イワンゴメス史上最強説の実証例とも言える画像です 柔道金メダリストルスカのバックを取りチョークを仕掛けるイワンゴメス

Ivan Gomes e o lutador holandês William Huska.

IVAN GOMESさんの投稿 2015年12月21日

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17世紀のオランダの武術教則本 Klare Onderrichtinge der Voortreffelijcke WORSTEL-KONST


Klare Onderrichtinge der Voortreffelijcke WORSTEL-KONST


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中ソ国境紛争でのストリートファイト 跛足の中尉と小山東

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20110903/p1

■[技法] 中ソ国境紛争と中国の軍隊格闘技CommentsAdd StarGlass_sagaHiraiK1ttentraffickerEbismemoclipshishitanimahalurulokihokuto-hei

今回は中国の軍隊格闘技に影響を与えた中ソ国境紛争の戦闘について、雑誌Kempo Magazineに掲載された記事(英文)を元に紹介しよう。




中ソ国境紛争の伝説

この記事を書いた著者Mizhou Huiは中国軍の軍隊格闘技としての拳法である散手について本を書いており、今回の話は中国軍特殊部隊の士官である著者の師から伝えられたものだという。記事では中ソ国境紛争についての紹介から始まっているが、wikipedia:中ソ国境紛争のほうが分かりやすいだろう。ここでは紛争そのものについての紹介は省く。




1969年に起きた中ソ国境紛争では、本格的な戦争ではなく紛争だったためか、中国軍・ソ連軍が互いに非武装のまま戦闘を行うことが頻発。こうした戦闘は「グループ・ストリート・ファイト」として知られるようになった。

中国はこの非武装戦闘に対処するため、第49野戦連隊を送り込み、指導のため特殊部隊のインストラクターを据えた。特殊部隊隊員は人民解放軍の1963年版の徒手格闘マニュアルにしたがって訓練を行い、やがてソ連の国境警備隊を非武装戦闘で破ることができるようになったという。

この状況に対処するため、ソ連も特殊部隊を派遣することを決定した。中ソ互いの面子をかけて非武装での戦闘が加熱していったのである。非武装戦闘のために送り込まれたソ連軍特殊部隊の隊長は「跛足の中尉」(瘸子中尉)と呼ばれており、訓練で足首の腱を痛めたことから片足をひきずるように歩くためそう呼ばれていた。

「跛足の中尉」はその足にも関わらず傑出したボクサーであり、多くの中国軍兵士が鼻を折られた。このため当時中国軍では「戦いで跛足の中尉と出会ったら、未来の妻を探すのはあきらめたほうがいい」という冗談が広まったほどだという。

こうしたソ連軍による西洋のボクシングの技術(特にジャブ)は中国軍に影響を与えた。当時の中国軍の徒手戦闘マニュアルに基づき、中国軍兵士はリアハンドを鼠蹊部の防御のため下げていた。だが、それではジャブを防げない。そして、冬季の戦闘では衣類と地面のせいで蹴り技が使えないことも判明した。こうした事から、後にボクシングの技術が中国軍の格闘技術に導入されることとなった。また、ボクシング・レスリングの技術の導入から体格の大きな兵士が特殊部隊に加わる傾向が増えた。その後、レスリング技術とよく訓練された背後からの攻撃が「グループ・ストリート・ファイト」で有効であることがわかり、やがて中国軍兵士の小さな体格・力を補う訓練プログラムが開発された。

しかしそれは先の話である。さしあたってソ連軍との非武装戦闘の対策が中国軍には必要だった。有効な対策を思いついたのは下士官の一人で「小山東」と呼ばれた男である。彼は刀法に優れており、刀の代わりに棒を使って戦うことを進言した。棒であれば銃火器のような武装とは思われないし、上着に隠し持つことができる。この棒の導入により中国軍はソ連軍との「グループ・ストリート・ファイト」に勝つようになった。その後ソ連軍も棒を使うようになったが、ソ連軍の棒の技術は中国軍より劣っていた。こうした戦闘ではソ連軍が発砲し、火力を用いた戦闘にまで及んだこともあったという。ある非武装戦闘の際、小山東によって腕を怪我した跛足の中尉は拳銃を抜き、彼の部隊を守るために発砲し始めた。やがて双方重火器まで用いた戦闘になり、多くの兵士が血の海に沈んだが、小山東は7発の銃弾を受けながらも生き残った。彼は後に勲章を授与され、第49野戦連隊でそのエピソードを語っている。跛足の中尉は激化した紛争の中、戦死したという。




この記事の逸話がどこまで本当のことかはわからない。他で実話ではないとの指摘を目にしたこともある。裏もとれないので、「こんな伝説もある」くらいに考えてほしい。しかし面白い話なので、どこかで映画にでもしてほしい。

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米軍でブラジリアン柔術 MMAが近接戦闘の中枢のノウハウになっている

http://kimuramasahiko.blog.fc2.com/blog-entry-2822.html

http://kimuramasahiko.blog.fc2.com/blog-entry-2813.html

上記のリンクでも紹介した

柔術BJJ黒帯で老舗の名門アリアンシの創始者ジャカレイ

の黒帯門下生マット・ラーセンが創始したのが米軍の格闘術MACP

火薬と鋼さんによると
何故か日本の軍隊格闘術系サイトでは伝統武術の有効性はしつこく説いても
柔術BJJ MMAが軍隊格闘術の中枢に置かれている事実を誰も描こうとはしません

火薬と鋼さん以外は

米軍とか英国軍隊で近接戦闘術として採用しているのが銃 ナイフと軍隊格闘術なんですが

実は軍隊格闘術で採用された武術 格闘技いうのは

日本でもポピュラーな空手でも柔道でも合気道でも剣道でもなく
ましてや自衛隊の徒手格闘のベースとなった日本拳法でももちろんなく

グラップリングは柔術BJJ レスリング(フォークスタイル グレコ フリー)
打撃ストライキングはボクシング ムエタイ
武器術はフィリピン武術 西洋の武器術

といった具合

そんなかでも柔術BJJは中枢を成すものとされているのは動画を見ても明らか
どう見ても柔術かMMAにしか見えません






にしてもアジアの武術 格闘技で選ばれたものがムエタイとフィリピン武術のみで
日本の格闘技と武道武術はスルーされているとは…

欧米の軍隊のシビアさを嫌でも感じる

そして日本の軍隊格闘術サイトと山田英司のような伝統武術ホルホル系の人とかは
ホント現実を見てないなぁ

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柔術界BJJの重鎮ホメーロ ジャカレイ カバウカンチ門下黒帯Matt Larsenが創始した米軍格闘術MACP







https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://en.wikipedia.org/wiki/Matt_Larsen&prev=search

マット・ラーセン


ウィキペディア、フリー百科事典から


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マット・ラーセン

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実証マットラーセンチョークホールドを


忠誠
アメリカ

サービス/ブランチ
アメリカ海兵隊 (1984-1988)
アメリカ陸軍 (1988-2005)

勤務年数
1984-2005

ランク
二曹

単位

第三大隊第五海兵隊
第75レンジャー連隊
第一レンジャー大隊
第2レンジャー大隊
レンジャー訓練旅団
第11歩兵連隊


戦い/戦争

現役
操作だけで原因
湾岸戦争

民間契約者
アフガニスタン紛争
イラク戦争
リビア [1]


マット・ラーセンは前者である米国海兵 、 米国陸軍レンジャーと黒帯の雑誌の殿堂combativesインストラクターを。 彼は、「現代Combativesの父」として知られているの作成 ​​と信じて米国陸軍の近代的なcombativesの教義と米軍Combatives学校の設立。 [2] [3] [4] [5] [6 ] [7] [8]彼はまた押しに入金された武器の研究現代の時代に、人間の闘争動作とパフォーマンスを研究する科学を、。



コンテンツ [hide]
1 兵役
2 ブラジリアン柔術インストラクターリネージュ
3 ブラジリアン柔術ブラックベルト
4 Combativesブラックベルト
5 ポスト軍歴
6 参考文献
7 外部リンク


兵役 [ 編集 ]

ラーセンはで入隊アメリカ海兵隊として歩兵彼は海外駐留した1984年に神奈川県での海洋離脱で、日本海軍航空施設厚木 。 この間ラーセンの訓練を始めた柔道 、 松涛館空手、および伝統的なボクシング 。 [9]彼はに移したとき、彼は武道の彼の訓練を続けた沖縄で第三大隊第五海兵連隊 。 彼はで訓練Shōbayashi小林流栄三・シマブクロと、彼の柔道の訓練を続けました。 彼はまた、フィリピンでSayocカリを訓練した。 [10]ラーセンがで戦ったこの時間の間に日本空手協会の全日本空手道選手権大会、 ムエタイのタイの発作、およびに対するベアナックルの戦い韓国海兵隊 テコンドーチャンピオン。 彼はまたのメンバーだった第三海兵師団のボクシングチーム。 [10]

海兵隊からの彼の放電時には、ラーセンは、米国陸軍に入隊しました。 彼が参加するようになった第75レンジャー連隊彼が次の14年の間残るだろう、。 当初に割り当てられた第一レンジャー大隊でハンター陸軍飛行場 、ラーセンは中レンジャーズでパナマにパラシュートちょうど原因操作 [5] 、また中にレンジャー操作に関与していた湾岸戦争 。 彼は戦闘のスポーツでより自分自身が関与し始め、第一レンジャー大隊の社長を務めた実用的な撮影クラブ。 彼の再割り当ての際に第2レンジャー大隊 、彼は大隊の実用的な射撃クラブを開始しました。 彼はすぐに自分自身を発見担当下士官 combativesとの接近戦バトル大隊のための(CQB)訓練。 彼はを含むいくつかの分野での黒帯を達成した、彼の武術の訓練を利用ブラジリアン柔術の下ロメロ"Jacare"カヴァルカンティとロシアのサンボ 、および単一の、効果的な戦闘スタイルにそれらを統合しました。 プログラムは、より精巧な成長するにつれて、彼はなったNCOIC combativesと全体の第75レンジャー連隊のためのCQB訓練の。 レンジャーズとの彼のサービスの間に、彼はcombativesに陸軍の主題の専門家としての地位を確立しました。 陸軍のCombativesプログラムを形作る機会が来たとき​​、彼はcombatives教義の発展を仕込み、レンジャー訓練旅団に転送しました。 この時間の間に、彼は彼のトレーニング方法を洗練し、総合的なトレーニングマニュアルをコンパイルし始めました。

ラーセンは、に移動するように頼まれた第11回歩兵連隊その幹部のためのcombativesインストラクターのトレーニングコースを設計します。 第11歩兵連隊はすぐに、より厳しい訓練計画を持っていることになるように、combativesに陸軍の主題の専門家によって教えられ、combatives教義のためproponencyは彼と一緒に移動しました。 [11]彼のアイデアは、よく第11歩兵連隊によって受信され、彼は自分自身を発見しました。彼はcombatives訓練施設として利用し、古い倉庫を持ちます。 短い時間の中で、学校は陸軍全体での単位は彼らの兵士を送る始めたように成功を収めました。 いくつかの新しいコースは、これらのユニット内の建物のプログラムのアイデアを、最初のコースを越えて教育を継続するために開発されなければなりませんでした。 結局学校は「米国陸軍Combatives学校」として軍に認定されました。 2002年に、彼はレンジャー訓練旅団との彼の時間以降に取り組んでいたトレーニングマニュアルのように陸軍によって出版されたフィールドマニュアル 3から25.150(Combatives)。 [12]

2005年3月に、ラーセンはに就任したサンモーリスの注文センチュリオンレベルで。 [13]

ブラジリアン柔術インストラクターリネージュ [ 編集 ]

嘉納治五郎 → Tsunejiro富田 → 前田光世「狛カウント」 → カルロス・グレイシーを、シニア → エリオ・グレイシー → ロールスグレイシー → ロメロ「Jacaré」カヴァルカンティ →マットラーセン。

ブラジリアン柔術ブラックベルト [ 編集 ]

アンドリュー・シャペル→マックスFaught→ネイトフォード→Iako Kalili→ジョンRenken→ダミアンStelly→ジェレミー・ブラウン→キース・バッハ→ビル・ベイダー→クリス"ビッグダディ"パーキンス→ コルトン・スミス

Combativesブラックベルト [ 編集 ]

ダミアンStelly→アンドリュー・チャペル[14] → ティム・ケネディ(戦闘機) [15] [16]ジェレミー・ブラウン→トロイトーマス→キース・バッハ→リッチミランダ→Iako Kalili→クリス"ビッグダディ"パーキンス→→ コルトン・スミス

ポスト軍歴 [ 編集 ]

軍から引退した後、ラーセンはとして働いていた民間の請負業者でアフガニスタンとイラク近代陸軍Combativesプログラム(MACP)のディレクターとして軍に雇われる前に、 [9]と米軍Combatives学校の司令(USACS)彼はで確立フォートベニング、ジョージア 。

Combatives

2007年に彼が助けたアメリカ陸軍特殊部隊資格コースが自分のCombativesカリキュラムを刷新し、顧問だった米空軍早い2008年に彼のプログラムを採用した、 [17] 2008年、ラーセンのためCombatives研修プログラム設計カナダの特殊作戦を連隊 。 2009年に彼は両方に相談ロイヤルマリンコマンドーで訓練基地でLympstone 、 デボン 、ならびに英国陸軍の歩兵で歩兵訓練センターCatterickそのCombativesプログラムの開発に[18]

彼は2010年9月号の表紙を飾ったブラックベルト誌 10月号に続けて2部構成の記事インチ

ラーセンは、名声のブラックベルトマガジンホールに就任した自衛隊 2013年12月に今年のインストラクター。

LHRコンバットナイフ

2006年にはラーセンは、ナイフデザイナーとリンクアップウィリアムHarsey、ジュニアとクリス・リーブ設計されており、LHRの開発に、特殊部隊資格コースの卒業生に提示ヤーボローナイフを作るコンバットナイフで戦って手に手から教訓をもとにしイラクとアフガニスタン。 これは、によって製造されているガーバー 。 [19]

USACSを去った後、彼は感情的接近戦の戦闘中にナイフを採用する方法については、列車のユニットを支援するために2011年に請負業者としてイラクに戻った。 [20]

図書

出版社ライオンズ押しのためにプラス回避とリカバリ:2008年および2009年にラーセンは、 米陸軍サバイバルハンドブックと米軍のポケットサバイバルガイドを書き直した。 [21] [22]

2010年ラーセン共著スナイパー:イラクとアフガニスタンでのアメリカのシングルショット戦士 、戦争特派とジーナキャバレロ 31日によって書かれた序文と陸軍のスタッフの副チーフ ゲン 。 (RET。) リチャードA.コーディ 、の建築家非対称戦グループとの元司令官第101空挺師団 (エアアサルト)及び第160特殊作戦航空連隊 。 -本は狙撃兵の数十からストーリーや印象のコレクションです兵士と海兵隊レンジャーとを含む、 特殊部隊兵士-イ ​​ラクとアフガニスタンで戦いました。

2013年ラーセンは、公表されたバトル・実績のある技術とトレーニング方法:近代陸軍Combativesブラックベルトブックスからを。

他の

2011年6月ラーセンは、反乱軍を評価リビアであった。 [1]

2010年にLarsenが。」マット・ラーセンの戦闘フィットネスセンター」という名前のコロンバスジョージア州のジムをオープンしました[23] 。彼は以来、3以上の場所、キリーン、テキサス州の1、スプリングフィールド、バージニア州の1を開いている、 [24] 、およびウォレントン1バージニア州。

ラーセンは、アメリカの警備会社のためのアフリカ地域ディレクターとして働いていました。 彼はルサカ、ザンビアの外に基づいていた。 [25]

参考文献 [ 編集 ]

1. ^ Jump up B 新共和国
2. Jump up ^ パラグライダーで飛ぶの記事
3. Jump up ^ ペンタゴンチャンネルブログ
4. Jump up ^ NCOジャーナルの記事
5. ^ Jump up B 米陸軍Newsarticle
6. Jump up ^ 第75レンジャーREGT。 最初の全軍現代Combatives選手権でチームのトロフィーを受賞
7. Jump up ^ 米国ARMY OF MANUAL COMBATIVES:FMを3から25.150
8. Jump up ^ USACS(2000)FM 3から25.150(案)のTAB C、グラウンドファイティングテクニックヒップポケットセッションカード 。 フォートベニング:米国陸軍。
9. ^ Jump up B バヨネット:マット・ラーセンは、新しいレベルに陸軍combativesを取ります
10. ^ Jump up B 黒帯の雑誌のインタビューを2010年10月
11. Jump up ^ NCOジャーナル2006年4月- Combatives
12. Jump up ^ 学校は戦術訓練を統合軍プログラムにcombativesを教えて
13. Jump up ^ OSMメンバーの全リスト
14. Jump up ^ [1]
15. Jump up ^ ブラッディエルボ
16. Jump up ^ レンジャーアップ
17. Jump up ^ 空軍タイムズ
18. Jump up ^ イギリス歩兵ブログ
19. Jump up ^ ラーセン/ Harsey /リーブコンバットナイフ
20. Jump up ^ 星条旗
21. Jump up ^ 米陸軍サバイバルハンドブック
22. Jump up ^ 米軍のポケットサバイバルガイド:プラス回避&リカバリー
23. Jump up ^ マット・ラーセンの戦闘コロンバスフィットネスセンター、
24. Jump up ^ 陸軍タイムズ
25. Jump up ^ ニューヨーク・タイムズ

外部リンク [ 編集 ]
FM3-25.150
究極のグラップリングの記事
米陸軍Combativesスクール
米国Combatives芸術協会
Realfighting条
黒帯の雑誌
NCOジャーナル
ニューヨーク・タイムズ



典拠コントロール

WorldCatのアイデンティティ ·
VIAF : 90559041






カテゴリー : 米国陸軍レンジャー
住んでいる人々
アメリカの武道家
サンモーリスの注文の受信者


https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=http://www.ussocp.com/history/macp/&prev=search

MACP


www.moderncombatives.org/instructors.html
MACP
近代陸軍Combativesトレーニング&認定
レベル1または2

MACPの詳細については-格闘技歴史、 こちらをクリックしてください 。

2004年のすべてのARMY大会が始まって以来、グレッグはUSAJFKSWCSチームをコーチ支援してきました。 チームは4大会のうち2を獲得し、常にうまく配置しています。

現代の陸軍Combativesは何ですか
マット・ラーソンによります

第2レンジャー大隊の司令官は大隊内の武道の訓練を再活性化するために私たちを命じたときに1995年に、我々はすぐに軍の既存Combativesプログラム内で深刻な問題が明らかになりました。 技術は働く、それは貴重なトレーニング時間の無駄だったことはないだろうとレンジャーズの間で一般的な感じがありました。 一般的には、レンジャーズはむしろ、道路行進や、彼らが実際にそれらを利益を得ることができると感じたことは何かを撮影されていたであろう。

この間、軍はFM 21から150(1992)、Combativesマニュアルを持っていましたが、インストラクターを生成するために、何のプログラムがありませんでしたし、ユニット内の研修を実施するための学習システムを欠いていました。 彼らが持っていたすべてが地元の司令官の裁量に任せ漠然とアプローチでした。 ほとんどの兵士たちは、彼らが基礎訓練で教えられたCombatives技術で笑いました。 これ無関心に、ユニットのインストラクターは、武道愛好家がそのユニットであることを起こっ何になった、とトレーニングがダウンし、それらの人々が自分の時間オフデューティの間に勉強していたものは何でも民間の武道に縮小しました。 ほとんどのユニットでは、全くトレーニングはありませんでした。 これはレンジャー連隊ない限り、小型ユニットのリーダーは、武術の練習に起こった、あったほとんど格闘技トレーニングでそうでした。

私たちはより良い方法を探すために始めたとき、大隊内のインストラクターは、伝統的な武術の様々な実践:空手、柔術、忍術、ボクシング​​、レスリングなど我々は非常に多くの異なる武道の代表を持っていた、そしてので、おそらくので、私たちのすべてが私たちのユニットに私たちの特定の武術を教えしようとしているの失敗を経験した、私たちのどれもが答えを持っていないことが一般的な理解がありました。

J.Robinson、ミネソタ大学のレスリングプログラムのヘッドコーチ、自身アイオワ大学で私達の大隊事業所を指導していたベトナム時代のレンジャーは、新興のプログラムを評価するために出てきて、いくつかの貴重なアドバイスを与えました。 彼は成功したプログラムを訓練する兵士たちをやる気にさせるために、競争力の側面を持っており、それが格闘技文化の育成に有用であるために "ライブ"スパーリングを含まなければならないことをしなければならないことを認識しました。 私たちは、レスリング、ボクシング​​、柔道やムエタイなど私たちが学んださまざまな他の武道、周りベースのプログラムを開発し始めました。 最終的には、さまざまなスタイルを見た後、我々はトーランス、カリフォルニア州のグレイシー柔術アカデミーで訓練するために数人の男を送りました。

柔術は大隊のニーズの多くを装着しグレイシーアカデミーで教えました。 学ぶことは簡単だった競争力のある形を持っていたし、アリーナや総合格闘技の戦いの中に有効であることが証明されました。 しかし、いくつかの問題を持っていませんでした。 グレイシー柔術は、主に1対1のアリーナの戦い、それは有名に作った会場のために設計されました。 また、スポーティー柔術は何か全然戦いに向いにアートを変更するには大きな可能性を持っていました。

ホリオンとホイス・グレイシーは、今後数年間にわたって大隊に3旅行を作って、私も勉強し、他のカップルとトーランスに行ってきました。 大隊内のこの時間の間に、我々は近代陸軍Combatives(MAC)プログラムに不可欠な要素となっているドリルベースの​​トレーニングプログラムを開発しました。

基本的な考え方は、それが彼らのユニットを訓練することになると司令官は、多くの競合する優先順位を持っているので、撮影、例えば、とトレーニング時間を競うあらゆるCombativesプログラムは、失敗する運命にあるということです。 成功Combativesプログラムは、ユニットのトレーニングプログラムの他の要素を周囲に成形する必要があります。 システムの基礎概念をengrainするように設計されたそれぞれのドリルで、ドリルに基づいてシステムを開発することにより、小型の指導者たちは、このようなランニングやPTの他の形態などの他の重要な要素を、変位させずに、以前に構造の物理的なトレーニングプログラムに加えてCombativesを訓練することができるまで。 このアプローチでは、Combativesは、すべての兵士の普通の日の不可欠な一部となることができます。

システムが成熟したように、我々はブラジリアン柔術の技術の仕事をしたものを実現するために始めました。 つまり、あなたは完全に耐性相手に対してフルスピードでそれらを実践できること。 この方法は、迅速に行うものについて放棄されている動作しませんどのような状況-技術に自分自身を成形することができます。 また、純粋なグレイシー柔術の戦術的なギャップを埋めるために、この "ライブ"訓練の側面を共有する他の武道から描き始めました。 それらを取り、それらを提出するの古典的なグレイシー計画はアリーナでうまく動作しますが、現実の世界では、戦術は、状況に合わせなければなりません。 ダウン相手を取って、地面にそれらを仕上げに、この基本的な「米と豆 "のアプローチは、私たちのニーズに十分ではありませんでした。

プログラムは、技術的に成長するにつれ、その成功は大隊を超えて、それを放り出さ。 最初は、その後歩兵を通じて、レンジャー連隊の残りの部分に移動し、最終的には、新しいフィールドマニュアルのFM 3から25.150(2001年)の出版で、それは軍全体に教義となりました。

私たちは、他の「フィーダー芸術」の様々なトレーニング方法を探る始めたように、彼らはお互いを補完し、互いの弱点を露出した方法が明らかになりました。 柔術からの位置支配の概念は、戦闘の他の範囲に拡大し、わずか数名に、レスリング、ボクシング​​、ムエタイと柔道の技術とブレンド。 西部の武道と歩兵と実際における年から私たち自身の個人的な経験で、犬の兄弟によって教示されるように我々はまた、専門家の武器の戦いを組み込みました。 9月11日、2001によって、我々は最終的にクローズクォーターコンバットの完全に統合されたシステムを開発し、来て戦場からさらに教訓を学ぶために、そこから強固な基盤を築いていました。 この時点で、我々はすでにフォートでの米軍Combativesスクールなるもの確立していました。 ベニング、ジョージア。 我々はすでにその時点で主に接近戦バトル(CQB)上の支配的な知恵と融合した総合格闘技大会に基づいていたCombativesインストラクターの資格、の最初の2つのレベルを決定していました。

戦闘はアフガニスタンで起動すると、我々は白兵戦を経験していた兵士たちとポストアクティブインタビューを実施し始めました。 私たちは、手順、そうでなければ、単純な物語に見逃される可能性がある重要な教訓を引き出したインタビュー形式を作成しました。 兵士が着ていた何機器:私たちは尋ねた多くの質問のいくつかの中で? 戦術的な状況は何でしたか? それ以来年間で、我々はこれらのインタビューの数百を行い、学んだ新たな教訓にカリキュラムを調整しました。 たとえば、我々は文書化されているすべての格闘はグラップリングを含んでいたが、1つの1は、(打撃は常に取り組むの一部である、が)のみ打撃関与していません。 また、戦いの周り三十%は銃声で終わります。 誰もが武装されている環境で戦いは戦いが最も頻繁に武器を制御誰終わったことを意味します。 同時に、我々は技術のための他のソースを調べるために続けています。 ブラジリアン柔術の世界からは、ホイス・グレイシーは、一部のユニットのための貴重な情報源となってきました。 ロメロ "Jacare"カバルカンテはCombatives学校で幹部のための貴重な資源となっています。 ここに名前を付けるにはあまりにも多数の他の多くを持っているようにマルセロ・アロンソ、Relsonグレイシーとリガンマチャドはそれぞれ、貢献しています。 我々としても、他のリソースにタップしています。 レスリングとさまざまなソースからの柔道の専門知識、マヌーNtoh、デビッド・ロジャースとグレッグ・ネルソンからムエタイ、犬の兄弟や、ジョン・クレメンスなど西洋武術家のマーク・デニーから戦って武器。

陸軍全体にポストでの現地の専門家は非常に沿って、このプログラムを支援してきました。 独自のニーズに、技術革新が必要とされる場所を知るのに十分な急性および陸軍のトレーニングプログラムということを理解するのに十分な心を開いている人たちは、非常に貢献してきた、民間の学校でトレーニングレジメン異なっていなければなりません。 グレッグ・トンプソンは、特に、その能力に関わる原則人々の一つとなっています。

グレッグはフォートでのMACプログラムの原則教師となっています。 過去数年間のブラッグ。 第82空挺師団、そこに特殊部隊の家庭では、フォート。 ブラッグは戦場から直接学んだ教訓のための温床となっています。 文字通りに、戦争ゾーンから多数の旅行を作る何千人もの生徒を持つグレッグは、これらの教訓をキャプチャし、それらからトレーニング戦略と技術を開発の最前線に立ってきました。

ユニット内のすべての兵士の手に手戦闘能力を向上させるためには、体系的なスキル運動パターンと戦う戦略の強力な理解を開発することが必要です。 本書に記載されている基本的な技術は、ちょうどそれを行うための青写真です。 これは、我々は最初の2インストラクタートレーニングコースで使用する方法です。 教え万人以上の学生の挑戦の性質によってproscriptiveでなければならない基本的な技術を超えて、トレーニングは、特定の技術を訓練するより方法が、概念的にならなければなりません。 これらの技術は、仕事の戦略の種類の例として取られるべきであり、正しい方向にあなたを指している必要があります。 今日の軍事紛争の本質 - 私たちは身に着けていることができる機器は、私たちが使命を帯びて自分自身を見つけるのミッションは - 戦場に固有であり、常に変化しています。 これらの要求を満たすために、効果的なCombatives訓練は絶え間なく進化するプロセスである必要があります。 この本は、そのプロセスを開始するために正しい方向にあなたを指します。

マット・ラーソンは広く近代陸軍Combativesの父であると考えられています。

近代陸軍Combativesプログラムは、(1)軍がマニュアルCombativesから)「戦士の決定的な特徴は、敵と閉鎖する姿勢である。「戦場で現実的な有効性:陸軍​​Combativesは心の中で実用的かつ効果的なアプリケーションを開発しました。 コソボ、アフガニスタンでの成功から兵士のポストアクションのインタビューからのフィードバックを使用して、調整が最良戦うために最新かつ最も効率的な方法を表すために、カリキュラムに行われました。

陸軍Combativesボトムライン:「トレーニングの需要は、戦闘の要求をミラー化する必要があります。 両者が異なる場合、それは間違っているトレーニング基準です。」

https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=https://en.wikipedia.org/wiki/MACP&prev=search

Combatives


ウィキペディア、フリー百科事典から

(から転送アメリカ陸軍Combativesスクール )

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「格闘技」はここにリダイレクトします。 痛みや危害を引き起こすことが意図されているのと同じ種のメンバー間の挙動については、を参照してください闘争を 。



この記事は、 参考文献のリストを 、それが不十分持っているので、その源は不明のまま インライン引用を 。 するために助けてください改善することで、この記事を導入し 、より正確な引用を。(2013 年4月)

Combatives

チョークホールド(トレーニングデモンストレーション)
チョークホールド
(訓練のデモンストレーション)


フォーカス
ハイブリッド

Combativesはのための用語であり、 格闘用トレーニングと技術。



コンテンツ [hide]
1 歴史
2 近代陸軍Combatives
3 トレーニング 3.1 ドリル
3.2 提出技術
3.3 陸軍Combativesスクール 3.3.1 コース


4 大会
5 Combativesベルトシステム
6 空軍Combativesプログラム
他の場所 7 Combatives
8 も参照してください。
9 参考文献
10 深い読み
11 外部リンク


歴史 [ 編集 ]

呼ばれることもあるクローズクォーターコンバット (CQCまたは近接戦闘 )、 第二次世界大戦は、アメリカのcombativesは、主に英国のによって開発されました-era ウィリアムE.フェアバーンとエリックA.サイクス 。 また、彼らの名を冠したために知られているナイフファイティングフェアバーン・サイクス 、フェアベアンとサイクスの中で働いていたイギリス軍と教えて助けた上海市警察(SMP)を[1] 、迅速、効果的で、中に武器の有無にかかわらず戦うための簡単なテクニック近接状況。 同様の訓練はに提供されたブリティッシュ・コマンドス 、 まず特別サービス力 、 戦略的サービスのオフィス 、 陸軍レンジャー 、および海洋レイダース 。 フェアバーンは、一点で、このシステムと呼ばれるフェアバーン・システムを彼らのアメリカの同僚行ったように、その上に公開されたレックスアップルゲートを 。 フェアバーンは、しばしば「樋の戦い、「アップルゲートは一緒に、使用される用語としての技術と呼ばれる「フェアバーンシステム。」

現代の軍事的にその起源を有する他combativesシステムは、中国が含ま散打 、ソ連Bojewoje(戦闘) サンボ 、およびイスラエルのKapapを 。 combativesトレーニングの有病率とスタイルは、多くの場合、知覚される必要性に基づいて自動的に変更、さらには平和の時代に、 特殊部隊とコマンドーユニットは、ほとんどの職員よりも接近戦にはるかに高い重点を持っている傾向が、5月として大使館の警備員や準軍事警察等の単位SWATのチーム。

第二次世界大戦後の米国でディエンファシス、 反乱のようなコンフリクトベトナム戦争 、 低強度紛争 、および市街戦は combativesにもっと注意を奨励する傾向があります。 一方でアメリカ海兵隊は、その置き換えLINEの戦闘システムと海兵隊格闘技プログラムを 2002年に、米国陸軍は、出版と同年近代陸軍Combatives(MAC)プログラムを採用したフィールドマニュアル 3から25.150。 MACは、次のようなシステムからの描画ブラジリアン柔術 、 柔道 、 ムエタイ 、 ボクシングとEskrima 「ライブ」に訓練することができ、完全に現在の接近戦バトルの戦術やトレーニング方法に統合することができ、。

2007年8月には、MACの訓練は軍の規制350-1によってすべての陸軍ユニットで必要となりました。 近代陸軍Combativesプログラムはのための基礎として採用された空軍 2008年1月にCombativesプログラム[2] [3]

近年では、MACの主要な教義、すなわち「ライブ」訓練と訓練のより高いレベルに兵士と単位をやる気にさせるためのツールとして競技を使用しては、のような主要なCombativesシステムの多くで採用されているクラヴマガとロシア軍の手戦闘システムハンド-to。 [4] [5]

近代陸軍Combatives [ 編集 ]

2001年には、 マット・ラーセン 、その後軍曹ファーストクラスは 、で米国陸軍Combatives学校設立フォートベニングを 。 学生は、FMの2002年と2009年のバージョン3から25.150(Combatives)、またラーセンによって書かれたから技術を教えられています。 計画の目的は、どのように彼らにどのような状況に最適な技術を与えるためにしようとするのではなく、訓練するために兵士を教えることです。 主なアイデアは、すべての実の能力が初期トレーニング後に開発されていること、およびトレーニングが日常的になっている場合のみです。 初期の技術は、単にそのような地面の間に優れたボディ位置で相手を支配グラップリング方法やクリンチ戦闘中に誰かを制御するなど、より重要な概念を、教えるために有用な学習のメタファーです。 これらは、開業医が急速に複数の関連技術を学ぶことができました小さな、簡単に再現可能ドリル、として教えられています。 エスケープ吹く、維持:例えば、一つは、いくつかの技術が教えるドリルマウントを維持し、マウントをエスケープし、 ガードを想定し、ガードを通過し、 側制御を防止し、マウントを想定し、側の制御を維持し、。 ドリル分未満で完了することができ、訓練の利益を最大にするために抵抗のさまざまなレベルで繰り返し行うことができます。

新しい兵士たちは、彼らが最初に彼らのライフルを発行していると同時に、初期の軍事訓練の3日目、そのCombativesトレーニングを開始します。 訓練は、戦いであなたの武器の制御を維持することを学ぶことから始まります。 兵士たちは、その後、彼らの戦術的な戦術的なオプションが何であるか、柔軟性、およびそれらをどのように実装するを維持するために、最も遠い可能な範囲での潜在的な敵の制御を取得する方法を教えられています。

教え耐性相手に遭遇した際の三つの基本的なオプションは次のとおりです。

オプション1、発射の武器の範囲を取り戻すために外します

オプション2、制御位置を獲得し、二次武器を利用

オプション3、戦いを完了するために、距離を閉じてコントロールを得ます。

卒業演習の間、研修生は、完全な戦闘機で前面または背面から連絡して、適切である3戦術的なオプションのいずれかを実行し、基本的なルールを使用して、競争力のある試合に参加するために反応しなければなりません。

Combatives学校は4インストラクター認定コースを教えています。 最初のコースの学生は到着時にcombativesの知識を持つことが期待されていません。 彼らはcombatives訓練の基本原則を照射するように設計されている基本的な技術を教えられています。 基本的な技術は、プログラムの残りの部分が構築することができ、毎日の物理的な訓練の一部として実行することができますドリルのシリーズとして教えている時にフレームワークを形成します。 コー​​スはグラップリングの上に重いですが、それが戦闘に入る兵士のために設計されたコースであるという事実の視力を失うことはありません。 典型的には、戦闘中に格闘に勝つ男はその同盟国最初の銃で到着したものであり、combativesは殺すか、無効にするために使用することができるがことが明らかになっています。

その後のコースはスローし、追加することで、フレームワーク上に構築テイクダウンからレスリングや柔道 、より印象的なスキルボクシングとムエタイから戦って、地上ブラジリアン柔術やサンボと近接武器はから戦っEskrimaと西洋の武術 、それと組み合わせのすべてをどのようなシナリオの研修を実施し、する審判 Combatives競技の様々なレベルを。

combativesコースが教えられていることをいくつかの理由があります。
彼らの銃器を使用することなく、脅威から身を守る方法についての兵士たちを教育するために、
戦場での状況に非致死性応答を提供するために、
「戦士の本能」を植え付けるために果敢に敵を満たすために必要な攻撃性を提供するために

トレーニング [ 編集 ]





ストレートアンクルロック
ラーセンは、以前のプログラムが同じ問題に苦しんでいたことが現代軍Combativesプログラムの開発に認識しました。 常に、アプローチは、技術を習得し、トレーニングカレンダーに与えられた時間の有限どんな量でそれらを訓練しやすく、効果的な、シンプルなものとみなされたかの小さなセットを選択することでした。 それは大通りや継続的なトレーニングのために動機を提供しなかったので、何のフォローオン技術の同じ限られた数の継続的な練習以外のトレーニングプランを提供していませんでした。この「端末訓練」アプローチは、過去に失敗しました。

その代わりに、彼のアプローチは、陸軍の周りのトレーニングのための基盤を築くために制度的トレーニング時間の限られた量を使用することでした。 このような日​​々の身体トレーニング中など、またはウォームアップエクササイズなどの繰り返しを通じて、兵士たちは、暗記が、基本的な技術を習得するだけでなく、期待することができるように、技術は、単純なドリルのシリーズにまとめました。

ドリル [ 編集 ]





マウント
ドリルは急速に学生に中核となる概念を教えるために設計されました。 最初の最も広く教えドリルドリル一つとして知られており、以下のようになっています。
生徒Aは、で開始マウント学生Bに
BはAの腕の1を捕捉し、彼の背中に彼を転がすことによって、マウントから脱出します
Aは、彼の中にBを保持しているガード
BはにAのガードを渡す側の制御
Bは、マウントを実現します
Bは、Aがドリルの初めにあった同じ位置になりました
ドリルが逆の役割で、繰り返されます

このような訓練は、多くの教育的機能を果たします。 彼らは基本的な動きのパターンを植え付けるので、支配的な位置の階層の概念を内面化。 ウォームアップの一部として使用する場合、彼らは講師は、より高度な訓練から離れて時間をかけずに、基本的な技術の詳細を確認することができ、利用可能なトレーニング時間を最大限に活用します。 新しい技術は、例えば、新たなチョークが適切な位置に到達するたびに実施することができ、状況に教示することができます。 彼らは、異なるレベルの学生が一緒に動作することを可能にします。 高度な学生は必ずしもガードを渡したり、初心者と同じようにマウントを達成するが、ドリルがまだ練習のためのフレームワークとして機能しません。 ドリルはまたCombatives訓練は、すべての兵士の一日のルーチンの部分になることを許可します。 インスタンス兵士のための物理的なトレーニング中callisthenic演習と互換ドリルを実行するように要求されることがあります。

提出技術 [ 編集 ]





スリーブチョーク
(台紙から実行)
提出技術の最も有益なカテゴリがあるチョークホールド 。 学生は異なるチョークのさまざまなを教えているし、彼らはにすぐに、彼らが提出ホールドための開口部を持っている場合、彼らは安全に無視することができます1破損したり提出しなければならないことをチョークの違いを知っているように適切に適用さチョークどのように感じて教えられています自分自身の。 正しく適用血液チョークは約4-10秒で意識を喪失、および脳から血液の流れを防止します。 この最もよく知られている例はあるリアネイキッドチョーク 。





ストレートarmbar
あまり好ましくは、だけでなく、効果的な技術である関節技 。 彼らは完全に敵を無効にしないため、関節技は、敵を攻撃するための好ましい方法ではありません。 ジョイントロックは、痛みを大量に与えるか、敵からのコンプライアンスを確保することができます。 これは、群衆制御動作中に敵を制御したり、誰かが明らかに脅かしているときに中に特に有用となるが、 交戦規則は、 (相手が簡単に痛みの下で降伏する与えられている場合)、それらを殺す禁止しています。 コンプライアンスが確保できない、または所望されていない場合は、関節技は、該当する関節を壊し、完全に拡張することができます。 学生は関節技が進行し、簡単な不快感である信号痛みとの違いを教えています。

陸軍Combativesスクール [ 編集 ]

ラーセンはで69を構築する上で、2001年に米軍Combatives学校を設立フォートベニング 、 ジョージア 。

エリート開発の年後に第75レンジャー連隊の手に手のプログラムを、彼はに割り当てられたレンジャー訓練旅団フィールドマニュアルFM 21から150を書き換えるために、当時のCombatives提唱者。 これを終了すると、それはFM 3から25.150(Combatives)として2002年に出版されました。 彼は頼まれた第11回歩兵連隊 ( TRADOCユニット彼らの幹部のための研修コースを開発します)。 Combatives教義のためのアドボカシーは彼に従うことを第11歩兵連隊に移しました。 フォートベニング、ジョージア州の古い、廃車倉庫は学校のサイトとなりました。 すぐに、陸軍の周りからのユニットがこのコースに兵士を送りました。 今後数年間で、プログラムは、各ユニットに固有のインストラクターのトレーニング幹部によってユニット内に仮想的に自立Combativesプログラムを構築するためのアイデアの周りに開発されました。 このアプローチの継続的な成功により、学校は全体の米軍のための命令の認識源となりました。

コース [ 編集 ]

Combativesセンターで教え四つの異なるコースがあります。
40時間、1週間のコース:スキルレベル1 - Combativesはトレーナーを訓練します。 これは、すべての兵士に基本combativesを取得するために必要なインストラクターベースを開発するために調整されています。 学生は基本的なcombativesのテクニックを教えることを学びます。 軍の目標は、あたり1スキルレベル1のトレーナー持つことです小隊を 。
基礎コースで導入されたスキルに基づいています80時間、2週間のコース:スキルレベル2 - Combativesはトレーナーを訓練します。 彼らがプログラムの教育哲学/方法論と同様であるため、基本的な技術が行われている理由を照らすより高度なテクニックを教えるために調整されています。 軍の目標は、あたり1スキルレベル2トレーナー持つことです会社を 。
前の2つのコースで教えられてスキルの上に構築さ160時間、4週間コース:スキルレベル3 - Combativesはトレーナーを訓練します。 今まで単独でてきたスキルを取り、単位レベルの訓練にそれらを統合するために設計されています。 軍の目標は、あたり1スキルレベル3のトレーナー持つことです大隊を 。
マスタートレーナーを提供するように設計された160時間、4週間コース:スキルレベル4 - Combativesはトレーナーを訓練します。 軍の目標は、あたり1スキルレベル4トレーナー持つことです旅団を 。

スキルレベル3以上でトレーナーは、その認定レベルより低いすべてのコースを教えるために認定されています。 スキルレベル1と2のコースは、現在、通常単位レベルで教え、参加者が認証されています。 スキルレベル3と4のコースは、通常フォートで開催されています。 ベニング、ジョージア。 レベル3認証を取得してい兵士はスキルレベル4です。1.兵士はスキルレベル1または2であることを他の兵士を証明することができますスキルレベルであることを他の兵士を証明することができます。

大会 [ 編集 ]

近代陸軍Combativesトレーニングの基本的な側面の一つは、訓練するために兵士をやる気にさせるためのツールと​​しての競技を使用することです。 競争力のあるシステムに固有の問題を実現し、競合他社が勝利に彼らの訓練を集中し、そのためだけの競争で許可されている技術を訓練すること、ラーセンは、兵士はすべての面で訓練需要をシナリオベースのトレーニングと組み合わせて、卒業したルールのシステムを設計しました戦い。

競争の4つのレベルがあります。
Basic-ような基本的な研修生として、あるいは分隊および小隊レベルのための新たな兵士のための競争のために、競技者は、自分の膝から取り組んで開始し、何の脚ロックは許可されません。
企業レベルの競争のために、企業レベルの上の任意のトーナメントで予備発作のためStandard-、競技者は、自分の足から始めます。 ストレート脚と足のロックが許可されている(ツイスト膝や足首の攻撃が許可されていない)と、ポイントはテイクダウンがで得点される方法ベースのスコアリングシステムで授与された大学のレスリングからグラップリング地面の位置支配ブラジリアン柔術を 。
大隊と旅団レベルと準決勝部門の以上で決勝については中距離、中級ルールは制限された印象を許可します。 オープンブローは頭に許可され、体に拳ストライキを閉じています。 キックは立ったまま立って膝ストライキが身体に許可されていながら、鼠径部以外の任意のターゲットに許可され、足に地上にいる間。 戦いは1 10分のラウンドで構成されています。
上記分割レベルでの決勝とについては詳細設定、高度なルールは基本的に総合格闘技 。 肘や前腕ストライキ、および頭部への膝が許可されていません。

Combativesベルトシステム [ 編集 ]

2010年にラーセンは、最初の3 Combativesブラックベルトを促進することにより、陸軍選手権で近代陸軍Combatives用ベルトシステムを開始した。 [6]

ダミアンStelly→アンドリュー・シャペル[7] → ティム・ケネディ(戦闘機) [6] [8]

空軍Combativesプログラム [ 編集 ]

米国空軍はCombativesトレーニングの最前線に立ってき、その歴史の中での時間にされています。 まもなく1947年9月中に別のサービスとして空軍の設立後、GEN カーチス・ルメイはの指揮全般に任命された戦略空軍 (SAC)。 中に日本本土の米航空攻撃を首謀したGENルメイ、 第二次世界大戦は 、ヨーロッパではより多くの米国の爆撃機グループは米海兵隊は太平洋に持っていたよりも多くの戦闘死傷者を受けていたことを知っていました。 失われた飛行士の多くは、戦争のドイツの捕虜として終わりました。 彼は飛行要員のすべてが脱出し、回避を助けるために、白兵戦の実用的な知識を持っているであろうことを決定しました。

1951年GENルメイは、コマンドワイド柔道と闘争対策プログラムを指示するために、エミリオ・「メル」ブルーノ、彼の柔道の先生と柔道の元国家アメリカの体育協会(AAU)レスリングチャンピオン及び第五度黒帯を任命しました。 彼は合気道、柔道や空手の技術を組み合わせたプログラムを考案しました。 1952年に航空訓練コマンドは、プログラムを引き継ぎました。 司令一般的には、一般的であったトーマス・パワー 。 そのためインストラクターの不足のため、電源はで訓練するために24飛行士の2つのクラスを送信講道館数週間。 この試験の成功に基づいており、講道館からの公式代表団の後に米国でSAC拠点を見学、ブルーノは講道館での8週間のトレーニングコースを設定しました。 学生は1日8時間、週五日を訓練し、米国に戻ったときにSAC全体に割り当てられました。 コー​​スは柔道、合気道、空手や逮捕術の日本人設計のミックスでした。

1959年から1966年まで空軍格闘技措置(柔道)インストラクターコースは、リノ、ネバダ州ステッド空軍基地で教えていました。 柔道の36時間のファンダメンタルズ、12時間合気道、12時間空手、12時間エア警察テクニック、乗務員の自己防衛は、18時間はトーナメント手順を柔道12時間、行動の5時間コードと48時間トレーニング方法:155時間コースはから成っ。 20時間対応格闘技方法コースや乗務員のメンバーのための12時間格闘技生存のコースもありました。 [9]

プログラムは、お金を節約し、乗組員の訓練時間を削減するために、1966年に滴下しました。

イラクとアフガニスタンでの戦争で戦場に地上部隊と飛行士の需要は、その歴史的役割で大幅に​​増加しました。 応答では空軍の周りの司令官は、白兵戦を教え、飛行士を配備における戦士の精神を植え付けるの両方に独立したトレーニングプログラムを開始しました。 そのための訓練の分散化性質上、乱暴に変えるアプローチ。

2007年に空軍の参謀長は、中の記事読ん空軍タイムズ広く使用されていたシステムのいずれかに飛行士の訓練についてのLINEの以前に使用され、海兵隊と特殊両方で置換されたシステム軍、空軍内のすべての白兵戦の見直しを命じた。 [10] [11]彼は任務航空教育・訓練軍団前方の道を計画する調査委員会を形成するために(AETCを)。 委員会でのそれらの中でも米軍のためのCombativesプログラムを実行していたラーセンとDave Durnilであった第1歩兵師団でフォートライリー 、カンザスと陸軍と空軍の両方のためのプログラムROTCでカンザス州立大学 。 また、委員会で、現在を含む様々な種類のcombatives訓練実施した空軍の各コマンドから30年以上と代表米国空軍士官学校のボクシングのコーチだったエドWeichersジュニアた空軍治安部隊と航空をフォース特殊作戦コマンド 。 委員会はAETC本部からLtColケビンAdelsenが主導し、米国でのCOLビリー・ウォーカー、体育部長の、陸上競技の理事によって開催された空軍士官学校 。 LtColアデルソンは、最初の会議の前に陸軍Combatives学校と優秀の海兵隊マーシャルアーツセンター(MACE)でLINE研修、マット・ラーセンを目撃し、調査するためにロンDonVitoを訪問しました。 最初の会議の後COLウォーカーは陸軍Combativesコースに出席するためにカンザス州立にアカデミー幹部のいくつかを導きました。 このすべての結果は、空軍は陸軍Combativesプログラムに基づいてプログラムを採用することを決定するが、空軍のニーズや文化に合わせて変更されました。 [2] 2009年にデイブDurnilは空軍士官学校で働くために雇われましたこれは、そのディレクターとしてCOLウォーカーと優秀Combativesセンターに指定されました。

他の場所Combatives [ 編集 ]

Combativesコースによって教えられてきたアメリカ陸軍士官学校の歴史全体のために。 国防大学のcombativesプログラムがでもちろん含まJigoテンシン-龍柔術としても知られ、 戦闘柔術を 。 [12] バージニア軍事研究所はまた、ほかにすべての学生に提供され、レベル1 Combativesのためのフルタイムの民間インストラクターを持っていますその必須のボクシング​​のクラスに。 2005年に近代的な軍Combativesプログラムは、その採用と学界に普及し始めたカンザス州立大学 、具体的軍人(に合わせたコースがあり、 現役とROTC一般学生の体に利用可能なものに加えて、)と大学の選手。 [13] [14]カンザスプログラムは現在休刊ある。 [15]

参照してください。[ 編集 ]
LINE(戦闘システム)
海兵隊格闘技プログラム
SCARS(軍事)
第二次世界大戦のcombatives

参考文献 [ 編集 ]

1. Jump up ^ http://www.americancombatives.com/cqchistory.htm アーカイブで2005年12月21日ウェイバックマシン 。
2. ^ Jump up B ミシェルタンとエリック・ホームズ。 「Combativesトレーニングは空軍を鼓舞します。」 陸軍タイムズ。 2008年1月29日。
3. Jump up ^ リサ・バージェス。 「飛行士は降りると格闘用移動で汚れを学びます。」 星条旗。 2008年1月31日。
4. Jump up ^ イスラエル国防軍のブログ「エリート兵士はIDF初のクラヴマガのトーナメントでそれを戦います」。 2008年1月29日。
5. Jump up ^ ロシアのロシアの軍格闘の公式サイトの連盟からの情報
6. ^ Jump up B ブラッディエルボ
7. Jump up ^ [1]
8. Jump up ^ レンジャーアップ
9. Jump up ^ 「戦略空軍(SAC)の歴史とそのCombatives対策プログラム」
10. Jump up ^ エリック・ホームズ。 「閉じる戦闘はなぜ海兵隊と陸軍SFによって不時着戦闘のブランドを学習飛行士の何千ものがありますか?」 空軍タイムズ、カバーストーリー。 2007年7月1日]
11. Jump up ^ MAJジェームズ・ブラントン。 米陸軍指揮参謀大学のスタッフに存在する「ハンドCombativesに手米軍の「論文。 2008。
12. Jump up ^ マクベイ、アレックス(2010年1月14日)。 "NDUの指導者は、マクネアで柔術のデモンストレーションを見て」 。 ペンタグラム (Comprint軍事出版)。 アーカイブオリジナルの 2012年10月11日に。
13. Jump up ^ シートン、ネッド(2007年9月27日)。 "私はワンダー:プレイヤーは柔術のコースを通して規律を学ぶ」 。 マンハッタンマーキュリー 。 アーカイブオリジナルの 2007年11月16日に。
14. Jump up ^ [2] アーカイブで2007年9月30日のウェイバックマシン 。
15. Jump up ^ スタッフ(2010年2月23日)。 「現代combativesはプログラムによる予算の懸念にキャンセル」 。 カンザス州立カレッジの学生 。 アーカイブ 2016年2月7日に元から。2016年2月7日に取り出されます 。

さらに読書 [ 編集 ]
図書 タフゲット!によってウィリアムE.フェアバーン 、1942年詳細基本的なコマンドーの技術。 復刻版ISBN 0-87364-002-0
殺すかによって殺さ レックスアップルゲート 、1943年、1954年、広く以内に再配布1976年USMC FMFRP 12-80として1991年から。 ISBN 0-87364-084-5
基本的なフィールドマニュアル:アメリカの兵士のための非武装防衛。 FM 21から150、陸軍省、1942年6月。
米軍白兵戦:FM 21から150、1954年6月。
米陸軍FM 21から150、1963。
CombativesフィールドマニュアルFM 21から150、1971。
FM 21から150 Combatives:白兵戦 、 米国陸軍のフィールドマニュアル、1992年9月ISBN 1-58160-261-8
Combatives:2002米軍マニュアルのFM 3から25.150商業復刻。 ISBN 1-58160-448-3
艦隊海兵部隊マニュアル(FMFM)0-7、接近戦 、 USMC 、1993年7月。
クローズコンバット(MCRP 3-02B)、 USMC 、1999年2月商業ISBN 1-58160-073-9
戦士スピリットの検索では:によってグリーンベレーへの意識の規律を教える リチャード・ストロッツィ-ヘッケラー 。 第3版ISBN 1-55643-425-1
物品 空軍タイムズ(2008 JAN)
陸軍タイムズ(2007年5月)

外部リンク [ 編集 ]
米陸軍FM 3-25-150:Combatives
米陸軍規制350-1(トレーニング)
1942年陸軍省FM 21から150からの抜粋
米陸軍FM上のE-武道のフォーラム3から25.150
国際閉じる戦闘インストラクター協会
米国格闘技芸術協会



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世界で最も危険なイタリアのナイフ武術

イタリアのナイフ武術を先日の記事
火薬と鋼さんの記事を紹介しましたが

イタリアにしろロシアにしろフィリピンにしろ
武術としてのナイフノウハウの裏技はかなりえげつないようです

イタリアのマフィアでも有名なシチリアの土地に伝わる
ナイフ武術の記事を紹介しましたが
秒殺術はそんなイタリア シチリアのナイフノウハウが描かれた世にも珍しい本

ハッキリ言ってこの本は昔から出ていますが実に面白い内容ですなぁ

まず棒を使ったストリートファイトのノウハウで使える武術と言えば

一番実用的なのはフェンシングで

2番目はフィリピン武術

3番目でようやく東洋の剣術になるんですが

その中でも

日本の剣道剣術は最下位…

あくまでマーク マックヤング先生の実体験と考えによるものです

ですが日本じゃ日本の剣術と剣道が一番使えない
なんてな絶対日本人なら描かないよなぁ
大武道なんて本出して日本をホルホルしているような国ですもん
そんな本が出ているって事は逆に考えれば経済的にも政治の影響力でも日本が衰退している証拠なんでしょう
だからそんな日本ホルホルで満足感を得ようとする
本当に日本が凄い国だったら逆に今 日本で問題となっていることも提議している筈なんですが
実際にはホルホルしているだけ
これは先が無いとみていいんでしょうかね?

ドン・ヴィト クアトロッチ先生のシチリアナイフ教則本は
流石はやばい出版物ばっかの第三書館だけのこたぁありますな
絶対武道関係の出版社からは出んようなやばい内容ですし

これ見て日本の武術とか武道が
戦国の時代から外敵がいなかったからでかい顔が出来たというマーク マックヤング先生の指摘もなんとなく納得してしまいますね


ザ・秒殺術―都市生活者のための暴力・ケンカ・自己防衛術
マーク マックヤング ドン・ヴィト クアトロッチ ドクター・T. ガンボーデラ
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ストリート・ファイター―都市生活者のための暴力・ケンカからの自己防衛
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http://yusin6.blog77.fc2.com/blog-entry-1668.html

 でも、「シチリアン・マフィアのナイフ術って、どうやるんですか?」と聞かれたので、「こうやって・・・金玉切り取る」とか、「肛門に差し込んで、魚開くみたいにがーっと切る」とか説明すると、あまりの猟奇的なやり方にギエエ~ッと、さらにドン引きしてました・・・フフフ・・・

http://yusin6.blog77.fc2.com/blog-entry-801.html

とにかく、素手の武術も武器術も、同様に使いこなせなければ武術としては問題あるだろう?と私なんかは思っている訳なんですが、どうにも、日本の武術家には理解してもらえないみたいです。

 日本だと一つのことに集中するのが正しいという考えがあるから、空手なら空手、拳法なら拳法、合気なら合気・・・って具合になるみたい。

 何で日本の武道家は、素手に拘ったりするのか?と私は不思議です。ナイフを持っている相手に素手で立ち向かおうとする発想が理解できません。咄嗟に何もないから反射的に対応するのなら理解できますが、余裕があっても素手で・・・となってしまう人が多い。

 私はナイフ術は相当、研究してきて自信があります。どんな実力者が相手でも、素手の相手だったら一瞬で致命傷与えられると確信しています。

 だから、素人が相手だったとしても、ナイフを持っていたら無傷で倒すのは難しいと思います。

 うちも無刀捕りとか素手でナイフを捌く技の練習とかやることはやります。でも、それは「致命傷を負わずに済ませられたら御の字ですね・・・」って考えからであって、捨て身になる度胸を養う意味の方が強いのです。

 だから、護身術として教える場合、相手が武器持っていたら、決して自分から素手で立ち向かおうなんて考えてはダメだと教えています。

 実際に打撃系格闘技、現代武道、組技系格闘技、総合格闘技とかを相応に学んできた人たちとゴムナイフ使って手合わせしても、全員、あっという間に手足の腱と動脈切断、腎臓刺して頸動脈・喉を切断、金玉切り取る技・・・とかを実演?して、あまりの残忍さに凍りついていた人も何人もいました。

「はい、ここで肛門にナイフ突っ込んで、思いっきり上に切り上げます・・・」とか、私は平然と実演?しますからね。魚さばくみたいな感じです。

 誤解しないでくださいね。「素手の相手にナイフ持って対処したら勝って当たり前だ」ということが言いたいのであって、自慢しているんじゃないのです。

 それほど、人間が武器を持つということは怖いのだということです。

 逆説すれば、たとえ武道の高段位者や師範クラスであったとしても、ヤク中のニーチャンがナイフ持って暴れているのを素手で制圧するのは相当、難しいであろう・・・という予想はしておくべきだと思うんですよ。

 ナイフ術は怖いですよ~。本当に、近接戦闘だったら拳銃の何十倍も怖いですよ。

 大体、熟練しているヤツはナイフ持ってること判らないようにしてますからね。素手だと思って気楽に近寄っていったら、手品みたいに切られてた・・・ってハメになります。

 私は自分が判ってるから、迂闊に近寄らないで観察しますもんね。ナイフを構えて威嚇するようなヤツは素人ですよ。あるいは、威嚇用や投げ付けるためのナイフで、他に隠し持っているでしょうね。

 私も基本的にナイフ出して構えたりしません。隠剣型のナイフとかデザインしている最中ですし、“本来の武術は素手で戦うものじゃない”んですよ。

 ヤンキーに教えていた時に、素手のフリしていきなりナイフを急所に突き付けて、「こういう相手もいるから注意しなきゃダメだぞ」ってやってみせたら、震えあがってガタガタしてましたよ。一応、安全のために刃を潰しておいたんですけどね。

 持ってないと思っていた相手が持ってるのが一番、怖い訳です。だから、前提として、「ナイフくらい隠し持っているもんだ」と考えておいた方がいいと思うんですよ。

 実際、ヤンキーとか普通に持ってますからね。

 私は特にナイフ収集の趣味がある訳じゃないですけど(日本刀収集の趣味はあります)、それでも包丁や細工用のナイフとか数十本ありますからね~。

 普通の家庭でも、包丁とかフルーツナイフとか、5~6本は最低でもあるんじゃないですかね~?

 だから、戦闘の訓練とかしたことない普通の人が命の危険を感じたら、真っ先に包丁とかナイフとかを持つでしょう? これが自然な反応なんですよ。弱い人間は護身となると刃物を持つものなんですよ。それだけで戦闘力は何倍にもなるのを分かっている。

 それを卑怯者だの臆病者だのと考える方が認識の錯誤というものです。動物は本質的に卑怯で臆病なものなんですよ。これは野生動物を見れば解ることですよ。

 だけど、武道に一直線でやってきた人って、“正々堂々と闘う男らしさ”を大前提としてやってきているから、刃物を持つ相手を想定できないんだと思います。

 日本の武道界では、自分が習っている流派が最強だと思って他を顧みない“頭の悪い人”が多いですが、私は不信心な人間なので、流派の優劣では考えません。

 動画を見ていて思ったのは、特に海外は日進月歩でどんどんどんどん・・・といろんな流派の技術が融合されて発展していっていますね。数カ月も経過すると驚くくらい発展していて、ゲゲゲの鬼太郎の進化妖怪カブソみたい?

 私は、日本の武術シーンが世界の最前衛に立っていて欲しいと願っていますが、現状は、世界の動きにあまりにも無頓着で呑気過ぎるように見えます。取り残されているのに、まだ気づいていない・・・。

http://yusin6.blog77.fc2.com/blog-entry-700.html

 最後の質問タイムでは、「見せると誰もがドン引きしてしまうナイフ術の必殺テクニックが見たい」と言う人がいたので、実演解説しましたが、やっぱり、皆さん、ウゲゲッと引いていました・・・。

 動脈を斬る・関節の腱を斬る・腎臓を刺す・心臓を刺す・・・スプラッター映画みたいな残忍な技は、強いとか弱いとかいう以前に、単に牛や豚のように、人体を解体したり血抜きするようなテクニックでしかありません。人間を屠殺するような技なんです。

 そりゃあ、ドン引きしますって・・・。逆に喜々として食いついてきたら絶対殺人淫楽症の変態ですよね。

 だから、何で私がこんなものやって見せたのか?というと、武術が生き死ににかかわる危険な状況を生き残るために考え出されたものだ・・・という点をきちんと考えて欲しかったからなんですよ。

http://yusin6.blog77.fc2.com/blog-entry-920.html
だから、武術は武術で非常に優れているのは、一度、体得してしまえば、よほどの病気とか事故とかで健康を損なわない限りは失われることがなく、一日24時間、すぐに使えて自在に使い分けできる訳ですよ。

 そして、いろんな武器術を経験しておくことで、いろんな戦闘状況を理解することができる。

 さらに、武器が無くとも五体を武器のように使うコツが解るし、身の回りの物を武器の代用として使うセンスが磨かれる訳です。

 もし、武器術の経験が無ければ、相手がナイフや鉄パイプ持っていても、素手で立ち向かおうとしてしまうでしょう。実際、笑っちゃうくらい、十中八九、そうしてしまうんですよね。間違いなく、そうやってしまう。自分で気づいてないくらい。

 バカですよ。ナイフ向けられてるのに素手で立ち向かおうなんて・・・。

 模擬ナイフで練習してみたら判りますよ。無理だって。

 もし、私の目の前で素手でナイフに対処できると言ったら、滅多斬りにしてグゥの音もでないくらいにトラウマ負わせますよ。素人が振り回す程度だって不可能に近いのに、ナイフ術に熟練している相手に素手の武術で立ち向かえるなんか錯覚もいいところです。

これは魚を捌くようなもんです。人格無視。豚肉の血抜き解体をやるようなもんです。

 私でも素手でナイフに対処する自信はありませんね。うまくいったとしても腕に多少の傷くらい貰うのは仕方ないと思います。切られて血が出たら、血飛沫を相手の顔にかけて目潰ししながら飛び蹴りして倒れたところを喉に足刀蹴り食らわす・・・くらいのつもりでないとね~。

「そんな荒っぽいこと咄嗟にできない。喉に足刀蹴り入れるなんて、相手が死んだらどうするんだ?」って、言った馬鹿がいましたが、殺らなきゃ殺られるという状況で、何を間抜けなことを言ってんの?ってことです。

 それに、ナイフで人を刺し殺そうとする人間は、一刻も早くあの世に旅立っていただくのが世のため人のためです。

 そこで死んだら、「今度は善人になって生まれ変わってきてください」と祈るだけ。

 死ななかったら、二度と悪さができないように両手両足の腱をナイフで切断しておいて一生、不自由な身体で人様の助けがないと生きていけない身の上になっていただいて、一生かけて人様の有り難みを感じさせてあげる陰徳を積んでおくといいんじゃない?

 まっ、冗談すけどね(ホントか?)・・・。


 対武器の素手の体術が不合理だからといって、素手で無刀捕りの練習するのが無駄だとまでは言いませんよ。私もやってるから・・・。

 でも、こういうのは、どうしようもない場合にハラ括って冷静に対応するための心法の訓練という要素があるからであり、体術で武器術に勝つ方法の訓練ではないんですよ。

 多少の怪我はやむをえないけれど、致命傷を避けて制圧するための訓練と理解してもらえばいいでしょう。

 要は、生き残るのが優先順位だからです。絶対絶命の状況からでも生き残る人はいるもんですからね。その運を引き寄せるのは、強烈な意志と知識、技能なんですよ。

 武器術を習得しておけば、敵の武器を奪って絶対絶命の危機を切り抜けられる可能性もあるでしょう。

 日本人は、生命の危機に対処する危機感というものが致命的に薄れてしまっているから、西鉄バスジャック事件にしろ秋葉原の通り魔事件にしろ、戦闘のプロでもないひ弱な人間のふるうナイフごときにぶるって何もできなくなってしまうんですよ。

 池袋で通り魔事件があった時は、通行人が協力して取り押さえたりしたんじゃなかったかな~?

 状況を冷静に観察すれば対処法はいくらでも考えつくもんなんですよ。その意志と勇気があれば・・・。

 ましてや、私みたいに護身術考えてる人間にしてみたら、「人を見たら通り魔と思え」という基本的な認識がありますからね。夜道で人とすれ違う時なんて、「いきなりウギャーッ!って包丁振りかざして襲ってくるかもしれん」と警戒しながらすれ違ってます。

 それと、素手の格闘技・武道しか体験していない人は、武器があっても使おうとしない習性があるんですが、よぉ~く考えてみてくださいよ。

 どんな人間でも一切の武器を持たずに生活したりはできないんですよ。

 まず、靴。これなんか十分に武器になります。ヤーサンは尖端の尖った革靴履くでしょう? あれは咄嗟に尖端で蹴り込めるからですよ。

 それから、ベルトも鞭代わりになりますね。未熟な者のナイフくらいならベルト振り回して威嚇するだけでも効果はあります。

 指輪もカイザーナックル代わりになる。ヤーサンがゴツイ指輪をいくつも嵌めるのも同様の理由。

 ネクタイは怪我した時の止血に使えるし、暴漢の手首を後ろ手に縛る手錠代わりにも使えます。外して先端を結んでコブを作れば、咄嗟にヌンチャクや万力鎖の代用になる。

 ハンカチは拳に巻いてバンテージ代わりになる。

 自宅の鍵は拳から突き出して握り込むと簡易寸鉄になる。

 カバンは楯にもなるし、肩掛けベルトがついているなら振り回すのもアリ。

 折り畳み傘は簡易警棒として使えるし、丈夫なコウモリ傘なら剣道か杖道の心得がある人なら手頃な武器になります。

 どうですか? 武器なんか持ち歩かなくても工夫したら身の回りにいくらでも武器に転用できるものはあるんですよ。

 逆に、こういう具合にいつも周囲のものを武器化して用いることを考える癖があれば、本当に素っ裸で何もないところに監禁されたとしても、肉体のいろいろな箇所を武器として用いることは考えられます。

 まず、噛み付き。ゾンビになったつもりで敵の喉首に齧りつけばいい。

 そして、掴み。喉笛掴む。髪の毛掴む。耳たぶ掴む。金玉掴む。指を掴む。

 突き蹴りも喉と後ろ首をねらえば鍛えてない人間でも相手をKOするのは難しくありません。

 投げ技も相手の後頭部から叩きつければ一発KOできます。

 どうですか? こんなこと考えてる人間と下手に喧嘩したら酷い目にあってしまうと思うでしょう? 相手にそういう“邪悪な殺気”を放って、自然に退散させるというのも一つの手ですよ。

 喧嘩慣れしてるヤツは、普通の殺気と違う「ヤバイ! こいつと戦っちゃダメだ」というのが本能的に判るらしいです。

 元ヤンや元ゾクの会員は、口を揃えて、こう言っていました・・・。


 まっ、勉強にはしてもらえると思いますので、是非、どうぞ・・・。

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大武道 ビクトル古賀インタビュー ゴング格闘技 などのレビュー

大武道 vol.2
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あの谷川貞治 山田英司 ターザン山本
という格闘技 武道有害人物たちが出している雑誌である

本来ならば知らんぷりで済ませるつもりだったが

あのビクトル古賀先生のインタビューがあるというので買わざるを得なかった

で買ってみた感想

表紙からして統一教会で反共プロパガンダ 空手プロパガンダの藤岡弘
という内容もネトウヨホルホル雑誌であるという結論に至った

山田英司さんも相も変わらずおかしなことをほざいている

触れなくても相手を倒せるんだとかなんだとか…

ダメだ
こいつ
早く何とかしないと…(デスノートのL風)

で肝心のビクトル先生のインタビューも
内容が右翼

ヘーシンクと朝青龍は日本と日本人をなめているんだとかなんとか

う~ん…
ハッキリ言ってヘーシンクが日本人をなめているというのなら
わざわざ日本人から柔道 平野時男から寝技を 道上伯から立ち技を学ぶ必要があるとは思えないんだが…
ヘーシンクは日本でも高専柔道の先生から寝技を学んだ本格派だし

むしろ俺なんざは寝技をなめきった当時の日本人柔道家はボコボコにしてくれありがとう!
ようやく奴らも目が覚めたでしょう!

て考えるんだちけどなぁ

その辺は俺が左翼に分類される人間だからか?

思考というか発想が違うのは

あと朝青龍は

あの閉鎖的で差別的な保守社会の角界で大横綱にまでなった人物
力道山が差別が原因で角界にいられなくなったのを知れば彼の偉大さが否応にもわかるというもの

そんなになんとかしたいなら巌流島で組みゃいいじゃない
実際年齢差のある狂ったマッチメイクを平気で組んでるわけだしさ

出来れば公平を期して北尾がオタービオとやったようなベアナックル 素手VTでさ

ダメか?

あとビクトル先生は柔道の試合で飛びつき腕ひしぎをかけたら柔道の先生に一本を取り消され
当時の柔道がいかに寝技 関節技を邪道視していたかが良く分かるエピソードですなぁ…

GONG(ゴング)格闘技 2016年5月号

イースト・プレス (2016-03-23)


人はなぜ格闘に魅せられるのか――大学教師がリングに上がって考える
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ゲイリートノンの記事があったんでこちらも購入

ゴゴチョークとマルセロチンの違いを解説などなかなか面白い記事もありますが

全体的に柔術の記事が薄っぺらなんで他の記事は特にお勧めでもなんでもない

ていうか
骨法の堀辺を死んだからと言って
なんで持ち上げるのかが理解に苦しむ
大武道のような胡散臭い雑誌はともかく
ゴング格闘技まで…

あのおっさんはインチキ宗教のインチキ教祖 詐欺師でしょ

大体俺は廣戸が山本勘助の末裔だの言ってる時点で胡散臭い男と見ているわけだし


あといつもはパパーッとスルーしているつまらん吉田豪のコラムですが

今回紹介された本
大学講師が出している本が面白そうです
まだ未読ですけどね
極真空手をカルト宗教だとか
ゴルドーが中井さんを失明に追い込んだことを愉快そうに話したりとか
吉田豪が著者をディスっているので逆に興味が涌いちゃうんですよねぇ

吉田豪のプロレスびいきっぷりが大嫌いですからwww
まぁ
プロレスマスコミの人間だから当然なんでしょうけど



ゴルドーがシュートというか中井さんに潰し仕掛けたんは

前田日明

が指令出した思うんですけどね

本気で勝つ気ならゴルドーなんかじゃなくて
寝技に熟知したヴォルグハンとかドールマン送り込むでしょ
フツー
あん時の前田の狙いは佐山とその関係者 ヒクソンと修斗の選手たちを文字通り潰すことにあったと見るのは邪推ですかね?


実際この手のシュート仕掛ける事件に命令出すボスがいるっていうのは常識でしょうしね

ザザに仕掛けた木村浩一郎にしろ

佐竹に仕掛けたゴルドーにしろ

イワンゴメスに仕掛けたルスカにしろ

橋本真也に仕掛けた小川直也にしろ

佐山聡に仕掛けた小林邦昭にしろ

ぜ~んぶ
裏に命令出したボスがいますから

そう考えると
西良則が佐山聡にエキビジョンでボッコボコにしたんも前田日明からの依頼だったと考えていいんだろうか?

ルスカに命令出したんは猪木とは別の人物 カールゴッチあたりか?
猪木とゴメスが接近しているんを快く思っていなかった人間がやらせたと見ていいんじゃないかと

あと何度も言うようですが
木村政彦vs力道山でシュートを仕掛けさせた黒幕は
文字通り力道山のバックにいたCIAやら児玉やら正力やらといった人物でしょうね
力道山は韓国右翼人脈との繋がりを持っていた人物ですし
そういった人間にスターになってもらわないと
当時の日本の黒幕たちにとっては都合が悪かった

とか考えるのは俺の悪い癖でしょうかね

でも
そう考えると全てに合点がいくんですよね

たかだか昔のプロレスのシュートの実態を暴こうとする時に
闇社会から増田さんに脅しがかかるなんて

フツーないでしょ

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火薬と鋼さんより 武術としてのナイフ

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20110528

■ 武術としてのナイフ格闘CommentsAdd Star

 またナイフの話。

 今回は武術としてナイフ格闘を学ぶ意義について語る。

 私はこれまでフィリピン武術やロシア武術のナイフ術を学んでいるが、ナイフそのものが好きで学び始めたという変わり種である(そういう人は自分の周囲には他にいない)。トレーニングナイフを使うのだが、それぞれ特徴がある。どちらも軍隊向けの課程ではないので、ここに書く話が全ての同種の武術に通じる話ではないと思っておいたほうが良いだろう。

 まず、いずれの武術においても、おのおのの武術の中心的な体術、技法があり、それに加えてナイフの形状、特性を活かした固有の技術がつながるという特徴がある。

 フィリピン武術で言えば、棒(いわゆるダブルスティック)の技が基本であり、同じ型でナイフも徒手格闘も行う。しかし固有の武器の特性を活かした技法がある。フィリピン武術におけるナイフ格闘の特徴は、このナイフの特性を活かした技法が様々な体術と関連づけられて応用できる点にある。

 フィリピン武術固有の技法は周辺の地域の武術や中国拳法(詠春拳など)に近いが(ジークンドーにおけるブルース・リーとダニー・イノサントの関係を想起されたい)、そうした技法体系とナイフのような武器術が密接につながっており、しかも他の武術・格闘技ともつなげやすい。そういう面白さがある。

 一方ロシア武術ではナイフは、徒手格闘の技法の認識を高めるトレーニングツールとしての側面がある。ナイフを持つと(攻守どちらも)緊張しやすく、また通常の打撃と違って当たっても力でこらえることが無意味である。そしてナイフを介して自他の力の流れを感じ取るにはより繊細な感覚が必要になる。ナイフを使うトレーニングは、徒手格闘のトレーニングよりも長所・短所を拡大して見せてくれる。

 日本でナイフ格闘を学ぶ意義とは、実際にナイフを使うかどうかより、武器の大きさ、形状によって変化する技術の応用の面白さや恐怖の克服といった側面がある。ナイフ格闘を学ぶことは、徒手の技術の理解も深める。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20110523

■[Edged weapon][ナイフ][技法] 現代戦のナイフ格闘CommentsAdd StarublftboGlass_sagaextrameganememoclipHirai

 今日は、「現代のナイフ格闘はどんなものか」という話を書く。

 先日のエントリが結構注目を集めたが、近代化が進んだ現代の戦争でのナイフ格闘をイメージしにくい人もいるようだ。

 訓練や戦術の話をしようかとも思ったが、ややこしいのでパス。

 もっと分かりやすく、現在の戦争でナイフで戦う必要があるシチュエーションについて解説してみる。




襲うか襲われるか

 ナイフを使うシチュエーションは、ほとんど距離・時間・音の都合で生まれる。

 要するに「銃を使うより至近距離」「銃を抜いて構える時間がない」「音を出したくない」といったシチュエーションだ。特に距離は重要で、そもそも遠ければ使いたくともナイフは使えない。

 ナイフの特性を簡単にまとめると次の3点となる。

(1)距離:銃より近くを攻撃する。遠くを攻撃できない。

(2)時間:銃より早く準備・攻撃できる。素手よりは遅いが殺傷力は素手より上。

(3)音:銃より静かでほとんど音を立てない。

 では、こうした特性に合った状況は具体的にどういう戦闘か。

 至近距離の戦闘は「都市部(特に屋内)や密林など視界の悪い戦場」で発生する。そして「隠密行動で他の敵に動きを察知されたくない場合」「あるいは逆に至近距離や隠れていた敵に突如襲撃された場合」にナイフを使う。

 要するに突然間近な距離から襲う時・襲われる時にナイフを使うのである。至近距離でも銃を使ったほうが良いと考える人はいるかもしれないが、銃は至近距離でもはずす可能性があり、銃弾が当たったとしても即座に活動を停止してくれるわけではない(参考: 警察官と刃物の脅威 - 火薬と鋼)。また、銃は構えて狙うというタイムロスがある。突如近い距離から襲われた場合には刃物などの原始的な手段で対応するほうが望ましいのだ。

 このため軍隊でのナイフ格闘技術は迅速さ、即応性が求められ、また後ろから襲うなど隠密行動からの襲撃方法を身に付け、あるいは逆に突如攻撃された時の対処方法を身に付けるのである。こういう状況に頻繁に遭遇するのは、室内への突入、あるいはゲリラ戦など非正規戦闘における場合であり、任務、所属、戦域によっては全く発生しない。

 なお、特殊な用法として捕らえた敵に対する脅しや拷問に使う、というのもある…。




選択肢を選ぶ

 シチュエーション毎の選択を適切に行うにはやはり訓練がいる。

 例えば市街地で突如襲われたとき、ナイフで対処するよりも蹴りなどで距離を取り、他の兵士にフォローしてもらったり銃を構える時間を作ったりすることもできるわけだ。あるいは、こちらが敵を後ろから襲う場合をイメージしてみよう。ナイフではなくギャレット(ワイヤー等で作る絞殺具)で首を絞めるという選択肢もある。静粛性の程度や交戦距離、装備次第では、サプレッサー(サイレンサー)つきの銃のほうが良いこともある。

 また、集団で戦え~第二次大戦の銃剣集団戦術から~ - 火薬と鋼のように複数での運用も当然のことであり、戦術と状況に合わせた武器の運用の一環として、ナイフという選択肢があると考えていい。




ナイフ格闘の達人

 以上のような状況から、軍におけるナイフ格闘技術は、一対一で正面から戦う正々堂々の勝負とは違うものになりがちだ。しかし訓練段階では一対一の正面からの対峙も組み込まれているし、兵士からインストラクターになるような人は実戦経験だけでなくその格闘技術そのものへの興味関心というものもあって、高度で複雑な、対一の勝負に用いる技術にも精通していることが多い(軍隊格闘技に優れた人が趣味でも格闘技に励んでトーナメントに出たり指導者になったりするようなものである)。

 また、上述の選択肢の問題もあって「ナイフだけの達人」は存在しないと思っていい。近接戦闘は銃、ナイフ、素手等の組み合わせで成り立っている。ナイフ格闘は素手の格闘と技術的につながりが強く、ナイフの達人というのは軍隊格闘技にも通じているし、銃器の扱いも高いレベルにあると思っていい。だからアメリカなどでは民間向け・兵士向けのスクールで銃器の扱いとナイフ格闘、徒手格闘を同じところで教えている例は珍しくない。

 なお、軍歴のない民間のインストラクターが兵士に教育する場合もある。そうした場合のインストラクターは、特定の武術・格闘技の指導者であり、自分が習得しているナイフ格闘・徒手格闘を兵士向けにアレンジして教える。




どんなナイフを使うのか

 歴史のある武術のナイフ格闘と、兵士が習得するナイフ格闘では使うナイフが違う。

 伝統武術のナイフは歴史的・文化的な伝統を受け継いだ形状だが、兵士のナイフは量産された近代的なもので、より量産に向いたデザインになっていることが多い。また、兵士のナイフの多くは戦闘専用ではなく多目的に使うことが多く、戦闘専用のナイフよりも比較的耐久性重視の形状であることが多い(切っ先が鈍角である、厚みがある等)。ただし、アメリカなど自由度の高い国ではほとんど兵士は自由にナイフを購入するので、例外が多い。国によって多様なナイフを使う軍とそうではない軍がある。統制の強い国では、軍で支給されるナイフ以外を使う可能性は相対的に少ない。

 文化的歴史的事情により、特定の軍や部隊で特定の形状のナイフしか使わないという例もある。例えばチリ陸軍ではコルボという先端が曲がった輪郭のナイフ(参考)が使われており、ネパールのグルカ兵は有名なククリ(グルカナイフ)(参考)を使う。この他各国でその国独自のナイフを採用しており、ナイフだけでどの国の軍の装備か判断できることも多い。なお、ククリは人気があるので他国でも個人レベルで使われることがあるが、ククリを使うナイフ格闘技術を教えているところは、既存のナイフ格闘の流派にはまずない。道具として使うならともかく武器として使うにはナイフ格闘技術の応用が求められる。

 他の兵士と違う特異なナイフを一人だけ使う兵士は、ナイフを武器より道具として使うことを主目的としていることもある。組織だったナイフ格闘の訓練を受けているのにひとりだけ用法の異なるナイフを使うというのは、無理があるからである(もちろん個人レベルで学んだり応用したりという事は大いにありえる)。この辺の事情は様々だ。

 例外はさておき、オーソドックスなコンバットナイフは、やはりケーバーのようなスタイル、サイズが多い。たいていの軍用シースナイフは刃渡り12~20cmである。より大型のナイフは鉈としての用法が想定されていることが多い。また、コンパクトなナイフやフォールディングナイフ(折り畳みナイフ)は、装備の軽減目的や大型ナイフの控えとして使われている。

 鋸刃がついたサバイバルナイフは多目的ナイフであり、軍採用のものもあるが必ずしも戦闘には適していない。攻防の中で衣類や装備に引っかかって動きがとれなくなることがあるからだ。しかしこうした問題は鋸刃の形状にもよる。

 兵士によっては、ナイフそのものの大きさで攻撃の間合いが変わることにも留意する。例えば刃渡り30cm以上の長いナイフを持っていれば、通常のナイフより遠い間合いの敵に銃以外で対処する選択肢が増える。ナイフの種類も一つの攻撃手段の選択肢となるわけだ。こういう例は一部の組織で実在する。例えばフィリピン海兵隊は長く細い鉈を使う格闘技術を習得し、米軍の特殊部隊の一部では手斧を使う格闘技術を学んでいる。いずれも長い武器、大きな武器で攻撃手段の選択肢を増やしているのだ。




現実は厳しい

 多様な大型ナイフや他の白兵武器が存在していることも、状況に見合った武器選択の難しさの一つである。豊富な選択肢は多様な状況への対応を産み出すが、同時に咄嗟の判断の難しさにもつながる。何しろ銃で殴るという選択肢さえあるわけだ(銃剣は廃れてきているが、銃に打撃用のパーツをつける例もある)。

 近接戦闘に限定して考えても、状況に適した武器・技術の選択というのは、なかなか難しい話なのである。そんな中で標準的な軍用ナイフを使うナイフ格闘は、これまでの多くの経験と技術が積み重なっており、今後も生き延びる装備だと思われる。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20110521

2011-05-21



■[Edged weapon][ナイフ][技法] フィクションにおけるナイフ格闘のリアリティとリアルCommentsAdd StarK1ttenraurublockdimitrygorodokextramegane

肩の調子が悪くてトレーニングに行けないので時間ができた。

以前から書こうと思っていたフィクションのナイフ戦闘について、簡単な解説と現実の技術を取り入れる可能性を書いておこう。




戦闘シーンのナイフ

アニメやゲーム、漫画や小説と様々なフィクションでナイフが登場する。

しかし実際のナイフ格闘の技法が使われる事は少なく、リアリティを詰める方向性の作品でもなかなかちゃんとした技術は登場しない。理由は色々あるだろうが、他の格闘技・武術と比べて他の創作に登場する機会も現実の世界で見る機会も限られているからだろう。

単純に出番が少ないというのもあるかもしれない。また、フィクションにおけるナイフと言えばチンピラ、ゴロツキの武器か、兵士、殺し屋の武器であり、他の格闘技や武術のように丹念に技を描写するのに向いていないこともある。

しかし例えば兵士・元兵士、殺し屋といったプロフェッショナルの描写として、フィクション内のナイフ格闘にはまだまだ現実の技術から取り入れられる部分が多くあるのではないか―と思うのである。

以下、現実のナイフ格闘に存在する要素のうち、フィクションの世界では忘れられがちな要素について紹介してみる。




(1) 持ち手以外の手足

フィクションの世界で特に忘れられがちなこととして、ナイフの持ち手以外の手足の用法が挙げられる。現実には、実用されているナイフ格闘の技術の大半は、ナイフを持つ手以外の手足を攻撃・防御の手段として使っているのだが、フィクションでそういった運用に踏み込んだ作品は少ない。

ナイフだけを攻防に使う技術体系は少なく、大抵はナイフ以外の格闘技術と組み合わされて存在している。日本の昔の剣術が他の武器の技術や体術を含む総合的なものだったのと同じようなものだ。

例えば多くの軍隊格闘技のナイフ術はフィリピン武術が基礎になっているが、これは棒(スティック)や刀剣類のような武器格闘や素手の打撃・関節技などを総合した武術だ。軍隊格闘技でナイフ格闘を教えることは多くあるが、それも素手の格闘技術を同時に学ぶ。

こうした技術を背景に、現実のナイフ格闘ではナイフの持ち手以外の手足を攻防の中で使っている。例えば、右手のナイフで攻撃し、それと合わせて左手で相手の攻撃をさばく・相手の腕を抑える・相手の関節を極めるといった技法は多用される。左右の手に同時に違う仕事をさせることも珍しくない。

ナイフ格闘の受け手は、むしろナイフにだけ集中するのは良くないことも多い。ナイフに気をとられて他の手足からの攻撃をあっさり受けることにつながるからだ。他の武道の経験者でもナイフ格闘のセミナーに来るとナイフにだけとらわれて動きが悪くなる人が結構いる。ナイフに対する恐怖の除去というのは、対ナイフ格闘の基本的なテーマと言っていいだろう。

こうしたナイフ以外の手足の用法は、関節技の攻防を描写しにくいのと同様になかなかフィクションでも描きにくい部分ではある。




(2) ナイフ格闘の手加減

ナイフというと切る・突くという用法しかないと考えている人は多いと思う。

しかし、実際のナイフ格闘の技術では手の延長として関節技の一環に使う、相手を制御するといった技術が存在する。例えば関節にナイフの刀身を当てて極める、ナイフを首に掛けて投げるといった技もある。あえてナイフを使う利点は、ピンポイントで硬い物体が人体に当たるため、より効果的に抑えられること、そしてナイフの分遠い対象まで捕捉する間合いが伸びることだ。刃の側面ではなく刃筋が相手に当たるようにすれば、関節や投げが決まらなくともダメージを与えられる。

ナイフを使うと必ず相手が傷つく・あるいは死ぬといった描写が必然のものになるため、フィクションで手加減を描写するのは難しい。しかしナイフを利用した関節技や投げ技といったものを織り込めば、傷をつけずに技術差を表現することも可能になるだろう。ナイフを使った関節技は、多くの場合刃が相手に当たるように当てて極めるが、わざと峰が当たるように極めれば傷をつけずに制圧することもできる(厳密に言うと動きの中である程度傷がつく可能性が高いが)。

また、ナイフのハンドルエンド(柄頭)を使った打撃や制圧技術もあり、こちらも手加減の描写に向いている。

前述の話のように対武器格闘に慣れていない人間が相手で技術差があると、ナイフを意識させるだけで相手の動きを制限できるので、素手で制圧するのも有効な方法だろう。




(3) ナイフ格闘の出自

上の話から漫画『MASTERキートン』で使われたイロコイ・インディアンのナイフ格闘のテクニックを思い出す人もいるかと思う。「自分の武器を十分、敵に印象づけた後、故意に武器を捨てることで、敵の攻撃パターンを操作することができる」というアレだ。ただし、この元ネタから本当にそういう技術の伝承があるのか調べたが私は裏が取れなかった。

それはさておき、自分や相手の技術の出自を語るというのは、ハッタリが効くのでフィクションでよく使われる(極端な例は男塾)。しかしナイフ格闘について言えば、違う国の技術であっても収斂進化か、はたまた真似をしたのか、同様の技法が含まれていることがあって判断が難しいことがある。

ナイフ格闘技の来歴についてのポイントには以下のようなものがある。ほとんど豆知識の類であまり役に立つ知識ではないかもしれない。




・歴史的にメジャーなものは、ヨーロッパの戦争・決闘用の技術と東南アジア(フィリピン、マレーシア、インドネシア)の総合武術の二種類。現在軍隊などで使われている技術はほとんどこの系譜の影響を受けている。この二系統は交流がないわけではなく、軍隊格闘技のような新興の技術体系の中で混在している。

・日本では柔術、剣術などの古武術の流派に短刀を使うものがいくつもあるが、世界的にも日本国内でもマイナーである。短剣道という武道もあるが、これまたマイナーである。

・一国の軍隊で統一化したナイフ格闘の教育を行うとは限らない。そういった訓練は主に特殊部隊など特定の任務につく人間に限られていることが多い。

・特殊部隊ではあらかじめ軍が用意したナイフ格闘訓練以外に外部から専門家を呼んだり、また個人やチーム単位で外部の道場で訓練を受けたりして技術を学ぶことがある。要するに軍歴だけでは身につけた格闘技術を特定できるとは限らない。ただし、独裁国家など国の統制が強い国では軍隊以外でナイフ格闘を学ぶ機会は稀なので特定しやすいだろう。

・ナイフ格闘には諸流あって特定が難しいが、伝統的な流派ほど複雑・高度な技法を備えている(時に非現実的であると言われることも)。軍隊などではより単純化した技法や少ない手数の技法が好まれる傾向がある。また、同じ流派であっても民間人に教える場合は護身優先となり、兵士に教える場合には攻撃的になるなど、教育対象で訓練課程が変わることがある。




(4) 技の優劣

これはナイフの扱いに限った話ではないが、フィクションでは個々の攻防が孤立していて一連の攻防としての繋がりが切れていることがある。ナイフ格闘が優れた人というのは、流れるように無駄なく最適な技の連携を繰り出せる人なのだが、その辺を描写するのは難しい。こういった事情は他の武術にも言えることだ。

また、映画などで主人公が素手、敵がナイフを持ち、敵が刺そうとするナイフの持ち手を主人公が必死に握って止めるという描写がよく登場する(ゲームではバイオハザード4にもあった)。追い詰められた緊迫感を演出できるシーンであるが、こういう状態に陥るのは攻める側であっても受ける側であっても訓練を受けた人間としては下策である。

力で押し合う膠着状態というのは、変化に対応できない危険な状態なのである。訓練を積んだ人間相手に力押しで対抗しようとすると、逆にその硬直や力を利用されて一方的にやられる可能性が高い。こういう状態に完全になる前に自他の力の流れやポジションを読み合い、優位な体勢に移行するのがベストだ。膠着状態がありえないということではなく、多くのナイフ格闘の技術体系では避けるべき状態とされているということである。




→おまけで映画のナイフ格闘の具体例を紹介する

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知られざるロシア武術 システマは一つだけにあらず 様々な流派あり



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140726/p1

2014-07-26



■[技法] ロシア武術・システマ・シクヴァルCommentsAdd Star

今回紹介するロシア武術はシステマ・シクヴァル(Система ШКВАЛ)という。

この呼び方はロシア語圏以外ではほとんど知られておらず、しばしば他のシステマと混同されている。

システマ・シクヴァルを創始したのは元々はカドチニコフ・システマ出身のアレクサンドル・ラブロフである。

ラブロフはソ連時代から軍の格闘技指導を行い、GRUの指導も行ったという噂だが、はっきりしたことはわからない。

システマ・シクヴァルの名前での指導が始まったは2003年だとされているが、それ以前から指導はしていたようだ。システマ・シクヴァルとして指導を始めた後もカドチニコフ・システマやその派生団体との交流がある。具体的にはカドチニコフ・システマの団体でシステマ・シクヴァルも教えられていたり、合同セミナーを開催していたりする。昨日紹介したシステマ・スペツナズもラブロフを招いたセミナーを開催したことがある。

システマ・シクヴァルの指導内容は元は兵士の心身を訓練するためのものであり、直感や知覚の上昇、周囲の危険を察知する能力の向上、恐怖・ストレスの制御、自分の心理状態の適切な処理、自己規律を高めることを目標とするものだという。ラブロフの訓練を受けてチェチェン等に赴いたを学んだ2,000人以上の兵士からは、死傷者は出なかったと説明されている。システマ・シクヴァルは兵士専門の格闘技というわけではなく、民間人も対象に指導が行われている。

実際の練習内容はカドチニコフ・システマのような段階的な身体操作や攻防の技術の練習の後、心理的な誘導や暗示、意識に関わる非接触戦闘のトレーニングが行われる。システマ・シクヴァルの非接触の練習やデモンストレーションは、他のシステマと比べても突出しており、その説明内容については私の語学力では紹介できない。




GRUへの指導。相手をコントロールし、テイクダウンや関節技に。

D

顔面にパンチを打ってくる相手に対して、どのように影響を与えるかを説明。

D

ラブロフの指導の動画シリーズから。関節技中心の内容。こうした指導では繊細な技術だが普通の格闘を教えている。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140728/p1

■[技法] ロシア武術・システマSVAdd Star

公式サイト http://rmasv.ru/

英語サイト https://sites.google.com/site/siberianviun/

今回紹介するシステマSV=システマ・シベルスキー・ヴュン(Система Сибирский Вьюн)は、1988年に始まったロシア武術だ。

創始者のディミトリー.V.スコゴレフは軍を退役後にノボシビルスクを拠点として指導を開始し、ロシア国内と各国でシステマSVを指導している。ノボシビルスクのロシア連邦税務警察の特殊部隊のインストラクターなどの実績がある他、書籍も複数出している。

公式サイトや取材記事によるとスコゴレフはサンボ・空手の経験を経てロシアの伝統武術の研究によってシステマSVを創始した。他の多くのロシア武術(ブザ、ROSS、カドチニコフ・システマ、システマ・シクヴァル、リャブコ・システマなど)と交流を持ち、会合や合同セミナーを開催している。

他のシステマ同様、体術やテイクダウン、打撃,集団戦闘、武器術(ナイフ、スティック、シャベル、銃器)が指導されている。また、非接触戦闘の練習も行われている。

一見他のシステマと似ているようだが、色々な面で違いがある。段位(レベル)の試験の構成も他の段位があるシステマと異なっており、波を伝えるウェーブや左右の手足を同時に使うリニアといった要素だけでなく、跳び蹴りなどの他では見られない課題がある。


システマSV全般を紹介する動画

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自然環境を利用したキャンプ。

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システマSVの打撃。打撃のスパーリングではグローブ着用の場合もある。

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140729/p1

■[技法] ロシア武術・ルブーキAdd Star

公式サイト http://www.lubki.ru/

今回は謎が多いロシア武術ルブーキ(Любки)を紹介する。

ロシアの伝統的な格闘技を元としてアレクサンドル・シェフツォフが1991年に創始した。独自の伝統を重視した異教的な(非キリスト教的な)コミュニティを本拠地としてロシア国内数か所で教えられているとされる。

柔軟な動きでの相手のコントロールが多く、打撃や非接触の技術も含まれている。また、武器術としてナイフやスティック等が使われている。指導・練習の動画を見ると、システマ諸流とはあまり共通しない独自の練習が見られる。例えば受け身としてシステマのようなローリングは使われない。

ルブーキでは一般向けのセミナーも開催しており、以前はDVDの販売もしていたようだ。また、影響を受けてできた団体もある。カナダ・トロントに本拠地を置くWarror’s Way(Rukopash-Lubki)はアレクサンドル・シェフツォフの技術を基にしているとしている。


徒手格闘の動画。

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ドイツで開催されたセミナーの動画

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ここからは余談になる。Combat Labの解説によるとシステマ(リャブコ・システマ)の90年代のビデオ『Systema : The Master of Fighting』の撮影に使われたヴラディミア・ヴァシリエフ師とその生徒の旅行では、ルブーキの練習にも参加したという。『Systema : The Master of Fighting』は未見だが、その代わり、その際のものと思われる動画を確認した。20:00以降に注目→http://hd-vipserver.com/online/165753494-4812956/



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140730/p1

■[技法] ロシア武術・フェージン・システマAdd Star

公式サイト http://fedin-system.com/

今回紹介するのはこれまで紹介したシステマ諸流とは全く別のシステマ、フェージン・システマ(Система Федина)だ。

正式にはСКАНФ(сложно-координационное авторское направление Федина)という。

創始者ユーリィ・フェージンは軍の戦闘機・爆撃機パイロットだったが1993年に退役後、独自の格闘技を研究・開発した。

フェージンの格闘技は、独自の近接格闘技術とナイフ・スローイングを中心としたものである。

特にそのナイフ・スローイングの技術は欧米でもよく知られている。ウェーブ・スローと呼ばれるその投げ方は、体を波のように使うエネルギーでナイフを投げるもので、ナイフを回転させる投げ方もあれば回転させない直打法のような投げ方もある。フェージン・システマの投げ方によって3~15mの距離で標的に刺さるという。背中側から投げる・片手で2本を持って同時に投げる・寝た状態から投げるなど、多くの技術がある。

フェージンのナイフの投げ方の解説(英語) http://www.knifethrowing.info/wave-throw.html

複数のタイプのスローイング・ナイフが使われているが、独自にデザインしたナイフSKANF-1もある。


フェージンによる近接格闘指導

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多彩なナイフ・スローイング

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140731/p1

■[技法] ロシア武術・クルシャロAdd Star

公式サイト http://choy-crushalo.ru/

今回紹介するのはクルシャロ(Кружало)というロシア武術だ。G.V.ポポフが創始した護身、軍・警察向けの武術である。

もともとはチョイ(Чой)という名前であり、これは1981年にポポフが設立した格闘技学校の名前だった。2003年以降クルシャロの名が使われるようになったとされるが、その後もチョイの名前は組織やコースの名前に残っている。また、システマ・クルシャロ(Система Кружало)と呼ばれることもある。ロシアでのDVDの販売ではシステマ・クルシャロの呼称が使われていた。

この格闘技については、日本ではクエストから『ポポフ流コマンド格闘護身術』というビデオが販売されていたので、知っている人もいると思う。現在ではロシア軍特殊部隊戦闘格闘術としてDVDが販売されている。

クルシャロはポポフの格闘技経験(空手・合気道)と軍(空挺)への指導や研究を基として生まれたとされている。徒手格闘技の他、対武器の技術、多人数相手の技術も含まれている。


古い時期の動画。

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徒手格闘だけでなくナイフ、銃への対処や衣類の利用、多人数相手を見せるデモンストレーション

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140801/p1

■[技法] ロシア武術・UNIBOSAdd Star

公式サイト http://www.unibos.ru/

今回紹介するロシア武術UNIBOS(ウニボス ; УНИБОС)の名前はUniversal Combat Systemから来ている。創始者アレクサンドル・メドベージェフは軍士官学校の格闘技教官の経験があり、1973年からKGB、警察、軍、特殊部隊を指導してきたという。こうした来歴からUNIBOSはBARS(陸軍戦闘システム)、POBOS(警察戦闘システム)、SPETSBOS(特殊戦闘システム)の三つで構成されている。一般向けの内容は護身術を目的としたもので、そこには特殊部隊の技術も含まれているとされている。

UNIBOSはゆっくりとした動きの練習とスピードや持久力を要する練習の両方を含む格闘技で、徒手格闘以外にナイフ、射撃も教えている。武器術・対武器術としてスティック、シャベル、ヌンチャク等も扱う。射撃は拳銃・アサルトライフル・スナイパーライフルの技術を学ぶものだ。変わったものでは訓練された犬を相手に防護服を着て練習する対犬用戦闘のセミナーも実施している。

UNIBOSのビデオ・DVDは日本ではクエストから複数販売されている。

UNIBOS(ウニボス)ロシヤマルチ戦闘システム5 技のワナと術Vol.1 [DVD]


UNIBOSの徒手格闘全般を見せる動画

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ナイフを使った多人数相手の技術。ゆっくりした動きの指導と速い練習の両方が見られる

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シャベル術。UNIBOSのシャベル術は以前少し紹介した



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140802/p1

■[技法] ロシア武術・GRU-SMERSHAdd Star

今回紹介するのは、GRU-SMERSH(グルー・スメルシュ ; ГРУ-СМЕРШ)の名前で知られるロシアの格闘技だ。しかしこの名前、現在ではDVDでしか確認できない。創始者はI.V.ザイツェコワ。元々は海軍出身で後に格闘技指導を行うようになり、ロシア内務省の警察特殊部隊などに訓練を行ってきたとされる。コンバット・サンボに基づいた技術のほか、独特の打撃技術、逮捕・拘束術、それに武器術も指導している。

日本では(またも)クエストから「ロシヤ戦闘護身術」の名前でDVDが複数発売されている。
Hand to Hand Fighting System Vol.1 ロシヤ戦闘護身術 拘束と連行の方法 [DVD]

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現在ではザイツェコワはリアリニィ・ミール(http://www.realmir.ru/)で活動している。


ザイツェコワへのインタビューの間に関節技や投げ技等が映る動画。

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打撃技術の練習を含む動画。

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リアリニィ・ミールでの指導。軍向けの応用技法。絞殺・拘束・ナイフ・ライフルなど。

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この他の例として以前、模擬シャベルと防具を使う練習の動画を紹介した。

余談だが、リアリニィ・ミールでは資料として格闘技やセキュリティに関する記事を公開しており、犬との戦い方や飲酒への対応(酩酊の影響緩和や二日酔い対策など)についての記事もある。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140803/p1

■[技法] ロシア武術・S.P.A.SAdd Star

公式サイト http://www.spas-combat.ru/

今回紹介するロシア武術はS.P.A.S(С.П.А.С)。ボクシング、サンボ、合気道、柔術、レスリング等に基づいた護身術・徒手格闘技術を指導している。練習では時にグローブやヘッドギアなどの防具を装着し、多人数戦闘やナイフ格闘でもスパーリングが行われる。会長はV.K.ヴラジーミロヴィチ。

組織としては、競技としての格闘技を基にした部門、伝統的な武術を基とした部門、軍隊格闘技・ナイフなど応用技術を教える部門の3つがある。またプログラムや段位について明確に定められている。特色ある例としてはシチュエーションに合わせた練習が複数行われている点が挙げられる。例えば浴室やエレベーター、冬の滑りやすい路上といった場での訓練もある。


全般を紹介した動画

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市街地を想定した屋内での練習

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ナイフ格闘訓練

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イタリアのナイフ武術 その2

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150316

2015-03-16



■[ナイフ] IWA2015で展示されたナイフの新製品CommentsAdd Star

昨日に引き続きIWA2015の新製品展示から、ナイフの情報を紹介する。いくつかは動画つき。

Extrima Ratioのタクティカル・レザーT-Razor

Extrema Ratio T-Razor - Extrema Ratio - all4shooters.com

イタリアのエクストリーマ・ラティオはタクティカル剃刀とでも言うべきT-Razorを発表した。

また、この他サルデーニャの伝統的なフォールディングナイフの形を継承したResolzaも展示された。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150411

2015-04-11



■[技法] イタリアのナイフ術からテーブル回りで戦うための訓練CommentsAdd Star

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イタリアのナイフ格闘術Lajolo Knife Systemの指導者Danilo Rossi Lajolo di Cossanoの動画から。

テーブルを回りながら椅子に座る、立つ、ナイフを使うといった動作を繰り返すトレーニング。

ナイフだけでなくテーブル上のボトルも使う。

どういう状況を想定しているかも含めて興味深い。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150526

2015-05-26



■[技法] イタリアのナイフ術からカミソリを使う技術CommentsAdd Star

以前紹介した カミソリを武器に戦う - 火薬と鋼に関連する話題。

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150729

2015-07-29



■[ナイフ] 米国防兵站局、Steel Will Knivesの取り扱いを開始CommentsAdd Star

Defense Logistics Agency - Steel Will Knives - Soldier Systems Daily

アメリカ国防兵站局(Defense Logistics Agency, DLA)がSteel Will Knivesのナイフの取り扱いを開始した。

同社のダガーナイフADEPT 1000とタントーナイフADEPT 1010にNSNが付与され、軍の支給品として購入されるようになったのだ。

Steel Will Knivesは2008年に創業したアメリカの新しいナイフファクトリーで、最近ナイフ雑誌の記事でもよく見る。

同社の特徴はナイフの製造をイタリアで行っており、鋼材もオーストリアのN690Coを使用しているところ。

イタリア製のナイフが米軍で購入される例は珍しい。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150930

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150930

イタリアのナイフ格闘術Lajolo Knife Systemの指導者Danilo Rossi Lajolo di Cossanoの動画から。

カミソリを使った技術の攻防の様子が公開されていた。

西洋カミソリの形状からグリップは刃の付け根を指で挟むように持ち、刺突は使えない。鋭いスラッシュが中心の攻撃が主体となる。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20151211

■[ナイフ] Extrema RatioのトレンチナイフA.S.F.KCommentsAdd Star

A.S.F.K. | Extrema Ratio Knives Division

紹介し忘れていた秋の新製品。

イタリアのナイフファクトリーExtrema Ratioは10月に新製品A.S.F.Kを発売した。

IWA2015で発表された新製品で、イタリア軍特殊部隊Comando Forze Speciali Esercito Italianoに採用されている現代版のトレンチナイフだ。

ブレード長162mm、全長289mm、鋼材N690。ブレードのセレーションの長さ40mm

ナックルガードは手の保護、ハンドルエンドの突起はガラスブレーカーとして使われることが想定されている。

この種のナックルガード付きナイフが現代の軍で採用されることは珍しい。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20151230

■[ナイフ] Modus CQCのためにデザインされたH2SierraフォールディングナイフCommentsAdd Star

H2Sierra - Delta2Alpha

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このナイフも紹介し忘れていた製品で、発売は去年である。

DELTA2ALPHAという近接戦闘技術、護身術を指導する会社によってデザインされたナイフだ。

デザインを行ったDELTA2ALPHA社はModus CQCという独自の格闘技術を教えている。

このナイフのブレード形状はリバース・タントーとされる形状で、この形を好むナイフ格闘指導者は他にもいる。

(スパイダルコ社のYojimboをデザインしたマイケル・ジャニッチがその例だ)

このナイフの製造はイタリアのFOX Knivesが行っている。

ブレード長102.8mm、全長 230mm、鋼材N690CO、ハンドル材G-10(色は黒またはタン)

価格は300ドル。

同じ形状のトレーニングナイフが270ドルで販売されている。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20160130

■[技法] イタリアのRoberto Lauraによる中間距離から至近距離のナイフ技術CommentsAdd Star

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シチリアや南イタリアのナイフ術・棒術を指導するRoberto Lauraの動画から。

中間距離・至近距離の攻防の技術。

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柔術プリースト225  バリカタ柔術RADIO52



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イタリアのナイフ武術 シチリアなど

ザ・秒殺術―都市生活者のための暴力・ケンカ・自己防衛術
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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20041223
■[ナイフ] Fulcrum BayonetAdd Star

http://www.analisidifesa.it/articolo.shtm/id/4341/ver/IT

 前にMilitaryphotos.netやKnifeforumsで紹介されていたExtrema Ratio社のイタリア軍用銃剣Fulcrum Bayonetのニュース。2ch軍事板の軍用ナイフスレでも紹介したが、こっちでも出しておく。Extrema Ratio社は90年代に生まれた新しい会社だ。イタリア軍とのコネクションを持ち、コバルトを多く含んだステンレスを使うなど米国のタクティカルナイフや軍用ナイフとはちょっと毛色の違ったナイフを作っている。ただし、高額なためか軍納入は特殊部隊など限定的な範囲に留まっているようだ。この銃剣もイタリア軍全体のものではなく山岳コマンド用のものである。

 基本デザインは従来のExtrema Ratio社のFulcrumと変わらない。しかし数ある製品のうち、Fulcrumをあえて銃剣に流用したのは少々意外だ。この先端が鈍角なタントー・スタイルでは刺突に向かないだろう(最も、同記事では刺突性に利があるとされている)。これは、作業での耐久性を重視したためではないかと思う。また、シースと組み合わせてワイヤーカッターにするための穴が従来の銃剣(米軍のM9等)よりブレード中央にあるのも破損を防ぐための対策なのではないだろうか。まあ、知識のない私の見方なので全くあてにならない憶測だが。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20090531
イタリア軍特殊部隊のフォールディングナイフ

 Coltelleria Collini, Knife, Knives, clipper, flashlights, sell

 イタリアのFOX Cutleryが特殊部隊用のナイフを販売した。

 これはSHOT Showで既にプロトモデルが公開済みなので、知っている人もいるだろう。

 イタリアの特殊部隊のナイフと言えばExtrema Ratio社のものが有名だが、なぜ今回FOXのナイフが特殊部隊用ということになったのかは不明。

 なお、ブレードを引っ掛けて開く"wave"は、元々の権利を持つEmersonと公式に提携したものだ。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20121002



ロープや鎖を使った戦闘技術はこの他の国にもある。現在残っている技法には相手の攻撃に対してロープで捌いたり絡めたりして相手を制圧する護身向けのもののほか、絞殺の技術やロープ・鎖についた武器を使う攻撃的なものも残っている。マイナーな例としては、イタリアのナイフと紐と組み合わせた伝統武術のようなものもある。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140712

■[ナイフ] イタリア・ナイフ術のためにデザインされたナイフTinea Kombat KnifeAdd Star

Gajardoni | Attrezzature Scherma Professionale

Review: Tinea Kombat Knife | HROARR

ナイフ・ファイティングの指導者がデザインしたナイフを紹介する。

このTinea Kombatというナイフは、イタリアの伝統武術を伝えるM° Danilo Rossi Lajolo di Cossanoがデザインしたものだ。

M° Danilo Rossi Lajolo di Cossanoは World Calix Academyという団体を設立し、イタリア伝統のナイフ術、棒術などの武術を各国で教えている。中には剃刀や鋏を使う技術もある。

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イタリアのナイフ術というと細身で刺突用のスティレットが知られているが、これは大型のフィクスト・ナイフでコンバットナイフに近いデザインになっている。


スペック

鋼材: N690ステンレス(テフロンコート)

ハンドル: G10

硬度: HRC 58

ブレード長: 16.5cm

ブレード厚: 0.6cm

全長: 29.5cm

重量: 370g

シース: コーデュラ・ナイロン

価格: 120€

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140130

Extrema Ratioサプレッサー

Extrema Ratio Home Page | Extrema Ratio Knives Division

サプレッサーはイタリアのExtrema Ratio社がイタリア軍警察特殊介入部隊G.I.S. (Gruppo Intervento Speciale)のために作ったナイフ。

この種のナイフとしては珍しくアルミ製ブレードのトレーニングナイフも販売されている。

同社は他にも第二次世界大戦期のダガーを現代風にしたExtrema Ratio Home Page | Extrema Ratio Knives DivisionやExtrema Ratio Home Page | Extrema Ratio Knives Divisionを販売している。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20141104

■[ナイフ] 格闘技指導者がデザインしたイタリア海軍特殊部隊用ナイフAdd Star

IWA2014の展示の記事を見ていて存在を知った。

http://www.mac-coltellerie.it/en/product/193/_smf01_sanmarco_fighting.html

このSanmarcoは、イタリアでナイフ格闘等の格闘技を指導しているSandro MartinelliとMarco Bellaniによってデザインされたナイフだ。製造はイタリアのMAC Coltellerie。

イタリア海軍特殊部隊San Marco Marine Brigade用のコンバット/スキューバ・ナイフで、ブレードの長さ145mm、全長265mm、重量268g、鋼材はATS-34と紹介されていたが、組成が近い別のステンレスの可能性も高い。

また、ステンレス製の練習用ナイフも製造販売されている。

http://www.mac-coltellerie.it/en/product/194/_smt02_sanmarco_trainer.html

下記リンク先の記事でこのナイフを使った用法が紹介されている。

http://www.summamaxima.com/files/Lame-d-autore.pdf



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20141205
次は以前紹介したイタリアの伝統ナイフ術Lajoloシステムの動画。

開閉と対ナイフの技術。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20141220
2014-12-20
■[技法] イタリアのナイフ術からテーブル上のもので戦う技術Add Star

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おなじみのイタリアのナイフ格闘術Lajolo Knife Systemの指導者Danilo Rossi Lajolo di Cossanoの動画から。

レストランでテーブルクロス、ガラス瓶、ナイフを使う技法の紹介。ここで使うナイフは食器のカトラリーのナイフを想定している。

安全のためデモンストレーションでは樹脂製の瓶を使っているが、実際にはガラス製のものを使う。このため割って使う手順もある。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20141221

■[技法] イタリア武術からナイフを防ぎつつナイフで攻撃する技法Add Star

昨日に引き続きイタリアのナイフ格闘術Lajolo Knife Systemの指導者Danilo Rossi Lajolo di Cossanoの動画から。

今回紹介するのはナイフ対ナイフの攻防で使われる技術だ。

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前回「おなじみの」と書いたが、よく考えたらここではあまり紹介してこなかった。

Danilo Rossi Lajolo di Cossanoはイタリア・シチリア島伝来のナイフ術を指導するインストラクターで、CALIXという名前の道場を創設した。現代的な防具をつけてのスパーリング、試合も行っているが、伝統的な技術の指導も行っている。

前半のデモンストレーションでは、左腕で相手のナイフを持つ腕をさばき、右手でナイフを抜いて反撃している。体をかわす体術がセットになっており、かぶっている帽子を右手で脱いで相手に当てる技法と組み合わせるなどの様々な応用がある。

中盤のデモンストレーションでは相手のナイフをかわしつつ左手で相手をコントロールする、あるいは反撃を加える。ズボンを引く技が興味深い。

最後のデモンストレーションはスパーリングに近い。ここでも帽子を使っている。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20141222

2014-12-22
■[技法] イタリアのナイフ術“サンタマリア”Add Star

今日もイタリア、シチリア島のナイフ術から。

イタリアのナイフと言えばイタリアン・スティレットと呼ばれる細身の鋭いスイッチナイフ(または折りたたみナイフ)が知られている。

その中でも大型のスティレットを使うシチリアの伝統ナイフ術を伝えている道場が「サンタマリア」である。

インストラクターのジュゼッペ・ボナッコルシ(Giuseppe Bonaccorsi)が特に知られており、家伝のナイフ術を指導している。

足を前後に開いた低い姿勢、手首を頻繁に返す独特の動き、時に跳びながらの移動など、先日紹介したラヨロ(Lajolo)のスタイルとはまた違っている。


ジュゼッペ・ボナッコルシによるサンタマリアの技術を見せる動画

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ラヨロがボナッコルシを訪問。ナイフ術を見せてもらう。

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ボナッコルシとラヨロ、スタイルの違う二人のイタリアナイフ術指導者のデモ。

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20141223

■[技法] イタリアのナイフ術“サン・ミケーレ”Add Star

今日もまたイタリア、シチリア島のナイフ術から。

最近連鎖的に書いているイタリア武術だが、実は年内では紹介しきれないぐらいある。これまで紹介したものである程度分かるように、シチリアのナイフ術が非常に多い。土地柄としか言いようがない。

今回紹介するのは“サン・ミケーレ”と呼ばれるナイフ術だ。

シチリア島パレルモ県コルレオーネ村のクアトロッキ家(Quattrocchi) の家伝のナイフ術で、伝統的なサーベル・フェンシングの技術を短いイタリアン・スティレットに適応させて作られたという。ナイフ・スローイングや素手の格闘も教えている。





http://d.hatena.ne.jp/machida77/20141224

■[技法] シチリア棒術Add Star

イタリア武術紹介としてナイフ術ばかり取り上げてきたので、ここで一つ違うものを紹介しよう。

今回紹介するのはシチリア棒術(Bastone Siciliano)だ。

シチリア島では農民や羊飼いが牧羊に使う棒を使って戦う伝統があり、その歴史は西暦1200年頃にまで遡れるという。

シチリアの棒は野生動物や人間から身を守るために使われ、決闘(名誉の決闘や賭け勝負)も行われていたとされている。

伝統的な棒の素材にはオリーブ、ビターオレンジ、ワイルドローズなどが使われ、火であぶって弾力を保ちつつ硬化させる。長さは120cmである。

現在ではAssociazione Nazionale Bastone SicilianoやA.S.A.M.I.R. (Associazione Sportiva Arti Marziali Italiane Riunite)などの団体で指導が行われている他、ナイフ術の道場で指導されている例もある。また、伝統的な練習だけでなく、現代的な防具をつけた競技も行われている。


ナイフ術の指導も行うロベルト・ラウラの動画

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昨日紹介したクアトロッチの棒術

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防具をつけた試合

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ドン・ヴィート・クアトロッキによる基本のデモンストレーション

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技紹介。技には天使の名前がついているものがいくつもある。

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150208
[ナイフ] FOX Knivesの2015年新製品Add Star

SHOT Show 2015で展示されたFOX Knivesの新製品を二つ紹介する。

一つはイタリアの近接格闘、ナイフ術の指導者であるアレッサンドロ・ザニンがデザインしたRecon。

刃長12㎝ 刃厚5mm 全長26.5mm 重量300g

やや小型の近接格闘用ナイフでカイデックス・シースはMOLLEシステムに対応している。

http://www.all4shooters.com/en/specials/trade-shows-2015/SHOT-show-2015/knives/fox-knives-recon/より



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150214

■[技法] “2 Edges”のイタリアのナイフ術Add Star

久しぶりにイタリア武術をまた紹介してみよう。

今回紹介するのは“2 Edges”という武術団体で指導している南イタリアの伝統的なナイフ術だ。

トレーニングナイフも使われているが、伝統的な練習方法では短い棒を使う。

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150302

■[技法] 中世・ルネサンスのヨーロッパのダガー術の動画からAdd Star

中世からルネサンスにかけてのヨーロッパのダガー(短剣)術は、現代でも指導しているところがある。

多くの場合は写本の研究から再現された内容が基になっているが、イタリアなどでは家伝の武術として伝えられているものもある。

ダガー術としばしば複合しているレスリングの技術、他の地域の武術との類似と相違、近代軍隊格闘技への影響など様々な視点で見ることが出来て面白い。


16世紀アウクスブルクの武術研究家パウルス・ヘクトル・マイアーのダガー術や中世~ルネサンスのダガー術に基づく動画。

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16世紀イタリアを中心とした中世剣術・武術を指導するIlkka Hartikainenのレスリングとダガーのセミナー。

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グレイシー一族とグレイシー柔術 ブラジリアン柔術 BJJと軍隊格闘術

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20081006

■[その他] 米軍の軍隊格闘技の現在Add Starcinemathejury

 軍隊格闘技、近接格闘技術について言及しているブログを見ていて不思議なことがある。米軍の格闘技の中核はブラジリアン柔術であるが、その事がほぼ無視されているのだ。それと、日本で有名なものが軍隊格闘技の主流であるかのように思っている人が多いが、実際にはかなり多様である。

 さて、日本で知られていない一例として上述の現代の米軍の軍隊格闘技について紹介しよう。

 現在の米軍の格闘術(Combatives)は「グラップリングはレスリングとブラジリアン柔術」「打撃はボクシングとムエタイ」「ナイフ、棒はフィリピンや西洋の武術」というのが基本だ。そして最も重点的に教えられるのはテイクダウンや絞め技、そこからのエスケープなどグラップリング技術である。

 で、どういうスタイルになるかというと、下記URLで米軍の全陸軍格闘術トーナメントの動画を見ることができるので見て欲しい。

http://www.militarytimes.com/projects/flash/combatives/

 総合格闘技そのものである。

 ここから総合格闘技のプロの世界に行った人間もいる。そうした背景があるため海外の格闘技雑誌にCombativesについての記事もあり、Webでも色々な視点や考察があって面白いのだが、日本では軍隊格闘技と総合格闘技の分析はそれぞれ別個になされていることが多く考察に拡がりがない。日本では、日本で有名な特定の軍隊格闘技の話とそれに関連した伝統的な格闘技の技法の有効性の話ばかりだ。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20130205
■[技法][ガジェット] 特殊部隊の絞殺具としての腕時計ベルトCommentsAdd Star

戦闘で敵の首を絞めるためにデザインされた腕時計ベルトというものがある。

DefenseBandという製品だ。今日の練習の後、ちょっと話題にしたので紹介してみる。

この製品、2007年にギズモードで紹介されているが、覚えている人はあまりいないだろう。




2007年の記事 護身用武具にもなる腕時計(動画) : ギズモード・ジャパン

公式サイト DefenseBand




腕時計で絞殺、というとリューズからワイヤーを引き出して絞める、という映画にあるようなガジェットを想像する人がいるかもしれない。しかしDefenseBandは時計本体ではなく時計のベルト(バンド)を引き出して絞めるようになっている。ベルトだけが販売されており、NATOストラップのように大抵の腕時計につけることができる。

このDefenseBandは好事家の思いつきで生まれたものではなく、米軍の特殊部隊向け格闘プログラムSOCP(Special Operations Combatives Program)の創始者であるグレッグ・トンプソンが開発したものだ。実戦、それも軍隊格闘技の技術を基に使う前提で誕生した道具である。

現代の米軍の軍隊格闘術は総合格闘技(MMA)の技術を基礎としており、グレーシー柔術の技をかなり取り入れている。その一環として袖を使って相手の首を絞める袖車絞め(エゼキエル・チョーク)も使われるのだが、袖のない服を着ている時は当然袖を使った絞め技が使えない。そういった状況でもこの腕時計ベルトをしていれば、袖を使った絞め技と同じことができるのだ。

もちろん袖車絞め専用というわけではない。引き出したDefenseBandは袖よりも長いため、その長さを生かして多様な絞め技に対応している



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20131115

■[技法] グレーシー柔術の近接射撃と格闘Add Star

警察や軍の近接戦闘において、自分が構えている銃を敵に掴まれるという想定での技術がある。こうした技術は射撃技術の一環だが、格闘としての要素が強く、格闘技のインストラクターがしばしばそうした技術について指導を行っている。今回紹介するのもそうした例の一つだ。

下の動画はレナー・グレーシーが拳銃を相手に掴まれた際の技術を解説、実演している動画である。

一つは相手の腕を膝で引きはがす技、もう一つは銃のスライドをもう一つ手で押さえ、相手に捕まれないようにする技。後者のデモンストレーションでは実際にスライドを押えた状態で撃てるかどうか、練習用の銃ではなく実銃で見せている。

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手で完全にスライドを押さえ、その後手動でスライドを引いて薬莢を排出している。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140108

■[技法] 米陸軍の格闘技訓練は削減されるか?Add Star

去年書きはぐったニュース。

オンラインスポーツマガジンThe Sports Postの2013年12月19日の記事によると、アメリカ陸軍訓練教義軍団(TRADOC)は、ジョージア州フォート・ベニング基地にある高等訓練センター(the Maneuver Center of Excellence)に対して格闘技訓練を削減するようにとの最後通牒をつきつけたという。


記事:The Army Combatives Program is Under Fire - The Sports Post


現在のアメリカ陸軍の格闘技はModern Army Combatives(MACP)または単にCombativesと呼ばれるもので、1995年に二等軍曹(当時)でグレーシー柔術の黒帯であるマット・ラーセンが陸軍レンジャー用に開発し、その後陸軍に採用された。

現在、MACPは4つのレベルのコースがあり、レベル1に1週間、レベル2には2週間かかり、レベル3、レベル4にはそれぞれ4週間かかる。この4つのレベルは全兵士が訓練するものではなく、指導を行うための資格だ。

TRADOCは予算削減のため4つのレベルを一つにまとめ、訓練期間を2週間に短縮するように求めているという。この件について報じたArmy Timesの記事によると、2013年に陸軍で開催されている格闘技大会が中止されたのも同様の事情だという。


記事:no title


Army TimesやThe Sports Postは、陸軍兵士としてのスキルに格闘技が重要であることや削減された期間では専門家を育成できないことを主張するコルトン・スミスやマット・ラーセンら指導者のコメントを取り上げ、訓練短縮に批判的な記事を書いている。

ネット上の反応でも削減に否定的な意見が多いのだが、果たしてどうなることか。

掴みかかってくる相手を肘でコントロールするのがポイント。



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140729

■[技法] 米軍の軍隊格闘技の寝技の練習でスタンガンを使うAdd Star

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2010年にこの訓練の報道があった時にはてブで紹介したけど、思い出したついでにここで再度紹介。

米陸軍の現在の格闘技はグレーシー柔術ベースで寝技の割合が高い。一般向けの練習と異なり、武器を持った相手との戦いを想定した練習として、スタンガンを隠し持った相手とのグラウンドの練習が行われている。1クラスの一人にだけ10万ボルトのスタンガンを渡すのだが、誰がスタンガンを持っているか他の人に分からないようにするのだという。2014年4月のBlack Beltの記事でもこの件は書かれていたので、現在もこの練習方法は継続しているはずだ。

武器を隠し持った相手と地面に転がるシチュエーションがどこまであるかは分からないが、この練習で注意力は高まりそうだ。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140909

■フジ・スポーツのMultiCamそっくり迷彩の柔術衣Add Star

Fuji Sports Combatives - Jiu-Jitsu Gi In 'Multi-Camo' - Soldier Systems Daily

日本でもおなじみ、フジスポーツの柔術衣からMultiCamそっくりパターンの製品。

MultiCamではなくMulti-Camoである。権利問題は大丈夫なのか。

これは新製品というわけではなく、前からある。

以前からフジスポーツは古いデザートパターンからデジタルカモまで数種類の迷彩柔術衣を販売していて、新しい迷彩が増えても古い迷彩の製品の販売も続いている。

主に兵士向けだと思うのだが、古い迷彩のものは売れるのだろうか?

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20141122

■[技法] 米軍のシャベル格闘術Add Star

昨日に引き続き、シャベルの格闘技術の話をしよう。

第一次~第二次世界大戦中の白兵戦でシャベルが使われたことは、この種の戦場のエピソードや軍隊格闘技に興味がある人には知られている。そして昨日紹介したようにソ連軍、それもスペツナズで武器として使われていることも知られている。ロシアにはシャベル術を指導する団体がいくつもある( 色々あるロシアのシャベル格闘術 - 火薬と鋼)

しかしこうした例と比べてアメリカ軍でシャベル格闘が正式に訓練に取り入れられたのが比較的新しいことだとは知られていない。

米軍の格闘技術としてシャベルが正式に指導されるようになったのは、1971年以降の教本(Combatives Field Manual FM 21-150, 1971)からである。

それ以前も使われることはあっただろうが、正式にマニュアルに掲載されるようになったのはこれ以降のことだ。これは身の回りにある武器ではない品を武器に使う応用技術である。その後、米軍の格闘技は改良を重ね、2000年代にはブラジリアン柔術を取り入れて大きく変化したが、シャベル術の記述は1971年からほとんど変わらず残っている。

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U.S. Army FM 3-25.150 Combatives (2002)よりシャベル(Entrenching tool)の例

シャベル格闘の訓練風景。

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60年代から採用されている三つ折りになるシャベルM1967はヘッドを90度折りたたむと鍬のようになることから、その状態で戦う技術もある。

http://d.hatena.ne.jp/machida77/20150204

■護身と武術の話に関するメモAdd Star

最近のTwitterでの話とも関連する護身と武術の話について書いてみる。


格闘技・武術は習って即座に護身に役立つかと言うとそうではないことが多い。
このため海外の護身術は、しばしば格闘技や武術、特に伝統武術の技術は無駄だということを宣伝に盛り込んでいる。
Googleで「self defense martial arts myth」と入れて検索すればその種の文章は無数にみつかる。
護身術の指導者は武術の型を護身のためのシチュエーションやシナリオと見て批判していることもある。それはさすがに違うのではないかと思う。
なお、格闘技、武術でも市民の護身用のクラスやセミナーではそれに合わせた内容にアレンジしていることがある。
護身術にも色々あるが、多くの場合相手への発声やボディランゲージ、身を守るための心理的・肉体的トレーニング、現実的なシチュエーション・シナリオに基づく練習、短期間で習得できるカリキュラムなどをセールスポイントとしている。
各種護身術を見ると、発声・ボディランゲージの練習、心理的なブレーキのはずし方などはともかく、シチュエーション再現については、どこまで現実に即しているのか、練習していないシチュエーションに遭遇したらどうするのかという課題はあるかもしれない。その種の団体の公式サイトや動画を見ると、考え方が色々あることが伺える。
格闘技・武術にしても、護身のシチュエーションということを想定することはあるわけで、現実の状況については考えざるをえない。
前後の状況を踏まえた現実に起こりうるシチュエーションを考えるのは、結構難しい。
以前、北米では「喧嘩では90%が地面に転がっての戦いになる」という説があった。グレーシー柔術が広めたとも言われる。
この値は警察官が容疑者を逮捕する時の格闘にも当てはまるとされた。しかし実際に警察の統計に基づいた調査Going to the Ground: Lessons from Law Enforcementによると、そんな極端な偏りはなかった。
ただし、これは警察の例であり、非力な人間が襲われるようなシチュエーションとはだいぶ違うだろう。
指導を受ける人間について考えることも重要。中にはどう考えても一般人が実行できない技術を護身用としてデモンストレーションしている例もある。
海外(特にアメリカ)の例を見ると、護身術の指導者にDVやレイプといった被害からのサバイバーが指導者にいるスクールも結構ある。この一例は渡辺由佳里のひとり井戸端会議: 「犠牲者」にならないための護身トレーニングで紹介されている。
アメリカの大学では学生向け護身術コースを用意しているところがあり、そこから技術の習得や性差についての研究もある。
A Lab Study on Speed of Self-defense Skills of American College Men and Women : Sport Science Review
護身術と格闘技・武術はつながりが薄いところと濃いところがあり、本格的に調べたら恐らく論文になるくらい情報がある。

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アメリカ先住民 アパッチのナイフ武術





http://d.hatena.ne.jp/machida77/20131102

■[ナイフ][技法] ネイティブ・アメリカンのナイフ術Add Star

アメリカのナイフ術として、北米各地のネイティブ・アメリカンの部族の格闘技として伝わっているものがある。実際に指導者がいて道場を開いているものもあるし、伝承・記録として簡単な情報のみ伝わっているものもある。

困るのは、その来歴についての情報が極端に乏しいことで、時代による技術の変化や後世の創作の混入といったものを検証できないところにある。私見だが、後から加わった技術もあるように思える。

いくつか有名どころを紹介しよう。


アパッチ族のナイフ術

アパッチ族のナイフ術は現在指導されているネイティブ・アメリカンの格闘技の中でも有名なものの一つ。

下の動画はそのうちの一つで、Robert Redfeatherが指導しているもの。

練習体系は現代化しており、防具をつけたスパーリングもこなす。

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Snake Blockerという人物も知られている。

ナイフのデザインとナイフ格闘の指導を行っている。

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TOPS Knivesのアパッチ・ファルコン(Welcome To TOPS Knives - TOPS Knives Tactical OPS USA)のデザインは彼によるものだ。この他いくつかの量産ナイフ、カスタムナイフのデザインを行った実績がある。


その他・徒手格闘

イギリスのTactical Edged Close CombatのMark Daviesのデモンストレーション。これは公式情報を見ても来歴は掲載されていなかった。

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次は団体のサイトのみ。American Indian Fighting Arts Associationという団体があり、Chulukua-Ryu(Ryuは~流の意味)というネイティブ・アメリカン柔術とでも言うべき武術を教えている。

The Core of Chulukua-Ryu - page 1


Randall Brownによるアメリカ・インディアン・戦闘術のビデオ。内容を見たことはないが、こういったものもある。

http://www.protectmefirst.com/randall_brown.asp


この他にもレスリング、棍棒やトマホーク投げといった技術があるのだが、資料がまとまっていないものばかりなのでうまく紹介できない。

こういったネイティブ・アメリカンの格闘技は、時に指導を受ける兵士の例もあるが、体系化の問題もあって普及しているとは言い難い。

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世界のステッキ武術  アイルランドの棒術



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20131007

■[技法] 護身用にステッキをAdd Star

最近ニュースの紹介ばかりでまとまった記事を書いていなかった。

以前書きかけた記事があるので、それを書き上げてアップしておく。


もう何年も前のことだが、足を痛めて不自由をしていた時に「歳をとったら護身用ステッキを持とうか」と考えたことがある。

ステッキを護身用に使うというのはイギリスのヴィクトリア朝の護身術や日本の明治時代の柔術などに見られ、それ以外でも多くの国、時代に例がある。

よく知られているのはコナン・ドイルの小説の中でシャーロック・ホームズが使った格闘技バリツの由来となったとも言われているバーティツか(「バリツ」そのものを知らない人も結構いそうだが)。


バーティツのステッキ術の記事 » Self Defence with a Walking Stick


様々な流派の個人・団体によってステッキ護身術は現在でも教えられており、多くの場合オーソドックスな木製のステッキを使うのだが、ステッキ自体最初から護身用として造られているものもある。

護身用を謳っているステッキをいくつか紹介してみよう。なお、仕込み杖まで紹介すると多すぎるので、仕込みは紹介しない。


リブセイ・コンバット・ケイン

カスタムナイフメーカーがステッキ術用のステッキも作っている。

Livesay Combat Cane

これは西洋の護身用ステッキの典型的な形状の一つ。

握りの末端が鋭く、相手に引っ掛けやすくなっており、シャフト部分に滑り止めの凹凸が加工されている。流派にもよるが、この種の加工が施された護身用ステッキは多い。


ACSDのステッキ

American Cane Self-Defense Canes

ACSD= American Cane Self Defenseの製品。ステッキ護身術団体Cane-Do-Kai(ケイン道会)の設立者Joe Robainaデザインのステッキが販売されている。 ここは木製からアルミ製まで色々なモデルがある。フック状の握りのものが中心で、強度や滑り止めに工夫がある。

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アンブレイカブル・アンブレラ

護身用の傘。これは色々なところで紹介された有名な商品である。

Unbreakable Umbrella |

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もともとステッキ術は傘術でもあり、大抵の技術は傘でも使える。しかし傘は耐久性が低い。そこでこのように護身術に使える頑丈な傘が販売されている。


コールドスチールのステッキ

Cold Steel Knivesは民族武器、伝統武器の量産品として護身用のステッキ、杖も製造販売している。オーソドックスなステッキの形状ではない。ほとんど樹脂製で強度はあるが安っぽい外見である。

African Walking Stick - Cold Steel Knives

Aluminum Head City Stick - Cold Steel Knives

Irish Blackthorn Walking Stick - Cold Steel Knives


シチズン

もう販売されていない商品。

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The Citizenは握りの部分を動かしてトンファー状になるステッキだ。価格49.99ドル。

これはかなり短命な商品で、公式サイトは2年持たなかったと記憶している。


ブラック・スウィフト

http://www.blackswiftsticks.com/

軽量を売りにしたステッキ。握りが球状で、シャフトの素材・重さの違うバリエーションがある。


ケイン・マスターズのステッキ

http://www.canemasters.com/

ここは木製の護身用ステッキのほか、普通のステッキ、ストックなども販売している。

握り部分や滑り止めに工夫があるほか、Street Smart Samurai Combat Caneのようにシャフト部分に角があって効果的にダメージを与えられるようになっているものもある。


ウッデン・スチールのステッキ

no title

木刀などの武術用品の店が護身用のステッキも販売している。素材、形状などカスタマイズ可能な点が特徴。


SDKサプライ

カナダの剣道・居合道中心の武道用品店でステッキ術練習用ステッキを販売している。

http://sdksupplies.netfirms.com/cat_stdhickory.html

この種のシンプルな練習用ステッキは他にも多くの団体・販売店が売っており、紹介しきれない。


ユニバーサル・アウトフィッターのG-10製ステッキ

http://stores.universal-outfitters.com/Detail.bok?no=126

護身用ステッキとしてG-10製は珍しい。


シレイリー(シレラグ、シレイラ)

シレイリー(シレラグ、シレイラ)は、いわゆるステッキとは違う民族性の強い道具・武器。上で紹介したコールドスチールの製品の一つは、これが元になっている。

アイルランドの棍棒・杖であるシレイリーは、歩行の補助用の杖であると同時に武器でもある。完全に武器としてだけ作っている人もいる。リンボク(ブラックソーン)やオークを素材とし、根の分岐や塊を利用してノブ状の握りを形作るのが特徴。

シレイリーを作るメーカーは複数いる。下は一例。

http://www.oldeshillelagh.com/

シレイリーを使うアイルランドの棒術は、現在ではアイルランドよりもむしろアイルランド移民の多い他国で民族意識とともに広まっている。

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世界大戦と軍隊格闘技 柔道 柔術の関係







http://d.hatena.ne.jp/machida77/20130308

[技法] 第一次世界大戦と軍隊格闘技Add Staryu-kubohengsukagamihogekent013

第一次世界大戦は、それまでの戦争とは異なる戦術を生み出した。この変化は、白兵戦や徒手格闘といった軍隊格闘技にも影響を与えている。

今回は、第一次大戦前後の白兵戦における武器術も含めた軍隊格闘技、近接格闘の話を書いてみたい。


第一次大戦前・銃剣と軍刀

19世紀後半から20世紀初頭にかけて、軍における格闘技というのは基本的に軽視されていた。

戦争はほとんど砲と銃で戦う時代であり、この時代の近接戦闘と言えば主に騎兵が使う軍刀(サーベル)と、歩兵がライフルに装着(着剣)して槍のように使う銃剣で戦うことだった。特に後者は、多くの歩兵が使うため訓練している軍が多かった。

例えばアメリカでは、1852年に米軍初の格闘マニュアル*1が公刊されているが、これはジョージ・マクレラン(wikipedia:ジョージ・マクラレン)がフランスの銃剣術マニュアルを翻訳したものだ。この時代の銃剣術は、フェンシングの技術の影響が色濃い。練習も試合もフェンシングに倣ったものだった。

一方、日本では1877年(明治10年)、陸軍戸山学校にフランスから体育教官としてデュクロー陸軍軍曹を招き、フェンシングと銃剣術が教えられた。やがて陸軍の軍制がドイツ式に変わったこともあってデュクローは帰国。1890年(明治23年)には戸山学校長・大久保春野大佐がフランス式剣術・銃剣術の廃止と日本式軍刀術・銃剣術の制定を決定した。1894年(明治27年)には宝蔵院流や佐分利流などの伝統的な槍術をもとにした日本独自の銃剣術が制定されている。


塹壕戦の武器

第一次世界大戦では、大規模な塹壕戦が繰り広げられた。塹壕内での極めて近い距離、狭い場所での戦闘が頻発したのだ。こうなるとショットガンや拳銃など近距離向きの銃器や手榴弾が有用だが、敵に悟られないように塹壕に侵入していくことも重要だったため、音を出さない白兵戦用の武器も重視された。そうした白兵戦で敵に対処するために防御側も同様の至近距離での戦闘技術が必要となった。このため各国で近接戦闘の工夫がされていった。既存の銃剣や軍刀も活用されたが、より近い距離で戦うために塹壕戦向けの新たな武器も使われている。斧やピック、モーニングスターなど中世さながらの武器まで使用例がある。いくつか塹壕戦で使われた白兵戦武器を挙げてみよう。


・トレンチナイフ

塹壕で戦うためのナイフとしてトレンチナイフがある。塹壕で戦うためにデザインされたトレンチナイフは、多くの場合刺突を重視した鋭いブレード形状で、手を守るナックルガードが備わっている。このナックルガードは相手を殴るのにも使われた。フレンチ・ネイルと呼ばれたフランス軍の簡易なトレンチナイフ(French Nail - Wikipedia, the free encyclopedia)の他、ドイツ軍、イギリス軍、アメリカ軍などがそれぞれのトレンチナイフを採用している。

トレンチナイフは極めて近い距離での攻撃・防御のために逆手持ちで扱う事が多く、デザインも逆手持ちを前提としたものがあった。次の2つのナイフは、逆手に持った時に刃が自分の側を向くようにできている。

Clements knuckleduster knife (WEA 726)

allocated name knuckle-duster knife - ’Ranger’ trench knife (WEA 649)
・トレンチ・クラブ

塹壕戦では棍棒も使われた。単純な木製の棒から、鉄製の鋲をつけたものまで、多様なトレンチ・クラブ(塹壕用棍棒)が使われた。想像できない人は、ロンドンの帝国戦争博物館のコレクション画像を見てほしい→Search Our Collections for "club" | Imperial War Museums
・シャベル

塹壕用の工具、エントレンチング・ツール(entrenching tool, E-tool)であるシャベルは、ナイフや棍棒と違って元々塹壕で使われる装備品であり、手頃な武器としても使われた。特によく使われたのは多くの歩兵に支給されていた全長50cm程度の短いシャベルで、第一次大戦後も軍隊格闘技に残ったシャベル術では基本的にこのサイズの短いシャベルを使う。現代の米軍の格闘マニュアルにも同様のシャベルを使う格闘技術が残っている。
・ナックルダスター

メリケンサックという呼称のほうが知られているかもしれない。拳を保護するとともに攻撃力を高める金属製の武器である。これは大量に採用・使用された武器ではないが、接近戦用に使われた例がある。


こうした武器の多くは戦術の変化や近接戦闘技術の発達、近い距離での戦闘に適した銃器の発展と普及によって第二次大戦までに廃れていった。


軍隊格闘技の発展

塹壕戦によって近い距離で戦う武器術や格闘技術が求められるようになっていったのがこの時代の最大の特徴だ。そこで軍における訓練では近接戦闘のために既存の格闘技を取り入れるようになった。


動画:第一次大戦時期の米軍の格闘技訓練

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・銃剣術とボクシング

19世紀末~20世紀初頭、フェンシングの影響が色濃い銃剣術は、ピストという試合場にあわせて練習されていた。しかし塹壕での混戦の中では縦横に動き回れることが重要で、フェンシングに基づく既存の銃剣術は改められていった。

こうした状況の中で英米を中心に広まっていったのがボクシングをベースとした銃剣術である。

背景には、安全を重視したクインズベリー・ルールに基づいた近代ボクシングが19世紀末~20世紀初頭に発展・普及したことがあげられる。

第一次世界大戦以前、1908年にはイギリス軍のマルコム・フォックス大佐はボクシングの練習が銃剣術に応用できると主張している。こうした背景があって1910年代にはイギリス、アメリカ、カナダでプロボクサーをインストラクターに招くようになった。ボクシングは大勢の人間に効果的に練習させることができる格闘技だからである。当時の米軍でのボクシングについてはJNC: Boxing for Beginners: Jacombの記事が詳しい。

下の1940年代の動画はより分かりやすい。2:06以降がボクシングを基にした銃剣術を示している。

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この時代のボクシングはあくまで銃剣術、武器術のためのものであり、素手で戦う時に使う技術ではない。


柔道と柔術

第一次大戦を境に軍隊格闘技の基として注目された格闘技の一つに日本の柔道や柔術がある。

柔道や柔術の海外への伝播はちょうど第一次世界大戦前であり、多くの柔道家・柔術家が海外に渡って普及活動を行っている。特にアメリカでは第一次大戦前、柔術ブームとでも呼ぶべき現象が起きていた。しかし第一次大戦前の柔術ブームは日本への興味、東洋趣味や、身体運動文化の隆盛といった点での流行であり、軍や警察に向けたデモンストレーションや指導があってもそれは少数の例だった。

こうした状況は1910年代に変わっていく。

日本で自剛天真流柔術を学び柔術書を出したソーンベリーは、1917年から米軍兵士の養成所で延べ5,000人に柔術の指導をしている。その他にも、アラン・スミス中佐、ロイド・アイルランド、ジャック・レンツ、ジョン・J・オブライエン、日本人柔道家の羽石幸次郎など、各地の駐屯地や養成施設で柔道・柔術の大規模な指導が行われた。

中でも特筆すべきはソーンベリー同様に日本で自剛天真流を学んだジョン・J・オブライエンである。彼は全米で柔術のデモンストレーションを行い、1905年には"The Japanese secret science Jiu=Jitsu"をアメリカで出版した。オブライエンの活動は広範囲に渡り、サーカスのような娯楽から学校、スポーツ団体、警察にまで及ぶ。1902年にはルーズベルト大統領を指導し(後に講道館の山下義韶もルーズベルトに教えたが、それより2年以上早い)、プロレスラーのジョージ・ボスナー、後に海兵隊の軍隊格闘技の指導を行うアンソニー・ビドルにも指導をしている。

ボスナーへの柔術指導は1905年、ボスナーと柔術家・東勝熊の試合対策として呼ばれたものだ。試合後もボスナーは柔術の練習を続け、後年は自身の運営するクラブで柔術の指導もしたという。東勝熊の逸話に関しては海を渡った柔術士、東勝熊 前編(1904年) | 拳の眼、海を渡った柔術士、東勝熊 後編(1905年) | 拳の眼が詳しいが、私が情報源とした藪耕太郎(2012)とは若干情報に違いがある。

ビドルは日本人に柔術を学んだ後、オブライエンから指導を受けた。後に彼はボクシングや柔術等を組み合わせ、1918年から海兵隊員を訓練した。ビドルが1937年に出版した"Do or Die"は海兵隊の格闘技マニュアルである。こうした一連の実績からビドルは軍隊格闘技のパイオニアとして知られている。しかし彼の基礎がフェンシングだったためか、個人の資質によるものか、彼の軍隊格闘技は紳士の決闘のようなフェアプレーに基づいたものだという問題があった。第二次大戦中に連合軍の軍隊格闘技を指導し、その後の軍隊格闘技に大きな影響を与えたW.E.フェアバーンのナイフ術では敵の背後から襲う技術があるが、ビドルの指導にはそういった面はなかった。

なお、W.E.フェアバーンは1907年から上海自治警察に勤務する傍ら、柔術、柔道、中国武術を習い、警察で近接戦闘術を指導した。イギリス軍で指導するようになったのは1940年からである。フェアバーンの場合は都市での戦い、犯罪や暴動との戦闘であり、第一次大戦とはまた違った経験を踏まえている。


1910年代の軍隊格闘技における柔術・柔道の担い手は日本の柔道・柔術が海外で根付き、変容していった中で必要な部分だけ換骨奪胎され、根付いていったものと言える。ボクシングと柔道・柔術だけがこの時代の軍隊格闘技の基というわけではなく、レスリングも参考とされた。柔術・柔道の指導者にはレスリングを既に学んでいた人間もおり、グレコローマンもキャッチ・アズ・キャッチ・キャンも参考にされ、中世のレスリングや民族格闘技を研究する例もあった。また、ナイフ格闘ではヨーロッパの剣術も参考にされた。


諸国の例

この時期の英米以外の国の軍隊格闘技の動向を書いてみよう。情報源に偏りがあるため、網羅はできていない。


日本では、1916年に陸軍幼年学校で軍刀術が採用された。また1919~1920年頃には小太刀の剣術を基にして短剣術も制定された。銃剣術・軍刀術、短剣術というように、日本では白兵戦の武器術が中心で、徒手格闘についての動向は遅く、限定的であった(陸軍幼年学校での柔道・相撲など、身体鍛錬としての意味合いのものはあった)。陸軍中野学校の柔術など、徒手格闘の研究・訓練はこれよりずっと後になって始まる。


イタリアでは第一次大戦中にエリート部隊アルディーティ隊で中世の剣術、武器術Fiore dei Liberi(戦いの華)を参考にしたダガー格闘術や徒手格闘術が訓練された。現代イタリアの格闘技Sistema SALはこの第一次大戦のイタリアの軍隊格闘技や伝統武術を基に武術研究者アントニオ・メレンドーニ教授が開発したものだ。


フランスでは、日本の柔道やフランスの格闘技サファーデ(サバット)を基にした格闘技が整備された。

1917年制定のフランス軍マニュアルより

Notice sur le corps à corps - France - 1917


ドイツでは1908年に早くも陸軍・海軍のトレーニングに柔道が取り入れられたことが報じられている。

KAISER ORDERS JIU-JITSU. - Japanese Wrestling to be Practiced In Army and Navy Gymnasia. - View Article - NYTimes.com

これは実戦用というより一種の鍛錬、体育用。もともとドイツ軍は銃剣術も含めて軍で格闘技訓練を行うことに熱心ではなかった。それでも第一次大戦~第二次大戦の間にはドイツでも親衛隊といったエリート部隊を中心にボクシングや柔道、レスリング等を基にした軍隊格闘技が整備された。

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ロシアでは、第一次大戦後に軍での格闘技研究・訓練が盛んになった。1918年には赤軍の訓練所Vsevobuchや内務省・秘密警察の訓練組織ディナモが創設されている。日本で講道館柔道を学んだワシリー・オシェプコフは1920年代に軍や警察向けに柔道を指導し、ビクトル・スピリドノフは1923年からディナモで柔術やレスリング等を基にした護身術を指導した。この1920年代の両者の研究や指導が後のサンボへとつながっていく。


まとめ

第一次世界大戦によって、民間での格闘技の動向と塹壕戦という二つの要因が重なって、近代化した軍の中での格闘技が注目された。海外に柔道・柔術が広まったのは日本人の活動によるものだが、第一次大戦前後には既にそれらを学んだ欧米人による活動へと切り替わっている時代であった。アジアの武術はオリエンタリズム、東洋の神秘、新奇な運動文化といった扱いから、欧米各国の現地にあわせたかたちで受容され、利用されるようになっていたと言える。

また、格闘技のスポーツ化・大衆化によって安全性、ルールが整備された時代に、そうした格闘技から今度は実戦的な要素が軍に取り入れられるようになった点も注目すべきだろう。ボクシング、レスリング、柔道がそうした例に当てはまる。また、日本の柔術や中世ヨーロッパの剣術など、当時既に時代遅れとみなされていた武術が近代の近接戦闘用のものとして研究され、その技が活用されるといった現象も起きている。

この時代の軍隊格闘技の最大の特長は、生まれた時代も国も異なる多様な来歴の格闘技から必要な技術や練習方法を取り出し、その時代の戦争にあわせた格闘技が作られたことである。こうした新旧・東西の格闘技の混合・再編成という方法は、後の時代の軍隊格闘技にも引き継がれていった。


参考文献・Webサイト

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JNC: Anthony J. Drexel Biddle, USMC CQB Pioneer: Svinth

THE HISTORY OF COMBATIVES

JNC: Some Background on Captain Allan Corstorphin Smith: Bowen

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Anthony J. D. Biddle (1937). Do Or Die: A Supplementary Manual on Individual Combat. Marine Corps Association

William E. Fairbairn (1942). Get Tough. D. Appleton-Century Company

William L. Cassidy (1997). The Complete Book of Knife Fighting: The History of Knife Fighting Techniques and Development of Fighting Knives, Together With a Practical Method of Instruction. Paladin Press

Michael Fagnon(1995). SS Werwolf Combat Instruction Manual. Paladin Press

和良コウイチ(2010)『ロシアとサンボ : 国家権力に魅入られた格闘技秘史』(晋遊舎)

村上和巳, 若松和(2007)『自衛隊の最終兵器徒手格闘術&銃剣格闘術』(アリアドネ企画)

藪耕太郎(2012)「前世紀転換期から1930年代における柔術のアメリカへの伝播回路 : 2名のアメリカ人による柔術の変容と継承に着目して.」『スポーツ史研究』 Vol.25(2012-03-31) pp.43-56. スポーツ史学会





http://d.hatena.ne.jp/machida77/20130506

■[技法] 第二次世界大戦と軍隊格闘技Add Starhokuto-hei21047316@twitter

第一次世界大戦と軍隊格闘技 - 火薬と鋼の続編。

と言っても前回のように多くの国の例は出さない。この時期、ほとんどの国では第一次世界大戦前後の軍隊格闘技を引き継いでおり、劇的な変化というものは限られているからだ。研究や変化自体はあったが、第一次大戦のような大規模な影響となると限られている。

そんな中から、今回は第二次世界大戦期に広まり、後に影響を及ぼした英米の近接戦闘技術体系であるフェアバーン・システムを中心に説明する。


W.E.フェアバーンの時代

1940年、ドイツ軍がポーランドを始めにヨーロッパ各国への侵攻を開始すると、イギリスは占領された地域で破壊工作やレジスタンスの支援を行なうため、特殊作戦執行部(Special Operations Executive, SOE)を創設した。同様にアメリカも1941年に情報調整局を設立、それが1942年に戦略情報局(Office of Strategic Services, OSS)に発展する。

こうした機関で指導をしたのがW.E.フェアバーンとその高弟E.A.サイクスである。


SOE、OSSに至るまでのフェアバーンの経歴を解説しよう。

イギリス海兵隊出身のフェアバーンは、1907年から上海自治警察(SMP)勤務を開始した。1908年に暴漢に襲われ入院。その病院のベッドで柔術整骨の広告に目を留め、退院後にその柔道整骨を営む日本人岡田某から真之神道流柔術を3年半習った。また1919年には東京の講道館柔道を習い始め、1931年に黒帯2段を取得した。この他に北京で中国拳法をCui Jindong(Tsai Ching Tungとも)に学んだという。この中国拳法を教えた人物は中国の宮廷警護の教官を勤めた人物で当時83歳だったとフェアバーンの著作に記されており、一説にはその拳法は八卦掌だと推測されている。

1910年に巡査部長に昇進したフェアバーンは射撃教官となり、やがて階級が上がると予備部隊(Reserve Unit ; RU)という暴動鎮圧部隊を組織し(現代のSWATのような部隊)、600件を超える武装衝突に関わって経験を蓄積したとされている。

この上海時代のフェアバーンは射撃においても新しい訓練や技術を生み出している。例えば、ミステリー・ハウスという建築物状の射撃訓練施設(後の時代でいうキリング・ハウス)やマウザーピストルの 7.63x25mm弾を止める能力を持つ防弾ベストの開発といったものがある。この時代、フェアバーンは自らのシステムをディフェンドゥ(Defendu)と名づけた。また、シャンハイ・ダガーと後に呼ばれるナイフのデザインも行った*1。

上海時代のフェアバーンは、"Shanghai Municipal Police Self Defense Manual"(1915)、"Defendu!"(1926)、"Scientific self-defence"(1931)、"All in Fighting"(1931)といった本を出版している。

1939年、フェアバーンは上海自治警察副長官として引退し、1940年にサイクスとともにイギリスに帰国。英国陸軍省に大尉として迎えられる。ナチス侵攻が恐れられていた当時、フェアバーンらはまずスコットランドの訓練施設で国土防衛軍の後方残留部隊を訓練した。この部隊は仮にナチスに占領された場合、レジスタンスとして抵抗運動を続けるための秘密部隊であった。その後は、SOE、SIS、コマンド部隊、海兵隊などに対して指導した。この時期、フェアバーンらは教官となる人物を養成し、そのシステムを広められるようにしている。ここで訓練された技術はディフェンドゥを元に諜報機関・軍向けに短期間で習得できるようにアレンジした近接戦闘術で、特に格闘技術は「サイレント・キリング」と呼ばれた。

1941年にはフェアバーンは上海時代に開発したナイフを元にフェアバーン・サイクス・ファイティング・ナイフというダガーを開発し、これは後々まで英米の多くの部隊で使われた。

1942年、アメリカがOSSを創設すると、フェアバーンは米国に中佐待遇で招聘され、OSSの訓練施設・キャンプX(カナダ・オンタリオ州)の教官となった。そこで指導を受けた軍人の1人にレックス・アップルゲートがいる。アップルゲートはフェアバーンの持つ技術を習得し、フェアバーンの訓練時のデモンストレーション・パートナーを務めるまでになった。アップルゲートは1943年にその技術をまとめた"Kill or Get Killed"を出版し、米軍の指導者として活動した。


動画:フェアバーンとアップルゲートのデモ

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一方のサイクスはイギリスでSOEへの指導を続け、1942年には拳銃射撃の古典とでも言うべき"Shooting to Live with the One-Hand Gun"という本をフェアバーンとの共著で出版している。しかし1944年には健康を害し、1945年4月6日に退役。1945年5月12日に病死している。享年62歳。

サイクスやアップルゲート以外にこの時代にフェアバーンの弟子として活躍した人物の一人に、ダーモット・M・"パット"・オニールがいる。彼は講道館柔道5段、その他に中国拳法などの経験もあった。1928年~1938年の間、上海自治警察でフェアバーンから指導を受けたオニールは、後にアメリカに渡り「悪魔の旅団」(Devil's Brigade)と呼ばれた第1特殊任務部隊(1st Special Service Force)で格闘技を指導した。彼の技術は非正規戦闘、護身のためのフェアバーン・システムとは違って前線で戦う兵士のための攻撃的な技術であり、オニール・システムと呼ばれている。

映画『コマンド戦略』(1967)でジェレミー・スレートがこのパット・オニール役を演じており、格闘シーンもある。


動画:映画『コマンド戦略』でパット・オニールを演じるジェレミー・スレート

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なお、アメリカ海兵隊はアップルゲートに先立つ1930年代に上海駐留の海兵隊員がフェアバーンの指導を受けている。その中の一人サム・タクシスがアメリカ帰国後にA.J. ビドル大佐にフェアバーンのディフェンドゥを報告し、ビドルは自著"Do or Die"(1937)でそれを紹介している。ビドルは1930年代から米海兵隊の近接戦闘の指導をしているが、フェアバーンがOSSの指導をするようになってからも直接の関わりはない。


フェアバーン・システムの内容―サイレント・キリング

上海時代にフェアバーンが指導した技術は当初ほとんど柔術・柔道の関節技・投げ技が中心だった。これは、護身と逮捕が中心だったためであり、縄を使った捕縄術、また応用として素手で銃に対処するGun disarmingもあった。

一方、SOEやOSSに指導するにあたって、こうした柔術・柔道以外の技法にも重点が置かれるようになった。

SOEのサイレント・キリング・コースは次の6セクションに分かれている。

セクション1 手刀打ち

 手刀で首、鼻、こめかみ、前腕、上腕、腎臓などを打つ

セクション2 その他の打撃

 横蹴り:相手の脛を蹴りそのまま靴底の角で脛を擦って足を踏む

 ボクシング:ボクシングのパンチ技術

 開いた手でのチンジャブ:開いた手で顎を打つ。その後指先が目に入るように指を少し曲げておく(虎爪)。

 膝蹴り:特に近い距離で下腹部・股間を打つ。

 頭突き・肘打ち:他の攻撃が有効ではないポジションの際に使う。

 指先でのジャブ:指先でみぞおち、のど、目を突く。

セクション3 掴まれた際の脱出(手首や首を掴まれた際の手ほどき・関節技)
セクション4 集団戦闘
セクション5 ナイフ格闘
セクション6 要求にあわせたシチュエーション別の技術(歩哨への奇襲・拳銃捕りなど)

これらの内容は"Get Though!"で確認することができる。

COMICS WITH PROBLEMS #46 GET TOUGH! (1942 Military Hand-to-Hand Combat Guide)

時期・指導者によって指導内容に違いはあるが、基本的な部分は同じである。フェアバーン・システムは漫画『喧嘩商売』にも登場したので、それで知った人もいるだろう。

次の動画ではナイフ、手刀、つかみへの対処のデモンストレーションを見ることができる。

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この他に武器術、射撃技術やフィジカルトレーニングなど幅広く指導している。


フェアバーンのナイフ

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フェアバーン・システムで用いられた代表的なナイフにフェアバーン・サイクス・ファイティング・ナイフ(F-Sナイフ)がある。F-Sナイフは英米の兵士を中心に多くの人々に使われた。

Fairbairn?Sykes fighting knife - Wikipedia, the free encyclopedia

細身のダガーであるF-Sナイフは、鋭い切っ先が肋骨の隙間など狭い領域でも突きやすく、効果を発揮する。フェアバーンはこのナイフを用いた技術について、部位による出血量の違いまで踏まえて指導した。*2

このナイフは評価され、多くのバリエーションや発展形を生みながら第二次世界大戦後も各国で使われることになる。


また、同様にフェアバーンがデザインしたスマチェットは幅広でふくらんだ輪郭の大型ナイフで、兵士がしばしば利用した。

The Fairbairn Smatchet

片方は全て刃がついているが、もう片方は先端から半分までしか刃がついていない。スマチェットは、F-Sナイフと違って突きよりは叩き切る用途が中心である。


フェアバーンは隠し武器の開発・指導にも関わっているとされている(これはサイクスだけという説もある)。ラペル・ダガーと呼ばれる小型の隠しナイフがその例だ。こうした隠し武器はSOEのエージェントが使用した。

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こうした専用のナイフに加え、銃剣術や棒術、日用品の武器化も指導した。


まとめ

第一次世界大戦後、各国で伝統武術・近代格闘技を参考に軍隊格闘技が整備されていったが、第二次世界大戦では特殊部隊や諜報といった部門のための近接戦闘技術が特に発展した時代であった。

例えば日本では陸軍士官学校で柔道・空手・合気道が訓練で用いられたし、スパイの養成をしていた陸軍中野学校では藤田西湖が南蛮殺到流拳法を指導していた。

だが、各国の中でもイギリス・アメリカで指導をしたフェアバーンの影響力は大きい。

伝統だけでなく実戦経験や科学を踏まえた体系を作り上げたこと。当時の欧米人としては珍しく中国武術を習ったこと。拳ではなく開手での打撃を採用したこと。多様で習得しやすい打撃技を取り入れたこと。急所攻撃や背後からの奇襲、集団戦闘など、実戦的で容赦のない技術を指導したこと。射撃技術も含めた体系だったこと。ナイフや装備の開発に関わったこと。そして戦勝国で多くの指導者を育てたこと。

こうした要素はその新しさもあって後の欧米の軍・諜報機関・警察の近接戦闘(CQB)技術に影響を与えた。

フェアバーンの技術は当初は警察のため、そしてその後は非正規戦闘のための色彩が強く、その後そっくりそのまま継承されたわけではない。しかしそれまでの発展途上の近接戦闘には存在していなかった技術を多く含んでおり、中世の決闘のような格闘から近代戦の格闘へと完全に切り替わった記念碑的な存在である。


参考文献

William E. Fairbairn (1913). Shanghai Municipal Police Manual of Self Defense. China Publishing & Printing

William E. Fairbairn (1926). Defendu. the North China Daily News & Herald

William E. Fairbairn (1931). Scientific Self-Defence. D. Appleton & Company

William E. Fairbairn, Erick A. Sykes (1941). Shooting to Live. Oliver & Boyd

Anthony J. D. Biddle (1937). Do Or Die: A Supplementary Manual on Individual Combat. Marine Corps Association

William E. Fairbairn (1942). Get Tough. D. Appleton-Century Company

William E. Fairbairn (1942). All-In Fighting. Faber & Faber

Rex Applegate (1943). Kill Or Get Killed: A Manual of Hand-to-Hand Fighting. Military Service Pub. Co.

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Western Tigers in Old Shanghai

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世界のロープを用いた武術ノウハウ 日本 フィリピン イタリア

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20121002
■[技法] 知らないようで知っているようでやはり知らないロープでの戦い方Add Starygg_drasillcalpiecalpienetsekainomurahideto

多くの人は、実はロープを使って戦うことを無自覚に知っているが、詳しくは知らない。ちょうどロープ・ファイティングについて書かれた絶版本を入手したので、ロープを使う戦闘技術について解説してみよう。

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知らないようで意外と見ているロープ・ファイティング

多くのサスペンス物やアクション物の世界で、ロープあるいはワイヤーやチェーンのような道具は武器として使われてきた。例えば映画「ブラックホーク・ダウン」でも米軍兵士がこっそり敵を始末するのにこの手の道具を用いている。あるいは犯罪を描いた作品でもその手のシーンが出てくる。誰もが一度ならずフィクションの世界で武器としてロープが使われた場面を目にしているはずだ。

フィクションの世界では一方的な絞殺というどこか後ろ暗い部分ばかり登場するが、実際のロープ・ファイティングには相手の攻撃に対する防御や捕縛・制圧を含めた多様な技法が存在する。こうしたロープを使った戦闘にしかるべき武術・格闘技としての技術が存在することは一般に知られていない。


伝統的なロープ・ファイティング

便宜上ロープ・ファイティングと呼んでいるが、実際にはベルトや鎖を使うものもある。また、特に絞殺専門の道具はギャロットと呼ばれている。いずれも柔軟で容易に収納・携行できることが最大の利点であり、そのため往々にして捕縛・拘束や暗殺で使われる。

ロープ・ファイティングのうち、現代の技法とつながりがあるものには次のようなものがある。

・日本の古武術の縄術、万力鎖

 日本の場合、相手を捕縛する早縄術・捕縄術や万力鎖(鎖分銅)の技術が柔術などの古武術として残っている。万力鎖というとあの分銅を叩きつける技ばかり注目されがちだが、巻きつける・締める技も多い。万力鎖を使う武術として有名な正木流や初見良昭氏の忍術などはアメリカにも伝わっている。

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・フィリピン武術のロープ、チェーン術

フィリピン武術にはロープに代表されるフレキシブル・ウェポンの技法がある(相互に影響がある他の東南アジアの武術にもあるかもしれない)。ただし、必ずしもメジャーではなく、資料も限られている。冒頭で紹介した本はそのフィリピン武術のロープファイティングの本だ。スキャンした画像を紹介しよう。

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このように制圧を中心とした護身的な用法を中心に解説している。応用としてベルトやネクタイを使う技術や銃器への対処も紹介されている。

写真だけでは分かりにくいのでフィリピン武術のロープファイティングの動画も出しておこう。

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ロープや鎖を使った戦闘技術はこの他の国にもある。現在残っている技法には相手の攻撃に対してロープで捌いたり絡めたりして相手を制圧する護身向けのもののほか、絞殺の技術やロープ・鎖についた武器を使う攻撃的なものも残っている。マイナーな例としては、イタリアのナイフと紐と組み合わせた伝統武術のようなものもある。

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現代戦のロープ・ファイティング

現代の戦争におけるロープ・ファイティングは、上で紹介したような伝統を踏まえつつも攻撃的な技が洗練されたものと言っていい。特殊部隊、暗殺、スパイなどを描いた作品に登場する技と同じだ。簡単に言うと、首を絞める技が中心になっている。技の導入や絞め上げる技術も一般に知られていない実戦的なものだ。

こういった技術は、第二次世界大戦中のイギリス特殊作戦執行部SOE (Special Operations Executive)やアメリカ戦略諜報局OSS(Office of Strategic Services)といった特務機関で訓練された。この時代には特殊部隊やスパイのためにW.E.フェアバーンやR.アップルゲートといった著名な軍隊近接戦闘術の指導者によるロープ・ファイティングの技術が指導されている。

その後も工夫を加えて各国で兵士向けの技術としてのロープ・ファイティングは生き続けている。そういった技を解説した資料も存在するし私が教わった技術もあるが、下手に真似をされても困るので具体的な技術の紹介はしない。

最も、ロープ・ファイティングというのは練習も実践も難しいものだ。相手がいない状態で練習しても全く練習にならないし、やり方が悪いと抵抗されて思い通りにいかない。護身的な用法としてもマイナーだが、攻撃的な技術は特殊な実戦に加わる人間以外にはほとんど広まらないままだろう。

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知られざるロシアのナイフ武術

















http://d.hatena.ne.jp/machida77/20130630
■[ナイフ][技法] ロシアのコンバットナイフのデザインや戦闘技術を紹介したドキュメンタリーAdd Star

2012年9月から2013年2月にかけてロシアのナイフのデザインや使用法、戦闘技法を紹介したドキュメンタリーシリーズが放送された。軍用ナイフを中心としているが、それ以外のナイフについても少し扱った興味深いシリーズだ。

以前別のところで紹介したのだが、見ていない人が多いだろうからこちらでも改めて紹介しておく。なお、ロシア語音声のみで字幕・吹替はない。そのためロシア語の能力が低い私の紹介も行き届かない部分がある。番組解説は以前公式サイトにあった説明を基にしている。


エピソード1

第1回ではロシアの軍用ナイフの多くをデザインしたI.A.Skrylev氏が登場し、いくつかの代表的なコンバットナイフのデザインについて説明している。

最後はロシアでMVDやFSBの特殊部隊隊員やスタントマン向けにナイフファイティングを教えているArsen Melikdzhanyan氏によるナイフ護身術の指導を受ける。

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エピソード2

第2回ではロシアの軍用ダイバーナイフとそのデザイン、そして実際に潜っての使用について紹介している。最後は軍で儀礼用にも使われてきたダガーについて。

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エピソード3

第3回ではロシアの武器製造の街として知られるツゥーラを訪れ、伝統的な鍛造ナイフを体験する。

後半は博物館やアンティークショップに並ぶような歴史的価値のあるナイフについて。キンジャルからNP-40まで紹介。

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エピソード4

第4回では軍の戦闘武器としてのナイフを紹介、特にハンドルから銃弾を発射するナイフも紹介している。

後半は特殊部隊スペツナズのためのナイフについて、NOKS社のXaus(Хаус)やZlatoust社のKorsar(Корсар)といったナイフを中心にその有効性を解説する。

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エピソード5

第5回では銃剣について、ソ連・ロシアの古くからの銃剣術を体験し、銃剣の意義を紹介する。

後半はオークションで競売にかけられる高額なナイフの世界について。

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エピソード6

第6回ではイタリアのナイフ術CalixのテクニックについてDanilo Rossilajolo Di Cossano氏の指導を受ける。

後半はフィンランドの伝統ナイフ、ラップナイフについて取材。

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エピソード7

第7回ではロシア軍の空挺、パラシュート部隊の脱出用ツールとしてのナイフについて。実際に訓練施設と降下も体験。後半はフィンランドでフィンランド戦争(第二次ロシア・スウェーデン戦争)の博物館やイベントを行っているAatos Suvanto氏を訪問後、ラップナイフの製造現場へ。

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エピソード8

第8回では1985年にKGBの特殊部隊士官のために生まれたというナイフ術Tolpar Knife Fighting Systemの道場へ。Igor Shpinkov氏の指導を受ける。

最後はフィンランドの鍛造ナイフメーカーTeuvo Sorvari氏の工房を訪ねる。

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http://d.hatena.ne.jp/machida77/20121201

2012-12-01
■[ナイフ] 現代ロシア軍ナイフを知ろうAdd Star

軍装備品のマニアやナイフのマニアの間でも、現代ロシア軍のナイフはあまり知られていない。これは、単純に情報がないということもあるし、民間人への販売がほとんどされていないせいもある。このため漫画やゲームのロシア軍兵士・元ロシア軍兵士といったキャラクターでも、ナイフに関してはあまりよく考証されていないことが多い。

今回は、2012年までの現代ロシア軍のナイフについて、分かる範囲で情報を伝えよう。


民間のナイフ製造会社の時代の始まり

ソ連時代、軍用ナイフは国営工場、軍の兵器工廠で製造されるものだった。ソ連崩壊後、こうした体制は一新され、1992年からロシア軍は民間企業のナイフを購入するようになった。

1990年代、どういう訳かロシア軍は典型的な「サバイバルナイフ」を数多く企業から購入している。ブレードの片側にノコギリがある、あるいはパイプ状のハンドルにサバイバルギアが収納できるというものだ。この時代のロシア製サバイバルナイフについては資料が少なく、Webではコレクターの写真くらいしか情報がない。

90年代のロシア軍用ナイフの例 http://i031.radikal.ru/1103/f1/e44741226a50.jpg

こうしたロシア製サバイバルナイフはその後ほとんど姿を消し、イズマッシュのみが今も製造している。

イズマッシュの軍用サバイバルナイフ http://www.izhmash.ru/eng/product/hun-kni.shtml

このナイフについては頑住吉さんが海外雑誌の記事を翻訳紹介している。

頑住吉さんのサイトよりロシア製軍用サバイバルナイフ NW-1-01

こうしたサバイバルナイフにはスペインのアイトール社のジャングルキングの影響が見られる。90年代のロシアのナイフ製造会社は開発能力・製造能力に課題があり、ナイフとしての完成度は高くない。


デザインの発展

1990年代末には企業が十分な技術を持つようになり、ナイフのデザインにも変化が出てきた。そういった状況下でロシアの軍用ナイフに最も影響が強い人物は、I.A.スクリレブ(スクリレフ。I.A. Skrylev ; И.А.Скрылев)である。

スクリレプは1956年生まれで、軍用ナイフが民間製造される以前から軍用ナイフをデザインしてきた。ロシアの軍用ナイフのうち、個性的なナイフはほとんどが彼のデザインであると言ってもいいほど多くのナイフの開発に関わっている。

「スペツナズ・マチェット」の名前で知られるサバイバル・マチェット「タイガ」は彼の最初の作品である。

interestingswords.com

彼はNOKS社やMelita-K社といった複数の民間ナイフ会社のデザインを多数行うと同時にナイフ関係の本、雑誌記事も書いている。

スクリレブの著作 Amazon.com: Skrylev I.A.: Books

2000年前後から彼のデザインもナイフ製造会社の技術や現場の要求にあわせ、変化してきた。

例えば私が持っている「カラテル」はスクリレブのデザインであり、変化後の一例である。

ロシア軍特殊部隊用ナイフ "カラテル" - 火薬と鋼

スペツナズ・マチェットのような製造しやすさを重視した形状よりも扱いやすさを重視し、特にハンドルはより曲線的な人間工学を意識したような形状になった。

これはスクリレブ・デザイン以外の軍用ナイフにも言えることで、以前より洗練されたナイフになってきている。とは言えアメリカのナイフファクトリーなどとはまた違った個性があり、中には未成熟な部分もある。次に具体例を見ていこう。


現在の軍用ナイフ製造企業

2000年前後からより完成度が高くなった民間のナイフ製造会社だが、多くの軍用ナイフは民間に販売されていないし、輸出もあまりされていない。ロシアでは軍用ナイフの多くは武器として規制対象になっているためだ。狩猟用として認められたごく一部のものを除き、民間人が購入するのは難しい。このため情報が限られている点を容赦いただきたい。


・Kizlyar(キズリャル)(http://www.kizlyar.ru/eng/)

キズリャルは、その名の通りロシア南部ダゲスタン共和国のキズリャル市の地場産業である刃物・刀剣生産から生まれたナイフ会社である。ロシアのナイフ製造会社としては珍しく欧米へも進出している。このため海外のナイフ雑誌で記事になることもあり、入手もしやすい。

軍用として有名なものは、大型ナイフやダガーナイフである。公式サイトではしばしは"Hunting"に分類されているので探す際は注意が必要だ。

大型ナイフのDV-2の記事 Spetsnaz Recon Steel | Combat Knives

大型ナイフのVoron-3記事 Russian Special Forces Fighter | Combat Knife Review

ダガー「STALKER」の写真 http://www.kizlyar.ru/products/stalker-rukoyat-iz-elastrona

こうした傾向のナイフが数多くのバリエーションとともに製造されている。


・Melita-K(メリタK) (http://melitak.com/)

Melita-Kは、ロシアで最も高価な軍用ナイフを作る民間企業である。同社の大型ナイフの多くはアメリカで購入するなら200~350ドル程度であり、これはアメリカの軍用ナイフと比較しても高い部類だ。デザインはスクリレブが行ったもので、軍用ナイフとしては欧米の軍採用品では見られないような複雑な形状や手加工を取り入れた仕上げが特徴となっている。軍向けのナイフにはスローイングナイフやダガー、コンバットナイフ、ダイビングナイフ、マルチツールがある。

同社のナイフは軍関係者や特殊部隊隊員の業績に対する贈答品・記念品としても使われ、贈答用のレザーワッシャーハンドル(真鍮の薄板を入れている)のモデルがある。

また、同社の「カラテル」は軍隊格闘技のシステマのひとつ、カドチニコフ・システマでロシアの近接格闘でよく使われるナイフとして紹介されている。

カドチニコフ・システマの記事The Russian Combat Knife. The Concept of the Blade - Kadochnikov System Russian Martial Art


・NOKS (http://www.noksknives.ru/)

NOKSもスクリレブのデザインに基づいたナイフを製造している。SMERSH(http://www.plam.ru/hobbirem/boevye_nozhi/i_050.jpg)やスペツナズ・マチェットの最新モデル Ножи НОКС официальный сайтなどが代表的。

他にも多数のナイフを製造している。最近はイタリアのFOXナイフのようなデザインのナイフも作っている。全てがスクリレブのデザインによるナイフかは不明。


・SARO (http://www.saro.su/)

SAROは軍用ダイバーナイフとサバイバル・マチェットを中心に多くのモデルを製造している。変わっているのは、バタフライナイフやバタフライナイフ状のシャベルがある点。この会社のナイフも多くはスクリレブのデザインによるものだ。

ヴォロン(ワタリガラス)Запрашиваемая страница не найдена!

ダイビングナイフ「アクーラ(鮫)」Запрашиваемая страница не найдена!

サバイバルマチェットЗапрашиваемая страница не найдена!

同社のダイビングナイフは以前はイギリス等に輸出されていたのだが、最近は見ない。


・AIR (http://www.zlatoust-air.ru/shop/)

AIRは伝統的なスタイルのナイフを中心に製造しているが、軍用ナイフも一部製造している。

同社のООО "Компания "АиР"は、Melita-Kのカラテルの原型であり、スクリレブのデザインに基づいている。また、旧ソ連軍のナイフのデザインを元にしたナイフも製造している。例えば次のナイフはソ連軍偵察兵のナイフのリニューアル版。

スカウトナイフ ООО "Компания "АиР"


・KAMPO (http://www.kampo.ru/)

KAMPOはダイビングや航空宇宙分野、医療分野の酸素供給などライフサポートシステムを製造する会社である。ダイバー用の機器を作る流れから、軍用ダイビングナイフも開発、製造している。

イタリアのエクストリーマ・ラティオ社の影響が見られるが、全体としては独自のデザインになっている。

軍用ナイフカタログ http://kampo.ru/content/nozhi

表面加工技術にナノテクノロジーを活用したコーティングが施されていると報道されたが、具体的にどのようなものかは分からなかった。


ざっと現代のロシア軍用ナイフを紹介したが、これは一部である。紹介しきれないものもあり、また公式サイトでは分からないバリエーションもある。こういったナイフのほとんどは軍や国の機関の特殊部隊用であり、一般の兵士に行き渡っているものではない(一般の兵士は大抵イズマッシュ製のAK銃剣)。少数の採用が多いせいもあって軍での実態があまり把握できないのが残念なところだ。

(2013-01-05)

本記事で紹介したナイフデザイナー、I.A. Skrylevの訃報が伝えられた。享年57歳。

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知られざるロシア武術 ブザ トルパー



http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140727
■[技法] ロシア武術・トルパーAdd Star

公式サイト http://www.tolpar.org/

今回紹介するのは今までとはまた違った傾向のロシア武術トルパー(Толпар)だ。

トルパーは元々は1985年にKGBの特殊部隊士官のために開発されたナイフ格闘体系とされ、それを元にした現在の団体ができたのは2003年である。ここに至るまでの詳しい経緯や当時の技術がどこまで残っているかは不明。かつてのトルパーはKGB専用の技術で非公開とされるが、現在では民間人も学ぶことができる。競技・護身、それに軍・警察用という三つの領域がある。ロシア以外でも支部や指導の実績があり、今年4月にはインドのムンバイ警察の女性警官がトルパーの訓練を受けたとの報道があった。*1

トルパーの練習の中心はナイフ格闘だが、必要な身体能力を得るためにフィットネスもあり、またパンチ・キックといった徒手格闘も含まれている。

ナイフ格闘技術としてのトルパー最大の特徴は軍用ナイフなどと比べて小型のナイフを専門に使う事で、練習でよく使われているのはスパイダルコ社のトレーニングナイフだ。中型以下のフィクストナイフまたはフォールディングナイフを使うための練習だと思われる。

トルパーでは防具をつけての練習や試合も行われている。防具を使う場合にはイタリアのナイフ術Calixの防具が使われている。


中心的指導者キリル・リュービンが見せる基本の動き

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テレビ番組で紹介された際の様子

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無線で電気的に採点する装置





http://d.hatena.ne.jp/machida77/20140712
■[技法] ロシア武術・ブザAdd Star

公式サイト http://www.buza.su/

自分のメモを兼ねて不定期にあまり知られていないロシア武術の紹介を書いてみる。

今回紹介するのはБУЗА(ブザ)という格闘技だ。

ブザはロシア北西部の伝統に基づいた格闘技で、伝統舞踏の動きが基礎にある。

拳闘、レスリング、ナイフ、スティック、斧などの技術を含んでいる。

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ブザの団体のうち、下の団体では護身術、軍隊格闘技よりの内容を教えている。

公式サイト http://buza.spb.ru/

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それぞれのYouTubeアカウントに多くの動画が公開されている。

ブザは昔のシステマ・トロント本部のWebサイトでロシア武術の例として名前だけ出ていた。

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蒙古相撲 ブフ ドキュメンタリー 相撲vsブフ  とモンゴル力士ら外国人力士に対するヘイト 何故 朝青龍が角界から罠を仕掛けられて追放されたのか? 力道山が角界を去らなければいけなかったのか? 角界の反吐が出そうなヘイト 差別に満ちた閉鎖的 保守的社会















http://inotoru.blog.fc2.com/blog-entry-1073.html

相撲界は終焉 蒙古襲来、外国人を排除せよ! 軍国主義だけが蔓延る社会
2014/05/25
08:46

 相撲界では横綱はモンゴル出身の力士が占めるようになり、多くの外国人力士が活躍する場となりました。
 私が若い頃の外国人力士といえば高見山。大柄で人気もあり、あの頃はよくテレビ中継も見ていました。

 それが現代では日本人での相撲希望者は激減。外国から力士をカネで買ってこないと成り立たないところまで来ています。
 これに対し、相撲界の1人、舞の海秀平氏の暴言が報じられています。
「“昭和天皇万歳”集会で――舞の海氏が排外発言」(週刊金曜日2014年5月22日)
 タイトルにも驚きましたが、内容はもっと驚く内容。
「「昭和天皇と大相撲」と題し“記念講演”をした舞の海秀平氏が「外国人力士が強くなり過ぎ、相撲を見なくなる人が多くなった。NHK解説では言えないが、蒙古襲来だ。外国人力士を排除したらいいと言う人がいる」と語ると、参加者から拍手が湧いた。」

 外国人力士が強くなったのではなく、もともと日本人の相撲に力強さがなく、ただ太った力士がぶつかるだけで、しかも引き技だったりで面白みもなければ、そもそも太ること自体を前提としたスポーツというものに違和感しかなく、魅力がなくなったからだと思います。
 この違和感こそ相撲人口を減らし、敬遠されているのではないでしょうか。
 柔道などもそうでしたが、大柄の選手が小柄の選手を体重で潰すようなものは、もしかするとかつての日本人は大好きだったのかもしれませんが、明らかに現代受けはしません。
 また相撲界では、2007年に起きた弟子に暴行を加え死亡させたという事件まであったわけですが、こうなってしまってはなり手はいなくなるのも当然です。
 この相撲は日本の伝統文化の1つのようで保守・反動派は相撲を持ち上げているようなのですが、相撲界は、暴力やら八百長やら非常に真っ黒な陰湿な体質として知れ渡り、暴力団との関係も指摘さててしまうようでは、このまま衰退するだけでなく、興業として成り立たなくなっていくことでしょう。
 武道の必修化などという愚作をもって対処するようなものではありません。
「武道必修化は愚策そのもの」

 それにしても舞の海秀平氏の発言はNHKでは言えないようなことと知りつつ、堂々と発言されています。これでまたNHK解説者として出演しようというのでしょうか。不適格者として今後の出演は認められるべきではありません。
 しかし、籾井会長や百田尚樹氏、長谷川三千子氏ら保守・反動派が牛耳るNHKでは、このような暴言は、暴言にもならず絶賛されていそうで怖いものがあります。
 百田尚樹氏は先日も自民党岐阜県連での講演で軍隊を持たないバヌアツやナウルをやゆする発言(「家に例えると貧乏長屋で、泥棒も入らない」(読売新聞2014年5月24日))をしたことが報じられていましたが、このような建前では言えないことを堂々と発言できてしまっていることが非常に恐ろしい時代になったといえます。
「NHK経営委員長谷川三千子氏の資質 学級崩壊状態のNHK 安倍総理のお友達人事の末路」

 解釈改憲による立憲主義の破壊もそうですが、建前は守るということで維持されてきたものが、一瞬にして壊されていく、もちろん、このような破壊者たちは暴力的なことが大好きな人たちです。
 軍事力を誇示したがったり、排外主義で喜んだりと非常に偏狭的です。
 暴力と排外主義が結びつくと在特会のような行動にもなり、それはナチスがユダヤ人を暴力的に迫害していった過程とも重なり合います。
「Jリーグ浦和レッズ問題 旭日旗は右翼、差別の象徴!」

 舞の海氏が出席したこの「昭和の日をお祝いする集い」ですが、軍隊が大好きのようであり、軍歌ばかりが流されてそうです。
「最後の拓殖大学吹奏楽部による記念演奏会は“昭和のメロディー”と題されたものだが、「陸軍分列行進曲」「軍艦行進曲」など、軍歌が多かった。天皇のために人々が犠牲となる「海ゆかば」は、筆者を除く全員が起立斉唱していた。」

 それにしても「昭和のメロディー」がイコール軍歌ですか。私も実は「昭和のメロディー」は「東京行進曲」、「旅の夜風」、「誰か故郷を想わざる」など好きでした。
 しかし、軍歌ばかりとは、彼らの発想する昭和というものが天皇を元首とした軍国主義日本、大日本帝国万歳の世界でしかないということです。
 ちなみにこの陸軍分列行進曲、軍艦行進曲は過去のものではなく、しっかりと自衛隊に引き継がれています。
「自衛隊って帝国軍隊なの?」

 非常に恐ろしい時代が来たことを自覚しましょう。

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フィリピン武術ドキュメンタリー アジアのジャングルで発揮し旧日本軍が最も恐れたエスクリマドールの武術











http://fujiarnis.main.jp/history_2.html

フィリピン人ゲリラ
  ボロを手にするフィリピン人ゲリラ

太平洋戦争が始まると、日本に占領された祖国を取り戻すために多くのエスクリマドールが軍隊に志願しました。フィリピン兵の多くがナイフ・ファイティングに優れていたため、アメリカ軍はフィリピン兵には通常支給するバヨネット(銃剣)の代わりに彼らが普段から使い慣れているボロ(農業用のナイフ)を支給しました。

ジャングル戦でのパトロールは3人の兵士で三角形のフォーメーションを作って行ないますが、このとき多くのエスクリマドールが敵と真っ先に遭遇する危険な三角形の頂点の位置(ポイントマン)の役をつとめたといわれています。

この時期にはレオ・ヒロンをはじめとする多くの有名なエスクリマドールがジャングル・パトロールで活躍し、また多くの勇敢なエスクリマドールが命を落としました。ドセ・パレスのドーリン・サアベドラもゲリラ活動の末、日本軍に捕らえられ、厳しい拷問の末に殺されました。

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アフリカ エチオピアの棒術 ドンガ ドキュメンタリー













http://yuuma7.com/%E5%A9%9A%E6%B4%BB%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E6%A3%92%E3%81%A7%E3%81%AE%E6%B1%BA%E9%97%98%E3%81%AB%E8%87%A8%E3%82%80%E7%94%B7%E9%81%94%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%95%E3%82%A1/


婚活のため棒での決闘に臨む男達スティックファイティングを見学

 by World Travel「プロ」 |  posted in: 世界のお祭り、海外イベント情報 |  0


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婚活のため、棒での決闘に臨む男達「スティックファイティング」(Stick Fighting)/エチオピア

ところ変われば品変わる。エチオピアでの婚活は棒を使って戦うことなのです。

エチオピアのスルマの男たちは、結婚するに値する大人の男として認められて、結婚相手をゲットするために、スティックマスターになる必要があります。

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スティックファイティングの特徴

日本にも剣道やなぎなたなど長い棒状のものを使った、戦いのための術が伝統としてあります。エチオピアのドンガもそれと同じようにして生まれてきたのかもしれません。

ただ、現在のスルマたちはこの3mほどもあるスティック「ドンガ」を使って戦闘に向かうこともなければ、日々のスポーツや精神鍛錬の一環としてたしなむわけでもないようです。

あくまで、結婚する資格を得るための決闘の場で行われるのがスティックファイティングです。

ドンガを使った死闘を勝ち抜いた男は、まさに男の中の男。男からは尊敬を女からは憧憬を集め、結婚相手は選り取り見取りになるとのこと。彼らのドンガの闘いの激しさからは、男としての戦闘意欲に加えて、モテを意識したアピールへのこだわりも見て取ることができそうです。

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スティックファイティングの開催会場・開催日

エチオピアの南西部、オモ渓谷エリアの集落がスティックファイティングの会場となります。スティックファイティングを行うスルマ族はオモ渓谷周辺で暮らす少数民族の一つです。

スルマ族の中でもさらに少数の集落に分かれて暮らしている単位があり、それぞれの集落の中でスティックファイティングが行われます。これは全て結婚相手を得るための闘いです。

また、集落同士が集まってのチャンピオンシップ的な戦いもあり、集落内のもっとも強い勇者が代表として集まって闘いますが、こちらは名誉のためのファイティングです。

会場となるのは集落の外のちょっとした空き地。決まった場所があるわけではありません。

開催時期は乾季の3か月間。10月から2月頃です。比較的大きな集落では人数が多いため毎日のように、小さな集落なら毎週といった感じで行われています。

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スティックファイティングの歴史

スティックファイティングによる婚活がいつ始まったのか、前振りとなるような戦いや歴史があったのか、それらは彼ら自身も知らないようです。

スティックファイティングは今だけでなく、少し前にもあったし、これからもあるというのが彼らの考えであり言葉。

ただ、近年は徐々にではありますがスルマの間にも近代化の波が押し寄せ、スティックファイティングが観光のための見世物化している場面もあるようです。嫁取りのためではなく、小銭稼ぎのためのイベントとして行われていることもあるわけです。

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スティックファイティングのパレード

スティックファイティングの勝者は、長老に手招きされて集落の若い女性たちが待つ小屋へと案内されます。

途中までは闘いを見守っていたほかの男たちもゾロゾロと付き従います。これがパレードといえなくもないような。

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スティックファイティングのイベント

スティックファイティングそのものがメインイベントであり、唯一のイベントともいえます。

勝者が女性の前に引き出される場面は、本来は他者の立会いは許されないらしく、そこはイベントとはいえません。ただ、ガイドツアーによって連れていかれる村のスティックファイティングではそれらしき場面も目にすることができることもあるようです。

ちなみに、スルマ族の女性は下唇に大きな円盤をはめています。この円盤が大きければ大きいほど、すなわち下唇の穴が大きければ大きいほど美人だとされています。

男の価値はドンガ捌きに、女の価値は下唇の大きさにあるという、日本との文化的な価値観の違いに驚かされるのは確かでしょう。

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スティックファイティングの記念品

実は、スルマの間では、男性に女性を選ぶ権利はないのだそうです。スティックファイティングに勝たなければ、女性にアプローチすることさえも叶いません。

勝者だけが若い女性が待つエリアへと近づくことができ、女性たちの結婚相手候補となることができるのです。

そのため、スティックファイティングの記念品は勝者に与えられる「女性たちとの婚活のチャンス」という形のないものです。

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用意するもの

スティックを用意しても参加はできません。観光客に許されるのは、撮影料金を支払って写真を撮ることくらいでしょう。

一部の集落では現金主義が浸透しつつあり、スティックファイティングの写真を撮るのにいくら、スティックを持ったらいくらと要求されることもあります。また女性たちの写真を撮るにも同じことが起こりますが、最初彼女たちは下唇に円盤をはめていない状態で現れ、「払えばはめる」と交渉してきます。

観光化している分、確実にスティックファイティングを目にして写真も撮れる仕組みになっているのはありがたいと思う反面、ちょっぴり興ざめしてしまう場面でもあります。

ただ、本来のままのスティックファイティングを行っているエリアへと入り込むのは個人単位では難しいため、やっぱりこのチャンスは生かすべきなのでしょう。

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参加できること

部外者の参加は禁止されています。スルマ族の女性に恋してしまった場合は別ですが。

実はこのスティックファイティングの前に、力を奮い起こすために牛の生き血を飲む習慣を持つ集落もあります。これは、観客である観光客も参加させてもらえるようです。ただ、日本人の場合はお腹を壊すこと必須です。

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一番の見どころ

やはりスティックファイティングの真剣さこそが見どころでしょう。

観光化の進んでいない集落であれば、この戦いはまさに将来をかけた決闘の場です。シンプルな洗濯物干し竿のような棒をビュンビュンと振り回し突き出しての闘いでは、ケガもつきもの。流血も当たり前の光景です。

ただし、相手を殺すことはご法度。万一決闘の相手を死なせてしまった場合には、当事者だけでなく家族もろとも追放されてしまうのだそうです。

初めから殺そうとして戦う人はいないでしょうが、肌をさらした状態で武器を手にして勝ち負けを争う以上、このさじ加減は意外と難しいのでは?

ちなみにレフェリーとなる人もいないため、周囲からストップがかかるか、本人がギブアップするまでこの戦いは続くようです。

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まとめとして

ドンガの闘いに参加することは、スルマ族の男性にとって聖人男性であることの証明でもあります。少年たちは体を鍛え、棒術を学び、来年はドンガデビューできるかな…と楽しみにしているのです。

そんな少年たちの熱いまなざしを受けた成人男性たちは、目の前にいる男を倒すことに熱中しながら、男ぶりを見せつけます。

ドンガはスルマ族の男にとってアイデンティティそのものともいえそうです。

一方、女性の場合、厳しい自然の中で生き残っていく子孫を産み育てるためにはより強い男と結婚することが求められます。女性にとってのドンガは分かりやすい形で「強い男」を見極める場となるわけです。

彼らにとって子孫繁栄のためになくてはならない儀式であり、祭りであり、最高の娯楽でもある婚活パーティーならぬドンガによる婚活決闘。

本物のドンガを見に行きたいなら、時期と場所とガイドを吟味しましょう。

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ドッグブラザーズよりも遥かに過激! フィリピン武術&柔術BJJを学んだ両者が防具無し! 本物の木の棒の武器で戦う! デスマッチ!





通常のフィリピン武術は
試合では防具と当たっても怪我をしないパッドで覆われた、スティックを使用します

ですが中にはパッドで覆われない当たればダメージを負う本物の武器の木の棒を使用したフェンシング用の防具を用いた寝技ありの超過激なカリトゥードを行うドッグブラザーズみたいな人たちもいますが

こちらはなんと!

防具類 小手類一切無しの寝技ありのベアナックルデスマッチ!

両者ともにフィリピン武術のみならず柔術 BJJを学んだ者同士の公開決闘!
文字通りのデスマッチです!

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柔術高画質ドキュメンタリー アフリカ大陸に柔術BJJあり!Rollin' In Dakar



アフリカのセネガルと言えばセネガル相撲で有名な国でもある
アンゴラではカポエイラに似た格闘技でカポエイラのルーツとも言われているN’goloがあったりしますが

こちらの動画に映っているのはブラジルのカポエイラの方です
そんなセネガルで柔術 BJJを教えている

Kelly Grissom先生は
ホイラーグレイシーとも無差別級で戦った重量級の古豪レオ・ダッラ
の門下黒帯です
レオダッラはヒクソングレイシーの数少ない黒帯の一人ジョルジーぺレイラ
の門下の黒帯としても知られています

Kelly Grissom先生は柔道の猛者でもあったそうです
そんなKelly Grissom先生率いるKOA Teamの柔術家たちのアフリカドキュメンタリー

圧巻なのは地元セネガルの力士でもあり柔道の選手でもある柔道家たちとの非公式他流試合でしょうか

柔術白帯

の選手がセネガルの柔道のトップ選手をボッコボコにするシーン!

は見ていて世界的にも柔道は投げ技はメジャーでも寝技 
特に関節技 締め技が全くもってメジャーではなかったことを示していますね

逆にセネガル相撲の試合ではKelly Grissom先生以外は柔術チームは皆やられていたような

http://www7b.biglobe.ne.jp/~yappi/tanosii-sekaisi/08_19thC/08-08_africa.html

アフリカは“暗黒大陸”か

アフリカ”ときいて、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。

「飢餓」「貧困」「病気」「人種差別」「黒人奴隷」「大自然」「ライオン」「未開の暮らし」etc.……。

たぶんこんなところだと思う。

要するに、アフリカは“未開で暗くて人間不在、いるとしてもそれは野蛮人”。実際、アフリカは長いこと、ヨーロッパ人にとって「暗黒大陸」であり、「固有の歴史がなく」、「アフリカの歴史はヨーロッパ人の到来と共に始まった」地域でしかなかった。

これはもちろん、誤った見方である。では、本当のアフリカとはどんな顔をしているのだろうか。まずは、かつて西アフリカに栄えたマリ王国の様子から見てみよう。
マンサ・ムーサはマリ王国の全盛期を築いた王である。かれは即位とともにマリ王国の領土の拡大に努め、北はサハラの南端まで、東は現在のナイジェリア、南は海岸近くまで(ここに産金地があった)、西はセネガルまで達するマリ王国最大の領域を手中におさめた。かれの名をひろく世界(地中海周辺からヨーロッパ)に伝えたのは、かれが1324年から25年にかけて行った絢爛豪華をきわめたメッカ巡礼である。かれは100頭のラクダにそれぞれ300ポンドの金塊を積み、6ポンドずつの金の棒をもった500人の奴隷を従えてカイロをへてメッカに向かった。その途々、湯水のごとく金を喜捨したため、カイロでは金の価格が暴落しその相場の混乱は12年間もつづいたと記録されている。ヨーロッパとアラビア商人達は争って交易にマリに赴いた。イブン・バツータがこのマリを訪れその繁栄ぶりに驚いたのは、このおよそ30年後のことである。(NHK『高校世界史』昭和57年度版)
「100頭のラクダに300ポンドの金塊、500人の奴隷に6ポンドずつの金の棒を持たせた」とある。金塊の総量はいったいどのくらいになるだろうか。
1ポンド=約0.45kg とすると、

300ポンド×100頭=30,000ポンド
 6ポンド×500人= 3,000ポンド
──────────────────
    合 計   33,000ポンド

33,000ポンド×0.45kg=14,850kg(≒15トン)
現在の日本のレート 金1g=約1,880円 として計算すると
14,850,000g×1,880円=279億1,800万円
マンサ・ムーサが巡礼の途中ばらまいた金がカイロの金の価格を暴落させ、相場の混乱が12年間も続いたということも納得できる。

マリ王国の南部森林地帯には、大量の金が産出した。この金は、サハラを越えてタガーザでとれる岩塩と交換された。金はさらに地中海を経てヨーロッパに運ばれ、鋳造されて金貨となった。中世ヨーロッパの地中海貿易の繁栄と貨幣制度の確立は、アフリカ産の金に依るところが大きかったのである。マリ王国の国王は、この、金─岩塩の交易ルートを独占し、莫大な富を手にすることができたわけである。

当時の庶民たちの生活はどんなものだったか、次の資料を読んでみよう。
トンブクトゥにはコーランの学校が200近くもあり、それぞれ100人から150人の生徒をかかえていたという。また50人の徒弟のいた仕立屋もあったという。人口は一説には10万を数えたこともあり、同時代のヨーロッパの大学都市に決してひけをとらないだけの文化を持っていた。この町では他のどんな品目よりも書籍の販売が利潤を得ていたのであり、西アフリカの各地から若者が争ってやってきて神学や法学や修辞学などの講座を聴講していたのである。
(森本哲郎『タッシリ・ナジェール』平凡社)
トンブクトゥは、「黄金の都」であると同時に、「学問の都」でもあった。単に人口が多く繁栄しているだけではなく、文化水準も高かったことがうかがわれる。また、次の資料は、大旅行家イブン・バトゥータの『三大陸周遊記』の一節から、マリ王国の人々の長所を挙げた部分である。
1 この人びとのなかに、不正行為の数すくなし、なんとならばニグロ人はとりわけ不正をきらう人たちなり。王は、いかなる者も、不正を犯す者はこれを許さず。
2 国じゅういたるところ、人みな安心をたのしみ、いささかの不安なし。旅人、わが家にとどまるがごとく、ひ賊、泥棒、暴漢をおそれるいわれなし。
3 黒人は、この国にて死ぬ白人(北アフリカのアラブ人のこと)の財いかに大なる財宝といえども、くすね取ることなし。およそそれとは逆に、彼らその財を白人のなかの信頼にたる者に預け、所有権者の現れてそれを取るにまかす。
4 彼ら、礼拝の時を正しく守り、子どものそれを怠る者を罰す。金曜日にはおくれて礼拝堂にはいれば人ごみのためにもはやその席を見失う。
(森本哲郎『タッシリ・ナジェール』平凡社)
アフリカは決して「暗黒大陸」ではなかった。

むしろ、ヨーロッパよりずっと繁栄していたのである。錬金術や占星術、魔女裁判などに夢中になっていた点からいえば、ヨーロッパ人はまったくアフリカにひけをとらなかった。15世紀のヨーロッパでは、迷信的なキリスト教徒が、疫病から逃れることができると信じてしばしば教会の境内にある墓地に集まって踊っていた。同じ頃ドイツでは、一日平均2人の“魔女”が火あぶりの刑に処せられていた。

これほどのでたらめを信じていたというのに、ヨーロッパ人は、自分たちは高貴で感受性に富み、模範的な人間であると自負していたのである。ヨーロッパから遠く離れ、異なった文化を持つアフリカのイメージは、このような人々によって作られたものにすぎない。

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若者の反乱が世界に連鎖した


NHKスペシャル#若者の反乱が世界に連鎖した 投稿者 nnol2016

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160221

新・映像の世紀
第5集
若者の反乱が世界に連鎖した



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※NHKサイトを離れます





初回放送

総合 2016年2月21日(日)
午後9時00分~9時49分

関連ジャンル
歴史・紀行











1960年代末、既存の政治体制にNOを突きつける若者たちの反乱が、まるで示し合わせたかのように、同時多発的に巻き起こった。西側で巻き起こったのは、ベトナム戦争反対の声だった。アメリカ、フランス、ドイツ、日本。そして東側でも、自由と民主化を求める声が沸き上がった。チェコスロバキアでは、プラハの春という民主化を求める動きが起こっていたが、急激な民主化を警戒するソビエトが弾圧した。若者たちを団結させたのは、テレビだった。衛星中継が実用化され、東西の壁を越え、あらゆる出来事が世界に瞬時に伝わるようになっていた。パリの学生が警官に投げつけたレンガの音は世界中に鳴り響き、プラハの若者が戦車に立ち向かう表情を世界が見ていた。その爆発的なエネルギーは、それまでの価値観を壊し、カウンターカルチャーと呼ばれる新たな文化を生み出した。もうひとつ、若者たちを突き動かしたものがある。その時代、若者たちの多くが、ふたりの革命家の肖像を掲げた。キューバ革命を起こしたチェ・ゲバラ、中国を建国した毛沢東である。

1960年代、ふたりの革命家とテレビによって突き動かされた、若者たちの反乱の時代を見つめる。

http://hastasiempre.blog104.fc2.com/blog-entry-624.html

2016.02.21 国境を超えて報道されたゲバラの映像~NHK新・映像の世紀~
チェ・ゲバラ
きょうNHKスペシャルで放送された新・映像の世紀「第5集 若者の反乱が世界に連鎖した」では、ゲバラがいかに60年代の若者に影響を与えたかが紹介されていました。後記でも触れますが、毛沢東の文化大革命の映像は初めて観ただけに衝撃的でした。ワイルド・スワンなど書物を通じて、あの文化大革命の狂気の沙汰を知っていましたが、映像からはまた違った印象を受けますね。

番組では具体的に紹介されませんでしたが、ゲバラの映像が若者を刺激した事例としては、61年ウルグアイのプンタ・デル・エステで開催された米州機構経済サミットでのゲバラの演説を挙げることが出来る。この時の演説はユネスコ記憶遺産のアーカイブなどで視聴可能。合衆国がキューバ革命に対抗するためラテンアメリカの団結を企てたのに対し、ゲバラが強い調子で抗議している演説は観る者をも熱くさせます。


ゲバラがこの演説で声高に述べているように、キューバ革命のメッセージは国境を超えて世界へ行き渡りました。映像に関してはテレビなどあらたな媒体が、これに拍車をかけたことは言うまでもありません。

この映像は主にラテンアメリカの若者を刺激し、ケネディの対キューバ策「進歩のための同盟」に反対する抗議デモが各地で起きました。各国政府は合衆国の方針に追随しますが、ゲバラが暴く合衆国の偽善に多くの若者が同調しました。その熱狂ぶりは米州機構経済サミットで滞在中のウルグアイの大学でゲバラが行った演説の記録音声からも感じ取れるのではないでしょうか。

一方で、閉鎖的な中国の情報については、正確に欧米へ伝わっていなかったことも、今日の番組を通じて改めて感じさせられました。ヨーロッパでゲバラと毛沢東のポスターが並べて掲げられている映像が紹介されていましたが、欧米ではゲバラ同様、毛沢東も若者を虜にしていたという。狂気の文化大革命の映像、少なくとも毛沢東体制に不都合な映像は欧米へ伝えられることはありませんでした。

ゲバラはあの有名な写真のイメージが先行しますが、彼の影響力を”映像”という視点から見つめ直すのもなかなか面白いかもしれませんね。

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カーウソングレイシー ヴァウデマ―サンタナ エウクレジスぺレイラと戦いその殆どに勝利したバーリトゥード最強の男 イワンゴメスの歴史記録写真集が遂に発売!

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ヒールホールドの源流はイワンゴメスの師匠矢野武雄! そして時代を遡れば古代エジプト文明の時代に既に存在した!

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http://www.bjjheroes.com/techniques/heel-hook

https://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=http://www.bjjheroes.com/techniques/heel-hook&prev=search


ヒールフック



BJJテクニックと体位


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ヒールフックは、一般的にこのようにいずれかで試合を終了し、(タップアウト)を終了する相手を強制的にスポーツの環境で利用ホールド取り組む提出である柔術や総合格闘技(MMA) -レスリングをキャッチし、サンボ。 ヒールフックは、いずれかの内側または外側にかかとをねじる、力が横方向に適用された後に膝/股関節(複数可)だけでなく、かかとの骨を、制御することによって適用されます。 この運動は、順番に複数の関節や靭帯に怪我を引き起こして、膝にトルクを伝達する足首、上のトルクを強制します。

ヒールフックの歴史

私たちの"全体に記載のように歴史の技術 」の項、グラップリングは、男性に知られている最古の活動の一つです。 このように、私たちのスポーツの現代の位置のほとんどは、何らかの形で年前の自分の始点1000のを持っていました。 ヒールフックは違いはありません。

ヒールフックは文化のアートワークを介して観察することができグラップリングの最も初期の形態の1つは、古代ギリシャです。 人気のパンクラチオンそれは技術的な進歩は、古代ギリシャの社会生活からの側面の広い範囲を吸収ローマの文化、に置き換えたです。

ネクタリオスLykiardopoulosの本を経由する場合は、「古代ギリシャの格闘技:現代のファイティングテクニックをアレキサンダーの時代から「私たちは、バチカン美術館で見つけることができローマ石の彫刻に描かれている非常に明確なヒールフック、(年齢不詳を識別することができます)、(画像を参照)ケンタウロスによって適用されます。

このテーマについて深く掘り、前古代ギリシャへの膝のバー、など、脚のさまざまな攻撃を示す多くの古代エジプトのレスリングの図面は、あります。 私たちの限られた資源を持つけれども、我々は明確なヒールフックを示したそのいずれかを見つけることができませんでした。

ブラジリアン柔術ヒールフックの歴史

柔術でヒールフック技術を取り巻くいくつかの神話があります。 一つは、有名な1960年代のグラップラーということであるイワン・ゴメスが提出の生みの親であったであろう。 この主張は、マスタのみのいずれかによって強化されたカールソングレイシーカールソンが言及した何年も前に、PVTのマルセロ・アロンソへのインタビュー:


彼[イワン]は戦いのためにリオに到着し、滞在し、私と一緒に訓練するために尋ねました。 その後、彼は世界を旅し、日本で大スターになるための最初のブラジルの戦闘機でした。 私たちが今日使用ヒールフックは彼によって作成されました。 - カールソングレイシー

YanoxGomes 私たちは、カールソングレイシーのリードを行いました。 イワンは、1990年に他界したように、私たちはと会ったサンゴベルト彼と彼の人生のすべてを訓練し-ホセ・ゴメス、イワン・ゴメス「弟。 ホセは言いました:

「ヒールフックは、私たちの前に存在していました。 Itcameブラジルの北東部でここに上陸した日本を通じ。 私たちのコーチゼ・マリア[ホセ・マリア・フレイレ]は私たちにこれらの位置を教えてくれました。 彼は矢野が異なる系統から、本当に講道館から来た(...)武雄矢野とBuilson Osmar [矢野の学生]からそれらを学びました。 彼は日本帝国海軍とされていたし、彼の学校はButokukaiと呼ばれていました。 彼は、偉大な戦闘機だったエリオ [グレイシー]は彼と一緒に描きました。 矢野とジョージ [グレイシー]は東北でもここに長い時間のためのパートナーを訓練しました。」

イワンは確かにヒールフックの提出に注意をもたらすためにブラジルで初めてグラップラーあったが、武雄矢野は確かに、20世紀の前半にブラジルの北東部で柔術の偉大な配信者の一人でした。 そこに彼はまだ、今日のマスターのSAS強力な実行されているそのうちの一つの成功の学校をリードするようになった非常に堅実な学生、残し、長年にわたって教え、競っサンフランシスコSá今彼の息子」Sazinho」の管理下に、(RIP)を。

スポーツ柔術ヒールフック

柔術は、1970年代初頭におけるスポーツのような形状を取り始めました。 (1969年発足)最初のフェデレーションでは、リオ・デ・ジャネイロエリアのトップインストラクターのいくつかは、柔術のスポーツ環境のためのルールの概要を説明するために集まりました。 制限ブックがより明確に概説されたときに最初のポイントシステムも設定、およびされたときにこれがありました。 このようなヒールフック、kneebarや脊髄ロックなどの位置が禁止されました。 サンゴベルトパスコアルドゥアルテによると:


すぐ柔術は、これらの位置が除外されたスポーツになったとして。 でも訓練で彼らは許されなかった、そしてあなたがそれらを実行しようとしました場合は、失礼や技術に欠けていると見なされる - パスコアルドゥアルテ

マスタードゥアルテは「技術に欠けている」コメントで何を意味するのか、このルールは、ヒールフック、あなたが適切にガードを通過するのに十分な技術がなかった場合にのみ、「footlocks "のために行くことになるで1に汚名を課したということでした。 位置優位性は、古いBJJのドグマ」の提出前の位置」に応じて、重要な因子です。

柔術が外国の競合他社への門戸を開いた後は1990年代後半の間に、主にアメリカから、ヒールフックはゆっくりと、このようなADCC、NAGA、格闘クエストやなどのプロモーションを通じて、特にその無GI形式で、スポーツに戻って自分の道を作りました多数の他の国際大会。

2012年に「提出のみ」プラットフォームの復活は、さらにヒールフック封筒をプッシュ支援してきました。 このようなポラリスプロインビテーショナル、EBIとMetamorisなどのプ​​ロモーションはグラップリング武道の概念にこの提出の重要性への認識を高めることで非常に成功しています。

有名な柔術ヒールフックスペシャリスト
• ジョアン・アシス
• ディーン・リスター
• ジェフ・グローバー
• ライアン・ホール
• トム・デ・ブラス
• ギャリーTonon
• エディ・カミングス
• デイブ・テレル
• ヴィニシウス・マガリャエス
• ホジマール・パリャーレス
• キーナン・コーネリアス

ヒールフック動画

フィラスZahabiによってヒールフックチュートリアル(トリスターHeadcoach)


ホジマール・パリャーレス対ファビオ・「Negão」 - MMAでヒールフック


ホジマール・パリャーレスデビッドAvellan対- ADCCでヒールフック


ギャリーTonon対ロドリゴ"マイク"ラニエリ -服従グラップリングでヒールフック


ジョシュ・ヘイデン対エディ・カミングス - 服従グラップリングでヒールフック


バナー画像のて、Callum Medcraftで撮影した柔術スタイル 。

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剣道は実戦で使えるのか? 他流試合編







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カールゴッチはフッカー(サブミッションの使い手)でしょうがルーテーズがただのプロレスラーで詐欺師であるというのは裏でこういう詐欺事件起こしているからです 要するによくあるインチキ古武道 中国武術 合気の詐欺師とおんなじだってことですなぁ

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1028851110

ルー・テーズが流智美と共謀して日本人から一千万円を詐取したというのは本当です...




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nanikoreyurusenaiさん

2009/7/3001:50:56
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ルー・テーズが流智美と共謀して日本人から一千万円を詐取したというのは本当ですか?

渡辺という日本人(レスラー?)をテーズの弟子にするという話で、コーチ料一千万円を払わせ、アメリカに来させたがロクに何も教えなかったというのは本当ですか?


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takadashpapaさん
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2009/7/3112:35:48
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邪推ですが、このことについては、どうやらプロレス界ではタブーなようで、「週刊プロレス」や「週刊ゴング」のようなメジャー雑誌では全くこの話題に触れたことがありません。ですから1ファンの立場では詳しく知ることは出来ません。
唯一、「紙のプロレス」だけが、セッド・ジニアス(渡邊幸正)選手のインタビューで、事細かく載せていたのを記憶しています。
只、申し訳ありませんが、個人的に紙プロは嫌いなので態々買って読む気はなく、立ち読み程度でしたので詳細はよく覚えていません、ご了承下さい。

渡邊によれば、ルー・テーズに直接コンタクトしたところ、流智美氏を紹介されました。流氏はテーズとは個人的にも知り合いで、日本におけるテーズへの繋ぎ役なこともしていましたので、テーズは流氏を通すよう言ったのです。
渡邊は言うとおり流氏にコンタクトを取り、流氏の紹介という形でテーズの元へ「正式に」行ったのです。テーズの弟子になった渡邊から、テーズは「コーチ料」という名目で「搾取」を始めたわけです。

ここで流氏と共謀した、ということは私は「当てはまらない」と思っています。というのは流氏はあくまでも紹介しただけであり、またテーズの性格を考えたら、流氏に山分けしたとは到底考えられないからです!

テーズは日本では「偉大な元世界チャンピオンで人格者」のように紹介されています。確かに1940年代の大混乱期のアメリカマット界を、サム・マソニックと組んでNWAという統一機構の構築まで持っていったその功績は計り知れません。もしテーズがいなければ今のWWEも無かったかもしれません。

しかし、実際には、テーズは非常に「金にがめつい」性格だったようでした。
力道山がテーズを破ってインターナショナル王座に着いたのも、実は「旧日本プロレスがテーズから買った」から、という証言もありますし、アメリカでは非常に評判の悪かったグレート東郷とつるんでTWWAという新団体のチャンピオンになったり、国際プロレス、全日本プロレス、新日本プロレス、UWFインターナショナルと様々な団体に渡り歩いたのも、「偉大なる元世界王者」の権威欲しさに諸団体が「金を出したから」に他なりません。しかも金が出なくなると途端に「裏切る」ので、実際テーズと携わった関係者で、テーズをよく言う人はいなかったそうです。

ブルーノ・サンマルチニノは常々テーズのことを「あんなホラ吹き信用できるか!」と言っていたそうで、サンマルチノに親しかったジャイアント馬場が、テーズに対してある種の警戒感を持っていたことは想像出来ます。
またタイガー・ジェット・シンに融資名目でせびろうとしたことがあったそうで、シンは「あいつは俺のことを友達と思っているが、俺はあいつを友達と思っていない」とまで言わしめています。

事実、このセッド・ジニアスに纏わるスキャンダルが明るみに出ると、諸団体・マスコミは沈黙こそ守りましたが、日本の殆ど全ての団体が、テーズとの関係を絶ちました。晩年期のテーズと日本の関係は流氏の著書と、流氏の記事を載せる「週刊プロレス」や「宝島」に留まりました。

※フルコンではゴッチがテーズをぼこったシュートエピソードが連載されてましたがお蔵入り
続きが見たかったですなぁ…

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私のツイートがtogetterにまとめられているので紹介



http://togetter.com/li/948468

古流柔術が柔道になったり古武道になったりする歴史
まとめました。

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まとめ

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西田大作 @tanabematauemon 2016-03-09 21:36:12
前田は講道館修行以前は相撲以外経験が無いように描かれていますが
事実はそうではなく
青森の古流 本覚克己流の道場で既に柔術経験があったことが地元青森の研究者
三戸建治氏の手によって描かれています
早稲田に行く前から柔道 柔術の基礎は出来ていたわけです






西田大作 @tanabematauemon 2016-03-09 21:40:05
明治の頃の古流柔術というのは今の古流柔術の様に型稽古しかやっているのではなく
既に乱取り稽古が主流です
前田はそこで柔術柔道の基礎を作り上げたのでしょう






西田大作 @tanabematauemon 2016-03-09 21:46:35
私が思うに古流柔術の道場が戦後衰退しどんどん失伝していったのは
明治になって組織化して国家がバックアップした武徳会と学校関係にコネがある講道館が勢力を伸ばし
古流の道場はそういった組織に入らねば生きていけない有様






西田大作 @tanabematauemon 2016-03-09 21:50:24
それでも戦前までは講道館 武徳会の中で古流の柔術家たちは生き残りましたが
戦後になると講道館だけがGHQ支配下の中
生き残ることが出来
講道館が柔道を作り上げたというおとぎ話が広まり
戦前に柔術家たちが柔道という名前で武徳会で活躍していた事とか全て記録から無視され






西田大作 @tanabematauemon 2016-03-09 21:53:32
乱取りやってた柔術の先生たちはそのまんま講道館に組織に入るか海外で柔道 柔術の活動やるしかなかったんでしょう

乱取りやらず型げいこしかやっていなかった道場だけが古武道として今も細々と生き延びている
それが柔術の知られざる歴史 史実なんでしょうね






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 12:17:22
んー。どうなんかねえ。






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 12:17:51
剣術もそうだけど、柔術も明治の頃は結構な流派が乱取りなり試合してたんじゃないかね。






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 12:20:07
結局は試合での成績が流派の求めるところとなれば、ルールが整備された後でそれに応じて技を磨くことに専念するようになり、流派の独自性を失っていくのは必然…全国的にルールが整備、普及する中で、流派の多くはアイデンティティを失っていったのかもしれぬ。






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 12:22:02
今も残っている流派は、内部に蓄積された型なり口伝なりに評価軸を移してなんとか現存した…という感じかな。いずれ今も残っている起倒流とか天神真楊流とか、型だけではなく普通に試合してたよね。






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 12:23:37
試合に重きをおけば柔道とか剣道になるわけだから、わざわざ流派の看板を掲げ続ける理由もない。実際にそういうことが反映してか、古流の道場なのにそのまま柔道剣道の道場になったり、型とか教えなくなったところもあるそうだ。






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 13:06:24
@inuchochin 読み返せばだいたい、みんみんぜみさんからの受け売りでしたけどねw 嘉納治五郎がいなければ、全国の柔術流儀の間に統一試合ルールが果たしてできたものか…とは思いますが、そもそも明治の柔術試合ルールって細かいこと知らないですw






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 13:08:38
と、さっきの型の流派の話だけども、話をまとめると型だけの古臭い流派だから生き残れたというのではなくて、『型を重視する流派に変化した』から今も生き延びたのではないか…とか思ったりする。






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 13:10:48
生き残るのは強いとか弱いじゃなくて変化できるの、とかなんとかそういう感じのこと言った人が昔いたそうだけど、現存する古武術流派の結構なところが、あえて古臭く見える様式を取り入れて変化することによって流派のアイデンティティを維持することになった…とかだいたいそんな感じ。






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 13:11:56
つまりアレだ、今の「古武術」とされる流派は、もしかしたら昭和30年代とかそれ以降に成立した、比較的に新しい武術のスタイルなのではないか…とかなんとか…そこまでいくと言いすぎか。






知足者富 @Chi_Soku 2016-03-10 13:15:14
ウチの流派が明治以降生き残ったのは、第一に地域の祭礼と結びついたこと。第二に柔道の試合で役に立たないことだと思っている。もしウチの技術が活かせる競技がスタンダードになっていたら飲み込まれていたのかも。昭和初期に何人かの伝承者が柔道の有段者になって、その後結局離れている。






知足者富 @Chi_Soku 2016-03-10 13:18:16
@Chi_Soku 意外なことに剣道ではわりと役に立ったようで、剣術に重きを置いていた伝系は初期の県剣連の役員などを輩出して、流儀としてはよくあるパターンで飲み込まれてしまった。






知足者富 @Chi_Soku 2016-03-10 13:25:46
@Chi_Soku なので、ウチに関していえば、柔道と差別化するために積極的に型稽古重視スタイルに変化したというより、柔道と相性が悪くて競技化の波に乗り切れなかった結果生き残れたのかな、と。悪く言えばガラパゴス化だけど。






我乱堂 @SagamiNoriaki 2016-03-10 13:56:52
菊地秀行先生の『ザ・古武道』で、和歌山の関口家に関口流新心流の取材に行ったが、柔道を主に教えて関口流も希望者にというスタイルだった。もし喧嘩になったら、でるのはどちらの技ですか?というような質問があって「柔道でしょう」と答えられて「やっぱりなあ」と。そんな話があったと思う。

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