藤原喜明にサンボの関節技アキレス腱固めを伝授した男 麻生秀孝先生の教則動画

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柔術プリースト199 バリカタ柔術RADIO 27

Jiu Jitsu Priest #199


生田誠のバリカタ柔術RADIO #27

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ブドージェイクvsジェフグローバーのスーパーファイト



ブドージェイクといえばグレイシーバッハの黒帯で
尚且つ全米最大の格闘技コンテンツサイト ブドービデオの社長

柔術の世界大会ムンジアルを始めとする柔術イベントのライブ配信や数々の柔術オンライン番組を手掛け
柔術が英語圏で大躍進した最大の功労者だともいえる人物
指導者としても定評があり自身が教える数々の教則ものDVDも売れているんだとのこと

しかしプレイヤーとしての実績は無く

そんな彼がいきなり柔術の世界でトッププレイヤーとして現役バリバリのジェフグローバーとスーパーファイトで戦うというのはかなり無茶に感じられましたが
そんな試合が実現しました
それがこの試合

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武道と思想 哲学

http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5185/

ブルース・リーと禅と荘子。
李小龍(Bruce lee 1940~1973)。
ブルース・リーと荘子のつづき。

参照:ブルース・リーと荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005184/

今回も『グンフーへの道(中国武道の研究)』から
“The Tao of Gung Fu”。
≪慈悲の女神、観音は、ときとして、それぞれが別の道具をもった千本腕の女神として描かれる。彼女の心が、たとえば剣を使うことだけにとらわれてしまったら、数にして999本におよぶそれ以外の腕は、まったく何の役にも立たなくなる。心が1本の腕の使い方にとらわれず、ひとつの道具から次の道具へと移りゆくことによってのみ、その腕のすべてが、最大の効率とともに、有用たることが可能になるのである。
 たとえばわたしが木を見るとき、葉の1枚が赤いことに知覚すると、私の心はその葉にとらわれてしまう。こうなると、わたしには1枚の葉しか見えず、ほかの無数の葉はいつまでたっても目に入らない。もし、自分の注意を1枚の葉だけに向けるのではなく、なんの先入観ももたずに木を見れば、すべての葉が見えるだろう。たった1枚の葉がわたしの心を足止めし、残りのすべてを見えなくしてしまうのだ。しかし、心が立ち止まることなく進んでいけば、間違いなく何万枚もの葉を目にできるだろう。
 それゆえ、一瞬でも立ち止まったとたん、あなたの心はもはやあなたのものではなくなり、他者のコントロール下に置かれてしまう。心がすばやく動くための計算をはじめたら、その考えそのものに、心が支配されてしまうのだ。チーサオを完璧に究めれば、身体と四肢は心からの干渉ぬきで、おのずと各部位に割りふられた動きをするようになる。テクニカルな技術が完全に自動化されているため、意識的な努力とはまったく無縁でいられるのだ。≫(ブルース・リー著・奥田祐二訳『グンフーへの道(中国武道の研究)』より)

ブルース・リーが、詠春拳の黐手(チーサオ)のプログラムの中で説いている箇所で、同時に「不動智」について記述しています。ブルース・リーは「不動智」について別の書物でこう記しています。
葉問と李小龍。
≪不動の智慧(prana)
不動の智慧は、まどいを粉砕する。動かないということは、目に入ってくる対象に「留まらない」ことを意味する。「一心」。「非断定。」≫(ブルース・リー著・奥田祐士訳『截拳道』「ブルース・リーの格闘哲学」より)

沢庵宗彭(1573~1646)。 宮本武蔵(1584~1645)。
この出典は、沢庵禅師が柳生宗矩に送った『不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)』から。剣禅一如という境地をあらわした、簡潔ながらも内容の濃い書物です。塚原卜伝、宮本武蔵ときて、今度は柳生の剣と移ります。武蔵の『五輪書』も、沢庵禅師の『不動智神妙録』も同じ寛永年間に記されたもので、「石火」「無念無相」「拍子」「空」などの用語の使われ方もそうですし、内容も似ています。その下地にある思想は同一のものでしょう。

参照:Wikipedia 不動智神妙録
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E5%8B%95%E6%99%BA%E7%A5%9E%E5%A6%99%E9%8C%B2

ブルース・リーと東洋の思想  その4。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5183/

ちなみに、沢庵禅師も「水のたとえ」を説きます。
沢庵宗彭(1573~1646)。
≪たとへば本心は水の如く一所に留らず、妄心は氷の如くにて、氷にては手も頭も洗はれ不レ申候。氷を解かして水と為し何所へも流れるやうにして、手足をも何をも洗ふべし。心一所に固り一事に留り候へば、氷固りて自由に使はれ申さず、氷にて手足の洗はれぬ如くにて候。心を溶かして総身へ水の延びるやうに用ゐ、其所に遣りたきままに遣りて使ひ候。是を本心と申し候。(沢庵宗彭『不動智神妙録』本心妄心)≫

参照:「如水」の由来と諸子百家。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5179/

おそらく、ブルース・リーが『不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)』に最初に触れたのは、鈴木大拙の『禅と日本文化(Zen and Japanese Culture)』の英語版であろうと思われます。
“Zen and Japanese Culture” D.T.Suzuki 1959。
≪千手観音とて、手が千御入り候はば、弓を取る手に心が止まらば、九百九十九の手は皆用に立ち申す間敷、一所に心を止めぬにより、手が皆用に立つなり。観音とて、身一つに千の手が何しに可レ有候、不動智が開け候へば、身に手が千有りても皆用に立つと云ふ事を、人に示さんが為めに作りたる容にて候。假令一本の木に向ふて其の内の赤き葉一つ見て居れば、残りの葉は見えぬなり。葉ひとつに目をかけづして、一本の木に何心もなく打ち向ひ候へば、数多の葉残らず目に見え候。葉一つに心をとられ候はば、残りの葉は見えず、一つに心を止めぬば、百千の葉みな見え申し候。是を得心したる人は、即ち千手千眼の観音にて候。然るを一向の凡夫は、唯一筋に、身一つに千の眼が何しにあるらん、虚言よと破り讒る也。今少し能く知れば、凡夫の信ずるにても破るにてもなく、道理の上にて尊信し、佛法はよく一物にして其理を顴す事にて候。諸道ともに斯様のものにて候。神道は別して其道と見及び候。有の儘に思ふも凡夫、又打破れな猶悪し、其内に道理有る事にて候。此道彼道さま/\〃に候へども、極所は落着候。扨初心の地より修行して不動智の位に至れば、立帰て住地の初心の位へ落つべき子細御入り候。貴殿の兵法にて可レ申候。初心は身に持つ太刀の構も何も知らぬものなれば、身に心の止まる事もなし、人が打ち候へば、つひ取合ふばかりにて、何の心もなし。然る處にさま/\〃の事を習ひ、身に持つ太刀の取様、心の置所、いろ/\の事を教へぬれば、色々の處に心が止まり、人を打たんとすれば、兎や角して殊の外不自由なる事、日を重ね年月をかさね稽古をするに従ひ、彼は身の構も太刀の取様も、皆心のなくなりて、唯最初の何もしらず習はぬ時の心の様になる也、是れ初と終と同じやうなる心持にて、一から十までかぞへまはせば、一と十と隣になり申し候。調子なども、一の初の低き一をかぞへて上無と申す高き調子へ行き候へば、一の下と一の上とは隣りに候・・・
(原註)この事は私に百足の話を思い出させる。百足が、どうしてそんなにたくさんの脚を、一時にそろえて動かすことができるのか、と尋ねられた時、その問いが百足を「止め」て、それについて考えさせた。この「止る」ことを考えることが、脚の間に大混乱を起して、めいめい勝手に動こうとした。百足はそれで命を失った。荘子の渾沌の話も、これにかんして、はなはだ興味があろう。≫(鈴木大拙著・北川桃雄訳『禅と日本文化』「第四章 禅と剣道」より)

このくだりは『荘子』とも両行するため、『不動智神妙録』の注釈にあえて『荘子』を入れています。もちろん、荘子の場合、同じ命題に関して、千手観音で喩えることはありません。彼の場合は、千の手よりも百の足の方です。

荘子 Zhuangzi。
『夔憐蚿、蚿憐蛇、蛇憐風、風憐目、目憐心。
夔謂蚿曰「吾以一足趻踔而行、予無如矣。今子之使萬足、獨奈何?」
蚿曰「不然。子不見夫唾者乎?噴則大者如珠、小者如霧、雜而下者不可勝數也。今予動吾天機、而不知其所以然。」
蚿謂蛇曰「吾以衆足行、而不及子之無足、何也?」
蛇曰「夫天機之所動、何可易邪?吾安用足哉。」』(『荘子』秋水 第十七)
→夔(キ)は蚿(ムカデ)を羨み、蚿は蛇を羨み、蛇は風を羨み、風は目を羨み、目は心を羨む。
 夔は蚿にいわく「私は一本足でぴょんぴょん進むばかりだが、あなたにはそうではない。あなたは今たくさんの足を使って歩いているけど、どうしているんです?」
蚿(ムカデ)いわく「そうではない。あなたは人がツバというもの噴くのを見たことがあるかい?噴きだされると大きなものは珠のようであり、小さなものは霧のようだ。ツバ一つをとっても、数え切れないほど様々な形があるものさ。私の足の多さも、その様々な違いの一つだろう。天分というものに従って生きているのだから、どうしてこうなっているのかなんて、分からないんだ。」
 蚿(ムカデ)が蛇にいわく「私には無数の足があるのに、足のないあなたに及ばないのはなぜなんだろう?」
 蛇いわく「私も天分によって動いているだけで、自分の都合で変えることはできないんだよ。足がないからこうやって動いているだけで、これが私にとっての当たり前なのさ。」

Zhuangzi
『且子獨不聞壽陵餘子之學行於邯鄲與?未得國能、又失其故行矣、直匍匐而歸耳。』(『荘子』秋水 第十七)
→あなたは、寿陵の若者が邯鄲の都に歩き方を学びに行った話を聞いたことがないかね?その若者は、はやりの歩き方を学ぶことも半端なまま、本来の歩き方すら忘れて、這いずりながら故郷の寿陵に帰ったそうだ。

・・・ブルース・リーが日本の書物を引用する場合、必ずと言っていいほど中国の思想の裏打ちのあるものから引っ張ってきます。

General Grievous Vs. Obi-Wan Kenobi。
おさらい。

参照:Jedi Master Kit Fisto vs General Grievous
http://www.youtube.com/watch?v=R-t9GlT9qmk

Obi-Wan Kenobi vs General Grievous
http://www.youtube.com/watch?v=7oGf-a1Dqlc

TAO OF JEET KUNE DO。
≪ムカデの話
 マーシャルアーティストが求める流動性をもっともうまく描き出しているのが、このムカデの話だ。たくさんの足をもつこの生き物は、それだけの足を使ってどうやって歩いているのか、と質問された。足を止めて、日々の動きをどうまかなっているのか考えはじめたとたん、そのムカデは足をもつれさせて転んでしまった。だから人生は、ナチュラルなプロセスでなければならず、精神の進歩が人生の自然な流れのバランスをくずすようなことがあってはならないのだ。≫(『截拳道』「ブルース・リーの格闘哲学」より)

今日はこの辺で。

http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5012/





武道と荘子。
荘子を切るとなると、かなりの量になっちゃうんですが、個人的にはやっと半分くらいです。

荘子だってば。
日本人にとって老荘思想を身近に感じるのは、やはり「道」だと思います。
たとえば、日本では「剣術」は「剣道」、「柔術」は「柔道」、そもそも「武術」ではなく、「武道」といいますよね。術ではなくて「道」という字をあてることによって、何らかの精神性や哲学をその特定の行為に求めているわけですよね。人格形成をはかるとか、そういう何か。

『荘子』という書物には、いろんな達人が出てきます。頭がいい人とか、立派な人ではなくて、ある道に達した人たちなわけですよ。夏目漱石の「夢十夜」の元ネタになった梓慶(しけい)という名工、聖人の本など「古人の糟魄(そうはく)」だと言った輪扁なる車輪を作る職人、コンパスや定規を使わずに円や直線を引ける職人とか、水泳の達人・・。一番わかりやすいのは「庖丁(ほうてい)」という料理人の話です。

Zhuangzi
『庖丁為文惠君解牛、手之所触、肩之所倚、足之所履、膝之所鐘。序然響然、奏刀丞然,莫不中音,合於桑林之舞,乃中經首之會。』(『荘子』養生主篇 第三より)
→庖丁(ほうてい)という料理人が、ある日文惠君のために牛を料理した。料理人のなめらかな手さばき、肩の動き、足の踏み込み、膝の使い方・・それが、牛刀が進む音と調和して、まるでひとつの音楽のようであった。その身のこなしは「桑林之舞」を踊っているようであり、音は「經首之会」の楽曲の調べを聴いているようでもあった。

面白いですね。

料理人の身のこなしやリズムに踊りや音楽のような美を感じているわけですよ・・・おかしいじゃないですか!料理をするための技に美しさなんて必要ないでしょ?料理そのものではなく、一流の料理人の「動き」に美を感じているんですよ。

コービー。
考えてみれば、おかしいですよね?スポーツ選手のプレーに美しさを感じることも。

スポーツって、勝つために、いい結果を残すためにやっているのに、一流の選手の身のこなしに、人間は「美」を感じるわけですよ。関係ないでしょ?本当は。かっこつけることとか、人気をとるためだけじゃなくて、より高いレベルのプレーを目指して、一流ってあるわけでしょ?でも、感じますよね。見る側はそれを「美しい」と。日ごろの鍛錬の成果、というよりも、一つのことを続けている人の境地、肉体のすべてを余すことなく合理的に動かすことに、人間は勝手に「美」を感じてしまうんです。

チーター。
これは、野生動物の身のこなしを観察するときの感動に近いです。地上最速の哺乳類・チーターの身のこなしに「美」を感じますよね。生存競争の中で勝ち取った、「走る」ことに特化した生き物の動きの、一つ一つに心を奪われるわけです。狩りのシーンとか。もはや芸術でしょ?

紀元前の料理人の話に戻ります。

Zhuangzi
『文惠君曰「喜。善哉。技蓋至此乎」。庖丁釋刀對曰「臣之所好者道也、進乎技矣。始臣之解牛之時、所見無非牛者。三年之後、未嘗見全牛也。方今之時、臣以神遇、而不以目視、官知止而神欲行。依乎天理、批大谷、道大穴、因其固然。技經肯綮之未嘗、而況大骨乎」。』
→文惠君は料理人の妙技を見て、「素晴らしい!究極の奥義とはこのことだな。」というと、庖丁は牛刀を置いて、「私が好むのは技ではなく、その上の道というものです。」

・・・と、紀元前の料理人が答えるわけです。技ではない、「道」だと。

→「私は初めのころ、牛の外見の姿しか見ていませんでした。三年後、やっと牛の外見へのこだわりがなくなり、部位ごとの違いが分るようになりました。今となっては、心で牛を見ていまして、目で牛を見ることはなくなっています。目にとらわれるのではなく、天理を心で捉えて、それにしたがっているのです。牛がもともと持っている自然の構造に逆らわず、皮と肉のつくり、骨と肉のつくりに沿って刃を進めれば、骨に刃が当たることもなく、滑らかに仕事が運ぶのです。」

もう、まさに「心・技・体」ですよね。この三つが一体となるとそこに「美」が生じる。人間はそれを感じ取るのでしょうね。

『荘子』という書物には、たくさんの達人が登場します。職人が多いのですが、面白いところでは、虫捕りの達人(この達人は、せむ○の老人なんですよね)、あとは、泥棒の極意まであるんです。

跖曰「何適而無有道邪。夫妄意室中之蔵、聖也。入先、勇也。出後、義也。知可否、知也、分均、仁也。五者不備而能成大盜者、天下未之有也。」
→『泥棒に道があるかって?そりゃ、どこに行くにも道はあるさ。部屋に何が置かれているかを推理できるのが聖。押し入るときに先頭に立てるのが勇。出るときにしんがりをつとめるのが義。うまくいくための作戦を立てるのが知。分け前をきっちり与えるのが仁だ。この五つの徳がなけりゃ、天下の大泥棒になれるわけはねえよ。』

ある分野で成功した境地。そこには何らかの「コツ」があるわけですよ。NHKでやっている「プロフェッショナル 仕事の流儀」とかとおんなじような話です。『荘子』に出てくる紀元前の達人たちは、よく精神と仕事の出来の関係を言います。心穏やかでなければ、いい仕事なんてできないと。道はひとつではないけれど、到達する境地において、共通するものが見えてるわけです。考えてみれば当たり前。格闘技だけでなく「茶道」や「華道」も道です。そして同じようにその所作に美を感じるのも当たり前。(ちなみに、この「養生主篇」の話は、貝原益軒先生の「養生訓」にも登場します。)

ちょっとここで老子を。
老子ですよ。
道教の親玉・老子という人は、なすがまま、あるがまま、非常に短い言葉で自然に帰るということを表現します。わずか5000文字ちょっと。たった81章で無為自然を説いています。老子の「道徳経」の中に有名な一節があります。

「天下莫柔弱於水 而攻堅強者莫之能勝 以其無以易之 弱之勝強柔之勝剛 天下莫不知莫能行。」
→天下に水より柔弱なものはない。しかも堅強なものを攻めるのに、これに勝るものはない。これは水がこれ以上変わりようのないものだからだ。弱いものが強いものに勝ち、柔らかいものが固いものに勝つことは、この世のだれでも知っているが、それをできるものは、そうはいない。

いわゆる、「柔よく剛を制す」。
「柔」の「道」、柔道というのは、この老子の言葉から名づけられていることは明白でしょう。柔道って、実に老子的な格闘技だと思いますよ。相撲とか空手とかとは違う。

参照:Wikipedia 関口氏心(せきぐち うじむね)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%A2%E5%8F%A3%E6%B0%8F%E5%BF%83

例えば「一本背負い」。

太極図です。
道教のシンボル「太極図」で一本背負いを説明してみます。

白い方をA(攻め)、黒い方をB(受け)とすると、

一本背負いという技は、A(攻め)の側が右(→)へ攻撃する力を、大きな円の「へり」をつかって、くるっと下(↓)へ転化させるような動きになりますよね。これはB(受け)の側が、Aの懐に入り込んで、自分の腰を支点にして、右(→・力点)への力を利用して、エネルギーを下(↓・作用点)に転化しているわけでしょ?大きな円の形と、円の中にいる魚の目玉の動きを意識すると、「一本背負い」を力学的に理解しやすいと思います。相手の懐に入れば入るほど投げる力は小さくてすむ。「柔らかな曲線的な動きで、相手の力を利用して倒す」。その流れるような一連の動作に、「道」を感じます。要は気の流れということですが、柔道の投げ技って、老荘的だと思いますよ。

で、
Zhuangzi
荘子の場合は、「最も柔らかいものは金剛石よりも強い」と表現しています。たくさんの達人を扱っている荘子なんですが、紀元前の中国には、今のようなはっきりとした「中国武術」はできていません。だから、『荘子』という書物には、武人はでてきても、「心・技・体」を備えた武の達人はいませんね。(後に、荘子の影響を受けた仏教・禅宗の少林寺というお寺は有名になっていきますがね。)

ただし、『荘子』にも、武の境地は描かれています。

Zhuangzi
『紀省子爲王養闘鶏。十日而問、鷄已乎。曰、未也。方虚驕而恃氣。十日又問。曰、未也。猶應響景。十日又問。曰、未也。猶疾視而盛氣。十日又問。曰、幾矣。鷄雖有鳴者、已無変矣。望之似木鷄矣。其徳全矣。異鷄無敢應者、反走矣。』 (『荘子』達成篇 十九)
→紀省子は、王のために闘鶏の鶏を養うことになった。
十日目に王が「もう鶏は試合に出せそうか?」と尋ねると、
紀省子は、「まだです。自分の元気さに驕り昂ぶっているだけです。」
その、十日後に王が「もう鶏は試合に出せそうか?」と尋ねると、
紀省子は、「まだです。他の鶏の声を聞くだけで昂ぶっているようでは。」
また十日後に、王が「もう鶏は試合に出せそうか?」と尋ねると、
紀省子は、「いや、まだです。殺気立った闘志が先走っているだけです。」
さらに十日後に、王が「もう鶏は試合に出せそうか?」と尋ねると、
紀省子は、ようやく、
「そろそろでしょう。他の鶏の鳴き声にも動じないし、まるで木彫りの人形のようになっています。ここまでくれば、相手の鶏は「こいつにはかなわない」と、戦う前に逃げてしまいますよ。

・・・「鶏」なんですよね(笑)。

人間ではなく闘鶏の鶏に武の境地を見出しているのです。荘子の中でも有名な「木鶏」という故事です。

常に「平常心」を失わず、泰然自若の態度を崩さない武の境地。これを闘鶏の鶏から見出すのが荘子です。「穏やかな心」と「激しい怒り」双方の均衡の中に強さがあるのは、超サイヤ人の覚醒と同じです(笑)。

ちなみに、
「布袋見闘鶏図 』宮本武蔵筆。
布袋さんが闘鶏を眺めているこの絵。
描いたのは宮本武蔵という人です。絵心ありますよねぇ。あの人。

宮本武蔵も荘子の影響を受けた禅宗の人です。沢庵和尚と同郷ですからね。
柳生もそうですし、武蔵もそうですが、仏教よりも老荘思想から読み解いた方が遙かに読める部分があります。もともと布袋さんは中国のキャラクターですし、『五輪書』にしても、中国化された仏教の延長からでないと、意図がくみ取れない部分が多いです。

宮本武蔵 肖像。
感じませんか?宮本武蔵の肖像に、木鶏の境地を・・ここにも「道」があるのですよ。

今日はこの辺で

http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/2006/

弓は剣よりも。
ある高校で、部活ごとの体育館の利用の優先順位でもめごとになった。特に剣道部の主将は「俺たち剣道部が最強なんだから、弱いお前らは出て行け!」と主張。確かに「剣道三倍段」というくらいだから強いのは当然。実際空手部と戦っても圧倒的に剣道部の方が強かった。

ここで、「どうせ、剣道だって弓には勝てないでしょ?勝手なまねは止めなさいよ」と、弓道部の女子生徒が止めに入った。当然、剣道部は黙っていない。

ここで、さらに、剣道対弓道の対決となった。

女性ということで、なめてかかったのか、「始め」の合図のときにすでに引き絞って良いと、剣道部の主将はハンデを与えた。矢には怪我をしないようにカバーがかけてあるし、自分の腕前なら矢など叩き落せる。と、高をくくっていたんである。

しかし、実際、弓を構えている相手を見てみると、「そう簡単ではないかな・・・」と思える。明らかに防具の隙間の眉間の狙っているのが分かるんである。「これは死ぬかも知れん」と、自信が萎えてくる。

「始め!」の合図と同時に、剣道部の主将はとっさに「待った」をかけた。

ところが、矢は放たれ、剣道部の主将の頭をかすめて柱に突き刺さった。

カバーが外れてしまって、柱でび~~~~んと揺れていたそうである・・・。

トリビアの泉の最初のほうで、「剣道対フェンシング」の勝負をやっていたが(結果はフェンシングの勝ち)、以前聞いたこちらの話のほうが面白かったので、ふ~~んという感じで見ていた。

さて、昨日「謎とき日本合戦史」鈴木眞哉著(講談社現代新書)を読了。結構軽いタイトルだけど、中身はいかにして日本人が戦ってきたのかという本。戦略や、戦術でなくて、「戦法」についてのお話。

日本の古代での戦闘から、太平洋戦争までの間の日本人の戦法は何であったのか?という視点で書かれている。日本古来の戦闘法は弓を使った遠距離攻撃で、鉄砲が伝来する前から白兵戦をすることは少なかった。昔から刀を振り回して戦ったことの方が稀であったのに、「日本古来の白兵戦」というイメージがどのようにできてしまったのか。最終的には、日本が、太平洋戦争の当時に、なぜ白兵主義を捨てずに「バンザイ突撃」や、「玉砕主義」、「竹槍戦法」まで至ったのかについて言及している。さすがに新書なので、すらっと読める程度の軽さ。

鎌倉や、室町時代の戦による死傷者は、9割近くが矢傷によるもので、戦国時代に入っても「石、礫、鉄砲、矢」によるものであるらしい。つまり、大部分が遠戦で、チャンバラで傷を負うということがほとんどなかったそうである。平和な時代に好まれた軍記物や講談、今でも時代劇やドラマで描かれているような戦いは脚色されて当時の実像とは全く異なるらしい。

一番気になったのが、「日本の騎兵」について。

「弓馬の術」というように、騎兵というのは基本的に「弓兵」なんである。馬上で槍を扱うのは、かなりの技術が必要。(昨日「鐙」について書いたけど、モンゴルの少年たちが、鞍すらつけていない牛に乗って、手綱と鞭を片手にレースをしていたのを見たことがある。やっぱり、生まれついての騎馬民族は違うな。と実感したんだけど、彼らは鐙なしでも弓くらいは引けるそうな。)

さらに、槍を持って戦うからには、武士も重装備が必要。ところが、それだけの馬が日本にはいなかったそうなんである。NHKが、戦国時代の平均的な馬(体高130センチ)の馬に体重50キロの人間と、甲冑の重さ分の砂袋を積んで走らせたところ、10分でヘバッたそうな。使えないな~。

それと、面白いのが日本の馬のもう一つの特徴。
日本の馬は気性が荒い、というところ。日本の馬は去勢されないんである。したがって、言うことをきかないどころか、噛み付いてくる。

(この辺からは個人的な妄想)中国では有名な宦官がいるけど、日本にはいない。(刑罰としてチンチン切っちゃうことは、日本にもあったらしいけど。)もともと、宦官というのは、騎馬民族が馬を大人しくさせるための去勢の技術を、人間に応用した技術なので、この辺と繋がるかもな。そういえば、「馬車と宦官だけは日本が輸入しなかったもの」というのは聞いたことがあるような・・・。

2004年9月13日

(後日知ったが、「この国のかたち4」で司馬先生がこの話題について考察なさっている。もちろんこの文章よりもはるかに多くの資料と知識、深い洞察がなされているので、是非ご一読を。)

http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5013/





武道と田舎荘子。
今日は「剣」で。

剣道。
剣の道、剣道という名称は、明治に入ってから名づけられたものらしいのですが、禅が「剣術」にに与えた影響というのは、非常に大きいものであります。もともと、鎌倉時代から「武士の仏教」として禅宗が武家に好まれていた、というのもあります。ただし、思想そのものでいうと、江戸初期の、柳生宗矩と沢庵和尚との結びつきが大きい、というのが普通なんじゃないかと思います。

沢庵和尚が柳生宗矩に与えた「不動知神妙録」という書物にある「剣禅一如」という言葉は、現在の剣道にも息づいていると思いますね。本来ならば、人を殺める剣術が、アヒンサー(不殺生・非暴力)を戒律とする仏教に結びつくはずもないんですけど、禅宗の場合、条件付で容認されちゃうんですよ。

簡単に言うと、剣の試合は禅問答の「作麼生」(そもさん) 「説破」(せっぱ)であり、命のやり取りを行う剣の一閃一閃、一瞬一瞬が「生きることとは何か、死ぬこととは何か」という問いと答えの連続である。剣の道とは、つまるところ「生との死の哲学」として昇華しうるわけです。言葉ではなく、行動でそれを実践している哲学であるとね。そう考えるとまさに禅なんですよ。

「剣禅一如」もしくは、「剣禅一味」という言葉は、『荘子』の達生篇にあるさまざまな達人たちの生き様に重なるんですよ。「道」は違っていても、到達する境地はひとつであると。

で、剣と禅については、『剣客禅話』(加藤咄堂著 国書刊行会)という本で偶然見つけたんですが、非常に面白い話があります。加藤咄堂さんは、

田舎荘子(いなかそうじ)。
『田舎荘子(いなかそうじ)』という本の中に、「武の境地」を見るんですよ。

『田舎荘子』という本は、享保年間に佚斎樗山(いっさいちょざん)という日本人が書いたもので、『荘子』の中の寓話をより簡明に書いてある、大変に面白い本です。通常の注釈本よりも、よっぽど面白い出来ですよ。

『剣客禅話』で引用されたのは、こういう話です。

「勝軒(しょうけん)といふ剣術者あり。其家に大なる鼠出て、白昼にかけまはりける。亭主其間をたてきり、手飼の猫に執らしめんとす。かの鼠進みて、猫のつらへ飛びかかり、喰付きければ、猫、声を立てて逃げ去りぬ。此分にては叶ふまじとて、それより近辺にて、逸物の名を得たる猫ども、あまたかりよせ、彼一間へ追い入れければ、鼠は床のすみにすまゐ居て、猫来たればとびかかり喰付、其のけしきすさまじく見へければ、猫どもみなしりごみして進まず。」

・・・勝軒という剣術家の家に大きなネズミがでて、白昼に家の中を駆け回っている。家の猫では、太刀打ちできず、しょうがないので、近所のネズミ捕りの猛者(笑)の猫たちを借りてきて、部屋に入れてみると、当の大ネズミは部屋の隅に駆け込んで、そこで一匹づつ猫に噛み付いて抵抗をする。部屋の隅なら挟み撃ちに遭う危険性もないし、なかなか達者なネズミです。そのネズミの剛勇ぶりにおそれをなして猛者猫たちは、手も足も出ない(笑)。

「『是より六七町わきに、無類逸物の猫有りと聞く。借りて来れ。』とて、則人をつかはし、彼の猫をつれよせてみるに、其の形利口げにもなく、さのみはきはきとも見へず。『それ共に先ヅ追入れて見よ。』とて少し戸をあけ、彼猫を入れければ、鼠すくみて動かず。猫何の事もなく、のろのろとゆき、引きくはへて来りけり。」

・・・六町ほど離れたところに、無類のネズミ捕りの達猫がいるというので、勝軒は、その達猫を借りてきてみると、その猫は、特に賢いようでも、動きがすばしっこいようでもない。どうもたよりない猫ではあるけども「とりあえず、入れてみろ。」ということで、入れてみると・・なんと、あれだけ豪胆だったネズミは急に動かなくなり、猫は何事もなかったかのようにネズミを咥えて部屋から出て来た。

「其の夜件(くだん)の猫ども、かの家に集まり、かの古猫を座上に請じ、いずれも前に跪き、『我々逸物の名を呼ばれ、其道に修練し、鼠とだにいはば、鼬獺なり、とも、とりひしがむと、爪を研罷有在候処に、いまだかかる強鼠ある事を知らず。御身何の術を以てか、容易く是をしたがへ給ふ。願わくは、惜しむことなく、公の妙術を伝へ給えへ。と謹んで申しける。」

・・・その夜、近所の猛者たちが、年老いたネズミ捕りの達猫を座上に招き、「猫の集会」が執り行なわれたわけです(笑)。そこで若い猫たちは、今まで鼠を捕るために鍛錬を積んできて、イタチやカワウソとも相手ができるほどに自分の強さに自信を持っていたのに、あんなに強い鼠は見たこともなかった。しかも、その鼠をいともたやすく捕まえたその「妙術」をお教えくださいと。老猫に頼むわけです。この話は「猫の妙術」と題せられています。

『我輩は猫である』
猫がしゃべる・・聞いたこともない話です(笑)。ちなみに、「荘子」の冒頭は、「北冥に魚がいる。その名を鯤という。」と始まります。

「荘子」でも動物が平気でしゃべるんですが、江戸時代の「田舎荘子」場合には、それどころか、ほとんどの登場人物として人間がいません。でもね、しゃべる内容がとてつもなく深いんですよ。

老猫は妙術を説く前に、若い猫たちに問いかけます。「今までどんな修行を積んできたのか」と。

黒猫が「私は身体を鍛えて、どんな狭い場所でも潜り抜け、軽業を磨いています」
→老猫「そなたがやっているのは、所作だけだ。狙う心があるようではいかん。そもそも技に頼るようではな。才は心の用であるといっても、道に基づかず、ただ巧みを専らとするようでは、偽りの道じゃ。」

虎毛の猫が「私は、武術とは気然を貴ぶことだと思います。だから私は「気」を練る修練を続けています。気合でもって敵を倒し、声にしたがい、響きに応じて、鼠を左右につけ、変化にも応じるのに万全を期すのです。しかし、あの鼠には太刀打ちできませんでした。」
→老猫「そなたは、気の勢いを借りているにすぎない。相手もまた生きるか死ぬかを賭けているのだから、気合で勝つというわけにもいくまい。まさに窮鼠猫を噛む時にどう対処するか、ということじゃよ。まだまだ修行が足りぬな。」

今度は年長の灰色の猫が「おっしゃるとおりで、「気」には形があります。私は気の流れをたとえ僅かなものでも読み取り、「心」を練ることに努めてきました。勢いではなく、相手と争わず、お互いに和して、かといって戻ることもない。その私でも、あの鼠には敵いませんでした。」
→老猫「そなたの言っている「和」は、自然な和ではないな。頭で考えて「和」を意識しているのだから、「気」が濁ってしまい、気を感じることもできなくなってしまう。無心であるというのは、そういうものではない。それでは妙手は生まれない。ただ無心に、自然に応じることをすればよいのだ。」

・・・すごい爺さんです!!
猫にしておくのが惜しいほどですよ。

老猫が言います。

「とはいえ、道には極まるところはないから、私の言葉を以って至極の境地などというわけでもないのだよ。私がまだ幼いころ、近くにすばらしい方がいらっしゃった。日がな一日眠っていて、気勢など感じられるものでもなく、まるで木彫りの猫のようであった。だれもあの方が鼠を捕まえたことを見たことがない。しかし、あの方の周りには一匹たりとも鼠がいなかった。あの方が場所を変えても、また鼠が全くよりつかない。神武にして不殺、あの境地には、私は達してはいないのだよ。」

日光東照宮 眠り猫。
「田舎荘子」では、「木鶏」ではなく「木猫」こそが「武の境地」の手本であるわけです。

その後、この猫の集会を見ていた剣術家の勝軒が、この老猫に感じ入って彼に教えを請うようになります。

カリン様。
猫に武道を、しかも、「気」について学ぶわけです。聞いたこともない話ですよね(笑)。

猫から武術を習うというのは、剣術だけでなく、柔術も同じなんですよ。
関口流の祖、関口柔心は、猫が屋根から落ちたに時にひらりと身体を回転させて着地したところから、「柔の術」を開眼したとされています。老子の「柔よく剛を制す」というのを猫の身のこなしから学んでいるんですよ。昔の人って、動物を良く見ています。感心しますね。

ニャンコ先生と、風大左衛門。
「にゃん ぱらりっ キャット空中三回転っ きめっ!」ってことです。(←古いよ)

・・・荘子という書物には、たくさんの動物たちが登場しますが、「猫」はいないんですよ。中国に猫という動物が伝来するのは荘子が死んで700年くらい後なので。山猫は出ても猫はいません。十二支でも猫はいないでしょ?

でも、虎、鶴、蛇、燕、猿、蟷螂(かまきり)などは、荘子には登場します。そして、それぞれ、拳法として発展していますよね。蛇拳とか、蟷螂拳とか、猴(猿)拳とか、虎狼拳とかは有名です。禅宗の中で発展したクンフーは、荘子の動物から学び取る姿勢からも感じるんです。

ただし、こういう話が載っています。

Zhuangzi
「夫れ酔者の車より堕つる、疾むと雖も死せず。骨節人と同じくして、犯害人と異なるは、其の神全うなればなり。乗るも又知らざるなり。死生驚懼、其の胸中に入らず。是の故に物に逆らいて懼れず。彼全きを酒に得るも、猶、かくの如し。」(「荘子」達生篇 十九)
→酔っ払いが車から落ちても、怪我はしても死ぬことはない。骨格が同じでも、損傷が少なくて済むのは、精神が無心の状態を保っているからだ。車から落ちたことの前に、車に乗っていたことすら憶えてはいないだろう。死の恐怖すらないのだから、どんなものにぶつかっても平気でいるのだ。

まず、第一に、紀元前に飲酒運転があるのかと驚くのです(笑)。しかも、酔っ払いは、死の恐怖がないからこそ無心である、無心であるがゆえに妙手が生まれる、なんていう考え方のできる人って、そうはいないですよね。この意外性も荘子の面白さです。でも、これって、もしや、ですよね。世界中のどの格闘技にも存在しない、中国人だからできる逆転の発想。屋根から転げ落ちる猫の身のこなしから柔術のヒントが生まれたように・・酔っ払いが車から落ちるのをヒントにすると・・・。

酔拳

参照:Jackie Chan Drunken Master Final Fight Scene
http://www.youtube.com/watch?v=kWpQi3_v7Zc

もしかすると、ですよね。

http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5056/






境地とZoneと日本の弓術。
ほいこら、
ところがどっこい。
荘子です。

マトリックス。
『MATRIX』と、荘子ですが、かなり脱線します。

参照:当ブログ 荘子と進化論 その48。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005010000/

同49。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005030000/

D.T.Suzuki
今回は鈴木大拙さんで。

『われらの間に「境涯」とか「境地」とか、「心境」とかいう成語がある。これを英訳しようと思って、ずいぶん考えたり、調べたりした。が、どうも適当の訳語が見つからぬ。ステート・オブ・マインド、またはメンタル・アチチュード、または、ゼネラル・アッフェクチーブ・トーン、またはサイキック・アトモスフィアなどとも思ったが、どうもうまくあてはまらん気がする。つまり、自己と客観界の間になんら隙もできず、したがって軋轢の無い心境、これを「一般世界に対し、自己に対し、日々平和な心持でいること」にみて、差し支えないようだが、それが自分らの「境涯」というところに、函蓋相応するには、まだ多少の隔たりのあるを覚える。これはどこの言葉にでもあるところで、べつに不思議はない。が、東西文化の間には、なにやら根源的に相違しているものがある。』(『東洋「哲学」について』鈴木大拙選集11より。)

1961年の段階の鈴木大拙さんのエッセイからの抜粋なんですが、今、あれを英語ではどう表現するのか・・と思っていたら、意外な人が教えてくれました。

----(以下引用)---------------------------
“世界新”58!遼くん大逆転で記録的V

男子ゴルフツアーの中日クラウンズ最終日は2日、愛知・名古屋ゴルフ倶楽部和合コース(6545ヤード、パー70)で行われ、石川遼(18=パナソニック)が驚異の“世界新”で今季初優勝を飾った。6打差の18位から出て12バーディー、ノーボギーの58をマーク。通算13アンダーとして2位に5打差をつける大逆転劇で、昨年10月のコカ・コーラ東海クラシック以来、通算7勝目を挙げた。58ストロークは国内ツアー最少(ツアー制度施行の73年以降)で、世界の主要ツアーでも最少記録。前半のハーフ28と12バーディーは国内ツアータイ記録、史上最年少&最速での生涯獲得賞金3億円突破と、記録ずくめの優勝となった。
 驚異の18歳がまたしても常識を超えた。硬く狭い砲台グリーン、圧迫感のある林…。屈指の難コース・和合で石川はゴルファーの夢、50台をマークした。6打のビハインドから5打差をつけての圧勝。18歳にして生涯獲得賞金は3億円を超えた。石川自身も「初優勝したマンシング以来の不思議な気持ち。夢の中でプレーをしているような感じだった。未知の世界に一歩踏み入れることができた」と新たなステージへの突入を感じていた。
 この時点で、常識にとらわれる他の選手はまだ高をくくっていた。4組後ろの藤田は7番でボードを見て「優勝争いに加わってくると思ったけど、和合は13番から難しいから」と我慢比べを想定した。しかし、その後半で石川はさらに加速し、14番から3連続バーディー。ホールを重ねるごとにギャラリーは増え、異様なムードが漂った。「これが“ゾーン”というものかと思った。バーディーのたびに落ち着いた」。想像をはるかに超えたチャージに、ついていける者などいなかった。
(中略)
 07年世界ジュニアに出場した際、宮里藍のコーチでもあるピア・ニールソン氏らが唱える「ビジョン54」の本を読み、感銘を受けた。パー72の18ホールすべてでバーディーを取れば届く54の数字を、今では自らのボールに印刷している。究極の目標に、この日はあと4打と近づいた。「どのスポーツでも世界新は感動する。その瞬間を見るだけでも幸せですけど、実際僕ができてうれしい」。これまでも数々の記録を打ち立ててきた。次は一体どんな夢をかなえるのか。無限の可能性を感じさせる「58」だった。(5月3日 スポーツニッポン)
---------------(引用終わり)------

>「初優勝したマンシング以来の不思議な気持ち。夢の中でプレーをしているような感じだった。未知の世界に一歩踏み入れることができた」
>「これが“ゾーン”というものかと思った。バーディーのたびに落ち着いた」

これ、ですね。

Zen Golf
Zen golfにもありますね。

>By combining classic insights and stories from Zen tradition, Zen Golf helps eliminate the mental distractions that routinely cause poor shots and loss of concentration, allowing golfers to feel in “the zone” that professionals have learned to master.

“in the zone"です。達人の境地、無心の境地。「明鏡止水」ですよ。これをまた、わざわざ日本人は英訳して使う羽目になるわけですね。我々は地球何周分のバカなんでしょう。

この“in the zone"のさらに極まった表現が、「アニマトリックス(THE ANIMATRIX)」にはあるんですよ。
アニマトリックス。

http://www.megavideo.com/?v=LXDOS7BI
↑↑ここまでくると悟りに近いですね。↑↑

そういや、こんな本がありました。
ゾーン 相場心理学入門
>恐怖心ゼロ、悩みゼロで、結果は気にせず、淡々と直感的に行動し、反応し、ただその瞬間に「するだけ」の境地、つまり、「ゾーン」に達した者が勝つ投資家になる!さて、その方法とは? 究極の相場心理を伝授する!
>しかし自分自身についてよく知っている投資家はどれだけいるだろうか?(ゾーン 相場心理学入門 マーク・ダグラス著)

確かに言われてみれば荘子っぽいです。まるで使い道が違うけど。

中島敦 名人伝。
>紀昌は根気よく、毛髪の先にぶら下った有吻類・催痒性の小節足動物を見続けた。その虱も何十匹となく取換えられて行く中に、早くも三年の月日が流れた。ある日ふと気が付くと、窓の虱が馬のような大きさに見えていた。占めたと、紀昌は膝を打ち、表へ出る。彼は我が目を疑った。人は高塔であった。馬は山であった。豚は丘のごとく、鶏は城楼と見える。雀躍して家にとって返した紀昌は、再び窓際の虱に立向い、燕角の弧に朔蓬のをつがえてこれを射れば、矢は見事に虱の心の臓を貫いて、しかも虱を繋いだ毛さえ断れぬ。
>奥儀伝授が始まってから十日の後、試みに紀昌が百歩を隔てて柳葉を射るに、既に百発百中である。二十日の後、いっぱいに水を湛えた盃を右肱の上に載せて剛弓を引くに、狙いに狂いの無いのはもとより、杯中の水も微動だにしない。(中島敦 『名人伝』より)


『日本の弓術』 オイゲン・ヘリデル
「弓禅一味」という言葉もありますが、ドイツ人オイゲン・ヘリゲルの『日本の弓術』などの著作で、日本の武道と禅についての関係にも触れています。欧米人の禅や老荘への理解と興味というのは、他の分野に比べて明らかに深いんですよね。日本の方が確実に失っているわけです。

--------(以下引用)---------------------------
 弓道初の国際大会となる第1回世界弓道大会がこのほど、東京・明治神宮内の中央道場で開かれた。国別対抗戦の団体と個人戦が行われ、団体戦には18カ国・地域が出場。日本優位の前評判を覆し、フランスが初代王者の座に就いた。
 海外で弓道は、欧米を中心に人気を集めている。日本滞在中に弓道に触れた外国人や海外勤務の日本人愛好者が普及に努め、4年前に「国際弓道連盟」が設立された。現在、日本を含む17カ国が加盟している。
 (中略)
18歳の時に見た映画「七人の侍」で弓矢に魅せられたというデュポンは「(心技体の)三位一体の追求が弓道にはある」と魅力を話す。ベルタンは空手などの経験があり、「もっと精神力を高めようと思って弓道を始めた」と言う。スタルデールは群馬県太田市に在住していた94年に弓道を始め、「作法は美しい」と話した。
 一方、迎え撃つ立場だった日本は、まさかの予選敗退。全日本弓道連盟の岡崎広志・常務理事は「海外で弓道はスポーツではなく、精神鍛錬として取り入れられている。日本には『手本を見せないといけない』などの邪念があったのではないか。海外勢から逆に弓道を教えられた気がする」と話していた。
 世界大会は4年に1度、開かれる予定。【百留康隆】
-------------------------(引用終わり)---------------

参照:世界弓道:仏が初代王者「七人の侍」に魅せられ(毎日新聞)
http://mainichi.jp/enta/cinema/news/20100511k0000e050058000c.html

クロサワやオヅやキタノが世界で何故愛されているかも分からずに、いきなり誇りだの目先の賞だの雑念ばかり(泣)。

Zhuangzi
「以瓦注者巧、以鈎注者憚、以黄金注者昏。其巧一也、而有所矜。則重外也。凡外重者内拙。」(『荘子』達生第十九)
→弓で賭け事をやるとき、ガラクタを賭けているならば上手く当たり、帯鉤を賭けていると当たりにくくなる。ましてや、黄金を賭けるとなると、周りすら見えなくなっているだろう。技量が同じであっても、賭けたものの価値に気を取られるからだ。外のことに気を取られて内のことが疎かになってしまうのだ。

志村喬 『七人の侍』より。
イマヤ、モッケイタリエズ。

今日はこの辺で。

http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5064/
ベスト・キッドと荘子。
ベスト・キッド リメイク版
昨夜は『ベスト・キッド』のリメイク版を鑑賞いたしました。

参照:ベスト・キッド オフィシャルサイト
http://www.bestkid.jp/

もちろん、お目当ては、
ところがどっこい。
荘子です。

Inception(2010)。
『ベスト・キッド』は、『インセプション(Inception)』や『マトリックス(Matrix)』に比べれば、遥かに老荘思想だと気づきやすい作品です。

参照:当ブログ 荘子と進化論 その57。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201008010000/

同 荘子と進化論 49。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/diary/201005030000/

『ベスト・キッド』というタイトルなのは日本だけで、原題は『KARATE KID』なんですが、今回は中身を、空手の源流、功夫(クンフー)に取られてしまいました。もともと空手というのは、中国拳法が琉球に伝わって「唐手」として発展したものだし、アメリカでの『ベスト・キッド』のカラテブームの下地をつくったのは、ブルース・リーのカンフーブームものなわけで、しょうがないといえば、しょうがないんですけどね。

キル・ビル vol.1。  キル・ビル vol.2。
ま、老荘や禅の思想を抜きにした『キル・ビル』の1と2の関係みたいなものとして、日本と中国の位置を捉えるのが自然かなと。

参照:Daryl Hanna vs Uma Thurman kill bill vol.2
http://www.youtube.com/watch?v=nQluEsgdK-E&feature=related

『キル・ビル』は東アジアのB級モノを見事に織り込んでいましたが、今の日本人の意識も大して変わらないんじゃないかと思われます。武士道とクンフーの混交物・・もちろん、これは「技」や「術」止まりで、決して「道」ではないですが・・"Bitch! You don't have a future.”・・・いやぁ、趣味だねぇ。

Yoda。
さて、『ベスト・キッド』には、(『カンフー・パンダ(Kung Fu Panda 2008)』でも登場しましたが、)『スター・ウォーズ』のマスター・ヨーダの言葉と、老荘思想や禅の思想との関係をほのめかすシーンが入ってましたね。フォースと氣との関係についてもコンパクトに触れていました。ジャッキーも「クンフーは防御のための知恵であって攻撃のためのものではない。」と、ヨーダと同じことを諭しますし。(ちなみに、ヨーダよりも、「クローン・ウォーズ」に登場するマスター・シヌーベの方が、さらに道教の色は濃いです。)

"It's like 'Star Wars.' You're Yoda and I'm like a Jedi.”

参照:ヨーダ(Yoda)と荘子(Zhuangzi)。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5026

荘子の道と、仏性、良知。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5027

クンフーにおける「氣(qi)」と、スター・ウォーズの「フォース(force)」、そして老荘思想における「道(tao)」とは共通のものなわけでして。これも、以前書きました。

他にも、ヨーダのセリフ、
“Fear is the path to the dark side. Fear leads to anger. Anger leads to hate. Hate leads to suffering.” (恐れは暗黒面に通じる。恐れは怒りを、怒りは憎しみを、憎しみは苦痛を呼び込むのじゃ。)というところは・・

参照:Yoda fears the darkside
http://www.youtube.com/watch?v=xHa3D-musUw&feature=related

禅のお坊さんの、"Fear is the only darkness.”と通じるわけです。ルーカスはこれを使っているんです。

参照:The Tao of Kung Fu #1 - "Fear is the only darkness."
http://www.youtube.com/watch?v=J5kBqrHphjo

老荘思想や禅と武術との関係は、ジャッキー・チェンと、ジェット・リーが共演した、『ドラゴン・キングダム(The Forbidden Kingdom 2008)』の方が上手く表現されています。 

参照:『茶の本』と功夫。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5024

『カンフーの習得には、長くつらい修行が続く
画家もカンフーの達人
そして熟練の包丁人は骨に触れずに、肉を切ることができる

型を学び、型を追い求めず
無音の音を聴く
全てを学び、全てを忘れる
古からの技を学び、独自の技を見出す

音楽家もカンフーの達人
詩人は言葉の絵画で、帝(みかど)の涙を誘う
これもカンフー

そのパワーは水の流れと同じ
限りなく柔らかく、だが、硬い岩をも打ち砕く
相手に逆らわず、流れるように包み込む
名前も型も無い

極意は己の内にあり
解き放てるのは己だけ』(以上、『ドラゴン・キングダム』より引用)

・・・これは、職人の妙技に見える身体的技法や、芸術を通して悟りに到達するという、中国化した仏教であるところの禅宗の特色のひとつです。日本武術も多くを継承したはずのものだったんですが、どうもこの辺の修練が全く無くなってしまったんですね。直接的経験を伝えるということの軽視、文化の未熟さの表れですよ。

ま、もちろん参禅した副産物として「気づく」こともあるんですよ。道は一つですから。

参照:巨人の星名場面 「打ってもらおう」
http://www.youtube.com/watch?v=mSVQ2Y279BI

大リーグボール1号の誕生は、参禅による怪我の功名なんですよね(笑)。

坐禅蛙画賛。
「坐禅して、人が佛となるならバ(坐禅蛙画賛)」

『KARATE KID』では、道教的な意味合いで説明していまして、そこも興味深いです。で、今回は道教の寺院で太極図を前に、ジャッキーが教えていましたね。「明鏡止水」の境地です。

Zhuangzi
『仲尼曰「人莫鑑於流水、而鑑於止水、唯止能止衆止。受命於地、唯松柏獨也在、冬夏青青、受命於天、唯舜獨也正。幸能正生、以正衆生。夫保始之?,不懼之實。勇士一人、雄入於九軍。將求名而能自要者、而猶若此、而況官天地、府萬物、直寓六骸、象耳目、一知之所知、而心未嘗死者乎!彼且擇日而登假、人則從是也。』(『荘子』 徳充符 第五)
→仲尼はこう言った。「流れている水は人の姿を映す鏡にはならない。静かな水面こそ万物の姿を映す鏡になる。静かな心であるからこそ、王駘は他人の心を映し出し、人々の足を止めることができるのだ。大地に命を受けたものの中では、松や桧が夏も冬も変わらずに青々としているように、天に命を受けたものの中では、ただ舜帝一人のみが、正しく行いをなしえた。彼だけが民衆を正しい道へと導けたのだ。生来受けた本性を保ち得るならば、人は何者にも恐れることはない。勇士が大軍を前にして、たった一人でも怯まずに突き進むのは、ただ、名誉を求めるがためのことである。俗事にとらわれた勇士であっても、その調子なのだから、天地を司り、万物と一体となり、五臓六腑も、耳も目も仮のものとして、さかしらな知に惑わされず叡智と共にあるの者ならば、死の恐怖など気にも留めない。かの王駘は、脚の不自由な障害者でありながら、その境地にあるがゆえに、人々は彼を慕って従うのだ。」

・・・『ベスト・キッド』で鍵となるシーンは、まさに荘子の教えです。

勝海舟。
『心は明鏡止水のごとし、といふ事は、若い時に習つた剣術の極意だが、外交にもこの極意を応用して、少しも誤らなかつた。かういふ風に応接して、かういふ風に切り抜けうなど、あらかじめ見込みを立てゝおくのが、世間の風だけれども、これが一番悪いヨ。おれなどは、何にも考へたり目論見たりすることはせぬ。』(「氷川清話」より 勝海舟の言葉)

・・・今回はジャッキー・チェンが師としてクンフーを教えるという立場だったので、ブルース・リーを意識したつくりになっていたかな、と思います。作品の良し悪しはともかく、いかにクンフーの知恵を伝えるか、ということに関しては成功だったと思いますね。“Empty mind."であったり、“Fighiting without fighting.”もちゃんと組み入れています。胡同の中の人間模様も、アジア特有の混沌としたなかにある風情も、あえて表現したのは立派ですね。

参照:Bruce Lee_Be Water My Friend
http://www.youtube.com/watch?v=USlnfTGlhXc&feature=related

The Art Of Fighting Without Fighting
http://www.youtube.com/watch?v=o_Ycw0d_Uow

李小龍。
Bruce lee:"Don't think.Feel. It is like a finger pointing away to the moon."
(頭で考えるな、身体で感じるんだ。それは月を指さすようなものだ。)

参照:Youtube Finger Pointing to the Moon - Bruce Lee
http://www.youtube.com/watch?v=sDW6vkuqGLg

指月布袋画賛
「お月様 幾つ 十三、七つ(指月布袋画賛)」

参照:
http://www.fujitv.co.jp/event/art-net/go/494.html

・・・こういうものを形にするって難しいんですよ。人間っていうのは指にとらわれて月を見失うんです。禅や荘子があえて志向性を持たず、哲学や宗教なんていうフィールドに安住しないのはそこにあるんですが、なかなか分かってもらえない。あえて逆説的に、もしくは矛盾したままで表現しないと分からないもののなんと多いことか。

『ベスト・キッド』もうひとつの収穫は「物?必反(wujibifan)」です。「何事もやり過ぎはよくない」という意味で使われた言葉ですが、これは、荘子の場合だと・・

おっと、ここで、文字制限。続きはいずれ。

今日はこの辺で。

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日本は世界一の農薬使用国

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http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=272525
日本は世界一の農薬使用国①~日本の農作物は、危険な状態になっている
 
中村英起 ( 53 佐賀 会社員 ) 13/01/26 PM03 【印刷用へ】


以外にも日本は、どの国よりも農薬に依存している様です。

リンク より

3月7日の記事「木村秋則さんの自然栽培」では、著書『百姓が地球を救う』から、肥料、農薬、除草剤を使わない木村さんの新しい自然栽培を紹介しました。

その『百姓が地球を救う』を読んでいて、私が非常に気になった点がありました。量が多くなるので、いっぺんには紹介できなかったのですが、日本で一般に栽培された農作物は、世界ダントツの一位で農薬を使っているという木村さんの指摘です。

これは私のそれまでの認識と大きく違っていたので、ホントに!? という感じでした。

日本で生産されている農作物は、世界レベルでみれば比較的安全で安心なものと思い込んでいたからです。それは2000年代初頭に、中国から安い農産物が盛んに輸入されるようになって、中国産農産物の残留農薬の危険性が社会問題化したことが大きいかもしれません。今でも中国国内の環境汚染は報道されていますし、中国人でも裕福な家庭は、割高でも安心安全な日本から輸入した食材を食べていると報道されています。それゆえ日本の農産物は安全だが、中国の農産物は危険だというイメージは、私だけでなく多くの日本人が持っていると思います。

しかし木村さんの指摘は、全く逆なのです。

日本は世界一の農薬使用国であり、その農産物はとても危険だというのです。以下のグラフは季節ごとに発行される木村さんの自然栽培の季刊誌『農業ルネッサンス』春号から抜粋したものです。『百姓が地球を救う』にも同じグラフが載っていますが、こちらはカラーで見やすいので、こちらを掲載します。

これは2010年の主要国の耕地面積あたりの農薬の使用量を棒グラフにしたものです。日本だけは2010年のデータが未集計なので2009年の値を使用しているとのことですが、文句なく日本は世界で圧倒的な一位です。日本の農産物は、世界一危険な状態にあるといってもいいかもしれません。これほど大事な事が、多くの日本人に知らされていないということは、ある種の意図があるのではないかと疑いたくなります。

信じがたいことですが欧州のある国は、日本に渡航する人に日本の野菜は危険なので、できるだけ食べないようにと書いたパンフレットを渡しているといいます。日本に住んでいる身からすれば、健康のためにできるだけ野菜を摂るようにとは聞きますが、健康のために野菜を食べないようにというのは聞いたことがありません。しかしこれが世界の現実のようです。私たちは本当に大切なことを知らされていないのかもしれません。

では、『百姓が地球を救う』(木村秋則著、東邦出版)から抜粋します。
・・・<『百姓が地球を救う』、p28~p38から抜粋開始>・・・

◆日本は世界一の農薬使用国

日本の農作物は、本当に危険な状態になっています。

ある欧州の国は、日本に渡航する人たちに渡すパンフレットに、次のように書いています。

「日本へ旅行する皆さんへ。日本は農薬の使用量が極めて多いので、旅行した際に、できるだけ野菜は食べないようにしてください。あなたの健康を害する恐れがあります」

当地の大学教授から聞いた話です。ちょっと信じられませんが、あちらではそういう判断をしているのです。

そう書かれても仕方がないでしょう。いま、農薬の使用量が世界一多い国は、日本なのですから。

各種データを見てみると、日本は単位面積あたりで世界第1位の農薬使用国です。知らされていないだけで、本当は世界で最も危険なおコメや野菜、果物を食べている国民かもしれません。

第2位の韓国は近年、国を挙げて減農薬に取り組んでいます。かつて、2005年前後は日本と同じくらい農薬を使用していましたが、ここ5年で約30%の削減を達成しています。

中国は数年前まで、「どれだけ農薬を使っているかわからないから、怖くて食べられない」といわれてきましたが、実際は日本の約20分の1という少なさです。

20年ほど前、1990年の資料によれば、チューリップの生産で有名なオランダが世界一の農薬使用国でした。しかし各国から、「農薬の量が多いので、おたくの花は買わないよ」と批判され、国を挙げて使用量の削減に着手しました。そして、80%近くの削減を成し遂げ、いまは第3位になっています。

ほかの西欧諸国も、軒並み30%以上の削減をここ数年で達成しており、先進国のなかで上昇傾向を見せているのは日本だけという現状です。

日本は農薬のほか、おコメを生産する際に使われる除草剤の使用量も、調べてみると圧倒的に世界一でした。

農薬がこれほどまでに使われてきた背景のひとつとして、日本は気候が温暖で雨が多いために病気や害虫の発生が多いという、やむを得ない事情があります。

農薬は害虫をいちいち手で駆除する手間をなくし、除草剤は草取りという重労働から農家の人たちを解放してくれました。ただ、農家はその恩恵にどっぷり浸かってしまい、もはや農薬や除草剤なくしては生産できないと思うまでになってしまったのです。

病気の発生を抑えるために畑の土は消毒されます。そのときに使う農薬は、防毒マスクをしなくてはならないくらい刺激が強いのです。

そして、多くの田んぼからカエルやドジョウがいなく、畑は収穫したい農作物だけが整然と並ぶ場所になりました。こうしてできたおコメや野菜、果物を日本人は毎日食べているのです。

(続く)

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=272526
日本は世界一の農薬使用国②~だれも語らなかった農薬の恐怖
 
中村英起 ( 53 佐賀 会社員 ) 13/01/26 PM03 【印刷用へ】


(引き続き)
リンク より

◆だれも語らなかった農薬の恐怖

いまでこそ無農薬・無肥料の自然栽培を実践しているわたしですが、養子に入った木村家で農家になった23歳ごろは、まさに“農業”をやっていました。農薬も化学肥料も、じゃんじゃん使っていたのです。

婿養子に行く前、実家も田んぼとリンゴ畑を持っていましたから、小学生のときにはすでに父の手伝いで殺虫剤や殺菌剤を撒いていました。その危険性についてしっかり教えてもらった記憶はありませんが、恐ろしさは身に染みてわかっています。

当時、パラチオンなどの殺虫剤、石灰ボルドー(石灰と硫酸銅の結晶)などの殺菌剤を撒いた田んぼやリンゴ畑には、三角形の赤い布に骸骨マークを描いた旗が目印として立てられ、立ち入り禁止を促しました。

事件が起きたのは、父がそのパラチオンをリンゴの樹に振りかけているときでした。

100メートルはあろうかという長いホースを使って広範囲に撒くわけですが、父はなにか考え事でもしていたのでしょう、リンゴの樹のてっぺんにパラチオンをかけながら、ポカンと口を開けたのです。パラチオンが一気に口に入ってくるや否や、突然走り去りました。わたしはどうしていいのかわからず、そのまま畑にひとり残っていましたが、いつまで経っても戻ってきません。仕方なく家に帰ると、疲れた表情の父が、「心配かけて悪かったな。すぐに病院に駆け込んだんだよ」とわたしの頭を撫でました。

パラチオンは「とにかく虫を殺してやる!」という強力な殺虫剤です。農家の人の健康など考えていません。もちろん、リンゴのことや、それを購入して食べてくださる消費者への心遣いなどゼロです。口に入ったらすぐに医者にかからなければならないほどの威力でした。

なんらかの悲しい理由で農家が自殺するときは、パラチオンを飲みます。100ミリリットルとか500ミリリットルの茶褐色のビンが、いかにも猛毒という雰囲気を醸し出しています。ひと煽(あお)りすると、窒息死します。わたしは見たことはありませんが、自殺の現場に遭遇した人の話では、畑をころころ転がりながら相当苦しんでから亡くなったそうです。遺体には顔に紫色の斑点が出ていたとも聞きました。

それでもわたしは、農薬を撒くホースを持ち上げたりするときも、軍手もせずに素手でやっていました。手のひらの皮が剥け、生まれたばかりの赤ん坊のような淡い赤紫色に変色するものですから、学校に行くと恥ずかしくて、ポケットに突っ込んだまま1日をやり過ごした思い出があります。

いまから約50年前の津軽のリンゴ栽培の実情ですが、「農薬で実らせる」といわれるくらい病気や害虫に弱いリンゴは、そうでもしないと収穫できなかったのです。もし農薬を使わないと、全体の90%がなんらかの被害をこうむるからです。

◆農薬を雪のように振りかけて

リンゴ農家の農薬撒布は8月いっぱいでひと段落です。

22歳の9月、農薬撒布が終わったころに、わたしは結婚しました。すぐに秋が来て、冬が来て、春になって再び農薬のシーズンが訪れ、そのとき初めて女房が農薬にすごく弱い体質だということがわかりました。

1日畑に出て作業すると、目の縁や耳の後ろ、二の腕の柔らかい部分などがただれて、翌日はいうに及ばず1週間ほど寝込むこともあったのです。

これでは畑に連れていくことはできません。「お前は来なくていいよ、家にいなさい」とおやじとふたりで農薬を撒布していました。

わたしたちは男同士という勢いもあり、農協から配られる農薬のマニュアルなど横に置いておいて、希釈率は2割増し、3割増しが日常茶飯事。水500リットルに石灰ボルドー500ミリリットル入れるところを、1000ミリリットル入れたりと、倍以上に濃くすることもしょっちゅうでした。

「どうせ撒くなら、強くしたほうがいいよね」とものすごく強度なムードで撒いていました。

虫を殺す殺虫剤と、菌を殺す殺菌剤、この2種類の同時撒布もしていました。パラチオンと石灰ボルドー液を同時に撒くのです。2つを混ぜると化学反応が起きるので、撒布する直前に混ぜないと変質してしまいます。また、1回に大量に作るので、途中で雨が降って中止などということになると、大損害を被ります。天気を予測し、多くの場合は清々しい青空のもとで、害虫や病原菌を根こそぎ退治していました。

もう時効でしょうから懺悔のつもりで告白しますが、劇薬である水銀も使っていました。いまは使用禁止ですが、当時はまだ売っていて、強力な殺菌剤になったのです。丸く平べったいマーブルチョコレートのような形をした水銀の固体を、10リットルくらいの空のバケツに入れて、水を差しながら、ゴム手袋をはめて溶かしていきます。それを石灰ボルドー液のなかに混ぜて、より一層効果を得るのです。

生産性向上のためには手段は選びませんでした。虫や菌を殺せるなら、なんでもありだったのです。

当時、歌手の石川さゆりさんが津軽を訪れ、「夏なのに、リンゴ畑は雪が降ったよう」といったのは、石灰ボルドーで真っ白になったリンゴ畑を見たからでしょう。わたしの畑では1年に16回、近くを走る道路のアスファルトも白く変わるほど撒布していました。

(引用終わり)

 
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=273036
Re日本は世界一の農薬使用国。これほど日本で農薬が使われる理由とは? 突破口は「地産地消」と「産地直送」
 
庄恵三 ( 60代 神奈川 営業 ) 13/02/14 PM03 【印刷用へ】


●日本の農業に何故これほどまでの農薬が使用されるのか?
農家の人が危険だと分かっていても、これまで使わざるを得なかったのはどうしてなのか。

その元凶はJAと農水官僚とその族議員達、というブログを紹介します
「残留農薬、日本は大丈夫か」 新恭(あらたきょう)
リンク

> なぜ農薬を多く使うのか。
日本は小規模農家が多く、そのほとんどがJA(農協)に加入して営農指導や農薬供給を受ける。
田中康夫は長野県知事時代の経験から、次のように指摘する

「JAが配った農薬を決められた量、決められた回数使わないと、トマトもキュウリもレタスも、JAが出荷を受け付けてくれない。
促成栽培のトマトは8~9週間の間に40回も散布するよう決められている。日本の農作物だからといって安心とはいえない」

参議院議員、ツルネン・マルティは「単純に日本なら安全というムードになっているが、残留農薬は必ず入っている。これを機に、農薬をできるだけ使わない有機農業をさらに進めてほしい」と訴える。

農産物を取り仕切る農協や農水族議員によって、この国の農業はゆがめられ、疲弊してきた。
農薬や化学肥料の販売で多額の利益を上げているJAにとって、無農薬・有機栽培農家が増えることは経営基盤を揺るがす問題だ。
農水族議員は運命共同体であるJAを利する方向にバックアップしなければ自らも弱体化する

しかし彼らの都合を重視する農業政策に圧迫されながらも、日本ではすでに、無農薬・有機栽培農家がつぎつぎと誕生し、その農産品のほとんどを農協を通さずに直売している。そうした産物を買う消費者がどんどん増えれば、日本農業のニューウエーブとなるだろう。

収穫したものをその土地で消費するという「地産地消」や、農産物を直接、消費者に届ける「産地直送」は、無農薬・有機栽培農家あってこそ可能なのだ。組織の利益拡大に血道を上げる農協のコントロール下にあっては、活気ある農村づくりなど夢物語に過ぎない。

農薬を用いてつくられる農産品や加工食品から残留農薬が検出されるのは、進んだ今の検査技術をもってすれば中国産であろうが日本産であろうが当たり前である。

ほんとうに安心安全を得たいと考えるなら、無農薬農業の推進しか方法はない。でなければ、「基準値以内なら少々農薬が体内に入っても大丈夫」という、政府の甘い見解を信じるほかはないだろう <

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今となっては超レア? パケタコレクションの一つ ハイアングレイシーの柔術動画 ハイアングレイシーvsアマウリビテッチ

Amaury Bitetti vs Ryan Gracie

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ジョッシュ・ウェイツキン のノーギ ローリング と自身が推手競技に参戦し優勝した世界大会 そしてチェス時代の指し手

ジョッシュ・ウェイツキンvsマルセリーニョのローリング動画


ジョッシュ・ウェイツキンの推手世界大会動画


ジョッシュ・ウェイツキンのチェス指し手

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ボビー・フィッシャーを探して の天才少年チェスプレイヤー ジョッシュ・ウェイツキンのその後 太極拳を学んで台湾で推手競技の世界王者に! そして現在は柔術を学びマルセリーニョの黒帯兼マルセリーニョの道場共同設立者 世界で最も人気の高い柔術オンランイントレーニングサイトMGinactionの共同運営者に! 

ゴング格闘技 2015年11月号

イースト・プレス (2015-09-23)


https://www.facebook.com/gong.kakutogi/photos/a.447215278702711.1073741826.447205925370313/888641231226778/?type=3#
☆私と格闘技。
『ボビー・フィッシャーを探して』あの少年のその後の奇跡──
チェス、太極拳世界王者、そしてマルセリーニョの黒帯
ジョッシュ・ウェイツキンが教えてくれる、最高の自分の引き出し方

映画『ボビー・フィッシャーを探して』のモデルとなったチェスの天才児は、その後数々の試練と苦闘を経て太極拳と出会い、推手の世界王者に。やがて彼はマルセロ・ガウッシアに魅せられ、ブラジリアン柔術に没頭し、黒帯を取得した。昨年度『NY TIMES』教育書ベストセラー100に入った『習得への情熱─チェスから武術へ─』の邦訳がこのたび出版された。著者が伝えてくれる、誰にでも、どの分野にも応用できる「学びの奥義」とは?が教えてくれる、最高の自分の引き出し方

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習得への情熱―チェスから武術へ―:上達するための、僕の意識的学習法
ジョッシュ・ウェイツキン
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習得への情熱―チェスから武術へ―

上達するための、僕の意識的学習法

THE ART OF LEARNING

An Inner Journey to Optimal Performance

著者ジョッシュ・ウェイツキン訳者吉田俊太郎

かつてチェスの“神童”と呼ばれ、長じて卓越した武術家(太極拳推手の世界選手権覇者にして、黒帯の柔術家)となった著者が、トップクラスの競技者になるためのart of learning(習得の技法)を語る。技能を倦まず開墾し続け、競技者としては千人に一人、あるいはそれ以上の領域を目指す、「超」能動的な学習術である。
優れた競技者になるための内的技法は競技の種類によらず驚くほど共通していると著者は言う。「インスピレーションを得るための公式や型紙は存在しない。だけど、それを得る自分なりの方法を発見するために辿るべきプロセスならある」(第18章)という表現に象徴されるように、鍵となるプロセスを意識的に辿ることが、より高い集中力、より高いパフォーマンスレベルでの学習につながっていく。チェスを武術に、武術をチェスに翻訳できるこの著者ならではの離れ業を用いて、「数を忘れるための数」「より小さな円を描く」「引き金を構築する」といった上達の足掛かりとなるプロセスが、印象深く描出されている。
著者が他ジャンルのトップアスリートやそのメンタル・トレーナーから授けられた洞察も、ここには注がれている。本書が提示する学びへの開かれたアプローチ、学ぶ喜びについての衒いのない、ひたむきな語りは、読む者に自らの可能性を顧みさせる力をもっている。

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目次


はじめに

I 基礎
第1章 無邪気に指していた頃
第2章 勝利のための敗戦
第3章 二種類のアプローチ
第4章 ゲームを楽しむ
第5章 ソフトゾーン──「自らを滅却せよ」
第6章 悪循環
第7章 心の声の変化
第8章 荒馬を手なずける

II マイ・セカンド・アート
第9章 ビギナーズ・マインド
第10章 負の投資
第11章 より小さな円を描く
第12章 逆境を利用する
第13章 時間の流れを緩める
第14章 神秘という幻影

III すべてを一つにまとめる
第15章 今という瞬間に心をおくことのパワー
第16章 ゾーンの探求
第17章 引き金を構築する
第18章 サンダルを作る
第19章 すべてを一つにまとめる
第20章 台湾

あとがき
謝辞
訳者あとがき

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著訳者略歴
ジョッシュ・ウェイツキンJosh Waitzkin
1976年ニューヨーク生まれ。
少年時代はチェスプレーヤーとして数々のトーナメントで活躍、16歳でインターナショナル・マスター(IM)となり、全米ジュニアチェス選手権(21歳以下部門)2年連続優勝、世界チェス選手権(18歳以下部門)ベスト4をはじめとする優れた戦績を収める。父親のフレッド・ウェイツキンが幼年時代のジョッシュを主人公に、チェスプレーヤーたちの人間模様を描いた著作Searching for Bobby Fisher(Random House, 1988)〔邦訳『ボビー・フィッシャーを探して』若島正訳、みすず書房(2014)〕は映画化もされ、大きな注目を浴びた。1998年から太極拳の一部門である推手を習いはじめ、数年のうちに全米選手権および世界選手権のタイトルを獲る実力となる。2004年にはこの競技の最高峰の闘いの場である中華杯国際太極拳選手権(台湾)で二部門を制覇。その後はブラジリアン柔術に力を注ぎ、2011年には世界屈指の柔術家であるマルセロ・ガッシアの下で黒帯となる。本書で語っている習得の心理的技法については全米各地の教育機関へ講演や助言を提供しているほか、柔術と教育の両方への関心を生かして、ガッシアの道場Marcelo Garcia Academy in NYCのオンライン版MGinaction.com(トップレベルのグラップラーたちの詳細なテクニックの動画をアーカイヴしたウェブサイトwww.mginaction.com)をガッシアとともに立ち上げた(2015年現在、継続運営中)。定評あるチェスのコンピューター・ゲームChessmasterの最新版(ver. XI、Chessmaster: Grandmaster Edition)には、チュートリアルを提供している。
(↑)
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。吉田俊太郎よしだ・しゅんたろう
翻訳家。1965年東京都生まれ。早稲田大卒。90年代には英国に拠点を置き、日本のテレビ局向けドキュメンタリー番組制作にディレクターとして参加した。
現在は英国と日本を頻繁に行き来しながら、映画・映像芸術・広告を中心分野に翻訳活動をしている。訳書にM・オンダーチェ『映画もまた編集である──ウォルター・マーチとの対話』(2011、みすず書房)、J・ヴァン・シル『映画表現の教科書──名シーンに学ぶ決定的テクニック100』(2012)、ダグ・チャン『SFデザインテクニック──ダグ・チャンの世界と造形哲学』(2013)、J・F・ミルバーン/R・ニコデマス共著『minimalism ~30歳からはじめるミニマル・ライフ』(2014)(以上フィルムアート社)など多数。趣味は柔道で講道館柔道二段。本書に触発され、数年前から英国で太極拳教室(基本套路/対練/推手)に通っている。
(↑)
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%92%E6%8E%A2%E3%81%97%E3%81%A6
ボビー・フィッシャーを探して
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ボビー・フィッシャーを探して

Searching for Bobby Fischer

監督
スティーヴン・ザイリアン

脚本
スティーヴン・ザイリアン

製作
ウィリアム・ホーバーグ
スコット・ルーディン

製作総指揮
シドニー・ポラック

音楽
ジェームズ・ホーナー

撮影
コンラッド・L・ホール

編集
ウェイン・ワーマン

配給
アメリカ合衆国の旗 パラマウント映画
日本の旗 UIP

公開
アメリカ合衆国の旗 1993年8月11日
日本の旗 1994年2月5日

上映時間
110分

製作国
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

言語
英語

興行収入
$7,266,383[1]
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『ボビー・フィッシャーを探して』(ボビー・フィッシャーをさがして、原題:Searching for Bobby Fischer)は、1993年のアメリカ映画。実在の天才少年チェスプレイヤーのジョシュ・ウェイツキンの父親フレッドが、ジョシュの生活を綴った本の映画化。感動の映画ベスト100の一つ。

2014年に、フレッド・ウェイツキンによる原作本の邦訳『ボビー・フィッシャーを探して』(若島正訳)がみすず書房から刊行された。



目次 [非表示]
1 あらすじ
2 キャスト
3 出典
4 外部リンク


あらすじ[編集]

ボビー・フィッシャーとは、1970年代に米国人として初めてチェスの世界チャンピオンになった伝説的な天才である。奇行を繰り返し、1980年代から長く行方不明となっていたが、人々は彼を忘れていなかった。

7歳のジョシュ・ウェイツキンは、心の優しい野球好きな少年だったが、公園で男たちが競うストリート・チェスを見て、チェスの魅力に取りつかれた。ジョシュの並外れた才能に気づいた父親のフレッドは、かつてチェスの名手として世に知られたブルース・パンドルフィー二にコーチを依頼した。

ブルースはジョシュの中に、ボビー・フィッシャーと同じ才能を感じて、コーチを引き受けた。だが、チェスに没頭し、トップを競う日々は生活力を失わせ、人生を狂わせる危険性を孕んでいた。ブルースは、ジョシュが負け犬になることを恐れて、ボビー・フィッシャーのように芸術的なチェスの高みを目指させ、荒っぽいストリート・チェスの手法を禁じようとした。

ジョシュは父に連れられて国内各地のジュニア・トーナメントに出向き、連勝を重ねて行った。だが、心優しいジョシュは、対戦相手を敵として憎むことができなかった。やがて強力なライバルが現れると、ジョシュはその存在に怯えて集中を欠き、はるかに格下の相手にまで敗退してしまった。

ライバルに勝てずに苦しむジョシュを見て、母親のボニーは夫フレッドを責めた。反省し、ジョシュにチェスを止めてもいいと話すフレッド。だが、ジョシュは諦めていなかった。一度は仲違いしたコーチのブルースとも和解して、ジョシュは穏やかな心で全国大会に臨み、優勝を果たした。

キャスト[編集]
マックス・ポメランク:ジョシュ・ウェイツキン
ジョー・マンテーニャ:フレッド・ウェイツキン
ジョアン・アレン:ボニー・ウェイツキン
ベン・キングズレー:ブルース・パンドルフィーニ
ローレンス・フィッシュバーン:ヴィニー
マイケル・ニーレンバーグ:ジョナサン
デヴィッド・ペイマー:カレブ
ローラ・リニー
ウィリアム・H・メイシー
ダン・ヘダヤ
トニー・シャルーブ

出典[編集]

1.^ “Searching for Bobby Fischer (1993)” (英語). Box Office Mojo. 2010年11月28日閲覧。

外部リンク[編集]
ボビー・フィッシャーを探して - allcinema
ボビー・フィッシャーを探して - KINENOTE
Searching for Bobby Fischer - AllMovie(英語)
Searching for Bobby Fischer - インターネット・ムービー・データベース(英語)

執筆の途中です この項目は、映画に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ映画)。




カテゴリ: 1993年の映画
アメリカ合衆国の伝記映画
トロントで製作された映画作品
文学を原作とする映画作品
パラマウント映画の作品
チェスを題材とした作品



http://www.msz.co.jp/book/detail/07852.html
ボビー・フィッシャーを探して
フレッド・ウェイツキン
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ボビー・フィッシャーを探して

SEARCHING FOR BOBBY FISCHER

著者フレッド・ウェイツキン訳者若島正

チェスの神童ジョッシュとその父親である著者が、伝説的棋士ボビー・フィッシャーへの憧憬を胸に歩んだ道のりを描く。
6歳でチェスを始め、子供らしい無邪気さでチェスに取り組みながら加速度的に強くなる息子ジョッシュ。その眩ゆいほどの才能に父親は深くいれ込み、幼い息子はそんな周囲の思いに多感に反応しつつも、仮借のない勝負の世界を懸命に生き、成長してゆく。
ときに公園の片隅で、ときに世界タイトル戦の場で、さまざまな棋士たちが味わう栄光と悲哀の物語が、父子の道程と交錯する。そこには、冷戦の構図をはじめとして棋士の境遇や対局の質に影響を及ぼす種々の社会事情が、色濃く映し出されている。
チェスの高峰を目指す父子の歩みはどこへ至るのか。ライバルたちとの息詰まる対局の行方は? チェスの奥深さに魅入られた人々の興奮と葛藤をこのうえなく切実なタッチで写し取り、映画化もされた珠玉作。

『ボビー・フィッシャーを探して』特設ウェブサイトはこちら

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目次


1 チェスの神童を育てて  第1章を読む(pdfファイル、846KB)
2 フィッシャーの遺産
3 ワシントン広場
4 ブルース・パンドルフィーニ
5 大ニューヨーク・オープン大会
6 モスクワに向けたトレーニング
7 列柱の間
8 マルク・ドヴォレツキー
9 ヴォロージャ
10 記者室
11 改修中につき休校?
12 ボリス・グルコ
13 チェス専門店
14 ジョッシュとブルース
15 タイトルを賭けて
16 ビミニ島チャンピオン戦
17 やる気をなくす
18 チェスファンの覚え書き
19 チェス親
20 ロマン
21 ボビー・フィッシャーを探して
22 全米選手権
エピローグ

訳者あとがき
チェスプレーヤー覚え書き〔若島正〕

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著訳者略歴
フレッド・ウェイツキンFred Waitzkin
1943年、アメリカ、マサチューセッツ州ケンブリッジ生まれ。
趣味のビッグゲーム・フィッシング(スポーツとして大型の魚を狙う釣り)の知識を生かしてThe New York Times, Forbes, The New York Times book Review, Sunday Magazine, New York, Esquire, Sports Illustratedなどの雑誌へ主としてスポーツライターとして取材記事やエッセイ等を寄稿するなかで、息子ジョシュアとチェスについて書いた記事が注目を浴び、1988年に本書の原著Searching for Bobby Fisherの出版に至る。同書は1993年にハリウッドで映画化され(邦題『ボビー・フィッシャーを探して』)、映画はその年のアカデミー賞にもノミネートされた。以降もライターとしての活動を続けており、他の著書にMortal Games: The Turbulent Garry Kasparov(G. P. Putnam’s Sons., 1993), The Last Marlin: The Story of a Family at Sea(Viking, 2000), The Dream Merchant(Macmillan, 2013)がある。ニューヨーク在住。
(↑)
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。若島正わかしま・ただし
1952年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科教授(英米文学)。詰将棋、チェス・プロブレム作家としても知られる。
97年、国際チェス連盟(FIDE)が認定する「プロブレム解答国際マスター」(IM)の称号を獲得(日本人では初)。著書に『乱視読者の英米短篇講義』(研究社、読売文学賞受賞)、『盤上のファンタジア』(河出書房新社)ほか。訳書にウラジーミル・ナボコフ『ロリータ』(新潮文庫)『ディフェンス』(河出書房新社)、リチャード・パワーズ『ガラテイア2.2』(みすず書房)、チェス小説アンソロジー『モーフィー時計の午前零時』(若島編、共訳、国書刊行会)などがある。
(↑)
※ここに掲載する略歴は本書刊行時のものです。

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孤独のグルメとキャッチレスリングの関係 ゴローのアームロックのルーツは谷口ジローの餓狼伝にあり

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Kodoku-0126.jpg


孤独のグルメの有名なダブルリストロックシーン

主人公ゴローのアームロックですが明らかに合気道とか大東流とかの立ち関節とは違います
かと言って柔道とか柔術のキムラともビミョーに違います
組んだ腕を肘越しに組むのではなく肩越しに組んでます
これは
藤原喜明のスーパーテクニックp98~99
逆リストロックからの投げ
のワンシーンをモデルにしたんでしょうね

http://blog-imgs-70-origin.fc2.com/t/i/g/tigermax00/DSCN6359.jpg

あと本家ゴッチのダブルリストロックを見てもゴローのアームロックが実はキャッチのダブルリストロックだということが見ればわかります

http://blog-imgs-18.fc2.com/m/u/r/murasakilg/cap044_20090524002720.jpg

この有名な立ちアームロックは
実は投げに繋げてからグラウンド状態になって極める技の途中だったんですね
そこで有名な それ以上いけない という中国人店員呉さんの一言で止まったんでしょう

ちなみにこの時の店のモデルは実在するそうですが店からは孤独のグルメの読者は出入り禁止になっているとかならないとかw
暴力店長のモデルも実在したそうですが今はクビ?になっていないんだとか

b556f82f.jpg

ちなみについ先日発売されたばかりの孤独のグルメ2巻p43でも公開されたゴローのダブルリストロック投げは
同書 藤原喜明のスーパーテクニック p96~97
でも紹介されています

ですからゴローの祖父は古流柔術家ではなく

実は

キャッチレスリングのレスラー

だったという推測が成り立つのですww

ちなみにこちらは限定生産のfigma

goro-22.jpg


という漫画オタネタは置いといて原作者の久住さんは格闘技関係には縁は無いようですが
実は作画の谷口ジローさんは漫画の世界でも稀有なリアルなサブミッション 寝技の描写が出来る数少ない作家だったりする
皆 立ち技は 打撃とか投げは好きでバンバン表現するんだけど
リアルな寝技とか サブミッションの描写が出来る作家さんは少ない
今だったらオールグランダー廻の遠藤 浩輝くらい?
原田 久仁信なんかも最近になってKIMURAで寝技描写していますね
一丸氏の七帝柔道記みたいなマイナーな寝技の柔道の漫画も今や出ているくらいですし

昔の作品でリアルな寝技描写 サブミッション描写やっていたのって柔侠伝のバロン吉元 と

谷口ジロー版の餓狼伝だけじゃないでしょうかね?

梶原一騎原作作品はいずれも派手な立ち技 柔道だったら投げ技 極真やキックなら打撃 を描写する作品は腐るほど輩出しましたが恐るべき破壊力 一撃必殺のサブミッション チョークを表現した作品を描くことは一切ありませんでした

まだUFC グレイシー MMA 柔術 が出る前の作品でマニアックなキャッチレスリングの関節技 サブミッション サンボの関節技 サブミッションを表現したのは
孤独のグルメのゴローのサブミッションの源流である谷口ジロー版餓狼伝くらいなもんでしょう

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ちなみに板垣恵介版の餓狼伝にしろ原作の餓狼伝にしろリアルなサブミッションの表現とかとは無縁な大山倍達幻想 極真空手幻想の作品ですんでわたしゃあんまし見ていません
板垣恵介のバキとかもそんな感じで打撃とかは好んで表現されてはいますけれどリアルなサブミッション 絶対に逃げられないテコの原理を利用した技術の表現とかは皆無ですもんね…
まぁ
それと面白さとは別なんでしょうけれどどうにも私はそういう作品は読む気にはなれないんですよね‥

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ワールドマスター2015ライブ配信中

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実は日本以外では殆ど行われていない女子レスリング 競技人口は全世界でも、1万人未満 競技人口は、1000名そこそこ

http://plaza.rakuten.co.jp/123manglove/diary/201302130000/
マイナー競技での金メダル・・・女子レスリング


カテゴリ:社会


・・レスリングが五輪競技から外れそうだ。 私は、吉田さおりの国民栄誉賞は全く賞に値しない。 止めろ。と言って来た。 これは、メダル至上主義への警告です。 日本は、メダルだったら何でも良い。との風潮が主流になりつつある。 これは良くない。 皆、楽してメダルがとれる安易な方向へ流れる。 メディアの話題作りには良いだろう。 また、多様性などと言う人もいるが、それは違う。 全てが公平に評価された上での多様性が求められる。 例えば女子レスリングの競技人口は、世界で見れば殆どいない。 マイナーの中のマイナー競技なのです。 金メダルを取ると言う事は、例えば水泳などと比較すれば、国体に優勝した程度だろう。 今回を契機に、もう一度、金メダルの価値について考え直す必要があるだろう。 メダルの色で、同じ評価をして良いのか?  女子レスリングで金メダルを量産したことで、少しはしゃぎ過ぎたと思う。 競技人口は、1000名そこそこ、女子柔道の10分の1にも満たない。 全世界でも、1万人未満だろう。 競技人口からすれば100分の1、いや1000分の1にも満たないと思う。 さらに階級ごとに3つも4つもメダルを与えられると言う事は、中立な目で見れば、五輪から外されても致し方ないとも言える。 

女子レスリングについては、日本には柔道と言う世界的にも競技人口も多いメインな種目があるのだから、そちらで活躍して欲しいものだ。 柔道は競争が大変だ、女子レスリングは五輪出場も楽で、メダルにも近いからと言う理由で、レスリングを選択した選手も多いだろう。 であれば考え直す良い機会です。 一番悪いのは、マイナー競技であるのに、そのことを度外視してメディアが騒ぎすぎたことです。 世界選手権10連覇も、冷静に考えれば超マイナーな競技であったから成し遂げられたのであって、国民栄誉賞についても、どう考えても浮かれすぎの選択であったと考えざる負えない。 こんなことが、まかり通れば、五輪に出ることだけが目的になり楽な競技を選ぶ人ばかりとなってしまうだろう。 バレーボールで代表から漏れた人が、ビーチバレーに走りますが、ビーチバレーがメダルを取ったとしても、そう騒ぐ人は少ないと思う。 サッカーも、フットサルで例え優勝しても、サッカー程は騒がない。同様に女子レスリングでメダルを取っても、そう騒ぐことではなかったのです。

http://maguro.2ch.net/test/read.cgi/olympic/1348891904/

★★★世界の超マイナー競技 女子レスリング★★★

1 :クーベルタン男爵さん:2012/09/29(土) 13:11:44.97 '12 世界選手権出場人数
48㌔級 16人
51㌔級 14人
55㌔級 17人
59㌔級 13人
63㌔級 19人
67㌔級 16人
72㌔級 16人

*地域・大陸予選なし
4 :クーベルタン男爵さん:2012/09/29(土) 15:09:56.22 2011年 レスリング世界選手権(女子)参加国数

ー48㌔ 38カ国
ー51㌔ 24カ国
ー55㌔ 41カ国
ー59㌔ 21カ国
ー63㌔ 45カ国
ー67㌔ 14カ国
ー72㌔ 31カ国

http://china7e.sakura.ne.jp/?p=1211


羽田空港の看板 オリンピックと日本女子レスリング
02_エレクトロニクス

上海-東京を往復する人は、見たことあると思うのですが、
羽田空港の出国ゲートを過ぎた所に、
「東京オリンピック誘致」の宣伝アピールの看板があります。
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2013年9月7日、開催都市ついに決定!!
2020年オリンピック・パラリンピックを日本で!
————————————————————

先日も国際オリンピック委員会(IOC)選考委員が、
東京を視察に来てましたね。

安倍首相が
「より速く~、より高く~、より強く~」と
1964年の東京五輪に向けて作られた歌の一節を歌い、
テレビで何度も映像が流れました。

猪瀬東京都知事が「有明テニスの森公園」のテニスコートで
車いすテニスの国枝選手とラリーする「サプライズ演出」もありました。

しかし、
羽田空港の宣伝看板に起用されている女子レスリングの吉田選手と伊調選手は、
微妙な気持ちでこの報道を見ていたのではないでしょうか。
(ALSOK綜合警備保障のテレビCMでも有名ですよね)

ご存知のように、国際オリンピック委員会は2月12日、
「2020年五輪の中核競技から女子レスリングを除外」する理事会結果を公表しました。

2020年の五輪誘致の宣伝の主役自らが、
誘致できても晴れの舞台がなくなる・・・そんなショックな状況です。

日本のレスリング競技人口は約9000人。
米国やカナダ、ロシア、ウクライナも強く、競技人口は100万人以上。
とはいえ、男女比は8000対1だそうで、女子での人気は著しく低い。

世界的にはメジャーな競技とも言えるけれど、
欧州での人気はイマイチ・・・で、メジャーでないとも言える。
このあたりも大きく影響していると言われています。

考えようによっては、世界中で女子レスリング選手が出てきたら、
日本もメダルは取れなくなるかもしれない・・・。

判定がわかりにくいとか、いろんな指摘があると思いますが、
やはりマーケットニーズが商品を決めるのと同じ。

日本のお家芸と持ち上げられて、日本では人気が高いところは、
女子レスリングも日本の電機業界も似たような所があるようで、
どちらも「ガラパゴス問題」に直面しているのかもしれません。

他にも五輪から消えそうになる競技の協会は、
国際オリンピック委員会に対するロビー活動をして、
ルールの整備など国際標準化づくりにも力を入れていたそうです。
これも、日本が不得意な部分です。

羽田に着いた瞬間に、
このような考えがアレコレと去来しました。

五輪誘致には是非がんばって欲しいところです。
オリンピックの誘致活動でも競技でも、
「海外勢と揉まれて勝利を勝ち取る」
そういう成功体験を日本全体でもう一度手に入れたいと願っています。■

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月刊秘伝より 次号 キャッチレスリング特集だとの事 記事を描くのは増田俊也さん

http://webhiden.jp/magazine/2015/09/201510.php
次号予告

人体を極めて、極める! 関節技の極致
◎増田俊也寄稿、CACC(キャッチアズキャッチキャン)、スネークピット・ジャパン(宮戸優光・井上学・鈴木秀樹)、藤原喜明組長、大東流合気etc.

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柔術プリースト 198  バリカタ柔術RADIO  26

Jiu Jitsu Priest #198


生田誠のバリカタ柔術RADIO #26

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柔術新聞さんでも紹介されたホジャーグレイシーのトレーニング動画



Great way to start the day. With a great abs work. No pain no gain! Ótima maneira de começar o dia. Exercício abdominal. A vitória ao vem com o sacrifício!

Posted by Roger Gracie on 2015年9月11日

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中学生でも大の大人に勝てる格闘技 それが柔術 ノーギ





ちなみにこういった例はこの試合に限らず柔術プリーストを毎回見ればわかりますが中学生が大人に勝つ試合とかフツーにあります

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レスリング金メダリスト殺人事件 デュポン事件 フォックスキャッチャー

Internet Explorerでは視聴出来ないので別のブラウザ Mozilla Firefox か Google Chrome で視聴してみてください

Foxcatcher 2014.Cima4u.Tv



http://www.foxcatcher-movie.jp/
フォックスキャッチャー

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%9D%E3%83%B3

ジョン・デュポン

ジョン・エルテール・デュポン(John Eleuthère du Pont, 1938年11月22日 - 2010年12月9日)は、かつてデュポン財閥の資産相続人の一人であり、殺人で有罪判決を受けた人物である[1][2]。いくつかの本を書いた鳥類学者でもあり、貝類学者、切手蒐集家、スポーツ支援者やコーチとしての顔も持っていた。慈善事業としてデラウェア自然博物館を設立し、いくつもの施設に寄付を行ってもいる。

1980年代に五種競技に興味を抱いたことから、所有するフォックスキャッチャー農場にレスリング施設を建設する。彼はアマチュアスポーツの支援者、アメリカレスリングチームの支援者として有名であった。1990年代には彼の突飛な行動や強迫性障害的行動は友人らに心配されるほどになっていたが、彼は莫大な資産を持っていたためにそのことが表に出ることはなかった[3]。1997年に彼は友人でありレスリングのフリースタイル金メダリストであるデイヴ・シュルツを殺害する。

2014年には映画『フォックスキャッチャー』において、スティーヴ・カレルがデュポンを演じてアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた[4][5]。

目次

1 幼少期
2 科学者として
3 私生活
4 興味を持ったもの
4.1 切手蒐集
4.2 運動競技
5 デイヴ・シュルツの殺害
6 死去
7 慈善活動など
7.1 フォックスキャッチャー農場
8 遺言に関する論争
9 メディアにおける描写
10 著作
10.1 書籍
10.2 論文
11 関連項目
12 参考文献
13 外部リンク

幼少期

ジョン・デュポンは、1938年11月22日にペンシルベニア州フィラデルフィアにて生まれた。ウィリアム・デュポン・ジュニアとジーン・リスター・オースティンとの間に生まれた末子であった。母方の祖父が夫妻にペンシルベニア州ニュートンにある200エーカー以上の広さを持つ土地を与え、父方の祖父がリスターホールという名の大邸宅を建て、ジョンはそこで育った[6]。母方の家系も父方の家系も、19世紀初頭にアメリカに移住してきて成功した一族であった。

1920年代から1930年代にかけて夫妻はさらなる土地を相続し、リスターホール農場を発展させて販売用・競争用サラブレッドを飼育した。ジョンが2歳のときに両親は離婚し、母が農場を相続した。彼女はサラブレッドに加え、ジャージー乳牛とウェルシュポニーも飼育した。ジョンには二人の姉と、兄、腹違いの弟がいた。

デュポンは1957年にハヴァーフォードスクールを卒業し、ペンシルベニア大学に入学したが一年次で中退した[7]。のちにフロリダ州のマイアミ大学に入学し[8]、1965年に動物学の学位をとって卒業、1973年にヴィラノヴァ大学にて自然科学博士号をとった。
科学者として

大学を卒業すると、デュポンは鳥類探索隊に参加してフィリピンや南太平洋を訪れた。鳥類学者として20もの新種の鳥類を発見したとされる。1957年にはデラウェア自然博物館を設立した。若年ながら博物館の経営に携わり、また長らくフィールドワークを行ってきた自然科学者として、博物館のディレクターも務めた。
私生活

1983年9月3日、45歳のときにデュポンは29歳のセラピストであるゲール・ウェンクと結婚する。彼が自動車事故で負傷したことが出会うきっかけとなった[9]。しかし二人が一緒に暮らしたのは6か月にも満たず[10]、デュポンは結婚後10か月で離婚を申し立てた。ウェンクは、デュポンが拳銃を自分に向けたり自分を暖炉に突き倒そうとしたとしてデュポンに対し500万ドルの請求を起こした[9]。1987年に離婚は成立し[10]、デュポンはウェンクを自らの資産の相続人から完全に排除した[11]。1987年時点でデュポンが持つ資産は2億ドルに達していたという[12]。
興味を持ったもの
切手蒐集

デュポンは切手蒐集家として有名であった。1980年のオークションで「英領ギアナ1セント・マゼンタ」という1856年に発行された有名な切手を、93万5000ドルで匿名にて競り落とした[13]。この切手は彼の死後サザビーズで再びオークションにかけられ、950万ドルで落札された。この際にこの切手は、一枚の切手の売却額としての最高額を4度目に更新したことになる[14]。この切手以外にもデュポンは多くのコレクションを持っていた。彼は遺言を残し、売却額の80%はブルガリア人レスラーのバレンティン・ヨルダノフ・ディミトロフの家族に贈り、20%はデュポンが太平洋の野生動物を保護するためにペンシルベニア州パオリに創立したユーラシア・太平洋・野生動物財団に寄付しようとした[14](しかし関係者によって多数の異議申し立てが行われた)。
運動競技

デュポンは母の死により受け継いだニュートンスクウェアにある440エーカーものリスターホール農場を、高度な設備のレスリング施設に変え、アマチュアレスラーに開放した[15]。彼は父が持っていた競走馬にちなんで、私的なレスリングチームを「フォックスキャッチャー」と名付けた。デュポンはオリンピックを目指す水泳・レスリングのトレーニングセンターを作り、それらの競技大会のスポンサーにもなった。また、オリンピック金メダリストであるレスリング選手の兄弟、デイブ・シュルツ、マーク・シュルツ、そしてデイヴの妻に敷地内の住居を提供した。シュルツはチーム「フォックスキャッチャー」のコーチも務めた。

デュポンはレスリングと水泳、トラック競技、近代五種のスポンサーとなった。近代五種の各競技(ランニング、水泳、射撃)それぞれを宣伝するイベントを開いたりもした[16][17]。自身が競技を行うことにも興味を示し、高校生の時に少しやったきりであるレスリング競技に50代になってから取り組んだりもした。55歳のときには競技大会にも出始め、1992年にコロンビアのカリで開かれたシニア世界大会に出場したのを皮切りに、1993年、1994年[18]、1995年の大会にも出場した。
デイヴ・シュルツの殺害

1996年1月26日、デュポンはデイヴ・シュルツを射殺した。自身の800エーカーの私有地内にあったシュルツ家の私道においてである。シュルツの妻であるナンシーとデュポン警護の責任者であったパトリック・グッデールがその場におり、現場を目撃していた。デュポンがシュルツに3発の銃弾を撃ち込むのを、グッデールはデュポンの車の助手席から見た。警察は殺害の動機を見出すことが出来なかった。シュルツは長らくデュポンのレスリングチームのコーチを務めており、デュポンがアルコール中毒を克服する手助けすらしていたのである[3]。

デュポンの友人たちは彼の発砲を信じられないと言った。カリフォルニア州から来た三種競技選手のジョイ・ハンセン・ロイトナーは、デュポンのトレーニング施設で2年を過ごしており[19]、デュポンが彼女を辛い状況から救い出してくれたことを語った。「家族や友人とともに、ジョンは私に人生の新しい期間を与えてくれたのです。彼は金銭的援助のみならず、心に寄り添ってくれたのです」。彼女は殺人を信じられないと言った。「ジョンが正気だったなら、デイヴを殺すなんてことはできないはずです」[3]。ニュートン郡政執行者であるジョン・S・カスター・ジュニアは、「殺害のその瞬間、ジョンは自分が何をしているのか分かっていなかった(のだろう)」と語っている[20]。デュポン家の管理人を30年勤めたチャールズ・キング・シニアとその息子も、デュポンのことをよく知っている(からそんな事を彼がするなんて考えられない)と言った。

しかし多くの人々が、事件が起こる数か月前からデュポンの行動が次第に破たんしつつあると気づいていた[19]。チャールズ・キング・シニアはデュポンの「警備顧問」であるパトリック・グッデールが事件に影響を与えたと非難している。「ジョンが誰かを撃つなんて考えられません。誰かにそそのかされたり、ドラッグでもやっていなければ。うちの息子も、あいつがうろつき始めてからジョンは変わってしまった、と言っていました。何に対しても恐れるようになったのです。正気を失ってしまったのです。そんな彼でさえ、私も息子も受け入れることが出来たのに」[20]。

発砲ののちデュポンは彼の邸宅に二日間閉じこもり、警察は電話で説得を続けた。暖房装置を直すために戸外へ出てきた彼を警察は逮捕した。1996年9月、専門家はデュポンが精神病であり自身の弁護に参加できないと診断し、公判に耐えうることが出来ないと判断された。彼は精神病院に入院させられ、裁判所が3か月以内に彼の状態を確認することとなった[21]。

公判のさなか、精神科の専門家である証人はデュポンを強迫観念症的な統合失調症であるとし、シュルツのことをデュポンを殺そうとしている国際的な陰謀団の一味であると錯覚していたのだと証言した[22]。デュポンは家に押し入られて殺されると信じこんでいたため、家じゅうに様々な防犯設備を取り付けていたという[22]。

デュポンは「心神喪失による無罪」を主張した。この主張は裁判において却下され、1997年2月27日に陪審によって第三級謀殺(Third-degree murder、故意はあるが計画性のない殺人)の有罪であるが同時に精神疾患を患っていると評決された。ペンシルベニア州における第三級謀殺は、第一級謀殺(計画的に故意に殺害)や第二級謀殺(重い犯罪行為の実行時に意図的でなく殺害)よりも量刑が軽い。ペンシルベニア州の刑法では、「心神喪失」は「病気や障害」により自らの行動が誤っていることが分からない、または法律に従うことを理解できない者に当てはめられる。(つまりデュポンはこのケースに当てはまらないとされた)[23]

陪審の「有罪であるが精神疾患を患っている」という評決は、判決が裁判長であるパトリシア・ジェンキンスに差し戻されることを意味していた。5年から40年の実刑判決が選択できるなかで、ジェンキンスはデュポンに13年から30年の収監を宣告し、ペンシルベニア州で最も警備が最低限なマーサー刑務所に収監が決まった[24]。

陪審による評決後、デイヴの未亡人であるナンシー・シュルツは夫の不当な死についてデュポンに訴訟を起こした。和解内容は明らかになっていない。フィラデルフィア・インクワイアー紙は匿名の情報源を引いて、デュポンがシュルツ夫人に少なくとも3500万ドルを支払ったであろうと報じた[25]。

デュポンの代理人は上訴し、2000年には最高裁で争われることとなったが評決は支持され、覆ることはなかった。2009年1月29日には最初の仮釈放が申請されたが受理されなかった。刑期を最も長く務めるとすれば、デュポンが87歳になる2026年まで収監されるはずであった[26]。

2010年に合衆国控訴裁判所は控訴を退けたが、デュポンが事件前にブルガリア人の処方でスコポラミンを服用していた事実などを新たに認めた[27]。
死去

デュポンは2010年12月9日、慢性閉塞性肺疾患と肺気腫により72歳で亡くなった。ペンシルベニア州政府矯正局の広報担当者は、デュポンがローレルハイランド刑務所のベッドで動けずにいるところを発見されたと発表した。サマセット共同病院において死亡が確認された[1][2]。

デュポンは彼の遺言通り、フォックスキャッチャーの赤いレスリングジャージに身を包んだまま埋葬された[28]。
慈善活動など

デュポンは1957年にデラウェア自然博物館を創立し、長らくこの博物館の経営に携わった。
フォックスキャッチャー農場

母の死後、デュポンは父が持っていた競走馬にちなんで、リスター農場を「フォックスキャッチャー農場」と改名した[29]。母の事業をほぼそのまま継承したが、レスリング施設とそれに付属する建物を新たに建設した。

デュポンの逮捕後、家畜と共にデラウェア自然博物館の経営権も人手に渡った。農場の跡地の一部には米国聖公会の寄宿学校が建てられたが[29]、400エーカーを超える部分は今も手つかずのままである。

2013年に邸宅は解体され、跡地に400の家が建てられる予定で「リスター地所」と名づけられている[30]。ほとんどの建物は取り壊されてしまったが、7000平方フィートある古い納屋が新規造成地区の会館として使用されるという。
遺言に関する論争

デュポンの遺言では、資産の80%は親戚でありオリンピック金メダリストでもあるブルガリア人レスラーであるバレンティン・ヨルダノフに贈られることとなっていた。2011年1月にデュポンの姪であるベヴァリー・デュポン・ゴーゲルと甥であるウィリアム・H・デュポンは、デュポンが遺言作成時に「正常な精神状態」ではなかったと主張し、ペンシルベニア州メディアで異議を提訴した。遺言作成時にデュポンはイエス・キリストとダライラマとロシア皇帝を代わる代わる自称していたというのである[31]。

この訴えは最終的にペンシルベニア州上位裁判所によって2012年に退けられた[32]。たとえ2010年の遺言書に瑕疵があったとしても、その前の2006年に作成された2つの有効な遺言書にベヴァリーとウィリアムの名が無かったからである。
メディアにおける描写

デイヴ・シュルツ殺人事件に関しては2013年に発行された『Wrestling with Madness』が詳しい[33]。
スティーヴ・カレルは2014年の映画『フォックスキャッチャー』において、シュルツ兄弟のことや彼らとデュポンとの関係性を丹念にひも解くことでデュポンを演じ[34]、その演技は批評家に称賛された。アカデミー賞主演男優賞、ゴールデングローブ賞主演男優賞を含む様々な賞の候補となった[35][5]。
デイヴの弟であり、同じくオリンピック金メダリストであるマーク・シュルツは2014年に『Foxcatcher: The True Story of My Brother's Murder, John du Pont's Madness, and the Quest for Olympic Gold』という本を出版している[36]。

著作
書籍

『Philippine Birds』 (1971)
『South Pacific Birds』 (1976)
『Living Volutes: a Monograph of the Recent Volutidae of the World』

論文

Amadon, Dean; Dupont, John E; (1970). "Notes on Philippine birds". Nemouria 1: 1–14.
Dupont, John E (1971). "Notes on Philippine Birds (No. 1)". Nemouria 3: 1–6.
Dupont, John E (1972). "Notes on Philippine Birds (No. 2). Birds of Ticao". Nemouria 6: 1–13.
Dupont, John E (1972). "Notes on Philippine Birds (No. 3). Birds of Marinduque". Nemouria 7: 1–14.
Dupont, John E (1976). "Notes on Philippine Birds (No. 4). Additions and Corrections To Philippine Birds". Nemouria 17: 1–13.
Dupont, John E (1980). "Notes on Philippine birds (No. 5). Birds of Burias". Nemouria 24: 1–6.
Dupont, John E; Rabor, D S (1973). "South Sulu Archipelago Birds. An Expedition Report". Nemouria (Delaware Museum of Natural History) 9: 1–63. ISSN 0085-3887.
Dupont, John E; Rabor, D S (1973). "Birds of Dinagat and Siargao, Philippines". Nemouria (Delaware Museum of Natural History) 10: 1–111. ISSN 0085-3887.
Dupont, John E; Niles, David M; (1980). "Redescription of Halcyon bougainvillei excelsa Mayr, 1941". Bulletin of The British Ornithologists' Club 100: 232–233.

関連項目

デュポン
フォックスキャッチャー

参考文献

^ a b Jeré Longman (2010年12月9日). “John E. du Pont, Heir Who Killed an Olympian, Dies at 72”. New York Times 2012年11月28日閲覧. "John E. du Pont, an heir to the du Pont chemical fortune whose benevolent support of Olympic athletes deteriorated into delusion and ended in the shooting death of a champion wrestler, died Thursday in a western Pennsylvania prison. He was 72. Mr. du Pont was found unresponsive in his cell at Laurel Highlands State Prison near Somerset, Pa., a prison spokeswoman told The Associated Press. ..."
^ a b “Du Pont heir dies in prison”. United Press International (2010年12月9日). 2010年12月9日閲覧。 “Du Pont fortune heir John E. du Pont, convicted of the 1996 murder of Olympic wrestler David Schulz, died of natural causes, Pennsylvania prison officials said. He was 72. Corrections spokeswoman Sue Bensinger said du Pont was found unresponsive in his Laurel Highland State Correctional Facility cell in Somerset County Thursday, The Philadelphia Inquirer reported. Bensinger said he had been ill for some time.”
^ a b c Longman, Jere; Belluck, Pam; Nordheimer, Jon (1996年2月4日). “For du Pont Heir, Question Was Control”. New York Times
^ Justin Chang (2014年5月19日). “Steve Carell, Mark Ruffalo and Channing Tatum give superb performances in Bennett Miller's powerfully disturbing true-crime saga”. Variety. 2015年2月14日閲覧。
^ a b Stephanie Merry (2015年1月15日). “2015 Oscar nominations: Complete list; ‘Selma’ snubbed; ‘Birdman’ and ‘The Grand Budapest Hotel’ lead with nine”. The Washington Post 2015年2月14日閲覧。
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^ “The Prince Of Newtown Square John Du Pont Had Millions But Lacked The Thing He Really Wanted: Expertise. So He Spent Money To Make It Look As If He Had It.”. Philadelphia Media Network (Digital) LLC.. 2015年1月17日閲覧。
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^ 9:46 p.m. EST January 11, 2015 (2015年1月11日). “'Foxcatcher' fodder: John du Pont's bizarre downfall”. Courierpostonline.com. 2015年1月21日閲覧。
^ Rachlin, Harvey (1996). Lucy's Bones, Sacred Stones, and Einstein's Brain: The Remarkable Stories Behind the Great Artifacts of History, From Antiquity to the Modern Era. Henry Holt and Company. ISBN 0-8050-6406-0.
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^ "Silverbacks: Masters 3rd Freestyle Wrestling World Championships Results-1994", Silverbacks Wrestling website
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^ Associated Press, "Du Pont Is Ruled Incompetent for Trial in Killing of Wrestler", Los Angeles Times, 25 September 1996, accessed 15 November 2014
^ a b “Defense Doctors: Du Pont Feared He Was Target Of Conspiracy He Worried About The Russians, One Said. Then He Decided The Threat Was At Home”. Interstate General Media. 2014年11月28日閲覧。
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^ What Ever Happened to: Imprisoned Chemical Heir John du Pont? – Newsweek and The Daily Beast. Newsweek.com (August 7, 2008). Retrieved on March 16, 2013.
^ Circuit Won't Hear Arguments on Du Pont Millionaire's Last Round of Appeals", Law
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^ "Du Pont Relatives Contest Validity of Late Killer's Will", Delaware County Daily Times, 1June 15, 2011. Retrieved on June 15, 2011.
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^ Strauss, Chris (2014年11月14日). “Where are the missing seven years in 'Foxcatcher'?”. USA Today 2014年11月15日閲覧。

外部リンク

ジョン・デュポン著の文書 - BioStor

http://matome.naver.jp/odai/2142270620330557601
親も心配する狂気の演技…映画「フォックスキャッチャー」を見逃すな!【実話・デュポン・事件・カレル】

映画「フォックスキャッチャー」主演のスティーヴ・カレル。もともとはコメディアンなのですが、この映画では狂気の役を演じており、その変貌ぶりには共演者や親までもが驚愕してしまうという…。アカデミー賞主演男優ノミネートされています。

更新日: 2015年07月02日

[take0518さん] take0518さん

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2月14日公開の映画「フォックスキャッチャー」

フォックスキャッチャー

フォックスキャッチャー

デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンが起こした殺人事件を映画化した実録ドラマ。

ジョン・デュポンが結成したレスリングチームに引き抜かれた五輪メダリストの兄弟が、彼の知られざる姿を知った果てに悲劇に見舞われる。

監督は『カポーティ』などのベネット・ミラー。『31年目の夫婦げんか』などのスティーヴ・カレルをはじめ、チャニング・テイタムやマーク・ラファロら実力派が共演する。彼らの鬼気迫る演技に圧倒される。

シネマトゥデイより

"監督は「カポーティ」「マネーボール」などを手掛けたベネット・ミラー監督。実在の人物と事件を丹念に映し出すことに定評のある監督で、今年の「カンヌ国際映画祭」監督賞を受賞している。"

出典米国の金メダリスト兄弟を描いた映画「フォックスキャッチャー」が来年2月に日本で公開 | Japan Wrestling Federation - 日本レスリング協会公式サイト - JWF

実話をもとにした映画です。映画賞受賞もあります。

"1996年にアメリカで起きたデュポン財閥御曹司のジョン・デュポンによるオリンピック金メダリストのレスリング選手デイヴ・シュルツ射殺事件をもとにした作品"

出典実在の金メダリスト射殺事件を描いた映画『フォックスキャッチャー』から予告編 - movieニュース : CINRA.NET

"『カンヌ国際映画祭』監督賞を受賞した。"

出典実在の金メダリスト射殺事件を描いた映画『フォックスキャッチャー』から予告編 - movieニュース : CINRA.NET

"『ソウルオリンピック』での金メダル獲得を目指すレスリングチーム「フォックスキャッチャー」の結成プロジェクトを立ち上げたデュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンと、ジョンの誘いでチームに参加したオリンピック金メダリストのマーク・シュルツの関係性を軸に展開。"

出典大富豪による五輪金メダリスト射殺事件を映画化、『フォックスキャッチャー』日本公開 - movieニュース : CINRA.NET

"デュポンの移り気な性格と不健全なライフスタイルが徐々に風向きを変えていき、兄デーブがチームに加わったことで、悲劇の結末へとつながっていくまでが描かれている。"

出典米国の金メダリスト兄弟を描いた映画「フォックスキャッチャー」が来年2月に日本で公開 | Japan Wrestling Federation - 日本レスリング協会公式サイト - JWF

物語の中心となる「ジョン・デュポン」とはいかなる人物だったのか?【ネタバレになるかもしれません】

ジョン・デュポン

ジョン・デュポン

世界でも有数の財閥の御曹司でした。

"火薬で大儲けしたのを発端に、化学製品の分野で数々の発明を行い、世界でも指折りの財閥になった、1802年創業のデュポン。"

出典CIA☆こちら映画中央情報局です: Foxcatcher: 大富豪はなぜ、オリンピック金メダリストのレスリング選手を射殺したのか

"アメリカではロックフェラー、メロンに並ぶ三大財閥として知られている。"

出典フォックスキャッチャー

"デュポンは広大な自分の屋敷をレスリングチームに提供し、マーク・シュルツとともに、1988年に韓国ソウルで開催されるオリンピックに向けて、圧倒的に強いレスリング代表チームをつくり上げようと努力する。"

出典大富豪はなぜ金メダリストを殺したか:実際にあった殺人事件を描く映画『フォックスキャッチャー』(予告編動画) « WIRED.jp

妄想型精神分裂症を患っていたということです。

妄想型精神分裂症を患っていたということです。

殺人を犯し、獄中死します。

"ところが、デュポン氏は1996年1月26日にフィラデルフィアの自宅で、自分がパトロンをしていたレスリングのオリンピック金メダリスト・デヴィッド・シュルツ選手を射殺した後自宅に立てこもり、2日後の28日に投降して逮捕されたのである。"

出典キュート7:殺人者が持っていたOne&Only

"デュポン被告は裁判で懲役13~20年の不定期刑の判決が下り、ペンシルベニア州の刑務所で服役していたが、2010年12月9日に獄死した。"

出典キュート7:殺人者が持っていたOne&Only

映画でデュポンを演じるのは「スティーヴ・カレル」

経歴から分かる通り、コメディアンです。

経歴から分かる通り、コメディアンです。

大学卒業後、シカゴの即興コメディ・グループ、セカンド・シティ・シアターに参加。その後TV界に進出し、報道パロディ番組「The Daily Show」で注目を集める。

「サタデー・ナイト・ライブ」でも好評を得て、イギリスのTVシリーズをリメイクした「The Office」でゴールデン・グローブ賞の主演男優賞を受賞した。

映画では「ブルース・オールマイティ」、「俺たちニュースキャスター」、「奥さまは魔女」などに出演。そして、主役を好演した「40歳の童貞男」が大ヒットし、一躍人気コメディ俳優の仲間入りを果たした。

allcinema ONLINEより

"彼はコメディ俳優として有名です。代表作である「リトル・ミス・サンシャイン」「40歳の童貞男」は日本でも有名です。"

出典スティーヴ・カレルがヤバすぎ!『フォックスキャッチャー』とは? | Ciatr[シアター]

「40歳の童貞男」で人気が爆発!

「40歳の童貞男」で人気が爆発!

40男の“ロスト・ヴァージン”を描いた、おかしくて愛おしいコメディ映画。自分だけの世界に生きていた男が、人生の伴侶に出会うまでの紆余(うよ)曲折を下ネタ満載のギャグで笑い飛ばす。

「ゲット スマート」のポスターでも完全にコメディ…。

「ゲット スマート」のポスターでも完全にコメディ…。

1960年代にアメリカで人気を博した伝説のテレビドラマ「それ行けスマート」を映画化したスパイ・アクション。極秘スパイ機関のおとぼけエージェント、マックスウェル・スマートが活躍する。

そんな彼が「狂気の殺人犯」を演じるとは…?

実際の映画の一場面です。本当にカレルなのか!?

実際の映画の一場面です。本当にカレルなのか!?

なんか、すごく怖い…。

"「コメディアンにもかかわらず、現場に入ってくると恐ろしいキャラクターに成りきっていた。映画の撮影が終わってもしばらくあのキャラクターのままでいた」ベネット監督談"

出典オスカー候補『フォックスキャッチャー』に黒澤明監督へのオマージュがあった! - シネマトゥデイ

"最初は財閥の御曹司であった彼が徐々に狂気に染まっていく様相は、本人の役柄も相まってなかなかの雰囲気を出しています。特にこれまで彼の出演作を知っているのであれば、そのギャップに驚くかもしれません。"

出典実話を映画化した「フォックスキャッチャー」 この映画の元となるジョン・デュポンが起こした事件とは?映トレっ

いつもの印象を180度くつがえしています!

いつもの印象を180度くつがえしています!

"事件の加害者ジョン・デュポンに扮したスティーヴ・カレルの常人離れした演技に驚嘆の声が続出。"

出典フォックスキャッチャー

"「挑戦であると同時に、少し怖くもあった。でも怖いと感じることは、挑戦すべき事柄だと考えるようにしてる。経験から多くを学べるからね。そういうものには、大きなリスクが伴うものさ」(本人談)"

出典スティーヴ・カレルがヤバすぎ!『フォックスキャッチャー』とは? | Ciatr[シアター]

"これまでで最もダークなキャラクターに挑戦し、もはやスティーヴとは思えない狂気迫る演技を披露している。"

出典【予告編】スティーヴ・カレルが笑顔を封印し“怪演”!『フォックスキャッチャー』 | シネマカフェ cinemacafe.net



あまりにも普段のイメージと異なり、親が心配の電話をかけてしまう有様…。

親も驚く怪演ぶり…。

親も驚く怪演ぶり…。

"「クリスマスに自宅にあの映画のスクリーナーを持って帰って、うちの両親はマサチューセッツの自宅で初めてその映画を見たんだけど、その数日後に母から電話がかかって来て『あの映画のことが頭から離れないわ。すごく取りつかれちゃった』って言ってきたんだ」「うちの両親は90だからね、すごく響いっちゃったんだね。ちょっとゾッとしちゃったんじゃないかな」"

出典Sカレルの演技に親もビックリ! ≪ イチ押し!海外エンタメニュース ≫ | ダイヤモンドブログ

共演者や関係者もビビってしまうくらいの完成度…。

鼻は特殊メイクですが、この表情はCGでは再現不可能!

鼻は特殊メイクですが、この表情はCGでは再現不可能!

共演者が「悪寒が走った」とまで言ってしまう役の完成度とは、すごいです。

"さらにはよりデュポンに近づくために、スティーブは「鼻」も付け、心身ともにデュポンに成りきった。"

出典映画『フォックスキャッチャー』スティーブ・カレルがシリアスな怪演を魅せる特報解禁!− CINEMA TOPICS ONLINE

"撮影に挑んだ際スティーブの姿は、「スティーブが初めてデュポンとして歩み出てきたとき、僕には悪寒が走った」とマーク・ラファロに言わしめたほど。"

出典映画『フォックスキャッチャー』スティーブ・カレルがシリアスな怪演を魅せる特報解禁!− CINEMA TOPICS ONLINE

実際のデュポンを知っている人物すら居心地悪さを感じていたという…。

実際のデュポンを知っている人物すら居心地悪さを感じていたという…。

"デュポンの特性を捉えるスティーブの能力があまりにも「気味が悪く、異様なほど正確だった」と振り返っている。"

出典映画『フォックスキャッチャー』スティーブ・カレルがシリアスな怪演を魅せる特報解禁!− CINEMA TOPICS ONLINE

"デュポンに殺害された金メダリスト“デイヴ・シュルツ”の実際の未亡人ナンシー・シュルツにでさえ、「スティーブ演じるデュポンは見ていて居心地が悪く、とても落ち着かなかった」と言われるほどの徹底ぶり。"

出典映画『フォックスキャッチャー』スティーブ・カレルがシリアスな怪演を魅せる特報解禁!− CINEMA TOPICS ONLINE

その怪演ぶりに、アカデミー賞にもノミネートされました!

当たり前のように主演男優賞ノミネート!!

当たり前のように主演男優賞ノミネート!!

"『フォックスキャッチャー』からは、監督賞(ベネット・ミラー)、主演男優賞(スティーヴ・カレル)、助演男優賞(マーク・ラファロ)、そして、脚本賞、メイク・ヘアスタイリング賞にノミネートされました!!!"

出典フォックスキャッチャー | Facebook

"喜劇俳優から悪役への転向に成功したスティーヴ・カレル(『フォックスキャッチャー』)もアカデミー賞好みだろう。"

出典【第87回アカデミー賞】米映画サイトが予想、作品賞は『6才のボク』VS.『バードマン』か - AOLニュース

実はコメディアンはアカデミー賞にノミネートされる事は難しいと言われています。

それだけに、今回のノミネートはかなりのインパクトがあったということでしょう。

それだけに、今回のノミネートはかなりのインパクトがあったということでしょう。

また、実在した人物を描いたこともプラスに降下したと言われています。

アカデミー会員は実在の物語に弱いのです。

"コメディアンは、99%不利:ジム・キャリー(ノミネートさえされない)、エディ・マーフィー(アラン・アーキンが受賞し、途中退場)"

出典「アカデミー賞」を受賞する作品はにはパターンがあると思いますか?どん... - Yahoo!知恵袋

"悲しきかな、アカデミー賞に縁がないコメディアンの嘆き!"

出典Singin' in the Rain 2007年02月

試写会や予告編を観た方も、いつものスティーブカレルと違うと感じたようです。

左の人がスティーブ・カレルです。

左の人がスティーブ・カレルです。

はまー 。。。@mumsdoller

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今日初めて予告観た「フォックスキャッチャー」。ポスター見たとき「スティーブカレルどこ?」て思ってしまった。コメディとのギャップ大きい。 #eiga pic.twitter.com/miuIHRTznR

返信 リツイート お気に入りに登録 2015.01.08 19:50

べし@stby_18

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フォックスキャッチャーの予告編観てもどこにスティーブカレルいるか分からんのだけど…特殊メイク?なのか…声がわかるだけ

返信 リツイート お気に入りに登録 2015.01.15 23:08

違う人過ぎるでしょ!

違う人過ぎるでしょ!

tokyopen_x@tokyopen_x

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予告見る限り、スティーブ・カレルさんがマジちびりそうなくらい怖くて堪らん。横向いて座ってるだけとか、ほぼ無表情なのに

返信 リツイート お気に入りに登録 2014.09.09 08:13

migusa@migUSA

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カポーティとマネーボールの監督ってことでどっちもうーん。と思いながら今回実話事件の映画化は相変わらず淡々とした描き方。退屈ではないけど見所がの2時間超え。キャストの演技力で魅せる。これがスティーブカレルとはね️フォックスキャッチャー pic.twitter.com/j8KAcq1nJi

返信 リツイート お気に入りに登録 2015.01.29 22:53

ちなみに・・・というのもなんですが、共演のチャニング・テイタムも高い評価!

弟役です。右側の方です。

弟役です。右側の方です。

兄役のマーク・ラファロが助演男優賞にノミネートされておりますので、まさに演技合戦といった趣です。

"存命するメダリストの弟にふんしたテイタムの鬼気迫る演技が早くも話題となっている。"

出典スティーヴ・カレル×チャニング・テイタム!五輪金メダリスト射殺事件『フォックスキャッチャー』2月公開 - シネマトゥデイ

"ダブル主演を務めたチャニング・テイタム、実力派として名高いマーク・ラファロとの濃密なアンサンブルは、あらゆる観客の目と心を奪って離さない。"

出典フォックスキャッチャー

"新境地をみせたテイタムの憑かれたような演技に息をのむ。"

出典文句なしのアカデミー賞候補『フォックスキャッチャー』2.14(Sat) | MOVIX橋本 | 松竹マ



恐ろしき演技が垣間見える「予告編」はこちら!

1:31

YouTube

フォックスキャッチャー 予告篇

いや、予告編だけで十分こわいです…。

公式サイトです。

フォックスキャッチャー

http://www.foxcatcher-movie.jp/

第87回アカデミー賞(R)全5部門ノミネート。第72回ゴールデン・グローブ賞3部門ノミネート。第67回カンヌ国際映画祭監督賞。なぜ大財閥の御曹司は、オリンピックの金メダリストを殺したのか?2015年2月14日(土)新宿ピカデリーほか、全国公開

http://rr.img.naver.jp:80/mig?src=http%3A%2F%2Ffoxcatcher-movie.jp%2Fcommons%2Fthums_fb.png&twidth=300&theight=300&qlt=80&res_format=jpg&op=r

レスリングつながりなので、吉田選手も宣伝に一役買っているようですね。

レスリング吉田沙保里、金メダリスト射殺事件を描くオスカー候補作に衝撃 - ニュース - Yahoo!映画

http://movies.yahoo.co.jp/news//20150121-00000030-flix/

レスリング吉田沙保里、金メダリスト射殺事件を描くオスカー候補作に衝撃

http://rr.img.naver.jp:80/mig?src=http%3A%2F%2Fi.yimg.jp%2Fimages%2Fmovies%2Fes%2FfaceBook%2Fimg.png&twidth=300&theight=300&qlt=80&res_format=jpg&op=r

http://ciatr.jp/topics/18496


2015年8月27日更新 11,678view
映画『フォックスキャッチャー』では描かれなかった11の真実!
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ベネット・ミラー監督、チャニング・テイタム、スティーブ・カレル主演『フォックスキャッチャー』!アメリカのある富豪が起こした実際の殺人事件が題材となっている作品です。しかし劇中では描かれなかったり、変えられた事実が存在していました。今回は『フォックスキャッチャー』映画で描かれなかった11の真実を紹介します。
第67回カンヌ国際映画祭で監督賞受賞『フォックスキャッチャー』

フォックスキャッチャー
観たい!
感想・ネタバレ

実際に96年に起きたデュポン財団御曹司によるレスリング五輪金メダリスト射殺事件を題材に描かれた人間ドラマです。第67回カンヌ国際映画祭で監督賞に輝きました。

富豪と金メダリストの富や名声、孤独といった人間の欲や闇を映し出し、その狂気の演技が話題を呼びました。米誌『People』に“最もセクシーな男”に選ばれたこともある人気俳優チャニング・テイタムが事件に巻き込まれていくオリンピック金メダリストの弟マークを演じています。
11.マークとデイヴが同時期にフォックスキャッチャーに参加した事実はない!

foxcatcher-11
引用: whatculture.com

『フォックス・キャッチャー』の中でマーク・シュルツとデイヴ・シュルツ兄弟は、二人一緒ににレスリングキャンプのフォックスキャッチャーでトレーニングを行っていましたがこれは事実ではありません。マークは富豪のデュポンと仲たがいをおこし、デイヴがキャンプにくる何年も前に去っています。

”私はデイヴがキャンプに来てからはレスリングをしていない、BYUで柔術をしていた”と映画が公開後、Facebookに投稿しています。

実際、マーク・シュルツはこの映画の事実と異なる脚色により中傷を受けています。マークが兄であるデイヴに介抱されるほど脆弱なレスラーだったということもありません。

なぜならデイヴはその時キャンプにはいなかったのです。マークは真のアスリートで精神的に弱いということはフィクションです。マークはデュポンが新しく建てたレスリング施設でトレーニングをしたこともありません。
10.ジョン・デュポンの母親はフォックスキャッチャー建設前に亡くなっていた!

ヴァネッサ・レッドグレイヴ
出典: bobmann447.files.wordpress.com

この作品で、ジョン・デュポンの母親への承認欲求に同情した人も多いのではないでしょうか?しかし、母親に良いところを見せようとジョンがレスラーにありきたりな筋トレ器具で指導し、そのレスラーがまるですごい技術を教わっているかのように振舞い母親は馬鹿にしたように去ったシーンはフィクションです。

実際は1988年彼の母親はジョンがフォックスキャッチャーキャンプを始める前にに亡くなっていました。
9.UFCはマークにとって栄光の日々!

UFC-Octagon
引用: whatculture.com

マーク・シュルツのUFCでの成功は彼の栄光の瞬間の一つですが、劇中ではUFCを野蛮なイベントとして描いていて、マークはまるで仕方がなくこの世界に入ったかのように思えてしまいます。

一番の間違いは1988年のオリンピックより前に、マークが仲間たちと家でUFCのイベントを見ていることです。なぜならUFCは1993年に設立したからです。映画で見られていた試合は1996年2月に実際に行われた試合です
8.描かれなかった遺産相続!

foxcatcher-trailer
引用: whatculture.com

この作品ではジョン・デュポンが彼と親しい関係にあった、ブルガリアのレスラー、ヴァレンティン・ヨルダノフに80%の財産を残したことは描かれていません。

ヨルダノフはフォックスキャッチャーでトレーニングを積み、デュポンの財産数億円を相続したのです。

さらにデュポンは極端なナショナリストとして描かれていましたが、ブルガリア人レスラーをキャンプで大事な人物として扱っていました。そのためジョン・デュポンはブルガリアで大変な有名人です。
7.印象的なあのシーン!?実はフィクション!

foxcatcher
引用: whatculture.com

『フォックス・キャッチャー』の中でジョン・デュポンがマーク・シュルツの顔を叩く印象的なシーンがあります。マークはFacebookにこう投稿しています。”もしデュポンが私を叩いていたら、彼を張り倒していただろう”

マーク・シュルツはオリンピックの金メダリストであり、WWEのチャンピオンのカート・アングルがアメリカレスリングの歴史において最も強いレスラーの一人だと語るほどの男です。いくらデュポンほどクレイジーな人物であっても彼の顔をはたく勇気はなかったことでしょう。
6.マークにとって迷惑なフィクション!

Foxcatcher1
引用: whatculture.com

この映画の様々な描写により、ジョン・デュポンがマークと肉体関係があるかのように仄めかしていますが、それは馬鹿らしいほどの間違いで、うんざりするとマークは語っています。

この映画がミスリードしていることは確かですが、マークはゲイではなくデュポンと関係は持っていないと主張しています。あるレスリング関係者によると、ジョン・デュポンとあるレスラーが関係を持っていたことを認めていますが真相は確かではありません。
5.映画のような事実が省略されていた!

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引用: whatculture.com

カート・アングルはここ20年で最も有名なWWEレスラーの一人です。それ以前の彼は1996年アトランタオリンピックで金メダルを獲り、間違いなく名声のあるレスラーの一人です。

彼はフォックスキャッチャーでトレイニングを行ったこともあり、デイヴ・シュルツの友人でもありました。しかしこの作品でそのことは描かれていません。

カートの物語はある意味マークの物語よりも数奇なものかもしれません。カートはデイヴに指導を受けていて、デイヴが銃撃事件にあった6ヶ月後にオリンピックで金メダルを獲得しました。
4.ジョン・デュポンの身体的問題!?

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引用: whatculture.com

作中ではジョン・デュポンは身体的に弱い独り者のとして描かれています。しかしこれはフェアな表現ではありません。彼は大学一年の時にレスリング経験があり、スポーツにも興味は持ち続けていました。

カート・アングルは本でデュポンは競技者、スポンサーの両方で熱心にレスリングに関わっていたと語っています。彼は40代、50代のレスリングトーナメントに参加していました。
3.ジョン・デュポンレスリングへの献身性の真実!?

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引用: whatculture.com

ジョン・デュポンがアメリカレスリング史において最も重要な人物であったことはこの作品の描いた通りです。彼はフォックスキャッチャーに8000万円を注ぎ込みベストなトレイニング器具や栄養サプリメントを用意しました。

この作品でスティーヴ・カレルは漫画のようにエキセントリックな人物としてデュポンを演じました。しかし彼は単にエキセントリックな男だっただけではなくアマチュアレスリングへの情熱は本物でした。
2.事件へのきっかけ!?

du-pont-foxcatcher-head-600x300
引用: whatculture.com

ジョン・デュポンは殺人事件を起こす数日前、頭に衝撃を受けていました。彼は家で倒れ、頭をテーブルか椅子に打ち付け意識を失いました。

これが事件の引き金となったのかは疑問ですが、カート・アングルは本で”彼はレスラーの一人が彼の頭をバットで叩いたと思い込んだのではないか”と書いています。
1.映画『フォックスキャッチャー』時間軸改変点!?

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引用: whatculture.com

疑いようもなく、この作品で間違っているところは時間軸です。マーク・シュルツはデイヴの影的存在として描かれていましたが、彼は80年代中ごろには活躍していました。1984年にオリンピックで金メダル獲得、1985年に世界チャンピオンになっています。

レスリング関係者もマークが最も才能あるレスラーの1人であることを認めています。最もおかしな時間軸は、マークが1988年のオリンピックに出場し、すぐにUFCへ行ったことが仄めかされている点とデイヴがオリンピック後に撃たれたとされた点です。実際は1996年に起きた事件です。
参考URL
・whatculture.com

http://cia-film.blogspot.jp/2013/09/foxcatcher.html

Foxcatcher: 大富豪はなぜ、オリンピック金メダリストのレスリング選手を射殺したのか ? !、「マネーボール」のベネット・ミラー監督が、デュポン財閥の富豪が起こした異様な殺人事件を、コメディ俳優のスティーヴ・カレルに演じさせた実録サイコ・スリラーの問題作「フォックスキャッチャー」の予告編 ! !
by hirobillyssk 2013年9月28日土曜日

image: http://1.bp.blogspot.com/-KSO6FZXa9Yk/UkZ7uhkWRRI/AAAAAAAB0xY/lautGsX4ibE/s640/Foxcatcher-Steve_Carell-002.jpg

火薬で大儲けしたのを発端に、化学製品の分野で数々の発明を行い、世界でも指折りの財閥になった、1802年創業のデュポンから、SONY に対して、何らかの圧力があったのか、どうか?!は知りませんが、ソニー・ピクチャーズが昨日、予告編を初公開するや、それをすぐに取り下げて、公開延期を発表した、名門デュポン家が生んだ殺人犯ジョン・デュポンが主人公の実録サイコ・スリラー映画の問題作「フォックスキャッチャー」の予告編を、まだ観ることができるので、今のうちに、ぜひ観ておくことをお勧めします…!!









メジャーリーグを舞台に、ブラッド・ピットが実在の人物を演じた球団経営映画「マネーボール」(2011年)が絶賛を集めて、アカデミー最優秀作品賞を含む計6部門で候補にノミネートされたほか、さらに前作「カポーティ」(2005年)で、やっぱり実在した作家に扮したフィリップ・シーモア・ホフマンが見事にアカデミー賞最優秀主演男優賞に選ばれたのを含め計5部門でノミネートを果たした実績などから当然、来春の第86回アカデミー賞にも、ガッチリと絡んでくることが予想されていたベネット・ミラー監督の最新作「フォックスキャッチャー」の予告編です…!!

テレビシリーズ「The Office」のマイケル・スコット役で人気を博したほか、「40歳の童貞男」(2005年)や、ライアン・ゴズリングと共演した「クレイジー、ステューピッド、ラブ」(2011年)といったコメディ・ジャンルの映画で活躍してきたスティーヴ・カレルが、これまでのお人好しのイメージの役どころから一転、怪奇といも言える雰囲気で、2010年に72歳で獄中死した大富豪の故ジョン・エルテール・デュポンに扮した「フォックスキャッチャー」の内容は…、


冒頭のように大財閥の名門の家系に生まれたことから、持て余す富に恵まれたジョン・デュポンが、自分の理想の趣くまま、その財をアマチュア・スポーツの発展に投じ、特にレスリングのアメリカ代表チームの公式スポンサーとして、ペンシルベニア州ニュートンスクエアの邸宅を、選手らのための練習施設に改造したまでは、まぁ、よかったかと思うのですが、自分のもとでトレーニングに励む選手らを、独自に命名した自分のチーム “ フォックスキャッチャー ” のアスリートとして、自ら指導を始めてしまい…といった展開から、動機は現在も明らかになっていないのですが、同施設に滞在し、自らの練習と同時に後輩の指導につとめていたロサンゼルス・オリンピック(1984年)のレスリングのゴールド・メダリストで、友人だったデイヴ・シュルツ選手を、1996年1月26日に突然、射殺してしまいます…!!

image: http://2.bp.blogspot.com/-AAOA9C7L0XU/UkZ7uOiIsNI/AAAAAAAB0xc/JkCvxSjNJLA/s640/Foxcatcher-Steve_Carell-Channing_Tatum-001.jpg

予告編から察する筋書きでは、ハルクだけに無敵?!のデイヴ=マーク・ラファロ(↓)の弟として、その優秀な兄の影響下を抜け出せないことから、自分本来の力を発揮できないらしいチャニング・テイタム(「マジック・マイク」2012年)扮するマーク・シュルツ(↑↓)の鬱屈した魂を、偉大なコーチである自分が解放してやろう…とでもいった妄想を抱いたらしいスティーヴ・カレルのジョン・デュポンが凶行におよんでしまったかのように観受けられるのですが、果たして、ベネット・ミラー監督は実際のところ、この理解しがたい現実の殺人を、映画でどのように描いたのか…?!

image: http://3.bp.blogspot.com/-TM9PXL53fRA/UkZ7wWHV6sI/AAAAAAAB0xk/_SCifyLC10A/s640/Foxcatcher-Channing_Tatum-Mark_Ruffalo-003.jpg

予告編初公開と同時に封印?!といった奇妙な対応を見せたソニー・ピクチャーズが、予定していた「フォックスキャッチャー」の今年末12月20日の北米での封切りを急遽延期して、ひとまず、来年2014年中に公開を先送りした公式の理由としては、ベネット・ミラー監督が念入りに映画を仕上げることができるように、時間の余裕を持ってもらうことにした…と発表されていますが、しかし、年末の一般公開に先がけて、来々月11月7日に開幕のAFIフェストで、初お披露目のプレミア上映を予定していた段取りからしても、映画はほぼ完成に近づいていたのでは…?!
とまぁ、ソニピが「フォックスキャッチャー」の公開を突然、延期した背景に何があったのか…?!はさておき、公式発表通りに、ベネット・ミラー監督が前2作以上の完成度で、この異様な緊張感をはらんだ実録サイコ・スリラー映画を思う存分に仕上げ、無事に一般公開にまで漕ぎつけられることを期待しておきましょう…!!

Read more at http://cia-film.blogspot.com/2013/09/foxcatcher.html#4cXgybctUdZwQDXw.99

http://www.nikkei.com/news/print-article/?R_FLG=0&bf=0&ng=DGXNASFG190GO_Q4A520C1000000&uah=DF270920114361


セレブの心の闇に分け入る ミラーとクローネンバーグ カンヌ映画祭リポート2014(7)

2014/5/21 6:30
日本経済新聞 電子版

 「その人、有名?」なんて口にするのはかつてはミーハーと相場が決まっていた。ところが近ごろは社会的地位のある大人までが「その人、有名だよ」と堂々と口にする。セレブリティ(有名人)を追いかけ、セレブリティであるかどうかを判断基準とし、セレブリティになりたがる。情報化社会の病は深刻だ。

■「フォックスキャッチャー」 元五輪メダリスト射殺事件を映画化

ベネット・ミラー監督「フォックスキャッチャー」

ベネット・ミラー監督「フォックスキャッチャー」

 そんなセレブが抱える心の闇に分け入り、セレブを追いかける社会の病理に迫る映画が、19日のコンペに相次いで登場した。

 まず米国のベネット・ミラー監督「フォックスキャッチャー」。化学メーカー、デュポンの創業者一族の御曹司であるジョン・E・デュポンが、自身のレスリングチームを指導する元五輪金メダリストのデイブ・シュルツを射殺した事件の映画化だ。実際に起きた事件で、デュポンは統合失調症だった。

 デイブ(マーク・ラファロ)と弟のマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は1984年のロサンゼルス五輪のレスリング競技で共に金メダルを獲得した。ところが米国でのレスリングは伝統競技ではあるが人気競技ではない。次のソウル五輪を目指すマークが講演しても聴衆はまばらだ。練習環境にも恵まれないし、生活は苦しい。

 そんなとき、マークは億万長者のジョン・E・デュポン(スティーブ・カレル)が設立したレスリングチームに勧誘される。かつてはキツネ狩りに使われた広大な敷地に充実した施設がある。報酬もすごい。まじめなマークはすぐに飛びつく。

 マークはデイブにコーチとして来るように誘うが、デイブは断る。妻子と共に暮らす町から動きたくないのだ。巨額の報酬を示したデュポンにはデイブの市民感覚が理解できない。競技会を観戦したデュポンは、デイブが宿泊するホテルの小さな部屋を訪ねるが、はしゃぎまわる子どもたちの相手をしながら「こんにちは」とあいさつするデイブ夫妻の反応に青筋を立てる。「こいつはおれを何だと思っているのか」と言わんばかりだ。

■浮世離れした妄想の世界に生きるセレブリティ

 この御曹司、愛国者の家系に強烈な自負をもち、市民の日常感覚を一切もち合わせない。「失礼じゃないか」と兄たちを責めるマークは、すでにデュポンに心理的に支配されている。デュポンは恐怖とコカインで、マークをがんじがらめにしていく。

 マークに的確なアドバイスができるのはデイブしかいない。デュポンは高圧的な態度でメダル獲得を命じるばかりで、現実には何もできない。それでいて自分を優れた指導者だと礼賛させ、記録映画まで作らせる。デイブはついに指導にあたることになるが、肝心のマークに精彩がない……。

 浮世離れした妄想の世界に生きるセレブリティ。その心の闇は深く、追従する者たちの心も腐らせる。唯一、正気を保っているデイブは、このセレブの目には自身の存在を脅かす異物と映ったろう。猟奇的な事件ではあるが、その人間関係のありようは案外、我々の身近にもありそうだ。凡庸な追従者たちがセレブの狂気を増幅させるのだ。

 「カポーティ」「マネーボール」のミラー監督は、これまで異端のヒーローの活躍を通して現代の米国像をあぶり出してきた。今回はデュポンというアンチヒーローに支配された哀れなマークを描くというダークな物語だが、その心の闇も米国の歴史に深く根ざす。この監督の米国社会を射抜くまなざしは鋭い。

■「マップス・トゥ・ザ・スターズ」 ハリウッド有名人の虚栄心に満ちた生活

デヴィッド・クローネンバーグ監督「マップス・トゥ・ザ・スターズ」

デヴィッド・クローネンバーグ監督「マップス・トゥ・ザ・スターズ」

 もう一作はカナダのデヴィッド・クローネンバーグ監督「マップス・トゥ・ザ・スターズ」。これは文字通りハリウッドのセレブリティたちの虚栄心に満ちた生活を赤裸々に描き出す。痛烈な風刺劇であると同時に奇妙な幽霊物語でもある。

 テレビで人気のセラピスト、スタフォード・ワイス(ジョン・キューザック)はセレブの顧客を多数抱え、建築家が設計したおしゃれな豪邸に住んでいる。妻のクリスティナは、薬物中毒だった13歳の息子ベンジーを売り出そうと画策する。

 ベンジーの姉アガサ(ミア・ワシコウスカ)は放火癖のために入っていた施設を出て、有名女優ハバナ(ジュリアン・ムーア)のアシスタントになる。ハバナはいつも何者かにおびえている。アガサと仲良くなった運転手のジェロームもハリウッドでの野心があり、そんなハバナに近づく。

 「ザ・フライ」「裸のランチ」など奇想の監督として知られるクローネンバーグ。彼が踏み入るのはいつも人間の心の闇だ。カリフォルニアの青い空の下、流行の服に身を包み、洗練された家に住む人々の、金と名誉へのあくなき欲望。嫉妬心と罪悪感。そんな感情を暴き出す。

 クローネンバーグは記者会見で「これはハリウッドへの攻撃ではない。そういう視点から離れなければいけない。これはウォールストリートでもワシントンでも起こり得る、成功し金を稼ぐために闘う人々の物語だ」と語った。

(カンヌ=編集委員 古賀重樹)

http://www.webdice.jp/dice/detail/4569/


金メダリスト射殺事件、大富豪とレスラー兄弟の歪んだ主従関係『フォックスキャッチャー』
アカデミー賞5部門ノミネート、『カポーティ』ベネット・ミラー新作

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金メダリスト射殺事件、大富豪とレスラー兄弟の歪んだ主従関係『フォックスキャッチャー』
Photo by Scott Garfield (C)MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED

『カポーティ』『マネーボール』ベネット・ミラー監督の新作『フォックスキャッチャー』が2015年2月14日(土)に公開される。本作は、全米を驚かせた1996年のデュポン財閥御曹司による金メダリスト射殺事件を基にし、孤独、富と名声、心の暗部でつながれた大富豪と金メダリストの心理を鮮烈に描く。

大富豪ジョン・デュポンをスティーヴ・カレル、金メダリスト兄弟の弟をチャニング・テイタム、兄をマーク・ラファロが演じる。彼らの演技は世界中で賞賛を浴び、第87回アカデミー賞、監督、主演男優、助演男優を含む全5部門でノミネートされている。

webDICEでは、数年間にわたるリサーチに取り組み、実話の真実に迫ったベネット・ミラー監督のインタビューを掲載する。


ベネット・ミラー監督インタビュー
「この映画では、アメリカの男たちがコミュニケーション下手で、抑圧されている状況がよく出てくる」
『フォックスキャッチャー』ベネット・ミラー監督
キャストとベネット・ミラー監督

──今作を撮るにあたって、デュポン一家と連絡を取り合ったのでしょうか?

撮影が始まる前に、家族の何人かと連絡を取り合ったよ。だが、それ以後は、まったく連絡を取り合っていない。

──サウンドエフェクトについて語っていただけますか?沈黙が非常に効果的に使われていたと思うのですが。

この映画も、僕が作ったほかの映画も、物語を語るというよりも、物語を観察するというアプローチを取っている。ストーリーの奥で何が起こっているのかを観客に感じてもらえるような作り方をしているつもりだ。この映画では、アメリカの男たちがコミュニケーション下手で、抑圧されている状況がよく出てくる。つまり、奥深いところで、いろいろなことが起こっている。どのシーンでも、目に見える部分は、ごく一部にすぎないんだ。サウンドは、観客の感覚に働きかける手段のひとつ。時には、それを控えることで、観客を引き込むこともできる。そこに気づいてくれて、ありがとう。映画を作る上に必要とされる数多くの芸術フォームの中で、そこは、最も見逃されやすい部分だけに、感謝するよ。
『フォックスキャッチャー』
レスリングのオリンピック金メダリストでありながら経済的に苦しい生活を送るマーク(チャニング・テイタム)

『フォックスキャッチャー』
デュポン財閥御曹司ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)からソウル・オリンピック金メダル獲得を目指したレスリングチーム"フォックスキャッチャー"の結成に誘われる

──あなたは「カポーティ」でもフィリップ・シーモア・ホフマンが完全に役に溶け込んでしまう状態を作り上げました。今回は、スティーブ・カレルがそれをやってみせています。

僕はこの質問を避けているんだよ。泣いてしまうから。ここにいる俳優たちはみんな、そしてもちろんフィルも、心から僕を信頼してくれた。そのことに、僕は一生感謝し続けるだろう。スティーブは、これまで、こういう役をやったことがなかった。この役は、彼にとって大きなチャレンジとなる。だが、僕らが会って、キャラクターについて話し合いをした時、このキャラクターについてのビジョンを彼が語るのを聞いて、彼ならできると思ったんだ。彼は100%をこの役に注いでくれるだろうと。辛い体験になるかもしれないが、やりとげてくれると。これらの役を、ここにいる人たち以外の役者がやることは、想像できないよ。
『フォックスキャッチャー』
大富豪ジョン・デュポンは、『リトル・ミス・サンシャイン』『40歳の童貞男』の人気喜劇俳優スティーヴ・カレルがコミカルなイメージを一新し挑み、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされている

今回は、キャストが関係者に会って、まるでジャーナリストが取材をするように情報を集め、それを映画に持ち込んでくれたんだ。それは、まさに探索のプロセスだったよ。それが僕らをどこに連れて行ってくれるのか、わからなかった。映画の魂はわかっていたけれども、実際に何が生まれてくるのかは、わからなかったんだ。キャストのやってくれたリサーチ、そして、クルーが作り上げてくれた環境。そういうものすべてが、この映画を実現させてくれたわけだ。キャラクターに心底なりきって、そのキャラクターとして呼吸をした彼らは、撮影中、予定にないことをやりだすことも、しょっちゅうあった。完成作の50%は、彼らが突然に思いついことだったと言っても過言ではないよ。カメラが回る直前か、その朝に出てきたアイデアだ。彼らはあまりにも多くのリサーチをしたために、キャラクターの心情になりきっていて、そこから新しい何かが生まれてきたんだ。
『フォックスキャッチャー』
マーク・ラファロは庶民的な家庭人でもあるレスラーの兄デイヴに扮し包容力豊かな演技を披露、アカデミー賞助演男優賞にノミネートされている

──この映画は、アメリカの衰退についても語っているように感じます。

この事件について初めて聞いた時、僕は、こんなことがあるのかと驚愕を覚えたよ。人がこんなふるまいをするなんて、それまで聞いたことがなかったんだ。こういう一族や、彼らのもつ特有の文化についても、知らなかった。そこでは、極端で、信じられなくて、時に笑えるようなことが数多く起こる。そして最終的に、それはとんでもない悲劇につながっていく。僕自身はそういうことを身近に経験していないが、一方で、これはわかるとも思った。これらの細かいエピソードの中には、もっと大きなテーマがあるように感じられたからだ。僕が一番大事にしたのはこのキャラクターとストーリーだったけれども、奥に潜むものにも共感した。だけどそれについてのコメントはしたくないよ。これは、決して政治的な映画ではないから。この映画は、倫理や道徳については語らない。そうではなく、何が起こったのかを検証するものだ。それを、肌で感じようとするものだ。もちろん、衰退の雰囲気は存在する。この物語の中でも感じられるだろうし、もっと大きな構図を見た時にも、感じられるだろう。ジムの内部とか、そこにいる個人とか、この映画は、それを、最も小さい縮図で見せていると言える。

最初に、あの記事を読んだ時、感じたのは、彼らがこの男とどんなディールを結んだのか、だった。彼らはお互いに正直な状態で、その契約を結んだのだろうか?さっさとどちらかの味方をすることなく、僕らは、真実を見つけ出そうとした。そこにあるもの、そしてその奥にあるものを、見つけ出そうとしたんだ。
『フォックスキャッチャー』
デュポン(スティーヴ・カレル)は鳥類学者、慈善家、愛国者、銃器マニアといった多彩な顔を持っていた

※2014年カンヌ国際映画祭プレス公式記者会見より一部抜粋



ベネット・ミラー Bennett Miller

1966年生まれ。98年ドキュメンタリー作品「The Cruise」で長編映画監督デビューし、映画祭で高い評価を得る。実際の犯罪を描いた革新的な小説『冷血』を書きあげる作家トルーマン・カポーティの姿を描いた『カポーティ』(05)でアカデミー賞(R)、作品・監督・脚色賞など5部門にノミネート。主演のフィリップ・シーモア・ホフマンの見事な演技を引き出し、アカデミー賞主演男優賞をもたらす。ブラッド・ピット主演『マネーボール』(11)ではメジャーリーグ球団オークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャー、ビリー・ビーンを独自の視線で描き、全世界の賞賛を得て、その才能はハリウッドが最も注目することに。アカデミー賞では作品賞を含む6部門でノミネート、ゴールデン・グローブ賞では4部門、全米映画俳優組合賞は2部門にノミネート、ほか数々の映画賞を賑わした。
 

『フォックスキャッチャー』
2015年2月14日(土)全国公開

レスリングのオリンピック金メダリストでありながら経済的に苦しい生活を送るマーク。ある日、デュポン財閥御曹司ジョン・デュポンからソウル・オリンピック金メダル獲得を目指したレスリングチーム"フォックスキャッチャー"の結成に誘われる。名声、孤独、隠された欠乏感を埋め合うように惹き付け合うマークとデュポンだったが2人関係は徐々にその風向きを変えていく。さらにマークの兄、金メダリストのデイヴがチームに参加することで三者は誰もが予測しなかった結末へと駆り立てられていく。

監督:ベネット・ミラー
脚本:E・マックス・フライ、ダン・フッターマン
出演:スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ、シエナ・ミラー
2014年/アメリカ/135 分/カラー/英語/シネマスコープ/5.1ch
原題:FOXCATCHER/字幕:稲田嵯裕里 ※PG12
提供:KADOKAWA、ロングライド
配給:ロングライド
(C) MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
公式サイト

http://poreporekure.hatenablog.com/entry/2015/04/01/015951
「フォックスキャッチャー」(ネタバレ) 俺はデュポンを憎めなかった。

f:id:poreporekure:20150401015940j:plain



ベネット・ミラ―が長編3作目にして傑作を生みだした。



主要登場人物は三人。彼らを結びつけるのは、レスリングという身体性を持つ競技。

親に見放され、ただひたすらに孤独を歩んだ世界屈指の金持ち。

才能豊かな兄貴を追いかけ続ける不遇の弟。

人から愛され、故に人から憎まれる天才の兄。



解説

「マネーボール」「カポーティ」のベネット・ミラー監督が、1996年にアメリカで起こったデュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンによるレスリング五輪金メダリスト射殺事件を映画化し、2014年・第67回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したサスペンスドラマ。ロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得したレスリング選手マーク・シュルツは、デュポン財閥の御曹司ジョンから、ソウルオリンピックでのメダル獲得を目指すレスリングチーム「フォックスキャッチャー」に誘われる。同じく金メダリストの兄デイブへのコンプレックスから抜けだすことを願っていたマークは、最高のトレーニング環境を用意してくれるという絶好のチャンスに飛びつくが、デュポンのエキセントリックな行動に振り回されるようになっていく。やがてデイブもチームに加入することになり、そこから3人の運命は思わぬ方向へと転がっていく。「40歳の童貞男」のスティーブ・カレルがコメディ演技を封印し、心に闇を抱える財閥御曹司役をシリアスに怪演。メダリスト兄弟の兄をマーク・ラファロ、弟をチャニング・テイタムが演じた。(引用:映画.com)



80点



冒頭、キツネ狩りの実写映像から、嫌な予感はしていた。誰が獲物(キツネ)で、誰がハウンド犬で、誰が命令役の人間なのか。「実話を基にした、レスリング金メダリスト射殺事件の映画化」と聞けば、それが描かれるのは容易に想像できる。



これほど主要人物全員が役に入り込んでいる映画も珍しい。マーク(チャニング・テイタム)はマッチョなのにどこか陰鬱としている。いつも下見がち。あぁ、うまい。小学生の前で講演するが、スター性が全くない。兄貴と名前を間違えられる。兄貴の話題が出たときの彼の表情で、兄貴という存在のしがらみから解かれていないことがわかる。デイブ(マーク・ラファロ)は雰囲気だけで人から好かれるのがわかる。人懐こい笑顔、愛らしいひげをいじる仕草、家族を心から思っている態度そのものまで、自然だ。二人とも、レスリングをしていて違和感がない。どれだけ練習をつめばこれだけ自然に見えるのか。それだけでただただ素晴らしい。デイヴには家族がいて、マークはどこか孤独を感じている。

マークのもとに、ジョン・デュポン(スティーブ・カレル)から電話がかってくる。ジョン・デュポンはアメリカ最大の財閥・デュポン家の御曹司。法外な資金を使い、レスリングチーム「フォックスハンチャー」を設立。アメリカのレスリングを世界一まで押し上げる野望を掲げる。悲劇の始まりだ。私はこの時まで、てっきりデュポンがマークを殺す展開になると思っていた。師弟の関係のもつれが起こす殺人事件だと。そんな生易しいものではなかった。



マークは兄貴の呪縛から解き放たれたい。彼の幻影を追いかけたくない。自分を誘い友人と認めてくれたデュポンを信奉することで、マークは孤独から抜け出そうと必死にもがく。二人きりでレスリングの練習をする場面がある。もちろん、体を突き合わせる。物静かな場所で二人がレスリングをする音だけが聞こえる。まるで物静かな部屋でセックスをする恋人のようだ。デュポンが用意した原稿を必至で覚え、パーティーで披露するマークの姿は、異様に悲しく映る。陰鬱なマッチョが、信じることのできる人間を見つけ、忠犬のようについていこうとしている。

「フォックスキャッチャー」チームの練習中、ジョンは突然、銃をぶっ放す。彼の奇行は、自分を認めない母親との関係性や、デイブを金で獲得できないもどかしさなど、色々な要素が混ざり合って起きている。この場面はとにかく怖い。いつその銃口を人に向けるのか、さっぱりわからない。とてつもない狂気がうかがえる。スティーブ・カレルの名演だ。何を思っているのか、観客にさっぱりわからせない。難しい演技だ。

マークとデュポンが仲違いしたころ、デイブが妻と子供を連れて、デュポンのもとへやってきた。あれほど金にはなびかないと言っていたくせに、法外な資金を提供された途端にこれだ。ヘリコプターから降りてくるデイブの顔が、とにかく憎たらしい。弟のことを思うなら、来るべきではない。すぐに去るべきだ。マークがデュポンによっておかしくなっていることに、こいつは気づいてるんだから。それでもお金が、家族が大事でここにやって来た。

とてつもなく笑えるシーンがある。デュポンの母親がレスリングの練習を見学しにきた時のこと。「こんな屈強な男たちに、おれはこんな指導をしてるんだぜ!!」と見せつけるため、レスリングの基本中の基本をみなに教え始めるデュポン。それも車いすに座っている母親が見えやすいように、生徒をどかして自分のことを見えやすいようにして。あきれ顔のデイヴと母親。結局母親はすぐに帰り、デュポンはまた拗ねるのであった。デュポンはとにかく親に愛されてこなかった。初めてできた友人は、親が金を渡して無理やり近づけた偽りの友人だ。デュポンはマークのことを友と呼ぶが、結局金で呼び寄せた偽の友人に過ぎない。あまりに寂しい人生である(実際のデュポンは友人がいた、という話もある。ここではあくまで映画中の話で)。

デイブは、自暴自棄になり、暴飲暴食をするマークを何とか立ち直らせ、アメリカ代表の座を勝ち取らせる。マークは何を信じていいのかわからず、兄貴の言うことを聞きはするが、彼の顔が優れることはこの後一度もなかった。結局、ソウル大会では負け、マークとデイブ、そしてデュポンの悲願「フォックスキャッチャー」プロジェクトは失敗に終わる。

マークはデュポンの地から去った。

デュポンは、母親からの愛されず、だからこそ誰かの愛情を渇望した。彼は子供のまま成長した。彼がマークとドラッグをやる場面。彼が笑顔でデイブを向かい入れる場面。自分の思い通りに事が運ぶ時、彼の人間的な一面を垣間見る。母親が亡くなり、馬を解き放つ彼の後姿には哀愁とも狂気とも取れるオーラが漂う。

デュポンは一度、デイブ一家を休日に訪ねている。突然現れたデュポンにデイブは「今日は休日だよ!?」と言う。「いやいや、今日は家族サービスだ!」と。デュポンは別に、練習をしろ、とは言ってない。ましてや、仲間に入れてほしいとも。デイブは全て決めつけで、「俺と家族の時間の邪魔をするな」と、善人ぶって言う。いや、ぶってはいないが、善人だからこそ厄介だ。その場を立ち去るデュポン。これが最後の悲劇の引き金になったといっても過言ではない。

自分の成功体験が描かれたドキュメンタリーを凝視するデュポン。マークと仲が良かったころの映像が映し出されている。「車を用意してくれ」と護衛に伝える。彼の向かった先は、デイブの家。突然デイブを撃ち殺したデュポンの心情はどのようなものだったのか。実際にも明確な理由はわかっていないらしい。色々な要因があるが、少なくともこの映画中では、私はデュポンを憎めなかった。何の罪もない人を殺しているにも関わらず。家族から愛され、マークからも愛され、周囲の人間からも愛されたデイブをデュポンがどう見ていたのかは、想像に難くない。

総合格闘技の世界に足を踏み入れたマークの決断を、私はただただ寂しい結末だと思った。

文句なしに面白かった。静かで不気味で、それでいてスタイリッシュでユーモアもあって。

主要人物三人の演技合戦に注目。

http://youpouch.com/2015/02/16/251796/


動機は? 大富豪が金メダリストを襲った衝撃的な実話『フォックスキャッチャー』【最新シネマ批評】

斎藤香
2015年2月16日
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[公開直前☆最新シネマ批評]
映画ライター斎藤香が皆さんよりもひと足先に拝見した最新映画のなかからおススメ作品をひとつ厳選してご紹介します。

今回ピックアップするのはアカデミー賞の監督賞(ベネット・ミラー)、主演男優賞(スティーヴ・カレル)、助演男優賞(マーク・ラファロ)ほか5部門候補になっている話題作『フォックスキャッチャー』(2015年2月14日公開)。

“フォックスキャッチャー”とは、大富豪が率いるレスリングチームの名称。映画『フォックスキャッチャー』は、このチームの大富豪とレスリングの金メダリスト兄弟の関係を描いた実話の映画化です。
【物語】

ロサンゼルス五輪の金メダリストのマーク・シュルツ(チャニング・テイタム)でしたが、生活は楽ではありませんでした。同じく金メダリストの兄のデイヴ・シュルツ(マーク・ラファロ)は、妻と子供と充実した生活を送っており、マークは孤独……。そんな中、マークに大企業の御曹司ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から声がかかったのです。

ジョンは広大な私有地にレスリングのトレーニング施設を建設し、フォックスキャッチャーというレスリングチームを率いて、世界一を目指していました。マークはジョンのチームと破格の金額で契約しますが、ジョンの奇行に振り回され、やがて兄のデイヴも巻き込まれて……。
【イタ過ぎて怖い大富豪】

実話の映画化なので、この事件の結末は調べれば簡単にわかります。その事件に至るまでのプロセス、当事者の気持ちに寄り添って描かれたのが映画『フォックスキャッチャー』なのです。

金ですべてを得てきたジョン、人の気持ちも金でどうにでもなると思ったのでしょう。ただ金の力でマークは手に入れたけれど、デイヴだけはコントロールできず、それが悲劇の引き金になったのです。事件後、ジョンは統合失調症だったと言われていましたが、周囲は皆、彼の金に集まってきた人間だから、彼の事を親身になって考える人間がいなかった。それが不幸。だってジョン・デュポンの言動を見ていればわかります「この人ちょっとおかしい」と。

レスリング選手でもコーチでもないシロウトなのに、選手を指導したり、自分の栄光を綴った記録映画を撮らせたり、イタイ空気が練習場に蔓延しているのですから。彼が登場すると「何言いだすだろう、何をするだろう……」と緊張と恐怖が交互に来るのです。
【純朴なアスリートの孤独】

レスリング兄弟のデイヴとマークは陽と陰です。健全で温厚なデイヴは家族思いで身の丈に合った暮らしを満喫しています。一方マークは独身で生活も苦しく表情も暗い。デイヴは器用、マークは不器用なアスリートなのですね。

五輪に出るほどの実力のある選手は、人生をその競技に捧げてきたから、その世界しか知らない人もいるでしょう。おそらくマークはそのタイプ。レスリング以外の世界を知らない純粋なアスリートゆえに、ジョンが持ちかけたおいしい話に飛びつき、彼の無茶な要求も飲まざるをえなかった。そして、ジョンの特異な世界に巻き込まれてしまったのです。実話ベースとはいえ、エピソードがどこまで本当なのかわかりませんが、こういうことはあるかもしれないと思えます。
【心地よくない真実】

ベネット・ミラー監督は、この事件に惹かれた理由についてこう語っています。

「デュポンとシュルツ兄弟の知られていない部分を知りたかった。これは心地よくない真実を伴う物語であり、自分が話を聞いたすべての人が、複数の側面を押し殺しているように思えたんだ」

加害者であるジョン・デュポンの動機、そこに至るまでのデイヴとマークの心情。動機は言葉で明らかにされてはいませんが、この映画はその動機を探るための映画でもあります。幼い頃から親の愛を求めても叶わず、すべての解決法は金だと思い込んで成長したら、心は育たず、愛し愛されることもできなくなるのだなあと。人生の歩みを間違えてしまい、そのことに気づかないまま、妄想の中に生きた男の姿を見る映画でもあるのです。

正直デートムービーにはなりませんけど、人間の歪みを静かに描いて恐怖と哀しみを感じさせる映画『フォックスキャッチャー』。一度見たら忘れられない映画です。

執筆=斎藤香(c)Pouch
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『フォックスキャッチャー』
2015年2月14日より新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー

監督:ベネット・ミラー 出演:スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ、シエナ・ミラー、ヴァネッサ・レッドグレーヴほか
(C)MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

http://notesleftbehind.hatenadiary.com/entry/2015/02/16/234300


20150216
第73回「『フォックスキャッチャー』を観た」
映画

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Foxcatcher/アメリカ/135分

監督:ベネット・ミラー
脚本:E・マックス・フライ、ダン・ファターマン
撮影:グリーグ・フレイザー
編集:スチュアート・レヴィ、コナー・オニール、ジェイ・キャシディ
音楽:ロブ・シモンセン
出演:スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロ、シエナ・ミラー、ヴァネッサ・レッドグレーヴ ほか

1984年のロサンジェルス・オリンピックで金メダルを獲得したレスリング選手、マーク・シュルツ(チャニング・テイタム)。しかし、マイナー競技ゆえに生活は相も変わらず苦しいまま。同じ金メダリストでマークが頼りにする兄のデイヴ(マーク・ラファロ)も、妻子ができて以前のように付きっきりというわけにはいかない。いまや、次のソウル・オリンピックを目指すどころか、競技を続けるのもままならなかった。そんな時、アメリカを代表する大財閥デュポン家の御曹司ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から、彼が結成したレスリング・チーム“フォックスキャッチャー”への参加をオファーされる。この願ってもない申し出を快諾するマーク。最先端トレーニング施設を有するデュポンの大邸宅に移り住み、ようやくトレーニングに集中できる理想的な環境を手に入れたかに思われたマークだったが…。(allcinemaより)

 チネチッタにて鑑賞。

※ネタバレあります!

 今月鑑賞を予定していた映画では『アメリカン・スナイパー』に次いで楽しみにしていた本作ですが、期待を全く裏切らない傑作でした。

 監督はベネット・ミラーで、長編劇映画としては『カポーティ』『マネーボール』に続く3作目で、今回も実話を基にした物語です。『カポーティ』をDVDで観た時に面白かったので(映画を観た後で『冷血』も読みました)、『マネーボール』は映画館で鑑賞、これもとても面白かったです。2作とも、作りとしては特に派手な展開があるわけではない。それに実話ベースだから驚くようなオチもない。そして演出もかなりミニマムというか、沈黙や間で物語を紡いでいくタイプの監督です。どちらかというとアメリカよりはヨーロッパ映画っぽいかもしれません。
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 そして本作『フォックスキャッチャー』もまた基本的な方向性は変わっていないと思います。観ながら、「これ、寝る人は寝るだろうな」と思ってました。僕はずっと画面に釘付けになってましたけど。

 「フォックスキャッチャー」というのはこの映画の主要登場人物であるジョン・デュポンが所有していた農場のことで、彼が結成したレスリングチームの名前でもあります。さらに、イギリスやアメリカではキツネ狩り(fox hunting)というスポーツが過去にあって、これはキツネを追いかけて殺すものだそうです。映画の冒頭、モノクロの記録映像でしっぽのでかい犬みたいな生き物が野原を駆け抜けていくカットがありますが、これは多分そのキツネ狩りの獲物だと思います。

 このお話は、3人のむさいオッサンで成り立っています。ジョン・デュポン、マーク・シュルツ、そしてマークの兄デイヴ・シュルツ。このうち、ジョンとマークにはいくつかの共通点が見られます。

 まずジョンとマークはともに2歳の時に両親が離婚しています。そして2人とも、自分にとって偉大であり、だからこそ時には疎ましく思える存在があります。ジョンの場合は母親であり、マークにとっては兄のデイヴです。デイヴは兄といっても少しマークと歳が離れており、父親のようにマークを見守ってきたので、ほとんど父親の代理といえるかもしれません。

 映画の冒頭、ジョンの邸宅に呼ばれたマークは明らかに緊張して居心地が悪そうですが、次第にジョンに心を許していきます。そこには、自分と同じようなフラストレーションを抱え込んだ者同士というシンパシーがあったのかもしれません。マークはジョンにすすめられてコカインを吸ったり、夜のスパーリングをオファーされたりして、次第に依存していくようになります。

 誰もが思うことでしょうが、このスパーリング場面というのがどう見てもゲイ・セックスという風に撮られています。冒頭のマークとデイヴの兄弟稽古からして近親相姦的な空気が漂っているし、ジョンとマークの場合は、犯されてる風にも見えるカットがあったりします。かといってマークが凄く嫌そうかというと、満更でもなさそうなのですが。

 マーク率いるフォックスキャッチャーはとあるレスリング大会(詳細は忘れちゃった)でメダルを獲得し、ジョンは大喜び。そこで、自らのチームの選手達にタックルを仕掛けたりしてキャッキャウフフとはしゃぎます。僕はもうこのシーンで既に背筋が寒かったです。どう見ても彼の目つきや所作は異常です。

 ジョンはある日、マークに「昔ひとりだけ親友がいた」と言います。でもその親友は彼の母親が金で雇っていたものでした。幼少期にこんな体験をしているせいなのか、ジョンは基本的に「金で買えないものはない」という価値観を持っています。
(2/18 追記)ジョンは、「本当は友だちというものは金で買えるようなものではないはずだ」ということはわかっていると思います。だから、マークにこの話をする時の彼の表情は複雑で、どこか悲しげでもあります。

 最初は拒んでいたものの、結局フォックスキャッチャーに加わることにしたデイヴは、久々に会ったマークの異変に気づきます。兄に口答えをし、何かに苛ついている弟を案じるデイヴ。マークはレスリングでもぱっとせず、ジョンも苛つき始めます。

 そして、ある試合で敗北を喫したマークは、ホテルのランプを殴り壊したり、頭突きで鏡をブチ割ったり、やけ食いをしたりします。この頭突きのシーン、脚本にはなくてチャニング・テイタムのアドリブだったそうです。頭パッカーて割れたらどうするんでしょうか。しかもこの後デイヴが入ってきてマークにビンタを喰らわせるのですが、なんとここでチャニング・テイタムの鼓膜は破れてしまったそう。「そんなとこ殴ったら鼓膜破れるで」と思ってたら、マジで破れてたんですね。怖すぎ。

 この後マークは食い過ぎて増えた体重を戻すために、デイヴの指示で胃の中のものを吐きまくり、サイクルマシンでめちゃくちゃ運動をした結果90分で5.5kgの減量を成功させたます。これぐらいの根性があれば世のダイエットできずにいる女性も皆スレンダーになれるでしょう。

 そして大事な試合に勝利するマーク。でもそこにジョンの姿はありません。彼は家に帰ってしまっています。それは彼の母親が死んだからなのですが、実際には彼女は息子がフォックスキャッチャーを結成する前に亡くなっています。どうしてこのような脚色を施したのかというと、ジョンが彼女に認められたがっていることが明確にわかるシーンのためでしょう。

 ジョンは、自身はど素人レスラーのくせにレスリング大会を主催して、あからさまな八百長で優勝。その手柄を母親に報告。そしてフォックスキャッチャーの練習ではチームの選手に技をかけたりかけさせたりして、その姿を母親に見せます。まるで「ママ、見ててね。僕こんなに凄いんだよ」とアピールする幼児のようです。でもレスリングを嫌っている母親は、すぐにその場を去ってしまいます。いい歳をした大人の、強迫観念にも近い承認欲求がそこにあります。

 母の死の直後、ジョンは彼女が愛した馬たちを野に放ちます。ここはかなり幻想的に撮影されていて、現実なのか妄想なのかが曖昧です。まわりくどい解釈ですが、馬たちを解放することで、ジョンは母親の呪縛を解こうとしたのかもしれません。母に愛され管理されていた馬たちは自由の身になります。母はこの世からいなくなり、もう馬を自らの手中に収めることはできません。馬の解放は、母親へのささやかな復讐だったのではないでしょうか。

 このシーンで、アルヴォ・ペルトのFur Alina(ガス・ヴァン・サントの『ジェリー』などでも使用されていた)が流れるのですが、何故か僕はここで泣いてしまいました。どう考えたってまともとは思えないジョンに、共感のようなものを感じてしまったからかもしれません。僕の母親はあんな風ではないし、普通の家族で育ったと思うけど、それでも、彼の気持ちはどこかでわかる気がしてしまうのです。馬を解放したジョンの表情の、なんと寂しく孤独なことか。彼は宿命的に救われない男なのです。

 大事な試合でのマークの勝利をもたらしたのはジョンではなく、デイヴでした。ジョンは自分が他人に対して何の影響力も持っていないという事実を恐れ、自身のドキュメンタリーの製作に着手します。ドキュメンタリーの中では、ジョンは皆にあがめられる愛国者であり、最強のレスリング集団フォックスキャッチャーを統率するリーダーです。実質的にはデイヴがフォックスキャッチャーの支柱なのですが。ちなみに劇中でデイヴのインタビュー映像を撮っているのは、実際にフォックスキャッチャーのドキュメンタリーを監督していた人だそうです。

 そんな中、マークはフォックスキャッチャーから抜けることになります。彼は薄々、ジョンと自分が共依存のような関係に陥っていることに気づいていたのかもしれません。先に、ジョンとマークに共通点があると書きましたが、決定的な違いは、マークはあたたかく厳しい兄であり父親代わりでもあるデイヴという存在を得ていたのに対し、ジョンには冷たい母親しかいなかったということです。この点で、彼らの運命は決定的に分かたれてしまった。

 ジョンは自分の思うがままになるはずだった男の裏切りに絶望し、その歪んだ怒りは兄のデイヴに向けられます。金では得られないものをこの男は持っている。そして自分はそれをこの先一生得ることはできない。最早彼にできることはただひとつです。

 それにしても主要3人を演じる俳優たちの演技力。圧巻です。外見を近づけるだけでなく、まさに彼らは役を生きています。企画初期段階ではヒース・レジャーやライアン・ゴズリング、ビル・ナイ等がキャストに想定されていたようですが、できあがった作品を見てしまうともうスティーヴ・カレルとチャニング・テイタムとマーク・ラファロ以外ありえないというか。

 ミラー監督はスティーヴ・カレルがコメディー俳優であることから、ジョン・デュポンを演じるのには向いていないと当初思っていたそうですが、昼食を共にして考えを変えたようです。「コメディアンというものは、皆ダークな人たちなんだと思う」と監督は語っています。これは日本の優れた芸人なんかでも同じかもしれませんね。

 ジョン・デュポンはアメリカそのものだという見方もあります。銃を愛し、金を愛し、マッチョイズムを愛するが、結局は誰にも愛されない。しかし自分は世界の庇護者を気取り、孤立していく。ジョン・デュポンの事件から、ミラー監督はいろいろな角度から光を当てた多層的な物語を作り出すことに成功していると思います。実際のジョン・デュポンはもっと派手に狂ってたそうですけど、映画では徐々に徐々に静かに狂っていくことにした演出も功を奏しています。これはただの統合失調症患者の錯乱を描いた作品ではないということですね。

 さて、多分これまでで最長の記事になってしまいました。いつも以上に文章のまとまりが悪く、読みにくいです。とにかく、この映画が2015年のベスト5に入ることはほぼ間違いなさそうです。

http://stk1985.hatenadiary.jp/entry/2015/04/05/164245


2015-04-05
誰かに認められる≒支配される人生/『フォックス・キャッチャー』

くhttp://img.cinematoday.jp/res/T0/01/43/v1418369670/T0014356p.jpg

『カポーティ』のベネット・ミラー監督作品という点に惹かれ鑑賞。

この監督は『マネーボール』も監督しており、この『フォックス・キャッチャー』も事実に基づいています。



正直、あらすじも何も全く知らない状態で観たとしたら、大満足しただろう映画。

おそらく本国では有名な話のため、そもそも国民が知っている前提なのでしょうが、

私は知らなかったので、予告編でわざわざ教えてくれなくてもいいのに。。。と思いました。

じゃあどうやって宣伝するんだと言われると「アカデミー賞5部門ノミネート作品」という1点のみに。。。

仕事ができない。困りますね。マーケティングって難しいです。。



これから観る方は予告編はおろかポスターさえも観るべきではないと思います。

以下のあらすじはネタバレを含んでいないので、掲載します。



あらすじ

大学のレスリングコーチを務めていたオリンピックメダリストのマーク(チャニング・テイタム)は、

給料が払えないと告げられて学校を解雇される。失意に暮れる中、

デュポン財閥の御曹司である大富豪ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から、

ソウルオリンピックに向けたレスリングチーム結成プロジェクトに勧誘される。

同じくメダリストである兄デイヴ(マーク・ラファロ)と共にソウルオリンピックを目指して張り切るが、

次第にデュポンの秘めた狂気を目にするようになる。(シネマトゥデイ)



演技派の実力半端ない度&休日の昼間に見るべきじゃない度 10/10

カップルで行くのはNGな作品ですね。

女性目線でも男性目線でもで(なんでこの人この映画一緒に観たいと思ったんだろう)となります。

「固い絆で結ばれているの!」という方はその固さをぜひ試してください。



見どころは、2点

・この映画が事実が基になっている点

→なぜ事件が起きたのか?を掘り下げていくのが楽しい

・ジョン・デュポンを演じるスティーブ・カレルの怪演

→不気味、の一言。『40歳の童貞男』を演じていた人には見えない



http://i.ytimg.com/vi/RSNaNr8v7qg/maxresdefault.jpg

ジョン・デュポンを演じるスティーブ・カレルの演技が半端なく不気味。。

劇中の会話が圧倒的に少ないので、表情や空気で伝えるシーンが多いが、これが怖い。怖くて不気味な負の空気がスクリーン越しに館内を包み込みます。そのくらいの凄さです。



以下ネタバレ。

「どんな映画なの?」と聞かれたら、

「アメリカ3大財閥の御曹司がオリンピック金メダリストを殺害しちゃう話。

犯人のジョン・デュポンは友達もいなくて、母親の支配から逃れられなかった子供みたいな人なんだ。

人との距離の測り方すらわからなくて、ちょっと可哀想な気持ちになるよ。

劇中の台詞はすくなくてスティーブ・カレルの怪演が際立つ作品さ。とにかくすごいから見たほうがいい」てなところでしょうか。



この映画は大人に成長できないお坊っちゃま君(=ジョン・デュポン)が、

自分の言うこと聞かないヤツにイラツイて殺人を犯す話ですが、

・殺した相手が元オリンピック金メダリストという点と、

・お坊ちゃんの度合いが世界レベルという点が、この話を興味深いものにしています。

※デュポン財閥はメロン財閥、ロックフェラー財閥と並び三大財閥と呼ばれるレベルだそうです。



この事件の原因は3つあると思いました。



ひとつ目はジョン・デュポンが圧倒的に世間知らずの金持ち坊ちゃんだという点です。世の中には様々なタイプのお坊ちゃんがいますが、勝手に大きく以下2つに分けました。

・知性を持ち、振る舞いを熟知し、立場をわきまえたよく教育されたお坊ちゃん

・甘やかされ、周りが何でもお膳立てしてくれる世間知らずなお坊ちゃん



ジョン・デュポンは間違いなく後者にあたります。

後者の場合、自分がすごいのではなく、ご先祖様と周りの人がすごいだけですが、勘違いしがちです。勘違い発言や行動が増えて、痛い人になります。



ふたつ目の原因はジョン・デュポンが後者に該当していながらも、先祖と周りの人がすごいという事実に気がついていたこと。

これは圧倒的に悲しいことですが、気がついている点で素晴らしく、自分と向き合い、自分の力で克服することもできます。



ジョン・デュポンがとった行動は、フォックスキャッチャーという名のレスリングチームを作り、

兄弟金メダリスト(ひとりはコーチになっていて、ひとりは現役選手)を招聘し、ソウル五輪で自分がセコンドに入るというものでした。以下兄弟写真。

http://openers.jp/wp-content/uploads/2015/02/893282/top.jpg

自分で何かをしようとしているのはわかりますが、たくさんあるお金を使って優秀な人を連れてきただけ。

本人にはレスリングの知識もそんなになく、どちらかと言えば口を出して邪魔をしてしまいます。

http://img-cdn.jg.jugem.jp/5e6/1864267/20150219_1024022.jpg

選手からすれば「お金だけ出してくれればいいのに」といったところでしょうか。。。



あるとき、このジョン・デュポンがマーク・シュルツに

「僕には友人がいない。いたと思っていたら母親がお金を渡しているのを見た。雇われた友人だったんだ」

と打ち明けるシーンがあります。めちゃめちゃ悲しい気持ちになります。



友人がいないということは、人との適切な距離が測れないということなのだと思います。

劇中でそれを表現する2つのシーンがありました。

・夜中にマーク・シュルツのところへ行き「一緒にトレーニングしよう!」とやってくるシーン。

・日曜日の家族サービス中のデイブ・シュルツのところへやってくるシーン。



マーク・シュルツは対応しますが、デイブ・シュルツは「日曜日なんだ。ごめん」と断ります。

ジョン・デュポンは距離の取り方=入ってはいけない領域がわからないから、デイブ・シュルツに否定されたと思ったことでしょう。

これが殺害の伏線になっています。



みっつ目は母親の存在。

残念なことにジョン・デュポンは母親の目を気にして=支配されて生きています。

いい歳したおっさんが完全に子供のまま、というのがよくわかります。

支配されているのがわかる3シーンがでてきます。

・「レスリングチームを作ったんだ」と言えば「レスリングは下品」と否定され、

・母親がレスリングの練習を見に来たら突然デイブ・シュルツに代わり指導をし出す。周りの選手はポカーン

・自分が後援するレスリング大会へ出て「優勝したんだ」と母親に報告して、受け流されるシーン



母親の支配から逃れるためにレスリングチームを始めたのに結局は母親に認められたいと思っている。

そりゃ大人になるまで支配されたんだからレスリングチーム作ったからと逃れられるわけないわな。。。



ジョン・デュポンはソウル五輪までのドキュメンタリーTVでのデイブ・シュルツの言動を見て犯行に及びます。

デイブ・シュルツはインタビュアーに「ジョン・デュポンの良い所を話して」と言われ、「環境を整えてくれて~」と精一杯に話をするが、ジョン・デュポンはバカにされたと受け取ってしまう。



ジョン・デュポンから学ぶべきは、「いい歳して誰かに認められるための人生を送るのはやめろ」ということ。

支配されるなら、最期まで支配され続けるべき。



4月4日アートフォーラムで鑑賞。

http://www.japan-wrestling.jp/2015/02/13/64909/

【特集】「お金がたくさんあっても幸せではなかったということでしょう」…太田章さん、映画「フォックスキャッチャー」を語る
– 2015/02/13

アカデミー賞候補に挙げられているレスリングの金メダリスト射殺事件の実録映画「フォックスキャッチャー」の日本公開が近づいてきた(2月14日、下記劇場で公開)。主役の大財閥の御曹司ジョン・デュポンと、オリンピック金メダリストのデーブ&マーク・シュルツ兄弟を日本でだれよりもよく知る人物、オリンピック4度連続代表(1980~92年)の太田章さん(早大教)が、試写会を見たうえで映画について語ってくれた。

 太田さんは、デーブ・シュルツとは20歳のころから親交があり、事件の5年前には、実際にレスリングクラブ「フォックスキャッチャー」を訪れたこともあるという。“フォックスキャッチャー通”でもある太田さんに映画評、その他を聞いた。

《2月14日、公開劇場一覧》 / 《映画サイト》

《アメリカ在住の映画評論家・町山智浩さんが、映画「フォックスキャッチャー」を解説しています=You tube》
《ストーリー》
この世にも奇妙な実話は、1984年のロサンゼルス・オリンピックで金メダルに輝いたレスリング選手、マーク・シュルツに届いた突然のオファーから始まる。有名な大財閥デュポン家の御曹司ジョン・デュポンが、自ら率いるレスリング・チーム“フォックスキャッチャー”にマークを誘い、ソウル・オリンピックでの世界制覇をめざそうと持ちかけてきたのだ。その夢のような話に飛びついたマークは破格の年俸で契約を結び、デュポンがペンシルベニア州の広大な所有地に建造した最先端の施設でトレーニングを開始する。しかしデュポンの度重なる突飛な言動、マークの精神的な混乱がエスカレートするにつれ、ふたりの主従関係はじわじわと崩壊。ついにはマークの兄で、同じく金メダリストのデイヴを巻き込み、取り返しのつかない悲劇へと突き進んでいくのだった……。

Q: 試写会を見た率直な感想を教えてください。

太田: アカデミー賞候補ということで注目度も評価も高く、映画としての完成度も高いといううわさでしたが、私は、全く違う気持ちで見ておりました。どうしてデーブが撃たれてしまったのか? 殺されてしまったのか? 真実は、どうだったのか? 仲の良かった友人ということで、この事件の映画化は複雑な気持ちで見守っていました。しかし、この映画の主役はジョン・デュポンであり、デーブのことは、客観的に描かれています。映画としての出来は見事であると思います。

1978年世界選手権(メキシコ)での太田さん(左から2人目)とデーブ・シュルツ(左端)。右端は富山英明・現日大監督
Q: この映画は何を訴えたかったのでしょうか。

太田: 億万長者のジョン・デュポンが、どうして、なぜ、レスリングに巨額の寄付をし、なぜ選手にお金を与えていったのか? そして、なぜ撃ってしまったのか? 殺人の訳は? その犯罪の理由? クライムミステリーとしての映画です。残念ながら本当に起きてしまった事件なのです。

Q: シュルツ兄弟の仕種やレスリング・シーンが「実物そっくりだ」など、リアル感十分との評判ですが、そうですか?

太田: 見事です。日本人の俳優がそれを行おうとしても、無理だろうな、と思います。アメリカは、だれもが少しはレスリングの経験があるのです。学校体育にレスリングが組み込まれているからです。(スポーツはシーズン制を取り入れているので)冬のスポーツはバスケットボールかレスリングの選択が多いのです。ただ、実在の強いレスラーの技まで演じるには大変な努力が必要であったと思います。デーブの歩き方、しゃべり方、マークの個性までもが実物そっくりに描かれていて、本当にびっくりでした!

Q: シュルツ兄弟とのつきあいは?

太田: 今もNCAA大会(全米学生選手権)に観戦に行けば、デーブの奥さんのナンシーさんといろんな話をします。マークはあまり出てきませんが、デーブの息子さん、娘さんも、私のことはよーく覚えていてくれて、懐かしい話で盛り上がります。そこにデーブが居ないことだけが残念です。デーブが1985年に日本に来た時は、私の家に夫婦で1泊してくれました。私が1991年にアメリカに1年間行っていた時には、2週間、フォックスキャッチャーの敷地にあるデーブの家に泊めてもらいました。今年の3月にはナンシーがボーイフレンドと日本にやってきます(笑)。

1982年世界選手権、階級を上げて出場してきたデーブ(左)と太田さんが対戦。デーブが3位で、太田さんが4位。
Q: 映画に描かれていますが、1984年ロサンゼルス・オリンピックの頃は、金メダリストといえども、経済的には厳しかったのでしょうか。

太田: アシスタント・コーチくらいでは、月の給料は5万円くらい。それもレスリングシーズンだけで、終わると無給になります。それでも、アメリカ全土にどのくらいのレスリングチームがあるかご存知ですか? レスリング人口は、シーズン開始時には200万人とも言われます。日本の1万人ほどとは大きな違いです。アメリカでは、カレッジスタイルのコーチにお金を支払う訳で、フリースタイルの選手やコーチは、食べていけません。

Q: 試写会を見た若い人には、なぜ最後の場面につながったのか、よく分からなかった、という人がいました。何に注目して見ればいいでしょうか。

太田: 最後のシーンでは、一挙に8年の時間が過ぎています。ソウル・オリンピックの1988年から、アトランタ・オリンピック直前の1996年です。ジョン・デュポンが徐々に蝕まれて行く様子や、デーブも彼のもとを離れようとしていたこと、いろんな事が重なって事件に発展したと聞いています。しかし、ジョン・デュポンが、こうなってしまうことは誰にも予測できなかったのでしょう。お金がたくさんあっても幸せではなかったということでしょう。ジョン・デュポンが語るシーン、幼い頃から友人が居なかった話はとてもつらかった。デーブはそんな彼の唯一の理解者であり、友人であったはずなのに…。とても残念です。ジョン・デュポンは、彼の母に自分を見てほしかった。それがレスリングだったのでしょう。

http://miyearnzzlabo.com/archives/22781

町山智浩 映画『フォックスキャッチャー』を語る

2015/2/3 2015/7/4 たまむすび

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町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、アカデミー賞5部門にノミネートされている映画『フォックスキャッチャー』を紹介していました。



(町山智浩)というわけで、今回取り上げる映画はですね、『フォックスキャッチャー』っていう映画です。これ、『キツネを捕まえる』っていう意味ですけど、キツネ狩りってイギリスの金持ちっていうか貴族がやるスポーツがあるんですけど。昔やっていたスポーツですが。あれのことですね。で、この映画はですね、アカデミー賞、いま5部門にノミネートされてますね。

(山里亮太)ふーん。

(町山智浩)はい。フォックスキャッチャー、監督賞、主演男優賞、助演男優賞とかですね。脚本賞とか、特殊メイク賞とかにもノミネートされている作品です。

(赤江珠緒)へー。ええ。

(町山智浩)で、2月14日から日本公開なんで、もうすぐですね。その話をしたいんですが、これはどういう映画か?っていうと、一言で言うとですね、大金持ちのおっさんがですね、ロスアンゼルス・オリンピックで金メダルをとったアマレスの選手を射殺したっていう事件なんですね。

(山里亮太)はい。実際にあった。

(町山智浩)実際にあった事件です。で、なんでそんなことが起こっちゃったのか?っていうことを暴いてく映画です。その大金持ちっていうのは、1988年にあったソウル・オリンピック、ありましたけど。それのアメリカのレスリングチームを練習させていた、スポンサーだった人なんですよ。それが、自分のチームのコーチを射殺するっていうことをやってるんですね。

(赤江珠緒)スポンサーがね。どうして?たしかに。

(町山智浩)そういう映画なんですけども。これ、まずこの大金持ちっていうのはですね、いわゆるデュポン財閥の御曹司なんですよ。ジョンっていう人なんですけども。デュポンっていうと、日本だとほら、高級ライターのことが知られてますけど。それとは別で、アメリカにあるんですよ。デュポンっていう財閥が。

(赤江珠緒)ええ。

(町山智浩)それはね、化学系のコングロマリットでしてね。もともとは南北戦争の時に火薬を作って儲けた死の商人なんですけど。それで財をなして巨大な石油化学関係のコングロマリットを持っていて。デュポンの製品で一番有名なのは、テフロンですね。

(山里亮太)ああ、テフロン加工とかの。

(町山智浩)テフロン加工のテフロンですね。あとは、ゴアテックスとかですね。

(赤江珠緒)あ、ゴアテックスも。へー。

(町山智浩)そういったものをね、開発している大企業で。その大金持ちのおっさんがジョン・デュポンっていう人なんですけど。その人が持っている敷地があるんですよ。広大な敷地が。それが、フォックスキャッチャーっていわれる場所なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん。

(町山智浩)要するに、昔、キツネ狩りとかやってたところなんですね。で、そこにですね、ロスアンゼルス・オリンピックで金メダルをとったアマレスの選手のマーク・シュルツっていう人がね、そこに住むようになるんですよ。

(山里亮太)はいはい。

(町山智浩)事件はそっから始まっていくんですけど。このマーク・シュルツっていうのはロスアンゼルス・オリンピックで金メダルをとったにもかかわらず、生活できない状態で。で、お金があんまりないんで、今度のソウル・オリンピックにも出場できるかわからないっていう状態になっています。

(赤江珠緒)おお。
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アマチュアレスリング選手の当時の経済状況
(町山智浩)で、それはね、当時は特にそうだったんですけど、アマレスの人たちってその、お金を儲ける手段がほとんどなかったらしいんですよ。

(赤江珠緒)あ、アメリカでレスリングっていうのはあまり?

(町山智浩)アメリカのレスリング、アマレスはすごく層が厚いんですけども、コーチをやる以外に生活の道がないんですよね。

(赤江珠緒)あー。

(山里亮太)なるほど、なるほど。

(町山智浩)特にレスリングの世界っていうのは、特にこの頃はプロとアマの世界が完全にわかれていて。で、アマレスの人たちはなにも、お金儲けのためになにかしちゃいけないっていうぐらい、オリンピックに出る選手っていうのは完全なアマじゃなきゃいけないっていう時代だったんですね。

(赤江珠緒)はいはい。

(町山智浩)いま、オリンピックってプロも出られるじゃないですか。

(赤江珠緒)そうですよね。テニスとか、野球選手とか・・・

(町山智浩)ねえ。だって、ひどいのはNBAの選手がバスケットに出たりしてますからね。

(山里亮太)ドリームチーム、すごかったですからね。昔(笑)。

(町山智浩)ドリームチームとか言ってね。だからそれが可能な時代じゃないんですよ。その当時は。それと、レスラーっていうのは特にそうなんですけど、プロレスラーとアマレスラーの差ってすごく大きいんですよね。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)それは他のスポーツのプロとアマと違って、プロレスラーの方は、はっきり言って芝居をするからなんですよ。

(山里亮太)エンターテイメントがね。

(町山智浩)だから、軽蔑されているんですよ。そっちに接触することはできないんですよ。一旦、もうプロレスの方に行ったら、当時はアマレス世界と完全に縁を切る世界だったんですね。

(赤江珠緒)うーん・・・

(町山智浩)まあ、それも変わりましたけどね。その後。すごく、垣根がなくなったりしたんですけども。この当時はアマレスの人は食えなくて大変だったらしいんですよ。で、このマーク・シュルツ選手も次のオリンピックに出たいのに、お金がなくて。で、インスタントラーメンを食べてたりするんですよ。サッポロ一番かなんか、食べてたりするんですけど(笑)。そういうシーンがあるんですが。

(赤江珠緒)体つくらなきゃならないのにね。

(町山智浩)体つくらなきゃいけないのに、肉、食べられないんですよ。

(赤江珠緒)うーん・・・

(町山智浩)で、これはどうしよう?ってことになっていたところにですね、そのデュポンっていう大金持ちから電話がかかってくるんですね。で、『YOU、うちに来なよ!』って言われて、行くんですけども。で、行くと、そこでそのすごい敷地内でですね、もうすごい最新の設備を整えて、ここでオリンピック選手を養成すると。で、君にここに来てほしいんだと。

(赤江珠緒)いや、いいじゃないですか!

(町山智浩)生活は全部面倒を見る。家が余っているから、そこに住めばいいと。

(赤江珠緒)うわっ、大スポンサーじゃないですか。

(町山智浩)そうなんですよ。『もうなんでも好きなものを食べていいし、好きなものを使っていいし。好きなようにしていいよ!だから、YOU、うちに来ちゃいなよ!』っていう話になるんですね。

(赤江珠緒)ちょっとなんか、どっかで聞いたような・・・

(山里亮太)どっかで聞いた誘い方ですよ(笑)。

(町山智浩)いや、アメリカだから、普通に『YOU』って言うんです。あなたのことをね。

(赤江珠緒)まあ、そうですよね。そっちだと普通ですよね。そうですね。

(町山智浩)で、住まわせて、練習をさせるんですけど。それがフォックスキャッチャーチームっていうものになるんですね。フォックスキャッチャーっていう敷地内なんで。で、やっていくんですけども、どうもこのデュポンっていう人はちょっとおかしいんですよ。

(山里亮太)ほう。

(町山智浩)敷地内にですね、拳銃がすごく好きで、警察官の射撃場を作っていて。近所の警察官を呼んで射撃訓練をしてたりするんですけども。その拳銃を持ったままですね、練習場に入ってきて、ぶっ放したりするんですよ。ドバーンッ!と。

(赤江珠緒)ええっ!?

(町山智浩)それだけじゃなくて、戦車買ったりしてるんですよ。

(山里亮太)えっ!?

(町山智浩)戦車っていうか、この映画の中では装甲車なんですけども。装甲車を買って、敷地内で走らせたりしてるんですけど。

(赤江珠緒)うわー。お金持ちだからね。

(町山智浩)『ジ・インタビュー』の金正恩と同じなんですけどね(笑)。

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(赤江珠緒)そうですね。やっかいなお金持ちですな。

(町山智浩)それで、マイ戦車を買ってるんですよ。で、ただその戦車が来た時にですね、ブーたれるんですよ。ジョン・デュポン。大金持ちの。この人、もう60ぐらいですよ。おじいさんなんですけど。『おかしいよ!50口径の機関銃がついてないじゃないか!』とか言うんですよ。

(山里亮太)ちょっと待って。なにがしたいの?この人は。

(町山智浩)よくわからない人なんですけど。要するに、武器をたくさん集めてる人なんですよ。大砲とか。それで、『私は愛国者だ!』とか言って、その戦車乗り回してるんですけど。敷地内で。

(赤江珠緒)仕事はしなくていいんですか?

(町山智浩)この人、要するにお金は有り余っているんですよ。もう、株だけで暮らしているから。

(赤江珠緒)ああ、なるほど。

(町山智浩)そう。なんにもしなくていいんですよ。だから無駄遣いをいっぱいしてるんですけど。だから要するに、年はとっているけど、おぼっちゃまくんなんですよ。

(山里亮太)なるほど。

(町山智浩)だからもう、やることないからそういうことをやっているんですけども。これでオリンピックで金メダルをとれれば、自分はその国の英雄になれるんだと思っているんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、選手を集めていろいろ訓練をしているという感じなんですけども。なんかね、マーク・シュルツっていう選手を自分の敷地内に住まわせて、それで仲良くしてるんですけど。いっぱいご飯とか食べさせてあげて。で、『君は僕にとって初めての友達だよ』って言うんですよ。

(赤江珠緒)ふん。

(町山智浩)『僕は子どもの頃、友達がいなくてね。悲しかったんだよ』とデュポン、その金持ちじいさんが言うんですね。『初めて友達ができてうれしかったんだけど、後からわかったんだ。僕のママがお金で買った友達だったよ』って言うんですよ。

(赤江珠緒)あらー・・・

(町山智浩)そういう寂しい人なんですよ。で、この映画はね、なんかおかしなことになっていくんですけども。いちばんその、あれっ?と思うシーンっていうのは、夜中に『僕にスパーリングをつけてくれ』と・・・このデュポンもアマレスをやってるんですね。

(赤江珠緒)あ、レスリングは一応好きなんですね。

(町山智浩)やってるんですよ。それでだから、そのマーク・シュルツに、真夜中なんですけど、『稽古をつけてくれ』って言うんですね。で、暗い中でこう、2人でアマレスのスパーリングをするんですよ。なんか2人でこう、互いのバックを取り合いながら、『ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・』ってやってるんですよ。なんやねん、これは!っていう映画なんですけど(笑)。

(赤江珠緒)なるほど。

(山里亮太)えっ?まさか、そっちの感じ?

(町山智浩)うーん、なんかおかしいんですよ。

(山里亮太)どんだけー?

(町山智浩)っていう映画でね。どうなっちゃうんだろう、これは?という映画なんですけど。

(山里亮太)そこらへんも関わってくるんですか?そこらへんの、色恋じゃないですけど。男同士の・・・

(町山智浩)いや、知らないですよ。僕は。まあ、バックを取り合ってましたよ。はっきり言って。汗まみれで。

(赤江珠緒)寝技ね。あります、あります。

(町山智浩)またこのね、マーク・シュルツ選手を演じる人が、チャニング・テイタムというね、非常に美しい体の人ですね。この人は、どのぐらい美しいか?というと、『マジック・マイク』の主役ですよ。男性ストリップ映画。



(赤江・山里)あー!

(町山智浩)もう必見の映画ですよ。あれでマシュー・マコノヒーもすごかったですけど。お尻が。この、チャニング・テイタムはもう、上半身すごいですよ。

(赤江珠緒)たしかに、キレイな肉体美。

(山里亮太)また出ました。町山さんの男性の肉体美を褒めてくる・・・

(町山智浩)もう、すごいですよ。もう、ね。

(山里亮太)おすすめの裸のコーナー(笑)。

(町山智浩)(笑)。いや、ちゃんとありますから、大丈夫ですよ。

(山里亮太)いやいや、待っているわけじゃないです(笑)。

(町山智浩)でね、その大金持ちのジョンっていう人を演じる人がですね、スティーブ・カレルっていう人で。この人はアカデミー主演男優賞候補になっています。で、このスティーブ・カレルっていう人はですね、バカ映画ばっかり出てた人なんですよ。ずっと、いままで。

(山里亮太)コメディー?

(町山智浩)で、この人が最初に注目されたのは、『40歳の童貞男』っていう映画だったんですよ。



(赤江珠緒)あの、タイトルがなかなかに、ねえ。

(町山智浩)そう。40になってもぜんぜん彼女ができなくて。なんとか、みんなで彼女を作ってあげるっていう話。セス・ローゲンが一緒に出てくる、いわゆるブロマンスものなんですけども。で、いちばんこの映画で笑わせるシーンは、胸毛にガムテープを貼って剥がすっていうシーンで。ほとんど日本のお笑い芸人と変わんないことをやっている人だったんですけどね。このスティーブ・カレルっていう人は。

(赤江珠緒)へー。

(町山智浩)で、ところが、この映画の中では、完全にその、まあちょっとどうかしているジョン・デュポンっていう大金持ちをですね、特殊メイクで鼻の形を変えて演じてるんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、写真を見ると、ぜんぜん別人になっていますね。

(赤江珠緒)あ、本当だ。つけ鼻をしてるんですね。

(町山智浩)つけ鼻をして、すごい顔になっていて。だからこれ、いまアカデミー賞の特殊メイクのメイキャップ賞の候補にもなっているんですけど。

(赤江珠緒)あ、でも実際のデュポンさんの写真もこっちにあるんですけど、似てますね。

(町山智浩)似てるんですよ。で、声とかもすごく変えて。そっくりになっていますね。だからまあ、主演男優賞候補なんですけども。で、これね、助演男優賞候補にもノミネートされているんですけど。これはマーク・シュルツのお兄さんで、デーブ・シュルツっていう選手がいて。この人も金メダリストなんですね。ロスアンゼルス五輪の。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)この人を、マーク・ラファロっていう俳優さんが演じていて。この人が助演男優賞候補になっているんですよ。で、これ写真を見るとね、ぜんぜん別人になっているんですよ。マーク・ラファロ。

(赤江珠緒)本当だ。

(町山智浩)このマーク・ラファロっていう人は、アベンジャーズっていう映画で、超人ハルクを演じていた人ですね。いつも結構チャラ系なんですよ。この人。でも、今回ちょっと、はっきり言って、ゲハってますからね。

(赤江珠緒)そうですね。

(山里亮太)結構、おでこがだいぶ広めに・・・

(町山智浩)そう。すごいですよ。体格も変わってますけど。

(赤江珠緒)むしろ、ヒゲの方が目立つ感じで。

(町山智浩)そうそうそう。だからものすごい別人になっていて。なかなかすごいんですよ。それで、この人はレスリング経験とかなかったんだけども、今回は徹底的にやってですね。テクニシャンのお兄さんっていう設定なんで。で、弟のマーク・シュルツの方はパワーのレスリングなんですね。で、テクニシャンで寝技とか得意なのがデーブ・シュルツなんで。その、2人でスパーリングするシーンとかも、本人たちが徹底的にレスリングの訓練をしてやっているんで。まあ、助演男優賞候補になっています。はい。

(赤江珠緒)へー。

(町山智浩)でね、こういう非常に奇っ怪な事件で、奇っ怪な映画なんですよ。

(赤江珠緒)でも、ここから殺人事件につながります?

(町山智浩)殺人事件にこれが発展していくんですよ。基本的には男同士がハァハァ言いながら、汗まみれで取っ組み合っている素晴らしい映画なんですけども。

(赤江珠緒)いやいやいや(笑)。

(山里亮太)その説明だと、だいぶ偏ったね、ええ。

(町山智浩)これ、どうしてこれが殺人事件に発展するの?っていう映画なんですけどね。ただね、見ているとすごくこの、ジョン・デュポンという人は大金持ちで、もうなんでもあるんだけども、誰にも尊敬されていないかわいそうな人なんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?ここまでお金があるのに?

(町山智浩)だって、自分で稼いだお金じゃないもん。

(山里亮太)そっかー。ボンボンの悲しさだ。

(町山智浩)だからこれは本当にもう、自分で作ったものじゃない限り、誰も尊敬しないですからね。でも、それがわかっていないんで、どんどんひどいことになっていくんですけども。あの、これを見てるとね、この敷地で、フォックスキャッチャーっていうのはキツネ狩りなんですけど。キツネ狩りって実際はどういうことをするか?っていうと、イギリスの貴族がね。

(赤江・山里)はい。

(町山智浩)猟犬でキツネを追いかけさせるんですけども。最後はキツネを犬に噛み殺させるんですよ。

(赤江珠緒)追い詰めていって。

(町山智浩)そう。だから実際は貴族は追っかけてるけど、なにもしないんですよ。これはまさに、このジョン・デュポンが金メダルをとろうとしたことと同じなんですよね。自分でレスリングを飼って、彼らに金メダルをとりに行かせたことと。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)まさにキツネ狩り状態だったってことを、偶然フォックスキャッチャーが暗示してるんですけど。もっと、この映画を見ていると、あるひとつの映画を思い出すんですけども。これはね、ルキノ・ビスコンティっていう監督が昔いまして。イタリアの名匠なんですが。その人が昔作った映画でですね、72年に作った映画で、『ルートヴィヒ』っていう映画があったんですよ。



(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)これはね、昔、ババリアっていうドイツの一部なんですけども。いまは。ババリア王国の王様でルートヴィヒ2世っていう人がいたんですね。

(赤江・山里)はい。

(町山智浩)その人は、自分が王様になった、王子様だってことがうれしくてしょうがない人だったんですよ。自分がお伽話の中の本当の王子様なんだって思って、うれしくてしょうがなくて。で、お伽話みたいなお城をバンバン建てて。そこでお伽話ごっこをしていた王様なんですよ。

(山里亮太)ほう。

(町山智浩)ところが、当時のドイツっていうかヨーロッパっていうのは、もう群雄割拠で。いろんな国同士が戦っていて。政治的にものすごく厳しい状態だったんですね。だからそんなことをしている場合じゃなかったのに、『私は王子様よ。オホホホ!』とかやっていたんですよ。

(赤江珠緒)ルートヴィヒ2世が。

(町山智浩)お金、無駄遣いして。それで、作曲家のワーグナーが大好きで。ワーグナーが借金とかを抱えているから、『その借金を全部なしにしてあげる』って言って。それで彼を自分のお城に住まわせてたんですよ。

(赤江珠緒)ああ、まさにスポンサーになって。はい。

(町山智浩)スポンサーになって。このレスラーを飼っていたのと全く同じことをするんですね。で、どんどんどんどん滅んでいっちゃうんですけど。ルートヴィヒの国自体が。それで、最終的にはもうどうなるかっていうと、たいへんな悲劇になっていくんですけども。すごくよく似ているんですよ。

(赤江・山里)えーっ!?

(町山智浩)で、ルートヴィヒも同性愛者だったんですけどもね。

(山里亮太)も?

(町山智浩)これね、現代のルートヴィヒなんだっていうのがね、見えてくる、不思議な映画ですね。実話ですけども。

(赤江珠緒)スケールの大きい穀潰しってことですか?

(山里亮太)(笑)

(町山智浩)そうですね(笑)。はい。まあ、おぼっちゃまくんのどうしようもない人なんですけども。まあ、そういう不思議な映画がフォックスキャッチャーで。来週公開されるんですけどもね。はい。これ、監督ベネット・ミラーっていう人も監督賞にノミネートされて。脚本賞もノミネートされてますね。はい。

(赤江珠緒)はー!

(町山智浩)いやー、怖いな!と思いましたよ。

(赤江珠緒)そうですね。

(山里亮太)そしてちゃんとね、お尻情報もいただきました。

(赤江珠緒)(笑)。ねえ。肉体美もね、いただきましたね。

(町山智浩)(笑)。はい。そう。だから『一緒に住まない?』とか言われたら、ちょっと気をつけた方がいいなっていう話ですね。

(赤江・山里)(笑)

(町山智浩)同居したりするのは、気をつけた方がいいですね。はい。

(赤江珠緒)気をつけましょう。

(山里亮太)いいスポンサーだと思ったら・・・(笑)。

(町山智浩)はい。50才以上の人とか。男性とか。はい。

(赤江珠緒)なにを言ってるんですか!つらつらと(笑)。

(町山智浩)いろんなことがあると思います。はい(笑)。

(赤江珠緒)えー、今日はアカデミー賞5部門ノミネート、映画フォックスキャッチャーをご紹介いただきました。日本でもすぐ公開ですね。来週の2月14日の公開でございます。さあ、そして町山さん。再来週がスペシャルウィークになりますけども、アカデミー賞のね、裏話など、よろしくお願いします。

(町山智浩)はい。もう直前予想しますんで。よろしくお願いします。

(赤江珠緒)はい。町山さん、ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

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フォックスキャッチャー





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フォックスキャッチャー

Foxcatcher

監督
ベネット・ミラー

脚本
E・マックス・フライ(英語版)
ダン・フッターマン

製作
ミーガン・エリソン
ベネット・ミラー
ジョン・キリク
アンソニー・ブレグマン

製作総指揮
チェルシー・バーナード
ロン・シュミット
マーク・バクシ
マイケル・コールマン
トム・ヘラー
ジョン・P・ジューラ

出演者
スティーヴ・カレル
チャニング・テイタム
マーク・ラファロ
ヴァネッサ・レッドグレイヴ
シエナ・ミラー

音楽
ロブ・シモンセン(英語版)

撮影
グレイグ・フレイザー(英語版)

編集
スチュアート・レヴィ
コナー・オニール
ジェイ・キャシディ

製作会社
アンナプルナ・ピクチャーズ(英語版)
ライクリー・ストーリー

配給
アメリカ合衆国の旗ソニー・ピクチャーズ・クラシックス
日本の旗ロングライド

公開
アメリカ合衆国の旗2014年11月14日
日本の旗2015年2月14日

上映時間
135分[1]

製作国
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

言語
英語

興行収入
$11,451,000[2]
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『フォックスキャッチャー』(原題:Foxcatcher)は2014年にアメリカ合衆国で製作された伝記映画である。1996年のデイヴ・シュルツ(英語版)殺害事件を題材にしている。監督はベネット・ミラー、主演はスティーヴ・カレルとチャニング・テイタムが務める。

本作は2014年5月に開催された第67回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、ベネット・ミラーが監督賞を受賞した[3]。

なお、日本語版の字幕は稲田嵯裕里が担当している[4]。



目次 [非表示]
1 あらすじ
2 キャスト
3 製作
4 公開
5 興行収入
6 評価 6.1 マーク・シュルツからの批判

7 受賞
8 出典
9 外部リンク


あらすじ[編集]

1984年のロサンゼルスオリンピックのオリンピックレスリング競技で金メダルを獲得した、マーク・シュルツ(英語版)はデュポン財閥の御曹司であるジョン・デュポンから自ら率いるレスリングチーム結成プロジェクトである「フォックスキャッチャー」に来ないかという誘いを受ける。最新の設備が整ったトレーニング場を持つチームに入れることを喜んだマークはその申し出を受けてしまう。しかし、ジョン・デュポンは妄想型精神分裂病を患っていた。

キャスト[編集]

※括弧内は日本語吹替
ジョン・デュポン - スティーヴ・カレル(飛田展男): 大富豪の篤志家、レスリングの熱狂的なファン。演じるカレルは特殊メイクを施してデュポンそっくりに演じている。[5]
マーク・シュルツ(英語版) - チャニング・テイタム(山崎健太郎): レスリングの金メダリスト。
デイヴ・シュルツ(英語版) - マーク・ラファロ(樫井笙人): マークの兄で、レスリングの金メダリスト。
ジャン・デュポン - ヴァネッサ・レッドグレイヴ(宮沢きよこ): ジョンの母親[6]。
ナンシー・シュルツ - シエナ・ミラー(山根舞): デイヴの妻[6]。
ジャック - アンソニー・マイケル・ホール(野川雅史): デュポンのアシスタント[7]。
ヘンリー・ベック - ガイ・ボイド(英語版)
フレッド・コール - ブレット・ライス(英語版)
ダニエル・シュルツ - サマラ・リー
アレクサンダー・シュルツ - ジャクソン・フレイザー
ロージー - ジェーン・モーダー
ロバート・ガルシア - ダニエル・ヒルト

製作[編集]

ベネット・ミラーは2007年より本作の映画化を模索し始めた。ミーガン・エリソンが自身の経営するアンナプルナ・ピクチャーズ(英語版)を通して、資金を提供した。そして、ミラー、エリソン、ジョン・キリク、アンソニー・ブレグマンの4人が製作を務めることになった[8]。コロンビア映画も本作に資金を提供し、配給権を得ていたが、同じくソニー傘下のソニー・ピクチャーズ・クラシックスが配給を担当することになった。この変更はミーガン・エリソンの希望によるものであった[9]。

2012年10月15日よりペンシルベニア州ピッツバーグのメトロポリタン・エリアで本作の撮影が始まり、2013年1月に終了した。[10]。

ペンシルベニア州のニュータウン・スクエアにあった1922デュポン・マンション(ジョンはリスター・ホールと名付け、フォックスキャッチャーの本拠地としても使用された。)は宅地開発業者に売られてしまい、2013年1月に取り壊された[11]。そのため、本作の撮影にはバージニア州リースバーグにあるデュポン・マンションに似た外装の邸宅、モーヴェン・パークが使われた[12]。また、ペンシルヴェニア州スイークリー・ハイツ1899にある邸宅、ウェルペン・ホールが、フィラデルフィアのデュポンの邸宅の代わりに屋内の撮影に用いられた[13]。

チャニング・テイタムはマーク・シュルツを演じたことに対して、「今まで演じた役の中で一番難しい役だった。」と述べている[7]。

公開[編集]

当初、本作の公開日は2013年12月20日の予定だった。しかし、ソニー・ピクチャーズ・クラシックスによると、本作の仕上げに時間をかける必要があったため、公開日が延期になったという[14]。2014年5月、本作は第67回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品され、パルム・ドールを争ったが、ベネット・ミラーの監督賞受賞という結果に終わった[3][15]。2014年の後半に開催されるテルライド映画祭、トロント国際映画祭、ニューヨーク映画祭、バンクーバー国際映画祭、ニューヨーク映画祭で相次いで上映された[16]。2014年11月14日には、北米で限定公開された[17]。2015年1月より徐々に公開規模を拡大していくと発表されている[18]。

興行収入[編集]

2014年11月14日に全米6館で公開され、27万877ドル(1館当たり45146ドル)を稼ぎ出した[19]。

評価[編集]

本作は批評家から高い評価を受けている。特に、スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロの演技に対する評価は高い。映画批評集積サイトRotten Tomatoesには203件のレビューがあり、批評家支持率は88%、平均点は10点満点で7.3点となっている。サイト側による批評家の意見の要約は「実際の事件を冷徹に描き切った犯罪ドラマである。『フォックスキャッチャー』はスティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロの3人に活躍の場を与えた。そして、この3人は見事な演技でそれに応えた。」となっている[20]。また、Metacriticには40件のレビューがあり、加重平均値は83/100となっている[21]。

バラエティのジャスティン・チャンは「スティーヴ・カレル、チャニング・テイタム、マーク・ラファロはベネット・ミラー監督の不穏な雰囲気が漂うクライム・ドラマで見事な演技をしている。」と述べている[22]。インディワイアーのエリック・コーンはカレルとテイタムの演技に最大級の賛辞を送っている[23]。アイリッシュ・タイムスのドナルド・クラークは「ミラーは好調である。サイコパスとオリンピック・レスリングという頽廃とは無縁の領域で起きたモラルの衰微を鮮やかに描き出した。」との評している[24]。ハリウッド・リポーターのトッド・マッカーシーはカレルの演技を「キャリアの転換点となる演技」と絶賛している[25]。

マーク・シュルツからの批判[編集]

マーク·シュルツ映画への反応は、個人的な内容を扱っていることから変化していった。シュルツは制作期間中は全般的に映画を支持し、コンサルタントを務めていた。ある時点で、批評家がマーク·シュルツとデュポンとの関係の描写が「同性愛を示唆している」と指摘していることを知って怒り、ベネット·ミラーを批判した。そして、シュルツはミラーが問題に対処しなければ「自分が対処する」と述べた [26] [27] シュルツは「フォックスキャッチャーのシーンは(2,3の例外を除き)自分の本から大部分取られたものである。しかし人間関係や人格は完全なフィクションである。」と述べた [28] [29] 数週間、これらのコメントの後に、シュルツは批判を撤回し、「『フォックスキャッチャー』は奇跡だ。嫌ったことは間違いだった。大好きな映画だ」と延べ、ミラーに謝罪した。 [30]

受賞[編集]




部門

対象者

結果

出典

第67回カンヌ国際映画祭 パルム・ドール ベネット・ミラー ノミネート [31]
監督賞 ベネット・ミラー 受賞 [32][33]
インターナショナル・シネフィル・ソサイエティー・アワーズ 俳優賞 チャニング・テイタム 受賞 [34]
第18回ハリウッド映画賞 アンサンブル演技賞 受賞 [35]
第24回ゴッサム・インディペンデント映画賞 特別賞 スティーヴ・カレル、マーク・ラファロ、チャニング・テイタム 受賞 [36]
第30回インディペンデント・スピリット賞 特別賞 受賞 [37]
第30回サンタバーバラ国際映画祭 年間最優秀演技賞 スティーヴ・カレル 受賞 [38]
第19回サテライト賞 主演男優賞 スティーヴ・カレル ノミネート [39]
助演男優賞 マーク・ラファロ ノミネート
第21回全米映画俳優組合賞 主演男優賞 スティーヴ・カレル ノミネート [40]
助演男優賞 マーク・ラファロ ノミネート
第87回アカデミー賞 主演男優賞 スティーヴ・カレル ノミネート [41]
助演男優賞 マーク・ラファロ ノミネート

出典[編集]

1.^ “フォックスキャッチャー”. 2014年12月10日閲覧。
2.^ “Foxcatcher”. 2014年12月10日閲覧。
3.^ a b “Le Palmarès 2014 : Compétition”. 2014年12月10日閲覧。
4.^ http://www.foxcatcher-movie.jp/
5.^ http://www.crank-in.net/movie/news/35306
6.^ a b “Cannes Check 2014: Channing Tatum and Steve Carell in Bennett Miller's 'Foxcatcher'”. 2014年12月10日閲覧。
7.^ a b “Hall joins Carell in ‘Foxcatcher’”. 2014年12月10日閲覧。
8.^ “Megan Ellison to finance ‘Foxcatcher’”. 2014年12月10日閲覧。
9.^ “'Foxcatcher' Jumps to Sony Pictures Classics; Release Date Set (Exclusive)”. 2014年12月10日閲覧。
10.^ “Film crews back in Sewickley area”. 2014年12月10日閲覧。
11.^ “Historic DuPont mansion goes under the wreckers ball”. 2014年12月10日閲覧。
12.^ “UPDATE: Movie magic at Morven Park?”. 2014年12月10日閲覧。
13.^ “Another Big-Budget Movie Begins Filming Locally”. 2014年12月10日閲覧。
14.^ “Sony Pictures Classics Moves Foxcatcher Back to 2014”. 2014年12月10日閲覧。
15.^ “Cannes Unveils 2014 Official Selection Lineup”. 2014年12月10日閲覧。
16.^ “‘Foxcatcher’ Triumphs at Yet Another Film Festival”. 2014年12月10日閲覧。
17.^ “Foxcatcher’s Director Explains Why It’s Actually a Funny Story”. 2014年12月10日閲覧。
18.^ “FOXCATCHER”. 2014年12月10日閲覧。
19.^ “Weekend Report: 'Dumb' Sequel Takes First Ahead of 'Big Hero 6,' 'Interstellar'”. 2015年1月1日閲覧。
20.^ “Foxcatcher (2014)”. 2014年12月10日閲覧。
21.^ “Foxcatcher”. 2014年12月10日閲覧。
22.^ “Cannes Film Review: ‘Foxcatcher’”. 2014年12月10日閲覧。
23.^ “Cannes Review: Channing Tatum Anchors Bennett Miller's Icy 'Foxcatcher,' But the Revelation is Steve Carell”. 2014年12月10日閲覧。
24.^ “Foxcatcher”. 2014年12月10日閲覧。
25.^ “'Foxcatcher': Cannes Review”. 2014年12月10日閲覧。
26.^ Ben Child (2015年1月2日). “Mark Schultz attacks 'gay relationship' in wrestling biopic Foxcatcher”. The Guardian. 2015年4月8日閲覧。
27.^ “Foxcatcher review: Carell makes a passive aggressive Nero of John Du Pont”. Irish Times. 2015年1月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月8日閲覧。
28.^ “Mark Schultz on Twitter”. Twitter. 2015年4月8日閲覧。
29.^ “'Foxcatcher' Movie Slammed By Wrestler Mark Schultz - Business Insider”. Business Insider (2015年1月2日). 2015年4月8日閲覧。
30.^ “‘Foxcatcher’ Subject Mark Schultz Recants Criticisms: ‘I Was Temporarily Insane’”. The Newsweek Daily Beast Company. 2015年1月19日閲覧。
31.^ “'The Search' And New Jean-Luc Godard Lead Cannes 2014 Line-Up”. 2014年4月17日閲覧。
32.^ “Cannes: 'Winter Sleep' Wins the Palme d'Or”. 2014年5月8日閲覧。
33.^ “'Winter Sleep' Wins Palme d'Or at 2014 Cannes Film Festival; Full List of Winners”. 2014年5月8日閲覧。
34.^ “2014 winners of the Cannes ICS Awards”. 2014年8月27日閲覧。
35.^ http://www.hollywoodawards.com/winners/
36.^ http://gotham.ifp.org/award-nominees-special-jury.html
37.^ http://www.ifc.com/fix/2014/11/here-are-your-2015-independent-spirit-awards-nominees
38.^ http://sbiff.org/carell2015/
39.^ http://www.pressacademy.com/award_cat/current-nominees/
40.^ http://www.usatoday.com/story/life/movies/2014/12/10/screen-actors-guild-nominations/20183747/
41.^ “The Oscars 2015 87th Academy Awards”. 2015年2月28日閲覧。

外部リンク[編集]
英語版公式サイト
日本版公式サイト
フォックスキャッチャー - allcinema
Foxcatcher - インターネット・ムービー・データベース(英語)
Foxcatcher - Box Office Mojo(英語)
Foxcatcher - Rotten Tomatoes(英語)
Foxcatcher - Metacritic(英語)

http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20150302/1425276488

"お兄ちゃんが許せない"『フォックスキャッチャー』(ネタバレ)CommentsAdd Star

映画 | 15:08 | "お兄ちゃんが許せない"『フォックスキャッチャー』(ネタバレ)を含むブックマーク

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 『マネーボール』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20111011/1318040695)のベネット・ミラー監督の最新作。


 オリンピックのレスリングで金メダルを獲得しながら、日々の練習や生活にも苦労しているマーク・シュルツ。同じく金メダリストである兄デイヴの練習場を使わせてもらい、仕事の代理をこなして苦しい生活を送っていた。そんな彼に訪れた転機、それは、大財閥デュポン家の御曹司が彼を中心にレスリングチームを結成したいと電話してきたことだった。喜び勇んでその地「フォックスキャッチャー」へと向かうマークだったが……。


 さて、『マネーボール』も野球そのものではなく、その裏事情や業界の構造に迫る映画だったのですが、今作もレスリングそのものの話ではない。ソウルオリンピック前、前回金メダリストさえもが食い詰めている中、ある大富豪がスポンサーとして救済に乗り出す。同じ金メダリストである兄のチームで練習しながら講演会の代理などして日銭を稼ぐ毎日を送るマーク・シュルツ。世界選手権は近づいているが、環境は良くない。そこへかかって来た一本の電話。訪ねて行った先の大富豪デュポンからの誘いは、練習環境と生活、毎月のギャランティを保証するというもの。


 レスリングを愛する富豪と、オリンピック選手の間に友情が芽生え、大きな目標に向かって勝ち進んでいく……という文句無しのサクセスストーリー。勝利と、それ以上に大切なものを得るために……と、筋書きだけならそうなのだが、もうオープニングからずーっと不穏な気配が漂う。劇伴を使わず、画面隅から聴こえるノイズのような小さな物音だけを響かせ、デュポンを演ずるスティーブ・カレルの抑揚のない台詞がいやに耳に残る。


 まさにアメリカンドリーム!なお話を思い描いて出かけて行ったら、どうもこのデュポンさんがおかしい。大富豪なんて多少は偏屈なものだろう……と思うのだが、愛国心とレスリングへの傾倒の向こうに、それで発散し切れていない衝動がうかがえる。もういい歳なのだが、老母以外に家族もない。屋敷の敷地内に銃の練習場を作って警察にアドバイスし、学位を取って鳥類学者の肩書きも持ち、さらにはレスリングと国に貢献したい……と、一見ノブレスオブリージュを心がけているように見えるのだが、本物の戦車を買ってきて「機関銃がついてないぞ!」と怒ったりして、趣味が危険な方向に走っている感がじわじわ漂ってくる。

 呼ばれてやってきて、友人扱いされて、本来なら悪い気はしないはずのオリンピックレスラーだが、少しずつ違和感が漂う。自身だけでなく兄も呼びたいと言われ、トロフィーや銃のコレクション、戦車、さらに母親のコレクションしている「名馬」の数々を見るにつけ、自分もまた彼にとっての「馬」なのではないか……?との思いが拭えない。

 そして、強烈な腐臭を発してくる自己顕示欲とコンプレックス……。スピーチでデュポンさんをべた褒めする原稿を練習させられるチャニング。極めつけは、


「これからは私のことを”イーグル”、あるいは"ゴールデン・イーグル"と呼ぶように」


 思わず、「えっ……マジ……? い、イーグル?」と、どもってしまいそうになったが、


「"ジョン"か"コーチ"でも構わないが」


 と補足してくれたので、心底ほっとしちゃったね。


 とにかくまず母親に認められず、それがずーっと心に刺さってるせいか、何をやっても自信がなく、他人にリスペクトされている気がしない。尊敬を集めても、それは単に金を持っているからに過ぎず、自分で成し遂げたことは何一つない。今また、コーチとしてオリンピックレスラーに金メダルを獲らせようとしているが、それも決して彼の心を満たすことはない。そもそもコーチのスキルもないのだから……。それこそが、かつて貴族が楽しんだ、自らは手を汚さず猟犬に狩らせる「狐狩り」そのものである。


 しかしながら、いくら背に腹は代えられないとはいえ、こういう人とはなるべく距離を置いて接したいな……と思うのだが、いかにもうじうじしているチャニングことマーク・シュルツは、彼の言うなりになってしまう。彼もまた父親不在の中で兄に育てられ、べったりの甘え体質が板についてしまっている。そして、レスリングでも偉大なる兄の背後に隠れた彼はコンプレックスの塊になっており、それゆえに大金持ちであるにも関わらず「持たざる者」であるデュポンと惹かれ合うことになる……。

 歪ながら関係は深まり、深夜のレスリング練習で絡み合い、汗を流し合う男たち……。二人が前後に対照に収まった二種類のポスタービジュアルは、その一体感を示している。性的なニュアンスと共に、一方が一方の影であるかのような……。


 だが、それを打ち消すかのような光が射す。あまり情報を仕入れずに観に行ったので、いかにもうじうじしているチャニング・テイタムが殺されるのかと思っていたが、二人いる金メダリストの内、兄のマーク・ラファロさんことデイヴ・シュルツがいかにも危ないのがじわじわとわかってくる。

 ホテルでデイヴが妻子と戯れているところに、デュポンが入ってくるところが本当に不穏で、一番恐ろしかった。ほんと、このラファロさんが素晴らしい人間なんだよね。常に自信に満ち、前向きで、レスリングも強く、弟にも優しく家族に愛されている。金では動かず家族を優先し、スポンサーにも敬意を払いつつしかし決して卑屈にならない。誰に対しても分け隔てなく友人として振る舞う。ハゲてても一向に気にしない……!

 なんと言うか……こういう奴が許せないんだ!というその気持ち、よくわかる!

 常に卑屈で、後ろ向きで、レスリングも強くなくて、自分の家族もいない。大事なものもなく金しか価値観がなくて……そんな人間からしたら、このラファロさんのような人格者は、身近にいるだけでコンプレックスを強烈に刺激し、突きつけてくる存在なのだ……。頭突きして、鼻血まで出させたのに怒らず何事もなかったかのようにフェアに相対してくる……そんなところがまた許せない! その正しさが、その優しさが、どれだけ僕を傷つけているのかわかっているのかーっ!


 ……とまあ、そんな身勝手な考え方で殺されてはかなわんのですけど、弟は兄に対してかような鬱屈を抱え、マークが去った後、今度はデュポンがそれに対峙することとなる。

 デュポンとデイヴの関係は、ソウルオリンピックから射殺までの8年間があっさりカットされている通り、深くは描かれない。オリンピックの数日後に撃ち殺されたようだな……。

 これはこれでもっと深く描けば、逆『バーニー』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20130725/1374739555)のような話になっていたのではないかな。所有から逃れるために殺す話、所有できないがゆえに殺す話。いやあ、恐ろしいですね。


 実話ベースの映画として『ソーシャル・ネットワーク』(http://d.hatena.ne.jp/chateaudif/20101030/1288442495)などと同じく、物語にするために単純化し捻じ曲げた部分も多い。……つうか、ここまで心理を掘り下げたら、それはもうフィクションだよな。メインのキャラクターに人間関係も事象も集約しすぎでやりすぎ感も甚だしく、これは本物のマーク・シュルツさんが怒るのも無理はない。特にマークとデュポンを感性を同じくする者のように描き、デュポンによるデイヴ殺害は、マークにもまた原因があったかのように描くのはひどい。だからこそ映画としては抜群に面白くなっているのだが。虚実の狭間は曖昧になり、一つの寓話が誕生する。


 93年に第一回大会やってたUFCがなぜか88年のソウルオリンピック前に放送され、ゲーリー・グッドリッジがテレビの中で試合している。完全に時空が歪んでいるのだが、ラストではマーク・シュルツが実際にUFCのオクタゴンへ足を踏み入れる。こっちが実話で、その時の対戦相手がテレビに映ってたゲーリー・グッドリッジ。

 このシーン、リングアナの声は現代のUFCでやってるブルース・バッファーに声が似てたけど別の人で(当時のリングアナも別人)、さらに対戦相手はロシア人になっていた……。うーむ、ここは本物のゲーリー・グッドリッジか、せめて見た目似た人にして欲しかったな。

 この時代のUFCは超バイオレンスだったので、オリンピックレスラーとの対比で堕落したように語られるのもむべなるかな……とは思うが、頭を丸めて皮肉にも未だにUSAコールを浴びながら、栄光なき死地とも言える金網の中に足を踏み入れたマーク・シュルツは、どこか修行僧のように切なく贖罪めいて見えたな……。

http://www.tadamonkugaiitakute.com/8625.html

フォックスキャッチャー(原題 FOXCATCHER)

2月 07, 2015 by 映画男 in 40点台の映画





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fox-feature

41点(100点満点)

ストーリー


大学のレスリングコーチを務めていたオリンピックメダリストのマーク(チャニング・テイタム)は、給料が払えないと告げられて学校を解雇される。失意に暮れる中、デュポン財閥の御曹司である大富豪ジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)から、ソウルオリンピックに向けたレスリングチーム結成プロジェクトに勧誘される。同じくメダリストである兄デイヴ(マーク・ラファロ)と共にソウルオリンピックを目指して張り切るが、次第にデュポンの秘めた狂気を目にするようになる。

yahoo映画より









文句

レスリングをテーマにしたスポ根ものかと思いきや、先の読めないスリラーに仕上がっている意表をついた実話を基にした作品。レスリングチームをスポンサーする大富豪ジョン・デュポンの行動が気味悪く、権力が才能や夢を打ち砕いていく様子に思わず眉をひそめてしまう一本。





オリンピックメダリストのマーク・シュルツとデイヴ・シュルツ兄弟の五輪への挑戦&殺人事件を追った作品ですが、いわゆる死ぬ気で練習して、みるみるうちに強くなって、金メダルを獲る、といったありきたりのストーリーではありません。純粋にレスリングに打ち込もうとしている兄弟の前にある日、練習施設やお金など必要なものならなんでも用意するという大金持ちの男ジョン・デュポンが現れます。好条件やアメリカの威厳や栄光を取り戻すなどの大義名分を掲げられて、すっかりその気になった弟のマークはジョン・デュポンの敷地内で生活を始め、トレーニング漬けの毎日を送るはずだったのが、次第にジョン・デュポンはレスリングチームやマークを私物化していき、レスリングチームは怪しい方向に進んでいく、というのがあらすじです。





お金のないアマチュアスポーツの選手からしてみればスポンサーは頭が上がらない存在でしょうね。支援が途絶えればバイトをしながらでも練習と両立しなければならず、パフォーマンスに当然ひびいてくるはずです。そんな中、自分の好きなことに没頭するために応援してくれる、生活を面倒見てくれる、なんて人が現れたらその人がちょっと変な人でもぐっと堪えて付き合っていく、なんてことはほかのスポーツの世界にもあるはずです。また、縁を切りづらい上下関係が一度できてしまえばスポンサー企業の社長がアイススケート選手に手を出したり、相撲のタニマチのご婦人が力士をホテルに呼び出したりなんてこともなきにしもあらずですね。





劇中ではとにかくもう金持ちってなんでもできちゃうんだなって思わせるようなシーンの連続で、その気持ち悪さにどれだけ耐えられるかで好き嫌いが割れそうです。ただ、お金持ちのおじさんが若い女の子にいたずらしちゃう話ではなく、お金持ちのおじさんが若くて筋肉隆々の男たちを振り回していく話なので、ストレートの男女が見てもいかがわしさも、エロスも感じないはずです。ゲイの人たちなら興奮するかもしれませんが。





この当時のアメリカの五輪レスリングチームの異様な環境を映画の題材にしてくれたのは嬉しいですね。日本でもボクシングジムの悪徳会長に私物化されている選手や高校野球の監督の独裁的な指導風景など、ネタになりそうなものはたくさんあるけど、本に書かれても映画にはなかなかならないですね。ああいった特殊な環境を鋭く描くのは難しいんでしょうか。気持ちわるぅって思わず言ってしまうような権力者たちをもっとネタにしていったらいいんですけどね。





さて、この映画に出てくるマーク・シュルツはレスリング引退後、総合格闘家に転校して初期のUFCにも出場したようです。その後、40歳過ぎてお金に困って、アントニオ猪木の興行ジャングルファイトにも出場したそうです。マーク・シュルツはこの試合をプロレスだと思っていたのに直前になって総合格闘技だということを聞かされて、結局八百長をして負けることにしたという説が囁かれています。彼がスポンサーに頭が上がらないというのはなにもレスリング時代だけじゃなかったようです。かつて五輪で金メダルを獲ったような選手が引退後も生活のためにこうして戦い続けないといけないというのも大変なことですね。

http://www.kansenki.net/colum/04/1019colum_hine.html


マークシュルツからの告白(無断翻訳:ひねリン)




■投稿日時:2004年10月19日
■書き手:ひねリン ex:ひねリン's blog

(訳者まえがき)


10月12日のWrestling Observer βでも既報の通り、2003年9月13日、ブラジルはアマゾンで行われた第1回ジャングルファイトで、レオポルド・モンテネグロに三角絞めで1R一本負けを喫したマーク・シュルツ(元レスリング五輪金メダリスト)は

「この試合はワークだった。俺は相手の急所を蹴って反則負けになる約束だったのに、本気で三角締めを決められたんだ。ダブルクロスされた(ダマされた)んだ。俺は負けてない。猪木金よこせゴルァ!」

と某掲示板で告発を開始しました。で、その後シュルツは(なかなか奇妙な体裁の)自分のサイト上にて、さらに細かい裏話を暴露 (http://www.markschultz.com/Jungle%20Fight%20Story.htm)。

この文章がなかなかに興味深いので、肝心な部分を翻訳紹介したいと思います。

本人に無断でやりますが、シュルツさんも、より多くの人間に猪木の悪行を知らしめたいと思っているはずなので、きっと許してくれるでしょう…

俺としても、シュルツさんの叫びをぜひ世間に広めねば! と考えております。(本当は、面白いからやってるだけですが)


文の前半では、(国民的英雄だった)シュルツがどーして金が必要になったか、が延々と説明されてます。大学の仕事をクビになり、医者の不手際 で死にかけ、(妻の訴えで)自宅への接近禁止命令を警察から申し渡され、メダルも財産もすべて離婚した妻に奪われ、公園で寝て、友人の家を泊 まり歩き・・・と暗い話がてんこもり。でも、弁護士やってる教え子のおかげで、なんとかメダルや財産の半分を取り戻し、子供との会えるよーに なって・・・ってところからジャングルファイトの記述が始まるので、以下訳。(ちなみにこの文、基本的には本人のことを三人称で描いてるんだ が、たまに「俺の」とか一人称がまざったり、その他もミスと思われる箇所がちらほら。ので、そのへん適宜修正をかけてます)。


---

しかし、その前にマークはタダアキ・ハッタから電話をもらった。タダアキはマークの亡き兄、デイブの良き友だ。デイブは1996年1月26日 に、ジョン・E・デュポンに殺された。それはマークがUFC IXでデビューする四か月前のことだった。ダタアキはマークに、カート・アングルやザ ・ロックやハルク・ホーガンがWWFでやっているようなプロレスリングの試合をして、2万5千ドル稼ぐ気はないかと尋ねた。


タダアキは、日本のプロレスラーアントニオ猪木が、ブラジルにおけるジャングルファイトという興行に出場するアメリカ人を探していると言っ た。当然マークは承知した。何年間もロクに報酬なしにトレーニングを続けた後、2万5千ドルを受け取り、プロレスラーになってさらに稼げる チャンスを誰が見逃すだろうか? マークは自分の幸運が信じられなかった。彼はこれが自分の新日本プロレスでの新しいキャリアのスタートにな ると思った。


そこで、タダアキはマークに、1976年のオリンピック王者、ジイチロウ・ダテの電話番号を渡した。ダテは(マークの亡き兄)デーブ・シュル ツの良き友であり、またオクラホマ州立大学におけるデーブのコーチでもあった。ダテは、猪木は、面接やその他の話し合いをするために、マーク を日本に呼んでくれると言った。マークは興奮していた。彼の苦難はすべて終わりを告げるかのように見えた。そこでマークは来日し、いいホテル をあてがわれ、「おこづかい」を与えられ、良い待遇を受けた。マークは空港で猪木と会った。そこで猪木は多くの報道陣に追われていた。猪木が マークに腕を回し、日本語で何かを言うと、皆がそれを撮影した。その後マークと猪木は一緒にスシを食べに行った。この滞在の間、ブラジルでの 興行が、MMAとは違うプロレスリング以外のなにかであるということをマークにほのめかすようなことは一切起こらなかった。アメリカに戻った 後、マークとジャレド・コールマンと、マイク・コールマンは揃ってブラジル行きのビザを取得するため、ロスを訪れた。そこで猪木の養子のサイ モン猪木は、日本のプロレスはいかにアメリカのプロレスと異なるものであるかを話した。サイモンは、違いは(日本のプロレスは)フェイクかリアルかを識別するのが困難であることだと言った。マークはその点は問題にならないと確信していた。どっちにしても彼はリアルファイターなのだから。


ブラジルに飛ぶ一日前に、マークはインターネットでジャングルファイトを調べ、リコ・チャパレリがやはり試合をすることになっているのを見 た。リコとマークは1987年に何度かレスリングの試合をしており、マークはリコもまた、プロレスラーとして試合をするんだろうと考えたが、 疑いの念も抱きはじめた。そこでマークはサイモン猪木に電話し「これはワークであって、シュートではないんだよな?」と言った。驚いたことに サイモンは、これはリアルなシュートだと言った。マークは、左腕の怪我があるからそれなら試合できないと言った。サイモンは、マークが知らな かったことに驚いたようで、後で電話を掛けなおすと言った。そしてサイモンは電話を掛けなおしてきて、この試合をフェイクプロレスリングマッ チに変更することに問題はなく、日本からマークと試合するためのプロレスラー達を連れて行くと言った。マークはブラジルでその中から相手を選 べるとのことだ。サイモンはまた、ミスター猪木はプロレスリングの試合にこれほどの金額(2万5千ドル)は払わないとも言った。サイモンが言 うには、カート・アングルは日本でもっとも人気のあるプロレスラー(か、その一人)だが、彼でさえ一試合で1万ドルしか稼がないとのことだった。サイモンは、猪木はプロレスラーにはMMAファイター達の約10分の1しか払わないと言った。そこでマークが自分はUFCで5万ドル受け取ったと言うと、では(今回のファイトマネーは)5千ドルということで同意に至った。電話を切ると今度は猪木の娘であるヒロコ猪木が電話をよこし、マークの口座に5千ドル入金したと言った。そして彼女は「でも、リアルに見えるようにしてくださいね」と言った。そこでマークはブラジルに飛んだ。


ブラジルでマークは、そこにいるはずの(対戦予定の)プロレスラー達について話し合うために、サイモンを探すのに苦労していた。ミスター猪木 の姿もまた見つからなかった。猪木は選手たちのそばには決していなく、選手たちはホテルのある岸に戻るためだけに、ボートを借りなくてはなら なかった。ついにマークはサイモンを見つけ、自分と試合をするはずのプロレスラー達はどこにいるかと尋ねた。驚いたことにサイモンは、もとも とマークと(シュートで)戦う予定だったブラジリアンがプロレスリングマッチをやることを承諾したので、日本のプロレスラー達を連れて来る必 要はなくなったんだと言った。マークはそれを信じ難いと思ったが、サイモンが嘘を言っていると信じこむ理由もなかった。


マークはそのブラジリアンと話したいと言い、やがてそのブラジリアンのコーチでありプロモーターのヴァリッジ・イズマイウがマークのところに やってきて、俺のファイターは意図的に負けることはしないと言った。ここでマークはサイモンが嘘を付いたことに気が付き、さらに二つの選択を 迫られていた。今すぐアメリカに帰るか、なんとかミスター猪木との関係を損ねない方法を見つけ出し、今後もさらなるプロレスの試合をしに日本 に連れていってもらうか、だ。この時点でマークの「セコンド」であるマイク・コールマンが割って入り、自分がそのブラジリアンと話し合ってど うにかできないかやってみるとマークに言った。そこでマイク(コールマン)はサイモン、イズマイウ、モンテネグロと話し合った。マークのとこ ろに戻って来たマイクは、モンテネグロは、もしマークが彼の急所を蹴って自ら反則負けになるなら、ワークをしてもいいと言ってると言った。そ の後マイクはマークを呼び、イズマイウが通訳をした。モンテネグロとマークは最初の2分間はお互い強くパンチとキックを出し合い、やがてマー クが急所にヒザ蹴りを出して警告を受ける、そしてその後マークがもう一度急所にヒザを入れ、反則負けになるという計画にモンテネグロは同意した。マークとモンテネグロは握手した。


その後、サイモンとマイクとマークとレフェリーの間で、さらなる話し合いが行われた。そこてサイモンは少しのあいだ席を外し、ジャングルファ イトでフェイクプロレスリングマッチをやる予定になっている日本のファイターを連れて来た。サイモンはマークに、このもう一人の日本のプロレ スラーは、脚本の決まっているスタントをして負けることになっていると言った。この日本人はマークに、もし望むなら自分のスタントを使っても いいよ、自分は別のを考えるから、と申し出さえした。試合前、マークはサイモンに向かって、モンテネグロに伝えてくれと言った。もし自分が彼 をテイクダウンしても、それは試合を盛り上げるためだ、どんなことがあってもサブミッションホールドをかけたりはしないから、と。


リング内で、マークとモンテネグロはしばらく打撃の交換をし、マークはモンテネグロからテイクダウンを奪おうとした。モンテネグロはガードに 飛びつき、三角締めをかけようとした。マークはそれをかけさせたが、マークが立ち上がってスタンドに戻ろうとした時、モンテネグロは三角締め を離さず、本気でマークを絞め落とそうとしてきた。マークはモンテネグロが協定を破ろうとしていると気付いたが、もう遅かった。三角締めはあ まりにキツく極まっており、マークには二つの選択しか残されていなかった。タップするか、絞め落とされるか、だ。マークはタップした。その後 すぐさま、モンテネグロは飛び起きてカメラに向かってポーズを取った。マークはすぐさま彼に向かっていって騒ぎを起こそうかとも考えたが、ミ スター猪木との関係を保っておきたかったので、彼は何も言わずにリングを降りた。試合後にマークは、マイクとサイモンと共にモンテネグロに詰 め寄った。当初モンテネグロはマークが脚本を守らなかったことを非難しようとした。その後、三人ともに大声を上げはじめると、ついにモンテネ グロは首を振り、なにかブラジリアン(ポルトガル語)でわめきながら去って行った。


その「闘い」の後、マークはミスター猪木を見つけると、リングで騒ぎ起こすこともできたけど、あなたのためにやらなかったんだと言った。ミス ター猪木は「サンキュー」と言った。そこにイズマイウが二人のもとにやってきて、マークが脚本通りにやらなかったことを非難しようとした。 マークは怒りが込み上げてきて「BS (bullshit=インチキ)だ」と何度も口にした。そこでイズマイウはマークに、モンテネグロは責を負って引退 させると言い、さらに「他に俺は何をすればいい? 奴を殺せばいいか?」と聞いて来た。マークは何も言わなかった。猪木はイズマイウの言うこ とはどうでもよく、ただマークの気分が収まっていることを確かめたいと言った。そこでイズマイウは再び、マークが脚本通りにやらなかったこと を非難しようとした。今度はマークが怒り、二人の声が大きくなると、ミスター猪木は立ち上がり、話し合いは終わった。マークは去った。


翌日、マークはミスター猪木に東京ドームにおける、次の日本でのプロレスリングマッチについて話した。ミスター猪木がマークに最後に言った言 葉は「日本で会おう」だった。これが、マークと猪木の最後の会話だった。


これがマークのはじめてのプロレス体験、はじめての日本のプロレス体験であった。アメリカにおいては、プロレスラー達は試合は競技ではなくエ ンターテインメントであると認めている。日本ではこのような線は引かれていない。マークにとってはまったく苦い教訓だった。もし最初からこれ が純正なプロレスリングの試合ではないということを知っていたならば、マークは決して試合に同意することはなかっただろう。彼はハメられたと 感じているし、もしファンの誰かを失望させたなら、ここに謝罪する。

http://ryonryon.hatenablog.com/entry/2015/02/15/210210


フォックスキャッチャー

映画館鑑賞(新作) ネタバレ注意!!!


ネタバレしていますが、実話ベースなのでネタバレと言えるのかどうか。



映画『フォックスキャッチャー』公式サイト
フォックスキャッチャー



原作(?):Mark Schultz
監督:Bennett Miller
脚本:E. Max Frye、Dan Futterman
出演:Channing Tatum(as Mark Schultz)、Steve Carell(as John du Pont)、Mark Ruffalo(as David Schultz)ほか

なんばパークスシネマで鑑賞



 最初の場面からの、不穏な空気と緊張感が、淡々と静かに進んで行く展開と重なりあって、いつの間にか映画の世界に引き込まれていました。

 実話を元に構成されているとのことですが、映画としての再構成も当然ながらされているようで、劇中での時間の流れは1987年から1988年にかけて、1年から2年程度の期間のお話っぽく作られています。

 映画の中では、デイブ・シュルツがジョン・デュポンに射殺されるのは、1988年のソウルオリンピックが終わってからの最初の冬という流れに思えますが、実際にその事件が起きたのは1996年1月ということで、ソウルオリンピックからは8年経過していることになります。

 総合格闘技のビデオとかをフォックスキャッチャーの選手が観てたりしてますが、この時代はまだなかったと思いますし、あったとしてもテレビとかビデオになるくらい知名度は高くなかったと思います。こういうところが、映画としてのフィクションだったのかな、と。

 もうね、チャニング演じるマーク・シュルツと、スティーブ・カレル演じるジョン・デュポンの病的な雰囲気が凄まじいです。病んでる質は二人とも違うんだけど、明らかに病んでるやろっていう描写なんですよね。

 事実がどうであったかは分かりませんが、この映画から感じたことは、マーク・シュルツもジョン・デュポンも同類というか、お互いにお互いが必要だったモノ(お互いに持っていない能力やモノに対する憧れというものではなく)を持っていて、それによって互いに求め、引き寄せられる運命にあったのかな、ということです。

 ただ、違ったのは、マーク・シュルツは兄であるデイブ・シュルツも求めていたことで、ジョン・デュポンはそのポジションは自分じゃないといけないと思い込んでいたがために、狂気の引き金が引かれることになってしまったんじゃないか、という作りだったとボクは思っています。だから、デイブ・シュルツに執着したんでしょうね、ジョン・デュポンは。

 お山の大将でいることに疑問すら感じない、ある意味天然培養で育ってきたジョン・デュポンにとっては、それは耐え難い、考えられない現実を知らされたことになったのかもしれません。

 マーク・シュルツは、そういうジョン・デュポンを徐々に受け入れられなくなり、内なる爆発を起こしてしまったんでしょうね。

 ジョン・デュポンも、レスリングを実際には教えることなんて(高いレベルで)出来ない自分と、それが出来るデイブ・シュルツを比較して、デイブ・シュルツが邪魔というか、それは自分でないといけないんだという気持ちから、殺すというよりも、排除しようとしたのかなと。

 物語は、終盤近くまで、チャニングの視点から観たジョン・デュポンという形で進みます。ソウルオリンピック後に、チャニングがフォックスキャッチャーを辞めてからは、(この映画を観ている)観客の視点から観るジョン・デュポンへという構成へシフトします。

 ここの視点のシフトが、ちょっとうまくいってなかったように思います。それは、チャニングの演技がそれほど素晴らしかったことの、不幸な弊害だったのではないでしょうか。

 マーク・シュルツは、この映画を観て結構怒っていたみたいですが(ジョン・デュポンとの描写が、同性愛を想起させる云々が理由だったみたいです)、この映画が賞とかでノミネートされたら、一転して良かったとか言ったりしていて、なんか、チャニングが演じた病的な雰囲気のままの人なんかな、って思っちゃいました。猪木のジャングルファイトにも出ていたみたいですね。

 劇中で、ジョン・デュポンというか、フォックスキャッチャーのドキュメンタリーを作っているのですが、本当にあるのなら観たいなぁ。

http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=3095373&media_id=98


オスカー有力候補の役者たちが『Foxcatcher』で挑んだ役作りの秘訣を語る!
1

2014年10月14日 18:52 Movie Walker

限定公開( 1 )



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Movie Walker


写真たくさんの参考資料からジョン・E・デュポンをリサーチしたスティーヴ・カレル/[c]JUNKO
たくさんの参考資料からジョン・E・デュポンをリサーチしたスティーヴ・カレル/[c]JUNKO
第52回ニューヨーク映画祭で話題作『Foxcatcher』が上映され、ベネット・ミラー監督、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、チャニング・テイタム、スティーヴ・カレル、マーク・ラファロ、シエナ・ミラー、アンソニー・マイケル・ホールが記者会見に応じ、役作りについて語った。

【写真を見る】実際にマーク・シュルツと会って彼の動きを研究したというチャニング・テイタム

ジョン・E・デュポンを演じたスティーヴ・カレルは、「役作りにあたっては、たくさんの参考資料があったのでリサーチはたくさんした。彼が読んでいた本や、彼自身が撮らせたほぼノーカット版のドキュメンタリーなどだ。そこには、彼が公には見せたくないであろう生々しいシーンがたくさんあってとても興味深かった。それを見て彼がどんな人間なのかということをより深く認識することができたので、そのアイデンティティを表現することを常に意識していた。彼はとても気難しい人物だったので、デュポン家の人たちが積極的に(製作に)協力しなかったのは理解的できる」という。

同作は、ジョン・E・デュポンとシュルツ兄弟の弟であるマークを中心に、兄デイブとの3角関係を軸に描かれるが、スティーヴ・カレルの圧巻の演技に負けていないのが、マーク・シュルツを演じているチャニング・テイタムだ。

実際にマーク・シュルツに会って話を聞いたというチャニング・テイタムは、「マーク・シュルツ、ベネット監督、ラファロと僕でディナーに行って、その後でニューヨークの街を歩いたんだ。ラファロと僕は、マーク・シュルツとベネット監督のちょっと後ろを歩いていたんだけど、ラファロが『彼の歩き方を見てごらん』って言ったんだ。それは彼がどうやってこの世界を生きてきたのかを明確に表していた。それから僕は彼の動きすべてを勉強し始めたんだ。それが僕の演技のすべてだと思う。彼は荒っぽくもナイーブで感情的で、ある意味ではわかりやすい人物だった」とうつむき加減で神妙に語り、まるで作品の中のマーク・シュルツが乗り移っているかのようであった。実際にマーク・シュルツはアシスタントプロデューサーとして同作に参加し、カメオ出演もしていることから、チャニングのプレッシャーと責任は大きかったようだ。

またラファロ演じるデイブ・シュルツの妻ナンシーを演じたシエナ・ミラーも、実際にナンシーに会ったことが役作りの基本だという。「撮影が始まるちょっと前にナンシーに会ったわ。撮影初日に現場にいたので、とても緊張したけど、彼女はとても寛大でオープンで、すごく熱心にすべてのキャラクターについて情報を提供してくれたの。信じられないほど快活で強くて魅力的な女性だったわ」と撮影当時を振り返った。

マーク・シュルツの兄であり父親役、そしてナンシーとの間に授かった2児の父親役のデイブ・シュルツを演じ、絶大な存在感と演技力をアピールしているマーク・ラファロ。デイブ・シュルツは亡くなっているため直接役作りはマーク・シュルツやナンシー、文献や映像などに頼るしかなかったが、「2時間以上のドラマだから少しは大げさにしないといけないが、シュルツ兄弟の関係は事実に忠実に描かれていると思う。マークが2歳、デイブが5歳の時に両親が離婚し、実質、デイブがマークの父親代わりだった。母親が恋人と住んでいたから、家には居場所がなくて2人は庭で寝ていたというのは有名な話なんだ。2人は転々と住む場所を変えて、本当に幼いころから常にふたりで、彼ら以外の誰かは存在しなかったようなものだ」と語り、渾身の演技の基盤となった複雑な生い立ちと2人の関係について熱弁した。

同作は、史実に基づいているが、ジョン・E・デュポンが精神を患っていたという説や、ジョン・E・デュポンとヴァネッサ・レッドグレイヴ扮する母親との複雑な関係、ジョン・E・デュポンとマーク・シュルツの関係、デイブとの関係など、結末に至る過程で多くの疑問を投げかける。それは、「真実は誰にもわからない。多面的な要素があり、見た人がいろいろ考え、語ってくれることが望ましい」というベネット監督の意図でもあるようだ。

ベネット監督といえば、『カポーティ』(05)では故フィリップ・シーモア・ホフマンにアカデミー賞主演男優賞をもたらし、『マネーボール』(11)では惜しくも受賞は逃したものの、ブラッド・ピットを同主演男優賞に、ジョナ・ヒルを同助演男優賞にノミネートさせた敏腕監督だ。今年も作品賞はもちろんのこと、スティーヴ・カレルが同主演男優賞の最有力候補に、マーク・ラファロも同助演男優賞にノミネートを確実視されており、オスカーの行方が楽しみだ。【取材・文/NY在住JUNKO】

http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar761278



デイブ・シュルツの親友が語る「フォックスキャッチャーの時代」/レスリング五輪銀メダリスト・太田章



2015-04-01 00:01
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実際に起きたレスリング五輪金メダリスト射殺事件を映画化した『フォックスキャッチャー』。アメリカ有数の財閥の御曹司ジョン・デュポンが私金を投じてレスリングチームを作るも、自らが雇い入れたコーチを撃ち殺してしまうという悲劇的な事件だ(逮捕されたデュポンは統合失調症と診断され、獄中死した)。レスラーの息遣いと御曹司の狂気がスクリーンから迫ってくるこの映画を語っていただく太田章氏(早稲田大学スポーツ科学部教授)は、レスリング競技でロサンゼルス五輪、ソウル五輪と2大会連続銀メダルを獲得した実力者。まさしく“フォックスキャッチャーの時代”を生きた男であり、デュポンの凶弾に倒れたコーチ、ディブ・シュルツの親友でもあった。



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①スターダム世IV虎vs安川惡斗は不穏試合ではない!!

②北原光騎が天龍引退に万感の思いを込めて「佐山シューティング、天龍同盟、SWS……」

③ビル・ロビンソン最後の弟子・鈴木秀樹「プロフェッショナルレスリングを大いに語る」

④Uと馬場を支えた黒衣の絵描き! 更級四郎 キミは「ほとんどのジョーク」をおぼえてるか?

⑤ご意見番・小原道由が世IV虎vs安川惡斗をぶった斬る!

⑥高校球児がアメリカに渡りUFCを目指すまで〜松田干城のボストン生活〜

⑦小佐野景浩×安西伸一 『ゴング』×『週プロ』天龍番だった男たち

⑧インディの聖地・新木場1stリングとは何か? 管理人を直撃!

⑨達人は実在する! 日本最後の幻想・柳龍拳ロングインタビュー

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――太田先生の親友であったデイブ・シュルツ射殺事件を映画化した『フォックスキャッチャー』についてお聞きいたします。


太田 非常に難しい映画でしたねぇ。映画全体の出来は素晴らしいけど、焦点を当ててるのはレスリングというマイナースポーツでしょ。さらにレアにしようとして監督がいろいろと演出してましたよね。レスラーの歩き方、練習の仕方とかね。



――先生から見てもリアルな描写だったんですね。


太田 映画と同じく実際のデイブとマークは性格が対照的な兄弟で、2人揃ってオリンピックの金メダリストで仲がよかったんです。弟が兄をチーム・フォックスキャッチャーに誘ったことにより、兄が非業の死を迎えてしまったという。あの事件からだいぶ時間は経ってるんだけど、当時は本当にショックな事件でね……。インターネットが出始めた頃なので、情報はあまり行き渡りませんでしたが、日本のスポーツ新聞でもこの事件は大きく扱われて。どうも偏った男同士の愛があったというふうにも書かれたんですね。


――映画の中でも、ディポンとマークのホモセクシャルの関係性を匂わすシーンがありましたね。


太田 真夜中にマークとデュポンがレスリングの練習をやりながらハアハア言ってね。ジョン・ディポンにそういう毛があるんじゃないか、と。殺されてしまったデイブはそっちにモテるタイプじゃないんですよ。身体も筋肉質じゃないし。でも、マークは逆でね。デュポンが恋心を持ったマークには出て行かれて、とくに興味のない兄だけがコーチとしてデュポンのもとに残った、と。そこをメディアが面白おかしく書かれてしまったから。デュポンはお金はあっても友達もいない、親の愛も受けていない。孤独な男だったんでしょう。じつはシュルツ兄弟も幼い頃に両親が離婚していたので、いつもお父さんお母さんがそばにいたわけじゃなかった。2人で寄り添って生きてきたところはあるんです。だから孤独を抱えた男3人が主役の映画というわけなんですよ。



――先生はデイブのお葬式に出られたんですよね。


太田 デイブの追悼式に出るためにアメリカに渡りました。そこには彼らのお父さんお母さんも出席していたんだけど。お父さんはデイブのために自分で作った歌を陽気に歌ったり、笑いながら昔話をするんです。そうやって集まったみんなをなんとか笑わせようとするんですけど、逆にデイブの不在が明らかになってしまってよけいに寂しくなっちゃいましたよねぇ。今回の映画も見れば見るほど笑えないし、泣けもしない。自分の中では親友が突然亡くなったわけですからね。いまでも「いったい何があったんだ……?」という気持ちでいっぱいなんですよね。


――映画でもよけいな説明は一切省かれました。


太田 当時も何が起きたのかがわからないという声はありました。そのうえ日本ではアメリカ現地のニュース番組はどこも放送してなくて、NHKのBSで『ナイトライン』という番組を同時通訳で流してるだけだったんです。その『ナイトライン』でいかにジョン・デュポンが狂っていたかを報道してるんですよね。デュポンの従兄弟は言うには「彼は精神を病んでいた」と。「そばにいたあなたたちが気付かないと本人も気がつかない。先に警告していればこんな事件は起きなかった」とまで言うんですから。番組の司会の方も誰が悪いとか決めつけるじゃなくて「なぜこういう事件が起きたか」を必至に探ろうするんですけど、やっぱりわからないわけですよ。デュポンは愛国心からアメリカのレスリング協会に寄付をして、チーム・フォックスキャッチャーも結成しました。それなのになぜ自分のチームのコーチを殺すのか、と。


――太田先生もチーム・フォックスキャッチャーに行かれたことがあるんですよね。


太田 デイブの自宅に2週間くらい滞在しました。デュポンにも会って握手しましたよ。細くて、ふにゃっとした冷たい手でしたし、一度も目を合わせてくれなかった。嫌な感じはしたんですが、レスラーからすれば、チーム・フォックスキャッチャーは羨ましい場所だったんですよ。練習環境にも恵まれているし、無料であんなにたくさん部屋のある豪邸にも住めてね。


――そのうえ給料がもらえるわけですよね。


太田 生活の心配をすることなく練習ができるわけです。ただ、ディポンは気まぐれで「何時間以内に敷地から出て行け!」みたいなことを選手に突然言うんですって。そんなことをされるとコーチたちも困るんですよ。選手たちはお金が欲しいわけじゃなくて、純粋にレスリングがやりたいだけなんだから。コーチたちは「気分次第でクビを切ったりしてはいけない」とデュポンをなだめるんですけど、デュポンは言うことを聞かないわけですよ。そうしてるうちにレスラーやコーチたちがフォックスキャッチャーを離れていってしまったんですね。デイブも出ていこうとした矢先に撃ち殺されてしまったんじゃないかと言われてますね。


――絶好の環境を捨てたくなるほど、デュポンの性格は歪んでいたということですか。


太田 我慢すれば恵まれた環境にいられるんですけど、限界は限界だったんじゃないですかね。当時、デュポンと養子縁組をして彼の全財産を受け継ぐ約束?をしたというレスラーもいたんですよ。その人間も途中でいなくなってしまいましたから。


――全財産を受け継ぐ約束って……。



太田 91年頃の話ですけどね。そのレスラーはまったくの無名だし、レスリングの実績もなく全然強くなかった。レスリングが強くなりたくてフォックスキャッチャーに来た中のひとりでしたけどね。デュポンとそんな約束をしたので「ラッキボーイ」と言われてたんですよ。


――いったいどういう関係だったんでしょうかね……。


太田 ふたりのあいだにどういった“愛”があったのかはうかがい知れないですけどね。最終的にデュポンの全財産の8割をブルガリアのレスリング協会の会長が受け継ぎました。


――バレンティン・ヨルダノフですね。


太田 彼はフォックスキャッチャーのコーチだったんですけど、身元保証人がデュポンだったんです。デュポンが殺人をしようが何をしようがデュポンが身元保証人であるということで、デュポンが刑務所に入ったときも彼が必要な物をすべて用意して、身の回りの世話もしていたんですね。



――この映画にはMMAのシーンも何度か挿入されていますが、その意味がわからなかったという方が多いですね。


太田 あの映画だとマークがソウル五輪のあとすぐにMMAに出たことになってるけど。UFCが始まったのは93年からだからね。

――マークがフォックスキャッチャーにいるときにUFCが始まったことになってますね。



太田 レスラーたちがUFCぽい番組を見たことはあったかもしれないとは思いますけど、まだ始まっていないんだから。


――映画の中に、マークらチーム・フォックスキャッチャーのレスラーたちが、テレビでMMAイベントを鑑賞する場面がありましたね。「なんでレスラーがこんな試合に?」「金のためじゃないか」という会話もあって。映画のラストはマークがMMAのケージに向かうところで終わりますが、実際にマークはフォックスキャッチャーを離れたあとにUFCでMMAデビューします。対戦相手はゲーリー・グッドリッジ。映画の中にレスラーたちが眺めていたテレビ画面にも映しだされていたのもグッドリッジでした。つまり監督はフォックスキャッチャー以降のマークの人生も暗示したかったんでしょうね。マークは食うためにフォックスキャッチャーにも入るし、のちにUFCに出る。この映画は競技者としてどう食べていくかというテーマも内包されていたと思うんです。


太田 正直、当時は、レスリングで活躍してもなんにも残らないです。金メダルを獲ってもね。アメリカは日本より酷い扱いなんですよ。

http://ism.excite.co.jp/art/rid_E1422412615004/

今週末見るべき映画「フォックスキャッチャー」

2015年 2月 13日 08:05 Category : Art














昨年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受けたベネット・ミラーの「フォックスキャッチャー」(ロングライド配給)は、およそ人間の狂気、奇行を真正面から描いて、飽きさせない。この2月23日(日本時間)に発表になる第87回アカデミー賞では、監督賞(ベネット・ミラー)、主演男優賞(スティーヴ・カレル)、助演男優賞(マーク・ラファロ)、脚本賞(E・マックス・フライ、ダン・ファターマン)、メイク・ヘアスタイリング賞の5部門にノミネートされている。



1996年1月26日、アメリカで、実際に起こった事件である。日本の新聞でも大きく報道された。世界的に有名な化学メーカー、デュポン社の創業者一族のジョン・デュポンが、1984年のロサンゼルス・オリンピックで金メダルを獲得したデイヴ・シュルツを射殺したのである。



映画の結末はすでに知られていることである。ところが、なぜ大富豪のジョン・デュポンが、優秀なレスラーではあるけれど、一介の民間人デイヴ・シュルツを射殺したのかを映画は提出しない。ジョン・デュポンが、レスラーのデイヴ・シュルツを射殺するまでの経緯を、淡々と描くだけである。派手なシーンは皆無。ひたすら、ジョン・デュポンと、アマチュア・レスリング選手のデイヴ・シュルツとその弟マーク・シュルツとの関わりを描いていく。
大富豪であるジョン・デュポンは、近代5種競技の選手であり、アメリカではそれほど人気のないアマチュア・レスリングの振興を図ろうとした人物である。ジョン・デュポンは、結婚はしたがすぐに離婚。母親は馬の育成に夢中で、母の愛にも飢えていたようである。

優秀な兄弟を引き入れ、ジョン・デュポンのレスリングに託した夢が叶うかのように思える。ところが、次第に、ジョン・デュポンの奇行が目立つようになる。結果は、史実通り、最悪の状況となる。なぜ、ジョン・デュポンは、デイヴ・シュルツを射殺したか。単なる狂気だろうか。嫉妬かも知れない。金はあっても、手にできないものを、デイヴが獲得していたのかもしれない。観客のひとりひとりが、答えを出すように作られている。



それにしても、ジョン・デュポンを演じたスティーヴ・カレルの演技は圧巻である。やや顔をあげ、睨み下ろすような視線が、狂気そのもの。後半から見せる奇行、行動を、サスペンスたっぷりに演じる。まさに怪演。デイヴ役のマーク・ラファロが互角に渡り合う。最近公開の「はじまりのうた」(イズムで紹介)では、落ち目の音楽プロデューサー役を力演した。レスリングの訓練をよほど重ねたのだろう、迫真のレスリング・シーンを披露する。
とにかくリアル。まるでドキュメンタリーの風合い。史実を追う監督ベネット・ミラーの執拗なまでの視線が、突き刺さってくるかのよう。「カポーティ」では、フィリップ・シーモア・ホフマン扮する、「冷血」の作家トルーマン・カポーティを精緻に描いた。「マネーボール」では、ブラッド・ピット扮する、オークランド・アスレチックスのゼネラル・マネージャー、ビリー・ビーンを生き生きと描いた。

ベネット・ミラーは、実在した人物の造型に、ひときわ、冴えをみせる。このほどのジョン・デュポンは、屈指の富豪の一族である。品質の優れた火薬を作り、南北戦争以降の大きな戦争で、デュポンの供給した火薬は、膨大な量と思われる。



デュポンは、石油のメロン、鉄鋼のカーネギーと並ぶ大財閥である。ナイロンの発明、ケブラー、テトロン、テフロンなどは、いずれもデュポン社の登録商標である。船舶や航空機、衣服などの化学繊維、フライパンなどの表面加工など、身近な発明もデュポンである。その資産は、莫大だろう。大富豪のジョンでさえ、金で買えなかった「もの」があったのだろう。



アメリカという国だからこその史実かもしれない。ふと思う。すべて、金ではないけれど、金がなければ何もできない国に、アメリカはすでになっているのではないか、と。
【Story】
マーク・シュルツ(チャニング・テイタム)は、1984年のロサンゼルス・オリンピックのレスリング、フリースタイル82キロ級の金メダルを獲得する。兄のデイヴ・シュルツ(マーク・ラファロ)もまた、74キロ級で金メダルを獲得。たいへんな快挙ではあるが、アメリカでのレスリングは、マイナーな競技。シュルツ兄弟の暮らしぶりは、金メダル保持者とはいえ、地味で質素なものであった。マークが講演しても、ギャラは20ドルほど。しかも会場は空席が目立つ。幼い頃に両親が離婚、いわば親がわりの兄デイヴと苦労してきたマークである。

やがてデイヴは結婚、いまは妻のナンシー(シエナ・ミラー)との間にふたりの子供がいて、貧しいながらも、幸せな日々を過ごしている。悶々と一人暮らしを続けているマークに、ある日、電話がかかってくる。「直接、会って話したい」と。アメリカでも指折りの大企業、デュポン社の創業者一族のジョン・デュポン(スティーヴ・カレル)の代理人からである。



マークは、デュポン側の用意したファースト・クラスの飛行機と、デュポンの自家用ヘリコプターを乗り継ぎ、ペンシルベニア州にあるデュポンの豪邸に到着する。デュポンは、単に金持ちというだけではない。鳥類学者でもあり、いろんな社会事業にも援助をしている人物である。さらに、キツネ狩りができるほどの広大な敷地には、レスリングのトレーニングが出来る施設を所有している。

デュポンは、「フォックスキャッチャー」と称するチームを率い、アメリカのレスリングを、世界でも有数のものにしようとの夢を抱いていた。デュポンは、マークに言う。「アメリカはきみに栄誉を与えていない。ふたりで偉大なことを成し遂げよう」と。
マークは、破格の契約内容に驚く。年棒は2万5千ドル。すっかりのぼせ上がったマークは、一旦、自宅に戻り、デイヴに事の詳細を告げる。デュポンは、デイヴの参加を望んでいることも。デイヴにとっては、今の平和な生活を壊す気はない。デュポンの申し出を断ることになる。マークの新しい人生がスタートする。



1987年。2ヶ月後には、フランスのクレルモン・フェランでの世界大会が控えている。練習する環境に恵まれたマークは、トレーニングに励む。マークは、デュポンの期待に応え、フリースタイルの82キロ級で、見事、優勝する。マークたちの帰国後すぐ、祝勝会が開かれる。

泥酔したデュポンは、母親ジャン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)への不満をぶちまける。ジャンは、馬の育成に熱中し、息子のすることには、まるで無関心。デュポンの奇行が目立つようになる。ジムにやってきたデュポンは、突然、天井に銃を向け、発砲する。また別の日、ヘリコプター内で、マークにコカイン吸引を強制する。マークは、酒と麻薬に溺れるようになる。
デュポンの度重なる要請がデイヴに届く。弟の身の上を心配しているデイヴは、妻子を連れて、デュポンの許に向かう。フォックスキャッチャーでのマークの変容ぶりに驚くデイヴ。やがて、ソウル・オリンピック代表の座をかけた、国内予選が始まろうとしている。


<作品情報>
「フォックスキャッチャー」
2月14日(土)より、新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、シネマライズ、シネ・リーブル池袋、品川プリンスシネマほか、全国ロードショー
配給:ロングライド
Photo by Scott Garfield ©MMXIV FAIR HILL LLC. ALL RIGHTS RESERVED
公式サイト

文/二井康雄

http://www.japan-wrestling.jp/2015/02/04/64592/
【特集】レスリング映画「フォックスキャッチャー」に魂を吹き込んだ八田忠朗氏インタビュー

– 2015/02/04





デーブ役のマーク・ラッフアロー氏(右)と八田忠朗氏
 レスリングを題材にしたアカデミー賞候補映画「フォックスキャッチャー」の日本公開が近づいてきた(2月14日)。試写会を見た人の話では、俳優がレスラーになり切って演技しており、リアル感は抜群とのこと。

 デーブ&マークのシュルツ兄弟を知っている人は「歩き方までそっくり」と評したが、選手になり切るための指導をした一人が、何度かのオリンピックで米国女子チームのコーチを務めた八田忠朗氏(米国在住)。日本レスリング界の祖、八田一朗会長の次男であり、教え子にタックル返しを伝授し、吉田沙保里選手の連勝記録をストップさせた名伯楽でもある。

 映画に“魂を吹き込んだ”八田氏に、撮影にまつわるエピソードなどをメール・インタビューした。(映画では「Thanks(感謝)」として八田氏の名前が掲載されています)、 

《2月14日、公開劇場一覧》 / 《映画サイト》

【関連記事】全日本女子チームが「フォックスキャッチャー」を一足先に“特別鑑賞”(1月22日)



映画にも出てくる1988年オリンピック予選でのマーク(選手)とデーブ(セコンド)


1993年世界選手権での八田氏とデーブ



Q:レスラー役の俳優さんの指導をしたと聞いていますが、どんな指導をされましたか?

八田:レスリングの振り付けを指導したのは、ジョン・ジウラ氏(John Giura=1989年世界選手権フリースタイル68kg級代表)です。約6ヶ月間をかけ、本格的にレスリングを教えました。私はロケ中、休み時間の時などにデーブ役のマーク・ラッファローさんにデーブのくせや歩き方、レスリングの姿勢などを教えました。撮影のあと、「本人よりうまかった」と言ったら、大喜びでした。デーブと実際にした会話など入れて、本当のデーブと話をしているようにやりました。「デーブの魂が体に入り込んで来た」と言ってくれ、デーブになりきれた様子でした。ラッファローさんとはその後、メールでやりとりしています。

Q:俳優さんにとって、レスリングの動きはかなりきつかったのではないでしょうか。

八田:ラッファローさんは45才だったので、ロケ中はかなり疲れていました。氷で腕を冷やしたりしていました。マーク役のチャニイング・テイタムさんには、胴絞り(ローリング)の時、「しっかり頭を上げてブリッジしろ」とアドバイスしました。「マーク本人よりスピードがあるぞ」と言ったら、喜んでいました。



ベネット・ミラー監督と八田氏
Q:八田さんとシュルツ兄弟とは、どんな間柄でしたか。

八田:私がデーブと会ったのは、彼が大学1年生の時でした。全米チームの強化合宿で出会い、お互いにオクラホマ州立大ということで仲良くなりました。その頃、伊達治一郎氏(1976年モントリオール・オリンピック金メダリスト)がオクラホマ州立大学でデーブのコーチをしていました。伊達氏が日本に帰国してしまうと、デーブは「転校する」と言い出しました。ヘッドコーチが私に「伊達氏に電話して、オクラホマ州立大学に戻って来てくれないか」と頼んできました。そこで毎週、伊達氏に電話しましたが、「国士舘大学のコーチをしているので、できない」とのこと。結局、デーブは転校しました。

そのあと、毎年のようにあった強化合宿で一緒になり、私の家族と一緒に観光や食事をしたり、ベビーシッターをやってもらったりしました。家族の一人のような感じでした。私の次男はデーブがいる近くのペンシルバニア大学に進学すると、すぐ決心しました。

弟のマークとは家族的なつき合いはありませんでした。マークがいる時は、だいたいデーブが一緒でした。彼が色々な人生経験をしている時、伊達氏と私でマークにもう一度花をさかせようとなり、アントニオ猪木さんと組んでMMA(総合格闘技)の試合を組んだのですが、1回だけで終わりでした。

Q:事件から20年近くが経った今、この事件が映画化された理由は何なのでしょうか。

八田:20年経ってからの映画化でなく、7年前頃から映画化の計画がありました。デュポン氏が生きている間にはできなかったのが、20年間という年月が経った理由です(2010年、獄中で死去)。もうひとつ、デーブを主題にしたドキュメントの映画も製作されています。

Q:試写会を見た若い人には、「なぜ最後のシーンにつながるのか分からなかった」という声がありました。何に注目して見るべきでしょうか。

八田:私は映画に出て来るほとんどの人物を個人的に知っているので、映画の筋書は大体把握しています。レスリングや事件を知らない人達には、筋書がちょっと分からないところもあるかたと思います。1988年から1996年に話がジャンプしています。「筋書がスローだ」と言っている人もいました。注目する点は、マーク・シュルツとスポンサーのデュポンの人生観です。2人とも、子供の時に親から無視されたこと、誰かに愛を求めていたことでしょう。

Q:マーク・シュルツの講演代が20ドルというシーンがありますが、当時はオリンピック金メダリストであっても、このような状況だったのでしょうか。



90分で5.5kgの減量に挑んだマーク・シュルツ(1987年)
八田:1984年ロサンゼルス・オリンピックのあと、デーブに私の住んでいる近くの学校でレスリングの講習会をやってもらいました。選手から参加費を取って総計400ドル(約9万円=現在なら約4万7000円)位だったと思います。デーブは「もうやりたくない」と言っていました。

Q:マークが大会初日で自暴自棄になって暴飲暴食をし、デーブがなだめ、翌日の試合のために再度減量させるシーンがありました(注=当時は連日計量)。90分で12ポンド(約5.5kg)の減量に挑んだとなっていますが、本当でしょうか。

八田:本当です。実際に立ち会った人を知っています。(右写真)

Q:米国では昨年11月に公開されていますが、どんな反響でしたでしょうか。

八田:アメリカでの反響は良いようです。レスリング人口が多いですから。両親、友達、親戚をプラスして鑑賞者が多くなりました。アカデミー賞候補に入っているので、関心を呼んだようです。

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柔術プリースト197 バリカタ柔術RADIO 25

Jiu Jitsu Priest #197


生田誠のバリカタ柔術RADIO #25

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日本共産党とマルクス主義フェミニスト上野千鶴子ら日本のリベラルが同性愛者を差別し迫害した時代 腐女子は正しかった? 新撰組局長、近藤勇の書簡にも新選組内で男色が流行している

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8BLGBT%E3%81%AE%E6%A8%A9%E5%88%A9#.E6.94.BF.E5.85.9A.E3.81.A8.E5.B7.AE.E5.88.A5.E3.81.AE.E6.AD.B4.E5.8F.B2

日本におけるLGBTの権利





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日本の旗日本におけるLGBTの権利

日本国
日本国


同性間の性交渉
違法ではない

性自認/性表現
性別適合手術後の法的性別変更は、2008年より有効

同性間の関係性の承認
法的にはなし。一部自治体の条例であり

同性愛者を公表しての軍隊勤務


差別保護
法的にはなし。一部の都市で条例による保護がある[1]。

日本では同性愛は違法ではなく、日本文化や日本国内で広く信仰されている宗教においても、LGBTの人々に対する強い反発は、諸外国と比べてほとんどない[2]。しかし、一部のコメディアンやテレビのバラエティ番組において同性愛者やトランスジェンダーらを特異な存在として扱う傾向は存在する。就職活動でもまだLGBTに対する差別や偏見が存在する[3]。現在のところ同性間のリレーションシップを承認する法律はないものの、同性間カップルが養子縁組を結ぶケースは昔から比較的多いといわれている[4]。



目次 [非表示]
1 概要
2 年表
3 LGBTと政治 3.1 政治的な支援
3.2 政党 3.2.1 各党政策・公約
3.2.2 政党アンケート 3.2.2.1 2012年アンケート
3.2.2.2 2014年アンケート


3.3 政党と差別の歴史

4 法制度 4.1 性的同意年齢
4.2 刑法
4.3 法的保護
4.4 トランスジェンダーに関連した事柄
4.5 同性結婚
4.6 子供・養育

5 教育
6 健康 6.1 LGBTと自殺
6.2 同性愛の治療対象からの除外と性的指向の矯正
6.3 性同一性障害の治療について
6.4 献血

7 LGBTと企業・行政 7.1 LGBTと「働く」
7.2 LGBTと企業・行政サービス

8 LGBTの権利と裁判
9 メディア 9.1 歴史
9.2 蔑称「オカマ」を巡って 9.2.1 よみがえった蔑称
9.2.2 批判と擁護
9.2.3 「オカマ」蔑称の歴史 9.2.3.1 女装男娼への蔑称
9.2.3.2 女装男性、女性的ゲイ・ヘテロ男性への蔑称へ
9.2.3.3 抗議で減少、そして復活

9.2.4 メディアの居直り
9.2.5 最後の差別カテゴリー

9.3 「オネエ」の問題点
9.4 報道事例

10 同性愛者と事件
11 脚注 11.1 出典
11.2 注釈

12 関連項目


概要[編集]

「日本における同性愛」および「衆道」も参照

日本の伝統的な宗教である神道や、仏教、儒教などは同性愛や異性装を明示的に禁止しておらず、日本の歴史においてそれらは肯定的なものと捉えられていた[5]。その後、明治時代初頭の1872年、西洋の政治・文化の影響などで同性愛行為のうち鶏姦(肛門性交)のみが違法とされたが(鶏姦罪)、8年後の1880年に制定された旧刑法(施行は1882年)からはこの規定はなくなった(後述)[6]。

欧米諸国では同性愛を罪とするキリスト教や19世紀ドイツの衛生思想の影響で、同性愛者が激しく弾圧されたことや、戦後のマッカーシズムの「ゲイ狩り」などへの反動としてゲイ解放が興った[7][8][注記 1]。対して日本は、同性愛者の迫害や逮捕などの歴史を持たず、政府などによる表立った差別もほとんどみられなかったため、社会の抑圧に反発する形での強い同性愛者の意識・権利の向上を目指すゲイ解放運動も、歴史的に見て一部を除いて低調である。

欧米圏で同性結婚やシビル・ユニオンなどの制度が順次確立されつつある一方で、日本ではその代わりに養子縁組を結ぶことが比較的多かった[4][注記 2]。このためゲイ団体からも同性婚の実現などを求める政治的要求はそれほど強く出されておらず、米国などのように同制度の制定をめぐり、長年にわたって政治的争いがおこるような事態にもなっていない。

そうした中でも1971年、東郷健が同性愛者であることを公言して選挙に初立候補した[4]。彼は同性愛者を中心とした社会的少数者の人権を守ることを目的とした政治団体「雑民党」を結成し、幾度となく選挙に立候補して同性愛者の権利と存在を訴えた[4](後述)。1970年代後半から1980年代前半にかけては、当時の若い世代のゲイ達が「日本同性愛者解放連合」「フロントランナーズ」「プラトニカ・クラブ」など、いくつかのゲイ団体を結成して活動した[4](参照)。1984年には、国際的LGBT団体「国際ゲイ協会(IGA)日本支部」(現ILGA、代表・南定四郎)が発足し[4]、1986年5月「第1回アジアゲイ会議」を開催した[4]。1986年3月には「動くゲイとレズビアンの会」が結成され[9]、1997年には東京都による「府中青年の家貸し出し拒否」(1990年)を巡る裁判に全面勝訴した(後述)。1994年8月28日にはレズビアン・ゲイ・パレード(ILGA日本を中心とした実行委員会主催)が日本で初開催された[10]。1994年はまた、厚生省が同性愛を治療対象から除外したWHOの見解を踏襲し[11]、文科省(当時文部省)も指導書の性非行の項目から同性愛を除外した[12]。日本精神神経学会も同性愛者団体の働きかけを受け[13]、1995年にWHO見解を尊重すると表明した[11]。

なお、日本は、国連のLGBTコアグループのアジアからの唯一の参加国である[14]。同グループは、LGBTフレンドリーな国11カ国や2つの国際機関などで構成され[詳細 1](2013年時点)、2013年9月にニューヨークの国連本部で開かれた閣僚級会合で、日本からは当時の国連大使が出席した。

年表[編集]

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1880年(明治13年) - 1872(明治5)年の「鶏姦律条例」及び、翌年の「改定律例」では男性同士の鶏姦(肛門性交)が犯罪とされたが(後者の第266条では懲役刑)、1880年制定の旧刑法には鶏姦禁止規定は盛り込まれず、1882年1月1日同法施行で鶏姦罪消滅。
1952年(昭和27年) - 会員制ゲイ雑誌「アドニス」創刊。
1960年(昭和35年) - 男性同性愛専用ページが常設された「風俗奇譚」創刊(61年1月号から女装専用ページも常設) 。
1971年(昭和46年) 東郷健が同性愛者であることを公言して参院選に初立候補。
ゲイ雑誌「薔薇族」創刊。

1974年(昭和49年) - ゲイ雑誌「アドン」(5月号)、「さぶ」(11月)創刊。
1976年(昭和51年) - 11月、ゲイ団体「日本同性愛者解放連合」結成、10人近いグループで数年間活動。
1977年(昭和52年) 3月、ゲイ団体「フロントランナーズ」結成、6人前後で数年間活動。
5月、既成のゲイ雑誌に不満を持つ人たちが、ゲイリベレーションを編集趣旨としてゲイマガジン「プラトニカ」発刊。のち同誌を母体に「プラトニカ・クラブ」結成も、79年に最終4号を出して解散[4]。

1978年(昭和53年) - TBSラジオ『スネークマンショー』の「ウェンズデースペシャル」というコーナーをゲイの「タック」が担当。ニュースレターが出され、OWC(アワーズワークコミュニティ)というゲイグループも生まれた。
1979年(昭和54年) 東郷健が「雑民党」の前身の「雑民の会」を設立。
3月、プラトニカクラブから数人が参加して「JGC」(ジャパン・ゲイ・センター)結成し、ミニコミの「GAY」を8号まで、「CHANGE」を2号まで出すも82年解散。JGCはミニコミをメディアや文化人に送付したり、差別的な報道に抗議したりした[4]。

1981年(昭和56年) - 日本在住の外国人ゲイによる「イングリッシュ・スピーキング・オルタネート・ライフスタイル サポートグループ」結成。途中で日本のゲイにも参加してもらおうと「東京ゲイサポートグループ」に改名し、84年頃から機関誌「COMING OUT」を発行し、TEL相談、月数回のイベント開催を行う[4]。
1983年(昭和58年) サークル「CLASS」結成。それ以前から別名で活動していた、ティーン中心のゲイサークル。友達同士のような関係をつくり、ゲイの悩みを皆で解決していくことを目指した。会員数は40人程(当時)で東京・赤羽と大阪(所在地は尼崎)に本部があった[4]。
赤塚不二夫「ニャロメのおもしろ性教育」(西武タイム)発売。同書7章で同性愛などが肯定的に取り上げられる。

1984年 IGA(国際ゲイ協会、現ILGA)日本支部発足。「アドン」編集長の南定四郎がIGA(欧州に本部を置くゲイの国際団体)から依頼を受け、日本支部として活動開始。
同年9月、IGA大阪発足、のちOGC(大阪ゲイ・コミュニティ)に改称。

1985年(昭和60年) - 東大阪市長瀬に「上方DJ倶楽部」発足。DJ形式でトークなどの様々な催しをカセットテープに収録し、ゲイのイメージ向上とアピールを目指した。
1986年(昭和61年) 3月、OCCUR結成、のち「動くゲイとレズビアンの会」(通称OCCUR)と名乗る。
5月1日~3日まで、IGA(現ILGA)日本(代表・南定四郎)が「第一回アジアゲイ会議」開催。

1990年(平成2年) - 「東京都府中青年の家」に宿泊した「動くゲイとレズビアンの会」のメンバーがキリスト教団体らから差別・中傷されるなどトラブル発生。同施設所長や都職員も不適切な対応。その後、翌年に予定していた2回目の宿泊の申し込みを拒否される。
1991年(平成3年) 2月、東京都府中青年の家裁判が起こされる。
8月、『インパクション』(インパクト出版会)71号で「ゲイリベレーション」特集。浅田彰らが寄稿。

1994年(平成6年) 厚生省が同性愛を治療の対象から除外したWHOなどの見解を踏襲。
文部省が指導書の「性非行」の項目から同性愛を除外。
8月28日、ゲイ・パレードが日本で初開催される(フィリピン《同年6月》に続きアジアで2番目)。
11月、ゲイ雑誌「Badi」創刊。
GAY-FRONT関西(現G-FRONT関西)発足。これ以前から「ぷあぷあ」など現G-Front関西の構成グループは活動していた。

1995年(平成7年) 日本精神神経学会が同性愛を治療対象から除外したWHOの見解を尊重すると発表。ちなみに米精神医学会が同性愛を精神障害とみなさないと決議したのは1973年。
ゲイ雑誌「G-men」創刊。

1997年(平成9年) - 東京都府中青年の家裁判で控訴審判決。動くゲイとレズビアンの会の訴えが認められ結審。
2003年(平成15年) 上川あやがトランスジェンダーを表明して世田谷区議会議員選挙に当選。日本で初めてLGBTであることを公表した地方議員が誕生。
同年秋より都市再生機構が同性間のカップルにも住宅の貸し出しを認める。
宮崎県都城市が全国で初めて同性愛者の人権を明記した条例施行。
8月、東京・新宿二丁目にLGBTコミュニティセンター「コミュニティセンターakta」開館[15]。
9月14日、「レインボーマーチ札幌」で上田文雄市長がスピーチをし、LGBTのイベントに参加した初の自治体首長になった。

2004年(平成16年) - 性同一性障害者特例法成立。
2005年(平成17年) 大阪府議会議員であった尾辻かな子がレズビアンであることを公表。
9月、大阪市でも同性間カップルに住宅の貸し出し認める。
レインボーマーチ札幌に北海道知事・高橋はるみのメーセッジが寄せられる。

2007年(平成19年) - 第6回東京プライドパレードに初めて厚生労働省と東京都が後援につき、渋谷区と新宿区の区長からメッセージが寄せられる。
2011年(平成23年) - 石川大我が東京都豊島区議会議員に、石坂わたるが同中野区議に当選。
2013年(平成25年) - 尾辻かな子が参議院議員に繰り上げ当選。日本で初めてLGBTを公表した国会議員が誕生。
2015年(平成27年) - 渋谷区にて、同性パートナー条例が自民党と無所属議員3人を除く賛成多数で可決、成立。4月1日より施行[16][17]。

LGBTと政治[編集]


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政治的な支援[編集]

LGBTの権利は人権問題として取り上げられるが、公の場で討論となるケースは多くない。2001年に法務省の人権擁護推進審議会は「人権救済制度の在り方について」という答申をまとめた。この答申には性的指向に基づく差別の禁止が盛り込まれ、人権擁護法案として国会に提出されたが廃案となった。2007年8月11日開催の第6回東京プライドパレードには、初めて厚生労働省と東京都が後援となった。また、パレードの開催地区の渋谷区とセクシュアル・マイノリティに縁の深い新宿2丁目を擁する新宿区の区長からメッセージが寄せられた。2014年の東京レインボープライドでは、安倍昭恵首相夫人が参加、性的少数者の支持を表明した[18]。

政党[編集]

政党用件を満たす政党の中で、LGBTに関する公約を掲げているのは、民主党、公明党、日本共産党、社会民主党 の4政党である。自民党は性同一性障害の人々の戸籍変更などを認める性同一性障害特例法を成立させた。その他政治団体では緑の党グリーンズジャパンと幸福実現党、東京・生活者ネットワークが言及しているほか、日本維新の会も、「レインボープライド愛媛」が2012年に行った政党アンケートで、人権問題として性的少数者らの問題に取り組んで行くことや同性婚に賛成した[19]。ただし、日本維新の会の公約では言及していない。2014年には次世代の党も言及したが公約では言及していない。

各党政策・公約[編集]
自由民主党
自由民主党は、2000年(平成12年)9月に性同一性障害に関する勉強会を発足させ、その法的扱いについて検討してきたが、南野知惠子参議院議員が中心となり、「性同一性障害特例法」案をまとめ、2003年7月、小泉政権の下で同法案は可決、成立した(後述)。2008年6月の福田康夫政権時には、一部の要件を緩和する同法改正案が成立した。2013年、福田峰之衆議院議員の働きかけなどで、自民党内に「性的マイノリティに関する課題を考える会」(会長:馳浩、事務局:牧島かれん)が結成された。同会は学校で「オカマ」「おとこおんな」などと嘲笑されやすい、性的マイノリティのいじめ問題などの課題に取り組んでいる[20]。
民主党
2013年参議院選挙の公約より言及し、「性的マイノリティなどが差別を受けない社会をめざす」とする[21]。また民主党は与党時代に、同党議員有志で「性的マイノリティ小委員会」を作り、主としてLGBTの自殺対策について討議した[22]。また同党には日本で初めて、自らが同性愛者と公言した政治家の尾辻かな子が所属している。尾辻は2013年に参議院議員を務めた。
公明党
「性的マイノリティの人々が暮らしやすい社会の構築」をする。具体的には、性的マイノリティの人々への理解を深め、偏見や差別をなくすことを目的とした多方面にわたる啓発や人権相談体制の強化など、必要な施策の充実に努め、性的マイノリティの人々が暮らしやすい社会を構築する。性同一性障害について、精神保健福祉センターなどの相談窓口体制の強化や、学校教育での配慮を図るとともに、医療や人権分野の環境整備を進るとした。[23]。
日本共産党
「性的人権を守り社会的地位向上をはかる」とする。具体的には性別適合手術に医療保険を適用する。公営住宅、民間賃貸住宅の入居や継続、看護・面接、医療決定の問題など、同性のカップルがいっしょに暮らすにあたっての不利益を解消する。性同一性障害者特例法の「子無し要件」を廃止する。公的書類における不必要な性別欄を撤廃する。欧米各国のパートナーシップ法などを参考にするとした[24]。
社会民主党
「ゲイ・レズビアンなどの性的マイノリティへの偏見の解消に取り組む」とする。具体的には、職業・雇用、公営住宅や高齢者施設の入所などにおける差別を禁止し、教育現場において啓蒙とサポート、いじめ調査を行うとした。また、フランスの民事連帯契約法にならった制度の創設、性同一性障害者特例法の適用拡大を掲げた[25]。2012年党首選には同性愛者の石川大我豊島区区議会員が出馬している(落選)。2014年衆議院議員選挙では同性婚の合法化にも言及した。[26]。
国会に議席を持たない政党・政治団体緑の党グリーンズジャパン緑の党グリーンズジャパンは〈性的マイノリティへの理解と支援を進める〉とする。具体的には、学校教育の中に性的マイノリティに関するカリキュラムを位置づける。異性間の婚姻関係に付与される権利と同等の権利を、性別を問わない事実婚の社会生活を営む個人に付与する制度を確立するとした。また、DV防止法の改正・強化、職場や精神保健福祉施設での女性や性的マイノリティへのいじめやセクハラ防止の強化によって性差別に基づく暴力を根絶するとも書かれている[27]。 幸福実現党幸福実現党は「政策全体像」にて性に関する多様な価値観に配慮し、LGBT(性的マイノリティー)の人々が社会的な不利益を被ることがないよう努めるとしている[28]。 東京・生活者ネットワーク東京・生活者ネットワークは「性的マイノリティ(LGBT)当事者が暮らしやすいまちをつくる」とし、「性的マイノリティ(LGBT)への偏見や差別をなくすための学習をすすめる」としている[29]。 雑民党(かつてあった政党)体系的な政策はなかったが、同性愛者の東郷健が党首を務め、同性愛者の存在をアピールした。ゲイの権利を訴えた功績は大きかったが、「オカマ」という蔑称やステレオタイプな同性愛者像も同時に広めた側面もある。
政党アンケート[編集]

2012年アンケート[編集]

2012年12月の総選挙に際し、「レインボープライド愛媛」が各政党に対して行った「性的マイノリティに関するアンケート」(注:みんなの党は未回答)[19]。
Q1 人権問題として同性愛者や性同一性障害者らの性的少数者について取り組んでいくことをどう思われますか?【A】人権問題として積極的な取り組みが必要だ:民主党、日本維新の会、公明党、共産党、社民党【B】人権問題として取り組まなくてよい:自由民主党【C】同性愛に人権という考えはあてはまらないように思う:【D】個人的な問題であり差別や偏見を被るとしたら同性愛という立場を自ら選択したことに原因がある:【E】答えられない/分からない:国民新党Q2性的少数者の人権を守る施策の必要性について【A】社会の理解が不足している課題なので積極的な啓発や施策が必要だ:民主党、日本維新の会、公明党、共産党、社民党【B】差別や偏見は特段に無いと思うので積極的な取り組みは必要ない:【C】人権問題として扱うものではない:【D】同性愛や性同一性障害を助長していくような施策は必要無い:【E】性同一性障害者への施策は必要だが、同性愛者へは必要がない:自由民主党【F】答えられない/分からない:国民新党Q3 同性結婚について【A】同性でも婚姻制度を適用できるようにすべきだ:日本維新の会、社民党【B】現在の結婚に変わる制度、異性同性を問わず利用できるパートナー制度が出来るべきだ:日本共産党【C】こうした制度は異性間のものであるべきで特に必要ない:自由民主党【D】答えられない/分からない:民主党、公明党、国民新党
2014年アンケート[編集]

また、2014年総選挙に際し同団体が行ったアンケートは以下のとおりである。(注:維新の党、生活の党は未回答)[30]
Q1人権問題として同性愛者や性同一性障害者らの性的少数者について取り組んでいくことをどう思われますか?【A】人権問題として積極的な取り組みが必要だ:民主党、公明党、次世代の党、日本共産党、社民党【B】人権問題として取り組まなくてよい:自由民主党【C】同性愛に人権という考えはあてはまらないように思う:【D】個人的な問題であり差別や偏見を被るとしたら同性愛という立場を自ら選択したことに原因がある:【E】答えられない/分からない:Q2性的少数者の人権を守る施策の必要性について【A】社会の理解が不足している課題なので積極的な啓発や施策が必要だ:民主党、公明党、次世代の党、日本共産党、社民党【B】差別や偏見は特段に無いと思うので積極的な取り組みは必要ない:【C】人権問題として扱うものではない:【D】同性愛や性同一性障害を助長していくような施策は必要無い:【E】性同一性障害者への施策は必要だが、同性愛者へは必要がない:自由民主党【F】答えられない/分からない:Q3性的マイノリティ当事者がいることを想定した学校教育について【A】年齢に応じた形で、学校教育において性の多様性(性的指向→異性愛や同性愛などがあることなど)を教え、差別や偏見を取り除いていく必要がある:民主党、公明党、次世代の党、日本共産党、社民党【B】生徒と向き合えるよう、まずは教職員向けの研修が必要だ:【C】学校教育で教えていく必要は無い:【D】答えられない/分からない:自由民主党(党内で議論したことがないが、性同一性障害者の人権は守っていく)【E】その他自由筆記:自由民主党Q4性的マイノリティ当事者を理由とした解雇や不利益な人事について【A】性的マイノリティを理由とする解雇や不当な人事は人権侵害である:自由民主党、次世代の党、日本共産党、社民党【B】雇用者の判断に委ねられるべきものだ:【C】仕方がない部分もある:【D】答えられない/分からない:公明党【E】その他自由筆記:Q5警察で同性愛者を特定する狙いのあった適性検査(MMIP検査)を採用試験に使用することについて【A】問題のある検査方法だと思う:民主党、公明党、次世代の党、日本共産党、社民党【B】警察官には同性愛者を採用するべきではない:【C】仕方がない部分もある:【D】答えられない/分からない:自由民主党、公明党'【E】その他自由筆記:Q6性的マイノリティのいじめ・自殺問題について【A】自殺・いじめ対策に性的マイノリティへの意識を持って進めていくべきだ:自由民主党、民主党、公明党、次世代の党、日本共産党、社民党【B】特に意識する必要がない:【C】仕方がない部分もある:【D】答えられない/分からない:【E】その他自由筆記:Q7性同一性障害との診断を受けた夫が第三者の精子を使って妻との間に人工授精でもうけた子を嫡出子として認めないことに対し最高裁で違憲判決が出たことについて(複数回答可)【A】子供が戸籍上の差別を受けないように嫡出子とすれば良い:日本共産党、社民党【B】性別を変更した夫が認知するのならば夫の嫡出子として問題ないと思う。:自由民主党【C】嫡出子・非嫡出子という区別自体が差別であると思う。:次世代の党、日本共産党【D】この夫の生物学的な子とは認められない。判決がおかしい。:【E】答えられない/分からない:公明党【F】その他自由筆記:民主党(最高裁の判決を尊重すべき)Q8同性婚について【A】同性でも婚姻制度を適用できるようにすべきだ:次世代の党、社民党【B】現在の結婚に変わる制度、異性同性を問わず利用できるパートナー制度が出来るべきだ:日本共産党【C】こうした制度は異性間のものであるべきで特に必要ない:自由民主党【D】答えられない/分からない:【E】その他自由筆記:民主党(性的少数者の意志を尊重できるよう、今後検討していきたい)Q9単身者増加に対する施策(複数回答可)【A】単身者でも豊かに不安無く暮らせる社会を目指すための施策を考えたい:自由民主党、民主党、公明党、日本共産党、社民党【B】公営住宅に単身者の入居ができるようにする:社会民主党【C】共同生活を行うものを世帯や家族とみなす制度を導入する:日本共産党、社会民主党【D】シェアハウスへの支援や補助を行う社会民主党:【E】単身者の孤立を防ぐため、若いうちからの当事者同士や地域とのつながりを作れる為の施策を実施:民主党、日本共産党、社民党【F】シングルでの子育てもよりしやすくなるための施策を充実させる:民主党、次世代の党、日本共産党、社民党【G】未婚者が減るように婚活支援をしていく:民主党【H】単身者には独身税など社会負担を増やす:【I】未婚でも過ごしやすくすると少子化が進むので不要:【J】単身でいることは自己責任であるため、施策は特に必要ない:【J】その他自由筆記:Q10同性カップルが里親になることについて【A】同性カップルでも里親になってよい:次世代の党、日本共産党、社民党【B】同性カップルだけでなく、一人でも里親となってよい:日本共産党、社民党【C】子どもには男女の両親が必要だ:【D】同性の親では子どもがいじめられるので認められない:【E】答えられない/分からない:公明党【F】その他自由筆記:自由民主党(子供の成育の観点から判断するべき)、民主党(今後検討していきたい)Q11男性同性愛者の献血が事実上できないことについて(複数回答可)【A】男性同性愛者だからというだけで献血を断ったり、差別を助長する問診をするのはおかしい:社民党【B】HIV感染の確率が高く感染の不安があるのだから断るのが妥当だ:【C】日赤の判断を尊重したい:自由民主党、次世代の党【D】答えられない/分からない:民主党、公明党【E】その他自由筆記:自由民主党(専門家による疫学的な観点からの議論を踏まえて日本赤十字社が決定しているが、献血の善意を示した方が納得できるよう丁寧に説明し、理解を得るべき)、日本共産党(同性愛者の献血かどうかにかかわらず、血液の検査は厳密に行われなければならない)Q12HIVなど性感染症の予防対策や啓発について【A】年齢に応じた学校教育の現場で、正しく実用的な性教育・予防啓発を行うべきだ:民主党、公明党、次世代の党、日本共産党、社民党【B】男性間の性的接触など、感染が進んでいる層に対しもっと施策を注入していくべきだ:【C】現在の程度で、幅広く社会的な教育や啓発を行っていったので良い:自由民主党【D】性行為という自己責任の部分が多く、個人や家庭の問題である:【E】答えられない/分からない:【F】その他自由筆記:Q13家族や友人から同性愛や性同一性障害であることを告白(カミングアウト)されたら【A】彼らを尊重し応援したいと思う:民主党、公明党、次世代の党、日本共産党、社民党【B】距離をおきたいと思う:【C】差別や偏見で苦労するだろうから異性愛者としてや、戸籍上の性別のままで生きるように諭す:【D】答えられない/分からない:自由民主党【E】その他自由筆記:
政党と差別の歴史[編集]

近年、日本の政党もLGBT政策を公約に掲げ始めたが、戦後史の中では、同性愛者に無関心か差別的だった歴史がある。かつてスターリンの血の粛清以来、社会主義圏の大半の国々で同性愛に非常に厳しい姿勢が取られ、同性愛者を収容所に収監し思想教育をするなどしていた[31]。ソビエト連邦などでは大粛清の口実にされていたり、中国共産党の毛沢東も同性愛者らを「性的な逸脱者」として彼らの性的去勢を信じ[32]、成人間の合意に基づく同性愛行為も「流氓罪」として、拘留や労働教育刑などの対象になった。こうした「同性愛はブルジョワ的頽廃」というイデオロギーが、1980年代頃までの日本の革新政党にも黒い影を落としていた[31]。

例えば、日本社会党時代、社会主義協会(社会党最左派派閥)代表の向坂逸郎がゲイの東郷健に対し、「ソビエト共産主義になればお前の病気は治ってしまう」と発言した[注記 3]。日本共産党も党員がゲイが集まる旅館のロッカールームで他人の下着を盗む事件を起こした時に、窃盗を非難するだけではなく、同性愛そのものを「ブルジョア的頽廃」と否定した[31]。また1993年放送の日本テレビ系ゲイドラマ『同窓会』について、共産党機関紙・赤旗は「青少年教育に悪影響を与える」と書いていた[33][注記 4]。このほか政党には属さないがマルクス主義者の上野千鶴子も「私は同性愛者を差別する。なぜなら彼らは自然に反しているからだ」と断じていた[34]。このように当時の革新政党らは、ゲイを差別する側に立っていた[31]。(ただし1990年代頃から変化し始め、当時の社会党機関紙「社会新報」にLGBT関連記事が載り始めるようになり[35]、2000年代には共産党機関紙、「赤旗」にもLGBT関連記事が載り始めた[36]。)

保守系では、自民党は同性愛に関してまとまった考えなどは表明してこなかったが、稲田朋美のようなキリスト教系保守[37]の中には同性婚を「家族の否定」だとして反対する立場を取る政治家もいる[要出典]。「レインボープライド愛媛」が2012年選挙に際し行ったLGBT施策の政党アンケートで同党は、性的少数者の人権を守る施策について、性同一性障害に関しては必要としているが、同性愛については「取り組んで行かなくてもよい」と回答した。他の保守政治家では、石原慎太郎が「同性愛者は足りない感じがする」と発言し[38]、維新政党・新風の故・松村久義は2004年参院選の政策アンケートで、「同性愛者は異常性愛嗜好者である。この者達の人権等を認めるとなると、ロリコン・小年愛、果ては死姦まで認めなければならない。監禁すべきである」「日本社会から、ホモの排除を要求する」と回答した[39](ただし松村個人の発言であり、党の公式見解ではなかった。新風事務局もこの発言当時「同性愛も人間と人間が愛すことには変わりない」と書いている[40])。

ただ保守系政治家・政党も多様であり、自民党や民主党内には同性愛に関し様々な意見がある。またかつての日本維新の会や、同会から分離して結成された次世代の党は、前述の政党アンケートで同性婚や性的少数者の人権擁護施策などに賛成しており、幸福の科学を支持母体とする幸福実現党も性的マイノリティに関する公約を掲げている[41]。同性愛に否定的なのは日本の保守の一角のクリスチャン保守[42]や韓国統一教会(キリスト教ベース)系であり、神道・仏教系など保守本流は日本の歴史の中でホモフォビアだったことはほとんどないとされる[2]。ちなみに同性愛団体への東京都施設貸し出し拒否の是非が争われた府中青年の家事件も、キリスト教原理主義団体がゲイ団体に嫌がらせをしたことが発端であり、かつて同性愛者差別発言をした上野千鶴子もクリスチャン・ファミリーの出身である[43]。

そもそも日本は、井原西鶴が「古来から日本は男色の国」(『男色大鑑』)といったほど、同性愛に寛容な歴史・伝統をもち、戦国武将などの間でも男色は盛んだった。織田信長は小姓の森蘭丸を寵愛し、幕末の志士・西郷隆盛には月照と同性心中を企てた有名な逸話がある。新撰組局長、近藤勇の書簡[44]にも新選組内で男色が流行していると記されている。その他、保守系出版社の雄、文藝春秋を創刊した菊池寛[45]、戦時中に政治結社をつくって挺身行動隊の副隊長をやるなど保守運動に邁進し、戦後、会員制の同性愛雑誌『同好』を大阪で創刊した毛利晴一[46]、戦後保守思想を代表する三島由紀夫らが同性愛者として知られており、日本の同性愛本流は保守だった[要出典]。

法制度[編集]

性的同意年齢[編集]

日本の刑法176条(強制わいせつ罪)の規定においては、男女ともに性的同意年齢は13歳に設定されている。しかしながら長野県を除く都道府県などで淫行条例により成年と18歳未満との「淫行」(詳細な定義は淫行条例の項を参照)は禁止されている。また日本の売春防止法は売春における実際の性行為(または管理売春)を禁じている。同法では男女間の行為を定義しており、同性間の行為はその模倣とみられるため、同性間の売春は直接的に禁止されていない[47]。

刑法[編集]

鶏姦罪についての詳細は「日本における同性愛#幕末・明治初期: 一時的な違法化」参照。

明治時代初頭の1872年、西洋の政治・文化の影響もあり、ソドミーの中で男性同士の肛門性交のみを禁じる鶏姦条例が発令された(ソドミー法)。この条例名は清律(en)の㚻姦(けいかん)罪から取られ、㚻の字には音が同じ「鶏」が当てられた。翌1873年には「改定律例」第266条に鶏姦罪として規定し直され、違反した者は懲役刑とされた。しかし1880年制定の旧刑法にはこの規定は盛り込まれず、1882年1月1日の同法施行をもって鶏姦罪は消滅した[注記 5][48]。短い期間ではあるが、日本の歴史で唯一、男色が禁止されていた時期であった[49](元禄時代は衆道が日常的だった[4])。ただし同性愛自体が違法化されたわけではなく、薩摩藩などでも男色は引き続き行われており、事実上はザル法化していた[要出典]。この期間を除いて日本では同性愛行為を規制する法律は存在せず[49]、成人の同性間の私的な性的行為は、日本国内では違法ではない。

1872年東京都などで違式註違条例布達が出され女子の断髪が禁止された。違反者は罰金が科されたため、FTMのトランスジェンダー、トランスセクシュアルは自身のセクシュアリティを表現できなかった。[50]

強姦罪は、男性器が女性器に挿入された場合のみ適用され[51]、ゲイの加害者が男性の被害者に暴行又は脅迫を用いて肛門性交を行う、もしくはレズビアンの加害者が女性の被害者に暴行又は脅迫を用いて性行為を行ったとしても量刑が軽い強制わいせつ罪が適用される[52]。(強姦罪は3年以上の20年以下の懲役であるが、強制わいせつ罪では6ヶ月以上10年以下)

ストーカー規制法は加害者が同性であっても適用される[53]。

法的保護[編集]

2000年の段階で、日本の国内では公民権に関連する法律において性的指向を明示して保護していない。これは日本においてLGBTの人々が雇用や教育、居住や健康、財産などで差別を受けた場合に拠り所となる法的手段がないことを示している[54]。

面接時にカミングアウトしていないことが多いとはいえ、ゲイ・レスビアン・トランスジェンダーの教員は全ての教育レベルにおいても規制がない。自衛隊では、クリントン大統領時代に米国で起こった同性愛者の従軍議論に関連し、「同性関係が職務やその他の問題に影響しない限りは問題とされない」と回答している[55]。

日本の憲法では平等な権利を謳い、法の下の平等の理念の基にいかなる理由の差別も禁止していると解釈されている(詳細は日本国憲法第14条を参照)。しかしながら同性愛者とトランスジェンダーの人々は、異性または同性のパートナーから肉体的、性的、心理的な暴力を受けた場合に、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」の適用外とされ、法的保護を受けることができないケースがある。日本は差別行為を包括的に禁じる条項を盛り込んだ「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の締約国であり[56]、性的指向や性自認による差別を行った者への処罰の必要性が記された「性的指向と性自認に関する声明」(en)にも賛成の意を示しているが、法整備が追いついていない。

労働基準法第1章 総則 第3条(均等待遇)には、「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない。」とあり、こちらも憲法同様限定列挙と解され、性的志向、性自認を理由とした不利益な取り扱いも禁止されている。

雇用機会均等法は性差別の禁止や職場におけるハラスメントの禁止など数度に渡って改正されてきたが、ジェンダーや性的指向による差別の禁止への拡大適用を見送っている[57] 。

1991年、動くゲイとレズビアンの会が公的施設の利用を拒否されたとして東京都を訴えた東京都青年の家事件が起きた。裁判は1997年に原告団体の全面勝訴で結審。裁判後、東京都は性的指向による雇用差別を禁じた指針を発表している。[要出典]

トランスジェンダーに関連した事柄[編集]

2003年7月10日に性同一性障害者が性別適合手術後に法的な性別の変更を認める「性同一性障害者特例法」が成立し(施行は2004年7月16日)[58]、以下の要件を満たす場合、家庭裁判所に対して性別の取扱いの変更の審判を請求することが可能となった。審判の許可を受けることで、法令上の性別の取扱いと戸籍上の性別記載が変更できるようになった。
1.20歳以上であること。
2.現に婚姻をしていないこと。
3.現に子がいないこと(平成20年6月に未成年者の子がいないことに改正された)。
4.生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
5.その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

2012年2月24日、兵庫県弁護士会は男性刑務所に収容されているトランスセクシャルの女性を女性刑務所に入れるよう勧告を行った[59]。それらを受け、法務省は該当者の個室利用や単独入浴を許可する方針を発表した[60]。

同性結婚[編集]

詳細は「日本における同性結婚」を参照

日本国憲法第24条にて「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。」と規定されている。そのため、同性間のカップルは結婚が認められておらず、結婚によって得られる権利を得る事ができない。また外国で成立した同性結婚は日本国内で認知されず、外国人のパートナーはその関係性を基にビザを得る事ができない[61]。ただ同性間の「養子縁組」は比較的結びやすいといわれており、同性間のリレーションシップの代替として昔から比較的多く行われている[4]。ただし同性カップルが養子(子供)を引き取る事はできない[要出典]。

2009年3月27日、同性結婚が認められた国に住む外国人と相手国での同性結婚を行えるようになるとの報道がなされた[62][63]。日本は国内での同性結婚を認めていなかったことから、同性のパートナーとの国際結婚をするために必要な書類の申請が行われた場合は拒否されていた。法務省の通達がなされたことで、同性結婚を望む者には独身の成人である証明書を発行するようになった[62]。

2012年5月15日、東京ディズニーリゾート(ミリアルリゾートホテルズ)内の3つのホテルにおける同性結婚式実施の照会について、広報担当者が可能と回答[64]。

子供・養育[編集]

欧米諸国には、同性カップル/夫婦が養子を引き取ることや、独身者に限り同性愛者が養子を持つことを認めている国があるが、日本ではそれらが認められていない[要出典]。また米国では提供卵子と代理母で実子をもうけるゲイカップルが急増していて[65]、英国のロック歌手・エルトン・ジョン、米国の俳優・ニール・パトリック・ハリスにも、パートナーのゲイとの間にそうしてもうけた子供がいる[66]。

教育[編集]
前史:性非行、人間性の悲劇として
かつて文部省は、同性愛を「性非行」の倒錯型性非行として問題視しており、1979年の文部省『生徒の問題行動に関する基礎資料』「Ⅳ性非行 - ④倒錯型性非行 - オ同性愛」では、「同性愛は一般的に言って健全な異性愛の発達を阻害する恐れがあり、また社会的にも、健全な社会道徳に反し、性の秩序を乱す行為となり得るもので、現在社会であっても是認されるものではないであろう」(抜粋)として[4][67]、「専門機関による治療が望まれる」と記述していた[67]。また、1955年11月28日付け読売新聞「同性にあこがれ」(『人生案内』)では、同性愛は「色情の異常で人間性の悲劇」とされ、1980年代後半の「中2の息子が同性愛」(『人生案内』)[要文献特定詳細情報]も、帰宅したら息子が同じ学校の男子生徒と全裸で抱き合っているところを見てしまったという母親の相談に「(息子はゲイでないのにゲイの生徒に振り回されているという憶測に基づいて)息子さんの将来を思えば、相手から引き離すべきだ」などとする専門家による回答がなされた。この回答は当時の薔薇族が取り上げ批判したが、その薔薇族も異性愛者の編集長、伊藤文學が「どうせこの母親は甘やかして息子を育てたに決まっている(だから息子もゲイになった)」と同性愛についての持論を書いていた[68]。

『高校教育展望』(1985年5月号,小学館)で、関西性教育相談所長の黒川義和は「高校生の問題行動」として同性愛について触れ、「人は男女の立場から、これに夫・妻の立場、さらに父親と母親の立場が加わって、責任もあるが、また幸せな一生を送ることができるわけであるが、同性愛者にはこの全てが欠落しているのである」とした。そして対応例として、「原因発生の時期をつかみ、これを起点として対応法を考え、早期に指導すれば修正の可能性がある」「最近話題になっているエイズの話を付け加えるのもよいと思う」と主張していた[4]。

性科学者で京都大学霊長類研究所長(当時)の大島清は自らの著書で同性愛を取り上げては、「オスが男になるには二重の壁がある」などとして、その壁を乗り越えられないと同性愛になってしまうというロジックで同性愛を否定していた[要文献特定詳細情報]。京都精華大学助教授(当時)の上野千鶴子も「同性愛者を差別する」(「スカートの下の劇場」より[要ページ番号])、 「レズビアニズムはヘテロセクシュアルの副産物、カウンター・イデオロギーであり、時代が変われば変わる」(同[要ページ番号])と断じていた。

ゲイやレズビアンの当事者個人や、1979年結成の「JGC(ジャパン・ゲイ・センター)」、1986年結成の「動くゲイとレスビアンの会」などが積極的に出版社などに働きかけ、差別表現の是正を求めていた[4][69]。
同性愛を性非行から除外へ
そうした中、1983年に出版された赤塚不二夫「ニャロメのおもしろ性教育」(西武タイム)では同性愛が肯定的に取り上げられた。漫画に男性同士のカップルを登場させ、同性愛の歴史やそれが古代ギリシャやアメリカ・インディアンの中では自然な行為だったこと、同性愛者の差別の現状や、SEXのやり方、米国のゲイ解放運動などを解説した。そして「心理的に人間には、同性愛の可能性が潜んでいるといわれる。」「彼らの行動を無理に邪魔したり、からかったりしないほうがいい。」と説いた[4]。

また山本直英らは同性愛を肯定的に扱う性教育を先駆的に行った[70]。教育現場では、1991年に劇場公開されゲイの生活を4年間追い続けたドキュメンタリー映画「らせんの素描」にも出演した高校教師の平野広朗は、ゲイであることをカミングアウトして授業を行った。性教育に関する副教材「ひとりで ふたりで みんなと」(小学生用)「おとなに近づく日々」(中高生用)でも同性愛のことが触れられた(その後廃刊)[70]。

1994年には政治的にも大きな変化があり、ゲイ団体の度重なる抗議やWHOが同性愛を治療対象から除外したことなどを受け、文部省は指導書の「性非行」の項目から同性愛を削除した[12]。こうして同性愛を指導資料などで否定的に記述することはなくなった。ただ文部省が同性愛を性非行としてきたからといって、教育現場で同性愛が否定的に教えられてきたということはない。1980年代頃は「同性愛が教材になることは、まずない。」[4]という状況であり、存在自体が無視(社会的無化)されてきた[要出典]。

健康[編集]

LGBTと自殺[編集]

同性愛者の自殺率は異性愛者のそれより高いという報告があり、近年漸く注目されつつある[71]。1999年と2005年に行われたインターネット調査では、日本のゲイ・バイセクシュアル男性全体の65%が自殺を考えたことがあり、15%が自殺未遂をしているという結果が出ている[71]。また2001年の厚生労働省の調査では、ゲイ・バイセクシュアル男性の自殺未遂リスクは異性愛者よりも5.9倍高いことが示唆されている[71]。周囲と違うから、女性(男性)的だからなどの理由でいじめに遭うことも少なくない。日本でも2012年に民主党内に「性的マイノリティ小委員会」が設けられ、2013年には自民党内に「性的マイノリティに関する課題を考える会」が結成されるなど、少しずつではあるが対策が始まリつつある[20][22]。 岡山大学病院が調査した結果、性同一性障害者の6割程度に希死念慮があり、3割程度に自傷行為や自殺未遂の経験があるという[72]。

同性愛の治療対象からの除外と性的指向の矯正[編集]

1994年、厚生省が同性愛を治療の対象から除外したWHOなどの見解を踏襲し[11]、1995年には日本精神神経学会も同性愛を治療対象から除外したWHOの見解を尊重するとし、「同性愛は治療の対象にならない」と表明した[11]。

かつて厚生省は同性愛を異常性欲の一つとみなし、治療の対象にしていた。そして日本の精神病院でも同性愛者(性同一性障害)に対し、治療と称して電気ショックが行われていた[73]。当時、統合失調症などの治療のため、電気ショック療法は日本でも比較的盛んに行われており、米国など諸外国でも1950~60年代に同性愛者への治療と称して(治療は実際にはできない)、電気ショックという拷問が行われていた。日本で同性愛者への電気ショックはどれほど広がりを持って行われていたのか、性同一性障害だけではなく一般の同性愛者にも行われていたかなどは未検証である。またカウンセリングなど、精神療法としての同性愛者への「治療」行為もどれくらい行われていたかは検証されていない。厚生省が同性愛を治療対象から除外したのは、これから40年近く後のことである。ただ日本の同性愛者は性同一性障害の人を除き、ほとんどカムアウトして来なかったため、同性愛ということで精神科を受診した(させられた)ケースは多くはないと思われる。ちなみに1990年代頃まで、新聞などに連載された精神科医のコラムなどには、同性愛者の実際の臨床例が紹介されることがあり、性的指向が同性に向かうことや、ゲイ男性の「男性性の欠如」がコラムを書いた精神科医に問題視されていた。[要出典]

性同一性障害の治療について[編集]

日本では主に精神科医、泌尿器科医、婦人科医、形成外科医が治療を行う。医療機関によっては「ジェンダークリニック」、「GIDクリニック」と専門化した部門を設けている場合もある。日本では精神科領域のカウンセリングは健康保険の適用範囲となっているが、ホルモン療法や性別適合手術は保険の対象外で自由診療となる。性同一性障害の治療は原則的に日本精神神経学会が制定している『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン』に従うことになっている[74]が、和田耕治のようにガイドラインに従わず独自にホルモン療法や性別適合手術を行う医師や医療機関も存在する。2015年現在性同一性障害者に適切な治療を行える病院は少なく、タイ王国など海外で治療を受けるものも多い。性同一性障害に関する治療(カウンセリング、ホルモン療法、性別適合手術)を行っていると明言している医療機関は以下のとおりである。

北海道旭川医科大学病院
札幌医科大学附属病院[75]
東北東北大学病院[76]
福島県立医科大学附属病院[77]
関東埼玉医科大学総合医療センター[78]
東京大学医学部附属病院[79]
中部山梨大学医学部附属病院[80]
岐阜大学医学部附属病院[81]
名古屋大学医学部附属病院[82]
近畿大阪医科大学附属病院[83][84]
関西医科大学附属滝井病院[85]
近畿大学医学部奈良病院[86]
中国岡山大学病院[87][88][89][90][91][92]
川崎医科大学附属病院[93]
九州福岡大学病院[94]
長崎大学病院[95][96]
大分大学医学部附属病院[97]
宮崎大学医学部附属病院[98]
鹿児島大学病院[99]


献血[編集]

日本赤十字社は、過去6ヵ月間に「不特定の異性または新たな異性との性的接触があった」「男性どうしの性的接触があった」「麻薬・覚せい剤を使用した」「エイズ検査(HIV検査)の結果が陽性だった(6ヵ月以前も含む)」「上記に該当する人と性的接触をもった」者については「エイズウイルス(HIV)やB型肝炎およびC型肝炎ウイルス感染の危険性が高い行為」をおこなったとして献血を禁止している[100]。異性間は6ヶ月以内の不特定多数又は、新たな異性に限定しているのに、男性同士は6ヶ月以内に性的接触をした者の全てが禁止対象にされている。

同様の禁止規定がある米国では2010年3月4日、18人の上院議員が「科学は劇的に変わった」として「献血された血液は2つの非常に正確な検査を受けなければならないため、薬害の可能性はほぼゼロ」と語った。彼らの書簡では、2006年3月、アメリカ赤十字、アメリカ血液センター及び血液銀行協会が「この禁止規定は、医学的、科学的に不当である」と報告したことにも注目している[101]。

LGBTと企業・行政[編集]

LGBTと「働く」[編集]
就職
同性愛や性同一性障害などLGBTの学生は「ありのままの自分で働きたい」という思いがある一方、希望する企業に理解があるかどうか分かりづらく、悩みが多い。だが、金融関連企業11社によるLGBT学生向けセミナーが2015年3月に開かれるなど、企業や社会の理解は少しずつ広まりつつある[3]。
先進的取組
ダイバーシティ・マネジメントの先進的な取り組みとしては、日本アイ・ビー・エムの例が挙げられる。同社に設置された「ダイバーシティー委員会」には、「ゲイ、レズビアン、バイセクシュアルなどといった性的マイノリティーの人々も気兼ねなく働ける環境とネットワーク作り」[102]を目標として掲げる「セクシュアル・オリエンテーション部門」が下部機関として設けられている。部門の設置を決めた社長の大歳卓麻自らダイバーシティー委員会の委員長に就任していた。これらの取り組みについて、大歳は「ゲイは、世界的には男性の7%存在するとされますが、隠して不自由な思いをしながら働くより、会社として認め、サポートを約束することで、本人は働きやすくなります。カミングアウトする者も現れる。これはプラスです。」と発言した[103]。

LGBTと企業・行政サービス[編集]

2003年秋より都市再生機構は、管理する建物300件について、異性間のカップルと同様に同性間のカップルにも住宅の貸し出しを認めた。大阪市でも2005年9月から同様のルールを適用している[104]。

携帯電話キャリアによっては家族割のような割引が、居住地が一緒の同性愛者のカップルにも適用されることがある[105]。

LGBTの権利と裁判[編集]
1991年 - 「東京都青年の家事件」

日本において同性愛に関する判例となった同事件は、1997年に原告団体の全面勝訴で結審している。この事件は、同性愛者の権利を擁護する団体の公共施設の利用を「同性愛者同士の性行為を想起させる」ないし「青少年の健全な育成に悪い影響を与える」として拒否した事に対する民事訴訟事件だったが、1審の東京地方裁判所(1994年3月30日判決)は東京都の処分は不当なものだったと認め、「同性愛は異常性欲の1つではなく異性愛と同様に人間の性的指向の一つである」として、東京都の処分は社会の偏見によるもので、地方自治法が禁じる正当な理由無く不当な差別的扱いによる違法行為とした。[要出典]

控訴審の東京高等裁判所(1997年9月16日判決)は「一般国民はともかくとして、都教育委員会を含む行政当局としては、その職務を行うについて、少数者である同性愛者をも視野に入れた、肌理の細かな配慮が必要であり、同性愛者の権利、利益を十分に擁護することが要請されているものというべきであって、無関心だったり知識がないということは公権力の行使に当たる者として許されないことである。」として、行政側の処分は同性愛者という社会的地位に対し怠慢による無理解から、不合理な差別的取り扱いをしており違憲違法だったとして東京都の敗訴が確定した。そのため、日本の裁判所は同性愛は人間の持つ性的指向であり、異常なものではないとの司法判断を示しているといえる。[要出典]

女装での出勤を禁止した業務命令や、配置転換に従わなかったとして解雇された性同一性障害者の会社員が解雇を無効にするよう提訴した。それに対し2002年6月20日東京地裁は、「債権者は本件申出をした当時には、性同一性障害(性転換症)として、精神的、肉体的に女性として行動することを強く求めており、他者から男性としての行動を要求され又は女性としての行動を抑制されると、多大な精神的苦痛を被る状態にあったということができる」とし、「女性の容姿をした社員を就労させることが、会社における企業秩序又は業務遂行において、著しい支障を来すと認められないから、本件服務命令違反を理由とする懲戒解雇に相当性は認められない」と述べ、解雇は無効であるとの判決を下した[106]。

2012年11月、性同一性障害で戸籍上の性別を男性から女性に変えた会社経営者が静岡県湖西市の会員制ゴルフ場から入会を拒否されたとして、運営会社などを相手に約786万円の損害賠償を求めた訴訟を静岡地裁浜松支部に起こした。運営会社側は第1回口頭弁論で請求棄却を求めており、2013年3月時点で係争中である。運営会社側は「更衣室で女性会員から苦情が出るのを懸念した。」としている[107]。

メディア[編集]

歴史[編集]

「ゲイ雑誌#歴史」および「新宿二丁目#歴史」も参照

明治時代にはグラビア雑誌『風俗画報』などいくつかの雑誌などに同性愛について書かれており、大正デモクラシー~昭和初頭にかけても中央公論や一部性科学誌などで同性愛について触れられている[要文献特定詳細情報]。

戦後においては、戦後直後のSM・風俗雑誌や会員制ゲイ雑誌などを除いた一般のメディアでは、1960年代に『平凡パンチ』に同性愛関連記事が集中的に掲載された[要文献特定詳細情報]。まだ商業ゲイ雑誌がない頃で、取り上げられた回数は1965年から70年までに約20回(号)に及んだ。同誌は当時の若者のバイブル的な存在でもあり、そういう雑誌に同性愛が取り上げられたことは画期だった[要出典]。

その後、1971年7月創刊の薔薇族を皮切りに、1980年代前半にかけて商業ゲイ雑誌の創刊が相次いだ。テレビメディアでも1970年代後半頃から、非芸能の分野で少しずつゲイなどの性的少数者が取り上げられるようになっていった。一例としてフジテレビ系「3時のあなた」の扇千景と逸見政孝が司会・サブ司会を務めていた1974年4月から1977年5月の間に、薔薇族の伊藤文学らが出演したことがあり、そこで同性愛者の置かれた状況を訴えた[108]。

蔑称「オカマ」を巡って[編集]

よみがえった蔑称[編集]

2001年、一部週刊誌が東郷健を取り上げた記事「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」における「オカマ」(原義は肛門を指す江戸時代の俗語)表現を巡り、論争が起きた[109]。オカマという言葉の使用にはゲイの中にも賛否両論があり、1990年代頃までは差別用語、若しくは放送上好ましくない用語として、マスメディアでは余り使われなくなっていた経緯がある。使われたとしても「先ほど不適切な発言がありました」などとして撤回されることがあった。それが近年ブレイクしはじめたオネエタレントらが自ら「所詮、私たちはオカマだから」と自虐的に用いることにより、再び使われる機会が増えている(一部番組ではテロップで「オネエ」など別の言葉に置き換えられることがある)。同性愛者の中でも取り分けオネエやトランスジェンダー(女装/非女装の両方)といった女性性が極端に高く、それでいて男性的な部分も一定程度残っているゲイの一部が「オカマ」を使いたがる傾向があり、男性性を受容しているゲイやニューハーフ(トランスセクシュアル、現在は女性にカテゴライズされる)は「オカマ」を差別表現だとして嫌がる傾向がある。

批判と擁護[編集]

美輪明宏は一部同性愛者の自己卑下した物言いについて、「同性愛者がからかわれる事になる。折角、同性愛が市民権を得てきたのに、歴史が逆戻りする」と批判している[110][111]。また「所詮、オカマだから」(マツコDX)、「私たち汚いオカマは」(おすぎ)という言い方は、石原慎太郎元東京都知事の同性愛者蔑視発言と通底しているという意見もある。一方、ゲイライターの伏見憲明らは、これまで「オカマ」がネガティブに使われてきたことを逆手に取り、自らが肯定的に使い直すことでこの言葉に込められたネガティブな意味合いを一掃する「イメージ置換戦略」を提唱した[109]。また「キャンプ」という概念を援用しつつ、傷つくことを他人から言われる前に自分でいって「笑い」に転化してしまえば生きるのがむしろ楽になる、という考えに立ち、一部のゲイ(トランスジェンダーなど)が自ら「オカマ」を使うのは世間智や生存戦略の一つだ、という主張もある[112]。その主張に対しても、同性愛者を「笑う」ということ自体に偏見を助長する危険があるという意見もある。

「オカマ」蔑称の歴史[編集]

女装男娼への蔑称[編集]

元々「オカマ」は肛門を意味し、戦後の一時期まで女装する男娼への蔑称だった[110]。戦後直後の1948年(昭和23)、既に上野の女装男娼らは、オカマと呼ばれたくないという抗議の声を上げ、それに代わる言葉を自ら考えていた[110]。女装家の青江忠一(青江のママ)は自分を「ゲイボーイ」[113]と自認しているので、街中で「オカマ」と罵られると、追いかけて下駄で殴って抗議していた[110]。それほど女装者にとって「オカマ」は差別的な蔑称として受け止められていた[110]。

女装男性、女性的ゲイ・ヘテロ男性への蔑称へ[編集]

この蔑称の指し示す範囲が広がり、また一般的になり始めたのは1971年、東郷健が国政選挙に初立候補して以降のことだとされる。彼が選挙に出る度に演説や選挙広報番組で繰り返し「オカマの東郷健です」と言ったのが始まりで、少し後れて1975年にデビューしたおすぎとピーコがそれを受け継ぎ、「私たちオカマです」という自己卑下的な物言いでお茶の間に拡散させた[110]。このようにメディアで顔が知られた女装しない女性的なゲイ(オネエ若しくは非女装トランスジェンダー)の一部が「オカマ」蔑称を広めた。

これにより、当初は女装男娼者の中のそれも肛門性交をよくする者への蔑称だったのが、1980年代頃からは「女性的な男性」全体に拡大し、性同一性障害者(MtF)を含む女装男性(TG)は勿論、女装しない女性的なゲイ(オネエ)[注記 6]、女性的な異性愛(ヘテロ)男性への蔑称としても盛んに使われるようになった[110]。学校などではゲイ・ヘテロを問わず、少し女性的だと「オカマ」と罵られ、暴力的ないじめに遭う被害も起きた[110]。

すこたんソーシャルサービスの主宰者は、大学の非常勤講師として学生に接すると、ヘテロだが少し女性的な男子学生で「オカマと言われて凄く辛い経験をした」という者が、「毎年、200人中4~5人はいる」と話している[110]。男性からのみ言われるとは限らず、女性やクラスの女子生徒、果ては母親からも「オカマ」と罵られ、嘲笑され、人間としての尊厳やセクシュアリティを否定・侮辱されることも多い。「男は男らしく」という性差別的意識も背景にあるとされる。この様に「オカマ」蔑称は、ゲイ/ヘテロ男性の両方を傷つけることになっている。

抗議で減少、そして復活[編集]

1980年代後半以降は、オカマ蔑称の広がりと同時に、それを不快に思うゲイ当事者やゲイ雑誌、ゲイ団体らが抗議の声を上げ始めたこともあり[114]、メディアでは「オカマ」の使用に慎重になった時期があった。それが近年の「オネエブーム」でカバちゃんやマツコDXなど、オカマを自称するトランスジェンダーが多くメディアに出るようになり、彼らがオカマ蔑称を復活させた。

メディアの居直り[編集]

2012年、テレビ朝日の視聴者センターで電話応対した女性社員は、同性愛男性を侮蔑的な脈絡でオカマと呼んだと感じた番組に抗議したゲイ男性に「でも、ゲイの人自身がオカマといっていますよね。それはどうなるんですか?差別とは思わない」と猛然と反論を加えた。この事例が物語るように、オカマと呼ばれたくなかったり、オカマと聞いて不快になるゲイが多くいる一方で、メディアに出る一部オネエやトランスジェンダー自身がオカマ・アピールをしてしまっているため、オカマ呼称は止めて欲しいという切実な抗議に居直られてしまい、反論しようがないという袋小路に陥っている[110]。

最後の差別カテゴリー[編集]

女装家で性社会史研究家の三橋順子は「一部の同性愛者が自らオカマという分には認めていい、としてしまうのは危険」とした上で、一部にある「オカマちゃん」など敬称を付ければいいのかという論議にも、「部落や身体障害の差別語に“ちゃん”を付けたら認められるのか」と疑問を呈している。また女装しないゲイの一部がオカマ呼称を肯定していることにも「女装しないゲイは街を歩いていて、指差されて『オカマ』と嘲笑され差別されることはない」「実際に街中でいつも差別被害に遭うのは、私たちトランスジェンダーだ」といっている[110]。そして「部落や在日、身体障害などを指す、様々な蔑称や差別用語の使用に慎重になってきたが、“オカマ”だけが今も遠慮なく使われ、性的マイノリティだけは別になっている」「“オカマ”は日本社会に残った差別カテゴリー。メディアにおける最後の差別カテゴリーだ」と言っている[110]。

「オネエ」の問題点[編集]

近年、メディアの中で「オカマ」が差別表現だとして批判されてきたことから、それに代わり「オネエ」が男性同性愛者全体を指す言葉として使われ始めている[112]。しかし新宿2丁目などゲイコミュニティやゲイ当事者の中では、女装をしないゲイの中の女性的なゲイ(オネエ言葉を使うゲイ)のみをオネエと言ってきた歴史があり[115]、男性性を受容しているゲイはオネエ概念に含まれない。

またゲイ同士の会話で「彼、オネエ(言葉)だね」という場合、友達としてはいいけれど、恋愛対象ではない、生理的に受け付けないなどを含意することもあり、ゲイの中でもオネエやオネエ言葉を嫌う人や、自分がオネエ言葉を使うのは抵抗があるという人は多い[116]。その理由として、生理的な嫌悪感の他に、オネエ言葉から連想されるイメージと自分が同一視されることへの嫌悪感や、オネエ言葉を振り撒いて見世物やピエロになることへの反発などがある[116]。また男同士の愛は誇り高く対等なもので、片方が女役になることではないはずだ、という考えもある[116]。20歳前後の若いゲイがオネエ言葉を使うにはまだ可愛いといっていられるが、大人のゲイがクネクネとオネエ言葉を使う姿は多くのゲイにとっても気持ちの良いものとはいえない、とする意見もある[116]。なお、テレビに出演する著名なゲイが極度に女性的なゲイイメージを振りまくことや、彼らが使うオネエ言葉、自虐的オカマ呼称に対しては昔から批判があり、1970年代から1980年代のゲイ雑誌などの読者投稿欄の定番テーマでもあった[117]。

メディアの同性愛者のステレオタイプな取り上げ方は変わっておらず、女装男性や女性的な仕草のゲイを茶化して笑おうとすることや、男性的なゲイや女性同性愛者の抹消(社会的無化)などの課題がある、と三橋順子は主張する[115]。

報道事例[編集]
1985年日本公開の英国パブリックスクールのゲイ模様を描いた『アナザー・カントリー』の日本でのパンフレットには、シリアスな作品だったにもかかわらず「コウモンをぬけるとホモダチがいた。」と茶化して書いていた。
1996年6月9日放送の日本テレビ系「怖くて行けない所・第二弾 男がオトコを愛する交差点」(『解禁テレビ』)において、隠しカメラを積んだ車や撮影スタッフが隠し持った小型カメラで、新宿二丁目の街頭でキスをしているゲイらを盗撮し、嘲笑した。番組では取材カメラに気づいたゲイが「こちらの気持ち考えたことあるのか?」と激しく抗議する模様を放映し、するとナレーションは「確かにそうです。彼らの話を聞いてみましょう。」と、小型隠しカメラを装着しゲイを偽装したスタッフが、声をかけてきたゲイの部屋に同行し、部屋の中の模様も放映した。モザイクが掛けられていたとはいえ、一部を除き撮影された人に無断で放送した。番組には当時、ゲイ団体が抗議を行った[118]。
2014年1月19日中国共産党政府系ウェブメディア・毎日中国経済「日本で急増とウワサの“ブラ男”ってなに?驚愕の事実に『オネエ化した日本じゃ戦争はムリだね』―中国ネットユーザー」(編集翻訳 恩田有紀)において、「変態民族か」「変態民族は長年の米国の抑圧によって自信を失い、さらに変態になった」「ここまで低俗なの、日本ぐらいだろ」「キモい」「日本人の考えって普通じゃないな」「あと何年かすれば日本人の男はみんなオネエ化する。戦争不要」と報じられた。
2013年12月26日付けの朝日新聞に「五輪の祭典、政治持ち込むな」が掲載された。オバマ米大統領が、ロシアが同性愛者を弾圧していることを理由に、ソチ冬季五輪の開・閉会式に出席しない方針を打ち出したことに対し、五輪に政治を持ち込むのは反対だと訴え、日本政府はソチに首相級の人物を送るべきだと主張している。朝日新聞は、2014年2月4日配信の関根和弘記者による記事[119]でも、同趣旨の主張をしている。

同性愛者と事件[編集]

Question book-4.svg この節は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2014年4月)

2000年に起きた「新木場殺人事件」を始め、ゲイが集まる深夜の野外発展場で、少年グループによるゲイ襲撃事件が発生している。戦後直後には「男娼の森」といわれた上野公園などでゲイを恐喝するものがいたとされ、比較的的直近では、日本テレビ系ゲイドラマ『同窓会』(1993年)にも「ホモ狩り」シーンが出てくる。ゲイは警察に被害届を出しにくいという理由で狙っているとされる。ゲイ雑誌やゲイ団体などは自分の身を守るため、野外での発展はしないという自衛策を講じることが必要だと呼びかけている。また歌舞伎町の「暴力・恐喝バー」の被害に遭うゲイも後を絶たない。新宿2丁目の路上や発展場などで「彼氏や友達になろう」とゲイに声をかけて店まで連れて行き、泥酔させた上で大金を要求するという手口。90年代頃からゲイ雑誌で、恐喝バーの被害に遭わないために、怪しい店には着いて行かないよう呼びかけが行われてきた。
1973年 - 富士高校放火事件。この事件に関与した疑いで逮捕されたゲイの定時制高校生(当時29歳)は結果は無罪(冤罪)となったが、取り調べの過程にて警察は彼を異常者として扱い数々の罵声を浴びせたばかりか、彼の同性愛指向を利用してでっち上げの自白をさせた。
1983年 - 宮崎県のデパートの書店で起きたゲイ雑誌万引事件。女性店員にゲイ雑誌の万引きを見つかった高校2年生(17歳)の少年が、親を呼び出された直後、トイレに行くといって屋上から投身自殺した。
同性愛を禁止する教義を持つ教団の系列学校に勤務していたゲイの教師が、自殺したことがあった[4]。
ゲイだと分かった息子を、親が柱に縛り付け、殴る蹴るの暴行を加えた[4]。
1998年4月 - 東京・世田谷区芦花公園(発展公園)でゲイの男性が暴走族風の集団に刃物で左大腿部を刺され死亡した。
2000年 - 少年グループらが同性愛者をリンチした「新木場殺人事件」が起きる。一人が殺害され、その他被害届が出されたものだけでも数十件の被害例があった。
2006年7月27日 - 江東区の夢の島総合運動場でゲイ男性が暴行を加えられ全身打撲の重傷を負い、現金2万1000円を奪われた。逮捕されたのは都立高3年、無職、私立高3年2人の17~18歳までの4人で、江東区の中学の同級生だった遊び仲間。4人組は男性を襲った直後、約400メートルほど離れた同運動場内で別の男性も襲い、2週間のけがを負わせた。
2011年10月、東京都新宿区北新宿の有料ハッテン場「デストラクション」経営者が、公然わいせつほう助の疑いで逮捕された。同性愛者向け有料発展場が覚せい剤等の違法薬物使用の温床となっているという認識の下での調査であった[120]
2013年11月―献血をした40代の男性が、同性間の性的接触があったのにも関わらず申告せずHIV検査の目的で献血するという事案が発生した。

脚注[編集]

出典[編集]

1.^ 同性愛差別の禁止規定は一部の都市の条例にあるが、国レベルではない(ILGA State sponsored homophobia 2008)。
2.^ a b アジア太平洋人権情報センター「Japan and Sexual Minorities 2008」には、「日本の文化や日本の主要な宗教は、LGBTへの敵意の歴史を持っていない」と記述している
3.^ a b 2015年4月5日産経新聞「性的少数者 就活の実態…偏見、葛藤、一方で少しずつ広がり始める企業の“理解”」
4.^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 「オトコノコノためのボーイフレンド」(1986年発行少年社・発売雪淫社)P34「同棲と結婚」より。
5.^ 薩摩藩の郷中など、尚武の気風を尊重する地域では男色は奨励され、むしろ女性との付き合いを蔑む事すらあった。
6.^ The Beautiful Way of the Samurai: Native Tradition and Hellenic Echo
7.^ 『クレア』(文藝春秋)1991年2月号「ゲイルネッサンス'91」P95「ゲイ世界史」
8.^ 小田晋著『性と犯罪の心理』(芸文社)。
9.^ NPO法人アカー(OCCUR)公式ページより。
10.^ TOKYO HEADLINE Vol.590「TOKYO RAINBOW PRIDE 2013」(2013年4月22日配信)、1994年8月29日朝日新聞「同性愛者『差別しないで』東京で日本初のパレード 1000人超す参加者が気勢 目立つ若者、名乗りOKも」。
11.^ a b c d 「学校教育と社会における性的マイノリティに関する言説研究」(静岡大学 大学教育センター 松尾由希子)。
12.^ a b 日本経済新聞「同性愛差別の記述 生徒指導書から削除 文部省」(1994年11月25日)。
13.^ 「日本の精神医学は同性愛をどのように扱ってきたか」(社会臨床雑誌第2巻第2号,稲場雅紀,1994年)
14.^ 「ソチ五輪見据えた カミングアウト LGBTに対する人権侵害を非難する画期的宣言採択の中で」(yahooニュース 2014年2月6日配信 )。
15.^ HIV/AIDSの情報を発信する “新宿二丁目の公民館”
16.^ パートナーシップ条例成立同性カップル、権利前進毎日新聞2015年4月1日閲覧
17.^ 同性カップル証明条例成立-東京・渋谷区で全国初しんぶん赤旗2015年4月1日閲覧
18.^ “安倍首相夫人、都内のLGBTパレードに参加”. AFPBB News. (2014年4月28日) 2014年4月30日閲覧。
19.^ a b 性的マイノリティに関する政策調査プロジェクト(愛媛)「回答・2012衆議院選挙 政党別回答①」
20.^ a b 「ストップいじめ!ナビ」チャンネル「同性愛者たちが自民党の馳浩衆議院議員に性的マイノリティに対するいじめ対策について要望」(2013-04-04)。
21.^ >民主党 (2014年). “民主党政策集-法務”. 2014年12月8日閲覧。
22.^ a b 「民主党の国会議員有志が『性的マイノリティ小委員会』を設置へ」(『いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン』2012年3月18日)
23.^ 公明党 (2013年). “公明党政策集 Policy2013 法務”. 2013年8月3日閲覧。
24.^ 日本共産党 (2014年). “2014年 総選挙各分野政策41、いのち・人権の保障”. 2014年11月27日閲覧。
25.^ 社会民主党政策審議会 (2013年). “参議院選挙公約2013【総合版】”. 2013年6月20日閲覧。
26.^ 社会民主党 (2014年). “衆議院選挙公約2014平和と福祉はやっぱり社民党”. 2014年12月8日閲覧。
27.^ “政策集、緑の党グリーンズジャパン” (2012年). 2013年1月14日閲覧。
28.^ 幸福実現党 (2014年). “幸福実現党政策全体像-社会保障”. 2014年12月26日閲覧。
29.^ 東京・生活者ネットワーク (2015年). “東京・生活者ネットワーク統一地方選挙2015政策-すべての施策を男女平等の視点で見直す”. 2015年5月7日閲覧。
30.^ 2014衆議院議員選挙・各党の回答結果
31.^ a b c d 『オトコノコのためのボーイフレンド』(1986年,少年社)P186「ゲイはブルジョア的頽廃か」より。
32.^ 『Conduct Unbecoming』(Randy Shilts著)[要ページ番号]
33.^ マルコポーロ「普段着のゲイ」1994年2月号、P125)
34.^ 『 プライベート・ゲイ・ライフ』(1991年,伏見憲明,学陽書房)[要ページ番号]。
35.^ 1991年5月『社会新報』「青年の家合宿で不快な扱い受けたと東京都を相手に裁判」(OCCURメンバーへのインタビュー記事)、1991年8月3日『社会新報』「アジア系活動家たちと交流 ネットワークづくり推進 ~同性愛差別と闘う二グループに同行して~」(サンフランシスコ・ゲイ・プライド・パレードに参加するOCCURとILGA日本への同行取材記事)。
36.^ 性同一性障害者と懇談 党国会議員団 戸籍などの問題聞く
37.^ 稲田はキリスト教婦人矯風会と繋がりがある[要出典]。
38.^ ヒューマン・ライツ・ウォッチ「東京都知事は同性愛者差別発言を撤回すべき」。
39.^ [1]
40.^ 維新政党・新風オフィシャルページより。
41.^ 幸福実現党 (2014年). “幸福実現党政策全体像-社会保障”. 2014年12月26日閲覧。
42.^ 日本の人口に占めるキリスト教人口は約1%とされる。「カトリック教会現勢2006」[要ページ番号]によるとカトリック教徒数は0.356%。保守系にかぎらず、左派系も同性愛には否定的であり、保革や左右の政治信条に関わらず、「同性愛は病気であり、治す必要がある」(東京中野区の北朝鮮への償い運動をしている左派系教会の信者)と断じたり、性別変更や同性婚に反対することが多い。
43.^ 文學界2011年9月号。[要ページ番号]
44.^ 元治元年5月20日の書簡[要文献特定詳細情報]。
45.^ 四国新聞「男色の博識披露 菊池寛の手紙見つかる」(2008年8月31日)。
46.^ 2007年11月29日伊藤文学のひとりごと「古いゲイ雑誌『同好』を読んで思うこと」
47.^ 売春防止法は男女間の行為を定義しており、同性間の売春は直接的に禁止していない(Is the age of consent in Japan really 13?)。
48.^ 1873年に規定された鶏姦罪は1880年制定の旧刑法に盛り込まれず("Gregory M. Pflugfelder. Cartographies of Desire: Male-Male Sexuality in Japanese Discourse 1600-1950". H-Net Reviews)。
49.^ a b 世界大百科事典「男色」より。
50.^ 「地方違式註違条例の施行と運用の実態」 神谷力 (「明治法制史政治史の諸問題」 慶応通信発行 手塚豊教授退職記念論文集編集委員会編集 1977年刊)。例えば東京都違式註違条例を斟酌増減して公布された浜松県違式註違条例(明治6年)には「婦人無故シテ猥リニ断髪相ナラス候事」(169ページ)とある。原典である内閣文庫(独立行政法人国立公文書館)所蔵の熊本県史料も参照のこと。
51.^ 強姦罪|性犯罪に強い!東京弁護士法律事務所
52.^ 強制わいせつ罪|性犯罪に強い!東京弁護士法律事務所>
53.^ ストーカー被害対策相談センター
54.^ 日本は性的指向を法的に明示して保護していない("Gay scene: Tolerance, legal limbo". Jun Hongo. Japan Times. Tuesday, Dec. 23, 2000)。
55.^ 自衛隊は「同性関係が職務やその他の問題に影響しない限りは問題とされない」と回答(LGBT Rights in Japan)。
56.^ 日本は「市民的及び政治的権利に関する国際規約」の締約国である(Japan: Governor Should Retract Homophobic Comments)。
57.^ 雇用機会均等法は性的指向による差別禁止への拡大適用を見送っている("A Shadow Report" Gay Japan News May 2009)。
58.^ 2003年7月10日に「性同一性障害者特例法」成立(What the Diet's been up to lately: revising the law of transgendered people 11 August 2008)。
59.^ 手術で「女性」…刑務所も女性施設に 兵庫弁護士会勧告
60.^ 性同一性障害に配慮受刑者に長髪、女性服許可(スポニチ)
61.^ http://www.globalrights.org/site/DocServer/Shadow_Report_Japan.pdf?docID=10043
62.^ a b 2009/03/27共同通信「海外での同性婚可能に 法務省が新証明書発行へ」
63.^ Japan allows its citizens same-sex marriage abroad
64.^ 同性結婚、ミッキーマウスも支持 東京ディズニーリゾート - AFP(2012年9月8日閲覧)
65.^ 「エルトン・ジョンなどゲイカップルが卵子バンクの大切な顧客」(週刊ポスト2013年12月13日号)[要ページ番号]
66.^ 「エルトン・ジョンが代理母出産でパパに」(gladxx 2010/12/30)[要ページ番号]、「ニール・パトリック・ハリスに双子の赤ちゃん誕生」(シネマトゥデイ映画ニュース 2010年10月18日)[要ページ番号]
67.^ a b 毎日新聞「同性愛は性非行、と生徒指導書 文部省に使用中止を要請」(1994年8月9日)。
68.^ 1980年代の薔薇族の伊藤文学のコラム[要文献特定詳細情報]。
69.^ 毎日新聞(1993年4月17日)「百科事典に同性愛差別表現、抗議受け2出版社、訂正へ」(百科事典の同性愛に関する表現に差別・偏見がある、と同性愛者の団体《動くゲイとレズビアンの会》から訂正申し入れを受けた大手出版社が、記述の一部を訂正することを決めた。
70.^ a b 『聞きたい知りたい「性的マイノリティ」―つながりあえる社会のために』杉山 貴士 日本機関紙出版センター[要ページ番号]
71.^ a b c シノドス・ジャーナル「セクシュアルマイノリティと自殺リスク 日高庸晴×荻上チキ」(2012年4月27日)
72.^ 半数以上が自殺願望-小学校入学前に違和感47ニュース2015年3月6日閲覧
73.^ 全国紙夕刊2010年9月7日の『ニッポン人脈記』「男と女の間には(2)」[要ページ番号]
74.^ 性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン第4版日本精神神経学会
75.^ 札幌医科大学附属病院GIDクリニック札幌医科大学附属病院公式サイト
76.^ 東北大学病院婦人科東北大学病院公式サイト
77.^ 福島県立医科大学附属病院心身医療科案内
78.^ 埼玉医科大学総合医療センター形成外科・美容外科-患者さん向け埼玉医科大学総合医療センター公式サイト
79.^ 東京大学医学部附属病院形成外科・美容外科東京大学医学部附属病院公式サイト
80.^ 性同一性障害(GID)の外科治療山梨大学医学部附属病院形成外科公式サイト
81.^ 岐大形成外科診療内容岐阜大学医学部附属病院形成外科公式サイト
82.^ 診療科のご案内-泌尿器科名古屋大学医学部附属病院公式サイト
83.^ 大阪医科大学附属滝井病院精神神経科
84.^ 大阪医科大学附属滝井病院腎泌尿器科 大阪医科大学附属滝井病院公式サイト
85.^ 関西医科大学附属滝井病院精神神経科関西医科大学附属滝井病院公式サイト
86.^ 近畿大学医学部奈良病院形成外科・美容外科近畿大学医学部奈良病院公式サイト
87.^ 岡山大学病院ジェンダークリニック
88.^ 岡山大学病院ジェンダーセンター岡山大学病院公式サイト
89.^ 岡山大学病院精神科神経科岡山大学病院公式サイト
90.^ 岡山大学病院泌尿器科岡山大学病院公式サイト
91.^ 岡山大学病院産科婦人科岡山大学病院公式サイト
92.^ 岡山大学病院形成外科岡山大学病院公式サイト
93.^ 川崎医科大学附属病院泌尿器科川崎医科大学附属病院公式サイト
94.^ 福岡大学病院精神神経科福岡大学病院公式サイト
95.^ 長崎大学医学部精神神経科学教室-外来のご案内
96.^ 長崎大学病院産科婦人科
97.^ 大分大学医学部精神神経医学講座-性同一性障害
98.^ 宮崎大学医学部附属病院-病院紹介-精神科宮崎大学医学部附属病院公式サイト
99.^ 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科-泌尿器科学分野
100.^ “献血をご遠慮いただく場合 - エイズ、肝炎などのウイルス保有者、またはそれと疑われる方”. 日本赤十字社. 2014年4月9日閲覧。
101.^ “Senators: Lift Ban on Gays Donating Blood”. CBS (2010年3月4日). 2014年4月9日閲覧。
102.^ Tom Paine, Azusa Yamashita, "IBM Japan to Set Up LGBT-Inclusive ‘Diversity Committee’", IBM Japan to Set Up LGBT-Inclusive ‘Diversity Committee’ - gayjapannews.com, GayJapanNews, March 6, 2008.
103.^ 大歳卓麻・福田泰弘「多様な人びとの価値観や能力を活かす」『《UCDA》UCDAトーク18:大歳卓麻 (前篇)』ユニバーサルコミュニケーションデザイン協会。
104.^ From the book on same-sex partnership in Japan 「同性パートナー生活読本」(http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/book/6980828.html) by Nagayasu Shibun, 3/2/3003. Published by Ryokufuku Publishing, Tokyo (http://www.ryokufu.com/top.html)
105.^ GQ JAPAN (2011年3月16日). “日本の最新LGBT事情 « GQ JAPAN”. 2013年3月23日閲覧。
106.^ 性同一性障害者解雇事件の判例文
107.^ 2012年11月22日『読売新聞』「性別変更の会社経営者、ゴルフ場に賠償請求」。
108.^ 2012年10月1日「伊藤文学のひとりごと」「一枚の写真―女房の久美子も若くてかわいらしい―」より。
109.^ a b 『「オカマ」は差別か 「週刊金曜日」の「差別表現」事件 反差別論の再構築へ』(ポット出版)。
110.^ a b c d e f g h i j k l 2010年10月17日「3331 Arts Chiyoda」で開催されたシンポジウム「ジェンダー・セクシュアリティの媒介」での三橋順子らの発言より。
111.^ 2007年12月28日放送「中居正広の金スマ!波瀾万丈スペシャル」にて。
112.^ a b ニコニコ動画「藤井誠二×伏見憲明らがオネエブームを斬る!」
113.^ 1980年代頃まで女装者やニューハーフは「ゲイボーイ」といった。比留間久夫の小説「YES YES YES」(1989年)ではトランスセクシュアル(ニューハーフ)のルルとフランソワを「ゲイボーイ」といっている。
114.^ 1980年代後半のゲイ雑誌「アドン」か「ざぶ」[要文献特定詳細情報]は森田健作が「オカマが増えて困るんですよ」といったことを編集後記で取り上げ批判した。森田はその直後、片岡鶴太郎の番組[要文献特定詳細情報]にゲスト出演し「男が男を愛そうがいいんですよね。そういう人がいたって」と事実上発言を撤回した。また1990年代、さんまがモノマネ番組に出て聖子のマネをしたゲイを「カマ野郎」と呼んだこともゲイ雑誌[要文献特定詳細情報]が取り上げ批判した(それぞれの出典を探しています。森田発言を批判した「アドン」か「さぶ」の号数(何年何月号)、さんま発言を批判したゲイ雑誌の名前と号数をご存知の方がいましたらお願いします。)
115.^ a b 三橋順子「トランスジェンダーとテレビ・メディア -操作されるイメージ-」に、「本来のゲイ業界用語である『おねえ』概念は、女装しない女性的なゲイ」とある。
116.^ a b c d 「オトコノコノためのボーイフレンド」(1986年発行少年社・発売雪淫社)P53「オネエコトバ」。
117.^ 一例として「オトコノコノためのボーイフレンド」(1986年発行少年社・発売雪淫社)P138。
118.^ 1996年6月18日朝日新聞。
119.^ 朝日新聞2014年2月4日配信「モスクワ五輪・ミーシャ生みの親“政治の場にしないで”」
120.^ 「「ハッテンバ」危うい密室」 朝日新聞、2012年2月1日。

注釈[編集]

1.^ イギリスでは男性同性愛を禁止したバガリー法(1533年、en)があり最高刑は死刑とされ、同国において男性同性愛が完全に非犯罪化されたのは1967年だった。
2.^ 同性愛カップルが養子縁組を結んでいた例として、著名人では俳優の沖雅也と評論家の日景忠男などのケースがある。
3.^ 日本社会党の向坂逸郎は東郷健に「ソビエト共産主義になればお前の病気は治ってしまう。」と発言したが、実際のソ連では同性愛は大粛清の口実の一つとなっていた。後に保坂展人が社民党として謝罪し、社会主義協会も2002年論文内で当時の発言を批判した。ただ向坂本人は自身の発言を撤回していない。[要出典]
4.^ しかしゲイドラマ『同窓会』の放映時間帯には、ゲイタウン新宿二丁目が閑散としたほど同ドラマにはゲイの共感者が多かった[要出典]。
5.^ 鶏姦罪が廃止された背景には、旧刑法草案に関わった仏法学者ボアソナードによるナポレオン法典にソドミー規定がないことや、合意に基づくものは違法でないとの助言があり、司法省も同意したためだった(『矩を踰えて 明治法制史断章』(霞信彦、慶大出版会)「鶏姦罪―施行八年半の軌跡」より)。その他この期間も男色が盛んだった薩長など九州諸藩の政治的影響もあった可能性があるが未検証である[要出典]。
6.^ 女装しない男性的なゲイ(オネエではないゲイ)もいるが、その頃彼らは可視化されていなかったため、オカマ蔑称の対象とされる以前に社会に存在しないことになっていた。


1.^ 国連LGBTコアグループのメンバーは、アルゼンチン、ブラジル、クロアチア、エルサルバドル、フランス、イスラエル、日本、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、米国の11カ国、及び国連人権高等弁務官、EU、さらにNGOのヒューマン・ライツ・ウォッチと国際ゲイ&レズビアン人権委員会からなる(2013年時点)。

関連項目[編集]

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プロジェクト LGBT

ウィキメディア・コモンズには、日本におけるLGBTの権利に関連するカテゴリがあります。
日本における同性結婚
国・地域別のLGBTの権利
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柔術アート

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柔術アート リョートマチダ

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名監督デヴィット・マメット が語る柔術(BJJ)  聞き手マイケル・ムーア

http://www.cinematoday.jp/page/A0001746
デヴィット・マメット 戯曲「グレンギャリー・グレン・ロス」でピューリッツアー賞を受賞し、脚本では映画『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『摩天楼を夢みて』『アンタッチャブル』『ハンニバル』などで有名なデヴィット・マメットが新作映画『レッド・ベルト』(原題)について語ってくれた。監督としても良質の映画を製作する彼が新作でテーマにしたのはブラジリアン柔術だ。

マイケル・ムーア
Q: どういった経緯でこの題材を選択したのでしょうか?

(デヴィット・マメット)わたしはもう6年くらいブラジリアン柔術を習っていて、よく生徒とランチを食べたりするんだが、そのときに彼らの話をいろいろ聞かされてきてね。わたし自身は、まずブラジリアン柔術のアート性と哲学的要素に惹(ひ)かれ、それが格闘界だけでなく、あらゆる分野の仕事にも共通することに興味を持ったんだ

Q:それがなぜブラジリアン柔術となったのでしょうか? 空手などのほかの格闘技もあると思うのですが、特定した理由は何ですか?

(デヴィット・マメット)もちろん、わたしは柔術以外にほかの格闘技もやっている。ただ、柔術に関してはまったくの無知だったんだよ。それがあるとき、ロサンゼルスに住んでいる友人のエド・オニールが、偶然にも柔術を習っていて紹介してくれたんだ。そこでブラジリアン柔術の素晴らしさにくぎ付けになったというわけさ。

Q:ブラジリアン柔術は、具体的にほかの格闘技とどう違うのでしょうか?

(デヴィット・マメット)どの格闘技にせよ、人が人に自分を委ねる段階で、何か哲学的なものを吸収していると思う。わたしが習った柔術は、ヨガみたいな部分があって、言葉では表現できないようなものを感じたことがあった。それが柔術における哲学の重要な構成要素ともいえるだろうね。

ティム・アレンQ:映画『団塊ボーイズ』のティム・アレンが出演していますが、コメディアンの彼にシリアスなキャラクターを演じさせるということに不安はありませんでしたか?

(デヴィット・マメット)ある日、ティム・アレンのエージェントが「映画スターの役があるそうですね? ティムがその役を望んでいます」と電話をしてきた。わたしは「その役は、ストレートな役柄でコメディーではないしギャラも少ないうえ、主役ではないんだ」と伝えたんだ。するとエージェントは「ティムはもう脚本を読んでいて、君とミーティングをしたいと言っている」と教えてくれてね。わたしは個人的にティムを尊敬しているし、特に映画『ギャラクシー・クエスト』は気に入っている。だから、彼を配役したことに関してちゅうちょはなかったよ。映画の歴史を振り返っても、コメディアンは過去のスタンドアップ・コメディーの経験から、緊張感のある中で自然と役柄に入り込むことができるということが証明されているからね。

Q:日本でもおなじみのマジシャン・セロが出演しているのですが、彼をどうやって探し出したのですか?

(デヴィット・マメット)リッキー・ジェイというわたしの映画によく出演してくれる俳優がいるんだが、彼は俳優のほかにマジシャンとしての顔も持っているんだ。彼に「この題材からアジア系のマジシャンが必要だ」と相談したらセロを紹介してくれた。しかもリッキー自身が、当時日本にいたセロに出演の依頼をしてくれてね。セロはマジシャンだけではなく、俳優としても素質があるよ。

元UFCチャンピオン・ランディ・クートゥア(左)と苦しそうなデヴィット・マメットQ:柔術を通してあなたが学んだことはなんですか?

(デヴィット・マメット)不可能なことに直面しても、自分の恐怖心を抑え支配するということかな。昔、わたしとランディ・クートゥア(UFC総合格闘技大会の元チャンピオン)に「あなたはクートゥアと戦えますか?」と聞いてきたインタビュアーがいたんだ。わたしは「戦えるよ」と答えた。まあ、実際に戦ったら10秒もしないうちにたたきのめされるだろうね。もちろん戦わなくて済む状況にことを運ぶことがベストかもしれないけれど「戦えるよ」とわたしは答えたわけさ。それが教えだからね。


劇作家、脚本家、監督と多彩な才能を持つデヴィット。彼のアメリカにおける地位は、日本での彼の知名度とは比べものにならないくらい高い。もしあなたが『レッド・ベルト』(原題)を観たとしたら、彼のかかわったほかの作品も観たくなってしまうだろう。彼こそアメリカ映画最高の語り手といえる存在であるからだ。

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日系ブラジル人労働者を日本が追い出す…  日本は外国人に金を払って国外に追い払っている。09年春、南米から出稼ぎに来た日系人労働者が母国に帰る場合には30万円を支給し、一緒に帰国する扶養家族にも20万円を支給する制度が導入された。ただし、条件が一つある。少なくとも3年は出稼ぎで戻って来ないと約束すること(実際には、3年経過後も再入国は認められていない)。こんな馬鹿げた話は聞いたことがない。












http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2012/06/post-2598_1.php
外国人に優しくない国ワースト5

The World's 5 Worst Immigration Policies

出稼ぎ労働者を追い返す日本から難民を虐待するオーストラリアまで「外国人いじめ」の実態が浮き彫りに

2012年6月26日(火)17時24分

タリア・ラルフ






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 不法滞在の疑いがありそうな人物を見かけた警察官に、相手の身分確認を義務付けるべきだ──移民取締りの強化を進める米アリゾナ州が打ち出したこの条項について、連邦最高裁は6月25日、違憲とはいえないとして容認する判決を下した(移民法の大部分については違憲と認定)。

 とはいえ世界を見渡せば、移民に優しくないのはアリゾナだけではない。外国人が暮らすのに最悪な環境の国ワースト5を挙げてみた。

■1位 ラトビア

 欧州で開発された移民統合政策指標(MIP)によれば、東欧の小国ラトビアの移民政策は調査を行った世界31カ国で最悪。移民の受け入れ判断には差別もあるし、移住後すぐに就労の権利を与えられない点も問題だ。当局の場当たり的な受け入れ手続きのせいで、多くの移民が不安定な立場を強いられている。


■2位 日本
 
 日本は外国人に金を払って国外に追い払っている。09年春、南米から出稼ぎに来た日系人労働者が母国に帰る場合には30万円を支給し、一緒に帰国する扶養家族にも20万円を支給する制度が導入された。ただし、条件が一つある。少なくとも3年は出稼ぎで戻って来ないと約束すること(実際には、3年経過後も再入国は認められていない)。こんな馬鹿げた話は聞いたことがない。

■3位 タイ

 タイとアリゾナ州には意外と共通点が多い。タイ当局は10年3月、国内に暮らす150万人の外国人に身分登録を義務づけた。自分の国籍を提示し、母国の承認を得なければ国外追放される。

■4位 アラブ首長国連邦

 東南アジアやインドから大挙して押し寄せる不法労働者のおかげで中東随一の経済成長を遂げたが、
移民関連の法整備は進んでいない。

 特に論争の的になっているのは、外国人の労働組合への加入を禁じる法律だ。そのせいで週80時間労働や過酷な肉体労働、最低賃金水準を下回る低賃金といった劣悪な待遇がまかり通っている。小さなプレハブ小屋の1室に12人が押し込められ、茶色く濁った不衛生な水で体を洗い、あふれたトイレの隣で料理するのが、UAEの不法労働者の日常だ。

■5位 オーストラリア

 移民に厳しい国というイメージはないかもしれないが、ビザをもたない非オーストラリア市民の拘留を義務付ける1958年の法律が今も生きている。さらに「オーストラリアに留まる許可を与えられないかぎり、実現可能な範囲で早急に国外追放する」とも定められている。子供の難民が拘留中に虐待を受けたとの報告もある。

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風の谷のナウシカ




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風の谷のナウシカ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

『風の谷のナウシカ』(かぜのたにのナウシカ)は、徳間書店のアニメ情報誌『アニメージュ』に連載された宮崎駿の漫画作品、および1984年に劇場公開された宮崎駿監督のアニメ映画作品、及び同映画のイメージソングの曲名である。

画像:Logo serie manga.png














目次 [非表示]
1 概要
2 あらすじ
3 作品の背景
4 漫画連載から映画化までの経緯
5 映画「風の谷のナウシカ」 5.1 概要
5.2 制作体制
5.3 海外版
5.4 キャッチコピー
5.5 声の出演
5.6 スタッフ
5.7 受賞・推薦

6 ラジオドラマ
7 ゲーム
8 諸設定 8.1 年代設定
8.2 風の谷
8.3 辺境諸国
8.4 トルメキア
8.5 土鬼諸侯連合
8.6 ペジテ
8.7 蟲使いと「森の人」
8.8 腐海
8.9 蟲
8.10 動物
8.11 巨神兵
8.12 秘石
8.13 粘菌
8.14 大海嘯
8.15 年代記
8.16 腐海文書
8.17 滅亡の書
8.18 超常の力
8.19 船(飛行機)

9 脚注
10 関連項目
11 参考文献
12 外部リンク




概要

漫画作品は、アニメージュ誌上で1982年に連載が開始され、1994年に終了した。その間、映画制作などのため何度か休載している。多忙を極めた宮崎駿が連載を維持するために、鉛筆原稿のまま雑誌掲載された回もある。

映画作品は、単行本全7巻の漫画全体から見ると序盤に当たる2巻目の途中まで連載された時点での作品であり、映画公開後に連載を再開した漫画とは内容が異なる。

本作のオリジナリティは高く評価され、漫画版は第23回日本漫画家協会賞の大賞を受賞、8ヶ国語で翻訳・発売されている。映画版も各賞を受賞し、宮崎アニメの中ではSF的要素が色濃い作品であることもあり、アニメファンの支持が高い作品である。


注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。




あらすじ

人類は極限まで文明を発達させ自然を征服するが、「火の七日間」と呼ばれる最終戦争を引き起こす。高度な文明は滅び、瘴気(有毒ガス)が充満する「腐海」と呼ばれる菌類の森や獰猛な蟲(むし)たちを生んでしまう。それから千年余り、わずかに残った人類は、古(いにしえ)の文明の遺物を発掘して利用しつつ逞しく生きていた。腐海は拡大を続け、人類の生活を脅かしていた。

腐海のほとりにある辺境の小国「風の谷」は、大国トルメキアの戦乱に巻き込まれた。「風の谷」の族長の娘であるナウシカは、過酷な運命に翻弄されながらさまざまな人びとと出会い、自分自身と世界の運命、太古より繰り返されて来た人の業とも呼べる営みに向き合い、大国と小国そして腐海と人類との共生の道を探す。



作品の背景

自然と科学技術の対立、文明の破壊と再生はいくつかの宮崎駿作品に見られるが、本作品もその一つである。また、公害や自然破壊などいわゆる環境問題や、戦争批判という側面もある。

漫画版では物語序盤に提示されていた自然と科学技術という単純な二項対立の構図が、後半において複雑な構図に変化するなど、物語のテーマが大きく変わっていった。その背景には、ソ連崩壊に伴う東西冷戦終結など実際の時代背景が大きく変化した影響が大きいことを宮崎本人が当時のインタビューで明かしている。

宮崎が、主人公ナウシカのモデルとして言及しているのは、日本の古典文学である堤中納言物語に登場する「虫愛づる姫君」で、これは後に映画「もののけ姫」の題材ともなっている。また、その名前は、ギリシア神話に登場する王女ナウシカアに由来する(オデュッセウスの項目を参照)[1]。青衣の民のモデルはサハラ砂漠のトゥアレグ民である。

物語のモデルとした地域は定かでない。『COMIC BOX』1984年5・6月号の対談で「(風の谷のイメージは)中央アジアの乾燥地帯なんです」と発言し、『風の谷のナウシカ 宮崎駿水彩画集』で、腐海のモデルはウクライナ・クリミア半島のシュワ―ジュとコメントしたのが目立つ程度である。また、スタジオジブリはオーストラリアに関しては参考にした場所は無いとしている[2]。辺境として出てくる国々の以前の形として古エフタル王国と言う名前が出てくるが、歴史上の中央アジアの遊牧民にエフタルと呼ばれた民族(言語など一切が謎に包まれている)がある。

ルネ・ラルーのアニメ映画『ファンタスティック・プラネット』(1973年)や、宮崎自身がファンだという漫画家・諸星大二郎の影響も指摘される[3][4]。なかでもフランスの漫画家メビウス[5] の『アルザック』(1975年)には強い影響を受け「『ナウシカ』という作品は、明らかにメビウスに影響されつくられたものです。」と宮崎自身メビウスと対談した際に語っている。また、腐海と人間との関連性には、中尾佐助の唱えた照葉樹林文化論の影響も大きかった。他に「地球の長い午後」「デューン砂の惑星」等のSF小説の影響を指摘する論者もいる[6]。



漫画連載から映画化までの経緯

アニメージュ編集部では、宮崎の監督作『未来少年コナン』『ルパン三世 カリオストロの城』を通じて、まだ無名だった宮崎の才能に早くから着目しており、1981年8月号には「宮崎駿特集」を掲載していた。

当時の宮崎は、アニメ制作会社テレコム・アニメーションフィルムに在籍しており、『ルパン三世 カリオストロの城』の監督を務めた後、『リトル・ニモ』の準備とイメージボードの作成、イタリアとの合作である『名探偵ホームズ』の演出などを担当していた。しかし、その時点では両作品共に一般公開される目処が立っていなかったことに加え、自ら『もののけ姫』などのアニメ化企画を提出したが会社には採用されなかったため、自分が関わった作品が世に出ない事に不満を抱えている状態だった。

「宮崎駿特集」担当編集者の鈴木敏夫は、宮崎に漫画連載を依頼。渋る宮崎を口説き落とした。漫画の依頼に対し宮崎は、『戦国魔城』というアニメ化前提の企画を提出したが、徳間書店側は傘下の映画会社大映に原作が存在しないことを理由の一つとして、この企画を却下している。『ナウシカ』の連載は、1982年1月発売の1982年2月号から開始された。結果的にアニメ化を前提としないマンガ作品を描くことになったため、宮崎は当初、「漫画として描くならアニメーションで絶対できないような作品を」と意図していた。そのためアニメ化は困難と思えるほど細密な書き込みがなされ、一般読者のみならず一部の目の肥えた漫画マニアにも驚きと賞賛をもって受け入れられている。

その後、宮崎は『ニモ』を降板、1982年11月にはテレコムを退社してフリーとなり、一時『ナウシカ』の漫画連載が唯一の仕事となる。この状況を知った尾形英夫アニメージュ編集長は、同誌の主催するイベント「アニメグランプリ」で上映する短編としてのアニメ化を提案。これに対し宮崎は「どうせ作るなら劇場用長編に」と回答し、徳間書店社長の徳間康快の承諾を得たことで『ナウシカ』の劇場用長編アニメ映画化構想が始動した。広告代理店大手の博報堂に宮崎の弟が勤めていたのも大きな原動力となり、映画化構想は実現することになる。



映画「風の谷のナウシカ」

風の谷のナウシカ

監督
宮崎駿

製作総指揮
高畑勲

製作
徳間康快
近藤道生

脚本
宮崎駿

出演者
島本須美
辻村真人
京田尚子
納谷悟朗
永井一郎
宮内幸平
八奈見乗児
矢田稔
吉田理保子
菅谷政子
貴家堂子
坂本千夏
TARAKO
松田洋治
寺田誠
坪井章子
榊原良子
家弓家正
水鳥鉄夫
中村武己
太田貴子
島田敏
野村信次
鮎原久子
大塚芳忠

音楽
久石譲

主題歌
安田成美
『風の谷のナウシカ』

編集
木田伴子
金子尚樹
酒井正次

配給
東映

公開
日本の旗1984年3月11日
アメリカ合衆国1985年6月
大韓民国2000年12月30日
オーストラリア1984年3月11日
{ ドイツ2005年9月5日
フランス2006年5月18日
トルコ2007年7月6日
ロシア ロシア2007年7月26日
エストニアの旗 エストニア2008年4月11日
フィンランド フィンランド2008年9月26日

上映時間
116分

製作国
日本

言語
日本語

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概要

1984年に徳間書店と博報堂の共同出資により、アニメ映画化、全国の東映洋画系の劇場で同年3月11日より公開される。制作は「トップクラフト」が担当した。

環境問題をテーマの一つに盛り込んでいたこともあって、朝日新聞のコラム「天声人語」で取り上げられるなど、従来のアニメ映画の枠を越える評価を受けた。ナウシカは91万人の観客を動員し、当時の劇場版アニメーション作品としては異例ともいえる7億円以上の配給収入を得て成功を収めた。数々の映画賞を受賞し、アニメーション作家としての宮崎駿の知名度を大きく引き上げた作品となった。

映画版ナウシカは、演出上の理由からナウシカが王蟲の暴走を食い止めるために王蟲の群れに巻き込まれるエピソードなどが加えられている。これについて宮崎は、映画を宗教的な画面にしてしまったことへの忸怩たる思いを隠さず、宿題が残った映画であると発言した。[7]

また、映画版には大国トルメキアと対立する土鬼諸侯連合(ドルク)が登場しない。映画版ではナウシカが伝説の救世主的キャラクターとして描かれるが、その後に連載された漫画版ではそのような記述は抑えられている。

同時上映は、宮崎が1982年にテレコム・アニメーションフィルム在籍時に演出として参加していながらお蔵入りになっていた『名探偵ホームズ』。宮崎の手がけた短編6作品のうち、「青い紅玉(ルビー)の巻」と「海底の財宝の巻」2作品が上映された。後のテレビシリーズとは声優など細部で異なる点がある。

映画完成後、トップクラフトを改組する形でスタジオジブリが設立され、以降の宮崎と高畑勲の長編アニメーション映画を制作する拠点となった。



制作体制

映画製作にあたっては、宮崎の漫画を連載していた『アニメージュ』を発行する徳間書店が中心的な役割を果たした。当時、徳間グループは大映を傘下に抱えていたが、アニメへの理解とノウハウがなかったため、大映は製作に関与せず、グループ総帥である徳間康快指揮の下、徳間ジャパンなども含めたグループ総動員で宣伝活動がなされている。

映画は1983年になって始動し、同年5月、プロデューサーに高畑勲が選ばれる。長年宮崎と仕事を組んで来た仲間であり、宮崎の指名によるものだった。当初、自分はプロデューサー向きではないと渋ったものの、徳間書店の鈴木敏夫の説得により受諾し、8月から作画に取りかかる。制作拠点となったのは、宮崎や高畑の東映動画時代の同僚である原徹たちが運営していた「トップクラフト」。主に海外合作を手がけているアニメスタジオであった。ここに宮崎らはフリーで参加するという形を取る。当初、宮崎らは、東京ムービー傘下のテレコム・アニメーションフィルムを制作母体として考えていた。同社は長編アニメーション制作を目的に設立された会社で「ルパン三世 カリオストロの城」もここで制作された。宮崎や高畑は籍を離れたとはいえ、大塚康生などかつての仲間たちも在籍している。宮崎の考える制作環境としてはうってつけだったが、同社は『NEMO/ニモ』の準備に忙しく、一部スタッフが手伝い程度に参加するに留まった。

本作には、それまで宮崎と付き合いのなかった新しい顔ぶれのスタッフも多数参加している。宮崎や高畑が要求する高いレベルのスタッフが「トップクラフト」内だけでは不十分だったこともあり、2人が過去に関係した人材のみならず、鈴木敏夫ら「アニメージュ」関係者も、現場取材を通じて知った人材などをスカウトしてスタッフが集められたためだ。

タツノコプロ系のなかむらたかしや中村光毅、テレビ時代の東映動画の中心アニメーターであるOH!プロダクションの小松原一男、金田パースという独特の作画で人気だった金田伊功、後に『新世紀エヴァンゲリオン』で名を馳せる庵野秀明など、錚々たるメンバーが集結している。個性的なスタッフが揃ったことで魅力ある画面に仕上がった。原画には宮崎の厳しいチェックがあったとされるが、キャラクター描写などにその個性を見出すマニアもいる。庵野秀明は作品ラストの巨神兵のシーンの原画を担当している。庵野は担当シーンの人物作画が全く出来ず”丸チョン”で済ませて宮崎に任せてしまったり、宮崎の指示に不満があってタイムシートを勝手に書き換えたと述懐している(この件に関して、宮崎は黙認したようである)。金田伊功は、その後ジブリと宮崎アニメを支える有力スタッフとなり、1997年の『もののけ姫』まで連続して参加した(本作では人物にパースを付けすぎて、宮崎に大幅に手直しされたという逸話がある)。宮崎が絵コンテを仕上げるスピードが遅かったために、それに応じて作品の規模は縮小している。

映画化にあたってイメージガールが募集され、後に女優となる安田成美がグランプリを獲得して、松本隆作詞、細野晴臣作曲の「風の谷のナウシカ」を歌った。同曲は、当初、主題歌となる旨が発表されていたが、宮崎及び高畑の反対で、劇中本編で使用されることはなく、映画宣伝用のイメージソングとしてEDタイトルに刻み込まれるに留まった。CMや歌番組などで披露された安田の独特な歌い方は視聴者に強烈なインパクトを残し、それなりのヒットを記録する。曲そのものの評価は高く、2007年に発売された「細野晴臣トリビュート・アルバム」でも、坂本龍一と嶺川貴子のコンビでカヴァーされている。

音楽には久石譲が参加している。後に宮崎作品になくてはならない存在になる久石の初参加作品である。当初、久石は映画に先行して発売されたイメージアルバムの担当で、映画の劇伴音楽は前述の安田成美の主題歌を担当した細野が担当する予定であったが、宮崎と高畑が、久石譲のイメージアルバムを気に入ったため、本編の音楽にも起用され、主題歌のみが存在することになった。なお、久石のイメージアルバムへの起用はレコード会社の推薦で、それまで宮崎も高畑も久石の予備知識は何もなかったという。



海外版

『風の谷のナウシカ』には、『風の戦士たち(Warriors of the Wind)』というバージョンが存在しており、1985年に米国のニューヨークのみで短期間劇場公開されている。これは低予算映画で知られるロジャー・コーマンが創立したニューワールド・ピクチャーズ社の配給であり、単純明快な勧善懲悪・ヒロイック・ファンタジーを好むと思われる米国の市場に合わせるべく単なるアクションものへと改変されている。ナウシカは「ザンドラ姫」に改名、日本で116分だった上映時間は95分になっている。このバージョンを知らなかった宮崎は、朝日新聞1985年9月17日夕刊「いまアニメの時代」の連載3回目を読んで初めて知り、無断で改変されたことに激怒、結果的にこの改変を許してしまった徳間書店側は宮崎に謝罪したという。

『風の戦士たち』は同年にVHSビデオとしても発売されている。ジャケットのイラストは、巨神兵に乗った正体不明の人物3名が中央に配され、それをペガサスに跨ったやはり正体不明の人物と、メーヴェらしき飛行物体に乗ったザンドラ姫が囲んでおり、日本人が知るナウシカのイメージとは大きく異なっている。さらに『風の戦士たち』の状態で他国に転売されており、イギリス版、スペイン版、フランス版、ドイツ版へと広がっているのが確認されている。フランスではVIP Internationalから『Le Vaisseau Fantôme』(幽霊船)の題で、Blue Kid's Videoから『星のプリンセス(La Princesse des Etoiles)』の題で発売された。[8]

その後ディズニー配下のブエナビスタ・インターナショナルがビデオ配給の権利を得てからは、勝手な改変を施されていないバージョンが各国に配給されるようになった。2005年にDVDで発売されたナウシカの完全英語版(英語タイトル: Nausicaa of the Valley of Wind)[9]は、同年アメリカで最も売れた日本アニメDVD作品となっている。またこのバージョンはカンヌ国際映画祭の「カンヌ・クラシック」部門でも上映され、フランスでは劇場公開が行われた。



キャッチコピー

本作のキャッチコピーは、「少女の愛が奇跡を呼んだ」であり、これは映画宣伝会社メイジャーの徳山雅也宣伝プロデューサーによるものである。



声の出演


キャラクター

声の出演 日本語版

声の出演 英語版


ナウシカ

島本須美

アリソン・ローマン


ジル

辻村真人

マーク・シルヴァーマン


大ババ

京田尚子

トレス・マクニール


ユパ

納谷悟朗

パトリック・スチュアート


ミト

永井一郎

エドワード・ジェームズ・オルモス


ゴル

宮内幸平

フランク・ウェルカー


ギックリ

八奈見乗児

ジェフ・ベネット


ムズ

辻村真人

?


ニガ

矢田稔

マーク・シルヴァーマン


トエト

吉田理保子



アスベル

松田洋治

シャイア・ラブーフ


ラステル

冨永み~な

エミリー・バウアー


クシャナ

榊原良子

ユマ・サーマン


クロトワ

家弓家正

クリス・サランドン


ペジテ市長

寺田誠(現・麦人)

マーク・ハミル


ラステルの母

坪井章子

ジョディ・ベンソン


少年

坂本千夏・TARAKO・鮎原久子



少女

菅谷政子・貴家堂子・吉田理保子



コマンド

水鳥鉄夫



ペジテ市民

中村武己・島田敏



ペジテの少女

太田貴子



トルメキア兵

野村信次・大塚芳忠





スタッフ
##制作:原徹
##プロデューサー:高畑勲
##原作・脚本・監督:宮崎駿
##音楽:久石譲
##美術監督:中村光毅
##音響監督:斯波重治
##作画監督:小松原一男
##原画:金田伊功、丹内司、なかむらたかし、賀川愛、庵野秀明、高坂希太郎、渡部高志、小田部羊一、篠原征子、二木真希子ほか
##演出助手:棚沢隆、片山一良
##制作進行:押切直之、神戸守、島崎奈々子
##制作:トップクラフト
##製作:徳間書店、博報堂



受賞・推薦
##毎日新聞映画コンクール・大藤信郎賞
##キネマ旬報読者選出ベストテン1位
##キネマ旬報ベストテン7位
##WWF世界自然保護基金推薦
##日本のメディア芸術100選アニメ部門選出
##第2回日本アニメ大賞 大賞
##1985年星雲賞演劇部門・メディア部門受賞

星雲賞演劇部門・メディア部門


第15回 1984年度

『ダーククリスタル』
ジム・ヘンソン&フランク・オズ監督


第16回 1985年度

『風の谷のナウシカ』
宮崎駿監督


第17回 1986年度

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
ロバート・ゼメキス監督





ラジオドラマ

アニメ映画公開前日の1984年3月10日深夜(日付は3月11日)にニッポン放送「オールナイトニッポン」で映画を宣伝する「風の谷のナウシカスペシャル」が生放送された。ゲストは宮崎駿監督やナウシカガールの安田成美。この特別番組内では、約30分のラジオドラマが流された。当時の同種のアニメ映画のオールナイトニッポンスペシャルでは生のラジオドラマも多かったが、本作では事前に収録が行なわれていた。宣伝という性格上、ストーリーと声優のキャスティングはアニメ版に準拠し、途中までをドラマ化し後は映画館で見て下さいという趣向だった。脚色は藤井青銅、演出はドン上野こと上野修。



ゲーム

劇場アニメ版とのタイアップで、当時の8ビットパソコン用にナウシカを素材としたコンピュータゲームが作られた。1984年に徳間書店がテクノポリスソフトのブランド名で出したMSX用ゲームソフト「忘れじのナウシカ・ゲーム」、PC-6001用ゲームソフト「ナウシカ危機一髪」、PC-8801用ゲームソフト「風の谷のナウシカ」の3作である。アドベンチャーゲームだったPC-8801用のものはともかく、PC-6001用とMSX用はシューティングゲームである。MSX版はナウシカが腐海の蟲たちを撃ち殺してスコアを稼いでゆくという噂があったが、これはガセである。これ以降、ジブリ作品を題材としたコンピューターゲームが一切現れていない。その原因を作ったのはこのゲームであり、このゲームに宮崎や高畑が激怒したためとファンの間では語られる。また宮崎駿がコンピューターゲーム嫌いになったのはこのゲームが原因という記述が井坂十蔵の「宮崎駿のススメ。」にもある。しかし、噂の域を出ないのではないかとの指摘もある。宮崎駿はラピュタの頃のインタビューで「テレビゲームはアニメのライバルだと思ってるからやらない」と語っている。



諸設定

(原)は原作に登場,(映)は映画版に登場 を意味する。



年代設定

極限まで科学技術が発展した人類の引き起こした「火の7日間」と呼ばれる最終戦争により、文明が滅びた後千年余りが経過した未来の地球が舞台となる。人々の生活様式は、最終戦争以前の高度産業文明の産物を発掘し利用しつつも、基本的には中世を彷彿とさせる水準にまで退行している。



風の谷

主人公ナウシカの故郷である辺境の小国。人口は500人程度。

海から吹き付ける風を動力として活用しながら、中世レベルの農業と採取活動により成り立っている。また、潮風により腐海の胞子から守られているが、わずかに届く腐海の毒は人々を確実に蝕んでおり、死産や四肢硬化を引き起こしている。

族長の住む城の大風車で地下500メルテ(作中における長さの単位)から水を汲み上げ、それを貯水池にいったん引いて寝かせてから沸かして飲料用・農業用に用いている。

漫画版では、自治権の保証と引き替えに、族長が招集に応じてガンシップで参戦するという盟約をトルメキアと結んでいる。
ナウシカ(原,映)風の谷の姫。大気の流れを読み腐海の毒から人々を守り導く「風使い」の少女。16歳[10]。漫画では、王蟲やさまざまな虫の声を聞くことになる。ジル(原,映)風の谷の族長でナウシカの父。かつては風使いとして飛ぶことも出来たようだ。身体を腐海の毒に侵されており、ナウシカに谷の行く末を託す。原作ではその病によって死去するが、映画ではトルメキア兵に殺された。ユパ・ミラルダ(原,映)ジルの旧友でナウシカの師。腐海の謎を解くためにトリウマのカイ・クイとともに旅を続けている。その剣の腕は腐海辺境一と賞されている。原作ではクシャナを庇い壮絶な最期を遂げる。ミト(原,映)腐海の毒による四肢硬化により農作業を離れ城の守りに就いた「城オジ」の一人。ナウシカの忠臣。原作では最後まで生き残ったが、その寿命が近いことが示唆されている。大ババ(原,映)齢100歳を超える腐海辺境一の年寄り。「大海嘯」の伝承を語る。(原作ではそれほど重要な人物ではない)ゴル(映)、ギックリ(映)、ムズ(原)、ニガ(原,映)城オジ達。ナウシカの初陣に同行する。トエト(原,映)、ネカリ(原)風の谷の適齢期を迎えた娘。原作ではユパから婚礼衣装の飾りにとタリア河の石を贈られる。映画では、トエトが作中の年に出産していて、ユパに赤ん坊の名付け親になってほしいと願う。テパ(原)風の谷の少女。見習い風使い。訓練中に蟲にぶつかり、落下しそうになるが、ナウシカから訓練中に教わった風の乗り方を思い出し、訓練中に見えなかった、風の層を見分けることができ、見事に無傷で着陸した。この事により、谷の人々に希代な才能を見せつけ、「ナウシカの跡継ぎになるのでは」と期待を寄せられるようになる一方、ナウシカが谷には戻らぬ事を告げる存在となった。


辺境諸国

風の谷はもちろん、砂の谷やペジテなど、腐海のほとりにある小国群。人口は少なく風の谷で500人程度、産業文明の遺産であるガンシップと言う高性能小型戦闘機を所有している。漫画版ではトルメキアを盟主として同盟を結んでいる。 この地には「火の七日間」を経てもなお、産業文明の技術を伝えるエフタルと言う巨大王国が栄えていたが、王位継承戦争やそれが引き金になって起こった3度目の大海嘯(大規模な腐海の拡大)によりナウシカの時代から300年前に滅亡。以後小国に分裂し、トルメキアの宗主権下に入ったとされる。その名残で辺境の人びとは、国に関わらずみずからをエフタルの民と称しており、風の谷の場合「エフタル風の谷の民」となる。

腐海のほとりということもあり、毎年多くの都市が腐海に飲み込まれ、人が住める土地が減っていっている。

恐らくトルメキアには存在しないと思われるガンシップを所有しているため、(ガンシップのような高性能戦闘機開発技術は産業文明が生んだ直系のもので、エフタルに受け継がれ、トルメキアでは失われたものと考えられる)同盟国であるトルメキアにとって貴重な兵力調達先となっていた。トルメキアの南下作戦に際してクシャナらによって徴兵されたが、土鬼軍の罠によりトルメキア軍はクシャナの乗るコルベット単艦を残し全滅。自ら志願したナウシカを除く全ガンシップは帰路に着いた。更に土鬼が辺境の地を狙っている事を知り、再びトルメキアに徴兵されることを嫌った国々はトルメキアとの同盟を破棄し、土鬼の襲来に備え再びエフタルの旗の下に集い連合を組んだ(しかし、土鬼マニ族が神聖皇帝のやり方に疑問を感じ作戦を中断し、ペジテの巨神兵を漁るだけで帰還したため、土鬼の来襲は実現しなかった)。

映画版では風の谷とペジテのみ登場し、巨神兵の捜索をしていたクシャナが辺境の国々を統合し国家を建設しようとしたが失敗した。

なお、実際に5世紀中頃から6世紀中頃にかけて、中央アジアにエフタルと言う国家が存在している。突厥とサーサーン朝ペルシアによって地上から抹殺された遊牧民国家で、民族ごと破壊されたために、彼らが残した文明的痕跡はなく、謎に包まれている。
酒屋の主人(原)工房都市セム市に属する超硬質セラミック鉱山街の酒屋の主人。ユパが立ち寄った際、クイを娘のエアが勝手に預かってしまったため、対処に困り1000ルミィで売り飛ばそうとした。エア(原)酒屋の主人の娘。ユパに頼まれクイを預かっていた。父親がクイを売ろうとした事に激怒し街中で親子喧嘩をした。2巻と4巻で顔のデザインが若干違う。


トルメキア

風の谷からはるか西方(漫画版付属の地図では東方)にある、強大な軍事力を誇る軍事国家。辺境の族単位の小国群を従えている。

映画版は帝国。トルメキアは風の谷と主従関係は存在せず、突然辺境諸国を征服しに来た軍事国家として描かれる。

漫画版では王国、都はトラス。漫画版では特に東ローマ帝国をモデルにしていると思われる。国王はヴ王と称し、子は3人の皇子と1人の皇女クシャナ(末娘)。映画版では王族はクシャナのみ登場し他の王族は不明。主な構成人種はヨーロッパ系の白人で、アジア系の土鬼と対置されている。

漫画版で描かれる土鬼領サパタ諸侯国における籠城戦はオスマントルコ帝国によるコンスタンティノポリスの包囲を彷彿とさせる。クシャナ配下の騎兵が電撃的な機動戦を展開して城塞を包囲する土鬼の攻城砲台群を壊滅させてゆく様が躍動的に描かれており、また城外に討って出たクシャナの用兵や装備等は近世の西・中央ヨーロッパを参考とする等、イメージの元となるものは様々である。

トルメキアの王族による王位継承争いは古くからの伝統で物語中も過酷である。クシャナの母(王妃)が主張するには「正統なトルメキア王家の血を引くのはクシャナのみ」ということであるが、ヴ王自身はオーマと対峙した際、自身の血筋をして「我が血は最も古く、しかして常に新しい」ことを誇っているので、ヴ王も相当有力な出身のようである。おそらく、ヴ王は王家の直系の王族であるクシャナの母と政略結婚することで王位につけたのだろう。3人の皇子の支持者は正統な王位継承権者のクシャナが幼いころに毒殺しようとしており、身代わりの母が精神に異常をきたす。これが元で、クシャナは父と兄達への復讐を誓うことになる。

3皇子はクシャナの兄なのに「正統な王家の血を引いていない」とすると皆ヴ王の連れ子(前妻との間との息子)ということになる。特に第3皇子とクシャナの対立は激しく、兄達は彼女の軍事力を削ごうと、わざと不利な戦線へ派遣したり、無謀な作戦を実行させたりした。この結果、当初6,000人いた第3軍は最終的に200人まで減少してしまう。更に敵に有利な情報を漏洩させたり生々しい兄弟同士の争いを描かれており、クシャナは3人の兄たちと父を『毒蛇・肉塊の化け物』と言っており、ヴ王にして『王宮には、ゴミの如き王族、血族が犇いている』と言わしめた(トルメキア王家の紋章である、互いに争う双頭の蛇は、これらの王家代々の骨肉の争いを象徴していると言われている。ここも、在りし日のローマ帝国を彷彿とさせる)。

漫画版最後で3皇子が行方不明になっていたため、崩御寸前のヴ王からクシャナに王位を譲られたが、クシャナは生涯代王として王位には就かず、以後トルメキアは「王を持たぬ王国」になったとされる[11]。原作中でクシャナは「すでに王はいる」と語っており、おそらくそれはナウシカの事であり、故に代王と自らを称したのであろうことが推測される。
クシャナ(原,映)トルメキアの第4皇女。容姿端麗かつ優れた軍人であり、トルメキアの誰よりも兵から絶大な信頼と忠誠を得ている。その卓越した戦術的能力と部隊全体を鼓舞するカリスマ性から、敵からは「トルメキアの白い魔女」と恐れられている。非常に思慮深く聡明な女性だが、王家の人間としての帝王学からか冷徹にすら見える態度を貫き、喜怒哀楽など個人的な感情を表に出す事は少ない。しかし母親への侮辱だけは許さず、逆上し怒りをあらわにする事がある。戦乱の中、ナウシカやユパとの出会いを経て真の王道に目覚めていく。原作では土鬼の王蟲の幼虫を使った作戦で艦隊を失うが、それが兄の陰謀だと知り命令どおり南下を続ける。その後、第3軍主力と合流するため土鬼の地へ入り、唯一生き残っていたサパタに駐留していた本隊と合流した。そして攻城砲破壊後、部隊を脱出させるための船を奪取するため、カボの基地へ向かうが、蟲の襲撃を受け失敗。ユパに助けられサパタへ帰還するも、すでに壊滅した後だった。その後ナムリスに捕縛されるが、面会時の会話から、彼とは以前よりお互いのことをよく知っている様子である。そして、第3軍本隊の命とトルメキアの王位継承権と引き換えに政略結婚を受諾。ナムリスと供にトルメキアへ侵攻しようとするが、叛乱を起こして船を掌握。ヒドラに衣服を破られたナウシカに自らのマントを手渡した後、巨神兵と供に飛び立つ彼女に『シュワで会おう』と約束する。墓所の主を自分の目で確かめようとしていたが、ナウシカが先に封印した為、叶わなかった。映画版では過去に蟲に襲われ片腕を失っており(「我が夫となる者はさらにおぞましきものを見るだろう」と述べていることから、体の他の部分も失われているらしい)、その腕は義手になっている。その境遇故か巨神兵をトルメキア本国に引き渡す事を良しとしておらず(クシャナ曰く「本国の馬鹿どもの玩具」に成り下がるという)、その強大な力で腐海を焼き払い旧時代のような人間が支配する世界の再建を目論む。成長途中の巨神兵を目覚めさせ、ペジテの策略により風の谷へ突進する王蟲の群れを撃退しようとするも失敗。殺到する王蟲の群れに飲み込まれたが、文字通り奇跡の生還を果たした後、風の谷を後にした(スタッフロールでクロトワらを従え風の谷から撤退する様子が確認できる)。また腐海と蟲を忌々しいものとして嫌悪し、それら全てを人類に対する害悪と全否定するクシャナは、腐海と蟲の存在意義を理解し受け入れようとするナウシカのアンチテーゼとして映画版における重要なキーパーソンといえる。クロトワ(原,映)軍参謀。平民上がりの野心家。ヴ王から秘石の入手と供に、クシャナの監視・謀殺の任務を命じられていた。しかしそれもクシャナに見破られ、お偉方の秘密を知り過ぎた故に、いずれにせよ自分は抹殺されると悟りクシャナの側に付く。原作では軍人ならびに参謀としては優秀な人物である。元コルベット(ボロ船)乗員だったため操船術にも長けており、叩き上げである事からか兵からの人望も厚い。カボ脱出時に重コルベットに激突され重傷を負うも、しぶとく生き残る。映画版ではクシャナ直属の軍参謀として登場。原作にある謀略の手先という設定は削除されているため、実質クシャナを頂点とする軍の中間管理職の一人にすぎない。しかしクシャナが行方不明になった際には部隊の全権を掌握しようと目論むなど、野心家としての設定は健在である。また成長途中の巨神兵に『可愛い化け物』と語りかけ、クシャナが腐海から生還した事を知るや『短ぇ夢だったなぁ』と呟き、元の職務に戻るなどよりシニカルな人物に描かれている。セトル(原)第3軍兵士。階級は二曹。焼き払われた村に補給に訪れた際に、井戸の中に居た羽蟲に襲われた。その際、瘴気を吸ってしまい生死の狭間を彷徨うも、ナウシカが彼の肺に溢れた毒の血を直接口で除いたことで、呼吸が落ち着き一命を取り留めた。セネイ(原)第3軍士官。クシャナの忠臣。主力がサパタから脱出後もカボへ向かったクシャナを待っていたが、ヒドラの襲撃を受け死亡。将軍(原)3皇子によりサパタ駐留の第3軍の指揮官として送り込まれた。将校ではあるが無能な人物。土鬼の攻撃が迫った際、兵士を見捨てて逃げようとするが失敗。兵士達にクシャナを逮捕するよう命じるが、誰も従おうとしなかった。その後クシャナと供に攻城砲破壊に出撃するが、攻城砲の直撃を受け死亡。同じ将軍と言う事か、ラピュタのモウロ将軍と顔が似ている。ナウシカを守る為に駆けつけた分隊の隊長(原)ナウシカが第3軍本隊の退路を確保する為、単独行動を取った際に駆けつけた第3軍所属分隊の隊長。彼女を守るべく装甲兵4騎を引き連れナウシカの元へ駆けつけた。ナウシカはカイの脚力で切り抜けようとしていた為、迷惑がっていたが、彼らの働き無しでは包囲網を突破できなかったと言ってもいい。飛び交う銃弾から盾となって彼女を守り戦死した。出陣の際、クシャナからナウシカを紹介された時、兜を外して挨拶した装甲兵は彼と思われる。ナウシカを守る為に駆けつけた分隊の兵士(原)ナウシカを守る為、駆けつけた第3軍所属分隊の5騎(隊長+4騎)の一人。仲間が次々と脱落していく中、最後まで彼女を守り続け、ナウシカが撃たれて意識が遠のき落馬しかけた際には、銃弾で撃たれながらも『手綱をとれっ。走れ、走るんだ!!』と彼女に檄を飛ばした。ナウシカが意識を取り戻すと同時に自らも倒れ、彼女を追ってきた土鬼騎兵と供に自爆し戦死した。ヴ王(原)トルメキア国王。先王の血を引くクシャナの謀殺を図っていた。第1、第2皇子が蟲が来たことを口実に逃げ帰ってきた為、壊滅したトルメキア軍を再編し、自ら軍を率いてシュワへ急襲を仕掛ける。その後、聖都シュワを制圧したが、墓所内へ侵入出来ずに苦戦していた所で巨神兵(オーマ)と遭遇。彼に『墓所の中に居る人物と交渉したい』と墓所の前まで誘導するが、オーマはナウシカの命令に従い墓所を封印しようとする。その後、プロトンビームの撃ち合いになり、シュワもろとも主力部隊も全滅。しかし、全兵力を失ったことで墓所の中へ案内される。そして後で入ってきたナウシカと共にシュワ墓所の秘密を知り、墓所の主の要求を拒否。墓の主の最後の光からナウシカを庇い致命傷を負う。脱出後、クシャナに王位を譲り死去。遺体はシュワの地で荼毘に付された。3皇子(原)クシャナの異母兄3人。ヴ王の命で第2軍を率いて土鬼に侵攻する。第3皇子は蟲の襲撃で死亡。第1、第2皇子は先に撤退し本国へ逃げ帰るも、ヴ王の逆鱗に触れ(どれ位の兵を失ったかヴ王に問われた時『損害は軽微』と嘘の報告をしたため。実際は全兵力の3分の2を失い、既にそれを知っていたヴ王に『それは全滅と言うのだ!!』と怒りを買った)、戦争が済むまで帰還を禁じられ、国境を固めるよう言い渡される。しかし、ヴ王がシュワ出撃したのを聞いて自らもシュワへ出撃。途中でナウシカとオーマに接触し、彼らを利用しようとするも失敗。ナウシカへの同行を申し出て彼女と同行する。その後、立ち寄った廃墟にてヒドラに幻想を見せられ、本来の目的を忘れ至福の時を得た。道化(原)ヴ王の宮廷道化師。ナウシカと相対するために墓所の主に体を乗っ取られる。後にクシャナの王位継承の証人とされる。


土鬼諸侯連合

「土鬼」は「ドルク」と読む。映画版には登場しない。

トルメキアと拮抗する勢力である国家連合(皇帝領、7つの大候国、20余の小候国、残りは小部族国家)で、神聖皇帝とその下の官僚機構である僧会が全51種族侯国を統べている。宗教色が強く、各侯国の族長が僧侶であったり、国政を儀式化している部分もある。代々超常能力のある神聖皇帝の家系が治め、当初は超能力を持ちその体の劣化のため沐浴槽の中で過ごす皇弟ミラルパが実質的統治者として治めていたが、彼は謀殺され、以降は超常能力は無いが不老不死である実の兄の皇兄ナムリスが実権を握る(勘違いされる事が多いが、あくまでも神聖皇帝はナムリスであり、超常の力がなかったためにミラルパに実権を奪われてしまった)。皇弟ミラルパは熱心な宗教家であった(本来は土民を支配しやすいように宗教を利用していたのが、いつしか自分ものめり込んでいった。その事をナムリスは「嘘も100年くり返すと、本人まで信じる始末」と笑い飛ばした)のに対し、皇兄ナムリスは無神論者であり、弟から実権を奪回すると、苛烈な宗教排斥(僧会の解散、僧侶の虐殺など)を行った。国も一枚岩な訳ではなく種族・部族間の揉め事が絶えず、物語中でもナウシカから子供を託されたサジュ族の女性が、それを目撃した仇敵であるサパタ族の人間に誤解され『トルメキアに通じ、たらふく食っていた』と因縁をつけられた挙句『汚ねぇサジュ族の女』と罵倒されチヤルカの前に引きずり出される等(チヤルカが機転を利かし事なきを得た)、内紛の火種を抱えた状態にある。

漫画版では、腐海の拡大による農地の減少によって発生した食糧危機が原因でトルメキア辺境への拡大侵攻を開始した事情が明確に描かれており、単なる悪役ではなく、またトルメキア辺境を侵攻する土鬼の人びとも同様に居住地を追われた土鬼辺境の人びとであり、弱者がより弱い者を探して虐げ搾取する、それ故に侵攻される側としても到底受け容れることもできず互いに潰し合うしかないという、人の業を体現する存在として描かれる。また、「自殺兵」と呼ばれる特攻兵士が爆弾を抱えて突撃してくる等、苛烈な戦術を用いて、戦いの不毛さを体現する役回りも演じていた。当初はマニ族、ビダ族がクシャナ率いる南下部隊を壊滅させた後、北上して辺境へ侵攻する手はずだった。しかし、南下部隊を壊滅させたものの、皇弟のやり方に疑問を感じたマニ族の僧正は作戦を中断し帰還。皇弟に異議を申し立てるも、聞き入れられず処刑された。さらに、トルメキア本土に対し使用を試みていた粘菌兵器が暴走し国土が疲弊し、北上作戦自体が中断。神聖皇帝ナムリスが復権しトルメキア侵攻を計画するも、ナウシカの説得とクシャナの反乱、ナムリスの死亡のため実現することはなかった。

以前は土王と呼ばれるクルバルカ家(その末裔のチクク〔ルワ・チクク・クルバルカ〕が登場する)が治めていたが、時代が下るごとに圧政と狂気に満ちた政治になっていったため、ミラルパやナムリスの父である先代の神聖皇帝により追放された。しかし土鬼諸国の庶民の間には、いまだにクルバルカ家に対する崇敬や、神聖皇帝と僧会によって禁止されたはずの土着宗教の信仰が密かに残っており、僧会の布教と土着信仰が混同されているところもある。

「火の七日間」で焼き尽くされる以前の技術が、聖都シュワにある墓所に封印されており、神聖皇帝や土王などこの地の君主達は墓所とその内部の研究を保護しつつ、墓所の主から君主としての権威を承認され墓所の技術を利用してきた。トルメキアとの戦争でも、墓所のもつ古代の技術(ミラルパの100歳と言う長寿やナムリスの不老不死の技術も含む)を利用し、腐海の植物を人為的に強毒化させたり、巨神兵を蘇生させるなどして戦争を有利に導くはずだったが、逆に大海嘯で国土が飲み込まれ、沿岸部を残し消滅した。
マニ族僧正(原)マニ族の長で、神聖皇帝より北上作戦の先遣隊として派遣されていた。王蟲を使ってクシャナの艦隊を壊滅させたものの、王蟲を止めたナウシカが古き伝承にある「青き衣の者」であると感じ、作戦を中断し帰還する。そして、蟲使いの村で王蟲を培養していることを知り、これを破壊しようと試みる。その後、ユパの協力を得て王蟲の培養槽の破壊に成功するが、謀反の疑いを掛けられ脱出に失敗、光臨した皇弟ミラルパと対峙する。僧会の傲慢さと皇帝の驕慢を批判し、大海嘯を自分達でまねきよせ破滅への道を進んでいると進言したが、背教者と見なされ、ユパたちを助けるため自ら人壁となって壮絶な最期を遂げる。その後も霊となりながらもナウシカを守った。ケチャ(原)マニ族の娘でエフタル語を解する(当初は訛りが酷かったが、ユパ達と行動を共にする内にエフタル人と変わらないアクセントで話せるようになった様で、撤退中のトルメキア人に〔顔を隠していたとは言え〕土鬼語で話すまで気づかれなかったほど)気性は激しい。僧正の死後アスベルやユパと行動を共にする。なお粘菌に追われて避難中の人々に道を聞いた際、ビダ族と間違われたことからマニとビダ両部族には血統の違いは無い様である。オジル(原)マニ族の兵士。ナウシカが土鬼と初めて接触した際に登場。ナウシカを気に入り手篭めにしようとしたが、ナウシカの反撃に遭い、その際マスクが剥がれ瘴気を吸って死亡。ケチャに『死んでも泣く者のない嫌な奴』と言われ、僧正も彼が死んだことを咎めず『(彼の)無礼を許してくれ』と謝ったり、マニ族の人々も同族を殺したはずのナウシカ達に寧ろ友好的だったりと人望は無かったようである。ミラルパ(原)神聖皇弟。超常の力を持つために兄ナムリスを差し置いて帝国の実権を握っている。兄によると即位して初めの20年は名君として臣民のことを案じていたが、やがていつまで経っても愚かな民衆に絶望し、恐怖政治へと移行したらしい。老いと死を何より恐れており、シュワの墓所の技術で延命処置を行っているが、幼少時のトラウマから移植を嫌い、沐浴などの化学的処置で長寿を保っている。その為、肉体がすでに限界に達しており、長時間外の空気にふれる事の出来ない体になっている。3巻では比較的見た目の若いのに対し、4巻では長時間沐浴をしていなかった為に髪が全て抜け落ち、皮膚もシワだらけになり、目が窪むなど急激に老化が進んだ。その後、ナウシカを葬り去ろうと精神だけで接触したが反撃を受け失敗。治療の為に聖都シュワで沐浴していた所をナムリスによって薬液に毒物を入れられ謀殺された。肉体の死後も魂とも言えるその影はさまよい続け、ナウシカに乗り移ろうとしていたが、ナウシカによって救われ成仏した。ナムリス(原)神聖皇兄。超常の力が無かった為、帝位に着きながらも実権を弟に奪われていた。弟と違い体が分解する恐怖を克服し、肉体移植により若さを保っている。極めて狡猾かつ冷酷な性格で、トルメキアに侵攻しようとしている事を「愚行の繰り返し」と開き直り、人間の営みを「いじましくみみっちい」と切り捨て、ユパに人民を救出しないのかと問われ「艦を難民船にしろと言うのか?」と吐き捨て土鬼の民を見殺しにしようとしたりした。治療のため帰還した弟を謀殺。実権を取り戻し、ヒドラ達を率いて自ら出陣する。そして、クシャナの持っているトルメキアの王位継承権と第3軍精兵の持参金を狙い彼女を捕縛し政略結婚を図る(その時のやり取りから、お互いに顔見知りのようである)。その後、巨神兵を伴い難民たちと供にトルメキアへ侵攻しようとするが、ナウシカが難民たちを説得し土鬼諸侯の殆どが離反。ナウシカと対峙し辱めようとするが、彼女を母親と認識した巨神兵に左腕と胃袋を吹き飛ばされ瀕死の重傷を負う。その時に体はヒドラと同じにしたと本人が語っており、肉体をヒドラに置き換えることで不死身になっていたものと思われる。クシャナに胸座を掴まれた時に首がもげたが、頭だけになってもしゃべっていた(ただし苦痛は人間のまま)。巨神兵が飛び立ったときの光圧で船から落下し、その後の消息は不明。初代神聖皇帝(原)ナムリス、ミラルパの父。かつては民衆の救済を願う少年であり、「人類を救いたい」と書き残して庭の主の許から連れ出したヒドラと共にクルバルカ家を滅ぼし帝位に就く。しかし、結局は人間の業に負け虚無に喰われ、土民を愚民としか見なくなり、過去の人の歴史と同じ過ちを繰り返していく。肉体移植により長寿を保とうとしたが、まだ完全な技術では無かったため、何らかの異常により身体が分解して肉片の塊となって死亡。その場に居合わせた事が、ミラルパが移植を拒む理由になっている。博士(原)土鬼の僧会に仕える科学者の総称。墓所に封印された技術を使い、皇弟の延命措置や皇兄の不老不死化の手術、粘菌やヒドラの培養・育成、巨神兵の蘇生などを行っていた。実際は『聖なる文章の解読と検証にすべてをささげる教団』に属しており、自らを『墓所の主の下僕として中に住まうことを許された選民』であると語っている。博士として表舞台に出てくるのは教団が養成した下人である。恐らく下人以外は全員ヒドラ。そして、下人にはシュワの墓所についての詳しい事柄は知らされていないようである。ヒドラ(原)墓所の秘術により生み出された身長3m程の人造兵士。怪力で人間の力では歯が立たない。サボテンの様な体表を持ち、頭部を破壊されない限り死なない。知能は低く共食いさえする。ナムリスが長年かけて手懐けていた。ヒドラ使いは歯に細工をして独特の音を出してヒドラを操っている。チクク(原)クルバルカ家の末裔の少年。本名ルワ・チクク・クルバルカ。砂漠の中のオアシスで土着宗教の僧達と供に暮らしていた。大海嘯の余波(粘菌を積んだ土鬼の戦艦が瘴気を撒き散らした)でオアシスに蟲が来襲。腐海に没する危険性があった為、ナウシカと供に脱出。以降は彼女と行動を共にする。メーヴェに乗っていたナウシカを『白き翼の使徒』と確信し慕っている。非常に強力な超常(念話)能力を持っているが、幼いゆえ少々もてあまし気味である。人々を助ける為とはいえ、むやみやたら使う為、彼らを庇うチヤルカを冷や冷やさせる。人と接する機会が少なかった為、目上の人物に対してもタメ口である。上人(原)ナウシカがマニの僧正の他に敬愛する人物で、チククと共にオアシスに隠れ住んでいた土着宗教の僧で唯一の生存者。既に死亡したと思われる他の僧と共に墓である祠の奥に暮らしていた。ナウシカに神聖皇帝に追放されこの地に来たことや、土着宗教の古き教えを聞かせる。ナウシカに『大海嘯を止める術は無いのか』と問われたことに対し『滅びは必然であり、世界が生まれ変わる試練』と答えた。『優しく、猛々しい風』が来たのを確信すると同時に老衰で死亡。以降はナウシカの前に現れる虚無が彼と同じ姿で現れる(なお、蟲が迫った時『永く待っていた風が来ました。優しく、猛々しい風が…』との発言が。永く待っていた大海嘯が始まったと解釈できるが、逆に大海嘯を止める事を諦めない存在〔ナウシカ〕が現れたとも解釈できる為、どう取るかがファンの間で意見が分かれている)。チヤルカ(原)軍司令官。僧兵上がりで超常の力は無い。ミラルパの忠臣で、攻城砲全滅の責任を問われ司令官を解任されるが、その後も彼に重用された。ナウシカやチククとの出会いにより国土や国民を大海嘯から救おうとする。ナウシカが行方不明となったのを聞き飛行ガメで救出へ向かう。そこでセルムから腐海や粘菌を含む自然の営みを聞かされ自らの愚かさに気づく。ナウシカ救出後、セルムとチククに彼女を託し、宿営地へ帰還するがナムリスに捕縛される。そして、見せしめに処刑されかけるがナウシカとチククに救出され、生き延びた人々を率いて海岸沿いの高台へ避難させた。粘菌を積んだ艦を爆破時に死亡したと思われていた為(実際はナウシカに救出され、行動を供にしていた)、報告があった時に『皇弟様や僧会にとって大変な痛手となった』と言われ、処刑時にナムリスからも『殺すには惜しい人物』と評されたことから、その能力を高く評価されていたことが伺える。人柄もよく、サパタ族の人間に因縁をつけられていたサジュ族の女性を助け、子供たちの名札を作りケドの地への移住を手配したり、サパタ長老の失言や僧兵の前で邪教のお経を唱えた民衆を非常事態であるからと(前者は国を思うあまり、後者は救助が来た嬉しさのあまりで、両者とも反逆の意図は無かった)見逃した事からも良く出来た人間であることが伺えるが、司令官と言う役職柄恨みを買うことが多く、人民の救出に奔走していた事実を知らない者の評価はかなり悪い(現にマニ族からは『悪党』呼ばわりされている)。名も無き僧兵(原)名称不明の僧兵。ナウシカ救出に向かうチャルカ達に同行し、飛行ガメの操縦を担当した。ちょい役だが6巻の1/3ほど出ずっぱりでセリフも多く割と存在感がある。ナウシカ救出後、チャルカと供に宿営地へ帰還するが、彼がどうなったかは不明。庭の主(原)シュワから20リーグほど離れた廃墟に住むヒドラ。瞬時に人の心を探る能力を持つ。訪れた人の心に入り込み、悲しみや苦痛を忘れさせ下僕としてしまう。今までにこの呪縛をといた人物は先代の神聖皇帝とナウシカのみ。決まった姿を持たず相手に合わせて変えており、ナウシカの前に現れた姿は母親に似た女性。実は古の詩や曲、古代の生物などの文化を伝える役目を担っていた。墓所の主(原)シュワの墓所の地下に存在する球体の肉塊。「火の七日間」以前の超技術や腐海の秘密を守り続けており、夏と冬の年2回、1行ずつ表面に古代文字が浮き出てくる。実は墓所全体が一つの生物であり、オーマの攻撃で真っ二つに裂けたが、自ら傷口を塞いでいた。彼も又ヒドラであり、千年前に作られた神の一つである。協力を拒否したナウシカとヴ王を希望の敵として抹殺しようと図るも、ミトやセルムの妨害に遭い隙が出来たところをオーマの命を掛けたプロトンビームを受け傷口が再び破れる。そして最期は傷口に沿って這い上がってきたオーマに握りつぶされ悲鳴と供に崩れ去った。その体液は王蟲と同じ成分で、より深い青色であった。


ペジテ

トルメキアと同盟を結んでいる小さな都市国家。火の7日間以前の遺跡からエンジンやセラミック装甲等を発掘しては加工供給する工房都市である。このペジテで巨神兵の「卵」(漫画版では骨格)が発掘され、それを狙ったトルメキアの侵攻を受けた事から物語は展開する。

漫画版では、クシャナ率いるトルメキア親衛隊に滅ぼされ、避難民船も蟲に襲われ墜落しアスベルを残し全滅してしまう。

映画版では、生き残りの避難民達は巨神兵を使い腐海を焼き人間の世界を取り戻すことを最終的な目的にし、ペジテに駐留するトルメキア軍を壊滅させるため王蟲を使ってみずからの国を滅ぼす。そして巨神兵奪還のため風の谷に王蟲を向わせるが、ナウシカの命がけの制止により王蟲は止まり、作戦は失敗する。以後については語られていないが、エンディングで風の谷の人とペジテの人が供に、農作業をしているような場面があったため、風の谷に移住したと思われる。

なお「ペジテ」という地名は、以前に宮崎の漫画「砂漠の民」で主人公の属する民族・ソクートの王都として登場している。
アスベル(原,映)ペジテの王子。トルメキアへの復讐心に捕われていたが、ナウシカとの出会いにより世界を救うために行動する。腐海からの脱出時にナウシカと供に土鬼マニ族の捕虜となるが、ナウシカを逃がすためにマニ族に留まる(その際、マニ族僧正を人質にしたため、ナウシカを逃がした後に袋叩きにされる)。そしてマニ族の戦士として潜伏。訪れた蟲使いの村にて僧正、ケチャ、潜入していたユパと協力し王蟲の培養槽を破壊。脱出に成功するものの僧正が彼らを庇い死亡。その後、乗っていた船を撃墜され森の人に保護される。そして、腐海から脱出後、ミト達と合流。以後はガンシップの前席を主に担当し、ナウシカを追って再び腐海へと入った。その時、クシャナと合流した際、切りかかろうとするがユパが仲裁に入り事無きを得る(ただ、完全に和解した訳ではない)。その後、ナムリスが北上作戦を試みた際にはマニ族を説得し、ナウシカに秘石を渡した。そして、シュワへ向かったナウシカを追うため、再びガンシップの前席を担当。シュワへ到着後、巨神兵のプロトンビームの余波を受けエンジンを損傷。ミトと『生き残ったほうが、ナウシカに生きるよう伝えよう』と約束を交わし墓所の中へ侵入を試みる。主の元へはたどり着けなかったが、オーマが死亡し悲しみに沈んでいたナウシカと、瀕死のヴ王らを収容し、墓所の中から脱出。ケチャと抱き合い喜びを分かち合った。映画版では、当初は巨神兵を使い腐海を焼くことには賛成だった。ナウシカに『クシャナと同じこと』と指摘されても考えを改めることは無かったが、目的の為に自らの国も滅ぼし、罪も無い人々を殺す部族の人々に失望し考えを改める。捕らえられたナウシカを逃がそうとするも、背後から殴られて失敗。後に母親と供に替え玉を使うことでナウシカを逃がすことに成功した。王蟲が止まり、トルメキアが風の谷から撤退した後、ユパと供に旅に出た。ガンシップを使いバカガラスを撃墜する場面で、原作では前後でそれ程変化は無かったが、映画版では目が釣りあがり瞳も鋭くなるなど、後で現れたアスベルとは別人と思えるほど悪人面に変わっていた。ラステル(原,映)アスベルの双子の妹。ペジテの王女。乗っていた難民船がトルメキア軍の追撃をかわすために腐海に侵入した結果、蟲に襲われ風の谷の近辺で墜落する。墜落した船体の残骸の下から瀕死のラステルを発見したナウシカに看取られて息を引き取る。この時ナウシカに、兄へ渡してくれるよう言伝て秘石を託す。映画版ではトルメキアの大型輸送船に乗っており、手錠をかけられていたことから、人質としてトルメキア本国へ護送される途中だったと推測される。その際、乗っていた輸送船が積んでいた巨神兵の重さに耐えられずに腐海へ侵入して蟲を殺してしまった為、蟲に襲われ風の谷の岩壁に激突、墜落してしまう。この時、原作と同じくナウシカに看取られるが、映画版においては苦しい息のもと「積荷を燃やして」と頼み息を引き取る。また、ナウシカに発見された際、服のボタンを外したナウシカが顔をしかめ、ボタンを閉め直したことからトルメキアの兵士に暴行或いは拷問を受けていたか、クシャナと同じく蟲に身体を食われていて既に助からない状態、または輸送船が腐海に侵入した際に瘴気を吸い込んだために肺が腐っていたので助からない状態と判断されたと思われる。ラステルの母(映)ペジテ残党に捕らえられたナウシカを逃がす。族長(映)王蟲を使ったトルメキア軍壊滅作戦を進める。族長と言う事はペジテの王族と思われるが、アスベルとラステルの父親かどうかは不明。


蟲使いと「森の人」

いずれも映画版には登場しない。

蟲使いは、蟲を操り遺跡や墓所を探索して宝物を探し当てるのを生業にしている者達である。強烈な悪臭(おそらく、風呂に入る習慣が無いため、あるいは蟲の発する臭い)と死体を好んでまさぐり金品を盗る事、探索用の蟲を連れている事から、一般の人びとには忌み嫌われている。腐海内の換気装置を備えた岩穴に住んでいる。

かれらの発祥は、かつての王国、エフタルの武器商人の末裔であると言われている(しかし、ユパによると森の人が蟲使いの祖であるという伝承もある)。300年前、エフタルの王位継承をめぐり、武器の材料として大量に王蟲狩りをしたため大海嘯が起こった。11の部族が存在したらしいが、長年の間に3つの血が絶え、8つになったらしい。子孫を残すため、自分たちの子供だけでなく、戦争孤児を育てることもしている。

今回の戦争では、トルメキア・クシャナ軍に秘石の探索用に、土鬼側にはオトリ用王蟲確保のためにそれぞれ雇われている。終盤では、各部族から1人ずつ選ばれた屈強な若者たちがシュワに向かうナウシカと行動をともにする。

その蟲使いたちが恐れ敬うのが「森の人」である。作中では蟲使いが「森の人」に対して「住んでいる森に勝手に入って申し訳ありません。すぐに出て行きます」という旨の謝罪をし、いつもはなりふり構わず持っていく墜落した船のエンジンすら置いて帰った。
火を使わず、蟲の腸を衣とし、卵を食べ、体液で作った泡を住処とするかれらの生活様式は、人間と腐海・蟲との共存の一つの形であると言える。また、地上で暮らす人々が使っているマスクよりも彼らが使っているものの方が性能が良く、蟲の体液のテントも腐海の瘴気に耐えられるものである。しかし彼らの素性などは謎につつまれており、多くは語られていない。一説には、エフタルが滅びた際に腐海に入ったエフタルの民(おそらくは王族)では無いかとも言われるとユパが語っている。セルムが「私の祖父と母は蟲使いの出です」とナウシカに語っていることから、蟲使いたちとの関わりも深いようである。

博識のユパさえも実在したことに驚いたほど、外界と接触を持たず、ある種の伝説とされてきた「森の人」だが、ナウシカの考えなどとは繋がるものがあったようだ。なかでもセルムは彼女を孤独の淵から救い、「森の人」しか知らない腐海の秘密を教えた。また、シュワでは肉体を離れて傍に立ち、ナウシカの旅を支えた。1度一緒に来てくれないかと誘ったが、ナウシカは、地上で暮らす人々を愛し過ぎていること、1つ1つの命と関わってしまう自分と対照的に「森の人」は時の流れの中に身を置いている、ということなどを理由に断った。ただし、物語が終わった後のナウシカの消息について、ある伝承は森の人の元へ去ったとも伝えている。
セルム(原)「森の人」の長の息子。腐海の異変を調べるために派遣された。腐海に墜落したユパたちを救い、ナウシカを導く。セライネ(原)セルムの妹。ユパたちを救った時にケチャと仲良くなっている。また、そのあとセルムたちとは別行動をとっていたらしい。独り王蟲の群れを追うナウシカと会い、壊れていたナウシカのマスクを修繕する。


腐海

巨大な菌類・苔類・シダ類からなる森である。蟲と呼ばれる巨大な節足動物が多数棲んでいる。

腐海植物は、猛毒の瘴気を出すため、腐海内では蟲以外の動物は防毒マスクなしには生きられない。胞子の生命力は強く、僅かでも胞子を持ち込めばその地は腐海に覆われる。腐海周辺の人びとは、都市に胞子を持ち込まないように注意を払っている。胞子は発見され次第、迅速に焼却される。

作品中で、人びとを脅かす腐海の植物群は、科学文明によって汚染された大地を浄化させるために生まれた存在であることが判明する(漫画版では、自らの過ちを悟った科学文明によって人工的に創り出されたものであることも明かされる(バイオレメディエーション))。

瘴気は地中の有毒物質を無毒化・固定化する過程で生じた毒素である。そのため腐海の植物群はその土地を無毒化しきってしまえば枯れて砂になってしまう。腐海の植物の胞子を清浄な水と空気の中で水耕栽培した場合、瘴気を出さず、また大きく育たない事がナウシカの独自の研究により判明した。

腐海を貫くタリア河の石は、その美しさから装飾品として珍重されており、ユパも現金代わりに用いている。
ヒソクサリ猛毒の腐海の植物。ムシゴヤシ王蟲が好んで食べることからこう呼ばれる。新しい腐海が出来るときはムシゴヤシが先駆的に成長し、そのあと小型で多様な植物群がゆっくりと成長し、多様な腐海の生態系を形成していく。成木は光合成を行い、最大50メルテまで成長する。




腐海に生息する巨大な節足動物。さまざまな種類が存在する。地蟲、羽蟲、管蟲などに大別される。 人びとが容易に腐海に踏み込めないように配置された、腐海の守護者的な存在。 瘴気の無いところでは長くは生きられない。
王蟲読みはオーム。14の眼を持つ腐海の王的存在。ダンゴムシのような姿をしている。眼の色は普段は青いが、怒ると赤くなる。体液の色は青。口腔から伸びる金色の触手は治癒能力を有している。腐海にある湖の中に巣を持っている。蟲のなかでも最大・最強を誇るが、人の知恵はその王蟲さえも利用するに至った(抜け殻を有効利用。堅牢な表皮を研いで剣としたり、眼球部分をガンシップのキャノピーとして使用。)。このデザインはオーストラリアにあるカタ・ジュタ奇岩群を元にしたとも言われているがスタジオジブリによって参考とした事実はないと否定されている。[12]映画版では王蟲の巨大さと重量感を表現するためにハーモニー技法が用いられ、さらに体節の動きを再現する為に、パーツを貼り付けたゴム板を伸縮させて撮影している。大王ヤンマ森の見張り役とされる羽蟲であり、何らかの異常が起こったときに、ほかの蟲を呼び集める働きを持つ。小さなものは人と同程度の体長で、細長い体に2から4対の羽を持つ。ウシアブ乗用車ほどの大きさの羽蟲で、羽を広げるとメーヴェの倍程度ある。丸い体に2対の羽を持つ。ウシアブの頭部のデザインは、諸星大二郎の漫画「マッドメン」に登場する怪物「ン・バギ」に良く似ている。ヘビケラ竜のような形状で、平たい体に4対の羽、顎には巨大な鍬状の歯を持つ羽蟲。尾の先には太い棘が生えている。バカガラスより速い飛行能力を持つ。ミノネズミ地蟲の一種。腐海に落ちたアスベルを襲った。丸くやや扁平な体で、頭部には鍬状の歯を持つ。漫画版では名前の通り毛が生えている。敵に接近するとコメツキムシの様に跳ねて襲いかかる。地蟲その名の通り、飛行能力を持たず地を這う蟲を指すようである。腐海に落ちた船や人は、主に地蟲の餌食となる。管蟲原作版にのみ登場する。細長い円筒状の形態で、目や体節等は見あたらない。岩肌や腐海の木々などに丸い巣を作る。腐海に落ちたユパ、ケチャ、アスベルはこの巣に引っかかった。


動物
テトナウシカと行動を共にするキツネリス。本来、人には懐かないがナウシカは例外であった。原作では、巨神兵オーマの毒の光をナウシカと共に浴び続けた事により、シュワへ向かう途中ナウシカを保護した(陰では利用しようとしていた)トルメキア王子の戦艦の中で、下着姿で眠っていたナウシカの胸の上で死んでしまう。その亡骸は、シュワへ向かう途中1000年以上その地に生き続けていると思われる木の根元に、ナウシカによって葬られた。クイ、カイユパの連れている二匹のトリウマ。このトリウマには仲間が死ぬと卵を産む習性があるらしい。原作でクイはカイが死んだ際に卵を産んだ。生まれた雛はチククと仲良くなっている。キツネリス長い尾と耳を持つ、小型の獣。雑食性。黄色の体毛に茶色の大きなトラ柄がある。眼は緑色。天空の城ラピュタにも登場しロボット兵の上で戯れる姿が描写されている。トリウマ巨大な嘴と頭部、強大な脚を持つ走鳥類。原作のユパの言葉によれば、過去の産業文明が造り出した種であり、作品中ではウマがほ乳類であったことも忘れられている。トルメキア及びエフタルの民の主な移動手段となっている。モデルは化石種の鳥、恐鳥類と思われる。毛長牛土鬼での主な移動手段であり、トルメキアやエフタル諸国でも荷を運ぶ重要な家畜のようである。モデルはヤク。天空の城ラピュタでの冒頭、シータが世話をしている家畜が同じ形態をしている(こちらはヤクと呼ばれている)。


巨神兵

前文明の科学技術の象徴的存在であり、「火の七日間」で世界を焼き払った巨大な人工生命体。この世界ではその全てが化石となり腐海にその骸をさらしていると考えられている。

漫画版の巨神兵には歯の部分に「東亜工廠」と読める商標がある。漫画に登場する種々の残骸を見ると、頭部に角のあるものや、口の部分のデザインに異同があり、同じ巨神兵といっても様々なタイプがあることがわかる。骨格に相当する部分は超硬質セラミック製で、「謎の黒い箱」の中にある秘石を右のくぼみから左のくぼみへ移すと、心臓や筋肉が形成される。
漫画版の設定漫画版では、ペジテで骨格が発見され、前述の「謎の黒い箱」にある秘石を動かしたことで成長が始まる。巨神兵の覚醒、火の7日間の再現を恐れたペジテの工房が石を外したことで成長は止まり、その後破壊を試みるも、火や爆薬では傷を付ける事も適わず、工房の奥に放置された。これを知ったトルメキアが奪取に乗り出すが、秘石を発見できなかったために断念。後に土鬼に奪取され聖都シュワにて蘇生される。その後、トルメキアに侵攻するためにナムリスの元にサナギ(人工子宮)の状態で運ばれるが、巨神兵破壊のために撃ったガンシップの砲撃で、逆に孵化が始まり目覚めさせてしまった。このとき秘石を持っていた人物がナウシカであったため、ナウシカのことを「ママ」と呼ぶ。(のちに「母さん」となる)秘石はアスベルが捨てたと見せかけて隠し持っており、このときナウシカに渡した。秘石を得る前は言葉を発することも儘ならず、気に入らないことがあると癇癪を起こし、ナウシカの笑顔を見て喜ぶと言った具合に完全な赤子同然であった。秘石を体内に取り込んだ直後に片言の言葉を話すようになり(このあと秘石は壊れてしまう)、ある程度の知能を得たが、思考回路は我が儘な子供(3~5歳児並み)同然で、自分の力も完全にもてあましており、戦う敵が居ないと解ると、玩具を取り上げられた子供のように駄々をこね、プロトンビームを乱発するなどナウシカも手を焼いていた。その後、ナウシカに「オーマ」(エフタル語で「無垢」の意)の名前を与えられ急激に知性を発達させる。巨神兵という生命体の正体は、前文明があらゆる紛争に対処すべく生み出した調停者にして裁定者であった。全身からは「毒の光」を放っている。自分の放つ光が有毒であることは理解しているようで、ナウシカに休息を促し単身でシュワへ向かった。肉体の腐敗力(プロトンビーム、長距離の飛行)を使うことで肉体が徐々に腐敗していっており、ある程度進むと発作的に体が動かなくなる。1日程度休息を取ると動けるようになるが、肉体に深刻なダメージを与えている様で、1回目は歯が抜け落ち、2度目は腐敗が進み肉体の維持が困難なほどボロボロになり、歩くことすら儘ならなくなった。プロトンビーム口蓋より強大な破壊力をもつ光線「プロトンビーム」を発射する。額からは出力を弱めたものを発射可能。当初は無闇に使用しようとしていたが、トルメキアの調査隊を皆殺しにした事でナウシカに使用を禁じられ、本人もナウシカの目の前での使用は出来るだけ控えており、使用する時も言葉による最低限の説得は行う様になった(ただし、パニックに陥った兵士に説得など無意味だった)。ナウシカがプロトンビームの使用を許したのは、墓所の主を葬り去るときの1度のみで、これがオーマの致命傷となった。体の腐敗具合がプロトンビームの威力に現れており、当初は地平線の彼方にある山を吹き飛ばし巨大なきのこ雲を作るほどだったが、最終的には20リーグも離れていない近距離から小さなきのこ雲が確認できるほど(それでもシュワを消し去るには十分な威力)に威力が落ちた。飛行能力空間を歪め宙に浮き、高速で移動することができる。飛行の際は、肩の突起が伸張して光をおび、光輪又は翼状に変形する。オーマの体の腐敗具合が最も顕著に現れた能力で、当初は空気抵抗の大きい直立の体制でガンシップでさえ追いつけない高速で飛び、粘菌合流地(旧サパタ穀倉地)近くから一気にゴス山脈まで行くほどだったが、1度目の体が動かなくなった際は空気抵抗の少ないうつ伏せの体制で通常の船並み(ナウシカを人質に取られた為もあるが、その後のスピードの向上が見られない)のスピードに落ち、2度目で飛行能力すらも失ってしまった。最期当初は巨神兵の死を願っていたナウシカも、オーマと名付けており、巨神兵が人格を持っていることを理解し、徐々に愛情を注ぐようになり、オーマの死には涙した。最後はナウシカに立派な息子と認められ、母であるナウシカに看取られながら息を引き取った。汚れの無い純真無垢な心の持ち主で、死ぬ間際までナウシカのことを気遣う優しい心を持っていた。今際の言葉は『母さん。泣かないで…』。映画版での設定映画版では、ペジテで卵が発見されトルメキアがペジテに侵攻し奪取。その後、大型船で本国へ運ぼうとするが、巨神兵の重さに耐えられず腐海に着陸したため蟲に襲われ、舵を誤って崖に激突し風の谷に墜落。その後、捜索に来たクシャナがそのまま風の谷にて蘇生しようとする。その後、王蟲の大群が風の谷に迫った時に、これを食い止めるためクシャナの手により目覚めさせられるが、目覚めが早すぎたために体が腐っていて、プロトンビームを二発撃った後、崩れ落ちて死んでしまう。人間による攻撃命令を理解しているようではあるが、漫画版程には知能を感じさせる描写はない。


秘石

漫画版前半のキーとなる謎の石。巨神兵を起動させる鍵にして胎盤及び制御する為の最終認識システムである。ペジテの地下坑道で、巨神兵の骨格に繋がれた黒い箱の中に置かれた状態で発見された。ペジテの工房が解析を試みた所、ふたが開き右の穴に秘石がセットされていた。巨神兵を動かす装置だと考えた工房によって左の穴に移動させるが、その時には何の変化もなかった為、しばらく様子を見た後、分解することとなる。しかし数日後、骨格の状態で放置されていたはずの巨神兵に心臓と筋肉が形成され、これが巨神兵の胎盤だと理解した工房によって石は外され、巨神兵の成長は止まった。

巨神兵と秘石の存在を知ったトルメキアの侵攻に遭った際、アスベルの妹ラステルに難民船にて持ち出され、墜落現場に救助に来たナウシカの手に渡る。その後調査に来たクシャナがナウシカと装甲兵の一騎打ちで、敗北したことで形勢不利と判断し『蟲使いの錯覚であった』として兵を引いた為(秘石を巡る自国内の陰謀があった為、あえて風の谷に置いたままにしておいた)、そのままナウシカの元に残る。その後、腐海の底で会ったラステルの兄アスベルに返還され、彼によって腐海に捨てられたとされ、しばらく物語から姿を消す。

土鬼によって巨神兵の蘇生が試みられた際、ある博士によって『重要な部品が失われており、制御できなく恐れがある』と警告された。やがて、その懸念は現実となり成長すらも止められなくなる。

その後、ナムリスによって巨神兵が宿営地に運び出された際、秘石を捨てたと見せ掛けていたアスベルによって再びナウシカに渡される。その際、巨神兵の復活が近かった為か光っていた。ナムリスと対峙し辱めを受けそうになった際、ナウシカが持っていた秘石を感じとった巨神兵がナムリスを攻撃。ナウシカを救助する。ナウシカが巨神兵は秘石を欲しがっているのでは?と考え彼にかざした所、まばゆい光と共に中身は巨神兵に取り込まれ、残った部分は砕け散ってしまう。この事で巨神兵はナウシカを母親と認識し彼女の命令のみ従うようになる。



粘菌

漫画版のみに登場する腐海に自然に存在する生物。本来は500円玉ほどの小さな群れを作る。(変形菌)

トルメキア戦役では苦境に陥った土鬼の戦局打開の切り札として、神聖皇帝の命により秘密裏に人為的に強毒化された植物が暴走、変異し粘菌化した。成長するにつれてますます制御不能となり、周囲にある物すべてを飲み込みながら巨大化し、大海嘯の引き金となる。死を賭した王蟲の大群によってもたらされた腐海の植物群と混ざり合い、巨大化した人工粘菌は規模を縮小。その後、大量の王蟲の亡骸は腐海の苗床となり、広大な土鬼の領土の大半が腐海に没した。土鬼は、みずから生み出した粘菌によって滅亡したと言えよう。



大海嘯

物語の中では腐海に住む蟲たち(特に王蟲)の大群が、津波のように押し寄せることを大海嘯と呼ぶ。風の谷の大ババの口述によれば、火の7日間の後3回発生している。300年前の最後の大海嘯は、エフタルの王位継承争いの内乱により急増した武具の需要に応えるため、王蟲を組織的に狩る方法をあみ出した武器商人により大量に王蟲が殺されたことが引き金となり、怒り狂った王蟲の大群がエフタル全土を覆った。大海嘯の間、王蟲はエサを食べないため、およそ二十日で飢餓により死に、これによって大海嘯はおさまる。しかし、王蟲の死後はその亡骸を苗床にして腐海の植物が成長するため、大海嘯に襲われた地は腐海に没する。

本来「海嘯」とは、アマゾン川で発生するポロロッカのように、大潮の際に海水が河川に猛烈な勢いで逆流する現象をさす。



年代記

話の所々に出てくる歴史書。火の七日間とそれ以降の歴史が記されている。クシャナは同書物にて『トルメキア中興の祖』[13]と記されている事から、ナウシカ達のいる世界は、未来人から見て年代記に記された4度目の大海嘯の記述だとも推測できる。執筆者は不明だが、最終話にてナウシカの時代に存在していたにもかかわらず、以降も執筆された事が発覚。その事からヒドラ又は庭の主執筆説がある[要出典]。



腐海文書

300年前の大海嘯の時に歌われた詩で、当時どの様な惨劇が起きたか記されている。年代記と同じく庭の主執筆説がある[要出典]。



滅亡の書

火の七日間の時の事を記した文献。巨神兵の事の記述がある。



超常の力

漫画版のみに登場する特別な力のこと。一言で超常と言っても、土鬼の僧のように訓練すればできる念話から、幽体離脱、サイコキネシス、幻影、憑依のように才がなければできないものまで様々である。物語上では、皇弟ミラルパ、森の人セルム、チクク、ナウシカ、高等なヒドラ~人造人間(庭園の主など)が特に強い超常の力を持っていた。



船(飛行機)

原作において、エンジンを造る技術が失われて久しく、現存するエンジンのみを回収・再利用して船を建造していることが説明されている。腐海においても瘴気が届かなくなる高度を保てばマスク無しでの移動が可能であり、貴重かつ重要な輸送、移動手段とされている。作中で船と言えば一般的には飛行機である。映画版・漫画版とも風の谷の城の深部には廃棄されたガンシップ(の機体)の描写がある。なお海上を航行する船に関しては、漫画版の第1巻のクロトワがクシャナに主戦線の戦況を報告する場面で、海上から強襲揚陸艦らしき船で揚陸作戦を敢行している描写が見られるが、登場はその一回のみである。
メーヴェ辺境の風使いが用いる凧。小型だが強力なエンジンを1機備えており、小柄な成人2名程度ならどうにか乗せて飛行することが可能。詳しくはメーヴェを参照。ガンシップ小型の戦闘機。映画版では風の谷及びペジテの物2機が描写されている。詳しくは、「ガンシップ (風の谷のナウシカ)」を参照。バージ艀船(はしけぶね)。エンジンが無い貨物船。滑空力しかないため推進能力のある船が牽引して用いる。バカガラストルメキアの大型輸送船。モデルはドイツ空軍が用いたMe 323と思われる。詳しくは「バカガラス」を参照。コルベットトルメキアの戦闘艦。エンジンを2~8装備し、翼は2~4枚。一撃必殺の威力を持つ対空ロケット(四連装発射機を機首下部に装備)と機銃数丁を標準武装とするが、王族用重コルベットは多数の機銃とガンシップの大砲の直撃にも耐える重装甲を兼ね備えた空中戦艦と称すべき重武装艦となっている。→コルベット (風の谷のナウシカ)バムケッチトルメキアの戦闘艦。コルベットに比べて小型で先尾翼形式のものと、通常航空機形式のもの(コルベットに類似)の2タイプが漫画版で描かれている。前者はクロトワの操るコルベットと空中戦を演じており、結果クロトワがこれを撃墜している。浮砲台土鬼の各侯国が所有する戦闘兼輸送艦。巨大な艦体にいくつもの砲を装備する。土鬼軍には戦闘専用艦が無いと思われ、浮砲台が諸侯国の輸送と戦闘の役割を兼任している。浮砲台の名の通り、攻撃力は極めて大だが“木製”であるため防御力は皆無といってよく、動きも鈍いためにガンシップやコルベットと1対1で戦えるようにはできていない。大抵集合して砲列を並べ、圧倒的な火力によって接近を防ぐのが戦法であろう。動力の違いはあるが、天空の城ラピュタに登場するゴリアテに通ずるものがある。飛行ガメ(飛行ポット)原作版では飛行ガメと呼ばれる土鬼の小型偵察機。高さ2m、直径1mほどのカメの形状をし、浮遊しながら移動する。側面に4つの主砲を持ち、見た目とは裏腹にかなりの攻撃力を持っている模様。映画版では飛行ポットと呼ばれ、ペジテが王蟲の幼虫をおとりにした作戦を実行した際使っていた。発掘した反重力浮揚装置をセラミックの壺に入れたもので、ジャイロで定めた方向へ漂うように飛ぶ。ブリッグペジテの大型輸送船。終盤ではナウシカを乗せて風の谷に行くが、途中でコルベットから乗り移ってきたトルメキア兵に乗っ取られてしまう。


脚注
1.^ 漫画第1巻作者あとがきより
2.^ "スタジオジブリ - STUDIO GHIBLI - 2002年12月" 2007年9月9日閲覧.
3.^ 叶精二『宮崎駿全書』フィルム・アート社、2006年、p50
4.^ 大口孝之「カットアウト・アニメーション」 文化庁メディア芸術プラザ
5.^ 1980年代のロサンジェルスのフランス人コミュニティには日本アニメ愛好家の少年たちが大勢いて、不法コピーのビデオテープが流通していたという。メビウスは息子が持っていたそうしたビデオで『風の谷のナウシカ』に出会い、自分の娘に Nausicaä と命名するほどのファンとなった。
三鷹の森ジブリ美術館, ed., 美術館日誌 2002年08月01日 (木), 徳間記念アニメーション文化財団. 2008-05-18 閲覧
Bordenave, Julie, Miyazaki Moebius : coup d’envoi, animeland.com. 2008-05-20 閲覧 Bordenave, Julie, Miyazaki & Moebius ~宮崎とメビウス, くろねこ亭. 2008-05-20 閲覧
6.^ 叶精二『「千と千尋の神隠し」を読む40の目』キネマ旬報社、2001年、p111など。
7.^ 押井守は『映画 風の谷のナウシカ GUIDE BOOK』で、演出で強引にラストへと持っていったことに関して「あそこは納得できません」としている。
8.^ 海外版ナウシカの紹介ページ
9.^ Nausicaa of the Valley of Wind (www.allmovie.com)
10.^ 『ロマンアルバム・エクストラ(61) 風の谷のナウシカ』 徳間書店、1984年、p.166。
11.^ 漫画第7巻終末部より
12.^ スタジオジブリ 「いつものジブリ日誌」
13.^ 漫画第7巻終末部より



関連項目
##宮崎駿
##メーヴェ
##On Your Mark



参考文献
##叶精二『宮崎駿全書』フィルムアート社、2006年。ISBN 4-84590687-2
##井坂十蔵編著『宮崎駿のススメ。-「宮崎アニメ」完全攻略ガイド』、21世紀BOX 、2001年7月。ISBN 4-88469-235-7
##尾形英夫『あの旗を撃て!-『アニメージュ』血風録』、オークラ出版、2004年11月。ISBN 4-7755-0480-0
##鈴木敏夫『映画道楽』、ぴあ、2005年4月。ISBN 4-8356-1540-9
##スタジオジブリ責任編集『ナウシカの「新聞広告」って見たことありますか。-ジブリの新聞広告18年史』、徳間書店スタジオジブリ事業本部、2002年7月。ISBN 4-19-861538-1
##高畑勲『映画を作りながら考えたこと-1955~1991』、徳間書店、1991年8月。ISBN 4-19-554639-7
##宮崎駿『風の帰る場所-ナウシカから千尋までの軌跡』、ロッキング・オン、2002年7月。ISBN 4-86052-007-6
##藤井青銅『ラジオな日々 80's RADIO DAYS』、小学館、2007年。



外部リンク
##風の谷のナウシカ(映画解説) キネマ旬報DB/ Walkerplus.com - キネマ旬報

http://lite-ra.com/2015/07/post-1279.html
宮崎駿監督が安保法制を一刀両断!「安倍首相は愚劣」「軍事力では中国を止められない」

【この記事のキーワード】安倍晋三, 宮崎駿, 編集部 .

2015.07.13.


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miyazakihayao_01_150713.jpg昨年米アカデミー名誉賞を受賞した宮崎駿監督が安保法制に強く反論!(YouTube「ANNnewsCH」より)
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「安倍首相は自分が憲法の解釈を変えた偉大な男として歴史に残りたいのだと思いますが、愚劣なことだと僕は思っています」

 本日、スタジオジブリで開かれた外国特派員協会主催の記者会見で、宮崎駿監督がこう吠えた。

 宮崎監督といえば、米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する市民運動を支援する「辺野古基金」の共同代表を務めている。本日の会見も辺野古に関するもので、沖縄への思いを語った場面では、宮崎監督が感極まったように声を詰まらせ、目に涙を浮かべた場面も見られた。そして、記者からは安保法制や安倍首相についての質問が多く寄せられ、そのなかで宮崎監督が冒頭の発言を行ったのだ。

 このほかにも宮崎監督は、国民の理解も得ないままに安保法制を押し進める安倍政権について、「もともとその程度のレベルの人たちなんです。それが自分たちの数が多いと思って、のさばって、姿を現しただけだと思います」と一刀両断。

 また、「いま、安倍政権がやっていることとは正反対の方法がいいと思いますが、軍事力で中国の膨張を止めようとするのは不可能だと思います。もっと別の方法を考えなければいけない。そのために、わたしたちは憲法をつくったのだと思っています」と言い、「平和憲法は光が差し込むような体験だったんです。(中略)平和憲法は不戦条約の精神を受け継いだもので、決して歴史的に孤立したものでも、占領軍から押し付けられただけのものでもないんだと思います」と、改憲には断固反対する姿勢を見せた。

 先週には、本サイトでもお伝えしたように、同志である高畑勲監督も講演会で「一度戦争のできる国になったら、必ず国民もズルズルといってしまう」と安保法制への危機感を語ったばかりだが、じつは宮崎監督も以前から、憲法9条の必要性とともに、安倍首相や百田尚樹氏といった“歴史修正主義者”へ痛烈な批判を繰り出している。

 宮崎監督の、このまま安倍首相の暴走を許すわけにはいかないという想い。以下に宮崎監督の過去の記事を掲載するので、ぜひいま、一読いただきたい。
(編集部)

**********************************

▽宮崎駿がラジオで安倍首相、百田尚樹を「ナルシシズム」と批判! もっと過激な発言も…

「世界的な無秩序がこれからさらには起こってくると思うんです。そういうときに、安倍さんの言っていることはシンプルすぎる。そういう懸念は僕はもっています」

 昨日2月16日、宮崎駿監督がTBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』に録音出演、ジャーナリスト・青木理氏のインタビュー取材に応じ、その発言が大きな話題を集めている。
まず、フランス週刊新聞「シャルリー・エブド」への襲撃事件の発端となった風刺画のあり方について問われると、「まずもって自国の政治家にやるべきであって、他国の政治家にやるのはうさんくさくなるだけ」と述べ、「いまのイスラム国の問題も、日本のやたらに札束をすっているような経済の運営の仕方も、末期的症状の前駆的症状だと思う」と世界と日本の社会状況を批判。そして、冒頭で紹介したように、安倍首相へも不信感を口にしたのだ。

 宮崎監督は、安倍首相に対する意見を、こうつづけた。

「(安倍首相は)もう少し腹になんか複雑なものをかかえて、何かをやらないと……。そのとき、平和憲法がとても役に立つんですよ。「俺たちはこの憲法を守らなきゃいけないんでね、そっちにいきたくてもいけないんです」ってね」

 また、憲法論議にかぎらず、サザンオールスターズの謝罪問題に象徴されるような世間に広がる言論の萎縮ムードについても、「愚かな奴は自粛するだろうし、自粛した程度のものしか考えないで発言したんだろうなと思うんですよ。それほど、それが世論の大勢を占めているんでしょうか? 僕にはわからないんですよ」と言明。“自粛するくらいならハナからやるな”と表現者としての矜持を見せた。

 さらに、百田尚樹『永遠の0』などの“零戦賛美”の風潮にも、宮崎監督は“そんなものはただのナルシシズムだ”と喝破する。

「それがいちばん楽なんです(力を込めて)。そうやって総括してしまうのが。そうすると、そこからいつまでたっても抜けだせないですね。自分たちの歴史に対するものの見方もそこから抜け出せないです。もうナルシシズムなんですよ」

 今回、番組内で放送されたインタビューは30分程度だったが、実際は2時間近くに及んだという。ポッドキャスティングではこのインタビューのロングバージョンが公開されているものの、放送や配信から洩れた部分には、もっと突っ込んだ話があったらしい。

 いったい他にどんな発言をしたかの詳細は不明だが、映画の公開前後のプロモーションでもなければ滅多に取材に応じない宮崎監督が、今回、ラジオ番組に出演したのはおそらく、現在の政治・社会状況への並々ならぬ危機感があったからだろう。実際、これまでも、宮崎監督はとくに憲法改正を進める安倍首相に対して強い懸念を示してきた。
たとえば、2013年に発行したスタジオジブリの小冊子「熱風」7月号では「憲法改正」を特集に掲げて大きな反響を呼んだが、このなかで宮崎監督は、

「憲法を変えることについては、反対に決まっています。選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います」
「政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。本当に勉強しないで、ちょこちょこっと考えて思いついたことや、耳に心地よいことしか言わない奴の話だけを聞いて方針を決めているんですから」

 と、安倍首相の姑息な改憲路線に加え、政治家として最低限の知性さえ持ち合わせていないことを断罪。さらに語気を強めて、こう述べている。

「それで国際的な舞台に出してみたら、総スカンを食って慌てて「村山談話を基本的には尊重する」みたいなことを言う、まったく。「基本的に」って何でしょうか。「おまえはそれを全否定してたんじゃないのか?」と思います。きっとアベノミクスも早晩ダメになりますから」

 これだけではない。この発言と同時期に宮崎監督はネトウヨから殺害予告も受けていたが、そんなものにも怯まず、慰安婦問題や領土問題にも踏み込んでいる。

「(戦前の日本は)悪かったんですよ。それは認めなきゃダメです。慰安婦の問題も、それぞれの民族の誇りの問題だから、きちんと謝罪してちゃんと賠償すべきです。領土問題は、半分に分けるか、あるいは「両方で管理しましょう」という提案をする。この問題はどんなに揉めても、国際司法裁判所に提訴しても収まるはずがありません。かつて日本が膨張したように、膨張する国もあります。でも、その度に戦争をするわけにはいかない。そんなことよりも、今は、日本の産業構造を変えていこうというまじめな取り組みをすべきだと本当に思いますよ。こんな原発だらけの国で戦争なんかできっこないじゃないですか」

 多くの評論家たちが批判に晒されることを恐れ、自分の意見を言うことを尻込みするなか、ここまで言い切る表現者は日本にはいない。それは向こう見ずだからとか肝が据わっているとか、そういうことじゃない。たぶん、本気で怒っているのだ。
そもそも宮崎監督は、空襲も疎開も経験している戦争体験者である。そして、少年時代の宮崎は、航空機や艦船に興味をもつ、いまで言う“ミリヲタ”でもあった。だが、大学の講義で「戦争経済というものがどれほど国民経済を破壊するか」ということを知ってからは、“航空機関関係と戦記ものの本を全部捨てた”のだという。

「ものの見方が全然変わってたんです。経済とか社会とかいろんなものを抜きに飛行機を語るのはくだらないと。(中略)でも、相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。戦艦大和もそうです。負けた戦争なのに」(ロッキング・オン「CUT」13年9月号)

 戦争の責任や他国への視点もなく、考えなしで戦争への憧れを語る者は許せない──だからこそ、安倍首相や百田尚樹のような都合のいい部分しか見ようとしない“ナルシシズム”の人間を徹底して批判するし、先の戦争への反省と新たな戦争に突き進もうとする日本に警告をつづけるのだ。

 そういう意味では、今回、ラジオで放送されたインタビューだけでは、宮崎の懸念が十分伝わったとは言えない。憲法改正という最悪の事態へ進みつつあるいまだからこそ、宮崎監督にはもっと前面に出ていろいろしゃべってほしいと思うのだが……問題は、それを取り上げることができるメディアがどれくらいあるのか、というほうなのかもしれない。
(水井多賀子)
http://lite-ra.com/2015/02/post-872.html
宮崎駿がラジオで安倍首相、百田尚樹を「ナルシシズム」と批判! もっと過激な発言も…

【この記事のキーワード】安倍晋三, 宮崎駿, 水井多賀子, 百田尚樹 .

2015.02.17.


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miyazakihayao_150217.jpgTBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』公式サイトより
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「世界的な無秩序がこれからさらには起こってくると思うんです。そういうときに、安倍さんの言っていることはシンプルすぎる。そういう懸念は僕はもっています」

 昨日2月16日、宮崎駿監督がTBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』に録音出演、ジャーナリスト・青木理氏のインタビュー取材に応じ、その発言が大きな話題を集めている。

 まず、フランス週刊新聞「シャルリー・エブド」への襲撃事件の発端となった風刺画のあり方について問われると、「まずもって自国の政治家にやるべきであって、他国の政治家にやるのはうさんくさくなるだけ」と述べ、「いまのイスラム国の問題も、日本のやたらに札束をすっているような経済の運営の仕方も、末期的症状の前駆的症状だと思う」と世界と日本の社会状況を批判。そして、冒頭で紹介したように、安倍首相へも不信感を口にしたのだ。

 宮崎監督は、安倍首相に対する意見を、こうつづけた。

「(安倍首相は)もう少し腹になんか複雑なものをかかえて、何かをやらないと……。そのとき、平和憲法がとても役に立つんですよ。「俺たちはこの憲法を守らなきゃいけないんでね、そっちにいきたくてもいけないんです」ってね」

 また、憲法論議にかぎらず、サザンオールスターズの謝罪問題に象徴されるような世間に広がる言論の萎縮ムードについても、「愚かな奴は自粛するだろうし、自粛した程度のものしか考えないで発言したんだろうなと思うんですよ。それほど、それが世論の大勢を占めているんでしょうか? 僕にはわからないんですよ」と言明。“自粛するくらいならハナからやるな”と表現者としての矜持を見せた。

 さらに、百田尚樹『永遠の0』などの“零戦賛美”の風潮にも、宮崎監督は“そんなものはただのナルシシズムだ”と喝破する。

「それがいちばん楽なんです(力を込めて)。そうやって総括してしまうのが。そうすると、そこからいつまでたっても抜けだせないですね。自分たちの歴史に対するものの見方もそこから抜け出せないです。もうナルシシズムなんですよ」


 今回、番組内で放送されたインタビューは30分程度だったが、実際は2時間近くに及んだという。ポッドキャスティングではこのインタビューのロングバージョンが公開されているものの、放送や配信から洩れた部分には、もっと突っ込んだ話があったらしい。

 いったい他にどんな発言をしたかの詳細は不明だが、映画の公開前後のプロモーションでもなければ滅多に取材に応じない宮崎監督が、今回、ラジオ番組に出演したのはおそらく、現在の政治・社会状況への並々ならぬ危機感があったからだろう。実際、これまでも、宮崎監督はとくに憲法改正を進める安倍首相に対して強い懸念を示してきた。

 たとえば、2013年に発行したスタジオジブリの小冊子「熱風」7月号では「憲法改正」を特集に掲げて大きな反響を呼んだが、このなかで宮崎監督は、

「憲法を変えることについては、反対に決まっています。選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います」
「政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。本当に勉強しないで、ちょこちょこっと考えて思いついたことや、耳に心地よいことしか言わない奴の話だけを聞いて方針を決めているんですから」

 と、安倍首相の姑息な改憲路線に加え、政治家として最低限の知性さえ持ち合わせていないことを断罪。さらに語気を強めて、こう述べている。

「それで国際的な舞台に出してみたら、総スカンを食って慌てて「村山談話を基本的には尊重する」みたいなことを言う、まったく。「基本的に」って何でしょうか。「おまえはそれを全否定してたんじゃないのか?」と思います。きっとアベノミクスも早晩ダメになりますから」

 これだけではない。この発言と同時期に宮崎監督はネトウヨから殺害予告も受けていたが、そんなものにも怯まず、慰安婦問題や領土問題にも踏み込んでいる。

「(戦前の日本は)悪かったんですよ。それは認めなきゃダメです。慰安婦の問題も、それぞれの民族の誇りの問題だから、きちんと謝罪してちゃんと賠償すべきです。領土問題は、半分に分けるか、あるいは「両方で管理しましょう」という提案をする。この問題はどんなに揉めても、国際司法裁判所に提訴しても収まるはずがありません。かつて日本が膨張したように、膨張する国もあります。でも、その度に戦争をするわけにはいかない。そんなことよりも、今は、日本の産業構造を変えていこうというまじめな取り組みをすべきだと本当に思いますよ。こんな原発だらけの国で戦争なんかできっこないじゃないですか」
多くの評論家たちが批判に晒されることを恐れ、自分の意見を言うことを尻込みするなか、ここまで言い切る表現者は日本にはいない。それは向こう見ずだからとか肝が据わっているとか、そういうことじゃない。たぶん、本気で怒っているのだ。

 そもそも宮崎監督は、空襲も疎開も経験している戦争体験者である。そして、少年時代の宮崎は、航空機や艦船に興味をもつ、いまで言う“ミリヲタ”でもあった。だが、大学の講義で「戦争経済というものがどれほど国民経済を破壊するか」ということを知ってからは、“航空機関関係と戦記ものの本を全部捨てた”のだという。

「ものの見方が全然変わってたんです。経済とか社会とかいろんなものを抜きに飛行機を語るのはくだらないと。(中略)でも、相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。戦艦大和もそうです。負けた戦争なのに」(ロッキング・オン「CUT」13年9月号)

 戦争の責任や他国への視点もなく、考えなしで戦争への憧れを語る者は許せない──だからこそ、安倍首相や百田尚樹のような都合のいい部分しか見ようとしない“ナルシシズム”の人間を徹底して批判するし、先の戦争への反省と新たな戦争に突き進もうとする日本に警告をつづけるのだ。

 そういう意味では、今回、ラジオで放送されたインタビューだけでは、宮崎の懸念が十分伝わったとは言えない。憲法改正という最悪の事態へ進みつつあるいまだからこそ、宮崎監督にはもっと前面に出ていろいろしゃべってほしいと思うのだが……問題は、それを取り上げることができるメディアがどれくらいあるのか、というほうなのかもしれない。
(水井多賀子)

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http://blog.livedoor.jp/peaceasia/archives/52085584.html
徳間書店刊「風の谷のナウシカ」六巻の1シーン。

土鬼帝国は自ら創りだした粘菌兵器の暴走「大海嘯」で破滅する。
腐海と化した土鬼領土は
かつて数百年前、同じように傲慢の末の大海嘯で滅亡した
エフタル王国の末裔である被差別民「蟲使い」たちが
意のままに闊歩するようになる。

まさに今後の日本を彷彿とさせる場面である。

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柔術は実戦には使えない? これ見てからモノ言えやぁ! 柔術家の女性が窃盗団に襲撃されるも逆にボッコボコにする! 柔術世界王者アントニオ・ブラガ・ネトが10人のバウンサーにボコられたあげく逮捕!





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グリーンベレーの対ナイフ講座 日本語吹き替え版



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柔術プリースト 196 バリカタ柔術RADIO  24

Jiu Jitsu Priest #196


生田誠のバリカタ柔術RADIO #24

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web秘伝に無料登録すれば中井さん表紙の寝技柔道大特集号がダウンロード出来ます 田辺又右衛門とか足がらみとか面白い記事が無料で読めます

月刊 秘伝 2007年 07月号 [雑誌]

ビーエービージャパン



http://webhiden.jp/archive/dtail/post_21.php

『群雄割拠の「柔道」新世紀』

柔術/体術 2007年7月号

必ず勝負を決する! 仕留める柔道

パラエストラ 中井祐樹

本記事は2007年7月号における巻頭特集「必ず勝負を決する! 仕留める柔道」における第一章第1部『群雄割拠の「柔道」新世紀』と題する記事。寝技をキーワードとして、かつて「極め技に賭けた〝実戦柔道家〟」と目される、歴史に名を遺した柔道家たちとその系譜についてあらゆる角度から考察した同特集において、特に隆盛著しかった明治期の講道館と、そこに対抗した古流勢力の苦闘を考察したもの。

この中で、特に当時、関節技としてあまりに有効なる故に、闇へと葬り去られる運命を辿る「足関節技」について、歴史を追うと共に、そのキーポイントとなった「足緘(あしがらみ)」を、パラエストラの中井祐樹師範に実演いただいた。その中で、足緘という技の特異性や、中井師範によって「寝技の魅力」が語られるコラムがある等、興味深い記事となっている。

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