動物農場 人間に支配・搾取・殺戮されていた農場の動物たちが反乱を起こし、支配者の人間を追い出すことに成功する。そして、「人間抜きの動物の楽園」の理想を追求する。皆が平等で、「搾取する者/される者」の関係がなく、誰も殺されず、平和で豊かな暮らし・・・。そんな「新しい平和な世界」を動物たちは夢見て、一生懸命に働いた。しかし、そのうち豚たちが権力を握ることになり、特権階級ができていく。中でも豚のナポレオンが「血の粛清」を繰り返して権力を握り、独裁体制を固めていく。他の動物たちは、「何かおかしいな」と感じながらも・・・。『動物農場』は戦前・戦中の日本とも通じるところがあるのかな・・・。さらには、安倍晋三内閣は「戦前・戦中の日本」を取り戻そうとしている? ちょっと怖い気がする。



































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ジョージ=オーウェル『動物農場』を読む

2014-01-05 20:10:29 | 歴史認識・社会論




 ジョージ=オーウェル『動物農場─おとぎばなし』(岩波文庫/2009年/川端康雄訳・解説)を読んだ。

 ジョージ=オーウェル(1903-1950)は、インド生まれのイギリス人。『動物農場─おとぎばなし』
(Animal Farm─A Fairy Story)は、1943-44年に執筆され、45年8月17日にイギリスの出版社から初めて刊行された(英語版)。

 私は18年ほど前(1995年ころ)、この英語版(PENGUIN)を読んだことがある。しかし、日本語版は今回が初めてだ。

 この「おとぎばなし」の全体の流れ(*途中まで)は、以下のようなものだ。

 人間に支配・搾取・殺戮されていた農場の動物たちが反乱を起こし、支配者の人間を追い出すことに成功する。そして、「人間抜きの動物の楽園」の理想を追求する。皆が平等で、「搾取する者/される者」の関係がなく、誰も殺されず、平和で豊かな暮らし・・・。そんな「新しい平和な世界」を動物たちは夢見て、一生懸命に働いた。しかし、そのうち豚たちが権力を握ることになり、特権階級ができていく。中でも豚のナポレオンが「血の粛清」を繰り返して権力を握り、独裁体制を固めていく。他の動物たちは、「何かおかしいな」と感じながらも・・・。

 著者のオーウェルは、ソ連のスターリン体制を念頭に『動物農場』を執筆した。独裁権力を手中にする豚のナポレオンがスターリン、そのライバル(豚)のスノーボールがトロツキー・・・。そのまま20世紀前半のソ連史に置き換えられそうな「おとぎばなし」だ。

 本書を読んで関心を持った箇所を書き出し、考えたことを【感想】として以下に記す。
  *<  >内は本書からの引用。「・・・」は中略。[  ]内は引用者(星徹)が補った。

(1)
 人間を農場から追い出した後、「指導者」となった豚たちが動物農場の戒律<七戒>(注)を発表し、納屋の壁に書いた。(P34-35)

(注)基本は、2本足で歩くものは敵で、4本足や羽根のあるものは友。「服を着る」「ベッドで寝る」「酒を飲む」「他の動物を殺す」ことは禁止され、「すべての動物は平等である」とされた。

<頭がわるい動物たちは、<七戒>を暗記できない>
→スノーボールは、<七戒>は1つの格言「よつあしいい、ふたつあしだめ」に要約しできる、と宣言。この「格言」が<七戒>より大きな字で書かれた。(P45)
→羊たちは、この要約された「格言」をいつも繰り返し、それ以上は考えようとしなかった。

【感想】
 「頭のわるい」という表現を、現代の人間社会で「ものを突き詰めて考えようとしない」に置き換えて考えてみたい。(生来)とび抜けて頭の良い人は確かにいるが、ごく少数だ。大多数の人の(生来の)頭の出来は、大して違いはないように思う。

 小泉純一郎政権の時代、小泉首相のワンフレーズ・ポリティクス(一言政治)をはじめとする「分かりやすい政治」が国民から熱狂的に支持された。

 しかし、そういった「単純化」の過程で、「権力者らの意向に沿った誘導」がなされるのが常だ。「単純化」する主体が権力者自身なのだから、当然のことだ。

 政治とは元来、複雑で分かりにくいものだ。「ものを突き詰めて考えようとしない」人が社会に増えれば増えるほど、「人々をうまく抱き込んでやろう」と目論(もくろ)む権力者の“楽園”となる。そして、民主主義はしだいに衰退していく。

(2)
<これからは日曜朝の<集い>はもうやらない、とナポレオンは宣言しました。・・・・今後は、農場の運営に関わる諸事万端は、特別委員会でとりきめる。委員長は自分がつとめる。それは非公開の会議とし、ほかのものにはその決定を事後に伝える。・・・討論はもうおこなわない> (P69)

【感想】
 民主主義にとって重要なことは、▽言論・表現の自由 ▽情報公開 ▽議論の徹底化──ということではないだろうか。

 <七戒>は、動物たち皆で議論して決められたものではなく、豚たち指導部だけで決めたものだ。そして、もう日曜朝の<集い>も討論も行われず、全ては特別委員会で決められる。

 この特別委員会での議論は民主的なのか? そんなはずはない。ナポレオンが委員長を務め、反対意見を言うものは「1人」としていないだろう。万が一にもそういった輩がいれば、粛清の対象となる。このようにして、全てがナポレオンの意向に沿って進んで行くことになる。

 こういったことを念頭に置いて、現在の安倍晋三内閣のあり方を考察してみると、多くの「得るものがある」と思う。

(3)
 <七戒>があるにもかかわらず、権力を握った豚(*特にナポレオン)は、牛乳を独占し、ベットに寝て、ビールを飲み、服を着るようになった。そして独裁者となったナポレオンは、目障(ざわ)りな動物たちを次々と粛清していく。

 「あれ、おかしいな。確か<七戒>には・・・」と疑問を持つ動物もいたが、納屋の壁に書かれた<七戒>を確かめてみると、「動物はほかの動物を殺すべからず、理由なしには」などとなっていた。動物たちは「理由なしには?」「そんなこと書いてあったかな?」と疑問に思いつつも、「記憶から抜け落ちていたのかな」と納得してしまう。実は、支配者の豚たちが後からこっそり書き加えていたのだ。

【感想】
 この部分を読んで、特定秘密保護法案の国会での審議(2013年10-12月)のことを思い出した。

 この法案は、国民の知る権利や報道の自由を制限する要素を持つのだが、条文には曖昧な表現が多く、拡大解釈の可能性が危惧された。野党は国会でそのことを批判し、多くのメディアも批判した。

 しかし、政府や与党は「拡大解釈などありえない」「ためにする議論だ」などと言い、「私たちを信じてほしい」といったニュアンスの言葉を繰り返した。

 しかし、条文に明確に書かれていなければ、たとえ国会で「拡大解釈はしない」旨を答弁しても、後になって“優秀な”官僚や政治家が、どのようにでも屁理屈を考え出すだろう。

 ここで、先の(1)の問題ともつながってくる。「ものを突き詰めて考える」国民がいかに多くいるか、にかかっているのだ。政治家や官僚が発する屁理屈の欺瞞性を見抜き、鋭く批判できるか否か。そのことが、民主社会を成熟させられるか否か、につながっていくのだと思う。

(4)
 ナポレオンは、ライバルのスノーボールを粛清・追放する。その後、風車建設を推し進めたが、風車は倒壊してしまった。

<「同志諸君」とナポレオンは静かに言いました。「これはだれのしわざだかわかるか?・・・スノーボールだ!」とかれはとつぜん雷のような声でどなりました。「・・・同志諸君、いまここでわたしはスノーボールに死刑を宣告する。・・・」> (P87-88)

<「同志諸君!」とさけぶスクィーラー[*ナポレオンの子分の豚]・・・「きわめておそるべき事態が発覚した。・・・スノーボールははじめからジョーンズ[*元の農場経営者の人間]とぐるになっていたのだ!・・・」> (P97)

【感想】
 独裁者は、自らのライバルや邪魔になった者を失脚させ、「裏切り者」「スパイ」などと罵倒し、国内の政治・経済がうまく行かない責任をこの「裏切り者」になすりつける。そして、粛清・殺害してしまう(*時には「自己批判」の後で)。よくあることだ。

 この部分を読んで思い浮かべたのは、北朝鮮での最近の出来事だ。国内で「ナンバー2」と言われた張成沢(チャンソンテク)前国防委員会副委員長が、「国家転覆陰謀行為を行なった」として特別軍事裁判で死刑判決を受け、直ちに刑が執行されたのだ。

 この内実については、よく分かっていない。本当に国家転覆陰謀行為を画策したのかどうかも、分からない。しかし、北朝鮮指導部は、経済停滞の責任を張氏に押しつけた。「同じ構図だな」と思った。

(5)
<ナポレオンはいまでは・・・「われらの<指導者>、<同志>ナポレオン」と呼ばれ・・・> (P112)

<ぶたとほかの動物が道で出会ったら、ほかの動物はわきに寄らなければならないということがきまりとして定められました> (P136)

【感想】
 ここでもまた「まさに北朝鮮だな」という思いを強くする。そして、「現在の北朝鮮は、戦前・戦中の日本と似ているな」とも思う。ということは、『動物農場』は戦前・戦中の日本とも通じるところがあるのかな・・・。さらには、安倍晋三内閣は「戦前・戦中の日本」を取り戻そうとしている? ちょっと怖い気がする。


≪翻訳についての感想≫
 この岩波文庫版の翻訳は、必要以上にひらがなが多すぎて、読みにくい箇所が多々あった。(4)の引用文も1つの例。他にも、<でもねこはじつにみごとないいわけをして、いかにもやさしくのどを・・・>(P40)、<なまけてぬすむだけの人間どものためではないということがよくわかっていたからです>(P75)・・・。

 ひらがなが続くと、どこで切れるのかに神経を使い、またパッと見た時に文章が表す状況を即座にイメージできない、という難点がある。けっこう難しい漢字を使っている箇所もあるのに、なぜこうなるのかよく分からない。漢字が続きすぎるのも困るが、もっとバランスを考えてほしい。

 その観点で考えると、角川文庫『動物農場』(高畠文夫訳・解説)の方がだんぜん読みやすい(*まだ全部は読んでいないが)。




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