知られざるコンバットサンボ競技ルール

http://www3.ocn.ne.jp/~ysc/sambo.rules2.htm#%E7%AC%AC6%E7%AB%A0

第6章 コンバットサンボ規則
コンバットサンボ競技は所定の規則に若干の規則を付加する。
服 装
ボクシングヘルメット(赤あるいは青色)、ゴム保護、股のつけ根の部分の保護、打撃用手袋、向う脛をカバーする足パッド を着用する。
第41項 評価内容の付加
1. 一本勝
相手を打撃によりノックアウト、又は、相手から2回のノックダウンを取った場合。絞め技による一本(チョーク)。
2. 4ポイント
スタンドの体勢で、自分の体勢を崩すことなく相手を打撃により強打し、相手が背中から落ちた場合。相手を打撃により強打し、相手が 20秒間ノックダウンした場合。
3. 2ポイント
相手を打撃により強打し、相手が10秒以上19秒の間ノックダウンした場合。
4. アクティブ
相手を打撃により強打し、相手が崩れ落ちないで膝をついた場合。

・ノックアウトとは、打撃の強打を受けた結果ダウンし、カウント10を数えられても意識が十分回復せず、ファイテングポーズをとることができない状態。ノックアウトされた選手は試合から除外される。除外された選手はそれまでの結果で順位が与えられる。
・ノックダウンとは、打撃の強打を受けた結果ダウンしたが、カウント10まで数える間に意識が十分回復し、ファイテングポーズをとった状態に戻った場合。ノックダウンの体勢はサンボ規則が適用される。
・打撃 打撃は、腕、足、頭を用いて生み出される、直線的、或いは、弾道的な衝撃をいい、スピードと力(パワー)が明確で、認められた体の部分にだけ衝撃を与えるものでなければならない。
・強打 強打は、認められた体の部分に与えた打撃によって、完全にバランスを失った場合や反応によっては、サンボ規則によって評価が与えられる。
・手強打 握りこぶし(掌ていを除く)や肘(どの部分を使用してもよい)によって、顔面、側頭、腹、腕と足の側面、股間に打撃を与えることができる。
・足強打 膝、向う脛、足、踵、によって、足(大腿部、向う脛)、顔面、側頭、股間、腹の側面に打撃を与えることができる。
・グランドポジションの場合でも、両者ともグランドポジションの場合、後頭部、首、腰部、尾てい骨、肛門以外への足、頭への打撃が認められる。

重要事項
1. 肘強打を行う場合に、反対の袖やジャケットによって相手を引きずっても行うことができる。但し、頭、鎖骨への打撃を除く。
2. 頭への強打は、両者がヘルメットをかぶっているという条件の下で認められる。
3. 投げ技は、首だけを抱えて投げる首投げは禁止されるその他、サンボ規則が適用される。
4. グランド技は、サンボ規則の関節技の他に、相手の背中側で腕を極めることも認められる。また、グラント技で関節を極められたまま、スタンド技への移行も認められる。
5. 相手を投げて、その上にまたいで攻撃することも認められる。但し、頭の上に乗ることはできない。
6. 絞め技は、首を掴んでのチョークはできない。この場合、グランドでの攻防は停止され立たされる。前腕を使用して首を絞める絞め技は認められる。また、ベルト以外のジャケット (衣類)を使用しての絞め技もみとめられる。足だけの絞め技は認められないが、首と足の間に腕がある場合は認められる。

コンバットサンボの禁止技・反則行為
掌ていを使用する打撃。相手がグランドの体勢の場合で、相手の足を持って行う打撃。指で目を突く。その他、首、指、脊柱などの関節を極めるなどの禁止技・反則行為はサンボ規則が適用される。

以上
翻訳の間違い、規則の解釈違い等は順次訂正する。
平成20年1月13日掲載
愛知県サンボ連盟

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日本向け柔術動画番組 JitsTV Japan スタート!

JitsTV Japan




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国際柔道連盟 フランス柔道連盟の陰謀 続報 柔道マフィアの柔術 ノーギ MMA潰しスタート!

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iPhoneで柔術 ソフトバンクはお得な旧料金受付を延長 ドコモは機種変更でも不評の新料金通話定額強制でぼったくり確定に 新料金制度は大損になるので契約するべからず

http://smhn.info/201411-softbank-extend-white-plan

カケホ強制はドコモだけ… ソフトバンク、ホワイトプラン受付を延長。
掲載日時: 2014/11/27(木) 00:24文: きもばタグ: NTT docomo, SoftBank, スマ放題, ホワイトプラン, 料金プラン, 新料金プラン

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 SoftBankは、11月30日終了とアナウンスしていた旧料金プラン(ホワイトプラン)について、12月以降も引き続き受付を継続することを発表しました。受け付け終了時期は決まり次第、別途案内するとのこと。当面は新規/MNP/機種変更のいずれにおいても、旧料金プラン/新料金プラン(スマ放題)の選択が可能となります。

 従来通りの低廉な基本料金のホワイトプラン、7GBの通信量を利用可能なパケット定額プランを選択できるため、通話をあまりしないユーザーや、パケット通信量を多めに使うユーザー、単身者などにとっては朗報となります。

 これによりSoftBankとKDDIは旧料金プランの選択肢が存在することになり、新料金プランに強制的に一本化するのはNTT docomoのみとなります。

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 NTT docomoの新料金プランの「カケホーダイ&パケあえる」は、単に値上げになるユーザーも少なくありませんでした。さらに機種変更時にも半強制的に新料金プランに変更させる措置がとられており、ユーザーからの不評を買っていました。

 落ちたのはユーザーからの評価だけでなく、利益もです。新料金プランの契約数1000万突破も、蓋を開ければ通話の多いフィーチャーフォンユーザーなどが中心となって移行しており、通信量の多いデータパックはあまり選択されていないこともあり、ARPUは下がっており、NTT docomo全体の減収要因となっています。事実、営業利益も上場初の第3位に転落。

 新料金プランへの一本化によって、一人負けの様相を呈しつつあるNTT docomo。今後、新料金プランへの巻取りの伏兵として「光セット割」が控えていますが、どこまで顧客を巻き取ることができるのか。注目です。

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多分 フランス柔道連盟が主催するMJAはこうなる ギリシャのパンクレイション競技





国際柔道連盟もフランス柔道連盟もヨーロッパ主導の組織ですから
結局コンバットサンボのようなフルコンタクトのコンバットスポーツではなく
顔面パンチのない同じヨーロッパのギリシャのパンクレイション辺りと提携してやるんじゃないでしょうか
MМAを野蛮呼ばわりする上品ぶったオッサンが主催するMМAですからねぇ
MJA

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格闘技 武道のオリンピック ヨーロッパが主導するWorld Combat Games 柔術に相当する競技 ギ グラップリング ノーギ グラップリング







































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コンバットサンボ競技動画 国際柔道連盟のMMA MJAは多分こんな感じ??









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国際柔道連盟 フランス柔道連盟がMMA潰しをスタート! 柔道版MMA MJA ! 国際柔道連盟 フランス柔道連盟の独裁がスタート!
































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北斗の拳から学ぶ 支配しない、されない、させない…これが人権思想

http://ameblo.jp/shyusui/entry-11956879887.html
北斗の拳士のごとく



2014-11-25 20:24:44
テーマ:個人の法刀”基本的人権”


人権とは、「守るもの」ではなく、「行使するもの」…



だから、「人権を守れ!」という表現は、意味は通るが、ちょっとおかしい…


人権を、所有権と同じように考えてはいけません。


所有権とは、まったく正反対の権利思想なんですから…



…そんな話をしましたが、その続きです。



「人は生まれながらに自由である」との意味は…


「人は誰の”所有物”でもない」ということでもありまして…



何人も、他者を支配できない、してはならない…


法は自由意思に基づく合意によってのみ有効である…



ってことなんですからね…


NHKがしょっちゅう、「恐竜が地上を支配していた」だの、「武士のどこが、どの地域を支配していた」とかを、さも「支配者がいるのが当然」のごとくに吹聴していること自体、人権思想に反するものなんです。



支配しない、されない、させない…これが人権思想なのです。



しかし、世には力づくで他者を屈服させ、”思いのまま”にしようという輩に事欠きません。


対抗する力を持つ者の場合は、そうそう”思いのまま”にはされませんが、そうでない者たちは徹底的に蹂躙されてしまいます。


よって、人権を行使する者は、もっとも弱き者の側に立ち(常に””壁の側”ではなく、”卵の側”に立つ)、もっとも強き者に立ち向かっていく宿命にあります。

「99%勝ち目がなくとも戦う」のが、人権を行使する者の宿命…


そして、その戦いに「二対一の戦いはない」のですし、「たとえ相手を倒したとしてもそれは勝利ではない」のです。


人権を行使する者が忘れてはならぬことは、北斗の拳の伝承者の場合ととまったく同じです。



「二対一の戦いはない」…


人権とは、つまるところ「個人の立法権」のことであり、自分の良心に従って判断しなければならないのです。人権とは個人主義なのです。自分のなすべきことは自分で判断する、決断する…


最後の最後は、自分ひとりで決めねばならないのです…


「人と同じ」「みんなと同じ」で満足するような日本人には、決定的に欠けている武士の魂ですね?



そして、「立法権」であることから、「他者の合意」を必要とする宿命も負っております。


「立法」はひとりではできない。相手を屈服させて結んだ”契約”も有効とはみなされない…


相手をやっつけてしまったのでは、元も子もないわけです。



もちろん、まったく話の通じない場合だってあります。力と力の戦いに移行するしかない場合もあります。


ですがその場合、代償は高くつきます。力の戦いを征する要素のひとつが”非情”さだからです。



そして、なにより…その力の戦いに必ず勝てるというわけでもありません。


無暗に戦えば、死あるのみ…



そうすれば、人々の希望でもある”人権の拳士”を人民は失ってしまうのです…



ですから、無闇に戦ってはいけないのです。


”戦いを避ける技術”…


”戦いを征する技術”を身につけねばなりません…

トキの憲法…「激流を制するのは静水」…


これは、”兵法の極意”でもありまして、軍師黒田官兵衛が「如水」を名乗ったゆえんでもあります。


一見”受け身”にみえる拳法…しかし、こちらの間合いに敵が入った時点で勝敗は決しているのです。



「人権を守れー!」って叫んでいるだけだと、「ハンコを押せ」と離婚届を突きだしてくる妻の姿とかぶるんですよね~「問答無用!」みたいなね~


人権の行使は、そういう戦い方とは、馴染まないものなんです…

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カムイ 進撃の巨人から学ぶ 自由を勝ち取る為に命をかけて戦え! 家族や絆に縛られたものには自由は勝ち取れない現実

http://ameblo.jp/shyusui/entry-11957296243.html
日本国民は、自由など求めてはいない



2014-11-26 20:33:08
テーマ:日本革命


「いのちが大事」「家族を守れ」「絆」などという…


だが、そんなものを大事にしていては自由を得ることはできない。



なぜなら、支配者というのは「殺すぞ!」と脅し…


「家族がどうなってもいいのか」と、家族を人質にとり…


村八分にしたり、掟で縛ったりと、”絆”を使って縛り上げてくる…

つまり、それらのものを「守ろう」とすれば、囚われるか、殺されるか…


どのみち屈服するしかない…



世間に「命が大事」「家族を守れ」「絆」などのことばが喧伝されているのは要するに…


「大人しく言うことをききなさい」という意味であり、道徳的な意味などないのである。



また、日本の人民も、それをたやすく受け入れている…



よって、日本には、家畜運動、乞食運動はあっても、民主運動というものはない。


そもそも人民は、自由など求めてはいない。



人民が求めているのは、食えることであり、安全安心であって、自由など欲してはいない。

尾崎豊が、いかに「支配からの卒業」を歌おうと、日本人は家畜であることを欲し、隣人をも自分と同じ家畜であるようにと願うのだ。


人間、すなわち自由の精神をもつ者は、ごくわずかであり、家畜の群れからは異端視される。


それゆえ、ただでさえ「死に急ぐ」ことになりかねない。

人間は、生まれながらに自由である…


しかし、人民の多くは、生まれながらに家畜である…



家畜に人権などあろうか?…ない!…


あったところで、自ら人権を行使しないのだから「ない」のと同じである。



家畜として生きている者に、人間としての権利などありえない。


家畜は用済みになるまで使役され、屠殺される。それが宿命。


それが”家畜の安寧”を、ご主人様から与えられたことへの代償である。



食えて安眠できれば、家畜は満足。世界がどうなっていようと、他者がどうなっていようと無関心。


だから、原発について知らないし…


戦争の仕組みについて知らないし…


金融や経済、法律についても知らない…



自分以外に関心がないからだ。


自分の序列以外に関心がないからだ。


だから、家畜なのだ。


家畜なら、実験動物として生をまっとうすればよいではないか?



家畜に「選ぶ権利」などないから、じたばたしても、しかたのないことだ。是非などない…



いくら「脱原発」がどうのといっても、家畜運動に留まる限りは「支配の否定」には至らない。


支配を否定できないのであれば、人権はなく、ご領主様の温情のみが頼りとなり、すべては運任せだ。



そんなエセ民主運動なら、やるだけムダである。乞食運動と割り切ってやられるがよろしい…



だから、人間よ、家畜のために戦うな。命を危険に晒すな。死に急ぐな。


あなたの命は、家畜と「同じ」では、断じてない!

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ヒーロン ヘナーグレイシー兄弟 キーナンコーネリアスのメタモリス5技術解説

Renzo Gracie vs. Kazushi Sakuraba (Metamoris 5 Gracie Breakdown)


Keenan vs Yuri Metamoris break down

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ヒクソン杯2014 メンデス兄弟 が去った後は塵すら残らぬ

Rafa Mendes vs Tsukada Ichitaro


Rafa Mendes vs Charles Gaspar


Gui Mendes vs Tsukada Ichitaro


Rafa Mendes vs Okamoto Yuji


Rafa Mendes vs Hirao Yuto


Gui Mendes vs Lee Hee Tae


Gui Mendes vs Nakamura Yuuta


Rafa Mendes vs Yagi Ricardo Vicente

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Let'sBJJ 柔術しようぜ!!~大人の部活~さんより 金古一朗先生インタビュー 柔術はセルフディフェンスではなく技術が進化するコンバットスポーツである

http://letsbjj.jugem.jp/?eid=79

今さら聞けないモダン柔術
JUGEMテーマ:ブラジリアン柔術


ねーねー。モダン柔術って何?

ん?あれだよ。焼きそばが入ったお好み焼きだろ。

それはモダン焼きだろ。ふざけるな。つまらんし。

あれだろ、ベリンボロとか50/50とかだろ。

それがモダン(近代的)なの?

さーね。そんなの俺に聞くなよ。よくわかってないんだから。

調べてこいよーー。

しょうがないなーー。じゃ、専門家呼んでくるわ。





かねこさーーーん






どうもモダン柔術と言えば私、金古です。

金古一朗 (かねこいちろう)39歳 ポゴナ・クラブジム所属
2010、2012、2013、2014全日本選手権黒帯ライトフェザー級優勝
2012アジアオープンアダルト黒帯ライトフェザー級優勝
2013ワールドマスターズマスター2黒帯ライトフェザー級準優勝
2014ワールドマスターズマスター2黒帯ライトフェザー級3位

やっと同年代の方が出てきましたね。金古さんはLetsBJJ世代の星ですよ。
戦績がすごいでしょ。国内黒帯ライトフェザーの門番ですよ。
そして、ワールドマスター黒帯でも2位、3位って。凄すぎ。



藤原
では、金古さん、今日は色々モダン柔術についてお伺いしたいんですけど、
結局モダン柔術って何なんですか?みんなわかってるようで、わかってないような気がするんですよ。



金古一朗
いや、その前に挨拶代りに1曲弾らせてください。

おお!ギターで挨拶!!スティーブ・ヴァイみたいだ!!
ギター上手ですね。そう。金古さんはギターの先生もやってるんですよ。
柔術も黒帯、ギターも黒帯ってわけですよ。すごいですね。
パチパチパチ。



金古一朗

『サンキュー!!もう一曲いこうか!?』


藤原
あ、もう大丈夫です。

金古一朗

『しょぼ~ん。』


藤原
では、あらためて質問します。モダン柔術についてなんですが。
モダンっていうからには近代的なって意味なんでしょうけど
どの辺が近代的なんですか?

金古一朗

モダン柔術というのはメンデス兄弟を始めとするATOS勢が中心となって生み出したムーブメントです。
それまでの柔術はその時代その時代で、新たなガードやスイープ、
パスガードが生まれることはありましたがスイープ、パス、マウントorバック、
極めといった手順は普遍的なものでした。
そんな中スイープ、パスガード等の途中経過に拘らず、どこのポジションからも
バックを狙っていくことを第一に考え生み出された技術体系です。
トップとガードという概念すらも打ち砕くようなこのスタイルは
近年の競技柔術において正しく革命をもたらしたと言っていいでしょう。


藤原
なるほど。早い話、モダン柔術=どこからでもバック取りに行く柔術なんですね。

金古一朗

他にも50/50に代表されるような複雑な、まるでパズルのような
ガードであったり、そういった進化系技術の総称としてモダン柔術と呼んでますね。


藤原
金古さんもモダン柔術をやるんですよね?

金古一朗

はい、一応トップ選手なので一通り出来るようにはしています。
今は国際大会出るレベルだと、モダンの習得は必須事項ですからね。


藤原
国際大会によく出る金古さんですが。国内大会はモダンテクニックを使う人の数って
現状多いんでしょうか?また、もっと使う人が増えたら、国内のレベルももっと上がるとおもいますか?


金古一朗

若い人の方が対応力もあるし、比較的抵抗なく取り入れている人が多い気がします。
逆にベテランのおじさんの方が、今までやってきた技術への拘りが強く
なかなかモダンを取り入れられない。という側面もあると思います。 僕も相当苦労しました(笑)
各道場に当たり前にベリンボロを使える人がいるような状況になれば国内のレベルも上がると思いますよ。



藤原
なるほど。モダン柔術の代表的な技と言えばなんでしょうか?

金古一朗

やっぱりベリンボロでしょう!この立体的な技の組み立て方であったり
どこのポジションからでもバックに付ける利便性であったり、
正にモダン柔術の象徴とも言える技ですね。

ご存じ、ベリンボロ

メンデス兄弟のベリンボロはちょっと、テクニカル過ぎて意味わからない・・。

藤原
モダン柔術はクラシカル柔術よりも難しいのですか?

金古一朗

何をもって難しいと言うかは人それぞれだと思います。
ベーシックな技術で黒帯からパスガードを奪うのは凄く難しいことですし。
ただ打ち込みレベルの話で言えば、モダン系の技術はクラシカル系の技術と比べ手順も多く難しいと言えるでしょう。

藤原
柔術は常に最新の技が出てくるように思えますが、
モダン柔術というのは、もっと根幹に関わる革命なのでしょうか?

金古一朗

最初に説明しましたが、今までもその時代その時代で最新技術はありましたが
トップとガード、スイープしてパスガードしてから極めるという流れは基本的に守られていました。
この考えを根本から覆しまずスイープではなくまずバック、まずパスではなく、まずバック、
みたいに攻防の中での最優先事項が今までと変わってきたというのが一番大きな違いでしょうか。


藤原
2回同じ事言わせちゃってすいません。それはやっぱり根幹にかかわりますね。


金古一朗

ダブルガードみたいに上下の攻防すら否定して、ひたすらバックを
狙い合う攻防なんかが出てきたのも大きな特徴ですよね。


ダブルガード=開始早々、いきなり二人で座る動き。

藤原
ダブルガード!!今度ダブルガードについても特集組みたいです。
バック狙いのために、戦略自体が大きく変わったってことですよね。

金古一朗

そうですね。戦略の幅自体も広がってきました。
昔だったらスイープ出来そうだったら即してましたが
今はひっくり返した後の体勢まで考えてなるべく
レッグドラッグ等のいい体勢になるようにスイープしたりと
ガードからの戦略自体もより細かくなってきています。


藤原
う~ん。青帯の私には難解・・。
逆にクラシカル柔術と呼ばれるものは試合では勝てなくなっているのですか?


金古一朗

そんなことはないと思いますよ。例えばレアンドロ・ロのスタイルなんかは
とりあえずスイープして、後は爆発的に動き続けてパスガードする、
みたいな非常にオーソドックスなものです。
他にもルーカス・レプリなんかも比較的シンプルなテクニックで勝っていってます。

藤原
クロン・グレイシーも、クラシカルスタイルですよね。あと西村修も。

金古一朗

西村修はプロレスですね。
これは僕の個人的な意見ですがオーソドックススタイルで勝つには
ずば抜けたフィジカルが必要だと思います。
基本的な技で勝負を決めるには一発一発の技が強くないといけないんですよ。
一発の技が強力であるためには必然的にフィジカルが強くないとダメだと思います。

藤原
フィジカルといえば、オリビア・ニュートン=ジョンですね。
ところで、モダン柔術はクラシカル柔術が出来てないと、できないものなのですか?


金古一朗

これは意見が分かれる所ですが、基本的にはどちらから入っていってもいいんじゃないかと思います。
ポゴナにも渡辺兄弟というモダン柔術が上手い子達がいますが、
弟の方は入った当初からベリンボロやってましたから。
初めは自分がカッコいいと思ったのをやるのが一番ですよ。
後から基本の重要性に気付いてハーフの足抜きとかやったっていいと思います。
結論としては、いきなりモダンもありだと思います

藤原
お好み焼きも、いきなりモダン焼きから食べたら、焼きそばもお好み焼きも
解らないまま一生を終えますからね。
ところで、体の大きな人でもモダン柔術はできますか?

金古一朗

大丈夫ですよ。ただ柔軟性は必要だと思います。
あまり体が柔らかくない人にはお薦め出来ないかも知れないです。

藤原
体がデカいと怪我しますかね??

金古 一朗

怪我もそうですが多分下からのベリンボロの仕掛けにストレスを感じることは多いかもしれません。
あと、お腹が出ている人もお腹が邪魔してお尻を上げ辛くなるのでやりにくいかもしれませんね。


藤原
モダン柔術家は、みんなスリムですもんね。私はあきらめました。
ところで、モダン柔術が出てきたことによって、柔術の護身術としての側面が
薄れてしまって、それを批判する人も多いですが、金古さんはどう思いますか?

金古一朗

僕はアンチ護身術派です(笑) 全くナンセンスな意見だと思います。
路上だったらとかMMAだったらとかどうでもいいです! ここは熱く語らせて下さい!


藤原
アンチ加護ちゃん!?あ、アンチ護身術!?おおっと急に、前のめり!!


金古一朗

今は柔術が世に出る切っ掛けとなった第1回アルティメット大会が開催された
1993年からもう21年たっています。
世界中の総合格闘家が寝技の重要性に気付き練習に柔術を取り入れ、
そしてディフェンス技術も格段に進歩しました。
もうただ柔術をやっているというだけで
MMAにおいてアドバンテージを得られる時代はとっくに終わっています。


藤原
ほぅほぅ。


金古一朗

今は競技として成熟していく時代に進化させるべきなんです!
他競技を見ても例えば柔道家が投げた後に勢いで下になってしまう光景は
よく見ますがあれをMMA的にはよくないなんて言う人がいたらナンセンスだと思います。


藤原
確かに。まぁ初期から好きな人は最強格闘技としてのグレイシー柔術が
好きですからね。ただ、テクニカルなモダン柔術にもロマンはありますよね。
それって、ロックに似てますね。ジミヘンしか認めない。って人にイングヴェイの
良さが伝わらない状況みたいな・・。インギーはあれでもジミヘン崇拝してますからね。
(あ~でも今みるとジミヘンの方がかっこいいな・・・。あ、やべ全然話聞いてなかった。)


金古一朗

ボクシングで足を止めて近距離での打ち合いを
あんなタックルもらう距離で打ち合ったら路上では
やられてしまうだなんて言う人いたら、
この人頭おかしいんじゃないかって思うかもしれません。

藤原
(話、長!!まだ続いてたのか・・。)


金古一朗

僕らが普段道場でやっているのは基本的には
IBJJFが定めたルールに沿った練習のはずです。
道場での練習中にいきなりヒールホールドやったりスラムをする人がいたら僕は間違いなく注意します。
競技というのはそのルールに沿って進化していくべきだと僕は考えます。
だからそのルールが気に食わない人がいたら
ヒクソンみたく新しい連盟を立ち上げて新しいルールの柔術を
立ち上げればいいんだと思います。
引き込みはマイナス2点とか背中から勢いよく叩きつけるテイクダウンには4点みたいな。


藤原
ヒクソンの新連盟うまくいくんですかね・・。
IBJJFも今後ルールが変わって、モダン柔術はまた、違う形に変わる可能性はあるのでしょうか?


金古一朗

それはあり得るでしょうね。今はダブルガードは20秒という縛りも出てきましたし
今後も色々ルールの変更によって違う形の技術が、脚光を浴びたりすることは今後もあると思います。


藤原
えーっと、護身術について熱く語る・・は、以上でいいですか?


金古一朗

まだ言い足りない部分もあるんですが、
まあこれ以上は炎上を避けるためにも抑えておきたいと思います。 大人なので(笑)

藤原
モダン柔術をやらない、クラシカル柔術しかやらない道場も沢山あると思うんですが
それについてはどう思いますか?

金古一朗

それは全然いいと思いますよ! 僕も特にモダン柔術を一般の道場生に推奨しているわけではありません。
普段のクラスではベリンボロも50/50もまずやらないですし。
今はそれこそYouTube等でいくらでも勉強出来る時代なので
各自取り入れていく感じでもいいのかなとは思います。

藤原
普段のクラスで、ベリンボロや50/50をやらない理由は何かあるのでしょうか?

金古一朗

ベリンボロや50/50等の技術をあまりやらないのは、
結局、教えても打ち込みをしないと使えるようにならないからです。
一般の道場生はそこまで打ち込みしないですからね。
打ち込みしている人には個人的に教えたりすることもあります。
後はポゴナの場合は週に3クラスしかないので、
どうしてもその中で優先順位を付けるとなると
ベーシックな物を選択せざるをえないということもありますね。

藤原
なるほど。モダンは打ち込みが重要なんですね。
金古さんはポゴナ以外でもどこかで教えてらっしゃるんですか?


金古一朗

他のジムで一般のクラスで教えることはないですが、
プライベートレッスン等で他のジムの方に、よく来て頂いたりはしています。


藤原
モダン柔術の練習法について教えてください。


金古一朗

やっぱり動画を見て研究することは凄く大切ですね。
新しい流れなので、色々技のバリエーションが増えたりもしますし
今の最前線の試合や教則動画をマメにチェックすることは大切だと思います。
あとはやっぱり打ち込みですかね。
技の手順が複雑なものが多いので打ち込みはなるべく多くした方がいいと思います。



藤原
金古さんは確か、場面を設定して、技の打ち込みをやるんですよね。



金古一朗

そういう打ち込みもします。最初の技を防いでもらって、
そのリアクションに対してのカウンターを取る打ち込みとかは普通にしますよ。



藤原
その場面打ちこみにおける注意点があれば教えてください。


金古一朗

機械的になりすぎないことでしょうか。
最初は体に動きをインプットさせるために、ひたすら機械的にやりますが、
慣れてきたら相手に動いたり何らかのリアクションをしてもらったりします。
そこで違う技を仕掛けたりしてなるべく通常のスパーに近い流れにします。
「打ち込み以上、スパー以下」みたいな感じでやるとより実戦でも使えるようになるんじゃないかなと思います。


藤原
もう、そうなると打ち込みパートナーが重要になってきますね。
だから、双子は都合がいいのか・・。
ところで、金古さんのDVDはモダン柔術を扱っていますか?


エクストリーム・スパイダーガード!!(究極の蜘蛛防御)

金古一朗

エクストリームスパイダーガードは、そこまでモダンという訳ではないですね。
ただ来年辺りモダンテクニックを中心とした教則を出そうかなとま考えています。


藤原
おっと!!これは公開してもいい情報ですか?


金古一朗

いいですよ。ただ多分自作になると思います。


藤原
楽しみですね。国内でも珍しいモダン柔術の教則DVD楽しみにしています。
エクストリームスパイダーガードは今どこで買えますか?

金古一朗

柔術新聞ショップとかフルフォース、イサミ、ブルテリアとかでしょうか。
Facebook等でお友達の方とかはメッセとかいただければ直接送りますよ♪


藤原
金古さんが普段練習してらっしゃる、ポゴナクラブジムについて教えてください。

金古一朗

うちは割かしサークルというか部活ノリの延長でここまできた感じです。
僕もクラスで教えてはいますが、どちらかというと先生というよりは
「部長」といったかんじでしょうか。強い選手も多く黒帯が二人、
茶帯が10人位います。みんな仲良いですよ。

藤原
大人の部活の部長さん!!そして、茶帯が10人!!!
楽しそうです。いつか出稽古にお邪魔します。
今日は、色々と教えて頂きありがとうございました。


金古一朗

どういたしまして、ロックンロール!!!




どう?モダン柔術についてよくわかった?

金古さんノリノリじゃん、どんだけ写真撮ってんのよ。

奥さんが撮影したらしいよ。








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2014金古一朗セミナーツアー開催!!!

パスされるなんてもってのほか!完璧な構成で
ベウナウド・ピテウやガブリエル・ウィルコックスら
海外トップ選手も釘付けにした金古一朗選手のスパイダーガード、
是非直接ご体験を!!!!

2014年11月30日・・・名古屋北スポーツセンター
2014年12月6・7日・・・北九州市小倉BOHEMIANS道場

詳しくはこちら

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Let'sBJJ 柔術しようぜ!!~大人の部活~さんより 柔術界の大学教授 プロフェッサー 大賀幹夫先生インタビュー

http://letsbjj.jugem.jp/?eid=71

大賀幹夫先生に聞きたいこと。第一回
JUGEMテーマ:ブラジリアン柔術




LetsBJJ(このブログ)結構、柔術関係者読んでくれてるらしいよ。
よく道場で、このブログ読んでるって人に声かけられる。


そうなんだよ。お蔭さまで、そこそこ知られるようになったんだよね。
そしたら、今まで話しかけづらかった黒帯の有名人とかにも記事をシェアしてもらったりして
俺も調子づいて、よかったらLets Bjjに出てくれませんか?
なんて言ったら、OKもらっちゃってさ。


マジか?すごいじゃん。


というわけで、今回は私こと藤原が話してみたいと思った黒帯先生の一人
ねわざワールド(通称ねわワ)代表 大賀幹夫先生に会いに行ってきました。


いや、その前にねわざワールドについて教えてよ。

そうだね。

ねわざワールドは全国に21支部もある巨大といっていい
ブラジリアン柔術のグループです。代表は大賀幹夫先生。
大賀先生は、なんとムンジアル(柔術世界大会)2007黒帯ガロ級で3位入賞。そして
30歳以上の世界大会マスター&シニア インターナショナル2007 黒帯 シニア1プルーマ級 で優勝している。


簡単に説明すると、

アダルト黒帯で世界3位!!

シニア黒帯で世界チャンピオン!!

ってわけだよ。


それヤバくない?日本じゃなくて世界でしょ??


そう。世界チャンピオンですよ。しかもね、日本人で初めての
黒帯チャンピオンだからね。ヤバいよ。


では早速大賀さん呼んでみましょう。



大賀先生~!!!











はーい。



あ、写真間違った・・。




え?誰?このオジサン。





こっちこっち。

こんにちは、世界チャンピオンの大賀です。

大賀幹夫(おおが みきお) 43歳 1971年生まれ
父親の転勤に伴い、大阪→熊本→東京→愛知→福岡と転校。
小学6年生~大学卒業までは、父親の実家がある福岡県太宰府市で育つ。
九州大学工学部資源工学科卒業
京セラ株式会社にて5年間、半導体部品開発に従事。
東京の調布にて「大賀道場」経営。
ブラジリアン柔術団体、「ねわざワールド」代表



あの~。全然強そうにみえないんですが・・。



こら失礼だろ!!


では、今日はですね、大賀先生に色々と聞きたいことありますんで
是非とも怒らずに質問に答えて頂けたらと思います。



世界チャンピオン大賀:
はいよろしくお願いします。

Q.大賀さんは、まぁよく言われると思うんですが
全然世界チャンピオンのオーラがないというか、普通のオジサンチックな
ルックスというか、はっきり言って全然強そうに見えないですけど
体を大きくしようとか思わないんですか?



世界チャンピオン大賀:
僕はケンカが強いわけではないですから、
強そうに見えない、というのはある意味当たってます。
身体を大きくする・・・というのは思わなかったですね。
現役の後半はムンジアルで優勝することが目標だったので。
身体を大きくしたらその目標が近づく、と判断したらしてたでしょうけど、
そう思わなかったからやらなかった、と。
あ、もともと力は強いんですよ。体重の割には。
だから柔術時代はあまり筋トレが必要なかったです。
大学の柔道部にいたときは、みんなと一緒に筋トレもしてましたが。

多くの人が誤解をしていると思うので、一応言っておくと、
試合での僕はパワーファイターです。
パワーファイターの自分が、テクニックを身につける過程で
動きを理論化したものが「寝技の学校シリーズ」だと思っていただければ。
また、体質でいくら食べても太らないんですよ。
祖父も父も兄もとてもやせてます。
だから「ぜい肉ないですね、さすがスポーツマンですね」と一般の方に言われると、
非常に恥ずかしいです。
しかし、ずっと動きの効率化を目指していたせいか、乱取りで力を使わなくなり、
引退後、筋肉がどんどん落ちて、日常動作でも関節のゆるみ?のようなものを
感じるようになってしまったので、2013年の春から筋トレをやっています。
体重も60→66kgまで増えました。
力を使わないために効率良い動きを追求してきたのに、
その結果筋トレが必要になった・・・というのはある意味皮肉ですが、
現実は本当に奥が深いです。



そうなんですよね。前見た時よりも、明らかに筋肉質になっていて
思ってたよりも、いじりづらいんですよね・・
筋トレやってたんですか・・・。なんか残念です。




Q.僕の周りでは大賀さんはいい人だ。人格者だ。温厚だ。
という話をよく聞くんですが実際はどうなんですか?



世界チャンピオン大賀:
自分では自分をいい人とは思ってないです。
他の人を見て「ああ、なんてこの人は良い人なんだ」と思うことのほうが多いです。
いい人の定義が難しいですね。
怒らない人、というなら当てはまりません、とても気が短いです。外には出さないようにしてますが。
人の嫌がることをしない人、というなら、そうありたいと思っています。
人が喜ぶことを積極的にする、ということであれば、全然当てはまりません。
僕は僕のやりたい事をやるからあなたはあなたのやりたいことをやるといいよ、というタイプです。
優しいことを言う、ということであれば、これも全然違います。わざわざ人を傷つけようとは思いませんが
無意味だと思ったこととかはストレートに無意味だと言います。
誰とでも仲良くいれる、というのもダメです。好き嫌いはとても激しいです。
でも、寝技をやっている人は基本的に好きです。



なるほど。たしかに温厚そうだ・・
では、ちょっと怒るような質問してみよう。



Q.楳図かずおに似てるって言われませんか?





世界チャンピオン大賀:
うーん。言われたことは覚えてないですね。あるかもしれませんが。
検索したら確かに似てますね。
他にも、落語家の柳家小三治や、元野球選手の桑田真澄と似てると
自分では思っています。


ちょっとグワシやってみてください。


こうですか?

あ、それはサバラです。


こうですか?


あ、やっぱりちょっと似てますね。
っていうか指先器用ですね。さすが世界チャンピオン。
証明されました。大賀さんはいい人です!!





Q.ところで、なぜ選挙※に出たんですか?
※大賀先生は2011年突如として調布市議会議員に立候補。周囲を驚かせた。


世界チャンピオン大賀:
2010年のムンジアルで39歳の時に引退して、
40歳から他にも色々活動しようと思って
2011年春に調布の市議会議員選挙に出ました。落ちましたが。
ありきたりな言い方ですが、世の中をもっと良くしたいと思いまして。

なるほど。っていうかこれに関しては、ここ読めば書いてあるんですよね。
私のリサーチ不足でした。すいません。
私は、柔術家が選挙に出る。っていうのがすごく新鮮で
柔術を活かした街づくりでもやるのか??って思ってましたが
大賀さんに会ったらわかるんですが、本当に純粋な人なんですよね。
マジで、「世の中をよくしようと思ってるな。この人は。」
と感じました。

この大賀先生の行動力って本当にすごくて、周りも巻き込んじゃう感じが
見ていてスリリングです。さて話はまだまだ続きますが、今日は一旦この辺で


つづく・・

http://letsbjj.jugem.jp/?eid=70

大賀幹夫先生に聞きたいこと。第二回
JUGEMテーマ:ブラジリアン柔術

前回からの続き・・


行動力がすごい。という大賀先生ですが
2010年に現役を引退されてから、選挙の後は日本人から柔術世界チャンピオンを
輩出しよう!!という事で2013年3月にガロカルナバルという大会を開催しました。



この大会の凄いところは、賞金が100万円出る事です。そのお金で
ブラジル留学に行って本場の練習をしてこい。というようなコンセプトだったんですが
残念ながら、100万円はブラジル人(ガロ級黒帯世界チャンピオンの
ブルーノ・マルファシーニ)に持っていかれました・・。


サンキュー・ミスターオーガ!!  (画像ブラジルブログ)

それについての経緯とか葛藤なんかは
http://bjj-japanese-world-champion.jimdo.com/
こちらに書いてあります。

ガロ級(ルースター級)はもっとも日本人が表彰台に上った回数が
多いので、一番金メダルを取れる可能性が高い。
また、100万という、まとまったお金があれば、2~3か月ブラジルに
留学にいって本場の修業を積めるだろう。ということなんですが
これって言ったら奨学金制度みたいなものですよね。

野球でも柔道でもスポーツ強かったり勉強が出来たりしたら
奨学金出ますが、柔術はそういうものはないわけで。
先日書いた杉本君なんかも苦労しているわけです。
もちろん、自分の力でどうにかしろ。っていうのも
わかるんですが、どうにかしたい。という大人が
こうやってお金集めて何かやる。って凄いことだと思いますよ。
大賀さん全然お金持ってなさそうだし、この大会一つやるにしても
かなりエネルギー使っていると思います。




ミスター大賀:
う~ん、まあ、このくらいやんなきゃな、って感じですね。
業界のために。個人的な感情としては、自分はムンジアルで3位にはなったけど、
優勝はできなかった。でも、全然無理なこととは思っていないので、
ぜひ日本人の誰かにして欲しいと思ってますし。
あ、女性で八木沼さんがしてくれたから、男子でも、ですね。
また、ムンジアルの黒帯入賞者で、柔術専業で食べてる人って少ないんですよ。
僕と・・・佐々さんはどうなんだろ?
八木沼さんも吉岡さんも本間さんも本業は別にありますし。
それで、佐々さんはまだプレイヤーだから、こういうことをやる余力は無いだろうし。
だからあのレベルを実際に知っていて、この業界に食べさせてもらっている自分だからこそ
こういうことをやらなきゃ、という気持ちはあります。

正直言って、日本人で本気で黒帯でムンジアル優勝を目指そう、とか
それをサポートしよう、とか思っている人って何人いるんだろう?と思います。
そういう人を増やしていきたい、という願いもあります。



熱い!!ミスター大賀熱いです!!!猛烈に感動しました。



Q.素人意見で申し訳ないんですが、
ガロカルナバル賞金30万くらいでもいいのではないかと思いました。
多分30万でも、ブラジル人とかアメリカ人来ると思うんですよね。
というのは、確かに100万はまとまったお金で、ブラジルに留学に行ける!!
ってインパクトはあるんですが、賞金がストックするまで1年以上かかります。
そんで、海外選手に持っていかれたらなんだかなーって感じです。
30万にして、もっと頻繁にやって(半年に1回とか)みたらどうですかね?


ミスター大賀:
う~ん、そうですか。どうなんでしょうね。
ガロカルについての考察はこちらにあります。長文です。
30万円だと、ムンジアル黒帯チャンピオンになるのに役立たせるには、
あんまり足りない気がするんですよね。

考察の一番最後にあるのですが、次回は(ガロカルという名前にはなりませんが)、こういう形にしたいと
個人的には思っています。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
若者に100万円の奨学金を授与して、海外修行をしてもらい日本柔術界に貢献してもらおう!
内容案
・応募資格は日本人、色帯保持者、年齢25歳以下に限る
・100万円を2人に授与して、一緒に3ヶ月以上、アメリカかブラジルに修行に行ってもらう
・選考基準は、過去の試合結果や試合出場頻度や帯色。体重は不問
・応募には所属先生の承認も必要
・修行の様子は、ネットで定期的に報告を義務付け
・帰国したら、1年位内に数回、各地で無料(低額?)セミナーを義務付け。セミナーはYOUTUBEでアップ
・帰国したら、3年間は年に3回は試合に出場する
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

第2回目の寄付は既に22万円ほどいただいているので、
その方々にもこのことを伺って、必要なら返金もしますし、
受け入れ先も探さなければ・・・・と思いながら昨年、今年と
予想以上に仕事が立て込んで忙しくなって、ほとんど動けていないのが申し訳ないです。

なるほど。もはや大会という形を取らないということですね。
いや、ミスター大賀はまた何か大きな花火ぶち上げるような気がしますよ。







それから大賀さんと言えば、この本ですよ。



頭とカラダで考える・大賀幹夫の寝技の学校・引き込み編 (晋遊舎ムック)
頭とカラダで考える大賀幹夫の寝技の学校 抑え込み編 (晋遊舎ムック 柔術魂SPECIAL)
頭とカラダで考える・大賀幹夫の寝技の学校・絞め技編 (晋遊舎ムック)

これらの本で大賀さんの事を初めて知った柔術家もいるんじゃないですかね。
抑え込み、引き込み、絞め技だけで別々に1冊づつ。そして
超解説が細かい。まさに、寝技の解体新書ですよ。
ここまで寝技を言葉で解説している本は見たことないです。

前にこのブログでも紹介したんですが、この本読んでから
僕は自分でも技を分解して言葉にする癖がついたんですよね。
正直本に書いてある事1つくらいしか出来るわけじゃないんですが
もし、こうなったらこうする。みたいなチャート式っていうんですか?
その状況設定が細かくて面白いんですよ。
相手に組勝っている時はこう。とか相手に組負けている時はこう。・・みたいな
そういう概念があるってことすら知りませんでした。
これ、理屈で柔術を考える人には絶対におすすめです。

Q.大賀先生、これらの本を出して変わったこととかありますか?


大賀先生:
ガードの時に、床を手で押して足腰を使う人が増えたこと
支部が増えたこと(出版前11→出版後20)
自分の中で技術の整理ができたこと
ママ友に「凄いですね」と言ってもらえること
あと、多分ですが、若い人の技に対する考え方に、大きな影響を与えていると思います。
今後、『関節技編』『初心者編』も出したいな、と思っています。
既肝本の売れ行き次第なので、出せるかわかりませんが・・

え!?まじですか?みんな聞きましたか!?
みんな、もっと買って続きを出してもらいましょう!!





また、大賀先生は1999年から、初心者でも気軽に参加できる柔術大会
白帯カーニバルや色帯カーニバルというのを通算80回以上開催しています。

実は、私が柔術を始めた2010年ころに最初に出た試合が、
大賀さん主催の白帯カーニバル(通称白カニ)で、
これは参加費3000円と非常にリーズナブルでありながら、
参加人数が非常に多く人気のある大会で、その時に大賀さんを知りました。
ただ、まぁその時に、あのおじさんが世界チャンピオンって言われても、
にわかに信じられなかったです。

それ以外にも大賀さんは色々やってるんですよ。
詳細は省きますが、オンデマンド技解説や、各種SNSを駆使したりと
かなり進んでいる人だと思います。ただなんか地味なんですよね。


Q.ところで、大賀先生って。やってることは、かなり先進的なのに
地味なのであまり知られてないこと多くないですか?


大賀先生:
確かに先進的ですよね。大会に関してだけでも、申込をメールで受付OKにしたのとか、
30歳以上限定の大会開催とか、試合のUSTREAM配信とか、僕が日本で一番はじめにやっているはずです。
ウェブ上でも色々やっていますし、「寝技の学校」シリーズも、今までにないものだと思っています。
いただいた質問から、藤原さんが僕のことを先進的だと評価してくれていることが分かりますし、
分かってくれる人は分かってくれているので別にいいかな、という感じです。
実際、やっていることがマニアックなので、ライト層には分かりづらいですし。
一般の人やライト層にアピールするのは、そういうことが得意な方々に任せて、
自分は自分が得意でやりたくて効果的なことをやっていこう、と思っています。

そうですね。地味でも僕には届きました。

さて、まだまだ色々聞きたいことはあります。
つづく


大賀幹夫先生に聞きたいこと第一回
大賀幹夫先生に聞きたいこと第三回
大賀道場体験記(最終回)

http://letsbjj.jugem.jp/?eid=74

大賀幹夫先生に聞きたいこと。第三回
JUGEMテーマ:ブラジリアン柔術

前回の続き



藤原:以前わたくし柔術で飯は食えるのか?
という記事を書いたところ、道場関係者からの反響が多少ありまして
まぁ大方当たってる。とか、この藤原という男はなんてネガティブなんだ。と
言ったような話が出ておりました。私が書いた内容は、黒帯が増えて道場は増えているけど、
格闘技が地上波でやらないので柔術に興味を持つ若者がいない。
そうなると継承する人がいないし、日本柔術界が痩せ細っていっているんじゃないか??と思っている。
といった事なんですけど。

Q.実際に柔術で飯を食っている大賀先生はどう思いますか?


大賀先生:
結構、楽観してますけど?
ある程度の人口があるところで道場開けば、良い副業にはなるし、
上手く運営すれば専業で食べられるんじゃないですか?

僕はもともと、誰も寝技なんか知らない1989年から九州大学で寝技中心の柔道をやっていて、
「これは自分にはとても面白いけど、普通の人には面白くないんだろうなぁ」と
ずっと思っていました。

1999年に、鍼灸師になろうと脱サラして上京したときに、
ちょうど格闘技ブームだったので、寝技は好きだし、副業にもなるから、
武蔵野市でねわざワールドを始めました。

ただ「これはバブルだから、そんなに遠くない将来にしぼむだろう」と
ずっと思っていました。

なので、2003年に調布で道場を開いた時も「治療所兼格闘技道場」という
スタイルで始めました。
いつ潰れるんだろうと思いながらやってましたが、
柔術をやりたいという方が結構来てくれて、これで食べれちゃうなぁ、
もう針灸しなくていいんじゃない?という状況になった時、
非常に悩みました。あまり格闘技道場経営で生計を立てたくなかったからです。

理由は、
①前に書いたとおり、いつ潰れるか分からない。将来の見通しが暗い
②「寝技が強い人」を育ててどうする?それに社会的意義はない
③30歳代で好きなことで食べて、先生とか呼ばれたら人間がダメになる
④自分より柔道がもっと強い人はいくらでもいるのに、自分なんかがこれでお金をもらって良いのか
ということでした。

ただ、自分が好きで楽しいことをやっていて食べられる、というのは、
たとえ一時期であっても普通ではめったにありえないチャンスだから、
それはありがたく取り組んだ方が良いのではないか、という考えと、

その頃黒帯になったので、
「毎年リオデジャネイロで開催されているマスター&シニア インターナショナルで優勝すれば、
”この年齢と体重では俺が世界一寝技が強い”ということを証明できるじゃん!
これは凄い!体重が軽いので悔しいことも多かったから、ぜひこれにチャレンジすべきだ!!」
という野望に取り憑かれてしまったので、
正直言って、なし崩し的に柔術専業で食べていくことを選択しました。

上記理由の②③④については個人的な考えで、藤原さんからの質問と直接の関係はないですし、
その後数年かけて自分なりに解決したのでここでは触れません。

①の将来の見通しが暗い、というのは誰にも共通したことなので、
これについて僕の考えを説明します。

学生時代に「これを好きになる人は一定数はいるが、そんなに多くないだろう」と
思うようになったのは、
大学の柔道部に入ってきても「寝技が嫌いだから辞める」という人間が多かったからです。
部に残っても、寝技に本当に打ち込む人間は半分もいないです。

だから、格闘技ブームになって
「柔術は楽しい!一見とっつきにくいけどやれば誰でも好きになる!」
という意見を見聞きしても、あんまり肯定できませんでした。
寝技を好きになるような人は、確実にいることはいるが、
数が少なすぎるだろうと思っていました。

マーケティング的にも
「食べてもらえれば美味しくて好きになるのに・・」とか
「一度試してくれれば良さを分かってもらえるのに・・」というのはダメで、
パッと見聞きしすることで人の心を捉えれなければブームにならないと
誰かに言われたのもありましたし。

そういうことで、地上波での格闘技の試合の放送がなくなったら
柔術専業で食べれているこの夢の様な状況は終わりだろう、と
ずっと思っていました。

しかし、最近、その考えは変わっています。
現実に、これだけ格闘技ブーム的には下火なのに、
柔術人口は横這いか、少しづつ増えているのではないか、と僕は思っています。

これは、やはり競技自体の魅力があるから、としか思えません。

また、ある時テレビでサブプライム前後の何かの経済指標のグラフを見て、
「あれ?あの形どこかで見たことがあるな?」と思ったら、
うちの会員数増減とよく似ていることに気がつきました。
それによって、格闘技ブームうんぬんというより、単に景気の善し悪しで
業界の景気も左右されているだけなのではないか、とも思うようになりました。

実際、柔術専業で食べている人は・・・日本で何人いるんでしょうね?
かなりいるのではないでしょうか?
格闘技道場というくくりにすると、相当な数になると思います。
このことから、日本に柔術や格闘技道場が定着してきていると言って良いと思います。

だって、今、普通に外を歩いている人に
「柔術って知ってます?」って訊いても、
殆どの場合「知りません」と返事されますよね。
そんだけ知名度が低い現状でも、結構な人がこの業界で食べれているんですよ。
これって凄くないですか?
他にこんなマイナーなアマチュアスポーツってあります?
スポーツじゃなくても、文化系趣味でもなんでもいいですが、あんまり無いんじゃないですか?

僕の試算では、日本の柔術やってる人って2~10万人で、
知っている人は、100~500万人くらいじゃないでしょうか?
まだ日本の1~5%の人しか知らないんですよ。
この知名度が上がるだけでも、やる人は増えるだろう、と僕は予想しています。

よく知られている話ですが、
靴のセールスマン2人が、アフリカに行って、本社に電話して、
一人は「誰も靴を履いていないので、ここでは売れません」と報告し、
もう一人は「まだ誰も靴を履いていないので、これからどんどん売れますよ!」と
考えた、と。どっちを選択するかですね。

繰り返しになりますが、歴史を振り返ると、

21年前の1993年にUFCが始まり、
18年前の1996年に日本で始めて正道会館で柔術クラスが開始
17年前の1997年からプライド開始
7年前の2007年にプライド終了

格闘技ブームは7年前に終わったと言っても、過言ではなく、
また、同時期のサブプライム問題&連盟システムの変更の影響という逆風の影響で、
柔術人口はなだらかに減少したけど、
今はあの頃の水準に戻ってきているのではないか、
というのが僕の感覚です。間違っているかもしれませんが・・・・

ただし、これが合っているとしたら、
ブームが去って人口が少し減ったけど、その後は競技自体の魅力で
人を引きつけていることができている、と解釈できます。
これが僕が将来を楽観している理由です。

これは凄いことだと僕は思っています。
テレビでの格闘技放映がなくなって、
格闘技雑誌でも柔術はさほど取り上げられないという、
環境からの追い風が全くない、無風状態とも言える状態で、
これだけの成果を上げているからです。
(重大事故が数多く起こったり、反社会的な事件が起こったりすると、
むしろ逆風になって、大変なことになると思いますが。
だから、そういうことを起こさないことも業界の人としては重要ですね。
当たり前ですが)

格闘技バブルの時期に柔術を始めた人は、
今は盛り下がっていると思うかもしれませんが、
バブル前、世界中で寝技愛好者なんて数えるほどしかいない、という
時代を知っている人間から見ると、
とんでもないほど世界は様変わりして、
寝技が世の中に定着した。と思うのです。

だから、もっと関わる人が増えると、愛好者の人口も増えると僕は思っています。
なので、どんどん道場を増やしていって欲しいですね。
若い人にも、若くない人にも。

強さなんてあんまり関係ないですよ。
いかに、来てくれる人のニーズを満たすことができるか、が一番大事なのでは?
だから、現役を離れ、自分がこれ以上強くなることを目的としておらず、かつ
社会経験を積んでいる人の方が、道場経営に向いているのではないか、とも思います。

また、この競技は、初心者→白帯になるところに大きな壁があるので、
そこを超えさせることができるか、ということも
指導者として、強さよりもよっぽど大事なところでしょう。

藤原さんは、柔術を始める若い人が少ない、ということを問題視しているようですが、
僕はそれはあまり気にしていません。

ムンジアル黒帯優勝を狙う、ということに対しては大問題ですが、
競技者数の増減についてはそんなに影響しないのではないかと思っています。

日本のシステムとして、受験、部活動、新入社員の長時間労働・・・がありますし、
柔術は海外ではオシャレなイメージですが、日本ではあんまりそうではないことなどから
若者にとってやりやすい競技ではないのでしょう。

それでも、これだけ年配の方が新しく始めてくれているわけですから、
とりあえず良しとしていいのではないでしょうか?


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藤原:う~ん・・何も言えねぇっす・・。
何も言えないのでまとめてみたいと思います。
私の 『柔術で飯は食えるのか??現在は格闘技ブームは下火ですが・・』という問いに
大賀先生はこう答えてくれました。

①80年代に比べたら、ずいぶん流行っているから、逆にすごいことなんですよ。
②寝技はもともと、とっつきにくいものだから、爆発的には流行らないものです。じわじわ人が増えればそれでいい。
③日本では若者は確かに柔術をはじめにくい環境にはありますが、仕事が安定した年配の方が増えているのは
それはそれでいいことだと思います。
④格闘技ブームでも柔術が十分に広まったわけではなく、今後何かのきっかけでもっと広まる可能性がある。
⑤格闘技ブームが終わっても、逆にこれだけの人たちがやっていること自体すごい。

直接的問い、柔術で飯は食えるか?に対しては、即答です。ある程度の人口のあるところに
道場開けばよい副業になるし、やり方次第では食べて行けるでしょう。とのこと。

と言った感じですかね。ここから導き出されたる答えは

大賀先生は冷静でプラス思考!!そして私は悲観的でマイナス思考でした・・うう。

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Q.ところで、キッズなどから柔術を始めても、学校を卒業と同時に進学したり
就職したりと、柔術どころじゃなくなり、道場を辞めていく若者がおおくないですか?
この先これを続けていてもお金になるわけでもなし・・という思いもあるのではないかと思います。


大賀先生:
選手としてどこかに就職してそれで食べられるようになる、
という環境になることは理想の一つではありますね。

現在でも、(株)逸鉄さんのように、柔術関係者を優遇して採用したい
という会社はありますから、こういうところが増えると良いですね。

うちも、もっと繁盛するようにして、専業インストラクターを雇えれば良いのですが・・・・
そういう意味では、石川祐樹さんはCARPE DIEM※で専業インストラクターを
何人もやとっていらっしゃるようで、本当に凄いと思います。
僕も見習おうとしています。

藤原:逸鉄さん。すごいですよね。
柔術に理解のある社長さん。これ読んだら是非、受け入れ先を用意してあげてください。
ちなみに私こと藤原の働いている職場でも(風俗店)働けますが、長時間拘束なので
柔術を続けることは厳しいのでおすすめできません。
※CARPE DIEM
今もっともオシャレでナウい柔術道場。
全国から、強さとやる気のある若者を東京に呼び寄せ
専任インストラクターとして住居まで与えている。


Q.現在、あらゆる趣味や価値観が多様化して、人々は昔よりも統一性がありません。
よって、今後テレビで(地上波)で格闘技ブームはもう起こらない気がします。
そうしたときに、柔術を普及させるには、各道場主が地域に根差した普及活動や
インターネットを使った地道なPRが、より重要になってくると思います。大賀先生はどう思いますか?


大賀先生:
全くその通りですね。
前の「柔術で飯は食えるのか?」という質問で、
大丈夫じゃない?と答えましたが、
そうなったのは多くの人の努力の賜物ですし。
これからも、多くの人がそれぞれ得意な分野にPRしていくことで
もっと多くの層の人に興味を持ってもらいたいですね。

また再び格闘技ブームが来たら、それはもちろんありがたいことですが、
それは宝くじに当たるようなものだと思って、
当てにしないほうが健全ではないでしょうか?
他のマイナーアマチュアスポーツはそういうブームがなかったわけですから。

あのブームは、日本で格闘技人口を後戻りしない一定数以上に押し上げてくれた
非常にありがたいものだと思って、感謝してれば良い、というのが僕のスタンスです。
バブルは忘れて地道にやりましょう。
もちろん、もう一度ブームを起こそう、という動きを否定するものでは全く無いです。
念のため。

しかし、僕はたまたま柔術Tシャツを来て散髪に行って、店員さんに
「柔術って何ですか?」と尋ねられた時
「えっと。。。何だろ?このTシャツ人からもらったんで分かりません」
と答えてしまうくらい、そいういうことは苦手なので、
ちゃんとできるようにならなきゃな、と思っているところなのですが。

藤原:ちょ!!人からもらったって!!
そこは説明しましょうよ。実は私は世界チャンピオンなんですよ。・・って
僕は面倒でもカポエイラとの違いからきちんと説明しますよ。


なんでカポエイラ知ってる人多いんだろう・。


Q.では、ガラリと話題を変えて、最後の質問です。このあいだ私youtubeでみたんですが
阪大VS柔術ってやつですね。あれ、有名な柔術家が、どうして大学生に負けちゃうんですか?
七大学柔道やってた大賀さんに是非お聞きしようと思って。








大賀先生:
七大学柔道ルールと、柔術ルールが違うから当たり前ですね。
柔術ルールでやれば、2~3人で柔道側の人間を全員抜けると思います。
(足関があるし、ポイントやアドバンテージでも勝敗がつくから)

どこが違うかがわかりづらいかもですから、下に列挙します。

#勝敗は一本でしかつかない
七大学ルールは投げか抑え込みか絞めか肘関節の一本勝ち(技あり2つの合わせ技も含む)でしか
勝ちにならないので。ポイントでも勝ちになるルールに慣れた柔術の選手は戸惑うことが多いです。
スイープ、ベリー、バックなどの柔術ルールであれば点数が入る行為が無効です。
そこはガッカリするはずですし、「柔術ならこれで勝ちなのに・・」と思ってしまうかもしれません。
(反則勝ちもあります。念のため)

#投技の一本がある
今回の試合では立ち技のできない柔術選手を柔道の選手が投げる、という
場面はありませんでしたが、引きこむ前に投げられるというリスクがあるので、
立ち技の防御が全くできない人にとっては厳しいルールです。

#ガードから攻めようとしても、組手を切られて離れられたらマテ
#ガードから攻めようとしても、持ち上げられたらマテ
これがあるから、七大学柔道ルールと柔術ルールで有効なガードの形は、
細かいところが全くと言っていいくらい違います。
大賀は、未だにこの癖が抜けません。
個人的にはこのおかげで独特のガードになって良かった、とも言えますが、本当に苦労しました。

#下から腕十字や三角をかけても、持ち上げられたらマテ
これも慣れていないと面食らいます。
また、見ていて柔道側は持ち上げれば良いから安易にかけさせているというところもあったかな、と思いました。
相手の技が甘くなれば潰して抑え込めますから。

#足関節がない
これも大きいです。大賀も柔道ルールで乱取りをやると、ガードの時は
「足関が無くて、気をつけなくて良いから楽だわ~」としみじみ思います。本当に楽です。
足関の有る無しでもガードの作り方は全く変わるので、柔術の人にとってはハンディです。

#アゴを絞めたら反則
柔道で絞めがなかなか決まらない原因の一つがこれです。
アゴを絞めて良いなら、絞めを決めることは桁違いに容易になります。
また、バックポイントが無いので、足を入れられることに対しての防御を放棄して、
絞めだけを守れば良いので、絞めを決めることは更に難しくなります。
逆に、柔道側の選手は、このルールで絞めることに慣れていますので有利です。

#鉄砲返しや、亀からの抑え込みも30秒経てば一本
柔術の人は亀になったらガードに戻そうとしますが、
安易に戻そうとすると抑え込まれる危険があるので、そこも面食らうと思います。

#亀になった相手を攻めていても、立たれておんぶされた状態になったらマテ
亀を立たせない技術がないと、柔道ルールでは難しいです。
柔術は立ってきたらある意味絞めるチャンスなので真逆です。


結局、この試合で抜いたのは

柔術チーム:鈴木さん。伊東さん。肥後さん。杉山さん(名大OB)。加藤さん(名大OB)
柔道チーム:嵯峨さん(京大助っ人。現役)。田中さん(京大助っ人。OB)。添田さん(阪大4年生)。入来さん(阪大OB)

鈴木さん、伊東さん、肥後さんも、試合を見た限り柔道の基礎がある方のようなので、
やはり、柔道を知っていないと、このルールで勝つのは難しい、と言えます。

また、七大学経験者も、ほとんどがOBです。そのくらいのキャリアがないと、
このハンディキャップルールでも柔術の選手を取ることは難しわけです。
だから、質問の


Q.・・・有名な柔術家が、「大学生に」負けるんですか?

「大学生に」という部分は厳密には正しくないです。


蛇足ですが、そういう意味で、嵯峨さんが現役なのにこの活躍をしたというのは凄いことだと思います。
個人的には、前川さん(京大助っ人。現主将)☓世羅さんが一番面白かったです。



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藤原:わ~・・・。軽い気持ちで聞いた質問に
ここまで詳しく解説してくれるなんて・・・本当ありがとうございます。
よくわかりました。


そして、次回はいよいよ最終回
大賀道場出稽古レポートです。

大賀幹夫先生に聞きたいこと第一回
大賀幹夫先生に聞きたいこと第二回
大賀道場体験記(最終回)

http://letsbjj.jugem.jp/?eid=77

大賀道場体験記
JUGEMテーマ:ブラジリアン柔術


とりあえず、今回。大賀先生にメールで色々質問させてもらって
さらに写真も撮るついでに調布にある大賀道場にも出稽古
させていただいたんですが、非常に有意義だったので番外編として紹介します。

まず、大賀先生がいる道場は、調布にある大賀道場という常設道場でして
私は京王線にのって調布に始めて行きました。駅から道場までは一本道で徒歩4分くらいで
すぐ着くんですが、肝心な道場の入り口がわからず行ったり来たりしました。

やっと見つけました。

表示ちいさ!!



地下に下りると看板が出ています。

ちゃんとした看板です。
多分表に看板出せない理由があるんでしょう。


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○大賀先生のつっこみ。

いや、普段は表に出してるんですよ・・・・
http://www.ohga-dojo.com/map/map.html
平日は昼に、土日は練習前に出しているんですが、
あの日は、練習後、舞浜支部に行くので、しまう時間がなかったので、
出さなかったのです。

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30分前に到着したものの道場にはまだ誰も来ていませんでした。


しばらく待っていたんですが、階段を下りてくるのは
同じフロアにあるタイ料理屋さん目当てのお客ばかりです。



暇なので、掲示板を読んでいました。
こういうのが貼ってありました。

キックボクシングとスポーツチャンバラもやってるみたいです。
誰が教えるんだろう??

結局13時ちょうどに大賀さんはやってきたんですが

『ごめんなさ~い。まちました~?』と週末のマスオさんのような
いでたちで言ってくれましたが、私が勝手に早く来ただけです。すいません。

一通り談笑や写真撮影を済ませて13時30分くらい。
やっと会員さんが一人来ました。

はて?スケジュールには13時からと書いてありましたが
なかなか始まらないなぁと思っていましたら、また一人、一人と
ぽつぽつ人が増えてまいりました。

しかし、クラスらしきものは始まらず、皆柔軟などしておりました。
私は、道場の内部を見学していました。

あ!、こ、これは!!!そう。左がマスターズの金メダル。
右がムンジアル(最近は世界柔術って言ってます。)銅メダルですよ。デザインがかっこいい。
ハハァ――!!拝んでおきました。

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○大賀先生のつっこみ。

正確には、マスター&シニア インターナショナルです。
(だから、本当は単なる国際大会で世界大会じゃないよ、と中井君に言われたことがあります
まあ、当時はWorld Jiu-Jitsu Championship – Master and Seniorsが無かったので、
これが実質のおじさんの部の世界大会だから、良いのですが)

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そして、寝技の学校のコピーでも貼ってあるのかな?と何気なく見たら・・
あ!!これは早川先生のはじめてのブラジリアン柔術じゃないですか!?
こんなところにもトライフォースイズムが!?
トライフォースっ子の私としては非常にうれしかったです。





そうこうして、人がやや増えてきたところで、大賀先生はカメラをセットして
黒帯の方と先生がおもむろに技練を始めました。
生徒さんは先生を囲んでいます。(写真撮り忘れた・・)

しかし面白いのが、大賀先生が、その黒帯の方に
『このあいだの、こういうパスあるじゃん。あれってどうやってるの?』
といった感じで、質問しはじめたんです。
最初普段話なのかな?と思ったんですが、どうやらクラスが始まったようです。

なんとくだけた感じのクラスなんでしょう??

そしたら、その黒帯の方が、『こうかなぁ。』みたいな感じで
二人でえんえん、『いや、そうじゃないなぁ。』とかやり取りしているんですよ。

これは驚きでしたね。先生が生徒(生徒さんなのかどうか確かじゃないですが。)
に質問したりする光景を私は見た事なかったです。

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○大賀先生のつっこみ。

一応お答えしておきますが、生徒です。
僕は会員さんと呼んでいますが。
(僕は会員さんを「生徒」とは思っていないので)
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そして、それが一通り終わると、大賀先生は
『他に何か質問ない?』と他の生徒さんに聞かれました。

そしたら、白帯の生徒さんが、
『抑え込まれたところからエスケープがうまくいかない。』
みたいな感じで質問しました。

それに対して大賀先生は、え?どういう感じで抑え込まれた時?
みたいな感じで場面を細かく再現して、実際に抑え込みます。
生徒さんはエスケープしようとするけど、うまくいきません。
そしてどうしてうまくいかないかを大賀先生はまた説明します。
それも結構細かく。

『そっち行きたい気持ちわかるんだけどさぁ、こっちなんだよね。』
この○○したい気持ちわかるんだけどさぁは大賀先生の口癖のようです。

なるほどなぁ。と感心しておりますと、
最終的に、まぁそれは緑の本にかいてあるんだけどね。
って言っていました。


緑の本。ちゃんと読もう。

そういう感じで質問したり、時には一緒に考えるコーナーが終わり
また先生は、次なにやる?って感じで生徒さんに聞いて回ります。

多数決で5分間回しの打ち込みをやることになりました。
久々の打ち込みで何をやればいいか、とっさに出てこなくて
こまりました。

それを交互に1回づつやり、次はスパーです。
スパーはタイマーを3分間隔で鳴らして
6分スパー3分休みを自分で聞き分けます。
相手は、自分でお願いするスタイルです。

やはり、初めての方とスパーして、かなり疲れました。


スパー終了後、先生は次の用事があるとのことで着替えをはじめました。
生徒さんは居残り練習されるかたと帰る方とありました。




着替えているときに、何気なく壁をみたら、ISAMって書いてあり笑いました。
それは恐らく、ISAMIです。ISAMはSHAZNAです。


メルティラ~ブ



ふと思い出して、2ショット記念撮影もお願いしました。
わざわざ着替えてもらってすいません。それから撮影していただいた
千保さんありがとうございます。


いやー。楽しかったです。大賀道場。
本当はもっと色々細かく書こうと思ってたんですが
ここまでの3つの記事で、私も大賀先生も、言いたいこと聞きたいことを絞り出した感じで
最後はこういうマッタリした訪問記になってしまいました。

実際大賀先生のクラスも、マッタリとしており
生徒さんも、マッタリしておりました。(でも強い。)
そういう感じの道場の色なんだな。と思いました。

ところで、ねわざワールドは支部が沢山ありますが
それぞれの支部に万遍なく顔を出しているんですか?と聞いたところ
いや、『呼ばれないと行かないよ。行ったことない支部もあるし。
俺必要ないのかな??まぁ、それはそれでいいのか。・・・・』と
ブツブツ独り言をいっていました。そのゆるさがまたいいんでしょうね。


では、今回本当に大賀先生何週間もおつきあいいただき
ありがとうございました。非常にいいインタビューが出来たと思います。

では最後にもう一回!!


サバラ!!!


大賀幹夫先生に聞きたいこと第一回
大賀幹夫先生に聞きたいこと第二回
大賀幹夫先生に聞きたいこと第三回





今回の記事をご覧いただいて、『藤原君うちの道場にも取材においでよ。』
という心温かいリクエストありましたら、是非ご一報ください。
面白く書けるかどうかは、時の運ですが。

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史上最強の剣豪 宮本武蔵のセクシャルライフ 同性愛 戦国時代 衆道 少年愛は当たり前だった時代

http://www.geocities.jp/themusasi2de/bukou/b209.html

(2)彼児十參歳…泥鰌ヲ捕テ路傍ニアリ
 物語の本体部分である。伊織が武蔵と出会い、武蔵とともに旅立つまでを語る。
 まず、武蔵は壮年で、武者修業をして諸国を経歴していた頃のこと、と遭遇の時期を語る。なるほど武蔵の五輪書によれば、武蔵は慶長後期、二十代の終りあたりまで、諸国遍歴して多くの兵法者と試合をして廻っていたようである。現代では青年の部類かもしれないが、当時では二十代は壮年であるから、不都合はない。諸国武者修業をするうちに、辺境の出羽の国にも行った、という物語の設定である。
 かたや、この童、つまり少年伊織は、年齢十三~四歳で、生まれつき聡明で俊俏とある。俊俏は、すぐれてうるわしいの意であるから、ようするに美少年である。賢くて美童とあれば、衆道の典型的な表現である。
 しかるに、これが武蔵二十代の最後の頃だとしても、慶長十六~七年。伊織がすでに年齢十三~四歳というのは、勘定が合わない。それというのも、現実の伊織は、慶長十七年生まれだから、武蔵が武者修行の慶長諸国遍歴時代、まだ誕生していない。それに何より、現実の伊織は播磨国印南郡米田村産だから、出羽あたりに姿を現すわけがない。
 したがって、時期も場所も現実離れしている。そもそもの出だしから、この物語は事実と違っているのだが、上述のように、我々の武蔵研究のスタンスは、この物語を武蔵関連伝説の一つとして読むということだ。読んでみればわかるが、これが、なかなかよく出来た説話なのである。
 さて、――廻国修行中の武蔵が道を通りかかると、泥鰌捕りの少年がいた。この子は泥鰌を捕って遊んでいるのではない。これは売るために捕っているのである。ここで、なぜ泥鰌なのか。それには理由があって、民俗学的に云えば、泥鰌捕りは孤児に特許された生業である。伊織が泥鰌捕りの少年だという語りの背景には、この子か孤児だという暗黙の条件づけがある。「泥鰌伊織」というのは「孤児伊織」という含意がある。
 武蔵は少年に泥鰌を分けてくれと頼む。武蔵が泥鰌を食いたかったからといよりも、むしろ、これは物語上の伏線で、以下の説話展開を引き出すためである。少年は惜しむことなく、武蔵に泥鰌をくれる。それがポイントなのである。泥鰌は孤児の商品、生活の糧だが、少年は吝なことは言わず、それを桶ごと全部武蔵に与える。これが、のちに大きな贈与となって返ってくるというのが、民話のパターンである。この物語もその基本構造を示す。
 武蔵はその泥鰌を有り難く頂戴して別れたが、これきりだと、話にはならない。説話論上の必然として、二人は再会しなければならない。
 数日後――かどうか知れないが、――武蔵は「正法寺原」を通るさい、不覚にも道を間違って宿を借りることができなかった。日はすでに暮れ、まっすぐ行っても三里、迂回すれば四~五里も行かなければ、村の宿坊に行き着けない。
 武蔵ほどの者が、こんな程度のことで難渋するわけがない、と云うなかれ。あるいは、どうして武蔵は「正法寺原」あたりでまだうろついていたのか、などと突っ込みを入れないことだ。とにかく、村里を離れた「正法寺原」で武蔵は道に迷ってしまい、宿を求めることができない。
 どうしようかと思っていると、遥か遠くの山陰に火の光が閃いている。人家がある。これは幸いと思い、火を目印に行って見れば、小さな草の庵があった。旅人が夜道に迷い、人家の火を見出す、これも物語の定型にほかならない。
 戸をたたくと、中から十三~四才ほどの童が出てきた。十三~四才ほどの童というのは、語りの反復である。『二天記』の方はここをもう少し曖昧化して、年齢十三~四才とは記さず、あやしい童が出てきたという風に変えている。反復に難を感じるのは、『二天記』のケースは書物として書き下ろしたからである。これに対し『武公伝』の方は、語りの調子をほぼそのまま再現していると云える。
 十三~四才ほどの童が出てきたというわけだから、この場面を聞く者は、すでに再会なったと決めてかかる。しかしそう単純に事を運ぶのは、物語として出来損ないである。武蔵が一夜の宿借りを頼んでも、少年はそれを断わる。見ず知らずの者を泊めるわけにはいかない。狭いから何のというのは、断わるための理由である。
 ここで説話論的対位法がある。先ほどの泥鰌との対照関係である。
    ・武蔵に泥鰌を気前よくくれてやった
    ・こんどは、武蔵に宿を貸すのを渋る
 ここで物語は二人の再会を宙吊りにする。サスペンスの原型である。少年は武蔵を泊めるだろうか。
 武蔵は断わられても、しきりに頼み込む。そのうち、少年は武蔵に気づいて、「あなたは、先日泥鰌をくれといった人ではありませんか」。武蔵も驚いて、「たしかに、その者だ」という。「それなら、かまいません。お宿しましょう」となって、障碍は撤去される。物語を聞く者は、ほっと一安心であるとともに、二人の再会成就を喜ぶだろう。
 物語は、聴衆を引きずり回すものでなければならない。この少年が戸口を開けて出てきたのだから、二人がお互い相手に気がついてもよさそうなのに、そうは簡単には、説話の問屋は卸さなかったのである。しかし、一度は断わるというのは、「安達原」でも同じで、説話はいづれにしてもかような手続きを蹈むのである。
 少年は武蔵を家に入れる。腰を落ち着けて、それから武蔵は少年に問う、「幼いのに、一人でこんな所に居られるとは、どういう人なのですか」。少年は、「私の母親はすでに死に、たった一人の姉は、ここから三里離れた農家の某に嫁に行きました。老父と二人で住んでいましたが、老父もまた亡くなって、私ひとり住まいしております」と答えた。ようするに姉はいるが、父母を亡くした孤児だというのである。
  そうして少年は、粟の飯――これは極貧ではなくとも、山家の者の常食だが、――粟飯を武蔵に食わせた。泊めるだけではなく、飯も出したということである。『二天記』は、この粟飯を語る前に、《童小鍋ノ下ヲ焚キ、柴茶ヲ出サントス》として、客人にまず茶を出したことにする。具体的な光景を語って潤色を進めているのである。
 武蔵に粟飯を食わせて、少年は、「客人はお休みなされ」といって、自分も奥に入った。『武公伝』はそう語るのだが、『二天記』はまた潤色を加えて、「夜陰秋風冷シ。客ハ休ミ玉ヘ」という台詞にする。『武公伝』は季節はお構いなしだが、『二天記』では、いつの間にか話は、夜陰秋風冷シの季節ということにしてしまっている。これは『二天記』が、次に「草蟲耳にかまびすしく、白露袖に結ぶばかりなり」と修辞することでいっそう確定する。
 さて、『武公伝』がここで「奥」というのは、一間きりの小屋だろうから、別室があったのではなく、衝立か何かで区切っただけの「奥」のようである。ところが、『二天記』では、奥ではなく、「次ノ間」とあって別室に変わっている。『二天記』では、この家は「次ノ間」付きに増築されているようである。
 武蔵は不審ながらも、寝に就いた。――この不審というのは、飯を食わせると、童はさっさと奥へ引っ込んだわけで、愛想がないということだけではなさそうである。何かあやしげなのである。武蔵とともに、物語の聴き手も「不審」という言葉に引っかかって、居心地悪く宙吊りにされたかっこうで、話は次へ進む。  Go Back
















泥 鰌













*【二天記】
《武藏常陸ヨリ出羽ニ至ル。出羽ノ國正法寺原ト云處ヲ通ル。路ノ傍ニ十三四ノ童、泥鰌ヲ小桶ニ入テ持ツ。武藏是ニ向テ、其泥鰌ヲ少シ所望スベキヨシヲ乞フ。易キコトナリト桶ヲ差出ス。武藏云、「吾餘計ニハ無用ナリ。少シ得テ足ヌ」ト手拭ヲ出テ包ントス。童笑テ曰ク、「旅人ノ適々所望セラルヽニ、是何ゾ惜ンヤ。桶トモニ持行キ玉ヘ」ト云テ、不顧シテ去ル。武藏怡然〔いぜん〕トシテ受之。次日武藏曠野ヲ經過シ、不覺錯テ宿ヲ不得、日既ニ暮ヌ。往クコト三里許リ有リ、後ニ返レバ四五里ナラデハ村坊ニ不遇、如何セント思フニ、遙ニ山陰ニ火ノ光ヒラメク、是家有リト思ヒ、火ヲシルベニ漸クタドリ着キ見レバ、小キ艸屋一軒アリ。内ニ音ヅルレバ、アヤシキ童出デ、「如何ナル人ゾ」ト云。武藏、「旅行ノ者ナルガ、不条内ニテ、宿ヲ不求得、既ニ日暮テ如何トモ爲ガタシ。何トゾ一夜ノ宿ヲ借ン」ト云フ。童云、「此ノ狭キ艸屋、殊ニ我一人居リ粮ダニ無ク、客ヲ容ルヽコト不諧」。武藏又云、「旅行ノ事ナレバ。如何ナル體ノ所ニテモ不苦」ト頻リニ請フ。童ツクヅクト見テ、「其元ハ前日泥鰌ヲ乞ヒシ人ニアラズヤ」。武藏驚キ、「ナルホド其者ナリ」ト云。童、「サラバ内へ入玉ヘ」ト。武藏座ニ着ク。童小鍋ノ下ヲ焚キ、柴茶ヲ出サントス。其生資、聰明俊俏ナリ。武藏云、「如何ナル人ナレバ、幼年ニテ爰ニ居ルヤ。父母ハ如何ニ」ト。童云、「我等正法寺村ト云處ノ産ナリ。父農業ヲ癈シテ、此ノ野外ニ居住シ、又父母歿シ、一人ノ姉モ此ノ處ヨリ三里外ノ農家ニ嫁セリ」ト云テ、粟飯ノ少シ有シヲ出シ、「夜陰秋風冷シ。客ハ休ミ玉ヘ」トテ、童モ次ノ間ニ入リヌ。武藏不審ナガラモ、ソコニ寝タリ》
 
 (3)半夜ニ刀ヲ磨音枕ニ響キ、眠覚
 夜半に刀を磨ぐ音がして、それが枕に響き、武蔵の眠りが覚めた。――それ、云わぬことではない、「安達原」だ。夜道に行き暮れて、ようやく見つけた山中の一軒家、話を聞く前に、条件は出揃っている。さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
 刀を磨ぐ音に、武蔵は思う、「さてこそ、この童は盗賊の余党で、曲者だな。おれが熟睡するのを待って、殺すつもりらしい」と、これは期待の怪談に応じたものではなく、現実的な話である。聴き手はすこしがっかりする。と、武蔵は思わずあくびをする。
 このあたり、サスペンスの緊張が崩壊して、一気に弛緩である。状況はネガティヴなものから反転する。聴き手を引きずり回すという点では、うまく出来ているのである。
 武蔵があくびをしたので、聴きつけた少年が、「客人はどうして眠らないのですか」。武蔵、「刀を研ぐ音が耳に障って、気味が悪い。だからよく睡れない」。この答えも正直なものである。少年は笑っていう、「あなたは剛強な面貌に似あわず、さてさて臆病な人だなあ」。まったく、そうだろう。こんな科白が出るとは面白い。
 少年がいう、「たとえ、おれが鋭利な刀で刺し殺そうとしても、それはできない。この小腕では何ができますか。どうして客人を殺せましょうか」。武蔵、「では、なぜ刀を研いでいるのか」。それが、物語の聴き手も、ぜひ知りたいところだ。一気に少年に視線が集中する。
 すると、少年は居ずまいをただして、「私の老父が死にましたのは、まさに昨日です」と語る。母も父も死んで孤児だと少年は言ったが、なんと、父親は死んだばかりで、その死骸がまだその家にあったのである。それに気づかぬ武蔵の方も呑気で間が抜けているのだが、とにかく寝ている場合ではない。
 少年がいう、「父の遺骸を、後ろの山、亡母の墓の傍に葬ろうと思いますが、加勢してくれる手づるは一人もない。おれ一人では、重くて父の遺体を山まで運ぶことはできない。色々と考えたあげく、自分は一つ荷の物は担げるから、この刀で(遺体を)ふたつに斬って、一つずつ担いで行って埋めるつもりです」と。
 この子は重くて運べない父の遺体を、半分なら運べるから両断しようとしている。そのために刀を研いでいたというわけである。
 この、「一つ荷の物は担げる」というのは、天秤棒で担ぐくらいの重さなら担げるということである。天秤棒で前後二つの荷を担ぐということで、二つで一つだから一つ荷。だから、この子が泥鰌を売り歩いていたという伏線が、この「一つ荷」という語に露頭している。
 それでも父親の遺体の重さは、自分が担げる一つ荷より重い。そこで、半分なら運べるから、二つにしようという大胆な論理である。この「一つ」と「二つ」をめぐっては、武蔵流兵法の二刀一流ないし二天一流の名にある弁証法、「二にして一、一にして二」という論理のアナロジーがある。それが具体的には死体を両断すること、死せる父を二つにして、二度目の死を死なせること、――というように、いわば父殺しのテーマをめぐって、一と二の数が戯れている。
 しかも、この物語には、息子が父の遺体を両断するという宿業の深淵が開いていることを看過することはできない。あるいは、説話の論理からすれば、第二の父、新たな父の出現こそが、実父を亡き者にしたのであって、実父の死体を両断するという親不孝の極み、その絶望的な悪行を阻止するのも、この新たな父の仕事なのである。
 もちろん、幸いに武蔵のような剛強な面貌の豪傑が泊まってくれたのだから、刀を研ぐ前に、さっさと頼めばよかろうに、というのは素直な聴衆ではない。それでは、肝心の「安達原」めいたホラーが失せるし、それに何より、父親の死骸なれど、惱んだ挙句それを両断するもやむなし、というこの山童の決断の痛切を、物語内で提示する機会がなくなる。物語の必然は無理を承知で押し渡るのである。
 武蔵はこれを聞いて、えらい根性のある奴だと感心して、申すまでもなく、遺体の運搬と埋葬を手伝うことにした。死骸の頭の方、上半身を武蔵が負い、足を童にかつがせて、後ろの山に運んで行き、亡母の墓の側に墓穴を堀って埋め、石を立てて墓標とした。
 父の遺骸の埋葬という、この共同作業のシンボリックな行為に注意することだ。大男で怪力の武蔵なら一人でも容易に遺体を担げるはずだが、ここは少年と二人で担いでいく場面である。『二天記』も、この前後のことはほぼ同じように書いている。文体が書き言葉になって変わっているだけである。
 家に帰ると、もう夜は明けかかっていた。もう夜明けである。鬼が出るわけでも蛇が出るわけでもなく、死せる父を切断するという、ありうべきこの夜の惨劇は回避され、まさにこの少年の運命の夜明けを迎えたのである。
 少年は懇ろにいう、心をこめて言うのだが、「一人になってしまって、無聊。客人はしばらく逗留なさって、つれづれを慰めてください」と言い出す。衆道の科白である。客人は当然出発する。急に淋しくなったというところ。武蔵も不憫に思う。
 武蔵はしばらく考えて、この少年を連れて行くことにした。「おまえ一人がここに住むというのも、どうかと思うよ。おれについてくれば、そのうち、できるだけ取立てられるようにしてやる」と。しかし童は、「なるほど、客人に従ってどこへでも参りたいとは思いますが、一生奴僕の身となることは願いません。武士となって、馬に跨り槍を把る身となれば満足です。そうでなければ、この地に一人で住んで、自由に一生を過す方がましです」。なかなか、したたかな子なのである。窮屈な近代社会とは違って、昔はまだこういう生き方ができたのである。
 武蔵は約束させられる。「おれについて来れば、おまえの望みの如く、必ず、馬に跨り鎗を把るような武士にしてやる」と。うなづく童も、喜悦を顔にあらわし、「そういうことなら、お供しましょう」。というわけで、童は何やかやと必要な物を取揃え、旅立ちの準備をする。
 武蔵は念のため、もう一つ訊いておかねばならないことがあった。「おまえを連れて行くのはよいが、どこかからクレームがつくようなことはないか」。子供を勝手に連れ出すのは、今も昔も、人さらい、誘拐である。だれか親代りになる親類縁者でもあって、念のため断りを入れる必要がありはしないか。
 少年はいう、「私のたった一人の姉は正法寺村にいますが、久しく音信が絶えています。そのほかには何の縁者もありません。暇乞いにも及びません」。だれにも断りを入れる必要はないし、別れを告げる必要もないという。物語の必然として、この子はいわば絶対的な孤児なのである。
 そして意外なことをする。「この草屋は私ら父子で作りました。これまた、どちらにも差し支えはありません。あとに残すのも無用」と放火して、これを焼いたのである。
 このあたりも、父の遺体を両断しようというのと同じ仕儀で、大胆なことをする子なのである。しかし、自分の家を放火して焼くのは、もうここへは戻らないという決断の身振りであるとともに、自分の出自の焼却である。自分の過去を抹殺して、新たな人生の旅立ちをしるす行為である。この物語の秀逸なシーンである。かくして少年は、遺体を切断しようとしたあの刀を腰に差し、旅の装いよろしく、武蔵に従って出発したのである――。
 ようするに、このように山童伊織が何の縁者とてない絶対的な孤児だという設定は、だれも伊織の出自(父の名)を知らないという物語の条件と相応することであって、我が家を焼却するという説話素は、伊織出自不詳をメタレベルで語っているのである。  Go Back



【Case 7-1】
 武蔵が馬上から声をかけると、馬子の少年は当意即妙のいかにも利発そうなことばを返してきます。はなしをつづけているうちに武蔵は、その馬子の少年とそのまま別れるのが惜しいような気になります。ついには武蔵は、馬のうえから身を乗りだし、「わしの子にならぬか、後々いい主人をとらせてやろう」と、ささやいたとも『二天記』の筆者は伝えています。
 武蔵の最初の養子・造酒之助との出会いの場面ですが、このあたりの経緯についての諸書の記述には、不思議に齟齬がみられません。少年に美質をみとめる武蔵に、まだ違和感をおぼえない時代でもあったのです。ただし、武蔵には剣客である自身をはばかるふうな、奇妙におずおずとした気配が認められます。
 それにしても「わしの子にならぬか」はいいとしても、「後々いい主人をとらせてやろう」と、目のまえに美味しいものをぶらさげてみせる武蔵の性急には、呆れるほかありません。言う口の下から武蔵の魂胆どころか、舌舐めずりする様子さえうかがわれます。
 いかにも武蔵らしい不器用な一途があらわになってしまっています。はやく言えば、武蔵は美少年をわがものとしたいばかりに、形振りかまわないといった態に、身の立つようにしてやろうと誘いのための褒美まで用意して見せているわけです。
  (中 略)
 造酒之助は忠刻のもとで異例の抜擢を受け、たちまち小姓頭にすすみました。武蔵の後楯を言う向きもありますが、忠刻の寵愛を一身に受けたと見たほうが当たっているでしょう。早くいえばどこの馬の骨ともしれない者が、異例の出世をしたのですから、造酒之助の立身については、すべてが忠刻との仲にあるとする以外には、造酒之助の立身を説明するすべはありません。
 七百石を賜ったところまでの順調はわかっていますが、そのうちに主の忠刻の機嫌を損ずる失態があったのでしょう、造酒之助は主家を辞して江戸で独り暮らしをしています。もっともこれは千姫の目を欺くためのことで、忠刻は江戸出府のあいだも造酒之助をはなせなくて側においたと考えるべきでしょう。忠刻と造酒之助のあいだには、いささかならず淫靡な気配を否定できないのです。

【Case 7-2】
 伊織の昇進の根拠がまた、まったく突き止めようもありません。伊織にはとくべつの才はないのですから、ただ忠真のお気に入りであったと言うよりほかに、昇進できる理由はないといった、はれない疑問だけがのこります。もっとも、伊織は際立った美質であったと伝えられていますし、一種妖しい雰囲気があったとしているものもあります。
 伊織は武蔵とのあいだに隠したいことがあったのか、それとも忠真とのとくべつなかかわりを家中でささやかれるのをおそれたのか、とにかくさまざま隠蔽工作に奔っています。立身するにつれて伊織には、その出自について"どじょう伊織"ではない家系を見せたくなったのでしょう、がむしゃらに強引な理屈をこねてべつに家系をつくります。
  (中 略)
 『小倉碑文』の石碑は伊織が春山和尚に碑文を依頼してできたものです。しかし、養子が養父の顕彰碑を立てた例がほかにあるでしょうか。義理であれ身内の者が碑を立てたということに面妖をおぼえずにはいられません。もし、その企図が純粋に養父を顕彰したい意に発したものだと言うなら、その碑は武蔵終焉の地である熊本か、故国の美作(伊織の説に従うなら播磨か)でなくてはならないはずです。伊織は小倉に碑を立てることで、何を隠そうとしたのでしょう。武蔵や忠真とのあいだの洩れてはならないことを覆い隠すために、武蔵の碑を立てることによって養父の武蔵を大きく見せる必要があったのでしょう。
 二人の養子のことを深追いすると、武蔵が大名たちの歓心をかうために稚児を世話したことにもなりかねないのです。

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 3 0 点 


――次にまいります。こんどは、久保三千雄著『謎解き宮本武蔵』(新潮文庫 2003年)です。これは、以前に出ていた新潮選書版『宮本武蔵とは何者だったのか』(1998年)を書き換えた改訂版、タイトルも変えたということですから、新刊とみてよいでしょう。
B――しかし、どれだけ「改良」されたかよくわからんがね(笑)。話の内容は相変わらず、だ。
A――わからない、疑問だと言いつつ、武蔵の実態を暴く、というスタンスでしたな。暴露本の体裁(笑)。
C――直木三十五の路線がね、司馬遼太郎を経由してここまで来てしまうわけだ。しかし、小説で書くなら、フィクションだという弁明もできるが、こういう評伝形式だと、話の出典はどれと決まっておるから、いい加減な話はできない。ところが、こいつは味噌も糞もいっしょくたで、史料批判もできない一方で、奇怪な武蔵像をデッチあげることに血道をあげている。
B――野放図に妄想を展開しておるから、これは評伝というより、ほとんど小説だな。
A――まず、武蔵の出自問題の方から入ると、この本では作州宮本村という陳腐化した説を反復している。ただし、その根拠が面白い。同じ土地で育った者は同じ気質があるはずだという「人国記」の論理、これを持ち出して、法然、武蔵、平沼騏一郎と三人並べて、作州人の血というものを語る。彼らに共通した性格があって、それゆえ武蔵は作州人だとする。
C――まったく前人未踏の思考だ。そんなバカな話を根拠にしたやつはだれもいない(笑)。平沼なら戦前の首相だから、彼を知っておる人もあろうが、武蔵はいうまでもなく、法然なんて、どんな性格か知っている者がいるわけがない。武蔵はこうだ、法然はこうだ、という性格づけは臆測でしかない。そういう部分は歴史は扱わない。歴史が関わるのは行為だけだ。まあ、いずれにしてもこの本は最初から杜撰な話だね。
B――話にならん。そもそも『人国記』は最明寺殿(北条時頼)に仮託された偽書だが、そこには、美作の国の風俗は、百人が九十人は、万事の作法卑劣にして、欲心深く、なんてね、ひどいことが書いてあるぜ(笑)。
A――そういうことなら、司馬遼太郎作の作州産武蔵だ(爆笑)。
C――結局のところ、作州宮本村説を防衛したいがために、『五輪書』の「生国播磨」という文字を否定する。謎解き探偵の著者が支援を求めるのは、『五輪書』冒頭の自序部分が偽作だという説。これは非常によく理解できるね。つまり論理が倒錯している(笑)。
B――『五輪書』冒頭の自序部分が偽作だということ、これは昔から美作説論者が行き着くゴールなんだ。自説と整合しないものは何でも否定してしまう。武蔵が「生国播磨」と書いているのは、何か理由があって嘘を言っているにちがいないと思い込む。あるいは、偽書だといって『五輪書』そのものさえ否定する。こういう奇妙な運動は倒錯のよくある症例だぜ(笑)。
C――序文を付け足したという『武公伝』の記事ね、この序文は地の巻冒頭の自序部分だと、久保は思い込んでいるようだが、それが間違い。この序文は漢文で、現存「五方之太刀道序」に近いものだっただろうと推測しうるだけだ。そのあたり、この著者は基本的な知識が欠落しておる。
A――しかも、ほとんどが他人の所説のパクリだ。先ほどの「作州人の血」という珍説以外は(笑)。
B――いや、それだって司馬遼太郎だぜ。この本の関心のことだが、ただ、武蔵の何を暴露するかによって、著者の関心がどこにあるかよくわかるがね(笑)。
C――こいつが槍玉にあげるのは、武蔵のセクシャル・ライフ。暴露本はこれじゃなくては(笑)、というわけで、綿谷雪がその昔、得々として披露して以来、有名になりすぎた『異本洞房語園』の記事がある。武蔵が江戸で雲井という安女郎と馴染みであったという話ね。これをさも武蔵の「真実」であるかのごとく暴露したがる本が増えたが、むろんこれは、芝居で有名になってしまった武蔵の江戸伝説にすぎない。しかし、そういう異性愛ではなく、武蔵の同性愛を暴露する、この本が類書と違うのはそこのところだ(笑)。
A――それが困ったことに、同性愛は性倒錯なり、という偏見、暗黙の前提なんだな。武蔵は安女郎の馴染みだっただけじゃない、美少年を愛好するホモセクシャルだったと、同性愛に対する差別意識を喚起しつつ、何やら猥褻に語る(笑)。
B――武士という戦闘者と同性愛のリエゾンは、異例のことではなく、むしろ普通のことだぜ。ところが、衆道の習俗について前振りをしておきながら、ついつい「淫靡な」と言ってしまう(笑)。おいおい、どっちが淫靡なんだよ(笑)。
C――このあたり、久保の文体が淫靡だね。要するに、セクシュアリティに対する関心が低俗なんだよ(笑)。武蔵が安女郎と馴染みだった、それ、武蔵は本当は低俗な人間だったんだ、というのと同じ軌道でね、武蔵はホモだった、美少年を大名に売りつける、そんなとんでもない人間だった、という淫靡な暴露の仕方だ。いずれにしても、武蔵や養子の三木之助、伊織がホモセクシャルだったことが、「問題」であるかのように、それを匂わせて淫靡に語る(笑)。
B――ところが、最近の若者なら、武蔵がホモセクシャルだったと聞いたら、「へえ、クールだね」と言う(笑)。異性愛オヤジとはセンスが違うわけだ。その程度の話なんだぜ、これは。それについて何ページにもわたって槍玉にあげる話ではない。まったく頓珍漢な話だ。
A――そうして、とうとう伊織まで累が及んで、出自詐称だと決めつける。武蔵産地美作説の典型だね。
B――それも明治の顕彰会本『宮本武蔵』を引き合いに出してな。しかし、こんなことをいくら言うておっても仕様がない。くだらない話だ。この本には自前で見つけたようなものは何もない。ただ「淫靡な関係」を発見しただけだよ(笑)。
――要するに、「謎解き」とはそんなことでした(笑)。では、ご採点は?
A――他との釣合いがあるから、これは30点でよい。
B――30点でも甘い。だがまあ、そんなところか。
C――これに関連して一つ挙げるとすれば、小説なんだが、さっきの『謎解き宮本武蔵』のスタンスと対蹠的なのが、鈴木輝一郎の武蔵小説だな。
――それもいきますか。これは最近雑誌(『小説推理』)に連載されたものでしたね。けっこうですね。では、鈴木輝一郎著『中年宮本武蔵』(双葉社 2003年)をいきましょう。
C――何よりよいのは、ホモセクシュアル・宮本武蔵が、『謎解き宮本武蔵』みたいに淫靡なかたちではなく(笑)、あっけらかんとして脳天気な男として登場することだな。
A――それと、養子の宮本伊織の視点から書いたというのがよろしい。設定は小倉時代で伊織は家老、部下の町奉行が駆け込んでくると、「また、父上が何かやったか」と伊織が嘆く。父親武蔵の行状の尻拭いに伊織が閉口する。つまり養父武蔵は、伊織にとって、とんでもない迷惑な父親なんだ。
C――これは息子伊織にとっては迷惑な父親だが、滑稽な愛すべき天才という武蔵像だな。従来武蔵のネガティヴな面として描かれてきた特徴を、そのまま誇張してみると、その誇張がコミカルな反転効果を生んだ。ネガティヴな読みがポジティヴなものへ反転したところが面白い。
B――こういうスプラスティック、そんな喜劇性をもった武蔵が描かれるようになった。武蔵小説も進化したものだ、という感慨があるねえ。まず第一段階は、吉川武蔵のような修養向上武蔵(笑)。それから第二番目がそんな剣聖武蔵の偶像破壊、汚い武蔵(笑)。そして第三のステージとして、ようやく出てきたのが、こういう徹底した喜劇的人格としての武蔵像なんだな。つまらないシリアスな武蔵小説が延々と生産されてきたが、ここにきて小説武蔵の次の可能性が瞥見しうるところまできた、そんな感じがする。
C――時代性のことを言えば、この中年宮本武蔵は、いわゆる団塊の世代の独善的キャラがモデルだろ。コミカルな武蔵イメージは、どのみちそのあたりにある。若い世代が団塊の世代のオッサンを見ている視線が、ちょうど伊織が武蔵を見る視線だろうな。
B――武蔵小説がここまで来たというのは、ジャンルの一種の成熟で、これはこれで結構なことだと思うね。
A――振り返ってみれば、遠くまできたもんだ(笑)。
B――司馬遼太郎がはめた枠組みがやっと崩れた。少しはゆとりのある武蔵像がようやく可能になったというところか。
C――吉川英治から司馬遼太郎へと通底する悪趣、つまり武蔵コンプレックスが、やっと克服された。これは本来なら、第二段階を批判するパロディ戦略なんだが、この作家はそうは意識していない。この第三段階は自覚なしに出現してきたな。
B――だろうな。この作家のスタンスは本人の意識としては第二段階どまり。吉川武蔵に対する批評性は意識しておるが、偶像破壊された武蔵像に対して批評性がある作品だとまでは自覚してはいない。進化は意図して生まれるものではない。作者が知らぬ間に自分がやってしまっている、というところだろう。
C――でもな、一方で、『バガボンド』みたいな若い連中の武蔵像へのクリティシズムはある。この『中年宮本武蔵』からすれば、『バガボンド』のポジションは明らかに反動的なんだ。
A――それは、『バガボンド』が吉川武蔵を下敷きにしているということだけじゃないね。
C――そう。武蔵文芸史におけるブレークスルーという観点からすれば、この『中年宮本武蔵』の方が、『バガボンド』のセンスよりは先を行っている。
A――しかし小説家は、何のかんのと言いながら、宮本武蔵が好きだねえ(笑)。その時代に応じた新しい武蔵像がたえず再生産される。
C――五味康祐『二人の武蔵』の前に「男色宮本武蔵」(昭和二十九年、『刺客』所収)があるね。ところが、これは女が男色の倒錯性を恨むという構成だな。ホモセクシャルが倒錯だという近代以後の視点。男色宮本武蔵を恨む女が語り手なんだが、それがなんと伊織の実母(笑)。
A――何しろ伊織を産んだ女なんだ。彼女は、息子伊織は出羽で拾われた泥鰌伊織なんぞではない、と証言する(笑)。
B――あれは、未遂小説だな。伊織の母が不倫して武蔵とやっちまう、それで伊織は武蔵の実子。そうなると実の息子の伊織を、武蔵は養子にして男色関係、という父子インセスト。これはおぞましい武蔵(笑)、ということでは一つの極だ。
A――ところが、五味康祐はその虎口で日和った。そういう設定は、大衆小説というジャンルでは耐え切れないから、それが未遂ということで、終始させている。タブーは男色とインセストの二重だし。
C――しかも、そんなおぞましい武蔵を正面から描けない。女の口で語らせる。ノーマルなセクシュアリティのコードは女性性なんだ。しかしこのノーマルな女性性は、ヘテロセクシャルな、男にとっての女でしかない。兵法と男色との関係を定位できなければ、結局、兵法の何たるか、その本質もわかるまい。
A――五味康祐「男色宮本武蔵」は、ヘテロセクシャルなイデオロギーの域内を出ていないね。武蔵の伊織との男色関係は、その母親への恋慕の変形でしかない。男色は本来の場所を与えられない。そういう意味では近代小説なんだ。こういう地点と照合すれば、『中年宮本武蔵』のポジションは新しい。
B――だけど評価を辛くすれば、こんなパロディックな武蔵像、これがやっとのことなんだ。笑われることで社会に許容されるオカマ・バーの戦略と同じ。そもそも日本の小説家は、まだまともに男色小説を書く能力がない。そういう作家が出てこないと、武蔵小説は成熟したとは決して言えない。
――これも採点してみますか?
B――番外でいいか。採点を避けるわけじゃないが、今回は武蔵論・武蔵研究に絞ってのことだから、武蔵小説はいずれまとめてやればいい。
C――そうだな。むろん後書の「付記」に、『五輪書』が門人の創作だという疑義が払拭されていないとか、武蔵の自筆が確認された『兵法三十五箇条』だとか、半可通のタワ言を書きつける。武蔵研究に関してほとんど何も知らずに書いている。まあ、余計な知識がないから、こういう武蔵が書けたのかも知れんが(笑)。
A――そこまで言うなら、採点しておけば(笑)。
C――細川三斎やら加藤清正秘伝の戦車やらが出てきてからはダルいな。しかし一方、武蔵が奇妙な踊りをして現出する一種の超能力マジックという着想は悪くはないし、もっと展開してみてよかったはずだが、この作家には無理かいな。
B――悪ふざけが過ぎて中だるみもあるし、小説自体としては出来は大してよくはない。ただ、小説作品の出来不出来とは別にだ、武蔵小説の歴史のなかで、この小説のポジションの新しさを評価できれば、今回はそれでよいと思うよ。
C――番外にしようとすると甘くなるが、小説の出来も勘案して、きちんと採点すれば、50点か。
B――とても、60点までにはいかない。だけど、今回の武蔵本ブームの中で出た武蔵小説だと、こいつが一番なんだ。他のは、あまりにもお粗末で、読むにたえない。
C――武蔵小説の状況は絶望的なんだよ(笑)。

【Case 8-1】
 飽きっぽくて衝動的でしばしば注意力が散漫(兵法においては四方に自然と目を配る、ともいうが)な武蔵であり、他人の誇りや面目にはまったく頓着しない父であったが、自分の面目を潰されることに関しては不必要なまでに敏感で、過度に集中する男でもあり、そして勝つためには手段を選ばない男でもある。

【Case 8-2】
 某日、伊織が小倉に戻って、役宅に堆積している決裁書類を片っ端から片付けている最中、
 「おそれながら」
と町奉行が役宅に顔を出したとき、
 「また、父上が何かやったか」
 と答えたところ、やっぱり武蔵のことであった。円明流道場から異臭が漂って不気味で、と、道場の近所の者から苦情がきているので、何とかしていただきたい、という。
 「いや、いかにも父上は風呂や湯浴みを別して嫌うかたゆえ、ちかくに寄ればいささか臭いけれども、道場の外に漏れるほどとは考え難いが」
 「左様な事情ではなく、何卒御足労願えませぬでしょうか。なろうことなら坊主を連れて」
 最後のひとことが気になった。あいわかったと承知して、伊織は臨済宗の僧侶を呼び寄せて同行した。
  (中 略)
 住持はぶちぶち愚痴をたれながらついてきたが、円明流道場に足を踏み入れた瞬間、玄関で腰を抜かしてへたりこんだ。伊織は物心ついてから武蔵と一緒にいるためか相応に耐性はできているが、武蔵の行状に腰を抜かす奴は実に多い。
 よく考えれば、掃除と後始末の嫌いな武蔵が、鼻歌うたいながらたのしく木を彫ったり絵を描いたりしている最中に、邪魔にはいる武芸者を、心地よく迎えようはずもなく、ましてや討ち殺したあとで供養するような手間をかけるわけがない。いや、よく考えてもそのまま玄関に放置するのは、人知の想像を絶するが。……そういうことなのだ。
 彫りかけの仏像や練りかけで半分乾いた茶碗、描きかけて途中でやめた水墨画、読みかけで開きっぱなしの無数の書籍類などが堆積されているついでに、円明流道場へ挑みにきて頭蓋を割られた武芸者たちの死体も堆積されていたのだ。
 伊織が最初にそれを見たとき、一瞬何人積んであるのかわからなかった。下のほうは白骨化しており、それが上にいくにつれ、干からびて、虫がわんさか湧いて、腐敗して、いちばん上に積まれている者は、額を割られたまま無念の表情で天井を見上げていた。
  (中 略)
 とにかく、死体に慣れた僧侶でさえ腰を抜かすようなものを放置しておくわけにはゆかない。とりあえず武芸者の死体は運び出し、まとめて供養し、
 「以後、武芸者との仕合は、道場でなさらず、市中で、町びとに迷惑のかからぬよう、なさっていただけませんか」
 武蔵に頼んだ。いかな武蔵でも、こうした行為が小倉藩の若い家老、宮本伊織の立場を悪くしかねないとは理解したらしい。
 「よかろう」
 素直にこたえ、以来、武蔵を倒しに小倉を訪れる武芸者は、あるときは町の往来で、またあるときは小倉湊で、さもなければ紫川の船着き場で、武蔵に返り討ちにあって、供養もされずに放置された。
 彼らを発見して、供養するのは町びとの仕事であるが、のべつまくなしに武芸者が頭を割られて往来ですっころがっているおかげで、火付け・押し込み・夜盗・空き巣狙いのたぐいが皆無となったのはすでに述べた通り。小倉城下の治安は抜群で、町びとたちも慣れた模様である。
 その結果、町奉行としても、警察力に割く与力・同心の人員を行政事務にまわせられ、播磨明石十万石から豊前小倉十五万石に転封加増されても、あらたな召し抱えをせずに済んでいるので、家老の立場からいうと、藩の人件費を抑えられる。

【Case 8-3】
 肝心の宮本武蔵の履歴であるが、寛永十七年に細川忠利(三斎の嗣子)に客分として迎えられて熊本に移るまでは、確たる史料の裏付けがみられない。現在我々が知る宮本武蔵とその決闘歴はすべて吉川英治の創作である。
 武蔵の書とされる『五輪書』は、武蔵の自筆本がまったく残存せず、細川家時代の門人による創作との疑義が払拭されていない。したがって、生年のみを採用した。武蔵の実名と円明流の術理については、武蔵の自筆が確認された『兵法三十五箇条』を参照した。(付記)





 5 0 点 


二木謙一(宮本武蔵とその時代)、岡田一男(『五輪書』について)、加藤寛(二天一流と武蔵の剣技)、丸山宗男(武蔵の書画)、釣洋一(映像の中の宮本武蔵)、安宅夏夫(小説に描かれた宮本武蔵)、岡田一男(武蔵の家系と系譜)、加藤寛(宮本武蔵の全試合)、加藤寛(武蔵をめぐる人物事典)、岡田一男(宮本武蔵関連史跡)、岡田一男・加藤寛(宮本武蔵関係文献目録)、岡田一男・加藤寛(宮本武蔵年譜)

【Case 9-1】
『丹治峰均筆記』 丹治峰均 享保十二年(一七二七) 別名『兵法大祖武州玄信公伝』という。二天一流の伝承者柴任美矩、吉田実連の直話を丹治峰均が筆記したものである。『二天記』とほぼ同じ時代に成ったもので、『兵法先師伝記』ともいい、養子造酒之助との出会い、その他を載す。宮本武蔵顕彰会編『宮本武蔵」収録。










【Case 9-2】
『二天記(武公伝)』 豊田又四郎・彦次郎・左近右衛門の三代の編述 宝暦五年(一七五五) 『肥後文献叢書』第二巻『日本武道全集』第一巻所収 二巻 武蔵の死後百年余を経て、肥後藩士豊田又四郎(正剛、寛延元年没)が、武蔵や門弟の話、文書、逸話などを記録しておいた。それを、その子彦次郎(正修)が書き加えて「武公伝」とし、さらに孫の左近右衛門(景英)が加除添削して編述したのが武蔵の伝記、すなわち『二天記』である。正剛は武蔵と同時代の人物ではないから、史料としての価値は高いとはいえないが、武蔵の伝記としては最も古く、まとまった記録である。













【Case 9-3】
三一歳 武蔵、西軍に加担して大坂冬の陣に参戦。(二天記)
三二歳 再び西軍に加担して夏の陣に参戦。大坂落城し、徳川の探索を遁れて地下に潜行。以後、諸国を回って足跡不明。(二天記)








【Case 9-4】
『東作誌』 正木輝雄編 文化十二年(一八一五)美作東六郡の地誌 宮本村の庄屋甚兵衛が、元禄二年(一六八九)に津山城主森家に差し出した『宮本村古事帳』をもとにして編したもの。武蔵が慶長四年(一五九九)に郷里を出立する時の模様などが記されている(宮本村の条)。その他「徳大寺系新免家系図」「新免家侍帳」「本位田事件」などを記載。

【Case 9-5】
『作陽誌』 作州編 文化十二年(一八一五)「武仁子武蔵迄爰(宮本構)に居、天正より慶長迄の間なり。其後元和九年、武蔵末孫下庄村より構の上の畑に居住、与右衛門以来武蔵家相続仕候」とある。その他武蔵関係記載があるが、これらは『古事帳』が出典となっている。















【Case 9-6】
 しかし、造酒之助も伊織と同様、身分の卑しい馬子などではなく、立派な新免家(祖父将監以来仕えた主家、後述)の嫡流であったことは同家の系譜が、これを立証している。その上、造酒之助は武蔵の従兄弟の子に当たる人物であり、そうした血縁関係にあったればこそ、武蔵はこれを養子としたものであろう。

【Case 9-7】
 宮本と中山は隣接しているが、鎌坂峠を境として宮本は美作国、中山は播磨国である。つまり平田家の采地は両国に跨ったも一つのものであったから、生国播磨といおうが、美作といおうが、武蔵のこだわらない性格からすれば、問題とはしなかった。





 4 0 点 


――では、次に、再版ではなく今回「新版」だというもの、岡田一男・加藤寛編『宮本武蔵のすべて(新版)』(新人物往来社 2002年)です。これは、一九八三年にすでに出ていたものを改訂して新版として出したということです。これは今回の武蔵本ブームで粗製濫造された本の多くが参考書にしたもので、内容は、いろいろと、盛り沢山ですね。
A――なにしろ、「宮本武蔵のすべて」というわけだから(笑)。盛り沢山なのはよいが、わずか二百八十ページの本だ。個別の内容はまったく薄い。
B――決してお買い得ではないな(笑)。それぞれのパートに内容はない。これだと、「図鑑」、「図説」を称する武蔵本のものと内容は大差ない。
A――しかし、間違いが多いのも困ったものだ。たとえば、『丹治峯均筆記』について、別名が『兵法大祖武州玄信公伝』だという例の珍説は、こいつから出たのかな。
C――さあね(笑)。これを参考にして武蔵本を書いておる奴がいるからな、困ったもんだ。それにしても、間違いだらけ。さっきの『丹治峯均筆記』についても、「『二天記』とほぼ同じ時代に成ったもので、『兵法先師伝記』ともいい」と書く。むろん『丹治峯均筆記』は『二天記』よりもずっと以前の、半世紀も前の作物だし、だいたいが「兵法先師伝記ともいう」わけがない(笑)。『兵法先師伝記』はもっと後世の丹羽信英が天明年間に書いた、まったく別のテクストだぜ。
B――この筆者はむろん、『丹治峯均筆記』を読んでいない。だからむろん、それが武蔵伝記「兵法大祖武州玄信公伝来」以外にも四祖までの略伝や立花峯均の自記も含むことも知らない。熊本の顕彰会本『宮本武蔵』所収なんぞと書いているところをみると、顕彰会本で引用してある断片を見ておるだけだ。むろん『丹治峯均筆記』は読んでいない。
C――養子造酒之助との出会いその他を載す、というが、そんなことよりももっと重要なことが、『丹治峯均筆記』にはあれこれいっぱい書いてあるだろが(笑)。現存写本を閲覧するどころか、要するに『丹治峯均筆記』の内容を知らない奴がそれについて書いておる。そんなデタラメな「宮本武蔵のすべて」を、読者諸君は買わされておるわけだ。
A――『二天記』の記事にしても正確ではない。まず、なんで「二天記(武公伝)」という表記になるの(笑)。『武公伝』は『二天記』の種本だが、『二天記』はそれを相当改竄しているよ。両者を一つに括れるわけがない。
B――この解説内容をみると、武蔵の伝記としては最も古く、まとまった記録である、なんぞというヨタ話を書いている。『二天記』は一般に宝暦五年(1755)成立と誤認しているが、そうではなく、『二天記』という名の書物が成ったのは、その序文や奥書からすれば安永五年(1776)だよ。『丹治峯均筆記』の半世紀も後だ。
A――彦次郎(正修)が書き加えて、さらに孫の左近右衛門(景英)が加除添削して編述したなんて書くところをみると、これは明治の本(肥後先哲叢書)の解説を、そのまま引き写しておるだけ。おそるべき怠惰、杜撰としか言いようがない(笑)。
C――むろん景英が書いた豊田氏先祖附なんぞ見たこともないのさ。『二天記』の著者についても根本的な誤りがある。豊田改メ橋津彦兵衛正脩が書いたのは、『二天記』ではなく、「武公伝」という名の書物だ。これを一般に現存『二天記』と混同するが、それは誤り。『二天記』という現存文書の著者は、正脩ではなく、子の専右衛門景英である。親父が遺した「武公伝」を校訂しているうちに、別の書物を書下ろしてしまった。それが『二天記』(笑)。
A――そもそもですな、現存『武公伝』が橋津正脩の原稿そのままだ、とは云えない。正脩が死んだ後の記事まで書かれている。すると、我々の読みうる『武公伝』はだれが書いたんだ(笑)。
C――子の景英がかなりいじっている。とすれば、正脩が書いたという「武公伝」は残っていないね。子の景英が消しちまった。
B――橋津正脩が書いた「武公伝」は文字通り、《vanishing mediator》だな。正脩の書いたものは二天記冒頭の「凡例」の記事が残っているとはいえ、それにも問題がある。いずれにしても、こういう武蔵伝記研究の問題点は、我々の研究プロジェクトではじめて提起されるようになったことばかりだ。
C――話をもどせば、しかしまあ、この『宮本武蔵のすべて』には、おそるべきことが書いてある。巻末に年譜を掲載しておるが、そこには、大坂陣に武蔵が「西軍」で参戦したという。これは豊臣秀頼方の意味だろな。しかし、そんなことは『二天記』には書いていない。そのうえ、夏の陣で大坂落城したあと、武蔵は徳川の探索を遁れて地下に潜行、以後、諸国を回って足跡不明(爆笑)。ようするに、こんな武蔵逃避行が『二天記』に書いてあるらしい。それはどんな『二天記』だよ(笑)。
B――それはぜひ一度拝見したいものだ(笑)。
A――このあたりになると抱腹絶倒だけど、こいつらは『二天記』も読まずに「(二天記)」と書く。どんな神経をしているのか。
C――だから、筆者がアホならこそ、まともな出版社なら編集者がチェックすべきだろ。チェックもしないでバカげたことを書かせておる。自社の恥だと思わんのか。
A――美作関係史料についても、変なことを書いておるな。まず第一に、『作陽誌』が「作州編 文化十二年」とかね、だれが編纂したかも知らない、いつ出来たかも知らない。しかも『東作誌』と『作陽誌』、これを別項目にしてるというところが、無知の露呈か。
C――『東作誌』は現在の刊本の編集では『作陽誌』の一部に入れている。『東作誌』と『作陽誌』は別の書物ではなく、『作陽誌』は『東作誌』を含む。これは当初の編纂意図を汲んだものだ。『作陽誌』は、美作西部諸郡だけ江村宗普が元禄四年に完成させたが、東作部分は欠いて未完成のままだった。それを、文化年間に正木兵馬が東作部分を書いて補完した。しかし、百数十年も時代が異なる文書を、一つに括るのは間違い。正木兵馬が編纂した文書のタイトルは、『作陽誌』ではなく、あくまでも『東作誌』という題名の文書だ。
B――それだけじゃなくて、『東作誌』が、宮本村古事帳をもとにして編したもの、というのはどういう了見なんだ(笑)。『東作誌』は吉野郡を含む六郡の地誌だぜ。武蔵記事はそのごく一部に過ぎない。ヨタ話が過ぎる。どうもこいつらは、刊本の『東作誌』さえ読んだことがないようだ。
C――らしいな。同じ吉野郡の宮本村・下庄村・川上村が関係地だが、ここで『作陽誌』の項に入れて書いているのは「古事御改書上寫」の記事だな。それがどうして『東作誌』の項に入っていないんだ。
B――『東作誌』の内容も知らずに書いているぜ、これは。こうして眺めてみると、『東作誌』とは別の『作陽誌』という書物に、「古事御改書上寫」が記載されていると、そう思い込んでいるようだな。
A――古事帳がどうの、古事帳が出典となっている、などというが、何も古事帳だけじゃない。系図も伝説も拾っている。だいたい『東作誌』は書物の趣旨からして、東作六郡をフィールドワークして資料や伝説を蒐集しているだけだよ。古事帳を出典にしてそこから何か説を語っているわけじゃない。
C――地元では武蔵についてこんな伝説があるよ、こんな系図や文書もあるよ、というスタンスだ。いろいろ集めてみると、各家系それぞれ伝承が違っていて話が混乱している、どうもよくわからん、というのが正木の感想だよ。
B――こいつらの胡乱な書き方をみると、どうも武蔵研究に関して素人だな。この書誌部分を書いたのはだれだ。
A――岡田一男・加藤寛という名が出ているね。
B――それじゃあ、どうしようもない。連中が文責をとるのは無理だ(笑)。
C――他にたとえば、本書の「武蔵の家系と系譜」という論文にしても、「宮本武蔵のすべて」だから、武蔵の出自・出生地についても、諸説併記すると言って、突っ込むのを避けている。自分は播州出生説を支持するといいながら、作州宮本村説を延々説明するから、読んでいる途中、こいつはいつの間に美作説になったかと思うほどだ。論文として、要領を得ない出来損ないのものだ。
A――それで、造酒之助が「武蔵の従兄弟の子」になってしまったりする(笑)。美作説と播磨米田説を両方とも勘案しなければならないから、内容はハチャメチャだ。
B――いちおうバランスをとっているつもりだが、及び腰というところ。「宮本武蔵のすべて」、だから武蔵の出生地について諸説併記すると言っておるが、諸説総覧どころじゃない。かなり偏った低レベルの話だ。
A――この『宮本武蔵のすべて』は、『宮本武蔵のすべて中途半端』とした方がいい(笑)。
C――「すべて」というなら、こんな薄い本じゃなく、もっと分量を確保すべきだろう。しかしなあ、いちいち挙げればきりがないほど、かなり誤認があるね。宮本村は美作、中山村は播磨で、平田家の采地は二国に跨ったものだったというがね、こいつは当時の国境いの線引きを知らないで書いておる。宮本と同じく中山も当時は作州吉野郡の一部なんだよ。明治中期の線引き以後、中山村が兵庫県佐用郡に編入された。そういうことも知らないで書いておる。困ったやつだ(笑)。
A――生国播磨だろうが、美作だろうが、武蔵の「こだわらない性格」からすれば、問題とはしなかった(笑)。手前の杜撰な話を、武蔵の性格で正当化する。
B――あはは、それじゃ武蔵もかなわん(笑)。他にも間違いがかなり多いね。もちろん自前の武蔵研究者じゃない。岡田は富永だ、船曳だと言って依拠する。ところが、そんなセカンダリーな岡田論文でも引用するやつがいたな(笑)。わけがわからない状況だ。現在の武蔵論のレベルはまるで低空飛行しておる。
――そこで、ご採点となりますと、いかがでしょうか。
A――伝記部分や書誌などは落第、せいぜい20点がいいところだが、他の連中の論文や資料もあるから、抱き合わせで、40点。
C――ずいぶん気前がいいじゃないか(笑)。
――それでは、次の本に進みます。森本繁著『宮本武蔵を歩く』(学研M文庫 2002年)ですが、これはいかがでしょうか。
B――これは播州宮本村出生説という珍品だ(笑)。みると、どうやらピントが外れている。武蔵研究史のことは知らずに、素人が急遽勉強したという感じだな。
A――しかし、著者は自分は「実証歴史作家」だというが、この「実証歴史作家」というのは聞いたことがないが、いったい何だ(笑)。
B――自称だからさ、どうとでも自称すればよかろう(笑)。しかしだ、実証歴史作家は武蔵が少年時代、作州宮本村で育ったというわけだ。《たしかに、この大原町宮本の武蔵の里を歩いてみると、武蔵がここで幼少年期を過ごしたことを疑うことは到底できない》なんてことを書いてしまう。この実感主義の身振りは、いやはや何とも、だね。実証的に考究した結果にもとづき、と大見得を切るが、まるで実証性がない。実証歴史作家と称するが、「実証」とは何か知らないようだ。「実感」歴史作家と改称した方がよかろう(笑)。
A――他にも話がよくわからん部分がある。『東作誌』の正木兵馬が、《『播磨鑑』の播磨宮本村生誕説を論破して作州宮本村誕生説を主張しているならともかくも、たんに並列的に取り上げているとあっては》云々というが、これは何を言おうとしているの(笑)。
C――そもそも正木が『播磨鑑』を論破できるわけがないし、『播磨鑑』を読めるわけがない(笑)。こいつは、『播磨鑑』が稿本とわずかな写本しか存在せず、刊本になったのは、ようやく明治末のことだという事実も知らんようだ。
B――ところが次に、ものすごいことが書いてある。美作出生説がこれまで通説だったが、《今では武蔵自身の著作である『五輪書』と播磨の地誌『播磨鑑』によって、播磨誕生説(現兵庫県揖保郡太子町宮本)が定説とかわっている》(爆笑)。
A――その一文だけでも、この本の素っ頓狂ぶりは明らかですな。我々は早くそうなればいいと思ってきたが、この著者によれば、すでに播州宮本村産地説が「定説」になっている。それはいったいどこの国の話なんだ(笑)。
C――こいつは、未来からタイムマシンでやってきたのか(笑)。ただね、太子町宮本を採訪するまでは、作州出生説を信じていたが、石海神社前の公園やその公園の神社鳥居前に建てられている宮本武蔵生誕地碑、生誕屋敷跡、産湯の井戸などを見ているうちに、次第にこちらの方が正しいのではないかと思うようになった、とかいうのは、明らかに「実感」歴史作家のフィクションだね。あのご当地には物証は何もない。皆無である。産湯の井戸など、つい最近造った「遺跡」だ。そんなことも知りもせず、こう書いてしまうところに、武蔵について何も知らん素人だという、こいつの馬脚が現れておる。
B――こういう付け焼刃の新参者には困ったものだ。はじめて宮本村へ行ったのが、平成十三年(笑)。五十年前とまでは云わないが、せめて十年前に行ってみな。そうしたら何も遺跡がないことがわかっただろうに。
A――どうでもいいことだけど、『播磨鑑』の平野庸脩の名に「みちなが」とルビを振っておるが、いつから庸脩先生は「みちなが」なんて聞いたことのない名になったのだい(笑)。これは従来は「つねなが」と訓まれてきた名だ。
C――平野庸脩の「庸脩」は実は諱ではなく、医者としての号だ。庸医、藪医者だというユーモアだ。だから、庸脩の名に「ようしゅう」ではなく、また通説の「つねなが」でもなく、こんな「みちなが」とルビを振るのは、二重の誤謬だぜ(笑)。
A――この実感歴史作家は、分もわけまえず自説を展開する。武蔵は播州宮本村で生まれたと実感するが、それでも小倉宮本家伝書が記すように、武蔵は印南郡米田村の田原氏を出自とするというわけだ。つまり、武蔵は田原氏だが、ワケありで揖東郡宮本村で生まれたと。
B――そのワケもすごいな。もちろん田原甚右衛門は武蔵が生まれる前に死んでいるし、甚右衛門の妻は夫より先に死んでおる。すると武蔵はだれの子か。そこで、宮本家伝書には根本的瑕疵がある、武蔵は田原氏に生まれたのではないというのが、通常の論理過程だが、こいつはそうじゃない。甚右衛門の子ではないという事実は認めても、やはり武蔵の出自は田原氏だと。このあたりはムチャな話になるが、田原甚右衛門には正室以外の女がいて、その女が甚右衛門死後七年もたって、別の男との間でなした子を揖東郡宮本村で産んだ、その子が武蔵だと。それならどうして武蔵が田原氏なんだ(笑)。
C――小倉宮本家伝書は、どうして武蔵は田原甚右衛門の子だというんだ(笑)。ようするに、史料操作がまったくデタラメ。あちらとこちらの史料の顔を立てての《compromise formation》(妥協形成)、そうしているうちに、どんどん話の虚構性が膨らんでくる。米田村説と宮本村説を足して二で割っても、武蔵は田原甚右衛門の子ではなく、別の男の息子だとしか言えない。
A――そんなことを言うと、小倉宮本家伝書に依拠する米田村武蔵産地説の連中は怒るぞ(笑)。
C――対立する二説を足して二で割るというのは、米田村武蔵産地説の連中もやっておる。つまり、武蔵は田原甚右衛門の子で、作州宮本村の新免無二之助のところへ養子に行ったと。しかし、作州宮本村説では、武蔵は平田武仁の実子である。宮本無二はいても、「新免」無二之助なんて者は存在しない。となると、武蔵はどこへ養子に行ったのだね(笑)。
B――著者のいう実証歴史作家としてのこの「作品」を読むとね、作州宮本村にも顔を立てていて、二説どころか、ようするに三説を足して三で割っておる(笑)。だから米田村説にも加担しきれない。泊神社まで行きながら肝心の棟札さえ実見していない。それで足して三で割って、その結果が、田原甚右衛門の女が父なし子を揖東郡宮本村で産んだ、それが武蔵だというわけだ。おそまつな話だぜ(笑)。
A――実証歴史作家というより、妄想歴史作家だ(笑)。足して二で割る、三で割ると、いつも割り切れない余りが出る。その余りを処理しきれないから無理やり切り捨てる。それを切り捨てた穴埋めに、どの史料にも書いてないプロットを勝手に捏造する。
C――史料操作がデタラメだというのはそこだ。イマジナリーな史料操作だね。だけど、揖東郡宮本村説が「定説」になっている、などと書くのは、まさに武蔵研究の現状を知らないことを露呈している。揖東郡宮本村説が「定説」というのが事実なら、我々はこんなに苦労しやしない(笑)。播州宮本村説を支持してくれるのはありがたいが、それが勉強不足のせいではねえ。
A――まあ、そういうことですな。我々播磨武蔵研究会としては、ありがた迷惑(笑)。
――では、よろしいでしょうか。この本のご採点は?
B――難点が少なくないから、内容レベルとしては30点か。
A――我々にとってありがた迷惑、というところだけど、播州宮本村説の希少性を珍重して、プラス10点ですな。
C――まったく、とんちんかんな希少性だよ(笑)。もっとまともなやつはおらんのか。
B――おらん(笑)。

【Case 10-1】
 この作品は実証歴史作家としての筆者が、宮本武蔵の伝記を実証的に考究した結果たどりついた結論にもとづき、武蔵が歩いた足跡をあとづけたものである。



【Case 10-2】
 しかし〔『東作誌』の〕編著者の正木氏が、『播磨鑑』の播磨宮本村生誕説を論破して作州宮本村誕生説を主張しているならともかくも、たんに並列的に取り上げているとあっては、その播磨生誕説を誤りだときめつけることはできない。
 たしかに、この大原町宮本の武蔵の里を歩いてみると、武蔵がここで幼少年期を過ごしたことを疑うことは到底できない。だがそれをもって、武蔵がこの武蔵の里で平田武仁と新免(宇野)宗貞の息女(於政)とのあいだで生まれたと断定することはできない。
 以前は武蔵の終焉の地である熊本市でも、美作誕生説が通説のように主張されていたが、今では武蔵自身の著作である『五輪書』と播磨の地誌『播磨鑑』によって、播磨誕生説(現兵庫県揖保郡太子町宮本)が定説とかわっている。



【Case 10-3】
 わたしは平成十三年秋にこの太子町宮本を採訪するまでは、小説『宮本武蔵』の影響や大原町が地理的に近いこともあって、作州出生説を信じていたが、石海神社前の宮本公園とその公園の神社鳥居前に建てられている宮本武蔵生誕地碑およぴ生誕屋敷跡、産湯の井戸などを見ているうちに、次第にこちらの方が正しいのではないかと思うようになった。



【Case 10-4】
 ところが、玄信すなわち武蔵ともなると、天正十年(一五八二)の生まれだから家貞の子というわけにはゆかない。しかも家貞の室(妻)清光院は天正元年(一五七三)に没しているから、久光・玄信の兄弟とも、この清光院が生んだ子ではないということになる。だから田原甚右衛門は正室清光院以外の女性とのあいだで久光を生み、玄信(武蔵)はその女性と他の男性とのあいだにできた子ということになり、田原家ではこの玄信の始末に困って、同じ赤松一族の新免無二之助のところへ養子に出したと考えられる。
 すなわち、玄信(武蔵)は米堕邑(米田村)の田原家で生まれたのではなく、その母が居住していた揖東郡鵤庄宮本村で出生したと推定できるのである。したがってわたしは、武蔵の出身を播磨国河南庄米堕村の田原氏として、生誕地を揖東郡鵤庄宮本村と結論づけた。あとで述べるように、武蔵の養子となった伊織は、武蔵の兄とされる田原甚兵衛久光の二男であるが、武蔵とはあまり血のつながりはなかったのではあるまいか。武蔵が田原氏の出自でありながら、田原氏の名を口にしようとはしなかったのは、こうした複雑な内部事情があったからだと思える。武蔵が鵤庄の宮本村に生まれたといっても、生後間もなく作州へ養子にやられたのでは、それほどのインパクトはない。ましてや出自とされる印南郡の米堕邑にいたっては、なんの愛着もなかったと推定できる。













 4 0 点 


【Case 11-1】
 徳川幕府とは、日本史上初めてこの国から戦乱を一掃した政権なのである。徳川体制が磐石となっていた宮本武蔵最晩年の頃にあっては、剣技に現実的な価値は、もはや失われていた。
 剣技とは、突き詰めていけば「いかにして敵を倒すか(殺すか)」のテクニックである。そんなもの、もはや無用の長物以外の何ものでもなかったのだ。この意味において、宮本武蔵は明らかに「歴史に乗り遅れた不遇の人物」だった。
 武蔵という人は、徹底したリアリストだった。彼にとって兵法とは「敵を倒す戦略」そのものである。それを、観念的な理屈でこね回して、日常道徳や平和政治思想に切り替えるなんてことは、決して出来なかったし、したくなかった。
 だから『五輪書』の文面には、「記した内容が役立たないのは解っているが、これを書き残さねば自分の人生が無意味となってしまう……」といった武蔵の苛立ち・哀しみが、端ばしに感じられる。我々は、そんな武蔵の一面も『五輪書』から汲み取ってやりたい。




 5 0 点 


――では、次に、五輪書ものをひとつ。長尾剛著『新釈「五輪書」』(PHP文庫 2002年)はいかがですか。
A――これも著者はよく知らないが、かなり若い人らしいね。こんな世代がどうして武蔵なのか、よくわからんが(笑)、以前、思想史関係の本(『日本がわかる思想入門』)で当たりを取ったことがあるから、その伝だろう。
B――あれは、クリアカットに日本思想史を読み物として整理したものだったが、山本七平路線かと思うと、そうでもない。山本に比べても、イージーなライターだ。それで、「宮本武蔵の哲学を読む」というこの五輪書ものはどうかというと、コケたとしか言いようがないね。
C――岩波版五輪書で読んでいる。だいたい見ていると、岩波版の注記の間違いを忠実に反復している。日本思想史の書き手なら、こんないい加減な五輪書本を出してはいけないな。
A――日本思想史と言っても、岩波の『日本思想大系』で勉強したクチだろう。読解の間違いは是非もない(笑)。
C――《武蔵は「歴史に乗り遅れた不遇の人物」だった》(笑)。そう言ってしまう、どうしようもない通俗性がある。そのあたり、思想史というより、小説家のイメージに汚染されているな。
B――武蔵の苛立ちや悲しみが『五輪書』の端々に感じられるとさ(笑)。要するに、こいつは『五輪書』をまともに読んでいない。通俗作家たちが付着させた武蔵像を読んでいるだけだぜ。《武蔵の苛立ち・哀しみが、端ばしに感じられる。我々は、そんな武蔵の一面も『五輪書』から汲み取ってやりたい》、余計なお世話だ(笑)。
C――それにしても、現代生活の人間関係にも通じるとか、この本の随所で、処世術の方へ話を持っていくのは、困ったものだ。
A――センチメンタルな「男のロマン」路線、武蔵ファンのオヤジという出版企画上のターゲットがどうしてもあるから(笑)。まあ、スタンスからすると、これも昔からある通俗五輪書読本を一歩も越えていない。もっと別の書き方にすればよかった。
――では、ご採点は?
B――他の俗悪五輪書本の便乗繁殖の最中に、いちおう健闘したとみて、50点か。
C――かろうじて、だ(笑)。
――それでは、『五輪書』ものが出たところで、もうひとつ、福田和也著『人を斬る覚悟があるか 宮本武蔵五輪書の真髄』(講談社 2003年)は、いかがでしょう。
A――こいつを選ぶなんて、君も人が悪いな(笑)。福田は本を量産していて、「週刊福田和也」状態。何でも評論してしまうが、とうとう武蔵を出しおった。
B――ところが、スタイルは便乗本で、三十分で読めるほど軽そうな本で、しかも若者向けの人生相談みたいな教訓本のかたちをとりながら、実は、福田和也である以上、そんな類書とは違うんだぜ、というところを見せやがった。相変わらず、やり手だのう(笑)。
C――さっきの前田英樹と比べてみれば、歴然としておるが、こんな通俗便乗本の体裁をとりながら、ポイントは決して外さない。武蔵論には小林秀雄以来の文芸評論の伝統があって、まさにその流れのなかにあってだな、ポイントをきっちり押さえている。中途半端な「哲学」とは、まったく違うのだよ。
A――で、どうして武蔵がこんなに人気があるのか、という話になって、その理由を武蔵がアウトサイダーだったというところへもっていく。武蔵は強かったが、それだけでは、こんな人気は出ないという話ですな。
B――この、武蔵がアウトサイダーだという話は、むろん以前からあるし目新しいものではない。だがね、武蔵は就職口を求めて得られず、失意の人生を送ったなどという、戦後流行した武蔵評伝のゴミの山は、こういうアウトサイダーの系譜に武蔵を位置づけることで、一掃できる。まあ、アウトサイダー論には、ややロマン主義の臭みもあるが。
C――アウトサイダーというのは、ちょっと違うな。それよりも、ようするに「無頼」ということだね。無頼というと、《independent》という感じあるが、やはりアウトローだし、《scoundrel》、悪党なんだよ。兵法者なんてのは、ヤクザな商売なんだ。武士なんていって突っ張っておるが、その本来は、殺人が仕事の悪党なんだ。そういう武士のヤクザで無頼なところを、武蔵は一生譲らなかった。ただ、そういう行動原理はきわめて倫理的だから、武蔵の大衆的人気というのは、悪党の倫理性を感知してのことだ。
B――悪党の倫理性、それが武士の本来固有の姿だね。武蔵孫弟子の世代になるが、柴任美矩なんてのは、そういうあたりを保存しておったようだ。仕官しておっても、気に入らんことがあれば、さっさと致仕して、どこかへ行ってしまう(笑)。
C――たしか、四回も浪人してた(笑)。これは語の正しい意味で、無頼の思想的系譜だ。
A――福田は、武蔵は「頭が強かった」という、うまい言い方をするね。こんなことを言えるのは、『五輪書』をまともに読めている証拠ですな。
B――『五輪書』を他の兵法書と比較して読めば、武蔵は「頭が強い」というのは、よくわかるね。
C――武蔵は『五輪書』の中で「道理が強い」という言い方をしておったね。道理が強いというのは、頭が強いということ。頭が強いやつは強い。それは現代のどんなスポーツの試合でも妥当する。
A――道理で武蔵は強かったわけだ(笑)。
C――まあ、今回新しく出たものも含めて、世の中の五輪書解説は、どれもこれも『五輪書』をまともに読めていない。まったく頭が弱い(笑)。福田が依拠したのは、神子侃の粗悪な翻訳本(『五輪書』徳間書店)でしかないようだが、それにもかかわらず、ここまで読める、ということだね。他の文芸評論家連中に比べれば、福田はカンがよいし、頭が強い(笑)。
B――ただし、福田が読んだ参考書はどれも古いから、部分的に間違いが多い。これは指摘しておくべきだろう。
A――そうでしたな。それがこの本の瑕疵だ。れいの武蔵の肖像画(島田美術館蔵)を、自画像と思い込んだか、「高名な自画像」などと書いてしまうのは、福田の参考書が古かったせいだ(笑)。
B――江戸時代にこれだけの画家が何人いるか、というと五指に満たない、私見では、応挙、若沖、玉堂、木米くらいなものか、なんて云うがね、これには異論ありだ。武蔵画はそんな程度のものかい(笑)。それに、地之巻末の九箇条にある「役に立たぬことをするな」ということも、無駄なことをするな、という意味で読んでしまっている。エネルギーや時間に限りがあるから、無駄なことをするな、とね(笑)。
C――現代語そのままの意味で読めないところが、『五輪書』にはある。まあ、神子侃の粗悪なテクストによっているかぎり限界がある。しかし、そんなハンデがあっても『五輪書』のポイントは外していない。それは評価してよい。
――では、この本のご採点は? そういえば、福田は以前、小説作品の採点をやっていました(笑)。
A――そうだったね。それで、この本は細部の瑕疵難点があるけれど、それでも60点。
B――うん、とりあえず60点だな。『五輪書』のポイントは外していない、という意味だ。こんな小さな本だからボロが出ないし、わからないが、もし長いのを書くと、あんがいボロが出て、よくないかもしれないぜ。文芸評論の線では、要点だけを押さえたこんなショートサイズの方がよかろう。
C――まあまあ、こんな軽そうな便乗本で、けっこうな五輪書論を書けたということで、60点。それでよいと思うね。

【Case 12-1】
 宮本武蔵を、その人物像から規定すれば、典型的なアウトサイダー、あるいはアウトサイダーの巨人だということになるだろう。(中略)
 しかし、範囲を近代に限定せずに、日本におけるアウトサイダーを数えたならば、宮本武蔵こそが、まず指を折らねばならない人物だと思う。
 宮本武蔵は、泰平へと向かう、時代の趨勢にたいして背を向けていただけではない。(中略)
 つまり、武蔵は徹底して、時代の外側にいたのであり、そしてその外側で自らがこだわった剣の技を追求し、それを追求するなかで考えぬいた、たった一人でだ。(中略)
 世間をはずれたアウトサイダーとして生きた宮本武蔵の思想は、時代を超えて、現代においても、世間の通念を切り裂く刃なのだ。(中略)
 逆にいえば武蔵の魅力とは、この刃の切れ味にこそある。
 この切れ味を十分に感じとれれば、宮本武蔵の本質を究めることになるだろう。つまりは、通念としての、出来上がった武蔵像とは違う、そこにはおさまらない、その思惟のすごみに触れることになる。

【Case 12-2】
 もちろん、『五輪書』や『兵法三十五箇条』といった武蔵の著書には、兵法や剣術の用語は使われている。けれども、それは当時きわめて一般的に流通していた言葉であって、特別に小難しいものや、複雑なものではない。そうした一部の用語を除けば、武蔵の言葉というのは、いずれも、日常に使う範囲を出てはいない。
 けれども、これは、武蔵が知的でなかった、あるいは教養がなかったということを意味はしない。無論、宮本武蔵は、机上の学者からは一番遠い存在だった。だけれども、その交際範囲や思惟からするかぎり、当時の剣客としてはもちろん、武士としても十分に高いといえる素養を備えていたことは間違いない。

【Case 12-3】
 小林秀雄をはじめとする、高い美意識を持つ人間が、宮本武蔵の画業にたいして、最高の評価を与えてきた。
 正直いえば、オレもね、武蔵のすごみというもの、比べようのない、切れ味とか、覚悟といったものを実感するのは、つまりはここにとてつもない人間がいる、と感じ、認めざるをえないのは、その書画作品のためだね。
 高名な自画像。
 あるいは鵙の図。
 江戸時代に、これだけの筆鋒を備えた画家が何人いるか、というと五指に満たないと思う。私見では、応挙、若沖、玉堂、木米くらいなものか。
 しかし、何よりも感嘆してしまうのは、武蔵のすごみ、つまりは剣法、兵法における他を寄せつけない境地というものが、画業にまであらわれている、あらわれてしまっているということだ。
 これは、いかに武蔵が、その卓越した水準というものを、自分のものとし、余すところなくわがものとして、いわば自分のなかで熟成し、寝かせていたか、ということを端的に示すことだろう。





 6 0 点 

















 5 0 点 


――さて次は、今回の武蔵本ブームの最大のヒットであると同時に、ブームの震源として外せないと思いますが、井上雄彦著『バガボンド』(講談社 1~18・続巻刊行中)です。先ほど少し話が出ましたが、これはいかがですか。
A――おいおい、これまで入れるのか(笑)。しかし、あきれるほどよく売れているねえ。
B――たしかにね。ゴミみたいな小説宮本武蔵が、今回の武蔵本ブームの便乗本で出ているが、それに比べたらレベルはまったくちがうな。
C――ようするに、最近の武蔵小説の劣悪さに比すれば、『バガボンド』は圧倒的におもしろい。それにまた、武蔵コミックとしては、ほとんど空前のものである。その点は評価できる。
B――かつての少年漫画の鈍重な画法と比較すると、このドローイング(描画)は軽みを獲得しているな。描画法はずいぶん進化したという感がある。石ノ森章太郎の武蔵なんて、下手糞な絵だったな(笑)。
A――ただ、戦闘シーンの描画法は、相変わらずではないですかな。
C――そうだね。とくに速い運動を描くとき、どうしても「ビュン」と撓みや捻りでスピードを表現するね。しかし実際はそうじゃない。当時の兵法者の身体がこんな運動をしてたわけじゃない。
B――それに、たとえば剣や槍の動きなど眼に留まるわけがない。アニメではなく、本来静止画である劇画には、眼にもとまらない速さを可視化して描くという本質的な虚構があるね(笑)。運動のリアリティは虚構によって支えられるという矛盾。
C――不可視なものを可視化して見せるという虚構性は劇画に本来的なものだ。しかも現代人の運動イメージに沿って描かないと速度を描けない。ところが昔の兵法者の身体はそんな動きをしない。だから運動とスピードの描画が嘘になる。
A――それに、「やー!」とか掛け声をかけて攻撃するなんてのは、これも嘘だわね。現代武道の観念がこういうコミックの世界まで汚染している。
C――すると、どう描きゃいいのか。中間の運動を描かず、最初と結果だけを示す。気が付くと相手が倒れておる、まあ手抜きだが、眼に見えないものはしようがない(笑)。
B――だけど、そんな描法では読者が納得しない。困ったものだ(笑)。
A――こういうところは、やはり小説の方が圧倒的に有利ですな。眼に見えないものでも語ってしまう。
B――それともう一ついえば、『バガボンド』では、ちょっと心理描写が過剰だね。コミック・プロパーの話で言えば、こういう心理描写を盛り込めるようになったというのは、七〇年代以後少女漫画が拓いた地平があるからだね。だけど、もう一方で、この描画の様式は、これは少女漫画の技法じゃないか。
A――たしかに、こういうキレイな絵は少女漫画のフェミニンな世界から来ている。となると、武蔵などというある種マッチョな武闘派世界は、フェミニズムに侵されておるということか(笑)。
C――かもしれん。武蔵の対戦相手はなぜか心が通ってしまう設定だね。暴力的に一途に粉砕するストーリーではなく、また善悪二元論から懲悪するのでもなく、いちいち読者の心が対象に通わなければ決闘できない。相手を倒すには手続きが必要なんだ(笑)。
A――潜在的なホモセクシャルの世界だね。マッチョな世界がフェミニズムに侵されると、男たちは同性愛者にならざるをえない。ところが、少女漫画の達成したレベルからすると、『バガボンド』はコミックとしてはかなりレベルが落ちるというがね。
B――武蔵物コミックということでは、三十年前の『斬殺者』(梶原一騎作・小島剛夕画 1971~72年)が頂点。これが一応トドメを刺したな。
A――だろうね。あの『斬殺者』の外道ぶりと比べるのは土台ムリだが、『バガボンド』は世界がウスイな。それも時代か。
B――そういう時代なんだろ。『斬殺者』は吉川武蔵の剣禅一如に徹底して逆らっている。沢庵や柳生宗矩を登場させても、パロディ化して愚弄している。それも出色だった。
C――『バガボンド』は、吉川英治の『宮本武蔵』が原作というのは、発行元の講談社の企画か。吉川武蔵からかなり脱線しているが、その脱線した方がおもしろい。原作に忠実なところは、くだらない。これが困ったところだ。
B――作者は吉川武蔵を原作にしたことを後悔していないか。後悔していないとすれば、先行きは絶望的だよ(笑)。
C――まあ、それにしても、原作で一番注目すべきお杉婆さんがダメ、理解がなっていない。しかも肝腎の、お通というストーカー女の処遇がまったく誤っておる。
B――少女漫画のレベルからすると二流品としか言いようがないのは、やはり登場する女たちがまったくダメだというところだね。女たちが描けてない、という点では、原作のレベルを忠実に保持している(笑)。
A――しかし、女たちが描けてない、というのは文字通りそうだとも言える。たとえば、このお杉婆さん、絵がまるで下手くそだねえ(笑)。
C――絵を見れば、理解のレベルがよくわかるだろが。なにもこんなコロコロ小太りな婆あにすることはない(笑)。原作どおり、蟷螂みたいに痩せぎすの、魔女的な風貌にすればよかったんだ。
B――まあね。ようするに『バガボンド』は、原作=吉川武蔵の凄味のある肝心なところは、ことごとく看過しておって、読めていない。吉川武蔵を原作にしたことを後悔していないか、と言うもう一つの意味は、吉川武蔵の根柢にあるおぞましさを理解できていないからよ。
C――その根柢にあるおぞましさというのは、むろん、吉川英治のアンコンシャス(無意識)なんだがね。
A――だから、決闘シーンがなけりゃ、まったく凡庸な作品。これはマッチョな武闘派世界で、やはりホモセクシャルな世界だろね(笑)。
B――ならば、そこをもっと突っ込んで、技法の面でも、支配的なフェミニズムと戦わねば。『バガボンド』の真の敵は、自身の母体たる少女漫画の伝統だ。
C――そのためには、もっとアグレッシヴな暴力性が必要だな。
――というわけで、案の定、たいへんな話になってしまいました。では、このご採点は?
A――もっと原作から逸脱すべし、ということで、50点。
B――もっと漫画道に精進すべし(笑)、ということで、50点。

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BUDO-LAの山田英司が語ったレスリング=ゲイ ネタのネタ元 古代ギリシャとレスリングと同性愛

http://history.husigi.com/VHv2/koneta50.htm

古代ギリシャの同性愛 世界史小ネタ第50回
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ヨーロッパで「 Greek love 」と言えば同性愛のこと。1970年代以降のアメリカのゲイ・ムーブメントの担い手たちにとっても、古代ギリシャは心のよりどころ。同性愛文化のルーツを探ります。

同性愛はエジプト、ローマ、インド、マヤでも見られました。中国では福建などで盛んになり、日本では戦国時代以降の武士の間で広まりました。キリスト教、イスラム教は厳しく禁じてきましたが、近代に至るまで世界各地で連綿と続けられてきたようです。

古代ギリシャ人の同性愛は、今日のものとは少し違います。彼らは思春期以降の青年だけを対象にし、熟年同士のカップルはあり得ませんでした。禁じられた悦楽と言うより、むしろ社会的義務としての「少年愛」と言った方がいいかもしれません。ギリシャ語の「鶏姦」つまり paiderastia(英語でpederasty)はpais( boy)とeran( to love)からきています。

アレクサンドロスと彼の幼友達の Hephaiston、あるいはトロヤ戦争の神話的英雄アキレスと彼の友達にして愛人の Patroklos など、生涯かわらぬ恋愛関係を育んだカップルもいたようですが、これらはあくまで例外。ギリシャにおける同性愛は、成人男性と思春期の若者という特定の世代間に生ずる期間限定の愛でした。

彼らは結婚し子供をもうけなかったわけではありません。でもギリシャ人男性にとって女房は単なる「子供の母親」もしくは「家事の専門家」。彼の愛の対象はあくまでも思春期の青年でした。結婚式の夜、スパルタの花嫁は暗い部屋で男装して待つ習慣があったそうですが、それは彼女のたちの夫がホモセクシュアルからヘテロセクシュアル(異性愛)へ移行するのを助けるためではなかったかといわれています。

青年は成人男性から求愛を受け、略奪されるのですが、それは名誉なことであって、誰からも声がかからないことは大変な恥でした。求愛をしてきた成人男性のうちの一人を愛人としてぶことから大人への旅立ちが始まります。この奇妙な愛人生活は今度は彼が求愛し、ふさわしい若者の愛を獲得する立場になるまで続けられました。

成人男性と若者は、ポリスの中心にあるジム(gymnasium)で、一緒にトレーニングを行って日々の大半を過ごしました。Gymnasium は gymnos (ギリシャ語の「裸体の」) から。男性達は裸で汗を流したようですが、これが愛情を育むきっかけになったようです。彼らはお互いにマッサージしたりレスリングしたり一緒に入浴したりしながら愛を高めていきました。

男性のヌードはギリシャでは当たり前。彼らは男性のヌードこそ他の野蛮な文化とギリシャ文化を区別する根本的な違いと考えていました。ジムのみならずオリンピアの競技大会などでも裸だったことはよく知られていますね。

ジムは家庭生活を離れた自由な男としての生き方を教える格好の場でした。一人前の大人として、兵士として、ポリスの成員としての自覚を促す教育の場でもありました。プラトンがスパルタ軍に社会の理想を見いだした理由もここにありました。

スパルタ軍はギリシャ世界でもっとも勇敢で強力な軍隊でした。スパルタでは、アテネ以上に緻密な軍隊教育が行われていたようです。日々のトレーニングはもちろん、それ以上に肉体を通した兵士間の強い結びつきがありました。彼らはいくら危険な事態に陥っても、自分の恋人を守るために決して持ち場を離れなかったとか。密集部隊戦法ではこれは非常に重要な要素でした。

このスパルタ軍を破ったテーベ軍の精鋭もまたカップルで編成されていました。エパミノダス将軍は150の恋人たちのペアを率いて勇敢に戦うことが出来たとか。いずれにしてもペルシャ戦争やアレクサンドロスの遠征で、ギリシャ軍が強かった理由が納得できますね。

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「〇〇の為なら仕方がない」という言い方こそ「嘘」つきの常套句であることを忘れないようにお願いしたいものです。

http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/archives/4780701.html



息を吐くように「嘘」を平気で言う奴は嫌いです。


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日本国も「政治」も迷宮から脱失できずますます暗闇に向かって突き進んでいるように思えます。そしてこの先の見えないないトンネルから先に「あるであろう」見えない光を「あるかのように」喧宣し、ますます泥沼にはまっているのが現状です。

それを解消する妙案はありませんが、まずいえることは、任期が終われば責任がなくなる仕事をしている行政つまり役人の体質を改めさせることしかありません。

そして

役人の体質を改めさせるには強い権限を持った「政治家」が行政の主導権を持つことです。

さらに

その「政治家」を選ぶ国民が「目先の嘘」や偽情報(マスコミ)に騙されないことです。

たとえば、

与野党を問わず具体的な「目先の嘘」というのは「税と社会保障の一体改革」とか「普天間の危険除去のための辺野古埋立」とかといった「虚言」や「詐術」ということであります。

他にも「エネルギー基本計画のための原発再稼働」など言えばきりがありませんが、盾と矛すなわち矛盾したことを平気で言いつのっている我が国宰相の「狂気」から発される景気回復の「掛け声」と実際の景気低迷の現実のかい離をしっかり見定めることが必要です。

いまや

「全国津々浦々」におよんでいる不況の波をアベノミックスという「掛け声だけ」で一気に好転させ、こんどは好景気の波がそれこそ「全国津々浦々」に及ぶことなどということは到底考えられません。国債乱発と財政規律つまりブレーキとアクセルを同時に踏んだら車は壊れるのです。

したがって、

景気を良くするためにカネをばらまき、一方で借金を減らすため増税するというのは「狂気」としかいいようがありません。

そんなことより、

我々はまず目先の消費税「率」を上げたところで、税収は増えるどころか減っているという厳然たる事実を今一度確認すべきだと思います。

野球だって打席が少なければ僅かなヒット数で高打率になりますが、実際にチームに貢献してるのは2割5分でもレギュラーの座を確保している通算ヒット数が多い選手なのです。

でも役人には出来高の報酬はなく、またポジションもすぐ変わりますから過去の行ったこと、やったことの責任は問われないのです。ですから当座の功績、目先に瑕疵さえなければそれでいいのです。

それゆえ、

目先のそろばん勘定を合わせるためにはどうしても税率を上げるしかありません。

しかし、大企業の法人税や富裕層の税を軽減しないと彼をスポンサーにしている男妾=政治家が納得しないため仕方なく消費税「率」をアップするしかありません。大金持ちも貧乏人も大根が一本百円なら百に八円多く払うのです。ですから今ではスーパーで一万円だったら800円余分に取られるのです。

こうした庶民の欠損感は購買意欲を下げ消費を押し下げ、ひいては税収を下げることになり、それは消費税上乗せ分より額として多くなるのです。

いままで日本は役人の言うとおり消費税を3%にしてバブルを崩壊させ、5%にしてデフレを定着させ、8%にして掛け声だけでも盛り上がっていた景気の「気」を下げてしまったのです。

だからと言って引きに伸ばしたにしても問題の本質はぜんぜん変わらないのです。

そして、

かえって引き延ばすことにしたために、社会福祉を削るという口実を与えてしまったのです。

具体的に言えば、国民年金だけとか、障害者などの低所得者への手当(給付金)を消費税を上げなかったかわりに取りやめるということにしたのです。

これを本末転倒と言わずしてなんと申しましょう。

規制緩和での成長戦略がちゃんと「実行」されていれば、されれば、さえすれば、そのくらいの税収増は可能であったはず。議員の歳費・定数削減や、無駄な公共事業、使い道に不明な交付金、、、などなど、歳出をカットすればいくらでもカネの工面は出来るのです。

それなのに、

「消費税を上げるのを先にのばしてやるから、収入の少ない年寄りや障害者は我慢しろ!」

これが「税と社会保障の一体改革」の実態です。

しかも、

お金に目印なんかありません。8%だって全部福祉に使われたわけではないのです。

国のお財布も我々のお財布も同様に、入っているカネを使うだけです。

「勉強に役立つようにノートや教材を買いなさい」と言われておじさんにもらったおこずかいをゲームやお菓子を買うために使った覚えなど一切ありませんという子ばかりではないということなんです。

では福祉のためだけではないということが分かったうえでなお、

財政規律

をまことしやかに言う厄介な詐欺師(竹中平蔵のような)がいるのです。

「市場の信認がなくなるおそれ」?

バカ言ってんじゃない!!

これについては長くなるので具体的には次稿に改めますが、これも騙されやすいフィレーズなのでくれぐれもご注意ください。


とにかく

「〇〇の為なら仕方がない」という言い方こそ「嘘」つきの常套句であることを忘れないようにお願いしたいものです。

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消費税を実質二年半も先送りしたのに実際に「国債」が暴落しましたか、、、してません。国債の金利も上昇してはおりません。むしろ「円安」が加速したことの方が余程問題です。 インフレ懸念とか円安の行き過ぎが問題なのに、政府やマスコミは「国債」の危険性ばかり論っております。おそらく原発の危険性を言う前に地球温暖化ばかり言いつのる連中の「悪意」と似たものがそこに垣間見られると思われてなりません。

http://blog.livedoor.jp/shunzo480707/

私論;「国債」とは


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前回の予告通り「財政規律」という言葉について基本的な意見を述べたいと思います。

もちろん「財政規律」は重んじなければなりません。それはどんな金持ちでも貧乏人でも「質素倹約」を重んじるべきであるのと同様、道徳として当たり前のことなのです。

しかし、

今、政府やマスコミが言っている「財政規律」とは具体的には「国債」の発行が多すぎるとか、「消費税UP」の理由としての「イメージ」として言われているだけのように感じてしまいます。

ところが

1014年現在、日本国は国債金利が世界最低水準なのです。しかも独自通貨国、つまり中央銀行が国債を買い取ることで政府の「実質的な負債」が次第に減少していっているという現実があります。ちなみにスイスの長期金利(十年物国債金利)が0.52%ですが、日本は0.57%です。ということはこの両国の政府が、 「地球上で最も安い金利で資金調達することが可能である」ということなのです。

具体的には

日本政府に返済義務がある「日銀以外保有」分が、2012年9月をピークに減少しているのが現実です。もちろん、国債発行残高全体は増えているのですが、政府に返済義務・利払義務がない日銀保有分が急拡大しており、 「日本政府の実質的な負債(借金)」は減っているのです。

つまり日本政府の借金を日本銀行が肩代わりしているということになります。

ところが、

日本銀行というのは日本政府の子会社ともいえるはずです。その子会社と親会社のお金の貸し借りは、連結決算で相殺されてしまいます(利払いも)。つまり計算上チャラになるのです。だから日本政府が、日銀に市中の国債を買い取らせると、政府の実質的な負債は減少すとことになっていくのです。

いま、

日本政府の実質的な負債が減少していっているのは、もちろんデフレ対策として日銀が国債を大量に購入しているためのなのです。

ところが

自民党の税調や財務省はこれ以上国債を乱発すると国際的に信認されなくなると言っております。だから是非消費税をというのです。にもかかわらず、法人税は減税する予定だとか累進課税(富裕層の収入に応じて相応の負担増)の否定をしており、言っていることがまったく訳が分らないのです。

おまけに

市場の信認を失って国債暴落、金利高騰ということになれば、政府としても日銀としても打つ手がほとんどない、、、「ということに」なっているのです。

しかし、

よ~く考えてみてください。日本国債は100%日本円建てです。貸し手は、主に日本国内の「みずほ」だとか「三井住友」とか「地銀」とかいう市中金融機関です。そうした日本国内の金融機関は、デフレによる資金需要不足で、「国内に他に日本円の借り手がいない」から、銀行などは政府にお金を貸し出すしかないのです。それ故政府から国債を市中銀行が買い、それを日銀が大量に(吸い上げ)購入しているのです。

ところが

そうして大量の日本国債を売却して日本円を手に入れた銀行は、その日本円をどうするかといえば、結局日銀に買い取ってもらうしかないのです。その金を日本国内の企業に貸し出せるぐらいならば、そもそも国債を買っていませんから仕方なく日銀などに国債を買い取ってもらって手に入れた日本円をまた「国債で運用する」しかないのです。

また

国債が何らかの原因で信用ならないから売ってしまえということになっても、それを日本銀行が買い取ってしまえばいいのです。なんで買い取れるかって?だって輪転機を回せばいくらでも日銀はお金が刷れるのですから、マスコミや一部のブログで言っている「国債暴落」やら「金利高騰」が起こることはありえないのです。日本銀行が国債を買い取り、市場の国債供給が少なくなれば、国債価格はむしろ暴騰(金利急落)するというのが筋でしょう。

ところが、

中には日本国債を売り、日本円を手に入れた銀行が、外国に投資をする結果、日本国債が買われず、破綻するかもしれないという説がありますが日本円は日本でしか使えないので外国に投資する場合はドルとかに変えるしかありません。だから国債を売った金=日本円はほかの銀行で両替するしかありません。

それゆえ両替してやった銀行には日本円が余り、それが企業に貸し出せないとすれば再び国債を買うしかありません。

ということは

元の日本円の総額は減っておらず、国債の買い手もい相変わらず「国内に」いるのですから、「暴落」することもなければ「金利」を上げて国債の購買意欲を高める必要もないのです。

ところが

消費税増税派は、暴落とか信認とかを杞憂して「または心配なふりをして」消費税の再増税をいつかは絶対にやるべきことにしているのです。

だからこれ以上国債が増えないように「消費税」を上げるというのには論理に飛躍があるのです。

まして

財政規律とかいう「道徳論」を持ち出して消費税でその場のそろばん勘定だけを合わせるというのは愚の骨頂というしかありません。

だから問題にすべきはむしろ「円安」なのです。

円の信認がある限り、何があっても大丈夫なんですが「円」の信認がなくなると「国債」がどうのとかいう「えせ」経済論など吹っ飛んでしまします。

通貨の信認というのは、最終的には国債ではなく残念ながら絶大な軍事力とか金の保有高にあるのです。国内での「国債」の発行高ではありません。軍事力と金保有力が不安なら確かな経済力と外交力しかないのです。

もちろん、

「財政規律」を健全化することも「立派な」国家にとって大切なことです。しかし「財政規律健全化」というなんとなくモノの分かったようなマスコミの言い分を鵜呑みにしてしまうのはいかがなものかと思います。

だって

実際に国債の債券を自分の手で触ったことすらないのに、居酒屋で「財政規律云々」を議論している人を見るにつけ暗澹たる気持ちになってしまいます。

ちなみに、

消費税を実質二年半も先送りしたのに実際に「国債」が暴落しましたか、、、してません。国債の金利も上昇してはおりません。むしろ「円安」が加速したことの方が余程問題です。

インフレ懸念とか円安の行き過ぎが問題なのに、政府やマスコミは「国債」の危険性ばかり論っております。おそらく原発の危険性を言う前に地球温暖化ばかり言いつのる連中の「悪意」と似たものがそこに垣間見られると思われてなりません。

総選挙を前にして我々は今一度「知ってるつもり」で実は何も知らずに踊らされている「かもしらない」と考えてみる必要があるのではないでしょうか。

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町道場出身の神取忍は暴力とは縁の無い世界で日本一強くなった ていうか名門私学柔道部出身ではないのにトップ選手になるのが凄いよね 他にいませんな こんな選手 ただし柔道マフィア 柔道ムラ出身ではないせいか就職の世話とか進学の世話とかはしてもらえなかったようです

http://www.ningenfusha.com/?eid=131

――まず、柔道時代のお話からお聞きします。神取さんは女子柔道で世界3位までいかれましたよね。あの「世界3位」は自分にとってはMAXだったんですか、それとも、もっと行けたけど途中で辞めたくなったということなんですか?
神取 スポーツ選手には運もあって、またピークのときにどの大会にぶつかるか、っていうこともあるわけじゃない? 自分はソウル五輪前の世界選手権がピークだったと思うけど、ソウル五輪はまだ女子柔道が公開種目だったの。
――88年ソウル五輪が公開種目で、正式種目になったのは92年のバルセロナ五輪からですよね。
神取 でさ、公開種目って三位以内に入ってもメダルのうちには入らないんだよね。「だったらやってもしょうがないじゃん」って(笑)。正式種目になるのはさらに4年後だよってなったときに「こんな練習、嫌!」みたいな(笑)。
――う~ん、さすがですね(笑)。
神取 日本人が最も得意としてるしがらみってもんが、町道場にいた自分にはまったくないから。「じゃ、辞めま~す」って感じで辞めちゃったんだよね。あれが、どこかの大学なり実業団なりに入ってたら辞められなかったと思うけど、あくまで町道場なんで、「なにか問題でも?」みたいな。
――凄いなあ! じゃあ、山口香なんかとは全然、人種が違うと。
神取 人種が違うね。でもあの子、会話してたら凄く気が合うのよ。全然異質なぶん、お互いに興味があるみたいな(笑)。
――神取さんはソウル五輪には出ないで、「柔道じゃご飯が食べられないから、これで食べていくよ」ってジャパン女子プロレスに入るわけじゃないですか。どうして老舗の全女じゃなかったんですか?
神取 私はもともと女子プロレスラーになるとは思ってなかったから。柔道やってるときに、ちょうどクラッシュ・ギャルズが全盛でテレビでバンバンやってたんだけど、柔道家の目から見ると「なんで技を受けるんだ?」って感じだったの。
――競技をやってる人間からすると当然そうなりますよね(笑)。
神取 なかには柔道やってても、凄くプロレス好きな人もいるじゃない。「クラッシュがカッコいい」とか「おもしろいよね」とか。でも、私の場合はおもしろさより、クエスチョンのほうが先に来てたから、「こんなの返せばいいじゃん」とかプロレスを斜めから観るタイプだった。それを日頃から言ってたから「プロレス嫌い」って言われてたんだけど。
――柔道家の頃はプロレスに批判的だったんですね。
神取 だからプロレスラーになるつもりなんて全然なくて、ジムのインストラクターとか、そういう職業につくつもりだったの。でも、そのときちょうどジャッキーさんが新団体を旗揚げするときで、プロレスが好きな昔からの友だちが「あんたはプロレスを批判してるけど、絶対にプロレスラーになったほうがいいよ。性格的にプロ向きだよ」とか言ってて、冗談半分で履歴書送っちゃったんだよね。

http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/93066/

トップ選手15人から暴力とパワーハラスメントで“集団告発”された全日本女子の園田隆二監督(39)が引責辞任し、
ニッポン柔道が重大な危機に直面している。特に金メダルを量産してきた女子柔道のイメージダウンは必至の状況。
今後の柔道界に光明はあるのか。かつての柔道女王で元参院議員の“ミスター女子プロレス”神取忍(48)が
本紙を通じ緊急提言した。

 ――自身も柔道時代に体罰の経験はあるか

 神取:ほんとさ、みんなに「竹刀が折れるほどバシバシ叩かれてたんでしょ?」
って聞かれ、体罰を受けてたイメージがあるみたいだけど、私は無縁なんだよ。
私は町道場で柔道をやってた。学校とか組織の中じゃないし、練習で手を上げられて恐怖を受けたことはないんだ。

 ――本当ですか

 神取:そう。先生が言葉でやる気を起こさせてくれる人だった。例えば腕立て伏せでだんだん苦しくなった時、
手を出してやらせるのではなく、それをやったらもっと強くなるってことを言葉で伝えてくれた。
柔道界にも「体罰の経験がなくて上がってきた選手もいるんだよ」ってことも、ちょっと知ってほしいな。

 ――今回の件で、柔道のイメージはかなり悪くなった

 神取:やっぱり暴力は良くないよね。でも…あれもこれもすべてがダメになって、
指導が甘くなっちゃうのはどうなのかな、と思う。怖くて選手に接触もできなくなったりしちゃうとねぇ…。

 ――確かに今後は指導が「優しく」に傾く可能性が高い

 神取:だってさ、打ち込みにしたって腰が入っていなかったら直接触って教えないと分からないこともあるんだよ。
でも「ここだよっ」って感じてポンと触っただけで、選手によっては「手を上げられた」って思われるかもしれない。
どこからどこまでが大丈夫か、という線引きが難しいね。

 ――もはや愛のむちは通用しない

 神取:ドラマの「金八先生」ってあったでしょ? 
張り手を食らわせて、でもそのあと抱きしめて、生徒も先生の愛情や指導が分かるってことがあったけど、
そういう時代じゃなくなったんだね。

 ――では、この最悪の状況で、園田監督の後任には誰が適しているか

 神取:体罰って、(柔道を)教わってきた環境が大きいと思うんだ。殴られるのが当たり前で
来た人は指導者になっても殴る。でも、殴られていなくても強くなった人だってたくさんいる。
そういう人は恐怖で選手を動かすのではなく、言葉でやる気を与えられる。「叱り上手」っていうのかな。
そういうことができる人がいいね。

 ――日本史上初の女性監督を求める声も大きい

 神取:それも「あり」なんだと思うよ。体罰が容認されてきた時代も終わったし、すべてを見直すいい機会だと思う。

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柔術の本場ブラジルで最大の盛り上がりを見せる柔術イベント コパ・ポディオ  サブミッション決着オンリールール レアンドロ・ロvsジルベルト・ドゥリーニョ スタンディング十字絞めで決着!

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下記リンク先のvimeoにジャンプして再生すれば視聴できます

LEANDRO LO VS GILBERT DURINHO - SPECIAL MATCH from Copa Podio on Vimeo.



http://mmaplanet.jp/41662

今回はサブミッション・オンリーというルールである以上(ノーギという注記がないのでおそらくギありの試合だろう)、ドゥリーニョは同じ戦略をとっても勝ちには結びつかない。テイクダウンで勝るドゥリーニョが上を取り、そこからパスを決めるか、あるいはロがスイープで上を取るかのという攻防となるだろう。ただし、そこからさらにどちらかがポジションを優位に進め、一本勝ちに至る姿はなかなか想像しにくい。それほど難攻不落の実力を誇る両者だ。心・技・体の全てにおいて世界の頂点に立つ二人の柔術を堪能したい。

さらに、ジョアオ・ミヤオとジャンニ・グリッポという、ブラジルと米国を代表する若手同士のノーギ・サブミッションオンリーマッチも組まれている。体格で勝るのは普段フェザー級で闘うグリッポだが、実績と知名度では、今年の世界柔術ルースター級準優勝、世界ノーギライトフェザー級優勝に輝いたジョアオが圧倒的に勝る。ベリンボロ&50/50を中心としたモダン柔術戦法の使い手というイメージが強い両者だが、ジョアオの方は最近トップを選択して攻めることが多く、見事なパスやバックからの極めを披露している。

対するグリッポの方は、世界柔術にて50/50の新たな解除法を披露する場面こそあったものの、先月の世界ノーギ等では延々とダブルガードや50/50戦が続く試合をしてしまっている(ちなみにグリッポは昨年のヨーロピアン選手権でジョアオの兄のパウロと対戦し、最初から最後までダブルガードの攻防に終始した展開の末に敗れている)。ルール上許容されている闘い方で勝利を目指すことは批判されるべきではないが、柔術の攻防の魅力を伝えるプロの舞台においてこの種の展開が長々と続くのは好ましいとはいえまい。モダン柔術の枠を破りつつあるジョアオとのポイント無しの闘いにおいて、グリッポの新たな姿が見られることを期待したい。

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iPhoneで柔術 iPhone 6/6 Plusの料金シミュレーション 新料金プランよりも旧料金プランの方が得 3大キャリアよりも月額を安くしたい場合はsimhフリー ただしネットを多く活用する人はsimhフリーは不向き iPhone本体の料金も馬鹿に出来ませんし

http://mobilelaby.com/blog-entry-6547.html
iPhone 6/6 Plusの料金シミュレーションを作った!3キャリア&キャンペーンにも対応!
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iPhone 6/6 Plusの料金シミュレーションを作った!3キャリア&キャンペーンにも対応!

iPhone 6/6 Plusの料金シミュレーションを作った!3キャリア&キャンペーンにも対応!

3日後の9月19日(金)に発売を迎えるiPhone 6とiPhone 6 Plusですが、端末価格と毎月支払う使用料金をサクッと計算できるシミュレーターを作ってみました!
新料金プランでiPhone 6/6 Plusの料金をシミュレーションする!
キャリアを選択 ドコモ au ソフトバンク
購入するiPhoneを選択 iPhone 6 16GB 64GB 128GB
iPhone 6 Plus 16GB 64GB 128GB
契約方法を選択 新規契約 MNP 機種変更
プランを選択 基本プラン(定期契約あり) 2,700円/月
基本プラン(定期契約なし) 4,200円/月
インターネット
接続サービス ISP 300円/月
オプション テザリングオプション 300円/月
Apple Care+ 400円/月
端末支払い金 (下取りのみ適用) 0円 下取り価格 0円
月々の端末支払い金 (サポート適用済み) 0円/月 サポート 0円/月
月々の基本料+通信費 0円/月 2年間の総支払額 0円
月々の支払い額 0円/月 データ容量 0GB/月

旧料金プランでiPhone 6/6 Plusの料金をシミュレーションする!

▼つくりました!こちらからどうぞ!

iPhone 6/6 Plusの料金シミュレーターを作った!今度は旧プラン版!

注意事項

全てのキャンペーンに対応しているわけではありません。対応できそうなものだけを組み込んでいます。

また、数時間で作ってあまり検証していないので不具合等あるかもしれません。気づいた方はTwitter等でご連絡いただけると嬉しいです!

ということであくまで参考程度に使ってください!

▼iPhone 6/6 Plusのオンラインでの購入はこちらからどうぞ!

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iPhone 6/6 Plusの料金シミュレーターを作った!今度は旧プラン版!
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iPhone 6/6 Plusの料金シミュレーターを作った!今度は旧プラン版!

iPhone 6/6 Plusの料金シミュレーターを作った!今度は旧プラン版!

「iPhone 6」と「iPhone 6 Plus」の端末料金と毎月の使用料金を3キャリアで比較できて、下取りプログラムとキャンペーンにもちょこっと対応しているシミュレーターを昨日公開したんですが、なかなか好評でした。

今度は旧プラン版を作ったのでお試しあれ!

各社、iPhone向けのキャンペーンをバンバン出していますが、新料金プラン向けのものがほとんどなので、意外な結果になるかもしれません・・・
旧料金プランでiPhone 6/6 Plusの料金をシミュレーションする!
キャリアを選択 ドコモ au ソフトバンク
購入するiPhoneを選択 iPhone 6 16GB 64GB 128GB
iPhone 6 Plus 16GB 64GB 128GB
契約方法を選択 新規契約 MNP 機種変更
プランを選択 基本プラン(定期契約あり) 743円/月
基本プラン(定期契約なし) 1,468円/月
インターネット 接続サービス ISP 300円/月
オプション テザリングオプション 300円/月
Apple Care+ 400円/月
端末支払い金 (下取りのみ適用) 0円 下取り価格 0円
月々の端末支払い金 (サポート適用済み) 0円/月 サポート 0円/月
月々の基本料+通信費 0円/月 2年間の総支払額 0円
月々の支払い額 0円/月 データ容量 0GB/月

注意事項

新料金プラン向けのシミュレーターと同じく、全てのキャンペーンやプランの組み合わせに対応しているわけではありません。対応できそうなもの、主流のプランの組み合わせに対応させています。

また、あまり検証していないので不具合等あるかもしれません。料金については、購入店舗によってオプションの加入を条件に割引を行っているところも結構あるのであくまでも参考程度に使ってください。

ここおかしくね?とかこれに対応して欲しいとかあれば、Twitter等でご連絡いただけると嬉しいです!

・・・こんなん作ったけど、オレSIMフリー版買ったんだよなー・・・

▼iPhone 6/6 Plusのオンラインでの購入はこちらからどうぞ!

http://mobilelaby.com/blog-entry-6557.html

SIMフリー版「iPhone 6 / 6 Plus」の料金シミュレーターを作った!
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SIMフリー版「iPhone 6 / 6 Plus」の料金シミュレーターを作った!

SIMフリー版「iPhone 6/6 Plus」の料金シミュレーターを作った!

「iPhone 6」と「iPhone 6 Plus」の端末料金と毎月の使用料金を3キャリアで比較できて、下取りプログラムとキャンペーンにも対応している料金シミュレーター(新料金プラン向け、旧料金プラン向け)が好評でした。

でも、自分が購入したのはSIMフリー版の「iPhone 6 Plus」

SIMフリー版を購入した人、購入を検討している人ならば誰もが気になるであろう、キャリアとの契約を解除してMVNOに完全移行した時に一体どれぐらいの料金で使えるのか、SIMフリー版のiPhone 6/6 Plusをどれだけ使えばキャリアよりも安くなるのかがわかる料金シミュレーターを作ってみました!
1.契約したいMVNO SIM(低価格SIM)を選択!
サービスを選択
料金
2.キャリアとMVNO SIMの料金を比較する!

MVNO × SIMフリー キャリア
契約事務手数料 0円 0円
端末価格 0円 0円
(サポート適用時) (0円)
サポート 0円 0円
(サポート総額) (0円)
毎月の使用料金 0円/月 円/月
(毎月の使用料金の差額) (0円/月) (0円/月)
1年後の差額(※1) 0円
解約時にかかる費用込みの差額(※2) 0円
(中途解約時にかかる費用) 0円 0円
2年後の差額(※1) 0円
総額が安くなるのは? 0ヶ月目

※1:端末価格と契約事務手数料込みの差額
※2:※1に解約により発生する違約金と端末の残債を加えています
注意事項

現在、IIJmio、BIC SIM、OCNモバイルONE、mineo、ぷららモバイルLTEの定額無制限プランのみ対応しています。追加の要望や不具合の報告は、Twitterで教えていただけると助かります!

作ってみてわかったんですが、SIMフリー版のiPhone 6/6 PlusとMVNO SIMの組み合わせで1年以内にキャリア版より安く済ませるのは結構難しいかもしれませんね。

▼iPhone 6/6 Plusのオンラインでの購入はこちらからどうぞ!


http://iphonedocomoss.com/?p=1456

■SIMフリーiPhoneで泡を吹いたひとリスト。そしてmvnoデビューすれば最強。

By ふじさわ
23 11月, 2013
50 Comments


いらっしゃいませ!
iPhone愛用中・元ドコモ店員です。

やー。
久しぶりのビッグニュースですね。

アップル、国内でもSIMフリーiPhoneを発売–アップルストアで購入可能に

「ついにか!」
「御愁傷様。」
「やったー!」

という声が多く上がっていますが。
そう言ってるのは一部の“詳しい”方々。

世の中の大半は「ぁぇ?いままでもアップルでもiPhone売ってたやん。なにが変わったの?」
という状態かと思います。

ということでこの件についてザッと解説。

目次から。
ーーーーーーー

1、シムフリーとは
2、損するひと。
3、こうすればお得なのだ。
4、こうすればもっとお得なのだ。

ーーーーーーー
1、シムフリーとは

僕らのスマホには全部SIM(シム)と呼ばれる、電波を受信するちっさいカードが入ってます。
それが、ドコモならドコモ、ソフトバンクならソフトバンクの電波を受信しています。

んで。ドコモで買ったスマホにはドコモの、ソフトバンクならソフトバンクの、auならauのスマホにはほとんどに「シムロック」がかかってます。
「シムロック」がかかってると、それぞれのキャリアのシムしか使えなくなります。

例えばドコモで買ったスマホにauのシムを差しても使えません。
ちなみにドコモではシムロックは3150円で解除できます。そうすると他のキャリアのシムを差しても使える。

でも、iPhoneだけは例外です。ドコモで買ったiPhoneは、ずっと、ドコモのシムしか使えません。ソフトバンクシムやauシム。あとで説明するmvnoシムも使えません。
ソフトバンクやauも同じ。はず。

この「シムロック」がかかってないiPhoneが、SIMフリーiPhoneです。
SIMフリーiPhoneには、ドコモのシムを入れてもソフトバンクのシムもauのシムも、mvnoのシムも使えます。

それがSIMフリーiPhone。
3キャリアで買えるシムロックiPhoneより、シムフリーiPhoneの方が、ちょっとすごいでしょ?

いままでも手に入らなかったわけじゃなくて、

ドコモnanoSIM提供開始!【土日祝発送OK】【あす楽】【最短翌日即納可能!】【かんたん設定ガイ...

ドコモnanoSIM提供開始!【土日祝発送OK】【あす楽】【最短翌日即納可能!】【かんたん設定ガイ…
価格:89,800円(税込、送料込)

こういうとこで買えてました。

でもこういうところはどこの輩かもわからんし、転売業者のリザヤが乗っかって高い事が多い。
なのでこういうどこの輩かわからないのから買わずとも、
Appleストアで公式に、定価で買えるようになった、というのが今回なのであります。


2、損するひと。

以下が、昨日の発表で泡を吹いてる方々のリスト。
上から泡の量が多いです。

●シムフリーiPhone転売業者。

上のリンクを貼ったような転売業者のみなさん。
いままで日本ではシムフリーiPhoneはなかなか手に入らなかったから、こうして中国かアメリカから輸入して、リザヤをのっけて転売すれば儲かってた。
もうそんなことはできません。
誰だって公式から買った方がいい。転売業者は、公式より価格を下げる事はできない。下げてきたら、それは赤字覚悟。
残念!

●3キャリア

この瞬間には損はないですが、これから1年,2年かけてダメージが増えるでしょう。
これからは「シムフリーiPhone+mvno契約」が増えてきて、そこにはドコモ、au、ソフトバンクが介入する隙間がなくなります。
いままでは日本国民全員が3キャリアのどこかを使う前提でしたが、そうでなくなりますからね。これはキッツイ。

●3キャリアの店員さん
「あっぷるからしむふりーあいほんがでたらしいけど、ありゃなんじゃね?」
と言われたとき、途方もなくめんどくさい説明をしなくてはいけない。

つまりはこの記事のことを説明すればいいのだけど、長いし、理解してもらえないし、理解したら自分の店では買ってもらえないし。

●最近、3キャリアを使ってiPhoneにしたひと。

・・・・って、僕じゃん(笑)
これは損したというより、「よりお得な方法にすぐには移れない」から、損してる、という記述にしました。
次に書く、「こうすればお得なのだ」な方法を、僕たちはすぐにはできません。
2年しばりとか、本体代の分割払い。月々サポート。月々割。毎月割。
3、こうすればお得なのだ。

「こうすればお得なのだ。」です。
それは「AppleストアでシムフリーiPhone買う + mvno契約する」
です。

mvno契約というのは、とある業者がドコモとかauの電波だけ借りて、自分達のブランドで通信の契約をしてくれる、というものです。
2001年に日本通信が最初に始めました。

mvnoの特徴を3つ。
●安い
●通信制限がある
●なんかよくわからん、うさんくさい感じがする

ことです。
ひとつずつ。

●安い
月額980円とかで使えちゃいます。



こことか。
他にも380円とか500円とか、乱立してます。
それぞれに特徴があるようです。
3キャリアでは月額5000円とか6000円で通信を提供してたわけなので、だいぶ安くなります。

●通信制限がある
980円といっても使い放題じゃぁありません。
上にリンクを貼ったOCNだと、一日30MB。これを超えると速度ダウーン。

ドコモなど3キャリアも通信制限はありますが、mvnoはそれよりずっとキツくて、一日単位が多いです。
料金が安いから、通信料も少ない。当然っちゃ当然。と。

●なんかよくわからん、うさんくさい感じがする。
その通り。
街中に[NTT Docomo][au by KDDI]って看板が掲げてあるみたいに、

「日本通信」「OCNモバイル」って看板やCMがいっぱいあればいいのですが、残念ながらありません。
上のリンクみたいな、ネットの奥〜の方や、電機屋の片隅でしか手に入りません。

まだ市民権を得ていないから仕方ないのですが、時間さえ経てば市民権を得る事があるかもしれません。
とりあえずいまは、「うさんくさいけど試したもん勝ち」です。

そして僕もmvnoは試してないのですが、ザッと見た感じ、どこも一長一短。
当然、電波などのリソースが限られているので革新的なmvnoサービスはありえない。

ここはおとなしく


ここから申し込んで頂ければ、ジュース一本分ほどのお布施が僕のサイフに入ります。(笑)
でもホントにmvnoサービスは乱立しているので、どこが最高かのリサーチはかなり骨が折れるでしょう。
OCN mvno nanosim

こういう感じだよ。
4、こうすればもっとお得なのだ。

普通に3キャリアでiPhoneを買った場合。
本体大の割引の月々サポートがかかるとはいえ、かかる料金は毎月約8000円。
2年間使ったとして
8000円×24=192.000円。

AppleストアでSIMフリーiPhone買ってmvnoで使ったとして。
iPhon5s 16GBで本体代71800円+(980×24)=95.320円。

オーマイガッ!!半額!!

なわけです。
半額になることによるリスクは3点。その対処法も。

●一括で買わなきゃ? → カードでジャキンだっ!
●通信制限がっ! → ワイファイ!wi-fi!
●電話とSMSがっ! → LINEと050plusだっ!

ひとつずつ。

●一括で買わなきゃ?

3キャリアなら、サイフが空っぽのままお店にいっても、80000円くらいする端末を買って帰れます。
そこには2年縛りとか月々サポートとかいろいろあるからですが。

Appleストアではどうやら80000円近くを一括で払う必要がありそうです。う〜ん。キツい。
ここはクレジットカードで分割払いをするのですっ!そうすれば24回払いできる。

Appleストアの他の製品(macとか)は、分割24回払いに対応はしてたのですが。でもそれも結局カードつくれーって言われるだけだったしなぁ。

●通信制限がっ!
さっきも書いた通り、mvnoにすると一日あたりの通信料が制限されます。
OCNによると、一日の上限30MBとは

※30MBで利用可能なサービスの目安は、次のとおりです。
テキストメールの送受信:約6,000通、Webサイトの閲覧:約120ページ、動画の視聴:約15分、IP電話アプリ「050 plus」による通話:約120分

となっております。
これだけでオッケーなひとはオッケー。NGなひとは、自宅のwi-fiに接続するか、普段使ってるwi-fiルータで頻繁に接続しましょう。
そんなのないわーというひとは、通信料に気をつけながら使ってください。

●電話とSMSがっ!
mvno契約は基本的にインターネットの通信のみの契約なので、電話番号はつきません。
なのでいままでのように電話することもできませんし、電話番号を使ったメール(SMS)も使えません。

しかしそこはLINEと050plusでカバーでしょう。
LINEと050plusに関する記事はこちら

ということで無敵です。「シムフリーiPhone+mvno契約」

しかしいずれにしても今使ってるキャリアを辞めることになるし、2年の分割払いも途中で終わらせるから違約金やなんやかや。
なのですぐにこのやり方でできるひとは少ないと思いますが。

いままでもこのやり方はできたんですが、「シムフリーiPhone用意する」「mvno契約する」のどちらもがめんどくさかったのでハードルが高かったです。
で、今回は「シムフリーiPhone用意する」ハードルがグッと下がったわけです。なので思い切ってmvno契約するのはどうですか?という話です。

もちろんシムフリーiPhoneだけ買って、家のwi-fiやwi-fiルータだけで使えば、本体代だけでオッケー。あれ。これが真の答え?

このブログでもちょくちょく書いている
「これからのケータイ業界の理想の未来」である、
「機種もキャリアも自由に選べる時代」
を目指していることを考えれば、最高に素晴らしい発表です。アップルさん。

ということで今日の記事は以上です。
久しぶりに世の中の役に立つ記事を書いた気がする。

またのお越しを、おまちしています!!

http://getnews.jp/archives/665098

SIMフリー版『iPhone 6』と『iPhone 6 Plus』を12回払いの金利0%で買う裏技

2014.09.10 19:00 記者 : ソル カテゴリー : エンタメ タグ : 0% 6 iPhone SIMフリー アップル エンタメ ゴールドラッシュ ソル マメチ 分割 裏技 豆知識 金利
QUOカードが当たるアンケート毎月500名様にQUOカード500円分が当たる!ご協力お願いします/大阪ガスwww.osakagas.co.jp

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金利0%キャンペーン
昨日発表された『iPhone 6』と『iPhone 6 Plus』だが日本のアップルウェブサイトにも値段が掲載されており、その値段は『iPhone 6』の128GBが8万9800円、『iPhone 6 Plus』の128GBが9万9800円となっている。
こちらはSIMフリー版で発売と同時に入手することが可能。
以前の『iPhone 5s』のSIMフリー版は2か月遅れての発売となったが今回は各キャリア版と同時発売である。既に各キャリアと契約してる人は本体だけを買い換えてSIMを差し替えればいい。

しかし携帯電話ごときに10万円も払えないという人も居るだろう。そんな人のためにアップルが用意してくれたキャンペーンがあるのだ。それは分割払い金利が0%になるというもの。こちらは2014年9月30日までに3万円購入すると年率0%で利用できるというもの。つまり12回払いまでは0%というわけである。

支払い回数6回、8回、12回と選ぶことが出来るがいずれも0%、18回から3%が発生することになる。

これで『iPhone 6』128GBを購入した場合は月7400円(初回のみ8400円)、『iPhone 6 Plus』の128GB版の場合は月8300円(1回目のみ8500円)となる。これらはアップルのローンシミュレーターでの計算。
64GBだと更にグッと安くなり月6600円、7400円で手に入る。

まるで今回の『iPhone 6』と『iPhone 6 Plus』にあわせたかのようなこのキャンペーン。使わない手は無いので一括は厳しいと言う方は是非活用してみよう。

Appleローン 分割金利0%キャンペーン
http://store.apple.com/jp/browse/finance/loan

※この記事は、ゴールドラッシュの「ソル」が執筆しました。[リンク]

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プロ柔術MATSURI第6戦 誰がために鐘は鳴る 【ブラジリアン柔術DVD】  第5試合 アダルト紫帯レーヴィ級 井上啓太(GROUND CORE) vs 高木翔太(柔真會) プロ柔術MATSURI第5戦 原点回帰 【ブラジリアン柔術DVD】 第5試合 アダルト紫帯73kg契約 古谷裕樹(G-FREE) VS 白石勝紀(グレイシーバッハJAPAN)



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(1)先に行くほどアホノミクスの大失敗に国民が気付く。 (2)リーマンショック以後の世界的な金融破綻による資本主義の断末魔。 (3)3年を経過して4年目からの被曝疾患の爆発的表面化。

http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/74bc4afea6c3610c22f48a7cc7a4a127
嘉門達夫『あったらこわいセレナーデ』 絶対に凍らないフクシマの凍土壁
2014年11月23日 | 政治

『あったらこわいセレナーデ』 作詞&作曲:嘉門達夫

この世にそんな おそろしい物が あったらこわいよ
あったらこわい あったらこわい あったらこわい
セレナーデ

透明のバキュームカー 餃子味のガム
当たり付きの河豚料理 タコの眉毛
ノッペラボウのにらめっこ 指紋のあるグローブ
お坊さんのアクアチェック スキップする象
内輪揉めしている扇風機 モゾモゾ動くタラコ
正座している犬 角刈りのライオン 松の木小唄を歌う杉の木

あったらこわい あったらこわい

オブラートで出来たコンドーム
ターボエンジンを付けて 町内をギンギンに ぶっ飛ばす ちり紙交換車
三三七拍子を打つ心臓 毛の生えたミートボール
夜中になると台所を這い回るたわし 蛙のクロール
マルムシのバク転 飛び出すエロ本
七三に分けたおしり 脱毛に悩む毛虫
ストレートパーマを当てた羊 つぶつぶ入りマムシドリンク

あったらこわい あったらこわい 
先の四角い ソフトタンポン


『NASA:衆議院選挙投票日(12月16日)地球は磁気嵐に襲われる』



NASAの公式サイトが先日、12月に地球が丸6日間闇に没すると発表したと複数のメディアが報じる。
10月16日から30日までの二週間、太陽のAR2192黒点が大規模な爆発を旺盛に繰り返した。12月16日から22日まで、地球をここ300年で最強の磁気嵐が襲う。磁気嵐は同じ太陽のAR2192黒点からのプラズマ放出によって引き起こされる。上記の期間、地球全域でオーロラが見られ、一週間の間、全人類が、数世紀ぶりの長々しい夜を体験、通信に異常が出る可能性もある。

米航空宇宙局(NASA)の専門家たちは22日この情報を否定した。太陽フレアによる最大の危険は、地球の磁場の変動であるとしている。


『凍らないフクシマの凍土壁』


東京電力は半年も前から福島第一原発の汚染水対策として凍土壁を建設して、『凍結』を目指すが一向に凍らない。仕方が無いので10月からはセメントなどの充填材で隙間を塞ぎドライアイスや氷を大量にぶち込み凍らせよとするが矢張り凍らない。

11月18日、GDPショックによる消費税の増税先送りによる衆議院解散・総選挙の発表と合せて、『凍らないフクシマの凍土壁』を正式発表する。

あったら怖いセレナーデの真打は間違いなく摩訶不思議なこの『凍らないフクシマの凍土壁』である。

透明のバキュームカーや当たりのあるフグ料理やオブラートで出来たコンドームよりも、とんでもなく恐ろしい。
2011年3月11日の福島第一原発事故の直後から民主党政権(馬渕国交相)は地下ダム建設を計画していた。
地下ダムは発表寸前に何故か先送りされ、その後有耶無耶にされていたがメルトダウン事故から3年後に凍土壁と言う前代未聞の工法での地下ダムを建設すると言い出した。東電の説明によるとコンクリートの地下ダム方式ではなく『電気による凍結』方式なら可塑性が有る(もしも失敗した時に撤退が簡単)と発表していた。

ところが一向に成功しない。予定どうりに凍らない凍土壁による地下ダムですが3年前と同じで、またまた『先送り』されそうな雲行きである。


『一つだけでも恐ろしいが・・・』

解散の理由だという消費税の10%増税ですが、実は与野党とも『先送り』(予定した通りでは増税できない)では全員が一致しているのです。
その意味では共産党から自民党までが意見が同じなのですから、まったく選挙の争点が無いのです。
ですから、今回の解散ですが、目的はまったく別にあると考えるべきでしょうが、最大の問題とは、この『目的』なるものが『一つ』では無いことでしょう。
とりあえず誰でもが考え付くのが、
(1)先に行くほどアホノミクスの大失敗に国民が気付く。
(2)リーマンショック以後の世界的な金融破綻による資本主義の断末魔。
(3)3年を経過して4年目からの被曝疾患の爆発的表面化。
来年ですが、この3点が間違いなく表に出でくるが、大騒動が起きるその前に選挙を、『とりあえず』やる。
この三点セットは間違いなく来年早々に日本国で大問題になる。
ところが、それ以外にもとんでもない大問題が控えている。
フクシマのレベル7のメルトダウン事故以来、原子炉1基当たり1時間に7トン、総量では1日400トンもの冷却水を今でも注入し続けているのです。
ところが、原子炉には核燃料が無いと政府や東電は爆発事故から3年目に発表しているのですよ。
この空っぽの原子炉に今でも何故か理由は不明だが冷却水を以前と同じ量を大量に注入し続けているのです。結果的に大量の汚染水を毎日400トンも作り、これを入れるタンクを作り続けている。
物事の辻褄が少しも合っていないのです。
何故、今でも1号機から3号基で大爆発事故が起きたときと同じなのか。
事故当時と同じ量の冷却水を『空っぽだ』と発表した原子炉に注入しているのか。
この理由ですが、たぶん政府や東電は、『止める』との決断が付かないので、仕方なくずるずると冷却水の給水を続けているだけなのです。
フクシマですが、アンダーコントロールどころが、五里霧中で何一つ分からない。
分からないどころか、凍らない凍土壁が示しているように、地下ではメルトダウンした核燃料の塊が高熱をだしていて、未だに再爆発の危険性が高いのですよ。
だから冷却水の注入を止められない。
現状のフクシマですが、少しも危険が去っていないのです。
北海道新聞は、朝日新聞などが吉田調書を誤報だとしたことが、誤報だったと結論しているのです。
摩訶不思議な朝日新聞誤報事件ですが、猫だましの『赤いニシン』であり、実は今のフクシマが危ないことを誤魔化したいのです。

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フクシマの凍らない凍土壁の不可思議な事実を報じている事であろう。(世界に冠たる我が日本国の一流土木会社が数メートルのトレンチの凍結に半年以上も失敗するなど到底現実に起きた話とは思えない悪夢である)

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http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/5a3190930dc24f3aafe81c83bd9e7990
GDPショックと、首相解散表明と、凍らない凍土壁と、
2014年11月20日 | 政治

『恐怖の三題噺』

消費税の3%増税(合計税率8%)により、日本の2014年7~9月期国内総生産(GDP)は2期連続のマイナス成長と、予想の通りの景気後退( リセッション)局面入りとなって安倍晋三首相は解散を表明する。
安倍晋三はGDP(国内総生産)速報値が年率1.6%減のマイナス成長になったが、これを『消費税増税の悪影響だ』と自分の責任を認めて、来年10月に予定していた消費税率10%への引き上げを1年半先の2017年4月まで『先送り』を行い、衆議院解散・総選挙を行うという。
(ただし、テレビに出てきた安倍晋三はアベノミクスのプラス面だけを強調、増税でGDPがマイナスとなり再びデフレに突入した事実は一切触れなかった)
唐突な消費税増税の3年先の2017年までの『先送り策』に対して、今まで強硬な消費税増税論者であった甘利財政金融TPP担当大臣までが『せっかく日本経済のデフレ脱却の動きが、予定どうりの消費税増税では失敗する』として先送り策(事実上の増税中止策)に賛成する。
一貫して消費税増税を主張している甘利大臣ですが、何と、消費税の増税では日本経済がリセッション(デフレ)になると知っているのですよ。
もちろんマスコミ関係者も全員が知っている。経済学者はもっと知っている。

『語るに落ちる』

2年前の野田義彦首相の消費税増税での『自民と民主の馴れ合い解散』 (自爆解散)を行った民主党も、『予定どうりの増税』から『先送り』(事実上の増税中止)へと転じる。
自民党民主党以外の他の野党は元々が『消費税の増税先送り』であった。(小沢一郎などの民主党の分裂騒動の原因とは、そもそも消費税増税の是非だった)
共産党だけは少し表現が違い先送りでは無くて『増税中止』なのですが実は中身は同じだった。
(消費税8%の3年先の日本国の未来は、今よりも全ての経済指数が大きく落ち込んでいるので消費税の増税など夢のまた夢)
今回の安倍自民党総裁のいう『3年先の2017年へと、増税の先送り策』とは、丸々中身が志位共産党委員長の増税中止と同じ意味なのです。
ですから、我が日本国では自民党から共産党まで全政党が挙国一致、みんな仲良く『先送り』が満場一致で決定され『めでたしめでたし』なのである。
ところが、なにやらマスコミも野党も有識者も一般国民も全員が今回のバンザイ解散に不満なのですか不思議である。(3年先へと『増税先送り』が選挙の争点なら、与野党とも意見が全員同じなので、そもそも争いにならない)
辻褄が合っているようで、少しも辻褄が合わないのである。(ちなみに町村自民党副総裁は今回の解散劇をして『念のため解散』であると指摘している)

『犬が西向きゃ尾は東。雨の降る日は天気が悪い/親父は俺より年が上』

When the crow flies her tail follows.(カラスが飛べば尾が後ろ)の例えの通りで、何も安倍晋三でなくても輪転機をグルグル回せば世界中何処の国でも必ずインフレになる。
逆に、消費に税金をかければ必然として、国内消費が落ち込む。
1997年のようなバブル崩壊後の消費不況時に消費税を増税すれば必ずデフレに落ち込みGDPが下がり国税収入が減ってしまう。

この程度は、別に経済学者でなくても大人なら常識の範囲なのです。全員が消費税増税後の結果が日本国のデフレスパイラルであることを知っているのですよ。
ところが超高偏差値の日本国の財務官僚たちは全員が逆の『財政再建のための消費税増税』を主張していた。
1997年に、たったの2%増税した結果、我が日本国が世界的に珍しいデフレスパイラルに陥り、GDPが下がり続けて、年々国税収入が減っている。
この事実は財務省自身が認めている。
消費税はバブル経済(ハイパーインフレ)の真っ盛りの1989年4月に導入されているが、国税収入の最高値は翌年の1990年の60・1兆円である。

消費税導入以後の日本経済は、『25年間も穏やかに死につつある』事実は、なにもヘッジファンドのジョージ・ソロスに指摘されなくても誰の眼にも明らかなのである。
ところが何故か財務省やマスコミや自民党政治家は真実を語らず、消費税の増税での財政再建を主張する。
我が国の国税は例外だったバブルの絶頂期(1990年の60兆円)の特殊例を除けば、それ以後は消費税を増税した1997年(平成9年)の53・9兆円が最高値だったのである。
財務省の国税収入の年度別推移を見れば一目瞭然で、日本経済は1997年をピークにしてジリ貧状態に陥って現在は40兆円台にまで落ち込んだ。
日本経済にまだまだ余裕が有った1997年には消費税を増税した翌年以降にデフレが起きていたが、長年続くデフレスパイラスで体力を消耗、日本経済が極限まで弱体化している今回は即座にデフレが発生している。

『京の五条の糸屋の娘 姉は十六妹十 四 諸国大名は弓矢で殺す 糸屋の娘は目で殺す』

どこの世界でも『兄は弟より年ゃ上』『犬が西向きゃ尾は東』であり結果を勝手に動かせないのですが、我が日本国だけは別だった。『大阪本町糸屋の娘、姉は十九で妹は二十歳。どこかで勘定を間違えた』。
誰かが何処かで勘定を間違えて、『姉のほうが妹よりも年下だ』(消費税を増税すれば国税が増える)(増税でインフレになる)と強引に言い張って譲らない。
安倍晋三ですが愚かにも今回の消費税3%増税で、税金分だけ物価が上がるのでインフレ指向だと言い張っていた。
消費税を増税しても消費が以前と同じで→『同じ数量が売れれば』→『消費税分だけインフレになる』計算だったのである。
確かに消費税の増税分、物価は上昇した。
ところが賢い日本人は一斉に財布の紐としめて消費を抑制して、質素倹約、貯蓄と生活防衛に走ったのである。
高偏差値の秀才ぞろいの財務官僚には、我が日本国では消費税で消費活動が大きく冷え込む(売り上げ総額が下がりデフレになる)との、当然の発想が無かったのである。
現実の日本経済は、消費税の3%増税に敏感に反応して、即座にデフレに落ち込んでいる。
今回、財務省の机上の計算(真っ赤な嘘のプロパガンダ)とは大違いで、消費税とは増税すればデフレになる種類の特殊な税金だったのである。
(日本国の長年続いていた悪性のデフレの原因とは消費税だった)
日本経済は消費税の導入後25年間もゆっくりと穏やかに死につつあったが、今回は、その厳然とした『明白な事実』を日本人全員が確認したことの意味は大きいだろう。
今回のGDPショックでは、消費税増税派の筆頭だった甘利大臣までが『増税でデフレになった』事実を嫌々認めているのである。

『いくらでも操作が可能な政府発表の数値(速報値)』

政府の発表する数値ですが、実は数字ほど簡単に誤魔化せるものはないので有る。(真実と数値が一致しているとは限らない)
今回のような1次速報がアテにならない。(政治的の思惑で最終的な『確定値』と、最初の『速報値』とでは大きく違う場合が有る)
もっとも有名なのは自民党政府が崩壊して民主党政権に変わった歴史的な政権後退選挙があった2009年7~9月期の政府発表である。実質GDPで、1次速報が4.8%、2次速報は1.3%に下方修正、確報がもっと下方修正してマイナス1.9%だった。
最初の速報値と最終的な確定値では6.7%もの開きが出ている。基本的に『数値』などはいくらでも修正が可能なのである。(基本となる民間設備投資とか在庫調整の数値を操作する)
2013年10月安倍首相は消費税増税に逡巡していたが、最終的に消費税8%増税を決断する。この時に財務省が出した4~6月期の1次速報は2.6%だったが2次速報で3.8%に上方修正して景気回復を演出。浜田宏一内閣官房参与(エール大学教授)らの慎重論の押し切って消費増税が決定された。
ところが消費税の増税決定後に発表された財務省の改定値は1.1%で3分の1以下にまで縮小している。日本国の財務省とは口から出まかせ、ゴムひもを売り歩く香具師の寅さんと五十歩百歩の信用度なのである。

『新聞は「見出し」だけ読めば十分』 麻生太郎の大名言

2014年11月18日の毎日新聞(西日本版の大阪本社)朝刊の第一面の見出しはスポーツ紙並みの特大の『DGPショック』であり、右側には大きく『首相 きょう解散表明』なのですが、実に良く考えられたタイトルであると感心する。
サブタイトルが『アベノミクス瀬戸際』であり、『「想定外」株価急落』だった。
小見出しが『与党 解散に懸念も』だった。
漫画中毒で日本語を読めない総理として有名だった麻生太郎の大名言 『新聞は「見出し」だけ読めば十分だ』の正しさをこれ程証明している事例も珍しい。
毎日記事で特に秀逸だったのは、この第一面の左端の方に『汚染水 止水できず』『福島原発のトレンチ』と題した4段ほどの小さな記事。(第一面の記事はGDPショックとフクシマだけ)
フクシマの凍らない凍土壁の不可思議な事実を報じている事であろう。(世界に冠たる我が日本国の一流土木会社が数メートルのトレンチの凍結に半年以上も失敗するなど到底現実に起きた話とは思えない悪夢である)
これだけ輪転機をフル回転しても、最早消費不況による日本のデフレが止まらない。
130兆円の年金資金を株式の賭博にぶち込んでも、頼みの株価の下落も止められない。
もちろんフクシマの汚染水も止まらない。
どれ程努力しても凍らないのですが、メルトダウンして原子炉の地下に落下した核燃料から膨大な熱量が放出されているのでしょう。何十年ぶりかの御嶽山の噴火どころか3年半ぶりのフクシマの大爆発が一番心配されているのである。
我が日本国ですが、間違いなく45度以上傾いた旅客船セウォル号そのものですよ。日本丸の沈没までの時間は、あと少ししか残されていないのです。
一つ一つは何の意味であるかが分からない。
しかし、GDPショックと唐突な衆議院解散・総選挙と意味不明な凍らない凍土壁の『恐怖の三題噺』なら結論は自ずから明らかなのである。

『高倉健さん死去と橋下徹出馬(大阪市長辞任)とアベノミクス解散』

GDPショックが起きた18日の毎日新聞夕刊のコラム『近時片々』が面白い。
『アベノミクス礼賛の音頭も木枯らしに消え。一炊の夢冷めて景気後退局面の悪夢か。
名づけて「矢も盾もたまらない解散」なんて。
福島第1原発。トレンチ止水ならず。流れ去るは「アンダーコントロール」の確言。』
「怪物」どこ吹く風との『近事片々』コラムですが、アベノミクスがGDPショックで簡単に吹き飛び、衆議院解散とフクシマの原発事故との関連を示唆しているのです。
コラム『近時片々』がある2014年11月18日の毎日新聞(西日本版の大阪本社)夕刊の第一面は大きく『高倉健さん死去』で左に小さく『橋下氏出馬』。大阪市長の橋下徹よりも一回り小さい活字の『首相今夜解散表明』の見出しだった。毎日新聞の扱いですが、高倉健>>橋下徹>安倍晋三の順番なのである。

『小市民のルサンチマンとしての、東映仁侠映画と橋下徹の政治ごっこ』

1960年代に一世を風靡した高倉健主演の東映仁侠映画ですが、歴史的に見てこれは同時代のアメリカの西部劇と同じであり日本の仁侠映画は完成された様式美を持っていた。そして、全ての完成されてものには発展も未来も無い。完成された様式美が持っている運命である『終り』が来て仕舞う。同時期に作られたブルースリーの香港製活劇ですが、何と東映仁侠映画のパクリですよ。
真面目一筋で正義の主人公がひたすら悪党のイジメや世の中の不条理にじっと耐えているのですが、最後の最後に堪忍袋の緒が切れてプッツンする。今までの温和な平和路線とは180度決別して、やることが無茶苦茶、暴力の限りを尽くす。
健さんは日本刀だかブルースリーはヌンチャクを持って悪党の巣窟にたった一人で殴り込みをするのですが、このカタルシスが日本人観客にとってたまらない。
香港映画でもラストシーンは同じだったのですから、最後の破滅的なカタルシスの快感は世界共通だったのである。
私憤の暴力的な憂さ晴らしの弱者のルサンチマンのように見えて、実は社会的正義を求める多くの市民の公憤 を高倉健は具現化していたのであろう。
対して自民党や大企業、マスコミなどの社会的不正を告発している公憤を代表しているかに装って自分勝手のルサンチマンを具現化していたのが組織売春の顧問弁護士だった橋下徹である。
善良で疑うことを知らない庶民は昔の健さんに拍手したように全員でヤクザものの橋下徹のルサンチマンを拍手喝采を送って歓迎した。
今回は都構想に非協力的な『公明党に仕返しする』と市長の椅子を蹴って衆議院に打って出るが、発想が丸っきりチンピラヤクザそのもの。少しの違いも無い。

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原因と結果が180度逆さまなのである。 財政赤字を解消しようとして消費税を増税すると(消費税額は多少増えるが)国税収入全体では減少する。 日本の場合には、財政赤字の原因とは消費税の増税だったのである。

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http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/9c1909be279b2f92d33f4c4e8c470ffa

消費税で25年間ゆっくりと、穏やかに死につつある日本
2014年11月22日 | 経済
(財務省が発表している一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移のグラフ)
『原因と結果を逆さまに描くマスメディア』

IPCCやゴア副大統領らの人為的CO2温暖化説の根拠とは大気中の炭酸ガス濃度と気温上昇との間に相関関係が有るとするものですが、グラフにすると確かに両者は連動しているのすが、良く見ると半年程度のずれが有る。(気温の上昇後、CO2上昇が半年遅れで現れる)
海水温が上がると大気中に炭酸ガスを放出するので、 温暖化すれば半年遅れでCO2濃度が上がるのは当然だった。IPCCですが詐欺ですね。
原因の気温上昇と結果のCO2濃度の上昇の関係を逆さまに描いて真面目で善良な人々を騙したのが人為的CO2温暖化説ですが、良く似たものにニホン国の財政再建策(財政赤字)と消費税増税が有る。
原因と結果が180度逆さまなのである。
財政赤字を解消しようとして消費税を増税すると(消費税額は多少増えるが)国税収入全体では減少する。
日本の場合には、財政赤字の原因とは消費税の増税だったのである。

ところが原因と結果を逆に描いて、日本経済新聞を筆頭に産経読売は言うに及ばず朝日毎日など全ての新聞が、『消費税率10%への引き上げが1年半延期されれば、財政健全化目標の達成は一段と厳しくなる。』『財政再建の「黄信号」 増税延期 赤字半減目標厳しく』などと全てのマスメディアが同一の主張を繰り広げている。
毎日新聞では社説で何回も消費税増税の先延ばしで財政再建が破綻すると主張しているのです。
ところが、産経ニュース(ウェッブ版)には紙の新聞とは180度逆の『消費税率10%に引き上げたら税収総額ガクッと減る』事実を指摘する記事が掲載されていた。
我が日本国では財政赤字が100億円を越えるあたりから異口同音に『財政健全化』が叫ばれていた。
ところがである。何故か日本政府が努力すればするほど財政赤字が増えて今では1000兆円にも膨れ上がる。
何と、今までの日本の財政再建策こそが、実は日本の財政赤字の元凶(主犯)だったのである。


『民主党は「消費増税」をわびるべきだ 官僚の言いなりだった菅、野田両氏』2014.11.14

安倍晋三首相は消費税率10%への引き上げ実施を先送りしたうえで、衆院解散・総選挙に踏み切る情勢になってきた。アベノミクスが4月からの消費増税のために、瀕死の状態に追い込まれたことから、再増税見送りは当然だが、現役世代に対する所得税減税などの景気対策も必要だ。安倍政権は増税に応じたために、ずいぶんと回り道をする羽目になったものだ。
政治面では、消費増税のとばっちりを最も強烈に受けるのは、どうやら野党第1党の民主党のようである。
態勢がまったく整っていない中での解散総選挙で民主党は壊滅的打撃を受けるとの恐れが同党内部で出ている。
民主党の没落は今に始まったわけではない。
菅直人、野田佳彦の両氏が首相時代、増税を仕掛ける財務官僚の思惑に飲み込まれて以来、党は増税賛成、反対派の対立で分裂した。
野田氏は自民、公明との「3党合意」で8%、10%への消費税率2段階引き上げを強行した揚げ句、2012年12月の総選挙で惨敗した。
その教訓とは、財務官僚の言いなりになることが、命取りになるということだ。
菅氏は「増税して財政再建しないと、日本はギリシャみたいに財政破綻する」という財務官僚の脅し文句を唱和した。
野田氏は、「増税すれば景気は良くなる」という財務省御用の学者の虚偽論法を信じ切った。
1997年度の消費税増税後、消費税収は確かに増えたが、法人税と所得税の税収合計額は消費税増収を上回る幅で減り続けた結果、財政収支は大幅に悪化した事実を民主党の指導層は直視しようとしなかった。
増税すれば、家計の実質所得が減るので消費を減らさざるをえない。
需要は減退するので、企業は国内生産・投資、さらに雇用を減らし、経済は萎縮するという悪循環に陥る。(デフレスパイラル)
このことは、経済学を勉強しなくても分かる常識なのに、御用学者のデマゴギーを野田氏はうのみにした。
安倍首相の場合は、いったん与党の自公が野田氏が敷いた増税路線に乗ったが、恐るべき災厄を招きつつあることに気付いた。
消費税増税で全体の税収が増えるとはかぎらない点や、脱デフレのゴールが遠のく現実を憂慮するようになった。
消費税増税後の需要反動減後について、「消費がV字型に回復する」という日経新聞やエコノミストたちの楽観論も現実のデータが吹き飛ばしたので、最近ではさすがに増税派も口ごもるようになった。それでも、与党内には、予定通りの増税推進派が多数を占めているが、各種世論調査は圧倒的多数が否定的だ。
首相の「増税延期で国民に信を問う」決断はタイムリーだ。
安倍路線に対し、民主党側は「増税ができないのは、アベノミクス失敗のせいだ」と打ち返すつもりだが、責任逃れだ。
有権者を引きつけたいのなら、率直に「わが党推進の増税は間違っていた」とまずわびよ。そして、「再増税反対」へと大転換すべきなのだ。 (産経新聞特別記者・田村秀男)

『産経新聞特別記者・田村秀男「お金」は知っている』

あまりにも素晴らしい出来上がりなので全文を掲載したウェッブ上にある『「お金」は知っている』シリーズの今回の14日付け記事ですが、何と田村秀雄産経新聞特別記者の主張とオルタナティブな政治ブログを標榜する当『逝きし世の面影』の長年の主張とが『同一』なのです。
(産経新聞らしい)無意味な安倍晋三首相へのヨイショ部分以外、日本のデフレ経済に対して完璧に同じ現状認識(主張)なのですから驚きだ。
本来『科学的な正誤』とは客観的普遍的であり、思想信条や宗教、道徳など個人の内心とは無関係なので、ファシストでもリベラルでも『同一』なのである。
記事は夕刊フジ(産経ニュース)として書かれているのであるがピカソが言ったように靴職人が打つ釘はナチス党員でも共産党員でも同一。少しも違いが無い。
『お金は知っている』 の2014.09.19記事、『消費税率10%に引き上げたら税収総額ガクッと減る恐れ』でも同じで、消費税の増税でのデフレ発生を論じているのです。
論旨を抜粋すると、

・・安倍晋三首相の14日のNHK『経済がガクッと腰折れしたら思惑通りに税収は上がらない。』消費税増税しても、国の一般会計税収総額は増えるどころか、「ガクッと」減ってきた。
1997年度の消費税増税以降、増税前の96年度と比べて税収がどうなったか。
所得税収と法人税収は大きく落ち込み、その減収分が消費税増収分をはるかに超えて財政が悪化し、98年度からはデフレ局面に入り、消費税を含む全体の税収は96年度を下回り続けている。
消費税増税で財政収支は好転しない。
消費税率を引き上げた結果、慢性的なデフレ不況に陥ってしまったために、財政収支が悪化の一途をたどってきた。
仮に安倍首相が来年の10%への税率引き上げを見送る決断をしたとしても、すでに今年4月からの増税に伴って、4~6月期の家計実質消費は戦後最大級の落ち込みを示している。
企業在庫は増える基調にあり、雇用や設備投資の下方修正に向かえば、まさに97年度増税の繰り返しだ。
(消費税率引き上げ「3党合意」当時の党首である)自民党の谷垣禎一幹事長、公明党の山口那津男代表、民主党の野田佳彦元首相が来年10月の消費税率10%への引き上げを再確認。麻生太郎財務相兼副総理、二階俊博総務会長も増税派。(産経新聞特別記者・田村秀男)

『日本の国税収入と歳出の推移』

我が日本国では、税収と歳出との関係が乖離するのは25年前からなのです。
財務省の『一般会計税収、歳出総額及び公債発行額の推移』のグラフを見れば一目瞭然であるが、我が日本国の収入(税収)と支出(歳出)は25年ほど前までは連動していた。
国としての支出が増える分、収入も増えていた。税収と歳出の10兆円ほどの差額(支出の先食い)を国債の発行で誤魔化していたのである。
では、日本国の25年前に何が起きていたのか。
1989年(平成元年)4月消費税(3%)が導入される。当時はバブル経済の真っ盛りで日本全体が浮かれ騒いでいた。
1990年(平成2年)日本国の税収は史上初めて60兆円を超えるが、まさにバブルは絶頂期を迎えていた。以後の国税収入は一度も1990年の値を超えていない。
1997年(平成9年) にはバブル崩壊から日本経済はゆっくりとながら立ち直り、国税収入は54兆円弱にまで復活する。
ところが1997年の再度の消費税増税(2%増の5%)の影響は凄まじく、それ以後の日本経済はデフレスパイラスで、坂道を転げ落ちる石の如くであり、以後1997年値を一度も超えられない。
2014年4月には3度目の消費税3%(合計8%増税のGDPショックが発生して、日銀の異次元の金融緩和(インフレ策)にもかかわらずデフレに落ち込み、 大慌てで年末総選挙に打って出る。

消費税による日本経済の縮小(デフレスパイラル)がこれ程明らかになっているのに、財務省やマスメディアが絶対に認めないのですが、もちろん消費税と日本のデフレの因果関係は全員が熟知しているのですよ。もちろん一般庶民も薄々は全員が知っている。
ただ、敗戦直前の70年前の日本と同じなのです。
全員が『空気を読む』絆社会である特殊なニホン国ムラでは、周りからKYだと思われたくないので真実を良く知っている有識者は、自分が隠している恐ろしい真実(実は全員が知っている事実)を誰も口に出さない。表では180度逆のことしか喋らないのです。

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「ストライクウィッチーズ」なんてアニメも07年には登場。第二次大戦中の撃墜王の愛機を「萌え」化。大空をパンチラで飛び回りやんした… 12年には、少女がやはり第二次大戦中の戦車に乗り込んで戦う「ガールズ&パンツァー」が大ヒット! ネトウヨなんてのは、こういうアニメを真に受けてるレベルの連中なんでしょうがね…

http://ameblo.jp/shyusui/entry-11954533120.html

なにこれ?かんこれ!軍艦萌え♪
2014-11-19 23:21:19
テーマ:紙の爆弾

(。▼ε▼。) うぃ~っす!きょうは、再び『紙の爆弾』からの話題だ~

西田健氏の記事なんですが、そのまんまブログにしてもいいくらいな文体なんですけど、ちと量が多いので、いつものように圧縮してのお届けとなりますでやんす…

ほとんど秋水の責任編集となるでやんす…(- -;)…


近頃の「ゲーム」といえば「課金」…「課金」といえば、「ゲーム」でやんす…

レアアイテム欲しさに中高生が何十万も注ぎ込む…いや…実態はもっと酷い…

ゲームは、中毒性や習慣性が強いので、気が付くと万単位の課金も「安い」と思ってしまう…

本人たちが「騙されている」と気づかぬように騙す「洗脳」のノウハウ…

…これこそがソーシャルゲーム会社の”財産”なわけです…


ゲームにハマっておいて、「日共が~」「そうかが~」な~んて、言ってるようじゃあきまへんで…


しかし…そんな課金を一切しない良心的なソーシャルゲームが、いま大ヒットしておるのです…

DeNAやガンホーは、その芸術的な(詐欺的な)課金テクででっかく稼ぎましたが、騙すにしても、実はいろいろと”元手”がかかっておるのです。

それで、課金しなければ入手できないレアアイテムを”一切禁止”にしてしまいました…

他のゲーム会社がテレビCMで客寄せしているのに、それもせず…

「サーバー代がもったいない!おまえら、これ以上ゲームするな!友達紹介するな!」

…とまあ、アメーバとかとは反対のことをしたわけですな…

(-。-;)単に「やるき」がなかっただけなんですが、これが好感され、新規ユーザーが殺到しましてん…


良心的、健全、安心して遊べるソーシャルゲーム!!…

…てなことになりまして…その名も… 「かんこれ!」


Σ( ゜∋゜) え?なにそれ!ってですか?… 「艦隊コレクション」…でやんすよ…

(-"∇"-;)b ガンダム世代のオタク連中の三種の神器といやあ…メカと少女とアニメでやんしょ…

第二次大戦の旧日本海軍の軍艦が「萌え」化して、かわいらしい少女になりましてん…

その「艦娘」を引き連れて実在の海戦や戦士をモチーフに敵と戦うのでございます。

さらに、その「艦娘」たちと「結婚」までできるため、ミリオタなんぞは”イチコロ”なんでんな~♪


…てなことで、13年4月から、1年でユーザーは220万人突破!パソコン用ゲームにしては”慰霊”ならぬ”異例”の大ヒットとなりやした!…

だいたい「ガンダム」からでしょ…少女が直接メカに乗り込むようになったのは…

「ヤマト」だって、森雪でしたか、紅一点、乗り込んではいますがロボットや戦闘機の操縦はしませんでしたからね…

そして、主人公だけでなく、メカそのものを少女にしてしまえということで…

「ストライクウィッチーズ」なんてアニメも07年には登場。第二次大戦中の撃墜王の愛機を「萌え」化。大空をパンチラで飛び回りやんした…

12年には、少女がやはり第二次大戦中の戦車に乗り込んで戦う「ガールズ&パンツァー」が大ヒット!


ネトウヨなんてのは、こういうアニメを真に受けてるレベルの連中なんでしょうがね…

まあ…戦闘機、戦車とくればもう…軍艦しかない!…じゃないですかwwww


それでカドカワが、「軍艦の萌え」というアイデアを囲い込んで、(あまりに安易なアイデアなので真似されたら一巻の終わりってことだからでしょう)とにもかくにも世に送り出したのが「かんこれ」でした。

要は、「つばつけとく」っちゅうだけのことでしてん…それが”大当たり”を引いてくるのですから、世の中はわかりません…


事実、製作費は5000万と、昨今のゲーム制作の相場からすれば破格のお値段!!

スマホにすら対応しておらず、ゲーム自体、サイコロで勝ち負けを決める、まるで”すごろく”なんです。

唯一カネをかけたのは、「萌え」化した軍艦のイラストくらいなんでやんす…


「無料」で釣って課金地獄に誘い込み、骨までしゃぶりつくすってのが定番のゲーム業界で、なにゆえ、この”ビジネスモデル”が成立したのでしょう?

「課金するカネがあるなら、これから発売する艦これグッズを買ってください」ってことらしいですが…

(☆。☆) それだけでは、ないのですな~



艦これの運営会社をご存知です?…「DMM. com」…

もともとは日本最大手のAVメーカー「アウトヴィジョングループ」から分離したAVネット配信企業ですw


ネットによるAV配信で儲けようと思ったところが、ネットは違法動画が溢れてましてカネにならず…

どうすれば、有料動画を顧客に買ってもらえるかと悩んでおりやした…


そこで… 「艦これ」ですよ!…「少ない課金で遊べるゲーム」なんです…


課金するにはDMMのポイントを購入する必要があるのですが、それが500円、1000円の単位。

「艦これ」ユーザーは、月数百円しか使わないのです。ポイントが中途半端に余る!!


(  ゚ ▽ ゚ ;) な~るへそ!!…

でしょ?( ̄∇ ̄+)


いや~、だから「課金するな!」ってクチを酸っぱくして言うのですよぉ~wwww

これはこれで、見事なトラップになっておるのでやんす…


…つ~ことで、きょうもネトウヨならぬネトエロたちが…

「艦娘」たちと甘い甘~いドキドキ夜を過ごしているのでやんす…(θωθ)/~でわでわ…

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「追加緩和」と聞いて、爆騰したのは不動産、証券、金融、消費者金融といった分野の株ばかり… どこも「カネになる」ので、ヤクザの牙城となっている業界ばかりです… アベノミクスとは、早い話…ヤクザ優遇政策…ではないですか! 選挙運動だって他の政党は、宗教団体や労働組合ですが、自民党の部隊はヤクザでしょ? もう…べったりすぎですわな~

http://ameblo.jp/shyusui/entry-11954843218.html

日銀黒田の”ヤクザ優遇政策”
2014-11-20 20:10:15
テーマ:マネー

近頃は、どこのチンパン大学を卒業したのか、卒業生の顔がみたい!…と思うような方々が、けっこうな肩書をつけていらっしゃる…

とくに…「総裁」とか「総理」とか「総長」とか「総」とつく役職が酷いことになっている…


その方々の御発言も幼稚極まるものだが、その取り巻きというかシンパというか…

大学教授だの、「エコノミスト」だのの…肩書だけはご立派なチンパンさんたちも惨いのです…


まあ…ゴマでもすらないと商売を潰されてしまうからなんでしょうがね…

ネットでも、アベノミクスを褒め称えている憐れな面々が目立ちます…とくに、金融とか、株屋とか…


それで根拠のない、デタラメに高いGDP成長率を「予想」して、「マイナス」と出たら「予想外」と…

東電にもチンパン大学を出られた社長がいて、事故が「予想外」だったみたいなこと言いましたね?


脳ミソ、どこにあるんでしょうね?…この人たち…

日本のエリート大学って、サルでも卒業できるようですな…


まあ、日本人のように知能も思考力も低い人たちの社会だから、社長や総裁でいられるんですよ…


「金融緩和」っちゃあ、まあ低金利にするってことですな…

利息をまけてもらえる分、事業者の手元には「自由に使えるカネ」が増える…それで、景気がよくなる…


これに対し、「量的緩和」というのは、マネーの供給量自体を増やすこと…


この経済社会は「信用」で成り立っております…


「信用」とは、”信用取引”のことで、これ実はFXの”レバレッジ”と同じ仕組みなのです。


たとえば、100万円で商品を仕入れて、150万円で売るというときに…

「証拠金」20万だけ積めば、100万円分「借り」で、仕入れることができて売れた分だけ後で払う…


20万円で100万円、つまり5倍のレバレッジで商品を仕入れてデッカク商売ができる…

これが「信用取引」です。銀行の「信用創造」も、この取引の仲間です。

書籍だって、書店は「借り」で仕入れて、売れ残った分は「返品」しています。


金融に無知な庶民たちは、こういう経済の常識すら知らない原始人どもなので「ユダヤ陰謀論」にコロリとやられてしまう…

「信用取引」が危ないというよりは、「信用取引」も知らない無知が「危ない」のですよ…


…で、この「信用取引」が理解できれば、これに「リスク」があることがわかります…

不注意で商品を毀損してしまった…売上金を紛失してしまった、盗まれた…


現金で100万円きっちり仕入れていれば損はしなかったのに…想定外のことで「貸した」ものが返ってこないのだから損をするわけです。

保険がかかっていれば、よいけれども、それも「ない」とか「不足」だったら、一気に「破綻」です。


このとき、一時的に現金が支給され、不足分は「貸し」ってことにできれば、丸く収まりますね?

商売を続けて、出した利益の中から返していけばよいわけです。


また、「事故」でなくとも、単に商売がうまくいかないような場合でも、マネーを供給すれば事態が改善する部分やケースが大いにあるわけです。

それで、FRBのバーナンキなんぞは「ケチャップでもなんでも買えばいい」とのたまったのでした。


さて、それでFRBや日銀は、何を買うことにしたのでしょう?…

国債や…リートや…ETFといった証券ばかり買うことにしたのです…


「追加緩和」と聞いて、爆騰したのは不動産、証券、金融、消費者金融といった分野の株ばかり…

どこも「カネになる」ので、ヤクザの牙城となっている業界ばかりです…


アベノミクスとは、早い話…ヤクザ優遇政策…ではないですか!

選挙運動だって他の政党は、宗教団体や労働組合ですが、自民党の部隊はヤクザでしょ?

もう…べったりすぎですわな~


しかし、ケチャップでもなんでもいいというのなら…

なぜ日銀は、コメとか買わないのですか?農家が助かるでしょうに…

あるいは、コンビニやスーパーの残り物でもいいじゃないですか…


不動産も証券も、買い手がいないから商売が滞っている…でも、それは他の業界も同じです。

畳でも瓦でもガラス細工でも、フィギュアでも、売れずに困っているご商売の方々はいるのですから、日銀が買えばよいでしょう?

お役所なんていまだに古いXPのパソコンで仕事をしたりしています…それを中古品として日銀が買い取れば、全国通津浦々最新の”7”に切り替えられるではありませんか…


なんで日銀もFRBも、証券というくだらんものばかり買うのですか?


そのようなものは、カネの余ってるやつが買えばよいものでしょ?日銀はカネが余ってるのか?


日銀の財布のひもを”緩和”するだけで、いったいどんな経済効果が出るというの?

国民の財布のひもが”緩和”するように、国民の懐を温めるようにマネーは供給するものでしょう?


”緩和”しているのは、「総」とつく肩書の人々の脳みそだけなんですが…

( ̄へ  ̄ 凸 なんとかしてよ!

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公約ひとつ守らない それが日本の選挙 政治である

http://ameblo.jp/shyusui/entry-11955256275.html

”晋(しん)”を問う~ウソツキが出る選挙など”無効”!
2014-11-21 20:33:25
テーマ:床屋政談

自分の王様が詰みそうになったので、ちゃぶ台ごと将棋盤をひっくり返すがごときの…

”ダダコネ”解散!


「国民に信を問う」などと、わけのわからんことを、毎度ながらにほざいているご様子…

ガキのまんま還暦を迎えた”お坊ちゃま君”が、何を国民に「問う」というのか?


すべてを自分から”ウヤムヤ”にしておいて…


確かに、国民は問われている…

こんなクソガキをいつまで”総理”にしておくつもりなのか?と…


政治家を甘やかしすぎてはいませんか?ちゃんと面倒見てやってくださいよ…


だいたいね…

「争点」もクソもないのよ…


公約ひとつ守らないのに、そんなものを議論して何になる?


「争点」うんぬん以前の問題がある…

「解散」だ「選挙」だという以前の問題がある…


ウソツキが立候補しているような選挙は”無効”である!


ウソツキを立候補させて、なにを議論し、何を”選べ”というのか?

ゴキブリ入りのシチュー、ねずみ入りの味噌汁、鼻くそ入り大福もちのなかから”選べ”と言われて、その料理が出てきたら、食わねばならんのか?カネを払わなければならんのか?


「ウソツキ」とわかったあべと、その取り巻きが立候補しているゴキブリ入りメニューをまず外してから選ばせていただきたい。


「くじ」を引くときだって、「当たりくじ」がないのに引かせたら、そんなものはサギであり、”無効”であろう。


「不正選挙」どうこう言われてもいるが、それ以前の問題ではなかろうか?


あべというウソツキが立候補する選挙は”無効”である。

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ただいま不正選挙が進行中 この全国規模の不正の黒幕は総務省であり今回の選挙は自民党が勝利する前提の八百長不正選挙である

”勝ち”を譲る
2014-11-23 21:29:04NEW !
テーマ:日本革命

ゴキブリ入り、ねずみ入りのメニューを選ばせる”無効”選挙の茶番が進行中である。

しかも、選挙管理委員会が公然と不正をはたらいている例が少なくないという。

この不正は、組織的全国的なものであり、総務省が”元締め”だとも噂されている。


アメリカで不正選挙が告発されて問題になったシステムを総務省が率先して導入してきた経緯からして、ほぼ100%”クロ”と疑うべきことだろうと思う。

そこで、市民も監視の目を強めてきているが、なにゆえ”組織犯罪”ゆえ、選管が警察を呼ぶなんてこともあるらしい。

市民の監視活動は、主権の行使であり、したがって、選管や警察がこれを妨害するのは、公務執行妨害罪である。(そういう用い方はされてはいないが、憲法の趣旨からして正当な権利の侵害は、この公務執行妨害罪に相当する犯罪行為と言える)

しかし…である…日本では、そういう犯罪行為がまかり通り、それを「正義」と履き違えているゲスも少なくない。

こういうときは、真正面から戦ってはいけない場合がある。


常に、戦の駆け引きは、相手の動きに応じ、相手の力を利用して、それに乗じていくことを”極意”とする。


戦いを見送ったり、時機を待ったり、そして、相手に”勝ち”を譲るべきときがある。

日の丸を掲揚したがる校長相手に、「断固拒否」一辺倒の日教組のような”戦い”は、たとえ勝っても、戦略的には失敗している場合もあるのである。

もちろん、組合の上部が取り込まれ、買収されてしまって、闘争を止めてしまったケースもあり、そんなのは”論外”なのではあるが…


それにしても、集団と組織の対立になった場合、お互い「引っ込みがつかない」ことになりがちである。

譲歩や撤退がよいと思っても、「弱腰だ」「裏切りだ」と仲間から非難され、柔軟に動けなかったり、また、その譲歩や撤退により、団結が崩れる場合も少なくない。


力に力で対抗し、数の勢力に頼る戦いは、そうやって、運動の硬直化や分裂を招くのである。

逆に言えば、ひとりで戦う場合は、そうした恐れや気兼ねが一切ない。かえって成果が得られる場合もあるのである。


それで、話を戻すが、選挙を監視しようとしたら、通報されて警察がやってきた…みたいな場合である。

警官と話をしたら、理解してもらって、許可が出てしまった…というような場合、注意を要する。
http://ameblo.jp/shyusui/entry-11956081251.html

市民の正当行為をきちんと認めるというのは、マトモな警察官である。

だが、この国は、法に基づいて無罪判決を出した裁判官が左遷されたり、懲罰を受ける国なのである。

この先、その警察官はどうなるであろう?


おそらく、出世できない…左遷されたり、ハメられて懲罰を受け、警察を去ることになるだろう。


すると、革命が成就したとき、その警官は、警察にはいないわけで、警察改革に力をふるってはもらえないのである。

…ということは?


この警察官は、本当はいいやつだ、と思った場合、ちゃんと手柄を上げさせて、組織の中でのメンツが立つように配慮してやらなければならない。

つまり、そういう場合、市民の側は、敢えて弾圧に屈服してみせるという選択肢も一応は考えてみるべきなのである。


こうした阿吽の呼吸は、集団で戦うより、ひとりで戦うときの方が、直感的に、「ピンとくる」ものである。


敵意を向ければ、敵意が返ってくるが、思いやりを向ければ、意外と思いやりが返ってくるものである。

感覚を研ぎ澄まし、言葉を研ぎ澄まし、相手に向かってみよう…


戦わずとも、道が開けるということが、いつでもというわけではないが、ときどきあるものである。

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メタモリス5 ゲーリートノンが相変わらずの無敵振りを披露! ヘンゾvs桜庭は塩試合に… クロスをパスできない桜庭… ポジションを取っても固めるのみで攻めないヘンゾ… シークレットマッチに急遽参戦した日本の天才サトシは古豪ジェイクシールズにポジションで圧倒される! キーナンvsユーリシモーエスはお互いのディフェンス能力の高さで極まらず!











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