帰ってきたヒトラー 「昔と同じだね。 同じことを言っている。 みんな最初は笑っていた。 だまされないよ。 忘れてない。」

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http://news.aol.jp/2016/06/17/hitlerisback/


独裁者・ヒトラーを怪演した主演俳優が語る現代社会の恐ろしさとは? ドイツで大ヒット!映画『帰ってきたヒトラー』


五郎丸オガム
2016年06月17日 18時05分





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歴史上「絶対悪」であるヒトラーが現代に甦り、テレビの世界で大スターになるという大胆不敵な設定で世界中を沸かしたベストセラーの実写映画作品『帰ってきたヒトラー』がいよいよ日本に上陸する!そんな話題作で、21世紀にカムバックしたヒトラーを演じたのは、リアリティを追求するために選ばれた無名の実力派舞台俳優オリヴァー・マスッチだ。この度、AOLではマスッチ氏にインタビューを実施。撮影を通じて「民主主義が非常に危険な状況になっている」と彼が実感するワケとは?現代の日本に生きる私たちにとっても他人事ではないかもしれない...!


——エンターテインメントでありながら政治を風刺した素晴らしい作品だったと思います。

ありがとうございます。映画だから娯楽はないといけないと思いますが、それだけだとダメで、メッセージもないといけません。この映画はまさにそれに成功しました。ベストセラーの映画化ということで、たくさんの人の関心を呼び、観客は【笑い】を期待して劇場に足を運ぶのですが、観終わると「これって実は笑えないことなんだな」と気づき、映画館を後にしていました。

——まさしく、最初の方で笑っていたことを、鑑賞後は恐ろしく感じてしまいました。

この映画の狙いは最初は【笑い】です。現代に蘇ったヒトラーの目線で、いろんな状況が語られるということですごく笑える。だけど途中、「何でもいいから人種差別のジョークを考えてくれ」というシーンがあり、そこが破ってはいけないタブーを破るところなのです。強制収容所やユダヤ人に関するジョークが出てくるのですが、要するに犠牲者をジョークのネタにしてしまっている。あのシーンは観客が静かになるんですよ。あの瞬間からそれまでコメディ・風刺映画だったのが悲劇に変わります。

——ドイツでヒットした理由をどうお考えですか?

まず、小説をすごく気に入った方々が観に来られました。また、ドイツではヒトラーものの映画を「観たくない」という人もいるのですが、そういう方々も口コミによって観に来るようになった結果、これだけのヒットになったのだと思います。結局、この映画はヒトラーを茶化しつつも、現代の社会で民主主義が危険な状態になっているということを警告している作品なのです。

——本作でヒトラーを演じることで、ヒトラーに対する考えが変わりましたか?

よく聞かれる質問です(笑)。この映画を撮る前も後も、私のヒトラーに対するイメージは全く変わりません。彼は昔も今も、私にとって非常に邪悪なファシストです。

——では、新しく知ったことなどはありますか?

多くの人が、「今のドイツにはファシズムやナチ政党になびく人など、そんなにいないだろう」「ナチスがまたこの世の中に蘇るなんていうことはありえないだろう」と考えています。しかし、実は私たちがこの映画で実験的にいろいろ行ったことによって、そんなことはないことがわかりました。

映画の中には、ヒトラーに扮した私が親しみを交えて、アドリブで一般の人々と交流するシーンがあるのですが、そこで一般の人が私に対して、外国人を敵視するような発言をするシーンがあります。私がヒトラーに扮し、そういう会話を誘導をすると、そのような発言が出てしまうのです。それは驚きでした。

——マスッチさんがヒトラーに扮して街頭に繰り出すドキュメンタリーのシーンは実験的ですね。あの場面の撮影中に、なにか印象に残ったことなどありますか?

「仕事をしない奴が多い」という人に対して、ヒトラーが「1933年に作ったような強制労働収容所を作ったほうがいいかな」と言ったら、彼が「そうだね」と返答するシーンがありますよね。実はあの後、彼は「強制収容所はやっぱり要るよね」とも言っているのです。あまりにも怖い発言だったので、映画では採用しなかったのですが、それがショックでした。

2台カメラが回っている前で、しかもその発言が映画になることを承諾しサインをした上でのことです。そういう状況であるにもかかわらず、そのような発言をする人がいる。10年前のドイツだったら考えられないようなことが起きてしまっています。

——実際にヒトラーを演じて、ヒトラーはなぜ大衆を動かすことができたのだと思いますか?

当時はドイツが非常に厳しい時代だったからでしょう。また、ヒトラーは「政治とは演説だ」という考え方を持っていて、彼自身非常に演説の上手い人物でした。ヒトラーが登場した時代、第一次大戦の後で、ドイツは恐慌にあえいで大変な時期だったのですが、そういう中でヒトラーが「ドイツは復活できる」「世界チャンピオンになれる」のような誇大妄想のようなことを言って、国民の心を動かしたのです。

——70年前のようにならないようにどうすればいいのかと考えていますか?

この映画を通して、人々は不安を煽られてしまうと簡単に誘導されてしまう、操作されてしまうことも学びました。たとえば、難民問題に対してヨーロッパでは「柵を自分の国に作ってしまえ」と考える政治家もいますが、難民問題はもっと複雑なものです。柵を作っても絶対解決はできないんです。でもそういう簡単な解決策に人々がなびいてしまう、そういう風潮があります。

しかし、私たちが手に入れた大きな価値あるもののひとつが、「民主主義の中で自由に選挙に行ける」ということです。だから、私たちは、自分たちが選ぶ人がどういう人なのか、しっかり見定めて選ばないといけないと思います。ヒトラーのような人が選挙で選ばれないようにするためにも。


映画『帰ってきたヒトラー』は6月17日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他にて全国順次ロードショー

ⓒ2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH





■参照リンク
映画『帰ってきたヒトラー』公式サイト
gaga.ne.jp/hitlerisback



http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/catch/archive/2016/06/0613.html


映画『帰ってきたヒトラー』~主演俳優インタビュー~











香月
「特集・ワールドEYES(アイズ)。
けさはドイツの映画、『帰ってきたヒトラー』をご紹介します。
この作品は、ナチス・ドイツを率いたあのアドルフ・ヒトラーが、現代によみがえるという内容です。






こちら、ポスターに『笑うな危険』と書いてありますとおり、コメディ映画です。」


藤田
「ドイツではこれまで、公の場でヒトラーを笑いのネタにすることはほとんどありませんでしたが、去年(2015年)10月に、この映画がドイツで公開されると大ヒットしました。
ドイツで今、何が起きているのでしょうか?」


香月
「先日、来日したヒトラー役のオリヴァー・マスッチさんにインタビューをしたのですが、まずはこの映画のストーリーから、ご覧下さい。」



“ヒトラー復活?” 異色のコメディー映画




映画『帰ってきたヒトラー』より
“私も生きておる。
これもまた、謎だ。”






1945年に死んだヒトラーが、突然、現代のベルリンにタイムスリップします。









現在が2014年だと知るヒトラー。
新聞やテレビなどのメディアを通して、70年間のドイツの変化に愕然とします。







“どうやら私は死んだとされ、『ドイツ連邦共和国』は、目下、迫力のあるデブ女の指揮下にある。”








モノマネ芸人と勘違いされたヒトラーは、テレビディレクターの目にとまり、番組撮影のために、国中の旅にかり出されます。
その様子が大きな話題を呼び、ついに、ヒトラーは人気バラエティ番組に出演することに…。






“ようこそ、アドルフ・ヒトラー!”








70年の時を超え、再び人々の心を掌握し始めます。








主演のオリヴァー・マスッチさんに、ヒトラー役を引き受けたときの感想を伺いました。








俳優 オリヴァー・マスッチさん
「ドイツ人なら誰もが思うことですが、ヒトラーは問題の多い人物であって、役者としては演じることに、当然、不安を感じますね。








ドイツ人にとってヒトラーは、このように、触れたくない存在なんです。
しかし役作りのために、私はヒトラー本人の演説を500回も聴きました。」



“ヒトラー復活?” 異色のコメディー映画




藤田
「500回も本人の演説を聴いたというマスッチさん、迫真の演技でしたね。」

香月
「そうですね。
また、この映画がユニークなのは、一部でドキュメンタリーの手法というのを取り入れているんです。
つまり、役者がヒトラーの格好をしたままドイツ各地を回り、広場やお店で普通に話を聞いて、それをそのまま撮影して映画で使うという手法を使っているんです。
そうしたところからは、人々が単にヒトラーをもの珍しがるだけでなく、心の底にある本音も伺えます。」



“ヒトラー”が引き出す 人々の心の闇




俳優 オリヴァー・マスッチさん
「今の時代にヒトラーが現れたら、人々はどう反応するだろうか?
それが、私が最も興味を持った点でした。
出演については、ドイツ人として、もちろん不安はありました。
ヒトラーに扮して人々と対話することは、端的に言うとそれは不快なことで、とても恥ずかしいことなんです。」




ヒトラーは、テレビレポーターのように、町の人々に身近な問題について質問を投げかけました。








“一番の悩みは賃金よ、私はね。”

“民主主義に参加してるという実感は?”

“ないわ。
選挙には行かない主義なの。
票は操作されるし、何も変わらないわ。”




“ドイツの問題は何だ?”

“外国人の流入よ。
うれしくはないわ。”






“ヒゲだらけの連中さ、うさん臭いよ。
どこでもいい、追い出してしまえ。”







“帰せばいい。”








“ドイツ、ドイツ!”

ヒトラーの出現は、若者たちの心の底にある愛国心をかき立てました。







“ドイツはクソだ、ナチ野郎め。”








“暴言を許すな、こいつを吊るせ。”








“寄生虫め、こうしてやる。”








“アドルフと撮ってくれ。”








“ヒトラー大好き!”








“ハグしても?”

“喜んで。”







俳優 オリヴァー・マスッチさん
「しかし、徐々に気がついたのは、人々がヒトラーに対して、まだ、敬意を払っているということなんです。
彼らがヒトラーに心を開いていることに、私たちは動揺しました。」



“ヒトラー”が引き出す 人々の心の闇




藤田
「街の人たちも、実際にヒトラーを目の前にすると、愛国心が沸き上がってくるということなんでしょうか?」

香月
「おそらくそういう面もあると思いますけれども、私、実は半年前にドイツに取材に行っているんですが、難民が大勢押し寄せてくることに対して、人々が排斥を訴えるといった姿はほとんどありませんでした。
ただ、マスッチさんも先ほど指摘していましたが、現代のドイツ人がヒトラーを拒否することはなく、むしろ敬意を示したというのが非常に興味深いなと思いました。
こうした点について主演のマスッチさんも、『いろいろ考えさせられることがあった』としています。」



“ヒトラー”が感じた民主主義のもろさ




ヒトラーがテレビスタジオで演説するシーンでは、実際の観客を前にリハーサルなしで行われました。








“この国は何だ?
子どもの貧困、老人の貧困、失業、過去最低の出生率。
無理もない、誰がこの国で子供を産む?







我々は奈落へまっしぐら。
だが、その奈落を我々は知らない。








テレビは奈落を映さず、料理番組しか流さない。
私はテレビと戦う。
20時45分より、『反撃放送』を行なう。”






俳優 オリヴァー・マスッチさん
「私は実際に体験しました。
市民の政治的な言動が、どんどん右に寄っていくのです。







私は民主主義が完璧だとは思いません。
神様から与えられたものではない、ぜい弱な財産なのです。
それを守るためには、注意深さが必要です。
なぜなら、ヨーロッパでもアメリカでも、あなたのところでもそうでしょうか、既に危険にさらされているのです。」





香月
「この映画のメッセージは?」

俳優 オリヴァー・マスッチさん
「メッセージは明らかです。
負の歴史を繰り返さないために、私たちは心していかなければならないのです。」



“ヒトラー”が感じた民主主義のもろさ




藤田
「民主主義の危うさが、今のドイツにはあるということなんでしょうか?」

香月
「やはりヒトラーのナチス党というのは、民主主義の手続きに従って権力を奪取しましたので、そのことを忘れてはならないということだと思うんですよね。
それだけに、有権者である国民が、今の状況が危ういということを認識することが大切だというのが、この映画のメッセージではないかと感じました。」

藤田
「映画『帰ってきたヒトラー』は、今週の17日・金曜日より、全国で順次公開されます。」


http://realsound.jp/movie/2016/06/post-2024.html






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『帰ってきたヒトラー』オリヴァー・マスッチインタビュー

ヒトラーの格好にドイツ市民はどう反応したか? 『帰ってきたヒトラー』主演俳優インタビュー

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オリヴァー・マスッチ

デヴィッド・ヴェンド

帰ってきたヒトラー

洋画








2016.06.22




 ヒトラーが現代にタイムスリップしてくる喜劇『帰ってきたヒトラー』が現在公開中だ。本作は、2012年にドイツで発売され、200万部を売り上げたティムール・ヴェルメシュによる小説の映画化した作品。現代にタイムスリップしてきたヒトラーが、モノマネ芸人としてブレイクし、民衆の心を鷲掴みにしていく模様を描く。ヒトラーに扮した役者が実際にドイツの街に飛び出し、市民やネオナチといった人々の話を聞くなど、セミドキュメンタリー形式を取っている本作。リアリティを追求するため、ヒトラー役には知名度の低い舞台俳優を抜擢したという。今回リアルサウンド映画部では、主演のオリヴァー・マスッチにインタビューを実施し、ヒトラー役に臨んだ理由や役作りの背景について聞いた。

「人々が再び洗脳されてしまうリスクを持っているのか試した作品」

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ーードイツ人として“ヒトラー”を演じることに対して責任やプレッシャーを感じましたか?

オリヴァー・マスッチ(以下、マスッチ):過度なプレッシャーや責任を感じることはなかったよ。なぜならドイツ人がヒトラーを演じることは、いつの時代でも誰が演じても難しいことだと考えていたからね。そもそも、私がヒトラー役を引き受けた理由は作品のコンセプトに惹かれたからなんだ。フィクションとリアリズムを融合した、セミドキュメンタリーというスタイルにとても興味が湧いたんだ。

ーー興味が湧いた理由を具体的に教えてください。

マスッチ:つまり、現代社会の中にヒトラーのような指導者が現れた時、右派になびいてしまうような隙がまだ人々に残っているのか。さらに言うと、人々は再び洗脳されてしまうリスクがあるのか、というテーマを実験し検証するような映画だった。俳優としても、一個人としてもそこに強く興味を惹かれたんだ。私個人の認識としては、演じていたのは歴史上に存在したヒトラーそのものではなく、極めてヒトラーに近い別の人物だ。ヒトラーになりきることで、現在ドイツで起きている実情を暴くというところが、面白く、魅力的なところだと思っている。

ーー実際にヒトラーの心情を理解するためにどんな努力をしましたか?

マスッチ:とにかくヒトラーの演説をたくさん聞いたね。私が特に注目したのは、いわゆるプロパガンダ的な演説をしているヒトラーではなく、ヒトラーが普通の声でフィンランドの将校たちと話している場面だった。そこでのヒトラーは非常に落ち着いた声で話していて、これが彼を理解するという意味でも非常に参考になったよ。そのほかにも、監督とは何ヶ月もかけてヒトラーの役作りを撮影前に考えていった。

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ーー例えば、監督とはどんなことを行ったのですか?

マスッチ:一部は劇中でも使用されていると思うが、ヒトラーの格好で街ゆく人々にインタビューをしてみたり、ヒトラーのもとで秘書の仕事をしないかと新聞に求人広告を出したこともあった。その時はヒトラーに扮したままちゃんと面接を行ったよ(笑)。あとは、自分がヒトラーだと思い込んでいる病人のフリをして、カウンセラーの治療を5時間受けるという実験もした。それらのテストを何ヶ月も実施し役作りをしていったんだ。

ーー劇中では、ドイツ市街にいる人々にインタビューをする場面や料理番組に乗り込んでいくシーンなどがドキュメンタリー形式で映し出されていましたね。

マスッチ:ずっとスタジオの中で演技をしていたわけじゃないからね。スタジオ以外でも、なるべく多くの時間をヒトラーの格好で過ごしたよ。ヒトラーの格好で街中に出ると大騒ぎになってね。そうやって人々が集まってくる中で、ヒトラーとしての発言をしてみるんだ。原発についてや政治家についての提言をね。人々の不安を煽るようなことをたくさん言って、どんな反応が返ってくるのかを試していたんだ。

「ドイツだけでなく、世界の人々の考え方が右派寄りになってきている」

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ーーネオナチやSPD(ドイツ社会民主党)の人々と話したときは、危険を感じたりもしたのでは。

マスッチ:当然したよ(笑)。ネオナチはいつも街中でデモをしているんだ。ちょうど撮影の時期に、ドイツではある裁判が行われたいた。ネオナチの構成員が外国人を何人か殺してしまったことに対する裁判だ。当然、ネオナチは捕まっている人々を解放しろとデモを行っているわけだが、その現場にあえてヒトラーの格好で出向いてみたんだ。ヒトラーの子孫という体でね。ヒトラーとして、今のネオナチはダメだ、協力するなら緑の党と協力しろ、と言ったらとても大きな騒ぎになったよ。さらに、その騒ぎを嗅ぎつけた記者たちがやってきて余計カオスな状態になった。とうとう極左の構成員も騒ぎの中に入ってきて……まぁ、極右と極左は横並びでデモをするから当たり前のことなんだけど。極左の人々は私を見るなり「なんでこんな人を連れてきたんだ」と極右に抗議をするんだけど、極右側も「こんな人を呼んだ覚えはない」と混乱してしまって大変だったよ(笑)。

ーーなるほど。命がけの撮影だったんですね。

マスッチ:ただ、極右の人間はヒトラーに敬意を払ってくれていたんだ。映画にも採用されているけれど、80名前後のネオナチと一緒にバーへ行くことになって、そこで国民的な歌を歌ったり、政治的な議論を大いに繰り広げたのだが、みんな最後にはきちんとナチス式の敬礼をしてくれた。そのシーンで僕は「ニガ」というセリフが用意されていたんだが、その一言以外はすべてアドリブだったよ。

ーー実際に街中の人々の話を聞いてみてどんなことを感じましたか?

マスッチ:ドイツに限った話ではないが、世界の人々の考え方が右派寄りになってきているんじゃないか、と感じている。アメリカの大統領選にトランプ氏が登場したように、右派の勢力が拡大していくことで、人々の思想が過激化していくのではないかと、僕は危機感を覚えるんだ。先日、ヒトラーの出身国でもあるオーストリアで大統領選が行われ、極右候補と“緑の党”系の候補が対立していた。有権者の7割程度(400万票前後)が投票し、幸いなことに結果は緑の党系候補が約3万票という僅差で勝利したが、そこからもとても危うい状況なのがわかる。実際に、国境に柵を設けて難民の流入を抑えている国だってヨーロッパには存在する。

「極右的な考えに流さることは危険だと、気づいてもらえる作りになっている」

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オリヴァー・マスッチ

ーー本作でも、外国人労働者の問題が描かれており、外国人の流入を抑えることに肯定的な姿勢を表していた人々が映し出されていましたね。

マスッチ:どんなに困難な状況に陥ったとしても、柵で人の流入を抑えてはいけない。柵があればそれを乗り越える人が出てきて、それを防ぐために銃を手に取る人もいるだろう。先進国は、豊かな生活がなにかの犠牲の上でなりたっていることをわかっていながら、なにも準備をしてこなかったため、物理的な方法で難民を抑止する羽目になった。しかし、そんなことでは根本的な問題は解決できるわけがない。自国に受け入れるのか、もしくは彼らの祖国で対応するのか、どちらにせよ政治的な決断が必要だと、強く感じたよ。

ーードイツでは原作と映画のどちらも大ヒットを記録していますが、街の人々はどのように受け止めていますか?

マスッチ:ドイツの批評家の中でも、(本書の)発売当初はまったく相手にされていなかったんだ。しかし、本がベストセラーになってから、なぜこの作品がヒットしたのかと議論され始めた。批評家の見方としては、文学的な価値というよりも、これによって引き起こされた現象に価値があると判断されていたね。書籍版と映画で大きく異なるのは、映画の方は面白おかしく笑えるだけではないということだ。書籍よりも一歩踏み込んだ内容が映画には描かれていると言える。映画では、セミドキュメンタリーというスタイルで、現代の社会問題が浮き彫りにされていく模様が描かれていたと思うけど、ベストセラーという肩書きを隠れ蓑にして、身の回りの社会で起きている事実を人々に伝えることができたんじゃないかな。最初は笑って観ている鑑賞者も、物語が進んでいくにつれて、笑ってはいけない恐ろしいものを観ているような感覚に気づき始めるんだ。ヒトラーがどんなに魅力的な人間であろうとも、彼がファシストであることを忘れてはいけない。プロパガンダや極右的な考えに流さることは危険だと、気づいてもらえるような作りになっていると思う。

■公開情報
『帰ってきたヒトラー』
公開中
監督:デヴィッド・ヴェンド
出演:オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト、カッチャ・リーマン
原作:『帰ってきたヒトラー』ティムール・ヴェルメシュ著(河出文庫 訳:森内薫)
配給:ギャガ
2015年/ドイツ映画/116分/カラー/ビスタ/5.1chデジタル/字幕翻訳:吉川美奈子
(c)2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH
公式サイト:gaga.ne.jp/hitlerisback


http://www.moviecollection.jp/interview_new/detail.html?id=586

『帰ってきたヒトラー』オリヴァー・マスッチ インタビュー

極悪独裁者を演じた実力派俳優が、右傾化の危機を訴える!

『帰ってきたヒトラー』オリヴァー・マスッチ インタビュー .

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ヒトラー役をオファーされて驚いた。僕がヒトラーを演じるなんて考えられなかった



『帰ってきたヒトラー』
6月17日より全国順次公開
(C)2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH


世界中に悪名がとどろく歴史上の人物、アドルフ・ヒトラー。そのモノマネで突如脚光を浴びることとなった“芸人”は、実は原題にタイムスリップしたヒトラー、その人だった!

ドイツでは、ディズニー/ピクサーの『インサイド・ヘッド』を上回る大ヒットとなった『帰ってきたヒトラー』が、6月17日よりついに日本公開される。“そっくり芸”で大衆を笑わせながら人々を先導し、その“目的”を果たそうとする恐るべきヒトラーを演じたのは、本作でブレイクした無名実力派俳優オリヴァー・マスッチ。彼に、本作の魅力と“恐ろしさ”について語ってもらった。


──出演をオファーされた時の気持ちを教えてください。



『帰ってきたヒトラー』
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マスッチ:驚きました。まず、ヒトラーを演じるなんて考えられないとエージェントに伝えてもらったんです。僕は身長が193センチあって、ヒトラー役には背が高すぎるし、顔つきもまったく似ていない。だけどプロデューサーたちに是非会いたいと言われた。それで、YouTubeでヒトラーのスピーチの動画をいくつか見て、彼の喋り方を練習しました。
 若い頃に自分がドイツ人であることを自覚して以来、僕はずっとヒトラーを意識して生きてきました。友人たちとスペインへドライブしていたとき、2、3名のオーストリア人が僕たちに向かって「ハイル・ヒトラー!」と叫んだことがあります。そのときも、嫌な気分でした。今回はヒトラー役に取り組むにあたって色々準備をしなくてはなりませんでした。まず隣人に、ヒトラー役を練習していることを知らせました。僕が家で絶えずヒトラーみたいな叫び声をあげていても、彼女がびっくりしないようにね。その後、ベルリンのサヴォイ・ホテルの一室で缶詰め状態になって大量のナチス映画を見たり、ダイアログコーチの指導のもとで方言やイントネーションの訓練をしました。

──同名の原作は「もしもヒトラーが戻ってきたら」というテーマで書かれ、世界中でベストセラーとなった小説です。初めて原作本を読まれたのは、本作の出演が決まる前と後どちらですか?また、読まれた時の感想はどのようなものだったのでしょうか?

マスッチ:出演が決まるまで読んでいなかったし、キャスティングされた後も読みたくなかったんですね。理由は、映画にリアリティを与えたかったからなんです。実際に街頭に出てインタビューをするという即興シーンがあるからヒトラーを演じたいと思ったのですが、原作を読みたいとは思いませんでした。小説はヒトラーの視点で、ありえないようなことが書かれていて非常に面白いんですけれども、復活したヒトラーが芸名を使って小説を書くという設定になっていて「皆の中に自分はいる、いつの時も」というのが主なメッセージとなっています。ですが、私は(映画に)できる限りのリアリティを与えたかったので、小説は読もうと思いませんでした。
 原作を一人で家で読むの分には面白いと思うんです。でも、小説の中の同じシーンを実際に撮影してテスト的に何人かの観客に見せたんですけど、みんな笑わなかったんですよね。なので小説として読むのと映像として見るのは、やっぱり違いがあるんですね。

──ドイツでは昨年公開されました。現在世界各地で注目を集めている過激な扇動者を思い起こす人も多いかと思います。このことについてあなたはどう考えていますか?

マスッチ::この映画を見ている観客の中で、ここでは笑ってほしくないなという所で笑っている人が、残念ながらいるんですね。どこのシーンかというと、ユダヤ人排斥等の人種差別ジョークをどんどん書かせるシーンがありますよね。外国人への敵対的なこととか、強制収容所についてのジョークを皆で書くという。それまではヒトラーが現代に甦ってめちゃくちゃで面白く、コミカルに展開してきたんですけれども、実はあのシーンで、観客に「あれ? ちょっとこれ違うよね」「今まで笑ってきたけど、実はこれって笑っちゃいけないんじゃないの」って感じてもらいたい所なんです。でも、あそこで笑う人がいるっていうのも事実で、街頭インタビューした人の中にも、現実にそういう人がいるんですよね

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撮影中、右寄りな政治を願っているという本音を言ってくる人もいた



『帰ってきたヒトラー』
(C)2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH


──ヒトラーに扮したあなたが、予告なしで街頭に繰り出すパートが印象的ですが、どれくらいの時間、ドキュメンタリー部分の撮影を行ったのでしょうか?
マスッチ:9ヵ月間撮影をしました。そこでは準備の時間も非常に長く取りました。例えば、心理学者でカウンセラーの女性2人に来ていただき撮影したことがありました。私は「精神を病んで自分をヒトラーだと思い込み、軍服を着てベルリン中を歩きまわっている」という設定でした。皆、患者役を演じている“私”の人格的な問題点はどこなのか真剣に見てくれました。また、テストシューティングも色々と行い、例えば、ベルリンで50万人が集まるサッカーW杯のパブリック・ビューイングが行われたのですが、実は反ドイツ的な行動をとるサクラの俳優たちを雇って、「ドイツ馬鹿野郎!」「ドイツ弱い!」等と言わせたんです。それで、人々を操作できるか、乗ってくるかということを試したんですけれども、実際やはり乗ってくる人たちがいて、ついには私のボディーガードが出て行くという事態となりました。
 こういった試みを通じて、配給会社としてはセミドキュメンタリーの手法で撮影ができると判断をしました。その判断に至る前というのは、やはりヒトラーはドイツで非常にタブー視されているテーマですし、外国人を敵視する傾向が高まっているので、大丈夫かどうか確信が持てなかった。しかし、様々な試みを経てGOサインが出た後、(撮影で)ドイツ中を回りました。
 私は最初からパフォーマンスをする必要がなくて、人々の方から反応をしてくれました。それで、私は父親のように優しく、「あなたの問題は何ですか?」と語りかけました。と同時に、当時と同じようなヒトラーの台詞を言っていたんですけれども、人々の中には「今度の選挙で投票するよ!」など言う人もいて、右寄りな政治を願っているという本音を言ってくる人もいました。



『帰ってきたヒトラー』
(C)2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH


──そういった撮影の中で、一般人の反応をどういう風に感じましたか?
マスッチ:やはり、国民がどんどん右へ、場合によっては極右の方へ傾いているということです。こういったことは、数年前のドイツではなかったことなんです。今回、私たちは2台のカメラを、ちゃんと撮影だとわかるように回していたんですけど、そのカメラの前で外国人を敵視する発言をするドイツ人もいて、これはやはり一線を超えてしまっているなと感じました。
 国民というものがいかにたやすく操作されてしまうかということや、困っている問題に対して簡単な方法を提示してくれる人の方に迎合していってしまうこと、そういった単純な方法を訴える人が出てきたら民主主義を捨ててもいいとまで思っている国民もいるということを感じました。強い指導者がほしい、そういう人がいるなら選んでも良いという人がいるんですよ。
 それから、ヒトラーが1933年につくった労働強制収容所があるんですが、現代でも必要だと言ったり、「私を選挙で選んでくれるか?」と聞いたら「Yes」という人もいて、非常に驚きました。
 民主主義というのは第2次世界大戦での約6千万人の犠牲の上に勝ち取ったものですし、とても壊れやすいものですから、しっかりと守らなければいけないと思っています。選挙の時には本当に注意しなければいけないと思っています。

──最後に、日本の観客にメッセージをお願いします。

マスッチ:まず、私たちが勝ち取った民主主義を大事にしてほしいということ。そして選挙に行くときもよく考えてほしいということです。民主主義というものは壊れやすいものです。だから守っていかなくてはならないんです。不安を煽る人がいますが、そういう人についていかないでください。
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(2016/06/21)



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オリヴァー・マスッチ

Oliver Masucci

1968年生まれ。中学時代に演劇に興味を持ち、ベルリン芸術大学(UdK)を卒業後、舞台俳優としてキャリアを築き始める。09年より、ウィーン・ブルク劇場のアンサンブル常任メンバーとなり、幅広い作品に出演してきた。映画では、フロリアン・バクスマイヤー監督の短編『Die rote Jacke』(02年)にバイエルン兵士役で出演。同作はアメリカの学生アカデミー賞を受賞し、さらに米アカデミー賞にもノミネートされた。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B8%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC

帰ってきたヒトラー





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帰ってきたヒトラー
Er ist wieder da


著者
ティムール・ヴェルメシュ

訳者
森内薫

発行日
2012

ジャンル
風刺小説


ドイツの旗 ドイツ

言語
ドイツ語

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『帰ってきたヒトラー』(かえってきたヒトラー、原題:Er ist wieder da 「彼が帰ってきた」)は、ティムール・ヴェルメシュが2012年に発表した風刺小説である。現代のドイツに蘇ったアドルフ・ヒトラーが巻き起こす騒動を描く。ドイツではベストセラーになり[1]、映画化されている[2]。

ヒトラーに対する数々の肯定的な描写から物議を醸したが[3]、ヴェルメシュ自身は、ヒトラーを単純に悪魔化するだけではその危険性を十分に指摘できないとし、リアルなヒトラー像を表現するためにあえてその優れた面も描き出したと述べている[4]。



目次 [非表示]
1 あらすじ
2 登場人物
3 出版
4 評価
5 映画 5.1 ストーリー
5.2 キャスト
5.3 製作

6 脚注 6.1 注釈
6.2 出典

7 外部リンク


あらすじ[編集]

1945年に自殺したアドルフ・ヒトラーは、自殺直前の記憶を失った状態でベルリンの空き地で目を覚ます。ヒトラーは戦争指導に戻るため総統地下壕に向かおうとするが、ベルリンの人々が自分を総統と認識していないことに疑問を抱く。ヒトラーは情報を得るために立ち寄ったキオスクで、自分がいる時代が2011年のベルリンであることに気付き衝撃を受け、空腹と疲労が重なりその場に倒れ込んでしまう。

倒れ込んだヒトラーは、キオスクの主人に介抱され目を覚ます。キオスクの主人はヒトラーを見て「ヒトラーそっくりの役者かコメディアン」だと思い込み、「店の常連の業界人に紹介するから、しばらく店で働いてくれないか」と頼み込んだ。地位も住処も失ったヒトラーは、生活の糧を得るため仕方なくキオスクで働き始めるが、数日後、キオスクの主人に紹介されたテレビ番組制作会社のゼンゼンブリンクとツヴァツキのスカウトを受け、コメディアンとしてトーク番組に出演することになる。また、専属秘書のヴェラ・クレマイヤーからパソコンの使い方を習い、「インターネッツ[5]」や「ウィキペディア」を通して情報を得て現代に適応していく。

ヒトラーはトーク番組でトルコ人を罵倒する演説を打つと、その映像がYouTubeにアップロードされ、一躍人気コメディアンとなる。ヒトラーはその後、タブロイド紙との騒動や極右政党への突撃取材など社会の反響を巻き起こし、ドイツで最も有名なコメディアンとなる。ヒトラーは自分の人気を「ナチズムを支持する国民の声」と解釈し、再び政界に進出することを考え事務所探しを始める。しかし、ヒトラーは「ドイツを冒涜した」としてネオナチから襲撃を受け重傷を負う。襲撃事件が報道されると、社会はヒトラーを「ネオナチの暴力に立ち向かうヒーロー」として持てはやし、政界からは与野党問わず入党依頼が舞い込んで来た。ヒトラーは療養先の病院で社会の動きを見つつ、司会を任された新番組の構想と選挙運動の準備を進めていた。

登場人物[編集]
アドルフ・ヒトラーナチス・ドイツの総統。1945年の自殺後に2011年のドイツにタイムスリップしてくる。持ち前の知能の高さから、自分がタイムスリップした事実とドイツの戦後の歴史を理解し、再び政界復帰を目指す。カルメン・ベリーニテレビ番組制作会社・フラッシュライト社の女性副社長。ヒトラーの才能を見込み、専属コメディアンとして採用する。会社の実質的な経営を任されており、ヒトラーからも手腕を認められている。ヨアヒム・ゼンゼンブリンクフラッシュライト社の社員。ヒトラーをコメディアンとしてスカウトする。種々の能力には優れているが、問題が起きると責任回避に腐心する性格で、ヒトラーからは「小心な中間管理職」と思われている。フランク・ザヴァツキフラッシュライト社の社員。ヒトラーのトーク(演説)に感激し、ヒトラーの番組作りに積極的に協力する。下巻終盤でクレマイヤーと結婚する。ヴェラ・クレマイヤーフラッシュライト社の女性社員。ヒトラーの秘書として事務処理を担当する。ヒトラーからは「ユンゲの代わり」として重宝されている。ゴシップ騒動やユダヤ人の祖母からの叱責に葛藤する。アリ・ジョークマンフラッシュライト社所属の人気コメディアン。エスニックジョークを得意とし、トーク番組〈クラス・アルター〉の司会を務めている。番組にゲストとして出演したヒトラーに人気を奪われたため、ヒトラーのことを煙たがっている。ウルフ・ブロンナーフラッシュライト社の助監督。ヒトラーの番組の撮影クルーのリーダー。ウーテ・カスラーヒトラーのトーク(演説)を「悪趣味なプログラム」として批判するビルト紙の女性記者。ヒトラーへの単独インタビューを申し込む。ベアテ・ゴルツ大手出版社の女性編集者。社会的な注目を集めるヒトラーに本の執筆を持ちかける。イルムガルトヒトラーが入院した病院の看護婦。ヒトラーからは「自分が20歳若ければ」と好意を寄せられている。ホルガー・アプフェル(ドイツ語版)実在の政治家。「ナチスの後継者」を自称するドイツ国家民主党の党首。ヒトラーからは「民族主義を理解していないならず者」と突撃取材で批判されてしまう。レナーテ・キュナスト(ドイツ語版)実在の政治家。緑の党の元党首。ヒトラーの冠番組〈総統は語る〉のゲストとして登場。政策におけるナチスとの親和性を指摘され、困惑する。ジグマール・ガブリエル実在の政治家。ドイツ社会民主党の党首。人気を集めるヒトラーに自党への入党を持ちかける。
出版[編集]

本書の定価は19.33ユーロで、これはナチ党の権力掌握が行われた1933年にちなんだものである[2]。2013年5月の段階で20ヶ国語での翻訳が決定していた[6]。クリストフ・マリア・ヘルプスト(ドイツ語版)の読み上げによるオーディオブック版も存在する[7]。

日本語版は河出書房新社より2014年1月21日に発売された。2016年4月には同社より文庫版が刊行された。これには単行本には収録されなかった原著者による注解の一部が付された。

日本語版(単行本・文庫本)の発行部数は、文庫本の刊行から3か月の時点で累計24万部を突破している[8]。

評価[編集]

ユダヤ系アメリカ人向け新聞・前進紙にて、ガブリエル・ローゼンフェルドは本書を「スラップスティック」でありながら、最終的には道徳的なメッセージにたどり着く作品と評した。ただし、ローゼンフェルトはヴェルメシュがドイツ人によるナチズムの許容を説明するためにヒトラーを人間的に書いたのであろうと認めつつ、その描写が作品自体のリスクを高めているとして、「(読者は)ヒトラーを笑っているだけではない、彼と共に笑っているのだ」(laugh not merely at Hitler, but also with him.)と書いている[3]。

南ドイツ新聞紙にて、コルネリア・フィードラーは本書の成功について、作品のクオリティや文学的魅力よりも、ヒトラーを主人公に選んだこと、そして彼を漫画のような滑稽さや邪悪さをもって描かなかったことが大きな理由であろうと断定し、歴史的事実をあいまいにするリスクがある一方で、ヴェルメシュがヒトラーを笑いの対象にしたかったのだろうともしている[9][10]。

映画[編集]


帰ってきたヒトラー

Er ist wieder da
Er ist wieder da.jpg

監督
デヴィット・ヴェント(ドイツ語版)

脚本
デヴィット・ヴェント

原作
ティムール・ヴェルメシュ

製作
ラース・ディートリヒ
クリストフ・マーラー(ドイツ語版)

製作総指揮
オリヴァー・バーベン(ドイツ語版)
マルティン・モスコヴィッツ(ドイツ語版)

出演者
オリヴァー・マスッチ(ドイツ語版)
ファビアン・ブッシュ(ドイツ語版)
カッチャ・リーマン
クリストフ・マリア・ヘルプスト(ドイツ語版)
フランツィスカ・ウルフ(ドイツ語版)

音楽
エニス・ロトフ(ドイツ語版)

撮影
ハンノ・レンツ(ドイツ語版)

制作会社
コンスタンティン・フィルム
ミトス・フィルム

配給
日本の旗 ギャガ

公開
ドイツの旗 2015年10月8日
日本の旗 2016年6月17日

上映時間
116分

製作国
ドイツの旗 ドイツ

言語
ドイツ語
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2015年10月8日公開[11]。コンスタンティン・フィルムが制作を担当し、オリヴァー・マスッチ(ドイツ語版)が主演を務める[12]。2014年11月8日から12月22日にかけて撮影が行われ[13]、公開第3週には興行収入ランキング第1位となった[14]。2015年における興行収入は21万ドルを超え、2016年にはヨーロッパ各国で公開されている[15]。日本でも2016年に公開されている[16][17]。

2016年2月16日、イタリアのインディアナ・プロダクションが、ベニート・ムッソリーニを主人公にしたリメイク作品の製作権を取得していることが報じられた[15]。共同経営者のマルコ・コーエンによると、既に脚本の執筆も進められているという[15]。

ストーリー[編集]

2014年のベルリンに蘇ったヒトラーは、疲労で倒れ込んだところをキオスクの主人に助けられ、そのままキオスクに居候することになった。同じ頃、テレビ会社「My TV」をクビになったザヴァツキは、撮影した映像にヒトラーそっくりの男が映り込んでいるのを発見し、テレビ会社に復職するための自主動画を撮影するためヒトラーと共にドイツ中を旅する。ザヴァツキは撮影した動画を手土産にテレビ会社に復職し、ヒトラーはトーク番組「クラス・アルター」へのゲスト出演が決定した。ヒトラーの政治トークは視聴者の人気を集め、一躍人気者となる。しかし、ドイツ人にとってタブーである「ヒトラーネタ」で視聴率を集める局長のベリーニに反発するスタッフが現れ始め、中でも局長の地位を狙う副局長のゼンゼンブリンクはベリーニを失脚させるため、ヒトラーのスキャンダルを探していた。ゼンゼンブリンクはザヴァツキの撮影した動画の中からヒトラーが犬を射殺するシーンを見つけ出し、トーク番組で映像を公開させる。視聴者からの批判を受けたヒトラーは番組を降板させられ、彼を重用したベリーニもテレビ会社をクビになる。

ザヴァツキの家に居候することになったヒトラーは、自身の復活談を描いた『帰ってきたヒトラー』を出版する。『帰ってきたヒトラー』はベストセラーとなり、ザヴァツキとベリーニは映画化を企画する。一方、ヒトラーが降板した「クラス・アルター」は視聴率が低迷し打ち切りが決まり、新局長となったゼンゼンブリンクは番組を立て直すため映画製作への協力を申し出る。映画製作が進む中、監督となったザヴァツキは恋人のクレマイヤーの家にヒトラーと共に招待されるが、ユダヤ人であるクレマイヤーの祖母がヒトラーを拒絶する。クレマイヤーがユダヤ人だと知った時のヒトラーの反応を見たザヴァツキは疑念を抱き、ヒトラーが最初に現れた場所が総統地下壕跡地だったことに気付き、ヒトラーがモノマネ芸人ではなく本物の「アドルフ・ヒトラー」だと確信する。ザヴァツキはベリーニに真実を伝えるが相手にされず、取り乱した様子から「精神を病んだ」と判断されたザヴァツキは精神病棟に隔離されてしまう。映画がクランクアップした頃、ヒトラーは自身を支持する若者を集めて新しい親衛隊を組織し、再び野望の実現のために動き出す。

キャスト[編集]

※括弧内は日本語吹替
アドルフ・ヒトラー - オリヴァー・マスッチ(ドイツ語版)(飛田展男)
ファビアン・ザヴァツキ - ファビアン・ブッシュ(ドイツ語版)(増元拓也)
カッチャ・ベリーニ - カッチャ・リーマン(勝生真沙子)
クリストフ・ゼンゼンブリンク - クリストフ・マリア・ヘルプスト(ドイツ語版)(板取政明)
フランツィスカ・クレマイヤー - フランツィスカ・ウルフ(ドイツ語版)
ミヒャエル・ヴィツィヒマン[注 1] - ミヒャエル・ケスラー(ドイツ語版)
リコ・マンチェロ - ミヒャエル・オストロウスキ(ドイツ語版)
ザヴァツキの母 - ロマナ・クンツェ=リブノウ(ドイツ語版)
キオスクの主人 - ラース・ルドルフ(ドイツ語版)
クレマイヤーの祖母 - グドルーン・リッター(ドイツ語版)
ゲッヒリヒター - ステファン・グロスマン(ドイツ語版)
テレビ局社長 - トーマス・ティーメ
ゲアハルト・レムリッヒ - クリストフ・ツェマー(ドイツ語版)
ウルフ・ビルネ - マクシミリアン・ストレシク
ウーテ・カスラー - ニナ・プロール(ドイツ語版)[注 2]
本人役 - クラース・ハウファー=ウムラウフ(ドイツ語版)
本人役 - ヨーコ・ヴィンターシャイト(ドイツ語版)
本人役 - ダニエル・アミナチ(ドイツ語版)
本人役 - イェルク・タデウツ(ドイツ語版)
本人役 - ロベルト・ブランコ(ドイツ語版)
本人役 - ミヒャエラ・シェーファー(ドイツ語版)
本人役 - ダギ・ビー(ドイツ語版)
本人役 - フレシュタージ(ドイツ語版)
本人役 - ロベルト・ホフマン(ドイツ語版)
本人役 - ヨイス・イルク(ドイツ語版)
本人役 - フランク・プラスベルク(ドイツ語版)

製作[編集]

監督のヴェントはガーディアンのインタビューに、「極右復活の危険性が常に存在していることを強調した」と語っており、マリーヌ・ル・ペンやヘルト・ウィルダースの演説、西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者によるデモのニュース映像が使用されている[14]。また、映画では製作当時に問題となっていた難民流入問題を取り上げている[18]。

マスッチはヒトラーの演説を暗唱し、彼が好んでいたリヒャルト・ワーグナーのオペラを鑑賞するなどの役作りを行ったが、オファーを受けた当初は「私はヒトラーよりも背が高い(マスッチはヒトラーよりも10センチメートルほど背が高い)し、顔付きも違う」と返答したという[19]。マスッチは、ヒトラーの映像の中で最も参考になったのは演説の映像ではなく日常会話の映像だと語っており、「ソフトで包容力を持った父親のようなヒトラー」を意識して演じたという[20][21]。また、偽鼻や偽上唇などを付けるため、メイクアップには2時間かかるという[19]。

映画ではヒトラーが市民と会話するシーンがあるが、これはヒトラーに扮したマスッチが実際にベルリンなどの街中に現れ市民と対話するアドリブ形式で撮影されており[14]、撮影の際にはマスッチが襲われる可能性を想定しボディーガードが同伴した[19]。実際には忌避されるよりも好意的に接してくる市民の方が多く、撮影期間中に2万5,000回自分撮りをされ、「まるでポップスターだった」と語っており、ヒトラーへの忌避感が薄れていることに驚いたという[18][20]。一方、ブランデンブルク・アン・デア・ハーフェルで撮影を行った際にはドイツ国家民主党(NPD)の集会に参加したが、その姿と言動を見た党員と揉めた挙句、騒ぎを聞きつけた極左構成員や記者が加わり集会は混乱状態になった[22][23]。最終的にはNPD党員と打ち解け、80人程の党員とバーに行くことになり、その際に党員から「あなたがいれば(党勢を)拡大できる」と言われたという[20][22]。

脚注[編集]

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注釈[編集]

1.^ 原作小説のアリ・ジョークマンに相当する人物。
2.^ ノンクレジット。

出典[編集]

1.^ German Comic Novel About Hitler Becomes Bestseller, at Algemeiner Journal; published 7 January 2013; retrieved 16 December, 22013
2.^ a b Connolly, Kate (2013年2月5日). “Adolf Hitler novel tops German bestseller list but divides critics”. The Guardian (London) 2013年12月16日閲覧。
3.^ a b Rosenfeld, Gavriel (2013年2月19日). “Rebooting The Führer: Adolf Hitler Brought Back To Life in German Hit Novel”. Jewish Daily Forward 2013年12月16日閲覧。
4.^ “プロダクション・ノート”. 映画『帰ってきたヒトラー』公式サイト (ギャガ) 2016年4月26日閲覧。
5.^ 『帰ってきたヒトラー 上』河出文庫、森内薫訳、168頁。ISBN 978-4-309-46422-0。
6.^ Evans, Steven (2013年5月2日). “Timur Vermes' Hitler novel: Can the Führer be funny?”. BBC Worldwide 2013年12月22日閲覧。
7.^ Passlick, Hanna (2013年6月19日). “Christoph Maria Herbst liest "Er ist wieder da" [Christoph Maria Herbst reads "Er is wieder da"]”. Neue Westfälische (Bielefeld) 2013年12月16日閲覧。
8.^ 河出「帰ってきたヒトラー」、海外文学では異例の24万部突破、WorkMaster、2016年08月04日 10:42。
9.^ Fiedler, Cornelia (2013年1月9日). “Ha, ha, Hitler”. Süddeutsche Zeitung (Munich) 2013年12月16日閲覧。
10.^ Fiedler, Cornelia (2013年1月9日). “Ein medialer Wiedergänger [A media zombie]”. Süddeutsche Zeitung (Munich) 2013年12月16日閲覧。
11.^ “Die ersten Trailer sind da - im Oktober kommt Hitler ins Kino”. Tagesspiegel 2015年8月5日閲覧。
12.^ “Hitler Sightings In Berlin? Constantin Trots Out Look-Alike For ‘Borat’-Esque ‘Look Who’s Back’”. deadline. (2014年11月5日) 2015年7月26日閲覧。
13.^ “Er ist wieder da”. filmportal.de 2015年10月11日閲覧。
14.^ a b c “Hitler comedy Look Who's Back becomes Germany's No 1 movie”. ガーディアン. (2015年10月27日) 2015年11月8日閲覧。
15.^ a b c “Berlin: Hitler Comedy ‘Look Who’s Back’ Set For Italian Redo Reimagining Mussolini’s Return (EXCLUSIVE)”. バラエティ. (2016年2月16日) 2016年2月17日閲覧。
16.^ “Look Who's Back”. ギャガ 2015年12月29日閲覧。
17.^ “独裁者ヒトラーがモノマネ芸人に間違えられる!?風刺小説もとにしたコメディ公開”. 映画ナタリー. (2016年3月22日) 2016年3月22日閲覧。
18.^ a b “排他主義のヒトラーを演じた独男優は「難民受け入れに賛成」だった? 映画「帰ってきたヒトラー」”. 産経新聞 (2016年6月19日). 2016年6月20日閲覧。
19.^ a b c “David Wnendt on filming Look Who's Back: 'Our idea was to see how people react to Hitler'”. ガーディアン. (2015年10月6日) 2016年2月3日閲覧。
20.^ a b c “現代にヒトラーがよみがえった!「強制収容所を作る」と言いだす彼に大衆の反応は?”. dot. (2016年6月20日). 2016年6月20日閲覧。
21.^ “ヒトラーと自撮り!30キロ増の総統閣下役、人を誘導する秘訣とは?”. シネマトゥデイ (2016年6月15日). 2016年6月20日閲覧。
22.^ a b “ヒトラーの格好にドイツ市民はどう反応したか? 『帰ってきたヒトラー』主演俳優インタビュー”. Real Sound (2016年6月22日). 2016年6月24日閲覧。
23.^ Hesse, Heiko (2014年10月25日). “Wirbel um Auftritt von Hitler-Double”. Märkische Allgemeine 2015年8月22日閲覧。

外部リンク[編集]
Interview with Timur Vermes, author of Er is wieder da, on YouTube
映画『帰ってきたヒトラー』公式サイト
帰ってきたヒトラー - allcinema
Er ist wieder da - インターネット・ムービー・データベース(英語)




カテゴリ: 2012年の小説
ドイツの小説
ベルリンを舞台とした作品
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ドイツの映画作品
アドルフ・ヒトラーを題材とした映画作品
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ベルリンを舞台とした映画作品
ギャガ
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笑った後にゾッとする…衝撃映画「帰ってきたヒトラー」が日本公開
6月17日から映画「帰ってきたヒトラー」が全国順次公開となりました。本作はドイツで200万部を超えるベストセラーを記録し、世界41か国で翻訳された小説を映画化したものです。ヒトラーが21世紀に蘇ったら…?という荒唐無稽なストーリーが話題を呼んでいます。

更新日: 2016年06月17日


銀河鉄道の昼さん









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映画「帰ってきたヒトラー」がついに日本公開!






あの問題作がついに日本公開!



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帰ってきたヒトラー




あの問題作がついに日本公開!


映画「帰ってきたヒトラー」が6月17日から全国で順次公開されます。原作の「Er ist wieder da」は本国ドイツにおいて200万部を超えるベストセラーを記録し、ここ日本でも16万部を記録するなど世界的に話題を呼んだ作品です。1945年にベルリンで自殺したヒトラーが21世紀に蘇ったら…?という荒唐無稽なストーリーながら、所々に織り交ぜられた強烈なブラックジョークや、現代社会への啓発ともとれる内容が話題を呼びました。そんな同作を映像化した本作は原作の挑戦的な作風を尊重しつつ、現代ドイツの世相をしっかりと映像の中に刻み込むなどの工夫を加え、観るものを惹きつける秀作となっています。







映画『帰ってきたヒトラー』が、6月17日より日本で公開される。



出典
70年ぶりに蘇ったヒトラーに共感!? 劣化する日本に通じる「不気味な恐ろしさ」の正体  | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]



















現代にタイムスリップしたアドルフ・ヒトラー総統が、ものまね芸人として人気を集める-。



出典
映画「帰ってきたヒトラー」オリバー・マスッチ コメディーが…やがて悲劇へと(1/2ページ) - 産経ニュース



















ドイツ国内だけで200万部以上を売り上げた大ベストセラーを映画化した本作は、「大いに笑えて、思わずゾクッとする」ブラックコメディ映画だ。



出典
新作映画『帰ってきたヒトラー』を観るべき理由――タブー恐れぬ「勇気と知性」に拍手 [T-SITE]



















物語:自殺したはずのヒトラーが現代に蘇り…








1:40




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映画『帰ってきたヒトラー』予告編










1945年に自殺したアドルフ・ヒトラーがなぜか現代によみがえり(自殺するまでの記憶や人格はそのままで)、戸惑いながらもかつての「アドルフ・ヒトラー」そのままの人物として行動



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【書評】『帰ってきたヒトラー』



















その姿を見た周囲の人物は、きっとヒトラーの物まねをする芸人に違いないとして彼をもてはやし、メディアで取り上げるようになります



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【書評】『帰ってきたヒトラー』



















かつてのヒトラーを模した完成度の高い芸と認識される自信に満ちた演説。過激な毒演は、ユーモラスで真理をついていると話題に。いつしか大衆の心を掴み始めます。



出典
【プレゼント終了】世界中を沸かした”超問題アリ”ベストセラー!「帰ってきたヒトラー」一般試写会12組24名様に | Grapps(グラップス)



















皆気づいていなかった。彼がタイムスリップしてきた〈ホンモノ〉で、70年前と全く変わっていないことを。そして、天才扇動者である彼にとって、現代のネット社会は願ってもない環境であることを



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【動画】「ザ・ニュースペーパー」による舛添&トランプモノマネが皮肉たっぷり | ガジェット通信



















原作はドイツで数百万部を売り上げた大ベストセラー作品






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帰ってきたヒトラー 上 (河出文庫 ウ 7-1)




全世界41か国で翻訳された大ベストセラー作品


帰ってきたヒトラー
原題:Er ist wieder da 「彼が帰ってきた」
著者:ティムール・ヴェルメシュ

1945年に自殺したアドルフ・ヒトラーは、自殺直前の記憶を失った状態でベルリンの空き地で目を覚ます。そこはなんと2011年の現代ドイツだった。その事実をを知ったヒトラーは大きなショックを受ける。背に腹は代えられずキオスクで働き始めたヒトラーだが、テレビ番組制作会社のゼンゼンブリンクとツヴァツキのスカウトを受け、テレビのトーク番組に出演することに。ヒトラーは持ち前の巧みな弁舌によって一躍人気者となり、やがて大衆の支持を獲得していく。ヒトラーはドイツをどこへ導こうとしているのか…。







河出書房新社から上下巻で翻訳書が発売されているティムール・ヴェルメシュの「帰ってきたヒトラー」は、現代に蘇ったヒトラーが芸人になるという奇想天外な展開が繰り広げられる風刺小説



出典
現代に蘇ったヒトラーが芸人に!ベストセラー実写化のドイツ映画が話題 - シネマトゥデイ



















ドイツで発売された原作小説は、絶賛と非難の爆風をくぐり抜け、国内で200万部を売り上げ、世界41カ国で翻訳、権威あるタイムズのベストセラーリストでも堂々NO.1に輝いた



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【募集終了】『帰ってきたヒトラー』試写会にご招待 - AOLニュース



















そして、まさかの実写映画は、ドイツにおいて、ディズニーの大ヒットアニメ『インサイド・ヘッド』を抑えて第1位を獲得。



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【募集終了】『帰ってきたヒトラー』試写会にご招待 - AOLニュース



















原作の意欲的な作風を尊重しつつ、多くの工夫を加えている






ブラックジョーク満載の作品となっている


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eiga.com




ブラックジョーク満載の作品となっている










ドイツ人が書き、ドイツでベストセラーとなったことで世界中を驚かせた原作は、ヒトラーの一人称で展開される意欲的で強烈、勇敢にして芸の細かい風刺小説。



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帰ってきたヒトラー : 映画評論・批評 - 映画.com



















原作自体が賛否を呼びながらもミリオンセラーになっているだけに、作り手に躊躇や遠慮は見られない。



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『帰ってきたヒトラー』 モノマネ芸人と間違われた本物  映画・音楽 全国のニュース|福井新聞ONLINE:福井県の総合ニュースサイト



















本作が見事なのは、フィクションの利点を用いてヒトラーの人間的魅力というタブーに果敢に切り込んでいることに加え、虚実のあわいという映画的な主題にまで触れているところ。



出典
『帰ってきたヒトラー』 モノマネ芸人と間違われた本物  映画・音楽 全国のニュース|福井新聞ONLINE:福井県の総合ニュースサイト



















ヒトラーになりきったマスッチが実在の政治家や有名人、ネオナチと顔を合わせるアドリブシーンを盛り込んだ過激な内容が話題を呼んだ。



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誰も敬礼をしてくれない?「帰ってきたヒトラー」苦悩の本編映像公開 : 映画ニュース - 映画.com



















無名の実力派俳優を主演に起用、リアリティを追求する






ヒトラーを演じるのは舞台俳優のオリヴァー・マスッチ


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eiga.com




ヒトラーを演じるのは舞台俳優のオリヴァー・マスッチ










主役を演じるのは、リアリティを追求するために選ばれた無名の実力派舞台俳優オリヴァー・マスッチ。



出典
OKMusic - ソーシャルミュージックサイト - オーケーミュージック



















素顔は、ヒトラーにそれほど似ていないが、身のこなしが、記録映像のヒトラーにそっくりとのことでの抜擢



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今週末見るべき映画「帰ってきたヒトラー」 (3/3)|アート|Excite ism(エキサイトイズム)



















『帰ってきたヒトラー』製作陣が見つけ出した才能は、劇中で私たちを笑わせ、そしてそら恐ろしい気持ちにさせてくれます



出典
映画『帰ってきたヒトラー』主演俳優に聞く「ヒトラーの姿を見て喜ぶドイツ人がいた事に驚いた」 | ガジェット通信



















インターネットを利用して国民的な人気者となるヒトラー








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「帰ってきたヒトラー」特別映像










公開された本編映像には、一躍時の人となったヒトラー総統についてYoutuberが即座に反応し、賛否の盛り上がりを見せる様子が収められている



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「帰ってきたヒトラー」特別映像公開、YouTuberたちが総統フォロー - 映画ナタリー



ヒトラーメイクについてレクチャーする者や総統を使ったアニメーションをアップする者まで現れ始め、さらなる盛り上がりを見せていく



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「帰ってきたヒトラー」特別映像公開、YouTuberたちが総統フォロー - 映画ナタリー













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ヒトラーの主張は現代においても大きな意味を持つことを示唆する


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okmusic.jp




ヒトラーの主張は現代においても大きな意味を持つことを示唆する










支持者は雪だるま式に膨れ上がり、ヒトラーが現代にやってきたらこうなる、という恐ろしい世界を体感できる



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“帰ってきた”ヒトラーにYouTubeが“祭り”状態!?ブラック要素満載の本編映像公開 : 映画ニュース - 映画.com



















「ドイツ人は苦闘を続けている。2回の大戦時よりひどい。諸君は奈落へまっしぐら。まだ見ぬ奈落へ。テレビのせいだ」と訴えるヒトラーの主張が、現代のドイツ国民にとって聞き逃せないものであることも示唆されている



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“帰ってきた”ヒトラーにYouTubeが“祭り”状態!?ブラック要素満載の本編映像公開 : 映画ニュース - 映画.com



















時が経っても人心は変わらず?本音をぶっちゃける一般市民の姿






オリヴァー扮するヒトラーが街中に現れると…


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eiga.com




オリヴァー扮するヒトラーが街中に現れると…










本作では物語と平行して、ヒトラーにふんしたオリヴァーが実際にドイツの街中に出て、“ヒトラーとして”市民と交流するというドキュメンタリー撮影が効果的に挿入されている



出典
ヒトラーと自撮り!30キロ増の総統閣下役、人を誘導する秘訣とは? - シネマトゥデイ



















大勢の観光客でにぎわうブランデンブルク門に軍服姿のヒトラーが出現。袋だたきに遭うかと思いきや、人々はヒトラーを抱きしめ、一緒に写真を撮りたがる。



出典
映画「帰ってきたヒトラー」オリバー・マスッチ コメディーが…やがて悲劇へと(1/2ページ) - 産経ニュース



















ヒトラーにふんしたオリヴァーと一緒に自撮りをしたり、笑顔で会話したりと、彼に対して肯定的な人々が多くいるのが印象的だ



出典
ヒトラーと自撮り!30キロ増の総統閣下役、人を誘導する秘訣とは? - シネマトゥデイ



















ヒトラーは各地で人々の抱えた不満に聞き入る。総統に見つめられ、移民問題などについて“本音”を口にし始める人々の様子から、独国民がヒトラーに抱く複雑な感情が浮かび上がってきて興味深い。



出典
映画「帰ってきたヒトラー」オリバー・マスッチ コメディーが…やがて悲劇へと(2/2ページ) - 産経ニュース



















"ヒトラー"が「不満はないか?」と問いかけると…






"顔出し"映像で堂々と移民に対する不満を述べる人も


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"顔出し"映像で堂々と移民に対する不満を述べる人も










ヒトラー役に扮する俳優が突然町中に現れて、アドリブ形式でひとびとに突撃インタビューを敢行。ヒトラーの意見に同調してしまうドイツ人の姿をあぶり出していく。



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70年ぶりに蘇ったヒトラーに共感!? 劣化する日本に通じる「不気味な恐ろしさ」の正体  | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]



















俳優が「今の生活に不満はないか?」と問うと、日頃の不満やグチを明かすばかりか、その原因は移民だと差別的な発言をする市民の姿も!



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新作映画『帰ってきたヒトラー』を観るべき理由――タブー恐れぬ「勇気と知性」に拍手 [T-SITE]



















「今回私たちは2台のカメラを撮影とちゃんとわかるように回しているんですけれども、その前で外国人を敵視する発言をするドイツ人がいるということ。これはやはり一線を超えてしまっている」



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映画『帰ってきたヒトラー』主演俳優に聞く「ヒトラーの姿を見て喜ぶドイツ人がいた事に驚いた」 | ガジェット通信











ヒトラーを演じたオリヴァー・マスッチ








「今度の選挙で投票するよ!」と喜ぶ人も…


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「今度の選挙で投票するよ!」と喜ぶ人も…










「人々の中には「今度の選挙で投票するよ!」という右寄りな政治を願っているという本音を言ってくる人もいました」



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映画『帰ってきたヒトラー』主演俳優に聞く「ヒトラーの姿を見て喜ぶドイツ人がいた事に驚いた」 | ガジェット通信











ヒトラーを演じたオリヴァー・マスッチ







扇動に乗せられ、思わず本音をぶっちゃける“民衆”の姿を通して、いかにヒトラーという怪物が権力者にまつりあげられたか、右傾化する現代社会においてヒトラー再来の現実味を描いている。



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新作映画『帰ってきたヒトラー』を観るべき理由――タブー恐れぬ「勇気と知性」に拍手 [T-SITE]



















そして最後には、本物の難民排斥デモの映像が重ねられるのだ。現実と虚構の不気味な混ざり合い――。それまで無邪気に笑っていた観客は、ここで現実社会の問題をつきつけられ、ゾッとさせられる。



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70年ぶりに蘇ったヒトラーに共感!? 劣化する日本に通じる「不気味な恐ろしさ」の正体  | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]



















"彼"は「選挙で選ばれたことを忘れてはならない」






ヒトラーの主張に同調していく人々


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ヒトラーの主張に同調していく人々










さらに、ヒトラーの主張は当時と全く変わっていないにも関わらず、心を開いた人々がヒトラーの意見に同調していく姿には危機感さえ覚える。



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ヒトラーと自撮り!30キロ増の総統閣下役、人を誘導する秘訣とは? - シネマトゥデイ



















「『愉快な冗談』ととらえる人が多いので、唖然(あぜん)としたよ。怒る人はごく少数だった。ああいう状況で、みんなと違う反応を示すのは非常に難しいんだ」



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映画「帰ってきたヒトラー」オリバー・マスッチ コメディーが…やがて悲劇へと(2/2ページ) - 産経ニュース











ヒトラーを演じたオリヴァー・マスッチ







「働かない奴は許せないからヒトラーが昔やったように強制労働収容所を作るべきだって発言する人もいたりして。人々の心をつかんで、誘導することができるんだっていうことが驚きでした」



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ヒトラーと自撮り!30キロ増の総統閣下役、人を誘導する秘訣とは? - シネマトゥデイ











ヒトラーを演じたオリヴァー・マスッチ







「僕はヒトラーを、包容力があり、面倒見の良い人物として演じてみた。優しく語りかけても、人は操れる。彼は化け物ではなく人間であり、選挙で選ばれたことを忘れてはならない」



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映画「帰ってきたヒトラー」オリバー・マスッチ コメディーが…やがて悲劇へと(2/2ページ) - 産経ニュース











ヒトラーを演じたオリヴァー・マスッチ







笑った後に残る何とも言えない恐ろしさ






虚実入り混じる映像に惹きつけられること間違いなし


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虚実入り混じる映像に惹きつけられること間違いなし










戦後、テレビがあんなに薄くなるほどの年月がたったのだが、人間の本質は変わっていないと気づかされる。社会不安をあおられた末に起きる同調と共感は、いつしか一かたまりになっていく



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[帰ってきたヒトラー]楽しげにSNSを拡散していくヒトラー総統が空恐ろしい | マイナビニュース



















ヒトラーは言う。「大衆を煽動したのではなく、大衆が選んだのだ」と。「私は人々の一部なのだ」と



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[帰ってきたヒトラー]楽しげにSNSを拡散していくヒトラー総統が空恐ろしい | マイナビニュース


http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%B8%B0%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F%E3%83%92%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%BC



単語記事: 帰ってきたヒトラー

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概要
あらすじ
原作小説と映画の違い
関連動画
関連商品
関連項目
リンク集
脚注
掲示板

帰ってきたヒトラー(原題:“Er ist wieder da”)とは、ドイツの作家ティムール・ヴェルメシュが2012年に発表した風刺小説、及びそれを原作とした映画である。

概要

原題をそのまま訳すと「彼が帰ってきた」(He is here again)となる。
現代のドイツに蘇ってしまったアドルフ・ヒトラーが巻き起こす騒動を描く。
といってもハードな政治小説ではなく、あくまでスラップスティックでコミカルな風刺作品である。ヒトラーも、往時の狂気的な政治思想はそのままだが、人間くさい部分もしっかり描かれており、気のいいおじさんにさえ見えるキャラ造形がなされている。

ドイツではベストセラーになり、その後、世界中で出版された(日本では2014年1月21日発売。2016年4月に文庫化されている)。

さらに映画化もされ、2015年10月8日にドイツで公開された。製作は、「ヒトラー最後の12日間」のコンスタンティン・フィルム。
日本では2016年6月17日より公開されている。(劇場によって公開開始日は異なる)[1]

あらすじ

アドルフ・ヒトラーは、ベルリンのある空き地で目を覚ました。

ソ連軍が迫る中、総統地下壕に身を潜めていたはずなのだが、なぜここにいるのか記憶がはっきりとしない。
しかも、どうも街の様子がおかしい。街にはソ連軍の姿どころか瓦礫ひとつないし、誰もかれも平和に過ごしている。おまけに、自分は総統だというのに、知らないそぶりをする者ばかりだ。

それもそのはずで、そこは2011年のベルリンだった。
彼は1945年から、タイムスリップしてしまったのだ。

情報を得るために立ち寄ったキオスクでそれに気づいた彼は、衝撃を受け、空腹と疲労も重なり卒倒、店の主人に介抱される。そのまま彼は、生活のため、仕方なしにキオスクで働くことに。
だが、「ヒトラーそっくりがウリのコメディアンか何か」と勘違いした主人によってテレビ局に売り込まれると、尖りまくりの芸風(?)がテレビやYoutubeで馬鹿ウケし、いくつもの勘違いにも救われて、どんどん人気者になりはじめる。
彼の方も、持ち前の頭の良さを活かし、ウィキペディアをむさぼるように読んで、現代に適応していた。

そして彼は、第二次世界大戦から60年以上が経った現代で、再び野望の実現へと邁進しはじめた……。

原作小説と映画の違い

映画化に際し、いくつかの改変がなされている。

目を覚ました年が2011年から2014年へと変更され、初期の情報源もキオスクから新聞販売店へと変更された。
この年代の改変により、公開時のドイツにおける政治問題や移民問題を映画内に取り入れている。

また、原作小説ではキオスク主人の売り込みからストーリーが進行していくが、映画ではフリーのTVディレクター”ザヴァツキ”と2人で国内を周り、その映像をネットへ投稿する事で知名度を上げていった。
その内容は『ヒトラーによる政治への街頭インタビュー』という物だが、実は撮影の際、映画である事を伏せて本当に街頭インタビューを行っている。場所はベルリンに始まり、2014年夏のワールドカップファンフェスト、果てはネオナチへのアドリブインタビューまである。
なお、インタビューの総撮影時間は380時間以上らしい。

関連動画




関連商品



関連項目
小説作品一覧
映画の一覧
アドルフ・ヒトラー
ナチス
ひっとらぁ伯父サン - 今作に似た内容の、藤子不二雄Aの短編漫画。見た目も中身も本物そっくりな謎のおっさん「ひっとらぁ伯父サン」が、日本の平凡な家庭や町内会を舞台にナチスさながらのムーブメントを起こすギャグ作品。
総統閣下

リンク集
映画公式サイト(ドイツ版)
映画公式サイト(日本版)

脚注
1.*http://gaga.ne.jp/hitlerisback/theater/index.html


http://nenozero.info/er_ist_wieder_da/

映画『帰ってきたヒトラー』のネタバレ結末(あらすじ・ストーリー)と評価


2016.06.18
コメディ
.あらすじ ネタバレ,
ストーリー,
帰ってきたヒトラー
..



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.

今回は2015年に公開されたドイツ映画『帰ってきたヒトラー』のネタバレ情報をお伝えします。

この映画はドイツではタブーとされているヒトラーネタを扱った映画で、コメディ要素をふんだんに取り込んだお笑いタッチの映画です。

ですが、意外とまじめなテーマも多く含まれており、公開時ドイツでは大好評だったそうですね。

日本でも『帰ってきたヒトラー』の小説がベストセラーとなっているだけに、映画がいったいどんな内容になるのか?気に居なるところですよね。

今回は映画『帰ってきたヒトラー』のあらすじとストーリー、そして個人的な評価などをお伝えしていきます。

※注意:結末・ラストまですべてネタバレしますので映画を見ていない方はご注意ください。




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概要 [非表示]
1 帰ってきたヒトラー・登場人物
2 あらすじ・ストーリー(序盤)
3 あらすじ・ストーリー(中盤①)
4 あらすじ・ストーリー(中盤② ネタバレ注意!)
5 ラスト・結末(ネタバレ注意!)
6 まとめと評価

帰ってきたヒトラー・登場人物

・アドルフ・ヒトラー :旧ドイツ第三帝国ナチスの総統。
・ファビアン・ザヴァツキ:うだつの上がらいテレビディレクター
・クリストフ・ゼンゼンブリンク:ベリーニと副社長の座を巡りいがみ合う
・カッチャ・ベリーニ :テレビ局のやり手の女副社長。
・フランツィスカ・クレマイヤー:ザヴァツキに恋するテレビ局社員
・ミハエル・ウィッズマン:トーク番組の主役コメディアン



あらすじ・ストーリー(序盤)

男はマナー講師のトーマス・ケッペルに、とある悩みを打ち明けていた。

それは彼が最も得意とする挨拶(右手を斜め上に真っすぐに伸ばす挨拶)をしても、誰も返してくれないからだ。

トーマスは、その挨拶の仕方は今のドイツでは時代遅れで不適切だから仕方がないと言う。

彼は不満そうだった…。



ー(彼は還ってきた)ー

彼がベルリンの公園の花壇の中で目を覚ますとそこは現代のドイツだった。

彼の名はアドルフ・ヒトラー。第二次世界大戦でナチスドイツを率いていた総統だ。

ヒトラーは1945年に自殺をして亡くなったはずだが、なぜか現代のドイツに突如姿を現す。

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あの時ドイツは崩壊して自分も死んだはずなのに、なぜまだ生存しているのか?ヒトラー本人も全く理解ができなかった。

敵は進軍をやめたのか?敵機の姿の姿もない。砲撃の音も聞こえない。一体どうなってしまったのか?



デーニッツはどこだ?混乱しているヒトラーのもとに、近くでサッカーをしていた少年たちが物珍しそうに近づいてくる。

「こいつ、誰?」と言う少年たちに対して、ヒトラーはマルティン・ボルマン(当時政府の指導者)はどうしたと聞くが、少年たちはそんなのは知らないと答える。



そのとき近くでテレビ取材が来たようで子供たちはそちらに呼ばれて行ってしまった。

状況がまったく理解でないヒトラーだが、ひとまず戦争指揮をとらねばと、急いで総統地下壕(地下要塞)を目指して歩き出した。



ところが、街中へ行くとそこは多くの歩行者でにぎわう大広場で、自分の知るドイツとは雰囲気が全く違うことに困惑する。

街ではセグウェイに乗る若者、近代的な自動車、そしてなによりベルリンの人々が自分に敬意(ハイル・ヒトラー敬礼)をはらわない。

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自分はドイツ第3帝国の総統アドルフ・ヒトラーなのに、だれも見向きもしないし挨拶もしない。一体ドイツはどうなってしまったんだ?

パントマイムをしている男性に声をかけて総統府はどこだとたずねるが、今パントマイム中だから喋りかけるなと怒られてしまう。



近くにいたベビーカーを押す主婦に今日の日付を尋ねると、彼女は”2014年10月23日”だと答えた。

驚いたヒトラーは主婦にもっと話を聞こうとするが、不審者だと思われて痴漢撃退スプレーを顔面にかけられてしまう。



スプレーで目をやられてヨロヨロしながら、近くにあったキオスクに足を止め、新聞を手にとって今の年号を確認してみる。

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彼はそこでは今が2014年だと知り驚愕するが、同時に空腹と疲労が重なりその場に倒れ込んでしまった。

彼はキオスクの主人に保護され、しばらくキオスクに厄介になることに…。



―(場面はテレビ局へ)―

テレビ局ディレクターのファビアン・ザヴァツキは大手番組制作会社に勤務していた。

彼が最も得意とするテーマは貧困や移民、そして教育問題などで、この日もベルリンの公園で3人の子供たちにインタビューをしていた。



彼はディレクターという立場ではあったものの、フリーランスという不安定な立場であったため、安定的な雇用形態とは言えない。

ある日、テレビ局内で大きな人事異動が発生した。



それまでリーダーとして統率していたザヴァツキの直属上司でもあるクリストフ・ゼンゼンブリンクが、番組の視聴率の不振を問われリーダー降格となり、代わりに女副社長のカッチャ・ベリーニが局内の指揮を執ることになった。

ザヴァツキはこの余波で人員削減の対象となっていまい、テレビ局から解雇されてしまう。



―(場面はヒトラーへ)―

キオスクの店内でヒトラーは目を覚ました。

彼は主人に今は何年だと聞くと2014年だと答える。

主人は彼を見てヒトラーそっくりの役者かコメンティアンだと思い込み、「まだここら辺(頭の中)で戦争でもやってるの?」と頭を指でくるくる回しながら茶化す。



主人は空腹だった彼に加工食品のチョコフレークバーを与えると、「驚くべきうまさだ」と言い放ち、主人は呆れてしまう。

彼はまずドイツの状況を把握するため、キヨスクにある過去から現在までの新聞を大量の読みあさった。



ドイツが戦争に負けたこと、自分が死んだことになっていること、戦後ドイツが西東に分かれ、その後再び1つになったこと、反原発問題や移民問題など、現代ドイツが抱える様々な社会的・政治的問題をすべて把握する。

主人は彼に「まるでアドルフ・ヒトラーみたいだな」というと、彼は「あたりまえだ」と答える。



―(場面はザヴァツキへ)―

解雇になってしまったザヴァツキは酷く落ち込み自宅に引きこもっていた。

そんな彼の隣に母親が来て励まして、最後に撮影した少年3人のインタビュー動画を視聴する。



動画ではベルリンの公園で3人の子供たちにインタビューをしているが、母親が映像でヒトラーのような格好した変な男が映っているのを発見した。

ザヴァツキがよく見てみると、公園で軍服を着た不思議な男が映っていた。



「スクープだ!」

ザヴァツキは閃いたかのように立ち上がり、この男をさっそく探すこと…。



あらすじ・ストーリー(中盤①)

―(場面はヒトラーへ)―

地位も財産も全て失ったヒトラーは、キオスクの主人から店を手伝えと言われた。

「総統である自分が働くのか?」「昨日は12師団を動かしていたのに…」とつぶやく彼に、「なら今日は新聞スタンドでも動かせ」と言い放つ。



主人はこのとき彼があまりにも臭うので、まず服を洗濯しろといい、ヒトラーはそのままクリーニング店へ。

ヒトラーはクリーニング店で制服からパンツまですべて洗濯してもらい、その間、クリーニングから服を借りて、ポロシャツにジーパンと、およそ総統に似つかわしくない格好に着替える。



キオスクに戻ると、主人からあんたを探しているテレビ局の人がいると言われ、彼を探していたファビアン・ザヴァツキを紹介された。

ザヴァツキは彼と話をし、まるでヒトラーそっくり(本人だが…)のしゃべり方と立ち振る舞い、そして理路整然と社会問題を語る姿にびっくりする。



そして彼が時折発するユーモアにとてつもない面白さを見出して、この男なら絶対売れると確信したザヴァツキはテレビ出演しないかと持ち掛けた。

テレビ出演することで、自身の政治理念を再び国民に訴え、支持者を集めようと考えたヒトラーは、快く出演を引き受けることにする。



翌日、クリーニング店から総統の帽子と制服を引き上げ、ヒトラーはザヴァツキと共に、彼の母親のオンボロ車で出発した。

撮影はヒトラーが街角の人たちにインタビューし、それをザヴァツキが撮影するというスタイルで、2人は政治、貧困、移民、教育などの問題を、人々がどう感じているのかを聞くためドイツ各地を駆け巡った。

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人々はヒトラーの格好した彼に戸惑いつつも、まじめに政治と社会問題を答える。

多くは人々は政治に対しては無関心だった。

しかし移民や貧困問題となると、多くが不満を抱えており、これ以上移民が流入すればドイツが崩壊するとの意見が多かった。



途中ザヴァツキはヒトラーに犬をプレゼントしたいと言い出し、ブリーダーの所へ行くが、ヒトラーはそこで犬に噛まれてしまい、思わず拳銃で犬を撃ち殺してしまう。(このことが後に大きな問題となってしまうが…)

ザヴァツキは何も殺すことはないと彼に怒り、強引に彼から拳銃を没収してしまう。



その後も2人は各地を巡り、ヒトラーは人々とさまざまな政治的な意見を交換し合う。

途中、資金が無くなり落ち込むザヴァツキに対し、ヒトラーは男がクヨクヨするなと、街で絵を描いて売り資金を確保する。



彼はザヴァツキが想像していた以上にタフな男で、旅の途中、女性との付き合い方もザヴァツキは彼から指導を受ける。
2人は旅を続けるなか、ともに遊園地に行き・ボーリングを楽しむなど唯一無二の仲に…。



各地を巡る中、彼は“ヒトラーのコスプレをしたコメディアン“としてインターネット上で人気者になっていた。



彼のYoutube動画が100万回再生に達した頃、ザヴァツキはテレビ局に行って彼を売り出すことを提案する。

話を受けたのは元上司ゼンゼンブリンクだったが、彼はもともとザヴァツキを軽んじていたことと、ヒトラーネタが大嫌いだっため門前払いにしようとする。



しかし、ヒトラーは局内に勝手に上がりこんで、リーダーであるベリーニと直接交渉し、自分をテレビ出演させれば国をよくすることができることをユーモアを交えて力説し、共にドイツを救おうじゃないかと重役たちに訴えかけた。

カッチャ・ベリーニは彼の演説に大感動し、彼を出演させればと視聴率が取れるに違いないと確信する。



ベリーニはユダヤ人ネタを言わないことを条件に彼のテレビ出演を許可した。

ザヴァツキも再びテレビ局で働くことになった(お茶くみだが…)。



ザヴァツキはこのとき女性社員のフランツィスカ・クレマイヤーと再会して、2人は恋人同士へと発展する。

そのクレマイヤーはヒトラーの秘書担当となり、ヒトラーにパソコンやインターネットの使い方など教えていく。

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彼はコンピュータを「人類の偉大な成果の一つ」、そしてインターネットを「ハイテクの奇跡」と称賛し、これを発明しアーリア人(ヨーロッパ)で最も優秀だと感激して涙を流す。

クレマイヤーもなぜかつられて泣いていた。



そのころ、ベリーニにリーダーを座を奪われ、歯がゆい思いをしていたゼンゼンブリンクは思案を巡らし一計を図る。

彼はヒトラーをコメディアンのトーク番組に出演させて、ドイツでタブーとされている失言(ユダヤ人、移民、同性愛者、人種差別など)をわざと発言させてベリーニを失脚させようと企てる。



早速、トーク番組を仕切るミハエル・ウィッズマンにヒトラーのことを頼むが、ウィッズマンはヒトラーのことを快く思わない。

番組が始まるとウィッズマンは自分のコメディを披露した後、いよいよヒトラーを登場させる。



ウィッズマンが「アドルフ・ヒトラー氏に拍手を!」というと、ヒトラーがステージに登場する。

ゼンゼンブリンクが今か今かと失言を待つが、ヒトラーは一言も発しようとしない。

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スタッフがフリップを出して”早くしゃべれ”と催促するが、ヒトラーは観客を見渡すのみで一向にしゃべらない。

ウィッズマンも観客もかたずをのんで彼を見つめる。



これは彼の総統時代からの戦略だった。

あえて沈黙を挟むことにより、後に発言する言葉に重みをもたせる。

彼の民衆の心をつかむため為の高等テクニックだったのだ。



沈黙が数分間続く中、ついに彼は口をあけた。

「今誰かがプラカードを掲げ、私に対して、外国人を馬鹿にするジョークを早くしゃべれと催促している。」



そう言うと、彼はドイツが抱える様々な問題(若者の貧困、高齢者の失業、最低の出生率)を、独特の語り口調とユーモアのセンスを交えて語り始めた。

観客は彼のトークに夢中になり、そして感銘を受け・笑い、涙を流すものまでいた。

彼のトークは観客の心をわしづかみにして番組は大成功だった。



観客の称賛の大拍手でエンドロールを迎える。

一方、完全に”持っていかれた”ウィッズマンは怒り心頭で、ゼンゼンブリンクに対し怒りをぶちまける。



ウィッズマンはこれ以降、番組降板となりヒトラーが番組を仕切ることになる。

ウィッズマンに代わり、彼が仕切るトーク番組は大成功だった。



視聴率は急上昇し、様々な有名人が番組に出演しては政治的かつ、面白トークを展開する。

彼はあえて”偽ヒトラー”を演じて瞬く間にお茶の前の人気者に…。



あらすじ・ストーリー(中盤② ネタバレ注意!)

だがヒトラーが番組に出演する目的はコメディアンとしての出世ではなく、あくまで支持者をあつめて再び政治進出するためだ。

そのため、彼は番組を通して自らの政治理念を国民へ訴えていく。



一方、”偽ヒトラー”に対して拒絶反応する人々もいたが、彼らも「嘆かわしいのは彼の発言は間違ってない」と彼の発言の正当性だけは支持した。

こうして、彼はドイツ国民だけでなく、インターネットのYoutubeを通して世界中で”ヒトラーコスプレのコメディアン”として人気者になっていった。



彼の支持者は次第に増えて、わずかに間に数百人に達する。

その間、彼はナチス残党と言われるネオナチス党(NPD)本部を訪れるが、ナチスとは名ばかりで実態は旧ナチスに憧れる単なるオタク集団だった。

ヒトラーは党首の男と対面するが、彼のことを「私の本(我が闘争)を理解できていないのか?この無能め!」と罵り党本部を後にする。



飛ぶ鳥落とす勢い人気のヒトラーに焦る男がいた。ゼンゼンブリンクだ。

このままヒトラーの番組が好調だと、ベリーニの評価はますます上がり自分の出世はなくなる。



そう感じた彼は、ヒトラーを番組から降板させようと、番組で人種差別発言があったと警察に苦情を入れるが全く効果はない。

だがそんな彼に”朗報”が入る。それは以前ザヴァツキと彼が2人だけで取材をしていたときに、彼が拳銃で犬を撃ち殺した一件だった。



ドイツでは犬を殺すことは何よりのタブー。ある意味、人殺しよりも嫌われる。

ゼンゼンブリンクはこれを利用しようと考えた。



次の日、いつものようにヒトラーのトーク番組が始まるが、番組の途中彼が犬を射殺する映像が突如流れる。

観客が騒然とするなか彼は「事故だったんだ」と必死に釈明するが後のまつり…。



番組をみていたテレビ局の会長は激怒して結局ヒトラーは番組を降板させられることになる。

彼を後押ししていたベリーニも、責任をとってリーダー降格となり、再びゼンゼンブリンクがテレビ局のリーダーとなって、トーク番組は以前のウィッズマンが仕切ることになった。

当然ザヴァツキも解雇となる。



行き場を失ったザファツキとヒトラーは、しかたなくザヴァツキの母親の元にしばらく滞在することにした。

だがここでヒトラーは本の執筆を始めだす。



彼に”挫折”の二文字はない。本を執筆することで再び世間の注目を浴びようと考えていたのだった。

本の内容は「帰ってきたヒトラー」で、彼が現代のベルリンにタイムスリップして目覚める話。



彼が公園から目を覚めしてから、現在に至るまでを物語形式に仕立てたものだった。

ザヴァツキはこれは売れると確信してさっそく本をプロデュースする。



すると本は瞬く間にベストセラーになる。

本のことはニュースや新聞に大々的に取り上げられ、再び彼は世間から大きな脚光を浴びた。

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ヒトラーはその印税で動物愛護協会へ多額の寄付を行い、犬を射殺したことを反省していることを世間にアピールする。
ザヴァツキはテレビ局のベリーニと接触して映画化の構想を提案する。



これにより一気に映画化への話が進みだした。

一方、ヒトラーはフェイスブックでボディガードを募集し、彼らを鍛え上げ、常ボディガードとして身を守らせるようにしていた。





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ラスト・結末(ネタバレ注意!)

―(そして、3か月後)―

テレビ局でゼンゼンブリンクは頭を悩ませていた。

ウィッズマンが出演していたトーク番組は視聴率がさっぱりでサポンサーも次々と降りて行った。



このままではリーダーである自分の責任問題だと焦る彼は、部下たちへ八つ当たりをする。

部下の一人が、もう一度ヒトラーを使ってみてはどうでしょうか?と提案する。



ゼンゼンブルクはわらをもつかむ思いで、ザヴァツキが監督を務める映画撮影所へ向かう。

ゼンゼンブリンクが撮影所でザヴァツキに声をかけると、それは彼ではなくザヴァツキの顔を模したシリコンマスクをかぶる役者だった。



監督のザヴァツキが現れ、ゼンゼンブリンクは彼に対し、映画が完成した後に自分が配給をサポートしたい。そのため100万ユーロ支援すると提案した。

成功と掴んだと大喜びのザヴァツキ。

その夜、彼は成功を祝うため、ヒトラーと一緒に恋人のクレマイヤーの自宅へ訪れた。



ところが、ユダヤ人である認知症の彼女の祖母が、ヒトラーの姿を見た途端、我に返り「この男によって大勢がガス室で殺された」と騒ぎだした。

彼は偽物だというが、祖母は「ヒトラー本人に間違いない!」と断言する。



祖母は続けて言う「その時も皆が彼のユーモアで笑った。最初のうちは…そして全員殺された。」という。

彼が民衆の心をつかむため、人気者になろうとしている魂胆を見抜いていたのだ。

ヒトラーは冷たい目で彼女を見つめていた。彼女に言い返すこともなく2人は家から立ち去る。



撮影所に戻るとザヴァツキとヒトラーは最初の公園で目覚めるところを撮影していた。

ザヴァツキが彼が目覚める直前に何がったのかを聞くが、彼は「知らない」という。

そして、周囲のメンバーが「不思議じゃないか?彼はタイムスリップでもしたのか?」と雑談するのを聞き、ザヴァツキは「もしや…本物?」と思い始める。



ヒトラーが休憩中に撮影所の外にでると、2人の屈強な男が近づいてきた。

2人はヒトラーのことを「ドイツの裏切り者」と罵り、警棒で襲いかかって頭を殴打する。

彼は気を失ってしまった。



――

気が付くとヒトラーは病院のベッドにいてベリーニが見舞いに来ていた。

彼女が言うには襲った2人はネオナチス党(NPD)らしい。

つづけて、今回の件で彼は世間からナチズムと戦った「民主主義の英雄」として称賛されたのことだった。



ヒトラーは一言「バカどもだ」と言い放つ。

そのころ、ザヴァツキはヒトラーを発見した最初の動画を確認していた。

彼が目覚める前にどうしていたのかを知るために…。



動画を巻き戻して確認すると、彼が目覚める直前、その場に大きな黒い玉が発生していた。

そしてそれが消えたかと思うと煙が発生し”彼”が立ち上がる。

現場の公園に急いで向かうとそこは「総統地下壕」との歴史看板が立っていた。



彼が目覚めたのはヒトラーが死んだとされる総統地下壕の跡地だったのだ。

「タイムスリップ?」

これが何を意味しているかはすぐに理解できなかったが、少なくともザヴァツキは彼が”本物のヒトラー”であることを確信する。



ザヴァツキはクレマイヤーの祖母が言っていたことを思いだし、彼が民衆を扇動して再び戦争を起こそうとしている考え、病院へ向かって彼を止めようとする。

だがすでに病院には彼はいない。代わりに病院にいたのはベリーニで、ザヴァツキは彼女に「彼は本物のヒトラーだった」というが、彼女は「そう、彼は本物のヒトラー芸人よ」と言い返す。



ベリーニは興奮状態になって取り乱すザヴァツキを取り押させようと、看護師を呼びつけるがザヴァツキに逃げられてしまう。



病院から逃げたザヴァツキはボディガードたち一緒にいるヒトラーを見つけた。

ザヴァツキは以前預かった拳銃をヒトラーに突きつける。

普通でないザヴァツキの様子にヒトラーは言われるまま、ボディガードと離れてビルの屋上へ。



ザヴァツキはヒトラーに「アンタ…あんたは彼だ」というと「そう言ってきた筈だろ?」と返す。

ザヴァツキが民衆を扇動して欺こうとしてると詰め寄ると、「ドイツ国民が私を選んだのだ」だという。



責めるなら自分を選んだ国民ではないか?と反論した。

そして「君には私を撃てない」といった瞬間、ザヴァツキは引き金を引き弾はヒトラーの頭部に命中する。

彼はそのままビルから転落した。



ザヴァツキがビルの下をのぞくと、落ちたはずの彼がいない!?

するとヒトラーは背後に現れ「私は君の一部だ。君に私は消し去れない」と言う。



その瞬間、「カーット!」との叫びとともに映像は撮影所に戻った。

監督のベリーニが「あれがラストショットよ」といい、映画撮影が終わったところだった。



映画の撮影後、監督のベリーニが打ち上げパーティーが行う。

ヒトラーは皆の労をねぎらうとともに「ここにいないもう一人の仲間を忘れてはいけない」と語る。



ー(場面はザヴァツキへ)ー

一方、ザヴァツキは檻のある病棟に収監されていた。

ザヴァツキはヒトラーを阻止しようと病院に行った際、看護師に拘束されてしまったのだった。



彼はヒトラーが再び世界征服をする妄想(真実だが…)にとらわれた統合失調症と判断され、精神安定剤を打たれて精神病院に収監されていた。

薬の影響か、すでに正常な判断ができるような状態ではなく、ブツブツとなにかをつぶやいていた…。

檻の外では恋人のクレマイヤーが泣いている。



―(場面はヒトラーへ)―

映画が大成功し、ベリーニは再びテレビ局のリーダーに返り咲いていた。

彼女は再び人気者となったヒトラーとともにオープンカーの後部座席に乗り込む。

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取材陣からのインタビューに対し「彼は新しい次元を開拓したコメディアンです」といい車を発進させる。



ヒトラーは最後に「われわれこそが人民だ!」と連呼する。

こうしては彼は再びドイツを暗黒の時代へと導いくのだった…。



End



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まとめと評価

映画『帰ってきたヒトラー』の見た感想と評価です。

ヒトラー役を演じているのは、オリバー・マスッチという役者さんですね。

彼本人はあまりヒトラーには似ていないけど、特殊メイクを施して本人そのものになり切ったそうです。

彼自身は、ヒトラーを演じることに躊躇があったいいますが、見事な演技で観客を魅了します。

ヒトラーというと日本人には「独裁者でナチス総統」とのイメージだけしかありませんが、ヨーロッパでは忌み嫌われる存在として、いまでも彼の名を口に出すことすらはばかるそうです。

なのでヨーロッパでは各国によって本作の評価は分かれるでしょうね。

日本では単なるコメディ映画として受け止め割れる人が大半だと思います。

肝心の内容ですが、これがかなり面白い!!

何度見ても笑える映画でした!

管理人も途中で何回か笑いました。

特にヒトラーが総統として真剣に振る舞っているのに、周囲の人々は彼が”ヒトラーのコスプレ芸人”だと思ってそれなりの対応している場面がすごく笑えます。

外国映画でここまで笑えるのって久しぶりかな(笑)

この映画に出てくるヒトラーはかなりいいやつにみえるのですが、さて実物はどうだったのでしょうか?

すくなくとも当時、彼が民衆の心を掴んでいたのは確かなので、やはりカリスマ性のある何かをもっていたのでしょうね。

本作ではその”カリスマ性”を、俳優オリバー・マスッチが見事に演じています。

なんどみても楽しい映画なので、是非ともご鑑賞ください。

管理人おすすめ評価

★★★★☆(4.7)

です。
http://getnews.jp/archives/1479697
『帰ってきたヒトラー』を“職業ドイツ人”マライ・メントラインさんはどう見た? 「ホンモノな問題提起」


DATE:2016.06.21 15:00 BY:ガジェット通信
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アドルフ・ヒトラー本人が現代によみがえったらどうなるか? そんな奇想天外な小説、ティムール・ヴェルメシュ『帰ってきたヒトラー』(河出文庫)は全世界で大ベストセラーになり、ついに映画化され、日本でも現在公開中です。笑っていいのか怖がるべきなのか、ある意味禁断の問題作ともいえる『帰ってきたヒトラー』。原作と映画両方について、NHKドイツ語講座でもおなじみの、“職業ドイツ人”マライ・メントラインさんにお話を伺いました。

【あらすじ】
1945年に自殺したはずのアドルフ・ヒトラーがよみがえった。しかも2011年のベルリン郊外に! 彼をそっくりさんのコメディアンだと思い込んだ周囲の人々が、TV番組に出演させたところ、思わぬ反響でたちまち大人気を博すが……。


―2012年に原作が出版された時、ドイツ国内ではどういう反応だったのでしょうか?

マライ・メントラインさん(以下マライ):全ドイツ人、当初、ちゃんと中身を確認する前に「えらいネタを投下したものだ!」という、いわば入り口の手前で大騒ぎしていた印象があります。その後次第に、「いやこれは単なるコメディではない!」「実際読んでみるとなかなかイケてるぞ!」という意見が出てくる一方、「そうは言っても根本的に不謹慎だろ……」という守旧的な立場から冷や水を浴びせられる、という循環パターンが生じました。それがどんどん拡大し、おもいっきり社会現象化して、マスコミで討論特集が組まれるまでに至ったのです。

―フィクションでそこまで大きな反響を呼ぶというのはすごいですね。

マライ:ナチス問題の中でもヒトラーはやはり別格の存在で、要するに、最大のホンモノのカリスマでした。だからこそ「お行儀よく」「政治的に正しく」糾弾される機会は多くても、「ヒトラーの本質とは結局なんだったのか?」という命題の中で自由に想像力を機能させることは、なんだか社会的リスクが高そうなのでみんな避けていました。それで自動的にタブー化していたところに、この本が「隕石のように落ちてきた」わけです。
で、「そうか、やればできるんだ!」という衝撃がドイツ人を震撼させた。それを前向きに受け止めるか否かは個人によって異なりますが、隕石のインパクト自体は全ドイツ人にとって等しいものだったはずです。一番重要なのはまさにその点でしょう。

―読み終わった時の率直な感想を聞かせて下さい。

マライ:「成功しかかった」ヒトラーが勧善懲悪的に潰されることで、無難にメデタシメデタシ……というラストかと思いきや、実際ぜんっぜん違ったので衝撃を受けました。というか、ホンモノな「問題提起」としてよくやってくれた! と思いましたね。もう、そろそろこのように危険地帯に踏み込んで思考を促すような作品が出てこないと、「戦後ドイツの倫理」を今後もちゃんと維持するのは難しいだろうと感じていたところなので……まあ実際、同様な問題意識を潜在的に抱えていたドイツ人は決して少なくないでしょう。そのニーズに深く適合した作品だから、一時的なブームではなく継続して社会的反響を呼んでいるんだろうな、という気がします。

あと直観的に感じたのが、この小説が、ドイツ社会の「内部視点」と客観的な「外部視点」の双方の絶妙なバランスに立脚していること。ひょっとして著者は……と見てみると、このティムール・ヴェルメシュ氏、やはりハンガリー出身の移民系ジャーナリストなんですね。それも、タブロイド紙の記者をやったりゴーストライターをやったり、ドイツの「知的業界」の裏表を知り尽くしている凄腕なわけで。だからこそここまで書けるんだな、と納得しました。そして単に知的に器用というのではなく、歴史や心理の本質についての知的洞察に優れている点がポイント。これが効いている。だからこそ、石頭なインテリ業界も本書の存在を無視できなくなったんだろうと思います。現代ドイツのディープな内政ネタが連発で登場するので、以前日本の雑誌で原書を紹介した時、そのまま翻訳すると日本の読者には厳しいかもしれないと書いたのですが、結果的には杞憂でした(笑)。

―映画化されると聞いた時はどう思われましたか?

マライ:映像作品としてイイカンジになるのかなぁ? 主演の人はヒトラー「らしさ」を上手く醸し出せるのかなぁ? 上手く醸し出せたら出せたで、それまた物議を醸して大変だろうなぁ…と、リスク面ばかり考えていました。あまり詳細な情報が公開されなかったんですよね確か。そして、いつのまにか出来ていたという感じで(笑)。

―映画は原作からかなり脚色されていますが、中でも主役にヒトラーの格好をさせてドイツ各地でゲリラ撮影を行ったのはすごいですね。

マライ:そうなんです。「なんと意外にも、現代ドイツ人は眼前のヒトラーをアイドル視してしまう!」というシーンはもちろん原作にもありますけど、あれはあくまで仮説です。「作者の主張を効果的に強調するための仮説」というべきでしょうか。映画では、それをガチで実地で、素人さんを相手にリアル検証してしまったんですね。この決断が凄い。で、原作で打ち出された仮説は完全に当たってました、という結論です。ヴェルメシュ氏の予見が凄いというべきかドイツ国民ヤバイというべきか……まあ、そのへんを通じてこの作品の存在意義がさらに大きくなったのは事実ですね。

―他にも、実在の政治家に対する言及や、有名なコメンテーターをそのまま出演させたりと、移民問題を始め、現実とフィクションが大胆に混ぜられた演出に驚きました。

マライ:2012年の初刊行から数年経ちましたが、この作品の中身は陳腐化して過去のものになるどころか、ますます現実味が濃厚になってきています。移民流入問題に対し、ドイツだけでなくヨーロッパ全体の反応に倫理的な抑制がなくなってきたことや、旧東独エリアを中心に蓄積してきた政治・社会的怨念の噴出でもある反イスラム主義市民団体ペギーダの盛り上がりとか、原作小説で提示された社会心理的なネガティブ予見どおりに世界は進行してきている感があるのです。
だからこそ、「今」つくられるこの映画版は、見終わって簡単に気分を切り替えられるような絵空事ではなく、「現実の延長なんだ!」という認識のもとに観るほうがいいのだ……という作り手側の問題意識がある。敢えて現実世界の人物をそのまま出演させている主眼は、そのへんにあると思います。私もその方針に賛成です。

―原作はじわじわと怖さを感じさせるラストでしたが、映画ではかなり変わりましたね。映画だと、劇場を出て日常生活に戻ると印象が薄れてしまいがちなので、あの大胆でショッキングな脚色は効果的だと思いました。マライさんはいかがでした?

マライ:原作小説に比べて映画版は、社会が「集合的要求の依代」としてのヒトラーの価値を「再発見」して利用する、という側面の不気味さが強調されている感じでした。前項で挙げたように社会的危機感・閉塞感がここ数年で増大していることの反映ともいえますが、SF性やサイコサスペンス性と親和度の高い「今様」な映像表現を効果的に活かした結果であるようにも思います。まあ、そもそもヒトラーの一人称描写で完結する原作と、周囲を含めた客観的状況を描写する映画版とでは、「内と外」という大きな観点の相違があり、それが相互補完関係を形成している点も見のがせません。いずれにせよ、この映画は原作の単なるビジュアル版ではなく、原作の根源的スピリットをみごとな形で再構築した作品です。ゆえに、おそろしく見ごたえがあって必見なのだと思います。

―原作を読んだ方には映画を、映画をご覧になった方にはぜひ原作を読んでいただきたいですね。今日はありがとうございました!

マライ・メントラインさんTwitter
https://mobile.twitter.com/marei_de_pon


執筆:♪akira
WEBマガジン「柳下毅一郎の皆殺し映画通信」(http://www.targma.jp/yanashita/)内、“♪akiraのスットコ映画の夕べ”で映画レビューを、「翻訳ミステリー大賞シンジケート」HP(http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/)では、腐女子にオススメのミステリレビュー“読んで、腐って、萌えつきて”を連載中。AXNミステリー『SHERLOCK シャーロック』特集サイトのロケ地ガイド(http://mystery.co.jp/program/sherlock/map/)も執筆しています。

【関連記事】映画『帰ってきたヒトラー』主演俳優に聞く「ヒトラーの姿を見て喜ぶドイツ人がいた事に驚いた」
http://getnews.jp/archives/1477210 [リンク]

http://www.tbsradio.jp/51499


宇多丸、映画『帰ってきたヒトラー』を語る!



ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル





宇多丸、曰く……
「映画館では、今も新作映画が公開されている。
一体、誰が映画を見張るのか?
一体、誰が映画をウォッチするのか?
映画ウォッチ超人、“シネマンディアス”宇多丸がいま立ち上がる——
その名も、週刊映画時評ムービーウォッチメン!」
帰ってきたヒトラー

TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンドシャッフル』内の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムで決まった映画を自腹で鑑賞、生放送で20分以上にわたって評論します。今週評論した映画は、『帰ってきたヒトラー』(2016年6月17日公開)です。【文字数:11,850】

Text by みやーん(文字起こし職人)

宇多丸、映画『帰ってきたヒトラー』を語る! by「週刊映画時評ムービーウォッチメン」(2016.7.2放送)

宇多丸:
今夜扱う映画は先週「ムービーガチャマシン」(ガチャガチャ)を回して当たったこの映画……『帰ってきたヒトラー』!

(BGM:ワーグナー『ワルキューレの騎行』が流れる)

現代に甦ったヒトラーが、本人のモノマネをするコメディアンと勘違いされ、あっという間に大スターになってしまう様を描いた社会派コメディ。原作はドイツでベストセラーになったティムール・ヴェルメシュさんの小説。監督はデビッド・ヴェンド。ヒトラー役を演じるのは舞台俳優のオリバー・マスッチさん。ということで、この『帰ってきたヒトラー』を見たよというリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールなどでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「少なめ」ということです。ああ、でも結構ね、公開館数も回数も多いんですけどね。人もすごい入っているみたいなんですけどね。はい。

8割近くの人が好意的な感想。「現代に蘇ったヒトラーの行動がおかしく、パロディも多くて笑った」「カルチャーギャップに戸惑うヒトラーがかわいい」「前半無邪気に笑っていたが、後半になってゾッとした」「他人事ではない。選挙の近い今、見られてよかった」などが多く見られた意見でございます。一方、「主張は面白いのに、コメディとしての作りがゆるくて笑えなかった」などの否定的な感想もいくつかございました。代表的なところをご紹介いたしましょう……

(メール紹介、中略)

……ということで、『帰ってきたヒトラー』。私もTOHOシネマズ日本橋などで2度、見てまいりました。すげー入っていた。僕が見た回はすげー混んでいた。まずですね、今回、ドイツ映画なんですけど。大前提として、ドイツ本国におけるヒトラー、ナチス的なるもののタブー度。これは当然と言えば当然なんですけど、日本を含めた他の国の比ではないわけですね。本当にね。ナチスを連想させるような諸々が法で禁じられていたりするぐらいで、それこそ、2016年に入ってようやく『我が闘争』が復刊されたりとかっていう感じで。劇中でもありましたね。「『我が闘争』はドイツでは読めないので……」っていうのとかね。

前にね、たとえばヒトラーをブルーノ・ガンツが演じた『ヒトラー〜最期の12日間〜』。あれが作られた当時に、たしかやっぱりドイツの国内で「ちょっとヒトラーを人間的に描きすぎじゃないか?」っていう批判が、あれでさえ当時起きたぐらいだったという風に記憶しております。で、もちろんそれはなぜそういうことが起こるかというと、第二次大戦で敗戦した同じ枢軸国である日本、日本人から見ても、ものすごく徹底されているように見える、過去の歴史の反省、清算というのがそこにあるわけですね。ドイツはね。我々から見ると、「すげー徹底してんな、ドイツ」って見える。

ただ、まあ国内的には、ああ、まあそりゃそうね。当然のようにそういうこと、あるだろうねっていういろいろがあるようで。特に戦後、これだけ時間が経つと、いろいろ出てくるようで。たとえばですね、ナチス。ヒトラーに対する反省っていうのも時間が経ってくると自動的に、ある種教条主義的になってきて。それが長年続くと、そういう歴史的反省に対して反動とか反発、からの右傾化みたいな動きが出てくるであるとか。今回の『帰ってきたヒトラー』の劇中で、たとえばヒトラーが指摘するような社会状況……それはもうまさにナチス台頭前夜と非常に似たような社会状況があると。たとえば格差やワーキングプアの問題であるとか、少子化。「こんな国で子供を産みたくないだろう」なんていう話。

これ、とにかく一連の話を聞いていても、「ああ、どっかで聞いたような話だな」っていうか。まあ、どこの国もやっぱり似たようなもんなんだなっていう、嫌な感じの安心の仕方をしてしまいました、私は。「ああ、日本だけじゃないんだ」みたいに思ってしまいましたけどね。で、そういうドイツの、ヒトラーやナチスがタブー視されてきて、でもその中では実は反動の動きなんかもあったりして……みたいなところで、そこに2012年、原作小説——日本だと河出文庫から出ておりますが——が、出て大ベストセラーになったと。このタイミングで私もはじめて読みましたが、これがまためちゃくちゃ面白かった。すげー面白いです。これ、絶対にみなさん、今回の映画を見て興味を持った方は絶対に小説の方を読んでいただきたい。

今回の映画版もそうなんだけど、まずは普通にいわゆるカルチャーギャップコメディとしてのわかりやすい面白さがありますよね。要は、戦後70年を経た現代ドイツというのがヒトラーの目にはどう映るのか? という。まあ、普通にカルチャーギャップコメディとしての面白さがある。ただ、この小説の場合ですね、先ほどのメールでおっしゃっていた方とは反対で、徹底してヒトラーの一人称視点で書かれているんです。小説の方は。つまり、彼がしそうな考え方、彼が持っている思想から考えると、こういうことを言いそう、こういうことを考えそうみたいな。それでずっと語られていくわけですよ。で、これがまた非常にヒトラーの考え方とか思考のあれとか、当然、歴史的な事実とかもヒジョ〜によく研究をされていてですね、本当に21世紀にヒトラーが現れたら、まさにこういうことをこういう風に考えるに違いない、と思わされる描写の連発で。

で、日本版というかドイツ版以外には、著者によるすごく詳しい注釈なんかもついていてですね、すごくわかりやすくなっていたりなんかして。「うわー、これは本当によくできているな!」という本でございました。で、彼の主観から全てが語られる分ですね、今回の映画化版よりも、要はヒトラーの主張に我々が飲み込まれてしまう感みたいな。「うわっ、やべー。俺、飲まれてる!」みたいな、その感じがさらに強いわけです。この小説版は。その意味で、やっぱりよりリスキーというか、より尖った作りだと思います。要するに、こっちも相当考えて読まないと飲み込まれちゃうっていう感じですね。

なにしろ、今回の映画版もそうなんですけど、要はこの現代に蘇ったおっさんがですね、本当にヒトラー本人であるという物語内の真実を知っているのがヒトラーその人と、読者とか観客である我々だけなので、この物語を見ているうちに自ずとそのヒトラーと我々観客の心情的距離、心理的距離が近くなる作りなんですよ。もう、自ずと。たとえばですね、会話でヒトラーがなんかいろいろ言いますよね。それこそ、「言っておくけど、ユダヤ人ネタはやらないでね。笑えないから」って言われたのに対して「そうだな。ユダヤ人問題は笑えないな!」って(笑)。これ、もうお互いに言ってることは全然かみ合ってないんだけど、要は現代人側もヒトラーのモノマネをしてると思っているおじさんが言うことを勝手に解釈をして会話している。

で、その実、わかっていないわけですけど。その、わかっていない他の連中というのにヒトラーと同様、イライラしたりバカに見えてきたり……みたいな。そういう作りになっているので、要は半ば自動的に劇中のヒトラー側に感情移入させられてしまう構造になっているわけですよ。この物語自体が。だし、これはちょっとあんまり掘り下げるとよくない部分なんだけど、この物語内での話でそもそも70年間タイムスリップして生き返っているっていう時点で、物語内の事実としてヒトラーが自分でも「これは神意(神の意志)だ」なんて言ってるけど、事実上、人類史上類を見ない特別な人間っていうことが否定できなくなっちゃう設定ではあるので、あんまりここは掘り下げない方がいいんだけど。まあ、賢明にも原作小説は、あくまで思考実験を促すための寓話ということで、「なんでこうやって生き返っちゃったの?」「これは本当に本物なの?」って、そこはそんなに掘り下げないように、原作小説では賢明にもしているわけですけど。

というわけで、その原作の小説がベストセラーになってから3年後の2015年に作られた今回の映画版『帰ってきたヒトラー』は大きく言って2点、今回の映画化用にアレンジがされています。大きく言って2つ。1、ズバリ、サシャ・バロン・コーエン方式の導入。2、普通の人の視点の導入っていうことですね。

まず、その1。サシャ・バロン・コーエン方式。これはどういうことか? 要はですね、サシャ・バロン・コーエン。いまやそれこそ『アリス・イン・ワンダーランド』の今回の続編でもね、大きな役をやっていたりして。もういまやすっかりハリウッド・スターの完全な仲間入りという感じのサシャ・バロン・コーエンさんですけど、その彼がかつて送り出した二大傑作『ボラット』、そして『ブルーノ』。これで見せた方式ね。体を張って時に本当に命を賭けてやってみせた、具体的にはどっきりカメラ的なだまし討ちドキュメンタリーとフィクションの融合スタイルということですね。

要するに、あるキャラクターを装って現実にいる人にインタビューをすることで、その人が持っている差別意識とか偏見みたいなものを自ずと浮かび上がらせてきてしまうという非常に悪質な……(笑)。これ、褒めてますけども。非常に悪質なコメディスタイルというものをサシャ・バロン・コーエンは創り出した。言ってみれば、『ジャッカス』の体張りイズムと『モンティ・パイソン』の意地悪な知性を組み合わせたような、そんなスタイルを生み出したわけですね。ただ、本当にこの2作、『ボラット』と『ブルーノ』は最悪最高なんですけども、あまりにも彼自身がこの手法と、なによりも今は面が割れすぎて、スターになりすぎちゃったため、続く2012年の『ディクテーター(身元不明でニューヨーク)』はまさにこれ、現代版『独裁者』……チャップリンの『独裁者』の原題は『The Great Dictator』ですから。現代版チャップリンの『独裁者』的なものだったんだけど、『ディクテーター』ではその前にやっていた『アリ・G』とかまでの普通のフィクション形式に戻ってしまった。もう、体張りドキュメンタリースタイルはいまはやっていないんですけど。サシャ・バロン・コーエンは。

で、そこにある意味ね、そこの隙を突くかのようにですね、今回の映画版『帰ってきたヒトラー』は、要は「『ディクテーター』でサシャ・バロン・コーエンがどっきりカメラをやらないんなら、やっちゃうよ!」ぐらいの感じで、明らかにサシャ・バロン・コーエン的手法……つまり、劇中のキャラクターがそのまま現実の人々と、まさしくどっきりカメラ的に台本なしの即興で絡む様をドキュメンタリックにおさえていく。それとフィクション的ドラマの融合というのをやっていく。で、そもそも今回監督・脚本のデビッド・ヴェンドさんという方は、その、僕の表現で言う“サシャ・バロン・コーエン方式”、こういうコンセプトで行きますっていうのをプロデューサーにプレゼンしたことから起用されているみたいなんですよね。

あと、役者さん。ヒトラー役を演じているオリバー・マスッチさん。この人は舞台俳優でほぼ無名みたいな方らしくて。しかも、背格好も顔立ちも実は全然ヒトラー本人と似ていないんですよこの人。全然似てないんだけど……ただね、あんまり似すぎてないからこそ、ドキュメンタリックパートを撮る時に、街の人もちょっとシャレで済む感じの接し方をしてくれているのはたぶんそこまで似すぎていないからってバランスもある気もするんですけどね。あんまり似てないんだけど、要は何よりもこのオリバー・マスッチさん。アドリブ力、即興対応力を買われての抜擢らしいんですよね。

で、たしかにこのサシャ・バロン・コーエン的な半分ドキュメンタリーみたいな手法は、ヒトラーが現代でも結局受け入れられていくっていう物語展開に、要は100%フィクションでやった時に「そんなわけあるかい!」っていう風に取られかねないところを、圧倒的な現実味を持たせられているわけです。「だってほら、人気者人気者」って見せることができる。そういう意味で、この話を映画化するのに面白いなという風に思う狙いなわけですけど。ただ、この狙い、どうも作り手のみなさんの予想を超えてドンピシャすぎたようで、これは喜んでいいのかどうかっていうところなんですけど。要はとにかく、思った以上にみなさん、割とすんなり現代に再び現れたヒトラーっていうのを受け入れてしまうっていうことが判明したと。

もちろんね、そこはドイツですから。本当に真面目に怒っている人とかも現れたりするし。あと、そもそも登場する人たちがバイアスかかっているんじゃないか?っていう。つまり、そもそも「顔出しOKです」って躊躇なくヒトラーのそっくりさんと絡んで話をするような人たちっていう時点で、その意見とかスタンスにバイアスがかかっているからそういう意見が多くなるんだっていう面は、まああるだろうけど。ただ、それにしてもそういう人たちが思った以上に多かったっていうことに、たとえばそのヒトラー役を演じたオリバー・マスッチさん、インタビューなどで「非常にショックを受けた」というようなことを答えられています。

で、さっき言ったような、日本を含め世界的にある意味共通する最近の右傾化傾向と言いますか、排外主義とかね、そういうの。特にここんところ、たとえばフランスでテロがあって、あるいはシリア移民問題なんかも持ち上がって、本作が制作された2015年。原作が書かれた2012年よりもっと、描かれている状況と悲しくもフィットしてしまっているという問題もあって、余計この手法が効果的になっちゃったということはあると思います。で、それがいちばん強調されるのは、当然エンドロール。ラストのラストで出てくる、まさにいま、こういう状況とのシンクロっていうのが示されるという、非常に暗澹たる気分にさせられるエンディングなんですけども。

とはいえ、ここが僕、この作品のドキュメンタリー的醍醐味があるところだと思うんだけど、要は人々の反応というのは、とはいえよく見てみると、たとえばいわゆる右的なというか、非常に右傾化というか、排外主義的なというか、本当に人種的偏見にまみれたようなことを言っている人たちの中でも、単純に右、左、ノンポリって色分けできるほど一律じゃなくて。その中でも、いろんなフェイズというか、いろんなニュアンスがある人がいて。そこがやっぱり面白かったりもするなという風に思いました。この手法のね。

でもとにかくですね、これははっきりしている。ヒトラーという人がいかに社会にくすぶる、ある意味普遍的な……つまりどの社会にもあるような、日本にもいまあるような不平・不満を的確にすくいあげていくか。そして、いかにそれを徹底した欺瞞のなさ、ブレなさ故の否定しがたい説得力でみんなに説いていくか。そして、それも込みで、いかに人をひきつけるカリスマ性、もっと言えばチャーミングささえたたえているかというあたり。これを、これは映画版ならではの長所として、要はそれをまさに目の前、本当にそこにいる実在感で描き出していくわけですよ。実際に演じているわけだから、ああ、これは確かにちょっとひかれちゃうのもわかるな、というような感じで描き出していく。

その意味で、やっぱりなによりもこのオリバー・マスッチさん。この俳優さんがすごいです。この作品は。っていうのは、大変なことをやっているんですよ。よく考えると。要はどっきりカメラ方式なんだけど、臨機応変に、いかにもヒトラーが言いそうな……基本は極めて歪んだ思想なんだけど、いかにもヒトラーが言いそうな、歪んだ、でもブレないがっちりしたヒトラー的思想を、でも同時に圧倒的説得力と、あとヒトラー的ウィットを込めた発言で瞬時に返さなきゃいけないわけですよ。しかもその相手っていうのは、そのオリバー・マスッチさんは内心ね、「こいつら、大丈夫かよ? なんだ、こいつら?」って思うような連中の差別的な発言とかに、ずーっとヒトラーになりきったまま付き合い続けなきゃいけないわけですよ。で、場合によってはもちろん、身の危険の覚悟もしなきゃいけないという状況の中で、その即興をやってのけているわけだから、この胆力とスキルたるや……ってことですよ。だからオリバー・マスッチさん、これはすごい。本作のMVPだと思います。この手法を思いつくところまではできても、実際にやり切るのは本当に大変だと思う。

途中さ、リンチを扇動するようなシーンが出てくるじゃないですか。あそこはさすがにある程度、仕込み、やらせなんだよね?って思いつつ……あそこがね、いちばんフィクションなのかの判断がしづらくて、なおかついちばんショッキングなところなので、ちょっと気になるところではありましたけどね。はい。あの文句を言っているロック風の若者だけは仕込みなのかな? とかね。わかんない。でも、危ないじゃん。あんなことしたら。まあいいや。とにかく、要はヒトラーの、これですよ。危ないのは。「言ってることは一理ある感」に観客を含めみんながまんまと乗せられていく感じ。つまり、要はヒトラーのような人物が結局、割と広く受け入れられ、合法的に権力に近づいていってしまうプロセス。要はファシズムの素地ができていくというあたり。さっき言った現実社会、現実のいまの世界とのシンクロもあって、「なるほど、これは怖いしマズいな」という説得力を持って迫ってくる。笑えるんだけど、だからこそ怖い。これは本当に狙いとして上手くいっているところだと思います。

ちなみにですね、言うまでもなくヒトラー、ナチスね、じゃあどんなひどいことをしたか? みたいなそういう歴史的事実に関してはこの作品の外側の常識としてある作品なので。それはもう『サウルの息子』とかを見てくださいっていうことなんで。その意味で当然のように一般的な良識を備えていて、なんならここで描かれているような社会の傾向にもともと危惧を抱いているような人向けではあると思う。はっきり言って。要は、度を越したアホはそもそも想定していない作品ではあると思います。あとですね、音楽がところどころ、明らかにキューブリックの『時計じかけのオレンジ』オマージュであるあたりも作り手のメッセージが明白なあたりだと思います。要するに、非常に危険な最低最悪の破壊者・犯罪者なんだけど、魅力的。だから余計危険なんだというキャラクターが最終的に権力と結託するというね。そういう意味で『時計じかけのオレンジ』オマージュしてきているわけですけど。

まず、オープニング。空撮ね。雲からドイツの街並みが見えてっていうあの空撮からドイツの街並み。あそこは劇中でも名前が出ていましたけども、レニ・リーフェンシュタールの『意志の勝利』っていうね、ナチのドキュメンタリーのオープニングのオマージュなんですけど。そこにかぶさる音楽がロッシーニの『泥棒かささぎ』。これを聞いたらやっぱり『時計じかけのオレンジ』を連想しますし。これは偶然じゃない証拠に途中でエドワード・エルガーの『威風堂々』が。これも『時計じかけのオレンジ』で出てきますね。ラストのラストではもうダメ押しのように、ヘンリー・パーセル作曲の『女王メアリー二世のための葬送音楽』のウェンディ・カルロス風シンセバージョン。これ、もう完全に『時計じかけのオレンジ』のテーマに聞こえるような感じですから。まあ、『時計じかけのオレンジ』オマージュみたいなのが作り手もメッセージを込めているっていうのは明らかじゃないでしょうかね。

一方、フィクション部分。いままではドキュメンタリックなアプローチとかその部分を話して来ましたけど、フィクション部分のアレンジも映画ならではのいいところがたくさんありました。特に僕、「ああ、いいな。これは映画版の方がいい」と思ったのは、家族を強制収容所で皆殺しにされたっていう老婆がいましたね。で、普段はアルツハイマー。認知症を患っていて……ということなんですけど、ヒトラー本人を見るなり、「こいつ、ヒトラーじゃないか!」って。あそこは原作と違って直接対峙するという設定に物語的になっていて、より、そこはエモーショナルになっているし。いままでこっちはなんかヘラヘラ見ているわけです。観客を含めて。要は、ここですよね。小説にもあるセリフですけど、老婆がこんなことを言う。「いや、この人はお笑いの人で、これは風刺なのよ」と諭されたのに対して、「昔と同じだ。みんな最初は笑っていたんだ」。これは、現に笑って見ている我々にものすごい刺さるセリフですよね。俺、ここはすごい、うわーっ!ってなりました。おばあさんの演技も素晴らしくて。ここは完全に映画のすごくプラスなところだったと思います。

あと、この劇中で小説を出すと。そうすると、その小説がヒットする。この劇中で出てくる小説の表紙とか、あと1933年に引っかけた19.33ユーロという価格設定も含めて、現実の小説版と設定が同じなんですよ。で、それが映画化されて……っていう、つまりメタ構造が今回の映画版は付加されている。で、それによってヒトラーなるものは我々の内側にも、中にもいるという。つまり、ヒトラー本人を肉体的に殺したところで、決して死なないんだという警告。これがこのメタ構造の中でより映画的にわかりやすく示されている。これもまあ、今回のプラスじゃないかと思います。

ただですね、先ほど言いました映画版、大きなアレンジポイントその2の方ですね。「普通の人の視点の導入」と言いました。小説の方はヒトラーの視点でずっと進むんだけど、今回は要するに、ヒトラー視点でずっと映画を進めるのはちょっとヤバいと思ったんでしょうね。要は、小説版では完全に脇役だったテレビディレクターのサヴァツキさんという青年を主役に据えて。要は彼という普通の人視点を中心に据えることで、よりエンターテイメントとしての飲み込みやすさを狙った。まあ、この狙いとしてはわかりますよ。あと、ドッキリ部分を撮影するために……要するに、ヒトラーをずっとドイツを横断させていろんな人と交わらせるというために、やっぱりテレビディレクターというキャラクターは役柄として大きくなる。なぜそれを撮るんだ? というその話の説明も担う。これもわかります。

ただ、このサヴァツキさんのパート。要はフィクションパートですね。もうヒトラーと関係ないパートが、ヌルい、ダサい、面白くないという感じだと思います。ぶっちゃけ僕、見ていてそのサヴァツキのパートが始まるたびに、「うん、ぶっちゃけお前の話には、マジ興味ねえ! 俺が興味があるのはヒトラーの方の話であってお前の……しかも関係ねえし!」みたいな感じで。うーん……コメディーとしての垢抜けなさ、クオリティのそんなに高くなさもちょっとアレでしたけど。でも、それもさることながら、このサヴァツキさんというキャラクターの思想的立ち位置、視点が実は非常に曖昧で。そこが見ていて、特に終盤に行くにつれて気持ち悪くなってくるあたりで。

要は終盤、「えっ、こいつひょっとして本当のヒトラーなのか?」みたいなことで、急に倫理的に目覚めて行動しだすんですけどね。サヴァツキさん。いやいや、お前、そういう問題か? お前、ずーっとヒトラーの横について、人々の実はエグい反応。非常に極右的なことを言い出したりとかとんでもない……それこそ、「強制収容所? 賛成だね!」なんてことを言ったり、とんでもないことを言っているすぐそばに彼はいるんだけど。たとえばそこで、サヴァツキが何もわかっていないバカっていうことだったら、手を叩いて笑っているとか。そういう描写でもないんですよ。なんかね、神妙な顔をして傍観しているだけなのね。「なに、お前?」っていうね。なんか、不自然な上になにを考えているかよくわかんない。スタンスがよくわかんないですし。

これ、原作だとこのサヴァツキというキャラクターは完全にヒトラーに心酔して。なんなら、新しいゲッベルスみたいになっていくキャラクターなので、そのキャラクターの中では矛盾はないんですけど。このね、「本物なのか? お前、本物だとしたらこれはヤバいぞ?」みたいなことを終盤に言うんだけど、そういう問題じゃないでしょ。もちろん、最終的にはヒトラー本人を肉体的に倒しても意味ない。そういう着地になるからまだいいんだけど、本人かどうか?っていうのは実はこのお話にとってあんまり本質的な話じゃないですよね。そこにこだわりすぎると、この問題の矮小化にもなると思いますし。あと、なによりさっき言ったように、「じゃあ、本当に生き返ったんならヒトラーはやっぱりすげーじゃん!」ってことになりかねないから、あんまりそこを物語的に突っ込まない方がいいと思うよというところだと思うんですけどね。

で、彼が最終的にたどる末路っていうのも表現としてちょっと陳腐すぎじゃないでしょうか? 手前のどんでん返し含めて、まあ『未来世紀ブラジル』感なのかな? とは思ったけど。ちょっと今時陳腐な結末じゃないでしょうかね。ヌルいと言えば、これは本作に限ったことではないけど、途中でヒトラーがね、旅の途中でしでかした失態が露見するっていう映像が流れるんですけど。これ、よく他の映画でもあるんだけどね。「こんな映像が撮られているんですけど」って、その映像が、さっき我々が映画で見ていたカットの切り返しとかまんま……そうするとさ、「なに? この犬側の視点、誰が撮っているわけ?」っていうさ。ああいう徹底のされなさって僕、すげーシラケるんですけどね。まあ、ものすごくうがったフォローの仕方をすれば、この映画全体が作中で作っていたあの再現映像みたいなものだからっていう。でも、それはちょっとなんかフォローしすぎかな? という気もしますし。

あと、細かいところで言うと、これはちょっとミスの類だけど。クライマックス。エレベーターの中でサヴァツキさんがヒトラーにピストルを向けているっていうような場面なんだけど。鏡越しで会話している。これは演出だからいいんだけど。サヴァツキさんね、鏡の自分の側に向けてピストルを向けていて。あれはたぶん鏡を使った……たぶん位置関係的にそういう風に向けてって言われたんだろうけど。あの、こっちも映っちゃっているから(笑)。あれはカット失敗だと思います。はい。

とにかく全体にフィクション部分は、キャラクターの配置や描写があまりにも図式的すぎるきらいがあって、やっぱり事の矮小化につながっているなという風に思います。副局長のね、ゼンゼンブリンクさん。この人はもともと原作のオーディオブックでヒトラーを演じていて、途中でちょっとヒトラー化するところがあるとかっていう、これはあんまり今回の映画版のストーリーに効果的に絡んでいるとは思えなかったですし。全体にちょっとフィクション部分、決して手放しで褒められるクオリティーではないと思いますね。

それだけ、でもやっぱりさっきのドキュメンタリックパートの部分ね。現実の人々の反応の方が、そっちの方が決してステレオタイプな枠に収まりきらない幅とか複雑さ、なんなら豊かさっていうのをちゃんと捉えていてやっぱり面白い。そっちがすごく面白いからなんですよ。たとえば、ネオナチ。極右集団みたいな、チンピラっぽいネオナチっぽいやつらと飲み会やってるじゃないですか。で、その飲み会の中でもさ、思いっきりヒトラーに乗っていく人もいれば、「いやいや、こんなやつの話……」っていうやつもいれば。なんかノリで乗っちゃっているやつもいたりとか、懐疑的な人がいたりとか。あと、途中で対話する親子、いましたね。あの親子の間でもちゃんと意見の対立があって。息子さんですかね? 結構不良っぽい感じなんだけど、「過去にとらわれちゃダメだ」ってヒトラーが言うのに対して、「いや、それは違う。過ちを繰り返さないためには、過去に学ばなきゃいけないんだ」っていう、とってもちゃんとしたことを言うというあたりもあって。その幅があるのは素晴らしいあたりだと思いますが。

ということで、特にフィクション部分の改変というか、その描き方というか、クオリティにはちょっと言いたいことはないわけではない作品でしたが、やっぱり作品全体が発している狙いどころ、メッセージは非常に鋭いですし。全体として非常にわかりやすく——この言い方は語弊があるかもしれませんが——「面白い」です。面白い映画です。わかりやすく面白いです。特にやっぱり、「“サシャ・バロン・コーエン”メソッド」ものとして、現実とのシンクロ部分はスリリングというか怖い作品でありますし。ドイツの社会状況をもっと知っていれば……っていうのももちろんあるんだけど、それより、やっぱりいまの日本の、この国とのシンクロっていうのはやっぱり気になるあたりということで、先ほどのメールにもあった通り、選挙タイミングのいま、それこそ、ぜひぜひ劇場でウォッチするのは非常に価値のある作品ではないでしょうか。

(ガチャ回しパート中略 〜 来週の課題映画は『日本で一番悪い奴ら』に決定!)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』は毎週土曜日、22:00〜24:00の生放送。AM954kHz/FM90.5MHz、もしくはPCやスマートフォンからradikoでお聞き頂けます。聴き逃した方、過去の放送が聞きたい方はTBSラジオクラウドへどうぞ!

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われわれは、ヒトラーの素っ頓狂な振る舞いに大いに笑うだろう。そして最後に、なんともいえない恐ろしさを味わうだろう。



出典
70年ぶりに蘇ったヒトラーに共感!? 劣化する日本に通じる「不気味な恐ろしさ」の正体  | 賢者の知恵 | 現代ビジネス [講談社]

http://www.newsweekjapan.jp/ooba/2016/06/post-21.php


大場正明
映画の境界線






よみがえったヒトラーが、今の危うさを浮かび上がらせる



2016年06月16日(木)16時30分






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よみがえったヒトラーが、今の危うさを浮かび上がらせる
『帰ってきたヒトラー』(C) 2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH


<現代にタイムスリップしたヒトラーがモノマネ芸人として大ブレイク。何も変わらないヒトラーは、全てが変わった現代社会で、再び民衆の支持を集め始める...>

ヒトラーが現代に甦り、モノマネ芸人として大ブレイク

 独裁者アドルフ・ヒトラーが現代のドイツに甦り、モノマネ芸人と誤解されてテレビの世界で大スターになっていく。そんな大胆不敵な小説が2012年にドイツで出版され、ベストセラーになった。著者は大学で歴史と政治を学び、ジャーナリストやゴーストライターとして活動してきたティムール・ヴェルメシュ。日本でも2014年に『帰ってきたヒトラー』として出版された。

 デヴィッド・ヴェンド監督の『帰ってきたヒトラー』は、物議も醸したこのベストセラーの映画化だ。物語は、1945年に死亡したはずのヒトラーが、2014年のベルリンで目覚めるところから始まる。通行人たちは、急変した世界に戸惑うヒトラーを、コスプレしたモノマネ芸人だと思って面白がる。

 リストラされたTVディレクターのザヴァツキは、この自称ヒトラーに目をつけ、彼をTV局に売り込んで自らも復帰を果たそうとする。バラエティ番組に登場したヒトラーは、ドイツ社会の現状を舌鋒鋭く批判して注目を浴び、さらにYouTubeで話題が広がり、大ブームを巻き起こしていく。

 タイムスリップのショックを乗り越え、現状を把握しようとするヒトラーと、彼を筋金入りの芸人だと思い込む人々の間に生じる認識のズレの数々はたまらなく可笑しい。しかし、ヒトラーがのし上がっていくに従って、こちらの居心地が悪くなり、安易には笑えなくなる。そして、作品の狙いが見えてくる。

ドキュメンタリーも取り入れ、「国民の責任論」を浮かび上がらせる

 『顔のないヒトラーたち』をコラムで取り上げたときに書いたように、戦後のドイツ人は、ヒトラーという悪魔と、悪魔に利用された人の好いドイツ人の間に一線を引くことで過去を清算しようとした。しかし、事実は違った。筆者がすぐに思い出すのは、ロバート・ジェラテリーが、独裁と同時に国民の支持も望んだヒトラーと国民の関係を豊富な資料を基に検証した『ヒトラーを支持したドイツ国民』のことだ。

 なかでもここで特に注目したいのは、1933年のヒトラーによる権力の掌握だ。彼は、国際連盟脱退の賛意を問う国民投票と選挙を行い、その両方で圧倒的な勝利を収めた。ジェラテリーは、他の政党が非合法化されていたことや反対を示す無効票も踏まえたうえで、以下のように書いている。



 「それでも大多数がナチに投票したことに変わりはない。それも人びとは新聞で読んだり口伝えで聞いて、国家秘密警察や強制収容所や政府先導のユダヤ人迫害などを知ってのうえだった。この国民投票と選挙は、いみじくも『ヒトラーの正真正銘の勝利』といわれ、『巧みな操作と自由の欠如を考慮しても』、この瞬間に『ドイツ国民の圧倒的多数がヒトラーを支持した』という事実は争えない」

 『帰ってきたヒトラー』の原作者ヴェルメシュと映画の監督・脚本を手がけたヴェンドは、どちらもこの1933年の権力掌握を強く意識している。小説では、ヒトラーの秘書になった若い女性が、ある出来事をきっかけにナチスを<ブタ>と呼んだときに、ヒトラーが以下のように語る。



 「一九三三年には国民はだれひとり、巨大なプロパガンダ的な行為で説得させられてはいない。そして総統は、今日的な意味で<民主的>と呼ぶほかない方法で、選ばれたのだ。自らのヴィジョンを非の打ちどころがないほど明確に打ち出したからこそ、彼を、人々は総統に選んだ」「真実は、次の二つのうちのひとつだ。ひとつは、国民全体がブタだったということ。もうひとつは、国民はブタなどではなく、すべては民族の意志だったということだ」

 この小説と映画の大きな魅力は、ヒトラーを単純に悪魔や怪物にはせず、奇想天外な設定と展開を通して、予想もしないかたちで「国民の責任論」を俎上に載せてしまうところにある。しかし映画にはさらに、原作にはない独自の発想や視点が盛り込まれている。


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ひとつは、ドキュメンタリーの要素だ。ヒトラーを見出したザヴァツキは、彼を売り出すために「ヒトラーが現代のドイツを闊歩する」という企画をひねり出し、車で各地を回る。ヴェンド監督はそんな展開を利用して、ヒトラーに成りきった俳優と様々な年齢や職種の人々を対面させる。彼らのなかには拒絶反応を示す人もいるが、すんなりと受け入れ、スター扱いする人が目立つ。そんな映像には、TV的ないかがわしさと人々の本音を垣間見るような生々しさが混在している。また、エンディングには、現代の外国人排斥運動をとらえた映像なども挿入される。

 そしてもうひとつ見逃せないのが、ヴェンド監督の巧みな脚色だ。原作はヒトラーの一人称で書かれ、彼の視点が中心になるが、映画では彼に関わる人物たちが独自の動きを見せる。ヒトラーを売り出したテレビ局では、局長の椅子をめぐって水面下で醜い争いが繰り広げられ、それが原因でヒトラーも局長も共倒れになるかに見える。

ヒトラーが活躍するメディアの社会

 しかし、挫折しかけたヒトラーは、現代に甦った自身の物語を本にして復活を遂げ、映画化まで進行していく。彼は揺るぎない信念とメディアを利用する戦略によって求心力を獲得する。これに対して、ヒトラーを起用する立場にあったはずの局長や副局長は、いつしか保身のために彼に擦り寄ることを余儀なくされている。そんな展開はジェラテリーの前掲書の以下のような記述を思い出させる。



 「ナチ・ドイツは実際に現代的なメディアの社会であり、当時としては最先端をいっていた。識字率の高いドイツ人は新聞の愛読者でもあった。そのうえにヒトラー政権は、各家庭に一台のラジオを普及させるために全力をつくし、映画を活用して伝達事項をくまなく行きわたらせたのだ。映画制作はすぐに体制翼賛産業に変えられ、ジャーナリストを味方につけるのは容易いことが証明された」

 ヴェルメシュのベストセラーが映画化されたように、映画のなかでヒトラーの本が映画化される。そこには痛烈な皮肉が込められている。なぜならヒトラーが自分に起こったことを明らかにしても、誰もそれがただならぬことだと思わないからだ。では、ただならぬことだと思った人間はどうなるのか。その運命は、かつてヒトラーが権力を掌握する過程で、共産党員などが収容所に隔離されていったことを思い出させるかもしれない。


《参照/引用文献》
『帰ってきたヒトラー(上・下)』ティムール・ヴェルメシュ 森内薫訳(川出書房新社、2014年)
『ヒトラーを支持したドイツ国民』ロバート・ジェラテリー 根岸隆夫訳(みすず書房、2008年)
『ドイツ 過去の克服』ペーター・ライヒェル 小川保博・芝野由和訳(八朔社、2006年)

○映画情報
『帰ってきたヒトラー』
監督:デヴィッド・ヴェンド 
公開:6月17日(金) TOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
(C) 2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH


http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-0026.html
現在一体誰がヒトラーを称賛するだろう?ドイツ風刺映画『帰ってきたヒトラー』




Bernd Reinhardt
2015年12月16日
wsws

デヴィット・ヴェント監督; ヴェント、ヨハネス・ボス、ミンナ・フィッシガルトルと、ティムール・ヴェルメシュ脚本

ティムール・ヴェルメシュの同名小説に基づく風刺映画『帰ってきたヒトラー』[Er ist wieder da]は200万人以上が見て、今年ドイツで一番見られた映画の一本になった。

70年後、ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が、ベルリンの彼の元掩蔽壕の場所で、住宅開発されている場所の真ん中で、突然目覚める。最近首にされたばかりのテレビ放送記者、ファビアン・ザヴァツキ(ファビアン・ブッシュ)に、彼は発見されるが、ザヴァツキは彼をヒトラーの物まね芸人だと思いこむ。ザヴァツキは、この“ヒトラー”が、大勢の観客を引きつける人物で、自分が元の仕事に戻る最後の機会だと感じる。ヒトラーは自分の立場を素早く理解し、ドイツの国家的危機に介入すべき頃合いで、自分しか国を救える人間がいないので、運命が自分を2014年に送り出したのだと結論するに到る。


『帰ってきたヒトラー』

ヒトラーは、あらゆる既成政党からの不人気を満足そうに納得する。ワイマール共和国最後の頃を、彼は思い出すのだ。ザヴァツキは、“総統”が現代ドイツを巡るツアーを企画し、ヒトラーが生み出す大いに肯定的反響で 彼は大胆になる。YouTubeビデオが、100万回も見られて、テレビ番組出演への道が開かれる。

歴史上のヒトラーとは違い、映画のヒトラーは、自分の主張を通すために、テロを用いる必要はない。彼は、マスコミを迎合させるため、批判的なジャーナリストをマスコミから粛清する必要がないのだ。そうではなく、そうした業界の連中は、進んで彼に迎合することに気づく。『帰ってきたヒトラー』の効果的場面の一つは、あるテレビ脚本家が、政治番組向けに人種差別的ギャグを作るよう命じられ、斜に構えたプロ精神で、それをこなすというものだ。

しかも不安定なザヴァツキは、彼が他の人々のように“行動”しないだけでなく、“彼が単純に彼で”ビジョンを持って、それを執拗に進めようとする人物であるがゆえに、“ヒトラーの”独裁的カリスマに魅了されてしまう。

テレビ局のトップ、カッチャ・ベリーニ(カッチャ・リーマン)が、扇動のかどで告訴されると、連邦検事当局の代理人が、彼女が告訴されたのは左翼の変わり者の仕業に違いないと請け合う。右翼によるどういう犯罪や非行が不問に付されたり、最小化されたりするかを決めた“規則集に従って”あらゆることが行われる。ヒトラーの更なるテレビ出演は、何ものも妨げることができませんと、この番組が好きな連邦検事当局の男は宣言する。

うまく描かれた遍在する偽善と欺瞞は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの有名な童話『裸の王様』を思い起こさせる。外国人を公然と害虫になぞらえるヒトラーに、誰も右翼というレッテルを貼ろうとしない。彼は、独特な皮肉と、あいまいさを持った、カリスマ的で、反体制的な人物と見なされる。

ヒトラーが過激な右翼連中に殴打され、入院する羽目になった際には、社会民主党党首シグマール・ガブリエルが自らお見舞いカードを送る。無節操なテレビ局長は、彼を民主主義の戦士とまで呼ぶ。(ヴェルメシュの小説では、ヒトラーは、ドイツのテレビ番組にとって、最も威信のある賞の一つグリム賞も受賞する。)


『帰ってきたヒトラー』

これは余りに牽強付会だ。ドイツ・マスコミは、ウクライナでの右翼クーデターを、民主主義のための戦いだとして慶賀した。政治家たちは、右翼ペギーダ運動との協力を模索した。人種差別的な、反イスラム漫画が、芸術の自由の名のもとに称賛される。オバマがノーベル平和賞を受賞した際に、一部のドイツ人インテリが有頂天になったのも、さほど昔のことではない。

アンデルセンの童話同様“純真な”個人が真実を語る。憤慨して人々が本物のヒトラーを称賛しているとザヴァツキが言う。それだけで彼を精神科病院に入院させるに十分だ。

同時に『帰ってきたヒトラー』は、多くの表面的かつ徹底的な一般化をしてもいる。映画は、ヒトラーは現代ドイツに足場を見出す、おおむね、まずまずの可能性があるような印象を与えている。理不尽な理由で、世界支配に向かって奮闘する右翼扇動政治家が、ポップ・スターのように、マスコミを制覇することができ、映画が示すように、まるでキーボードを演奏するように、易々と大衆をあやつれることを示唆している。彼は大衆に人気のあるごくわずかな社会問題をしつこく繰り返すだけで良いのだ。監督が映画に加えた“ヒトラー”が“民衆”と出会うドキュメンタリー場面が部分的にこれを確認しているようだ。ドイツのタブロイド新聞ビルト紙のインタビューで、ヒトラーと会った際、外国人に向かって喚く、多くの人々について、ヴェントは怒って文句を言った。

『帰ってきたヒトラー』のある重要な場面は、多少の歴史的説明をしようとしている。ヒトラーは、彼らも心の底では 彼と同じだったので、普通の人々全員、1933年に彼を選んだのだと主張する。そこで彼は、現代のドイツ人に向かって言う。“私は皆様方全員の … 一部なのです。”

ヒトラーが小犬を撃つ様子を映したビデオが出現すると世論は一変する。国民全員が、恐怖を表明する。この場面は、自称、知識人サークルにおける、ドイツ人は簡単にあやつられてしまう進歩の遅い大衆だという広く行き渡った見方を反映している。

こうした見方は、西ドイツ国家において、ナチス・エリートが依然地位を占めていたことへの批判にもかかわらず、1968年、反抗の世代が疑問を投げ掛けるまで、ほとんど触れられなかった戦後イデオロギーの不可欠な要素だ。初期には、社会主義者のファシズム理解の一部だった、ファシズムと資本主義との間の不可分の関係は、“大衆社会”や“マスコミ”や、似たようなアイデアに対する上辺だけの批判に置き換えられている。

『帰ってきたヒトラー』は現在の状況に対する率直な懸念を語ってはいるものの、ヒトラーが権力の座についた、実際の歴史的な原因に関しては何も説明しない、在り来りの偏見や概念に満ちている。

いくつかの場面で、痛烈な批判こそ、よりふさわしいである場面で、映画は、ヒトラーを愚かなように描いている。長年、社会的、民主的権利を攻撃してきて、今やドイツ軍国主義再建を企んでいる与党の『帰ってきたヒトラー』における“批判”は、事実上、本物の内容に欠けている。例えば、SPDのガブリエルは、単なる冗談のように描かれている。他の政党や政治家も同じような形でかたずけられる。狭量な国家を支持する右翼政党としてのグリーン描写だけは(“環境安全保障は、国土安全保障だ”)当たっている。

もちろん、大衆の中には、ヴェントがドキュメンタリーで捉えているような見当違いの、右翼の反応もある。だが彼らは実際、一体何を代表しているのだろう? 様々な恐怖を、民族主義的、人種差別的方向に向けようと、意図的に取り組んでいる事実を無視して、一体なぜ、ヴェントは、政治体制を無罪放免してしまうのだろう? しかも、人々は、ヒトラーの服を来た人物などの挑発に対し、最も深刻な結論も考えずに、反射的に反応してしまいかねないのは明らかだ。

とはいえ、『帰ってきたヒトラー』に対する大きな関心が、映画が痛いところを突いたことを表している。重大な限界はどうであれ、ドイツ人大衆が一般的に体験している、偽善的で、恥ずべき政治状況を、映画が描写しているためであることは疑いようがない。

しかも、より裕福な階層は、無謀に民主的権利を無視する用意があるこの強力な指導者の描写、ヒトラーをむしろ比較的無害な人物におとしめる描写に、ある種魅了されている。

広範な層の労働者が根本的改革を希求するのは、独裁者を求める願望とは全く無関係だ。ヴェントの『帰ってきたヒトラー』の中で終始表現されている、大衆運動が制御しきれなくなることへの恐怖と疑念は、不快かつ、多くを物語っている。それにもかかわらず、映画は“大衆”に関する偏見からは決して抜け出せていない。この相反する心的葛藤と、ためらいが、結局、芸術的、社会的効果を弱めている。

現在の難民危機におけるドイツ人の様々な層の実際の行動は明らかだ。多くの人々が自発的に、苦しんでいる難民を支援した。女性や幼い子どもを含む難民支援を拒み、彼らを収容所に閉じ込めるという不気味な歴史的関連性を目覚めさせる作戦を行ったのは政界エリートだった。

世論調査では、マスコミ報道に関して、大衆が憤りと言えるほどの深い不信感を抱いていることも明らかになっている。この最もひどい例が、最近のパリでのテロ攻撃に対する当局の対応だ。ドイツ・マスコミは、民主的権利を制限する必要性や、対テロ“世界戦争”の必要性までも執拗に広めている。

記事原文のurl:https://www.wsws.org/en/articles/2015/12/16/back-d16.html
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『街の弁護士日記』「帰ってきたヒトラー」観てきた  全国で観られますを拝読するまで、この映画のことは知らなかった。
まさにナチスの手口を見習い、『緊急事態条項』を導入し、一気に永久ファシズム体制に変えられようとしている属国民にとって必見映画に思えてきた。原作翻訳文庫本も出ている。

そして、今日の日刊IWJガイド、必見の番組が紹介されている部分のみご紹介しよう。これから番組を拝見しようと思っている。


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■<★新着記事★>戦慄するほどうり二つ!安倍政権下の日本とナチスの独裁権力樹立前夜のドイツの恐るべき共通点…ナチス研究の第一人者・石田勇治・東京大学教授が岩上安身のインタビューでその「手口」を徹底解明!

 おはようございます。IWJの佐々木です。

 本日は、いま日本人が最も観るべきインタビューのテキストアップのお知らせです。

 「ナチスの手口に学んだらどうか」――2013年7月29日、麻生太郎財務相が吐露した安倍政権の「やり口」。僕らはこの数年間で、そのプロセスの一つ一つを、追体験させられる羽目になってしまいました。まさかここまでナチスの手口を忠実になぞっていくとは…。

 しかし驚くなかれ、ナチス研究の第一人者である石田勇治・東京大学教授が岩上さんのインタビューで解き明かしたナチス台頭への過程は、僕らが思っているよりも、さらに今の日本と「瓜二つ」だったのです。

 当時もっとも民主的だった「ヴァイマル憲法」ですが、そこに書かれた権利により、力をつけた労働者と共産党の台頭が、資本家たちの反発を買い、共産党を敵視するヒトラーに有利に働きました。

 この時代背景からすでに、今の日本とそっくりなのですが、なんとヒトラーは当時、ヴァイマル憲法を「(第一次世界大戦に勝った)連合国の押しつけだ」とも主張していたのだそうです。日本国憲法を「米国(GHQ)の押しつけ憲法だ」と騒ぎ立てる安倍総理の姿とダブりますね…。

 その他、石田教授は一つ一つ丁寧に、聞いてるこちらが戦慄するほど、当時のドイツと今の日本の類似点を解説してくれました。

 個人的に特に震えたのが、 1932年7月、ナチ党が第一党になる選挙の前に、危機感を募らせたアルバート・アインシュタインら、著名な学者、芸術家、文学者ら33名が連名で出した野党共闘を求める緊急アピールです。

  「(ナチ党の台頭をくい止めるための)最善策は2党(社会民主党と共産党)の統一候補者リストだが、せめてリスト協力が実現するように望む。どうか天性の怠慢と臆病な心のせいで、我らが野蛮の中に沈み込むことのないように」

 先の参院選での市民や有識者の必死の呼びかけを思い出します。日本では野党共闘はある程度成功したものの、複数区や比例での共闘は叶わず、結果的に改憲勢力に3分の2を取らせてしまいました。

 この先に待ち受けているものは何か。石田教授は、「安倍政権が改憲で進める緊急事態条項は、ヴァイマル憲法第48条の国家緊急権に、授権法を合体させた恐ろしい条項だ」と、語気を強めて警鐘を鳴らしました。

 未来にどんな恐ろしい事態が待っているのか、僕らは過去に知ることができます。ぜひこのインタビューを観て、そしてアップした全文文字起こしを読んで、まわりの人たちに警鐘を鳴らしていただければ幸いです。

※参院3分の2議席で日本でも現実に!安倍政権が「学ぶ」「ナチスの手口」とは何か?絶対悪ヒトラー独裁政権の誕生過程を徹底検証! ~岩上安身による石田勇治・東京大学教授インタビュー(前編)
http://iwj.co.jp/wj/open/archives/313466

 文量が多いため、今回は【前半部分】のみの掲載となります。【後半部分】も急ぎアップいたしますので、まずは前半を読み進めておいていただければと思います!
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世論調査では、マスコミ報道に関して、大衆が憤りと言えるほどの深い不信感を抱いていることも明らかになっている。この最もひどい例が、最近の参議院選挙での争点隠しだ。日本のマスコミは、緊急事態条項で民主的権利を廃止する必要性や、TPP“ 大企業植民地化”の必要性までも執拗に広めている。





2016年7月18日 (月) 授権法・国防権限法・緊急事態条項, 映画 | 固定リンク

https://dot.asahi.com/aera/2016061700226.html

現代にヒトラーがよみがえった!「強制収容所を作る」と言いだす彼に大衆の反応は?






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by 藤えりか (更新 2016/6/20 07:00)




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映画「帰ってきたヒトラー」(デヴィッド・ヴェンド監督)の一場面。人々の心を捉え、取材を受けながらサインする (c)2015MYTHOS FILMPRODUKTIONS GMBH&CO.KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH


映画「帰ってきたヒトラー」(デヴィッド・ヴェンド監督)の一場面。人々の心を捉え、取材を受けながらサインする (c)2015MYTHOS FILMPRODUKTIONS GMBH&CO.KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH







帰ってきたヒトラー 上

ティムール ヴェルメシュ著/森内薫訳
定価:1,728円(税込)

ISBN:978-4309206400


amazonamazon.co.jp




 小説は、「現実」だった。映画「帰ってきたヒトラー」は、図らずもドイツ人の本音を浮き彫りにした。インタビューに応じた主演俳優の表情には、そら恐ろしささえにじんだ。

 ヒトラーが21世紀によみがえり、テレビやネットで人気をさらう──。そんな世界的ベストセラー小説『帰ってきたヒトラー』が映画化、日本で公開中だ。

 映画は、1945年に自殺を図ったはずのヒトラーが2014年のベルリンで目覚めるという設定で始まる。道行く人は「役者かコスプレ芸人だろう」とおもしろがり、やがて彼はバラエティー番組に出始める。巧みな発声や間合いで貧困の蔓延(まんえん)や既存政治を批判し、ブームとなる。

●2万5千回の自撮り

 映画が小説と違うのは、随所に「現実」をとり入れた点だ。ヒトラーに扮(ふん)した俳優のオリヴァー・マスッチ(47)が街の人々や政治家と語る場面の大半は台本なしのアドリブ。ドキュメンタリーの手法を用いてゲリラ的に撮影された。後半の酒場のシーンも、「国のために死ぬ」と口にした女性をはじめすべての人が一般客。撮影を許可した人たちの顔にはモザイクもない。

「『カメラの前で本音を言うわけがない』。最初はそう言われたし、受け入れられると思わなかったから驚いたよ。撮影中も外国人排斥や人種差別を口にする人がいたんだ」(マスッチ)

 特徴的な口ひげに人工の鼻、しわやくまの再現……毎回2時間かかるヒトラーのメイクは、おいそれとは落とせない。撮影でドイツ各地を回った約9カ月間は「食事どきもトイレに行くときもヒトラーのまま」。人々は小説同様、彼を見て笑い、興味津々で近づいてきた。マスッチは、携帯電話での「ヒトラー」との自撮りに、約2万5千回も応じた。インタビューでは、

「まるでポップスターだった」

 と振り返る。怖がって逃げ出す人、無言でしげしげと眺める人もいたが、ヒトラーとして「政府から手当をもらう失業者をどう思うか?」と問いかけると、「強制的に働かせればいいんだ」という声が飛んだ。「まさに私が1933年に始めたことだ。強制収容所をまた立ち上げるのか?」とたたみかけると、返ってきた反応は「いいね!」。


●カリスマが現れたら

 ナチス台頭の反省からドイツは歴史教育に力を入れ、難民や移民も受け入れてきた。そのため、知識層を中心に「映画のようなことは起きない」との批判が上がった、とマスッチは言う。

「10年前ならこんな撮影は成り立たなかっただろう。でもいまは一線を越える人も出ている。現実を直視しないといけない」

 撮影の翌年にはパリ同時多発テロなどが起き、難民への感情はドイツでも悪化。もしいま撮影したら、もっと激しい言葉が飛び出すのだろうか。

 ヒトラーになりきるため、マスッチは約500ものスピーチ映像や録音を聴いたという。なかでも参考になったのが、列車内で自然に話す貴重な肉声だ。

「とても深みのあるソフトな声で、プロパガンダ映画の話しぶりとはまったく違った。だから僕も人々には、優しく、まるで父親のように、彼らの抱える問題に関心を寄せているという態度で接した。すると彼らは心を開き、本音を話し始めたんだ」

 撮影で出会った極右政党「ドイツ国家民主党(NPD)」党員が言った。

「我々は今はわずかな勢力だが、あなたがいれば拡大できる」

 マスッチは言う。

「ヒトラーはもうこの世にいないが、彼のようにカリスマ性のある人物が現れたらどうなるか。ドイツだけではない。排外主義はどこでも噴き出している」

(GLOBE編集部・藤えりか)

※AERA 2016年6月27日号

http://d.hatena.ne.jp/souheki1009/20140304/p1

「帰ってきたヒトラー」を読んで 雑感 この本がドイツでベストセラーとなった意味CommentsAdd Starakihiko810onionskinseven_czkismettoaaa

ドイツ人, 社会, 書評


帰ってきたヒトラー 上

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作者: ティムールヴェルメシュ,森内薫
出版社/メーカー: 河出書房新社
発売日: 2014/01/21
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帰ってきたヒトラー 下

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作者: ティムールヴェルメシュ,森内薫
出版社/メーカー: 河出書房新社
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「帰ってきたヒトラー Er ist wieder da.」

ストーリーは、単純です。

第二次世界大戦末期、ピストル自殺をして遺体はガソリンで焼かれたはずのヒトラーが、2011年の8月、ベルリンの空き地で目覚めます。

彼自身、何故そこにいるのかはわからないものの、戦前の記憶はそのまま。

現代に甦ったヒトラーは、生前のままに意見を言い、行動しているだけなのに、人々はそれをコメディアンが風刺としてやっている「芸」だと思い込んで、もてはやす。

最初は人気番組のキワものゲストであったが、徐々に人気と影響力を得ていき、あれよあれよと言う間に、何と国家権力に手が届くところまで状況が進んでしまう。


・・・という話なんですが。

この物語は、最初の設定(=ヒトラーが何故か現代に甦る)こそファンタジーですが、それ以外は一切ファンタジーはない状況設定で、徹頭徹尾、現実に即して描かれています。

そして、「いつ化けの皮がはがれるのだろう?」「いつ『ヒトラー』が自らの過去の過ちに気付くのだろう?」と思いながら読み進めると、全く裏切られてしまいます。

化けの皮は剥がれません、何故なら、彼は本物の「ヒトラー」であり、彼自身、常に自分自身でいるから、です。

自らが犯した過去の重大な過ちについても、彼自身が現代の思想に触れて反省するどころか、第二次世界大戦についての清算を絶えずしてきたと言われているドイツ人の心にさえもまだ残っている未清算の事柄を、彼は、悪魔的なまでな巧みさで、白日の下に晒していくのです。


で、ここからは、長文、ネタバレになりますが、私の感想を綴ってみます。



コミュニケーションとは何?

前述したように、「ヒトラーが現代に甦っている」ということは、誰一人として気付きません。

何故なら、「お前は誰か?」「お前の本名は?」と聞かれて、彼が常に真実、「私は、アドルフ・ヒトラーだ。」と答えているから、なのです、この皮肉で、恐ろしいコミュニケーション。

彼が、「私は、アドルフ・ヒトラーだ。」と真実を言えば言うほど、受け取る側の方が勝手に、「これは、『芸』に徹しているのだ。」と誤解するのです。真実を述べている彼の責任ではありません。

滑稽なほど(実際、笑ってしまうほど滑稽な場面が盛りだくさん)、コミュニケーションが成立していないのです。

これは彼と周囲の人々、出会った人々との間の、直接のコミュニケーションだけではありません。

彼が出演するテレビ番組の視聴者も、番組内の彼の昔のままの演説を聞いて、それが彼の本物の主張であるのに、「これは、手の込んだ『風刺』である。」と勝手に受け取り、喝采を送ります。

更に、それがYouTubeに動画として流されると瞬く間に70万回(!)も再生されるのですが、動画を見ているユーザーも、勝手に「これは、政治批判のコンテンツである。」と受け取っているわけです。

彼が、「私は、アドルフ・ヒトラーである。」と言っているのに、誰も危険視しないのです。

ドイツは、基本法という憲法によって、ナチスに関連するものは全て禁止されているのことはよく知られていますが、物語の中では、この本物のヒトラーによる危険な動きに関して検察に告発しようとする動きがあったものの、それは打ち切られたということになっています。

その理由は、




アドルフ・ヒトラーが本当にヒトラーである可能性はなく、芸術家としてならばまったくの自由が与えられるべき


検察さえも、勝手に解釈しているわけです。

最初は、「ビルト紙」という実在のタブロイド紙が彼の真実を暴こうとするのですが、却ってヒトラーの術中にはまって、


才気あふれる意見をつぎつぎ発表する国民の真の代表者

と記事に書かざるをえない状況になり、やがて、同じく実在の「南ドイツ新聞」やら「フランクフルター・アルゲマイネ紙」やらもそれぞれ、


その情熱的な弁論は、一見ネオファシストそのままの単一的構造をよそおいながら、同時に、多元的もしくは直接的な民主主義的プロセスを激しく訴えるものである


国粋主義の狼が羊の毛皮をかぶるという本質的矛盾を見事に操っている

と、彼の「芸」を称賛することになるのです。

加えて、彼が出演した番組が、テレビ番組に送られる、ドイツで最も権威ある賞であるグリメ賞(実在)を受賞するに至り、誤解が誤解を生んで、立派な箔もつきました。

更に更に、彼がネオナチの若者に襲撃され怪我を負い入院するに至っては、


極右ナチの暴力の犠牲者


正当防衛をあえて行なわず、非暴力を貫いた

と、美しく誤解するのです。ここまで来ると最早お笑いですが、それだけでなく、そういう美談が完成した途端、怪我で入院中の彼のもとに、ドイツの実在の政党の実在の幹部がそれぞれ電話をかけてきて、彼を自らの党に引き入れて政治的に利用しようとするのです!

さすがに、「陰気くさいオーラを自信満々に放っている不格好な」「東独育ちの」女首相の党からは、まだ電話がかかってきていない設定なのですが。

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(この方のことだと思われます、失礼な!)

発信側が「真実」を述べているのに、受信側が勝手にねじまげて解釈しているが故に成立しない、コミュニケーション。

しかも、その危ういコミュニケーションは、ヒトラーの時代にはなかった、テレビやYouTubeやネットで更に増幅してしまう危険があるということ。

それを、著者であるティムール・ヴェルメシュ(←ヒトラーなら、「非アーリア人種の名前」というはず)は、現代ドイツ「あるある」(←ドイツに住んだことがある人にとっては、膝を打つことばかりでしょう)を絡めて、丁寧に描いているのです。

この丹念な描写が、荒唐無稽な最初のファンタジー設定を乗り越えて、読者に対して説得力を得ているのだと思いました。


ヒトラーが、ボロを出さない理由、人々が彼を危険視しない理由は、このコミュニケーションの不成立に加えて、彼が過激な政治批判をしても、ユダヤ人問題については、テレビ番組では言及しないことにあります。

ドイツでは、ユダヤ人問題は絶対にジョークにはできないトピックです。

現代に甦ったヒトラーを、「政治風刺の芸人」と思って雇うことにしたテレビプロダクションの女性幹部は、彼を採用するにあたって、釘をさします、




〈ユダヤ人〉を決してネタにしないこと。これは、ここにいるみんなの総意よ。


と。

この場面だけは、ヒトラーの方が、勝手に解釈した結果、彼と、現代ドイツの常識人である女性幹部の意向は見事に一致してしまうのです。

というのは、ヒトラーにとっては、〈ユダヤ人〉問題は、「ジョーク」ではなく「マジ」な問題なので、「ネタ」などにはできないから、なのです。

それが、「ユダヤ人問題をネタにしないから、彼はちゃんと『常識をわきまえた』コメディアン、芸人なのだ」という視聴者の誤解を更に助長することになるのですが。

これだけ情報が溢れており、テレビにネットにメディアには事欠かないのに、人々は「見たいものしか見ない」。

本当の意味でのコミュニケーションが成立していない、のです。

その滑稽さを笑っていられるのは僅かな間で、すぐにそれは危険な状況になり得る、ということ。

コミュニケーションとはそもそも何なのか?ということを考えさせられました。



多くの支持者を集めることが簡単だというからくり

物語の中では、現代ドイツの社会問題が、甦ったヒトラーの目を通して、戦前と比較する形で、政治体制から人々の服装までさまざまに描かれます。同様に、ドイツに住んだことがある方なら、「あるある」と思われることでしょう。

・多くのトルコ人が移民として、ドイツ社会に根をはっていること

・政治家が、マスコミ受けを気にして軟弱になっていること

・1991年に「ドイツ再統一」がなされたというけれど、それには、アルザスやロレーヌ、シュレジエンなど戦前ドイツ領であったところが含まれていないこと

・ドイツ女性、とりわけ若い女性がスカートを履かず、ファッションが黒ずくめであること

・携帯をいじりながら道を歩く人が多いこと

・ゴミの分別が面倒くさいということ

・スターバックスが街中にあふれ、店主が責任を持って客に接していた個人商店が減ってぎりぎりまで店員の数を減らしたセルフサービスのチェーン店ばかりになっていること

・シンプルで丈夫な製品がなくなって、複雑で不要な性能がついた製品ばかりになっていること

・中年を過ぎても、胸を強調する若作りのファッションに身を包む女性が多いこと

・結婚、離婚を繰り返し、自分の娘ほどの女性と結婚する男性がいること

・・・移民問題以外は、日本や他の先進国にも当てはまりそうなことばかりですが。

政治活動において支持者を獲得することは、実はすこぶる簡単だということがわかります。

自分の主張全てに賛成な人を集める必要はないのです。

国民が現状に対して持っている数多の不満を並べ立てれば、どれか一つでもそれがヒットすればその人は支持者になるのです。

多くの社会問題のうちの一つ一つに不満を持つ人々が、その一つの不満を解消してもらうべく甦ったヒトラーを支持すれば、甦ったヒトラーはそれらの人々の全体集合を味方につけることに成功するのです。

そして支持された側は、全ての論点に関して自らの思う通りに実行できるのです、何故って、かくも多くの支持を得ているから。

あれ?何だか似たようなことが身近になかったでしょうか?

経済政策に賛成したはずだったのに、いつの間にか、原発再稼働、憲法改正、道徳の教科化、靖国参拝にも賛成したことになっているどこかの国民が・・・。

経済問題、少子高齢化問題、失業問題、貧困・格差問題、教育問題、原発問題、環境問題、etc。

日本に限ったことではないかもしれませんが、本当に、現代は政治課題が多すぎて、政策を掲げての選挙がもう限界になっているのではないでしょうか?

物語の中では、甦ったヒトラーはまだ政治家にはなっていませんが、彼がいとも簡単に人々の心を捉え、支持者を増やしていく過程を、著者ヴェルメシュ氏は、恐ろしくも現実に即して示しているのです。




結果が全てであり、それを達成するための過程や手続きは二義的なものなのか?

これを言い換えると、「政策を実現させるためならば、主義主張が違っても、手を組むべきなのか?」ということです。

この物語の下巻、即ち後半部分で、或る程度「政治風刺のコメディアン」としての名声を得た、現代に甦ったヒトラーは、自らの番組を立ち上げますが、その番組のゲストに、何と、ドイツ緑の党の元党首、レナーテ・キュナスト女史(実在)を招きます。

ちなみに、緑の党は、ドイツでは4番目(事実上は3番目)の規模を持つ政党で、1998年から2005年までは、SPDと組んで連立与党の座にありました。

言うまでもなく、環境に配慮した政策(脱原発、自然エネルギー促進、二酸化炭素削減)に加えて、女性の社会進出、人権の擁護、多民族多文化社会の実現を標榜しています。

そのキュナスト女史に、甦ったヒトラーは、お互いに手を結ぶことを提案して彼女を驚かせ、当惑させます。

ナチスと緑の党が連携するなんて、現実社会でも仮定ですら想像できないことです。

甦ったヒトラーはこう言います。


エネルギーの輸入は極力ゼロに近づけ、水力や風力など再生可能な資源をもとに、エネルギーの自給自足をめざすこと。これが百年、二百年、あるいは千年後のエネルギー上の安全保障というものだ。あなたも、この点では多少なりとも未来に目を向けておられるはずだ。そして私が言いたいのは、あなたがめざしているのと同じものを、私もこれまでつねにめざしてきたということだ。

当然、キュナスト女史は反論しますよね。


ちょっと待って!あなたの場合は、理由がぜんぜん別でしょう?

至極もっともなこの問いこそ、甦ったヒトラーが待っていたもので、彼はこう続けます。


持続可能なエネルギー経済を推進するのに、理由が良いか悪いかが関係あるのか?風車に正邪の区別があるというのか?

この甦ったヒトラーの問いに、この物語の読者である現実の緑の党員、及び支持者の人々は、どう答えるのか?

これは、議会制民主主義のジレンマですよね。甦ったヒトラーいわく、「権力を掌握するためには国会で過半数をとる必要がある」のですから。

主義主張は一致しないけれど、政策が一致するから、目的のために手を組むべきなのか?

日本においても、この悩ましさは見られます。ここまで(極右とエコ政党が連携する)極端ではなかったですが、「脱原発」で元首相候補と、共産党推薦の候補が連携できるか否か、は、先日の都知事選においても提起された問題でした。

また現政権で自民党と連立を組む公明党も、憲法改正やら原発再稼働で悩めるハムレット状態です。

逆にみんなの党は「政策が実現できるのならば」と自民党との連携に動き始めています。

最近では、都知事選に出馬した田母神俊雄氏が、宗教法人「幸福の科学」が設立した大学の教授に招聘されるという報道がありました。

政治家にとっては、権力を取らないことには、どんな政策も実現できないわけです。

一方、有権者にとっても、自分の意見が政策として反映されることが一番大事なのですし、大体、日々の生活が忙しくて、政党間の駆け引きを注視したりするヒマなどなく、結果さえ良ければいいのだ、という気持ちになりがちです。

しかし、本当に、政党や個人は、「結果」だけを見て、目的の実現のためには過程をなおざりにしていいのか?

著者ヴェルメシュ氏のこの問いに、今、私達は答えられるのでしょうか?



歴史を直視することに関して、タフであるということとは?

この物語の山場は、下巻の29章です。

日本よりは遥かに真摯に戦争責任について向かい合ってきたと言われているドイツですが、そんなドイツのそんなドイツ人であっても、相当タフでないと読み通せないような問題が、この章にはてんこ盛りです。

ドイツでは130万部売れたという、この本ですが、この本を手に取った全てのドイツ人にとって、28章まではげらげら笑い飛ばして読んでいたとしてもこの29章は一番厳しい章であったことと思います。

先ず、この章では、甦ったヒトラーにプロダクションが付けた女性秘書、クレマイヤー嬢が、実はユダヤ人であり、祖母の一家は密告されガス室送りになり、祖母以外は亡くなっているという衝撃の事実が明かされます。

このクレマイヤー嬢は、現代に甦ったヒトラーが有名になる前から、彼にパソコンや携帯の扱い方を教え、メールアドレスを取得してやり、言わば、彼が現代に順応するのを大きく手助けした人物です。

クレマイヤー嬢は、祖母の家を訪れた時、「政治風刺のコメディアン」である(と彼女は思い込んでいる)甦ったヒトラーのもとで働いていることを祖母に告げた途端、祖母はもの凄い剣幕で怒り始め、涙ながらに孫娘であるクレマイヤー嬢に訴えるのです。


(おばあちゃんは)こう言った。あの男がやっているのは、笑いごとではすまない。笑ったりなんかできないことなんだ。あんな人間が大手を振って歩くなんてとんでもないことだって。

 だから、私は説明してあげた。あれは、ぜんぶ風刺なんだよ。もう二度とあんなことが起きたりしないように、そのためにやっている風刺なんだよって。でも、おばあちゃんは言った。あれは風刺なんかじゃない。ヒトラーが昔に言ったことを、そのまま繰り返しているだけだ。人々がそれを聞いて笑っているのも、昔とおんなじだって。

この物語の中で初めて、甦ったヒトラーは揺らぎます、いえ、罪悪感で揺らぐのでは全くありません。

先ず彼の頭に浮かぶのは、「(外見はとてもユダヤ人に見えない彼女の家族が殺されたのは)人違いであったのでは?」という脳天気なことです。次に、クレマイヤー嬢がユダヤ人であることが事実だとわかってからも、今回は、彼の方が、自分に都合が良いように解釈します、優秀である秘書を辞めさせないために、


そう、ユダヤの血が混じっていたらそれで終わりというわけではないのだ。ほかの遺伝的資質が十分に優れていれば、たとえユダヤ的な資質があっても、それを乗り越えることは可能だ。

こう考えて、彼は全力で彼女を引き止めに入るのです。そして、何と自分から祖母を説得すると言い出します。自分のオーラに絶対的自信があるからなのですが。


私の仕事にとってクレマイヤー嬢がいかに欠かせない存在かを話せば、おそらくばあさんは目を輝かせ、孫娘の代わりを探す必要などないと言ってくれるだろう。イデオロギー的にたとえ疑念があっても、ばあさんはきっと、自分の聞きたい話だけを耳に入れるはずだ。

30章以降もクレマイヤー嬢が甦ったヒトラーの秘書を続けているところを見ると、彼の説得は成功したのでしょう・・・何という、苦く恐ろしい成り行き!


次に、この章の中では、去年麻生財務大臣兼副首相が失言したのと同様のことが、提示されています。

「あの手口、学んだらどうかね。」というあの失言です。

この失言の前には、


ドイツは、ヒットラーは、あれは民主主義によって、きちんとした議会で多数を握ってヒトラーは出てきたんですよ?ヒトラーと言えば、いかにも軍事力で(政権を)取ったように思われる。全然違いますよ。ヒトラーは、選挙で選ばれたんだから!ドイツ国民は、「ヒットラーを選んだ」んですよ?間違えんで下さいね、これ。

と麻生氏は発言されていますが、この29章の中でも、甦ったヒトラーの口から同様のことが言われます。


そして総統は、今日的な意味で、〈民主的〉と呼ぶしかない方法で、選ばれたのだ。自らのヴィジョンを非の打ちどころがないほど明確に打ち出したからこそ、彼を、人々は総統に選んだ。ドイツ人が彼を総統に選び、そしてユダヤ人も彼を総統に選んだ。もしかしたらあなたの祖母殿の両親も、彼に票を投じていたかもしれない。


そして、ドイツ人にとって最も琴線に触れることを彼は口にします。


真実は、次の二つのうちのひとつだ。ひとつは、国民全体がブタだったということ。もうひとつは、国民はブタなどではなく、すべては民族の意志だったということだ。

これを聞いて取り乱したクレマイヤー嬢は、


おばあちゃんの一家が死んだのが、人々の意志であるわけがないじゃないの!あれは、あそこでーーーニュルンベルクで裁判にかけられた人たちが考え出したことよ

と反論するのですが・・・。

身も蓋もなく言ってしまうと、ヒトラーが言っているのは、民主的選挙を経てナチスが政権をとったことを前提として、

・国民全体がブタ→ドイツ人全体が、ホロコーストという非人道的な政策を実行した愚かにして低劣なブタであった。

・国民はブタなどではなく、すべては民族の意志だった→ドイツ人は愚かでも低劣でもなく、ホロコーストはドイツ人の総意で採った政策だった。

それに対してクレマイヤー嬢は、

・ホロコーストは、ニュルンベルク裁判で戦犯として裁かれたナチスの人々が国民を欺いて考え出したことであり、ドイツ国民に責任はない

と、言っているわけです、このクレマイヤー嬢の見解が、ドイツでも一般的だと思いますが。

「ドイツ人全体がブタだった」というのは、いわゆる「自虐史観」ですね。

大多数のドイツ人は、戦後から現在に至るまで、「ナチスが悪い。ドイツ国民に責任はない」という論理を受け容れてきたのですが、著者ヴェルメシュ氏は、それに対して「それで十分なのか?」と厳しく迫っているのです。

誰しも自分の国を誇りたいですし、自分の国がブタだったとは思いたくないですから、自虐史観から逃れようと思うならば、甦ったヒトラーが示した「ドイツ人全体がブタだったか?/民族の意志だったか?」という二者択一のうちの、「民族の意志だった」という選択肢を採りそうになってしまう、という落とし穴になっています。

この29章では、読者であるドイツ人が、これまでの「悪いのはナチス。ドイツ人には責任はない。」という立場から更に進んで、「ドイツ人全体がブタだった」という苦い選択肢を採れるかどうか、が試されているのです。

私の個人的意見ですが、合理主義者にして堅実なドイツ人は、この苦い選択肢を選べるに足るタフさを持っていると思います。

それは、第二次世界大戦後、国全体として、そして国民一人一人が積み重ねてきた全てのものに自信を持っていると思うから、です。

歴史上何度も戦ったフランスと手を取り合ってEUを支え、幾多の困難を乗り越えて東西ドイツを統一し、国民レベルでも和解と協力がなされた結果、独仏が再び戦火を交えることは、今日極めて非現実的になっているから、です。

甦ったヒトラーは、第二次世界大戦後の独仏の宥和を「知識」として知ってはいますが、彼が彼の弁論術の全てを尽くしたとしても、過去70年という年月をかけて築き上げられたものをなし崩しにすることはできない、という自信が、現代のドイツ人にはあるのだと思います。

その自信がなければ、つまり、この本によって「ヒトラーと戦前のドイツ礼讃」にドイツ国民が傾く危険性が僅かでもあれば、逆にこの本は発禁処分にされていたでしょう。

この本が出版され、しかも130万部を売り上げるベストセラーになったということは、ドイツ人の自信の表れなのです。

この物語を傍観者のように読んできた私は、ここでハタと自問してしまいました、「日本人は、これだけのタフさがあるのだろうか?」と。

「東京裁判で戦犯とされた戦争指導者が悪かった。日本人には責任はない。」という見方さえ否定する(「戦勝国の裁判であって、戦犯にも責任はない」)人々がいる日本で、「日本人全体が、ブタだった。」と認める「自虐史観」に耐え得るタフさが、日本人にあるでしょうか?

「自虐史観」という言葉には、私も反応してしまいます、誰だって、自分の国の不名誉な部分は認めたくない気持ちはありますから。

しかし、現代ドイツ人は「自虐史観」でさえ飲み込めるタフさを持つことを、この物語によって求められていることを思うと、いかにも自分のひ弱さを感じてしまいます。

日本人は、戦後70年という短くはない年月の中で、果たして歴史を直視するタフさを得たのでしょうか?




この物語がベストセラーになった意味

物語の最後で、この現代に甦ったヒトラーは、


悪いことばかりじゃなかった。Es war nicht alles schlecht.

というスローガンで、更に活動を続けることになるのですが、このスローガン、またしてもどこかで聞いたことがありませんか?

「日本が戦争中、それまで欧米の植民地だったアジアの国々を解放し、善政を敷いた。」

とか、

「日本は韓国を併合して、教育やインフラの整備をした。」

とか、です。

それはさて置いて、この物語は、このスローガンを掲げて、甦ったヒトラーが今度は本格的政治活動に乗り出すところで終わります。

さて、物語の先、ドイツはドイツ人は、どの方向に進むのか?

「悪いことばかりじゃなかった」とは、何とも巧妙なスローガンです。

一つでも「良いこと」があれば、正当化されてしまうかの如きです。

美化された過去として補正もされた「良いこと」を懐かしむのは、誰にとっても心地よいことです、現実に対する不満を暫し忘れることもできますし。

反対に、誰にとっても、忘れたい過去の「悪いこと」を突きつけられ、見たくないものを見る作業は辛く苦痛を伴うものであり、出来れば逃げ出したいことです。

政治家にとっても、選挙の票にもならない、有権者の耳が痛くなるようなことを主張するのは、やりたくないことでしょう。

寧ろ政治家がナショナリズムを煽って、「ドイツ人はブタではなかった」と信じ込ませ、国民はそれを信じるフリをする方が、どれだけ簡単なことか。

しかし、その困難な作業をやり抜く事こそが、現代を生きる国民だけでなく次の世代の国民にも、真の誇りを与える方法だと合理的に結論を出し、戦後70年間に渡ってやり続けた国があります。

それが、ドイツという国であり、だからこそ、この「帰ってきたヒトラー」がドイツで出版を許され、ベストセラーとなっているのだと思いました。

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