の後、医療現場に復帰した恩師・平光吾一さんのことでした。



事件に関わった九大の医師たちは戦後、苦しみの中にいました。終戦から5年、GHQによる占領が終わりに近づくと戦犯に対する恩赦、減刑が行われ九大の医師・看護師14人は釈放されました。しかしその後も自ら積極的に事件を語ることはありませんでした。14人全員が今はもうこの世にはいません。

http://blogos.com/article/140114/

【読書感想】九州大学生体解剖事件――70年目の真実












九州大学生体解剖事件――70年目の真実 九州大学生体解剖事件――70年目の真実 作者: 熊野以素
出版社/メーカー: 岩波書店
発売日: 2015/04/16
メディア: 単行本
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内容紹介
軍の命令か、医の倫理の逸脱か――。終戦直前の1945年春、名門大学医学部で行われたおぞましい「実験手術」で米軍捕虜8人が殺された。医師側の首謀者として死刑判決(のち減刑)を受けた鳥巣太郎氏(当時、九大助教授)の姪が、戦犯裁判記録のほか、知られざる再審査資料、親族の証言などを基に、語り得なかった真実を明らかにする。

 太平洋戦争中に、日本軍が行っていた人体実験としては、731部隊によるものが知られています。

 しかしながら、人体実験はそれだけではなく、僕が住んでいる九州でも、行われていたのです。

 この「九州大学生体解剖事件」は、1945年、終戦の年に九州大学の医学部内で起こりました。

 本来は「戦時捕虜」として扱われるはずだった米軍の兵士たちに麻酔をかけて、生きながら肺や胃を切除したり、脳をいじったり、「代用血液」と称して海水の成分を血管に注入したり、といった非道な行為が行われたものです。

 戦争中ですから、さまざまな残虐行為が各所で起きていたのは事実なのですが、これは「人命を救う」のが使命であるはずの医師たちが、軍と共謀して、自分たちの研究の成果を試したり、手術の技術を磨くために、「人体実験」をするという、極めて悪質なものでした。

 この本の著者は、当時の九州大学第一外科の助教授(今で言えば「准教授」ですね)の鳥巣太郎さんの姪です。

 著者は、当時のさまざまな資料を集め、関係者の話をまじえて、なるべく忠実に当時の状況を再現しようとしています。

 関係者の親族が書いたものなのだから、「身内びいき」みたいなところがあるのではないか、と思いながら読み始めたのですが、著者の鳥巣太郎さんへの愛着を感じる部分や、自分たちが罪を逃れるために、鳥巣さんを「首謀者」に仕立てようとした関係者への憤りの感情が抑え切れない部分はあるものの、冷静な筆致で、当時の状況が再現されていると思います。

 それにしても、なんでこんなことを、軍は命令し、九大一外科の石山教授は請け負ってしまったのか?

 いまの感覚でいえば「悪魔のような医者」だと思う。

 この本のなかには、撃墜された米軍のパイロットが、墜落地の日本人たちに「仇」として虐殺される場面が出てきます。

 「医者である前に、アメリカを敵視する日本人であった」のかもしれないし、「どうせ処刑されるのであれば、医学のために役立てるほうが有意義だろう」と考えてもいたようです。

 この「医学のため」「科学のため」「人類のため」というような発想を「大義名分」として、多くの人たちが犠牲になってきました。

 「実験的な治療」によって医学が進歩してきた、という面があるのは否めないけれど、それはあくまでも、治療のためであることと、治療を受ける側の同意があってこそ、のはずです。
 とはいえ、そういう「患者の権利」が確立されてから、そんなに長い時間が経っているわけでもない、というのは事実なのですが。

 石山(教授)は「私は九州帝国大学外科教授として畏くも天皇陛下からこの教室をお預かりしている。私たちはアングロサクソンと戦う使命を持っている、医学=メスでもって!」と訓示し、学生を鼓舞し、医局自体を戦場とみなし、軍隊式の統率を行っていた。

 石山は医局員の些細な行動もチェックし、研究のために召集を免れている者に対しては、「自分の命令に従わねば軍隊にやるぞ」と言い放った。気にいらぬスタッフは容赦なく飛ばした。手術の可否、方法、助手の任命等すべて石山が決定し、必ず自分で手術を行った。石山は「専制君主」であった。これは石山自身の性格もあるかもしれないが、若き日にドイツ留学したことも関係しているのではないかと著者は思う。留学の時期はナチスの台頭期にあたり、当時の若者の例としてファシズムの影響を受けたのではないか。
 鳥巣は、教授室の隣に部屋を与えられた。同時に専門部(戦時下、九大に設けられた医師の速成を行う専門学校)の教授にも任命され、石山の忠実なアシスタントとなっていった。
 九州大学医学部という名門の優秀な医師たちが、なぜ、こんな暴挙に手を染めることになったのか?

 当時の彼らにとっても、「許されない行為」だという認識はあったはずです。

 終戦直後に、この「人体実験」の隠蔽工作を行っているのですから。
 ただ、「その場」では、秘密厳守という雰囲気でもなかったようです。

 第一外科の森良雄講師は、公判では語ることができなかったとして、再審査に際して次のように述べている。

「(実験手術は)当時大学内では公然の秘密というべき状態であった。(戦後)法廷に来た大学関係の証人たちが『知らなかった』『現場に入れなかった』とか言う理由は、事件に無関係でありたい気持ちや大学の立場を現在になって考慮する気持ちに基づいている。私は大学当局も当然関係しているものと確信していた。私自身、秘密厳守を当時命じられた覚えはない。軍のトラックも専門部事務局玄関近くに堂々と到着した。(捕虜が連れ込まれた)解剖学教室裏といわれている道路は、学生、一般人の交通の激しい道路である。
 また、解剖実習室は三方ガラス窓で外から直に中が見える。
 第一回目の手術の状況について。

 アメリカの飛行士は、麻酔をかけられ、必要のない肺の切除を行われたのです。
 当時の日本の医療技術では、「片肺を切除する手術」は技術的に困難とされていました。

 鳥巣は初めて不審の念を抱いた。肺の切除をやる必要があるのだろうか? しかし手術中はみだりに自分の意見を出すことは許されない。手術中必要な処置は手術者の命令によってのみ行われる。この命令服従の関係は患者の生命に関わることであるので、医師にとっては絶対的なものであった。それに石山教授は肺手術の権威でもある。切除すべき根拠があるにちがいない――。

 飛行士はみるみる弱った。そこに代用品である海水が注射され、飛行士は持ち直したかに見えた。石山は佐藤大佐に向かって、

「ただ今飛行士に注射したのは海水溶液の代用血液です。このように、非常に効果があります」

と説明した。

 ついで縫合に入った。手術終了である。

 片肺を奪われた飛行士はまだ生きていたが、今にも呼吸は止まりそうである。飛行士の右側にいた鳥巣はとっさに胸の下部に両手をあてて人工呼吸を試みた。医師としての衝動的動作だ。だが、それは無駄なことだった。飛行士の右側に立っていた小森見習士官が、すっと手を伸ばし、自ら縫合した糸を切りほどいて傷口を再切開したのだ。「生かしておくわけにはいかなかった」と後に語ったという(佐藤吉直供述書)。
 鳥巣は悟った。これは実験手術だ!
 もう、読んでいるだけで、息が詰まりそうになってきます。

 なんでこんなことができたのか?

 同じ状況になってしまえば、僕でも、同じことをやってしまえるのか?

 鳥巣さんは、全部で4回行われた「人体実験」のうち、1回目はそれが「人体実験」であることを知らないまま手術室で助手を務め、2回目はあえて遅れて手術室に入ったものの、乞われて最低限の手伝いのみを行ないました。

 「医者が、医学部でこんなことするべきではない」と石山教授を諌めたものの(教授が絶対的な権力を持っていた当時の医学部では、極めて勇気がいることだったと思います)、受け入れてはもらえず、3回目の手術は意図的にサボタージュを行ない、4回目は家の事情で病院内にすらいませんでした。

 にもかかわらず、戦後に行われた裁判では「自殺してしまった石山教授に代わって、責任者として絞首刑になる」役割を押し付けられようとしたのです。

 他のみんなが極刑を免れるために。

 鳥巣さんは、元来善良な人物だったのか、「自分の関与が乏しい」ということを知っていたがために甘く考えていたのか、「みんなを守る」ための証言に終始し、絞首刑を宣告されてしまいます。

 妻の蕗子さんをはじめとする関係者の奔走もあり、最終的には、なんとか減刑されることができたものの、僕はこの奥様の献身に感動するとともに、「あの時代には、こんなふうに、自分がやってもいないことの『責任』をとらされた日本人が、大勢いたのだろうな」と考えずにはいられませんでした。

 A級戦犯の裁判のことは、いまでも話題になるのですが、B級戦犯に関しては、「敵国への負の感情」を押し付けられ、従容として死んでいった無実、あるいは軽微な罪の日本人がたくさんいたのです。

 だからといって、鳥巣さんが「幸運」だった、と言うつもりはないのだけれど。

 この本のなかで、鳥巣さんは「ただランプ持ちをしていただけの大学院生が10年の刑になった」と妻に語っておられます。
 だから自分は、満期まで刑を勤めるべきなのだ、自分は、その大学院生よりは「状況を動かす力がある人間」だったのだから、と後悔しながら。

 軍関係者の二転三転する責任逃れの供述を、被告席で鳥巣はどう聞いたのだろうか。

「軍隊は決して責任を取らないものだ」と鳥巣は後年、著者に語った。

 下の者は上の命令に従っただけだと言い、上の者はさらに上の者の命令に従ったのみと言う。上の命令に逆らえば処罰されるから仕方がなかったと主張する。最も上の者は部下がしたことであり、関知しないという。軍隊の仕事はつまりは人を殺すことなのだから、いちいち責任を感じていたら戦えないという理屈である。
 軍服を脱いだ高官たちにかつての威厳はかけらもなかった。彼らを恐れた医師たちは参謀の軍服に幻惑されていたのだ。そして、言うべきことを言わず、するべきことをしなかった。
 これは誰の責任なのか?と考えるのは、なかなか難しい。

 軍部は「どうせ処刑するのなら」と思い、偉い医者たちは「軍部の圧力があった」と証言し、教授を手伝った医師たちは「教授には逆らえなかった」と述懐しました。

 でも、みんなが「大きな力には逆らえなかった」と言っている一方で、軍部からの「実験材料」の提供を拒否した病院もあったし、鳥巣さん自身も、一度教授に中止を進言してからは、参加を強要されることはありませんでした。

 それは、裁判において「強制力はなかったのに、自主的に参加しただけではないか」として、不利な材料にもなりました。

 「本気で断ろうと思えば、断れたし、ペナルティも無かったではないか」

 もっとも、戦争で日本が勝っていれば、教授に逆らった人々にはなんらかの「意趣返し」が行われていた可能性はあったと僕は想像してしまうのですが。

 この本を読みながら、「僕がその場にいたら、どうしていただろうか?」と考えずにはいられませんでした。

 少なくとも、今の僕であれば、積極的に人体実験を推進することはないと思う。

 でも、教授に「手伝え」と言われたら、「嫌です」と言えるだろうか?

 「こんなことはやめましょう」と諌言できるだろうか?

 職場を負われるリスクや、軍部に睨まれる可能性もある。

 当時は「日本の連合艦隊には飛行機がない」という「事実」を発言しただけで、3年の懲役を食らった例もあったそうです。

 しかも、「この敵兵の犠牲で、より大勢の人の命、それも同胞の命が救われるのだ」という、「解釈」があれば……

 「731部隊」の責任者は、その実験の資料と引き換えに、戦犯として告発されることから逃れた、と言われています。

 この「九大生体解剖事件」にも、「ちゃんとデータをまとめておけばよかったのに」という医師たちからの声があったそうです。

 人間にとんでもないことをさせるのは「悪意」ばかりとは限りません。

 むしろ、「狂った善意や正義」こそが、大きな犠牲を生みやすい。

 この事件の関係者たちは、もし戦時中でなければ、「優秀なエリート医師」として人生をまっとうしていたはずです。

 戦争というものは、ここまで人間の「良心」とか「善性」を麻痺させてしまうものなのか、と考え込まずにはいられません。

 「自分の置かれた環境」とか「空気」とかに影響されずに生きられる人というのは、ごくひとにぎりしかいない。
 自分を縛り付けていると思いこんでいるものが「幻影」であるというのがわかっていても、あるときには、「幻想」が、自分と同化してしまっていたり、アイデンティティのよりどころになっていたりもする。

 上坂冬子氏の『生体解剖――九州大学医学部事件』の巻末に、伯父へのインタビューが載せられている。インタビュー終了近く、事件当時、第一外科の医局員は一体どうすえばよかったのか、ああする(命令に従う)よりほかに仕方がなかったのではないかと問いかける上坂氏に、

「それをいうてはいかんのです。おっしゃったら駄目なんですよ」

 伯父は強く否定した。
「どんなことでも自分さえしっかりしとれば阻止できるのです。……すべては林博士のおっしゃったことにつきますよ。言い訳は許されんとです。当時反戦の言動を理由に警察に引っ張られた人たちがおりました。あの時代に反戦を叫ぶことに比べれば、私らが解剖を拒否することの方がたやすかったかもしれません。ともかくどんな事情があろうと、仕方がなかったなどというてはいかんのです」
 鳥巣さんは、あの時代に生まれ、あの研究室に所属していなければ、こんな汚名にまみれることはなかった人だと思います。

 本人は「運が悪かった」とこぼすことはなく、自分自身を責め続けながら、いち開業医として残りの人生を過ごしました。

 鳥巣さん以外の九大の関係者も、ほとんどは、平時に生きていれば、善良で優秀な医療従事者だったはず。

 戦争というのは、ひとりの若者を「実験材料」として扱うことに疑問を抱かない人間を生むものであることを、忘れてはならないと思う。
 そして、広島や長崎でアメリカ軍がやったことは、もっと酷い「人体実験」だったのに、それを裁くことは、誰にもできていません。
タグ:医療
書評
九州大学

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柔術プリースト 301  時間無制限サブミッション決着オンリー対決! 塚田市太郎vs後藤悠司  またもや塚田市太郎は時間無制限では勝てず一本負け!!

Jiu Jitsu Priest #301


関西トップの若手次世代柔術家の西村大智さんと柔術新聞でもプッシュされている同じく次世代若手柔術家 風間敏臣選手の一戦がスーパーファイトとして組まれていました
西村さんは高槻道場にも出稽古に来ていた時があってその時から三角がやたら上手い人だなぁ
って思っていたらそれもその筈
日本柔術史上屈指の三角絞めの名手 村上直先生門下だとのこと
道理で納得
道場でフルボッコにされ指導も為になりました
インチキ紫帯巻いてる私なんぞとは志と次元がちゃいましたねぇ

んでその西村さんが柔術新聞一押しの風間選手とサウミッション決着ルールファイト!
1ラウンドは西村さんが圧していましたが2ラウンド目からは攻守逆転
3ラウンドに極められて一本負け!

年々 柔術のレベルがアップしているのはわかってましたが

柔術でトップ目指しているトップの攻防は青帯でも超ハイレベル!
勉強になりました!
でも体力的に真似は出来ませんね…

んでもって最後のトリの塚田市太郎選手と後藤悠司選手の時間無制限サブミッション決着オンリーデスマッチ!
例によって日本柔術史上屈指のパスガードの名手塚田市太郎選手は何故かこの時間無制限デスマッチでは勝ち星には恵まれずまたもや一本負けでした…

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サブミッションで決着を着けるスパーリング 試合の起源と歴史  乱取り スパーリングは明治維新前 幕末に江戸など都心部に起こりそれが地方へと徐々に伝わり普及した 

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柔術プリースト 300

Jiu Jitsu Priest #300

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レスリングの女王 山本美憂のMMA

40代とは思えない美貌と爆乳ボディのレスラー山本美憂ですが
MMAの対応力は‥

やっぱ40代からの転向は無謀だったとしか‥

サブミッションへの対応悪すぎです…

正直40代のプロの世界デビューは厳しいと思います

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柔術 昇段の儀式 帯叩きの源流とは?



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http://www.b-j-j.com/143_11526.html
100% 柔術オンリーマガジン「Jiu Jitsu NERD」04号
ファブリシオ・マルティンスインタビューより

80年代にカーウソン道場説 ファビオグージェウ説
90年代にマチャド道場説

色々ありますが有力なのはマチャド道場説?

日本人が初めて帯叩き知ったのはアメリカ ニューヨークのヘンゾ道場でほぼ間違いないでしょうが
入門しようとする人で帯叩きが嫌な人はフツーに断ったら何の問題もないんで安心してください(汗)
まー
学生の部活のアホ儀式だと考えてください

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日本人が初めて帯叩きを目撃したのは2000年のようです↓

http://cgi.linkclub.or.jp/~komai/jiujitsu/column/hayakawa/brazil/001002.html

2000/10/2 袈裟斬り
 昨日レオ・レイチの弟、サンドラという青帯が紫帯に昇格しました。例のセレモニーの日以外にも、イレギュラーで昇格する選手はいるようです。その日のクラスの終わりに、アレシャンドリが「サンドラは今日から紫帯だ」という話をしました。すると道場生が一斉に二列のラインを作り出しました。みんな自分の帯をほどいて手に持ち替えています。そうです、やるんです(笑)。サンドラがその列と列の間をゆっくりと歩き抜けます。皆そこへ一斉に集中砲火を浴びせるのです。帯でメッタ打ちです。相変わらず壮絶です。終わった後は、サンドラが皆に一言挨拶して、握手して終わりです。

 そういえば昔、カズからこんな話を聞いた事があります。彼がヘンゾ道場に入って間もない頃、ある日クラスの後に道場で仲間と談笑していたそうです。すると急に横から近づいてきたヘンゾが、カズのそばに居た生徒を持ってきた青帯でメッタ打ちにし出したのです。ヘンゾは左右から袈裟切りの要領で帯を振り下ろし、何度もその生徒に叩きつけました。悶絶する生徒、笑うヘンゾ。カズはヘンゾの気が狂ったのかと思い、「どうしよう!」と思ったらしいです。しかし周りの道場生は「コングラッチュレイショーン!」という意味不明なリアクションをするだけ。結局それは、彼が青帯に昇格しただけの事でした(笑)。

 一体何なんでしょうか、この儀式は(笑)。どこでもやるんですね。


http://cgi.linkclub.or.jp/~komai/jiujitsu/column/hayakawa/brazil/000903.html

2000/9/3 Can you celebrate?
 今日は先日道場で行われた「セレブレイション」についてのお話を。

 いつからか”×月×日~~~”と書かれた紙が、道場の至るところに張り出され始めました。どうせポルトガル語は読めないので、「ああ、何か張ってあるな」程度で最初は気にもしていませんでした。しかし日が近づくにつれて何があるのか気になり、周りの道場生に確認してみました。「この日は何があるんだい?もしかして誰かのセミナー、それとも休館日?」すると皆からこう言われました。「何を言ってるんだ。この日はセレブレイションの日じゃないか。ああ、YOSHIは初めてなのか」

 セレブレイション。それはつまり帯の昇級日のことでした。アレシャンドリの道場では、年に1度ないし2度ほど、こういった日が設けられているのです。この日、上の帯になれる人は一斉に昇級するのです。ブラジルでもアメリカでも大抵の道場では、ある日先生が気が向いたときにポンっと帯を渡して昇級、というのが一般的な昇級システムです。ですからうちの道場のこの伝統行事には、少なからず興味を覚えました。一体どんな感じなんだろうと。

 実際当日何が起こるのかはハッキリと分かりませんでした。聞く方も説明する方もお互い片言の英語ですから(笑)。試験があるのか、それとも昇段する人は予め決まっていて、帯を授与するだけなのか。色々想像は膨らみました。「この日はキッズから普段顔を見せないような奴らまで、たくさんの道場生が集まる。YOSHIとYUTAKAも必ず来いよ」皆口々にこう話しました。

 当日僕は道衣をバッグに詰め、いつもより早めに家を出ました。僕が着いた時には道場はすでに黒山の人だかりでした。確かにいつもは見ない面々から、キッズ達とその父母さんまで居て、にぎやかな雰囲気でした。みんな道衣に着替えていたので、僕も着替えてマットに座って待ちました。丹君はさらに先に来ており、すでに着替えていました。

 しばらくしてから、茶帯以下全員の道場生がマットに整列して座らされました。いよいよセレブレイションの始まりです。黒帯勢はアレシャンドリを中心に僕らの前に座ります。今日は黒帯が10人以上集まっています。今更ながらこの道場のレベルの高さを思い知らされました。普通の道場はこんなに黒帯いないですからね。

 まずアレシャンドリが話を始めました。皆黙って聞きます。ポルトガル語なので全く意味不明でしたが、単語から推測するに、おそらく帯という物の価値、どういう所を評価して昇級を決めているか、そして柔術家、武道家としてのあり方などを、延々と話していたと思われます。かなり厳正な雰囲気(まあブラジルにしては、という程度ですよ)で、僕も緊張してしまいました(笑)。

 一通り話が終わった後、アレシャンドリは用意してあった紙に目を通し始めました。アレシャンドリの足元には、青帯、紫帯、茶帯、黒帯、そして少年部用の黄帯、オレンジ帯が一本ずつ転がっていました。ここまでの流れで、今日は試験などはなく、アレシャンドリが決めていた昇級者に帯を認定するだけなのだと僕にも分かりました。しかし帯は一本ずつしかないので、一人一人にあげるわけではなさそうです。さて何に使うのでしょうか。

 最初に一人目の名前が読み上げられました。少年部の子です。道場生から信じられないほどの拍手と歓声が巻き起こり、奥に居た子供が前に出て行きました。アレシャンドリ、そしてその他のインストラクターが握手で迎えると、その場でその子が絞めていた帯をはずしました。そして新しい帯をアレシャンドリ自身が巻いてくれるのです。この子は黄帯になりました。そして皆に向かって新しい帯姿でスピーチします。先生や仲間への感謝の意を述べ、帯をはずしてまた元の場所へ戻っていきました。なるほど、帯はこう使うわけだったのです。

 少年部の昇級が終わると、今度は青帯、紫帯、茶帯の昇級が始まりました。僕も短期間ではありますが、たくさんの道場生と友達になっていたので、彼らが上の帯に昇級するのがとても微笑ましく思え、嬉しい気持ちで一杯になりました。特に白帯から青帯になる子にとっては、年に数回しかない昇級チャンスなのでドキドキ物でしょう。昇級者はより一層喜んでいました。それを見た僕も思わず「コングラッチュレイション!」を連発してしまいました。

 ドンドン昇級式は進みます。皆昇級した者はスピーチを述べます。ギャグを言っておどける人、感動的な話をする人、色々な人がいるのは聞いている皆のリアクションでわかります。しかしポルトガル語の為、何を言っているのか1%も分からないのがもどかしかったです。すると不意に昇級式は区切られ、一人の茶帯のおじさんがアレシャンドリに呼ばれました。アレシャンドリは何か「例の話を頼む」みたいな感じで耳打ちしました。

 何が始まるのかと思いきや、突然アレシャンドリが英語で僕に話しかけました。「彼の言うことを今から良く聞いて欲しい」と。茶帯のおじさんは、流暢な英語で、それでいてゆっくりとこう話し出しました。「アレシャンドリはどこの国のどんな人にも公平にチャンスをあげたい。今回、短い期間だけど一生懸命練習に参加し続けた日本人がいる。彼らのスキルは道場で見る限り十分にニューベルトをあげる実力だと思う。しかし彼らには、海の向こうに彼らの先生がいる。だから私がニューベルトをあげることはおこがましくて出来ない。そこでせめてディグリーズをアップさせたいと思う」

 茶帯のおじさんがこう話した後、アレシャンドリがふいに叫びました「YUTAKA!」

 丹君が状況が飲み込めていたのかどうかは分かりませんが、ビックリして挙動不審になりながらも(笑)、満面の笑みを浮かべて前に出て行きました。アレシャンドリが他の黒帯に用意させていたテーピングを丹君の帯に巻いてくれました。丹君は青帯の最高位、4本線になりました。丹君はアレシャンドリにお礼を言うと、スピーチをしました。なぜか日本語で「ありがとうございました」と言ってました(笑)。

 「YOSHI!」そして僕の番のようです。僕も前に出て行くと、テーピングを巻いて貰えました。とうとう、と言うか何と言うか、紫帯の4本線になりました(笑)。何だか照てしまいました。アレシャンドリと握手を交わし、皆に「オブリガード、サンキュー、アミーゴ」という意味不明なスピーチをしてしまいました。アミーゴって。僕も丹君も異常なほどに道場生から祝福され、本当に嬉しい、というかありがたい気持ちで一杯になりました。

 アレシャンドリはわざわざ事前に茶帯のおじさんに頼んでくれていたようです。「英語が得意ではない自分では、気持ちを伝えられないかもしれない。だから通訳してくれ」と。彼の優しさと心使いに胸を打たれました。僕達の先生への配慮までしてくれて。「僕の先生は全くそんな事気にしない人です。茶帯下さい!」というセリフが喉まで出かけましたが(笑)。

 まあ「本当はニューベルトをあげたい」というのはリップサービスだったのかもしれません。でも実際、今では丹君も道場で紫帯と互角にやれてますし、僕自身も茶帯達に劣っていると思う事は全くありません。僕が普段圧倒している紫や茶も、今回昇級しちゃいました。アレシャンドリはそういった練習風景をしっかりと見てくれていたのかもしれません。とにかく今回のはからいはすごく嬉しかったです。

 セレブレイションはさらに進み、いよいよ黒帯の授与に入りました。この時ばかりはさすがに茶帯勢もみな緊張の趣です。黒帯になるということは柔術人生において最大のイベントの一つなのでしょう。長年茶帯を締めていた人達が次々と黒帯になってゆきます。茶帯歴7年、岡田さんばりの超巨漢イゴールも、今日とうとう黒帯になりました。僕にとっては一番フレンドリーな友達なので、記念すべき日です。

 もちろん年配者の方でも、キャリアを積めば黒帯になれます。先ほど通訳してくれた茶帯のおじさんも何と黒帯になりました。あるインストラクターは涙ぐんでいました。色々感動する流れがあるのでしょうね。そして最後に、以前紹介した昼クラスのインストラクター・ガブリエルが黒帯になりました。彼が黒帯になるのは遅すぎたくらいのようで、今日黒帯になるのはみんな薄々分かっていたらしいです。大歓声が巻き起こりました。尊敬を集めるインストラクターなんですね。

 ここでセレブレイションはお開きとなります。後は自由解散なのですが、この後さらに色々なサブ儀式がありました(笑)。まあプロ野球の優勝祝賀会で行われるビールかけのような物でしょう。

 一つは帯叩きです。乱闘のような物凄い騒ぎになります。昇級した者が他の者達に追い立てられ、体中を帯で叩かれるのです。噂には聞いていましたが、これはもう祝福とかそんな生易しいものではありませんでした。マジで叩きます。ビシッバシッと乾いた音が響きます。本当に痛そうで、やられる側もところせましと必死に逃げます。凄かったです。

 もう一つは黒帯だけですね。新黒帯は先輩黒帯に次々と投げられて受身を取り続けるのです。捕まえられては投げられ、捕まえられては投げられ。柔道出身レオ・レイチの体落としを喰らったガブリエルは、その場にしばらくうずくまっていました(笑)。

 今日は道場での楽しい一幕をご紹介させて頂きました。このイベントに参加することが出来て、また自分自身もささやかながら昇級することが出来て、本当に楽しい一日でした。

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まぁ
今は時代遅れだと言ってこの帯叩きをやめようという方向性になっていますね
でないと柔道部物語みたいになってしまいますしね

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ストリートファイトでのべリンボロを柔術黒帯世界無差別級王者にもなったホドウホ・ヴィエイラがレクチャー

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強姦事件を起こした柔道五輪金メダリスト内柴正人の公開挑戦状に柔術家たちが激怒! 岡本裕士が挑戦を受けて立つと表明!

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http://rjjbjj.ldblog.jp/archives/4009334.html


【拡散希望】柔道の内柴選手とブラジリアン柔術の試合がしたいです。


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こんにちは、岡本です。

今日は柔道の内柴選手が書いた手紙に関することです。

正直、僕はこの内柴選手が書いた手紙を見てガッカリしました。

ブラジリアン柔術を舐めすぎです。

ブラジリアン柔術を心底やりたいというわけではなく、柔道ができないから仕方なく柔術をやりますよ。っていう内容なんですよね。

柔道がやりたいわけで、柔術は別にやりたくないなら、無理してやらなくても良いじゃないですか。


なんだかなーって感じです。










文章を読めば何となくわかると思いますが、たぶん彼は反省していないですよ。




また、何かしらの過ちを犯すと思います。




柔術界に来て、また事件を起こされたら堪らないですから、本当に来ないでください。






もし、それでも柔術界に来るなら、僕が相手をしますよ。プロ柔術でも何でも良いです。僕と試合しましょう。

いらないかもしれませんが、もし僕が負けたらアジア柔術選手権で獲得した金メダルをあげます。いらかなったら捨てちゃってください。

ただ、心配はいりません。僕が内柴選手の腕か首を極めて一本勝ちしますから。

他の柔術家はこの手紙を見て、どんな気持ちでいるのでしょうか??


僕は正直、腹が立っています。



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内柴選手、待っていますよ。
シャバに出てきたら、僕とブラジリアン柔術の試合をしましょう。

http://blog.livedoor.jp/haku_jiu/archives/72352946.html


2017年09月23日

内柴正人にとっての柔術とは、、、



ライブドアブログのブラジリアン柔術の人気ブログランキング不動の一位はブラジルブログだ。情報量も内容的にも当然といえば当然だが、つい先日RJJのブログが一位を奪取した。おそらくは岡本が内柴との対戦要求の記事をアップしたためだ。


事の発端となった、内柴が元スポーツ選手で実業家であり身元引受人の光成英一朗にあてた手紙。そこで柔術やレスリングに挑戦したいと思っている事を記している。

さらに週刊誌によると、リアルFCのプロモーターで柔術茶帯の山田重孝は内柴と契約しMMAに出場させる前に、柔術の大会に参加させたい意向があるようだ。



内柴正人「獄中からの手紙」打倒グレイシー復帰計画

https://smart-flash.jp/sports/25421


〝柔道ができないから柔術をやる〟という表現に柔術家で癇に障った人も多いとおもうが、謙虚というか自信なさげな一面も垣間見える。
内柴は6年ブランクがある上、40近い。普通のおじさんではスポーツどころではないが内柴は五輪二連覇の猛者だ。何年か練習すればアジア選手権で入賞くらいはありえるかもしれない。


内柴のようにスキャンダルを起こした者や、有名柔道家が柔術に挑戦するケースは過去にもあった。

(犯罪ではないものの)チェール・ソネンは禁止薬物による出場停止でUFCをリリースされた直後、コミッショナー管轄外のメタモリスに出場。対戦相手がガウヴァオンだったこともあり、柔術の内ではおよそヒールとして扱われた。ちなみにソネンはのちにバッハに入門している。

有名柔道家で柔術家と言えば古くはフラビオ・カント、最近ではトラヴィス・スティーブンス。日本の選手では八巻裕や小室宏二の名前があげられる。

長く柔術に永く携わる人間からすれば、内柴の柔術デビューは一年も経てば、ただの思い出話になる。






柔術はなにかと柔道と混同されるが、その構造や環境は大きく違う。

柔術家はスポンサー探しにも自分自身で連絡するし、連盟や大会の登録に航空チケットの手配もする。アカデミーの移籍も自ら意思だ。また日本に限らず世界的に有名な選手も多くは、アカデミーやセミナーで経営者、指導者としても活動している。

柔道とは違い経営者としての手腕が求められる時もあれば、マネージメントも求められる。行動に様々な責任が付きまとうのが柔術だ。


内柴事件が発覚した頃、こういう事件は表沙汰にならないだけで実際には多くあると聞かされた。

「同意があった」という内柴の主張の正誤を問う人が多かったが、特待生として入学し柔道以外に進む道がない部員が断れないことを、わかった上で行為に及んでいる。
サービス残業を押し付け「文句があるなら言ってみろ」と言っている上司と変わらないのだ。柔道家はそんな事すらわかっていない。
ウィキペディアの内柴事件のページには、ここでは書けないような卑猥な文字が並んでいる。五輪金メダリストの多くはメディアによって人格者として扱われるが、一般的には考えられないような行動に及んでいる。

筆者の内柴の印象はいくらかっこよく金メダルをぶら下げていても、社会とかけ離れたスポーツバカだ。




この事件が柔術で起これば有名選手でも容易に移籍するし、趣味でやってる会員でも移籍するなり、柔術そのものを辞めてしまう。それにより柔術家個人に傷がつくだけではなく、アフィリエイト全体の評判にもかかわる。


大学や社会人の柔道部は、実績のある選手を入部させる実質的なプロスポーツチームだ。大学柔道の監督は経営者でなければ、監督としてもプロでその道一筋の選手しか指導しない。

しかし、柔術はいくら強豪アカデミーでも初心者の会員と練習環境を共にする。内柴がいるアカデミーとなれば、女性や子供は寄り付かないだろうし、大の大人だっていい顔はしない。週刊誌だって来るかもしれない。

かつて押尾学が柔術を始めようとして「入れ墨を理由に断られた」と書いてあったが、これは断る口実に過ぎないだろう。そのアカデミーからすればこんな人間が、来られたらたまったものじゃないということだ。



内柴は柔道を永久追放され、柔術からは永久門前払いを受けるはずだったが、山田重孝によってその門をくぐるかもしれない。ただし内柴は柔術人生は短いものになる。
山田は昨年、元プロ野球選手の野村貴仁を出場させようとしたが頓挫し、次に目をつけたのが内柴だ。山田は柔術をMMAへのステップアップの場として使い、いずれ内柴に用意する舞台も柔術からMMAに代わる。






内柴のSNSには温かい言葉が多く寄せられているが、これは氷山の一角。嫌いな人間は黙殺しているだけだ。温かい言葉を送っている人たちも多くは〝言葉〟だけだろう。柔術やMMAの後は光成の会社で働くのか、飲食店経営でもするのか、今時そっちの道に進むのかは知らないが、協力者の少ない内柴の人生の選択肢は限られている。


内柴は柔術かかわるわずかな時間で、柔術の世界がどう映るのか?似たようなスポーツだったで終わるのかそれとも選手、指導者の本質的な違いに気づくことができるだろうか。

筆者の興味は内柴の強さではなく、スポーツバカに柔術がどう映るかだ。

http://blog.livedoor.jp/haku_jiu/archives/72587992.html



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2017年10月07日

内柴正人。柔道金メダル、柔術青帯



内柴正人が柔術転向を表明したは8月頃で獄中からの手紙の事だった。翌9月には仮釈放が認められ、保護観察下に入った。これで内柴は実質的に自由な身となったのだ。



そして今月3日、山田重孝のもとブルテリアのギに青帯を締め柔術の練習を開始した。多くの柔道家は転向初期は八巻祐のように柔道衣で柔術の練習を行い、試合にも柔道衣で出場する。
シュレック関根に至っては、現在も多くの大会で「山梨学院」と刺繍の入った柔道衣で出場している。古い話になるが小室宏二も柔術衣を着ていた記憶はない。



それに対し内柴がいきなりブルテリアのギで練習を始めたのは、おそらく山田が提供したためだ。

山田はリアルの選手として契約するだけでなく、練習環境も面倒を見るつもりだ。青帯もおそらく山田が授与したものだ。これで内柴は先の柔道転向者と比べれば、外見だけは完全に柔術家だ。



格闘技歴のない完全な初心者と違い、このような転向者に何帯を与えるかは評価は分かれるところだ。

過去の有名MMA、柔道家が柔術を始めた時の帯色を記した。
コナー・マクレガーのように有名格闘家で柔術練習をしている者は他にも多々いるが、開始時の帯色がわかる者のみを掲載した。

転向者の帯色

ほとんどの格闘家は初心者と同じように、柔術入門時は白帯だ。内柴のように青帯以上で始めるのはかなりイレギュラーなケースといえる。

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その中でも日本に住んでいる筆者にとしては、マッハがいきなり黒帯を授与された事には驚いた。ある意味、柔術家としての〝アガリ〟である黒帯を連盟会長中井祐樹がお墨付きで与えた事になる。
同じMMAファイターでも実績的にはデミトリアス・ジョンソンや(ドーピングのケチがつくが)ジョン・ジョーンズの方が高いが、彼らは白帯から始めている。


いくら「帯は指導者の判断」とは言っても、白帯と黒帯ではあまりに評価が違いすぎる。「ある人から見れば白帯、ある人から見れば黒帯」では帯が評価として信頼を置けるものになりえない。


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内柴と同じ柔道家、石井慧は茶帯で柔術を始めた。茶帯の山田が与えられるのは青か紫帯のため、石井と同じように茶帯を巻かせる事はできない。

同じ柔道家でも、誰の門下になるかで帯色が変わるのは理不尽な感じがする。通常であれば青帯から茶帯まで早くとも3~5年くらいかかる。競技生活の中においてその時間は短いとは言えない。


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BJJ-WAVEで橋本欣也は「並みの黒帯はコテンパンにやられる」(1:44:55)と評していたが氏の指摘通り、そもそもIBJJFをはじめとするコンペティションだけが柔術の評価なのか?という疑問もある。

帯色は選手としての出場カテゴリーとして意味合いが強いが、それ以外にも指導者としても、レフェリーとしても帯色を求められる。いわば柔術家としての総合的な評価といえる。

五輪メダリストであれば、その色は青に相当するというのか?


読者諸氏はどのように思われるか?ご意見がある方はお寄せいただきたい。

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KAMINOGE vol.70より 桜庭和志が初めて公式のリアルファイトで柔術黒帯コナンを極めたアームバーはカールゴッチのレスリング由来ノウハウ サンボ由来ノウハウではなくセルジオぺーニャ直伝の柔術ノウハウである!

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桜庭和志の得意技
チキンウイングアームロックに二―バー アームバーなどありましたが
アームバー腕ひしぎとかは柔道とかサンボとかじゃ見られますが

いわゆるカールゴッチとかビルロビンソンとかのランカシャーのレスラーたちのノウハウにはあんまし見られません
多分腕ひしぎ極める時は肩というか背中をつけないといけないから
いわゆるキャッチ系のノウハウには見られなかったんでしょう

そういうのが変わったのが麻生秀孝とかビクトル古賀にサンボの大御所に関節技を教わったのが最初なんでしょうね

ですがキムラのカウンターに腕ひしぎを極めた桜庭のノウハウの由来はサンボではなく
Uインター キングダム 高田道場時代にレスリングの安達巧 ムエタイのボーウィー・チョーワイクン
らと共に秘密裏に高田延彦らにプライベートレッスンで教えていたのはセルジオぺーニャの柔術ノウハウです

ヒクソングレイシーと2度闘い2度とも一本負けしたペーニャですが

2度めの対戦ではヒクソングレイシーをあわやと追い込んだ柔術の古豪です

そんなペーニャが高田派と呼ばれるレスラーたちのグラウンドを強化した張本人だったとは!

ホリオングレイシーが言う柔術家が柔術のノウハウで敗れればそれは柔術の勝利だ

と言ったがまさにその通りの出来事がその後に起こるんですなぁ

http://hidehide7755.blog27.fc2.com/blog-entry-4477.html

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■セルジオ先生の指導は凄くよかった
金原「あれは凄くよかったよ。柔術に関しては、エンセンとスパーリングはしてたけど、コーチしてもらってるわけじゃないから、いちいちテクニックは教えないでしょ?それがセルジオ先生は、ガードポジションをどうこじ開けるかとか、事細かに教えてくれたから、凄くためになった。短い時間ではあったけどね。
安生「だけどセルジオは『教えたのは内緒だよ』って言ってたよな。」
金原「ああ、言ってましたね。」


■セルジオ先生直伝の腕十字ムーブ
金原「だから当時、マスコミが『グレイシー柔術は凄い!』ってやたら煽ってたからどんだけ強いんだってイメージがあったと思うけど、俺らは『そこまで言うほどのもんなのかな』って感じだったんだよね。」
-「じゃあ、桜庭さんも『いけるでしょ』って気持ちでマーカス・コナン戦に出たんですか?」
金原「それはそうでしょう。サクなら普通に勝てるだろうなと思ってたもん。あの最後のアームロックから十字の取り方も、セルジオ先生に教えてもらった技だもんね。」
-「あっ!そうなんですか!?」
金原「そうそう。ミスジャッジで再試合になったじゃん。それがよかったんだよね。」
安生「それでセコンドの話が聞けたからね。」
金原「再試合の前に『あそこで十字切り返して取れたじゃん』って言って、それをそのまま極めたんだよ。」
  ※「KAMINOGE vol.70」より

ちなみにこのノウハウは元々はブラジルの柔術由来というわけでもなく高専柔道の木村政彦由来らしく
高専柔道のDVDにも収録されています
21分20秒辺りから↓



ちなみにこのカウンター技は柏崎克彦系列の寝技柔道カナディアン柔術のカーロスニュートンが当時サンビストでもあった草柳和弘に極め
同じく本場ブラジルのルタリブレのルタドールでもあったレナートババルが本場ロシアのサンビストのミーシャに極めた技としても知られています

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民主主義と多数決

http://kenpou.chuolaw.com/?p=220

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民主主義と多数決


 2016/02/23

この記事は約 5 分で読めます。

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国会で強行採決が行われると、

「民主主義が踏みにじられた」

という声が上がる一方で、

「選挙によって選ばれた国会議員の多数決によって議決するのだから、むしろ民主主義を貫徹しているのだ」

という反論も出されます。
同じ出来事なのに、民主主義に則っていると考える立場もあれば、民主主義に反していると捉える立場もある。これは一体どういうことなのでしょうか。



不確かな記憶ですが、小学生の頃、学校の先生が「民主主義は多数決だ」と話していたのを覚えています。同じような記憶を持っていらっしゃる方も多いかも知れません。実際に、「民主主義=多数決」と固く信じている方も多く見受けられます。

しかし、いうまでもなく、民主主義とは政治体制のあり方の問題で、多数決というのはある集団における採決の方法ですから、=(イコール)で結ばれるものではありません。

では、多数決で意志決定をする政治体制が民主主義なのでしょうか。
少しじっくり考えて見たいと思います。



まず、「民主主義」というのは一体何なのでしょうか。
「民主主義」という言葉自体は日本語ですが、その概念は欧米に由来するものです。元々は古代ギリシアで「人民による支配」を意味する「デモクラティア」、英語でいう「デモクラシー」であり、一部の権力者ではなく、民衆自身が民衆の問題を決定することを意味します。アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンがゲティスバーグ演説の中で用いた「人民の人民による人民のための政治」というフレーズは、端的に民主主義を言い表したものとされています。

民主主義を実践する場合、つまり、民衆自身が民衆の問題を決定するためには、民衆自身が自由に意見表明をできる必要があります。その前提として、意見形成のために自由に情報を得られることも重要です。また、意見表明は単なるアンケートの回答とは違いますから、互いに意見を述べ合い、議論をすることも欠かせません。議論というのは、互いに異なる意見に耳を傾け、批判し合い、より望ましい結論を見出すためのプロセスです。自らの意見を維持することを目的とし、それと異なる意見を排斥したり無視したりすることのみに力を注ぐのでは議論になりません。

リンカーンの言葉は単純明快でも、その実践はとても面倒くさくてイライラするものです。だって、異なる意見がひとつにまとまるなんて簡単なことではないですし、自分の意見を批判されることは、決して気分のいいものではありません。逆に、言葉を交わさなくても皆の意見が一致する時は、ちょっとした快感を感じるかも知れません。



議論を尽くしても意見の一致を見ない場合、どうしたらよいでしょうか。

まず、何も決定しないという方法があります。全会一致制なら「何も決定しない」ということもあり得るわけです。誰か一人でも反対するなら全体の意志決定にはならない、ということです。

現状変更をする意見が一定の割合に達した時は、その意見を全体の意志決定とする、という方法もあるでしょう。その割合を4分の3としたり、3分の2としたり、過半数とすることもあります。意志決定の対象となるテーマによっては、大半が納得できる意見でなければあつれきを生む結果となるため、過半数よりも厳しい条件にすることにも一理あります。

様々な意見の中の相対多数意見をもって全体の意志決定とするということもあります。広い意味での多数決です。相対多数ですから、その意見は全体の過半数に満たないこともありますが、それでも何らかの結論を出すことに意味があれば、あながち間違った方法とは言い切れません。

一旦全体の意見状況を整理するために第1次投票を行い、比較的多数の意見について再度議論をする、という方法もあるでしょう。議論が紛糾した時には、一度何が問題になっているのか、意見構成はどうなっているのかを整理することは意義のあることですし、乱立する意見を絞り込むことは結論を導く近道でもあります。

ほかにもいろいろな方法があります。「多数決を疑う」(坂井豊貴 著・岩波新書)という本がとても参考になりますので、興味のある方は読んでみて下さい。

このように、議論を尽くしても意見の一致を見ない場合に、何をもって全体の意志とし、あるいはどのようにして全体の意志決定を行うのか、というのは、かなり幅があるということが分かると思います。もちろん、過半数とか多数決で物事を決めるというのは分かりやすいのですが、結局はそれをもって全体の意志とするのが合理的かどうか、ということで、多数決は全体の意志を抽出するためのフィルターのひとつに過ぎないということです。

いろいろなフィルターの中から何を用いるのが適切かを考える上で、実は重要なのは、最終的に決定される全体の意志とは異なる意見(これを「少数意見」ということにします)をどう扱うかということです。議決の条件を厳しくするということは、逆に考えると、少数意見に拒否権を与えることになるからです。そもそも、多数意見と少数意見というように、きれいに二分されるテーマは必ずしも多くありませんから、文字どおり「多数」と「少数」なのか、見極めも大切です。



先日、歴史学者の磯田道史さんが、NHK「英雄たちの選択」という番組の、蛮社の獄を取り上げた放送回で、

「批判者を敵としてとらえるのではなく、高感度なセンサーとして見ることがいかに大切か」(要旨)

と話されているのが印象に残りました。渡辺崋山と高野長英を追いやったことの愚かさを言ったものですが、それにとどまらない響きを感じました。



「強行採決は、むしろ民主主義の実践だ」

と簡単に言い切ってしまうのは、やっぱり少数意見を敵視する短絡的な発想に思えてなりません。

 - 憲法一般 民主主義, 多数決

http://iitaizou.at.webry.info/201412/article_5.html


民主主義における多数決と少数意見

<< 作成日時 : 2014/12/27 22:49 >>

ナイス ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0

 しばらくエントリーをしなかったのは私事もあったけれど、個別の事象に余り大きな関心が持てなかったからだと思う。
 内閣が再編されたとか、代表戦がどうとか、無所属議員が入党したとか補正予算がどうとか、みんなそれなりの話だ。

 恐らくこれが今年最後のエントリーになるだろうから、今一番懸念していることを記しておこうと思う。それは多数決と少数意見の尊重だ。

 民主主義は子供のころに教育として教えて貰った。その中では多数決原理と少数意見の尊重が言われた。多数決はすぐに理解できるが、少数意見の尊重はその理由が分らなかった。だが長年生きていれば何となくその意味が分ってくるものだ。

 例えば第二次世界大戦だ。あの時には普通選挙はあったと思うが、民主主義で政治が決まっていたとは言い難い。だが、仮定として民主主義で決まっていたとしよう。
 日本が中国と戦争をしていたのは事実だ。日本が長年攻め込んでいたから、侵略と解釈するのも妥当な話だ。当時の日本人は日中戦争を支持していたのだろうか?そして極めつきがその次のアメリカとの戦争だ。アメリカの国力、すなわちその技術力そして生産力を知っているものはアメリカとの開戦が自滅行為だとすぐに分ったという。その意見が多数だったのか、今では分らない事だ。

 当時の為政者にすれば、そのような意見など取るに足らないものだっただろう。だが「少数意見」としては存在したわけだし、民主主義原則で言えば尊重するべき意見である。

 その結果起こったことは歴史的事実の通り、日本の壊滅であった。当時の権力者たちが判断し、壊滅したわけだから彼らの責任であることは明らかなことだ。
 日本国民はその多くが大変な被害を受けた。日本国民には対アメリカ戦争に賛成であったものと反対であったものがいただろう。反対であったものはその意見が無視されて、なおかつ大変な目にあった。それは被害者ではないのか?

 賛成であったものが酷い目にあったとしてもそれは自己責任と言えるのではないだろうか。さらに言えば自己責任プラス加害者であるとも言えるだろう。

 この例で見るとおり、多数決を通した側は加害責任を問われる可能性があると言うことだ。それを完全に避けることは出来ないにしても、可能な限りコンセンサスを得ることにより加害被害の関係を緩和すること、それが少数意見の尊重ではないのだろうか?

 原発の立地点では地元を二分するようは論議があるのが普通だという。福島の例で言えば、賛成派が多数決を通して、反対派の土地を奪った。それは加害の形であろう。
 意見を聞かれもしなかった近隣の住民に対して純粋な加害者になった。それを認識するべきであろう。

 原発の再稼働において、誰も安全と言っていない原発を、賛成多数で再稼働を進めるものたちは、もし再稼働した原発が賛成しないものに被害をもたらしたら、彼らは加害者になると認識すべきである。
 原発景気すなわち自分の生活のために周辺住民のいのちを奪いかねないことを認識すべきである。

 TPPにおいて「国益」と称する利益を得るものが多数決により進めている。反対者たちは単純に不利益を被るだけなのだろうか?彼らの意見を尊重する必要はないのだろうか?賛成者は加害者意識を持つべきではないのだろうか?

 集団的自衛権を主張するものたちがいる。彼らの政策により、それに反対するものを戦争に巻き込まないだろうか?その明らかな例があの世界大戦で有ったのではないのか?日本人は歴史に学ばないのだろうか?

 こういった事を進める自公政権は、小選挙区の制度により半数の支持もないのに圧倒的多数の議席を持っている。多数決は議員の数で決められるが、選挙制度により死票と化した意見、少数ではない少数意見を尊重するのは小学生にも教える内容だ。今の政治家はそれすら理解できない小児の集まりなのだろうか?

 上記の例のTPP、原発、集団的自衛権は世論調査でも反対意見が多いものだ。それは「少数意見」なのだろうか?

 今年は民主主義が踏みにじられた年だと記憶しよう。そして来年は小学生にも教える少数意見の尊重が行われる年になって欲しいと思う。

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アントニオホドリゴノゲイㇻ先生の教則動画

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ヘンゾグレイシーvsオレッグタクタロフのベアナックルNHB MARS

MARS


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へウソングレイシー主催の時間制限ありブレイクありのMMA Gracie Fighting Championships  柔術家は寝技 立ち技でブレイクがかかると勝てない!







http://hinerin.blogspot.jp/search?q=%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9

グレイシーワールドチャンピオンシップス

UFCの前日にPPV中継されたんだけど、ある意味UFCより強烈で意味深かつ面白かったかも。

ヘウソン・グレイシー主催のこの大会、ラウンド制で膠着ブレイクあり、ヒジありグラウンドヒザなしと、現在北米で主流のMMAのレギュレーションを採用し、「チーム・グレイシー vs ハンマーハウス」を組む。その結果、柔術家/柔術派にとってはモロ悪夢のよーな展開に・・・

世界王者のダニエル・モラエスが、相手の総合力の前に(&レフのブレイクにも泣いて)万策尽き果て疲労で心が折れ、無惨に試合放棄。やはり世界王者のファビオ・レオポルドも、リンドランドに全ての柔術技を封じられ、ポジションを奪われ殴られ続け、最後はなんとマタレオン(=チョーク)で絞められ、限界まで耐えるも屈辱のタップ。ついでにチーム・グレイシーの一員として戦ったシムも(もともとファス道場だよね?)相手の打撃にボコボコKO負け。で、メインに登場したダニエル・グレイシーは、ウェス・キチガイ・シムズとどろどろの消耗戦の末、反則のグラウンドヒザを連打。強引な裁定で勝ちを宣告されるも、ハイパー親父コールマンに煽られた観客から大ブーイングを浴びるという、大荒れの幕切れ。

十数年前に我々に「リアル」を見せつけることで生まれたグレイシー柔術のファンタジーが、「現在のリアル」の前に崩れ去っているとゆーことが、改めて目の当たりに。もちろんこの「現在のリアル」ってのは、十数年前にグレイシーが提示した「リアル」を、(いっそう)メディアや経済や政治の論理で制御しまくるうちに出来てきた、とても人工的で資本主義的な空間に在るもの。この空間は、昨今のTUFの成功とともに急速に合衆国の世間に広まり、今や制度として定着しつつある。

で、あの(十数年前の張本人の)ホイスが、ついにこの空間を全面的に受け入れて戦う2006年、もう一人のエリオ派大御所・ヘウソンもまた、周囲の柔術家たちとともに、本大会をもってこの空間の中に入って来た。(*いや、それまでにもヘウソンはMMA大会やってたかもしれんけど、本土でこんなでかいのはじめてだろうし。なんにしても、柔術家たちを、MMA強豪たちにマトモに現代MMAルールで当てちゃったこの大会、ホリオン様が見たら、何と愚かな、と言いそーではある)

そーゆー意味ではこの日もっとも象徴的かつ重要だった、ヘウソン御曹司の18歳、ハーラン・グレイシーのMMAデビュ−戦。相手のダスティン君は、同年代同体型の金魚かと思いきや、なんと超ヘンタイくにゃ柔術&ラバーガードの使い手。逆にハーランを三角で完璧にとらえる。それを執念で抜け出しハーランも反撃。サイドを取るとダスティンが今成ばりの下から十字。それをすかさず逆に十字でハーランが切り返し、これで終わりと思いきや、なんとダスティンがスピンして奇跡の脱出、パウンドで大反撃・・・両者死力を尽くして3R戦い抜く。どっちもものすごく頑張ったけど、ハーランの方がちょっとだけ余力を残してたような。

で、おそらく「グレイシー判定」が炸裂するかと思いきや、柔術家ランディ・ブルーム以外の二人のジャッジはダスティンを支持。親父が自分のために作ってくれたこの舞台で、この舞台=MMAルールであるが故の敗北・・・ハーランの悔しさはちょっと想像しきれないけど、きみは今はじまったばっかだよ。入場して来た時の表情、まさに10数年前のホイスを思い出させてくれた。

あ、ブレナンとシャオリンのNo Gi ブランド対決は、ふつうに非常に高レヴェルな現在のMMAの試合でした。あと面白かったのが、この日表彰されたボクシングレジェンド、ジョー・フレイジャー爺のマイク。

「今夜もこれまで、ワンダフルなファイトがいっぱいあったね。・・・いや、どうも私がやっていたファイトとはちょっとちがうようだが・・・(場内笑)。みんな頑張ってるね。もっとも、私にはよく分からないけど・・・(また場内笑)。これもファイトだよね。みんなはこれでやっているんだよね。」

確かにこの国のそこらじゅうで今、この空間が多くの人間とお金を惹きつけようとしているっぽい。

http://www.sherdog.com/events/GFC-Team-Gracie-vs-Team-Hammer-House-3585






GFC
Team Gracie vs. Team Hammer House


Gracie Fighting Championships





Mar 3, 2006

image: http://www2.cdn.sherdog.com/2487/img/flags/us.gif
United States Nationwide Arena, Columbus, Ohio, United States



Fight card



Main event


Versus


image: http://www.sherdog.com/image_crop/72/72/_images/fighter/1395561488410_20140323125341_1MG_2404.JPG
Fredson Paixao
Fredson Paixao
win
10 - 5 - 0 (Win - Loss - Draw)


image: http://www.sherdog.com/image_crop/72/72/_images/fighter/1366141055523_20130208013746_mike_french.JPG
Mike French
Mike French
loss
9 - 10 - 0 (Win - Loss - Draw)


Match
11 Method
Submission (Armbar) Referee
N/A Round
2 Time
0:42




Match Fighters Method Round Time
10
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/20110819041612_danielgracie.JPG
Daniel Gracie
Daniel Gracie
draw
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1419544912329_20141225015954_IMG_3071.JPG
Wes 'A Whole Show' Sims
Wes Sims
draw
Technical Draw
N/A 2 5:00
9
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1400696809831_20140521112206_IMG_3209.JPG
Matt 'The Law' Lindland
Matt Lindland
win
vs
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Fabio Leopoldo
Fabio Leopoldo
loss
Submission (Rear-Naked Choke)
N/A 3 3:25
8
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1353712343255_20091106015827_forrestpetz.JPG
Forrest 'The Meat Cleaver' Petz
Forrest Petz
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395558999160_20140323121138_IMG_1057.JPG
Daniel Moraes
Daniel Moraes
loss
TKO (Wouldn't Stand Up From Butt Scoot)
N/A 3 2:33
7
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1392329707742_20140213021148_mike_pyle.JPG
Mike 'Quicksand' Pyle
Mike Pyle
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1349044024053_20101120015913_ximu.JPG
Gustavo 'Ximu' Machado
Gustavo Machado
loss
TKO (Punches)
N/A 1 1:20
6
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1399966750292_20140513123412_IMG_1524.JPG
Dustin 'McLovin' Hazelett
Dustin Hazelett
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter_small_default.jpg
Rhalan Gracie
Rhalan Gracie
loss
Decision (Split)
N/A 3 5:00
5
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1413878722493_20141021010509_IMG_8504.JPG
Vitor 'Shaolin' Ribeiro
Vitor Ribeiro
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395560194930_20140323123143_IMG_8555.JPG
Chris 'The Westside Strangler' Brennan
Chris Brennan
loss
Submission (Eye Injury)
N/A 2 3:25
4
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1419495584324_20130825083228_ben_rothwell.JPG
Ben Rothwell
Ben Rothwell
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1411154348484_20090220114336_danbobish.JPG
Dan 'The Bull' Bobish
Dan Bobish
loss
KO (Knee)
N/A 1 4:20
3
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter_small_default.jpg
Mike O'Donnell
Mike O'Donnell
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1400018219757_20140513025211_IMG_5646.JPG
War Machine
War Machine
loss
Submission (Armbar)
N/A 2 4:02
2
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395559480900_20140323122026_IMG_7052.JPG
Phil Cardella
Phil Cardella
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter_small_default.jpg
Patrick Horner
Patrick Horner
loss
Submission (Armbar)
N/A 1 4:20
1
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/Steve_Conkel2.JPG
Steve Conkel
Steve Conkel
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter_small_default.jpg
Brion Peoples
Brion Peoples
loss
TKO (Punches)
N/A 1 1:02

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http://www.sherdog.com/events/GFC-Evolution-5005






GFC
Evolution


Gracie Fighting Championships





May 19, 2007

image: http://www2.cdn.sherdog.com/2487/img/flags/us.gif
United States Jerome Schottenstein Center, Columbus, Ohio, United States



Fight card



Main event


Versus


image: http://www.sherdog.com/image_crop/72/72/_images/fighter/1395561488410_20140323125341_1MG_2404.JPG
Fredson Paixao
Fredson Paixao
win
10 - 5 - 0 (Win - Loss - Draw)


image: http://www.sherdog.com/image_crop/72/72/_images/fighter/1379473917282_20110225065215_denny.JPG
Thomas 'Wildman' Denny
Thomas Denny
loss
27 - 21 - 1 (Win - Loss - Draw)


Match
11 Method
Submission (Armbar) Referee
Mario Yamasaki Round
1 Time
4:32




Match Fighters Method Round Time
10
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395560957335_20081106045236_cacareco.JPG
Alexandre 'Cacareco' Ferreira
Alexandre Ferreira
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395561220306_20140323124920_IMG_8754.JPG
Branden Lee 'The Iron Lion' Hinkle
Branden Lee Hinkle
loss
Submission (Heel Hook)
Mario Yamasaki 1 0:37
9
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1392528484988_20140204104048_ronaldo_souza.JPG
Ronaldo 'Jacare' Souza
Ronaldo Souza
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395560815152_20140323124246_IMG_8733.JPG
Bill Vucick
Bill Vucick
loss
Submission (Punches)
Mark Matheny 1 1:59
8
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395560194930_20140323123143_IMG_8555.JPG
Chris 'The Westside Strangler' Brennan
Chris Brennan
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395560234796_20140323123225_IMG_8552.JPG
Adam DiSabato
Adam DiSabato
loss
Submission (Toe Hold)
Mark Matheny 1 2:49
7
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1392329762011_20131219125718_demian_maia.JPG
Demian Maia
Demian Maia
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395559668897_20140323122329_IMG_8489.JPG
Ryan Stout
Ryan Stout
loss
TKO (Shoulder Injury)
Mark Matheny 1 1:54
6
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395559480900_20140323122026_IMG_7052.JPG
Phil Cardella
Phil Cardella
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395559315254_20140323121729_IMG_6753.JPG
Rafael Dias
Rafael Dias
loss
Decision (Unanimous)
Mario Yamasaki 3 5:00
5
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395558999160_20140323121138_IMG_1057.JPG
Daniel Moraes
Daniel Moraes
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1398037895590_20140420044711_1DX_4448.JPG
Matt 'The Immortal' Brown
Matt Brown
loss
Submission (Armbar)
Mario Yamasaki 1 2:32
4
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395562414836_20140323120918_IMG_0979.JPG
Adriano 'Nasal' Pereira
Adriano Pereira
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395558630349_20140323120623_IMG_0976.JPG
Joey Whitt
Joey Whitt
loss
Submission (Rear-Naked Choke)
Mark Matheny 1 3:28
3
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395558058868_20140322115643_IMG_8127.JPG
George Bush
George Bush
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/14598319171DX_8907.jpg
Vinny 'Pezao' Magalhaes
Vinny Magalhaes
loss
Decision (Unanimous)
Mark Matheny 3 5:00
2
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395557341856_20140322114353_IMG_8113.JPG
Nissen Osterneck
Nissen Osterneck
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395557378860_20140322113545_IMG_8119.JPG
Chris Myers
Chris Myers
loss
TKO (Punches)
Mario Yamasaki 1 0:32
1
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395556455782_20140322112944_IMG_8095.JPG
Rob 'Bull Rider' Wince
Rob Wince
win
vs
image: http://www.sherdog.com/image_crop/44/44/_images/fighter/1395556562657_20091013071948_leopoldoserao.JPG
Leopoldo Serao
Leopoldo Serao
loss
KO (Punches)
Mario Yamasaki 1 0:11

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90年代最高の柔術家アマウリビテッチがカポエイラのメストレフッキにパンチで敗れた試合 この試合の優勝者はヒクソンへの挑戦権を得るはずだったのですが…



こっちはマルコファスのベアナックルバーリートゥードです↓

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柔術プリースト 299

Jiu Jitsu Priest #299

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サイボーグの教則動画見てプレギーザがブシェシャ極める試合見ましたがリアネイキッドチョークで絞めたのではなくてフェイスロックで極めてたように思えますね 顎を引いていたのに極まったのはそういう事なんじゃないかと  入り方は違いますけど リアネイキッドの状態からでも首は極められますし






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柔術道場に強盗襲撃! その結果は?! ヘンゾグレイシー道場だったらアウトでしたねぇ





日本やアメリカでは柔術道場といえばフツーのヒトが多いですが
本場ブラジルだと道場によってはやばそうな柔術ギャングでいっぱいですからねぇ…

マカコだのハイアンだのヘンゾだのマルガリータだの

女性だけかと思って入ったら

こんな連中がたむろしてたらそらぁ逃げますわ↓

ScreenShot20151001at112958PM.png

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無名のオーストラリア人柔術家Craig Jonesが現役柔術世界王者レアンドロロと無冠の帝王ムリーロサンタナ相手に一本勝ち!



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和風総本家 スペシャル大相撲を支える職人たち

「和風総本家 ~スペシャル「大相撲を支える職人たち」~」

https://www.youtube.com/watch?v=WW2n_CZAHcI





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柔術プリースト 298

Jiu Jitsu Priest #298

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それでもボクはやってない 痴漢冤罪




Soredemo boku wa yattenai 投稿者 Japan-Maker

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%A7%E3%82%82%E3%83%9C%E3%82%AF%E3%81%AF%E3%82%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%84

それでもボクはやってない





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それでもボクはやってない

I Just Didn't Do It

監督
周防正行

脚本
周防正行

製作
亀山千広
関口大輔
佐々木芳野

製作総指揮
桝井省志

出演者
加瀬亮
瀬戸朝香
役所広司
もたいまさこ

音楽
周防義和

撮影
栢野直樹

編集
菊池純一

製作会社
フジテレビジョン
アルタミラピクチャーズ
東宝

配給
東宝

公開
日本の旗 2007年1月20日

上映時間
143分

製作国
日本の旗 日本

言語
日本語

興行収入
11億円
テンプレートを表示

『それでもボクはやってない』は、2007年(平成19年)1月20日に公開された日本映画。



目次 [非表示]
1 概要
2 ストーリー
3 キャスト
4 スタッフ
5 受賞
6 書籍
7 関連項目
8 外部リンク
9 脚注


概要[編集]

周防正行監督による、『Shall we ダンス?』以来10年ぶりの新作映画。前作の封切り後、時間をかけて続けた地道な調査活動を踏まえ、自ら「どうしても作りたかった」という、日本の刑事裁判、人質司法に疑問を投げかける社会派の作品である。監督は、2002年(平成14年)に東京高裁で逆転無罪判決が出された事件をきっかけに痴漢冤罪(ちかんえんざい)に関心を持ち始めた。自ら取材した数多くの冤罪事件の実在エピソードを作品中にちりばめるなど、痴漢冤罪事件を通じて、日本の被疑者取調べと刑事裁判の、人権軽視の実態を映像化している。

2007年(平成19年)8月には、第80回アカデミー賞・外国語映画部門に日本代表作品としてエントリーされた。また、同年5月には、スイス・ジュネーブで開催された国連の拷問(ごうもん)禁止委員会に合わせて現地で上映され、委員の過半数が映画を鑑賞したという。
本作品のモデル主人公のモデルとなった一人に2005年(平成17年)、JR横浜線の電車内で女性に痴漢を働いたとされて東京都迷惑防止条例違反で逮捕・起訴された男性がいる(のち、訴因変更で強制わいせつ罪に格上げされた[1])。男性は無罪を主張したが、2007年(平成19年)の一審で有罪判決が出され、懲役1年6ヵ月の実刑を言い渡された。『それでもボクはやってない』公開から2週間というこの時期に、痴漢の被疑としては異例の実刑判決[要検証 – ノート]が出されたことで、周防監督は男性の妻に「私の映画が裁判官の心証に影響したかもしれない。」と詫びた[要出典]。男性は控訴、上告したが、2008年(平成20年)12月に最高裁判所は上告を棄却し、有罪が確定した。この事件に関しては、テレビ朝日 『報道発 ドキュメンタリ宣言スペシャル』(痴漢事件で涙の収監「それでもパパはやってない」 = 2009年(平成21年)10月25日付放送)にて放送された。
ストーリー[編集]

Plume ombre.png この節にあるあらすじは作品内容に比して不十分です。あらすじの書き方を参考にして、物語全体の流れが理解できるように(ネタバレも含めて)、著作権を侵害しないようご自身の言葉で加筆を行なってください。(2015年3月)(使い方)

フリーターの金子徹平は、朝の通勤通学ラッシュに大混雑する電車で就職面接に向かう際、女子中学生に痴漢と間違えられて、有無を言わさず駅員室に連行されてしまう。無実の罪を被って示談で済ませるという妥協案を拒み、あくまで濡れ衣を晴らそうとした徹平は、まもなくやってきた警官に逮捕・連行され、更には起訴されてしまう。

「被害者」の少女に事実確認することもできず、刑事たちは彼の無実の弁明を信じようとはしない。心が折れかけた徹平だが、彼の無実を信じる家族や親友、元カノらの運動で、元判事の荒川弁護士や市民団体の助力を得て、徹平は証拠を固めて裁判で真実を明らかにしようとする。

しかし、検察の立証が不十分との心証を形成していた若手の担当裁判官、大森判事が突如異動となり、当初から検察よりの心証を形成している室山判事が担当裁判官となったことで、裁判の行方には暗雲が立ちこめ始める。そして、有罪の判決を言渡された徹平は、あくまで裁判で闘っていく決意を表明する。

キャスト[編集]
金子徹平(濡れ衣を着せられた主人公):加瀬亮
荒川正義(徹平の主任弁護人で元裁判官):役所広司
須藤莉子(徹平の弁護人):瀬戸朝香
金子豊子(徹平の母):もたいまさこ
斉藤達雄(徹平の親友):山本耕史
青木富夫(徹平の住むマンションの管理人):竹中直人
大森光明(徹平の公判担当裁判官=1人目):正名僕蔵
室山省吾(徹平の公判担当裁判官=2人目):小日向文世
古川俊子(痴漢被害者の女子中学生):柳生みゆ
土井陽子(徹平の元彼女):鈴木蘭々
小倉 繁(徹平の大学時代の先輩):野間口徹
佐田 満(別の痴漢冤罪事件の被告人):光石研
佐田清子(佐田の妻):清水美砂
広安敏夫(佐田の控訴審担当裁判長):大和田伸也
田村精一郎(徹平の母から相談された弁護士):益岡徹
浜田 明(徹平が呼んだ当番弁護士):田中哲司
市村美津子(徹平の無実を知る目撃者):唯野未歩子
月田一郎(徹平が「現行犯逮捕」された際の目撃者):田口浩正
西村青児(留置担当警察官):徳井優
山田好二(取調べの担当刑事):大森南朋
和田精二(山田刑事の上司):田山涼成
三井秀男(留置場での同房者):本田博太郎
新崎孝三(徹平の公判立会検事):尾美としのり
宮本 孝(徹平の捜査担当副検事):北見敏之
板谷得治(傍聴人):高橋長英
北尾 哲(傍聴人):山本浩司
平山敬三(徹平を警察官に引き渡した駅員):石井洋祐
広瀬邦彦(特例判事補):野元学二
本田大輔
高橋和勧
矢島健一
今井茂雄
林田麻里
菅原大吉
鈴木浩介
桂木悠希

スタッフ[編集]
監督・脚本:周防正行
製作:亀山千広
プロデューサー:関口大輔、佐々木芳野
エグゼクティブプロデューサー:桝井省志
企画:清水賢治、島谷能成、小形雄二
撮影:栢野直樹
美術:部谷京子
編集:菊池純一
音楽:周防義和
照明:長田達也
整音:郡弘道、米山靖
装飾:鈴村高正
録音:阿部茂
助監督:片島章三

受賞[編集]

2007年(平成19年)度の以下の映画賞を受賞する。
第31回山路ふみ子映画賞:監督賞
第3回SARVH賞 新藤兼人賞2007:最優秀プロデューサー賞(桝井省志)
第32回報知映画賞:最優秀邦画作品賞、最優秀主演男優賞
第20回日刊スポーツ映画大賞:作品賞、監督賞
第31回日本アカデミー賞:優秀作品賞、優秀監督賞、優秀脚本賞、優秀主演男優賞、最優秀助演女優賞(もたいまさこ)、優秀音楽賞、優秀撮影賞、優秀照明賞、最優秀美術賞(部谷京子)、優秀録音賞、最優秀編集賞(菊池純一)
第81回キネマ旬報ベスト・テン:日本映画ベスト・ワン、作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞
第50回ブルーリボン賞:監督賞、主演男優賞
第62回毎日映画コンクール:日本映画大賞、監督賞
第17回東京スポーツ映画大賞:監督賞、助演男優賞(正名僕蔵)
第29回ヨコハマ映画祭:作品賞、監督賞、主演男優賞

書籍[編集]
周防正行『それでもボクはやってない』(幻冬舎 、2007年(平成19年)) ISBN 9784344012738

関連項目[編集]
誰かが嘘をついている - 2009年(平成21年)10月6日にフジテレビ系列にて放送された痴漢冤罪をテーマにしたスペシャルドラマ。
地上波テレビでの放送・・・2008年3月1日フジテレビ系列(土曜プレミアム枠) 視聴率17.1%(東京地区) ちなみに同作品の放送直前の時間帯には同局で「めちゃ×2イケてるッ!」が放送されていたのだが、この回では偶然にも同番組の人気コーナー「笑わず嫌い王決定戦」にて、2007年7月11日に痴漢容疑で逮捕され(後に不起訴・所謂痴漢冤罪)活動を自粛していた高橋健一(当時・キングオブコメディ)が復帰後テレビ初出演を果たしている[2]。


外部リンク[編集]
それでもボクはやってない - 映画・映像|東宝WEB SITE
アットエス 「それでもボクはやってない」周防正行監督インタビュー
それでもボクはやってない - allcinema
それでもボクはやってない - KINENOTE
I Just Didn't Do It - AllMovie(英語)
I Just Didn't Do It - インターネット・ムービー・データベース(英語)

脚注[編集]

1.^ 横浜線事件(町田事件)
2.^ しかし、高橋はその後2015年12月26日に窃盗及び建造物侵入の容疑で警視庁に逮捕されたため、コンビ解散及び当時所属していた事務所を解雇されている(詳細は本人の項も参照)。



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周防正行監督作品














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http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/24/39391/


リアル“それでもボクはやってない!”痴漢冤罪、30歳中学教師2年半の戦い【前編】

[2014年11月24日]














恋人とのデート直前、たまたま職場に忘れた財布を取りに行こうと路線バスに乗った際、痴漢と勘違いされ逮捕。女性側の証言以外に証拠がなく、常識的に考えて多くの状況が無罪を示していても、検察は起訴し第一審は有罪判決。「推定無罪」の原則などまるで意味のない、理不尽すぎるえん罪の現実にジャーナリスト・江川紹子が迫る。

■手錠姿で職場の近くの病院に……

これから恋人とデート。クリスマスのプレゼントは何にしようか……。そんなうきうきした気分でバスに乗っていた東京都三鷹(みたか)市の中学校教諭・津山正義(まさよし)さん(現在30歳、当時27歳)が、痴漢の疑いをかけられ、逮捕されたのは2011年12月22日の夜。無実を叫び続けたが受け入れられず、一審では有罪判決が下され、今年7月、控訴審でようやく逆転無罪となった。

今年9月には、やはり痴漢をしたとして一審で有罪となった神奈川県横浜市の会社員が、控訴審で逆転無罪となっている。痴漢えん罪事件を描いた映画『それでもボクはやってない』が話題になってから7年。今なお続く身近なえん罪の現実を、津山さんに語ってもらった。

***

その日は、2学期の終業式だった。当時の津山さんは、3年の学級担任でサッカー部の顧問。クラスの生徒を送り出した後、午後6時頃まで部活動の指導をした。夜は、JR吉祥寺(きちじょうじ)駅近くで、教師仲間の懇親会に参加。会には、やはり教師の恋人も出席した。その後、ふたりはクリスマスのデートをすることになっていた。

「12月24日は私の母の誕生日で、親戚も集まってパーティをやるので、デートができない。それで、この日の夜にデートすることにしたんです」

ところが、津山さんは職員室の机の引き出しに財布を忘れてきたことに気づく。

「普段なら、彼女にお金を借りて済ますんですけど、借りたお金でプレゼントをするのでは格好がつかない。それで、新宿駅で待ち合わせることにして財布を取りに行きました」
バス停に並んだ。ふと気が変わって、津山さんは「一緒に行かないか」と言うつもりで、恋人の携帯電話を鳴らした。だが、彼女は出ない。メールを送るつもりで文を書きかけたところで、バスが来たので乗り込んだ。車内はかなり混雑。津山さんはリュックサックをおなかのほうに回して下げ、バス後方に立っていた。

しばらくして、恋人からメールが来た。

〈ちゃんと学校に戻ってる?〉

着信履歴に気づいた彼女は、津山さんが学校に戻るのをやめて、自分を探しているのではないかと思ったのだった。

当時、津山さんが使っていたのは、折りたたみ式のいわゆるガラケー。書きかけの文を消し、あらためてメールを書いた。

〈ちゃんと戻ってるよ。あと1時間くらいかな〉

メールを送信して間もなく、前に立っていた高校の制服姿の女の子が、振り返って津山さんをにらんだ。目をそらしたが、敵意に満ちた視線を感じ、再び目を合わせた。すると、女の子が何か言った。

「後で女の子の証言を聞くと、『何か謝ることがありますよね』と言われたようです。でも、そのときは聞き取れませんでした。ただ、絡まれるのがイヤで、『ごめん、ごめん』と言っておけばやり過ごせると思ってしまったんですね。すると、女の子が、ばっと僕の手をつかんで『降りましょう』と言う。学校に向かっているバスなので、地域の方々が乗っているかもしれない。高校生と言い合いをしているのを見られたらみっともないと思って、降りたんです」

教師になって2年目。ベテランより指導力が未熟な分、いろんな人と会って相談し、地域の人たちと協力することが大事だと思い、津山さんは地元のお祭りやボランティア活動に積極的に参加していた。その分、地元では顔を知られている。人の目がよけいに気になった。

バスから降りると、女の子は「痴漢しましたよね」と言った。身に覚えのない津山さんは「知らないよ」と反論。「しましたよね」と詰め寄る女の子に、強い口調で「知らん!」と断言した。勢いに押されたのか、女の子は「じゃあ、帰ってください」と言った。
(人を痴漢扱いしておいて、謝罪もなく「帰れ」とはなんだ)

そんな思いをのみ込んで、津山さんは歩き始めた。すると、まもなく後ろから男性に抱きつかれた。「おまえ、痴漢しただろ」という声を聞いて、津山さんの脳裏に、過去に見た痴漢えん罪のニュースがよみがえった。

「あんなふうに、僕も無理やり犯人にされてしまうんじゃないか、と思い、手を振りほどいて逃げてしまいました。途中で転び、男性3人に取り押さえられ、三鷹警察署から来たパトカーに乗せられたんです」

そのまま三鷹署へ。女子高生の着衣の繊維が手に付着していないかを調べる「微物(びぶつ)鑑定」について説明され、「ぜひ、やってください」と頼んだ。逮捕状が出て、手錠がかけられた。留置場に入る前に検診を受けるよう指示され、手錠姿で近くの病院に連れていかれた。

「本当にみじめで悔しかった。うなだれている姿を知っている人に見られたら誤解されるので、せめて胸を張って顔を上げていようと思いました」

■「私の仕事は君を有罪にすることだ」

取り調べで、自白を求められた。「やっていない」と言い続けると、刑事に「目撃者が何人も出ているんだから、いいかげん、自分の口で話しなさい」「車載カメラに君の姿が映っているんだから、自白しなさい」と言われた。ショックだった。

「それが事実なら、僕は自分がまったく記憶していないところで、最もいやな行為をしていたことになる。自分はそんな人間なのか、どういう人格をしているんだ……と考え始めると、自分の存在すらも否定しなければならなくなるんです。

そもそも僕は、声を上げられない生徒たちの声を拾いたいと思って教師になりました。その僕が高校生の女の子に対して、そんな行為をしていたとしたら自分で自分を許せない。自分で自分を疑わなければならないのは本当に苦しかった」

弁護士に相談すると、「本当にカメラ映像があるなら、(警察は)それを示して、『ほら、触っているだろ』と言ってくる。それがないのは映像がないからだよ」という答えが返ってきて、少しほっとした。実際、裁判になってから、目撃証言もなければ、車載カメラには痴漢の場面が映っていないことがわかった。嘘で精神的な揺さぶりをかけられていたのだった。
刑事からは、「私の仕事は君を有罪にすることだ。そのために捜査をし、証拠を集めている」とも言われた。

取り調べには難儀した。話したことが、そのまま調書に記載されないのだ。左手でつり革をつかんでいたと言うと、「右手は?」と聞かれる。「普通にしていました。ポケットに入れていたか、だらんと垂らしていたのか……」と答えると、調書では「右手は垂らしていました。しかし、本当にそうだったのかわかりません」といった書き方をされる。

「ニュアンスが間違っているんですけど、僕も車内での自分の一挙手一投足をすべて正確に覚えているわけではない。『覚えてないんでしょ』と言われたら反論できない」

検察官とはこんなやりとりがあった。

「揺れるバスの中で、手がぶつかってしまったことはないのか?」

「僕の記憶では、そういうことはないです」

「可能性もないの?」

「可能性は否定できませんが」

この瞬間、にやあっと笑った検察官の顔を、津山さんは今も忘れられないという。

出来上がった調書を見ると、「女の子に触ってしまったことは否定できません」となっていた。懸命に抗議して訂正してもらった。

「頑張りきれずにサインしてしまったら、自白したことになるんですよね。調書って、そうやって作られていくんです」

*この続きは明日、配信予定!

●取材・文 ジャーナリスト 江川紹子
早稲田大学政治経済学部卒業。神奈川新聞社会部記者を経てフリージャーナリストに。新宗教、司法・えん罪の問題などに取り組む。最新刊は聞き手・構成を務めた『私は負けない 「郵便不正事件」はこうして作られた』(村木厚子著・中央公論新社)

■週刊プレイボーイ48号(11月17日発売)「30歳中学教師『痴漢えん罪』2年半の戦い」より
http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/25/39614/


リアル“それでもボクはやってない!”痴漢冤罪、30歳中学教師2年半の戦い【後編】

[2014年11月25日]














恋人とのデート直前、たまたま職場に忘れた財布を取りに行こうと路線バスに乗った際、痴漢と勘違いされ逮捕。女性側の証言以外に証拠がなく、常識的に考えて多くの状況が無罪を示していても、検察は起訴し第一審は有罪判決。「推定無罪」の原則などまるで意味のない、理不尽すぎるえん罪の現実にジャーナリスト・江川紹子が迫る。

***

東京都三鷹(みたか)市の中学校教諭・津山正義(まさよし)さん(現在30歳、当時27歳)が、痴漢の疑いをかけられ、逮捕されたのは2011年12月22日の夜。警察は津山さんに自白をさせようと、車載カメラに犯行が映っているという嘘で精神的な揺さぶりをかけ、さらに調書は検察の思惑でねじ曲げられていく――。(前編 http://wpb.shueisha.co.jp/2014/11/24/39391/)。

■面会室の板越しに、恋人を両親に紹介した

検察官には、「痴漢したと認めないなら出さない」とも告げられた。

検察の取り調べや裁判所での手続きがあるときには、朝8時に警察署を出発するバスに乗せられ、9時頃に地検の地下の待合室に入る。鉄格子(てつごうし)の中に、硬い椅子が2列に置かれ、そこに手錠をしたまま座って、呼び出しを待つ。本を読んでも、しゃべってもいけない。

昼になると、食パン4枚とジャムが2種類、マーガリン、スティックチーズ1本に紙パックの牛乳かジュースを渡される。これが昼食。食べる間だけ、手錠を片方だけ外してもらう。取り調べが済むと、また待合室に戻され夕方5時くらいのバスを待つ。

警察の留置場でも、昼食は同じ。年末の御用納めの後は、買い置きのパンが出されるのか日に日にパサパサなものになっていった。朝夕は、おかゆのように水っぽい冷え切ったご飯。食べなければ参ってしまうと、お湯をもらって無理やり流し込んだ。

なんでこんなことになったのかと、毎日涙にくれた。高校受験を控えた生徒たちのことも心配だった。尊敬している学年主任の先生が面会に来て、「あなたのクラスは私が受け持つから、心配せずに自分のことを考えなさい」と言ってくれた。脳梗塞(のうこうそく)の後遺症で15分歩くのもやっとの母が、病院にアレルギーの薬を取りに行き、電車に乗って警察に届けてくれた。留置場で薬を受け取って、津山さんは号泣した。

両親と恋人がそろって面会に来たこともあった。このメンバーで会うのは初めて。津山さんは面会室のアクリル板越しに、恋人を両親に紹介した。彼女からは毎日励ましの手紙が来た。それで、28日間の勾留を乗り越えることができた。
■失われた時間が戻るわけではない

250万円の保釈金でやっと保釈された。乗り物に乗るのが怖く、警察から家に帰る電車の中では、両親の手にずっとつかまっていた。外に出るのも怖い。そんな津山さんを、恋人が「裁判が始まるんだから戦わなきゃ。できることをやらなきゃしょうがないでしょ」と叱咤(しった)した。

携帯電話会社に何度も通い、メールなどの履歴を出してくれるよう頼んだ。ようやく彼女が使っていた携帯会社が応じてくれた。これで、痴漢があったという時間帯に津山さんがメールをやりとりしていたことが証明される。

弁護士が検察と粘り強く交渉し、車載カメラの映像を開示させて分析した。運転席の横に据えつけられていたカメラは、バスの後部にいた津山さんの動作のすべてを記録しているわけではないが、問題の時間帯には左手でつり革を持ちながら、右手で携帯電話を操作していたことがわかった。結局、痴漢の証拠は女子高生の証言以外にはまったくなかった。

ところが……。

13年5月に下った一審の東京地裁立川支部(倉澤千巖[くらさわ・ちいわ]裁判官)の判決は、罰金40万円の有罪だった。つり革をつかんでいた津山さんの手がバスの揺れでカメラの死角に入った瞬間、女子高生に触った可能性がある、というのだ。揺れるバスの車内で、右手でメールを打ちながら、左手で痴漢行為をすることは「容易ではないけれども、不可能とか著しく困難とまでは言えない」と判決は認定した。

津山さんは、裁判官の“くじ運”が悪かったと思い、さほど落ち込まなかった。ただ、両親や恋人の母親の落胆ぶりは激しかった。

「生徒たちの大事なときに助けてあげられなかった僕には、最後まで戦う姿を見せることしかできることはないと思っていました。でも、親の姿を見て、やっぱり勝たなきゃいけないと……」
この年、控訴審の最中に結婚した。入籍日は逮捕されたのと同じ12月22日。

「今後、裁判がどういう結論になっても、この日は一年で最もいやな日になってしまう。彼女に『この日を、君と一緒に生きていくと決めた日にしたい。これから毎年、君に感謝できる日になれば、最悪の日が最良の日になる』と頼んだら、『仕方ないわね』と受け入れてくれた」

そして、今年7月15日。東京高裁(河合健司[かわい・けんじ]裁判長)での控訴審判決があった。判決は、一審判決の認定を「不合理」「論理の飛躍がある」「証拠評価を誤った」「明らかな事実の誤認がある」と全面的に批判して破棄。女の子は、津山さんのリュックサックが接触したのを、痴漢と勘違いした疑いがあると指摘して、無罪とした。

「ざわ~って全身に鳥肌が立ちました。『やった。よかったなぁ。よかったぁ』という気持ちしかありません。でも、無罪になったところで、マイナス1万くらいだったものが、マイナス50くらいに戻るだけなんですよね。失われた時間が戻るわけではないので」

検察は上告せず、無罪が確定。津山さんは復職し、この2学期から教壇に立っている。

「先生方や保護者、そして子供たちも僕のことを信じてくれていた。傍聴に来たり、署名を集めてくれた生徒もいました。戻った後も、先生方も今の生徒たちも普通に受け入れてくれました。今、一番の悩みは指導力が未熟なこと。そういう悩みは、苦しいけど、やっぱりうれしいんですよ。どうしたら裁判官にわかってもらえるか、などと悩まずにいられるのは幸せです」

今でも、乗り物に乗って、近くに女性がいると不安でドキドキする。えん罪の後遺症はなかなか解消しない。

「こういうえん罪は、実はすぐ身近にある、ということを知ってほしい。本当に多くの人が、理不尽さのなかで苦しんでいる。駅前で署名活動をしているとき、涙ながらに話しかけてきたおじいさんがいました。30年前に僕と同じような目に遭ったけれど、大事な会議があって、釈放してもらうために仕方なく認めてしまったと言うんですね。そのときの悔しい思いが今でもある、と。そんなふうに声を上げられなかった人もいる。















乗り物の中では手を上げていれば大丈夫、という人がいるけれど、そうじゃない。僕は、車載カメラに映っていたけど、ほんの数秒、見えにくい時間帯があるだけで、一度は有罪になった。もし片手にカバン、片手に携帯を持っていても、『ちょっとカバンを置いたんじゃないか』と言われかねない。女性から離れて立っていたのに、犯人にされた人もいます」

痴漢えん罪に苦しむのは男性だけではない。津山さんの母親や恋人のように、罪を着せられた男性の周りの女性たちもつらい思いをする。

「それに、自分が被害者だと思い込んでしまったために、他人の人生をむちゃくちゃにしてしまったという重荷を背負うことになった女子高生も気の毒です。こういうことがあると、本当に痴漢の被害に遭った人が、声を上げにくくなるかもしれない。だからこそ、警察、検察、裁判所にはちゃんと正しい判断をしてもらいたいんです」

●取材・文 ジャーナリスト 江川紹子
早稲田大学政治経済学部卒業。神奈川新聞社会部記者を経てフリージャーナリストに。新宗教、司法・えん罪の問題などに取り組む。最新刊は聞き手・構成を務めた『私は負けない 「郵便不正事件」はこうして作られた』(村木厚子著・中央公論新社)
https://next.rikunabi.com/journal/entry/20170213_T

映画「それでもボクはやってない」に学ぶ、理不尽さに負けないために必要なもの

カテゴリー: コラム ピックアップ 気になる話題 人生を変えた映画の言葉



















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f:id:atsushimatsuoka:20170213153447j:plain みなさんは一本の映画を観て、泣き崩れたことがありますか? 僕にはあります。かなしい映画、つらい映画、心温まる映画。世の中にはいろんな「泣ける映画」がありますが、あふれる気持ちをおさえられず、膝をついて涙を流した作品は、後にも先にもひとつだけ。周防正行監督作品『それでもボクはやってない』だけです。


なぜなら個人的な記憶と重ねてしまったから。痴漢に間違われたわけではなく、冤罪に比べればまったく次元の違う話なのですが、こちらがどれだけ「正しさ」を主張しても頑として受け入れられなかったという、主人公と似たような経験をしたことがあるのです。

それでもボクはやってない。それでもボクは間違ってない。でも、どうしても認めてもらえない。そんな苦い思い出を今回、映画とともにふりかえってみたいと思います。



悲劇はいつも突然降りかかる

劇中の主人公、金子徹平(加瀬亮)は就職の面接会場に向かっていたフリーター。大事な履歴書を自宅に忘れたことに気づき、それでも面接には遅れまいと慌てて飛び乗った電車の中で、女子学生のお尻を触ったとして痴漢に間違われます。ドアにはさまった上着の裾を焦って引っぱっていただけなのに、混雑した車内で「もぞもぞとした動き」をしたせいで、あらぬ疑いをかけられてしまったのです。



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そこで思い出したのは、まだ大学生だった頃のこと。まだ就職先の決まっていなかった僕は、卒業式を目前に控えたある日、成績表を受け取りに立ち寄った学部事務室で「単位不足による留年」を言い渡されます。大学1回生時に短期留学プログラムで取得した単位をめぐる認識が学部側と食い違い、卒業資格を満たしていたはずの単位数が「足りていない」と告げられたのです。

当時在籍していた大学は単位取得に関するシステムが構築されておらず、自分がどの単位を取得し、卒業までにあといくつ必要かを自分自身で管理する必要がありました。とくに所属していた社会学部は学べるジャンルの幅広さと引きかえに、単位認定される項目が細分化されていて、正確に把握しがたいところがありました。そこで職員さんに事前に相談したところ「単位は足りている」と太鼓判を押してもらっていたのですが、なんとも腑に落ちない理不尽な状況に追い込まれてしまいました。

そう、悲劇というのは突然やってくるものなのです。



誰も話を聞いてくれない

痴漢に間違われた徹平は「事情を聞くから」と駅事務室に連れられ、そのまま警察に引き渡され、まちがいなく痴漢を働いたという前提できびしい取り調べを受けます。パンツの上から触っていたら迷惑防止条例違反、パンツの中に手を入れていたら強制わいせつ。「認めて罰金払ったらすぐ出してやる」と刑事に迫られ、しかし罪をきっぱり否認したことで、不本意ながら拘留されてしまいます。



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当番弁護士からは「裁判になったら有罪率は99.9パーセント。示談にした方がいい」と助言を受けても「(痴漢を)やってないんだ」と突っぱねた徹平は、まともに話を取り合ってくれない副検事にも「いつまでも否認してただで済むと思うなよ」と脅され、間もなく起訴されたのち、まるで勝算のない刑事裁判に持ち込むことになるのでした。

この「キミは間違っている」という前提で、こちらの主張をまるで聞き入れない態度は、僕の卒業を頑なに認めない大学側も同じでした。他の職員には問題ないと言われたと伝えても「そんな事実はない」。単位認定の論拠があいまいな点を指摘しても「例外は認められない」。課題があるなら規則は改善されるべきだと主張しても「今の規則が最高だ」。前例のない逆転卒業はぜったいに認めないとして、彼らはどこまでも規則に忠実でした。



かけがえのない仲間がくれる力

予期せぬ争いに巻き込まれた徹平にはしかし、力強い仲間がいました。裁判や法律を学んで励まし続けてくれた無職の友人。裁判で勝ち目のない痴漢冤罪事件であるにも関わらず手を差しのべてくれた弁護士。かつて痴漢の容疑をかけられた経験から、無罪を勝ち取るための知恵を授けてくれた見ず知らずの方。裁判所に提出する電車内の再現映像に撮影協力してくれた元カノ。無言で見守り続けてくれた母。

僕にも仲間がいました。大学卒業を願って励ましてくれた同級生、あきらめるなと発破をかけ続けてくれた先輩、こちらに有利な情報をネットで調べて教えてくれた遠方の友、学校側の立場であるにも関わらず臨時教授会の開催を働きかけてくれたゼミの担当教授。息子の不注意こそが事の発端であるにも関わらず、一度もとがめずに見守り続けてくれた母。

個人的にも他学部の類似ケースを調べ、学長へのアプローチを試み(ただし未遂に終わる)、解決の糸口になりそうな書物を図書館で探し、論点を整理した「意見陳述書」をまとめて学部側に提出するなど、まるで裁判みたいに力を尽くして「逆転無罪」を待ちました。が、ここまで頑張れたのも、かけがえのない仲間がいたからです。



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社会学のスタンスは常識を疑うこと

映画の結末については、ここでは語らないでおきましょう。もしも「作品は観たことないけれど結末だけは知っている」という人も、そこに至るプロセスをぜひ見届けてみてください。本作はただのエンターテインメントに留まらず、痴漢冤罪の実態を周知し、司法制度への理解を深め、司法そのものに挑戦状を叩きつけ、信念を貫くことの困難さと大切さを教えてくれる名作ですから。

最後に個人的な「大学卒業をめぐる顛末」のエピローグを述べてから、本稿を閉じることにしましょう。結局、大学卒業は叶いました。例外を認めず規則を守り通すのか、ひとりの学生を救うのか。臨時教授会で激論がかわされたそうで、単位不足の留年決定から一転、晴れて社会に送り出されることになりました。

「一度認めた単位の読み替えはしない」という規則はただ慣例になっていただけで、見直しをするいい機会になったこと。単位認定方式が異なる学部間の連携が取れていなかった点に一石を投じたこと。「これはおかしいのではないか」と疑問に思い、学生があきらめずに勇気をもってぶつけたこと。これらが99.9パーセントあり得ないと思われた逆転卒業につながったようでした。



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当時の学部長からは、最後にこんな激励の言葉をかけてもらいました。




「社会学のスタンスは常識を疑うこと」



このままでは社会で通用しないかもしれない未熟な学生に、まるで最後の卒業試験を課されたような事案でしたが、この一言で救われました。これまで学んできたことを身をもって実践したと評価され、胸がいっぱいになりました。神学部もあるミッション系の大学でしたが、神様の前に「人」がいて本当によかったですし、今でもこの大学を卒業できたことを誇りに思っています。

もっとも「多めに単位を取っておけよ」と言われたらそれまでなのですが、僕のような人間が世の中にたくさんいる事もよく分かりました。当時ネットで詳細をレポートしたら「私も同じ目に遭って困ってます」と、助けを求めるメールがたくさん寄せられて、励ましのお返事を何通も書きましたっけ。あの方々、その後は無事に卒業できたのでしょうか。

ともあれ、みなさんも何かに立ち向かい、仲間に支えられ、信念を貫き通したことはありますか?






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文:松岡厚志
1978年生まれ、ライター。デザイン会社ハイモジモジ代表。ヨットハーバーや廃墟になったプールなど、場所にこだわった映画の野外上映会を主催していた経験あり。日がな一日映画を観られた生活に戻りたい、育児中の父。
イラスト:Mazzo Kattusi
https://matome.naver.jp/odai/2141121162475161101

「女子学生」気をつけて痴漢事件裁判に変化が起きている「逆転無罪」もある
映画「それでもボクはやってない」は実際に起きた痴漢冤罪事件を再現したものだが、まったくそれと同じことがまた起きた。電車内で女子高生に痴漢をしたとして、罪に問われた男性会社員の控訴審判決で東京高裁は「高校生の話は信用性に疑いが残る」として罰金30万円の横浜地裁川崎支部判決を破棄し、無罪を言い渡した。

更新日: 2014年09月22日


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▽映画「それでもボクはやってない」と同じ事件が起きていた






映画「それでもボクはやってない」とは


出典
www.wowow.co.jp




映画「それでもボクはやってない」とは


フリーターの金子徹平は、朝の通勤通学ラッシュに大混雑する電車で就職面接に向かう際、女子中学生に痴漢と間違えられてしまう。
無実の罪を被って示談で済ませるという妥協案を拒み、あくまで濡れ衣を晴らそうとした徹平は、逮捕され、更には起訴されることとなる。
そして、徹平と彼の支援者達の長い戦いが始まる。

写真(右)は、濡れ衣を着せられた主人公・金子徹平(演:加瀬亮)








「それでもボクはやってない」


出典
blog.so-net.ne.jp




「それでもボクはやってない」


それでもボクはやってない
監督周防正行、『Shall we ダンス?』
出演者加瀬亮
瀬戸朝香
役所広司
もたいまさこ
製作会社フジテレビジョン
アルタミラピクチャーズ
配給東宝
公開 2007年1月20日
上映時間143分
興行収入11億円(ウィキペデア)







▽今回の男性は1年半戦ったそして逆転無罪となった!





電車内で女子高生(当時17)に痴漢をしたとして、神奈川県迷惑行為防止条例違反の罪に問われた会社員男性(38)=横浜市=の控訴審で、東京高裁(河合健司裁判長)は18日、逆転無罪の判決を言い渡した。



出典
電車内で痴漢行為、逆転無罪判決 東京高裁:朝日新聞デジタル



















▽男性は痴漢したとして昨年6月に起訴された









出典
blog-imgs-19.fc2.com



















出典
tsenda.jp















男性は昨年6月の朝、川崎市内を走行中のJR南武線の電車内で、女子高校生の服の上から、股間や太ももをなでたとして起訴された。



出典
痴漢事件で逆転無罪 : 社会 : スポーツ報知























出典
funnybookshelf.com







痴漢を告発されると、罪の有無に係わらず、大半の人は示談に持っていかざるを得ない。警察もそれを勧める。

何故なら24時間以内に送検され、20日間警察署に拘留延長されてしまうから。
そして、拘留中は外部との連絡は弁護士を通じて以外はすべて遮断される。
そうなると当然会社はクビになってしまい、人間関係もめちゃくちゃになってしまう。











出典
i2.ytimg.com







逮捕されると所持品はすべて警察に預けさせられる。







1審判決は「捜査段階と公判の供述はおおむね一貫していて、信用できる」として有罪とした



出典
痴漢事件で逆転無罪 東京高裁「被害者の話に疑い」 - MSN産経ニュース



















▽男性は東京高裁に控訴した









出典
farm1.static.flickr.com















女子高生の被害状況の説明が、捜査段階と公判で異なった点が争点となった。



出典
電車内で痴漢行為、逆転無罪判決 東京高裁:朝日新聞デジタル























出典
i.ytimg.com















捜査段階の警察と検察の調書には、高校生は「股間や右太ももの内側を、曲げた指先でなでられた」と供述したと記載されていた。



出典
痴漢事件で逆転無罪 : 社会 : スポーツ報知



















一方、1審の公判に出廷した高校生は「手のひらでなでるように触られ、指先は曲げていなかった」と証言していた。



出典
痴漢事件で逆転無罪 東京高裁「被害者の話に疑い」 - MSN産経ニュース




















今回は無罪です!


出典
blogimg.goo.ne.jp




今回は無罪です!










一審判決は「信用性に特段の疑問を生じる点はない」としたが、二審判決は「どのように触られたかという被害の核心部分が食い違っており、見過ごせない」と指摘。



出典
電車内で痴漢行為、逆転無罪判決 東京高裁:朝日新聞デジタル



















罰金30万円の横浜地裁川崎支部判決を破棄し、無罪を言い渡した。



出典
痴漢事件で逆転無罪 東京高裁「被害者の話に疑い」 - MSN産経ニュース











1年以上の長い戦いで、彼は何を得、何を失ったのだろう。







▽映画「それでもボクはやってない」にもモデルがいた









出典
kmc.sitemix.jp







映画では結末が少し違います。







主人公のモデルとなった一人に2005年(平成17年)、JR横浜線の電車内で女性に痴漢をしたとして逮捕・起訴された男性がいる。男性は無罪を主張したが、2007年(平成19年)の一審で有罪判決が出され、懲役1年6ヵ月の実刑を言い渡された。『それでもボクはやってない』公開から2週間というこの時期に、痴漢の被疑としては異例の実刑判決が出されたことで、周防監督は男性の妻に「私の映画が裁判官の心証に影響したかもしれない。」と詫びた。男性は控訴、上告したが、2008年(平成20年)12月に最高裁判所は上告を棄却し、有罪が確定した。この事件に関しては、テレビ朝日 『報道発 ドキュメンタリ宣言スペシャル』(痴漢事件で涙の収監「それでもパパはやってない」 = 2009年(平成21年)10月25日付放送)にて放送された。



出典
それでもボクはやってない - Wikipedia






















唯護@lunarcastle1738

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ほう、痴漢冤罪逆転無罪か。いいニュース。女子高生の方が単なる間違えであれば同情の余地があるけど、冤罪示談金目当てだったなら地獄へ落ちろ


返信 リツイート いいね 2014.09.20 20:07













Maxつばさ@Max_tsubasa

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善良な男性を勝手に痴漢扱いして、男性の人生を狂わせた女は、一体どこでのうのうと生きてるんだ?この女と、女を幇助した乗客・駅員・警察こそが全員罪を受けるべき。 電車内で痴漢行為、逆転無罪判決 東京高裁 - 朝日新聞デジタル t.asahi.com/fv90


返信 リツイート いいね 2014.09.20 19:47













hirohainan@hirohainan

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みんな知ってる?今は金掛かるが布からも指紋検出できるんだぜ!指紋検出できなければ無罪だ!(本当) <青年はなぜ自殺に追い込まれたのか...JR新宿駅痴漢冤罪事件> nico.ms/nw1241949 #niconews


返信 リツイート いいね 2014.09.20 19:02













かんちゃん@一週間フレンズ推し@canlaris

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痴漢で重要なのは掴まらないこと。現行犯じゃ無ければ無罪なんだ。掴まったら免罪だろうが世間の評価は下がるし、言い逃れもしずらい。ようはその場からすぐ立ち去ることが重要!w <青年はなぜ自殺に追い込まれたのか...JR新宿駅痴漢冤罪事件> nico.ms/nw1241949


返信 リツイート いいね 2014.09.20 17:56

http://koukasnote.com/blogs/soredemobokuhayattenai/

『それでもボクはやってない』のネタバレ感想。痴漢冤罪対策は必ず持っておくべき!


 2017/06/11  2017/06/12

痴漢冤罪騒動が世間を賑わせているなか、ジャパン少額短期保険が販売する『痴漢冤罪保険』が飛ぶように売れているそうです。

「痴漢冤罪保険」への加入者が急増!逃げるは「策」だが「死」を招く?(ビジネスジャーナル)

正式名称は『痴漢冤罪・被害ヘルプコール付き弁護士費用保険』といって、その名のとおりメインは弁護士費用保険なのですが、注目を浴びているのは、弁護士に助け舟を求める『ヘルプコール』という”おまけ”のほう。痴漢冤罪・被害に巻き込まれた契約者がヘルプコールを利用すると、登録弁護士に一斉メールが送信され、そのなかから対応可能な弁護士が電話等でアドバイスしてくれるというものです。

僕は、あらゆる犯罪のなかで最もみっともないのが、痴漢や覗き・盗撮の類だと思っていて、そんな情けない容疑、しかもやってもいないことで連行されるなんてまっぴら御免ですので、この保険には入る価値があると思っています。あの映画の主人公・金子鉄平もこの保険に入っていれば、初動を誤らず身柄を拘束されることもなかったのに……。って、当時はこんな保険なかったけど。

前置きが長くなりましたが、今回は、痴漢冤罪騒動をうけて久しぶりに観たくなった『それでもボクはやってない』の感想をネタバレで書きます。



2007/日本
上映時間143分
監督:周防正行
脚本:周防正行
出演:加瀬亮、瀬戸朝香、役所広司 ほか


フリーターの金子徹平は、朝の通勤通学ラッシュに大混雑する電車で就職面接に向かう際、女子中学生に痴漢と間違えられて、有無を言わさず駅員室に連行、まもなくやってきた警官に逮捕され、更には起訴されてしまう。無実の罪を証明すべく、家族や親友、元恋人らの強力を得て真実を明らかにしようとするが…… 。



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無罪判決を出せる裁判官には勇気と能力がある

日本では起訴されると99%の確率で有罪になります。本作の鉄平のように、否認事件であっても約97%と、無罪を勝ち取れるのは100人中3人しかいません。

この数値についてはいろいろな解釈があると思いますが(たとえば無罪率の低さは検察の優秀さの表れなど)、作中では、裁判官は無罪判決を出すと出世に響くから出しにくい、という説明がなされています。裁判官といっても政府の一組織の人間。その個人が、同じ政府組織でお仲間でもある検察と警察の主張を退けるというのは、上に楯突いているのに近いという構図なわけです。

これを匂わせる描写として、1人目の担当裁判官・大森(正名僕蔵)が、「別件の裁判で立て続けに出した無罪判決のために飛ばされた」と噂されるシーンがありました。彼は、質問に訪れた司法修習生(よく観たら中村靖日がいる!)に、

「刑事裁判の最大の使命は無罪の罪を罰してはならないこと」

と説明しており、事実認定とは、検察官が証拠に基づき、一般的な常識に照らし合わせたうえでなにを証明したかを判定する作業であると教えています。

「そこに少しでも疑問が残っていたら有罪にしてはならない」という基本中の基本を語っているのですが、その後ろで「なに言ってんだコイツ」という冷ややかな視線を送っていたのが、2人目の担当裁判官である室山(小日向文世)でした。(ただでさえ気に入らない若造が、司法修習生相手に何をつまんない正論教えてんだ)という感じでしょうか。

鉄平が無実であることを知っている視聴者にとって、室山は検察の味方のお手本のような存在に映ります。杜撰な取り調べをした警察官の再尋問の要求をさらっと拒否したり、苦労して撮影した再現VTRを証拠として重視しなかったり。鉄平はやっていないと証言してくれた目撃者ですら、信用に値しないと切り捨てたり。まるで、「私は一人目の裁判官のように甘くはないぞ」と意地を張っているようにも見えてきます。

しかし、被害者女性の、本作においては頼りない証言だけで有罪に持っていくのはかなり苦しく、さすがの室山裁判官も無罪の方向に揺れたのではないかと僕は思います。それを思い留まらせたのが、須藤弁護士(瀬戸朝香)が最終弁論で”締め”として使った「被告人は、無罪である!」という言葉。「無罪」という言葉に反応し、それまで閉じていた目をすっと開くと、予定通り(?)の有罪判決を言い渡したのでした。

一人目の弁護士・大森が左遷されたと噂されるシーンで、傍聴オタクの一人はこう言っています。

「無罪判決を書くには、大変な、勇気と能力が要るんです」

室山に、その勇気と能力はなかった、ということなのでしょう。

個人的には、須藤の「無罪である!」はあらかじめ用意しておいた言葉ではなく、事実認定に悩む室山に対し、ダメ押し的に被せた突発的な発言だったように感じました。須藤の声が大きかったせいもあって、それは挑発のように聞こえ、無罪にも振れる可能性のあった室山は我に返ったのではないでしょうか。

鉄道会社にできることはもっとある

裁判官の器量や巧拙によって正当でない判決が下される、というのと別に、「濡れ衣を晴らするには膨大な時間と悲壮な覚悟が要る」という刑事裁判の仕組みにも問題があると思います。

初動をちょっと誤っただけで鉄平のような地獄が待っているのですから、痴漢冤罪は決して対岸の火事ではなく、自分なりの対応策をきちんと持っておきましょう。

さいごに、痴漢冤罪で得する人は犯人くらいのものなのですから、事件現場となる鉄道会社は、被害者のためにも冤罪者のためにも、もっと当事者意識を出すべきだと思います。満員電車をなくす、というのは難しいにしても、冒頭で紹介した痴漢冤罪保険のサービスのようなことは、より良い乗車環境の提供という意味で、鉄道会社が導入してくれてもいいんじゃないでしょうか。

愛知県警が作った”痴漢=即通報”の『通報系女子』も、JRが呼びかける痴漢撲滅キャンペーン(という名の「線路にだけは入んな業務の邪魔だボケ」という警告)もいいですが、鉄道会社が弁護士との橋渡役を果たせば、痴漢冤罪はもちろん痴漢そのものも減るのではないかと思います。

なお、この映画の鉄平のモデルとなった男性は、一審で有罪判決を喰らい、控訴・上告するも棄却され、有罪が確定してしまいました。これにより、「控訴します!」で終わったその後の結末をハッピーエンドに思い描くという妄想もできず、ただただ、痴漢冤罪恐ろしやという恐怖だけが植え付けられました。

http://eiga-watch.com/soreboku/


「それでもボクはやってない」のネタバレあらすじ結末


2017/9/7 更新


それでもボクはやってない


それでもボクはやってないの紹介:2007年日本映画。 現代の刑事裁判における問題点をテーマにした、私達の生活にも非常に身近な存在である、電車内での痴漢冤罪と戦う人達を、非常にリアルに描いた作品
監督:周防正行 製作:亀山千広 出演:加瀬亮、瀬戸朝香、山本耕史、もたいまさこ、田中哲司ほか




それでもボクはやってないの予告編 動画







それでもボクはやってないのネタバレあらすじ結末

映画「それでもボクはやってない」のあらすじをまとめたネタバレ記事を紹介します。結末・ラストまでネタバレ解説していますので、これ以降の「それでもボクはやってない」のネタバレはご自身の判断でご覧ください。

物語の始まり:それでもボクはやってないのネタバレあらすじ

今回、私がご紹介する映画は、2007年に公開された「それでもボクはやってない」という映画です。この映画の冒頭で、主人公でフリーターである金子鉄平が、会社の面接を受けに行く際に乗った電車で、女子中学生に痴漢と間違えられます。何とか釈明しようとするのですが、そのまま逮捕されてしまうところから物語は始まります。誰でも電車に乗る機会は、あると思いますが、私達の身にもいつこういったことに巻き込まれるか分らないので、非常に怖いですね。また、私人による現行犯逮捕というものもあるので、こういう場合は、逃げる以外に方法はないそうです。

裁判で戦う決意:それでもボクはやってないのネタバレあらすじ

もちろん、主人公はやっていないので、身に覚えない痴漢について否認します。しかし、当番弁護士にも、「本当にやっていなくても、認めてしまった方が得だぞ」と言われますが、主人公は、裁判で戦うことを決めます。いよいよ起訴されて、主人公の母や、友人、それに加え同じように痴漢冤罪の罪を被せられてしまった人なども、主人公の無実証明のためにできる限りの協力をしてくれます。痴漢と間違えられたときに、電車に同乗していた「多分この人はやってないと思います」と言ってくれた女性がいたのですが、裁判に協力してもらう為に一生懸命に探します。しかし、公判までに見つけだすことができず、そのまま裁判は始まってしまいます。罪を認めて、5万円の罰金を支払えばすぐに帰れるのに対し、裁判で戦うとなると長ければ半年近く拘留が続くと考えると、当番弁護士の言うことも間違っていないかもしれません。

いよいよ公判へ:それでもボクはやってないのネタバレあらすじ

弁護士は、相手側の矛盾を突き、裁判は有利に進んでいるように見えたのですが、途中で裁判官が変わったあたりから雲行きが怪しくなってきます。しかし、ここで事件現場にいた女性を探しだすことに成功し、裁判にも協力してもらうことができ、さらに犯行を行うことが不可能だという再現のビデオも作り、可能な限り有利にな証拠を揃えて、裁判を進めていきます。

判決は・・それでもボクはやってないの結末

みんなが固唾を呑む中、だされた判決は、執行猶予付きの「有罪」判決でした。そして裁判官は、「判決に不服がある場合は、14日以内に控訴すること」を告げます。そして主人公は、「控訴します」と叫び映画はここで終了します。

この作品は、序盤が絶望的な展開を見せ、後半で希望が見えてくるのですが、終盤でまた落してくるような展開になっています。ハッピーエンドで終わる映画が多い中、こういう理不尽な最後で尚且つこの後、主人公がどうなったのか分らない終わり方なのがすごく考えさせれる作品だと思いました。結末まで知ってしまった方でも、見て頂きたい作品なので、もしよろしければ、一度手にとって頂きたいです。
https://trendnews.yahoo.co.jp/archives/504431/

痴漢冤罪を描いた映画『それでもボクはやってない』公開から10年、今でも人々の心に刺さる理由


2017/06/08 18:12


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電車内で痴漢を疑われた男が線路に逃走するなど、通常では考えられない行動が報道されるたび、痴漢はれっきとした犯罪であり、それと同じように起こりうる痴漢冤罪(えんざい)のことを考えざるを得ない。それに対する反応からも、社会的に痴漢および痴漢冤罪に対する関心が高いこともわかる。そんな今あらためて見たい映画が、2007年公開の『それでもボクはやってない』(監督:周防正行)だ。


サムネイル


加瀬亮/Ryo Kase, Sep 02, 2014 : the movie "Jayueui onduk" (Hill of freedom) at the 71st Venice Film Festival. REUTERS/Tony Gentile (ITALY - Tags: ENTERTAINMENT)(写真:ロイター/アフロ)


【無料配信】『それでもボクはやってない』配信中(2017年6月9日まで)>>









それでもボクはやってない無料

就職活動中の金子徹平(加瀬亮)は、会社面接へ向かう満員電車で痴漢に間違えられて、現行犯逮捕されてしまった。警察署での取調べで容疑を否認し無実を主張するが、担当刑事に自白を迫られ、留置所に勾留されてしま...

配信を終了いたしました
視聴時間 : 02:23:49
配信終了日 : 未定で配信を終了いたしました
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■「裁判官ならわかってくれると信じていた」

『それでもボクはやってない』は、痴漢冤罪をテーマとした物語。就職活動中の金子徹平(加瀬亮)は、面接に向かう途中の満員電車で、女子学生から痴漢に間違えられて、現行犯逮捕されてしまう。金子が裁判で争う姿を通じて、日本の刑事裁判制度の問題が浮き彫りになっていく――。

金子の言う「裁判官ならわかってくれると信じていた」というセリフは、多くの人々が共感するものではないだろうか。たとえぬれぎぬを着せられたとしても、取り調べや裁判の中で誤解とわかってもらえるはず。漠然とそのような考えを抱いている人間にとって、劇中で飛び出す「無罪というのは検察と警察を否定すること。つまり国家に盾突くことです。無罪判決を書くには大変な勇気と能力がいる」「裁判官は、『被告人にだけは騙(だま)されない』と思っている。恥だからね」といった言葉は大変ショッキングなものだろう。

もちろん綿密なリサーチを重ねて制作しているとはいえ、10年も前に公開された作品であるだけに映画のすべてを鵜呑(うの)みにすることはできない。しかし、『それでもボクはやってない』が、男性にとって生々しい恐怖を感じさせる作品であることは今も昔も変わらない。ネット上では、「電車内で痴漢に間違えられないための方法」を男性向けに指南するサイトがいくつも存在する。日常的に電車、とくに満員電車を利用する男性にとって、痴漢冤罪をかけられるというのは、明日は我が身とも言えるリアルな危険なのだ。

■痴漢/痴漢冤罪の2択なのか?

ところで、『それでもボクはやってない』で注目したいのは、金子を痴漢と訴える女子学生が、けっして金目当てや面白半分でわざと無実の人間を罪に陥れようとしているわけではないところだ。彼女が電車内で痴漢に遭い、多大な恐怖を感じたのは事実。苦しみ、悩み、勇気を振り絞って、痴漢と思われる男性をついに駅員に突き出した。しかし、それが間違っていた......。

Twitterを中心にネット上では、痴漢および痴漢冤罪をめぐる議論が活発になっている。しかし、その中には、痴漢vs.痴漢冤罪のようになってしまっているものも正直少なくない。痴漢冤罪の問題を訴える意見の中には「痴漢冤罪を生まないために痴漢くらいで騒ぐな」と言うようなものもあり、一方で、男性側が感じている痴漢冤罪への恐怖をあまりに軽視するような女性の意見もある。

「痴漢を捕まえるためには痴漢冤罪が起きるのも致し方なし」「痴漢冤罪を生まないためには痴漢が野放しになるのも致し方なし」という2択になるのは、議論が建設的な方向に進んでいるとは言えない。痴漢も痴漢冤罪もどちらも問題なのだ。やはり何か司法のシステムから改革が必要なのではないか......。『それでもボクはやってない』を見ると、そんなふうに考えさせられる。

■10年たった今でも熱のこもったユーザーレビューが寄せられる

映像配信サービス「GYAO!」では、6月9日までの期間限定で『それでもボクはやってない』を無料配信中。注目度の高いテーマを扱った作品であるため、熱のこもったユーザーレビューも多く寄せられている。

「刑期を終え、世間の冷たい環境で生きていく中で絶対復讐してやると、恨みを持つようになってもおかしくないな」
「良識ある国民でこのようなシステムの不備と人間性の欠如した法曹者を出さないようにしなければならないと痛感しました」
「なくならない痴漢。他人に罪を擦り付けることが可能な状況での卑怯極まる犯罪。取り締まりを強化して撲滅するべき犯罪。しかし、強化すればするほど、生じてしまう冤罪」

『それでもボクはやってない』は、見る者に明確な答えを与えるわけではなく、あくまで問題を投げかけるだけ。しかし、だからこそ公開から10年たった今でも人々の心に刺さるものがある。

(文/原田美紗@HEW)











ポンコツ鴉@mng_mohu

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そりゃ無罪になったって送検された時点で人生終わりだからな <青年はなぜ自殺に追い込まれたのか...JR新宿駅痴漢冤罪事件> nico.ms/nw1241949 #niconews


返信 リツイート いいね 2014.09.20 16:36







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https://plaza.rakuten.co.jp/da110011/diary/200707010000/
映画『それでもボクはやっていない!』に、痴漢冤罪の被害者男性「感情移入できなかった」


カテゴリ:ニュース


「ぼくは痴漢じゃない」の著者で、元東証一部上場企業の社員でありながら、痴漢冤罪のため無罪を勝ち取ったものの、職を失い、現在はアルバイトで生計を立てている鈴木健夫氏が、周防正行監督の「それでもボクはやっていない」を鑑賞したコメントを述べた。

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「ぼくは痴漢じゃない」(新潮社)「痴漢犯人生産システム」(太田出版)の著者です。試写会に当って、11日に観てきました。

 まず最初に申し上げておきたいのが「同じ痴漢冤罪裁判を味わった私が、感情移入が出来なかった」という感想です。
映画そのものは「ああ、そうそう。その通りだった」という、私の記憶にも残る箇所がいくつもあり、見事にリアルなドラマに描かれていました。にも関らず感情移入できなかったのは、本当の裁判がなんのドラマ性も期待できない、あまりに陳腐な現実であったからだと思います。
しかし、ここにこそ「痴漢冤罪裁判」の本当の闇があります。取り調べの刑事が言っていましたが、痴漢=迷惑行為防止条例違反は交通違反並みの罰金刑です。認めた別の犯人はすぐに帰っていきました。
ところがやっていないのだから裁判で闘うと決めたとたんに「人生を賭けたルールの分からないゲーム」になってしまうのです。「本当におしりに触ったかどうか」を若者は将来を賭け、警察・検察はメンツを賭けて、「5万円の罰金刑(2002年当時:現在は30~50万円の罰金もしくは懲役6ヶ月)を争う」のです。

 私の場合は1審有罪、上告、2審で無罪は勝ち取ったものの、判決までの2年間に会社を追われ数百万の借金も背負いました。
またどんな些細な嫌疑、例えば「台所の電気つけっぱなしだったでしょう?」程度の疑いにさえ、「絶対オレじゃない!第一昨夜最後にここに来たのは・・」等、「過剰な自己弁護」をしてしまうという症状?に悩まされました。

私達の中には「最後は正義が勝つ」という、ほぼ無意識の期待があります。依り頼む先は親兄弟、お金、法律、国家、お天道様や神様と順序の違いはそれぞれでも、上にいくほど「まさか裏切らないでしょう?」という「夜明け前」的な期待の元で暮らしています。

ところが取り調べ・調書作成の過程で、「警察はどうしてもオレを犯人にする気だ」という事が分かってきます。映画の中の刑事たちの態度、検察庁での副検事の態度は、まさかと思うでしょうが、全くあの通りなのです。

痴漢に間違われる→駅事務室に行く→警察に連行→取調べ(否認)→拘置→起訴→裁判(有罪率99.9%)というでっちあげの仕組み(痴漢犯人生産システム)が出来上がっているのです。

無罪判決の後でさえ刑事、副検事、1審の裁判官を殺してやろうと本気で思っていました。いっそ殺人犯の方がまだ納得できる。それほどのやり場の無い怒りに見舞われます。
さらに過酷なのは、それが「日常生活の中で行われる」という事です。裁判所でのやり取り、留置場での出来事は非日常の闘争状態ですが、家に帰ったとたんに、仕事はどうする?保釈金が返ってくるまでの生活費は?家族への影響は?等の、「現実(いつも)の生活」に引き戻されるのです。常に襲う「有罪」という恐怖、それでも家に帰ればいい息子、いい友達、いい住人を期待されるのです。そんな精神状態の中で3ヶ月先の次回の公判を待つという生殺し状態が続くわけです。

 裁判で無罪を勝ち取ってから6年が過ぎ、最近ようやく友人や知人に話が出来るようになりました。それはキリスト教に出会い、洗礼を受け、神様が本当にいることを信じることが出来たからです。それでなければ、わが身に降りかかった「理不尽」に耐えられず、精神を病んでいたことでしょう。

「雨の日に道を歩いていたら、さしていた傘に雷が落ちた。そう思うしかないんだ」という弁護士の一言が今は懐かしく思い出されます。
この映画が逮捕・取り調べ・司法判断に影響を与え、1件でも冤罪が減る事を祈ります。

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鈴木健夫氏「ぼくは痴漢じゃない!」の中で痴漢冤罪に詳しい弁護士は、次のように痴漢冤罪を未然に防ぐ対策を解説している。


痴漢冤罪事件の教訓からいえば、本当に、自分は冤罪だ、そんなことをしていない、という意識のある人は、駅員に「一緒に駅の事務室で話を聞きましょう」と言われたときには、「行きません」と言うしかありません。
「どういうことなんですか?」と言って、連絡先を渡して、その場から立ち去るしかないのです。警察が本気で事件にする場合は、改めて呼び出しがあるでしょう。
その場合、いきなり逮捕状を持って迎えにこられる可能性も残りますが…。
でも、一緒に事務所に行くと警官が呼ばれて、警察に連れていかれて…というベルトコンベアに乗ってしまうわけですから、これは、「究極の選択」です。


このブログでもたびたび紹介してきたように、痴漢冤罪を防ぐには最初の違法な現行犯逮捕を封じるのがやはり一番有効なのだ。

真の犯人ならば繊維鑑定など科学的・客観的証拠が捕らえてくれる。


とにかく、間違われたら身分証を示して去る。もし駅員室に連れてゆかれたら決して警察には同行せず当番弁護士に連絡する。 

これが鉄則なのだ。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%97%B4%E6%BC%A2%E5%86%A4%E7%BD%AA
痴漢冤罪





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出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2009年2月)

痴漢冤罪(ちかんえんざい)とは、痴漢をしていない者が、痴漢行為者として疑いをかけられる冤罪。



目次 [非表示]
1 概要
2 問題点 2.1 冤罪被害の問題点
2.2 痴漢冤罪に顕著なもの

3 痴漢冤罪をめぐる変化 3.1 司法の変化
3.2 社会の変化

4 主な痴漢冤罪事件
5 痴漢冤罪に対する有識者の見解 5.1 メディアの報道

6 痴漢冤罪事件を扱った作品 6.1 主題とした作品 6.1.1 映画
6.1.2 テレビドラマ
6.1.3 小説
6.1.4 実用書
6.1.5 音楽・歌謡

6.2 エピソードの1つとして扱った作品 6.2.1 テレビドラマ
6.2.2 テレビ番組
6.2.3 漫画


7 脚注 7.1 注釈
7.2 出典

8 参考文献
9 関連項目


概要[編集]

Edit-find-replace.svg この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証し出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2017年4月)

近年では社会的に、痴漢犯罪を撲滅しようという動きが高まり、1999年以降痴漢の送検件数が急増した。一方で、痴漢犯罪の取締り強化に伴い、痴漢行為をしていない者が告発され、無実の罪を着せられる冤罪事件も発生するようになった(ただし、実際にどの程度発生しているのか、実態は明らかではない)。それによって警察や司法機関から不当な処遇・処分を受けたり、社会的制裁を受けたりする場合もある。この問題は、多くの男性が冤罪被害に遭う可能性のある事件として、1990年代末からマスメディアなどで社会問題として頻繁に取り上げられるようになった[1]。これは痴漢被害者のほとんどが女性のためだが、痴漢被害者は男女を問わない[2]ため、女性が冤罪被害に遭う可能性もある。

典型的には、鉄道・バスなどの公共交通機関の車内で、痴漢被害に遭った女性またはそう主張する女性が、近傍に居合わせた無関係な男性を犯罪者として告発するような事件を指す。例えば女性の後に男性が2人並んで立っていて、一方が女性に対し触れるなどの痴漢行為をした場合に、女性がもう一方の無関係な男性の手を誤って掴んでしまい、その男性が疑われるというケースなどが考えられる。[要出典]

痴漢冤罪が発生しやすい背景の1つは、満員電車内での痴漢行為が誤認を起こしやすい状況下の犯罪だということである。実際に痴漢に遭った場合でも、混雑からその実行者を誤認し、無関係な人間を訴えてしまう危険がある。また、痴漢犯罪は客観的な物的証拠が残りにくく、痴漢被害者の証言を真に受けて無実の人が有罪にされることも挙げられる。

痴漢冤罪の発生を防ぐためにも、加害者とされている人物が本当に加害者であるかどうかについては、慎重な精査が求められる。また逆に、物的証拠が残り難いという痴漢犯罪の性質上、加害者ではないと主張する人物が本当に加害者ではないのかについても、慎重な精査が求められる。

問題点[編集]

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冤罪被害の問題点[編集]
社会復帰の困難性痴漢冤罪事件の無罪判決が確定してもなお社会的信頼を失い、痴漢の証人に対する損害賠償請求を起こしても大概の案件は敗訴するのが現状である。勝訴しても精神的苦痛による慰謝料が通るかどうかの程度で、仮に取れたとしてもごく少額であり、裁判費用(弁護士・司法書士費用)を多くは取り返すことは出来ない。早期に冤罪が確定しても「痴漢と疑われる人」など、社会的地位/信頼性、私生活などを失いかねない被害を受ける[3]。また、逮捕時のトラウマから、冤罪被害を恐れて公共交通機関を利用できなくなるなどの心理的打撃も発生することがある[3]。これらの問題は逮捕された時点であたかも犯罪者であるかのように扱う報道機関の影響も考えられる。一例として、痴漢の容疑で実名報道されたJR西日本の重役が自殺している[注釈 1][4]。一方で、加害者ではない者を告発した者は、勘違い等で済まされることが多く、社会的や私生活に受ける被害は小さい。ただし兵庫県内では、痴漢被害に遭ったとされる当時高校生だった女子大学生が、冤罪になった相手(被誣告者)から「お礼参り」として暴行された末に殺害された上、河川敷に遺棄された例もある。神戸地方裁判所(裁判員裁判)は「復讐や仕返しにしてはやり過ぎだ」と断罪し、犯人に対し懲役25年の判決を宣告した[要出典]。長期勾留痴漢行為の冤罪を主張し否認を続けた場合、警察・検察により数ヵ月から1年以上長期間にわたって勾留され[注釈 2]、容疑を認めるまで解放されない。そのため容疑者としての勾留であっても周囲には勾留=逮捕=有罪確定と誤認される可能性がある。最終的に冤罪であると認められた場合でも、裁判の判決まで1年から数年を要する。それを怖れ、痴漢をした事実がなくても、警察からの早期解放を目的に罪を認める場合がある。この場合、前科が付き、数万から数十万円の罰金刑を支払うことになるが、前科は一定期間すれば記録には残らない。また、再犯を犯さない限り犯罪の事実は社会に公表されることはない。これに対し、冤罪だと主張した場合は、実名報道されるケースが多い。この不利益により、冤罪被害者本人に限らず、家族が重い鬱病になった事例や、離婚に追い込まれた事例もある。痴漢冤罪の被害者が家計を主に支える人間である場合、世帯の収入が激減することも大きな問題である(代用監獄も参照)。虚偽申告被害者や周囲が行為の有無の錯誤や、加害者を間違えたわけではなく、「痴漢でっち上げ」ともいうべきケースもあり、警察庁長官は、記者会見で「極めて少数だが、痴漢被害を偽装する女性が存在する」と認めている[5]。中には男性に多額の示談金を要求するケースもあり、痴漢告発の常習者であった事案もある[6][7]。ただ、誣告者が刑事責任を問われるのは前述のとおり勘違いなどで済まされることが多々あり、ほぼ皆無である。故意に痴漢に仕立て上げるケースでは男性共謀者が存在したり、虚偽行為の主犯が男の場合もある。2008年には大阪市営地下鉄御堂筋線車内で交際相手とつるみ、偶然居合わせた乗客を痴漢扱いして警察に誣告した女性が大阪地方裁判所で執行猶予付き有罪判決を受けた例がある。この行為を使嗾し、目撃証言を偽って申告した交際相手の男性は、同地裁にて懲役5年6ヶ月の実刑判決を宣告された。この事件は実行犯の女が自首したことで発覚したものである[8]。2017年6月には、犯人に仕立て上げられた男性の弁解に基いて捜査が行われ、被害者役の女と共謀者の男が逮捕監禁と虚偽告訴の疑いで逮捕されている。この男は、前月に女に話を持ちかけて共謀し、インターネットの掲示板に「電車で痴漢をして欲しい」等と書き込み、誘いに乗って実際に電車の中で女に痴漢した男性を犯人に仕立て上げ、警察に通報したとして虚偽告訴の疑いが持たれている。警察は示談金目当てだったと見ているが、男は容疑を否認している。警察は女も同容疑で書類送検する方針である[9][10]。検挙のための検挙痴漢被害者が、痴漢加害者が誰か正確に認識できず、告訴をためらっていた場合でも『警察が責任を持つ』『後戻りはできない』と、警察官が被害者に告訴を強要する場合もある[11]。推定無罪の原則本来、刑事裁判における犯罪の証明には、捜査機関が「被告人が犯罪をした証拠」を提出する必要がある。しかし、痴漢の場合は物的証拠がほとんど残らないという犯罪の性質上、被害を受けた者の「この人が痴漢をした」との証言(犯人識別供述)と被疑者の自白程度しか証拠がないことが多く、その証言ないし自白が信用されるものと認定されれば、具体的な物証がなくとも実際に犯罪をなしたと見なされる傾向にある。日本は他の近代法治国家と同様に推定無罪の原則を採っているが、痴漢を含む性犯罪に関しては、容疑者がいわゆる「悪魔の証明」をしない限りは被害者の訴えのみで有罪が確定するケースが大半である。しかしながら、痴漢など性犯罪に限らず、被害者の証言とそれに伴う状況証拠の検証のみで有罪が確定することは一般的である。例えば「Aさんに殴られた」という軽微な暴行事件についても被害者の訴え以外に証拠を集めることは困難であり、被害者の証言をもとに検証するしかない。そのため、司法の問題点を指摘する意見や、治安を守る上での限界という意見もある。上記のように推定無罪の原則が適用されにくいため、痴漢冤罪を防ぐには、被告人が「痴漢をしていない証拠」を示し、100%揃える必要がある。これは悪魔の証明と呼ばれるものであり、痴漢をしていないことを証明することは極めて困難である。このような構造になった原因として、もともと日本では軽微な性犯罪であると見なされていた痴漢に対する制裁が軽く、弱い立場の被害者が泣き寝入りすることも多かったため、これを是正するために警察や裁判所が被害者を守ることに重点を置いた対応をするようになったことを挙げる意見がある[要出典]。実際、起訴されれば無罪になる確率が0.02%であり、1審で有罪になると、新証拠が出されないと無罪になりにくい[12]。ただし、一般に起訴後の無罪率は0.03%であり、痴漢犯罪において顕著に無罪率が低いということはない。また、起訴されたうちの何割が実際に無罪であったかは不明であるため、「冤罪率=無罪の人が有罪になる確率」は不明である[注釈 3]。痴漢冤罪は裁判にまで持ち込むと、ほぼ機械的に有罪判決が下される。この問題は痴漢冤罪を取り扱った映画『それでもボクはやってない』の劇中でも言及されている。
痴漢冤罪に顕著なもの[編集]
誤認による冤罪混雑している車両で起こるため、痴漢自体はあったとしても、加害者として無関係の乗客を間違えて訴えてしまうことがある。現行犯逮捕への不理解痴漢容疑者が、既に私人逮捕されていることに気づかず駅事務所について行ってしまった場合、現行犯逮捕に同意した(自身の氏名や居住地・身分を明らかにせず容疑を認めた)とみなされるため、容疑者自身の立場を法律的に悪くしている[12]。なお、痴漢を目撃した場合、あるいは被害者が痴漢の事実を訴えている場合には、周囲にいる人には、被疑者が身分を明らかにせず、かつ逃亡の恐れがあると認められるときに限り、被疑者の身柄を現行犯逮捕することができる。ただし、目撃者が被害者一人だけの場合、違法逮捕になる恐れもあり、十分な状況の把握が必要になる。
痴漢冤罪をめぐる変化[編集]

司法の変化[編集]

痴漢の場合、物的証拠がほとんど残らないため、痴漢被害者の訴えが他の訴訟に比して重要視される傾向にあった。しかし、被害者の保護が行き過ぎると冤罪の訴えの多発を招く。そのため、痴漢冤罪に対する世論の高まりとともに、痴漢被害を主張する者の衣服の指紋の採取、容疑者の指に付着した衣服の繊維や被害者の体液や皮膚の組織などのDNA鑑定等、より先進的かつ客観的な物的証拠が求められるようになり、これらの物的証拠は、起訴段階もしくは審理において重要視されるようになりつつある[13]。ただし、列車が揺れた際に偶然手が触れたといったケースの場合、意図的ではなくても物的証拠が残ってしまう可能性もある。ただし、いまだに被害者本人と交際相手の証言のみでも有罪になる場合がほとんどであり、司法は痴漢冤罪に関して未だ厳しいのが現状である。[要出典]

社会の変化[編集]

痴漢冤罪による無罪判決がマスコミなどで頻繁かつ大々的に取り上げられるようになった結果、企業・組織の側でも従業員が逮捕されても初犯に限り、即座に懲戒免職としない傾向が見られるようになった。失職する場合本人が留まりづらく自ら退職する場合が多かったが、近年では人格的に信用されている個人の場合、社員仲間が被疑者を支援し、その家族を支える事例も見られる。また、都市部においては痴漢冤罪対策として、男性を中心に自家用車(オートバイ・原付バイク・自転車を含む)通勤をする人あるいは座席指定制の有料特急(新幹線通勤を含む)やホームライナーを利用する人も増えている[要出典]。

2015年9月には、ジャパン少額短期保険が事件発生後48時間以内の弁護士費用を補償するサービス『痴漢冤罪ヘルプコール付き弁護士費用保険』を開始し、2017年に痴漢の被疑者が線路内を逃走するトラブルが相次いで報道されたことを受け、加入者が急増した[14]。

主な痴漢冤罪事件[編集]

以下は個別の記事がある痴漢冤罪事件である。
防衛医大教授痴漢冤罪事件

痴漢冤罪に対する有識者の見解[編集]

ジャーナリストで現参議院議員の有田芳生は、金銭目的の「痴漢被害捏造犯」の存在に言及しており、また「痴漢冤罪に巻き込まれたくない」という理由で「家に帰るときは電車を使わず、なるべくタクシーで帰宅している」と本人のブログで発言している[15]。

作家の阿川弘之は、自らが痴漢冤罪の被害に遭いかけたという経験から、「男性専用車両」の導入を提唱している。同様に、利用客の男性などからの「男性専用車両」を切望する声も少なくない[16]。

同様に性平等主義者の女性、及び女性専用車両に乗らなかったせいで、周囲の男性から軽い暴力を受けた女性からの「男性専用車両」を切望する声も少なくない。

日本テレビ『行列のできる法律相談所』では、2008年に4名中2名の弁護士が走って逃げるのが最善と回答し[17]、2016年には4名中3名の弁護士が現場から立ち去るべきと回答した[18]。

元裁判官で現在は弁護士である井上薫もインタビューで「逃げてしまった方が一面では有効かも知れない」と述べている[19]。

実際に起こった事件に関しては、鉄道関係者は「疑いをかけられた時点で、逮捕を逃れること不可能に近い」「走って逃げても取り押さえられたらお終い」とコメントしている[4]。

メディアの報道[編集]

2008年2月には大阪市営地下鉄御堂筋線で痴漢の疑いをかけて示談金をだまし取ろうとした「痴漢でっち上げ詐欺事件」が発生し、翌年4月の裁判で有罪の判決を受けたが、裁判翌日の朝日新聞の社説は「痴漢冤罪を防ぐよりも女性専用車を更に拡大すべきだ。」との趣旨の社説を載せた[20]。

また大手マスコミが報道していない痴漢冤罪については、2009年の新宿駅で被害者の青年が無実にもかかわらず痴漢の疑いをかけられその後自殺する事例も「My News Japan」[21] や「紙の爆弾」[22]で報じられている。

痴漢冤罪事件を扱った作品[編集]

本節では、痴漢冤罪を主題とした作品と、副次的に痴漢冤罪を扱っている作品を記載する。

主題とした作品[編集]

映画[編集]
『それでもボクはやってない』

テレビドラマ[編集]
『誰かが嘘をついている』
『土曜ワイド劇場京都のテミス女裁判官・美人判事を襲う夫殺しの罠!チカン裁判不連続殺人事件』

小説[編集]
筒井康隆『懲戒の部屋』1968年発表。 同作は短編集『アルファルファ作戦(早川書房より刊行。のち中公文庫)』に収録されていたが、2002年に同作を表題作とする短編集『懲戒の部屋 〜自薦ホラー傑作集1〜(新潮文庫)』に収録された[23]。なお、同作は1997年に劇団『BIG FACE』により舞台化されている[24]。

『残り火』 小杉健治 2012年発表

実用書[編集]
Satoki・著 弁護士 坂根真也・監修『痴漢に間違われたらこうなります!』

音楽・歌謡[編集]
『おっとCHIKAN!』歌:おニャン子クラブ
『痴漢電車』角松敏生

エピソードの1つとして扱った作品[編集]

テレビドラマ[編集]
『弁護士のくず』第6話
『佐々木夫妻の仁義なき戦い』第4話
『黒の女教師』第3話
『そこをなんとか』第6話
『花村大介』第4話
『Woman』第4話
『PTAグランパ!』第7-8話

テレビ番組[編集]
『奇跡体験!アンビリバボー』 2013年11月7日放送分
『行列のできる法律相談所』 2016年3月20日放送分

漫画[編集]
『カバチタレ!』
『ミナミの帝王』原作:天王寺大 作画:郷力也
『出るトコ出ましょ!』
『弁護士のくず』
『さよなら絶望先生』(久米田康治著)第84話「古事つけ記」
『怨み屋本舗』(栗原正尚著)第3巻第13話『満員電車の罠』

脚注[編集]

注釈[編集]

1.^ ただし、このケースでは痴漢被害者が、被疑者の顔を覚えてしまうほど過去に同様の手口で複数回の被害があり、間違いはないと主張している[4]。
2.^ 勾留されている間、行政から一切の就業補償はなされない。
3.^ 例えば、無罪率が0.02%であっても、そもそも起訴事件中で実際に無罪であるものが0.02%しかなく、これらが無罪判決となっているのであれば、冤罪率は0%である。

出典[編集]

[ヘルプ]

1.^ “【関連】『痴漢』逆転無罪 『決めつけ』捜査批判 3年の訴え実る”. 東京新聞. (2009年4月15日朝刊). オリジナルの2009年4月17日時点によるアーカイブ。
2.^ “男性も痴漢から保護対象に この春、全都道府県で改正条例施行”. ハフィントン・ポスト. (2014年4月5日) 2016年6月26日閲覧。
3.^ a b “無罪判決 「痴漢現行犯」に問われた男性 大阪府警が誤認逮捕 地裁支部「証拠不十分」”. 毎日新聞. (2016年4月26日). オリジナルの2016年8月23日時点によるアーカイブ。
4.^ a b c “「警察発表」だけで報じる新聞・テレビ「痴漢報道」——JR西日本の重役はなぜ死ななければならなかったのか”. 現代ビジネス (2013年1月24日). 2016年3月31日閲覧。
5.^ “「痴漢事件捜査、多角的に検討」 無罪判決で警察庁長官”. 朝日新聞. (2009年4月16日). オリジナルの2009年4月19日時点によるアーカイブ。
6.^ “痴漢冤罪の恐怖 あなたも犯人に…(1)”. ZAKZAK. (2007年2月24日)
7.^ [1] 痴漢えん罪ネットワーク 2007年2月24日[出典無効]
8.^ 「痴漢でっち上げ被害者心境語る 大阪の会社員」 産経新聞、2008年3月13日。
9.^ “「痴漢して」誘いに乗った男性を痴漢と通報の疑い 男を逮捕”. NHK. (2017年6月21日). オリジナルの2017年6月22日時点によるアーカイブ。 2017年6月22日閲覧。
10.^ “女と共謀、痴漢被害でっち上げ容疑 アルバイトの男逮捕”. アーカイブ. 朝日新聞 (2017年6月21日). 2017年6月27日閲覧。
11.^ 夕刊フジ特捜班 痴漢冤罪の恐怖 あなたも犯人に…(3) ZAKZAK
12.^ a b 奇跡体験!アンビリバボー 痴漢えん罪事件壮絶868日 フジテレビ 2013年11月7日放送
13.^ 平成21年6月25日付警察庁通達(PDF)
14.^ “痴漢冤罪保険:加入急増「逃げるより、まず弁護士を」”. 毎日新聞 (2017年5月29日). 2017年5月30日閲覧。
15.^ 有田芳生 (2006年8月28日). “周防正行監督の痴漢冤罪映画”. オリジナルの2008年3月5日時点によるアーカイブ。 2014年9月11日閲覧。
16.^ 東京新聞 2007年5月12日朝刊
17.^ “行列の出来る法律相談所”. 日本テレビ (2008年4月27日). 2014年9月11日閲覧。
18.^ “行列の出来る法律相談所”. 日本テレビ (2016年3月20日). 2016年3月21日閲覧。
19.^ “電車の中で「痴漢です」! 叫ばれたらどうしたらいいのか 弁護士・井上薫さんに聞く”. J-CASTニュース. (2009年2月1日)
20.^ 朝日新聞 2009年4月17日社説
21.^ “自殺した痴漢冤罪青年による110番通報の謎 目撃者、続々現れる”. My News Japan. (2011年12月29日) 2016年12月31日閲覧。記事名に被害者の実名が使われているため、一部省略した。
22.^ “『月刊『紙の爆弾』2016年5月号』”. 鹿砦社. 2016年12月31日閲覧。
23.^ 初出:『小説現代』1968年6月号
24.^ 「筒井ワールド 4」 BIG FACE 1997年2月5日 - 11日 両国シアターX(カイ) 「座敷ぼっこ」「こぶ天才」「懲戒の部屋」「最高級有機質肥料」 脚本、演出:伊沢弘 監修:川和孝 出演:千田隼生 佐藤昇 吉宮君子 名倉右喬 津川友美 他[2]

参考文献[編集]

出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2009年10月)
秋山賢三、荒木伸怡、庭山英雄、生駒巖(共編著)『痴漢冤罪の弁護』現代人文社、2004年12月、ISBN 4877982337。
池上正樹『痴漢「冤罪裁判」 男にバンザイ通勤させる気か!』(小学館文庫)、小学館、2000年11月、ISBN 4094048014。
植草一秀事件を検証する会(編著)『植草事件の真実 ひとりの人生を抹殺しようとするこれだけの力』ナビ出版、2007年2月、ISBN 4931569161。
小澤実『左手の証明 記者が追いかけた痴漢冤罪事件868日の真実』ナナ・コーポレート・コミュニケーション、2007年6月、ISBN 4901491660。
小泉知樹『彼女は嘘をついている』文藝春秋、2006年12月、ISBN 4163687009。
周防正行『それでもボクはやってない 日本の刑事裁判、まだまだ疑問あり』 幻冬舎、2007年1月、ISBN 4344012739。
鈴木健夫『ぼくは痴漢じゃない! 冤罪事件643日の記録』(新潮文庫)、新潮社、2004年6月、ISBN 4101012210。
痴漢えん罪被害者ネットワーク(編)『Stop!痴漢えん罪 13人の無実の叫び』現代人文社、2002年11月、ISBN 4877981136。
長崎事件弁護団(編)『なぜ痴漢えん罪は起こるのか 検証・長崎事件』現代人文社、2001年12月、ISBN 4877980725。
夏木栄司『でっちあげ 痴漢冤罪の発生メカニズム』角川書店、2000年11月、ISBN 404883648X。
前川優『推定有罪 すべてはここから始まった -ある痴漢えん罪事件の記録と記憶』(ブログ「週刊金曜日からのおしらせ」第19回「週刊金曜日ルポルタージュ大賞」優秀賞 2008年12月12日)
矢田部孝司、矢田部あつ子(共著)『お父さんはやってない』太田出版、2006年12月、ISBN 4778310462。

関連項目[編集]
痴漢
冤罪
誤認逮捕
高橋健一 - 元お笑い芸人であり、2015年までキングオブコメディのメンバーとして活動。2007年7月11日に満員電車内における痴漢行為容疑で逮捕され、活動を自粛していた時期があった。その後、乗客からの証言や芸人仲間から陳述書を集められるなどの行為もあり、不起訴処分(痴漢冤罪)となって芸能活動を再開していた。しかし、先述の事件から約8年半後の2015年12月26日に今度は窃盗及び建造物侵入の容疑で警視庁に逮捕されたため、コンビ解散及び当時所属していた事務所を解雇されている(事件詳細は本人の項も参照)。

執筆の途中です この項目は、犯罪・事件(犯罪者・犯罪組織などを含む)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています。




カテゴリ: 痴漢冤罪
日本の人権侵害

http://toyokeizai.net/articles/-/181023



英国地下鉄、日本と違う「痴漢冤罪」への対応

いきなり警察に引き渡すことはしない

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橋爪 智之 : 欧州鉄道フォトライター

2017年07月20日







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朝ラッシュ時の地下鉄は乗り切れない人も出る。車体が小さいので、余計に圧迫感を感じる(筆者撮影)

日本ではこの数カ月の間に、電車内で発生した痴漢行為が連日のように報道されている。たとえ冤罪だったとしても「駅員室へ入った段階で警察に引き渡され逃れることができなくなる」といううわさが広まったことで、線路を逃走して死傷者を出す事故に至ったこともあった。もちろん、列車に遅延が発生するため、数万人単位に影響が及ぶことになる。

痴漢行為は、報道で多く目にすることから、日本でやたら多いという印象があるが、もちろん日本だけが特殊というわけではない。ヨーロッパでも社会問題となっている。

英国でも痴漢は重大問題だ

非常に悲しい話だが、英国では連日、何がしかの性犯罪に関する事件が報道されている。それも強姦殺人など、かなり凶悪な事件も多いため、電車内で体を触ったか否か……などという痴漢行為は、毎日のニュースで報道されることはあまりない。日本と根本的に違う点として、捕まった人がいきなり拘束されたり社会的な制裁を受けたりすることがないため、日本のように容疑者が線路を逃走して大騒動に発展するということがない点も、普段こうした問題をあまり目にしない理由の一つかもしれない。

しかし、TfL(ロンドン交通局)が女性客を対象にアンケート調査を行ってみたところ、約10%の人が何らかの痴漢行為に遭遇したことがあると答えているが、それを警察や駅員へ通報した人は、その中で10人に1人しかいなかった。残りの9人は、痴漢を認識しても何もできなかった(しなかった)ということになる。通報したことで、報復を受ける可能性がある、という心配から、声を上げづらいという考えが働くためだ。
日本ほどではないが、ロンドンもピーク時の混雑はかなり激しく、自分の体や、持っているカバンが他人に触れることは避けられない。筆者も、カバンが当たったことで女性からにらまれたり、わざとらしく振り返られたりした経験がある。やましいことを何もしていなくても、あまり気分が良いことではないが、幸いなことに立錐の余地もないほど混雑しているわけではないため、空いている場所を見つけて移動し、そこへ立つようにしている。

痴漢というと体を触るなどの行為をイメージするが、TfLではいわゆる一般的な痴漢行為のみならず、体を擦りつける行為や、いやらしい視線で相手を見つめる行為、また性的な発言をすることなども含めるとしている。多くは、明らかに痴漢行為とみなしてよいものばかりだが、視線については、たまたま目があったとか、偶然視線の先に相手がいた……なども考えられ、また「いやらしい視線で見る」という定義もいまいちあいまいだ。それこそ、自意識過剰な人や、たまたま気分が不愉快だったからといって通報されたらたまったものではない。

ロンドンには専門チームが

そうなると、やはり冤罪も少なからず発生する。日本の場合、疑いをかけられた側の立場が弱く、痴漢トラブルに巻き込まれたら、それが事実かどうかをきちんと特定する以前に拘束されるおそれがある。その状況までいくと、痴漢の前科者というレッテルが付いて回り、家族関係や仕事関係など、その人の人生を根底から左右しかねない状況へと至り、法的な制裁より前に、社会的な制裁が待ち受けているということになる。

中にはこうした状況を逆手に取り、痴漢に遭ったと主張して、慰謝料を要求する事件が発生したこともあり、捜査のあり方に課題を残している。痴漢行為は決して許されることではないが、もし冤罪で人生を棒に振ったとしたら、絶望という言葉以外見つからない。

TfLでは、こうしたトラブルの通報を受けた際、加害者として被害者から訴えられた人をいきなり拘束したりすることはせず、もちろん警察へ引き渡したり、家族や会社へ連絡したりすることもない。

特別に訓練された専門チームが、まず被害者から証言をきちんと聞き出し、駅構内や電車内に設置された膨大な数のCCTVカメラからの情報を解析、もしいれば証人の意見なども参考にして、原因の究明や犯人の特定を進めている。
ロンドンは、2012年のオリンピック開催に合わせ、鉄道やバスなどの公共交通機関はもちろんのこと、市内の至る所にCCTVカメラが設置され、死角のない都市と言われている。もちろん、もともとこれはテロ対策のために設置されたもので、これを四六時中監視されているようだと苦言を呈する人もいるが、このカメラのおかげで、テロ抑止のみならず、こうした犯罪の原因特定にもつながっていると言えよう。

さて、こうした調査の下、加害者による痴漢行為が明らかとなった場合は、あらためて警察へ通報し、逮捕されることになる。またこの手の犯罪は、再犯率が高いということで、一回逮捕されるとデータベースへ登録され、別の同様の事件を捜査する際、前科がある人を抽出し、調べることもあるとしている。

日本でもカメラの効果はあるか?


地下鉄車内に設置された監視カメラ(中央上の車体番号の脇)。その下には、カメラで録画されているという注意書きが記されている(筆者撮影)

TfLでは、痴漢被害者のうち、わずか10%しか通報しなかった点を問題視し、同社サイトでは携帯のテキストメッセージ、もしくは専用ホットラインへ連絡してほしいと呼びかけている。特別に訓練された専門チームでは、ささいなことでもきちんと調べ、被害者の心のケアにも対応している。

また、痴漢行為があった際の通報を促す啓蒙ビデオも制作している。サラリーマン風の男性が若い女性の体を触ったり、体を押し付けたりという少々刺激の強い映像で、最後にSNSでメッセージを送るか、専用電話に掛けることを促す内容となっており、動画サイトで配信されている。こうしたキャンペーンの効果で、昨年TfLへ通報された件数は前年と比べてわずかに増えている。TfLでは、こうした通報の積み重ねによる情報蓄積は、後々の痴漢防止などの対策に役立つとして、気になったらすぐに通報してほしいと述べている。

JR東日本は、量産が始まった山手線用新型車両E235系車両について、2018年春ごろより車内ドア付近に順次、CCTVカメラを設置していくと発表した。社会問題となっている日本のラッシュ時における痴漢行為だが、その抑止効果としてはもちろんのこと、万が一トラブルが発生した際の状況分析など、冤罪防止のために公正な調査を行えるように活用してほしい。

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世界最大のノーギイベント ADCC2017 レジェンドファイトもしくはロートル対決 ヘンゾグレイシーvs菊田早苗 結果は露骨なヘンゾびいきのインチキ判定勝ち!



ADCCで日本人で唯一タイトル獲得 優勝した菊田早苗がADCCにカムバック
ADCCで輝かしい実績を持つヘンゾグレイシーと対戦

しかし菊田早苗がグッドシェイプなのに対しヘンゾは明らかに太りましたねぇ…(汗)
ホイスといいヘンゾといい絶対おまえらグレイシーダイエットやってねぇだろ!

格闘技の専門家が太るってどういうことよ?

しかしこれでヘンゾの勝ちってどうよ?

アブダビで不可解な判定はコレが最初じゃねーけど幾らなんでも酷すぎだろ!

これは

俺は柔術家だしヘンゾグレイシーのサポーターだしヘンゾをこれからも応援するけれども

ハッキリ言って王子の友達だから判定勝ちってなぁ…

このままじゃADCCなんてさっさと潰れるよ
こんなインチキ判定連発じゃ

ちなみにヘンゾの試合では昔フランクトリッグ戦でも揉めてましたねぇ
判定の結果に



以下
菊田早苗選手が露骨な身びいき判定について訴えを起こしています↓





http://blog.livedoor.jp/kikuta_sanae/archives/52773421.html



2017年10月02日
ADCCへ ミスジャッチについて提出
試合映像


https://youtu.be/d0JaChwFbnw


「ADCCでの不可解な裁定について」



去る9月24日にフィンランドにて開催された行われたADCC(アブダビコンバット)のスーパーファイトにおいて、私、菊田早苗はヘンゾ・グレイシー選手と対戦をしました。

ADCCは世界一のグラップリング大会であり、世界一の団体です。私はここで唯一優勝している日本人です。そして、ヘンゾ・グレイシーは偉大なるファイターです。


その試合において、勝敗に影響する不可解な裁定があり、今回このように自分の意見を公開するに至りました。

これは、ヘンゾ・グレイシー選手、及び、そのサポーターの方々を抗議してるものではありません。レフリーのミスジャッジについての抗議です。

試合後すぐに反論が出来なかったのは、私が英語が出来ない為です。
このような形で時間がかかってしまいました。


試合展開を振り返りたいと思います。

試合時間は本戦10分間。この本戦では両者ともにスタンドレスリングの攻防となり、大きな動きはなく、両者ポイントは0-0のまま、5分間の延長戦に突入します。

ここからの五分ですべてが決まるサドンデスです。
この延長でも両者はチャンスを探り合うような展開が続きました。ところが、延長戦、2分が経過した頃、自分にのみ消極姿勢を問うマイナス1ポイントが与えられました。そして、延長戦も残り1分を切った終盤に問題が発生します。私の仕掛けたテイクダウン(大内刈)により、ヘンゾ選手は背中から転倒し、私はポイントを得るためにヘンゾ選手を下にした体制をキープ。ビデオで確認しても少なくと4秒~5秒くらいの間はヘンゾ選手の上の姿勢をキープしている攻撃でした。しかし、その攻撃に対して、レフリーは「ノーポイント」と裁定し、そのまま試合は終了し、私にのみ与えられたマイナス1ポイントが決定打となり、先に述べたようにヘンゾ・グレイシー選手の勝利となりました。

ここで私が「不可解な裁定」と指摘するのは、2か所。
ひとつは延長戦で両者ともに展開を作れずにいた中での、私のみへのマイナス1ポイントの付与。

そして、最も問題視したいのは延長戦での私のテイクダウンがポイントとして評価されなかったことです。ルール上ではテイクダウンを仕掛け、上下の体制を3秒以上成立させることが出来れば2ポイントが付与されることとなっており、その条件を満たした攻撃であったにもかかわらず、「ノーポイント」と裁定されたことです。

そもそもルールの3秒以上の意味は、
投げても一瞬で立たれてはポイントにしないという意味なので、数秒、上をキープしたこの試合では十分に投げが認められるはずです。
この投げでダメなら他に何の投げがポイントになるのでしょうか?

本来は2-0で私の勝利。
仮にマイナス1点があったとしても
勝利です。

私は、これまでプロとしての22年間、様々な試合を経験しましたが、ジャッジに関し、問題定義したことは一度もありません。日本人は本来そういった事を遠慮する国民性です。

ですが、映像を見てもらっても分かる通り、接戦ならまだしもこの試合はあまりにもそうではない。
なぜなら、ヘンゾの攻撃では尻もちすら与えていないのですから。ヘンゾ選手の優位を示すものがなく、この試合をご覧になった方はどちらが勝ったかは明らかにお分かりになったでしょう。

誤解を受けたくないのは、私はADCCという団体を尊敬してますし、ヘンゾ・グレイシー選手は今も変わらず、尊敬する偉大なファイターです。

ヘンゾ選手ならば、決して今回の結果に納得していないと私は信じています。


ADCCに対し、今回の事についてすでに内容を提出しています。
このVを見てもらい、今一度、勝敗について協議して頂き、ADCCからきちんとした回答を待っています。

そして、私は尊敬するADCCの出す改めての結果に関してはスポーツマンとして素直に受け入れたいと思っています。争う必要はありません。

ただ、この結末はどうなるにせよ、
スポーツマンとしてではなく、
武士道魂を持つ日本人として、
私は彼とのリマッチを強く望みます!

2年後の、スーパーファイトが一番いいでしょう。
更には日本にもRIZINという舞台があります。どこでも場所は問いません。また、グラップリングでもMMAでもいいです。

あの日見ていた、世界中のADCCファンは、なぜ私が負けたのか理解出来なかったはずです。ADCCに、あのテイクダウンをもう一度見てほしい。
ADCCは、世界一の団体だと信じています。


私は、ヘンゾと再戦を望んでいます。
皆様のお力をどうかお貸し頂き、世界への発信をお願いします。
シェア拡大お願いします。
試合映像です。


https://youtu.be/d0JaChwFbnw





Incomprehensive judgement in ADCC

I fought a match against Renzo Gracie at ADCC, Abu Dhabi Combat Club, super fi
ght in Finland Sep 24 2017.
I believe that ADCC is the world highest level grappling event and one of the best martial arts events.
I’m a only Japanese competitor who won the ADCC.
Renzo Gracie is great fighter and I really respect him.

There were incomprehensive judgements that effect victory or defeat in the mat
ch, and I decided to publish my opinion.

This statement is not a protest regarding Mr. Renzo Gracie and his support team.
This protest is in regards to the referee’s misjudgment with respect to the s
coring points.

Because I am not fluent in English, I could not initiate this protest immediately after the fight.
Therefore, it takes too much time to begin a protest against this misjudgment.


I would like to look back the match.
The main match was draw after 10 minutes.
Renzo and I were giving pressure each other on standing wresting.
There were no major movement and match finished points 0 for Renzo and me.

Then match went to 5 minutes extra round. Renzo and I were still looking for chance to take the opponent down.
However, after 2 minutes past, somehow referee gave minus point to only me fornegative action.
And another thing happened match reached 4 minutes over. I took Renzo down by Ouchi.
Renzo fall from back and I hold him to keep top position and keep Renzo bottomposition.
As I checked video, I kept the top at least five seconds.
However, referee judged as no point and match timed up.
And Renzo won the match by minus point that referee gave only me.

I have things that I would like to point out as incomprehensible judgement in this match.
One is the minus point for only me due to negative action even both Renzo and I could not make the aggressive move.

And most incomprehensible thing is another point that referee did not award the points for my take down to Renzo.
According to the ADCC rule, if the position is established for 3 or more seconds after take down, points will be awarded.
The reason that ADCC rules defining that top position needs to establish for 3or more seconds after take down is even you take down the opponent but oppone
nt stands up in moment, it will not count as take down.As I established top poison for more than 3 seconds after take down, referee must award the points
for my take down.
If my take down cannot be awarded, what take down can be awarded points?

The judge should be I defeat Renzo by point 2.
Even judge counted the my minus 1 point, I still defeated Renzo by points.

Since I started martial arts carrier as professional from 22 years ago, I havenever protest against the judge.And most Japanese fighters hesitate to protest against the judge after fight due to Japanese culture .

However, this time, the match was not close one. You can tell if you watch thevideo.
Because Renzo did not fall me down to ground even once.
It is obvious that there was no situation I'm dominated by Renzo during the match.
I believe no one will say I'm defeated by Renzo if you watch the video.

Please do not take this wrong, I respect ADCC and I still respect Renzo. Renzois great fighter.

I believe that he great fighter Renzo is also not happy about the match and judgement.

I already requested ADCC to playback the match and re-determined the judge.
And I will wait for ADCC official answer.
I will accept the official answer from ADCC as I respect ADCC and I follow sportsmanship.
I do not want to contend with ADCC as long as I receive official answer from ADCC .

But any answer I get, I would really like to have rematch with Renzo as Japanese fighter with Bushido sprits.

I'm fine to rematch ADCC super fight 2 years later.
Or in Japan there is Rizin fighting event. I'm fine to fight in MMA or grappling match.

Many of ADCC funs who watched my match could not understand why I'm defeated by points.
I really like to ADCC to see my take down in the match.
I believe ADCC is the best event in the world.

I'm eagerly hoping to have rematch with Renzo.
Please support me to share this message in the world.

Best regards,
Sanae Kikuta

https://youtu.be/d0JaChwFbnw

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マレンコがゴッチのノウハウについて語っています

やっぱ骨の固い部分を使うと!

皆言ってることは同じです

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adcc2017無差別級優勝はブシェシャ ゴードンライアンを破ったプレギーザ








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マルコファスが柔術道場で修行していた頃のベアナックルバーリトゥード 組み技 寝技を知らない人間は餌食になるといういい例ですね

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現役最強の柔術黒帯無差別級世界王者ブシェシャが世界最大のノーギイベントADCC無差別級でステロイドで世界王者の座から剥奪されたフィリペ・プレギーザにまさかの一本負け!


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史上最強の柔術家ホジャーグレイシーvs現役最強のムンジアル黒帯無差別級世界王者ブシェシャ戦解説動画






Roger Gracie vs Marcus "BUCHECHA" Almeida... 投稿者 dankjitsmemes

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ホイスグレイシーの嫡男Khonry GracieがMMAデビュー アサイーカフェさんのグレイシー一族関連の記事より

そう言えばホイス ヒクソンら1990年代に生きたグレイシー一族らエリオ派の多くは
柔術のあまりの競技化への偏りに批判的なスタンスを取っていて
モダンスタイルなどミヤオ兄弟とかの若い世代の柔術家には受けが悪い

そこら辺いくと
カーロス派は上手くまとめているようですねぇ
ヘンゾグレイシーなどはリオの柔術ギャングの時代から柔術ビーチのボスでしたし
カーリーニョスがカーロス派の表のボス
ヘンゾがカーロス派の裏のボス
といった感じでIBJJF所属の選手たちにも人気が高まっているんだとか

でもヘンゾも桜庭に対してプライドには寝技をブレイクすることなく
もっとじっくりやらせてほしいと何度も訴えてるんですよねぇ

だから彼がいい人グレイシーとか呼ばれていますけれど

時代がもうそういったやりたいことが出来るのは無理なんだと現実的な判断 大人の判断をしたんでしょうねぇ
だから猪木ともプロレスやったり
ホーレスらMMAの落ちこぼれ組にプロレスやらせても追放とかしなかったんでしょう

そういった意味ではカーロス派は現実主義の大人で
エリオ派は時代遅れのいい歳こいた夢想する大人

といった見方なんかもされるんでしょう

ただエリオ派だろうとカーロス派だろうと

昔の柔術はゴッチやロビンソンのレスリングのように競技ではない柔術のノウハウ持っている先生がたくさんいたんですよねぇ

眼のくぼみに指をひっかけて相手の頭を上げたりとか
尻の穴に指引っ掛けたりとか
鼻に指を引っ掛けたりとか
襟とか帯に足を突っ込んで逃げるノウハウとか
親指を袖の中に入れて絶対に切られないグリップだの

90年代までは競技柔術では禁止にされているノウハウを使いこなす柔術家がたくさんいたようです
実際そのやり方を教えてもらったこともありますし

そういったノウハウがあるのもホーウスとかヒクソンの時代は競技自体が少なく
競技から外れた決闘用 実戦の闘争用のノウハウが盛り込まれていたのも
昔は道場や路上で決闘 喧嘩 自衛 護身の為のノウハウが多いのも

実戦で身を護るために必要だったからでしょう

彼らヒクソンやホーウスの全盛時代のリオというのはシティオブゴッドの時代です

治安の悪い荒っぽい土地柄のリオ ブラジルで生き残れたのも競技ではなかったからだとも言えると思います

ホイスの息子のMMAデビュー戦ですが
ホイスの息子というだけあってたまに見せる膝関節への内ローキック 膝関節への前蹴り ボディへの前蹴りで試合を組み立てているのが特徴です
レスリングのようなタックルではなくグレイシー流のクリンチの持っていき方も
グレイシーだなぁって感じですねぇ

以下アサイ―カフェさんの記事より参照↓



http://cafe.quietwarriors.com/?eid=872010

2017.09.30 Saturday

ホイス・グレイシーの息子がMMAデビュー



最近グレイシーネタが続いておりますが、今回は新世代なグレイシー。







ホイス・グレイシーの息子Khonry Gracie(コンリー・グレイシー?)が先週MMAデビューしてました!







Wikipediaによると、ホイスの息子は3人。 Khonry、Khor、Kheydonだそうな。



そういえば昔ホイスと息子に出くわしたことがあったのですが、この息子は誰??



ホイス・グレイシーに遭遇



また、身近な話ではこんなのもありましたが、このサッカーしてる息子はどの息子だったのか?↓



ホイスの止血







なんやかんや言ってもホイスとホリオンがいなかったら今の柔術の発展はなかったよねってことで、この機会にぜひ↓





【UFC】クラシック・コレクション Volumes 1-4 DVD4本セット


http://cafe.quietwarriors.com/?eid=872000

2017.09.18 Monday

ヒクソン・グレイシーから練習方法についてのアドバイス



ヒクソン・グレイシーがどうやって練習/ロールするかについて、柔術家達へアドバイスをしています。







「トレーニング中にスパーをしている時でも、自分の持っている自然な才能を最低限に抑える必要がある。自分自身を制限することにより、更に悪い状況になるかもしれないが、こうならなければ使わなかったテクニックを使って、そこから脱出する方法を考えることを余儀なくされる。これをやり始めると、ある状況で実際に何が間違っているのかを理解し始め、状況をよくするために技術的な方法で実際何をする必要があるのかを理解し始める。それにより、本当の深い進歩が始まり、あらゆる状況の仕組みを理解し始めるのだ」



「真剣なファイトでも試合でも、戦いの仕組みは穏やかにトレーニングしているときとまったく同じであることを覚えておくことが大事だ。唯一の重要な違いは、精神的な態度である。トレーニングする時は相手と競争することよりも、学ぶことに重点を置くべきだ」



「戦っている時はいろいろな緊張、感情を持ち込んでいるため、学んではいない。楽しい時や、滑らかに柔らかにトレーニングしている時に学ぶのだ。どのような状況でも快適になるまで、テクニックの向上に取り組む必要がある。そのうちテクニックを潜在意識で理解し、反射的に動けるようになる。このすべてをやった後に、自分の持っている自然な才能を「棚から下ろし」て、自分のゲームに取り入れる準備ができている。今やテクニックの有効性は、少なくとも10倍はいいだろう」





さすがはヒクソン! ぜひヒクソン様からのアドバイスを頭に置いて、次の練習に行ってみてください♪

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=872007

2017.09.27 Wednesday

ヒクソン・グレイシー「今の柔術黒帯は昔の空手黒帯と同じだ」



去年ですが、ヒクソン・グレイシーがセルフ・ディフェンスの重要性について語っていました。



「昔、我々が米国に来た頃は、空手の黒帯たちに柔術を教えていた。彼らは自分たちがなんでも知っていると当時思っていた。それが本物の柔術に触れると、彼らは空手なんてやっていて20年も失ってしまったと言ったもんだ。そして彼らは本物が何かを理解した。



近年私が柔術セミナーをすると、柔術の黒帯から同じような印象を受ける。彼らは「柔術にこんなことが存在してたなんて!」と驚くんだ。すぐに真剣に何かに取り組まなくては、柔術は柔術が持つ戦いの本性をなくしてしまうだろう。そして柔術の文化を失ってしまうだろう。



柔術の文化とは、状況に、ストリートでの困った状況にうまく対処することだ。そして競技でもうまくやれること。



しかし競技は最も大切なものではない。我々が優先しているのは、予想がつかない状況に対処できることだ。



それにセフルディフェンスを知らないで、セフルディフェンスを教えないで、柔術を指導する上でセルフディフェンスが核になくて、どうして黒帯になれるんだ? 



もし私の生徒に女性がいたら、競技柔術は教えない。セルフディフェンスを教える。子供にだって、年齢の高い人にだって同じだ。MMAのタフな選手にだってセルフディフェンスを教える。自分の能力をどう活かすかを教えるためにね。



セルフディフェンスは我々の文化だ。セルフディフェンスなしに、タフな黒帯にはなれない。いい先生にだってなれない。セルフディフェンスは我々のバックボーンであり、すべての柔術レベルにおいてセルフディフェンスを定着させなくてはならない。」





だそうです。

モダン柔術に危機感を感じているヒクソンはこれじゃいかんと、JJGF(Jiu Jitsu Global Federation)を立ち上げたわけですが、こういう意見は「その通りだ」と言う人も多いだろうけど、今の時代は反対派も多いのだろうなぁ・・・











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http://cafe.quietwarriors.com/?eid=872008

2017.09.28 Thursday

最近のグレイシー達を勝手に自分目線で。



昨日はヒクソンネタでしたが、最近のグレイシー達に関してちょこっと。



モダン柔術に危機感を感じたヒクソンは、本物の柔術とはなんぞや?の啓蒙活動をするためにJJGF(Jiu Jitsu Global Federation)を立ち上げたわけですが、いまいち成功しているようには思えず、近年のインタビューなどの発言では、ヒクソンはちょっとホイス化してる気がしなくもない・・・





(Photo:mmajunkie)



でもホイスに関しては堂々と「おかしんじゃないの?」と言えても、ヒクソンについては言いにくい雰囲気ではあります。私も今までアサイーカフェでは、ヒクソンにちょっと否定的なことといえば、「(元嫁の)キムがやり手。マーケティングでヒクソンを神という存在に作り上げていた」的なことを昔書いたぐらい(笑)裏を返せば、というか直接的に言ってしまえば、頭が良かったのはキムだった、という意味になるんですが(言っちゃった!)、ヒクソンにそういう意味の頭の良さを求めなくてもいいのでしょう。ヒクソンの柔術自体が神なのだから。





(Photo:JiuJitsuTimes)





●ヒクソン・グレイシーがクレオンチを非難



●ヒクソン・グレイシー「今の柔術黒帯は昔の空手黒帯と同じだ」





でも今まではとにかく「神」だったのが、最近ヒクソンを否定する人がちょこちょこ出てきた感じですね。(←この間話したのぶ焼きさんもそういう話を最近聞くと言ってました)



ヒクソンの全盛期を知らない世代がどんどん生まれてるからなのか、若い世代には「昔はこうだった」的なことを語るオヤジはどうなの?って感じなんでしょうか。ホイスもまさにそれですね。おかしな発言しまくり。



それに対してヘンゾの人気は近年急上昇。「昔はこうだった」なんてことは言わない。いや、言わないどころか自分自身が現役で戦っちゃう。ストリートでの逸話も未だに数知れずなやんちゃぶり(やんちゃという言葉は当てはまらない。超ワイルドというか、笑)。若い世代もどんどん育てて、みんなから尊敬され慕われている。そしてとにかくいつもいつもハッピーに見える。





(Photo:BJJE)



ホリオンはBJJというカテゴリーにおらず、グレイシー柔術で大成功。BJJの世界にいないためあまり話は聞きませんが、どれだけ批判を浴びようがグレイシーアカデミーの成功は半端なく、それを支持する人も多数いる。何よりホリオン自身がいつも楽しそう。





(Photo:GracieMag)



ホイラーは最近全然話を聞きませんね。先日話したのぶ焼きさんによると、ホイラーはセミナーばかりしているそうです。今は全然知らないのでわかりませんが、数年前までは見るたびにものすごくいい笑顔で、ウマイタも大繁盛だったので、いい人生を歩んでるんだなーと勝手に思っておりました。







ということで、私自身の好みの問題で「格闘技だけ」という人が好きではなく、格闘技はもちろんトップクラスでそれ以外のことでも天下一品!というのが好きなので、嫌われキャラですがホリオンは結構好きなのです(笑)日本人選手では昔では須藤元気、今では青木真也が好きでっす! 本業で半端ない上、他のこともできる&考えているから。









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http://cafe.quietwarriors.com/?eid=872009

2017.09.28 Thursday

ヒクソンを馬鹿にしたヴィニー・マガリャエス



最近ヒクソンのことを否定的に言う人がちょこちょこ増えてきたということを書きましたが、大物の中では以前にサミール・シャントリがヒクソンの意見に反対を表明していましたね。



参照:サミール・シャントリがヒクソン・グレイシーに反論



さて、ヒクソンが今年3月頃だったかに「最近の柔術黒帯は昔の空手黒帯みたいなもん」と言ったことに対して怒ったのがこの方、ヴィニー・マガリャエス。



参照:ヒクソン・グレイシー「今の柔術黒帯は昔の空手黒帯と同じだ」



サミール・シャントリがヒクソンの「考え方」にきちんと反論しているのに対して、ヴィニー・マガリャエスは明らかに馬鹿にしている・・・







ヒクソンの400戦無敗神話に関してなのですが、みなさんはヘナート・ラランジャを覚えていますか? 日本の柔術界ではたぶんそこまで有名じゃなかったと思うのですが、アメリカでは柔術界で知らない人はいないほど、面白いことを言ったりやったりする人でした。



ヘナート・ラランジャについてはアサイーカフェ、こちらで触れただけだった?→カイオ・テハ 薬物テスト陽性!



ヘナート・ラランジャというのはもちろん「ブラジル風」な名前にした偽名で、本人はアメリカ人の俳優さん。エディ・ブラボーやジョー・ローガンと仲がよくて、よくいろいろやっていました。



ヘナート・ラランジャは名前ももちろん作り物で、経歴も作り物。「27度の世界王者」という触れ込みのキャラ(世界大会は今までそんなにないから誰でもわかる嘘ということ)



ヴィニーはヒクソンの400戦無敗を、こともあろうかヘナート・ラランジャの27度の世界王者と比べてます。す、すごい。怖いもんなしだな。



「ヘナート・ラランジャは27度の世界王者だ。俺は彼が最初のタイトルを取った時3歳だった。俺は黒帯で世界王者になったのは1度きりだが、27度の世界タイトルより意味のあるものだと思ってる。なぜなら俺の試合は人々が見ることができるからさ。彼は27度の世界王者らしいが、人々は彼の試合をただひとつも見ることができない。そんな映像はないんだ。これはヒクソンが400戦無敗と言ってるみたいなもんだ。非常に似ている。数はちょっとズレてるけどな。少なくともヘナートは数を3桁にまではしてないさ(笑)」



だそうです。 うわー、ヒクソンのことをこんな風に言っちゃう人がいるのは驚き。



ちなみに過去にはヒクソンの400戦無敗に関してヘウソン・グレイシーがコメントしていたこともあります。



参照:ヒクソン400戦無敗に関してヘウソンがコメント

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871858

2017.02.08 Wednesday

ヒクソン400戦無敗に関してヘウソンがコメント


エリオ・グレイシーの次男であり、現在は赤帯のヘウソン・グレイシー。


(http://www.hnljiujitsu.com/relson-gracie/)

ヒクソン・グレイシーの400戦無敗に関して、以下のようなコメントをしています。

「本当じゃないと思ってるわけじゃないんだ。ヒクソンは実際にそれだけのファイトをしたんだろう。ジム内でや道場破りとかとね。
ヒクソンは日本で13試合ぐらいした。ズル-との2試合も。ウゴ・デュアルチとやったのは確かにファイトだ。でも400戦にはサンボの試合やアカデミーでのトレーニング、大会、そういう「ファイト」と呼ばれるものが含まれてるんだ。でもそれは本当のファイトじゃない。それはトレーニングさ。ファイトは14か15試合日本でして、ブラジルでも何試合かしただろう。それをファイトと呼ぶのはいいが、ほかは全部練習だ。そのように父(エリオ)は言っていた。ヒクソンが400戦していないという意味じゃない。だがそういうファイトも含めるなら、父は5000戦はしている。父のほうがヒクソンよりもたくさん証明しなきゃならなかったからね」

エリオ・グレイシーが語ったところによると、ヒクソンが試合したのは普通に報道されているものだけ。400戦というのは練習やアマチュアの試合も含めているとのこと。もしエリオがヒクソンのように自分のファイト数を数えたなら、100万ファイトは超えているだろうとのこと。

________________________

ということで、なんだか数がとても適当な感じですが、そのへんはブラジル的ということで(笑) ヒクソン云々よりも、エリオの若かりし頃は本当にすごかった!ということですね。

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Gスピリッツ レビュー

Gスピリッツ Vol.45 (タツミムック)

辰巳出版 (2017-09-27)
売り上げランキング: 549


カールゴッチ特集という事でさっそく買って読んでみました
内容ですが
以前ブログでも紹介した木村政彦に柔道を教えてもらったというプロレスラー ゴリゲレロ
http://kimuramasahiko.blog.fc2.com/blog-entry-2513.html



gory-guerrero-leyenda-museo-de-la-lucha-libre-mexico.jpg

木村政彦の本 わが柔道や過去の証言では198cm200kgの筋骨隆々のボブサップのような巨人だと描かれていましたが
実際には身長, 175cm. 体重, 95kgのメキシコ人プロレスラーでした
そこんとこはかなり吹かしのエピソードでしたね
まぁ 前田光世が戦った巨漢ブッチャーボーイもライオンの夢 コンデ・コマ=前田光世伝 での史料 『前田光世の世界制覇』 では身長六尺(約百八十センチ)、体重三十貫(約百十二キロ)と描かれていましたが
実際には77~81kgの中菱級のレスラーであったことが既にばらされています
http://blogs.masoyama.net/?eid=90

20110618_1862627.jpg

格闘家 プロレスラー 武道家 武術家の逸話は話半分に聞いてマジに受け取らない事ですなぁ

そのゴリゲレロの記事があったんでさっそく読んでみました
木村政彦から直接柔道を学んだことが描かれていますね
木村政彦に関しては以前のGスピリッツインタビューの方が面白かったですなぁ
今回はさらっと10行ほどでしかないわけですから…

カールゴッチ門下生
老レスラー北沢幹之のゴッチ流レスリングの紹介記事
インタビュー記事が秀逸
カールゴッチ ビルロビンソン ロイウッド ジーンラ―ベル
それら老プロレスラー フッカーのサブミッションは
肘だの膝だので痛めつけるノウハウ
首を極めるノウハウ
だのは

競技としてフツーにそんなの昔に行われていたとは

ちょっと思えません

なんせゴッチとロビンソン 藤原 佐山のノウハウの多くはスポーツで許されていないノウハウもある

そんで確信
やっぱりゴッチやロビンソンらキャッチレスリングと呼ばれるものは
グレコローマンやキャッチアズキャッチキャンなどの競技ではなく
オールインレスリング プロレス界のポリスマンと呼ばれる
制裁執行人の裏のノウハウだったと見るべきなんではないでしょうかね

そう考えると荒っぽいノウハウ 骨で痛めつけるノウハウが豊富なのも納得なんですよねぇ

まー
これはあくまでも俺の考察だという事を前もって言っておきます

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