思い起こす「坊主のバーベキュー」 集団的自衛権に抗議





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思い起こす「坊主のバーベキュー」 集団的自衛権に抗議か
2014年6月29日 19:41 このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 livedoorクリップ Clip to Evernote
集団的自衛権に反対する女性が現場に花を手向けた。=29日午後、新宿南口 写真:山田旬=

集団的自衛権に反対する女性が現場に花を手向けた。=29日午後、新宿南口 写真:山田旬=

 きょう午後、新宿南口の横断橋で中年男性が焼身自殺を図った。集団的自衛権に抗議しての自殺との見方もある。

 歩道橋近くのビルのガードマンが事件のもようをモニター画面で見ていた。ガードマンによると事件が起きたのは午後1時頃。

 男性は高さ3m近くある歩道橋の橋げたに登り、トラメガで何かを訴えていた。「集団的自衛権、反対」を叫んでいたともいわれている。

 警察官が駆けつけ男性を橋げたから降ろそうとしたが、男性は制止を振り切って自分の体に火をつけた。

 消防が男性に水をかけ、救急病院に搬送した。容体は不明。

 事件をツイッターで知った女性(50代)が、白菊の花束を手向けに訪れた。女性は現場近くで商店を営む。

 女性は「集団的自衛権に反対して自殺を図ったと聞いたので(花を手向けに来た)」と話す。

 「アメリカに加勢してよその国に行って戦争をする。それが集団的自衛権だと知り仰天した。そんなことが許されますか?」。女性は訴えかけるようだった。

 抗議の焼身自殺で思い出すのはベトナム戦争だ――
男性は上部の橋げたに登り自殺を図った。現場には事件を知った青年が駆けつけ「9条壊すな」と書いたプラカードを掲げた。=写真:山田旬=

男性は上部の橋げたに登り自殺を図った。現場には事件を知った青年が駆けつけ「9条壊すな」と書いたプラカードを掲げた。=写真:山田旬=

 1963年6月、サイゴンで、政府の非道を訴えるべく一人の僧侶が焼身自殺した。マスコミを事前に集めアメリカ大使館前で行った覚悟の自殺は、全世界に衝撃を与えた。

 宗主国フランスに次いでベトナムの後ろ盾となったアメリカ。1955年に傀儡政権を樹立した反共主義者でキリスト教徒だった南ベトナムのゴ・ディン・ジエム大統領は戒厳令を敷き、共産主義者のみならず仏教徒をも弾圧した。

 ところが大統領実弟の秘密警察長官夫人で、実質的ファーストレディだったマダム・ヌーはそれを見て「坊主のバーベキュー」と言い放った。あまりに非道な物言いに世界はきびしい批判を浴びせた。

 米国は当初傀儡として使っていたゴ・ディン・ジエム政権を最後は見放した。

 ジエム大統領とマダム・ヌーの夫(秘密警察長官)はどうなったか。2人はその年の秋にクーデターで政権を追われ射殺体で発見された。

 もし安倍政権や世論が、今回の焼身自殺を嘲笑い、真摯に向き合わなければ、結果として何を招来するだろうか。歴史の教えるところは明白だ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%AF

ティック・クアン・ドック
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この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。
出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2011年12月)
ティック・クアン・ドック
1897年 - 1963年6月11日
名 林文息
諱 釋廣德
生地 Flag of Colonial Annam.svg フランス領インドシナ連邦、ホイカーン
没地 ベトナムの旗 南ベトナム、サイゴン
宗派 大乗仏教
寺院 天姥寺

ティック・クアン・ドック(ベトナム語: Thích Quảng Đức, 漢字: 釋廣德、1897年 - 1963年6月11日)は、ベトナムの僧侶である。
ティック・クアン・ドックが使ったオースチンA95(フエ・天姥寺蔵)
生涯

1963年6月11日、当時の南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権が行っていた仏教徒に対する高圧的な政策に抗議するため、サイゴン(現・ホーチミン市)のアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺した。

彼は支援者たちが拝跪する中、燃え上がる炎の中でも蓮華坐を続け、絶命するまでその姿を崩さなかった。その衝撃的な姿がカメラを通じて世界中に放映され、ベトナム国内だけでなく国際世論に大きな影響を与えることとなった。

ジエムの弟にして秘密警察長官であったゴ・ディン・ヌーの妻のマダム・ヌーは、アメリカのテレビインタビューでこの事件を「あんなのは単なる人間バーベキューよ」と発言して顰蹙を買い、国民のジエム政権への反発をいっそう高めた。11月にはクーデターが発生し、ジエムおよびヌーは決起部隊に殺害されたが、マダム・ヌーは生き延びた。

リチャード・ニクソンは著作で、この事件を共産主義者のプロパガンダの一環に過ぎないと主張した。アメリカ人ジャーナリストのマルコム・ブラウンが撮影した報道写真は、1963年度の世界報道写真コンテストでグランプリを受賞した。
その他

アメリカのロックバンド・レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンのデビュー・アルバム『レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン』のジャケットには、この焼身自殺事件の写真が使われている。

http://japan.digitaldj-network.com/archives/51535556.html

【衝撃動画】ガソリンで焼身自殺を行った仏教僧 ティック・クアン・ドック【敬意】


キーワード: Mooncake PV ティック・クアン・ドック 仏教 歴史 音楽 映像
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ティック・クアン・ドック
1963年6月11日、当時南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権が行っていた仏教弾圧への抗議として、僧侶のティック・クアン・ドック(Thich Quang Duc) がサイゴン(現・ホーチミン)でガソリンを被って焼身自殺を行った。

通常であればその熱と呼吸困難によって地面をのた打ち回った末に絶命するといわれるが、

彼は最後まで蓮華座を崩さず一切苦悶を表にすることがなかった。

呆然と見つめる警官、全身で敬意を表し膝まづく僧侶達、その衝撃的な映像や写真が全世界に放映され、仏教徒のみならず大きな衝撃を与えることとなる。ジエム大統領実弟の妻、マダム・ヌーがこれに対し「あんなもの、単なる人間のバーベーキューよ」とテレビで語ったことが、アメリカのケネディ大統領を激怒させ、政権に対する抗議行動も大規模化

わずか5ヶ月後、1963年11月2日に発生したクーデターにより、ジエム政権は崩壊した

この映像は、その一部始終を撮影したものに、ロシアのバンドMooncake が彼らの楽曲「Message From Arecibo」を加えたもの。タイトルにもなっているアレシボ・メッセージとは、1974年に地球から約25,000光年の距離にあるヘルクレス座の球状星団 M13に向けて電波によって送信されたメッセージのこと。

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ロシア人空手家のハンマートレーニング

hummer kudo(www.kudoclub.ru)

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ブルースリーとイップマンと木人椿とジークンドーと詠春拳2 哲学と兵法

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ブルース・リーと東洋の思想。
荘子です。
荘子です。

李小龍(Bruce lee 1940~1973)。
本日は、ブルース・リー/李小龍(1940~1973)について。
現代において「代表的東洋人」を選ぶとしても、おそらく五指に入る人物であろうと思われます。米中が接近し、日中の国交回復の時期とも重なる1970年代に、彼は32歳の若さでこの世を去っています。ブルース・リーが世界的に認知され、カンフーブームが起こるのも、ほとんどが彼の死後の出来事で、日本における受容も同じようなものだったようです。

参照:Wikipedia ブルース・リー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%BC

アクションスターとして「伝説上の人物」として語られることの多い人ですが、彼にはワシントン大学で哲学を専攻していた思想家としてのもう一つの顔があります。もともと無名の頃にも自費出版で功夫の紹介本も出していたようです。大変な読書家で、またメモ魔でもあったため、「ブルース・リーの名言(Bruce Lee's quotes)」として、夥しい数の言葉が「彼の言行録から」ということで、世界中で引用されています。

TAO OF JEET KUNE DO。 “The Tao of Gung Fu”。
現在は、ブルース・リーの死後に編集・発刊された『Tao of Jeet Kune Do(1975)』や『The Tao of Gung Fu(1997)』という書物で、彼の思想や哲学の体系を垣間見ることができます。前掲の二冊も「道(tao)」という文字を冠していることでも分かるように、ブルース・リーが影響を受けた思想というと、まずは老子、荘子、禅仏教。禅に関しては鈴木大拙やアラン・ワッツからの影響が見られます。後は孫子、孔子。西洋哲学で興味を持っていたのは、デカルトとスピノザだったようです。哲学者・ブルース・リーの横断的な解説書としては、1997年に発刊されたジョン・リトルの『ブルース・リーノーツ 内なる戦士をめぐる哲学断章』がオススメです。

Finger pointing to the moon。
“Don't think! Feel!
 It is like a finger pointing away to the moon. 
 Don't consentrate on the finger,or you will miss all that heavenly glory.”
(考えるな!感じろ!
 月を指す指のようなものだ。
 指に注意を向けるな、そんなことでは天の美を見失ってしまうぞ。)

参照:Finger Pointing to the Moon - Bruce Lee
http://www.youtube.com/watch?v=sDW6vkuqGLg

指月布袋画賛
これは、禅仏教でよく使われる「指月の喩え」と呼ばれるもの。

Zhuangzi
『世之所貴道者、書也、書不過語、語有貴也。語之所貴者、意也、意有所隨。意之所隨者、不可以言傳也、而世因貴言傳書。世雖貴之我、猶不足貴也、為其貴非其貴也。故視而可見者、形與色也、聽而可聞者、名與聲也。悲夫。世人以形色名聲為足以得彼之情。夫形色名聲果不足以得彼之情、則知者不言、言者不知、而世豈識之哉。』(『荘子』天道 第十三)
→道を学ぶときに、世の人が学ぶのは書物である。書物は言葉を載せているものに過ぎない。一般に言葉は貴いものであると思われている。言葉が貴ばれるのは、それに意があるからであって、意には何らかの指し示すものがある。その意を指す「本質的なもの」というのは、言葉では伝わらない。にもかかわらず、世の人々は書物や言葉で、本質が伝わるとでも思っている。世の人がそれを貴ぼうとも、それは貴ぶべきものではない。目で見えるのは物の形と色、耳で聞こえるのは物の名前と音だけだ。悲しむべきことだな。人はそんなもので相手の心のうちまで理解できると思い込んでいる。だから言うのだよ。知る者は言わず、言うものは知らず、とね。このことが、世の人に理解されないのだ。

禅と荘子の思想を見るとき、ここに差異はありません。

partiality- fluidity- emptiness
ブルース・リーが始めた「ジークンドー/截拳道/Jeet Kune Do」の修練に、
「Partiality(分限)」
「Fluidity(流動)」
「Emptiness(空虚)」
と続く象徴的な図式があります。太極図と、十牛図を模したものですが、彼の著作を読む限りでは、単に観念的に作り上げたものではなく、彼自身の経験と彼の師である葉問の導きがあったからこそのものだと思います。

参照:Wikipedia 截拳道
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%AA%E6%8B%B3%E9%81%93

「以無法為有法 以無限為有限(無法を以って有法と為し、無限を以って有限と為す)」もそうですが、ブルース・リーの思想の一番根本的な部分を短く表現すると、やはりこれ。
Longstreet (1971)。
“Empty your mind, be formless, shapeless - like water.
Now you put water into a cup, it becomes the cup,
you put water into a bottle, it becomes the bottle,
you put it in a teapot, it becomes the teapot.
Now water can flow or it can crash. Be water, my friend.”
(「心を空っぽにして、どんな形態も形も捨てて水のようになるんだ。
 水をコップに注げば水はコップとなるし、
 水をティーポットに注げば水はティーポットになる。
 水は流れることも出来るし、激しく打つことも出来る。だから、友よ、水のようになるよう心掛けることだ。」(日本語訳は『Cowboy Bebop』#XX よせあつめブルース より))

参照:Tao of Bruce Lee - Be like water
http://www.youtube.com/watch?v=V3B1JtMA0Fc

Cowboy Bebop - "Mish-Mash Blues" - Session XX (unreleased) Part2
http://www.youtube.com/watch?v=H3ZvNa5Ro20

“Be Water”は、老子がメイン。
老子(Laozi)。
『三十輻、共一轂、當其無、有車之用。埏埴以為器、當其無、有器之用。鑿戸牖以為室、當其無、有室之用。故有之以為利、無之以為用。』(『老子』第十一章)
→三十の輻(や・スポーク)が車輪の轂(こしき)に集まる。中心に何もないからこそ車輪の用がある。土を捏ねて土器を作る。何もないからこそ器の用がある。戸口を鑿で穿ち、窓を開いて部屋とする。何もないからこそ部屋の用がある。故に、何かがあることによって利があり、何もないところに用がある。

『天下莫柔弱於水、而攻堅強者莫之能勝、其無以易之。弱之勝強、柔之勝剛、天下莫不知、莫能行。』(『老子』第七十八章)
→天下に水よりも柔弱なものはないが、堅強な者を攻めるのに水に勝るものはなく、水に代わるものはない。弱が強に勝ち、柔が剛に勝ちうる事を、天下に知らぬ者はいないが、それを行いうる者もない。

『大方無隅、大器晚成。大音希聲、大象無形、道隱無名。夫唯道、善貸且成。』(『老子』第四十一章)
→大いなる方に四隅はなく、大いなる器はいつまでも成らない。大いなる音は耳に届かず、大いなる姿に形はなく、道は隠れて名がない。その生育を善く助けるのは道のみである。

参照:「如水」の由来と諸子百家。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5179/

岡倉天心。
≪われわれはおのれの役を立派に勤めるためには、その芝居全体を知っていなければならぬ。個人を考えるために全体を考えることを忘れてはならない。この事を老子は「虚」という得意の隠喩で説明している。物の真に肝要なところはただ虚にのみ存すると彼は主張した。たとえば室の本質は、屋根と壁に囲まれた空虚なところに見いだすことができるのであって、屋根や壁そのものにはない。水さしの役に立つところは水を注ぎ込むことのできる空所にあって、その形状や製品のいかんには存しない。虚はすべてのものを含有するから万能である。虚においてのみ運動が可能となる。おのれを虚にして他を自由に入らすことのできる人は、すべての立場を自由に行動することができるようになるであろう。全体は常に部分を支配することができるのである。
 道教徒のこういう考え方は、剣道相撲の理論に至るまで、動作のあらゆる理論に非常な影響を及ぼした。日本の自衛術である柔術はその名を道徳経の中の一句に借りている。柔術では無抵抗すなわち虚によって敵の力を出し尽くそうと努め、一方おのれの力は最後の奮闘に勝利を得るために保存しておく。芸術においても同一原理の重要なことが暗示の価値によってわかる。何物かを表わさずにおくところに、見る者はその考えを完成する機会を与えられる。かようにして大傑作は人の心を強くひきつけてついには人が実際にその作品の一部分となるように思われる。虚は美的感情の極致までも入って満たせとばかりに人を待っている。(岡倉覚三著『茶の本(“The book of tea”)』第三章 道教と禅道より)≫

・・・上記は「茶道は道教の仮りの姿」と主張する岡倉天心(1863~1913)の『茶の本(1906)』から。ブルース・リーの思想と軌を一にします。

Zhuangzi
『吾終身與汝交一臂而失之、可不哀與。女殆著乎吾所以著也。彼已盡矣、而女求之以為有、是求馬於唐肆也。吾服女也甚忘、女服吾也亦甚忘。雖然、女奚患焉。雖忘乎故吾、吾有不忘者存。』(『荘子』 田子方 第二十一)
→仲尼は言った「(中略)お前は外から見える私の姿をそっくりそのまま真似ようとしているが、移りゆく私の一部に過ぎないのだ。お前は過去の私という幻を追っているのだ。市場が終わったあとに馬を買い求めにやってくるようなものさ。変化し続ける形を、私自身も忘れているものだ。お前も、私の教えなど忘れいくのだ。しかし、何も患うことはないよ。お前が過去の私を忘れたとしても、私を忘れていないものの中で私は生き続ける。」

参照:《武之夢 A Warrior's Dream》Donnie yen VS Bruce Lee
http://www.youtube.com/watch?v=NTCBR9cnd7Q

今日はこの辺で。

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ブルース・リーと東洋の思想  その2。
李小龍(Bruce lee 1940~1973)。
ブルース・リー/李小龍(1940~1973)のつづき。

参照:ブルース・リーと東洋の思想。
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今日も『燃えよドラゴン/Enter the Dragon(1973)』から。
“Fighting without fighting”。
Parsons: What's your style?(お前の流派は何だ?)
Lee: My style? You can call it the art of fighting without fighting.(流派?そうだな、“fighting without fighting”とでも呼んでくれ。)
Parsons: The art of fighting without fighting? Show me some of it.(“fighting without fighting”?ちょっと見せてみろよ。)
Lee: Later.(後でな)
Lee: Don't you think we need more room?(ここじゃ狭すぎると思わないか?)
Parsons: Where else?(どこでやるんだ?)
Lee: That island, on the beach. We can take this boat.(あそこに島がある。この小舟で砂浜まで行こう。)

参照:The Art Of Fighting Without Fighting
http://www.youtube.com/watch?v=o_Ycw0d_Uow

実はこのシーンは日本のお話をベースにしています。

塚原卜伝「無手勝流」。
≪剣豪・塚原卜伝(つかはらぼくでん)が渡し船に乗っていたときのこと。乗り合わせた者の中に自らの武芸を鼻にかけている武者がいた。武者は卜伝の姿を一瞥してかなりの使い手だと思い、勝負を挑んできた。卜伝はのらりくらりと挑発をかわしていたが、武者は引き下がらない。そこで卜伝は「あいにくこの舟では手狭じゃ。あの中洲はどうだろう」という。武者はそれに応じ、舟は中洲にたどり着いた。焦る武者が中洲の岸に飛び降りた途端。、卜伝は竿を突いて舟を出させた。「卑怯者、勝負せよ!」と声を荒げる武者に向かって卜伝は言った「戦わずして勝つ。これがわしの無手勝流(むてかつりゅう)じゃ。」≫

参照:Wikipedia 塚原卜伝
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%9A%E5%8E%9F%E5%8D%9C%E4%BC%9D

「五百年来無双の英雄」とも呼ばれる塚原卜伝の「無手勝流」の逸話です。(Wikipediaでは『甲陽軍鑑』が出典としていますが、私が読んだ限り、品四十あたりに塚原卜伝についての記述はあるものの、このお話は載っていません。落語の「岸柳島」にもよく似ているので、江戸の頃に落語や講談で人口に膾炙したお話だと思われます。)

参照:志ん生 岸柳島
http://www.youtube.com/watch?v=2hWzyVyyKv8

「戦わずして勝つ」と読むと、孫子の兵法を元にしたお話に読めます。
孫子(Sun Tzu / Sunzi BC544~495)
『孫子曰「凡用兵之法、全國為上、破國次之。全旅為上、破旅次之。全卒為上、破卒次之。全伍為上、破伍次之。是故百戰百勝、非善之善者也。不戰而屈人之兵、善之善者也。」(『孫子兵法』謀攻篇)』
→孫子いわく「凡そ兵を用いる法において、国を全うするを上とし、国を破ることを次とする。軍を全うするのを上とし、軍を破ることを次とする。兵卒を全うすることを上とし、兵卒を破ることを次とする。隊を全うすることを上とし、隊を破ることを次とする。これ故百戦百勝するは、善ならざる善であり、戦わずして相手の兵を屈せしめることは善の善(最上の勝利)と言える。」」

これと、エシディシも知っている「兵は詭道なり!」。
「兵は詭道なり!」
『兵者、詭道也。故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近。利而誘之、亂而取之、實而備之、強而避之、怒而撓之、卑而驕之、佚而勞之、親而離之。攻其無備、出其不意、此兵家之勝、不可先傳也。』(『孫子兵法』始計篇)
→兵とは詭道(騙しあい)である。ゆえに、できることをできないように見せかけ、使えることを使えないように見せかけ、近くのものは遠くに、遠くのものは近くにあるようにする。利によって誘い、混乱によって奪い、実によって備え、強いよって避け、相手を怒らせては乱し、へりくだっては増長させ、簡単そうに見せかけて相手を疲弊させ、親しげに見せかけて相手を離反させる。相手の備えのない場所を攻め、その不意を突く。兵家の勝利の秘訣ではあるが、これはまず最初に伝授すべきものではない。

『孫子』の初歩的な言葉を使っている、ように見えて、これ『老子』でも読めます。
老子(Laozi)。
『以正治國、以奇用兵、以無事取天下。吾何以知其然哉?以此、天下多忌諱、而民彌貧。民多利器、國家滋昏。人多伎巧、奇物滋起。法令滋彰、盜賊多有。』(『老子』第五十七章)
→正道を以て国を治め、奇計を以て兵を用い、無事を以て天下を取る。何故私はそう考えるのだろうか?天下に禁令が増えるたび、民はいよいよ貧しくなる。民に便利な道具が増えるたび、国家はますます暗くなる。人が技巧を凝らすたび、奇妙なものがわらわら増えてゆき、法令が細かくなるたびに、盗賊がいよいよはびこりだす。

『善為士者、不武。善戰者、不怒。善勝敵者、不與。善用人者、為之下。是謂不爭之徳、是謂用人之力、是謂配天古之極。』(『老子』第六十八章)
→優れた士は武力を用いない。戦上手は怒ることがない。善く敵に勝つ者は、敵と争わない。よく人を用いる者は、自らを下手に置くものだ。これを「不争の徳」といい、これを「人用の力」といい、これを「天に配される古の極み」という。

『勇於敢則殺、勇於不敢則活。此兩者、或利或害。天之所惡、孰知其故?是以聖人猶難之。天之道、不爭而善勝、不言而善應、不召而自來、繟然而善謀。天網恢恢、踈而不失。』(『老子』第七十三章)
→あえて勇たろうとすれば死、敢えて勇たるまいとすれば活。この両者は、一方は利であり、一方は害である。それは天の憎むところであるが、それを知る者がいるのだろうか、いないのだろうか。聖人ですら勇を以て事を為すことを難しいとしている。天の道は、争うことなく勝利をおさめ、何も語ることなく世界に応じる。天の道は招かれることもなく自ずからやって来て、ゆったりとしていながら、よく謀られている。天を巡らす編み目は粗いようでいて、なんら漏らすことがない。

・・・『老子』で言うと「奇を以て兵を用いる」と「不争の徳」。
兵家の『孫子』と道家の『老子』というのは、一致する箇所が驚くほど多いです。

孫子(Sun Tzu / Sunzi BC544~495)
『兵者、國之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也。』
→兵は国の大事、死生の地、存亡の道、察すべからざるなり。
『故經之以五事、校之以計、而索其情、一曰道、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法。』(『孫子兵法』始計篇)
→故にこれをはかるに五事を以ってし、これをくらぶるに計を以ってして、その情をそとむ。一にいわく道、二にいわく天、三にいわく地、四にいわく将、五にいわく法。

老子(Laozi)。
『夫佳兵者、不祥之器、物或惡之、故有道者不處。』(『老子』第三十一章)
→佳き兵は不祥の器であり皆これを憎むものである。故に有道者はその道を避ける。 
『人法地、地法天、天法道、道法自然。』(『老子』第二十五章)
→人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。

・・・『老子』と『孫子』は共に、形而上学を含めた中国の思想の根源から端を発した書物であり、その仲立ちとして水の存在があります。

参照:荘子と太一と伊勢神宮。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5176/

「如水」の由来と諸子百家。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5179/

特に注目したいのはココ。
孫子(Sun Tzu / Sunzi BC544~495)
『故曰「知彼知己、百戰不殆。不知彼而知己、一勝一負。不知彼、不知己、每戰必敗。』(『孫子兵法』謀攻篇)
→故に曰く「彼を知り己を知れば、百戦して危ぶむことはない。彼を知らず己を知れば、一勝して一敗する。彼を知らず、己を知らなければ、戦うたびに必ず敗れる。

老子(Laozi)。
『知人者智、自知者明。勝人者有力、自勝者強。知足者富。強行者有志。不失其所者久。死而不亡者壽。』(『老子』第三十三章)
→人を知るものは智。自らを知るものは明。力が有る者は人に勝つが、自らを知る者は真の強者である。足を知る者は富み、勤めて行う者に志はあり、道を失わないものは悠久であり、肉体は亡んでもその存在は永遠である。

荘子 Zhuangzi。
『古之行身者、不以辯飾知、不以知窮天下、不以知窮徳、危然處其所而反其性、己又何為哉。道固不小行、徳固不小識。小識傷徳、小行傷道。故曰「正己而已矣。」』(『荘子』繕性 第十六)
→古の身を保つ人は、弁舌で知を飾ったり、知識で世界の有様や、人の心を探ろうとはしなかった。ただひたすらじっとして人間の本性に立ち返ろうとしたものだ。他に何をする必要があるだろう?道はもともとちまちまとしたものではないし、徳はもともとこまごまとした理屈ではない。小さな知識は徳を傷つけ、小さな行いは道を傷つける。故に昔からこう言うのだ「何をするにしても、まず自らを正すのみだ」と。

李 小龍(Bruce Lee 1940~1973)。
“All types of knowledge, ultimately mean self knowledge.(Bruce Lee)”
→どのようなタイプのものであれ、全ての知識は究極的には「己を知ること」を意味する。

Kung fu panda 2 。
『カンフー・パンダ』はここを外さない。

参照:Kung Fu Panda 2 - Story of Po's Childhood
http://www.youtube.com/watch?v=RqjIkkwMlnw

今日はこの辺で。

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ブルース・リーと東洋の思想  その3。
李小龍(Bruce lee 1940~1973)。
ブルース・リー/李小龍(1940~1973)のつづき。

参照:ブルース・リーと東洋の思想 その2。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5181/

今日も『燃えよドラゴン/Enter the Dragon(1973)』から。現在巷で出回っているバージョンでは挿入されていますが、古いバージョンでは公開されなかったシーンなんだそうです。

”Hit itself”
Lee: Teacher?(先生。)
Shaolin Abbott: I see your talents have gone beyond the mere physical level. Your skills are now at the point of spiritual insight. I have several questions. What is the highest technique you hope to achieve ?(私が見る限り、お前の技量はすでに身体的な域を超えて、精神における修養を要する域にさしかかっておる。そこでお前に問う。お前が望む最上の技量とは何だ?)
Lee: To have no technique.(何の技も持たぬ事です。)
Shaolin Abbott: Very good. What are your thoughts when facing an opponent ?(見事だ。お前は向かい合う相手に何を思う?)
Lee: There is no opponent.(相手などという者はおりません。)
Shaolin Abbott: And why is that ?(なぜ、そう思う?)
Lee: Because the word "I" does not exist.(「私」というものは存在しないからです。)

参照:Bruce Lee "I Do Not Hit" Full Complete Scene
http://www.youtube.com/watch?v=hhvBTy28VJM

座禅を組むブルース・リー。
・・・一応、少林寺での会話という設定なので、禅仏教を意識したセリフになっています。ブルース・リー自身がこの脚本に携わったものの、アメリカの観衆には理解されないだろうということでカットされてしまったようです。

ちなみに、この前半部分は、『マトリックス』のスプーン曲げのシーンに対応します。
spoon boy matrix.
Spoon boy: Do not try and bend the spoon. That's impossible. Instead only try to realize the truth.(スプーンを曲げようとしてはいけない。そんなことはできないよ。代わりに真実に気づこうとしなきゃ。)
Neo: What truth?(真実?)
Spoon boy: There is no spoon.(スプーンなんてない)
Neo: There is no spoon?(スプーンがない?)
Spoon boy: Then you'll see that it is not the spoon that bends, it is only yourself.(そうすれば、スプーンが曲がるんじゃなくて、自分自身が曲がるということに気づく。)

参照:There is no spoon
https://www.youtube.com/watch?v=ZaJPNrf1DPY

参照:マトリックスと禅と荘子。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5054/

ま、江戸時代だったら猫でも言っていることです(笑)。
剣の道を説く猫。
≪猫云。「我あるが故に敵あり。我なければ敵なし。敵といふは、もと対侍の名也。陰陽水火の類のごとし、凡そ形象あるものは、かならず対するものあり。我心に象なければ、対するものなし。対するものなき時は、角ものなし。是を敵もなく、我もなしと云。物と我と共に忘れて、潭然として無事なる時は、和して一也。敵の形をやぶるといへども、我もしらず。しらざるにはあらず。此に念なく、感のままに動くのみ。」

参照:『田舎荘子』より「猫の妙術」。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5135/

”Hit itself”
Shaolin Abbott: So, continue...(続けてみよ。)
Lee: A good fight should be like a small play, but played seriously. A good martial artist does not become tense, but ready. Not thinking, yet not dreaming. Ready for whatever may come. When the opponent expands, I contract. When he contracts, I expand. And when there is an opportunity, I do not hit. It hits all by itself.(優れた戦いはちっぽけな遊戯のようでありながら、真剣になされます。優れた武道家は、決して緊張することないものの全ての事象に備えています。思考することはなく、それでいて夢みることもない。敵が押してくるならば、私は引き、敵が引くのであれば、私は押します。そして機が熟したとき、私は打ち込むことをしません。“それ”が自ずと打ち込まれるのです。)
Shaolin Abbott: Now, you must remember: the enemy has only images and illusions behind which he hides his true motives. Destroy the image and you will break the enemy.(よし。ならば憶えておくがよい。敵は背後に真意を隠したまま虚像として表れる。その虚像を撃て、さすれば敵は倒れる。)

“And when there is an opportunity, I do not hit. It hits all by itself.”というところは、日本のもので言うと、宮本武蔵の『五輪書』にある「無念無相の打(むねんむそうのうち)」とか、オイゲン・へリゲルの『日本の弓術』などが参考になると思います。

宮本武蔵(1584~1645)。
『一 無念無相の打と云事。敵もうち出さんとし、我も打ださんとおもふとき、身もうつ身になり、心も打心になつて、手ハ、いつとなく、空より後ばやに強く打事、是無念無相とて、一大事の打也。此打、たび/\出合打也。能々ならひ得て、鍛錬有べき儀也。(宮本武蔵『五輪書』「水の巻」より)』

「無念無相の打」は、『五輪の書』では「一大事の打」として重要な打ち込みという位置づけがされているものです。「いつとなく、空(くう)より後ばやに強く打事」というのは、簡単に言うと「無私」の状態から放たれる「無心の一手」で、意識的なコントロール下で簡単にできる類のものではありません。『五輪書』で、武蔵は「今此書を作るといへども、佛法儒道の古語をもからず、軍記軍法のふるき事をも用ひず。」(同上「序の巻」)と記していますが、武蔵の理論体系は、彼の独創を差し引いたとしても、禅仏教や、老荘思想の影響は残ります。

荘子 Zhuangzi。
『工錘旋而蓋規矩、指與物化、而不以心稽、故其靈臺一而不桎。忘足履之適也。忘要、帶之適也。知忘是非、心之適也。不?變、不外從、事會之適也。始乎適而未嘗不適者、忘適之適也。』(『荘子』達生 第十九)
→工錘(こうすい)と言う名工は定規やコンパスなど使わずとも、真っ直ぐな線や真円を描くことができた。指が筆と一体となり、虚心のまま筆を進めることができたからだ。彼の心は一切の迷いがない。靴を履いている足の事を忘れるのは、足の型ににぴたりと合っているからだ。帯を締めている腰のあることを忘れるのは帯が腰の型にぴたりと合っているからだ。同じように、善悪・是非の判断を忘れているのは、心が自然と一つになるからだ。外物に振り回されないのは、内のありようと外のありようが逆らっておらず、安定していることにある。そして、自適の境地にから始まって、自適であるということすら意識しなくなる時こそ、本当の意味での忘我の境地といえる。

葉問と李小龍。
・・・ブルース・リーの場合は、彼の師である詠春拳の達人、葉問から「無心であること」を学んだようです。ブルース・リーが披露したことで一躍有名になった“One Inch Punch(寸勁)”は、詠春拳から会得したものでしょう。

参照:ヒューマン ウェポン 世界の格闘技 カンフー 2/5
http://www.youtube.com/watch?v=cAqYsVaIHf4

One Inch Punch Documentary
http://www.youtube.com/watch?v=Kx9iPFMriz0

ブルース・リーはまた、こんなことも言っています。
李 小龍(Bruce Lee 1940~1973)。
“Before I studied the art, a punch to me was just like a punch, a kick just like a kick. After I learned the art, a punch was no longer a punch, a kick no longer a kick. Now that I've understood the art, a punch is just like a punch, a kick just like a kick.”(Bruce Lee)
→私が格闘技を学ぶ前、私にとってパンチは単なるパンチであり、キックは単なるキックだった。けれど、格闘技を学んだ後には、パンチはもはやパンチではなく、キックはもはやキックではなくなっていた。そして、格闘技とは何かを理解したとき、パンチは単なるパンチとなり、キックは単なるキックとなった。

ここは、青原惟信(せいげんいしん)禅師の有名な言葉から。

『老僧三十年前未參禪時、見山是山、見水是水、及至後來、親見知識、有箇入處、見山不是山、見水不是水、而今得箇休歇処、依前見山祇是山、見水祇是水。』(『五燈會元』巻十七)
→三十年前老僧が未だ参禅しなかったころ、山を見るとこれ山、水を見るとこれ水であった。後に素晴らしい師とその知識に接し、得るところがあって山を見ると、山は山でなく、水を見ると、水は水ではなかった。今、休歇の処を得てその境地で見るに、山を見ればこれただ山であり、水を見ればただこれ水である。

partiality- fluidity- emptiness
ブルース・リーが創始した「ジークンドー/截拳道」を見るときにも大切なことだと思います。

荘子 Zhuangzi。
『昔者荘周夢為胡蝶、栩栩然胡蝶也、自喩適志與。不知周也。俄然覚、則遽遽然周也。
不知周之夢為胡蝶與、胡蝶之夢為周與。周與胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。』(『荘子』 斉物論 第二)
→昔、荘周という人が、胡蝶になる夢をみた。ひらひらゆらゆらと、夢の中では当たり前のように胡蝶になっていた。自分が荘周という人間だなんてすっかり忘れていた。ふと目覚めてみると、荘周に戻っているではないか。荘周が夢の中で胡蝶になったのか、胡蝶が荘周になった夢をみていたのか、分からない。荘周と胡蝶にはきっと区別があるだろう。これを「物化」という。

今日はこの辺で。

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ブルース・リーと東洋の思想  その4。
李小龍(Bruce lee 1940~1973)。
前回、宮本武蔵(1584~1645)とブルース・リー/李小龍(1940~1973)について触れたのでそのついでに。

参照:ブルース・リーと東洋の思想  その3。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5182/

宮本武蔵(1584~1645)。 李 小龍(Bruce Lee 1940~1973)。
宮本武蔵とブルース・リー。あんまり脈絡がなさそうですが、『五輪書』はブルース・リーの愛読書のうちの一つです。

塚原卜伝「無手勝流」。
塚原卜伝の「無手勝流」もそうですが、ブルース・リーの作品には、日本の武道に関する書物から着想を得たシーンというのがいくつかあります。おそらくほとんどは、当時のアメリカで出版された英語版の書物を通じて、かつての日本の剣豪や達人をを知ったのだと思われます。武道家としてのブルース・リーにとって、室町末期から江戸にかけて書かれた日本の武道に関する書物は、手に入りやすく、漢籍の影響が強いので彼の経験や知識を活かしやすかったと思います。

宮本武蔵(1584~1645)。 
『一、兵法の道と云事。
 漢土和朝迄も、此道をおこなふものを、兵法達者と云傳たり。武士として、此法を学ばずと云事有べからず。(『五輪書』地の巻)』
→中国でも日本でも、この道を行う者を兵法達者と言い伝えてきている。武士としてこの法を学ばないということがあってよいはずがない。

日本の武道家の中でも、ブルース・リーが最も共感したのは、武蔵だと思います。
例えば、『五輪書』の「水の巻」の説明として以下のように武蔵は記します。

宮本武蔵(1584~1645)。
『第二、水之巻。
水を本として、心を水になす也。水ハ、方圓の器にしたがひ、一てきとなり、さうかいとなる。水にへきたんの色あり。清き所をもちゐて、一流の事を此巻に書顕也。』(『五輪書』地の巻より)

武蔵もブルース・リーも「水の如し」を信条としています。『五輪書』にも荀子の「水ハ方圓の器にしたがう」があります。『五輪書』の場合、意味あいとしては『孫子』の「水に常形なし」の方が近いかな。

参照:「如水」の由来と諸子百家。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5179/

参照:ブルース・リーと東洋の思想  その2。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5181/

例えば『燃えよドラゴン/Enter the Dragon(1973)』のこのシーン。
『燃えよドラゴン』“Boards don't hit back”。

参照:Baddest Fight Scenes EVER! - Enter the Dragon - vs. O'Hara
http://www.youtube.com/watch?v=usdcpWXPaDY

宮本武蔵(1584~1645)。
『一 石火のあたりと云事。
石火のあたりハ、敵の太刀とわが太刀と付合程にて、我太刀少もあげずして、いかにも強く打也。是ハ、足もつよく、身も強く、手も強く、三所をもつて、はやく打べき也。此打、たび/\打ならはずしてハ、打がたし。能鍛錬をすれバ、つよくあたるもの也。』(同上 水の巻)
→石火の当たりは、敵の太刀と自分の太刀が近接している状態で、自分の太刀を一切上げずに、強引に打ち込むことである。これは、足も強く、身体も強く、手も強くその三カ所を連動させて、素早く打つべきである。この打ち方は、何度も何度も修練しなければ難しいが、よく鍛錬をすれば、強く当たるようになる。

『一 敵をうつに、一拍子の打の事。
敵を打拍子に、一拍子と云て、敵我あたるほどの位を得て、敵のわきまへぬうちを心に得て、我身もうごかさず、心もつけず、いかにも早く、直にうつ拍子也。敵の、太刀ひかん、はづさん、うたん、とおもふ心のなきうちを打拍子、是一拍子也。此拍子、よくならひ得て、間の拍子をはやく打事、鍛錬すべし。』(同上 水の巻)
→敵を打つ拍子に一拍子の打ちというものがある。敵と自分とが当たるくらいの位置を占め、敵の判断が定まらないことを見定めて、不動のまま、心も動揺させずに素早く直に打つ拍子である。敵が太刀を引こう、外そう、打とうと考えている心が生じる前に打つ拍子がこの一拍子である。この拍子をよく習い、素早く打てるよう鍛錬すべきである。

『一 かつとつと云事。
喝咄と云ハ、何れも我うちかけ、敵をおつこむ時、敵又打かへす様なる所、下より敵をつく様にあげて、かへしにて打事、いづれもはやき拍子をもつて、喝咄と打。喝とつきあげ、咄と打心也。此拍子、何時も打あいの内にハ、専出合事也。喝咄のしやう、切先あぐる心にして、敵をつくと思ひ、あぐると一度に打拍子、能稽古して、吟味有べき事也。』(同上 水の巻)
→喝咄(かつとつ)とは、自分が打ちかかり、敵を押さえ込もうとする態勢の時に、敵が再び打ち返そうとする場合に、下から敵を突くように打ち上げ、返す刀で打つ事である。いずれも早い拍子で、「カツ」「トツ」と打つ。喝と突き上げ、咄と打つ呼吸である。この拍子は、双方共に打ち合おうとする時には、よく出会うものである。喝咄は、切っ先を上て、敵を突くような心持ちで、上げたと同時に打つという拍子であり、よく稽古して吟味すべきことである。

・・・前半部分は、『五輪書』にそっくりです。

葉問と李小龍。
ブルース・リーが学んだ詠春拳に黐手(チーサオ)という訓練方法があるんですが、その本質と、『五輪書』の描写がよくなじんだのだと思います。戦いの「機微」といったり、「意識の起こりを読む」といった武道に不可欠な要素です。

次は、同じく『燃えよドラゴン』での護衛と戦うシーン。
『燃えよドラゴン』護衛と戦うリー。
注目していただきたいのは、1:20~あたりで捕まってブルース・リーに首をへし折られてしまうのが、若き日のジャッキー・チェンであるというところではなく(笑)、二本の棒での立ち回りのシーン。一つが『五輪書』でいうと「多敵の位の事」の部分。もう一つが握りです。わざとらしいくらい親指が浮いています。

参照:Classic Bruce Lee Fight - Enter The Dragon (High Quality)
http://www.youtube.com/watch?v=hKIFlaV03s0

宮本武蔵(1584~1645)。
『一 太刀の持様の事。
刀のとりやうハ、大指、ひとさしをうくるこゝろにもち、たけ高指しめずゆるまず、くすしゆび、小指をしむる心にして持也。手のうちにはくつろぎの有事悪し。』(『五輪書』水の巻)
→刀の持ち方は、親指、人差し指を浮かすような気持ちで持ち、中指を緩めず、薬指と小指で締めるような気持ちで持つということである。手の中にゆとりができるのは良くない。

同じ条で武蔵は記しています。
『惣而、太刀にても手にても、いつくと云事を嫌ふ。いつくハ、しぬる手也。いつかざるハ、いくる手也。能々心得べきもの也。』
→総じて、太刀であっても手であっても「いつく(固定してしまう)」ということを嫌うものだ。「いつく(固定)」は死の手であり、「いつかざる」は生きる手である。よくよく心得ておくように。

これは『老子』です。
老子(Laozi)。
『人之生也柔弱、其死也堅強。萬物草木之生也柔脆、其死也枯槁。故堅強者死之徒、柔弱者生之徒。是以兵強則不勝、木強則共。強大處下、柔弱處上。』(『老子』第七十六章)
→人は生は柔弱であり、その死は堅強である。万物草木の生は柔軟でしなやかであり、其の死はひからびてぼろぼろである。故に堅強であることは死の伴侶であり、柔弱であることは生の仲間である。それゆえ、強すぎる武器は勝てず、堅すぎる木は折れる。強く大きなものは下に、柔らかく弱いものは上にある。

『含徳之厚、比於赤子。蜂蠆虺蛇不螫、猛獸不據、攫鳥不搏。骨弱筋柔而握固。』(同第五十五章)
→徳の厚い様子は、赤子に比べられるだろう。赤子には蜂やマムシが噛みつかない、猛獣が襲いかかることも、猛禽が飛びついてくることもない。骨が弱く、筋が柔らかいのに、その手はしっかりと握りしめる。

「水の巻」の最後で武蔵はこう記しています。
宮本武蔵(1584~1645)。
『此一書の内を、一ヶ条/\と稽古して、敵と戦ひ、次第/\に道の利を得て、たへず心にかけ、急ぐ心なくして、折々手にふれ、徳を覚へ、何れの人とも打あひ、其心をしつて、千里の道もひと足宛はこぶ也。ゆる/\と思ひ、此法をおこなふ事、武士の役なりと心得よ。(中略)千日の稽古を鍛とし万日の稽古を錬とす。能々吟味有るべきもの也。』(『五輪書』水の巻より)

老子(Laozi)。
『合抱之木、生於毫末。九層之臺、起於累土。千里之行、始於足下。為者敗之、執者失之。是以聖人無為故無敗。無執故無失。』(『老子』第六十四章)
→一抱えもある巨木も、小さな新芽から生まれ、九層の城も、一盛りの土から築かれ、千里の道のりも、まず足下の一歩より始まる。はからいのある者は敗れ、固執する者は失う。聖人は無為であるが故に無敗であり、執着がないが故に失わない。

日本人であるならば、一度は聞いたことがあるでしょうし、生きていれば今後も聞くことがあるでしょう。「千里の道も一歩から」は、『老子』に由来します。

李 小龍(Bruce Lee 1940~1973)。
“I fear not the man who has practiced 10000 kicks once, but I fear the man who has practiced one kick 10000 times.”(Bruce Lee)
→私は一万のキックを一回練習した人を恐れることはないが、一つのキック練習を一万回した人を恐れる。

今日はこの辺で。

http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5184/

ブルース・リーと荘子。
荘子です。
荘子です。

李小龍(Bruce lee 1940~1973)。
ブルース・リーをやっています。

参照:ブルース・リーと東洋の思想  その4。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5183/

日本語版『The Tao of Gung Fu』は「李小龍大全―ブルース・リー・ライブラリー 」の分冊のうちの一冊『グンフーへの道(中国武道の研究)』というタイトルで1998年に出版されております。今回は、これを引用いたします。
“The Tao of Gung Fu”。
≪人は宇宙の根本的な原則に、反逆するのではなく、調和しなければならない。これは、不自然で自発的でないことをいっさいするなということだ。重要なのはどのようなかたちでも力まないことである。この最良の例が、一本の包丁を20年にわたって使い、一度も取り替える必要がなかったコックだろう。長年の習慣で、自分が切ろうとしている屠体の骨と筋に通じているコックは、視覚その他の感覚を閉じ、使い込まれた包丁を心でふるうことができる。彼の方法はさまざまな部位に逆らうのではなく、それらに沿って事を進め、そうして自然にしたがうというものだ。
 心と身体の統一によって、報酬にまつわるすべての考え、賞賛への期待と非難に対する恐怖、自己の肉体に関する全ての意識が捨て去られ、最終的には感覚による認識の道が閉じられ、スピリットの欲するがままに行動できるようになる。(ブルース・リー著・奥田祐二訳『グンフーへの道(中国武道の研究)』「中心の思考-グンフーの指針」より)≫

横山大観画「游刃有余地」。
ブルース・リーが言っているコックの話は、『荘子』の養生主篇にある庖丁(ほうてい)という料理人のお話のことです。横山大観の「游刃有余地(ゆうじんよちあり)」で描かれている人物です。自分が調べた限りでは、ブルース・リーは、この寓話を三度引用していますが、残念ながら一度も『荘子』からとは言っていませんで、欧米の読者などには理解不能な喩えだったと思われます(笑)。

荘子 Zhuangzi。
『庖丁為文惠君解牛、手之所觸、肩之所倚、足之所履、膝之所踦、砉然嚮然、奏刀騞然、莫不中音。合於《桑林》之舞、乃中《經首》之會。文惠君曰「譆!善哉!技蓋至此乎。」庖丁釋刀對曰「臣之所好者道也、進乎技矣。始臣之解牛之時、所見无非牛者。三年之後、未嘗見全牛也。方今之時、臣以神遇、而不以目視、官知止而神欲行。依乎天理、批大郤、導大窾、因其固然。技經肯綮之未嘗、而況大軱乎。良庖歲更刀、割也。族庖月更刀、折也。今臣之刀十九年矣、所解數千牛矣、而刀刃若新發於研。彼節者有間、而刀刃者无厚、以无厚入有間、恢恢乎其於遊刃必有餘地矣、是以十九年而刀刃若新發於研。雖然、每至於族、吾見其難為、怵然為戒、視為止、行為遲。動刀甚微、謋然已解、如土委地。提刀而立、為之四顧、為之躊躇滿志、善刀而藏之。」文惠君曰「善哉!吾聞庖丁之言,得養生焉。」』(『荘子』養生主 第三)
→庖丁(ほうてい)が文惠君のために牛を捌くこととなった。庖丁の手の落とし、肩之運び、足の踏み込み、膝のたわみ。操る刀はあるときはさくさくと、またあるときはざくざくと音を刻み、その動きは「桑林」の舞を踊っているかのようであり、そのリズムは「經首」の音楽の調子に合っていた。文惠君は「おお!素晴らしい!技も至ればここまでのものになるのか。」と言った。
 庖丁は刀を置いて文惠君に向かって話し出した。「臣の好むのは道といいまして、技を進めたものでございます。わたくしが牛を捌き始めたとき、見たままの牛をただ眺めていただけでした。三年ほど経ちますと、見たままの牛の姿が目に映らなくなりました。現在、わたくしは心で牛と対し、目で牛をみることをいたしません。五感で牛を知ることを止め、心でとらえて、そのおもむくままに刀を進めるのです。天の理に従って、大きな隙間に刃を入れ、大きな穴へと導きます。牛の本来の身体の筋道に沿っておりますので、骨と肉が絡み合ったところに突き当たることも、ましてや、硬い骨にぶつかることもございません。良い料理人は一年ごとに刀を換えます。筋に逆らって切ってしまうからです。月並みな料理人は一月ごとに刀を換えます。骨にぶつけて刃こぼれをさせてしまうからです。いま、わたくしはこの仕事を十九年続け、およそ千頭の牛を捌いて参りましたが、わたくしの刀は新しく研いだばかりのような切れ味を保っております。牛の節と節との間には隙間があり、刀の刃の先には厚さはございません。ゆとりのある場所に、厚みのない刃を遊ばせているわけですから、十九年使い続けても、私の刀はおろしたてのようなままでいるのです。しかし、筋と筋とが混み合っているよな難しい場所に直面することもございます。わたくしは不安な気持ちを戒め、視線を先に走らせるのを止め、刃を遅らせます。刀を極めて細やかに動かすうち、やがて、ぼとりと肉が骨からこぼれ落ち、土の山のように地面に横たわります。わたくしはあたりを見回して、じっとしたまま充足感にひたり、後に刀を拭いて鞘に収めます。」
 文惠君いわく「見事じゃ!ワシはこの庖丁の話に養生を秘訣を知った!」

マグロの解体。 ラーメンを伸ばす料理人。
現代の日本でもイメージをし易いお話だと思います。マグロの解体とか、あんこうの吊し切りがショーになったり、麺を作る工程をお客さんに披露するというようなものです。人間ってこういうことを紀元前からやっているんですね。

参照:Discovering Chinese cuisine Part 2 - Culinary knife skills
http://www.youtube.com/watch?v=sijUq_Gxyu4

Chinese chef forms noodles by hand - Pretty damn amazing
http://www.youtube.com/watch?v=VzHtPyqUll0

中国嫁日記 なぜ「拉」?
http://blog.livedoor.jp/keumaya-china/archives/51398889.html

『荘子』に登場する「庖丁(ほうてい)」の「庖」は、固有名詞ではなく官職の名前で、歴史的、政治的、宗教的な意味が推測できます。
漢字「祭」。 漢字「宰」。
たとえば、「祭」という漢字は「月+又+示」と書きます。「月(にくづき、肉の意。腕・脚・胸・腹などの漢字にある月)+又(手)+示(祭壇)」からできた象形文字で、祭壇に肉をお供えするという意味があります。
「宰相」の「宰」の字は一説には「家の中で刃物を持つ人」という形で、祭りの犠牲になった貴重な肉を公平に切り分ける人という意味から、長老のような人物を指すようになったとされています。
古代中国の文物には、当時の祭祀から育まれたものが数多くありますが、牛を解体するという仕事も、おそらくは祭祀から派生したものであると思われます。お祭りの犠牲を仕分けるという仕事は、「富の再分配」のもっとも根本的な様式であり、「庖」という役職は、そこから専門化した特殊な官職だとも言えます。ただし、そのことを踏まえたとしても、「紀元前の庖丁」も、現代の「職人としての料理人」も、本物であるならば、プロフェッショナルとしての志は同じでしょう。

漢字「庖丁」。
いつの間にか役職の名前から道具の名前に転用されてしまいましたが、現在でも使われる日本語の「庖丁(包丁)」は、この人物のに由来します。文字通り正真正銘の「庖丁さばき」の達人は、文恵君に対して「臣之所好者道也、進乎技矣。」と言っています。「技を進めた道」という境地です。例えば、日本で言うと平安時代にまで遡る「四条流庖丁道」などは、名称から言って『荘子』のこの文章に触発されたものであろうと思われます。

参照:Wikipedia 包丁
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%85%E4%B8%81

Wikipedia 四条流庖丁道
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%9B%E6%9D%A1%E6%B5%81%E5%BA%96%E4%B8%81%E9%81%93#.E8.B5.B7.E6.BA.90

「技を進めた道」は、『燃えよドラゴン』のセリフにもあります。
”Hit itself”
Lee: Teacher?(先生。)
Shaolin Abbott: I see your talents have gone beyond the mere physical level. Your skills are now at the point of spiritual insight. I have several questions. What is the highest technique you hope to achieve ?(私が見る限り、お前の技量はすでに身体的な域を超えて、精神における修養を要する域にさしかかっておる。そこでお前に問う。お前が望む最上の技量とは何だ?)
Lee: To have no technique.(何の技も持たぬ事です。)
(中略)
Lee: A good fight should be like a small play, but played seriously. A good martial artist does not become tense, but ready. Not thinking, yet not dreaming. Ready for whatever may come. When the opponent expands, I contract. When he contracts, I expand. And when there is an opportunity, I do not hit. It hits all by itself.(優れた戦いはちっぽけな遊戯のようでありながら、真剣になされます。優れた武道家は、決して緊張することないものの全ての事象に備えています。思考することはなく、それでいて夢みることもない。敵が押してくるならば、私は引き、敵が引くのであれば、私は押します。そして機が熟したとき、私は打ち込むことをしません。“それ”が自ずと打ち込まれるのです。)

参照:Bruce Lee "I Do Not Hit" Full Complete Scene
http://www.youtube.com/watch?v=hhvBTy28VJM

ブルース・リーと東洋の思想  その3。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5182/

あとで推敲します。

今日はこの辺で。















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ブルースリーとイップマンと木人椿とジークンドーと詠春拳 中国武術詠春拳のリアルファイト

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A9%A0%E6%98%A5%E6%8B%B3
詠春拳

詠春拳
(えいしゅんけん)


画像募集中
画像募集中


発生国
Flag of the People's Republic of China.svg 中国

発生年
清代雍正年間

創始者
五枚尼姑、厳詠春、張五

源流
少林武術

流派
詠春派

派生種目
截拳道、EBMAS

主要技術
小念頭、尋橋、標指、黐手、木人樁

公式サイト
詠 春 體 育 會
表・話・編・歴

詠春拳(えいしゅんけん、咏春拳)は、広東省を中心に伝承されていた徒手武術を主とする中国武術。少林武術を祖とし、一般的には短橋(腕を短く使い)狭馬(歩幅が狭い)の拳法とされている。200年から300年の歴史があると考えられている。拳術を中心技術として刀術と棍術とを含むが、伝承された型を分析すると、むしろ刀術を基礎として、それを徒手拳術に応用した部分も多く見受けられる。練習に人を象った木の人形(木人樁、もくじんとう)を使用することでも有名である。

手技に特徴があり、拳技は地味で見栄しないが、香港映画や、最近ではハリウッド映画などにもそのアクションの中で詠春拳の手技が見られることが多いが、根本的に飛んだり跳ねたりということを一切しない、実用を重視した地味な拳法体系である。

現在のほとんどの詠春拳の伝承には、小念頭、尋橋、標指、と呼ばれる(またはそれに相当する)3つの套路(空手でいう形)と、木人樁法、八斬刀や奪命雙刀と呼ばれる刀術、そして六點半棍、行者棒などと呼ばれる棍術が含まれるが、伝承によってはそれ以外の拳套や武器術も伝わっており、その全てが短橋狭馬の技術というわけでもない。

永春拳は現在までに多くの分派を生じており、他の南派少林拳発生との関連もあって、どこからどこまでが永春拳であるとは定義できない[1]。ただしもともと「永春拳」と称していたものから「言」偏のついた「詠春拳」と称するようになったのは、詠春拳王と呼ばれた広東省・佛山の武術家及び湯液家、梁贊より以降に限っており、この系統での套路(形)は小念頭、尋橋、標指の三套路のみである。これは梁贊がこの三つにまとめたからだと考えられる。(ただし後から他門派の技法や形を取り入れている混合的な流儀もある。また虚偽を教えていることも普通にあるのでかなり紛らわしい)

ブルース・リーによって葉問派詠春拳が世界的に有名になってからは、世界各地に伝えられ最も多く練習される中国武術の一つになったが、ブルース・リー以前にも華僑によって東南アジア方面にも伝承されており、それぞれに独自のスタイルを形成している。



目次 [非表示]
1 詠春拳の歴史と伝説 1.1 南少林寺と起源
1.2 厳詠春から紅船戯班
1.3 詠春拳王・梁贊
1.4 職業武術家・ 陳華順
1.5 香港に行くまでの葉問
1.6 葉問香港へ行く
1.7 葉問派詠春拳の発展
1.8 晩年の葉問

2 詠春各派 2.1 広州派詠春拳(蛇鹤咏春拳)
2.2 佛山派詠春拳 (彭南永春拳)
2.3 古勞偏身咏春拳
2.4 葉問派詠春拳
2.5 實用詠春拳 (詠春拳學)
2.6 その他の詠春拳

3 詠春拳の技術 3.1 坐馬
3.2 葉問口訣
3.3 葉問派詠春拳を規準としたもの
3.4 詠春拳の技術に関する誤解

4 日本における詠春拳事情
5 脚注
6 関連項目
7 外部リンク


詠春拳の歴史と伝説[編集]

南少林寺と起源[編集]

詠春拳の発祥には清朝に対するレジスタンスや、粤劇(広東オペラ)の発祥が関わっていると言われる。創始者とみなされている者としては、至善禅師、五枚尼姑、苗顕、厳詠春、方永春、張五(攤手五)などの名が残る。それ以降の伝承者の名称には粤劇における役の名前も多く見受けられ、古伝の永春拳と粤劇はその創成期において歴史を共有しているようである。至善禅師、五枚尼姑、苗顕は少林五老のうちの三人であり、これは古伝の永春拳が洪家拳と関連が深く、紅船戯班内では散逸した南派少林拳の伝承を受け継ぐ為、技術交流が頻繁に行われていたようである。ちなみに詠春拳団体や道場のマークに梅の花が用いられるのは、梅の花の花びらの数が、この"少林五老"の数と同じ五である事から来ている。

厳詠春の父、厳二はある事件によってタイやミャンマー国境に程近い四川省の大涼山まで逃亡をし、そこで豆腐を売って生活をしていた。厳二は地元の少数民族から四川梅花拳(五枚尼姑伝の拳法)などの南派少林拳を学ぶ。厳詠春はそれらを父から学び、改良したという。また古伝の永春拳の創始者の一人と伝わる五枚(五梅)尼姑が、四川省の大涼山に隠れ、そこで詠春拳を作ったという伝承もある。厳詠春(もしくは方永春・いずれも女性)が鶴と蛇(別説には、鶴と狐)の闘争を元に創案にしたとも言う。詠春という名前については、厳詠春から取ったと言われるが、南少林寺では至善禅師のおられた「永春殿」で練習されていたからという説もある。厳詠春は当時の武侠小説に登場する主人公の名前であるとも言われる。いずれにせよ、南少林寺は長い間架空のものとされてきたが、近年実在したとする説もあって将来の研究に注目したい[2]。

厳詠春から紅船戯班[編集]

佛山の茶葉商人であり後に厳詠春の夫となる梁博儔がそれを学び、そして更に古伝の永春拳は梁博儔の唯一の弟子である広東省佛山の商人、梁蘭桂へと受け継がれていった。やがて佛山から粤劇の紅船戯班が旅巡業にやって来た折り、粤劇「紅船戯班」の役者であった黄華寶と船員の梁二娣が梁蘭桂から古伝の永春拳を教わることとなり、激しい修行の結果、黄華寶と梁二娣は古伝の永春拳を継承した。梁蘭桂は粤劇をこよなく愛しており、これまでに粤劇の役者達と親交があったため、その縁で師弟関係ができたと考えられている。これ以後、古伝の永春拳は、広東省周辺の民間芸能である粤劇の興行一座であった「紅船戯班」の内部で伝承されてきたことは間違いないようである。その当時、職業として古伝の永春拳を対外的に教授する者も稀であったため、歴史上のほとんどの期間においては、古伝の永春拳は門外不出の様相を示しており、武館を開設する慣習もなかった。

詠春拳王・梁贊[編集]

対外的に詠春拳を伝授するようになったのは、紅船戯班の黄華寶・梁二娣から四川梅花拳、蛇形洪拳、古伝の永春拳など各種南派少林拳を授かった「詠春拳王」と呼ばれた佛山の武術家、梁贊(1826~1901)からである。またこの拳法が古伝の永春拳から言偏の付いた「詠春拳」と呼ばれるようになったのも、小念頭、尋橋、標指の三套路に制定したのも梁贊であったと言われている。梁贊は広東省佛山の筷子街で「贊生堂」という名の漢方薬店及び診療所を生業として、佛山の人々から「佛山贊先生」と親しまれていた。しかし、梁贊は生涯、詠春拳の武館を構えることはなく、詠春拳を伝えたのは自分の息子と僅かの弟子だけであった。

職業武術家・ 陳華順[編集]

その中に陳華順(1849~1913)がおり、彼は贊生堂の向かいで両替商を営んでいたため別名を「找錢華」と呼ばれたが、その縁で詠春拳を学ぶこととなった。陳華順は身長も高く体格も大きい人で腕力自慢の人物であったという。陳華順は39歳の時(1888年)に梁贊の門下生となり、13年の修業期間を経て詠春拳の全伝を継承すると、両替商を辞めて、1901年には「杏濟堂」の名称で武館を開設し、詠春拳を教授することを生業とするようになった。歴史的に武館を構えて詠春拳を教授する職業武術家を生業としたのは、この陳華順からである。これ以後詠春拳は多くの弟子を輩出するに至った。陳華順の弟子の中でも、雷汝済は後の佛山派の祖となり、葉問は香港に渡り、葉問派の一代宗師となった。

香港に行くまでの葉問[編集]

葉問(1893~1972)は本名を葉継問と言い、広東省南海人である。葉一族は佛山では桑畑や綿花畑、製糸工場などを経営しており、裕福な名家の次男として生を受けた。兄と姉が一人ずつ、妹が一人の6人家族であった。詠春拳では陳華順の最晩年の弟子にあたり、葉問入門当時(1904年)陳華順54歳、葉問11歳であった。葉問は直接武館には通わず、葉家の祖師堂にわざわざ陳華順を呼んで月額・銀8両、非常に高額な月謝を支払って個人教授で教わっていたという。

入門して2年ほど経って、不幸にも陳華順は脳卒中を患い、指導ができなくなった。当然、葉問が僅か2年で詠春拳の全傳を継承しているはずもなく、陳華順の「葉問が最後まで詠春拳を修行できるように」と兄弟子達へ進言したことによって葉問の修行は続けられる事となった。陳華順の代わりに葉問の面倒を見たのは葉問にとって兄弟子にあたる呉仲素で、既に佛山の線香街で詠春拳の武館を開いていたため数年間面倒を見る形となった。この時に呉仲素の計らいで広州派詠春拳伝承者の阮奇山とも交流しながら拳技を磨いた。

1909年、葉問16歳の時、香港へ留学を果たす[3]。香港留学の間、詠春拳の練習は中断するかと思われたが、偶然にも、梁贊の実子、師叔にあたる梁壁と翌年香港で出会う。葉問は好運にも、香港での留学期間も詠春拳を4年ほど練習する機会を得たのである。1918年、佛山に戻った葉問は警察官となる。また、佛山に戻ってから葉問は張永成と結婚し2男1女をもうける。

1937年には葉家の全財産は日本軍に接収され、葉家の邸宅は日本軍の司令部となった。裕福な名家の次男であった葉問は45歳でいきなり無一文になってしまう。ちなみに佛山は翌年に陥落し、日本軍に占領された。1941年(葉問48歳)、友人の周雨耕・周清泉父子の頼みで、周光輝、郭富、倫佳、招允らに葉問自身初めて詠春拳を教授した。

戦後、復権を果たした葉問は国民党で警察局刑偵隊隊長、升督察長、廣州市衛戌司令部南區巡邏隊上校隊長などを歴任していた。1949年、国共内戦の激化、共産党の政権掌握に至って、国民党の要職にあった葉問は身の危険を感じ、何と妻子を残したまま、身分証明書の名前も「葉溢」に変え、マカオ経由で香港へ逃亡(亡命)した。

葉問香港へ行く[編集]

葉問の香港での生活はたちまち困窮を極めた。葉問が生き延びるために残された道は、弟子を取って詠春拳を教える事で生活していく事のみであった。葉問はその目的達成のためにあらゆる縁を頼って、友人・知人を尋ね歩いた。香港留学時代からの友人であった李民に相談を持ちかけに行った。李民は葉問の頼みを聞き入れ、一肌脱ぐ事になった。

1950年5月、李民の計らいで「港九飯店職工總會」で詠春班の最初の練習が始まる事となった。参加者は職工總會理事長の梁相、駱耀、陳球、陳計ら16名であった。7月には次の新しいクラスが開始されたが、30名を超す人気で詠春拳の香港での名声は一気に広まる。しかし、この頃の参加者には脱落者が多く、最終的に残ったのは結局、詠春四大天王[4]の一人で後に「標指王」とよばれた梁相と後に「尋橋王」と呼ばれた駱耀の二人だけであった。

葉問派詠春拳の発展[編集]

脱落者の続出に葉問は香港留学時代に培った現代科学の明快で合理的な考え方に基づいた教授方法を採用することになった。中國武術が旧態依然の伝統的な指導方法が常識であった時代に、科学的な視点で合理的に詠春拳を指導するなど想定外の出来事であった。それは気 、陰陽 、五行 、八卦 など実証する事の困難な形而上学に終始する東洋哲学から脱却し、葉問の弟子達は明快で理解が容易な最短コースで詠春拳を修行する事が出来る様になったのである。

1961年、駱耀師が深水埗基隆街で独立。また、1963年、詠春四大天王の一人で「講手王」[5]と呼ばれ畏れられた黄淳樑師(1935-1997)が28歳の折りに遂に独立し、弟子をとって生活するようになる。武館の名も「黄淳樑詠春國術會」として詠春拳を更に普及させた。この事は葉問が直弟子(第1世代)だけでなく孫弟子(第2世代)にも慕われる存在になった事を意味する。葉問派詠春拳は、香港でも一大門派へと発展したのであった。

晩年の葉問[編集]

1964年、弟子達は葉問の身体のことを考え、自らの武館は閉鎖して休養にあてるよう進言した。それに応えて葉問は九龍・旺角通菜街の一室を終の棲家と決め、詠春拳は個人教授を受け付けるのみとした[6]。葉問の晩年は詠春四大天王の一人で「小念頭王」と呼ばれた徐尚田師が面倒を見ていたとの事である。1968年、葉問75歳の折、詠春門の悲願であった「詠春聯誼會(後の詠春體育會)」が遂に設立された[7]。葉問は随分この事を喜んだという。詠春體育會は当初武館というより詠春拳の指導者が集まる会議室として開館されたが、練習場として初めて詠春體育會を使用したのは黄淳樑師で、1997年に黄淳樑師が亡くなるまで練習場としては詠春體育會を独占使用していた。現在では各派が時間割を割いて共同で使用している。

1972年12月1日、多くの弟子達に見送られ、九龍・旺角通菜街の自宅で逝去。享年79。ちなみにブルース・リーは葉問の後を追うように翌年の1973年7月20日に僅か32歳の若さで亡くなったのであった。

詠春各派[編集]

広州派詠春拳(蛇鹤咏春拳)[編集]

伝説では詠春拳に六點半棍という棍術が加わったのは、古伝の詠春拳を梁蘭桂から継承した黄華寶は、古伝の詠春拳を教授する代わりに、至善禅師が伝えたと言われる南少林寺独特の棍術「六點半棍」を陸錦、又の名を大花面錦から交換教授という形で習得したとされている。広州派詠春拳はこのエピソードの中に登場する陸錦を祖とする。 廣州詠春拳

佛山派詠春拳 (彭南永春拳)[編集]

葉問の兄弟子にあたる雷汝済が興した門派である。文化大革命等混乱の中、一旦伝承は途絶えたかに思われていたが、これを惜しんだ佛山の武術関係者が正統伝承者である彭南師を捜し出した。以降は佛山の武術関係者の計らいもあって彭南師より伝承が復興している。伝承を復興するに当たっては佛山の武術関係者が彭南師に教わったという経緯から。佛山派詠春拳の套路の表演を見ていると明らかに他派の武術を先にやっていたと思われるおかしな風格が目立つ演者の場合がある。 佛山派詠春拳

古勞偏身咏春拳[編集]

齢70歳になって佛山の「贊生堂」を閉鎖した梁贊は故郷の古勞鎮に戻って隠棲生活を送った。梁贊が亡くなる75歳までに伝えた咏春拳を特に古勞偏身咏春拳と呼ぶ。

葉問派詠春拳[編集]

最も有名なスタイルに葉問派詠春拳があるが、その極端にコンパクトで直截性を強調した動作は、古伝の詠春拳を意図的に整理、近代化したものであり、詠春拳の全体像から見れば独特なものであって、これが詠春拳の代表的スタイルというわけではない。更に葉問派詠春拳は實用詠春拳と伝統詠春拳に分類される。

葉問系詠春拳は中国伝統武術についてまわる陰陽、五行、八卦などの東洋哲学から脱却し、練習者に科学的論理性と徹底した理解を求める教授スタイルで知られ、合理的・実戦的であると言われるが、かといって術理が欧米化して堕落した訳ではない。また他の中国武術のような内功、外功といった概念を持たず、呼吸法も自然呼吸である。道教的影響よりも仏教的な色彩が色濃いと言える(外家拳)。武術一般の内功にあたると思われる「内力」という概念があるが、そのための特別な養成法があるわけではなく、正しく練習をしていけば長い間に自然と自覚されていくものとされている。ただし初級套路の小念頭に内功を養う効果があると指導する指導者もいる。実際、小念頭には各種の意念を用いることや、集中力、自然呼吸を重視する点において立禅と共通する要求が多い。

接触感覚を重視することで、目に頼らずに戦うという考えであるために、周辺の比較的スタイルの近い門派には存在する視力の訓練も存在しない。身体に負荷をかけたり、身体を打ち付けて鍛えるような外功的な訓練も行なわず、力みを極端に嫌い、南方の拳法にある剛強なイメージからは外れた訓練体系であることで知られる。この「無駄なことをしない」という思想は、ジークンドーにも受け継がれている。

この簡単さゆえに、戦闘理論に関しては非常に厳密な理解と体現を要求されることになるため、実際には簡単とは言え、非常に習得・体現の難しい武術である。そのため対人練習に非常に多くの時間を割き内部感覚を養成する。世界的に広まったことにより、他の格闘技術などの影響を受けて改変・変容し、新たな一派が誕生したりするという傾向もある。また、内部感覚さえ身につけば自由に改変できるという考えから、同じ葉問派とは言っても葉問派詠春拳の本来持っていた徹底したシンプルさと実用を重んじるという特徴は時代と共に軽んじられている傾向があるのは誠に残念な事と言える。そのため指導者や武館によっては同じ香港の伝統的詠春拳と言っても指導内容には既に想像以上に大きな違いがあることが知られるようになってきている。

更に残念な事に最近では、新たなる護身術EBMAS(Emin Boztepe Martial Arts System)[8]やクラブ・マガ[9]も誕生してしまっている。現在でも世界的な普及・発展を続けているが、これは実はブルース・リーの影響ではなく、香港返還による人材の海外流出によるものである。また現在では詠春拳のイメージと言えば「ブルース・リー=詠春拳」というイメージではなく、「ドニー・イェンの『イップ・マン 序章』『イップ・マン 葉問』=詠春拳」というイメージに変わりつつある。

實用詠春拳 (詠春拳學)[編集]

葉問派詠春拳の中でもとりわけ黄淳樑師による黄淳樑系詠春拳の事を指す。黄淳樑師は葉問が実施した合理的な教授方法を更に発展させ、科学的詠春拳(Scientific Ving Tsun)を提唱し、自らの詠春拳に學の字を加え「詠春拳學」と称した。武術を崇高な学問にまで昇華させたのである。その詠春拳は一般に實用詠春拳(Ving Tsun)と呼ばれた。實用とは日本語で言うと「実戦」と同義語となる。實用詠春拳に対比する言葉としては伝統詠春拳(Wing Chun)がある。一般的な葉問派詠春拳は伝統詠春拳に分類される。

その他の詠春拳[編集]

刨花蓮詠春拳、紅船永春拳、阮奇山詠春拳、岑能詠春拳、、陳汝棉系永春拳(花洪拳)、順徳永春拳、越南詠春、馬来西亜永春などの各派があり、その他にも秘密主義を貫いて今も隠され続けている伝承も残っているというが、そのほとんどは失伝の危機に瀕している。香港返還の影響や華僑の動きによって世界的に伝承が散らばり、本国である中国で途切れた伝承が、海外に残っているような例も存在するようである。非常に多様である。

詠春拳の技術[編集]

坐馬[編集]

広東系南派少林拳の基礎的な拳技の事。二字拑羊馬などの「馬」の事である。馬は単に立ち方を表すものではなく、馬の状態になる事を「坐馬」と呼び、特に広東系南派少林拳の修行開始時に於ける最重要技法である。北派少林拳では同様な技法に站樁がある。この技法は詠春拳独自のものではなく、洪家拳とも共通し、実際に二字拑羊馬は両拳に存在する。詠春拳は「坐馬」と言う技術的基盤の上に成立している拳法で、葉問口訣においても「力由地起」とその重要性を説いている。よって馬の重要性を説かない詠春拳は、正統詠春拳ではない。

葉問口訣[編集]

葉問口訣とは、詠春拳の極意を短文で表したもので、詠春拳を修業する上で守らなければならない課題や理想的な目標を表した格言の事である。以下に中文のまま列記する。

念頭不正,終生不正。〈拳套要求、人生寓意〉

念頭主手〈一說守〉,尋橋主腳〈與步〉。〈練習拳套目的〉 標指不出門。(拳法〉

來留去送,甩手直衝。

撳頭扢尾,撳尾扢頭,中間〈飄〉膀起。

正身子午,側身以膊〈為子午〉。

朝面追形,而〈追形〉不追手,以形補手,以手補形。

力由地起,拳由心發,手不出門〈手不離午〉。

避實擊虛 (遇實則卸,見虛即進)。

畏打〈終〉須打,貪打〈終〉被打。(不畏打,不貪打〉

轉馬手先行,上馬手先行。〈轉馬上馬,樁手先行〉

留情不出手,出手不留情。〈留情不打,打不留情〉

不挑不格,消打同時。

葉問派詠春拳を規準としたもの[編集]

詠春拳は基本的には短打接近戦の徒手による格闘術体系である。接近戦と手技の細やかさに特徴があり、相手の攻撃を封じて、いち早く相手を打倒することを考えて作られており、競技格闘技とは戦闘行為に対する発想が著しく異なっている。

近距離での打撃に対する防御技術が精緻であり、基礎の拳套である小念頭に含まれる技の約8割は防御技である。ただし防御技・攻撃技と分類のできないものも多い。また相手の動向を察知し制御するという点に重点がおかれ、その攻撃技でも防御技でもない技(概念)というものを有している。この二点が武術格闘技としては非常に特徴的になっている。

詠春拳の訓練は、まず套路によって技のパーツとしての手形と身体構造の運用法の基礎を学び、未精練な筋肉運動の改変を行なう。より実戦的な応用や、パーツごとに学んだ手法の整合法は対人練習によって学び、訓練していく。このため、対人訓練には大きなウェイトが置かれる。過手(グォーサオ)と呼ばれる、お互い接手(チプサオ)や雙黐手(セヨンチーサオ)を実施した状態から一定のルールの上で自由に攻防する練習によって、様々の応用技術、戦闘理論、展開原則、歩法、体捌き、位置取りなどを学び、また神経反応の改変と養成、本能的な精神反応の改変させ、また橋手や馬を訓練する。

葉問派の技術的な特徴としては、黐、貼身ということが挙げられる。 また短橋狭馬の拳法の中でも、葉問派はより動作を小さく、直線的にまとめてある。 ただし、第三段階の標指になるとこの特徴は一変する。

詠春拳の技術に関する誤解[編集]

詠春拳というとワンインチパンチ(寸打)が有名であるが、詠春拳(または南派少林拳術)の寸打は独特であり、北派拳術の寸勁と同じものとは言えない。また、詠春拳には裏拳や曲線を描く打撃がないように言われることがあるが、実際には掛槌(裏拳)、横拳(フック)、上沖拳(アッパー)、チョップ、各方向からの肘打ち、更には回し蹴り(に似たもの)までもがある。特にチョップと裏拳は肘技に関連しているのでよく使用される。それらの技術は、特に近代格闘技などから流入したという訳ではない。

ごく最近まで日本では詠春拳は福建系南派少林拳に分類され、白鶴拳と共通点の多い拳法と考えられてきた。しかし実質的には白鶴拳と詠春拳は根本的に違う別門派である。詠春拳は広東系南派少林拳特有の技法を有し、これまで通説とされてきた白鶴拳と同系統との説は、日本人の根拠のない思い込みによる誤解であった[10]。

日本における詠春拳事情[編集]

日本で詠春拳といえば、それはおおむね葉問派詠春拳のことである。

1970年代のブルース・リーの人気により、日本でも詠春拳を学びたいと考える人が沢山いた。しかし葉問の直弟子全盛の時代に香港まで渡り、または香港人に就いて最終段階である標指まで学ぶことができたのはごく小数に限られた。理由の一つに「日本人に教えてはならない」という葉問の遺言の影響がある。

1980年代〜1990年代に日本人でも学べる香港の武館は、黄淳樑師の武館だけであったとも言われており、日本では大阪の眞鍋嶽山(黄淳樑師-李恆昌師伝)と横浜の銭彦(盧文錦師伝)、山梨のパスコ・デイヴィッド(簡華捷[11]師伝)以外の教室ではこの遺言の影響は現在でも残る。この影響により、まだまだ普及してるとは言えない。この事が日本と各国との人気・事情の差となっている。1980年代より台湾出身の錢彦、川村祐三(錢彦氏伝[12])らが中国武術専門誌や書籍、主宰する団体を通して詠春拳を日本に紹介してきたが、近年は2011年にドニー・イェン主演の映画『イップ・マン 序章』『イップ・マン 葉問』が、2013年にウォン・カーウァイ監督の『グランド・マスター』が日本公開された影響もあって徐々に詠春拳の知名度は浸透しつつある。

日本国内で葉問派詠春拳の実像にアクセスできる機会は今もって少なく、正しい全伝を学べる機会はほぼ皆無という状況にある。とりわけ香港の梁贊直系主流を自負する団体に関しては、眞鍋嶽山と銭彦、パスコ・デイヴィッドの教室以外は葉問の遺言がそのまま保たれている状況にある。現在では、梁挺[13]派詠春拳を指導する団体や、新たなる護身術EBMAS等によってWing TsunやWing Tzun[14]は国内で普及しつつあるが、正統詠春拳はまだまだ普及しているとは言えない。

脚注[編集]

1.^ 近年「咏春白鶴拳」や「紅船咏春拳」、「詠春拳」はそれぞれ別門派として扱われるようになっている。異なる点として、全体的に古いものほど洪家拳に近い趣があること、古い「咏春拳」には詠春三大手と呼ばれる基本手型が存在しないことなどがある。
2.^ 近年になって南少林寺に関しての古文書が嵩山少林寺から発見され、それを元に福建省の九連山で発掘調査を行うと明代の大規模な寺院の遺跡が見つかるなど、定説が覆されつつあると報じられているが、その真実の解明については今後の研究が待たれる。
3.^ 香港の赤柱に現在もある聖士提反書院(St. Stephen's College)へ留学中に葉問は外国語や数学、科学に興味を覚え勉学に勤しんだ。
4.^ 葉問四大弟子とも言う。標指王・梁相師、尋橋王・駱耀師、小念頭王・徐尚田師、講手王・黄淳樑師の4名で構成される。
5.^ 講手とは「挑戦する」という意味である。黄淳樑師は入門時、師匠である葉問宗師に闘いを挑み、闘いに破れる事によって軍門に下ったと言う前代未聞のエピソードは有名な話である。詠春四大天王の中で唯一套路名が付かないのに黄淳樑師が名を連ねているのは一門内で一目置かれた存在だったからである。
6.^ 便宜的に葉問門下で「入室弟子」と呼ばれる門下生は武館を閉鎖する以前の直弟子を言う。最後の入室弟子は古生師で、それ以降の弟子とは区別される。
7.^ 英語表記は「Ving Tsun Athletic Association」で葉問派詠春拳の統括団体である。詠春體育會は、香港の武術団体では初めて香港政府から認可を受け、社団(法人)を取得した。
8.^ 葉問の曾孫弟子(葉問-梁相-鄭北-梁挺)にあたる梁挺が主宰する梁挺派詠春拳がヨーロッパで普及、そこから数多くの分派があって、その中の代表的なのがEBMAS。
9.^ イスラエルの軍隊格闘術。徒手格闘の部分で詠春拳の技術を採用している。
10.^ *詠春拳には白鶴拳にあるような特殊な発声法や震身勁と呼ばれる発勁法、鉄砂掌等の外功による鍛錬法は一切存在しない。詠春拳は三大手があるが、白鶴拳では五形手となり基本功も異なる。両拳には技術的相違点が多く、同じ技術体系にあると考えるほうがよほど無理があると言える。
11.^ 別名ビクター・カンとも言う。ブルース・リーとほぼ同期にあたる方で、入室弟子の中では比較的古い直弟子である。現在は英国が本部で普及にあたっている。
12.^ 川村は一時期、台湾出身の錢彦から学んだ後、香港で詠春拳を学んだ経緯を持つ。2001年に錢彦の許可なく日本で詠春拳を教授したとして問題になったが、川村自身の団体、詠春拳武学社を自主的に閉鎖する事によって問題は終結した。現在は太極拳と詠春拳を混ぜたオリジナル武術を公園で教えている。
13.^ 葉問の曾孫弟子にあたる梁挺(自称直弟子となっているが、これには明らかな疑義が存在する)は葉問門下でその時代では珍しく英語が堪能だったためいち早く外国人弟子を受け入れ勢力を拡大した。2000年に欧州では1000万人超える規模の団体となった。2009年に痴情のもつれから自らの愛人に暴力をふるって傷害事件を起こしそれが新聞沙汰となって世間を大きく騒がせた。当然刑事事件となって起訴され、有罪判決を受け、詠春門の物笑いの種となっている。
14.^ 通常詠春拳をアルファベット表記すれば「Wing Chun(伝統詠春拳)」または「Ving Tsun(實用詠春拳)」となるが、欧米で派生した詠春拳は自らの独自性を強調するためにアルファベット表記を変更する試み「Wing Tsun(梁挺派詠春拳)」や「Wing Tzun(EBMAS)」が目立っている。

http://mokujindotcom.jp/eishunken.html
詠春拳春拳      


詠春拳は世界的にみると最も練習者の多い中国武術の門派の一つと言えよう。
欧米は言うに及ばずロシアや中東諸国にも武館があって普及しているのは圧巻である。このように世界的に有名な詠春拳だが、逆に中国国内では弱小門派であり、失伝を危惧されたこともあった。



世界中で練習されている詠春拳だが、この状況をもたらした要因が葉問という詠春拳の指導者と李小龍、いわゆるブルース・リーの存在であったことは間違いない。詠春拳練習者が入門時の動機で「ブルース・リーがやってた」と言うことは重要な要件であろう。

ブルース・リーがやってなかったら詠春拳は絶対に世界でここまで普及しなかったと断言出来る。


また香港という地理的要件も詠春拳が世界に普及することにとって重要な要因となった。
そして、その香港に詠春拳を最終段階まで習得した葉問という指導者がいたことが、まず第一の要件であった。


中国本土に立派な師傳がいくら居たとしても、当時は渡航の自由がない中国本土では世界に普及するには至らなかったであろう。実際、詠春拳は中国本土に於いて歴史的に迫害を受けた時期もあり、失伝寸前になって表演武術家等によって形のみ伝承した「にわか詠春拳」が多い。そんな中国本土の有様は香港の正統な伝承者から失笑をかっている。


当時の香港はイギリスの植民地であり、中華文化圏でありながら資本主義の社会体制であって、自由に渡航・移動ができる環境が整っていた。香港人が外国に移住して武館を経営することも多く見られた。またブルース・リーの影を追って多くの外国人が香港に訪れ葉問の弟子に当たる武館へ留学を果たした。世界中で普及している詠春拳のほとんどが葉問の系列の詠春拳であることがこれまでのロジックを実証している。


現在では葉問派というより、その1世代後の師傳の名前を冠する場合の方が多くなってきている。いわゆる葉問の直弟子の名前で○×派詠春拳と冠することになっている。技術的にも差異が生じており、既に葉問の系列の技術とは云えないグループも存在している。殊に欧米に於いては伝統を守ることより、早期に強くなって護身術として身につけたい社会の要請に応えるノンクラシカルスタイルが主流になっている。

一方、伝統を重んずるグループに於いても、自らの経験等を土台として技術の改変を繰り返す指導者も多く、葉問の祖師廟が出来た時に集まった面々をみると、まさに呉越同舟の感であった。よって葉問派と呼称すること自体に既に無理があって、1世代後の名前を冠する方が練習する者として合点がいくのである。



詠春拳の技術的な特徴は比較的剛強な技術が多いとされる南派少林拳において、力みを極端に嫌い、内功のみで攻防技術が完成されていることである。外功(空手の巻き藁を叩いて拳ダコを作ったりするような練習)は最終段階まで一切練習がない珍しい門派と言える。根幹をなす思想に「無駄なことはせず直線を重んずる」「最短距離を目指す」「簡単になるよう常に考える」がある。確かに外功は最終段階からすると、回り道で無駄な技術と言えるかもしれない。

そして外功がない代わりに相手と接触することによって相手の動きを察知して対処する練習に多くの時間が割かれることとなる。そのため練習は対人練習の比率が多く、黐手や過手と呼ばれる乱取りを中国武術の他派より明らかに多くの時間を費やすのは特徴であろう。

逆に套路は「小念頭」「尋橋」「標指」の三つしかなく、ひとつの形を数年掛けて練習するのが一般的である。また木人椿を使用した套路練習が公開されているのも特徴である。南派少林各派にも木人椿を使用した練習法は伝えられているが、詠春拳のようにここまで公開されている例は少ない。その木人椿百十六式を入れても套路は四つしかない。その分対人練習で身につけることとなっている。鴻勝館蔡李佛などは六十四も形が存在しているのとはまさに対照的である。



また詠春拳には徒手拳法だけでなく、六點半棍と呼ばれる3メートル近い長い棍法と八斬刀と呼ばれる刀法等のの器械類の技術も伝承されている。古来、中国武術を区別して「南船北馬」と呼んだが、六點半棍は船の櫓を武器として使用した名残と言われ、形状も一般的な棍とは全く異なりいかにも船の櫓の形状をしており、南派拳術らしい武器と言える。


そして詠春拳は船の上で練習した名残と言われる短橋短馬の代表的な門派とされ、脚のスタンスが狭く、腕も細かく使って決して大振りはしない。中心を守ることにうるさく攻撃より防御に重点が置かれているのは他門派との大きな違いと言えよう。


練習者の姿から創始者が厳詠春という女性となっているが実際のところは良く分かっていない。しかしこの拳法が福建省の南少林寺由来の技術であることは紛れもない事実であろう。創始者である厳詠春は南少林寺焼失によって落ち延びた少林五祖の一人「五枚至善大師」より少林寺に伝わる武術を伝授され、女性向けに改良を施して誕生したのが広東系南派拳術の詠春拳とされている。


同じく広東系南派少林第一と呼ばれる洪拳にも五枚至善大師伝とされる技術が遺されており、全く異なると思われている洪拳と詠春拳だが、技術的共通点はことのほか多い。あえて洪拳と詠春拳の違いを言えば、技術の違いではなく哲学の違いと言えよう。関わってきた人の考え方によって技術体系が変化した典型例だ。スタンスが広いから違うのだ等という稚拙なロジックに騙されてはならない。


逆に日本において定説とされてきた福建系南派拳術の白鶴拳と詠春拳との類似性には疑問を抱かざるを得ない。福建系南派拳術は空手との類似性があって、套路が全部または一部同じ場合や技術的に同じ場合がほとんどである。


また福建系南派拳術の白鶴拳には五行手と呼ばれる基本的な技術が伝わっているが、広東系南派拳術には伝わっていない。当然詠春拳にもない。ただ両者ともスタンスが狭い短橋短馬だと言うことは同じである。詠春拳には短橋短馬であっても子午馬は存在するが、白鶴拳にある空手で言うサンチン立ち、不定不八歩はない。基礎から全く違うのに共通点があると決めつけるのには余りにも無理がありすぎる。白鶴拳の対練が詠春拳とよく似ているとのご意見もあるが、そんな主張が通るのなら中国武術は何でも同じとなってしまう。詠春拳と白鶴拳は類似性は発見出来ない。
日本では詠春拳、白鶴拳とも練習者が少ないので反論がなかっただけと思われる。香港で詠春拳と白鶴拳が同じだというと、詠春拳の師傳から「関係ない」との答えが返ってきた。台湾で白鶴拳の師傳に聞いても答えは同じではないかと思われる。つまり南少林由来以外何の共通点もないことが分かる。



空手家が白鶴拳に代表される福建系南拳を練習することは容易だが、基礎技術に共通性のない広東系南派拳術を練習するのには一苦労するであろう。ことに詠春拳を空手家が修業するにはこれまでの全てを捨てる程の発想の転換が必要になる。


実際に詠春拳の練習を始めてみると、最初の1年が退屈この上ない練習と感じる人がほどんどであろう。入門時の退屈さをやり過ごせば、いくらかの楽しさは感じることにはなる。そこまで辛抱できるかがこの拳法を修行できるかどうかの鍵となる。逆に最初から凄く楽しいと感じる人はあなたの指導者を疑った方がよい。

しかし本当の試練はこの後に待ちかまえていて、それが脱落せず最終段階まで到達できるかどうかの分水嶺があることを付記しておく。伝統的な詠春拳は佛教やアジアと中国に対する深い畏敬の念がないと習得が困難な拳法である。ブルース・リーが好き程度の浅はかな考えでは最終段階まで到達できないのは言うまでもない。

http://mokujindotcom.jp/mokujin.html
木人椿とは

主に南派拳術で使用される木製の丸太人形で、腕が3本、足が1本の合計4本の棒状の突起が本体から出ている。拳法の技術を独習する際に用いられる。

詠春拳に於いては技術の総まとめ的な意味合いで用いることが多く、中級者から上級者が練習する場合が多い。詠春拳の木人椿用の套路は少なくとも腕は2本同時に用いることが多いので初級者には不向きである。

洪拳も詠春拳と同じ木人椿を用いた套路があるが非公開で上級者にのみ伝授されるとのことである。蔡李佛にも木人を用いた練習はあるものの形状が独自で詠春拳の木人椿とは目的の含めて全然違うものとなっている。ブルース・リーによって創立された武道・JKDにも木人テクニックが存在する。



中国武術詠春拳のリアルファイト試合

















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寝技の人間国宝 仁木征輝先生4



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寝技の人間国宝 仁木征輝先生3



















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寝技の人間国宝 仁木征輝先生2























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神戸 七帝柔道の伝道者あこう堂さんのブログより 寝技の人間国宝 仁木征輝先生 合気道と柔道の組み合わせというと早稲田の富木謙二先生を思い出しますが確か平野時男先生も合気を披露していましたね 動画で





















http://blog.livedoor.jp/akoudou2008/archives/1593401.html

http://blog.livedoor.jp/akoudou2008/archives/1594686.html

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ヒーロングレイシーvsヘナーグレイシーのガチスパー エディブラボーの持論が証明された! グレイシー一族がギを脱いで勝負をした!



2014 Gracie Immersion - Ryron vs. Rener

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こんな日本に誰がした?! アベノミクスで税金だけ上がって経済効果は大赤字

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医療マフィアのデマに騙されてはならない 子宮頸がんワクチンを初めとするガン医療はむしろ身体に有害! 寿命を縮める!

http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/5f3c5246593b87445e2deb4aea2192ee
壮絶!子宮頸がんワクチン被害>真っ青で横たわり、目の玉が激しく揺れ・・痙攣が全身に拡がり、呼吸にまで
2014-06-02 13:23:11 | 未分類

<壮絶!子宮頸がんワクチン被害>

真っ青で横たわり、目の玉が激しく揺れ・・痙攣が全身に拡がり、呼吸にまで

http://blogs.yahoo.co.jp/kawachikakekomian/12337155.html より抜粋引用

「1から10まで数えられない」ほどの記憶障害、
       知的障害に苦しむ少女たち
              ~子宮頸がんワクチン被害者の声

http://iwj.co.jp/wj/open/archives/143604
2014/05/29↑より抜粋引用↓文字強調管理人



たった1回の接種で40もの症状

Aさんは子宮頸がんワクチンが
定期接種化されて間もなくの
2013年の5月に、
ガーダシルを1回だけ接種した。
たった1度の接種ではあるが、現在、
約40ほどの症状に苦しんでいるという。

 「その中でも
深刻な症状が記憶障害です。
自分の名前が分からない、
家族のことも分からない、
漢字やカタカナが書けない、
1から10まで数えることができません」

 佐藤さんは、
子宮頸がんワクチンが
まだ任意接種だった頃、
市の保健センターから案内が来ても
接種は控えたという。

副反応被害が
海外で報告されていたことを
知っていたからだ。

しかし2013年4月、同ワクチンが
定期接種化されたことで、
「高校1年生までに必ず接種をしてください」
とか書かれた通知が
保健センターから届いた。

佐藤さんは
それでも受けさせたくないという思いで
保健センターを訪ねると、
「高校1年生が(接種対象の)
最後なので受けていただきたい」
と担当者に告げられたといい、
納得できないまま
Aさんに接種させた。

 しかし、予防接種法には
「受けるよう努めなければならない」
と書かれているだけで、
ワクチン接種は義務ではない。

「必ず」という表現は
ミスリードではないだろうか。

接種後、
「義務」ではなかった
ことを知った佐藤さんは、愕然とした
と話し、悔しさを滲ませた。



知的障害という副反応

さらに、Aさんは重度の
知的障害に認定されているという。
 「知能指数が
これだけ低ければ、高校には入れません。
でも娘は確かに高校を受験し、
合格し、入学しました。
なぜ突然、記憶障害になり、
果てには知的障害になるのでしょうか」

 40の症状を抱えているAさんだが、
髄液検査の結果、
脳炎の状態との診断も受けている。

炎症を抑えるために、現在、
副作用が伴うステロイドパルス療法を
受けているというが、
効果がすぐに現れるわけではなく、
根治治療でもない。

それでも「1日でも、1分1秒でも早く、
元の身体に戻し、
青春時代を過ごさせてやりたい」
という
母親の願いがそこにはある。



ワクチンとの関連性を疑わなかった

次に登壇したのは、
同じく北海道から来た金澤千世さんだ。
金澤さんの娘、Bさんは現在17歳。
2011年に2回、翌年3月に1回、
計3回サーバリックスを接種している。

 子宮頸がんを
防げるワクチンが公費で受けられると、
学校を通じて案内を受け取った金澤さんは、
何も迷わず、Bさんにワクチンを受けさせた。

 2回目の接種後からBさんは、
激しい頭痛を起こすようになったという。
小児科を受診するも、
医師は検査もせず、「肩こり」と診断。

金澤さん自身も、受験のストレスが
原因かもしれないと受け止めていた
程度だったというが、
実はその頃からBさんには
「夜尿症」が始まっていた。

「年頃でもある娘は、
そのことを私に隠していました」。

娘の症状に
気づいてあげられなかった自分を、
金澤さんは悔やむように話した。


 看護師になるのが目標だという
Bさんは、難関だった学校に合格し、
下宿しながら高校に通い始めた。

3回目の接種後から1年後の
2013年の3月に、
Bさんが通う学校から
金澤さんに連絡が入った。

車を2時間走らせ学校に到着すると、
真っ青になったBさんが横たわり、
目の玉が激しく揺れていたという。

その後、病院を受診。
メニエール病の疑いがあるとして
薬を処方されたが、
症状が改善することはなかった。

 同年7月、Bさんに
大きな症状が現れるようになった。
部長を務めていたというBさんは
テニスの部活中、
手が大きく動く痙攣が
4時間止まらなかったという。

翌月8月には
痙攣が全身に拡がり、
呼吸にまでおよんだ。

それでも看護師を目指すBさんは、
松葉杖をつき、ぬいぐるみを抱えながら
なんとか学校に通い続けた。

しかし、学校に行けば
発作が起き、倒れ、運ばれる状態を繰り返す。

 そして秋になった10月、
「これ以上、がんばらせるのはやめましょう」
と先生と相談した金澤さんは
Bさんの休学を決意した。
高校2年の半ばのことだった。


「私を消してほしい」
   と叫ぶ娘

「全身を痙攣させながら、娘は
『自分を消して欲しい、消して欲しい、
こんな身体はいらない』と
自分を叩いて叫んでいました。

それを、主人と一緒に
泣きながら抑える、そんな毎日でした」


 金澤さんは、なぜ、Bさんに次々と
不可解な症状が起きるのか分からなかった。

子宮頸がんワクチンを
初めて接種したのは、すでに2年前。
ワクチンとの関連性を
疑うことはなかったとう。

しかし、自身も精神的に
不安定になっていた金澤さんは、
ある日、
安定剤を処方してもらっていた医師から、
「子宮頸がんワクチンを受けた?」
と聞かれた。


これがきっかけとなり、
子宮頸がんワクチンの
被害者である母親のブログに辿り着いた。

 「このブログに出会い、読み漁りました。
被害者の女の子の症状が、
娘の症状と一緒だった。
何でもっと早く
気づかなったのかと、悔しかった」

 その時のことを
振り返った金澤さんは、
涙を抑えられず、言葉に詰まった。

(抜粋引用終わり)




http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/ac99f15a62e96e977c0010237afaea6e からの情報

★1918年のスペイン風邪の伝染は予防接種が原因だった!

予防接種を受けていない市民と比較して、
予防接種を受けている兵士の方が7倍も病気に罹っていた。
私が、海外から1912年に帰国したある兵士から聞いた話によると、
軍の病院が小児麻痺の症例でいっぱいになっていたとのことだった。
その兵士は何故成人した男性が乳児のかかる病気に罹っているのかが
不思議だと言っていた。このことにより、私は、
それらの麻痺がワクチンによる中毒の後遺症だということが分かったのだ。


★当時の医学界は、この大量殺人とも言える流感の原因が

 予防接種であったことを隠すため、「スペイン風邪」などという

 訳の分からない病名を付けてごまかしていた。



★1979年以降の小児マヒは、全て『小児マヒワクチン』自体が

 引き起こしたものである(ワシントンポスト誌)



★小児マヒの強制予防接種が行われた地域では、

 小児マヒ発生率が、行われなかった地域に比較して7倍増加

1950年代の後半、小児マヒの世界的流行に伴い、何千匹ものサルが

米国に輸出され、長い針で小児マヒのウィルスがサルの腎臓に注入された。

当然ながらサルは発病し、非常に苦しみ始めた。

その苦しみが最高潮に達した時点でサルは殺され、腎臓が摘出された。

その膿が分離・培養されて、めでたく小児マヒのワクチンが完成した。



確かにワクチン中、小児マヒのウィルスは死んでいるのだが、

シュヴァイツァー博士が最も恐れていた、サル特有のウィルスが

サルの腎臓からワクチンに紛れ込んでいた。

この恐るべき新ウィルスが混入している知る者はいたが、沈黙は守られた。



【ワクチンは生物兵器】WHOの極秘文書が、

パトリック・ジョーダンという勇気あるジャーナリストにより暴露

http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/7ca75d0e239e87a00af58984db204f1b



<子宮頸がんワクチン被害深刻!!>

現在車椅子の生活。

こんなにひどい副作用出るなら、どこの親も接種しない
http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/4bebd87098a584d8d7895261d3304fb5
2013-09-16
「頭をトンカチで殴られたような割れんばかりの激しい痛み」が

全身に及び、通常の社会生活さえ営めない

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放射能を全国にばら撒く福島除染

http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/1e6d575d50c87cea3bac91c4698dcc76
いわき市を走る軽トラの荷台に”100mSv/h”の汚染土が積まれ、それを撒き散らしていた(双葉ネット)
2014-06-26 22:33:12 | 放射能汚染

いわき市を走る軽トラの荷台に”100mSv/h”の汚染土が積まれ、

それを撒き散らしていた(双葉ネット)

★およそ8割程度の業者がモニタリングポストの数値を下げる為に除染。

 こんな除染に何の意味があるのか。

福島県 真実の報告書 双葉町ネット
http://blog.livedoor.jp/hutabatyounet/ より抜粋引用

6. モニタリングポスト周りの事実

公表されている線量が下がっているのは写真のように、

周りだけが除染された為だ。

こんな除染に何の意味があるのか。



他地区からも同じような報告が多数寄せられている。

本来この除染は人が被ばくするのを低減させる為に行うもので、

モニタリングポストの数値を下げる為ではない。



およそ 8割程度の業者がこのような除染を行っている。

汗水流してやってる当メンバーには頭が下がる。

チェック体制が無いのも原因の 1 つだ。

素人ではなく、放射線管理業員を各現場に付け、

その他にチェックする体制が望ましい。



このままでは福島県だけではなく、日本が汚染で住めなくなってしまう。

日々汚染が拡大されているのは事実である。



いわき市を走っている軽トラックの荷台には

100mSv/h の汚染した土が積まれていて、

それを撒き散らしていたと言う事実もあるぐらいだ。



私が見ている限り、臨時の放射線管理員で実務経験も少なく、

まともに測定が出来ているとはいえない状況だ。



臨時の放射線管理員の教育も徹底すべきである。

私は約 20 年間放射線管理員をしてきたが、

これまで見てきた中でも最悪の管理だ。

(抜粋引用終了)



(オーストラリアで)原発事故後、初めて輸入されようとしていた

約500台の日本車は、入国許可が下りず日本へ逆戻り。

次からも数百台、やはり却下になった

02. 2011年12月03日 00:20:13: skVANu6gpw
オーストラリアで事故後初めて輸入されようとしていた

約500台の日本車が税関で足止めを食らいそのまま入国許可が下りずに

日本に逆戻りさせられ

次からも数百台もやはり却下になったが

あの時豪州は食材だけではなく物品に対しても制限をかけた事故後初の国として

やり過ぎ感を自国民からも指摘されていたが

今となってはアスファルトの道路や建物の

屋根等からこびり付いた放射性物質が除染出来ない時期に来てしまったように

物品の線量の恐ろしさが際立ってきている。

研究所はあっても原発を保有しない国の方が対策がしっかりしているということは

放射性物質及び原発を研究していれば物質が物品から排染出来ない時期が来ることは

実はすぐにわかる程度のことだったんじゃないのか。

高速増殖炉を「人類の夢(金のなる木)」だと教科書に堂々と乗せていたり

原発事故自体が「想定外(すっとぼけ)」だったりの原発推進国な日本政府と

豪州のそれとの違いは知力でも対応力でも危機感の有無でもなく

自国民を犠牲にすることへの罪悪感があるかないかだけだった。



===過去記事===

<被ばく車両に乗り、まともに歩けなくなった例>

医師「放射線による影響」認めた ”杖をつきながら”学校へ
http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/759c5c1f7c272644867b45cf2866eed0
2014-05-24


郡山駅西口の植え込み 80μSv/時、

JR郡山駅西口にある植え込みの土 120μSv/時
http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/1b783db3bf9dcf499427c5bdf8249388
2014-03-07




郡山 中学校の側溝で毎時20・4マイクロシーベルト
http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/16d5bfdc73231925c8ab8c5202ab602b
2012-05-07



【注意】白血病の初期症状がインフルエンザの症状に酷似 

【1週間で約2倍…インフルエンザ患者急増140万人に(福島県がワースト1位)】

http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/3f0e2f13e0c68e9ca4e04eeebf46412d
2013-02-02




福島県に「ミネロ牧場」を開設し7月に毒牛乳生産を開始?
一体、だれを毒殺するおつもり?
http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/41b0e589e6e36a51d2aba3e368992a15
2012-06-13




【汚染地で】生きることが優先。

高汚染の校庭「体育の時間、保健室へ避難」

「学校は2/3行けば進級できる」
http://blog.goo.ne.jp/jpnx05/e/447a792204e97fb57c16978b64c14654
2014-04-10

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柔術プリースト 135 世界最大の柔術イベントムンジアル2014大特集!

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柔術&マーシャルアーツアート&コミック

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ヒクソングレイシーの両手を使わないスパーリング

Rickson training with blue belt no hands then open guard 90s

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ヒクソングレイシーのグレイシー柔術を駆使したVT動画

これら先進国日本での超巨大イベントでの試合によってヒクソンは日本で圧倒的なネームバリューを自身のみならず柔術とVT MMAにも影響させますが
これらの日本のファイトで実は父であるエリオグレイシーとは険悪だった時期が存在するそうです
その原因はこれら日本の試合がエリオたち古き良きグレイシー一族らを始めとする柔術家たちが得意とするベアナックルファイトのバーリトゥードでは全然無くなってしまったことです

ヒクソングレイシーがオープンフィンガーグローブを試合で実際に使用したのが影響してかそれらが世界に爆発的普及されてベアナックルファイトが全滅してしまい
ルールもどんどんスポーツ化されてしまいエリオやカーウソンがバーリトゥードをやっていた時代とは違い決闘色が消えて競技になってしまったことにヒクソンが大きく関わっていた事に怒りを感じてたんでしょうか
21世紀以降のVTはMMAとして必然的に打撃の間合いで打撃をせざるようにルールが変更されたこと
そこに20世紀のグレイシーが勝つためのノウハウは使えないものにされていることはヘイソングレイシーのインタビューでも読んで見て取れます

その原因の一つにヒクソンが関わっている
そこにエリオとヒクソンの関係の亀裂が生じていたとしても不思議ではないでしょう

ちなみにヒクソンはグレイシー柔術にも打撃はあると言ってますがそれらのノウハウは平直行さんが

20世紀のグレイシー柔術

でも紹介しています
MMAではない競技ではないマーシャルアーツとしてのグレイシー柔術
それは離れた間合いには打撃の攻防という現代ボクシングや現代ムエタイ MMAの常識からは違ったものがあります

そしてカーリーグレイシーの対複数でのストリートファイトでの兵法
そのノウハウは心意六合拳の盧崇高 カールゴッチの靴のエピソードにも合い通じていて面白いです
ちなみにカーリーグレイシーのホイップパンチは知っていますがホイップキックは知りません
どんなんだろうか?



















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生産者が丹精込めて育てた食材を使い、大地の恵みに感謝しながら、食べる人への愛情を込めて料理する──。それが全米で最も予約の取れないレストラン「シェ・パニース」のオーナー、アリス・ウォータースの料理哲学です。

写真の左右にあるナビゲーションをクリックすると次のchapterをご覧いただけます。また写真のみのパネルをクリックすると大きい画像でご覧いただけます。立ち読みマークのあるところでは、本の内容もご紹介しています。

アリスさんプロフィール写真

1944年米国ニュージャージー州出身。カリフォルニア大学バークレー校でフランス文化を学ぶ。在学中からフランス料理に興味を持ち、1971年、バークレーに『シェ・パニース』をオープン。地元のオーガニック食材だけを使い、日替わりのコースメニュー1 種類だけのレストランは人気を呼び、カリフォルニア・キュイジーヌの殿堂として、全米で最も予約の取れないレストランとなった。近年はスローフード運動の提唱者として、食農教育などの活動も行っている。著書に『アート オブ シンプルフード』(小学館)がある。

1971年にアリス・ウォータースがカリフォルニア・バークレーに開いたオーガニック・レストラン。地元の旬の食材のみを使ったディナーのメニューは厳選された1コースのみで、65~100ドル程度。全米で最も予約のとれない人気レストランとして知られている。
シェ・パニース公式サイト: http://www.chezpanisse.com

https://www.facebook.com/pages/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AB%E5%AD%A6%E3%81%B6%E4%BC%9A/418197881549992

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ヒクソングレイシーとヨガ ヒクソングレイシー道場修業記

http://www.yoga.jp/life/philosophy/index_21.html
格闘技と瞑想 2008.7.25 update





ようやく夏らしい天気が続くようになりましたが、この暑い季節、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。温暖化の影響か、夏らしいを越えて少々過剰な暑さが記録されていますが、どうか熱中症にならないよう、水分の補給を心がけていただければと思っています。
私の方は、相変わらずトレーニングの準備と執筆を二本柱に、とてもシンプルな毎日を過ごしています。
そんなシンプルな日々の中、先日とある取材で元格闘家の須藤元気さんと対談する機会があり、とても有意義なひとときを過ごすことができました。元気さんとお会いするのはこれで二度目だったのですが、いつお会いしても堂々とされていて素敵で、とても楽しくお話しをさせていただくことができました。

今月はそんな元気さんにちなんで「格闘技と瞑想」と題し、一見対極にあるこの二つのテーマの関係について見ていきたいと思います。
といっても、いま思いつきでこの二つを強引に結びつけたわけではありません。私の中でこの二つの題材が結びついたのは今から10年ほど前、かつて人類最強の男と呼ばれたヒクソン・グレイシーをテレビで見かけたときのことでした。

このコラムをお読みの皆さまは、恐らくヒクソンと聞いてもピンと来ない方も多いかと思いますので少々説明を加えますと、ヒクソンは2001年あたりまでは世界で最も強い格闘家と言われていた人物で、日本の柔道から派生したグレイシー柔術をマスターした、400戦無敗の戦歴を誇る世界的な格闘家です。

そんなヒクソンの強さが日本で取り上げられ始めた1997年あたり、彼自身のトレーニングメニューの中でYOGAを取り入れていることが話題になりました。YOGAによって身体を内面から調整し、試合前の精神統一にもいかしているということで、当時低迷していたYogaの悪いイメージを払拭してくれたのを今でも鮮明に覚えています。

Yogaと格闘技。対極とも言える二つのものを融合させている人がいる。。。

そんな彼を知った私は、その後、LAへYoga修行に行くごとに、Yoga修行の合い間にヒクソンの道場を訪れ、ヒクソン自身に稽古をつけてもらうようになりました。
なんだかエッセイ風になってきちゃいましたね。。

すべての瞬間に瞑想的であること。

これが私の人生のテーマなのですが、Yogaをやっているとき、瞑想をしているとき、指導をしてるときは、確かにある程度Yoga的、瞑想的でいることができます。当たり前ですが。。。
ただ、やはりどうしても順風満帆でないとき、スケジュールに追われているとき、攻撃を仕掛けられたとき、Yoga的、瞑想的でいるか、常に平静であるかと聞かれると、Noと即答せざるを得ません。私にとって日常生活のすべての瞬間を瞑想的に生きることはまだまだ課題なのです。
そんな私が、逆風の頂点とも言える格闘技の中で瞑想的であるなど、やはり云十年早い話だったのですが、それができた時、本当に瞑想の価値が最大に高まり、世界から争いが消えるような大きなものを得るんだろうという強い確信を、ヒクソンに首を絞められながら抱くことができました。

争いの中、格闘の中で最も必要とされること。

それは攻撃の技術でも破壊力でもありません。

相手をよく見ること、感じること、そして知ること。

とりわけ柔術はチェスに例えられることがあるほど、相手の動きや攻撃に応じた対処法、動き方、身のこなし方を持っていて、平静を保ち相手の動きを正確に見極め、それに的確に対応することを要求されます。

力と力がぶつかれば、必ず力の強い人が勝つ。
でも、力の弱い人でも、冷静に相手をよく見ていれば、「柔」でもって相手を制することができる。

日常生活もきっと同じことなのでしょう。
攻撃を仕掛けられたり、追い詰められたりしたとき、パニックになったり、反射的に反撃したりするのではなく、冷静にその状況を受け止め、そして相手をよく見て、言い分をよく聞いて、状況を正確に把握する。そのことで無益な衝突が避けられ、結果として共によき結論へと向かっていく。
ただ、そうあるためには、それまでのクセや反射的な反応を乗り越え、平静を保つことが要求される。

実際には難しいかも知れませんが、日常の中でも起こるプチ格闘ともいえる争いも、身体を使って実際に行われる激しい格闘技も本質は同じ。共に相手を見ること、知ることであり、そして共にYogaや瞑想が大いに助けとなるのでしょう。

その後、私はヒクソンに稽古をつけてもらっている際に首を傷め、以降その道から遠ざかっていくことになるのですが、今でも心に残るのは、ヒクソンに直接「あなたにとってのYogaとは?」と聞いたときの答えです。

The way to find myself.

自分自身。。
深い意味では真我という意味でしょうし、試合前においては普段の自分という意味にもなるのでしょう。

Yogaや瞑想は人や場面を選びません。
逆に、どんな人であれ、どんな場面であれ、その瞬間においてYoga的であることを目指します。
争いや衝突が避けられないからこそ、瞑想によってその状態によりよく対処する術を学び、それを深めていく。
一見対極にあるこの二者も、実は意外に近しい関係にあったものだと、あるいは瞑想においては、すべてが近しい関係になってしまうといった方がいいのでしょうか。瞑想というものが、あらゆるものに浸透し、それを助ける力を持っていることに改めて気づく綿本でした。。

もっとも、格闘技観戦は務めて冷静に見ようとすると、つまらなくなってしまうのかと思いますが、これいかに。。。。

今月も皆さんが Shanti でありますように。

http://cgi.linkclub.or.jp/~komai/jiujitsu/column/suzuki_h/rickson_academy01.html
@ヒクソンアカデミー Vol.1
(2001年2月1日)

鈴木秀典さん


みなさんこんにちは。サウス東京の鈴木です。1月の20日からLAに来て、ヒクソングレイシーのアカデミーで練習していますので、今日はその近況報告第一弾です。

宿泊場所はサンタモニカのユースホステルです。こっちに来てまず自転車を買いましたが次の朝盗まれました。さすがLAです。ものの見事にワイヤーロックを切られました。2日続けてトイザラスで同じ自転車を買う羽目になりました。ヒクソンの道場へはチャリでサンタモニカから30分。パシフィックパリセイズというところで、山の上にあるちょっと高級な住宅地の中にあります。この山をチャリで登るのはかなりきついです。

私は去年の夏に一度遊びに来ており、その時にメンバー登録をしていたので、今回は月会費だけで済みました。週に5日のコースを選んだので、月に200ドルです。

その日はビギナークラスでしたが、紫帯もいました。インストラクターはチャ-ゴという茶帯のブラジリアンです。スタジオは二つあって、空手と併用です。今日は狭い方です。広さはサウス東京とそう変わりません。今日のメンバーは20人ぐらい。ウォームアップで走り出しましたが、こんな狭い所を目が廻るほど走らされました。途中で溶けてバターになるのではないかと思うほどです。各種エクササイズを一人10ずつ数えながら大体100回やります。クランチ、ストレートレッグレイズ、サイドベントなど、腹筋、日本流で言う側筋などです。15種類はやりました。ここまでで筋トレだけで30分。もうふらふらです。その後、技を1つやってスパーです。サウス東京はまだマットが入っていなかったのでスパーが出来ず、こっちで初体験です。何をして良いかわからず、あまり展開できないまま息だけ切らして3R終わりました。ゲロはきそう。

私は自転車で来てたので、ロスの夜は危ないからと言う事で、チャ-ゴのトラックでサンタモニカまで送ってもらいました。しかしこのチャ-ゴ、中井祐樹さんとはブラジルの彼の家に泊まりに来るほどの親友だと言ってましたが、ガソリン代が無いからと言って、私に5ドル払わせました。おまけにサンタモニカで分かれ際、今日は財布が無いんだ、20ドル貸してくれと言うので貸しました。さすがブラジリアン、あったその日に金を貸す中になってしまいました。

次の日の練習はビギナーとインターメディエイトの合同クラスです。先生は黒帯のルイス。ランニング、エクササイズから技を2、3やってからスパーです。今日は青帯を3回スウィ-プ決めました。私の様など素人でも結構決まるものです。でも黒人の110kgの白帯には2回タップさせられました。

このヒクソンの道場で、大阪から来た二宮君という日本人と仲良くなりました。彼の勧めで現在、サンタモニカからハリウッドのホステルに移りました。サンタモニカは宿代の他に物価が高いので、物価が安いハリウッドにしないと、お金がバンバン飛んで行きます。それから、ロスは暖かいから冬でも上着1枚で平気と聞いてましたが、とんでもありません。私が着いた日は確かに20度あり、Tシャツでも平気でしたが、雨季の今は、雨が降ると10度ぐらいしかならず、思いっきり風邪を引いてしまいました。ロスにダウンジャケットなど存在すらしないと言うのは私の完全な思い違いで、ダウンジャケットやコートを着込んで歩く人はざらです。この時期ロスに来る方がいましたら、気をつけてください。

さて、話は戻ってハリウッドからはバスで1時間と遠くなりましたが、水曜日のルイスのビギナークラスは、柔道スタイルの立ち技が多いです。内股などを見せてくれましたがはっきり言ってルイスは投げはへたくそです。ルイスに限らずこっちの奴らは投げに弱く、私はバンバン投げまくりました。ヒクソンもアメリカの強い柔道家とやって投げまくられたそうです。でも寝技になったら柔道家は手も足も出なかったそうです。

話しは脱線して、グアムから来てるレイと、アメリカのリチャードに、お前は日本人なのになんでそんなにでかいんだと言われました。日本出る時90kgあった私の体はこっちでもでかい方の部類に入ります。レイには日本語で”デブ”と言われました。肥満大国アメリカ人にデブと言われて凹みました。街で偶然見つけたLAマラソンのパンフレットを見て、ダイエットをして出場する事を心に誓いました。

さて話は戻りまして、2月3日に第4回ヒクソン道場マッチがあるので皆の勧めで私も参加する事になりました。柔術始めて三ヶ月で、いきなり海外でデビューということになりました。ほとんど日本で学んだ技しか出来ませんが、良い経験と思って頑張ってみます。

12月からヒクソンが忙しくて全然来てなくて、実際二宮君は今回一度も見ずに、今日ロスを発ちました。今度の試合にはヒクソンは来るらしいので、せめて写真だけでも撮りたいものです。

因みに余談ですが昨日、新しい道着がお披露目されました。なんとミズノ製でヒクソンモデルです。格闘技通信などでご覧になった方もいるかと思いますが、去年のヒクソンのトーナメントの時にヒクソンが来てたやつです。一番良いやつで175ドルです。ミズノだから3,5とか4,5などのハーフサイズもあるので良いです。

それでは、次回の講釈にて。

@ヒクソンアカデミー Vol.2
(2001年2月21日)

鈴木秀典さん


今回は、まず2月の3日に行われたヒクソン道場マッチの事からお伝えします。私が滞在しているハリウッドのホステルはとてもフレンドリーな所の為、試合前日だろうがなんだろうが早く寝せてもらえません。案の定2時過ぎまで皆騒いでました。それでも当日頑張って6時に起きて、集合時間の8時半までに着きましたがなんと私が一番乗り。こっちに住んでいるある日本人の青帯の方が私に言いました。「こっちの奴らはこんな感じだよ。時間通りに来るのなんて日本人だけだよ」そんなもんなんです。

さて、試合の方ですが体重を量ってないので適当に195パウンドでエントリーした私は白帯のヘビー級でした。組み合わせを見ると、他のクラスはいきなり決勝なんてのもあるのに、ヘビー級は5人エントリーでした。良く分からないまま私の番になりました。相手はスパニッシュ系のGren。スタンドで4つに組み合ってお互いに何度も投げを打つも、互いに不発。そこでGrenが引きこみ、私が片足パスしてハーフガードで膠着しました。私が上から狙ったのは左右のV1とストレートアームバー。何度もトライしましたが極められず、そのうちスィ-プされました。すぐにスィ-プバックしましたがクロスガードになり、私がクロスを切りに行ったところで三角を仕掛けてきました。三角は絶好のパスガードの機会なので自信を持ってはずしにかかったら、なんとそのままスィ-プされました。その瞬間に三角ががっちりはまってしまったのです。急いでスィ-プバックしましたが、私は9割方入っている三角の外し方を知りません。あー意識が薄らいでゆく~~無念のタップアウトです。やはりスパー2週間ではこんなものでしょうか。400戦無敗の伝説を築く予定は無残にも初戦で消えました。

今回の敗戦で、予定を変更してサンフランシスコのカーリーグレイシーのアカデミーに行こうかと思っています。私とはヒクソン道場、ホステル共に入れ違いになったパレストラ東京の選手が、ここに来る前にカーリーの所に行ってた時に、やたらと平はどうしてる?平は元気か?とカーリーに聞かれてたらしいですので、俺は平の弟子だ!!と言えばいろいろ教えてくれるかな?なんて思っていますが、どうでしょうか?>平先生。

サウスの方は御存知でしょうが、私はヒクソンの柔術着しか持っていません。果たしてそれを見てカーリーはどう思うのでしょうか?カーリーとヒクソンとの関係について詳しく御存知の方いましたらメール下さい。それから近々GAMENESSの、黒の柔術着を買おうかと思っていますので、私と一緒に黒の軍団を結成してくれる方募集します。TEAM2000のようなものです(笑)。

さて、練習の話に戻りまして、試合後の最初の練習は月曜のチャ-ゴのクラス。試合が終わったからか、すっかりだれています。全然始まらないなと思ったら、各自ストレッチをして勝手にスパーしろ、何て言っています。先生も先生なら生徒も生徒です。試合前は20人以上来てたこのクラス、今日は10人です。次の日のルイスのクラスもそうです。スパーをやっててもルイスは全然見ていません。青帯のメンバーと談笑しています。思いっきりいいかげんです。

でもこの日、試合の2日前にスパーをやった際に、締めを狙った私の親指一本をつかんで反対に曲げやがった、白帯に線入りのアレックスとのスパーです。試合前のスパーでは五分五分でしたが、今日は遊べます。遊びながら3本極めました。これが初心者ゆえの成長期みたいなものでしょうか。試合を経験して急に強くなった気がします。そう言えばスパーを始めた頃には5分か私が押されてた奴らにも、遊べる様にいつのまにかなっていました。今、白帯の中で私と対等に勝負できるのは2、3人ぐらいになりました。と言っても技を知らないので、体重とパワーで押してるだけですが。

その中の一人にマークというのがいますが、KORALKIMONOのはずの彼の柔術着が真っ白なので、どうした?と尋ねたら、何と肩から腕にかけてのあの赤いラインをはずしてたのです。どうやらヒクソン道場では、他の柔術着のロゴの使用はあまり認めてもらえないようなのです。そう言えば他にもATAMAやTORAのロゴの上に、無理やりヒクソンのパッチを張っている人がいました。私も試合の後、ヒクソンの奥さん、キム夫人に、お尻につけてるTEAMTAIRAのパッチをはずせと言われてました。こんな調子ですから恐らく、今回出たミズノのヒクソンモデルの柔術着は、日本で売られる事は無いでしょう。メンバーズオンリーです。

私はハリウッドから道場までバスで移動していますが、この前ビバリーヒルズで帰りのバスが故障で止まってしまいました。1時間後の次のに乗れと運転手が言うので、待ってられ無い私はTシャツのまま夜の9時半から1時間以上かけて歩いて帰ってきました。おかげで次の日から2度目の風邪で1週間寝こむはめになりました。アメリカ旅行に来たことある方は御存知でしょうが、私は夜でも一人でバスに乗ったり出歩いたりと、地球の歩き方などのガイドブックに載っている、日本人は避けた方が良いとされる事を平気でやっています。いわゆる、危険とされている事です。もしこれからこちらに来られる方は、あまり真似されないほうが賢明でしょう。私の場合、ほとんど日本人に見られない事が幸いしているだけなのです。日本人からも、よくブラジル人に間違えられるほどです。

さて、また話を戻しまして、チャ-ゴは、たまにアクロバティックなエクササイズを要求する事があります。おおよそそれができるのは、私を含む数人ぐらいです。そんなに難しいものではないのですが、こっちの奴らはへたくそです。学生時代に経験していないからなのか、それともほんとにどん臭いのかは分かりませんが、倒立系は苦手なのが多いです。もしかしたら、運動のセンスのある者は4大スポーツになどに行って、大して運動も出来なかったのが強くなりたい、と思って柔術を始めたのではないか?そんな気さえします。そんな奴らでも、私より強いのはいっぱいいますから悔しいのですが・・・。

<号外>
先日、ヒクソンの息子、ホクソングレイシーの告別式に行ってまいりました。その時のヒクソンのコメントです。私の拙い英語力では分からない所もしばしばありましたが、大体の内容です。

まず4、5回深呼吸をして「みなさんの素晴らしいエネルギーを私に下さい。今日はありがとうございます。これからもし、私が涙を見せたとしても、それは決して悲しみの涙ではなく、喜びの涙だと思っていただきたい。私は今回、息子ホクソングレイシーを失いました。彼は素晴らしい人間であり、彼が私の息子であった事は大変嬉しく、誇りに思っています。彼はあの世に行きましたが、私ももうすぐそばに行く身ですからそんなに悲しくはありません。と言っても私には遣り残した事がありますので、すぐに行くわけには行きませんが(笑)。ありがとうございました。」と言って涙ぐんでいました。私が握手を求めると、日本語で「どうもありがとうございます」と言ってくれました。

それでは、次回の講釈にて。

@ヒクソンアカデミー Vol.3
(2001年3月7日)

鈴木秀典さん


2月の終わりに2度目の引越しをして、Veniceに移ってきました。頭の中がトロピカルな私はビーチが近くにないと、ノリノリになれません。案の定、こっちに来てからはすこぶる体調が良く、練習も週に6日で7クラス(水曜日は2クラス)と、全てのクラスに出ております。

でも、その割にはあまり上達してないのが悩みの種。前回、Vol.2で、だいぶ強くなったと報告しましたが、訂正します。そうでもありません(笑)。パワー主体で動いていたので、強くなったと勘違いしていました。白帯相手だとそれでも勝てますが、青帯には通用しません。後手後手に廻って、ディフェンスするので精一杯です。日本にいるときに平先生が「相手の攻撃が10あるとしたら、10全部は塞がずに、1か2は逃げ道を敢えて作る必要がある」旨をおっしゃっていましたが、私は10全部塞いでいました。敵の攻撃の芽を全て詰んでいたので極められる事がなくなり、強くなったと勘違いしてたのです。その代わりあまり展開がなく、上を取るか下を取るかだけのデジタル的なつまらない柔術をしていました。それに気付いてからはとにかく脱力を心がけ、勝負にこだわらずにテクニカルな動きを目指しています。まだまだ技のレパートリーが少ないので、とてもテクニカルとは程遠いのですが。

Veniceに来てからは、同じVeniceに住む紫帯のジョンが車で送ってくれました。彼は自宅にマットがあるらしく、「午前中家で一緒に練習しようぜ」と誘ってくれました。ところがこのジョン、柔術着が異常に汚いのです。恐らく半年、1年は洗ってないのでは、と思われます。何しろ腋の部分など思いっきり黄ばんでいます。聞くところによると、以前のヒクソン道場ではこんな奴らばっかりだったそうです。ある日、メンバーのほとんどにリング何とか病とかいう、体にリング状のかぶれがあちこちに出る伝染病が蔓延した為、それから多少は清潔にするように注意し始めたそうです。ジョンとの練習はあきらめました。

ヒクソンのビデオ「ヒクソングレイシー~王者の真実~」(でしたっけ?)の中でヒクソンが階段でトレーニングするシーンがあったと思われますが、その階段はサンタモニカにあります。場所は4th streetを北上して突き当たりが階段の頂上です。人がすれ違うのがやっとの狭い階段ですが、たくさんのジョガー達のトレーニングに使われています。数えました、189段あります。皆歩いて登っている中、果敢にも一段づつダッシュで登ってみました。5本の予定を2本であきらめました。「今日はこの辺で勘弁しといたる」。日本で武術家を自負する者達が宮本武蔵玄信の墓を訪れる様に、LAに来た柔術家は必ず訪れる名所になるであろう、この階段を「王者の階段」と名付けました(ベタ)。みなさん、一度はご来訪を。

以前、水曜日までの練習を紹介しましたが、木曜はルイスのクラスです。これと言って火曜のクラスと何ら変わりがありません。技を2、3やってからスパーです。しかしこのルイス、技をやらせて、まだ覚える前にとっとと「Ok Guys,Look!」と言って、次の技に移ってしまいます。おまけに私はルイスの発音がとりわけ理解しづらく、ほとんど何を言っているか分かりません。おまけに私の名前を最近は忘れてる様です。「Guy!」と呼ばれてます。金曜はフェルナンドのクラスです。彼は茶帯ですが、基本から教えてくれるし発音もわかりやすいので私は気に入っています。マウントからのスィ-プの方向を間違えて教えるお茶目な奴です。大体毎回1つ2つは立ち技が入ります。しかしこの日はFriday’s Nightです。皆練習には来ません。大体7、8人がやっとです。その分丁寧に教えてもらえますので初心者の私には大事な日です。土曜日は11時から練習ですが、この日はたくさん来ます。広い方の道場という事も有りますが、20~25人は毎回います。教えるのはルイスです。来月のパンアメリカンに備えて、今から選手の選考をしているので、スパーが中心となります。

現在、アクシス(旧グレイシージャパン)から一人こちらに来ています。ヒクソン傘下になりつつあったグレジャパ、ブラジリアントップチームなどの選手が度々練習に訪れる事に、キム夫人がいちいちクレームを付けてきてうるさくなった事と、ホリオンがヒクソンを相手取り、グレーシーの名前の使用について訴訟を起こしてるので、そのとばっちりを食いたくないと判断した渡辺さんが、グレイシーから脱退して名前も変えたとか。今こっちにきてる彼は、シスコのハウフの道場に行ってたそうです。ハウフの選手は皆アグレッシブですごかったと言っています。何しろ試合で優勝しないと帯が上がらないから白帯でもかなり強いのが多く、青帯の彼が極められたほどだったとか。それに比べたらヒクソンの選手はそうでもないのだそうです。

シスコのカーリーの所に行く予定でしたが、変更してハワイに行く事にしました。へウソンの道場か、名前は忘れましたがヒクソンの友人の道場に行く事にします。本当はサーフィンをやりたいだけなんですが(笑)。

今回はかなりまじめに書いてみました。「なんだ、鈴木の連載つまらなくなったなあ」何て言わないで下さい!?。こういう一面もある事をお伝えしてみました。

それでは、次回の講釈にて。

@ヒクソンアカデミー Vol.4
(2001年3月14日)

鈴木秀典さん


先日、昔からヒクソン道場のメンバーだった方から以前の道場の 話を伺って来ました。
彼によれば昔と今の道場の違いは、まずヒクソンがあまり来なく なった事、練習時間自体が減った事、居残りの練習が出来なく なった事、帯を簡単にくれる事、などだそうです。
アクシスの選手もこんな事を言ってました。
「ヒクソンの所は基本しか教えないって聞いていたけど、噂通り だね。みんな知っている事ばかりだったよ」
基本ばっかりというのは、ビギナーの私にはかえって好都合です。 何しろ何が基本で何が応用か、それすら解からない状態ですから。 それでも不満はあります。人数がちょっと多くなると目が行き届か ないし、相手とのコミュニケーションのみでやらなくてはいけなく なるので、正しく出来ているかどうかが解からずに終わってしまいます。

先日シスコのハウフの青帯が二人来ましたが、めっちゃ強かったです。 あそこは軍隊と言われてるだけのことはあります。同じ青帯でも 彼らよりももっと強いのがいっぱいいるそうです。恐るべしです。

最近の私は白帯の中でもかなり強い方と以前お伝えしましたが、 白帯の線入りが何人かいて、みんな1年以上はやっているのに、 誰一人として私に勝てません。パワーでは絶対勝てない、315ポンド (約137kg)の線入りからも一本取りました。2週間ほど前には 青帯の軽量級の選手と毎日スパーして、最初は2、3本取られて ましたが翌日には極められなくなり、翌週にはとうとう私が 極めました。脱力を心がけたのが段々と実ってきた様です。 白帯の選手は全員ガチガチに力だけで来ます。以前の私もそう でしたが、スパーを2、3本終えると息が上がって,ゼーゼー言って しまいます。それに比べると青帯は余裕があります。やはり、 力の入れ方抜き方が上手いせいです。 今の私はと言うと、極めれないと多少力に頼る時があります。

私は日本で1度だけストライプルの練習を休みましたが、 その時にやったのがベーシック1。直接習っていない私はその後、 見様見真似でやってました。ヒクソン道場でも一度習ったのですが、 どう考えても合理的ではない動き方です。パワーがないと決まらない 動きでしっくり来ず、私の中では使えない技として閉まってしまいました。 ところが昨日、アクシスの選手とマシャド道場の午前練に行って来ました。 一昨日、ローラーブレードですっ転んで膝を痛めた私は見学だけ。 スパーでベーシック1を失敗した白帯に、ホジャー・マシャドが教えています。 それを見ていると、すごく合理的な動き方でした。私の中の封印が 一気に氷解されました!!。それだけでも来た甲斐がありました。 そして白帯とのスパーを終えたアクシスの選手が言いました。「白帯でも こんなに強いんだからなあ」実際、その後の青帯には極められてました。 私が見てた感じでも、白帯の選手で私より遥かに強いなと思えるのが 何人かいました。道場の片隅には女ヒクソンと呼ばれてるレカも練習 してるではないですか! 見学してる私の背後にある小部屋から、汗だくの大男が出てきました。 リコ・ロドリゲスです。続いて出てきたのはマーク・ケア-。アブダビに向けて 練習中だそうです。この間まで高田道場の近くに職場があった私は、 リコと小山ローカルな話しで盛り上がりました。 そのうちに初老の男性が近づいてきました。ダン・イノサントです。 噂通りマシャド道場恐るべしです。 nかたさんは、こんな素ん晴らしい所で修行してたんですね。

これから残りの期間、午前中マシャド道場に行って夜はヒクソン道場に 行こうかなと考えています。アクシスの選手とは、クレバー・ルシアーノの 道場にも行こうと相談されていますが、ちょっと遠いのでそれは勘弁して欲しい。 それにしてもハワイに行っている場合じゃなくなってきました。 予定は未定状態です。

それでは、次回の講釈にて。

@ヒクソンアカデミー Vol.5
(2001年3月19日)

鈴木秀典さん


もう、残す所10日になってしまいました。
3月の初めまでは雨が続いてましたが、ここのところはすっかり快晴続きで 飛びっきりのご機嫌状態です。今日のLAは26℃の予報です。 昨日は海にも入りました。但し、当たり前だが水は冷たい。

どういう訳か街を歩いている私に声をかけてくるのは黒人ばかり。 ハリウッドの時もサンタモニカもそうでした。 自転車で信号待ちをしていると、隣で同じく信号待ちをしてる車の中から 声をかけてきたのは黒人の太目の女性。2、3会話を交わしていたら、 「お前はキュートだ。すごく可愛い。車に乗ってドライブしよう」と言って 連れ込まれそうになりました。運良く信号が青に変わったので、 奥歯を噛んで加速装置のスイッチを入れると普段の3倍のスピードで なんとか振りきりました。危ない所だった。もう少しで食われる所でした。

さて、こっちの選手は倒立や回転系のタンブリング技などの、いわゆる 基礎体力に当てはまるものが、以外にも不得意な事は以前お伝えしま したが、中にはそういうのが大好きな奴もいます。 チャ-ゴのレッスンが終わった後、いつもならとっとと帰るのに何人かが 倒立や3点倒立を始めました。そのうちにハンドスプリングを始めましたが みんなできません。見かねた私がこうやるんだ!とばかりにやって見せると
「オー、シッ○」
調子に乗った私はハンドスプリングとヘッドスプリングを手を使わずに 頭だけでやって見せたら「オー、ジーザス!!」と驚かれました。 何でそんな事ができるんだと聞くから、「俺はサルティンバンコの一員で、 今は日本の公演を抜け出してきてるんだ。俺に会いたいときは、 ラスベガスのシルクドソレイユを訪ねてくれ!」と思いっきり大嘘をついたら 翌日からは、私は上海雑技団の出身ということにすり替わってました。 もう、ヴァ-リトゥード(なんでもあり)です。

さて、大事件発生です!!
この2ヶ月間一度も教えに来ないヒクソンを見たのは、ハクソンの告別式 1回きりなのは以前お伝えしました通り。 先週、朝の8時にアクシスの選手とにホステル近くのバス停でバス待ちを していました。マシャド道場の午前練に行く為です。 そんな我々の目の前に黒い車が信号待ちで止まりました。 なんと運転しているのはヒクソンです。手を振ると、車を寄せてくれました。
「お前達、どこに行くんだ?」慌てた私は「空港です」
「そうか、よし、乗れ!!送ってやる。俺はサーフィンに行くところだ。」
偶然とはいえ、夢の様です。
車に乗りこむと食べていたタンジェリンをくれました。見ると、運転しながら 5、6個は食べています。「これはグレイシーダイエットか?」と訪ねたら、 笑いながら「毎朝フルーツを食べるわけではないが、タンジェリン、オレンジ、 パイナップルなどの繊維は体をクリーニングしてくれる」と言ってました。
他にもいろいろ話をしましたが私は思いきって「日本では、次のあなたの 対戦相手は小川だと言う噂が流れている」と言うと彼は
「でも、俺は桜庭がベターだと思う」と衝撃発言!!
「それは小川は体が大きいからか?」と私が訪ねると、
「そうじゃない、桜庭はグレイシーを倒した事になっているからだ。 しかし相手は私が決める事じゃない。プロモーターが決める事だ。」
アクシスの選手がユナイテッド航空で日本に帰ると伝えていた我々を、 律儀にユナイテッドの乗場まで送ってくれたヒクソン、嘘をついてごめんなさい。 ヒクソンのメンバーだと言っておきながら、マシャドの午前練に参加するとは 口が裂けても言えませんでした。

ヒクソンに送ってもらって夢心地の余韻に浸りながら、バスを乗り継いで マシャド道場に行きました。心も体もとろとろに溶けた私は力が入りません。 リコやケア-を見ても、無関心です。しかし、その日ホジャーに習った十字の 入り方で、夜のヒクソン道場のスパーで極めたのはお粗末な話しです。

それでは、次回の講釈にて。

@ヒクソンアカデミー Epilogue
(2001年4月8日)

鈴木秀典さん


「400戦無敗、ヒクソングレイシー。彼は何故こんなに強いのか」柔術家のみならずヴァ-リトゥード界に身を置くものならば、誰もがあこがれる存在。そんな彼を、多くの武術家や評論家達が強さの解明に勤しんできた。果たして、ヒクソングレイシーが強いのか、それとも、グレイシー柔術が強いのか。「よし、それなら自分の目で確かめに行っちゃえ!」そんな思いで成田を発った。

その目的を果たす最大の方法は、やはりヒクソンとの練習が一番であるが、残念ながらこの10週間でそれは叶わなかった。時期が悪かったのかもしれないが、彼は非常に忙しいらしい。運良く彼の車に乗せてもらった時に私は尋ねた。
「私はあなたが教えに来るのを待ってるんですが・・・」
それに対して彼の答えは
「私がインストラクターに教えた事を彼らが君達に教えているから同じ事だ。」
それ以上は追求しなかったが、はっきり言ってヒクソンさん、それは間違っていますよ。古流武術の衰退の原因の一つはそういったことであるのは歴史が語ってくれてます。達人のあなたとそうでないインストラクター、その差は歴然です。前回り受身一つを取っても、あなたとその他では明らかに違うんです。私はヒクソングレイシー柔術を習いに行ったのであって、ルイス式ヒクソングレイシー柔術や、チャ-ゴ式ヒクソングレイシー柔術を習いに行ったわけではありません。ヒクソンがミクロ単位でどう動き、どう呼吸をし、どのような精神状態か、それらを知るためには時空間を共にする以外に有り得ないでしょう。それに加えて達人との時空間の共有によって生まれる一時的なシンクロニシティー、その効果がどれほど大きいか。しかしながらヒクソンはその辺の事は解かっていないようだ。前述の彼の言葉が胸の中で空しく響いている。

私は決して武術研究家ではない。彼の強さの秘密を解明した所でそれが目的となるわけではなく、自分が強くなる上でのエッセンスとしたいのである。今回残念ながらその目的は叶わなかったが、それでも上達したのは間違い無い。帰国3日前に白帯最強と言われるマイクとのスパーで、油断から一本を許してしまったが、以前は何にもさせてもらえなかった。今回は終わった直後にマイクを悔しがらせるぐらいにはなっていた。感触は上々である。もっともマイクは他の道場で青帯だったから、強いのは当たり前。彼以外に私を極められる白帯はもういない。それぐらいまで上達したのだから、ここに来た甲斐はあったというもの。

ヒクソン道場の特徴として挙げられるのが、基本技の徹底である。ヒクソンのスパーを見た人、もしくはヒクソンとスパーをした人なら解かると思うが、彼は特別新しいテクニックを何一つ使わない。ベーシックな技の連続である。が、しかし、そのベーシックが極まっているから強い。新しい技を知らないのかそれとも必要無いのかは分からないが、この10週間で特別複雑な技などは一切出てこなかった。そういう意味では私のようなビギナーにはお勧めの道場といえる。青帯以上の方で試合で勝つ為に、新しい技を仕入れに行こうなんて言う方がいたら、残念ながらその目的にはそぐわないであろう。そういう所である。

まとめとして、ヒクソン道場のインストラクターは教え方が上手いとはとても思えなかったし、普通の日本人の私が行ったのだからやはり言葉の壁にぶち当たりもした。それでも毎日練習してれば上達するのは当たり前、そんな感じである。今ここで、わざわざ海外まで行った成果はこれとこれであると言えるものではないが、それらは必ず今後の練習や試合で垣間見れる事を私自身期待している。

最後に、現地で相当お世話になった皆様方に感謝の気持ちを込めながら3月29日、LAの青い海に別れを告げました。

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 ワニともバーリトゥード! 数秘術とバイオリズムも研究していたグレイシー一族の祖 カーロスグレイシー

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ザ・ラスト・サムライ:コマ伯爵

~ブラジルに柔術を伝播した、最高で、最後の日本武道の代表者~

http://www.jbjjf.com/jbjjf/caount_koma.html

前田光世
コンデ・コマこと前田光世

コマ伯爵という愛称で呼ばれた日本人が カーロス ・グレイシーに柔術 を教えたのが20世紀の初頭であったことは格闘技の世界ではすでに よく知られた事実である。しかし本名、前田光世、通称コマ伯爵と呼 ばれたこの日本人が、最後の、そして最高の柔術家であったというこ とではあまり知られていないのではないだろうか。

彼は柔術というものが他の何よりも優れているということを証明しな がら世界中を渡り歩いたが、いわば柔術の弟にあたる存在である柔道 の爆発的な普及により、柔術はそのすばらしい技術とは矛盾するよう に消え始めたのである。ユニークで魅力的で神話的なその日本人の生 涯について詳しく述べていこう。

前田光世は1878年、日本の本州の北に位置し、冬は極寒の地とし て知られる青森で生まれた。19世紀の後半に貧困に追い込まれたそ の土地からは、生計を立てるためと、極寒から逃避するため 、沢山の住民が東京や他の地域に移り住んだ。これらの人とは違い 、若き前田は1886年にようやく都心に移り住むまでを青森で過ご した。青森に住んでいる間は、地元の名門、弘前高校に通っていた 。彼はそこで、父親から教わり魅了されていた相撲に打ち込み 「相撲少年」として名を馳せた。級友との試合には当然のように勝っ ていた。

彼は東京に上京すると、国内で最も歴史のある学校の一つに通い 、やがて非常にレベルの高い大学に進学した。現在 、最高の教育機関として認められている早稲田大学である 。そこで彼は古流柔術の技術を学んだのである。その後彼は 、当時既に日本で最も優れた武道場と知られ、現在でもその歴史が続 いている柔道の道場、講道館の門を叩いた。

道場の創始者である嘉納治五郎は、柔道を作り上げるために沢山の古 流柔術の技術を収集した。後に東京オリンピックに柔道が採用された のは彼の功績である(しかし、これらは前田の生きていたころから随 分と後になってからの話である)。

この頃嘉納は、侍が戦場で刀が壊れた時にそなえ身につけていた戦闘 技術から、一部の技術や打撃を取り除いた「柔道」をようやく作り上 げた。これらの方針の変更が、今日の柔道と柔術の違いに結びついて いる。

その時代、講道館では毎月のように試合が開催されていた 。前田はこれらの試合で危険な目に合わないよう、そして勝利するた めに何ヶ月にも渡り厳しい稽古をつんでいたと予想される。

その努力の結果は、1898年12月25日、その(驚嘆すべき )実力をもってを示すことができた。彼は白帯ながら、5 ~6人の相手に簡単に勝利し、その場で紫帯に昇格した 。西洋人がクリスマスを祝っているその同じ日に、前田氏は15人の 相手を次々に撃破し、ついには黒帯の初段に認められた 。このすばらしい選手の功績は、そこから始まったのである。

身長170cm、体重68キロというごく平均的な体格からはその強 さは全く想像できないものだった。彼は酒をのんだり歌ったりするこ とが好きで、路上で喧嘩を売られても一歩も引き下がることのない人 間だった。運の悪い挑戦者を倒したりノックアウトさせるのにそう長 くはかからなかった。柔道では着々と稽古に励み、1901年には3 段に昇段し、東京大学、早稲田大学、学習院大学の柔道講師となった 。

海外での挑戦

1904年、嘉納治五郎師範は柔道を普及させるために 、天才的な弟子である前田を呼びつけアメリカ合衆国に渡るように命 じた。使節として去る前、前田は師範から直々に4段位を認められた 。その年の11月前田は横浜港を出帆、年が暮れる直前に 、カリフォルニア州サンフランシスコに上陸した。その当時 、セオドア・ルーズヴェルト大統領が日本の文化と人々に興味をもっ ていたことが影響し、北米の人々は日本の武道について既に多少の知 識があった。山下という柔術の講師もいたほどである 。米軍本部では、護身術の技術を高めるため、既に柔術を導入してい た。しかし、前田と使節団たちは加納が作り上げた「新しい 」武道である柔道の有効性を示すためにアメリカ人と戦うよう求めら れた。

前田は、ニューヨークの有名な士官学校で、レスリングの稽古もして いたフットボール選手と対戦することになった。前田は彼をガードポ ジションに引き込んだ。レスリングでは敗北を意味する床に背中をつ いた姿勢であったが、前田は躊躇なく戦い続け、アームロックで勝利 した。アメリカ人は一本負けを認めず、今度は前田の仲間であり加納 師範の生徒の一人で経験豊富な富田に挑戦した。なぜなら富田の方が 前田より多くの経験を持つので、より名誉なことだとヤンキース (ニューヨークの人々)は思ったのである(実際は、富田は 、選手というよりも講師であったのだが)。

不運にも、相手に足を動かないようにされた富田は屈辱的な敗北を帰 した。これに耐えられなくなった前田は富田らに別れを告げ 、非合法的な裏世界で対戦相手を募り続けながらニューヨークに留ま ったのである。その最初の対戦相手は、「ザ・ブッチャー(堵殺人 )」というニックネームで知られ、背丈が2メートルもある大男だっ た。前田は、数回叩きつけられたが結局アームロックで勝利したので ある。

このような裏世界の戦いで、前田は三戦三勝した後 、専門家の間で歴史上最強のボクサーで称えられていたボクシング重 量級世界王者のジャック・ジョンソンに挑戦することにした 。この対戦を皮切りに、後にグレイシー一族が従ったように 、自分たちの技術の有効性を証明する手段として、ボクサーに挑戦す るという伝統が生み出されて行ったのである(エリオはジョー ・ルイス、ヒクソンはマイク・タイソンにチャレンジした) 。同様にボクサーたちは「そのような挑戦には決して対応してはなら ない」という、ボクサーたちの立場からの伝統を作り上げていったのだ。

http://www.jbjjf.com/jbjjf/carlos_history.html

賢者グランドマスター カーロス・グレイシーの物語


~グレイシーと柔術の最初の出会い~


グレイシー柔術の最初の宿敵となった相手は、意外にも
カーロス・グレイシー
日本人ではなく、ある屈強なブラジルの原住民だった。1900年代のはじめ、ベレン州の中心、パラに定住したスコットランド系移民の孫、カーロス少年は、その幅広く開いた両眼と、鋭利に尖った爪を持つ 敵に向かい、一切のためらいもなく挑戦しようとしていた。そう 、その少年はしばしば近隣の川に生息する野生ワニと取っ組み合いをしていたのである。

カーロスはいつも刺激を求めていた。好奇心と共に、物事への鋭い観察眼を持っていた。この観察眼により、カーロスはこの爬虫類が水中では何も見えないこと 、また直線的にしか泳ぐことができないこと、方向を変えるためには頭部を水面に突き出さなければならないことを見出した。鋭い牙の前面にとどまらないように戦略をたてて挑み、この危険な野獣に一度も負けることはなかった。

このようなカーロス少年の数々の武勇伝は、その娘、ヘイラの記憶によって現在に呼び起こされ、後に「グレイシー柔術」の名で輝かしい時代を向かえることになる新しい 形の格闘技に初めて触れた、1902年9月14日生まれの男の物語を後世に語り伝えるため、一冊の本を寄稿した。

きっかけは、カーロスの父であるガスタオンが、少年の有り余るエネ ルギーに行き場を与えるために、日本の友人である前田光世、通称コンデ・コマ(コマ伯爵)と呼ばれた人の下で、新しい格闘技を習わせようとしたのだ。その格闘技に出会って以来カーロスの人生自体が、「グレイシー柔術」そのものとなっていった。

当時14歳、いよいよカーロス少年の伝説はここからスタートし、やがて世界中の道場や格闘技のリングに浸透していったのである。

世界の各地を旅しては指導をしてきたコマ伯爵だから、彼が育てた生徒の数は少なくはなかったはずである。しかしその中で、壮大な柔術の知識を完全に理解した上で、職業として取り入れることができたのは、なぜたった一人だけなのだろうか。

「父、カーロスは、初めて柔術に触れたその日から、これから習っていくものの最も大切なところを感じ取ることができたのだと思います。そのため、以後80年もの長い間続くような道場 を作り上げることができたのでしょう」とヘイラは振り返る。彼女は1999年からインタビューや新聞記事の収集、書籍などの調査し、この本を編纂しはじめたのだ。

カーロスがコマ伯爵からテクニックを学ぶにつれ、1916年当時の 若きグレイシーは人間としても変化し成長していった。それはちょうどベレンという町が、一方でアマゾン川とジャングル に囲まれた、原住民がまだほとんど野生に近い生活を営む未開の危険な土地という側面をもちつつ、もう一方でヨーロッパ、日本など海外からの入り口として文化的な影響をうけ、洗練されていったのと同じように。

カーロスは、「柔術が私の生きる道しるべを与えてくれた」とよく言っていたものだ。日々稽古に没頭し、テクニックの研鑽に努めたカーロスが、他の稽古仲間と比較して秀でた存在になるのにあまり時間はかからなかった。

カーロスの21人の子供たちの一人、ヒリオンはこう語る。 「コマ伯爵が、とある日の稽古の際にひとつのチョークのテクニックのデモンストレーションを行う際、生徒に受け手を求め 、 カーロスがその役割に進んで名乗り出たのだが、意外なことにコマ伯爵はそれを断り、他の生徒をテクニックの受け手に指名した。

『君はいずれチャンピオンになる者なのです。今ここで私からチョークされる必要はないのです。』

師匠の前田が頻繁に旅に出てしまうため、いつでも指導が受けられる状況ではなかったカーロスは、練習の仲間を自ら見つけ、休みなく常に稽古を続けていた。その一人はジャシントフェッホという名の稽古仲間だった。

「驚いたことにこのフェッホと、もう一人の優秀な生徒だったロマの いずれもが、その後パラ州で柔術道場を構えることがなかったの 。その2人以外にもいた多数の生徒たちも同様だったため 、結局パラ州からは柔術は消え去ってしまった…そして 、数十年後に再び柔術をその地に持ち帰ってきたのは、ブラジル南東地域の他のグレイシー一族の開く道場で練習していた人間でした」とヘイラは言う。

徐々に厳しくなってきていたグレイシー一家の家計状況を打開すべく、カーロスの父は、カーロスとその弟たちである、オズヴァウド 、ガスタオ、ジョルジ、そして カーロス とは11歳の年齢差の末弟、エリオらを引きつれ、まずリオデジャネイロへ、次にサンパウロ 、そしてベロリゾンチへと移住を繰り返しながら、新たな土地での生活に活路を見出そうとしていた。

22歳になって初めて カーロスは柔術で生計を立てはじめた。当時は、幾多の格闘技チャレンジを行っていた時期であり、新聞に以下のような広告を載せて腕自慢のチャレンジャーを求めていたのだった。

『肋骨を骨折してみたい人、どうぞカーロス・グレイシーにご連絡を!』

この頃がミックスドマーシャルアーツ(異なる格闘技同士の対決 )の誕生の時期であり、またそれは他の格闘技を志す者たちがグレイ シー柔術が自ら主張する有効性に対して疑いの目が向けていた時期であった。

「カーロスは、格闘技者というよりはむしろチェスをたしなむ人のような風貌でした。警察訓練学校などに出向いて稽古をしていたようで す。そんなカーロスの風貌のため、はじめのうち訓練生たちはカーロ スのことを誰も問題視しなかったので、カーロスは柔術の有効性を実践して見せ付けなければならなかったのでしょう」とヒリオンが語る。

また妹のヘイラもこれに補足して「カーロスは、柔術が暴力と結び付 けられることに強く反発してました。もちろん彼が柔術で生計を立て 始めた1930年代初頭には、あえて『チャレンジャー求む 』といった挑発的な広告を出し、実際、筋骨隆々の港湾労働者などの チャレンジを受けていましたが、当時はそれが柔術のアイデンティテ ィーを確立させるため必要不可欠だったからです。でもその頃には 『グレイシー一族は無敵の一族』、『グレイシー一族なら素手でどん な問題も解決できる』などと言われるほどになっていたようですよ」とヘイラは笑いながら振り返る。

「でも時代によってその評価は変わっていきました。たとえば70年代には、柔術はスポーツの一種目として確立してきたので、もはや他の格闘技との比較でその有効性を証明する必要はなくなったのです。それは、ひとつひとつの道場が、MMAをやるか、やらないかを、異なる業種の差として選択できるようになっている 現在の状況と似ています。私の父やエリオたちが、柔術の有効性を証 明しようと必死に異種格闘技戦のリングにあがっていた時代ではなのです」

カーロスが、その兄弟や子供たちに与えた影響は、現在の柔術愛好者たちが想像する以上に大きかったであろう。第一世代のグレイシーは、指導者であり、戦略家であり、またプロモーターでもあり、実践者でもあり、かつグレイシーファミリーの創造者でもあった。ヘイラの書籍はその点を明確にする意図を持って出版されたのである。

「そこに一人の男がいて、一つの職業があった、ということではないでしょうか。私の父の仕事は、柔術と、グレイシーファミリーと、栄養学というそれぞれの要素をすべて織り込んで作ったひとつの物語だったと言えるでしょう。グレイシーファミリーというのも 、また彼が作り上げた伝説であり、彼の心を具現化したものです。柔術を現在ある形に作り上げるプロジェクトは、ひとえにその 『ファミリー』という存在があってこそ可能だったのです。だからこそ柔術はこれまでも、そしてこれからも長く続いていくことが可能なのです」とヘイラは語る。

ヒリオン・グレイシーにとって、父カーロスのいなくなった10年間は、わずかなギャップと共に、多くの遺産を残したといえる。その点について彼はこう振り返る:

「父が残した最も大きな遺産のひとつは、自らを継続して律し 、それを続ける意思をもつ大切さを教えてくれたことでしょう 。私は父が一日も欠かすことなくトレーニングをしていたのを実際に見てきたし、ある時期には6ヶ月の間、毎朝巨大キリスト像で有名なリオの丘に上って日の出を拝み、瞑想を行っていました。毎日 、一日たりとも欠かさずにです。

父はファミリー全体の相談者・ファミリーの核でした。そして80年代には、さまざまなトーナメントに出場した後には、毎回必ずグレイシーファミリー全員が集まり、参加した一人一人の良かった点、悪かった点を、評価をしていました。もっとも父が亡くなって以降はこの習慣は少し変わってきてしまいましたが…。

父は一度たりとも私たちをぶったり叩いたりせず 、また悪い言葉で相手をののしることも一切ありませんでした 。父はいつでも良い行いだけをしていました。それは私にとって本当にかけがえのない教えでした」

ファミリーの最大の賞賛は、もうひとつの遺産に対して向けられる。それはカーロス ・グレイシーが何年もかけて数千回の研究や実験を重ね確立した栄養学、いわゆるグレイシーダイエットに対してである。

体が何を必要としているかを常に確認しつつ、体の器官に有益なものだけを摂取する食事法を、彼の子供たちだけでなく、親戚たちや孫たちにまで教え、それを徹底させた。

グレイシーダイエットの原則は、カーロスが、体内の器官に不調をも たらし、結果的に機能不全をも起こらしめる主原因と考えた 「酸性物質」の過剰な摂取を避けることである。今から10年ぐらい の直近の出来事が、それ以前の50年間継続してきたグレイシーダイエットの功績を証明していると言うのは言い過ぎではないだろう 。グレイシーダイエットでは正しい食品の組み合わせによって栄養物質のバランスを整え、食事のPHバランスを極力中性に整えるのだ。

ヘイラが父の物語を記述するにあたり最も気にしていたことは、このようなカーロスの栄養学に関しての記述を少なくすることであった。それはカーロスの功績を若干軽視している印象になるからだ。

「父は、現代でこそ広く認知された発見、たとえばパパイヤやにんじんに多く含まれるカロテンの有用性、フリーラジカルや分子整合栄養(オーソモレキュラー)医学の概念を予測していました。またアサイーやスイカのジュース、ココナッツ水、ビタミンを常用食品として摂取した先駆者でした」と彼女は強調している。

「まだ誰も栄養素について注目していなかった頃、父は試合に備える エリオに赤身の肉の摂取させないことが有効であることに気づきました。なぜなら肉類は瞬発的パワーを与えてくれるものの、長時間の耐性は与えてくれないからなのです。

その効果についてはあまり多くを言う必要はないでしょう。なぜならエリオ叔父さんは、1955年に自身よりずっと若くて元気なヴァウデマー・サンタナ選手と3時間40分もの長期戦を戦い抜いたんですから。」

このスコットランド系移民の子孫にとっての「栄養と生活」という興味はランダムではなかった。

これから繁栄を迎えようとしている新たな格闘技の専門家は、前近代的な医学への懐疑心をもちつつ、その独自の食事方法を取り入れながら、自分の仕事の用具とも言うべき自らの肉体のケアを行っていた。

カーロスには4,5回の記憶に残るような戦績がある。最後の頃の戦いのひとつが1931年のフフィノ戦であり、もう一戦はリオデジャネイロでのカポエィラの使い手、サムエルとの純粋なバーリトゥード(ノールールの決闘)である。「劣勢の最中、サムエルは必死のあまり父の急所を握ってまで抵抗しようとしたんですよ!」とヒリオンは語る。

そしてもうひとつの、最も有名な死闘は、1924年サンパウロにて開催された、日本対ブラジルの歴史的決戦である。相手は、自ら日本の柔術の代表者と称する大森ゲオ(?)である。この戦いが最も記憶に残るカーロスの戦いだった。

3分1ラウンド制の、第3ラウンド終盤、カーロス は相手に脱出不可 能な腕関節技を仕掛け、同時にレフリーの顔色を伺った。レフリーは「そのまま技を仕掛け続けろ」と伝えたのでカーロスは相手の腕を壊してしまった。その後わずかに動揺したカーロスの不注意を突き、相手は試合が終わる寸前にカーロスからテイクダウンを奪ってしまった。

結局その試合結果は、お互いをたたえながら、引き分けとなった。当時の試合は、タップアウトか失神のみによって決着がつけられるのが当然であった。

この戦いで忘れることのできない瞬間があった。それはサンパウロからやってきた応援団が、カーロスがアームロックで相手の腕を完全に極めるやいなや、リングに向かって帽子を投げ込んだ行為であった。

「父のアームバーで勝負は決まっていた。」とヒリオンは父を賞賛して言う。

「相手が警戒していない状態で関節技を極めることは当たり前だが 、あの時父は相手にあらかじめ警告を与えていたのだ、 『私はアームバーを極めるよ』と。そこで相手は腕を縮めて防御した。その時に、相手が防御をしていても腕を極められるアームバーのテ クニックを生み出したのである。相手を不利な状態に追いつめていくことで、自分より体力で勝る相手をも打ち負かすことを可能にする技術、ブラジリアン柔術の完成度を高めていく作業の始まりだったのではないかと、私は考えています。」


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数秘術
ウィキメディア・コモンズには、数秘術に関連するカテゴリがあります。

数秘術(すうひじゅつ、英: Numerology)とは、西洋占星術や易学等と並ぶ占術の一つで、ピタゴラス式やカバラ等が有名である。「数秘学」とも言う。 一般的な占術の方法は「命術」で、占う対象の生年月日(西暦)や姓名などから、固有の計算式に基づいて運勢傾向や先天的な宿命を占う方法である。

目次

1 数秘術の始まり
2 数秘術の歴史
3 占術の方法
4 関連項目
5 外部リンク

数秘術の始まり

数秘術の創始者は一般的にピタゴラスの定理で有名なピタゴラスと言われている。彼は「数秘術の父」として知られているが、その数千年前のギリシャや中国、エジプトやローマでも数秘術が使われていた事を示す証拠が存在している。当時は、許された者にのみ、口頭でその情報が伝えられていたようである。
数秘術の歴史

ピタゴラスの後、その思想はプラトンに引き継がれ、数学の発展と共に成熟していく。さらに、西洋占星術やタロット等とも結びつき、ユダヤ教のカバラの書物によって補強され、ルネサンス期にはヨーロッパで隆盛を極めた。現在では、アメリカ・ヨーロッパ全土で注目されている[要出典]。

2000年代に入りインターネット上で扱われるようになり、その手軽さから数波など自己啓発セミナーの商材として扱われることも増えている。
占術の方法

一般的に、生年月日や姓名を数字に置き換えて、ひと桁(11、22、33等は例外の場合有り)になるまで全ての数字を足し、最後に出た数字(数字根)の持つ意味から占う。誕生日からは誕生数が、姓名からは姓名数が導き出される。また、誕生日や姓名の一部だけ計算したり、誕生日と姓名の数を組み合わせたりする事もある(誕生数・姓名数は、違う用語が使用される事もある)。 日本人の場合、姓名をローマ字(ヘボン式)で表記し、そのアルファベットをさらに数字に置き換える事が多いようである。 誕生数は一生変わらない事から、持って生まれた性格や先天的な宿命等が占えるとし、姓名数は結婚等で姓が変わったりする際の運命や、呼び名(ニックネーム)の場合の運命等、表面的な事が占えるとする。 生年月日や、占いたい過去や未来の日付等の数字データ、もしくは姓名等、数字に置き換えられる一部の個人情報が必要になる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0

バイオリズム
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この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。
出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(2011年12月)
66日分のバイオリズム表
身体 感情 知性

バイオリズム(英: biorhythm)とは、「生命」を意味する bio-(バイオ)と「規則的な運動」を意味する rhythm(リズム)の合成語で、生命体の生理状態、感情、知性などは周期的パターンに沿って変化するという仮説、およびそれを図示したグラフである。
概要

ドイツの外科医ウィルヘルム・フリース(英語版)が、1897年に「生物学から見た鼻と女性性器の関係」で提唱した概念。統計学的に有意なデータが見られず、疑似科学とみなされている。

人間の場合は、身体(Physical)、感情(EmotionalまたはSensitivity)、知性(Intellectual)の3種類の波を用いて説明されることが多く、頭文字 P, S (E), I と表記される。各リズムは、誕生日を基準とする同じ振幅の正弦波として表され、身体リズムは23日、感情リズムは28日、知性リズムは33日の周期をもつ。

これらのリズムは、一定の周期でくり返されるため、未来の自分の身体や精神の状態を前もって知ることができるとされ、その時の波形の高低で高調期、低調期などと区別されるが、高調期と低調期の切り替り点は体調が変動しやすいとされ、注意が必要な日とされる。

なお、数学的には、23と28と33の最小公倍数は21252であり、バイオリズムが完全に一巡するにはおよそ58.2年かかる計算になる。

最近では元の意味から離れて、単に体調の波を言ったり、月経周期の隠語的言い回しとしてバイオリズムという言葉が使われることがある。

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Casa BRUTUS ブラジル特集号 格闘技の記事は一行もありません

Casa BRUTUS (カーサ・ブルータス) 2014年 07月号Casa BRUTUS (カーサ・ブルータス) 2014年 07月号
(2014/06/10)
不明

商品詳細を見る

http://magazineworld.jp/casabrutus/
Casa BRUTUS (カーサ・ブルータス) 2014年 07月号
いよいよサッカーW杯がブラジルで開幕します。2年後の2016年夏にはリオ・デ・ジャネイロで五輪も開催。世界中の熱い眼差しが、この国に注がれています。迫力のビックリ建築から、知られざる食材や名レストラン、奇抜なデザインに、ボサノヴァをはじめとしたブラジル音楽まで、ブラジルの魅力をトコトンお伝えします。


Contents & Read Casa BRUTUS No. 172 目次 & 立読み

→ 立読みを見る.


CONTENTS

Features


026
VIVA BRAZIL 2014
建築、ボサノヴァ、サッカー…etc.
ブラジルが気になるすべての人へ!
みんなのブラジル!

034
MY FAVORITE BRAZIL
あなたの好きなブラジル、教えてください!
坂本龍一/中原 仁/長谷川祐子/篠山紀信/エミ・レナータ/SANAA

038
STADIUMS
サッカーの試合より気になる!?
ワールドカップではスタジアムにも注目です。

042
OSCAR NIEMEYER
ブラジルが生んだ天才建築家、
オスカー・ニーマイヤーを追え!

052
BOSSA NOVA
名盤『ゲッツ/ジルベルト』発売から祝50年!
ボサノヴァに恋こがれて。

066
LINA BO BARDI
祝・生誕100年!女性建築家リナ・ボ・バルディを知っていますか?

070
RESTAURANTS
ブラジルのレストランに世界が注目しています。


072
BRAZILIAN DESIGN
カンパーナ兄弟&ローゼンバウム。ブラジルデザインのお話。


074
3 CITIES TRAVEL GUIDE
建築・デザイン好きのための
ブラジル三都を巡る旅ガイド。

093
レストラン、映画、写真集・・・
ブラジル通23人が、日本で楽しむブラジルを教えます。
ぼくらのブラジル。

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消費税の大増税の次は携帯電話に税金 戦争は金食い虫である 極右安倍自民党の大増税は国民そのものを貧乏にし経済徴兵制に促す為のものである

http://www.gadget2ch.com/archives/38869809.html
携帯電話税、月額1400円か?ありがとう自民党

2014年06月28日

スマートフォン
時事

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Comment:14

df134e91
有難くないんだけど・・・
1: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:02:00.63 0.net
 〈ふざけんな消費税との二重取りか〉〈世襲議員税を取れ〉〈政治資金に課税しろ〉

 国会会期末直前に、突如インターネット上に溢れ返ったのは、安倍政権への恨み節。6月18日、自民党内に『携帯電話問題懇話会』(中山泰秀会長)が発足したが、同議連の目的が「携帯電話への課税」と知れるや、大批判が渦巻いたのである。

 「ネットが“祭り”状態となったのは、当然の成り行きです。議連は少年犯罪との関係など、近年、携帯電話が抱える諸問題を理由に立ち上げられたが、フタを空けてみると『電柱を地中化して綺麗な日本を』などと携帯課税を唱えだした。これに国民の怒りが爆発したのです」(政治部記者)

 それも無理からぬ話というほかはない。今や携帯電話の普及率は、国内で1億3955万台。庶民にとってこの課税は、集団的自衛権やTPPへの参加以上に身近な問題だからだ。

 だが、気になるのはなぜ今、携帯課税が叫ばれ始めたのかという点だ。そこには、安倍政権が舵を切る「税収の落ち込み」を指摘する声が絶えないのだ。

 「安倍政権は法人税を30%以下に減額する方針だが、これで失う税収は年間2兆3500億円。これに対し、全ての携帯電話に月額1400円程度課税すれば、ほぼ同額の税収が上がる。仮に高額な課税に踏み切らなくても、企業にいい顔をしたツケを、庶民に転嫁しようというものと評判なのです」(経済アナリスト)

今後、議論が紛糾するのは確実だ。

http://wjn.jp/article/detail/4491355/

3: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:03:58.95 0.net
最初1400とだして700円ぐらいで落とすんだろ

4: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:05:17.53 0.net
サンキューな

6: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:12:32.55 0.net
1400円てw

8: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:14:23.06 0.net
100円くらいだったらまだ良いけど
1400円ってアホかw

9: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:14:24.47 0.net
パチンコ税も導入しろよ

10: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:15:07.68 0.net
解約だな

16: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:23:14.12 0.net
法人税増税すれば全て解決するんじゃないのか

17: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/27(金) 23:23:30.81 0.net
月1200で済んでるのに税のほうが高くなるのか・・

23: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 00:16:57.49 0.net
どこから税金取るか考えるの楽しいんだろうな
ここからまだ取れるじゃんみたいな
その税金徴収する新規天下り団体も作れるし最高みたいな

30: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:16:08.54 0.net
1400円ってことは年間16,800円・・・・・舐められまくりだな俺らw

36: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:27:49.21 0.net
>>30
え?毎月かよwww

33: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:24:30.80 0.net
こんな税金が通るようだったら世も末
独裁政治だと思うしかない

34: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:25:58.56 0.net
消費者じゃなくて企業から取れよ

35: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:27:03.19 0.net
100円じゃなくて1400円?

はぁ?

37: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:29:20.10 0.net
駅や繁華街でのながらも歩きを罰金制にすればいい

40: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:30:34.58 0.net
冗談みたいな話だけど消費税のこと考えたら本気でやりそうだな

42: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:31:38.61 0.net
今までの連発される増税はお前らには直接影響がなかったもしれないが消費税以外
実はこの程度のえぐい増税を連発して通しちまってるのでありえる

43: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:33:15.51 0.net
消費税と同時に住民税上げます年金額上げます配偶者控除見なおします
これだけで消費税以外で実質数万上がってるんじゃね

45: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:34:09.87 0.net
毎月1400円なんてそんな馬鹿げたな額ではなくその1/10の140円です
って言われてそんなに安くしてくれるならいいかって法案通る流れ

53: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:37:22.91 0.net
携帯持ってない俺の勝ち

54: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:37:54.11 0.net
さらに携帯会社は通話料定額で実質値上げ
これで携帯だけで月に1万くらいかかっちゃうね

89: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:57:00.10 0.net
どうせ消費税10%にするんだろ
そっちの方でまかなえよ

91: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 02:58:27.10 0.net
>>89
そっちの金は土建や東電に突っ込むからごめんな

120: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 03:36:02.23 0.net
今にパソコン税とかタブレット税もできるんじゃないのw

147: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 03:54:03.53 0.net
携帯はコストかけず確実に徴収できて取りっぱぐれがないっていうのはいいんだよな

148: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 03:54:09.99 0.net
携帯電話に1400円もかけたら電話会社潰れそうだなw

151: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 03:55:42.18 0.net
>>148
大丈夫その分大手は減税されるから

157: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 03:59:54.01 0.net
ソシャゲーに税金かけようぜ

158: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 04:00:00.60 0.net
ミネラルウオーターに課税っていうのもいいぞ
もう一般化してるけど水道水に比べて明らかに贅沢品だしな

165: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 04:11:38.60 O.net
せめて50円くらいにしてくれ

171: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 04:55:07.42 0.net
月額1400円て高すぎだろ他にも増税ラッシュなのにどんだけ国家予算増やす気なんだ

183: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 05:35:43.74 0.net
税金で1400円取られるってのはまだ納得できるなぁ
月たった7GBぽっちのパケット料金で5700円も取る糞みたいなボッタクリ商売に比べたら

190: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 06:26:45.98 0.net
日本の携帯数は1億3000万か
ものすごい税収になるな

191: 名無し募集中。。。@\(^o^)/ 2014/06/28(土) 06:28:43.97 0.net
課税逃れのためwifiが爆発的に普及するんじゃないの

http://plaza.rakuten.co.jp/bluestone998/diary/201311120000/
声)消費増税、戦争に続く道では(12日の日記)
(3)
テーマ:政治について(67601)
カテゴリ:政治問題
 消費税を増税することは戦争への道ではないかと心配する投書が、10月21日の朝日新聞に掲載された;


 消費増税が法人税減税とセットで議論されており、紙上でも賛否両論が交わされている。だがあえて極論すれば、セットなのは実は憲法改正ではないかと私は考えている。

 「経済的徴兵制」という言葉がある。形の上では志願制だが、経済的困窮からやむを得ず兵役に志願する社会でのことだ。今後もし憲法が改正され、他国の戦争で「国防軍」に戦死者が出れば、志願者は減るだろう。しかしその時に、若者の多くが経済的に苦しければ、志願せざるを得ない状況が作られる。消費増税などの負担の増大は国民をさらに貧しくすることも目的ではないかとさえ思う。

 戦争のできる国を目指す場合、憲法や法律をつくるより先に雰囲気など土壌づくりが必要だ。国民の貧困はその前段であり、時間をかけなければ醸成できない。この土壌ができた時、私たちは貧困にあえぐ中で幻の「敵」を憎み、憲法改正にも、もろ手を挙げて賛成してしまうのかもしれない。



2013年10月21日 朝日新聞朝刊 12版 8ページ「声-消費増税、戦争に続く道では」から引用

 政府が何のために消費税を上げるのかという疑問に対する表向きの答えはいくつもあって、国家財政の赤字を改善、老人介護体制の充実、年金制度の破たん回避、などが挙げられるが、実際に消費税率を上げた結果、数年後に増収となった税金が何に回されるのかは、今後国民が監視していかなければならない課題である。その一方で、消費税は低所得層への配慮をせずに一律に課税した場合、低所得の若年層が生活に困窮することになるのは想像に難くない。そこに「軍隊に入れば、生活は保障される」という状況が出現すれば、徴兵制がなくても若者は自動的に「軍隊への道」を選択せざるを得なくなる。そのような事態を防ぐためにも、私たちは憲法9条を堅持し、今以上の解釈改憲を許さない世論を育てていきたいものである。

http://ameblo.jp/musicallily/entry-11647881782.html
「経済的徴兵制」のはなし  
2013-10-22 23:05:46
テーマ:政治と憲法


「経済的徴兵制」。

聞きなれない言葉ですがある意味的確な表現です。

リリーに言わせればこういうことです;


貧しさゆえに不本意ながら兵役に志願せざるを得ないような、

そんな国民が大勢いれば、徴兵制などなくたって

志願兵の確保に困らない。

だから、貧しい人がどんどん増えるような政策を

次から次へと打ち出すことは

これから戦争に向かう国家に必須なのである。



いや失礼、

専門家による真面な指摘はこちらです。


もはや徴兵制などいらないのです。

政府は格差を拡大する政策を次々と打ち出すだけでいい。

経済的追い詰められた国民は、イデオロギーのためでなく、

生活苦のために黙っていても戦争にいってくれますから。

(堤未果著『ルポ 貧困大国アメリカ』

「世界個人情報機関」のスタッフより)




10月21日の朝日の「声」欄にて

「消費増税、戦争に続く道では」

と題した鋭いご意見を目にしました。

筆者の方も「経済的徴兵制」に触れた後で、

こう続けておられます:



今後もし憲法が改正され、

他国の戦争で「国防軍」に戦死者が出れば、

志願者は減るだろう。

しかしその時に、若者の多くが経済的に苦しければ、

志願せざるを得ない状況が作られる。

消費増税などの負担の増大は

国民をさらに貧しくすることも目的ではないか

とさえ思う。


戦争のできる国を目指す場合、

憲法や法律をつくるより先に

雰囲気など土壌づくりが必要だ。

国民の貧困はその前段であり、

時間をかけなければ醸成できない。 . . .



見事なご指摘。

おっしゃる通りかもしれませんね。

そしてこうした言論の自由こそ

決しておびやかされてはならないと

改めて痛切に感じます。

http://www.jca.apc.org/stopUSwar/notice/book-hinkontaikoku.htm

[書籍紹介]生存権を奪うことで、若者を軍と戦争へと供給する「経済的徴兵制」を見事に描写
『ルポ 貧困大国アメリカ』
(堤未果著 2008年1月 岩波新書)


「もはや徴兵制などいらないのです。政府は格差を拡大する政策を次々と打ち出すだけでいい。経済的追い詰められた国民は、イデオロギーのためでなく、生活苦のために黙っていても戦争にいってくれますから」(「世界個人情報機関」のスタッフ)

 本書は、マスコミでは報道されないアメリカの貧困の実態と、それをもたらし加速させる新自由主義政策を多くの実例で告発している。そのひとつひとつが驚きである。
--日本では低所得者向け貸し付けなどと訳されるサブプライム問題であるが、そのターゲットは、「過去5年以内に破産宣告を受けている」「返済額がなど収入の50%を超えている」などおよそ新たなローンを組むことなどできそうもない底辺の人々である。彼らは、ほんのつかの間マイホームの夢を見せられ、やがては借金地獄につき落とされ、捨てられる。
--アメリカでは、「自己破産」「多重債務」「不法移民」など様々なブラックリストが出回り、社会的弱者を顧客とする「貧困ビジネス」が増殖している。究極の「貧困ビジネス」は戦争である。
--貧困家庭でフードスタンプや無料給食プログラムに登録する子どもたちは、マカロニにチーズがべっとりと乗っただけのチーズ-マカロニというジャンクフードやマクドナルド、ピザハットなどを毎日毎日食べさせられ、深刻な肥満状態にある。肥満は裕福ではなく貧困の象徴である。
--「一度の病気で貧困層に転落する人々」。急性虫垂炎で入院したために破産宣告された男性が登場する。個人破産年間204万件(2005年)の内、理由の半数以上が高額の医療費だという。これも、ニューヨークでの盲腸手術の入院費用が平均243万円と聞けば納得がいく。
等々。
 重大なのは、これらが別々に存在するのではなく互いに深く絡み合いイラク戦争への兵士調達のメカニズムとして機能しているということである。特に後半では、弱者が食い物にされ人間らしく生きる生存権を奪われたあげく、最後のよりどころとして軍と戦争へと供給されていくシステムが見事に描かれている。以下これを中心に報告したい。

貧しい若者を軍隊に動員する「経済的徴兵制」

 1972年に徴兵制が廃止されたアメリカで、イラク戦争で若者を軍隊に動員する(志願させる)ために「貧困」が利用されている。
 2007年、ブッシュ政権が打ち出した教育改革法(「落ちこぼれゼロ法案」といわれる)の中に、全米のすべての高校に生徒の個人情報を軍のリクルータに提出することを義務付ける一項がある。拒否すれば補助金がカットされる。貧しい地域の高校は、補助金を受けるために提出せざるを得ない。軍のリクルータは、そのリストで入隊を勧誘する。入隊する若者の入隊動機の1位は大学の学費の軍による肩代わりだ。貧困から抜け出すために大学にいく。その限られた選択肢としての入隊。本人が18歳未満の場合、学費免除が親の了解を得る手段としてつかわれる。だが、学費を受け取るには1200ドルもの前金が義務づけられるなどの法外な取り決めがあり、実際に除隊後に大学を卒業できるのはわずか15%に過ぎないという。
 入隊動機の2位はなんと医療保険だ。入隊すれば家族も兵士用の病院で無料で治療が受けられるというものだ。貧しい地区の高校生は、家族も含めて無保険の家庭が多い。2005年、ブッシュ政権が「低所得家庭児童向け医療保険基金」予算を大幅にカットしたことで、この傾向はますます強まる。だが、ブッシュは帰還兵のケア予算を削減し軍病院を次々に閉鎖していることから、どれだけ「恩恵」に預かれるのかも疑わしい。
 「教育」と「医療」という、人が人らしく生きていくために不可欠な条件が奪われ、弱者切り捨ての政策によって拡大された格差と貧困によって多くの子供たちが生存権をおびやかされた結果、やむなく戦地に行く道を選ばされているのである。
 さらに兵士の調達のために、不法移民の若者に触手を伸ばしている。2007年にできた「夢の法律2007」。これまでは入隊と引き換えに市民権を得る手続きを始められるのは合法移民に限られていたが、不法移民もできるように法改正されたのだ。これは移民対策強化法案とセットで出された。強制送還されたくなかったら軍の庇護に入るしかないという究極の選択を迫られるのだ。不法移民の若者は軍にとって「宝の山」なのである。
 高校生だけでなく「学資ローン」や「多重債務」に苦しむ短大生、大学生、大学院生もターゲットにしている。クレジットカードが発達したアメリカでは、学費だけでなく文房具や教科書代などもカードで払い、借金漬けになる学生が多くいるという。彼らは卒業と共に滞納者リストに名前が載せられ、就職もままならない。ここでも奨学金予算の大幅カットと軍の「学資ローン返済免除プログラム」が一体となって機能する。学費の一部肩代わりという誘惑に負け、在学中から軍入隊を選択させられてしまうのだ。
 イラク前線に送られる新兵の年収は15,500ドルにすぎず、生命の危険だけでなく、除隊後の身体的、精神的障害に苦しむことになる。生活は改善されず、薬物依存症に陥る者、ホームレスになる者も少なくない。「アメリカ帰還兵ホームレスセンター」によると2007年現在、全米350万人のホームレスのうち3分の1が帰還兵だという。

戦争の民営化で世界中の貧困層をかき集め、派遣会社はぼろもうけ

 さらに、世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」の実態も壮絶である。高卒のトラック運転手のマイケルはある日突然携帯電話がかかり、年収6万5000ドル(715万)の仕事を保証するといわれる。多重債務者のブラックリストを使っての派遣会社への登録の勧誘だ。なんと職場はイラク。説明会では、化学兵器や放射能物質などで死亡した場合は、遺体の本国送還はせず、現地で火葬との説明をうける。派遣登録した会社はKBR社だ。マイケルは1年間、毎日40℃の炎天下で武器をトラックで輸送する過酷で危険な仕事についた。米兵たちは基地内のペットボトルの水を飲むのに対しマイケルたち派遣労働者は現地の水を飲むよう会社が指示。米軍が使用する劣化ウラン弾の影響で放射能に汚染されている水である可能性が高い。マイケルは10ケ月を過ぎるころ肺に痛みを感じる。だが現地で火葬されてはかなわないと何とか持ちこたえて帰国。約束された年収は支払われたが、ほとんど帰国後の医療費に消えた。白血病の診断。派遣で稼いだ金はあっという間に底をつき、結局家族はイラクへ行く前よりもひどい貧困状態に陥る。現在マイケルはほとんど寝たきり、妻は昼間だけでなく夜もはたらき、トレーラーに引っ越し、政府発行のフードスタンプで食いつないでいるのである。
 ガルフケータリング社(クエートの大手派遣会社)のフィリピンでの求人に応じた、パブロの場合はこうだ。3000ドルの仲介料をはらってクウェートで月収4000ペソ(約1万円)の仕事。実際はイラクでの米軍支援作業。炎天下で週7日働いても残業代ゼロ。夜は他国から来た人とトレーラーに押し込まれる。そこにはフィリピン、中国、バングラディシュ、インド、ネパール、シエラ・レオネ…など最貧国から少しでも高い賃金を求めてきているのである。食事時間は40℃近い炎天下、米軍の残飯を貰う列にならぶ。戦闘地域での仕事にも武器は供給されない。軍事訓練も受けていなければ、危険性すら知らされていない。米兵と同等に「武装勢力」の標的になる。米兵は武器を持たず戦闘地域に入ると軍法会議にかけられるが、派遣社員の場合、武器なしで戦闘地帯に派遣しても派遣会社は法的責任を問われない。武装勢力の攻撃を受け同僚が次々と死んでゆく。昼間は灼熱の炎天下、夜は零度以下で暖房のないトレーラーやテントで寝かされる。派遣員は何人も衰弱死する。彼らの死はニュースになることさえない。派遣社員は民間人なので戦死者には入らない。政府に公表の義務はない。
 派遣されている労働者の中には2005年のハリケーン・カトリーナの被災者もいるという。2006年に被災者への生活保障をカットしてから急増した。多くはワーキングプアや学歴や保険もあるのに突然の失業や入院で一気に貧困層に転落した中流階級の人たちなのである。
 ハリバートン社は2005年の時点で4万8000人をイラクに派遣しており、うち35%は第3国からの出稼労働者だという。ブラックウォータ社は、米国防総省の最強のボディガードとして名を広め、ついに常時出動態勢にある20機の飛行機と兵士2万人を擁する世界最大の民間軍事基地を備えた会社に成長した。
 戦争の民営化が極限まで進んでいる。基地建設、兵士たちの食事・健康管理ばかりか兵士そのものが傭兵会社に発注されている。スパイ活動(予算の7割が外注)や拷問までもが委託されている。責任の所在があいまになり国家は責任を取ろうしない。戦争請負業界では、イラクはゴールドラッシュとよばれている。

生存権を取り戻すまで声を上げ続ける それが戦争のない社会につながる

 米国民ひとりひとりに個人情報入り磁気カードの所持を義務づける「国民身分証法」が2008年から施行されるという。究極の国民管理・監視に突き進もうとしている。
 個人情報を握る国家と民営化された戦争ビジネスの間で人間は情報として売り買いされ、安い労働力として消費される商品になる。戦死しても名前も出ず数字にもならない。この顔のない人間たちの仕入れ先は社会保障や教育切り捨てにより拡大した貧困層と2極化した社会の下層部だ。地球規模で格差化-貧困が拡大すればするほど戦争ビジネスは活性化する。
 「世界個人情報機関」のスタッフ、パメラは言う。「もはや徴兵制などいらないのです。政府は格差を拡大する政策を次々と打ち出すだけでいい。経済的追い詰められた国民は、イデオロギーのためでなく、生活苦のために黙っていても戦争にいってくれますから。ある者は兵士としてある者は戦争請負会社の派遣社員として巨大な利益を生み出す戦争ビジネスを支えているのです。」
 州兵に登録しイラク戦争に参加した日本人の若者が登場する。彼もまた、学費が出るし実際に戦争に行くことはないだろうと応募した。彼は、イラクでの戦争体験を語った後、9条を持つ国の国民として戦争に参加した事を問われ、なぜ責められなければなければならないのか、と言い返す。「アメリカ社会が僕から奪ったのは25条です。人間らしく生き延びる生存権を失った時、9条の精神より目の前のパンに手が伸びるのは当たり前。狂っているのはそんな風に追い詰める社会の仕組みの方です。」
 この本は、新自由主義政策と侵略戦争への加担でアメリカの後を追う日本に対する警告である。筆者は、生存権という人間にとって基本的な権利を取り戻すことが戦争のない社会につながるとして、憲法9条を守る闘いを一歩前へすすめるため、25条をまもる闘いを結びつけることを強く主張する。

2008年4月1日
アメリカの戦争拡大と日本の有事法制に反対する署名事務局

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空手のベアナックルファイト 実戦を想定したルールで素面 素手との事ですが残念ながらバーリトゥードと違って寝技は無くクリンチ状態になるとすぐにブレイクがかかるところが実戦から既に遠ざかっているといえます







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地上最強の生物 羆 北極熊のストリートファイト

polar bear vs polar bear



grizzly vs grizzly


当然と言えば当然ですが人間同士がやる見た目重視のスポーツ競技とは違い
野生動物のファイトにクリンチだからといってブレイクは一切かかりません
よって揉みくちゃの状態でのファイトになります

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ニコニコ動画と2ちゃんねるの黒幕は自民党 ニコニコ動画と2ちゃんねる関係企業に麻生・財務大臣の親族が役員就任中

http://linkis.com/ow.ly/lNuN

ニコニコ動画と2ちゃんねる関係企業に麻生・財務大臣の親族が役員就任中 政府からの支援で利潤をあげる見返りに「政治教育」のビジネス像




(自民党ホームページのトップFLASH画像より)


大手動画サイト・ニコニコ動画は、コメント書き込み機能のあるネット動画視聴サービスとして知られる。だが実は、運営をしているドワンゴ社が政府と持つ強力なコネクションと互恵関係は今まで十分に知られて来なかった。同社は、現財務大臣である政権与党・自民党の麻生太郎元総理の息子など親族を、運営会社と下請け企業の役員に多く抱える企業群であり、また日本のネット言論を形成する2ちゃんねる、まとめサイトと深いビジネス上のつながりを持つ。


そして経営では、政府の便宜を受けるイベントで多くの売り上げを得るなどの資金を得て、与党自民党と安倍内閣に有利な運営を行なっている相互扶助的な関係が存在することが、多数のネットユーザーの調査で判明した。かねて、麻生財務大臣の息子である麻生将豊氏がドワンゴ社の取締役に就任であったものの退任したことが以前FACTAによって報道されていたが、現在もその系列企業に籍を置いていること等が分かったのだ。


すなわち麻生将豊氏はドワンゴ社長の川上量生氏がやはり社長をつとめてニコニコ動画の販売部門ビジネス「ニコニコ直販」「ニコニコ市場」部門を下請けするエクストーンという会社の取締役であり、現在も麻生氏の息子が金銭報酬を受け取っている可能性がある。





(匿名のネットユーザが調査した、エクストーン社の4月23日時点の全部事項証明書。ただし、同社のウェブサイトでは何故か取締役の中で麻生氏のみの名前が記載されていないので、一見すれば麻生氏の息子とニコニコ動画のグループ群のつながりは消えたように勘違いしてしまう。)


加えてFACTA報道時点では「麻生副総理の資産公開によると、将豊氏は同社株式を9553株、母のちか子氏も5120株を保有」とされている。この数字に変動がないとすると、同社の総発行済株式数の78263株のうち、19%以上を麻生元総理の母と子が有している計算だ。つまりエクストーン社の利潤が出れば、その利潤は麻生一家のものとなる。また麻生副総理の甥、麻生巌氏(麻生ファミリーの中枢企業「麻生」の取締役でもある)はドワンゴ社の取締役も兼任している。





さらに、それより直接的にドワンゴ社主催の有料イベントでも、日本政府の公務員が派遣されて支援を受けていることが判明する。ニコニコ動画側発表で観客動員12000人の実績を持ったイベント「ニコニコ超パーティー」の第3回(チケット価格は5800円から6800円)には陸上自衛隊中央音楽隊300名が出演する。チケット代金を計算してみると、入場者数が前回どおりなら約7000万から8000万円になり、ニコニコ動画で視聴するための有料ポイントを含めれば、それ以上の売り上げになる。(むろんこの日出席する自衛隊員には、麻生氏が財務大臣を務める国から俸給が支払われるだろう。)


スクリーンショット 2014-04-24 10.35.21

そして、次に4月26、27日に開催が予定されているイベントニコニコ超会議第三回の「後援」には総務省・経済産業省・千葉市が名を連ねており、最高価格のチケットは12000円である。


大手出版グループ・カドカワ(東証一部上場)の一角にある有名ゲームメディアファミ通がプレスしているところによると2ちゃんねるの元管理人・西村博之氏(通称ひろゆき氏)の出演が予定されている。しかし、ここで問題になるのは、各種の違法行為で疑いをもたれている西村氏が出演するイベントに、政府や自治体が太鼓判を押して後援していることだ。


まず、彼については大量の裁判で敗訴して数億円単位の損害賠償金を踏み倒し続けている旨が報道され、自身でもその事実を認めているが、実際には多額の資産を持っていると見られている。すなわち西村氏は、昨年国税庁に1億円の追徴課税をされてその全額を支払ったという旨が報道された。その上、今年の4月には5000万円の海外送金を自ら発表しており、2chの大規模なコピーサイト(作成費・サーバコンピュータ費は膨大と見られる)も、立ち上げている。従って、実際の資産は大量に保有しており「払える能力はあるが払っていない」なのだ。さらにそのサイトは投稿を無断でコピーする内容なので著作権法違反の疑いが強くあり、加えてもとの2ちゃんねるへ、事実上のDDoS型・サイバー攻撃をしかけるなど、刑事上も問題性の高い行為をしている。


もっともこの経産・総務・千葉市が行なう「後援」の内容については不明だ。しかしもし、直接的な金銭の支援があればますますドワンゴ社は政府系から便宜を受けていることになる。また仮にポスターの設置や広報、その他、職員の手伝いが得られていたとしてもやはり通常の企業が支出することになる費用の出費を免れているので、公金によって多額の経費が浮いたことになるだろう。現在本紙では情報公開請求でその内容を調査中である。


そして4月25日に届いた千葉市からの電話連絡によると、①後援に際して千葉市からの支出があったことを記録する文書はない②総務省、経済産業省との連絡は後援事業に関して行なっていない③他の部分の公開には時間を要するするということである。(4月25日追記)

screenshot chiba niconico 2014-04-23 17.25.00

(千葉市へ提出した開示請求)


以上をまとめると、元総理大臣にして現財務大臣・麻生太郎氏の親族が取締役報酬などを受けていると見られるニコニコ動画のグループは、その全貌は不明ながら、現在の政府から多大なビジネス上の便宜を受けているように見られる。そして極めてコンプライアンス意識の低いことで有名な元2ちゃんねる管理人の西村博之氏を政府のお墨付きイベントに参加させることも支障なく行なっている。


ではいっぽう、ニコニコ動画側は与党・自民党に対してどのような態度を示しているのだろう。ソースにより多少の違いがあるが、無料会員で3000万人ほど、有料会員200万人を超えるとされる同社の世論に持つ影響力はとても大きいものがあるはずである。ここではニコニコ動画の行なっている「ニコ割」とよばれる、動画の再生中にスクリーンへ割り込んで現れるオリジナルのアンケートシステムについて、公表資料を元に検討したい。




(ニコニコ動画・アンケートは毎回約10万人を超える大規模で実施される。)




これを見ると、質問項目2つ目に、安倍内閣で最も評価している政策は何かという質問項目があり、その他を選んだりする余地はあるものの、安倍内閣を評価している前提でアンケートに答えなければならない。(また逆に「もっとも安倍内閣に不満な点は何ですか」という質問項目は無しだ。)


これと対照的に、民主党政権時代は「最も評価している点」について聞く変わりに、「菅直人総理は退陣すべきと思いますか」「民主党は党首を誰に交代させるべきだと思いますか」といった系統の、政権基盤を変更するべきである前提に立った質問が多く見られた。(4月30日追記)




そして東日本大震災や、汚染水処理等に対する政府の対応が批判され、原発再稼働に関する争点と結びついている福島第一事故等、国民の不満を受けやすい論点についてはどういう扱いだろう。まず福島事故は「深刻」とは書いてあるが「世間の関心が低くなっている」が回答欄の最初におかれる。またその前振りの質問で、東日本大震災から丸3年が立っていることが告げられて、その回答をしたあとで福島事故の話になる仕組みになっている。(筆者ならつい、「丸3年が経ちました」という表現が質問にあれば震災への関心は低くなったと答えてしまいそうだ。そうすると、次の質問で、東日本大震災を契機に発生した福島事故について聞かれてしまったら、今度もやはり関心は低くなっているとついつい答えるようになる気がする。)


次に、こちらのロシア・クリミア侵攻に関するアンケートを見てみよう。




これは果たして、「アンケート」としてどれだけ意味があるだろうか。まず、4択式の回答項目で、「帝政ロシア以来の膨張主義を阻止するために戦争も覚悟」という極端な意見がいきなり挙げられている。しかし現在の日本で、ロシアと戦争というのはやや唐突なきらいがある。また「最大の脅威である中国」という質問の書きぶりも(筆者はそれを否定しないが)、クリミア侵攻に関する質問でYESと答えさせるのに適当な枕詞だろうか。そもそも、ロシアに対する制裁内容が「非常に甘くなっています」と切り出されていること自体、結論に大きく影響を与える書き方と思える。(断っておくが、ロシアのクリミア侵攻は重大な国際法違反だと筆者は考えている。)これを見ると、以上の「質問と回答」はもはや、世論調査というより意見の「誘導」に近いのではないか。


なおニコニコの視聴者層は若く6割が30才未満とされる。もっとも、それならば選挙権のない未成年も多く、成人しても投票率の低い層なので国政に与える影響は大きくないという考え方も成り立たないではない。しかし、未成年であってもその考え方は選挙権を持つ家族・知人に社会の中で伝播する。また国政に不満を余り持たないように先導される方式の「アンケート」を受けていると、そんなに現行政権・与党にも不満を持たず、野党に投票しない層が増える効果も予測し得る。さらに実証研究の有無はまだ知らないが(ひょっとするとニコニコ動画のアンケートが世界で最も大規模な実証実験になるかもしれない)若年層の方が意見の刷り込みを受けやすい可能性もある。


では、昨年以来、脱原発をかかげており安倍政権へ批判的になった小泉純一郎元総理についてはどのような扱いだろう。



この回のQ4は、「与野党の一部」に小泉純一郎氏を原発ゼロ担当特命大臣にしてはという提案があるという切り出しである。確かに、そのような意見は「一部」だったかもしれないがこの書き方だと(少数の人間が変わったことを言っているように聞こえて)素直に賛成とは選びにくい。また、アンケート結果でこの賛成率の低さを見せられると、安倍内閣の原発再稼働に反対する小泉純一郎氏の意見自体が原子力政策として相応しくないような印象が醸し出される。




今度は東京都知事選についてであるが、「小泉父子」という表現になっており、ネガティブな世襲の印象が出てくる。またこのような割り込みアンケートを大規模に見せつけ続けられると、小泉氏らはニコニコ動画と、それに影響力のありそうな自民党内部の人間に「やめてくれ」と頼みたくなりそうである。あるいはジャーナリストでも署名記事を罵られたりするかもしれないと思うと、政権に批判的な内容の記事を書く意欲が減退するだろう。つまり、政治家にも、報道機関にも、政府与党の中枢に批判的な政治的な意見を表明することに対する萎縮効果が生じてくる。(なお後述のように自民党ネットサポーターズクラブ・会長は野党の幹部に「黙れ、ばばあ!」などの侮辱発言を書き込んだスキャンダルも報道されている)




(ニコニコ動画のユーザは与えられた選択肢の上で自らの回答した項目について、15分後に参加者全体の意思を知ることになる。)


もちろん、以上のようなアンケートを行なっているニコニコ動画を見るかみないかは完全に個人の自由である。しかし、ドワンゴ社は「まとめサイト」ビジネスの大きな中心であり、2ちゃんねる旧運営の未来検索ブラジル社の広告契約の窓口となっている。2ちゃんねるやまとめサイトの内容は、その検索エンジン対策の強さから、検索結果で上位に上がることが多い。そのため、ネットを使う以上ドワンゴ社と旧2ちゃんねるの関連するまとめサイトを見ずに過ごすのは非常に困難である。


つまり資金と情報の構図をまとめると、以下のようになる。まず金銭については、麻生太郎元総理が大臣を務める財務省の決済で国庫から公費の支出がされる→ドワンゴ社が各省庁・自治体(国から補助金を得ることも当然ある)から利益を得る→その資金が麻生ファミリーに還流される。


そして逆方向の流れとしては、ドワンゴ社は与党・自民党の主流派と政権の方針に親和性が高い「アンケート」を大勢のユーザーに流すことで思想的に感化して、与党・自民党の保守派を強化する構図がある。(さらに自民党内でも、原子力政策で安倍内閣に批判的な立場を取っている小泉純一郎氏らに対しては、攻撃的な扱いがされる。)実際、自民党にはネットサポーターズクラブ(J-NSC)が存在するが、この会長で衆議院議員の平井卓也氏が野党の党首に対してスマホから罵倒のコメントを書き込んだり、「あべぴょん、がんばれ」や「橋下、逃亡か」のコメントをニコニコ動画への投稿で書いたことを認めている。そのため、1万人以上とされるその活動は、ニコニコ動画・2ちゃんねる・まとめサイトにおいても行なわれている可能性がある。




(自民党ネットサポーターズクラブこと「J・NSC」ウェブサイトより)


出発点として意識するべき点があるが、それはネットでなにかものを言おうとするときに重要なのは、運営権限者との関係だということだ。例えば運営者から特別な配慮をされれば、それは意見発表の上で大きな有利や不利に繋がる。実はニコニコではコメントを書き込みの出来ない「NGワード」が運営により設定されており、そのNGに違反したり不適切なコメントをするとアカウントが一時的に、または永久に凍結されるとニコニコのサイトには書いてある。その禁止表現設定の仕方次第ではコメントの方向性や、そもそもの議論のアジェンダを操作する余地もあるだろう。(平井氏は「黙れ、ばばあ!」と書き込んだとされているが、これでアカウントに処分を受けたかどうかは不明である。とても当然でながら、平井氏は国会議員なので公務員である。あと「ばばあ!」という表現は、杓子定規にいえばいちおう刑法上の侮辱罪に当たって違法な可能性がある。)


この様な環境下で受け答えをしていると、何となく自分やスクリーンの向こうにいる運営者が現政権の政策を支持していて、特に不満もないような感情に誘導されないだろうか。更にいえば、このアンケート結果は実施後にネット最大級の世論調査として発表されるため、現政権与党・自民党の安倍内閣へ周りの人間も満足しているのかなという気分に教育されそうだ。実際、海外の民主主義国家と思われる国々でも政府に置けるネット上の情報操作プログラムは、実施されているので、同様のことが我が国で生じていても不思議はない。




(エドワード・スノーデン氏がリークした英国政府・情報機関GCHQのトップシークレット資料。これを報じたグレン・グリーンワルド氏の記事によれば、NSA等とともにブログ、SNSなどで政府にとって都合の悪い人間の人格攻撃などを行なっていたとされる。)ちなみにNSA業務のかなりの部分がブーズ・アレン・ハミルトン等の民間協力企業に担われている。


ネット世論が保守化したといわれるが、実際のところは非常に保守よりの意見しか、目に見えないだけの仕組みになっている可能性がある。また、その追い打ちで本当に保守的な傾向へ感化されていくかもしれない。さらに、その個々の会員の回答結果の推移もニコニコ動画のユーザ強制入会制のアカウント情報と紐を付けると、把握していくことが出来る。なお、ニコニコ動画内での言論を監視しているのは、NPO法人札幌未来チャレンジドによれば、2ちゃんねる元管理人の西村博之氏が取締役である未来検索ブラジル社である。




以上の論点は、今年春に生じた2ちゃんねる運営陣の交代とともに、その旧運営への間接的なスポンサーに自民党や多くの大企業がついていて、匿名の陰で一般ユーザーと異なる特殊な便宜を受けていたのではないかという疑問を持ったネットユーザらの調査によりわき上がった。この調査は、現在進行中の、元・2ちゃんねる管理人ひろゆき氏が唐突に自らの管理していた2ちゃんねるへのサイバー攻撃をかけるなどしたことに対する、匿名ネットユーザー群の反発が動機だ。これらの点については、下記のリンク記事を参照いただきたい。


関連記事リンク1 大規模掲示板2ちゃんねる 契約先の顧客には与党自民党


関連記事リンク2 日本から、アメリカにある2ちゃんねるへ大規模サイバー攻撃 ひろゆき氏らの関係するホットリンク社インサイダー報道などが着火点【2ちゃんねる分裂事件】


関連記事リンク3 【政府後援事業】「出会い厨企画」に、未成年へのパチンコ教育 ニコニコ動画が取り戻す、日本の未来を握るひろゆき氏と麻生ファミリー


関連記事リンク4 「ニコニコ動画」の萎縮効果 大手動画サイトが造る表現と思想のディストピア


関連記事リンク5 ニコニコ動画、版権元企業へ「不都合」な動画の削除サービス  好ましい投稿は流通させ、広告収入を権利元と分配の契約


関連記事リンク6 【●事件】「2ch風の匿名コメント+個人情報付きID+政治アンケート」制YouTube風サイト ニコニコ動画のリスク


関連記事リンク7 2ちゃんねる関係企業・未来検索ブラジルの社員名と担当業務が判明 パケットモンスター社へも海外送金


関連記事リンク8 ホットリンク社「2chデータは.netとsc双方から取得中」「 ガーラは14、5年前から2chデータを商用利用」「西村氏らによれば、所有権の問題はない。」


関連記事リンク9 ホットリンク所有の2ちゃんねるデータ取得時期は2000年から 東証で報告の必要か


関連記事リンク10 「まとめブログ」は個人が無償で運営してるため、2ちゃんと自社の独占契約を侵害しない【ホットリンク声明】

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メタモリス4 いよいよスタート! 柔術を挑発するキャッチレスラー ジョッシュバーネットvsノーギ足関節十段 ディーンリスター  柔術現役トップ アンドレ・ガウヴァオンvsグレコローマンスタイルレスリング世界トップにしてMMA現役トップのチェール・ソネン

Metamoris 4: Sonnen VS Galvao (Official Trailer)

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柔道メダリストにしてMMA世界王者ロンダ・ラウジーが柔術を挑発!

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http://cafe.quietwarriors.com/?eid=871439
ロンダ・ラウジーが柔術の試合に出る!?
最近UFC王者であるロンダ・ラウジーの発言がいろいろと波紋を呼んでいます。



彼女の発言とは、

「女性柔術家なんてどの階級でも、ギでもノーギでも、黒帯であろうと何であろうと、相手の望むルールで倒せる」

というもの。


ロンダは「MMAを見ていて許せないのが、柔術家はグランドでどの柔道家にも勝てる、という柔術家の意見。私だったら女性柔術家なんてどの階級でも、ギでもノーギでも、黒帯であろうと何であろうと、相手の望むルールで倒せるわよ。」

「柔道で寝技を極めるっていうのははるかに技術がいることよ。だってとにかく時間が短いんだから。例えばフラヴィオ・カント、ブラジルのオリンピック柔道ブロンズメダリストだけど、彼だったら絶対柔術の王者に勝てるわね。寝技がすごい柔道家って十分なリスペクトを得られてないと思うわ。」

ってことで、じゃあロンダは誰でも倒せるなら対戦相手は誰がいいだろう!?と巷では盛り上がっていて、キーラの名前が最初に挙がってたんですが、私はそれはあまり興味ないですねぇ。だってキーラ動かないし(爆)柔術のスキルはキーラのほうが上なのかもしれないけど、勢いのあるロンダに勝てるとは思えない。

そして次に名前が挙がったのがガビ・ガルシア。ほら、ロンダはどんな階級でもいいって言ってたんでね(笑)



ロンダ:地球上のどんな女だって倒せるわよ。ギでもノーギでもね。
ガビ: へえ、そうなんだ?


次の次のメタモリス、つまり5で、という話やら、または10月10日~12日に行われるGrapplers Quest Olympicsのサブミッションオンリーのプロ部門(賞金7000ドル)でやらが出ておりますが、とりあえず資金のある団体は絶対ロンダ欲しいだろうなぁ。私だってロンダの柔術の試合だったらお金払ってでも見てみたい!

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ホビングレイシーvsダミアンリチオ その呪われた結末











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アメリカNSCの元高官が来日して異例の発言。核武装の懸念と秘密保護法に右翼化、集団的自衛権すべてに不快感 ネット世論・右傾化との関連があると思われる2ちゃんねるについては、不自然な点がややある。それは、2ちゃんねる分裂事件に際して(1)今年の2月に2ちゃんねるの運営権を西村博之氏から剥奪した元アメリカ軍人のジム・ワトキンス氏が、どのようにして息子と2人で苛烈なサイバー攻撃をことごとく乗り切れたのか(本当に2人で対応できたのか)

http://linkis.com/ow.ly/lNuN

アメリカNSCの元高官が来日して異例の発言。核武装の懸念と秘密保護法に右翼化、集団的自衛権すべてに不快感





5月9日、有楽町で核武装戦略を専門とするアメリカの元国務省高官で合衆国国家安全保障会議委員もつとめたモートン・ハルペリン氏が、予想を裏切る内容の講演を行った。この背景にあると思われる日米関係の悪化理由とそのネット世論誘導も含む両国の情報戦について考えたい。


ハルペリン氏の会見はかいつまんで言うと(1)日本の秘密保護法と情報公開制度は近年の民主国家で最悪である。(2)核武装を含む日米同盟の間での協議について自分の知る限りで、秘密保護法が必要であると考えたことはない(3)集団的自衛権の行使が必要かどうかを考える以前に、日本は慎重かつ丹念に透明性を持ってその内容と、それが核武装につながらないということをを近隣諸国と市民社会に説明しなければならないというもので強烈な日本政府批判だった。


これは秘密保護法の作成に当たって政府や有識者らが国会で説明した内容と真っ向から異なる。昨年の秘密保護法成立に当たっては、与党・自民党だけでなく、有識者として国会に招かれた東京大学法学部の憲法講座教授(学部で随一の切れ者として知られる)・長谷部恭男氏らが口を揃えて「米国等の同盟国との秘密共有に必要であるため」という理由付けを述べていた。




(報道陣に配布された資料1:「国家の秘密を知る権利」。単なる情報公開制度の概略で、これを配ることに作為を感じた。)



(資料2:「集団的自衛権について」こちらは露骨に日本の核武装計画に対する強い疑念を表明している(下の2行参照)。)


さて、秘密保護法の制定についてどちらの見解が正しいかはさておき(どちらもロジックとしては成り立っているように見える。)、この発言が問題になるのは以下の2点から、今回の講演が米国政府の主張を代弁している可能性が高いという事情による。


まず、会見場が実質的に米国政府の強い影響下にある可能性が高いと見なされており、ここの講演者の決定は「委員会」のブラックボックスで決められる。すなわち、講演の行なわれたFCCJ(外国特派員協会)はもともと、ジェネラル・マッカーサーのいたGHQ本部の真下にあって占領軍のOSS(今のCIAの前身)が報道統制と、自らが作らせた憲法で禁止する検閲や郵便の開封を大規模に実施する根拠地としていた歴史を持つ。組織や制度において昔からそうであったことはだいたい今もたいして変わらない。


なお大手メディアの中で最も安倍政権支持を熱烈に行なっていると思われる論調の産経新聞のウェブサイトに、この会見のちょうど5日あと掲載された保守系雑誌「正論」記事がまさしくその旨の批判を行なっているので是非ご覧いただきたい。(日本政府内部の保守派が米国に持つ不快感を代弁しているような内容であるが、タイミング的にはちょうどこのハルペリン講演への抗議声明とも取れる。)FCCJは筆者の理解でも、ゲストスピーカーの選定過程自体が、(表向きはブラックボックスだが)かなり米国政府の意向に沿っている傾向がある。ただ、それでもまだ、日本政府と国内大手メディアの発表に対するオルタナティブな見解発表と報道の窓口が開かれているだけましというのが現段階の考えだ。


また、ハルペリン氏は退官しているものの、日本の外務省OBがそうであるように、古巣の国務省の立場を(遠回しに)代弁しに来た蓋然性が高い。これは、日本の官僚の天下りの場合と近いと考えて頂ければ分かりやすい。たとえば、外務省OBは日本国際問題研究所その他のシンクタンクに籍を置いて、実質上外務省の「裏仕事」を行なうし、財務省OBは国会議員となってもやはり財務省の立場に非常に近いスタンスを取る。(前者の例として原子炉爆撃に関する同研究所の外務省委託レポート参照)

アメリカNSCの元高官が来日して異例の発言。核武装の懸念と秘密保護法に右翼化、集団的自衛権すべてに不快感


原子力委員会の見解は「日本の原発を攻撃されたら、核兵器で反撃する」

さて、ではなぜ米国はこれほどに不快感を示すのか。それは今の日本政府が実際に核武装の意思を相当に持っていると、認識されているからだと思われる。筆者が昨年インタビューをした、当時の原子力委員会ナンバー2(委員長は近藤俊介氏)の鈴木達治朗氏は、核不拡散(裏を返せば核武装ということである)の専門家であるが、そのなかで興味深いことに(原子力発電所を攻撃されそうになったら)「抑止力」で対応すると述べている。


「抑止力」は日本語だと普通のピンとこないが英語で言うとDetterance であり、「保有する核兵器によって威嚇して相手の攻撃を思いとどまらせる」という意味である。そして鈴木達治朗氏は、マサチューセッツ工科大学で修士号を取得しており、現在は核科学学会のHPに英文で福島の状況報告をしている極めて英語の堪能な核専門家である。彼が「抑止力」と言ったばあいには核抑止の意味と取るのが合理的解釈である。



(核科学学会HPには核兵器の話題が頻出する。画面右上は「世界核戦争まであと何分か」という時計である。)


なおネット世論・右傾化との関連があると思われる2ちゃんねるについては、不自然な点がややある。それは、2ちゃんねる分裂事件に際して(1)今年の2月に2ちゃんねるの運営権を西村博之氏から剥奪した元アメリカ軍人のジム・ワトキンス氏が、どのようにして息子と2人で苛烈なサイバー攻撃をことごとく乗り切れたのか(本当に2人で対応できたのか)というのと、(2)資金難を述べていたにも関わらずなぜ急にサーバを増強できたのかということ等である。(この点は別稿であらためて詳述する。)

アメリカNSCの元高官が来日して異例の発言。核武装の懸念と秘密保護法に右翼化、集団的自衛権すべてに不快感


原子力委員会の見解は「日本の原発を攻撃されたら、核兵器で反撃する」

さて、ではなぜ米国はこれほどに不快感を示すのか。それは今の日本政府が実際に核武装の意思を相当に持っていると、認識されているからだと思われる。筆者が昨年インタビューをした、当時の原子力委員会ナンバー2(委員長は近藤俊介氏)の鈴木達治朗氏は、核不拡散(裏を返せば核武装ということである)の専門家であるが、そのなかで興味深いことに(原子力発電所を攻撃されそうになったら)「抑止力」で対応すると述べている。


「抑止力」は日本語だと普通のピンとこないが英語で言うとDetterance であり、「保有する核兵器によって威嚇して相手の攻撃を思いとどまらせる」という意味である。そして鈴木達治朗氏は、マサチューセッツ工科大学で修士号を取得しており、現在は核科学学会のHPに英文で福島の状況報告をしている極めて英語の堪能な核専門家である。彼が「抑止力」と言ったばあいには核抑止の意味と取るのが合理的解釈である。



(核科学学会HPには核兵器の話題が頻出する。画面右上は「世界核戦争まであと何分か」という時計である。)


なおネット世論・右傾化との関連があると思われる2ちゃんねるについては、不自然な点がややある。それは、2ちゃんねる分裂事件に際して(1)今年の2月に2ちゃんねるの運営権を西村博之氏から剥奪した元アメリカ軍人のジム・ワトキンス氏が、どのようにして息子と2人で苛烈なサイバー攻撃をことごとく乗り切れたのか(本当に2人で対応できたのか)というのと、(2)資金難を述べていたにも関わらずなぜ急にサーバを増強できたのかということ等である。(この点は別稿であらためて詳述する。)

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日本政府にない福島第1事故の議事録、米国が保有 アメリカ情報公開法で公開

http://linkis.com/ow.ly/lNuN

日本政府にない福島第1事故の議事録、米国が保有 アメリカ情報公開法で公開




福島事故直後に、日本政府が作成していないと発表していた議事録を、米国政府が作成していたことが判明しました。アメリカ連邦情報公開法に基づく開示決定で、本紙編集長の江藤貴紀などに公開しました。


さらに、米国NRCは、別の文書も情報公開。近藤駿介氏の1535本の燃料棒が溶融するとされる最悪シナリオよりも多い2000本以上の燃料棒が96時間以内に溶ける事態を想定していたことも判明。加えて、同心円上ではなく風向きまで考慮したより危険な内容となっています。



(この画像全文は、ここをクリックしたリンク先の7、8ページ目を参照してください)


加えて、同文書によると米国NRCは、3月18日時点ですでに1号機から6号機まで全ての炉心が損傷中と認識しており、96時間の経過後にも福島第一にある約15000本の燃料棒から、放射性物質の放出が続くことを予想していたと思われます。




(当時のNRCによる炉心状況の認識。全ての炉心が「dameged」(損傷している)との記載です。)


これには 「OFFICIAL USE ONLY」(部外秘) と記載されており、極めて重要な文書として取り扱われていたことが分かります。


そして懸案の議事録は3月11日の事故発生直後から3月20日までを詳細に記載した内容で、全文は40ページ。情報源とその入手時間が秒単位で記載されて、細部まで事細かに記述された内容となっています。




(議事録全文の参照にはこちらのリンクをクリックしてください)


ここでは、さらに強調して文書に大きなスタンプで NOT FOR PUBLIC DISCLOSURE (絶対に公開禁止)と記載。米国政府、原子力規制委員会の中でも極秘クラスの文書として慎重に取り扱われていたことがうかがえます。


注:2000本という計算は日本政府がIAEAに出している報告書にある燃料棒の数(下)と、2枚目の画像にある燃料棒の溶融率の式で求められます。



ところで、この議事録問題は日本政府や原子力産業の「隠蔽体質」のみが問題なのでしょうか。ちょっと考えてみましょう。

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次ページ:第三国の資料のほうが歴史上一般的に信頼できる法則

第三国の資料のほうが歴史上一般的に信頼できる法則

一般にですが、国家規模の事件になるとその国の記録は余り信用できないことがままあります。これは、当事者であるので責任問題やその他の考慮が働いて、中立的な証拠が残し難くなる訳です。ちょうど裁判で、原告や被告、あるいは刑事の被告人・本人の証言よりは中立的な第三者の目撃証言の方が当てになって証拠としての価値があるのと同様です。(もっとも第三者といっても思惑が色々あって証言をねじ曲げることはありますが)


ですので私は、今回の福島事故議事録問題が日本政府固有の隠蔽体質によるものだとは思いません。アメリカだってーーースノーデン事件を観れば分かる様にーーー各種の不正行為と秘密主義が政府機関と関連産業の内部にあります。だから日本だけが特別に酷い国と言う訳ではないのです。


ただ一般論に立ち返って、なるべく他国の証拠にも当たってみるというのはより的確なアプローチと考えて、アメリカ政府資料を弊社では重要視して収集している訳です。

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狂気の沙汰の東京五輪 福島に聖火リレーと選手合宿誘致で一致

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http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-2892.html

原発・放射能
狂ったオリンピック/福島に聖火リレーと選手合宿誘致で一致
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(画像クリックで動画)福島県知事の佐藤雄平は、東京五輪組織委員会に「聖火リレーが福島・浜通りの国道6号線を通るように要望した。
東京オリンピック・パラリンピック組織委員会・会長の森喜朗は「選手団の合宿を福島県内で行う意向を示し、風評被害で福島に来ないことがあってはならない」と述べた。
この無知な連中は、東京五輪を閑古鳥が鳴くような、寂しいものにするだろう。チェルノブイリ原発から、わずか60、70kmのところで走りたいと思う人が世界中に、どれだけいるのか。

この二人の男の薄汚れた目に映っているのは、世界各国のオリンピック選手を利用して手に入れる札束だ。どんな大義を掲げようが、あくまで金、金。
そこの老人たちよ、世界が本当はどう見ているか、目をふさいではならない。ゴミだらけでもう見えないか。


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IOCは、建前上、日本政府と東電の発表を信じています。
しかし、IOCは研究調査機関ではありません。福島のメインストリートに聖火ランナーを走らせ、福島の高線量地帯で五輪選手の合宿(今のところ、日本選手団だけということになってはいるが)を強行したりする計画が具体的になってくれば、各国からボイコットが相次ぐでしょう。

そうすれば、ICOは、それまでの柔和な表情を一変させ、「絶対の安全確保の保証」を求めてくるのです。
まったく科学知識や医学の知識のないこの愚鈍な男と、烏合の衆の自民党の議員たちに、それに応酬できるだけの能力はない。結局、景気は浮揚せず、祭りの後の膨大な後始末は、国民の税金で賄われるのだ。

もっとも、国際社会の批判を完全に見くびった、この男たちは、そのとき、この世にいないかもしれないが。

元国連職員で国連アドバイザーの松村昭雄氏の記事です。(6月17日)

日本/ 安全性に重きを置いた画期的判決 ━ 後に続け、東京五輪

日本の地方裁判所が関西電力大飯原発の原子炉2基について、同原発の地震に対する構造的欠陥を挙げて運転差し止めを命じました。福井地裁の判決内容について Mainichi Shimbunの社説から。

「住民の生命や生活を守る人格権が憲法上最高の価値を持つ、と述べ、『原発の存在自体が憲法上容認できないというのが極論にすぎるとしても、具体的危険性が万が一でもあれば差し止めが認められるのは当然』と結論づけた。」
この判決が出る以前の日本政府は、法体制で経済強化と輸入の最小限化を後押しすることを決定していました。今回の司法判断は、原発に対する強い警告を発し、人と環境への安全性が貿易収支に優る、としたものです。

さらに、Japan Times 上では、判決を次のように要約しています。

福井地裁の判決で重視すべきは、最悪のシナリオを超える規模の地震は発生しないと科学的見地から想定することは本来的に不可能、と裁断した点だ。

また、2005年以降、全国4つの原発で想定の地震動を超える地震が到来している、と指摘。この地震大国日本において、基準地震動を超える地震が大飯原発に到来しないというのは根拠のない楽観的見通しである、と判決で述べられた。
日本が判決を尊重して大飯原発の運転を停止するのか、あるいは再稼働を継続するのかは、これから見守っていかねばなりません。

日本のオピニオンリーダーたちが、国内総生産(GDP)を押し上げて国を活気づかせ、国民の士気を高めるには、2020年の東京五輪開催は不可欠である、と言うのをよく聞きます。

しかしながら、福井地裁の判決のように、五輪を商機と捉えるよりも、世界で活躍するアスリートたちの安全性を確保することがより重要であると私は考えます。

幸い、東京オリンピックを地球環境と人間の福祉から見て、出場選手たちの健康に懸念を示す観察者がいます。

先回、私はヘレン・カルディコット博士が国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長に宛てた手紙を紹介しました。
手紙の中で、博士はIOCに対し、生物医学の専門家による独立調査団の招集を訴えました。

2014年5月16日、カルディコット博士は、IOCの副会長で、東京五輪調整委員会の委員長であるジョン・コーツ氏から公式回答を受け取りました。

「IOCにとりまして、また東京五輪の準備状況を監督する調整委員会の委員長である私にとりましても、出場選手の健康と安全は最優先事項であります。

東京五輪開催中、選手たちが確実に安全な環境で競技を行えるよう最善を尽くすつもりでおりますので、ご安心ください…

開催国日本からの回答で、日本が国民を守るために様々な重要対策を実施していることは明らかです…」

日本は、「放射能による健康リスクについては、関連省庁が広範囲から厳しい検査を行っている」と報告しています。

無論、報告は独立した監視と検証によるものではありません。

コーツ氏とその他IOCのメンバーは、五輪開催の準備と福島の事故処理の状況を評価するにあたって、専ら日本からの情報に依拠しています。

こうした日本とIOCとのやり取りについて、スコット・ジョーンズ博士の所見を参照してみたいと思います。

ジョーンズ博士は、アメリカの元海軍将校です。

核搭載機パイロットの資格を有し、朝鮮戦争、ベトナム戦争に従軍しました。
また、米上院外交委員長であり、バイデン副大統領をして「核兵器拡散防止の闘将」と言わしめたクレイボーン・ペル上院議員の特別補佐官を務めました。

以下、スコット・ジョーンズ博士の手記より。

地震と津波がもたらした恐ろしくも予測可能な結果は、日本国民、そして今や世界中にとってますます過酷なものとなっている。

人命が危機に瀕している時、利用可能な最善の科学的、医学的知識に従って、誠実に政治的決断を下していると明言できること、これが政治家にとって最強の守りとなる。 

だが、フクシマを巡っては明らかに実行されていない。状況を正すやり方はある。

日本政府、関係官庁、IOCが、立ち止まって、工学、医学、科学的検証で事故の実態を探り出し、日本と世界の人々の生活を守るためにできること、すべきことを模索していく、こうしたことが先延ばしになっている。

現在と将来にわたって、日本の子供たちや高齢者の健康問題に直接取り組むやり方だ。そして、2020年の東京五輪に世界中から訪れる観客や選手たちの安全性にまつわる曖昧さを払拭することにもなる。
実に、独立審査がなされれば、福井地裁判決の精神と合致したものになるでしょう。

五輪開催地に住む日本人も、世界のトップアスリートも、「根拠のない楽観的見通し」に基づく評価に安全性は委ねられません。
慎重かつ精密な調査に基づくべきです。

そのために、コーツ氏を始めとするIOCメンバーは、国際的な独立審査を東京五輪開催の必要条件にすべきです。
福島第一原発の状況と事故処理の進展について、科学、工学、医学の知を駆使した調査が条件付きの五輪開催とするのです。
それまでは、IOCは、選手たちが「安全な環境で競技が行える」と確信すべきではありません。

(日本語訳 野村初美)

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「国富」を破壊する二人

大飯原発再稼働を違法とする福井地裁の判決は、このふたりには関心がないようです。
さすが、無法者ばかりの安倍政権の元自民党議員、森喜朗と、県民を被曝させた張本人、佐藤雄平です。

福井地裁の判決は「国富」について、このように述べています。

「コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民を根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」
残念ながら、今の日本人に、この判決文の本当の意味が分かる人は少ないのかもしれません。
それは、子供の頃から自民党の愚民化政策によって洗脳されてきたからです。

「国富」という文字を見ると、何を連想しますか?

恐らく頑丈な巨大金庫の奥の暗闇に浮かび上がってくる札束の山と金塊でしょう。そのように条件反射が働くように教育されてきたのです。

「国富」とは、それを認める人間がいてこそ「国富」と認識できるのです。つまり、人間が主体なのです。

人々が安心して暮らすことのできる社会は、一朝にして作り上げることはできません。優れた民族性と気高い資質、そして、長い間の教化、さらに、その構成単位である一人一人が、そうした安心な社会を支えていこうという強い意志を継続させることによってのみ手に入れることができるものなのです。

「国富とは何?」と問われて、すぐに頭に思い描く札束や金塊は、それを達成するひとつの手段に過ぎません。

放射線被曝防護行政の基本となっているICRPのリスクモデルは、「札束の国富」を守るためのモデルです。

この国で、原発を推進してきた政党のどれもが、純粋な意味で「国富」について論じたことはありません。
その国富こそが「長い時間をかけて、幾多の犠牲を払いながら築き上げた安心な社会」のことなのです。

その純粋な意味での「国富」を構築するまでにどれだけの富を注いできたことでしょう。一度、壊してしまったら、二度と復元できないのです。
その「国富」の破壊行為を徹底して行っているのが安倍政権です。

今、無法者政党・自民党は、安全対策もせず、彼らの票田である経団連の命令に従って、なんとしてでも再稼動に持っていきたいと考えています。目的は、自分たちの政権を維持するためです。

自民党と原子力ムラの主張は、「再稼動させなければ、化石燃料の輸入コストが膨らんで国富が外に流出する」というものです。
しかし、石油価格が上がった主原因はアベノミクスです。これは国民を「騙して」再稼働に突き進むための詭弁です。

「国富」を破壊し、そのうえ、「風評被害」の元祖発信源である佐藤雄平が、「風評被害」を利用してオリンピック誘致を図る、というなんとも恥ずかしい国・ニッポン。

暫定基準値500ベクレルの時に、佐藤雄平は二度、三度と基準値を超える米を出荷して消費者に食べさせたのです。そして、そのたびに「撤回」してきました。佐藤雄平こそが、元祖「風評被害」なのです。

そして、自民党こそが原発事故の元凶であり、佐藤雄平こそがSPEEDI情報を隠して、子供をガンにさせ、福島県民のみならず関東の人間まで被曝させた凶悪犯罪者であるというのに、その犯罪者たちが、今度は世界中からアスリートを呼び込んで、わざわざ高線量の埃舞う福島の大通りを走らせようというのです。

各国から集まる(集まらないだろうが)選手を被曝させないように注意喚起すると、福島県民は「いうな」と攻撃してきます。
彼らは、関東で体調の悪さをおして、自腹を切って貯金をはたきながら、こうした活動を続けている人々を攻撃することしか能がないのです。

その連中こそが、結局、福島の人々を本当の復興から遠ざけていることに気が付かない福島県人もまた、絶望的と言わざるを得ないのです。

彼らが常々言ってきた「私たちが犠牲になって、関東に電気を送ってきたんです」は大嘘です。
福島の人々が、東電に懇願するようにして原発を誘致したことは、郷土史に詳細に記されています。

関東の人々は、黙って耐え忍んで家やマンションを叩き売って、子供を守るために全力を尽くしています。
福島の県民のように、他の県のせいになどしないのです。

しかし、福島の連中は、いまだに「くれ、くれ」。もう、いい加減にしなければならない。
おそらく、すべての税金をつぎ込んでも彼らは満足しないでしょう。本当の意味の加害者は彼らなのですが、被害者面し続けることで得るものが大きい以上、これからも、そうするのでしょう。

悪質な福島の主婦ブロガーや女性ツイッタラーたちは、「福島に来ないで福島のことを語るな」と攻撃してきます。
私は福島には少なくとも、30、40回は行っています。
原発事故後は行きません。行きたくないからです。

多少の高い線量は外部被曝なのだから個人的には問題ないと思っています。
が、しかし、こうした悪質な連中がいるような福島の原発奴隷根性が嫌なのです。そうした連中とは、どんなに話をしても、本当の復興の話はできないでしょう。自立的思考を持たない県民に未来はありません。

今年11月に福島知事選が行われます。
再び、福島県人は原発容認派の候補者を知事のイスに据えるのかもしれません。

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