マルコファスの競技MMAには無い何でもありの実戦ノウハウ















現在の競技MMAには無い頭突きなどのノウハウも収録されています
タックルと見せかけてサイドからの頭突きとか

ブラジルのVTも収録
相手側のガタイのいい大将格と闘い
寝技が全く無知だと初期の何でもありでは本当にカモでしかない

マルコファスはムエタイの打撃を教えますが
組み技 グラップリングはルタリーブリエスポルチーバの重鎮 ホベルトレイタオンジュニアが教えてくれています
ですんでパスとか足関節はルタ独特のもので構成されています

競技MMAではなく何でもありの実戦ノウハウの技術を知り勉強されたい方は初期のVT教則ものから勉強することを勧めます

いわゆる


嘉納治五郎いうところの

技に行き詰まれば古流に学べ

という事です

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ノヴァ・ウニオン・バーリトゥード ノヴァ・ウニオン柔術 レビュー  競技柔術 競技MMAには無い何でもありの実戦で生き残るためのノウハウが収録

ノヴァ・ウニオン・バーリトゥード 上巻 [DVD]
クエスト (2003-04-18)
売り上げランキング: 270,023



ノヴァ・ウニオン・バーリトゥード 下巻 [DVD]
クエスト (2003-04-18)
売り上げランキング: 260,091


ノヴァ・ウニオン柔術 〈上〉 [DVD]
クエスト (2002-03-15)
売り上げランキング: 223,663



ノヴァ・ウニオン柔術 〈下〉 [DVD]
クエスト (2002-03-15)
売り上げランキング: 227,094


ノヴァ・ウニオン柔術は既に柔術の先生がレビューしているので私ごときが今更レビューする必要性は無いのですが

http://btbrasil.livedoor.biz/archives/55376660.html

こちらの4本のDVDはあのアンドレぺデネイラスが出した唯一の教則シリーズ

ノヴァ・ウニオン柔術

イゴールジノビエフが剛の柔道 ロシア式柔道を教えているシリーズでもあります
デデがポジションを取られた時のエスケープなどを教えてくれていてとても勉強になります



ノヴァ・ウニオン・バーリトゥード

の方ですがこちらは全然レビューが見当たらないので
私が描きます

いわゆる競技柔術 競技MMAには無いノウハウが収録されています

ガードポジションで頭突きを喰らわない為のノウハウやベースを取った状態からガードを取った相手に頭突きを食らわすノウハウだの今時の競技柔術教則ものには無いノウハウが公開されています

ジョンルイスもキャッチのジーンラーベル門下のトップだけあって
柔術にはない裏技
首を極める技
眼球を極める技など
色々公開されています

ので
競技柔術にはない柔術のノウハウを知りたい方には
ヒーロン ヘナーの教則ものだけでなく

昔の柔術家たちのVT教則ものを見ることをお勧めします

あとアンドレぺデネイラスの競技柔術試合映像も収録されています

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今月のゴン格とか秘伝を勝手にレビュー

GONG(ゴング)格闘技 2015年9月号

イースト・プレス (2015-07-23)


柔術vsルタリーブリの抗争の発端がムエタイとのトラブルなのは私も知っていましたが
カーリーグレイシーというか平直行さんのお話とは実態はかなり違います
最初にムエタイのマリオドゥーモにやられたのはグレイシー一族のシャールズで
それが原因でホーウスがモリナの道場に道場破りを敢行したというのが正しいようですね
そこからルタとの因縁が勃発
などクロマドの記事が面白い
他にもジュカオンのアナコンダチョーク誕生の記事など見所満載

月刊 秘伝 2015年 08月号

BABジャパン (2015-07-14)


中井祐樹先生の柔術メソッドとか平直行先生のグレイシー連載が見どころ
動画とかもリンクしときます




乾ナントカいう架空の柔道家が北大最強の沢田の師匠というストーリーになってしまっていますが事実は異なります
沢田の師匠は奥田義郎であって乾ナントカではありません

ルスカの師匠もジョンブルミンと岡野功の二人であって乾ナントカではありません

やっぱ柔道事故とか柔道界の暴力問題とかが問題視されるようになった現在やばすぎるという事でカットされたんでしょうね…
奥田義郎先生がただ道場で笑ったというだけで先輩部員を締め落としてドブに顔を突っ込ませる制裁を起こした事件…



遂にブラジル編突入
異種格闘技戦最大のライバル エリオグレイシーが遂に登場
でもこの描かれ方だと力道山のプロレスがリアルファイトで木村政彦のプロレスだけマルメラーダ八百長だとも取れる‥

そもそもヒンズースクワットのトレーニングて当時の欧米 しかもハワイのプロレスでやってたん?
日本でトレーニングに採用されたのってダラシンからじゃなかったっけ??

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柔術プリースト 190 バリカタ柔術RADIO 18 黒帯世界王者ハファエルメンデスが来日 全試合圧倒しまくってオール一本勝ち

Jiu Jitsu Priest #190


生田誠のバリカタ柔術RADIO #18

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あの史上最強の柔道家 木村政彦の母校 拓大柔道部 鎮西高校柔道部を舞台にした昭和が生んだ武侠劇画の最高傑作 現代柔狭伝が現在無料で全話読めます

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【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた





http://togetter.com/li/845045


自分感じ悪いよね 佐藤正久 戦争法案 憲法違反 +



「【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた」の衝撃。
自民党制作の戦争法案をもっともらしく説明するプロパガンダ・アニメですが、あっさり論破されてしまいました。

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57




















まとめ

メニュー

















自民党が戦争法案をもっともらしく説明するプロパガンダ・アニメを作成




たとえアニメで説明したところで憲法違反は憲法違反なんだよ。







【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた


完全論破!





教えて!ヒゲの隊長


自民党・ヒゲの隊長の「戦争法案」説明動画を女子高生がガチで批判し倒すパロディ動画が話題に | BUZZAP!(バザップ!)



シンタヤベ @257antonio 2015-07-09 18:14:18
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8
自民党の「教えて!ヒゲの隊長」https://t.co/jio0CbYwFcに対向する動画じゃん!やば。同じテイストの解説動画とか作れるとかクリエイターのひと凄!






VOTE for DEMOCRACY @supportV4D 2015-07-09 18:14:19
あかりちゃん、ヒゲの隊長を見事に論破!!
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtube.com/watch?v=L9WjGy…
このカウンター動画をすばやく作った人、超GJ。
#自民感じ悪いよね pic.twitter.com/WKw81yh90u








石野 雅之 @nocchi99 2015-07-09 18:24:04
ヒゲ「そーりゃ大変だ」
あかりちゃん「クソ大変だよ」
ワロタwww

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8 @YouTubeさんから






SEALDs @SEALDs_jpn 2015-07-09 18:37:09
なんかきた笑
あかりちゃんがヒゲの隊長を完全論破してる笑
しかも勉強になるっていう笑

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtube.com/watch?v=L9WjGy…

#あかりちゃん
#自民感じ悪いよね






渡辺輝人 @nabeteru1Q78 2015-07-09 18:38:53
この人、確信犯だから、教えてあげて納得するのかは知らないが。 / 他1コメント b.hatena.ne.jp/entry/www.yout… “【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた” htn.to/UhQLcNs






人気なYouTube♪Bot @kininaruy 2015-07-09 18:40:19
なんかきた笑あかりちゃんがヒゲの隊長を完全論破してる笑しかも勉強になるっていう笑【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた twitter.com/SEALDs_jpn/sta… pic.twitter.com/I9SYNn4Y13









盤 @dorkone 2015-07-09 18:41:39
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8 @YouTubeさんから

ド頭から最後まで完全にヒゲの隊長をしばいてますね笑
すごく面白いです。必見なんじゃないでしょうか。






TOKYO DEMOCRACY CREW @TOKYO_DEMOCRACY 2015-07-09 18:52:11
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた m.youtube.com/watch?v=L9WjGy…

ヒゲの隊長への最強のカウンター!誰だこれ作ったの。天才かよ!

【ヒゲが出演したオリジナル】
m.youtube.com/watch?feature=…

けちょんけちょんにコケにされてますわ笑。






布施祐仁 @yujinfuse 2015-07-09 18:56:10
この動画、面白いです。あかりちゃんが逆にヒゲの隊長(佐藤正久議員)を論破してる(笑)。 「ヒゲの隊長に教えてあげてみた」 youtu.be/L9WjGyo9AU8 ちなみに自民党のオリジナルはこちら。 「教えて!ヒゲの隊長」youtu.be/0YzSHNlSs9g






ケロ爺 @kero_jiji 2015-07-09 18:56:48
ブハハヾ(*≧ω≦)ノ彡☆!コレすげぇ〜
あかりちゃんすげぇ〜解りやすい!
面白いからぜひ見て!

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
m.youtube.com/watch?v=L9WjGy…






ワタナベマモル @mamoru_stiff 2015-07-09 18:57:07
【必見&拡散】
安保法制(戦争法案)についてとても分かりやすくあかりちゃんが論破してる。
必見です。そしてどんどん拡散しよう。安保法制賛成派にもとどけ!
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8






一撃 @taku_bukkomi 2015-07-09 18:58:44
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8 @YouTubeさんから

これは傑作ですね!
ヒゲの隊長がコテンパンにやられてます。
爆笑です。






Ikuo Gonoï @gonoi 2015-07-09 19:02:02
「だったら国民に面と向かって説明して、改憲したいならしたいで堂々とスジ通せよ」「主権在民っていう中学で習う単語を教えてあげるね」というあかりちゃん、すばらしい→【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8 @YouTubeさんから






牛茶 @imawanoramo 2015-07-09 19:02:24
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtube.com/watch?v=L9WjGy…

安倍のより100倍わかりやすく、1000倍センスあるわ






ムカデ AGAINST WAR @kurukuru_pahhh 2015-07-09 19:45:52
ナニコレ!ちょーおもしろい!
し、簡潔、的確。勉強になるなー。

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた: youtu.be/L9WjGyo9AU8








のん○ろばまらー○ @non1_0hyphen4 2015-07-09 19:46:18
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた

youtube.com/watch?v=L9WjGy…

こりゃすごい。今の問題まるわかりだようちらが思ってることあかりちゃんが(ちょっと舌足らずだけど)全部言ってくれてる。スッキリした。超わかりやすいし。






bulldousa @takerousa 2015-07-09 19:53:01
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8
あかり「かなり無理ある設定でなんで集団的自衛権を説明してるの?おかしくない?」
隊長「おかしいよね!」
ここの隊長、素直に同意で吹くわ






mipoko:NoNukes&NoFur @mipoko611 2015-07-09 19:56:33
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8 @YouTubeさんから

シ〜ユ〜。あかりちゃん惚れるわ・・・






三色団子@9/20イナズマロックフェス @syamisendango 2015-07-09 19:59:09
めっちゃ分かりやすい。
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8 @YouTubeさんから






まめご @04Chiv_mame 2015-07-09 20:00:11
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtube.com/watch?v=L9WjGy… @youtubeから

これ面白かったwwwヒゲの隊長を完全論破して、かつ分かりやすい解説。作った人すごいなー








ソウル・フラワー・ユニオン @soulflowerunion 2015-07-09 20:01:26
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtube.com/watch?v=L9WjGy…
ヒゲ、あかりちゃんに怒られまくり。ちなみに自民党が動画アップして一週間で粉砕とのこと。
#あかりちゃん






不良モダンガール @badmoderngirl 2015-07-09 20:01:27
戦争法案のクソっぷりが解りやすいうえにオモロイ。必見。
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた: youtu.be/L9WjGyo9AU8








野間易通 @kdxn 2015-07-09 20:01:38
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8

「自衛隊の飛行機が緊急発進した回数は、なんと10年前の7倍になっているんだ」
「はい出た。冷戦期にはそれ以上あったのに、あえて最低の回数だった10年前と比べる理由は?」






HELLCAT @AmyakaHELLCAT 2015-07-09 20:02:11
ウケる

ヒゲの隊長に教えてあげてみた ln.is/www.youtube.co…

#ヒゲも感じ悪いよね






ゆうやみ @yuyami83 2015-07-09 20:02:53
これはすごいカウンターw【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた: youtu.be/L9WjGyo9AU8








小野寺宏友 #VOTE部城南 @deluxe55 2015-07-09 20:06:43
あかりちゃん、ナイスツッコミ!w 看破。
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtu.be/L9WjGyo9AU8
#自民感じ悪いよね
ネタ元:教えて!ヒゲの隊長 youtu.be/0YzSHNlSs9g pic.twitter.com/xvExGmQeVW








pippin inamura @pippinpippin 2015-07-09 20:09:36
ババアにもよーくわかった。すっきりしました。ありがとう!

あかりちゃん、ヒゲの隊長を見事に論破!!
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
twitter.com/supportv4d/sta…
#自民感じ悪いよね







きゃつお 鼎 CARP @ca_tsuwo 2015-07-09 20:12:05
ヒゲの隊長、オリジナル投稿からたった1週間後に投稿された動画で撃破される。 
>【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8 
#安保法制 #自民感じ悪いよね






T-ns Sowl @teensSowl 2015-07-09 20:15:23
あかりちゃんかっこいい!
めっちゃ完全論破してる笑笑笑
それにこの動画知らない人に見せてもいいかもね!
#あかりちゃん
#自民党感じ悪いよね
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtu.be/L9WjGyo9AU8








きゃつお 鼎 CARP @ca_tsuwo 2015-07-09 20:17:36
元ネタの1.5倍の長さで撃破される安保法制の根拠の内容の無さ(ーー;) 
こんなんで採決するとか、#自民感じ悪いよね 
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8 
#安保法制






那波かおり/NAWA, K @kapponous 2015-07-09 20:20:27
うわあ、あかりちゃん最高だ!!!!

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtube.com/watch?v=L9WjGy…






BonRon @bonron666 2015-07-09 20:20:41
最近、何を見ても笑えなかったけど今日は笑った!一言で、凄い!です。

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた

youtu.be/L9WjGyo9AU8 @YouTubeさんから






かなめ @kanameqp 2015-07-09 20:21:34
トレンドに『ヒゲの隊長』あったので見てみました
元の動画も知らなかったので元の動画→教えてあげてみたの順で視聴

あかりちゃんの中の人すごいです
思わずうんうんって頷きながら見てしまいました
『ヒゲの隊長』自体は2話以降も作成されそうですが、反論みたいなことはしてくるのかな?






とし@東京12-15,21 @toshihoge 2015-07-09 20:22:21
元ネタ:youtu.be/0YzSHNlSs9g
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8

秀逸!自民党は議論が尽くされたと言っているけれど、集団的自衛権の例が未だに非現実的で個別的自衛権で対応可能だからなぁ






報ステとNEWS23を応援する会 @ouenhst 2015-07-09 20:27:11
自民党が国民をバカにした安保法制の解説動画をアップしてから、わずか一週間で完全論破ムービーが誕生!!
デジタルネイティブの底力ここに極まる。
これそのまんま、特別委で質問してほしい!

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtu.be/L9WjGyo9AU8






shu @shu_forum4 2015-07-09 20:29:33
あかりちゃんに脱帽です。安倍、佐藤、聞いてるか?
戦争法案の問題が凝縮してます。 #戦争保安廃案
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtube.com/watch?v=L9WjGy…






qano ka @qwano 2015-07-09 20:29:47
"【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた"、最高。
自民党議員はこれに反論してみろよ。公明党、お前らも反論できないよな。






チョク @chyku 2015-07-09 20:30:02
あかりちゃん優秀( ̄^ ̄)ゞ
“@soulflowerunion: 【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtube.com/watch?v=L9WjGy…
ヒゲ、あかりちゃんに怒られまくり。ちなみに自民党が動画アップして一週間で粉砕とのこと。
#あかりちゃん”






ミツバチ @pozi0123 2015-07-09 20:36:15
ひっさびさにTwitterもどってきたら、オモシロイ動画が 笑 でも、戦争法案を国民にわかりやすく論破できるのが志位さんとあかりちゃんだけって。。野党しっかりしろよ。

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtu.be/L9WjGyo9AU8"






チームなかよしV8(バイトリーダー) @ishiitakoashi 2015-07-09 20:38:08
やっと見れた!
最高。
誰作ったのこれ笑

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8








きづのぶお @jucnag 2015-07-09 20:44:19
クッソしょうもない戦争法案プロパガンダアニメが、めっちゃ面白くなってます!必見!!

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtube.com/watch?v=L9WjGy…






Gotch @gotch_akg 2015-07-09 20:44:27
なんか観ちゃうよね。 via 【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8






焼酎猫 @showchuneko 2015-07-09 20:45:47
あかりちゃん、最高です。みんなも観よう。
【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた
youtu.be/L9WjGyo9AU8”








あつみ @atsumi_y 2015-07-09 20:48:22
あかりちゃん厳しいじゃねぇかw/

【あかりちゃん】ヒゲの隊長に教えてあげてみた youtu.be/L9WjGyo9AU8





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アサダトシオ先生が元弟子で現役バリバリの日本トップの柔術家ホブソンタンノの必殺オモプラッタからの三角を公開









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ジョアオミヤオを破った19歳の次世代柔術家マイキームスメシ



http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871586

2015.07.22 Wednesday

マイキー・ムスメシの試合前はどんなかんじ?


ネットの世界では1週間前のことなんてなんだか大昔のことのようですが、この間のアメリカン・ナショナルでジョアオ・ミヤオを破って優勝したマイキー・ムスメシ、対戦した某日本人選手(笑)によると、、、

天然なのか策略なのか、試合前に何度も「いい試合しましょう」と握手を求めてきて、いろいろと喋りかけるらしい。

同じようにジョアオにもやっていたそうですが、ジョアオは「知らねーよ」みたいな態度だったそうで。。

それもかなり仲のいい関係ぐらいのノリで話しかけるらしく、結構うざい系らしい(爆)



ちなみにこのマイキー・ムスメシはATT所属だけど メンデス兄弟から黒帯を授与されたようで、この試合でもギイ・メンデスが的確なコーチしてたそうです。

去年のムンジアルでは紫帯で優勝だったのに、今年はもう黒帯でジョアオを破ったとは。

柔術を始めたのは4歳!今後の柔術大会では非ブラジル人のそんな世代がアダルトのカテゴリーに続々と入ってくるんでしょうね~。恐ろしや、恐ろしや。。。

ちなみにこういう大会ではドラッグテストはないのかな?(あれ、なんか意味深?爆)

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ネトウヨホルホル自衛隊アニメ「GATE(ゲート)」の実態とは?

http://blog.livedoor.jp/chuuseijap/archives/36903059.html


2015年07月13日23:38

カテゴリキモオタ=ネトウヨキモオタ・アニオタ

ネトウヨホルホル自衛隊アニメ「GATE(ゲート)」の実態とは?


今回は今深夜に全国地上波放送で絶賛放送中のネトウヨホルホル自衛隊アニメ「GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」について特集したい。

どうやらこのアニメは元々ネトウヨが書いたネット小説が原作らしい。
このクソアニメの存在はアニオタだけでなくミリオタもネトウヨと不可分の存在であることを決定づける大きなエビデンスの一つだ。
ネトウヨとの親和性が極めて高いことがすっかり常識化したアニオタだけでなく、前々からミリオタ(軍オタ)のことも同様にこのブログで批判したいと思ってたので今回はそれも兼ねて。

まずこのアニメは2ch嫌儲板でもネトウヨアニメだとしてよく話題に挙がってるが、そうしたスレのうちの一つを紹介したい。


アニメ「GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」 自衛隊と奇跡のコラボキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1435244402/

1 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2015/06/26(金) 00:00:02.18 ID:2cGnIJop0 ?2BP(1000)

 東京地本は、自衛官募集ポスターを柳内たくみ氏原作のテレビアニメ
『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』と共同により作成しました。

 原作「ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり」は、自衛隊が異世界で活躍するファンタジー小説で、
漫画等シリーズ累計で240万部を超える人気があり、自衛隊員にも読者は多く、
「装備品の運用方法がリアルで驚いた。」や、「キャラクターは大変個性的だが、
親近感を持てる場面も多く、感情移入ができた。」と言った声を多く聞きます。

 本企画は、今年テレビアニメ化されることをきっかけに、元自衛官でもあり平素から
東京地本の活動にご協力いただいている著者の柳内たくみ氏ご本人からの提案により実現しました。

 東京地本は、本ポスターを通じてより多くの若者が防衛省・自衛隊に関心をもつきっかけとなればと考えています。
15e277ea.jpg
4da94618.jpg


http://www.mod.go.jp/pco/tokyo/tokusetu/tokusetu.html

http://www.mod.go.jp/pco/tokyo/tokusetu/gate_tate.jpg

http://www.mod.go.jp/pco/tokyo/tokusetu/gate_yoko.jpg

TVアニメ『GATE(ゲート) 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』番宣CM2
https://www.youtube.com/watch?v=fYeQZtu7INY

ポスターきめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ

しかも

>シリーズ累計で240万部を超える人気があり、

マジかよこんなのがキモオタにそこまで大人気なのかよ。
そしてこうやって美少女イラストに釣られて自衛隊に入隊したバカなキモオタが隊内でチン毛を焼かれたりしていじめられるわけですねわかりますw

そして肝心の作品内容はと言うと。


【アニメ化】 オタクな自衛官達が異世界に行って美少女エルフや美少女魔導師と戦うラノベ
http://blog.livedoor.jp/googleyoutube/archives/51872883.html


74 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/12/19(金) 11:53:53.84 ID:dvMjKmoS0
>>8

中韓やシーシェパードが悪役になったり馬鹿にされる

唐突に二次元の児ポに関する持論をキャラクターに語らせる

マスコミは愚かな敵

こんな要素があります


264 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/12/19(金) 12:53:35.66 ID:ujY/5gKw0
>>74
中韓やシーシェパードが悪役で自分らは正義の味方みたいな妄想いだいてる
ジャップには悪いんだけどさ、ジャップって自分らの議員がドリルでHDD壊して
証拠隠滅するような土人政治やっておきながら、あるいは原発を爆発させても
誰も逮捕されたようなクズ国家でありながら、一応、セウォル号事件の関係者は
制裁を受け、汚職官僚は死刑にする中韓に対して社会正義を主張できると思ってるんだよね?

ヘソで茶が湧くとはこのことか

今のジャップに「公正」を説かれたら、中韓も苦笑するしかないだろ
小渕がドリルでHDD壊して汚職を居直る、お前みたいな土人国家に説教されるいわれはねー、と


317 :番組の途中ですがアフィサイトへの転載は禁止です:2014/12/19(金) 13:13:11.28 ID:WyRftLN30
>>2
弱毒版になる改訂前原版を読んだ
元自衛官が、書いているから序盤まではもしもゼロ魔世界に自衛隊を送ったら的二次創作で面白かったのに


自衛隊TSUEEE!!オタク文化で侵略!!麻生閣下万歳!!中韓が攻めてくる!!亡国ミンス!!反日マスゴミ!!
僕達可哀相!!犠牲になる俺等いじらしい!!


でガックリ・・・所詮ヒゲや田母神が上に立つ駄目組織を再認識したわ




きめえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ

これがキモオタネトウヨの気持ち悪い脳内妄想の世界かw
こんなのがアニメ化まで到達するほど支持されてるんだからもはやアニオタとミリオタの圧倒的多数がネトウヨである事実を言い訳することなんてできんわな。
なんてったってシリーズ累計240万部だもんな。

ただし2chの書き込みだから作品内容に関する情報が本当かどうかはわからんし、ぶっちゃけキモいネトウヨアニメなんて実際に見て内容確認なんてしたくないんではっきり断定することはできんが、まあ、そういう内容なんだろうなあってのは断片的な情報からでも大体想像できる。

ちなみに少なくとも作者がネトウヨなのはガチ。
エビデンスは↓これ。


自衛隊が異世界へ行って美少女エルフや美少女魔導師と戦うラノベ『ゲート』アニメ化
http://sugosoku.blog102.fc2.com/blog-entry-1967.html#cm
※ここのコメント欄

No title

作者のHP見たらチベットとウィグルの旗が貼られてて中韓許さん反捕鯨許さんと書かれてて予想以上だったw
元自衛隊の人間らしいんだが、こんな作品作って自己満足に浸ってるぐらいだから、実は虐められてたんじゃないのかw
『仮想世界に逃げ込んで自分に決して危害を加えない反撃してこない相手と戦ってるつもりでいる事しかフラストレーションのはけ口が無い』
正にその通りの可能性が高い。

2015-01-03 19:25 一体感を感じる名無し

>作者のHP見たらチベットとウィグルの旗が貼られてて中韓許さん反捕鯨許さんと書かれてて予想以上だったw

これが本当のことなのか検証するため、作者名「柳内たくみ」でググって出てきたウィキペディアの記事の外部リンク欄にURLが貼られてた「とどくどっとうぇぶ」というホームページを開くと…。

67785113.jpg


http://todoku.web.fc2.com/



掲示されている二枚の旗は上がチベット独立運動の旗で下がウイグル独立運動の旗。
どちらも反中運動の象徴。

そして

>鯨食文化の保護推進にご協力を。まずは鯨を食べてみよう!!
>文化帝国主義反対/シーシェパード反対/シーシェパードに資金提供・あるいは心情的賛同をしている企業製品を買わないでください。
>目的のためなら窃盗・営業妨害といった犯罪にも手を染めるグリーンピースの活動には断固反対します。
>とりもどそう竹島/千島列島/断固防衛・尖閣諸島
>拉致被害者奪回推進
>反対!!永住外国人参政権/権利は必ず義務を伴います。義務とはその国の過去を背負い、未来に責任を負うということ。そのためには日本国籍を取って○○系日本人として、私たちとともに将来を担ってください。いつでも逃げ出せる立場での選挙権には、私は断固反対します。

ああ…やっぱりな。
やっぱりアニオタとミリオタはネトウヨだった。
マジで首吊って死ねよアニオタとミリオタのゴミカスども。

日本人を殺したりはしない正義の環境保護団体シーシェパードをテロリスト呼ばわりしながら、実際にテロで中国の漢族を無差別虐殺しているテロリスト民族のウイグル族やチベット族を全面支援するおかしなダブスタ生物、それがネトウヨである。

なーにが文化帝国主義だよ。
ジャップのクジラ虐殺やイルカ虐殺は文化でなくただの動物虐待だから反対されてるだけ。
中国はチベット族やウイグル族の文化や言語を弾圧するどころかむしろ保護してるぐらいだし、こちらも全く文化帝国主義には当たらない。
ジャップこそ琉球やアイヌの文化や言語を弾圧しまくって破壊しまくって今や絶滅寸前にまで追い込んだんだからジャップの文化帝国主義こそ批判しろよ偽善者ども。

っつーわけで、やっぱりアニオタとミリオタはネトウヨと不可分の存在だってことだけははっきりと断定できるんだよね。
アニメとかミリタリー趣味なんてこうやってネトウヨを増やす養分にしかならないんだから早く法規制されるべき。


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解放された世界

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ハーバート・ジョージ・ウェルズ





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H・G・ウェルズ
Herbert George Wells

Herbert George Wells in 1943.jpg
1943年に撮影されたウェルズ


誕生
1866年9月21日
ケント州 ブロムリー

死没
1946年8月13日(満79歳没)
ロンドン

職業
作家

国籍
イギリスの旗 イギリス

主題
小説、随筆、ノンフィクション

文学活動
国際ペンクラブ2代目会長(在任1933年~1936年)

代表作
『タイム・マシン』
『宇宙戦争』
『透明人間』

子供
ジョージ・フィリップ・ウェルズ


影響を受けたもの[表示]





影響を与えたもの[表示]









公式サイト
H.G.ウェルズ協会 (The H.G. Wells Society)
Portal.svg ウィキポータル 文学
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ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells, 1866年9月21日 - 1946年8月13日)は、イギリスの著作家。小説家としてはジュール・ヴェルヌとともに「SFの父」と呼ばれる。社会活動家や歴史家としても多くの業績を遺した。H・G・ウエルズ、H.G.ウェルズ等の表記がある。



目次 [非表示]
1 生涯 1.1 作家以前
1.2 作家活動
1.3 社会活動
1.4 私生活
1.5 晩年、死後

2 作品と影響 2.1 ウェルズが影響を与えた主な人物、作品

3 主要作品リスト 3.1 長篇、中篇小説
3.2 短篇小説
3.3 映画脚本
3.4 思想書、エッセイ、ノンフィクション
3.5 ゲーム
3.6 邦訳された主な著作

4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク


生涯[編集]

作家以前[編集]

イングランドのケント州ブロムリー(現在のブロムリー・ロンドン特別区)の商人の家に生まれる。父ジョゼフ・ウェルズは園丁やクリケット選手としても働き、母サラ・ニールはメイドだった。家庭は下層中流階級に属しており、ウェルズは父の負傷後には母が働いていたアップパーク邸に寄食する。ウェルズはこの館でプラトンの『国家』、トマス・ペインの『人間の権利』、ジョナサン・スウィフトなどを読んだ。この頃、呉服商や薬局の徒弟奉公、見習い教師などを経験するがいずれも続かなかった。当時の体験は、のちに『キップス』、『トーノ・バンゲイ』などの小説に生かされている。

奨学金でサウス・ケンジントンの科学師範学校(Normal School of Science、現インペリアル・カレッジ)に入学。トマス・ヘンリー・ハクスリーの下で生物学を学び、進化論には生涯を通じて影響を受けることになる。学生誌『サイエンス・スクールズ・ジャーナル』に寄稿し、1888年4-6月号に掲載された『時の探検家たち』は、のちの『タイム・マシン』の原型となる。1891年には、四次元の世界について述べた論文『単一性の再発見』が『フォート・ナイトリ・レヴュー』に掲載された。

作家活動[編集]

ウェルズは教員をめざすが、教育界の保守的な体質と病気が原因で道を閉ざされ、文筆活動へ進む。やがてジャーナリストとなり、『ベル・メル・ガゼット』や『ネイチャー』に寄稿する。1890年代から1900年代初頭にかけて、『タイム・マシン』(1895年)をはじめ、『モロー博士の島』、『透明人間』、『宇宙戦争』など現在でも有名な作品を発表する。これら初期の作品には、科学知識に裏打ちされた空想小説が多く、ウェルズ自身は「科学ロマンス」と呼んだ。

1900年、ケント州のサンドゲイトに邸宅を購入し、執筆活動と文士との交際を行なう。未来について考察した『予想』の発表などが転機となり、文明批評色の濃い作品や風俗小説を発表するようになる。やがて社会主義に傾倒し、1902年にはジョージ・バーナード・ショーの紹介で社会主義団体であるフェビアン協会に参加。その後も人類への憂慮を背景にした作品を発表し続け、第一次世界大戦の前に原爆を予見した『解放された世界(英語版)』を発表。終戦後に出された歴史書『世界史大系』は幅広く読まれた。

社会活動[編集]

第一次大戦後、戦争を根絶するために国際連盟の樹立を提唱し、ワシントン会議に出席。『新世界秩序』では、全ての国家に人権の遵守と軍備の非合法化を訴えた。また、母性保護基金、糖尿病患者協会、新百科全書、人権宣言などの運動を行なった(後述)。政治家との交流としては、ウッドロウ・ウィルソンへの直談判、ウラジーミル・レーニン、フランクリン・ルーズベルト、ヨシフ・スターリンとの会見などを行なった。

私生活[編集]

1891年に最初の結婚をし、1895年に教え子だったアミー・キャサリン・ロビンズと再婚。アミー・キャサリンとの間に長男ジョージ・フィリップ、次男フランク・リチャードが生まれた。ウェルズは女性遍歴で知られ、ときに非難も受けた。交際相手としては、産児制限活動家のマーガレット・サンガー、小説家のエリザベス・フォン・アーニム、フェビアン協会のメンバーアンバー・リーヴス、作家のレベッカ・ウェスト、オデット・カーン、マリア・ブドゥベルグらが知られている。またチャールズ・チャップリンとは懇意にしており、自作『来るべき世界』の映画化においては助言を求めた。

晩年、死後[編集]

教員を目指していた頃に肺をわずらった他、生涯を通して糖尿病、腎臓病、神経炎などさまざまな疾患と戦い、ロンドンの自宅にて肝臓ガンにより逝去。フォレスト・J・アッカーマンによれば、晩年のウェルズは、自作の題名を部屋につけており、アッカーマンは「海の貴婦人」の間でウェルズと会見をした[1]。

死後、1960年にH.G.ウェルズ協会が設立された。その後に再評価がすすみ、1986年にはパトリック・パリンダーの主導によりウェルズ国際シンポジウムが実現。『モロー博士の島』や『宇宙戦争』の詳細な注釈書も出版された。『タイム・マシン』をはじめとしてウェルズの作品は幾度も映像化されている(外部リンク参照)。日本においては、日本ウェルズ協会が1974年に設立。会長は今西錦司だった。

作品と影響[編集]
サイエンス・フィクション後世でもよく扱われるSF的題材を数多く生み出し、また発展させた事で評価を得ている。タイムマシンをはじめ、蛸型の火星人、透明人間などが広く知られている。その他にも動物の知性化(『モロー博士の島』)、テロの道具としての細菌(『盗まれた細菌』)、合成食品(『神々の糧』)、反重力(『月世界最初の人間』)、新兵器(『陸の甲鉄艦』『空の戦争』『解放された世界(英語版)』)などがある。ユートピア自身のユートピア観をもとにした小説を著した。なかでも『近代のユートピア』の内容は論争を呼び、当時G・K・チェスタトンやE・M・フォースターらはウェルズを批判し、ヘンリー・ジェイムズやジョゼフ・コンラッドらはウェルズを擁護した[2]。女性像『アン・ヴェロニカの冒険』では、女性の自由恋愛や、性愛について話す女性を描き、エドワード朝時代の常識に挑戦する内容として非難された。ゲームウェルズは、現在ミニチュアゲームと呼ばれるような遊びを題材とした Floor Games や Little Wars を著しており、ウォー・ゲームの商品化の先駆者としても知られる。原子爆弾小説『解放された世界』は、原子核反応による強力な爆弾を用いた世界戦争と、戦後の世界政府誕生を描いた。核反応による爆弾は、原子爆弾を予見したとされる。ハンガリー出身の科学者レオ・シラードは、この小説に触発されて核連鎖反応の可能性を予期し、実際にマンハッタン計画につながるアメリカの原子爆弾開発に影響を与えた。国際連盟第一次世界大戦中に論文『戦争を終わらせる戦争』を執筆。大戦後に戦争と主権国家の根絶を考え、国際連盟を樹立すべく尽力した。しかし、結果的に発足した国際連盟はウェルズの構想とは異なり国家主権を残していたため、『瓶の中の小人』という論文で国際連盟を批判している。のちに発足した国際連合も同様に批判した。新百科全書運動世界平和の基盤となる新世界秩序のための知識と思想の集大成として、1920-30年代に新百科全書運動を展開する。これに関する著書『世界の頭脳』においては、書籍の形態をとらない世界規模の百科事典を構想し、現在のウィキペディアの構造を予言していたとも言われる。糖尿病患者協会1934年、糖尿病患者協会の設立を『タイムズ』紙上で国民に呼びかけ、国家規模での糖尿病患者協会が初めて設立された(糖尿病患者協会そのものはポルトガルが世界初)。ウェルズ自身は1型糖尿病を患っていた。人権宣言第二次世界大戦の勃発に触発され、1939年にウェルズは『新世界秩序』で概略を述べていた「人権宣言」についての書簡を『タイムズ』とルーズベルトに送る。この人権宣言と、それを基に1940年に作成されたサンキー権利章典は、1941年1月6日のルーズベルトの一般教書の中の「四つの自由」を包含しており、さらにのちの世界人権宣言などに影響を与えたとされる。日本国憲法ウェルズは日本国憲法の原案作成に大きな影響を与えたとされる。特に日本国憲法9条の平和主義と戦力の不保持は、ウェルズの人権思想が色濃く反映されている。しかし、ウェルズの原案から日本国憲法の制定までに様々な改変が行われたため、憲法9条の改正議論の原因のひとつとなっている。またこの原案を全ての国に適用して初めて戦争放棄ができるように記されており、結果として日本のみにしか実現しなかったことで解釈に無理が生じたと言われている[3]。
ウェルズが影響を与えた主な人物、作品[編集]
ホルヘ・ルイス・ボルヘス - 『タイム・マシン』から着想を得た評論『コールリッジの夢』や、『水晶の卵』に着想を得た『アレフ』を執筆。ボルヘスが編纂した叢書〈バベルの図書館〉の1冊にもウェルズが選ばれている。
オラフ・ステープルドン - 『世界史大系』から着想を得た年代記『最後と最初の人間』を執筆。
オーソン・ウェルズ - 『宇宙戦争』から着想を得たラジオ番組『宇宙戦争 (ラジオ)』を制作。
C・S・ルイス - 『別世界物語』において、ウェルズのカリカチュアである科学者を登場させた。
A・A・ミルン - 子供時代にウェルズの教えを受け、当時のウェルズについて自伝で回想している。
アーサー・C・クラーク - 『めずらしい蘭の花が咲く』から着想を得た『尻込みする蘭』や、『月世界最初の人間』から登場人物の名を借りた『登ったものは』を執筆(『白鹿亭綺譚』所収)。
アーノルド・J・トインビー - 『世界史大系』から着想を得た『歴史の研究』を執筆。
ジョン・クリストファー - 『宇宙戦争』から着想を得た『三本足シリーズ』を執筆。
クリストファー・プリースト - 『タイム・マシン』と『宇宙戦争』から着想を得た『スペース・マシーン』を執筆。
K・W・ジーター - 『タイム・マシン』から着想を得た Morlock Night を執筆。
ジーン・ウルフ - 『モロー博士の島』を子供時代に愛読し、のちに『デス博士の島その他の物語』を執筆。
ブライアン・W・オールディス - 『モロー博士の島』から着想を得た Moreau's Other Island を執筆。また『十億年の宴』ではウェルズの作品を論じている。
横田順彌 - 『宇宙戦争』から着想を得た『火星人類の逆襲』を執筆。
スティーヴン・バクスター - 『タイム・マシン』をはじめいくつかのウェルズ作品から着想を得た『タイム・シップ』を執筆。この小説は、ウェルズの遺族から『タイム・マシン』の正式な続編と認められている。

主要作品リスト[編集]

※H. G. Wells bibliographyも参照。

長篇、中篇小説[編集]
The Time Machine (1896) 『タイム・マシン』(その他の邦題『八十万年後の社会』)
The Wonderful Visit (1895) 『驚異の訪れ』
The Island of Dr. Moreau (1896) 『モロー博士の島』(その他の邦題『改造人間の島』)
The Invisible Man (1897) 『透明人間』
The Wheels of Chance (1897) - 自転車旅行を題材としたコメディ
The War of the Worlds (1898) 『宇宙戦争』
When The Sleeper Awakes (1899) 『今より三百年後の社会』 - 眠りによって未来のディストピアに出現した男の体験談
Love and Mr. Lewisham (1900) 『恋愛とルイシャム氏』 - 交霊術に関わった男の物語
The First Men In the Moon (1901) 『月世界最初の人間』(その他の邦題『月の世界を見た男』『月世界旅行』)
The Sea Lady (1902) 『海の貴婦人』
The Food of the Gods (1904) 『神々の糧』 - 合成食品による生物の巨大化を描く
Kipps (1905) 『キップス』 - 風俗小説
A Modern Utopia (1905) 『近代のユートピア』 - ウェルズ流のユートピア
In the Days of the Comet (1906) 『彗星の時代』 - ハレー彗星の接近に着想を得た物語
The War in the Air (1908) 『空の戦争』 - 航空機を用いた戦争を描いた
Ann Veronica (1909) 『アン・ヴェロニカの冒険』(その他の邦題『恋愛新道』) - 女性の性解放を題材とした恋愛小説
Tono-Bungay (1909) 『トーノ・バンゲイ』 - 風俗小説
The History of Mr. Polly (1910) 『ポーリー氏の生涯』 - 自伝的な風俗小説
The New Machiavelli (1911) 『ニュー・マキャベリ』 - 社会主義を題材とした小説
Marriage (1912) 『結婚』
The Passionate Friends (1913) 『情熱的な友人たち』 - 三角関係を描いた恋愛小説
The World Set Free (1914) 『解放された世界』 - 原子力兵器の出現と核戦争の到来を予見
Wife of Sir Isaac Harman (1914) 『アイザック・ハーマン卿の妻』
Bealby: A Holiday (1915)
The Research Magnificent (1915) 『崇高な探究』
The Soul of a Bishop (1917)
Joan and Peter: A Story of an Education (1918)
The Undying Fire (1919)
The Secret Places of the Heart (1922)
Men Like Gods (1922) 『神のような人々』 - ユートピア的な平行世界の体験記
The Dream (1924) - 科学ロマンスと社会小説の中間的作品
Christina Alberta's Father (1925)
The World of William Clissold (1926) 『ウィリアム・クリソルド氏の世界』
Meanwhile (1927)
Mr Blettsworthy on Rampole Island (1928)
The King Who Was a King (1929)
The Autocracy of Mr Parham (1930)
The Bulpington of Blup (1932)
The Shape of Things to Come (1933) 『世界はこうなる』(その他の邦題『地球国家2106年』) - 未来を扱った架空の年代記
The Croquet Player (1936) 『クローケー・プレーヤー』
Brynhild (1937)
Star Begotten (1937) - 火星人を題材とした作品
The Camford Visitation (1937)
Apropos of Dolores (1938)
The Brothers (1938)
The Holy Terror (1939)
Babes in the Darkling Wood (1940)
All Aboard for Ararat (1940)
You Can't Be Too Careful (1941)

短篇小説[編集]
A Family Elopement (1884)
A Tale of the Twentieth Century (1887)
A Talk with Gryllotalpa (1887)
A Vision of the Past (1887)
The Chronic Argonauts (1888) 『時の探検家たち』 - 『タイム・マシン』の原型
The Devotee of Art (1888) 『芸術崇拝』
The Flying Man (1893)  『飛ぶ男』
The Stolen Bacillus (1894) 『盗まれた細菌』(その他の邦題『盗まれたバチルス』)
The Final Men (1894)
The Flowering of the Strange Orchid (1894) 『めずらしい蘭の花が咲く』(その他の邦題『奇妙な蘭』)
A Deal in Ostriches (1894) 『ダチョウの売買』(その他の邦題『駝鳥買います』)
The Hammerpond Park Burglary (1894)
The Diamond Maker (1894) 『ダイヤモンドをつくる男』(その他の邦題『ダイヤモンド製造家』、『ダイヤモンド造り』、『ダイヤモンド作り』)
How Gabriel Became Thompson (1894)
In the Avu Observatory (1894)
In the Modern Vein: An Unsympathetic Love Story (1894) 『ある無情な恋物語』
The Jilting of Jane (1894)
The Lord of the Dynamos (1894) 『ダイナモの神』(その他の邦題『発電機殿』、『発電機の神さま』)
Aepyornis Island (1894) 『イーピヨルスの島』(その他の邦題『怪鳥イーピヨルニスの島』、『怪鳥エピオルニス』)
The Man With a Nose (1894)
A Misunderstood Artist (1894)
The Thing in No. 7 (1894)
Through a Window (1894)
The Thumbmark (1894)
The Treasure in the Forest (1894) 『森の中の宝』
The Triumphs of a Taxidermist (1894) 『剥製師の手柄話』
The Argonauts of the Air (1895) 『大空の冒険家たち』(その他の邦題『空中飛行家』)
A Catastrophe (1895)
The Cone (1895) 『溶鉱炉』(その他の邦題『コーン』)
How Pingwell Was Routed (1895)
Le Mari Terrible (1895)
The Moth (1895) 『蛾』
Our Little Neighbour (1895)
Pollock and the Porroh Man (1895) 『ポロ族の呪術師』
The Reconciliation (1895)
The Remarkable Case of Davidson's Eyes (1895) 『デイヴィドソンの不思議な目』(その他の邦題『ダヴィドソンの眼の異様な体験』)
The Temptation of Harringay (1895)
Wayde's Essence (1895) 『ウェイドの正体』
The Apple (1896) 『林檎』
In the Abyss (1896) 『深海潜航』
The Plattner Story (1896) 『プラトナーの話』(その他の邦題『プラットナー先生綺譚』)
The Rajah's Treasure (1896)  『マハラジャの財宝』
The Red Room (1896) 『赤い部屋』(その他の邦題『赤の間』)
The Sea Raiders (1896) 『海からの襲撃者』(その他の邦題『海を襲うもの』)
A Slip Under the Microscope (1896) 『すべったプレパラート』
Under the Knife (1896) 『手術を受けて』
The Story of the Late Mr. Elvesham (1896) 『故エルヴシャム氏の話』(その他の邦題『亡きエルヴシャム氏の物語』)
The Purple Pileus (1896) 『紫色のキノコ』(その他の邦題『赤むらさきのキノコ』)
The Crystal Egg (1897) 『水晶の卵』(その他の邦題『卵形の水晶球』、『謎の水晶』)
Le Mari Terrible (1897)
The Ghost of Fear (1897)
The Lost Inheritance (1897)
Mr Marshall's Doppelganger (1897)
A Perfect Gentleman on Wheels (1897)
The Presence by the Fire (1897)
The Star (1897) 『星』(その他の邦題『妖星』、『ザ・スター』)
A Story of the Days To Come (1897) 『来たるべき世界の物語』(その他の邦題『近い将来の物語』)
A Story of the Stone Age (1897) 『みにくい原始人』
The Stolen Body (1898) 『盗まれた肉体』(その他の邦題『盗まれた身体』)
Mr. Leadbetter's Vacation (1898)
Jimmy Goggles the God (1898)
The Man Who Could Work Miracles (1898) 『奇蹟を行う男』(その他の邦題『今の世の奇蹟』、『奇跡をおこさせる男』、『奇跡を起こせた男』、『奇蹟を起した男』)
Miss Winchelsea's Heart (1898)
Walcote (1898) 『ウォルコート』
Mr Brisher's Treasure (1899) 『ブリシャー氏の宝』
A Vision of Judgment (1899) 『審判の日』
A Dream of Armageddon (1901) 『世界最終戦争の夢』(その他の邦題『世界終末戦争の悪夢』)
Mr. Skelmersdale in Fairyland (1901) 『妖精の国のスケルマーズデイル君』
Filmer (1901) 『イカロスになりそこねた男』
The New Accelerator (1901) 『新加速剤』(その他の邦題『新神経促進剤』)
The Inexperienced Ghost (1902) 『不案内な幽霊』
The Loyalty of Esau Common (1902)
The Valley of Spiders (1903) 『蜘蛛の谷』
The Truth About Pyecraft (1903) 『パイクラフトの真相』(その他の邦題『パイクラフトの話』)
The Magic Shop (1903) 『魔法の店』(その他の邦題『魔法屋』、『魔法の園』)
The Land Ironclads (1903) 『陸の甲鉄艦』 - 戦車の原型的な兵器が登場する
The Country of the Blind (1904) 『盲人の国』(その他の邦題『盲人国』、『王様になりそこねた男』)
Empire of the Ants (1905) 『アリの帝国』
The Door in the Wall (1906) 『塀にある扉』(その他の邦題『塀についた扉』、『白壁の緑の扉』、『塀とその扉』、『くぐり戸』、『くぐり戸の中』)
The Beautiful Suit (1909) 『美しい服』
Little Mother Up the Morderberg (1910)
My First Aeroplane (1910) 『わたしの初めての飛行機』
The Obliterated Man (1911)
The Sad Story of a Dramatic Critic (1915)
The Story of the Last Trump (1915) 『最後のらっぱの物語』
The Wild Asses of the Devil (1915)
Peter Learns Arithmetic (1918)
The Grizzly Folk(The Grisly Folk) (1921) 『消えた旧人類』
The Pearl of Love (1924) 『愛の真珠』
The Queer Story of Brownlow's Newspaper (1932) 『ブラウンローの新聞』(その他の邦題『『未来新聞』)
Answer to Prayer (1937)
The Country of the Blind (revised) (1939)

映画脚本[編集]
Things to Come (1935) - 原作『世界はこうなる』および『人間の仕事と富と幸福』
The Man Who Could Work Miracles (1936) - 原作『奇蹟を行う男』
The New Faust (1936) - 原作『故エルヴシャム氏の話』

思想書、エッセイ、ノンフィクション[編集]
The Rediscovery of the Unique (1891) 『単一性の再発見』
Text-Book of Biology/Zoology (1893) - 教科書
Honours Physiography (1893) - 共著
Certain Personal Matters (1897)
Anticipations of the Reactions of Mechanical and Scientific Progress upon Human Life and Thought (1901) 『予想』 - 科学の進歩が人間に与える影響について述べたもの
Mankind in the Making (1903)
The Future in America (1906)
This Misery of Boots (1907) 『この惨めな靴』 - 資本主義と社会主義について
Will Socialism Destroy the Home? (1907)
First and Last Things (1908) 『最初と最後のもの』
The Great State (1912) 『社会主義と偉大な国家』
Great Thoughts From H. G. Wells (1912)
Thoughts From H. G. Wells (1912)
New Worlds for Old (1913) 『古きものに代わる新しい世界』 - 社会主義運動の紹介
The War That Will End War (1914) 『戦争を終わらせる戦争』
An Englishman Looks at the World (1914)
The War and Socialism (1915)
The Peace of the World (1915)
Mr Britling Sees It Through (1916) 『ブリトリング氏は考察する』(その他の邦題『ブリットルの明察』)
What is Coming? (1916)
The Elements of Reconstruction (1916)
God the Invisible King (1917)
War and the Future (1917)
Introduction to Nocturne (1917)
In the Fourth Year (1918)
The Idea of a League of Nations (1919) 『国際連盟の思想』 – 国際連盟についての序論。エドワード・グレイ、ジェームズ・ブライスらとの共著
The Way to the League of Nations (1919) 『国際連盟への道』 – 国際連盟の創設に必要な措置について。エドワード・グレイ、ジェームズ・ブライスらとの共著
The Outline of History (1920) 『世界史大系』(その他の邦題『世界文化史大系』『世界文化史』等) - 宇宙の誕生から人類の誕生までを記した歴史書
Russia in the Shadows (1920) 『影のなかのロシア』 - ソヴィエト連邦の訪問記。友人のマクシム・ゴーリキーを訪れ、レーニンと会見
Frank Swinnerton (1920) – 共著
The Salvaging of Civilization (1921) 『文明の救済』 - アメリカ講演用の原稿が原型。新しい社会経済秩序の思想について
A Short History of the World (1922) 『世界史概観』(その他の邦題『世界文化小史』) - 『世界史大系』の縮約版
The Story of a Great Schoolmaster (1924) - Frederick William Sandersonの伝記
A Year of Prophesying (1925)
A Short History of Mankind (1925)
Mr. Belloc Objects to the "Outline of History" (1926)
Wells' Social Anticipations (1927)
The Way the World is Going (1928)
The Book of Catherine Wells (1928)
The Open Conspiracy (1928) 『誰でも参加できる陰謀』(その他の邦題『公開謀議』) - 国家の消滅などユートピア的な未来について述べたもの
The Science of Life (1930) 『生命の科学』 - 生物学や進化論についての本。ジュリアン・ハクスリー、ジョージ・フィリップ・ウェルズとの共著
Divorce as I See It (1930)
Points of View (1930)
The Work, Wealth and Happiness of Mankind (1931) 『人間の仕事と富と幸福』 - 政治経済学についての本。ハロルド・ラスキやジョン・メイナード・ケインズの協力を得て執筆
The New Russia (1931)
After Democracy (1932)
An Experiment in Autobiography: Discoveries and Conclusions of a Very Ordinary Brain (since 1866) (1934) 『自伝の試み』 - 自叙伝。自伝文学の白眉と評価されている
The New America: The New World (1935)
The Anatomy of Frustration (1936) 『欲求不満の分析』
My Auto-Obituary (1936) - 自身の死亡広告
World Brain (1938) 『世界の頭脳』 - 新世界百科事典の構想。1936-38年の講演集
The Fate of Homo Sapiens (1939) 『人類の運命』
The New World Order (1939) 『新世界秩序』 - 人権、戦争根絶などについての持論を述べたもの
Travels of a Republican Radical in Search of Hot Water (1939)
The Rights of Man, Or What Are We Fighting For? (1940) 『人間の権利—われわれはなんのためにたたかうのか』
Guide to the New World (1941)
The Conquest of Time (1941) 『時間の征服』
The Outlook for Homo Sapiens (1942) 『ホモ・サピエンス将来の展望』 - 『人類の運命』と『新世界秩序』を1冊に再編集したもの
Modern Russian and English Revolutionaries (1942) – Lev Uspenskyとの共著
Phoenix: A Summary of the Inescapable Conditions of World Reorganization (1942)
Crux Ansata: An Indictment of the Roman Catholic Church (1943)
‘42 to ‘44: A Contemporary Memoir (1944) 『世界革命の危機における人間の取った行為に関する現代の回顧録 1942-1944』
Reshaping Man's Heritage (1944) – J・B・S・ホールデン、ジュリアン・ハクスリーとの共著
The Happy Turning (1945)
Mind at the End of its Tether (1945) 『行きづまった精神』
Marxism vs Liberalism (1945) – ヨシフ・スターリンとの共著

ゲーム[編集]
Floor Games (1911)
Little Wars (1913)

邦訳された主な著作[編集]
小説『タイム・マシン』、『宇宙戦争』、『透明人間』『月世界最初の人間』の翻訳については各項目を参照。
『今より三百年後の社会』黒岩涙香訳、1912-13年。
『今の世の奇蹟』黒岩涙香訳、1918年。
『ダイヤモンドをつくる男・盲人の国』 窪田鎮夫訳、英宝社、1957年。
『トーノ・バンゲイ(上下)』 中西信太郎訳、岩波書店〈岩波文庫〉、1953-60年、ISBN 4003227654
『来たるべき世界の物語』 宇野利泰他訳、早川書房〈ハヤカワ文庫〉、1961年。
『ウェルズSF傑作集 1』 阿部知二他訳、東京創元社〈創元SF文庫〉、1965年。
『ウェルズSF傑作集 2』 阿部知二他訳、東京創元社〈創元SF文庫〉、1970年。
『モロー博士の島』 宇野利泰訳、早川書房〈ハヤカワ文庫〉、1977年。
『神々の糧』 小倉多加志訳、早川書房〈ハヤカワ文庫〉、1979年。
『神々のような人々』 水嶋正路訳、サンリオ〈サンリオSF文庫〉、1981年。
『ザ・ベスト・オブ・H・G・ウエルズ』 浜野輝訳、サンリオ〈サンリオSF文庫〉、1981年。
『白壁の緑の扉』 小野寺健訳、国書刊行会〈バベルの図書館〉、1988年。 - 編纂、序文はホルヘ・ルイス・ボルヘス。
『アン・ヴェロニカの冒険』 土屋倭子訳、国書刊行会、1989年。
『モロー博士の島 他九篇』 橋本槙矩・鈴木万里訳、岩波書店〈岩波文庫〉、1993年。
『解放された世界』 浜野輝訳、岩波書店〈岩波文庫〉、1997年、ISBN 4003227662
『地球国家2106年』 吉岡義二訳、読売新聞社、1973年。
『モロー博士の島』 中村融訳、東京創元社〈創元SF文庫〉、1996年。
『イカロスになりそこねた男』 橋本槙矩他訳、ジャストシステム、1996年。
『盗まれた細菌』/『初めての飛行機』 南條竹則訳、光文社古典新訳文庫、2010年。



その他『世界文化史大系』(全12冊) 北川三郎訳、大鎧閣、1927年。
『生命の科学』(全24冊) 小野俊一訳、平凡社、1946年。
『世界文化史』(全8冊) 藤本良造訳、新潮社〈新潮文庫〉、1957年。
『人間の仕事と富と幸福』 浜野輝訳、鹿島研究所出版会、1967年。
『世界文化小史』 下田直春訳、角川書店〈角川文庫〉、1971年。
『影のなかのロシア』 浜野輝訳、みすず書房、1978年。
『世界史概観(上下)』 長谷部文雄・阿部知二訳、岩波書店〈岩波新書〉、1966年。
『ホモ・サピエンス将来の展望I 人類の運命』 浜野輝訳、思索社、1983年。
『ホモ・サピエンス将来の展望II 新世界秩序』 浜野輝訳、思索社、1983年。 - 巻末にウェルズ協会による著作目録付き
『世界の頭脳』 浜野輝訳、思索社、1987年。

脚注[編集]

1.^ 荒俣宏「H・G・ウエルズ 拡大する小説家」(『モロー博士の島』 宇野利泰訳、早川書房〈ハヤカワ文庫〉、1977年、287頁)
2.^ 荒俣宏「ウエルズのふしぎな系譜学」(『タイム・マシン』 宇野利泰訳、早川書房〈ハヤカワ文庫〉、1978年、306頁)
3.^ 浜野輝「ウェルズと日本国憲法」(『解放された世界』岩波文庫版、1997年)

参考文献[編集]
ノーマン&ジーン・マッケンジー 『時の旅人 H.G.ウェルズの生涯』 村松仙太郎訳、早川書房、1978年。
橋本槙矩他 『裂けた額縁 H・G・ウェルズの小説の世界』 英宝社、1993年、 ISBN 4269710470
岩波文庫版『トーノ・バンゲイ(下)』解説
岩波文庫版『タイム・マシン』解説
岩波文庫版『解放された世界』著者紹介「ハーバート・ジョージ・ウェルズ」、リッチー・カルダーによる序説、ウェルズによる序文、浜野輝「ウェルズと日本国憲法」、付録「人権宣言」「サンキー権利宣言」
荒俣宏「H・G・ウエルズ 拡大する小説家」(ハヤカワ文庫版『モロー博士の島』解説)
荒俣宏「ウエルズのふしぎな系譜学」(ハヤカワ文庫版『タイム・マシン』解説)
ブライアン・オールディス 『十億年の宴』 浅倉久志訳、東京創元社、1980年。 - ウェルズについて論じた章がある

関連項目[編集]
Category:透明人間
火星人
タイムマシン
ジョージ・フィリップ・ウェルズ
デイヴィッド・ロッジ『絶倫の人 小説H・G・ウェルズ』(高儀進訳、白水社、2013年9月)、オマージュにみちた伝記

外部リンク[編集]

ウィキメディア・コモンズには、ハーバート・ジョージ・ウェルズに関連するカテゴリがあります。
H.G.ウェルズ協会 (The H.G. Wells Society)(英語)
プロジェクト・グーテンベルクにおけるH. G. Wellsの作品(英語)
Works by H. G. Wells at Internet Archive(オリジナル版のスキャン画像有。英語)
ウェルズ ハーバート・ジョージ:作家別作品リスト(青空文庫)
H. G. Wells - Internet Speculative Fiction Database(英語)
ハーバート・ジョージ・ウェルズ - インターネット・ムービー・データベース(英語) - 映像化作品のリスト
H・G・ウェルズ(翻訳作品集成)
小さな巨人(若島正による解説)

http://user.keio.ac.jp/~ua947285/publications/sample-worldset.html

H・G・ウェルズ「解放された世界」書評


[版権表示]
ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells, 1866?1946)
イギリスの作家。ヴェルヌと並んで「The Father of Science Fiction」と評されるが、その業績はSFのみに限られず、評論やノンフィクションの分野でも有名である。代表作はSFなら「タイムマシン」や「モロー博士の島」、ノンフィクションなら「Anticipations of the Reactions of Mechanical and Scientific Progress upon Human Life and Thought」や「The Outline of History」など。

本作は旧態依然とした社会体制からの解放の物語である。

この解放は大科学者ホルステンが原子力エンジンを1953年に実用化したことに始まる。このホルステン=ロバーツ・エンジンは革命的と言えるほどに安価な電力供給を可能にし、わずか数年で既存の動力を全て駆逐する。その一方で、この急激な変化は既存の経済や産業に大きな打撃を与え、この経済的混乱の最中の1956年、世界は全面戦争へと突入していくのである。この戦争に決着を付けたのは他ならぬ原子爆弾である。このカロリウムを原料とする原子爆弾は全世界の200もの都市に落とされ、ほとんどの国家は壊滅状態に陥ってしまう。そしてこの地球規模の破局の閉幕として、イタリアの片田舎で各国の指導者が集まり、世界政府の樹立を宣言する。ここまでで大体この物語の半分である。

この簡素なストーリーだけを読んだら「さぞ、その世界政府とやらは復興やら統治やらに苦労するのだろう、後の半分にはその苦闘と勝利の歴史が書き連ねてあるのだろう。」と思うことであろう。しかしながら、実際にはこの統一政府は困難らしい困難にほとんど遭うこともなく、いともたやすく新しい世界秩序を構築するのである。しかも単なる復興ですら一苦労であるのに、世界政府は20年足らずで世界をユートピアにしてしまうのである。具体的に見てみよう。世界政府が確立したユートピアにおいては、英語をベースとした国際語が通用し、世界法が施行され、世界規模の一般教育制度が実現し、暦や度量衡も統一されている。貧困と無知が横行した古い農場は一掃され、近代的で清潔な少数の人々が運営する農場で世界の食糧は賄われるようになる。この新世界を統治するのは終身の政治家からなる評議会である。この政治家は5年ごとに世界を10の選挙区に分けて行われる普通選挙によって、500人ずつ新たに選出される。変わるのはこうした制度的側面に留まらない:


世界中の人々が突然作り始めたのだ。最初のころは主に美術的な創作活動が盛んであった〔中略〕我々の大半が芸術家なのだ。もはやこの世界における活動の大部分は必需品の生産には向けられておらず、むしろその精密化や装飾、洗練に注がれている。

H・G・Wells「The World Set Free」より抄訳

ここまでくると、少し待ってくれといいたくなる。原子爆弾が発明され、その結果全面核戦争を招き国家が滅びる、ここまではまあよかろう。だが、それで世界政府が樹立され、理想郷が現実のものとなり、人々は労働から解放され今や創造的な活動に邁進するようになる……なぜ?単純に考えたら、このような変化には何の必然性もなく、「突然全ての国が戦争の無益さを悟って自発的に武器を捨て、世界に平和が訪れた」程度の現実味しかない。しかし、ウェルズはこれを一つの歴史的必然だというのである:


基本的に、ブリサーゴ評議会の仕事は、その速度を増して急速に発展していた人類の知識が与えた新たな足場に社会機構を打ち立てることであった。評議会は海難救助探索のように急いで招集され、そして難破船に突き当たったのだが、その船たるやまったく修復不能なものであったのだ。この場合の唯一の可能性は、これまで人類が非常に苦労して抜け出してきた農業世界の野蛮さに逆戻りするか、人類が確立してきた科学を新しい社会秩序の基礎として受け入れるかのどちらかしかなかったのだ。猜疑、ねたみ、排他主義、戦争といった古い時代にありがちな人間の性質は、冷徹な科学の論理が作り上げた新しい機器が持つ途方もなく強大な破壊力と両立することはできなかったのである。〔中略〕遅かれ早かれ人類はこの選択を迫られただろう。

同上。

注意して読むとここにはありがちな誤解がいくつかあることに気がつく。

一つ、仮に科学に根ざした新しい生活と古い野蛮な生活の対立があったのだとしても、ウェルズの時代にそのような対立に直面していたのはほんの一握りの人でしかなかった。そもそも現在ですら、世界の全ての人々が科学の恩恵を受けた生活をしているとは言いがたく、現にサハラ以南のアフリカなどに目をむければ、きちんと整備された鉄道や安定した電気供給といったものを獲得しようと悪戦苦闘している地域がざらにあるのである。数十年以上前となれば、いうまでもなかろう。

つまるところ、新たな社会を打ち立てられるだけの文明的基礎が全ての国や地域に存するわけではない以上、科学的な理想社会への大移行が起こったとしても、その移行は世界の一部の地域に限られることになる。もしウェルズが言うように「世界の広大な地域や幅広い階層の人々が、世界の中でも先進の集団と異なる文明段階にいるうちは、世界の真の社会的安定や人類全体の幸福といったものは存在しえない」ならば、やはり今日の世界においてもなお、本書に描かれたユートピアが実現する見込みはないのである。

二つ、世界はあんがいしぶとい。現状の世界がこのまま行けば崩壊するという考えに取り付かれるのは、インテリやアジテーターにとって職業病のようなものだと言ってもいいだろう。というのは、彼らは理念を明確に保持しているために、理想との対比において現実を過度に低く評価してしまいがちになるからである。このような人々の例には事欠かない。例えば、第二次対戦前には、ウェルズのようにこの古びきった社会体制はもう長くないだろうと考えていた者に加え、混血による社会の退廃を嘆く人種差別主義者どもや、共産主義社会への移行を心から信じる共産主義者がいたし、ドイツではちょび髭の元画家が同じような論法で民衆を沸き立たせていた。冷戦期には全面核戦争の恐怖が娯楽小説のテーマとなるほどに浸透し、技術革新によって何度も肩透かしを食らいつつも石油枯渇論は30年以上たったいまでも叫ばれている。そして、現在は地球温暖化に代表される環境問題が世界を揺るがしている。

これらの主張が全て、集団的パラノイアに過ぎないと言うつもりは無いが、少なくともウェルズの主張は過度なペシミズムであったと言って差し支えはなかろう。事実、当時の法制度や社会制度は、大規模な改修を何度も受けつつも、本書の執筆から80年以上たった現在まであらかた連綿と続いており、その破綻としての大戦争といったものは??いまのところ??起きてはいない。

しかし一方で、このような誤りにもかかわらず、本書の予言は実は正しかったのかもしれない。ただし、ウェルズが考えていたような数十年という短いスパンではなく、数百年という長期的な視点で見ればの話だが。例えば、予言の一つである国際語をとってみよう。この効率的な統一言語という思想は現在ではほとんど消えうせてしまったが、世界的に見れば言語の数は減少傾向にあると言われている。言語学者によってその予測の幅は大きくことなり、また一般にそれほど確かな予測とは言えないのだが、次の百年で半分になるといった予測も存在する。要するに、これらの傾向が今後数百年続いていけば、いずれ少数の国際語だけが残るのではないだろうか?同じことが農業についても言える。農業の機械化と効率化は、今やその速度を増して進みつつある。もしかしたら、西暦2200年には農業は人間の仕事ではなくなるかもしれない。

もちろん、このような変化はウェルズの描くような楽園を約束するわけではない。なぜならば、これらの流れを押し進めているのは主に、人類愛や科学的良識といったものとは無関係な「経済的要求」だからだ。ゆえにこの先にハクスリーの描くような「すばらしき新世界」が待っている可能性も十分にあり、どこに人類が行き着くのかは、結局はその時になってみないとわからない。そしてまさに、その遠い未来の可能性を書いた物の一つとして、本書は現代でもなお、意味を持ち続けているのである。


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http://www.gutenberg21.co.jp/worldSF.htm

「解放された世界」
H・G・ウェルズ/水嶋正路訳

ドットブック版 210KB/テキストファイル 172KB

600円

世界の権力志向国家はそれぞれのエゴから、二大陣営にわかれて再び地球規模の戦争状態を引き起こす。そのとき、すでに手にしていた最新の武器である核兵器を使用するのは、当然のなりゆきでもあった。世界の大都市が荒れすさみ瓦礫と化すなかから、ようやく一群の目ざめた人びとが立ち上がり、新しい秩序の形成を求めてスイスのブリサーゴに会する……第一次世界大戦勃発直前の1914年に書かれた本書は、遠く1950年代に舞台を設定し、驚くべき洞察力で未来戦争を描いたSF巨編だ。
立ち読みフロア

 さらにパリに接近すれば、警察の非常線にぶつかったことだろう。家にもどろうとする人びと、家にもどって「危険区域内」から大切な品物を救いだそうとする必死の人びとを食いとめようとする非常線である。
「危険区域」は、かなりでたらめに決めてあった。たとえ非常線を通過して中に入ることを許されても、ここは、やはり轟音がひびき、たえず雷鳴のような音がとどろき、奇妙な紫がかった赤い光がさして、放射性物質の絶え間ない爆発のために、ふるえ、ゆれつづけているのであった。ビルディングが幾区画も全体的に燃え立って猛烈な火を吹きだしていたが、そのふるえる火勢も、背後のネットリとした真紅の光とくらべると、青白い亡霊のようにしか映らなかった。燃えつきた他の大建築の殻が、黒い窓跡を何列もひらいて、赤いモヤを背景にして、いくつもそびえ立っている。一歩すすめば、活火山の火口のなかへ一歩おりていくほどの危険がある。煮えたぎり、旋回する原子爆弾落下地点は、意外なときに、場所を移動したり、新しい土地にもぐりこんでいったりして爆発する。そのたびに、吹きあげられる土の固まりや排水管、石や煉瓦などが、いつ頭の上に飛んでくるともしれないし、いつ足元の地面が火の墓をひらかないともかぎらない。こういう破壊地域に入りこんでいって、さいわい命を落とさずにすんだ者でも、もう一度冒険を繰りかえそうとする者はほとんどなかった。発光性の放射性蒸気が噴きだして、それが時に、爆弾落下地点から数十マイル流れていって、これに触れた人を皆殺しにしたり、火傷させたりしたという話がいくつも伝えられている。パリの爆心地に発生した最初の大火災は、西へひろがり、海への距離の中程にまで達したのである。
 さらに、この赤い光に照らされる廃墟の地獄のような中心部では、空気が変に乾燥していて、火ぶくれを発生させる性質があり、そのために皮膚や肺が痛み、これがまた、なかなか直らないのであった。
 これが、パリの最後の様相であり、これを、もっと大規模にしたのが、シカゴの状態だった。そして、同じ運命が、ベルリン、モスクワ、東京、ロンドンの東半分、ツーロン、キール、その他二百十八箇所の人口密集地、あるいは軍需工場地域を襲ったのであった。それぞれの都市は、赤く火を吹きあげながら燃えていたが、その火は時が来なければけっして消えることのない火であった。じつは、いまだに燃えつづけている都市も多い。火勢はつねに弱まり、騒音も減少してはいくけれども、こんにちまで、これらの爆発はつづいている。世界中のほとんど全ての国の地図に、三つか四つ、あるいはそれ以上、赤丸がついている箇所があるが、これは直径二十マイルの円をあらわすもので、おとろえていく原子爆弾の位置、人びとが立ちのきを余儀なくされた死の地域を示したものである。この赤じるしの地域で、博物館、大寺院、宮殿、図書館、傑作を陳列した美術館、その他の巨大な人間の業績が滅び去ったのであって、その黒焦げになった残骸は、いまだに地下に埋もれたままである。いつの日か、未来の世代のものが発掘して調査することもあろう。

……第四章より

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マリ・キュリー しかし、そんな風潮に真っ向から逆らい、「その恐ろしさ」に警鐘を鳴らす人々も少数ではあったが存在した。「H.G.ウェルズ」氏は、そんな否定的な人物の一人であった。彼の著作「解放された世界」には、こうある。「いったん爆発すると、それはエネルギーが尽きるまで近づくこともコントロールすることもできない」彼は想像の中で「原子爆弾」を生み出したのである(1914)。ウェルズ氏の小説の中では、1956年に原子爆弾が完成する。彼によればその爆弾は「戦争そのものに『決定的な一撃』を与える究極の爆発物」である。あまりにも、その後に起こる出来事と一致しすぎているために、これが小説の中の出来事とは到底思えないほどである。残念ながら、人類は最悪のシナリオを歩む結果になる。



















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https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%BC

マリ・キュリー





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曖昧さ回避 「キュリー夫人」はこの項目へ転送されています。マリ・キュリーの娘については「イレーヌ・ジョリオ=キュリー」をご覧ください。


マリア・スクウォドフスカ=キュリーNobel prize medal.svg


1903年、最初のノーベル賞(物理学賞)を受賞した頃


人物情報


生誕
1867年11月7日
Merchant ensign of Vistula ships of Congress Poland.svg ポーランド立憲王国 ワルシャワ

死没
1934年7月4日(満66歳没)
フランスの旗 フランス共和国

居住
Merchant ensign of Vistula ships of Congress Poland.svg ポーランド立憲王国(ロシア帝国の旗 ロシア帝国、Romanov Flag.svg ロシア帝国)、フランスの旗 フランス共和国

国籍
ポーランド

出身校
パリ大学(ソルボンヌ)

学問


研究分野
物理学・化学

主な業績
放射能の研究
ラジウムの発見
ポロニウムの発見

署名


プロジェクト:人物伝
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ノーベル賞受賞者
ノーベル賞
受賞年:1903年
受賞部門:ノーベル物理学賞
受賞理由:放射能の研究



ノーベル賞受賞者
ノーベル賞
受賞年:1911年
受賞部門:ノーベル化学賞
受賞理由:ラジウムおよびポロニウムの発見とラジウムの性質およびその化合物の研究


マリア・スクウォドフスカ=キュリー(Maria Skłodowska-Curie, 1867年11月7日 - 1934年7月4日)は、現在のポーランド(ポーランド立憲王国)出身の物理学者・化学者である。フランス語名はマリ(マリー)・キュリー(Marie Curie)。ワルシャワ生まれ。キュリー夫人(Madame Curie)として有名である。放射線の研究で、1903年のノーベル物理学賞、1911年のノーベル化学賞を受賞し[1]、パリ大学初の女性教授職に就任した。放射能 (radioactivity) という用語は彼女の発案による[2]。



目次 [非表示]
1 生涯 1.1 幼少時
1.2 家庭教師のキャリアと破れた恋
1.3 パリでの苦学
1.4 ピエール・キュリー
1.5 放射能
1.6 新元素の精製と研究
1.7 ラジウムの青い光
1.8 栄誉の光と影
1.9 1906年4月19日
1.10 誹謗の渦中に得た二度目の栄誉
1.11 第一次世界大戦
1.12 アメリカ訪問
1.13 研究所
1.14 死去

2 人物 2.1 ポーランド人として
2.2 女性として
2.3 教育者として

3 業績 3.1 優れた発想
3.2 科学そして社会への貢献

4 評価 4.1 受賞歴
4.2 受賞メダル
4.3 称号
4.4 栄誉
4.5 その他

5 読書案内
6 脚注 6.1 注釈
6.2 脚注
6.3 脚注2

7 参考文献
8 外部リンク


生涯[編集]

幼少時[編集]





マリの生誕地。ワルシャワのニュータウン(en)にあり、1967年以降はマリア・スクウォドフスカ=キュリー博物館(en)となっている。




ブワディスカ・スクウォドフスキと3人の娘たち。左から、マリ、ブワディスカ、ヘラ
生誕時の名前はマリア・サロメア・スクウォドフスカ(スクロドフスカ[3])(Maria Salomea Skłodowska)。父ブワディスカ・スクウォドフスキ(スクロドフスキー[3])は下級貴族階級出身で、帝政ロシアによって研究や教壇に立つことを制限されるまではペテルブルク大学で数学と物理の教鞭を執った科学者である[4]。父方の祖父ユゼフも物理・化学の教授であり、ルブリンで若い頃のボレスワフ・プルフ(en)も師事した[5]。母ブロニスワバ・ボグスカも下級貴族階級出身で、女学校(ボーディングスクール)の校長を務める教育者だった[4][6]。

マリは5人兄弟の末っ子で、姉ゾフィア(1862年生)、ブロスニワバ(母と同名、1865年生)、ヘラ(1866年生)、兄ユゼフ(祖父と同名、1863年生)がいる。その中でもマリアは幼少の頃から聡明で、4歳の時には姉の本を朗読でき、記憶力も抜群だった[6]。

だが当時、ポーランドはウィーン会議にて分割され、ワルシャワ公国はポーランド立憲王国として事実上帝政ロシアに併合された状態にあり、独立国家の体をなしていなかった[3]。帝政ロシアは知識層を監視して行動に制約をかけた。マリ6歳の時、父ブワディスカが密かに講義を行っていたことが発覚して職と住居を失った。さらに母ブロニスワバも身体を壊してしまった。投機への失敗も重なり[7]貧窮した一家は移り住んだ家で小さな寄宿学校を開いたが、1874年に生徒が罹患したチフスが一家に移り、姉ゾフィアが亡くなった。1878年には母ブロニスワバが結核で他界した。14歳のマリは深刻な鬱状態に陥り[6]、母に倣ったカトリックの信仰を捨て[7]、不可知論の考えを持つようになったという[8]。

家庭教師のキャリアと破れた恋[編集]

1883年6月にギムナジウムを優秀な成績で卒業した[9]。 しかし当時、女性には進学の道は開かれていなかった[10]。父は、マリを親戚やかつての教え子が住む田舎で息抜きさせ、彼女は自然の中でのんびりした生活を堪能した[10]。





マリア・スクウォドフスカ。16歳(1883年)[11]




農工博物館の実験室。1890年から1891年にかけて、マリが初めて科学実験をおこなった場所。
その後ワルシャワに戻ってチューターなどを務めていたが[12]、ピャセツカという女性教師の紹介で非合法の「さまよえる大学(en)(ワルシャワ移動大学[9])」で学ぶ機会を得た[12]。その頃、姉ブロスニワバがパリで薬学修学のために貯金をしていたため、マリは申し出て働き、姉を援助することを決めた[13][12]。1885年からマリは住み込みの家庭教師を始めた。最初はクラクフの法律家一家で、その後チェハヌフ(en)で農業を営む父方の親戚筋に当るゾラフスキ家でガヴァネスとなった[12]。ここで勉学に打ち込んだ彼女に、ワルシャワ大学で数学を学んでいた一家の長男カジュミェシュ・ゾラフスキ(en)が惹かれ、ふたりは恋仲となった[14]。しかし、カジュミェシュが結婚の希望を両親に告げると、社会的地位の違いを理由に猛反対された[15]。彼女は失意のまま契約の2年間を終えると[14][16]チェハヌフを去り、バルト海沿岸にあるソポトの町に住むフックス家でさらに1年間家庭教師の仕事を続けた[17]。

1890年3月、数か月前に医師カジュミェシュ・ドウズキと婚約した姉ブロスニワバがパリで一緒に住むよう誘う手紙がマリに届いた[17]。だが彼女は断る。父や姉の元にいると決めたこと、ワルシャワの家庭教師の仕事が順調で、ワルシャワ移動大学での勉学に楽しさを感じていること、留学するには蓄えが充分ではないこと、そしてカジュミェシュ・ゾラフスキを忘れられずにいたことが理由であった[17]。彼女は家庭教師をする傍ら、オールドタウン近郊のクラクフ郊外通り(en) 66にある農工博物館(en)の実験室で科学研究の技能習得に努めた。この実験室はサンクトペテルブルクでロシアの著名な化学者ドミトリ・メンデレーエフの助手を務めたこともあるいとこのユゼフ・ボグスキーが管理しており、またローベルト・ブンゼンに学んだN. Milicerも彼女を指導した[9]。

転機は1891年秋に、彼女にとって決して幸福ではない形で訪れた。結婚は認められなかったが、カジュミェシュ・ゾラフスキとマリは連絡を取り合っていた。そして9月、2人はザコパネで避暑の旅行を共にした。もうすぐ24歳になるマリは膠着した人生に変化を期待したが、彼は優柔不断で何も決断できずにいた。そのため2人は喧嘩別れしてしまい、マリは自らフランス行きを決意した[17]。

一方のカジュミェシュ・ゾラフスキは、博士号取得後に数学者としての履歴を積み、またヤギェウォ大学の学長、ワルシャワ教育庁の長官まで上り詰めた。だが晩年には、1935年に建てられたマリ・キュリーの銅像の前に座り込んで何かの想いにふける、ワルシャワ工科大学(en)の老教授となった彼の姿が見られたという[18]。

パリでの苦学[編集]

3日間の汽車の旅を経て[17]、1891年10月、マリはパリに移り住んだ。当時、女性でも科学教育を受講可能な数少ない機関の1つであった[19]ソルボンヌ(パリ大学)[20]の登録用紙には名前を「マリア」からフランス語風に「マリー」と書き、物理、化学、数学を学ぶ日々が始まった[21]。スラブ系の美しい顔立ちに明るいブロンド、グレーの瞳のマリは学内でも人目を引き、彼女自身も義兄を通じて若きイグナツィ・パデレフスキなどパリ在住ポーランド人らとも親交を持った[21]。

しかし、将来はポーランドに戻ると決めていた自分には時間が無いことに気づき、姉夫婦の元を離れてパリによくあった7階建石造りアパートの屋根裏部屋を借りて[20]引っ越した[21][22]。マリは昼に学び、夕方はチューターを務める一日を送った。生活費に事欠いて食事もろくに取らず[23]、暖房もなかったため寒い時には持っている服すべてを着て寝る日々を過ごしながら勉学に打ち込んだ[20]。ついには倒れて医師である義兄の面倒になったこともあったが、努力を重ねた結果1893年には物理学の学士資格を得た[23]。この年、貯蓄が底をつき一度は諦めたが、同郷の学友が彼女のために奨学金を申請し勉学を続けることができた[23]。

ピエール・キュリー[編集]

学士を獲得後、それまでの蓄えに頼る生活を変えてマリはフランス工業振興協会の受託研究を行い、わずかながらも収入を得るようになった。相変わらず屋根裏の貧乏生活は続いたが、その中で貯蓄し奨学金を全額返納した[23][注 1]。





ピエール・キュリー
しかし、受託した鋼鉄の磁気的性質の研究は大学や勤めていたガブリエル・リップマンの工業試験場で行うには手狭で困っていた。そんな頃、チェハヌフ時代に知り合った女性が新婚旅行でパリに来て、マリを訪ねてきた。彼女の夫であるフリブール大学(en)物理学教授のユゼフ・コヴァルトスキが悩みを聞き、場所の提供を頼めそうな人物を紹介する運びとなった。それが、フランス人科学者・ピエール・キュリーだった[20][24]。

ピエール・キュリーは当時35歳。パリ市立工業物理化学高等専門大学 (ESPCI) の教職に就いていた[25]。当時のピエールはフランスでは無名に近かったが、彼はイオン結晶の誘電分極など電荷や磁気の研究で成果を挙げており[25]、キュリー天秤開発や後にキュリーの法則へ繋がる基本原理などを解明していた[24]。1893年にはイギリスのウィリアム・トムソン(ケルヴィン卿)がわざわざ面会に訪ねる程、フランス国外では既に天才の呼び声が高かった[24]。

しかし彼自身は出世や[25]女性との交際[26]など念頭に置いていなかった。勲章を断り、薄給[注 2]と粗末な研修設備に甘んじながら無心に研究に打ち込む日々を送っていた[24]。異性観について、ピエールは日記に「女性の天才などめったにいない」[27]と、自身の学問的探求心を理解してはくれないと考えていた[24]。

1894年春、初対面のピエールを見た第一印象を、マリは「長身で瞳は澄み、誠実で優しい人柄ながら、どこか奔放な夢想家の雰囲気を湛えていた」と振り返り、科学や社会のことを語り合った際には自分と共通するところを多く感じたという[26]。そしてピエールも同じように感じており、彼はマリに惹かれた[24]。後に娘夫婦を加えると家族で通算5度のノーベル賞を受賞することになるキュリー夫妻はこうして出逢い、磁気[28]とコヴァルトスキ教授が二人の天才を引き合わせたキューピット役となった[24]。

ピエールは一念発起して学位取得を目指し、仕上げた「対称性保存の原理」(キュリーの原理)論文の写しを彼女に贈り、2人の距離は縮まった。そしてマリは自分の屋根裏部屋に彼を招待し、ピエールは貧しく慎ましい彼女に打たれた[24][29]。お互いに尊敬し信頼し合う親密な間柄になった2人だが、マリはいつかポーランドに帰ると誓っていた。1894年に数学の学士資格を得た[20]マリは夏季休暇を利用してワルシャワに里帰りしたが、ふたたびフランスに戻るかどうか決めかねていた[24]。彼女は働き口を探してみたが、ヤギェウォ大学は女性を雇い入れなかった[30]。その間、ピエールはマリに、求婚の手紙を何度も送り、10月にマリはパリに帰ってきた。ピエールは熱意を直接マリに語り、一緒にポーランドに行ってもよいとまで伝えた。彼女が彼のプロポーズを受諾したのは1895年7月になった[24][29]。

1895年7月26日、質素な結婚式が行われた。新婦のドレスは義兄の母が贈ったもの。教会での誓いも、指輪も、宴も無い式にはポーランドから父や姉たちもかけつけた。祝福の中で式を終えた2人は、祝い金で購入した自転車に乗ってフランス田園地帯を巡る新婚旅行に出発した[29][24]。こうしてマリは、新しい恋、人生の伴侶、そして頼もしい科学研究の同志を得た[30]。





(左から)ピエール、長女イレーヌ、マリ




夫妻が用いた放射能計測システム(概念図)。物質(B)の放射能で電離した空気の電荷をAで捉え、下げた分銅(H)の重さで応力が決まる水晶のピエゾ素子圧電効果を用いた応力計(Q)に通して相殺する。補償点(釣り合い)の精密な測定には、象現電圧計(E)が使われた。Erdeはアース[31]。
放射能[編集]

グラシエール通りのアパートで新生活が始まった。マリはESPCIで研究を続けながら家事もこなした。裁縫は前から得意だったが、独身の頃はろくにやらなかった料理もどんどん腕を上げた。収入を助けるために中・高等教育教授の資格を取得した[32]。1897年9月12日には長女イレーヌに恵まれ、その出産と育児には義父で医師のウジューヌ・キュリーが彼女を助けた[33]。同年末には鉄鋼の磁化についての研究論文を仕上げた[34]。

マリは夫と話し合い、博士号取得という次の段階へ進む検討に入った。2人はここで、1896年にフランスの物理学者アンリ・ベクレルが報告した、ウラン塩化物が放射するX線に似た透過力を持つ光線に着目した[35]。これは燐光などと異なり外部からのエネルギー源を必要とせず、ウラン自体が自然に発していることが示されたが、その正体や原理は謎のまま[35]ベクレルは研究を放棄していた[32]。マリとピエールは、論文作成のため[9]この研究を目標に据えた[35]。

ピエールが確保したESPCIの実験場は倉庫兼機械室を流用した暖房さえ無い粗末なもので、訪問したある学者は「ジャガイモ倉庫と家畜小屋を足して2で割ったような」と例える[36]程だった。そこにピエールと兄のジャックが15年前に発明した光テコを利用する高精度の象現電圧計と、ピエール開発の水晶板ピエゾ素子電気計など機器を持ち込み[31][32]、ウラン化合物の周囲に生じる電離を計測した[37]。そしてすぐに、サンプルの放射現象が実際のウラン含有量に左右され、光や温度など外的要因に影響を受けないという結果を得た[35]。つまり、放射は分子間の相互作用等によるものではなく、原子そのものに原因があることを示す[36]。これは、夫妻が明らかにしたものの中で最も重要な事柄である[38]。次にマリは、この現象がウランのみの特性かどうか疑問を持ち、既知の元素80以上[19]を測定しトリウムでも同様の放射があることを発見した[9]。この結果から、マリはこれらの放射に放射能と、このような現象を起こす元素を放射性元素と名づけた[35]。

彼女は発見した内容を即座に発表することを強く意識し、科学における先取権(en)を持つことに敏感だった。2年前にベクレルが自身の発見を科学アカデミーに速やかに公表せずにいたら、発明者の栄誉も、そしてノーベル賞もシルバナス・トンプソン(en)のものになっていた可能性があった。夫妻も彼と同じく素早い手段を取り、マリは研究内容を簡潔に要約した論文を作成し、ガブリエル・リップマンを通じて1898年4月12日に科学アカデミーへ提出した[39]。しかし、夫妻はトンプソン同様、トリウムの放射能発見競争では敗れた。2か月前にベルリンでゲアハルト・シュミット(en)が独自に発見・発表していたからである[40]。

新元素の精製と研究[編集]





ピッチブレンド鉱石
マリの探究心は止まることを知らず、次にEPCIにある様々な鉱物サンプルの放射能評価を始めた[35]。やがて、2種類のウラン鉱石について調べた結果、トルベルナイト(燐銅ウラン鉱)の電離がウラン単体よりも2倍になり、ピッチブレンドでは4倍に相当することが分かり、しかもそれらはトリウムを含んでいなかった[19]。測定が正しければ、これらの鉱石にはウランよりも遥かに活発な放射を行う何かしらの物質が少量ずつ含まれると彼女は考察した[35][41]。マリは「できるだけ早急にこの仮説を確かめたくなる熱烈な願望にかられた」と後に述べた[42]。

1898年4月14日、夫妻はピッチブレンドの分析にかかり、100グラムの試料を乳棒と乳鉢ですり潰す作業に着手した[42]。ピエールはマリの考察の正しさを確信し、やがて取り組んでいた結晶に関する研究を中断して彼女の仕事に加わった[35][42]。1898年7月、キュリー夫妻は連名で論文を発表した。これはポロニウムと名づけた新元素発見に関するものだった[35]。さらに12月26日には、激しい放射線を発するラジウムと命名した新元素の存在について発表した[35]。

夫妻の発表に学会の反応は冷淡だった。物理学者は新元素の放射線がどのような現象から生じるのかが不明な状態では賛同しづらく、化学者は新元素ならばその原子量が明らかでなければならないと考えていた[43]。そのためには純粋な新元素の塊を得なければならない。マリはそれに挑む決意をした[43]。しかしピッチブレンドは非常に高価で、それを入手する資金など無かった。熟考の末、ガラス製造時に着色目的で[19]使うウラン塩を抽出した後の廃棄物を利用する方法を思いつき、主生産地であるオーストリアのボヘミア・ザンクト・ヨアヒムスタール鉱山へ伝を頼って問い合わせたところ、無償で提供を受けられることになった[43]。しかし運送費は夫妻が負担しなければならず、家計を圧迫する要因となった[43]。

次に必要なものは、精製に必要な広い場所だった。ピエールがEPCIに掛け合った末、2人は建物を借りることができたが、以前は医学部の解剖室に使われていた[36]、床板も無い小屋だった[43]が、ここがキュリー夫妻の様々な業績を生む舞台となる。

ピッチブレンドは複雑な化学組成を持つ[36]混合鉱物であり、分離精製は非常に難しいものだった。しかし、夫妻はラジウム塩を特殊な結晶化(分別結晶法[36])によって取り出すという方法に挑んだ[44]が、それは過酷な肉体労働を要求した。数キロ単位の鉱石くずを大鍋や壷で煮沸・攪拌・溶解し、沈殿・ろ過などの方法で分離して、溶液を分離結晶させる作業を何段階も繰り返す[43]。小屋には煙突も無く、大きな火を使う作業は屋外で行った。平行して放射能の研究も行わなければならず、やがて夫婦間で仕事が分担され、細かな研究をピエールが、精製作業をマリが行うようになった[43]。しかし最初に手に入れた1トンを処理しても全く足りなかった。夫妻は新元素の含有率を1/100程度と目論んでいたが[43]実際には1/1,000,000相当でしかなく[36]、有意な量の結晶を得るために必要な鉱石量は何トンにもなることはまだわかっていなかった[42]。

夫妻には時間が足りなかった。実験にかかる経費の負担や、家族が増えたこと(妻を亡くした義父ウジューヌ・キュリーの同居)で引っ越した先の一戸建ての家賃など生活費を稼ぐため、ふたりとも教職を続けなければならなかった[43]。ピエールは収入を上げようとソルボンヌ教授職の空きに応募したが、師範学校を出ていないことなどが理由で落選した[45]。そんな折の1900年、スイスのジュネーヴ大学から夫妻へ好条件の[注 3]教授職オファーが舞い込んだが、実験を中断しなくてはならず辞退した[45]。これを伝え聞いた数学者アンリ・ポアンカレは、優秀な頭脳の国外流出を防ぐために骨を折ってピエールをソルボンヌ医学部の物理・化学・博物学課程(PCN) 教授に招聘し、またマリもセーブルの女子高等師範学校の嘱託教師となった。こうして収入は少し増えたが実験には焼け石に水程度だった[36]。

ラジウムの青い光[編集]

ポロニウムは化学的性質がビスマスに近く、鉱石の中でビスマス様物質を探すことで比較的簡単にたどりついた。しかしラジウムの発見は一筋縄ではいかなかった。化学的性質が近い元素にバリウムがあるが、鉱石にはバリウムとラジウムの両方が含まれていた。1898年の時点で夫妻はラジウムの痕跡を掴んではいたが、純粋な状態で充分な量を確保するには至らなかった[46]。

劣悪な環境と過酷な作業、逼迫した家計を賄うための教職の多忙は夫妻の健康状態にも悪影響を及ぼし、ピエールは精製作業を一時中断すべきとも考えた。しかしマリは少しずつ着々と進む作業に希望を見出していた。1トンのピッチブレンドから分離精製できたラジウム塩化物は0.1グラムにしかならなかったが[44]、放射性元素は着々と濃縮され、やがて試験管や蒸発皿から発光が見られるようになっていった。マリはこれを「妖精のような光」と形容した[36]。1902年3月には濃縮に効果的な試薬を発見し、これを用いて精製した試料のスペクトルがラジウム固有のものであることを突き止め、夫妻は純粋ラジウム塩の青い光に感動を覚えた[36]。夫妻は、有意な純粋ラジウム塩を得るまでに11トンのピッチブレンドを処理した[19]。

しかしこの頃、度重なる不幸が夫妻を襲う。1902年5月、マリの父ブワディスカ危篤の知らせが届き、帰郷のさなかに訃報を受けた。彼女は親不孝な自分を責めたが、晩年のブワディスカは届くマリの論文を楽しみに読み、特に3月のラジウム精製成功の手紙には大いに喜び、娘を誇りに思っていた[45]。一方のピエールに友人たちはアドバイスを送りアカデミー会員になるよう薦めたが、7月の選挙で落選する[45]。しかしこのような活動も栄誉ではなく研究のためのものであった。レジオンドヌール勲章の候補となった際には研究活動に寄与しないと断っている[45]。夫妻は研究に戻るが体に変調をきたし、ピエールはリウマチを悪化させてたびたび発作に苦しみ、マリは神経を衰えさせ睡眠時遊行症を起こすようになった[45]。翌1903年には待望の第二子を流産してしまい、マリは悲しみにくれた[45]。





ピエールとマリ夫妻、研究所にて。1890年代に撮影。手前に写っている機器が放射能測定機器[36]。
このような苦境の中で進められた研究結果を夫妻は逐一学会に知らしめ、1899年から1904年にかけて32の研究発表を行った。それらは他の学者たちに放射能や放射性元素に対する認識に刷新を迫り、研究に向かわせた。放射性元素の追究はいくつかの同位体発見に繋がり、さらにウィリアム・ラムゼーとフレデリック・ソディのラジウム崩壊によるヘリウム発生の確認、アーネスト・ラザフォードとソディの元素変換説などがもたらされた。これらは、当時の概念であった「元素は不変」という考え方に変革を迫り、原子物理学に一足飛びの進歩をもたらした[47]。

さらに、1900年にドイツの医学者ヴァルクホッフとギーゼル(en)が、放射線が生物組織に影響を与えるという報告がなされた。早速ピエールはラジウムを腕に貼り付け、火傷のような損傷を確認した。医学教授らとの協同研究の結果、細胞を破壊する効果が確認され、皮膚疾患や悪性腫瘍を治療する可能性が示唆された。これは後にキュリー療法と呼ばれる[47]。こうしてラジウムは「妙薬」として知られるようになった[48]。第一次大戦後、科学者の間で放射線被曝(en)による人体影響への危険が徐々にではあるが認知される様になった。当時の放射性物質を取り扱う科学者らは、鉛を用いて放射線を遮蔽し、白衣は使い捨てるなどの対策を採っており、マリも研究所員らに手袋を用いるように厳しく指導していたが、当の本人は放射性物質を素手で扱うことが多く、防護対策を殆ど行わなかった。そのためマリの手はラジウム火傷の痕だらけで干しスモモのような皺が残っていたという[30]。

新元素ラジウムは、学問対象に止まらず、産業分野でも有用性が次々と明らかになった[47]。キュリー夫妻は、ラジウム精製法に対する特許を取得せず公開した。これは珍しいことだが、そのために他の科学者たちは何の妨げもなくラジウムを精製使用することができた[49]。フランスの実業家アルメ・ド・リール(Emile Armet de Lisle[50])はラジウムの工業的生産に乗り出し、夫妻の協力を仰ぎ、医療分野への提供を始めた[47]。ラジウムは世界で最も高価な物質となった[47]。ラジウム精製法の特許を取得しなかった理由として、マリは「人生最大の報酬とは、知的活動そのものである」と答えている[51]。

栄誉の光と影[編集]

放射性物質の研究は、元々はマリの博士号取得を目的に始められたが、多忙のために準備には遅々として進まなかった。しかしそれもやっと纏められ、アンリ・ベクレルの後押しを受けて[52]1903年6月に論文審査を受けた。夫と義父、姉、教え子たちが見守る中、3人の論文審査教授陣は、マリにパリ大学の理学博士 (DSc)を授けた[47]。その日の夕食会には、知り合いの他にたまたまパリに来ていて訪問したアーネスト・ラザフォード夫妻も加わっていた[48]。

夫妻の業績を最も早く評価したのはイギリスだった。1903年6月、王立研究所は夫妻を正式にロンドンへ招待し、講演を依頼した。ピエールは実験を交えた講演で喝采を浴び、マリは研究所会合に初めて出席した女性となった。ケルヴィン卿やウィリアム・クルックス、ジョン・ウィリアム・ストラット(レイリー卿)らとも親交を持った。さらに11月には王立協会からデービーメダルが授与された[53]。そして1903年12月、スウェーデン王立科学アカデミーはピエールとマリそしてアンリ・ベクレルの3人にノーベル物理学賞を授与する決定を下した[注 4]。その理由は「アンリ・ベクレル教授が発見した放射現象に対する共同研究において、特筆すべきたぐいまれな功績をあげたこと」であった[53]。こうしてマリは、女性初のノーベル賞授与者となった。夫妻はストックホルムの授賞式には出席できなかったが、賞金の7万フランは一家の経済状態を救っただけでなく、金銭的に恵まれない知人や学生たちのためにも役立てられた[30][53]。

このノーベル賞の審査が行われた際、アカデミーは物理学賞授与で検討を進めていたが、選考委員会の中には新元素発見は化学賞が該当するのではという声があがった。このため、1903年度の受賞理由からラジウムとポロニウムの発見はあえて外され、将来の授与に含みを持たせる対応が行われた[48]。

ノーベル賞受賞は、2人を一気に有名人にした。しかしそれは夫妻の望むものではなかった。数々の取材や面会の依頼、舞い込む多量の手紙などに時間を取られ、あまつさえ一家の自宅や研究所にまで踏み入ろうとするマスコミに辟易し、何より研究活動を進める余裕が奪われた[48]。1904年、パリ大学はピエールを物理学教授職に迎える打診を行ったが、実験室が用意されないことを知ったピエールはこれを辞退しようとした。大学側は折れ、議会に掛け合って研究費と設備費を捻出し、ピエールの承諾を得た[54][55]。

この年、マリは妊娠していたこともあり、一家は次第に隠遁的な生活を送るようになった。大衆に追い回されるため研究は進まず、ついには偽名を使ってブルターニュの田舎へ避難することもあった[54]が、1904年12月6日に次女エーヴが産まれたことで次第に落ち着きを取り戻し始めた[48]。1905年には教職に復帰し、実験室に入れる様になった。パーティーなどは相変わらず避けていたが、心に余裕ができると演劇鑑賞などにも出かけたり、舞踏家ロイ・フラーや彫刻家オーギュスト・ロダン、科学者関係では隣に住むジャン・ペラン夫妻、ジョルジュ・ユルバンやシャルル・エドゥアール・ギヨームなどとも親交を持ち、たびたび家に招いた。そこには教え子たちも交じることもあり、その中にはピエールの生徒ポール・ランジュバンもいた[54]。

1906年4月19日[編集]

1906年に入り、教授職とともに得た新しいキュヴィエ通りの実験室が動き始めた。手狭で交通に不便な郊外だったが、助手と手伝いが加わった上にマリが実験主任に任命され、給与も支払われた[54]。夫妻は相変わらず多忙だった。マリはセーブル女子学校の教師を続け[54]、ピエールは科学者そして大学教授としての様々な雑務に追われていた[56]。

それは4月19日木曜日に起こった。雨模様の日、ピエールは様々な予定をこなし、馬車が行き交う狭いドフィーヌ通り(en)を横断していた際に荷馬車に轢かれ、死亡した[56][57]。野次馬は被害者が有名な科学者だと気づいた。すぐさま大学に電話で連絡がなされ、学部長と教授のジャン・ペランがキュリー家に向かった。その時マリは不在で、義父が彼らを招き入れて沈痛な時を待った。午後6時、イレーヌを連れて帰宅した[57]マリはその知らせに凍りつき、暫くは誰の問いかけにも何の反応を示さなかった。遺体や遺品を受け入れたマリがとめどなく涙を流したのは、翌日に駆けつけた義兄ジャックの姿を見たときだった[56]。この不慮の事故は世界中に報道された[57]。しかし、21日に生家のソーで行われた葬儀では、代表団の派遣も弔辞も大げさな行列もマリは断り、質素な式となった。義父や義兄ジャックらは、感情がそぎ落ちたような彼女を心配していた。この当時のマリは日記に「同じ運命をくれる馬車はいないのだろうか」とまで書いている。その後も彼女は沈黙に沈んだまま、時に悲鳴を上げるなど不安定な精神状態にあり、日記には悲痛な言葉が並んだ[56]。

5月13日、パリ大学(ソルボンヌ)物理学部はピエールに用意した職位と実験室における諸権利をマリのために維持することを決めた。葬儀の翌日に申し入れられた国の遺族年金はきっぱりと断ったマリだったが、この件は回答を保留した[56]。色々なことが頭をよぎったが、彼女は「重い遺産」を受け継ぎ、ピエールにふさわしい研究所を作ることが自分のやるべきことと決断し、大学の職位と実験室の後任を受諾した。こうして、パリ大学初の女性教授が誕生した[57]。

夏の間、住居をピエールの実家であるソーに移して大学講義の準備に費やした。そして11月5日午後1時30分、マリは万雷の拍手を受けてソルボンヌの教壇に立った。どんな挨拶が語られるのかと興味津々の生徒や聴衆たちの前で、マリが最初に話した言葉は、ピエールが最後となった講義を締めくくった一文だった。淡々としながら、彼の志を受け継ぐマリに観衆は感動を覚えたという[56]。

誹謗の渦中に得た二度目の栄誉[編集]





1911年当時のマリ・キュリー
研究に復帰したマリが最初に取り組んだことは、長年ピエールを支援したケルヴィン卿を論破するだった。あえて『ロンドンタイムズ』を選んで発表したケルヴィン卿の理論とは、ラジウムが元素ではなく化合物だというものだった。彼女は実験結果で反論しようと、夫妻の同僚らとともにウランの約300倍の放射能を持つ純粋なラジウム金属0.0085グラム[19]の分離に取り組み、1910年に成し遂げて[44]卿の誤りを立証した[57]。同年2月25日、義父ウジューヌ・キュリーが亡くなった。息子が連れてきた貧乏な異国の女を何の偏見も無く受け入れ、様々な困難に遭ったときには支え、何より娘たちの良きお祖父ちゃんであった[33]彼の死に家族は悲しみに沈んだ[58]。

1907年からのアンドリュー・カーネギーの資金援助もあり、研究所は10人程の研究員を抱えるまでになった[59]。この年にはそれまでの研究を纏めた『放射能概論』を出版し、またラジウム放射能の国際基準単位を定義する仕事も行った[57]。1911年に決定されたこの単位は、夫妻の姓から「キュリー」(記号:Ci)と名づけられた[60][61]。

だが同年、周囲から推されて科学アカデミー会員の候補になったことがマリを煩わしい事態に巻き込むこととなる。空席を巡って対立候補となったエドアール・ブランリーとの間で、支持者による2つの陣営が出来上がってしまった[59]。自由主義者のマリと敬虔なカトリックのブランリー、ポーランド人対フランス人、そして女性対男性[62]。特にかつて1902年にピエールに競り勝って会員となった人物が女性の会員に猛反対した[59]。さらには、カトリックの投票権者達に対してマリがユダヤ人だというデマまで流れた[59]。エクセルシオール紙(fr)などは一面でマリを攻撃し、右翼系新聞には彼女の栄誉はピエールの業績に乗っかっただけという記事まで載った[63]。

1911年1月23日、アカデミー会員の選出投票が行われたが、詰め掛けた記者たちや野次馬で会場は混乱の中にあった。夕方に判明した結果は僅差[注 5]でブランリーが選ばれ、研究所の面々はマリ本人を除いて落胆に暮れた[59]。この時には、マリは請われて既にいくつかの外国のアカデミー会員になっていた。彼女を拒絶したフランスが初の女性会員を選出するのは1979年であった[64]。淡々としたマリだったが、手記にはフランスアカデミーの古い因習を嫌っていたことが書かれており、2度と候補にならなかったばかりか、機関紙への論文掲載も拒否し、科学アカデミーと完全に袂を分けた[63]。なお、フランスの公的機関がマリに正式な栄誉を与えたのは1922年のことである(医療への貢献という理由でパリ医学アカデミーが前例を覆して彼女を会員に選出した[63])。





1911年に開催された第1回ソルベー会議の模様。着席した前列右から2番目がマリ・キュリー。後列1番右にポール・ランジュバンがいる。
マリは研究に戻り、ヘイケ・カメルリング・オネスと協同で低温環境下でのラジウム放射線研究の構想を練った。ところが有名人のスキャンダルを売りに購買欲を掻き立てていた当時の新聞が、11月4日付け記事でマリの不倫記事を大々的に掲載した。相手は5歳年下、ピエールの教え子ポール・ランジュバン。彼は既婚だったが夫婦間は冷めて別居し、裁判沙汰にまでなっていた[63]。マリは私生活の問題で悩むランジュバンの相談を聞くうちに親密になっていた[65][66]。1911年10月末にブルッセルで開かれたソルベー会議には2人揃って出席し、マリは論文を発表した若きアルバート・アインシュタインへチューリッヒ大学教職への推薦状を書いたりしている。その最中の報道は、ランジュバンに宛てたマリの手紙を暴露し、他人の家庭を壊す不道徳な女とマリを糾弾した[67]。その後も報道は続き、またも彼女をユダヤ人だ、ピエールは妻の不倫を知って自殺したのだと、あらぬことを連日の様に書き立てた[63]。ついには記者がブリュッセルまで押し寄せ、マリは会議の閉幕を待たずに去らなければならなくなった[63]。

ソーの自宅に帰ると、そこはすでに群集に取り囲まれ、投石する輩までいた。マリは子供たちを連れて脱出し、親しいエミール・ボレル夫妻が一家を匿った。政府の公共教育大臣はボレルにマリを庇うなら大学を罷免すると迫ったが、夫妻は一切ひるまなかった。ボレル夫人マルグリットはジャン・ベラン教授の娘で、彼女はマリを損なうなら2度と顔を合わせないと父を逆に脅した[63]。騒動はいろいろなところへ飛び火していた[注 6]。





1911年に受賞したノーベル化学賞の感状。
この騒動の渦中の11月7日、スウェーデンからノーベル化学賞授与の電報が入った。理由は「ラジウムとポロニウムの発見と、ラジウムの性質およびその化合物の研究において、化学に特筆すべきたぐいまれな功績をあげたこと」として新元素発見を取り上げて評価していた[63]。マリは、初めて2度のノーベル賞受賞者となり、また異なる分野(物理学賞・化学賞)で授与された最初の人物ともなった。だが、渦中のスキャンダルを理由に、スウェーデン側からも授与を見合わせてはどうかという声があがった[注 7]。しかしマリは受賞する意思を毅然と示し、今度はストックホルムへ向かった。記念講演において、マリはピエールの業績と自分の仕事を明瞭に区別した上で、この成果の発端はふたりの共同研究にあったと述べた[63]。

受賞後の12月29日、マリはうつ病と腎炎で入院した。一時退院したが1912年3月には再度入院して腎臓の手術を受けた[59]。その後郊外に家を借りて療養したが、6月にはサナトリウムに入った。8月には少々の回復を見せ、女性物理学者ハーサ・エアトンの招待に応じてイギリスへ渡った。2か月間過ごした後の10月にパリへ戻ったが、ソーの家はあきらめて新たにアパートを借りた。この間、マリはスクウォドフスカの姓を使っていた[63]。マスコミは相変わらず何かしらのネタを見つけてはマリを叩くことが多かったが、その一方で他国がマリを評価するとフランスの先進性の象徴に祭り上げるなど都合のよい記事ばかり載せ[59]たため、マリはジャーナリズムを嫌悪した[68]。

彼女を支え続けたのは多くの知人と友人、そして家族だった。1912年5月には、ヘンリク・シェンキェヴィチを団長とするポーランドの教授連代表団がマリを訪問し、ワルシャワに放射能研究所を設立して彼女に所長を務めてもらいたいと打診した[30]。1905年のロシア第一革命以後、帝政ロシアのくびきが緩み、何よりマリの名声が世界的なものになっていたことが大きかった。この申し出をマリは熟考し、本来自分が目指していたこと、すなわちピエールから受け継いだ研究所を彼に相応しいものにすることを思い出した。こうしてポーランドへの帰国は断ったが、彼女はパリから指導することを受諾した。1913年、ワルシャワの研究所開所式に出席したマリは、初めてポーランド語で科学の講演を行った[59]。

夏頃には健康も回復し、一家でスイスを旅行するなどして好きな田舎で休息を取ると、マリはまた積極的に動きはじめた。1914年7月には、夫の名を取ったピエール・キュリー通りにラジウム研究所の新しい建物(キュリー棟)が完成した。だが実験に取り掛ることはできなかった。7月28日、第一次世界大戦が勃発したためである[59]。

第一次世界大戦[編集]

戦争は研究所のスタッフたちも兵士として招集し、男性で残った者は持病を抱える機械技師だけだった。娘たちをブルターニュに止め、マリはパリに残っていた[69]。9月2日にはドイツ軍の空爆がパリにも及び、マリは政府の要請で研究所が所有する貴重な純粋ラジウムをボルドーに疎開させるために汽車に乗った。しかし彼女はこの非常事態に自分がやるべきことを見出し、すぐパリに舞い戻った[70]。

ヴィルヘルム・レントゲンが1895年に発見したX線はすでにX線撮影による医療への貢献が可能となっていた。しかしフランスにはそれを実施する設備が非常に少ないことをマリは知っていた[69]。手術において、銃弾や破片などの人体に食い込んだ異物を事前に確認できれば、負傷者の生存率は上がる。彼女はX線研究に携わった経験こそ無かったが、大学の講義で教えるために知見を持っていた。マリは大学や製造業者などを廻って必要な機材を調達し、複数の病院にそれらを設置した上、教授や技師たちに依頼して操作を行った[69][70]。





第一次大戦時に活躍したレントゲン車に乗るマリ
そこにかつての物静かな研究者の姿は無かった。マリは軍がX線撮影設備を充分に持っていないことを知っており、自動車に設備と発電機を搭載して、1914年8月頃から病院を廻り始めた。マルヌ会戦の負傷者治療に威力を発揮した[69]このレントゲン設備を載せた車両は、軍の中で「プチ・キュリー」(ちびキュリー)[71]と呼ばれた[70]。しかし、戦局の長期化によって1台では足りなくなったため、マリは公的・私有の車を募って改造を施した。有力者夫人たちは協力的だったが、軍や行政機関は難色を示すところが多かった。マリは役人らを説き伏せて調達や通行の許可を取りつけ[69]、機材調達のために政府から赤十字放射線局長という役職を貰って活動した。未熟な利用者のために設備の使用マニュアルを用意し[70]、負傷者の治療に役立てた。

マリが設置したレントゲン設備は、病院や大学など200箇所に加え、自動車20台となった。マリ自身も、技術者指導の講義と平行してこのX線照射車の1台に乗り込んで各地を廻った。そのために自らも解剖学を勉強し、自動車の運転免許を取得し、故障時に対応するため自動車整備についても習得した[70]。イレーヌはそんな母の姿に自分もこの活動に加わりたいと申し出て、マリはこれを認めた。さらに母子は貯蓄の相当額を戦債購入に充て、さらにノーベル賞を含む数多いメダルを寄付しようとした。ただし後者は流石に役所の担当が恐れ多いと拒否した[69]。

レントゲン装置にはより効率的なラドン(気体)を使うようになり、マリはボルドーから持ち帰った金属ラジウムを用いてチューブにラドンを詰める作業も行った[69]。マリはこれによってX線を被曝し、後の健康状態に悪影響を及ぼしたと考えられている[70]。

1918年11月、戦争は終結した。戦債は紙クズ同然となって一家は貯蓄をかなり失ったが、元々覚悟していた[69]。それよりも1919年に故郷が他国の支配から脱しポーランド第二共和国が建国されたことをマリが喜んだ。その初代首相は、パリ学生時代の旧友であるイグナツィ・パデレフスキだった[70]。

アメリカ訪問[編集]

研究所は再開したが、それは設備も試料にも事欠く状態であった。1920年にロスチャイルド家が出資したキュリー財団が設立され、放射線治療の研究を支援したが、物理や化学の研究にはほとんど費用が廻らなかった[68]。

この年の5月、アメリカの女性雑誌『ディリニエター (Delineator)』編集長のマリー・マッティング・メロニーからの申し入れを受けて、マリはインタビューに応じた。この席で今何が欲しいかという質問に、1グラムのラジウム金属と答えた。その価格は既に10万ドルに相当したが、アメリカの恵まれた科学研究所を知るメロニーにとって驚きの回答だった。彼女は帰国後にキャンペーンを行い、マリにラジウムを贈呈する資金を集めた[68][72]。

彼女の求めに応じ、1921年マリは娘ふたりとアメリカ渡航を決めた。そのスケジュールに多くの大学などへの歴訪から、アメリカ大統領との式典までもが準備されていると知ったフランス政府は慌て、自国が何ら名誉を与えていない不細工さを補おうとまたもレジオンドヌール勲章を授与しようとした。しかし以前と同じ理由でマリは断った。研究から離れたこの宣伝活動は気の進まないものだったが、マリは各地で大歓迎を受け、大統領ウォレン・ハーディングから直々にラジウム授与が行われた。ただし彼女はこれを個人への贈与ではなく研究所への寄贈と扱ってもらい、個人の財物にはしなかった[68][72]。

1929年には再渡米し、マリは1925年にワルシャワに姉妹と設立したキュリー研究所に導入する機器類の資金を得るのに成功した[68]。

研究所[編集]

アメリカの旅は大成功を修め、研究所はラジウム以外にも多くの鉱石サンプルや分析機器類、そして資金を得た[68]。だが彼女はこの旅で、自分の名声や影響力が想像以上に大きくなってしまい、もはや研究や実験に没頭することは許されないことを悟った。ならばと、マリはパリのラジウム研究所を立派な放射能研究の中心に育てようとした[68]。

また、1922年にはユネスコの前身に当る国際知的協力委員会(International Committee on Intellectual Cooperation, ICIC)メンバー12人のひとりに加わった[73]。相変わらず着飾ることなどしなかったため、新渡戸稲造は第1回会合時の彼女の印象を「見栄えもしない愛想の無い人物」と自著に残した[74][2- 1]。





イレーヌとフレデリック・ジョリオ=キュリー。1934年。
研究所は性別・国籍を問わない多様なスタッフを抱え、マリは彼らの指導に多くの時間を割いた。毎朝のように彼女の周りには研究や実験の指針や進捗を相談し、論文の校正などを願う研究員らが集った。マリは適切な指示や指導を与え、成果が上がった際には祝いのお茶会を開くなど彼らを導き、その実力を伸ばした。アルファ粒子のエネルギーが一定ではないことを示したサロモン・ローゼンブルム、真空中のX線観察を行ったフェルナン・オルウェック、フランシウムを発見したマルグリット・ペレーなどが研究所から出た[68]。その中でも際立ったものは、娘イレーヌとその夫フレデリック・ジョリオ=キュリーの人工放射能の研究であり、夫妻は1935年にノーベル化学賞を受賞した[66]。1919年から1934年の間、研究所から発表された論文は483件になった[75]。

だが、放射能が健康へ与える悪影響も次第に明らかとなってきた。日本の山田延男は1923年から2年半、ラジウム研究所でイレーヌの助手としてアルファ線強度の研究を行い、マリの支援も受けながら5つの論文を発表した。しかし原因不明の体調不良を起こして帰国し、翌年亡くなった。マリはその報に触れ弔意を表す手紙を送っている[76]。1925年1月には別の元研究員が再生不良性貧血で死亡。さらに個人助手も白血病で亡くなった。しかし明白な因果関係や対処法にはすぐに繋がらなかった。

死去[編集]





1934年のマリ。
1932年、転倒したマリは右手首を骨折したが、その負傷がなかなか癒えなかった。頭痛や耳鳴りなどが続き、健康不良が続いた[68]。1933年には胆石が見つかったが手術を嫌がった[68][77]。春にマリはポーランドを訪問したが、これが最後の里帰りとなった[30]。1934年5月、気分が優れず研究所を早く後にした。そのまま寝込むようになったマリは検査を受け、結核の疑いがあるという診断が下った[77]。

療養に入ることを決め、エーヴはマリをフランス東部のオート=サヴォワ県パッシー(en)にあるサンセレルモ(en)というサナトリウムへ連れて行った。しかしここで受けた診察では肺に異常は見つからず、ジュネーヴから呼ばれた医師が行った血液検査の結果は、再生不良性貧血だった[77]。

7月4日水曜日、マリはフランスで亡くなった。7月6日に夫同様近親者や友人たちだけが参列した葬儀が行われ、マリは、夫ピエールが眠るソーの墓地に、夫と並んで埋葬された[77]。





パリのパンテオン
彼女の実験室はパリのキュリー博物館として、そのままの姿で保存されている[55]。マリが残した直筆の論文などのうち、1890年以降のものは放射性物質が含まれ取り扱いが危険だと考えられている。中には彼女の料理の本からも放射線が検出された。これらは鉛で封された箱に収めて保管され、閲覧するには防護服着用が必須となる[78]。また、キュリー博物館も実験室は放射能汚染されて見学できなかったが、近年[いつ?]汚染除去が施されて公開された。この部屋には実験器具なども当時のまま置かれており、そこに残されたマリの指紋からも放射線が検知されるという[55]。

60年後の1995年、夫妻の業績を称え、ふたりの墓はパリのパンテオンに移され、フランス史の偉人のひとりに列された[71]。マリは、パンテオンに祀られる初の女性である[79]。この際、マリの棺内部の放射能測定が行われた。その結果360Bq/ccは若干高めながら許容濃度の5%程度にとどまり、ラジウムの半減期から考えて放射線被曝説には疑問が挟まれた。その代わりに、プチ・キュリー号で活動中に浴びたX線被曝が病気を起こしたのではという説が提唱されている[71][80]。

人物[編集]

ポーランド人として[編集]





ワルシャワのラジウム研究所前に立てられたマリの像。1935年
父方も、母方も、マリの一族はポーランド人の国民運動の中で地位や財産を失った。これはマリや彼女の兄や姉たちにも苦難として襲い掛かるものとなった[81]。小学校では査察官が来ては生徒にロシア皇帝の賛辞をしゃべらせる。優秀なマリはたびたびこの役を指名されたが、それは大変な屈辱だった。マリの父はロシア人上司と対立し公職を追われ、貧窮に落ちた生活苦が母と姉の一人を亡くす要因となった[7]。

それでも愛着があるポーランドで生涯を過ごすことを考えていたマリは、パリに出てからも帰国するつもりでいた。彼女はピエール・キュリーという伴侶を得てフランスに定着するが、故郷を忘れることはなかった。1898年、マリは初めて見つけた新元素にポロニウムと名づけた。これは、18世紀中に彼女の故郷はロシアやプロイセン・オーストリアなどに蹂躙され独立できずにいるポーランドへ世界の眼を向けようとする考えがあった。マリによって、ポロニウムは政治的な意図を含んだ名称がつけられた初めての元素となった[82]。

フランス世論は外国人に向ける目は厳しく、差別の対象にもなっていた。その背景にはドレフュス事件が影響したとも言われる。ピエール一家など常に彼女の味方をした人々もいたが、後半生のマスコミとの対立には苦しめられた。それでも矜持を忘れず、また娘たちにもポーランド語を習得させるなどの教育を施した[83]。

しかし、マリは決してフランスを蔑ろにした訳ではなく、第一次世界大戦時の活動や戦債購入などで示される通り、フランスを「第二の故郷」と考えていた。ポーランドに戻る機会は何度もあったが、ピエールの研究所を世界随一にするために努力し[68]、彼女は骨をフランスに埋めた。

女性として[編集]

学問の世界において、20世紀初頭は未だ女性に対する偏見が存在した時代だった。マリ・キュリーの履歴には数多くの「女性初」という言葉がつくが、これはジェンダーを根拠とする理不尽な扱いを受けながらもそれに毅然とした態度で臨んだ結果でもある。最初のノーベル賞受賞は、1902年に提出されたフランス病理学者シャルル・ブシャール(en)の推薦による。しかし、翌年フランス科学アカデミーが申請した推薦状ではマリだけが意図的に外されていた。決定においてスウェーデン科学アカデミーの数学者ヨースタ・ミッタク=レフラーがブシャールの推薦を根拠に強く推したことでマリも受賞対象となったが、フランス科学アカデミーには女性蔑視の風潮があったことを示す。これは受賞後のマスコミの論調にも見られた[84]。

このような中、マリは夫と自分それぞれの功績を区別して強調するようになった。ピエールもそれを尊重し、同じ態度を取った。誹謗中傷の中で2度のノーベル賞受賞が決まった際、マリは、科学者とはその業績によって評価されるべきであり、性別や出身および私生活などではないという強い意志を持ち、誇りを持って記念講演を行った[66]。

ただし、「キュリー夫人(Madame Curie)」という呼称は夫に従属する妻という意味ではなく、これはマリ自身が中学時代の友人に婚約を知らせる手紙の中で、「次に会うときには姓が変わっています」と書き「キュリー夫人。これが私の新しい名前です」と自ら使っている[24]。

教育者として[編集]

両親も教育者であったマリは、その人生において多くの人々を教えた。大学進学が叶わないポーランド時代は家庭教師を務めた。パリではセーブル女子高等師範学校で多くの生徒を教えた。

娘イレーヌが学校で受ける詰めこみ型の教育内容に疑問を感じたマリは、共感する一部の人々と「共同授業」というフリースクールを立ち上げた。10数人の子供たちを相手に、マリなど当代一流の学者らが体験中心の授業を工夫して行った[58]。

業績[編集]

優れた発想[編集]

ロバート・リードは、ピッチブレンドの測定結果から2つの新元素発見に漕ぎつけた発想はマリ独自のもので、誰からの助けも受けず定式化に辿り着いたと、そして夫に意見を求めたとしても明瞭に彼女の業績に帰すと述べた。夫がどんな曖昧な形でも機会は全く無いと言い張ったと、彼女自身が記した自伝の中で2度も触れている。これは、経歴の初期段階で彼女が関わる分野において多くの科学者が女性に独創的な仕事をする能力があると信じさせることが難しいと悟ったことを示すと、リードは解説している[85]。





アルバート・アインシュタインとマリ・キュリー
科学そして社会への貢献[編集]

マリ・キュリーは、初期の原子核物理学[86]そして社会学・医学や生物学の面において21世紀の世界にまで影響を与える大きな貢献を残した[80]。コーネル大学の科学史家L.ピアース・ウィリアムズ(en)は以下のように述べた。
マリ・キュリーの仕事は画期的な結果をもたらした。ラジウムの放射は強く、彼女はそれを看過しなかった。それは一見してエネルギー保存の法則に矛盾するため、基礎的な物理学の知見に再考を迫るものだった。実験レベルでのラジウム発見は、アーネスト・ラザフォードらに放射能の発生源を考えさせ、原子の構造論構築へと導いた。ラザフォードのアルファ線研究は原子核存在の仮説へと繋がった。医学の領域には、ラジウム放射線は癌治療に繋がる手段を提供した[44]。
マリ・キュリーが物理や化学に革新的な考え方を提供したことと同様に、社会へ与えた影響も大きかった。彼女は自身の研究結果を世間に知らしめる上で、ジェンダーと国籍という学問とは全く別の壁を打ち破る必要に迫られた。フランソワーズ・ジルー著『Marie Curie:A Life』が描き出したマリの人生は、彼女がフェミニストの先駆的存在だったことを明らかにしている。マリは時代に先んじて、束縛を断ち、自立した生涯を過ごし、その資質は損なわれることはなかった。アルバート・アインシュタインも、このような美点は彼女が得た栄誉によっていささかも曲がってしまうことはなかったと記している[81]。

評価[編集]





ポーランド、ルブリンのマリー・キュリー・スクウォドフスカ大学にあるマリの像
受賞歴[編集]

マリ・キュリーは女性初のノーベル賞受賞者であり、かつ2度受賞した最初の人物である[注 8]。また物理学賞と化学賞の両方を受賞しているのは、2013年現在のところ彼女だけである。
1899年、1900年、1902年:ゲーグネル賞(鋼鉄の磁性研究に対して[32])
1903年:ノーベル物理学賞(ピエール・キュリーおよびアンリ・ベクレルと同時受賞)
1904年:オリシス賞(パリ新聞組合より)
1907年:アクトニアン賞(en)(イギリス王立科学研究所)
1911年:ノーベル化学賞
1921年:エレン・リシャール研究賞
1924年:1923年度アルジャントゥイユ侯爵大賞
1931年:キャメロン賞(エディンバラ大学)

このような多くの賞を受けた科学者の生活が裕福になるとは限らない。マリの場合も同様で、伝えられるところによると、これらの賞金を得てやっと住居の壁紙を換えたり、配管工事を行ったりすることができたともいう[87]。

受賞メダル[編集]
1903年:ベルトロー賞メダル(ピエールと)、パリ市名誉賞メダル(ピエールと)、デービーメダル(ピエールと。イギリス王立協会)
1904年:マテウチ・メダル(ピエールと。イタリア科学協会)
1908年:クールマン賞大金メダル(リール工業協会)
1909年:エリオット・クレッソンメダル(en)(フランクリン協会)
1910年:アルバート賞メダル(王立技術協会、ロンドン)
1919年:スペイン・アルフォンソ12世文官勲章大十字勲章
1921年:ベンジャミン・フランクリン賞メダル(アメリカ哲学協会、フィラデルフィア)、ジョン・スコット賞メダル(アメリカ哲学協会)、国立社会科学学会賞金メダル(ニューヨーク)、ウィリアム・ギブス賞メダル(アメリカ化学協会、シカゴ)
1922年:北アメリカ放射線学協会金メダル
1924年:ルーマニア政府第一級功労賞メダル
1929年:ニューヨーク婦人クラブ連合会金メダル
1931年:アメリカ放射線学会メダル

称号[編集]

存命中だけでも、マリは各国の科学アカデミー名誉会員など受けた称号は100を超える[19]。
1904年:モスクワ帝国文化人類学民俗学協会名誉会員。イギリス王立科学研究所名誉会員。ロンドン化学協会在外会員。バタヴィア哲学協会通信会員。メキシコ物理学協会名誉会員。メキシコ科学アカデミー名誉会員。ワルシャワ通算奨励協会名誉会員。
1906年:アルゼンチン科学協会通信会員。
1907年:オランダ科学協会在外会員。エディンバラ大学名誉法学博士。
1908年:サンクトペテルブルク帝国科学アカデミー通信会員。ブラウンシュヴァイク自然科学協会名誉会員。
1909年:ジュネーヴ大学名誉医学博士。ボローニャ科学アカデミー通信会員。チェコ科学文学美術アカデミー在外客員会員。フィラデルフィア薬学学会名誉会員。クラクフ科学アカデミー科学会員。
1910年:チリ科学協会通信会員。アメリカ哲学協会会員。スウェーデン王立科学アカデミー在外会員。アメリカ科学協会会員。ロンドン物理学協会名誉会員。
1911年:(フランス科学アカデミー会員選挙で落選)。ポルトガル科学アカデミー在外通信会員。マンチェスター大学名誉理学博士。
1912年:ベルギー化学協会会員。サンクトペテルブルク帝国実験医学協会客員会員。ワルシャワ科学協会普通会員。リヴォフ大学哲学名誉会員。ワルシャワ写真協会会員。リヴォフ理工科学校名誉博士。ヴァルナ科学協会名誉会員。
1913年:アムステルダム王立科学アカデミー特別会員(数理物理科)。バーミンガム大学名誉博士。エディンバラ科学技術協会名誉会員。
1914年:モスクワ大学物理医学協会名誉会員。ケンブリッジ哲学協会名誉会員。モスクワ科学協会名誉会員。ロンドン衛生学会名誉会員。フィラデルフィア自然科学アカデミー通信会員。
1918年:スペイン王立医学電気放射線学協会名誉会員。
1919年:スペイン王立医学電気放射線学協会名誉会長。マドリッド・ラジウム研究所名誉所長。ワルシャワ大学名誉教授。ポーランド化学協会会長。
1920年:デンマーク王立科学文学アカデミー普通会員。
1921年:エール大学名誉理学博士。シカゴ大学名誉理学博士。ノースウェスタン大学名誉理学博士。スミス単科大学名誉理学博士。ウェルズレイ単科大学名誉理学博士。ペンシルベニア女子医科大学名誉博士。コロンビア大学名誉理学博士。ピッツバーグ大学名誉法学博士。ペンシルベニア大学名誉法学博士。バッファロー自然科学協会名誉会員。ニューヨーク鉱物学クラブ名誉会員。北アメリカ放射線学協会名誉会員。ニューイングランド化学教員協会名誉会員。アメリカ自然史博物館名誉会員。ニュージャージー化学協会名誉会員。工業化学協会名誉会員。クリスティアニア・アカデミー会員。ノックス技芸科学アカデミー名誉終身会員。アメリカ・ラジウム協会名誉会員。ノルウェー医療ラジウム研究所名誉会員。ニューヨーク・アリアンス・フランセーズ名誉会員。
1922年:パリ医学アカデミー自由客員会員(フランス初)。ベルギー・ロシア学術団体名誉会員。
1923年:ルーマニア医療鉱水学気候学協会名誉会員。エディンバラ大学名誉法学博士。チェコスロヴァキア数学者物理学者連盟名誉会員。
1924年:ワルシャワ市名誉市民。ニューヨーク市民ホールの座席に名前が記載される。ワルシャワ・ポーランド化学協会名誉会員。クラクフ大学名誉医学博士・クラクフ大学名誉哲学博士。リガ名誉市民。アテネ精神科学協会名誉会員。
1925年:ルブリン医学協会名誉会員。
1926年:ローマ≪ポンティフィチア・ティベリアナ≫普通会員。サン・パウロ化学協会名誉会員。ブラジル科学アカデミー通信会員。ブラジル婦権振興連盟名誉連盟員。ブラジル・サン・パウロ薬学化学協会名誉会員。ブラジル薬学師協会名誉会員。ワルシャワ理工科学校化学科名誉博士。
1927年:モスクワ科学アカデミー名誉会員。ボヘミア文学科学協会在外会員。ソヴィエト連邦科学アカデミー名誉会員。北アメリカ州連合医学研究科協会名誉会員。ニュージーランド学士院名誉会員。
1929年:ポズナニ科学協会名誉会員。グラスゴー大学名誉法学博士。グラスゴー名誉市民。セント・ローレンス大学名誉理学博士。ニューヨーク医学アカデミー名誉会員。在アメリカ・ポーランド法人医学歯科学協会名誉会員。
1930年:フランス発明学者協会名誉会員。フランス発明学者協会名誉会長。
1931年:世界平和連盟名誉会員。アメリカ放射線学学会名誉会員。物理学自然科学アカデミー在外通信会員。
1932年:帝国ハレ・ドイツ自然科学アカデミー会員。ワルシャワ医学協会名誉会員。チェコスロヴァキア化学協会名誉会員。
1933年:イギリス放射線学レントゲン協会名誉会員。

栄誉[編集]

マリ・キュリーは1902年に夫とともに[48]、1910年には単独で[59]フランスからレジオンドヌール勲章を贈られたが、どちらも辞退した[59]。

1935年、ワルシャワに設立されたラジウム研究所の前に彼女の銅像が建立された。除幕はイグナツィ・モシチスキ(en)の夫人が行った。この像は1944年のワルシャワ蜂起の際、銃撃を受けて損傷した。戦後修復を受けたが、銃創をあえて残す決定が下された[30]。








ソビエト連邦の切手




ピエール・エ・マリー・キュリー駅(en)。




マリ・スクウォドフスカ=キュリー・メダリオン(en)、ニューヨーク州立大学バッファロー校




ポーランドで最初の国産原子炉マリア(研究炉)-マリ・キュリーにちなんで名前をつけられた。
その他[編集]

歴史に残る著名な女性科学者として、マリ・キュリーの名や肖像は、さまざまな場所で用いられている。
原子番号96の元素名キュリウムは夫妻の姓に由来する。
3つの放射性鉱物も彼女に由来する名称がつけられている。キュリー石 (curite)[88]、スクロドフスカ石 (sklodowskite)[89]、銅スクロドフスカ石(cuprosklodowskite)[90]である。
通貨の肖像にも使われ、ポーランドでは1980年代後半インフレ時発行された20000ズウォティ札[91]、フランスではユーロ統一前の500フランス・フラン札の他にも硬貨や切手でも見られた。
2009年に国際連合教育科学文化機関(UNESCO)とロレアルが協賛した「For Women In Science」プログラムの一環として、雑誌『ニュー・サイエンティスト』で行われた「Most inspirational woman in science」にて、マリ・キュリーは25.1%の得票を受けて1位に選ばれた。これは2位のロザリンド・フランクリン(得票率14.2%)の倍近い支持だった[92][93]。
ポーランドにて、彼女の名を冠した機関・団体等には以下の例がある マリー・キュリー・スクウォドフスカ大学。1944年創立、ルブリン。
キュリー研究所(en)。ワルシャワ。
マリア・スクウォドフスカ=キュリー博物館(en)。1967年、生誕地[30]。

フランスにて、彼女の名を冠した機関・団体等には以下の例がある パリ第6大学‐ピエール・マリー・キュリー大学(en)。1968年、パリ大学の理学・医学部が分割された際に創立。研究分野に伝統を持ち、産業界とも連携しつつ科学や技術分野の研究や人材育成を行う[94]。
キュリー研究所(en)とキュリー博物館(en)。パリ。
ピエール・エ・マリー・キュリー駅(en)。パリのメトロ7号線の駅[95]。
ピエール・エ・マリー・キュリー通り(fr)。パリの5区の通り。
マリー・キュリー公園。パリの公園。

アメリカ合衆国にて、彼女の名を冠した機関・団体等には以下の例がある ロヨラ大学キュリーコミュニティ。シカゴ。
キュリー・メトロポリタン高校(en)。シカゴ、1999年1月創立[96]。
マリ・キュリー中学校158(en)。ニューヨーク州クイーンズ区[97]。
マリ・スクウォドフスカ=キュリー・メダリオン(en)。ニューヨーク州立大学バッファロー校ポーランド教室にあるメダリオン型のステンドグラス。ヨセフ・マズール(en)作。

イギリスにて、彼女の名を冠した機関・団体等には以下の例がある マリー・キュリーがんセンター[98]

イタリアにて、彼女の名を冠した機関・団体等には以下の例がある マリー・キューリー夫人財団。ボローニャ大学内[99]。

日本にて、彼女の名を冠した機関・団体等には以下の例がある キュリー祭。鳥取県の三朝温泉が世界有数のラドン温泉であることを縁に、マリ・キュリーの業績を讃えて1951年(昭和26年)から行われている祭り[100]。


読書案内[編集]
『キュリー夫人の理科教室』 監修:吉祥瑞枝、岡田勲、渡辺正訳、丸善、2004年。ISBN 978-4621075012。
マリ・キュリーと友人たちが、娘イレーヌら子供たちの教育のため立ち上げた「共同授業」を受けたイザベル・シャヴァンヌが取った古いノートの再現[101]。『キュリー夫人』、O.ヴォウチェク、恒文社
ポーランド人による著述[102]。『マリー・キュリー』、桜井邦朋、地人書館
物理学者による著述[102]。『キュリー家の人々』、E.コットン、岩波新書
著者はマリ・キュリーの生徒[102]。
脚注[編集]

注釈[編集]

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1.^ この奨学金は返納不要で、マリの行動は前例が無いことだった。エーヴ (2006)、p.169、パサコフ (2007)、pp.32-33
2.^ 当時の、ESPCIでのピエールの給与は月300フラン。これは工場の非熟練労働者の収入とさほど変わらない。エーヴ (2006)、p.179
3.^ ジュネーヴ大学のオファーは、ピエールには物理学教授職、月給1万フランに住宅手当など、実験室を用意し、マリもそこでポスト付で雇用される。当時夫妻の収入は月500フラン。エーヴ (2006)、p.260
4.^ この当時、ノーベル賞の認知度はあまり高くなかったがピエール夫妻の受賞で著名な賞となった。米沢(2006)、p.106
5.^ 投票結果は文献で差がある。エーヴ (2006)、p.393では1票差、パサコフ (2007)、p.99では2票差とある。米沢(2006)、p.107では詳しく、58人の投票でマリ28票、ブランリー29票、他の候補1票となり、2候補に絞られた決戦投票でマリ28票、ブランリー30票とある。
6.^ ランジュバンは手紙を公開した週刊誌記者ギュサーブ・テリーに決闘を申し込んだ。1911年11月26日、拳銃を持つ両者は対峙したが、どちらも「人殺しはできない」と弾丸が放たれることはなかったという。宇佐 (2001)、p172
7.^ 文献によって差がある部分。宇佐 (2001)、p.175では「体調を慮り関係者が受賞を遅らせてはと打診した」とあり、パサコフ (2007),p.107では「マリの支持者が、泥沼化したスキャンダルが間違いと証明されるまで辞退すべきと手紙で勧めた」と書かれ、米沢 (2006)ではアカデミー会員のスヴァンテ・アレニウスが「賞を辞退しろ、授賞式に来るなとの手紙を寄越した」とある。エーヴ (2006) ではランジュバンの件にほとんど触れていないが、河野は訳者あとがきで簡易に解説を加えている。
8.^ マリ・キュリーの他にノーベル賞を2度受賞した人物は、フレデリック・サンガーとライナス・ポーリングとジョン・バーディーンの3名いる。

脚注[編集]

1.^ “Nobel Laureate Facts” (英語). 2010年12月10日閲覧。
2.^ Robert (1974)、p.184
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102.^ a b c 宇佐 (2001)、p.179 参考文献

脚注2[編集]

本脚注は、出典・脚注内で提示されている「出典」を示しています。

1.^ 新渡戸稲造『東西相触れて』「世界第1の女性碩学」たちばな出版、2002年、pp.263-270

参考文献[編集]
エーヴ・キュリー 『キュリー夫人伝』 河野万里子訳、白水社、2006年。ISBN 4-560-02613-0。 Eve Curie (2001年), Madame Curie: A Biography, Da Capo Press, ISBN 0306810387

本書は次女エーヴが、マリが亡くなった3年後の1937年に著した母の伝記。彼女は、マリと距離を置く記述をするために表題をあえて『Madame Curie』とした(ゴールドスミス (2005)、pp.127-135、第一四章 呼び覚まされない生命力)。ナオミ・パサコフ 『マリー・キュリー 新しい自然の力の発見』 オーウェン・ギンガリッチ、西田美緒子訳、大月書店、2007年。ISBN 978-4-272-44045-0。 Naomi Pasachoff (1996年), Marie Curie and the Science of Radioactivity, ニューヨーク: オックスフォード大学出版局, ISBN 0195092147

バーバラ・ゴールドスミス 『マリ・キュリー:フラスコの中の闇と光』 監修:小川真理子、竹内喜訳、WAVE出版、2007年。ISBN 978-4-87290-289-1。2010年12月4日閲覧。 Barbara Goldsmith (2005年), Obsessive Genius: The Inner World of Marie Curie, ニューヨーク: W.W. Norton, ISBN 0-393-05137-4

米沢富美子 「第11章原子核物理学を築いた女性たち」『人物で語る物理入門(下)』 岩波書店、2006年、95-132頁。ISBN 4-00-430981-6。
宇佐波雄策 「キュリー夫人」『100人の20世紀(下)』 朝日新聞社、2001年、171-179頁。ISBN 4-02-261351-3。
Robert Reid (1974年), Marie Curie, ニューヨーク: New American Library
L. Pearce Williams (1986年), “Curie, Pierre and Marie”, アメリカ大百科事典 (vol. 8 ed.), ダンバリー(en): Grolier Inc., pp. 331-332
Teresa Kaczorowska, Córka mazowieckich równin, czyli Maria Skłodowska–Curie z Mazowsza (Daughter of the Mazovian Plains: Maria Skłodowska–Curie of Mazowsze), Ciechanów, 2007年.
フランソワーズ・ジルー(en), Marie Curie: A Life, translated by Lydia Davis, Holmes & Meier, 1986年, ASIN B000TOOU7Q.

外部リンク[編集]

ウィキメディア・コモンズには、マリ・キュリーに関連するメディアがあります。

ウィキクォートにマリ・キュリーに関する引用句集があります。
(英語)Marie Curie – Biography ノーベル財団のサイトにあるマリ・キュリーの伝記。
(英語) Out of the Shadows 女性科学者の業績。
(英語) Marie and Pierre Curie and the Discovery of Polonium and Radium ノーベル財団のサイトにあるキュリー夫妻の伝記。
(英語)Detailed Biography at Science in Poland website.
(英語)European Marie Curie Fellowships
(英語)Marie Curie Fellowship Association
(英語)Marie Sklodowska Curie: Her Life as a Media Compendium
(英語)Annotated bibliography of Marie Curie from the Alsos Digital Library
(英語)Obituary, New York Times, 5 July 1934 Mme. Curie Is Dead; Martyr to Science マリ・キュリー死去のニュース。ニューヨーク・タイムス1934年7月5日報。
(英語)Some places and memories related to Marie Curie
Marie Curie - インターネット・ムービー・データベース(英語) – Animated biography of Marie Curie on DVD from an animated series of world and American history – Animated Hero Classics distributed by Nest Learning.
Marie Curie – More than Meets the Eye - インターネット・ムービー・データベース(英語) – Live Action portrayal of Marie Curie on DVD from the Inventors Series produced by Devine Entertainment.
Marie Curie - インターネット・ムービー・データベース(英語) – Portrayal of Marie Curie in a television mini series produced by the BBC
図書館にあるマリ・キュリーに関係する蔵書一覧 - WorldCatカタログ
(英語)1903 Nobel Prize in Physics, 1911 Nobel Prize in Chemistry ノーベル賞委員会ページ。マリ・キュリーの受賞スピーチ 他。
(英語)Long biography 米国物理学協会(子供向け解説"Her story in brief!")
(日本語)キュリー夫人の手紙 (PDF) 鳥取大学附属図書館が所蔵する、マリ・キュリーがミス・ロイに宛てた手紙。実物写真や訳文など。
(英語)Marie Curie - Find a Grave(英語)

http://eikojuku.seesaa.net/article/237076186.html

2011年11月26日


放射性物質のもたらした光と影の世界。キュリー夫人を想いながら。


「ウラン・ガラス」という骨董品がある。

ガラスに「ウラン」を加えると、淡い黄緑色になり、世にも稀な美しさとなる。

その美しさに加え、ウラン・ガラスには不思議な魅力があった。

夜明け前に「妖しい蛍光色」を発するのである。

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今では、その蛍光色が「紫外線」を受けて発せられるものだと分かっている(夜明け前の青い空には紫外線が満ちている)。

しかし、当時(1830年代)の人々は、ただその妖しさと美しさに惹かれたのである。

ウラン・ガラスは、欧米で広く愛され、コップや花瓶、アクセサリーなどとなって大量に生産された。



現代人ならばご存知の通り、ウランが発するものは蛍光色ばかりではない。

目には見えない「放射性物質」も発している。

しかし、当時の人々はそのことこそ、知るよしもなかった。



この「目に見えない」物質に最初に気付いたのは、「アンリ・ベクレル」氏。

研究に使っていたウラン鉱石の粉末を机の引き出しにしまっておいたところ、一緒の引き出しに入っていた「写真乾板(フィルムの原型)」が、「なぜか」感光していたのである。



光がないのに、なぜ写真乾板が光を感じ取ったのか?

考えられた原因は一つ。一緒に入れておいたウランが「光を発した」ということだった。

最終的には、それは光ではなく、光と似た性質を持つ「見えないエネルギー」であるとベクレル氏は考えた。



のちに判明することであるが、それこそが「放射性物質」であった。

こうして、偶然の結果、放射性物質の存在は世界に知られるようになるのである(1896)。アンリ・ベクレル氏は、この功績によりノーベル賞を受賞することになる(1903)。

すでにお気付きかとは思うが、放射能の単位・ベクレルは彼の名にちなむものである。



ベクレル氏の研究を一段と進展させたのは、「キュリー夫人」である(ベクレル氏は、見えないエネルギーの正体や原理は謎のままに放置していた)。

キュリー夫人は、ウランよりも強いエネルギーを発する放射性物質を次々と見い出してゆく。

「ジャガイモ小屋と家畜小屋を足して2で割ったような研究室」で、彼女は「ポロニウム(1898)」、そして「ラジウム(1902)」を発見していったのである。

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それもこれも、夫である「ピエール・キュリー」の作った精密な計測機器があってこそであった。

その優れた計測機器(ピエゾ電流計)は、放射性物質の放つ微弱な電流を検知することができたのだ。

ピエールには「計測オタク」な側面があり、明確な使い道もないまま、このピエゾ電流計を作っていたのである。それが、ひょんなことから放射性物質の特定に活用されたのは、またもや世の偶然であったのか。

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「放射能」という命名もキュリー夫妻によるものであった。

「radio-activite」、ラテン語で「radio」は「光の放射」を、「activite」は「能力」を意味する。

つまり、「radio-activite」は「光を放射する能力」となる。



ここで着目すべきは、当時の人々にとっての放射性物質は「希望の光」であったということだ。

現代においては「負の側面」ばかりが際立ってしまっている放射性物質だが、当時の人々は「光あふれる新発見」に大きな期待を抱いていたのである。



時は20世紀初頭。

ダーウィンの進化論、メンデルスの遺伝子などなど、「見えない世界」への探求が深まり、科学は新たな領域へと突入していた。

そうした成果が、自動車や飛行機の発明へとつながり、華やかなる時代が幕を開けていた。



そこに現れた「放射性物質」。

医療の現場では、不治の病である「ガン」が治る夢の治療法(放射線治療)として絶賛され、産業界もこぞって放射能の効用を謳い上げた。

「放射能は魔法の力。あなたもその力を試してみよう!」

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美肌クリームにはラジウム(放射性物質)が練り込まれ、オーデコロンにもラジウムが混入された。

なにせ、放射性物質ラジウムは、素晴らしいエネルギーを放つ最新の物質なのである。「放射能入り」が最大の売り文句となっていた。



チーズにもチョコにも添加され、人々は喜んで放射性物質ラジウムを体内にまで取り込んだ(内部被曝)。

ラジウム入りの水を作れるという「夢の蛇口」までが登場した。これでお風呂も放射性物質で満たせるようになり、全身に放射性物質を浴びることまでが可能になった(外部被曝)。

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こうした放射性物質ブームで幸いだったのが、「本物の」ラジウムは高価すぎて、「ラジウム入り」を謳う商品の多くが「まがい物」であったことだ。

逆に不幸だったのは、本物を買えるお金持ちたち。放射性物質入りの水を大量に飲んで死んだという記録も残る。



美しい蛍光色を発するということから、ガンを癒すということまであり、放射性物質は「プラスの側面」ばかりが世の中に誇張されていた時代である。

しかし、そんな風潮に真っ向から逆らい、「その恐ろしさ」に警鐘を鳴らす人々も少数ではあったが存在した。



「H.G.ウェルズ」氏は、そんな否定的な人物の一人であった。

彼の著作「解放された世界」には、こうある。

「いったん爆発すると、それはエネルギーが尽きるまで近づくこともコントロールすることもできない」

彼は想像の中で「原子爆弾」を生み出したのである(1914)。




ウェルズ氏の小説の中では、1956年に原子爆弾が完成する。

彼によればその爆弾は「戦争そのものに『決定的な一撃』を与える究極の爆発物」である。

あまりにも、その後に起こる出来事と一致しすぎているために、これが小説の中の出来事とは到底思えないほどである。



残念ながら、人類は最悪のシナリオを歩む結果になる。

新たな科学が切り拓いた道は、自動車や飛行機を生み、多くの人の生命も救えるようになっていた。

ところがその同じ道で、自動車は「戦車」を生み、飛行機は「戦闘機」に変わった。

そして、ガンを治療して人の生命を救う放射性物質は、大量殺人兵器(原子爆弾)へと変貌を遂げた。

新たな科学は戦争を激化させ、第一次世界大戦、第二次世界大戦という悲惨な歴史を生むことにもつながってしまったのだ。



キュリー夫人は科学者になる前に、こう語っていたという。

「自分が人の役に立っている。私はそう実感したいだけなのです」

彼女が科学者になり、放射性物質を探求したのは、ひとえにこうした善意からであった。



第一次世界大戦の戦火の中、キュリー夫人は車(プチ・キュリー号)に「レントゲン撮影機」を積み込み、負傷兵の体内に残された弾丸や異物の除去に尽力した。

彼女のレントゲン装置には、より効率的なラドンが使われていたという。



しかし、戦争の勝利を目指す各国は、総力を挙げて科学を殺人へと振り向けていた。

ドイツは人工的に核分裂を起こすことに成功し、それに戦慄したアメリカは世界の頭脳を結集して核爆弾を作り上げた(マンハッタン計画)。

その結果、原子爆弾の完成は、小説よりも10年以上も早まった(1945)。

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この完成をキュリー夫人が知らなかったのは幸運か?

この時、彼女は先立った夫・ピエールの元へと帰っていた。

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夫ピエールはキュリー夫人とともにノーベル賞を受賞した数年後に、不慮の死を遂げていたのである。

彼はその死の前に、意味深い言葉を残している。



「自然の秘密を知ることは、本当に人類の利益になるのだろうか?

人類には、それを有効利用する用意があるのだろうか?

その知識が人類に害悪をもたらすことはないのだろうか?」



彼の危惧したとおりに、強烈な光を放つ放射性物質は、大きな「希望」を上回るほどの「絶望」を人類にもたらした。

人類は放射能に笑い、そして泣いたのだ。



強すぎる光は、暗すぎる影をも同時に生んでしまう。

20世紀には、その光と影がいみじくも同居していたのである。



ピエールの言葉には続きがあり、こう締めくくられている。

「人類はこうした新発見から害悪よりも利益を引き出す。

私は、そう信じる者の一人です。」



21世紀となった現在、

我々は依然としてその「岐路」に立ちつくしたままである。

そこには、泣き崩れる人々の姿も、いまだ多い…。





「放射能」関連記事:
想像を超えて放射能に汚染された「飯館村」。「もうガンバレません…。」

次々と解明される「食」の放射能汚染のメカニズム。その最新報告より。

標高35mの敷地を10mまで掘り下げて造られた「福島第一」。その意外は理由とは?



出典:BS歴史館
キュリー夫人と放射能の時代~人は原子の力とどう出会ったのか?

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現役のヤクザ100人に安保法制について聞いてみたら意外な結果が…「安倍は人を殺すってことを分かってない」

http://lite-ra.com/2015/07/post-1309.html

現役のヤクザ100人に安保法制について聞いてみたら意外な結果が…「安倍は人を殺すってことを分かってない」の声も

【この記事のキーワード】安倍晋三, 宮島みつや .

2015.07.21.


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syukanjitsuwa_150721.jpg「週刊実話」(日本ジャーナル出版)7月30日号
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 国民世論を無視した安保法案強行に、ここのところさまざまなメディアが法案についての特集を組んでいるが、そんななか、異彩を放ったのが「週刊実話」(日本ジャーナル出版)だ。7月30日号の巻頭特集に、こんなオドロキの記事を持ってきた。

《現役100人に聞きました 「安保法制」ヤクザが朝まで生激論!!》──。

「週刊実話」といえば、最近は上戸彩や長澤まさみの“爆乳ネタ”など、オッサン向けの下世話な実話誌の印象が強くなっているが、もともと暴力団情報にもっとも詳しい専門誌として知られていた存在。好奇心を煽られてさっそくページをめくってみた。


 まず、「実話」が実施したアンケート結果を見てみると、「賛成」が31%、「反対」が23%、そして「総論賛成・各論反対」が46%。暴力団は右翼団体を傘下にもっているところも多く、組員もほとんどは右というか、保守的な思想の持ち主。そのことを考えると、賛成が意外に少ないのだ。

 しかも、その意見を詳細に見てみると、「賛成」といっても「戦争になったらカタギはだらしないけぇ、ワシらがカチコミするしかないんじゃ!」という啖呵を切っているだけで、むしろ安保法制の内容や安倍政権のやり方については、強烈なダメだしをしていることがわかる。

 たとえば、ある関西系組織幹部(50代)はこんな言葉を寄せている。

「今の閣僚を集めて、ドツキ合いをさせたらええ。殴ったら痛いし、血が出る。引き際も考えなあかん。そういうのがまったくできひんくせに、いきなり『戦争』って、冗談も大概にしとけと思う。日本がなくなってしまうど」

 つまり、ヤクザから見ても、安保法制は“亡国の法案”なのだろう。このように、血で血を洗う組織間の抗争を知るヤクザ稼業ならではの“戦争観”が垣間見られる回答は多く、注目に値する。

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2015.07.21.


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「戦争とは、えげつないモンです。ヤクザの抗争や個人のケンカの比やない。核兵器も使えば、細菌兵器も使う。長引けば“手打ち”も簡単にはいかない。安倍のようなお坊ちゃんで、ケンカもしたことないようなヤツに戦争なんか任せられないし、付き合えない。もし戦争をやるなら、自分たちだけでやりますよ」(九州系組織幹部・50代)

「国会で議論している皆さんは、戦争や抗争で殺されたヤツの死体を見たことあるんかいの? 政治家も庶民も“人を殺す”ってことがどういうことなのか、分かってないヤツが多すぎる。殺す方だって、イヤなもんだから。殺し合うのに集団も個人もないし、戦争に卑怯もクソもない。親分や組織のためなら仕方ないが、安倍のために人殺しになるのはイヤだから、絶対反対」(中国地方系組織幹部・50代)

 つまり、もともと右翼思想と親和性の高い極道稼業ですら、安保法制は安倍晋三という政治家の個人的願望であり、そんな戦争に参加する義理はないというのである。

 しかも、ヤクザが言うのは感情論や道徳論だけではない。以下のように日米関係を見極めた現実的な意見も際立つ。

「今の安保同盟では、いざという時にアメリカは守ってくれない。賛成派はそこを分かっていない。今回の法案は、アメリカの戦争に日本が協力するだけだから。アメリカは戦争をして儲けている国だから、軍需産業系のカブを買っている人は頭がいいね。オレはパス」(関東系組織中堅・30代)

「戦後70年って騒いどるが、結局ずっと『アメリカ様』に従ってきたということ。アメリカが“ヤクザはいかん”言うから排除するんよ。(中略)暴排の次は戦争、という怖い話よ」(中国地方系組織幹部・50代)

「安保法制は、早い話がアメリカの機嫌をとるか、とらんかの話やわな。戦後からずっと、日本はアメリカにみかじめ料(=思いやり予算)を払って面倒を見てもろてる状況やろ。(中略)アメリカはみかじめ料を取ってもいいのに、ワシらはパクられる。国民がみかじめ料くれるんやったら戦うたるで」(関西系組織幹部・50代)

 思いやり予算を「アメリカへのみかじめ料」とするのは言い得て妙だが、近年、国際経済を股にかけるインテリヤクザの台頭が目立ってきており、「安保法案はコスパにあわない」「結局アメリカだけが利する」という冷徹な意見は意外と、的を射ているのかもしれない。

 このように、興味が尽きないヤクザの安保法制への批判。その全貌は発売中の同誌を確認してもらいたいが、それにしても、ヤクザ稼業の方々からも痛烈に批判される戦争法案って……。つまるところ“戦闘のプロ”である彼らからすると、安倍首相のアイデアは“アマチュア”もいいとこ、「ほんまもんの戦争を分かっとらんのに無茶苦茶なことすなや!」ということだろう。

 そう考えると、安倍晋三というのは極道を生きるヤクザ以下、言ってしまえば表社会でエラそうな顔をしてカタギに迷惑をかけまくっているチンピラのようなものなのかもしれない。

 しかし、だからこそ、われわれは諦めず廃案のために世論を盛り上げていくしかない。『仁義なき戦い』の菅原文太ばりに、こう言っておこう。

 安倍さん、タマはまだ残っとるがよう──。
(宮島みつや)

http://lite-ra.com/2015/07/post-1301.html

リテラ > 社会 > 政治 > 磯崎、百田が「デモはバイト」デマ拡散 .


デモをなめるな! 礒崎首相補佐官、百田尚樹らが「デモ参加者はアルバイト」とデマ攻撃

【この記事のキーワード】ネトウヨ, 水井多賀子, 百田尚樹 .

2015.07.18.


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demo_01_150718.jpg安保法案強行採決に多くの人たちが抗議の声をあげている(YouTube「FNNnwesCH」より)
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 安保法制の強行採決を受けて、国民による抗議運動がさらなる盛り上がりを見せている。15日に行われた国会前のデモに参加した人の数は、主催発表で10万人。翌16日が4万人、昨日17日は5万人にのぼったという。

 こうした国民の動きに敏感になっているのは、ほかでもない安倍首相を筆頭とする政治家たちだ。たとえば、国家安全保障担当の首相補佐官を務める礒崎陽輔氏は、昨日、こんなツイートを投稿している。

〈国会前に6万人、10万人、11万人の市民が押し寄せたという報道がありましたが、警察発表では5千人未満ということだそうです。道路にあふれない限り、そんなに多くの人がいる場はありません。〉

 礒崎首相補佐官は本サイトで既報の通り、先日も、集団的自衛権をめぐるツイートを10代の女子に論破され、ブロックするという醜態をさらしたが、このつぶやきに反応したのは、百田尚樹氏だ。

〈ひどい水増し!しかも五千人も大半がアルバイト(^_^;)〉

〈大半がアルバイト〉と事実であるかのように書いているが、では、百田氏にはその証拠をぜひ出してみて欲しい。百田氏だけでなく、こうしたデマをネトウヨたちがいま必死で拡散しているが、その根拠としているのは、元「新しい歴史教科書をつくる会」会長・藤岡信勝氏のFacebookだ。

 藤岡氏はFacebookで、あるTwitterからの文章を引用しており、その内容は〈(国会前で抗議運動を行う人は)すべて政党からの依頼で集まった人たち〉〈参加者の中には「政党とテレビ局と両方から謝礼金をもらった」と話す人がいました。合わせて2万円以上もらう人もいます。職業を訊くと、いわゆるニートで、生活保護受給者でした〉というもの。この出所も怪しい情報にのっかって、百田氏らは“デモ参加者はアルバイトが大半”と言っているのだろうが、仮に5000人に2万円の日当を払っていたら、1億円もの金額になる。一体、どの政党がそんな大金をばらまいているというのか。ほんとうなら腹を抱えて笑いたいところではあるが、百田氏や藤岡氏はこれを本気にし、実際、拡散の元凶となっているのだから無視

そして、礒崎首相補佐官の主張する〈5千人未満ということだそうです。道路にあふれない限り、そんなに多くの人がいる場はありません〉というのも大ウソだ。実際は道路に溢れるほどの人が国会周辺に詰めかけていたが、それを警察が必死で歩道に押し返し、「道路に溢れさせないように」していたのだ。それはもちろん、メディアが道路に溢れかえる絵を全国ニュースで流せば政権にとって大きな痛手となるため、警察を動員したのだ。

 現に、主催発表で10万人といわれた15日の夜はあまりに人が多すぎて一部道路まで人が溢れていたが、翌16、17日にはさらに警官の数が増え、周辺の横断歩道から国会前に人を通させないよう、バリアを張っていた。そして、国会正門前でタクシーを降りようとしても、警官が「ここでは降りられません」の一点張り。一方的な交通規制を敷いている。ちなみに、15日から17日までの3日間、国会前で抗議活動を行った大学生グループ・SEALDsは、人が溢れても混乱状態にならないよう、若い人たちが声を掛けあうなど、冷静に、気を配った運営を行っている。

 しかも、15日の夜は、国会正門前交差点から国会前交差点までの歩道はすし詰め状態で、国会議事堂前駅の周辺でも個々に抗議活動が行われていた。もし、国会正門前交差点から国会前交差点までの道路が解放されていたなら、そこを覆い尽くすほどの人数だったはずだ。ちなみに筆者は神宮球場の目の前に住んでいるのだが、15日夜の国会前はヤクルトvs.阪神戦などで満員になったときの観客数くらいはゆうにいるように感じた。神宮球場の収容人数は約3万5000人であるが、国会前では時間を経るごとにどんどん人が増えていったこと、朝から夜にかけて抗議に訪れた人たちの数を考えれば、10万人というのは大袈裟な数ではないと思う。

 こうした“民意の数”を、礒崎首相補佐官や、安倍政権の応援団員である百田氏はデマを流して矮小化させる。いや、このふたりだけではない。菅義偉官房長官は16日、定例会見で「国会周辺では若い人達が反対の声をあげているが」と記者に訊かれ、「私は全共闘世代だが当時はこんなもんじゃなかった」と発言。菅官房長官が全共闘運動にかかわったことがあるとは思えないが、この人はほんとうに現場に行ったことがあって、こんなことを言っているのだろうか。

 麻生太郎副総理も同様だ。派閥の会合で「ちょっと聞くけど、『とんでもねえじゃねえか』って言って事務所で抗議の電話をもらった人。どれくらい来た? そんなもんか、数十件ね。普通だいたいね、めちゃめちゃ来るはずなんだ、これ、新聞の言う通りだったら」と話し、抗議活動の実態がないかのように語ったが、それは彼のような政治家に抗議の電話をしたところで何の意味もないことを有権者が悟っているからにすぎない。政治家としての人望がないだけなのに、勝手に話をすり替えないでほしい。

 デモの参加人数を疑問視したり、雇われバイトだと疑う人は、一度、現場に来てみればいい。小さな子どもをおぶって「戦争反対!」と声をあげている若い母親、会社帰りと思しきスーツ姿の男性、涙を流しながらデモを見守る学生ふうの女の子、耳が不自由なのか、隣の知人に筆談でコールの内容を確認する女性……。筆者には、とても彼や彼女らが日当をもらって参加しているとは思えない。現場では知り合いとも遭遇したが、会社の有志で仕事帰りにやってきたと話していた。また、居ても立ってもいられず京都から新幹線に飛び乗ってきたという古い友人にも会った。彼らはみんな、ふだんは普通に会社勤めをする、政治運動とはまったく関係のない人たちばかりだ。

 右とか左といった思想の問題ではなく、生活者として安保法制に不安を覚え、安倍首相の独断的な政治に怒っている。その向けられた声を無きものにしようとしたり、抗議する人びとを何の根拠もなく“金目的だ”とデマを流して貶める。そのような者たちに民主主義を語る資格はない。

 自民党の議員は「国民は時間がたてば忘れるだろう」などと言っているらしいが、抗議運動の激化を恐れて3連休前に安保法制を可決させた安倍首相も同じように構えているのだろう。だが、国民は忘れない。きょうも、いまこの瞬間も、全国各地で抗議の声は高まっているのだから。
(水井多賀子)

http://lite-ra.com/2015/07/post-1307.html

リテラ > 社会 > 政治 > フジの安倍生出演がヒドすぎる! .


離れ、振り込め詐欺、生肉…安倍首相の安保法制説明がワケわからなさすぎで失笑! フジテレビへの生出演は逆効果

【この記事のキーワード】フジテレビ, 安倍晋三, 野尻民夫 .

2015.07.20.


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abe_01_150720.jpgフジテレビ『みんなのニュース』Facebookより
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 本日、安倍晋三首相が、フジテレビの夕方の報道番組『みんなのニュース』に生出演した。番組出演の意図は〈「国民の理解が進んでいない」と認める安全保障関連法案に関し、自ら国民への説明に乗り出す〉(産経ニュース)ということだったが、蓋を開けてみれば、集団的自衛権を“強盗に入られたスガくん、ケンカに強いアソウくん”というニコニコ生放送でのたとえ話につづき、安倍首相はまたしても“ご近所さんの火事”という設定に置き換えて展開した。

 しかし、司会の伊藤利尋アナウンサーいわく「総理肝いりの」模型まで使って安倍首相は火事の説明をはじめたのが、その説明がわけがわからない。

「アメリカの家が燃えて、横にある離れにも火が燃え移っても、日本は何もしない。でも、離れの火がぎゅーときて、日本の家が燃えたら日本の消防士がはじめて出てくるけど、これからは風向きでアメリカの離れの火が日本の家まで来そうなら、日本の消防士は道の上から離れの消火活動ができる。でも、アメリカの家までは行かない」

 アメリカの家の離れ? 家までは行かず道の上? 生肉にしか見えない炎の模型もさることながら、たとえ話なのにもはや何を何にたとえているかさえわからない状態。これにはコメンテーターの津田大介も「消防士が出なくても、隣人の誘導とか子どもの安全を確保するとか、後ろからできることもあるのでは?」と疑問を投げかけたが、安倍首相はいつもの「日米同盟の絆」をもちだして正当化するだけだった。

 また、「どうしてこんなに焦っているのか?」という疑問には、戸締まり論をもちだし、「かつては雨戸だけを閉めておけば泥棒を防いで、家の財産は守れた。でも、いまはどうでしょう。たとえば振り込み詐欺なんて、電話がかかってきますね。それへの対応もありますし」と回答。それもう、戸締まりの話ですらないんですけど……とつっこまずにはいられなかった。



 同じくコメンテーターの犬山紙子が「日本でテロが起きる可能性もあるのでは?」と尋ねたときも同様だった。安倍首相は「まったくないですね」と言い、犬山は日本でテロが起きる可能性を指摘しているのに、「海外で日本人がテロに巻きこまれたら」と、なぜか海外の話にすり替えて説明しはじめたのだ。

 ……とまあ、一事が万事この調子で、対話による回答にはまったくなっていなかった。

 だが、そうした一般視聴者の感想とは別に、この放送に怒りをたぎらせているのは、安倍首相を神と崇めるネトウヨたちだ。彼らは一様に「伊藤アナは安倍さんに失礼すぎ」「犬山紙子?なんだこいつ。バカ国民の代表みたいな質問するな」「あー。クソみたいな番組作りに、くそコメンテーターで、安倍さん可哀想」「フジじゃなく日テレに出れば良かったのに」などと立腹。フジテレビや伊藤アナ、犬山、同じくコメンテーターとして出演していたやくみつるらが炎上状態に陥っている。

 しかし、このネトウヨの怒りはお門違いというものだ。そもそも、今回、安倍首相は「自分の言い分をそのまま垂れ流してくれるだろう」という目論見で、わざわざフジテレビを選んだのである。

 実際、フジはこれまで、一貫して安保法制について擁護的な態度を取り続けてきた。15日の衆院特別委員会での強行採決時も、フジは「ホウドウキョク24」が生配信を行っていたが、そのときも辻元清美議員が「やめて!」と懇願する様子をフジの西山喜久恵アナウンサーは「(強引に採決されちゃったと)印象付ける方法ですかね」などと実況。事実、強引に採決されようとしていたのだから、この実況こそが“強行採決ではないと印象付ける”ものだった。

 さらに、今回、安倍首相が生出演した『みんなのニュース』は、4月の放送でも、米議員のマイク・ホンダ議員を「日系なのに反日」だと報じている。「反日」などというヘイト用語を平気で使う時点で報道番組としてのあり方を疑問視せざるを得ないが、とにかくフジは安倍首相のお仲間スタンスが露骨なメディアだった。
 
 しかも、今回のフジテレビ出演は、安倍─日枝久・フジテレビ会長のトップ同士の談合で決まったものらしい。



 安倍首相は今月6日に「本当はテレビ番組に出たいのだが、どこも呼んでくれない」などとぼやいていたが、これは真っ赤な嘘。少なくとも、テレビ朝日やTBSは、安倍首相が番組に出演したいと言えば、応じるつもりがあったという。

 ところが、安倍首相はTBSやテレ朝では批判にさらされると怖じ気づき、盟友の日枝に泣きついて「PRの場を」と要請したらしいのだ。

 たしかに番組を観ても、犬山、やく、津田らは決して安倍首相に厳しかったわけではかった。一応、ツッコむポーズはとるものの、安倍がトンデモ回答してもさらに追及するわけでもなく、そのまま言わせっぱなし。

 さらに、伊藤アナにいたっては、新国立競技場の問題にも「民主党政権時代に決まったなどいろんな背景があるようですが」などと虚偽(決まったのは自民党政権下のこと)のフォローを入れていたし、安保法制についても、安倍首相が火事のたとえ話を行う前から伊藤アナは何度も“疑問を出すのは首相が説明してからで”と念を押していた。

 また、ネットでは伊藤アナが安倍首相に安保法制が「中国を想定している」ことを言わせようとしたと批判されているが、むしろ、これは表立っては口にできない安倍首相をアシストしようとしたと考えるべきだろう。

 いずれにしても、この日の『みんなのニュース』の進行は明らかに安倍の言い分を語らせてあげようという配慮の行き届いたものだった。それでもこんなことになってしまうくらい、安倍首相の説明がひどかったということである。

しかし考えてみれば、それも当然だろう。犬山も指摘していたが、集団的自衛権は隣人の火事などではなく、人と人が武器を持って衝突するという話。このリアリティをごまかそうとするから、どんな説明を行っても説得力がないのだ。

 しかも、国民は安倍首相の本音に少しずつ気がついてきている。本サイトでも何度も指摘してきたように、安倍首相はかつて「日本人も血を流す」「日本人も命をかける」などと、日米同盟をつくると宣言してきた。そして、いまも内輪の講演や懇談でははっきりと「中国との戦争」を意識した発言をしている。

 安倍首相の主張は、応援団のメディアすら正当化しようがないくらい、破綻しているのだ。これで、まだ安保法制を強行しようというなら、それはもう「狂気」と呼ぶしかない。
(野尻民夫)

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独裁者  監督 チャールズ・チャップリン 脚本 チャールズ・チャップリン 製作 チャールズ・チャップリン 出演者 チャールズ・チャップリン









https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E8%A3%81%E8%80%85_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

独裁者 (映画)





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独裁者

The Great Dictator


監督
チャールズ・チャップリン

脚本
チャールズ・チャップリン

製作
チャールズ・チャップリン

出演者
チャールズ・チャップリン
ポーレット・ゴダード
ジャック・オーキー

音楽
メレディス・ウィルソン

撮影
カール・ストラス

編集
ウィラード・ニコ

配給
ユナイテッド・アーティスツ

公開
アメリカ合衆国の旗 1940年10月15日
日本の旗 1960年10月22日
日本の旗 1973年10月(リバイバル上映)

上映時間
124分

製作国
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

言語
英語

製作費
$2,000,000
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映像外部リンク

全編を鑑賞する。
独裁者 - Tutomuete Producciones, YouTube.

『独裁者』(どくさいしゃ)または『チャップリンの独裁者』(原題:The Great Dictator)は、1940年に公開したアメリカ映画で、チャールズ・チャップリンが監督・製作・脚本・主演を務めた。



目次 [非表示]
1 概要
2 あらすじ
3 キャスト
4 受賞歴 4.1 アカデミー賞
4.2 ニューヨーク映画批評家協会賞

5 設定
6 製作
7 公開
8 チャップリンとヒトラー 8.1 フリーメイソンリー

9 脚注
10 発展資料
11 関連項目
12 外部リンク


概要[編集]

チャップリンがアドルフ・ヒトラーの独裁政治を批判した作品で、ヒトラーとナチズムに対して非常に大胆に非難と風刺をしつつ、ヨーロッパにおけるユダヤ人の苦況をコミカルながらも生々しく描いている。1940年10月15日にアメリカ合衆国で初公開されたが、当時のアメリカはナチの戦争とはいまだ無縁であり平和を享受していたが、この映画はそんなアメリカの世相からかけ離れた内容だった。

またこの作品は、チャップリン映画初の完全トーキー作品[1]として有名であり、さらにチャップリンの作品の中で最も商業的に成功した作品として映画史に記録されている。

アカデミー賞では作品賞、主演男優賞、助演男優賞(ジャック・オーキー)脚本賞、作曲賞(メレディス・ウィルソン)にノミネートされ、ニューヨーク映画批評家協会賞では主演男優賞を受賞した。また、1997年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。

初公開当時ナチス・ドイツと友好関係にあった日本では公開されず、日本初公開はサンフランシスコ講和条約締結から8年後の1960年であった。しかし、日本でもヒットし興業収入は1億6800万円を記録、この年の興業収入第4位となった。

ランキング
2000年:「コメディ映画ベスト100」(AFI発表)第37位
2008年:「史上最高の映画100本」(仏『カイエ・デュ・シネマ』誌発表)第24位

以下は日本でのランキング
1988年:「大アンケートによる洋画ベスト150」(文藝春秋発表)第24位
1995年:「オールタイムベストテン・世界映画編」(キネマ旬報発表)第18位
1999年:「映画人が選ぶオールタイムベスト・外国映画編(キネ旬創刊80周年記念)」(キネ旬発表)第28位

あらすじ[編集]





敵陣への突撃を前に、手榴弾を渡されるチャーリー二等兵。
映画は第一次世界大戦における戦場の場面から始まる。チャップリンは、架空の国トメニアの陸軍重砲部隊に所属する無名の二等兵(以下、役名を「床屋のチャーリー」とする)として登場する。前線で味方とはぐれた床屋のチャーリーは負傷した士官のシュルツを救出するとともに、シュルツが所持している重要書類を本国に届けるべく飛行機で飛び立つが、二人の乗った飛行機は燃料切れにより墜落してしまう。墜落を生き延びた二人は友軍に重要書類を届けようとするも、トメニアがすでに降伏していたことを知り大いに悲しむ。





抱腹絶倒の飛行機の場面。逆さづりの状態で撮影された。
一方、床屋のチャーリーは墜落のショックで記憶を失い、以後の20年を病院で過ごすことになる。この20年の間にトメニアは政変が起こり、アデノイド・ヒンケル(チャップリン:一人二役。なお、床屋のチャーリーと顔が似ているのは「偶然」である)が独裁者として君臨し、内務大臣兼宣伝大臣ガービッチ(ヘンリー・ダニエル)と戦争大臣ヘリング元帥(ビリー・ギルバート)の補佐を受けつつ、自由と民主主義を否定し、国中のユダヤ人を迫害した[2]。

床屋のチャーリーは病院を抜け出し、ゲットーにある自宅に戻ってくる。しかし、本人は20年の時間の経過を理解しておらず、ほこりが積もった理髪店のありさまに呆然とする。彼はヒンケルの手先である突撃隊が自分の店の窓にペンキで塗った「ユダヤ人のレッテル」を消そうとして、突撃隊に暴力を振るわれる。現在の政治状況について何も知らない床屋のチャーリーは突撃隊に反抗したところ、大勢の突撃隊に私刑を受け、吊るし首にされようとしたが、かつて命を助けたシュルツが偶然に通りかかる。





独裁者ヒンケルが地球儀のバルーンをもてあそぶ、有名な場面。
シュルツはヒンケルの信頼も厚く、今では突撃隊長となっていた。床屋のチャーリーがユダヤ人と知って驚いたシュルツであったが、以前助けられた恩から、突撃隊に床屋のチャーリーと彼の恋人であるハンナに手を出さないよう部下に命じた。

ヒンケルはオーストリッチ[3]侵略を企て、ユダヤ系の金融資本から金を引き出すため、ユダヤ人への抑圧政策を緩和した。急に「人間らしく」なった突撃隊員たちを目の当たりにして、ゲットーの住人はヒンケルが自分たちに市民権を返してくれるのではないかという淡い期待を持った。しかし、資金援助を断られたヒンケルはユダヤ人に対して怒りを露わにし、シュルツにゲットーを襲うように命令する。これに対し、シュルツはユダヤ人迫害は党の利益にならないと反対したため、ヒンケルは落胆しつつも彼をすべての役職から解き、強制収容所にぶち込んでしまう。そして、ラジオ放送においてユダヤ人への怒りを露わにした演説(?)を行い、ユダヤ人迫害を再び強化する。

シュルツが失脚したことを知った突撃隊は、床屋のチャーリーのせいだと思い込んでゲットーへの襲撃を行い、床屋のチャーリーの店は破壊されてしまう。これらを受け、ハンナは隣国オストリッチへの亡命を思い立つ。強制収容所から脱出したシュルツはゲットーに逃げ込み、ヒンケル体制の転覆を計画したが、事前に発覚して床屋のチャーリーとともに捕まり、また強制収容所に送り込まれてしまう。また、ハンナと彼女の両親ら床屋のチャーリーの近所の人たちはオストリッチへ亡命同然に避難をし、オストリッチでヒンケルに迫害されない新たな生活を迎えようとしていた。





ヒンケルとナパロニは、オーストリッチ侵攻で争い、激しい交渉をする。
しかし、世界の皇帝として君臨する野望を抱くヒンケルはオストリッチへの侵略を諦めていなかった。ヒンケルのオストリッチ侵略計画は、近隣国バクテリアの独裁者であるベンジノ・ナポロニ[4]によって反対され、2人の独裁者の間で激しい交渉(および食べ物を使った喧嘩)があり、両者はいったん妥協するが、ヒンケルは妥協を反故にして遂にオストリッチ侵攻を決行した。オストリッチに脱出していたハンナたちは再びヒンケルの支配下に置かれ、深い悲しみと絶望の淵に追い込まれることになった。





チャーリーとヒンケルは入れ替わってしまう。
シュルツと床屋のチャーリーはトメニアの軍服(ナチスの鉤十字に似せた双十字が特徴。英語の"double cross"には「裏切り」の意味がある)を着て、強制収容所から逃げ出した。このとき、床屋のチャーリーの外見がヒンケルにそっくりだったこと、かつてヒンケルに重用されていたシュルツを従えていたことから、将兵たちは床屋のチャーリーを本物のヒンケルと間違えてしまった。


映像外部リンク

チャーリーの演説 - Association Chaplin, YouTube.

Chaplin Great Dictator final.png
ヒンケルに代わって、チャーリーはラジオで一世一代の演説を打つ(The Barber's speech)。

逆にヒンケルは侵攻に備えて、狩猟旅行を装ってオストリッチ国境付近で単身待機していたところを、脱走した床屋のチャーリーと間違えられて配下の兵士に逮捕されてしまう。

床屋のチャーリーはヒンケルと間違えられたまま、トメニア軍に占領されたオストリッチの首都へ連れていかれる。ガービッチが演説を行い、言論の自由や民主主義を否定し、ユダヤ人や黒人は劣った民族であるとして「ヒンケル」にただ服従せよと迫る。それに続いて演台に立った床屋のチャーリーは、人種の壁を越えた融和を訴え、ガービッチとは全く逆のヒューマニズムに基づく演説を行う。兵士たちの拍手喝采の中、チャーリーは絶望に泣き崩れるハンナへラジオを通じて語りかける。希望を感じさせながら物語は幕を閉じる。

キャスト[編集]





チャップリンとポーレット・ゴダートの二人は前作『モダン・タイムス』でも共演し、公私にわたるパートナーであった。




独裁者は何から何まで自分で決めなきゃならないので、とても忙しい。そんな時間の空いたときにヒンケルは自分の彫刻と絵を作らせる。




チャップリンがブラームスのハンガリー舞曲の音楽に合わせて客(チェスター・コンクリン)の髭をそるシーン。トメニア国の独裁者アデノイド・ヒンケル・ユダヤ人の床屋:チャールズ・チャップリン
ハンナ:ポーレット・ゴダード
バクテリア国の独裁者ベンツィーニ・ナパロニ:ジャック・オーキー
シュルツ中佐:レジナルド・ガーディナー
内相兼宣伝相ガービッチ:ヘンリー・ダニエル
戦争相ヘリング元帥:ビリー・ギルバート
ナパロニ夫人:グレイス・ヘイル
ジェケル:モーリス・モスコヴィッチ
ジェケル夫人:エマ・ダン
バクテリア国大使:カーター・デ・ヘイヴン
ユダヤ人の床屋の客:チェスター・コンクリン
総統付床屋:レオ・ホワイト
突撃隊員:ハンク・マン、パット・フラハティ
ヒンケルの秘書:フローレンス・ライト
コンパクトパラシュートの開発者:シグ・アルノ
ユダヤ人の果物屋:ハリー・シーメルス
彫刻家:ジーノ・コラード
床屋の客:トーベン・マイヤー
刑務所の衛兵:リチャード・アレクサンダー

受賞歴[編集]

アカデミー賞[編集]

ノミネート
作品賞
主演男優賞(チャールズ・チャップリン)
助演男優賞(ジャック・オーキー)
脚本賞(チャールズ・チャップリン)
作曲賞(メレディス・ウィルソン)

ニューヨーク映画批評家協会賞[編集]

受賞
主演男優賞(チャールズ・チャップリン)

設定[編集]





劇中で使われたトメニアのダブルクロス。
映画に登場するゲットーの街の看板などは基本的にエスペラントで書かれ、さらに本来のエスペラント表記にはない符号が文字の上にところどころ付けられて、それがドイツ語風あるいはポーランド語風に見えるようにアレンジされている。これは、エスペラントの考案者ザメンホフがユダヤ人であることや、当時ヒトラー政権下のドイツにおいてエスペラントが弾圧されていたことと関連がある。





ナポロニとヒンケル、ファシストの先輩であるムッソリーニと後発のヒトラーがモデル。
それぞれ演じられているトメニアの独裁者とその側近などはナチス・ドイツの幹部の名前をイメージさせるものにしてあり、アデノイド・ヒンケル(Adenoid Hynkel)はアドルフ・ヒトラー(Adolf Hitler)、内相兼宣伝相ガービッチ(Garbitsch)[5]は宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス(Joseph Goebbels)、戦争相ヘリング元帥(Herring)[6]は空軍総司令官兼航空相ヘルマン・ゲーリング国家元帥(Hermann Göring)のもじりである。また、ベンツィーニ・ナポロニはイタリア首相ベニート・ムッソリーニのもじりである[7]。

製作[編集]

もともとチャップリンは、『モダン・タイムス』の次回作として女密航者を主人公にした映画(ポーレット・ゴダード主演。1967年制作の「伯爵夫人」の原案となる)、ついでナポレオン・ボナパルトを主人公にした映画を構想していた。後者においては、ナポレオンが影武者と入れ替わってセントヘレナ島を抜け出し、市井の教師ナポレオンとなって革命に参加するも、島に残した替え玉が死んで、最後は悲劇的な結末を迎えるというものであった。どちらも、時勢に鑑みるとあまり適当でない作品と考えられた。そこで現代に即し、ナポレオンをヒトラーに代えて映画を作ることとなった。チャップリンは例によってこの映画の脚本・監督をつとめ、チャップリン・スタジオに加えて、ローレル・キャニオンなどロサンゼルス近郊の各所で撮影された。もちろん、この映画のアイデアは『チャップリンの放浪者』とヒトラーとのキャラクター上の類似から発展したものである。ユダヤ人の友人や同僚から聞き及んだ、1930年代を通じてエスカレートするナチスのユダヤ人迫害もモチベーションとなった。最終的に制作を決断したのは、アレクサンダー・コルダのプランを受け入れてからであった。

チャップリンは1938年から1939年にかけてストーリーを制作し、1939年9月、第二次世界大戦勃発後2週間後から撮影を開始した。撮影を終了した六ヶ月後にはフランス第三共和政がナチスによって陥落している。制作中に起こったヨーロッパでの惨事が、賛否両論を生んだ終盤のスピーチを挿入する動機となった。なお、チャップリンは「街の灯」以降自分で音楽も作曲していたが、今回に限っては気に入らないところの撮り直しもあって時間的に作曲の時間が立てられず(クランクアップ後、たっぷり時間をかけて作曲と編集に集中するのがチャップリンのパターンであった)、作曲のほとんどはメレディス・ウィルソンに委ねられた。

チャップリンは後世、自伝においてホロコーストの存在は当時は知っておらず、もしホロコーストの存在などのナチズムの本質的な恐怖を知っていたら、独裁者の映画は作成できなかったかもしれないと述べている。確かに、ホロコーストという状況の中でユーモアを導入する試みは、ロベルト・ベニーニの『ライフ・イズ・ビューティフル』までの半世紀の間は見られない。この映画が、実際の死の収容所が建設される約一年前に製作されたことは記録に値する。

当初、独裁者の最後は戦争が終わり、ユダヤ人と兵士が手に手を取って踊りを踊り、また中国と戦争をしていた日本も爆弾の代わりにおもちゃを落とし、中国との戦争を終えるという設定をしていた。しかし、チャップリンはこれでは独裁者に対する怒りを表現できないとして台本を変え、最後の6分間の演説シーンとなった。この6分間の演説について右翼勢力は共産主義者の陰謀であるとして強く反発した。また、1929年の大恐慌によって黒人、ユダヤ人を迫害するKKKを中心とした右翼が台頭したため、そのことも「独裁者」に対する反発を促進させることとなった。

一部のチャップリンの評論では『殺人狂時代』がアメリカ追放の原因であると論評しているものがあるが、チャップリンに対する政治上の反発は『モダン・タイムス』の頃、もっと遡れば第一次世界大戦の頃から上がっており、また以上にあるように最大の収益を上げた『独裁者』に対しても政治的圧力や反発があった。

公開[編集]





日本公開版でのチャーリーの演説シーン。
この映画の製作は、世界状況の緊張と軌を一にしている。『独裁者』だけでなく、『en:The Mortal Storm』や『en:Four Sons』(どちらも日本未公開)のような他の反ファシズム映画は、アメリカとドイツの中立状況の中ではリリースできないだろうと予測されていた。そんな中、チャップリンは財政的にも技術的にも他のスタジオから独立していたため、大々的に作品の製作を行うことができた。だが一方では、『独裁者』がリリース不可能になれば、150万ドルを個人資産から投資していたチャップリンは破産する、という状況でもあった。結局、『独裁者』は1940年の9月にニューヨークで封切られ、10月には拡大公開され、11月にはイギリスで公開された。パリの解放後間もない1945年4月にはフランスでも公開された。映画の内容から、当事国であるナチス・ドイツはもちろんナチス・ドイツの占領下にある地域、ナチス・ドイツと同盟関係にあったイタリアや日本、また親独政権が多かった南米や、中立政策を採っていたアイルランドでは上映禁止となった。これらの地域での封切り年は次のとおりである。ドイツ:1958年、日本:1960年(イタリアは不詳)。高見順は1941年にジャワ島で、小林桂樹は陸軍兵士としてシンガポールに駐屯した際、イギリス軍からの押収品の中に『独裁者』のフィルムがあり、それを見たという。

『独裁者』は、発表と同時にアメリカで大人気となった。批評家の反応は様々で、特に終盤のチャップリンのスピーチを批判する者も多かった。喜劇化された突撃隊を、ナチスの恐怖を大っぴらに誇張していて不謹慎だとする意見もあった。だが、ユダヤ系の観客はユダヤ人のキャラクターとその絶望に深く感動した。当時のハリウッドでは、ユダヤ人に関することはタブーであったのだ。

チャップリンとヒトラー[編集]





ナチ独の痛烈なパロディー描写。
「アドルフ・ヒトラーの死」も参照

チャップリンとヒトラーとの間にはいくつかの共通点があり、チャップリンは1889年4月16日生まれなのに対し、ヒトラーは1889年4月20日とわずかに4日違いである。またトレードマークが口ひげであり、チャップリン自身ヒトラーの口ひげは自分のオリジナルキャラのチャーリーを下品にしたようだというイメージを持っていた。また、チャップリンはロンドンの貧しい家に生まれ、生活に苦労し、ヒトラーは生まれた家は中産階級で豊かだったものの青年期において浮浪者収容所で生活しているということ(これについては近年『我が闘争』でヒトラーが誇張したものであって、実際の施設である公共独身者合宿所は必要最低限の生活ができる施設であったという説が有力である)、また両人に一時ユダヤ人説が流れていたことで共通項が多いと見る向きもある。なお、ヒトラーが本作を見たかどうかについて、チャップリン研究者の大野裕之は2015年の著書で、ドイツ政府が収集した映画作品のリストに含まれているが、ヒトラーの鑑賞については不確かな証言が複数あるものの明確に裏付けられる資料はないとしている[8]。2001年に製作されたドキュメンタリー作品『放浪者と独裁者』"The Tramp and the Dictator"では、「ヒトラーは実際にこの映画を観た」というヒトラーの元秘書による証言が残っている。Internet Movie Databaseによれば、チャップリンはこの証言を聞いて、「なんとしても感想を聞きたいね」と答えたという。

また、ヒトラーは政治キャリアの初期においてすでに、映画界におけるチャップリンの人気に目をつけていたとする意見もある。“チャーリー”のキャラクターとヒトラーの類似はたびたび語られるところである。つまり、自らの知名度を上げるために、チャップリンと同じ四角い口ひげを生やしていた、というのである。

実際のヒトラーの最期は映画『独裁者』の終わり方のような希望であるよりむしろ絶望であり、長年のパートナーエヴァ・ブラウンと正式に結婚して数十時間後、総統地下壕の一室でエヴァとともに非業の死を遂げた。

フリーメイソンリー[編集]













左からチャップリン、ヒトラー、クーデンホーフ=カレルギー。1920年代の3人。

「チャールズ・チャップリン#フリーメイソンリー」も参照

ヒトラーは反ユダヤ、反フリーメイソンであった。フリーメイソンはナチス・ドイツによる弾圧の対象であり、ナチスに収監され獄死したフリーメイソンたちがいる[9]。

映画『独裁者』の中盤、地球儀が大きな音を立てて破裂し、場面が理髪店に移りラジオから流れる音楽は、フリーメイソンの音楽家ヨハネス・ブラームス[10]の『ハンガリー舞曲 第5番』(管弦楽版)である。

チャップリン映画の常連でフリーメイソン[11][12]のチェスター・コンクリンが前作『モダン・タイムス』に続いて本作『独裁者』に出演した。





ポーレット・ゴダード。1940年代パラマウントの頃。
「欧州統合の父」でパン・ヨーロッパ連合主宰者リヒャルト・クーデンホーフ=カレルギー伯爵は、ヒトラーの政治上の敵であり、チャップリンと共同で『独裁者』の配給元ユナイテッド・アーティスツを設立したダグラス・フェアバンクス(1925年にフリーメイソンリーに入会)や[13]、出演者のチェスター・コンクリンらと同様、クーデンホーフ=カレルギー伯爵もまたフリーメイソンである(1922年に入会)[14][15]。クーデンホーフ=カレルギーの米国亡命劇が比喩的に描かれているといわれているワーナー映画『カサブランカ』(1942年)もまた反ナチス映画であり、ワーナー四兄弟の中にフリーメイソンのメンバーがいる(少なくともハリー、サム、ジャックの3人はフリーメイソンである[16])。

チャップリンと女優ポーレット・ゴダード(ハンナ役)は公私にわたるパートナーであった。クーデンホーフ=カレルギーのパートナーもまた女優であり、ヨーロッパの三大女優(四大女優)イダ・ローラン(en:Ida Roland)である。ポーレット・ゴダードとイダ・ローランはユダヤ系である。ポーレット・ゴダードはまたパラマウント社の女優であり、パラマウントの前身「フェイマス・プレイヤーズ・フィルム・カンパニー」を設立したアドルフ・ズッカー(en:Adolph Zukor)は、フリーメイソンである[17]。


脚注[編集]

[ヘルプ]
1.^ 全編に渡って肉声のセリフがある作品。いわゆるトーキー作品としては、最初の音楽録音付きの作品は『街の灯』(1931年)、最初のチャップリン肉声付き(但し即興歌のみ)の作品は『モダン・タイムス』(1936年)。
2.^ 劇中での呼称は"Phooey"、軽蔑的ニュアンスを持つ擬音語であり、意味は「ナンセンス」。
3.^ Osterlich。英語でダチョウを意味するOsterichとは一字違い。ドイツにおけるオーストリアの呼び名がde:Österreichである。
4.^ Benzino Napaloniであるが、ナパロニ、ナパローニ、ナポローニといった表記も見られる。なお、名前にはナポレオン・ボナパルト(Napoléon Bonaparte)の隠喩も含まれている。
5.^ 「ごみ」を意味する garbage(ガービッジ)のもじり。
6.^ 「ヘリング」は英語でにしんを意味する。
7.^ 「ナパロニ」は「ナポリ」と「マカロニ」を合わせたもの。
8.^ 大野裕之『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』岩波書店、2015年、pp.225 - 230
9.^ “どんな弾圧を受けたのですか?”. 日本グランド・ロッジ. 2010年5月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年10月9日閲覧。
10.^ The Cambridge Biographical Encyclopedia. Cambridge University Press. (2000). ISBN 0-521-63099-1.
11.^ “CDATA”. Torrance University Lodge #394. 2013年10月21日閲覧。
12.^ “A few famous freemasons”. Grand Lodge of British Columbia and Yukon A.F. & A.M. 2013年10月21日閲覧。
13.^ “The History of our Worshipful Lodge”. Beverly Hills Masonic Center Lodge No. 528. 2013年10月30日閲覧。
14.^ Jonathan Levy (2007-06-30). The Intermarium: Wilson, Madison, and East Central European Federalism. Universal-Publishers. p. 394. ISBN 9781581123692.
15.^ Richard N. Coudenhove-Kalergi (2011年9月1日). Pan-Europa. Félix de la Fuente (traducción), Otto de Habsburgo (prólogo). Paneuropa Verlag GmbH, Augsburg y Ediciones Encuentro, S. A., Madrid. pp. 190-191. ISBN 9788499205540.
16.^ Royal Arch Mason Magazine. (Spring, 1981). p. 271.
17.^ ウィリアム・R・デンスロウ & ハリー・S・トルーマン (1957). 10,000 Famous Freemasons: Volume IV Q to Z. Macoy Publishing & Masonic Supply Co., Inc. (optically scanned by Phoenixmasonry).

発展資料[編集]

「独裁者 (映画)」をさらに詳しく知るための発展資料
Who is that man that looks like Charlie Chaplin?
Chaplin and American Culture: The Evolution of a Star Image. Charles J. Maland. Princeton, 1989年.
National Film Theatre/British Film Institute Notes on The Great Dictator.
The Tramp and the Dictator, directed by Kevin Brownlow 2001年.
MoreThings "Charlie Chaplin's Heroic Failure"

関連項目[編集]

ウィキメディア・コモンズには、独裁者 (映画)に関連するカテゴリがあります。
大野裕之

外部リンク[編集]
独裁者 - allcinema
独裁者 - KINENOTE
The Great Dictator - AllMovie(英語)
The Great Dictator - インターネット・ムービー・データベース(英語)

http://matome.naver.jp/odai/2134432853759771901


「絶望してはいけない」チャップリンの史上最高のスピーチ【独裁者】
喜劇王チャーリー・チャップリンの70年以上前のスピーチが、現在の世界の状況に有効なことにびっくりします。チャップリンの世紀の大演説動画をぜひ観てください。最近綾野剛のCMでも使用されて話題です。

更新日: 2014年07月31日


hatch2010さん









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喜劇王チャーリー・チャップリン






チャーリー・チャップリン


出典
blogs.yahoo.co.jp




チャーリー・チャップリン


1889年4月16日 - 1977年12月25日
イギリスの映画俳優、映画監督、コメディアン、脚本家、映画プロデューサー、作曲家







映画の黎明期に数々の作品を作り上げ、「喜劇王」の異名をもつ



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チャールズ・チャップリン - Wikipedia



















そんな彼が、自身初のトーキー映画「独裁者」でラストシーンに披露したスピーチが凄い!






「独裁者」 (1940)


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upload.wikimedia.org




「独裁者」 (1940)


チャップリンが監督・製作・脚本・主演を務め、アドルフ・ヒトラーとナチズムの風刺が主なテーマ。
ヨーロッパの大国トメニアの独裁者ヒンケル(チャールズ・チャップリン)は、世界征服とユダヤ人排斥を旗印に、世界に君臨しようとしていた。一方、ユダヤ人のゲットーの床屋であるチャーリー(チャールズ・チャップリン)は、ヒンケルと容貌が似ていた。そして、ふとしたことからチャーリーがヒンケルに間違われてしまうのである。







当初は、独裁者の最後は戦争が終わり、ユダヤ人と兵士が手に手を取って踊りを踊り、また中国と戦争をしていた日本も爆弾の代わりにおもちゃを落とし、中国との戦争を終えるという設定だった



出典
独裁者 (映画) - Wikipedia























出典
upload.wikimedia.org















しかし、チャップリンはこれでは独裁者に対する怒りを表現できないとして台本を変え、最後の6分間の演説となった。



出典
独裁者 (映画) - Wikipedia



















映画の中で行われた演説はすべてチャップリン自身によって書かれ、歴史上もっとも感動的なスピーチとさえ言われている



出典
NEWSポストセブン|こんな時代だからこそ胸に沁みる…チャップリンの感動的すぎるスピーチを聞け!



















「独裁者」の感動的なスピーチがこちら。








3:34




YouTube


Chaplin's Speech with Japanese Subtitles










チャップリン自らが書いたスピーチ全文です。





申し訳ないが、私は皇帝などなりたくない。それは私には関わりのないことだ。誰も支配も征服もしたくない。できれることなら皆を助けたい、ユダヤ人も、ユダヤ人以外も、黒人も、白人も。
私たちは皆、助け合いたいのだ。人間とはそういうものなんだ。私たちは皆、他人の不幸ではなく、お互いの幸福と寄り添って生きたいのだ。私たちは憎み合ったり、見下し合ったりなどしたくないのだ。
この世界には、全人類が暮らせるだけの場所があり、大地は豊かで、皆に恵みを与えてくれる。 人生の生き方は自由で美しい。しかし、私たちは生き方を見失ってしまったのだ。欲が人の魂を毒し、憎しみと共に世界を閉鎖し、不幸、惨劇へと私たちを行進させた。
私たちはスピードを開発したが、それによって自分自身を孤立させた。ゆとりを与えてくれる機械により、貧困を作り上げた。
知識は私たちを皮肉にし、知恵は私たちを冷たく、薄情にした。私たちは考え過ぎで、感じなく過ぎる。機械よりも、私たちには人類愛が必要なのだ。賢さよりも、優しさや思いやりが必要なのだ。そういう感情なしには、世の中は暴力で満ち、全てが失われてしまう。
飛行機やラジオが私たちの距離を縮めてくれた。そんな発明の本質は人間の良心に呼びかけ、世界がひとつになることを呼びかける。
今も、私の声は世界中の何百万人もの人々のもとに、絶望した男性達、女性達、子供達、罪のない人達を拷問し、投獄する組織の犠牲者のもとに届いている。

私の声が聞こえる人達に言う、「絶望してはいけない」。

私たちに覆いかぶさっている不幸は、単に過ぎ去る欲であり、人間の進歩を恐れる者の嫌悪なのだ。憎しみは消え去り、独裁者たちは死に絶え、人々から奪いとられた権力は、人々のもとに返されるだろう。決して人間が永遠には生きることがないように、自由も滅びることもない。
兵士たちよ。獣たちに身を託してはいけない。君たちを見下し、奴隷にし、人生を操る者たちは、君たちが何をし、何を考え、何を感じるかを指図し、そして、君たちを仕込み、食べ物を制限する者たちは、君たちを家畜として、単なるコマとして扱うのだ。
そんな自然に反する者たち、機械のマインド、機械の心を持った機械人間たちに、身を託してはいけない。君たちは機械じゃない。君たちは家畜じゃない。君たちは人間だ。君たちは心に人類愛を持った人間だ。憎んではいけない。愛されない者だけが憎むのだ。愛されず、自然に反する者だけだ。
兵士よ。奴隷を作るために闘うな。自由のために闘え。『ルカによる福音書』の17章に、「神の国は人間の中にある」と書かれている。一人の人間ではなく、一部の人間でもなく、全ての人間の中なのだ。君たちの中になんだ。君たち、人々は、機械を作り上げる力、幸福を作り上げる力があるんだ。君たち、人々は人生を自由に、美しいものに、この人生を素晴らしい冒険にする力を持っているんだ。
だから、民主国家の名のもとに、その力を使おうではないか。 皆でひとつになろう。 新しい世界のために、皆が雇用の機会を与えられる、君たちが未来を与えられる、老後に安定を与えてくれる、常識のある世界のために闘おう。
そんな約束をしながら獣たちも権力を伸ばしてきたが、奴らを嘘をつく。約束を果たさない。これからも果たしはしないだろう。独裁者たちは自分たちを自由し、人々を奴隷にする。
今こそ、約束を実現させるために闘おう。世界を自由にするために、国境のバリアを失くすために、憎しみと耐え切れない苦しみと一緒に貪欲を失くすために闘おう。
理性のある世界のために、科学と進歩が全人類の幸福へと導いてくれる世界のために闘おう。兵士たちよ。民主国家の名のもとに、皆でひとつになろう。











出典
upload.wikimedia.org















◇ 「絶望してはいけない」という台詞が映画から70年以上たった今でも心に響きます。それともこんな時代だからこそ響くのでしょうか?





◇ CMでも使われていますね。








0:46




YouTube


DODA CM「チャップリン」篇 45sec.(出演:綾野剛)













musiqueancienne@musiqueancienne

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世界が戦乱の中にあり、ヒトラーも存命中だった1940年に、チャップリンは映画史上に残る傑作『独裁者』を撮り上げた。そのラストを飾る名スピーチを、新たな映像と共に聴くことができる。75年も前のものなのに、何とリアルなのだろう!必見! youtube.com/watch?v=RzTmko…


返信 リツイート お気に入りに登録 2014.06.30 12:25













shinchiki@shinchiki

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チャップリンの言葉は、たった今でも有効である。結局、70年以上たっても、ほとんど変わっていないから。短期的な利益追求は長期のそれと相反していることに気づいているはずなのに。 / “「絶望してはいけない」チャップリンの史上最高のスピーチ…” htn.to/ECbNuc


返信 リツイート お気に入りに登録 2012.08.31 01:36













Miyazaki Hideyuki@weltail714

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チャップリンの自伝を読むと、当時のアメリカでもナチスを賛美する人が少なからずいた。だからチャップリンは『独裁者』という映画でいち早くその危険性を訴えた。最後の演説は圧巻。しかし時代はチャップリンの人類愛に国外追放という形で返したんだ。matome.naver.jp/odai/213443285…


返信 リツイート お気に入りに登録 2013.08.01 18:44













かとう やすえ@yassyaan

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チャップリンのスピーチ。数十年経っても人間は変わってないのかも。 欲に振り回されると、見失うものがある。自戒。 matome.naver.jp/m/odai/2134432…


返信 リツイート お気に入りに登録 2013.12.08 12:00













まぢ男@M.M.E@majimajim

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ネットの無い時代にこの世界観を持ってるのね。。。さすが。 「絶望してはいけない」チャップリンの史上最高のスピーチ【独裁者】 - NAVER まとめ matome.naver.jp/odai/213443285…


返信 リツイート お気に入りに登録 2013.12.11 13:53













橋本康二@koji_hashimoto

フォローする


昔も、今も、そして未来も、人が自由を求める想いは変わらない。 自由を求める戦いは続く。 fb.me/2UXwmO7dF


返信 リツイート お気に入りに登録 2013.08.12 09:47










参照







チャールズ・チャップリン - Wikipedia


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3












独裁者 (映画) - Wikipedia


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%AC%E8%A3%81%E8%80%85_(%E6%98%A0%E7%94%BB)












NEWSポストセブン|こんな時代だからこそ胸に沁みる…チャップリンの感動的すぎるスピーチを聞け!


http://www.news-postseven.com/archives/20111219_76521.html












「史上最高のスピーチ」|グローバルに波乱万丈


http://ameblo.jp/yayat28/entry-11086551854.html

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中国武術のスパーリング 散手 大気拳の組手





http://chinawushu.web.fc2.com/page_kisochishiki.001.htm

○散手って?
散手とは定式にとらわれず、自由に技をかけあって打ち合ったりして攻防を練ること。

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拳の眼さんより 「朝日新聞」連載記事「柔道寝わざ」

http://blogs.masoyama.net/?eid=602

柔道寝技史、重要性を説いた全国紙の記事(1963年)



JUGEMテーマ:格闘技全般



今回は久々に古記事っすね、1963年に「朝日新聞」にて連載された柔道の寝技の記事です。
日本柔道が海外から脅かされるに至り、寝技がクローズアップされて来たそうで、その歴史から追った興味深い記事になっています。
それでは、どうぞ。
あー後1つ、今回は当ブログにあるまじきくらい画像がありませんw というか記事の画像以外無いっす。


柔道の寝技1.jpg






柔道寝わざ ―①― 見直された重要性
利点、きわめて多い
猪熊五段優勝の決め手に


柔道の立ちわざと寝わざは車の両輪。 どちらも欠かすことはできない。 専門家の間でもこれに反対する人はいない。 しかし、一般のファンは一見はなやかでわざのわかりやすい立ちわざの方に目を引かれ勝ちだ。 寝わざの方は素人ファンにはわかりにくいからだろう。
戦後、柔道は世界的に盛んになったが、その半面、立ちわざ傾倒となり、寝わざの重大性が忘れられた傾向がなかったと言切れない。 それが、先年の世界選手権でオランダの巨漢ヘーシンクに本家の日本代表が寝わざで負けるに至って“寝わざの必要性"を説く声が急激に高まった。 さらにさる二月来日したソ連のサンボ選手と日本柔道選手の対戦からもそれは一層強い声となり"寝わざ"が一躍、日の当る場所へ出た感じである。 以下"寝わざ"の必要性とその変遷のあとをたどってみた。

寝わざの重大さを自分自身まざまざと体験した本年度の全日本選手権者猪熊選手に例を引いて説明しよう。
今年の全日本選手権の決勝で猪熊が、きれいな一本背負いで長谷川をとばし、見事に優勝したのはまだファンの記憶に新しいが、五月のある日、熱戦のほとぼりもさめたころ、この猪熊選手はこんなことを話してくれた。
「今度の選手権で一番うれしかったことは私なりの自信がもてたことでした。 三十七年暮れから本格的に寝わざに取組んだばかりなのに、こんなに早く効果があがるとは」と意外な喜びようだった。
猪熊といえば背負投げが得意中の得意わざだ。 彼自身も「今まで出場した選手権大会中、私のやった背負投げの回数とそのうち一本に決った回数、いわば背負投げの効率ではことしの大会が一番だった」といいきっている。 ではその背負投げと寝わざとどんな関連があったのだろうか。
彼はさる三十六年夏、腰椎(ようつい)の骨髄炎(こつずいえん)におかされたため半年以上も病床生活をおくらなければならず、昨年の選手権は見送らざるを得なかった。 この厄介な病気を克服して出てきた彼にとって今度の選手権は文字通り再起の第一戦だった。 久しぶりの実戦とあって、勝負のカンの調整にも並々ならぬ気をつかわねばならない。 こんなハンディを背負っているにもかかわらず彼は有力な優勝候補にあげられていた。
精神的負担も決して軽くなかったはずだが、ふたをあけて見ると彼の手違いといえばスタートで調子のとんと出なかったことだけだ。 しかし彼はあわてずチャンスを狙って寝わざにはいり、くずれ上四方固めにおさえこんで勝った。
それから後は得意の一本背負いが鋭く、小気味よいほどにきまった。 彼自身「わざをかけながら寝わざにいく気構えでした。 相手がかけてきたら裏をとって寝わざにいく考えはいつも頭から離れなかった」といっている。
今度の猪熊の勝因は「彼が寝わざに一応の決め手をもったことだ」という専門家も少なくない。
「いつでも寝わざに移れる」という心の余裕、また相手にいつ寝わざに引込まれても対等にたたかえるという自信。 これがあってこそ立ちわざで思いきり得意わざで攻めることが出来る。 その結果、わざそのものもさえる。 利点はきわめて多い、ということだ。
ではこの寝わざがなぜ低調を続けたのであろうか。 敗戦のため日本では一時衰退した柔道は、かえって海外各地でブームをまきおこした。 だが復興した柔道は戦前のものとはいささか内容が変っていた。 一口でいえば"立ちわざ偏重、寝えわざ軽視"である。 新しく柔道を学ぼうとする若い人たちにとっては寝わざはあまりにもねばり強さと辛抱を必要とする。 ちょっと気を抜くとすぐ苦しい立場に追いこまれる。 いきなり苦行を要求される寝わざが敬遠されたのも"時代の波"とでもいうものか。 それに多くの外人が立ちわざの花やかさにあこがれて立ち勝負一点張りといった現象も見過ごせまい。
しかし、"寝わざ"はこんなにきらわれてばかりいたのではない。 過去には最盛期もあったのである。



柔道の寝技2.jpg



柔道寝わざ ―②― 旧高専大会が温床
急に研究熱高まる
この手で勝敗がきまり


柔道が嘉納治五郎師範によって創始されたのは明治十五年五月であった。 嘉納師範はこの発足以前、福田八之助氏について天神真揚流の柔術を学び、また飯久保恒年氏に起倒流の柔術を教わった。
天神真揚流は絞めわざや関節わざ、おさえこみが主であって起倒流は投げわざであったといわれている。 しかし嘉納師範は自らの講道館柔道としてスタートをきったあとも研究を続け、翌十六年"作りと掛け"の原理を見出した。
相手の身体をまずくずして、わざをかけることに専念した結果、引くか押すか巧みにすれば引く作用、押す作用によって相手の安定をうばい、投げやすい体勢にすることが出来る、というものである。
これ以来、わざを分解して考えることがさかんになり、その結果足わざの進歩はめざましいものがあったといわれている。 明治十八年講道館対戸塚派の試合が警視庁で行われたが、講道館側は足払い、大内刈り、小内刈り、返しわざなどで倒し大勝に終ったという。 山嵐、払腰などの大わざがさかんになったのはあとのことであった。
が、寝わざについては他流に対して絶対的な自信がなく、明治二十八年以来行われた武徳会の演武大会には他流のために圧せられていたので努力を払わなければならなかった。 後年講道館が他流から立ちわざ中心だといわれる根源はここらにあるといえよう。
学校柔道は明治四十年から定期戦の形式で行われ五高対七高、三高、四高、六高の三校による定期戦などが行われたが、これらを総合して全国高等学校専門学校優勝大会という名称で全国的な大会にふみきり、その第一回が行われたのは大正三年のことだった。 これが高専大会といわれ大正年間から昭和十八年まで柔道の黄金時代を築きあげた土台の役をつとめたのであった。
この高専大会は、第一回前の定期戦時代から不思議と大一番の勝負は寝わざできまり、相手チームは再三苦しめられ、悩まされるという事実がくり返された。 そして大正五年の第三回大会で優勝戦が四高と六高の顔合せとなった時である。 六高の大将川地二段が四高の三将を送りえり絞めに、副将を横四方固めに、大将駒井三段と対戦して激闘一時間、さらに延長したが勝負はつかず、ついに引分けで両校ともに優勝となった。
このことから、高専大会では寝わざの研究と猛練習をしなければとても優秀な成績があげられないとあって、寝わざの研究は急激に積極的になった。 第八回(大正十年)は寝わざの興隆期であった。
準決勝戦で四高と六高が顔を合わせ試合は午後三時に開始された。 この試合は途中で紛糾もあったが、ともかく終了が午前一時二十分という現代の常識では考えられないような記録的な大試合となった。 この時の試合時間は副将で二十分、大将は無制限というものであったが、この試合を機に大将は一時間に改められたという。
高専大会とは別であるがこのころ(大正十一年七月)大日本武徳会主催の全国青年演武大会というのが京都で開催された。 ここで決勝は六高の六華会と早大大化会の顔合わせとなった。 六高、早大とも現役学生五人をくり出した。 六高は二段三人、初段二人。 早大は四段二人、三段三人であった。 この顔合わせは寝わざ一点張りの六高と立わざ一点張りの早大で、いわば立わざ、寝わざの正面衝突であった。 結果は1対0で六高の勝ちとなった。
しかもこの試合は、ただ寝わざの勝ちというばかりでなく、審判規程をめぐって講道館側と高専大会側が意見を対立さす直接のきっかけとなったのである。


柔道の寝技3.jpg



柔道寝わざ ―③― 審判規定めくる対立
立ちわざに重点を 講道館
高専大会 どちらも平等を主張


当時の審判規定によれば「試合は投げわざおよび固めわざをもってきめる」というのが試合の第一条であった。
講道館は「寝わざは高専大会で長足の進歩をした。 しかし寝わざにも攻撃的な研究もある半面、一部では引分けに持込むための寝わざ、防御一方の寝わざに転落する傾向も見えてきた」として①お互いに立った姿勢同士が攻撃進退に最も自由であること②まず立ちわざが行われ次に寝わざとなるものであること③身体の発育発達のためにも基礎時代に立ちわざに重点をおくべきであること、ということを主張した。
これに対し高専大会側は①勝負は立ちわざと固めわざをもって決める②投げわざは立ちわざと捨身わざと関節わざをふくむ、と規定されているとおり、立ちわざ、寝わざは平等であるから、これをどんなに用いようとそれは試合者の自由であるとの立場を主張して譲らなかった。
だが、この大正十三年から審判規定に次の一項目が加わることになった。 「し合いは立勝負に重きをおくものであって寝勝負は次の場合に限り行う。 ①わざがなかば以上かかったがまだ一本とならず、引続き寝わざに転じて攻撃する場合②一方がわざをかけようとして倒れるか倒れかかった場合」。
これははっきりとした寝わざの制限であった。
簡単にいえば寝わざにいこうという意思のある側が、自分から倒れて寝わざにひっぱりこむこと、いわゆる引きこみを認められていたものが、この規定で出来なくなった。 投げわざからうまく移行していくのでないと寝わざが認められなくなったのだから寝わざが看板の大会関係者にとっては屋台骨をゆすぶられたといってよく、これは大へんなことだった。
しかし高専大会側はこれまでの立ちわざ、寝わざともに平等の主張を変えず、この新規定には目もくれず、相変わらず従来どおりの規定で大会を行い、独自の立場で以後も寝わざの主流となった大会が続いたのである。
この時分は中学の大会は高校が主催し、高校の大会は大学が主催するといった時であった。 また講道館、武徳会の主催の大会もあったし、主催者によって、大会規定が違うということにもなり、選手たちはどの試合にもいい成績をとろうとするならば、立ちわざ、寝わざの二本建で進まなければならなかった。
高専大会が寝わざを主流としたのは選手の養成にも関連があった。 当時高専各校は旧制の中学から有名選手が続々はいってきたわけでない。 新しく選手を育てなければならなかった。
寝わざはねばり強いものなら立ちわざよりものびが早い。 ひざの負傷あるいは骨折などけがが少ない。 勝負に際して安定性がある。 立ちわざは一瞬のうちに勝負がきまり番狂わせの勝負も多いが、寝わざは基盤がひろく、自分の力を出しきる場合が多い、などの事項をあげることが出来る。
大会が猛烈な闘志をかきたたせ、勝負の激しさもきびしいものがあったが、そのために部生活もこの団体試合を目標にあけくれた。 だから団体訓練に力をおき、団体生活に力が結集された。 高専大会の寝わざは、きびしい団体生活のなかから生れたものともいえるのである。


柔道の寝技4.jpg



柔道寝わざ ―④― 昭和の日本一 木村
上半身きたえ抜く
立ちわざと合わせて成長


昭和にはいって柔道日本一といわれたのは木村政彦(当時拓大)である。 いまや伝説的な部類にはいるが、木村が十二年から数年、日本選手権を連取したころは、"柔道は木村"とうたわれたものである。
九州熊本の鎮西中学時代ほとんど立ちわざ専門であった木村が日本一と大成したのも寝わざを身につけたからであった。
十二年の全日本選士権大会で専門壮年前期の部に出場した木村は一回戦、札幌の柳沢五段を腕がらみの逆で、準決勝は岡山の上野五段を大外刈り、決勝では中島五段(満州)くずれ上四方固めに降し予想を見事にくつがえして優勝してからは一躍トップレベルにおどり出た。 この決勝は木村が背負投げでわざありをとり、一方中島も内またでわざあり、互角の熱戦のまま延長二回のあと木村が大内刈りから押え込んでいる。 当時の新聞には「盤石(ばんじゃく)のような押え込み」と形容している。
次の十三、十四年も木村の優勝で全日本選士権三連勝、十五年六月の天覧試合にも優勝したが、その年に軍隊にはいってしまったので最盛期の記録は案外短く終ってしまったのは惜しまれる。
ただここで記録をふりかえって見ると十三年の時は一回戦はくずれ上四方固め一戸五段(山形)を退け、準決勝は優勢勝ちで田代五段(愛知)を破ったあと、決勝ではくずれ上四方固めで小川五段(京都)を倒している。 注目されることは無敵の街道進みはじめたこの前半期は寝わざで決めたものが圧倒的に多かったことである。
といっても同氏は別に立ちわざよりも寝わざがすぐれていたのではない。 郷里熊本の鎮西中から拓大予科に進んだころはやはり立ちわざの方がよかったという。 しかし入学以後は師範の牛島氏の宅へ下宿し牛島氏の指導で猛烈なけい古を積んだ。 ことに寝わざに目をつけ、立ってよし寝てよしの木村に成長して行ったということが出来る。
毎日学校、警察、講道館、最後に町道場と回り、練習量は相手の柔道着をにぎっている正味の時間が一日六時間でそれより多いことはあっても少ないことは絶対なかったという。 寝わざのけい古が半分以上をしめていたことはいうまでもない。 彼は上半身を鍛えるため今でいうボディービルを毎日くりかえした。 上四方におさえこませておいても九十三キロぐらいまでの相手ならば両手をのばしきって持上げる自信があった。 寝わざから話がそれるがこのほか日常歩く時は必ずつま先で歩き足腰の鍛錬を忘れなかった。 とくに興味を引くのは外側に開く自分の足をいつも内またにすることに気を配ったということだ。
柔道をやる人に多いいわゆるガニまたではわざの効果がうすくなる……というのが同氏の持論。 例えば大外刈りでも相手と身体の軸線まっすぐでなければ一瞬のタイミングが狂うというのだ。 従ってつま先が外に向くのをきょう正するには随分気を配ったという。
関節わざの一つに腕がらみというのがあるが、立った瞬間、相手の手を引張りこんできめるのが彼の得意であり、自分でもこの手を一番多く使ったろう、と自慢の一つである。
けい古の最中に絞められた時"参った"といわないのが彼の原則だから絞められて落ちる(気絶すること)ことも多かったそうだが、この点については「落ちるのがくせになると首すじが弱くなるせいか、まだ大丈夫、と思っていても落ちてしまうからあまりがんばるのはやめた方がよいと思う」と今になって述懐している。 現在の選手でけい古の時これほどに気絶するのが習慣になっている者などはどこをさがしてもないであろう。
木村氏は全盛時代にケガをしたのは鎖骨(さこつ)の骨折が二回、肋骨(ろっこつ)骨折が一回だけだった。 これも相手を攻めていって巻込んだ時と、相手とぶつかった時の負傷で不可抗力ともいうものだった。 ひざとか足首とか、一度負傷すると二度も三度も繰返しやすいような個所は一度も痛めたことがない。
彼の家業は熊本県川尻町近くの緑川の砂利とりだった。 小さい舟にのり金網で重い砂利をすくっては船つき場まで運ぶ生活を小、中学校時代から手伝った話はあまり知られていないが、これは後年彼の柔道に大いに役立った、と彼が述懐しているが、これはちょうど相撲界の双葉山(現時津風理事長)が少年時代から家業の手助けに舟をこいでいたのがあの二枚腰をつくるのに役立ったという話や、若乃花(現二子山親方)が子ども時分、毎日鉄くずを入れたカゴの天びんをかついで荷役の手伝いをしている間に自然にあの強い足腰のバネが養成されていたという話に通じよう。


柔道の寝技5.jpg



柔道寝わざ ―⑤― 外人戦にはこれだ
有力な武器"絞め"
ねばり強い研究が大事


寝わざは外人の目にはどう写るのだろうか。 戦後は確かにはなやかな立ちわざがもてはやされた時代があったが、現在はどういう見方だろうか。 キャンベル(アメリカ)、ロジャース(カナダ)両君は現在日本でけいこしている外人の中で技術的にも、年期のはいっていることでも筆頭の口だ。
キャンベル君は二十九歳。 アメリカの重量級選手権を三年連続とりオリンピックの代表をめざしている選手だが、寝わざははっきりきらいだという。 しかし立ちわざだけでは選手権者として片手落ちであることも百も承知している。 いま毎日約四時間のトレーニングのうち一時間も寝わざにつかっている。 だが「好きではない」といっている。
同君の意見は寝わざには、技の寝わざと力の寝わざとあり、日本人のは技の寝わざ、外人のは力の寝わざで、外人の寝わざは今後ますます力に頼る方向に傾いていくだろうという。 そして一般の外人はレスリングなどの影響をうけて押えこみを寝わざの主力と考えるであろうし、ソ連のようにサンボの国の選手は関節わざも併用するだろう。
だが日本人式のスキをついて機敏にはいりこんでくる寝んわざは外人にとってどうしても簡単にこなせるものでない。 それどころか異質のものと考えている外人が多いという。
ロジャース君は二十二歳。 彼の意見はこれから外人の柔道の選手は、レスリングなどほかのスポーツで基礎をこしらえたものが続々転向してくることになるだろう。 そうなるといよいよ力の柔道になるだろうと同じ意見だ。 自分も現在寝わざをやっているが寝わざは相手次第で有効だと思う。 押えこみと関節わざ専門だ。 絞めはさっぱりだめだ。 その原因を自分の手の大き過ぎることにしている。
最古参組の日本にいる外人選手が寝わざに対しての考え方はこの段階だ。 いわゆる"寝わざの虫"はいないようだ。
寝わざはどうして早く相手のスキをみつけるかが勝負のカギになる。 機敏さが最も必要だ。 身体の小さい、手先の器用な日本人にはぴったりの技だ。
立ちわざだったら身体の大きい、力の強いものが絶対有利だが、寝わざは機敏さとうまみでカバー出来るものだ、と説くのは木村政彦の師匠の牛島辰熊氏だ。 同氏は寝わざと立ちわざを両立させた一人といわれる。 これを併用しないと技にきれが出てこないとはっきりしている。
柔道のオリンピック強化委員会にはコーチの中に特に寝わざ専門の佐伯宣也氏(防衛庁勤務)を入れている。 同氏は高専大会の寝わざを受けついだ最後の人だが、候補選手のコーチや母校東大の指導はもちろん寝わざ専門だ。 佐伯コーチはソ連選手のサンボの動きを見ていても絞めが有効であり、オリンピックには是非活用させたいという。
柔道の試合場とサンボの試合場のひろさがほとんど同じ位なのにまずびっくり、関節わざを見たら十字固めのとり方と同じなのでまたびっくり、なにからなにまで似ている中で絞めだけは全然ない。 これを使わないことはないというのだ。
寝わざの話が関係者、選手の間で出ることが多いが、急激に関心がもたれてきたことをあらわしているといってよい。
東京オリンピックの柔道の運営、事務の早川勝氏は「寝わざにもり上りが出てきたことは確かだが、寝わざは一朝一夕で実が結ばれるものではない。 ぬきんでている選手だからといって十人、十五人寝わざで一ぺんに抜いたという話は聞いたことがない。 コツコツねばり強く自分で苦しみをきりひらいていく、それが技術的にもさとり開くことになるのだ」と慎重な考えだ。
期待の多いわざだが、そう容易にマスターできるわざでもない、それが寝わざというものである。
(おわり)


という事で、1963年の「朝日新聞」連載記事「柔道寝わざ」でした。
書いた方の名前が無いのですが、時事通信社の記者で、後に全日本柔道連盟常任理事となった老松信一先生じゃないかなーと思ってますw
今回何が大変だったかと言うと、「技」がひらがな表記だった事。 お陰でタイプが面倒でしたw
しかし寝技史を簡潔にまとめており、勉強になりますね。
今回はここまで。 それでは、また。


参考文献:
朝日新聞 6/13、6/14、6/15、6/16、6/18 1963年

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ミッドナイト柔術新聞 第6回

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柔術プリースト189 バリカタ柔術RADIO17

Jiu Jitsu Priest #189


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日本ブラジリアン柔術選手権動画配信

第16回全日本ブラジリアン柔術選手権

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何故にネトウヨヘイト本がアマゾン等で売れるのか? その実態はネトウヨの黒幕たちが大金を使って大量購入をしているから

http://lite-ra.com/2015/01/post-764.html

リテラ > スキャンダル > 差別 > 安倍首相がヘイト出版社本を大量購入 .


安倍首相が嫌韓反中、在特会を持ち上げるヘイト出版社の本を大量購入!

【この記事のキーワード】エンジョウトオル, ネトウヨ, 安倍晋三 .

2015.01.05.


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japanism_01_150105.jpgネトウヨ御用達の雑誌とそれに登場する日本の首相(左/「ジャパニズム」(青林堂)15号 右/同5号)
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 安倍首相がヘイト出版社のヘイト本を大量購入していた──。へイト団体やレイシストとの関係がさんざん取沙汰されてきた安倍晋三首相に、こんな新たな疑惑がもちあがっている。年明け、ネット上に安倍首相の政治団体「晋和会」の2011年度政治資金収支報告書がアップされたのだが、そこに以下のような書籍購入記録が記載されていたのだ。

「(株)産業経済新聞社 716,320円 H23/3/30」
「(株)産業経済新聞社 355,200 円 H23/12/27」
「ワック(株) 436,590円 H23/6/20」
「ワック(株) 405,405円 H23/10/21」
「(株)青林堂  195,930円 H23/7/19」

 3社あわせて210万9千445円。この年の書籍費合計が約222万円なので、9割以上を占めることになる。本サイトも総務省のホームページで公開されている収支報告書を確認したが、これは間違いなく公的な記録だ。なぜ、特定の出版社からだけ、かくも大量に書籍を直接購入しているのか。しかも、問題なのはその出版社の顔ぶれだ。

 まあ、産経新聞社は新聞、雑誌の「正論」ともに超タカ派路線をとっており、これまで一貫して安倍首相の応援団的役割を演じてきたので、今さら説明の必要はないだろう。しかし、残りの2つの出版社については、正直、驚きを禁じ得ない。

 たとえば、ワックは花田紀凱が編集長をつとめる「WiLL」の発行元だが、この「WiLL」は侵略戦争肯定や従軍慰安婦否定などの歴史修正主義的主張だけでなく、ヘイトスピーチまがいの嫌韓・反中記事を毎号のように掲載している極右雑誌なのだ。たとえば、毎号の見出しにはこんな吐き気をもよおすような文言がズラリと並んでいる。

「哀れな三等国、韓国!」「世界中で嫌われる韓国人とシナ人」「恥知らぬ韓国とは国交断絶」「韓国人は世界一の嘘吐き民族だ!」「何と哀れな国民か 韓国人でなくてよかった」「韓国こそ世界一の売春輸出大国だ」「去勢しないと性犯罪を抑えられない国」……。

 雑誌だけではない。単行本や新書も嫌韓・反中本のオンパレードだ。

『醜いが、目をそらすな、隣国・韓国!』(古田博司)、『ほんとうは、「日韓併合」が韓国を救った!』(松木國俊)、『あの「中国の狂気」は、どこから来るのか』(金文学)、『「反日中韓」を操るのは、じつは同盟国・アメリカだった!』(馬淵睦夫)、『虚言と虚飾の国・韓国』(呉善花)……。

 ワック以上にすごいのは、青林堂だ。昨年秋、韓国人や中国人へのジェノサイドまでを主張するヘイト団体・在特会の桜井誠と、大阪市長・橋下徹の面談がテレビ放映され、その際に桜井の著書『大嫌韓時代』が大写しされていたが、青林堂はこの『大嫌韓時代』の発行元なのである。



 いや、同書だけではない。同じく桜井の著書『在特会とは「在日特権を許さない市民の会」の省略です!』をはじめ、青林堂は在特会関係者やレイシストの書籍を次々に出版している。

「「反日日本人」による「反日外国人」のための優遇政策が進行中」というコピーが大書された在特会のイデオローグ・村田春樹の著書「『日本乗っ取りはまず地方から! 恐るべき自治基本条例!』、在特会元事務局長で「慰安婦は捏造」と訴え続ける「なでしこアクション」代表・山本優美子の『女性が守る日本の誇り 「慰安婦問題」の真実を訴えるなでしこ活動記録』、そして慰安婦像に紙袋をかぶせる差別的パフォーマンスで大顰蹙を買っているトニー・ラマーノの『テキサス親父の「怒れ!罠にかかった日本人」』……。

 また、同社は2011年に「ジャパニズム」(隔月刊)という極右雑誌を創刊しているのだが、この雑誌でも、「中国・コリアに蹂躙される日本社会」「今こそ中・韓の謀略に止めを刺そう!」「日本の敵 中国と韓国」「在日コリアンと犯罪」などの嫌韓・反中記事に加え、在特会・桜井誠をインタビューに対談に、毎号のように登場させている。

「桜井誠氏インタビュー 在特会の真実を、今こそ激白!」(13年10月)
「在特会、京都裁判の真相!」(13年12月)
「「韓国」「在日」と対峙してきた八年間 国民世論を変えた「行動する保守運動」が次に目指すもの」(14年4月)
「桜井誠会長 『嫌韓』が多数派となる『大嫌韓時代』の到来」(14年10月)

 いわば、青林堂は在特会やヘイト勢力のPR出版社といってもいい存在なのだ。そして、安倍首相はこういった出版社から書籍を大量購入していたというわけである。だとすると、安倍首相はこういう差別と陰謀論丸出しのヘイト本をむさぼり読んで、「そうだ! 嘘つきチョンはぶち殺せ!」「韓国の女はみんな売春婦だ!」などと叫んでいたのだろうか。

 まあ、安倍首相の嗜好や教養のなさを考えれば、その可能性もゼロではないが、しかし、たんに自分が読むためだけにしては金額が大きすぎる。しかも、出版社から直接買ったというのも不自然だ。そのへんを考えると、もっと蓋然性の高い購入理由が考えられる。それは、自分のPRのためのまとめ買いだ。

 安倍の政治団体が書籍を大量購入した2011年というのは、腹痛で首相の座を放り出し、謹慎状態だった安倍が東日本大震災の混乱に乗じて、政権返り咲きのために政治活動を再開、再びメディアに露出し始めた時期である。

 そんな中で大々的に安倍のことを取り上げたのがこの3社が発行する雑誌だった。産経新聞社の「正論」は11年3月号で、安倍と下村博文現文科相との対談「教育改革の後退を許すな」をはじめ、安倍待望論を何回も掲載している。

「WiLL」も11年7月号で「震災復興 私ならこうやる」という安倍のインタビュー、そして政治評論家・三宅久之の「安倍晋三元総理 再登板待望論」を掲載。11年11月号でも、「正気ですか? 野田さん!」というタイトルで野田批判を語らせている。

 そして、2011年6月に発売された「ジャパニズム02」にも 「安倍晋三の逆襲…元内閣総理大臣 安倍晋三」と題されたインタビュー記事が堂々と掲載されている。

 おそらく、安倍事務所はこうした自分のインタビューや称賛記事が掲載された雑誌を大量購入して、支持者や関係企業に配りまくったのではないだろうか。

 しかしだとすれば、たんにヘイト本を大量購入したというより、もっと悪質といえるだろう。安倍はこれまで雑誌に対しては必ず自身の味方になるメディア、自身の思想と合致するメディアだけを選別し、インタビューに応じてきた。つまり、安倍はこんなヘイトスピーチまがいの中国・韓国差別を叫び、在特会をPRするような出版社を支持し、自分のインタビューを発信する場所にふさわしいと考えていたということだ。

 しかも、まとめ買いという事実を考えると、両者の間にはもっと深い関係があることも考えられる。政治家のインタビューというのは、もともとまとめ買いを約束した上で、政治家と出版社が組んで仕掛けることが多い。安倍は当時からヘイト出版社と一体化していた可能性も十分あるだろう。
 
 安倍首相は昨年秋、国会で在特会元幹部とのツーショット写真について追及を受けた際、「極めて失礼だ‼ 何の証拠で在特会と親しいと言ってるんだ!?」と逆ギレしていたが、こうした過去のメディアとのつきあい方を見れば、少なくとも在特会的な排外思想をよしとしてきたことは言い逃れできない事実だろう。

 そして、ヘイト出版社の扱いを見れば、安倍晋三という政治家が、桜井誠と同種の“ネトウヨスター”であることもよくわかるというものだ。
(エンジョウトオル)

http://togetter.com/li/765810

遅報]2011安倍晋三ヘイト本大量購入か?
2chからスクープ来ました。

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まとめ

メニュー

















愉快な巴里 @yukainaparis 2015-01-03 20:24:27
ファッ!ワック 6月436,000円 8月405,405円 青林堂 7月195,930円 産経3月716,320円 12月355,200円 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 fox.2ch.net/test/read.cgi/…






C.R.A.C. @cracjp 2015-01-03 20:32:16
[2ch.net] 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 fox.2ch.net/test/read.cgi/…






Kino Toshiki @Kino_Toshiki 2015-01-03 20:35:35
「ど、どのようなヘイトスピーチが氾濫しているのか確認するために、ヘイト本を大量購入し勉強してみました。ひどいものですね。ヘイト許せません」
「そんなに勉強したのにFBで保守速報シェアしちゃうんですか?」






hi everyone★ @hieveryone0 2015-01-03 20:41:23
安倍ちゃん保守速報シェアの次はヘイト本の大量購入って完全にあかんやつやんけ...。






C.R.A.C. @cracjp 2015-01-03 20:43:23
しかしワックも青林堂も点数は全然出ていないわけだから、要するに同じ本を大量に購入していたってことになる。fox.2ch.net/test/read.cgi/…






cat-house @ktcathouse 2015-01-03 20:45:55
安倍の大量書籍購入、配布用?






よすはす @yosuyosur 2015-01-03 20:48:02
安倍「日本を取り戻す!(ヘイト本をめくりながら)」






反安倍ブルドーザー隊 @MetalGodTokyo 2015-01-03 20:48:19
安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上
fox.2ch.net/test/read.cgi/…

安倍自ら、青林堂やワックを支えていたのかよ!!






Iwashita Yu @sardinian1979 2015-01-03 21:01:42
ワック、青林堂、産経新聞出版…詳しい人が見たら全員「あー」っていう三大ヘイト版元じゃないっすか笑 RT @cracjpn: 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 fox.2ch.net/test/read.cgi/…






日下部将之 @pfd1212 2015-01-03 21:00:46
記者「政治活動費で、ヘイトスピーチでお馴染みの桜井誠の著作を大量に購入したんですか?」

秘書「いや、色々、その買いまして」

記者「例えば?」

秘書「ぷるるんとか…garoshop.cart.fc2.com/ca1/45/p-r-s/ 」

記者「ぷ、え?聞こえないです」

秘書「だから、ぷるるん…」






日下部将之 @pfd1212 2015-01-03 21:07:13
もう、ぷるるん晋三って呼ぼうかな。






norio(公式) @nori_tas 2015-01-03 21:12:31
自由ぷるるん党






BUZZZZZ @MKP_045 2015-01-03 21:13:43
ぷるるんでもヘイト本でもやばい。






きづのぶお @jucnag 2015-01-03 21:14:18
ちょっと待て。安倍がヘイト本買った200万円て、税金やんけ?返せよ。

QT @cracjpn: [2ch.net] 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 fox.2ch.net/test/read.cgi/…






日下部将之 @pfd1212 2015-01-03 21:16:22
ワックってWILLかー。






ちひろ @chihirokamada 2015-01-03 21:23:26
んでちょっと待て。我が国の首相閣下様はヘイト本大量購入した挙句に同人誌にも手ぇ出したの?ニュース追っとらんから全く分からん。誰かエロい人教えて下さい。
#ぷるるん晋三






Mike @MAIMAIMAI466 2015-01-03 21:25:33
安倍晋三は、青林堂のジャパニズムにインタビューで登場しているのか。

amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%8…






미 현(みひょん) @miyomi34 2015-01-03 21:36:43
@miyomi34
青林堂の2011発売本 w pic.twitter.com/Ghg8kdShnz








미 현(みひょん) @miyomi34 2015-01-03 21:52:02
.@miyomi34
いやいや まさか こっちを税金で買ってないよねぇ(ー ー;) pic.twitter.com/SopJyNjrLs








kato82 @kato82 2015-01-03 21:39:14
(承前)

(株)青林堂
honyaclub.com/shop/goods/sea…
・7月 19万5930円






kato82 @kato82 2015-01-03 21:47:04
@miyomi34 「合計で210万9445円 仮に一冊3000円するとして700冊を越えるぞ」
fox.2ch.net/test/read.cgi/…






KaSuehiro @KaSuehiro 2015-01-03 21:38:57
しかし、青林堂やワックにしてみれば、自民党の政務活動費でこんな買い上げがあるんなら、そのテの本作るの、そりゃあやめられないわな。






C.R.A.C. @cracjp 2015-01-03 21:42:19
しかしあらためて眺めてみると自民党出版局に1万円でワックと青林堂に合わせて100万超ってすごいものがある。出版局は機関誌しか出してないのかな。書籍購入先となってる(有)竹山商店というのもなんだかよくわからない。議員会館内の売店か何か? pic.twitter.com/LcZt4IDGvD








Rag @xxxR4g 2015-01-03 21:43:03
@emiponDX @miyomi34 安倍ぴょん追求されたらヘイト本かエロ漫画の二択かよ…www






C.R.A.C. @cracjp 2015-01-03 21:53:09
とすると、自分のインタビューや特集が載ってる『ジャパニズム』を大量購入してる可能性が高いですね。RT @kei_nakazawa: @cracjpn 議員が自分の本を出版して後援会に配るなどで本を買い上げると言う話を昔はよく聞きました。製作費を出して本を作ってもらい、






中沢けい @kei_nakazawa 2015-01-03 21:54:12
@cracjpn 何を買ったのかまでは、この伝票ではわかりませんね。でも、その可能性はありますね。






C.R.A.C. @cracjp 2015-01-03 21:55:22
これは、以前自民党が雷韻出版(ネオナチの山田一成の会社)に共産党謀略本をつくらせて数万部買い取ったって話と似てますな。昨年豚本がベストセラーになったのも組織的大量購入があったのだろうか。twitter.com/cracjpn/status…







反安倍ブルドーザー隊 @MetalGodTokyo 2015-01-03 21:57:09
【安倍の政治資金収支報告書】
青林堂やワックから安倍自ら税金でヘイト本を大量購入。さらに竹山商店は「晋ちゃん饅頭」を売っている議員会館内の売店。こんなくだらないものに税金使うな!!
shop-nagatacho.com/goods_category… pic.twitter.com/Uui67Walmz








日下部将之 @pfd1212 2015-01-03 22:05:34
いずれにせよハッキリしてるのは、

「安倍晋三は、排外主義、人種差別丸出しなヘイト本の出版社を政治資金で支えてる」

ということ。

で、大事なこと。

安倍晋三って、日本の内閣総理大臣なんだよ。






C.R.A.C. @cracjp 2015-01-03 23:25:51
[ぷるるん] ポイントまとめときますね。
・安倍事務所がヘイト本出版社に200万以上支出
・2011年の政治資金報告書
・そのうちワックに80万、青林堂に20万
ソース=2ちゃんねる fox.2ch.net/test/read.cgi/…
pic.twitter.com/LcZt4IDGvD








미 현(みひょん) @miyomi34 2015-01-04 00:02:50
資料 pic.twitter.com/GuNvHrWJG8








미 현(みひょん) @miyomi34 2015-01-04 00:06:04
.@miyomi34
【独占インタビュー】安倍晋三の逆襲






Iwashita Yu @sardinian1979 2015-01-03 23:45:48
著者の大量購入ないし費用負担条件の出版じたいは珍しくない。ガチの研究書は大概そうだし、企業経営者の自画自賛本なんかもそう。後者については特に、書店に並ぶことの広告効果を狙ったもの=売れなくても無問題のことが多く、版元にとってもおいしい案件である。






Iwashita Yu @sardinian1979 2015-01-04 00:05:56
もちろん、だからと言って安倍ぽんの政治資金での自著購入に問題なしとはしない。端的には「元首相で政権奪還を狙う位置にいたんだから版元くらい選べよ」と。ヘイト・ネオナチ的な出版社と野党時代から二人三脚でやってきたことがはっきりしたと思います
@sardinian1979






Iwashita Yu @sardinian1979 2015-01-04 00:17:10
試みに、2011年のワックの単行本一覧。安倍が著者の本はなし。雑誌『WILL』に出た可能性は高い。

honyaclub.com/shop/goods/sea…






Iwashita Yu @sardinian1979 2015-01-04 00:22:37
同じく青林堂。『ジャパニズム』に安倍が表紙を飾った号が。あとはヘイト本とエロ本が並ぶ。
しかし両社とも2011年時点ですでにみごとな排外主義ラインナップやな。そこからずっと同工異曲ということでもあるが。
honyaclub.com/shop/goods/sea…






Kino Toshiki @Kino_Toshiki 2015-01-04 00:12:36
よくわからんのだけど、これは版元から直接買ったってこと?






YAF @yagainstfascism 2015-01-04 00:36:35
ワック出版への支出があった平成23年には『WILL』に安倍晋三名義で寄稿し、特集も組まれていたんだね。
「正気ですか? 野田さん」安倍晋三
「震災復興 私ならこうやる」安倍晋三
「安倍元総理 再登板待望論」三宅久之
#ぷるるん晋三 pic.twitter.com/kcjhcttfLW








S+FOR+SWEEP @sforsweep 2015-01-04 00:44:07
百田の「殉愛」を出した幻冬舎も忘れないでね!ということでサルベージ。幻冬舎からもお買い上げ有難うございます2012。『メディア工作も? 幻冬舎・見城社長と安倍首相のただならぬ関係』リテラ lite-ra.com/2014/07/post-2… pic.twitter.com/tRUbgpr72f







こちらのまとめも、どうぞ!



nu'bulldoze fascists @nuho 2015-01-04 00:03:01
安倍首相、ヘイト本出版社から書籍を大量購入 (ツイートまとめ by @onoyasumaro )
twitter.com/onoyasumaro/ti…


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https://twitter.com/onoyasumaro/timelines/551310214230573056



安倍首相、ヘイト本出版社から書籍を大量購入

ソートの仕方がわからないため、時系列がメチャクチャです。ご寛恕ください。



太安萬侶
@onoyasumaro



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ngc2497 ‏@ngc2497 · 1月3日
総理公式フェイスブックが保守速報をシェアした時からある程度予想はしていたけど、さもありなんという感じ(似た様な「愛国」本を大量購入しているのだろう)。
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …
>【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上




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C.R.A.C. ‏@cracjp · 1月3日
[ぷるるん] ポイントまとめときますね。
・安倍事務所がヘイト本出版社に200万以上支出
・2011年の政治資金報告書
・そのうちワックに80万、青林堂に20万
ソース=2ちゃんねる http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …






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泥亀 ‏@xxxdorogamexxx · 1月3日
ぷるるん晋三・どんど焼き ってことすか?




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fusae ‏@FATE_SOSEI · 1月3日
酔いさめた RT @Mikhail_1984: まさか安倍が青林堂やワックから書籍を大量に購入していたとは…。 青林堂は桜井誠やKAZUYAの本を出版したヘイト出版社だし、安倍自身がヘイト本の氾濫に加担したも同然だ。





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米国債を売り払え! ‏@north_camellia · 1月3日
【スクープ】 安倍がヘイト本出版社から200万円以上の本を買ってたことが発覚 これには在特会もニッコリ
http://viper.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1420287799/ …




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ジョンレモン ‏@horiris · 1月3日
【新年早々大拡散】
安倍やはりヘイト野郎だった!
@Mikhail_1984: まさか安倍が青林堂やワックから書籍を大量に購入
青林堂は桜井誠やKAZUYAの本を出版したヘイト出版社だし、安倍自身がヘイト本の氾濫に加担したも同然だ。














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きづのぶお ‏@jucnag · 1月3日
安倍はヘイト出版社のネトウヨ本を大量購入し、嫌韓・嫌中ブームを流布し、ネトウヨを中心に偏狭なナショナリズムを煽ってた。既に圧倒的な議席数の大与党の総理大臣が、さらにレイシズムに満ちたファシズム国家を志向してるんだよ。

https://twitter.com/onoyasumaro/timelines/551310214230573056 …




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nuho ‏@nuho · 1月3日
凄まじいSF映画を観てた間に、とんでもない炎上ネタきとったがな。

#自民ぷるるん党




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nuho ‏@nuho · 1月3日
堂々と、公に、ヘイト本を買い支えてきたわけね。




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ピンボール ‏@flipperpinball · 1月3日
ぷるるんって何にゃん?





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nuho ‏@nuho · 1月3日
#ぷるるん晋三




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Kino Toshiki ‏@Kino_Toshiki · 1月3日  東京都 中央区
マジで高田誠の本を大量に買っていたりしたら大変なことになるな。




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中沢けい ‏@kei_nakazawa · 1月3日
何人かの出版関係者にここまで述べてきた仮定をはなしたのだけど、否定的な意見は聞かなかった。「あり得る」というお返事。もし裏付けをとるなら、重版されたか、また重版のペースはどのくらいの期間だったかと調べるという方法があると教えてくれた版元さんがいた。




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中沢けい ‏@kei_nakazawa · 1月3日
ごめんなさい日付を間違えてました。
今述べた方法があることに気がついたのは、2013年11月から12月にかけて突然、書店に嫌韓本、反中本が増えたから。それまでもぽつぽつ出ていたけど、特別秘密保護法が審議されている時に急に増えた。こりゃまたどうして?と考えていて気が付いた。




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愉快な巴里 ‏@yukainaparis · 1月3日
ファッ!ワック 6月436,000円 8月405,405円 青林堂 7月195,930円 産経3月716,320円 12月355,200円 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …




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Kino Toshiki ‏@Kino_Toshiki · 1月3日  東京都 中央区
井上太郎の本も買ったのかな?




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タケウチミホ ‏@sakeuchi317 · 1月3日
安倍気持ち悪い。




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C.R.A.C. ‏@cracjp · 1月3日
[http://2ch.net ] 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …




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Kino Toshiki ‏@Kino_Toshiki · 1月3日  東京都 中央区
「ど、どのようなヘイトスピーチが氾濫しているのか確認するために、ヘイト本を大量購入し勉強してみました。ひどいものですね。ヘイト許せません」
「そんなに勉強したのにFBで保守速報シェアしちゃうんですか?」




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hi everyone★ ‏@hieveryone0 · 1月3日
安倍ちゃん保守速報シェアの次はヘイト本の大量購入って完全にあかんやつやんけ...。




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C.R.A.C. ‏@cracjp · 1月3日
しかしワックも青林堂も点数は全然出ていないわけだから、要するに同じ本を大量に購入していたってことになる。http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …




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きづのぶお ‏@jucnag · 1月3日
こ・れ・は・・・ !?

QT @cracjpn: [http://2ch.net ] 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …




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cat-house ‏@ktcathouse · 1月3日
安倍の大量書籍購入、配布用?




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よすはす ‏@yosuyosur · 1月3日
安倍「日本を取り戻す!(ヘイト本をめくりながら)」




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反安倍あざらし隊 ‏@MetalGodTokyo · 1月3日
安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …

安倍自ら、青林堂やワックを支えていたのかよ!!




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丸 宏一 ‏@MaruKoichi · 1月3日
AKB商法ちゃう? RT @ktcathouse: 安倍の大量書籍購入、配布用?




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Fuck War / 北川至 ‏@snktsn · 1月3日
2ちゃんねるだけど冒頭のリンク自体は総務省の政治資金収支報告書なので。ワックだの青林堂だのの本をバカ買いする超エリートネトウヨ総理。半端なくクソキモすぎ。【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/-100 …




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きづのぶお ‏@jucnag · 1月3日
ヘイト本出版社を、安倍晋三が支援していた…と。ネトウヨ言説の流布に、積極的に加担していた、と!!

QT @cracjpn: しかしワックも青林堂も点数は全然出ていないわけだから、要するに同じ本を大量に購入していたってことになる。http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …




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Masayuki Kusakabe ‏@pfd1212 · 1月3日
つーか、青林堂って点数少ないから、単品の大量購入じゃなければ、これ買ってたことになり兼ねないじゃん。これ「豚本大量購入」って吐くにしても、「色々沢山買いました、これとか http://garoshop.cart.fc2.com/ca1/45/p-r-s/ 」って吐くにしても、どちらにせよヤバいよね。




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cat-house ‏@ktcathouse · 1月3日
@MaruKoichi 出版社支援というには中途半端な額かと。




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Masayuki Kusakabe ‏@pfd1212 · 1月3日
記者「政治活動費で、ヘイトスピーチでお馴染みの桜井誠の著作を大量に購入したんですか?」

秘書「いや、色々、その買いまして」

記者「例えば?」

秘書「ぷるるんとか…http://garoshop.cart.fc2.com/ca1/45/p-r-s/ 」

記者「ぷ、え?聞こえないです」

秘書「だから、ぷるるん…」




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Masayuki Kusakabe ‏@pfd1212 · 1月3日
しかし、凄え振り幅な出版社だな。




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Iwashita Yu ‏@sardinian1979 · 1月3日
ワック、青林堂、産経新聞出版…詳しい人が見たら全員「あー」っていう三大ヘイト版元じゃないっすか笑 RT @cracjpn: 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …




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hi everyone★ ‏@hieveryone0 · 1月3日
安倍のヘイト本購入で疑問なのは、岸家も安倍家も韓国や在日と関係が深い家なのに、どういう神経でヘイト本を読むんだろうな、ということだったりする。

反韓って、安倍にしたら自らのルーツの否定だと思うのだがそれも知らないのだろうか。

何かそこに「ねじれ」がありそうに思える。




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丸 宏一 ‏@MaruKoichi · 1月3日
@ktcathouse 安倍個人だけでなく周りもおるんちゃう? わからんけども。




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Masayuki Kusakabe ‏@pfd1212 · 1月3日
もう、ぷるるん晋三って呼ぼうかな。




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미 현(みひょん) ‏@miyomi34 · 1月3日
具体的な書籍名絞れると面白いねぇ^ - ^
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Irie Ryo ‏@fcknzsfuk · 1月3日
安倍はヘイト本をお年玉に配りまくったんかいな?




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norio(公式) ‏@nori_tas · 1月3日
自由ぷるるん党




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BUZZZZZ ‏@MKP_045 · 1月3日
ぷるるんでもヘイト本でもやばい。




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きづのぶお ‏@jucnag · 1月3日
ちょっと待て。安倍がヘイト本買った200万円て、税金やんけ?返せよ。

QT @cracjpn: [http://2ch.net ] 【遅報】安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上 http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …




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Masayuki Kusakabe ‏@pfd1212 · 1月3日
ワックってWILLかー。




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ミカエル ‏@Mikhail_1984 · 1月3日
まさか安倍が青林堂やワックから書籍を大量に購入していたとは…。
青林堂は桜井誠やKAZUYAの本を出版したヘイト出版社だし、安倍自身がヘイト本の氾濫に加担したも同然だ。





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Mike ‏@MAIMAIMAI466 · 1月3日
安倍晋三は、青林堂のジャパニズムにインタビューで登場しているのか。

http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%91%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A002-%E5%AE%89%E5%80%8D%E6%99%8B%E4%B8%89/dp/4792604362 …




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きづのぶお ‏@jucnag · 1月3日
…200万円もつぎ込んだヘイト本からの情報で作られる「ネトウヨ安倍談話」。

『戦後70年、「安倍談話」検討 有識者で3月にも開始』47NEWS http://www.47news.jp/smp/CN/201501/CN2015010301000879.html …




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BUZZZZZ ‏@MKP_045 · 1月3日
これって新刊とか出てる時期とかぶるんだろうか。誰かの著書を大量購入してるのかな。




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BUZZZZZ ‏@MKP_045 · 1月3日
確かにエロ本とヘイト本をラインナップしているのはとにかく人の興奮を刺激しようとしているという点で共通している。




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미 현(みひょん) ‏@miyomi34 · 1月3日
@miyomi34
青林堂の2011発売本 w















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Sakurai Nobuhide ‏@sakurainobuhide · 1月3日
渋谷青林堂抗議デモとか市ヶ谷ワック抗議デモとかやりたい。#ヘイト本出版社を許すな




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kato82 ‏@kato82 · 1月3日
けんもうからコピペ

安倍晋三首相の資金管理団体『晋和会』
2011年(平成23年)の政治資金収支報告書 PDF52~53ページ(その14~15)
http://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/121130/1212300059.pdf …




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kato82 ‏@kato82 · 1月3日
(承前)
ワック(株)
http://www.honyaclub.com/shop/goods/search.aspx?search.x=true&cat_p=00&pub_n=%83%8f%83b%83N …
・6月 43万6590円
・8月 40万5405円




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KaSuehiro ‏@KaSuehiro · 1月3日
しかし、青林堂やワックにしてみれば、自民党の政務活動費でこんな買い上げがあるんなら、そのテの本作るの、そりゃあやめられないわな。




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kato82 ‏@kato82 · 1月3日
(承前)

(株)青林堂
http://www.honyaclub.com/shop/goods/search.aspx?search.x=true&sort=hrd&cat_p=00&pub_n=%90%c2%97%d1%93%b0 …
・7月 19万5930円




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kato82 ‏@kato82 · 1月3日
(承前)

(株)産業経済新聞社
http://search.books.rakuten.co.jp/bksearch/dt/g001/bathr%BB%BA%B6%C8%B7%D0%BA%D1%BF%B7%CA%B9%BC%D2 …
・3月 71万6320円
・12月 35万5200円
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …




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C.R.A.C. ‏@cracjp · 1月3日
しかしあらためて眺めてみると自民党出版局に1万円でワックと青林堂に合わせて100万超ってすごいものがある。出版局は機関誌しか出してないのかな。書籍購入先となってる(有)竹山商店というのもなんだかよくわからない。議員会館内の売店か何か?





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あかぎ ♯本当に止める #奴らを通すな ‏@akg0011 · 1月3日
涎流して読み耽って妄執の再生産?不気味 RT @Mikhail_1984 まさか安倍が青林堂やワックから書籍を大量に購入していた…。
青林堂は桜井誠やKAZUYAの本を出版したヘイト出版社だし、安倍自身がヘイト本の氾濫に加担したも同然





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チャンシマ #AntiFascist ‏@chanshimantifa · 1月3日
やっぱザイトクズと懇ろじゃん、安倍晋三。




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미 현(みひょん) ‏@miyomi34 · 1月3日
.@miyomi34
これか!
奈良のヘイト宮司の本?





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kato82 ‏@kato82 · 1月3日
@miyomi34 「合計で210万9445円 仮に一冊3000円するとして700冊を越えるぞ」
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/55 …




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中沢けい ‏@kei_nakazawa · 1月3日
@cracjpn 議員が自分の本を出版して後援会に配るなどで本を買い上げると言う話を昔はよく聞きました。製作費を出して本を作ってもらい、それを書籍買い上げというかたちで相殺することもあります。調べたら、もっとほかにも嫌韓本、反中本にお金を出しているところがあるかもしれません。




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kato82 ‏@kato82 · 1月3日
当時=2011年か。
「まだ当時はネトウヨが票に繋がると信じて、安倍がネトウヨに媚びまくってた時期ではあるんだか 一国の総理がこんな捏造やデマだらけのクソウヨ本を大量購入するとか絶対に許されない」
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/64 …




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反安倍あざらし隊 ‏@MetalGodTokyo · 1月3日
@cracjpn 竹山商店、議員会館の中にある売店で、「晋ちゃんまんじゅう」売ってるところですわ。これのまとめ買いですね。くっだらねぇ!!
http://www.shop-nagatacho.com/goods_category_list/others/more.html …




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C.R.A.C. ‏@cracjp · 1月3日
とすると、自分のインタビューや特集が載ってる『ジャパニズム』を大量購入してる可能性が高いですね。RT @kei_nakazawa: @cracjpn 議員が自分の本を出版して後援会に配るなどで本を買い上げると言う話を昔はよく聞きました。製作費を出して本を作ってもらい、




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中沢けい ‏@kei_nakazawa · 1月3日
@cracjpn 何を買ったのかまでは、この伝票ではわかりませんね。でも、その可能性はありますね。




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C.R.A.C. ‏@cracjp · 1月3日

C.R.A.C.さんがリツイートしました C.R.A.C.
これは、以前自民党が雷韻出版(ネオナチの山田一成の会社)に共産党謀略本をつくらせて数万部買い取ったって話と似てますな。昨年豚本がベストセラーになったのも組織的大量購入があったのだろうか。


C.R.A.C.さんが追加






C.R.A.C. @cracjp
とすると、自分のインタビューや特集が載ってる『ジャパニズム』を大量購入してる可能性が高いですね。RT @kei_nakazawa: @cracjpn 議員が自分の本を出版して後援会に配るなどで本を買い上げると言う話を昔はよく聞きました。製作費を出して本を作ってもらい、



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中沢けい ‏@kei_nakazawa · 1月3日
あくまで理屈のうえでの話、証拠となると難しいのだけど、書籍1冊につき製作費が200万円くらいかかるとして、2000万円で10冊の本を作り、それを取次で配本してもらえば「ある種のブーム」に見える書店の平台を作ることはできる。同じような内容の本が10冊もいちどに書店の平台にならぶ。




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反安倍あざらし隊 ‏@MetalGodTokyo · 1月3日
【安倍の政治資金収支報告書】
青林堂やワックから安倍自ら税金でヘイト本を大量購入。さらに竹山商店は「晋ちゃん饅頭」を売っている議員会館内の売店。こんなくだらないものに税金使うな!!
http://www.shop-nagatacho.com/goods_category_list/others/more.html …





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中沢けい ‏@kei_nakazawa · 1月3日
たとえば、10件の版元に200万円ほどの製作費を出し、10冊の似たり寄ったりの本を作る。これを取次のルート配本に乗せれば、それほど不自然ではなく「ブーム」があるかのような平台が出来上がる。莫大な広告費用をかけるよりある意味、安上がりな宣伝ができるわけ。仮定ですけどね。




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中沢けい ‏@kei_nakazawa · 1月3日
書籍は「問屋」ではなく「取次」が扱っている商品。問屋の仕入れと違うところは「返本」が可能なところ。本屋さんは書籍を預かって並べるのが仕事。ルート配本というのは「取次」が販売用の本を選んで本屋さんに流す仕組み。これを使うと、自動的に取次が選んだ本が本屋さんに並ぶことになる。




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中沢けい ‏@kei_nakazawa · 1月3日
書籍配本の仕組みを悪用されたら、世論操作ができるわけだけど、これまでそれが行われなかったのは、たぶん出版界のある種の見識の力が働いていたからだと推察。1940年代の紙不足からできた配給的配本が昨年を大きく崩れた年でもあったけれども。はてさて、どうなっていることやら。




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Masayuki Kusakabe ‏@pfd1212 · 1月3日
いずれにせよハッキリしてるのは、

「安倍晋三は、排外主義、人種差別丸出しなヘイト本の出版社を政治資金で支えてる」

ということ。

で、大事なこと。

安倍晋三って、日本の内閣総理大臣なんだよ。




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チャンシマ #AntiFascist ‏@chanshimantifa · 1月3日
安倍晋三からザイトクズへの金の流れの一端が明らかになったか。てゆかもう隠そうともしねえのか。もっと騒がれないとおかしいだろコレ。




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たか ‏@takamind · 1月3日
おいおいおいおい!

“@MetalGodTokyo: 安倍総理、ヘイト本出版社から書籍を大量購入していた その額200万円以上
http://fox.2ch.net/test/read.cgi/poverty/1420282510/ …

安倍自ら、青林堂やワックを支えていたのかよ!!”




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C.R.A.C. ‏@cracjp · 1月3日
なるほど。竹山商店は晋ちゃんまんじゅう売ってる売店か。http://www.shop-nagatacho.com/ 通常の書籍購入費はこの11万円なんですね。




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kouji@I am not ABE ‏@kokomiti · 1月3日
"安倍自身がヘイト本の氾濫に加担したも同然だ。 "
この国は極右政権だとマスコミははっきりと言わない。そっちが気持ち悪い。





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http://blogs.yahoo.co.jp/kinakoworks/12892865.html


安倍首相ヘイト本を大量購入
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2015/1/7(水) 午前 11:58
日記
政党、団体
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安倍首相が嫌韓反中、在特会を持ち上げるヘイト出版社の本を大量購入!
http://richardkoshimizu.at.webry.info/201501/article_39.html



朝鮮部落出身の高田櫻井木村誠さんが強く支持する安倍不正選挙偽総理ですが、キチガイ朝鮮似非右翼系の書籍の収集に大変ご熱心なのです。



日本のウヨクの皆さんは統一CIA朝鮮教会に従属し、資金と薬物の供給を受けています。



ホモ行為が大好きなこの類の皆さんと安倍偽総理の蜜月関係にメディアがほとんど触れないのは、CIAが背後にいると分かっているからです。



この構造、随分と世に知れ渡りました。



全部まとめて廃棄する日が近づいています。



喜ばしい限りです。



日本が一気に浄化されます。(#^.^#)




安倍首相が嫌韓反中、在特会を持ち上げるヘイト出版社の本を大量購入!

http://netallica.yahoo.co.jp/news/20150105-00010001-litera



安倍首相がヘイト出版社のヘイト本を大量購入していた──。



へイト団体やレイシストとの関係がさんざん取沙汰されてきた安倍晋三首相に、こんな新たな疑惑がもちあがっている。



年明け、ネット上に安倍首相の政治団体「晋和会」の2011年度政治資金収支報告書がアップされたのだが、そこに以下のような書籍購入記録が記載されていたのだ。



「(株)産業経済新聞社 716,320円 H23/3/30」
「(株)産業経済新聞社 355,200 円 H23/12/27」
「ワック(株) 436,590円 H23/6/20」
「ワック(株) 405,405円 H23/10/21」
「(株)青林堂  195,930円 H23/7/19」



3社あわせて210万9千445円。



この年の書籍費合計が約222万円なので、9割以上を占めることになる。



本サイトも総務省のホームページで公開されている収支報告書を確認したが、これは間違いなく公的な記録だ。



なぜ、特定の出版社からだけ、かくも大量に書籍を直接購入しているのか。



しかも、問題なのはその出版社の顔ぶれだ。

(略)







安部晋三と在特会







イメージ 1






2015年ー2017年の日本の闘いは、日本人の未来だけでなく全世界の人々の未来がかかった史上初の民衆蜂起の闘いになるだろう!
http://blog.goo.ne.jp/yampr7/e/80a159fdc3da918934ea74cc20b23ea6



今年2015年から2017年までの3年間は日本をはじめ世界にとって戦後最大の危機の年になるだろう!我々は全力を挙げてこの危機を突破して輝かしい未来を切りひらねばならない!


安倍晋三ファシスト&サイコパス首相とその一味は、[日本国憲法]を亡き者にして2012年作成の[自民党憲法改正草案]=[大日本帝国憲法]に本気で差し替えようとしている。

安倍晋三ファシスト& サイコパス首相は、



米国軍産複合=ネオコン・シオニスト戦争主義者のバックアップを背景に、



自民党、



創価学会=公明党、



疑似野党=自民別働隊、



霞が関売国官僚、



経団連、



連合、



大手マスコミ、



御用評論家、



御用学者と【草の根ファシスト】である日本会議や神社本庁や在特会を総動員して、



2016年衆参同時選挙、2017年【憲法改正国民投票】で【憲法改正】を実現しようとしている。

1960年の日米安保反対闘争の相手岸信介、



1970年の日米安保粉砕闘争の相手佐藤栄作、



そして現在の安倍自公ファシスト政権打倒闘争の相手安倍晋三の3人は、



いずれも山口県熊毛郡田布施町出身の岸・安倍家をルーツに持つ田布施人脈で、



明治維新から現在まで続く日本国民を支配し搾取する構造的システム=【でっちあげ天皇制=田布施システム】の人脈なのです。

我々は全国津々浦々に【家族勉強会】と【草の根勉強会】を立ち上げ政府や官僚や財界人や大手マスコミに騙されない【賢明な市民】1000万人を育成する必要がある。

【利権特権を拒否する賢明なフツーの市民】が政治の舞台に登場し地方ごとに地域政党を立ち上げることが必要なのです。

我々の代表を地方議会や地方自治体首長に送り込むことが必要なのだ。

そして全国各地の地域政党を一つの全国政党に組織し、我々の代表を衆議院と参議院に送り込むことが必要なのです。

そして保守リベラルや左翼リベラルや無党派リベラルなどの他の護憲・リベラル勢力と協力して、【反ファシスト統一戦線】を形成し衆議院と参議院で過半数の議席を獲得して【反ファシスト統一 戦線政権】を樹立することがふかけつなのだ。

この【反ファシスト統一戦線政権】は政権公約として、



①人間の生命と人間の尊厳を最大限尊重する



②個人の自由と基本的人権を最大限擁護する



③国に最高法規である【天皇制を除いた日本国憲法】を国民の価値基準・行動基準とする



④国家の独立に最大限努力することの4つを掲げます。

【反ファシスト統一戦線政権】は上記の政権公約を実行するために、



①天皇制廃止



②日米安保条約の破棄



③民間銀行と政府と中央銀行に独占的に与えられている【信用創造特権】のはく奪



④永世中立国宣言をすぐに実行するのです。

①【天皇制廃止】は、明治維新から現在まで続く日本国 民を支配し搾取する構造的システム=【でっちあげ天皇制=田布施システム】を解体するために不可欠です。

②【日米安保条約 の破棄】は、米国による日本の植民地支配を解体するために不可欠です。

③【民間銀行と政府と中央銀行に独占的に与えられている【信用 創造特権】のはく奪】は、ロスチャイルド国際金融マフィアによる金融支配を解体するために不可欠です。

④【永世中立国】宣言は、世界の『反戦平和』 と『隣国との平和共存』に不可欠であ り、『世 界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない』という宮沢賢治の思いに不可欠です。




イケメンの自民党小泉進次郎の正体は、父親小泉純一郎譲りの”金儲けのためならすべてが許される”と考える【新自由主義者】であり、かつ米国留学で仕込まれた戦争至上主義者(ネオコン)なのだ!

大手マスコミが本格的に【改革派】【脱原発】【反安倍】の若手首相候補として売り出す自民党小泉進次郎は、実は民主党の前原誠司や長島照久と同じく米国ネオコン戦争派の拠点CSIS(戦略国際問題研究所)のマイケル・グリーンに直接教育された和製ネオコンなのだ。

我々は米国ネオコン戦争派と自民党と電通・大手マスコミが意図的に作る世論誘導工作員である自民党小泉進次郎に騙されないよう注意しなければならない!

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6万人! 国会前デモの熱気を伝えないNHK、日テレ、フジ

http://mainichi.jp/graph/2015/07/16/20150716k0000m040138000c/010.html

http://www.asahi.com/articles/ASH7H4F5DH7HUTIL02K.html

http://lite-ra.com/2015/07/post-1288.html

リテラ > 社会 > 国際問題・戦争 > 安倍の南シナ海「対中戦争」シナリオ .


安保法制強行採決、次は本当に戦争が始まる!

安倍の目的はやはり対中戦争だった! 強行採決前「南シナで日本人が命をかける」と発言

【この記事のキーワード】安倍晋三, 水井多賀子, 自衛隊 .

2015.07.16.


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minamishina_150715.jpg上・自由民主党HP/下・海上自衛隊オフィシャルサイトより
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 全国各地で反対の声をあげる市民を完全に無視し、昨日ついに安全保障関連法案が衆院平和安全法制特別委員会で強行採決されたのにつづき、本日衆院本会議でも採決が強行されてしまった。

 安倍首相はこの“戦争法案”を「日本の安全と平和を守るためのもの」と言い張り、「抑止力が高まり、紛争が回避され、我が国が戦争に巻き込まれることがなくなる」と話してきたが、もちろんそんなものは詭弁にすぎない。事実、先週発売の「FRIDAY」(講談社)は、安倍首相が15日採決に踏み切った際に口にしたという驚きの言葉を官邸スタッフが明かしている。

「支持率ばかりを気にして採決を先延ばししていたら、南シナ海(有事)に間に合わない」


 国会の審議の場ではことあるごとに「ホルムズ海峡が〜」と言っていたが、安倍首相の本音はやはり、南シナ海での中国との戦争にあったのだ。

 すでに南シナ海では、今年6月、海上自衛隊がフィリピン海軍と合同軍事演習を行っているが、官邸は1年以内に、自衛隊が米軍やフィリピン軍とともに、中国が進める南シナ海での岩礁埋め立て工事現場付近に出動し、この工事を武力で止めるシナリオをもっている。

「この話をすると、国民がさらに戦争への危機感をもってしまうため、国会や会見では一切口にしていませんが、これは既定のシナリオです。『FRIDAY』がすっぱ抜いた発言以外にも、安倍さんはオフレコでは何度も口にしている」(大手紙・政治部記者)

 実際、本サイトでも報道したように、この6月1日、高級中華料理店「赤坂飯店」で開かれた官邸記者クラブのキャップとの「オフ懇」でも、「安保法制は、南シナ海の中国が相手なの。だから、やる(法案を通す)と言ったらやる」と発言している。

 しかも、安倍首相はその中国との戦いで、自衛隊に戦闘行為に直接参加をさせ、比喩ではなく実際に自衛隊員に血を流させるつもりのようだ。

 南シナ海で米軍と中国軍が一触即発の状態になれば、それを即座に集団的自衛権行使の要件である「存立危機事態」とみなし、中国軍に攻撃を加える。そして、戦闘状態になって、自衛隊員が命を落とし、一気に世論が中国憎しで盛り上がる。それが安倍首相の望むシナリオらしい。

 これは妄想などではない。事実、過去に安倍首相自身が南シナ海、東シナ海で、中国の脅威をおさえこむために「日本人が命をかけて血を流すべきだ」とはっきり発言しているのだ。

 それは、「WiLL」(ワック)と双璧をなすヘイト雑誌「ジャパニズム」(青林堂)2012年5月号で行われた外交評論家・田久保忠衛との対談でのこと。田久保は今年4月、日本会議の第4代会長に就任したばかりだが、ことあるごとに安倍を絶賛する安倍応援団の一員。教育現場での体罰を肯定する「体罰の会」では顧問をつとめているような人物である。そんなふたりの対談のタイトルはずばり、『尖閣に自衛隊を配備せよ!』。
 
 まず、この対談のなかで安倍は、自らの決意を次のように語っている。

「(自由民主党の結党以来の目標は)一つは憲法改正し、真の独立を果たして自分の国を自分で守るということ。(中略)河野洋平元衆院議長、加藤紘一元幹事長の世代では、一番目の目標(憲法改正)に嫌悪感さえ抱くようになりました。(中略)その結果、中学校の教科書に従軍慰安婦問題が掲載されたりしました。そうした流れに危機感を抱き、敢然と取り組んだのが、我々の世代だと思います」

 まるで日本会議への「忠誠」を表明しているかのような「決意」だが、 憲法改正こそが安倍首相の悲願というのはいまも変わらない。しかし、問題はこのあと。田久保に「安倍先生には自衛隊を国軍にするような方向に持って行って欲しいのです」と言われ、安倍は嬉々としてこう答えている。

「まずその第一段階といってはなんですが、私の首相在任時に防衛庁を防衛省に昇格させました。自衛隊の諸君は任官するにあたって、我が身をかえりみず国民の負託にこたえるという主旨の宣誓をします。従って彼らに与えられるのは名誉であるべきです」

今年3月の国会で安倍首相は自衛隊を「我が軍」と呼んだが、彼にとって自衛隊はすでに国軍なのだろう。そして、その“我が国軍”が敵視するのは、もちろん中国だ。

「(中国は)自国がどんどん発展していくという、いわば中国人が中国人として誇りを持つための愛国主義教育を行っているわけです。その線上に覇権主義、領土拡大があり、中国に多くの国々が従っているという姿の演出が必要で、それが南シナ海、東シナ海での一連の中国の行動につながっている」

 ここから安倍はヒートアップ。突然、“血の安全保障”を意気軒昂に主張しはじめるのである。

「わが国の領土と領海は私たち自身が血を流してでも護り抜くという決意を示さなければなりません。そのためには尖閣諸島に日本人の誰かが住まなければならない。誰が住むか。海上保安庁にしろ自衛隊にしろ誰かが住む。(中略)まず日本人が命をかけなければ、若い米軍の兵士の命もかけてくれません」

「血を流してでも護り抜く」「日本人が命をかける」……。もちろんこれらは首相再任以前の発言だが、しかし、今、安倍政権で進めていることとの符合を考えれば、これこそが安倍首相の偽らざる本音であることがよくわかるだろう。

 しかも、この対談のやりとりを読んでいると、安保法制が中国への牽制といったプラグマティズムにもとづくものではなく、むしろ、まず、「日本人が血を流す」「日本人が命をかける」、それ自体が目的であることがよくわかる。

 誰でもいいから死んでくれ。そうすれば日本は東アジアの盟主となる──。「日本の平和と安全」なんてただの方便。とどのつまり安倍首相が夢見ているのは、武力による“大東亜共栄圏の復活”でしかない。

 ニコニコ生放送の番組では「戦争したいなんて誰も思ってませんよね(笑)」などと話していたが、誰よりも戦争したくて仕方がないのは安倍自身なのだ。

 安保法制が現実化したとき、国民の生活は平和と安全どころか、危険に晒されることになる。しかし、まだ覆すチャンスはあるはずだ。わたしたちの命を、こんな男に任せていいわけがない。
(水井多賀子)

http://lite-ra.com/2015/07/post-1289.html

リテラ > 社会 > マスゴミ > 6万人国会前デモを伝えないテレビ局 .


6万人! 国会前デモの熱気を伝えないNHK、日テレ、フジはどこの国の報道機関なのか

【この記事のキーワード】NHK, フジテレビ, 日本テレビ, 編集部 .

2015.07.16.


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demo_150716.jpgむなしく光る国会議事堂。多くの人びとが声をあげていたこのとき、安倍首相は読売新聞グループ本社取締役最高顧問らと赤坂で会食していた。
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「アベはやめろ!」「やつらを通すな!」「未来を守れ!」

 15日午後8時──国会前にはどんどんと人が押し寄せてきた。いま現在、0時を越えても国会前には多くの人が詰めかけ、コールをつづけている。発表では、6万人が集まっているという。安保法制採決に怒る市民の声は、止むことがない。

 記者が地下鉄国会議事堂前に着いたのは、午後7時を過ぎたころ。地下鉄を上るとすでに黒山の人だかりが見え、ドラム隊のリズムにあわせて人びとが声を合わせている。国会前を目指して進むにつれ、声は大きくなってゆく。しかしそのあいだにも、警備に当たる警察官が「国会前はいっぱいです! これ以上進めません!」と叫ぶ。

 ところが、その声を押し切って国会前に進むと、今度は「車道に出ないでください」と無理矢理歩道に押し込もうとする。

 ようするに、国会前に国民が大量に集まっている絵をとらせないよう指示が出ていたのだろう。実際、無線からは「通すな」という命令の音が洩れていた。

 でも、いくら警官がそう規制のための声を張っても、口々にあがる「憲法守れ!」という声にかき消される。それほどの人が、国会前に溢れ始めた。

 しかも、驚いたのはその参加者だ。学生ふうのカップルや家族で参加している人、時間が経つにつれ、どんどんと若い人が増える。そして目立ったのは、ひとりで参加している人の多さだ。たったひとりで、大きな声を張り上げて「戦争反対!」とさけぶ。それが大きな波となっていく。左翼でも労働組合員でもない、普段は政治的な活動をほとんどしていないごく普通の国民が危機感を抱いていることがよくわかる光景だった。

 しかし、どうだろう。この6万人の民意を伝えたメディアはわずかだ。TBSは『Nスタ』『NEWS23』で、テレビ朝日も『スーパーJチャンネル』『報道ステーション』がライブでその熱気を伝えたが、対して日本テレビ『news every.』『NEWS ZERO』、フジテレビ『みんなのニュース』『LIVE2015あしたのニュース&すぽると』はほんの少しだけ。とくに夜は『23』と『報ステ』が時間をかけて安保採決を取り上げたが、『ZERO』も『あしたのニュース』も政権に気を遣い、賛成意見を強調していた。

 だが、もっとひどかったのはNHKだ。このような重要な日に国会中継を行わなかっただけでなく、『NHKニュース7』も『ニュースウオッチ9』も、伝えたデモの様子は一瞬。しかも『ニュース7』は劇団四季の「ライオンキング」公演1万回を、『ウオッチ9』はなでしこJAPANの特集を延々と流した。憲政を揺るがす法案が採決された、そんな重大な日に、である。

 デモは直接民主主義の明確な意思表示だ。国会前で、SEALDsの若い男子は「民主主義ってなんだ?」と叫んでいた。民主主義ってなんだ? 同じ言葉を、いま、NHKやフジ、日テレに投げかけたい。
(編集部)

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鬼太郎から学ぶオリンピック

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アニメ界で名を轟かせる天才 押井守監督は女性蔑視 ミソジニーの思想の持主

http://lite-ra.com/2015/06/post-1192.html

宮崎駿の引退を「傲慢」とバッサリ! 毒舌冴える押井守監督だが、性差別への無理解も

【この記事のキーワード】ハラスメント, 明松 結 .

2015.06.16.


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sekainohanbunwo_01_150616.jpg『世界の半分を怒らせる』(幻冬舎)
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『機動警察パトレイバー』『攻殻機動隊』などの作品で知られ、いまや押しも押されぬ日本のアニメ映画界を代表する監督・押井守。

 このほど、2012年以降約2年分の有料メルマガをまとめた彼の新刊『世界の半分を怒らせる』(幻冬舎)を手に取ってみた。

 本書は、その時期ごとに話題になったニュースに関する時事評論集である。「映画監督に人格者はいない」が、「そういう勝手な人間でなければ、映画は(優れた映画は)作れない」という宣言から本書は始まる。「勝手な人間」の怒り・正義・欲望のなかにこそ「真実」は含まれるが、それらが放言や悪口である限りはパブリックな媒体に相応しくない。だからこそ「メルマガという形式で言いたいことを言い、書きたいことを書いてみようと考えた」のだそうだ。

 なるほど、取り上げる素材のなかには中国反日デモ激化、北朝鮮ミサイル発射事件、安倍晋三首相靖国参拝問題……などなど「よくここまで踏み込んだな」と思わせるテーマがちらほら。

 全体として、歯に衣着せぬ物言いで議論が展開される。当代きってのジブリ批判者として知られる押井だが、13年9月の宮崎駿監督引退会見にあたっても、「映画監督にとって、映画は『撮らせて貰えなくなる』という事態はあり得ても、『撮らない』という事態は存在しない」「監督を引退する、などと声明を発したりするのは傲慢の極み」とバッサリ。こうした前人未到の批評域に踏み込めるのは、まさに押井ならではだ。

 しかし──本書を読みながら、ひとつどうにも気になってしまったことがある。ジブリ批判にあたってはあれだけ威勢がいい論を展開しておきながら、女性絡みの話題となると筆が迷走し、おかしな方向へと話が進んでしまっているのだ。

 例えば、12年11月のオバマ大統領再選というテーマがそうだ。基本的にはオバマに懐疑的なスタンスで議論が進んでいくが、その途中、弁護士であると同時にアメリカ合衆国国務長官・上院議員をもつとめた対立候補のヒラリー・クリントンに言及が及ぶ。

〈なにしろあのヒラリーさんだからね。「このオバさんで本当に大丈夫か」って、カンケイない日本人の私でも思ったくらいだもん。アメリカの有権者だって「遣り手の女弁護士」なんか好きなわけないじゃない。自分のヨメにしたくない女の典型〉

 ……これ、ヒラリー評でもなんでもない。単に「結婚する女は学歴も才能も男より劣っているのが一番」という女性観の披歴に過ぎないのではないか? 本文ではこのあと「アメリカの警察ドラマに登場する弁護士って、演出の悪意にまみれてる(略)女弁護士なんて、ほぼ最低の人間あつかい」という文章が続く。「アメリカ社会における女弁護士のイメージ」のせいということになってはいるものの、それをタネに垣間見える自身の「本心」こそを自覚せい、という気がしてならない。

 もっとも、押井のような女性観は日本男性の平均的感覚とも言える。6月9日の毎日新聞では「東大女子 なぜ増えない」という見出しのもと、東大生の女子比率が未だ20%の壁を越えられない現状が報じられていた。背景として、東大女子学生から挙がっていたのが「男は自分より学歴が高い女を敬遠する」ので東大自体が進学先として避けられる傾向にあるという意見だ。高学歴の女性は「ヨメにしたくない女の典型」であることが私的な好みを越えて「社会の感覚」にすり替わった際、女性の社会進出を阻害する一因となってしまうことはわきまえてほしいところだ。

 もうひとつ気になったのが、東京都議会のセクハラ野次騒動評。14年6月、都議会の最中、塩村文夏都議会議員に対し、男性都議から「自分が結婚すりゃいいじゃないか」「産めないのか」とヤジが飛んできたという一件だ。直後、一瞬強張った表情を見せ苦笑いしながらも話を続けた塩村議員の振る舞いについて、押井は以下のように評する。

〈『喧しい、この種無し』『もう勃たねんだろインポ親父』くらいは喚いて欲しかった。不正規発言には不正規発言で、罵詈雑言には罵詈雑言を以て応酬することが正しいのです。(略)公然と侮辱されたのですから、侮辱し返すのがスジというものです〉

「やれやれ、これだから若い女性は」と肩をすくめる押井の姿が目に浮かぶようだ。しかし、実際はそう言う側のほうがアウトなのである。文芸評論家の斎藤美奈子は、性暴力事件の特徴はまさに「なぜ抵抗しなかったのか」というようなかたちで被害者に追及の目が向けられることだと指摘する。こうした言葉は被害者をもう一度傷つける「『セカンド・レイプ』『セカンド・セクハラ』の典型的な発言」にあたるのだそうだ(斎藤美奈子『物は言いよう』平凡社)。

 押井は、以下のようにも続ける。

〈セクハラ発言を許しておいて、後になってそれを政治問題化するのでは時機に失するというものです。政治はタイミングが重要なのですから、敵失は見逃さずに速攻で応酬すべきです〉

 ……その場で応酬できなかったことが、いったいなぜ相手方を「許した」ことになるのだろう? 塩村がなぜ野次に言い返せなかったのかという地点から考えてみたい。ヘイトスピーチ(差別煽動表現)をめぐる議論のなかで知られた言葉に「沈黙効果」がある。もとは批判的人種理論という学問分野から生まれた専門用語で、差別的な効果をもつ言葉を投げられたとき、被害者は「顔面に平手打ちをくらうような」衝撃を受け、一瞬にして沈黙を強いられるというものだ。「レイシストをしばき隊」(現・C.R.A.C.)主宰者の野間易通は、次のように言う。

〈マイノリティの出自や性的指向、あるいは障害などを、それらの属性を持たない者に攻撃されて、有効な対抗言論を繰り出すことは原理的に不可能だ。彼らを諌めたり諭したりすることはできるだろうが、それは本来被害者が担うべき役割ではないだろう〉(野間易通『「在日特権」の虚構 増補版 ネット空間が生み出したヘイト・スピーチ』河出書房新社)

 性別という属性への攻撃となるセクハラ発言を行った人物を「諌めたり諭したり」するのが被害者の役割ではないということもまた然り。ここから考えれば、塩村の強張った表情も典型的な「沈黙効果」の一種と言えそうだ。

 総じて、押井の「不正規発言には不正規発言を」「セクハラ発言を許しておいて」という指摘はトンチンカンとしか言いようがなく、セクハラを受けた側をまったく誤ったかたちで貶めるものなのだ。

 本書の冒頭では「僕が人格者なんぞであるわけがありません」と宣言した直後に、「まあ女性と動物には、ごく優しい男なのですが」という但し書きが入っている。先手をわざわざ打つのは自分自身が抗議対象になりえる自覚があるからではないか? という予感を抱いてはいたのだが、やはりそうだったとは……。日本を代表するアニメ監督の「怒り・正義・欲望」は、セクシズムへの無理解と背中合わせで成り立っていることがよくわかる一冊であった。
(明松 結)



https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%82%BD%E3%82%B8%E3%83%8B%E3%83%BC

ミソジニー





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この記事の正確性に疑問が呈されています。問題箇所に信頼できる情報源を示して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2006年9月)

ミソジニー (英: misogyny) とは、女性や女らしさに対する憎しみや軽侮である。女嫌い(おんなぎらい)や女性嫌悪(じょせいけんお)ともいう。ギリシア語の μισος(憎しみ)と γυνε(女性)から由来し、女性を憎んだり蔑んだりする男性をミソジニスト(misogynist)と呼ぶ。

対義語には、「男性や男らしさに対する憎しみや軽侮」を意味するミサンドリー(英:misandry)と、「女性や女らしさに対する愛しみや崇敬」を意味するフィロジニー(英:philogyny)の二つがある。



目次 [非表示]
1 概要 1.1 男性側のミソジニー
1.2 女性側のミソジニー
1.3 社会・宗教におけるミソジニー

2 ミソジニーと大衆文化 2.1 音楽

3 脚注 3.1 注釈
3.2 出典

4 参考文献
5 関連項目


概要[編集]

ミソジニーは通常「女性嫌悪」「女嫌い」と訳される[1]。男性にとっては「女性嫌悪」、女性にとっては「自己嫌悪」、その心性がミソジニーである[1]。上野千鶴子は、ミソジニーを家父長制の基本原理の一つに位置づけている[1]。イギリス文学研究者のイヴ・セジウィックは、同性愛に対する恐怖感・嫌悪感=ホモフォビアと必然的な親和関係があることを指摘しており、上野もこれに同調している[1]。ただし、ミソジニーの概念自体が主観的・内面的な感情や価値観を問題にしているため、その範囲を明確にすることは難しいとする見解もある。

上野千鶴子は、ミソジニーの男性には女好きが多いと指摘している[1]。上野によれば、女性をセックスの対象としてしか見なさない男性は、「女好き」でありながら「女性嫌悪」ないし「女性憎悪」の思想を有しているとみられるが、ここにおける「女好き」と「女嫌い」は矛盾しない。むしろ、女性軽侮という同じ根から現れたコインの表裏である[1]。なお、奥本大三郎は、小説家の吉行淳之介を「まぎれもなく女性嫌悪思想の系譜に連なる作家である」と指摘しており、また、「女性嫌悪思想の持ち主というのは、どうしても女に無関心でいられない」のが「弱点」であるとも記している[1][2][注釈 1][注釈 2]。

男性側のミソジニー[編集]

男性側のミソジニーの例として、女性に対する性的暴力やセクシャルハラスメント、制度的差別などに加え、広告や映画、文学テクストなどにおける女性を蔑む表現などが挙げられている。

女性側のミソジニー[編集]

一方、女性側においてミソジニーは、女性の体に対する羞恥心、拒食症などの摂食障碍、性的機能不全、鬱病、女性であることに起因する劣等感や無価値感といった感情の形をとって表れるとされる。

女性から女性に対するミソジニーとして、しばしば働く女性と専業主婦の間での論争や、女医と女性看護師の間での関係、事務職の女性が総合職女性などに対して「肩肘張って仕事をしている」などと陰口を叩いているということが挙げられるが[3]、それらは女性の持つ「自分と異なるもの」に対する距離感・疎外感などであり、「女性性」そのものに対する嫌悪感「ミソジニー」とは異なるとも考えられる。

社会・宗教におけるミソジニー[編集]

広く父権制的な社会においては、その社会構造に由来する必然的なミソジニーが見られる。キリスト教やイスラム教のような父権制的な宗教では、大地信仰を行うような母権制的社会における宗教のテクストに比べ明らかなミソジニーが見られる。こうした宗教社会では、女性は負の要素の象徴として、あるいはその元凶として描かれることが多く、こうした記述はミソジニーの表れであると評価される。もっとも、ここでいう母権制的社会でも、男性支配は広く見られる。

ミソジニーと大衆文化[編集]

音楽[編集]

しばしばクール - ホットであることが重視される若者の音楽文化において、とりわけヒップホップなどの分野が、激しいホモフォビアの傾向とともにこの傾向を強く帯びる。攻撃的なスラングをもって女性を嘲罵する一方で、当の女性達からの熱い支持を受けもする。21世紀初頭ではエミネムなどが殊に名高く、係る活動体[誰?]などからの批判を延々と受ける事態となっている[4]。

脚注[編集]

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注釈[編集]

1.^ 奥本大三郎は、吉行に女性読者が増加していることを称して「猟師の鉄砲に小鳥が止まったような具合」と形容している。奥本(1981)p.161
2.^ 上野千鶴子は、ミソジニー傾向の強い作家として吉行以外に永井荷風を挙げている。上野(2010)pp.7-21

出典[編集]

1.^ a b c d e f g 上野(2010)pp.7-21
2.^ 奥本(1981)p.161
3.^ 『家族を蔑(さげす)む人々 - フェミニズムへの理論的反論』
4.^ GLAAD: Eminem's Hate Lyrics. GLAAD. Accessed 2007年6月31日

参考文献[編集]
奥本大三郎「男の領分-『驟雨』詳論-」『ユリイカ』1981年12月号、青土社。1981年。
上野千鶴子 『女ぎらい -ニッポンのミソジニー-』 紀伊国屋書店、2010年10月。ISBN 978-4-314-01069-6。

関連項目[編集]
女性差別
女性恐怖症(ガイノフォビア:<英> gynophobia)
セクシスト
拒食症
東電OL殺人事件
アダムとイヴ
ババァ発言
「産む機械」発言
反フェミニズム
ジョック
スイーツ(笑)
ミサンドリー

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アニメ ガッチャマンクラウズ インサイト より ゆるじいが空気に流されない理由を考える 弟の遺影を見るゆるじい。この弟は服装から察するに戦争に行き死んだのでしょう。はじめと同じでゆるじいが空気に染まらないのには、弟が戦死した事も関係していそうです。 第二次世界大戦に関しては無理矢理国民を戦わせた軍部が悪いとする主張がありますが、そんな酷い事になったのはマスコミに踊らされ戦争をしようという空気を生み出した国民のせいでもあります。国民がその場の空気に流され冷静な判断が出来ずに、戦争を続けさせたから引き際を間違え大勢の犠牲を出した。記事の主旨ではありませんし複雑ですから端折りましたが、どうもそうした事があったのは事実らしい。まあマスコミが煽るのは今のテレビとか新聞を見ても分かりますよね。ゆるじいはそんな時代に生きて大切な家族を失った経験があるから、空気に流されてはならないという意識が強いのではないかと。まだまだ書きたい事はありますが、それは二話以降も見て情報を集めてからにします。

























http://d.hatena.ne.jp/taida5656/20150705/p1

「ガッチャマンクラウズ インサイト」1話感想と考察 今作品におけるテーマとは何かCommentsAdd Star

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僕らは、僕らのことがしりたい
ぼくらの「国」には「社会」がないこと
「社会」と「世間」はちがう世界で生きているということ

情と理
「悩む」のではなく「考える」ことが大切ということ

現代人は「速」すぎる
呼吸も浅く早い
ゆっくり深くが「僕ら」は苦手だ



空気と浅慮と多様性の否定
「ガッチャマンクラウズ インサイト」のテーマはこれになりそうです。一話を視聴してイントロダクションに書かれていた上記の言葉の意味が少しずつ分かってきた気がします。

現代人が考える事が出来ないのは簡単に移り変わる世論に対する菅山首相と丈さんの意見、パイマンに一般人に迷惑をかけるなと注意された直後にやらかすマスコミの姿等から感じられました。呼吸も浅いというのは三栖立つばさがゆるじいと深呼吸している場面でも言及されていますね。
ゆるじいは将棋で一手指すのにも一週間以上考えたりとイントロダクションに書かれているものとは真逆の人物、そう設定されているあたり作品のテーマを理解する上では欠かせない存在なんだと思います。

「ガッチャマンクラウズ インサイト」は総理大臣もスマホ選挙で選ぶ時代になりましたが、こうした大事な決断を簡単に行える事が日本に何をもたらすのか注目しています。
OPを見ると国政に関する賛成と反対の意思表示は投票所に行かず「だよね!」と「ないね!」のボタンだけで簡単に決められ、そこからさらに「サドラにおまかせ」なんてボタンも追加されるみたいです。思考放棄して大事な決断を宇宙人に任せるのは民主主義国家に生きる者としてどうなんですかね。
きちんと考えられる国民も大勢いるでしょうけと、それが出来ない国民もクラウズを所有していると思うと、鈴木理詰夢が0話で「クラウズは世界を滅ぼす玩具」と口にする気持ちも分かる。


ゲルサドラの思想と能力
皆の心がバラバラなのは悲しいから一つになればいいと考えるゲルサドラ。丈さんも皆が同じではないから問題を起こす猿なんかもいて、日本には何時までも社会が生まれないと嘆いていましたね。

はじめはそんな二人とは異なり皆がバラバラだからこそ好ましいと感じているそうです。それは可視可された皆の心を見た時の「皆バラバラで綺麗っすねー」という台詞に表れています。
はじめがそうした何かを一色に染めるよりも、色んなものを切って繋ぎ合わせるのが好きなのは、趣味や能力からも言えるのではないかなと思います。

ゲルサドラにはある空気を周囲に感染させる力があるみたいです。それはゲルサドラが何か行動する度にはじめとゆるじい以外の人達の心が同じ色と形になっていますが、それに対してはじめが「何したんすかーゲルちゃん」と聞いた事から自然な現象ではないと思われます。

ゲルサドラは平和主義の無害な宇宙人かもしれませんが、そうした能力があるとしたら事件に利用されそうです。ところで人間態ではないゲルサドラは雲の如き掴み所のない身体をしていますが、これは空気と関係する存在である事を意味しているのでしょうか。


ゆるじいが空気に流されない理由を考える
弟の遺影を見るゆるじい。この弟は服装から察するに戦争に行き死んだのでしょう。はじめと同じでゆるじいが空気に染まらないのには、弟が戦死した事も関係していそうです。
第二次世界大戦に関しては無理矢理国民を戦わせた軍部が悪いとする主張がありますが、そんな酷い事になったのはマスコミに踊らされ戦争をしようという空気を生み出した国民のせいでもあります。

国民がその場の空気に流され冷静な判断が出来ずに、戦争を続けさせたから引き際を間違え大勢の犠牲を出した。記事の主旨ではありませんし複雑ですから端折りましたが、どうもそうした事があったのは事実らしい。まあマスコミが煽るのは今のテレビとか新聞を見ても分かりますよね。
ゆるじいはそんな時代に生きて大切な家族を失った経験があるから、空気に流されてはならないという意識が強いのではないかと。まだまだ書きたい事はありますが、それは二話以降も見て情報を集めてからにします。

「ガッチャマンクラウズインサイト」はどの様な物語になるのか? - アニメ見ながらごろごろしたい

「ガッチャマンクラウズ」最終回 感想と考察 - アニメ見ながらごろごろしたい

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銃と麻薬と憎悪の三重苦に喘ぐ黄昏の帝国アメリカ

2015年07月08日 | 社会




『ワン・ドロップ・ルールで二つのカーストしか認めないアメリカの矛盾と混乱』

現在のオバマ大統領は、『歴史上初めての黒人大統領だ』と今のアメリカ人は全員が信じているが、正しくはアフリカのケニア出身の黒人留学生と北欧系白人女性との間に生まれたハーフ(1/2だけ黒人)であり、決して『黒人』ではない。アフリカの本物の黒人から見ればオバマ大統領は1/2白人である。(牛乳50%の清涼飲料水は乳製品ではあるが牛乳ではない。『黒人のオバマ』とは明らかな不当表示である)
あるいは世界的に有名な歌手のマライア・キャリーは白人に見えるが自分で『黒人である』と名乗っている。しかし、容貌からは少しも黒人には見えないのである。
アメリカではオバマのように母親が白人でも、マライア・キャリーのように肌の色が黒くは無くても『黒人』に分類される不思議ですが、この原因とは1滴でも黒人の血が混じれば黒人だと看做す『ワン・ドロップ・ルール』で、アメリカでは白人と黒人の『二つのカースト』しか認めないことに由来している。
アメリカ人の白人にとっての最大の恐怖とは、ある日突然に自分の先祖に『実は黒人がいた』ことが判明することであるらしいが『ワン・ドロップ・ルール』で二つのカーストしか認めないアメリカでは白人の精神を深く蝕んでいる。
『モンテ・クリスト伯』の作家アレクサンドル・デュマは黒人と白人の混血(クレオール)だが、オバマを黒人と呼ぶアメリカ人とか大違いでフランス人は誰も文豪デュマを黒人とは呼ばないのである。

『頻発するヘイトクライムの恐怖』

ブッシュ大統領が2001年の9・11事件を口実にして始めたイスラム過激派との永久に終わらない『対テロ戦争』では、アフガニスタンやイラクなど中東だけでは無くアメリカ国内でも治安確保を目的に『愛国法』などの激しい人権抑圧法案が次々可決され一般社会全体が一変する。
9・11に衝撃を受けたアメリカ人は安全の為に大きな犠牲を払い政府の言うとおりに治安強化に邁進するが、ところが、何故かセキュリティーを強化すればするほど治安が良くなるどことか、逆にアメリカ全体が目に見えて悪くなる。
過激派テロの2倍の『ヘイトクライム』(hate crime、憎悪犯罪)がアメリカでは発生していたのである。
今回アメリカ深南部のバイブルベルトであるサウスカロライナ州チャールストンにある最も由緒有る黒人教会であるエマニュエル・アフリカン・メソジスト・エピスコパル教会で、白人至上主義者が銃が乱射し説教していた牧師や州の上院議員を含む男女9人が死亡した。
ところが、悪質極まるヘイトクライム事件の発生に対して、全米ライフル教会(NRA)は反省するどころかツイッターで銃規制に賛成だった犠牲者の一人であるクレメンタ・C・ピンクニー上院議員を口汚く罵倒する始末。
インターネット上で、全米ライフル協会(NRA)のチャールズ・L・コットンは最悪のヘイトクライムの犠牲者で、聖職者のサウスカロライナ州上院議員に対して、
『もし彼が銃所持を認めていたら、教会にいた(ピンクニー氏を除くそれ以外の)8人は生きていただろうに。彼の政治的なスタンスのせいで、無実の人が亡くなった』と主張した。
全米ライフル協会(NRA)会長チャールトンヘストンは『銃が人を殺すのでは無い!人が人を殺すのだ!』と主張したが、NRAの公式な考え方では『銃を持った悪いやつらを止めるには、良い人間が銃を持つしかない』。(全米ライフル協会 ラピエール副会長)
相次ぐアメリカでの学校での無差別銃撃事件の子供達の命を救うための解決策とは『全米のすべての学校に銃と警官を配備することだ』と真面目な顔で全米ライフル協会(NRA)ウェイン・ラピエール会長が記者会見で発表している。
正に『目には目を歯には歯を』の発想であり、無差別銃撃事件を『銃には銃を』でNRAは解決出来ると思っていて、少しも自分たちの発想に疑問に感じていない。そもそもの根本が狂っているのである。


『日本政府(安倍晋三)が理想とする国の厳しい現実』

普通の常識的な一般的日本人から見れば、一連の全米ライフル協会(NRA)の主張は間違いなく『狂気』以外の何ものでもない。
ところが、実はNRAの学校や教会、個人の安全を『国家の安全』に、少しだけ言葉を替えるだけで、今の安倍政権の平和法案の発想と瓜二つである。(あまりに単純な手品なので、逆に誰もが気がついていないが)
アメリカという日本の唯一の同盟国の現状(行動原理)とは、実は丸々考え方がNRAの数々の狂気の暴言と原理的に『同じ』だった。
米ライフル協会会長のチャールトン・ヘストンは『枕の下に銃を入れていると、安眠出来る』と語っている。(普通の日本人では逆に枕の下に銃を入れて寝たら、到底安眠できない)
狂気のNRAの考え方とは、憲法9条があるために外国(北朝鮮や中国)が攻めて来ると思って心配で心配で眠れない日本の改憲派(安倍晋三)と共通する感性である。
お粗末な極右改憲派の筆頭であるタモ神のお友達で日本版民間軍事会社を立ち上げCEOを名乗ったお気楽男(軍事オタク)は、実績作りにシリアに入って拘束された時に運悪く自動小銃で武装していたのでISISに真っ先に殺されている。
これ等の仮想空間に生きているらしい能天気な日本人軍事オタクですが、危険な戦闘地域に入って、迂闊に武装していれば『安全』どころか危険性はより倍加するばかりである厳しいリアル世界の『現実』を知らなかったらしい。



『憲法遵守義務がある日本国首相ではなく、全米ライフル協会の日本支部長としての安倍晋三』

アメリカのNRAにしても日本の安倍晋三にしても、武装しているれば安心して弛緩できるが、非武装では(誰かが襲って来ると思っているので)不安で不安で緊張しているのです。
現状の安倍晋三ですが、今までの国家の武装を禁じた平和憲法の日本国首相としての発言とは180度正反対の発想である。
それなら『全米ライフル協会日本支部長である今の安倍晋三』として行動しているのですよ。たぶん。そのために安倍首相の平和法案の説明には、日本人の誰もが納得しないのは当然だったのである。
NRAの『銃で安全を守る』はごく短期間だけ局所的には正しくとも、長期間で社会全体を考えれば丸っきりの逆効果である。
銃で銃を防げば、銃器の蔓延によって全ての人々の安全が脅かされる。
戦争に次ぐ戦争に明け暮れていた日本が国家の武装を禁じた憲法9条によって70年間も戦争していない事実以上に、説得力がある話も無い。NRAですが最初の出発点で間違っていたのである。
全米人口とほぼ同じ数の銃器が国内に溢れるアメリカと、対照的に国民の非武装が基本の日本が、日米同盟を唯一の根拠にして、世界中の血で血を洗う過酷な戦場で日米がヒフティヒフティで行動するなど考えるだけでも無茶苦茶である。

『違法薬物(麻薬)が違法でないアメリカ』

『麻薬汚染のアメリカ人を幹部に取り立てた世界企業トヨタの不見識』
世界最大の販売台数を誇るトヨタが宣伝広報の常務に任命したばかりのアメリカ人の麻薬密輸が発覚して逮捕されるが、(州段階では大麻が合法化されているアメリカ基準なら当然かもしれないが)通常なら即座に謝る『日本企業』としては解任も謝罪も遅すぎる。トヨタは悪しきグローバルスタンダード(アメリカ基準)に中枢部が毒されているのだろうか。
トヨタのジュリー・ハンプ常務役員(55)が麻薬取締法違反で逮捕されたのが6月18日、トヨタがハンプ容疑者の辞任を発表したのが7月1日。なんと2週間もかかっている。
トヨタの豊田章男社長は逮捕後の6月19日の記者会見で、ハンプ容疑者を幹部に任命したことを後悔しているか、と問われ、『我が社はふさわしい人物のみを重要なポストにつける。後悔はしていない』と開き直っている。
我が日本国では麻薬の常習に対する社会的責任はとんでもなく重い。発覚すれば一つの例外も無く一般社会からの追放は免れないのである。
ところが国民全員が丸腰の安全な日本とは大違いで、個人の武装を憲法で保障するアメリカの発想は日本人的に見れば『狂気』以外の何ものでも無い。
数字で見るアメリカの現状ですが、銃器の氾濫以上に一般市民社会の麻薬の氾濫があまりにも恐ろしい。

『トヨタ役員逮捕「オキシコドン」報道に対する米国での反応』2015年7月03日新潮社フォーサイト

2007年からボストン在住でハーバード大学で研究している大西睦子医師が示す現実のアメリカの麻薬汚染の実態は凄まじい。
アヘンの麻薬成分を合成した『オキシコドン』はモルヒネよりも強力な鎮痛作用があり、アメリカ国内でも扱いには規制があり2007年には販売業者が6億ドルの罰金が科されている。
マイケル・ジャクソンの死亡原因だといわれているオキシコドンの過剰摂取によりアメリカでは銃による死亡よりも多い年間16000人以上が死んでいるし、世界中のオキシコドンの消費の8割がアメリカ一国で使われていると言うから無茶苦茶。
今のアメリカの現状ですが交通戦争ならぬ、もはやオキシコドン戦争であるが何故か日本ではその実体が報道されることは無い。
銃規制に反対する圧力団体としての全米ライフル協会の話は日本でも詳しく語られているが、銃以上の死亡者が出ている医療用麻薬による薬物被害に関してマスコミが沈黙している理由はNRA以上に強力な製薬会社や損害保険会社、医療産業の圧力が考えられる。
(アメリカでの銃による死者は年間3万人超だが過半数以上が自殺であり、銃による犯罪や事故での死者数は1万人程度でオキシコドンなど医療麻薬の死者数よりも少ない。)
日本も医療の高度化で医療費が年々拡大してGNPの1割に達しているが、先進国として世界に例を見ない公的医療保険制度が存在しないアメリカの場合は、自由競争の医療費は無限大に拡大してGNPの2割にも達してアメリカ経済を圧迫する。
(アメリカ経済の崩壊を目前にして、公的医療保険創設を公約して当選したオバマ大統領だが草の根宗教右派の頑強な抵抗により目玉だったオバマケアは骨抜きにされる)

『新潮社フォーサイトの大西睦子医師の驚愕数字の数々』

常識有る日本人が読めば到底現実世界の話だとは思えない。もしも大西医師の数字が本当ならアメリカは旧約聖書のソドムとゴモラ以上の悪魔が支配する暗黒国家である。
アメリカが聖書の記述のように天罰で(神の怒りで)焼き尽くされることは無いが、間違いなく内部圧力に耐えかねて(市民の怒りにより)近い将来に自ら崩壊する。
世界のオピオイド鎮痛薬の消費量調査では2012年の1人当たりの1年間のオキシコドンの平均消費量(mg)は、世界平均は13.5mg。
世界71カ国のうち、日本は32位で平均は3.6mg。
対して断トツの1位のアメリカが243.8mgと飛びぬけている。(二位カナダ140.6mg、三位オーストラリア85.3mg)
世界平均から見ても18倍。日本と比較すれば68倍で、アメリカの消費量が飛び抜けて多いことが一目瞭然。
ちなみに、同じオピオイド鎮痛薬のうちモルヒネについても同じ傾向で、2012年の1人当たりの1年間の世界平均は6.3mg。
世界158カ国のうち日本は42位で3.2mg。
アメリカは世界平均の12倍以上の78.6mg。(1位がカナダで2位がオーストラリア3位米国と、此処でも英国の元植民地のアングロサクソン国家が上位3位を独占している)
医療用麻薬の使用量でみると世界消費量の8割が米国人であり、その結果は凄まじい。
大西医師は、『死亡者も依存症も急増』と題して、
『ただし、オピオイド鎮痛剤は、使用法を誤ると極めて危険な薬でもあります。たった1回でも大量投与をすると重篤な呼吸抑制を引き起こしたり、場合によっては死に至る危険性もあるのです。2010年には、医師に処方されたオピオイド鎮痛剤の過剰摂取による死亡者は年間で1万6651人にものぼっており、過去20年間で3倍以上に増加しています。』とさりげなく書いている。
アメリカのように通常の医療行為として一般病院の医者が不必要に麻薬を大量投与すれば、当然トヨタのジュリー・ハンプ容疑者の様な麻薬中毒者や、マイケル・ジャクソンのような過剰摂取による死亡者が大量発生するのは何の不思議も無い。当然な結果であった。
(日本の場合にはオキシドコンやモルヒネの様な麻薬系の鎮痛剤は最早助からない癌の末期に使われる程度で、『ペインクリニック』という専門的な診療機関も有るが、専門医が自治体に届けを出しオピオイド鎮痛薬の記録と管理を厳格に行っている)
麻薬大国アメリカですが、
『国立薬物乱用研究所(National Institute on Drug Abuse:NIDA)によると、米国ではここ20年あまりで、医師から処方されたオピオイド鎮痛薬の使用が急増』
『全米でオピオイド鎮痛薬が1年に処方された数は、1991年の7600回から2013年には2.07億回にまで増加』
『世界中におけるオキシコドン消費者の81%は米国人』
『オピオイド鎮痛薬の長期の使用による依存症の発症は使用者全体の40%に及ぶ』など、最早末期症状に陥っていて崩壊寸前である。

『25%の子供が”クスリ"漬けのアメリカ』アメリカ経済ニュースBlog2010年12月29日

WSJによると、アメリカの25%の子供と10代若者が処方箋薬を常時服用しているらしい。さらに、7%が、2つ以上の処方箋薬を服用しているということだ。
ぜんそく、ADHD、うつ、高血圧、精神病、不眠、糖尿病などさまざまな処方箋薬が服用されているようだ。
子供が処方箋薬を服用する怖さは、子供への長期的な副作用について全く知られていないことだ。
Source: WSJ
4人に1人の子供が処方箋薬を常時服用している。
医者のやっている仕事は、薬物で『手っ取り早く』症状をなくすこと。アメリカは、慢性的な『クスリ』の病気に犯されている。
アメリカでは、元気すぎて学校で騒いでADHD(多動性発達障害)と診断される子供は10人に1もいる。ADHDの治療では覚せい剤と同じアドレナリン神経作動薬が使われるが、日本国内でも『NHKクローズアップ現代』2012年6月13日放送でADHD治療薬を飲んだ子供達の重大な副作用が取上げられていた。
逆におとなしすぎる子供はうつ病と診断され『抗うつ薬』が精神科の医師から処方される。
その結果は凄まじく現在は全米人口の8人に1人が常時『抗うつ薬』を服用していて、クスリが切れた途端にゾンビ状態になるという。
これ等のクスリを処方された人々は、自分の意思では最早クスリから離れられないのですから製薬会社の儲けは天井知らずに膨らんでいく。
アメリカの個人破産の原因とは、何と『医療費』なのですから、その凄まじさは想像を絶する。
今のアメリカを救う唯一の処方箋とは公的医療保険の創設なのですが、圧力団体として軍産複合体のNRA以上に強力な、製薬会社や損害保険会社の圧倒的な情報宣伝力が阻んでいる。
今回紹介した大西医師も新潮社フォーサイト記事の前半部分では『日本ももっとオキシコドンを積極的に使え』『少なすぎる』と主張しているのですから、薬物被害の後半部分とは180度逆さまになっている。
『論』としての整合性がゼロで無茶苦茶な代物。多分、脳みそがクスリ漬けで腐っているので合理的な判断がまったく出来ないのが、あるいは製薬・医療マフィアが怖いので(オキシコドンの宣伝文句を入れないと)書けないのである。

『医療現場への市場原理主義(新自由主義)の導入による無制限の医療費の高騰』

公的な医療保険で医療費が無料のイギリスも、公的保険があるが医療費が有料の日本も、民間保険しかなかったアメリカも、面白いことに半世紀ほど前の1970年ごろには国民所得に占める医療費の割合には違いが無かった。
制度が大きく違っても英米日の3カ国でGNP比率で見るとほとんど同じだったのである。(現在アメリカが世界に飛びぬけて最大であり、対照的に日本は先進国としては最小の比率になっている)
医療技術の高度化により、徐々に医療費が嵩みだす。1980年頃から医療費削減を目的にして鉄の女サッチャー首相がイギリス経済の復権の為に、過激な市場原理主義(新自由主義)的な数々の改革を行う。
工場など大量生産が出来る生産現場とはまったく原理的に違う医療現場や教育でも、サッチャーは成果主義と規制緩和と民営化の市場原理の導入によって『経費削減ができる』と錯覚したのである。
いまの先進国の医療費高騰は同じなのですが、サッチャーが医療改革を行ったイギリスは欧州諸国一の医療費の高騰に苦しめられている。
アメリカでもレーガン大統領がサッチャーと同じ新自由主義の手法で経費節減目的の『医療改革』を行うが、彼等は全てを市場原理に委ねれば、最善の結果が得られると何の疑うことなく信じていたらしい。
悪魔の碾き臼である『新自由主義』は、社会全体の構成員が同等の知識と経験、権利を持っている対等な関係であれば一定限度は成り立つ理論なのですが、事実は全く違う。
正反対なのです。
医療現場では患者個人と病院(医者)や保険会社製薬会社では医療知識や権限では大人と幼児のように圧倒的な力量差がある。
広大なサバンナとは違い、狭い限られた檻のなかで、力や体格大きく違うもの同士を何のハンディもなしに自由に戦わせるなど狂気の沙汰であり、行うまでも無く結果は明らかだった。
イギリスでは経費を抑える心算が、絶対必要量の人員や最低限必要な医療まで削減されるので色々な医療過誤がおきてしまい結果的には医療費は増大する。
削減した医療費の影響で増えた医療過誤を防ぐ為には高額の不必要な検査が奨励され医療費が爆発的に増大する、目的と結果が正反対の『不のスパイラル』が発生してしまった。
特にアメリカではこの『新自由主義』の弊害だけではなくてアメリカ独自の『自分の命は自分で守れ』との悪しき『自己責任論』の弊害が加わり、他国よりもより被害が倍化された。
医者や病院は増え続ける医療事故での訴訟に備えて高額な保険に入らなければならず、益々医療費の高騰は進んでいるし破産する病院や医者が続出して医療崩壊は末期的な状況に陥る。
これらの出発点は全て、経費節減目的での悪魔の碾き臼新自由主義の医療現場への安易な導入だったのである。

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/4efb84e472ab2259f9f4f7f704f386d2


安倍「なんちゃって平和法案」強行採決で解散総選挙の最悪シナリオ

2015年07月10日 | 放射能と情報操作




『去年8月24日時点ですでに寿命が尽きていた自民党と安倍内閣』

福島第一原発のレベル7の核事故発生時に0歳から18歳までの子供達36万7千人中、8割の30万人弱の甲状腺の一巡目検査(いわゆるスクリーニング検査)では、百人以上のとんでもない数の小児甲状腺がんが見つかったが、福島県検討委(日本政府)は放射能との因果関係を全面否定する。
そもそも福島県の実施した甲状腺検査を2割(5人に1人)にものぼる人々が拒否したことは重大問題である。
検討委ですが肝心の福島県民からまったく信用されていない。(福島県の実施した検査が甲状腺学会が定めた12項目のガイドラインの中の血流検査など大事な4項目を抜いた簡易な手抜きの流れ作業だったことが発覚している)
もしも、『一巡目』検査での福島検討委(日本政府)の『元々あった小児甲状腺がんが、たまたま福島県全体のスクリーニング検査で見つかっただけだ』との言い分が正しいとすれば、それ以降の『2順目』検査での小児甲状腺がんの発生は、フクシマの放射能被害で間違いない。
福島県当局ですが、1順目の検査を『予備検査』、2順目を『本格検査』であると主張していた。(甲状腺検査の内容には1順目も2順目も同じで違いが無い)
本来なら二次検査(本格検査)で、小児甲状腺がんが一人でも見つかれば一発退場のレッドカードで、即『アウト』なのである。(内閣総辞職は当然で、原発を日本中に54基もばら撒いた国賊集団の自民党の解散や幹部の逮捕は免れない)
本来なら、自民党や安倍晋三の命運は去年の1順目検査終了(結果の発表)の8月24日時点で完璧に尽きていたのである。

『天網恢恢疎にして漏らさず』

2014年8月24日発表では、小児甲状腺がんの合計人数が104人。
『県内を一巡』とは誇大宣伝(ハッタリ)で検査したのは全体の8割、2割の子供達は丸々甲状腺検査から取り残される。
1順目最終発表で、原発周辺の13市町村と中通りと会津若松の3地域で発症率に『地域差が無い』とマスコミ向けに大本営発表する。
ところが、検討委の添付した地図では、フクシマ原発事故から1年目の福島第一原発周辺の双葉町や大熊町飯館村など最も放射能汚染が酷い13市町村と、2年目の中通りの福島市など12市町村と、3年目のそれ以外の一番汚染度が低い会津地方やいわき市など32市町村と、意識的に放射能汚染濃度別に区割りして1年ずつずらして検査した3地域の発症率が『同じ数値』だった。
『問うに落ちず、語るに落ちる』の見本である。
福島県検討委(日本政府)ですが、必死になって隠蔽しようとして、図らずも自分から福島県の放射能被曝の深刻さを証明して仕舞った。
丸っきりのオウン・ゴールが炸裂したのである。(去年8月24日の検討委発表の時に添付した地図を見れば、誰にでもフクシマの放射能被害の深刻さが理解出来る)
去年の8月24日の検討委の1順目最終発表時点で自民党も安倍晋三内閣も寿命が尽きて『死んでいる』のである。今の安倍首相が異様に張り切っているように見えるのはバイオハザードの『ゾンビだから』ですね。
異様にテンションが高すぎる安倍晋三ですが、脳みそが腐っているので自分が既に死んでいることに気がつかないのである。

(三色に色分けされた検討委が発表した『図2.実施対象年度別市町村』ですが、本当の意味が『核事故の放射能汚染の濃度別市町村』であることは『一目瞭然』で、お粗末な日本政府の悪質極まる印象操作が丸分かり)

『仏の顔も三度まで』、『3回目発表までは無事クリアした安倍晋三(極悪自民党)』

そのとんでもなく大きな意味があった一巡目検査が終わった後の、二順目検査の『最初の発表』ですが、誰が考えても無理なのですが、しかし発表を中止するわけにもいかない。
二順目の初回発表ですが、一順目の最終発表が8月24日なのですから期日は幾ら引き伸ばしても、必死に頑張っても遅くても『年内いっぱい』が限度である。
二順目の初回発表の日付とは、安倍晋三が『アベノミクスを問う』とのスローガンで勝手に解散した意味不明の総選挙直後で日本中のマスコミが右往左往する12月25日だったのである。
2014年12月の総選挙とは『アベノミクスを問う』選挙では無くて、『小児甲状腺がんの二順目発表』を妨害するために仕掛けられた『猫だまし』だったのである。(この目論見は大成功してマスコミも国民も、検討委の二順目発表を一切騒がなかった)
2順目の初回発表ですが、1巡目の甲状腺検査で健康とされた4人が小児甲状腺がんと診断される。
二順目の2回目発表は2月12日、新たに8人の子供達に甲状腺がんが発症する。
二順目の3回目発表は5月17日、新たに4人が発症している。合計では二順目だけでも16人。(5月18日付け時事通信では何故か2順目の合計は15人)

『安倍自民の最後の悪あがき、「四度目の正直?」で国民全員をあっと驚かす超重大発表』

前回2順目検査の3回目発表では、大阪市の橋下徹市長のごり押しの意味不明住民投票でマスコミはお茶を濁して、フクシマの放射能被害を報道しなかったが、この態度は終始一貫している。
7月8日の毎日新聞は第一面に『戦争法案の7月15日採決』が大きく報道されているが、この日付とは安倍晋三の祖父が半世紀前の60年安保の責任を取って首相を辞職した日と同じだった。
今回も半世紀前の岸信介と同じで、憲法違反が明らかな『平和法案』の強行採決の責任を取って安倍晋三首相が唐突に辞任して、解散総選挙に突入する可能性が十分にある。
ただし、目的は二順目の検査の4回目発表を誤魔化す猫だまし。
『仏の顔も三度まで』で、スクリーニング検査後の二順目検査で小児甲状腺がんが何十人も出てくれば、幾らマスコミを総動員しても最早フクシマの放射能の被害が誤魔化しきれないのである。
それなら『三度目の正直』ならぬ『四度目の正直』のちゃぶ台返しを無理やりにでも実行して、世間を唖然とさせる心算なのでしょう。

『挙国一致の大戦翼賛会による嘘八百の大本営発表を繰り返す無責任なマスコミ』

福島県県民健康調査検討委員会の発表では、福島の子どもたちの甲状腺がんは『悪性確定』と『悪性うたがい』との2種類に分けて発表されている。
甲状腺がん検査の責任者である福島県立医大の鈴木眞一教授は県民健康調査検討委員会での毎日新聞記者の質問に答えて、『悪性うたがい』は実は、がんかどうか不明という意味ではなく、まだ甲状腺摘出手術をしていない患者、つまり手術待ちの患者を意味する、と明確に説明しています。
なぜ、善良な一般市民を誤解させるような『悪性うたがい』というまぎらわしい表現をするのかというと、穿刺細胞診で『悪性』と診断されても中には甲状腺がんではない患者が1割以下(1%でも1割未満です。0.01%でも。)いるから、と説明しています。
確定と疑いの二分ですが医学的は判断ではなくて、小児甲状腺がんの発症数10人の『実数』を、『3人確定、7人疑い』と実際よりも3分の1以下に少なく印象付けることで数ヶ月間時間を稼ぎ、直後に迫っている『参議院選挙を勝つ』との、非人道的な政治的な判断が優先された。
韓国の旅客船セオゥル号の極悪の船長とか乗員の判断と同じのである。
甲状腺の全摘出後に『がんと確定』にする福島県立医大の方針の理由ですが、一般には『確定診断法』と考えられている穿刺細胞診について、鈴木教授は、
『乳頭がんであるかどうか極めて確実に識別できる信頼の置ける診断法であるが、それでも、見落としの擬陰性、あるいは手術をして見て分かる擬陽性が、それぞれ10%あるから、「がんの確定」を穿刺細胞診では無く、手術後とした』と説明していた。

『唯一毎日新聞だけが(不正確だが)報道していた安倍晋三の悪事』

『それぞれ10%』が正しい事実であるなら、合計すれば20%の誤診率である。
それで2年前の2013年2月時点の毎日新聞では、『がん疑い』の意味とは『検査確率が80%の細胞診の陽性のことだ』と鈴木発言をそのまま正しく報道していた。
細胞診の検査精度はベテラン医師なら95%以上であり、しかもCTスキャンなど他の検査と併用して総合的に判断するので(鈴木教授の説明は不正確で)ほぼ100%近いの確率である。
そもそも福島県立医大では、細胞診の陽性では例外なく100%甲状腺を摘出しているのですから、検討委が今のように『確定』と『疑い』の二つに分ける意味は一切存在しない。
毎日新聞ですが(不正確ではあるが)一応は真実を報道していたのである。
ただし、世間では北朝鮮の3回目の核実験で号外が出る大騒ぎで、悲しいかな誰も注目するものは無かったのである。
しかも毎日新聞の『がんの疑い』の記事は、後にも先にも北朝鮮の核実験のドサクサに紛れた一回限り。誰も気が付かなかった。
しかも、しかも他の新聞は産経読売は当然としても朝日新聞までが完全に無視するし地方紙やスポーツ紙、週刊誌さえも無視する。何と共産党機関紙の『しんぶん赤旗』までが完全に無視している。
我が日本国が最も得意とする挙国一致の大政翼賛会で、福島県検討委発表から半年後の参議院選挙での低脳安倍晋三の極悪自民党の大勝利を日本のマスコミ全員でアシストしたのである。

『確実に短くなる衆議院解散までの期日。議員の寿命がどんどん短くなる』

総選挙の間隔が4年→3年→2年とくれば、同じ原理原則が働くなら次は間違いなく1年以内に解散総選挙となる。
前回の解散が去年11月なら今年中に総選挙が始まる。
今回の憲法違反の安倍『平和法案の7月15日の強行採決なら、当然そのまま解散総選挙に突入する。
猿は木から落ちてもサルだが、政治家は選挙で落ちれば政治家ではなくただの人になる。政治家の最優先するのは政治信条でも国益でもなくて、自分の当落の可否である。
世紀のトリックスター小泉純一郎が仕掛けたワンイシューのインチキ郵政選挙で大勝した自民党だが、選挙を行えば議席が確実に減るので安倍も麻生も解散できない。
結果4年間も総選挙が行えなかったが、任期満了の衆議院選挙では(党首の小沢一郎は東京地検を使って追い落としたが)鳩山由紀夫の民主党がオセロゲームで大勝する。ところが猛烈な勢いで民主党の支持率が激減して選挙すれば大敗は確実なので、本来なら任期満了まで選挙が行われることが無いように、風采も人気も無いドジョウの野田佳彦首相を9月の代表選では無投票で選び、民主党の代議士は『必負』の早期解散を予防する。
ところが『党代表選』から2ヵ月後。その野田佳彦は『嘘つきと呼ばれたくない』との中学生の屁理屈で自爆解散して、自民党に大政奉還してしまった。
野田佳彦の解散の日付とは、福島第一原発の冷温停止宣言の記念日でもあったが、それ以上に大問題の小児甲状腺がんの二人目の発症が検討委で発表された日でも有った。
二人目発症なのに、日本のマスコミは『1人目』との大嘘を全員一致で垂れ流す。総選挙が小児甲状腺がんの為だった事実を全員で隠したのである。

『福島県検討委発表と連動している衆議院の解散総選挙の期日』

2012年12月大政奉還総選挙で大勝した安倍晋三の自民党ですが、2年後には誰も予想していなかったのに、あれよあれよと言うまに解散風が吹き、総選挙に突入する。
ところが、総選挙後の臨時国会での首班指名や組閣などのごたごたの最中に発表されたのが1順目(スクリーニング検査)後の、最初の二順目(本格)検査の検討委発表だった。
安倍晋三(自民党)としては、北朝鮮の核兵器でも総選挙でも何でも良いから大騒ぎ(猫だまし)でフクシマの放射能被害を隠蔽したいのである。
マスコミで『解散』が報道されると政権末期だとのジンクスが有るが、2014年12月選挙では読売新聞が報道すると1ヵ月後に実際に安倍晋三は解散していた。
今回も解散風がマスコミから吹き始めているのですから強行採決の7月15日後の衆議院解散を目論んでいるのだろう。何と、7月8日には安倍晋三自身が『解散は考えていない』と発言したと報道されるが、1年前の解散直前と同じであり、それだけ現実味が出てきた動かぬ物証。もちろん唐突な解散総選挙の目的とは、前回と同じ放射能被害の隠蔽目的の猫だまし。
アホ臭い猫だましは一回だから世間が驚くが、何回もやるとインチキが見え見えで白けるばかりである。

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/2bb77ceb00d95b4952483599437e8390
70年で崩壊したソ連、70年直前で劣化が激しい日本

2015年07月12日 | スポーツ・文化

『建築技術的に構造限界を超えている無謀なデザインの新国立競技場』

高さ333メートルの東京タワーの鋼材の総重量は4千トンなのですが、2020年オリンピックのメイン会場となる新国立競技場のデザインの肝である、巨大すぎる2本の竜骨状のアーチは400メートル近くもある。
驚くべきはアーチに使われる鋼鉄の総重量で毎日新聞の記事では3万トン(しんぶん赤旗が2万トン)に達すると予想する。
今回の新国立競技場のイメージですが、巨大な東京タワーが5~8本分も真横にまとまって倒れている無茶苦茶な状態と考えたら良いだろう。
絶滅した恐竜の数百倍以上の凄まじさであり、人口密集地の都心のど真ん中を徘徊するなど想像するだけでも恐ろしい。
建築技術的に構造限界を超えている無謀なデザインの新国立競技場が、あと5年に迫った2020年に完成するなど夢のまた夢である。
もう直ぐ敗戦から70年目を迎える新生日本の真の姿ですが、これは70年間の制度疲労で自己崩壊したソ連の二の舞で、もはや日本国の寿命が尽きつつあるのでしょうか。
ちなみに1868年に成立した大日本帝国ですが77年間で寿命が完全に尽き果てて1945年に爆発的に崩壊している。
この『70年』の節目ですが人の三世代に相当し大きな意味を持っている。
70年で崩壊したソ連でも77年で大崩壊した大日本帝国でも同じで、祖父の時代の理念は子世代には継承されるが三代目の孫世代では忘れられるので70年目の節目で大騒動が勃発して終りを迎えるのです。
典型的な世襲政治家の三代目である安倍晋三のように『戦後レジーム(第一世代)からの脱却』が言われ出すのは当然だった。日本が崩壊目前なのである。

『オリンピックメインスタジアムお馬鹿デザインの「A級戦犯」民主党の隠された思惑(裏事情)とは、』

今回の新国立競技場の選定ではサメ(ノミ?)の脳みそとの評判の森元総理(ラグビー協会会長)の責任云々が言われているが、実は今回の『人を驚かす』だけが目的の無茶苦茶なデザインが決定されたのは自民党の政府では無い。
今の自民党政府は『一度決めたから変えられない』と言っているだけ。
そもそも『東京オリンピック』構想自体が野田佳彦首相の民主党政権下の話なのですから、暴走しているのはお馬鹿な安倍晋三の自民党政権では無くて、自民民主の垣根を越えた挙国一致の『日本国の政府』そのものが大暴走しているのである。
決定された日付がイタチの最後っ屁的な2012年11月なので、多くの人々がうっかり勘違いしているが、安倍晋三の自民党が政権を握ったのは翌月の12月16日の衆議院選挙だった。(解散は11月16日で、1年前の野田佳彦による冷温停止宣言と同じ日)
TBS(毎日テレビ)で日曜日の朝に生放送されている関口宏司会の報道番組サンデーモーニング(7月12日)では、今回の新国立競技場選定のA級戦犯である、その民主党政権の右派に近い政治評論家寺島実郎(多摩大学学長、日本総合研究所理事長)が、日中戦争の激化で日本が自主返上した1940年東京オリンピックの例を引いて、2020年東京オリンピックが開かれない可能性(開催権の自主返上)にマスコミとして初めて言及する。
他の出席した有識者全員が新国立競技場建設を批判するなか、最後のしめに総括発言した岸井成格(元毎日新聞主筆、現『NEWS23』キャスター)は、今回の様な事態は『普通では絶対にあり得ない』出来事であることを強調した後で、なんと、(放送では発言できない)『裏の事情が有る』と何回も何回も思わせぶりに繰り返す始末。
(主人公が絶体絶命の窮地に陥った場面で話が唐突に終る韓流宮廷ドラマ「イ・サン」と同じあざとい手法だが、「イ・サン」とは違い多分来週になっても岸井発言の続きは絶対に放送されない)
メインコメンティーターの毎日新聞の岸井成格ですが、不吉な寺島実郎の予想を否定しないばかりか、逆に自分から『80年ぶり2度目の東京オリンピックの自主返上』との驚愕の寺島発言を補強していたのであるが無茶苦茶にも程が有る。
TBS(毎日テレビ)では、この驚きの岸井発言に対して出席者全員から疑問も質問も一切出なかった(締めとして納得していた)が、それなら、『放送できない』裏事情の中身を実は関口宏も寺島実郎も大宅映子も参加者全員が『知っている』のである。(生放送なので誰か一人でも知らなければ疑問に思い何らかの反応がある)

『戦争法案に見える憲法違反の「なんちゃって平和法案」が17日にも可決され・・・』

安倍晋三の『平和法案』ですが、誰が見ても『戦争法案』であり憲法に抵触する事実をTBS(毎日テレビ)のサンデーモーニングは淡々と報道し岸井成格を筆頭に他の有識者も憲法違反の法律で有る事実を認めている。
それなら安倍『平和法案』とは、80年前のナチスドイツ(ヒトラー)の内閣が憲法に優先する全権委任法の様な議会の多数派による静かなクーデターそのもの。
毎日新聞の岸井成格も、それ以外の関口宏も寺島実郎も参加者全員の判断ですが『正しい』のである。
ただし、静かなクーデターである安倍『戦争法案』の話は番組のメインでは無くて、なんと、恐竜アーチのお馬鹿デザインの新国立競技場の方が、『報道番組』であるサンデーモーニングのメインテーマだったから驚いた。
幾らオリンピックスタジアムが数千億円かかろうと、所詮は一建造物であり、国家の命運にとっては些細な話である。
ニホン国の1000兆円超の膨大な債務から見れば、些細な『はした金』程度。大所高所、政治的に見れば問題ともならない。
しかし直接の当事者であるスポーツマンにとっては大問題であり、オリンピックのマラソンの銀メダリスト有森裕子は2020年東京オリンピックの誘致に努力したが、今回のJSCの恐竜アーチの決定に対して涙を流して批判している。
愚か過ぎる恐竜アーチ決定に一アスリートの有森裕子が涙するなら、憲法を真っ向から否定する安倍晋三『平和法案』(日本版全権委任法のクーデター)に対して、毎日新聞の岸井成格や寺島実郎、関口宏は号泣するか絶叫して抗議しても少しも不思議ではない。
ところが何もしない。
処刑を前にして、全ての運命を受け入れた殉教者の如く実に淡々と静かに語るだけ。
(12日の毎日テレビの放送内容やキャスターの様子を見ると)彼等にとっては日本国のクーデターよりもオリンピックスタジアムの方が、より重用な大問題だった。
全員の価値観が、完璧に狂っているのである。
若年性痴呆症か薬物中毒で思考力が失った狂人でないとしたら、岸井成格が何回も指摘していたように、(放送したくても、放送できない)隠れた秘密の『裏の事情』が有るのである。
東京オリンピックが予定されている2020年とはレベル7の未曾有の福島第一原発事故から9年目であり、同じレベル7のチェルノブり原発事故の経験から、放射能被害が最も出る『最悪の年』である。
寺島実郎が指摘したように、第二次世界大戦直前の1940年の東京オリンピックと同じで、2020年の東京オリンピックは到底日本国として開催できるような状態ではない。
安倍晋三の『なんちゃって平和法案』が、憲法違反の『戦争法案』にそっくり『瓜二つ』であることは紛れもない事実だが、『・・・に見える』ことと『・・・である』ことは、同じではない。

『見かけがそっくり「同じ」でも、中身のほうは無関係だった』


(なぜかペットの愛犬と風貌がそっくりのロシアのプーチン大統領)


(なぜか便器とそっくりの日本の新国立競技場のデザイン)

『似て非なるものと似たもの同士と』

建築界の巨匠安藤忠雄が選んだという、超バカデカイ洋式便器を連想する今回の新国立競技場のデザインですが、使い勝手云々は問題外。
(熊本在住の『院長の独り言』さんは安藤忠雄の設計した「新」熊本駅の、生命の危険性まである余りの使い勝手の悪さに『なぜ、このような建築家が、のうのうと生き延びているのだろうか。どうしても信じられない。』と怒り心頭である)
最終決定の7日の日本スポーツ振興センター(JSC)の有識者会議を勝手に欠席した安藤忠雄ですが、メッセージを送って恐竜アーチの応援を行っている。
『現在のような停滞気味の社会状況の中で、国家プロジェクトとしてつくられる新競技場には単純な施設拡充以上の社会に対するメッセージ、新しい時代のシンボルとなるべき創造力が期待される』。
『つくるべきは地球人の未来に向かう灯台、希望の象徴となれる場所』なのだある。
戦艦武蔵的な意味不明の『ムダの象徴』であるキールアーチも、巨匠の言葉を借りると、『現代日本の建設技術の粋を尽くすべき挑戦となるもの』となるが、この安藤忠雄の『言葉』は法螺でも誇張でもない。丸々真実なのですから恐ろしい。
建築の専門家は一致して実現性を危ぶんでいる空前絶後、前代未聞の巨大建造物。
まさに『現代日本の建設技術の粋を尽しても』実現が危ぶまれるほどの難工事で、意味不明に無駄に大きい、世界最大の大仙古墳(仁徳天皇陵)的な21世紀の巨大モニュメントである、
これだけ壮大な大口を叩いている安藤忠雄だが、困ったことに公式の会合には姿を現さない。マスコミト各社の取材からは逃げ回る。
安東忠雄ですが、お友達の安倍晋三と同じ超小心者である。(この二人ですが、自分で大騒動のタネをまいて、わざわざ日本にとって解決不能の大問題を出現させているお騒がせ男)

『善良な一般市民をあっと驚かすだけの、身のほど知らずの「こけおどし」巨大建造物』

今回の大風呂敷を広げる安藤忠雄的な建築物(意味不明の巨大モニュメント)ですが、北朝鮮などの弱小独裁国家では良く見られる現象であり、それ程珍しくも無いが、そういえば北朝鮮も日本も祖父の威光だけで最高責任者になった世襲の3代目である。
その安倍晋三ですが、今回の『なんちゃって平和法案』で、マスコミの記者やキャスターから突っ込まれたくないので、新聞の取材やテレビには出ないで、身内だけでネット動画を作って毎日配信している。
ところが、1日当たり100万人の予測が、あまりにも内容が幼稚すぎるのか出来が悪すぎるのか、予定した1/100の1日1万人程度のアクセスしかない。
1日1万人のアクセスなんて、消滅寸前の過疎地の限界集落と同じ末期症状の護憲左派の政治ブログなら立派な成績だが、天下のニホン国首相としては大恥である。
(携帯からアクセス出来ないように難解な長文にして毎日更新せずコメントは倍返しの懲罰もあるなど数々の嫌がらせを重ね読者を厳しく選別している、何の事前宣伝も無いし名前も地位も名誉も何も無い『逝きし世の面影』ブログより数倍多いだけ)
安倍晋三首相のネット動画が不人気で1日に1万人程度だとインターネットで話題になっているのですが、それなら大手マスコミの世論調査で支持率4割も有る安倍晋三支持層が奮起、必死になって応援するので『増える可能性がある』と思ったら、なんと逆に8000人台まで減っている。
もはや支持層の低脳ネットウョにさえ見放された安倍晋三首相。益々ネット界の限界集落である護憲左派村の過疎ブログに近づきつつあるのですから御同慶の至りである。

『首都アテネでの2回目のオリンピック開催が原因だった破滅的なギリシャの財政危機』

国際的なスポーツの祭典として近代オリンピックは119年前の1896年アテネ大会から始まっているが2004年に2回目のアテネ五輪が開催される。
この二回目のアテネオリンピックこそ、現在のギリシャの財政危機の原因だったのである。
ギリシャ政府ですが、オリンピック開催を利用して大量の国債を発行して大規模なインフラ整備を行うことで経済の浮揚を図ったが、2008年アメリカのリーマンショック後の世界的な経済後退(信用収縮)で完全に裏目に出て財政危機に陥ってしまったのである。
新国立競技場ですが、ラグビーのワールドカップの開催が2019年なので『時間が無い』との話だが、ラグビーの大会なら聖地である花園競技場が最適ですよ。高校野球は甲子園球場だがら盛り上がるのです。
大相撲は東京両国の国技館だから盛り上がる。(名古屋などの地方場所は廃止して『地方巡業』とし、すこしでも力士の負担を軽減するべきであろう)
名物の料理は本場の『ご当地』まで出かけてピッタリの季節に食べるから美味しいのである。
オリンピックも同じで今の様な世界各地のドサ回り(地方興行)を即刻中止して、そもそものオリンピックの本場であるギリシャでの恒久開催にするべき時期に来ているでしょう。
ギリシャ以外でのオリンピックとは例えるなら中国製のグッチのバックと同じで、見かけは幾ら立派でも所詮紛い物(高級ブランド品のニセモノ)である。
ルートが固定化すればオリンピックの花のマラソンの権威が上がること間違いないし、今の欧州を震撼させているギリシャの債務危機も簡単に収束するので一石二鳥となる。
アテネ五輪は11年前の2004年開催なので、全てのオリンピック設備はまだ新しい。新規の投資がゼロで開催できるので2020年東京オリンピックの代替地として最適候補がギリシャだった。
本当はフクシマの放射能被害の深刻化が原因だが、恐竜アーチの五輪スタジアムの建設断念を口実にして、日本が最後の最後の土壇場で東京五輪の開催権を放棄しても、かえって世界中の一流アスリートからも各国政府からも地球規模で全員から喜ばれる。(80年ぶり二度目のオリンピック開催権の返上ですが、日本として不名誉ではあるが何の心配も無いし、誰の迷惑にもならない)

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/4e0372c1116b4b9b6ebee05617bf6c15


7月15日内閣総辞職 7月17日マレーシア航空機撃墜

2015年07月15日 | 軍事、外交


『誰にも止められない愉快犯、酒鬼薔薇聖斗症候群』

20年前の1995年は阪神大震災やオウムの地下鉄サリン事件が、1997年には小学生連続殺傷事件が一般社会を驚愕させた。
酒鬼薔薇聖斗の名前で『警察も社会も、「誰にも止められない」のだ』との捜査当局への挑発的な犯行声明文を被害者の口にくわえさせ校門に切断した首を晒し、マスコミ向けには『人を殺すのが愉しくてしかたない』と世間を嘲笑するような声明文を送り付ける。
神戸児童連続殺傷事件の犯人である少年Aは、犯行時15歳以下なので如何なる刑事罰も課されることはなく現在は一般社会に復帰して自叙伝『絶歌』出版したので、『酒鬼薔薇聖斗』の大騒動が18年ぶりに再度勃発する。
初版10万部が忽ち売り切れるベストセラーになった『絶歌』は、出版にあたり被害者家族の事前承認を得ず、匿名で出版し印税を少年Aが手に入れることには拒否反応も強く不買運動や出版差し止めが争われる。
警察やマスコミを嘲笑する神戸連続児童殺傷事件では、マスコミは犯人像を競って報じ、多くの有識者が30代から40代の変質的な知能犯であると予測したが逮捕されたのは中学3年生。
前代未聞、空前絶後の凶悪犯人は少年法の適用対象で、顔も名前も伏され家裁の審判の内容も部分的にしか知らされない。
酒鬼薔薇聖斗が世間に与えた衝撃は大きく、その後少年法が厳罰化され、刑事責任能力を16歳から14歳にまで引き下げられ、東京都板橋区で2005年(平成17年)に両親を殺して家に放火した15歳の少年は懲役14年の厳罰が課される。(2審では創価学会の父親からの『心理的虐待』が認められ12年に減刑)
この少年は両親殺害後にゲームセンターや映画館に行くなど遊びまわってでいたが、15歳少年にとっては今までの精神的重圧から自分自身を解放する行為が、悲惨な『両親殺害事件』だったみれば犯行後の不可解な行動も納得出来る。この少年は何かのショックで爆発する対人地雷(時限爆弾)並みの超危険物だったのである。

『マスコミ報道と厳罰化の相乗効果で増える「愉快殺人」の模倣犯』

しかし、『少年法厳罰化』では少年犯罪が減ることはなかった。
それどころか2014年の長崎県佐世保市の女子高生や2015年の名古屋大学女子学生の愉快殺人は何れも『人を殺してみたかった』とか、『どうして人を殺してはいけないのか?』と、動機が18年前の『酒鬼薔薇聖斗』と同じなのである。
この少女たちは『伝説化』(英雄化?)していた『少年A』に強い関心を持っていた『酒鬼薔薇聖斗』の模倣犯(予備軍)であった。
元々これ等の殺人者ですが、『愉快犯』なのですから、マスコミが凶悪事件を大きく報道したことで『酒鬼薔薇聖斗』に対する『伝説化』(英雄化?)が生じて、それが犯行の遠因ともなっているのである。
(アイスクリーム用冷凍庫に入った自分撮り写真をネットに投稿したお馬鹿なコンビニ店員と同じで、世間が騒いでくれることが目的なので、厳罰化は『抑止力』どころか180度『逆効果』となる)
映画『羊たちの沈黙』の史上最も残酷な殺人鬼ハンニバル・レクターと同じで、並外れた高い知能と過激な殺人要求を持っている恐るべきこの少女は過去の少年犯罪や判例を研究して、自分の16歳の誕生日に殺害を決行する。(一日遅れると検察に逆送致されて、刑事事件となる)
同級生を殺害後に遺体を解剖して楽しんだ16歳未満少女ですが家裁は医療少年院に送ることを決定するが、『殺害欲求は収まっておらず、継続した対応が今後も必要』と警告しているが、医療少年院は26歳までが限度。26歳以後は名前も顔も不明の少女が街中を自由に徘徊するが、これ等の『酒鬼薔薇聖斗』予備軍の少年少女ですが、普通の子供が唐突に殺人を犯すのではない。
神戸児童連続殺傷事件の犯人である少年Aは、幼少時から親から度外れた凄まじいスパルタ教育を受けて育っていた。
良くも悪くも『ローマは一日にしてならず』で、長年の歪んだ生育環境が純真な子供たちを『羊たちの沈黙』のハンニバルのようなバケモノに変えているのである。



『酒鬼薔薇聖斗や少年Aと同じような成育環境だった安倍晋三少年の不幸』

タレントの橋下徹が政治家に転進する切欠となった光市母子殺害事件のマスコミの死刑キャンペーンですが、差し戻し審で初めて18歳1ヶ月の元少年の『ドラえもん』や『生まれ変わり』が弁護側から出てくる。ドラえもんは弁護士の創作では無くて『知恵遅れだった』から。
少年と母親は父親からの凄まじい暴力に晒され、耐えかねた母親が自殺。少年は父親から暴力と母親から近親相姦と、両方からの虐待を受けた極限状態で、自らの精神の成長を止めることで辛うじて生き延びていたらしい。
週刊ポストの『安倍晋三研究』には家庭教師兼乳母だった女性の証言として、名門政治家の3人兄弟の次男なのに、何故か三男扱いの『安倍晋三』の成育環境が語られているが、ほぼ酒鬼薔薇聖斗や元少年と同じだった。
中学生で寝小便していた晋三少年ですが乳母と同衾していたが、これでは丸っきり光市事件の元少年と同じ知恵遅れである。
ところが高校生になった途端、その知恵遅れの晋三少年を父親の安倍晋太郎は『東大にいけ』と分厚い漢和辞典で何回も殴っていたが無茶苦茶にも程が有る。
両親からの愛情に飢えて育った可哀想な晋三少年にとって、自分を溺愛する祖父の岸信介こそが唯一の『心の支え』だったのでしょう。
ところが敬愛する岸信介は60年安保の強行突破でマスコミや有識者、日本国の大多数から批判され、責任を取る形で55年前の1960年7月15日に内閣総辞職。岸信介首相は退陣に追い込まれる。
それから55年後の自民党幹事長の谷垣禎一は、意味不明の安部『なんちゃって平和法案』について『審議時間が100時間を越えた』として、7月15日中の衆議院委員会採決を強く示唆しているのである。
満州三スケと呼ばれた『昭和の妖怪』岸信介の精神的呪縛から今の安倍晋三は逃れられないとしたら、最早15日の委員会強行採決は避けれないでしょう。




『もう、誰にも止められない安倍晋三総理の暴走』

破滅に向かって自らまっしぐらに暴走する安倍晋三を突き動かしているのは政治信条では無くて、不出来な自分を溺愛してくれた祖父の岸信介の『背後霊』の怨念である。
その岸信介は60年安保闘争で、国民的批判に晒されながらも、少しも動じることなく日米安保条約改定を実行した。
同じように半世紀後の安倍晋三は、沖縄県民の一致した意見である普天間飛行場の撤去と辺野古移設反対に少しも動じることなく、『アメリカとの約束だから』と粛々と辺野古埋め立てを進めているが、これは『岸信介の真似をしている』と見れば分かりやすい。
本土のマスコミは報じないが琉球新報など沖縄の地元二紙は海上保安庁(国家警察)や米軍基地の日本人警備員(日本政府が給与を支払っている)による基地反対の活動家に対する傍若無人な暴力の横行を詳しく報じているが、これも60年安保の再来を狙ってのあからさまな挑発行為である。
当時の全学連執行部を乗っ取っていた極左系暴力分子が国会突入などで暴走し、死人まで出たことで国民の支持が離れていった60年安保の二匹目のドジョウを安倍晋三は考えているのである。
ところが『本物の暴力装置』である米軍との厳しい基地闘争の経験がある沖縄県民は安倍晋三よりも一枚上手で、卑劣な日本政府(安倍晋三)の一切の挑発行為に動じず、非暴力不服従に徹して粘り強く抵抗している。
日本国民の95%が反対する意味無く無駄に大きいだけの恐竜アーチの新国立競技場の建設を、7月7日に予定の通りに建設すると決定する。
同じ7月7日には、鹿児島県の川内原発に核燃料を装填して、予定の通りに原発を動かす心算なのですが、もちろん国民の反対は8割にも達する圧倒的多数。
憲法の平和条項を法律で無効にするとの安倍『平和法案』(議会の多数派による静かなクーデター)も同じで、衆議院委員会で15日、本会議を17日までに強行採決するのも、予定の通りに実行する心算なのですが、これも国民の疑問は8割以上の圧倒的多数派。
反対世論が8割以上なら自分の選挙での当落を心配する普通の政治家なら、当然躊躇する数字なのです。
ところが政治的動機では無くて背後霊として祖父の怨霊が憑依した安倍晋三は動じない。
逆に、反対が多いほど猛然と強行突破を目指して突き進む。
禍々しい半世紀前の『怨念』をエネルギーとしている安倍晋三総理の暴走は、もう、誰にも止められないのである。
新国立競技場の決定や川内原発への核燃料装填と同じ7月7日安倍晋三は都内で講演して『解散は考えていない』と発言しているが、総理が国会会期中の平日に講演することは普通は無い。(恒例なら、土日の休日に行う)
もっと『有り得ない』のが現職首相の『解散は無い』の言葉自体である。
矢張り祖父の怨霊が憑依した安倍晋三としては55年前の日米安保条約成立と引き換えに7月15日に総辞職した岸信介の行動の軌跡を、そっくり同じ様になぞる心算なのでしょう。
(首相が解散云々を口にすると与党議員が浮き足立ち、自動的に内閣が『死に体』となるので、必然的に極近いうちに解散が実行されてしまう)

『日本を取り巻く安全保障環境の激変』

乱暴にも関連法案を10本もまとめて一つにした『なんちゃって平和法案』ですが、安倍晋三首相は『日本を取り巻く安全保障環境の激変』を理由にしているが、共産党の志位委員長など野党に幾ら聞かれても『日本を取り巻く安全保障環境の激変』の中身を答えない。
幾ら厳しく追求されても安倍晋三は、のらりくらりと陳腐な一般論と長々とエンドレステープで繰り返すだけなのです。
具体的な『日本を取り巻く安全保障環境の激変』の中身を首相が語らないので、日本国のマスコミや有識者、野党や左翼などは何とも単純に『安全保障環境』の激変は真っ赤な嘘であり、日本を取り巻く安全保障環境に変化が無いと判断する。
常識の盲点で日本の多くの人々は今、詐欺師の宣伝文句だから嘘で、阿呆の言葉だから間違いだと勘違いしているが、実は高偏差値で理路整然とした志位和夫よりも、低脳で支離滅裂、論理が根本的に破綻している安倍晋三の『日本を取り巻く安全保障環境の激変』が正しかった可能性が高いのである。
日本の唯一の同盟国アメリカですが、明らかに以前と違っている。『安全保障環境』どころか、政治や経済など日本を取り巻く全ての環境が『激変』しているのである。

『ロシアへの露骨過ぎる敵意をあらわにし、欧州へのプレゼンスを拡大するアメリカ軍トップ』

7月9日米国空軍のデボラ・リー・ジェームズ長官は『私はロシアを最大の脅威と認識している。』とロイター通信のインタビューで語っている。
ジェームズ空軍長官は、現在のロシアへの経済制裁が200年前のナポレオンの対イギリスの大陸封鎖と同じ『両刃の刃』であり、米国の同盟国であるNATO諸国が経済困難を味わっている現実問題を十分認識している。ところが、それでも米国は欧州におけるプレゼンスを拡大させねばならないと語った。
現在、アメリカ軍やNASAの人工衛星打ち上げ用のロケットエンジンを全面的にロシア製のRD-180に依存している。(ロシアに対して本気で経済制裁すると、アメリカ軍は軍事、諜報衛星を打ち上げることが出来なくなる)
ジェームズ米空軍長官は、現在の様な欧州における米国のプレゼンスを拡大路線は、ロシアの行為によって『引き起こされた不穏』に応えてたものであり、現在の緊張した情勢を鑑み、アメリカの宇宙開発がロシア製のロケットに依存する状況の改善に取り組み、その依存度を減らす方向で作業を続けていると表明する。
同じ7月9日アメリカの軍産複合体の代表であるマケイン上院議員が牛耳る米上院軍事委員で、米軍制服組トップである統合参謀本部議長に指名されたダンフォード海兵隊総司令官が公聴会で証言。
次期統合参謀本部議長のダンフォードですが、アメリカの最大の安全保障上の脅威としてロシアを名指ししたジェームズ空軍長官と同一発言を繰り返した。ロシアを仮想敵国と想定しているのである。
米軍トップは仮想敵国ロシアを除く米軍の優先順位としては、(付け足しとして)2番目が中国で3番目が北朝鮮、その下に過激派組織ISIS「イスラム国」を位置付けた。
世界最大の断トツの軍事超大国であるアメリカにとって脅威となる軍事力は冷戦時代のもう一つの超大国ソ連しか世界中に無かったのですから、今回の米軍トップの発言は先祖がえりとして見ればそれほど不思議ではない。

『2014年7月17日のマレーシア機撃墜から1年』

7月9日にジェームズ米空軍長官は、現在の『欧州における米国のプレゼンスを拡大』は、『ロシアの行為によって引き起こされた不穏』に対応していると説明している。
ところが『原因』(ロシアの脅威)と『結果』(米軍のプレゼンス拡大)の因果関係が時間的に逆さまで、ロシアに対する不思議な動き(ロシアの脅威に対する米軍のプレゼンス)は、今のウクライナ危機が始まる以前からの既定路線だったのである。
なんと、ロシア南部のソチ冬季五輪(2014年2月7日 から23日まで)米軍はソチでテロなどが起きた際の米国人救出に備えるという名目で、黒海にテーラーと揚陸指揮艦マウント・ホイットニーを派遣していた。(もしも実際にソチ五輪でテロが発生しても、米軍が承認無しにロシア領に進入すれば即戦争状態に突入する)、
他国五輪への米軍の派遣は過去にも例がある。しかし本格的に艦艇を待機させるほどの警戒は異例中の異例だった。
米軍は、大規模テロを想定するという名目でオリンピック期間中の2014年2月から、黒海に軍艦派遣してドイツには輸送機を待機させている。
このソチオリンピックでは、アメリカや西欧の首脳はロシアの同性愛を未成年に宣伝することを禁止する法律を口実にして開会式を欠席(ボイコット)しているが、ソチ五輪の閉会を待っていたように勃発したのがウクライナでの反政府運動だった。
(多分欧米首脳は事前にロシアのソチ五輪開催中か閉会直後に、直ぐそばのウクライナでクーデターが起きると知っていたのでしょう)
クーデター後のウクライナは激しい内戦に発展し、7月17日には定期航空路を飛行中のマレーシア機が撃墜され乗員乗客298名全員が死亡している。
このときも米軍は黒海に艦隊を派遣していて軍事演習の真っ最中の出来事だった。7月7日からマレーシア航空17便がウクライナ東部で撃墜される17日まで米軍をメインにNATOが黒海で軍事演習ブリーズ2014を実施していた(当然『誰がマレーシア機を撃墜したか』の真犯人をアメリカ軍は熟知している)
対ソ連軍用に編成されていたアメリカ軍ですが冷戦崩壊後の2001年の9・11事件以後は対イスラム過激派との終わらない対テロ戦争に駆り出され疲弊している。
これは巨大なクマ狩り用に訓練された勇猛の猟犬が、熊と仲良しになった飼い主の都合で無理やり台所を這いまわるゴキブリ退治をさせられれるような話で、致命的に誇りが傷つき不満に思っても当然だろう。しかも予算削減で陸軍は今後2年間で1割近くも人員が減らされる大規模なリストラ策が決定されている。(軍隊とは究極の官僚組織であり、そのために必ずリストラには死に物狂いで抵抗する習性が有る)

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日本人は何をめざしてきたのか 第2回 男女共同参画社会 女たちは平等をめざす

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http://www.myvi.ru/watch/szKrRjqNFk-JPKqA8wPgIg2



http://www.nhk.or.jp/postwar/program/schedule/

日本人は何をめざしてきたのか


第2回 男女共同参画社会 女たちは平等をめざす

Eテレ2015年7月11日(土)午後11時~翌0時30分
Eテレ【再放送】2015年7月18日(土)午前0時00分~午前1時30分(金曜深夜)

戦後、女性の参政権が認められ、新憲法に男女平等が掲げられた。しかし、家事育児は女性の役割とされ、職場では結婚退職制や若年定年制が行われていた。60年代に入り、こうした雇用差別に裁判を起こす女性たちが現れる。
70年代、世界的なブームとなったウーマンリブが日本にも広がって、男性中心の社会を批判し、女性の解放をめざしていく。
国連の女子差別撤廃条約を批准するため、1985年に男女雇用機会均等法が制定される。労働省婦人少年局長の赤松良子さん(85)は、労使の狭間で苦渋の選択をした当時を振り返る。「財界や企業の猛反対で妥協せざるを得なかった。労働者側からは腰抜けだと、激しい非難の的になった」。均等法施行後も男性社員との格差はなかなか埋まらず、昇進を求める女性たちの裁判などが相次いだ。
1999年、仕事も家庭も男女が協働して担い、女性があらゆる分野で社会参画することをめざす男女共同参画社会基本法が制定された。参議院議員の堂本暁子さん(82)は、「当時は連立政権で、土井たか子さんと私、政治の中枢に二人の女性がいたことが法制定の強力な後押しとなった」という。堂本さんはその後、DV防止法にも深く関わった。
番組では、男女平等を進めてきた女性たちの姿を、職場の問題を中心に取材、世界の動きや政策決定の過程をまじえながら、証言で描いていく。

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柔術プリースト 188 バリカタ柔術RADIO 16

Jiu Jitsu Priest #188


生田誠のバリカタ柔術RADIO #16

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百田尚樹という名の醜悪なハゲ野郎にしてレイシストにして大嘘ばっか吹聴している詐欺師にしてネトウヨについて

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http://lite-ra.com/2015/07/post-1268.html

リテラ > スキャンダル > 失言・炎上 > 百田尚樹、ドヤ顔で沖縄ヘイトデマを .


見苦しい! 百田尚樹がこの期に及んでまだ言い訳 反論の根拠は沖縄ヘイトデマの常習犯

【この記事のキーワード】水井多賀子, 沖縄, 百田尚樹 .

2015.07.11.


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hyakutanaoki_01_150627.jpg言い訳しつつデマを拡散する百田尚樹氏(公式ホームページより)
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 自民党の「文化芸術懇話会」での発言が問題となった百田尚樹氏。だが、相変わらず反省もなく、「週刊新潮」(新潮社)や「SPA!」(扶桑社)、自身のメルマガで言い訳を展開している。

 例の「沖縄の2つの新聞社は潰さなあかん」発言については、正しくは語尾が「ですけれども」だったと言い、〈落語家が笑いを取るときによくやる〉口調だったと主張。〈私は議員でもなんでもない民間人〉と強調し、憲法21条をもちだして〈私的な場所ではどんな発言をしても許される〉と言い張っている。いや、だから私的な場所じゃなくて公的な場所だったから非難されてるんだってば。

 しかも、「SPA!」やメルマガでは、「沖縄タイムス」「琉球新報」の2紙の編集局長が出した共同抗議声明および百田氏の発言の検証記事に対しても反論。そのなかで百田氏は、両紙が伝えない“沖縄の不都合な事実”として、米軍による美談を紹介。そして、〈沖縄のジャーナリスト惠隆之介氏の本には詳しく書かれていますが〉と、そのニュースソースを明かしている。

 だが、じつはこの惠隆之介氏というジャーナリスト、百田氏と同様にヘイトデマの常習犯なのだ。

 たとえば、昨年の沖縄県知事選の際には、惠氏は選挙期間中に保守メディア「リアルインサイト」のインタビューに登場。候補者だった翁長氏を「反米反日、そして親中、これに徹している方」と評し、こうつづけた。

「お嬢様が北京大学に留学されて、ま、一旦日本に帰ってきておられるんですけど、なんとお婿さんがですね、中国太子党(注・太子党は中国共産党の高級幹部の子弟の総称)出身であります(笑)。だからもうほんとに中国オンリーですね、家庭が」

 惠氏は自信満々に話しているが、しかし、これは完全なデマ。翁長知事自身も知事選当選後のインタビューで、「(ヘイトスピーチをぶつけてくる人々の間で翁長氏は)習近平ともとても親しくてね、うちの娘も中国に留学していることになっているんですよ。埼玉の小さな大学にいて、きょうも帰ってきて一票投じて、あした帰りますけどね」(TBSラジオ『荻上チキSession22』にて)と答えている。しかも、翁長知事の娘は未婚である。だが、この情報はネトウヨの翁長批判の格好の材料としてネット上に瞬く間に広がり、いまだに信じている人もいる。

 さらに、惠氏がヘイトデマを流したのはこれだけではない。沖縄では2012年10月に20代の女性が米兵2人に暴行されるという事件が起こったが、惠氏はこの事件について、チャンネル桜の『中国の「日本直接・間接侵略」の実態』という放送でとんでもないことを言っている。発言は以下の通りだ。

「この前、発生したレイプ事件も、どうも深い闇の部分がありましてね。被害にあった女性の方はね、沖縄県民でもなければ日本国民でもない。帰化された人なんですね」
「全部、僕は暴露しますけど、(被害者は)沖縄にある政府の出先機関に昼間は勤められて、夜はそういう……深夜のお仕事をされている。で、沖縄ではレイプ事件が起きてマスコミがワーッと騒ぎ立てるでしょ。そのあと急に消えるじゃないですか。告訴しないんですよ。告訴したら真相がバレるから。8月に起きた事件も怪しかったんですね」

 どうやら“中国人の工作員がわざとレイプ事件を誘導し、冤罪だから告訴できない”と言いたいようだが、もちろんこれもとんだ嘘。だいたい集団強姦罪は非親告罪であるため、本人の告訴がなくても検察は捜査できる。実際、那覇地検はこの事件を集団強姦致傷罪で起訴し、裁判では米兵2名も罪を認め、懲役10年と9年を言い渡されている。しかも、強姦事件では被害者の情報が具体的には明かされないことを利用して、工作員だ冤罪だとデマを流すのは、これは立派なセカンドレイプである。

 このほかにも惠氏の発言・記述にはいくつも事実と異なる話が出てくるとネット上でも指摘されているが、百田氏はこんなトンデモジャーナリストの情報を鵜呑みにして、自分の理論武装に使っているのだ。

 ヘイトデマを垂れ流す人物の話をしたり顔で引用し、「はい論破」とでも思っているのなら、やっぱり百田氏は“筋金入りのネトウヨ”でしかない。そして、ここまで化けの皮がはがれても作家タブーを恐れてまだ百田氏をヨイショする「週刊新潮」「SPA!」をはじめ、百田氏を批判すらできない「週刊文春」「週刊現代」などの雑誌系週刊誌の体たらくぶりは、つくづく情けない限りだ。
(水井多賀子)

http://lite-ra.com/2015/07/post-1241.html

辛坊も松井も安倍も…注意!「百田尚樹の言論の自由」を叫ぶ者こそが言論弾圧を狙っている!

【この記事のキーワード】エンジョウトオル, 百田尚樹 .

2015.07.03.


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shinboumatsui_01_150702.jpg上・ウェブサイト「大阪綜合研究所 辛坊治郎」より/下・大阪府知事松井一郎公式HPより
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「百田さんにも言論の自由、表現の自由がある!」

 百田尚樹の自民党勉強会での発言をめぐって、タカ派政治家や保守系マスコミ関係者がこんな台詞を声高に叫んでいる。

 たとえば、次世代の党・和田政宗参議院議員は、ツイッターで百田をこう擁護した。

〈百田さんの発言を封じようというのは、評論家の自由な言論活動を封じるもので、メディア自らが首を絞めるもの。報道、言論の自由は憲法にもあるとおり守られるべきであり、百田さんの自由な発言を国会審議をはじめ叩くのは言論の自由を奪う危険性のある由々しきことだ〉


 同じ次世代の党・前衆議院議員の中丸啓氏はもっと露骨で、こんなツイートをしている。

〈百田氏は言論人。左翼以外には言論の自由はないという典型的なダブスタ。朝日新聞はここぞとばかりに反撃〉

 まあ、次世代の党といえば、大嘘ヘイトスピーチをマニフェストに掲げるような典型的なネトウヨ集団で、中丸にいたっては「沖縄で基地反対派がハーフ女児を暴行」なる悪質デマを拡散した張本人。百田とも、「次世代の党を応援する大集会」にメッセージを送ってもらうなど同志的関係にあり、擁護するのは不思議ではない。

 だが、維新の党の重鎮である松井一郎大阪府知事も、こう百田を擁護し、メディアを牽制したのだ。

〈ここぞとばかりに復讐だな。朝日と毎日は、百田さんの表現と言論の自由を奪っているのではないか。圧力をかけて〉

 さらに、本来なら言論弾圧に危機感を覚えなければならないマスコミ関係者からも百田擁護が飛び出している。


たとえば、ニュースキャスターの辛坊治郎氏は、関西ローカルの朝の情報番組『朝生ワイド す・またん!』(読売テレビ)で、毎日新聞の報道を相手取り、こんな反論をした。

〈発言内容がいいとか悪いとかっていう話ではないんですよ。ただね、毎日新聞が自民党の勉強会でプライベートな人間がやってきて好きなこと言ったということに関して、それを批判するような記事を書くのは、ちょっとね、言論機関としてこれは自殺行為ではないかな、と私は正直思います〉

 また、フリーアナウンサーの長谷川豊も自身のブログで、「今回の件、百田氏は悪くない!」と題した記事を掲載。そこでは、沖縄選出の野党国会議員らが百田に抗議声明を出したことに触れて、こう記している。

〈おい、この5人、はっきり言って申し訳ないが、そんなバカなら、国会議員なんてやめろ。税金から毎年3000万円以上ももらってんじゃない〉
〈沖縄の議員が百田氏に「謝罪しろ!撤回しろ!」と言ってるのは全く同じである〉

 極めつきは雑誌「WiLL」(ワック)編集長・花田紀凱氏だ。ブログ記事でこう噛み付いた。

〈「言論の自由」と言い、「言論統制」と言うならば百田さんに「言論の自由」はないのか。言い方はややキツかったかもしれないが、百田さんにも沖縄2紙の報道を批判する「言論の自由」はある〉

 擁護の内容はいずれもほとんど同じで、百田氏には言論弾圧発言をする自由があり、それを非難するメディア報道や沖縄の声のほうが言論弾圧だというのだ。

 まったくため息しか出てこない。こいつらは、本気でこんな屁理屈が通用すると思っているのか。いや、それとも、わかっていてわざと話をスリカエているのか。いずれにしても、ここは、彼らが口にしている「言論の自由」という主張がいかにインチキであるかを暴いておく必要があるだろう。

 まず、はっきりさせておかなければならないのは、今回の件で誰も百田の言論の自由を侵害も弾圧もしていないということだ。百田に言論の自由があるのと同じように、メディアにも百田批判をする自由があり、メディアはそれを行使しているだけだ。

 この間、百田がいったいメディアに何を言われたというのか。各社の社説を読んでみればいい。「沖縄県民全体に対する明らかな侮辱」(朝日)、「報道の自由に対する挑発、挑戦である」(東京)、「基地負担に苦しむ県民の感情を踏みにじるような暴言」(毎日)「百田氏の批判は、やや行き過ぎと言えるのではないか」(読売)……。

 朝日も毎日も百田の具体的発言を普通に批判しているだけで、「百田氏をつぶせ」「言論の機会を与えるな」などとは一言も言っていない。むしろ筆者から見ると、そのトーンは生ぬるいとさえ思えるほどだ。

 沖縄選出議員や沖縄の市民にしても同様だ。彼らは百田から「普天間基地が出来た後に住んで騒いでる」といった事実無根の侮辱を受けながら、発言の撤回と謝罪を求めているだけで、百田の言論の機会を奪え、などとはけっして言わない。みんな一応、節度をもって百田を批判し、抗議をしている。

 しかし百田はちがう。政権与党の議員たちにはっきりと、沖縄の新聞を「絶対つぶさなあかん」と提言したのだ。これは、沖縄の新聞の論調を批判したとか、事実関係の間違いを指摘したとかいうレベルの話ではない。言論の場所や機会そのものをつぶせ、と言っているのだ。「言論弾圧だ」と批判されて当然だろう。

 しかも、こういう言葉を叫んでいるのは、百田だけじゃない。言論の機会や場所をつぶせ!という煽動は今、百田擁護を口にしている右派の言論人、メディアの専売特許となっている。たとえば、朝日の従軍慰安婦問題のとき、彼らが何を言ったか、思い出してほしい。

 百田や櫻井よしこ、そして右派メディアやタカ派政治家が一斉に「朝日新聞を潰せ」「廃刊しておわびしろ」と叫び、「売国奴」「万死に値する」などと、戦中の非国民狩りを彷彿とさせるような恫喝の台詞を口にしていた。

 また、彼らの言論拠点である花田紀凱の雑誌「WiLL」には、「韓国人を永久に黙らせる」などといった、ジェノサイドを想起させるような見出しまで踊っている。言論弾圧というのは、こういう言葉のことをいうのである。

 自分たちがこんな露骨な言論弾圧を煽動しながら、少しでもメディアから批判を受けると、「言論の自由を奪われた」「言論弾圧だ」と騒ぎ出す――。まったく、その被害妄想とご都合主義にはうんざりさせられるが、彼らにはもうひとつ、話をごまかしていることがある。

 それは、百田がこの台詞を発言した場所だ。百田がたんに「WiLL」やら「正論」やらの右翼雑誌でこの台詞を叫んだだけであれば、ネトウヨ脳同士で仲良く盛り上がってくれ、という話であって、いちいち、目くじらたてるようなことではない。実際、百田は勉強会の前に、メールマガジン等でも同内容の発言をしていたが、まったく問題になっていない。

 しかし、百田がこの台詞を語ったのは、政党交付金を受けているれっきとした公党、しかも政権与党の勉強会なのだ。それも、普通の勉強会ではない。この「文化芸術懇話会」は、産経新聞に掲載された若手議員の談によると、「首相の再選を拒む“邪魔者”の排除が懇話会の役割。いわば首相の応援団」であり、木原稔・党青年局長、萩生田光一・総裁特別補佐ら安倍首相の側近中の側近が中心になって設立。“安倍チルドレン”と呼ばれる直系議員が多数参加していた。



 つまり、最高権力者にもっとも近く、これからの日本の政策を大きく左右する可能性のある議員たちに、百田は憲法違反につながるようなアドバイスをしたのだ。厳しく非難されて当然だろう。

 それを、辛坊治郎などは「勉強会でプライベートな人間がやってきて好きなこと言った」だけで、批判するのは「自殺行為」だというのだから、開いた口がふさがらない。

 そもそも、国会議員は公務員であり、本来、憲法99条で憲法尊重義務を課せられている。今回の百田発言はそれを破れ!と教唆するもので、それはたとえていうなら、警察の勉強会に薬物中毒者が招かれて、覚せい剤を流通させろ、と提案する行為と本質において何の差もない。

 もちろん、百田には「覚せい剤を流通させろ」という表現の自由もある。しかし、それが公務員の集まる場所で出た発言なら、そのやりとりを報道し、厳しく非難するのは、ジャーナリズムの責務ではないか。「自殺行為」を行っているのはむしろ、公党の勉強会を「プライベート」といって、権力の暴走をかばっている辛坊のほうだろう。

 それにしても、こうやってひとつひとつその擁護発言を検証してみると、「言論の自由が」と百田を擁護しているタカ派政治家や右派言論人、保守系メディアがそもそも、「表現の自由」が何かを理解していないことがよくわかる。

 憲法21条に規定された「表現の自由」は国民に対して保障されたものなのだ。国家権力や国会議員は国民に対してその「表現の自由」を保障する立場であり、「表現の自由を制限する」表現の自由はない。ところが、彼らが守ろうとしているのは、むしろ権力と権力におもねる者の言論の自由であり、それをチェックしようというメディアや国民の表現の自由は一顧だにしていない。
 いや、それどころか、彼らのほとんどは今、国民の「言論の自由」を制限しようと企んでいる。

 彼らの多くが支持している自民党の憲法草案を見ればいい。第21条の1「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由を保障する」という条文の後に、2として、こんな条文が加えられている。

〈2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない〉

 これはつまり、右派メディアやタカ派政治家がよく言う「国益を損なう記事」「国益に反している報道」が禁止されうるということだ。しかも、結果ではなく目的に着目した規制であるため、実際に「公益及び公の秩序」を害しなくても、その活動の目的が「公益及び公の秩序」を害すると判断されれば禁止される。おそらく、憲法が自民党草案どおりに改正されたら、日本は中国並みの報道統制国家になってしまうだろう。

国民の「表現の自由」を著しく制限しようとしながら、権力と権力におもねる者の「表現の自由」を声高に叫ぶ。まるで戦前のような発想だが、実は、この思想の代表選手が、安倍晋三なのだ。

 昨年11月、『NEWS23』(TBS系)に出演した際、安倍は「街の声」のVTRに「6割の企業が賃上げしている。全然声が反映されてませんが、おかしいじゃないですか。問題だ」などと抗議。これについて、15年3月に衆院予算委員会で批判されると、「私の考えを述べるのは言論の自由」だとして反論したのだ。

 ようするに、安倍は近代民主主義国家において、表現の自由が権力者を批判する自由として獲得された歴史のことも、権力者は表現の自由に守られる側でなく、表現の自由を保障する側であることもまったくわかっていないのだ。

 しかも、今の自民党は、今回の勉強会での発言を見てもわかるように、まさに安倍と同じネトウヨ的発想の安倍チルドレンに覆われつつある。そして、信じられないことに、メディアや言論人、ネットでも、政権に尻尾をふって、政権批判の自由を否定し、安倍政権の権力者たちの言論の自由を最大限に尊重する動きが大きくなっている。

 今、危機に瀕しているのは、憲法9条が守ってきた平和主義だけではない。民主主義の根幹である「表現の自由」が、安倍政権によって奪われようとしているのだ。
(エンジョウトオル)

http://lite-ra.com/2015/07/post-1237.html

百田尚樹は『ナイトスクープ』時代から杜撰でテキトーだった…プロデューサーが証言!

【この記事のキーワード】大方 草, 百田尚樹 .

2015.07.01.


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hyakutanaoki_150701.jpg『探偵! ナイトスクープDVD Vol.15 百田尚樹 セレクション ~ブーメランパンツでブーメラン?~』Amazon商品ページより
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「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない」発言で物議をかもしている百田尚樹氏だが、その後も暴言は止まらない。しかも、同じ勉強会の席で、軍隊をもたないナウル、バヌアツ、ツバルについて、以前、問題になったのと同じ「クソ貧乏長屋。とるものも何もない」という発言をしたことも判明した。

『殉愛』騒動といい、今回の問題発言といい、百田氏の何も考えていないとしか思えないテキトーさ、杜撰さには唖然とさせられるが、しかし、この百田イズムは、小説家になるもっと前、放送作家だけをやっていた時代からのものらしい。

 ここに一冊の本がある。そのタイトルは、『全国アホ・バカ分布考 はるかなる言葉の旅路』(新潮文庫)。同書は百田氏が構成作家をつとめる『探偵! ナイトスクープ』の神回「全国アホ・バカ分布図の完成」(1991年5月24日放送)の制作の裏側を同番組のプロデューサーである松本修氏が綴った本だ。この本では、松本氏による方言の広がり方についての興味深い考察が行われているのだが、それだけではなく、なんと百田尚樹という人物のお調子者っぷり、いい加減さも味わうことができる(味わいたいかどうかは別として)、貴重な本なのだ。

 そもそも、この企画がスタートしたのは、90年1月。はじめは、アホという言葉とバカという言葉を使う地域の境界線はどこか?という企画で放送されたのだが、当時の司会者の上岡龍太郎がさらなる調査続行を命令。そのチームの一員に構成作家である百田氏がいたのだが、松本プロデューサーは百田氏を本書でこのように紹介している。

〈構成陣を率いるのは、会議中、無駄口ばかり叩いている百田尚樹である。彼は昭和五十一年から四年間、私がディレクターをしていた『ラブアタック!』の“みじめアタッカー”として、全国に知られる学生のスーパースターだった。その当時から抜群のアイデアマンだったが、就職もしないままブラブラ遊んでいたのを、そんなことではいけないと番組を手伝ってもらっているうちに、いつの間にかこの世界に入ってしまったのである〉
〈彼は見上げるべき趣味人で、最近はコイン手品に凝っている。会議中にも練習を止めようとせず、失敗しては大きな音を立てさせてコインをあたりに散らばらせ、みんなの顰蹙を買っていた〉

ずいぶんはた迷惑な話ではあるが、それでもスタッフが百田氏、いや“百田くん”を重宝していたのは、〈鋭いアイデアのひらめき〉があったからこそ。ただ、一方で、相当に注意不足な人間でもあったようだ。たとえば、調査結果をもとにアホとバカの分布図をつくっても、〈ズボラな百田君らしい誤りがいくつかあった〉。しかし、この間違った分布図は、視聴者の郷土愛を多いに刺激した。

〈分布図が間違っているから訂正せよ、と抗議する人々も少なくなかった。百田君の杜撰な分布図作りがかえって幸いしたもので、これは貴重な発見だった〉

 そうして松本プロデューサーは、百田くんの“杜撰さ”を利用すべく、〈分布図作りは当分、百田君に任せておいた方がいいだろう〉と判断。なるほど、“バカとハサミは使いよう”とは、このことかもしれない。

 しかし、百田くんの“困ったちゃん”ぶりは、仕事が杜撰というだけではなかった。いまも百田くんの特徴のひとつとなっている“頑固で持論を曲げない”という点だ。

 調査をはじめた松本プロデューサーが知りたいと考えたのは、〈「アホ」「バカ」「タワケ」「ダラ」「アンゴウ」などの方言分布の成り立ち〉だった。そのとき、大きなヒントとなったのが『日本の方言地図』(徳川宗賢/中公新書)という本。この本には、民俗学者・柳田國男が『蝸牛考』で示した理論である「方言周圏論」がわかりやすく書かれていた。

「方言周圏論」とは、〈ちょうど池に石を投げ込むと、波紋が丸い円を描いて広がってゆくように、言葉もまた都から同心円の輪を広げながら、遠くへ遠くへと伝わっていった〉という考え方。松本プロデューサーはアホ・バカを示す方言も柳田のこの解釈に当てはまるのではないかと考え、これを会議で報告したのだが、スタッフは納得しない。その急先鋒こそ、百田くんだったのだ。

 というのも百田くんは、以前にスタジオでの中間報告で上岡龍太郎が語った“言葉が「県」や昔の「藩」で区切られているのではなく、古代以来の「国」によって分けられているのでは”という指摘にすっかり染まっていた。そのため、〈上岡局長の本番での直感による発言に触発されて、独自に古代王朝語残存説をぶち上げた百田君にとっては、(方言周圏論は)とうてい承服できるものではなかった〉のである。そして、百田くんはこんな持論を会議でぶつのだ。

「岡山の『アンゴウ』は吉備王朝の名残りである可能性もきわめて高い。『アンゴウ』が志摩半島にもあるのは、神武東遷の際、ここにも迂回してきた跡を示すものにほぼ間違いないでしょう」


 分布図づくりも杜撰だったのに、気分はすっかり専門家。しかも「ほぼ間違いない」とな。『殉愛』でも〈この物語はすべて真実である〉と大見得をきって、その後ボロボロとウソが発覚したが、断言癖は当時からのものだったのか。当然、この百田くんの発言には松本プロデューサーも「すべてが推測から成り立っている」としてやんわり反論しているが、それでも納得しない百田くんは、方言周圏論を「そんなバカなことが!」と批判している。

 だが、驚くのはこのあと。自信たっぷりに「そんなバカなこと」と方言周圏論を否定したのだから、それなりに勉強でもするのかと思いきや……百田くんは何もしないのである。松本プロデューサーはみんなに『日本の方言地図』を読んでもらおうと大量に用意したのだが、〈百田君をはじめ番組スタッフは、誰ひとりとしてこの本をまともに読んでくれなかった〉のだ。

〈バカバカしいギャグを考えさせたら天下一品の強者ぞろいだったが、しち面倒くさい勉強は注射よりも大嫌い、という困った連中ばかりなのであった〉
〈それまで一年間、なにかの発見をするたびに意見が欲しくて彼(百田氏)に伝えてきたが、彼はこむずかしい理屈には一向興味を示してくれなかった〉

 持論はぶつが、裏付けがない。投げかけられた反論に対し、その中身を知ろうという努力もしない。このエピソードには「これぞ百田イズム!」といった要素が溢れているが、しかし、これくらいで百田伝説は終わらない。その後、松本プロデューサーは時間をかけて調査・研究を行い、さすがの百田くんも方言周圏論に納得するようになるのだが、今度は松本氏の調査報告に対して、十八番の「絶対に間違いないでしょう」を連呼しはじめたのだという。自分で調べたわけでもなければ、根拠も何ももっていないというのに。

 もちろん、“みじめアタッカー”時代から百田くんを見てきた松本氏は、こうした断言癖を知り尽くしているのだろう。〈百田君の自信にあふれた意見は、これまでの経験からしてけっして鵜呑みにはできなかった〉と述べ、「またまた、『絶対に間違いない』かいな。あんたにそれ言われると、かえって自信を失うわ」とツッコんでいる。

また、さらにあるときは、「アホ」や「バカ」という言葉の起源が中国にあり、それが日本文化と結びつき、京の流行りことばとして流通したことに辿り着いた松本氏の話に、百田くんは「日本人はずっと『ホ』(阿呆の呆)を求めていたんですよ」と話題を飛躍させて興奮。この主張には松本氏も納得・感心する部分もあったようなのだが、「『アホウ』は、実に響きがいい。音楽的にも美しい」などと言う百田くんの〈異常なまでの「アホウ」の褒めっぷり〉には別の思惑が働いていることを松本氏は察知し、百田くんにこんなツッコミを入れている。

「関西ナショナリズムに酔うてるんと違う?」

 フラットな視点から中国と日本の文化の同時代的なつながり、そのすばらしさを語っているのに、結局、“関西、最強”と話をすり替えてしまう。──もしかすると、この「関西ナショナリズム」が、いまの「愛国心」に進化を遂げたのだろうか。ただ、大阪のオッサンが他の土地をディスりながら関西自慢をするのも大概ウザいものだが、「反日」「売国奴」と声を張る現在は、そんなウザさの限界値を遥かに振り切っている。ああ、いまも「アホウって言葉、すてきやん」とだけ主張していてくれたら、たんなる風変わりなオッサンとして愛されたかもしれないのに……。

 このように、百田尚樹として認知される以前の“百田くん”とは、会議中に手品の練習をして顰蹙を買ったり、いいかげんな地図をつくって放送にのせちゃったり、勉強もしてないのに持論を炸裂&断言を繰り返したりと、“調子にのったらタチが悪い、困ったオッサンあるある”に数えられるような人物だったのだ。そこから成長もなく、ただ増長し、わずかにあった愛嬌さえ失ってしまった……それが現在の姿なのだろう。

 しかし問題は、そんなテキトーなオッサンを重宝して、NHKの経営委員会に呼び込んだり、“文化人”として勉強会に迎えてしまうことのほうだ。安倍首相を筆頭に自民党議員の小物化が進みすぎて、そんな問題にも気付かなくなっているのかもしれないが、いかにもオッサンの類友とは恐ろしいものである。
(大方 草)

http://lite-ra.com/2015/06/post-1231.html

県民は金目当てで親中、戦争の悲劇は捏造…百田尚樹と“沖縄ヘイト”のインチキを暴く!

【この記事のキーワード】宮島みつや, 沖縄, 百田尚樹 .

2015.06.29.


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1506292200top.jpg百田尚樹・田原総一朗『愛国論』(KKベストセラーズ)
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 自民党勉強会の言論弾圧、沖縄ヘイト発言をめぐって国会で釈明に追われている安倍政権と自民党。だが、騒動の火元である安倍首相のお友達・百田尚樹氏はどこ吹く風らしい。

 27日には福岡市の講演会で「(発言は)飲み屋でしゃべっているようなもの」「飲み屋で『あいつ殺したろうか』といったら殺人未遂なのか」と無茶苦茶な言い訳を強弁。28日には、大阪府泉大津市で沖縄の2紙について「その時は冗談口調だったが、今はもう本気でつぶれたらいいと思う」と開き直り。反省の弁を述べるどころか、さらに暴言を連発しているのだ。

 もはや、このおっさんに何を言っても、さらに嘘とデタラメを重ねるだけ。いちいち真に受けて反論しても何の意味もないかもしれない……。

 そんなふうに思っていたのだが、しかし、27日付沖縄タイムスの百田インタビューを読んで、考えを改めた。

 沖縄タイムスといえば、百田氏から「つぶさんとあかん」と名指しされた沖縄の新聞のひとつだが、百田氏はその取材に応じ、「普天間基地ができた後に住み始めて文句を言うのはおかしい」「基地の地主はみんな大金持ち」といった勉強会の時とほぼ同じ発言を繰り返した後、こんな主張までしているのだ。

「沖縄だけが戦争の犠牲になったわけではない。大阪も大空襲で多くの人が死んだ」
「沖縄の人は中国を歓迎している(から問題だ)」

 まったく唖然とするような発言ばかりだが、しかし、これらはいずれも最近、ネトウヨや保守メディア、右派の評論家の間でとみに高まっている「沖縄ヘイト」の論理そのものである。そして、ネットを見ていると、このデマを本気で信じ込んでいるユーザーも少なくない。

 だとしたら、この機会に、百田発言を検証するかたちで、沖縄ヘイトのデマをひとつひとつつぶしておいたほうがいいだろう。

ということで、さっそく普天間基地の話からいこう。百田氏は勉強会で「(普天間基地は)もともと田んぼの中にあり、周りは何もなかった。基地の周りに行けば商売になると、みんな何十年もかかって基地の周りに住みだした」と発言。沖縄タイムスのインタビューでも「住んでいた場所に基地が引っ越してきたわけではない」と自説を繰り返した。

 これはネトウヨが基地問題を語る際に必ずもち出す論理なのだが、事実はまったくちがう。

 すでに本サイトをはじめ、いくつかのメディアで指摘されているが、普天間基地が建設された場所は、「周りは何もなかった」などということはまったくなく、1925年の段階で1万人近い住民が住み、役場や小学校もあった。45年4月、沖縄戦で上陸した米軍が住民を強制排除して占拠し、本土決戦のため普天間での滑走路建設に着手。つまり、元々そこに住んでいた住民たちは強制的に土地を奪われたのだ。

 そして、45年の終戦直前には住民は収容所に入れられ、終戦後に帰村が許されたときには、すでに基地に占拠され、自分の集落に立ち入ることができなかった住人が多くいた。それでやむをえず、米軍から割り当てられた周辺の土地に住み始めたのである。その歴史的経緯を無視して「基地ができた後に商売になると人が住み出した」などというのは、言いがかりも甚だしい。

 基地の地主がみんな大金持ちという話も同様だ。勉強会では「基地の地主さんは年収何千万円なんですよ、みんな」「ですから地主さんが、六本木ヒルズとかに住んでいる。大金持ちなんですよ」と言っていたのが、沖縄タイムスのインタビューでは「地権者には、膨大な地代が払われている。六本木ヒルズに住んでいる大金持ちと同じ」とニュアンスを変えているが、いずれにしても、大嘘である。

 沖縄タイムス、琉球新報の2社がこれに丁寧に紙上で反論しているので、引用しよう。

〈だが県基地対策課のまとめ(2013年)によると、県内の軍用地主のうち、軍用地料の受取額は100万円未満が54・2%、100万円以上200万円未満が20・8%を占める。大部分が200万円未満で「年収何千万円」と懸け離れている。〉(琉球新報)
〈沖縄防衛局が発表した2011年度の軍用地料の支払額別所有者数(米軍・自衛隊基地)によると、(中略)500万円以上は3378人で7・9%だった。〉(沖縄タイムス)

 ちなみに、六本木ヒルズの住居(レジデンス)の家賃を本サイトが不動産業者に聞いてみたところ、1LDKなどの安価物件も含めて、ざっくりと平均で一ヵ月50万から150万。年換算で600万〜1800万円の家賃である。百田氏の言う「地権者は六本木ヒルズに住んでいる大金持ちと同じ」というのは、もはや妄想としか思えない。

 沖縄戦についてのスリカエ発言も、指摘しておく必要があるだろう。

「沖縄は戦争で犠牲になったと言うが、東京も大空襲があり、犠牲を払っている。沖縄だけが犠牲になったわけではない。大阪も大空襲で多くの人が死んだ」

 百田氏は沖縄タイムスのインタビューでこう答えているのだが、これこそ、歴史をまったく理解せず、戦争の真実から目をそらして、自分たちの主張に都合のいいように事実をねじまげるネトウヨ思考の典型のような発言だからだ。

 先の戦争では、東京、大阪、その他の都市も空襲による甚大な被害を受け、多くの犠牲者を出した。そんなことは当たり前だ。だが、沖縄戦の悲惨さはそれらとはまったく質がちがう。沖縄は我が国で唯一、地上戦が行われた場所であり、12万2千人の県民がこの戦闘で死亡している。当時の沖縄県民は59万人といわれているから、実に5人に1人が戦死した計算だ。しかも、12万人のうち9万人は民間人だった。

 この沖縄戦の悲劇は、空襲のように米国の一方的な戦闘だけで起きたものではなかった。本土決戦を少しでも遅らせるために、日本政府から徹底抗戦の場所として「捨て石」にされ、そのことが被害をより甚大なものにしたのである。

 ネトウヨたちはこの「捨て石」についても、またぞろ「左翼の捏造だ」と喚いているが、それこそデマだ。45年の年始に大本営が策定した公的文書「帝国陸海軍作戦計画大綱」にも、〈右前線地帯の一部においては状況真にやむをえず敵の上陸を見る場合においても極力敵の出血消耗を図りかつ敵航空基盤造成を妨害す〉とはっきり書いている。

 また、沖縄防衛を担う陸軍第32軍の高級参謀として作戦担当にあたった八原博通大佐も自著『沖縄決戦 高級参謀の手記』(中央公論新社)のなかで、沖縄戦の役割をこう記している。

〈第三十二軍は本土決戦を有利ならしむる如く行動すべきである。すなわち戦略的には持久である。(中略)沖縄につとめて多くの敵を牽制抑留し、かつ、つとめて多くの出血を敵に強要し、しかも本土攻略の最も重要な足場となる沖縄をつとめて長く、敵手に委させないことであった。〉

また、同書の「あとがき」で、大本営の戦略に対し〈迷妄な空軍決戦主義と狂気じみた裸突撃〉〈ばかげた攻撃要求〉と激しく非難。第32軍の参謀長であった長勇中将の自決に立ち会ったときのことをこう回想している。

〈参謀長は、自決の直前、私に「沖縄戦はどんな作戦を採っても、結局わが軍が負けるに決まっていた。お前は本土に帰っても作戦の是非を論ずるな」と申された。あるいは、参謀長の言葉通りだったかもしれない。〉

 ようするに、当時の日本軍は結果が見えていたにもかかわらず、沖縄になるべく多くの敵を集めて、そこで民間人を巻き込んだ血で血を洗う残虐な戦いを引き延ばし続けていたのだ。これを「捨て石」と言わず、なんというのか。

 しかも、沖縄が内地と決定的に違うところは、戦時中だけでなく、終戦後も長く米軍の占領下におかれ、返還後も米軍基地への土地提供というかたちで「捨て石」にされ続けていることだ。

 ところが、百田氏はじめ、ネトウヨ、保守メディア、右派評論家たちは、自分たちの戦争肯定思想に邪魔なこうした事実をネグり、「沖縄だけが特別じゃない」と話をスリカエていく。

 そして、最後は「沖縄=反日」のレッテル張りだ。右派メディアやネトウヨは、自分たちの大好きな米軍を拒絶する沖縄が相当に気に入らないらしく、沖縄に中国の観光客が大挙して来日していることやその観光ビジネスに中国資本が進出していることをあげつらい、「沖縄は中国のスパイ」などと言いだしている。

 百田氏もまさにその典型で、沖縄タイムスで「「沖縄の島が中国に取られれば目を覚ますはずだ」の発言の真意は?」と問われ、こう答えている。

「絶対あってはならないことで仮定の話をした。沖縄の人は中国を歓迎している。(辺野古の新基地建設反対など)翁長雄志知事が言っていることも意味が分からない。沖縄の人の総意は何なのか。中国の危機意識がない人も見受けられる」

 どうしても沖縄を“中国の手先”にしたい意図が見え隠れするが、でも、その根拠が「中国人を歓迎している」だけとは……。日本の消費産業はいま、中国人客頼み、沖縄以外でも観光地ならみんな「マナーが悪い」と言いながら中国人を歓迎していると思うのだが。

いや、日本だけじゃない。日本の保守派が大好きな台湾だって、中国の観光客を多数呼び入れて、企業は大きなビジネスを展開している。普通に考えればわかるが、中国の観光客受け入れやビジネスの提携は、そういうネトウヨ的な陰謀論とはまったく関係がないリアルなところで進んでいるのだ。

 それを無理矢理、自分たちの単純な二分法的イデオロギーと結びつけ、基地問題を無視し続ける日本政府に対して反発している行為を、“中国の属国になって本土に仕返しする”というストーリーに仕立ててしまう。ここまでくると、狂っているとしか言いようがない。

 どうだろう。ここまで読んでもらえれば、百田氏らが口にしている、“沖縄ヘイト”はいかに根拠がなく、デタラメで陰謀論丸出しの中身のないものであるかが多少はわかっていただけたのではないか。

 しかし、深刻なのは、こういうデマだらけの“沖縄ヘイト”の方法論が百田氏やネトウヨだけでなく、政治の世界にまで浸食していることだ。言っておくが、それは、今回、勉強会を開いた安倍チルドレンたちのレベルの話ではない。

 2ヶ月ほど前、「週刊文春」(文藝春秋)がやはり、翁長知事と中国との関係を追及するキャンペーン記事を掲載していたのをおぼえているだろうか。

 翁長知事が観光誘致目的で日本国際貿易促進協会の訪中ツアーに参加することをとらえ、基地問題で中国と連携しているかのような印象を与えたり、翁長知事とは会ってもいないのに、知事当選の2日後に人民解放軍の工作機関が沖縄入りしたと意味ありげに書いたり、翁長知事となんの関係もない琉球独立運動の団体に中国が食指をのばしていることを指摘したり……。

 いずれも、それらしい情報をかき集めてつなげただけの“確証バイアス”丸出しのネトウヨ記事だが、実はこれ、官邸が内閣情報調査室と公安を動かして「文春」に書かせた記事らしいのだ。

「『文春』の新谷学編集長は、安倍首相の本『美しい国へ』の担当編集者で、最近は菅官房長官ともべったり。この翁長追及企画も菅官房長官が直々にもち込んできた企画のようです」(週刊誌関係者)

 百田氏自体はこの騒動で官邸から切られてしまうだろうが、彼がもっていたネトウヨ的思考と“沖縄ヘイト”に象徴されるデマ攻撃の手法は、明らかに政権中枢にまで入り込み、増殖を続けている。
(宮島みつや)

http://lite-ra.com/2015/06/post-1225.html

リテラ > スキャンダル > 失言・炎上 > 沖縄ヘイト、百田尚樹の言い訳が酷い .


“沖縄ヘイト”百田尚樹の言い訳が酷い!「内輪の話を盗み聞きされた」「私は私人だ」

【この記事のキーワード】小杉みすず, 沖縄, 百田尚樹 .

2015.06.27.


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hyakutanaoki_01_150627.jpg「作家 百田尚樹 (公式)オフィシャルウェブサイトより」
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 最近、ツイッターも非公開にしておとなしくなったと思っていたら、自民党の安倍チルドレンたち勉強会で、またぞろトンデモ発言をして物議をかもしてしまった百田尚樹センセイ。

 あの『殉愛』(幻冬舎)で、さくら夫人の一方的な話に丸乗りして嘘をふりまき、たかじんの娘や元マネージャーを攻撃しながら、それについて一切責任も取らず、よくもまあイケシャアシャアと国士ぶって報道機関を批判できるものである。

 しかも、今回は「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」「沖縄のどこかの島が中国に取られれば目を覚ますはずだ」という露骨な言論弾圧発言だ。百田氏は自分が今、なぜ作家として言論活動ができているのか、報道、言論の自由が何を守っているのか、考えたことがあるのだろうか。

 いや、この人にそんな説教をしても意味はない。百田氏はおそらく表現の自由のことなど、1ミリも考えたことはないだろう。それは、発言が発覚した当日の夜に百田氏がツイッターやFacebookに投稿した言い訳を読めば明らかだ。

〈ギャグで言った言葉を切り取られた。しかも部屋の外から盗み聞き!卑劣!それにしても、報道陣は冒頭の2分だけで退室したのに、ドアのガラスに耳をつけて聞き耳してるのは笑った。しかし、正規の取材じゃなくて盗み聞きを記事にするのは、ルール違反だし、卑劣だろう!〉
〈私がむかつくのは、報道陣がいたのは、最初の2分だけ、あとは部屋から出て行って、シャットアウト、つまりその後の講演も質疑応答もクローズな場所での発言なのに、それを盗み聞きして報道されたことだ。〉
〈私はラジオやテレビで不特定多数に向けて発言したわけではない。あくまで私的な集まりの場において話したにすぎない。内輪の席での発言だ。(中略)
 しかも、私は議員でもなければNHK経営委員でもない。一私人である。〉



 百田氏は、政党交付金を受けている公党の勉強会を、居酒屋の常連同士の会話と同じ「内輪の席」だと言い張り、政権与党の若手議員たちが何を考えているのかをチェックする報道を「盗み聞き」と批判しているのだ。

 クローズドな会議の内容を報道したら盗み聞きと言うなら、もはや権力チェックなど不可能で、その体制は北朝鮮と変わらなくなってしまう。このオヤジはジャーナリズムの意味も政治報道の真の目的もまったくわかっていない。

 さらに唖然とさせられるのは、自分のことを「一私人」だと言い張っている点だ。日本の国のあり方を180度変える安保法案を後押しし、政権与党の勉強会で若手政治家たちに「(政治家は)負の部分はネグったらいい。いかに心に届くか、その目的のためには多少……」などと、アドバイスを送っている人物のいったいどこが「私人」なのか。

 調子のいいときは「公」的な使命でやっているというようなことを言いながら、都合が悪くなると「私」に逃げ込む。実は、このやり方は、百田氏が最近覚えた方法論らしい。

 百田氏は最近、一度はツイッターを非公開にし、そのかわり、有料メールマガジンを始めたのだが、その定期購読案内にこんな注意書きが掲載されているのだ。

〈当メルマガは私信であり、著作権は百田尚樹にありますので、転載、引用、拡散はいずれも固く禁止させていただきます。〉

 おそらく『殉愛』騒動でさんざんディスられたことで、批判を封じるいい方法はないかと考えた結果、「私信」とかなんとか言い始めたのだろうが、そんな理屈が通用すると本気で思っているのだろうか。このメールマガジンは個人的な手紙ではなく、不特定多数に購読を呼びかけ、購読者からお金をとっているメディアなのだ。しかも、誰でも見ることのできる購読案内には、その見本として、今回の勉強会での発言とまったく同じ、普天間基地周辺の住民を貶める文章が書かれていたのだ(現在は別の記事に変わっている)。

〈というのは、普天間基地というのは、周囲に家など何もない畑と荒地の中に作られたのです。
 ところが、「基地の近くに行けば、いろいろと商売ができるぞ」と基地周辺に人が住み出したのです。(中略)
 やがて、基地の周囲に住む人たちは「基地の騒音がうるさいから迷惑している」と騒ぎ始めました。「基地が家の近くにあるから、精神的苦痛を味わっている」と。中には「基地はいらないから出て行け」という人も現れました。
 これって何かおかしくないでしょうか。静かでも何でもなかった町に、基地がやってきたわけではありません。騒音がうるさい基地のそばにわざわざやってきたのは住民です。〉

 ちなみに、この百田の住民批判は事実ではない。現在の普天間基地の敷地部分には1925年段階で1万人近い住民が住み、役場や小学校もあった。そして、戦後、住民が収容所に入れられているうちに、米軍が土地を占領して建設を始めたため、住民は帰村した際にやむなく米軍から割り当てられた周辺の土地に住み始めたのである。

 自分は、政治的主張のために沖縄の歴史をねじまげ、住民の心を傷つけているのに、批判されたくないからと「私信」だと言い張る。まさに、卑劣なやり口と言わざるをえない。

 さらに今回の自民党勉強会での発言をめぐって、百田氏はもうひとつ卑劣な手口を使って言い逃れをしている。

 それは、大きな問題になった「沖縄の二つの新聞はつぶさないといけない」発言について、だ。百田氏はFacebookでこれを〈誰かが「沖縄の二紙はやっかいですね」と言った言葉を受けて、「ほんまや、つぶれたらいいのに」と軽口で言ったにすぎない〉などと弁明したが、それは真っ赤な嘘だ。

 実際は、複数の記者がもっと断定的な口調で、「つぶさないといけない」と発言をしたのを聞いている。実際、朝日から読売、産経まですべての新聞がほとんど同じ表現で百田発言を報じている。

「沖縄の二紙はつぶさなあかん」(朝日)「沖縄の新聞社はつぶさなあかん」(読売)「沖縄の二紙はつぶさないといけない」(産経)

「つぶれたらいいのに」と「つぶさなあかん」ではまったく意味が違う。百田氏は弁明の途中で発言のニュアンスを巧妙に変え、ごまかしをはかったのだ。

 そういえば、『殉愛』のときもそうだった。百田氏は同書で、さくら夫人は「結婚していない」とはっきり書き、「『殉愛』の内容は100%真実」と言っていた。ところが、さくら夫人の離婚歴が発覚すると、「知っていたが、プライバシーを明かす必要はない」などと言い始めた。

「これらの金(たかじんの遺産)をさくらはまったく望まなかった」という記述もそうだ。金銭要求の事実が判明すると、〈他人がその遺産に口出しする権利があるの。あんたの金じゃないよって言いたい〉と述べ、『殉愛』における記述との食い違いが問題となったのに、論点をずらしていった。



 そして、次から次へと矛盾が噴出して収拾がつかなくなると、裁判で決着をつけるというポ―ズでこの問題から逃走をはかり、その後、ツイッターを非公開にしてしまったのだ。

 ところが、その裁判についても、〈裁判は面白いことになると思う。虚偽と言われては、本には敢えて書かなかった資料その他を法廷に出すことになる。傍聴人がびっくりするやろうな〉などと挑発を繰り返していたにもかかわらず、今に至るまで、百田氏本人が出廷したという話は聞かない。

 ようするに、この人、戦争とか男気とかが大好きなただのお調子者のおっさんで、ほとんど何も考えていないのだろう。ちょっとした情報を聞いてはその気になって、やたらオーバーでテキトーなことを言う……。そして、後になって、嘘がバレたら、またその場しのぎのテキトーな言い訳をして、嘘を積み重ねていく。そういう意味では、本来はマジメにこの人の言葉を検証・批判する必要はないのかもしれない。

 しかし、恐ろしいのはそのただのお調子者のおっさんを、政権与党の若手議員たちが今も勉強会に呼び、その意見をありがたく拝聴し、我が意を得たりと、全く同じ意見を大合唱していることだ。

 たとえば、勉強会の出席者で、「(沖縄メディアは)左翼勢力に完全に乗っ取られている」と発言した長尾敬議員は、自身のツイッターで〈沖縄のあの2大メディア対策は如何に?という、私の質問に対してお答えくださいました〉と、百田氏の例の言論弾圧発言を引き出したことを自慢げに語っている。さらには、騒動になった後も、琉球新報社の潮平芳和編集局長のコメントの一部を引用し、こんなツイートをしている。

〈>琉球新報は今後とも不偏不党、言論の自由を重んじ、公正な取材活動と報道に努める。はっ?空耳? 私が現場で見聞きする実態を、公正に取材し報道しているとは思えないのですけれど。〉

 反対意見を弾圧し、言論・報道の自由なども完全に無視。安倍首相がどれだけ知らん顔しても、百田尚樹氏の発言の中身は、自民党の安倍チルドレン、そして安倍首相の思想そのものなのである。
(小杉みすず)

http://lite-ra.com/2015/04/post-1050.html

リテラ > 社会 > 国際問題・戦争 > 元零戦飛行士が“安倍は戦前の指導者”と .


百田尚樹も尊敬する元零戦パイロットが安倍首相を批判!「戦前の指導者に似ている」と

【この記事のキーワード】安倍晋三, 梶田陽介, 百田尚樹 .

2015.04.24.


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saigonozerosen_01_150424.jpg元零戦パイロット・原田要氏の著書『最後の零戦乗り』(宝島社)
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 4月3日、米「ニューヨーク・タイムズ」に、第二次世界大戦時、零戦のパイロットだった男性のインタビューが掲載された。原田要さん、98歳。元大日本帝國海軍エースパイロットである。

 原田さんは真珠湾攻撃では上空直掩隊として艦隊上空を警戒し、セイロン沖海戦、ミッドウェー海戦に参加。ガダルカナル島の戦いで撃墜され、重傷を負いながらも帰国し、教官となって終戦を迎えた。総撃墜数は19機。自らの経験を記録したいくつかの著書を残している。

「Retired Japanese Fighter Pilot Sees an Old Danger on the Horizon(元日本人戦闘機飛行士は差し迫った古い危機をみる)」──そう題された「ニューヨーク・タイムズ」の記事は、長野で行われた原田さんの講演会の描写から始まる。彼はゆっくりと壇上に上がると、セピアに色あせた写真を掲げたという。それは、革のフライトジャケットを着込んだ、若かりし頃の自分の姿だった。そしてこう語った。

「戦争ほど恐ろしいものはありません」
「私は、あなたたちに私自身の戦争体験を伝えたい。若い世代に、私と同じ恐怖を体験させないために」

 講演会のあと、原田さんは「ニューヨーク・タイムズ」のインタビューに応じている。

「私は零戦のコックピットから戦争を見ました。いまだに私が殺した兵士たちの顔はよく覚えています」
「戦場でのかつての敵兵もまた、私たちと同じように父であり、息子なのです。彼らを憎んだり、知りもしないでいることはできません」
「戦争は人間から人間性を奪うのです。全くの他人を殺すか、殺されることを選ばざるをえない状況に置かれることによって」
「私は気がつきました。戦争が、私を人殺しへと変えてしまった。私はそうありたかったわけではないのに」

 人を殺したくない、そう思っていても、人を殺してしまっている──戦場の現実を知る当事者の言葉は、重い。記事には書かれていないが、原田さんの著書『最後の零戦乗り』(宝島社)には神風特攻のエピソードも記されている。



 1943年1月、原田さんは霞ヶ浦航空隊に教官として着任し、海軍兵学校出身者3名を受け持つことになった。そのなかの一人が関行男大尉(2階級特進後、中佐)だった。初の神風特攻により、レイテ沖海戦で戦死した軍人である。そして、原田さん自身もまた、霞ヶ浦航空隊にいたころ、「参謀肩章を付けたお偉いさん」から特攻の志願を促されたことがあったという。ガダルカナルでともに死の淵に立った戦友は、「命令されたら仕方がない。こうなったら俺は志願するよ」と言って、戦死した。原田さんは「俺はいやだ」と志願しなかったと書いている。

〈ミッドウェーでの「巻雲」での経験、ガ島から病院船での出来事、とにかく私は、
「命を大事にしなくては」
 と、最後まで、命はむだにしちゃいけないと思っていた。〉(『最後の零戦乗り』より)

 ──このエピソードを聞いて、なにかを思い出さないだろか。海軍のエースパイロット、教官に転身、「命を大事に」。そう、百田尚樹『永遠の0』の主人公、宮部久蔵である。原田さんと宮部久蔵は、操縦練習生出身という点でも同じだ。

 実は、百田と原田さんは少なくとも一度、会って話したことがあるらしい。『永遠の0』出版後の2010年に、百田はツイッターでそのことをつぶやいていた。実際、そんな縁もあり、前出の『最後の零戦乗り』の帯に百田が推薦文を寄せている。

 原田さんは、百田に会ったときに「(主人公の宮部は)いろいろな零戦搭乗員の話を聞いてから作った、ひとりの偶像です。このなかには原田さんも入っています」と聞かされたという。しかし、安倍首相を礼賛し、タカ派発言を連発する百田とは対称的に、原田さんはインタビューのなかで、安倍首相の歴史認識や戦争への考え方に対して、こう「鋭いジャブ」を入れている。

「安倍首相は必死で日本の戦争放棄を取り消そうとしたがっているように見える」、そして、「戦後の長い平和がひとつの達成であったということを忘れているように思えてならない」と。

 積極的平和主義の名の下に、日本を再び「戦争ができる国」にしてしまった安倍首相。その口から常日頃飛び出すのは「有事にそなえて」「中国の脅威は予想以上」という国防論だ。そこからは、原田さんが語る「全くの他人を殺すか、殺されることを選ばざるをえない状況に置かれる」「戦争が、私を人殺しへと変えてしまった」という生々しい血の匂いと、背負うことになる罪の重さは、まったく感じられない。

原田さんはインタビューで、「安倍首相ら最近の政治家は戦後生まれだから、どんな犠牲を払ってでも戦争を避けなければならないということを理解していないのです」と語り、そして、こう続けている。

「その点で彼らは戦前の指導者たちと似ているんです」

 戦後、眠れないほどの悪夢に苦しめられたと語る原田さん。夢のなかで彼が見続けていたのは、自分が撃墜したアメリカの飛行士たちの怯える顔だった。自身の戦争体験をようやく語れるようになるまでに、何年もの時がかかったという。

 記事は、原田さんのこんな言葉で締めくくられている。

「私は死ぬまで、私が見てきたものについて語りたいと思う」
「決して忘れないことが子どもたち、そして子どもたちの子どもたちを戦争の恐怖から守る最良の手段なんです」

 安倍首相や百田に、その「恐怖」は想像もできないらしい。
(梶田陽介)

http://lite-ra.com/2015/03/post-985.html

さくら夫人が『殉愛』の検証本『百田尚樹「殉愛」の真実』の出版差し止めを申し立て!

【この記事のキーワード】殉愛, 百田尚樹, 蟻田有蔵 .

2015.03.30.


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junai_150330.jpg左『殉愛』/右『百田尚樹「殉愛」の真実』
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 作家の百田尚樹が、歌手でタレントのやしきたかじん(享年64歳)の“後妻”家鋪さくら氏の証言をもとに書いた『殉愛』(幻冬舎)。この「純愛ノンフィクション」の嘘やデタラメを暴いた『百田尚樹「殉愛」の真実』(宝島社、以下『殉真』)の刊行から約1カ月が経ち、「殉愛騒動」は新たな局面を迎えた。

「さくらさんが宝島社を相手取り、『殉真』の出版差し止めの仮処分を裁判所に申し立てたそうなんです」(出版関係者)

 出版差し止めの仮処分とは、個人の名誉やプライバシーを侵害する書籍や雑誌などの出版や販売等を禁止する、裁判所の仮処分命令のことをいう。2004年3月には、田中眞紀子衆議院議員の長女が、自らの離婚に関する記事を掲載した「週刊文春」の版元・文藝春秋に対し、同誌の出版差し止めの仮処分を東京地裁に申し立てた。長女側の主張を認めた裁判所は、文藝春秋に対し、同誌の出版を差し止める仮処分命令を出した。記事を掲載した当該号は、すでに約70万部が出荷されていたが、残りの出荷予定だった3万部にストップがかかった。


 もし、さくら氏の申し立てが裁判所に認められれば、今後、『殉真』を販売することが禁じられ、増刷できなくなる可能性も出てくる。もっとも、さくら氏は何を理由に出版差し止めを申し立てたのか?

 筆者は今回、『殉真』の取材・執筆を担当した宝島「殉愛騒動」取材班の記者の1人に接触。記者によると、さくら氏は3月2日付で東京地裁に仮処分を申し立てたというが、驚いたのはその理由だ。

「申立書の中で、さくら氏は件(くだん)の『温井メモ』がたかじんの真筆、つまりは本物だと主張しています。そして、『温井メモ』はたかじんの著作物なのだから、それを『殉真』や月刊『宝島』の4月号で勝手に、しかも、たかじんの筆によるものではないとして公開したのは著作権の侵害にあたる……こうした理由で、『殉真』と『宝島』4月号の出版差し止めを求めているのです」(記者)



『殉愛』の作者・百田尚樹によると、たかじんは生前、1000枚にも上る大量のメモを書き残しており、百田もさくら氏も「メモはすべて、たかじん本人が書き残したもの」として、さまざまな場面で紹介してきた。

 もっともこのメモには、『殉愛』発売直後から、数多くの疑問の声が挙がっていた。同書の発売にあわせて放映された『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系、14年11月7日放映)の特番(2時間SP やしきたかじん)でメモの一部が紹介されると、その直後からネット上で「たかじん本人が書いたものではないのではないか?」といった疑問の声が挙がったのだ。

 その代表例が、前述の「温井メモ」だった。「温井」とは、たかじんの桃山学院高等学校(以下「桃山学院」)時代の同級生で、現在は同校の校長を務める温井史朗氏のことだ。『殉真』によると、たかじんは遺言書の中で、母校である桃山学院に1億円を寄付するとしていたが、彼の死後の14年2月8日、さくら氏が桃山学院の校長室を訪問。そこでたかじんが生前、温井校長に宛てて書いたという〈桃山に寄付受口になってもらい(さくら氏に1億円の寄付を)戻してやってほしい〉といった内容のメモを温井校長に見せ、寄付の放棄を迫ったという。

 しかし、「温井メモ」のコピーを入手した宝島「殉愛騒動」取材班は、『殉真』と『宝島』4月号の中で、客観的事実の積み重ねと筆跡鑑定の結果から、このメモが何者かによって捏造されたものだと断定している。

 そもそも、この「温井メモ」は、前述のとおりテレビ番組『金スマ』で、さくら氏自らが公表したものだったはずだ。

「そうなんです。それをさくら側は(「温井メモ」が)『これまで公表されたことがない』などと主張しているのですから、取材班の中でも、いったいこの人は何を言っているのかと……」(前出・記者)

 それにしてもなぜ「さくら氏側」は、出版差し止めの理由を、一般的な名誉毀損やプライバシーの侵害ではなく、「著作権侵害」とする“奇策”をとったのだろうか?

 名誉毀損訴訟に詳しい弁護士がこう推察する。

「名誉毀損を理由にすると、宝島側も、それによる不法行為が免責される公共性・公益性、さらには真実性・真実相当性を証明するため、徹底的に反論するでしょう。また、プライバシー侵害を理由にすると、さくら氏が純然たる“私人”か否かが争点になる。これについてもさくら氏は、百田氏の著書で自ら顔を出していて、テレビや雑誌の取材にも応じているため、宝島側の反論が予想され、いずれにしても仮処分を得るのに相当の時間を要する。
 そこでさくら氏側が、もっとも手っ取り早く仮処分が認められると考えたのが、著作権侵害だったのでしょう」

さらに注目すべきなのは、この申し立てを行ったさくら氏の代理人である。かねてから噂されていたとおり、名誉毀損訴訟の権威で、文藝春秋の顧問も務める喜田村洋一弁護士だ。

「まさに“因縁の対決”ですね。というのも喜田村弁護士は、『殉真』取材班の中核となった西岡研介氏とは、彼が『週刊文春』の記者時代からの昵懇の間柄。さらに西岡氏が、革マル派の影響下にあるJR東日本のいびつな労使関係を告発した一連のレポートを巡り、JRの労組から全国で50件近くの訴訟を起こされた際にも、喜田村弁護士は彼の代理人となり、5年近くに及ぶ裁判闘争をともに闘った仲ですから」(前出・出版関係者)

 さくら氏は、昨年12月にたかじんの元弟子で歌手の打越元久氏を、今年1月にはたかたじんの知人だった会社社長を、いずれもネット上での発言を理由に名誉毀損で訴えている。「殉愛騒動」をめぐって、さくら氏が法的措置に訴えるのは、これで3件目となった。この「騒動」にまた新たな火種ができた格好だが、前出の記者によると、宝島社側はすでに「反論書面」を提出。4月上旬にはさくら氏側の反論が予定されているという。

 裁判所は果たして、どんな判断を下すのか……。万が一にも仮処分が認められれば、前述のとおり、『殉真』が販売中止に追い込まれるという前代未聞の出版事件に発展する。

 百田尚樹が引き起こした「殉愛騒動」はまだまだ収まりそうにない。
(蟻田有蔵)

http://lite-ra.com/2015/03/post-955.html

百田尚樹も安倍首相も…今度は“同性愛ヘイト”に走る歴史修正主義者たち

【この記事のキーワード】同性愛, 安倍晋三, 田岡 尼, 百田尚樹 .

2015.03.18.


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abehyakuta_150318.jpg今度は同性愛を標的にする2人(左 映画『永遠の0』公式サイト「完成報告会見」/右 衆議院議員安倍晋三公式サイトより)
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 いま、波紋を呼んでいる百田尚樹の“同性愛差別”発言。百田はTwitterで3月16日に〈同性とセックスしたいという願望を持つのは自由だと思うが、そういう人たちを変態と思うのも自由だと思う〉と投稿。翌日には発言を撤回し当該ツイートを削除したが、炎上はおさまらず、ついにはクリス松村までもがブログで〈発言を取り消されたようですが、物凄く傷つき、怒りを覚えました〉と批判を行い、さらに百田への非難の声が高まっている。

 百田が突然、同性愛について発言した裏側には、渋谷区が同性カップルを結婚に相当する関係として認める「パートナーシップ証明書」を発行する条例案の存在があるだろう。この条例案に対して保守層、とくにネトウヨが猛反対しており、先日3月10日、渋谷駅のハチ公前と渋谷区役所にて反対派がデモを繰り広げている。そして、反対デモの現場でも、百田と同様に同性愛者を貶める悪質な言葉が飛び交ったという。

「普通の愛情は男女から発生する」「少数派を多数派と同じ扱いをすることが平等ですか」「LGBTが社会を乱している」

 街中で公然とこのような差別的な発言をがなり立てる風景には、「あまりに醜い」「同性愛者に対するヘイトスピーチだ」として反発が高まっているが、この反対派デモの主催者は「頑張れ日本!全国行動委員会」(以下、「頑張れ日本」)。

 この「頑張れ日本」結成当初は田母神俊雄が代表を、チャンネル桜の水島聡社長が幹事長を務めていたが、先日、本サイトでも報じたように、両者は田母神が都知事選に出馬した際に集めた寄付金をめぐって対立。寄付金の残りを「頑張れ日本」の活動資金にしようとした水島社長が、田母神事務所の使い込みを告発する騒ぎとなっている。

 この問題だけでも体質がわかるが、もっと問題なのはその主張だ。先の戦争を肯定する極右・歴史修正主義はもちろん、韓流ドラマの中止を求めるフジテレビへの抗議デモなど、「頑張れ日本」は在日特権を許さない市民の会(在特会)に匹敵するような、レイシズム的発言、ヘイトスピーチも連発してきた。今回はそのヘイトの刃を同性愛者に向け、大々的な行動を展開したというわけだ。

 ところが、このヘイト団体が結成された際、なんと安倍晋三首相が結成大会に登壇して基調講演を行っていたというのだ。

 しかも、この結成集会に参加していたのは安倍首相だけではない。下村博文文科相に高市早苗総務相、山谷えり子国家公安委員長といった安倍政権で要職につく議員がズラリ。ほかにも衛藤晟一・内閣総理大臣補佐官や、西田昌司・自民党副幹事長、稲田朋美・自民党政調会長などといった議員たちも参加している。

 結成大会が開催されたのは2010年2月の話。安倍氏はこのときの演説で、当時の鳩山首相が国民の命を守りたいと言っていたのをあげつらい、「総理大臣なんですから(命でなく)国を守るんですよ」と、まさに国家主義者丸出しの発言をしていたが、同性愛者に対する考え方はどうなのか。

 近年、同性婚や、異性間の結婚と同等の権利を保障するパートナーシップ法を認める国が増加しているが、安倍首相の思考は国際的な流れとはまったく逆。現に、今年2月18日に開かれた参議院本会議では、「現行憲法の下では、同性カップルの婚姻の成立を認めることは想定されていない」と発言している。

 え? 戦争できる国づくりのためには憲法を無理矢理ねじ曲げて解釈してみたり、改正にも超がつくほど積極的なのに、同性婚には「現行憲法では認められない」ですと? 常日頃、現行憲法を「押しつけ憲法だ」「もう古い」などとディスっているのに、他方、憲法を錦の御旗にするこの矛盾。……それくらい、同性婚を認めることは安倍首相にとって許しがたい話なのだろう。

 安倍首相は以前から、伝統的な家族を守ることを政治課題として語ってきた。たとえば、著書『新しい国へ 美しい国へ 完全版』(文春新書)では、高校の家庭科教科書の記述について、こんなふうに疑問を呈している。

〈同棲、離婚家庭、再婚家庭、シングルマザー、同性愛のカップル、そして犬と暮らす人……どれも家族だ、と教科書は教える。そこでは、父と母がいて子どもがいる、ごくふつうの家族は、いろいろあるパターンのなかのひとつにすぎないのだ〉

 いろんな家族のかたちを紹介し、それを家族と呼んで何が悪いのか?と思うが、安倍首相にとっては「父親・母親・子ども」という形態しか「家族」だと認めたくないらしい。安倍自身だって子をもうけていないし、父・晋太郎も両親が離婚して大伯母に育てられている。それでも、安倍首相はなお〈「お父さんとお母さんと子どもがいて、おじいちゃんもおばあちゃんも含めてみんな家族だ」という家族観と、「そういう家族が仲良く暮らすのがいちばんの幸せだ」という価値観は、守り続けていくべきだと思う〉と宣言するのである。

安倍首相の後援基盤であり、安倍内閣の大半が所属する右派組織「日本会議」が家父長制を支持していることや、過去に「過激な性教育・ジェンダーフリー教育実態調査プロジェクトチーム」の座長を務めた経歴からもわかるように、安倍首相にとっては前近代的な性別役割分担に則った家族こそが守るべきものとしてあるのだろう。事実、前述した「頑張れ日本」結成大会の壇上で安倍首相は、こんなことを語っている。

「いま私たちは国の基本を解体させかねない権勢に直面している。夫婦別姓の問題も、これは家族という基本にかかわる問題であります。子ども手当を出して、配偶者控除をなくす。これは家族解体への第一歩であります」

 このとき、「家族解体の第一歩」と語った配偶者控除の見直しを、現在、安倍首相自らが検討している。自ら掲げた「女性の活用」のため致し方なく配偶者控除の見直しを決断したのだろうが、本音では女性の社会進出はパートタイム労働程度に押しとどめ、家を守る存在として縛りつけなければいけないと考えていることがよくわかるスピーチである。

 このように安倍首相が古い家の概念にこだわる理由には、家父長制が先の戦争を支えた側面があるはずだ。戦争しやすい国をつくる上で、封健的な家族観こそが国民の統制に欠かせない。だからこそ、同性愛者をはじめとする性的マイノリティ(LGBT)という多様性は許容できない。──こうした安倍首相の思想は政権にも共有されており、自民党の柴山昌彦議員は『ビートたけしのTVタックル』(テレビ朝日系)に出演した際、安倍首相同様に“お父さんがいてお母さんがいて、その両親のもとで子どもが育っていくという伝統的な家族こそが自然の摂理”と説明し、「同性婚を制度化したときに少子化に拍車がかかる」という妄言を吐いた。少子化の原因であり、政治が対策すべき子育て家族への支援もできていないくせに、まったく言いがかりにも程がある。

 国際的にみても日本は同性愛者に対する差別がまだまだ根強く、LGBTへの理解も深まっていない。そうしたなかで、「パートナーシップ証明書」の発行は正当な権利獲得に向けた第一歩になりそうだが、安倍首相が政権トップであり続ける限り、同性婚の成立は遠い夢だろう。

 ちなみに、安倍首相とは打って変わって、妻である昭恵夫人は昨年、LGBTの祭典「レインボーパレード」に参加。Facebookに〈どんな人も差別されることなく幸せに、豊かに生きていかれる社会を作っていきたい〉と書き綴るなど、性的マイノリティへの支援を表明している。ここは安倍首相も昭恵夫人の行動を見習ってほしいものだが……。
(田岡 尼)

http://lite-ra.com/2015/02/post-903.html

日本アカデミー賞受賞!『永遠の0』は平和ボケの戦争賛美ファンタジーにすぎない

【この記事のキーワード】日本アカデミー賞, 百田尚樹, 酒井まど .

2015.02.27.


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eiennozero_01_150217.jpg映画『永遠の0』公式サイトより
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 やっぱり、獲ってしまったか。本日、百田尚樹原作の映画『永遠の0』が第38回日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞したのをはじめ、主演の岡田准一の最優秀主演男優賞、山崎貴監督が最優秀監督賞と、計8部門で最優秀賞を獲得し、話題を独占した。百田も受賞打ち上げパーティに参加し「なんで最優秀賞原作賞がないんや!」とツイートするなど大はしゃぎだ。

 あいかわらずの日本アカデミー賞のお手盛り感とレベルの低さにはうんざりさせられるが、だとしたら、本サイトもしつこいと言われるのを覚悟で、何度でもこの作品のもつ問題を指摘しておかなければならないだろう。

 本サイトでは先日、特攻を描いたこの作品が、百田とその支持者がいうような「反戦小説」でもなんでもない、むしろ戦争賛美小説であることを指摘した。軍上層部を批判してはいるが、こうすれば勝てたのにと作戦内容を糾弾しているだけで、戦争を始めたこと自体は一切批判していない。特攻隊員が生命をかけていることについては悲劇的に描いているが、彼らが米軍機を容赦なく撃ち落としていることはまるでスポーツ解説でヒーローを褒め称えるように全面肯定しているだけだ、と。

 しかも、『永遠の0』の罪は、たんに戦争肯定しているというだけではない。最大の問題は、それが戦後民主主義の安全地帯から語っている“平和ボケ”ファンタジーでしかないことだ。

『永遠の0』のストーリーは、平成を生きる青年が語り手となって、特攻で死んだという祖父の軌跡を、戦場での知り合いを探し出し、たずね歩くというもの。戦友たちによると、祖父・宮部久蔵(映画では岡田准一が演じた)は、零戦パイロットとして天才的な技術をもちながら、「死にたくない」「生きて帰りたい」が口癖の海軍航空隊一の臆病者だったという。

 戦友たちの口からは、宮部の思い出と同時に、真珠湾攻撃に始まり、ミッドウェー、ラバウル、ガダルカナル、サイパン、レイテそして特攻、終戦と日本軍の戦いぶりが語られる。

 しかし、そもそも、日本軍で「死にたくない」「生きて帰りたい」と日常的に公言するという主人公の設定自体が、あり得なくないか? 当時は、一般庶民でさえ、心の奥底では「戦地に行かないで」「生きて帰ってきて」と思っていても、世間の空気的にそんなことは絶対に言えず、「万歳」と送り出すしかなかった、そんな時代なのだ。

戦時中、多くの文学者が転向するなか数少ない反戦を貫いた詩人・秋山清が発表した、「送行」という詩を読んでもらいたい。

 安田末吉は三十五才。/株屋の店員から/徴用工―応召。/この飛躍は/米軍マーシャルに迫る/緊迫と軌を同じうする。/ゆく者は生還を期すにあらず。/しかも送行の三十里の車中は/なごやかな談笑にすぎた。/暮れなずむ印旛沼は/しろく冬ぞらをうつし/兵舎町の駅のホームに立って/君は手をあげた/君をおいてわれわれは走り去った。/松山や/麦畑や/なだらかな丘の勾配や/雑木林や/冬枯れ乾いた風景を送って/電車は灯のない東京の街にかえった。/家のなかはひっそりとした団欒であった。/母と妻と七才の娘と/明日からこのさびしさに親しむだろう

 現代の読者には、これのどこが反戦なの?とピンと来ないかもしれない。でも、これが精一杯の抵抗とされていたのが、当時の空気なのだ。

 そんな中で、軍人が「生きて帰りたい」と公言して、「海軍一の臆病者だなあ、お前は」的な笑い話ですませられるわけがないだろう。

 そんなところから、最初に『永遠の0』を読んだときは、もしかして、これ、タイムスリップ小説なんじゃないか、と思ったほどだ。実は、宮部は平成の世界からタイムスリップしてきた未来人で、「死にたくない」っていうのは、現代人の感覚で軍の空気読まずに言っちゃってる的なことなのか、と。それくらい、宮部のメンタリティが現代人そのままなのだ。

 宮部が真珠湾、ミッドウェー、ラバウル、特攻と派手めな有名どころの戦場にばかり都合良く顔を出しているのも、坂井三郎、西澤廣義といったスター・パイロットと絡むのも、歴史ダイジェスト的なタイムスリップものと思えば、納得できる。

 しかし、当たり前だが、最後まで読んでも「宮部は未来人だった」というオチは出てこなかったし『永遠の0』はタイムスリップ小説ではなかった。スリップしているのは百田尚樹の頭のほうだったのである。戦後の平和ボケ的な価値観そのままで戦争を描いているだけ。しかも、本人はそのことに全く気づいていない。



 それがもろに出ているのが主人公の孫が訪ね歩いた祖父の戦友たちの証言だ。彼らはさんざん孫に戦争体験を語り聞かせながら、その一方で、彼らの台詞の中にはこんな言葉が頻繁に登場するのだ。

「戦後になって、ミッドウェーの敗北の原因をいろいろ本で読んで知りました。」
「戦後になって、この時のことが「運命の五分間」と言われて有名になりましたね」
「もっとも今、お話ししていることはすべて戦後に知ったことです」
「もっともあの島で何が行われていたのかを知ったのは戦後です」
「これらも戦後知った知識です」

 おそらく、この「戦後になっていろいろ本で知った」というヤツが、今、ネットで盗作ではないかと指摘されている記述の一部なのだろう。まあ、「本を読んだ」という登場人物が出てきて、その本の内容を語っているわけだから、盗作というのはちょっとちがうと思うが、しかし、わざわざ登場した戦友が生の体験でなく、「戦後」に知った情報を語ってしまうということ自体が、この小説の本質を物語っている。

 ようするに、『永遠の0』は戦争のリアリティなどかけらも知らない百田が、現代の平和ボケの頭で、戦記物や戦闘シミュレーションをつぎはぎして、それらしい物語にしているだけなのだ。だからこそ、無意識のうちに飢えや戦友同士の殺し合い、強姦といった戦場の悲惨さの描写をネグり、戦術をああだこうだと、まるでスポーツの試合かヒーローもののように、戦争をエンタテインメントとして扱ってしまう。

 しかも、最悪なのがそのことに対して、百田自身がまったく無自覚なことだ。

『殉愛』騒動で“噓八百田”と呼ばれるようになった百田だが、「『永遠の0』は戦争賛美でない」というのは決してウソをついているわけではなく、おそらく本気でそう思い込んでいるのだろう。それは、ネトウヨたちが戦争の悲惨さや狂気を見ずに、自分は戦場に行く気などさらさらないのに、「日本を守るために他国を攻撃するのがなぜ悪い!」と叫んでいるのとほとんど同じだ。

 自称インテリの連中はこうした批判に「たかが映画に何をめくじらたててるんだ」というかもしれない。しかし、この無自覚な愛国心は今、ものすごい勢いで日本中に広がっている。そして、『永遠の0』はきわめて戦後的な平和ボケの頭で書いた戦争賛美小説だからこそ、これだけの大衆的人気を獲得し、映画もアカデミー賞を独占するくらいにヒットしてしまったのだ。

 後で歴史を振り返ったときに、この作品が日本の転換を象徴する存在になっているような気がしてならないのだが……。
(酒井まど)

【リテラ編集部注 2/14初出の記事「ドラマ化!百田尚樹『永遠の0』はやっぱりネトウヨ丸出しの戦争賛美ファンタジーだ!」を再編集し、掲載しました。】


http://lite-ra.com/2015/02/post-889.html

百田尚樹『殉愛』の嘘を徹底暴露する検証本が! 当事者が続々証言、メモの筆跡鑑定も

【この記事のキーワード】殉愛, 田部祥太, 百田尚樹 .

2015.02.23.


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hyakuta_01_141113.jpg百田氏ももう言い逃れできない!?(「やしきたかじんメモリアルサイト」より)
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「百田さん、これが本物のノンフィクションやで!」(Amazonの内容紹介より)──。昨年11月の発売直後から騒動になってきた『殉愛』(幻冬舎)の嘘を徹底的に暴く書籍が本日23日、発売された。『百田尚樹『殉愛』の真実』(宝島社)だ。

 執筆陣は、〈月刊誌『宝島』編集部を“管制塔”としたフリーランス記者、週刊誌記者、テレビ・音楽業界関係者、法曹界関係者、ネット系ニュースサイトの横断的ネットワーク〉である宝島「殉愛騒動」取材班を中心に、『ゆめいらんかね やしきたかじん伝』(小学館)の著者である角岡伸彦氏、『マングローブ ─テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実』(講談社)などの著作で知られる西岡研介氏という、ともに神戸新聞記者を経て講談社ノンフィクション賞を受賞した2人のジャーナリストが名を連ねている。


 多くの出版社系マスコミやテレビが百田氏の文壇タブーに触れることを恐れ、「週刊文春」(文藝春秋)や「週刊新潮」(新潮社)、「FRIDAY」(講談社)などが百田氏の言いなりとなって偏った情報を流すなか、冒頭で紹介した言葉の通り、百田氏が“ノンフィクション”を謳う『殉愛』に対して、ノンフィクションのプロが検証に乗り出したという格好だ。

 すでにAmazonでは21日の予約段階から売り上げランキングで1位を獲得。発売前にもかかわらず、早売りで同書を手に入れた人びとによって80を超える高評価のレビューが投稿される事態に(23日0時現在)。いかに同書が注目を集めているかがわかるが、肝心の内容も、さまざまな角度から念入りに取材を行っていることがうかがえるもので、本サイトでは迫りえなかった衝撃的な記述がいくつも掲載されている。

 なかでも注目したいのは、『殉愛』のなかで百田氏によって徹底的に悪者扱いを受けなから、これまで沈黙を守っていたたかじんの元マネージャー・K氏や前妻の反論が掲載されていることだろう。

 K氏については、『ゆめいらんかね』で同氏を取材した角岡氏がその証言を記述しているのだが、そこで書かれている内容は、『殉愛』で書かれている記述とは大きくちがうものだった。



 まず、たかじんとさくら夫人が出会った経緯からして、『殉愛』の記述とK氏の話は大きく食い違う。『殉愛』では、さくら夫人がフェイスブックに犬の写真を載せていたところ、“家鋪隆仁”という見知らぬ男性から「可愛い犬ですね」というコメントが届き、やりとりをするなかでオフ会に参加しないかと誘われた──という流れになっている。ところが、K氏はふたりの出会いをこう語っていた。

「彼女(さくら氏)とは、フェイスブックで知り合って、彼女の方から、猛アタックがあったと師匠(たかじん)に聞きました。師匠が(フェイスブックで)顔写真を載せない人は承認しませんとメールを送ったら、載せたものがきた。むかし好きやった女性に似ていたので、付き合いを始めたということを教えてくれたことがあります」

 また、2012年1月末にたかじんが東京の山王病院で食道ガンだと判明したとき、『殉愛』ではたかじんとさくら夫人の電話のやりとりしか記載されていないが、実際は〈たかじんが付き合っていた東京の女性も付き添って〉いたという。そして『殉愛』では、大阪の自宅マンションに戻ったたかじんがさくら夫人を前にしてK氏に「さくらちゃんを秘書にするから、名刺を作れ」と言っているのだが、K氏の証言では、たかじんはこの席でこう話したのだという。

「これからガン撲滅を、俺とお前とこの子(さくら氏)の3人でやってもらおうと思てるねん」

『殉愛』では終始、K氏は無能でたかじんを貶めるような行動ばかりとる人物として描かれているが、この「ガン撲滅チーム」発言が事実なら、たかじんはK氏を信頼していたことがよくわかる。逆にいえば、このたかじんの発言が『殉愛』に出てこないのは、何か不都合があるからだろう。

 しかも、『殉愛』では、13年4月30日にたかじんのガンの再発をさくら夫人とK氏のふたりが医師から告げられ、「半年から、よくて来年の夏」と余命宣告を受ける場面があるが、K氏によれば〈医師から、ガンが再発したことは聞いたが、余命については言われた記憶はない〉という。しかも、たかじんの長女が医師に確認したところ、医師がさくら夫人に余命を告げたのは夏ごろだったそうで、この点も『殉愛』とは食い違う。

 他にも、K氏がたかじんから病院を探すようにいわれたのに冷たく断ったこと、たかじんのがん再発後、K氏とU氏が勝手に番組名からたかじんの看板を外すように各テレビ局担当者に通達したこと、さくら夫人にたかじんの事務所P.I.Sが所有するマンションからの退出を迫ったこと……K氏によれば、これらもまったく事実でないという。



 こうした『殉愛』の嘘を指摘するのは、たかじんの前妻の智子氏(仮名)も同様だ。

『殉愛』では、たかじんの骨上げの前に智子氏がさくら夫人に対し「見たことある? 人体模型みたいで、結構グロいよ」と耳打ちする場面が描かれているが、これを智子氏は「これまでの人生で、「グロい」という言葉を使ったことがないんです。これ、若者の言葉ですよね」と反論している。

 また、密葬後の食事のシーンでも、『殉愛』は智子氏とともに長女のH氏が〈きつい調子で〉(『殉愛』より)たかじんの死を知らせなかったさくら夫人を責め立てるシーンがあるが、「まず、Hちゃんは、こんな関西弁でワーッというような言い方はしてませんでしたね。「おばあちゃんとおじさんたちは、どこに手を合わせればいいんですか?」っていう感じで、さくらさんに聞いたんですよ」と、H氏も脚色して描かれていることを指摘。そして、「むしろさくらさんのほうが、急にキレて豹変するような感じでしたね」と印象を述べている。

 さらには、たかじんの実弟である家鋪渡氏も同書に手記を寄せている。そのなかで、たかじんと親族の関係は、百田氏が書いたような〈縁が切れているのと同じ〉という状態では決してなく、交流がつづいていたことを、家族と笑顔で写真におさまっているたかじんの姿で実証。入院する病院すら教えてもらえなかったことの悔しさを滲ませている。

 K氏や前妻の智子氏の証言、渡氏の記述は、『殉愛』が意図的に省いた“不都合な真実”をここぞとばかりに暴いているが、しかし同書の追及はこれだけに終わらない。百田氏が取材を怠った人物がぞくぞくと登場。『殉愛』がいかに事実とは違う物語であるかを語り尽くしているのだ。その最たる例が、さくら夫人の2番目の夫であるD氏へのインタビューだ。ここでD氏は、『殉愛』では描かれなかったさくら夫人の信じがたいエピソードを語っている。

 そして、同書のなかでもっとも衝撃的なのは、たかじんメモの筆跡鑑定結果を掲載していることだ。

 筆跡鑑定にかけられたのは、たかじんが桃山学院高等学校(以下、桃山学院)の温井史朗校長に宛てたとされるメモだ。桃山学院はたかじんの母校であり、学長の温井氏は同期の人物である。たかじんは遺言書に、たかじんが立ち上げたボランティア団体「OSAKAあかるクラブ」に2億円、桃山学院に1億円を寄贈することを明記。だが、すでに「週刊朝日」(朝日新聞出版)や「サンデー毎日」(毎日新聞社)が報じているように、さくら夫人と百田氏はOSAKAあかるクラブに対し、遺贈の放棄を迫ったという。

 そして今回、同書は、桃山学院への1億円の寄付についても、さくら夫人が温井校長と面談し、寄付の放棄を求めていたという関係者の証言を掲載。さらに、その面談後、さくら夫人は再び温井校長のもとを訪ね、「家鋪が生前に書いたものです」と言って件のメモを見せたのだという。その内容は以下のようなものだ。

〈知っての通り、娘たちが欲出して、さくらにありもないことを言うてくる。桃山に寄付受口になってもらい(弁護士もちょっと頼りないねん)、さくらの生活にかかってきそうなら、戻してやってほしい〉〈弁護士は決まり事しか言わんから 気持ちでやってくれ、約束は、さくらにさせる〉(メモより抜粋)

 同書の取材班はこのメモのコピーを独自のルートで入手。このメモに書かれた文字と、親族から提供を受けた信用保証委託契約などにサインされたたかじんの直筆サインや、ファンクラブ会報誌に寄せた直筆の挨拶文という〈間違いなくたかじん本人が書いたものという裏付けが取れている〉真筆を筆跡鑑定にかけている。しかも、鑑定を行ったのは「東京筆跡印鑑鑑定所」の代表・かわのかずよし氏で、全国の裁判所からも選任依頼を受けているという高い信頼性を誇る筆跡鑑定士だ。

 そのかわの氏の鑑定の結果、文字のハネやトメの違い、バランス、「自」という字の「2画の書き順が違っている」点や、数字の「0」の「書き順が逆」などという細かな違いを指摘した上で、温井メモの字はたかじんの書いた文字ではないと断言。“たかじんの文字を見たことがある、あるいはよく知っていて、そのマネをして書いたのではないか”とも推測している。

 こうした同書が明かした事実関係について、取材班は百田尚樹氏とさくら夫人には配達証明郵便で取材の申し込みを行ったが、両名の弁護士は編集部に「警告書」を送付。警告書には〈記事を掲載、配信等することがないよう〉と書かれていたという。だが、同書の取材班は訴えられることも覚悟で、今回の出版に踏み切ったようだ。

 奇しくも、同書の発売日は百田氏の誕生日でもある。この大きな“プレゼント”に対し、百田氏はTwitterでこう反論している。

〈Amazonには「これがほんまのノンフィクションやで」と派手に謳っているが、私の本を「当事者に取材せずに書いた」と非難した人たちが、同じように当事者に取材しないで、事実の検証もしないで書いている。「お前がやったようにしてやったんだ」と言うつもりかな。当事者でもないのに。〉

 同書の取材班が取材を申し込んでも百田氏が受けなかっただけの話だと思うが、こういう論理がまだ反論として通用するとでも考えているのだろうか。ともかく、このぶつけられた新事実に、百田氏とさくら夫人はどう出るのか。今後の行方に注目だ。
(田部祥太)

http://lite-ra.com/2015/02/post-872.html

宮崎駿がラジオで安倍首相、百田尚樹を「ナルシシズム」と批判! もっと過激な発言も…

【この記事のキーワード】安倍晋三, 宮崎駿, 水井多賀子, 百田尚樹 .

2015.02.17.


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miyazakihayao_150217.jpgTBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』公式サイトより
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「世界的な無秩序がこれからさらには起こってくると思うんです。そういうときに、安倍さんの言っていることはシンプルすぎる。そういう懸念は僕はもっています」

 昨日2月16日、宮崎駿監督がTBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』に録音出演、ジャーナリスト・青木理氏のインタビュー取材に応じ、その発言が大きな話題を集めている。

 まず、フランス週刊新聞「シャルリー・エブド」への襲撃事件の発端となった風刺画のあり方について問われると、「まずもって自国の政治家にやるべきであって、他国の政治家にやるのはうさんくさくなるだけ」と述べ、「いまのイスラム国の問題も、日本のやたらに札束をすっているような経済の運営の仕方も、末期的症状の前駆的症状だと思う」と世界と日本の社会状況を批判。そして、冒頭で紹介したように、安倍首相へも不信感を口にしたのだ。

 宮崎監督は、安倍首相に対する意見を、こうつづけた。

「(安倍首相は)もう少し腹になんか複雑なものをかかえて、何かをやらないと……。そのとき、平和憲法がとても役に立つんですよ。「俺たちはこの憲法を守らなきゃいけないんでね、そっちにいきたくてもいけないんです」ってね」

 また、憲法論議にかぎらず、サザンオールスターズの謝罪問題に象徴されるような世間に広がる言論の萎縮ムードについても、「愚かな奴は自粛するだろうし、自粛した程度のものしか考えないで発言したんだろうなと思うんですよ。それほど、それが世論の大勢を占めているんでしょうか? 僕にはわからないんですよ」と言明。“自粛するくらいならハナからやるな”と表現者としての矜持を見せた。

 さらに、百田尚樹『永遠の0』などの“零戦賛美”の風潮にも、宮崎監督は“そんなものはただのナルシシズムだ”と喝破する。

「それがいちばん楽なんです(力を込めて)。そうやって総括してしまうのが。そうすると、そこからいつまでたっても抜けだせないですね。自分たちの歴史に対するものの見方もそこから抜け出せないです。もうナルシシズムなんですよ」

 今回、番組内で放送されたインタビューは30分程度だったが、実際は2時間近くに及んだという。ポッドキャスティングではこのインタビューのロングバージョンが公開されているものの、放送や配信から洩れた部分には、もっと突っ込んだ話があったらしい。

 いったい他にどんな発言をしたかの詳細は不明だが、映画の公開前後のプロモーションでもなければ滅多に取材に応じない宮崎監督が、今回、ラジオ番組に出演したのはおそらく、現在の政治・社会状況への並々ならぬ危機感があったからだろう。実際、これまでも、宮崎監督はとくに憲法改正を進める安倍首相に対して強い懸念を示してきた。

 たとえば、2013年に発行したスタジオジブリの小冊子「熱風」7月号では「憲法改正」を特集に掲げて大きな反響を呼んだが、このなかで宮崎監督は、

「憲法を変えることについては、反対に決まっています。選挙をやれば得票率も投票率も低い、そういう政府がどさくさに紛れて、思いつきのような方法で憲法を変えようなんて、もってのほかです。本当にそう思います」
「政府のトップや政党のトップたちの歴史感覚のなさや定見のなさには、呆れるばかりです。考えの足りない人間が憲法なんかいじらないほうがいい。本当に勉強しないで、ちょこちょこっと考えて思いついたことや、耳に心地よいことしか言わない奴の話だけを聞いて方針を決めているんですから」

 と、安倍首相の姑息な改憲路線に加え、政治家として最低限の知性さえ持ち合わせていないことを断罪。さらに語気を強めて、こう述べている。

「それで国際的な舞台に出してみたら、総スカンを食って慌てて「村山談話を基本的には尊重する」みたいなことを言う、まったく。「基本的に」って何でしょうか。「おまえはそれを全否定してたんじゃないのか?」と思います。きっとアベノミクスも早晩ダメになりますから」

 これだけではない。この発言と同時期に宮崎監督はネトウヨから殺害予告も受けていたが、そんなものにも怯まず、慰安婦問題や領土問題にも踏み込んでいる。

「(戦前の日本は)悪かったんですよ。それは認めなきゃダメです。慰安婦の問題も、それぞれの民族の誇りの問題だから、きちんと謝罪してちゃんと賠償すべきです。領土問題は、半分に分けるか、あるいは「両方で管理しましょう」という提案をする。この問題はどんなに揉めても、国際司法裁判所に提訴しても収まるはずがありません。かつて日本が膨張したように、膨張する国もあります。でも、その度に戦争をするわけにはいかない。そんなことよりも、今は、日本の産業構造を変えていこうというまじめな取り組みをすべきだと本当に思いますよ。こんな原発だらけの国で戦争なんかできっこないじゃないですか」

多くの評論家たちが批判に晒されることを恐れ、自分の意見を言うことを尻込みするなか、ここまで言い切る表現者は日本にはいない。それは向こう見ずだからとか肝が据わっているとか、そういうことじゃない。たぶん、本気で怒っているのだ。

 そもそも宮崎監督は、空襲も疎開も経験している戦争体験者である。そして、少年時代の宮崎は、航空機や艦船に興味をもつ、いまで言う“ミリヲタ”でもあった。だが、大学の講義で「戦争経済というものがどれほど国民経済を破壊するか」ということを知ってからは、“航空機関関係と戦記ものの本を全部捨てた”のだという。

「ものの見方が全然変わってたんです。経済とか社会とかいろんなものを抜きに飛行機を語るのはくだらないと。(中略)でも、相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。戦艦大和もそうです。負けた戦争なのに」(ロッキング・オン「CUT」13年9月号)

 戦争の責任や他国への視点もなく、考えなしで戦争への憧れを語る者は許せない──だからこそ、安倍首相や百田尚樹のような都合のいい部分しか見ようとしない“ナルシシズム”の人間を徹底して批判するし、先の戦争への反省と新たな戦争に突き進もうとする日本に警告をつづけるのだ。

 そういう意味では、今回、ラジオで放送されたインタビューだけでは、宮崎の懸念が十分伝わったとは言えない。憲法改正という最悪の事態へ進みつつあるいまだからこそ、宮崎監督にはもっと前面に出ていろいろしゃべってほしいと思うのだが……問題は、それを取り上げることができるメディアがどれくらいあるのか、というほうなのかもしれない。
(水井多賀子)

http://lite-ra.com/2015/02/post-866.html

ドラマ化!百田尚樹『永遠の0』はやっぱりネトウヨ丸出しの戦争賛美ファンタジーだ!

【この記事のキーワード】歴史観, 百田尚樹, 酒井まど .

2015.02.14.


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eiennozero_01_150214.jpg『永遠の0』(講談社文庫)
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 百田尚樹の『永遠の0』がドラマ化され、2月11日から放映が始まった。あの『殉愛』騒動の後に百田作品のドラマを放映して大丈夫なのかと言いたくなるが、1回目の視聴率は9%。プライムタイムのドラマ視聴率としてはよくはないが、それでもけっこうな数の人間が観ていたことになる。そして、今夜は第2話、明日は最終の第3話が放映される。

 だとしたら、本サイトとしても改めて、この百田の処女小説について指摘しておかねばならないだろう。それはネットで噂になっている盗作疑惑のことではない(それについても後述するが)。『永遠の0』がネトウヨ並みの平和ボケな頭でつくりだされた戦争賛美ファンタジーでしかないことを、だ。

『永遠の0』について、百田は「私は『永遠の0』で特攻を断固否定した」「戦争を肯定したことは一度もない」「一部の粘着する連中から『百田尚樹は特攻を賛美して肯定する軍国主義者とだ(原文ママ)』と執拗に非難される。多くは本を読んでない人だが中には読んだと言う者もいるから唖然とする」と言い張ってきた。

 百田本人だけではない。安倍政権の戦争加担政策を批判して大炎上した桑田圭祐も『永遠の0』については映画版を見て「平和への思い」に涙を流して感動し、主題歌をつくってしまった。田原総一朗も「僕は『永遠の0』を読んでいるうちに、ぐいぐい引き込まれた。大東亜戦争への痛烈な批判は「左翼」作家やジャーナリストが書いたものなどと比べものにならないくらいすさまじかった」などと書いている。本サイトにも「『永遠の0』は戦争賛美じゃない、反戦だ」「読まずに批判するな」「百田だからとレッテル貼りで、戦争美化と批判してるだけ」などの批判が届いていた。

 しかし、読んだうえで何度でも言うが、『永遠の0』は戦争に反対なんか一切していない。それは、よく言われているように「零戦を賛美している」「特攻を美化している」だけじゃない。『永遠の0』は根本的に戦争を全面肯定しているのだ。

『永遠の0』のストーリーは、戦後60年の平成を生きる青年が語り手となって、特攻で死んだという祖父の軌跡を、戦場での知り合いを探し出し、たずね歩くというもの。戦友たちによると、祖父・宮部久蔵は、零戦パイロットとして天才的な技術をもちながら、「死にたくない」「生きて帰りたい」が口癖の海軍航空隊一の臆病者だったという。

 戦友たちの口からは、宮部の思い出と同時に、真珠湾攻撃に始まり、ミッドウェー、ラバウル、ガダルカナル、サイパン、レイテそして特攻、終戦と日本軍の戦いぶりが語られるという構造になっている。

 しかし、それがどのように語られているかというと、たとえば、開戦でもあるハワイの真珠湾奇襲攻撃についてはこんな感じだ。

「(真珠湾攻撃は)戦術的にも大成功だったかと言えば、実はそうとも言えなかったのです。それは第三次攻撃隊を送らなかったことです。我が軍はたしかに米艦隊と航空隊を撃滅しましたが、ドックや石油備蓄施設、その他の重要な陸上施設を丸々無傷で残したのです。これらを完全に破壊しておけば、ハワイは基地としての機能を完全に失い、太平洋の覇権は完全に我が国のものとなっていたでしょう」

 他も大差ない。日本海軍が誇っていた空母四隻が一挙に沈められ、早々に敗戦を決定づけたとされるミッドウェー海戦については「戦後になって、ミッドウェーの敗北の原因をいろいろ本で読んで知りました。すべては我が軍の驕りにあったようです」「ミッドウェー作戦は二方面作戦でした。実はこれは兵法としてはもっとも慎むべき戦法だった」。
 
 半年に渡る地獄の長期戦となったガダルカナルの戦いも「いったいなぜこんな愚かな作戦が実行されたのでしょう。参謀本部は何を考えていたのでしょう。戦国時代のような戦い方で米軍に勝てると判断した根拠がまったくわかりません」というだけ。さらに、戦争末期に至ってもまだこんなことを書く。

「サイパンやグアム方面は多くの島々に我が軍の陸上基地が多数あり、航空機の総数もかなりのものだったから、まさか米軍がやってくるとは思わなかったのだろう。これも油断に他ならない」
「歴史に『if』はないが、もしもあの時、栗田艦隊がレイテに突入していたなら、ほとんどの丸裸の米輸送船団は全滅していただろう。そうなれば米軍のフィリピン侵攻作戦は大いなる蹉跌を被ったことは間違いない」

 いかがだろうか。おそらく百田らはこうした記述をもって、「戦争を否定している」「軍上層部を痛烈に批判している」と言っているのだろうが、あくまで「戦争に負けたこと」や「戦争の戦い方」を批判しているのであって、「戦争」そのものを批判しているわけではまったくない。

 そもそもなぜ戦争が起きているのかに関しては、登場人物の誰ひとりして、批判はもちろんひと言の疑問さえも一切口にしてないのである。それどころか、「◯◯をしておけば」「油断があった」「驕りがあった」「決定的なチャンスを逃した」……ようは「こうしておけば勝てたかもしれないのに」と主張し続ける。

 これらについては、語っているのが年老いた元兵士だからだろう、と思う人もいるかもしれない。しかし、それは武勇伝をきいた語り手の青年も同じだ。そこに何か複雑な思いを抱く訳でもなく、ただただ感化されていく。そして、こんな感想をいう。

「航空母艦の戦いといえど、結局は人間同士の戦いだった。戦力データの差だけが勝敗を決めるのではない。勇気と決断力、それに冷静な判断力が勝敗と生死を分けるのだ」

 スポーツ観戦の感想ですか、と言いたくなる浅さ。これは、語り手と一緒に取材している姉も同じだ。海軍上層部について「エリートゆえに弱気だった」「頭には常に出世という考えがあった」「作戦を失敗しても誰も責任を取らされなかった」と批判するのだが、気になって「いろいろ調べてみた」という内容が、「試験の優等生がそのまま出世していくのよ。今の官僚と同じね」「ペーパーテストによる優等生って、マニュアルにはものすごく強い反面、マニュアルにない状況には脆い部分があると思うのよ」というもの。で、それを聞いた語り手である弟がまた「戦争という常に予測不可能な状況に対する指揮官がペーパーテストの成績で決められていたというわけか」と返す。

「お前らこそペーパーテスト姉弟か!」とツッコみたくなるが、とにかく論点は最初から最後まで「勝敗」。戦争すべきでなかったという原則論はもちろん、戦争を回避できなかったのかというプラグマティックな視点も皆無だ。そして、ふたりはこんな結論にたどり着く。おじいさんは戦争に殺されたんじゃない、海軍に殺された──。これのどこが戦争反対なのか。

 しかも、『永遠の0』にはもうひとつ特徴がある。それは日本軍の被害ばかりを書き立てていることだ。

「結局、総計で三万人以上の兵士を投入し、二万人の兵士がこの島で命を失いました。二万のうち戦闘で亡くなった者は五千人です。残りは飢えて亡くなったのです」
「半年間におけるガダルカナル島の戦いでの犠牲はおびただしいものでした。陸上戦闘における戦死者約五千人、餓死者約一万五千人。/海軍もまた多くの血を流しました。沈没した艦艇二十四隻、失った航空機八百三十九機、戦死した搭乗員二千三百六十二人。これだけの犠牲を払って、ついにガダルカナルの戦いに敗れたのです」
「桜花を中心とした神雷部隊の戦死者は百五十人以上、神雷部隊全体の戦死者は八百人以上です」
「おじいさん一人が死んだわけじゃないよ。あの戦争では三百万人の人が亡くなっている。将兵だけでも二百三十万人も戦死しているんだ。」
「おばあちゃんにとっておじいさんがただ一人の夫だったように、亡くなった二百三十万人の人にもそれぞれかけがえのない人がいたんだと思う」

 二百三十万人とか三百万人というのは日本人戦死者の数だ。アメリカにも戦死者はいるし、この本には一切出てこない韓国や中国などアジア各地でも無数の犠牲者がいて、その人たちにもそれぞれかけがえのない人がいた。それに、そもそも戦争を起こしたのは日本なのだ。『永遠の0』には、そういう“加害”という視点が一切ない。

 このことは、語り手の祖父であり物語の主人公・宮部久蔵のキャラクターにも反映されている。

 零戦パイロットの宮部は、お国のために命を捧げるのが当たり前の日本軍にあって臆病者とそしりを受けながらも、“命を何よりも大事にする男”で、たとえば、真珠湾攻撃の成功に仲間たちが湧くなか、ひとり浮かない様子で「未帰還機が二十九機出た」「妻のために死にたくない」と言う。特攻に志願する者は一歩前へと言われ、「命が惜しい」とひとり動かず怒鳴られる。部下をもつようになると、「命は一つしかない」「死ぬな。どんなに苦しくても生き延びる努力をしろ」と部下に諭す。特攻要員の教官になると、未熟なまま実戦に投入されて死んでほしくないと学生たちに合格点をつけない。

 こうした戦場にありながら「死にたくない」というこの宮部のキャラクターこそが、『永遠の0』を“戦争反対の小説”と言わしめている最大のポイントだ。

 だが、ちょっと待ってほしい。たしかに宮部は「命は何よりも大事」と言うが、それは自分の命や同じ日本軍兵士の命であって、敵のアメリカ兵の命のことは考えていない。自分は「死にたくない」と言うが、敵を「殺したくない」とは言わない。

 それどころか、宮部は敵兵に対しては容赦がない。たとえば、撃墜した戦闘機からパラシュートで脱出する米兵をさらに狙い撃ちする、というくだりは象徴的だろう。

 無抵抗の相手を撃ったことに、「武士の情けはないのか」「墜とした敵の命まで奪うことはないだろう」と軍の上司や同僚たちからも強い非難を浴びる。しかし、その非難に宮部はこんなふうに答えるのだ。

「米国の工業力はすごい。戦闘機なんかすぐに作る。我々が殺さないといけないのは搭乗員だ」
「俺の敵は航空機だが、本当の敵は搭乗員だと思っている。出来れば空戦ではなく、地上銃撃で殺したい!」
「あの搭乗員の腕前は確かなものだった。(中略)あの男を生かして帰せば、後に何人かの日本人を殺すことになる。そして──その一人は俺かもしれない」

 自分が死なないために、冷徹に敵を殺す。このくだりは、決して作品のなかで否定的に描かれているわけではない。むしろ、情にとらわれない冷静な洞察力の持ち主と肯定している。かといって、敵を殺すという戦争の厳しい現実として、読者に差し出されるわけでもない。実はこのアメリカ兵は死んでなかったと戦後に判明するというご都合主義的後日談が挿入され、宮部の罪をなかったことにしてしまう。

 ようするに、『永遠の0』は自らも手を汚し、人殺しに手を染めているという加害の部分を完全に隠蔽しているのだ。まるで天災のように戦争が起きて、日本はただただひどい目に遭っている被害者で、悲運に懸命に抗っている……どこまでいってもそんな姿勢でしか戦争を描いていない。

断っておくが、主人公や孫の青年に反戦の思いを語らせろ、といっているのではない。逆だ。『永遠の0』が最悪なのは、そういった現代の価値観のまま上から目線で戦争を説明的にああだこうだ評しているだけで、当時の狂気、リアリティがみじんも描かれていないことなのだ。

 そもそも、日本軍で「死にたくない」「生きて帰りたい」と日常的に公言するという主人公の設定じたいが、あり得なくないか? 当時は、一般庶民でさえ、心の奥底では「戦地に行かないで」「生きて帰ってきて」と思っていても、世間の空気的にそんなことは絶対に言えず、「万歳」と送り出すしかなかった、そんな時代なのだ。

 戦時中、多くの文学者が転向するなか数少ない反戦を貫いた詩人・秋山清が発表した、「送行」という詩を読んでもらいたい。
 
 安田末吉は三十五才。/株屋の店員から/徴用工―応召。/この飛躍は/米軍マーシャルに迫る/緊迫と軌を同じうする。/ゆく者は生還を期すにあらず。/しかも送行の三十里の車中は/なごやかな談笑にすぎた。/暮れなずむ印旛沼は/しろく冬ぞらをうつし/兵舎町の駅のホームに立って/君は手をあげた/君をおいてわれわれは走り去った。/松山や/麦畑や/なだらかな丘の勾配や/雑木林や/冬枯れ乾いた風景を送って/電車は灯のない東京の街にかえった。/家のなかはひっそりとした団欒であった。/母と妻と七才の娘と/明日からこのさびしさに親しむだろう

 現代の読者には、これのどこが反戦なの?とピンと来ないかもしれない。でも、これが精一杯の抵抗とされていたのが、当時の空気なのだ。

 そんな中で、軍人が「生きて帰りたい」と公言して、「海軍一の臆病病ものだなあ、お前は」的な笑い話ですませられるわけがないだろう。

 そんなところから、最初に『永遠の0』を読んだ時は、もしかして、これ、タイムスリップ小説なんじゃないか、と思ったほどだ。実は、宮部は平成の世界からタイムスリップしてきた未来人で、「死にたくない」っていうのは、現代人の感覚で軍の空気読まずに言っちゃってる的なことなのか、と。それくらい、宮部のメンタリティが現代人そのまま。それに、宮部が真珠湾、ミッドウェー、ラバウル、特攻と派手めな有名どころの戦場にばかり顔を出しているのも、坂井三郎、西澤廣義といったスター・パイロットと絡むのも、歴史ダイジェスト的なタイムスリップものと思えば、納得できる。

 しかし、当たり前だが、最後まで読んでも「宮部は未来人だった」というオチは出てこなかったし『永遠の0』はタイムスリップ小説ではなかった。タイムスリップしているのは百田尚樹の頭のほうだったのである。戦後の平和ボケ的な価値観そのままで戦争を描いているだけ。しかも、本人はそのことに全く気づいていない。

それがもろに出ているのが主人公の孫が訪ね歩いた祖父の戦友たちの証言だ。彼らはさんざん孫に戦争体験を語り聞かせながら、その一方で、彼らの台詞の中にはこんな言葉が頻繁に登場するのだ。

「戦後になって、ミッドウェーの敗北の原因をいろいろ本で読んで知りました。」
「戦後になって、この時のことが「運命の五分間」と言われて有名になりましたね」
「もっとも今、お話ししていることはすべて戦後に知ったことです」
「もっともあの島で何が行われていたのかを知ったのは戦後です」
「これらも戦後知った知識です」

 おそらく、この「戦後になっていろいろ本で知った」というヤツが、今、ネットで盗作ではないかと指摘されている記述の一部なのだろう。まあ、「本を読んだ」という登場人物が出てきて、その本の内容を語っているわけだから、盗作というのはちょっとちがうと思うが、しかし、わざわざ登場した戦友が生の体験でなく、「戦後」に知った情報を語ってしまうということ自体が、この小説の本質を物語っている。

 ようするに、『永遠の0』は戦争のリアリティなどかけらも知らない百田が、現代の平和ボケの頭で、戦記物や戦闘シミュレーションをつぎはぎして、それらしい物語にしているだけなのだ。だからこそ、無意識のうちに飢えや戦友同士の殺し合い、強姦といった戦場の悲惨さの描写をネグり、戦術をああだこうだと、まるでスポーツの試合かヒーローもののように、戦争をエンタテインメントとして扱ってしまう。

 しかも、最悪なのがそのことに対して、百田自身がまったく無自覚なことだ。

『殉愛』騒動で“噓八百田”と呼ばれるようになった百田だが、「『永遠の0』は戦争賛美でない」というのは決してウソをついているわけではなく、おそらく本気でそう思い込んでいるのだろう。それは、ネトウヨたちが戦争の悲惨さや狂気を見ずに、自分は戦場に行く気などさらさらないのに、「日本を守るために他国を攻撃するのがなぜ悪い!」と叫んでいるのとほとんど同じだ。

 今回のドラマについて、百田ツイッターで「2時間半の映画では描かれなかったシーンがふんだんにある」「ドラマは原作をなぞって丁寧に作られたものだった」と語っている。実際、このドラマ版は映画より原作にかなり忠実なつくりとなっているようだ。

 この平和ボケ的戦争賛美の広がりを止める術はないのだろうか。
(酒井まど)

http://lite-ra.com/2015/02/post-839.html

百田尚樹が“未亡人に騙されたと言わない俺は男だ!”発言! え、騙されてたの?

【この記事のキーワード】殉愛, 田部祥太, 百田尚樹 .

2015.02.04.


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takajin_01_141112.jpg未亡人のさくら氏と話す百田尚樹氏(「やしきたかじんメモリアルウェブサイト」より)
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 2月3日、大阪市内のホテルで、やしきたかじんを偲ぶ「TAKAJIN MEMORIES 2015」が開催された。

 今年は『殉愛』騒動のせいか、招待状には場所以外、主催者も連絡先も書かれておらず、当日も招待客以外、すべてシャットアウト。厳戒態勢で開催された秘密会合だったようだが、事実上の主催者であるさくら夫人はもちろん、百田尚樹も姿を見せた。さくら夫人はスピーチで「ご心配をおかけして申し訳ありません。本のことは後悔してません」と語り、百田尚樹も挨拶に立ったという。

 しかし、さくら夫人は出版を後悔してないようだが、本を書いた当の百田尚樹はどうもかなり後悔しているようだ。

 この「偲ぶ会」の直前、百田がツイッターで心の揺らぎを見せたことをご存知だろうか。『殉愛』について「当分の間つぶやきません」(14年12月24日)と宣言したはずの百田尚樹だが、2月1日になって突然、こんなことをつぶやいたのだ。

〈『殉愛』発売以降、私への大非難が続いている。友人達はこう言った。「未亡人にだまされたと言え。それなら傷は浅い。彼女をかばうな」と。たしかに失うものも少なかったかもしれない。だが男として一番大切なものを失っただろう。あの世で親父に「この卑怯者!」と怒鳴られる生き方だけはしたくない〉

「未亡人にだまされたと言え」「彼女をかばうな」―――この言葉はあまりに意味深だ。当然、『殉愛』調査隊であるネット民たちもこれに食いついた。

「これは実は騙されたという意味?」
「やっぱりだまされたという自覚はあるんだ」
「正直な話、このツイートって、大失態でっせ。本人頭悪いから気付いていないっぽいが」

 たしかに、誰だかわからない友人を登場させているが、文脈を考えると、これは百田の心の声とも考えられるだろう。実際、ツイートはこれに対して百田自身が「たしかに失うものも少なかったかもしれないが」と泣き言まじりに同意して、でもそうしなかった自分の男気を強調する、という仕掛けになっている。

 ようするに、おれも途中でだまされたことに気がついたけど、男がすたるから、彼女を守り続けたんだよ、と言っているに等しいのだ。それを口にした時点で、もうすでに男がすたってるんですけど……とツッコミたくなるが、それにしても、なぜここにきて、百田はこんな泣き言を言い始めのたのだろう。



 今年になり『殉愛』の出版差し止めと名誉毀損の裁判が始まった。東京弁護士会に人権救済申し立てもされた。

 もちろん常識的に考えても、百田の言い分にほとんど理がないこと、「全てが真実」といい切った『殉愛』に多くの“事実でない”ことが盛り込まれていることは明らかだ。一切取材もせずにたかじんの長女を貶め、さらにツイッターで人権を侵害したことも。

 だが、この変化は百田が自らの非を認めたからではないだろう。それよりも『殉愛』騒動をきっかけに自分が社会的なステイタスを失ってしまったことへの失望がこの泣き言ツイートを書かせたのではないか。

 その最大の原因と思われるのがNHK経営委員の退任だ。政府サイドは再任を求めたが百田自身が辞退したと報じられた。しかしこれは言葉通り受け止めるのには無理がある。

「実は百田さんに対して、官邸サイドも扱いに困っていましたからね。それまでも数々の暴言で困惑していましたが、『殉愛』問題で保守層からも見放されてしまった事が大きい。以降は露骨に距離をとるようになった。実際、選挙の前にある雑誌から安倍首相と百田との対談のオファーがあったらしいんですが、官邸はにべもなく断ったらしい。退任についても、実際は官邸から遠回しにシグナルを出していたらしいですよ。」(大手新聞政治部記者)

 これまで応援団として“飼って”おいた百田を、トラブルに見舞われ“用なし”になればポイと捨てる。イスラム国の人質を見捨てた安倍首相らしい所業だが、百田にしたら相当ショックだったのではないか。

「百田氏の場合はもともと右派論客だったわけではなく、むしろ、『WiLL』誌上で当時、下野していた安倍首相にラブコールを送って対談をしてから政治にのめり込んだという感じですからね。そのベースには一貫して『おれは安倍首相と仲がいい』というのがあった。それが揺らいだというのはかなりショックでしょう」(月刊誌編集者)

 さらに、この弱気の背景には「週刊文春」でスタートした連載小説「幻庵」も関係しているのではないかともいわれている。囲碁の世界を描いた作品だが、なにしろ「読みにくい」と評判は散々。しかも連載第一回目にして内容に“誤報”さえ見つかっている。

「百田はこれまで作品が売れることはもっとも大切なことで、売れない小説家をバカにするかのようなコメントをしてきた。『売れる小説は多くの人が喜んだ小説であり、売れない小説は多くの人が喜ばなかった小説だからだ』とね。しかし『幻庵』が単行本になっても、おそらくこれまでのように売れることは期待できないのは自分でも自覚しているのでしょう。新潮社の『フォルトゥナの瞳』も売り上げは振るわなかった」(文芸担当編集者)

そのため百田は昨年末から予防線のように、「作家なんかいつ辞めたっていい」などとつぶやいていた。そして2月1日の「だまされた」ツイッターの同日にもまたこんなツイートをした。

〈『殉愛』にウソは書いていない。これは法廷に出ても堂々と言う。そのことで作家が廃業となってもかまわん。「小説家」なんか九年しかやっていないが、「男」は五十八年もやっている。どっちを取るか、迷うはずもない〉

 相当弱気になっているようだが、しかし、だからといって今頃になって、友人の言葉を使って「だまされた」とほのめかすのはあまりにみっともなさすぎではないか。

 そもそも、『殉愛』の問題は百田が未亡人にだまされたかどうか、の問題ではない。1人の人間に異常に肩入れし、作家としてきちんと周辺を取材せず、裏も取らずに、デマをまき散らし、一般人である娘やマネージャーを誹謗中傷したことだ。そして、自分やさくら未亡人への批判を「売れっ子作家」という圧力で封じ込めたことなのだ。

 まあ、この人に今さらそんな説教をしたところで、ほとんど意味はないとは思うが……。
(田部祥太)

http://lite-ra.com/2015/01/post-822.html

『殉愛』騒動が法廷へ! 百田尚樹の「文春」「新潮」への圧力の全貌も明らかに

【この記事のキーワード】出版業界, 殉愛, 田部祥太, 百田尚樹 .

2015.01.27.


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hyakuta_01_141208.jpg圧力上等の百田尚樹センセイ(NHK経営委員会HPより)
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 本サイトでも度々報じてきた百田尚樹『殉愛』(幻冬舎)騒動だが、まだまだ尾を引きそうだ。『殉愛』とさくら夫人をめぐって起こされた2つの裁判が、いよいよ今年から本格始動するからだ。

 まず、『殉愛』で名誉を毀損されたとやしきたかじんの長女が版元の幻冬舎に対し出版差し止めを求めて提訴した裁判は、その第1回口頭弁論が1月21日、東京地裁で行われた。この裁判、百田がツイッター上で「『殉愛』には、敢えて書かなかったことが山のようにある。(略)もう、おぞましくておぞましくて、とても書けなかった。本が汚れると思った。しかし裁判となると、話は別。全部、出すよ!」と恫喝とも取れる宣言をして注目されていたが、この日、幻冬舎側は百田も弁護士も出席せず、認否や争点さえ明らかにされなかった。

 激怒した長女側の代理人は「百田も脅すだけ脅して来ない」「ツイッター上で長女を脅し、裁判を受ける権利を阻害した。すでに人権救済を申し立てているが、これから弁護士会に告発することも考えている」と怒りを露わにしたほどだ。

 一方、さくら夫人側が、『殉愛』批判をネットラジオで展開したたかじんの元弟子で歌手の打越もとひさを名誉毀損で提訴した裁判も、2月18日から始まる予定だ。さくら夫人側は15人もの弁護士からなる訴訟団を組んだといわれるが、一方の打越氏のもとにも証言したいという協力者やカンパが続々と集まっており、全面対決の様相を見せているという。

 そんな『殉愛』騒動だが、ここにきて、出版社系週刊誌が演じたドタバタの舞台裏も明るみに出てきている。

 周知のように、この問題ではほとんどの週刊誌が「百田尚樹」という作家タブーに屈して、批判報道を放棄。逆に百田の求めに応じて全面擁護記事を掲載する醜態を演じた。とくにひどかったのが「週刊文春」(文藝春秋)と「週刊新潮」(新潮社)で、業界内からも「いくら作家タブーとはいっても、普段のコワモテぶりからは信じられない」という驚きの声が上がったほどだった。

 実は、この「文春」「新潮」に百田尚樹からどんな圧力が加わり、記事がどう潰され、歪められたかを、月刊誌「宝島」(宝島社)が2号連続で暴露しているのだ。

 まず、「週刊文春」だが、同誌はもともと、たかじんの死の直後は「やしきたかじん『参列者5人』葬儀の謎」(14年1月23日号)「親族から噴出 やしきたかじん32歳未亡人への怒り 遺骨を『マカロンみたい』」(14年2月6日号)と、さくら夫人の言動や彼女と遺族の確執を他誌に先駆けて掲載していた。

そして、昨年夏の合併号には第三弾として、たかじんの長女の手記を掲載する予定だった。すでに原稿も完成し、さくら夫人がたかじんと同居していたマンションを訪ね、取材を申し込んでいたという。ところが、校了直前、事態が急転する。「宝島」にはこんな関係者のコメントが掲載されている。

「(さくら夫人に取材を申し込んだ)その直後に、編集部からストップがかかり、取材班は大阪から撤退。記事掲載も見送られたのです。表向きの理由は『さくらと長女は現在、遺産をめぐって係争中で、法務(部門)が係争中の案件を記事にするのはまずい、と難色を示した』というものでした(中略)編集部内でそんな“理由”を信じる者は誰一人、いませんでした。
 これは後になって社内で分かったことですが、取材班がさくらに取材を申し込んだ直後、百田さんから新谷(学『週刊文春』)編集長の携帯に直接、電話があったそうです。おそらく、さくらから依頼を受けてのことでしょう」

 百田はこの時、すでに「文春」で小説を連載することが決まっており、しかも新谷編集長とも個人的にも非常に親しい間柄だった。そして、この5ヶ月ほど前にさくら夫人と出会い、『殉愛』の取材で頻繁に会っている時期だった。

 つまり、それまでさくら夫人叩きの急先鋒だった「文春」は、百田がさくら夫人のバックにつき、1本の電話を入れられただけで、手のひらを返してしまったのだ。しかもその後、『殉愛』で百田から「(文春の記事は)捏造」「真っ赤な嘘」とまでいわれても、一切反論をせず、逆に百田の手記を掲載、15年1月1・8日特大号から連載小説「幻庵」を予定通りスタートさせた。

 一方、13年9月からやはり小説「フォルトゥナの瞳」を連載して単行本化した「週刊新潮」も、なんとも不可解な動きをしている。

「新潮」も当初は「文春」と同様、ネット上で『殉愛』の嘘や捏造、さくら夫人の結婚歴が明らかになっても、一切沈黙を守っていた。ところが、14年12月18日号で突然、「故やしきたかじん『遺族と関係者』泥沼の真相」という記事を掲載したのだ。
 
 この記事は一応、たかじんの娘にも取材するなど、検証記事の体裁をとっているが、実際は百田とさくら夫人の言い分に丸乗りしたもの。ネットで投げかけられてきた疑問にはほとんど答えておらず、何の反論にもなっていないものだった。

 それもそのはず。「宝島」によると、この記事も百田本人から持ち込まれたものだった。ただ、百田の提案は最初、「百田単独反論インタビュー企画」だったらしい。

 しかし、この状況で百田の一方的な主張を掲載すれば大きな批判が予想される。そこで苦肉の策として「検証記事」の体裁でさくら夫人を登場させるという線で百田を説得したところ、百田は「さくら夫人だけの単独告白記事」を要求。その線で話がまとまったのだという。



 さくら夫人へのインタビューは5時間にも及ぶものだったが、「宝島」によれば、その内容は週刊誌としては“使えない”ものだったらしい。同誌には、こんな関係者のコメントが掲載されている。

「なにしろ、さくら夫人の証言は二転三転したらしいですからね。例えばイタリア時代のブログについても、『家族を安心させるためだった』と言っていたのが、なぜか『途中でやめたが、友人達が勝手に更新した』『妹が勝手に更新した』と変遷……辻褄が合わないことの連続だったようです」(週刊誌関係者)
「結婚歴について聞くと『ストーカーが』『レイプされそうになって』など、話自体がよく分からないものだった」(前同)

 しかも、インタビューでは語らなかった事実がネットで連日暴露され、「新潮」はいったん原稿をボツにすることも検討したという。しかし、百田はこれに強硬に抵抗。新潮社の上層部にかけあうなどしたため、「新潮」としては長女のコメントを掲載し、検証記事の体裁を取らざるを得なかったというのだ。

 こうして出来上がった原稿だが、しかし、「新潮」編集部は校了直前まで振り回され続けることになる。「さくら夫人はなぜか校了直前、記事内容の大幅な差し換えを要求」してきたからだ。問題となったのは、たかじんの2つの金庫の中にあった現金に関する部分だった。さくら夫人は金庫の1つは自分用のもので、その中の1億8000万円は自分のものだと主張しているのだが、これについて、インタビューで話した内容とはまったく別の内容にするよう、申し入れてきたのだという。

 実際、「週刊新潮」に掲載されたさくら夫人の主張は支離滅裂、何をいっているのかさっぱり分からない内容だった。

「私と主人は業務委託契約書をかわしていましたが、それはただの書類に過ぎず、私は1円ももらっていません。一方、2人の生活費として主人はいくばくかの現金を私に渡していて、私がやりくりする中で余った分は、100万円ずつまとめてリボンにくるみ、主人が私の金庫に入れておいてくれたのです」

「宝島」では、この1億8000万円はさくら夫人が是が非でも欲しいキモ的な現金だと解説されている。インタビューでは自分の主張と矛盾した証言をしてしまったため、慌てて訂正を要求してきたのではないかと推察。「新潮」としても、その言い分がまったく整合性がないことをわかっていながら、いいなりになるしかなかった、と見ている。

それにしても、こうして2つの週刊誌が受けた百田からの圧力と、その後のドタバタぶりを検証してみると、浮かび上がってくるのは、とにかく売れっ子作家にひたすら平身低頭でいいなりになっている情けない姿だ。

 たった1本の電話で当事者の手記をボツにしてしまう「週刊文春」。そして、記事にしろという要求に唯々諾々と応じて、矛盾だらけの内容を平気で掲載してしまう「週刊新潮」──。

 両誌の誌面を見ていると、最近になっても相変わらず朝日新聞に対して「ジャーナリズム失格」と執拗に批判を繰り返しているが、その言葉をそっくりそのままお返ししよう。自分たちの商売、利益のためには事実などそっちのけ。そんな週刊誌にジャーナリズム云々を語る資格はない、と。
(田部祥太)

http://lite-ra.com/2015/01/post-770.html

『殉愛』だけじゃない! 百田尚樹は“タカ派発言”もデタラメだらけだった!

【この記事のキーワード】伊勢崎馨, 百田尚樹 .

2015.01.07.


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aikokuron_150107.jpg『愛国論』(KKベストセラーズ)
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 昨年は『殉愛』(幻冬舎)騒動ですっかりその「嘘つきぶり」を満天下に知らしめてしまった百田尚樹センセイ。だが、百田センセイがデタラメをまきちらしているのは、入れ込んでる女性を描いた美談だけではなかったらしい。

 百田センセイといえば、従軍慰安婦の否定や侵略戦争の肯定、さらには改憲を声高に叫ぶタカ派論客としても知られている。ツイッターでは「もし他国が日本に攻めてきたら、9条教の信者を前線に送り出す」と暴言をはき、「正論」や「WiLL」などの右派メディアにも度々登場。その政治スタンスが安倍首相から評価されて、NHKの経営委員にも抜擢された。

 ところが、こうした勇ましいタカ派言説も実は『殉愛』と同様、ほとんど根拠のないテキトーなもののようだ。そのことがはっきりしたのが、『殉愛』騒動真っ盛りの年末に出版された田原総一朗との対談本『愛国論』(KKベストセラーズ)だ。


 帯には「日本人はいかに日本を愛すべきか」「戦後70年自虐史観と訣別する!」と勇ましい文句が並ぶこの本、流行ものにはなんでも乗っかる田原の無節操ぶりに改めて感心してしまうが、百田センセイは当初、田原を「典型的な左翼系ジャーナリスト」だと思って警戒していたという。「ところが、会って話してみると、思っていた人とはまるで違っていた。田原さんは会うなり、私の小説『永遠の0』の話になり、絶賛してくれた」と、すっかり心を開いたらしい。

 そもそも、「田原が左翼」という認識自体、噴飯ものだが、そんな百田をおだててその気にさせてしまうのだからさすが“人たらし”田原である。実際、田原に乗せられ、百田センセイはまるで大物保守論客になったかのごとく、先の大戦や、自虐史観、中国や韓国との関係、そして朝日新聞問題について、自説を滔々と開陳するのだ。

 ところが、語れば語るほど、露呈されるのが無知、底の浅さ、そしてデタラメ。たとえば、自虐教育についての会話はこんな感じだ。

 百田「『お前たちが悪いことをしたんだ。自分たちが悪いことをしたと認めなさい』とガンガンやった結果、いまだに日教組(日本教職員組合)なんかが……」
 田原「日教組なんか、もうどうでもいいじゃない(略)」
 百田「いやいや、4人に1人もの教員が自虐史観で教えているとすれば大問題ですよ(略)。日教組の力が強いところの高校が修学旅行で韓国に行き、韓国人の前で土下座させていたという話もある」

 あーあ、さっそく出ちゃったよ。百田の土下座というのは、おそらく1998年の広島県立世羅高校の韓国修学旅行報道のことを指しているのだろうが、これはとっくにガセだったことがわかっている話。もともとは韓国日報が「三・一(独立)運動記念塔前でひざを折って座り、日帝侵略と植民地蛮行を謝罪する文章を朗読した」と報じたのを受けて、産経はじめ右派メディアが裏取りもせずに「韓国修学旅行で生徒を土下座させた」と書いたのだが、実際は、よく見かける修学旅行の生徒が駅の通路に座っているのと同じで、車座になって座っていただけ。読み上げた文章も謝罪の言葉は一言もなく、「21世紀を創る世代の人間のひとりとしてせいいっぱい平和と友好の心を育み続けたいと思う」という宣言文だった。



 これにはさすがに田原も、「土下座は誤報だった」という旨を説明するが、百田センセイは聞く耳をもたず「いや、生徒に韓国人たちの前で土下座させた高校はいくつもあります。体育館のような広いところで、生徒全員に土下座させるのです」と自分の都合と思い込みで主張し続ける。

 また憲法9条の改正についてはこんなことも口にしている。

 百田「改憲派の私は『軍隊をもって戦争を抑止する』と考える。21世紀の世界にある軍隊のほとんどが『戦争抑止のための軍隊』ですからね。軍隊があるからこそ戦争が起きないんです。戦後から今日まで、ずっとそうでしょう。ヨーロッパでNATO軍とワルシャワ条約機構軍が向き合っていたけど、戦争は起こらなかったじゃないですか」

 はあ〜? 戦後世界で戦争がなくなったなんて初めて聞きました。21世紀に入ってからだけでもイラクへの対テロ戦争、終焉なきパレスチナ紛争、ソマリア、リビア、コンゴ、シリア、あれは何なのでしょう? NATO軍にしてもボスニアやアフガン、リビアの空爆など軍事行動を行っているではないか。

 在日問題についてもほとんど在特会の代理人のようなデマをふりまいている。

「『通名』が認められているとか、生活保護や税制の優遇などという噂もある」「在特会でも韓国人の商店を襲ったりはしない」
「韓国人慰安婦たちは高給取りだった」

 また、尖閣諸島をめぐる中国との関係、そして日米安保の問題に話が及んだ時は、こんな荒唐無稽な珍説を披露するのだ。

「仮に中国軍が尖閣諸島に攻めてくるとしましょう。アメリカ軍は日本を守るために戦い、兵士が撃たれて死ぬ。後ろで日本は何をしているかといったら『頑張ってください。武器とか食料とか、後ろからなんぼでも応援しますから』。アメリカ兵は『なんで日本のために、わしらが撃たれて死なねばならんのや』と思いますよね。そんなんでアメリカが果たして戦いますか。戦わないですよ」

 そして、2人の会話はだからこそ集団的自衛権が必要だという話になっていくのだが、ちょっと待ってほしい。そもそも現行の憲法解釈では、もし尖閣が攻撃されたら、それは集団的自衛権とは無関係に個別的自衛権が発動され、当然、自衛隊が対応できるんじゃないのか。どうやら百田センセイは集団的自衛権と個別的自衛権の区別もついてないらしい。

 田原は一応「もちろん自衛隊は戦います。これは個別的自衛権でね」とやんわりフォローしているが、そんなフォローにも気付かない百田センセイ――。都合のいい “事実”だけを抽出し、その後の論を展開するやり口は健在で、期待通り事実誤認とツッコミどころ満載の対談本だ。

とはいえ、さすがに田原に遠慮してか、いつものような口汚い罵りやヘイト発言は影を潜めている。また真偽不明な事実を元に中国や韓国を攻撃しようと試みているものの、前述のように田原から事実誤認などを指摘されるため、いつもほどの勢いはない。

 しかし、そんな抑え気味の百田センセイが豹変した瞬間がある。それが朝日新聞に話が及んだ時だ。ここでは我が意を得たとばかりに、吠える吠える吠えまくる! そんな百田センセイの朝日批判の発言によ〜く耳を傾けて欲しい。

「(朝日のどこが気に食わないかとの質問に)反権力のためなら捏造も辞さないという姿勢です。(略)しかも『ない』ことを『ある』という」
「最初に結論ありき。事実を発掘して客観的に、冷静に伝えるジャーナリズムの姿勢を放棄している」
「朝日新聞の勝手な思い込み」
「8月5日のいわゆる検証記事は、まったく検証になっていない。なおかつ、記事を取り消したにもかかわらず、謝罪を一切していない。しかも、強制連行の証拠はないが、やっぱり自由を奪われた強制性はあった、と開き直った記事だと思います」
「最初の記事を書いた記者が『話の内容は具体的かつ詳細で全く疑わなかった』ことはわかった。しかし、慎重な記者がものすごく巧妙なウソに騙されたのか、アホな記者が具体的で詳細なだけの作り話を信じたのか、わからない」
「ふつうの記者ならば、裏を取るのが当たり前でしょう」
「記者としての当たり前の手続きである裏取りをせずに記事にしたということはですね、ようするに最初から怪しい部分に目をつぶっているわけです」
「朝日新聞は、『事実』より前に、自分たちの『目的』があるんです」
「自分たちが主張したい記事を書くためならウソを捏造して出してくる」
「虚報や捏造という手段に訴えてまで『反体制を貫く』ことが、自己目的化している」
「そのためには、いかに人を傷つけてもいい。あるいは、どれほど人が傷つくかを考えない。これは、想像力があまりにも欠如していますよ」

 す、すごい。まったく同感です! ただし『殉愛』騒動を念頭に、「朝日」や「記者」という主語を「百田」と入れ替えれば……。そう、同書の朝日批判は「それはお前のことだ!」と突っ込みたくなる発言ばかりだったのだ。



 この対談はさくら夫人への取材に“命を削っていた“はずの7月から10月にかけて計4回行われていたらしいが、当時、百田センセイはその後に待ち受けている『殉愛』大騒動、そして対談発言がブーメランのように自らに返ってくることなど予想だにしなかったのだろう。いや、仮に騒動が起きた後でも、きっとこの人にとってはなんの関係もないのかもしれない。自分と対立する相手の誤りについては針小棒大に「捏造」とわめきたて、自分の意図的な「捏造」にはまったく知らんぷりなのだ。

 というか、この人、戦争とか男気とかが大好きなただのお調子者のおっさんで、ほとんど何も考えていないのではないか。ちょっとした情報を聞いてはその気になって、やたらオーバーでテキトーなことを言う……。そういう意味では、政治やジャーナリズムの分野に進出してきたのが間違いだったのかもしれない。おとなしく小説に専念していれば……と思っていたら、なんと、その小説でも「事実の捏造」が明らかになった。

「週刊文春」で始まった連載小説『幻庵』で実在の囲碁棋士・本因坊算砂を取り上げ、「(算砂は)大橋宗桂と平手で対局し、これに勝っている。つまり算砂は碁も将棋も日本一であった」と書いたのだが、これについて、ツイッター等で〈対戦成績は算砂1勝、宗桂7勝。客観的に見て、宗桂の方が算砂より強い。算砂が「将棋も日本一」だったとするのは誤り〉〈変なのは歴史的資料として算砂は宗桂に1勝していることを挙げているのに、宗桂が算砂に7勝している情報を「落としている」点〉〈百田氏が最も嫌うマスコミ的やり方ですよw〉といった指摘が寄せられたのだ。

 まあ、何を書いても自分の都合のいいように事実をねじ曲げてしまう人なんですね、きっと。
(伊勢崎馨)
 
http://lite-ra.com/2014/11/post-623.html

未亡人が芸能人に贈る「たかじんメモ」に疑問続出! まるでイタコの口寄せ?

【この記事のキーワード】やしきたかじん, サニーうどん, 殉愛, 百田尚樹 .

2014.11.12.


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takajin_01_141112.jpg未亡人のさくら氏と百田尚樹氏(「やしきたかじんメモリアルウェブサイト」より)
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 賛否両論が噴き出している百田尚樹のノンフィクション『殉愛』(幻冬舎)。果たして本書は、無償の夫婦愛の物語なのか、それとも利権を独り占めした悪女の宣伝本なのか──。が、そんなことより、正直、気になって仕方がないのは、さくらさんが数々の芸能人に贈っている“例のメモ”である。

 なんでも、メモ魔だったというたかじんは、生前、ノートに“メモ”を遺しており、そこでは多くの芸能人やスタッフのことが書かれているらしい。百田センセイが2年間埋まっていた執筆計画を変更してまで『殉愛』を書いたのも、はじまりはたかじんが彼を絶賛している“メモ”をさくらさんに見せられたからだというが、百田だけでなく、そのメモをさくらさんから見せられた人々はこぞって、その感動を口にしている。

 たとえば、眞鍋かをりには、「人間失敗したもんしか成功を知ることはない 遠まわりこそ、人生の味わい」というあいだみつをを彷彿とさせる人生訓的メモが遺されていた。みんなが忘れかけていた事務所移籍騒動を蒸し返された格好だが、本人の胸にはよほど響いたのか、いまではメモを届けてくれたさくらさんと“女子会”を開くまでの親しい仲に。

 また、『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ系)で共演していた竹田恒泰もブログで「(たかじんからのメッセージは)さくらさんの言葉で伝えて下さいました」と述べ、そのメモには「恋愛に関するアドバイスもありました。。。」とのこと。そして眞鍋同様、さくらさんを「控え目で、気立てがよく、どこから見ても、至極素敵な方です」と褒め称えている。

 さらに人気ミュージシャンであるコブクロは、さくらさんから「コブクロ→大阪恋物語」というメモを送られ、9月に大阪で行われた音楽イベント「大坂の陣400年音楽祭」で、たかじんの「大阪恋物語」をカバーした。

 と、こんな具合に、メモを受け取った芸能人は、まるでありがたいお札でもいただいたかのように感動し、崇めているのだ。まさに“大阪の神の啓示”。しかし、漏れ伝わってくるメモの中身をチェックしていると、なかには「?」と首をひねるものもある。

 そのひとつは、無名時代からの付き合いである笑福亭鶴瓶に遺した文言だ。たかじんは、「つるべえと京都でのみたいな」「大阪で何かやりたいな。つるべにさくらをたのもう。あいつええ奴やし。安心やから」と、自分が逝った後のさくらさんを鶴瓶に託しているのだが、『金スマ』でそのメモが映し出された際、こんな言葉も書き連ねてあった。

「つるべ、なんであんなもじゃもじゃあたましてたんや?」

 これは鶴瓶がデビュー時にカーリーヘアだったことを指していると思われるが、年配者ならきっと「は?」と思ったはずだ。なぜなら70年代を知る者であれば、当時、ああいうヘアスタイルが一部で流行っていたことを知らないわけがない。第一、当のたかじん本人だって、実質的なデビューシングル「ゆめいらんかね」(76年)のときはもじゃもじゃ頭だったじゃないか。どうしていちいちこんなことを、たかじんは書いたのだろうか……。

 また、『たかじんnoマネー』(テレビ大阪他)で公開されていたメッセンジャー黒田へのメモには、「黒田のスタイルをやれ えんりょするな テレビ大阪でしかやれんこと 数字はあとから」と書かれていた。このメモを知った黒田は、「ぼく、実はたかじんさんがお元気なとき、こんなこと一回も言われたことなかったんです」と切り出し、「とりあえずどうやって数字を取るかを考えなあかんみたいなことはおっしゃってたんです」と、生前の印象と大きく違うことを述べた。こうした変化について、百田は「(さくらさんの看病を通して)どんどん優しくなっていった」のだと強調していたが、“関西の視聴率男”としての誇りがあったはずのたかじんが、一体どうしてしまったのだろう。

 このように、あちこちにツッコミどころが満載の“たかじんメモ”。しかも、さくらさんが発信するのは書き遺されたメモだけではない。先日、『ノンストップ!』(フジテレビ系)で『殉愛』が取り上げられた際には、さくらさんが直々に番組へメッセージを送り、たかじんは生前、バナナマンのことが好きだったと伝えられたのだ。あんなに東京を毛嫌いしていたたかじんが、まさか東京芸人であるバナナマンを評価していたとは……!と関西人には驚きを禁じ得なかった。

 また、たかじんの“最期の言葉”は、当初、遙洋子がさくらさんから聞いた話として「ちょ~飲みに行ってくるわ」と明かしていた。それが『殉愛』では、さくらさんに向けた「アイラブユー」という言葉になっていたのだが、このように、さくらさんの話には“ブレ”もある。そして、当代きっての人気作家である百田が、面識もなかったたかじんの本を執筆しようと決意するまでの流れが、まるで誰かの手によってお膳立てされているように“劇的”なのも、引っかかる点だろう。

 それゆえ、ネット上では「メモの字がかわいすぎて、60過ぎのオッサンが書いたとは思えない」「鶴瓶を“つるべえ”と書くか?」など、このメモは実際にたかじんが書いたものなのか?と訝しがる声も噴出。もしかしたら、さくらさんの“たかじんメモ”は、大川隆法の霊言か“イタコ”の口寄せのようなものだろうか。

 だとしたら、今後、さくらさんによって、どんなたかじん像が明かされていくのか、ますます楽しみだが、最後に、メモの発信元であるさくらさんと百田には、『金スマ』での映像に映っていた、こんなたかじんメモの一文を送ろう。

「タレント、女優も、暴露番組増えた プライバシー切り売りてどやねん?」
(サニーうどん)

http://lite-ra.com/2014/11/post-622.html

百田尚樹と宮根誠司がバトル!“たかじんの旗”取り合いが気色悪すぎ

【この記事のキーワード】やしきたかじん, 宮根誠司, 田部祥太, 百田尚樹 .

2014.11.11.


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miyanehyakuta_01_141111.jpg左/フジテレビ『Mr.サンデー』番組サイトより 右/百田尚樹ツイッター(@hyakutanaoki)より
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 百田尚樹が故・やしきたかじんとその32歳年下妻・さくらさんの愛情物語をつづったという“ノンフィクション”『殉愛』(幻冬舎)。発売以降、テレビやスポーツ紙ではあざといまでの大プロモーションが展開されているが、そんな中、作者の百田がこんなクレームまがいのツイートをして、話題になっている。

「ミスターサンデーのやしきたかじんの再現VTRは実にひどい作りやった! 作り手に技術がないのはもちろんだが、何よりも愛がない! スタジオにいて、これほど情けない気持ちになったことはない…。」

 たしかに、11月9日、宮根誠司が司会を務める『Mr.サンデー』(フジ系)がこの『殉愛』を大々的に特集。百田自身も『金スマ』に続いて同番組にゲスト出演し、二人の感動物語について語っていた。百田のいう再現VTRはたかじんと妻の闘病生活を再現したものだが、感動の夫婦愛の物語をお茶の間に届けているさなかに、わざわざそれに水を差すようなクレームを口にするというのは、相当腹にすえかねたということなのだろうか。

 ただ、再現VTRは、素人目に大きな問題はよくわからず(ネットでは「金スマにくらべてMr.サンデーのさくら夫人役がかわいくなかったためじゃないか」などというひどい憶測も飛び交っているが)、そんなところから、このツイートには、当日、スタジオでのやりとりも関係しているのではないかという見方も流れている。

 実は、この日の放映では、司会の宮根とゲストの百田の間に冷ややかな空気が流れた瞬間があった。

 再現VTR明け、やしきたかじんと親交の深かった宮根が、たかじんがさくらに遺したという手紙を朗読し、こんなコメントを口にしたことが始まりだった。

「僕はたかじんさんとは26年以上の付き合いで、この世界でごはんを食べられるようになったのはたかじんさんのおかげですけど、こんなやさしい言葉をかけられたことはなかったので、ちょっとさくらさんに嫉妬してしまいますけど……」
「僕もはじめて見る手紙ですけども」
「長くお世話になった人間としては、ほっとした。うれしかった」
 
 すると、百田がさくら未亡人によってたかじんがいかに変わったかをやたら強調し始めたのである。

「さくらさんと出会って(たかじんは)どんどん人間が変わっていくんですよ」
「破天荒で、すぐ人を殴る、宮根さんもよく殴られましたよね」
「ところがスタッフたちが、会うたびに変わっていくと、みんな言うんです。こんなやさしい笑顔をする人だったのかと」
 
 これに対して、宮根はたかじんが自分にメモを遺していたことを持ち出し、たかじんの思い出をもう一度語ろうとする。

「たかじんさんは、闘病でたいへんななか、僕にもメモを残してくれた。それは、ずっと僕の心のなかだけに留めてるんですけど」
「さくらさんに対する愛情表現と、僕に対する愛情表現とちがうけど、やさしい人だったと思う」

 そう語り、目を潤ませる宮根。ところが、百田はそれに対抗するようにこんな一言を発したのだ。

「はい、それも僕は見せてもらいましたけど」

 このとき、宮根は明らかにムッとした表情を見せていた。そして、宮根は百田を無視するようにこう続ける。

「まあ、たかじんさんは地獄に行ってますよ。好き放題したんだから。地獄でテレビの企画考えたり、おいしいワイン探したりしてると思います」

 宮根はわざと悪態をついて、自身とたかじんとのフランクな仲をアピール。そして、特集の最後では、『殉愛』について「まあこれが闘病記なのか、愛情日記なのかわかりませんけども」と突き放したように言い放ったのである。

 すると、今度は百田がムッとして「愛の物語だとわたしは思います」と返した──。
  
 これが当日の一部始終だ。多くの視聴者はスルーしたかもしれないが、注意深くチェックすると、そのやりとりはバトルといってもいいものだった。二人とも、明らかに相手に対して不快感を抱いており、これが、先述の百田のツイートにつながった可能性はあるだろう。


しかし、宮根の肩をもつわけではないが、百田のほうにもおおいに問題があった。宮根がたかじんとの思い出を語ろうとしているのに、さくら夫人のことばかり語る百田。あげくは「僕の心のなかだけに大切にしまっている」と話しているのに、「オレ全部知ってる」感をアピールしてくるというのはあまりにデリカシーがなさすぎだろう。

 だが、宮根の不快感の原因は、たんに当日の百田の態度だけでないという話もある。そもそも宮根はさくら未亡人に対しても、百田の『殉愛』に対してもいい感情をもっていないというのだ。

「宮根にかぎらず、たかじんの古くからの知り合いはみんな、さくら夫人や『殉愛』に冷ややかな反応を見せています。古い知り合いから見ると、むしろさくら夫人と出会ってたかじんがおかしくなったという気持ちさえある。そのうえ、たかじんと一面識もない百田がさくらさんの指名で、本を書いた訳ですからね。実際、『殉愛』はたかじんのことを書いているわけでなく、さくらさんのための本ですよ。それを、“ここにこそ真実のたかじんの姿がある”とかいわれたら、そりゃムッともするでしょう」(在阪テレビ局関係者)

 実は、11月10日の『ミヤネ屋』(日本テレビ系)でも『殉愛』を特集していたのだが、そのときもやはり宮根は終始冷ややかだった。芸能レポーターの井上公造がさくら夫人について「無償の愛」などと持ち上げるのに対し、いつもは饒舌な宮根が微妙な表情を浮かべるばかり。コーナーの最後に、「たかじんさんが最後幸せだったんだとしたら、ホッとする」とだけ述べ、さくら夫人の「無償の愛」や「懸命な介護」については一切語らなかった。

 いわば、新旧勢力による「やしきたかじん」という錦の御旗取り合いというところか。最終的にどうなるかはしらないが、どっちも浪花的マッチョ臭がにおいすぎて気持ち悪いことだけはたしかである。 
(田部祥太)

http://lite-ra.com/2014/11/post-618.html

百田尚樹がたかじん未亡人の代弁者になって娘を罵倒! その理由は?

【この記事のキーワード】やしきたかじん, 殉愛, 田部祥太, 百田尚樹 .

2014.11.10.


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junai_141110.jpg『殉愛』(幻冬舎刊)
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「ここまで露骨に書くなんていったいどういうつもりなんだ?」「あの売れっ子作家がなんでこんなことを書いてるんだ」

 百田尚樹によるノンフィクション『殉愛』(幻冬舎刊)が出版されてから、関西のマスコミ関係者の間でこんな戸惑いの声がしきりにあがっている。

 やしきたかじんが亡くなる3カ月前に結婚した32歳年下の妻・さくらさんがはじめてメディアで証言し、しかも、その“愛の物語”を当代一の売れっ子作家・百田センセイが書き下ろしたことで大きな話題になっている同書。だが、関係者がクビをひねっているのはその意外な組み合わせだけではない。この『殉愛』という本はとにかくいろんな意味でキナ臭い匂いがぷんぷん漂っているのだ。

 まず、唖然としたのがプロモーションの方法だった。発売日ぎりぎりまで書籍の存在すらひた隠しにされ、発売当日に「スポーツニッポン」だけが朝刊で前打ち。その夜、『中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS系)に百田が出演して二人の感動物語と出版の裏舞台を大々的に特集するというあざといメディア戦略が仕掛けられたのだ。

「たかじんさんなら、こういう特定のメディアだけを優遇するようなやり方は絶対にしなかった。しかも、『たかじんのそこまで言って委員会』(読売テレビ系)のような冠番組でなく、彼があれだけ毛嫌いしていた東京の番組に独占放送させたわけでしょう。完全に商売丸出し。そういう意味じゃ、たかじんさんの遺志より幻冬舎商法に乗っかった感じですね」(在阪テレビ局関係者)

 まあ、それでも内容がほんとうに夫婦愛を描こうとしたものなら、多少売り方があざとくてもここまで眉をひそめさせることにはならなかっただろう。だが、この本が出版された背後には、夫婦愛と何の関係もない、たかじんの利権や遺産をめぐる争いがあり、しかも本書はその争いの中で未亡人の言い分だけを代弁し、彼女を露骨に利するかたちになっているのだ。

 たかじんの未亡人・さくらさん(当初、報道ではS夫人という表記だった)をめぐっては、たかじんが亡くなった直後から、彼を囲い込むような不可解な行動がしばしば週刊誌で批判的に報道されてきた。たとえば「週刊文春」(文藝春秋)では、1月23日号、2月6日号と2号にわたって、未亡人がたかじんの死を彼の実母や実弟にも知らせず、参列者5人だけの火葬ですませてしまったことが報道され、火葬場でたかじんの骨を見て「うわぁ〜、焼き上がったマカロンみた〜い」と言い放ったと書き立てられた。また、同記事では、未亡人がテレビ局への関与を強め、過去の映像の使い方にまでいちいち介入していることなども指摘されていた。

 そしてしばらくすると、たかじんの娘、そして元マネージャーとの遺産や利権をめぐる争いが表面化する。たかじんには亡くなった元妻との間に娘がいるのだが、たかじんが遺した遺言状では、娘には一切遺産を相続させないとあった。これに対して娘は「父親が正常な判断力を失った状態で書かされた」として無効の訴えを起こした。



 また、たかじんが芸能活動の拠点としていた事務所「P.I.S」は、この娘とたかじんの元マネージャーKが役員に名前を連ねていたのだが、未亡人はこの事務所についても「次の社長は私」と通達し、2人を追い出しにかかったという。そして、2人がそれに応じないと、新会社「Office TAKAJIN」を設立。たかじんの遺言状をたてにして、テレビ局に振込先を変更させ、この会社にたかじんの名前を番組に使う看板料を入金させるようになったという。

 この問題を報じた「女性自身」(光文社)9月3日号は、こんな証言を掲載している。

「番組がたかじんさんの名前を使う際には、看板料が発生しています。年間約1億5千万円で、これらはすべて妻のA子さんが社長を務める会社に振り込まれています」
「たかじんさんはマネージャーに『俺が死んだら冠番組は全部終わらせてほしい。事務所は好きなようにしろ』と言ったそうです。12月末には遺産配分に触れたエンディングノートの存在も明かし、長女についても金を渡すと明言していたそうです。しかし遺言はA子さん(未亡人のこと)の総取りのような内容。彼女が結婚したのは死のわずか3カ月前。なぜこれほど一方的な遺言になるのでしょう」

 今回の百田尚樹の『殉愛』は、こうした報道、告発に対する未亡人サイドからの逆襲という役割をになっているのである。実際、同書を読むと、一連の週刊誌報道がすべて「捏造」「真っ赤な嘘」であり、彼女が「遺産目当てなどではなく」、「たかじんの思いを大切にしようとしているだけ」「たかじんの遺志を守ろうとしただけ」。そういう主張がひたすら繰り返されている。

 いや、それだけではない。全編に未亡人と対立する元マネージャーのK、そして娘のHへの批判、誹謗中傷がちりばめられているのだ。たとえば、娘についてはこんなふうに記されている。

「たかじんの携帯に娘から『なんや食道ガンかいな。自業自得やな』という内容のメールがあった。それを見た彼は激怒して、『親子の縁を切る!』と言った」
「(退院した楽しいムードは)たかじんの携帯に届いた一本のメールで壊れた。娘からだった。退院を祝うものではなく、『なんかわけのわからん韓国女に世話してもらっているらしいな。いざとなったら、私も出ることに出るよ』(略)たかじんはそのメールを見て、あらためて『娘は許さん!』と怒った。(略)娘もまた一度も見舞いに訪れることはなかった」
「娘のたび重なる無心に、たかじんは後年うんざりしていたらしく、親友の松本哲朗は『娘の頭の中は金しかない! 縁を切りたい』とたかじんがこぼしているのを聞いている」

マネージャーのKに対してはもっと辛辣だ。マネージャーとは名ばかりで、ただの運転手だった、ミスばかりしていた、仕事ができなかったという悪口を繰り返したうえで、未亡人の証言で手術の翌日に女遊びをしていたといったエピソードを暴露する。また、あとがきではわざわざ「Kの裏切り」として、テレビ局に勝手に追悼番組の許可を出し、看板料を請求していたことを記述。さらには、事務所の「帳簿をいじっていることが判明した」「一千二百万円近い使途不明金があることが明らかになった」「大阪のマンションから、たかじんの私物のいくつか、それに金庫の中の多額の現金が紛失していたのだ」と、まるでKが犯罪に関与しているかのような書き方をしているのだ。

 もちろん、これまでの夫人を批判した週刊誌報道には誤報もあるだろう。だが一方で、未亡人が母親にたかじんの死を知らせなかったことや、テレビ局から看板料をとっていることなど、明らかな事実もいくつもある。それらをひっくるめて「捏造」と決めつけ、故人の娘や元マネージャーをここまで非難するのは、あまりに一方的すぎるだろう。

 しかも、驚かされるのは、これらの記述の多くが未亡人の証言に丸乗りしただけで、“ウラ取り”されている気配があまりないことだ。本文を読んでも“捏造”と決めつけた記事の具体的な論証さえ行っていないケースがいくつもある。

 百田自身は本書のエピローグで「読者にはにわかに信じられないかもしれないが、この物語はすべて真実である」と大見得をきっているが、その根拠としてあげているのは以下のことだけなのだ。

「家鋪さくらの記憶力は異常ともいえるほどで、日をずらして質問しても、何度質問しても記憶がぶれることは一度もなかった」

 これを“ノンフィクション”だと称しているのだから笑ってしまうが、となると、当然“捏造”よばわりされた「週刊文春」、そして守銭奴呼ばわりされた娘や、犯罪者扱いされた元マネージャーKが、これから百田本に大々的に反論する可能性はあるのだろうか。

しかし、結論からいうと、それはかなり難しそうだ。というのも、百田が出版社にとって最大のウィークポイントである“作家タブー”になってしまっているからだ。

「百田さんは人気作家として本を出せばベストセラー間違いなしですからね。『週刊現代』を発行する講談社からは『海賊と呼ばれた男』がメガヒットしていますし、『週刊新潮』(新潮社)では最近まで連載を持っていた。これまで未亡人を批判してきた『週刊文春』でも、もうすぐ百田の連載がスタートする予定です。これでは百田さんが出した本への反証、批判はできないでしょう」(出版関係者)

 いや、百田本への反証だけではない。百田はいまや、たかじんの未亡人のマスコミ代理人になっており、その結果、未亡人への批判そのものが難しくなっているという。

 実際、3ヶ月ほど前、さくらさんをめぐる遺産バトルの情報が「週刊文春」に持ち込まれたが、「文春」はそれまで2回記事にしていたにもかかわらず、今回は百田が関係していることがわかったため、記事化を断念したのだという。

「百田さんが圧力をかけたのか、『文春』が自主的に判断したのかはわかりませんが、『文春』は記事にするのを止めてしまったらしいですね。結局、情報は百田と関係のない光文社の『女性自身』に持ち込まれ、記事になったようですが……」(出版関係者)

 うがった見方をすると、未亡人サイドがこの本を百田に執筆させようとしたのも、こうした効果を見込んでのことのかもしれない。

 それにしても、百田のような売れっ子がなぜ、今回のような内輪の泥仕合にクビをつっこんで、本まで書く気になったのだろうか。『殉愛』によれば、「たかじんは百田尚樹さんの大ファンで、最後に読んだ本は、百田さんの『海賊とよばれた男』」であり、たかじんが遺したメモにも「僕の本をだすなら、百田に助けてもらう」と記されていたというのだが……。

「なんかその話はできすぎの気がしますけどね。ただ、さくらさんは『そこまで言って委員会』の出演者等にも個別に声をかけて会っているらしいので、百田さんに対しても『会いたい』とアプローチしたんじゃないでしょうか。さくらさんはかなり魅力的な人なようで、会うと、みんな気に入っちゃうらしいですから」(在阪テレビ局関係者)

 関西のテレビ業界では、百田センセイと未亡人をめぐって、信じがたいような噂もとびかっている。……が、それを書くと『殉愛』と同じタレ流しになってしまうので、今回はやめておくことにしよう。
(田部祥太)

http://lite-ra.com/2014/07/post-199.html

百田尚樹がSMAPとの小説競作で完敗! スマスマ出演で赤っ恥

【この記事のキーワード】SMAP, 百田尚樹 .

2014.07.06.


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hyakutasmap_01_140706.jpg『至高の音楽 クラシック 永遠の名曲』(PHP研究所)
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 最近は小説家というより、度重なる放言でネトウヨ論客のイメージが強い百田尚樹センセイだが、先日、久しぶりにベストセラー小説家の顔をひっさげてテレビに登場した。番組はあの『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)。「スマ進ハイスクール」というコーナーで、小説の書き方をSMAPメンバーに指導する先生役に抜擢されたのである。

 もっとも、センセイの放言ぶりはあいかわらずで、「小説家より放送作家のほうが儲かる」といきなり金の話をもちだしたかと思うと、返す刀で「出版社の社員、年収1000万円くらいあるねん。ほんま腹立つわ!」とクライアントである出版業界の高給与をばっさり。さらに、SMAPメンバーからノンフィクションについて問われると、こんな答えを返したのだった。

「ノンフィクション作家は、うまいことウソ入れる。わたしも、ノンフィクション書くとき、平気でいっぱいウソ入れてます。ほんまにそのまま書いたら、おもろない」

 ノンフィクションにウソ? 従軍慰安婦や南京大虐殺についても発言している百田センセイがそんなこといって大丈夫か、と心配になったが、まあ、最近はあまりの暴言連発にみんな麻痺してきているので、きっと大丈夫だろう。そんなことよりも興味深かったのが、本題の小説の書き方レッスンのほうだ。
 

 レッスンは、センセイが書き下ろした小説の冒頭部分があって、続きをSMAPメンバーが書いて小説にしていくという形だったのだが、その書き下ろしの冒頭部分というのが「ふと目覚めた俺は目の前の光景に驚いた。俺が世界で一番愛する女が男とキスを交わしているではないか。」というベタベタなもの。

 いったいどうなるのかと興味津々で見ていると、意外にも、メンバーはみんなガチでこのレッスンに取り組み、立派に「小説」に仕上げてきたのである。



 たとえば、トップバッターの中居クン(中居正広)は、キスを目撃した後、彼女への憎悪と嫉妬をつづりながら、「ただ、ここから見える景色は紛れもなく綺麗だった。(中略)そして、何よりも穏やかな水面のように美しかった。」と真逆の思いを吐露する。そして、入り乱れる感情を交互に描きつつ、最後は「誓いましょう、愛する事を、伝えましょう、あなたへの愛を、今までもそしてこれからもいつもと同じように! いいよね、母さん」という意味深な台詞で締め、ちょっと変態的な匂いのするマザコン小説に仕上げた。

 二番目の吾郎ちゃん(稲垣吾郎)は、最近、すれ違い気味の彼女と関係を修復しようといっしょに海にきた「俺」の物語。サーフィンに夢中になっていたら、ビーチで彼女が男とキスをしているのを目撃してしまった。当然、俺は激怒する。だが、よく見ると、彼女は溺れた男を救助していただけだった。誤解に気づいた俺は二人を助けようと砂浜を走るが、思うように進まない。やっとの思いでたどり着いた俺は、しかし、男の顔を見て愕然とする。「青ざめた男の顔は自分自身であった」。

 でも、話はこれで終わらない。息を吹き返したのか、目を覚ますと、目の前に彼女が。その直後、ラストシーンがこんなふうに描かれる。「『チェ』。残念そうな顔をした彼女が舌打ちをしていた。」

 二度ならまだしも、三度のどんでん返しはなかなかプロでも思いつかない。百田センセイも「ほんとにうまい! 超一級。もうプロの作品」と絶賛し、この作品を一位に選んでいたほどだ。

 他のメンバーも負けてはいない。余計な説明を一切せずに「目の前で愛する女が男と……。暗い……。ビニールに包まれ赤いサイレンと共に俺が運ばれてゆく。君は何故泣いている。俺は何故泣いている。」と、流行りの“イヤミス”のようなダークな世界をシニカルに描ききった慎吾ちゃん(香取慎吾)。ふてくされて眠った主人公が、夢のなかでキリンと出会うという、ベタな書き出しをシュールなファンタジーに昇華させたつよぽん(草なぎ剛)。

 そして、キムタクはというと、彼女と他の男のキスを目撃した後、「信じ難いが、この状況に自分が高揚してゆくのが分かり、情けなくなる。」「何故なら、世界で一番愛する女の髪が、唇が、指先が、絡む脚が今まで見たことのないほど美しいからだ。」とまさかのNTR=寝取られ小説を発表したのだった。

とにかく感心したのは、5人が文章はつたなくても、へたにギャグに逃げたりせずに、自分の内部にあるものをきちんと言葉にして出そうとしていたことだ。そういう意味では、SMAPメンバーには全員、文学的な才能があるといってもいいかもしれない。

 むしろ問題は講師役の百田センセイである。実は、センセイはSMAPの5人の前にお手本を書いて見せて、小説の書き方のコツやテクニックを解説していた。そのお手本というのが、これ。

「女はさっきまで俺を抱きしめていたその手で、見知らぬ男を抱いている。」「女が以前から俺をバカにしているのは気づいていた。」「俺はついに我慢できなくなって男に飛び掛かった。男は乱暴な手ではねのけると、女に言った。『さっきから、この犬、うるさいねん!』」

 今どき笑点の大喜利でもやらないような、まさかの“実は犬”オチ。これを見せられたSMAPメンバーも「びっくり!」「なるほど!」みたいな反応もできず、一瞬、微妙な空気がスタジオに広がったほどだった。

 元・放送作家の性でタレントをたてるためにわざとデキの悪いものを見本にしたのか。それならいいが、もしかして、ネトウヨ的言論活動に忙しくて本業の小説の腕が落ちているんじゃないだろうか。ファンならずともちょっと気になる百田センセイであった。 
(酒井まど)

http://lite-ra.com/2014/06/post-50.html

宮崎駿が百田尚樹『永遠の0』を「嘘八百」「神話捏造」と酷評

【この記事のキーワード】スタジオジブリ, 歴史観, 百田尚樹 .

2014.06.20.


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「風立ちぬ 公式サイト」より
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【ビジネスジャーナル初出】(2013年9月)

 9月6日、引退会見を行ったアニメ界の巨匠・宮崎駿監督。引退作となった『風立ちぬ』(東宝)は興行収入100億円を超え、「最後の作品はスクリーンで」という人も多く、観客動員数は1000万人を突破すると見られている。

 そんな映画人生の有終の美を飾ろうとしている宮崎だが、ここにきて『風立ちぬ』と同じ"零戦"をテーマにした"あの作品"を猛批判しているのをご存じだろうか。
 宮崎が"あの作品"の批判を展開しているのは、「CUT」(ロッキング・オン/9月号)のロングインタビューでのこと。その箇所を引用しよう。

  「今、零戦の映画企画があるらしいですけど、それは嘘八百を書いた架空戦記を基にして、零戦の物語をつくろうとしてるんです。神話の捏造をまだ続けようとしている。『零戦で誇りを持とう』とかね。それが僕は頭にきてたんです。子供の頃からずーっと!」

 「相変わらずバカがいっぱい出てきて、零戦がどうのこうのって幻影を撒き散らしたりね。戦艦大和もそうです。負けた戦争なのに」

●戦争を美化する作品を糾弾する構えの宮崎

 宮崎がここで挙げている「零戦の物語」というのは、どう考えても人気作家・百田尚樹の原作で、12月に映画が公開される『永遠の0』(東宝)のこと。よほど腹に据えかねているのか、このインタビューで宮崎は"零戦神話"を徹底的に糾弾。

 「戦後アメリカの議会で、零戦が話題に出たっていうことが漏れきこえてきて、コンプレックスの塊だった連中の一部が、『零戦はすごかったんだ』って話をしはじめたんです。そして、いろんな人間が戦記ものを書くようになるんですけど、これはほとんどが嘘の塊です」と、『永遠の0』をはじめとする零戦を賛美する作品をこき下ろしている。

 もちろん、自身が『風立ちぬ』で基にした零戦設計者・堀越二郎の戦争責任についても言及。堀越の著書である『零戦』は共著であり、もう一人の執筆者が太平洋戦争で航空参謀だった奥宮正武だったことから「堀越さんは、自分ではそういうものを書くつもりはなかったけど、説得されて、歴史的な資料として残しておいたほうがいいんじゃないかっていうことで、書いたんだと思うんですけど」と前置きし、「堀越さんの書いた文章っていうのは、いろんなとこに配慮しなきゃいけないから、本当のことは書かないんだけど、戦争責任はあるようだけれども自分にはないと思うって書いています。面白いでしょう? 僕はこの人は本当にそういうふうに思った人だと思います」と弁護。

 さらに、「僕は思春期の頃、親父と戦争協力者じゃないかってもめた経験があるんですけど。そうやって断罪していくと、ほとんどの人が戦争協力者だと言わざるをえない。隣の韓国とか北朝鮮とか中国とかフィリピンとかインドネシアとかね、そういう側から考えると、それは加害者であるという」と話し、「職業をもつということは、どうしても加担するという側面を持っている。それはもうモダニズムそのものの中に入ってるんだと思ってるんです」と、到底美談では語れない戦争の加害性について論及している。

●対照的な立場の宮崎と百田

 確かに同じ零戦をテーマとして扱っているとはいえ、宮崎と百田とはその政治的スタンスもまったく真逆だ。宮崎は憲法改正反対論者で、かたや百田はほとんど"右派論客"といってもいい活躍を見せている。

 百田は今年6月、朝日新聞で自身の作品が「右傾エンタメ」「愛国エンタメ」と評されたことに激怒し、苛烈に反論していたが、一方で首相再任前の安倍晋三との対談では「もう一度、自民党総裁選に出馬して総理を目指してもらいたい」と背中を押し、保守系論壇人である渡部昇一との対談でも「安倍政権では、もっとも大きな政策課題として憲法改正に取り組み、軍隊創設への道筋をつくっていかねばなりません」と語るなど、政治的発言を連発。朝日批判の際も「自虐史観とは大東亜戦争にまつわるすべてを『とにかく日本が悪かった』とする歴史観です」とネトウヨ(ネット右翼)が大喜びしそうなツイートをしていた。

 宮崎があえてインタビューで『永遠の0』批判を繰り出したのは、戦争を肯定する百田と一緒にされるのが耐えられなかったのかもしれない。

 しかし、一方の百田は、「先日、アニメ『風立ちぬ』の試写を観た。ラストで零戦が現れたとき、思わず声が出てしまった。そのあとの主人公のセリフに涙が出た。素晴らしいアニメだった」と同作を大絶賛。反戦主義の宮崎が零戦映画の製作をしたことで、方向転換したと勘違いして思わずはしゃいでしまったのかもしれないが、今回の宮崎の発言で見事にはね返された格好だ。

 歯に衣着せぬ言動や論争好きで知られる百田だが、果たして世界の巨匠・宮崎にはどのように反論するのか。大いに見ものである。
(文=エンジョウトオル)

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アニメじゃりン子チエ監督高畑勲「ようするに、政府が戦争のできる国にしようというときに“ズルズル体質”があったら、ズルズルといっちゃう。戦争のできる国になったとたんに、戦争をしないでいいのに、つい、しちゃったりするんです」「賢そうな顔していますよね、安倍っていう人は。でも、いくら賢そうでも、小賢しいといいますかね。あの人もある時点で引退するんでしょうが、そのあとも日本には臨機応変に対処する能力はないと思う。そうした場合にどうするか。日本がずっとやってきた“ズルズル体質”や、責任を取らせない、責任が明確にならないままやっていくような体質が、そのまま続いていくに決まっている。そうしたら、歯止めがかからないのです。だから絶対的な歯止めが必要。それが、9条です」「『普通の国』にならないで『9条によって縛られる』と言っていいのです。9条によって縛られているからこそ、われわれは知恵を出さないわけにはいかない。原発だってそう。原発をやめると決めたら、もう、知恵を出さざるをえないじゃないですか」














http://lite-ra.com/2015/07/post-1267.html

リテラ > 芸能・エンタメ > 映画 > 高畑勲の安保法反対の本気、デモにも .


安保法制めぐりジブリ高畑勲監督が静かに警告「日本人の体質は戦前から何も変わっていない」

【この記事のキーワード】憲法, 梶田 陽介 .

2015.07.10.


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re1507102000top.jpgジブリの教科書4 火垂るの墓(文藝春秋)
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 今月半ばにも与党が強行採決に持ち込むと見られる安保法制関連法案。これを「違憲」とする多数の憲法学者を始め、文筆家、役者、芸人、アーティストと様々な方面から「反対」の声が上がっているが、こうした著名人のなかでとりわけ地道に活動に取り組んでいるのが、スタジオジブリの高畑勲監督だろう。

 いまさら紹介するまでもないだろうが、高畑監督といえば『火垂るの墓』(1988)や『かぐや姫の物語』(2013)などで、世界的に高い評価を得ている映画監督。先日も、米国アカデミー賞の選考委員候補に選出されたという報道があったが、当の高畑監督はこうした“巨匠待遇”とはうらはらに、市民集会などに参加してもくもくと戦争法案に反対している。

 そんな高畑監督が7月7日、東京都武蔵野市で講演会を行った。三鷹9条の会が主催する「戦後70年 憲法の9条はいま」と題された今回の講演で、高畑監督は、安保法制と安倍政権について、こう語った。

「いま『戦争のできる国』になろうとしていますが、政府はなんだかよくわからない『限定』をつけていますね。日本を取り巻く事態が根本的に変わったなどと、そういう言葉で脅しながら、これだけ『限定』をつけているんだから、と安心させようとする。『臨機応変に対処する』というようなことを為政者は常に言います。けれども、成功したことはないですよね。僕は、それを“ズルズル体質”と呼んでいます」

 たしかに、具体的な説明をせず危険な本質をごまかして、なし崩し的に侵略戦争さえ可能な悪法を成立させようとする安倍政権のやり口は、“ズルズル体質”そのものだ。しかし、高畑監督が問題視するのは、なにも政府の卑劣なやり口だけではない。この体質は、われわれ国民にも共有されているのだと指摘する。

「よく、日本人は集団指向と言われます。和をもって尊しとなす、とね。もちろん、これにはいい側面もあります。しかし、若い人のなかで『空気を読む』という言葉が広がってきたとき、僕はもう、絶望したんです。全然変わっていない、と。戦前からずっと変わっていない」




 高畑監督は語る。日中戦争から太平洋戦争への移行期、日本のなかには「絶対的な国力で上回るアメリカと戦争をしても勝つ見込みはない」と考える人が大勢いた。一部の軍人だけではなく、アメリカ文化を好む若者の間でもそう言われていたという。しかし、そんな彼らも、開戦するやいなや日本の戦争を否定しなくなった。ゆえに、高畑監督は「この戦争初期の人々の体質が、戦後に変わったと言えるのか」「一度戦争のできる国になったら、必ず国民もズルズルといってしまう」と釘をさすのである。

「それは、論理的に考えて、当然だということをわかってほしい。日本は島国で、みんな仲良くやっていきたい。『空気を読み』ながら。そういう人間たちはですね、国が戦争に向かい始めたら、『もう勝ってもらうしかないじゃないか!』となるんです。わかりますか? 負けちゃったら大変ですよ。敗戦国としてひどい目にあう。だから『前は勝てっこないなんて言っていたけれど、もう勝ってもらうしかない』となるんです」

 つまり、高畑監督のいう“ズルズル体質”とは政府だけの問題ではないのだ。むしろ、いま戦争への道に反対する人々に対してこそ投げかけているのである。

「だから、われわれ自身が胸に問うてほしいのです。戦争になったら、やっぱりみなさん、日本国を支持するんじゃないですか? それで、支持しない人を非国民って言うんじゃないですか?」

 高畑監督が引き合いにだすのは、詩人・金子光晴だ。明治28年生まれの金子は、反体制文化人として、戦中も戦争反対を貫いた。息子にも、わざと一晩中雨にうたせるなど、あの手この手を使って体調を崩させ、兵役を逃れさせたという。戦後、金子の行為は一部で賞賛されたが、高畑監督はここにリアリズムとも言える視線から一石を投じる。

「しかし、考えてもみてください。あなた、自分の息子が、あるいは自分の夫が徴兵をくらって戦争にとられてね、お隣の金子さんの家じゃあ行かないというのですよ? 非国民って言いませんか? ここにいる人の90パーセントが、こういう人に対して非国民と呼ぶと思います。それは人間として当然の反応でしょう。だから、みんなが自分の意見を貫くということに、期待してはいけない」

 この指摘は極めて重要だろう。昨夏の朝日新聞の慰安婦報道問題を思い出してほしい。勝ち馬に乗ろうとしたメディアは一斉に「反日」「売国奴」と大合唱をし、保守派やネット右翼だけでなく、それまで関心のなかった人々まで“朝日バッシング”へと傾いてしまった。ましてや、ひとたび戦争が始まれば「負けたら大変なことになる」という「空気」一色となり、戦争反対を訴える人々は排除されていく──それが自然な流れだと、高畑監督は言い放つのである。

 この戦争に対する論理的な思考、冷静な視線は、自身の作品に対しても同様だ。本サイトでも以前お伝えしたが、高畑監督はこれまで「『火垂るの墓』では戦争を止められない」といくども主張してきた。曰く「昨今の良心的な反戦映画」もそうだ。現在の「反戦映画」は「自分は家族を守るために戦地へいく」としきりに強調する。だが高畑監督は、それは「お国のため、天皇陛下万歳では、今の人が共感できないから、そのかわりに客の同情をえるためです」と分析し、こうした言葉は「詭弁だ」と断言するのだ。

 これは、高畑監督自身が、小学校4年生のときに空襲を受けた体験があるからこそ言えることだろう。空襲の夜、焼夷弾が降り注ぐなか、高畑監督は姉と2人、裸足で逃げた。爆弾の破片が身体に突き刺さり失神した姉を必死で揺り起こしたという。一夜明け、自宅のほうに戻ると、遺体だらけだった。「生きているかのような姿で亡くなっていた。ガタガタと震えが止まらなかった」。そう、先月の岡山市での講演会でも語っている。

 戦禍の悲惨さは、彼自身が身をもって知っている。それでもなお、こうした体験を語ったとしても、戦争を止める力にはなりえないのだと言う。なぜならば、どれだけ戦争被害の苦しみを表現しようが、安倍晋三のような政治家は必ず「二度と悲劇を繰り返さないために、自衛力を強化する」と主張するからだ。戦争体験を描き、語ることは人々の情緒に訴えかけるが、しかし同時に、為政者によって「そんなひどい目にはあいたくない」という切実な思いを利用され、「自衛のための戦争」に向かわされてしまう。

 しかも、日本は戦前からの“ズルズル体質”を受け継いでいる。ゆえに、ひとたび「戦争のできる国」になると、政府が命令するまでもなく、人々自らが打って一丸となる。だからこそ、高畑監督は“歯止め”としての憲法9条の必要性を強く訴えかけるのだ。

「ようするに、政府が戦争のできる国にしようというときに“ズルズル体質”があったら、ズルズルといっちゃう。戦争のできる国になったとたんに、戦争をしないでいいのに、つい、しちゃったりするんです」
「賢そうな顔していますよね、安倍っていう人は。でも、いくら賢そうでも、小賢しいといいますかね。あの人もある時点で引退するんでしょうが、そのあとも日本には臨機応変に対処する能力はないと思う。そうした場合にどうするか。日本がずっとやってきた“ズルズル体質”や、責任を取らせない、責任が明確にならないままやっていくような体質が、そのまま続いていくに決まっている。そうしたら、歯止めがかからないのです。だから絶対的な歯止めが必要。それが、9条です」
「『普通の国』にならないで『9条によって縛られる』と言っていいのです。9条によって縛られているからこそ、われわれは知恵を出さないわけにはいかない。原発だってそう。原発をやめると決めたら、もう、知恵を出さざるをえないじゃないですか」



 日本の戦後70年は、直接的に戦争をせず、人ひとり殺すことも、また、殺されることもなかった。それは憲法9条の“不戦の縛り”が、われわれに平和の道を模索することを止めさせなかったからだ。もちろん、それは決して簡単な道ではなかった。様々な外交努力が重ねられてきたし、沖縄の基地問題のように犠牲も大きい。しかし、それでも9条が、戦争という最後の手段に打って出ることを食い止めた。“戦争ができない”からこそ、日本は知恵を振り絞りながら、生きて行くしかない。そしてその知恵は、かならず、われわれに備わっている。そう、高畑監督は言うのである。

 だから彼は行動し続けるのだろう。先日は学生が主催した渋谷でのデモに夫婦で参加したという。一般参加者に混じってだ。自分が現地へ行けないときには、せめてメッセージを送る。決して派手なことではない。過激でもない。だが、高畑監督は続ける。それは、自らの頭で考えることを止めないための「憲法9条の縛り」の実践、そのものだ。

 毎日新聞が今月4、5日に実施した世論調査では、ついに安倍政権への不支持(43%)が支持(42%)を上回ったが、高畑監督が釘をさすように、この国は、半歩でも戦争に足を踏み込んでしまったら、ズルズルと雪崩れ込んでしまうだろう。流されやすいわれわれの心の防波堤となりえるのは、憲法9条だけだ。

 一説では来夏の参院選後、与党は憲法改正の国民投票に踏み切ると言われている。もし9条が骨抜きにされてしまったら──そのときは、国民自らが思考停止状態に陥り、一直線に戦争へ向かっていくことになる。そして、その日は着々と近づいてきている。高畑監督の言葉を、胸に刻むべきだ。

「いま、9条は背水の陣です。戦力の不保持と交戦権の否定。戦後まもなくに、前者はなくなってしまった。はっきりさせておいたほうがいい。9条を守れと言っているわれわれ自身だって、あっという間に変わってしまったのですから」
(梶田陽介)


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