ゴング格闘技 ファイト&ライフ Number 七帝柔道記文庫版 レビュー  柳澤健が講道館柔道が最も恐れた男 田辺又右衛門を描く!

GONG(ゴング)格闘技 2017年4月号

イースト・プレス (2017-02-23)


ゴング格闘技最新号のレビュー
やっぱ柳澤健のインタビューが最も面白いですねぇ
現在の格闘技ブームは格闘技専門誌から始まっているわけですが
それらはUWFっつー格闘技っぽいプロレスから始まったわけですなぁ…
今の若い世代はピンと来ないかもしんないだろうけれども

昔はプロレスが真剣勝負だと本気で思われてたわけですわぁ

実際には八百長なんですがね

それがリアルファイトの格闘技として扱われるという…

いわゆる日本のプロレスにはCIAだの右翼だの暴力団だのがバックについて興行を盛り上げていたわけですからなぁ

それをいきなり80年代に

いや
あれは八百長だからと全否定してもプオタは納得しなかったんですよねぇ
実際 中井さんもそんな学生だったし

俺の周りにはプロレスは八百長だよ

って教えてくれる親切な大人もいなかった(爆)

だから世代が高齢になればなるほど

格闘技とプロレスの区別が一切つかないという事態が起こるんですよねぇw

実際問題 プロレスにも格闘技にも関心のない一般人の格闘技認知度 プロレス認知度なんてその程度のもんですww

他にもGスピリッツでマニア受けしていた安生インタビュー全文が掲載
これ読んで感じたことなんですが

もしかして藤原とか木戸 佐山とか前田 船木 鈴木ってゴッチからまともに基本を教えてもらっていなくて
ライレージムのノウハウを断片的にしか教えてもらっていないんじゃ?

いわゆるディフェンスポジション クラウチングポジションなんてレスリングの基本中の基本なんだけれども藤原本読んでも佐山本読んでもそんなもん全く紹介されていませんでしたしねぇ‥

ロビンソンが宮戸や鈴木秀樹に一から基本を教えたのに対してゴッチはライレージムの基本を藤原や佐山 前田 船木 高田 鈴木には教えなかったということになる

ゴッチは優れた指導者だけれども藤原にしてもみっちり教わった期間はプライベートレッスンで半年間

そういったレスリングの基本を教えるよりもサブミッション教えた方が短期間でポリスマン フッカーとして強くなれると考えたから?

いずれにしろゴッチから全てを学んだのはジョーマレンコのようなガキの頃から教えた養子のような存在だけだったんかもしんないですねぇ


あとあと平さんの1984年のUWFインタビュー
やっぱ大昔の何でもあり ベアナックルファイト時代のVTじゃなくなったのがつまんないとかw言うのには激しく同意

今のMMAも見ている分には面白くて好きではあるしヒイキにしている選手もいるんですけどねぇ…

あと最もビックリしたのは

遂に

講道館柔道 嘉納治五郎が最も恐れた男

田辺又右衛門

を柳澤健が描くんだとか!

これは楽しみ!

それと柳澤氏もキャッチのサブミッションは日本の柔術が源流と考えているんだとか

俺は裏技みたいな感じで壊す技は存在していたんじゃないかと思うんですけど

それが試合だのスパーだのに使われるようになったんは20世紀初頭に英国に日本の柔術家 柔道家が渡ってサブミッション チョークありの乱取り フリースパーを行って
その影響を受けたウィガンを始めとする海外のレスラーたちがサブミッションによる決着方法 勝敗をスパーに取り入れたんじゃないかって考えているんですが…

そう考えれば辻褄が合うんですよねぇ

全ての

あとハレックvs加藤であんだけしょっぱい内容だったのに加藤ヨイショの提灯記事が鼻につくわ
ムカつく!
ボケが!
な~にが最終ラウンド 一人は加藤につけてただ!

MMAのジャッジ程 不明確なシロモンだっつーのは解説の現役プロの専門家でさえジャッジがどっちにつくかわかんない時点で糞だっつーの!
くたばれ!(エンセン井上風に)

GONG(ゴング)格闘技 2017年3月号

イースト・プレス (2017-01-23)


前号のゴン格レビューやっていなかったんで
今やる

クロングレイシーの柔術原理主義決別宣言

MMAでは柔術だけじゃ勝てないゆーのは柔術白帯だった頃の俺でさえわかる常識なんですが

敢えてクロンがそういったのはヒクソンとかエリオとかカーウソンたちのスタイルの柔術原理主義と決別し

いちMMAプレイヤーとして活動するとの事

でもヘナーグレイシー非難の証言ですがヘナーが言う様な柔術がクロンを勝たせたってわけじゃないってアレ
別にヘナーは打撃の専門家じゃないから柔術の部分だけ解説しているに過ぎないし
ヘナー自身が柔術だけでMMAに勝つのは無理だとメディアで証言済み
だからヘナー批判は単にクロンがヘナーを嫌っているからという風にしか見てとれないなぁ



中井さんがプロレス大好き芸人さんたちと対談
う~ん‥
そういえば格闘技探検隊の事が描かれていましたよねぇ
この対談でも1984年のUWFでも

俺はUWFや芸人さんたちUWFのファンよりも格闘技探検隊や巻口さんのコラムの方に感情移入出来ますなぁ
どうせなら格闘技探検隊のインタビューをゴング格闘技かNumberでやってくれよ!
って感じ

あと全盛時のマイクタイソンの全身写真は貴重ですねぇ

Fight&Life (2017年04月号)
Fight&Life (2017年04月号)
posted with amazlet at 17.02.27

フィットネススポーツ (2017-02-23)


ファイト&ライフ
世界最大のウエイトトレーニングジム ゴールドジムのトレーナーでもあり
柔術の名門トライフォースのエース芝本選手が道場でストレングストレーニングを本格的に導入し
師である早川光由先生の時代とは大分違いますねぇ
でもまぁ
ムンジアル黒帯世界王者目指すならフツーにアスリートでないと勝てないわけですからねぇ

その方向性も当然というわけでしょうなぁ
ですんで
ブルガリアサンドバッグやらケトルベルやらロープトレーニングやらインディアンクラブやら綱登りやら
どんどんやるべきでしょうなぁ
お金と時間があればですがね…

個人的に興味あるマシーンは岡野功先生の嫡男が考案した綱登りマシーンでしょうか

あれだったら俺みたいな運痴でも登れますかね?

鉄棒も欲しいですねぇ

ロシア人みたいな体力欲しいですなぁ

七帝柔道記 (角川文庫)
増田 俊也
KADOKAWA (2017-02-25)
売り上げランキング: 4,454


木村政彦は何故 力道山を殺さなかったのか?に遅れて
やっとこさ七帝柔道記の文庫版が登場

つか
一体いつになったら完結編の続七帝柔道記を刊行するんだよ?!

キムラ連載のカットされた部分の補完本も未だに出さないし角川にしろ新潮にしろ

やる気あんのか?って思うくらい仕事が遅い!

キムラ連載に関してはイーストプレスと新潮で権利争いでもしてるんだろうか?

ってくらい出す出す言ってて出す気が全くないのか

広告すら出さなくなりやがった‥

ふざけんな!



今回の文庫版は後書きがあります

この後書きだけでも七帝柔道関係者なら購入する価値はあるかと

なんでもアマゾンレビューでは最低の評価が多い羆小説の他に北海タイムスの小説があったんだとか
でもそっちも格闘技とか関係なさそうですなぁ…

文芸書版 文庫版では名前とか実際に起こった出来事まで架空のものに変えられていた奥田義郎のエピソードで知られる最強の一年生沢田征次
のモデル山田直樹さんの記事についてもちょろっと触れていましたねぇ

他にも色々と濃いレビューが描かれていて見どころありです

そのうち柔術やってる誰かがオッサンになって北の海やら七帝柔道記みたいな作品を出すんでしょうかねぇ?

未だに柔術を題材にした作品って無いですもんねぇ

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いわゆる骨法は中国武術 詠春拳 纏絲勁のパクリである



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※詠春拳とジークンドー そして骨法を比較すると打撃のノウハウが詠春拳にクリソツであることがわかる

道理で柔術など色んな技術体系をパクるわけですなぁ

なんせ堀辺がグレートカブキと一緒に近代空手に出ていた当時の技術体系自体がパクリなんですからw

上が詠春拳の構え
下が骨法の構え
上が中国武術の纏絲勁の解説
下が骨法の徹しの解説

よーするに何一つオリジナルが無くパクってばっかのインチキだったってこってす

以下参照↓

http://ameblo.jp/taka-the-sabertigar/entry-11524159462.html


【ある種、面白い】骨法、再び!!【格闘技シリーズ】
2013-05-05 00:25:51
テーマ:格闘技・武道

読者の皆様こんばんは。「ある種、面白い格闘技シリーズ」です。今夜は以前もこのシリーズで取り上げた堀辺正史師範の骨法に迫ってみたいと思います!!(骨法がどのように「ある種、面白い」かは読者の皆様のご判断にお任せ致します。私は骨法という武道について、批判も肯定もしません。)

骨法↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AA%A8%E6%B3%95_(%E6%A0%BC%E9%97%98%E6%8A%80 )

堀辺正史↓

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A0%80%E8%BE%BA%E6%AD%A3%E5%8F%B2

堀辺センセ、骨法は奈良時代から約1200年間(!)一子相伝で伝承されてきた純国産武道だと主張しておられます!!


電子媒体から拾った骨法の情報につき、以下に転載します。骨法に対する解釈は、読者の皆様のご自由なご判断にお任せ致します。↓

668:638[sage] 09/10/19(月) 13:40:34 ID:T78dF+ni0(8)
「骨法」の名称は大山倍達氏の著書「100万人の空手」(昭和50年)などからの借用のような気がしてなりません

日本神話の力比べ、古代相撲、手乞い、相撲=素の舞い、
当麻蹴速と野見宿禰の試合や

江戸初期の骨法の使い手、紀州の佐々木五郎右衛門について
書かれています
琉球に唐手が伝えられる以前の話だとも

その他、世界中の闘技、パンクラチオン、中国拳法の記述もあります
世界地図が書かれていて、トルコ相撲、台湾拳法、朝鮮拳法のイラストも


水の無いプールでの世界ケンカ大会も、この辺りからの着想でしょうか^^


※は恥ずかしい自称経歴
1941年10月14日 茨城県水戸市に生まれる。
※1950年 (堀辺正史 9歳) 伝統ある第五十二代目骨法伝承者に選ばれ、父より「堀辺正史源一夢」の名を与えられたと自称。
※1963年 (堀辺正史 21歳) シンガポールで北派少林拳の主席師範に勝利したと自称。
※1970年8月10日 (堀辺正史 28歳) ビバリーヒルズのパンクラチオン大会で優勝したと自称。
1975年8月18日 (堀辺正史 33歳) 換骨術十九世宗家・大東合気武術協会会長という肩書きでの新聞広告。
1977年4月29日 (堀辺正史 35歳) 換骨拳四十世宗家として換骨拳の存在を明らかにする。
1978年3月20日 (堀辺正史 36歳) 東京・東中野の換骨拳総本部から『換骨拳入門』が発行される。著者は吉丸貞雄。
1987年2月 (堀辺正史 45歳) 自著『「骨法」の秘密―ホネを直せば万病治る』発売。
1989年12月 (堀辺正史 47歳) 大河ドラマ『天地人』原作者である火坂雅志が『骨法秘伝』を発表。
1993年11月13日 (堀辺正史 52歳) 第一回骨法の祭典 最優秀選手はミスター骨法
1994年11月12日 (堀辺正史 53歳) 第ニ回骨法の祭典。打倒グレイシーに立ち上がる。
1995年11月25日 (堀辺正史 54歳) 第三回骨法の祭典 骨法完成を謳う。
1996年8月4日 (堀辺正史 54歳) UVF2(東京ベイNKホール)で、グレイシーを打撃技で完璧に打ち倒すことができる可能性を持つミスター骨法がルタ・リーブリ歴2ヶ月のカーロス・ダニーロに48秒で敗れる。
1998年11月 (堀辺正史 57歳) 骨法が完成する。   
12月 (堀辺正史 57歳)自著『骨法の完成―時代を超える最強の未来武道誕生』発売。骨法「旧約」時代の終了を宣言。骨法「新約」時代が幕を開ける。
2007年3月29日 (堀辺正史 65歳) 性欲が満たされていなかったミスター骨法が幼女に「おじさんとエッチしよう」と声をかける。
2007年11月12日 (堀辺正史 66歳) 性欲が満たされていなかったミスター骨法が電車内で女子高生に後ろから下半身を密着させる。
2008年2月 (堀辺正史 66歳) 骨法がナイフ術に進化。

607:592です[sage] 09/10/17(土) 07:44:01 ID:1/079Y1M0(3)
>>604
80年代後半まで、私と堀辺さんとは交流があったんですよ
彼は太氣拳を正式に習ったことはないんだけど、王樹金先生や澤井先生のお弟子さんたちとは多少の交流がありましたよ
講習会に弟子や友人を行かせて後でコッソリ習うというのが彼の得意パターンでした
名前は出せませんが張策の系統の通背拳の先生の所にも弟子を出入りさせてたみたいですよ
堀辺さんは当時の人間としては大柄で力も強いほうだったし、技術的にも武道家としての実力はそれなりのものでした

突き蹴りはキレはあまりなかったが、掴みながら殴ったり、肘打ちを出したりする独特の喧嘩テクニックを持っていました
組手では壁際に追い詰めたりするプレッシャーをかけるのは非常にうまい人でした
ゴルドーのようなラフで圧力のある組手スタイルでしたね

堀辺さんのチンナや柔術的立ち関節は結構力技でしたし、合気的なテクニックは苦手でしたね
ただ、チンピラ同士の喧嘩を制するときには技を決めてましたから、実戦で誤魔化すテクニックはうまかった


612:東中野の赤き流星[] 09/10/17(土) 10:07:26 ID:K02sQZo7O(5)
>607様 詳しい情報ありがとうございます。
骨法の技術のルーツが判ってきました
以前に骨法の受け技の名称が太気拳の受けの名称と全く同じだったので怪しいと思っていました。

通背拳もパクっていたとは驚きです。

南拳各種にチンナに少林拳と台湾では収穫があった時代だったんですね。


614 + 2:592です[] 09/10/17(土) 17:03:03 ID:1/079Y1M0(3)
堀辺さんは合気上げとかが苦手でしたね
相手を誘導して押えたり相手に合わせて受けたりする合気の技術が性格的にむいていない人でした
いわゆるセガールの合気道に近いですね


立ち関節も合気的ではなくて柔道やコマンドサンボのように腕力を使って耐えた相手でも強引にねじあげる感じでした
ただ、柔道やコマンドサンボの人ほどテコの原理や崩しはうまくなかったですね。

彼の名誉のために申し上げますが、喧嘩は強かったですよ
私と彼とで飲んでいた時のことですが、店で大騒ぎしていた某大学の柔道部員3名を彼がうるさいと一喝したことがあります
その場では大人しくしていた学生たちですが、我々が店を出ようと勘定をすめせていると、彼らも店を出ようと席を立ったのです

私は「これはめんどうなことになった・・。」と喧嘩の覚悟を決めましたが
堀辺さんは無言で店の出入り口においてあった素焼きの鉢植えをつかむと学生のひとりめがけて投げつけ「駅まで走ろう!」と一気に外に駈け出しました
学生の一人に命中し、顔を押さえてうずくまっていました
あわてて私も外に駈け出したのですが堀辺さんの姿が無い
パッと後ろを振り返ると堀辺さんは別の素焼きの鉢植えで学生たちをメッタ打ちにしていました

後で聞いたのですが、走って駅まで逃げると思わせて店のかどで待ち伏せしていたそうですw

彼はどういうわけか非常に闇眼が利く男で、明るいところからいきなり暗い外に出ても外の様子がはっきりとみてとれるようでしたね
彼は玄米を食うと目がよくなるとか言っていましたがw

619:東中野の赤き流星[] 09/10/17(土) 20:43:35 ID:K02sQZo7O(5)
>617 592様
堀辺師範の著書ザ・喧嘩の120ページに
ある健康食品会社の依頼で日光へ消費者参加の2泊3日の講習ツアー
で護身術の講座が有り堀辺師範と空手の先生と合気道の先生が、
ツアー後地元のバーで飲んでいたら
レスリング部の大学生達が、空手の先生を
人間違いで因縁を、付けてきて、喧嘩になり空手の先生と合気道の先生が、倒され
最後に堀辺師範がレスリング部と乱闘に
なって地面に落ちて
た角材でぶん殴ったり各種の骨法の蹴りを
使ったり、最後にビール瓶で相手を流血
させて学生3人を病院送りにしたそうです。


632 + 2:592です[sage] 09/10/18(日) 20:05:06 ID:0Ls419EU0(6)
うーん、説明不足でした・・・。
騒いでいた柔道部員たちはほかの客にも迷惑になるほど大騒ぎしてましたし、店員も何度か注意してましたが、ゴリラ見たいな連中相手に強くは言えないようでした。
そこで、堀辺さんが一喝したわけです。
彼は金銭欲は強くてケチな男でしたが、正義感は強かったし、いい恰好したい虫が騒いだんでしょうw

我々が勘定をすませていると、学生たちが「おい、俺らも出ようぜ!」「やるか!!」と我々を睨みながら席を立ってきたのです
彼らは数の上でも体格でも我々より上でしたし
彼らからは、あのムカつくオヤジどもを締めあげてやるか!という明らかな殺意を感じましたよ

638 + 1:名無しさん@一本勝ち[] 09/10/18(日) 22:11:30 ID:A7lTPAbi0(3)
なるほど、592さん、情報ありがとうございます

誤解して言い過ぎたことを謝ります


ところで
詠春拳がどうやって骨法に取り入れられたかご存知ですか?
自らが香港、台湾で習った
弟子が習っていたなど、いろいろ言われています

よかったら教えてください (その他、骨法の他武術との関係なども)
是非お願いします

639 + 1:592です[sage] 09/10/18(日) 22:27:19 ID:0Ls419EU0(6)
>>638
前にも言いましたが、堀辺さんは台湾で南拳をかじってます

太祖拳や鶴拳には詠春拳のチーサオと非常に近いテクニックはありましたし
太氣拳の推手や剛柔流のカキエも類似の技術です
詠春もかじっていたかもしれませんが80年代初頭は不動うちのテクニックはまだそれほど教えてなかったと思いますよ


堀辺さんはこの手の技術は好きでしたね
最も本人はあまりうまくはなかったですね

641:638[] 09/10/18(日) 22:44:00 ID:A7lTPAbi0(3)
>>639

592さん、早速のご返事ありがとうございます!

なるほど、南派の太祖拳や鶴拳などが原型なんですね
詳しい情報感謝します!

ところで堀辺氏には合気武術以外にも
空手や少林寺拳法などの修行歴があることが噂されています

このことについて何か情報がありましたら
教えていただけませんか?

また、当時のケンカに強い堀辺氏の力の根源は
何だと思いますか?武田流だけで強くなったのでしょうか?

聞いてばかりですいません
なにかご存知でしたら是非お願いします

本当に詳しい情報ありがとうございます!


644 + 1:592です[sage] 09/10/18(日) 23:50:48 ID:0Ls419EU0(6)
堀辺さんの強さのベースは空手とボクシングですよ
少林寺拳法ではなく北派少林拳ではないですか?
突きのフェイントで反応を引き出すのはうまかったですよ
これは空手の技術だと思います
ハッとその場で地面を素早く踏んで前手をぴくっとさせるんです

すると人間は前に突っ込んでくる人と全く反応しないで待つ人
そして、さっと間合いを切って後ろに下がる人の三種類になります

これを使って相手のタイプを判断して殴るのはうまかった
だからキレのない突き蹴りでも強かったんですよ

こう言っては失礼ですが武田流はハク付けや理論武装用の飾りでしょうね
645 + 3:592です[sage] 09/10/18(日) 23:57:29 ID:0Ls419EU0(6)
蹴りを流す技術もうまかったですよ
これは太祖拳や鶴拳の技術だと思います
相手の前蹴りなんかには手をまっすぐ落としてふくらはぎを外からパッとよこに払うんです
そうやって背後をとってチンナで首を絞めてましたね
前腕と脛がぶつかったら痛いですからね 絶対にぶつけずに蹴りをすくうのが得意でしたよ



ただ、そういった自分の得意な実戦テクニックは弟子に教えない人でしたw

647:638[sage] 09/10/19(月) 00:12:30 ID:T78dF+ni0(8)
>>644

592さん、詳細な情報ありがとうございます!

本当に詳しいですね!ビックリです!

やはり空手をやっていたんですか・・・
足で踏む、というと剛柔流をやはり連想してしまいます

そしてボクシングの経験も本当にあったんですね

ということは、上にもありましたが、
父親から受け継いだ骨法は南拳みたいだった=空手(父親がやっていたかは不明)、
学生時代にやったボクシング、

はある程度本当だったんですね

それにプラス台湾の南派拳法(北派の影響も)

大変よくわかりました 本当にありがとうございます!

648:592です[sage] 09/10/19(月) 00:14:02 ID:nS0Fl2NY0(5)
喧嘩芸時代の方でしょうか?
彼の喧嘩芸のビデオは見たことがありますが、あきらかに稽古不足で腹も出ていましたね
おそらく30代以降は突き蹴りはほとんど練習せずに理論武装とつまみ食いばかりしていたのでしょう
元々技にキレのあるタイプではなかったですから年をとったらああなって当然でしょう
649 + 1:638[sage] 09/10/19(月) 00:19:03 ID:T78dF+ni0(8)
>>645

なるほど、堀辺氏の技はかなり台湾の南派拳法の影響が強いんですね

てっきりブルース・リーの詠春拳と
松田隆智氏の本からの影響だとばかり思っていました

何度もありがとうございます!

また宜しくお願いします!

650:592です[sage] 09/10/19(月) 00:20:37 ID:nS0Fl2NY0(5)
彼が稽古で汗を流しているのは見たことがなかったですからねw
道場に遊びに来ても技のつまみ食いや切り売りをするだけでしたね
ただ、前述の相手のタイプを見切る能力と壁際に追い込む能力だけは高かったですね
基本が嫌いで理論武装と組手だけが好きな人でしたよ
子供のころから空手はやっていたそうですから、若いころの財産と自己流の喧嘩テクニックだけでやっている人でしたね

652 + 1:592です[sage] 09/10/19(月) 00:28:46 ID:nS0Fl2NY0(5)
>>649
北派少林拳は向いてなかったのだと思います
そもそも剛柔流の母体は鶴の用法を取り入れた太祖拳だとおもいます
ですから、堀辺さんにとっては南派拳術は受け入れやすかったのでしょう
ただし、あくまでもつまみ食いです
小手先の小技を取り入れただけですね
根本から理解できていれば、もっと体の使い方もうまくなっていたと思うのですが
地道な基礎練習は嫌いな人ですからねwww


653:592です[sage] 09/10/19(月) 00:38:45 ID:nS0Fl2NY0(5)
彼のビデオや写真を見てもらえればわかるのですが、構えた時の姿勢が非常に悪い
空手や南拳をきちんとやっている人間なら脳天から首、背骨、お尻までが一直線に杭のようになっているはずです
こうしない突き蹴りは予備動作も大きくまっすぐに突きが出せません
ジャブで橋をかけてもその上(或いは下)を渡れないのです
橋からそれて斜めに流れてしまっては橋手の意味がありません
だから、掌握や不動打ちといった技術も下手だったんですよ

今はやりのコツカケやがマク・チンクチといった剛柔流のカラダ作りがダメでしたね
ただ、10代のころの写真を見た感じでは首も伸びてきれいにガマクはかかっていますから
ボクシングの悪い部分の影響でしょうね

654:638[sage] 09/10/19(月) 00:39:47 ID:T78dF+ni0(8)
>>652

わわわ、ということは骨法の母体は実は剛柔流なんですね!

そしてプラス太祖拳etc・・・

すごい展開です! 推理小説のナゾ解きのようです!

592さん、本当に何度もありがとうございます!!!

655 + 1:592です[sage] 09/10/19(月) 00:43:42 ID:nS0Fl2NY0(5)
私の知る限りでは剛柔流に南拳諸派の小技を取り入れ、詠春拳で纏めて、武田流で理論武装したのが骨法という武術だと思います

https://yasurok.wordpress.com/2007/08/09/%E9%AA%A8%E6%B3%95%E3%81%A8%E8%A9%A0%E6%98%A5%E6%8B%B3/

骨法と詠春拳
投稿日: 2007年8月9日 投稿者: yasurok

友人が骨法を話題に出したので、YouTubeで骨法関係のビデオを見てみた。骨法は、十年ほど前だろうか、猪木が取り入れたり(「浴びせ蹴り」、「袈裟蹴り」、等)、あるいは骨法をテーマにした漫画があったり、と一時期話題になっていたので、聞きかじったことはあっても、実際の動きを見たことはなかった。

手技のビデオや、それを駆使した試合のビデオを見て、アッと驚いた。ブルース・リーが最初に香港で正式に学んだ格闘技の詠春拳のトラッピングの技術とほとんど同一なのだ。

足を固定する技術も、一部の伝統中国拳法の技や、インドネシアのシラットの技を思い起こさせた。

格闘技はアプローチにはバリエーションはあっても、人殺しという目的は同一なのだから、似たような技術が関係のないような流派に現われることは、珍しくはない。しかしそれでも、私にはとても興味深い。

ところで、試合のビデオであの間合で戦っているのは第三者としては非常に奇妙に思える。骨法以外のバックグラウンドを持つファイターがもし戦ったなら、距離を取りつつ蹴りで攻めるところだろう。

http://yoshikogahaku.jp/2016/01/18/post-244/

1965、1995、オウムと骨法、生き恥を越えて生きること

2016/1/18 思想系, 書き物

 『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』という本がある。
4062879182 日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか (講談社現代新書)
内山 節
講談社 2007-11-16

 およそ1965年くらいをターニングポイントとして、キツネが人を化かすような民族学的ファンタジーが日本から消えていった、という論考だ。かつての共同体意識が弱体化し、テレビが普及し、人々の情報伝達が「クチコミ」的伝承からマスメディアへと転換した時期と一致する。また正誤でものを考える教育が普及した、との言及もある。
 わたしたちはもちろん、フィクションと共に生きている。本当のところ、フィクションと「現実」は合わせて一つであり、共通のフィクションこそが現実を構成している。
 しかしそのフィクションの有り様は、情報の共有・伝達方式に強く縛られていて、テレビと近代教育の普及にキツネはついていけなくなった。
 それが1965年。

 一方、速水健朗氏に『1995年』という快作がある。
4480067450 1995年 (ちくま新書)
速水 健朗
筑摩書房 2013-11-07

 1995年はオウム事件、阪神大震災の年。そしてインターネットや携帯電話といった、今わたしたちの生きている「現代日本」を構成する基本要素が、一通り出揃った時期だ。これ以降、もちろんインターネットは爆発的に普及し質的にも向上したが、根本的な転換は起こっていない。
 インターネットの登場ももちろん、情報の共有・伝達方式を大きく変える。ここでもまた、わたしたちを支えていたフィクションの一部が潰えて、また別の(それとは自覚できない)フィクションがわたしたちを支配するようになった。

 わたしは世代的に、1965年のことは分からないが、1995年のことはよく覚えている。
 1995年に既に思春期以降であった人間というのは、それまで生きていた現実=フィクションが一度崩れ去るのを経験している世代だ。
 それは「恐怖の大王」が来なかった世代とも言える。
 当時、高度成長期以降に生まれた人間は四十何歳だかで死ぬ、みたいな言説があって、わたし自身、なんとなく「汚染物質まみれ」な世界を生きてきた人間は早死にするんじゃないか、今の老人が長生きなのは、明治のパワーで生き抜いた人々に現代医学がプラスされている一時的な現象なんじゃないか、という、ぼんやりとした予感があった。冷戦期を記憶している世代なら、ある日突然世界が終わるんじゃないか、というファンタジーがどこかにあった筈だ。だから「恐怖の大王」もあれだけ人々の間を駆け巡った。
 しかし「恐怖の大王」は来なかったし、わたしたちの世代も四十何歳だかに近づきつつあるけれど、一斉に死んでいっている気配もない。
 それ以降の世代だったら、こんな物語には巻き込まれなかっただろう。彼らは「恥をかかずに済んだ」。
 わたしたちの世代、1995年に思春期以降だった人々は、おそらく1965年を越えた人々と同様に、「恥をかいている」。つまり、一つのフィクションが終わり、別のフィクションに飲み込まれるという、恥辱の瞬間を越えてなお「生き恥を晒している」。
 そして正に、「生き恥」こそが生きるということなのだろう、とわたし自身は思っている。
 とりわけ、こうした「現実構成」が数十年おきに、あるいはもっと速く転換する時代を生きている人間は、「生き恥」こそが人生だ。恥に耐えられない人間はこの世界を生きていくことができない(そして実際、死ぬ人間は沢山いる)。

 こうした転換について、オウムはあまりに象徴的で、あまりに多くの人々が言及している。
 わたし自身、オウムは胡散臭い存在だとは思っていたけれど、身の回りに普通にいたし、そんなに突拍子もない人々でもなかった。「変な人たち」ではあるけれど、まぁ世の中には変な人は結構いるものなので、それなりに生きていくのだろう、というぐらいにしか思っていなかった。実際、当時の文化人にはオウムに親和的な人たちが結構いた。彼らも「生き恥」を生きている。
 以降の新興宗教はもっとクレバーになって、YouTubeにふっとばされるような物語は語らなくなった。

 このオウムと並んで、個人的によく思い出すのは骨法だ。これはオウムに比べると格段にマイナーで、最近、身近にいる少し下の世代で格闘技に馴染みのない人物に尋ねたら、骨法など名前も知らなかった。でも、90年代に格闘技・武術に親しんでいた人々、あるいはプロレスファンなどであれば、知らない人はいない、というくらいものすごい存在だった。
 ここで言う骨法とは、堀辺正史師範による「喧嘩芸骨法」のことで、「奈良時代の武人、大伴古麻呂より伝わる日本独自の拳法」を自称していたものだ。当時、プロレスラーにも教えを請いに来る人たちがいて、中国武術ライクな技術体系で武術オタクを魅了していたものだ。しかし時はバーリトゥード草創期。ゴロツキの集まりのような初期UFCが開催され、多くの格闘技ファンが夢見ていたような美しいバトルは展開されず、訳の分からない泥仕合の中で、異様に地味な寝技戦法を使うヒョロリとした無名の男が優勝をかっさらっていった時期だ。骨法はこの「黒船来襲」を本当に迎え撃ちに行き、惨敗を期してメディアから消えた。それまでさんざん骨法を持ち上げてきた『格闘技通信』などは手のひらを返し、後に謝罪までした程で、格闘技・武術界隈では黒歴史的に語り継がれる怪事件だった。
 骨法会員番号229番!漫画家・中川カ〜ルが見た「骨法変節の瞬間」:Dropkick:『Dropkick』チャンネル(Dropkick編集部) – ニコニコチャンネル:スポーツという記事を読むと、当時の骨法には、「オウムか骨法か迷って骨法に来た」という人がいたそうで、「ああやはりな」と思った。
 わたしは当時、格闘技・武術はなにも分からず入門したレベルで、それほど入れ込んでいるわけではなかったけれど、周りで骨法のことを気にしている人たちはチラホラと見えた。堀部師範の本を読むと、これが実に劇画調で、めちゃくちゃ面白かった。幸い?東京から遠く離れていたので入門こそしなかったけれど、東京在住だったらうっかり東中野に通っていたかもしれない。
 大槻ケンヂ氏が、「堀部師範は二十年早ければ大山倍達になれた人だった」とおっしゃっていたらしいけれど、本当にその通りだと思う。彼の語る物語は実に魅力的で、もう少し時代が早ければ、つまり「1995年」より前で、グレイシーもやって来ていなければ、ハッタリももうちょっと長持ちして、そのうち本当に強い選手を育てられて、「嘘から出た真」的にそれなりな流派になっていたのではないかと思う。

 骨法を批判する人たちは多い。
 堀部師範は佐川幸義先生の門下出身で、吉丸慶雪氏の協力などを受けて当初「換骨拳」の道場を立ち上げ、その後「骨法」と名前を変えた。当初はトリッキーな蹴り技などが目を引いていたけれど、掌打を中心とする詠春拳かジークンドーのようなスタイルに変形(これが現在も動画が残り、多くの人々が知っているいわゆる「ペチペチ骨法」)、その後のバーリトゥード襲来を目撃した以降は「三角の構え」などの今までとまったく違うスタイルに再変更、これも試合で敗れて、以降の詳しい変遷は知られていないが、現在も武器術を中心として指導が行われているらしい。
 批判者の多くは、骨法の選手が試合で惨敗したことや、堀部師範の経歴にあまりに「嘘」が多いこと、そしてスタイルがコロコロと変わり一貫性がないこと、金にまみれた道場経営などをやり玉にあげている。
 これらは全くその通りだし、堀部師範のストーリーも、今思えばハッタリにしてもやり過ぎだ。始祖伝説などはどんな武術でも胡散臭いものなので、その辺は割り引いて見た方が良いかと思うけれど、彼個人の喧嘩列伝も、冷静に考えれば多くがフィクション、または大幅な脚色を加えたものだっただろう。
 また、カルト宗教じみた道場経営にも問題はあっただろう。その辺りは、上にあげた中川カ〜ル氏の記事が、変遷をよく伝えている。中川カ〜ル氏が抜けた以降あたり、矢野卓見選手がよく批判する時期というのは、本当に金まみれのカルト教団のようになっていたのだと思う。
 ただおそらく、中川カ〜ル氏がおっしゃっている通り、初期の頃は本当に一定の実力を備えた町道場の一つだったのだろう、と思っている。
 堀部師範のことを気軽に誹謗する人たちは大勢いるし、もちろん直接の「被害」を受けた方々が批判するのは当然なのだけれど、多分、彼自身も一定の実力者だったのだと思う。堀部師範の動画を嗤う人たちがいるけれど、一定の武術的訓練を受けたしっかりした動作だという印象を受ける。わたしのレベルでは何ともいえないけれど、当時一緒に動画を見たことのある人たちにも「弟子の動きや技法はともかく、堀部氏自身はそれなりに強い」という感想をもった人たちが何人もいた。
 ただ、それらはあくまで武術ベースのもので、それをそのまま格闘技の試合に使えるかといえば、そう簡単な話ではないだろう。総合格闘技草創期には、その辺の弁別がまだはっきりしておらず、ナイーヴに参戦してしまったことが失敗を招いたのだと思う。山田英司氏の言い方をするなら「アダプターテクニック」的なものをもっと時間をかけて育成していたら、そこそこ戦える、勝ったり負けたりする流派になっていた可能性は多いにあるだろう。
 ちなみに、山田英司氏は、当時骨法を盛り上げてきた『格闘技通信』のスタンスを「見る側」とし、「やる側」代表として『フルコンタクトカラテ』誌を引っ張っていた人物だ。氏自身は中国武術出身の方だが、伝統武術の問題点を批判し、当時はフルコンを高く評価していた。今はまた武術系に戻り、独自の研究をすすめているらしい。こういう人物こそ、武術と格闘技のそれぞれの特性をよく理解し、武術にできることできないことをよく見極めていたと思う。だからこそ、武術を格闘技につなぐ「アダプター」という発想をし、そのままで突然武術の達人が活躍するようなファンタジーを批判し、それでいてなおかつ、武術本来の価値を見失わなかったのだろう。
 骨法の堀部師範も、もう少し慎重さがあれば、そういう道を歩み、時間をかけてそれなりの流派を育てられた可能性はあったはずだ。あれだけのカリスマ性があったのだから、集まる人材の中には優れた人も沢山いただろう。
 いけなかったのは、中川氏の記事にもあるように、「オウムか骨法か」のようなタイプの人々が流入してカルト化してしまったこと、カリスマ的人気がありすぎたのか、道場経営がズブズブになってしまったこと、そして「黒船襲来」が早すぎたことだろうか。また、中川氏の記事ではじめて知ったのだけれど、4スタンス理論で知られる廣戸聡一氏、スポーツトレーナーとして活躍されている最上晴朗氏は骨法草創期のメンバーで、凄まじい実力者だったそうだ。彼らは骨法初期の書籍でモデルをつとめているので、当時の本を知っている人は目にしたことがある筈だ。中川氏の言う通り、彼らが骨法をやめず、九州の格闘技大会に出て活躍していれば、歴史が変わっていたかもしれない。そういう実績をあげれば、それだけ人材も集まるし、その中には元々強い人もいたはずだ。その後、総合の舞台で「勝ったり負けたり」だったとしても、大失速するという事態にはならなかったように思う。大体、普通のどんな流派でも「勝ったり負けたり」なわけで、強さなんて所詮個人のものなのだから、母体数が多くて時々ぽっと強い人がいれば、要するに普通の団体としてやれてはいけるだろう。
 当時の骨法には夢があったし、堀部氏自身も、もともとはそれなりのバックグラウンドを持った実力者なのだと思う。これを武術的に発展させ、格闘技向けのアダプター的技法を時間をかけて組み立て、強い弟子を育てていれば、武術・格闘技業界の様相も違ったものになっていたかもしれない。
 でもそういうロマンの時代は、1995年で終わってしまった。
 インターネットがやってきて、30秒の動画でパッと誰にでもわかる力を示せないものは、即フルボッコにされるか無視される時代になってしまった。

 骨法は1995年直前の大ブームの反動で大失速はしたものの、幸い、オウムほどの大事件にはならなかった。堀部師範は要するに一武術指導者であって、日本転覆とかを企んだわけではない(企んでたのかな?)。
 だから麻原彰晃のように塀の中に閉じ込められることはなかったし、今も細々道場を運営されている。
 正に「生き恥」を生きている。
 こういうと堀部師範を悪く言っているようだけれど、最初に書いたように、「生き恥」を生きることこそが人生だとわたしは信じている。だから、堀部師範が今も道場を運営されているということは、むしろ立派なことだと思う。
 時代に振り回されてしまったというだけで、氏自身は多分、魅力的な人物なのだろう。動画などで拝見する所作は美しいし、ちょっとはにかんだ笑みなども可愛らしいところがある。そういう魅力があるから、あれだけの人を惹きつけたのだろうし、今も慕ってくる人がいるのだろう。氏自身というより、その周りにいる人達があまりに怖そうで、わたし個人はちょっと近づく度胸はないのだけれど。
 ネットの時代になって、「元骨法」という人たちの声を時々耳にできるようになった。色々な流派でそれなりに武術・格闘技を続けている方も多い。実績をあげた方もいるし、趣味でやられている人もいるし、無縁になってしまった人たちもいるだろう。実は身近にも「元骨法」の人が一人いるのだけれど、彼は五十代にして尚、別の武道を続けているし、活き活きとしていて結構強い(骨法のことは、先輩に対してちょっと聞けない雰囲気だけれど)。
 皆んなそうやって、1995年を越えて生きていくものだと思う。生きなければいけない。
 その後の「恥をかかないで済んだ」世代にしたところで、2025年あたりにまた大転換がくるかもしれない。その時には、今の現実がフィクションになり、大恥をかく人たちもいるだろう。でも、生きなければいけない。
 後からやってきて「バカなことをやっていた」というのは簡単だけれど、その中を生きていて、転換を抜けて振り返り、なお生きるということは、必ずしも簡単なことではない。でも、生きなければいけない。
 人は常に、いつどこで恥をかくか分からないものなのだから、恥をかいた人を笑ってはならない。そういう調子に乗った態度は、必ず自分にかえってきてひどい目にあう。恥と誇りで人は生きているのだ。人の誇りを傷つけるというのは、物理的に腕をへし折ることなどより余程非道で、かつ災いをかえす行いだ。だから、恥を知って、生き恥の中を生き、その自覚をもたないといけない。
 人の誇りを傷つけて腕を折られた人間がいたら、その人をこそ嗤う。
 もちろん、彼または彼女もまた、腕を治して生きなければならない(願わくば、もう少し賢くなって)。

 わたしたちの世代にとって、恐怖の大王は、ある意味本当にやって来たのではないかと思う。
 恐怖の大王は今ここにいるし、じわじわとわたしたちを苦しめながら、共に生きている。
 それも悪くない。
4576880993 必殺 骨法(こっぽう)の極意―喧嘩に勝てる秘伝のテクニック (サラ・ブックス)
堀辺 正史
二見書房 1988-08

 と、今あらためてこの有名な本をAmazonで見てみたのだけれど、いやぁ、今見ると実に胡散臭い。でもそこが面白いと思うのよ!

 ちなみに、上に触れた吉丸慶雪氏も、当時の武術オタク界隈では結構キャッチーな人物だったと記憶している。当時在籍していた道場の先生が影響を受けていた(笑)。
 既に故人なので悪くは言いたくないけれど、とにかく伸筋使えばいい的な分かりやすい図式で、冷静に考えれば無茶苦茶なのだけれど、身体操作とか追求している系の人々の心には妙に響くものがあったと思う。
 これも、文字通りにとった理論としてはおかしいけれど、感覚ベースで考えると主観的にはしっくりくるものがある、という例だと思う。多分、直接吉丸氏から指導を受けていた人の中には、色々と収穫を得られた人もいるのではないだろうか。まぁでも、本で読んで鵜呑みにしてはやっぱり危ないだろうけれど。

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殴者 NAGURIMONO ヴァンダレイシウバ 桜庭和志 実在のMMAプロを多用した糞映画  殴者 NAGURIMONO



http://d.hatena.ne.jp/syouni/20060403

2006-04-03 ダメだコリャ…



歩き過ぎで故障気味の、相変わらず休日に休めていない私ですが、皆さんいかがお過ごしですか。


本日もまた困った映画の感想をどうぞ。







■[映画感想・な] 06/3/27 053(803) 『殴者 NAGURIMONO』 (DVD/05年日/須永秀明監督)  06/3/27 053(803) 『殴者 NAGURIMONO』 (DVD/05年日/須永秀明監督)を含むブックマーク CommentsAdd Star

《解説》

極度のワケの分からなさで物議を醸した『けものがれ、俺らの猿と』の監督による、格闘をメインに据えた時代劇とラブストーリーの融合を試みた…んだか何なんだかな作品。

製作にPRIDEを興行している会社が関わっているらしく、有名格闘家が複数出演しております。


舞台は明治初期。

ピストル愛次郎[~陣内孝則]を頭領とする雷一家は、武道の心得のあるものや腕力自慢のならず者を集め、“殴者(なぐりもの)”と呼ばれるその連中に、金持ちの好事家の前で死者も頻出する勢いでのセメントマッチ、通称“殴合(なぐりあい)”を行なわせる闇興行を開催し、莫大な利益を上げていた。


愛次郎の側近で、殴合の責任者である暗雷[~玉木宏]は、幼少の頃に実父を愛次郎によって眼前で殺害され、毎日のように虐待されて育ったというのに忠実な部下であり続け、周囲からは“愛次郎の影”と揶揄される人物。

そんな暗雷の心の支えになっていたのは、自分同様に愛次郎によって家族を殺され、一緒に育ってきたものの現在では女郎に仕立てられてしまった月音[~氷川あさみ]の存在だった。


一方、愛次郎は死刑執行人(首切り役人)の黒田浅右衛門[~山田明郷]と手を結び、黒田が死体の肝から作る肺病の特効薬とされる丸薬の販売を手掛け、そちらの商売でも荒稼ぎをしていたのだが、雷一家のシマで舶来の肺病薬を販売し、黒田の丸薬より効果があるとの評判を集める連中が出現。

愛次郎は薬の売人を捕らえ、拷問の末に西洋カブレの皮舌雨舌[~篠井英介]率いる蟷螂一家が薬を捌いているコトと、その仕入先がヴィンセント[~クリスチャン・ストームズ]というイギリス人であるコトを吐かせる。


愛次郎は早速ヴィンセントに接触し、月音の肉体をエサに商売相手を蟷螂一家から雷一家へと乗り換えるよう説得。

ヴィンセントもその気になって交渉は成功かと思われたが、そこに愛次郎の動きを察知した皮舌が手下を引き連れて殴り込んでくる。


一触即発の状況の中、暗雷は乱闘で無駄な血を流すよりも“殴合”でカタを付けようと提案。

ヴィンセントから選手の提供を約束された皮舌はその話に乗り、両者は三人ずつの“殴者”を出場させての勝負を行なうコトとなる。

そのための準備が進められる中、暗雷はある思惑から暗躍を開始する…というような話が、試合が進行する中に回想シーンのように断片的に挿入される形で映画は展開しますよ。


他の主な登場人物に、雷一家の殴者である虎走六[~虎牙光揮]、銀閣[~桜庭和志]、鉄風[~高山善廣]、蟷螂一家がヴィンセントから提供される選手ドン・ディガ[~クイントン・“ランペイジ”・ジャクソン]、メイソン[~ドン・フライ]、モルテ[~ヴァンダレイ・シウバ]など。


《感想》

現役の格闘家を起用しているだけあって、“殴合”のシーンはそれなりに迫力があり、スローモーションを挿入するタイミングが『バトルフィールド・アース』級とは行かないまでも『コンボイ』(ペキンパーのアレ)並に鬱陶しいというマイナスポイントはありつつも、作品の見所として機能しています。


ですが、その流れを断ち切るようにして本筋や過去の回想がブツ切れで挿入されるスタイルは、話がアチコチに飛びすぎている為、スタンダードな編集をしたトコロで決して良くはないコトが予想される物語のテンポを最悪の状態にさせていて、どう考えても演出として失敗しているとしか思えません。


ついでに、蟷螂一家サイドがヴィジュアル的に強さを感じさせる順に選手を登場させているのに対し、雷一家がどう見ても徐々に弱そうになってゆく(虎牙の体格でシウバと闘ったら普通は秒殺でしょう)のも、ちょいと賢さが不足気味。


こうした格闘シーンの一方で、暗雷と愛次郎の歪んだ擬似父子という関係や、暗雷と月音の兄妹愛と恋愛感情と同類相憐れむ状態がゴッチャになったようなややこしい関係などが盛り込まれたドラマがあるワケですが、核となる暗雷・愛次郎・月音の三人共に心理描写が薄く(特に主役である暗雷の正体不明っぷりは問題外)、オマケにコチラが想像で補おうにも描写がこれまたペラく(特に愛次郎が暗雷の見ている前で月音を犯すシークエンスは絶望的)、観ていて厭世感に駆られる勢いです。


それでも、「死と隣り合わせの闘いの中でしか生きている実感を得られない(大意)」と語る虎走六に代表される殴者たちの生き様と、愛次郎を憎みながらも仕え続ける暗雷のアンビヴァレントな心情がキッチリと劇中でリンクされていれば、テンションが違いすぎる格闘とドラマの両パートを関連付けて観るコトも可能だったのでしょうが、話作りのヘタさ故にイマジネーションをフル稼働しなければ関連付け不可能なレベルにあり、両パートの距離感はかなりのモノ。


そもそも、舞台設定が明治初期である必然性が全く無く、肺病の薬を外国産の新種ドラッグにするなどのちょっとした変更で、スムーズに現代劇に改造できそうなのも頭悪いですよ。

で、コレらの問題点だけならば“よくある出来の悪い邦画”というカテゴリーにブチ込んで、観て2.3日後には内容の大半を忘れるだけなのですが、この作品はラスト10分で神懸り的な阿呆展開が用意されており、観る者を憤死させかねないクソ映画へと飛翔しています。


近年蔓延る邦画(あと韓国映画)の悪習として“人の死=感動”という安直この上ない馬鹿演出がありますが、その極北とも言える唐突かつ無意味かつ説得力皆無なラストには、腹立ちやムカつきや怒りを飛び越して、作り手の意図とは無関係なベクトルで悲しくなりましたよ。

15年前に戻ったかのような安い芝居をカマす陣内を始め、役者の演技もキャラ造形も壊滅状態で、こんなモノが平然と作られているようでは邦画再興への道は険しい、と確信させてくれる一本です。【-8】

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歴史修正主義と塚本幼稚園 忍者道

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http://www.tukamotoyouchien.ed.jp/enter/faq/
特色ある授業はどんなものが実施されていますか?

歴史と伝統に基づく教育。体育授業とは別に剣道・

忍者道

を実施しております。


http://ninjer.blog.shinobi.jp/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AE%E5%BF%8D%E8%80%85/%E5%BF%8D%E8%80%85%E3%81%AF%E3%81%84%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%AE%E3%81%8B%EF%BC%9F


忍者はいなかったのか?


ときどきこういう話って出るね。
ヤフー知恵袋のこの方がいつもなるほどな回答をしてくれる。

ベストアンサーに選ばれた回答

hjxy1045さん

>万川集海 という本がありますが
>「伊賀豪族による忍者伝説の創作」の証拠だ ということですがどうなんでしょうか?

まったくその通り。江戸の創作家系伝説が元ネタです。美濃の竹中氏が親(半兵衛)を天才軍師にしたてあげたように、伊賀の藤林氏は先祖を大物忍者にしたてあげたのです。万は萬ですが。

>CIAが場所を公開してるようなもの?

KGBの本部の場所は公開されてましたからCIAも公開されてるでしょう。公的な一省庁ですから。ただ、その構成員が集住して、その場所が公開されてしまうと、任務に大きな支障があります。財務や外務の省庁なら、単に、プライバシーの問題でしかなく、日本では実際に公務員庁舎なんてのもありますが、情報工作員はそうはいきませんね。


まず、大人の感覚で常識的に考えて欲しいのです。

「忍者は情報工作員」説を唱える人もいるのですが、
「世襲制の情報工作員村が知られている。」事のおかしさを。伊賀だ甲賀だと、情報工作員の住所が一般公開されている事の不自然さを。
今日、CIAやモサドという組織が存在します。また、その活動の何割かは公開されています。しかし、その構成員の住所は公開はされてません。

戦国時代に、「素破」とか「忍び」などと言われた人々がいたのですが、これは、忍者と言うよりは、「山賊」「陸の倭寇」というべき人々なのです。

伊賀・甲賀・名張は、現代の名阪国道沿いの小盆地群であり、古代には、短期間、紫香楽の宮という首都となった事もありました。中世では東大寺の豊かな荘園、現代でも、それぞれ、8万~10万人の都市であり、また、伊賀米というブランド米を産しています。
こういう、豊かで閉鎖的な地形だと、名主・地侍が団結して強力な一揆を形成して(伊賀惣国一揆)、大名権力に対抗したりしました。また、(伊賀・甲賀に限らず)、個々の地侍・名主が配下の農民兵を率いて、傭兵活動したりしたのです。
※傭兵と行っても、現代のプロフェッショナルなモノではなくて、略奪を目的とした陸の海賊みたいなものです。
これらの「忍び」「素破」の活躍が江戸時代に、「忍者」の創作ネタとなりました。また、「忍術」という武術の創始者にされたりしました。

※以上は、歴史学者藤木久志先生の論を下地に、年、数回名阪国道を走り、伊賀の忍者屋敷にも数回行ったことがある関西人の私の推論を足したものです。

※「天正・伊賀の乱」について、当時の人は、「伊賀忍者一揆」とは言わず、「伊賀惣国一揆」と表現しています。一向一揆の非宗教バージョンと見るのが適切です。

風魔の小太郎の初出は、江戸時代に書かれた北条五代記という一種の小説であり、戦国の記録には一切登場しません。
服部半蔵は、実在しましたが、伊賀にコネクションを持つものの、徳川家康の家来の普通に武士なのです。後に、服部半蔵は、伊賀惣国一揆の主体だった、名主・地侍とその従属民を、配下として与えられました。彼らの石高が低めなのは、名主・地侍クラスだったからなのです。


「草」について、

私は「草」ネタのマンガを読んだ時に疑問をもちました。
「草」家は、代々、教育を成功してきたわけですよね。200年以上、十数代に渡って、唯一人も、バカ息子も不良娘も出さずに完璧に教育してきたわけです。親に反抗したり、口が軽い者、酒癖の悪い者が、たった一人でもいたら、バレてしまうわけですから。現実にあり得ますか?
そもそも、封建社会なのに、「御恩と奉公」に合致しない、一方的に奉仕させ続けられる、こんな雇用関係が続くのでしょうか?
幕末の、水戸や長州や薩摩の「草」達は何をしていたのでしょうか?
ちなみに、幕府では大目付は閑職でした。

※戦国の「工作」の中心は「調略」です。これは、「織田家の家臣になってくれたら、あなたの土地利権を保証しますよ。」と、言ったモノで、土地利権の保証書である安堵状とか朱印状とかの証拠を残します。交渉中は秘密なのですが、交渉後は特に秘密にはしません。この場合は、堂々と、織田家の家臣となるからです。

ベストアンサーに選ばれた回答

hjxy1045さん

歴史学者、藤木久志先生は、忍者はいない、としています。
忍者という言葉は、戦後の新造語なのです。

忍者モノ・忍術使いモノは、江戸以降の創作です。ウィキの忍者記事も、軍記物や家譜という創作モノを典拠しています。
戦国時代に、「忍び」「乱破」と呼ばれた人々はいましたが、その実態は情報工作員と言うよりは、傭兵や山賊や陸の倭寇というもので、とても、「忍者」らしいものではありせん。
平和な江戸時代では、「忍び」が泥棒をしたと一級史料に記録され、「忍びがえし」と言う防犯グッズが普及する始末。

どの時代にもどの国にも「情報工作員」は存在しましたが、それを新造語である「忍者」と呼ぶ必要などありません。
情報工作員やスパイと呼べばいいのです。

※忍者の末裔と名乗る家がありますが、これは、江戸時代にしばし行われた、一種の「仮託」か「先祖の活躍の創作」です。創作武術の創始者を過去の忍者(その当時はそんな言葉は無かったのだが・・・)に仮託した訳です。薬や農業技術を「神に教えてもらった」「仙人に教えてもらった」と仮託するようなものです。

※そもそも、伊賀だの甲賀だの、情報工作員が住所を公開して集住しているはずが無いではありませんか。

※ウィキペディアの記事は玉石混淆と言われますが、「忍者」の記事は「石」です。
なぜなら、実証的な研究者からは、「読み物」「小説」「偽書」と扱われる、軍記物や家譜を典拠としているからです。
萬川集海・・・藤林氏の創作。伊賀の忍者、聖徳太子の「しのび」
甲陽軍鑑・・・武田家の女忍者
陰徳太平記・・・山陰の鉢屋
北条五代記とか・・・風魔の小太郎
とかね。

私も藤木先生の本は一番いいと思います。
先生の本に忍者は出てこないけど、忍びと悪党は出てきます。
つまり後世忍者と呼ばれたカッコイイ人達は、実際は略奪や放火ばっかしてたろくでもない人達だったんだよ、ってことですね。
自分もいつから悪党が忍者に変化したのか謎だったんですが、別に変化なんてしてなかったと。
それにしても甲陽軍鑑てそんなにダメダメな史料なの?
望月千代女もフィクションなのか!?


http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1041970775



忍者って本当にいたのですか??




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princess_megu_desuさん

2010/6/821:10:08
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忍者って本当にいたのですか??




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hjxy1045さん
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2010/6/822:31:56
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歴史学者、藤木久志先生は、忍者はいない、としています。
忍者という言葉は、戦後の新造語なのです。

忍者モノ・忍術使いモノは、江戸以降の創作です。ウィキの忍者記事も、軍記物や家譜という創作モノを典拠しています。
戦国時代に、「忍び」「乱破」と呼ばれた人々はいましたが、その実態は情報工作員と言うよりは、傭兵や山賊や陸の倭寇というもので、とても、「忍者」らしいものではありせん。
平和な江戸時代では、「忍び」が泥棒をしたと一級史料に記録され、「忍びがえし」と言う防犯グッズが普及する始末。

どの時代にもどの国にも「情報工作員」は存在しましたが、それを新造語である「忍者」と呼ぶ必要などありません。
情報工作員やスパイと呼べばいいのです。

※忍者の末裔と名乗る家がありますが、これは、江戸時代にしばし行われた、一種の「仮託」か「先祖の活躍の創作」です。創作武術の創始者を過去の忍者(その当時はそんな言葉は無かったのだが・・・)に仮託した訳です。薬や農業技術を「神に教えてもらった」「仙人に教えてもらった」と仮託するようなものです。

※そもそも、伊賀だの甲賀だの、情報工作員が住所を公開して集住しているはずが無いではありませんか。

※ウィキペディアの記事は玉石混淆と言われますが、「忍者」の記事は「石」です。
なぜなら、実証的な研究者からは、「読み物」「小説」「偽書」と扱われる、軍記物や家譜を典拠としているからです。
萬川集海・・・藤林氏の創作。伊賀の忍者、聖徳太子の「しのび」
甲陽軍鑑・・・武田家の女忍者
陰徳太平記・・・山陰の鉢屋
北条五代記とか・・・風魔の小太郎
とかね。


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syakasaburouさん
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2010/6/1212:03:26
.

他の方も書かれている通り「忍者」は戦後に創作された「造語」なので、「忍者はいなかった」というのが正確な表現です。

もちろん歴史上、、
●「勧進聖」「遊行芸人」「連雀商人」といった独自のネットワークを所有した集団が武士階層の情報源となることもあったでしょう。
●「素破」などと呼ばれる犯罪者が情報を商品として扱うこともあったでしょう。
●「濫妨衆」などと呼ばれて恐れられた悪党が大名の下請けとして略奪や刈田狼藉をすることもありました。
●自国が攻められれば地の利を利用したゲリラ戦を展開し、大名勢力にも対抗できた「地侍」もいたでしょう。
●情報をうまく運用したり、計略を得意とした「武将」もいたでしょう。
●「目付」や「お庭番」といった幕藩体制下における歴とした武士階級の人間も存在しました。

ただし、それらをひっくるめて「忍者」と呼ぶ必然性は全くありません。
歴史に真正面から向き合うには、そのようなよくわからない「名称」や「概念」を用いずに、個々の人物や集団を丹念に捉えることが大事だと思います。

ただし、世の中には「忍者=実在」でないと困る人々がいるのも事実のようです。
●「観光」や「地域おこし」の資源として忍者を活用しようとする自治体。
●「武術」のバリエーションとして「忍術」を取り入れているということを標榜している一派。
●「ご先祖様=忍者」として自慢したい人。
●自分が好きな「小説」「漫画」などのフィクション作品が「史実に基づいていない」という事実に耐えられないファン。
など…。

http://okwave.jp/qa/q8041631.html



Q史実と観光産業が反している場合、大人はいかに?
暇なときにでも
2013-04-13 21:34:11
質問No.8041631
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shirouuda



お礼率 76% (33/43)

私は、歴史学者、藤木久志先生の本を読んで、
「忍者はいない」派です。
忍びや乱破は、略奪目的の貧農のアルバイト兵士で忍者では無い。忍者が活躍する軍記物や忍術書や分限帳の信憑性は低い。忍者博物館の神代文字には笑わされる。そもそも情報工作員が伊賀だの甲賀だの住所を公開するか?

などと主張します。
しかし、私にも大弱点。
「忍者不在説を伊賀市で主張できるか。土産物屋さんの事をどう考えているのか。」
と、主張されると、手も足も出せません。
私も地方出身者なので、「村おこし」は批判できません。

その点、冷徹な藤木先生と違って、小和田哲男先生なんか、甲陽軍鑑を一部弁護し、武功夜話を認め、忍者ネタも信憑性の低さを指摘しつつも、断言は避けています。先日、小和田先生の時代考証の提言を、いかに脚本家や演出家に却下されてしまうか、の悲喜劇文を読んで、小和田先生を尊敬しましたよ。日本の文系学者には珍しく社会性?いや、実用性がお高い。テレビでも無邪気に甲陽軍鑑の車懸かりを信じ込んでいる軍事評論家相手にに苦労してましたし。

さて、諸兄、歴史趣味者や歴史学者は、観光産業や大河ドラマレベルマスコミにどのように対応すべきなのでしょうか?


http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/1f181192203d86e817f4ce5c31f1289f


幼稚園に安倍晋三なんか呼んで、どんな話をしてもらうんだか

2012-09-14 00:00:00 | 社会時評


最近このブログは、こちらの記事へのアクセスを多くいただいています。

安倍晋三を支持している人たちからすると、安倍は病気で首相をやめたらしい

安倍晋三が自民党総裁選に出馬するために、たぶんアクセスが増えているのでしょう。

もっともそれと平行して、ネット右翼から愚にもつかないコメントももらっています。が、私はこちらの記事でネット右翼からの攻撃を受けて心底からうんざりしたので、以後原則的にこいつらのコメントは全部削除することにしました。ときたまお相手することもありますが、原則削除です。世の中、相手にする価値のない言説というものはあるんだなと大変深く理解できるようになりました。なにをいまさらながらどうしようもないやつらです。

で、私が情報ネタにさせていただいている2つのブログさんから、次のような情報を仕入れました。大阪にある私立塚本幼稚園というところに関するものです。

「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」を笑おう・パート53(追記・訂正あり)

>教育勅語 幼稚園で暗唱

教育勅語を唱えさせられる幼稚園児たちの立場は?(Sep 9, 2012)

>日本には、色んな意味で悪名高い教育勅語を幼稚園児に暗唱させている幼稚園が大阪にあるらしい。

いやはや、なんともものすごい幼稚園があるもんだとあきれます。

で、私が個人的に「すげえ」と思ったのが、この幼稚園のHPにあるこちらのくだりです。



>9月16日 安倍晋三先生 来る 尖閣諸島・竹島・北方領土(樺太の半分・千島列島・歯舞・色丹・択捉・国後)は
日本固有の領土です。日本人および日本国は矜持を持って堂々と対峙せねばなりません。
しっかりとした歴史観・国家感を持ち、それに裏打ちされた方向性と実行力を持ったリーダーに委ねたい。
 その最も有力な人物こそ、第90代内閣総理大臣 安倍晋三先生です。

来る9月16日 安倍晋三先生が塚本幼稚園に講演に来られます。


尖閣諸島その他の話が、幼稚園の教育や経営といかなる関係があるのか見当もつきませんが、それよりなにより、安倍晋三なんか幼稚園に呼んでどうする(苦笑)。

安倍って、べつに幼稚園の教育とか、あるいは保育園の現状とか(ご存知のとおりこれらは役所の管轄も違いますが)について特に詳しいとか関心があるとかいう人じゃありませんよねえ。失礼ながら、素人に毛がはえた、っていうよりたぶん一般人の知識にも遠く及ばないくらいのことしか知らないし、また知ろうという意思もないんじゃないんですか。

16日は日曜日ですから(連休中日です)、さすがに園児ではなく教職員および保護者向けの講演でしょうけど、こんなやつが幼稚園なんかで何を話すというのでしょうか。また「教育基本法がどうしたこうした」「日教組がどうしたこうした」「自虐教育がどうしたこうした」というような話しかできないんじゃないんですか。ていうか、たぶん聞くほうも安倍による日本の幼児教育や保育の現状の話なんて何の興味もないでしょうし。あるいは、安倍なりの幼稚園における情操教育についての考えなんてとても聞けたもんじゃないでしょう。

安倍を呼ぶほうもどうしようもないし、こんなところに姿を見せる安倍という男はまともじゃありません。そんなことははじめから分かっていますが。

で、9月16日って、安倍が自民党総裁選に立候補している後だとすると、これって選挙運動の一環なのでしょうか。経営者の人、馬鹿もいい加減にしてくれよ(失笑)。

と思ったら、さすがに無理になったみたいで、次のようなお断りになっていました。



>9月16日(日)教育講演会につきまして
自由民主党総裁選出馬による地方遊説のため
教育講演会は延期になりました。
新たな日程が決まり次第お知らせいたします。

ってことは、また日程を調整して行うつもりではある、っていうことなんですかね。

さらに確認してみると、上のHPも、日程のところが空白になっています。

そしてこの幼稚園はなかなか気合が入っていまして、八木秀次、櫻井よしこまで講演に訪れています(呆れ)。安倍と同様、八木や櫻井って、べつに(以下同文)。

しかし(ひところと比べればだいぶ暇でしょうが)決してそんなにフリーな時間が多いとは思えない櫻井もよくこんなところまで来るよね。さすがに彼女を呼ぶ幼稚園なんてほかにはそんなにないでしょうから足を運ぶんでしょうけど。

また、これもちょっとおったまげるんですけど、「旧宮家竹田恒泰先生 教育講演会」なるものまで開かれたんだそうです。どこまで非常識なんだか。

しまいには、おまけに年中行事として「海軍慰霊祭」なんてこともしているそうです。経営者さんさあ、人様からあずかった大切なお子さんを、こんなものに引っ張り出しておもちゃにしているんじゃねえよ。自分の趣味に他人の子どもを巻き込まないでほしいというものです。

それにしても、こんな幼稚園に子どもを預けようとする保護者ってのもすごいね。事情を知っていればさすがに嫌がる人が多いんじゃないかな。好きな人はともかく。でも、経営に支障があればこんな馬鹿なことはやめるでしょうから、支障はないんでしょうね。詳しいことは知りませんが。それもどうかと思います。

情報をいただいたbogus-simotukareさんとflagburnerさんにお礼を申し上げます。また、本日は9月13日ですが、14日の記事として更新します。

http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/758134945fc4c6ed277caafb1c82c991


またこの幼稚園か(塚本幼稚園のはなし)

2015-01-16 00:00:00 | 社会時評



過日産経新聞の記事を読んで「おいおい」と思いました。いつものことです。(魚拓1、魚拓2、魚拓3、魚拓4)

>2015.1.8 11:00

【関西の議論】安倍首相夫人・アッキーも感涙…園児に教育勅語教える“愛国”幼稚園 「卒園後、子供たちが潰される」と小学校も運営へ

論語を習う園児ら(塚本幼稚園幼児教育学園提供)

 「教育勅語」や「五箇条の御誓文」の朗唱、伊勢神宮への参拝・宿泊…。大阪市淀川区に超ユニークな教育を園児に施している幼稚園がある。塚本幼稚園幼児教育学園。安倍晋三首相夫人が同園を訪れたとき、園児らのかわいらしくもりりしい姿を見て、感涙にむせんだという。さて、その塚本幼稚園の籠池泰典園長が、小学校運営に乗り出している。現代教育のゆがみをも映し出すその理由とは-。(服部素子)

昭恵夫人「安倍首相に伝えます」

 「夫婦相和し、朋友相信じ、恭倹(きょうけん)己を持(じ)し、博愛衆に及ぼし、学を修め、業を習ひ…」。園庭に2~5歳の園児約150人の大きな声が響く。

 教育勅語(正式には「教育ニ関スル勅語」)は、明治23(1890)年に発布され、第2次世界大戦前の日本政府の教育方針の根幹となった文書。なぜいま、教育勅語なのか。

 「子供に学んでほしいことは何か、とつきつめたとき、その答えが明治天皇が国民に語りかけられた教育勅語にあったからです」と籠池泰典園長(61)の答えは明快だ。

 あどけない幼児が大きく口をあけ、難しい言葉を朗唱する姿を初めて見た人は一様に驚き、感動する。安倍首相の昭恵夫人もそのひとりだ。

 昭恵夫人は昨年4月、同園の視察と教職員研修のため訪れたとき、鼓笛隊の規律正しいふるまいに感動の声を上げた。さらに、籠池園長から「安倍首相ってどんな人ですか?」と問いかけられた園児らが「日本を守ってくれる人」と答える姿を見て、涙を浮かべ、言葉を詰まらせながらこう話したという。

 「ありがとう。(安倍首相に)ちゃんと伝えます」



子供と教師が「なあなあ」でいいのか

 同園は昭和25(1950)年の開園。全国初の学校法人立幼稚園だという。

 籠池園長の就任は61年。他の幼稚園関係者との会話の中で、前職の公務員時代に抱いていた思いが頭をもたげてきた。

 「教育関係者と接していたとき、教師と教え子の“なあなあ言葉”での会話を聞いたり、教師のジャージー姿を目にしたりするにつけ、違和感を覚えました。根底に幼児期の『徳育』の欠如があるのでは、と感じたんです。園の先生たちと話していて、改めてその思いが強くなったんです」

 そんなとき、平成7(1995)年1月、阪神大震災が起きた。

 「あのときの日本人の行動には、人としての矜持があった。この矜持を育むことこそ教育。それから当園の教育の根幹を12の徳目に置き、『教育勅語』や『五箇条の御誓文』の朗唱を始めたんです」

 12の徳目とは、親や先祖を大切に▽兄弟姉妹は仲良く▽夫婦はいつも仲睦まじく▽友達はお互いに信じ合い▽自分の言動をつつしみ▽広くすべての人に愛の手を差しのべ▽勉学に励み職業を身につけ▽知識を高め才能を伸ばし▽人格の向上につとめ▽広く世の人々や社会のためにつくし▽規則に従い社会の秩序を守り▽正しい勇気を持って世のため国のためにつくす--その基となっているのが「教育勅語」なのだという。

 また、基礎体力作りとしての剣道、スイミング、ラグビーや、日本の伝統文化を身につけるための将棋、そろばん、論語、書道。また、創造性を養うものとして、鼓笛隊や大正琴、日本太鼓も授業に組み入れた。

せっかく身につけたことが…

 籠池園長は現在、大阪府豊中市に私立小学校「瑞穂の國記念小學院」の建設を進めている。開校は平成28年4月を予定。目指すのは「礼節を尊び、愛国心と誇りを育てる」教育だ。

 なぜ小学校運営なのか。籠池園長は説明する。



 「集合時にだらだらとしていたり、子供が先生と友だちのようにしゃべったりというのが『普通』になっている小学校に、当園を出た子供たちが入っていくと、自分の根っ子に不安を持ち始めるんです。せっかく、当園で身につけたことが潰される…。それで小学校をつくることにしたんです」

 たしかに、記者が小学生だった昭和の時代は、普通の公立の小学校でも登下校時に先生にあいさつするのは当たり前で、わざわざ「あいさつしなさい」と注意された覚えもないし、先生との会話は敬語だった。

 新設する小学校は木造2階(一部3階)建て。敷地面積は約8700平方メートルで、教室にはそれぞれ6・6平方メートルの畳敷きのバルコニーを設ける。江戸時代にあった岡山藩の藩校「閑谷(しずたに)学校」をイメージした講堂1階は、板張りの間と和室があり、修身や茶道などの授業が行われる。

批判や嫌がらせにも揺るがぬ決意

 実は、幼稚園運営だけでも苦労は多い。日の丸を掲げ、君が代を斉唱し、皇族が関西に来られると、園児を連れて奉迎に出向く…という教育方針への批判の声は多いという。正面からの批判ならまだともかく、園の玄関に掲げた日章旗を盗まれるといった嫌がらせを受けたことも。

「でも、そういう時代はもう過去になったと思います。古来、日本人は八百万(やおろず)の神を崇め、祀ってきました。子供のころ、よこしまなことを考えると『神様が見てる』という言葉が、常に心を射ました。そういう教育を行う小学校にしたい」

 籠池園長は笑顔の中にも決意を込めてこう語った。



ここ、以前私も記事にしていました。

幼稚園に安倍晋三なんか呼んで、どんな話をしてもらうんだか

ちょうどこの時自民党の総裁選があって、私この時点では安倍が総裁に再選されるなんて思っていませんでしたので、そのあたりやや妥当性を欠く部分がありますが、記事の趣旨自体に特に訂正すべきところはないでしょう。常軌を逸した幼稚園です。

そもそも論として、いくら産経とはいえ、新聞が特定の私立幼稚園のパブ記事を書いていいのかというレベルで「どうもなあ」ではあります。だいたいこんな記事読んだら、たいていの読者は「非常識極まりない幼稚園だ」「こんなところが小学校をつくるとはとんでもない」とかいうくらいの反応でしょうが、産経のセンスでは「美談記事」になっちゃうのがなんとも。安倍夫婦だって、こんなこと書かれたら実際のところ迷惑なはずですが、それがそうにならない(らしい)のが、安倍とか産経新聞というところのどうしようもないところです。

で、記事によると安倍晋三の奥さんが幼稚園に来たとのことですが、これってつまり安倍の名代ということなのでしょうね。別に本人行きたくて行ったということでもないのかもですからあんまり書いてもなんですが、そうであれば、こんな常軌を逸したところに行かされて気の毒ではありますね。というか彼女は、ヒラリーさんやオバマの奥さんやブレアの奥さんみたいな優秀な人間じゃない、単なるいいとこのお嬢さんだから(あんまり勉強のできる人間は、安倍みたいな馬鹿とは結婚したがらないでしょう)、そんなに深いことは考えないのかもです。なお、上の記事には書いてありませんが、安倍の奥さんは昨年12月に講演もしたとのこと。演題は、

>平成26年12月6日 安倍昭恵首相夫人講演会「ファーストレディとして思うこと」

だそうです。幼稚園を経営しているとかその役員とかならともかくとして、首相の奥さんが同じ年に2回もしかも東京にも安倍の選挙区にもあるわけでない幼稚園を訪れるなんてことはそうそうめったにないでしょう。これもなんともすごい話ですね。いかに安倍がこの幼稚園を気に入っているかということなんでしょうね、きっと。やはり安倍というのはまともじゃありませんね。非常識な男です。

>さらに、籠池園長から「安倍首相ってどんな人ですか?」と問いかけられた園児らが「日本を守ってくれる人」と答える姿を見て、涙を浮かべ

安倍の奥さんが、この答えを聞いて感激して涙を流したのなら(本当かどうかはいざ知らずですが)、たんにこの人が頭が悪い女性だというだけの話でしょう。世間一般であれば、「そこまで園児にやらせるのは良くない」くらいの反応では?

>実は、幼稚園運営だけでも苦労は多い。日の丸を掲げ、君が代を斉唱し、皇族が関西に来られると、園児を連れて奉迎に出向く…という教育方針への批判の声は多いという。

そりゃそうでしょ。ふつうに自民党に票を入れるくらいの人だったら、こんな教育にいい顔しないでしょう。さすがにかかわりあいたくはないはず。安倍のような大物政治家あたりだったら本来関係したがらないでしょうが、安倍は馬鹿だから自分でこの幼稚園に行こうとしたり、奥さんを行かせるわけです。

ていうか、bogus-simotukareさんがお書きのように

>正直この記事を書いたという「服部素子記者」もどこまで本気かどうか。

 「服部さん、あなたは幼児時代この幼稚園に入りたかったですか?」「あなたのお子さんをこの幼稚園に入れたいですか?」と聞かれて服部記者は「はい、喜んで(by庄やグループ)」と即答できるんでしょうか。

 さすがにできないんじゃないかと思いますけどね。まあ、産経には阿比留みたいなガチのキチガイもいますけど、この服部記者はさすがに違うんじゃないか。

 また服部記者が「はい、喜んで」だとしても「全産経社員がそう即答できるか」と言ったらさすがに違うんじゃないか。

 まあ、「ウヨ相手の商売で心にもないことを書く産経記者」てのも人として最低ですけど。

というレベルでしょう。産経新聞の記者だって、こんな幼稚園に子どもをいれたがる人は少ないはず。仮に「ぜひ入れたい」と思う記者がいたとしても、よほどの狂信者でなければ、世間がこの幼稚園をどういう目で見るかくらいの判断はつくでしょう。

ところで、この記事についてのはてなブックマークで、ちょっと気になったところが。

>inai_inai 以前ニュース番組でこの幼稚園の特集をやってたな。給食を時間内に食べられなかった子は廊下で食べさせられてて、園長が「ああして恥の文化を教えている」とか言ってて目眩がした覚えがある

これがもし事実なら、地元の役所が指導を入れるレベルじゃないですかね。それともこのような幼稚園に子どもを通わせる親は、これを「妥当な教育」と考えているのでしょうか。なんとも救いがありません。テレビがどういう意図で取り上げたかは不明ですが、視聴者だっていい顔はしないでしょ、こんなの。つまりは、これが自分たちの教育の宣伝になると本気でこの園長は考えているのでしょう。まともじゃないですね。

それでこの幼稚園(塚本幼稚園幼児教育学園)のHP、これがまたひどい。2013年7月が最後の更新ですが、「園長の部屋」の最終更新の記事では、次のようにあります。

>子供社会と同じ事が国際社会にも言える。中華人民共和国(支那)にはまさにドンピシャである。異形の国と言われるが変な国なのだ。この国がなければ世界はまさにルールに基づいて動く。全てが民主的にルールに乗っ取って動く世界に駄々をこねて世界平和を乱す元凶は中華人民共和国(支那)なのだ。人に対すると同じように国民がある時は暴力に訴えることにより国家の統治機能が是正される。国際協調機関である国家連合体を先生と仮定すれば良いのです。我が儘、気のままの中華人民共和国は建国以来国家育成基礎的段階で大きな間違いをしでかした(共産主義を基盤とした国家…個人のことはどうでもよい集団最優先)だが、そのような揺籃期の権力闘争を経験し、素直な育ち方ができなかったがゆえに暴力装置(軍隊)を強大化し、近隣諸国に圧力と迷惑をかけ、領海領土まで侵犯し、実力行使をする。そして諸外国から外交的に抗議警告を受けるとサッと引き、また再び侵犯。お人よしで放っておくとフィリピンの南沙諸島のように実行支配される。…とすると、こちらが心に勇気をもって対応することだ。かの国がない方が世界平和につながるので、4つ位の国に分裂させるか、なくしてしまうことだ。人間社会でも究極は刑務所に入れる(極刑は死刑)このことによって、人為的に社会から遮断する。学校であれば退学、社会であれば懲戒免職であります。

どこの政治結社のビラだよ(呆れ)。幼稚園の園長が幼稚園のHPに書く内容じゃありません。相当頭がいかれているように思いますね。ところでこの幼稚園を推薦するとして、次の人たちが名を連ねています。表記はHPの記載のままです。

>中山 成彬先生
衆議院議員
(元文部科学大臣)

田母神 俊雄先生
軍事評論家
元航空自衛官
第29代航空幕僚長

西村 眞悟先生
衆議院議員
元防衛政務次官

竹田 恒泰先生
慶應義塾大学
大学院法学研究科講師

推薦の言葉も引用してもいいのですが、むやみに記事が長くなるのでやめます。幼児教育の専門家なんか誰もいないじゃないですか(笑)。まあこんな幼稚園をHPに登場して堂々と宣伝する幼児教育の専門家もいないでしょうが。上の園長の言葉といい、この推薦者の顔ぶれといい、この幼稚園の園長は、とても教育者じゃありませんね。まともじゃない政治活動家です。それにしても推薦者として出てくる人間のうち、実に3人までが、過日の総選挙で「次世代の党」から出馬しているというのもすごいですね。全員討死しましたが。下にも書いたように、党首の平沼も講演で呼ばれています。この園長は安倍晋三を支持しているようですが、内心では安倍や自民党は生温いと考えているかもですね。たしかに普通の自民党の議員なら、このような幼稚園と直接かかわるのは嫌がるでしょうね。そう考えると、呼ばれたり行こうとしたり奥さんを複数回行かせる安倍という男の異常さがよくわかるというものです。

教育講演会で呼ばれる人たちも、たとえば一部を抽出すれば

>平成26年4月26日 曽野綾子先生 講演会

平成25年9月21日 平沼赳夫先生 講演会

平成25年5月25日 竹田恒泰先生 講演会

平成23年11月3日 櫻井よしこ先生 講演会

平成21年5月9日 田母神俊雄先生 講演会

平成20年11月15日 中山成彬先生 講演会

ほかにも米長邦雄とか(彼は東京都の教育委員をしていましたが、右翼だから呼んだんでしょうね)が呼ばれていますが、田母神の演題は「国防理念なき日本民族の将来」」、中山のは「日教組の影と功罪」です(笑)。幼児教育とぜんぜん関係ないじゃん(呆れ)。なにしろ竹田恒泰の講演なんて「私の憲法論」ですからね。ほかの人も同じようなものでしょうが、竹田に幼児教育についての知識なんか素人以上のものがあるとも思いませんが、それにしてもです。一応建前としては

>お子さんの教育は保護者の方々のしつけ、けじめに非常に影響されます。
塚本幼稚園では、子供たちが将来立派な人間として成長し、我が国を率先して引っ張って行ける人材を共に育てるため、保護者の方々にもご成長していただきたく、著名な先生をお呼びし、講演をしていただいております。

だそうですが、「しつけ」「けじめ」とも関係ない演題じゃないですか(笑)。

ほかにも大阪府警の年頭視閲式に参加(見学)したなんて活動報告もあります。あと天皇が昨年奈良(大阪にあらず)に来た時の写真もあります。はてなブックマークに出てくる

>xjp86za7 奈良に天皇皇后両陛下が来られた際にここの幼稚園の子供たちが来てたがすごかった。もちろんほめ言葉ではない。

とあるのは、この時のものなのでしょう。わざわざ専用のページを作って



>御皇室・自衛隊関連行事

塚本幼稚園では、御皇室、自衛隊、警察など様々な式典に招かれて、歌や演奏など披露しています。



と紹介しているくらいです。それにしても、自衛隊や警察はともかく、皇室が式典に招いているんですか? この文章ではそのように解釈できますが、招かれているとしても、皇室そのものや宮内庁が招いているのではないんじゃないのと思いますが、どうなんですかね。また自衛隊は、関係しているのは海上自衛隊に特化しているみたいですね。理由は不明。この幼稚園はほかにも旧海軍関係のイベントにも参加しています。そういうえば、制服がやや旧海軍に似ているような気がしないでもありません。



とにかくなかなかすごい幼稚園ですね。もちろんほめ言葉ではありません。左翼だって・・・なんて指摘する人もブックマークをしている人にいますが、これ右翼とか左翼とかそんな次元じゃないでしょ。左翼でこんな幼稚園経営してこんな非常識なことしているところ私知りませんし(あったら乞う情報提供)右翼だって私ほかに聞きませんよ。右翼イデオロギー、左翼イデオロギーの持ち主の幼稚園経営者はいても(幼稚園の経営者は保守的な人が多いですから、左翼よりは右翼の方が多いでしょう)、経営の問題と「社会常識」の問題があるから、こんな非常識なことしないでしょ。この園長は、経営の問題は突破したからこういうことをできる・・・ってことなんですかね。

いずれにせよ記事に出てくる小学校の運営が軌道に乗るのか、これはちょっと興味深いですね。幼稚園よりはむずかしいでしょうが、どんなもんでしょうか。

つまりは、flagburner氏がおっしゃるように

>つか、この幼稚園の運営がそれなりに順調(?)のは、自分達の子どもに対しそういう教育を望み入園させる親の存在も大きいんだろうな。

ということなのでしょうね。残念な話ですが、そういうことでしょう。この幼稚園については、私なりに継続的に観察をしていこうかと考えます。

今回の記事には、bogus-simotukareさん、flagburnerさんからの知見その他をいただきました。感謝を申し上げます。

http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/505b810aeedff363cbe17fbe523aff0f


塚本幼稚園も、安倍夫婦というのも、なかなか凄まじい連中だと思った

2015-12-03 00:00:00 | 社会時評



このブログで、今年の1月に次のような記事を書きました。

またこの幼稚園か(塚本幼稚園のはなし)

要するに産経新聞がパブ記事を出した非常識な幼稚園について論評した記事ですが、つい最近「そういえばあの幼稚園どうしたのかな」と思って、ちょっと検索してみました。それで、次の下りで正直絶句しました。幼稚園でなく、同じ学校法人が開校を目指す小学校についての記事です。なお写真はそのHPより。



>安倍昭恵先生は瑞穂の國記念小學院の名誉校長に就任され、本校教育にご支援頂きます。

まあご本人好きでやっているわけでもないかもですが、なんともはやです。別に安倍だって、いつまでも首相をやっているわけでもないんですけどね。

bogus-simotukareさんは、

> 安倍の妻だから予想の範囲内とは言え酷いですね。「好きでやってるのか」、はたまた「別に好きではないが安倍に頼まれたからやってるのか」はともかく彼女には「断る」という選択肢はないのでしょう。夫婦そろって全く非常識です。

と私へのコメント返しでおっしゃっています。

そういえば過日の自民党の大会で、ラグビーの五郎丸歩がゲストとして登場したという話を聞きました。彼が自民党支持かどうかはいざ知らずですが、さすがに自分から率先してゲストにしてくれと頼んだという可能性は少ないでしょうから、やっぱりラグビー界の大物の口利きなんですかね。なんとも言えませんが、それもどうかです。

http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/57a25d524ca7d067e844428a29a65eac


塚本幼稚園の園児数は、今年の5月時点で半分を割っている

2015-12-08 00:00:00 | 社会時評



過日次のような記事を書きました。

塚本幼稚園も、安倍夫婦というのも、なかなか凄まじい連中だと思った

つまり大阪市にある「塚本幼稚園」というところが開校を予定する私立小学校の「名誉校長」に、安倍晋三の奥さんが就任したということが(自慢げに)紹介されていたので、安倍の奥さんなんかにそんなことを依頼する側も、受ける奥さんと安倍もどうかしていると考えて書いた記事ですが、その後コメント欄に、ねこ一世さんから情報をいただきました。非常に興味深い内容だったので、ねこ一世さんのコメントを引用しながら記事を書いていきたいと思います。

>Unknown (ねこ一世)2015-12-04 01:48:11

所轄の大阪府私学大学課のデータを見てみました。

大阪市淀川区/(幼稚園名) 塚本幼稚園幼児教育学園 (設置者名)森友学園 /(満3歳児園児数)4人 (3歳児)39人 (4歳児)59人 (5歳児)48人 (在園児数の合計)150人 (定員)315人
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/5499/00024499/enjisu2015.pdf

※ですから定員の約47%の充足率です。大阪市内の他の幼稚園でもそのくらいの充足率のところはいくつかあるみたいです。それが何を意味するのかはわかりませんが。

確かに見てみますと、2015年5月1日現在で、ほかにいくつか例を挙げてみますと・・・

大阪市福島区 福島 梅風学園/(満3歳児園児数)0人(3歳児)21人(4歳児)16人 (5歳児)16人(在園児数の合計)53人(定員)105人

大阪市大正区 昭光 昭光学園/(満3歳児園児数)1人(3歳児)20人(4歳児)31人 (5歳児)19人(在園児数の合計)71人(定員)175人

大阪市東淀川区 淡路 光宝寺学園/(満3歳児園児数)0人(3歳児)33人(4歳児)43人 (5歳児)54人(在園児数の合計)130人(定員)240人

大阪市東成区 熊野 白江学園/(満3歳児園児数)1人(3歳児)39人(4歳児)46人 (5歳児)63人(在園児数の合計)149人(定員)315人

大阪市生野区 桃谷 宗玄寺学園/(満3歳児園児数)0人(3歳児)0人(4歳児)0人 (5歳児)12人(在園児数の合計)12人(定員)140人

ほかにもいくつもありますが、定員の半数あるいはそれを下回る定員しか園児のいない幼稚園はありますので、塚本幼稚園の定員割れが特にひどいということもないのですが、しかしどう見てもあまり経営がうまくいっているという感はありませんね。たぶんこの幼稚園の右翼的なところがだいぶ嫌がられているというのは確実じゃないですかね。それは当然な話でしょうが、前の記事で私は、

>この園長は、経営の問題は突破したからこういうことをできる・・・ってことなんですかね。

と書きましたが、現実には果たして問題が突破できているかどうかも疑問ですね。たぶんできていないと考えて間違いないんじゃないんですかね。

>大阪府私学審議会の答申
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/5807/00178564/270127toshin.pdf

※条件付きでOKです。

こちらも見てみますと、

>詳細なカリキュラム及び入学志願者の出願状況等

を報告するよう求めています。これもどうなんですかねえ。詳細なカリキュラムといいますが、前の記事で

>籠池園長は現在、大阪府豊中市に私立小学校「瑞穂の國記念小學院」の建設を進めている。開校は平成28年4月を予定。目指すのは「礼節を尊び、愛国心と誇りを育てる」教育だ。

 なぜ小学校運営なのか。籠池園長は説明する。

 「集合時にだらだらとしていたり、子供が先生と友だちのようにしゃべったりというのが『普通』になっている小学校に、当園を出た子供たちが入っていくと、自分の根っ子に不安を持ち始めるんです。せっかく、当園で身につけたことが潰される…。それで小学校をつくることにしたんです」

 (中略)

 新設する小学校は木造2階(一部3階)建て。敷地面積は約8700平方メートルで、教室にはそれぞれ6・6平方メートルの畳敷きのバルコニーを設ける。江戸時代にあった岡山藩の藩校「閑谷(しずたに)学校」をイメージした講堂1階は、板張りの間と和室があり、修身や茶道などの授業が行われる。

とありますが、

>「礼節を尊び、愛国心と誇りを育てる」教育

>修身

なんてのが、どのようにカリキュラムに反映されるのか、そもそもどれくらいの入学志願者や寄付などが寄せられるのか、というのも興味深いですね。なお、この小学校の開校予定は、上の記事よりずれ込んで、2017年4月になったとのこと(こちらの記事)。

>日本人であることに誇りを持つ、“人間力”の高い子供を育てるには。
塚本幼稚園の籠池泰典園長に、継承していきたい子育ての極意をうかがいました。
http://www.are-you-happy.com/highlight/4656

※幸福の科学の雑誌にも出ていますね。外国籍の子供はだめってことなのでしょうか?



これには冗談でなく呆れますね。他の政治家はともかく、安倍晋三は、少なくとも首相在任時は、このような人物や幼稚園とは距離を置いた方がいいでしょう。もちろん奥さんが、このような人物の主催する小学校の「名誉校長」になるなんて論外ですが、この校長は明らかに一線を超えていますね。幼稚園経営とかそういったことを総合的にかんがみれば、さすがに幸福の科学の機関誌に登場するなんてしないでしょうが、信者の入園、入学を期待しているんでしょうか。いずれにせよ最低限の常識もありません。

>同期の桜を歌う会 実行委員長 籠池 泰典
http://blog.livedoor.jp/gokokumin/tag/%E5%90%8C%E6%9C%9F%E3%81%AE%E6%A1%9C%E3%82%92%E6%AD%8C%E3%81%86%E4%BC%9A

※まあ個人の自由の範囲でしょうけど。

確かに個人の自由の範囲でしょうが(笑)、この人は、そのようなレベルの右翼なんでしょうね。少なくとも、これも名前を堂々と出さなくったっていいじゃんと思いますが、やはりその程度の常識もないのでしょう。呆れたものです。

うーん、たしかにこれは相当なものですね。まともじゃありません。これじゃあこの幼稚園が、

> 「教育勅語」や「五箇条の御誓文」の朗唱、伊勢神宮への参拝・宿泊…。

あるいは園児に安倍晋三を称賛する発言をさせる(「させる」と書いて問題ないでしょう。さすがに園児が自発的に発言しているわけではないでしょう)なんてことをしているのは、ある意味必然ですね。これまた何とも無残で無様な姿です。

本日の記事は、ねこ一世さんのコメントを全面的に参考にしました。感謝を申し上げます。

http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/4e1dd864ce6daf7b55934dda4914cacb


塚本幼稚園の園児数は、今年の5月時点で定員の半分を少し超えている(2016年版)

2016-07-12 00:00:00 | 社会時評



過日塚本幼稚園に関しまして、いくつかコメントをいただきました。それをご紹介します。コメントをいただいたのはこちらの記事です。

>Unknown (退園者)
2016-07-09 23:36:11
中に入ると 独裁幼稚園でした。
主導者の指示に沿わないものは 即退園命令です…

今までの退園者
●飼っている犬の臭いがするから 通園カバン捨てられる。あげくに犬を処分しろ! と。
まぁ子の方に関しては こんな簡単なイジメで終わりませんが
●PTAの収支報告 に反対票を投じて退園命令。これも馬鹿高い会費で 幼稚園側が全て管理。 PTA会長いわく「自分達は幼稚園の指示に従うのみです」とのこと
●PTA役員は 幼稚園側が独断で選別。断ると 即退園命令。
●何故だか毎年買わされる卒園アルバム。年長ではない学年まで強制購入。 兄弟がいれば2冊、3冊となり 1冊 2万する
●お漏らしした児は 濡れたパンツを素手で持たされ帰宅させられる。

書き出したらキリがない…
園長副園長夫婦とその娘たちに支配された独裁幼稚園。
幼稚園に物申した家庭は退園命令。
我が子の身の危険を感じた家庭は途中退園。
すでに洗脳された家庭は信者となる。

そんな怖すぎる幼稚園でした。

>バカバカしい (瑞穂の國記念小學院)
2016-07-10 07:56:39
開校が延びたのは 寄付金が集まらなかったから…と皆んな言ってます。
1.2年生募集だったので 塚本幼稚園児の一部の信者は卒園後1年だけ公立で過ごし 2年目から瑞穂の国に編入する予定で 他の私立小を受けずにいたのに 突然の延期…
信者でない者達は それ見たことか! と陰で笑い、信者は文句も言えず愕然としていましたね。
信者は富裕層が多く 医者、経営者などですから 結果編入時には3年生なので編入不可。公立小のままになってしまったのは想定外だったでしょうね。

寄付金の集まりが予定外に少なかったので そのトバッチリが園児家庭に降りかかり やたらと行事が減ったり 事あるごとに金銭の要求、値上げ…
驚くばかりです。
こないだの遠足は入園料がタダの動物園でした。
もう笑うしかない…

ところで何故ここに書き込むかというと インターエデュの塚本幼稚園スレに書き込んでも 関係者が見張っており直ぐに園の都合の悪いことは削除されてしまいます。何度書き込んでも10分後には削除へ…関係者が一般に成り済ました書き込みだけが残ってます。

>Unknown (bogus-simotukare)
2016-07-10 09:45:19
まあ「退園者」さんや「瑞穂の國記念小學院」さんの言う事がどこまで事実かは部外者には確かめようがないですが、ここまで非常識な幼稚園だと「充分あり得そう」なのが何とも。

塚本幼稚園については、下の記事

またこの幼稚園か(塚本幼稚園のはなし)

で、次のような指摘を紹介しました。

>>inai_inai 以前ニュース番組でこの幼稚園の特集をやってたな。給食を時間内に食べられなかった子は廊下で食べさせられてて、園長が「ああして恥の文化を教えている」とか言ってて目眩がした覚えがある

それを読んで私も心底から呆れたので、

>これがもし事実なら、地元の役所が指導を入れるレベルじゃないですかね。それともこのような幼稚園に子どもを通わせる親は、これを「妥当な教育」と考えているのでしょうか。なんとも救いがありません。テレビがどういう意図で取り上げたかは不明ですが、視聴者だっていい顔はしないでしょ、こんなの。つまりは、これが自分たちの教育の宣伝になると本気でこの園長は考えているのでしょう。まともじゃないですね。

と書きました。で、どうなんですかね。役所からこの件で、事情聴取のたぐいでも、その番組が放送された後なされたのか。通報があったかなかったかも定かでありませんが、この幼稚園の評判を、管轄する役所(大阪市など)も知らないわけでもないでしょうに。

それで、昨年「ねこ一世」さんから教えていただき上の記事で紹介した貴重な資料を思い出しまして、では今年はどうなのだろうと考えて、さっそく確認してみました。下にエクセルの画像をお見せします。出典は、大阪府のHPより。PDFファイルもあります。



塚本幼稚園は、315人の定員のうち、158人の園児数ですので、まさに半数を文字通りぎりぎり超えているというところです。この表に入っている幼稚園だけでも、ほかにも半数くらいしか入っていない幼稚園は複数ありますので、必ずしも塚本幼稚園がとびぬけて入園児数が足りていないというわけでもありませんが、お世辞にもうまく経営ができているとは思えませんね。

この幼稚園の経営がうまくいっていないのなら、それはやはりこの幼稚園の非常識なところが保護者から嫌がられているのでしょうねえ。ほかにも右翼なところなどもそうかもですが、イデオロギーでなく具体的な指導として非常識なことをしているのだから、お話にもなりません。

bogus-simotukareさんもおっしゃるように、上の2人のコメンテイターの方々のお話が事実かどうかは、現在あるいは過去子どもを入園させていた方に取材でもしない限りわかりませんが、仮に事実としたらこの幼稚園はかなり末期的な状況じゃないですかね。あとはこの幼稚園に子どもを入園させる親の見識の問題でしょう。あなたは、このような教育についてどうお考えなのか、子どものためになると本気で考えているのか、というところです。知らないで入ったとかいうのならともかく、本気で納得して子どもを入れたのなら、これでは子どもへの事実上の虐待といわれても仕方ないんじゃないんですかね。子どもを「ヤマギシ会」に入れた親とまではいわずとも、それに近いものがありそうです。

いずれにせよ、こんなところに現首相の奥さんが公然とかかわるなんて、馬鹿も休み休みしろというレベルでとんでもない行為でしょう。安倍昭恵が、この幼稚園の実情をどれくらい承知しているのかは知るところでありませんが、いずれにせよ論外にもほどがあるというものです。まったく非常識にもほどがあります。

で、私が書いた

またこの幼稚園か(塚本幼稚園のはなし)

という記事は、現段階幸いにもというべきか、この幼稚園について検索すると上の方に表示されます。画像は、7月10日現在。



というわけで、この幼稚園についていろいろな理由で興味を持った方は、拙記事をお読みになる可能性が高いわけです。拙意見に賛同するかどうかはともかく、ぜひ私の記事を読んでいただいてこの幼稚園について考える道しるべにしてもらえるととてもうれしく思います。そして私なりにこの幼稚園というか、学園全体についても今後見守っていきたいと思います。最後に、この記事のヒントとなったコメンテイターの方々、ねこ一世さんにお礼を申し上げます。

http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/560cc155963ecc1cfdbd1e9412a8f8e0


安倍昭恵は、早急に瑞穂の国記念小学院の「名誉校長」を辞任すべきだ

2017-02-19 00:00:00 | 社会時評



ここ最近、2月になってから私のブログのアクセスが非常にいいわけです。2月17日のアクセス数(IP数)は、gooのブログで11位というすさまじさでした。



その理由は、森友学園(塚本幼稚園)関係の記事のアクセスの多さのためです。この原因となったと思われる記事が、共同通信が発表したこちらの記事です。

>国有地売却額を開示せず、提訴へ 大阪府豊中市の小学校予定地
02/02 22:23

 大阪府豊中市の国有地を購入し、私立小学校開設を計画している学校法人と国の用地売買に関する情報公開請求に、法人側の意向を受けた国が売却金額を非開示にしていたことが2日、分かった。請求者の男性は「国民の財産が適正に取引されたか分からない」として、近く国に非開示決定の取り消しを求め、大阪地裁に提訴する。

 国と学校法人は昨年6月、国土交通省が所有する豊中市内の土地約8770平方メートルについて売買の随意契約を締結。豊中市議の男性が同9月に契約書の開示を請求したが、金額や条件の一部が黒塗りで開示された。

 情報公開法上、法人の事業に関する情報は非開示にできる。

これはネットの記事ですので後半が割愛されていますが、全文をご紹介。面倒なので、記事を写した写真でご紹介します。



この記事では学校名は明らかでありませんが、知っている人でしたら一読すれば塚本幼稚園であることはわかります。わからなくても、この記事に記載されていることでネット検索をすれば、どこの幼稚園かはすぐわかります。

それで、どうもこの記事で「やばい」と考えた人間が(それが誰かはともかく)いて、これは左翼や中国人、韓国人の陰謀だとか愚にもつかないことを言い出して、それで右翼系のサイトなどで拙記事をそのような記事の代表例として紹介するにいたり、拙ブログにアクセスが増えたわけです。この関係で、拙ブログにヘイト系コメントが入り、遺憾ながらコメント欄を閉鎖しました。これが2月7日です。

9日ぐらいには右翼系サイトからのアクセスも減ってきたのですが、その9日に決定的な記事が出ました。

>学校法人に大阪の国有地売却 価格非公表、近隣の1割か
吉村治彦、飯島健太2017年2月9日05時03分

 財務省近畿財務局が学校法人に払い下げた大阪府豊中市内の国有地をめぐり、財務局が売却額などを非公表にしていることが分かった。朝日新聞が調査したところ、売却額は同じ規模の近隣国有地の10分の1だった。国有地の売却は透明性の観点から「原則公表」とされており、地元市議は8日、非公表とした財務局の決定の取り消しを求めて大阪地裁に提訴した。

 売却されたのは、豊中市野田町の約8770平方メートルの国有地。近畿財務局が2013年6~9月に売却先を公募し、昨年6月に大阪市内で幼稚園を営む学校法人「森友学園」に売った。契約方法は、公益目的で購入を希望する自治体や学校法人、社会福祉法人などを優先する「公共随意契約」がとられた。

 この契約について、地元の豊中市議が昨年9月に情報公開請求したところ、財務局は売却額などを非公表とした。朝日新聞も同年12月に公開請求したが、今年1月に同じく非公表とされた。国有地の売却結果は透明性と公正性を図る観点から、1999年の旧大蔵省理財局長通達で原則として公表するとされている。だが、財務局は取材に「学園側から非公表を強く申し入れられた。公表によって学校運営に悪影響が出るおそれがある」と説明した。

 朝日新聞が登記簿などを調べると、森友学園側に契約違反があった場合、国が「1億3400万円」で買い戻す特約がついていた。公益財団法人の不動産流通推進センターによると、買い戻し特約の代金は売却額と同じ額におおむねなるという。森友学園の籠池泰典理事長も売却額が買い戻し特約と同額と認めた。


 一方、財務局が森友学園に売った土地の東側にも、国有地(9492平方メートル)があった。財務局が10年に公共随契で豊中市に売ったが、価格は約14億2300万円。森友学園への売却額の約10倍とみられる。ここは公園として整備された。

■「日本初、神道の小学校」開校の予定

 森友学園が買った土地には、今春に同学園が運営する小学校が開校する予定。籠池理事長は憲法改正を求めている日本会議大阪の役員で、ホームページによると、同校は「日本初で唯一の神道の小学校」とし、教育理念に「日本人としての礼節を尊び、愛国心と誇りを育てる」と掲げている。同校の名誉校長は安倍晋三首相の妻・昭恵氏。

 籠池氏は取材に「(非公表を)強く求めていない。はっきりではないが、具体的な売却額は財務局が出したと記憶している」と説明している。昭恵氏には安倍事務所を通じて文書で質問状を送ったが、回答は届いていない。(吉村治彦、飯島健太)

さらにこのような記事も。

http://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20170208/3623901.html(リンク切れ)

>“国有地売却代金公開を”提訴
02月08日 17時24分

大阪・豊中市にあった国有地を、国が学校法人に売却した代金が公開されないのは不当だとして、豊中市議会の議員が国に代金を明らかにするよう求める裁判を起こしました。
豊中市野田町にある広さ8770平方メートルの土地は、もともとは国有地でしたが、国が去年6月、大阪市内の学校法人に売却し、現在、小学校の校舎が建設されています。
豊中市議会の木村真議員は、この土地の売却代金などを明らかにしようと、近畿財務局に情報公開請求をしましたが、公開された文書は代金などが黒く塗りつぶされていたということです。
近畿財務局は木村議員に、「契約相手の事業遂行に影響したり利益を害したりするおそれがある」と説明したということですが、木村議員は「国の財産が不当に安く売却されていないかチェックが必要で、非開示は不当だ」として、国に売却代金などの開示を求める訴えを大阪地方裁判所に起こしました。
木村議員は8日、記者会見し、「この土地に建設中の小学校の名誉校長は安倍総理大臣の妻の昭恵氏で、近畿財務局は過去3年の土地の売却代金をインターネットで公開しているのに、この土地だけ明かされないのは背景に何かがあると見られても仕方がない」と述べました。

木村真豊中市議会議員は、この件についてのブログ記事をすでに昨年10月に発表されています。

もっともこの件は、さすがにあまりに形勢が悪いと判断したか、けっきょくこうなりましたが。朝日新聞の記事より。

>国有地売却額、一転公表 「ごみ処理費8億円控除」

吉村治彦、飯島健太2017年2月11日00時49分

 財務省近畿財務局が学校法人に売った国有地(大阪府豊中市)の売却額を非公表とした問題で、財務省は10日、売却額は1億3400万円だったと明らかにした。鑑定価格は9億5600万円だったが、地下のごみの撤去費8億円以上を差し引いたと説明。「保護者らへの風評リスクを懸念した学校法人から非公表を求められた」としている。

学校法人に大阪の国有地売却 価格非公表、近隣の1割か
 売却された国有地は、国土交通省が管理していた8770平方メートルの未利用地。経緯説明を求めた民進党に財務省が示した資料によると、2013年9月、公募に応じた学校法人「森友学園」(大阪市)が小学校用地として取得を望んだ。

 一時は定期借地契約などが締結されたが、森友学園が16年3月に近畿財務局に「借地ではなく買いたい」と伝えてきた。財務局から依頼された不動産鑑定士が更地価格を9億5600万円と算出。財務局は地下の廃材、生活ごみの撤去・処理費8億1900万円と撤去で事業が長期化する損失を差し引いた1億3400万円で、同年6月に公共随意契約で同学園へ売ったという。

 朝日新聞の取材では、森友学園への売却額は豊中市へ14億2300万円で売られた同規模の近隣国有地の10分の1だった。

 公共随契の契約金額は公表が原則だが、近畿財務局は地元市議や朝日新聞による情報公開請求に対し、売却額を非公表としていた。財務省は公表に転じた理由について、「国有地を不当に安く取得したとの誤解を受けるおそれがあると判断し、森友学園が公表に同意した」と説明している。

 森友学園の籠池泰典理事長は10日の取材に「13日に改めて取材に応じる」としている。籠池理事長は憲法改正を求める日本会議大阪の役員。校舎建設が進む小学校のホームページによると、名誉校長は安倍晋三首相の夫人・昭恵氏。

     ◇

 一方、11年にこの国有地の取得希望を国に伝えていた別の学校法人は朝日新聞の取材に対し、撤去費を約2億5千万円と見積もっていたと答えた。12年4月に国交省から「大量の埋設物がある」と知らされ、見積もりをゼネコンに頼んだ。撤去費をふまえ、7億~8億円だった購入希望額を約5億8千万円に下げたが財務局から低いと指摘され、断念したという。

 8億円を超える撤去費になったことについて、近畿財務局は取材に「森友学園による基礎工事中、さらに大量の埋設物が地下にあることが分かった」と説明している。(吉村治彦、飯島健太)

これどうみても私には背任にしか思えないんですけど。この件が摘発されて刑事事件になるかどうかはともかく、背任以外のなにものでもないでしょう。日本は中国や韓国のような人治国家でなく法治国家だなんていう人間は、そういうことを言う前にこの件を批判しろです。こんなことがまかり通っているのなら、とても「法治国家」なんて言えた義理じゃないでしょう。といいますか、そういうことを言う人間は、安倍晋三やこの幼稚園(森友学園)を支持している人たちが多いのでしょう、きっと。

そしてしまいには、こんな記事まで報道されました。

>幼稚園で民族差別的表現の文書を配付 大阪 淀川区
2月16日 21時45分
大阪・淀川区の幼稚園が「よこしまな考えを持った在日韓国人や支那人」などと書かれた文書を保護者に配付していたことがわかり、大阪府は、民族差別的な表現にあたる疑いがあるとして、行政指導を行う必要があるか検討することにしています。
大阪府によりますと、去年12月、大阪・淀川区の学校法人森友学園が運営する幼稚園に子どもを通わせている保護者から「『よこしまな考えを持った在日韓国人や支那人』などという民族差別的な表現が含まれた文書が配付された」という苦情が寄せられました。

このため、大阪府の担当者が、先月、幼稚園の園長を務める学校法人の理事長などから事情を聞いたところ、文書の配付を認めたということです。

理事長らは、文書を配付した理由について、「保護者と文書が関係する裁判で争っているため答えられない」などと述べたということです。

大阪府は、文書は民族差別的な表現にあたる疑いがあるとして、行政指導を行う必要があるか検討することにしています。

こんな話、拙ブログの記事を読めば、こんな苦情聞く前からわかりきっていることだと思いますけどね。それ以前の問題として、この種のことは、市役所にも府庁にも苦情がたくさん来ていたんでしょ?

で、きわめつけ。

>「安倍晋三小学校、断った」首相、国有地売却の関与否定
朝日新聞デジタル 2/17(金) 19:08配信

「安倍晋三小学校、断った」首相、国有地売却の関与否定
衆院予算委で、民進党の福島伸享氏の質問に答弁する安倍晋三首相=17日午後、岩下毅撮影
 大阪府豊中市内の国有地が近隣国有地の約1割の価格で学校法人「森友学園」(大阪市)に小学校用地として売却された問題で、安倍晋三首相は17日、「私や妻が関係していたということになれば、首相も国会議員も辞める」と述べ、売却への関与を否定した。小学校の名誉校長に妻昭恵氏がついていることを「承知している」とも語った。

 衆院予算委員会で民進党の福島伸享氏の質問に答えた。学校法人との関係をめぐり、首相は「私や妻が(小学校の設置)認可や国有地払い下げについて、(自身の)事務所も含めて一切関わっていないことは明確にしたい」と述べた。

 妻が名誉校長についていることについて、「妻から森友学園の先生の教育に対する熱意は素晴らしいと聞いている」と説明。また、学校法人が「安倍晋三記念小学校」の寄付者銘板に名前を刻印して顕彰する、との文言で寄付金を集めていることを知っているかとの福島氏の問いには、「いま話をうかがって初めて知った」と答弁した。

 そのうえで「私の考え方に非常に共鳴している方から、(2007年に内閣総辞職して)首相を辞めた時に『安倍晋三小学校にしたい』という話があったがお断りした。まだ現役の政治家である以上、私の名前を冠にするのはふさわしくない。私が死んだ後であればまた別だけれど、私の郷土の先輩である、例えば吉田松陰先生の名前をつけられたらどうかという話をした」とも語った。

 「約9億円と不動産鑑定で評価されていた土地が約8億円もディスカウントされてしまったのはなぜか」との福島氏の問いに対して、財務省の佐川宣寿理財局長は「不動産鑑定士に更地の価格を鑑定してもらい、大阪航空局が積算した(ゴミなどの埋設物の)撤去費用を差し引いた時価で、適正な価格で売っている」と答えた。(南彰)

>「安倍晋三小学校」で募金=国有地を格安取得―首相は関与否定
時事通信 2/17(金) 19:32配信

 17日の衆院予算委員会で、学校法人「森友学園」(大阪市)が今春開校する大阪府豊中市の私立小学校用地として、鑑定評価額から8億円余りを差し引いた1億3400万円で国有地を取得していたことが分かった。

 同学園が2014年に、建設費用として「安倍晋三記念小学校」の名で寄付金を募っていたことも明らかになった。

 この私立小学校は安倍晋三首相夫人の昭恵さんが名誉校長を務めるが、首相は「私や妻、事務所も含め、小学校の認可や国有地払い下げには一切関わっていない」と関与を否定。「関係していたとなれば、首相も国会議員も辞める」と断言した。自身の名が使われていたことも「今、初めて知った」と語った。

 民進党の福島伸享氏の質問に答えた。森友学園が昨年取得した国有地は、鑑定評価額が9億5600万円。財務省の佐川宣寿理財局長は、差額の8億円余りは土地に埋められていたごみの撤去費用だとして「適正な価格だ」と説明したが、福島氏は「利益供与と同じだ」と批判した。 

しかし上の安倍の国会答弁もひどいですよねえ。

てめえの配偶者が「名誉校長」なんかやっていて、関係ないもなにもないだろう!!!

とは私も言いませんが、あまりに無様で無残で、読むにたえませんね。真相はともかく、首相の奥さんがこんな小学校の名誉校長をつとめるなんてことは論外の極致でしょう。早急に辞任すべきじゃないですかね。まともな人間ならこんなところとかかわるなんてことははじめからしないでしょうが、安倍晋三も奥さんも、まともな人間じゃないのでしょう。お話にもなりません。

かつて私は、

またこの幼稚園か(塚本幼稚園のはなし)

という記事の中で

>だいたいこんな記事読んだら、たいていの読者は「非常識極まりない幼稚園だ」「こんなところが小学校をつくるとはとんでもない」とかいうくらいの反応でしょうが、産経のセンスでは「美談記事」になっちゃうのがなんとも。安倍夫婦だって、こんなこと書かれたら実際のところ迷惑なはずですが、それがそうにならない(らしい)のが、安倍とか産経新聞というところのどうしようもないところです。

>安倍のような大物政治家あたりだったら本来関係したがらないでしょうが、安倍は馬鹿だから自分でこの幼稚園に行こうとしたり、奥さんを行かせるわけです。

と書きましたが、やっぱりそうなったじゃないですか。馬鹿らしいにもほどがあるというものです。

この件は、ほかにもいろいろな件が報道されていることは皆さまご存じでしょう。また過日の記事でもご紹介しましたように、この幼稚園の退園者の方々が作成したHPも立ち上がりました。上の記事に出てくる「安倍晋三小学校」の件も取り上げられています。私としてもそれらの記事を勉強していき、この問題の考察に役立てたいと思います。

http://blog.goo.ne.jp/mccreary/e/2936496258ef4c005b78b56fb333e47e


籠池泰典森友学園理事長・塚本幼稚園園長が、TBSラジオの電話インタビューに応じた

2017-02-22 00:00:00 | 社会時評



今日は違う記事を用意していたのですが、記事を差し替えます。



2日前になりますが、TBSラジオ『荻上チキ・Session-22』で、このブログでもおなじみの方の電話インタビューをしたとのことです。サイトに抄録が掲載されていますし、また放送後1週間以内は放送を聞けますので、興味のある方は是非どうぞ。以下抄録を全文引用します。魚拓を取ればいいのですが、これも時代の証言ということで。個人的には、拙ブログが、この件について継続的に問題としていければいいかなと考えています。

><出演>

・日本大学教授の岩渕良克さん
・学校法人・森友学園理事長の籠池泰典さん(電話出演)

憲法改正などを推進する「日本会議」のメンバーが理事長を務める大阪の学校法人がこの春、小学校を開校へ。安倍総理の妻、昭恵さんが名誉校長を務めるこの小学校の土地をめぐって、国有地が極端に安い値段で払い下げられていたことが判明。また、この学校法人が運営する幼稚園では、在日韓国人などに対するヘイト表現を含む文書を保護者に配布していたことも明らかになっています。国会でも野党が追及を始めたこの問題、いったい何が起きているのか、どんな疑惑が指摘されているのか、疑問点を洗い出した上で、森友学園の籠池泰典・理事長に生電話インタビューしました。とりいそぎ、以下にその一部の書き起こしを掲載いたします(※音声は全編配信しています)。

===
(以下、抄録書き起こし)

荻上:この学校の土地売却について価格を非公表になっていましたが、この非公表であるということが最初の疑問となって、報道に結びついたかと思うんですけども、まず、どうして最初は非公表ということなっていたんでしょうか?

籠池:これはね元々、私の方はね、お国の方と定期借地権を結びましてね。どうしてそうしたかというと、本当は購入させてもらいたかったんだけども、やっぱ財政的なものもありましたから、まあまあ10年間で借りておって、その10年間のうちに、まあまあ、ある程度貯まってくるというか、内部留保が高まってきた段階で購入させてください、という風なことになっておったんですね。その後、なんていうんですか、悪い土の部分というんですか、有害な土の部分が示されましたので、それを全部どけまして、工事でどけまして、さあこれから今からボーリング工事をするぞといって、ボーリングというか、杭打ちをしましたときにね、土の下から生活ゴミが出てきたんですね。生活ゴミというたら、いわゆるその地で生活しておった方々の、まあまあ、あそこは阪神大震災のときに仮設住宅が建っておったところでありましてね。その仮設住宅を潰して平地にするときに、そこにあったものをそのまま埋めたんではないけども、やっぱり生活しおった長靴とか靴下とかはその中に入っておったんですね。それが出てきましたんで、「あれ、これは大変なことやなあ」というんで、近畿財務局さんに、お国の方にお尋ねして調べてもらったわけなんですね。そうしましたら、あの、これ、私の方の考え方だったんですが、じゃあ今の定期借地させていただいている間の金額が、例えばこんだけだと、ああ、それだったら、このように生活ゴミが出てきたものは、もう少し安くなるだろうと私は思ったわけですね。当然そうでしょう? 何かあの、綺麗な土地だったら、例えば1000円で買ったものだったらは1000円ですけど、ちょっとなんか変なもの、生活なんぼのものが出てきたらというたら800円になりますよとか、700円になりますよ、というようなことになるんだろうと僕思うんですよね。ですから私は、これ借地料としても安くなるのかな、安く購入させてくれるんじゃないかなと思ったわけですね。ですから、それをお国の方にどんなんなるんですかねえ?という風なことで、投げたということですね。

荻上:その経緯の前の、その契約を非公開にしていた理由は?

籠池:まあまあ、それはねえ、非公開にした理由というのはねえ、これ、元々、定期借地のときはどうだったのか僕知らないんですけどね。あんまり僕はこの制度について、初めてお国との交渉がありましたもんですからね。詳しくは知らなかったんですが、まあ、よくよく考えたら、ご自身の家がいくらで買いましたいうのは、あんまり近所の人に言わないでしょ? 言わないじゃないですか。だからそれと同じ感覚で、お国の方から「どうされますか?」って言われたときに、私自身はですよ、「それだったら言わんといてくださいね」というようなことでお伝えをしたということでありますね。

荻上:財務省の方の先日の国会での答弁ですと、学園側の希望として非公開という形になっていて、そのあと公表する際は、学園側の理解が得られたから公開という形になっていたんですが、むしろ財務省の方から提案がされたということなんですか?

籠池:まあ非公開というのはね、これはもうお互いのことだったと思うんですよ。ですから私は制度をあまり知らなかったから。公開どうされますかというようなこと、いやもうそれだったら非公開にしてくださいということだったし、今回、公開をしてもいいですよということになったというのは、変なところで変な噂が出ているんだったら、これは早めにどういう状況だったのかということをきちっとしてもらうために公開した方がええんじゃないかなと思ったということなんですね。

荻上:籠池さんの方から財務局の方に電話をして、「やっぱり公開にしてください」と言ったんですか?

籠池:その辺は、私の方から言ったと、私が提案をした、ということになるんでしょうね。

荻上:電話をした?

籠池:提案をしたと。

荻上:ということは籠池さんの方から連絡を取ったんですね。

籠池:・・・連絡を取ったというよりも、なんていうんですか、いろいろな朝日新聞の事がありましたからね、「これはどうなっているんでしょうね」「何が問題なんでしょうね」ということでしたから、まあ、お国と私の方は、なんとなく思いが通じた結果だったんじゃないですか。

荻上:思いが通じた?ということは担当の局の方から「こうなってますけど公開していいですか?」という問い合わせがあったということですか?

籠池:いやいや、そういうことでもないと思いますよ。私の方から「公開しましょう」ということにしたんですから。

荻上:なるほど。じゃあ、籠池さんの方から提案されたんですね。

籠池:ということになりますね。

◇なぜ、土地を買い取ったのか?

荻上:「国有地」が売却される、あるいは貸し出されるということでいうならば、民主的な観点からもその透明性が問われる案件だと思うが。

籠池:おっしゃるとおり。

荻上:まず最初、借地、貸し出しだということだったわけですよね。

籠池:そうですね。

荻上:その段階の前にこの土地が、だいたいどれくらいの価格だというのは把握されていたわけですか?

籠池:わかりません

荻上:わからない?

籠池:うん、わからない。私はちょっとそういうところはあまり強くないというのか専門家でないのでわからないんですよ。

荻上:いくらぐらいだという見積もりはなく、例えばこのあたりを取引したいという事で申請したということですか?

籠池:これは不動産会社の方が「国有地がありますけど、これは国の土地なので財務局のほうにいかれたらどうですか」ということのアドバイスがあって、行ったもんですから。その土地がいくらするのかということはそこまでは考えていなかったんですね。

荻上:いくらぐらいかという見積もりは聞いていた?

籠池:それはぜんぜん聞いていません。それはお国のほうも「ナンボですよ」ということはいってくれませんでしたので。でも借地だったらどうでしょうというような事で私がお聴きしたような事があったと思います。

荻上:自分から借りたいという事をいったということですね。

籠池:そうそうそう。借りるんならどうでしょうねと。

荻上:先方の財務局の反応はどうでした?

籠池:借りたいというなら借りたいで、その土地の金額から借地料を換算してこられるんでしょうね。それらの調整、いくらいくらということで私が思っていたよりもそれで小学校の開設が一年ずれたという事もありましたね。で、金額的なところから言いますとね、やっぱり高いと思いました。これは高いなと。でも、当然お国のほうでもやはり、本来の価格から出したものでしょうから「これ以上は難しい」という事だったんで、私のほうも開校を早くしないといけないということから10年間のうちで買い取り特約をしましてね、10年間のうちで買い取ったという事ですから何とか小学校の運営が上手く軌道に乗れば何とかかんとか賃借料が払えるやろうなという認識を示していました。

荻上:見積もり感はもっていらっしゃったということですね。

籠池:まあそうですね。

荻上:そうした中で工事を進めていく中で、埋蔵物が見つかってそのことを報告して、その後に購入を申し出たという事ですけれども、あまりこういった契約に詳しくないといっている籠池さんが、この期間でゴミが出てきたから安くなるだろうということで、金額はまだわからない段階だろうと思うんですけど、買いますといえたのはどうしてなんでしょう?

籠池:賃借料が例えば1千円だとするでしょ。

荻上:今回は月額227万円の支払いという事になっていましたね。

籠池:なってるでしょ。その通りですけども、そうなっていると例えば一般の民家でもですね、土地が非常にきれいな土地でありましたということでありましたらその金額でしたと。ところが掘っていく事によってボーリングをして、そのところに、杭打ちをしてその上に建物を建てないといけないといったときに、下から悪いものが出てきましたと。そのときに人体に影響のない、そして軽度のものだけれども、何かヘンなものが出てきましたといったらやっぱり地主としては、本来、民民の場合だったら地主さんがきれいな土地にして、それを借主に貸しますよね。でも、お国の場合はそうじゃなかったわけですから、やっぱりちょっと国のほうも知らなかったんだろうけれども、悪い土地というか悪いものが出てきたなと。それだったらちょっと安くしてくれるんじゃないかなという思いは当然なりませんか?

荻上:ということは金額がどれくらい安くなるかという確信なしに、買えるようになるだろうということで購入に変更したという事ですか?

籠池:買える金額になるだろうではなくて、例えば深いところからも出てきましたしね。浅いところからも出てきたと。それは、これはちょっとなんというのかな。工事の期間もかかるけどたくさん入っているかもわからないなというような気持ちが、気持ちというか第六感が働きまして、これはちょっと賃借料にしたらかなり安くなると。そうすると賃借料が安くなるということは購入させてもらえる金額に近づいてくるというのではないかということで、これも自分の第六感ですが、それだったらいくらになるかわからないけど国のほうが指し示してくれる金額で購入させていただきましょうかという風な感じを持ちました。

荻上:その結果8億円値引きされて、実質1億円ちょっとで購入できると知ったときはどう感じた?

籠池:あのねえ、8億円云々というけど元々その金額がいくらだったのか知らないんですよ。

荻上:引き算された数字だけを知らされた?

籠池:そうそうそうそう。それは誤解しないでいただきたいんですが、新聞記事でもそこのところを書いていてぼくは丁寧に答えたんです。でもわざわざそういうところを省いて、なんかいかにも、もともとの数字を知っていて、金額を知っていて、安い金額で買ったかのような錯覚を読者の人に与えるような報道、あるいはテレビ局でもテレビ局でもそのような報道をしていましたから、これはちょっと間違ってるんじゃないかと。悪者仕立てするようなことをわざわざしているよなあと、非常に気分が悪かったですね。

荻上:元の予算いくらぐらいだったんですか?

籠池:ぜんぜんそんなところまで考えていませんでした。見積もりがナンボというのは考えておらずに、要は、月額で200何十何万円でしょ、ね。それが年間だったら2700万円ぐらいになるわけじゃないですか。それならそれよりも安くなるということであったら2700万円で、それよりも安くなるということであったら2700円でギリギリ運営ができると。それだったらそれよりも100万円でも300万円でも安くなるんだったら我々は運営としたらラクになってくるじゃないですか。

荻上:月々200数十万円の借地でも結構ギリギリでやっていたことが、安くなることによって買えるような値段になるんじゃないかと判断して購入したと。

籠池:おっしゃるとおり。

◇安倍昭恵さんの影響は?

荻上:その前の段階で不動産の方が紹介してくれたという話がありましたけど、例えば担当の財務の方とかが安倍昭恵さんが名誉校長だというのは存じ上げていたんですかね。

籠池:それはその段階ではまだなってらっしゃいませんでしたからね。交渉の段階ではね。なってらっしゃいませんわ。

荻上:いつの段階で名誉校長になったんですか、安倍昭恵さんは?

籠池:名誉校長になっていただいたのは2年前ですから。近畿財務局との調整を始めたのは4年ほど前のことですからね。あ、5年ほど前か。タイムラグがありますね。

荻上:借りたいという要望を出したのは具体的には4年前。具体的な貸し出しの契約をしたのは3年前でして、購入は約2年前という事になっていますよね。

籠池:購入は2年前じゃないですよ。購入をさせてもらったのは・・・

荻上:2015年3月ではなかったですか?・・・あ、2016年ですね、去年か

籠池:そうでしょ。だからそんなに古い話じゃないんですよ。

荻上:去年ということは、安倍昭恵さんはすでに名誉校長になっているということですね。

籠池:そのときはそうですよね。

荻上:ゴミというのは何メートル掘り下げて見つかったんですか?

籠池:場所によって変わるんですよね。5m掘るとか、例えば10mのところからというのがあって。元々我々の学校というのが7階、8階建で立てる予定だったんですけど、ところがゴミとかが出てきますと、例えば杭打ちをしたときに例えばゴミの上に杭が立ちますと、ズレたりするでしょう?だから危ういということになってくるので、低くするという今の建築にさせてもらったということですね

荻上:そのゴミはもう撤去したんですか?

籠池:ゴミは、えー、建物が経っているところについては、撤去もしておりますね。

荻上:ほかのグラウンドなどは?

籠池:グラウンドはね、記者の方もご存知の通り運動場ですから、運動場はずっと昔からもう土の下というんですかね、動かして何もないんですよ。そのままでいいんです。

荻上:じゃあ、ゴミ出しの作業はもう全て完了したわけですか?

籠池:うん、あのー、土地の建物のところの分に関してはですね、あのー、ほとんど完了していますね。

荻上:いくらぐらいかかりました?そのゴミ出しには?

籠池:いやー、金額のことはどうもちょっとまだまだ、建設がしているところですから、その中にまた、結果として出てくるんだと思いますから、それについて、私はまだ存じあげておりません。

荻上:いくらぐらいかかるという見積もりで?

籠池:ちょっと今、言えないですね。あの、何ともメディアのところで言えないですけれども、かなりかかるだろうと思いますよ。

荻上:8億、行きますか?

籠池:いや、だって、運動場の下のところは取り出さなくていいんですから、触ってないんだから。そうですよね。運動場で使いますところは、何も触らなくていいので、そこにお金がかかることはありません。

荻上:国の方が過剰算出した可能性があるということですかね?

籠池:違います。違います。それは違うと思いますよ。だって、要はそれをすることによって、あのー、地下に生活ごみがあるということは、資産価値が下がるということでしょ。ですから、安くなってくるということですよね。で、お国の方が何億円だったか、今おっしゃった8億とか9億とかおっしゃったけど、それは土地の運動場のところの生活ごみもすべて除いたらというような算出されたんではないかなと思いますが、私はその辺のところは専門家ではないので、分かりません。

◇「安倍晋三記念小学校」について

荻上:今回、「安倍晋三記念小学校」という名前で寄付を募っていましたよね。

籠池:これはどこからの情報なのかよくわからないんですが、当初ね、あのー、安倍晋三記念小学校ということで、あっいやいや、間違えました。安倍晋三先生にどうぞ、学校を造りますので安倍晋三という名前を冠に付けさせていただきたいんですがと、お願いはしたんですけどね。まあまあ、ちょっとその返答がしばらくありませんでしたので、私の方でちょっとあのー、私の勘違いもあったんか分かりませんが、あのー、期間の間の中でですね、あのー、安倍晋三記念小学校にしようということで、したことがありましたね。一時期ね。それは衆議院議員でいらっしゃる段階のことでしたので、もちろん、えー、自由民主党の総裁になられた段階で、その話はなくなったと認識しています。

荻上:ということは、その前の段階では、やりとりはしていたんですか・

籠池:はい。あのー、昭恵様を通じて、昭恵夫人を通じて、そのやりとりはしてましたけども、やっぱりお断りになってこられましたね。

荻上:断ってきたと。

籠池:はい。

荻上:最初はいい感じだったけど、断られたって感じですか?

籠池:まあ、あの、その辺の感触はわかりませんが、でも、最終的にはご辞退という形になられましたね。

荻上:(安倍晋三氏の)名前を使って寄付を集めていたのは、いつからいつまでの時期なんですか?

籠池:当初だけなんですよ、衆議院議員であられた時だけでありますが。でもそれはねえ、すぐに回収もしましたんで、そのー、あのー、おっしゃっている文が、衆議院で出ていたものが、本物かどうかは、私もよくわかりません。全然わかりませんですよ。私が確認したものではありませんから。本物かどうかはわかりませんですよ。

荻上:ただ、一時期寄付を募っていたのは事実なんですね?

籠池:それはさせていただきました。でも、それは衆議院議員をされていた間だけのことですから。

荻上:総裁になる前ということですね?

籠池:はい、そういうことです。

荻上:でも結果としては(安倍晋三の名前を)無断使用していたということになるわけですか?

籠池:いや、無断使用はしてなかったと認識はしているのですが、それは考えよう、受け取りようの問題だと思いますわ。

荻上:受け取りよう?

籠池:安倍先生の方が、これを断ろうかどうかしようかと考えている間のタイムラグの問題だと思う。私は安倍晋三先生の冠をしようと思ったのは、素晴らしい日本を再生、再興させようとされてる功労者ですからね。私は尊敬の意味で、偉人であろう方だからということでお願いをしたということですので。

荻上:許可をもらう前にその名前を使ってしまったということなんでしょうか?

籠池:いやいやいや、そんなことはありません。打診はさせていただいておりましたけど、その回答がまだ返ってくる前に、ちょっとあのー、早めに対応をかけてしまったというのが真実ですね。

荻上:勇み足であったということでしょうか?

籠池:まあそういうことでしょうかね。まあまあ、それはねえ、タイムラグの問題だったと思いますわ。

荻上:実際、配布されていたのは一時期だったということでしたが、

籠池:本当に当初の時間ですよ。これは堂々とお伝えしておきますけど。

◇ヘイトスピーチについて

荻上:この学園からヘイトスピーチが拡散されているんじゃないかという話も論点になっていますが、ネット上で中国や韓国への批判になるような文言が載せられていて、それを謝罪文とともに撤回しましたよね?

籠池:あのねえ、これねえ、ヘイトスピーチいうのは、すごい範疇が広い、定義が広い言葉だと僕は思うんですけどね。私たちのところに4年ほど前に、中華人民共和国出身の方が入ってこられたんですね。ところが、本来私たちの学園に入ってくる人は、我々の教育に賛同された方が当然入ってこられるんでしょうけど、

荻上:近いから、という方もいらっしゃるでしょうけどね。

籠池:近い方ではなかったんですが、我々の教育に賛同して入ってこられた方ではなくて、入園式も来ない、授業参観にも来ない、そして遠足にはマクドナルドを持ってくる、っていうことで、私たちの学園の方針には従ってくれなかったんですね。それで、僕が注意申し上げたら辞めていかれまして。

荻上:その注意の時に、文書など配ったりされていましたよね?副理事長の。

籠池:これもね、ちょっとおかしな話なんですが、その方のことであって、別に、1つの人種の団体に対して、あるいは民族の団体に対して申し上げたことはなくて。その方に対して渡した文書なんですね。でもそれが、普通だったら、そういう文書がネットを通じて出ていくわけがないじゃないですか。それを持っておくだけじゃなくて、ネットで拡散していくということ自身が、為にするために、我々の学園に入って、撹乱を起こして、何かとんでもないことをして、そして出て行く。出て行ったときに、「退園させられた」といって、それもまたネットで出して、どうもこの学園は悪いところなんだよ、という風に言い出していくという、こういうふうな論法のやり方をしているんですよ。孫子の兵法を中国がやってるのと同じような感じになってますね。

荻上:お手紙の中で、「韓国人と中国人は嫌いです」という文言があり、ネット上では韓国・中国人が、自分たちに対して意図的に反対してるんだ、ということを書いていたことについて、撤回・謝罪されていたわけですけども、その保護者の方とは係争中ということになるわけですか?

籠池:おっしゃるとおり、おっしゃるとおり。あのねえ、これはねえ、すごく重要なことなんですが、係争というのは、相手の方から訴えられて、それに対してこちらの方も、そうじゃありません、ということを裁判所で言わなきゃいけないわけでしょ?ね、そのまま裁判所で何も言わなきゃこちらが負けてしまうわけじゃないですか。そういう意味で係争中。ということは、係争ごとにするために、その、あの、中国の方も、韓国の方もしてきたという、そういうふうにしてきたという、意図的なことがありますね。

荻上:ということは、ヘイトスピーチにはあたらないという認識なんですね?

籠池:その人にだけに言ったことなんで。全体ではなく、その元保護者の方にだけ言ったことなんで。

◇国会の召喚に応じるか?

荻上:今後、例えば、国会で説明したりとか、記者会見をするという気持ちはありますか?

籠池:ないですね。ほとんどマスコミの人には説明はしましたので、そういうことする必要はまったくないと思っています。

荻上:これからも、国会に呼ばれてもいかないということですか。

籠池:そんな呼ばれるような立場ではありません。私は悪いことも何もしとりませんので。民主主義の国ですよ。独裁国家ではないんです。民主主義国家の中で、私立学校を作ろうとしているいう人間に対して、そういうものを日本の国の振興・隆昌させようという方向性の学校をつぶそうというようなことを考えているような人たちがいる、また、今もまだ動いているようなところには私は別に行く必要性はないと思います。

(抄録書き起こしおわり)

====

※なお予定では、今回の件を取材している朝日新聞の記者やこの問題を提起した豊中市の木村真市議にもお電話で経緯などを伺うことになっていましたが、放送当日の夕方に、森友学園サイドから朝日新聞の記者や木村市議が出演するなら、籠池理事長の出演を取りやめるとの意向が示されました。番組としては、現在指摘されている問題を検証する材料を増やすためにも、生出演で理事長に話を訊く貴重な機会をいかすべきだ判断し、今回は予定を変更して、番組パーソナリティ荻上チキが経緯や疑問点を整理した上で、籠池理事長に直接お電話で伺うことしました。今回の理事長の証言を検証するためにも、近日中にあらためて、朝日新聞の記者や木村市議などにもお話を伺う機会を作りたいと考えています。

この記事については、当方が論評するよりもとにかく理事長の言い分を読んでいただいたほうがいいと思いますので、特に私から付け加えることはありません。ただ、「T幼稚園退園者の会」のサイトで、気になる記事がありました。

>TBSラジオへの抗議文

2017年2月21日youchienblog
TBSラジオ御中
本日の放送を拝聴しました。貴社の不誠実な対応に怒りを感じざるを得ません。
貴社は当方への取材依頼のあと「番組構成上の都合」を理由に当方への取材を取りやめになさいました。しかし本日の番組終了時のアナウンスメントでは「籠池理事長の出演を確保するため、他の出演者の証言を採用しなかった」とおっしゃっています。なぜ、当方への説明と、リスナーへの説明が違うのでしょうか?

このようなダブルバインドな対応に、強く抗議するとともに、今後、貴社、及び貴社系列各社への取材協力を拒否することをここに表明します。

それに対し、TBSラジオ側からコメント欄にて弁明がありました。

>TBSラジオ「荻上チキ・SESSION-22」2017年2月21日 / 6:57 AM


当該番組のプロデューサーです。ご疑念を抱かせてしまって申し訳ありません。放送の中でリスナーに説明したのは、番組内でも申し上げました通り、放送当日の月曜日に急遽出演が取りやめになった新聞記者の方と豊中市議の方についてです(学園サイドから放送当日に要望を受けたのはこのお二人についてです)。「T幼稚園退園者の会」様につきましては、連絡先についてのご返信をいただいた土曜日の時点で、すでに複数のゲストが決まっており、時間が足りなくなるなどの構成上の理由、また取材が殺到して対応に追われていらっしゃるとのことも含めて判断し、今回は見送る旨、土曜日の夕方にお伝えした次第です。実際に経緯が異なるため、説明もまた異なるものになっております。時系列なども含め、詳細な説明をメール致しましたので、ご参照ください。

この件、私としては、どちらに問題があるかということを断定しかねますが、いずれにせよTBSラジオには、「T幼稚園退園者の会」に誠意のある対応を望みます。森友学園(塚本幼稚園)の問題というのは、ちょっと一筋縄ではいかないので、マスメディアには最大限の配慮をしてほしいわけです。

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世界で喧嘩っぱやい国ランキング そういえば海外 欧米などはよくステゴロ タイマン ベアナックルファイトのストリートファイト 決闘の動画公開していますが何故かアジア 特に日本はそういう動画皆無ですねぇ… 陰湿なイジメの動画とかはあるのに…もちろん極真空手三浦美幸のインチキやらせストリートファイトとか映画 殺人空手のインチキやらせストリートファイトは別にしてw

http://jp.channel.pandora.tv/channel/video.ptv?ch_userid=sbs-tv&prgid=46463781

http://globature.com/jp/interest/ranking/20120920_1.html





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 2012年9月20日  海外の気になるランキング


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2012年9月14日に日本テレビより放送されたなんでもワールドランキング ネプ&イモトの世界番付で紹介されたランキング。今回紹介するのは喧嘩っぱやい国ランキングです。このランキングは2012年3月10日に世界20カ国4,300人以上に番組が行なったアンケートで殴り合いが多い割合から出したものです。ランキングは下記の通り。


喧嘩っぱやい国ランキング(40カ国)

順位 国名 割合
1位 カザフスタン 83.5%
2位 ウクライナ 80.9%
3位 ロシア 80.0%
6位 南アフリカ 58.2%
7位 フィンランド 57.3%
25位 フィリピン 41.3%
27位 韓国 40.7%
30位 インド 39.4%
39位 インドネシア 27.9%
最下位 日本 23.6%

【世界20カ国4300人以上の世界番付番組アンケートで殴り合いが多い割合(2012/03/10)】


2位のウクライナは紛争が多かったため、国民の気性が荒いとのこと。6位の南アフリカでは喧嘩の際に必ず果たし状を送ってから行い、男らしいみたいです。7位のフィンランドは日本に似てストレスを溜めやすいタイプだそうです。そのため、ヘビメタ好きのランキングでは1位でそこでストレス発散している??(下記にランキングを記載)25位のフィリピンでは、男性をめぐる女性同士の喧嘩が多くニュースになったりもするそうです。30位のインドでは数人の喧嘩がどんどん増えていきいつの間にか大人数で喧嘩をしているそうです。最後尾の喧嘩をしている人は喧嘩の理由を知らなかったりするらしい。39胃のインドネシアでは、基本的に喧嘩は少ないようですが、他校の学生をナンパすると喧嘩になる場合もあるそうです。かわいいですね。最後に最下位の日本。やはり平和主義なのでしょうか。平和主義も受け取り方によってはネガティブなものになりますが、日本のよいものはずっと変わらないで維持していきたいですね。
※番組での内容を元に記載しています。事実に関しては確認されていません。

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力士の荒ぶる力は暴力性といった正義からズレたところで、アルケー(古層)として露出する異形の力だ。力士の暴力沙汰に対するメディアのスキャンだリズムは、偽善的ヒューマニズムによる批判にすぎない。力士が力人(ちからびと)として社会に認知される理由は、巨漢の荒ぶる力を社会の制御がおよばない神聖なものとみなし、それを豊饒性の象徴として必要としていたからだ。人間の原初の闘争心が、人間の力を超える呪術的なものと結びつき様式化して相撲が形成されていった。日本の相撲が外国人力士を受け入れても、なおかつ自らのもつ古層のエネルギーを開花させることができるかどうか、という可能性が試されている。この点が過小評価されて、朝青龍が日本においてどのような横綱像を創造しようとしていたか、だれも考えようとしない。朝青龍の決まり手は42手という現役最多であった。多彩な技を繰り出しながら、抑圧的で因習的な横綱像を更新する可能性があった。そうしたなかで、「品格」論争は後ろ向きの議論でしかない。朝青龍に限らず、異人を排除しようという暴力があらゆるところに出現している。それは相撲という閉鎖的共同体の話だけでない。排除の論理は現代日本社会全体が直面している問題である。朝青龍問題から日本社会が内面化している差別構造が浮き彫りにされる。

























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http://blog.livedoor.jp/sho923utg/archives/51488349.html

朝青龍がいない相撲はつまらない(1)

私は相撲が好きでよくみる。だが、朝青龍がいなくなった今場所は本当につまらない。
ワルのイメージがあった朝青龍だが、ガキ大将がそのまま大人になったようで、どこか憎めないところがあった。
また、相撲の実力はバツグンで、全盛時代の千代の富士や貴乃花にもひけをとらなかっただろう。まさに大横綱であった。
朝青龍が相撲界を引退させられた経緯は、異様で不透明で納得できないものがあった。
だが、『世界』(2010年4月号)の稲垣正浩・今福龍太の対談、「朝青龍はなぜ追放されたか」を読んで日本社会の縮図だと思った。
2人の対談の趣旨は以下の通りだ。

スポーツ=メディア複合体は、スキャンダルを餌にしてきた。スポーツ・メディア複合体の栄養分だったスキャンダルが、今回は排除の原理として働いて横綱の「王殺し」が行われた。
この追放劇には権力による巧妙な政治的暴力がある。この見えざる暴力に対して、朝青龍の横綱としての尊厳を守らなければならない。
伝統的なスポーツがグローバル化していく過程の問題が朝青龍問題で顕在化した。グローバリゼーションが引き起こす包含と排除のせめぎあいは、スポーツという世界が端的に体現している。
今までの外国人力士は、日本社会に溶け込もうと努力し、激しい自己主張しなかった。しかし、朝青龍は最初から最後まで自分を貫いた。日本の伝統と相容れない部分があっても屈しなかった。
力士であれば帰化や日本人との結婚によって国籍をとり、年寄株を取得する条件を得て相撲界への忠誠を誓う。相撲界への従順な帰依、これこそが誰もよくわからない「横綱の品格」の意味するものではないか。
朝青龍は最初から帰化しない選択をしていた。そもそも相撲界に残る意思はなかったといえよう。だから彼には抑圧がないし、本質的な批判者でありつづけた。
同じモンゴル出身の白鳳は、日本社会に同化しようとしてきた対極の存在だ。白鳳が「教化」された「品格」ある横綱になるために抑圧し続けてきた裏側を体言しているのが朝青龍であった。
白鳳と朝青龍は表裏一体だった。朝青龍がいるから白鳳は自らの中の荒魂をおさえ、違う道を選ぶことができた。
いわば朝青龍は秩序撹乱者たる異人てあった。秩序撹乱者が社会でどのように扱われているかというメカニズムは、社会のありようを映し出す。秩序撹乱者は本来社会のエネルギー源なのだ。
日本のメディアは、朝青龍という力士をトータルに捉える視点がなくて、はみ出し部分だけに焦点をあてて批判していく。
これは企業で学校でも個性的な人間が標準的な規範で社会から排除される典型的プロセス。
いま教育の現場で、教師は子どもに絶対手を出してはいけないと徹底されている。たしかに暴力は誰も肯定できない。
しかしそうしたヒューマニズムの名のもとに、ある種の思考停止状態が広がっていて、教師がコミットメントを避けてしまう傾向にあることは大きな問題だ。
せまい暴力排除の思想が日本に広まっていて、朝青龍批判もその一環ではないか。(続く)

http://blog.livedoor.jp/sho923utg/archives/51489298.html

朝青龍がいない相撲はつまらない(2)

力士の荒ぶる力は暴力性といった正義からズレたところで、アルケー(古層)として露出する異形の力だ。力士の暴力沙汰に対するメディアのスキャンだリズムは、偽善的ヒューマニズムによる批判にすぎない。
力士が力人(ちからびと)として社会に認知される理由は、巨漢の荒ぶる力を社会の制御がおよばない神聖なものとみなし、それを豊饒性の象徴として必要としていたからだ。
人間の原初の闘争心が、人間の力を超える呪術的なものと結びつき様式化して相撲が形成されていった。
日本の相撲が外国人力士を受け入れても、なおかつ自らのもつ古層のエネルギーを開花させることができるかどうか、という可能性が試されている。
この点が過小評価されて、朝青龍が日本においてどのような横綱像を創造しようとしていたか、だれも考えようとしない。
朝青龍の決まり手は42手という現役最多であった。多彩な技を繰り出しながら、抑圧的で因習的な横綱像を更新する可能性があった。そうしたなかで、「品格」論争は後ろ向きの議論でしかない。
朝青龍に限らず、異人を排除しようという暴力があらゆるところに出現している。それは相撲という閉鎖的共同体の話だけでない。
排除の論理は現代日本社会全体が直面している問題である。朝青龍問題から日本社会が内面化している差別構造が浮き彫りにされる。
稲垣正浩・今福龍太の2人の対談はこのように結ばれている。
話は変わるが、私が「禁煙ファシズム批判」を書いたのも上記と同様の趣旨からであった。
つぎの文章は「禁煙ファシズムー不寛容に時代」として、2004年6月号の月刊『むすぶ』(ロシナンテ社)に掲載した文章の抜粋である。

「わたしはタバコの煙はきらいだが、喫煙を「悪」としてパージする不寛容な社会は健全な社会だろうか。
劇作家の山崎哲は「悪」に対する社会の器が小さくなったと嘆く。若者にワルがいなくなって、悪いやつが立派なおとなになっていく物語は生まれなくなった。
ちょっとでも悪いことをすることを許さない社会になっている。子どもは小さな悪や暴力を積み重ねながらおとなに成長する。そうした成長のプロセスがこわれてしまったと。
おとなが悪や暴力を子どものまわりから周到に排除してしまったからだ。成長の機会を奪われた子どもたちが時に暴発し凶悪化する。
 小さな悪や暴力を許容する社会。異質な他者を排除しない社会。多様な人びとが共に生きる社会。そうした寛容な社会こそが求められる。
近世の禁煙令をほうふつさせる敷地内全面禁煙は、やがてやってくる健康ファシズムの予震である。」

「小さな悪や暴力を許容しない社会」「異質な他者を排除する社会」、そうした「不寛容な社会」が到来している。それは禁煙ファシズムであったり、学校の体罰問題であったり、朝青龍の追放劇として露出している。
 朝青龍問題から見えてくるのは、内部からの改革のエネルギーを喪失して閉塞・疲弊した日本の社会の姿である。

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「飢えた方がまし」―ロシア人元MMA王者にして俳優オレグ・タクタロフがハリウッドの誘いを拒否。「ドンバスで市民を殺戮するロシア人」の役など演じたくない、と。





https://www.facebook.com/olegtaktarov/posts/1542541175774493

Oleg Taktarov
2月18日 12:48 · ニジニ・ノヴゴロド州 Mukhtolovo(ロシア) ·

У меня сейчас как никогда туго с деньгами, но уже сказал нет этому "заманчивому предложению" из Голливуда

Male, Russian, late 40s, Roman is the leader of a group of Russian Separatists, fighting in Ukraine with cunning and brutality. After massacring a peaceful Ukrainian village, Roman and his men go after the downed US planes and the trio of Navy officers who are trying to elude them.
Перевод нужен?
Или понятно, что Роман с дружками, русскими конечно, уничтожил мирную украинскую деревню ,а потом сбил американский военный самолет, всех убил. Один остался и думаю всех нас должен замочить. Что-то подобное я уже видел.
PS. Надеюсь судьба мне пошлет другую работу, чтоб как-то помочь детям студентам, но играть это... Лучше голодать
私は今, 一度もお金はきついですが, 私はすでに" zamanchivomu提案"は, ハリウッドからの" zamanchivomu提案"と言っていました

40代後半のロシア人はロシア人分離主義派のリーダーで, ウクライナでは狡猾で残忍さを持ったウクライナで戦っています. 大虐殺の後, ローマ人と彼の部下は, 我々の飛行機と, 彼らを逃がしている海軍士官のトリオを殺した後だ.
翻訳が必要ですか?
また, 友人との関係を持つことは, もちろん, ロシア人は平和的なウクライナ村を破壊し, それからアメリカ軍の航空機を攻撃して, 全員を殺した. 俺たち全員が頭を叩きやっていると思っている もう見たことがあります.
Ps. 私は運命が別の仕事を私に送ってくれるのですが, 子供たちを助けるために, 私たちはそれをプレー

https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://sputniknews.com/art_living/201702201050854280-taktarov-hollywood-ukraine-donbass-russian/&prev=search


タカタロフはハリウッドの ため に ドンバス の ロバート・スター・トゥ・ プレイ より 悪い ロシア






生活
11:40 20.02.2017 (更新17:58 20.02.2017) 短いURLを取得する

14 1883 54 0

有名なロシアのUFCの戦闘機と俳優のオレグタカロフは、ウクライナの民間人殺人事件を描写する "有益な"ハリウッドの提案を断った。彼は仕事の不足でむしろ "飢えている"と言った。


「ロシア人、ロシア人、40代後半、ロシアはロシアの分離主義者グループのリーダーであり、ウクライナで狡猾で残忍な態度で戦っている」ウクライナの平和な村を虐殺した後、ローマ人と彼の男性はアメリカの飛行機と海軍役員誰がそれらを逃れようとしている、 "タカタロフは彼のFacebookのポストでその提案を引用した。



彼は、アメリカ人の一人の主人公が生きていて、すべての悪者を打ち負かすだろうと付け加えた。

オレグタカタロフは、賃金の高い仕事を得ることが困難であるにもかかわらず、常設のソビエト生まれの悪役の役割を果たすという提案を断った。

「お金は以前とはまったく似ていませんが、ハリウッドからのこの「有利なオファー」にはすでに「いいえ」と言っています...私はむしろ飢えています。



Ukrainian President Petro Poroshenko attends a ceremony to hand over weapons and military vehicles to servicemen of the Ukrainian armed forces in Chuhuiv outside Kharkiv, Ukraine, October 15, 2016

©REUTERS /ミハイル・パリンチャック/ウクライナ大統領選プレス・サービス

なぜDonovassにキエフのShellingの挑戦はPoroshenkoの外国旅行と一致しますか
Oleg Taktarovの支持と敬意を表明しているほとんどのユーザーと、ソーシャルメディア上での広範な報道が行われました。 いくつかの行は "Good sport"、 "私はあなたと同じ起源であることを誇りに思う"、 "適切なウクライナ人からの挨拶"などを読んでいます。

RENテレビの別のコメントで 、タカタロフはこの提案を政治的名誉毀損への参加と比較し、ウクライナのペトロ・ポロシェンコ大統領が所有する4社​​がドンバスの戦争からお金を稼ぐと述べた。

「この紛争から利益を得るのは明らかだ」と彼は語った。

彼は倫理的理由から彼に提案された人物の名前を変更したと付け加えた。

Taktarovは1967年に生まれ、1994年にハリウッドの名声を求めてアメリカに移住しました。 彼の夢を実現させ、お金を稼ぐために、サンタのスポーツのマスター、Taktarovは、 "The Russian Bear"と名付けられた様々な武道トーナメントに参加しなければならなかった。 MMAトーナメントでの彼の成功は、彼が最終的にハリウッドのキャリアを開始するのを助けました。

2015年2月、MMAの伝説のジェフ「ザ・スノーマン」モンソンは、試合に勝利し、ウォンドンドンバス地方の子供たちに給料を支払うと発表しました 。



Ukrainian President Petro Poroshenko examines a British-made Saxon armored personnel carrier with a Ukrainian weapon system while visiting a military base outside Kiev on April 4, 2015

©AFP 2016 / GENYA SAVILOV

フロイト的失言? ポロシェンコ、ドンバスの「一時的ウクライナ占領」を語る
ドンバス紛争は2014年4月にキエフで行われた西側主導のマイダンクーデターに対する地方の反発として起き 、2月に同国の選出された大統領ビクトル・ヤヌコビッチ大統領を打倒した 。 ドネツク地方とルガンスク地方の住民は独立国民投票を行い、ドネツクとルガンスクの人民共和国を宣言した。 キエフは以来、軍事作戦を続けており、堅い地元の抵抗に遭遇しました。

オレグタカタロフは、終わりを迎えるのが難しいときでも、真実と尊厳を金銭の追求以上に評価したことを明らかに示しました。


Oleg Taktarov

©Sputnik / Ekaterina Chesnokova

オレグタカロフ







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柔術アート

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柔術界の大御所中の大御所ヒクソングレイシーに次世代柔術家サミールシャントレが真っ向反論!

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Samir Chantre


http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871869



ヒクソン・グレイシーがクレオンチを非難
ヒクソンがクレオンチについて非難していました。



「生徒がひとつのスクールを選ぶことによって、生徒とスクールがお互いに愛、知識、アドバイス、尊敬を持ち、絆ができる。ブラジルで『クレオンチ』と呼ばれる、スクールを変わる人というのは、特定のスクールを代表しているというプライドがない」と。

生徒によっては一つのスクールだけではなく、いくつかのスクールに同時に通う人もいますが、それについても

「生徒がいつスクールをやめるかわからないから、先生としてはすべての知識を与える気がなくなる」

と言っています。

「こういう生徒はいつやめるかわからないし、前の先生から習ったことすべてを持ってよそのスクールに行き、そのスクールに忠誠心を持つことになるから、教える側にとっては理想的な生徒ではない」

だと。

これ、ヒクソンが言うから誰も何も言えないけど、ヒクソンじゃない人が今の時代に言ったら非難されるだろうなーと思ったら、サミール・シャントリが反論していました。

ってことでそれは次回!

http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871870



サミール・シャントリがヒクソン・グレイシーに反論
サミール・シャントリがヒクソンのクレオンチ非難について反論していました。

_________________________

最近多くの人が偉大なるヒクソン・グレイシーがクロストレーニングとクレオンチ(ヒクソンが言うにはインストラクターを裏切る人)について語っている動画をポストしているのを目にします。

僕はカーウソン・グレイシーの系統で、あなたが知っているかどうかはわかりませんが、彼はこの「クレオンチ」という言葉を大昔に作った人です。多くのことが違っていた時代に。でも時代は変わり、社会も変わります。

その昔は、あなたがノーギをやっているなら、柔術ジムの近くを歩くことすら考えられないことでした。お互いに憎み合っていたのです。柔術家とルタリブレ(ノーギ)の人は、お互いがそれぞれのスタイルの方がいいと思っているというだけで殺し合いかねないほどでした。

でも時代は変わります。今日では私たちはみんな調和の中で生きています。

ジムに対して支払う人はお客さんなのです。客が望むものを提供しないなら、客は去ります。大学に行って教授に満足できない場合に、そこを去って他に行くのと同じこと。客は支払っているのです。支払われている方ではありません。

そしてもうひとつ。

クロストレーニング(他のアカデミーでも練習すること)をよく思わないなら、このポストに返事するような無駄な時間は使わないでください。あなたは僕とは同じ世界には住んでないみたいですから。一つの例として、超トップレベルの選手であるレアンドロ・ロ、ブシェシャ、フェリペ・ペナ、ホドウフォ・ヴィエイラや多くの選手はみんな違うアソシエーションから来ていますが、いつも一緒に練習しています。それを間違ってるというのはどうなんでしょうか。

僕は僕のインストラクターが他の人と練習することを良しとしていることに感謝しています。それによって僕はものすごく上達しました。柔術生活20年以上、遠く離れたところにいる先生は今も僕の先生です。

だからもし生徒が去ってしまったのなら、自分の何が悪かったかを考え、自分自身を省みてください。





いやー、言ってくれました!(笑)

真っ向からヒクソンの考え方に反対していますよね。

でもこれに関しては私もサミール・シャントリに100%同意だなぁ・・・

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1984年のUWFをサンボの松本天心先生が批判!



1984年のUWF
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柳澤 健
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1984年のUWFをサンボの松本天心先生が批判!

だそうです
格闘技界の内幕を暴露するような本は不快なんだとか
う~~~ん?

俺から言わせたら格闘家にお金出して八百長を演じて世間を騙していたUWFの詐欺が断罪されたんだから
むしろ評価するべきじゃね?

って思うんですが中井祐樹さんのような後楽園でガラガラの客席の中でリアルファイトやっていた人間でないとその悔しさや怒りが

UWF信者や関係者には永遠に伝わらないんだなって実感

俺自身はUWFが潰れてせーせーしたもんですよ

なんせUWFの流れを汲んだ団体のレスラーたちは皆 グレイシーを寄生虫さの籠の中の鳥だの 嘘つきだの
散々誹謗中傷をしていたわけですからななぁ
関係者やU系を支持したファンの誹謗中傷も酷かったもんです

俺なんぞはぶっ殺しやろうか この野郎

何度もそう思ったもんですよ

だからこの本に関しては不快どころか

やっとこそさ 本当の事を言う人間が現れてくれたか

って感じですね

なんせ80年代から90年代前半にかけてUWFをリアルファイトと格闘技マスコミも一般マスコミもこぞって報じたわけですから

俺から言わせたら罪は大きいですよ

その報いが来ただけでしょ

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欧米 アメリカの警察で採用されている柔術 BJJとグレイシー一族

日本の警察で採用されている武道は一般では柔道 剣道 逮捕術で
SP 機動隊なんかが養神館合気道を学んでいるという話なんですが

欧米 アメリカでは柔術が逮捕術に採用されているようです
戦国時代 江戸時代 捕縛術  捕り縄として採用されたのが古流柔術ですから
それの流れを汲むブラジルの柔術も警察の制圧 逮捕術として欧米の警察に採用されるのも当然なんでしょう









































http://bjjplus2013.blogspot.jp/2014/11/blog-post_26.html

2014年11月26日水曜日
柔術は“制圧術”にもなる!『福岡県警察・折尾警察署で ブラジリアン柔術実技講習会』
 柔術は護身術を進化させたものと言われていますが、“制圧術”としての一面も持ちます。例えばホリオン・グレイシーはロス市警などに制圧術の指導を行ったいたが、なかなか国内の柔術家が警察に指導することはありませんでした。
それが11月25日(火)、福岡県警察からの依頼を受け、パラエストラ北九州の後藤富一支部長が同・折尾警察署において「ブラジリアン柔術を通じて」と題した講話と1時間のブラジリアン柔術実技講習を警察官80名を対象に行ったのです!!

講習は後藤代表によるブラジリアン柔術の解説に始まり、実技では足回しにエビ、柔術立ちなどの基本動作。柔道を習っている皆さんも、柔術立ちはちょい苦戦気味だったとか。

腕ひしぎ十字固め(2種類)、三角絞め、ニーオンザベリーなど、実践を交えて説明。特にニーオンのコントロールは、まさに“制圧術”と言えます。膝の置き方一つで、あんなに動けなくなるものか、と驚いたものですよね。

そして最後にはスパーリングも。柔道家にもブラジリアン柔術をアピール出来たのではないでしょうか。緊張感と和やかな空気が入り交じった講習会だったようですね!

最後に後藤代表の感想
「パラエストラ北九州は現在、県警察関係者が10名在籍しています。
今回また別のラインでお話いただいたのですが、私で良ければと、即答のお返事をさせていただきました。
今回は初の実技講習ということもあり、わかりやすさを、主眼にやらせていただきました。
ブラジリアン柔術の技術体系が一般社会にどれだけ伝わってるか。
日本では柔道界との壁もまだまだ厚く感じられます。
その柔道を主に採用されてる警察署の制圧術・逮捕術にブラジリアン柔術の技術体系が少しでも役に立てればと思います。
柔術は大人から始めても、練習重ねていけば年齢関係なく強くなっていくもの。
警察官の方でも学生時代に柔道を経験されてない方もいらっしゃいます。
その点、柔術が適してる部分もあると感じています。
これを機に全国各地の警察機関でブラジリアン柔術の講習会等の開催につながっていければと思います。」

■パラエストラ北九州
http://www.para-kitakyu.com/

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柔術 ノーギ MMAは刃物 集団のアタックからは身を護れるのか? マーシャルアーツ 柔術が刃物 集団のアタックから身を護るには?

















よく柔術だの柔道 サンボ レスリングだのは組み技のみなんで複数の相手からのアタックには対応できない
MMAだの柔術は刃物のアタックには対応できないというトラディショナルマーシャルアーツからの指摘がありますが

それに関していえば
んじゃ~
あんたら伝統武術は刃物持った凶暴な相手とか複数のゴロツキ集団相手とやって身を守れんの?

って言ってやりたくなりますわな

ちなみに私から言わせると集団相手には打撃 パンチだのキック 頭突き ヒジだのが有効だっつーのは動画を見てもわかります

どっちかというとボクシングだのムエタイだのが有効って感じで

でも
それも相手が弱い人に限られていて素人でないと難しい

もし訓練された格闘家が集団で襲ってきたら…

100パ―無理ゲーなんは誰にでもわかるんじゃないかと…

あと刃物相手に有効に使えるノウハウって相手がド素人であれば通用する場合もあるでしょうけれど

ナイフ術の専門家クラスにでも襲われたら…

まー
これもムリゲーですなぁ

あとあと柔術の先生も護身術で刃物相手の護身ノウハウを教えている先生もたくさんいます
グレイシー一族とかね

柔術の先生がナイフ持ったギャング相手に身を守った動画がこちら↓


ちなみに打撃ナシなら相手のレベルが自分よりも低ければ対応できることを
ヒーロングレイシーは実証して見せましたね



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チャクラムとインドのシク教徒にのみ伝わる伝統武術 トラディショナルマーシャルアーツ ガッカ

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maxresdefaultQuick Draw - Shastar Vidiya






























https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%83%E3%82%AB

ガッカ





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グル・ナーナクの538回目の誕生日を祝って演武する人々
ガッカ(英語 Gatka、パンジャーブ語 ਗਤਕਾ)とは、インドのシク教徒に伝わる武術。



目次 [非表示]
1 概要
2 歴史
3 武器
4 技術
5 参考文献
6 関連項目


概要[編集]

武器術である。元々は剣術だけを伝えていたが、今では槍、弓矢等の様々な武器を遣う。
シク教の寺院(グルドワーラー)やクシュティの道場で稽古を行っている。
フェアバーンとの弟子のサイクスがフェアバーン・システムを作る時に、柔術や中国拳法と共にガッカも参考にしたことで知られる。


歴史[編集]





ワールド・ガッカ・カップのシク教徒
シク教徒には、ラージプート(王族の一種)の武術があり、古くからの伝統があった。
ムガル帝国とシク教団との戦争で(詳しくはシク王国を参照)、父のグル・アルジュンが殺害された仇を討つ為にグル・ハルゴービンドは護衛兵を備え、彼らに武術を教えた。

その後、インド帝国の時代になるとインドの伝統的な武術の多くが弱められたり、禁止されていった。シク教徒の大学が出来たとき、フェンシングのルールをガッカにあてはめた。
シク教徒はセポイの乱の鎮圧を助けた。その結果として武術への規制は緩和されたが、パンジャーブの武術はかなり変化していった。
この頃からパンジャービ武術をガッカと呼ぶようになったという。ガッカという言葉の語源は、稽古に使う棒の事と言う説、サンスクリット語で槍を表す「ガッダ」から来ているという説、パンジャーブ語で希望や開放を表す「Gat」と所属を表す「Ka」から来たという説もある。ガッカはインド帝国の陸軍によって主に練習された。
1880年頃には、ラスミ(儀式中心)とケール(スポーツ中心)と呼ばれる2派に分かれた。

インドが独立すると、ガッカは復活し始めた。国際ガッカ連盟が1982年に設立されて、そしてガッカは現在、スポーツや剣舞として人気があり、シク教徒の祭りでしばしば見られるようになった。
復活以来「ガッカ」という言葉はシク教徒の武術全体に広げられるようになり、様々な武器術もガッカとして行われるようになった。
最近は、16〜18世紀の技術を復興させようとしている。

武器[編集]





タルワール




チャクラムを使うインド人
武器の性質によって技術が出来ていて、武器の正しい使用法はガッカの中心である。
刀がメインの武器だが、様々な武器を組み合わせて使用する。

ガッカで使用される主な武器
タルワール: インドで使われる曲刀
ペシュカルジ: 短剣の一種
チュリ: ナイフの一種
バルチャ: 槍
ククリナイフ
カーンダー: シク教徒やラージプートの伝統的な直刀
キルパン: 洗礼したシク教徒が身につける鋭い儀式用の剣
カタール: 鎧通しの一種。
バグ・ナック: 手かぎに似た手につける武器
ラシィ: 長さが1〜3メーターまでの竹の棒むちやチェーンなどのフレキシブルな兵器。
チャクラム: 輪っかのような武器。投げて使う。小さいものをメリケンサックのように使う事も出来る。
弓矢: 木、角、および腱質で作った弓とアシで作った矢を遣う。





ククリナイフ






カーンダー






キルパン






カタール


技術[編集]

ガッカでは棒と刀、刀と盾等、両手に武器を持つように強調する。両手で武器を遣う事は、体の左右両方を調整するためのよい訓練になると信じられており、武器の組み合わせ、および動作パターンの選択がその人らしい戦法を生み出すといわれている。
リズミカルに手足や体と武器を一斉に動かす事をよしとする。リズム感を養うために聖なる詩と太鼓のリズムに合わせて稽古を行う事がある。

参考文献[編集]
「世界のすごい武術・格闘技」 イースト・プレス
 Wikipedia英語版

関連項目[編集]

ウィキメディア・コモンズには、ガッカに関連するカテゴリがあります。
シク教
クシュティ

執筆の途中です この項目は、格闘技およびその選手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(PJ総合格闘技/PJキックボクシング/PJプロレスラー)。




カテゴリ: 武術
シク教
パンジャーブ
インドの歴史
インドのスポーツ
インドの文化

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%A0

チャクラム





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チャクラムを持つシク教徒(1844年画)




チャクラム
チャクラム(チャクラ)は、古代インドで用いられた投擲武器の一種。日本では戦輪、飛輪や、円月輪とも呼ばれ忍者が使用した。真ん中に穴のあいた金属製の円盤の外側に刃が付けられており、その直径は12-30cm程。投擲武器としては珍しく斬ることを目的としている。

投げ方は二通りあり、円盤の中央に指をいれて回しながら投擲する方法と、円盤を指で挟み投擲する方法がある。

ヒンドゥー教の神であるヴィシュヌも右腕にこの円盤をもつとされている。

ちなみにチャクラ(cakra चक्र)はサンスクリットで「輪」を意味する中性名詞の語幹。チャクラム(cakram चक्रम्)は、その単数主格にあたる。

参考資料[編集]

ウィキメディア・コモンズには、チャクラムに関連するカテゴリがあります。
『改訂増補 刀工総覧』川口陟・飯田一雄(校訂) 刀剣春秋新聞社・宮帯出版社(発売) ISBN 9784885830082
『金工事典』若山泡沫・飯田一雄(校訂) 刀剣春秋新聞社・宮帯出版社(発売) ISBN 9784885830174
『アイテム・コレクション』 安田均・グループSNE 富士見文庫 ISBN 9784829142271
『図説 西洋甲冑武器事典』三浦権利 柏書房 ISBN 9784760118427
『武器辞典』 市川定春 新紀元社 ISBN 9784883172795
『武器と防具・日本編』 戸田藤成 新紀元社 ISBN 9784883172313
『武器と防具・中国編』 篠田耕一 新紀元社 ISBN 9784883172115
『武器と防具・西洋編』 市川定春 新紀元社 ISBN 9784883172627
『武勲の刃』 市川定春・怪兵隊 新紀元社 ISBN 9784915146237
『魔導具事典』 山北篤・稲葉義明 新紀元社 ISBN 9784775300350
『図説・日本武器集成』決定版 歴史群像シリーズ 歴史群像シリーズ編集部 編 学習研究社 ISBN 9784056040401
『図説・中国武器集成』決定版 歴史群像シリーズ 歴史群像シリーズ編集部 編 学習研究社 ISBN 9784056044317
『刀剣甲冑手帳』 刀剣春秋編集部 編 刀剣春秋新聞社・宮帯出版社(発売) ISBN 9784863660632
『中国武術兵器法』 青木嘉教 愛隆堂 ISBN 9784750202334
『隠し武器総覧』 名和弓雄 壮神社 ISBN 9784915906367
『図解隠し武器百科』 名和弓雄 壮神社 ISBN 9784404008077
『【決定版】図説忍者と忍術 忍器・奥義・秘伝集』 歴史群像シリーズ 歴史群像シリーズ編集部 編 学研マーケティング ISBN 4056048142
『【決定版】忍者・忍術・忍器大全』 都市鉄道研究会 著 歴史群像編集部 編 学習研究社 ISBN 4054041205

執筆の途中です この項目は、武器・兵器に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:軍事/Portal:軍事)。




カテゴリ: 投擲武器
サンスクリット語の語句
インドの武器

http://heartland.geocities.jp/india_martial_arts/top/bujutu.htm
達磨の武術





日本武術の源流としてのインド武術



伝説によると、中国の少林寺で禅の開祖となったボーディ・ダルマ(達磨大師)は、現タミルナードゥ州のカンチープラム出身とされ、彼が南インドで学んだタミル武術(カラリパヤットの源流)を禅と共に中国に伝え、それが中国武術の一大潮流になったといわれる。中国武術が沖縄に渡って唐手になり、それが本土に渡って空手になった歴史を考えれば、空手のルーツは遠くインドにその源を発する事になる。

空手以外の相撲や伝統柔術の場合はどうだろうか。定説では古代日本における『手乞い』にそのルーツが求められる。この手乞い、蹴り技や組技、投げ技を組み合わせた総合武術だったらしく、恐らくは優れた他の文化と共に大陸からもたらされたのだろう。そしてこの手乞いが日本の伝統武術として発展していくプロセスで、重要な働きをしたのがやはり中国人渡来者だった。

仏教伝来と共に日本がようやく文明国家としての体裁を整えていく過程で、多くの大陸人が日本に移入し様々な文化を伝え、その中に優れた武術が含まれていたことは想像に難くない。その中国武術の大きな源流がインド武術である以上、相撲や柔術などにも、中国経由でインド武術の血が流れている可能性は高い。

また、仏教伝来前後の古代日本には少なくないインド人僧が渡来し、その多くが南インド出身だと記録に残されている。これは当時南インドに仏教の中心が存在した事、また南インドから東南アジアを経由して東アジアにいたる安定した海上航路がすでに確立されていたため為で、現代から想像する以上に南インドと東アジア(日本)の交流は近くて深いものだったと思われる。

インドにおいては一般に出家した修行者と在家者の間にははっきりとした境界線が引かれており、出家者は俗事に関わる事はない。そして、出家の僧侶が旅に出る場合、在家の随行者が身辺の世話、警護のため同行する事が少なくなかった。とすれば、古代の日本に仏教僧と共に南インド武術家が随行者として渡来していた可能性も否定できない。また、達磨の例を見るまでもなく、僧侶自身が武術家であった可能性ももちろんある。中国人を経由してではなく、直接インド人によってインド武術が日本に伝播した可能性も、あながち妄想とは言えないだろう(余談だが、カラリパヤットで使われる巻き締め型のふんどしカッチャは、相撲のまわしと酷似している。しかもインドには六尺に相当するランゴーリという日常タイプのふんどしもある)。

ちなみに5世紀にグプタ朝によって創立された北インドのナーランダ仏教大学では、様々な専門履修過程の中に武術が含まれていたとする中国人留学僧の報告もある。仏教における武術が、すでにインドにおいて、出家が修行すべき聖行だった可能性も高い。

以上のような様々な状況証拠を積み重ねれば、空手だけではなく、柔術や相撲などの日本古来の伝統武術の源流としても、インド武術は決して無視することはできない存在として、今後クローズアップされていくだろう。



洗髄経の謎



今回、空手雑誌JKFanからインド武術についての原稿依頼があった。参考資料として編集部からバック・ナンバーを何冊かいただいて、その中に非常に興味深い記事があったので、ここでそれに触れたいと思う。それは2005年5月号の金城昭夫氏による『空手伝真録』第2回の記述だ。

『中国古代武術の日本伝来』から始まって、中国武術が歴史的にいかに日本の武術に影響を与えてきBodhidharmaYoshitoshi1887たかを詳述するのだが、『達磨大師と易筋経・洗髄経と羅漢18手』に至って、興味深く読み進めていた筆者の目線が釘付けになった。達磨大師が少林寺に禅を伝えた時、武術のトレーニング・システムも同時に伝え、それが今日まで経本や型として残っていると言う。

易筋経。調べて見ると英語ではMuscle change classicという。訳せば、『筋肉(の質)を変える(為の)古典(的教え)になるだろうか。南インド出身の達磨さんが武術の達人であり、かつメディテーターとしても一流の修行者であった事を考えれば、それはヨガ・アサナもしくはメイパヤットやマルカムのような、動きのあるストレッチ系のエクササイズによって、筋肉の質をその根底から変えてしまう一連の方法論だったのではないだろうか。あるいは、インドでもすでに幻と言われているビャヤムVyayamと呼ばれる武術的エクササイズの可能性もある。それがやがて中国的に咀嚼、発展され、金城氏の言うように気功のシステムへと合流していったとしたら・・・

だが、問題は洗髄経だ。果たして、金城氏の言うような抽象的な身体の中心、さらには内臓の鍛錬をさすのだろうか。洗髄経は英語ではMarrow washing classicと表記される。さらにmarrow を辞書で見るとそのものずばり、『脊髄』と書いてあるではないか。脊髄を洗う。一体それは何を意味するのだろうか?

ここで筆者が思い至ったのが、カラリパヤットの根底に横たわるクンダリーニ・ヨーガの方法論だった。尾底骨周辺のムーラダーラ・チャクラに眠るクンダリーニ・シャクティが目覚めると、その稲妻のようなエネルギーの閃光は龍のように脊髄を駆け上がり、頭頂部のサハスラーラ・チャクラに至って爆発し全心身システムを革命的にリニューアルすると言う。このプロセスを、『脊髄を洗う』、と表現したとしたら・・・ さらに羅漢18手にいたってはメイパヤットの型本数と同じではないか!

どうやら、達磨伝説は単なる伝説では終わりそうにない。筆者の確信は日々深まり続けている。




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柔術プリースト 271

Jiu Jitsu Priest #271

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七帝柔道記 文庫版 発売! 高専柔道 七帝柔道のパイオニア 岡野 好太郎 先生の著作が復刻!

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http://www.reimei-shobo.com/ISBN978-4-654-07650-5.htm

学生柔道の伝統






岡野好太郎/著


定価:本体1800円+税
B6判上製/264頁
発刊日 2017年2月1日
ISBN番号 ISBN978-4-654-07650-5

明治、大正、昭和と柔道に生涯を捧げた岡野十段が、柔道の神髄を語った名著の復刻版。人間形成を究極に求める武道としての柔道と、立技と寝技の連続性による緻密で合理的な柔道を併せ説く。


こんな方にオススメ
・柔道関係者。
・寝技を真骨頂とした岡野柔道の神髄を知りたい方。
・学生柔道の歴史を研究されている方。



目 次


はしがき

高専大会縁起
寝技の表現
試合について
試合時間のこと
六高と結ばれた遠因
寝技表現の心構
寝技の形
飛行機稽古
柔道衣の変遷
審判規程の問題
三角緘み
団体試合
分離問題
柔道修業
部生活の体験
部生活の理論
永遠の想い出
柔道部歌
内海地方の気質
修行及び指導について
出場校と優勝校
血のにじむ戦績




著者紹介


● 岡野好太郎

明治40年

武徳会本部柔術部助手

自明治41年至明治44年

香川県警察部・武徳会香川支部・香川県師範学校・香川県工芸学校・高松市立商業学校へ勤務

自明治44年至大正9年

第六高等学校・岡山医学専門学校・岡山県警察部・武徳会岡山支部・矢掛中学校へ勤務

自大正9年至昭和20年

第八高等学校・名古屋高等商業学校・愛知県警察部・武徳会愛知支部・愛知第一中学校・熱田中学校・明倫中学校・昭和中学校へ勤務

昭和22年

柔道九段範士

香川県小豆郡土庄公民館講師

昭和36年

名古屋大学柔道部師範

昭和42年

逝去。

講道館より十段位を贈られる。

http://kodokanjudoinstitute.org/doctrine/palace/yoshitaro-okano/

岡野好太郎 Yoshitaro OKANO(1885〜1967)




生年 1885.4.24
入門 1906.3.30
初段 1906.11.10
二段 1908.5.6
三段 1908.11.15
四段 1910.10.23
五段 1916.1.9
六段 1926.5.31
七段 1933.6.1
八段 1937.12.22
九段 1948.5.4
十段 1967.6.2
没年 1967.6.2

 1885(明治18)年、香川県小豆郡土庄(とのしょう)村に生まれ。17歳の頃より天神真楊流柔術・無双流柔術を学び、3年後、20歳の時に講道館へ入門する。
柔道の面白さに目覚めた岡野は、柔道の専門家を目指し、京都にあった武道の専門家を育てる大日本武徳会武術教員養成所へ、第1期生として入所を果たしている。この武術教員養成所の柔道教授は、磯貝一、永岡秀一らであった。磯貝は、嘉納師範より関西への講道館柔道普及の命を仰せつかり、京へ骨を埋める覚悟で赴き、今や武徳会を束ねている重鎮である。彼は武術教員養成所で育つ生徒の質によって、当時勃興しつつあった武道教育の盛衰が大きく左右されると考え、強い責任感を持って養成所の教育にあたった。岡野も磯貝・永岡を師と仰ぎ、厳しい稽古に耐え、修行を積んでいく。そして1907(明治40)年に武徳会青年演武大会において優勝を果たし、明けて1908(明治41)年の青年演武大会でも優勝を飾り、嘉納師範が所蔵する刀を贈られるなど目覚ましい活躍を遂げ、次第に「岡野強し」と関西に噂される存在となっていくのであった。
 岡野はこの頃、特に寝技の研究に没頭した。身長が人一倍低かったので、寝技を徹底するように勧められたからであった。岡野は寝技について以下の様に語っている。
寝技表現の際、相手が自分の攻撃を阻止しようとしたときは、その防禦を一気に突き破るべく強引に攻撃することもあり、その防禦の鉾先を避けつつ、そのまま現状を保持して攻撃の時機をうかがい、相手の防禦の隙をねらって、機を見て猛然と相手を攻撃しなければならないこともある。誤れば反対に相手に制圧されるから、攻撃の機をとらえた時は相手を制圧するか、制圧されるかという極み立つわけで、この難関をとっさに破るよう、相手の動作に順応して間断なく攻撃しなければならない。自分が守勢にある場合も同様に、常に態勢挽回のチャンスを窺い、絶えず工作して優勢への転位を図るのである。寝技の醍醐味といったものはこうした呼吸の中にある。
またこの頃より、第六高等学校での柔道教授をはじめ、岡山医専・武徳会岡山支部・岡山県警、また第八高等学校、戦後は新制名古屋大学など、特に学生柔道の指導に励んだ。1967(昭和42)年6月2日、岡野は講道館より十段位を贈られ、そして同日82歳でこの世を去った。

参考:「講道館柔道十段物語 学生柔道を牽引した寝技の鬼 岡野好太郎」本橋端奈子

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柔術は護身術として実戦で使えるのか? 実証動画

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ブーメラン オーストラリアのアボリジニの物が有名であるが、有名であるがゆえの誤解も多い。一般に考えられる「手元に戻ってくる」物がブーメランであり、さらに重く大きな運動エネルギーを持たせた狩猟用の「手元までは戻ってこない」物はカイリー(kylie)またはカーリ(karli)、あるいはキラースティックと呼び分けるべきなのであるが、理解されておらず、むしろ混同されているのが現状である。戻ってくるブーメランは三つ又で極めて軽量であり、有する運動エネルギーも大きくはない。アボリジニの間でも狩猟用には用いられなかったとみられている。フィクションにおいて武器として用いられる場合、敵に命中し、なおかつ手元に返ってくる描写があるものがあるが、これは全く誤りである。カイリーはカンガルーにぶつけて気絶させるほどの威力をもち、これが完全に手元まで戻ってくれば使用者が怪我をする危険さえある。




























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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%B3

ブーメラン
曖昧さ回避 この項目では、狩猟やスポーツに使われる民具について説明しています。その他の用法については「ブーメラン (曖昧さ回避)」をご覧ください。
典型的な木製ブーメラン

ブーメラン(boomerang)は、狩猟やスポーツに使われる棍棒の一種。かつては飛去来器とも訳された民具である。大型のものを除けば、手で投げて飛ばすことができる。投げた後にある程度の距離を飛行した後に手元に帰ってくる種類が特に有名であり、一般にブーメランといえばこの種のものが連想される。1950年代後半から1970年代前半の日本では駄菓子屋でプラスチック製のブーメランが子供のおもちゃとして好評を博し、怪獣王子が使う大型の武器として採用されたり、小学館の子供向け雑誌などにも紙製ブーメランが付録として添付されるなど、子供を中心に日本でもなじみの深い玩具として浸透した。

目次

1 特徴
2 歴史
3 構造
4 飛行の原理
4.1 自転軸の方向が変化する仕組み
5 脚注
6 参考文献
7 関連項目
8 外部リンク

特徴

回転して飛行する。
他の道具を使わずに手で投げられるものの中では飛行時間・飛行距離が長い。
手元に帰ってくるタイプのものは、翼面を立てて投げ、円形の軌跡を描き、水平になって戻る。この場合、回転方向と同じ向きの弧を描いて飛行する。

歴史
チャールズ·アースキンによる、ブーメランを投げるアボリジニのイラスト
多様な形状のスポーツ・ブーメラン
投槍とブーメランで鳥を狩ろうとしているアボリジニを描いたスケッチ

オーストラリアのアボリジニが狩猟や儀式などに使っていたものが有名だが、ブーメランに類したものは、アフリカやヨーロッパの岩絵や遺跡に描かれている。ブーメラン自体は木製で、古いものは土中から発見されていないが、岩絵や遺跡の年代からその歴史は紀元前まで遡れるようである。アッシリアの壁画から当時、ブーメランは兵士の標準的装備品であったことが分かる。インドにおいては近世まで使用された。

オーストラリアのアボリジニの物が有名であるが、有名であるがゆえの誤解も多い。一般に考えられる「手元に戻ってくる」物がブーメランであり、さらに重く大きな運動エネルギーを持たせた狩猟用の「手元までは戻ってこない」物はカイリー(kylie)またはカーリ(karli)、あるいはキラースティックと呼び分けるべきなのであるが、理解されておらず、むしろ混同されているのが現状である。戻ってくるブーメランは三つ又で極めて軽量であり、有する運動エネルギーも大きくはない。アボリジニの間でも狩猟用には用いられなかったとみられている。フィクションにおいて武器として用いられる場合、敵に命中し、なおかつ手元に返ってくる描写があるものがあるが、これは全く誤りである。カイリーはカンガルーにぶつけて気絶させるほどの威力をもち、これが完全に手元まで戻ってくれば使用者が怪我をする危険さえある。

鳥の群れの上空をかすめ、手前に追い立てるのが元来の使い方である。世界の他地域では弓矢の導入で廃れたが、弓矢が導入されなかったアボリジニ社会では、武具、儀礼具、拍子木、掘り棒など、用途に応じてさまざまな形に発達した。回帰型はその一部に過ぎない。220年前に入植した白人は回帰型の不思議に魅せられ、このブーメランを19世紀以降オーストラリア全体のシンボルとした。「またお越し」「安全に帰る」との意味で、ホテル・交通機関・爆撃機のシンボルにも使い始めた。現在は世界中で競技会もあるが、アボリジニは自らのアイデンティティ回復のために、汎アボリジニ・シンボルとして再活用し始めている[1]。

弓矢や銃の登場により、ブーメラン(カイリー)は姿を消し始めるが、近年において、ブーメランは原理的にプロペラと同一のものとして扱われ、装飾品あるいは玩具、または競技用として親しまれるようになった。
構造
世界スカウトジャンボリーで、自作のブーメランを作る少年たち
石でブーメランを磨くアボリジニの男性

材質は木材か、同程度の比重をもった人工素材が主である。しかし、手軽な紙コップや型紙等でも作成できる。

形状は「く」の字型になっているものがよく知られているが、これ以外にも十字型や三角形の環状のものなどがある。いずれも板状であるが、さらにその断面を見れば、片面は平らでもう一方はふくらみをもっており、飛行機などの翼に近いものである。
飛行の原理
ブーメランを投げる瞬間
ブーメランを構えるアボリジニの男性

投げ出されたブーメランは、自転しながら大きな円軌道を描いて戻ってくる。その飛行原理を理解するには、自転するブーメランに働く揚力と、飛行中のブーメランが自転軸の方向を変え続ける様子をそれぞれ考えるとよい。

ブーメランは大気中で自転すると、竹とんぼやヘリコプターのローターと同様、回転面に垂直な向きに揚力を発生させる。飛行中のブーメランは、回転面を傾けて揚力が斜め上方を向くような姿勢で自転している。この状態で、斜め上方を向いた揚力の鉛直上向き成分が自重を支え、水平方向の成分がブーメランの軌道を曲げながら飛行する。もしもこの状態のブーメランが自転軸の方向を変化させなければ、ブーメランは水平面内の放物線軌道を描きながら横方向に飛び去ってしまうことになるが、実際には後述するような歳差運動などによって自転軸の方向が変化し、揚力の水平方向の成分はブーメランが円軌道を描くように向きを変えつつ向心力として働くことになる。また、ブーメランの自転によってジャイロ剛性が生じ、安定した姿勢を保つことができる。

自転するブーメランに揚力が働くのは、その翼断面が、いわゆる一般的な翼と同様に上面が膨らんで下面が平らか、上面が凸となるように沿った形状(キャンバー、矢高)をしているからである。この構造によって、効率的に上面側に揚力が発生するようになっている。また、更に工夫されたブーメランになると、翼上面を乱流境界層で覆わせるために少し凸凹がつけられたり、独特な翼断面形状を採用しているものもある。
自転軸の方向が変化する仕組み

自転軸の方向が変化する仕組みを理解するには、剛体回転運動に生ずる歳差運動(プリセッション運動)を理解する必要がある。これは、自転する円盤に、その自転軸と直交した軸周りにトルクを加えた場合、円盤自転軸とトルク印加軸それぞれに垂直な軸周りに回転運動をするというものである。今、回転とその向きを右ネジの原理(右ネジをねじ込む際にネジが進む向きを回転の向きとする定義)で考えた場合、プリセッションによる回転の向きは、自転軸の向きをトルク軸へ合わせるように回転させた場合に一致する。別の表現をすると、右手で親指、人さし指、中指をそれぞれ直交するような状態(フレミングの右手の法則のような)にしたとき、人さし指が自転軸の向き、中指がトルク印加軸の向き、親指がプリセッションの向きとなる。

さて、ブーメランがその自転面を垂直から少し傾いた状態で飛行している場合、ブーメランの翼に当たる相対風は自転面内で異なる。すなわち、ブーメランの自転により瞬間的な翼の運動の向きが進行方向に一致している部分(翼の前進側)と、進行方向と逆行している部分(翼の後退側)が現れる。すると、翼の前進側では相対風が大きいことにより揚力が大きくなり、翼の後退側は揚力が小さくなる。ここで想定しているブーメランの飛行状態では、上半分が翼の前進側で揚力が大きくなり、下半分が翼の後退側で揚力が小さくなる。すると、ブーメラン自転面の上端を自転軸向き側に回転させようとするトルク(トルク印加軸の向きは進行の向きと逆向き)が発生する。このトルクで、自転軸の向きがトルク印加軸の向きへ向かって回転するようなプリセッション運動が誘起される。

以上より、ブーメランの剛体としての回転運動と揚力の水平成分の組合わせによる向心力により、ブーメランは旋回軌道を描くことになる。

また、ブーメラン自転面の前方半面(上流側の半面)で発生する揚力の影響で、後方半面(下流側の半面)でのブーメランの翼の迎え角は相対的に小さくなり、後方半面で発生する揚力が前方半面よりも小さくなる。これによってちょうど上記のプリセッション運動の向きのトルクが印加されることになり、このトルクによるプリセッション運動は、ちょうどブーメランの自転面が水平で自転軸が上向になるような回転運動となる。

以上のようなもう1つのプリセッション運動が、旋回して手元に戻って来たブーメランが水平ホバリングするような挙動を示す要因であるとされる。

オーストラリアのアボリジニのブーメランは、その翼端がひねってあるのが特徴である。これによって、他のブーメランにはない複雑な軌道を描くことができる。

なお、詳細な理論的分析はまだ不明であるが、2008年3月に宇宙の無重力下(微小重力下)でも地球上と同様にブーメランは手元に戻ってくる運動現象が、土井隆雄宇宙飛行士が国際宇宙ステーション米国実験棟「デスティニー」の基地内で行った実証実験により確認された[2]。本実験は土井の知人であり2006年にブーメランの競技の一つであるオーストラリアンラウンド種目で、世界1位となった栂井靖弘の提案・依頼に基づくものである。栂井は、出立前に土井に投げ方を指導の上、直径13cmと20cmの紙製ブーメラン2種類を託していた。
脚注
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^ 国立民族学博物館監修・編集 『旅・いろいろ地球人』 淡交社、2009年。ISBN 978-4-473-03581-3。
^ “ビデオライブラリ - 宇宙ステーション・きぼう広報・情報センター - JAXA”. 宇宙航空研究開発機構 (2008年5月1日). 2010年12月14日閲覧。

参考文献

『ブーメランハンドブック : 生涯スポーツを楽しむために』 日本レクリエーション協会〈レクリエーションガイドブック〉、1999年。ISBN 4-931180-60-4。

関連項目
ウィキメディア・コモンズには、ブーメランに関連するメディアおよびカテゴリがあります。

ジャイロスコープ
カイリー
プロペラ
ブーメランワールドカップ(2年に1度(偶数年)に開催される世界選手権大会)
ブーメラン効果
CA-12 - ブーメランの愛称を持つ航空機。戦闘機として開発されたが、実際には対地攻撃を主任務とするな爆撃機として使われた。
キャプテン・ブーメラン - ブーメランを武器とするコミックのヴィラン。

外部リンク

“日本ブーメラン協会”. 2010年12月14日閲覧。
西山豊. “ブーメラン・国際化プロジェクト2007 (紙製ブーメランの解説書,世界70言語対応)”. 関西ブーメランネットワーク. 2010年12月17日閲覧。

カテゴリ:

投擲武器民具スポーツ競技スポーツ玩具スポーツ器具

http://ichiya.com/iruka/boomerang/history/

ブーメランの歴史

 人間の文化史の上でブーメランがどのような存在であったか、J.E.J.Lenochの論文などを参考に説明します。「スローイングウッドとブーメラン」( LENOCH(ウィーン1949年))は、投擲用の木製品が、時代・地域・文化を越えて広く分布していることを示しています。

 ブーメランのように、遠くの目標に向かって投げる木製品には、概ね3種類に分類されます。ひとつは、棍棒のように相手にぶつかる事により打撃を与えるもの、これは一方もしくは両端が極端に重い(時には皮をかぶった鉄塊)棍棒というタイプ。
 そして、エッジが鋭利で、その質量よりもその鋭利さで目的を果たすもの。
 そしてそのうちで手元に帰ってくる物です。
 このうち、3番目のものがブーメランと呼ばれます。

 これらは、その形や材質などからその用途や使用方法を元に分類されます。

 ブーメランは、ブーメランが木製であるため、実物は発見されていませんが、紀元前4000年から5000年の新石器時代にあたるヨーロッパの洞窟岩絵に描かれている事から、その頃にはすでに存在していた形跡があります。

 ブーメランは、言われているように武器としてではなくウサギや鳥などの小動物の狩のための道具が主目的で、戦いの道具としては極めて限定されたものであったと思われます。

 ヨーロッパの神話や伝説に登場する神々の武器の中には、スローイングウッドやブーメランを思い起こさせるものがいくつか存在しています。
 有名なところではヘラクレスの棍棒がありますが、これは相手に打撃を与えるためのもので、ブーメランとは系統が異なりますが、「ガリアのミサイル」と呼ばれるCateiaという武器は、手元に帰ってくるという記述からブーメランではなかったかと言われています。
 古代ギリシャでは小動物の狩にブーメランのようなものが使われていた記録がありますが、ローマではそれらしき記述はありませんが、地方では使われていたかもしれません。

 ポーランド(紀元前23000年頃のマンモスと共に発見されたもの)、ドイツで最も古いものは紀元前800-400年のMagdeburg近郊のElbschotternの岩絵に見られます。
 これらヨーロッパのブーメランやスローイングウッドはヨーロッパ起源ではなく、古代インド-オリエント地方で発明され、広まり世界中色々な地域で独自の発展を遂げていましたが、近代的な武器(弓矢や銃)が登場するにつれて急激に失われていったようです。

フランスブーメラン協会ホームページより
http://www.multimania.com/duffez/english/index.htm

 一方、北部アフリカの紀元前6000年頃の遺跡で、ブーメランらしきものの絵が発見されています。
 エジプトではTut-anch-Amunの墓の壁画にまさしくブーメランその物の絵が発見されています。これは、王家や貴族の狩猟の道具として、また王権の象徴として描かれています。

 インドでは植民地化される当時まで、スローイングウッドが使用されていたが、単なる木を切り出したものでそれが手元に帰っこなかったのではないかと、その形状から見られています。

 アジアを北上し、アメリカへ移住したモンゴロイドと共にアメリカ大陸を南下したブーメランはメキシコや南米で、時には占い師の間などで使用されていたようです。

 北アメリカ大陸では、いったん南下した後、東部へ伝承されていったようです。この地域のブーメランも、新しい武器や狩猟用具の発展と共に他の地域と同じように武器や道具としての価値は失われ、飾りとしてあるいは儀式の礼拝の対象として残っているだけです。

 セレベスやジャワ、スマトラでは最近まで鳥を茂みから追いたてるために使用されていました。

 このようなブーメランですが、新しい武器や狩猟道具(特に弓)の登場でそれ以外の地域では使われなくなったというのが真相のようです。

 ブーメランといえばオーストラリアといわれるオーストラリアでもすべての地域で使われていたわけではなく、北部やタスマニアでは使われていた痕跡はありません。その他の地域(南部や東部)では、しばしば魚を捕るためにも使われていたようです。

 オーストラリアのブーメランはユーカリやアカシアの木を火で加熱して適当なカーブをつけた後、石斧で切れ取られ、加工されて作成されました。

 キャプテン ジェームス クック(Captain James Cook (1728‐79):英国の航海家)が、オーストラリアを発見し、今のニューサウスウェールズに上陸した時、原住民(アボリジニ)達は、弓も矢も知らない石器時代の状態でした。そこで彼らが持っている奇妙な物体(投げると手元に帰ってくる木製品)を捕まえた時、Boom-My-Rowと叫んでいると聞いてBoomerangと呼ばれるようになったと言われています。
 他の説では風をあらわすBoomariから派出したという説もあります。

 ただ、オセアニアではごく最近まで、子供用のゲームとしてあるいは狩猟道具として使われていたため、ブーメランはオーストラリアの物と言われていますが、現実には上記のように、はるか古代から世界中で使われていた物のようです。
 オーストラリアのブーメランは、しばしば混乱して伝えられていますが、手元に帰ってくるタイプはゲームやスポーツに用いられるもので大きくカーブしています。一方狩猟用(大きな音を出して飛行し、待ち構えている網に鳥を追い込んだり、直接ヒットする)のものは、ほとんどまっすぐな形をしていて、こちらは手元には帰ってきません。

 現在、オーストラリアの原住民(アボリジニ)達は、実用的なブーメランを作る技術が失われ、そのブーメランに描く絵は彼らの民族芸術としてのみ継承されています。

 そして、ここ30年ブーメランはスポーツの対象として復活しました。その主流はアメリカであってスポーツとして定着した後10年以上タイトルはアメリカに独占されていました。そしてスポーツ団体が組織化されたフランスとドイツが現在強力なライバルとして登場してきました。
 オーストラリアは残念ながらブーメランの大会で目覚しい活躍はありません。
 最近は、日本、カナダ、ブラジル、または、ブルガリアのような参加国、そして、ごく新しいスイス、ベルギー、オランダ、イタリアなどのメンバーも忘れてはなりません。

 これらの内容は、J.E.J.Lenochの論文(ウィーン1949年)・フランスブーメラン協会のホームページなどを参照しました。

http://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/092100358/?ST=m_news


ブーメランは殺人兵器だった、13世紀の骨に痕跡
先住民間の争い示す証拠、オーストラリア研究
2016.09.22
アボリジニはこのブーメランを狩猟や穴掘りなどに使った。内側の刃が特に鋭くなったブーメランは戦いに使われた。(Photograph by Robert Haidinger, Laif/Redux)
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 2014年、オーストラリアのある川岸で、頭蓋骨に長い傷をもつ、昔のアボリジニ男性の骨が見つかった。ヨーロッパ人たちが大陸全体に勢力を広げつつあった騒乱の時代に、剣や短剣で殺されたのだろう。当初、誰もがそう思った。

 ところが分析によって、この男性は13世紀に死んでいたことがわかった。ヨーロッパからの移民がこの地域にやってくる600年前、まだここに金属製の道具がなかった時代のことだ。(参考記事:「イースター島、人殺しの武器を作らなかったと新説」)
先住民の間で争いがあった

 学術誌「Antiquity」の9月15日号に発表された研究によると、この傷は先住民アボリジニが使っていたブーメランによって付けられた可能性があるという。研究者たちは、男性は意図的に殺害されたとしており、ヨーロッパ人の入植以前にアボリジニ間で争いがあったことを示唆している。

 今回の発見は、当時のオーストラリアにおける民族間の関係について新たな解釈をもたらしてくれる。

 植民地化される前のオーストラリアに限れば、他の人間に殺害されたと思われる骨はこれまでに1体しか見つかっていなかった。その骨は紀元前1600年ごろのもので、槍による傷が複数ある。儀式における罰とみられている。

 今回の研究の共著者の1人で、オーストラリアのグリフィス大学の生物人類学者、マイケル・ウェスタウェイ氏は次のように話している。「大陸全体で争いが起きていたかどうかはわかりませんが、オーストラリアのこの一帯には、部族間で争いがあった証拠が確かに残されています」
男性が埋葬されていた場所の近くにある壁画。人々がブーメランや盾、棍棒を持っている。オレンジ色と白で塗り分けられているものもあり、部族間の対立を示していると考えられている。(Photograph Courtesy South Australian Museum)
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長い傷を残せる武器は

 問題の骨を見つけたのは、アボリジニの一人であるウィリアム・ベイツ氏。彼らは、この男性遺骨を「兄」という意味のカークジャと名づけた。カークジャの顔には鋭い刃を持つ武器によってつけられた長い傷があり、肋骨も何本か折れていた。(参考記事:「アイスマン その悲運の最期」)

 詳しい分析の依頼を受けたウェスタウェイ氏は当初、カークジャを殺したのはかつて英国の役人が組織した警察ではないかと考えた。この武装組織は、多くのアボリジニの殺害に関わっていたからだ。

 20代後半から30代前半で死んだカークジャには、さまざまな傷があった証拠が残されている。頭蓋骨には2つの傷跡があり、そのうち1つは鋭い刃を持つ武器によってつけられたものと思われる。一方で、カークジャの最後の食事がザリガニとポッサムだったことや、丁重に埋葬されていたこともわかっている。

 カークジャが生きていたのが金属の利用が伝わる前の時代だったことが判明すると、研究者たちは彼の死因を解明しなければならなくなった。アボリジニは、鋭い棍棒のような「リルリル」と呼ばれる武器や、戦闘用のブーメランを使っていた。20世紀初頭のある記録には、このブーメランについて「サーベルの刃を思わせる」と書かれている。ブーメランは、穴掘り、楽器、動物の解体にも使うことができた。(参考記事:「アボリジニ 祖先の道をたどる」)

 ブーメランの刃には、最大で45センチほどのものもある。カークジャの頭の傷の大きさを考えると、リルリルよりブーメランによるものであると考える方が適切だ。また、カークジャが埋められていた地点からそう遠くない場所で、2つの部族のアボリジニたちが盾と棍棒とブーメランを持つ壁画も見つかっている。

 カークジャの傷とこの壁画を合わせて考えると、「この地域に争いがあったことが考えられます」とウェスタウェイ氏は言う。他の壁画にも争いの一場面と解釈できるものがあるが、単なる踊りや儀式だと考えている研究者もいる。

 今回の研究には参加していない考古学者コリン・パードー氏は、この骨が提示する証拠から、ヨーロッパ人到達前のオーストラリアでの生活がどのようなものであったかがわかると話す。

「エデンの園だったと考える者もいれば、対立が絶えない場所だったと考える者もいます。今回の証拠から、その両方であったことがわかります」

 カークジャは「丁重に埋葬されていました」と、ウェスタウェイ氏。頭部は特別な砂の上に横たえられていたという。「間違いなく、多くの人にとって大事な人物だったのでしょう」。カークジャは伝統的な儀式にのっとって土に返された。(参考記事:「収容所から脱出し、1600キロを徒歩で逃げたアボリジニ3少女」)

http://www.jba-hp.jp/history.htm

ブーメランの歴史  <ブーメランハンドブックからの抜粋>

 なぜ「ブーメラン≒オーストラリア」なのか?
 古代の狩猟道具としてブーメランが存在していたことはよく知られています。
 オーストラリアの先住民「アボリジニ」は数千年前から狩猟および祭事の道具としてブーメランを使っていたと推定されています。同様にエジプト・中央ヨーロッパ・インド・アメリカなどでも今日のブーメランの原型といえるものが発見されています。

 後に狩猟道具は弓矢や槍に代わってしまい、大陸の影響を受けることのなかったオーストラリアだけが最近までアボリジニの生活道具として伝承されてきたからと考えられています。





歴史の詳細は
「ブーメランハンドブック」
をご覧ください。

 「ブーメラン」の言葉の起源は?

 近代に至ってアボリジニのブーメランに初めて遭遇したのが英国の探検家キャプテン・ジェームズ・クックです。1770年シドニー近くのポーター湾に上陸しアボリジニに出会った際、手にしていた「く」の字型の棒を見て「それは何か?」と尋ねたところ「ブーメラン」と答えたのが起源のようです。


 スポーツとしてのブーメランは?

 スポーツとしてのブーメランは、1965年頃ある雑誌で不思議な飛び方をすることが紹介されて以来、アメリカを中心に愛好者が増えました。
 競技としては1969年にアメリカで1973年にはオーストラリアで競技会が開催されました。しかし、この頃は競技の種目も非常に限られていました。
 その後、オランダ・ドイツ・フランスなどにも愛好者が増え、1988年にオーストラリア建国200年記念行事として、7ヵ国が参加した世界大会が開催されました。

 現在では二年に一度世界大会が開催されています。日本では1994年に神奈川県平塚市で、2006年に北海道旭川市で世界大会が開催されました。また、日本国内では年数回の競技会が各地で開催されています。

http://www5d.biglobe.ne.jp/~wingwin/newpagerekisihtm.htm


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古代の狩猟道具としてブーメランが存在していたことはよく知られています。 
オーストラリアの先住民「アボリジニ」は、数千年も前から狩猟および祭事の道具として、ブーメランを使っていたと推定されています。同様に世界各地(エジプト、中央ヨーロッパ、インド、アメリカなど)でも、今日のブーメランの原型ともいえるものが発見されています。中でも有名なのは、紀元前1370年頃の古代エジプトのツタンカーメン王の出土品の中から、象牙細工を施した立派なものが発見されています。
 その他の国から発見されたものも、おおよそ紀元前数千年頃のものと推定されていますが、いずれも互いに交流や伝搬により作られたものではなく。、独自にそれぞれ考案されたもののようです。一番初期のものは、まっすぐな棒の表面を、石で少しづつ削って断面を流線型のように細工し、火で熱してねじれをつけています。このタイプ(キラーステック)のものは、戻ってくる効果はなく、地上1mくらいの高さをまっすぐに100m以上も飛ぶことができるものでした。
 「く」の字に曲がった棒を用いたのは、きっと偶然だったに違いありませんが、そのブーメランは、飛んでゆく方向が変わる効果を持っていたわけです。初めて投げた古代の人や、それを見ていた人たちはきっと驚いたに違いありません。
 ブーメランは、このように世界各地で発見されていますが、一般にはオーストラリア特有のものと思われています。実は、オーストラリア以外でも、紀元前の昔に存在していましたが、それ以後、狩猟道具は弓矢や槍に代わってしまい、大陸の影響を受けることのなかったオーストラリアだけが、つい最近まで先住民「アボリジニ」の生活道具として伝承されてきたからといえます。これは、カンガルーやコアラなどの有袋動物がオーストラリアに集中していることと似ています。
 近代に至って、このアボリジニのブーメランに初めて遭遇したのが、英国の探検家、キャプテン・ジェームズ・クックです。1770年シドニー近くのボタニー湾に上陸しアボリジニと出会った際、手にしていた棒を見て、「それは何か」と尋ねたところ、アボリジニが「ブーメラン」と答えたのが起源のようです。
 スポーツとしてのブーメランは、今からおよそ37年前にある雑誌にその不思議な飛び方をすることが紹介されて依頼、アメリカを中心に愛好者が増えました。当時は、まだ、競技性は薄く、もっぱら、「自分で作ってみる」ことと「投げてキャッチする」ことが主体でした。
 競技としては1969年に年にアメリカで競技会が開かれ、また1973年にはオーストラリアで競技会が開かれています。この頃は、まだ競技の種目も非常に限られていました。その後、ヨーロッパ(オランダ、ドイツ、フランスなど)にも愛好者が増えて、1988年にはオーストラリア建国200年記念行事の一つとして、オーストラリア・バルーガで世界7ヶ国が参加した大会が開催されました。
 そして現在では、それぞれの国で競技会が開催され、また2年に1度世界大会(1994年は日本)が開催されています。競技種目も、最も基本的なオーストラリアンラウンド種目をはじめ、アキュラシー種目、ファーストキャッチ種目、MTA(滞空時)、トリック/ダブリング種目、エンデュランス種目など非常に多彩になっています       
                                     (ブーメランハンドブックより) 
http://togai.jp/history/index.html


ブーメランの歴史
●ブーメランはオーストラリアだけに存在した?

「ブーメランと言えばオーストラリア」、「オーストラリアと言えばブーメラン」とよく耳にしますが、実はブーメランはオーストラリア以外にも存在しました。
エジプト、ヨーロッパ、インド、アメリカ、コロンビアなど、ブーメランの原型と思われるものは、世界各地に存在したのです。
中でも有名なのは、イギリスの考古学者のハワードカーターが発見したブーメラン。
なんと古代エジプトのツタンカーメン王の墓から、発見されました。



エジプト考古学博物館に展示されている古代のブーメラン。
最上部に展示されているブーメランは、オーストラリア製だそうです。

●ブーメランはどれぐらい前からあったか?

世界最古のブーメランと言われているのが、南オーストラリアで見つかったもので、1万1千年から1万5千年前と推定されています。
1万年以上前と言うと、日本では「縄文時代」より前になります。

●狩猟道具としてのブーメラン

オーストラリアの先住民族「アボリジニ」は、ブーメランを数千年も前から狩猟道具として使っていたと言われています。
また、狩猟道具以外に、祭りの儀式などで2本のブーメランを使い、楽器としても用いたようです。



アボリジニのダンス
(2000年メルボルン世界大会より)

●なぜブーメランと呼ばれるようになったか?

英国の探検家、キャプテン・ジェームズ・クックは、1770年シドニー近くボタニー湾に上陸し、アボリジニと初めて出会いました。
その時、 手にしていた「く」の字型の棒を見て、「それは何か」と尋ねたところ、アボリジニが「ブーメラン」と答えたのが起源と言われています。

●ブーメランは「く」の字型しか戻らない?

いいえ、ブーメランは「く」の字型だけではありません。
スポーツブーメランでは「3枚翼」が主流で、4枚翼や5枚翼も投げられています。

簡単に説明すると、風を切る翼があれば、どんな形でも戻ります。
アルファベットで言うと「X」「Y」などはよく戻ります。
逆に「C」「O」などは、風を切る部分がないため、戻りません。

●スポーツになったブーメラン

現在、ブーメランはスポーツとして、広がりを見せています。
1969年にアメリカ・1973年にはオーストラリアで競技会が行われました。
しかし、その時はまだ競技性は薄かったようです。

その後、1988年にオーストラリア建国200年記念行事として大会が開催され、7ヶカ国が参加しました。
日本では、年3回の競技会が各地で開催され、2年に1回、世界大会も開催されています。

●レクリエーションとしてのブーメラン


ブーメランは危険というイメージがありますが、現在はスポンジ製の安全なブーメランも開発されています。
また、厚紙や牛乳パックで作れる「紙ブーメラン」もあり、老若男女を問わず、楽しまれています。

●参考文献

『ブーメランはなぜ戻ってくるのか』(著書・西山豊)  ネスコ/文芸春秋
『ブーメランガイドブック』  日本ブーメラン協会
 

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梶原一騎(43) 中城健 1 「四角いジャングル」 1
今夜は久々の梶原一騎原作作品で、「四角いジャングル」(講談社刊)。
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週刊少年マガジンで1978年から2年ちょっと連載されていた作品で、単行本はオリジナル版のKC(講談社コミックス)で全11巻です。

まず、今回の作画担当は中城健先生。
私のブログではまだ、四人の漫画家のうち一人として参加したオムニバス作品である「劇画ブルース・リー」の時に少しだけ触れただけの方でしたので、改めてご紹介しましょう。

中城健先生は1938年生まれの高知県出身。
他に中城けんたろう、中城けん、中城建雄…等のペンネームも使い、子供向けから大人向け劇画…それも女が裸にむかれて吊るされ、執拗までに各種リンチ、拷問を受けまくったり、ナチスの残党狩りだとかチャールズ・マンソンみたいなヒッピー等をからめてエグイ描写の連続まで描けてしまう、そして肝心の画力も一級品という実力者。

何と手塚治虫先生、そして「ストップ!にいちゃん」の関谷ひさし先生の下でのアシスタントを経て、18歳だかで上梓した「ロボット狂時代」で漫画家デビューしています!

「ウルトラQ」「ミラーマン」「帰ってきたウルトラマン」「帰ってきたウルトラマンとセブン」…
そういったヒーロー物のコミカライズ、もちろんオリジナル作品も多数あるのですが、何故今でも有名かといえば、梶原一騎先生とのコンビ作がたくさんあるからでしょうね。
「キックの鬼」以来、「紅の挑戦者(チャレンジャー)」「ザ・レフェリー」「おんなプロレス地獄変 女子レスラー紅子」「ボディガード牙」「正編カラテ地獄変」…
そして今夜から紹介する「四角いジャングル」!!

皆が恐れた生前の梶原一騎先生と最も深く交流し、対等の立場で話が出来た稀有な漫画家だったそうなのですが、後にやはり梶原原作で描いた『カラテ地獄変シリーズ』で毎回毎回出てくるエログロ趣味全開の拷問シーン(例えば、硫酸の浣腸!女陰部を糸で吊り上げ!等)の連続をどうしても描けなくなり、
『ああいう殺伐とした絵を描くのが、気が狂いそうなくらい嫌になってしまったんです』
と、郷里に帰って中城家が祖母の代から信仰していた天理教の教会長になったのだとか。
その後も天理教教団の機関誌等で漫画の連載を続けていたそうですが、まぁ中城健先生に関する余談も含めた紹介はここまでにして…
そろそろ作品としての「四角いジャングル」を語りましょう。

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ギャンブル都市ラスベガス 一九七六年。
そこへ皮袋一つ持って上陸した日本人、赤星潮。
行方不明の兄の赤星壮介を探しに、ここまで来たのだそうで、空港で声をかけてきたソニーというデブを一日だけガイドに雇い、兄が空手道場を開いたらしいネバダ砂漠近くへ行きますが…

そこで『麻薬をすってはオートバイを暴走させる狂犬どものグループ』に襲われます。
しかし赤星潮は人数も多くバイクで襲ってきた相手を、高度な空中技であっさり撃退しました。
感激したソニーが、
『あの技はブルース・リーの映画そっくり ジャパニーズ・カンフー!! そうだカラテだ!!』
と見抜いた通り、"東心会空手"の達人だったのです!!

回想シーンで東心会空手の総師・東山清玄先生の顔も出ますが、当然この時期の梶原一騎原作作品ですから、モデルは大山倍達総裁。つまり東心会空手のモデルは極真会館か…
「カラテ地獄変」で出てくる"徹心会"の大東徹源と同じ顔をしています。

赤星潮と兄・壮介の兄弟は東心会の竜虎とまで呼ばれるようになっていた実力者で、兄はラスベガス部長として渡米していたのに連絡が途絶えていて…
ついに知った事の真相とは、兄の道場がマーシャル・アーツの道場やぶりによって潰されていた事。

マーシャル・アーツとは。
新勢力の格闘技で、最も危険で荒っぽく、ルールはケンカに近い上、ボクシング、タイ式キック、プロレス、柔道、あらゆる格闘技の殺しの要素が取り入れてあるのだそうです!
ここでさらに作者からの補足を引用すれば、
『この新・格闘技が一部で「プロ空手」と訳されていたのはあやまりであって
ただしくはマーシャル(軍隊)の格闘技である そう すなわちスポーツにあらず
軍隊が戦場で殺しあう技なのだ!』
との事ですが…まずここ!

マスコミが未発達で情報の全てを梶原一騎漫画から得て鵜呑みにできた時代と違って、現在の人々が今普通に読んだら、ポカンとするでしょう。
martial arts…まぁ英語が分かる人じゃなくても、かなり多くの方々がこの単語は格闘技の総称であり、外人は柔道や空手もそう呼んでいる事を知っているのではないでしょうか。
かくいう私もリアルタイムではないまでも、少年時代に古本屋で「四角いジャングル」を購入して読んでますので、そのマーシャル・アーツという格闘技が存在したと信じてましたが、いつか敬愛するブルース・リー(BRUCE LEE)が残した肉声でこの単語を頻繁に聞き取れて、どういう事か調べたら、何かおかしいと気付いたのです。
やはり梶原一騎先生がでっちあげた格闘技って事でまとめていいのでしょうかね。
実際に存在した当時の選手は…アメリカ式(?)キックボクシング選手って所でしょうか。

いや、本当は深く考える必要はないのです。
とにかくここでは新格闘技のマーシャル・アーツという恐ろしい格闘界が存在し、日本をも制覇しようとしてると考えてください。
そのマーシャル・アーツのスーパースターにしてライト級チャンピオンとして登場したのが、ベニー・ジェット・ユキーデ!!

ちなみに…『これは事実談であり・・・・この男は実在する!!』
私が動くベニー・ユキーデ(Benny Urquidez)を初めて見たのは既にアクション俳優に転向してからで(ネタバレですが、後に俳優になるのです)、ジャッキー・チェン主演の名作映画「スパルタンX」ですよ!
「サイクロンZ」でもいいので、観た方は思い出してください、あの凄まじく強い白人とジャッキーの決闘を!!
その共演したジャッキーはユキーデを後継者の有力候補と語っていた事もありましたが、私が一番最後に観た彼の映像は「エンター・ザ・イーグル」(Enter the Eagles)。
ずいぶん安易に「燃えよドラゴン」(Enter the Dragon)のタイトルを流用した映画ですが、その主演は…
そう、誰も文句は言えません。その父親はブルース・リー 、すなわちブランドン・リーを兄に持つ、シャノン・リー(Shannon Lee、李香凝)その人なわけですよ!

嗚呼もう、ここまで"李さん一家"の話が出てきたらそちらを熱く語りたい私ですが、話を「四角いジャングル」に戻しまして…
とにかくベニー・ユキーデってのが、前半の主人公(この言い方の意味は後に説明します)である赤星潮の最強のライバルとして扱われます。

赤星潮が、漫画では実物の100倍くらいカッコよく描かれたユキーデの試合は…何と対戦相手が兄の赤星壮介!
行方不明になってた兄は消えたのではなく、復讐を狙ってロッキー山脈の山中にこもり、鬼となって猛特訓にはげんでいたわけです!!
しかし、それでも結果はユキーデの楽勝。それほどの実力差がありました。
(ここまでは同原作・作画者による「紅の挑戦者(チャレンジャー)」にそっくりですね)

それを目の前で見た赤星潮は、東心会空手ではユキーデに勝てないと判断し、東心会を脱退する決意を固めました…
この後の展開が異常すぎる「四角いジャングル」ですが、今夜はここまでです。


これは兄貴の復讐なんて ありふれたケチな動機からじゃない
マーシャル・アーツのすごさに ベニー・ユキーデの天才にホレた!
だから男の命をかけてユキーデたちをたおし その絶頂をきわめたい!!
ネバダ砂漠の夕日・・・・
血の色だ・・・・血の予感がするぜ!

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梶原一騎(44) 中城健 2 「四角いジャングル」 2
梶原一騎原作、中城健作画の「四角いジャングル」(講談社刊)の続きです。
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マーシャル・アーツ(軍隊格闘技)のスーパースター、ベニー・ジェット・ユキーデの試合を見た赤星潮は"東心会空手"を脱退してまで打倒をユキーデを誓った所からですね。

マーシャル・アーツがあらゆる格闘技の集大成であるため、まずボクシングをマスターするためジムに通い、兄の壮介と共にその日ぐらしの労働者をする日々を経て、メキシコへ渡りました。
そこで覆面レスラーのレッド・スター(もちろん名字の赤星からでしょう)としてプロレスも始め、素顔の方ではボクシングのリングに上がるという激しすぎる方法で自分を鍛える赤星潮…
血に飢えた四角いジャングル、つまりロープで閉ざされた四角い密林のようなリングの空間でバケモノ達を倒し続けていると、何とマーシャル・アーツの幹部からスカウトがきました!

連れて行かれた先は、マーシャル・アーツを楽しみながら飲み食いする高級レストラン。
そして試合に登場したベニー・ユキーデですが、このメキシコはユキーデの生まれ故郷だとか。
ちなみに父はボクサー、母は女子プロレスラー、兄はプロ空手の道場主、姉は全米女子プロ空手チャンピオンですって…
『これは事実である!! (原作者)』
の声も忘れずに入ります。

観客の女性が『まあ すてきなハンサム ハートがキュッとなるわユキーデって』などと言ってますが、後に彼が出たジャッキー・チェン映画等を観た方はご存知でしょう。
実はユキーデの顔ってハンサムでも何でもありません。私も「四角いジャングル」のせいで凄い色男だと思っていたので、映画で実物を観た時はショックを受けましたが…
とにかく試合はユキーデが空手最大の秘技の一つ三角とびで勝利し、ますますホレて倒したくなった赤星潮はマーシャル・アーツ側のスカウトを断りました。

それからメキシコでもすぐにマーシャル・アーツのブームが燃え広がり、負けじと赤星潮はプロレスのリングで鍛えますが、バトル・ロイヤルにおいてミル・マスカラスに完全に気絶させられました。
そのショックから立ち直れずにいる赤星潮は、満員のマーシャル・アーツ大試合場で…極真ケンカ空手の総師、そして"ウシ殺し"の大山倍達と出会い、話を聞いて運命が変わります!

その話とは…いや、その前にですよ。
前回に赤星潮の師匠である東心会空手の総師・東山清玄のモデルは大山倍達だと書きましたが、何と大山倍達本人が登場しちゃっていいのでしょうか!?
実際、1話目に1コマしか出てない清玄でしたが、顔は同じ。
これは作画の中城健先生が、後で大山倍達が出てくるとは知らず1話目に描いてしまったミスでしょうかね。
そしてやはり…東山清玄はこの後、一度も登場しないどころか、話題にも出ませんでした。

とにかく話を戻して、大山倍達が赤星潮に聞かせた話とは!
極真会館がまだ大山道場と名乗っていた創生期に大山の片腕と片足を言われた師範代、鬼の黒崎健時の過去でした。

中村忠、大山茂、大山泰彦、芦原英幸、山崎照朝、ジョン・ブルミン…
「空手バカ一代」でもおなじみの、極真最盛期の大物達を指導した事で知られる方ですが、黒崎健時自身の若き日の修行ぶりといえば、孤独に耐えるため地面に深い穴を掘って入り、空気穴だけ残したその中で三昼夜を耐えぬいたり、地面に指を突き刺し続けて小指が腐ってもげてしまったかわりに畳に指をあてがうとズブズブめりこむまでに鍛えたり…といった感じだったそうです。
その黒崎がタイで空手VSタイ式キックの異種格闘技戦で破れ、復讐のため目白キック・ジム(黒崎道場)を設立して藤原敏男、島三雄らの大物を育て上げた、と。

その全てを聞いた赤星潮は、メキシコのプロレス&ボクシング修行で自信がついたら黒崎健時へ弟子入りする事を誓いました。
そのメキシコにおける修行の締めくくりとして、天下のプロレス王ミル・マスカラスへ復讐戦を申し込み、死闘の末に引き分けまで持ち込みました!!

さて日本へ帰って黒崎道場へ入門…いやその前にハワイに寄り、宿敵ユキーデのタイトルマッチ観戦です。
この闘いの挑戦者が、
『ブルース・オテナという空手出身者で 空手時代には故ブルース・リーをコーチした経験をもった大物だ
その名にあやかってリーがブルースと命名したほどの・・・・』
と説明されていますが、その命名に関しては全くのでたらめだと、今時の読者なら気付くでしょう。

他の梶原一騎作品である「空手バカ一代」においても、このブルース・オテナが登場して同じ命名に関する嘘が出てきて、さらにブルース・リーもかつて極真の門下生であって、成功したリーは大山倍達総帥に黄金の太刀を贈ったとか、って…コラ!!
まぁそれだけブルース・リーが凄かった時代に、それよりもっと凄い極真空手とアピールしたかった梶原手法ですね。
しかもブルース・オテナ、仮にもブルース・リーをコーチしたと称してるくせに、ユキーデにあっさり負けすぎだし…

とにかく日本に帰って黒崎道場を訪ね、黒崎健時門下に入った赤星潮です。
今更ですがこの赤星潮…『これは事実談ではなく・・・・この男は実在しない!!』
そう、セミドキュメンタリーの手法を使った画期的な作品である「四角いジャングル」において、この主人公は完全なる梶原一騎先生の創作。
なのに目白キック・ジムに入門して実在する選手らと絡むものだから、ここから途端に弱くなります!
オープニングでは『麻薬をすってはオートバイを暴走させる狂犬どものグループ』を一人でやっつけ、メキシコでプロレス&ボクシングの二足のわらじを履いて、あのミル・マスカラスと引き分けた赤星潮が、こんなに弱いなんて…

一応梶原一騎先生の命令でか、ある選手を赤星潮のリングネームでデビューさせて実在の人物に見せてはいましたが、それも無理がありました。
普通の格闘技漫画は主人公が強くなっていくのが絶対の定跡ですが、「四角いジャングル」では弱くなっていって、ついでに主人公も降板して出番もほとんどなくなるのです。
ここからは現実の選手を追ったノンフィクョン…いや、説明が難しいのですが、要は梶原先生が情報操作、創作したノンフィクョンというか、そういった形に変化していきます。

現実の格闘技界と同時進行で進む劇画…いや、もはや劇画が逆に格闘技界を引っ張るという影響力まで見せた「四角いジャングル」!!
これほどの影響を持ったドキュメンタリー漫画は、この連載終了から十数年後になる「ゴーマニズム宣言」の登場まで無かったでしょうね。
実際に小林よしのり先生も近年になって、「ゴー宣・暫」(小学館刊)の一巻においてこんな発言をしています。

『「ゴー宣」のスタイルの原型となる漫画がある。梶原一騎の「四角いジャングル」である。
この漫画は実在するプロレスラーや格闘家を登場させながら、作家自身がプロモーターの役割まで果たして、アントニオ猪木と、極真空手出身のウィリー・ウィリアムスの異種格闘技戦を実現させてしまった。
「四角いジャングル」は、漫画の世界と現実の格闘技界の動きがリンクしていて、その虚実の危うい皮膜を洞察するスリルに、読者は胸をときめかせたものだ。
多くの読者がこの漫画の影響で格闘技に興味を持つようになった。』

と。これは嬉しかったな~。
そして、私も連載当時に少年だったらその興奮を味わえたのにと、悔やまれます。
私はこの2008年現在、数年前からブームになっている格闘技の世界には全く興味を持っていないのですが、その理由は梶原一騎先生の不在でしょうね。

これから日本のキック選手達を次々と倒すベニー・ジェット・ユキーデ、そして打倒に燃える黒崎健時率いる黒崎道場の選手達(もはや赤星潮はその他大勢です)。
黒崎道場としては初の挑戦となるのが、道場一の古顔でもある岡尾国光選手で、過去一度もダウンをした事がなかった不敗のスターであるユキーデからダウンを奪いますが…しかし負け、それを見た黒崎健時は、全日本キックのレベルを本場タイに追いつくまで引き上げた立役者だというのにキックをやめる宣言をして、"黒崎流・新格闘術"という団体を設立しました!!

その一方では、"格闘技世界一"を公言するアントニオ猪木に対して極真空手のニューヨーク支部から、熊殺しのウイリー・ウィリアムスが挑戦状を叩き付け…と、こんな状況になってきた所で、また次回に続きます。


接近戦あるのみ 肉弾の激突あるのみ!!
逃げたりよけたり チョコマカするやつには
かまわんから目ン玉に砂をけりこんでやれーい!!

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梶原一騎(45) 中城健 3 「四角いジャングル」 3
梶原一騎原作、中城健作画の「四角いジャングル」(講談社刊)の三回目です。
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マーシャル・アーツのベニー・ジェット・ユキーデ打倒のために"黒崎流・新格闘術"と、新たな流派まで旗揚げした黒崎健時と、その道場選手達。
当初主役だった架空の人物赤星潮は現実の日本選手達にまぎれたらすっかり弱くなり(前回書き忘れましたが、兄の壮介はいつの間にか姿を消してます)、代わりにアントニオ猪木と、その首を狙う熊殺しのウイリー・ウィリアムスが目立ち始めた所から。


日本が舞台になり、しかも実在の人物ばかりが出てくるようになると、原作者の梶原一騎先生も出番が激増するのですが…
大山倍達総帥に頼まれて黒崎健時と共に極真空手のニューヨーク支部へ行き、私闘は禁じている極真会館ですのでウイリー・ウィリアムスを説得に行くと、ウイリーの師匠にして極真の世界最高師範である大山茂までがウイリーに猪木をやるようにと命じていて、負けたら自分は責任をとってリング上で腹を切りますと吠えるのです。

しかしこれから、プロレスVS空手の異種格闘技戦の実現にはルールや団体の名誉や思惑等が絡みあって、とにかく大変なのですが…その苦難の道のりをつぶさにドキュメンタリータッチで追えるのだから、確かにリアルタイムの「四角いジャングル」は胸をときめかせたに違いないですね。

草も木もない 四角いジャングルに あるのは男の血のロマン・・・・
生きのこるのは 世界一はだれか!?

その四角いジャングルに吹き荒れる、もう一方の風。
つまりベニー・ユキーデVS黒崎健時側の弟子の方ですが、こちらもまた上手くいきません。
黒崎道場最強の藤原敏男がユキーデとの対決を決めたタイミングで、何と五百年の伝統を誇る本場タイ式キック界が初めて外国人である藤原にタイトルマッチのチャンスをくれたので、ユキーデ戦は延期になり…といった感じ。
偉大な藤原は、しっかりタイのチャンピオンを破って王座を奪取しましたが。

ところでユキーデが日本空手道の内藤武を1ラウンドで倒した時、会場にいた原作者の元へ一人の少年がくるのですが…
『"わたし(梶原)に語りかけてきた 一人の少年ファンの感想をわすれない"
梶原先生 ぼくは少年マガジンの"四角いジャングル"を読んでますが
あまりユキーデを強そうにえがいてあるので すこしオーバーじゃないかと思ってました
でも現実に見たベニー・ユキーデは劇画以上にカッコよく強かった!』
ですって。
これが恐らく自作自演なのは、実際に劇画ほど強くなく、二枚目ではないユキーデを見た事がある読者なら分かった事でしょう。

それからも劇画「四角いジャングル」の中では華麗な技と圧倒的な強さ、前に出た三角飛び以外にも後ろ飛びまわし蹴り、ベトナム・ホイップ等の大技も出て快調。
その強さや凄い挑戦者がひしめいている状況を見て、最初は主役だった赤星潮がシャワーを浴びながら
『ぼくの打倒ユキーデの悲願など いまじゃ笑われるだけ・・・・』
と落ち込む、悲しいシーンもあります。
確かに…たまに出てきてもアメリカに行ってたって事で通訳として使われてるだけですからね。

しかしその47戦不敗だったユキーデも、ついに慣れないタイ式選手のシーソンポップが相手で、反則もくらって…判定負けになりました!
これにはユキーデを追う黒崎道場の選手達もショックでしょう。
シーソンポップには後に藤原敏男が挑戦し、間接的なユキーデ戦でもあるこの勝負に勝っています。
やはり今まで出てなかったタイ人にユキーデを最初に倒されたのは、商品価値としてはかなりの痛手で、ここが実在する人物を扱ったセミ・ドキュメンタリーの辛い所ですね。

作品の方もここらへんから、話は猪木の異種挌闘技戦が中心になっていきます。

次は猪木に挑戦するミスターXが登場しますよ!
この「四角いジャングル」において最も有名な挑戦者、必ず語り草になるのが、このミスターXと言えるでしょう。
一流レスラーを一撃で失神させ、時速80キロのリンカーンを飛び越え、その車体を持ち上げてしまいもする覆面の超人ミスターX…

こいつは同じく猪木を狙うウイリー・ウィリアムスにもケンカを売り、実際に倒した!
と思ったらそいつはウイリーのコスプレするマイク・デビットなる、極真空手を破門になった奴でした。ズコッ。

作中でミスターXの正体探しの推理も盛り上がってきますが、やはりポコ・カブリエル、またの名をザ・ブッチャーという元マーシャル・アーツ選手の黒人という説が最有力でしたが…
実際に猪木が戦ってみると、その覆面挌闘家は図体だけの大ダルマ。
あっさりやられますが、覆面してるだけに実は替え玉だったとか、本物は既に極真の刺客にやられたとの説も出てくるオチに脱力。
このミスターX部分だけB級臭が強くなって、逆に一部の好事家に面白がられたのでした…
それでは、また次回に続きます。


ビッグ・マネー(大金)だった
でもあのときマザーはこういったね

うえて死ぬか世界一強い不敗の男になるか
どちらかをえらびなさい と

http://mangabruce.blog107.fc2.com/blog-entry-600.html

梶原一騎(46) 中城健 4 「四角いジャングル」 4
梶原一騎原作、中城健作画の「四角いジャングル」(講談社刊)紹介…その早くも四回目です。
KAJIWARA-NAKAJO-shikakui-jungle7-8.jpg
今や話の中心はプロレス代表にして挌闘技世界一を自称するアントニオ猪木と、それを許せない極真空手代表にして(大山倍達総帥に許されてないので正式には違いますが)熊殺しのウイリー・ウィリアムスとの対立、そしてその異種挌闘技戦が実現するのかが目玉の、現実と劇画の完全同時進行ドキュメント部分に入ってます。


"黒崎流・新格闘術"の黒崎健時も、あれだけ熱心だったマーシャル・アーツのベニー・ジェット・ユキーデ打倒そっちのけで、プロレス側と極真空手側の仲介役で大忙しです。
ルールが違う格闘技同士ですのですが、グローブを付けるか付けないかが一番重要な論点ですね。
当然、付ければ猪木有利、付けなければウイリー有利。

ウイリーの師匠大山茂は、文明社会に血なまぐさい殺しあいのような試合をやらかしても無意味では?という問いかけに、
『その文明社会とやらに調子をあわせるなら
自分もウイリーもプロ空手かプロレスでもやって適当に稼ぎます!
武人とは古いもの 命よりも名を惜しむもの!』
と凄い剣幕で宣言して譲りません。

この論争で周りの状況は大変ですが、当の猪木はウイリーの前に世界中のバラエティ豊かな強敵何人もと戦っています。
ウイリーも特訓はかかさずに凄まじい強さを見せつけ、猪木と戦って破門となる前に極真空手第2回世界大会に出場。練習相手がいないために、車を一台空手の技でぶち壊す、なんて事もしてました。

現実的にそう簡単に対決できるわけではない二人ですが、劇画の方は同時進行なのでネタが必要。
なのでこれはネタが無い時のページ稼ぎ企画だったような予想も付きますが…
黒崎健時が全国のケンカ自慢を日本武道館に集めて、誰がケンカ日本一かを決める"ケンカ・オリンピック 腕っ節日本一決定戦"というのを企画します。

『すべての格闘技の原点も極限もケンカ』
という黒崎の持論を実現させる面白い企画だったかもしれませんし、そして実際に池袋の拓大体育館で第一次予選を行っていて、中量級では香港より参加のカンフー・スタイルの男・林白竜(リンパイロン)という本物の実力者が登場しますが、この男は実は真樹日佐夫先生だったか、極真の誰かが演じていたのだと後に暴露されています。
そしてその後、この「四角いジャングル」で続報は出なかったのですが…本戦は実現されたのでしょうか。

藤原敏男がガッツ石松、そしてアントニオ猪木はジャイアント馬場と戦いそうになるエピソードとその顛末も出てきますが、これはどちらも実現しませんでしたね。

あ、最初は主人公だったの確実に弱くなっていき、ただの通訳にまで落ちた赤星潮も一応キックの試合してます。観客の
『本当に少年マガジンの劇画ほど強いのかいな!?』
という心配をよそに、プロ空手の炎一心という選手を相手に1ラウンドKOを決めました。おめでとう!
しかし、極真空手第2回世界大会にも出て二回戦負け。

「四角いジャングル」の後半は、あくまでアントニオ猪木とウイリー・ウィリアムスが主役なのですが、やはり原作者が梶原一騎先生ですので、この作品だけ読むとウイリーがバケモノすぎて、どう考えても猪木より強そう…
黒崎健時に預けられて黒崎道場で修行するウイリーが木を蹴りまくっている時の、そばで見守る黒崎と赤星潮の会話シーンはこうです。
『潮よ いまウイリーのブッたたいとる木の名前を知っちょるか?』
『ハ・・・・ハ-・・・・杉でしょうか?』
『猪木っちゅう木じゃよッ ワハハハハ』

さて、それでは次回で「四角いジャングル」紹介も最後です。
はたして、アントニオ猪木VSウイリー・ウィリアムス戦は実現するのでしょうか!?


今度ばかりは ほめるしかない
人間が強くなれる限界にまで
ウイリーは近づきつつありますわい
心・技・体ともに!

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梶原一騎(47) 中城健 5 「四角いジャングル」 5
梶原一騎原作、中城健作画の「四角いジャングル」(講談社刊)紹介も、五回目の今夜が最後です。
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もはや主題が新日本プロレス代表のアントニオ猪木VS極真空手代表のウイリー・ウィリアムスが実現するのか、そしてそのルールは?という所に絞られ、周りでも賑やかな騒動が起こりながら進んでいきます。


ウイリーは"黒崎流・新格闘術"の藤原敏男と共に、岩手県の七時雨山(ななしぐれやま)で山ごもり特訓をするのですが、猪木と戦う事によって愛する極真空手を破門になるため、こうしみじみ語ります。
『あとは名誉も金もいらない プロに転向なんてことは絶対ない
アメリカに帰ってスクール・バスの運転手にもどり ひっそりくらすよ』
…実際にこの「四角いジャングル」連載終了以降も、正道空手の佐竹雅昭と対戦したり、リングスに参戦して前田日明と戦ったりもしましたが、現在は本当に引退してバスの運転手をしているようです。

猪木の方も力道山の門下にジャイアント馬場とほぼ同期で入門したものの、貧しい移民の子と差別され殴られながら、真の最強のレスラーを目指して努力した過去を振り返ります。
そして何と、ウイリーとの一戦を前に猪木もカラテの新流派を作るのですが…
その名も"寛水流"(かんすいりゅう)!
『寛は猪木寛至の名からとり 水は名古屋のカラテ道場主で わたしに協力してくださる水谷先生にちなんでです』
との事。

ところで、「四角いジャングル」後半ではウイリーが主役という事もあり、かなり多く極真空手の猛者達が登場します。
これが当然「空手バカ一代」にも出ていた人々ですから、「空バカ」終了後の続編としても読めるのがファンには嬉しい。
"ケンカ十段"の異名で呼ばれ、主人公の大山倍達館長と人気を二分した芦原英幸がウイリーを茶化すか無視してあしらい続けてショックを与え、その本心を知って感激し…
そうそう、おなじみ『それもしかするとカラテ?』のセリフも出てきますよ!

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猪木は他の強敵も倒し、あとは異種格闘技戦の最終試合としてウイリー・ウィリアムス戦を残すのみになったのですが、ここで雑誌に載った極真の座談会がきっかけで、ますます新日本プロレスと極真空手、団体同士の対立が興奮気味になり、代表十五名ずつ出してルール無用のデスマッチにてどちらかが潰れるまでの全面戦争、なんて話も飛び出します!
もちろんそれは実現せずに和解したのですが、極真空手の裏の顔…正式の大会のルールなどには収まらない影の怪物達がいるとかって、漫画みたいな話になってきて、面白くなっておりました。

ドキュメンタリー色が強まってから存在する意味がほとんど無くなった赤星潮は…
やはり『この赤星潮はミスター・ウイリーの通訳だけ・・・・ ちょっとさびしいな』などとぼやいてます。

ここまで引っ張ってきたアントニオ猪木VSウイリー・ウィリアムス対決は1980年(昭和55年)の2月27日。
その前日、調印式の席上にて一番もめたルールについての最終決定が発表されます。
結果、ウイリーがボクシングのヘビー級なみの8オンスのグラブをはめ、代わりに猪木の寝技は5秒すぎたらブレークするという、お互いの必殺技を公平に三分の二ずつにして生命の危機を防止する特殊ルールとなりました。
この条件で3分15ラウンド、勝敗はKOか棄権のみで決まり、プロレス式フォールなし、判定もなし…以上。

劇画「四角いジャングル」のメインにしてクライマックスであるこの勝負の模様を簡単に説明すると、まず一度は第2ラウンドにして両者リングアウトで試合終了、つまり引き分けとなります!
何たる世紀の対決かと、暴動になりそうな所を立会人である梶原一騎先生の権限で、試合を続行させるのです。

ここで観客から『いいぞーッ 梶原一騎!!』の声がかかるのはご愛嬌。

二人は第4ラウンドまで熱戦を繰り広げますが、リングサイドに陣取った新日本プロレスと極真空手の両陣営もあまりに熱く、何と"極真の猛虎"こと添野義二にいたっては、ハサミでウイリーのグラブのヒモを切断してしまい、素手でやってやれと言ってます!!
しかし…既に重傷を負っている両者に対しドクターストップ。
こういう結末に終わりました。

これにより「四角いジャングル」の連載も終了。
ラストはちゃんと赤星潮が出てきて、黒崎健時に『赤星潮もそろそろ男になれい』等と言われて終わるのです。
メキシコでプロレス&ボクシングを又にかけて闘い、あのプロレス王ミル・マスカラスと引き分けにまで持ち込んだ人物が…この最初の主人公が、実在する日本人選手達とからむようになって不都合からどれだけ弱くなったか、というのも「四角いジャングル」の見ものでしたね。


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作品はこれで終わりましたが、後日譚も軽くしておきましょう。

アントニオ猪木に関しては、日本人ならどんなにプロレスを知らない人でも知ってる大スター(現在そんな選手はいませんね)なのでその後の説明はしませんが、この闘いのプロモート等によって梶原一騎先生との関係が親密になり、その後すぐに新日本プロレスのリングに梶原原作キャラであるタイガーマスクが登場します。
(またこれが原因の一つとなって二人は決裂するのですが…)

ウイリー・ウィリアムスの方は、この猪木戦によって大山倍達館長に破門されますが、後に破門を解かれて極真会館に復帰し、世界大会にも出場します。
さらに1997年、何とこの時から17年も経ってからアントニオ猪木と再戦したのです!
もはやロートルの二人、この試合は決め技を相手に決めれば決着というルールで行われ、結果は猪木がコブラツイストを決めて勝利しました。
そして、既に書いたように現在はバスの運転手。

また話を戻して「四角いジャングル」で描かれた猪木VSウイリー戦ですが、これは後に八百長だったと梶原一騎先生自身が著作で暴露。
それも当事者意外にはほとんど知らされなかったトップシークレットってやつで、両陣営があんなに熱くなってたのは本気だったのです。
全ては梶原一騎先生の掌の上で踊らされていたというか…

劇画「四角いジャングル」も、自分がプロモートする試合を盛り上げるために使っていたわけだし、「格闘技世界一 四角いジャングル」「激突!格闘技 四角いジャングル」「格闘技オリンピック 四角いジャングル」等の劇場公開映画まで作っています。
この作品でスターにのし上げたベニー・ユキーデのレコードも出し…
数ある名作漫画を生み出してきた梶原一騎先生ですが、この「四角いジャングル」一つだけを見ても、この時代に漫画界の枠に収まらず、劇画、格闘技興行、映画、音楽というメディアミックスを完成させているのだから大物すぎますね。

まだまだここから派生した各ジャンルのいろんな出来事があるのですが、今夜はここまで。


世紀の対決は終わったが・・・・
四角いジャングル・・・・リングは・・・・
あくことなく 血をもとめ
あらたな男の血のロマンをつづろうとしている

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フォックスキャッチャー  誰よりも父親であることに憧れ、指導者である自分にこだわったデュポン。それはアメリカそのものであり、彼の愛するイーグルや銃はアメリカの正義のシンボルでもある。勝利にこだわるあまりにデイブを雇ったデュポンだが、それは父親の役割を自ら売り渡すことだった。もはや、彼を父と慕う者はいない。マークは去った。アメリカの夢は敗北をもって終わったのだ。デュポンの殺害動機は本作の最大の謎の1つだが、しいて言うならば、それはアメリカの敗北を認められない愛国者の最後のあがきだったのかもしれない。






















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http://hdmovie2k.co/watch-foxcatcher-2014-online-putlocker-solarmov-primewire-free

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映画『フォックスキャッチャー』感想(ネタばれあり)


2015-02-26 00:17:04 | 浅学なる道(コラム)


アメリカ映画の最大の特徴として「強いアメリカ」というものが挙げられる。

わかりやすいのが鬱エンディングで有名なパニック映画『ミスト』で、
霧の中、怪物に囲まれ孤立無援となった絶望的状況を州軍が簡単に解決してしまう。

独裁→アメリカ軍介入→民主化&万事解決というイデオロギーが戯画化されているのだ。


同様にハリウッド版ゴジラでも、何かと犠牲を強いられ、時には敗北を喫する
日本版と違い、アメリカ版は特に犠牲も苦労もなく簡単にゴジラを倒してしまう。


極めつけが冒険活劇『インディ・ジョーンズ』シリーズで、
ナチスやソ連といったアメリカの敵に勝利する物語がそこでは描かれている。

2作目は一応、舞台はインドで変な宗教集団が敵になっているが、
これは見る人が見れば、ベトコンのメタファーであることにすぐに気づく。


このシリーズでは、悪役はことごとく悲惨な最期を迎えており、
2作目ではインディの活躍により邪教徒に支配された村々が解放され、
自由な社会へと生まれ変わるというわかりやすいアメリカン・ヴィクトリーが描かれている。

まさに、強いアメリカは弱者の指導者となり、正しい結果をもたらすのだ。



(http://youtu.be/M_8_o_2sc0Eより)

2月14日より公開されている映画『フォックスキャッチャー』は
弱いアメリカを描いた稀有な、それだけに価値ある作品の1つだ。


主人公であるマーク・シュルツはオリンピック・金メダリストなのだが、
これといった援助を受けることができず、貧しい暮らしを送っていた。


まず、このアメリカの勝利の象徴である金メダリストが
国に守られず、惨めな生活をしているという描き方が斬新。


上の写真を見ても、スポンサーのジョン・デュポン(右)が堂々としているのに対して
体力的に圧倒的に優位に立っているはずのマーク・シュルツ(左)はどこか情けない。


マークはアメリカの大財閥、デュポン社の御曹司(といっても中年の男性)である
ジョン・デュポンから自身が所有するチーム「フォックス・キャッチャー」に
入団することを条件に、多額の資金援助をするという誘いを受ける。


アメリカは救うべき人間を救わないとジョンは言う。


結果を出したにも関わらず、何の恩恵も受けていないマークにとって
ジョンの言葉は、深く心に響いてくるものだった。


ジョンは兄であるデイブにも入団を勧めるが、デイブは誘いを断る。
事実上の育ての親でもあり、名コーチでもある兄と離れ離れになることを
悲しみながらも、マークは恵まれた環境でトレーニングを積み、見事、国際試合で優勝する。


とまぁ、ここまではトントン拍子なのだが、
この辺からジョンがレスリングチームを作ったのは、
自分の手で強いアメリカを生み出すこと、それを母親に見せて自分を認めてもらうこと
という思いっきり個人的な理由があったからだということが次第にわかってくる。


(http://i.ytimg.com/vi/Fi1m6wdJEK4/mqdefault.jpg)

デュポンを一言で表すならば、
アメリカ版三島由紀夫である。


自分のことを「イーグル(アメリカの象徴はワシ。ちなみに中国は竜、ロシアは熊)」
と呼ばせたがり、愛国者を自称し、自分の手でアメリカに勝利をもたらすことを夢見ている。


父親を演じることに憧れ、自分が作らせたドキュメンタリー番組では
自分が選手の第二の父親であり、主導者なのだということを高らかに宣言する。


ミリタリー・マニアでもあり、部屋にはライフルや拳銃のコレクションがあり、
戦車まで揃えるほどの熱の入り様だ(おまけに機関銃が取り付けられていないと文句まで言う)


軍人?らと共に射撃訓練に興じ、時にはトレーニングルームの天井を撃ち、
周囲の注目を浴びようとする典型的な劇場型の人間。それがデュポンだ。


彼自身もレスリング大会に出場し優勝トロフィーを獲得しているが、
実は、スポンサーである彼を気遣って勝たせてもらっているだけであり、
実際には大したことがない。

よろよろと組み手をしている様子は、かなり滑稽であり、
彼が名ばかりの監督兼コーチであることが瞬時に理解できる演出になっている。


競走馬の飼育に専念する母親と対立しているが、競馬がイギリスのスポーツであることをふまえれば、
これはイギリス(元宗主国)とアメリカ(元植民地)の関係を上手く表現したものだと言えよう。


(https://www.major-j.com/upload/info/images/campaign_photo704.gif)

ほぼ素人のデュポンが監督兼コーチである点からお察しの通り、
次第にフォックスキャッチャーのメンバーは、退廃した生活を送るようになる。

デュポン自体が兄からの自立を促し、コカインを勧めるという
どこの不良だとツッコミを入れたくなる指導?をマークに行う。

(スピーチ直前で緊張している彼を元気づけるつもりだったらしいが)


結果的に半中毒者となり、髪を伸ばし、練習をさぼりがちになるマークとメンバーたち。
だが、それはマークにとっては初めての自立であり、兄への反抗だった。


ただでさえ母親に自分を認めてもらえず、苛立ちを隠せない時に
チームの自堕落な様子を見てかんしゃくを起こすデュポン。


マークに、一度は断られたデイブを再度スカウトするよう求める。

それはすでに終わったことと断るマークを殴りつけ、恩知らずの猿と罵倒し、
兄のほうを雇うべきだったと彼のプライドを傷つける言葉を吐く。


その日、マークは髪を刈り上げ、デュポンに与えられた偽りの自立を捨てる。



(http://i.ytimg.com/vi/zWNHlt3mEOk/0.jpg)

内心、いつもデイブの弟としか見られないことにコンプレックスを抱いていたマーク。

デイブにもデュポンにも敵意を見せ、自力で試合に臨もうとする。
が、案の定、コーチがいないため、思うように結果が出せない。
いろいろあって、マークはデイブと和解し、彼の指導を受けることにする。


この映画でデイブは父性と母性を表している。

親の代わりに弟を育ててきた人格者であり、
選手としてもオリンピックで金メダルを取得し、
コーチとしても的確な指導をし、選手を勝利へと導く超人でもあるデイブ。

美人の妻と可愛い子供を持つマイホーム・パパであり、
家族を守ることを何よりの喜びとする。


態度の悪い弟に対しても一度も罵声を浴びせず、
ただひたすらにデュポンと何かあったのかと心配する。


まさに完全にして完璧な父親である。
聖書、放蕩息子と検索してほしい。まさにデイブとマークは放蕩息子の親子そのものだ。
(アメリカがプロテスタントの国家であることを踏まえると、この描写はかなり興味深い)


(http://ww3.sinaimg.cn/large/9e520155jw1envnf00063j20go0b4abq.jpg)

結局、マークはデイブという神の愛なしに勝つことができなかった。
弟ではない自分になれなかった。それがマークの自己嫌悪と不調へとつながっていく。


ソウルオリンピックでデイブとデュポンの指導を受けながら、
結果を出せず敗北してしまうマークは二人の父親に振り回される息子のようだ。


国家や教会の掲げる愛と正義に振り回され、孤立していくアメリカ人。
本作でマークが自力で勝利するシーンはわずかワンシーンしかない。

あとはひたすら負け、負け、負けだ。
弱いアメリカをここまで描いた作品はそうはないと思う。



(http://eigakansou.com/wp-content/uploads/2015/01/foxcatcher.jpg)

フォックスキャッチャーを辞め、兄とも別れを告げ、
異種格闘技(ようするに賭け試合)で生計を立てるマーク。

それは、かつて仲間に「ああはなりたくないものだな」と侮蔑された生き方だった。


「U.S.A!U.S.A!」という歓声を受けながらリングに上がるところで物語は終わる。


結局のところ、この作品は
デュポンが示す「アメリカの愛」とデイブが示す「キリストの愛」の板挟みに悩まされ、
挫折によって、双方から解放される様をドラマティックに描写したものなのだろう。


(http://u.jimdo.com/www58/o/sd2b0ec37a12ecd48/img/i87ff6a0b309a4737/1411048038/std/image.jpg)


この作品は、シュルツを殺害するデュポンの狂気が全面的に押し出されて宣伝されているが、
実際には、気難しい人物といったぐらいの演出で、言われるほど異常性は強調されていない。


マークとデュポンの関係も、オーナーと選手以上のものではなく、
お互いに信頼しあっているわけでも、理解しあっているわけでもない。


むしろ、デュポンと絶交してからマークは彼と全く会話せず、
問題のシーンまでデュポンの影は薄い。ようするに空気だ。


誰よりも父親であることに憧れ、指導者である自分にこだわったデュポン。
それはアメリカそのものであり、彼の愛するイーグルや銃はアメリカの正義のシンボルでもある。



勝利にこだわるあまりにデイブを雇ったデュポンだが、それは父親の役割を自ら売り渡すことだった。

もはや、彼を父と慕う者はいない。マークは去った。
アメリカの夢は敗北をもって終わったのだ。


デュポンの殺害動機は本作の最大の謎の1つだが、しいて言うならば、
それはアメリカの敗北を認められない愛国者の最後のあがきだったのかもしれない。




以上が「弱いアメリカ」を描いた意欲作『フォックスキャッチャー』の感想だ。


正直、娯楽性は大してない。面白い作品ではない。
だが、アメリカの傀儡国家イラクでアメリカの敵を次々と撃ち殺す凄腕の射手を描いた
『アメリカン・スナイパー』(直球すぎるタイトルだ!)よりは本作のほうが価値がある。


日本でも弱い日本兵を描いて古参の右翼のブーイングを受けた映画、
『永遠の0』があるが、これは内容自体は逆に右傾化を促すものであり、
『フォックスキャッチャー』のように反省を迫るものになっていない。


この辺の違いが、なんだかんだで
アメリカのほうが健全な言論を発信している何よりの証拠なのかもしれない。

(アメリカ批判として有名なチョムスキーもサイードも
 アメリカ在住の人間だ。アメリカでは言論の自由は確かに約束されている。
 問題は、まともな意見が発信されても政府や社会が全力で無視していることだ)

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